1 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:50:46 QPn 1/75

設定は6年後の劇場。
TIntMe!の3人と新人アイドルのお話です。

元スレ
【ミリマス】乗っ取れTIntMe!
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1603169446/

2 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:52:52 QPn 2/75

「TIntMe!を乗っ取る!?」

「しーっ! 声が大きいって」

 青いジャージを着た明歩の口を手で押さえ、慌ててレッスンルームの入り口を確認する。しばらく待ってみるがドアが開く様子はない。ほっと溜息をついたところで目の前からもごもごとした声がしていることに気付く。

「ちょっと苦しいよ、いさみちゃん」

「ごめんごめん。だって明歩の声が大きいから」

「んー……、でも、アレは誰だって声が大きくなると思うよ」

 鏡に寄りかかって座る梅香が耳を抑えながらほほ笑むと、明歩が「だよね」と長い髪を振り回しながら食いつく。

3 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:53:17 QPn 3/75

「TIntMe!の先輩たちと同じステージに立つだけでも恐れ多いのにさ、乗っ取るだなんて身の程知らずにも程があるよ」

「私たちだって765プロのアイドルになって一年経つんだよ。この世界は実績がモノをいうんだし、身の程とか考えてちゃトップアイドルにはなれない。強欲に勝ちにいかなきゃ」

 私は自分の赤いジャージの上に置いた右手でギュッと握りこぶしを作った。

「でも、物事には順序ってものが……。だいたいさ、乗っ取るって何?」

「それはもちろん、私がTIntMe!の新しいメンバーになるってこと」

 レッスンルームの窓ガラスが明歩の声で震える。

4 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:53:53 QPn 4/75

「えへへ、今度は先に防げた」

 黄色いジャージに身を包んだ梅香が得意げな笑顔を見せる。

「私は……無理だった。まったく、音が取れなくなったらどうするのよ、明歩」

「だってさー」

 立ち上がった明歩が両手をわなわなと震わせる。

5 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:54:53 QPn 5/75

「TIntMe!に新しく入るってことはあの三人に食らいつくってことでしょ? しかも、乗っ取るってことはリーダーになるってことでしょ? そんなの無理だよ」

「あれ? いーちゃんは四人目のメンバーになるつもりなんだ。わたしはてっきり誰かを追い出すのかなって」

「いやいや、さすがのいさみちゃんでもそんな物騒なことは考えないでしょ」

 乾いた笑いを見せた明歩だったが、私が首を大きく縦に振るのを見ると今日一番の大きな声を出した。
 壁が壊れてレッスンルームと廊下がつながってしまうかと思ったが、さすが天下の765プロだ。ビクともしていない。ちゃんと手で押さえたのにヒリヒリする私の鼓膜はこの頑丈さを少し見習ってほしい。

6 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:55:24 QPn 6/75

「誰の代わりになるつもりなの? 環先輩? 育先輩? 桃子先輩? いやいやいや、全員無理だよ」

「そうかな? 一人だけ浮いている人がいるように私は思うけど」

 私の言葉に梅子は頬に手を当てて考え事をするしぐさを取った。一方の明歩は私の言いたいことが分かったらしく、また「無理、無理」と言い始めた。

7 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:56:06 QPn 7/75

「環さんはダンスもカッコいいし、モデルとしても活躍している。桃子さんは舞台にドラマに引っ張りだこ。じゃあ、育さんは」

「育さんはテレビでよく見るかなー。雑誌でもよくインタビューを受けてるイメージ」

「でも、レギュラーじゃないでしょ? よくて準レギュラー。二人に比べたらパッとしないよ」

 梅子が「そうかなー」と考え込むしぐさを取る。

「一方の私は新進気鋭のアイドル。経験は浅いけど話題性は充分。それに歌でなら育さんに勝てる自信がある」

「まぁ、確かにいさみちゃんは歌が上手だけど、だからって育先輩の代わりは」

8 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:56:25 QPn 8/75

 尻込みする明歩に私はふふんと鼻を鳴らす。窓際のホワイトボードの前に立ってペンのふたを外した。

「アイドルに必要な三要素はボーカルとダンスとビジュアル。オーディションでもこの三要素の審査員がいるぐらい重要なポイントよ。それじゃあ問題。TIntMe!は誰がどれを担っているでしょうか? はい、明歩」

「ええっ! うーん、環先輩がダンスで桃子先輩がビジュアル。……となると育先輩がボーカル、かなぁ」

「わたしもあーちゃんと一緒かなあ。でも、桃子さんも育さんもビジュアルかなっても思うかも」

「梅香が正解。あの三人はダンスとビジュアルとビジュアル。つまり、バランスが悪いの。だから歌が得意な私が育さんの代わりに入れば三要素がきれいにそろってより良いユニットになるってわけ」

9 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:57:03 QPn 9/75

 ホワイトボードに赤いペンで自分の名前を書いてキュッと丸を付ける。きっと二人も納得しているに違いないと自信満々に振り向いたが、明歩と梅香の顔には賞賛どころか驚きの表情もない。

「言いたいことは分かったけどさ、いさみちゃんが言うバランスの悪いユニットって結構ない? ほら、未来さんたちとかまつりさんたちとか」

「んー、そうだよねー。ユニットのバランスって良し悪しとあんまり関係ない気がする」

「で、でも、バランスは大事でしょ。ほら、琴葉さんたちのユニットはバランスが良くて最高じゃない」

 これじゃ自分の考えが怪しいことを認めているようなものだ。きっと今の私はホワイトボードに書いた自分の名前と同じくらい真っ赤な顔をしているだろう。

10 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:57:38 QPn 10/75

 さっさと消してしまおうとペンを置いた時、入り口のドアが開いた。

「おー、やっぱり明歩たちだ。声がしたと思ったんだよね」

 オレンジの髪をたなびかせてこちらへ歩いてくるのは、つい今し方まで話題に上っていた環さんだった。

「今日は何のレッスン? ダンスだったら私も混ぜてよ。軽く身体を動かしたくってさ」

 屈託のないという言葉がぴったりの顔で私たちに微笑みかけるとぐっと伸びをした。ショートパンツにTシャツというラフな格好をしているせいで、引き締まったお腹がちらりと見える。すらりと伸びた脚と相まって少しドキリとしてしまった。

11 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:58:03 QPn 11/75

「あれ、なんでホワイトボードに私たちの名前が書いてあるの」

 私の背後を環さんが指差す。まさか三人のうち誰かが来るなんて思ってもいなかった。何か言い訳をしなければととりあえずペンを取ろうとする。しかし、うまく手につかず床に落としてしまった。

「もう、いーちゃんったら恥ずかしがっちゃって。今度、環さんたちと一緒にステージに立つからみなさんのお話をしていたんです」

「そうなんです。私、TIntMe!の皆さんが大好きなので」

 梅香のフォローに乗ってできるだけ熱っぽく答える。環さんは顔をぱあっと輝かせてホワイトボードをまじまじと見る。

「そういうの、なんか嬉しいな」

 環さんの照れ臭そうな笑顔に少し胸が痛んだが全部が嘘というわけではない。私がTIntMe!を大好きだと言うのは本当のことだ。

12 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:58:37 QPn 12/75

「じゃあ、ここにいさみの名前が書いてあるのは私たちとステージに立ちたいからってことかな。……うん、おもしろいかも」

「おもしろいって、まさか環先輩たちといさみちゃんが一緒にステージに立つってことですか」

「TIntMe!はトリオだから全員と一緒に、ってわけにはいかないけどね。もちろん本番でそんなことはできないから練習でやってみるのはどうかな」

 環さんは腰に手を当てて私を見た。私の両目をまっすぐに捉えるその瞳にはオレンジ色の炎がチラチラと揺れている。楽しませてくれるんだよね、と挑発するように。

「もちろんです。やらせてください」

「オッケー。それじゃあ育と桃子にも伝えておくよ。スケジュールはあとで連絡するね」

 そう言うと環さんはくるりと回ってそのままレッスンルームを出ていった。

13 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 13:59:03 QPn 13/75

「ダンスレッスン、一緒にしていかないんだ」

 梅香の呟きはもっともだったが、私はそれどころではなかった。

「いさみちゃん、本当に乗っ取るつもりなの」

「こんなチャンス逃せないでしょ。隙があれば狙っていくよ」

 私の答えに明歩が頭を抱えてしゃがみ込む。

「育さんにぐらい勝てないとトップアイドルなんか夢のまた夢だよ。絶対、環さんと桃子さんに私の実力を認めさせるんだから」

 私は拾ったペンをギュッと握りしめた。

14 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:11:48 QPn 14/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの、本番じゃないって言ってましたよね」

「そうだよ。今日は公演もないし」

「本当に、ステージを使っていいんですか。今日は本番のための練習というわけでもないのに」

 環さんに指定された日に劇場へ来ると、私たちはレッスンルームではなくステージ袖に連れてこられた。普段はスタッフやアイドルでごった返しているこの場所も、今は私たちと環さんの四人しかいない。

「美咲がいいって言ったんだからいいんだよ。それにこういうのは本番に近い環境のほうが楽しいでしょ」

 ニッカリと笑った環さんの明るい声が薄暗いステージ袖に響いた。

15 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:12:37 QPn 15/75

 照明を付けてみんなでステージの真ん中へ移動すると、まっくろな客席が私たちを出迎えた。
 吸い込まれるような黒。
 お客さんのいない客席はリハーサルで見たことはある。しかし、その時もスタッフさんが客席にいてリハーサルの様子を見ている。今みたいに本当に誰もいない客席を見たのは初めてだった。

「ちょっと、ステージに集まるんならそう言ってよ」

 ステージ袖からせわしない足音とともにぷりぷりと怒る声が聞こえてきた。

16 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:13:06 QPn 16/75

「あれ、言ってなかったっけ」

「聞いてない。メッセージにも集合場所は書いてなかった。レッスンルームに集合するのかと思って待ってたのに」

 環さんの前で桃子さんが眉毛を八の字にして仁王立ちする。
 桃子さんは環さんより、いや、ここにいる誰よりも背が低い。それなのに、環さんの口と同じ高さから言葉が出てくるように感じるのは桃子さんのオーラがなせる業なのだろうか。
 ただ、当の環さんはあっけらかんと笑って「ごめんごめん」と手を振って謝るだけだったが。

「すみません、桃子さん。急な練習を組んでもらって」

「いさみたちが謝ることじゃないよ。それに私も面白そうだなって思ったから」

 桃子さんは腰に当てた手を下ろすとすぐに表情を柔らかくして微笑んでくれた。

17 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:13:58 QPn 17/75

「それじゃあ、始めようか。いさみ、準備はいい?」

「ちょっと待ってください。育先輩は来ないんですか」

「育は少し遅れるって。前の仕事が押しているみたい」

 私は少し残念なような、ほっとしたような気持ちになる。
 桃子さんが音出しを依頼すると梅香がサッと手を上げた。明歩は客席から私たちの様子を見てくれることとなった。明歩が「がんばって」と手を上げる。私は「もちろん」と返してその手をパチンと叩いた。

18 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:14:29 QPn 18/75

 環さんたちと軽い打ち合わせをする。曲は私からのリクエストをあらかじめ伝えてある。そのときに担当したいパートも伝えてあった。もちろん育さんのパートだ。当の本人がいないので私の希望通りとなった。

 始まる前に袖に置いておいた水を取りに行くと機材席に座っていた梅香が近づいてきた。

「いよいよだね」

「うん、一緒にステージに立てば先輩たちだって私の実力をユニットに欲しくなるはずだよ」

 のどを水で潤して、軽く発声練習をする。

「ひとつ聞いてもいい? もし環さんと桃子さんに認められたら、いーちゃんは二人と活動するの」

「もちろん。世間に私を知ってもらうためにTIntMe!に入るんだから。何か問題あるっけ」

 キャップを締めてペットボトルを机に置く。梅香は首を横に振ってにっこり微笑んだ。

「ううん、なにも。それじゃあ、がんばってね」

 梅香が手を上げる。変なことを聞くんだなと思いつつ、私は彼女の手をパチンと叩いた。

19 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:15:29 QPn 19/75

※注 新人アイドルの三人(いさみ、明歩、梅香)はオリジナルキャラとなります。

20 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:16:05 QPn 20/75

 ステージ上では環さんたちがめいめいに身体を動かしていた。
 環さんの顔には笑顔があった。ただ、いつもの屈託のない笑顔ではなく、新しいおもちゃを見つけた子供のようなワクワクした表情だった。
 一方の桃子さんは淡々と柔軟をこなしている。ただ、その目はどこか一点を見つめており、気軽に話しかけることができないプレッシャーをまとっていた。

 水で潤したばかりののどに渇きを覚える。私はゴクリとつばを飲み、小走りで自分の立ち位置へついて「お待たせしました」と頭を下げた。

21 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:16:53 QPn 21/75

「それじゃあ、始めるよ」

 環さんが手を上げる。頭上からスローテンポの前奏が降りてきた。この曲の歌いだしは育さんから。つまり、私からだ。

「もっと大人になって」

 音程はバッチリ、表現力も申し分ないはずだ。もちろん振り付けだって一分の狂いもない。伊達に昔からこのパートばかり練習してきたわけじゃない。

 環さん、桃子さんの歌声が続き、三人のハーモニーが響き渡る。

 私が選んだのはTIntMe!の始まりの曲、『Arrive You ~それが運命でも~』。アイドルになる前に何度も繰り返して聞いた曲だ。

 そして、私がアイドルに、この765プロのアイドルになろうと決意した曲でもある。

22 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:17:55 QPn 22/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 『Arrive You』を初めて聞いたのはテレビのCMだった。
 あの日、私はリビングのソファーに座ってお母さんと一緒にテレビドラマを見ていた。ドラマの内容はよく覚えていないが、クラスで人気だったことは覚えている。
 つまりは話題についていくためだけに見ていたので、ボーッと眺めていたというほうが正しいかもしれない。

 たいていのテレビドラマは終盤に差し掛かるとCMの時間が長くなる。自分には関係のないシンデレラストーリーの行く末を待ちながら大きなあくびをした時、あの曲は私の前に現れた。

23 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:18:32 QPn 23/75

『今すぐ会いたい』

 たった15秒間の出来事。流れたのもサビの一部分だけ。それなのに曲と画面に映る三人の姿と声に釘付けになった。

 三角形の摩天楼に立つ三人。歌っている姿がアップで映るたびにそれぞれが使用しているリップがカットインで差し込まれる。

 特に目を引いたのは黒髪の女の子だった。サイドにお団子をひとつ作った髪型は子供っぽいし、体格を見る限り私とそんなに年が離れていないように感じた。なのに、アップで写されるピンクのリップをつけた表情は大人っぽくて、私では手の届かない場所にいるように思えた。

 三人がコスメの商品名を挙げたところでCMは終わった。続いてドラマが始まり、次回へと続く重要な場面が流れ始めた。しかし、私の頭の中には黒髪の女の子の表情とCMの曲がリピート再生されていた。

24 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:19:41 QPn 24/75

 次の日、給食の時間にドラマの話題になったとき、私はCMの話を振ってみた。とはいえ、記憶の中にある歌をそらんじてみたが正しいかどうか自信はないし、誰が歌っていたかなんて分からない。コスメのCMだということ以上の説明が上手く出てこなかった。
 それでも班のみんなも印象に残っていたのか、私のつたない説明でもどのCMか分かってくれた。しかし、三人組が誰で、なんという歌なのかは誰も知らなかった。もちろん黒髪の彼女のことも、だ。

「もしかして、育ちゃんのCMのこと? わたしもびっくりしちゃった」

 食いついてきたのは隣の班にいる大人しめの子だった。彼女はオシャレよりも本やアニメに興味があるタイプだけに話に乗ってこられたことに少し驚く。

25 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:20:45 QPn 25/75

「イクちゃん、ってモデルさんなの? よく知ってるね」

「ちがうよ~。アイドルの育ちゃんだよ。魔法少女トゥインクルリズムに出ているでしょ」

 班の何人かが声を上げて驚く。
 トゥインクルリズムなら私も知っている。主人公を演じる女の子が私たちと同じ小学四年生だということで話題になったことがあった。ただ、小さい子向けなので初めの二、三話で見なくなってしまった。

「トゥインクルリズムのときと全然印象が違ってびっくりしたよね。あんな演技もできるんだなぁって。MVでの表情もトゥインクルプリンセスとは全然違って」

「もうMVが出てるの? 今、見れる?」

 話を遮って質問したが、その子はハッとした表情をして口をもごもごし始めた。じれったく思いながら回答を待っていると、彼女の視線が私の後ろをチラチラ見ていることに気付く。ふり向くと先生が箸を持ったまま私たちのほうをじっと見ている。

「あ、あとで教えてもらっていい? 家に帰ったら見てみたい、から」

26 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:21:30 QPn 26/75

 昼休みに入るとみんなで体育館の裏へ行ってスマホでMVを見た。小さな画面に顔を寄せ合って歓声を上げる。

「こっちの背が高いほうが大神環ちゃんで、ウェーブのかかった髪の子が周防桃子ちゃん。二人とも育ちゃんと同じ765プロのアイドルなんだ」

 大人しめの子が自慢げに話す。

27 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:22:13 QPn 27/75

「環ちゃんは元気いっぱいなアイドルで見ているこっちまで元気になっちゃうんだ。このMVだとすっごくカッコいいから新しい一面って感じがしていいよね。
そして、こっちの桃子ちゃんは元子役なの。『同情するなら犬を飼え』ってドラマは知ってる? 歌声がものすごく大人っぽくて素敵だよね。
そういえばこの二人は同じ映画に出たこともあってね、大人向けだからわたしは見られなかったんだけどすごい人気だったんだって」

28 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:23:16 QPn 28/75

 授業が終わる直前の先生よりも早くしゃべる彼女に気圧されながら、CMと同じようにビルの上でおどる三人を眺める。

「育ちゃんはどうなの」

 私が聞く。

29 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:24:06 QPn 29/75

「育ちゃんは知ってると思うけどわたしたちと同じ小学四年生なんだ。トゥインクルリズムでの戦闘シーンはすっごくかっこいい動きを見せているんだよ。ライブでのMCもすごくしっかりしてて同じ歳だなんて全然思えなくて。
同じ765プロに馬場このみさんっていうアイドルがいて最年長なんだけど、その人に注意したりしててね」

「そうなんだ。ほかの曲もカッコいい感じなの」

「ううん、全然違う。かわいい曲ばっかり。だから、今回のCMの曲はすごくびっくりしたの。せっかくだから普段のかわいい曲も見てみよっか」

 MVがちょうど終わったこともあって、みんなの返事を待たずに彼女は別のMVを再生し始めた。体育館裏にまた歓声が上がる。

30 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:24:59 QPn 30/75

「ね、かわいいでしょ! これはときどきシーソーって曲なんだけど、振り付けがとってもかわいいの。あ、もちろん歌もだよ。あと、衣装がすっごくいいよね。ひらひらで、かわいくて。育ちゃんにピッタリって感じでさ」

 彼女はひたすら口を動かし続けていた。しかし、私はその言葉の半分も聞いていなかった。
 画面の中で動く育ちゃんとCMに出ていた育ちゃん。顔は同じなのに雰囲気は全然違う。

「育ちゃんってすごいんだね」

 自分が発したこの一言で私のそれからの人生が決まった。

31 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:26:27 QPn 31/75

 「すごい」が「なりたい」に、「なりたい」が「なる」に変わるまで時間はかからなかった。

 765プロに入るためにはどうすればいいかを調べ、養成所に通った。得意だった歌を伸ばしながら、苦手なダンスもがんばった。三年も経てば養成所での成績はトップとなった。
アイドル事務所からデビューの声はかかったが、私は765プロにこだわった。あくまで私の目標は中谷育ちゃんだったから。

32 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:27:24 QPn 32/75

 そして、TIntMe!に出会ってから五年後、私はようやく765プロに在籍することができた。

33 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:28:09 QPn 33/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ステージ中央に三人で並び、ポーズを決める。
 曲が客席の後方に吸い込まれていき、自分の呼吸音だけが耳に残る。

「おつかれ、いさみ」

 環さんが私の肩を叩く。

「いい感じだったよ、さすが期待の新人だね」

 桃子さんの声が続く。ありがとうございますと二人に言おうとしたが、のどがカラカラで上手く声が出ない。小さく頭を下げてステージ袖に走る。

34 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:28:43 QPn 34/75

「すごかったよ、いーちゃん。環さんのダンスや桃子さんのビジュアルに負けてなかった」

 水を手渡してくれた梅香が興奮気味に伝えてきた。がんばってくれたのどにご褒美をあげて大きく息をつく。

「私も、手ごたえがあったよ。でも、こんなに疲れるとも思わなかった。ほら、足が震えているもん」

 膝を押さえながら笑って答えた。

35 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:30:28 QPn 35/75

「明歩はどうだった、いさみのステージ」

 梅香と一緒にステージに戻ると、客席の一番前に来ていた明歩に環さんが質問した。

「いさみちゃんのベストの状態だったと思います。それにしてもすごいね、いさみちゃん。この曲って劇場でカバーしたことなかったよね」

「それは私も驚いたかも。『Arrive You』がいいって言われたとき、正直、大丈夫かなと思ったもの。でも、これでもし私たち三人のうち誰かが急に仕事に来られなくなっても大丈夫だね」

 桃子さんの言葉に私は音が鳴りそうなぐらい勢いよく両足を揃えた。

「ありがとうございます! 育さんのパートはバッチリなのでいつでもいけます」

「ふーん、育のパートだけなんだ。私や環のパートは覚えてくれていないの」

 私は慌てて首を振ると、桃子さんはいたずらっぽく笑った。

36 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:31:16 QPn 36/75

「冗談だよ。無理に覚える必要なんてないから。私たちのヘルパーとしてアイドルやっているわけじゃないんだからね。育のパートだっていさみは好きだから覚えていたんでしょ」

 桃子さんの言葉に胸がチクリと痛む。私は笑顔を作って答えとする。

「いさみは育が好きなんだね。それじゃあ、本人の感想も聞きたいよね」

37 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:32:22 QPn 37/75

 環さんはくるりと客席のほうを向くと大声で叫んだ。

「育ー、いるんでしょ? どうだった?」

 私は思わず声を上げる。ステージ上にペットボトルが転がる音が響いた。

「いるよー。今、そっちに行くねー」

 聞き間違えようのない声が客席の中央付近から聞こえてきた。やがて、明歩ちゃんの後ろから見覚えのあるシルエットが現れる。

38 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:34:00 QPn 38/75

「いさみちゃん、お疲れさま。すごいステージだったね。私、びっくりしちゃった」

 育さんは私に屈託のない笑顔を向ける。しかし、ステージからの照明がその笑顔に濃い影を作り、得も言われぬプレッシャーを放っているように感じた。

「いさみちゃんは歌が上手いのは知っていたけど、こんなに感情を乗せて歌えるなんて思わなかったな。絶対にこの恋を叶えてみせるっていう強い思いを感じたよ」

 腰ほどまである育さんの長く黒い髪がふわりと揺れる。育さんは私の企みを知らない。ただ、素直に褒めているだけだ。あの笑顔に裏はない。ひるむな。チャンスは、ここだ。

「ありがとうございます。この曲は大好きなので。私も育さんに負けてないと、いえ、勝っていたと思います」

39 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:35:30 QPn 39/75

 目端に映る明歩の目が丸くなるのが分かった。まさかこの場でケンカを売るとは思っていなかったのだろう。しかし、当の育さんは私の言葉にきょとんとした表情を見せるだけで、怒ることはおろか驚きすらしない。そして、あろうことか私に向かってにっこりと笑ってきた。

「いさみちゃん、面白いね。確かに歌はいさみちゃんのほうが上手かったよね。私じゃあの歌い方はできないもん。でも、ダンスやビジュアルはさすがに私のほうが上手だったかな」

「それは経験の差です。私はこの曲をステージで歌ったことはありません。練習を積めばその差はなくなります」

 育さんの顔からようやく笑みが消えた。
 実力と将来性。私が育さんに負ける要素はない。私は育さんから目をそらさずにじっと見つめる。育さんも私の両目を見据えている。
 育さんがフッと目を伏せた。そして、すぐに顔を上げるとまたにっこりと笑ってきた。

40 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:37:08 QPn 40/75

「練習を積めば……ね。本当にいさみちゃんは面白いよ。環ちゃん、ステージってまだ使えるんだよね」

「うん! 好きに使って大丈夫だぞ」

 環さんが笑って答える。あれはさっきステージで踊る前に見せていた顔だ。顔全体から好奇心があふれている。

「ありがとう! それじゃあ、明歩ちゃんと梅香ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」

 突然名前を呼ばれた明歩が飛びあがる。梅香もさすがに驚いたのだろう、「わたしですか」と自分の顔を指さしている。
 育さんは微笑んで「そうだよ」と答えると、更に言葉をつないだ。

「二人と一緒にステージに立ちたいんだ。いいかな」

41 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:38:12 QPn 41/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ステージの正面、中央付近の席に座る。ステージに明かりは点いているが、そこに人影はない。

「何をやるつもりなんでしょうか」

 隣に座る環さんに聞いてみる。

「ステージに立つって言うんだからライブでしょ。それにしても育と明歩と梅香のステージかぁ。亜利沙が聞いたら倒れちゃうかもね」

 くふふと環さんが笑う。

42 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:39:09 QPn 42/75

 もちろん私もステージで一曲やるんだろうと思っている。でも、何のためだろうか。私と張り合うのなら環さんと桃子さんと一緒にステージに立って経験の差を見せつければいいはずだ。まさか、明歩と梅香と一緒に『Arrive You』を歌うつもり? いや、それこそ意味が分からない。

「難しい顔をしているね。何も考えずに楽しんだらいいのに」

 環さんが私の顔を覗き込む。

「そういうわけにはいきません。私は育さんに挑戦状を叩きつけたようなものなんですから。これは戦いなんです」

「戦い、ね。まぁ、育も同じことを考えているっぽいけど」

 今度は私が環さんの顔を覗き込んだ。

「意外だった? いさみたちからしたら優しくて大人しいアイドルかもしれない。だけど、育は最年少でこの事務所でアイドルをやってきたんだ。常に上がいる世界を見てきている。誰よりも負けず嫌いじゃないと生き残っていないよ」

 環さんはステージをじっと見る。相変わらずステージには誰もいない。

43 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:42:47 QPn 43/75

「環さんは、TIntMe!にふさわしいのは私と育さんどちらだと思いますか」

「育だね」

「即答なんですね」

「手心を欲しがるタイプじゃないでしょ、いさみは」

 それはそうだけど、気分としては気持ちよくはない。

「別にいさみがダメってわけじゃないよ。さっきのステージも楽しかった。手を抜いたら呑み込まれそうだったからね。でも、私は育とステージに立ちたい」

「ずっと一緒にやってきたからってわけじゃないんですよね」

「それは……なくはないけど一番の理由じゃないよ。お、三人が出てきた」

44 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:44:18 QPn 44/75

 ライトの下を三人が歩いてくる。先頭を歩く育さんは随分とリラックスした表情をしている。それだけこの勝負に自信があると言うことなのだろうか。そして不思議なことに後ろを歩く二人の顔もリラックスしていた。突然名前を呼ばれて、急遽、先輩と踊ることになった顔とは思えない。

「何をやるかな。やったことのある曲だと思うけど。いさみ達は何が踊れるの」

「『Brand New Theater!』と『Thank You!』は私たちのお披露目公演で三人だけでやりましたし、ほかの公演でもよくやるので身体が覚えています。ほかの全体曲は何回かやっています。ユニットカバー曲は三人ともやっているものは少ないです」

「ジブリは?」

「えっと、『自分REST@RT』ですか? 先月の公演でやったばかりです。ただ、その一回だけですけど」

「じゃあ、ジブリだね」

 自信満々に環さんは答えた。

45 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:45:06 QPn 45/75

 三人がこちらに背を向けてフォーメンションを組むとセンターの育さんがステージ袖をちらりと見る。やがて前奏が始まると三人は大きく円を描くようにして右腕を掲げた。そして何かをつかみ取るようにギュッと握りこぶしを作り顔の前に降ろすと、三人で一斉に振り向いた。

 曲目は『自分REST@RT』、環さんの予想通りだ。
 育さんが一歩前に進み、続いて左右の明歩と梅香も前へと進む。一歩、二歩、三歩と進んで音が弾けると肘を起点として右腕、左腕を回した。

46 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:46:10 QPn 46/75

 三人のダンスはとてもまとまっていた。
 『自分REST@RT』はダンスの振り付けが多い。しかも、全員が同じダンスを踊ることは少なく、ポジションによって振り付けが異なっている。当然すべての位置のダンスは頭に入れているが、慣れたポジションでないと振り付けにズレが生じてしまう。
 私が明歩たちと踊るときは、センターは私が務めていた。だから、育さんがセンターにいる今の状況は明歩たちにとっても踊りやすい環境となっている。それを考えればステージ上の三人のダンスがまとまっていることは理解ができる。理解はできるのだが。

「上手すぎる」

 私は自然と口ずさんでいた。
 私が歌を得意とするように、明歩はダンスを、梅香は表現力を得意している。三人でステージに立つときはそれぞれが得意とするものを前面に押し出すことでお互いを補い、引っ張り上げ、一つのステージを作り出すようプロデューサーから言われている。

 では、目の前のステージはどうだろう。育さんは私より歌が得意ではない。だから歌で二人をカバーすることはできないはずだ。それなのに、私は上手すぎると感じた。

47 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:47:29 QPn 47/75

 明歩はいつも以上に動きが大きいように感じる。表情にも緊張が見て取れない。ステージが始まる前に人の字を何度も飲み込むぐらいメンタル面に不安があるのに、私の肌を震わせるほどの楽しそうな笑顔はどこから出てきているのだろう。

 梅香の表現力も一段と輝いていた。センターに来るたびに心が笑顔に引き込まれそうになる。マイペースが過ぎてステージ全体の調和を崩してしまうことがあり、絶好調の時は表現力をコントロールするのに苦労していた。しかし、今ステージに立っているのは間違いなく絶好調の梅香だ。

 そして、育さん。ダンスが梅香よりキレがあるというわけではない。表現力も梅香を食っているというわけではない。それなのに決して見劣らない。
 センターへ移動すれば私の目を釘付けにし、後ろへ回っても全体のバランスを悪くするわけでもない。むしろ、センターに立つ明歩や梅香の輝きをより一層高みへと引き上げている。

 何が起きているか理解しようと頭をフル回転しているうちに、ステージ上の三人は立ち位置を扇状にし、それぞれが右手の人差し指で正面を指差した。

48 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:49:03 QPn 48/75

 音が私の後ろへと抜けていく。すぐに隣の席から大きな拍手が聞こえてきた。私も気付けば拍手をしていた。

 明歩と梅香の顔から力が抜ける。しばらくの間、まるで憑き物が落ちたかのように放心していたが、お互いに顔を見合わせるとパッと笑顔の花が咲いた。

 育さんに促されて三人で一礼をする。私と環さんは拍手をより一層大きくする。明歩と梅香が照れたような顔を見せる。

「ちょっと。いつまで拍手しているの」

 ステージ袖から顔を出した桃子さんが声を上げる。私たちは急いでステージ前へと移動した。

49 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:50:10 QPn 49/75

「どうだった、いさみちゃん」

 ペットボトルから口を離した育さんが私に微笑みかける。
 そんなのさっきの拍手や明歩と梅香の表情を見れば聞くまでもないことなのに、どうやら負けず嫌いっていうのは本当らしい。育さんの隣にいる桃子さんも同じことを考えているのか苦笑いしている。

 しかし、勝負は勝負だ。何より仕掛けたのはほかでもないこの私。取るべき態度はただ一つしかない。

50 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:51:05 QPn 50/75

「参りました。私の負けです」

 私は両手を上げた。

51 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:52:29 QPn 51/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 一段落したのだからと環さんの提案で劇場近くのファミレスへ行くこととなった。全員でドリンクバーを頼み、TIntMe!の三人と私たちが向かい合う形で席に着く。

「教えてほしいことがあるんですけど、いったいあのステージで何をやったんですか」

 私はドリンクに口をつけずに育さんに質問する。

「何って言われても、できることをやっただけかな」

 正面に座る育さんはニコニコ笑いながらアイスコーヒーにガムシロップを入れた。隣に座る環さんがメロンソーダから口を離して横目でじろりと見る。

「育、いじわる言ってるといさみから嫌われるよ」

「別にそういうわけじゃ……。私は本当に自分のできることを一生懸命やっているだけだし」

 困った顔でストローに口をつける様子を見る限り、嫌味を言っているわけではなさそうだった。しかし、私としては負けた原因を知りたい。何が起きたのかを理解できないままでは、今後のアイドル活動にも支障が出る。

52 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:53:45 QPn 52/75

「まったくもう。……いさみ達は育のアピールポイントって何だと思う」

 ミルクティーから口を離し、ため息交じりで桃子さんが質問した。

「育先輩の……。えーっと、かわいいところですか。でも、カッコいい系の仕事もしていますよね」

 コーラから手を離し、明歩がチラリとこちらを見る。

「私は演技力だと思います。小さいころから特撮やドラマに出ていますし、そのイメージはあります」

「でも、それなら桃子さんのほうがすごいよ。わたしはタレント能力かな。テレビにも雑誌にも出ているし」

「んー、それもかわいかったりカッコよかったりするからこそじゃないかな」

 私たちがあーでもないこーでもないと言いあっていると山盛りのポテトとラスクが運ばれてきた。私たちはドリンクバーしか頼んでいないはずだ。

「私が頼んだの。おごりだから気にしないで食べていいからね」

 育さんがニッコリと微笑んだ。目の前でアピールポイントを悩んでいることが申し訳なくなってくる。

53 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:54:39 QPn 53/75

「さて、もう答えは出揃ったかな」

 ニコニコ顔の桃子さんが顔の前で両手を組む。私はすでに思いつくことは言ってみた。明歩と梅香を見てみると同じようなことを考えている表情だ。私がアイコンタクトを取ると、二人は小さくうなずいた。

「すみません。はっきりとした答えを言えなくて。でも、育さんがすごいアイドルだってことは分かっています」

「私もさっき一緒にステージに立って育先輩のすごさを改めて知りました。なんていうか、すごく引っ張られるっていうか、それなのに背中も押してくれて」

「びっくりしました。あんなに楽しかったステージは初めてです。いつもならどこか失敗したなって思うのに、そんなこと全然なくて」

「あ、あの、そんなに気にしなくていいからね。それぐらいで充分だよ。というか、桃子ちゃん。私を助けてくれたのは嬉しいんだけど、みんなをいじめちゃダメだよ」

 育さんが頬をふくらませると、桃子さんは組んでいた両手を崩していたずらっぽく笑った。

54 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:55:49 QPn 54/75

「ごめんね。でも、イジワルなんかじゃないよ。それに三人の答えはある意味では正解みたいなもんだしね。ただ、大正解ってわけじゃないかな」

 桃子さんはミルクティーで口を潤すと細長いラスクを一つ摘まみ、タクトのように振るった。

「育の強みはね、気付く力なの」

 ストローから口を離した環さんがうなずく。

「明歩も梅香も一緒にステージに立って感じたと思うんだけど、すごくのびのびと動けたでしょ。育は他人がどうしたいか、どう動けば目立つかを気付けるから、ステージをよりよく見せるやり方が分かるみたいなんだ」

 二人の答えを聞いた明歩と梅香はハッとした表情をすると視線をテーブルの上にさまよわせた。どうやら思うところがあったらしい。

55 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 14:59:17 QPn 55/75

「もちろん気付けるだけじゃそんなことはできないよ。今までのお仕事の経験や普段の努力が下支えになっていることは間違いないからね」

「育はがんばり屋さんだからね。いさみ達のステージもいつか一緒に立つかもしれないからって、劇場に見に行ったり映像を確認したりしていたんだよ」

 環さんがニッコリ笑うと明歩が声を上げて育さんの顔を見る。
 どうりであの短時間の打ち合わせで二人のアピールを伸ばすことができたわけだ。いや、下準備があったとしても充分に難しい所業だ。明歩につられて私も育さんの顔をまじまじと見る。

56 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:00:20 QPn 56/75

「あ、あの、私、ガムシロップ取ってくるね」

 育さんは席を立ってそそくさとドリンクバーコーナーへ歩いていった。その背中を見送る環さんがにんまりと笑う。

「育ったらガムシロップをいくつ入れるつもりなんだろうね」

「まぁ、育がいないほうが都合のいい話もあるし、ちょうどいいかな」

 そう言うと桃子さんは私のほうへ向き直った。

「いさみは今でも育をTIntMe!から追い出して乗っ取ることができると思ってる?」

 私は苦笑いしながら横に振ろうとした。が、桃子さんの言葉がのど元で引っ掛かり首をピタリと止める。
 TIntMe!を乗っ取る話は明歩と梅香と三人でレッスンルームにいたときにしたものだ。桃子さんはともかく環さんにも話した覚えはない。つまり、私が育さんをTIntMe!から追い出そうとしていたことは知らないはずだ。
 私はおそるおそる二人の顔をうかがった。

57 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:39:30 QPn 57/75

「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、明歩が叫んだときにたまたまレッスンルームの前にいたからさ」

 環さんが顔の前で手を合わせる。

「私はドアの前で聞き耳を立てている怪しい環と鉢合わせたの。そして事情を聴いてその場で今日の計画を立てたってわけ」

「そっか、だからあの時、環さんはレッスンに混ざらずに帰ったんですねー」

 梅香がポンと手を叩く。

「あの……、育さんはこのことを」

 私がこわごわ聞くと、桃子さんは首を横に振った。

「私たちは三人に育のことをちゃんと知ってもらいたかっただけだから」

 そう言うと桃子さんはミルクティーを飲み干した。

58 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:43:32 QPn 58/75

「いさみは育に目立った仕事がないから代わりになれるって思ったのよね。でも、それは間違ってる」

「だけど、お二人に比べたらレギュラーの仕事は」

「そこがいさみの勘違いなんだよねー」

 環さんはストローをくわえたままニカリと笑った。

「私にはモデルの仕事があるし、桃子にも演技の仕事がある。でも、育には同じような仕事はない。だから、育になら勝てる。そういうことでしょ? だけど、三人は育のアピールポイントを何と言ったっけ」

 環さんが明歩を指さす。

「えーっと、かわいくて、演技力があって、タレントとしてもお仕事ができる。……だったよね」

 同意を求めてきた明歩に私は首を縦に振った。

「そのとおり。育は私や桃子と違ってまんべんなく得意分野があるタイプ、つまりオールラウンダーなアイドルだからね」

59 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:49:19 QPn 59/75

「私みたいに抜群の演技力を持っていたり、環みたいにモデル体型でダンスが映えたりするわけじゃない。トータルの能力で勝負していくのが育のスタイルなの」

 明歩が「なるほど」と呟いた。

「私や桃子はどうしてもモデルや演技の仕事に偏りが出るけど、育はあらゆる仕事にオファーが来るんだ。レギュラーの仕事こそ私たちに比べたら少ないよ。でも、仕事量全体を見ると育は私たちより多いことがあるんだ」

 確かに、明歩の言うタレントとしてのお仕事は特に色んなことに通じていたほうが仕事をしやすい。しかし……。

「悪いですけど、それって器用貧乏なだけですよね。あまりアピールポイントとは言えない気がします」

 育さんが戻ってこないことを確認しながら話す。桃子さんがニヤッとして私を見るので、弁解するようにもう一度口を開いた。

60 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:52:34 QPn 60/75

「その……私も私なりにずっと考えていたんです。どうして育さんは環さんや桃子さんと違ってパッとしないんだろうって」

 昔に見たTIntMe!の育さんはすごくカッコよくて、ときどきシーソーの育さんはとてもかわいくて。その姿に憧れて765プロのアイドルになったのに、実際に目にしたのは隣に立つ二人と比べると目立ったところのない女の子だった。
 そんなことあるはずがない、絶対になにか取り柄があるはずと観察をしてみてもよく分からない。そのうちにあの日に夢見た育さんは若かった私がアイドルという外側しか見ていなかったんだと思うようになっていた。

「まぁ、育も去年まで悩んでいたから、いさみの観察眼を責めることはできないかな」

 そう言うと桃子さんはカップの淵を人差し指でなぞり、目を細めた。隣に座る環さんも懐かしいことを思い出すような眼をしている。

61 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:56:10 QPn 61/75

「さっきも言ったけど、育の長所は気付く力。これを使ってステージの完成度を引き上げているの。それじゃあ、その長所をお仕事で使ったらどうなると思う」

 桃子さんは梅香を見た。

「えーっと、ステージがスタジオに変わる感じでしょうか。出演者のいいところをフォローしたり、MCの欲しい答えを出したり」

 梅香はそこまで答えて小さく声を上げて大きくうなずいた。

「そういうこと。番組もステージも多くの人で一つのものを作り上げるという点では同じだもの。番組のクオリティを上げることができる育はスタッフからすればのどから手が出るほど欲しい存在ってこと。
しかも、育はオールラウンダーなアイドル。いろんなところに顔を出すことができるし、場に合わせることができる。ホント、ずるい能力を持っているんだから」

 桃子さんは音を立ててラスクを二つに割った。

「育の仕事が私たちより多いときがある、ってさっき言ったでしょ。仕事に偏りがないというのはいろんな人に見てもらえるってことなんだ。『誰からも知られ愛される存在』がアイドルだっていうなら、育は正統派だって言えるかもね」

62 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 15:59:24 QPn 62/75

 正統派。
 小さな声でこの言葉をつぶやくと、そのまま身体の奥へとスーッと溶け込んでいった。

「ふふっ、面白い顔をしているわよ、いさみ」

 桃子さんに茶化されて私は思わず顔を背け、私は頬をパシリと叩いた。

「そうだ、育をほめすぎて勘違いされると困るから言っておくけど、私は育に負けているつもりはないからね」

「あ、もちろん環だけじゃなくて私もね。今日はあくまで育はすごいんだって伝えたいだけだから」

 二人があまりにも強く念を押すので私たちはわざとらしいくらいに強くうなずいた。

63 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 16:03:13 QPn 63/75

「これだけ株を上げてあげたんだから、育にはあとでご褒美をもらわないと割が合わないね」

「そうだね。ちょうどメロンソーダもなくなりそうだし、お代わりを取ってきてもらおうかな」

 環さんが音を立ててメロンソーダを飲み干す。それなら私がとってこようかと腰を浮かしたところで育さんが戻ってきた。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 育さんの手にはガムシロップ以外にカップが二つ握られている。

「二人が飲み切っちゃいそうだったから取ってきちゃった。同じものでいいよね」

 育さんが二人の前に飲み物を置くと、桃子さんと環さんが顔を見合わせる。その様子があまりにもおかしくて私たちは笑いをこらえることができなかった。

「どうしたの? あ、桃子ちゃんたち、私の変な話をしていたんでしょ」

 そう言って頬を膨らませる育さんを見て、桃子さんと環さんも笑いだす。育さんは何が起こったのか分からずその場できょとんとしている。
 目尻を人差し指で拭いながら桃子さんが話す。

「なんでもない。ただ、育はすごいねって話をしていただけだよ」

64 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:42:43 QPn 64/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 翌日、劇場の控室に行くと育さんがいた。話をしたいと思っていたのでちょうど良かったが、テーブルで真剣な顔をしてペンを動かしている。時間を改めようと思い、回れ右をしようとしたら顔を上げた育さんと目が合った。

「お疲れさま、いさみちゃん。今日はレッスンかな」

 笑いかけられたのにこのまま退室するのは不自然だ。私はリュックを下ろして育さんのはす向かいの椅子に腰かける。

「それって学校の課題ですか」

 育さんの手元のプリントには最近学校で見たばかりの数式が並んでいる。

「二年生になると急に難しくなるよね。いさみちゃんは数学得意?」

「普通、ですね。授業にはなんとか追いつけている感じです」

 私と育さんは年齢が同じなのだから授業でやる範囲が似ているのは当然だ。しかし、昨日のステージを見たせいか、こうやって普通の話をしていることに少し不思議な感覚を覚えた。
 しかし、今はフワフワした感覚に浸っている場合ではない。私は太ももに手を置いて背筋をピンと伸ばした。

65 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:44:50 QPn 65/75

「あの……昨日はありがとうございました。そして、すみませんでした」

 頭を下げ、目線をもとの位置に戻すと育さんはきょとんとしていた。やがて、何のことか理解できたのか慌てて顔の前で手を振ると「気にしなくていいよ」と笑ってくれた。

「私もいさみちゃんが環ちゃんと桃子ちゃんとステージに立つ姿を見れたし、それに明歩ちゃんや梅香ちゃんともステージに立てたから。それに、劇場の誰かに勝負を挑まれるなんて今までなかったから少し嬉しくもあったんだ」

 育さんはペンを置いてはにかんだ。私はその顔にホッとしたが、すぐに表情筋を引き締めて少しだけ息を吸って気合を入れた。

「実は私、育さんに憧れてこの事務所に入ったんです」

 目を丸くする育さんに、初めてTIntMe!を見たときに受けた衝撃やそれからの自分のことを話す。もちろん、育さんの実力を疑って、裏切られたと思い込んでいたことは伏せる。

「昨日、勝負に負けて、ファミレスでお話を聞いた後、改めて思ったんです。育さんはやっぱり私の憧れなんだって。私は育さんみたいなオールラウンダーじゃないけど、みんなの力を引き出せるような魅力的なアイドルになりたいなって」

 育さんは私の言葉に少しばつの悪そうな顔をした。そして、何事かを考えるそぶりを見せると「あのね」と断って口を開いた。

66 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:46:23 QPn 66/75

「私のことを憧れの対象として見てくれるのは嬉しいんだけど、それはいさみちゃんらしくないんじゃないかな」

 育さんはここで一度言葉を切るとセリフを選ぶようにして話を続ける。

「何というか、弱気じゃない? いさみちゃんは私に勝負を挑んできた。その上を目指す姿勢を大事にして欲しいな。臆さずに挑戦できるって誰にでもできることじゃないよ。それはいさみちゃんの良い所なんだから」

「もちろんです」

 私は目をそらさずに答えた。

「憧れるからなりたいと思えるんです。なりたいと思えるから頑張れるんです。私は憧れとした育さんが本当にすごい方だって知れて嬉しかった。だって、私の目に間違いはなかったんですから」

 育さんは眉を上げて目を見開くが、すぐに表情を引き締めて、プリントの上で手を組んだ。

「なりたい、か。でも、それじゃ足りないんじゃない? 私を目標と見ているんじゃ勝負をする前から気持ちで負けていると思うよ」

「今の私じゃ敵わないことは昨日の一件で思い知りました。実力もないのに勝負しようというのは身の程知らずにも程があります。だから、今はできることを頑張っていきます。今度育さんに勝負を挑むときは、絶対に負けません」

67 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:47:31 QPn 67/75

 育さんは私の言葉を瞬きすることなく聞いてくれた。そして、両手を崩すのに合わせて相好も崩し、ウキウキした調子で口を開いた。

「ホント、いさみちゃんって面白いね。765プロに来てくれてありがとう」

 唐突に感謝の言葉を述べられて肩透かしを食らうと同時に動揺する。

「誰かに憧れられる存在になっているなんて思わなかったな。うん……今まで頑張ってきてよかった」

 しみじみと自らの両手を見た育さんはにっこりと微笑んだ。

「私から一つだけアドバイスをしていい?」

 私は今日一番大きく首を縦に振った。

68 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:48:24 QPn 68/75

「明歩ちゃんと梅香ちゃんと仲良くしてね」

「明歩と梅香、ですか」

 私のたった二人の同期だ。言われなくても仲良くする。

「一人だと気付けないことって多いから。私も環ちゃんと桃子ちゃんがいなかったら自分の長所になんて気付けなかったから」

 育さんは懐かしいものを見るような目でもう一度自分の手を見た。私は昨日、似たような表情を見たことを思い出す。

 控え室のドアが開く。顔を出したのは明歩と梅香だった。時計を見るとレッスン開始の時間まであとわずかとなっていた。

「それじゃあ、レッスンにいってきます。ありがとうございました」

 立ち上がって深く一礼し入り口に移動する。私と育さんの顔を心配そうに見る明歩の肩をポンと叩き、控え室を後にしようとしたとき、育さんが私の名前を呼んだ。ふり向くと立ち上がった育さんが満面の笑みで腰に手を当てていた。

69 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:49:32 QPn 69/75

「いさみちゃん、待ってるからね」

 その目の中にはこの数日間に何度も見てきた炎が宿っていた。環さんといい、桃子さんといい本当に怖い先輩たちだ。

 私は大きく返事をしてドアを閉めた。

70 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:50:06 QPn 70/75

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ちょっと待ってよ、いさみちゃん」

「育さんと何かあったの」

 背後からついてくる二つの足音に向かってくるりとふり向く。

「ちょっと宣戦布告をしただけだよ」

 私が笑うと明歩の顔から色が消え、梅香の顔に不安の色が出る。

「安心して。今すぐって話じゃなくて将来的に、ってことだから。でも、二人にも頑張ってもらわないとね」

「頑張って、って……。やっぱり育先輩と勝負するつもりなの」

 おそるおそる聞いてくる明歩に私は大きく首を横に振った。

「育さんと、じゃないよ。育さんたちと、だよ」

 私は腰に手を当てて、右手を大きく天に掲げる。

71 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:51:08 QPn 71/75

「私たち三人でTIntMe!を乗っ取るよ! いつか育さんたちに参ったって言わせるんだから」

 少しの静寂を置いて、劇場の廊下に明歩の大声が響き渡る。
 私は耳を押さえていなかった。おかげで、キンキンして痛い。でも、不思議と嫌な痛みじゃなかった。梅香を見ると耳こそ押さえてはいるが、その顔には笑顔がある。

「ちょっと待ってよ、なんで私たちが巻き込まれているの。もともとはいさみちゃんが育さんの代わりにTIntMe!のメンバーになるって話じゃ。梅香ちゃんも何か言ってあげてよ」

「うーん、確かにTIntMe!を乗っ取るっていうより奪い取るって感じだよね。でも、乗っ取るのほうがなんだか面白そうだからいいんじゃないかな」

 明歩が口を大きく開けてニコニコ顔の梅香を見る。

「それに、いーちゃんは育さんみたいになりたいんだよ。だったら、一人じゃできないことがあるもんね」

「さすが、梅香。お見通しってわけだね。さぁ、二対一だよ、明歩。あの三人に勝つんなら一日だって無駄にできないよ」

 困惑する明歩の右手を私がとる。すかさず梅香が左手を取る。

「大丈夫。いーちゃんの歌にわたしの表現力、あーちゃんのダンスがあればすぐに乗っ取れるよ」

「そういう問題じゃ……。はぁ、まったく、どうしてこうなっちゃうかな」

 明歩が呆れ顔をするが、その顔には笑顔が戻っている。

72 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:52:01 QPn 72/75

 私たちは手をつないだまま目的地となるレッスンルームへと歩き出した。
 梅香が明歩とつないだ手を大きく振った。それに合わせて明歩が私とつないでいる手を振る。
 前へ後ろへと振るうちに三人の一歩が大きくなる。だんだんと楽しくなって頬が緩んでくる。二人の顔も同じだった。

「大きく振った後にジャンプしようよ」

 思い付きを口にする。二人はすぐに賛同した。

「それじゃあ、いーちゃんが真ん中にきたらどうかな」

「そうだね。しっかりリードしてよ、いさみちゃん」

 二人がニコリと笑う。私は何も言わずに明歩と立ち位置を変わった。

73 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:53:15 QPn 73/75

 手を前に振り、後ろへ振る。
 明歩と私が手を振る間隔。梅香と私が手を振る間隔。二つの違う振り子が私の隣で揺れている。わずかに違うタイミングを少しずつ調整し、私は大きく口を開いた。

「せーのっ」

 私の両足が床から離れ、身体が浮く。すぐに脚を前に持ってきて着地の体勢を取ろうとする。しかし、右腕が引っ張られて身体がぐらりと傾いてしまう。かろうじて片足で床を踏むも、着地の勢いで身体は回転してしまい、つないでいた両手を離してしまった。

「あはは、失敗だね」

 尻もちをつく梅香が声を上げて笑う。

「ホント。まさかいさみちゃんが両足で飛ぶなんて思わなかったもん」

 同じく床に座り込む明歩も笑っている。

「ごめんごめん、次は私も片足で跳ぶから、ね」

 私はそう言って手を差し出す。二人はにっこりと笑って手を取ってくれた。

 もう一度三人で大きく手を振る。さっきよりもズレは小さい。こうやって前に進んでいくんだなと思ったが、こんな簡単なことで何を大げさな、と自分を笑う。
 でも、私にとっては大事で大きな小さな一歩だ。

74 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:53:35 QPn 74/75

「せーのっ!」

 私は声を上げる。

 劇場の廊下にきれいに揃った足音が響き渡った。

75 : ◆U2JymQTKKg - 20/10/20 17:55:40 QPn 75/75

以上となります。
お付き合いいただきありがとうございました。

TIntMe!のCD発売が待ち遠しいです。ドラマパートはどんな感じなのでしょう?

それでは、SS完結報告スレにあげてきます。

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