1 : 以下、名... - 2010/05/02(日) 23:49:12.18 BO0cp9vj0 1/51

ジョジョネタにあらず。



元スレ
唯「くれいじーだいやもんど!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1272811752/
唯「くれいじーだいやもんど!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1272817440/

2 : 以下、名... - 2010/05/02(日) 23:51:35.29 BO0cp9vj0 2/51

20××年、とある元ミュージシャンの死が報じられた。

その元ミュージシャンの名は『平沢唯』――。

とは言っても、世間一般に彼女の名を知る者は殆ど無く、また同様に、彼女の死に特別な感慨を抱く者も殆どいない。

その数カ月前、とある野外ロックフェスティバルでは、とある一組の大物バンドの再結成ライブが、大きな話題となっていた。

そのバンドの名は『放課後ティータイム』――これまでに累計数百万枚のアルバムを売り上げたという、モンスターバンドであった。

平沢唯は、『放課後ティータイム』の初期メンバーであった。



3 : 以下、名... - 2010/05/02(日) 23:53:26.37 BO0cp9vj0 3/51

ドラマーの田井中律は懐かしき日々を振り返り、こう語った。

「唯は……天才だったんだ。そう、あいつはまさに天才だ! 陳腐な表現だけど、それ以外の言葉が見つからないよ」

高校の軽音楽部バンドからスタートしたHTTの当初のメンバーは、田井中律(ドラムス)、秋山澪(ベース、ボーカル)、琴吹紬(キーボード)、平沢唯(ギター、ボーカル)の4人であった。





4 : 以下、名... - 2010/05/02(日) 23:56:59.50 BO0cp9vj0 4/51

「唯ちゃんはメンバーで唯一の楽器初心者だったの。それまでギターに触ったこともなければ、音楽にもほとんど触れてこなかった」

「それが、ギターを始めて1年もしたら、まともなギタリストになっていたんだ。別に練習の鬼だったわけじゃないさ。毎日お茶して遊んでいたにもかかわらず、唯のギターの上達は異常なほど速かった」

「私は1年遅れてHTTに入ったんですが、唯先輩を初めて見た時は驚きました。ロクな音楽理論も知らず、チューニングの仕方も知らないのに、ひとたびギターを弾き始めると……魔法のような音が出るんです!」



6 : 以下、名... - 2010/05/02(日) 23:59:58.33 BO0cp9vj0 5/51

「HTTも初期は私が殆どの作曲を担当していたんですけど、すぐに唯ちゃんにとってかわられました。逆立ちしたってかないませんよ。なにせ唯ちゃんは3分間の曲をほんの1分で作ってしまったこともありましたから」

「唯先輩はギターの上達も速かったですが、何と言ってもセンスが異常でした。私なんかが何時間アタマを捻っても思いつかないようなフレーズを、まるで午後の紅茶を啜るように無造作に弾いて見せるんです」

「唯のやつはレコーディングでも常にワンテイクで完璧な演奏をするんだ。ミスなんかしない。いや、正確にはミスをしてもそれをミスと思わせないような演奏をするんだ。あれはそうそう真似できる芸当じゃないよね」

「唯は作詞のセンスも抜群だった。自転車とかタコとか帽子とか、取り上げる題材は馬鹿馬鹿しいのに、内容はすごく深くて考えさせられるんだ。そんな唯を見ていたら、甘い恋だ何だの歌詞を書いていた自分が急に恥ずかしくなったね」



8 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:02:04.37 BO0cp9vj0 6/51

天才、平沢唯の名は瞬く間に音楽業界を駆け巡り、そんな唯を擁した放課後ティータイムの1stアルバム

『昼下がりのカスタネット叩き』

は、サイケデリック・ガールズ・ロックの名盤として、未来永劫あせることのない輝きを放っている。

「あのアルバムの評判といったら、それはもう凄いものがあったよ」

「次世代のビートルズ! なんていわれましたね」

「それもこれも、ひとりの天才の力によるところが多かったんだけどな」

「軽音部に入部した日から、唯ちゃんは天才だったんですよ」



10 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:05:40.40 BO0cp9vj0 7/51

売上的にも評論家のリアクション的にも成功を収めた1stアルバムの勢いをかって、2ndアルバムの曲作りをはじめたHTTであったが、ここにきて天才、平沢唯の様子に変化が見え始めた。

その兆候に最初に気付いたのは、妹の憂であった。

「!? お姉ちゃん……何やってるの?」

いつものようにお風呂の掃除をしようとバスルームに足を踏み入れた憂が見たものは、

「るーるーらーらー♪」

浴槽一杯に詰め込まれた人参、キャベツ、ピーマンといった野菜の中に全裸で埋もれながら、ご機嫌そうに鼻歌を歌う姉の姿だった。




13 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:08:19.09 beaAV/gl0 8/51

「あ、憂、やっほー」

「やっほーじゃないよお姉ちゃん……一体何を……」

「うーんとね。今度、野菜をテーマにした曲を作ろうと思ってるんだ」

「野菜……?」

「そう。だからね、野菜の気持ちってどんなかなーって思って」

「それで野菜に埋もれていたの……?」

「うん」

「野菜に埋もれても野菜の気持ちはわからないんじゃ……」

「そんなことないよー? 野菜だって生きているんだから、肌を合わせないとわからいんだよー」

「お姉ちゃん……?」



14 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:10:30.09 beaAV/gl0 9/51

この『野菜事件』に端を発した唯の奇行癖は徐々にエスカレート。

『鳥の歌を作る』と言って、一日中虚空を眺めて過ごすこともあれば、『赤ちゃんのような感性が欲しい』と言って妹の乳房にしゃぶりつきながらギターを弾くこともあった。

「お姉ちゃんにしゃぶられるのは悪い気分じゃありませんでしたけど、普通そんなことをしながら曲を作るミュージシャンの人なんていませんよね? ええ、確かに昔からお姉ちゃんはちょっと抜けているところはありました。でも、あれは『抜けている』という次元ではないと――普段一緒に暮らしている妹の私だからこそわかったんです」





15 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:12:43.31 beaAV/gl0 10/51

奇行の被害者となったのは、妹だけではない。

「ある日スタジオに行ったらさ、唯がこう言うんだ。『さぁ、澪ちゃん、今日はこの曲にボーカルを入れて!』って。どんな曲かと思ったら、『メリーさんの羊』だったんだ。ほら、あの童謡の」

「澪もさ、一応戸惑いながらも歌うんだけど、唯は『だめ! もう1回!』って、鬼のようにリテイクを出すんだ。結局、澪が解放されたのは、72テイクを重ねた時だったなぁ」

「え? 結局その音源はどうなったのかって? お蔵入りに決まってるじゃないですか」

「こんなこともありました。ある日唯ちゃんが『6人目のメンバーを見つけてきた』って言うんです。どんな人をつれてきたのかと思ってみたら・・・・・・ただの亀だったんですよ」

「正確にはスッポンモドキっていうらしんですけど、とにかく亀だったんです。唯先輩は亀にギターを弾かせるって言うんですよ!? 流石にそれはないだろうと言ったら、『あずにゃんは亀を差別するの?』って……」


20 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:17:03.89 beaAV/gl0 11/51

しかし、そんな奇行だらけの変人に傾きつつあった唯に対するメンバーの評価はと言うと、

「流石に亀をメンバーにはしなかったけどさ、音楽に没頭している時の唯は、たとえそれが傍から見ればどんな奇行であろうが納得させてしまう凄みがあったんだ」

「具体的には目……瞳かな。あいつの瞳を見ていると吸い込まれそうというか……。ブラックホールみたいだというか……。とにかく有無を言わせないんだ」

「ケーキに目を輝かせているときとは、また違った凄みとでも言うんでしょうか」

「あの時の唯先輩にもし本気で『亀にギターパートを譲れ』って言われたら……譲っていましたね」



23 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:21:29.28 beaAV/gl0 12/51

奇行は天賦の才能の裏返し――。

そう考え、唯の行動を黙認していたメンバーであったが、そう悠長なことばかり言っていられない事態となる。

「唯の精神状態は、日に日に悪化していったよ」

「スタジオでのレコーディングでなら、私たちが我慢すればよかっただけの話だけど、ライヴじゃそうは行かなかった」

「あれはいつのコンサートでしたか……唯ちゃんはギターを弾く手を急に止めたかと思うと、懐からマヨネーズを取り出し、自分の頭めがけて思いっきり捻りだしたんです!」

「当然ながら観客はギョッとしていましたよ。その後、唯先輩になんであんなことをしたのか聞いたら、覚えてないんですよ。自分がマヨネーズを整髪料がわりに使って観客の度肝を抜いたことを!」

唯にはもはやライヴ等の外向けの活動をこなすことが無理であることは、自明の事実であった。



24 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:23:55.30 beaAV/gl0 13/51

「仕方ないな……これからしばらくはブライアン・ウィルソン形式でいこう」

「ブライアンウィル……誰だそりゃ」

「ブライアン・ウィルソンは、60~70年代に活躍したアメリカのロックバンド、『ザ・ビーチ・ボーイズ』のメンバーだった人ですよ」

「そう、ブライアン・ウィルソンは類まれなる音楽的センスと作曲能力を持つ一方、精神的にトラブルを抱えていて、長いツアーやライブをこなすことができなかった」

「そこでバンドはブライアンをツアーやTV出演等の露出には参加させず、彼をレコーディング専門の作曲担当メンバーとして扱うようになったんですよね」



26 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:27:25.69 beaAV/gl0 14/51

「そのブライアンなんとかさんの役割を唯ちゃんに?」

「そうだ。HTTにとって、唯の音楽的才能はとてもやすやすと手放せるものじゃない。それに今までずっと一緒にやってきた絆もある」

「つまり、しばらく唯には裏方としてスタジオにだけ来てもらおうってことか。唯のやつ、ライブは好きだったみたいだし、納得してくれるかねぇ」

「最近はそのライブですら演奏している記憶が時々飛んでる時があるそうだよ」

「とにかく! 唯先輩にはしばらく人前に出るプレッシャーからは遠ざかってもらいましょう」

そうして、表舞台からは遠ざかった唯であったが、スタジオでは相変わらず天才的な才覚を発揮し、凡人では思いもつかないような革新的な楽曲の数々を生み出した。



27 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:29:45.74 beaAV/gl0 15/51

しかし、やがて唯の精神状態はレコーディングにすら堪えないほどに、悪化していく。

「あの頃の唯は、もはや自分からスタジオにすら来ることすらできなくなった。たまに憂ちゃんが引っ張ってくることがあったけど、その時は泣き叫んで帰りたがるんだ。要は自分が今どこにいるのか、わかってないんだ」

「幻覚系のドラッグでもやってたんじゃないかって? まさか! ここは日本だし、そういう業界の危ない側面からは、唯は一番遠かった人間だったと思うよ。あいつがやっていたクスリといえば、せいぜい甘口の咳止めシロップをおやつと間違えて舐めるくらいさ」



29 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:31:26.26 beaAV/gl0 16/51

「唯先輩はもう限界だった。だとすれば、HTTに残された選択肢は一つしかありませんでした。え? その選択肢は余りにも酷なんじゃないですかって? そ、それは……」

「違います。私たちはバンド仲間である以前に親友であったからこそ、その選択肢を選んだんです。忙しなく心労の絶えない音楽業界から一端離れることが、唯ちゃんの精神的療養には一番だと思って……」

かくして平沢唯の放課後ティータイム脱退が発表された。

その後、唯は宅録で2枚のソロアルバムを発表したものの、その余りにぶっ飛んだ内容から一般受けもすることなく、いつしか音楽活動をやめ、自宅で妹の憂の世話を受けながら静かに過ごすようになったという。



31 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:33:12.34 beaAV/gl0 17/51

一方、唯を失った放課後ティータイムは活動継続の道を選んだ。

「でも唯先輩がいなくなって、HTTはやっていけるんでしょうか……」

「大丈夫だ。作詞は私が、作曲はムギを中心に全員で頑張ってやっていけばいい。もともと高校の時はそうやっていたんだし。ボーカルも全員で分担しよう」

「でも……」

「梓……唯の抜けた穴を埋めるのはお前だぞ? なにせ唯が一番可愛がっていた後輩はお前なんだから」

「私が……唯先輩の……」

「そうよ? 唯ちゃんが回復した時、戻ってこれる場所を用意しておかなくちゃ」

「わかりました……。やりましょう!」

こうして、澪と梓のダブルフロントウーマン体制となった4人のHTTは活動を継続した。



35 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:36:49.86 beaAV/gl0 18/51

そして、皮肉にも4人体制のHTTは音楽的にも商業的にも非常に充実したキャリアを送ることとなる。

HTTの4枚目のアルバム

『凶器』

が何と500万枚以上の売上をあげる超ヒット。

オリコンチャートにも400週連続でチャートインし続けるなど、記録的なモンスターアルバムとなった。

深い歌詞を紡ぎ、独特の世界観を築け上げる秋山澪。

確かな技術に裏打ちされた泣きのギターで聴く者の感性を刺激する中野梓。

色彩豊かなキーボードと作曲センスでバンドに彩りを与える琴吹紬。

時に激しく、時に繊細に叩き分ける鉄壁のドラミングでバンドの屋台骨を支える田井中律。

4人のメンバーのバランスは申し分なく、曲も素晴らしい。

放課後ティータイムはまさに時代を象徴するバンドとなった。




36 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:39:20.17 beaAV/gl0 19/51

しかし、そんな栄光の陰で、初期のHTTを象徴していた1人の天才の存在については、確実に忘れ去られつつあった。

「あの頃の私たちは唯ちゃんがどんな生活をしているのか、知らなかったと言って過言ではないわ」

「山のように懐に入る印税、毎回満員御礼のライブ、熱狂的なファン……少なくとも私は自分を見失っていたのかもしれません」

「認めざるを得ないのは、『凶器』のヒットで、私たち4人も明らかに浮かれていたってことだ」

「そんな調子に乗った私たちの鼻っ柱をへし折るような出来事が起きたのは、『凶器』の次のアルバムをレコーディングしている時さ」



39 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:41:18.90 beaAV/gl0 20/51

その日、アルバムのミックスダウン作業を行うため、HTTの3人のメンバー(梓、律、紬)は揃ってスタジオへ入った。

「おっす。澪は早いな」

スタジオに入ると、既に澪はミキシング卓に向かい、黙々とスピーカーから流れる音源のミックス作業を行っていた。

すると、突然澪がこんなことを言いだした。

「なぁ3人とも、そこにいるのが誰だかわかるか?」


42 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:43:14.84 beaAV/gl0 21/51

澪の指差す方を3人が見ると、スタジオに備え付けられた大きなソファー。

そこに腰掛ていたのは、丸々と肥えた豚のような女であった。

「…………」

女は髪の毛もぼさぼさで、見るからに不潔だ。



43 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:45:08.12 beaAV/gl0 22/51

「ん? こんなスタッフいたっけ?」

「レコード会社の人でしょう?」

「それか、音楽雑誌の記者?」

「違うよ。こいつは……唯だ」

「えぇっ!?」

3人の身体に電流が走った。

思わず目を剥いて、唯と呼ばれた女を見た。



44 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:47:05.55 beaAV/gl0 23/51

唯だって……!?

ありえない! だってそこに座っているのはただの肥えた女じゃないか! 

どう見たって自分達よりは20歳以上は年上な、くたびれ果てた中年おばさんにしか見えないじゃないか!

ありえない!!

だってそうだろう?

あの天真爛漫とした表情や、艶々した栗色の髪や、小さな身体や……とにかく唯を形作っていたあらゆる要素が、この豚女にはないじゃないか!


それが3人の共通の認識であった。

しかし、その風呂に入ることを忘れたマツコデラックスのような豚女の瞳を覗き込んだ瞬間、3人は認識を改めざるを得なかった。



45 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:49:44.04 beaAV/gl0 24/51

「この澄みきったブラックホールのような瞳……」

「全てを見透かすような……」

「間違いなく……唯先輩ですね」

唯の瞳の色だけは、以前と何も変わっていなかったのだ。

「ど、どうしたんだよ唯! そんなに太っちゃって……」

それを認めて、最初に唯に駆け寄ったのは律であった。

「そ、そうよ唯ちゃん……体重に悩むのは私と澪ちゃんの専売特許だったのに……」

すると、唯は垂れた頬を緩ませながら、ゆるゆるとした口調で、

「あのね、台所にね、大きな冷蔵庫があるんだ」

「冷蔵庫……ですか?」

「冷蔵庫の中にね、お肉がいっぱい入ってるの」

「マジかよ……」



46 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:52:13.44 beaAV/gl0 25/51

その発言は、とてもじゃないが冗談にすら聞こえなかった。

と、同時に、本来であれば自宅に引き篭もっていても身体的な健康だけは妹に管理されているはずだろうにもかかわらず、この不摂生ぶりはすなわち、唯の精神が既に憂にもどうしようもないレベルにまで向こう側に行ってしまっている証拠だった。

「なんてことでしょう……」

「あの可愛かった唯ちゃんが……」

「あっ」

絶句する三人を尻目に、唯は急に何かを思い出したように立ち上がると、懐から歯ブラシを取り出し、水も歯磨き粉もないのに歯を磨き始めた。

「な、なにをやってるんだ……?」

すると、また急に電源が切れたかのように手を止め、ソファーに座りなおす……かと思えば、また立ち上がり歯を磨き始める。

唯はこの一連の動作を20分ほど続けた。



47 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:55:57.18 beaAV/gl0 26/51

「唯ちゃん……何と嘆かわしい……」

「唯先輩……」

あまりの唯の姿に、紬と梓は人目も憚らず泣き出していた。

そして、

「…………」

無言で唯に背中を向け、ひたすらにミキシング卓を弄っている澪もまた、涙を堪えていることが、その震える肩から容易に窺えた。

すると、

「ねぇ、りっちゃん――」

律は唯が自分の名前を覚えていてくれたことに先ず安堵を覚え、同時にその安堵がいかに悲しいものかに気付き、また絶句した。

「わたしはどのパートにギターを入れようか~?」

「なっ……」

なんてことだろう。

唯はいまだに自分がHTTのメンバーだと思っているのだ。




48 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 00:58:15.29 beaAV/gl0 27/51

「(どのパートもなにも……そもそもお前はギターすら持ってきていないじゃないか……)」

「うっ……」

最後まで堪えていた律の涙腺もとうとう決壊してしまった。

すると、

「ごめんね唯ちゃん……曲は殆ど完成していて、ギターのパートも全て録音し終わってしまったのよ……」

事実は、まだギターもキーボードもオーバーダビングする余地が十分に残っている。

紬の答えは、明らかな優しい嘘であった。

「そう」

そう言って、唯は特に不満げな表情を見せるでもなく、ソファーに座りなおした。

「でも必要があったらすぐに言ってね。いつでも身体を空けておくから」

「そうね……そしたら是非唯ちゃんにお願いするわ……」



49 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:01:21.33 beaAV/gl0 28/51

スタジオには、澪がプレイバックする新曲の音源だけが空しく流れ続けていた。

澪はまるで、悲しみを紛らわせるかのように何度も曲をプレイバックし、卓を弄繰り回していた。

「ねぇ、澪ちゃん――」

「……なんだ?」

「どうしてそんなに何回も聴き返すの? 一回聴けば十分じゃないのかな」

「!」

そうだ。

唯は昔からどんなギターフレーズでも一度聴けば覚えてしまったし、レコーディングもほぼワンテイクで済ませていた。

唯は狂人である前に、とんでもない天才なのだ。

「でも、うん、いい曲じゃないかな。ヒットしそう。この曲がリリースされれば、わたしたちHTTの知名度も、もっと上がるね」

既に4人体制のHTTはメガヒットを持つバンドとなっていたし、そもそも唯は『わたしたち』には既に入らない、バンドのメンバーではないのだ。

結局、その日のミキシング作業は少しも進捗することなく、スタジオは異常なほどの悲しい空気に支配されたのであった。



50 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:05:33.60 beaAV/gl0 29/51

「――と、いうことがあったんだ」

ニューアルバムの取材のために行われたインタビューで暴露された余りに悲しい逸話に、ペンを持つ音楽雑誌の記者の手は思わず止まっていた。

記者「……ということは、今回のアルバムは唯さんに捧げたものになるのですか?」

「そうなるのかなぁ……でもインスピレーションを受けたのは間違いないよ」

そうして、発売された5枚目のアルバムには、唯をモチーフにしたと思しき叙情的な2曲、『Shine On You Crazy Castanet(狂ったカスタネット)』、『Wish YUI Were Here(唯がここにいてほしい)』が収録された。



52 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:08:24.32 beaAV/gl0 30/51

記者「今でも、唯さんとは接触があるんですか?」

「それが、私たち4人は会えないんだ……。唯は最近HTTにいたころの記憶が何度もフラッシュバックして、錯乱するんだって。それで、医者に止められてる。『メンバーに会うと、更なる精神崩壊を招く危険性がある』って」

記者「それではあなたにとって平沢唯とはどんな存在ですか?」

「何度も言うようだけど、唯は天才である前に純粋な一人の人間であり、HTTの元メンバーである前に親友だよ。だからこそ、唯の存在が今のHTTの推進力に、私自身の推進力になっているのは、間違いないよ」



53 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:11:30.42 beaAV/gl0 31/51

しかし、徐々に4人体制のHTTにも崩壊の兆しが見え始める。

その原因は澪であった。

発端は6枚目のアルバム『動物さんたち』に伴うライヴツアーでの出来事だった。

元々、ステージに立つことに抵抗があった澪は、コンサートで騒ぐ観客に嫌気が差し、ある日MCでこう言い放った。

「みんなは私たちの演奏を聴きに来ているのか、私たちの姿を見に来ているのか、どっちなんだ!」

そして、騒ぐ観客に向け、澪はあろうことか唾を吐きつけた。(だが、客は逆にその唾に喜んでありついた)

この経験は澪の心の中に大きなトラウマを残す結果となり、

「なぁ律、私が思うに、観客とバンドの間には大きな壁があるような気がするんだ」

「は?(何言ってんだこいつ)」

「よし決めた。次は人間相互の間にある『壁』をテーマにしてアルバムを作ろう。きっと唯もそんな人間同士のコミュニケーションに悩み、精神をおかしくしてしまったのかもしれない」

そうして発売されたアルバム『The 壁』は余りにも難解で澪の個人的な内容にもかかわらず大ヒットを記録し、アルバムに伴うライヴツアーでの、客席とステージの間に壁を築くという大掛かりな演出も好評を得た。



54 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:14:10.40 beaAV/gl0 32/51

しかし、澪の極度に個人的な方向へと傾倒する音楽性と、他のメンバーの方向性が衝突することは、まさに自明の理であった。

「澪先輩の作る曲は内省的で暗すぎます! バンドの方向性を改めるべきです!」

そして、反秋山澪の旗手となったのは、唯の無き後、澪と並ぶフロントウーマンとしてバンドを牽引した梓であった。

「梓はわかっていない。今更、腑抜けた愛だの恋だのを歌って何になる? 今のHTTは、唯という仲間の犠牲の上に成り立っているんだぞ? だからこそ、唯のような天才が持っていた狂気や人間の本質的な感情について歌にすべきだ」

「それにも限度があるということです! 自殺や鬱病の歌ばかり演奏しているバンドなんて、それはもう私たちが目指した放課後ティータイムの姿ではありません!」

「そこまでいうなら仕方ない。私は抜けるとするよ」


2 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:27:05.16 beaAV/gl0 33/51

こうして、放課後ティータイムから秋山澪が脱退、ソロ活動へ転向した。

公式に発表された理由は『放課後ティータイムは創造性を使い切った』というものであった。

一方、梓、律、紬の残された3人はHTTの継続を決意した。

「放課後ティータイムは解散させちゃいけない。それがあの人……唯先輩の帰る場所であるからこそ」

しかし、事態はそう上手くは転ばない。

なんと、澪が『放課後ティータイム』のバンド名の使用の差し止め及び既存の楽曲の演奏の差止めを申し立てたのだ。

これには幼馴染であり澪とは関係の深かった律も、温厚な性格だった紬も、憤慨せずにはいられなかった。

「澪のやろうとしていることは、HTTというバンドを潰すこと、それはつまり唯の帰る場所を破壊していることと同義だ!」

「澪ちゃんが何を考えているのかわからないわ。唯ちゃんの惨状に、一番胸を痛めていたのは澪ちゃんだったはずなのに!」



3 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:28:26.73 beaAV/gl0 34/51

ついに両陣営は法廷へと泥沼の舌戦の場所を移した。

この頃には、『放課後ティータイム』は『現メンバーと元メンバーが裁判で喧嘩しているバンド』としての認識の方が高くなり、もはや狂気の天才、平沢唯のことを思い出す人間もいなくなった。

そして、泥沼の裁判は終わった。

結果として、『放課後ティータイム』というバンド名の所有権は梓陣営に残ったものの、楽曲の使用収入の20%を澪に支払うこと、あわせて澪のソロアルバムといっても差し支えなかった『The壁』に関わる全ての権利を澪に譲渡することとなった。

「澪先輩のことは見損ないました」

「アイツは結局、自分が儲けたいだけじゃないか! 自分で勝手にHTTをかき回して、自分で勝手に出て行ったくせにだ!」

「とにかくこれでHTTとしての活動はできるわね」



4 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:29:59.92 beaAV/gl0 35/51

3人体制のHTTはアルバムを発表。

3人になったもののバンドの勢いは衰えず、リリースするアルバムはヒットを記録した。

そして、大規模な全国ツアー。

ここで3人はライヴのセットリストに必ず唯作詞作曲の初期の楽曲を加え、演奏した。

「なんで今更昔の唯の曲を演るかって? そりゃ、ツアーの後ライヴアルバムを発売する予定だからだよ」

「唯ちゃんの曲がライヴアルバムに収録されて、それが売れれば、唯ちゃんの元に印税が入りますから」

「HTTメンバーは唯先輩に面会することが許されていないですから。これくらいしかしてあげられることはありません」

アルバム、ツアーを成功させ、その利益を平沢唯に還元し続ける3人。

一方、自らの利益と創造性を優先し、唯を顧みることのないソロ活動中の澪。

両者のスタンスは明確に分かれた。



5 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:33:50.09 beaAV/gl0 36/51

そして、この頃、東○ポ一面に驚くべき記事が掲載される。

題して『元HTTメンバー、来るってしまった天才ミュージシャン平沢唯の今を激撮!!』

紙面には、やはり丸々と肥え、もはや老婆にしか見えぬほどに容姿が憔悴した唯の姿があった。

ただし、盗撮したと思われるおぼろげな輪郭な写真でもわかるほどに、その瞳は『あの』平沢唯のものであった。

「あの記事を見て、思ったよ。唯のことはもうそっとしておいてあげて欲しいって」

「唯ちゃんは今、妹の憂ちゃんと実家に二人暮らし、生活資金は生活保護とHTTの印税収入に頼っている状態、普段はもっぱら油絵を描いて過ごしていると記事にはあったわ」

「世間は唯先輩のことを稀代の奇人のように扱いますが、聞いた話だと今では近所の人とも上手くやっているし、昔ほどの奇行も目立たないそうです。だからこそ、そっとしておいてあげてほしいですね」

一方、澪はソロ活動転向後、唯についてノーコメントを貫きとおしていた。



6 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:36:07.40 beaAV/gl0 37/51

さらに数年後、また新たなアルバムを発売し、ツアーを行った3人HTTは、例のごとくライブアルバムの印税収入を平沢家の口座へと振り込んだ。

すると、梓の元に一本の電話が入った。唯の妹、憂からであった。

『梓ちゃん……気持ちは嬉しいけど、こんなにたくさんのお金、もういいんだよ?』

「何言ってるのよ憂、唯先輩の介護で忙しくて、生活も厳しいんでしょ?」

『でも毎月○○円も振り込んでもらうのは流石に多すぎるし……』

「えっ……!?」

梓が絶句した理由は、憂の言った金額が、自分達が定期的に振り込んでいた金額よりも明らかに多かったからであった。

そして、憂の言葉には続きがあった。



7 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:37:55.45 beaAV/gl0 38/51

『それに……もうお姉ちゃんのためのお金は必要なくなるから……』

「それって……どういう意味?」

『実はね、HTTの4人にはずっと黙っているつもりだったんだけど、お姉ちゃん、病気でもう長くないんだ……』

「………!!??」

『お医者さんの見立てでは長くてもあと一年……』

「そんな……! そんなことって!!」

『梓ちゃん達HTTの皆さんにはとても感謝してるよ。お姉ちゃんもきっと同じ気持ち』

「……そんな残酷なことって……ありえない!!」

『今まで黙っていてごめんね』



8 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:40:12.38 beaAV/gl0 39/51

憂の衝撃の告白からほどなくして、3人HTT以外に唯に対し金銭的支援を行っていた人物がいたことが明らかになる。

それは当然、秋山澪を置いて他にいない。

「澪のやつ……まさかそんなことをしていただなんて……全然知らなかった」

「もしかして裁判の時に楽曲の使用料を要求したのも、そういう気持ちがあったからなんでしょうか……」

「とにかく、今度マネージメントを通して澪先輩と一度話し合いの場を設けます。唯先輩の今後のこともありますし……」

「…………」


そうして数年ぶりに設けられた4人の会談の場で、3人に追求された澪は自らの行いについてこう語った。

「私が唯を見捨てられるわけなんてないだろ」

「じゃあなんでHTTを解散させようなんて真似をしたんだ! 唯にとって帰る場所はHTTしかなかったはずだろ!?」

「『放課後ティータイム』というバンドの存在が、もはや今の唯にはプレッシャーなんじゃないかと思うんだ」



11 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:41:23.90 beaAV/gl0 40/51

「それは一体どういう意味?」

「実際この間、唯の今の生活ぶりがパパラッチされただろう。結局、HTTというバンドがこの世に存在し、活躍を続ける限り唯の肩から『元HTT』という重い看板が下りることはないんだ。これは自分が実際にソロ活動をしていても感じたことだ。今の唯はそれこそ自分がHTTのメンバーだったという記憶すらないかもしれない。世間も唯が元メンバーだったことを忘れているかもしれない。だけど、その過去を掘り返す人間はこれからも確実に存在し続けるだろう」

「つまり今の唯先輩にとってはHTTの存在はプレッシャーでしかないということですね」

澪の言い分には、3人も納得せざるを得なかった。

「でも……だったらなんでそれを言ってくれなかったんだよ!! お前がもっと素直に自分の考えを言ってくれたら……今頃別の選択肢もあったはずなのに……」

「結局、私も弱い人間だったんだ。そういう自分を悪者にして、いじけながら背中を丸めて逃げる選択肢の方が楽だなんて思ってしまった」

「でも……今は……」

「わかってるよ。唯の病気の話を聞いて、私も気が変わった――」

澪の言わんとしていることが何か、わからない3人ではなかった。



12 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:43:18.67 beaAV/gl0 41/51

「もう一度、4人でステージに立って、HTTは演奏する! 金のためや名誉のためじゃない!」

「唯先輩の残した楽曲を人々に語り継ぎ、唯先輩に自分がいたバンドがどれだけ素晴らしかったかを思い出してもらうため……ですね」

「ああ。確かに迷いはある。あと一年の時間しか残されていない唯の人生にとって、HTTの記憶をわざわざ蒸し返すことは迷惑にしかならないかもしれないけど……」

「もしも唯がこの場にいたら……」

「そうね。絶対にやりたいって言うはず」

「そうだ! 4人……いや、5人の放課後ティータイムの再始動ライブをやるんだ!」

数カ月後、とある大規模ロックフェスティバルのメインステージ、大トリの舞台に4人のHTTのメンバーが出演することが発表される。

決定的な亀裂が入ったと思われた澪とその他3人の間のまさかの仲直り。

伝説のバンドの本当の意味での再結成。

世間は4人HTTの再始動を熱狂して煽り立てた。

しかし、4人の気持ちは違う。

これは、とある廃部寸前の軽音部からスタートし、ひたすらに楽しい音楽を作り出すことを目指した5人の放課後ティータイムの再始動なのだ。




14 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:45:00.48 beaAV/gl0 42/51

そうして、ライブ当日。

4人のメンバーがステージに現れると観客からの怒号のような歓声があがる。

「まずはじめに――」

レフティベースを抱えた澪が、マイクににじり寄った。

「またこうやって、律、ムギ、梓の3人と演奏できる幸せについて感謝したい」

「それと――今から演奏する曲を今日は残念ながらこのステージには立つことができなかったもう一人のメンバー……平沢唯に捧げます」

そうして、梓の弾く優しいアコースティックギターの調べに導かれ、演奏が始まった。

曲は『Wish YUI Were Here(唯がここにいてほしい)』



15 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:47:44.34 beaAV/gl0 43/51

So, so you think you can tell
(きみはわかっているのかい?)
Heaven from Hell, blue skies from pain
(天国と地獄の違いを。青空と苦痛の違いを)
Can you tell a green field from a cold steel rail?
(草原と冷たい鉄の線路の違いを)
A smile from a veil?
(頬笑みと偽りの仮面の違いを)
Do you think you can tell?
(きみはわかっているのかい?)

4人の演奏は何年もの、ブランクがあったとは思えないほど、素晴らしかった。

And did they get you to trade
(きみは取引に応じてしまったのかい?)
Your heroes for ghosts?
(英雄と亡霊の交換の取引に)
Hot ashes for trees?
(熱い灰と木々との取引に)
Hot air for a cool breeze?
(熱い空気と涼しい風との取引に)
Cold comfort for change?
(冷たい慰めと変化との取引に)
And did you exchange
(きみは交換してしまったのかい?)
A walk on part in the war for a lead role in a cage?
(戦争での脇役と籠の中での主役とを)




16 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:49:40.16 beaAV/gl0 44/51

How I wish, how I wish YUI were here
(どれだけ、どれだけ私が唯にここにいてほしいと願ったことか)
We're just two lost souls swimming in a fish bowl Year after year
(私たちはまるで永遠に金魚蜂の中で泳ぎ続ける失われた二つの魂のよう)
Running over the same old ground
(同じ大地を走り回り続けて)
What have we found?
(私たちは何を見つけた?)
The same old fears
(昔馴染みの恐怖だけ?)
Wish YUI were here
(唯がここにいてくれたらよかったのに)

一方、その頃、このライヴの生中継を病床のテレビでじっと食い入るように見つめている者がいた。

平沢唯である。


17 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:50:48.70 beaAV/gl0 45/51

死の床に伏した彼女の身体は、今までの丸々と肥えた姿が嘘のようにやせこけていた。

「お、お姉ちゃん! 何を見ているの……!? ダメだよ!?」

思わぬ事態を目にした憂が、すぐさまテレビのリモコンを探す。

姉に過去の幻影を見せてはいけない――唯を思いやるその気持ちが先走り、憂を突き動かしていた。

しかし、

「消しちゃダメ!」

久しぶりに聞く姉の激しい声に、憂は思わずリモコンを持つ手を止めてしまった。

「…………」

唯は黙ってテレビの向こうで演奏を続ける、とあるバンドの姿を見つめている。

明らかに見知っているはずのメンバーが演奏している映像であったが、不思議と取り乱す様子もない。




19 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:52:22.62 beaAV/gl0 46/51

「ねぇ憂、知ってる?」

「……?」

「わたしね、昔このテレビに出てるバンドのメンバーだったんだよ!」

「!!」

「バンドの名前はね、『放課後ティータイム』って言ってね。担任のさわちゃん先生がつけたんだー」

「それでね、このドラムを叩いてるのが元気いっぱいの田井中律ちゃん」

「こっちがおっとりぽわぽわのキーボードの琴吹紬ちゃん」

「ベースが秋山澪ちゃん、しっかりしてるけど恥ずかしがり屋で恐がりなんだ」

「それと、ちっちゃくて可愛いギターの中野梓ちゃん」

「この4人とね、わたし、昔おなじ部活でおなじバンドにいたんだよ! すごいでしょ?」



21 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:56:45.08 beaAV/gl0 47/51

「……お姉ちゃん、それは違うよ」

「え? ちがうの? もしかしてわたしのかんちがい?」

「そうじゃなくて……」

「お姉ちゃんは今でも放課後ティータイムのメンバーだもん……」

「そうなの!? わたしって、もしかしてすごい? すごい?」

「うん……すごいよ……お姉ちゃんはすごいバンドのメンバーだよ……」

「そうなんだ~……えへへっ……」


感動と熱狂のHTT再始動ライヴから数週間後。

予告されていた1年よりも早く、まるでこの世でやり残したことは何もないと言わんばかりに、平沢唯は眠るように天へと旅立った。

臨終の際には、澪、律、紬、梓の4人が寄り添い、ずっと唯の手を握っていたという。




22 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 01:58:32.89 beaAV/gl0 48/51

それから、更に10数年の月日がたった。

この日、久方ぶりに放課後ティータイムのメンバーだった面々が一堂に会した。

「よう澪、久しぶり。大分老けたな」

「それはお互い様だろう?」

律も澪も、既に世間ではオバサンと呼ばれてしかるべき年齢となっていた。

「澪先輩! 律先輩! お久しぶりです!」

「梓かぁ! お前は……あんまり変わってないな!」

「相変わらず成長していないな。色んな所が」

「それは律先輩も同じ……って、この歳になって言うセリフじゃないですよ」

平沢唯の逝去をもって、放課後ティータイムは正式に解散した。

解散の理由は単純明快。

「いるべきメンバーがいなくなった今、これ以上バンドを継続することは出来ない」

大成功に終わった再結成ライヴの直後の発表だっただけに、世間はその解散を惜しんだという。



24 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 02:01:12.39 beaAV/gl0 49/51

「しかし、こうして集まったのが3人だけっていうのも、何だか皮肉なものがあるよな」

「そうだなぁ。昔は私と唯を除いた3人でHTTを名乗ってた時期もあったけどな」

「澪先輩、それはいいっこなしですよ」

「ムギの場合も、あまりに突然だったからなぁ」

「…………」

唯の死から数年後、その後を追うようにキーボード担当の琴吹紬が他界した。

後でわかった事実では、3人体制HTTの活動中から、既に紬は癌を患っていたという。

それを自覚しながら紬をHTTの活動へと向かわせた源は、バンドへの情熱と唯への親愛の情に他ならない。

「……そろそろ時間ですね。いきましょうか」

「そうだなー。それにしても表彰式だなんて、私たちの柄にあわないけど」

「それは律だけだって。いや、正確には唯もか」



25 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 02:07:32.54 beaAV/gl0 50/51

今日は放課後ティータイムが、長年と活動と後世に及ぼしたその音楽的影響から、名誉ある『ロックの殿堂』に名を連ねることとなり、その表彰パーティーであった。

「このような賞をいただけたことは大変光栄の極みです……」

壇上に上がると、澪は緊張しながらも受賞スピーチの言葉を繋いだ。

「思えば高校の軽音部から始まったはいいものの、毎日練習もそっちのけでお茶ばっかり飲んでいた私たちがロックの殿堂入りだなんて、分不相応なのかもしれません――」

「私たちはただ皆で楽しく、心行くまで演奏がしたいと思ってHTTの活動を続けてきただけなのですから――」

「それでも私たちが世間でいうところの商業的、音楽的成功を掴むことが出来たとするならば、それは――」

「私たち5人の絆が成した業――と以外に表現のしようがありません」

「今はこの場にいない2人のメンバー、唯とムギも、喜んでいることと思います」

「本当にありがとう。放課後ティータイムをやってきて、本当に良かった」

そうして、授与された記念の盾には、確かにこう記されていた。

~Rock’n Roll Hall of Fame ~
『Houkago Tea Time』
Yui Hirasawa:Guitar&Voca
Mio Akiyama:Bass&Vocal
Ritsu Tainaka:Drums
Tsumugi Kotobuki:Keyboard
Azusa Nakano:Guitar

おわり


33 : 以下、名... - 2010/05/03(月) 02:14:01.03 beaAV/gl0 51/51

終わりです。

最近ネタばれするのがあまりに速くてvipの底力を見る気がする。

その通り、ピンク・フロイドというイギリスのロックバンドのシド・バレットという元メンバーをパロディにしたSSでした。
ちなみにシド・バレットという人はバンド時代は男でも惚れるイケメンだったのが、精神崩壊してからはただのピザハゲになってしまったのですが、作中でもふれたとおり、本当に目つきだけはそのまんまなんですよねー。

シド・バレットはFF7のキャラの名前の元ネタにもなっている……と思う。

ムギを殺す必要はなかったと思うけど……史実ではつい最近キーボードの方はお亡くなりになってしまったので。




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