ダイヤ「吸血鬼の噂」【前編】
ダイヤ「吸血鬼の噂」【中編】


221 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 21:53:40.47 ZRnZyA2Z0 217/302




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222 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 21:55:43.18 ZRnZyA2Z0 218/302



──7月2日火曜日。

時刻は──20時。


千歌「わ! 高いたかーい!」

ダイヤ「もう……はしゃぎすぎですわよ」


今は千歌さんと二人で函館山をロープウェイで登っているところです。


千歌「でも、これから、私たち戦うんだよ? アップしないと!」

ダイヤ「ロープウェイ内でくらい静かになさい……」


騒がしい千歌さんに嘆息しながらも、ロープウェイの窓から空を眺める。

暗闇の中に──闇に溶けるように存在する、丸い輪郭。

本日は新月です。



──────
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──


ヨハネ「まず、戦闘を行う日は新月よ」

ダイヤ「新月ですか?」

千歌「満月じゃないの?」


吸血鬼がフルパフォーマンスを発揮出来るのは満月だと思うのですが……。


ヨハネ「確かにあんたたちが一番パワーを発揮出来るのは、満月の夜だけど……。それは向こうも同じ。加えて純度が違うから強化倍率も桁が違う」

千歌「どれくらい違うの?」

ヨハネ「あんたたちが満月で10倍パワーアップするんだとしたら、聖良は1万倍くらい強くなるわ」

ダイヤ「なるほど……それはまさに桁違いですわね」

ヨハネ「ただ、吸血鬼はとにかくピーキーな怪異よ。吸血鬼の性質が強ければ強いほど、新月による能力低下倍率も大きくなる。あんたたちのパワーが10分の1くらいになるとしたら、聖良のパワーは100分の1くらいになるわ。これがホンキで戦う聖良に対して勝機を見出せる要素の一つ」

ダイヤ「それでも、10倍しか違わないのですわね……」

千歌「せっかくなら、低下倍率もサービスして欲しい……」

ヨハネ「文句言わないの。それに強さの絶対量が違いすぎるから、これでもパワーで逆転出来るなんて思っちゃダメよ?」

千歌「はーい」

ダイヤ「承知しましたわ」


──
────
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千歌「それにしても……ヨハネちゃんの特訓、きつかったなぁ……」

ダイヤ「千歌さん、泣いてましたものね」

千歌「ダイヤさんも泣いてたじゃん」

ダイヤ「あれはたぶんまともな精神構造をしていたら、誰でも泣きます」

千歌「だよねぇ……」

223 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 21:56:59.98 ZRnZyA2Z0 219/302


普段なら反論しているところかもしれませんが、もうそういうレベルではなかったので。

苦しいとか、きついとか言う次元ではなく。

その日の訓練が終わったときに、自分が泣きながら訓練を受けていたことに気付く、そういうレベルです。


千歌「ま、でも……」


千歌さんが身を寄せてくる。


千歌「ダイヤさんが一緒に居てくれるから……頑張れたよ」

ダイヤ「ええ……わたくしも同じ気持ちですわ」

千歌「うん……♪」


ロープウェイは──間もなく、山頂に到着します。





    *    *    *





千歌「わーーー!!!! 絶景ーーーーー!!!!」

ダイヤ「これは……確かに絶景ですわね」


函館山の山頂から見える夜景は観光名所としても有名ですが……。

これは本当に綺麗ですわね。

二人で並んで夜景を眺めていると──


千歌「えっへへ……」


千歌さんが寄り添ってくる。


ダイヤ「ふふ……」


その肩を抱く。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「ダイヤさんと一緒に居たら……チカ、無敵だから」

ダイヤ「ふふ、頼もしいですわね」



──────
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──


ヨハネ「千歌、ダイヤ、あんたたち、訓練以外は基本的に二人で過ごしなさい」


沼津に戻っての特訓一日目でヨハネさんにそう言われた。

224 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 21:58:21.21 ZRnZyA2Z0 220/302


ヨハネ「出来るだけイチャイチャしてなさい」

千歌「いちゃいちゃ……///」

ダイヤ「何故、それを命令されているのでしょうか……」

ヨハネ「……勝機があるとしたら、こっちは二人ってことよ。これは圧倒的なアドバンテージと言ってもいい」

ダイヤ「圧倒的、ですか?」

ヨハネ「何度も言ってるけど……吸血鬼はイメージで性質が決まる。だから、自身の強さを信じてくれるパートナーが居るってことは、お互いを強化出来るファクター足りうる」

千歌「なにそれ!? じゃあ、チカたち無敵じゃん!! ダイヤさんと一緒にいたら、絶対負けないもん!!」

ヨハネ「そう! その意気よ、千歌! お互いを信頼して、支え合って、鼓舞し合うことによって、どこまでもビルドアップ出来る。だから、パートナーをよく見て、知って、良いところをたくさん褒め合いなさい。そしたら、あんたたちは無敵だから!」


──
────
──────



ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん?」

ダイヤ「目、つむって」

千歌「えっへへ……このままキスしたら、歯ぶつかっちゃいそうだね」


確かに今はお互いキバが生えているから、気をつけないと……。


ダイヤ「気をつけますわ」

千歌「うん、上手にシてね……」


二人っきりの展望台で、千歌さんを抱き寄せて──


ダイヤ「……ん」

千歌「……ん」


口付けを交わした。


千歌「……えへへ」

ダイヤ「千歌さん……好きよ」

千歌「うん……私も、大好き」


函館山の夜景をバックに、二人で抱きしめ合う。

……数時間後には死線の中に居るであろうに、なんだか不思議な感じですわね。

いえ……だからこそ、でしょうか。


千歌「ヨハネちゃん……今も準備してるのかな」

ダイヤ「きっと、気を遣ってくれたのだと思いますわ……」


ヨハネさんは日が落ちてすぐに、


 ヨハネ『人払いの結界の準備するから、あんたたちはデートでもしてきなさい』


と言われ、今こうして二人っきりで過ごしている。

225 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:00:33.95 ZRnZyA2Z0 221/302


千歌「それにしても……ヨハネちゃん、人払いの結界なんて作れるんだね」

ダイヤ「本物の吸血鬼恐るべしですわ……実は善子さんのやってる儀式もバカに出来ないのかもしれませんわね……」

千歌「全部終わったら、ちょっと真面目に教えてもらおうかな……」

ダイヤ「ふふ……それもいいかもしれませんわね」


──ブッブ。


ダイヤ「あら?」

千歌「ん、携帯?」

ダイヤ「ええ……。……鞠莉さんからですわ」

千歌「なんて?」

ダイヤ「生徒会の仕事の報告ですわ」


前回聖良さんに宣戦布告をしたあと──沼津に帰りはしたのですが……。

日が沈んだら特訓を開始、日付変更と共にヨハネさんの指導が始まり(善子さんが就寝するので)、夜明けと共に泥のように眠り、起きたら日が沈みかけている。

そんな日々の繰り返しだったので学校に行く余裕など全くなかったため、千歌さんとわたくしは季節外れのインフルエンザと言うことで学校を休んでいます。

その間、鞠莉さんは文句一つ言わず……ずっと、わたくしの仕事を代わってくれていたようで……。

今回の一件。鞠莉さんにはずっと影で支えてもらってばかりでしたわね。

いつか、ちゃんと恩返しがしたいですわ……。


ダイヤ「千歌さんには皆さんから、連絡来ていますか?」

千歌「うん、毎日来るよ。チカが引きこもってた間も……毎日来てた」

ダイヤ「そう……」

千歌「今はちゃんと返事してるよ。来週くらいからはちゃんと登校出来るって言ってある」

ダイヤ「ふふ、では、ちゃんと帰らないといけませんわね」

千歌「もっちろん!」


──時刻はそろそろ22時が迫ってきている。


ダイヤ「……そろそろロープウェイが終わってしまいますね……下山しましょうか」

千歌「うん」


夜景を後にして、下山をする。

約束の時間は0時──刻一刻と戦いのときが迫ってくる。





    *    *    *





千歌「──……ちゅぅー……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ん……っ……千歌さん、おいしい……?」

千歌「んー! ……ちゅ、ちゅー……っ……」

ダイヤ「ふふ…………♡」

226 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:02:11.82 ZRnZyA2Z0 222/302


今は一旦ホテルに戻ってきて──最後の吸血の真っ最中。

この戦いが終わった後は……訓練のためにかなり強くなった吸血鬼化をゆっくり抜かなければいかないため、今後も何度か血を与える行為は続けることになりそうですが……。

とはいえ、吸血鬼化を維持するような頻度で行う吸血行為はきっとこれが最後でしょう。

訓練中は何度も血を飲ませていたので、さすがに刺激にも慣れてきた気がします。


ダイヤ「……千歌さん……」


ぽんぽんと背中を叩く。吸血を終わって欲しいという合図。


千歌「……んー……ちゅー…………」


ですが、千歌さん無視して血を吸い続けている。


ダイヤ「……千歌さん、吸いすぎですわ」

千歌「……ん、ぷはっ……ちぇ」

ダイヤ「ちぇ……では、ありません……。この後のこともあるのですから、少しは遠慮してください」

千歌「はーい……それじゃ、そろそろ行く?」

ダイヤ「いえ……その前に……」

千歌「?」


わたくしはホテルに備え付けてある、冷蔵庫を開いて、中からソレを取り出す。

真っ赤な液体の入った瓶。


千歌「!? そ、それは……!!」

ダイヤ「一本16,200円……最高級トマトジュースですわ」

千歌「買ったの!? え、飲んでいいの!?」

ダイヤ「ええ、戦いの前に祝杯と致しましょう。……あーあと……ヨハネさんが夕食を用意しておいたからと言っていましたわ。戦いの前に食べるようにと……えーっと……」

千歌「ごはん、ごはんっ!」

ダイヤ「これですわね……」


ヨハネさんが用意したらしい、ビニール袋の中からパックに入れられたソレを取り出す。


千歌「……ん、なにこれ?」

ダイヤ「……大量の鳥レバーと豚レバー……」

千歌「……つまみみたい」

ダイヤ「トマトジュースのつまみですか……あ、あと野菜もあると……」

千歌「あ、サラダもあるなら多少はアッサリして……」


同じようにビニール袋の中から、取り出したソレは……。

227 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:03:44.44 ZRnZyA2Z0 223/302


ダイヤ「……ほうれん草の缶詰ですわね」

千歌「ポパイじゃないんだから!!!」

ダイヤ「戦闘前に鉄分を補給しておけということでしょうか……。まあ、頂きましょうか」

千歌「もっとなんかオシャレなご飯がよかったなぁ……グラタンとかさ……」

ダイヤ「まあ……せっかく函館に居ますしね……」

千歌「蟹グラタン!」

ダイヤ「ふふ、いいですわね」

千歌「蟹、蟹食べたい!」

ダイヤ「全部終わったら食べに行きましょうね」

千歌「うん!」


とりあえず、千歌さんとわたくしの二人分、グラスにトマトジュースを注いで。


千歌ダイヤ「「いただきます」」


トマトジュースを一口煽る。


千歌「ほぁ……!!」

ダイヤ「まぁ……!」


二人揃って感嘆の声が漏れる。


千歌「めちゃくちゃおいしい……!! さすが最高級!! 16,200円!!」

ダイヤ「本当においしいですわ……トマトジュース特有の癖みたいなものが全然感じられない……」


多少ドロリとはしていますが、甘味と酸味が程よい感じで混在し、何よりコクがある。味はしっかりと感じるのに、トマトジュース特有の青臭さがほとんどなく、非常に飲みやすい。


ダイヤ「これは……いくらでも飲めてしまいそうですわ」


今の自分の味覚が吸血鬼に寄っているとは言え、そういう贔屓目なしにしたとしてもこれはおいしいと言える。


千歌「はぁーーーー!!! おかわりっ!!!!」

ダイヤ「ふふ、味わって飲んでくださいね」


奮発してよかったかもしれませんわね……。

飲み物ばかりじゃなくて、レバーにも手をつけないと……そう思いレバーを口に運ぶと、


ダイヤ「……! これも随分良いレバーですわね……」

千歌「ホントに? ……あむ……。……わ、確かに……おいしい」


焼きたてではないのに、柔らかいし、レバー特有の血なまぐささが比較的抑えられている。


ダイヤ「ヨハネさん……良いモノを選んできてくれたのかもしれませんわね」

千歌「っ……! なんか、泣けてきちゃうなぁ、もぉ……」

ダイヤ「ふふ……そうね」


短い間だったとは言え、なんだかんだでここまで付き合って、わたくしたちを鍛えてくれた、いわば恩師です。

そんな恩師からの最後の餞別と言うことなのでしょう。


千歌「きっと……このほうれん草も……」

228 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:06:30.40 ZRnZyA2Z0 224/302


千歌さんが缶詰の中にフォークを突き刺して、取り出したほうれん草を口に運ぶ。


千歌「……普通のほうれん草だ」

ダイヤ「ふふ……わたくしにもくださいな」


二人でのんびりと、最後の食事を楽しみ──食べ終わった頃には時計は23時半を指し示していた。

……わたくしたちは、最後の戦いに臨むために、身支度を整えてホテルを後にします……。





    *    *    *





──今回、戦闘を開始するのに指定した場所。

旧函館区公会堂前に向かう道すがら、


ヨハネ「ん」


ヨハネさんが街路灯に、もたれかかって待っていた。


ヨハネ「来たわね。……似合ってるじゃない、その衣装」

ダイヤ「ふふ、ありがとうございます」

千歌「うん! 自分たちでもそう思う!」


──わたくしたちは、この戦闘に備えて、衣装を用意していました。

千歌さんが着ている服は、いつぞやの堕天使スクールアイドルのときに着ていた、ゴスロリ衣装。

リボンも黒、トレードマークのヘアピンも黒を基調にハートをあしらったデザインで上半身は黒一色。

脚は真っ黒なクロス・ストラップ・シューズに、真っ白なフリルハイソックスで飾っている。

そして、あのときは衣装を着ていなかったわたくしも、ゴシック調の肩出しのプリンセス・ドレスに、黒のオペラ・グローブ。

脚には真っ白なフリルサイハイソックスと、真っ黒なストームパンプスでコーデし、おまけに頭にはゴスロリ衣装で使うブーケのようなミニハットを被っている。


ダイヤ「なんだか……本当にリトルデーモンになったみたいですわね」

千歌「うん! なんかゴスロリ衣装してると、ホント悪魔っぽいというか、吸血鬼っぽいなって!」

ヨハネ「ふふ、そう思えるのはいいことだわ。間違いなく、千歌とダイヤの吸血鬼性にプラスの方向に働くはずよ」


吸血鬼としてのイメージをより強固にするために、こうして今日のために用意したのです。

いわば、これがわたくしと千歌さんのバトルドレスということですわね。


ヨハネ「二人とも、訓練中も散々言ったけど……殺す気で戦いなさい」

千歌「……うん」

ダイヤ「わかっています」

ヨハネ「それくらい相手は強い、格上の吸血鬼。ホンキで殺すつもりで行って、やっと勝てる可能性が僅かにあるってくらいの賭けなんだからね」


ここまで、文字通り血を吐くような訓練をして来ました。

それでも尚ここまで念を押されるというのは……そういうことなのでしょう。

心して挑まなければならない。

229 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:08:16.27 ZRnZyA2Z0 225/302


ヨハネ「……あと、この一帯の結界は張り終えた。結界内で壊したものとか建物は……あとで妖気で修復出来るから」

千歌「お、おお、便利……」

ダイヤ「最後まで、ありがとうございます……」

ヨハネ「ま、最悪全部終わった後に聖良にも手伝わせるつもりだし……気にせず思いっきり戦ってきなさい」


ヨハネさんはそう言っておどけたあと、


ヨハネ「……千歌、ダイヤ。教えられることは全部教えたつもりだから」

ダイヤ「はい」

千歌「……うん!」

ヨハネ「後は……勝って来なさい」


そう激励してくれる。


ヨハネ「んでもって……ちゃんと、帰って来なさい。戻ってこないと……善子が哀しむから」

千歌ダイヤ「「はい!」」

ヨハネ「それじゃ……行ってらっしゃい」

千歌「行ってきます!」
ダイヤ「行ってきますわ」




    *    *    *




──二人でぎゅっと手を握って、踏みしめる。

一歩一歩、踏みしめて。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「本当に……いろいろなことがありましたわね」

千歌「だね……濃密すぎて、ここ2ヶ月くらいで何年分くらいの経験したんだろって思うよ」

ダイヤ「ふふ、そうね……ですが、そんな長かった戦いも……これで終わりですわ」

千歌「うん。……なんかさ」

ダイヤ「はい」

千歌「終わるって思ったら、ちょっと寂しいね」

ダイヤ「ふふ……同じことを考えていましたわ」

千歌「あんなに大変だったのに、変なの」

ダイヤ「うふふ……ホントにね。……千歌さん」

千歌「なぁに?」

ダイヤ「勝ちましょう」

千歌「うん」

ダイヤ「勝って……一緒に、元の世界に──帰りましょう」

千歌「うんっ!!」

230 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:10:24.00 ZRnZyA2Z0 226/302


約束の場所に着くと──


聖良「……来ましたね」


聖良さんが、公会堂の門の前に立っていた。


千歌「こんばんは」

ダイヤ「ごきげんよう」

聖良「……さて、戦う前に……何か話したいことはありますか?」

千歌「うーん、そうだな……」


千歌さんは少し悩んだあと、


千歌「……全部終わったら、また同じステージで踊りたいな」


聖良さんにそう伝える。


聖良「……そうですか、それは素敵なお誘いですね」


聖良さんは肩を竦めて笑う。


ダイヤ「……そのために手加減なんてやめてくださいね? そんなことしたら……──聖良さん、死んでしまうかもしれませんから」


わたくしは不敵に笑う。


聖良「……言うじゃないですか。ホンキで私に勝てると思ってるんですね」

ダイヤ「もちろん。勝ちに来たのですから」


もう覚悟は決まっている。わたくしも、千歌さんも。


聖良「いいでしょう……なら、お互い全ての力を出し切って──殺し合いましょう」

千歌「……行きます……!!」


──時刻は、0時。

夜空にその輪郭だけを浮かべる真っ黒な新月に見守られる中、

最後の戦いが──始まった。



231 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:13:35.52 ZRnZyA2Z0 227/302



    *    *    *





聖良「……それでは」


聖良さんが、服の中からロザリオを取り出し──投げ捨てる。

それと同時に、


聖良「この姿……人に見せるのは本当に久しぶりですね」


キバが生えてくる。それと同時に──


ダイヤ「……なるほどどうして」

千歌「…………」


とてつもない妖気があふれ出してくるのが、わたくしたち紛い物の吸血鬼でもわかる。

肌がビリビリとし、その存在感に思わず屈服しそうになる。


聖良「降参しますか?」

ダイヤ「それも吸血鬼ジョークですか?」

千歌「降参なんて、しないよ!」

聖良「そうですか……残念です」


聖良さんは肩を竦める。


ダイヤ「……千歌さん、どうぞ」

千歌「うん──ガブッ」


わたくしが合図をすると、千歌さんが躊躇なく首筋に噛み付き、血を──


千歌「……ん、ぶ……っ……」

ダイヤ「……ん……」


──わたくしに“注入”してくる。



──────
────
──


ヨハネ「吸血鬼戦において、これからあんたたちに教える主な要素は5つ。まず最初に眷属化について教えるわ」

ダイヤ「血を吸うことによって、吸われた対象が眷属化するのですわよね」

ヨハネ「ええ、眷属化の程度は、吸われた血の量や吸血回数に比例するんだけど……千歌はそれだけだと、強い眷属化は出来ないわ」

千歌「強い眷属化?」

ヨハネ「とりあえず、千歌。いつもみたいにダイヤに噛み付いてみて。……ダイヤ、覚悟はいいわね」

ダイヤ「ええ、いつでもどうぞ」


髪をまとめて右肩の前に垂らして、いつものように左首筋を露出する。

232 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:15:26.97 ZRnZyA2Z0 228/302


千歌「じゃあ、噛むね」

ダイヤ「はい」

千歌「──あむっ」

ダイヤ「……っ……」


──キバが突き刺さってくる。


ヨハネ「それじゃ、そのまま……吸うんじゃなくて、血をダイヤに注ぎ込んでみて」

千歌「ふぉふぇ!? ふぇふぃるろ!?」

ヨハネ「よーくイメージすれば出来るわ。噛み付いた部分から、自分の血液をダイヤに押し込む感じ。……ダイヤ、最初は痛いかもしれないけど、我慢しなさい」

ダイヤ「……は、はい……」

千歌「……やっふぇみゆ……──ん、ぐ……」


普段はここから、何かが抜けていくような感覚だったのですが──


ダイヤ「……っ゛!!」


何かが無理矢理侵入してくる違和感がする。


ダイヤ「な゛に゛……っ゛……!! こ゛れ゛……っ゛……!!」


侵入してきたものが首筋から拡がっていき──どんどん身体が熱を帯びていく。

それと同時に、全身が痙攣を起こし、


ダイヤ「い゛っつ゛……っ!!!!」


痙攣を起こした部分が全身に響くような鈍痛を生じ始める。


千歌「!! らぃぁしゃ……っ!!」

ヨハネ「千歌、やめるなっ!!」

千歌「!!」

ヨハネ「半端なことしたら、眷属化の完遂に時間が掛かるわ。ダイヤはとっくに覚悟して眷属化を受けてる。あんたが躊躇するな」

千歌「……っ」

ダイヤ「千歌……さ、ん……だい、じょうぶ……だから……!!!」


わたくしとヨハネさんの言葉を聞いて、千歌さんが頷く。

それと同時に── 一気に千歌さんの方から、何かが押し込まれてくる。


ダイヤ「ぃ゛……き゛……っ!!!」

ヨハネ「全身が眷属化を受け入れて……一気に吸血鬼の特徴が現出するわ。急激な身体の変化のせいで、痛みが走る。あともうちょっとだから、頑張りなさい」

ダイヤ「は゛……い゛……っ……!!」


ヨハネさんの言う通り身体が急激に変化しているのが、わかる。

筋繊維一本一本が強靭なものに発達し、骨が頑強に重鈍になっていく。全身の神経が昂ぶって、肌が髪が、この空間に存在する空気の形を認識している。

耳には、いつもは聞こえないような微かな環境音が届き、近くに居る存在全てに違うニオイがあることが嗅ぎ分けられる。

そして──メキメキと音を立てながら、急激に犬歯が伸び始めている。

233 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:16:44.79 ZRnZyA2Z0 229/302


ヨハネ「……もういいわよ」

千歌「……ん、ぷはっ」

ダイヤ「……っ゛……」

千歌「ダイヤさんっ!!」


千歌さんのキバが首筋から離れると同時に崩れ落ちる。


ダイヤ「だ、大丈夫……です……」

ヨハネ「……それが、眷属化。ダイヤ、貴方は今完全に千歌の眷属になった」

千歌「ダイヤさん…………。ぁ」


千歌さんがわたくしの瞳を覗き込んで、声をあげる。


ダイヤ「……?」

千歌「ダイヤさんの目……紅い」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「それも吸血鬼の特徴よ。私も千歌も、元々瞳が赤っぽいから目立たなかったけど……ダイヤはわかりやすいわね」


吸血鬼は鏡に映らないので、わたくしに確認する術はないのですが……。どうやら、間違いなく吸血鬼化したと言うことですわね。


ヨハネ「眷属化によって、ダイヤ、あんたも吸血鬼化した。吸血鬼化すると、まず身体能力が著しく向上する」


そう言って、ヨハネさんは空き缶を放ってきたので、咄嗟にキャッチする。


ヨハネ「たぶん、空き缶程度なら、軽く握るだけで、ぺしゃんこになるわ」


言われた通り試そうとして──


ダイヤ「……あ、あら?」


気付いたときにはすでに、空き缶はぺしゃんこになっていた。


ヨハネ「眷属化した直後だからね。力の加減がまだわかってないみたいね」

ダイヤ「……これ、ものすごいパワーですわね」

ヨハネ「千歌のときと違って、無理矢理、急激な吸血鬼化をさせてるからね。ただ、ちゃんと加減出来るようになりなさい。気をつけないと、そのパワーで自分の身体を破壊しかねないから」

ダイヤ「……わかりましたわ」

ヨハネ「んで、千歌」

千歌「あ、はい!」

ヨハネ「今みたいにダイヤに血を与えるとダイヤは強化される。逆に、いつもみたいに血を吸えば千歌が強化される。これが相互で吸血鬼化を維持する基本よ。覚えておきなさい」

千歌「らじゃー!」

ダイヤ「わたくしが血を吸われたとき……わたくしの能力が弱体化するということは?」

ヨハネ「大丈夫よ、そういうもんじゃないから。むしろ吸われた場合でも多少血が混ざるから、吸血鬼化は進行するわ。あくまで、意図的に吸血鬼化を激しく進行させ、眷属化をさせるための方法ってだけだから」

ダイヤ「なるほど……わかりましたわ」

ヨハネ「ん。……それじゃ、次だけど──」


──
────
──────


234 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:17:58.37 ZRnZyA2Z0 230/302


千歌さんから血が送り込まれて来て──身体が熱を帯びる。


千歌「……ぷはっ」

ダイヤ「…………」


吸血鬼の力が漲ってくる。


聖良「お互い準備万端のようですね。どうぞ、先手はそちらに譲りますよ」

ダイヤ「それはどうも」

千歌「……行くよ……!!」


千歌さんが身を沈める──

刹那。

彼女の踏み込んだ足元の石畳が音を立ててひしゃげる。


千歌「ふんっ!!!!」


下半身のバネを利用して、飛び出した千歌さんの拳は──

聖良さんの背後にあった公会堂の門を、一発で吹き飛ばした。


聖良「……なるほど」

千歌「っ!! 外した……っ!!」


──違う、回避された。

聖良さんは最小限の動きで、千歌さんの拳を避けた。


千歌「っ!!!」


が、千歌さんは門を吹っ飛ばした拳をそのまま、振り下ろすように次の攻撃に派生する。


聖良「……ちゃんと吸血鬼の力の使い方は身につけてきたみたいですね!」


聖良さんはその拳も身を捻るように躱し、回避の勢いで全身を捻るように回転させながら、


千歌「……!!!」


千歌さんの背中に回し蹴りをお見舞いする。


千歌「がっ……!?」


しなやかな体運びとは裏腹に──

やや上方から打ち付けるような蹴りを受けた、千歌さんの身体は、見た目からは考えられないような威力で、激しく石畳にたたきつけられる。


ダイヤ「千歌さん!!」


そのまま、千歌さんの身体は、石畳を割り砕きながら跳ねて──数メートル単位で浮き上がる。


聖良「…………」


聖良さんが腰を低くする。

追撃するつもりだ。

わたくしも脚の筋肉に一気に力を込め──千歌さんの方へ向かって、一直線に飛び出す。

235 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:20:11.10 ZRnZyA2Z0 231/302


ダイヤ「千歌さんっ!!」

聖良「!! 来ますか……!! なら、まとめて潰します!!」


直後、聖良さんも弾けるように地を蹴って飛び出す。

わたくしは、空中で千歌さんを抱き留めながら、聖良さんに目を向ける。

──拳を引いて飛んで来る。

空中で身を捻る反動で、叩き付けようとしてくる拳を、


ダイヤ「はぁっ!!!」


わたくしは踵落としの要領で、彼女の拳を下方に向かって蹴り飛ばす。


聖良「!!」


空中で無理矢理拳を上からはたかれて、聖良さんの姿勢が崩れる。

そして、それと同時にわたくしが今し方、抱き留めた千歌さんが──


千歌「……爪っ!!!!」


わたくしの身体の陰から、聖良さんに爪の先端を向け──それが聖良さんに向かって一気に“伸びていく”。


聖良「……!!!!」



──────
────
──


ヨハネ「──吸血鬼の戦闘能力の中で、特に重要なのは肉弾戦と密接に関係している、肉体強化と肉体変化よ」

千歌「肉体強化と肉体変化?」

ヨハネ「そ。肉体強化ってのは、五感、筋力、瞬発力、動体視力、根本的な体力やスタミナ、皮膚や筋肉、骨と言った体組織の強靭化のこと。さっきダイヤが空き缶ぺしゃんこにしたみたいに、吸血鬼化さえしちゃえば常時発動するわ。ただ、これだけだと運動性能が飛び抜けてる頑丈な人間みたいなものね──飛び抜け方が人間離れはしてるけど」

ダイヤ「肉体変化というのは?」

ヨハネ「名前の通り、こんな感じに──」


気付くと、ヨハネさんの爪が伸び──


千歌「ひぃ!?」


千歌さんの首元に突きつけられていた。


ヨハネ「爪を伸ばしたり、本来とは違う形に身体の形状を変化させる能力よ」

千歌「こ、こわいこわいこわい!!」

ヨハネ「爪はあくまで一例だけど……」


そう言いながら、ヨハネさんは爪の長さを戻していく。


千歌「……っほ」

ヨハネ「あんたたちは二人とも、すでに肉体変化を経験してるわ」

千歌「ほぇ?」


言われて少し思案する。本来とは違う形に身体の形状を変える……。

236 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:22:41.46 ZRnZyA2Z0 232/302


ダイヤ「…………キバですか」

ヨハネ「その通りよ」

千歌「あ、これか!」


本来、人間の歯は伸び縮みはしない。

ですが、吸血鬼性の現出とその解除のサイクルの中で、千歌さんの犬歯は何度も伸び縮みを繰り返していた。

これはどう考えても本来の人間の歯にある性質ではない。


ヨハネ「ただ、キバに関しては吸血鬼化してる間は勝手に変化しちゃう部分だけどね。コツはいるけど、同じような原理で爪とかも伸ばしたり縮めたり出来るわ」

千歌「どうやるの?」

ヨハネ「単純よ。伸びるようにイメージする」

千歌「伸びるように……イメージ……。……いや、伸びないんだけど」

ヨハネ「イメージが足りないのよ……。もっと爪先に神経を集中させて」

千歌「し、集中……」

ヨハネ「流れる吸血鬼の血が、爪の先一点の集まってくイメージよ」

千歌「…………いや、伸びないんだけど」

ヨハネ「もっと頑張りなさいよ……」


伸びる、イメージですか……。

わたくしは目をつむって、指先に集中する。

先ほど吸血鬼化したときに、全身を巡る血が、急激に自らの肉体を変化させていった感覚を思い出す。

千歌さんから与えられた吸血鬼の血の通った部分が、変わっていく感覚……。

キバが生えていくときと、同じような感覚で──

先端。指の先端をイメージ。一番先端なら……まず、中指……。中指の先端に血を、意識を集めて、それで爪を伸ばすような……イメージ。


ヨハネ「……へぇ」

千歌「え、すご」

ダイヤ「……出来ましたわ」


目を開けると、中指の爪が鋭利に伸びていた。


ヨハネ「大したもんね」

ダイヤ「先ほど、急激な肉体変化を経験したばかりでしたので……イメージがしやすかったのだと思いますわ」

ヨハネ「次は中指以外も同時にね。慣れれば爪なんかはかなり自由に伸び縮みさせられるようになるわ。肉弾戦において、鋭利な爪はかなり有効な武器になるから、絶対会得しなさい」

千歌「ら、らじゃー! 頑張る!」

ダイヤ「他に肉体変化出来る部位はあるのですか?」

ヨハネ「ん、んー……そうねぇ。本物の吸血鬼なら、肉体変化どころか動物に変化したりも出来るから、動物の特徴を身体に現出させることも出来るんだけど……」

ダイヤ「わたくしたちには無理ですか?」

ヨハネ「……無理ではないけど、習得するには時間が足りないわね。……それでも、一個は無理にでも習得させるつもりだけど。絶対に必要なスキルになると思うから。……ただ、今はとりあえず爪ね」

ダイヤ「わかりましたわ」



──
────
──────


237 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:24:18.45 ZRnZyA2Z0 233/302


──千歌さんから伸びる鋭利な5本の爪は、空中で制御の利かない聖良さんを完璧に捉える。

この位置取りなら、回避は出来ない……!!


聖良「くっ……」


千歌さんの爪はそのまま、聖良さんの肩に突き刺さる。


聖良「っ!!」

千歌「……とりゃぁ!!!」


千歌さんはそのまま、腕を振るって、聖良さんの肩を切り裂く。

長く太い爪に弾かれるようにして、彼女の身体が後方に吹き飛んだ。

──ガシャンッ!


聖良「……ぐっ!!!」


そのまま、聖良さんは門柱に音を立てながら叩き付けられ、声をあげる。


千歌「ダイヤさん、ありがとっ!!」

ダイヤ「いえ、大丈夫ですか!?」


二人で着地をしながら、千歌さんが攻撃を食らった部位を見てみると、

もうすでに傷の再生が始まっていた。


千歌「うん、そんなに思いっきり食らったわけじゃなかったから……これくらいならすぐに再生出来るよ」

ダイヤ「ならよかった……」


これなら、応急手段を取る必要はまだない。

一方で聖良さんも、


聖良「なるほど……この短期間で随分しっかり、鍛えてもらったようですね……」


肩の大きな裂傷痕を再生しながら立ち上がる。

やはり、再生が早い。


千歌「……死ぬほど辛い訓練を受けたから……」

聖良「みたいですね……思ったより楽しめそうで、安心しています」


言いながら、聖良さんは千歌さんと同じように、爪を伸ばし始める。

ただ、先ほどの千歌さんの不意打ちの刺突とは違う。

伸びた10本の爪は、近接戦闘用に10cmほどに伸ばし、鋭利な形状を保っている。


千歌「ダイヤさん、下がって」

ダイヤ「はい」


そして、千歌さんも同様に10cmほどに両手の爪を揃えて、相対する。


239 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:27:24.46 ZRnZyA2Z0 234/302


──────
────
──


ヨハネ「近接戦は基本的に千歌がすること」

千歌「ん、わかった」

ダイヤ「わたくしは前に出ない方がいいのですか?」

ヨハネ「基本的にはね」

ダイヤ「わたくし運動神経はそこまで悪くないのですが……」

ヨハネ「そうは言っても、近接戦は瞬発力と動体視力、反射神経の勝負だからね……肉体強化はあくまで強化だから、元の能力が高いほど、強化されたあとも強いわけだし。まあ、理由はそれだけじゃないし」

ダイヤ「というと?」

ヨハネ「あんたは千歌と違って、眷族でしかないから、千歌よりも再生能力が弱いのよ。だから、直撃を受けたらそれが一発で致命傷になりかねない」

ダイヤ「……なるほど」

ヨハネ「もちろん、それについても対応策を教えるつもりではあるけど……。あくまで基本的には千歌が前衛に出た方がいいわ」

ダイヤ「ちなみに……再生能力の違いというのはどれくらいですか? ……というか、そもそも千歌さんもどれくらいの再生能力なのか……」

千歌「あ、それは私も気になるかも」

ヨハネ「そうね……あんたたちの吸血鬼性だと……。千歌は手とか足の先なら千切れても、再生出来ると思う。内臓もある程度は大丈夫。ただ、身体が真っ二つになったら、さすがにきついでしょうね……」

千歌「丈夫だね……。……で、でも千切れるのはイヤだなぁ……」

ヨハネ「大丈夫よ、痛みに慣れるために何度か再生訓練で手足は潰すつもりだから」

千歌「え」


それは大丈夫なのでしょうか……。


ヨハネ「ダイヤの場合は切断部位の再生は無理だと思うわ。骨折とかが限界かしら」

ダイヤ「……わかりました。なら、腕の骨、折って貰っていいですか?」

千歌「ダ、ダイヤさん!?」

ダイヤ「慣れる必要があるのでしょう? ……なら、出来るだけ早い段階から始めて、慣れてしまわないと」

ヨハネ「いい心掛けね。……ただ、ダイヤ、あんたの場合は再生にもコツがいるから、それを説明してからにするわ」

ダイヤ「コツですか……?」

ヨハネ「特に骨折は再生にコツがいるのよ」

千歌「コツ……骨だけに!?」

ヨハネ「失敗すると、えぐいことになるから……」

ダイヤ「……詳細がよくわかりませんが、そういうことでしたら、話を聞いてからにしますわ」

千歌「え、ちょ、無視しないでよぉ!?」


──
────
──────



聖良「…………」

千歌「…………」


相対する二人の吸血鬼が、爪を構えて、じりじりとにじり寄る。


ダイヤ「…………」

240 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:29:38.78 ZRnZyA2Z0 235/302


わたくしはとにかく、聖良さんの動きに注力する。

膠着した状態から──


聖良「──」


一瞬、聖良さんの影が揺れる。

──右!!!


千歌「!!!!」


頭の中で叫ぶと共に、千歌さんが上半身を大きく右に逸らす。

──ヒュンッ!!!

風を切る音と共に、さっきまで千歌さんの上半身があった場所を聖良さんの大爪が薙いでいた。


聖良「……!!!」

千歌「で、りゃぁ!!!!」


攻撃を回避した千歌さんが、逸らした上半身を膂力で無理矢理戻しながら、その勢いを利用して、爪撃をやり返す。

──ザシュッ!!


聖良「ぐ!?」


鋭利な刃物で肉が切り裂かれる音と共に、千歌さんの斬撃が直撃した聖良さんの肩口から、鮮血が飛び出す。


聖良「っ!!」


痛みによろけるように、身を落とした聖良さんは──そのまま、思いっきり左脚で地面を踏みしめる。


ダイヤ「!」


──跳んで!!


千歌「!! やぁっ!!」


千歌さんが咄嗟に跳ねると、


聖良「!?」


今の今まで千歌さんが立っていた場所に、聖良さんの右脚によるローキックが放たれていた。

──ローキックとは言うものの、その威力は薙いだ先から、石畳が抉れるようなとんでも威力なのですが。

空中に跳んだ千歌さんは、先ほどのように再び自分の爪先を聖良さんに向け──


千歌「つ、めっ!!!」


──爪を伸ばす。

至近距離で勢いよく伸ばした爪は、今さっき切り裂いた、聖良さんの肩口の傷に突き刺さり、


聖良「ぐっ!!!」


そのまま、一気に身体を貫いて、背後の門柱の根元に突き刺さる。

──動きをホールドした!!!

241 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:31:43.15 ZRnZyA2Z0 236/302


聖良「……はぁっ!!!!」


が、聖良さんは気合いの掛け声と共に、フリーの右手で、肩を貫く千歌さんの爪をグラップし、

力任せに握りこむ。

──メキメキメキッ!!!


千歌「いっ!!?」


血管の浮き出る程の馬鹿力で握り込まれた爪は、相当頑丈で頑強なはずなのに、音と共にヒビが入っていく。


聖良「はぁっ!!!」


──バギンッ!!!

硬いものが崩れる音と同時に、


千歌「いった゛っ!!!!!」


千歌さんが悲鳴をあげる。

不安定な状態から、爪で相手を貫いたばかりだった、千歌さんは、爪が砕けた痛みに驚いて、


千歌「っ!!」


脚を滑らせ、後方に向かってバランスを崩した。


聖良「──ッ!!」


その隙を見逃さないと言わんばかりに、聖良さんが前傾姿勢になりながら、飛び出そうとした、

ところに──


ダイヤ「──……はぁっ!!!」

聖良「……がっ!!!?」


わたくしが、滑り込むように、千歌さんの前方に躍り出て、

飛び出そうとした聖良さんの頭部に掌底突きをあわせる。

勢いの乗った、聖良さんは躱すどころか、自らの勢いを利用されたカウンターの要領の掌底に顎が上がる。


聖良「……ッァア゛!!!」


──が、聖良さんは気合いで、すぐに顎を引いて体勢を戻す。


ダイヤ「それくらいは、やってきますわよねっ!!」


これくらいは読んでいる。

わたくしはそのときにはすでに身を屈ませていて、

──屈んだわたくしの頭のすぐ上、空を切りながら拳が伸びてくる。


千歌「ぉぉりゃぁ!!!!」


体勢を立て直した千歌さんが、わたくしの頭上から、体重を乗せた拳を、聖良さんの顔面に叩き込む──

──ドグムッ!!!

吸血鬼の膂力によって繰り出される拳が大きな鈍い音を立てて、聖良さんに直撃した。

242 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:33:10.27 ZRnZyA2Z0 237/302


千歌「……入った!!」


……いや──


聖良「……はぁ、はぁ。やるじゃないですか……」

千歌「!?」

ダイヤ「!!」


聖良さんは千歌さんの拳を頭突きで相殺していた。

──わたくしはすぐさま、反転し、下半身に力を込める。


聖良「はぁぁっ!!!!」


わたくしの背後で聖良さんが足元の石畳に向かって両手を合わせて思いっきり、地面に叩き付ける。

その衝撃で、わたくしたちの足元が──バキバキッ!! とド派手な音を立てて、破壊され、砕かれた岩石が襲い掛かってくる。


千歌「わっ!!?」

ダイヤ「くっ……!!」


準備していたのが幸いだった。

そのまま、下半身のバネを利用して、千歌さんを抱えるようにして、一気に離脱する。


聖良「……避けますか」

ダイヤ「はぁ……はぁ……」


どうにか逃げおおせてから、背後を振り返ると、


千歌「じ、地面が……」


聖良さんが殴りつけた地面は、隕石でも落ちてきたのかと言わんばかりに、凹みを作っていた。

直撃してたら致命傷でしたわね……。逃げられてよかった……。


聖良「……大したコンビネーションですね」

ダイヤ「…………」

千歌「私とダイヤさんの、愛の力です!」

聖良「愛の力ですか……それはロマンチックですね。……随分深く眷属化で結びついているみたいですね。しかも、主従間で相互に」

ダイヤ「……バレてる……」


出来れば気付かれないに越したことはなかったのですが……。



──────
────
──


ヨハネ「はい、じゃ、一旦休憩」

千歌「は、はひぃ……」

ダイヤ「はぁ……はぁ……」


二人してヘタリ込む。

243 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:34:29.85 ZRnZyA2Z0 238/302


ヨハネ「お疲れ様。再開は5分後ね」

千歌「ご、5分!?」

ダイヤ「や、休めない……」

ヨハネ「短期間でいかに体勢を立て直すかも訓練よ。ほら、さっさと休憩しないと時間なくなるわよ」

千歌「き、休憩になってないぃ……」


ええと……5分で出来ること……まず、水分……トマトジュース……。


千歌「わかった、持って来るね」

ダイヤ「お願いしますわ……」


──『増血剤も今のうちに飲んでおかないと……』


ダイヤ「増血剤、増血剤……」

ヨハネ「……?」

千歌「トマトジュース取ってきた!」

ダイヤ「はい、増血剤ですわ」

千歌「わ! チカが思ってることわかったの?」

ダイヤ「え? 飲んでおかないとと、言っていたではありませんか……」

千歌「え? 口に出てた?」

ダイヤ「ええ、よく聞こえてましたわよ。ねぇ、ヨハネさん?」

ヨハネ「……いや、言ってなかったわよ」

ダイヤ「え?」

ヨハネ「ついでに言うなら、トマトジュースのことも口に出てなかったわよ」

千歌「?? ダイヤさん、まずトマトジュースって……」

ダイヤ「……?」


千歌さんと二人、思わず顔を見合わせる。


ヨハネ「……ちょっと、二人ともいいかしら」

千歌「……? う、うん」

ダイヤ「なんでしょうか……?」


そう言って、ヨハネさんは、ポケットからトランプを取り出す。


千歌「トランプ?」

ヨハネ「動体視力の訓練に使おうと思って持ってきてたんだけど……ちょっと、別のことを試してみようと思って」


そういいながら、ヨハネさんはわたくしにカードを一枚だけ投げ渡してくる。


ダイヤ「? なんですか?」

ヨハネ「千歌は見ないように。ダイヤはそれに書いてある数字とマークを頭に思い浮かべてみて」

ダイヤ「は、はい……」

千歌「? わかった」


手渡されたカード……♣のK。

244 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:36:16.51 ZRnZyA2Z0 239/302


ヨハネ「千歌、ダイヤの持ってるカードは何?」

ダイヤ「……は? い、いや、それはいくらなんでも……」

千歌「……♣のK」

ダイヤ「え!?」

ヨハネ「……次」


ヨハネさんはさらにわたくしに三枚のトランプを投げ渡してくる。

先ほど同様に見てみる。

──右から♥の3、♦の10、♣のQ。


千歌「♥の3、♦の10、♣のQ」

ヨハネ「右から? 左から?」

千歌「右から」

ダイヤ「!? う、嘘!? ど、どういうことですか!?」

千歌「なんか……ダイヤさんの見てるものがわかる……」

ヨハネ「じゃ、次は逆ね。千歌」

千歌「あ、うん」


千歌さんに5枚のトランプが手渡され、千歌さんがそれを手の中で開くと同時に──イメージが流れ込んできた。


ダイヤ「!? ……右から、♥のK、♠の10、♠の9、♦のJ、Joker」

千歌「あ、あってる……」


わたくしの解答を聞いて、驚いた顔をしながら見せてくれたトランプは──右から、♥のK、♠の10、♠の9、♦のJ、Jokerだった。


ヨハネ「あら、ストレートじゃない」

ダイヤ「い、いや、そういう問題ではありませんわ!!」

千歌「こ、これって、どういうこと……??」

ヨハネ「……精神がリンクしてるわね」

千歌「精神がリンク……?」

ダイヤ「精神が繋がってる……ということですか……?」

ヨハネ「ダイヤには前、話したと思うけど……吸血鬼の眷属化って主と従者の間で強い結びつきが生まれるの。その中でも一際強い信頼がある場合、主は従者の考えてることがわかるようになることがあるのよ。……そうね、言うなれば使い魔の見ている映像を遠目で見れるテレパシーみたいな感じかしら」

千歌「あ! だから、私はダイヤさんの見てるものとか、考えてることがわかるんだ……。……あれ? でもなんでダイヤさんもチカの考えてることわかるの?」

ヨハネ「……だから、これは本当に僥倖も僥倖……本当に、心の底から結びついている主従だと、従者から主の方向へも精神がリンク出来ることがあるの」


……つまり。


ダイヤ「わたくしと千歌さんは……///」

千歌「心の底から、結びついてる……/// ……な、なんか、照れちゃうね……///」

ヨハネ「全く、ラブラブで羨ましい限りね……善子だったらリア充爆発しろって言ってたところよ」


ヨハネさんはそう言って、肩を竦めた後、


ヨハネ「……ただ、これは本当に聖良には絶対にないアドバンテージよ、活かさない手はない」


トランプを床にばら撒く。

245 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:38:42.05 ZRnZyA2Z0 240/302


千歌「? トランプするの?」

ヨハネ「しないわよ」


気付けば、もう一箱新しいトランプを取り出していた。


ダイヤ「……? 何をするのですか?」

ヨハネ「千歌とダイヤは背中あわせになって。……まず、先に千歌ね。千歌はトランプがばら撒いてある方を向いて座って」

千歌「う、うん、わかった」

ダイヤ「……はい」


そして、ヨハネさんはわたくしの横斜め前に立って。


ヨハネ「今から私がトランプを投げるわ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「ダイヤはそのトランプの柄と数字を目で追って」

ダイヤ「……投げたトランプをですか」

ヨハネ「そうよ。そして、千歌は……そのまま、私が投げた柄と数字のトランプを手で払って頂戴」

千歌「え、後ろでやってたら、チカ見えないけど……」


なるほど。ようやく何をしようとしてるのかが、わかってきました。


ダイヤ「わたくしが見て、それを瞬時に千歌さんに精神リンクで伝達して……千歌さんがそのトランプを取るということですわね」

ヨハネ「そういうことよ」

千歌「あ、なるほど!」

ヨハネ「これによって、動体視力、瞬発力……そして、お互いの精神リンクによる意思疎通の訓練を同時に行うわ。トランプが半分になったらそこでリセット。そしたら、千歌とダイヤは役割を交代する」

千歌「わかった!」

ダイヤ「承知しました」

ヨハネ「百発百中になるまで、やるからね。覚悟しなさいよ──」


──
────
──────



その後の訓練でわかったのは、精神リンクによる意思疎通は、近くに居れば居るほど強くなるということ。

触れているときが最大、違う空間に居るとほとんどわからなくなる。

ただ、離れていてもお互いがどの位置にいるのかだけは、高い精度で認識することが出来ます。

制約があるため、万能なテレパシーとまでは行きませんが……言葉を交わす暇のない戦闘中でも意思疎通が出来るのは仮にバレてしまったとしても、十分なアドバンテージと言えるでしょう。


聖良「しかし、驚きました……。貴方たち、本当に吸血鬼もどきですか? すでに、下手な混血種よりも強いかもしれませんよ」

千歌「ふふんっ! すごいでしょっ」

ダイヤ「それは、光栄ですわね。光栄ついでに──」


聖良さんを見据えて、言う。

246 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:40:29.21 ZRnZyA2Z0 241/302


ダイヤ「──本気を出していただけますか?」

聖良「……気付いてましたか」

ダイヤ「……いくらなんでも、弱すぎますわ。わたくしたちに毛が生えた程度の強さではないですか」

千歌「じ、自分で言わなくても……」

聖良「……軽く脅かして、諦めて貰おうと思っていたのですが……。……仕方ないですね」


そう言って聖良さんが両袖を捲くると──


千歌「……ひぃぃ!?」

ダイヤ「……ロザリオ」


先ほど投げ捨てたのとは別に、両腕にもロザリオが巻きつけてありました。ここまではロザリオ一個分の封印を解除しただけだったと言うことです。


聖良「……もう一度お訊ねしていいですか」

ダイヤ「……聞きましょう」

聖良「……本当に、死にますよ」


冷たく、言い放たれる、死の宣告。


千歌「死なないよ」

聖良「……」

千歌「だって、負けないもん」

ダイヤ「わたくしたちは本気の貴方に勝たないと、意味がない。どうぞ、本気で殺しに来てください」

聖良「…………残念です。ですが、その覚悟には──敬意を払います」


そう言いながら、両腕のロザリオを──最後の封印を聖良さんは引きちぎった。

──瞬間。


千歌「っ!!!!」

ダイヤ「こ、れは……!!!」


聖良さんから溢れ出す、妖気が──バヂバヂと、音を立てて空気中で爆ぜる。

これが、本物の──


ダイヤ「吸血鬼……!!」


他の吸血鬼なんて、ヨハネさんと、無自覚な理亞さんくらいしか見たことがありませんが……。

それでも、目の前の聖良さんがとてつもない強さだと言うことが直感で理解出来た。


聖良「……後悔しないでくださいね」


聖良さんが再び爪を伸ばす。

そして──腕を薙いだ。


千歌「ダイヤさんっ!!」

ダイヤ「!!」

247 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:41:46.49 ZRnZyA2Z0 242/302


千歌さんが反射的にわたくしに覆いかぶさるようにして、一緒に地面伏せる。

次の瞬間──

聞いたこともないような、轟音と共に、背後の公会堂の2階部分が──消し飛びました。


聖良「…………」


これで、いい。彼女は間違いなく本気になった。


ダイヤ「さあ、ここからが本番ですわよ! 千歌さん!!」

千歌「うん!! 行くよ!!」


第一関門突破。本気の聖良さんとの戦いが始まりました。





    *    *    *





ダイヤ「はぁぁ……っ!!!」


伏せった姿勢のまま、手と腕に力を込めて、石畳に爪を立てる。

──バキメキという、音と共に指ごと、石に食い込んでいく。


千歌「爪っ!! 食い込めぇぇぇ!!!」


千歌さんも同様に、

食い込むほど前腕で踏み込んだまま、


千歌「ゴーーー!!!!!」

ダイヤ「はいっ!!!」


更に後ろ足によるパワーも乗せ、二手に分かれて、同時に飛び出した。

聖良さんの両側面を取るように、わたくしは向かって左側、千歌さんはその逆側に飛び出す。


聖良「……挟み撃ちですか」


丁度三人が一直線になる両側面を取って踏み込み、そこから鋭角に曲がるようにして、両側から聖良さんに飛び掛る。


ダイヤ「はぁぁぁぁっ!!!!」

千歌「うりゃぁぁぁぁっ!!!!」


両側から、爪撃による襲撃。

だが、聖良さんは、


聖良「はぁっ!!!」


左脚で思いっきり震脚をし、


千歌「いっ!!?」

248 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:43:08.85 ZRnZyA2Z0 243/302


その反動で、飛び掛ってくる千歌さんの目の前に、畳替えしの要領で地面が捲り上がって聳え立つ。

石畳どころか、その下のコンクリートも纏めて捲り上げ、2メートル近い分厚い岩の壁が千歌さんの前に立ち塞がる岩畳返し──が、


千歌「──どりゃぁっ!!!!」


その岩壁は、一瞬で千歌さんの爪によって切り伏せられ、横薙ぎに真っ二つにされた、岩の壁の向こうに千歌さんが見える。

──だが、相手の狙いは防御ではない。


千歌「!!」


聖良さんは、岩を捲り上げた時点で、千歌さんの方には背を向けていた。


聖良「まずは貴方です!!」

ダイヤ「!!」


岩はあくまで、標的をわたくしに絞るための時間稼ぎ。

わたくしはこちらに向かってくる、聖良さんに向かって、爪を袈裟薙ぎに振り下ろす。

聖良さんも即座に爪を伸ばし──ギャギャギャと、耳障りな音が響き渡る。

お互いの斬撃が鍔競り合う。

──いや、鍔競り合ってのは、ダメだ。

正面からの攻撃による力比べは、千歌さんでないとまず勝ち目がない。

わたくしは──


ダイヤ「……ふっ!」


伸ばした爪を──瞬時に引っ込めた。


聖良「っ!?」


振り下ろされていたはずの爪が急になくなり、聖良さんの爪撃は斜め上方にすっぽぬける。

斬撃をギリギリで躱すように、身を屈め、摺り足で前方に身体を運びながら、一気に腕に力を込める。


ダイヤ「はぁぁっ!!!!」


勢いの乗った掌底突きを、彼女の腹部に叩き込んだ。


聖良「……ぐっ!!!」


いくら彼女が肉体を強化していると言っても、こちらももはや常人のパワーではない。

防御をしっかりしていなければ、ダメージは通る。

そして、更に──


千歌「どーーーりゃぁぁっ!!!!」

聖良「ぐっ!!!!」


背後の千歌さんの爪が再び、彼女の背中を斬り付ける。

聖良さんが背中から出血する。

確実に攻撃が届いている。

畳み掛ける──

249 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:44:20.16 ZRnZyA2Z0 244/302


ダイヤ「ふっ──」

千歌「やぁっ!!」


わたくしは勢いを殺さないまま立ち上がりつつ、軸足を使って回転し、裏拳で後頭部を──

千歌さんは前傾から爪で切り裂いた直後に、手で地面をついてから、体幹で強引に身を捻り、カポエイラのような蹴りを、聖良さんの右腹部に──

同時に叩き込む。


聖良「がっ、ぐっ!!!!」


真っ向からのパワーでは勝てない。

だけれど、コンビネーションによる手数ではこちらが圧倒的に有利。


聖良「な、め、るなぁっ!!!」


聖良さんは普段出さないような、荒々しい言葉遣いで叫びながら、


千歌「ぎゃわぁっ!!?」


腹部に刺さった千歌さんの右足首をグラップする。

──そのまま、一気に握力で握りつぶす。


千歌「──んぎゃあああぁぁあぁあっ!!!!!」

ダイヤ「!!! 千歌さんっ!!!!」


千歌さんの絶叫が響く。

が、助ける間もなく、


聖良「──……」


聖良さんの手は背後のわたくしにも伸びてくる。


ダイヤ「──っ!!」


わたくしは、咄嗟に摺り足で体勢を整えながら、後ろ手に伸びてくる彼女の手首を掴み──

極めながら引き摺り落とすにようにして、自分の横に向かって投げ飛ばす。

合気道の隅落しに近い投げ技です。


聖良「っ゛!!」


柔術ならパワーで劣っていても、相手の力を利用出来るので、攻撃が通りやすい。護身術として習っていてよかった。

転ばされた反動で、聖良さんのグラップした手が千歌さんの脚から離れる。

聖良さんの拘束を逃れた千歌さんは、


千歌「!! うおぉぉぉぉぉっ!!」


すぐさま無事な方の脚で強引に立ち上がり、

そのまま、逆の脚を振りかぶって──


ダイヤ「え!? 千歌さんっ!!!?」

千歌「くぉぉぉぉんのぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

250 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:44:58.33 ZRnZyA2Z0 245/302


サッカーボールキックを倒れている聖良さんに炸裂させた。


聖良「がはっ──!!!?」


完璧に蹴撃が決まり、聖良さんが10メートル以上吹き飛ぶ。これは確実に大きなダメージだ。

──が、同時に、


千歌「いったぁぁーーーー!!!!? 足もげた!!!? 絶対もげた!!!!!」


握りつぶされたばかりの足で蹴り飛ばすから……!!!


ダイヤ「って、足がない!?」

千歌「いいいいいいい!!!?!? ホントにもげてるうぅうぅぅぅ!!!?」


さっき握りつぶされた、足首から先がキックの勢いと共にすっぽ抜け、足首があったであろう場所からは血がだらだらと流れ出していた。

わたくしはすぐさま、駆け寄り、


ダイヤ「千歌さん!!! 吸って!!!」


彼女の顔の前に首筋を差し出す。


千歌「ガブッ!!!!」


躊躇なく、噛み付いた、千歌さんは、


千歌「ちゅぅぅーーーー!!!!」


一気に血を吸い上げる。

──すると、


千歌「ぷはっ……はぁ……はぁ……た、助かった……」


ちぎれてなくなったはずの足首がみるみるうちに再生していく。


251 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:45:47.46 ZRnZyA2Z0 246/302


──────
────
──


ヨハネ「再生訓練の前に、再生の知識として……他の吸血鬼性同様、この超再生は、千歌がダイヤから血を吸えば千歌の再生力は著しく強化され、逆にダイヤに血を与えればダイヤの再生力が強化されるわ」

ダイヤ「ということは……千歌さんが大きなダメージを受けたときは、わたくしがすぐに血を飲ませに行く必要がありますのね」

千歌「逆にダイヤさんが傷を負ったら、チカが血を注入する……」

ヨハネ「そうね。ただし、血を飲みすぎたら、当たり前だけど、ダイヤが貧血で失神するから、出来る限りダメージを受けないのに越したことはないかしらね……。まあ、そうも言ってられない激しい戦闘にはなると思うけど」

ダイヤ「回数の目安はどれくらいですか?」

ヨハネ「うーん……食事的な吸血だと一回50mℓくらいなんだけど……。ケガの治癒ってなると、かなり多めに吸う必要があるから、200mℓ近く吸われるとして……」

ダイヤ「致死量は800mℓ程度でしたか……」

ヨハネ「短期間だとそれだけ失血すると、失血性ショックを起こす危険があるわね……。まあ、かなり無茶して1ℓが限度だと思うわ」

千歌「えっと……1りっとるって、何みりりりっとる?」

ダイヤ「……1ℓは1000mℓですわ」

千歌「じゃあ、多くても5回が限度……チカがあんまりダメージを負いすぎちゃダメってことだよね……大丈夫かな」

ヨハネ「一番心配なのは、あんたの学力なんだけど」

ダイヤ「右に同じですわ……」


ヨハネさんと二人で嘆息してしまう。


ヨハネ「それはともかく……千歌、再生訓練するわよ」


ヨハネさんはそう言いながら、木槌を取り出す。


千歌「うっ……じ、持病の癪が……」

ヨハネ「大丈夫、そんなの忘れちゃうくらい痛いから」

千歌「え、癪って痛いの……?」

ダイヤ「癪って、胃痛や虫垂炎、胆石等の激痛のことですからね……」

千歌「へー……」

ヨハネ「……って言いながら、何逃げようとしてんのよ」

千歌「……ぅ、だって……」

ヨハネ「いくら再生出来るって言っても痛みはある。激痛に耐えられなかったら失神もする。もし、敵の目の前で失神なんてしたら、それこそミンチにされるわよ」

千歌「ミ、ミンチはやだ……」

ヨハネ「再生能力も慣れれば向上出来る。これは吸血鬼戦には絶対必要な訓練なの。覚悟決めなさい」

千歌「……わ、わかったよぉ……。……で、でも、ちょっと待って……心の準備を……」

ヨハネ「ていっ」


ヨハネさんが問答無用と言わんばかりに、木槌で千歌さんの足先を叩き潰す。


千歌「!!?!!??! んぎゃああああああああ!!?!? 足ぃ!!!? 絶対潰れた!!!!?」

ヨハネ「潰したからね。はい、再生を意識」

千歌「い、いいいい、い、い意識って言われてもぉ!!!?」

ヨハネ「はい、遅い不合格」


言いながら、今度は逆の足を叩く。

252 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:47:04.83 ZRnZyA2Z0 247/302


千歌「んぎゃあああああああっ!!!!!」

ヨハネ「死ぬ気で再生しなさい。10秒で元に戻ってなかったら、また叩くから」

千歌「鬼ぃ!!!!」

ヨハネ「吸血鬼よ。……はい、10~」

千歌「再生再生再生再生再生っ!!!! 戻れ戻れ戻れ戻れっ!!!!」

ダイヤ「…………」


なんと過酷な訓練なのでしょうか……。

千歌さんは泣きながら絶叫していますが……実はこの訓練直前にヨハネさんから言われていたことがあって、


 ヨハネ『ダイヤ、千歌が傷つくのを見るのは辛いかもしれないけど……あんたは千歌の負傷状況を把握してる必要がある。眷属化の意思疎通にも限界があるし、辛くても絶対に目を逸らさないように、目を瞑らないように、慣れなさい』


わたくしは、千歌さんをしっかり見ていないといけない。


ヨハネ「──……はい、いーち」

千歌「待って、お願い、待って、許してっ!!」

ヨハネ「敵待ってくれませーん。はい、ゼロ」


──ドン。


千歌「んぎゃああああぁぁああぁああっ!!!??」

ダイヤ「…………」


確かにしんどいですわね……これ。主に千歌さんが……。というか、ヨハネさんがちょっと楽しそうな気がするのは、気のせいでしょうか……。

まあ、それはともかく……。


ダイヤ「……わたくしたちは、これが必要になるようなことを、為そうとしているのですものね……」


──
────
──────



千歌「……よし、ちゃんと動く」


千歌さんはすぐさま自分の足がちゃんと再生しているかの確認を済ませる。

訓練の成果か、痛みに対して動揺が随分減った。


千歌「ダイヤさん、いける?」

ダイヤ「ええ」


返事をしながら、わたくしは聖良さんの方から目を離さない。今は吹き飛ばした際に巻き上がった土煙のせいで聖良さんの姿は見えないが……油断は出来ない。

この戦闘に置いて、わたくしは二人分の目です。

ヨハネさんからも言われているのですが、状況判断能力は千歌さんよりもわたくしの方が高いと言うことから、基本の前衛肉弾戦を千歌さんに、後ろからの戦局判断をわたくしにという割り振りをしています。

ただ……コンビネーションでどうにか、凌いでるものの、封印を完全に解いた聖良さんのパワーはまさに段違い。


ダイヤ「そろそろ、わたくしが前に出る必要も出てくるかもしれません……」


わたくしにもヨハネさんから伝授された秘策がある。

それなら、リスクはあるが、一時的に彼女の攻撃を無力化出来る可能性もある。

わたくしがそんな覚悟を決める中、その端で千歌さんは、

253 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:47:59.29 ZRnZyA2Z0 248/302


千歌「……だいぶ、さっきのケガで出血しちゃったな……もったいない」


ちぎれた足首の先から流れ出た、血溜まりを見ていた。


千歌「……この血は“使おう”」


千歌さんがその血に手を添える。

──刹那。

前方の土煙が揺れた。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!!」


──突如、土煙を切り裂いて、真っ赤な長い鋭利なものが飛び出してくる。

眼前に迫る、投擲物。

──ガインッ!!!

それはわたくしの目の前で、金属同士がぶつかる音が弾ける。


ダイヤ「っ!!!」

千歌「ふぬぬぬっ!!!!」


目の前に躍り出て、攻撃を受けながら踏ん張る千歌さんの足元が、その飛んできた投擲物のパワーで、音を立てながらひび割れる。


千歌「──うぉりゃぁぁぁ!!!!!」


が、千歌さんはその手に持った大きな得物でどうにかその投擲物を弾き返す。


千歌「ダイヤさんっ!! だいじょぶ!?」


千歌さんが──大きな真っ赤な剣を構え直しながら訊ねてくる。


ダイヤ「ええ、大丈夫ですわ!!」

聖良「……これも、防ぎますか」

千歌ダイヤ「「!」」


弾き飛ばされて、ヒュンヒュンと風を斬りながら、宙を舞う真っ赤なソレ──血色の槍をキャッチしながら、

聖良さんが睨みつけてくる。

先ほど千歌さんが思いっきり攻撃を叩き込んだと言うのに、立ち上がった聖良さんの傷はもうほとんど再生していた。


聖良「……本当にヨハネさんは優秀な教官だったようですね。この短期間で血液操作まで教わったんですか」

千歌「へへんっ! 自慢の師匠なんですよっ!」


千歌さんは自慢げに鼻を鳴らしながら──血で出来た大剣の切っ先を聖良さんの方に向ける。


254 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:49:15.52 ZRnZyA2Z0 249/302


──────
────
──


ヨハネ「さて……ここまで、最初に教えるって言った5つの要素のうち、眷属化、肉体強化、肉体変化、超再生の4つまで教えたわけだけど……次が最後の項目。血液操作よ」

千歌「けつえきそーさ……? DNAとか調べるやつ?」

ダイヤ「たぶん、その捜査ではなく……コントロールの操作だと思いますわ」

千歌「あ、そっちか」

ヨハネ「まぁ、正確には超再生と肉体変化について、まだ教えてないことがちょっとあるんだけど……これは扱えると、応用が利く技術だから、先に覚えて出来るだけ長めに訓練を積んで貰うわ」

千歌「わかった! それで、どんな技なの?」

ヨハネ「そうね……実際に見せた方が早いわね。よく見てなさい」


そう言って、ヨハネさんは自分の腕にキバを立てる。

そして、そのまま、キバの先で引っ掻くように、腕を傷つけた。


千歌「わっ!? ち、血が!」


千歌さんの言う通り、傷口から血が流れ出す。

ヨハネさんはその傷口に手を添え、引くような素振りをすると──


ダイヤ「!! それは……ナイフ……?」


彼女の手には真っ赤な血色のナイフのような形状のものが握られていた。

気付けば、傷口は塞がり、血は止まっていた。


ヨハネ「吸血鬼の血液は、ある程度自由に形状や硬さを操れるの。だから、こういう風にして武器として取り出せる」

千歌「か……かっこいい……!!」

ヨハネ「でしょう? しかも鉄より硬い」

千歌「え、血なのに?」

ヨハネ「ヘモグロビンって要は酸化鉄だからね」

千歌「……?」

ダイヤ「……酸化鉄の方が、鉄より硬いのですわよね。加工が難しいので貴金属のような工業用途にはあまり使われませんが……」

千歌「???」


千歌さんは意味がわからないのか、頭の上に疑問符を浮かべて首を捻っている。

255 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:51:20.72 ZRnZyA2Z0 250/302


ダイヤ「……とりあえず、硬い武器が血液から作れるくらいの認識でいいと思いますわ」

千歌「ふーん……?」

ヨハネ「……ただ、これにもデメリットはある。しっかりとした武器を作るにはかなりの血液が必要だから、その分消耗することになる。身体の外に血液を放出しちゃうわけだしね」

ダイヤ「なるほど……それは諸刃の剣ですわね」

千歌「血さえあれば、どんな武器でも作れるの?」

ヨハネ「ええ。もちろん、自分の血液限定だけどね。血液量に比例して、重く、大きく、複雑な武器が作れるわ。だから、重鈍で緻密な武器ほど、血液を大量に消耗する」

千歌「そっかぁ……じゃあ、めちゃくちゃでかい武器とかは難しいんだね」

ヨハネ「それだけじゃなくて……思った形に固定するだけでも結構コツがいるから、何度も試して練習する必要があるわ。あと……」

千歌「あと?」

ヨハネ「詰まるところ、これもイメージによって作り出す能力だから、イメージ力が一番大事。自分がイメージしやすい武器ほど作りやすいと思うわ」

千歌「なるほど! ちょっとやってみる!」

ヨハネ「え? ま、まあいいけど……最初はうまくいかないわよ」

千歌「──ガブッ!」


千歌さんは早速先ほどのヨハネさんのように、腕に噛み付き、キバで傷をつけて血を流す。


千歌「よしっ! それじゃ……やっぱり、武器と言えば剣!!」


そう言って、傷口に手を添えて……引っ張りだすような仕草をすると──


ヨハネ「!? う、うそ!?」

ダイヤ「まあ……!」

千歌「ニシシ……!」


千歌さんの手には血色の片手剣が精製されていた。


ヨハネ「い、一発で……? 爪は未だに全然出来ないのに……」

千歌「ふふんっ! 子供のころから、アニメとかゲームにある、身体から武器を取り出すみたいなの憧れてて、一度やってみたかったんだよね! まさか、ホントに出来る日がくるなんて思ってなかったよ!」

ダイヤ「幼き日の憧憬から、イメージしやすかったということですか……どんな形で人生の経験が役に立つのかわかったものではありませんわね」

ヨハネ「なんにしろ、習得が早いに越したことはないわ! この能力はイメージが働くなら、とにかく応用が利くわ! ガンガン幅を広げなさい!」

千歌「らじゃー!!」


これに関しては肉体変化と違って、千歌さんはかなり得意な様子です。


ダイヤ「それでは、次はわたくしですわね……」

ヨハネ「あ、うん。ダイヤにもやってもらうんだけど……」

ダイヤ「? けど?」

ヨハネ「あんたには別の血液操作も習得してもらおうと思ってる」

ダイヤ「別……ですか?」

ヨハネ「前にも言ったけど……あんたは再生能力が千歌に劣るから、前衛における対応策を教えるって」

ダイヤ「そういえば、言っていましたわね……」

ヨハネ「あんたは千歌以上に血液の保持が重要だしね。今から教える血液操作は、その欠点も補える。だから、ダイヤにはその操作方法をマスターしてもらうわ──」


──
────
──────


256 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:52:38.60 ZRnZyA2Z0 251/302


千歌「いっくぞぉぉぉぉ!!!!」


千歌さんが掛け声と共に腰が屈めながら、脚に力を込めていく。

その踏みしめだけで、地面が軋み、ヒビ入る。

──こちらもエンジンが入ってきたようです。


千歌「たりゃぁぁっ!!!!」


その踏みしめた脚の反動を利用して、千歌さんが一気に跳躍し、聖良さんに飛び掛る。

そのまま中空で、血の大剣を振りかぶり、


千歌「どっぜぇぇぇいっ!!!!」


思いっきり振り下ろす。


聖良「……」


一方聖良さんは冷静に、血の槍の柄の部分を前方に構える。

千歌さんの大剣が、槍の柄にぶつかると同時に、

──バキメキ!! とド派手な轟音を立てながら、地面が先に割れ砕ける。

吸血鬼同士の真っ向からのパワーのぶつかり合いによって、フィールドが先に耐えられなくなっている。

ですが、そんな攻防の中でも聖良さんは冷静だった。


聖良「……ふっ!!」


攻撃を受けている、槍の後方部分を掴んでいる方の手で叩くように、柄を斜めにし、


千歌「!!」


千歌さんの攻撃を受け流す。

力任せの縦方向の攻撃は、斜めになった槍の柄を滑り落ちて、

──ズガンッ!!! と言う音と共に地面にめり込む。


千歌「わっ!?」


千歌さんの身体がその衝撃に持っていかれる、

そして、聖良さんはその一瞬を見逃さない。


聖良「フッ!!!」


体勢を崩した千歌さんに向かって、今しがたフリーになった、彼女の片手から鋭利な爪が一気に伸張し襲い掛かる。


千歌「!!」


千歌さんも咄嗟に身を捻ろうとするが、間に合わない。

ですが、


ダイヤ「──はぁっ!!!」


千歌さんを飛び越えるように、後ろから跳躍したわたくしが、上方から踵落としで、叩き落す。

──千歌さんには触れさせない!!

257 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:54:08.67 ZRnZyA2Z0 252/302


聖良「防ぎますよね!! 知ってますよ!!」

ダイヤ「!?」


──読まれた!?

と、思った瞬間、槍の柄の途中から枝分かれするように、“更に柄”が飛び出して来た。


ダイヤ「嘘っ!?」


──防御!? 間に合わない!!?

避けようとどうにか、着地した直後の身体を強引に捻る。

だが努力も虚しく、そのまま高速で飛び出してきた、柄がわたくしの前腕を捉える。

──ボキッ。

嫌な音が身体中を響くように駆け巡る。


ダイヤ「──っ゛!!」


──激痛。

腕の骨が折れると共に、衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。


千歌「くぉんのっ!!!!」


千歌さんは地面にめり込んだ大剣を、引き抜く勢いを利用したまま、振り上げる。


聖良「おっと、当たりませんよ」


が大振りな攻撃。

聖良さんは身体を逸らして回避する。


千歌「っ!! ダイヤさんっ!!」

ダイヤ「だ、いじょうぶ、ですっ!!」


地面を転がりながら、折られた腕を一瞬見る。

前腕が向いてはいけない方向に曲がって、ぷらぷらしている。

折られた部位を正確に把握し、更に明確な激痛が襲ってくる。

が──思考を止めるな。


ダイヤ「っ゛!!!!」


逆の手で、折れてぶら下がっている状態の部分を掴む。

──前腕、完全に宙ぶらりんになってるということは、前腕の二本の骨……尺骨、橈骨が両方逝ってる。この二本の骨は前腕の回転によって位置関係が変わってしまう。折られた瞬間の腕の向き、思い出して、戻せっ!!!

頭の中で、激しく思考しながら、ぷらぷら状態の腕を折れる以前と同じ位置に引き寄せる。


ダイヤ「──っづぅ!!!!」


もちろん、この動作でも激痛が走る。

が、これは絶対必要なことなのです。

──次の瞬間には、腕の骨は癒着し、元に戻っていた……間に合った。


258 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:55:48.47 ZRnZyA2Z0 253/302


──────
────
──


ヨハネ「そんじゃ、ダイヤ。超再生の教えてなかった項目について教えるわ」

ダイヤ「千歌さんはいなくてもいいのですか?」

ヨハネ「千歌は肉体変化の補習中。せめて、爪が自由に伸ばせないと話にならないから」


ここでも補習させられるのですか……不憫ですわ。


ヨハネ「それに、千歌には超再生についてこれ以上詳しく教えてもあんまり関係ないしね」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「そもそも、超再生って言っても、再生の仕方には2種類あるの」

ダイヤ「2種類?」

ヨハネ「そ、2種類。細胞再生と復元再生よ。ただまあ、名前だけ言われてもあんまりピンと来ないと思うけど……」

ダイヤ「え、ええ……何が違うのか全然わかりませんわ」

ヨハネ「違いを簡単に例えると……細胞再生は治癒、復元再生は巻き戻しに近いかしら」

ダイヤ「巻き戻し……?」

ヨハネ「ちょっと考えてみて欲しいんだけど……もし治癒力が著しく上昇したとしても、切断された手や足が元に戻ると思う?」

ダイヤ「……言われてみれば、戻るわけないですわよね……トカゲやヒトデじゃないのですから」


目の前で何度も千歌さんがやられてるのを見ていたから麻痺していたけれど……。

そもそも人間にそんな能力は備わっていない。いくら治癒能力が向上していたとしても、なくなった部位欠損が元に戻るはずがない。


ヨハネ「ただ、吸血鬼の治癒力はそれを可能にする。その仕組みは概念の組み直しにある」

ダイヤ「概念の組み直し……ですか……?」

ヨハネ「『もともとこういう形であった。だから、こういう形に戻る。』それによって、壊れた部位を、元のイメージに戻す。だから──」


ヨハネさんは、言いながら爪を使って服の上から自分の肩を軽く切りつける。

すると──


ダイヤ「! 元に戻っていく……!」


肩の傷が、ではない。

一緒に切った服が“元に戻っていく”。


ヨハネ「これが復元再生。“元の形に戻す”超再生よ。だから、吹っ飛んだ手首だろうが、足だろうが……それどころか、身体でなくてもいい。身につけてる道具や、着ている服、応用すれば建物さえも“元に戻す”ことが出来る」

ダイヤ「……あの」

ヨハネ「何?」

ダイヤ「これって再生と言うより……」

ヨハネ「創造よね」

ダイヤ「は、はい……」

ヨハネ「ダイヤの言う通り、これは厳密には再生ではない。吸血鬼の不死のイメージが作り出した、同じ物を“作り出す力”よ。だから“復元”なの」

ダイヤ「な、なるほど……」

ヨハネ「ただ、この復元再生はそもそも強い吸血鬼性が要求される。だから、眷属のダイヤには安定して出来るか微妙なのよ。……まあ、頑張れば服くらいなら元に戻るかもしれないけど」

ダイヤ「! わたくしは再生力が弱いと言っていたのはそういうことでしたのね」

ヨハネ「そういうこと。千歌は十分な領域まで吸血鬼性が達してるから、ある程度までは勝手に復元再生される。だから、そもそも細胞再生について教える意味がないのよ」

259 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:58:22.50 ZRnZyA2Z0 254/302


つまり回復能力に関しては千歌さんはわたくしの上位互換ということだ。


ダイヤ「それで、その細胞再生というのは……?」

ヨハネ「細胞再生は根本的な治癒能力の向上。切れた皮膚の傷口がすぐに塞がったりするのは見たことあると思うけど……。これは筋繊維や骨と言った生命維持活動の上で代謝・修復・治癒されるものの速度と能力を爆発的に向上させる再生能力のことよ」

ダイヤ「こちらはまさに治癒なのですわね」

ヨハネ「ただその性質上、細胞再生だけだと、厄介なことがいくつかあってね」

ダイヤ「厄介な事?」

ヨハネ「普通骨折したら、どうする?」

ダイヤ「えっと……」


普通骨折したら、固定して、癒着するのを待つ──


ダイヤ「……! 固定する前に骨細胞が修復を始めてしまう……!!」

ヨハネ「正解。さすがの理解の速さね」


つまり、骨が折れて腕が曲がってはいけない方向を向いてしまったとき、細胞再生による超再生が働くと、腕がその方向のまま固定されてしまうということ。


ヨハネ「骨は筋肉にも密接に繋がってる。一個がいい加減な再生をすると、それに連動して身体のあちこちに不具合が生じる。最悪戦闘外でなら、一個ずつ砕くのと再生を慎重に管理すれば治せなくはないけど……ま、死ぬほど辛い思いすることになるけどね」

ダイヤ「骨折の再生にはコツがいると言っていたのは、そういうことですか……」

ヨハネ「ええ。だから、骨折したら、すぐに自力で元の位置に戻して骨を癒着させる必要がある」

ダイヤ「…………」


ただ、これは……つまり。


ヨハネ「当たり前だけど、痛覚がある。折れた痛みを感じながら、ちゃんとどうすれば骨が正しく癒着するかを判断する必要がある」


そういうことですわよね……。


ヨハネ「まあ、骨折しなければいい……って言いたいところだけど、吸血鬼戦はパワーが桁違いだから、攻撃が掠っただけで骨折なんて当たり前の世界。やらないわけにいかない」

ダイヤ「……お願いしますわ」

ヨハネ「!」


腕を前に出す。


ダイヤ「やるしかないのなら……やりますわ」

ヨハネ「……いい度胸ね。きっと、再生訓練に関しては千歌よりも、ダイヤの方がきついわ」

ダイヤ「……話を聞いているだけで、そんな気がしますわ……ただ……ちょっと、待ってください……」

ヨハネ「…………」


息を深くする。

呼吸を落ち着けねば……。

これから、骨を折る。

恐らく激痛だろう。

覚悟をして、臨まねばいけ──バキッ。


ダイヤ「……え?」


思考を中断する音が聞こえて、目を開けると──右前腕が変な方向を向いて、ぷらぷらとしていた。

260 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 22:59:23.37 ZRnZyA2Z0 255/302


ダイヤ「──ッづあぁぁああぁぁあぁぁ!!!!?!!??」


自覚した瞬間、激痛が走り、絶叫する。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!


ヨハネ「遅い!!!」


そう言って、ヨハネさんが折れた前腕の先を持って、無理矢理もとの場所に戻す。


ダイヤ「いぎぃぁぁぁぁぁあぁぁっっ!!!!!!」


自分でも聞いたことのないような、絶叫が腹の底から飛び出てくる。


ヨハネ「……再生が始まるから、直に痛みは治まるわ」

ダイヤ「ぐっ……あっ……は、はっ……はっ……はっ……」


気付けば、ぼろぼろと涙を流し、飲み込みきれなかった唾液やらなんやら、いろんな液を流しながら、わたくしは床に横たわっていた。


ヨハネ「……悪いわね、不意打ちで」

ダイヤ「はっ……はっ……はっ……はっ……」


ヨハネさんの言う通り痛みはすぐに治まってきたはずなのに、呼吸が全く落ち着かない。

……千歌さんだって不意打ちで慣らす訓練をしていたのに、わたくしのときだけ心の準備をする時間があるわけなかった。

考えが甘かった。


ヨハネ「ただ、痛みでのた打ち回ってたら、あっと言う間にへびの玩具みたいになるわよ。折れたと認識したら、反射で腕を元の場所に戻すくらいの気でいなさい」

ダイヤ「はっ……はっ……は、い……」

ヨハネ「じゃ、続けるわよ」

ダイヤ「は、はい……っ」


立ち上がろうとして、

脚に力が入らない。


ダイヤ「はっ……はっ……はっ……」


自分の意思に反して涙が溢れてくる。


ヨハネ「……心を折るのが目的じゃないからね。10秒あげるから、ちゃんと自分の脚で立ちなさい」

ダイヤ「はっ……はっ……は、い……っ……!」


無理矢理、自分を律して、立ち上がる。


ヨハネ「……4秒で立ったわね。上出来よ」

ダイヤ「はっ……はっ……はっ……」


自分が恐怖で泣くなんて考えたこともなかった。

でも……それでも……わたくしは覚悟をしたはずだ。


ダイヤ「ふーーーーーっ…………!!!!」


思いっきり息を吐いて、呼吸を無理矢理落ち着かせ──ボキッ。

261 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:00:12.55 ZRnZyA2Z0 256/302


ダイヤ「ぐ、ぎっ、ぁぁっ!!!」


──折れた腕を、すぐ、確認。

折れてる。折れてる。折れてる。


ダイヤ「折れてる、腕、骨、折れて」

ヨハネ「……ダメ、不合格」


再びヨハネさんに無理矢理元に戻される。


ダイヤ「ぎぃぃぃぃっ!!!!!!」


戻してもらったときの痛みで蹲る。

──ダメだ、折れてることを認識しただけでは。そこからどうしなくてはいけないのか判断しないと。


ヨハネ「自分の中で、何がダメだったか反省しながら、繰り返すわよ。立ちなさ──」

ダイヤ「──お、ねがい……しま……す……っ……」

ヨハネ「……よし、よく立った。続けるわよ」

ダイヤ「っ……はいっ……!」


──
────
──────



地獄のような訓練のお陰で、腕は無事です。


ダイヤ「千歌さんは!?」


すぐに前方に視線を戻す。


千歌「くぉんのっ!!!」

聖良「ふっ!!!」


──ガキン、ガキンと硬い音を響かせながら、

千歌さんと聖良さんは得物で打ち合っているところだった。

今のところは無事……ですが、


聖良「はっ!!!」

千歌「くっそぉっ!!!」


──ガインッ!!


千歌「とぉりゃぁぁっ!!!」

聖良「ふっ!!!」


──ギィン!!!


聖良「はぁっ!!!」

千歌「くっ!!!」

262 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:01:23.02 ZRnZyA2Z0 257/302


──ガキッ!!!

聖良さんの方が余裕がある。

千歌さんの攻撃は見切られ気味だし、聖良さんの攻撃を受け流すのも精一杯と言った様子。

だけど、どうする……?

前に出ても、あの得物は形を変えて襲ってくる。

威力はそこまでではないにしろ、わたくしが前に出ても、またすぐに骨を折られる。

そんなことを考えている間に、


聖良「はっ!!!!」


──ガ、キンッ!!!


千歌「わぁっ!!?」


千歌さんの大剣が弾き飛ばされてしまった。


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

聖良「そこですっ!!!!」


──左っ!!!


千歌「ぐ、ぎぃぃっ!!!」


その隙に突き出される、槍の刺突を、わたくしの視界からの思考共有によってギリギリ躱す。

身を捻った体勢から、


千歌「爪ぇ!!!」


前方に腕を突き出して、近距離で爪を伸ばす。

──が、


聖良「当たりませんよ!!」

千歌「っ!!!」


聖良さんは爪が伸びてくることを予測していたのか、最小限の動きで完璧に回避し、


聖良「ふんっ!!!」


槍を横なぎに振るって、


千歌「がっ!?」


それが千歌さんのわき腹に命中し、吹っ飛ばされる。


ダイヤ「千歌さん!!!」


わたくしは、全速力で千歌さんが吹き飛ばされた先に、急行する。


千歌「ぐ、ぅ……だい、じょうぶ……」


千歌さんは槍による攻撃を受けて、わき腹から大量の出血をしているが、どうにか内臓までは届いてないようだ。

263 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:02:39.62 ZRnZyA2Z0 258/302


ダイヤ「血を!!」

千歌「うん……っ……──ガブッ!!」


これで、吸血再生は2回目……。


聖良「……当たる直前に、吹っ飛ばされる方向に自分で飛んで、威力を殺しましたか。良い勘ですね」


言いながら、聖良さんが槍を構えてゆっくり迫ってくる。こちらは先ほどから不意打ちが多いことから、一応様子を伺っているのかもしれない。

──さあ、どうする?

一旦離脱して、攻撃の隙を伺った方がいいかもしれない。

読まれることはあっても、選択肢の多い中からの不意打ちなら、まだ通るには通るはず……。


聖良「……もう爪の不意打ちは通りませんよ」

ダイヤ「!」

聖良「千歌さん、肉体変化が完璧じゃないですよね? 爪を伸ばすとき、『爪』と叫ばないと伸ばせないんじゃないですか?」

千歌「ぅ……」

ダイヤ「っ……」


不味い、バレてる。

──そう、千歌さんは結局肉体変化に関してだけはどうしても完璧な習得は出来なかったのです。

ヨハネさん曰く、


 ヨハネ『吸血鬼の能力は結局イメージ出来るかどうかだから、どうしても出来ないものは出来ないのよね……。逆に能力のイメージとどれくらい相性がいいかによって得意能力も決まるんだけど……──』


そして、代替案として出されたのは発声することによって、無理矢理イメージを固めるという手法。

これは逆に千歌さんと相性がよく、これまでの修得状況からは考えられないくらいスムーズに肉体変化を出来るようにはなったのですが……。

逆に言うなら手の内を晒さないと千歌さんは、肉体変化が出来ない。いずれバレるとは思っては居ましたが……。

どうする……こちらは手数勝負なのに、攻撃の癖がバレているのは厄介なディスアドバンテージです。


千歌「ダイヤさん」


思考を中断したのは、千歌さんからの耳打ち。


ダイヤ「? なに?」

千歌「……真っ向勝負しよう」

ダイヤ「…………」

千歌「このままじゃジリ貧だよ。大火力を叩き込まないと、再生も追いつかれる」


確かにそうかもしれない。


ダイヤ「大火力の確保はどうするのですか?」

千歌「チカに考えがあるよ!」

ダイヤ「……わかりました、なら信じますわ!」


わたくしは立ち上がり、


ダイヤ「──ふんっ!!!!」


両脚を力の限り踏ん張り──地面に自分の両の足をめり込ませる。

264 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:04:32.50 ZRnZyA2Z0 259/302


聖良「……観念したということですか?」


聖良さんは大槍を突撃刺突体勢に構える。

──これから千歌さんが、大火力による攻撃をするまでの時間を稼ぐ。

わたくしの秘策を使えば、恐らく可能です。

リスクはありますが……最初からリスクを背負わずに勝てる相手ではない。


聖良「……まさか、貴方が私の攻撃を受け止めるつもりですか?」

ダイヤ「ええ、そのつもりですわ」

聖良「……本当に死にますよ?」

ダイヤ「そのちんけな槍でわたくしが殺せるとお思いなら、どうぞ一思いに突き殺してくださいな」

聖良「……いいでしょう、その挑発──乗ってあげますよっ!!!」


聖良さんが地面を蹴って飛び出した。

さあ──タイミングを計れ……!!

これから、わたくしは──盾になりますわ!!!


聖良「はぁぁぁっ!!!!!」


聖良さんの大槍による、刺突が……わたくしを捉えた──

──ズンッ!!!

聖良さんの刺突の衝撃は激烈なもので、その威力は刺突対象だけでなく、発生した扇形の衝撃波で周囲の地面すら捲り上げる。

──わたくしの背後を除いて。


聖良「──なっ……!?」

ダイヤ「…………」


聖良さんの槍は、完璧にわたくしに身体に切っ先をぶつけたまま──静止していた。


聖良「そ、そんなバカなっ!?」


初めて、聖良さんが本気で驚いた顔をした気がした。


──────
────
──



ダイヤ「体内で血を固める……?」

ヨハネ「ええ、そうよ」


千歌さんが端で血液操作の修行する中、わたくしに提案されたのはそのようなことでした。


ヨハネ「何も血液は外に出てなくてもいい。身体の中にある血液だって、自分の血液なんだから操作対象になるわ」

ダイヤ「え、ええ……まあ、理屈の上ではそうだと思いますが……」

ヨハネ「これなら、ダイヤは失血のリスクは負わなくていい。再生の不十分さを補うための、防御の向上にもなる」

ダイヤ「それでうまくいくのですか……? 血液は体内に流れているのですから……体内の血を固めても肉体を守る術にはならないのでは?」


攻撃が血管に届くまでの部位が犠牲になるのではあまり意味がないような……。

265 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:05:44.23 ZRnZyA2Z0 260/302


ヨハネ「ダイヤ、よーく考えなさい」

ダイヤ「?」

ヨハネ「血なんて、薄皮一枚先まで切れたら流れ出てくるのよ」

ダイヤ「…………まさか、毛細血管」

ヨハネ「そういうこと」


人間の身体は太い血管だけでなく、全身の細胞一つ一つに酸素を運ぶために、微細に枝分かれした大量の血管が張り巡らされています。

つまり、ヨハネさんが言いたいのは……。


ダイヤ「全身の毛細血管の血液までくまなく硬質化させろと言うことですか」

ヨハネ「ええ。これは全身に毛細血管が張り巡らされてることをちゃんとイメージ出来ないと実現出来ないけど……出来れば絶対防御にもなりうるわ」

ダイヤ「……絶対防御……魅力的な響きですわね」

ヨハネ「硬度10のあんたには、ぴったりだと思わない?」

ダイヤ「誰が硬度10ですか──と、言いたいところですが……ええ、わたくしにぴったりの戦法ですわね……!」



──
────
──────


ダイヤ「──わたくしは……盾ですわ。絶対に壊れることのない、無敵の盾!!」


自信があった。

自分の硬さには。

イメージ出来た。

どんな矛にも負けない無敵の盾が。

世界一硬い、ダイヤモンドの名を冠する盾になれる、自負があった。


聖良「……っ!!」


聖良さんが再び驚いたような表情をした。

ここまででなんとなく気付いたのですが、吸血鬼は理不尽なほど、自身の強さや能力に自信を持っている。

これはヨハネさんにも該当することで、基本的に自分が優れていると言う高圧的な部分が存在する。

それは自分が吸血鬼と言う種族から来る驕り。

だから、真っ向から挑発すれば確実に乗ってくると踏んでいた。

だがその上で、それを真っ向から止められたら……どうなる?


ダイヤ「動揺してますわね」

聖良「!! くっ……!!」


聖良さんが槍の切っ先を引いた。

──背後から、千歌さんの気配。


ダイヤ「タイミング、完璧ですわ!!」

聖良「!?」


言うと同時に、わたくしは硬質化を解除し、その場に伏せる。

そして、その瞬間、頭上を──巨大な血色の大槌が、

266 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:07:20.76 ZRnZyA2Z0 261/302


聖良「っ!!!?」


横薙ぎに聖良さんに叩き付けらた。


千歌「かーーーっとばせーーーーっ!!!!!!」


10mはあるであろう、とてつもない長さの柄に、先端には不恰好な血色の巨大な塊。

完璧に直撃した、聖良さんは、


聖良「が、ぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!!!」


腕がひしゃげ、肩まで骨ごと砕かれ、持っている血の大槍も一緒に割り砕かれながら──


千歌「いーーーーっけええええええーーーーー!!!!!!!!!」


──ヒュンと、風切る音と共に、吹き飛ばされ、

先ほど2階が消し飛ばされた公会堂の1階に叩き付けられた。

──だけでは済まず、その威力でガラガラと、音を立てて公会堂が崩壊を始め、彼女はガレキの山に飲み込まれた。


千歌「よっしゃ!! ホームラン!!」

ダイヤ「や、やった!!」


しかし、大火力を用意すると言った千歌さんを信じはしましたが……まさか、ここまでの大火力とは……。


千歌「ニシシ……! すごいでしょ!!」

ダイヤ「ええ! しかし、この大槌、どうやって作ったのですか!?」


この重量、威力、大きさ……どう考えても千歌さんの血液だけでは足りない。


千歌「えっと、実はね、このハンマーの中には……」


そういいながら、千歌さんがハンマーヘッドの辺りの血液を少しずつ、減らしていくと、


ダイヤ「……!! 千歌さん……貴女、天才ですわ」

千歌「えへへ、でしょでしょっ!!」


血色の塊の中から──大きな瓦礫が顔をだした。

恐らく、聖良さんが戦闘中に割り砕いた、大量の石畳やコンクリートです。

それを集めて、薄く延ばした頑強な血液の塊で風呂敷のように包み、長い柄をつけて、円心力を乗せて叩き付ける……。

ハンマーヘッドのサイズは一辺が2メートル以上もある……。詳しい重量はぱっと出せませんが、コンクリートの比重を考えると、この大きさなら5t近いはず。

それを吸血鬼の筋力、10mもある柄によって生まれる遠心力、そして5tもある巨大な塊で殴りつけられたら……いくらわたくしたちより強い混血の吸血鬼だってひとたまりもない。

これを思いつきで、作ったのは、まさに千歌さんの自由な発想だからこそ、実現した必殺の一撃……!


ダイヤ「千歌さん!! 貴女は本当にすごいですわ!!」

千歌「えへへ~!! ダイヤさ~ん!」


勝利を讃える抱擁を交わそうとした──刹那。


千歌「っ!!」

267 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:08:30.12 ZRnZyA2Z0 262/302


千歌さんが突然、ビクリと肩を竦ませた。

──何かと思いましたが、わたくしも一瞬遅れて、理解する。

禍々しいほどの殺気が、こちらに突き刺さってきていることに。

──ドンッ!!

前方から突然押される。


ダイヤ「!?」


千歌さんがわたくしを両手で思いっきり突き飛ばしていた。


千歌「避けてぇぇぇ!!!」


わたくしと千歌さんの間に出来た、空間に──


ダイヤ「!?」


真っ黒な何かが、ゆうに音速を超えるであろう速度で、

衝撃波と共に、通り過ぎる。


ダイヤ「っ!!!!」


音の壁を突き破って、至近で空気の爆縮が起こり、轟音に晒された鼓膜が破れる。

それだけではない、前方を通り過ぎる影こそ避けたものの──

──バギリッ!!

衝撃波に掠った、右脚の骨が曲げ折られる。


ダイヤ「っ゛!!!!」


背中から、地面に落ちた瞬間、折れた脚に目を向ける。

──右脚が脹脛の辺りから折れた、下腿の骨、頚骨・腓骨、重要な骨、頚骨優先っ!!

手を添えて、思いっきり、脚の骨を元の位置に戻す。


ダイヤ「ぐ、ぅっ!!!」


──ヨハネさんと確認した人体構造によれば、腓骨は頚骨と骨間膜で繋がっている、太い頚骨さえ繋がれば、腓骨も付随して正しい位置に戻るっ!!

頭の中で激しく思考しながら、骨折を修復し、破れた鼓膜も意識を集中して、秒で再生する。


ダイヤ「っ……!! 千歌さんっ!!!」


わたくしを突き飛ばした、千歌さんの方を確認する。


千歌「っ……!!」


千歌さんはすでに、上空に飛び去る高速の飛翔体を目で追っていた。

脚や胴体は無事なものの──わたくしを突き飛ばすために、前に突き出していた両手首より先が消し飛んで、大量に出血していた。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!」


わたくしはすぐに吸血による回復を行うために、身を起こそうとして、

268 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:09:39.88 ZRnZyA2Z0 263/302


千歌「来ちゃだめ!!!」

ダイヤ「っ!!」


制止される。


千歌「今すぐ血固めてっ!!」

ダイヤ「ですがっ!!」

千歌「いいからっ!!!」

ダイヤ「っ……」


言われて、全身の血液を硬質化した瞬間──

──ギィンッ!!!

大きな音ともに、巨大な斬撃が全身の表面を撫でる。


ダイヤ「っ!!!」


驚いて思わず、目を見開く。

千歌さんの言うことを聞いていなかったら、細切れにされていた。

そして、見開いた目で、上空の──開かれた闇の翼を見る。


聖良「──……本当に丈夫ですね……辟易します……紛い物の癖に……」


聖良さんが煌々と星が瞬く夜空をバックに、真っ赤な瞳でわたくしを見下ろしていた。

その背に大きな蝙蝠のような翼を背に生やして──。



──────
────
──


ヨハネ「──次で私から教えるのは最後の項目よ」

千歌「や、やっと最後……」

ダイヤ「……前に言っていた肉体変化の言っていないことですか?」

ヨハネ「ええ、そうよ」

千歌「肉体変化……うー、苦手なんだよなぁ」


千歌さんは言いながら頭を抱える。


ヨハネ「まあ、それは頑張ってもらうしかないわ。……話戻すけど、肉体変化の説明をしてる際に動物の特徴を身体に現出させることも出来るって言ったじゃない」

ダイヤ「ええ、言っていましたわね」

ヨハネ「原種の吸血鬼が変化出来る動物は狼、犬、猫から昆虫とかまで、いろいろ出来るんだけど……あんたたちに身につけて欲しいのは、最も吸血鬼のイメージに近い動物──」

千歌「あ、コウモリだ!」

ヨハネ「そう、正解」


確かに吸血鬼と蝙蝠のイメージはかなり密接な気がしますわね。

269 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:12:59.30 ZRnZyA2Z0 264/302


ダイヤ「わたくしたちは蝙蝠に変身出来るようになればいいのですか……?」

ヨハネ「いや、完璧な変身はあんたたちには恐らく出来ないわ。だから、習得して欲しいのは──蝙蝠の翼よ」

千歌「翼……」

ヨハネ「ここまでいろいろ能力を揃えて来たけど……もし相手が翼で空を飛べた場合、ほとんど勝ち目がなくなる」

ダイヤ「確かに……相手が自由に飛び回れるのでしたら、手が出せなくなってしまいますからね」

ヨハネ「だから、あんたたちの吸血鬼性からすると……ちょっと無茶振りかもしれないけど、蝙蝠の翼はどうにか習得してもらうわ」

千歌「わかった! でもどうやるの?」

ヨハネ「ただ、イメージするだけよ。自分の背中に翼が生えるのをイメージして」

千歌「わかった! ……ふぬぬ……」


千歌さんが顔を赤くしながら唸り始める。背中に力を入れているのだろう、たぶん。


ダイヤ「……しかし、イメージと言われても、本来わたくしたちに、翼は生えていないですから、イメージがし辛いですわね……」

千歌「ふ、ぬ、ぬ、ぬううううう!!!! ……ダメだ、無理だ」

ヨハネ「ま、そうだろうと思ってたから……見本を見せるわ」


ヨハネさんはそう言いながら、わたくしたちに背を向ける。


千歌「……見本?」

ヨハネ「よーく、見てなさいよ」


ヨハネさんがそう言った──瞬間。

──バサッと音を立てながら、


ダイヤ「!」

千歌「ほ、ほわぁ!!!」


ヨハネさんの背中に大きく立派な蝙蝠の翼が生えていた。


ヨハネ「こんな感じよ」

千歌「ヨ、ヨハネちゃんすごい!!」

ダイヤ「随分立派な翼ですわね……」

ヨハネ「もともとヨハネがよく翼を生やすコスプレしてるせいもあって、イメージの相性がいいのよね。私が一番得意な吸血鬼の能力なの」

千歌「そうなんだ!」


吸血鬼はイメージのしやすさによって、習得しやすい能力が変わると言っていましたが、それは本物の吸血鬼にも同様の性質のようです。


ダイヤ「……ちょっと近くで見てもいいですか?」

ヨハネ「いいわよ」


ヨハネさんに許可を貰って、翼を近くで観察する。

特に翼の根元……生え際を見ると、服を破って生えてきている。

まあ、服自体は復元再生で繊維が元の形に戻ろうとするため、翼の根元に吸着しているのですが……。

服の上からシルエットを見る限り、肩甲骨の辺りから生えてきている。

確かに人の形に翼を生やすならここが最適だろう。

270 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:14:07.33 ZRnZyA2Z0 265/302


ダイヤ「触ってもいいですか?」

千歌「え!?」

ダイヤ「形をしっかり確認したくて……」

ヨハネ「別に私はいいけど……」

ダイヤ「……けど?」

ヨハネ「あんたの彼女は不満そうよ?」

ダイヤ「え?」


言われて振り返ると、


千歌「……むー」


千歌さんがむくれていた。


ダイヤ「え、えっと……千歌さん?」

千歌「ダイヤさん、他の子の身体に触りたいんだ」

ダイヤ「!? ち、違いますわ!? これは訓練の一貫であって……!」

千歌「そーだよね、訓練訓練……むぅ」

ダイヤ「ぅ……」

ヨハネ「いやーなんか大変そうね」


言いながら、ヨハネさんがケラケラ笑う。


ヨハネ「ま、いいから触ってみれば?」

千歌「……」

ダイヤ「…………」


背後から千歌さんの不機嫌オーラが漂ってくる。

というか、精神リンクのせいで千歌さんの不機嫌な感情が直で流れ込んでくる。

や、やりづらい……!


千歌「ふーんだ……どうせ、チカはめんどくさいやつだもん」

ダイヤ「そこまで思ってないですわ!」

ヨハネ「ほらダイヤ? さっさと習得しないと恋人の機嫌がどんどん悪くなってくわよ?」

ダイヤ「ぐ……」

ヨハネ「ほーらほーら、翼周りの筋肉の形まで、手が覚えきるまで、じっくりねっとり触っていいのよ?」

千歌「……………………ダイヤさんの変態」

ダイヤ「だから、わたくしはそのようなこと考えてませんわ!? ヨハネさん、貴方さては楽しんでますわね!?」

ヨハネ「くくく……恋人のために、せいぜい必死に頑張りなさいよ──」


──
────
──────



──当初の予定通り、聖良さんは飛行手段を持っていた。

こうなると、わたくしたちも飛行戦闘に切り替えねば──

翼を展開するために、血液硬化を解こうと思った瞬間、

271 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:15:24.11 ZRnZyA2Z0 266/302


千歌「まだ、解いちゃだめっ!!!」


再び響く千歌さんの大声、

それと同時に──


聖良「──はぁっ!!!!」


わたくしに向かって、聖良さんが急降下して、拳を叩きこんでくる。


ダイヤ「っ!!!!!」


硬化したままの身体が接地している、フィールドが音を立てて割り砕ける。

──またしても、千歌さんの判断に救われた。相手が思った以上に速く、硬化を解除していたら、お腹に風穴を空けられていた。


聖良「……千歌さんの勘は大したものですね、動物並の危機察知能力ですよ?」


実際、千歌さんは訓練中から既に、とにかく勘がよかった。

所謂、野生の嗅覚と言われるものが強いのかもしれません。だからこそ、分析判断が追いつかないときは千歌さんの判断に従った方がいい。

その方針のお陰でこの短時間に二度も命を救われることになった。


聖良「そして、その血液硬化……理不尽なほどの強度ですね」


そのまま、マウントを取るような形で、聖良さんが拳を振り下ろしてくる。

拳のインパクトと同時に、衝撃で周囲の地面が音を立てて陥没していく。


ダイヤ「っ……!!」

聖良「これだけ攻撃しても砕けるのはフィールドばかり!! ただ、その能力……弱点がありますよね」

ダイヤ「…………」

聖良「全身を硬化するということは、動けないということ!!」


再び拳が振り下ろされる。

どんどん、身体が地面にめり込んでいく。


聖良「そして……時間無制限ではないですよね?」

ダイヤ「!!」


──不味い、欠点もバレてる。

聖良さんが、みたび拳を振り上げる──

が、その瞬間、


千歌「──ダイヤさんをぉぉぉぉぉぉ!!!! 放せえぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」


千歌さんが跳び蹴りで突っ込んでくる。


聖良「……っち──」


聖良さんは、千歌さんを認識すると、すぐさま飛び立って回避する。

──聖良さんに攻撃を透かされた千歌さんは、キックの勢いで地面をぶっ壊しながら着地すると、すぐ様反転してわたくしの元に駆け寄ってくる。

272 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:18:15.57 ZRnZyA2Z0 267/302


千歌「ダイヤさん!! 大丈夫!?」

ダイヤ「ええ、お陰様で!! それより、千歌さん!! 血を!!」

千歌「うん! ──ガブッ!!!」


わたくしが硬化を解除すると同時に、千歌さんがわたくしの首筋に噛み付き、三回目の吸血治療を行う。

すでに素の再生能力によって、再生しかけていた両手が、吸血によるバフによって完璧な形へと徐々に戻っていく。

これで一安心──


聖良「隙だらけですよっ!!!!」


──が、息吐く暇もなく、上空から聖良さんが攻撃を仕掛けてくる。


千歌「!?」

ダイヤ「っ!!」


──まだ、吸血が終わっていない……!!

吸血の刺激のせいで、力が抜けているが、気合いで全身の筋肉に力を込める。

吸血したままの千歌さんをお姫様抱っこで抱えて、全身の筋肉をバネにし、受身の要領で強引に跳ねる。


聖良「はぁぁぁっ!!!!」


爪を構えた聖良さんが迫る。

跳ねた軌道の先は、死地。

だから、わたくしは──軌道を変えるために、羽ばたく。


聖良「なっ!」


すんでのところで、聖良さんの爪撃を躱す。

わたくしは、千歌さんを抱えたまま──


聖良「……翼まで」

ダイヤ「さぁ……ここからは空中戦ですわ」


大きな黒い翼を背の生やし、羽ばたいていた。


千歌「……ん、ぷはっ!」

ダイヤ「大丈夫ですか、千歌さん」


吸血を終えた千歌さんに確認する。


千歌「うん! ありがと、助かった!」

ダイヤ「無事でなによりですわ」

千歌「こっからは自分で飛ぶ! ──翼ぁっ!!」


千歌さんが大きな声で叫ぶと同時に、彼女の背中にも黒い大きな翼が生えてくる。

翼も爪同様、肉体変化への苦手意識のせいで、千歌さんは声に出さないと展開は出来ない。

ただ、翼は爪と違って、何度も頻繁に出したり引っ込めたりはしないので、そういう意味では相性がいい。


聖良「…………全く、この短期間でいくつ技を仕込んできたんですか?」

273 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:19:44.60 ZRnZyA2Z0 268/302


聖良さんが空中で体勢を立て直しながら、こちらを睨みつけてくる。


千歌「爪っ!!」


千歌さんも対抗するために、爪を伸ばす。

睨み合いの中、聖良さんは言葉を続ける。


聖良「肉体強化や爪の変化は、超再生はともかく……精神リンク、血液操作、そして翼まで……。……特にダイヤさんの硬質化は驚きました。血液変化にあんな使い方があるなんて……。……強者が使う戦い方ではありませんが」

ダイヤ「…………」


真っ向から攻撃を受け止められたのに相当プライドが傷ついたらしい。

先ほど考察したとおり、種族特有の高い誇りが、ソレを許してくれないのでしょう。

最も、先ほど聖良さんに指摘された通り、わたくしの血液硬化も弱点がいくつかある。

一つは硬化中は全く動けなくなること。身体の先の先の毛細血管まで硬化してしまうので、身体の自由はほぼなく。移動したり、筋肉を稼動させる動作はほぼ無理です。

二つ目も聖良さんに指摘された通り……この能力には時間制限がある。血液を硬化するということは、血液の本来の『酸素の運搬』を阻害してしまう。なので、酸素の供給が絶たれた細胞たちは長時間血液硬化をしていると、壊死してしまうのです。

だから、先ほどのように一人のときにマウントを取られると実質詰み。この能力は千歌さんと言う矛と、わたくしという盾が両方揃っていないと、そもそも成立しない。

そして、三つ目の弱点。性質上、この能力は飛行しながらはほとんど使えない。

ですので、出来れば再び地面に引き摺り下ろしたいのですが……。


聖良「……この空で、闇に霧散する塵にしてあげますよ」


聖良さんが構える。

地上戦を望むのはもう無理かもしれない。

となると、


千歌「……さあ……行くよ!!!」


千歌さんに頼るしかない。

わたくしは序盤同様、後方からの二人分の目の役割をする。そのために、後ろに下がるのと同時に──


千歌「──!!!」

聖良「──!!!」


二つの夜の翼が、一気に加速し真っ向から、相対する。

一気に音の速度で肉薄した両者の爪がかち合う。

両者が鍔迫り合い、ワンテンポ遅れて、空気たちが思い出したかのようにビリビリとその身を震わせ、轟音をあげる。


聖良「……はぁっ!!!」

千歌「っ!!」


──ギィンッ!! と硬い音を立てながら、千歌さんが弾き飛ばされる。

ノックバックした千歌さんがすぐ顔を上げるが、


千歌「!? いない!?」


いつの間にか彼女の視界から姿を消した聖良さん。

──横ですわ!!!

274 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:21:39.97 ZRnZyA2Z0 269/302


聖良「はぁっ!!!」

千歌「!!」


聖良さんは、高速軌道で、一度千歌さんの視界にわざと外れてから、高速で切り返しその勢いを乗せた鞭のような蹴りを千歌さんに叩き込む。

精神リンクによる指示で、ギリギリ腕によるガードは出来たものの、


千歌「っ゛!!!」


──バキメキッ!! と音を立てながら、千歌さんの腕の骨が軋む音がする。


ダイヤ「っ!!!」


咄嗟に聖良さんの、背後から攻撃を加えようと、飛び出すが──


聖良「ふんっ!!!」

ダイヤ「っ!?」


聖良さんが背後に向かって爪で空気を引っ掻き衝撃波を飛ばしてくる。

わたくしは身を捻り回避をする。


ダイヤ「……読まれたっ!?」

聖良「相思相愛ですね!! 瞳に映ってますよ!!」

千歌「ぐっ!!」


──千歌さんの瞳に映りこんだわたくしの姿を見て、攻撃を察知された。

これが鏡だったらこうはいかないのに、吸血鬼の身体だと、吸血鬼の姿が映ってしまう。

これじゃ近付けない……!!

だが、注意を逸らしただけでも、聖良さんの攻撃の勢いは多少削げたようで、


千歌「くぉんのっ!!!」


千歌さんが折れた腕で、強引に聖良さんを押し返す。


聖良「くっ……!」


押し退けられ、空中を後退る聖良さんに、千歌さんが自身のひしゃげて血が噴き出す腕の傷口を向けると──

そこから、血で出来たナイフが3本飛び出す。


聖良「ぐっ!!」


ナイフは聖良さんの肩、わき腹、大腿にそれぞれ突き刺さるが、


聖良「こんな威力じゃ、止まりませんよっ!!!」


聖良さんは、翼による推進力で強引に千歌さんに再び肉薄し、


千歌「がっ!!!?」


千歌さんの首根っこをグラップして締め付けた。


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

275 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:22:38.05 ZRnZyA2Z0 270/302


わたくしはすぐさま救出するために、接近しようとするが、

聖良さんはそれを許さないために、千歌さんを掴んだまま、高速で上昇していく。


ダイヤ「は、速いっ!!」


聖良さんは上昇しながら、千歌さんの首をギリギリと締め付けていく。


聖良「このまま、握りつぶしてあげますよ……!!」

千歌「ぐ、がっ……は、な、せぇぇぇぇ……っ……!!」


千歌さんは両手を使って聖良さんの手を引き剥がそうとしているが、

ケガの再生の真っ最中の片腕のせいか、力負けし徐々に首が絞まって行く。

千歌さんは脚もじたばたさせながら、必死にもがく。


ダイヤ「千歌さんっ!!」


わたくしはどんどん引き離されていく。

聖良さんの飛行速度が速すぎて追いつけない。

──どこ……!?


ダイヤ「!?」


千歌さんの声が頭に響く、


ダイヤ「どこ……!?」


千歌さんが何かを探してる……。

……!! そうか!!

──全神経を目に集中して、聖良さんを凝視する。

そして、精神リンクで、そのイメージを千歌さんに送る。

徐々に遠ざかっているから、どれくらい鮮明に送れるかはわからない、賭けだ。

──が、結果から言うと、この賭けには勝った。


千歌「くぉん、のぉっ!!!」


千歌さんの蹴りが、


聖良「ぐっ!!?」


聖良さんの大腿に突き刺さった血のナイフを捉え、押し込むようにして、そのまま更に深く突き刺す。


聖良「ぐ、ぅ……!! 悪あがきを……!!」

千歌「が、ぁぁぁぁ……っ!!!」


聖良さんが腕に力を込めてトドメを指そうとした瞬間、

──聖良さんの上昇が止まり、ガクリと落ちる。


聖良「!? なっ!?」


聖良さんが、驚きの声を上げる。

276 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:23:47.65 ZRnZyA2Z0 271/302


千歌「ニシシ……チカたちの作戦勝ち……!!」


──千歌さんが蹴りによって、ナイフを深く突き刺したのは、ただの攻撃のためじゃない。

“自分の血に触るため”だ。


ダイヤ「血に触れれば、再び操作の対象になる、そして──」

聖良「んなっ!?」


聖良さんはそこでやっと気付いた。

千歌さんが脚で押し込んだ血のナイフが──自分の脚を貫いて背後に回っていることを、


千歌「薄く長く伸ばした血を、無理矢理翼まで伸ばしたよ!!」


そして、形を変えた血のナイフが──


聖良「翼が……っ!!」


──彼女の翼を、根元から切り落としていた。

驚いて聖良さんが怯んで腕の力が弱まった瞬間。


千歌「うぉりゃああぁぁっ!!!!」

聖良「がっ!!!?」


千歌さんが頭突きを食らわせる。

その衝撃で、聖良さんの手がぱっと離れて──


聖良「くっ、ぐ……!!」


揚力を完全に失った聖良さんは一人で自由落下を始める。


聖良「翼、くらい……また、すぐに……!!!」


彼女は言いながら、再び翼を展開しようとするが──


聖良「!? 翼が!? 出ない!? 何故!?」


翼は伸びてこない。


ダイヤ「無理ですわ……ソレの頑丈さは、貴方も知っているでしょう」

聖良「……!?」


聖良さんの切り落とされた翼の生え際は──千歌さんの固まった血が蓋をするようにコーティングしていた。


聖良「さっき翼を切った血!? つ、翼が!!!?」

ダイヤ「この高さまで、逃げてきたのが……仇になりましたわね」


千歌さんの元に近寄り、


千歌「……かぷ」


四度目の吸血回復をしながら、落ちる聖良さんに目を向ける。

277 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:24:43.29 ZRnZyA2Z0 272/302


千歌「……んく、んく……」

ダイヤ「……勝負、ありましたわね」

千歌「……ん……ぷはっ! 私たちの勝ちだよ!!」

聖良「──くっそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


似つかわしくない汚い言葉を吐いた後、聖良さんは地面に激突し──動かなくなった。





    *    *    *


──────
────
──


──決戦の日の前日。


ダイヤ「……ふぅ」


訓練を終え、トマトジュースを飲みながら、一人で休憩をしていると……。


ヨハネ「ダイヤ、今いい?」

ダイヤ「ヨハネさん?」


ヨハネさんが顔を出した。


ダイヤ「ええ、今千歌さんも呼び戻しますわね」


千歌さんはベッドのある部屋でゴロゴロしていたいとのことだったので、呼んで来ようとすると、


ヨハネ「いや、ダイヤだけでいいわ」


そう言う。


ダイヤ「……? はい」


ヨハネさんがわたくしの目の前に掛けた。


ヨハネ「……これで、概ね、訓練は終了よ。よく頑張ったわね」

ダイヤ「あ、ありがとうございます……でも、そういうことは千歌さんにも言ってあげた方が……」

ヨハネ「さっき言ってきた。……だから、ダイヤにも」

ダイヤ「そ、そうですか……」


彼女なりに最後の労いの言葉は一人ずつ、言ってくれているのかもしれない。


ヨハネ「……ただ、ダイヤには、それとは別に、最後に一つお願いがあるの」

ダイヤ「お願い……ですか?」

ヨハネ「ええ」


ヨハネさんはゆっくりと息を吸い込んでから──


ヨハネ「……千歌のこと、お願いね」

278 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:25:49.91 ZRnZyA2Z0 273/302


そんなことを口にする。

お願いって……。


ヨハネ「そんなこと言われなくてもって顔してるわね」

ダイヤ「それは……まあ……」


恋人ですし……。


ヨハネ「……あのね、千歌って優しいでしょ」

ダイヤ「え、あ、はい」

ヨハネ「あの子は……戦うことを無意識に躊躇すると最初から思ってたのよね」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「だから、訓練の間……ずっと、千歌の道徳観念を壊す教え方をした、わざと」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「敵の骨を砕き、肉を裂き、身体を潰して、勝ちを取れって。それが吸血鬼の戦いだって」


ヨハネさんは俯き気味に言葉を続ける。


ヨハネ「自分の身体が千切れて、血が噴き出して、骨が砕けて、身体が潰れても、戦う意思を諦めるなって、何度でも立ち上がって、敵を叩き潰せって」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「絶対必要だと思ったから、そうした。あの子が人間に戻るために、絶対必要だと思ったから……だけど、人間に戻ったあとは、私は何も出来ない」

ダイヤ「…………なるほど」

ヨハネ「だから、ここで歪んじゃった千歌は……また貴方が、ダイヤが繋ぎ止めてあげて。……無責任かもしれないけど」

ダイヤ「……いえ、ありがとうございます……わたくしたちの為に、そこまで考えてくださって、教えてくださって……」


ヨハネさんは後ろめたいと思いながらも、わたくしたちのために全力で稽古を付けてくれていたと言うことですわね……。


ヨハネ「……あ、あんたたちの為じゃないし……千歌が変になっちゃったら……善子が哀しむから……」

ダイヤ「……ふふ、そうですか」

ヨハネ「……なんで笑うのよ」

ダイヤ「ヨハネさんは、善子さんのことが、本当に大切なのですわね」

ヨハネ「……当たり前よ。……あの子は、私なんだから……」


ヨハネさんは、何かに想いを馳せるような……そんな表情をしながら、


ヨハネ「私はあの子の影だから……私がやったことで、あの子が哀しむなんて……あっちゃいけないことだから」


そう言う。


ダイヤ「……そうですか」

ヨハネ「ええ。……ま、そういうことだから、お願いね。戦いの最中もだけど……戦いの後も──千歌の傍に居てあげて」

ダイヤ「はい……誓いますわ」


わたくしは力強く、頷いた。

279 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:26:31.27 ZRnZyA2Z0 274/302


ヨハネ「あと最後に」

ダイヤ「?」

ヨハネ「吸血鬼と戦うときの一番大切な心構えを言っておくわ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「吸血鬼と戦うときは──」


──
────
──────



千歌「はぁ……はぁ……」

ダイヤ「……ふぅ……」

千歌「……ダイヤさん!!」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「勝ったよ……!! 私たち、やったよ!! やり遂げたよ!!」

ダイヤ「ええ……全て、終わりましたわね……」


これでやっと……終わる。

長かった戦いが、これで全て収束したのだ。


千歌「ぅ……っ……ぐす……っ……」

ダイヤ「ち、千歌さん!?」


千歌さんが突然目の前で泣き始めて、吃驚してしまう。


千歌「いや、その……ご、ごめん……っ……安心したら、なんか涙が……っ……」

ダイヤ「……そうですか……。よく頑張りましたわね……」


千歌さんの頭を撫でる。


千歌「うぅん……全部、ダイヤさんが居てくれたからだよ……」

ダイヤ「いいえ……貴女が最後まで戦い抜いたからですわ」

千歌「……うぅん、チカ一人じゃ……絶対無理だったよ……」

ダイヤ「いえ、貴女が為したことですわ」

千歌「……あははっ」

ダイヤ「ふふふ……」


おかしくて二人で笑ってしまう。


千歌「じゃあ……二人のお陰」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」


ここまで、二人で支えあって、辿り着いた勝利。

280 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:27:19.15 ZRnZyA2Z0 275/302


千歌「……えっと、これからどうするんだっけ」

ダイヤ「とりあえず、ヨハネさんに報告した方がいいのかしら……?」

千歌「……ねえ、ダイヤさん」

ダイヤ「……なぁに?」

千歌「聖良さん……死んじゃったのかな……?」

ダイヤ「いえ……ヨハネさん曰く、戦闘不能にしても、死ぬと言うことはほぼないと言っていましたわ」

千歌「そっか……よかった」

ダイヤ「戦闘不能まで追い込めば、さすがに勝敗はついたと言っていいでしょうしね……」


言って、戦闘不能になった、地上の聖良さんに目を向ける。


ダイヤ「……?」


──目を向ける。


ダイヤ「あ、あら……?」

千歌「……? どしたの?」


キョロキョロと見回す。

何度も、視線を泳がせながら確認する。


ダイヤ「聖良さん……は……?」

千歌「……え?」


──先ほど墜落して、動かなくなったはずの聖良さんが……いない!?


ダイヤ「な、なんで!? 一体、どこに……!!」


焦る。

背筋を嫌な悪寒が走り抜ける。


 「……貴方達を舐めていました」


──突然、声がした。


千歌「……う……そ……」

ダイヤ「そん……な……」


声の方向──新月を背にした、闇の中に、


聖良「…………」


彼女は浮かんでいた。

立派な闇の翼を羽ばたかせながら──


聖良「さすがに……死んだかと思いましたよ」

ダイヤ「なん……で……」


あそこから、どうやって。

281 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:28:37.36 ZRnZyA2Z0 276/302


聖良「再生しました」

千歌「再……生……?」

聖良「貴方達もよく知る、吸血鬼の力で……再生しました」

ダイヤ「う、そ……でしょ……」


地上の建造物が豆粒に見える、そんな高さなのに。

そこから直下に向かって落下したのに。


聖良「この高さだと吸血鬼が死ぬなんて……誰に聞いたんですか?」


誰にも聞いてない。

むしろ、こう、言われた。


 『吸血鬼と戦うときは──絶対に相手の力を侮っちゃダメよ』


ヨハネさんに、こう、言われた。

呆然としていると──いつの間にか千歌さんの背後に回りこんだ聖良さんが、


千歌「がっ……!!」


千歌さんの首根っこを背後から掴む。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!」


やっと我に帰る。

まだ戦闘は──終わっていない……!!


聖良「……もう、貴方達をただの紛い物だなんて思いません。……対等な敵として、全力で──潰します」


言葉と共に、聖良さんが千歌さんを持ったまま、一気に飛翔する。


ダイヤ「!? お、お待ちなさい!!!」


──聖良さんは飛行速度をぐんぐんあげながら、この場を離れようとしている。

わたくしと千歌さんを引き離そうとしている……!?


ダイヤ「千歌さん!!!」


わたくしは前方、飛び去る聖良さんを、全速力で飛行し、追いかける──





    ♣    ♣    ♣





千歌「ぐ、ぅぅぅ……!! は、な……せぇぇ……っ……!!」

聖良「……いいじゃないですか、もう少し一緒に空の旅を楽しみましょう」

千歌「い、や、だ……!!」

聖良「……酷いですね」

282 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:29:51.72 ZRnZyA2Z0 277/302


──ギリギリと首が絞められる。

だけど、これまでみたいに、押し潰そうとしていない。

今はダイヤさんと私を引き離そうとしているみたいだ。

こうなったら、自分一人でどうにかするしかない──

爪を伸ばして突き刺そうとして──


千歌「あ……れ……?」


気付く。

手首から先が──ない。


千歌「あ゛……!? っ゛!!?!?」


気付いて、激痛に襲われる。

いつの間にか、手首を切り落とされていた。

これじゃ爪が伸ばせない。


聖良「……手首ぐらいとっくに跳ね飛ばしてますよ」


そう言いながら、聖良さんは爪を見せびらかしてくる。


千歌「ぐ……ぅ……っ……!!」


──なら、血の武器……!!

切り落とされた手首の先からナイフを──


千歌「ん……っ!!! ん……っ!!! なんで出ないの!?」


何かが詰まったような感覚がするだけで、武器が出ない。

よく見ると、私の傷口は真っ赤に染まっているのに、血が流れ出していない。


聖良「先ほど、貴方に見せて貰ったので」

千歌「……!! 血で蓋!?」


聖良さんは自分の血液を固めて、私の傷口に蓋をしていた。

ダメだ……!! 打つ手がない……!!


聖良「もう貴方達を見くびったりしません……二人を切り離して、逃げ場のない空間に追い詰めて……殺します」

千歌「……っ!!!」


ホンキだ。

聖良さんが本当の本当に、ホンキで“勝ち”に来ている。

そして、そのために戦いの場を移している。

高速で飛翔する、聖良さんの行く先に見えたのは──高い塔。

あれは、知ってる。観光したときに見たことがある。


千歌「五稜郭タワー……!?」

聖良「ええ、よくご存知で」

283 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:30:49.86 ZRnZyA2Z0 278/302


聖良さんはタワーの目の前で制止した、後──

振りかぶって、


千歌「や、やめっ……!?」

聖良「……死んでください」


私を思いっきり、タワー内部に向かって投げ飛ばした。





    *    *    *





──上空を必死に羽ばたきながら、聖良さんを追いかける。


ダイヤ「千歌さんっ!!!! 千歌さんっ!!!!!」


必死に名前を呼ぶ。

精神リンクで呼んでいるので、声に出す必要はないけれど、自然と声を張り上げていた。

それくらい切羽詰まっている。

ですが、もう距離が遠くて、精神リンクはほとんど切れている。

位置だけは把握出来るのですが……。


ダイヤ「とにかく!! 早くっ!!!」


全速力で翼から推進力を生み出して、聖良さんたちを追う。

千歌さんの気配を追いかけて、見えてきたのは──


ダイヤ「……五稜郭タワー……!? こんなところに、何を……!」


そのときだった。

丁度五稜郭タワーの目の前で制止した、聖良さんが振りかぶって──


ダイヤ「……!!!!! 千歌さんっ!!!!!!!」


千歌さんをタワーの展望階内部に向かって、投げ飛ばした。

──ガラスが砕け散り、轟音を響かせながら、タワーが揺れる。


ダイヤ「千歌さんっ!!!! 千歌さんっ!!!!!?」


絶望的な光景に、もう千歌さんのことしか考えられなかった。

聖良さんがすぐ傍にいるはずなのに、千歌さんの安否を確認することにしか、頭が回らなかった。

千歌さんが叩き付けられて砕けた外張りのガラスがあった場所からタワー内部に侵入する。


ダイヤ「千歌さんっ!!! 何処っ!? 千歌さんっ!!!!」


内部を奥に進むと、中央の大きな柱の辺りに──ボロボロになった千歌さんが転がっていた。


ダイヤ「!!!! 千歌さんっ!!!!」


すぐに駆け寄り、抱き起こす。

284 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:31:42.95 ZRnZyA2Z0 279/302


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

千歌「…………ぃ…………ゃ……さ……」


か細い声で千歌さんが喋る。

両腕はほぼ前腕部分が全て吹き飛んでいる。

右脚は複雑骨折を起こしてぐちゃぐちゃに曲がり、左脚に至っては膝より先が無くなっている。

全身にガラス片が突き刺さり、その衝撃で切れたのか、片耳が千切れかけている。

肩やわき腹、太腿にも大きな裂傷、腹部からも血が滲んでいる。

幸いなことに、胸部は無事ですが……何より出血が酷すぎる。


ダイヤ「千歌さん!!! 今すぐ血を!!!」


千歌さんの顔の前に首を差し出す。


千歌「ぅ……ん………………」


か細い声と共に、わたくしの首筋に噛み付こうとするが──


千歌「………………が、……ぼ……っ…………」


吐血した。

吐いた血がわたくしの首筋を真っ赤に染め上げる。


ダイヤ「……っ」


こんな怪我です。いくつか内臓が潰れていてもおかしくない。

いや、考えている場合じゃない……!!


ダイヤ「千歌さん!! 頑張って!!」

千歌「…………ぁ……む……っ……」


千歌さんのキバの先がわたくしの首筋に触れる。

だが、食い込んでこない。


ダイヤ「千歌さん……!!」


頭を後ろから手で押すようにして、無理矢理食い込ませる。


ダイヤ「吸って!!」

千歌「…………ん……ちゅ……ぅ……ちゅぅ…………」

ダイヤ「!」


良かった……! ちゃんと吸ってくれた……!


千歌「ちゅぅ……ちゅぅ…………」


血を吸うたびに、千歌さんの身体は再生していく。

血を与えさえすれば、上昇した治癒力で後は勝手に出来るところまでは再生するはずだけれど……再生そのものには、まだしばらく時間が掛かる……。

そう思った瞬間──コツコツと何かが歩いてくる音が響いてくる。

285 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:32:20.49 ZRnZyA2Z0 280/302


聖良「……どうも」

ダイヤ「っ!!!」


誰かなんて言う必要もない。


聖良「……まだ生きていましたか。さすがですね」

ダイヤ「……千歌さんには……指一本触れさせません」

千歌「…………ん……くぷぅ……」


千歌さんの背中をポンポンと叩いて、吸血をやめさせる。

意識が朦朧としているようだけれど、どうにかその合図は理解してくれたのか、ゆっくりとキバが引き抜かれた。

わたくしは千歌さんを庇うように、目の前に立つ。

──が、立った瞬間、視界が揺れる。


ダイヤ「ぁ……?」


視界を覆う黒い靄のようなものと共に、意識が掻き消されそうになって、


ダイヤ「……っ!!!」


思いっきり脚を踏みしめて、堪える。


ダイヤ「ぁ……は……は…………はぁ…………」

聖良「もう、5回目の吸血……血が全然足りなくて苦しいんじゃないですか?」

ダイヤ「ぐ……ち、かさん……は……わた、くしが……まも、る……」


両腕を広げて、全身の血を硬質化させる。

ただでさえ血が足りないのに、更に血流を止める技だから、意識が朦朧としてくる。


聖良「……大した愛ですね……敬意を評して、拳で沈めてあげますよ」

ダイヤ「どう……も…………」


千歌さんが回復するまで、時間を稼がないと──

それがお情けだとしても、わたくしが聖良さんを引きつけて、聖良さんの攻撃に耐える。


聖良「……先ほどの、リベンジもありますから」


完璧に受け止められたことを払拭しようということらしい。そこに挑発を被せる。


ダイヤ「ふ、ふ……わた、くし……むて、きの……たて……ですの、よ……」

聖良「…………らしいですね」

ダイヤ「ち、か、さん……も、ほめ……て……くれ、た……ちか、さんが……しんじて、くれるなら……むて、き、です……わ」


どんどん意識が遠のいていく。

でも血液硬化は解くな。

死んでも攻撃を受けきる。

わたくしは無敵の盾。

お互いを信じることで強くなれる、わたくしたちが──千歌さんが認めてくれた、無敵の盾。

絶対に負けることはない。

286 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:33:13.19 ZRnZyA2Z0 281/302


聖良「…………」


聖良さんが脚を踏み込みながら、腕を引く。

──来る。


ダイヤ「……!!!!」


最後の力を振り絞って、全身をくまなく硬化させる。


聖良「──はぁっ!!!!」


──お腹に拳が突き刺さった。

ただ、弱い。

先ほどの殴っただけで、衝撃波によって周りを吹き飛ばすアレとは比べ物にならないほど、弱い。

弱──


ダイヤ「ごぶっ…………」


変な声が出た。

気付いたときには、胃から内容物を吐瀉していた。


ダイヤ「ぁ……?」


膝が落ちる。

膝が落ちたということは、硬質化が解けたということだ。

同時に、鉄の味とニオイが上ってきて、


ダイヤ「ご、ほっ……がぼ……っ……」


吐瀉に続いて、血を吐いた。


聖良「……なるほど、こうすれば攻撃が通るんですね」

ダイヤ「は……ぁ……はぁ……」

聖良「吸血鬼の力に頼るだけではなく……人間として身に付けた、武術や技術を応用する……。勉強させられました」

ダイヤ「……な、にを……いって…………」


ぼんやりとする頭で、至ったのは……。


ダイヤ「……よろい……どお……し……」


衝撃をロスなく伝えて、鎧などの上から内臓等に攻撃をする、武術の一つ。


聖良「やったことはなかったので……一撃で殺せなかったのは、申し訳ないです。苦しいでしょう」

ダイヤ「…………」


見様見真似で、ここまでやる時点で、天才ではないですか……。


聖良「……それでは」

287 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:34:15.59 ZRnZyA2Z0 282/302


聖良さんが腕を振り上げる。

トドメでしょう。

でも、いい。


ダイヤ「──まに、あった」


わたくしを背後から飛び越えて、


千歌「──あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!!!!」

聖良「!!!」


躍り出てきた千歌さんの拳が──聖良さんに突き刺さった。

ロスだらけのデタラメの破壊力のパンチが聖良さんの立っていた足場ごと、一気に吹き飛ばす。


千歌「はぁ……!! はぁ……!!」

ダイヤ「ちか……さ、ん……」

千歌「ダイヤさん!!」


千歌さんはすぐさま、わたくしの首筋に噛み付いて──


千歌「ん、ぶ……」


血を注入してくる。


ダイヤ「……はぁ、はぁ……」


血を与えられ、暗くなっていた視界が少しずつ戻ってくる。

アッパーした、再生力でダメージを受けた内臓も再生していく。

わたくしは見据える──聖良さんの吹き飛ばされた先を。

半壊した五稜郭タワーの前で──


聖良「…………」


彼女は大きな翼で羽ばたいていた。


聖良「……本当に大したものですよ」


聖良さんは言いながら──片手の爪でもう片方の手首を切り落とした。

そして、そのままその傷口をこちらに向けてくる。


聖良「まさか、自分がこんな捨て身の……吸血鬼らしくない技を使うとは思いませんでしたが……貴方達には全力で勝ちたい……全て押し潰します」


──全て押し潰す。

何をしようとしてくるのか、直感的に理解できた。

血液操作で作った重鈍な血の塊で──押し潰すつもりだ。


千歌「……ふぅーーー!!!」


千歌さんが拳を打ち鳴らす。

288 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:35:13.07 ZRnZyA2Z0 283/302


ダイヤ「千歌さん……!」

千歌「ダイヤさん!! チカを信じて!!」

ダイヤ「!」

千歌「チカ……ダイヤさんが信じてくるなら──無敵だからっ!!」


そう言って、千歌さんは笑う。

わたくしは立ち上がって、彼女の背中におでこをつける。


ダイヤ「もちろんですわ……信じていますわよ。千歌さん……」

千歌「うん!」


わたくしたちは、聖良さんと相対する。


聖良「…………」


聖良さんの傷口から──赤が膨張する。


千歌「……!!! いくぞぉぉぉぉぉ!!!!!!」


千歌さんが脚を踏み込む。


聖良「潰れろ……!!!」


聖良さんから、血の柱が飛び出してくる。


千歌「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


──千歌さんの拳が、大血柱を正面から叩く。

両者のインパクトの瞬間に、衝撃波が生じ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

建物が揺れる。

ただ、おでこをくっつけたままの背中は──揺れない。

わたくしの信じた貴女は──揺るぎない。


千歌「う、ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


大血柱を受ける千歌さんの拳の先の皮が捲れる。

力を込めすぎた、腕の筋肉は血管が切れ、血を噴き出す。

ただ、わたくしは、

──信じている。

この人は──貴女は──千歌さんは。

わたくしと一緒なら。

──無敵だ。


ダイヤ「千歌さんっ!!!!!!! 勝ってっ!!!!!!!!」

千歌「おおぉぉぉぉっ!!!!! りゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


千歌さんが突き出した拳の先で──

──ビキィッ!!!!

巨大な血の柱に、ヒビが入った。

289 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:36:04.83 ZRnZyA2Z0 284/302


千歌「ぶ、っこわれ、ろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!!」


千歌さんの雄叫びと共に──巨大な血の塊は、

音を立てながら、粉砕されたのでした。


千歌「……は……はっ……はっ……」

ダイヤ「千歌さん……っ」


思わず、彼女の背中に顔を押し当てる。


千歌「……まだ……」

ダイヤ「……!」


そうだ、まだ戦いは終わっていない。

わたくしは顔をあげる。

もうボロボロになってしまった、展望室の外では、相変わらず聖良さんが羽ばたいていた。


聖良「……ふふ、ははは……そうですか」

千歌「……防いだよ」

聖良「……そうですね」

千歌「……何度でも防ぐよ」

聖良「……そうなんですか」

千歌「……ダイヤさんが居てくれる限り、私は無敵だから」

聖良「……そうなんですね」


聖良さんは呆れたように肩を竦めた。

──次の瞬間、千歌さんの目の前に出現し、首根っこを掴む。


ダイヤ「!! 千歌さん!!」

千歌「…………」

聖良「…………」


そのまま、二人は睨み合う。


聖良「何度殺しても、復活しますね」

千歌「ダイヤさんが、傍に居てくれるから」

聖良「愛の力と言うやつですか」

千歌「はい」

聖良「そうですか……」


聖良さんは千歌さんの首根っこを掴んだまま、


聖良「それでは……もう次で最後にしましょうか」


そう言うと同時に──直上に向かって超高速で飛び出す。


ダイヤ「っ!?」


千歌さんごと──空へ、タワーの天井を突き破って、空へ──

290 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:37:07.84 ZRnZyA2Z0 285/302


ダイヤ「千歌さんっ!!!!!」


わたくしも追いかけるために、空へと飛び出す。

──羽ばたけ、翼を動かせ!!!!

風を切り、雲を抜け、どんどん上昇していく。

高度はぐんぐんとあがり、気温が下がり、酸素が足りず苦しい、吐息が凍りつく。

でも、止まるな。

千歌さんの傍に──千歌さんの傍に……!!

千歌さんの居る場所に!!!





    *    *    *





辿り着いた上空で、聖良さんは止まっていた。


聖良「……千歌さん、ダイヤさん」


語りかけてくる。


聖良「どうして、吸血鬼は下克上をしないのか、知っていますか」


聖良さんは独りでに話す。


聖良「……下位吸血鬼は、上位吸血鬼に絶対に勝てないからです」


聖良さんは一人で話す。


聖良「……何故だか、わかりますか?」


聖良さんは問うてくる。


聖良「それは……再生能力が違うからです」


聖良さんは答える。


聖良「吸血鬼は何度でも甦る。私は、貴方達が死ぬ回数よりも、多く死んでも死にません」


聖良さんは続ける。


聖良「酷い傷でも、死にません、身体がぐちゃぐちゃになろうが、粉微塵になろうが、死なないんです」


聖良さんは悲しそうに、


聖良「死ねないんです」


言う。

291 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:39:30.14 ZRnZyA2Z0 286/302


聖良「……きっと、私はどこかで死ねる人たち羨み、嫉妬していたのかもしれません。普通の人間として、生きることが出来る人間たちを。私のそんな曲がった心が貴方達を吸血鬼の世界に──引き摺り込んだ」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」

聖良「だから、最後は……死に比べで、違いを明確にして、終わりにしましょう」

千歌「死に……比べ……」

聖良「……ここは高度1万メートルほどの上空だと思います。ここから、地上に向かって、千歌さんごと急降下します」

ダイヤ「!!」


そんなことしたら、千歌さんの身体も、聖良さんの身体も、バラバラになる。


聖良「……そうしたら、紛い物の千歌さんは再生出来ず──死ぬでしょう」

ダイヤ「や、やめてくださいっ!!!」

聖良「……ただ、私は……死なない。……再生する」

千歌「私は──私たちは負けないよ」

聖良「そうですか……その諦めの悪さ、私の知ってる千歌さんで安心しました」


聖良さんが、千歌さんの首を掴んだまま、下方を向く。


ダイヤ「やめてっ!!!!」


わたくしは、千歌さんを掴む手を放させるために、聖良さんの腕に掴みかかる。

──が、ビクともしない。


聖良「貴方達は……本当に強い、吸血鬼ですね。身も、心も……貴方達二人揃えば、その力は……私以上だと認めてあげてもいいでしょう」

ダイヤ「……!」

聖良「ただ、貴方達の命は、眷属化していても……別々です。再生力も二人で一つだったのなら、勝ち目はありませんでした。ですが、それは一つに出来ない」

千歌「…………」

聖良「最後に勝敗を決するのも、吸血鬼の血の濃さなんですよ。それが──吸血鬼なんです」


翼が、大きくしなった。


聖良「……さようなら──」


首を掴まれた千歌さん、聖良さんの腕に組み付くわたくし、

そして、吸血鬼──聖良さん。

三人の闇の翼は、上空1万メートルから真下に向かって──射出された。





    *    *    *





──音よりも速く、落下していく。

地上に衝突するまで後30秒もないだろう。


千歌「……ふぅぅぅぅーーーー!!!!!!」

292 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:43:04.59 ZRnZyA2Z0 287/302


落下する中、千歌さんが腕を伸ばす。

聖良さんの肩を掴んで──


聖良「まだ、抵抗しますか? もうこの速度に乗ったら、貴方達の揚力では逃げられませんよ」

千歌「ぐ、ぐ、ぐ……!!!」


聖良さんの腕の力に抵抗しながら、顔を聖良さんの方に近付けていく。


聖良「結局最初から貴方達に勝ち目なんかなかった。ただ、それだけのことです」

千歌「ぐ、ぬ、ぬぬ……!!!」


千歌さんの顔が──聖良さんの首筋に辿り着き、


千歌「──ガブッ!!!!!!」


噛み付いた。


聖良「…………」

千歌「ぐ……ぶゅ……」


血を聖良さんに注入し始める。


聖良「眷属化しようと言うことですか……無駄ですよ、貴方一人の吸血鬼性は私より劣っている。自分より下位の吸血鬼の力では眷属化は出来ません」


──そう、下位の吸血鬼では、血を注ぎ込んでも吸血鬼化は出来ない。


ダイヤ「その通り、ですわ……!!」


わたくしも落下する中、聖良さんの腕から、肩へと手を移し変え、


聖良「……? な、何を……」


千歌さんの逆側、聖良さんの、


ダイヤ「──……ガブッ!!!!」


首筋に──噛みついた。


聖良「!!!?」


貴方は言っていましたね。


 聖良『貴方達は……本当に強い、吸血鬼ですね。身も、心も……貴方達二人揃えば、その力は……私以上だと認めてあげてもいいでしょう』


千歌さん一人の吸血鬼性では足りない……だけれど、

──二人でなら、吸血鬼性が上回っていると……!! 聖良さんはそれを認めた……!!


ダイヤ「……ぶ……ぐ……」


わたくしも千歌さん同様に、血を注ぎ込む。


聖良「まさか!!!? 二人で一人の対象を眷属化!!!?」

293 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:44:20.00 ZRnZyA2Z0 288/302


──今更気付いても、もう遅いですわ。

貴方は油断したのです。

自分の強さに驕って、血に驕って、わたくしたち“二人”の持つ可能性を──見落とした。


千歌「……ぐぅ……!!!」
ダイヤ「…………ん、ぐぅぅ……!!!」


二人で血を流し込む。千歌さんとわたくしの血を……!!


聖良「やめっ!!!!? や、やめてくださいっ!!!!」


聖良さんが焦って、わたくしたちを引き剥がそうとしますが、


聖良「ぐ、く……ぁ……!!!」


もうここまでくれば感覚が“それ”を理解させてくる。

彼女は、聖良さんは──千歌さんと、わたくしの、眷属になった。


聖良「そんな……そんな、バカな……こと……」

千歌「ぷはっ……!! だから言ったじゃないですか、私は──私たちは負けないって……!!」

ダイヤ「ぷは……。……聖良さん、覚えておいてください。吸血鬼と戦うときは──絶対相手を侮ってはいけないんですよ」

聖良「っ!!!! あぁあぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


聖良さんが、絶叫する中、


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

千歌「うんっ!!!! 伸びろ爪ぇ!!!!」


二人で爪を伸ばし、身体を捻りながら、千歌さんの首を絞めていた聖良さんの手首を、切り落とす。


聖良「あぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


わたくしは解放された千歌さんに抱きつき、


千歌「ダイヤさんっ!!! 跳ぶよ!!!」

ダイヤ「ええ!!!」


千歌さんと同時に、聖良さんを踏みつけるようにして──跳ねた。


聖良「……くっそおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」


聖良さんを踏み台にして、跳ねて、二人で羽ばたく。

だが、それでも揚力が足りない。

下方に向かってついた勢いを殺すのにはパワーが足りない。


千歌「あがれ!!! あがれ!!!! あがれぇぇ!!!!!」

ダイヤ「あとちょっとなの!!!! お願い!!!!」

294 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:44:51.24 ZRnZyA2Z0 289/302


二人で懸命に羽ばたく。

だけれど、空の中を落ちていく。

どんどん地面が近付いてくる。

羽を必死に羽ばたかせる。

お願い、お願い、お願い──!!!

でも、速度は全然殺せない、


千歌「ぐ……くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

ダイヤ「……っ!!!!!」


──もう、ダメですわ。

わたくしは千歌さんを庇うために、腕を伸ばして──


ダイヤ「千歌さ──」

千歌「ダイヤさんっ!!!!」


逆に千歌さんがわたくしを庇うように、抱きしめてくる。

ああもう──わたくしたちは、このようなときでも……同じ気持ちなのですわね。

……せっかくここまで来たけれど、あと少しだったけれど……。

最期に隣に貴女が居てくれて──よかった。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……」

 千歌「──大好きだよ──」
ダイヤ「──大好きですわ──」

295 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:45:24.62 ZRnZyA2Z0 290/302


……………………。

……………………。

……………………。

………………?


──衝撃はいつまで経ってもこなかった。

わたくしたちは……死んだの……ですか……?


──バサ、バサ。


大きな翼が羽ばたく音が聞こえた。


 「──全く……最後まで、世話が掛かる子たちなんだから」

千歌ダイヤ「「……!!」」


ああ、この声は……。

目を開くと、

力強い、大きな翼を広げた──わたくしと千歌さんの恩師が、わたくしたち二人を抱きかかえて、闇夜の中を飛んでいた。


千歌「……ヨハネちゃん……っ!!!!」
ダイヤ「……ヨハネさんっ!!!」

ヨハネ「──二人とも……よく頑張ったわね」

千歌「ぅ……っ……ぇぐっ……よはねぢゃぁぁぁん……っ……!!!」

ヨハネ「って、わああっ!!!? 鼻水つけるんじゃないわよっ!!?」

ダイヤ「ふふ……っ……もう、良いところ、持って行くのですから……っ……」


闇夜の中、世界一頼りになる、大翼に抱かれながら、

わたくしたちは地上に──元の世界へと、戻っていくのでした。





    *    *    *



296 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:47:00.06 ZRnZyA2Z0 291/302



──地上に戻ってくると……。


聖良「…………」


聖良さんが地面に横たわっていた。

すでに完璧にいつもの姿に再生している。

本当に恐ろしい回復力です。


聖良「……私は負けたんですか?」

ヨハネ「ま……実質負けかしらね。あんたがこの二人より下位の吸血鬼になったのには間違いないし」

聖良「そう……ですか……」


聖良さんは返事をしながら、空を仰いだ。


千歌「あ、あの……聖良さん……」


千歌さんが聖良さんの方に歩み出ようとして、


ヨハネ「……千歌」


ヨハネさんが、それを止める。


千歌「ヨハネちゃん:……?」

ヨハネ「あんたは勝って人間に戻るんだから。……もう吸血鬼のこいつと関わらなくていい」

千歌「え、な、なんでそんなこと言うの……!?」


千歌さんが抗議の声をあげる。


聖良「……千歌さん、ダイヤさん」

千歌「!」

ダイヤ「……」

聖良「次は、スクールアイドルの舞台で、会いましょう……人間の舞台で」

千歌「……!」


それっきり、聖良さんは口を閉ざしてしまった。

わたくしたちは、人間に戻るために……彼女の吸血鬼としての威厳と尊厳を奪ったのです。

あと出来ることがあるならば……この世界から立ち去り、次会うときは人間として、接して欲しい。

吸血鬼側の視点では、そういうことなのかもしれません。


千歌「……わかりました、次はまた一緒にスクールアイドルとして……」


少ない言葉でしたが、千歌さんにも何か感じられるものがあったのかもしれません。

それ以上は深く追求はしませんでした。


ヨハネ「……さて、あんたたちは先に二人で帰りなさい」

千歌「え? ヨハネちゃんは……?」

ダイヤ「ヨハネさんはきっと……後始末が……」

297 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:47:51.04 ZRnZyA2Z0 292/302


言いながら、傍らの塔──五稜郭タワーを見上げると……。

展望階がなんの大災害に襲われたのかと言わんばかりの惨状に見舞われていた。


ヨハネ「そうよ、これから夜明けまでに直さないといけないんだから。聖良、あんたも責任持って手伝いなさいよね」

聖良「…………」


まあ、確かにわたくしたちは、このレベルのモノの復元再生は絶対に出来ないので、もう後は本物の吸血鬼のお二人に任せるしかない。


千歌「でも、朝までどうしよっか……」

ダイヤ「ホテルに戻りますか……?」


飛行機までは時間もあるし……。


ヨハネ「いや、あるじゃない」

千歌「? あるって、なにが?」

ヨハネ「あんたたちには……空を飛べる翼が」

ダイヤ「!」

千歌「あ……」

ヨハネ「……もう、二度とこの世界には戻ってこないんだから、最後に二人で楽しんできなさい」

ダイヤ「ヨハネさん……」

千歌「……うん! 行こう! ダイヤさん!」


そう言って千歌さんが走り出す。


ヨハネ「ダイヤ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「あと……よろしくね」

ダイヤ「はい、お任せください。ヨハネさんも、お元気で」

ヨハネ「そういうのいいから……いつも居るわよ、善子と一緒に」

ダイヤ「……はい!」


わたくしも千歌さんが走って行った方向に歩き出す。


千歌「──ダイヤさーん!! はやくはやくー!!」

ダイヤ「……はーい! 今行きますわー!」


そして、駆け出した。

千歌さんの元へ──千歌さんの、傍へ。

298 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:49:11.14 ZRnZyA2Z0 293/302


ヨハネ「…………」

聖良「…………」

ヨハネ「……行っちゃったか……」

聖良「……情でも湧きましたか?」

ヨハネ「まさか」

聖良「……そうですか」

ヨハネ「……ええ、そうよ」

聖良「……ヨハネさん」

ヨハネ「あん?」

聖良「私は……これからどうなるんでしょうか」

ヨハネ「……さあね。吸血鬼モドキの眷属化された混血なんて聞いたことないし。……しかも一人の対象を二人で一緒に眷属化するってのも聞いたことないし。どうなるのかは、私にもわかんないわ」

聖良「まあ……そうですよね」

ヨハネ「ただ、事実として、あんたは眷属化された。それは揺るぎないんじゃない?」

聖良「……違いないですね」

ヨハネ「ま、今もこうしてすぱっと再生したんだし……序列が変わっただけで、そんなに変わることがあるとは思わないけどね」

聖良「……吸血鬼にとって序列は大きいんですけどね」

ヨハネ「それはそれよ……さ、早く起きて結界内の修復、手伝いなさい」

聖良「事前術式……組んでますよね?」

ヨハネ「さすがに組んでるわよ。なかったら、朝までに終わんないわよ」

聖良「わかりました、すぱっと終わらせましょうか」

ヨハネ「よろしくね。……終わったら、善子を沼津に送るまでやってもらわないとなんだし」

聖良「……私は随分コキ使われるみたいですね」

ヨハネ「横から突っついてきたことへの報いよ。いいから、敗者はキリキリ働きなさい。痕跡が残って困るのはあんたも同じなんだから」

聖良「……仕方ないですね」





    *    *    *



299 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:50:55.63 ZRnZyA2Z0 294/302



千歌「えーっと……方角は……」

ダイヤ「大雑把に南ですわね。飛びながら微調整しましょう」

千歌「わかった! それじゃ……」

ダイヤ「……ええ」


差し出された、千歌さんの手を握る。


ダイヤ「帰りましょうか……内浦に」

千歌「うんっ」


──トンッと二人で地面を蹴って、飛び立つ。


ダイヤ「誰かに見られないように……一気に高度を上げますわよ?」

千歌「はーい」


そのまま、ぐんぐんと上昇していく。

すぐに、函館の町並みが遠ざかっていく。


千歌「わーー函館の夜景、ここからでも見えるねー!」

ダイヤ「深夜ですから、もう町の灯りはほとんど見えないですが、きっと時間帯によっては函館山以上の絶景なんでしょうね……。……それより飛ばしますわよ?」

千歌「え、ゆっくりお散歩したいなー」

ダイヤ「あまりゆっくりしていると、日が昇りますわよ。そしたら、二人で燃えることになりますけれど、いいの?」

千歌「よっしゃー!!! 全速前進!! 私たちのスピードは世界を取れる!! いくぞー!!!」

ダイヤ「ふふ、そうですわね」


──わたくしたちは空を飛翔する。


千歌「風がきもちいいーー!!!」

ダイヤ「今更ですけれど、わたくしたち……本当に空を飛んでいるのですわよね」

千歌「生きてる間に自分の翼で飛ぶ日が来るなんて思わなかったよ!」

ダイヤ「比喩以外では、普通一生ありませんからね」

千歌「……なんか、すごい経験だったね」

ダイヤ「……そうですわね」


まさか、吸血鬼の噂を鞠莉さんから聞いたとき、こんなことになるとは思ってもみなかった。


千歌「なんか、死ぬほど大変だったけど……終わってみると、案外楽しかったかも」

ダイヤ「……では、もう少し吸血鬼として頑張ってみますか?」

千歌「それは、いいや……やっぱり人間に戻りたい」

ダイヤ「ふふ、そう」

千歌「人間として……大好きなダイヤさんと一緒に過ごしたい」

ダイヤ「千歌さん……ええ、わたくしも同じ気持ちですわ」

千歌「うんっ」


二人で大空を駆けながら、故郷へ帰る方角に目を向けると──

300 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:51:52.05 ZRnZyA2Z0 295/302


千歌「うわぁーーーー!!! 見て、ダイヤさん!!」

ダイヤ「……!! はい……!!」


丁度、その方角には、まるで水平線に向かって流れ落ちていくかのような、縦に走る巨大な運河がそこにはあった──ミルキーウェイですわ。


千歌「天の川…………!!」

ダイヤ「……こんな綺麗な天の川を見たのは……生まれて初めてですわ……!」

千歌「えっへへ……学校の屋上でした約束、果たせたね」

ダイヤ「ええ……」


指差して、天の川をなぞる様に。


ダイヤ「天の川を上の方に登っていくと──わかりますか」

千歌「うん! 彦星!」

ダイヤ「ええ」


──わし座のアルタイル。そして天の川を挟んで、右上方に、こと座のベガが見える。


千歌「あれが織姫様で……天の川を滝登りしていった先にあるのが……カササギ座!」

ダイヤ「ふふ……はくちょう座ですわよ?」

千歌「チカ的には、はくちょうより、カササギがいいの!」

ダイヤ「そうなのですか?」

千歌「うん! 白い翼じゃなくて、黒い翼がいい!」

ダイヤ「あら……吸血鬼の感性になってしまったのかしら?」

千歌「そうじゃないけど……あのね! チカ、実は気付いちゃって!」

ダイヤ「? 何がですか?」

千歌「あのね! 織姫様って実は──吸血鬼だったんじゃないかって!」

ダイヤ「まあ? ……それは新説ですわね? でも、どうして?」

千歌「ほら、天の川が間にあるでしょ? だけど、吸血鬼だから怖くて近寄れないの。だけどね……黒い翼が架け橋になって、彦星様に会わせてくれるんじゃないかなって……!」

ダイヤ「ふふ、なるほど。では、カササギはヨハネさんですか?」

千歌「うん! と言うか、きっと実はコウモリなんだよ!」

ダイヤ「あれはこうもり座だったのですわね? うふふ、それは大発見ですわね」

千歌「それでね! それでね! 織姫で吸血鬼のチカをね、迎えに来てくれるんだよ!」

ダイヤ「うふふ、わたくしは彦星様ですのね」

千歌「うん! ダイヤさんは……私の彦星様だよ……」


千歌さんが繋いで手をぎゅっと握ってくる。

301 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:52:21.52 ZRnZyA2Z0 296/302


千歌「やっと……会えたよ、彦星様と」

ダイヤ「……ええ」

千歌「何度も、泣いてるチカを見つけてくれて……ありがとう」

ダイヤ「貴女が泣いていたら……何度でも見つけて、抱きしめますわ」

千歌「うん……ダイヤさん……」

ダイヤ「ふふ……なぁに……?」

千歌「これからも、ずーーっと……一緒だよ」

ダイヤ「ええ……傍に居ますわ。いつまでも……──」


わたくしと千歌さんは、二度と経験することがないであろう、夢のような夜空の中で──

愛を語らい、確かめ合い、笑い合って、飛び続けるのです。

いつまでも、どこまでも続く、この星空のように……永遠に──


302 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:52:48.33 ZRnZyA2Z0 297/302




    *    *    *










    *    *    *



303 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:53:57.89 ZRnZyA2Z0 298/302



──8月も終わりに近付いて来て、蝉の声が五月蝿い今日この頃。

夏休みも終盤に差し掛かっている中でも、Aqoursは練習を続けています。

ただ、午前中だと言うのに、このうだるような暑さ……。

さすがに今日は皆さん、朝の自由参加はパスしているかもしれませんわね。

わたくしはお気に入りの日傘の影から、晴天を見上げて──


ダイヤ「──本当に……今日もいい天気ですわね」


そうぼやきながら、バス停から学校への長い坂道を歩く。

…………。

浦の星女学院に着いて、一先ず屋上へと足を運ぶと……ガラガラの屋上の中に先着が居た。


ダイヤ「今日もやっているのですか?」


軽く呆れながら、声を掛ける。

屋上の床に大の字になって寝ている、貴女に。


千歌「んー……だって、気持ち良いんだもん」

ダイヤ「いや……なんか、この季節にやられると、干からびて引っくり返ったカエルを見ている気分になるのですけれど……」

千歌「えー、酷いなー」


千歌さんはぷくーっと頬を膨らませる。


千歌「だってさ……お日様がこんなに元気に輝いてるんだよ? いっぱい浴びないと損じゃん」

ダイヤ「……ふふ、そうですか」

千歌「ダイヤさんもやらない?」

ダイヤ「……そうねぇ」


以前だったら、日焼けしたくないので、絶対断っていましたが……。


ダイヤ「少しだけよ?」


まあ、たまにはいいでしょう。


千歌「やった! 横にどうぞ!」


そう言って、千歌さんの横にごろんと転がる。

全く、他の人が居たら、はしたなくて、こんな姿見せられませんわね。

──寝転がると、空からご機嫌な太陽の光が降り注いでくる。

確かに気持ち良いけれど……暑い。


千歌「……えへへー、ダイヤさーんっ♪」


何故か、横で一緒に転がっている千歌さんが抱き付いてくる。

304 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:54:37.89 ZRnZyA2Z0 299/302


ダイヤ「……暑いですわ……」

千歌「イヤ?」

ダイヤ「……半々くらい」

千歌「そこはイヤじゃないって言ってよー」

ダイヤ「……千歌さん、汗すごいではないですか」

千歌「あははー……仕方ない。人間だから」

ダイヤ「もう……」

千歌「……すんすん……ダイヤさんも汗かいてるね」

ダイヤ「人間ですからね。……というか、ニオイを嗅がないでください」

千歌「ダイヤさんは人の汗のニオイ嗅ぐくせに」

ダイヤ「……意外と根に持つタイプなのですわね?」

千歌「ねーねー」

ダイヤ「もう、今度は何?」

千歌「……ちゅーしよ」

ダイヤ「……晴天の下で?」

千歌「うん」

ダイヤ「真剣な目ね」

千歌「ダイヤさんとお日様の下に居られることは……絶対幸せなことだから」

ダイヤ「幸せ繋がりということ?」

千歌「うん」

ダイヤ「……じゃあ、仕方ないわね」


横に居る千歌さんに手を添えて──


ダイヤ「ん……」

千歌「ん……」


軽くキスをした。


千歌「……えへへ」

ダイヤ「……それでは、練習しましょうか」


そう言って、起き上がる。


千歌「って、えー!! それだけ!? 余韻的なのないの!?」


千歌さんも釣られるように起き上がりながら文句を言ってくる。

305 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:55:33.03 ZRnZyA2Z0 300/302


ダイヤ「余韻も良いですけれど……」

千歌「?」

ダイヤ「千歌さんと二人で練習する幸せも……わたくしは欲しいですわ」

千歌「わっ何その殺し文句……めちゃくちゃ嬉しい……」

ダイヤ「千歌さんと、二人で喋って、二人で手を繋いで、二人でご飯を食べて、二人で一緒に笑い合って、たまに二人でケンカして、二人で泣きながら仲直りして……」

千歌「えへへ……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか」

千歌「チカも同じ気持ちだよ」

ダイヤ「ふふ、知ってますわ」


不意に、千歌さんに顔を近付けて、もう一度軽くキスをした。


ダイヤ「それでは……始めましょうか」

千歌「はーい!」


──晴天の中、千歌さんと二人で踊っていると、やっぱりあのときの出来事は、夢物語だったんじゃないかと思うときが今でもあって。

だけれど、今千歌さんの隣に居られるのは、あの夢物語が実際にあったからに他ならなくて。

……いや、どうなのでしょう。

もしかしたら、そんなことがなくても、今は当たり前のように隣に居てくれる貴女と、どこかで結ばれていたのでしょうか。

それがどうだったのか確かめる術はないけれど……。

きっと、大事なことは……歩いてきた道の先で、乗り越えてきた壁の向こうで、今貴女とこうして一緒に、貴女の隣で踊っていることなのでしょう。

だから、そんな当たり前の幸せを噛み締めながら……わたくしたちは、太陽の下で、今日も笑い合うのですわ──



306 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:57:19.57 ZRnZyA2Z0 301/302




    *    *    *





 我らが学び舎、浦の星女学院──この学校には、こんな噂があります。

 深夜の校舎内、場所は保健室。

 そこから、夜な夜な、『血……血……』……と、血に餓えた呻き声が聞こえてくるそうです。

 そう、これは、もしかしたら、実はアナタの隣で何食わぬ顔をして紛れ込んでいるかもしれない。

 そんな──────吸血鬼の噂、ですわ。





<終>

307 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/07/06 23:59:03.37 ZRnZyA2Z0 302/302

終わりです。お目汚し失礼しました。


明けて七夕なので、もしよかったら、夜空を見上げて天の川と夏の大三角を探してみてください。

ここまで読んで頂き有難う御座いました。

また書きたくなったら来ます。

よしなに。

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