男「よく俺が悩んでるって分かりましたね。課長に相談して正解でした!」
女上司「上司は部下のことなんてみんなお見通しなんだから!」
ガタンゴトン… ガタンゴトン…
男「あ、ちょうど終電が来ましたね」
女上司「終電……!」ザワッ
男「どうしました?」
女上司「破ァッ!!!」
ドォォォォォォン!!!
女上司「終電……跡形もなくなっちゃったね」
男「なんてことするんだァァァッ!!!」
元スレ
女上司「終電……跡形もなくなっちゃったね」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1600085464/
男「あんた、あの電車には人が何人乗ってたと思ってんだ!?」
女上司「ん~、十両編成で一両30人いたとして、ざっと300人ぐらい?」
男「て、てめえ……!」
男「こんな軽々しくそれほどの命を……! なんでだよッ!」
女上司「あなたは道端の石ころを蹴る時、いちいち理由を考えるの?」
男「……ッ!」
男「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
老師「よせい」ガシッ
男「! なんだあんた……!」
女上司「あなたは……」
老師「今のおぬしでは、あの女には勝てん。無駄死にするだけじゃ」
男「だけどッ! あの人を野放しには――」
老師「ふん」ボグッ
男「うっ……」ガクッ
老師「この坊や、連れていくぞよ」
女上司「ええ、好きにしたらいいわ。無駄だと思うし」
老師「それはどうかの」バッ
女上司「……」
老師「起きんかい」バシャッ
男「ぶっ!?」
男「ここは……?」
老師「山じゃ」
男「山……!? 俺は課長を止め――」
老師「だからさっきもいったじゃろ。今のおぬしでは勝てん」
男「やってみなきゃ分からないだろ!」
老師「強情な奴じゃのう。どうしても下山したいのなら、ワシを倒してみい」
男「ならば遠慮なく!」
男「ハァッ!」ブオンッ
老師「ほっ」ヒョイッ
男「!?」
老師「のろい突きじゃ。届く前に寿命が来ちまうかと思ったわい」
老師「こっちの番じゃ。ほれっ」シュッ
ドンッ!
男「ぐおおっ……!」ミシミシ…
男(なんて……突き……!)ガクン
老師「ワシの強さ……というより己の弱さがよく分かったじゃろ」
老師「しかも、あやつはワシよりも強い」
男「!」
老師「そしてもう一つ。今のおぬしではあやつに勝てんが――」
老師「未来のおぬしなら分からん。ワシと違い、伸び代もある」
男「……!」
老師「どうじゃ、ここでしばらく修行してみんか」
男「やります……やらせて下さい!」
老師「よくいうた。ではさっそく――」
老師「薪割りをしてもらおうかの。ワシは風呂に入りたいんじゃ」
男「は……?」
老師「薪割りじゃよ。はよせんか」
男「分かりました……道具は?」
老師「んなもんあるかい。素手でやるんじゃよ」
男「素手で!?」
老師「さあ、はよ割らんかい」
男「は、はいっ!」
男「せやっ!」ガッ
男「せやっ!」ガッ
男「せやあっ!」ガッ
老師「ダメじゃダメじゃ、もっと手指に意識を集中するんじゃ」
男「はいっ! せやぁっ!」ガッ
男「せやぁっ!」パキャッ
男「や、やっと一本割れた……」
老師「さあ、その調子でどんどん割るんじゃ。怠けたら許さんぞ」
男「せやぁっ!」パキャッ
男「よ、よし……!」
老師「それじゃ、薪をくべて風呂を焚かんかい」
男「はいっ!」
ボワァァァッ
男「フーッ! フーッ!」
老師「ぬるいぞ。もっと温度を上げい」
男「はいっ!」
老師「ふぅ~、ぬるい湯じゃったわい」
老師「さて次の修行じゃが……うどんを食いたいのう」
男「うどん……?」
老師「とびきりコシが強いやつをな。つーわけで、手打ちしてくれんか」
老師「こねればこれるほど、コシが出る材料を用意しとる」
男「分かりました……」
男「……」コネコネコネ
男「……」コネコネコネ
男(これぐらいでいいだろう……)
男「どうぞ!」
老師「……」ズルッ
老師「まずい」ペッ
男「え」
老師「ぜーんぜんコシがない! こね方が足りん証拠じゃ! やり直し!」
男「は、はいっ!」コネコネコネコネコネ…
男「ど、どうぞ……」
老師「……」ズルッ
老師「まずまずじゃな」モグモグ
男(あれだけこねて、まずまずだって……!?)
老師「これから毎日三食、うどんを作ってもらうからの。楽しみじゃわい」
男「……!」
男(これを一日三回も……!)
ドドドドドド…
老師「滝浴びをしてもらう」
男(ずいぶんオーソドックスな修行がきたな……)
老師「ワシがいいというまで、滝から出てはならんぞ」
男「はいっ!」
ドドドドドドド…
男(ぐっ……! 痛いし冷たい……! 滝浴びって、想像以上にキツイんだな……)
ドドドドドドド…
男(体が冷えてきた……)
ドドドドドドド…
男(まだか……?)
ドドドドドドド…
男(もうかなりの時間が経ったと思うけど……)
ドドドドドドド…
男(ひょっとして、忘れられてるんじゃ……)
ドドドドドドド…
男(くっ……限界だ! 耐えられない!)
男(もういいや! 出よう!)ザバッ
老師「こりゃあああああ!!!」
男「えっ!?」
老師「誰がいいというた?」
男「今いいましたけど」
老師「そんなトンチはしておらん! もう一回やり直しじゃ!」ドカッ
男「うわあああ!!!」ザバァン
老師「よし、ええぞ」
男「はぁ、はぁ、はぁ……」ビショ…
老師「これからしばらく、おぬしにはこの三つの修行をこなしてもらう」
男「は、はい……(これで一段落、か……)」
老師「というわけで腹が減ったのう……うどんを作ってくれんか」
男「え……? 今滝浴びを終えたばかり……」
老師「聞こえなかったか? うどんを作ってくれというたんじゃ」
男「は、はいっ!」
男「せやーっ!」パキャッ
男「せやーっ!」パキャッ
男「もっともっとこねるんだ!」コネコネコネ…
ドドドドドドド…
男「……」
男(意識を集中しろ……滝と一体化するんだ……そうすれば冷たさも重さも感じない……)
ある日――
男「どうぞ」
老師「……」ズルルルッ
老師「おおっ、すごいコシじゃ……! ワシの歯が負けてしまいそうじゃった!」
男「ありがとうございます!」
老師「……そろそろよいか」
男「え?」
老師「今からおぬしに……技を授ける。とっておきの技をな」
男「……!」
老師「まずは滝浴びを思い出すのじゃ」
男「はい」
老師「あの極限状況を思い出し、体内の気を噴出させてみい」
男「気なんて……いきなりいわれても……」
老師「今のおぬしならできるはずじゃ。やってみい」
男「はい……」
男(あの集中力を……爆発させる!)
ボアァァァ…
男「!」
男「力が……力が溢れてきます!」
男「だけど……!」ボロッ…
老師「そう、体が崩れてくるはずじゃ」
男「なぜ……!?」ボロボロ…
老師「当然じゃろう。自分の中に眠る力を全て出そうとしてる状態なんじゃから」
老師「肉体が耐えきれるはずもない」
男「どうすれば……!?」ボロボロ…
老師「練るんじゃ」
男「練る……!?」
老師「うどんをこねる時のイメージで、その気を練るように操るのじゃ!」
男「や、やってみます!」
男「……!」
男(うどんをこねるように気を練る……うどんをこねるように……うどん……うどん……)
コネコネコネコネ…
男「出来ます! 気を操れます!」ズオオオ…
老師「見事じゃ」
老師(やはり、この青年には素質がある……!)
老師「では仕上げじゃ……。その気を手――いや、“指”に集中させるのじゃ!」
男「ぐ……!」ブブブ…
男「難しい……!」ブブブ…
老師「薪割りの要領でやってみい」
男「はいっ!」ブブブ…
男「……」ブブ…
男「……」ブーン…
男「出来ました!」
老師「ではそれで、あの岩を叩くのじゃ。思い切りな」
男「はいっ!」
男「うおおおおおおおおおっ!!!」
ザシュウッ!!!
男「……!」
男「こんな大岩を軽々と切り裂いた……!」
老師「体を“崩”すほどの気を、“練”り上げることによって出来上がる、あらゆるものを切り裂く“爪”」
老師「これぞ、女上司を倒しうる奥義……≪崩・練・爪≫じゃ!」
男「崩・練・爪……!」
老師「ここからはより実戦的な修行を行う」
男「はいっ!」
老師「すなわち、ワシとの組み手じゃ」
男「組み手……!」
老師「組み手とはいえ本気でやる。気を抜けば、致命の一撃を受けると思えよ。死んだらそれまでじゃ」
男「……」ゴクッ
男「望むところです!」
老師「ではゆくぞ」
老師「崩・練・爪!!!」ギュオッ
男(いきなり!?)
男「(こっちも――)崩・練・爪!!!」ギュオッ
ズバァッ!
男「ぐああ……ッ!」
男(同じ技なのに……!)
老師「技は会得が終着地ではない。むしろそこが出発点だと知れい!」
老師「崩・練――」
男(また来る!)バッ
老師「たわけが!」
ドゴォッ!
男(普通の蹴り……!?)
男「ぐふうっ……」ドサッ
老師「あやつはそんな正直ではないぞ」
男「くっ……!」
老師(だが、ワシの蹴りをまともに受けて、立ち上がるとはなんというタフネスよ……)
老師「さぁ、続きじゃ!」
男「はいっ!」
男「だだだだだっ!」ガガガガガッ
老師「ほいほいほいほいほい!」バババババッ
老師「崩・練・爪!!!」
男「崩・練・爪!!!」
ズガァッ!
老師「今日はこれまで。寝るとしよう」
男「はいっ!」
……
男「はーっ!」ドガガガガッ
老師「くっ……」
老師「崩・練・爪!!!」ザンッ
男「はっ!」バッ
老師「かわした!?」
男「そこだっ!」ブンッ
ピタッ
老師「うむむ……ワシの負けじゃ!」
老師(まさか、崩・練・爪を使わずワシから一本取るとはのう……)
老師「これで免許皆伝といったところか。ようやった」
男「ありがとうございます!」
老師「じゃが、あやつは強い……」
老師「おぬしの崩・練・爪なら当たれば倒せるじゃろうが、もし外せば二度目はない」
男「チャンスは一度きり、というわけですか」
老師「……その通りじゃ。一対一ではな」
男「大丈夫、必ず当ててみせます」
老師「……」
老師「最後に……ワシとあやつの因縁を教えておこうかの」
老師「あやつをあのようにしてしまったのは……ワシなのじゃ」
男「え?」
老師「あやつは……かつて、会社でワシの部下じゃった」
男「部下……!」
老師「あやつはワシの指示によく従い、よく働いた。理想的な上司と部下といってよかった」
老師「ある日、ワシとあやつはある重大なプロジェクトを進めており、残業していた」
老師「あやつは若い女性……本来なら早めに帰宅させるべきじゃった」
老師「じゃが、あやつの熱意に負け、なによりワシもあやつを頼りにしておった」
老師「だから、終電の時間まで残業させてしまったのじゃ」
老師「じゃが、それがよくなかった」
老師「終電というのは知っての通り、タチの悪い客も乗っておることが多い」
老師「あやつは終電に乗っている時、酔っ払いに絡まれ、襲われ、誰にも助けてもらえず――」
男「なんてことだ……!」
老師「あやつはその酔っ払いには復讐を果たしたが、心に刻まれた傷は治らなかった」
老師「やがてあやつは……終電そのものを憎むようになっていったのだ」
老師「ついには、終電を見かけるなり、跡形もなく破壊するように……」
老師「ワシが知っているだけでも、既にあやつは十度、終電を破壊しておる」
男「十度も……!」
老師「おそらく、あやつの行動はどんどんエスカレートしていくじゃろう」
老師「放っておけば、終電を根絶やしにするようになるに違いない」
男「終電を根絶やしって……そんなことしてったら……」
老師「そう、電車が日に一本なら、始発だって終電じゃ」
老師「行きつく果ては電車そのものの消滅……。そんなことを見過ごすわけにはいかん」
老師「しかし、ワシではもはやあやつに勝てぬ。警察でも止められんじゃろう」
老師「だから……この願いを君に託したいのだ」
男「喜んで引き受けます。あの人は必ず俺が倒します!」
……
ガタンゴトン… ガタンゴトン…
女上司「来たわね……終電」
女上司「また消し飛ばしてあげる!」
女上司「破ァッ!!!」ボウッ
バシュッ!
女上司「!? 私のエネルギーが……!」
男「お久しぶりです、課長」
女上司「あなたは……!」
女上司「雰囲気が違う……あの人の下で鍛え直したのね」
男「ええ、もうあなたに終電は壊させません」
男「ここであなたを倒す!」
女上司「多少は強くなったようだけど……残念ながら不可能よ」
女上司「私はあなたを倒したら、この世の終電という終電を徹底的に消してやるわ!」
女上司「乗ってる連中もろともね」ニィッ
男「――行くぞッ!!!」
男「だあああっ!」
ドガガガガッ!
バキィッ!
男(拳がクリーンヒットした!)
女上司「へえ、やるわね」
男(ほとんど効いてない……やはり崩・練・爪じゃないと決め手にならない!)
男(だけど、一度見せたら警戒される……確実に当てなくては!)
女上司「こっちから行くわよ」ギュンッ
ズドォッ!
男「ぐふっ!」
女上司「ほらほらほら!」
ズドドドッ! バキィッ!
男「が、は……っ!」
男(なんて体術……! つ、強い……老師よりも……遥かに……ッ!)
ガツンッ!
男「ぐおぉっ!」
女上司「ガッカリね……もっとやれると期待してたのに」
女上司「せめてもの情けよ。一瞬で跡形もなく消してあげる」バチバチッ
男「くっ……!」
女上司「破ァッ!!!」
ズガァァァァァンッ!!!
女上司「アハハハッ、跡形もなく消し飛んだわ! ざまあないわね!」
男「……」
男(気を練り上げ足に集中させることで、空中に逃れることができた……)
男(上空から攻撃を――)
女上司「なぁんてね」ギロッ
男(バレてる!)
女上司「あの程度で仕留められないことぐらい、お見通しなのよ!」
女上司「空中で回避行動は不可能ッ! 地獄へ始発なさいッ!」ブオンッ
ズガァッ!
男「ぐっ……!」ブシュゥゥゥゥゥ
女上司「私の拳を掴んだ!?」
男「この至近距離なら……かわせないはず……」
女上司「くっ!?」
男(今以上のタイミングはあり得ない――)
男「崩・練・爪!!!」
ザシュゥッ!!!
男「手応えは……あった!」
女上司「がはぁぁぁ……!」
男(勝った……!)
女上司「ごふっ……!」ザウッ
男(踏みとどまった!?)
女上司「前に……いったよね? 上司は部下のことなんてお見通しだって……」
女上司「なにか切り札を隠してることは分かってたから……とっさに急所を外すことができた……」
女上司「ぐっ……ふふふ……もう二度と……今の技は喰わない!」ニィッ
男「くそぉっ……!」
女上司「さぁ、今度こそ跡形もなく消滅させてあげるわァ!」グワッ
ガシッ!
女上司「!?」
老師「捕まえたわい」
女上司「な……!?」
男「老師!?」
老師「上司は部下のことはお見通し……つまりワシも見通しておった……」
老師「おぬしが彼の崩・練・爪をかわすことをな」
女上司「くっ、ジジイ! はなせっ! はなせぇっ!」ドガッガッ
老師「だが、ダメージは受けておる……もう一撃は流石に耐えきれんじゃろう」
老師「今じゃッ! ワシごとやれい!」
男「!」
男「しかし……老師!」
老師「よいのじゃ……これで。こやつを魔道に堕としてしまったのはワシ……」
女上司「はなせっ! はなしやがれぇっ!」
老師「その責任を取りたかった……上司として……」
女上司「や、やめてっ! やめなさぁい!」
老師「早くやれーっ!!!」
男「……」グッ
男「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
男「崩・練・爪!!!」
ズバァッ!!!
女上司「がはっ……! この世の……終電を……すべ、て……」
ボシュゥゥゥゥゥ…
…………
……
老師「……」
男「老師! しっかりして下さい、老師!」
老師「よ、ようやった……。見事な一撃じゃ、った……」
男「老師……!」
老師「ワシのことは気にするな……こうなって当然のことを、したのじゃから……」
老師「最後に弟子の成長を見届けることができて……幸せじゃ……」
男「ううっ……」
老師「これで……終電は救われた……消されることはもうない……」
老師「おぬしは……サラリーマンとして幸せに……」ガクッ
老師「……」
男「老師」
男「老師! 老師ッ!」
男「老師ィィィィィッ!!!」
…………
……
……
……
女部下「……」カタカタ
男「君、よくやってくれてはいるが、早めに帰るようにな。残業は程々にね」
女部下「はい、これが終わったら帰ります!」
男「それならいいんだが。君は一度のめり込むと止まらないタイプだからね」
女部下「私のこと、よく分かってますね~」
男「上司は部下のことはお見通しだからね」
女部下「あんまり遅くなって、終電がなくなっちゃったら大変ですしね!」
男「……いや」
女部下「?」
男「もう終電がなくなることはないよ。絶対にね」
― 完 ―

