関連
女「機械の体ですけど触ります?」
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」-002-
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」-003-
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」-003-【後編】
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」-004-
元スレ
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」-004-
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1316876650/
狐子「……んー、最高!」
男「あのなぁ、狐子……いくらなんでも栄養が偏ってるぞ」
狐子「む、私はロボットだぞ、そういうところはちゃんとバランスを取ってくれるはずだ」
男「……はぁ」
狐子「なぜため息をつく!」
男「お前以外のメンバーがまさかメンテナンスとはな……」
狐子「ふん、あいつらは私とあいつらでは構造が違うからな」
男「ああ、なるほどな」
狐子「! む、胸を見るなバカ!」
男「見てねえよ!」
狐子「ふん……油断も隙もない……」ズルズル
男(毎日三食うどんってやばいよなぁ……素うどん大好きだから本当にうどんの麺おとスープしか摂取して無いことになる)
狐子「……なんか、痛い」
男「え?」
狐子「口の裏が痛い! ビリビリする!」
男「見せてみろ……うわあ、酷い口内炎だ」
狐子「こ、口内炎!」
男「不摂生がたたったなぁ」
狐子「痛い! 膨らんできたぁ!」
狐子「……うう、痛い!」
男「こらこら、舌で舐めるな」
狐子「気になるんだ!」
男「わかってるけども、舐めたら余計痛いぞ」
狐子「……うううううう!」
男「我慢しろって。ほら、塗る薬あるから」
狐子「見えないから男がつけろ」
男「鏡見て自分でやれよ」
狐子「お前はいつからそんな意地悪になった!?」
男「優しかったつもりもねーし」
狐子「痛!」
男「あー、見てらんねぇよ、口開けろ!」
狐子「痛く……するなよ?」ウルウル
男「わかったから、その似合わない小動物的な顔やめろ」
狐子「冷たいやつだ」
男「喋ってると口内炎噛むぞ」
狐子「……!」
男「……」ヌリヌリ
狐子(あれ? 痛くない……)
男「どうせ舐めるだろうけど、ちょっとは痛みが治まると思うぞ」
狐子「ふん、礼は言わないからな」
男「わかってるよ」
狐子「あいつらはいつ帰ってくるんだ?」
男「長期的なメンテナンスらしいからな。一週間。まあ、今日で六日目だから、明日には帰ってくるはずだよ」
狐子「そうか、つまり私は」
男「六日間うどんを食ってるってことだ」
狐子「そのおかげでうどんを作れるようになった!」
男「良いことみたいに言うな……」
ガチャ
男「ん?」
狐子「帰って来たか?」
男「いや、帰ってくるのは明日のはず……」
「なんやなんや、えらく広いとこ住んでんねんなぁ」
男「!」
狐子「どうした?」
男「ちょっと、待ってろ」
狐子「? あ、ああ」
タッタッタッ
男「西さん!?」
西「やっほー、来てもうたわ」
男「な、なんで……?」
西「アホやなぁ。あんたの顔見たらすぐわかるねん。どこに住んどるとかな」
西「それと、私のことは気軽に『さいちゃん』と呼んで言うたやろ」
男「いや……違くて……」(な、なんで)
西「『なんで家知ってる』……かて?」
男「!」
西「身構えんなや。どこのバトル漫画やねん。そんなことあるわけないやろ」
西「ただ身構えんのは正解やと思うで。危機的状況においてそういう動きとれるんはええことや」
男「あなたは……一体?」
西「人間やけど」
男「……」
西「信じてくれへんの? 私はふつーの人間やで」
男「……ほ、ほんとに?」
西「せや、人間や。当たり前やろ?」
男「当たり前やけど」
西「それに私みたいなのが――」
西「――アンドロイドなわけないやん」
男「! あんたは……!!」
?「そこまでですよ、さいちゃん」
男「!」
西「ええやん、ちょっとくらいビビらせても」
男「……だ、誰ですか?」
?「申し訳ありませんね、男さん。お世話になってます」ペコリ
男「あ、いえいえ……って、あんたのことなんか知らないぞ?」
西 プルプル
男「……?」
西「あはははは! ノリツッコミて! 男くん最高やね! 面白いわぁ」
西「で、なんなん?」
男「え?」
西「あんたは、の続きやん」
?「さいちゃん」
西「ええやん、どうせ聞かな話続かんし」
男「あんたは……何者だ?」
西「だから、人間やろ?」
男「違う、そんな根本的な話じゃなくて」
西「なんや、美少女の裏の裏まで知りたいんか? 残念ながらそれは表や」
男(自分ツッコミ?)
西「痛い女思われたかもしれへんな、自分ツッコミ」
男「いや、そんなこと」
西「ええねん、こっちはあんたの裏見えてるんやから」
男「……」
西「気味悪いやろ? 卵の真ん中でウヨウヨとまとまってるん」
?「それは黄身でしょ」
西「ここはスルーするとこや! あんたは黙っとき」
男「……それで、何しに来たんですか?」
西「別に、なんも」
男「は?」
西「挨拶や挨拶。まあ、今はな」
男「今は? それはどういう――」
狐子「!!!!」ピョコンッ
男「! き、狐子!」(待ってろって言ったのに……)
西「おお、可愛い獣っ子やなぁ」
狐子「……な、なんで?」
西「なんでってなにが?」
男(狐子がおびえてる……なにが?)
狐子 ビクビク
男「お、おい、狐子?」
西「よーわからんなぁ、私には」
男「あ、あんたなにしたんだ?」
西「さいちゃんって呼んでや、流石に傷つくで」
?「あら、久しぶりね」
狐子「お、お姉さま……」
男「……ど、どういうことだよ!?」
西「あかんわ、ついてけへんなぁ」
?「DDL-002……今は、狐子と呼んだ方が良いのですかね?」
狐子「……」ブルブル
男(あの狐子が、震えてる……)
西「なんやなんや、偉いビビっとるやん」
?「ショックですね、私が何をしたと言うんでしょうか?」
男「あんたは、本当に……狐子の姉さんなのか?」
西「男くん、ちょいストップ」ギュッ
男「!?」
西「悪いんやけどな、ちょっと質問しすぎや。同じ人間なんやから対等に話し合おうや?」
男「わかりましたから、離れてください!」
西「酷いなぁ、こんな可愛い子に抱きつかれて喜びもせえへんなんて」
?「さいちゃん、調子乗りすぎです」
西「そうでもないと思うけどなぁ」
西「男くん、こっちの質問も聞いてくれなあかんで。そうしたらこっちも答えたる」
男「……狐子、お前は戻っとけ」
狐子「……」
男「辛いだろ、無理すんな」
狐子「……悪い、男」
西「なんや、戻るんかいな?」
?「まあ、人見知りをする子ですからね」
男「……それで、西さん、俺になにを聞きたいんですか? 挨拶だけじゃなかったんですか?」
西「さいちゃんや。挨拶はさっき終わったやん。リアルタイムに生きようや、男くん」
男「……」
西「じゃあ、率直に聞くけどな」
男「はい」
西「DDL-003はどこにおるん?」
男「!」
男(さっきからやっぱり、この人……アンドロイドのことを)
西「知らん知らん。まったく知らんで。私はいち一般人や。それ以外の何者でもない」
西「男くんかてそうやろ?」
男「……DDL-003?」
西「なんでしらばっくれんねん」
男「!」ビクッ
西「はぁ……困るねんな。私も人の心読めてまうから悲しいねんけども」
西「あんた、怯えすぎや。いきなりのことにまったく耐性がない」
西「冷静に判断できずに気持ちだけ先行して、アホ見てるやろ」
男「い、いきなりなんですか」
西「女言うんやろ? その子どこにおんねん」
男「……もう、わかってるんじゃないんですか」
西「誘導尋問や。心読めてもちゃんと言葉にしてくれへんと私が怒られんねん」
男「誰に?」
西「こっちが質問してんねんで。質問返すなや」
男「……」
西「……言わんねんなら、奥の獣っ子に聞くで」
男「!」
西「嫌やろ、さっきのビビり方普通やなかったもんな」
男「……」
西「大丈夫や。別に私かて悪いことするつもりやないねん。ちゃんと答えてくれたら私も質問答えたるから」
男「……」(どうするんだ? 俺)
西「……」ニヤァ
男(何考えてるかわからない相手に、簡単に答えを言ってもいいのか?)
西「……」
男(それに俺が考えてることなんか全部バレてるんだ。今だってずっとバレてる)
西「……」ポリポリ
男(めっちゃ可愛いなあ、西さん)
西「ちょ、いきなりなんやねん!」カァァ
男「え、なにが?」
西「こ、狡いわぁ……」
?「いい加減にしてください、男さん」
男「!」
?「あなた、できるだけ時間を延ばそうとしていませんか?」
男「そんなこと――」
西「なーんも考えてへん。気持ちばっかり高ぶって思考とか全然でけへんみたいやな」
男「……」
西「ほら、言いや。別に嘘ついてもええねんで?」
男(俺は……)
男「……」グッ
男「女は今、メンテナンス中で家にはいない。明日にはここに戻ってくる……はず」
西「……あら」
男「……?」
西「いや、ビックリやわ。素直に正直に答えてくれる人」
男「……?」
西「いやあ、凄いなぁ、男くん。君」
?「そうですね」
男「でも、俺は女のことを知らない人にペラペラ喋ったんですよ? それのどこが」
西「誠実に生きてなそんなことできへんよ」
男「え?」
西「私は逆に無理やな。人に簡単にモノ教えたないもん」
男「……え」
西「やばっ」
男(それってつまり、俺の質問にもちゃんと答えないんじゃ……)
西「いや、いやいや! 答える答える! 私がわかる範囲ならなんでも教えるで!」
男「そ、そうですか……」
西「そうか、メンテ中か……ふむ」
?「やはり、そうでしたか」
男「え?」
?「室内から反応を察知できませんでしたので」
西「いいひんのは最初からわかっててん」
男「そうなんですか」
西「よし、じゃあ質問してええよ。したくてウズウズしてるんやろ?」
男「あ、はい」
西「言っとくけど、あんましプライベートなこと聞かんといてな? そんな質問やったらいつでも答えたげるから」
男「わかりました」(別に聞く気なかったけど)
西「それはそれで凹むで」
男「……えっと、なんで、女を探してるんですか?」
西「ん? ああ、DDL-003のことか」
西「別に」
男「へ?」
西「私はなーんも知らんで」
男「……ちょ、ちょっと」
西「ほんまやねん。私は居所掴めー言われて、行動しただけやし、それ以上の答えはできへんよ」
男「だ、誰に?」
西「あんたの知らん人」
男「なんかの組織とかじゃないのか?」
西「お、敬語やめてくれたんやな。嬉しい」
男「べ、別にそういうわけじゃ」
西「じゃあどういうわけなん?」ズイッ
男「!」(近いっ!)
西「なんや、ドキドキするんやな、普通に」
男「わ、悪かったな……」
西「うん、そんな感じの方が私はええと思うで」
男「……」
西「聞きたいことはそれだけ?」
男「いや、あと……狐子のこと」
?「それは私への質問ですか?」
男「はい……」
?「確かに、私は彼女の姉――」
?「――でした」
男「姉……だった?」
?「はい、私と彼女は同タイプのアンドロイド。私の方が先に作られたというだけです」
男「……」
?「ああ、ちゃんと出せますよ?」ピョコンッ
男「ほ、ほんとだ」(大人っぽい感じが凄いギャップを感じる)
西「妖狐は私の友達でな、凄いええ子やねん」
妖狐「……確かに、彼女が妹であったような記録はあります」
妖狐「ですが、記憶はありません」
妖狐「確かに記録には記されている……でも、私の記憶には存在しない」
男「じゃあ、なんでさっき『久しぶり』って」
妖狐「記録上、そういうことになっているので」
男「記録って……」
西「まあまあ、妖狐ちゃんは人見知りやねん。初めての人には固いことで有名やねん」
妖狐「有名じゃないですよ、さいちゃん」
西「まあ、これで男くん、聞きたいこと全部聞いたやろ? もう十分かいな」
男「あ……えっと」
西「……あー、考えるんやったらまた今度や。どうせいつでも聞けんねんから」
男「え?」
西「電話番号! 教えたやろ? まさか無くした言うんか?」
男「だ、大丈夫! ちゃんと持ってるよ」
西「ふーん? 隠さんでええねんで?」
男「……ちょっと不安」
西「あはは、素直で可愛いなぁ、男くん!」
男「……じゃ、じゃあ、今度電話するから」
西「はいはい、さいちゃんはいつでも男くんのメールを待ってますよ~」
男「……はは」
西「苦笑いとか辛っ」
男「ご、ごめん」
西「デートのお誘いとかも、電話でよろしくな、そんじゃ」
西「行くで妖狐ちゃん」
妖狐「さようなら」ペコリ
男「さ、さよなら……」
男「……」
男「嵐のように去ってったな……」
男(一体、何者なんだ?)
男「って、その前に!」
男(んなこと考えるより狐子の方が先だ!)
・ ・ ・
男「き、狐子?」
男(……居間にいない……?)
男「おーい、どうしたんだ?」
男(寝室かな?)
ガラッ
男「……狐子?」
狐子「……男」
男「!」
男(涙?)
狐子「……お姉さまは?」
男「……もう帰ったよ」
狐子「そうか」
男「ひ、久しぶりに会えてよかったな」
狐子「……」
男「狐子?」
男(いつもと、雰囲気が違う)
狐子「なあ男」
男「なんだ?」
狐子「お姉さまは、何を見ていたんだろう」
男「え?」
狐子「お姉さまは私を見ていなかった」
男「な、なんだそれ?」
狐子「私のことなんか知らなかった」
狐子「私を見透かしてた」
男「……」
狐子「全部聞こえてたぞ、覚えてないんだろ」
男「……狐子」
狐子「……そうか」
狐子「やっぱりまだ私は、一人なんだな」ボソッ
・ ・ ・
妖狐「いいんですか、すぐに引きさがって」
西「ええねんええねん」
妖狐「本当に、マイペースなんだから」
西「それについてきてくれてる妖狐ちゃんがいるだけで幸せやで」
妖狐「今回は手荒な真似をしましたが、これからどうするんですか?」
西「そんなことあとでも考えられるやん!」
妖狐「さいちゃんのそういうとこ、わりと好きじゃない」
西「あ、酷い!」
妖狐「ふんっ、知りません」
西「大丈夫大丈夫! またすぐに会えるから!」
妖狐「本当ですか?」
西「家出向かんでもすぐにな~」
西「ほんま、楽しみやわ」
To be continued!!!
男「行ってきます」
女「いってらっしゃいませ」
男「……狐子は?」
女「無理をしていると思います。でも、私には、平気な顔をしているようにしか見えません」
男「そうか」
仕方がないと、思った。
久しぶりの姉に出会って、感動の再会かと思えば。
『確かに、私は彼女の姉――でした』
過去形で語る関係。まるで、他人の様に。
『彼女が妹であったような記録はあります。ですが、記憶はありません』
記録にはあれど、記憶にない。
残っているけど覚えはないなんて言葉を、狐子は聞いてしまったのだから。
俺がもし、姉さんにそんなことを言われたら――?
無理だ、死ぬ。
そんな悲しいことって、ない。
妹に言われたってダメだ。
というか、家族に言われたくない言葉、だ。
……誰に言われてもいやか。
男「まあ、そっとしといてやってくれ。きっとあいつならすぐピンピンになるさ」
女「……そうですね」
小さな沈黙の末、女は言った。
きっと、女も気づいているのだろう。
そんな簡単に癒える傷ではない、と。
正直、安心した。
女にも心があるんだと、思えた。
男「んじゃ、行ってきます」
女「はい」
軽く手を振って、家を出た。
今日は撫子が寝坊してくれたおかげで出るのにそんなに時間がかからなかった。
男「さて」
俺は心を大学モードに切り替えた。
・ ・ ・
女「あ」
異常発生。
女「……これは」
たくさんの紙の束。
私の中の記憶には、確かこれは、男さんの物。
そして、さらに。
『これ、大学に持って行かないといけないんだよね』
と、言っていた。
女「男さんに、届けないと」
まだそんなに遠くまで行っていないはず。
大学は自転車で数十分くらい。
しかし、朝食の用意と洗濯物を干していた時間を加味すると、おそらく男さんは既に到着している。
私には、それがどの程度の時間なのかわからないけれど。
そんな短い間でも、私にとっては苦痛。
男さんに会えないから。
撫子「どうしましたか?」
女「撫子さん」
撫子「あ、これって」
女「はい。男さんが今日持って行くはずだった紙です」
撫子「うわー、色んなこと書いてありますね~。……熱海?」
女「どうやら、大学のみなさん達と今度旅行に行くそうです」
撫子「ああ、それで場所を決めるためにってことですね♪」
女「はい、おそらく」
撫子「黒さん……元気かなぁ」
私も、鏡さんのことが気になる。
女「それでは、私はこれを大学まで届けに行ってきます」
撫子「はい、わかりました」ニコッ
撫子「あ、でも……」
撫子さんは頭を垂らした。
女「はい?」
撫子「また男さんと離れちゃいますね……」
女「そうですね」
なんだか最近また。
男さんとの距離が遠い。
撫子「はぁ、残念」
女「……行ってきます」
撫子「はい、行ってらっしゃいませ~」
・ ・ ・
男「おーっす」
学「久しぶりだな、バカ野郎!」
男「おう、学。って、久しぶりでもねえだろ、別に」
大「それは俺達の出番のことを言ってるんだ!」
男「はぁ? それどういう――」
桃「メタ発言だから気にしなくていいよー」
男「おお、桃!」
桃「えへへ、お久しぶりの登場だよ!」
黒「あんたも言ってどうすんのよ」ポカ
桃「いた~い」
男「おっす、黒」
黒「……ふん」プイッ
学「まったく、いつも通りだな、お前は」
男「あれ、その服って」
黒「!」
男「ふもっ!?」
黒は俺の口を小さな手で塞ぐ。
黒「言 う な !」
真っ赤な顔をして黒は俺を睨む。
男 コクコク
※詳しくは-003-を参照。
大「ん? どうしたってんだよ、その服が」
黒「変なこと聞くな、ゴリラゴリラ!」
大「まさかの学名!?」
男「いや、似合ってるって思っただけだ」
黒「!」カァァ
桃「そうだよね!? めちゃくちゃ可愛いよね~。でも私は黒い黒ちゃんも好きだよ!」
黒「黒い私ってどういうことよ……暗黒面の話してるなら月に飛ばすわよ」
男「服装のことだろ」
黒「わかってるわよ、逆に言われると腹が立つわ」
男「……お前なぁ……」ハァ
鏡「あ、男さん、おはようございます」
男「あ、鏡」
鏡「ごめんなさい、いたのに挨拶してなくて」
男「気にすんなって。別に気にしてないから」
学「大よ、最近鏡は影の薄さに拍車がかかってないか?」
大「おうよ。しかし、出なくてもいるだけで俺たちは胸に釘付けだということに変わりはない!」
鏡「……?」
男「鏡、できるだけあいつらの視界に入らないことをおすすめする」
男「それで、お前らは俺を律義に待っててくれたのか?」
学「いや、大体決めてたけどな」
男「っけ、やっぱか」
大「お前が遅いからだろ」
男「それでも集合早いだろ! 午前に集まるって、子どもかよ!」
桃「もしくはおじいちゃんだよねー」
黒「あんたはお似合いね」
桃「ひ、酷いよぉ~」
鏡「あ、それと、男さんに会わせたい人がいまして」
男「俺に?」
鏡「はい」
桃「とっても面白い人だよー」
黒「あんたにあんな友達がいたなんてね」
男「え? 俺の友達?」
大「そそ、おまけに可愛いし」
学「性格も良いし、お前は本当に腹が立つくらい人脈あるな!」
男「だから、どこにいるんだ?」
鏡「……あら? いない」
黒「隠れてないで出てきなさいよ」
桃「あはは、かくれんぼ?」
?「あはは、しゃあないなぁ……」
男「……!!」
俺はその口調で気づいた。
西「じゃじゃーん、さいちゃんでーす」
なんで。
なんでいるんだ。
男「ちょっと、来い」
西いきなり乱暴やな……そういうオトコも好きやけどなぁ」
鏡「あ、あの、男さん?」
男「ごめん、鏡。ちょっとこいつと話したいここがあるんだ」
黒「でも、なんであんた怒ってんのよ?」
男「怒ってねえよ。別に」
桃(いやあ、めちゃくちゃ怒ってるよね)
学(血管浮き出てるし)
西「ええねん、ええねん。怒るのも無理ない」
男「怒ってない!」
西「怒っとるやん」
あんた今DDL-003のこと考えすぎやで。
と、西は俺の耳元で呟いた。
桃「うわ、近っ!」
鏡「は、はは、ハレンチです!!」
男「離れろ、そしてこっちに来い!」
大(おいおいまさかこのまま……!)
学(大学で……!?)
大&学「って、んなわけないない」
・ ・ ・
男「答えろ、どうしてあんたがここにいる?」
西「いややなぁ、大学入ったんやん。わからん?」
男「お前なんかいなかったはずだ」
西「秋季入学ゆーもんがあってな。ちょうど入ってん」
男「なっ……?」
西「昔からあるシステムやん。知らんの?」
男「……秋季入学は知ってたけど、実際本当に入ったやつは見たことなかった」
西「灯台もと暗しやなぁ。周りのこともそんな感じちゃうん?」
男「……」
西「なんか、旅行行くらしいやん。ええなぁ。私も行きたいわぁ」
男「誰がお前なんかと行くか!」
西「あらら、嫌われてる?」
男「……」(当たり前だろ)
西「いやん、ストレートやぁ!」
男「いいから、とりあえずお前がいたら邪魔だ、どっかいってろ!」
西「まだ三回しか会ってないのにもう私らは仲良いよなぁ」
男「全然、そんなことねぇ!」
西「そうやったら私一人だけそう思ってるえげつないほど可哀相な子やん!」
男「大学は今度案内してやる! だからさっきの部屋に来るな!」
西「な、ちょっと待ちぃや!」
西「……って、行ってもうた」
西「……」
男『大学は今度案内してやる!』
西「なんでそういうとこ優しいねん……」
・ ・ ・
女「……困りました」
女(男さんはどこにいるのだろう)
女(位置検索をかけようにも、もうここ最近は使用していないから)
女(鈍ってるようだ)
女「……うーん」
「おい、あの子……」
女「?」
「か、可愛い! 何科の子だ!?」
女「いやな予感が……します」
女「とりあえず、中に入りましょう」
女(前、集まっていた教室くらいなら場所がわかる……はず)
・ ・ ・
女「……このにおい……」
ガチャ
「だれ?」
女(この教室……料理をしている?)
「ここはお料理サークルよ。どうしたの?」
女「いえ、あまりに良い匂いがしていたので」
「うふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
女「……」ジーッ
「あなたも作ってみる? 材料はたくさんあるし」
女「いいのですか?」
「ええ。大歓迎よ。人数もあんまり多いわけじゃないし」
女「それでは……」
・ ・ ・
女「出来上がりました」
「凄い手際だったわね。凄く綺麗な料理だわ」
女「お口に合うか心配です。それでは、私はこれで」(すこし熱が入ってしまった)
「あ、待って……行っちゃった。……とりあえず頂きます」パクリ
「!!」
「こ、こんな美味しいの……初めて……! 彼女は一体!?」
・ ・ ・
女「……たくさん教室がある」
女「たしか、ここが男さん達と前に集まった……」
ガチャ
女「?」
「……~~~~」
女「? なにをしているのですか?」
「しっ、今悪魔を呼んでいるのよ」
女「悪魔?」
「……でやあああああ!」
「おお……! 素晴らしい!」
女「あの、なにも現れていないと思いますが」
「なにを言う! あなたにはわからないのか!」
「そう、現れたのは――」
「――あなた!」
女「?」
「まさか、手違いで天使を呼んでしまうとは……」
「おお、天使よ、我々に幸せを!」
女(危険を察知)タタッ
「ああ、逃げてしまった!」
「待ちたまえ、我々の天使よ!」
女「振りきれない……っ!」
ドッ
女「っ」ドサッ
西「あたた……なんやねん」
女「すいません、お怪我はありませんか」
西「怪我があったら口数減って最高なんやけど、あんまり減ってへんってことは怪我はないってことや」
女「でも、今痛いと」
西「瞬間的なもんやん。別に一生痛い傷やないんやから気にせんでええやん」
女「そうですか、それでは――」
西「助けたろか?」
女「え?」
西「追われとるんやろ?」
女「はい」
西「わかったわ、ちょっとそこで待ってな」
「うおおお、っと……なんだね君は?」
西「天使探してるんやろ? それやったら、あっち行ったで」
「なんと、君にも天使が見えるのか!」
西「見えへんけど、小宇宙なら感じれるで」
「恩に着る。それでは!」ダダダダダッ……
西「これでええか?」
女「はい、ありがとうございます」
西「ええよ、困った時はお互い……あれ?」
女「はい?」
西「あんた……?」
女「なんでしょうか」
西「……DDL-003」
女「……!」
西「やっぱり、そうなんやな」
女(この人は、一体?)
西「ふふ……ふふふふふふふ、あはははははははは!」
西「最高や、最高やわ!」
西「ほんまなんやな!」
西「あんたの気持ちがわかる! ビックリや!」
西「心が読めるアンドロイドが、ほんまにおるなんてな!」
女「あなたは何を言っているのですか?」
西「ある意味感動やわ……ほんま」
女「?」
西「ごめんな、悪いんやけどさ」
女「……?」
西「ちょっと眠ってもらうで」
女「!」
バチッ
女「」
バタッ
西「……」
西「あかん、あかんわ」
西「自分が自分でない見たいやわ」
西「気分良いんとちゃう。それでも自分自身がまるで誰かに操られてるみたいな気分」
西「でも不思議やなぁ。体抵抗してへんし」
西「人間って、従うの好きなんかなぁ。人間やのに人間のことわからへんけど」
西「……さて、と」
西「男くん、ありがとうな」ニコッ
女「」
・ ・ ・
大「あれ、西さんは?」
男「知らん。一緒に戻ってきてないからな」
学「おいおい、なんでだよ! 俺たちに会わせたくない理由でもあるのか?」
桃「良い人だったのにー」
男「あいつは、良くない」
黒「……は?」
鏡「い、いきなりどうしたんですか?」
男「ごめん、上手く言えないんだけどさ……」
学「まさか、元カノか!?」
男「は、はあ!? そんなわけ――」
大「その感じ……図星か!」
男「違うって言っただろうがぁ!」
学「へ? 言ってないぞ」
男「言っ……てないか」
大「大丈夫か? だいぶ気が動転してるみたいだけど」
男「あ、ああ……わりぃ。なんかさ」
鏡「具合が悪いんですか?」
男「いや、そんなことはねえんだ。……なんでだろ」
黒「なんか、気がかりなことでもあるんじゃないの」
桃「おお、黒ちゃんが珍しく助け舟!」
黒「桃豚は黙ってなさい」
桃「さ、最近は痩せてきたんだよ!」
黒「維持できるようになってからいいなさい」
鏡「お、落ちついて!」
桃「鏡ちゃんはスタイル良いからなぁ」
鏡「な、なんで私に!?」
男「……はぁ」
学「ん、なんだ?」
男「なんか、お前らといると安心するな」
大「きもっ」
男「悪かったな!」
男「まあ、それじゃあ旅行について決めようぜー」
学「いきなり話を変えたが、まあいいか」
大「じゃあ、例の資料出せよ」
男「おう。ちょーっと待てよ~」
黒(テンションが戻ったわね)
男「……あれ?」
桃「どーしたの?」
男「……」
鏡「あの、男さん?」
男「……忘れた」
大&学「はぁぁぁぁ!?」
男「いや、ほら、家に即行で帰れば持ってこれるし!」
学「待てるか!」
大「お前を待つのは嫌だ!」
男「ど、どういうことだ!?」
桃「私だったらー?」
大「待つ!」
学「逆にお前が忘れ物しないほうが珍しい!」
桃「ひ、ひどーい……」
桃「じゃ、じゃあじゃあ黒ちゃんだったら?」
黒「ちょ、勝手に何聞いてんのよ!」
大「う、うーん」
学「……どうだろうな」
黒「ほらみなさい、一番反応しづらい結果になったじゃない、桃ヒポポタマス!」
桃「は、初めて言われた! 鏡ちゃんだったら?」
大&学&男「待つ」
桃「わお、しかも男くんまで!?」
鏡「そ、そんな話してる場合じゃないですよ!」
大「でもよぉ、鏡は良いやつだからなぁ」
学「俺たちのミスを影でフォローしてくれるしなぁ」
男「うんうん」
鏡「め、目の前で褒めないでください!」カァァ
黒(なんで私がこんな敗北感を感じなきゃならないのよ!)
鏡「……と、とりあえず、私も色々と持ってきましたから、男さんは気にしないでください」
男「おお、ありがとな、鏡」
鏡「いえいえ」
黒「ねえ、桃。あんたはどうしてそんなに能天気に構えてられるの?」
桃「え、なにがぁ?」
黒「もういいわよ、知能レベルクズのあんたに話しかけるんじゃなかった」
桃「私悪いことした? なんだかいつもより怖いよぉ」
黒「ふぅん、いつも怖いんだ」
桃「ううん、可愛いよ!」
黒「……な、なによそれ」
学「おーい、そっちで百合百合せずに話しあおうぜ」
黒「百合?」
桃「お花?」
黒「あんたの頭のことよ」
鏡「うーん、温泉……」
大「鏡温泉行きたいのか?」
鏡「そうですね。……ちょっとおばさんくさいですかね?」
学「いや、俺は混浴ならどこでもいいぞ」
鏡「こ、こんよ……!?」
男「いやいや、いいんじゃねえか、温泉! 混浴じゃなくても!」
鏡「は、はい」
大「観光とかもいいな。食べ歩きとか」
桃「食べ歩き!」
男「やっぱり食いつくか」
桃「いいなあいいなあ、どこに行くの!? そしてなにを食べるの?」
鏡「も、桃さんはもう少し食い気を抑えた方が……」
桃「いやいや、色気出すためにはご飯食べないと!」
黒「それ、色気じゃなくて食べ物のにおいじゃない」
桃「ああ、そうなるね!」
男「でも、桃って良い匂いするよな?」
「「「え?」」」
男「え?」
大「なんで知ってんの?」
学「俺はそんなにわかんないけど」
男「しないか? なんか甘い匂い」
桃「もー、男くんったら~」
男「嘘、俺だけ?」
黒 クンクン
黒「確かに、ちょっとするかも」
鏡「……あ、本当ですね」
男「ほら、やっぱりな!」
黒「でも、こんなに近づかないとわからないにおいよ?」
桃「肌と肌が当たりそうだね~」
鏡「まさか、男さん……」
男「!? いや、ちょ……」
大「き、貴様……まさか桃を……!」
学「抜け駆けたぁ、てめー良い度胸してるじゃねえか!」
男「うわわわ、お前らマジで殺気立ってるぞ!?」
黒「こいつら僻んでるのよ」
鏡「あ、あはは……」
桃「男くんもなんだかあったかいにおいするよねー」
男「なんだそれ!? 今言ったら余計事態がややこしくなるだろうが!」
学「ほほう、あったかいにおいねぇ」
大「俺たちにも嗅がせてもらえませんかねえ?」
男「気持ち悪いこと言うなって!」
男「……ん?」
男「悪い、なんか電話だ」
学「ちっ、運の良いやつめ」
大「本当についてやがるぜ」
桃「あはは、漫画のザコキャラみたいだねー」
大&学「ががーん!」
・ ・ ・
男「ふう、ちょっとラッキーだったな」
男「自宅……ってことは女か? もしかして紙のことかな?」
ピッ
男「もしもし、どうした?」
撫子『あ、男さま。撫子です』
男「撫子か、何かあったのか?」
撫子『そちらに、女さんが行ったはずなのですが、会っていませんか?』
男「あ、もうこっちまで来てくれてたのか。いや、来てないけど?」
撫子『え』
男「どうしたんだ?」
撫子『いえ、もう大分時間が経ってるので、心配になって男さんに電話したのですが……』
男「あはは、迷っちまったんじゃないか?」
撫子『女さんに限って、そんなことないと思うんです』
男「俺もそう思うけどさ~それぐらいしか」
男「……あれ?」
男(待て)
男(そういえば、さっき……)
西『じゃじゃーん、さいちゃんでーす』
男「もしかしてっ」
撫子『ど、どうしました?』
男「分かった気がする。ありがとう、撫子」
撫子『え、なにがわかったんですか?』
男「女のこと! それじゃあ、切るぞ!」
撫子『はい。女さんのこと、よろしくお願いします!』
プツッ
・ ・ ・
撫子「……ふふふ」
牧「どうしたの、一人で笑ったりして」
撫子「今日朝に男さんと会えなかったので、男さんの声が聞けたのが嬉しくて♪」
牧「そういえばボクも会ってないや。メンテナンスだったしね」
撫子「聞きたかった?」
牧「あ、いや……そ、そういうわけじゃ……」モジモジ
撫子「うふふ、可愛い♪ 狐子は?」
牧「狐子? さっきからずっと家にはいないけど」
撫子「あら? 狐子も?」
撫子(どうしたのかしら……?)
・ ・ ・
男「どこだ……」
大学を時には走り、時には歩きを続けて10分。
学から電話がきたりしたが、お構いなしに俺は大学内を動く。
西は、どこだ。
さっきやつと離れて、とても時間が経ってる。
もしもあいつが、女に会っていたら……?
考えたくもない。なにをされるかわからないけど。
それでも、絶対に。
良い方向に転がることなんて、ありえない。
男「はぁはぁ……」
大学内の至る所を探した。しかし、西はどこにもいない。
もう既に大学を出た?
女がいつ大学に着いたのか。
きっと、俺に会うために色々な場所に行ったはずだ。
最初は俺たちが大学祭の時にしようしていた教室。
あそこからすこしずつ移動したことになる。
でも、そこはもうすでに探した。いなかったんだ。
男「……そうだ」
西の電話番号を、俺は知っている。繋がれば――。
男「頼むぜ……」
俺は登録していた西の電話番号に発信した。
出るか出ないか、わからないけど。
それでも、やってみないとわからないんだ。
もしも、西が女にでくわしてなくても。
危険なやつを野放しにはできない。
それに、さっさと学たちに説明(というか言い訳)もしないと。
怒り狂って襲ってくるかもしれない。
そして、俺の心の奥底には。
『女なら大丈夫だろう』
と。
思っているのもあった。
呼出時間がとても長く感じて、やはり出ないかと思った時だった。
西『はいはい、知らない番号から来たら基本スルーやけど今日は気分が良いので気まぐれに出た西ちゃんですけど』
やる気のなさそうな、低音の声が聞こえた。
しかし、この関西弁は――
男「――西だな」
西『さっき言うたやん』
声の調子は、いつもと違っていた。
西『……なんかようなん?』
あるならさっさと行って欲しいねんけど、と西。
男「女を、どこに連れて行った?」
西『は?』
男「だから、女を――」
西『なんで私に聞くん?』
男「ど、どういうことだよ?」
西『私がなんかしたと決めつけて、電話してきたん?』
男「……違うのか?」
西『あかんで、男くん。根拠もないのに人のこと責めたりするんは』
男「無視するな。俺が質問してんだよ」
西『あんたはいっつも私に質問するんやな。惚れとるんか? 嬉しいけど不愉快や』
男「図に乗んなよ」
西『調子に乗っとるんや』
それは、同じだろう。
西『ごめんな、今すっごいテンション高くてな。男くんとお話しとる場合やないねん』
男「ま、待てよ!」
西『なんやねん、まだなんかあるん?』
男「女のことは……知らないのか?」
西『DL-003のことやろ。なんや?』
男「ど、どこにいるんだ!?」
西『そんなことまで知らんがな。存在を知ってるってだけ。逆に知ってたらストーカーの域やで』
男「くそ……」
そんなはずはない。お前は俺の家まで、女に会うために来たんじゃないか。
いけしゃあしゃあと、何言ってやがる。
西『……なあ、男くん』
男「……なんだ?」
西『自分のために、色んなことを犠牲にするのって、あかんことなんかな?』
いきなり、西の声がさらに弱くなった。
男「どういうことだ?」
西『……なんでもないわ。変なこと言ったわ』
そこで、電話は切れた。
・ ・ ・
男「だから、急用があるんだって。悪いけど俺抜きで決めてくれ!」
学『わーったよ! こっちで勝手に決めちまうからな! 変なことになってても知らないからな!』
ブツッ
男「……さて」
これからどうしたものか。
学からの半ギレ電話が来る前に、西には何度か電話発信したのだが、残念ながら繋がらなかった。
今のところ、俺にできることはなにもなかった。
場所も、心当たりもわかるわけがない。
西とはつい最近出会っただけで。
なんのために俺の前に現れたのか。
根本的に、情報が少ない。
男「どうすりゃいいんだよ……本当に!」
壁を殴る。手が痛むのがわかる。
?「何をバカなことをしてるんだ」
男「!」
目の前には、小さな体型の女の子。
腕を組んで、ツリあがった目と八重歯が堂々としている。
俺の知っている少女だ。知らないわけがない。
男「……狐子!」
狐子「ふん、ここまでくるのにめちゃくちゃ時間がかかったぞ」
男「そうみたいだな……」
髪が一つに束ねられ、服装がなにやらいつもと違う。
コスプレサークルやらに捕まったのだろう。
狐子「行くぞ、女のところへ」
男「わかるのか?」
狐子「わからない、でも――」
拳を強く握り締めて、狐子は目を見開いた。
狐子「――お姉さまの居場所ならわかる」
男「え?」
狐子「お姉さまのにおいは覚えている」
狐子「ここ数日雨は降ってないから、まだ探せるはずなんだ」
男「狐子……」
狐子「べ、別に、女が心配なわけじゃない。ただ――」
狐子「――お姉さまに、もう一度会って、確認したい」
狐子「私のことを、本当に忘れてしまったのか」
その言葉はなんだか哀調を帯びているようだった。
男「行こう、女のところへ」
狐子「ああ」
狐子の瞳には、迷いがなかった。
この先どんなことが起きても、恐れないような。
そんな、まっすぐな心強さを感じるものだった。
・ ・ ・
狐子は鼻を器用にヒクつかせて、俺ですら知らない道へと進んでいく。
驚くほどスピードが速いこれなら、すぐにでも見つかるかもしれない。
男「どうだ、わかるか?」
狐子「ああ……」
幸いにも、におい途切れることなく嗅ぎつけられているようで、安心した。
男「狐子、もし、お前の姉さんが……」
狐子「私は後悔しない。どうなっても、自分で全てケリをつけるつもりだ」
男「ケリ?」
ポケットから一枚の紙を取り出した狐子は、俺にみせるようにその紙を開いた。
『DDL‐002βを確認した場合、直ちに破壊せよ』
狐子「DDL-002β……それがお姉さまの番号だ」
男「βって、狐子が完成版ってことか?」
狐子「恐らくな」
男「なら、どうしてあの時にしなかったんだ?」
既にあの時に破壊はできたはずだ。
狐子「条件がちゃんとあるんだ。『記録と記憶が接合されていなかった場合、直ちに破壊』」
狐子「『ただし、接合されていた場合は破壊せず、捕獲せよ』とな」
狐子「しかし、記録と記憶の接合性は言葉だけでは確認できないんだ。だからこそ、もう一度会って確認しないと」
男「でも、なんでそんな条件が? その紙は博士が作ったもんだろ。別に破壊してから捕獲して、研究所で直せるじゃねえか」
狐子「それは難しい」
男「え?」
狐子「研究所にいたころのお姉さまは、私のことを覚えていた」
狐子「とても優しかったし、私ができないことはなんでもできた。正直羨ましかったし、尊敬していた」
懐かしんで、少し顔を緩ませた狐子は、それでも真剣ににおいを探していた。
狐子「お姉さまの前では感情の高まりを抑えることができた。怒っても、すぐに静まった」
狐子「しかし、この前見たお姉さまは、私の知っているお姉さまじゃなかった」
狐子「感情が無くて、あの頃の温かさもなくて……別人だった」
男「何者かに別人に変えられたかもしれない……ってことか」
ありえるかもしれない。俺の知っている博士がそんなことをするわけがないだろうし、自分の失敗を人にやらせようなんて考えない人だ。
狐子「ああ、そうだ。そうなれば構造も変わっているだろうし、危険なものが混入している可能性もあるからな」
男「いきなり開けたらボカン……とか?」
狐子「十分にありえる」
驚いた。
狐子が真面目に話をしていることに。
それほどまでに、大きなことなのだろう。
狐子にとって、一人しかいない家族なのだから。
俺はあの日の言葉が、頭によぎった。
『やっぱりまだ私は、一人なんだな』
狐子が小さく言った言葉だが、俺は納得できなかった。
俺も、女も、撫子も牧もいるのに。
お前が一人なはず、無いじゃないか。
狐子は何らかの方法で確認をしてからどうするかを決めるつもりだけれど。
妖狐は既に、もう完全に変わってしまったと思う。
変わり果てていると思う。
俺自体、妖狐にあったのはあの日が初めてだったけれど。
狐子を見てもまったく瞳が変わらず、機械的で――まるで、完璧なアンドロイドのようだったのだから。
ただ、ためらったのだろう。
狐子は、躊躇したんだ。
だから、破壊できなかった。認めたくなかった。
大好きな姉が、変わり果ててしまったことに。
男「急ごう。つまりは相手に博士級にやばいやつがいるってことだ。女に何かあるかもしれない」
博士は確かに小さな体の女の子ではあるが、正体はアンドロイドを作りだした天才だ。
それをいじくって仕様まで変えちまうくらいのやばいやつを相手取ることになるわけだ。
男「近づいてる感じとかするか?」
しかし、妖狐が一人で行動していたら、困るな。
大学では見たところ西の単独行動だったし。
妖狐と合流していれば嬉しいけれど。
狐子「ああ。だけど、もうそろそろだ」
男「え!? もう?」
狐子「においが強くなってる……大分近くまで来ているはずだ」
?「なるほど、やはりあなたも嗅覚が強いようですね」
男「!」
狐子「!」
妖狐「……狐子、でしたっけ?」
ふいを突かれた。
目の前に音も無く現れたのは、狐子の姉――妖狐がいた。
妖狐「また会いましたね、男さん」
男「ああ、あんまり会いたくなかったけどな」
探してたのに、俺は酷い言い草だった。
妖狐「それは残念です。私、一時も忘れていませんでしたよ」
これが愛のある気持ちだったら素直に嬉しいけれど――
妖狐「邪魔者は、いつも脳の容量の邪魔になりますから」
――そんなこと、あるわけがなかった。
狐子「お姉さま……少しだけ、確認させてください」
妖狐「……?」
狐子「目を、合わせてください」
違和感は、やはりそこだった。
どんなに、妖狐と会話をしていても起きてしまう違和感。
先日会った時もずっと思っていたけれど、やつは――
――相手と目が一切合わない。
というか、焦点がまったく違う。
遠く、相手の後ろを見据えるその瞳には、なんだか淀んだ底なし沼を連想してしまう。
人を人として感知せず、ただただモノを言う『何か』と話している感じだ。
背景を眺めてる様な感じ。
妖狐「何故ですか?」
狐子「……」
狐子は無言のまま、妖狐を見つめた。
妖狐「……答えてくれないのですね」
仕方ないですね、と妖狐はやれやれと言った感じで、瞳を閉じた。
妖狐「知っていますか?」
目を閉じたまま、妖狐は俺たちに呼び掛けた。
空を仰ぎ、なにかを行っているようだ。
何か、おかしなことがあったらすぐにでも止められるように、俺は身構えた。
妖狐「妖狐にはたくさん種類があって、大きくは野狐と善狐に分かれます」
妖狐「私は言うなれば野狐……善狐とは対の、悪狐」
妖狐の姿が、少しずつ変色していく。
妖狐「世の中にはどんなものにも、調和があります。バランスが必要なのです」
均等でなければならない。
釣り合いが取れなければならない。
安定しなければならない。
妖狐「光があれば影があるように、正義があれば悪があるように」
世の中には均衡がなければならない。
男「……!」
言い終えた直後、彼女の姿は完全な狐色に変わった。
さらに神秘的で、美しく――。
狐子「男、さがれっ!」
狐子の声が俺に届く前に、俺はすでに身近にあった壁に叩きつけられていた。
男「がっ……!?」
横腹に受ける激しい痛み。そして壁の衝撃。
体がいきなり持っていかれる感覚。
ブレる視線が、さらに気分を悪くする。
なにもかも、普段人間が体験することのないことだ。
男「あがぁ……はぁっ……」
息ができない、苦しい。
狐子「ぬがぁ!」
すかさず狐子が妖狐に飛びかかる。一瞬の隙をついた
――かに思えた。
妖狐「姉に対して手を出すとは、悲しいですね」
狐子「お前はお姉さまではない! ただの化け狐だ!」
間一髪、妖狐は人間にはできない方法を使って攻撃を防いだ。
妖狐「そうです、私は悪狐、そしてあなたは善良なる狐、善狐」
妖狐「さっき言ったでしょう、世の中にはバランスが必要なのです」
狐子「!」
妖狐の尻のあたりから、九つの手が現れた。
あれは、尻尾。
九つの狐色の尾。
妖狐「どちらかを消せば、不調和になってしまう。だけど、それもまた何かの縁でしょう」
男「き、狐子!」
狐子「うぐっ……」
妖狐は尾を上手く操作して、狐子の首を掴んで、持ち上げた。
男「や、やめろ……!」
妖狐「不思議ですね」
妖狐「この子は、あなたと同じ温かさがある」
狐子「ぐっ!」
尾がさらに強く狐子の首を絞め、痛々しい声が漏れる。
狐子「……今のお前には、わからないだろう」
妖狐「まだ話せましたか。なかなかしぶといですね」
狐子「私にはお前とは決定的に違う所がある。それがなにかわかるか?」
妖狐「わかりません、わかりたくもありません……ねっ」
尾はさらに張って、狐子を更に締めつけた。
狐子「ぅ……それは……」
?「そんなもん、お前もまだまだわかってねーだろ?」
妖狐「!」
刹那。
大きな銃声が響く。
その瞬間妖狐の九つの尾が、狐子から離れた。
何者かの銃撃に驚いたのだろう。それが引っ込めた理由だ。
?「こんなところでなにを騒いでる。この国は平和じゃなかったか?」
聞き覚えのある声。
その声の主は、咥えていたタバコを吐き捨てて、銃を構えた。
男「へ、蛇さん!」
黒いタンクトップでショートジーンズと、なんとも男らしい姿で現れたのは、蛇さんだった。
こんな時に言うことじゃないだろうけど、ノーブラだ。
蛇「なんだそのザマは、男。狐子より先にやられてどうする」
男「す、すいません……」
蛇「動くな。俺がやる。お前はそこで休んでろ。狐子お前もだ。引け」
狐子「はぁはぁ……礼は言わんぞ」
蛇「わかってる」
妖狐「……どうやら味方が来てくださったようですね、厄介です」
蛇「味方じゃあない、俺はただ任務を遂行しにきただけだ」
任務?
狐子「念のため博士に話をしておいたんだ。その時ちょうど蛇がいたんだろう」
男「……良かったぜ」
それにしても、本当に適役な人がいてくれてよかった。
狐子は倒れている俺の傍まで走って寄って来た。
そして俺の上着をいきなり脱がし始めた。
男「うおい!? いきなりなにすんだ!?」
狐子「いいから脱がせろ!」
こいつ、この状況で何をするつもりだよ。
狐子「忘れたか。私の唾液には治癒能力があるんだ」
男「そ、そういえば……」(※-001-参照)
狐子「それに私達は、次の戦いに備えなければならないんだ。こんなところで怪我していちゃまずいだろ」
俺たちの目の前では、蛇さんが妖狐と激しい戦いを繰り広げていた。
銃撃に次ぐ銃撃を繰り返す蛇さん、それを一つずつ避ける妖狐。
狐子「お姉さまを変えてしまった相手とも、対峙することになる」
男「ああ……そうだな」
というか、なんだこの展開?
このSS、こんなバトル展開があるようなSSだったか?
普通に日常ほのぼのが主じゃなかったか!?
俺は残念ながら今繰り広げられてる戦いを目で追うことすらままならないんだぞ!?
狐子「メタ発言はよせ」
男「お前も地の文を読むな」
とりあえず閑話休題。話がまったく前に進みそうにない。
そんなことを考えている間に、狐子は背中を隅々まで舐めつくしていた。
男「……!」
狐子「さすが私だ、もうだいぶ痛みが引き始めてるだろう?」
男「……お前の力じゃないだろ」
狐子「なにを言う! 私の唾液だぞ! 私以外にどんな力が作用してるというんだ!」
男「へいへい、お前もあんまり喋らねえようにしとけ、無駄な体力使っちまうぞ」
狐子「な、なんだとお!」ピョコンッ
男「全部終わったら、美味いうどん屋でも行こうな」
狐子「……ああ!」
その時には、もう背中の痛みは随分と楽になっていた。やはり、凄い効果だ。
・ ・ ・
蛇「……」
妖狐「お疲れのようですね」
蛇「ふん、生憎俺は無尽蔵ではないんでね」
妖狐「私も、無尽蔵ではないですよ?」
蛇「どうだか。まだまだ動きに疲れが見えないんだが」
妖狐「そうですか? 気のせいかと」
蛇(なにが気のせいだよ)
スピードは確実に上がってる。戦えば戦うほどに。
俺はそれに対応するのに精一杯だってのに。
妖狐「こんな場所で無暗に弾を撃っていたら、人が来ますよ?」
蛇「そうだな。お前の言う通りだ」
なんて、思ってもいないくせに。
それだったら、とっくに人は来てるはずだ。
蛇「……なにをした?」
妖狐「簡単なことです。ただこの空間の気配を消しただけですよ」
蛇「人間ができる技じゃねえな、本当に……」
アンドロイドでもできねえよ。
蛇「化物だぜ、それじゃあ」
厄介な奴だ。
妖狐「化物、そうですね」
妖狐「私は、悪狐ですから」
蛇「!」
妖狐「あまり、人には見せたくなかったんですけどね」
妖狐「ああ、あなたはアンドロイドでしたっけ?」
蛇「くっ……」
九つの尻尾が一つにまとまっていく。力が集約されて、まるでそれは――。
本当の殺意の塊のような――。
妖狐「ごめんなさい、殺すつもりは無かったのですが」
妖狐「消えてもらいます」
蛇「っけ、最初から本気で来いよ――」
空へ掲げられた巨大な尾が、俺めがけて振り落とされた。
・ ・ ・
ビリっと、強い風が肌を過ぎて行った。
俺たちは、蛇さんの戦闘地から、すこし離れた場所まで来ていた。
そこで舐め治療を再開して、俺は横になって終わるのを待っていたわけだ。
どうやら蛇さんと妖狐の戦いになにか進展があったのだろう。
狐子「なんだ、さっきのは……?」
男「ああ、蛇さんが戦ってる場所からだ」
狐子「……嫌な予感がする」
男「大丈夫だって、蛇さんだぞ。きっと大丈夫さ」
俺は話を聞いたことしかないけれど、蛇さんは大分腕が立つと聞いている。
数多の戦場を無傷で乗り越え、必ず任務を成功させてしまう。
隠密行動はおてのもの。一人で基地を破壊することも蛇さんにかかれば容易らしい。
狐子「し、しかし」
男「なんだよ、なんか感じるもんでもあんのか?」
狐子「……血のにおいがする」
男「!」
血。
俺の体にも流れている、ごく当たり前の血液。
狐子「私達の体は人間そのものだ。肌を切れば血が出る。この血のにおいは、」
蛇の血のにおいだ――。
狐子は顔を真っ青にして目を見開いた。
なりふり構わず、俺は走っていた。
考えて見れば、バカな話だった。蛇さんは確かにアンドロイドだが、人間だ。
人間が『化物』にかなうわけがない。
蛇さんは、アンドロイドではあっても、『化物』ではない。
どんなに能力を特化しても、人間を模したアンドロイドには限界がある。
それなのに俺は、どうして。
なにか確信めいたものを持っていたのだろう。
女の時もそうだ、なんとかなると思ってた。その時点でなにも疑わないから、こうなったんだろう。
男「蛇さん!」
無力な俺が言っても、なにも変わらない。そうも思ってるから。
それでも俺は確かめないと気が済まなかった。
蛇さんは無事か、否か。
男「!」
妖狐「あら、そちらから来て下さるなんて。わざわざ出向く必要が省けました」
俺の目の前には。
妖狐の前方は、コンクリートで固められた床がボロボロに崩され、地肌を露にしていた。
そこには、少量ではあるが、血のような赤い液体が広がっている。
男「お、おい……これって……」
妖狐「なんのことでしょうか」
信じられなかった。
どうすればこんなことになる。
妖狐「さて、それでは……」
口の両端を裂けんばかりに釣り上げたように見えた笑顔に、俺は恐怖を覚える。
きっと、それは俺の恐怖心から来るものだろう。
妖狐「あなたも、消えてください」
妖狐は両腕を大きく広げた。
男「!」
ああ、どうやら俺はここで死ぬんだろう。
狐子「男!」
狐子の声が聞こえた。どうやら追いついてきたらしい。
男「……狐子」
悪い。うどん、一緒に食べられない。
狐子「! 危ないっ」
妖狐「もう遅いです」
広げた腕を前で交差させた瞬間、無数に分かれた尾が俺へと向かって来た。
俺がわかるくらいに遅かった。スピードは鈍い。けれど
俺は動けなかった。死を覚悟すると、こうまで臆病になってしまうのか。
まだ生きていることだけはわかる。こんなに遅い攻撃だから。
……いや、遅いんじゃない。
尻尾は俺の方へ来ていない。静止している。
妖狐「な、なぜ……?」
驚きの声を上げている妖狐を見ると、彼女の体にナイフが刺さっていた。
一体誰が……?
「やれやれ、お前はやっぱり化物だったわけだ」
男「……!」
するとそこには。
蛇「待たせたな」
妖狐「そん……な」
新しいタバコを取り出して、それを口に咥えていた蛇さんがいた。
蛇「隠密行動は、俺の専売特許でね」
妖狐「ふふっ……忘れていましたよ」
口から大量の血を吐き出した妖狐が、言った。
蛇「悲しいな。俺はお前のことを忘れた日なんてなかったぜ?」
妖狐「ああ……思い出しましたよ」
妖狐「このタバコ臭さ……あなたを象徴している」
妖狐は不敵に笑った。その笑みは、およそ妖狐にしかできないように俺には思えた。
蛇「タバコか……お前の前で吸ったことは一回もなかったけどな」
妖狐「それでも、口からタバコの臭いは消せません」
この会話だけを聞くと。
彼女の記憶は消えてないのではないか?
思い出したというのことは、記録ではなく、記憶。
記憶を思い起こした、ということじゃないのか。
妖狐「でも、私も負けられないのですよ」
蛇「おいおい、人工心臓貫いてるんだ、もう勝負は――」
狐子「蛇、逃げろ! もうそいつはお姉さまではない!」
蛇「なに?」
俺も瞬時に思い出す。そう、彼女は狐子の姉ではない。
そして。
博士の作ったアンドロイドではない。
人口心臓(おそらく急所)とやらの場所が違うのも――当たり前だ。
蛇「!」
俺の方に向かって停止状態であった妖狐の尻尾が急にUターンして、蛇さんへと加速した。
だが、そこには、妖狐自身もいる。
蛇「お前、自分を犠牲にするつもりか!」
妖狐「はい、勝ち目がないのであれば、せめて引き分けに持ち込むまで」
ナイフの柄を離そうとした蛇さんの手を、妖狐に掴まれた。
貫ぬかれた自分の体に手を突っ込んで、だ。
蛇「本当の化物になりはてたか……」
妖狐「好きに仰ってください。私はただの――」
狐子「私のお姉さまだ!」
妖狐「!」
蛇「くっ! 男、狐子、伏せてろ! あと目を瞑れ! 耳も塞げ!」
なんか怒涛の命令だったが、俺はすかさず従った。
・ ・ ・
私はいつも、お姉さまの側にいた。
お姉さまがいなければ、私は本当に、ただの子供だ。
自分の機嫌を損なうと、狐耳を立てて、何ふり構わず破壊した。
でも、お姉さまは笑顔で私を撫でてくれて。
それが嬉しくて、私はもっともっと撫でられたいと思った。
「人に優しくすれば、もっと撫でてあげますよ」
お姉さまはそう言った。
だから私はひたすら優しくなろうとした。でも、恥ずかしくて思うようにはできなかった。
それでも、お姉さまは笑顔で私を撫でてくれた。
「頑張っている姿は、素敵ですよ」
お姉さまは私をいつでも褒めてくれた。私にだけでなく、みんなに優しかった。
何をしても怒らない、本当に寛大だった。
私は、お姉さまに甘えていたのだ。
ただ、褒めて欲しくて。
ただ、構って欲しくて。
ただ、気にかけて欲しくて。
甘えていた。
世話を焼いて欲しかった。
やはり、ただの子供だったというわけだ。
突然、姉がいなくなった時に私は一人悟った。
『結局私は、一人よがりに縋っていただけ』。
独善なる依存だ。
それからはあまり人と関わらないようにした。
自分の感情の昂ぶりを抑えるために。
縋って生きるような、惨めな自分を繰り返さないために。
・ ・ ・
狐子「お姉さま!」
目を開けてみると、そこには蛇さんが血だらけで立っていた。
よく見ると、腕が無い。アンドロイドだからまだ良かったものの、正直俺は驚いた。
蛇「おう、任務完了だ。 大したことはない。ただ、一本腕をやられた」
どうやら誰かと電話しているようだ。相手は博士か……?
そんなことより(一生懸命に戦った蛇さんには悪いけれど)、だ。
男「……狐子」
さっき俺の横を走り抜けた狐子は、上半身と下半身が切り離された妖狐の側にいた。
おそらく、蛇さんはあの瞬間に腕を自分で切り落とした。そしてそのまま妖狐の尾は自分自身に直撃。
そして現在に至る、といったところか。
多分、目を瞑らせたのは俺に対する配慮だ。
いきなり人の体が切り落とされたり、切断されたりするのはなかなか酷だから。
妖狐「……狐子」
彼女が口にしたのは、番号ではなく、『狐子』だった。
狐子「お姉さまっ」
妖狐「ああ……どうやら、私は夢を見ていたようですね」
元に戻ったのだろうか。妖狐の穏やかな笑顔から俺はそう感じ取る。
狐子「夢……?」
妖狐「……かふっ」
口からたくさんの血が溢れ出し、狐子は驚く。
狐子「!」
妖狐「狐子、あなたは立派な正規アンドロイド、DLL-002、狐耳人間機械です」
妖狐「そして、私はあなたを育てるために残された、DLL-002の失敗作です」
狐子「! そんなことないですっ、お姉さまこそ正規で、私はただの……」
妖狐「いいえ、違います。私はあなたとは大きく違う欠点がある」
狐子「私に無いものを、お姉さまは全て持っているではありませんか、私などまだまだ……」
妖狐「あなたが思ってるほど、私はできたアンドロイドではありませんよ」
まばたきがだんだんと遅くなってきた。妖狐の体力が減ってきた証拠だろう。
狐子「……お、お姉さま……!」
すると、狐子の目元から、一粒の涙がこぼれた。
儚げで、切ない涙。寂しくて、弱々しい涙。
妖狐「……ほら、私とは違う」
狐子「え?」
妖狐「あなたには、涙が流せる」
狐子「!」
狐子自体、その涙に気づいてはいなかった。
驚いたように目を擦り、拭った手の甲を見てさらにびっくりしている。
妖狐「私の感情は、喜びで固定されているのです。だから、私は笑顔しかできません」
作られた笑顔で、作られた優しさだった。
精一杯の笑顔を妖狐は狐子に見せつけた。でも、その笑顔はとても辛辣なものだった。
妖狐「私はどこかであなたを羨ましがっていた。いや――妬ましく思っていた」
狐子「!」
妖狐「あなたは気づいていなかったかもしれません、でも」
妖狐「私はあなたを、少なからず憎んでいた」
言葉の一つ一つが、棘のように狐子に刺さっていく。
狐子は呆然として、視線を落とした。
狐子「私が、お姉さまを、傷つけていた?」
自ずと、独りでに、自然に。
狐子の振る舞い全てが、彼女の苦痛だった。
妖狐「最低ですね。自分が持っていないものを相手が持っているだけで嫉妬してしまう……」
狐子「……」
妖狐「そんな気持ちを、私は付け込まれたのかもしれません」
だから改造された、この気持ちのせいで。
と、妖狐は言った。
狐子は黙っていた。
妖狐「ごめんなさい、ごめんなさい」
妖狐は静かに、でも優しく笑いながら、謝った。
妖狐の目がうっすらとしか開かなくなり、そろそろ彼女のタイムリミットが迫っていることを示していた。
狐子「安心しました」
妖狐「……え?」
狐子「嫉妬をするなんて、『人間』ですね、お姉さま」
前が見えなくなるくらいに涙を流していた狐子は、妖狐に笑いかけた。
狐子「お姉さまは、立派なアンドロイドであり、立派な、不完全な『人間』です」
狐子「そして、私のお姉さまで、家族です」
妖狐「……」
妖狐は目から雫を零して、瞳を閉じた。
狐子は優しく、妖狐の体を抱きしめていた。
男「なんか、辛いっすね」
蛇「人の別れってもんはいつでも辛いもんだ」
蛇「でも、それからどうするかで人ってのは全く変わっていく。あいつがどう考えて、どう進んでいくのかはあいつの勝手だ」
男「そうですね」
蛇「お前も体験しただろ、こういうことは」
男「……はは」
さすが蛇さん、鋭い。
こういうところで、人生経験豊富だなと思う。
蛇「そうやってみんな成長していくもんだ。何かを失って、それをこれからどうするか、みんな迷ってる。」
男「……俺も、変わった」
蛇「失って初めて気づくもんだ、全部。……そう、全部な」
蛇さんは名残惜しそうに囁いた。ハスキーな声が色っぽい。
蛇「ま、下手に同情はするなよ。どうしたって気持ちの齟齬が出てくるからな」
男「はい、わかってます。……蛇さんはこれからどうするんですか?」
蛇「あいつ(妖狐)が作った結界みたいなもんを破壊しないといけないんでな。これからはお前らと別行動だ」
蛇さんは首をコキコキと鳴らすと、残っている片方の腕でタバコを取り出した。
慣れた手つきだ。
男「そうですか……」
蛇「寂しいか?」
男「いや、心強い味方がいなくなるのはちょっと……」
蛇「何を言っている、いるだろそれなら」
男「え?」
狐子「聞き捨てならないことを言われた気がする」
男「うお、狐子!」
後ろを振り返ると、そこには腕を組んで偉そうにしている狐子がいた。
狐子「大体、お前はお姉さまとの戦いで無駄にダメージを食らっただけではないか。まったく……」
男「いや、あれは仕方ないだろ、あんなの常人が避けられるスピードじゃねえって」
狐子「ふん、これから相手になる者たちはお姉さま以上かもしれないのにか?」
男「う゛……」
狐子「まあ、いい。行くぞ、奴らの居場所に」
男「え、でも、お前がわかるのは妖狐がいた場所だけだろ? どうやって……」
「ん」と言って俺の前に狐子が突き出したのは、小さなチップだった。
狐子「お姉さまの体から取ってきた。ここに相手の居場所らしき記録がある」
男「おお、なるほど」
狐子「早く行こう。だいぶ時間を使ってしまった」
確かにそうだ。さっきまでまだまだ昼下がりと言った感じだったのに、すでに太陽は傾きまくっていた。
男「そうだな、急ごう」
狐子「ああ」
男「……えっと、もういいのかよ?」
狐子「なにがだ?」
俺は妖狐を親指で示して、照れくさそうにした。
なんで照れくさそうなのかは俺自身よくわからん。
狐子「お前と違って私は切り替えが早いからな。もう大丈夫だ」
男「いや、お前の方が立ち上がり遅そうだけどな」
狐子「ふん、それはお前の虚言だ。それに」
男「あん?」
狐子「やはりお姉さまは私のお姉さまだったから」
男「……そうかい」
その時の狐子の心からの笑顔を、俺は胸に刻み込んだ。
男「俺もお前の家族ってことでいいのか?」
狐子「! ま、まあ認めてやってもいいぞ」
なぜか狐耳を立てて、狐子はそう言った。
男「で、早く行かないといけねーけど、どこなんだ?」
狐子「今読み込むから待ってろ」
そう言って、狐子は小さなチップを口の中に放り込んだ。
ああ、そんなんでいいのか。
狐子「……ふむ」
狐子は顎に手をやって、すこしばかり目を閉じると、首を傾げた。
狐子「むむ……」
男「おい、大丈夫か?」
狐子「大丈夫だ、大丈夫!」
相当な慌て方を見せる狐子に、俺は不安を隠し切れない。
男「まあ、お前がそう言うならいいんだけどな。早いとこ見つけてくれよ。ああ、もしかして、今解析中とかか?」
狐子「……いや、わかったぞ!」
俺には、何かを決心したようにしか見えなかったが、狐子は振り返って指さした。
狐子「東の方角だ!」
ビシッと指をさして、狐子は俺の顔を見た。
男「……あー」
俺はようやく、狐子の決心のついた顔の意味がわかった。
男「そうか、そうだったんだな」
狐子「なんだ、お前は。変に一人でわかったような口を聞いて、変なやつだな。そういうやつは一人で寂しい人生が待ってるぞ」
男「東は、こっちな」
狐子「……ああ、そうか」
狐子はどうやら、方角がわからなかったようだ。
まあ、仕方ない気もするけど、この切羽詰まった状況での彼女の残念さに、俺はすこしばかり呆れてしまった。
・ ・ ・
男「ここが、やつらの居場所か」
狐子「ああ」
俺たちの目の前に立っていたのは、大きな洋館のような場所だった。
男「一応聞いとくけど、ここは日本でよろしかったか?」
狐子「方角がわからん私に聞くな」
男「拗ねるなよ」
狐子「拗ねてない! 人を狐だからと言ってあんな奇抜な髪型してるやつと一緒にするな!」
いや、ス○オは関係無いだろ。
男「狐子、緊張感無さ過ぎだぞ」
狐子「お前に言われる筋合いはないと思うけどな」
俺は至って普通だと思うけどな。
とは、言えないか。反省してます。
男「んじゃあ、乗り込むか」
狐子「正面の入口から入るのか?」
男「当たり前だろ、正々堂々いかないとな」
狐子「戦うために行ってるわけでもないけどな」
男「そうだぞ。俺たちは別に殴り合いに来たわけじゃない。女を探しに来ただけだ。だから別にコソコソする必要なんてまったくない」
女が捕まって、西を追いかけてきた。
これでもし、西が女を捕まえてなかったら、笑えないな。
男「それじゃあ、中に入ろう」
狐子「ああ」
そして俺たちは洋館前にある門に立った。
男「……無理だな」
洋館の前には、ヨダレを垂らしまくっている番犬が何匹もいて、俺たちを狙っていた。
中に入るまで吠えないところを見ると、だいぶ鍛えられてるな。
侵入すれば最後って感じの視線である。
狐子「まったく、あんな犬が怖いのか? 本当にヘタレだな」
男「ヘタレで悪かったな」
狐子「ふん、見てろ」
狐子は前屈みになると、力強く叫んだ。
狐子「きゃんきゃん!」
力強く、可愛く叫んだ。
男「!」
さっきまでヨダレを垂らしつつ威嚇していた番犬たちは狐子の声を聞いて、こちらを見つつだったが、俺たちの見えないところまで行ってしまった。
男「おお……すげえ」
狐子「こんなもの朝飯前だ。さっさと行くぞ」
男「おう」
狐子の特技がまた一つ追加された。今後どのようなものが増えるのかは乞うご期待である。
・ ・ ・
気がついて目を薄く開けると、三日月のような唇が見えた。
「あ、気がついたん?」
声、口調から聞いても自分の知っている人ではない。
「酷いなぁ、気絶する前にちょっと会ったやん」
女「あなたは?」
体が動かない。というのも、体が拘束されている。
それ以前に、力が入らない。パーツの不具合?
西「あー、あかんで、動かんといてな。それと、ちょーっと色々と細工させてもらってん」
女「細工?」
西「そうそう、ちょっとあんたの体に電流バチっとさせたら体の一部ショートしちゃったみたいやねん。だから動けへんのも無理ないわ」
緊急用のパーツも壊れているようだ。
西「すぐ終わるから気にせんといてな。ちょっとだけ実験の手助けしたらええねん」
実験の手助け?
西「せや、あんたの中身をちょっといじらせてもらうで。拒否はできへん。何事も壁はつきものやからな。断ったら道は絶たれてまう」
まだ私は何も言っていないのに、彼女は先に話を進めた。
西「言わんでもわかるから、言わんでええで。頭ん中で考えてくれればぜーんぶ私にはわかるから」
地の文を読む反則。
西「反則やないから。反則とか言われると私ちょっと凹むで」
私は一体、何をされるのだろう。
西「私は知らんで、これからはぜーんぶおまかせやからな」
西「……人のためになるんって、ええことやんな?」
女「……」
私も、そう思うけれど。
なぜ、彼女が今そう言ったかは、わからなかった。
西「まあ、『自分勝手な』人のため、やけどな」
彼女は何かつぶやいていたが、聞こえなかった。
男「新年あけまして!」
「「「「「おめでとうございます!」」」」」
狐子「2012年が幕を開けたぞ!」
牧「今年はどんな一年になるんだろうね」
女「とても楽しみですね」
撫子「今から期待に胸が膨らみます♪」
狐子「新年早々、馬鹿作者のせいで去年から続いてるよくわからん長編が残念ながらまだ終わってない」
牧「だから、クリスマスのお話も書けなかった」
撫子「つまりはお正月のお話も無いってことですね」
女「完全なる力不足ですね」
男「おいおい、言いすぎだろ……あとよくわからんって失礼だぞ」
狐子「肩を持つ気か?」
男「いや、そんなつもりはないけど……。俺もいい加減終われよと思ってるけども」
男「ま、まあとにかく、今年も張り切って頑張りますので、応援よろしくお願いします!」
牧「え、でも今年って……」
男「あーあー、それはまた今度言う! それでは早速、」
「「「「「本編、スタート!」ですっ」」」」
・ ・ ・
男「なんだよ、ここ……」
周りの部屋のドアを見ても、俺の読める文字がない。
これは、何語だ?
狐子「どうやら、女に用があるやつは日本人ではない……のか?」
男「さあな。でも、ここはまるで日本じゃないみたいだ」
狐子「そうだな、ただでさえ洋館だ。明かりも薄暗いし……」
明かりの薄暗さは関係ないと思うけれど、確かに、不気味ではある。
周囲を警戒しつつ廊下を歩いていると、冷たい風が後ろからいきなり吹いてきた。
狐子「ひひゃあ!?」
男「うおっと、いきなり抱きつくな、ただの風だろ?」
狐子「び、びっくりしたわけじゃないんだからな! ただちょうどいいところにお前がいただけで、別にお前頼ったとかそんなんじゃ……」
男「わかったわかった。このままだと歩けないから、とりあえず手をつなごうな?」
狐子「子供扱いするな! ただ……ちょっと、驚いただけだ」
それはびっくりしたってことだろ。
男「そういや、女のにおいってわからないのか?」
狐子「犬ほどの嗅覚じゃないからな。わからない」
狐ってイヌ科だけどな、という言葉を喉まで出かかったが、押さえ込んだ。
狐子「私はお姉さまとずっといたからな。それにずっと近くにいたから、ちゃんとにおいは記憶してたんだ」
女とも長い間一緒にいるけれど、それでもまだダメなのか。
男「そういや、よく大学まで来れたな」
狐子「さすがにあそこまでの行き方は覚えている」
馬鹿にするのもいい加減にしろ、と狐子はそっぽを向いた。
男「そうかい。……よし、さっさと女見つけて、帰ろうぜ?」
狐子「それは難しいと思う」
男「え?」
狐子「女がここにいるなら、改造はもう既にされてると思うし、女もまた」
『敵』になってるかもしれない――。
男「……その可能性は、高いな」
考えたくはないけれど、その絶望的な結果が、一番最悪の事態でもある。
狐子「そうなったら、お前はあいつに、手を出せるか?」
男「……無理言うなよ」
狐子「……私もだ」
どんなに変わり果てても、俺達には女に手を出せるわけがない。
結果として、変わり果てた妖狐に狐子は手を出せなかった。
出す余地すらなかった、だが。
大切な人に手を出すことが、どれほど辛いものか、狐子は既に経験している。
例え女が、俺達を殴っても。
俺達からは何もできない。
男「暗い話はよそう。とにかく、さっさと女を見つけよう」
狐子「ああ……」
狐子は落胆した風で、俺の後ろをついてきた。
・ ・ ・
西「あんたの体を調べさせてくれれば、すぐに解放したる」
西「ちょっとだけいじらせてもらうかもしれへんけどな」
女「それで、私は何をすれば良いのですか?」
西「何もせえへんでええよ。ただ静かに待っといてくれれば、すぐに終わるから」
女「……」
西「訝しむなや。それと、何か考えてくれへんと何もわからんやろ」
女「本当に、心が読めるのですね」
西「心なぁ……あんたみたいなアンドロイドに心あるとは思えへんけど」
女「!」
西「っとと、そんなきつい顔で睨むなや。真顔でそんなに表現力あるんはスゴイな」
女「……なぜ、私にこんなことを?」
西「何もないのに捕まえるわけないやろ。ただ、人のためや」
女「誰のため、ですか?」
西「……」
女「なぜ、黙るのですか」
西「あーあー、わかったわかった。教えるわ」
女「はい、お願いします」
西「助かるんは……私や私。私が一人で助かるんや。それ以外にはなーんの影響もないわ」
女「あなたが助かる?」
西「そや。私以外のためにはならんし、第一あんたは何もせえへんでも、調べられるだけで」
西「私は助かんねん」
女「なぜ、あなたは助かるのですか?」
西「そんなんええやん、別に。いちいち全部話すんめんどくさいから省いて説明させてや」
女「あなたは、誰ですか?」
西「どうせ金輪際合わへんねんからそんなんどうでもええやん」
女「いえ、一応」
女「あなたを助ける身として、私に教えて欲しいのです」
西「……はぁ、かなわんわ」
西「私は西。関西出身のナニワのプリティーガール」
西「さいちゃんって呼んでや」
女「はい、さいちゃんさん」
西「……さんは余計やろ」
女「わかりました。それでは、いくらでも調べてください」
西「ええんか?」
女「はい。それでさいちゃんが助かるのであれば」
西「……凄い正義感やな」
女「困った人がいるのなら、助けるのは当然です」
女「と、男さんはいつも言っていますから」
西「ふーん」
西(まあ、男くんがそばにおるんやったら、こうなるか)
西「それじゃあ、今から呼んでくるわ」
女「誰をですか?」
西「あんたの体を調べたいって言うてる人や」
女「……」
西「なに、調べるだけやから、安心しとき」
女「了解しました」
西(……もっとも)
西(私は『調べる』以上のこと、聞いてへんから)
西(調べるだけやないと思うんやけどな、多分)
西(ま)
西(私には関係ないことやけど)
・ ・ ・
男「急に不安になったんだが」
狐子「む?」
男「撫子と牧は大丈夫なんだろうか」
狐子「大丈夫だ」
男「根拠は?」
狐子「……なんとなく」
それは根拠になってない。
狐子「で、でもだな。撫子はああ見えても運動神経は抜群だ」
男「泳ぐの速いしな」
狐子「牧も日頃からランニングをしているしな!」
男「……運動能力と戦闘能力は違うと思うぞ」
撫子は水泳で狐子は陸上。二人を合わせれば水陸両用だな。
狐子「む?」
男「どうした?」
狐子「この部屋だけ、ドアの色が違う」
男「……もしかして、ここか?」
狐子「こんなわかりやすくしてると思うか?」
このドアに行き着くまでに、いくつか違う部屋に入ってみたが、机や椅子の配置がまったく等しくて、まるで何度も同じ部屋に入ったような感覚になった。
男「案外、相手も部屋が多すぎて迷っちまうのかもしれないぜ?」
狐子「そんな馬鹿なのか?」
男「まあ、入ってみるしかないか」
狐子「……そうだな」
冗談を言ったものの、緊張しつつ、ドアノブに触れる。
男「行くぞ」
狐子「うむ……」
ドアを勢いよく開けて、音を立てないように静かに中に入った。
薄暗い部屋の真ん中に、人の背中を発見した。
「なんや、もう来てしもたん?」
男「!」
ハニカミながら振り向いたのは言わなくてもわかるだろう、西だ。
西「会いたかったで、男くん」
男「西! やっぱりお前……!」
電話ではしらばっくれてたくせに、なんでそんな満面の笑みをしてやがる。
西「さいちゃんってゆーてるのに……でも、私より会いたかった人、おるやろ?」
男「!」
当たり前だ。お前の顔なんて、もう見たくない。
男「ああ、そうだ」
なんて、言わなくても。
西、お前にはわかってるんだろ。俺の心を読んで。
女は、どこだ。
狐子「こいつは、お姉さまの隣にいた……」
西「おお、ちんまい獣っ子やないか、久しぶり。可愛いなぁ」
狐子「! い、いきなりなんだ!」
西「照れてる照れてる、めっちゃ可愛い!」
西はニッコリと笑って、狐子と同じ目線になるように腰を曲げた。
その顔には、まったく裏がなく、無邪気な笑顔だった。
西「妖狐ちゃんを小さくしたみたいな子やなぁ、やっぱり姉妹なん?」
あんな会話をしたんだ、お前もそこにいただろう。
こいつらは正真正銘、姉妹だ。
西「まあ、どっちでもいいけど」
西は曲げた腰を直して、俺に視線を向けた。
男「……」
西「そんな怒らんといてーな、怖いやん」
男「……」
ただただ、俺は西を睨みつけた。
こんな視線を女の子に向けたのは、初めてかもしれない。
男「女は、どこだ?」
西「ああ、暗いからな、わからへんわな」
ここに、いるのか。
西は自分の上着のポケットを探って、小さなスイッチを取り出した。
西「ポチッとな」
言葉と同時にスイッチを押すと、明かりがついた。
西「ほら」
西は後ろを指差して、口を三日月のように釣り上げて笑った。
男「……!」
そこには、口と目を拘束され、体を縄で縛られた女だった。
男「お、女!」
女「……」
女に近寄っても、俺には反応しなかった。
西「もう用はないから、帰っていいで」
狐子「女に何をした!」
西「知らん。私は何もしてへんもん」
西は肩をすくめて、首を横に振った。
西「私は、な」
男「女っ!」
兎にも角にも、すかさず俺は女の拘束を解いた。
女「……」
男「女、大丈夫か?」
女「あ、男さん」
ボーっとして、女はこちらに目を向けて、指さした。
男「良かった……なにか、異常はないか?」
女「……」
男「お、女?」
女「……えっと」
狐子「男、なんだか様子が変だぞ」
首を傾げて、女は言った。
女「ごめんなさい、声が、よく聞こえません」
男「えっ……?」
女「それにすこし、視界もあまりよくないようです」
男「そ、それは今さっきまで目隠しされてたから……」
女「あっ」
急に女は立ち上がると、前に倒れこんだ。
男「お、女!?」
女「力が、入りません。位置感覚の麻痺が発生」
西「うわー、えげつないなぁ」
男「おい、西! どういうことだ!?」
西「いや、だから知らんゆーてるやん」
男「お前以外に聞けるやつがいないんだよ、答えろ!」
西「私以外に聞けるやつがおらん?」
違うやろ、と。
西は俺の後ろを顎をしゃくって示した。
西「そこにおるやつが、一番知ってると思うで」
男「……誰だ?」
?「ふふ」
笑い声を漏らして、暗い闇の中から誰かが現れた。
?「あなたは、初めまして、ですね?」
男「?」
そこには白衣姿の小柄な少女、だ。
しかし、腰には危なっかしいものをぶら下げていた。
二丁の拳銃。
西武の時代を彷彿とさせる、回転式拳銃。
?「久しぶりね、狐さん」
狐子「!」
?「あら、妖狐さんと違って小さいのね。それに今は、まったく違う姿になってるんですね」
目を見開いた狐子は、急にガタガタと震えだした。
男「き、狐子!」
女を抱きかかえて、狐子の元へ。
狐子は怯えて、滝のような汗をかいていた。
男「知ってるやつか?」
狐子「知らない……知らないけど」
狐子は大きく息を吸って、呼吸を整えた。
狐子「怖い、怖くて、仕方がない」
狐子は、震える手で、俺の手を強く握りしめた。
?「そんなに怖いですか、私?」
男「あんたは……何者だ?」
?「ただの山猫です」
男「山猫……?」
山猫「愛する人には、オセロットと呼ばれてた」
男「……オセロット」
腰を締めたベルトのホルダーから、二丁の拳銃を取り出して、クルクルと回し始めた。
山猫「さあ、私に聞きたいことは、なんですか?」
歯を出さずに笑う彼女からは、異様な雰囲気を感じざるを得なかった。
山猫「私が答えられることなら、なんでも答えて差し上げますよ?」
クルクルと回していた拳銃をしまって、指を銃の形にすると。
山猫「バーン」
と、無邪気に声を出してみせた。
男「……」
山猫「質問に答えるって言ったのになんで黙るんですか?」
口角を上げて微笑む彼女の笑顔。
悍ましい何かを感じる。
少女の内に秘めた何かを。
男「……あんたと西の関係は?」
西を横目で見やりつつ、俺は質問を投げかけた。
山猫「んー、なんていうか」
顎に人差し指を当てて思案してみせる山猫。
山猫「別に、大した関係じゃないですよ」
西「……そういうことや、男くん」
これ以上聞くな、と。
口では言わなくてもそう言ってるよう風で、西は俺の肩に触れた。
山猫「まあ、わかりやすい言葉で言えば」
山猫の鋭い視線に、西がビクリと震え、猫のようなツリ目が見開いた。
山猫「彼女は実験の被験者ですよ」
被験者?
西「待ちぃや!」
大声を出して西が前に出た。
西「私はあんたに触られたこともいじられたこともない! あんたとはただ……」
山猫「ただ?」
西「……私とあんたの関係はこの子連れてきたンで解消やろ!?」
この子。もちろん女のことだ。
女「……?」
どうやら女は自分が言われているとわかっていないようだ。
目が虚ろで、さっきより息が荒い。
山猫「あなたは不思議に思いませんでしたか?」
西「なにがや?」
山猫「『なぜ、自分の悩みを知っているのか』」
山猫「人の心が読めること……あなたが誰にも打ち明けたことのないはずのこと」
西「……」
山猫「私が知ってるのは当たり前なんですよ。だって」
山猫「それをあなたに施したの、私ですから♪」
西「へ、変な冗談よしぃや」
山猫「信じてくれないんですか?」
白衣の小さなポケットから一枚の写真を取り出した。
山猫「これは、誰でしょうね?」
写真に写っているのは。
少し幼いが――間違いなく西だった。
目を閉じて横になっている写真。だが、座っている場所はどうみても何かの実験用だった。
西「ふ……ふざけんなやぁ!」
男「!」
西がいきなり山猫の方へ飛び出した。
男「や、やめろ西!」
必死の思いで服の袖を掴むことに成功したが、
西「……うわわっ!」
強く引っ張ったせいで、西のブラウスのような服のボタンが取れて、ブラジャーが露わになった。
西「な、なにしとんねん男くん! こんなところでラッキースケベ発動すんなや!」
男「そ、それについては謝る! でもお前も落ち着け……!」
顔を真赤にして憤って見せる彼女だが、しっかりと胸を隠していた。
山猫「……ちぇ、残念」
山猫は既に拳銃を取り出す準備をしていた――だから俺は西を止めた。
こいつは西をなんのためらいなく殺そうとしていた。
一つの判断で、西は死んでいたかもしれない。
山猫「西さん」
西「なんや?」
山猫「一つ良い事を教えてあげます」
西「……?」
山猫「あなたのその人の心を読むことができる力……」
山猫「私、治してないですよ」
西「なっ……!」
くるりと回って背中を向けた山猫は、右手を挙げた。
西「で、でも男くんの心は、今は全然読めへん。それでも治ってへんって言うんか!?」
山猫「オンオフができるようにしただけで、実際にはまだあなたの体の中に残っているんです」
山猫「……証明してあげましょう」
山猫が大きく指を鳴らした。
部屋全体に響くような音で。
西「……!」
一体、なにが起きた?
西は、平気か?
西「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!」
男「!!」
いきなり西は叫び声をあげ、跪くような体勢になった。
男「に、西!?」
西「いやや、来るな! 喋るなぁ!!」
どうやら、心が読めるようになってしまったらしい。
山猫「どうしてそんなに怖がってるんですか? それがあなたじゃないですか」
山猫「異常で奇異で無様な、あなたそのものです」
西「私は……私はぁ……!」
男「お、落ち着けって西!」
自分の頭をむちゃくちゃに殴りまくる西。
悲惨過ぎて、見ていられない。
西「……」
―――
――
―
世の中って、つまらんなぁ。
結局自分のためやねん、みんな。
自分が可愛くて可愛くてしゃーない。
人の心読めたところで得なんてしぃひん。
結局薄汚れた、くだらない気持ちばっかり見えて。
偽って偽って、みんな生きてるんや。
だから私だけは正直に生きたいと思った。
どんなことを思われようが、そんなことはどうでもいい。
私は『異常』なんやから。
・ ・ ・
西「ありがとうございますー」
「いや、ええねんええねん、気にしんといて」(こんな可愛い子の手助けすればまた頼ってくれるかもしれへんからな)
西「誰にでも優しいん?」
「まあな、困ってる人がいたら誰でも助けるで!」(ま、可愛い子やないといややけど)
西「嘘つくなや、表面だけの偽善者」
「なっ!?」
・ ・ ・
「それ可愛いなー」
西「そうかな? 照れるわぁ」
(可愛い子ってずるいわー、何着ても可愛いし)
西「それも可愛いやん、似合ってるでー」
「ほんま? ありがとー」(嘘つけ、どうせ思ってへんくせに)
西「……ああ、思ってへんで。あんたみたいな性格ブサイクと一緒にいるのすらなんかのギャグかと思えるわ」
「えっ!?」
・ ・ ・
西「はぁ……」
西「つまらん……世の中やなぁ」
?「西さん、ですね」
西「ん? ……あんた、誰や?」
?「名乗るほどではありませんよ」
西「あの……私に何かようでもあるんですか?」
?「敬語でも喋れるんですね」
西「……」(喧嘩売っとんのか?)
山猫「おっと、そんな怖い顔しないで……こほん」
山猫「人の心を読むことができる力……持ってますよね?」
西「えっ!?」
山猫「そして、あなたはそれを治したい……」
西「な、治せるんか!?」
山猫「はい、一つして欲しいことがありますが」
西「するする! なんでもする!」
山猫「……汚い真似をすることになっても?」
西「こんな汚れた世界ずっと見てるよりマシや。私は、普通になりたい……」
山猫「……そうですか。それでは……」
―
――
―――
西「せっかく普通になれたのに……なんでや……なんでやぁ!」
男「落ち着け西!」
西「うるさいわ! 私のことなんかほっといて!」
男「ほっとけるかよ!」
西「どんなに上辺つくろぉても、私には心が読めるんやで!」
あんたが実は私のことなんかどうも思ってへんってこともな、と涙で顔を濡らしながら激怒した。
ああ、読めばいい。
俺はお前を純粋に助けてやりたい。
それだけだ。
西「え!?」
俺の顔を見て、驚嘆の顔をする西。
男「山猫! 西を元に戻せ!」
山猫「えー? なぜですか?」
男「こいつはやっと、悩みが無くなって嬉しいんだろ?」
男「それに、女を連れてくるのが条件だったんなら、西はちゃんと達成したじゃないか!」
西「!」
山猫「許すんですか?」
山猫は不機嫌に目を細めた。
山猫「彼女はあなたの大切なアンドロイド……女さんを連れ去ったんですよ?」
西「……せや、男くん。私を助けることなんてないんやで……」
西は俺に目を合わせずに、言った。
許して欲しくない、そんな風な言い草だった。
男「ああ、そうかもしれないな」
西「!」
男「でも、俺は自分の気持ちだけでこいつを救わないなんてできない!」
西は『普通』を求めた。
俺はそれで失敗しちまったけど。
今の西を見ればわかる。
彼女は本当に辛いんだ。
そんなやつを見捨てることなんて、できない。
?「良く言った」
ハスキーでよく響く声。
一気に充満するタバコの臭い。
狐子「へ、蛇!」
銃を構えた蛇さんが、俺の後ろに立っていた。
蛇「遅くなって悪かった」
男「へ、蛇さん……」
片腕は、先の戦いでなくして、もう一本しかないが。
それでも、充分なように感じるほどの威圧感を放っていた。
蛇「……山猫」
山猫「ぼ、ボス!!」
蛇さんの知り合いなのか?
山猫「お久しぶりです、ボス……」
蛇「……どうしてお前がここにいるんだ?」
山猫「そんな悲しいこと言わないでくださいよ」
山猫は涙を落とした。
ただ、その涙は。
男「!」
黒かった。
漆黒で、暗黒で、凄惨で。
恐ろしく、黒かった。
蛇「! お前……」
山猫「ボス、ずっとずっと会いたかったです」
蛇「男! 逃げろ!」
男「え!?」
蛇「こいつは……本当にまずい」
男「で、でも……」
俺から見ても、こいつはかなりの危険だとわかった。
だからといって、片腕を負傷している蛇さん一人にはできない。
蛇「迷ってる暇はない。女とそいつ(西)を連れて逃げるんだ!」
狐子「男!」
男「!」
部屋のドアに手をやりながら、狐子が俺を呼んでいた。
狐子「早く逃げるぞ!」
男「あ、ああ……わかった!」
俺は女を抱きかかえて、部屋のドアに向かった。
俺がいても、蛇さんの邪魔になるだけだから。
西が座り込んで、動こうとしていない。
男「西! さっさと行くぞ」
引き返して腕を取る、しかし、振り払われた。
西「いやや!」
男「!」
西「私はもう……いやや、こんな世界!」
西「結局異常なままや……治らへんかった! 私は結局またいつも通りに戻ったんや!」
男「うだうだ言ってねーでさっさと行くんだよ!」
今この場所から離れなければ、蛇さんの邪魔になる。
それに、こんな状態の西をほっとけるわけがなかった。
俺は西の腕を強く引っ張って、立ち上がらせた。
男「異常でもなんでも、いいじゃねえか!」
男「全部俺が受け止めてやる!」
西「!」
男「とにかく、行くぞ!」
西「……」
・ ・ ・
男「……」
起きてみれば、俺は家の布団で眠っていた。
狐子「気がついたか?」
男「き、狐子」
狐子「ずいぶん疲れてたみたいだな」
男「……今何時だ?」
狐子「四時。あれから丸々二日経ってる」
男「!!」
俺は物凄い時間、眠っていたようだ。
狐子「それでも良かった、目が覚めて」
男「……ああ」
狐子「し、心配したんだ――」
撫子「お、男さまっ!?」
男「! 撫子」
撫子は涙を流しながら俺に抱きついてきた。
いきなりでぼんやりとしていたが、だんだん恥ずかしくなってきた。
牧「男、目覚めたんだね!」
男「牧っ」
牧は俺の横に寄って、ニッコリと笑った。
狐子「……ふんっ!」
男「狐子、さっき何を言おうとしたんだ?」
狐子「別になんでもない!」
狐子は機嫌を損ねたのか、そっぽを向いていた。
・ ・ ・
詳しく話を聞いてみると、あのあと俺達は急いで家に戻ろうとしていた。
そこまでは俺も覚えていた。
でも、いきなり俺が倒れたらしく、狐子が俺の携帯を使って助手さんに連絡をとった。
(よく携帯が使えたなとか思ったけど、あえてそのことは触れなかった)
研究所に着いて、女と西はそこに残った。
女はそれほど悪い症状ではないらしく、安心した。
西の能力もどうやら博士が治せるらしい。……治せるのか。
博士が敵じゃなくて良かった。
そして狐子は俺を抱えて家に戻ったらしい。
男「え……俺を抱えて帰ったのか?」
狐子「そうだ、重かったぞ。何度捨てて帰ろうかと思ったことか」
男「俺を見捨てる気か!?」
狐子「私は見ないで捨てるぞ」
捨てる気だった!
撫子「本当に心臓が止まるかと思いました……狐子もボロボロでしたし、男さんなんて……」
俺の安否がわかったのにもかかわらず、まだまだオロオロとしている撫子。
なんだか、狐子が俺を抱えて帰ってきた時の撫子の反応はすっごく頭によぎる。
本当に心配してくれたんだな、と思う。
牧「言ってくれればボク達も力になったのに」
男「はは……」
できるだけそれは避けたかった。
狐子には妖狐がいるから、今回は同行したけど、そうじゃなかったら一緒に行きたくなかった。
危険な目に遭うのは俺だけでいい。
……まあ、結局蛇さんまかせだったけど。
男「そういえば、妖狐は?」
狐子「……」
無言のまま、狐子は首を左右に振った。
・ ・ ・
心配されつつもそれを押し切って一人で研究所に行ってみると、入り口の前に腕を組んで仁王立ちしている助手さんがいた。
ムスッとした顔で俺を睨みつけている。
男「じょ、助手さん……」
助手「……」
声を発さないまま、俺の目の前まで急接近。
そして、助手さんにスゴイ勢いで抱きつかれた。
「心配させた罰だ」と潤んだ目で言われたが、この上なく嬉しい罰だった。
男「あの、女は?」
助手「うん、治ってます。ただ……」
男「ただ?」
助手「詳しくは中に入ってからです」
いつになく元気のない助手さんの声を聞いて、嫌な予感を感じざるを得なかった。
・ ・ ・
女「あ、男さん」
男「女っ!」
女「お騒がせしてしまったみたいで」
ペコリと頭を下げた。
そんなこと、気にすることなんかない。
博士「……わかったか?」
男「はい」
表情がまた、かなり無表情になっている。
機械のように、精密に造り上げられた顔に。
まるで、初めて会った時と同じような。
不変の無。
女「?」
首の傾げ方は、女のままで、変わっていない。
それだけでホッとした。
博士「蓄積されていた感情のデータを根こそぎ取られている。筋繊維に相当するパーツを大方損失していたから全部直しておいたぞ」
男「ありがとうございます……」
博士「礼など良い。女の方は全部洗いざらいに点検しておいたから安心だ。それより」
男「?」
深刻な顔で博士が指さした先に、西がいた。
博士「子供扱いされて腹が立つから、さっさと追い払ってくれ」
本心では無いだろうが、博士はそう言ってまた大きなパソコンに目を向けた。
・ ・ ・
男「西!」
西「……ひ、久しぶりやなぁ」
男「治ったのか? あれは」
西「おかげさまでな、それにしてもスゴイなぁ、あの子」
あの子は、おそらく博士のことだろう。
言っておくが、博士は見た目だけで見ると近所の公園で遊んでいるような小さな女の子だ。
その言い草をしてしまうのは仕方がない。
男「まあ、今更驚くこともないだろ? アンドロイドのことも許容できてたんだし」
西「せやな、そんなに驚かへんかったわ」
男「……これからどうするんだ?」
西「どうするゆーても、まあのんびりとするわ」
せっかく『普通』になれたんやし、と。
彼女はこれまでに見せたことのないような満面の笑みを浮かべた。
男「そうだな」
西「……あのな、男くん?」
男「? なんだ?」
西「この前、私に言ったこと……覚えてる?」
男「この前?」
西「ほら、洋館出る前に私に言ってくれたことや」
男「……?」
あの日のことは、あんまり覚えていない。
大まかなことは覚えてるんだが。
西「お、覚えてへんのやったらええねん。別に」
西は手を大げさに振ってみせた。
男「? そうか」
心が読めなくなった今の彼女は、本当に気持ちの良い喋り方をする。
なんだか話してて気分が良い。
男「西って、すっごく話しやすいやつなんだな。今話しててびっくりするくらいに」
西「まあ、そう言うても私はひねくれ者やからな」
男「ん?」
西「だいいち、別にまだあんたに心を開いたわけでもないし」
西「いいかげんなこととか言われたりしたら、ものごっつ怒るし」
西「すごいテンションの上り下りとかもあるし」
西「きぃ遣うようやったら話しかけんといてな」
男「お、おう……?」
何が言いたいのか、正直わからなかった。
多分、自分との付き合い方について言ってるんだと思うけど。
西「そ、それじゃあありがとうな」
男「え、もう行くのか?」
西「あのお嬢ちゃんに嫌われてるみたいやしな。あんまりゆっくりさせてもらうんのも悪いし」
男「そうか、またなにかあったら連絡しろよ?」
西「うん、ありがとーなー」
男「おーう」
西「……男くん!」
男「?」
西「これからよろしゅうな♪」
そして、彼女は裏のない笑顔をべっとりと顔につけたまま、俺の前から去っていった。
・ ・ ・
蛇「いつか、大きな何かがあるはずだ」
男「……」
蛇「それに対する準備をしないといけない」
男「はい」
蛇「なんにせよ、それが来るまでには時間があるはずだ」
片腕に巻かれた包帯を取って、新しい腕の感覚を感じているようだ。
蛇「まあ、気にすることはない。頭の片隅にちょっとでも残しておいてくれれば幸いだ」
男「え?」
蛇さんはタバコを取り出して口に咥えた。
蛇「その時その時、やるべきことをやれ。今はそれが重要だ」
男「で、でも……」
蛇「気にするな。あっちだって急いで事を進めようとはしないだろう」
男「……」
蛇「一度リセットすることも大切だ。気持ちを切り替えろ」
今回起きたことも山猫のことも。
とりあえず、セーブはしつつ一旦リセット。
いつでもロードはできるように、か。
蛇「また、女の表情を戻すために一からスタートなんだからな」
男「……はい」
そうだ。
女の感情が心なしか変わっていたのは、気のせいではなくて、ちゃんと変化していたんだ。
蓄積されたデータは無くなっても。
またこれから、増やしていけばいい。
そうだよな、女。
・ ・ ・
大「結局お前が来ないから旅行はまた先の話になっちまったぞー」
男「わ、悪かったよ」
大は不満気に俺の肩に軽くチョップを繰り返した。
地味に痛い。
学「俺達の意見は全部変態的だと言われて何を言っても反対されて……」
男「お前らの普段の行いの悪さだろうが」
特に学は鏡の胸を凝視し過ぎだ。たしかにでかいけれど……。
大・学「お前に言われたくないけどな!」
こ、こいつら心が読めるのか!?
桃「この前はどうしちゃったの? お腹痛くなったとかー?」
男「腹痛だったらトイレに行けば済むだろ」
黒「住む……居つかれたら困るわ」
男「字が違う!」
しかも俺とお前は違うトイレを使うから困らないだろ!?
鏡「と、とにかく男さんもいるんだし、改めて決めましょう!」
男「さすが鏡! ちゃんと本題に戻してくれた!」
「ごめーん、遅れてもたー」
男「……え?」
西「ん? どしたん、男くん」
男「え、えええええええ!?」
西「なんでそんなビックリしてるん。可愛い子が目の前にいるからって興奮されたら困るわぁ」
男「な、なんで……西、お前……!?」
西「いややなー、私は正式にこの大学に入ったんやで? いるのは当たり前やん」
西「それと、私のことはさいちゃん、やで?」
人差し指を立てて、俺の唇に当ててきた。
男「……ああー」
もう、どうにでもなれだ。
西のことも色々とリセットして付き合っていこう。
西「ふふ、これからよろしゅうな」
手を後ろに持って行って、西はハニかんだ。
新たに愉快な仲間が増えちまったことに溜息を吐きつつ、旅行先を考えるのであった。
狐子「男♪」
起きてみれば。
目の前には見たこともない笑顔の狐子がいた。
狐子「早く起きろ♪ 待ってたんだからなぁ」
男「……」
なんだ、夢か。
こんな可愛らしい狐子が現実にいるはずがない。
目、めっちゃキラキラしてるし。
いつもはもっとムスっとして、何か言うとつっかかってくるんだ。
というわけで、おやすみなさい。
狐子「……寝るなぁ!」
ゴスっと。
きつい一撃を頭に食らわされる。
痛い。
……あれ?
夢じゃない……のか?
・ ・ ・
男「で、なんでお前そんなに上機嫌なんだ?」
狐子「ふふふ、見ろ」
男「ん?」
狐子が取り出したチラシには、激ウマという大文字。
そしてすこしずつ視界を広げてみると……。
男「『うどん』……」
狐子「そう、うどんだうどん。私はうどんが食べたい。食べたくて仕方ない!」
撫子「あ、うどんだったら作れますよ」
男「じゃあ、狐子に一つお願い」
狐子「ちっがーう! 私は今、猛烈に外でうどんが食べたいんだ!」
男「……つまり、うどん屋のうどんが食べたいと?」
狐子「そういうことだ」
で、あんなに甘い声を出していたというわけか。
狐子め、どこからそんな技を仕入れてきた。
男「すこしはゆっくりさせてくれよー」
昨日バイトで夜遅くまで入れられちまって、大変だったんだから。
男「……」
まあ、無理もない。
例の事件のせいで、女が無断欠席で空けちまった分を、俺が無理言って引き受けたんだし。
今の女には、できるだけ家にいて欲しい。
外には出てほしくなかったからだ。
まあ俺が別に何か言う立場でもないのは確かだ(俺も無断欠席だったし)。
どうやらその間の分は会長さんがやってくれたらしい。
どこまで優しい人なんだ、あの人は。
狐子「約束を忘れたのか!?」
物凄い真剣な眼差しで、狐子は俺を見つめる。
そして逃すまいと服にしがみついてきた。
男「えっと、なんだったっけ?」
ショックのあまりに狐子は床に膝と手をついた。
狐子「男には失望した……もう私に話しかけるな」
男「そこまでのダメージかよ」
まあ。
覚えてるんだけども。
男「……で、このうどん屋のが食べたいと?」
狐子「そうだ!」
元気に起き上がって返事をする狐子。
男「なるほどな……」
服を着替えるために、俺はゆっくりと立ち上がった。
・ ・ ・
狐子はうどんが好きである。
『きつね』だからというわけでもないだろうに、うどんが食べ物の中で一番好きだ。
油揚げがとても好きなようだ。
『出身地は香川にしたいくらい』らしい。
とにもかくにも、俺と狐子は二人でそのうどん屋に向かっていた。
女や撫子、牧も連れて行きたかったけれど。
狐子『これは私と男の約束だ』
と言うもんで、結局二人で行くことになった。
あの家にいても、結局俺が一番話す相手は決まって狐子だってこともあって、こいつとはほぼ一緒にいたりする。
一番ほっとけないから、という考えもある。
狐子「私は馬鹿だ」
男「あ?」
いきなり狐子は自分を戒めるような言葉を漏らした。
狐子「女が作るうどん、男が作るうどん、撫子の作るうどん……」
狐子「それだけで満足していたように思える!」
男「そうであって欲しいけどな」
狐子「家の中の狐、饂飩を知らず!」
そのままだ。
狐子「というわけで、新装オープンのうどん屋に足を運ぶことにしたのだ!」
男「食事代を払うのは誰だ?」
狐子「無論、男しかいないだろう」
即答だった。
まあ、狐子に払わせる気なんてまったくなかったけど。
というか、他のやつらにも払わせるつもりなんてない。
狐子「どんなうどんが出てくるか楽しみだ……!」
体をウキウキさせながら、狐子は可愛らしく耳を出した。
感情の高ぶりを表す耳が、ピョコンピョコンと歩調に合わせて動く。
今は喜んでいるのか?
男「……」
だけれど。
狐子は、もう大丈夫なのだろうか。
彼女は愛する家族をなくした。
再開したのはつい最近だったが、雰囲気はおろか、何もかもが変わり果てていた。
そして、目の前で息をひきとった。
アンドロイドだけれど、その表現でいいだろう。
俺にとって人間とアンドロイドには差異なんてないんだから。
男「……狐子」
狐子「なんだ? いきなり暗い声出して」
男「大丈夫なのか? ……妖狐のこと」
聞いちゃいけないことだとはわかっていた。
だけれど、俺は聞かないといけないと思った。
聞かないと、俺の気持ちがおさまらなかった。
狐子「ふん、何を言い出すかと思えば、そんなことか」
鋭い八重歯を見せて、ニヤリと笑った。
狐子「私は全然大丈夫だ。ここで私が落ち込んでいては、お姉さまに悪い」
男「悪くはないと思うけど」
狐子「うるさい、いいからちゃんと聞け」
狐子「確かに私はお姉さまを、家族をなくした」
狐子「でも、私にはまだ、大切な人がいる。好きな人がいる」
男「……え?」
狐子「……! ち、違うぞ! 決してお前とか、女とか、撫子とか、牧じゃないからな! 別にお前たちのことなんか全然気にしてないんだからな!」
男「お、おう」
顔を真赤にして、呼吸を整えて。
狐子「立派になっていつかお姉さまを驚かせたいんだ」
男「そっか」
狐子「そのためには、うどんを食べなければならないのだー!!」
男「それ関係あるのか?」
狐子「ある! モチベーションが上がる!」
男「簡単なやつだな」
でも。
それが狐子であって、狐子の良いところだ。
やれやれ。
こりゃすこし奮発してやっても、いいな。
・ ・ ・
男「……おい」
狐子「……なんだ」
男「あのチラシ、いつのだ?」
狐子「……ちょ、ちょっと前?」
男「嘘つけ! 新装オープンなのに休んでるわけないだろ!」
狐子「うるさい! もとはと言えばお前があんなところに美味しそうなチラシを置いとくからだぞ!」
男「俺のせいかよ!? それとチラシは美味しくねえよ!」
ヤギか!
狐子「後日また行くぞ! 絶対にな!」
男「ま、まじかよー!?」
そんなこんなで、結局うどんは食べられなかった。
狐子「絶対に、食べてやるからなー!!」
To be continued!!!
撫子「男さん」
男「ん?」
撫子「大変なことになりました!」
男「なんだ?」
撫子「教えて欲しいですか?」
男「え? そ、そりゃね。気になるし」
撫子「気になりますかぁ~?」
男「うん」(なんだこの言い方は……)
撫子「教えて欲しいですかあ~?」ニコニコ
男「教えてください」
撫子「どうしましょ~う」
男「やっぱりいいや」
撫子「え!? そ、そんな……」
男「なんか言う感じじゃないし」
撫子「ご、ごめんなさい! 男さまをからかおうとしただけなんです……」シュン
男「つまり大変なことなんて何も無いと?」
撫子「……」
男「大変なことって言うからなんなのかと思ったよ」
撫子「え、えっと……大変なことは起きてるんです」
男「え?」
撫子「ま、また料理に失敗してしまいましたぁ……」グスッ
男「! だから焦げ臭かったのか!」
撫子「ごめんなさい!」
男「撫子のことだ、また頑張って洋食を作ろうとしたんだろ?」
撫子「は、はい」
男「努力してるのは良いことだよ。偉い偉い」
撫子「……で、では」
男「?」
撫子「撫で撫で、してくれますか?」
男「な、撫で撫で?」(撫子だけに? ……寒いこと言うな、俺)
撫子「はいっ、男さまに撫でていただけたら……もっと頑張れそうなのです!」グッ
男「……そ、そんなの効果あるのかね?」
撫子「あります!」ニコッ
男「……じゃ、じゃあとりあえず」
ナデナデ
撫子「ふわぁ……」ブルブル
男(! ちょ、撫子喜びすぎ……!)
撫子「……えへへ、ありがとうございます」
男「ま、まあ……これくらいならいつでもするよ」
撫子「本当ですか? やったぁ」
男「あ、あはは……まあ、料理頑張ってね」
撫子「はい、頑張ります♪」
・ ・ ・
撫子「男さま……あ、あの……」
男「こ、焦げ臭っ!?」
撫子「ご、ごめんなさいぃ!」
To be continued!!!
男「そういえば、牧は好きな人ができたらどうする?」
牧「え、ぼ、ボク?」
男「もしも好きな人がいたら、どんな感じにアタックするのかなーと」
牧「……ボクは一緒にいれればそれだけでいいかな」
男「え?」
牧「その人が幸せだったら良いと思うよ。そこにボクがいなくてもさ」
男「それって辛くないか? 俺は無理かもしれないな」
牧「そうかい? ボクはそれでも良いと思うよ」
牧「彼が望むなら、ボクはいなくても良いだろうし」
男「彼?」
牧「……あっ、な、なんでもない」
男「……まあ、牧」
男「俺はお前がいてくれないと嫌だからな」
牧「え?」
男「牧はどう思ってるかわからないけど、俺はお前がいてくれて幸せだからさ」
牧「……男」
男「って、こんな話するつもりじゃなかったのにな~。なんか、照れるなぁ」
牧「ふふ、ボクが嫌だったらどうするのさ?」
男「え!? そ、そんなこと言わないでくれよー」
牧「どうかな? ふふっ」
牧(……ありがとう、男)
牧(ボクはいても、いいんだね)
To be continued!!!
『言葉って、難しい』
女「男さん」
男「はい?」
女「今日のご飯、何がよろしいですか?」
男「うーん……別にてきとーでいいじゃないか?」
女「てきとうに、選べと?」
男「うん」
女「それでは、こちらからお選びください」
男「なに、このたくさんの食材リストは……」
女「食材を適当にお選びください」
男「あ、そっちの適当か!?」
『唇を赤く』
男「ん、狐子、何してんだ?」
狐子「ふふ、見ろ!」
男「お、なんだなんだ?」
狐子「リップクリームをつけてみた!」
男「おー、微妙に唇が赤くなってるな」
狐子「これで乾燥は微塵にも感じん!!」
男「でもちょっとムラがあるな。貸してみろ」
狐子「ふえ!?」
男 ヌリヌリ
男「よし、これでよし」
狐子「……」ピョコンッ
男「ん?」
狐子「か、勝手に人の唇を塗るなー!」ピョコピョコ
『自分で言っておいて、恥ずかしい』
牧「普段その人が言わないようなことを考えるとなんだか面白いよね」
男「というと?」
牧「例えば――」
狐子『重そうな荷物を思ってるな。よし、今日はお手伝いしてやろう』
男「ふむ、たしかにお手伝いをする優しい狐子は可愛いな」
狐子「変なこと言うな……というか、普段優しくないとでも言うのか!」
男「やべっ」
撫子『うふふ……私とお話をしようなんて、いい度胸ですね?』
男「お、おお……なんか撫子のSはなんだか凄そうだ……」
撫子「そ、そうなのですか……!」
男「あ、間に受けないでね」
女『ごめんなさい、失敗してしまいました……うぅ』
男「絶対に言わないな」(でも、可愛いな、それ)
女「言いましょうか?」
男「え!?」
・ ・ ・
牧「ね、面白いでしょ?」
男「そうだな。それだったら牧もさ――」
牧『あなたのことが大好きです……』
男「って、顔真っ赤にして言ったらめちゃくちゃ可愛――って、牧?」
牧「……」カァァ
男「ま、牧!?」
『バイトが飽きた? そんな時は……』
男「あー、やっぱりずっと同じ作業だと、バイトもちょっとずつ飽きてくるなぁ」
会長「そんなことはないぞ。いつも楽しいことを考えていればな」
男「楽しいこと?」
会長「例えば、お客様を誰かに置き換えてみるとか」
男「置き換えてみる……か」
・ ・ ・
男「いらっしゃいませー」
女「コーヒー一つお願いします」
女「すいません、モーニングセット」
女「スイートパフェをください」
・ ・ ・
男(すっげえ想像しづらいな)
会長(男がお客様だと思えば、自然に笑みがこぼれてしまう)ニコッ
客 ドキーン
To be continued!!!
『子供と大人』
男「狐子はまだまだ子供だよなぁ」
狐子「なんだと!」
男「ムキになると、余計子供っぽいぞ」
狐子「大人ぶるな! お前だってまだまだガキだろうが!」
男「成人はしてるけどな……」
狐子「ならば、どうして私は子供だと言える?」
男「それは……」
狐子「ほら、言えないだろ? はははははは!」
男「ジェットコースターの身長制限?」
狐子「……」
『ハイスペックなやつら』
男「うわーなんだこれ」
女「喫茶店人気店員順位?」
男「女と会長が1位タイ……やっぱりすげえなぁ」
女「みなさん、よく私達のことを知っているのですね」
男「自己紹介なんてしたこともないのにな」(というかこんな企画あったんだな……俺はもちろん圏外)
女「はい」
男「ときに女さん!、人気店員になるにはどうすればいいのでしょう」
女「お客様の顔を覚えて、よく選ぶメニューも覚える……でしょうか?」
男「ええ、それは無理だろう。何十人と来るのに」
会長「む? 当たり前ではないのか?」
男「」
『夢』
牧「撫子は夢とかあるの?」
撫子「お嫁さんです♪」
牧「へえ、撫子らしいね」
撫子「ありがとうございますっ。牧は、なんですか?」
牧「ボクは……なんだろ?」
撫子「今すぐに答えを出すのは、違うと思いますから、決まったら今度教えて下さいね」ニコッ
牧「あはは、そうするね」
牧(……夢、っていうか)
牧(ボクはずっとこうやって過ごしていたいな)
『俺がいる時にかぎって……』
狐子「見ろ、牧!」
牧「あ、スカート?」
狐子「ヒラヒラしたのは性に合わないが、どうだ?」
牧「とっても似合ってると思うよ。いつもの狐子とはずいぶんとイメージが違う感じ」
狐子「牧も穿いてみたらどうだ?」
牧「ぼ、ボク? そ、そんな……恥ずかしいよ」モジモジ
狐子「そんなに照れるな。女が買ってきたんだ。着ないともったいないぞ」
牧「そ、それじゃあ……」
・ ・ ・
牧「ど、どうかな?」
狐子「うむ。なかなか似合ってるな」
牧「……や、やっぱり恥ずかしいなぁ」
狐子「恥じる必要などどこにある?」
牧「で、でもぉ……」
男「ただいま……おっ、可愛いな、二人とも」
狐子「む、男か」
牧「うわわっ!? 男っ!?」
スルッ
牧「きゃっ……」
コテッ
牧「いたた……」
男「!!」
牧「ふえ?」
ペロン
男「……み、見てないぞ! 俺は見てないからな!!」
牧「う、うわぁん......」
狐子「男ぉ……!」
男「なんでいつもこうなるんだ!?」
To be continued!!!
女「男さん、この本面白かったです」
男「ああ、もう読んだのか?」
女「はい」
男「いやあ、まさかそんなバトル漫画、女が読むとはなぁ」
女「丁寧な描写、繊細な心理状況に加えて起承転結がしっかりとしていて、とても面白かったです」
男「おお、わかる? この漫画、アニメ化もされてて今めちゃくちゃ熱いんだよねー」
女「冷ましたほうが良いですか?」
男「うーん、この場合は冷めてもらうと困るかな」
男「女としては、どのシーンが良かった? 俺は『この身が朽ちようとも……!』って言って相手に剣を突き出すシーンが好きだね」
女「男さん、違います」
男「え?」
女「正式には『この身が朽ち果てようとも……!』です」
男「あ、ああ。そうだったっけ?」
男「それに、なんと言っても10巻あたりで新しい組織が出てくるじゃん?」
女「12巻の68話ですね」
男「えーっと……そ、そうだっけ?」
女「はい」
男「そいつらがまさか30巻くらいまで引きづることになるとは思ってなかったなー」
女「正式には28巻の123ページですね」
男「……」(女、細かすぎ!)
To be continued!!!
831 : 久方 ◆p79mT8Wu64Nk - 2012/01/31 02:38:06.14 MqEllFQxo 1900/1986すでに200レス切ってるとは……恐ろしい。
みなさんに残念なお知らせです。
今年は更新が完全に滞ってしまう可能性が出てきました。
現実世界でのたくさんの私事が重なりに重なり、やむを得ません。
そこで、このSSはこのスレで一時休止という形を取らせていただこうと思っています。
このスレが1000に行くまでは続けるつもりです。
必ず戻ってきますので、ご安心ください。
スレタイは多分、005になって、戻ってきます。
私事を優先してしまい、本当にごめんなさい。お知らせでした。
追伸
ツイッターにて、自分の動向などは呟いて行くつもりです。よろしければご閲覧ください。
それでは。
狐子「むむ……」
男「ん、どうしたよ?」
狐子「ついに新シリーズの幕開けだ」
男「ああ、日曜朝か」
狐子「それにしても、大分様変わりしたな」
男「あ、今回は5人なのか」
狐子「多すぎる」
男「まあ4、5年前もそうだったんだし、いいんじゃないか?」
狐子「む、なんで知ってるんだ?」
男「お前にせがまれて一緒にオールスター観に行っただろ」
男「お前が教えてくれたじゃねえか、その時殊更に」
狐子「オールスターズだ」
男「え?」
狐子「オールスターではない、オールスターズだ」
男「なるほど……でもまあ、この前のが最後だったんだろ?」
狐子「新しく生まれ変わる。今年もやるぞ」
男「へ」
狐子「また行くからな!」
男「ま、まじかよ……」
To be continued!!!
零
どうやら俺は、また女性恐怖症を再発させてしまったのかもしれない。
女性を見るだけで、気分が悪くなり、できるなら見たくない。
一方的な俺の嫌悪で女性を敬遠するのは良くないとわかっているのだが、簡単な話ではない。
簡単に解決しているなら、この物語は始まらない。
この話は、道理に逸れている。
それだけはもっとも明確で、隠し切れない真実だ。
俺を罪人という人もいるだろう。
それも潔白で、嘘などない。
汚れた出来事。
俺だって、忘れられるなら忘れたい。
でも。
忘れることなんてできない、実を言えば、本心では忘れたくない。
俺が立ち直ることができたのは、その存在あってのことだったから。
その存在がなければ俺は前を、正面を向くことすらできなかっただろう。
無理矢理向いていれば、違う方向を向いていたかもしれない。
後ろ向きな発想が付きまとって、俺を離さなかったかもしれない。
それほどに悩んでいた。苦悩の日々だった。苦痛の毎日だった。
彼女に会えて、今は嬉しく思う。
どんなに最低で最悪で劣悪で非合理で非道徳な話であっても。
俺が再起できたのは、彼女のおかげなのだから。
俺はどうしても働くことができずにいた。
大学ニートは、俺のあるべき大学生ランキングの中で一番地位が低いものだ。
何かに熱中している人はまだいい。サークルに尽力しているなら、大学ニートではない。
今現在進行形で、自分がなっている。なんともやりきれない気持ちだ。
バイトもせず、サークルに打ち込まず、ただただ何もせずに路頭に彷徨っていた。
それには、大きな理由がある。
俺は女性が苦手である。
高校生の頃、一度は克服したはずなのに、また、その症状は俺に牙を剥いた。
女性を感知しただけで体に寒気が走り、その場から逃げ出したくなる自分がいる。
女性関係で問題がなければ、ここまで拒絶することはないんだけれど。
俺には心当たりがありすぎた。
こんなことを自分で言うのはどうかと思うが、俺はどうやらありえないほどに顔立ちが良いらしい。
出会う女性は、俺を見ると顔を火照らせ、突き刺すような視線を浴びせてくる。
この後、猛烈アタックをしかけてくるのだが、それが辛くて仕方がない。
悩み事なのだが、人に相談すると必ず返ってくる言葉がある。
『羨ましい』。
まあ、きっとそうなのだろう。
世間一般で言う、『モテる』という意味でもあるから。
しかし、度が過ぎると、色々と参ってしまう。
世の中なんでもほどほどが良い。痛感する。
程度は過度よりも程々がよい。
態度は過度よりも程々がよい。
調子だって、良い日があれば必ず悪い日もある。
なにごともバランスよくなくちゃいけない。
そうして世界は保たれている。
自慢でも、なんでもないのに。
羨ましいと思うのは、虫がよすぎる。
さて、どうするか。
求人のチラシを何枚かコンビニ等から手に入れて、それを見る。
大学生にもなると流石にどんなバイトでもできる。
接客業をよく勧められるが、それはできそうもない。
高校の時と同じように女性に触れることができなくなっていた。
会話をしていると体が震えて息苦しくなる。
池面「はぁ」
溜息を軽く吐いた。
俺こと池面は、絶賛大学ニートである。
池面「大体、接客業多すぎるだろ。なんで広告の半分以上が接客業なんだよ」
まあ、何も免許がなくてもできるけれど、今の俺には相当きつい仕事である。
こうなりゃなにか一つ免許を取って、人と接しない仕事でもするか。
でも、さっさと取れなきゃ困る。それで二、三ヶ月取られちゃ元も子もない。
俺はすぐにでもこの位置から脱したかった。大学ニートという位置から。
池面「できなくてもいいから、接客のバイトするか……コンビニとかならまだテーブル越しだし」
弱気だった。
最近の俺は恐ろしいほど貧弱で、脆弱で、虚弱だった。
まあ。
多分、今回もダメなんだな、と。
弱気な自分がいる。
上手くいっている自分を想像できないでいる。
不安に駆られて、体が硬くなってる。
池面「はぁ~……」
まだ面接も、仕事をしたわけでもないのに、心配だ。
実際、面接に受からないとダメなわけだけど、面接は落ちたことがなかった。
だからそのことに関しては気にすることはない。
池面「とりあえず、アパートから近いのを虱潰しに探すか」
続けられないなら、それまでと思えば、なんとなく気分が軽くなる。
それが自分を甘やかしてることだと、わかってはいるけど。
池面「……ん?」
散歩をしつつチラシを見ていたら、懐かしい場所に着いた。
小学生の頃よく遊んだ空き地。
池面「あはは、懐かしいな、ここ」
昔見た時より小さく感じるその場所に、俺は自分の成長を感じた。
十年以上前のこと――か。
まさかまだ残ってるとは思っていなかったので、俺はすこし寄ることにした。
本当に、そのままだ。
茂った雑草も、寂れたベンチ(?)のような座れる場所も。
何一つ遊具のない、だだっ広い空き地だった。
漫画で見るような土管もある。
池面「よく、この中に入ったっけ」
懐かしがりながら、土管の中を覗いてみる。
すると、
池面「!?」
?「むむ、まさか私の気迫で人を呼んでしまったか。参ったな、私にはそのような力があるとは自分では思ってもいないし、そのようなことは起きるはずもないと思っている、か弱き一人間に過ぎないのだが」
中には白装束を着たとても小さな、女の子がいた。
?「ここで会ったのも何かの縁だ。むむ、この空き地に目をつけたということは、私と縁があったと言うより、この場所、つまりこの空間――個所に縁があると考えるのが妥当か」
女の子、童女、幼女。
まごうことなき、とても幼い子どもがそこにいた。
To be continued!!!
壱
池面「えーっと、君の名前は?」
?「名前、か。些細なことを気にするのだな、君は。しかし、このまま名前を知らぬままだと会話がしづらいことだけは確かだ。よし、お教えしよう」
コホン、と咳払いをして、
?「私の名前は童。見るからに君のほうが年上――当たり前のように私のことは呼び捨てでもすればいい。しなくても結構だが、年下である私が君より劣っているということではないからあしからず」
若干偉そうに腕を組んで、その少女は答えた。
池面「了解、えっと、童ちゃん?」
童「うむ、『ちゃん』付けはなかなか好感が持てる。初対面の相手にいきなり呼び捨てはすこし無礼な行為だからな。君はよくわかっている。無礼な奴は嫌いだが、礼儀をわきまえた者は歓迎だ」
歓迎された、らしい。
池面「褒めてくれてありがとう。……童ちゃんは、家はこのへんなのかい?」
童「不躾な質問だな。答えることはやぶさかではないのだが、それを聞いたところで私と君に相互になにか利益などはあるのだろうか。素性を明かさねばならない理由は、あるのか」
池面「教えてくれると、俺は安心するかな」
傍から見たら、俺は怪しい男になるので、できればどこに住んでいるのかを知りたかった。
暗くなったら家まで送らなければならない、それくらいに童ちゃんは幼かった。
童「空き地で遊んでいた少女A、そう思ってくれればいい。それ以上に語る必要はない、家は近いからな」
池面「そっか、それは良かった」
そんなに良くないけど。
家が近いことしかわからなかったけど。
俺の立ち位置は結局怪しい男のままなんだけど、どうしようかな。
だけど、まあ。
ふう。
いきなり土管の中から、少女が現れたら、誰でもビックリするものだけれど。
俺はなぜか、まったく驚いていなかった。
むしろ、安心した。
このような空き地を、まだ使う子どもがいるということに、ホッとした。
でも、『女の子』なんだよな。俺の苦手な対象に位置するものだ。
童「それで、君が何故ここに来たのか、理由を聞こうか。話のネタが少々尽きかけているのでね、提供してくれないだろうか」
彼女はまったく、人見知りもせず、機械的だった。
というか、話の運びが上手かった。なんだか、尊敬できる。
池面「別に、理由はないんだけどね」
俺は周りを素早く見渡した。雑草が青々と茂っている。
池面「ここで子どもの頃、よく遊んだから、久しぶりに顔を出してみたんだ」
土管に顔を出してみたら、そこに童ちゃんがいたわけで。
童「やはりそうか。この場所もとても懐かしがっているのがわかる。君のことを覚えていたようだ、嘘ではないようだな」
池面「え?」
童「そのままの意味だ。この場所、この空間で君が過ごしたことがわかる。とてもとても長い間、君はここで過ごしたのだろう?」
本当に子どもの頃のことで、俺でもはっきり覚えていないことだけれど。
彼女はとても優しく微笑んで、土管を撫でた。
童「ふむ……女性はあまり好きではないようだな。それはまさか異性を好意的に見れず、同性を愛する部類の」
池面「ち、違うよ。苦手なだけ。好きとか嫌いとかじゃなくて」
そうか、と童ちゃんは小さく頷いた。
それよりもなによりも、どうして童ちゃんは俺が苦手だって、わかるんだ?
童「ならば、私は女性として、君に見られていないと考えるのが妥当だな。悲しいが仕方ない。そうでなければ今頃拒絶反応を起こして倒れているかも」
池面「そこまでの症状には至ってないよ。……それでも、童ちゃんでも、やっぱりすこし怖いよ」
自分自身の体のはずが、勝手に手が震えているのがわかった。どうやら、大分無理をしていたようだ。
まさか、こんな小さな女の子にすら、俺は拒否反応を出してしまうとは。
童「怖い? 怖い……か。ふむ、なるほど興味深い感想を抱くのだな、君は。面白いじゃないか」
口の端を歪ませて、童ちゃんはすこし、笑った。
多分、笑ったんだと思うんだけど、どうだろう。
童「ならば、試してみよう。君が本当に痩せ我慢をしているのか、どうかをね。大丈夫だ、度を越すようなことはしないから、安心したまえ。もしもそれで君に何かが起きても、責任は私にあって、君にはない。私の過失で、君はその被害を被った、いわゆる被害者だ」
童ちゃんは、いちいち言葉数が多かった。幼い容姿からはうかがえないほどに多言かつ多弁だ。
というか、年齢的には絶対にこんなに喋れるのは不思議だ。いくつか知らないけど。
それにしても、試すって……。
池面「!」
童ちゃんの手がゆっくりと俺の太ももに伸びていた。
池面「ちょ、童ちゃん!?」
童「大丈夫、きっと上手くいく、君は考えすぎているだけだ。だから何か意識的に神経を尖らせているだけで、その意識下に自分を置き続けているからいけないんだ」
池面「で、でも!」
そーっと近づいてくる柔らかそうな小さな手に俺は体が凍ったようにそこから動けなかった。
いや、
逃げればよかった。童ちゃんから離れればよかった。
でも、それができなかったのは、どうしてだろう。
そして、
どうして、彼女の言葉が俺の頭の困惑を、断ち切ったのだろう。
童「ほら、大丈夫だ」
そんなことを考えているうちに、童ちゃんの手は、俺の太ももに触れていた。
そして、俺の方に上目遣いで様子を伺っていた。
童「ふふ、どうやらなんとかなったようだ。君は自分の意識下に囚われて、一種のトラウマ――心的外傷によってその症状を作り上げていたんだ」
池面「トラウマ」
童「過去に君が、『女性が怖い』という気持ちを、心のどこかに置いていたことで起きたのさ。なにか、そのように自分の過去に何か、心的外傷を被ったことはあるのかな?」
女性が怖い……ね。
……どうしよう、心当たりがありすぎて。
童「うむ、あるようだな……。君がなぜ女性を怖がっているのかはわからないが、大分苦労をしたように見える」
辛かったな、と。
俺の頭をゆっくりと撫でた。
なんだか、気持ちが落ち着く。全てに解放されたような、そんな心地にさせられた。
童「うむ、自分より歳が下のものに頭を撫でられるのは、少々苦痛だな。これくらいでやめておこう。悪かった」
池面「いや、ありがとう」
気分が凄く良くなった気がする。
池面「体の震えが止まったし、なんか、気分がイイよ」
童「そうか、それは良かった。もしも君の気分を害していたらと思うと、私はこの先君のことを考えずに生きることはおよそ不可能になるであろうくらいに不安だった」
多分それは嘘だろうけど、彼女は少し口を歪ませた。
決して笑ってるとは言えない、微妙な顔。
池面「よし、何かして遊ぼうか? 空き地にいるんだし、ここで遊ばない手はないし」
童「遊ぶ、か。私のような子どもと戯れてくれる心優しい大人もいるのだな、よし、遊ぼう。この服では少々動くのは手間だが」
池面「そういえば、なんでそんな服を着てるの? 巫女みたいな」
童「それはな、話せば長くなるのだが、まあ、隠すようなことでもないし、端的に言えばすぐに答えに行き着くものではある」
童ちゃんはくるりと一回転して、
童「まあ、今は、秘密だ」
無表情に片目を閉じて、人差し指を唇の前にもっていった。
弐
池面「はあ」
俺はとぼとぼと歩きながら、今さっき起きたことを思い出す。
正直、思い出したくないけど。
それでも、一生懸命思い出す。
今後、その反省を活かさなければならないから。
・ ・ ・
池面「えっと……もう一度仰ってくれませんか?」
「不採用」
池面「は、はい……」
「別に君の力を信じてないわけじゃない。たくさんのところで仕事をしているから、相当に腕が立つんだろう」
池面「な、なら……」
「でもね、君、バイトを転々としているのって、あまりよくないことなんだよ」
池面「へ?」
「持続性がない、ってのは、最近の若い子の特徴でもあるから」
池面「は、はあ」
「まあ、今回は運が悪かったね」
池面「はは……」
・ ・ ・
池面「これからどうすればいいんだ……」
別に、暮らしに関して言えば、母親が少しばかり送ってくれる仕送りがあるのだが。
できれば、あまり使いたくない。
というか、使わずに今でも残している。
大学の授業料を払ってもらっているだけでも、感謝してもしきれないから。
池面「……あれ?」
気がつけば。
俺はまた、空き地に来ていた。
池面「……」
別に、期待はしていない。
だけど、もしかしたら。
いるかもしれない。
昨日、ここで出会い、日が暮れるまで遊んだ童女が。
池面「童ちゃーん?」
土管の中を覗くと、向こうの風景が見えた。
何もない、誰もいない。
池面「いない、か」
「誰を探しているかわからないが、君の探しているのがもしも私なのであれば、それはそれはまた大きな探し物だな、いや、探し者か?」
後ろからの声に振り向くと。
童「池面氏、昨日ぶりだな。今日は昨日よりも機嫌の悪い顔をしているな。どれ、土管の上で話を聞いてやろう。土管は私たちの語り場だ。もはや憩いの場といっていい」
いつも通り、口数の多い童ちゃんがそこにいた。
・ ・ ・
童「ふむ、面接か。初対面の相手に自分のことを紹介し、あくまでの仮定のイメージを植えつけて、良い人材を選りすぐることだな」
池面「なかなか棘のある言い方だね」
童「勘違いはしないで欲しい。決して君が良い人材ではない、と言ったのではないのだ。もしも気分を損なってしまったのなら謝ろう」
池面「大丈夫だよ、気にしないで」
童「それで、どうして不採用だったのか、理由はあるのか? 頭ごなしにダメだと言われたわけではないと思うけれど。君ほどにコミュニケーション能力もあれば、接客業もそつなくこなせる気がするのだが」
池面「コミュニケーション能力があればなんとかなるかはわからないけど、あえて言うなら、色んな職業を転々としちゃってること、かな」
童「ふむ……それは、いけないことなのだろうか? 私にはわからないのだが。経験豊富で、むしろ好感を持たれると思うが」
池面「それがそうもいかなくてさ。『すぐに仕事をやめるのは、持続性がないから』って言われちゃって」
池面「『最近の若い子の特徴』って……なんか、すっごく悲しいこと言われちゃってさ」
童「若い子……か。ふむ、君が若い子ならば、私はどうなるのだろうな。若すぎて、むしろ生まれたてとでも表現されるのだろうか。それとも、私も君と同じカテゴリ内に入るから、君と対等に若い子、になるのかな」
池面「童ちゃんは、子どもだよ」
童「……ふむ」
池面「?」
童ちゃんが、静かに頷いた。
珍しい。
池面「どうしたの?」
童「いや、正直に『子ども』と言われてしまうと、案外傷つくものなのだなと、今自分の感情の変化に驚かされているところだ」
池面「あ、ごめん」
童「いや、いいのだ。自分でも『子ども』だと自覚しているはずなのに、すこしだけなぜか、自分が大人のように思っていた。思い上がりも甚だしいことだ」
童ちゃんは無表情ながら、首をぐったりと落とした。
相当なダメージを受けたみたいだ。
池面「でも、童ちゃんは『子ども』にしても、頭のキレた、凄い子だと思うよ。言ってることも頭良いし」
童「フォローをありがとう。しかし、年齢というのは一年に一度しか増えないものなのだ。運命には抗えない。決してね」
池面「なんか、かっこいいな」
童「そんなことはない。至極当たり前のことを、言っただけだよ。どんなに私が頑張ったところで、一朝一夕でどうにかなるものは存在しないからな。池面氏に追いつこうと思っても、その気持ちだけが先行するだけで、私自身が望む形になっていくことはないんだから」
池面「……」
なかなか、深いことを言うなあ。
平日、白昼堂々と俺は、小さな女の子と空き地の土管の上でお話しているわけだが。
なぜか、本当にそんな気はしなかった。
俺が話してきた女性の中で彼女は、知的な女の子、いや、女性に思える。
まるで、会長のような。
そんな雰囲気が漂っている。
いや、実際違うんだけど。
多分カテゴリだと同じ。
だから、同じ……なのか。
池面「そういえば、昨日童ちゃんはどうして俺が女の人が苦手だってわかったの? 俺、何も言ってなかったのに」
童「ふむ、そのことについて、語らなければならなくなったか。まあ、別に隠そうとも思っていなかったので、言及された時に答えようと考えていた。それはだな」
一度切って、童ちゃんはわざとらしく咳払いをした。小さな女の子がやると、随分と可愛らしい。
童「この場で、君がたくさんの時を過ごした。そして、またこの場所に浮かない顔をして、やってきたから、君はまだ子どもの頃のそのトラウマを克服していないのではないかと思ったのだ」
池面「いや、そうじゃなくて」
童「?」
童ちゃんは不思議そうに首を傾げた。唇はキュッと締まってはいたが、顔はいつもどおり筋肉一つ動かない。
池面「あの、どうして俺が子どもの頃から女の子が苦手って……というか、なんで俺の子供の頃を、童ちゃんが知ってるの?」
童「うむ、それをどう説明すれば、君が確信を持って頷いてくれるか、私にはわからないが……私自身、君のことは何も知らないぞ」
池面「え?」
童「私自身ではなく、この場所、いわゆる『空き地』が、君がここにいた記憶を持っていたから、私はわかるだけだ。私はただ、この場所に『聞いた』だけだ」
俺がここにいた記憶?
空き地は、人ではない。場所であって、口を開くことはない。話すことはない。
口を開くって言葉を使う時点で、擬人法であって、決してありえることじゃない。
池面「それは、えっと……つまり、どういうこと?」
童「表現しづらいのだが……わかりやすく言うと、友達感覚でお話して聞き入れた情報だ、ということだ。君とこの場所は子どもの頃についてだけ言えば、親友に近いからな」
池面「……」
さっぱり意味がわからない。
彼女はつまり、空き地を人のように扱っているけれど。
空き地は場所であって、空間であって、地上なのだから。
童「あまり、理解はできなかったようだな。謝ろう。私の説明では、到底把握できないと思う。申し訳ない限りだ。これでも出来るだけ解説してみたのだが、やはり難しかった。いや、池面氏が悪いのではない、私の釈義がつたなかったのが悪いんだ」
池面「いや、そんなに自分を責めないでよ。とりあえず、教えてくれてありがとう」
池面「つまりは……童ちゃんは、この空き地のことをよく知っているってことかな?」
童「そうだな。誰よりも、と言われるとそうではないかもしれないが、基本的にはこの場所のことなら私に聞けば、なんでも答えるぞ。だが、私が知っているのではなく、あくまでこの場所の代弁をするだけだがな」
池面「そっか」
不思議な彼女には、どうやらまだまだ秘密が多いらしい。
この世の中、自分が起きると思っていること以上のことは発生しないと思うけれど。
童ちゃんは俺の想像を超えてくれる気がした。
童「話を戻すけれど」
童ちゃんは土管から離れて、空き地の中心まで歩いていった。
童「君はもうすこし自信を持ったほうが良い。相手はその持続性がない分を、どう埋め合わせるかを期待しているはずだ。積極的に発言をして、熱意を見せてみてはどうだろう。君は子どもの頃、リーダーシップを取っていた、正義感に満ち溢れていたそうじゃないか」
池面「そうか……ありがとう」
まるで誰かに聞いたことを言っているかのように、童ちゃんは言う。
白装束をたなびかせて、童ちゃんは回り始めた。
一見、無邪気な子どもなのだが、表情は硬い。
池面「そうだ、童ちゃんが大丈夫なら、なにかご馳走するよ」
童「私のような若輩者に施しを与えてくれるということは、相当な余裕を手に入れたようだな。安心した。しかし、私は残念ながら君にご馳走を頂けるような手柄はないと思うのだが」
池面「そんなことないよ。なんだか、童ちゃんの言葉って、不思議と納得できちゃうっていうか、なんか変に構えずに聞けて良いんだよ」
池面「気楽に話せる人って、久しぶりかも」
童「……考えてみれば、長い間女性恐怖症だったのだから、無理もないか。ふむ、私のような者で良いのなら、いつでも話相手になってやってもいいぞ」
池面「ありがとう。まあ、一時期は女性恐怖症もなかったんだけどね」
童「む、そうなのか。てっきり生まれてこの方、のように思っていたが、実はそうではないのだな。でも、それはそれで安堵した」
池面「それで、さっきの話なんだけど。甘い物は好き?」
童「和菓子は大好物だ。洋菓子はすこし苦手だな、色合いが明るくて、私には合わない。生クリームはとても苦手だ」
合わないとかいいつつ、白装束を着ている童ちゃんが言えることなのだろうか。
池面「和菓子かぁ。確か近くに和菓子専門店あったかな。それじゃあ行こうよ」
童「む?」
池面「どうしたの?」
童「ここから出るのか?」
池面「そうだけれど、どうかしたの?」
珍しく、童ちゃんが言葉を短く切った。
童「それは……えっと……その……しかし……ふむ……だが……む、難しい」
池面「あ……そっか。い、いやいや! 童ちゃんがダメならいいんだよ。別に。無理はさせるつもりはないから」
童「ふむ、申し訳ない。私は行動範囲が決まっているから、あまり動くことができないのだ。しかし、和菓子食べたかったな。羊羹とか羊羹とか羊羹とか」
池面「羊羹だったら、今度買ってくるよ。食べること自体は大丈夫なの?」
童「ふむ。食べ過ぎは乙女として良くないと考えているから、必要以上の甘味は、私事ではあるが控えさせてもらおうと思う」
池面「了解。それと、本当にありがとう」
池面「また、頑張って面接受けてみるよ。こんなところで悩んでたら本番もダメだろうしね」
俺はゆっくりと土管から立ち上がった。
童「そうか、頑張ってくれ。応援している。例え君がどんなに荒んだとしても、私はいつでも君の味方だ。君が私を忘れなければ、な」
童ちゃんは俺が立ち上がったと同時に、土管に座った。
池面「それじゃあ、今日は帰るよ。童ちゃんも遅くなる前に帰るようにね」
小さく頷いて、童ちゃんは俺を見つめた。
童「行ってらっしゃい」
そう言って、軽く手を振った。
參
童ちゃんにこの前会った日から、すこし時間が空いてのこと。
俺はその後、面接に受かった。
とりあえず、面接官は女性だったが、症状は出なかった(少し身構えたが)。
この前の童ちゃんの件以来、女性を恐れることはなくなった。
今は随分と気分が良い。色々と、重荷がなくなった感じ。
池面「……それで、だ」
五日間バリバリ働いた、最終日。
久しぶりに働いて汗を流すのはとても清々しかったが、一番嬉しかったのは。
女性にちゃんとした対応ができたことだった。無理矢理なアタックも、難なく逃げ切れた。
どうやらコンビニもいつもより繁盛したらしく、良かった良かった。
池面「……どうしようかな」
労働から解放されたのは良いのだが、まだ給料は入っていない。
買いたいものがあるわけでもないし、したいこともない。
何もいい案が浮かばない。
池面「家に直行……つってもなぁ」
それではなんだか、時間を持て余しそうだ。
だからと言って、古本屋に入り浸るのもどうかと思うし。
暇だから古本屋って考えもどうかと思うが……。
池面「そうだ」
久しぶりに、空き地に顔を出そう。
文章的にはそんなに長い間行っていないようには見えないけれど、大分時間が空いている。
ざっと、二週間くらい。
池面「まあ、行ったところで童ちゃんがいるかどうかは、わからないけれど」
それでも、まあ。
行くことに問題はないし。どうせ暇だし。
そうして俺は足を空き地の方角に向けて歩き始めた。
正直に言うと、童ちゃんにお礼を言いたいという気持ちがあった。
彼女のおかげで恐怖症は消え去ったと言っていい。とても感謝している。
池面「あ、そうだそうだ」
クルリと方向を変えて、俺は寄り道をすることにした。
池面「まだ残ってるかなぁ……」
俺は空き地と逆方向に、ゆっくりと歩き始めた。
四
運が良く、なんとか手に入れることができた。
童ちゃんは喜んでくれるだろうか。
きっと喜んでくれたとしても、無表情だろうけれど。
すこしくらいは表に出して欲しいな。
そんな気持ちで歩いていると、すぐに空き地前に着いてしまった。
なんだか、いつもより早く着いた気がする。
それほどスピードを出していたわけではないと思うけれど。
空き地は変わっていない。
ここから土管が見えるけれど、童ちゃんはいない。
というか、知らぬ間にいるのが童ちゃんだから、今確認できなくても大丈夫。
恐ろしく神出鬼没の童女。
そして、恐ろしく華奢で可愛い。そしてそして――
……こんなことを言うと、少し犯罪めいたにおいがするので、これ以上の言及は避けておこう。
池面「さて」
童ちゃんがいるかどうかがわかる方法は、土管の中を見るまでわからない。
中を見た瞬間に現れていることがあり、不気味ながら安心の出現率だった。
空き地にゆっくりを足を入れる。何故か、今日はそんなとりとめのないことを気にした。
「む、池面ではないか」
池面「ん?」
会長「久し振りだな」
そこには、俺の初恋の相手にして、初失恋の相手の、会長だった。
いつも通り高校の制服。大学に入ってから、大分素敵になった彼女なのだが、それでも制服が似合っている。
会長「空き地に、なにか用でもあるのか?」
池面「いや、別にないんだけれど」
会長「ふむ、あるようだな」
池面「いきなり見抜くなよ……」
会長「なにがだ?」
俺の服装を下から上へとなめるように見て、会長はポツリと、
会長「うむ、ここで人と会う、と言った感じか」
池面「……なんでそこまで服見てわかるんだよ」
会長「仕草、状況、服装の選択……それでなんとなくわかるものだと思うが?」
普通の人間じゃそんなことを見抜けるわけがない。というか、それはお前にしかできないと思うんだが。
しかも俺、バイト終わりだぞ。服装では流石に無理があると思う。
会長「それにしても、こんな空き地で人と会う、か。珍しいな」
池面「まあ、この歳になると空き地で遊ぶこと自体ないからな。そういえば、会長はどうしてここに?」
会長「散歩だ」
池面「好きだな、散歩」
会長「生活の一部のようなものだ。雨が降っても私は歩きたいくらいには好きだ。男と同じくらい好きだ」
池面「雨が降っても、か」
そして、男と同じくらいに、か。
無類の散歩好きだな。
会長「空き地か……このような場所が残っているのを見るのはとても嬉しいものだな」
池面「ああ、最近はこういうところ、全部利用しようとするからな」
空き地を力強い眼差しで見つめてた会長は、何度か頷いて、
会長「ここには、大きな力がある気がするな」
池面「え?」
会長「人の待ち合わせ場所になるくらいに、惹かれる所があるということさ」
ニッコリと、微笑んだ。
この顔が好きだった。
高校の頃、この真っ直ぐで混じり気のないこの笑顔が好きで、しかたがなかった。
会長「変わったな」
池面「え?」
会長「今の池面には、なんだか魅力がある。迷いがない」
池面「……そうか?」
会長「私は好きだな」
池面「え!?」
会長「さて、私は行くとするよ。お前を待っている人に悪いのでね」
池面「あ、ああ。了解」
会長「それでは、失礼する」
会長は凛とした歩き方で、この場所を後にした。
俺はその背中を見て、軽く手を振った。
……あれ? 待っている人?
会長は確かにそう言った。
童ちゃんの姿は見えないけれど、どういうことだ?
会長の背中が見えなくなるまで待って、気を取り直して、土管の方に行って、中を見やる。
いない。
童「……」
池面「!」
中を覗くのをやめると、ちょこんと足をぶらつかせながら土管に座っている童女がいた。
彼女は無心で下を向いて、唇をすこし尖らせているように見える。
池面「やあ、童ちゃん」
童「私は小さな体をしているが、心は大きく、広く生きていきたいと思っている。しかし、今のこの気持ちは私の体では受け止められないほどに大きなダメージを伴っているようだ」
池面「どうかしたの? なにか嫌なことでも?」
童「いや、私のことは気にしないで欲しい。自分のただのわがままだとわかっているのだが、自分勝手なことで人を傷つけたくない。それはある意味暴力に値する」
池面「って言っても、いつもの童ちゃんじゃないよ。俺にできることがあったら、なんでも聞いてよ」
童「では……さ、さっきの女の人は、誰だ? 別にそれ以上の言及をするつもりもないし、毛頭その人となにか因縁があるわけでもない。素直に率直に答えてくれれば良いのだが」
池面「……ああ、会長のことか。あの人は高校の頃の友人で、生徒会長をやってた人なんだ」
童「どうやら君は、彼女に好意を抱いていたような気がする。顔がいつもと違っていたし、体が強ばっていた。私は愛だの恋だのには疎いが、君の異常くらいはすぐに察することができた」
池面「う……鋭いね、童ちゃん」
こういうところが、会長と似ているのかもしれない。
人の動きを見て、気持ちを察知したり、スラスラと話をしたり。
池面「君に言うことでもないと思うけれど、彼女は俺の初恋の人なんだ」
童「初恋……か。女性恐怖症だった君でも初恋があったのは驚きだったが、この言い草は少々棘があるので、先に詫びを入れておこう」
池面「恐怖症を治してくれた人なんだよね、会長は」
童「ほう。つまり、この前の恐怖症は再発であって、初めての発症ではなかったのだな。彼女とは長い付き合いのようだが、久しく会っていなかったので再発したと考えられるな」
池面「うーん、彼女がトリガーになってるかはわからないけど、多分そうなんだと思う」
童「そうか。確かに私が見てきた人間の中でかなり異なった雰囲気を醸し出していたように見える。大きな原動力のようなものが彼女から溢れ出して、色んな人に作用するような、そのような力が」
池面「ああ、わかる? 会長は本当にそんな感じだよ」
池面「周りに大きな影響を与えて、良い方向に持っていく」
生身で味わった俺にはわかる。彼女は他人とは違う。
だが、その違いで孤立するわけでもない。人間らしさを兼ね備えた、原動力。
池面「会長は、凄いよ」
久しぶりに会った彼女は、いつも通りの迫力で。
そして、美しさを持って、凛とした態度で。
俺と、真正面に向き合ってくれた。
誰にでも、そうであって、手を抜かない。
童「……池面氏?」
池面「!」
童ちゃんが心配そうに俺の顔を伺いつつ、目の前で手をひらつかせていた。
無表情なのだが、口の端が少し残念そうに下がっていた。
童「どうやら、彼女は思っていた以上に君の心に根ざしてある何かに深く関わった人物だと、いま把握した」
池面「そうかも、ね」
童「同い年なのだろうか。彼女は制服を着ていたのだが、君は確かこの前大学生と言っていた。後輩……とは考えられなくもないが、それではあの高圧的な態度をする年下はどうかと思うのだが」
池面「ああ、彼女も大学生だよ。私服として制服を着ているんだ」
童「なるほど。私の考えの遙か上を行く答えが来てしまった。……そういうことか。しかし、彼女はとても似合っていたな。いや、幼くみえるというわけではなく」
池面「似合わない服が、ないくらいなんだよ」
童「着こなしが良いのか……。端正な顔立ちといい、スタイルも良かったように思える。素敵な女性ではないか」
池面「はは、そうだね」
童「……」
童ちゃんは急に体を縮こまらせて、顔を太ももあたりで隠した。
池面「ラッキーかな」
童「?」
池面「今日も童ちゃんに会えたから」
童「私と会えることが、君にとってどれほどの価値があるかどうかはわからないが、この場所も、最近よく来てくれることにとても嬉しがっているようだ」
よく来ると言っても、この前からもう二週間くらい経ってるけどね。
池面「童ちゃんは?」
童「む? 童ちゃんは、とはどういうことだろう。私は私であって、それ以外の固有人格を持ちえてはいないが……」
池面「童ちゃんは会えて、どうなのかなって」
童「…………」
池面「……童ちゃん?」
童「上手く、表現できない自分が情けない。できれば君に私を見て欲しくないほどに、私は赤面している。顔が熱い」
耳まで赤くして、童ちゃんは手で顔をおおった。
池面「えっと……」
どうしてこうなったのか、俺にはわかった。
これは、きっと恥ずかしいのだ。照れているのだ。
童ちゃんくらいの子は、感情を表に出すのが苦手だったりするし。
まあ、ちょっと彼女の場合、特殊だけど。
池面「……ま、まあ、別にどう思ってても気にしないから、さ」
俺は照れくさくなって、童ちゃんを見るのをやめて、真っ直ぐ前を向いた。
生い茂った草が風に揺られて踊っている。
童「最近、めっきり来なかったから、すこし、つまらなかった」
池面「え?」
童「…………」
一瞬の強風で、俺の聴覚が持っていかれて、童ちゃんの声がまったく聞こえなかった。
もう一度言ってもらおうとして、やめた。
彼女はまだ、顔を隠していたから。
池面「……あ、そうそう。今日は童ちゃんに良いものを持って来ました」
そう言って、できるだけ童ちゃんから見えないところに置いていた紙袋を取り出す。
童「良いもの……楽しみではあるが、今の私は、君の顔を、ましてや自分の顔を覆っている手さえ外せない状態なのだが……なんだろう」
池面「じゃじゃーん、羊羹」
童「よーかん」
バッと、童ちゃんは覆っていた手を外した。
めちゃくちゃ早かった。
池面「すごく好きなんだね、羊羹」
童「うむ、食欲には勝てないようだ。私はよーかんが大好物だから、こうやって見るだけでヨダレが出てしまう」
池面「あ、どうぞどうぞ、お食べくださいな」
童「ありがとう。いただきます」
膝に置かれた羊羹の頭上で童ちゃんは手を合わせた。そして、ゆっくりと切って、一つを口に運んだ。
池面「美味しい?」
童「……久しぶりによーかんを食べるのは、きっと故郷に久しぶりに戻った懐かしさや嬉しさと同じなんだろうと思う。私は今そんな気分だ」
池面「あはは、大げさだね」
というか童ちゃん、そんな例えのしかたできるんだ……すげえ。
童「大げさではない。池面氏が持ってきてくれたよーかんは、最高に美味しい。こんなに美味しいよーかんは初めてだ。甘さもほどよく、食感も最高だ」
池面「ここらで一番美味しいって言われてるからね」
童「ふむふむ、そうなのか。しかし、これほどに美味しいと手が止まらなくて困る。さっきまでの気分がなくなるかのような、それくらいに美味だ」
池面「はは……もうなくなってる」
さっきまでの気分も、羊羹も。
童「はっ……すまない、池面氏に残そうと思っていたのだが。私としたことが、配慮を忘れて、ずうずうしくも完食してしまった」
池面「気にしなくてもいいよ。童ちゃん美味しそうに食べてたし。それに、童ちゃんに食べてもらいたいと思って買ってきたんだから」
こんなにパクパク食べてくれたら、持ってきたこっちとしては嬉しい。
池面「でも、童ちゃん大分お腹空いてたんだね」
童「そうでもなかったのだが、それはどうやら気分的なものだったらしく、実はさっきまでお腹の虫が空腹を伝えていたのだ」
池面「あ……そうだったんだ」
童「なに、気にすることはない。気にすることと言えば、自分の体重くらいのものだ」
池面「え、童ちゃんも体重とか気にするの?」
童「……恥ずかしながら、そういうことは結構気にしてしまう」
池面「そうなんだ、じゃあもっとヘルシーなのが良かったかな?」
羊羹って、和菓子の中ではわりと高カロリーらしいし。
童「いや、私は好物を食べた後に、後悔はしない。我慢するダイエットは何も産まないから。これから頑張るだけだ」
池面「でも、童ちゃんはどちらかというと痩せてると思うけどな」
童「……む」
池面「俺の意見だけど、童ちゃんはもう少し食べて、大きくなったほうがいいと思うな」
童「それは、横にだろうか? 私は結構小食なので、あまり食べるのは苦手ではないのだが……」
池面「違う違う、縦の方だよ。身長とかの」
童「池面氏はなかなか酷なことを言うな。私は自分でこの身長を望んでいるのではない。できれば、もう少し欲しい」
池面「まあ、童ちゃんくらいの歳じゃあそれくらいが普通なんじゃないかな?」
童「……私くらいの、歳……か」
池面「ん?」
童ちゃんの顔が、突然暗くなった。
童「ふむ、努力しよう。できるだけ大きくなろうと毎日念じてみることにする。期待に沿えられるかわからないが」
池面「ははは、いつかきっと大きくなれるよ。大きくなって、とっても可愛くなるさ」
童「ふ、ふむ」
童ちゃんはすこし満足気な顔をした。
そんなこんなで、俺と童ちゃんはたくさんの会話を交わした。
他愛のない話、童ちゃんのためになる話、俺のバイトの話。
俺も童ちゃんの言葉に真剣に耳を傾け、童ちゃんもそうしてくれた。
とても楽しい時間だった。
童「池面氏、また来てくれ。だが、私のただの願望なので、無視しても構わない。それに、いつでもいいから」
池面「もちろん、また来るさ」
童「……池面氏」
池面「ん?」
童「私が大きくなったら、どう思う?」
顔はこちらからは横顔しか見えなかったが、なかなか真剣な眼差しだった。
池面「もしかしたら、真剣にお付き合いを申し込むかもね。童ちゃん、可愛いからさ」
なかなか残酷なことを言ったような気がする。
仮定の話って、どうも真剣には答えられない。
起きることのないは、後ろ向きでつまらないから。
童ちゃんの返事はなかった。俺は小さく手を上げて、さよならの意思表示をした。
五
池面「いらっしゃいませー」
「……やっぱり、先輩でしたか」
池面「ん?」
男「どうも!」
池面「見た顔だと思ったら、男じゃん」
男「ご無沙汰してました」
池面「こんなとこに来るなんて珍しいな」
男「はい、なんか噂になってたんですよ、ここのコンビニ」
池面「噂に?」
男「『凄いイケメンがいる』って」
池面「ああ……なるほど」
男「噂になるレベルって凄いですね……」
これが、売上の原因だったのか。
男「まあ、先輩は凄いですよね。コンビニの制服もめちゃくちゃ似合ってますし」
池面「んなこたぁないさ。誰が着てもサマになるんだよ、こういうのは」
男「そうなんですかねぇ」
男「今回は、結構続いてるんですね」
あんまり続かないって悩んでましたけど、と男。
池面「ああ。なんか、女性のアタックのかわし方も大分慣れてきたんだ」
男「女性のアタックをかわすことがないから凄いなぁ……」
池面「会長は?」
男「!」
池面「会長は今でもお前のこと、好きなんだろ? 同窓会でもあんなこと言ってたんだし」
男「……あーそうですね」
池面「俺にはお前が会長のアタックをかわしているようにしか見えないけど?」
男「そんなこと、ないですよ」
池面「……まあ、会長も実はその関係を望んでるのかもな」
男「え?」
池面「いや、なんでもない、気にするな」
男「……なんか、池面先輩」
池面「あ?」
男「変わりましたね」
池面「そうか?」
男「はい、なんだか、以前よりかっこよくなったというか」
池面「かっこよくなったね~……」
男「いや、外見じゃなくて、内面の方です。なんか、優しいというか」
池面「優しい?」
男「話し方とか、色々と。前までは、俺と話してても上の空というか、あんまり考えが読めないというか」
男「会長と同じで、雲の上の人……って感じがしてたんですけど」
池面「……そうなのか?」
男「はい」
会長にも、同じようなことを言われた。
俺って、変わったのか?
もちろん良い方の意味で。
池面「そうかそうか。そうなのかぁ」
男「な、なんですか! ちょ、いきなり肩を抱かないでください!」
腐腐腐腐……
男「うわああ!? 久しぶりに見たこの光景!!」
六
男と会ったその日は、なんだか調子が良くて、いつもより笑顔だった。
そして、その日の売上はコンビニ開店以来初の記録を更新したらしい。
自分で言うのも、恐ろしいオトコだな、俺……。
男に感謝だ。
池面「今日は羊羹と、きんつば……」
きんつばは童ちゃん、好きかな。
和菓子全般イケるって言ってたし、大丈夫だろう。
……ん?
空き地のある通りに直結する曲がり角で、嫌な風が吹いた。
生暖かいような、微温い風。
池面「……気のせい、だよな」
なにか、嫌な予感がするんだけれど。
大丈夫、なはず。
いや、滅多なことなんて起きないと思うけど。
池面「童ちゃーん」
と、大きな声を出して一瞬にして、俺は赤面した。
そこには、先客がいたのだ。土管にゆったりを腰を下ろしている。
池面「……」
あちゃー、明らかにこっちを見てるよ。
恥ずかしい。ここから逃げたいくらいに。
「顔が赤いが、どうかしたのだろうか。まさか、熱を出したのに、約束を果たすためにわざわざ来た……なんてことではないだろうな?」
池面「……え?」
この声は、童ちゃん?
聞こえてきたのは、土管の方から。
恥ずかしさのあまり、視界から先客を見ないようにしていたが、よく見てみると。
とても美しい――白装束の女性がいた。
でも、俺はその人を見たことがあった。
童?「……む、どうやらこの姿に驚いているようだな、池面氏。安心しろ。私は童だ。童以外の、何者でもない」
池面「……え、童……ちゃん?」
童ちゃん(自称)は、土管から重力を無視したかのようにゆっくりと飛び降りて、俺の方へやってきた。
綺麗な顔立ちで、童ちゃんの雰囲気がわかるところは無表情なところだけだった。
童?「変だろうか。色々と無理をしてしまったが、池面氏の意見……? いや、感想? を聞きたい」
池面「ほ、本当に童ちゃんなの!?」
童?「う、うむ……ど、どうしたのだ?」
池面「あ……童ちゃんのお姉ちゃんとか? いやあ、そっくりだなぁ」
童?「あの……池面氏?」
池面「で、童ちゃんはどこにいるの? まさかこんなドッキリみたいなことされるとは思わなかったなぁ」
童?「池面氏!」
池面「!」
童?「私は……正真正銘、童だ。言ったろう。私は童だ。童以外の、何者でもない」
池面「……」
そんな、馬鹿な。
池面「だ、だって、童ちゃんはこれくらいの、小さな女の子で……」
池面「君は……確かに童ちゃんに似てるけれど……」
童「信じられないかもしれないが、私は童だ。童以外の……と、何度言わせるのだ、自分で言っていてしつこいぞ」
池面「……」
童「確かに、受け止められないかもしれない。このようなことがこの世で実現するのを君は間近で、いや、目の前で見ているのだから。私も君の立場ならそう思うかもしれない。でも、これが本当なのだ。今君の目の前で起きている現象に、嘘はない。全て真だ」
池面「!」
俺は、悟った。
この子は、童ちゃんだ。
この特徴的な喋り方は、彼女にしかできない。
池面「じゃあ……本当に、童ちゃんなんだね」
童「ああ、そうだ」
彼女は無表情ながら、安堵の溜息を吐いた。
童「このまま、君が私だと気づいてくれなかったら、どうしようかと思ったぞ。まったく……」
池面「いや……それにしたって」
驚くだろう。こんなこと、起きっこないんだから。
夢を見てるような気分だ。
胸の膨らみで、白装束の一部分が張っているし。
こういう服なのに、スタイルが良くわかる。腰のあたりが凄くくびれてる。
童「む、池面氏……」
池面「ご、ごめんごめん!」
童ちゃんの姿は、想像以上に綺麗だった。
想像していた童ちゃんもとても可愛かったけれど、それを遙かに上回っていて。
美しくなっていた、が一番しっくりくる。
とてつもない輝きを放っていた。
童「とりあえず、土管に座ろう。私はあの土管の上が大好きだから」
池面「いいよ。……俺達の憩いの場だからな」
童「そうだな」
童ちゃんは俺の言葉に、すこし喜んでいるように思える。
体が成長しても、無表情は変わらず、か。
池面「それにしても、驚いたなぁ」
童「驚かせてしまったようで、申し訳ない。私はあまり相手のことを……というか、人のことを考えたことがなかったから」
池面「まあ、これはどう伝えたところで驚いたと思うよ。逆に驚かない人いないって」
童「ふむ、そういえば、そうだな」
池面「ねえ、どうして大きくなれたの?」
童「それは……うむ、なんと言えばいいのやら」
池面「でもまあ、童ちゃんだったら平気でやってのけそうだし」
現に、目の当たりにしているし。
童「む、私のイメージはそのような感じだったのか……確かに、池面氏が見た人の中で、著しい変化を遂げた人だと思うが」
池面「いきなり大人になるのは誰にもできないよ……」
今でも目を疑っている状態だし。
でも、やっぱり童ちゃんなんだよなぁ。
童ちゃん以外の、何者でもない。
まったくその通りだ。
違和感はまったく感じられない。
体型以外は。
童「池面氏」
池面「はいはい」
童「私は大きく成長した。いわば、大人になった。そこで、なのだが質問に答えて欲しい。率直な、あるがままの答えを聞かせて欲しい」
童「大きくなった私を見て、どう思う?」
池面「え……」
もじもじと大きくなってもブカブカとした白装束の袖をこすりあわせてモジモジした。
顔は赤いが、やはり感情には出ない。
彼女のその紅潮した顔は、とても可愛くて。
池面「うん、とっても素敵だと思うよ。可愛いって言葉しか思いつかないくらい」
池面「でも、小さな童ちゃんも、可愛かったと思うけれど」
童「でも、池面氏は大きくなったら、もしかしたら、付き合ってしまうかもしれないと、言ってくれたではないか。その言葉は、嘘だったのか?」
池面「え……?」
そういえば、言った。
なんの考えもなく、言ってしまった。
彼女がその言葉を本気で取っていたとは思っても見なかったし。
第一、童ちゃんが大きくなるなんて、想像、いや、ありえないと思っていた。
童「……」
童ちゃんは黙って、体を小刻みに震わせていた。
どうやら、とてもテンションを落としてしまったらしい。
柔らかそうな気色の良い唇も、なんだか元気なくつぐんでいる。
なんだか、俺も決まりが悪くなって、空き地を隅々まで見る。
池面「……ん?」
池面「……ねえ、童ちゃん」
童「な、なんだ池面氏。私の顔になにかついていたのか。それとも、今の間になにか私は変な挙動でもしただろうか」
池面「いや、なんかその……この空き地、大分変わってない?」
童「む?」
生い茂っていた雑草が、一本残らずなくなっている。
土管もなんだか……ひび割れてる!?
池面「ちょ、童ちゃん! この土管、危ない!」
大きくなった童ちゃんの手を取って、土管から離れた。
俺達が離れたと同時に、土管が音を立てて崩れた。
池面「う、嘘だろ?」
跡形もなく、ただのコンクリートの塊と化した。
いや、元からコンクリートの塊だったけれど。
もう土管と呼べる形を成していない。
池面「そんなに古くなってたのか……うわぁ……」
スライドして、童ちゃんの顔を伺う。無表情は変わっていないが、どうやらとても怖がっているのだけはわかる。
童「やはり、か」
池面「え?」
童ちゃんはしゃがんで土管の破片を掴むと、寂しそうな目をした。
童「これは、私の責任だ。やはり上手くいかなかったのだな」
池面「童ちゃん、それはどういう意味だ?」
童ちゃんはしゃがんだ姿勢を崩して、四つん這いになった。
池面「わ、童ちゃん?」
童「すまない、少し疲れてしまったようで……目眩がする。吐き気も、そして体がものすごく熱くて、けだるい」
池面「ど、どうして!? それに、童ちゃんの責任って……」
童「私がこの体になるために、この場所の力を吸収した。そのせいで、この空き地は私に力を与えて朽ちてしまった」
一気に老朽化した……ってことなのか。
池面「そんなこと、できるんだ……」
童ちゃんはフラフラとした体を持ち上げるように数歩歩いて、膝を落とした。
池面「! 童ちゃんっ」
童「……どうやら、相当な無理をしていたようだ。体が思うように動かない」
池面「そんな……なんとかならないの?!」
童「池面氏…私は人間ではない。この場所に住み着いた、一種の人智を超えた存在なのだ」
池面「!」
実際、思い当たる節はあった。けれど、この世界でそんな存在がありえるなんて、ありえないと思っていたから。
でも、今の彼女には信憑性がある。
というか、信じざるを得ない。
童「私はこの場所と記憶を共有し、ここで共存することで、この場所のエネルギーとともに生きていたのだ」
だから、彼女はここから出ようとしなかったのか。
池面「じゃあ、童ちゃんがそのエネルギーを返せば、なんとかなるんじゃ……」
童「無理だろう。私は過ちをおかしてしまったのだ。自分の願望のために、この場所の力を奪った。自分勝手なことをして、この場所に酷い事をしてしまった。池面氏……君の思い出の場所を、壊してしまってすまなかった。私は死を持って償うことにするよ」
池面「そんなの、駄目だ!」
池面「童ちゃん……!」
童ちゃんは小さく目を閉じた。ゆっくりと、力なく。
池面「……!」
俺の瞳から、大粒の涙がこぼれて、そして――
そこでようやく気づいた。
俺は、童ちゃんのことが、好きなのだ。
子どもとしてとか、友達としてじゃなくて。
一人の、女性として。
愛している、と。
今目の前で、息絶えそうな彼女が、好きで好きで、愛しくてたまらない。
どんなことを言われても、俺はこの子が、童ちゃんが大好きなのだ。
池面「目を開けてくれよ童ちゃん! いきなりさよならなんて……嫌だよ!」
池面「今日も羊羹持ってきたんだ! 童ちゃんが美味しく食べてくれると思ったから!」
池面「一人で全部食べていい! それで満足気に小さなゲップをして……それで……」
池面「無表情で構わない、素敵な君の顔が……」
池面「好きだ! 童ちゃん……」
涙でぼやけて、何も見えない。
目を擦って、開いた瞬間。
彼女の姿は、体は。
どこにもなかった。
結局彼女を救うことすらできないまま。
好きだということも伝えられないまま。
俺の、二度目の恋は、気づいたと同時に終わったのだった。
七
店長「最近、めっきり笑わなくなったわね。このままだと店員としてはダメだと思うんだけどな?」
池面「はあ、すいません」
店長「気の抜けた返事ねえ。なにかあったの?」
池面「いえ、特に」
店長「……そう」
池面「……」
バイトも身に入らず、俺は笑顔を失った。
会長の頃は、半ば諦めていたし、告白後も彼女は優しく接してくれたから、大丈夫だった。
でも、今回の場合は。
童ちゃんの喪失が、俺には大きかったようだ。
あの日からまるで時間が止まってしまったように、俺は立ち直れないでいた。
池面「……はぁ」
店長「もう、レジ前で溜息やめてよねー」
池面「すいません」
店長「謝ったらすむもんでもないから……はぁ」
池面「あ」
店長「! とにかく、笑顔笑顔!」
池面「はい」
溜息を吐いた店長が、裏方に移動した。
池面「いらっしゃいませー」
コンビニに人がやってきた。
俺が入ってからまだ誰も客が来ていなかったので、俺にとっては今回の初のお客さん。
池面「!」
……童ちゃん?
いや、違う。
でも、似ている。
表情が、まるで無いような。
そして、胸が苦しくなる。
彼女はもういないのだから。
どうしても彼女のことを忘れられない自分が悔しい。
それほどに彼女の存在は僕の中で大きな役割を持っていた。
それだけじゃない。なんだか、気持ちの拠り所のようなそんな支えにもなっていた。
女「あの、おでんください」
池面「! は、はい」
表情は、やっぱり似ていた。
でも、違う。
客の人の顔も確かに綺麗で可愛らしかった。
しかし、童ちゃんじゃない。俺の大好きな童ちゃんとは、まったく違った。
……それにしても、このコンビニはどんな時期でもおでんを出してるんだな。
女「あ、あと羊羹をください」
池面「……! はい」
彼女の喋り方は更に童ちゃんを連想させるような、平坦な物言いだった。
なんだか、ものすごくモヤモヤする。
彼女を忘れられないけれど、また、思い出してしまった。
忘れたくないけれど、無理矢理思い出させられてしまった。
池面「ありがとうございました」
女「ありがとうございました、池面さん」
池面「え?」
女「……」
今、俺の名前を……。
まあ、いいか。
いちいち気にすることでも、ないだろうし。
八
結局、俺はまた懲りもせずに、空き地にやってきた。
彼女に会えないだろうと思って、何度か行こうとする足を止めていたのに。
今日のバイトで、行く決心がついた。
いや、行かずにはいられなかった。
池面「……童ちゃん」
空き地に着いてみると、驚いたことに、土管が元に戻っていた。
先の事なんかなかったかのような当然ぶりで。
さらに、雑草も青々と生い茂っている。
全てが元に戻っていた。
けれど。
なんだか違和感がある。
それに、童ちゃんだけが、戻っていない。
彼女をここの付属品のように言ってはいけないけれど。
でも、彼女がいなければ、この空き地は。
俺が慣れ親しんだ空き地に見えなかった。
まるで新しくできたみたいな……。
池面「まあ、いいか」
もう、俺はここに用はない。
あの可愛くて、愛しい童ちゃんはもういないのだから。
池面「……」
それでも、俺は足を止めることはできず、中に入って、土管に近寄った。
池面「……童ちゃん」
土管をさすりながら、彼女の名を呟く。
池面「あの時、もっと早くから君のことが好きだって、言えればよかったな」
池面「俺、気づくの遅すぎ……。童ちゃんのこと、大好きだった」
池面「それなのに、俺、気づいてなかったみたいだ」
今は本当に後悔しか無くて、心が切り裂かれるような、バラバラになったような気分だ。
池面「君にもう一度会って、『好き』って言えればなぁ」
自意識過剰かもしれないけど、彼女は成長を望まなかったかもしれない。
池面「ねえ、童ちゃん」
「池面氏、何度も名前を呼ばれても、私は一番最初の台詞から今の台詞まで、全てちゃんと聞いていたぞ」
……あれ?
池面「……童、ちゃん?」
童「よいしょ……ふぅ。驚きに満ち溢れた顔をしているな、池面氏。無理もない、この前あのようなことが起きていたのに、私のいつも通りの登場に非常に驚嘆しているとみた」
池面「どうして!?」
童「わからない。私も、あのまま果ててしまうのだと思っていたからな。でも、また池面氏に再会できて、私はこの上なく、至極嬉しい」
池面「俺もだよ、童ちゃん……」
彼女の姿は、またいつも通りの小さな体躯に戻っていた。
愛らしく、年端もいかない少女。
童「考えられる理由とすれば、一つあるけれど、それが本当の起因になるかどうか、確証がないのであまり言えないのだが」
池面「このさいどうでもいいよ。なんだい?」
童「私のことを君が愛してくれたことだ。この地がそんな君のことを悲しませたくないと思って、私の体を最後の力を使って回収した。そのおかげで、回復することができた」
あの時、童ちゃんの体が消えたのは、そういうことだったのか。
童「しかし……池面氏は、本当に私のことが――」
池面「大好きだよ」
童「……!」
池面「もう、君以外のことは考えられない。君以上に好きな人なんて、いないよ」
俺の気持ちに迷いはない。
こんなに人を好きになったのは、初めてなんだ。
会長の時以上の胸の高なり。告白の緊張。気持ちの波の上下。
全てにおいて、童ちゃんが勝っていた。
童「私も……池面氏のことが好きだ。容姿などではなく、内側……いや、私が感じた君の全てが好きだ。私の気持ちに一心の迷いもない」
真っ直ぐな視線は、俺の眼に力強く注がれていた。
体が熱い。そして、驚くべき高揚感。
池面「童ちゃんっ!」
力強く、でも痛くないように、抱きしめた。
小さな体を壊れないようにして、抱きしめた。
子どもの体温。可愛らしい匂い、これが、童ちゃんの匂い。
童「やれやれ、そんなに抱きつかれたら、どちらがお子様かわからないぞ、池面氏。私の方がそのようにめいっぱいの力を使って抱きしめるものではないか?」
そう言って、童ちゃんは俺を抱き返した。
童「池面氏は、本当に私のことを愛してくれるのだな……。とても嬉しい。でも、浮気はダメだからな。そんなことをしたら、私は泣いてしまうぞ?」
耳元で小さく呟いた唇に、勢い良くキスをした。
彼女の唇は柔らかく、初めての感触だった。
ちなみに、これは俺のファーストキスである。
童「い、いきなりちゅうされてしまうとは思いもよらなかった。驚いたが……嫌じゃないぞ」
童ちゃんはやっと初めて、すこしだけ笑った。
それがまた、本当に、物凄く、とても、すばらしく、可愛かった。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!!
良い雰囲気だった、でもよく考えて欲しい。
俺は大学生。そして、彼女は人間じゃないながらも見た目は小学生くらい。
かなり重度の犯罪に手を出している気がする。
しかもいきなり抱きしめてキスって……。
俺どう考えても警察にとっつかまるレベルの重罪に手を染めてしまっている。
童「どうしたのだ、池面氏。まさか、今の瞬間で私に愛想を尽かしてしまったのか? 私は悪いことをしてしまったのか?」
池面「いやあ、あはは……」
愛おしく肩を寄せる童ちゃんが焦った口ぶりで上目遣い。
池面「なんでもないよ、気にしないで」
……いや。
それでもいいんだ。
俺は、彼女が好きだから。
どんなに犯罪だったとしても、いい。
彼女も、俺が好きなのだから。
でも、とりあえずはすこし、考えないとなぁ……。
童「ふふ、池面氏……」
池面「……」
まあ、今は彼女との時間を楽しもうと思った。
それからでも、遅くはないと思った。
To be continued!!!
男「おーい、狐子」
狐子「なんだ?」
男「ほら、この前お前が欲しがってたゲーム買ったぞ」
狐子「ほ、本当か! うにゃー!やらせろっ」ピョコンッ
男「うお、いきなり抱きつくな!」
牧「なにそれ?」
男「ん? ほら、これだよ」
牧「! これって、あのシリーズの新作じゃない!」
男「そうそう。どうだ? 牧もやるか?」
牧「やりたい!」
男「おおう、わかったからお前も抱きつくな」
ズズ……
撫子「ふう……美味しいですね、女さん」
女「ええ」
撫子「こうやって二人で男さんたちを眺めていると、なんだか和みますね」
女「同感です」
撫子(やっぱり、前よりも表情が固いです……)
女「……なんだか、良いですね」
撫子「はい?」
女「こんな時間がずっと続けば、いいんですけど」
撫子「……続きますよ、きっと」
女「そうでしょうか」
撫子「はい。作者が頑張れば、ですけど」
女「メタな発言ですね」
撫子「はい」ニコッ
女「……ずっと、ずっと」
男「おおい! 狐子、お前よくも俺の!」
狐子「ふはははは! 悪いが私は牧と一緒に……って、牧! 私のを取るな!」
牧「別にボクは狐子と組んだつもりはないよ?」
男「お前ら……ならば!」
狐子「!」
牧「!」
男「どうだ!」
狐子「ぬあ! 男、どうやって!?」
牧「ぜ、全部取られちゃった……」
男「ふふん、このゲームの必勝法を知らないやつらに負けはせん!」
狐子「くそーもう一回!」
牧「ぼ、ボクも!」
助手「おーおー、やっとるねー!」
男「あ、助手さん、どうもです!」
助手「最近どんな現れ方してもビックリしてくれないから悲しい……」
男「あはは、慣れって怖いですね」
助手「まったくです」
狐子「があーーー! 負けたぁ」
助手「こ、このゲームは……!」
男「あ、助手さん知ってます?」
助手「もちろん! うわー私もやらせてください!」
男「あ、じゃあ俺と変わってください。ちょっと休憩したいんで」
助手「わかりましたー」
狐子「助手、勝負だ!」
牧「男と戦ったボク達に勝てるかな?」
助手「お手柔らかにね!」
男「ふう」
女「お疲れ様です」コトリ
男「ああ、ありがとう」ズズッ
男「あれ、撫子は?」
女「さっきお散歩をしに出かけました」
男「そっか」
女「男さん、大丈夫ですか?」
男「ん?」
女「そのお茶、私が淹れたのですが」
男「ああ、そうなのか? うん、美味しいよ」
女「良かったです」
男「……なんかさー」
女「はい?」
男「この前のこととか、無かったみたいに思えるよ」
女「この前のこと?」
男「……いや、なんでもない」
男(なんか、本当にいつもの日常に戻ったなー)
男(あんな話があったから、最終回かと思ってたけど)
男「そんなこと、ねえか」ボソッ
女「?」
ブーブー
男「ん? なんだ、西か。……もしもし?」
西『おはよー、みんなのアイドルさいちゃんやで。元気にしてる?』
男「してるしてる。元気過ぎて困るくらいだ」
西『元気過ぎる男くんなんてあんま想像できへんけどな。なんかキモそう』
男「キモそうとは心外だな」
西『なはは』
男「で、用事はなんだ?」
西『ああ、あのなー』
西『ウチに似合うコスプレってなんやと思う?』
男「はぁ?」
西『この前大になんか作りたいから希望の服を言えって言われてん』
男「ふむふむ」
西『そう言われてもなんて言えばいいんかわからんしな、男くんに聞こうと思て』
男「……なぜ俺に聞く?」
西『野暮なこと言うなやー、男くんが純粋に見たいウチのコスプレを言えばええねん』
男「西のコスプレねえ……」
助手「これで負けたらスク水ファッションショーね!」
狐子「ぬがー!」
男「スクール水着」
西『はぁ!?』
男「あ、いや、違う! これはちょっと……」
西『び、ビックリしたわ……で、でも男くんが見たい言うんなら……ええよ?』
男「え?」
西『な、なんでもあらへん! あ、充電切れそうや! そろそろ切るで』
男「あ、ああ」
西『ほなな~』プツッ
男「……真に受けてないよな?」
男(それにしても、もう西もすっかりウチの大学の一員だな)
女「どなたですか?」
男「えっと、西って言う大学の友だちだよ。わかんないか?」
女「すいません、記憶にありません」
男「そっか」(本当に大分消えてるんだな、記憶)
女「おかわりいりますか?」
男「ああ、いいよ。ちょっと俺も出かけてくる」
女「はい、わかりました」
男「……一緒に来る?」
女「いいのですか?」
男「もちろん」
女「それでは」
男「すいません、助手さん、ちょっと散歩してきます」
助手「あ、はーい」
狐子「うにゃああ、男! こっちを見るな!」
男「はいはい、いってきまーす」
牧「ほら、早く脱がないと! あ、行ってらっしゃい!」
男「暖かくなったなぁ」
女「そうですね」
男「ストーブそろそろしまわないとな」
女「狐子があのストーブのせいで小指が大変なことになると言っていました」
男「ったく、それはあいつの不注意なのにな」
女「はい」
男「ま、帰ったらしまうよ」
女「お手伝いします」
男「いいよ、一人でするから」
女「いいえ、させてください」
男「……」
女「男さんと、したいんです」
男「女、ちょっとその言い方はどうかと思う」
男「なんだか、こうやって二人で歩いてると、思い出すよな」
男「二人で……その……ホテルに行った頃のこと」
女「ラブペインですね」
男「あ~そんな名前だったっけかな」
女「あの頃はお互いのことをよく知りませんでした」
男「そうだな」
女「男さんはあの頃となにも変わってません」
男「そうか?」
女「はい」
男「……成長してないってことじゃないよな?」
女「男さんの発育はすでに高校三年……」
男「ああ、そういう意味じゃなくてな」
男「オトコとして、とかだよ」
女「?」
男「えーっと、心とかかな? 性格は変わっても、そういうのは変わってたりするじゃん?」
女「……」ジロー
男「な、なに?」
女「解析しても変化はないようですが……」
男「あ……解析してたのね」
女「私個人の意見を言いますと」
女「男さんはとっても素敵な男性だと思います」
男「!」
女「私の大切な人です」
男「……へへ、何度言われても慣れないなぁ、それ」
女「そうですか?」
男「女に言われると本当に嬉しいからさ」
女「嬉しい……ですか」
男(表情は完全にリセットされちまったけど)
男(女はこれでいいんだよな)
ビュウ……
男「うお、寒いな……」
女「あ、そういえば」
男「なんだ?」
ポツ……
女「今日は」
ザー!!
女「雨が降る確率があると」
男「って、降ってきてる降ってきてる!」
・ ・ ・
男「うおー……女、そういうことは早めに言ってくれよ」
女「ごめんなさい」
男「つってもこの雨……大分やばいな?」
女「確か豪雨で、降り止むのは明日の朝だと」
男「い!?」
女「これも、お散歩をする前に言えば良かったですね、申し訳ありません」
男「はは……もう気にするなって」
女「雨宿りできる場所があって良かったですね」
男「うん……でもこのままだと風邪引いちまうな」
女「はい。あの、男さん」
男「……ん?」
女「今日は泊まって行きませんか?」
男「へ?」
HOTEL『ラブペイン』
男「えええええええええええええええええええええ!?」
To be continued!!!
962 : 久方 ◆p79mT8Wu64Nk - 2012/04/30 22:59:04.51 O13GQ9yfo 1972/1986来週最終回かと。
次回の投下で、休止とさせていただきます。
もうすぐ1000行きそうですし、いい頃合いだと思います。
またひょこっと005で立てると思います。
その時はまた、応援してくださると嬉しいです。
では。
女「この部屋、あの頃と同じ部屋ですね」
男「そ、そうだったか?」
女「はい。覚えがあります。あの桃色のベッドに、少し狭いお風呂」
男「あ、あはは……」
女「……とても久し振りな気がします」
男「だよな、それから、狐子が来て、撫子が来て」
女「牧が来て」
男「そう思うと、凄い勢いでみんな集まった気がするな」
女「私にはかけがえのない日々です」
男「これからも続くのに、何言ってんだよ」
女「……そうですね」
男「え、えーっと……」
女「はい?」
男「これから、どうする?」
女「お風呂に入りましょう」
男「風呂……」
女「ダメですか?」
男「いやいや、別に大丈夫だけど」
女「そうですか」
男「……久し振りに一緒に入るなーと思って」
女「え?」
男「え?」
女「一緒に入るのですか?」
男「あ……」
女「……」
男「いや、ごめん、なんか、変な勘違いして」
女「私は、いいですよ」
女「いい、と言いますか」
女「一緒に入りたいです」
女「とっても久し振りに」
男「……わ、わかった」
・ ・ ・
狐子「うう、スクール水着……」
助手「負ける狐子が悪いんだよー」
狐子「う、うるさい!」ピョコンッ
牧「は、恥ずかしいよぉ……」
撫子「うふふ、とっても似合うわ」ニコッ
助手「どうして撫子もちゃっかりスク水に……?」
撫子「仲間外れは嫌ですー!」
プルルルルル
狐子「む、電話だ。おい、牧」
牧「たまには出たら?」
狐子「ええっ、わ、私はこういうのはあまり得意ではない」
撫子「あら、じゃあ私が出ますね♪」
牧「よろしくー」
撫子「もしもし……あら、男さんっ」
狐子「なに!」
撫子「今どこに? ……はい、ああ、確かに大雨ですね」
撫子「わかりました♪ 狐子と牧のことはおまかせを!」ビシッ
牧(スク水で敬礼とは、なんだか変だなぁ)
狐子「お、おい。男と女は?」
撫子「雨が降っているから、今日はホテルに泊まって帰るそうです」
助手「ホテル?」
撫子「はい、どこかは聞きませんでしたが」
狐子「うー、私もホテル行きたかったぞ」
牧「あはは、狐子は珍しいものならなんでもいいんだね」
撫子「うふふ……」
助手「……あー、いつもの日常してるところ悪いけど、あなた達スクール水着なのよ?」
・ ・ ・
男(よし、連絡は入れた)
男(にしても、なんだか緊張する)
男(……昔はエロい目線で見ていたけれど)
男(今なら大丈夫! ……なはず)
女「おまたせしました」
男「……!」
男(うおおおおおおおおおおおお)
男(久し振り過ぎて、忘れていた)
男(女の体……凄い!)
女「タオルは巻いています」
男「え?」
女「昔、男さんに注意されましたから」
男「そ、そうだっけ」
女「はい、忘れてしまいましたか?」
男「あ、あはは……ごめん」
女「謝ることはないです。昔のことですから」
男(まずいな、やっぱり見れねえ……綺麗過ぎる)
男(真っ白な肌に、大きな胸)
男(谷間が……す、凄い)
女「入らないのですか?」
男「あ、ああ、入るよ!」
女「はい」
・ ・ ・
男(あー、駄目だ)
男(俺、全然成長してねえ……)
男(顔真っ赤!)
女「先に、汗を流しますか?」
男「?」
女「私がお風呂に入りますから、男さんが先にお流しください」
男「りょ、了解」
ゴシゴシ
男「……」
女「……」
男(か、会話が続かねえ……)
男(こういう時はなんか気を利かせてなんか言わないと)
男「女は、よく覚えてるなぁ」
女「はい、もちろんです」
男「俺はもうさっぱり覚えてないや」
女「そうですか、残念です」
男「だから、教えてくれよ」
男「思い出したいからさ」
女「……はい」
女「お背中、お流ししても良いですか?」
男「い、いいの?」
女「はい、お流ししながら、お話しします」
・ ・ ・
ゴシゴシ
男「そ、そんなことあったか!?」
女「はい、鼻血がいきなり出して男さんは倒れてしまいました」
男「いやあ、覚えてないな……」
女「その時は確か」
男「!?」
女「私がタオルをこうやって」
女「巻き忘れて」
男「……」フラァ
女「お、男さん……鼻血」
男「はは……」
男(のぼせたからで、あって欲しい……)
・ ・ ・
男「……ん?」
女「気がつきましたか?」
男「ああ……俺」
女「この前と同じです」
男「なっさけねー」
女「体温の急激な上昇を確認しましたので、危なかったです」
男「ありがとう、女」
女「いえ、当然のことです」
男「……って、なんで女は俺の横で寝てるの?」
女「添い寝です」
男「……」
女「人肌が温かいと聞きましたから」
男(う、うわあああああ……!)
男(やべえ……すげえドキドキしてる!)
女「……」
男「あ、あのさ、女。今、言うようなことじゃないかもだけど」
女「はい?」
男「お、俺……狐子が好きだ」
女「え?」
男「撫子も……牧も、好きだ」
女「……」
男「そして、女のことが、好きだ」
女「私も、男さんのこと、みんなのことが大好きです」
男「……でもさ」
男「俺、女のことが一番好きなんだ」
男「みんなのことが好きだけど、俺は……」
男「女のことを、一番大切に思ってるんだ」
女「……」
男「もちろんみんなといるのはすっごく楽しい」
男「でも……」
女「ダメです」
男「え?」
女「そんなこと、今、言われても」
女「……思考回路が、まったく処理できなくて」
女「ショート寸前です」
男「……」
女「この感情はきっと」
女「きっと、男さんがくれた感情」
女「でも、なぜかその記憶がぽっかりと無くなっています」
男「……」(そうだ、全部、持ってかれて……)
女「……」
男「女、俺の顔を見てくれ」
女「はい」
男 ニッ
女「……」
男「お前も、笑えるはずだ」
女「……男さん」
男「だから、俺に最高の笑顔見せてくれよ」
女「……はい」
男「……」
女「……ニコッ」
女「……言っちゃいました」
男「あはは、言っちゃったな」
女「難しいです」
男「いいんだよ、少しずつで」
女「……」
男「ぽっかり無くなってるんなら、またこれから埋めりゃいいんだ」
男「だから、大丈夫だよ」
女「……はい」
・
・ ・
・ ・ ・
妹「お兄ちゃん、なにしてるかなぁ」
姉「あらあら、ブラザーシック?」
妹「な、なにそれ!? ホームシックみたいに言わないでよね!」
姉「ごめんあそばせ~」
妹「ふざけて謝るなー!」
・ ・ ・
会長「むむ」
会長「この服、男が着たら似合うかもしれないな」
会長「……くっ、妄想が止まらん」
会長「誕生日プレゼントで買おう」
会長「しかし、もしも身長が伸びていたら……」
会長「うむ、今度聞いてみよう」
・ ・ ・
桃「うひゃあ! ここのケーキベリうまだよ!」
黒「静かに食べれないわけ? 騒音ラジオ」
桃「黒ちゃんも食べなよ! 甘い物好きでしょ?」
黒「私はそういうあんたみたいな甘ったるいスイーツはいらないの」
桃「とかいいつつ、もう半分食べてるじゃん!」
黒「あんた、うるさい! 息の根止めて音量ゼロにするわよ!?」
鏡「ま、まあまあ……」
黒「……鏡、いたのね」
鏡「ひ、ひどい!」
・ ・ ・
西「こ、これちょっと股のとこおかしいやろ!」
大「そんなことねーよ。確かにちょっと際どい感じだが」
学「そこがいい!」
大「流石学! よくわかってるな!」
西「お前らあとで覚えとけやぁ!」
大&学「スクール水着最高!」
西「ハモんな!」
・ ・ ・
書記「……」
会計「おいおい、お前どうしたんだよ?」
書記「会計」
会計「あ?」
書記「……手、繋ぎなさい」
会計「えー、手繋いだら確実にお前子どもだぞ?」
書記「……!」ポカポカ
会計「痛い痛いー……やれやれ、ほらよ」
書記「!」
会計「これでいいんだろ。ったく」
書記「……納得いかない!」
会計「でっ、いきなり力強く握るなよな!」
書記「自業自得!」
会計「なはは、なんだよ怒っちゃって!」
・ ・ ・
助手「博士~」
博士「なんだ、何もないぞ」
助手「わかってますよー、ちょっとギュッとさせてください」
博士「子ども扱いする奴は嫌いだ」
助手「違いますよ、ちょっと違う意味でです」
博士「……なんだ?」
助手「家族として、なんて、ダメですか?」
博士「……好きにしろ」
助手「えへへ♪」
・ ・ ・
蛇「こちらの陣地は制圧した、そちらは?」
蛇「……ああ、わかった。すぐに援護に向かう」
蛇「やれやれ……今日も人使いが荒いな」
蛇「……夢、俺は今日も生きているぞ」
・ ・ ・
池面「あのー童ちゃん?」
童「なんだ、池面氏。『今日は良い天気だね』というありきたりなことを言うのは、私にとっては、ある意味新鮮かつ、ある意味最もカップルのような会話だと思って言ってくれるのだと思って身構えているのだが」
池面「いやあ、その体勢はなんなの?」
童「この体勢はさんかく、たいいく、たくさんの言われのある座り方で、私が何か期待をしている時についついこの座り方になってしまう、一種の癖のようなものだ」
池面「……今日は良い天気だね」
童「うん、そうね♪」
池面「童ちゃん、それは?」
童「以前ここに来たカップルの彼女が言っていた。この時にとても満面の笑みをしていたので、私も真似てみた。可愛くなかっただろうか?」
池面「すっごく可愛い!」
・ ・ ・
要「先輩ーキスの味ってどんな感じですか?」
庶務「は、はあ!? 私に聞かないでよ」
要「うう、酷いです……このままだと私、人生経験なしの残念少女になってしまいます……!」
庶務「あんたのために私がキスする必要ないでしょ!」
要「あれれ、私は先輩にして欲しいなんていってないですよ?」
庶務「……! 要ぇ!!」
要「あはは♪」
・ ・ ・
男「女、準備はできた?」
女「はい」
男「さてと、家に帰るか」
女「了解です」
・ ・ ・
男「うひゃー晴れてるなぁ」
女「梅雨の時期なのに、快晴ですね」
男「昨日の大雨とはまったく違うな」
女「はい」
男「……」
女「……」
男「えーっと」
女「?」
男「手でも、繋ぐか」
女「……はい」
・ ・ ・
男「ただいまー」
女「ただいま戻りました」
狐子「む! 帰ってきたか!」
撫子「おかえりなさいませ、二人とも♪」
牧「昨日は雨に降られて、大変だったね」
男「ああ、まったくだ」
女「でも、嬉しいこともありました」
撫子「あら?」
狐子「……! お、男、なにか、女にしてないだろうな?」
男「し、してねえよ!」
牧「なんだか、どもる感じがあやしいなぁ」
撫子「私も男さんに、なにかされたいです~」ニコッ
狐子「男ぉ!」
男「うわー! どうしてこうなるんだー!!」
女「……」
活動報告 ○○日目
今日も、私は幸せです。
幸せという感情は、まだよくわかりませんが。
私は狐子といて、撫子といて、牧といて。
そして、男さんと一緒にいれる今が。
きっと、幸せだと思います。
だから、このままずっと続くと思います。
こんな毎日が、ずっとずっと――。
・ ・ ・
博士「……ふむ」
博士「……男、ありがとう」
博士「こんな報告が来るのは初めてだ」
博士「いつも事務的なことしかこないのに」
博士「女が変わった証拠だな」
博士「……ふふ」
助手「博士ー! クッキー焼けましたよ~」
博士「ああ、今行く」
パタンッ――
END!!!
989 : 久方 ◆p79mT8Wu64Nk - 2012/06/18 00:27:27.07 RiSEZhm/o 1986/1986一ヶ月の間、本当に申し訳ありませんでした!
女「機械の体ですけど、一緒に過ごします?」完結です!
一番最初のスレから、1年2ヶ月が経ちました。
本当に長い間、みなさんに支えられてきました。
なんだかもう、言葉がまったく見当たらないです! ありがとうございます……!
完結しましたが、まだまだ彼らの日常は終わりません!
きっと、きっとまた、次スレで会いましょう!
男「本当に……」
全員「ありがとうございましたー!!!」
以上、久方でした。