誰にだって思い出の一つや二つはある。
暖かい思い出、忘れたいぐらいに嫌な過去…それでも忘れちゃいけない記憶。 そんなの、誰にだってある。
それは私にももちろんある。
『思い出』…
それは、過去の私が積み上げてきた、未来へと繋がるものだから…。
元スレ
律「思い出のヘアバンド」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1314025710/
季節は夏休み、受験勉強もそこそこにペンを取っていた私だったけど、ふと部屋の掃除がしたくなったので、思い切って大掃除に取り掛かっていた。
…別に、勉強が嫌になったからとかそんなんじゃない。 ただ、目につく汚れとかごちゃごちゃしたのが気になって仕方がなかったんだ。
…そう、これは綺麗な部屋で快適な勉強をするための準備…。 大事な受験勉強の準備なんだ、そうなんだ…。
律「ふぅ…ふぅ……これは…こっちっと…ん~~~、多いな…」
律「なんか、一度スイッチ入っちゃうと止まらないんだよね~」
律「…んで、このダンボールは…おっ、小学校と中学校の卒アルか、懐かしいな」
律「………」
律「少し休憩、するかな」
私は作業を中断し、卒業アルバムと大量の写真が納められたアルバムを開けてみる。
つんとしたカビと埃の匂いに一瞬顔がこわばるが、写真を見れば懐かしい思い出が蘇り、匂いの事なんてすぐに忘れてしまっていた。
律「あ~、私この先生よく叱られたっけな~」
律「懐かしいー! コイツ、確か澪に告って撃沈したんだっけ」
律「澪は…相変わらず写真だと顔がこわばってるなぁ、あははっ」
そして、思い出にふけって数分経った頃かな、『ぴんぽーん』と、玄関のチャイムが来客を告げたんだ。
聡「ねーちゃーん、澪さん来たよー」
律「はいよー、今行くー!」
弟の声に返事をして玄関に向かい、私は澪を出迎える。
律「いらっしゃーい」
澪「暇だったから遊びに来たよ、ちゃんと勉強してたか?」
律「いきなり母親みたいなこと言わないでくれよー…ちょっと部屋の掃除してたけど、まあ気にしないで上がって」
澪「へぇ、珍しいな? でも、どうせ勉強がしたくないから、部屋の掃除でもしてようって魂胆だろ?」
律「いーじゃん…べつにぃ~」
…さすが澪、名探偵も顔負けの鋭い推理力だった。
澪「少しだったら手伝おうか?」
律「いいの?」
澪「うん、少しでも早く終わらせて、気持ちよく勉強したいもんな」
言いながら、にやにやと意地の悪そうな顔で笑う澪だった。
まぁ…どうせいつかはやらなきゃいけないんだし…別にいいか。
律「む~~…まぁいいや、ありがと」
澪「いえいえ」
―――
――
―
澪を部屋に通し、私は台所からジュースと茶菓子を持って来る。
とは言っても、今は、部屋と呼ぶには散らかりすぎてはいるんだけれどもね。
澪「これは…えらく本格的だな…」
律「いや~、な~んか熱入っちゃってさ~、あ、オレンジジュースで良かった?」
澪「うん、ありがとう。 …あれ、卒アルなんて見てたの?」
律「まぁね~、休憩がてらに少し見てたところなんだ」
澪「卒業アルバム…か」
律「澪も見ない?」
澪「律、掃除は…」
律「まだ時間あるし、平気だよ」
澪「…少しだけだからな?」
律「わ~かってるって…」
そして、私は澪と一緒にアルバムをめくる。
写真の中の私は、どれも相変わらずというかなんというか、一際明るいって印象があった。
それに対し澪は…性格なのだろう、緊張と怯えが入れ混じったような暗い顔が目立つ。
相反する性格の二人だけど、私達は決して仲が悪い訳じゃない。
…どういうわけか女ってやつは、互いの性格が真逆なら真逆なほど、仲良く出来るようになってるようだ。
律「澪、昔っから写真とか苦手だったもんなぁ」
澪「…なんか、緊張するんだよな…」
律「まー、昔と変わらず今も恥ずかしがり屋だもんねぇ~。 だから写真を撮るようになったんだろ? 写真を撮る側なら、写真には写らずに済むから」
澪「別に…それだけじゃないさ…ってか、そういうお前は昔と全然変わってないのな」
律「あははっ、ま、それがりっちゃんですからっ」
澪「自分で言うか…」
それから…私達はしばらくの間、昔の思い出話に花を咲かせたんだ。
やれ子供の頃に流行ったアイドルの名前だの、よく遊んだオモチャの事や、どんなアニメを見てただの…互いに今も忘れ得ぬ子供の頃を思いだし、童心に帰っていた…。
律「ほらほら、この先輩覚えてる? 澪の初恋の相手…」
中学時代の写真を指差し、ある男子生徒の名前を読み上げてみる。
澪「わーーーっっ!! 言うなーーー!!!」
律「中2の頃、バレンタインに澪が気合入れて書いたラブレター読んで…それで……」
澪「や~め~ろって…言ってるだろっ!」
ぷるぷると怒りに震えた澪が拳を振り上げ…
――ゴチーン!!
とびきり大きなゲンコツが私の脳天を狙い撃つ。
…いや、気のせいかな…ここ最近こいつのツッコミ、やたら気合が入ってるような気が…
律「ぁぃ…スミマセンでした…」
目の奥に星が浮かぶのを自覚し、私は目を回しながら澪に謝るのであった…。
…ちなみに、そのラブレターの一件の後、澪がどうなったかだが…
とりあえず、あいつの天然成分200%のメルヘンワールドが炸裂しまくり、ガチ引きした先輩のフォローを私が必死こいてやりまくった…とだけ言っておこうかな。
澪「まったく……」
律「でもさー、こうして見ると、澪も変わったよなぁ」
澪「…そう?」
律「うん、前はここまで凶暴じゃなかった」
澪「ほほう、もう一発喰らいたいようだな」
律「ちょっ! たんま! 冗談だって!」
二度拳を振り上げようとする澪を必死でなだめておく。
澪「…ふぅ、そろそろ、片付けやろっか?」
律「…そうだな」
そして、ジュースを飲み終えた私達は再度部屋の片付けに取り掛かる。
私は押し入れの中を整理し、澪には本やCDやDVDの整理に取り掛かって貰った。
…しかし、その押し入れだけど、長い事ごちゃまぜにしといた事もあって、中はちょっとしたカオスな世界と化していた。
……こりゃあ大変な作業になりそうだ…。
澪「なあ…律……」
律「ん? どしたー?」
澪「これ、私の貸したCDじゃないか?」
そういう澪の手にあったのは、澪の好きな洋楽バンドのCD。
確か…高1の夏ごろに借りてからそれっきりだったっけ…
律「あ…ごめん、そうかも」
澪「無くしたと思ったら、ここにあったのか…」
律「ごめんごめん、返すのすっかり忘れてた」
澪「お前なぁ…」
澪「この様子じゃ…他にも出てきそうだな…」
――――――――――――
黙々と片付けは進む。
押し入れの中もゴミを整理したら随分とスペースも空き、これなら部屋にある物も幾つか収納できそうな感じがしてきた。
律「おや…あれは…?」
その時私は、押し入れの奥の方に、ゴミに埋もれて汚れた…大き目の箱を見つけたんだ。
どこか見覚えのあるけど…なんだっけ、コレ?
律「この箱は…?」
がさごそと箱を引っ張り出し、ふたを開けてみると…。
律「うはっ! ハイパーヨーヨーだ!」
箱の中には、懐かしいオモチャが入っていた。
よく見れば箱の外側には薄く汚い文字で「おもちゃ」と書いてある…。 どうやらこれは、私の幼少の頃のおもちゃ箱のようだ。
律「ねー澪~」
澪「ん…どーした?」
澪に声をかけた私はヨーヨーを構え、前の方に放り投げてみる。
律「そりゃ、ループザループ!」
そして、手前に投げたヨーヨーを手元に引き寄せ、スナップを効かせてもう1回手前に飛ばし…、器用にそれをキャッチしてみる。
子供の頃しょっちゅう練習した技だけど、まさかまだ出来るとは…勘って、衰えないもんだなぁ。
律「ふふん、まだまだ行けるな」
澪「懐かしい、よく小学校で男の子がやってたな」
律「まだまだ…シュートザムーン!」
さっきの要領で手元に放り投げたヨーヨーを今度は真上に向かって投げてみる…が。
―――ガンッッ!!!
聡「ねーちゃんうるさいーー!」
私のヨーヨーは勢いづいて蛍光灯の傘を直撃し、その音に隣の部屋から弟の苦情が飛んだ。
律「いやっはっは…失敗失敗」
澪「あまり調子に乗るから…」
律「でもでも、この中懐かしいのいっぱい入ってたんだよー」
律「ポケモンにデジモンに…うおおーゲームボーイアドバンスだなっつかしー!」
澪「ほとんど男の子に人気だった物ばっかだな」
律「…確かに……、女の子っぽいオモチャが一つもないな……」
まぁ、この頃の私って…よく男の子と交じって遊んでたしな…。
…女の子っぽい人形で遊んだ事、あんましなかったかも……。
澪「あれ? この人形…」
律「それ、どれみの人形じゃん」
澪「あー…これ私のだ…無くしたと思ったら、律の家に置き忘れてたのか」
澪「…なんか、腕が変な方向に曲がってる…それにこれ、こんなにボロボロだったっけ?」
律「…ぁ」
澪「ん、律どうかした?」
律「いや…別に…」
…思い出した。
…確かそれ…今度澪に返そうと思い、その日だけ貸して貰うつもりで特撮モノの人形と戦わせる遊びをして…それでめちゃくちゃ乱暴に扱って…。
勢いづいて気付いたら腕が変な方向に曲がってしまったから、慌てておもちゃ箱の奥に隠したんだったっけ……。
澪「このアニメ、毎週楽しみに見てた…私さ、昔から魔法少女とか魔女っ娘とか、そういうおとぎ話みたいな話が大好きだったから…」
律「今も深夜にやってるみたいだよ、魔法少女もののアニメ」
澪「へぇー、今度見てみようかな?」
…澪があれを見るのか…?
律「まー、私はどれみの前にやってた特撮とかが好きだったなぁ、クウガとかアギトとかさ。 聡と一緒によく見てたわ」
澪「それで律、次の日学校で女の子がどれみの話してた時、男の子と一緒にライダーの話ばかりしてて…」
律「……ほんと、今考えても全然女の子らしくなかったかも…」
澪「それは今も…だろ?」
律「む~、それは失礼だぞ?」
澪「へー、それじゃ、自分は女の子らしいとでも?」
律「…ぶぅ~」
澪の言葉に口を膨らませるしかできなかった。
けどまぁ…澪の言う通りか。
今も昔も、明るくて元気だけが私の取り柄だからなぁ…
…そりゃ恋とか興味ないわけじゃないけど、なんか、今はその気になれないと言うか…。 なんか…なぁ。
澪「ん、このヘアバンド…」
律「あ、それは…」
澪がおもちゃ箱から引っ張り出したそれは、全体が黄色く、片側に大きなヒマワリの飾りがついた、子供向けのヘアバンドだった。
埃にまみれてすっかり色あせてしまっていたが…その一際目立つヒマワリの飾りは、私が長らく忘れていたあの日の事を鮮明に思い出させてくれていた…。
澪「おっきいヒマワリ…意外だ、律、こんな可愛らしいヘアバンド持ってたんだ?」
律「…澪、覚えてないの?」
澪「え、何が?」
律「いや……ならいいんだけどさ…」
律「…さて、無駄話もそこまでにして…ちゃっちゃとやりましょか!」
澪「あ…ああ…」
澪(律、どうしたんだろ?)
それからは、お互いにさして会話を交わすことも無く、部屋の掃除はスムーズに進んでいった。
そして部屋が片付き、掃除機をかけてテーブルを置いた時には、西から差し込む陽光が、部屋を真っ赤に染め上げていた。
澪「ふぅ…終わったなぁ~」
律「うん。 澪のおかげで助かったよ、ありがと」
聡「ねーちゃん俺お腹減っ…うお、すっげー綺麗になってる…」
夕飯をねだりに来た弟が私の部屋を見て驚きの声を上げる。
本当はここまでやるつもりは無かったけど、なんやかんやで熱入っちゃったからな…私自身もここまで綺麗になると、正直びっくりだ。
律「ふふふ、『なんという事でしょう、あのごっちゃりした部屋が、匠のワザにより、こんなに綺麗に…』なんちて」
某リフォーム番組のナレーションの声マネをしてみる。
澪「悔しいけど、そっくりだな」
聡「ほんと、芸人にでもなれそうなレベル」
律「へへん、まいったか」
澪「はいはい…。 さてと…それじゃあ私はそろそろ…」
律「ああっと…澪、良かったらご飯食べてかない? 手伝ってくれたお礼に、私何か作るよ」
澪「でも、悪いよ…」
律「いいって、どうせ今日親仕事でいないし、私もこれから夕飯作る予定だったしさ。 聡もいいだろ?」
聡「別に大丈夫だけど?」
律「んじゃ決まりな」
澪「…まぁ、別にいっか…」
律「ハンバーグでいい?」
澪「うん、あ、私も手伝おっか?」
律「だいじょーぶ、聡とゲームでもしてて待っててよ」
澪「悪いな…それじゃ、お言葉に甘えてさせてもらうかな」
聡「いいけど俺、澪さん向けのゲームなんて持ってないよ?」
律「私の棚に音ゲーあったろ? それ持ってっていいよ、澪もそれならできるっしょ?」
澪「あれか…まぁ、できなくはないかな…っと、それなら家に連絡入れとかないと…」
律「んじゃ、ちょっとだけ待ってて~♪」
そして自宅に連絡を入れる澪とゲームを持ってく聡を部屋に残し、私は一足先にキッチンに降りるのだった。
律「え~っと、タネタネっと…」
事前に下ごしらえをしておいたハンバーグのタネを冷蔵庫から取り出す。
それを手の平より少し大きめのサイズに丸めて準備はOK、あとは中にスライスチーズを入れて焼き上げるもよし、上に目玉焼きを乗せるもよし。 ハンバーグの調理パターンは無数だ。
――――――――――――
律「ああ あーいびきお肉いーっぱいこねて 愛もいっぱい込めて…♪」
律「だいすきーなひとーのため…♪」
鼻歌を歌いながらテキパキと調理に勤しむ。
弱火でハンバーグを焼き上げる間にサラダとソースも作り、準備は着実に進んでいく。
聡「ゲ…またSSとか…澪さんやるなぁ…」
澪「…そんなにすごいのか?」
そろそろ出来上がるのでリビングに向かうと、どうやら澪が聡に圧勝してる真っ最中だった。
微笑ましくそれを見つつ、熱中してる2人に茶碗と皿を出すように促しておく。
…そして数分した頃、食卓には、それなりによく出来たハンバーグが美味しそうな湯気を出して並び始めていた。
澪「お、なかなか美味しそう…」
聡「へへ、ねーちゃんもハンバーグだけはプロ級だもんね」
律「だけは余計だ」
澪「ご飯もよそったし…じゃあ、いただきます」
聡「いっただきま~す」
律「うんっ! いっぱい作ったからどんどん食べてって~♪」
…1人よりも2人、2人よりも3人、食事は大勢で食べるのが何よりも美味しいと思う。
澪がいてくれたお陰で、今日の夕飯はいつもより特別美味しいと思えたかな。
澪「…律」
律「ん、澪どした? あ、おかわり?」
澪「ううん、このハンバーグ、すごく美味しいよ」
律「へへへっ、そりゃどうも…♪」
私のハンバーグを美味しそうに食べてくれる澪の笑顔を見て、作って良かったなと、心の底から思うことが出来たんだった―――。
――――――――――――――――――
食事の片付けを終え、綺麗になった自室で澪とのんびりしている時の事。
澪「んんん…ふあぁ…」
澪が眠そうな声であくびを出す。 きっと片付けで疲れたのだろう、そこにたらふく夕飯を食べてのんびりしてれば、眠気が襲ってくるのもまぁ頷ける事だった。
律「眠そうだねぇ」
澪「うん………昨日も…徹夜で…作詞と勉強…してたから…」
律「ベッド使ってもいいよ、タオルケットも貸してあげる」
澪「ごめん……3~4時間したら…起こしてくれ…」
律「あいよ」
そうしてベッドに寝転んだ幼馴染は、数分もせずにくーくーと可愛らしい寝息を立てる。
その姿を眺めつつ、私はさっき澪が見つけたヘアバンドを手に、物思いにふけっていた。
律「あいつは、本当に忘れちったのかねぇ…」
ヒマワリの飾りを玩び、昔を思い出してみる。
あれは…確か、小学4年生の頃だったか―――。
―――いつも教室で本を読んでいる女の子がいた。
その子はとても大人しく、また本が好きで、私の様に活発に動く子供とは真逆のタイプの子だった。
でもその子はクラスでも珍しく左利きで、それが当時の私にはすごく新鮮に見えて…私はいつしかその子にすっごく興味を持つようになったんだ。
それから私がその子に声をかけ、ちょっかいを出すようになるのに、そんなに時間はかからなかった。
その子がどんな本を読んでるのかが気になれば、何を読んでいるのかを聞き。 その子がどんな絵を描いているのかが気になり、その子の絵を強引に見たりもした…。
私の動作のその度に困った顔をする女の子だったけど、私にはそのリアクションがとても面白く見え、気付けば他のどの友達よりも、私は彼女と一緒にいる時間がとにかく楽しかった…。
そして、その女の子の書いた作文が賞を取った事をきっかけに、私とその子…澪は、親友と呼べるほどに仲良くなって行ったんだ。
――――――――――――――――――
律「みおちゃん、きょうはなにしてあそぼっか?」
澪「うーん…」
律「じゃーライダーごっこやろう! わたしがライダーで、みおちゃんが悪の怪人ねっ」
澪「え~、わたしそんなのやだぁ~」
律「えいっ、らいだーぱーんち!」ペシッ!
澪「も~、りっちゃんいたいよ~」
律「もーじゃないよみおちゃん! そこは『ぐえ~』だよっ」
澪「ぐ…ぐえー…」
律「そうそう!みおちゃんじょうず~♪」
澪「…はずかしぃ……」
澪は恥ずかしがりながらも、いつも私に付き合ってくれた。
他の友達と遊ぶ事はあっても、それでも私は、澪と遊んでる時が一番楽しいと思えていた。
…でも、常に毎日仲良くしていたわけじゃない、そりゃあもちろん喧嘩だってたくさんした。
…このヘアバンドは、私と澪が生まれて初めて喧嘩をした、そのきっかけとなった物だったんだ。
―――――――――――――――
……それは、夏休みも終わりに近付いた、8月後半の日の事だった。
その日、誕生日を迎えた私は、珍しく澪に呼び出されて遊んでいた。
澪「…りっちゃん、おたんじょうびおめでとう!」
律「みおちゃん、えへへっ! ありがとー!」
澪「これ、プレゼント!」
律「わ~~! ありがとう! あけてもいーい?」
澪「…うん、いつもなかよくしてくれてありがとっ♪」
綺麗に包まれた包装紙を開け、私はその中身を出してみる。
律「わぁぁ……!」
箱の中に入っていたのは、大きなヒマワリの飾りが特徴的な、黄色くて可愛らしいヘアバンドだった。
生まれて初めての澪からの誕生日プレゼント。 それは私にとって、他のどのプレゼントよりも嬉しい…特別なプレゼントだった。
律「みおちゃんありがとう! わたし、このヘアバンド、いっしょうだいじにするねっ!」
澪「うんっ! えへへっ…りっちゃん、それずっとつけててね?」
律「もちろん、やくそくするよっ」
そうしてその日から、私は毎日、そのヘアバンドを付けるようにしていた。
遊ぶ時も、勉強する時も、体育の時だって、片時も欠かさず付けていたっけな…
そしてすぐに2学期が始まった、そんなある休み時間の事だった。
その日、私は澪と一緒に、クラスの男子達とドッチボールをしようと思ったんだ。
男子「田井中~、はやくいこうぜー!」
律「ねえねえみおちゃん、みおちゃんもいっしょにドッチボールやろ♪」
澪「わたしはいいよ…りっちゃんだけであそんできて?」
律「ん~…んじゃあ、つぎはいっしょにあそぼ?」
澪「うん、ごめんね…」
今にして思えばその時、ドッチボールに参加してた女子は私以外にはおらず、遊ぶメンバーは男子だけ…。
当時の澪がそれに遠慮するのも、今なら十分に納得できることだった。
男子「田井中はやくー!」
律「うん、いまいくー!」
どこか寂しそうな目で私を見る澪をクラスに残し、私と数人の男子は校庭に飛び出して行く。
すぐにゲームは盛り上がり、大汗を流しながら、私達はドッチボールに熱中していた。
男子A「…えい!!」
律「わっ!!」
バシィ!! と小気味の良い音を立て、男子の投げたボールが私の顔を直撃する。
律「あいたたたた……」
男子A「田井中だいじょう…うわ…お前鼻血!」
律「んえ…」
男子の指摘に鼻を触って見ると、確かに血が出ていた。
確かに鼻も顔も痛みはしたけど、それよりも私は目の前のドッチボールが楽しかった。
だから鼻血なんか気にせず、プレイに戻ろうとしたんだ。
律「ああ…だいじょーぶだいじょーぶ! それよりも顔はセーフでしょ? すぐにとまるから…つづきやろっ!」
男子A「でも…お前…」
男子B「いいから保健室行って来いよ…」
律「そんな…だいじょーぶだって! ほら、はやくもどろうよ!」
男子A「でもなぁ…」
男子C「てか…俺達だけ女子と一緒に遊ぶとかなんか…なー」
男子D「田井中も女子なんだよな…すっかり忘れてたけどさ…」
男子E「ん…おれは別にいいけど…?」
男子C「あれ、お前…もしかして田井中の事…ww」
男子E「べ…別にそんなんじゃねーよ! ってか、田井中なんかいなくたって別に楽しいし!」
律「……………っっ」
みんながみんな、私を仲間外れにしようとしてる気がした。
確かにそのくらいの歳ともなれば、そういうのを意識するのも当然なんだろうけど…まるっきりガキんちょだった私には、そんな事を理解する頭なんてまるで無かったわけで……。
律「わ…わたしをなかまはずれにすんなぁーー!!」
気付けば私は、鼻血の事なんかすっかり忘れ、私を仲間外れにしようと企んでる男子に掴みかかっていた。
しかし、垂れる鼻血もお構いなしに掴みかかる私か…どれだけおてんばだったんだ…。
男子B「わっ! 田井中がキレた!」
律「あやまれ! わたしにあやまれ!!」
男子A「いってーな…! だいたい女が男と一緒に遊ぶってのがそもそもおかしいんだよ!」
律「わたしはおんなじゃない!」
男子A「うそつけよ! そんな花のついた女っぽいモンつけててさ! 男だったらそんなもんつけないぞ!」
律「こんなの…ちがうもん!」
その男子の売り言葉に買い言葉で、私は身に付けていたヘアバンドを外し…勢いよく地面に叩きつけてしまった。
澪から貰ったとても大事なヘアバンドを…その男子の些細な一言に激情してしまい、かなぐり捨ててしまった。
―――もう少し私に広い視野と先を考える頭があれば、あんな事は絶対にしなかったと言い切れるだろう。
でなければ…澪が遠目に私のドッチボールを見ていた事にだって気付けていただろうから…。
律「はぁ…はぁ……こんなの、いらないもん…! わたしはおんなじゃないもん!」
「っちゃん……」
そこの男子にしてはえらく違和感のする声が聞こえたので、私は涙を堪えながら顔を上げる。
律「…………っっ…え?」
…そこには、ティッシュを持って駆け付けてくれた澪が…いた……。
律「み…みおちゃん……」
澪「りっちゃん……………それ…だいじに…してくれるって………っっ」
律「いや……これは…み…みおちゃん……」
澪「…………りっちゃんのうそつき!! もうしらないっ!!!」
いつか聞いた時よりも大きな澪の怒鳴り声は…辺りの生徒と、私を凍りつかせるのに十分な声量をしていた。
そして、ぽろぽろと涙を流しながら…澪は遠くへ走り出してしまった…。
私もすぐにその後を追おうとしたけど…タイミング悪く他の生徒が呼んだであろう先生に捕まった私達は、何があったのかを説明させられる事になった。
それだけならまだマシだったけど、担任と保険の先生の判断で私は大事を取って早退し、病院に送られる事になったんだった…。
………それから、2日の休みを挟んだ次の週の月曜日。
先週の一件もあった私は、男子とも澪とも上手く話せず、その日の休み時間はずっと一人でいた。
その放課後、公園で道草を食っていた私は偶然、一人で帰っている澪の姿を見かけたんだった。
…気まずいと思いながらも、私は勇気を出して澪に声をかけてみる事にして…。
律「みおちゃん…」
澪「……………」
澪は無言で私を見ていた。
その表情から、私には澪が本気で怒っている事が伝わり、思わず言葉が出て来なくなってしまう。
でも、それじゃダメだと思い、私は平常心を意識し、いつもノリで必死で澪に話しかける。
律「いやぁー、あのときはたいへんだったよー、でも、もうだいじょうぶだから、みおちゃんしんぱいしなくてもへいきだよっ」
澪「……………」
律「そうそう! わたし、おとといどれみ見てみたんだ、はづきちゃんってみおちゃんにそっくりだよね!」
澪「……………」
私が何を言おうとも、澪が言葉を返すことは無かった。
律「その…さ………みおちゃん…、ご…ごめ……」
澪「うそつき、りっちゃんのうそつき!」
観念し、謝ろうとしたその刹那に響く、澪の声。
怒りと悲しみが入れ混じり、微かに震える澪の声が…グイグイと私の胸を刺す感じがした…。
澪「だいじにしてくれるって…わたしのヘアバンド…いっしょうだいじにしてくれるっていったのに! ずっとつけててくれるっていってたのに!」
律「そ…それは……その…」
澪「どうして? どうしてきょうもつけてきてくれなかったの? わたしたち、もうおともだちじゃないの?」
律「これは…その……あのときすなでよごれちゃって…きょうは…たまたま……」
それは嘘ではなく本当の事だった。
砂で汚れたヘアバンドを、私は母親に頼んで洗ってもらうようにお願いしていたのだけど…両親の都合で休日にはその余裕が取れず、結局その日の私は、いつも使っていた普通のヘアバンドを付けて学校に行っていたんだ。
でも、そんな言い訳、あの時の澪には理解できる事なんて無いわけで…。
澪「うそだよっ! りっちゃんもわたしのことなんかきらいなんでしょ? だったらもういいもん!」
律「ね…ねえみおちゃん、わたしのはなしも…」
澪「いやだっ! うそつくようなこのはなしなんかききたくないもん! りっちゃんなんか…りっちゃんなんか…だいっきらいっっ!」
律「………………………っ…」
…理由があるのに、澪はそれを聞いてくれない。
私は謝ろうとしているのに、澪はそれすらも聞こうとしちゃくれない。
…次第に自分の中に理不尽な怒りが積もって行き…私も喧嘩腰になってしまい…
律「…そんな…みおちゃんだって………」
律「…っ! そもそもみおちゃんがいけないんじゃん!! あんなおんなのこみたいなものプレゼントするから! わたしだって……くんと…けんかなんか…っ」
律「わたしだって、みおちゃんのことなんかしらないもん!!!」
澪「りっちゃんの…」
律「みおちゃんの…」
「―――ばかーーっっっ!!!」
―――――――――
それからの事は、正直いまいち覚えていない。
でも、怒り任せに澪を突き飛ばし、そのまま私は走って家に帰り、部屋で一人、悔しくて泣いていた…そんな記憶だけはあった。
律「……はぁぁぁぁ………」
律(仕方ないとはいえ……あの時ゃ相当に子供だったなぁ…ま、今もだけどさ………)
今にして思えば、当時の自分を張っ倒してでも変えたい過去だ…。 なんでああなっちゃったんだろ…。
澪「………くー…くー…zzz」
後ろのベッドを振り返ると、幸せそうな顔で寝息を立てる澪の姿が映る。
律「ったく…はだけてるってえの…」
はだけたタオルケットをかけ直し、またも私はヘアバンドを見つめ、続きを思い返していた…。
それからしばらくの間、私も澪も…お互いに一言も口を交わす事は無かった。
休み時間、遠目に澪を見ると、あいつは前と同じように一人寂しく本を読み…、私も澪の事を忘れようと友達と遊んではいたけど…それでも…それで心が満たされるなんて事は無かった。
…いつも澪と登下校してた通学路。 2人でお喋りをしてたらあっと言う間だった道のりだが、一人で歩くその道はやたらと長く、友達と仲良くお喋りをしながら歩く同級生がどこか羨ましかった。
家から学校までの数分…当たり前の様に歩いていた道のりが、その時は嫌に長く感じられた…。
律「ただいまー」
律母「りっちゃんおかえり、おてて洗ってきなさーい」
律「はーい!」
聡「おねーちゃんおかえりー」
律「さとし、あとでおねーちゃんとあそぼっ♪」
聡「うん、いいよー」
まだ幼く、舌っ足らずな弟と一緒に私はゲームで遊ぶ。
そういやこの頃はすごく小さくて可愛げあったな、あいつ。
聡「ぴかちゅ、ぴかちゅ♪」
律「えーい、じゅうまんボルトだ~!」
聡「おねーちゃんすっごーい」
律「えっへんっ!」
律母「そういえばりっちゃん、澪ちゃんから貰ったヘアバンドどうしたの? お母さんせっかく洗ってあげたのに」
律「あれはもういいのー」
律母「あら、澪ちゃんと喧嘩したのかしら?」
律「みおちゃんなんかしらないもんっ」
律母「あらあら、早く仲直りしなさいよー?」
律「むぅー、わたし、おへやいってるもん」
律母「はいはい…もうじきご飯が出来るから、すぐに降りてくるのよ?」
律「はーいっ!」
せっかくポケモンに夢中だったのに、母の些細な一言で澪の事を思い出した私は部屋に戻る。
そして、散らかった勉強机の上に置いてあったヘアバンドを見て…。
律「……ふんだ、みおちゃんなんか…みおちゃんなんか……」
子供らしく、いつまでも意地を張っていたっけ…。
―――多分、その時はもう、喧嘩の理由なんかどうでも良かったんだ。 むしろ、早く澪と仲直りがしたかったんだ。
でも、たった一言、「ごめんね」って言う事がすごく恥ずかしくて、言い辛かった。
…私が謝っても、きっと澪は許してくれないし。 私が仲直りをしようとしても、きっと澪は仲直りなんかしてくれない。
そう一人で勝手に思い込み、私は自分から謝る事が出来なくなっていた…。
…怖かった、あれ以上澪に拒絶される事が…その時の私には溜まらなく怖かった……。
だから、無理して意地になって、嫌いになろうってして…、でも、どうしてもそれが出来なくて…。
律「…ぐすっ……みおちゃんなんか…みおちゃんなんか……っ…ふぇ…っ…えぐっ…」
澪がくれたヘアバンドを抱きしめて…私はただ、泣いていた…。
…それから、モヤモヤしたままの気持ちで私は日々を過ごしていた。
相変わらず澪とは会話を交わすことも無く…たったそれだけの事で、学校がすごくつまらなく思えて…。
友達と話すことも、休み時間も、ただ退屈なだけだった…。
そんな、ある日の放課後だった。
いつものように私は校庭の端にある遊具で日暮れまで友達と遊び、一人で下校道を歩いていた。
…その下校途中、いつも通る公園を過ぎようとした時、そいつを見かけたんだった…。
律「みお…ちゃん?」
ブランコの辺りで、澪が3人の男子生徒に絡まれているのを見かける。
…絡んでいるのは、隣のクラスで有名な、悪ガキ3人組だった。
澪「やめてっ! か、かえしてっ! そのごほん、かえしてっ!」
男子A「ほらほら、かえしてほしかったらここまでおーいでっ!」
男子B「秋山ー、そんなんじゃいつまでたっても取り返せないぞー?」
男子C「あははっ! ほら、こっちこっち!w」
澪「や…やめてーっ! おかあさんがかってくれたごほんに、らんぼうしないで!」
その男子らは、本をボールか何かのように放り投げてはキャッチし、澪に取られない様に遊んでいる。
そして澪は…泣きながら必死に本を奪い返そうと男子達を追いかけて…転んでいた…。
澪「えぐっ…ひっくっ……ううぅぅ…っ…うわぁぁん…!」
男子A「あーあ、なーかせたww」
男子B「それ、おまえだろーw」
男子C「ホラホラ、早く来ないとコレすてちゃうぞー!」
律「……………」
律「みおちゃんなんか……もう……」
しらない…、そう思って帰ろうとした…。
でも、泣いてる澪の顔が頭から離れなくて……それで………。
『―――…たすけ…て………』
たった一言…『助けて』と言うあいつの声が聞こえた…気がした…。
律「……………」
――――――――――――――――――
男子「ほら、こっちこっち……!」
律「―――でやああああああああ!!!!!!!」
勢いよく助走をつけ、私は無防備な男子の背中にライダーさながらのキックをぶちかます。
男子A「…どわぁっ!!!」
真後ろからの攻撃にたまらずぶっ倒れ、地面に顔を擦り剥く男子。
もう、四の五の言ってなんかいられない…。
これ以上澪の泣き顔なんか見たくなかったし… 私は何より、澪よりもずっと力の強い男子が、揃いも揃って澪をいじめて泣かしているのが…それが一番許せなかった…。
男子B「な…なんだ??」
律「おまえら、みおちゃんを………いじめるなあああああ!!!!」
大声と共に私は泣いてる澪の前に立ち、眼前の男子を威嚇する。
澪「りっ…ちゃん……?」
男子A「いてててて…な、なんだよ! おまえ!!」
律「みおちゃんをいじめんな! その本、返してやれ!!」
男子C「なんだよ秋山の友達か…なまいきだぞおまえー!」
怒った表情の男子が私に向かって来る。
律「えいっ!」
私はすぐさま足元を蹴り上げ、地面の砂を男子の顔目掛けてぶつけてやる。
男子C「うわっ! 砂かけなんてひきょうだぞ!」
律「うっせー! 3人でみおちゃんのこといじめてるおまえたちだってひきょうだろ!」
男子B「こいつ…! やっちまえー!」
律「このーーー!!」
―――あとはもう、無我夢中だった。 私は男子の髪を引っ掴み、転ばせ、引っ掻いて噛み付いて、とにかく暴れた。
そして…。
男子「ちっ、お…おぼえてろよ!」
私に勝てないと思ったか、男子達は本を残して逃げ帰って行く…。
決して無傷とは言えなかったけど、とにもかくにも、私は澪を守ることが出来たんだ…。
そして…砂にまみれた顔を拭き、私は澪に向き直る。
律「みおちゃん…はい、たいせつはごほん、とりかえしたよっ!」
澪「りっちゃん…………」
律「すこしよごれちゃったけど…こうすれば…はい、きれいになったっ♪」
砂で汚れた本を軽く払い、澪に手渡す。
澪「あ…ありが…とう……」
律「えへへっ、わたし、おとなになったらライダーになろっかな、なんちゃって♪」
いつも通りのトーンで私は澪に話しかける。
その感覚がどこか暖かくて…私は、自然体で澪に話しかけているって事がすごく嬉しくて…。 とにかく、喋り続けていた…。
律「へへへっ、わたし、かっこよかったかな」
澪「…どうして?」
律「ん? なにが?」
澪「どうして、たすけてくれたの?」
律「どうしてって…」
澪「わたし…りっちゃんにあんなにひどいこといったのに……もうしらないって…だいっきらいっていったのに…」
溢れそうな涙を堪えながら澪は私に聞いてくる。 それに私は少し俯き…一言、言葉を紡ぐ。
律「………んんん…みおちゃん、ないてたから…かな?」
澪「わたしが…ないてたから?」
律「うん…そう、みおちゃんがいじめられてたから…みおちゃんをまもらなきゃって、おもって…」
澪「……そう…だったんだ……っ…」
澪「ありがとう……りっちゃん…たすけてくれて、ありがとぅ…っ!」
涙を堪えきれず…ただただ、泣きながら感謝の言葉を上げる澪…。
それを見ながら私は、言わなければいけない事を言うべきか、迷っていた……。
律「……………………」
律(いわなきゃ…ごめんねって…あやまらなきゃ…)
考えてても仕方ない、私は一呼吸置き…ごくりと唾を飲み込んで、澪に向かって言った…。
律「みおちゃん…ごめんね……、わたし、みおちゃんにひどいこといっちゃった…」
律「ごめんなさい…っ!」
―――言えた。
長いこと言えなかった言葉…。 言いたくてもつい意地になって言えなかった、謝りの言葉。
それは簡単なようでとても難しい、謝罪の言葉…。 でも、とても大事な、誠意の言葉―――。
…でも、それを言ったからといって、澪が私を許してくれるとも限らない……。
また、あの時の様に怒って私を拒絶するんじゃないか…それを考えると…その時の私は、どうしようもないくらいに怖くなっていた…。
澪「りっちゃん……」
律「ごめんね…みおちゃん…」
澪「そんなこと…ないよ……わたしだって…わたしだって…っ」
澪「わたしだって…りっちゃんにひどいこといったもん! いけないのはわたしなの、りっちゃんはわるくないの!」
律「みお…ちゃん…」
澪「ごめんなさい…ごめんなさい……あのヘアバンド…かわいくて…おっきなひまわりさんが…りっちゃんみたいだとおもって…でも、りっちゃんがひまわりさん、きらいだって…しらなくって…」
律「そ…そんなことないよ! わたし、みおちゃんのプレゼント、すっごくうれしかったんだよ?」
澪「ごめんね…わたし、なにもしらなくて…ごめんねぇぇ…っっ」
律「わたしだって…わたしだって…ぅぅぅ…っ」
律「ごめんね…みおちゃん、ごめんねぇ……っ!」
澪「りっちゃん…りっちゃん…っっ…ぐずっ…えぐっ…!」
…気付けば私も澪に釣られて、泣いていた…。
お互いに抱き合いぐちゃぐちゃな顔で泣き、そして最後には…笑っていたっけな…。
律「みおちゃん…なかなおりしよ♪」
澪「うん! りっちゃん…これからもずっと、わたしのおともだちでいてっ!」
律「うん! もうぜったいにきらいなんていわないよっ! やくそくする!」
律「…みおちゃん!」
澪「りっちゃん…!」
律澪「―――だーいすきっ!」
その翌日から、私と澪は、前以上に仲良くなっていた。
私は毎日澪のくれたヘアバンドを付けて登校し、それをいくら男子にからかわれようが、もう絶対に外す事は無いと…誓ったんだ。
…でも、それも小学校まで。 中学になってからは小学校よりも校則が厳しくなり、派手な飾りのついた髪止めは認められないとかなんかの理由で、このヘアバンドはいつしか、おもちゃ箱の奥に仕舞われたんだ…。
…それから、今に至るのか…。
律「…………懐かしいな…」
澪「くー…くー……zzz」
律「………澪、ありがとな…」
寝息を立てる澪に向かい、そっと言ってみる。
何も改めて言う事もないだろうし、澪が聞いたらなんの事かと思うだろうけど、一応ね。
澪「…………ち…ゃん…」
律「…ん? 澪、何か言ったかー?」
澪「ゃん……りっ…ちゃん………いつも…ありがと…えへへ………」
律「澪………」
…きっと昔の夢でも見てるのだろう、まるで子供のように幸せそうな寝顔で、もう今じゃ絶対に言わなくなってしまった、私のあだ名を寝言で言っている。
澪も私の様に、夢の中で昔を思い出しているのだろうか。 だとしたら、なんだかくすぐったい事だと思った…。
でも…澪の口から漏れたその言葉がすごく懐かしくて…暖かくて…。
律「……わたしもだよ…、みおちゃん…」
私もまた、昔の呼び名で、澪の寝言に応えるんだった…。
律「そこだアリゲイツいけー!……よっし、レギュラーバッジゲットだぜっ!」
澪を起こす時間まで暇だったので、私は先程のおもちゃ箱の中に眠ってたゲームボーイをやっていた。
しかし久々にやると楽しいな…これ……。 このままじゃ、受験勉強そっちのけでポケモンマスターになりかねないな。
いっそ、ポケモンマスター目指そっかなぁ…
律「…っと、そろそろか」
現実逃避もそこまでにして、澪を起こす時間が来た。
私は澪の身体をゆすり、そっと起こしてみる。
律「お客さーん、閉店ですよー?」
澪「んんん……あふ…」
一言二言声をかけて身体をゆすったら澪は簡単に起きた。
さすがと言うか…目覚めが早いやつ…。
澪「今、何時…?」
律「10時、良かったら家まで送るよ?」
澪「ありがと……でも、それじゃ律の帰りは…」
律「私はいいって、自転車でちゃちゃっと帰るからさ」
澪「…そっか……っ…ん~~~っ…と…!」
そして澪は思いっきり伸びをして、意識を覚醒させる。
澪「…ふぅ…よしっ、帰って勉強しよ」
律「頑張るねぇ…」
澪「律だってやるんだからな?」
律「はいはい、わかってますよぉ~」
そして澪は帰り支度を整え、私は自転車を鍵を手に外に出たんだ。
…その夜道の事。
澪「そう言えば…思い出したよ」
律「何を?」
澪「あのヒマワリのヘアバンド、あれ、私が律の誕生日にあげたやつだったんだよな」
律「そうそう、やっと思い出したか」
澪「うん、確かあの頃…少ないお小遣いを集めて、律に似合いそうなやつを選んで買ったんだ、懐かしいなぁ」
律「…ああ、確かあれで喧嘩もしたんだっけ…なんだか、懐かしいよな」
澪「あー、そんな事もあった……ってか、今にしてみればあれは律が悪い、男子の挑発に乗って、せっかく私が上げたヘアバンド捨てるんだもん」
律「む~。 今更いじめる事ないだろー?」
澪「ふふっ…それもそっか、ごめんごめん」
律「……でもさ、あれから私達、いっつも一緒だったよな」
澪「ああ、確かに…な」
律「中学入って同じクラスになって…高校でもそう」
澪「なんか、大学生になって…大人になっても私達、ずっと一緒な気がする」
律「はははっ、違いない」
…そう、これからもずっと、私と澪は一緒なのだ。
私のバカに澪がゲンコツで突っ込み、私が恥ずかしがり屋の澪を引っ張って…そうやって、持ちつ持たれつでやって行くんだ。
…それは、どっちかが結婚して、母親とかになっても変わらない。
これから先何十年、私と澪はきっと…変わらないんだ…。
澪「じゃあここで、またな」
律「ああ、またなぁ~」
澪の家に着き、軽く別れの挨拶を済ませ、私は自転車を漕ぐ。
吹きつける夜風は適度に身体を冷やし、それがとても心地良い。
…ペダルも何故か今日は軽く… 私は一人、上機嫌に家路を疾走するのであった…。
―――――――――――――
律『澪、中学生になってからもよろしくー!』
澪『うん、こっちこそよろしくな』
律『さっそくだけど、部活どうする? 澪はもう入る部活とか決めた?』
澪『いや…それがまだでさ』
律『じゃー、一緒に部活見学行こうっ!』
澪『うん、どこ行こうか?』
律『…まずは、オカルト研究部って所があるからそこに…あ、でも、カエルの解剖ショーとかやってる生物部もいいかなぁ…』
澪『ごめん…私、やっぱり一人で行く…』
律『じょ、じょーだんですよぉ澪ちゃぁーん!』
―――
――
―
澪『…………っっっ』
律『ほら、先輩来たよ? 手紙とチョコ、渡すんじゃなかったのかぁ?』
澪『律…お願いっ! 私の代わりにコレ渡して来て!!』
律『いや、それ意味ねーから!!』
澪『………ぅううぅぅぅ…』
律『しゃーねーな…私が先輩呼んでくるから、澪、あとは自分で何とかしろよ??』
澪『ちょっ! 律…!!』
………………。
先輩『えっと…たしか君、2年生の…』
澪『せ…先輩っっ!! わ…私の詩、聞いてください!!』
律『…澪……?』
澪『すぅぅぅ………『わ…私の白馬の王子様へ…』!!!』
先輩『…え?』
律『澪ーー!!! そんなでっけえ声でそんな手紙読み上げるんじゃねえええ!!! 人が見てるだろーーー!!!!』
―――
――
澪『ほら律、またここの公式間違ってる! ここ2年生でやったろ?』
律『そんなの覚えてないよーー…』
澪『絶対に桜高受かってバンドするって言ったの律だろ? もう少しだけやってみようよ?』
律『…そうだった……! 澪!もっかい教えてっ!』
…………………
律『合格発表かぁ…あ、あの子、泣いてる…』
澪『………私達は…大丈夫…だよな?』
律『だーいじょーぶだって! あんだけ勉強頑張ったんだし、絶対受かってるよ!』
澪『…ああ、そう……だよな……』
律『じゃあ……行くぞ……!!』
澪律『…………………』
澪『……う…そ……っ』
律『わ…私…たち……』
『―――受かってるーーーー!!!!!』
―――――――――――――――
その日見た夢はとても暖かく、また懐かしく、私の心を優しく包んでくれていた。
…出来る事なら、この夢がいつまでも見られたら良かったかな…。
それから数日、久々にみんなで学校に集まった土曜日。
律「おいーっす、みんな久しぶり~」
唯「りっちゃんやっほー、あれ? 今日はなんか雰囲気違くない?」
梓「そういえば…何だか今日は女の子らしいって言うか…あっ…」
己の失言に口を塞ぐ梓だけど、もう遅かった。
律「む…梓はあとで居残りな」
梓「す…スミマセン…」
紬「ほら、きっとあれよ、りっちゃんのヘアバンド…」
律「うん、へへへっ…どうかな? 子供の頃によく付けてたやつなんだけど、今でも似合ってるかな?」
紬「ええ、可愛らしくてとっても似合ってるわー」
唯「おっきなひまわり…なんだか、元気ですごくりっちゃんらしいねぇ~♪」
律「だろだろ? やーっぱ今も現役で行けるんだよな、これさ」
…そう、今日は小学生の頃に澪がくれた、あの思い出のヘアバンドを付けて学校に来たんだ。
確かに最初は少し照れがあったけど…一回つけちゃえばもう気になんかならなかったな。
澪「みんな久しぶり……って、りーつ…そのヘアバンド……」
律「いやぁ~、たまには付けなきゃと思ってさ~」
後から遅れてきた澪が開口一番、私の頭を見て呆れていた。
澪「一緒にいると私まで恥ずかしいからそれはやめてくれ」
そう言いながら、澪はひょいと私のヘアバンドを取ってしまった。
律「あー澪、何で取るんだよー?」
澪「ほら、代わりにコレ」
と、澪は鞄の中から包装紙に包まれた箱を手渡す。
やや小さめの箱だけど、その包装紙には、どこかで見覚えのあるブランドのロゴマークがプリントされていた。
律「…これは?」
澪「多分似合うと思うけど…プレゼントだよ、誕生日の」
律「…あ、ありがとう…」
唯「あー、そういえば、今日はりっちゃんのお誕生日だったねぇ~」
紬「実は私も用意して来たのよ、あとで渡すわね」
梓「澪先輩、何を買ったんですか?」
澪「それは、開けてみれば分かるよ」
律「何だろーなー…」
包装紙を丁寧に開け、私はその中身を取り出す…。
…なんか、10年ぐらい前にもあったな、この光景……。
律「…わぁ~…!」
そうして箱から出て来たのは、有名ブランド会社のカチューシャだった。
きめ細かいデザインが全体に施されてて…えっと、これは宝石かガラスか何かか…? 所々にうっすらキラキラしたのが付いてて…。
ぱっと見だけでも、決してそれが安物では無い事を十分に伺わせる造りをしていた。
律「ね…ねえ、付けても良い?」
澪「ああ、多分似合ってると思うけどな…」
澪の気持ちに感激し、私は早速それを頭に付けてみる。
澪「ん~、ちょっと律には大人すぎたかな…?」
唯「でもでも、さっきのヘアバンドと違って、今度は綺麗に見えるよぉー♪」
紬「大人っぽいわぁ…澪ちゃん、りっちゃんに似合うのをよく知ってるのね~」
澪「そりゃ…10年近くも一緒にいれば…な」
律「澪、ありがとっ!」
澪「そんなに感激されるとなんだか照れる…、でも、律が喜んでくれて良かったよ」
律「これ、一生の宝物にするよ…!」
澪「ああ、大事にしてやってくれ」
紬「なんか…いいわねぇ…」
唯「レズレズだねぇ~♪ えへへへっ」
梓「…唯先輩、意味分かって言ってます?」
ってやり取りがあり…
律「さてと…じゃあ行きますか…!」
私はみんなに振り返り、号令を飛ばす。
澪「ああ、今日は久々にみんなで…」
梓「演奏ですよねっ! 私、ずっと楽しみだったんです!」
律「の前に、ムギー、お茶~」
唯「私も~♪」
紬「は~い、ちょっとまっててね~♪」
澪梓「ずるぅ!」
澪「って! 練習するんじゃないのか!!」
梓「そうですよ! 律先輩あんなに気合いたっぷりだったのに!」
律「いやだってさ? ムギのお茶も久々だし…」
澪「ったく……おまえは18歳になっても変わらないのな…」
律「でもでも、それがあたしのいいところ…じゃない?」
澪「…まぁ…間違いないけどさ………」
律「あははっ♪」
紬「みんなー、お茶とケーキが用意できたわよー?」
そうこうして数分もしない頃、ムギのお茶が出来上がった。
それと共に美味しそうなケーキの香りが部室に漂い、久々に『部活』をやってるって実感が沸いて来る(なんて、澪や梓に言ったら怒られそうだけどな)
唯「それじゃーりっちゃん!」
紬「りっちゃん、お誕生日…」
唯「おっめでとーー!」
紬「おめでと~♪」
梓「おめでとうございますっ!」
澪「おめでとう」
律「みんな……へへへっ…! あっりがとーーーーーー!!!!!!」
…一段と暑い夏の日差しが部室を照らし、いつものお茶会を兼ねた、私の誕生日会が始まる。
窓の外を見ると、花壇には大きなヒマワリの花が、夏の太陽に照らされて元気に咲いていた。
なんというか、まるでヒマワリの花も、一際輝く夏の日差しも…綿飴みたいな入道雲も、私の誕生日を祝福してくれるように思えた。
私達の夏は終わらない。
それと同じように、ここにいる私達の友情も……いつまでもいつまでも、終わる事はなさそうだった…。
律「思い出のヘアバンド」 おしまい。