1 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:02:32.24 xC9b/orS0 1/84

シルバーウィークだし俺がこの一ヶ月の間に書いたSSを晒してみる
文才は無い



2 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:03:25.00 xC9b/orS0 2/84

 ある日の放課後。

 ついついクラスの子とのお話が長くなってしまって、気が付いたらもうとっくに練習が始まってる時間だった。

 ……どうして楽しいときは時間が経つのが早いんだろう? もっと遅くしてほしいのに、神様のばか!

 少しおどおどしながら音楽室の扉を開ける。多分真っ先に飛んでくるのはあずにゃんの怒った声かなぁ。

「遅れてごめんね~」

「ゆいせんぱ~いっ」

「わぁっ!?」

 ――と思っていたのに、飛び込んできたのはあずにゃん本体だった。これには私もびっくりして、思わず数歩後退りをしてしまう。

 いや、あずにゃんに触れるのが嫌だからじゃないよ? むしろ大歓迎だし……ほんとだってば!

「むぅ……」

 あずにゃんは、私が後ろに下がったのを見て少し不満そう。嫌がってるように思ったのかな? そんなことないのに……。

 もし本当に誤解されてたらあずにゃんに嫌われちゃうかもしれない。それは絶対やだ!

「あの、違うんだよ? あずにゃ――」

「唯先輩捕獲~っ」

「ひゃぁっ!」

 だから、あずにゃんの誤解を解こうと思って口を開いたんだけど、急にあずにゃんが私に抱きついてきたから驚いちゃった。

 不意を突かれたっていうのもそうだけど、まさかあずにゃんの方から私に抱きついてくるなんて思わなかったからね~。

 もちろん嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいや……。部室の中ならまだしも、ここは廊下の真ん中だから他の人の視線が気になっちゃう。

 なんだか生暖かい目で私たちを祝福してる人や、きゃーきゃー言いながら写真を撮ってる人もいる。見世物じゃないんだよっ?

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか――多分知らないだろうけど、あずにゃんは更に頬擦り攻撃まで始めてきた。

「唯先輩のほっぺたすりすり~」

「ふにゃぁ……」

 あまりの気持ちよさに、猫みたいな鳴き声を出しちゃった。もしかしたら、あずにゃんより私のほうが猫っぽいのかなぁ。

 いや、そんなことはないよね。あずにゃんにすりすりされたら誰だってこうなるもん。されてみれば解るよ。

 でも、あずにゃんが他の人にすりすりするのはやだな……、もう私が猫ってことでいいや。あずにゃんは私だけのものだもんっ。

 私が抵抗しないからって調子に乗って、あずにゃんの攻撃がまたまた強くなってきた。今度は私のほっぺをぺろぺろと舐めてくる。

「唯先輩の味だ~」

「味なんてしないと思う、よ?」


4 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:04:11.57 xC9b/orS0 3/84

 あるとしても汗の味ぐらいだろうし、しょっぱいだけじゃないのかな? というか汗を舐められるのは結構嫌だなぁ。

 最近手入れをあんまりしてないし、臭かったりしてあずにゃんに幻滅されたらどうしよう……。

「あ、あずにゃん……そろそろ止めてくれないかなぁ?」

「ろうしてれすか? ぺろぺろ」

「いや、その……、臭ったりしたら嫌だし……」

 言おうかどうか迷ったけど、思い切って言ってみる。というか、ぺろぺろしながら喋るって凄いね、あずにゃん。

 あずにゃんは私の言葉に一瞬だけきょとんとして舐める口を止めたけど、しばらくしてからまたぺろぺろを再開した――えっ。

「ちょちょちょちょっと、あずにゃん!?」

「何ですか?」

「どうしてまたぺろぺろするの?」

「おいしいからに決まってるじゃないですか」

「そういうことじゃ……、おいしいの?」

「はい、なんだか甘い味がしてとってもおいしいですよ」

「そ、そうなんだ……」

 な、なら大丈夫かな? もしかしたらあずにゃんが私を傷付けないように言ってくれただけかもしれないけど、どうでもいいや。

 だって、本当においしそうに舐めてるんだもん。これならホイップクリームとか毎日塗っておいたほうがよかったかなぁ。

「女体盛りですか!?」

「へ?」

 まさか聞こえてるとは思わなかったから、変な声を上げてしまった。そこ、いつものことでしょなんて言わないで、傷付いちゃうよっ!

「女体盛りって何?」

 とりあえずそこだけは訊いてみる。何のことなのかな?

「唯先輩、知らないんですか?」

「うん」

 名前の響き的になんとなく食べ物っぽい感じがするんだけど……。

「食べ物、正解ですよ」

「正解ですか!」

 ぱんぱかぱーん。賞金一千万円獲得っ。

 ……うん、違うね。


5 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:04:55.93 xC9b/orS0 4/84

「まぁ食べるのは表面だけなんですけどね」

「表面?」

 どういうことだろ? お魚の皮だけ食べるみたいな感じ?

「ちょっと違いますね」

「そっか~」

 残念賞は貰えるのかな?

「説明するには実際にやってみるのが手っ取り早いんですけど……、どうします?」

「もちろんやるよ! このままだと気になって夜も眠れなくなっちゃうもん」

「それじゃ今夜、私がみっちり教えてあげますよ」

「うん、よろしくね!」

 ――その後、文字通り私があずにゃんに飼い馴らされてしまったのはここだけの秘密、だよ?



Fin



スレタイのとおり短編集

6 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:05:37.16 xC9b/orS0 5/84

「うぃ~」

「ほぇ?」

 ある日の放課後。いつもどおり一人で通学路を歩いていると、後ろから大好きな声が聞こえてきた。

 振り返ると、ギターを背負いながら両手を振り回して私のほうに走ってくるお姉ちゃん。

 私は歩く足を止めて、お姉ちゃんが追いつくのを待つ。そして数秒後、私の隣には少し疲れた様子のお姉ちゃん。

「どうしたの?」

 お姉ちゃんの息が整うのを待って、尋ねる。この時間はまだ部活中のはずだけど……。

 そう言うと、お姉ちゃんはなぜか得意げにピースサインをして一言。

「今日は練習が早く終わったんだ~」

「そうなんだ」

 珍しい。普段は遅くまで練習をしてるかお茶を飲んでるかしてるはずなのに……、何かあったのかな?

 さすがにそこまで訊くのは気が引けるから、止めていた足を再び動かして帰路を辿る。

 突然歩き出した私に、後ろでわわっという声が聞こえた。

「うぃ~、待ってよ~」

「ごめんごめん」

「いいよ~」

 何だかんだ言っても、お姉ちゃんはやっぱり優しい。この優しさを独り占めしたくなっちゃうほどに。

 でも、それは私の我侭。そんなことをすればお姉ちゃんや周りの人が悲しむと解っているから、独り占めはしない。

 それでも、今日ぐらいは。

 隣を見てみると、にこにことした笑顔で前を見ているお姉ちゃん。

 今だけは、この笑顔は私だけのものだ。

「お姉ちゃん」

「うん?」

 大好き、とは言えなかった。だから、代わりに――

「帰ろっか」

「うんっ」

 いつか、きっと……。


Fin


7 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:07:08.41 xC9b/orS0 6/84

 今日は朝から唯先輩の様子がおかしい。

 登校時に唯先輩を迎えに行ったとき、いつもならすぐに抱きついてくるのに、今日は抱きついてこなかった。

 通学路を歩いているときも、いつもなら真っ先に手を繋ごうと言ってくるのに、今日は言ってこなかった。

 学校に着いても、いつもなら私の教室まで付いて来るのに、今日は下駄箱で分かれてそのまま自分の教室へと向かってしまった。

 後でムギ先輩に訊くと、授業中も上の空で、心ここにあらずだったらしい。

 ムギ先輩は「あれは恋わずらいね」なんて言ってたけど、本当なのだろうか。

 私の隣でギターの練習をしている唯先輩を、ちらりと横目で眺めてみる。

 全然集中できてなくて、何度も何度も同じミスをしているけど、先輩はそれに気付いてないのか、ミスを直そうとせずに、そのまま弾き続けている。

「唯先輩?」

「ほぇ?」

 返事をして、私のほうに振り向いたけど、その視線は私を通り抜けてどこか遠くを見ている。そして、その表情はやはり、心ここにあらずといった感じだ。

 ……先輩、あなたは一体何を考えているんですか?

 心の中で問いかけても、答えなんて返ってくる訳が無い。それに、たとえ声に出して言ったとしても、今の唯先輩だと答えてくれないだろう。

 唯先輩の眼中に、私はいない。

「……ッ」

 そう考えると、不思議と胸が締め付けられるような気持ちになった。愛用のむったんを膝の上に置いて、自由になった両手で唯先輩の肩を掴んで前後に揺さぶる。

 それでも唯先輩は私を見てくれない。私はほとんど泣きじゃくるようにして何度も、何度も唯先輩の名前を呼びながら、体を揺さぶり続けた。

 すると――

「……ぁ……」

「先輩!」

 小さな呟きと共に、どこか遠くを見ていた視線がぴったりと私を捉えた。その様子に、安堵する。ようやく、唯先輩に見てもらえた。

 だけど――

「あずにゃんか……。ごめん、私、そろそろ帰るね」

「え?」

「行かなきゃならないところがあるから」

 呆然とする私に目を向けないで、唯先輩はそそくさと帰り支度を始めてしまった。

 いつもならのんびりとするはずなのに、今日は妙に急いでいる。そのくせ気分は上々らしく、ルンルンと鼻歌まで聞こえてきた。

 やがて、荷物をまとめ終えた先輩は、ひょいっと鞄を背中に背負い込んで、音楽室の扉を開いた。

 どうしよう……、何か言わないと。

「あ、あの」


8 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:08:41.24 xC9b/orS0 7/84

「それじゃ、また明日ー」

 だけど、呼び止めようとする私の声に耳を向けないで、唯先輩は素早く音楽室を出て行ってしまった。

 バタン、というドアの閉まる音を聞きながら、私は帰り際の唯先輩の表情を思い出す。

 ……うきうきと、まるでこれから誰かと会うのを楽しみにしているような、そんな笑顔だった。

『恋わずらい』

 確かに、さっきの唯先輩の顔はそんな感じで、そう考えると、

 ――胸の奥が、チクリと痛んだ。


「……で?」

「へ?」

 随分と長い間突っ立っていたみたいだ。ムギ先輩の声でようやく現実世界へと意識が戻ってくる。

「あ、あの、唯先輩は?」

「唯ちゃんならとっくに帰ったじゃない」

「あ、そ、そうですよね……はぁ」

 あれが夢だったらと思ってムギ先輩に尋ねるも、返ってきたのは悲しい現実。やっぱり、唯先輩は……。

「それで?」

「えっ」

 またしても思考の渦に飲み込まれそうになった私を、ムギ先輩が引き戻してくれる。

 一度ならず二度も助けてもらうなんて、感謝しなきゃ。

「あ、あの」

「唯ちゃんのことが大好きな梓ちゃん。さて、これからどうするのかしら?」

「……は?」

 一瞬にして感謝の気持ちが消え失せてしまった。この人は急に何を言い出すんだ……。

 ムギ先輩は相変わらずにこにことした笑みを崩さず、静かに私を見つめている。その表情に、何もかも見透かされているような気分になり、ふぃっと目を逸らしてしまった。

「梓ちゃんは、唯ちゃんのことが好きなのよね?」

「そんなこと無いですよ」

「そんなことあるわよ」

「どうしてですか」

「だって、唯ちゃんが出て行ったとき、梓ちゃんとっても悲しそうな顔していたもの」

「それは……」


9 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:09:42.24 xC9b/orS0 8/84

 確かに。

 あのとき、私の声に返事をしないで出て行った唯先輩を見たとき、私は確かに悲しかった。……なぜかは解らないけど。

「だから、唯ちゃんのことが好きだからでしょ?」

「どうしてそうなるんですか」

「呆れた……、本当に解らないの?」

「解りません。だから訊いてるんじゃないですか」

 私が真剣にそう尋ねると、ムギ先輩はやれやれと肩を竦めた。

「それじゃ訊くけど、唯ちゃんが出て行ったとき、梓ちゃんは悲しかったのよね?」

「はい」

「唯ちゃんが恋わずらいしてるって訊いて、どう思った?」

「……よく解りません」

「解らない?」

「本当に解らないんです。何だか、胸の奥に針が刺さったような痛みを感じただけで……」

「それが、恋よ」

「え」

「梓ちゃんの感じた胸の奥のチクリとした痛み。これは恋をしている人に共通の感覚よ」

「そうなんですか?」

「えぇ。どうしてそんな感覚になるのかは解らないけど、きっと切なくて狂おしい気持ちがそうさせているんでしょうね」

「はぁ」

 私が唯先輩に恋をしている。

 その事実を、すんなりと受け止めることができたのは、薄々感付いていたからだろう。

 解っていた。だけど、それを認めるのは何となく悔しかったから、今まで目を逸らしていた事実。

 だけど、気付いて、認めてしまえば、それはこんなにも自然に体に溶け込む。

 切なくてほろ苦いけど、それ以上に心が暖かくなるような、そんな感じ。

「それじゃ、改めて訊くけど」

「はい?」

 唯先輩と一緒にいるときに感じるのと似たような感覚を味わっていると、不意にムギ先輩が声をかけてきた。

「梓ちゃんは、これからどうするの?」

「どうする、って……」

「唯ちゃんを追いかけないの?」


12 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:10:28.51 xC9b/orS0 9/84

「……あ」

 そうだった。

 唯先輩は多分、誰かと会うために帰ったんだった。その相手は、唯先輩が恋をしている相手なんだろうけど。

 それを否定できたらまだよかったけど、残念ながら否定できるだけの材料が無い。

 朝からの唯先輩の様子。そして、私の心の奥を読んだムギ先輩が恋わずらいと言ったのだから、それは事実としか考えられない。

「梓ちゃん」

「はい」

「真実を知るのが怖いのは解るけど」

「……はい」

「それでも、ようやく自分の気持ちが解ったんだから、それをちゃんと伝えないとだめよ?」

「――はいっ!」

 勢いよく返事をして、私も帰り支度を始める。ずっと膝の上に置きっぱなしだったむったんを身長にケースの中へ入れて、その他の小道具を鞄にぽいぽいと放り込んでいく。

「それじゃ、今日はこれで」

「頑張ってね」

「はい! ありがとうございました、ムギ先輩!」

 私の感謝の言葉に、ムギ先輩はきょとんとした表情になり、やがて、にっこりとした笑顔を向けてくる。

「どういたしまして、自分に素直になるのよ」

「はい!」

 そして、私は音楽室の扉を開いた――


 さて、校門を出たのはいいけど、唯先輩はどこにいるのだろうか。

 困った。探すにも目的地がないと動きようが無い。

 ……と思っていたら、見慣れた路地裏に唯先輩らしき人影を発見できて、ほっと一息吐く。

 先輩は、しゃがみ込んで何かと喋ってるみたいだけど、ここからじゃよく見えない。

「唯先輩」

 声をかけて先輩の背中へと歩み寄ると、次第にそこにいる生物が見えてきた。

 ――猫だ。

 唯先輩の足元にいるのは、たくさんの子猫たちだった。

「どうしたんですか、その猫」

「わっ……何だ、あずにゃんかぁ、驚かさないでよ」


10 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:10:13.88 7CwIjtWZO 10/84

前にブログで読んだが、本人なのか転載なのか


13 : 本人です ◆/BV3adiQ.o - 2009/09/22(火) 12:11:29.46 xC9b/orS0 11/84

「別にそんなつもりじゃ……、それより、この子たちは?」

「可愛いでしょ~」

「や、そういうのじゃなくて……、まぁいいや」

 久しぶりに唯先輩のどこかズレた雰囲気を感じれて嬉しかったから、少々のボケには目を瞑る。いつもならすぐにツッコミを入れていただろうけど……、これが恋ってものなのかな。

 何より、猫とじゃれている唯先輩が本当に幸せそうだったから、それに水を差すのも野暮だと思ったのだ。子猫たちを見つめる先輩の瞳は、正に恋する乙女の……ってあれ?

「もしかして先輩」

「うん?」

「まさかとは思いますが、猫に恋してたりします?」

「あれ~? よく解ったねあずにゃん」

「……っ」

 その答えに、私はずっこけてしまった。

 まさか、そんなオチだったなんて。真剣に悩んだ私が馬鹿みたいじゃないですか。唯先輩らしいですけど、あんまりですよ。

 言ってやりたいことはたくさんあったけど、やっぱり唯先輩の笑顔を崩したくなかったから、胸の内に留めておくことにする。

 代わりに――

「おぅ?」

「ぎゅーっ」

 いつも先輩が私にしてくれるように、先輩の体を後ろからぎゅっと抱きしめた。そうすると、唯先輩独特のふわふわとした匂いが鼻孔をくすぐって、何とも言えない暖かい気持ちになる。

「あずにゃん、積極的だね~」

「たまには、いいでしょう」

「そうだね、たまには」

 いいかもねと呟いて、唯先輩は先輩の首に回した私の両腕をぎゅっと両手で掴んで、更に引き寄せる。

「わわっ」

 意外に力強く引っ張られて、そのまま唯先輩に凭れ掛かってしまった。

「ねぇ、あずにゃん」

「はい?」

「だいすき、だよ」

 その言葉に。

 予想もしなかったその言葉に、私はどきりとする。だけど、すぐにこれはいつものすきなんだと考えて、冷静になった。

 先輩は本当にずるい。いつも私が言おうとしたことを先に言うんだから。だから、今日は仕返しをしてあげようと思う。

「唯先輩」


14 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:12:36.49 xC9b/orS0 12/84

「なに?」

「私も、先輩のことが、だいすきですよ」

 告白と同時に、唯先輩の左頬に私の唇を押し付ける。その行為に、唯先輩はびっくりとした表情になったけど、すぐに笑顔になった。

「あずにゃんにちゅうされちゃった」

「しちゃいましたね」

「どうしてちゅうなんてしたの?」

「たまには、いいでしょう」

 結局、本当の気持ちを言えずに、ごまかしてしまう。

 唯先輩は大して気にもせずに、ただ一言「そっか」と呟いてまた子猫たちとじゃれ付き始めた。

 その様子を見て、私は決心する。

 いつか、絶対に、あなたに告白しますから。

 ――だから、そのときまで待っててくださいね?



Fin



まさか読んでる人が来るとは思わなかった


16 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:13:23.90 xC9b/orS0 13/84

 ある日。

「梓ちゃんは、唯ちゃんのことが好きなのよね?」

 いつものように音楽室の扉を開けると、先に来ていたムギ先輩が開口一番、そんなことをのたまった。

 この人は、また何を意味の解らないことを……。

「そんなわけないじゃないですか」

 荷物を置きながら、否定しておく。

 ムギ先輩が変なことを言うのはいつものことだし、無視しようかと思ったけど、さすがにこれは聞き捨てならない。

 誰が唯先輩のことを好き? 私が? そんなことありえない。

「ほんとに?」

「ほんとですよ」

 大体、いつもいつも私に抱きついてきて、困ってるのに……。嫌だと言っても止めてくれないし、質が悪い。

 や、まぁ、抱きつかれること自体は別に嫌なわけじゃなくてむしろ好きだけどって何をいってるんだ私は。

 とにかく、せめて人目を考えてほしいということです、はい。

「うーん、やっぱり好きじゃないのかしら?」

「しつこいですよ」

 ムギ先輩は、普段から私たちをくっつけようとするけど、今日はいつもに増してプッシュしてくる。ほっといてください。

 そんな気持ちが言葉に出てしまったのか、返事をおざなりに済ませてしまった。これじゃ私が機嫌悪いみたいだ。

 ……でも、もし本当に機嫌が悪いのだとしたら、それは――

「そういえば、最近、唯ちゃんとりっちゃんの仲良いわよね」

 考えていたことを話題に出されて、体がぴくりと反応する。

「そう、ですね……」

 そう。

 最近、唯先輩と律先輩の仲が良いのだ。

 元々仲が良かった二人だけど、最近は以前にも増してスキンシップが激しくなっている。

 抱き合う頻度が2倍ぐらいになり、ティータイムでおやつのあ~んが日常的になってすらいる。いつかの休日に二人で腕を組んで出かけているのを目撃したこともある。

 これじゃ、まるで。

「恋人みたい、かしら?」

「はい――って何で私の考えていたことが解ったんですか」

「だって、顔に出ていたわよ?」

「マジですか」


18 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:14:07.83 xC9b/orS0 14/84

 どんな顔をしていたんだろう。

「ほら、こんな顔よ」

「わぁー、わかりやすい」

 完全に顔に出ていたから、ついつい棒読み口調になってしまう。これはやってられない。

 昔から顔に出やすいと言われ続けていたけど、ここまで完全に出ていたなんて……、ショックだ。

「ふふ、梓ちゃんは正直者なのよ」

「馬鹿にしてるんですか?」

「まさか。嘘が吐けないなんてすばらしいことじゃない」

「はぁ、そうですか」

 なんだろう、褒められているのに全然嬉しくない……。要するに嘘が吐けない真人間じゃなくて嘘が吐けない間抜けってことだし。

「で、何の話でしたっけ」

「唯ちゃんとりっちゃんが恋人って話よ」

「憶測を事実にしないでください」

「あら、ごめんね」

 悪びれもせずに舌をぺろりと出すムギ先輩に呆れてしまう。しかもその仕草が妙に似合っているのがまた……。

「はぁ……。で、ムギ先輩はどう考えているんですか?」

「何がかしら?」

「あの二人の関係ですよ」

「あら、やっぱり気になるのね」

「う。そりゃ、まぁ、同じ部員ですし……」

「ふぅん? まぁいいわ」

 面白そうに私を眺めていたムギ先輩は、やがて視線を宙に移して、自分の考えを話し出す。

「あの二人が付き合っているのかどうかは知らないけど、関係は親密になっているわね」

「親密に?」

「ええ。少なくとも、お互いの家に泊まりに行くぐらいの関係には、ね」

「――ッ」

 ガタン、と耳障りな音が部室に響く。音の発生源は、私がさっきまで座っていたいす。急に立ち上がってから倒れてしまったみたいだ。

 まったく無意識の行動で、私がどうして立ち上がったのか解らない。一体、何が私の気持ちをかき回したのか……。

「どうかした?」

「い、いえ、別に……」


20 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:14:54.94 xC9b/orS0 15/84

 向かい側のいすに座りながら紅茶を片手にそう尋ねてくるムギ先輩に「何でもないです」と言う。

 声が震えていたけど、ムギ先輩は大して気にせずに、一言「そう」とだけ言って、話を続けた。

「さすがに家の中で何をしているのかまでは知らないけど、二人の距離は確実に縮まっているでしょうね」

「そう、ですか」

 震える唇を無理やり動かして、なんとか相槌を打つ。

 この話が嘘だとは思えなかった。ムギ先輩の戯言だとはとても思えない。ムギ先輩はこういう嘘を吐くような人じゃないし、それに、ここ最近の二人の行動がそれに真実味を持たせている。

「梓ちゃん、大丈夫?」

「なにが、ですか」

「顔が真っ白よ」

 そう言われて、手近な所にあった鏡を見てみると、映っているのはすっかり色の落ちてしまった自分の顔。

「……気にしないでください」

「大丈夫なの?」

「はい」

 本当は大丈夫じゃないけど、そう言って続きを促す。

「そう……、なら、続きを話すけど、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ですから、早く話してください」

 努めて普段どおりに言うと、ムギ先輩は少し逡巡して、だけどすぐに口を開いた。

「そこで、距離が縮まった二人はどうなるか。もう周りから見たらあの子達はバカップルよね」

「そう、ですね」

「でも二人はそれを否定してるの」

「そうなんですか」

 少し、ほっとする。あの二人が違うと言っているのという事実が、ここまで嬉しいなんて。

「だけど、私は納得いかないから、りっちゃんの家に唯ちゃんが泊まりに行った日、ずっと部屋の壁に耳を押し付けていたの。

「捕まりますよ」

 滅茶苦茶不審者じゃないですか。

「まぁ、何度か職質を受けたけれど、それにめげずに私は中の様子を探っていたの」

「そうですか」

 もう突っ込む気力もない。

「そして、夜の8時ぐらいに、中から女の子の喘ぎ声が聞こえてきたの――二人分の」

 頭の中が真っ白になった。


22 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:15:39.00 xC9b/orS0 16/84

「カーテンはしてるから、中の様子は見えないけど、あれは間違いなくやってたわね。誰と誰が、なんて言うまでもないでしょうけど」

 止めて、もう言わないで……。

 そんな思いがまた顔に出ていたのか、ムギ先輩は続きを話さなくなった。

「そこで、最後に聞きたいのだけれど」

「なん……ですか……?」

 朦朧とする意識の中、なんとか返事を返す。

「梓ちゃんは、唯ちゃんのことをどう思っているの?」

「私は――」

 その言葉を最後に、私の意識は暗闇へと沈んでいった……。


「……あずにゃん、あずにゃん!」

「んぅ……」

 聞きなれた声に体を揺り動かされ、ぱちりと目を開ける。

 背中に感じるのはふわふわとした布団の感触。これは唯先輩の部屋のベッドかな……。

 実に数週間ぶりなのに、完璧に覚えている自分に苦笑する。

「あずにゃん!」

「わぁっ!?」

 と、しばらくごろごろしていようと思っていたら、突然誰かに抱きしめられた。この呼び方と独特の匂いは唯先輩だ。

 腕の隙間から相手の顔を覗き込むと、今にも泣きそうな唯先輩。

「ちょ、ちょっと、どうしたんですか先輩」

「うわぁん! よかったよあずにゃぁん!!!」

「きゃぁ!」

 私の話を聞かずに抱きしめる力を強める先輩。嫌なはずなのに、なぜだかほっとしてしまう。やっぱり、このひとに抱きしめられるのは安心するからかな……。

 しばらく唯先輩に抱きしめられたままの状態でいると、唯先輩はようやく私から体を離した。

 ……寂しいとか思ってませんから。

「それで、私はどうして唯先輩の部屋にいるんですか?」

 私の記憶が正しければさっきまで部室にいたはずだけど……。

「あずにゃん、覚えてないの?」

「なにがですか」

「あずにゃん、部室で倒れたんだよ? 貧血だって、保健室の先生が言ってた」


23 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:16:29.72 xC9b/orS0 17/84

「ひんけつ……」

 時間を遡って、どうして私が貧血になったのか、部室でムギ先輩に聞いた話を思い出して――

「ゆゆゆゆゆっ」

「ど、どうしたのあずにゃん、落ち着いて」

 そして、いい子いい子をしようと私の頭に手を持ってきた。……けど。

「――へ?」

 唯先輩はぽかんとしている。見つめているのは今さっき私が叩いた先輩の右手。

 傷ついたその手は、まるで私の心みたいだ。

「ど、どうして……」

 訳が解らないといった表情で私を見つめてくる。だけど、それは私も同じだ。

「律先輩というものがありながら、どうして私を部屋に連れ込んでるんですか!」

「……へ?」

 今度は違う意味で呆ける唯先輩。

「な、なんのこと?」

「惚けないでください! 唯先輩は律先輩と付き合ってるんでしょう!?」

 私の言葉に、唯先輩はしばらく腕を組んで、そしてようやく意味が解ったのか笑顔で口を開く。

「私は――」

 これから言われるであろう事実に身構える。ムギ先輩に言われるよりも唯先輩本人に言われるほうが何千倍もショックが大きいから。

「私はりっちゃんとは付き合ってないよ」

 …………は?

「や、でも、だって」

「あずにゃんはどうして私とりっちゃんが付き合ってると思ったの?」

「それは――」

 私は、ムギ先輩から聞いた事実を全部唯先輩に話す。

 全部聞き終えると、唯先輩はけらけらと笑い出した。

「なんなんですか、もう」

「あはは、ムギちゃんも結構悪戯好きだなぁって」

「はぁ?」

 意味が解らない。この人は一体何を言っているんだ。

「それじゃ、ネタばらししちゃうけど、ムギちゃんのお話は全部ほんとのこと」


24 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:17:12.35 xC9b/orS0 18/84

「だったら」

「待って、まだ決めつけるのは早いよ」

「……はい」

「これを全部話すのはちょっと恥ずかしいんだけど、簡単に言うとりっちゃんに協力してもらってたんだ」

「なにをですか」

「あずにゃんを落とすための作戦」

「なっ……」

「おやつのあ~んやデートはあずにゃんに嫉妬させるためだったんだ」

「それじゃ、お泊りとかは」

「それは単純に相談会議」

「そうだったんですか……」

 それじゃ、本当に二人は付き合ってなかったんだ……。や、でも。

「それなら、喘ぎ声はどうなるんですか」

「それは……、多分、アレかな?」

「あれ?」

「りっちゃんに、これだけは見とけって言われてビデオを渡されたんだけど、なんだか女の人が二人で裸になって遊んでるだけだったよ」

「遊んでるだけって……」

「一応二人で最後まで見たけど、何が楽しかったんだろう? りっちゃんはなんだか顔が赤くなってたけど……」

「そう、ですか……」

 これが唯先輩だ。唯先輩はきれいなままだということを理解して、安心した。でも、律先輩はお節介を焼きすぎですよ……。

「最後にひとつ言っておくとね」

 唯先輩は今までのほわほわとした雰囲気から一変、真面目な顔で私を見つめてくる。

「なんですか?」

 こんな唯先輩を見るのは初めてのことだから、反応に困ってしまう。なんというか妙にかっこよくて恥ずかしい。

 そして、そのまま私の耳元に口を持ってきて――

「私の好きな人は、後にも先にもあずにゃんだけ、だよ」

 ――そんなことを囁いてくるから、困る。

「な、な、な……」

「あずにゃんは、どうなのかな?」

 頬が一気に上気して、脳がトロトロに溶けているのに、さらに追い討ちをかけてくる先輩。


26 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:17:55.73 xC9b/orS0 19/84

 その眼は、反則ですよ……。

「わ、わたしは……」

 頬をうっすらと桜色に染めて、潤んだ瞳で私の言葉を待っている唯先輩に、返事を返そうとしても、言葉が出てこない。

 だけど、言わなくちゃ。私のだいすきなひとの気持ちに応えないと。

 ――でも言葉が出ない。

『梓ちゃんは、唯ちゃんのことが好きなのよね?』

 ええ、好きですよ、大好きです。愛してます。なのにそれを伝えるための口が動きません。

『それなら、行動で示せばいいじゃない』

 行動?

『そう、言葉が出ないならキスをすればいいじゃない。それが最大級の愛情表現よ』

 ……キスですか。

『そう、やっちゃいなさい』

 恥ずかしいけど、うん。確かにこれしかないな。

 未だに私の言葉を待ち続けている唯先輩の頬を両手で挟んで、唇を押し付ける。

 唯先輩は私の行動に目を見開いたけど、すぐに瞳を閉じて私に体を委ねてくる。私も瞳を閉じると、腰に腕が回される気配を感じる。

 たっぷりと唯先輩の唇を味わって、先輩から体を離す――腰に腕が回されているから、少ししか離れなかったけど。

「ぁ……」

 少し物足りなさそうな唯先輩。

 その表情を見て、言葉を発する。今度は自然と口が開いた。

「愛してますよ、唯先輩」

「本当に?」

「えぇ、世界で一番、貴方のことを愛しています」

「あずにゃん……」

「先輩……」

 そしてもう一度、今度はさっきよりも深く唯先輩に口付けた――


Fin

27 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:19:46.95 xC9b/orS0 20/84

 現在、唯先輩の部屋で唯先輩と一緒にギターの練習をしている。

 ……のだけれど。

「唯先輩?」

 だんだんと唯先輩の演奏が下手になってる気がする。これならまだ部活でやってたほうが上手だ。

 不審に思って唯先輩の顔を覗き込んでみると――

「んぅ……」

 瞳が虚ろだった。

「ちょ、唯先輩?」

 よく見てみると、顔も少し赤くなってて、上半身もなんだかふらふらしている。

 私の呼びかけにも気付いていないみたいだしこれは……。

「ちょっと失礼しますよ」

「んぁ?」

 ずい、と顔を唯先輩に近付けると、唯先輩はようやく私に気付いたみたい。

 少し驚いた風に体を捩って、私から離れようとする。

 私はそれを許さずに、唯先輩を掴もうと腕を伸ばし――

『ガンッ』

「っ……!」

「きゃっ!」

 足元の荷物に足を引っ掛けてしまい、二人して唯先輩の後ろのベッドに倒れこんでしまった。

 両腕を支えにしてどうにか唯先輩を下敷きにしないようにはできたけど……。

「うぅ……」

「……」

 視線の先には、小動物のように体を震わせている唯先輩。頬を紅潮させ、潤んだ瞳で私を見ている。

「あずにゃん……」

 小さく震える唇から私の名前を呼ばれる。

 頬を更に赤く染めて、瞳を閉じ、何かを期待するように唇を突き出している。

「ゆい、せんぱい……」

 私は、それに応えるために唯先輩の唇に自分の――

「――って、ちがあああああああああああああああああああああああああああう!!!!!」

「うひゃあ!?」


29 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:20:30.12 xC9b/orS0 21/84

 わた、私は何を……! い、いきなり唯先輩にききき、キスしようなんて……。

 いくらなんでも唐突過ぎる! 初めてはもっといい雰囲気のときに――ってまた何考えてるの!?

 どきどき。

 胸の鼓動が速くなる。きっと今の私の顔はすっごく赤くなってるんだろうな……。

「あずにゃん、急にどうしたの……?」

 と、気付かれないように何度も小さく深呼吸をしていると、唯先輩に後ろから声をかけられた。

 最後にもう一度深呼吸をして、もう大丈夫だということを確認してから唯先輩に振り返る。

「どうしたもこうしたも……」

 ありませんよと続けようとして、唯先輩の様子に、はっとする。

 顔は相変わらず赤いままだし、焦点も合ってない。息も少し荒いし、これはやっぱり……。

「唯先輩、動かないで下さいね」

 今度は先にそう断ってから、唯先輩に顔を近付ける。

 ……さっきみたいなことがまた起こるかもしれないから。

 思い出してまた赤面しそうになるのを堪えながら、唯先輩のおでこと私のおでこをくっつける。

『ぴと』

 ……うん、やっぱり熱い。

 これは間違いなく風邪を引いちゃったのかな。どうせまたクーラーをガンガンに付けて寝たんだろうけど。

 お互いのおでこを引っ付けたまま唯先輩に声をかける。

「先輩、やっぱり熱が――」

 それ以上言葉を紡げなかった。

 なぜなら――

「えへへ、キスしちゃった」

 唯先輩に唇を塞がれてしまったから。

「な、ななな何してるんですか!?」

 びっくりして唯先輩から飛び退く。

 そんな、いきなりだなんて……。心の準備ってものがあるでしょう。

「だって、さっきあずにゃんがしてくれなかったんだもん」

「あ、あれは――」

 だめだ、心臓がものすごい勢いで鼓動して、体温が急上昇してる。

 たぶん今の私の顔は茹蛸状態になってると思う。


31 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:21:10.94 xC9b/orS0 22/84

 顔から火を噴くなんてレベルじゃない。もう顔が火になってる。

 こんなに恥ずかしいのは初めてだ。

 そのくせ唯先輩はあんまり恥ずかしく思ってなさそうなのが腹立たしい。

 私にこんな恥ずかしい思いをさせておきながら自分は平然と笑ってるなんて……唯先輩らしいか。

「嫌だった?」

「嫌とかそういう問題じゃ――ああもう!」

 このままじゃずっと唯先輩のペースだ。何か誤魔化せるものは……。

 探していたものは目の前にいた。そもそもこんなことになったのもこれが原因だ。

「唯先輩、風邪引いてるんですからベッドで横になってたほうがいいですよ」

「ん……そういえば、なんだかぼーっとするね……」

 と、今更風邪を引いていることに気付いたような唯先輩。

 ふらふらとしながらベッドへと歩いていく。

 見ていて危なっかしいから私も手伝ってあげることにした。

「ほら、唯先輩こっちですよ」

「ん~」

 唯先輩の手をぎゅっと握って、ベッドまで連れて行き、そのまま横に寝かせてあげる。

「い~つもすまないねぇ」

「それは言わない約束でしょ」

 布団をかけて、唯先輩の頭が枕に乗ったのを確認してから、ベッドから離れる。

「あずにゃん、私とのキスどうだった?」

「さあ、どうでしょうか」

「え~? 教えてよ~」

「はいはい。元気になったら教えてあげますよ」

 最後に唯先輩の髪の毛を軽く撫でてから、氷を取りに台所へと向かう。

 道中、まだ少し唯先輩の感触が残っている唇を、人差し指でなぞってみる。

 ……今度は、私から――



Fin


33 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:22:22.09 xC9b/orS0 23/84

「はい、剥けましたよ」

「ありがと~」

 コタツに脚を入れてぼけーっとしている唯先輩に、たった今剥いたばかりのみかんを手渡す。

 すると、唯先輩はあ~んなんて言って口を大きく開けた。

「……何ですか、それ」

「あずにゃん、食べさせて~」

 大体解ってたけど、口に出して言われるとやっぱりため息を吐いてしまう。

 はぁ……。

「あずにゃんどうしたの?」

「いえ、別に……」

 唯先輩はこういうことを当たり前のようにするから困る。

 二人で喫茶店に行ったときも、ひとつのグラスにストローが2本刺さっている飲み物を頼んで、周りの人の注目を集めてしまった。

 あの時は本当に恥ずかしくて、すぐに取り下げようと思ったけど、唯先輩の幸せそうな顔を見て何も言えなくなってしまった。

 何だかんだいって、やっぱり先輩には甘いなぁ……。そのうち、あの顔を見るために何でも許してしまいそうで怖い。

 いや、もしかしたらもう手遅れかもしれない。現に今だって、唯先輩のわがままを受け入れようとしているわけだし……。

 駄目だと思っても、体は勝手に動いてしまう。

 剥き終わったみかんを一房、人差し指と親指で挟み、それを唯先輩の口へと持っていく。

「はい、あ~ん」

「あ~ん」

 ぱくり、と唯先輩の口がそれを銜えるのを確認して、新しくもう一房、同じように指で摘まんで持ってくる。

 それを繰り返して、全部無くなったらまた新しいみかんを剥き始める。

 この作業を何度か繰り返すと、指がだんだんと黄色くなってきた。

 ちょうど、唯先輩もおなかが膨れた頃だろうし、手を洗うために立ち上がる。

「あずにゃん、どこ行くの?」

「ちょっと、手を洗いに」

 そう言いながら、ずっとみかんの皮を剥き続けていた指をよく見えるように差し出す。

 すると、唯先輩はあろうことかその指を自分の舌で舐め始めた。

「ぺろぺろ」

「ちょ、唯先輩!?」

 もちろん、そんなことをされたらびっくりしてしまう。


34 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:23:06.14 xC9b/orS0 24/84

 思わず体を引きながら、唯先輩に尋ねる。

「何してるんですか」

「なにが?」

「どうして、私の指を舐めたりしたんですか?」

「どうしてって……あずにゃんの指がおいしそうだったからだよ?」

「どんな理由ですか……」

「だ、だって、洗い流しちゃったらみかんの味がなくなっちゃうもんっ」

「――はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「ど、どういうことですか?」

 そして、おずおずとそう尋ねる。言ってることがよく解らない。

「んと、あずにゃんは今までその指でみかんを剥いてくれたよね?」

「そうです」

 だからどうだというのだろうか。気になったけど、とりあえず唯先輩の言葉を待つ。

「ということは、その指にはみかんの味が染み付いてることになるよね?」

「まぁ……確かに」

 この黄色いのはみかんの果汁とかそんなのだろうし。――って!

「ま、まさかこれがもったいないとか言うつもりなんですか!?」

「うん、そうだよ」

 どうして私が驚いているのか解らないといった顔で、唯先輩は首を縦に振った。

「それじゃ、納得したよね?」

「え、えぇ……はぁ、まぁ……」

 有無を言わさない口調だったから、特に考えもなしに頷いてしまった。

 ――それが、私の失敗。

「あずにゃんが納得したことだし、仕切りなおし~っ」

「……って、え!?」

 勢いよく飛びついてくる唯先輩を止めようと、両手を突き出したのが不味かった。

 確かに唯先輩を止める事は出来たけど、その代償に私の手首をがっちりと掴まれて、またしてもさっきと同じように指を舐められてしまう。

 唯先輩に舐められている指先が熱くなって、次第にその熱が体全体に回ってきた。

「や、止めてくださいよ……」


35 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:23:50.08 xC9b/orS0 25/84

「え~? おいしいのに~」

「どこがですか……、ただ汚いだけでしょう」

「いやいや、あずにゃんの味がしておいしいよ?」

「――へ?」

 唯先輩の思わぬ言葉に、一瞬、抵抗する力が無くなってしまった。その一瞬の隙を突いて、唯先輩は更にとんでもないことをした。

「あ~ん」

 ぱくっ、という擬音が聞こえたと同時に、指先にさっきとは比べ物にならないほどの熱を感じた。

 見てみると、私の指が完全に唯先輩の口の内に入ってしまっている。

「ゆゆゆゆゆゆゆゆっ!!!!?」

 驚きのあまり呂律が回らない。

 唯先輩は私の声に小首を傾げてどうしたの、と一言。

「どうしたのじゃありませんよ! 何で私の指を口に銜えてるんですか!!!」

 さっきから怒鳴ってばっかりだけど、これは仕方がないと思う。だって、いきなりこんなことをされたら誰だって驚くはずだし。

 いや、だからといって別に嫌ってわけじゃないんだけど……、ね。

 むしろ歓迎というか何というか……、タイミングさえ考えてくれれば私は……。

 と、ここまで考えて、私は自分の考えに愕然とした。まさかこんなことまで受け入れようとしているのか、と。

 視線の先には、相変わらずおいしそうに私の指をしゃぶっている唯先輩。

 この状況、まるで私と先輩がイケナイことをしてるみたい……。そう思うと、自然に喉が鳴ってしまう。

 ――って、何考えてるんですか、私っ!

 頭をぶんぶんと振って、イケナイ考えを外に逃がす。そして、やっぱり止めさせようと、口を開く。

「ちゅうぅぅぅ……れろ……」

「あぅ……ぁ……」

 ――だけど、唯先輩の口で指を吸われて、あまつさえそのまま指に舌が絡み付いてきたものだから、開いた口から思わず情けない声を出してしまう。

 ……先輩、さすがにこれは……危ないですよ……。

 いつものスキンシップぐらいなら、まだ受け入れられる範囲だけど、こんな……指ちゅぱ、なんて……。

 明らかにスキンシップの度合いを超えている。こんなことをされたら頭が沸騰しちゃうよ……。

「ちゅぱ……ぺろ……」

「うぅ……ぁ……」

 ――体が、熱い。指先がジンジンする。なんだか胸もドキドキしてきたし、どうしちゃったんだろ……。


37 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:24:45.32 xC9b/orS0 26/84

 体の異常に思考が追いつかない。本当は解ってるはずなのに……。

「あずにゃん、おいしい~」

「な、何言って……」

 体は熱いのに、頭はほわほわと浮いているみたい。言葉が脳を通さずに出てくる。

 もうこのまま唯先輩のされるがままになってもいいんじゃないかという考えも出てきて――

 だめっ!

 すんでのところで理性を取り戻し、すぐに唯先輩の口から指を引き抜く。

 そしてそのまま一気にまくし立てる。

「す、すみません! 私、ちょっとトイレに行ってきますっ」

「あっ、あずにゃ……」

 後ろから唯先輩の声が聞こえたけど、それを振り払うようにして一気にトイレまで走る。

 バタン、とドアを閉めて、ほっと一息吐く。

 そして、さっきまで唯先輩が舐めていた指を、掲げてみる。

「……」

 ゴクリ、と喉が鳴った。

「だ、大丈夫だよね……」

 止めようと思ったのに、体が勝手に動いてしまった。

 未だにジンジンと熱を帯びているその部分を、舌でぺろりと舐めてみる。

 ――なんだか、とっても甘い味がした。



Fin

38 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:25:39.27 xC9b/orS0 27/84

 いつもどおりの帰り道。唯先輩と二人、肩を並べて道を歩く。

「唯先輩、最近上手になってきましたね」

「そう?」

「はい。最初の頃と比べたら段違いです」

「そっかぁ……」

 褒めてあげると、素直に頬をほころばせる唯先輩。

「でも、それはあずにゃんが教えてくれてるからだと思うよ?」

「へ?」

「私がわからないところをあずにゃんが手取り足取り教えてくれるから、私も覚えられるんだよ~」

「手取り足取りって……ただ押さえ方を教えてるだけじゃないですか」

 それのどこが手取り足取りなんだろうか?

「だって、あずにゃん私の指を持って教えてくれるでしょ」

「そうですね」

「だから、手取り足取りなんだよ」

「???」

 どうやら、唯先輩の考え方では、体を触れ合って教える=手取り足取りみたいだ。

 いや、まぁ意味としてはそうなんだろうけど、どうにも納得できない……。

「とにかく、あずにゃんが教えてくれるから私も上達してるんだよ。あずにゃん、ありがと~」

「いえ、そんな……」

 面と向かってお礼を言われるとなんだか気恥ずかしい。

 だから、ついついごまかしてしまう。

「べ、別に私限定じゃなくて、澪先輩やさわ子先生に教えてもらっても唯先輩は上手になると思いますよ?」

 その場しのぎで言ってみただけだけど、これは普通にあり得る話かもしれない。

 だって、唯先輩は一度教えただけで、ほぼ完璧に弾けるようになるような人なんだから。

 誰が教えたって変わらないんじゃないかな……。

「それは無いと思うけどな~」

「どうしてですか?」

「そうだね……。その前に、ジュース買わない?」

「ジュースですか? 実は私、お金が無くて……」

「それぐらいなら奢ってあげるよ」


41 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:26:20.18 xC9b/orS0 28/84

「そ、そんな、悪いですよ」

「いいのいいの。先輩の厚意は素直に受け取っておくものだよ?」

「それじゃ、お言葉に甘えて……」

「任せなさい!」

 ポンと胸を叩く唯先輩と一緒に、道路脇の自販機に歩み寄る。

「それじゃ、どれがいい?」

 私にそう尋ねながら、財布をがさごそする唯先輩。

 そうですねぇと私が考え始めると、「あ」と呟いてその動作がストップしてしまった。

「どうしたんですか?」

「ご、ごめんあずにゃん……。私もお金持ってなかったよ……」

 そう言って財布の中身を見せてくる先輩。全部あわせてもジュース一本すら買えない。

 唯先輩らしいなぁと思わず頬を緩めると、唯先輩はあたふたとし始めた。

「あ、あずにゃん。今私のこと馬鹿にしたでしょ?」

「してませんよ」

「うそっ。絶対馬鹿にしたよっ」

 ぷくぅと頬を膨らませながら怒る仕草は、まるで子供みたいだ。

 どうやって宥めようかと考えて、ひとついい方法を思いついた。

 財布を確認してみる……うん、よし、大丈夫。

「それじゃ、ワリカンでどうですか?」

「ワリカン?」

「はい。唯先輩のと私のを足せば一本ぐらいは買えますよ?」

 言いながら小銭を数枚差し出す。

「で、でも……」

「二人で半分ずつ出してそれを二人で飲めば誰も損しませんよ?」

 あくまで強気でそう言うと、唯先輩は少し考えてるみたい。

「でも、私が奢るって言ったのに」

「それなら、気にしませんよ。感謝の気持ちですから」

 私がそう言うと、唯先輩は目をまんまるくして、あははと笑い出した。

「それもそうだね、それじゃワリカンにしよっか」

「はい」


42 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:27:28.18 xC9b/orS0 29/84

 唯先輩に小銭を渡す。それを受け取って、自販機に自分の分も一緒に投入する唯先輩。

「それにする?」

「先輩の選んだものでいいですよ」

「それじゃ、これかな」

 唯先輩がボタンを押して、私は出てきたペットボトルを取り出す。

「どうぞ」

「ありがと~」

 蓋を開けてから、唯先輩に渡す。こういうのはやっぱり先輩からだよね?

「ごくごく……それで、何の話だったっけ?」

「ごくごく……私が教えるのと、澪先輩やさわ子先生に教えられるのでは違うって話です」

「お、そうだったね~」

 最後に一口含んでから、唯先輩は語り始める。

「やっぱり、教える人によって癖が違うんだよね」

「癖……ですか」

「そう、癖。例えば澪ちゃんだったら、弦の弾き方に力を入れて教えてくれるけど、さわちゃんだと速く弾くコツを教えてくれるんだ」

「そうですか。それじゃ、私はどうですか?」

 ごくごくと飲みながら、気になるところを質問してみる。

「う~んと……わかんないや」

「って、何ですかそれ」

 思わず突っ込んでしまう。

「よくわかんないけど、なんだか私に合ってる気がするんだ」

「はぁ……そうですか」

 最後に一口飲んでから、残りを先輩に渡す。

「でも、でもね? ひとつだけ確かな理由があるんだよ?」

「何ですか?」

 少し考え込んでいる唯先輩。残りのジュースを喉に流し込んで、口を開く。

「それはね……。好きな人が教えてくれるから、だよっ」

「――へ?」

 唯先輩はえへへと照れくさそうに笑っている。

 ……もう、唯先輩はずるすぎますよ……。       Fin


44 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:28:55.47 xC9b/orS0 30/84

「うぃ~、まだぁ~?」

「もうちょっと待って~っ」

 玄関から聞こえるお姉ちゃんの声に返事をしながら、持っていく荷物をまとめる。

 まとめると言っても、別に夜逃げするとかそういうことではない。今日は久しぶりに愛するお姉ちゃんとお出かけするから、それに持っていくための荷物だ。

 中身は女の子の秘密だから教えることはできません、ごめんね!

「お待たせ、お姉ちゃんっ」

 そして数分後。

 ようやくまとめ終えた荷物を持って玄関へと出ると、お姉ちゃんは待ちくたびれたといった表情で外の景色を眺めていた。

「遅いよ~うぃ~」

「ごめんね、お姉ちゃん」

 遅れないように早く起きるつもりだったのだけど、今日に限って朝がとても遅くなってしまった。

 原因は解っている。この年で恥ずかしいことに、今日が楽しみすぎて昨日はなかなか寝付けなかったのだ。

 ……だって、本当に久しぶりだったんだもん、仕方ないよね?

「それじゃ、早速行こっか」

「そうだね」

 切り替えの早さに定評のあるお姉ちゃん。さっきまでのだらけきった表情が嘘のように、キラキラと輝いている。

 きっと私の顔も同じぐらいキラキラしてるんだろうけど。

「まずはどこに行く?」

「う~ん……それじゃ、あいす屋さんに行ってみようっ」

「いきなりアイス?」

「だって、おなか空いたんだもん」

「そっか、ならしかたないね」

 ほんとはもっときつく言った方がいいんだろうけど、アイスを食べているときのお姉ちゃんが本当に可愛いから、その顔が見たくて簡単に折れてしまう。

 ……意思弱いなぁ、私。

「どれにする?」

「チューペットがいいな」

「チューペットはもう販売停止になったと思うんだけど……」

「えっ!? そうなの?」

 お姉ちゃん、知らなかったのかな……。あまりのショックにしくしくと泣き始めちゃった。

 泣いてるお姉ちゃんも可愛――って何を言ってるんだ私は正気を保てこんなところで襲い掛かっちゃだめだ。


46 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:29:36.89 xC9b/orS0 31/84

「あぁ、ウチにはまだ在庫が残ってるよ」

 私が何とか気持ちを落ち着けたぐらいに、お店の人がそんな嬉しい事実を教えてくれた。

 ついさっきまで泣いてたお姉ちゃんは、いつの間にか笑顔になってるし、本当に切り替えが早い。

「おいくらですか?」

「んー、どうせそろそろ捨てるつもりだったし、タダでいいよ」

「いいんですか!?」

「うん」

 なんて優しい人なんだろう……、感動で景色が滲んできちゃったよ……。

「せっかくだから、ウチにあるチューペットを全部持ってってくれて構わないよ」

「ほんとにっ!?」

 ちょっと、お姉ちゃんがっつき過ぎだよ……。そりゃまぁ、確かにタダで貰えるなら嬉しいけど、さすがに全部は気が引けるよ……。

 っていうか、在庫どれぐらいあるの?

「ちょっと待っててね、今全部持ってくるから」

「あ、どうもすみません」

 店の奥に引っ込む背中を見送って、残ったのはお姉ちゃんと私だけ。

 お姉ちゃんはこれから見る楽園に期待を膨らませているけど、私は不安で不安でしょうがない。もし100本とか持ってこられたらどうしよう……。

 そして、こんなときの私の不安はことごとく現実になってしまう。数分後、店の奥から大きな箱を両手で抱えながら店長さんが出てきたとき、私は戦慄した。

「ふぃ~、どっこいしょ、っと」

 とても疲れた様子でカウンターの上に箱を積み上げる店長さん。そして、恐る恐るその中身を覗いて――

「何本あるんですかこれぇ!?」

 ここがお店の中であるということを忘れて、私は大声を上げてしまった。

 幸い、私たちのほかにお客さんがいなかったからよかったものの、もしいたらどうなっていたのか……、うわぁ恥ずかしい。

 私が羞恥に頬を染めていると、隣でお姉ちゃんが歓声を上げた。

「おじさん、これ全部で何本あるの?」

「全部数えたことはないから解らないけど……、多分100本は超えてるんじゃないかな」

「わぁ、すごいね~」

「そうだねぇ」

 いやいや、何をそんな暢気に。こんなの全部食べきれるわけ無いじゃないですか。それぐらい考えてくださいよ。

「あの、お気持ちは嬉しいんですけど、これ全部はさすがに食べきれないので、この中から数本だけ貰って行っていいですか?」

「だめだよっ!」


47 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:30:19.61 xC9b/orS0 32/84

「えっ」

 店長さんに聞いたはずなのに、なぜか答えたのはお姉ちゃん。しかも駄々っ子声で……、嫌な予感がする。

「これ全部くれるって言ったもんっ! だから全部貰うの!」

「あの、でも、これはさすがに食べきれないよ?」

「食べきれるもん!」

「絶対に無理だよ」

「大丈夫!」

「……はぁ」

 だめだ、今のお姉ちゃんには何を言っても無駄だ。店長さんはそんな私たちのやりとりをにこにこと眺めてるし……止めてくださいよ。

「くれるって言ったもん……うえぇん」

「わわわ、泣かないでよお姉ちゃん」

 これじゃまるで私が悪いみたいじゃない……。もしかして私がおかしいの? いくらタダだからって限度ってものはあるよね?

 問いかけるも、答えてくれる人はいない。店長さんは相変わらずにこにこしてるだけだし、お姉ちゃんは未だにぐずぐず泣いている。

 ……仕方ない、か。

「解ったよお姉ちゃん」

「くれるって言ったもん……」

「全部引き取るから」

「ほんと!?」

「ほ、ほんとだよ」

 泣き顔から急に笑顔になるのは止めて欲しい。

「それじゃ、商談成立ということでいいのかな?」

「商談も何もないと思いますが……、タダですし」

「細かいことは気にしないの」

「そうですか」

 この人も結構個性的だなぁ……。

「それじゃ、さっそく家に帰って食べよっ!」

「あ、待ってよお姉ちゃん! ……それじゃ、ありがとうございました」

「いえいえ、またのお越しをお待ちしております」

 ――こうして、楽しいはずのお出かけ天国は一変、チューペット地獄になりました……はぁ。

Fin


48 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:31:04.68 xC9b/orS0 33/84

「ねぇねぇあずにゃん」

「なんですか」

 ある日の休日、いつもどおり唯先輩のお部屋にお邪魔して、ベッドの上をごろごろしていたら、不意に唯先輩が声をかけてきた。

 返事はしたものの、私はごろごろするのを止めずに、目線だけを動かして唯先輩を見る。

 ベッドの上をごろごろして、だけど視線だけは一点に集中している……、冷静に考えるとかなり不気味だ。

 だけど一々起き上がるのも億劫だし、そのままの状態で唯先輩の次の言葉を待つ。ここら辺のだらけ具合は絶対に唯先輩から感染されたものだろうなぁ……。

 まぁそれも悪くないか……、なんて考えながら唯先輩を見ていると、おもむろにテーブルの上に置いてあったポッキーの袋を持ち上げて一言。

「ポッキーゲームしよっ」

「はぁ!?」

 唯先輩の予想もしなかった言葉に、思わずごろごろしていた体をがばっと起き上がらせた。だらけている場合じゃないッ!

「ちょ、何言ってるんですか先輩」

「ん~? だから、ポッキーゲームしよって」

「どうしてそうなるんですか!」

「だって、ポッキーがあったから」

「な……」

 この人はそんな理由でポッキーゲームをしようと思ったのか……。唯先輩の短絡思考に呆れて、開いた口が塞がらない。

 相変わらずこの人の思考回路はよく解らない。本当に天然なのだろうか。狙ってやっていたとしたら物凄く質が悪いけど。

 そんなことを考えている間に、唯先輩はポッキーの袋を開けて中身を取り出し、その中の一本を無造作に掴んで、チョコの付いている方をその小さな唇で銜えた。

 そしてアイコンタクトで『あずにゃん、はやく』と伝えてくる。

 ……や、まだやるなんて言ってないですよね? 勝手に始めないでくださいよ。

 私がなかなか参加しないのに痺れを切らしたのか、唯先輩はポッキーを銜えたまま立ち上がり、私の目の前まで歩いてきた。

「ん」

 そしてそのまましゃがみ込んで、私の口元にチョコが付いていない方を差し出してくる。それをすぐに受け取るのに躊躇して唯先輩の顔を見て、そして後悔した。

 かなり時間が経ったからか、唯先輩が銜えている部分のチョコが溶けて、どことなくエロチックな雰囲気を醸し出している。

 そして、その光景はポッキーゲームの終焉――キスをするという行為を嫌でも考えさせられる。

 こんな形で唯先輩とキスをするのは嫌だと思う自分と、だけどこれを逃したら今後チャンスは無いだろうと予感している自分。

 どっちも自分の本心なだけに、すぐに結論が出てこない。そして、私が考えている間にも、チョコはどんどん溶けていき、唯先輩の顔をべとべとに汚していく。

 その光景を目にして、余計恥ずかしい気持ちになって、考えが空回りする。ぐるぐる、ぐるぐる。

 そして、それなら早く決めてしまわなければと焦っても、考えが纏まる訳が無くてますます悪循環。

 もういっそのこと唯先輩が無理やり唇を奪ってくれればいいのに。そうすれば私はただ身を任せるだけで済む。何も考える必要が無い。


50 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:31:47.12 xC9b/orS0 34/84

 そう考えて、どこまでも卑怯な私に苦笑する。唯先輩はポッキーゲームをしようと提案してくれて、なかなか決心できない私のためにずっと待っててくれてるのに。

 これ以上、唯先輩に頼るのはだめだ。

 唯先輩を見てみる。チョコが口元を汚しているのを気にせずに、ずっと私が反対側を銜えるのを待ち続けている唯先輩。

 普通の人なら諦めるぐらいの時間が経っているはずだけど、唯先輩は諦めなかった。それは多分、私のことを信じてくれているからだろう。……自惚れ、かもしれないけど。

 だけど本当に信じてくれていたら、その期待に応えないといけない。何にせよ、決心はついたんだから。

「唯先輩」

 ずっと私を待ち続けてくれていただいすきなひとの名前を呼ぶ。すると、唯先輩は私の声ににっこりと微笑んで、改めてポッキーの端っこを私に向けてくる。

 今度は躊躇せずにそれを銜えて、唯先輩にアイコンタクトで『よろしくお願いします』と伝えると、先輩は『こちらこそ』と返してきた。

 そして、ポッキーゲームが開始される。唯先輩が溶けているチョコ付きの部分をを食べていき、私は上から垂れ下がってくるチョコに苦戦しながらも、なんとか齧っていく。

 夢中でポッキーを食べていると、次第に唯先輩の唇が近付いてくる。そして――

「……」

 私と唯先輩の唇の間には、上下から押されてきたチョコの塊。それを確認すると、私と唯先輩は同時に動きをストップする。

 ゴクリと、喉が鳴る。本当に目と鼻の先にある唯先輩の顔をまともに見れない。この緊張感、期待感を、先輩も感じてくれているのだろうか。

 ふと、先輩はどんな顔をしているのだろうかと思って、視線を唯先輩に向けると、唯先輩はにやりと笑って、そして――

「んちゅー」

「んぅ!?」

 ――あっさりと、唇を奪われてしまった。


                                                      初めてのキスは、チョコレートの味がしました。by中野梓



Fin

51 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:32:54.54 xC9b/orS0 35/84

「次はどこに行くんですか?」

「そうだね~」

 ふたりきりの廊下道。私の質問に唯先輩は答えないで相変わらず鼻歌を歌いながらぶんぶんと繋いだ手を振り回している。

 文化祭のライブが大成功に終わり、そのご褒美として私は唯先輩と一緒に文化祭を回ることになったのだ。

 最初は「私と付き合って」なんて言うから思わず赤面してしまったけど、ただ単に回るのに付き合ってという意味だったから、二度も赤面してしまった。

「それじゃ、次はあそこに行こうか」

 そう言って唯先輩が指差したお店は、見るからにおどろおどろしいお化け屋敷。とてもじゃないけど、女子高生が作るようなものじゃないと思う。

 ――まぁ、私は結構好きだから嬉しいけど。

「お化け屋敷ですか、いいですよ」

 了承の意を伝えて唯先輩の手を引っ張り、受付へと向かう。私たちの二人を見て、受付の生徒があっと、声を上げたのは気のせいではないだろう。

 この学校で、私たちは結構有名だから。唯先輩は私たち後輩の憧れの対象だし、私はそんな唯先輩といろいろな噂を立てられている。

 いくら一緒にいることが多いからって、付き合ってると噂されるのはちょっと……。私だって結構悩んでるのに、軽い気持ちでそういうことを言われるのは気分が良くない。

「えぇっと……、お二人様でしょうか?」

「はい」

 受付の子も、私たちの関係に興味があるみたいで、一瞬間があったのはいろいろと質問をしようかどうか迷っていたからだろう。

 それでも、質問せずにしげしげと眺めるだけに留めておいてくれたのは好印象だ。……いや、それもどうなんだろう。

 とにかく、返事をした私たちは、入場料を払って、お化け屋敷の中へと入っていった――


「く……暗いね、あずにゃん」

「そうですね」

 屋敷の中は、普通のお化け屋敷よりもはるかに暗かった。そのくせ冷房もガンガンにつけているのか、とても寒い。

 雰囲気を出すためなんだろうけど、この寒さは尋常じゃない。その内凍死してしまうんじゃないだろうかと心配になる。

 隣を歩く唯先輩は、早くも寒さに体を震わせている。私はまだ平気だけど、唯先輩はとても寒がりな人だから、いつまで耐えられるか解らない。

 ……早めに脱出しないと。

「あずにゃん……、寒いよぉ……」

「大丈夫ですから、もう少しの辛抱です」

 嘘だ。まだ入ったばかりだからもう少しなんてことはありえない。いつだったかパンフレットに、『脱出するのに1時間かかるお化け屋敷』だとか書かれていた記憶がある。

 さすがにそれは大げさだとしても、出るのに時間が掛かるのは事実だろう。2階の教室の壁をぶち抜いて作ったこのお化け屋敷は、単純計算で100m以上の長さがある。

 それも直線じゃないから、走って行こうとしたら確実に壁にぶつかる。しかも暗いから周りがよく見えない。

「あずにゃん……」


53 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:33:37.13 xC9b/orS0 36/84

「どうしました?」

「体が……」

「体が?」

「動かないの……」

「……ッ」

 すぐに携帯を取り出して、唯先輩の体をライトで照らす。すると、寒さで色が落ちてしまっている先輩の肌が現れた。

 これは完全に寒さでやられてしまっている。このままじゃ命の危険もあるかもしれない。

「誰か! 誰かいませんかー!?」

 ありったけの声を出して、近くにいるであろう人を呼ぶ。お化け屋敷なんだから、お化け役の人がどこかにいるだろうと祈って。

「どうしたの?」

 すると、私の祈りが通じたのか、奥のほうから女の子がひとり慌てた様子で出てきた。八重歯を見せているから、ヴァンパイア役なのかもしれない。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。

「ちょっと、この人が寒さでやられちゃって」

 言いながら、ぐったりとしている唯先輩を相手に見せる。すると、それだけで私の言いたいことが通じたのか、女の子は「冷房切ってくるね!」と言ってまた奥へと走り去っていった。

 残されたのは、ぐったりしている唯先輩と、私の二人だけ。今できることは、少しでも唯先輩を暖めることだけだ。

「唯先輩?」

「んー」

 声をかけると、返事が返ってきたので一安心。とりあえず意識はまだあるみたいだ。それじゃ、早速唯先輩を暖めよう。

 ……はて、暖めるといっても具体的にはどうすればいいんだろう?

 困った。ここにきてこんな大事なことが解らないなんて。どうしようどうしよう。

「唯先輩、人を暖めるにはどうすればいいんでしょう?」

 いやいや、この人に訊いてどうするんだ私。お世辞にも頭がいいとは言えないし、そもそも意識が朦朧としているはずなのに答えられる訳が無い。馬鹿か私は。

 そう思っていたのに。

「抱きしめてあげればいいんじゃないかなー」

「……へっ?」

 予想に反してまともな答えが返ってきて、呆けた声を出してしまう。

「え、えぇっと……、もう一度お願いします」

「だから、抱きしめてあげればいいんだよ」

 抱きしめる……、そうか、それで暖まるんだ。

 いつも私が唯先輩にしてもらっていることを思い出して、理解した。あれは確かに、心も体も暖まる。あれをすれば唯先輩も暖まるかもしれない。


54 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:34:20.25 xC9b/orS0 37/84

「それじゃ、失礼しますよ」

 一応そう言ってから、唯先輩の体を両腕でぎゅっと抱きしめる。私より一回りぐらい大きいから、抱きしめるというより抱きついた感じになったけど、気にしない。

 私の行為に、唯先輩がおぉうと、驚きの声を上げた。どうしたのかと思って腕の隙間から顔を覗き込むと、唯先輩は頬を桜色に染めていた。

「あずにゃん、積極的だね……」

「は?」

 言われた言葉の意味が解らなくて、数回頭の中で反復して、そして理解した途端に顔が熱くなる。

 わ、私は何を……。いくら暖めるためだからといっても、これは恥ずかしすぎる。いつもいつも私が唯先輩にやられていることをやり返しているなんて、気付かなかった。

 恥ずかしさに耐え切れなくて、唯先輩から腕を離そうとすると、今度は唯先輩の両腕が私の体を抱きしめた。

「唯先輩……?」

「はなれちゃやだ……」

「え?」

「あずにゃんとはなれたくないよ……」

 その言葉に。

 私の胸がとくんと鳴った。

 離そうとしていた腕をもう一度唯先輩の体に戻して、今度はさっきよりも強く、ぎゅっと抱きしめる。唯先輩にも抱きしめられているから、状況的には抱き合っているような感じだ。

 不思議と、恥ずかしさは無かった。あるのは、ただ唯先輩への愛しい想いだけ。こんな気持ちになったのは初めてだ。

「唯先輩……」

「あずにゃん……」

 そうして、本能のままに、目の前の愛しい人の唇に自分の唇を近付け――


62 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:53:56.53 xC9b/orS0 38/84

「どうー? 少しは暖まったー?」

 物凄いタイミングでさっきの女の子が戻ってきた

「えっ」

「ほぇ?」

「あっ……」

 この場に居合わせた3人全員が、一斉に固まる。場に流れるのは、気まずい空気。

「ご……」

「ご?」

「ごゆっくりいぃぃいいいいいいい!!!!」

 そう言うや否や、女の子は元来た道を物凄い勢いで走っていった。

「それじゃ、あずにゃん」

「はい?」

「続き、しよっか」

「……って、どうしてそうなるんですかああぁぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 ――結局、今回の騒動がきっかけで、私たちが付き合っているという噂は、断固たる事実として校内に蔓延ってしまったのでした……。



Fin

63 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:56:38.90 xC9b/orS0 39/84

「私も後輩が欲しいなぁ……」

 まさか、なんとなく呟いた言葉からこんなことになるなんて――


 ☆☆☆


「それなら、今日一日私が後輩になってあげるよ!」

「……はぁ!?」

 いつもどおりのお昼休み。唯先輩と憂と一緒にお昼ごはんを食べているときにふと呟いた言葉に、先輩は思いもよらぬことを提案してきた。

「な、何言ってるんですか急に」

「ん~? あずにゃんが後輩欲しいって言うから、私が後輩になってあげようって」

「どうしてそうなるんですかッ! だ、大体、先輩が後輩になるってどうするんですか、授業とか!」

「さすがに学年を変えるのは無理だから、とりあえず立場だけでも変えてみようよ~。……梓先輩!」

「ッ……」

 あんまりな提案に何かを言おうかと思ったけど、最後の「梓先輩」という言葉に胸がドキリとしてしまって言葉が出せない。

 何でだろ……。どうして唯先輩に「先輩」と呼ばれただけで胸がどきどきするんだろう。どうして顔が熱くなるんだろう。どうして……。

「梓先輩? どうしたんですか?」

「……ハッ」

 私の意識がどこか遠くへ飛びかけたところで、唯先輩の声に引き戻される。

「な、なんでもないです。それより、その呼び方止めてください」

「え~? どうして? 面白いのに」

「違和感がありすぎてやり難いです」

「そんなことないよ~。楽しいからいいじゃんっ」

「だめです! 憂も、おかしいと思うよね?」

「うん? 別にいいんじゃないかな、楽しそうだし」

 私に対する同意を求めたのに、返ってきた言葉は唯先輩に同意するものだった。

 ……そうだった、平沢家の感覚は私のような常人には理解できないものだったんだ……。

 困った。これじゃ勝ち目が無い……。強情な唯先輩のことだから、私がいくら言っても止めることはあり得ない。

「それじゃ、多数決により今日一日私とあずにゃんの立場が逆転することになりました~」

「わぁ~い」

「ちょ、何勝手に決めてるんですかッ!?」


65 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:58:08.73 xC9b/orS0 40/84

「いいじゃないですか梓先輩~、今日一日ぐらい楽しみましょうよ~」

「う……」

 この人は私がその言葉にどきどきしていることを知っているのだろうか。もし知っていたとしたら最悪だ。

「はぁ……。解りましたよ、唯先輩」

「違う違う! 唯、って呼び捨てにしなきゃ!」

「えぇ!?」

「だって、先輩が後輩に先輩って言うのは変でしょ?」

「それはそうですけど……」

 というか、一瞬何の話をしているのか解らなくなった。先輩後輩先輩と続くとやり難いなぁ……。

「だから、ほら、唯って呼んでみて?」

「うぅ……ゅ、ゅぃ……」

「もっと大きな声で~」

「ゆい……」

「もうひとこえ~」

「唯!」

「は~い、よくできました~」

 ようやく納得してくれたのか、唯先輩は私の頭を撫でてくれた。すると、火照っていた顔からすぅっと熱が出て行った気がする。やっぱり、先輩に撫でられると落ち着くなぁ……。

 そんなことを考えていると、背中に視線を感じる。なんだろうと思って振り返ってみると、全員が一斉に別の方向を向いた。それはもう、本当に首が捻じ曲がってしまうんじゃないだろうかと思うぐらいの勢いで。

「?」

 みんな、一体どうしたのかな……。いつも聞こえる話し声も何だかひそひそしてるし、しかもたまに私を横目で見てくるし……。

 私が反応に困っていると、遠くにいた純ちゃんがわざわざ近くまで来て――

「あ、梓ちゃん……。平沢先輩と付き合ってたんだね……」

 とんでもない爆弾を投下してくれた。

「は……、はぁ――――――――――――ッ!?」

 そのとき、校内に私の声が響き渡る。うるさいとかそういうのを気にする余裕も無く、ただひたすら叫び続けた。

 何を言っているんだこの子は。私と唯先輩が付き合っている? 一体何を根拠にそんなことを言っているんだ。どこからどう見てもただの他人ではないか。いや、他人というのも少しおかしいけど、ただの先輩後輩なのに。

 いや、追究は後にしよう。今は早く誤解を解かないと。噂好きの彼女のことだ、すぐに近くの子たちに話すだろう。そして、その子たちから噂に尾ひれや背びれ、その他諸々のひれが付いて最終的には私たちが結婚しているなんて話にもなりかねん。その前に――

「梓ちゃんと平沢先輩付き合ってるんだってーッ!」

 ……手遅れでした。

「えー?」「ほんとなの?」「それマジソース」「ヒューヒュー」「私は知ってたよ? キミたちは遅れてるね」「ヒューヒュー」「で、式はいつするの?」「もう初夜は済ませたの?」「なんだか知らないけどおめでとー!」


67 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:58:56.85 xC9b/orS0 41/84

 ほら見ろただでさえ女の子はそういった話に食いつきやすいっていうのに、しかもこのクラスの子たちはそれの数倍食いつくっていうのに。案の定噂にいろいろなひれが付いてしまった。このままだと校内に広まるのは時間の問題だ。

 こんなことを考えている間にも、噂を広めようと教室を出ようとしている子がいる。早く対処しないと――


 ☆☆☆


「あ、あの!」

 唯先輩の手を引っ張り、ガタンとイスを蹴って立ち上がると、クラスの子たちの動きが止まった。教室を出ようとしていた子も、何事かと足を止めて私を振り返る。

 当然、急に引っ張られる形となった唯先輩もびっくりしている。驚いたように私の名前を呼ぼうとするけど、それを制して口を開く。

「私は、唯先輩と付き合ってはいません!」

「…………へ?」

 その言葉に、全員がきょとんとする。純ちゃんたちはもちろんのこと、唯先輩や憂も突然何を言い出すのだろうかという感じできょとんとしている。

 全員が動きを止めた今がチャンス。誤解を解くにはここしかない! ということで私は次々と言の葉を紡ぎだしていく。

「完全な誤解なんです! 私は唯先輩のことを呼び捨てにしたのは、唯先輩が私の後輩役をしてくれると言ったからなんです!」

「……どういうこと?」

「だから、今日一日、私と唯先輩の立場が逆転することになったんです! 先輩が後輩になって、私が先輩に。で、先輩が後輩のことを呼ぶときに『先輩』なんてつけたらおかしいでしょということで呼び捨てにしただけなんです!」

 ああもう自分が何を言っているのか解らなくなってきた。やっぱり先輩後輩先輩は頭がこんがらがってくる。

 みんなも私と同じように頭が混乱しているのか、よく解らないといった表情をしている。私もこれ以上続けるとわけが解らなくなるから、無理やり話をまとめにかかる。

「つまり! つまり、私は唯先輩と付き合っていません! ただの部活仲間なだけです!」

「…………」

 そして、場に静寂が訪れる。やがて、秒針が数回回った後に、純ちゃんが恐る恐る口を開いた。

「それって梓ちゃんだけが言ってることかもしれないよね。平沢先輩が黙っているだけで本当は付き合ってるんじゃ」

「そんなこと無い! それなら、先輩直々に言ってもらいましょう。はい、先輩」

 そう言って、未だにきょとんとしている唯先輩を前に出す。だけど、先輩は何を言っていいのか解らないのか、不思議そうな瞳を私に向けてくる。

 アイコンタクトで本当のことを言ってくださいと言っても、返ってくるのは不思議そうな瞳だけ。どうしたんだろう?

 不思議に思っていてもしょうがない。私は質問に答えてもらう形で先輩に話しかけることにする。

「先輩。私があなたのことを呼び捨てたのは、あなたがそう提案したからですよね?」

「うん」

「その提案の元となった原点はなんですか?」

「今日一日、私があずにゃんの後輩になってあげようって」

「私たちは付き合ってませんよね?」


69 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 12:59:39.47 xC9b/orS0 42/84

 そう訊くと、唯先輩は大きな瞳を一瞬揺らめかせ、だけどすぐに「うん」と答えた。

「……ということです。解りましたか?」

「う、うん……」

 あれだけ食い下がってきた純ちゃんも、先輩本人から聞かされてようやく諦めたみたいだ。でも、どことなくほっとしてるのは気のせい?

「ってことは、梓ちゃんが先輩役をやるの?」

 誰かがそう呟いた。

「そうです。ま、今日一日だけですけどね」

 そう答えると、なぜだか周りから笑い声が聞こえてくる。

「梓ちゃんが先輩ー?」「そんなの無理だよねー」「そうそう。梓ちゃんは完全に後輩体質だからねー」「で、式はいつなの?」「初夜は?」「なんだか解らないけどとにかくおめでとー」

 一部変な声が混じってるけど、無視して聞き捨てならないところに反論する。

「そ、そんなこと無いです! やってやるです!」


 ☆☆☆


 放課後。

 あんなこと言ったんだからちゃんと先輩しないと。でも、私に先輩役なんてできるのかと考えていたら、教室のドアが開いて唯先輩が入ってきた。

「あ、梓先輩!」

 そして、私の姿を見つけると、嬉しそうに両腕を広げて私に抱きついてきた。

 このやり取りは、先輩後輩逆転しても変わらないんですか……。別に悪い気はしませんが、やっぱりみんなの前でやられるのは恥ずかしいですよ……。

「梓先輩! 早く部室に行きましょう!」

「はいはい。解ったから少し落ち着きなさい、唯」

 というか、ノリノリですね唯先輩。顔はにこにこしてるし、全身から幸せオーラが出ている。もしかして、後輩をやってみたかったのかな?

 早く早くと急かしてくる唯先輩をなだめながら、荷物をまとめて席を立つ。目指すは音楽室。というか、他先輩方は知ってるのだろうか。知らなかったとしたらどう反応するのか気になるけど……。

「梓先輩」

「うん? どうしたの唯」

「実は、コードで解らないところがあって」

「またぁ? ほんと、唯は仕方ない子だね」

「ごめんなさい……。でも、いつか先輩に追いつきますから!」

「ん。そこまで言うのなら仕方ないね。先輩がちゃんと教えてあげるよ」

「わぁい! 梓先輩ありがとうございます!」


70 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:00:03.14 xC9b/orS0 43/84

「こらこら、まったく……。そうやってすぐ人に抱きつくのはやめた方がいいよ?」

「だってぇ~、先輩すっごく暖かいから~」

「ははは、調子いいんだから」

 そして、気が付いたら音楽室の扉の前に着いていた。

「ところで唯」

「なんですか梓先輩」

「他の先輩方には言ったの?」

「何をですか?」

「私たちの立場が逆転していること」

「言ってませんよ~」

「どうして?」

「だって、そのほうが反応を見れて楽しいじゃないですか~」

「そっか」

 そう返事をして、私は音楽室の扉に手をかけた。

 ――さあ、どんな反応を返してくれるのか楽しみだね、唯。



Fin


71 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:00:48.94 xC9b/orS0 44/84

「あ……」

 部室に一人で残って、あずにゃんに指摘された部分を繰り返し練習していると、窓の外からザーザーという音が聞こえてきた。

 その音に、私はギー太を傷付けないように床に下ろして、窓に近付く。どんよりと沈んでいた雲は、ついに悲しみに堪えられなくなったのか、大粒の涙を降らしていた。

「困ったなぁ……、傘持ってきてないや……」

 今日も今日とて遅刻ギリギリに起きた私は、天気予報を見る暇も無く、最低限の身だしなみを整えてから学校まで走ってきたのだ。当然、傘を持ってくる余裕なんて無い。しかも、今日に限っていつも鞄の中に入っている折り畳み傘が見当たらない。

 どうしようかなぁと一人部室で途方に暮れていると、不意に音楽室の扉が開いた。反射的に振り返ると、そこにはあずにゃんが立っていた。

「あ……、唯先輩、まだいたんですか」

 どこか不安げに室内を見回していたあずにゃんは、私の姿を見つけるとほっとしたように笑顔を零した。そんな何気ない表情に、胸がどきりとさせられる。

 やっぱり私はこの子が大好きなんだなぁ……。

「どうしたの?」

「帰ろうとしたら雨が降ってきたので、傘を取りに戻ってきました」

 そう言いながら、あずにゃんは壁に立てかけている傘を指差した。そっか、いつも置きっぱなしで誰かの忘れ物かと思ってたけど、あずにゃんの置き傘だったんだ……。

 納得したところで、ふと気付く。ひょっとしたらこれはチャンス? 私は傘を持ってないし、あずにゃんは傘を持っている。外は相変わらずの大雨だし、私が一緒に入れてくれと頼み込めば、あずにゃんの性格的に考えて断られることはまずないだろう。

 ……って、それはやっちゃいけないよね。人の性格に付け込んで距離を縮めようとするなんて、卑怯にも程がある。でもでも、あずにゃんと仲良くなりたいし……、どうしたらいいんだろう……。

 私が心の中で悩んでいる間に、あずにゃんは傘を手にとって音楽室を抜け出そうとして――

「もしかして、唯先輩、傘持ってきて無いんですか?」

 だけど、振り返って私にそんな疑問を投げかけてくる。

 ズバリその通り。だから傘に入れてくれない? と、いつものノリで言えたら楽だったけど、どうしてか言えなかった。

 あずにゃんは、返事をしない私のことを訝しそうに見ている。その視線に耐え切れず、とうとう私は俯いてしまった。

「唯先輩?」

 もう一度私に呼びかけてくるあずにゃん。だけど、私はそれに答えることができず、ただひたすら俯いて、あずにゃんが部屋を出るのを待っている。

 いよいよ私の様子がおかしいことに気付いたのか、あずにゃんが私に向かって歩いてくるのが気配で解った。やだ、来ちゃだめだよ、来ないで……あずにゃん……。

 私の願いも空しく、あずにゃんが私の目の前まで来た。俯いている私の顔を、しゃがみ込んで下から覗き込んでくる。

「どうしたんですか、唯先輩」

「別に、何でもないよ」

「何でもない訳無いでしょう。それならどうしてそんなに元気が無いんですか」

「それは……」

 そんなこと言える訳が無い。あずにゃんのことが好きすぎて、だから元気が無いなんて、言える訳が無い。

 あずにゃんはじぃっと私を見つめていて、私が話し出すまでずっとそのままでいるつもりみたいだ。だけど、根気強さなら私だって負けない、絶対に話さないんだから。

「……」


73 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:01:54.79 xC9b/orS0 45/84

「……はぁ」

 やがて、私が話すつもりが無いということに気付いたのか、それとも諦めたのか解らないけど、あずにゃんがふっと視線を私から外した。

 ようやく解放されたとほっと一息吐いていたら、不意に腕が引っ張られた。突然のことにびっくりする。抵抗しようと思っても、完全に不意打ちだったから力が入らない。

 ――結局、成す術も無くあずにゃんに引っ張られたまま、下駄箱の所まで連れて行かれてしまった。


 ☆☆☆


「あずにゃん、痛いよ……」

「あ、すみません……」

 泣きそうな声でそう言うと、あずにゃんはようやく手を離してくれた。掴まれていた部分を見てみると、赤く痕が残っていて、思わず顔をしかめてしまう。

 あずにゃんもそれを見たのか、気まずそうに私から目を逸らす。そのときに、小さく唇を動かしてごめんなさいと謝ってくれた気がした。

「それはいいんだけど……、急にどうしたの?」

「唯先輩があまりに強情だったので、強硬手段に出ただけのことですよ」

「強情って……」

「強情じゃないですか。あれだけ待ったのにちっとも話し出そうとしないんですから、私には言えないことだったんですか?」

「それは……」

 言える訳が無い。あずにゃんのことが好きすぎてってこれさっきも考えたような気が……。

 とにかく、いつかは言わなきゃならないことなんだろうけど、今はまだ勇気が出ない。失敗して失うものが大きすぎるから。何もかも失うぐらいなら、現状で満足した方がマシだ。

「はぁ……まったく、いつもの元気な先輩はどこに行ったんですか」

「へ?」

「そんな泣きそうな顔してるの、先輩らしくないですよ、元気出してください」

 あずにゃんはそう言って、目尻に溜まった涙を人差し指で拭ってくれた。そして、その指をそのまま自分の口に持っていって、ぱくりと銜える。

 数秒ぐらい味わって、やがて指を口から出した。濡れたその指が艶かしく感じて、何となく気恥ずかしくなる。「ちょっと甘いですね」と言って指を私に突き出してくるけど、それから目を逸らしてしまった。

 そんな私の反応に対して気にした様子も無く、あずにゃんはにっこりと笑って、私に向けていた指を引いてくれた。それと同時に私の視線もあずにゃんへと戻る。

「もう、からかわないでよ」

「すみません、唯先輩の反応が可愛かったのでつい」

「かっ……かわいくなんてないよっ!?」

「可愛いですよ、ふふ」

「もう、またそうやってからかうぅ……」

 正直言って、あずにゃんに可愛いと言われたのは嬉しかった。それなのに、素直に感謝の気持ちを言えないのは、やっぱり恥ずかしいからだろう。


75 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:02:35.88 xC9b/orS0 46/84

 何せ、好きな人から可愛いと言われたのだから、体のいろいろな部分がどきどきしてしまって、まともに話すことができない。今も、あずにゃんの顔を見ただけで頭が沸騰してしまいそうだし……。

 あずにゃんはそんな私を見て、相変わらずにこにことしている。その様子に、何もかも見透かされているような気がして、やっぱり恥ずかしくなった。

「はい」

「ほぇ?」

「傘、忘れたんですよね? 入れてあげますから、一緒に帰りましょう」

 言いながら、傘と私の荷物を見せてくる。……いつの間に、私の荷物を持ってきたんだろう?

 不思議に思ったけど、とりあえず差し出された荷物を受け取る。一瞬、ギー太を置きっぱなしにしてるんじゃないかと心配になったけど、ずしりとした重みは間違いなくギー太のもので、安心した。

「それじゃ、どうぞ」

「でも……」

「もう、しつこいですよ」

 開けた傘になかなか入ろうとしない私に痺れを切らしたのか、なんとあずにゃんは大胆にも私の腕に自分の腕を絡めて、ぐいっと引っ張ってきた。

 突然のことに反応できず、私は足を踏ん張らせることもできずに、あずにゃんの懐にぽすんと収まった。体格的には私の方が大きいのだけれど、今は体が縮こまっているから、普段はあり得ない状況なのにそれが簡単に起きてしまう。

「あずにゃん……」

「唯先輩は、もう少し他人に頼ってもいいと思います」

 どう反応していいか解らずに、名前だけを呟いたら、返ってきたのは何の脈絡も無い言葉。とりあえず、黙って続きを促す。

「いつも割りと頼っていると思うかもしれませんが、変なところで気を使うじゃないですか」

「変なところ?」

「はい。例えば、ギターの練習をしているとき。解らないところがあったら私が練習していることなんて気にせずに訊いてくれていいんですよ?」

「でも、それじゃあずにゃんの邪魔しちゃうんじゃ」

「邪魔なんて思いませんから。私としては、自分が上手になるより先輩が上手になってくれた方が数倍嬉しいんです」

「そうなの?」

「はい。ですから、たとえ私が練習していたとしても、気にせずにどんどん質問してください、いいですね?」

「う、うん……」

 なんだかあずにゃん、イライラしてる? 顔は普段どおりだけど、言葉の隅っこにそんな感情が篭ってる気がするんだけど……、気のせいかな?

「それと、今日のこともそうです」

「な、なに?」

「先輩、傘を忘れたのにどうしてすぐそれを言わなかったんですか? そうすれば一緒に傘に入れてあげるのに」

「それは……」

「私には言えない理由があったんですよね? それは解ってます」

「だったら」


77 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:03:17.50 xC9b/orS0 47/84

「でも! でもですよ? 先輩が困っているなら素直にそう言ってくれたらいいじゃないですか! それとも、私じゃ先輩の役には立たないっていうんですか!?」

「そ、そういう訳じゃ無いよ? ただ……」

 徐々に感情が表に出てくるあずにゃんに気圧されながらも、なんとか言葉を発しようとする。

「私はいつも先輩に助けてもらってるのに、その恩返しすらさせてくれないっていうんですか? それはちょっと酷いんじゃないですか?」

 ……だめだ、今のあずにゃんには何を言っても通じない。言葉が通じないとなれば……。

「大体先輩はいつもいつも……」

「あずにゃん、少し落ち着いて」

 いつもするように、あずにゃんの体を後ろからぎゅっと抱きしめる。すると、今まで興奮状態だったあずにゃんの体が、すぅっと冷静になった。

 あずにゃんが充分落ち着いたことを確認して、名残惜しいけど私はあずにゃんから両腕を放す。

「落ち着いた?」

「あ……はい、すみません……」

 落ち着いたことによってさっきまでの自分を恥ずかしく思ったのか、あずにゃんは頬を真っ赤に染めていた。そんな顔で目を逸らされながら謝られると、イケナイ考えが……おっと。

「ううん。私が悪いんだから、気にしないで。あずにゃんは私に頼られたかったんだよね?」

「……はい」

「それで、あんなに起こった風に言ってたんだ」

「すみません、お騒がせして……」

「いや、まぁ確かに少し怖かったけど……」

 あのときのあずにゃんはほんと別人なんじゃないかと思ったし。

「でも、大切なことを教えてくれたから、いいよ」

「大切なこと……ですか?」

「うん。これからは私、もっとあずにゃんに頼ることにするよ」

 そう言うと、あずにゃんはびっくりしたように目を見開いて、でもしばらくするとにっこりとした最上級の笑顔を私に向けてきて、

「はいっ」

 そうして、私たち二人はお互いの腕を絡めながら、相合傘で家まで帰ることになった。……少しは、距離が縮まったのかな?

 本当のお願いはまだ言えないけど、いつか絶対に言うから。その時まで、待っててね? あずにゃんっ!


 ――中野梓さん。私と、結婚を前提としたお付き合いをしてください。


Fin

78 : あのときも今回も”ほとんど”唯梓で - 2009/09/22(火) 13:05:10.15 xC9b/orS0 48/84

 ある日の平沢邸。

「のどかちゃん、ここどうするの?」

「また? そこはさっきも教えたじゃない」

 部屋には、この部屋の主と、その友人である真鍋和がいた。

 二人は向かい合って座り、勉強をしている。……いや、正確には唯の宿題を和が教えてあげているといったところか。

 いつもなら、この手の頼みは一蹴する和だが、今日は唯の頼み方が必死だったので、仕方なく教えているのだ。

 決して、唯と一緒に過ごせるからなどとそういう訳では無い、断じて。

「ここは、こうやって……」

「ふむふむ」

「それで、最後にこうして、終わりよ」

「なるほど! やっぱり和ちゃんは凄いや~っ!」

「ちょ、ちょっと……」

 突然、抱きつかれて叱ろうかと思ったが、唯のとても素直な喜び方を見て、言葉を飲み込んだ。

 ――なんだかんだいって、やっぱりこの顔には弱いなぁ……。そう思ってしまう和だった。

「これが終わったら、一旦休憩しましょ」

「うんっ」

 和がそう言うと、唯はこれまた笑顔でそう頷いた。

 本当に、笑顔が多い子だわ……。

 こうして、和が時々教えてあげたりして、唯の宿題がひとつ終了したのだった。

「う~ん、やっぱりあいすはおいしい~」

「あいすばっかり食べてるとおなか壊すわよ?」

「大丈夫だよぉ」

 和の注意を気にした様子も無く、唯はこれまた笑顔でそう言葉を返した。

 和はこの態度に怒るかと思ったが、意外や意外、なんと頬を綻ばせてにこにこしていた。

 やはり、彼女の笑顔には、人を優しい気持ちにさせる何かがあるのかもしれない。

「和ちゃんも食べる?」

「そうね、貰うわ」

 つい先程まで唯が舐めていたあいすを、和は躊躇いなく自分の口に運んだ。

 唯と間接キスだということをちっとも気にしていない様子だ。これが幼なじみの付き合いの長さだということだろうか。

 今更間接キスだなんてお互いなんとも思っていないようだ。


80 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:06:16.29 xC9b/orS0 49/84

「ちゅぱちゅぱ……うん、おいしいわね」

「でしょでしょ~? これ、お気に入りなんだ~」

 何やら卑猥な擬音が聞こえてきたが、気にしてはいけない。そんなことを口にした途端、彼女たちのまったりほのぼのとした時間を潰してしまいかねない。

 下手をしたらそのまま二人の逆鱗に触れてしまい、真っ昼間から鞭なり蝋燭なり持ち出されることになるかもしれない。それは困る。

 踏まれたり罵られたりするぐらいならまだしも、蝋燭だなんて……そんな。

 私はハードなのは無理なのだ、ソフトにお願いしたい。

「和ちゃんのはどんな味なの~?」

 私が何やらイケナイことを考えている間にも彼女たちの会話は進んでいる。

 唯は、和が食べていたあいすに興味を持ったようだ。その証拠に、開いた口から涎がだら~、と垂れている。

 私がそれを飲もうか否かと考えている間に、和がテーブルの上からティッシュを持ってきて、それで唯の口元を拭いてあげていた。

 ……うむ、やはりこのふたりはこうでないといけない。私が出しゃばるのはよくないと反省する。

 唯は、和に拭いて貰った口元を何度も撫でて、えへへと笑っている。そして満面の笑みでありがとう、と一言。

 その笑顔だけでご飯3杯はイケるのだが、更に私の意識を削る攻撃が待っていた。

「べ、別にあんたのためじゃなくて……、床が汚れたら困るかなっておもっただけよ」

 ――ぶはっ。

 頬をほんのりと染めて、目を逸らしながらそういう和。これぞツンデレ! やはり彼女はツンデレだったのですね!?

 いや~、やはり幼なじみで眼鏡ッ娘ならやはりツンデレでしょう、うむ。本編ではあまり見られませんでしたが、まさかこんなところで見られるとは。もう私はこのまま天に召されても構いません。

 視線の先では相変わらず、ツンデレな和と天然デレな唯がいちゃいちゃしている。もうこの光景が見られただけで満足です。神様ありがとう!

「和ちゃん!」

「何よ!?」

「むちゅ~っ」

「――な、な、な、な……っ!」

 見ましたか今の出来事! 唯が不意打ち気味に和ちゃんの唇を奪ったのです!

 和さんは顔を真っ赤にして何かを言おうとしていますが、うまく舌が回っておりません。


81 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:06:58.68 xC9b/orS0 50/84

 当然です、大好きな子にキスをされたのですから。

 私ならすぐさま唇を奪い返しますが、そこはツンデレの鏡の和さん。やはり踏ん切りがつかずに行動できないみたいですね。

 やはりここは私が助け舟を――む?

「……この、ばか……」

「――ふぇ?」

 ななな何と! 私が助け舟を出すまでもなく、和さんは自らの意思で唯さんの唇を奪ったのです!

 これにはさしもの唯さんもびっくり。私にいたっては、あまりの光景に鼻血が止まらなくなって、意識が……。

「大好きよ、唯」

「うんっ」

 ――朦朧とする意識の中、私は確かにそんなやり取りを耳にした。



Fin


途中で視点が神から作者に変わった


83 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:09:56.15 xC9b/orS0 51/84

「梓ちゃん梓ちゃん」

「どうしたの? 憂」

 いつもどおりの時間に登校して、いつもどおりの時間に教室に入ると、これまたいつもどおり席に座っていた憂が話しかけてきた。

 いつも思うのだけれど、憂は何時ぐらいに学校に着いてるんだろう?

「今日は私、食堂で食べるから」

「そうなの? それじゃ、私も一緒に行こうか?」

「だめだよ梓ちゃん。お姉ちゃんにお弁当作ってきたんでしょ?」

 その言葉に。

 憂の放った何気ない言葉に、私の動きが止まった。

 どうしてそれを知っているの? これは誰にも言ってないから知る由も無いはずなのに、一体どうして……。

 私の疑問に、憂はにっこりと笑って一言。

「だって、梓ちゃんお弁当を手に持ってるじゃない」

「あ」

 言われてハタと気付く。

 そう。私は今朝、唯先輩に食べてもらうために、家族にも内緒で台所を使い、お弁当を作ったのだ。そして、完成したものをハンカチで包み、中身が崩れないように両手で支えて、学校まで持ってきた。

 こんな大切なことをどうしてすぐに思い出せなかったのだろう? せっかく作ったのにそれを忘れてたなんてちっとも笑えない。最悪だ。

「それはそうと、梓ちゃん……」

「ん? 何?」

「その……、クラスの子から注目を浴びてるよ?」

「えっ」

 恐る恐る後ろを振り返ると、クラスの大半の生徒が私と私の持っているお弁当を興味深そうに見ている。

 失敗したな……。いつも鞄に入れているお弁当を大事そうに抱えてきたんだから、そりゃ気になるよね……。

 おまけに、近くで私たちの会話を聞いていた純ちゃんが「梓ちゃん、2年の平沢先輩にお弁当作ってきたんだって!」と叫んだせいで、更に注目を浴びてしまう。

 中には、「ヒューヒュー」「熱いねー」「これはもう夫婦だね!」とかなんとか、好き勝手言ってくれる子もいて、恥ずかしさがMAX状態になってしまった。

 恥ずかしさに耐え切れず、持ってきたお弁当を机の中に入れて、そのまま机に上に突っ伏してしまう。今日は一日このままで過ごそうかな……。

 いや、さすがにそれは不味いか。下手したら単位を落としちゃうし。でも、やっぱり恥ずかしいな……。

「梓ちゃん」

「なに?」

「お昼休み、楽しみにしててね」

 ――そんな憂の言葉が、やけに耳に残った。


84 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:11:09.70 xC9b/orS0 52/84


 ☆☆☆


 で。

 授業の合間の休み時間に何度も何度も冷やかされたけど、それに耐えているとようやくお昼休みになった。

 と同時に次々に立ち上がっていくクラスの子たち。みんな、どこに行くんだろう?

 私の不思議そうな視線に気付いた純ちゃん。周りの子たちと目配せをして、にやにやと私を見てくる。

「私たち全員、今日は食堂でお昼ごはんなんだ」

「そうそう」

「へ?」

「だから、平沢先輩と二人っきりで甘~いランチタイムを楽しんでねー」

「夫婦なんだから、あ~んぐらいはしないとだめだよー?」

「いや、あ~んぐらいじゃ物足りなくて口移しで食べさせたりとか……」

「キャー! 熱々ー!」

「そ、そんなことしませんッ!」

 唯先輩にあ~んとか……、あまつさえ口移しなんて……そんな。考えただけで頭が沸騰してしまいそうになる。

『唯先輩、あ~ん』

『あ~ん』

『おいしいですか?』

『おいしいよ~』

『よかった、頑張って作ったかいがありました』

『うん。それとね? お願いがあるんだけど……』

『なんですか?』

『うん……、口移しで食べさせてくれないかな……なんて』

『いいですよ……んっ』

『んちゅ……れろ……』

 唯先輩の口に食べ物を送り届けてから、そのまま舌を侵入させて、口内を荒らす。

 唯先輩は、それに驚きながらも次第に目を閉じて舌を絡ませて――って何を考えてるんだ私は落ち着けクールになれ。

 ようやくイケナイ考えを振り払うと、目の前にはにんまりと笑った純ちゃん。

「お盛んですなー」


86 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:11:55.98 xC9b/orS0 53/84

「ちちち違――――――――――――――うッ!!!!」

 大声で反論しても、純ちゃんはけらけらと余裕の表情。うぅ……勝ち目が無い……。

 絶望的な表情になった私を元気付けようとしたのか、純ちゃんは他の子たちに聞こえないように、

「ま、本当に妄想みたいになりたいっていうんならまずは素直にならなくちゃねー」

「なっ……」

 心を読まれたことに動揺している間に、純ちゃんは私から離れて、クラスの子たちと一緒に教室を出て行ってしまった。残ったのは憂と私だけ。

 あれだけ騒がしかった室内も、みんなが出て行ったことによって静寂が訪れる。そんな静寂を打ち破るようにして、憂が口を開いた。

「えっと……」

 憂が言い難そうにしているのは、私が反応しないからだろう。でも、しょうがない。さっきのショックからはなかなか抜け出せないのだから。

 まさか心の中を読まれるとは思わなかったし、しかもその内容が私の願望だらけのイケナイ妄想だったから、余計にダメージが大きい。

「そ、その……頑張ってね!」

 お姉ちゃんも頑張ってるから……と続けて、憂はそそくさと教室を抜け出していった。

 後に残されたのは私一人だけ。だだっ広い空間で何をするでもなく唯先輩が来るのを待つ。胸に宿るのは不安と、そして期待。

 今からでも逃げ出そうと思わないでもないけど、留まっていられるのはこの期待があるからだ。

 私の作ったお弁当をおいしいと言ってくれるのを期待して、私は唯先輩を待ち続ける。……それ以上に、不安で心臓が張り裂けそうだけど。

 というか、本当に唯先輩は来るのだろうか? 心配になってくる。

 憂は、絶対来ると言っていたけど、そもそも唯先輩とお昼ごはんを一緒に食べたことは無かったはずだ。それなのに、今日、このタイミングで来るの?

 そう考えていると、ドアの所に見慣れた姿が見えた。その人は、私以外誰もいない教室を、不思議そうに見回している。

「唯先輩、どうしたんですか?」

「いや、別に何も無いけど……」

「入らないんですか?」

「入っていいの?」

「はい」

「そ、それじゃ……」

 おずおずと、唯先輩は室内に入ってきた。視線はきょろきょろと動いて、まるで珍しいものを見たときみたいだ。

 ……まぁ、確かに珍しいかもしれないけど。

 そして、唯先輩は真っ直ぐ私の机に向かってきて、前の子のいすに座った。

「憂たちはどこに行ったの?」

「みんな食堂に行っちゃいました」

 私の答えに、そっかと返事をして、唯先輩は私の机の上に自分用と思われるお弁当を置いた。


90 : さるった - 2009/09/22(火) 13:15:38.21 xC9b/orS0 54/84

 ……きた。

 ここで作ってきたお弁当を出さないと、『実は唯先輩にお弁当を食べてもらおうと思って』って言わないと。

「あずにゃん? どうしたの?」

「い、いえ……」

 机の下で握り締めた手がぷるぷると震える。緊張で背中が寒くなってきた。言わなきゃ、このタイミングで言わなきゃ。

「「あ、あの……ッ」」

 被った。

「せ、先輩からどうぞ」

「い、いや、あずにゃんから先に」

「そ、それじゃせーので一緒に言いましょう」

「う、うん」

「「せーの」」

 その言葉と同時に、机の中に入れっぱなしだったお弁当を机の上に置く。

「先輩にお弁当作ってきましたァッ!」「あずにゃんにお弁当作ってきたのっ!」

「「……へ?」」

 なんだろう……、聞き間違いかな? 先輩がお弁当を作ってきてくれたって言ったような気がしたんだけど……。

「聞き間違いじゃないよ」

「え」

「これ、あずにゃんに食べてもらおうと思って頑張って作ったんだ」

 言いながら箱を包んでいたハンカチを解いて、自由になったお弁当を私に渡してくる。

 ……食べてくれということですか、それなら。

「私も先輩に作ってきたので、よかったら食べてください――味は保障できませんけど」

 そう断りを入れてから、ハンカチを解いてから、お弁当を唯先輩に渡す。

 二人で顔を見合わせて、タイミングを合わせて、お弁当の蓋を開ける――


 ☆☆☆


「わぁ……」

 蓋を開けて真っ先に目に入るのは、箱の半分以上のスペースを使って作られているハートマークのオムライスだった。

 それだけでも充分恥ずかしいのに、ケチャップで書かれている『I LOVE AZUNYAN』という文字を見て、更に頬の紅潮が増す。


92 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:18:30.76 xC9b/orS0 55/84

 その周りにはパセリがパラパラと降っていて、どことなくキラキラと耀いている気がした。

「先輩……これ……」

「えへへ、気合入れちゃった」

「恥ずかしいですよ……」

「そういうあずにゃんだって、ほら」

「わ、見せないでください!」

 対する私の作ったお弁当は、ごく普通の庶民のお弁当だった。

 違うところといえば、ハート型の楊枝を入れていたり、卵焼きをハート型にくりぬいていたり、ハート型に切り取った海苔をごはんに乗っけているぐらいだ。

 ……冷静に考えたら、これ、愛妻弁当だ……。

「あずにゃんからの愛妻弁当~っ」

「わ、わ、わ、そんな、愛妻弁当なんて言わないでください!」

「どうして?」

「ど、どうしてもですっ!」

「ぶぅ~、あずにゃんのいけず」

 ぶつくさ文句を言いながらも、ついに唯先輩は私のお弁当に手をかけた。

「それじゃ、まずはこの『ハート型の』卵焼きから食べようかな」

 なぜかハート型のという部分を強調して言う先輩。突っ込もうと思ったけど、不安と期待がそれをさせてくれなかった。

 そして、私が祈るようにして見つめている間に、唯先輩は卵焼きをぱくり。

「ど、どうですか……?」

「もきゅもきゅ……うん、おいしいよっ」

「ほ、ほんとですか!?」

「ほんとだよ~」

 よ、良かった……。卵焼きをハート型にくりぬいたのは今回が初めてだったから心配だったけど……おいしいって言ってもらえた……。

「で、でも、無理しなくていいんですよ? おいしくないなら素直にそう言ってくれても……」

 なのに、私の口からはそんな言葉が出てしまう。どうして信じられないのだろう。唯先輩がおいしいと言ってくれて、それがとても嬉しかったはずなのに。

 やっぱり、この不安は消え去ってくれない。

「本当においしいよ?」

 にこにこと、本当においしいものを食べたと言ってくれるけど、それが信じられない。信じたいのに、不安から疑心暗鬼になってしまう。

 唯先輩は、そんな私の顔を見て困ったような表情をしていたけど、不意に何かを思いついたように、口を開いた。

「それじゃ、あずにゃんも食べてみるといいよ」


94 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:19:48.83 xC9b/orS0 56/84

「へ?」

「はい、あ~ん」

 ぽかんと口を開いた私に、唯先輩はお箸を持ってくる。私が口を閉じようとする前に、先端に摘まんだ卵焼きをさっさと口の中へと運んでしまう。

 仕方なしに、その卵焼きをもきゅもきゅと食べると、確かに、食べられるぐらいの味にはなっていた。

「どう? おいしいでしょ?」

「は、はい……」

 私がそう答えると、先輩はうんうんと大きく頷いて、そしてにっこりとした太陽のような笑顔を私に向けて、先輩の作ってきたお弁当を指差す。

「それじゃ、それを食べてね」

「はい」

 先輩のお弁当は、見た目にきれいに整っていて、明らかに私より美味しそうだった。

 先輩からの愛の告白をスプーンで平らにして、ハートに塗っていく。そして、スプーンでハートの一部をくりぬいて、その破片を口に運び――

「……美味し」

「ほ、ほんと!?」

「本当に、美味しいです」

「よかったぁ……」

 そう言って心底ほっとした表情になる唯先輩。まるでさっきの私みたいだ。

「で、でも、無理しなくて」

 本当にさっきの逆verになりそうだから、その前に唯先輩を黙らせることにする。

「それなら、先輩も食べてみればどうですか?」

 言いながら、スプーンを先輩の口へと持っていく。

「唯先輩、あ~ん」

「あ~ん」

「おいしいですか?」

「もきゅもきゅ……ほんとだ、おいしい」

「でしょ? 先輩はもっと自分に自信を持つべきですよ」

「そうだね~」

 ――それから、お互いのお弁当を交互に『あ~ん』で食べさせていたら、いつのまにかお弁当箱が空っぽになっていた。


 ☆☆☆


97 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:20:58.63 xC9b/orS0 57/84

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした~」

「ご馳走さま~」

「お粗末様でした」

 食後の挨拶をして、空っぽになったお弁当箱を片付けていく。時計を見てみると、そろそろチャイムが鳴る時間だった。

「美味しかったね~」

「そうですね、また食べたいです」

「それじゃ、明日も作ってくるね」

「私も作ってきます。今度はもっと美味しくなってるはずですから、楽しみにしててくださいね」

「うんっ」

 明日も作ってくると約束をしたところで、唯先輩が立ち上がった。そろそろ自分の教室に戻るのだろう。せめて教室の外までは見送ろう。

 そう思って唯先輩と一緒に教室を出ると、廊下にクラスの子たちが集まっていた。教室から出てきた私たちを見て、一斉に動きが止まる。

「あ」

「えっ?」

 ザ・ワールド、時よ止まれ。

 クラスの子たちは気まずそうに私から目を逸らした。その反応を見て、まさかと思い、冷や汗をかきながら、私は恐る恐る口を開く。

「えっと……、見てた?」

「…………ご、ご馳走様でしたっ!」

 ――一部始終を窓の外から見ていたクラスの子たちから、また冷やかされることになったのは、別の話。



Fin

99 : 以下20レス分無駄に長い唯和 - 2009/09/22(火) 13:29:08.94 xC9b/orS0 58/84

「ねえねえのどかちゃん」

「ん」

 久しぶりに唯と二人っきりで下校していると、何かを思いついたように唯が声をかけてきた。首に巻いてあるマフラーは私からのプレゼントかしら。

 そろそろ春だし、もう必要は無いと思うけど、唯は寒がりだしもうしばらくは巻き続けそうね。それに、唯の宝物だって言ってたし。

 自分のあげた物を宝物だと言われるのは、少しくすぐったいけどとても嬉しい。また何かをプレゼントしてあげようという気持ちになってくる。

「明日ってひま?」

「まぁ……今のところは暇よ」

 ちょうど生徒会の仕事も終わったところだし、しばらくは何もすることがない。

「で、どこに行くの? 遊園地? それともショッピング? お泊りもいいわね」

 明日の行動予定を訊くと、唯はぽかんとした表情になった。

「……すごいねのどかちゃん」

「なにがよ」

「どうして私の言いたいことがわかったの?」

「どうしてって……」

 もう10年以上もずっと一緒にいたから大体のことは顔を見れば分かる。これも幼馴染の特権ね。

 そう言ってやると、唯はさらに驚いた様子で私の顔を見つめてくる。ちょっと、顔が近いわよ。

「のどかちゃんって……」

「なによ」

「……ううん、なんでもないっ」

 どうにも歯切れが悪い。この子にしては珍しい反応ね。

 私の物珍しそうな視線を感じたのか、唯はあたふたと話を切り替えようとした。

「そ、それじゃ、明日は付き合ってくれるの?」

「えぇ」

 どうせ家にいても何もすることがないし、それならこの子に付き合ったほうが楽しいだろうし、唯と一緒にいたら退屈なんてしないし、ね。

 そう言ってやると、唯は満面の笑みでありがとうとお礼を言いながら、私に抱きついてきた。

「ちょっと、唯」

 公衆の面前で抱きつかれるのはさすがに恥ずかしくて、唯を引き剥がそうとしたけど、ふわふわとした独特の匂いに包まれると、どうでもよくなってきた。

 私が唯に甘いのは、これのせいなんでしょうね……。それに加えて、引き剥がしたときの泣きそうな顔を見たくないといった理由もあるか。

 ま、一番の理由は――

「えへへ~」


100 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:29:59.12 xC9b/orS0 59/84

 抱きついているときの唯の顔が本当に幸せそうだから、怒るに怒れないから、か……。

「はぁ……」

「ため息を吐くと幸せが逃げていくって、憂が言ってたよ?」

「誰のせいだと」

 思ってるのよとは言えなかった。唯に罪は無いし、私が自分の甘さに嘆いているだけなんだから、自分のせいだ。

「だと?」

「……ううん、なんでもない」

「? 変なのどかちゃん」

 そんな他愛も無いやり取りを繰り返していると、いつのまにかいつもの分かれ道に来ていた。

「それじゃ、のどかちゃん、明日忘れないでね?」

「はいはい、楽しみにしてるわよ」

「それじゃ、ばいば~いっ」

「気をつけなさいよ」

 タッタッタッ、と軽快なリズムで走り去る唯の背中を見送ってから、私も自分の家に帰ろうと足を動かす。

 ――明日は、何を着ていこうかしら。



 そして翌日。

 たっぷりと1時間ほど迷い、ようやく着ていく服を決めて、唯の家に向かう。

 まだ約束の時間じゃないけれど、特にやることが無いから家にお邪魔しようと思ったのだ。

 ……別に、唯に会いたいとか思った訳じゃない、断じて違う。

「お邪魔します」

 合鍵を使って玄関のドアを開けて、家に上がる。そのまま靴を脱ぎ、スリッパを履こうとすると、リビングから憂ちゃんが出てきた。

「あ、のどかさん。おはようございます」

「ええ。おはよう」

「今日は、どうしたんですか?」

「特に用は無いんだけど……。暇だったから来たのよ」

「そうですか。お姉ちゃんはまだ寝てると思いますけど……」

「それじゃ、私が起こしてくるわ」


101 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:30:40.29 xC9b/orS0 60/84

「あ、はい。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる憂ちゃんに苦笑しながら、階段を上る。

 ……本当に、よくできた子だわ。とてもじゃないけど、唯と血がつながってるとは思えない。

『コンコン』

「入るわよ」

 一応、ノックをしてからドアを開ける。

 部屋に入ると、まず床に脱ぎ散らかされた衣服類が目に入った。

 続いてテーブルに目をやると、数冊の雑誌が乱雑に積まれ、その横には食べかけのスナック菓子がぽろぽろとこぼれている。

 最後にベッドを見てみると、掛け布団を蹴散らして、ほとんどパジャマ一枚で寝ている唯。

「相変わらず寝相が悪い子ね……」

 よく見ると、パジャマの裾の部分が捲れて、のっぺりとした白いおなかが見えている。

 こんな状態で寝てたら風邪引いたりしそうなものだけど……。

 そんな私の懸念を吹き飛ばすぐらいの勢いで、唯は幸せそうに寝息を立てている。

「ま、こんな日に風邪なんか引かれたら困るからね」

 それよりもまずは唯を起こさないといけないわね、そろそろ朝食の時間だし。

 カーテンを勢いよく開けて、太陽の光を部屋に入れる。

 そして、相変わらず幸せそうに眠っている唯に手をかけて、

「起きなさい、唯!」



 で。

 それから数十分に渡る死闘を繰り広げ、ようやく唯を起こすことができた。

「んぅ……あ、のどかちゃん」

「おはよう」

 肩で息をしながら朝の挨拶をする。どれだけ揺さぶっても叩いても起きないから体力だけ無駄に使っちゃったわよ……。

 当の本人は私の苦労を知ってか知らずか――おそらく後者だろうけど、うぅんと伸びをしている。

「今日は、どうしたの?」

 関節をゴキゴキと鳴らしながら、唯がそう訊いてくる。

「別に。約束の時間まで暇だったからお邪魔しに来ただけよ」


103 : さるった - 2009/09/22(火) 13:31:43.85 xC9b/orS0 61/84

 唯を起こすまでにもうだいぶ経ってしまったけど、まだまだ約束の時間にはならない。

「約束……あぁ、そうそう! のどかちゃん、今日どこに行こっか?」

 テーブルから雑誌を数冊持ってきて、私に尋ねてくる。

 ――って。

「あんた、まさかまだ決めてなかったの?」

「うん。のどかちゃんと一緒に決めようと思って」

「普通こういうのは誘った方が決めとくもんじゃないの?」

「へ? そうなの?」

「そういうものでしょ……まったく……」

 頭が痛い。

 こんなんで将来大丈夫かしら。付き合ってもすぐ愛想を尽かされそうで心配だわ……。

「だって、のどかちゃんとお出かけするんだから、一緒に決めたほうが楽しそうじゃない?」

「それはまぁ……確かに」

 そうかもしれないけど。

「でしょ? だから一緒に決めよっ」

「はいはい」

 二人並んでベッドに寝転んで、早速議論を始める。

「ここなんかどうかな?」

「それならこっちでしょ」

「いやいやこっちだよぉ」

 議論はどんどん白熱し、結局、憂ちゃんが、朝ごはんだよと私たちを呼びに来てもまらなかった。



「いただきます」

「はいどうぞ」

 きちんと手を合わせてからお箸に手をつける。作ってもらう人間でるからには当然の行為だ。

 そんな私を見て、何も言わずにごはんを食べようとしていた唯は、慌てた様子で手を合わせる。

「いただきます」

「はい召し上がれ」


105 : さるった - 2009/09/22(火) 13:34:06.96 xC9b/orS0 62/84

 そんな唯を見て、憂ちゃんはにこにこと満面の笑みを浮かべた。

 きちんと手を合わせてくれたことが嬉しいのかしら? 普段は何も言わずに食べるんだから、この子は……。

 そのうち直させないといけないわね。

「もきゅもきゅ……それで、結局どこに行くんだっけ?」

「まだ決まってないでしょ」

「あ、そうだったね~」

「はぁ……」

「あの、何の話ですか?」

 唯の記憶力の無さに呆れていると、憂ちゃんが恐る恐る話に入ってきた。

「えっと……実は」

「今日はのどかちゃんとお出かけするんだよ~」

 私が言おうと思って口を開いたのに、横から唯が楽しそうに答えてしまった。

 ちょっと、人のセリフを盗るんじゃないわよ……。

 そう思ったけど口には出さず、憂ちゃんの反応を待つ。

「あ、それでのどかさんが来てたんですか?」

「いや、それは関係無いわよ」

 本当に、暇だったから来ただけだし。

「そうですか……。それで、昨日お姉ちゃんあんなにはしゃいでたんだ……」

「何のこと?」

「実は――」

 興味を惹かれたから、詳しく聞こうとすると、唯があたふたと話に割り込んでくる。

「だ、だめだめ! のどかちゃんには関係ないよっ! 憂もそれは内緒だって言ったじゃない!」

「ご、ごめん……、お姉ちゃん……」

「気にしなくていいのよ。さ、詳しく教えて頂戴」

「え、えっと、あの……」

「憂、だめだよ? のどかちゃんには絶対教えないで!」

「あんたはちょっと黙ってなさい」

「むぅ……」

「さ、教えて頂戴?」

「だ、だめだよ、憂!」


107 : さるる - 2009/09/22(火) 13:35:16.25 xC9b/orS0 63/84

「えっと、その」

「ふふ……」

 ――慌てふためく唯と、困惑の表情を浮かべる憂ちゃんが微笑ましくて、いつの間にか私は頬を緩めてしまっていた。



 その後、何度か唯をからかいながらごはんを食べ続けて、気が付いたら茶碗は空っぽでおなかもいっぱいになっていた。

「「ごちそうさまでした」」

「おそまつさまでした」

 自分の分の食器を流しまで持って行き、そのまま洗おうと思ったけど「あ、私がやっておきます」と憂ちゃんが申し出てくれたから、そのまま唯の部屋へと戻ることにした。

 フローリングの床をゴロゴロと転がりながら、あいすあいすと呟いている唯を引っ張り上げて、そのまま三階へ上がる。

 部屋のドアを開けるなり、すぐにまたベッドに飛び込む唯。危ないわよと言っても、えへへと笑うだけ。

 私はそんな危ないことはせずに、普通に歩いて普通にベッドに横になった。

「今度こそ決めようねっ」

「はいはい。……それもいいけど、あんたそろそろ着替えなさいよ」

「ほぇ?」

「あんたその格好で外に出るつもりなの?」

 そう言って唯が着ている寝巻きを指差す。外に出るにはあまりにもみすぼらしい格好だ。

 これでこのまま行くなんて言い出したら私は即家に帰るわ。さすがに付き合いきれないし。

 そんな私の無言の圧力を受けて、唯は慌てた様子で口を開いた。

「も、もちろん着替えるつもりだったよ?」

「へぇ……」

 言いながら目がすっごい泳いでるのは気のせいかしら?

 ま、今日ぐらいは見逃してあげましょ。

「それじゃ、私が決めてる間に着替えなさい」

「あ、うん……ありがとう」

「何でお礼言うのよ」

「い、いや……なんとなく?」

「何よそれ……ふふ」

 ついついおかしくなって笑ってしまう。


111 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:38:21.01 xC9b/orS0 64/84

 すると、唯はどうして笑われたのか解らずに、きょとんとした表情。

「何で笑うの~?」

「何でもないわ。さっさと着替えなさい……ふふ」

「あ、また笑った!」

「気のせいよ」

 ――結局、唯が着替え終わるまでずっと笑いっぱなしで、腹筋が痛くなった。



「それじゃ、行ってくるね~っ」

「気を付けてね~っ」

「夕方までには帰るわ」

「お姉ちゃんを、お願いしますね」

「任せなさい」

 わざわざ見送りに出てくれた憂ちゃんの視線を背中に感じながら、私は唯と肩を並べて歩き出す。

 現在時刻は10時を少し過ぎたぐらい。時間はまだまだたっぷりとある。

「のどかちゃん、まずはどこに行くの?」

「さぁ?」

「……へ?」

「だって、私決めてないもの」

「えぇ~? なにそれ~」

 唯は不満そうに唇を尖らせ、そう不平を零した。

「何よ、文句あるの?」

「大有りだよぉ」

「言ってご覧なさい」

「のどかちゃん、私が着替えてる間に決めとくって言ってたじゃん~」

「そんなこと言ってないわよ」

「言ったよ!」

「私が言ったのは、私が決めてる間に着替えなさいってだけよ?」

 そう教えてあげると、唯はきょとんとなる。


113 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:39:58.18 xC9b/orS0 65/84

「あ、あれ? そうだったっけ?」

「そうよ」

「そっかぁ……」

 一旦は納得したみたいだけど、しばらくするとまた眉間に皺を寄せて、何かを考え始めた。

 考えるのもいいけど、無駄に時間を消費するのは勿体無いから、とりあえず唯をなだめることにする。

「それじゃ、こう考えるのはどうかしら」

 唯が私の話に耳を傾けているのを確認して、話し続ける。

「何も考えていないと考えるんじゃなく、自由に動き回れると考えるの。こうすればむしろ楽しそうじゃない?」

「それいいね~!」

 そう言ってあげると、唯はすぐに機嫌を直し、それならあそこに行こうと近くのぬいぐるみ屋さんに直行した。

「ちょ、待ちなさい……唯!」

 まったく、こういうときだけは素早いんだから……。

 ため息を吐きながら、私は唯を追いかけて店へと向かう。



 私がお店に入ったときには、すでに唯が店内の注目を浴びていた。

 それもそのはず、唯はそんなものどうやって持っているのかと問い質したいぐらいの数のぬいぐるみを体で抱えていた。

 現時点でその数は、3……4……いや、数えるのも馬鹿らしい。とにかく、常人では不可能な数を持っているということは理解できた。

 店にいる大半の人が、そんな唯を物珍しそうに眺めている。そりゃそうでしょうね。こんなことができる子はそうそういないだろうし。

 そんなことを考えていると、唯がようやく私に気付いたみたい。

「あ、のどかちゃん!」

 ぬいぐるみを抱えながら、小走りでこちらに向かってくる唯。

 ちょっと、そんな状態で走ったりしたら――

「きゃっ」

 危惧したとおり、床に伸びているコードのひとつに足を引っ掛けて、唯はこけてしまった。

 その瞬間、唯が抱えていた全てのぬいぐるみが宙に舞う。

 唯を起こそうかと足を前に踏み出していた私は、咄嗟に考え直し、ぬいぐるみの回収を行うことにした。

 まずは全体を見回して、ぬいぐるみの大きさと滞空時間を見極める。

 次に、比較的低い位置に浮いているふたつの小さなぬいぐるみを両手でぎゅっと握り締める。


115 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:40:46.12 xC9b/orS0 66/84

 それと同時に、もう地面すれすれのぬいぐるみを足で天井まで蹴り上げておく。

 そこでほっと一息吐いたのも束の間、すぐに次のぬいぐるみを捕りに行く。

 ここから少し離れたところに、少し大きめのぬいぐるみが4つ固まって落下しているのが見えた。結構シビアだ。

 頼むから間に合って……!

 余裕が無い。すぐに走り出す。その際、踵で何かを蹴ってしまった気がするけど、気にしていられない。少し腰を落として両腕を伸ばすと、腕に確かな重みが加わった。回収成功。

 もう後は大丈夫。最初に蹴り上げたくまのぬいぐるみを両腕のスペースに入れられるように準備をしておく。

 くまはゆっくりと落ちてきて、両腕と頭に重みが――ん? 頭?

 ちょうど目の前にあった鏡を見てみると、私の頭の上にうさぎのぬいぐるみが乗っていた。

 ……あぁ、これがさっき踵で蹴り上げたぬいぐるみか。そう認識して、後ろを振り返ると――

「……」

 今度は私が店内の注目を浴びていた。それも、唯のときと負けず劣らずな好奇の目で見られている。

「……っ」

 その視線を肌で感じて、急に恥ずかしい気持ちになる。相手は見知らぬ人なのに、その視線が物凄く痛い。

 ――こんなの耐えられない。

「唯!」

「へ? ……きゃっ」

 未だ床にへたり込んでる唯を強引に立ち上げて、逃げるようにお店を出る。

 唯がぶつくさ文句を言ってきたけど、無視する。元はといえばあんたのせいでしょだなんて、八つ当たりかしら……。



「はぁ……、まったく、とんでもない目に遭ったわよ」

 とんでもない量の注目を浴びてしまい、たまらなくなって逃げるようにお店を出たのがついさっきのこと。

 表面上は普段と変わらないように努めているけど、内心のドキドキは止まらない。

 何しろ、あんなに大勢の注目を浴びたのは初めてだったのだ。生徒会の人間であるから、注目されるのは慣れてたつもりだったけど、それが思い上がりだったことに気付かされた。

 学校で注目されるときは、数が少ないかかなり離れてるときだからまだ大丈夫だったけど、さっきのは……。

 近くで複数の好奇の目に晒されるのがこんなにキツいなんて知らなかったわよ……。

「もぉ~、どうして急にお店出ちゃうの?」

「あ、あんな空気に耐えられるわけ無いでしょ」

 そういえば、唯も同じように見られてたわね……。


118 : ずっとさる - 2009/09/22(火) 13:43:28.66 xC9b/orS0 67/84

 それなのに、全然気にしてないみたい。どうしてかしら。

「唯。あんたどうしてそんなに平然としてられるのよ?」

「どういうこと?」

「あんただってやたら注目浴びてたじゃない。それなのに全然気にしてないみたいだけど」

「うん、気にしてないよ」

「そうそ……へ?」

「だから、そんなの気にしないってば」

 唯は何を当たり前のことをといった顔でそんなことを言った。

「ほ、本当に気にしてないの?」

「そうだよ」

「理由は?」

「理由って、そうだねぇ……」

 うぅんと、腕組みをして考え出す唯。いや、そこまで真面目に考えなくてもいいんだけど……。

 そう思ったけど、途中で邪魔するのもよくないと思い、口には出さなかった。

 そして、長い時間――実際には秒針が数回回っただけだけど――が経ち、唯はようやく考えをまとめられたのか顔を上げた。

「うんとね……」

 唯は、言葉を選びながらゆっくりと話し出す。

「その、のどかちゃんは周りの人の視線が嫌だったみたいだけど、私はどうも思ってなかったんだ」

「どうして?」

「だって、他人でしかないんだもん。気にすることなんてないよ」

「他人?」

「うん、他人。例えば家族とか友達に変な目で見られたら嫌だけど、知らない人に見られたってなんとも思わないよ」

「そういうものかしら……」

「そうだよ!」

 唯にそう断言されると、まだ完全には納得できないけど、それでも幾分か楽に考えられるようにはなった。

「ん、そうね」

 ところどころ唯の性格が出てるけど、確かに納得できる理由ね。……少し、自意識過剰気味だったのかもしれない。反省。

 それにしても、まさか唯に諭される日がくるとは思わなかった。私の知らない間にすっかり成長しちゃって……。

 嬉しいけど、少し寂しいわね。これが親の気持ちなのかしら。

「唯」


120 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:44:38.69 xC9b/orS0 68/84

 ちょっと恥ずかしいけど、感謝の気持ちを込めて唯にご褒美をあげることにする。

「ちょっと顔をこっちに向けて」

「? うん……」

 不思議そうにしながらも、言われたとおりにする唯。この辺の素直さは今も昔も変わってない。

「これでいい?」

「いいわよ。それじゃ、目を閉じて少し顔を上げなさい」

 またしても言われたとおりにする唯。少しは怪しまないと、その辺の男に騙されるわよ?

 まぁ、この素直さが唯の魅力なんだろうけど……。

 一応、周囲を確認しておく。こんなところを見られたら、いくら他人だからといってもかなり恥ずかしいからね。

 よし、誰もいないわね。それじゃ――

「いくわよ」

 唯の前髪をかき上げると、ふわりとしたシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。少ししゃがんで唯と身長を合わせる。

 そして、そのまま体を前に動かして、露出したかわいらしいおでこに、そっと唇を押し付けた。

 ――唯の体が、びくりと震える。

 しばらくして、唯から離れると、予想通り唯はあたふたとし始めた。顔を真っ赤にしちゃって、初々しい反応ね。

「ど、どうして……?」

「ふふ、感謝の気持ちよ」

 理解はできないだろうけど、それでいい。私からの友情を少しでも感じてくれたらそれで充分だから。

 唯の右手を左手で優しく握って、歩き出す。

「これからも、私の友達でいてね」

「うんっ」

 ――顔は前に向けたままだったけど、唯が隣でにっこりと笑ったのが気配で解った。



 永遠の友情を誓い合った私たちは現在、喫茶店に来ている。少し早いお昼ご飯といったところだ。

 私はあんまりおなかが空いてなかったのだけれど、唯が食べたい食べたいと駄々をこねだしたから、仕方なく近くに見えたこのお店に入った。

 ――のが30分前で、未だに注文した料理が届かない。

「うぅ……おなか空いたよぅ……」

「もうちょっとでくるから我慢しなさい」


121 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:46:59.93 xC9b/orS0 69/84

 これは何度も繰り返した会話。もうちょっとがいつくるのかも解らない。

 我ながら無責任だとは思うけど、こればっかりはしょうがない。気休めでも言わないと唯が本当にダウンしてしまうわ。

 いつになったらこの地獄から解放されるのかしら。さすがに私も疲れてきたわよ……。

 もう諦めようかと思った、その時。

「お待たせしました」

 ――神の声が聞こえた。

 その声に反応して、壁にしなだりかかっていた唯が目覚めた。

 次々とテーブルに置かれる料理を、片っ端から平らげていく。

「……以上になります。ご注文はこれでよろしいでしょうか?」

「はい」

「それでは、ごゆっくりお召し上がりください」

 注文した人間はゆっくり食べる気が無いのだけれど、そう言ってお店の人は出て行った。

 後に残されたのは、ガツガツと行儀悪く料理を食べている唯と、それを傍観している私だけ。

 ……本当によく食べる。もうこれで6品目じゃないかしら。見てるだけでおなかがいっぱいになるわよ……。

「唯、あんたどれだけ注文したの?」

「もきゅもきゅ……ひゅうにふぃひゃらひょ」

「頼むから全部食べてから喋って。聞き取れないから」

 私がそういうと、唯は一気に口の中のものを呑み込もうとして――

「げほっげほっ」

 盛大にむせた。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 言いながらテーブルに置いてあった水を唯に飲ませる。

「ゆっくり飲みなさいよ? ……そうそう」

「ごくごく――ぷはぁっ」

「大丈夫?」

「うん。ありがとうのどかちゃん」

 唯の表情が安定したのを確認して、水を戻す。

「で、何品注文したの?」

「う~んと……20品ぐらいかなぁ?」

「…………あんた、馬鹿?」


122 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:47:44.50 xC9b/orS0 70/84

 どこの世界に20品も注文する女子高生がいるのよ……。

「どうして馬鹿なの?」

「20品も食べられるわけ無いでしょ!?」

 思わずテーブルを打って大声で叫んでしまう。……ここが個室でよかった。

「大丈夫だよ~。まだまだ食べられるもん」

「ほんとかしら……」

 疑わしい。いくら唯がいっぱい食べる子だとしても、さすがに20品は無理だと思うわ……。

「うぅ……ほんとだってば! ここの料理は本当においしいんだもん! ……そうだ、のどかちゃんも食べてみなよ」

「え!?」

「ほらほら、あ~ん」

 そう言ってスプーンをこちらに突き出す唯。これ、間接キス――ってそうじゃない!

「い、いいわよそんな。私はまだおなか空いてないし」

「遠慮しないの! 食べてみたら分かるからっ」

 さらにグイグイと突き出してくる唯。そんなに突き出したら……。

「ああもう! 食べればいいんでしょ食べれば!」

 ヤケクソ気味にそう叫んで、スプーンをぱくりと咥える。

「もきゅもきゅ……あ、おいし」

「でしょ? これで私の気持ちも分かるよね?」

「そ、そうね……。これは無意識に食べてしまうわ」

「でしょ? じゃあ二人で食べよっ」

「それはいいけど……全部は食べられないと思うわよ?」

「大丈夫だよ! 絶対残さないから!」

 断言する唯を疑わしく思いながらも、料理に手をつける。

 ――結局、全部食べてもまだ足りず、最終的にはおかわりまでしてしまった。



「おなかいっぱいだね~」

「そうね」

 まさかごはんを3杯もおかわりしてしまうとは思わなかった。


124 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:48:25.92 xC9b/orS0 71/84

 おかげでまた体重計に乗るのが怖くなったし、財布も薄くなっちゃったわよ……。

 おいしかったから許すけど。

「次はどこに行こっか?」

「そうねぇ……」

 左手首を裏返して、腕時計を見てみる。現在時刻は12時少し前。思ったより長い時間お店にいたみたいだ。

 今の時間だとどこもお昼休憩に入ってるだろうし、遊べるようなところが無さそうね……。

「とりあえず、公園にでも行ってみる?」

「公園?」

「そう、公園」

 ここから少し遠いけど、きれいな桜が咲いてる所がある。

 まだ満開にはなってないだろうけど、それでも雰囲気ぐらいは感じられるだろう。

 そう説明すると、唯は瞳をキラキラさせて子供っぽくはしゃぎ始めた。

「それ、いいね! 早く行こうよっ」

「解ったから、少し落ち着きなさい」

 肩を押さえてそう言っても、唯は落ち着くどころか早く行きたいとウズウズしてる様子だ。

 はぁ……。これじゃ、完全に子供じゃない……。

「もう我慢できない!」

「あ、ちょっと……!」

 言うや否や、唯は私の左手を引っ張って、勝手に歩き出してしまった。

「こら、唯、ちょっと、待ちなさいって」

「聞こえないよ~」

 唯はわざとらしくそうおどけて、さらに歩くスピードを速くする。というか、これは――

「唯! 危ないから走らないの!」

 これで怪我とかしちゃったらどうするつもりなのよ、まったく……。

「ちょっとゆ――」

「着いたよ~っ」

「――へ?」

 走ってる最中は安全を考えるので精一杯だったから、どれだけ走ったかなんて解らなかった。

 だけど、目の前の光景は間違いなく目的地である公園のもので、わたしは開きかけた口を中途半端に閉じてしまう。

「あそこのベンチが空いてるよ。座ろっ」


126 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:49:33.65 xC9b/orS0 72/84

「え、えぇ……」

 唯に引っ張られるままにベンチへと向かう。

「どっこいしょ」

「おっさんか」

 まぁ、確かに疲れてるのは解るけどね。私も結構きついし。

「きれいだね~」

「そうね」

 予想通りまだ満開にはなってないけど、それでも八分咲きぐらいかしら。むしろこれぐらいのほうがきれいかもしれない。

 しばらくその光景に見とれていると、左肩にぽすんと重みが落ちてきた。

「……?」

 何かしらと思い、首を捻ってみると――

「すやすや」

 そこには、私の肩で気持ちよさそうに寝息を立てている唯がいた。

「あらあら……」

 確かに、おなかいっぱい食べた後で急に走ったりしたら疲れるわよね……。

 おまけに太陽がぽかぽかとしてて気持ちいいなんて条件まで加わってるんだし、お昼寝するのにに最適な環境だし。

「ふふ……かわいいんだから」

 唯の頭を撫でてあげる。ふわふわとした、唯独特の髪の毛だ。

 人差し指で、唯のほっぺたを突いてみる。ぷにぷにと弾力があり、気持ちいい。

 ふと、唯のほっぺたを食べたくなった。もちろん字面そのままの意味じゃない。

 周りを見てみる。お昼どきだからか、人がまったくいない。これなら、誰かに見られる心配も無い……か。

「そ、それじゃ――」

 いつになく高鳴る心臓を抑えつけて、唯の無防備なほっぺたに唇を触れさせる。

 ……数十秒ほどそのままでいて、ようやく唇を離した。まだやわらかい感触が残っている。

「まったく……唯がかわいくて無防備なのがいけないのよ?」

 誰に言うでもなく言い訳して、再び頭をベンチの背もたれに乗せる。

 ――私も、一眠りすることにしよう……。


129 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:51:28.74 xC9b/orS0 73/84

「ん……」

 ほっぺたをぷにぷにされるような感覚に身を捩る。目を開けると、空は夕焼けに赤く染まっていた。

「あ、起きた」

「ん?」

 頭上から降ってくる声に視線を動かしてみると、にこにこ笑いながら私を見つめている唯と目が合った。

「何よ?」

「えへへ、なんでもないよ~」

 首の後ろには心地良いやわらかさ。唯の膝枕なんて何年ぶりかしらね……。

 私が動かないのに気を良くしたのか、唯は頭を優しく撫でてくる。

「ちょっと、唯」

「いいからいいから」

 さすがに動こうとすると、唯はそんなことを言って私の体を押さえつける。

 ……いや、何がいいのよ。

 そう突っ込もうとしたタイミングで、唯が頭を撫でるのを再開した。

 そのせいで、ふにゃぁなんて気の抜けた声が出そうになって、慌てて口を閉じた。

「こら、唯」

「のどかちゃん、気持ちいい?」

「別に、気持ちよくなんか……」

 ないわよと続けようとして、唯の笑顔を見て考え直す。

 この子は、いつも素直だ。笑うときも泣くときも、感情を素直に表す。だから、毎日を楽しく過ごせるんでしょうね。

 それに比べ、私はどうだろう。

 生徒会の人間として自分を律し、常に冷静沈着であろうとする。感情は決して表に出さず、ただ与えられた仕事を遂行するだけ。

 そんな生き方が楽しい訳がない。日々ストレスと胃の痛みに悩まされている。

 でも、そんな私も唯一楽しいときがある。家族や友人と過ごしているときだ。

 とりわけ、唯と二人っきりでいるときが一番楽しい。なぜかしら?

 長らく考えていた問だけど、ようやく答えが解った気がする。

 要するに、雰囲気が違うのだ。誰だって少なからず嘘を吐いたりするけど、この子はそんなことをしない。

 常に素直な感情をぶつけてくるから、私も本当の姿、ありのままの自分で相手をできる。

 こんなにいい子はそうそういないわよね……。昔から今まで、変わらずに私の友達を続けてくれている、大好きな子。

 周りから見たら、唯が私に縋り付いて、私がしょうがなく相手をしているように見えるのだろうけど、実際は真逆だ。


132 : あれ、前のときに投下したっけ - 2009/09/22(火) 13:54:05.35 xC9b/orS0 74/84

 私は、唯に助けられている。一度だけじゃなく何度も、何度も。唯がいなくなったら、きっと私は私でなくなってしまうだろう。

「ありがとね」

 自然と、感謝の気持ちを口に出せた。これは紛れも無い私の本心だ。本当に、唯には感謝してる。

 唯を見てみると、なんだか不思議そうにぽかんとしている。何か私変なこと言ったかしら?

 ……そういえば、唯にありがとうと言ったのはこれが初めてだったかしら。今まではなんだか照れくさくて言えなかったけど……。

 唯は未だにぽかんとしてる。こら、何か言いなさいよ。私が恥ずかしいじゃないの。

 そう思ったら。

「のどかちゃ~ん!」

「きゃあっ!?」

 突然、唯が私に飛びかかってきた。いや、ベンチに座ってたから表現がおかしいけれど、それぐらいの勢いがあったということだ。

 そのまま私の体を両腕で包み込んで、唯はさらに頬擦りまでしてきた。かなりくすぐったい。

「ちょっと、どうしたのよ」

「のどかちゃん気持ちいい~」

「聞いてないし……」

 ほんと、この子は何にでも抱きついてくるんだから……。

 それが、この子なりの愛情表現だということは十二分に理解してるつもりだけど、それでもやっぱり恥ずかしい。

 唯に抱きつかれると、なんだか心臓がどきどきしちゃうのよね……。おまけに顔も赤くなっちゃうし、何なのかしら、これ。

 ……いや、本当は解ってる。私だってもう高校生なんだから、この症状がつまりどういうことなのか。

 つまり、私は唯に"恋"をしているのだろう。おそらく、出会った時から今まで、ずっと。

 別段おかしいことはない。だって、唯はこんなに魅力的な子なんだから、好きになって当たり前だ。

 私以外にも、唯の虜にされている人はたくさんいる。特に、唯と同じパートをやってる1年生の子は、まさに恋する乙女状態ね。

 普段は唯に対してキツイけど、唯が困ったことになったら誰よりも心配している。文化祭の件でよく解ったわ。

 そういう意味では、私はあんまり心配しないけど、それは唯のことがどうでもいいからじゃない。ここだけは、誤解されると困るわよ。

 私は、唯のことを信用している。風邪を引いたときも、唯なら大丈夫と信じて疑わなかったし、その予想も当たっていた。

 心配していないと言うと、少し嫌な感じに聞こえるかもしれないけど、それは唯を心の底から信用しているからだ。

 そういう意味では、私が一番唯のことを理解しているはずだ。これは自身を持って言える。

 ――それじゃ、唯から見た私はどうなのだろう。

 少なくとも、嫌われてはいないとは思う。わざわざ嫌いな人を遊びに誘う人間はいないだろうし。

 そうなると、私のことを好きなのかと思うと、それがよくわからない。

 私のことを好きとは言うけど、他の人、特に軽音部の皆にも同じようなことを言ってるし……。


134 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:55:37.65 xC9b/orS0 75/84

 唯のことは大抵理解しているつもりだけど、さすがにこればっかりは解らない。心を読むなんてエスパーでもないと無理だ。

 未だに抱擁を続けている唯の顔を、ちらりと見てみる。とても幸せそうな顔。その、大好きな唯の笑顔を見て、私は決心した。

 ――告白しよう。

 もう私ばっかり考えるのは嫌になってきた。唯にも私と同じか、それ以上は考えてもらわないと気が済まないわ。

 失敗したときのことは考えなくてもいい。そんなので関係が崩れるほど私たちの付き合いは短くない。

「唯、ちょっと立ちなさい」

「へ? う、うん……」

 命令すると、少し不思議そうにしながらも、素直に立ち上がる唯。

「どうしたの?」

「えっと、その……」

 歯切れが悪い私を、唯は珍しそうに見つめている。それはそうでしょうね。多分こんな私は始めて見るだろうし。

 なかなか本題に入らない私に痺れを切らしたのか、唯がずいと前に出てきた。

「のどかちゃん?」

「な、何よ」

「何をそんなに緊張してるのか分からないけど、もう少しリラックスしたほうがいいよ?」

 そう指摘されてようやく、体がガチガチに固まっていることに気付いた。どれだけ緊張してたのよ、私……。

 緊張を解すにはだらけきった唯の姿を思い浮かべることにしている。夏、床に薄着で寝そべって、あいすを食べている唯。

「ふふ……」

 思わず笑ってしまった私を、唯はどうしたんだろうと不思議そうに見ている。おかげさまで緊張は解けたわ。

「ありがとね」

「? う、うん……」

 突然感謝されて頭のてっぺんにクエスチョンマークが浮かんでいる唯。ぽかんとした顔もまたかわい……って、そうじゃなくて。

 余計な考えを振り払い、最後に一度大きく深呼吸をして、口を開く。

「わ、私は……」

「うん」

 心臓はさっきからバクバク鳴ってるし、顔も真っ赤になっている。辺りが暗くなってて、それらが唯に伝わることが無いのが幸いか。

「私は、唯のことが大好きなのよ!!!!!!!!!!!!」

 ……ついに、ついに言ってしまった。私の本当の気持ち。これを言ったからには、もう後戻りできない。

 唯はというと、まさか告白されるとは思ってなかったのか、ぽかんとしている。

「えっと……それって」


136 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:57:08.28 xC9b/orS0 76/84

「何回も言わせないでよ」

 ここでようやく、言葉の意味を理解したのだろう。唯は今更ながらあたふたとしだした。

 でも、それだけ。答えてくれる気配は、まだない。

「で?」

「はひぃ!?」

「どうなの? 唯の気持ちは? 私への返事は?」

「そ、それはその……保留ということに」

「させないわ!」

 逃げようとする唯の肩をガッチリと掴んで私の方を向かせる。

「うぅ……」

「じぃ~」

 目を逸らそうとする唯を、じっと見つめる。そのまましばらく経つと、やがて、観念したように口を開いた。

「わ、わたしも……のどかちゃんのことが……大好きだよっ」

 はにかんだように、そう答えてくれる唯。その愛しい笑顔を見て、私の何かがプチンと切れた。

 ――もう、我慢できない。

「唯……」

「な、何……むぐっ」

 何かを言おうとしていたその口に、私の唇を押し付ける。……あぁ、なんて甘いのだろう。

 初めはジタバタと暴れていた唯だけど、しばらくすると目を閉じて私の腰に両腕を回してきた。


 それを嬉しく思い、私も目を閉じて、さらに深く唯を感じる――


「――ぷはっ」

「の、のどかちゃん……」

「うん?」

 たっぷりと唯の唇を味わってから離れると、唯は潤んだ瞳で私を見つめていた。

「ど、どうして……?」

「ふふ、ちょっとした愛情表現よ」

 あぁ、少し前に似たような会話を交わしたなぁ……と思いながら、唯に説明する。


139 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 13:59:29.12 xC9b/orS0 77/84

 額へのキスは友情の印で、頬は厚意、そして唇は愛情……と、今日一日のキスの意味を教えてあげる。

「ほっぺにちゅうなんていつしたの?」

「あ」

 そうだ……頬へのキスは唯が寝てる間にしたんだった……。

「ね、ね、いつしたの?」

「え、えっと、その、実は……」

 しどろもどろに説明すると、唯はにんまりと笑って、私に飛びかかってきた。

「のどかちゃ~んっ!!!」

「きゃあ!?」

 ――その後、キスの嵐を全身に浴びせられたのは言うまでもない。



Fin

140 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:00:08.62 xC9b/orS0 78/84

「ねぇねぇ」

「はい?」

 いつもどおり唯先輩が私の部屋に遊びに来て、二人でごろごろしていると、不意に唯先輩が何かを思いついたように話しかけてきた。

 どうせまたどうでもいいことを思いついたんだろうなぁ……。相手にするなとは思うんだけど、なぜか反応してしまう。どうしてだろ?

 それだけ、この人のことが気になってるってことか。認めたくはないけど。

 そんなことを考えながら、唯先輩の言葉に耳を傾ける。何だかんだいっても、やっぱり気になるものは気になる。

「あずにゃんの初恋ってどんなのだった~?」

「…………へ?」

 一瞬、何を言われたのか理解できなくて、間の抜けた声を出してしまう。この人は、突然何を……。

「だから、初恋だよ~」

「初恋、ですか……」

 初恋話。今時の女の子なら誰もが嬉々として食いついてくる話だ。唯先輩もやっぱりこういう話が好きなのだろう。瞳の耀き具合でそれが解ってしまう。

 だけど、私は……。

 初恋話をしている人に、みんな共通していることがある。初恋が成就したか、もしくは振られたけど吹っ切れたか。

 そういう人は、自分が辛くならないから、喜んで参加してくる。思い出に昇華できたらそれは立派な話の種だ。

 私は違う。

 そもそも成就なんかしてないし、もちろん告白する勇気も無いから吹っ切れることもできない。きっと、この初恋はずっと胸の中に残ってるんだろうな……。

「うん。あずにゃんの初恋ってどんなのだったの?」

 そして過去形。

 唯先輩は、私の初恋がすでに終わってると思い込んでるんだろうな……。元凶にそう言われるのは、やっぱりちょっと辛い。

「私の初恋は、まだ終わってませんよ?」

「あ、そうなの?」

 思い切ってそう告げると、唯先輩は意外そうな顔。やっぱり、この年で初恋が終わってないのは珍しいのかな……。でも、それはしょうがない。

 小さい頃から音楽に打ち込んできて、恋愛に感けてる暇が無かったから。高校生になって、ようやく恋がどういうものなのかを理解できた。

 ――その相手が、これだ。

 目の前には、肩透かしを食らわされたよ~、と悲しそうに泣いている唯先輩。

 こんなので泣かないでくださいよとは思うけど、これもまたこの人の魅力、か。

「そうだ!」

「きゃっ」

 突然、大きな声を上げて立ち上がる唯先輩。その際、ガタンという音がしたから、びっくりして不覚にも悲鳴を上げてしまった。物が落ちてきたぐらいで、恥ずかしい……。


141 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:00:51.64 xC9b/orS0 79/84

「どうしたんですか急に」

 さっきの悲鳴を取り繕うようにしてそう尋ねる。これでまたくだらないことを言われたら、さすがに怒りますよ?

 そんな私の視線に気付かずに、唯先輩はこれまた笑顔で、床に座り込みながら私に話しかけてくる。相変わらず立ち直りが早いんだから……。というか、どうして立ち上がったりしたんですか。

「それじゃ、あずにゃんの初恋を教えてよっ」

「だから、まだ終わってないと」

「違うの! その終わってない初恋を教えてってことっ!」

「はぁ!?」

 この人は何を考えてるんだ……。終わってない初恋を人に話すなんて普通はしないでしょ……。あなたには常識が無いんですか?

 唯先輩の発言にびっくりして――というか呆れて、ついつい失礼な言葉をたくさん言ってしまった。

 だけど、唯先輩はずっと笑顔で私を見つめている。こういうところでの精神力の強さはある意味尊敬できるけど、少しは堪えてほしかったな……。

「ね、ね、いいでしょ?」

「いやですよっ」

「どうして?」

「どうしてもですっ!」

 私の言葉に、唯先輩はほっぺたをぷくぅと膨らませる。その膨れ具合がまたかわいい……って、何考えてるんだろ、私。

 恥ずかしい気がして、思わず赤面してしまった。気を紛らわせるために、まだ膨れている唯先輩を宥めてみる。

「まぁまぁ。他のことならいくらでも話してあげますから」

「やだっ」

「やだって……」

 そして断念。

 今の唯先輩は駄々っ子と変わらない、というか駄々っ子より質が悪いかもしれない。

 駄々っ子なら餌をあげると機嫌を直してくれるけど、この人は餌、つまりは他の話をあげても機嫌がよくならない。

 ややこしい、面倒臭い。

 この人の性格もそうだけど、それよりも未だに私が唯先輩と一緒にいる理由が解らない。

 こうまでしてご機嫌取りをする必要がどこにあるの? 今日はもう失礼しますと言って家に帰ればいいじゃない。

 そう何度も自分に言い聞かせてるけど、どうしても帰ろうと思えない。この人から離れたくない。一緒にいたい。

 これは重症だなぁ……と思いながら、最終手段に出る。

「それじゃ、等価交換ということで」

「とうかこうかん?」

「そうです、等価交換。私の初恋話を聞きたいのなら、唯先輩の初恋話も聞かせてください」


142 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:01:34.89 xC9b/orS0 80/84

「私の?」

「はい。そうすれば、お互い初恋話をしたから、どちらが損とか得とかできなくなりますよね?」

「そうだね~」

 できればこの時点で拒否してもらいたかったけど、そこは駄々っ子以上の唯先輩。私の話を聞くためならどんなことでもやるみたいだ。

 ……仕方ない、か。私も唯先輩の初恋話には興味があるし、本当に等価交換になりそうだなぁ。

「それじゃ、どっちから先に話す?」

「唯先輩からどうぞ」

 さすがにこれを先に話す勇気は、私には無い。

 唯先輩は先に話すことを何とも思ってないのか、いつもと変わらないほわほわとした雰囲気のまま、語り始める。

「私の初恋は――」

「はい」

 ついつい身を乗り出してしまう。……いや、だって気になりますし、しょうがないじゃないですか。そんな目で見ないでくださいよ。

 だけど、唯先輩は中々話し出してくれない。閉じた口をもごもごさせて、言おうかどうか迷ってるみたい。……あぁもうじれったい!

「唯先輩」

「な、何?」

「早く話してくださいよ」

「う、うん……」

 頷いたものの、唯先輩はまだ迷っている感じだ。思い切って口を開こうとしても、結局は首を振ってまた口を閉じてしまう。これの繰り返し。

 そんなに悩むのなら初恋話なんて止めましょうよ、と提案してみたけど、唯先輩は頑として首を縦に振らない。そこまでして私の初恋が知りたいんですか……。

 というか、最初の勢いはどこに消えちゃったんですか。今更話すのを躊躇うなんて、先輩らしくないですよ。言うのなら早くしてください。

 そんな私の心の声が聞こえた訳では無いだろうけど、唯先輩はようやく意を決したように口を開く。――真っ直ぐに私を見据えながら。

「私の初恋はね」

「はい」

 ……ゴクリ。自然と、喉が鳴る。唯先輩の瞳を見つめていると、何だか吸い込まれそうな感じだ。

 唯先輩はまた数秒間逡巡している様子だけど、その間も私から視線を外さない。……ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。

 居た堪れなくなって、私が目を逸らそうと思ったら、そのタイミングで唯先輩が口を開き、ようやく言葉を発した。

「私の初恋のひとはね――あずにゃん、だよ」

「……………………へ?」

 たっぷり、秒針が数回動く間、私は呆けてしまっていた。この人は、今、何と言った? 初恋が、私?

 一気に頬が上気して、心臓もフル稼働する。まともに唯先輩の顔が見れない。思考がぐるぐると回転する。何も考えられない。


143 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:02:16.87 xC9b/orS0 81/84

 堪らなくなって目を逸らすと、唯先輩はそれを追いかけてまた私と目線を合わせてくる。その様は、まるで捕食する肉食獣みたい。

 尤も、食べられるのは肉体じゃなくて、精神――心なのだけれど。

 逃げても逃げても追いかけてくる唯先輩。今の私はサバンナでチーターに食べられる直前のガゼルだ。もうどうにでもなれ。

 えへへ、と頬を桜色に染めながら照れくさそうに笑っている先輩。私としっかり目が合ったことに安堵した様子で、続きを話し始める。

「一目惚れ、だったんだ」

 唯先輩は、つっかえつっかえ、言葉を選びながら語り続ける。必死に、自分の気持ちを伝えるために。

「最初に部室で出会ったときかな? 私って、自分で言うのも何だけど、かわいいものを見抜く目はあるんだ」

「そうみたいですね」

 ときどき、独特なセンスで理解できないものがあるけど、その他は私もかわいいと思えるものばかりだし。

「最初にあずにゃんを見たとき――部室に入ってきたときだけど、この子が軽音部に入ったら、みんなのアイドルになるんだろうなって思ったんだ」

「そんなに最初からですか」

「うん。だけど、実際そうなったよね。りっちゃんも、ムギちゃんも――さわちゃんだってあずにゃんのことを猫可愛がりしてるもん」

 もちろん私もだけどね、と最後に一言付け加えて、一旦言葉を切る。

 思い返してみれば、確かに皆さん――先生も含めて、やたらと私を気にかけてくれているような気がする。唯先輩のスキンシップが印象に残りすぎて気付かなかったけど……。

 ――そうか、私、愛されてたんだ……。

 その事実を教えられて、胸がほわほわと暖かくなった。嬉し涙を少しだけ滲ませて、自然と頬が緩んでしまう。

 唯先輩は、そんな私を見てにっこりと笑う。その様子に何だか気恥ずかしくなり、ついつい俯いてしまった。顔が見えなくても、唯先輩が笑っているのを気配で感じる。

 秒針が数回回る間、そんな時間を過ごしていると、不意に唯先輩がさっきまでとは打って変わって、沈んだ声を出した。

「だけど、そのうち、みんなのことが疎ましくなってきたんだ……」

 唯先輩がこんな声を出すなんて初めてだから、不思議に思って顔を上げると、目の前には、今にも泣きだしそうな唯先輩の顔。

「あずにゃんを可愛がるのは私だけでいいって……、そんな風に考えちゃって……」

 ぽろぽろと、大きな瞳から大粒の涙が零れる。堰を切ったように次々と、止め処なく溢れてくる。

「最低だよね、私。こんなの、先輩失格だよ……」

 一旦泣き出すと、感情の制御ができなくなるらしい。普段のおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、周囲の人――私まで悲しくなるぐらいに、沈んでいる。

 そんなことないですよ、そう言葉をかけてみても、ネガティブ思考に嵌ってしまった唯先輩には届かない。

 どうしたらいいんだろう……と、私が考えあぐねていると、この人は更にとんでもないことを言い出した。

「こんな私なんかが……、あずにゃんと一緒にいちゃ、だめだよね……」

「――はぁ?」

 何を言われたのか理解できなくて、唯先輩を問い質そうとすると、唯先輩はそそくさと帰り支度をし始めた。

「ちょ、ちょっと……、唯先輩?」


144 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:02:59.96 xC9b/orS0 82/84

「ごめんね? 私、もう抱きついたりとかしないから」

 ――だから、バイバイ……梓ちゃん。


「……へ?」

 我に返ったときには、すでに唯先輩の姿は部屋から消えていて、そして、耳には唯先輩の最後の言葉が残っていて――!

「唯先輩!?」

 慌てて叫んでみても、返ってくるのは静寂だけ。先輩の声は、聞こえない。あのふわふわとした、独特な声は、もう……。

 そう考えると、全身の力が一気に抜けて、そのまま床にへたり込んでしまう。

「ゆい、せんぱい……」

 自然と、涙が出てくる。さっき流していたものとは真逆の、悲しい涙。しょっぱい涙。

 だけどきっと、あのひとはもっとしょっぱい涙を流していたはずだ。だって、あんなに悲しそうな顔をしていたのだから。

 ……今となっては、もう過去のことだけど。

 そう、過去なんだ。もう、今までの唯先輩とは会えない。去り際に残したひとつの言葉が、脳裏に浮かんでくる。

 ――バイバイ。梓ちゃん。

 その言葉は、つまりそういうことなのだ。もう今までのようにベタベタしてこないし、呼び名も変えるという意味なのだろう。

「いやだなぁ……。寂しいよ……」

 自然と、そんな言葉が漏れる。『唯先輩』がいなくなって、寂しい。

 うっとうしく感じることもあったけど、それが無くなると、やっぱり寂しい。体が、あのひとの体温を求めている。以前のように、ぎゅっと抱きしめてほしい。

 それは、私の我侭だ。何度も何度も止めてくださいと言っておきながら――しかも、それが原因で唯先輩を傷付けておきながら、なんて自分勝手なんだろう。

 傷付けた。そう、私が先輩を傷付けたんだ。私がもう少し素直に接していたら、こんなことにはならなかった。唯先輩がいなくなるという、最悪のシナリオは生まれなかったはずだ。

「最悪だ、私」

 そう呟いて、私は独り、涙が枯れるまで泣き続けた。


 何分ぐらい経っただろうか。時計を見ようと思い横を見ると、小さなケースが視界に入った。

 手にとってみると、見覚えのある物だった。確か、大切な物をしまい込んで、そのまま無くしたと思っていたもの。

 ……恐らく、唯先輩が立ち上がった拍子に、どこかから落ちてきたのだろう。そう思いながら蓋を開けてみる。

 そして、その中に入っていた写真を手にとって、そこに写っているひとを見て――

「唯先輩っ!」

 ひとつ、大きく名前を呼んで私は立ち上がった。返事はもちろん無いが、脳裏に唯先輩の声が聞こえた気がする。

 その声をもう一度実際に聞くために、私は走り出す。まだ、間に合う。いや、絶対にそうしないとだめだ。なぜなら……。


145 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:03:43.31 xC9b/orS0 83/84

 なぜなら――写真に写っていたのは、笑顔で私に抱きついている唯先輩と、嫌々ながらも頬が緩んでいる私だったのだから。


「ハッ、ハッ、ハッ」

 私は走っている。目的地を知らずに。ただただ、唯先輩を見つけるためだけに全力で走っている。

 とっくに全身が悲鳴を上げているが、それでも足の動きは緩めない。

 ――きっと、今一番辛いのはあのひとなのだから。

 そうして、いつもの通学路を走り続けていると、やがて見慣れた後ろ姿が見えてくる。

「唯先輩!!!」

 息を切らせながらも、ありったけの声で名前を呼ぶ。と、唯先輩は一瞬びくっとして、後ろを振り返り、そして私の姿を認めると、びっくりした様子で、歩くスピードを速める。

「唯先輩!!!!」

 更に大きな声で名前を呼んで、私も走る速度を上げる。絶対に、逃がしませんから!

 気分はまるで捕食者だ。サバンナで逃げ惑う獲物を捕まえるために根気強く追い続ける。そうしていると、やがて標的との距離が縮まって、最後には――

「唯先輩!!!!!!!」

 両腕を大きく拡げて、唯先輩に飛び掛る。体に、唯先輩の体温を感じる。

「あ、あずにゃ……梓ちゃん?」

 まだその呼び方ですか、止めてくださいよ、と言いたかったのに、疲れで声が出ない。唯先輩の肩にもたれながら、ゼーハーと荒い呼吸を繰り返す。

「ど、どうして追いかけてきたの? な、何で私なんか――」

 声が出ないし、何より先輩のネガティブ思考が煩わしくなって、私は唯先輩を優しく、ぎゅっと抱きしめた。いつも先輩が私にしてくれるように。

 往来のど真ん中で、人々の注目を浴びているけど、気にしない。こんなの、唯先輩を失うことに比べたら屁でもないのだから。

「いいですか? 唯先輩」

 ようやく言葉を発すると、腕の中で唯先輩がぴくりと動いたのが解る。なに……? と、小さな、か細い声で呟いた。

「一回しか言いませんから、よぉく聴いててくださいね」

 腕の中で首だけを縦に振る唯先輩。何を言うのだろうと私を見つめてくる。少し、赤くなった瞳で見つめられて、私の決意は早くも挫けそうになる。

 ……だけど、逃げちゃだめだ。ちゃんと言わなきゃ、唯先輩は戻ってこない。先輩を傷付けたのは私なんだから、これぐらいの罰は受けなきゃだめなんだ。

 腕の中のだいすきなひとの笑顔を取り戻すために、私は口を開く。

「私の初恋は――」



Fin


146 : 以下、名... - 2009/09/22(火) 14:05:57.32 xC9b/orS0 84/84

「というわけで約150kb。一ヶ月間のSSを投下し終えました」

「本当はまだ50kbぐらい残っているのですが、例によって未完成なのでこれでお開きとさせて頂きます」

「ここまで読んでくださったあなたに最大の感謝を」

「それでは、おやすみなさい」


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