1 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 21:40:05.924 dv30/vdD0NIKU 1/23

剣闘士(今日はいよいよデビュー戦……)

剣闘士(大勢の観客の前で、剣を握って戦う……)

剣闘士(訓練はしっかりしてきたはずなのに……試合が近づいてきたら……)

剣闘士「オエッ!」

剣闘士(緊張して吐き気が止まらない……!)

剣闘士(逃げたい……今すぐ逃げ出したい!)

剣闘士(だけど、逃げたりしたら――)

元スレ
新人剣闘士「もうすぐデビュー戦だ……緊張して吐き気が止まらない……オエッ」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1596026405/

4 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 21:44:03.452 dv30/vdD0NIKU 2/23



オーナー「お前は今日がデビュー戦だったな」

剣闘士「は、はいっ!」

オーナー「剣闘士のデビュー戦ってのは花形イベントの一つだ。勝っても負けても盛り上がる」

オーナー「だが、まれに試合前の緊張感に耐えきれなくなって、逃亡する奴も出てくる。そうなると客も興ざめだ」

オーナー「いいか……もし、直前で逃げたりして試合を台無しにしてみろ……」

オーナー「絶対に許さねえからな! 逃げたら一生後悔すんぞ!」

剣闘士「もちろんです……!」



剣闘士(闘技場オーナーは元は強豪剣闘士で、体を壊して引退したものの、今も十分実力を備えている)

剣闘士(もし逃げたりしたら、あの人自ら制裁にくるのは間違いないだろう……)

剣闘士(逃げられない……!)

6 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 21:47:29.042 dv30/vdD0NIKU 3/23

剣闘士(だけど……)

剣闘士(こうして待っているだけで、緊張感がどんどん高まっていく!)

剣闘士(冷や汗が引かない! 吐き気が止まらない! 鼓動が早くなる!)

剣闘士(ああ、俺はなんで剣闘士なんかになっちまったんだ。なまじ剣術に自信があったばかりに)

剣闘士(誰か……誰か助けて!)

剣闘士(お母さん、助けてぇぇぇ……!)

「おや、君は今日がデビュー戦かい?」

剣闘士「!」ビクッ

7 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 21:50:27.902 dv30/vdD0NIKU 4/23

剣闘士「あ、あなたは……チャンピオン!」

王者「おや、私を知ってるのか。光栄だな」

剣闘士「光栄もなにも……剣闘士として生きる者にとって、あなたの名は絶対ですよ!」

王者「どうもありがとう」

剣闘士(え、え、え? チャンピオンがどうして俺なんかのところに!? てか、なんでデビュー戦って――)

剣闘士「どうして俺が今日デビュー戦だって分かったんです?」

王者「分かるさ、その緊張具合を見ればね」

剣闘士「……あ」

8 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 21:54:11.420 dv30/vdD0NIKU 5/23

剣闘士「お恥ずかしい……」

王者「恥ずかしがることはない」

王者「剣闘士試合は使用武器が見直され、ずいぶん安全になったとはいえ、今なお死人が出る時は出る」

王者「命がけの戦いであることは間違いない。緊張するのは当然だよ。デビュー戦ならなおさらだ」

剣闘士「そうでしょうか……」

王者「ん?」

剣闘士「あなたなら、きっとデビュー戦も堂々としたものだったんじゃないんですか」

王者「そんなことはないさ。自分のデビュー戦など、今思い出すだけでも恥ずかしくなる」

王者「……」

王者「そうだ。せっかくだから、ある剣闘士のデビュー戦について話をしようか」

9 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 21:57:39.303 dv30/vdD0NIKU 6/23

王者「そのある剣闘士は、デビュー戦を目前にしてすっかり怯えてしまっていた」

王者「地元じゃ負け無しの腕自慢、訓練所でも先輩たちを圧倒、当然デビュー戦なんか楽勝すると意気込んでたろうに」

王者「いざ当日になったら闘技場独特の空気に気圧され……」

剣闘士「気圧され……?」

王者「試合寸前で逃げてしまったんだ」

剣闘士「え……!」

12 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:00:17.853 dv30/vdD0NIKU 7/23

王者「当然、闘技場のスタッフは慌てる」

王者「だが、一番怒っていたのは、そいつの対戦相手だった」



『俺のデビュー戦を汚すつもりか……絶対許さねえ!』



王者「という具合にね。せっかくのデビュー戦が不戦勝では、あまりにも味気ないからね」

剣闘士「あー、対戦相手も新人だったわけですか……」

14 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:03:11.915 dv30/vdD0NIKU 8/23

王者「剣闘士はすでに街に逃げ込んでいたが、対戦相手も必死になって追いかけた」

王者「やがて、対戦相手は逃げた剣闘士を見つけることができた」



『てめえ、そこにいやがったか!』

『ひ、ひいいっ! なんで分かったの!?』



王者「しばらく追いかけっこが続くが――」

15 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:06:27.755 dv30/vdD0NIKU 9/23

王者「決死の追跡で、剣闘士はなすすべなく捕まってしまった」

王者「腕を捻じり上げられ、こうやって恫喝される」



『来い! 試合場でブチ殺してやるから覚悟しな!』

『見逃してぇぇぇ……。負けでいいからぁ……』



王者「見逃してもらえるはずもなく、剣闘士はめそめそと闘技場に連れ戻された」

剣闘士「うーむ、俺がいうのもなんですが、悲惨ですね……」

18 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:09:06.870 dv30/vdD0NIKU 10/23

王者「いよいよ試合だ……」

王者「逃げた剣闘士はガタガタと震え、相手を見据える」

王者「試合を待たされて、殺気立つ観客たち」

王者「まして、相手はデビュー戦を台無しにされかけて怒り狂ってる」

王者「“自分はこの試合で死ぬ”……きっとそれぐらいのことを考えていたに違いない」

剣闘士「……」ゴクッ

19 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:13:12.125 dv30/vdD0NIKU 11/23

王者「試合が始まった」



『さあ、来い! この腰抜け野郎、大勢の前で叩きのめしてやるぜ!』

『う……うわああああああっ……!』



王者「逃げた剣闘士は、がむしゃらに攻め込んだ」

王者「悲鳴にも似た雄叫びをあげながら、対戦相手に剣を振るう」

王者「そして――」

剣闘士「どうなったんですか、その逃げた剣闘士は!」

王者「……」

20 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:16:12.363 dv30/vdD0NIKU 12/23

王者「勝ったのさ」

剣闘士「え」

王者「不格好な勝利だったが、その剣闘士はデビュー戦を制することができた」

剣闘士「す、すごい……!」

剣闘士「それで、その彼はその後、どうなったんです?」

王者「どうなったかは、君の想像にお任せするとしよう」

21 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:19:30.223 dv30/vdD0NIKU 13/23

王者「しかし、君を見てたら……あの試合を思い出してしまってね。つい話しかけてしまったよ」

剣闘士「……あ」

剣闘士「その時、逃げた剣闘士ってもしかして……!」

王者「……」ニコッ

王者「誰しも消したくなる情けない過去はあるものだ」

王者「だが、君には一生に一度しかないデビュー戦、悔いのないよう戦ってもらいたいな」

剣闘士「……はいっ!」

24 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:23:02.629 dv30/vdD0NIKU 14/23

……

剣闘士(チャンピオン、ありがとう)

剣闘士(チャンピオンだって、試合から逃げてしまったことがあるんですね)

剣闘士(おかげで肩から力が抜けました)

剣闘士(俺は今日のデビュー戦、勝つにせよ負けるにせよ、全力で挑んできます!)

係官「次がお前の試合だ。入場しろ」

係官「観客へのパフォーマンスも怠るなよ。剣闘士の仕事は戦うだけじゃない」

剣闘士「はいっ!」

25 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:26:15.991 dv30/vdD0NIKU 15/23

ワアァァァァァ……!

実況『続いて登場するのは、今宵がデビュー戦の新人剣闘士ィ!』

実況『果たして初戦を勝利で飾れるか!? それとも洗礼を浴びてしまうのかァ!?』

剣闘士「……」スチャッ

実況『おおっ、剣を高らかに掲げ、観客にアピールしております! これは余裕か、はたまた虚勢かァ!?』

ウオォォォォォォ……!

27 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:30:26.276 dv30/vdD0NIKU 16/23

実況『対戦相手はこれまでの戦績2勝1敗! ここで新人相手に勝ち星を稼げるかァ!』

相手「ふん、デビュー戦にしちゃ妙に落ち着いてるじゃねえか」

剣闘士「落ち着いてる? とんでもない……今にも吐きそうだよ」

相手「へっ、誰だってそうさ。手加減はしねえぜ!」

剣闘士「望むところ!」

実況『いよいよ試合開始です!』

審判「始めっ!!!」

剣闘士(訓練でやってきたことを……全て出し切る!)

剣闘士「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」ダッ



…………

……

28 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:34:13.591 dv30/vdD0NIKU 17/23

……

……



剣闘士「いてて……」

係官「おめでとう」

剣闘士「あ、ありがとうございます……。こっちも肩にいい一撃もらっちゃいましたけど……」

係官「さすがに相手にも意地がある。無傷で勝たせてはもらえんだろうさ」

係官「デビュー戦の勝率ってのは意外と低くない。とはいえ、いい戦いぶりだった」

係官「オーナーもお前と少し話をしたいそうだ。あとで会いにいってこい」

剣闘士「オーナーが……? 分かりました!」

30 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:37:25.560 dv30/vdD0NIKU 18/23

剣闘士「失礼します」

オーナー「おう、来たか」

剣闘士「あの……俺になんの用で?」

オーナー「そう怯えんな。ねぎらいの言葉でもかけてやろうと思っただけだよ」

オーナー「さっきの試合……見てたよ」

剣闘士「!」

オーナー「やるじゃねえか」

オーナー「正直いって、お前は逃げ出すか、あるいはろくに戦わず降参するタイプだと思ってた」

オーナー「だが、あの戦いぶり……俺の予想をいい意味で覆してくれたぜ」

31 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:40:34.352 dv30/vdD0NIKU 19/23

剣闘士「そのことなんですが実は……俺、試合前にチャンピオンに会ったんです」

オーナー「ほう、あいつと?」

剣闘士(そういえばオーナーはチャンピオンと同世代で、剣闘士時代からの知り合いだったっけ……)

オーナー「なに話したんだ?」

剣闘士「緊張して吐きそうになってる俺に話しかけてくれて、それで緊張がほぐれて……」

オーナー「なるほど、そんなタネがあったってわけか。ククッ、あいつも物好きなことしやがる」

32 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:43:17.871 dv30/vdD0NIKU 20/23

剣闘士「その時、聞きました。チャンピオンのデビュー戦は散々だったって……」

オーナー「あの試合の話をしたのか! あいつめ……!」

剣闘士「え?」

オーナー「あいつのデビュー戦の対戦相手は俺だったんだよ。ったく思い出したくもねえ過去だ」

剣闘士「そうだったんですか!」

剣闘士「だけど、さすがチャンピオンですね。一度は逃げたけど、試合には勝っちゃうなんて……」

オーナー「は? なにいってんだお前?」

33 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:46:21.418 dv30/vdD0NIKU 21/23

オーナー「あの試合……勝ったのは俺だぞ」

剣闘士「え?」

剣闘士(チャンピオンの話じゃ、勝ったのは逃げた方のはず……)

剣闘士「じゃあ逃げたのって……」

オーナー「俺だ。試合直前で吐きそうになって、つい逃げちまった」

オーナー「俺は今でもあのことを悔いてるから、お前らにも口を酸っぱくしてこういうんだ」

オーナー「逃げたら絶対後悔するってな」

35 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:49:54.523 dv30/vdD0NIKU 22/23

剣闘士「ちょっと待って下さい! じゃあオーナーをムリヤリ連れ戻したのは……」

オーナー「あいつだ。あの野郎、逃げた俺をぶちのめしてデビュー戦を華々しく飾るつもりだったんだろうが」

オーナー「追い詰められたネズミは猫にだって噛みつくっていうだろ?」

オーナー「あの試合……ヤケクソになった俺は、あいつをボコボコに叩きのめした」

オーナー「あいつ、俺の反撃に面食らって、泣き出すわ、土下座するわ、散々だったぜ」

剣闘士「えええ……」

オーナー「しっかし、その辺をぼかして話すあたり、あいつは相変わらずきたねえ野郎だ! 今度会ったらネタにしてやる!」

剣闘士「……」

剣闘士(誰しも消したくなる情けない過去はある、か……)

36 : 以下、5... - 2020/07/29(水) 22:52:24.565 dv30/vdD0NIKU 23/23

王者「……」

王者(さっきの彼、デビュー戦を白星で飾れたみたいだな。いいなぁ……)

王者(それに比べ俺のデビュー戦は今思い出しても……ううう……最悪すぎる……)

王者「あーっ! もうっ! この記憶消したいっ!!!」







― 終 ―

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