比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【1】
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【2】
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【3】
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【4】


389 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:21:25.37 BqstzqO00 319/531

【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart50



345 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 22:39,34 ID:kjfg5Rds
  俺はもし今この瞬間に死んだとしても、世界一幸せなアイドルファンとして死ねる。
  ありがとう。ありがとう。μ's、346プロダクション!!!
  俺もう一生ついてくよ!!1


347 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 22:41,55 ID:DsGt63Ws
μ's生で見れると思わなかった。希ちゃん膝曲がってなかった。愛しい。
  てか海未ちゃん卑怯だわあんなん泣くに決まってんだろ
  もうあんだけ泣けたらヤラセだったとしても満足


351 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 23:10,21 ID:StkrSdf4
  しぶりんベース上手すぎ。2年やってるけどソルゲなんて弾けねぇよアホか
  所詮なんでも才能の世界ってことか……ベース売ってくる


353 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/27(土) 23:41,56 ID:dsre5Hjo
  >>351 あれ弾けるのはすごいよな。脱帽と言うほかない。
  正直ソロは弾けるけどそれ以外の部分のグルーヴとか出すの難しすぎ。
  ベーマガでさっそくインタビュー決まっててワロタ


369 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/28(日) 01:39,34 ID:erSt34Wq
いやしかしマジで346旋風きてるな。今日のライブは十年に一回くらいの名演だった。
  俺のしぶりんやみくにゃん、楓さんと穂乃果ちゃん、ひょっとしたら杏ちゃんも本気
  出せば、これはマジで765たおせるだろ!! マジで!!
  マジで応援しかないわ。マジで。


371 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/28(日) 01:45,45 ID:SdrtDfvb
>>369 高垣楓がこの前千早ちゃんにフルボッコにされたの忘れたのかよ。
  持ち曲のこいかぜでだぞ? 何万ポイント差ついてたんだ。ありえねえよ


374 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/28(日) 02:13,46 ID:Grt54Sdl
>>371 今日ぐらい水差してやんなよ……。お前モテないだろ。可哀想に


420 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/30(月) 09:09,90 ID:Srtf1W3e
しかしもう10月終わっちゃうんだねー この調子じゃ11月もあっという間に終わって
  それでクリスマスが来るんだ。あぁ、またカップル板から非難しなくちゃ……


422 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/30(月) 09:31,21 ID:we56Fghj
俺たちにはアイドルがついてるじゃないか。サンタさんは実在するぜ?
  クリスマスプレゼントはきっともらえる。いい子にしてようぜ


423 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/10/30(月) 09:55,36 ID:Srtf1W3e
それもそうだね。信じてるよ、サンタさん


390 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:22:36.35 BqstzqO00 320/531

<十一月初頭>

『こんばんは。ラジオRink、今日も始まりました。えーっと、ライブ後初めての収録ということで……みんな、本当にありがとう! 心から感謝しなくちゃね。みんなのお蔭であの超大規模ドッキリは成功しました。……ドッキリと言えば、みんなもドッキリしたんじゃないかな? まさかライブにあの伝説のスクールアイドル、μ'sが現れるなんてね。ふふっ』



『私もいくつか共演させてもらって。本当に興奮しちゃった。まだ夢見てるみたいだもんね。カッコよかったなぁ。ライブDVD、いつ出るんだろう。もう予約始まってる? ……え、もうそんなに予約出てるの!? ……うわぁ。本当に伝説の夜だったんだね』



『……あー、あのCMね。うん、お恥ずかしながら。みんなもう見ちゃったかな。これ聞いてくれるくらいなら見てるよね。……はい。なんと私、ベース弾きました。一曲だけだったんだけどね。ドヤ顔でソロ弾いちゃってます。……恥ずかしいな』



『でも、今自分が出来る精一杯を出したつもりです。それなりに上手くいったと思うんだけど、どうかなぁ? ……あ、楽器長くやってる人とかにすごいダメ出しくらいそう。ふふっ、辛口は容赦してね。最近マックスコーヒーよく飲んでるくらい甘党なんだから』



『ライブの話したところでなんだけど、もうすぐまた次のライブがあるから、良ければそっちの方もぜひ見に来てほしいな。μ'sはいないけど私はいるよ。……ダメ? ふふ、冗談。でも来てほしいのは本当だからね。その日は初めてトライアドプリムスとして出るから、奈緒や加蓮のこともよく見てあげてね』



『……ライブ、ライブって忙しいなぁ。でも、嫌じゃないしむしろかかってこいって感じだね。常に上に挑戦していきたいな。歌でも踊りでもベースでもトークでも、何でもね。……ここだけの話、その日のライブ見に来ると、ちょっといいことあるかもよ?』



『……え? 何って? ふふっ、それは秘密かな。気になるんならライブ見に来てよね。はいっ、じゃあオープニングトークはこれでおしまい! 今日もみんなと繋がるラジオにしたいね』



『十一月。秋もそろそろ終わりで、また冬の足音が聞こえてきました。陽が落ちるのもすっかり早い。コートを出すか出さないか、長縄に飛び込むタイミングみたいで難しいよね。風邪引かないようにね? ――ラジオRink、スタートです』



391 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:23:38.11 BqstzqO00 321/531

<十一月一日、346プロダクション本社アイドル部門本部>

八幡「……マジですか」

武内P「大真面目です。私は、今しかないと考えています」

戸塚「しかし、ちょっと早すぎませんか? 確かに勝ちの目はゼロではないと思うんですけど、それでも厳しくないでしょうか?」

雪乃「……いえ、案外本当に今しかないのかもしれないわ」

武内P「勢いというものは馬鹿にできません。たたみかけるなら今です。……実力だけが全てを決める世界なら、先月あんな大がかりな仕掛けが必要なほど彼女は負けなかったでしょう」

戸塚「うーん、それを言われると弱いですね」

八幡「……俺は、賛成だ」

武内P「……」

八幡「あいつらは、少なくともあいつは……前に進みたがっている。こっちは挑戦者なんだ。リスクがないとは言わんが、リターンもその分大きい」

八幡「雪ノ下と彩加の方はわからん……だが、少なくとも俺は進みたいと思ってる」


八幡「……現状維持は衰退と同じだ。失うのを恐れちゃ、前には進めん」


雪乃「!」

武内P「……あなたは」

八幡「……? な、なんすか。俺は賛成したのにまさか背中から斬るんすか」

武内P「……いえ。……このことですが、私は何も勢いだけで言っているのではありません。切れる手札も増えました。確率は更に増すでしょう。……私は、彼女たちなら期待に応えてくれると確信しています」

戸塚「……そうだね! ぼくも啖呵切っちゃったからねー。やるって決めたら、とことんだ!」

雪乃「……いいわ。私も賛成。私だって、変えてみたい」

武内P「意志は一つ、ということでよろしいですね。……ありがとう」

八幡「!」

武内P「私は今……嬉しいのです。貴方たちに未来を託したのは、何よりも英断だった」

戸塚「あはは。お礼を言うのが早すぎますよ!」

雪乃「そうね。全ては終わってからです」

八幡「……やっちまいますか」

武内P「……はい」


武内P「奇跡を、起こしてしまいましょう」


392 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:24:36.82 BqstzqO00 322/531


雪乃「……意外だったわ」

八幡「そうか? 昔でも会議では踊らない派の革新派だったろ」

雪乃「そういうことを言っているのではないのだけれどね。……やるからには勝ちましょう」

八幡「負けず嫌いは相変わらずみたいだな」

雪乃「そう簡単に変わるなら誰も苦労しないわ。……けれど、そうね」

雪乃「私も、衰退は止めにしないとね」

八幡(その笑みは、俺が時折見る彼女の新しい笑顔だった。いつからそうやって笑えるようになったんだなんて、俺が言える義理はないけれど)

八幡「……お前、やっぱ変わったよな」

雪乃「それはお互い様でしょう。良くも悪くも四年、ということね」

八幡「……そうだな。さて、俺は事務所に戻るかね。……伝えにゃならんことが一杯だ」

雪乃「そうね。私の方こそこれから大変ね……」

八幡「……いけそうか?」

雪乃「あの鳴きたくないとわめくホトトギスが鳴くかどうかね。懸案事項は」

八幡「お前は鳴かせてみようの方だろ、多分」

雪乃「あなたは弱み握ろうとかいくらで鳴くのとかそんな感じではないかしら」

八幡「俺クラスの天下人となると手段は選ばないんだよ。効率的だろ」

雪乃「ぴいぴい囀る鳥ね。森へ帰ったら?」

八幡「今帰っても死ぬだろ、ホトトギスは」

雪乃「春の鳥だものね。……まだ、遠いわ」

八幡「……さて、行くか。あ、そういえば聞いたか? 写真のこと」

雪乃「……ええ。絢瀬さんのせいよね……」

八幡「まさか職員の写真もホームページにアップしてくれとはな……。765のサイトにも音無さんとか秋月さんとか赤羽根さんも載ってるし、前例がある以上な」

雪乃「……写真を載せるのって嫌だわ」

八幡「同感だ。だが……」

雪乃「上司命令」


八幡「……サラリーマンはクソ。確定的に明らか」



393 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:25:42.38 BqstzqO00 323/531



戸塚「武内さん」

武内P「ああ、戸塚君。……どうか、なされましたか」

戸塚「その……ライブの件、ありがとうございましたっ」

武内P「……流石に私も人生で二度、同じ人に恐喝されるとは思いませんでしたよ」

戸塚「人聞きが悪いなぁ。二回目は、ただのお願いですよ」

武内P「そうですね。……ただ、私にはどちらも都合が良かった。だから乗ったのですよ」

戸塚「あはは。しっかり利益分はもらってますもんね。ぼくには一銭も入らない」

武内P「利用し、利用される。いけませんか」

戸塚「いいえ? だってお金なんてどうでもいいですからねー」

武内P「……同感です」

戸塚「あれっ、じゃあそれ何に使うんですか?」

武内P「手札が増えたといいました。……お金で増える可能性があるなら、増やしておきましょう」

戸塚「……ふふ。よくわかんないですけど、お任せします」

武内P「ええ。任せておいてください」

戸塚「……高垣さんの方も、任せておいていいんですよね?」

武内P「勿論。……それに、折角だから利用させて頂きました」

戸塚「……あー、なるほど。ぼくもまだまだ敵いませんね」

武内P「現場を離れても、錆びついてはいないつもりです」

戸塚「あはは、これは一本とられちゃいましたね。それじゃ」

武内P「ああ、戸塚君」

戸塚「あ、はい。なんですか?」

武内P「誰かに脅されないよう、貴方も気を付けることです」


戸塚「……やっぱりかなわないや」


394 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:27:58.77 BqstzqO00 324/531

<同刻、キュートプロダクション事務所>

「……めんどうなことばっかじゃん。うあー……! 働きたくないぞー……!」

雪乃「……ライブの方は乗り気になってくれると助かるのだけれどね。でも、強制したところでなんとかならないから。あなたは」

「よくわかってるじゃん。飴あげよっかー?」

雪乃「いらないわよ。……押してダメなら諦めろと誰かも言ってたし」

「なんかそれすごいひっきーが言いそうなセリフだねっ」

雪乃「……」

「……あー、またもや名探偵しちゃったか」

雪乃「あなたのサイズなら黒の組織の目も掻い潜れそうね。アプリコットさん」

「それを言うなぁ……! いやだっ!! 本当に杏はやらないぞっ! 特にあのアプリコットとかいう糞ドラマだけは二度と嫌だっ! 絶対にだ!」


雪乃「あなたの言う糞ドラマとは、深夜枠の割に緻密に作りこまれた脚本、エキセントリックなキャラクターが好評を博し、ライトノベル原作ドラマ化は地雷確定という前評判を見事にひっくり返して、当時無名だった主演:双葉杏の名を世に知らしめたあの『アプリコットの涙』のことかしら?」


「やめろー!! 嫌味じゃないか! 事細やかに言うんじゃないっ!」

雪乃「……出世作でしょう。歓待こそすれ、無碍にするものではないと思うのだけれど……」

「今はもうマシになったけどヤツのせいでいっぱい女優のオファーが来るようになったんだっ! この恨み忘れるもんかっ、杏は演技がキライなんだ! たとえお金がいっぱいもらえても嫌なものは嫌なんだっ!」

雪乃「……こんなゴネられ方人生で初めてだわ」

「杏だってこめかみ抑えたくなるよー。楽して印税生活したいけど、苦しかったら意味ないじゃんね。杏はお金が欲しいんじゃないっ、楽して儲けたお金が欲しいんだっ!」

雪乃「……あなたのその腐った性根、絶対いつか叩き直してあげる」

「杏、痛いの気持ちいい人じゃないから甘々で優しくがいいなー?」

雪乃「……はぁ」

「…………くそぅ。大体、なんで今また『アプリコットの涙』なんだよう……」

雪乃「346が勢いに乗っているからでしょうね。今のアイドル業界を見て制作陣が盛り上がってしまったみたい。今、オーディションの原稿が配られているわ」

「……杏の記憶がおかしくなければ、あれ確か綺麗に終わったよね?」

雪乃「中学生編はね」

「くそっ、今考えても忌々しい! 杏はあの時、まだ高校生の歳だったんだからね」

雪乃「高校に通ってたらでしょう。偽造しないの」

「……はあ。高校生編があったんだ。それ、面白いの?」

雪乃「私も読んだことがないから知らないのだけれど、今回劇場化するエピソードは特にファンからの評判が高いみたいね。このエピソードは作品における重要な転換点になったらしいわ。また、情緒的だった点も特徴とされているとか」

「……ふーん。『消失』みたいな感じ?」

雪乃「……?」

「あー、アイボーで言うと『カヲル最後の事件』とか、円黄師匠シリーズで言う『夜の蠅』とか、そんな感じ?」

雪乃「……私が紅茶党なのは無関係よ。概ね理解したわ、そんな感じね」

「……うぁー。めんどうだなぁ……」

雪乃「……あなたがどうしても嫌だと言うのなら具申ぐらいはしてあげるけど、期待しないことね。大体私だって関わるのだから……はぁ、どうして母校なのかしら……。偶然とはいえ、嫌な一致もあるものだわ」


「……ん? どゆこと?」

雪乃「……原作者が千葉の総武高校出身らしくてね。舞台となったのもそこだから、当然ロケも総武高校で行われるわ。……私の母校なのよ」

「……ふーん。ねぇ、プロデューサー」

雪乃「何?」


「めんどくさいけど、飴くれたらやってあげんこともないよー?」


395 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:29:28.85 BqstzqO00 325/531

<十一月一週末、ライブ前夜。都内某所、居酒屋「全兵衛」>

武内P「……全く。ライブ前に居酒屋に行くアイドルは貴方くらいです。……楓さん」

「あ、プロデューサー……」

武内P「……お酒は飲まれていないようですね」

「もうっ。いかにお酒好きな私とはいえ、ライブ前はお酒を避けます。……ふふふっ」

武内P「そうですか、私は飲みますが。大将、生ビール一つ」

「……今度会ったとき酷いですよ?」

武内P「では、その時を楽しみにしていましょう」

「ふんだ。慣れてきたんですから。戸塚くんみたいですよ」

武内P「それはいいですね。彼の、彼らの強かさは見習いたい」

「……そうですね。だから、あんなすばらしいライブが出来た」

武内P「……」

「この前のライブの時。……私が、負けたとき。歌う前、千早ちゃんに言われたんです」

「『どこを見て歌っているんですか?』って」

武内P「!」

「私、その時言いそうになったんです。てっぺんだって。言いませんでしたけどね。……でも、結果はあの通りです」

「そりゃあ落ち込みましたよ。大の大人がずーっとですよ? ……プロデューサーにも、たくさん当たりました」

武内P「お蔭さまで翌日にお酒が残ることが多く、大変でした」

「あら。じゃあ無視すればよかったんですっ」

武内P「……人が悪い。するわけないでしょう」

「うふふっ、お返しです。……私、ずっとわからなかったんです。その言葉の意味が」

「でも、この前のライブ。海未ちゃんのライブを見て……やっと、すとんと落ちました」

「ああ、そういうことだったんだって。そしたら、無性にここに来たくなったんですよ」

武内P「……貴女と、初めて会ったのがここでした」

「うふふ、そうそう。あなたが美味しそうなホッケを食べてるもんだから。それもクリスマスの夜中に一人で、ですよ? 珍しいったら」

武内P「クリスマスに居酒屋で一人酒の女性の方が珍しいでしょう」

「ふふふっ、言われてみればそうかも。それ、口説き待ちみたいですね」

武内P「……ええ。だから、口説いたのですよ」


「ほいほい騙されちゃいました。こんなに酔える世界があるなんて。……酔わせてくれる人がいるだなんて。私、強いつもりだったのになー」

「……だから、あなたに責任を取らせたくなっちゃった。だって、酔わせた方が介抱するものでしょう?」

武内P「……ええ。そうですね」

「そのために、一刻も早くてっぺんに登りたくて。そうすれば、後悔なくこの世界を去って、大手を振ってあなたと歩けると。……でも、それじゃダメだったんですね。そのことに、気付けて良かった」

武内P「……ええ。ええ」

「……ねえ。あの日のように、一口、飲み交わしませんか?」

武内P「……ええ。高垣楓と交わすお神酒にしては、安すぎる気がしますけど」

「うふふっ。忘れちゃったんですか? 私は安い女ですよ。酔えるお酒とホッケとあなたがいれば、ほいほいついてっちゃうんですから」

武内P「……忘れるはずがない。好きな女性のことです」

「……ありがとう。愛しています。だから許してだなんて言わないけれど」


「――このお酒を飲んだら、我儘を一つ聞いていただけませんか?」



396 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:30:40.21 BqstzqO00 326/531

<ライブ当日、765プロダクション事務所>

美希「――あはっ。最高なの!」

春香「こういうの、久しぶりだねー!」

「うわあ……相変わらずすごいなぁ……」

「じ、自分、デビューがこれだったら間違いなく泣いてたと思うぞ……」

貴音「しかし、まこと山を覆う程の気概……見事です」

律子「……思い切った決断よね」

赤羽根P「…………」


赤羽根P(インターネットの生放送を、事務所のテレビに映し出す。狭く遠い液晶世界の中で、懐かしい光景が繰り広げられていた。最後にこれを見たのはいつだっただろうか?)


赤羽根P(……思えば遠いところまで歩いてきたものだった。こんな遠い旅路が最初、ふざけた宣材写真の撮り直しから始まっただなんて、今更誰が信じるだろう?)


赤羽根P(みんな様々な困難を乗り越えてここまで歩いてきた。俺だって怠けてきたわけじゃない。ハリウッドに修行に行き、本場の仕事術を学んだ。ひとつずつ、落ち着いてやれることが増えていった。プロデュース業が楽しくなっていった。そんな俺に、みんな笑顔でついてきてくれる)


赤羽根P(そんな輝く毎日を過ごしている途中、ふと後ろを向いてみると、そこには誰もいなくなっていることに気付いた)


赤羽根P(そう気付いた後でも、彼女たちは足を止めない。俺たちはみんな器用ではないから、手を抜くなんてそんなことはできない。後ろを振り返るのはもうやめよう、と思っていた)


赤羽根P(王者とはすべからく孤独である、とこぼしたどこかのライバル会社の社長が浮かぶ)


赤羽根P「――ははっ」

律子「……嬉しそうですね?」

赤羽根P「ああ。当たり前だろ!」


赤羽根P(――ほら見ろオッサン、俺たちのどこが孤独なんだ?)


397 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:31:50.86 BqstzqO00 327/531


――♪『スリルのない愛なんて 興味ある訳ないじゃない わかんないかなぁ?』


美希「『KisS』からの『オーバーマスター』なんて、わかってやがるの!」

「観客席の盛り上がり方が異常だぞ……」

雪歩「加蓮ちゃんも奈緒ちゃんも、これがデビュー戦なんて……うう、へこみますぅ……」

「それよりボクは海未さんの『迷走Mind』の方がやばかったと思うんだけど……。あの迷いの曲、ボク最初全然表現できなかったんだけどなぁ……。うぁ、やばい、鳥肌まだ消えないよ」

亜美「姉妹で被せてくるなんてねー」

真美「ねー。面白いね!」

やよい「あっ、ギターソロ来た! ……はわーっ!? 雪ノ下さんですー!?」

伊織「双葉杏の『ふるふるフューチャー』、もはや原曲残ってないわね……」

律子「でも、それでも逆に良さがある。天才ね。……美希への挑戦かしら?」

美希「……へー」


千早「海未さん……どうして私の曲じゃないの……? 海未さん……」

春香「ち、千早ちゃん? 目からハイライトが……」

貴音「……千早。おそらく、海未は譲ったのですよ」

千早「……え?」



『あら、すごい歓声。うふふっ、ありがとう。じゃあ、私がこれから何をやるのかはもうバレちゃってますね。私も765プロの曲からおひとつ、歌わせていただきます』

『でも、その前にひとつだけ。……えーっと、カメラはこれですか? よーし』

『千早ちゃん、見てますかー? この前はありがとうね。……もう、間違えません。お礼は言っておかなくちゃ』

『でーも。勝負は別ですよ? ……今なら言えます。私は、本当の意味で』


『――頂点に立ちます』


398 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:34:21.28 BqstzqO00 328/531


――♪『ずっと眠っていられたら この悲しみを忘れられる 
        そう願い 眠りについた夜もある    
      二人過ごした遠い日々 記憶の中の光と影
         今もまだ心の迷路 彷徨う
    あれは 儚い夢 そう あなたと見た 泡沫の夢 』



「ア……アカペラ!?」

やよい「…………すごい……」

貴音「……まこと、落ちる楓の葉の様な……。心を、掴まれますね……」

「……生で、観たいな」

伊織「……あの時みたいに、トラブルってことは?」

美希「ないの。歌う前、PA席に目配せしてたの」

律子「つまり?」

あずさ「……あらあら、うふふ」

春香「――堂々と、千早ちゃんに喧嘩を売りに来たんだね!」


――♪『眠り姫 目覚める 私は今 誰の助けも借りず
     たった一人でも 明日へ 歩き出すために 』


赤羽根P(サビの入りと共に音が溢れだす。わかっていても、肌が粟立つのを抑えられない。それは千早も同じだったようだ。けれど、それだけじゃない。画面の中で挑戦的な笑みを浮かべる高垣楓を見て、彼女の潤んだ美しい唇は弧を描いていた)


赤羽根P(俺には分かる。その笑みの正体が。……ずっと待ってたんだよな。乾いてたんだよな。より高みを目指すため、彼女は匹敵する者をずっと求めていたんだ)

赤羽根P(獰猛な王者の笑みは伝染し、ここにいる誰もがそれを浮かべる。みんな、来たるべき挑戦者を心より歓待していた)

赤羽根P(ああ、765プロはこうじゃなくちゃ。やっぱりお前らは最高だ)


赤羽根P「みんな。やることは決まってるよな?」

美希「うんっ! 当たり前なの!」

春香「私、頑張りますっ!」

千早「ええ。――私たちが、トップアイドルです」


399 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:36:18.16 BqstzqO00 329/531

<終演後、打ち上げ>

雪乃「……ああ。重かった。責任が重かったわ。レスポールより重いものなんてあるのね……」

穂乃果「でもでもっ! ゆきのん、めちゃくちゃカッコよかったよ! 結婚してっ!」

雪乃「人ごとだと思ってあなたは……。頼むならもっと早くに言いなさい……」

海未「えっ、事前から打ち合わせていたのではないのですか?」

「いや。完全に泊まりに行ったときのこと思い出しての思い付きだったよね……」

雪乃「一週間でギターソロだけだったからよかったけれど、もう何年も触ってなかったから一曲通してだと終わっていたわね……」

「いや、音作りとか凄かったよ。雪ノ下さん、今度スタジオで遊ばない?」

雪乃「嫌よ。そんな暇も気もありません」

穂乃果「ねぇねぇゆきのん! 次は『relatoins』がいい!」

雪乃「死ねと言うのね?」

八幡「……相変わらず、上手いもんだったな」

雪乃「っ、見てたの……?」

八幡「今日は最初からいただろ。むしろなんで見ないんだよ……俺そんなに存在感ないですかね……」

戸塚「高校の文化祭の時も弾いてたもんね! あれ凄かったなー」

絵里「あら、そんなことしてたんだ?」

ちひろ「見てみたかったなー」

八幡「ちょっと時間稼がないといけなくなって、即興でな。俺の部活から、雪ノ下と、もう一人舞台に立ったんだ」

「! へえ、二人だけで?」

八幡「いや、あとは教師とか雪ノ下の姉もいた」

ちひろ「……へえ。陽乃が……」

海未「あれ、比企谷くんは何をしていたのですか?」

八幡「……何も。後ろから見てただけだったよ」

穂乃果「あはははは!! ひっきーっぽいね!」

「そんな目立つことしそうにないもんなー」

八幡「まあな、よくわかってんじゃねぇか。飴やるよ」



「……ねえ、雪ノ下さん。あれ本当?」

雪乃「……本当よ。舞台には立たなかった」

絵里「舞台『には』ってどういうこと?」

雪乃「……はあ。鋭いわね。……確かに、舞台には立たなかったけれど……格好良かったの」

絵里「……それ、聞いてもいいかしら?」

雪乃「駄目に決まっているじゃない」

「!」

雪乃「あの時の彼の裏側は、私だけの……私たちだけの秘密」

雪乃「特に、あなたたちには内緒に決まっているでしょう?」


400 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:37:30.76 BqstzqO00 330/531

<翌日夜、都内某所居酒屋「全兵衛」>

戸塚「八幡、こっちだよー」

八幡「お、おお。武内さんは?」

赤羽根P「アイツなら今少し外しているよ。君が比企谷くんだね? 話は聞いてる」

???「ほお、彼がかね! ふふ、若き日のお前に似てると思わんか?」

???「冗談ではない。私はもっと澄んだ目をしていたぞ」

八幡「赤羽根さん……。彩加、横のお二人は?」



戸塚「765プロの高木社長と961プロの黒井社長だよ」

八幡「なっ……はぁ!?」

高木「ははは、そう固くならなくていいよ。座りなさい」
黒井「フン。お前が渋谷凛のプロデューサーか。……素人にしてはよくぞあそこまで磨いたと褒めてやる」

赤羽根P「はあ、黒井社長。初対面の人間にその高圧的な態度はいい加減やめましょうよ……」

黒井「なぜ王者が媚びねばならん」

高木「まあそう言うな、黒井。比企谷くん、生でいいかね?」

八幡「あ、はい。いただきます……」

八幡(彩加が赤羽根Pと会わせたいって言うから、何か一つでも有益な情報を持ち帰ろうと思って来たら……なんだこれ!? 間違いなく今のアイドル業界で偉い人トップスリーのうち二人だろ……!?)

武内P「ああ、比企谷くん。来ましたか」

八幡「た、武内さん。この面子は……?」

赤羽根P「ああ、本当にただの偶然だったんだよ。俺とこいつは次にやるライブバトルの折衝ついでにここに来てね。君に会ってみたいと言ったんだけど、一人で来るような人間じゃないって言うからね」

戸塚「エサになってみたんだ♪」

八幡「……釣られたわ」

武内P「黒井社長と高木社長とは偶然居合わせたのです」

黒井「いつものバーでも良かったが、今日は日本酒の気分だったのでな」

高木「はっはっは。実は、ここはマスコミが入ってこられないセーフポイントなのだよ。外で大事な話をするときはここを使うようにしていてね」

八幡「……なるほど。良いことを聞きました、覚えておきます」

高木「はっはっは、それがいい。私たちの商売柄、マスコミは諸刃の剣だからね。常に取扱いに注意せねばならん」

赤羽根P「よし、じゃあ全員揃ったことだし改めて乾杯しましょう! ――乾杯!」


八幡(そこからは多人数がいる飲みの席あるあるみたいなもんで、話のグループがひとつになったりふたつになったりした。赤羽根さんは俺が苦手なリア充タイプかと思ったら案外強かな人だった。清濁併せ飲めるからこその頂点なのだろう。高木社長は社長とは思えないほど茶目っ気がある人だ。だがその言動の端々には器の大きさや洞察力の深さがあらわれていた。黒井社長は……本当エキセントリックなんだが、この人見てると何か既視感があるんだよな……)


401 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:40:54.02 BqstzqO00 331/531


高木「そう言えば比企谷くん。『アプリコットの涙』、ヒロイン役は渋谷くんに決まったそうじゃないか」

八幡「あ、はいそうです。ありがとうございます」

黒井「相手役は私のところの冬馬だ。足を引っ張ってくれるなよ」

赤羽根P「まあ、メインヒロインと言えばうちの春香もそうなんだけど」

戸塚「ダブルヒロインかあ。海未さんも受けたけど、落ちちゃったんだよね……」

武内P「クールからは神谷さんも受かったのですよね。神谷さんに関してはやはり現役でモデルの高校に通っているというのは大きかったのでしょう」

八幡「そういうの、やっぱ関係ありますよね」

黒井「無論だ。正直な話、渋谷凛に至っては出来レースにすぎん。ベースが上手いヒロインの役など、このタイミングで渋谷凛以外をキャストする無能がどこにいる。経済効果に桁単位の違いが出るだろうよ」

高木「オーディションは行われたのだったね?」

武内P「はい。一応」

八幡「……なるほど。形だけのってやつか」

黒井「不満か? ざらにあることだ」

八幡「いいえ? 過程はどうあれ、あいつは結果を出すでしょ。なら拘泥なんざしませんよ」

黒井「……ほう」

赤羽根P「若いのにヒネてんなぁ……」

戸塚「八幡は昔からこうですからっ」

黒井「フン、中々見所があるようだな。いつかの貴様にも見せてやりたいぞ、赤羽根。……おい大将、黒龍を空けてくれたまえ。比企谷、飲め。奢りだ」

八幡「……ありがとうございます」

赤羽根P「俺、日本酒苦手なんだよなー……」

黒井「貴様に奢る酒などない。カシオレでも飲んでいろ」

赤羽根P「……抑えろ、抑えろよ俺」

八幡「……おお。うまい」

黒井「ほう、黒龍の良さが分かるか。ますます見所のある奴だ! 気に入ったぞ!」

高木「しかし黒井。天海くんと天ヶ瀬くんが共演するとなると、またマスコミには気を張らねばならんな」

黒井「ウィ。相変わらず下種の勘繰りとはウザったいものよ。しかし、大衆を楽しませるのは王者の義務というものだからな! 心地良く掌で踊らせてやろうではないか! ハーッハッハッハッハ!!」

八幡「……おい彩加。黒井社長もう酔ってんのか?」

戸塚「ううん、素だよこれ。冬馬くんもよく愚痴ってたなぁ」

八幡「……なぁ、天ヶ瀬冬馬ってどんなやつなんだ?」

戸塚「…………ふーん?」

八幡「……別に他意はないからな」


402 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:41:54.01 BqstzqO00 332/531


戸塚「ふふっ、そういうことにしといてあげる。冬馬くんは961プロのアイドルだよ。女性アイドル界で言う765プロの立ち位置って言えばもうわかるでしょ? ジュピターっていうグループを組んでて、それのリーダーなんだ」

武内P「一時期961プロからは離れていたのですけどね」

黒井「フン、ジュピターも青かったからな。この黒井崇男の思想を推し測るには頭も時間も足りなかったのだろうよ」

赤羽根P「言っときますけど黒井社長は言葉足りなさすぎなんです! 完全にただの嫌がらせでしたからね色々と! 千早の音消しの件、許したけど俺は忘れてないからな!」

黒井「結果的に最高の演出になったから良いだろうが。庶民はいつまでも過去のことをグチグチと……」

武内P「間接的に高垣さんも恩恵に預からせていただきました。ありがとうございます」

黒井「高垣楓か。私もステージを見たがあの女は素晴らしいな。早く高木のところのヘッポコ如月なんとかなど掃除してくれ」

高木「はっはっは。聞き捨てならんなぁ」

赤羽根P「だーもう! やっぱ俺はアンタが嫌いだ!」

黒井「なぜ私が貴様なんぞに好かれねばならん俗物が! もう一度米国で出直してこい!」

赤羽根P「うるさい! アンタこそフランス行って勉強してこいよ! ルー語みたいな使い方しやがって!」

黒井「口だけは一丁前に回るようになったではないかへっぽこプロデューサー。……おい、大将! バカルディだ! バカルディを持ってこい!」

赤羽根P「なーにが王者だ。ハリウッド帰りなめんなよ?」

高木「はっはっは、若いねえ! いいだろう、酒の分は私が持とうじゃないか」

武内P「ああ、もう。先輩はすぐカッとなるんですから……」

八幡「……この人たち、本当に偉い人たちなのか? 完全に駄目な大人なんだが」

戸塚「あはは……」



高木「武内君。赤羽根くんを頼むよ。……あと、例の件だが、代表取締役として確かに承諾した。素晴らしいものを創り上げたまえ。期待しているよ!」

武内P「どちらも承りました。責任を持って家まで送り届けますので」

黒井「フ……フン……情けないやつだ……」

赤羽根P「あ、アンタだってフラフラじゃないか……」

戸塚「黒井社長とは方面が同じなので、ぼくが一緒のタクシーで帰ります」

黒井「ウィ……すまんね……」

戸塚「あはは、じゃあもっとパッションプロにもお仕事欲しいですねー」

黒井「……お前は本当に油断のならん男だ」

――ばたん。ぶぅーん――


403 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:43:22.03 BqstzqO00 333/531


高木「急に呼び立ててすまなかったねえ。お蔭さまで楽しい夜だったよ」

八幡「いえ、こちらこそ。……なんか、こちらが喧嘩を売る形になってしまいましたが」

高木「はっはっは! いいじゃないか、こうでなくてはLIVEバトルというものを作った甲斐がない」

八幡「……え?」

高木「おお、知らなかったのかね。アイドル連盟の会長は私と黒井だよ」

八幡「……ますますビックリです」

高木「ははは、まあ知らなくても勝負に影響することはないから安心したまえ。……私は理想家でねえ、なんとしてでもティンと来る娘たちが正当に輝ける世界を作りたかったのだよ」

八幡「ライブバトルがなかったら、346のアイドルたちは今この位置にはいません」

高木「私たちはチャンスを与えたにすぎない。登ってこれたのは君たちの実力だよ。誇りたまえ」

八幡「……はい。ありがとうございます。……高木さんたちがいてくれて良かったです」

高木「そう言ってくれると嬉しいよ。……年寄りになると、どうもすぐに感傷的になっていけない」

高木「……比企谷くん。この世に魔法はあると思うかね?」

八幡「無いと思いますね。そんなものがあればどんだけ楽か」

高木「はっはっは! 即答か! ……君はやはり、黒井に似ているところがあるよ」

八幡「……なんか嬉しくないですね」

高木「その反応も含めてな! ……渋谷くんの活躍をこれからも期待しているよ。スキャンダルにはくれぐれも気を付けたまえ。伸び盛りの時期に喰らうと致命傷だ」

八幡「……やけに気にしますね? いや、当たり前なのはわかっているんですが」

高木「はっはっは。なに、年寄りの小言だよ。若者には同じ轍を踏ませたくないと、そう思うのは自然だろう?」

八幡「……まだお年寄りと言うには早いでしょう」

高木「君たちに比べれば我々など老骨さ。……私と黒井にもそんな頃があったのだ。いや、懐かしい。あの頃も今と同じく、アイドル黄金期と呼ばれていたんだ。大衆にとって一人のアイドルの存在価値は、極限と言えるまでに高かった。……だからこそ……」

八幡「……」

高木「おっと、いかんいかん。言ってる傍から昔語りなど、老害以外の何物でもないねえ。はっはっは、私も酔いが回っているのかな? さあ、タクシーを呼ぼう」

八幡「……ごちそうさまでした。また、話したいです」

高木「ははは、若者にモテるのはいくつになっても嬉しいねえ。それではな。……最後に、比企谷くん」

八幡「はい?」

高木「……なにかあったら私たちに任せたまえ。若者は間違えるのが仕事さ。そうやって、歴史は繰り返されてきたんだからね。……ではな。私のアイドルたちはそう簡単に負けんよ?」


八幡(目の前のこの偉人の優しい瞳の奥には、俺の何十倍もの歴史や想いが眠っているのだろう。想像を巡らせたとして、何も届く気がしない。その深く広い海のようなまなざしに何かを問いかけることはできるが、無粋な気がして取りやめた)


八幡(あの視線は見抜いていたのだろうか。……俺が、感じ始めていることを。いくらなんでも自意識過剰かとも思うのだが、あの眼には全てが見通されている気もした。判断材料は何だ。敏腕社長の眼力か。はたまた魔法か……経験か)


八幡(ほろ酔いの頭に浮かぶ顔。それは誰か。散々後回しにしてきた最後の問題と向き合うその時が、タクシーのラジオの時報と共に迫っている気がした)


404 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:45:34.72 BqstzqO00 334/531

<数日後、早朝。346プロダクション本社アイドル部門本部>

武内P「全員揃いましたね。それでは、ただいまより全体集会を始めます」

武内P「先日のライブ、お疲れ様でした。世間に与えたインパクトは計り知れないものだったでしょう。……その分に伴って、公示があります」

武内P「まずは渋谷さん、前川さん。あなたがたは本日付でDランクアイドルに昇格です」

みく「にゃっ!?」

「……やった」

未央「ぐぬぬ、負けてらんないね! しまむー!」

卯月「はいっ! すぐに追いつきましょう!」

ちひろ「あれ、もしかして新記録なんじゃないですか?」

雪乃「そうね。昨日までの最短記録は高坂さんの一年と二日だったから」

穂乃果「へー、よくわかんないけどそうだったの? 穂乃果、記録とか何も覚えてないからなー」

海未「あれほど各地で記録を作っておいてよくそんなことが言えますね……」

武内P「そうですね。ですが園田さんほどではなくなります」

海未「……はい?」

武内P「園田さんは本日付でAランクです。異例の二階級アップとなりました」

海未「……えええええぇえええええ!?」

絵里「相変わらずいい顔するわねー」

「えー顔してますね? ……ふふふっ」

にこ「なーっ!? にこなんてBランクに来るまで四年くらいかかってるのに!?」

きらり「うきゃー!! 海未ちゃん、すっごぉーい!!」

穂乃果「穂乃果、お父さんに紅白まんじゅうお願いするね!!」

海未「ななな何かの間違いでは!? こんなことが許されるのですか!?」

武内P「逆です。単独ライブ以来園田さんの調子があまりにも良すぎるので、頼むから早く上のランクに行ってくれと陳情されました。同ランクのアイドルが相手にならないからと」

戸塚「……ふふ。流石だね」

海未「……あう。み、身に余る光栄です……」

八幡「……しかし、なんか二階級特進ってなぁ」

「完全に死亡フラグだよね。勲章作るー?」

海未「誰が戦死ですかっ!?」

武内P「他にもトライアドプリムスのお二人や諸星さん、アナスタシアさんが昇格を決めていますね」

アーニャ「спасибо……ありがとう、ございます!」

きらり「きっと杏ちゃんの助演が決まったのが大きかったんだにぃ!」

美嘉「ねー」

莉嘉「アタシたちは?」

武内P「この前ランクが上がったばかりなのでしばらくはないでしょう。……偉業でも成し遂げれば別ですが」

未央「美嘉ねぇ、エベレストでも登ってみれば?」

美嘉「そんな方面で売れたくなーい!!」

武内P「双葉さんはそもそも昇格に必要なライブバトルの出場数が規定数に達していませんでした。勝率は申し分ないのですが……」

「……ま、仕方ないよね。どーでもいいや」

雪乃「……」

にこ「にこは? 活躍してる方だと思うんだけど」

雪乃「そのことだけれど。……あと一勝でAランクよ、あなたは」

にこ「……ふぅん。その相手が……」

405 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:47:26.46 BqstzqO00 335/531


武内P「ええ。765プロとのバトル、ということになります。……ここで、一番大きなお知らせをしようと思います」

武内P「今西社長と高木社長が合意しました。各本社はもう動き始めています」


武内P「――十二月に、346プロ対765プロの特別ライブを行うことになりました」


「!!!」

武内P「正面戦争であり……頂点を決める、最終決戦となります」

奈緒「……マ、マジかよ……!」

加蓮「……エラい時期にデビューしちゃったなぁ」

未央「くぅうー! 燃えてきたぞー!!!」

卯月「春香さんと同じ舞台に……! 夢みたいですっ!!」

にこ「ついに……この時が来たのね」

戸塚「……頼んだよ?」

海未「ええ、勿論」

武内P「詳細の情報を述べます。日時は十二月二十五日午後十八時から。場所はニッセンスタジアム。キャパは十万。当日までに可能な限りの宣伝を打ち、世間の注目を集めます。ライブの様子は……地上波で、生放送。会場の内外を問わず、全ての人たちがパフォーマンスに投票します」

きらり「……うきゃー!?!?!?」

海未「地上波……」

にこ「前代未聞ね……」

武内P「そうですね。アイドル史においては、日高舞の時代のそれを遥かに上回る大事件でしょう。この話を持ち掛けたのはこちら側です。世間は346が本気だろうと受け取るでしょうし、こちらからもそうなるよう大々的に広告戦略を打ちます。一人でも多くの人間の心情をあらかじめこちら側に傾けておきましょう。無論皆さんにも手伝ってもらいます。……前哨戦は、既に始まっているのです」

絵里「なるほど、ターゲットを普段アイドルに興味を持たない層にも広げるんですね」

武内P「はい。大衆というものは挑戦者に好感を持つ人が多いですから」

美嘉「テキトーに高校野球付けた人が負けてる方応援したくなるみたいなカンジ?」

にこ「なんか嫌な例えね……」

海未「あの、そこまでする必要があるんでしょうか?」

八幡「……ある。やれることはなんでもやっておくべきだ。不確定な要素は出来るだけ減らして、味方にできるもんなら身近な親でもなんでも使ったほうがいい」

未央「そ、そこまで言う?」

八幡「……俺は星井美希のパフォーマンスを一度だけ今のお前ぐらいの近い距離から見たことがある。少なくとも現時点で、あれより技術と才能の粋に圧倒されたことは未だない」

加蓮「この捻くれプロデューサーがそこまで言うくらいなの……?」

「はい。……彼女たちの実力は本物ですよ。全員Sランクは、やっぱり異常です」

武内P「だからこそ、やれることは全てやっておきましょう。こちらとしては憎むべき悪役に仕立てるくらいの気持ちで行きます。気持ちだけ、ですが」

ちひろ「……でも、そこまでしておいて、もし今までのアイドル達のように大差で負けてしまったら……」

武内P「……はい。これから先のトップアイドルの座は勿論、今の地位さえ危ういかもしれません」

「!!!」

武内P「……ですが」



「勝ったら、私たちがトップアイドルだよ?」


406 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:48:58.89 BqstzqO00 336/531


武内P「!」


みく「わかりやすくて手っ取り早いやん。やったろ?」

「借りは返しまっせ~。うふふっ」

穂乃果「みくにゃんって普段そんな感じだったんだ!」

「間抜けは見つかったみたいだな。……はあ、また面倒なことになりそうだなぁ……」

卯月「……わたしっ! 頑張ります! 春香さんにだって負けませんっ!」

海未「……もう、何があっても迷いません」

雪乃「ノーペインノーゲイン、ね。……衰退なんて、いらないわ」

八幡「……ま、リスクで脅かすには相手が悪かったんじゃないですかね」

戸塚「うん。なんてったってねえ?」


「――大丈夫。あなたが育てたアイドルですよ?」


武内P「……全ては伝わったようです。私からは一つだけにしておきましょう」

武内P「勝ってください。――あなたたちは、最高だ」


407 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:50:55.47 BqstzqO00 337/531

<翌日、早朝。千葉、総武高校>

冬馬「柊冬也役をやらせてもらうことになった天ヶ瀬冬馬です! 今回こんなすげー作品に関われたことを誇りに思いますっ! いや、マジで大好きな作品だからテンション上がりまくりだぜ! 原作に負けないくらい絶対良い映画にします! よろしくお願いしますっ!」

「そんなに頑張らずにほどほどにしよう? 役柄通り杏は働かないっ!」

監督「あっはっは、杏ちゃんは前のシリーズから変わらないなぁー」

「氷川凛奈役をやらせていただく渋谷凛です。初めてのヒロイン役ですけど、一生懸命やります! 美春には悪いけど冬也はもらっちゃおうかな。ふふっ」

春香「あー! ダメだからね、凛奈に騙されないでね? 冬也くんっ」

冬馬「お、俺は冬也じゃねえ! まだ撮影始まってないだろ!?」

監督「早速サヤ当てかぁー。にくいねぇ、このっ」

奈緒「…………あのリア充オーラ、つらいぞ……」

八幡「…………アイドルが言うなよ。死ぬほど同意だが」

雪乃「諸星さん。あなたのシーンまで少し時間があるから、台本のチェックの合間に次のレッスンの予定を確認しておいてね。少し変則的だから」

きらり「了解だよー☆」

監督「よーし、それじゃー早速今日から『雪リレ』、撮ってくよー? じゃあ春香ちゃんのシーンから」

春香「はいっ!」



八幡「……なあ、神谷。今更なんだが、『アプリコットの涙』ってどういう話なんだ? 双葉が主役じゃないのかよ」

奈緒「な、なんだと……。ラノベの中じゃストーリーがめちゃくちゃ評価されてるんだけど、比企谷さんは知らないのか?」

八幡「俺は本は読むがラノベはあんま読まねぇんだよ。青いやつをちょこっとくらいだな」

奈緒「ええっと、安楽椅子探偵ものってジャンルわかるか?」

八幡「確か、探偵が捜査をせずに助手とかが集めてきたデータや証拠で真相を解明するやつのことだったか?」

奈緒「うん、そんな感じ。だから今回の依頼主が天ヶ瀬さんとかって感じになるかな。……探偵ものってキャラが薄くなりがちじゃん? だからラノベとは相性が悪いってよく言われてるんだけど、そんな評価を覆したのがこの作品だったんだ。とにかくぐーたらで、他人のことには全く興味ない。毒舌ロリっ娘。でも天才。そんな主人公五十嵐杏珠と、行動派巨大幼馴染の七星うららが事件を解き明かしていくって物語なんだよ」


八幡「……それ、まんま双葉じゃねぇか」

奈緒「そうなんだよな。リアルに当て書きなんじゃないかってよくネットでは言われてる。作者もアイドルファンらしいし。……アタシ、ドラマシリーズ見たときはリアル杏珠きたーって思ったもん」

冬馬「俺、ブルーレイボックス持ってるぜ! 何週したかわかんねーよ」

奈緒「あ、天ヶ瀬さん!」

八幡「……ども」

冬馬「奈緒ちゃんに比企谷だな。黒井のオッサンがこの前は迷惑かけたみたいだな……」

八幡「……俺は彩加から聞いたよ」

冬馬「戸塚からは色々聞いてるぜ! 仲良くしてくれよな!」

八幡「……葉山タイプか。はぁ……」

冬馬「ん、なんか言ったか?」

八幡「難聴系主人公かよ。よろしくなって言ったんだ」

冬馬「はっ、あれわざと言う作品あるよな!」

奈緒「……天ヶ瀬さんってこっち寄りだったのか。噂は本当だったんだ!」

冬馬「……クソ、誰が言ったんだ。まあいいけどな! 俺はラノベもフィギュアも何でも好きだぜ」

奈緒「あっ、じゃあ最近出たfigimaの受注生産の杏珠のフィギュアは!?」

冬馬「もちろんとうにショーケースの中だ! 何のためにアイドルやってると思ってんだ?」

八幡「何のためにアイドルやってんだよ……」


408 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:52:40.28 BqstzqO00 338/531


冬馬「んなことより、『雪のリレーション』の話だろ?」

八幡「それがサブタイトルなんだっけか? 原作の四巻に当たるってな」

奈緒「そうなんだ! 『雪リレ』は正直推理要素が薄いんだけど、逆にそれがいいんだ。杏珠が謎を解決したおかげで出会った三人が、切ない三角関係を繰り広げていくんだよ」


八幡「……三角関係」


冬馬「主人公の冬也はクラスでは目立たないけど、ギターが上手い。入学当初事故にあったせいで軽音部に入り損ねて、以来ずっとステージへの憧れを持ってんだが、ついに何も動き出せないまま三年最後の聖誕祭前を迎えるんだ」

奈緒「そんな冬也と、空気を読むのが上手くて誰にでも好かれる学園のアイドル天乃美春。賢くて美人なんだけど、空気の刺々しさと両親が黒い政治家だって噂のせいで孤立してるベース弾きの氷川凛奈が、色々な偶然を重ねて出会い、情を育てて……恋に落ちていくんだ」

八幡「……どっちとくっつくんだよ」

冬馬「身も蓋もねぇな!」

奈緒「んー、でも、結末がわかってても辛いっていうかな……」

八幡「売れてるからには、ちゃんとした結末があるんだろ?」

冬馬「ん、まあな。……この事件以降、杏珠は変わってく。人の気持ちを、理解したいと思い始めるようになるんだ。何にでも冷めてて、わからないもんなんてないってずっと言い切ってた杏珠が」

奈緒「それぐらい、三人の在り方が切なくて……美しかったんだよ」

八幡「……結局、どっちだったんだ?」

冬馬「今日、原作持ってきてるから貸してやるよ! 読んでこい、語り合おうぜ!」

八幡「えぇ、いいよ……。お前、汚したりしたら怒りそうだもん……」

冬馬「保存用観賞用布教用の三つ持ってるから心配すんなって!」

奈緒「基本だよな!」

八幡「やだこの子たち……クソオタクしかいないの……?」

冬馬「明日日曜だろ? 徹夜で読めるぜ!」

八幡「それは無理だ。今日はプリキュアの為に早寝しないと」

奈緒「ブーメランって知ってるか? 比企谷さん?」


409 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:53:48.92 BqstzqO00 339/531



× × ×

冬也『……くそ。このままじゃもう、どうにもなんねぇか? 諦めちまったほうがいいのかな……』

冬也『中学生みてーな理想だけどなぁ。……でもやっぱ、諦めきれねーよな……』

――わんわんっ! わんっ!

『っ! しまった! リードが!? ま、待て! プラム!』

――ききーっ!!!!

冬也『!? ……あ、あんた! 大丈夫か!?』


凛奈『っ……つつ。……お前、無事かよ?』


――わんわんっ! わんっ!

『ふ、元気にしやがってよ。こっちは死にかけたんだぞ? ……っと』

冬也『立てるか!?』

凛奈『……っ!』

――ぱしいっ!!


凛奈『てめえっ、飼い主だろうが! 何こんな道路で目ぇ離してやがる!!』

冬也『……あ』

凛奈『面倒見れないなら。……見捨てるくらいなら! 最初から首輪つけてんじゃねえ!』

――たったったっ。


美春『あ、あのっ! 大丈夫ですか!?』

冬也『……んだ。アレ……』

美春『えっ!?』

冬也『……俺より。あの人の方が、痛そうだった……』

× × ×


410 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:54:52.94 BqstzqO00 340/531

<同刻、総武高空中廊下>

八幡「…………」

雪乃「…………陳腐、ね」

八幡「……お前はやっぱ手厳しいな」

雪乃「……この作品のことを言っているのではないわ」

八幡「……よくあること、だったみたいだな」

雪乃「そうね。……私は下りなかったけれど」

八幡「俺はしっかり轢かれたしな」

雪乃「……」

八幡「……由比ヶ浜は、元気か?」

雪乃「……ええ。元気に女子大生してるわ。私の……親友よ」

八幡「そうか。それを聞けて良かった。……聞いて、よかった」

雪乃「……聞いて、くれるのね」

八幡「……聞けるようになったんだ。多分」

雪乃「奉仕部。……どうなったか、知っていて?」

八幡「ああ。俺達以外に部員はゼロ。平塚先生は転勤で……今は、もうないって聞いた」

雪乃「その通りよ。……でも、少しの間だけ、あの場所はまた開かれる」

八幡「……そうなのか?」

雪乃「撮影。五十嵐杏樹と七星うららの探偵部の部室には……奉仕部の部室だった、空き教室を使用することに決まったみたい」

八幡「……運命、か」

雪乃「……ふふ。あなたもその言葉に捕まった?」

八幡「認めたくないけど、な」


――かちっ、しゅぼっ。


411 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:56:14.23 BqstzqO00 341/531


八幡「……ふぅ」

雪乃「……馬鹿。校内は禁煙よ」

八幡「誰も見てねぇだろ」

雪乃「私が見てるじゃない。……そんなもの、やめてしまえばいいのに」

八幡「中身が真っ黒な言い訳が立つだろ」

雪乃「……なら、私にも吸わせなさい」

八幡「え、いや……むせると思うぞ」

雪乃「あなたにできて私にできないという事実が物凄く気に食わないの。渡しなさい?」

八幡「……はぁ。じゃあ今吸ってるやつやるよ」

雪乃「っ……」

八幡「んだよ。やっぱやめるか?」

雪乃「な、何を言っているの。……早く貸しなさい」

八幡「止めたぞ、俺は」

雪乃「……っ!? げほっ、けほっ! っ、けほっ!」

八幡「言わんこっちゃねえ……」

雪乃「……っ! こ、こんなものを……あなたは……」

八幡「……そうだな。もうすぐ、四年くらいじゃねぇかな」

雪乃「……犯罪者ね」

八幡「……なら、裁いてくれよ」

雪乃「できないわ。……私だって、悪いのだもの」

八幡「違うだろ。あの時、弱かったのは俺だろ。俺だけだっただろ!」

雪乃「違う! 私はあの時、安心してしまった! ほっとしてしまった! ……あなたの優しさを逆手に、自分のことを顧みた!」

八幡「……お前がそうやって庇うから、こんなもん吸うしかねぇんだよ……」

雪乃「庇ってなんかない。本当のことだもの……」

八幡「……お前も俺も弱くて馬鹿だ。……こう言やいいのかよ」

雪乃「……そう、そうね。……強かったのは、結衣だけだった」

八幡「……」

雪乃「……また、冬が来るのね」

八幡「……ああ」


八幡(喧騒の届かない、鍵のかかったあの部屋のことを思う。時ごと閉じ込めているならば、あの日の雪もそのままだろうかと)

八幡(過去に閉ざした扉が開かれようとしている。ならば、名残の雪を溶かす、その時は)

『今だよ、比企谷。……今なんだ』

八幡(ならば再び、もがいてあがこう。一度はないと決めつけたそれを、もう一度掴むために)

八幡(視線を雪ノ下にもっていく。昇った朝日が、昔よりずっと綺麗になった彼女を照らしていた)


412 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 21:58:23.55 BqstzqO00 342/531

× × ×

冬也『この依頼、頼めねーか? 俺の方でも探してみたんだけど見つかんなくてな……』

うらら『うんっ、わかったー!』

冬也『本当かっ!? 助かる! ……五十嵐たちに言えって、先生がな』

杏珠『お、おい待てうらら。私はやるなんて一言も言ってないぞ!』

うらら『でもでも、十一月中に一件も成果が報告できなかったら廃部だって先生言ってたよ?』

杏珠『……クソ、ここが無くなったらまともな部活に入らないといけなくなるのか。……あぁ、めんどくさい。でも、仕方ないか……』

冬也『……もし見つけられたら、本気で口説いてみる』

うらら『あっ、一目惚れかー!? いいなー☆』

冬也『ち、違う! ベース持ってたから……一緒に、聖誕祭のステージに出られたらなって』



美春『使ってない音楽室に幽霊が出るみたいなんだけど……それ、どうにかなんないかなぁ……!? みんなが怖いから解決してって言うんだよー!』

杏珠『……それ、君が引き受けたんでしょ? なら自分でどうにかすれば?』

美春『そんなひどいこと言わないでよっ!? み、見栄張っちゃったんですー!』

うらら『杏珠ー、力になってあげよーよ?』

杏珠『先生には一件でいいって言われてるんでしょ? なら面倒事増やさなくても……』

うらら『……だめぇ? うらら、力になりたいなぁ……?』

美春『……だめぇ?』

杏珠『うっとおしいなぁ。あざといぞ天乃美春』

美春『あざっ!? こ、これでも学園のアイドルって言われてるんだけどなぁ?』

杏珠『自分でそんなこと言うやつのどこがアイドルだ。わかったからもう帰ってよ』

うらら『わっ、杏珠っ、ありがと! やっぱり優しいねー!』

杏珠『断っても断ってもどうせしつこいだろうららは……。いい加減学ぶよ……』

美春『……うぅ。なによぅ、みんなみんな最近わたしのことなんだと思ってるのよう……』

うらら『えー? 美春ちゃん、一番はじっこのうららの国際クラスでも有名だよー?』

杏珠『同じく端っこの理系でもね。野郎が天乃天乃ってうるさいったらありゃしない』

美春『……そうだよね。でも、でもね。この前ね、話しかけたらさ』

美春『ああ、もうあん時のはいいから。それより戻ってくんねーか? あんたに話しかけられると、目立ってかなわん』

美春『だって! そんなこと言うんだよ!?』

うらら『えっ、男の子が……?』

杏珠『……恋愛相談なら他所でやってくんない? そんな一昔前のゲームのヒロインみたいな反応、もうお腹いっぱいだから。しっしっ』

美春『あー! またそんな風に言うんだから!』



うらら『で、練習時間とかはこんな感じ! あとは隣の軽音部室のことも聞いてきたよー!』

杏珠『……ふーん。なら天乃の方は解決か。あとは柊のほうだけど』

うらら『えっ、もうわかっちゃったの!?』

杏珠『今回ラッキーすぎだよね。答えの方から転がってくるんだもん』

――こんこん。

うらら『あっ、どうぞー!』

凛奈『……探偵部ってのはここであってるか? 探し物をしてるんだが……』

杏珠『……ほらね。また転がって来た。今回は一番つまんない依頼になりそうだね』


× × ×

413 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:00:39.98 BqstzqO00 343/531

<翌日、都内某所。スタジオ>

武内P「もうしばらくで準備が完了します。待機していてください」

「わかりました。……ふぅ」

八幡(会見用のスタジオの空気は、気のせいかひりつくように痛い。今からここで、武内さんと渋谷は346の代表として765プロに公式な宣戦布告を行う。世間は今、765対346の直接対決がいつどのように行われるのか、湧きに湧いている。ならばこそ、今から行われる公式発表は日本中に大きな衝撃をもたらすことになるだろう)


八幡(隣で揺れる小さな肩には、大きな責任と)

八幡(この役目はお前に任せたと笑う、みんなの期待が住んでいた)

八幡「いよいよ、か」

「……そう、だね」

八幡「……懐かしい顔してんな」

「え? 何が?」

八幡「お前が初めてラジオに出たとき。緊張しててわざわざ喫煙所に来ただろ。そん時も今みたいな顔してたよ」

「……恥ずかしいこと覚えてるよね」

八幡「いやな。なんか面白くなっちまって。……まだ可愛げが残ってんだな」

「ふふっ、こんな可愛いげのあるアイドル他にいる?」

八幡「……そうだな。いねぇな。少なくとも、主観的には」

「……ど、どうしたの? 照れるんだけどっ」

八幡「可愛くねえって言えば良かったのかよ」

「へ、変なの。……でも、ありがと」

八幡「……お前はいつも、自分の力で乗り越えてきた」

「そんなことないよ。いっつもプロデューサーに頼ってたじゃん。あなたがいなかったら、今の私はないよ」

八幡「いや。俺はいつも見てるだけだった。お前は勝手に乗り越えてったろ」

「……かもしれないね。でも、それでいいじゃん。……私、あの時、嬉しかった。不純な動機でも、アイドルでいていいって言われて嬉しかったよ」

「初めてだったんだ、そんなこと言われたの。こんないいかげんだった私でも、頑張っていいんだって。生きていいんだって言われた気がして」

「だから頑張れて、一生懸命になれた。だから本気になってくれる人が生まれた。在り方に憧れる人ができた。……辿りつきたい、場所ができた」

「プロデューサーは捻くれてるし、厳しいし、魔法のように仕事がこなせるわけじゃないよね。でも、私にはそれでいい。それがいいんだ。一歩一歩歩いたこの道のりが、何より愛しく思えるように。一人でだって歩けるように。そんな私にしてくれるあなたで良かった」


「……人には人を変えられないってあなたは言うけど、でも、変わっていく姿を見守ることだけはきっとできるんだなって思う」

「だから、比企谷八幡さん。ありがとう。あなたのお蔭で私は安心して変われたよ。私は私を好きになれたよ」

「見守っててくれて、ありがとう」


「――魔法使いじゃなくて、ありがとう」


八幡「……ああ」

「……ふふっ。やり返し、成功だね。顔ヘンだよ」


414 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:02:24.50 BqstzqO00 344/531



八幡(きっとそんな言葉を、誰かにかけてもらえるのをずっと待っていた。あなたはあなたでいいのだと。けれど、生きていく中でその言葉が俺に向けられることはなかった。だから、他人に期待するのをやめた。いつまで待っても降ってこないそれは、自分の手で掴み取るものなのだと思って)

八幡(一度、それが目の前にちらついた。欲しくて欲しくてたまらなかったものは四年前、確かに目の前にあったのだ)

八幡(手に出来ないはずの酸っぱい葡萄。俺は喜び勇んで手を伸ばす)

八幡(けれど、その途中。俺の中の邪知暴虐の王は叫んだのだ。その手を収めれば、ずっと甘い蜜に漬かっていられると。……だから、弱い俺は)

八幡(そうすれば三人のままでいられる。俺がその葡萄を口にしなければ、誰も一人にはならないのだと、そう信じて)

八幡(差しのばした手は葡萄ではなく、蛇の林檎を掴んでいた)

八幡(楽園は、壊れた。そんなものはどこにもなかった。……知っていた。この世にそんなものあるはずないと、きっと誰より知っていたのに)

八幡(王は笑った。貴様が守りたかったのは自分であろうと)

八幡(反発する心は認めたくなくて、だから本物なんてないと、そう思おうとした)

八幡(でも、ある。それは人ごとに違っていて、相変わらず俺にとってのそれは何だかわからない。けれど、今目の前で自力で掴んだ者がいる。ある。あるんだ。本物は、ある)

八幡(欲しかった言葉をくれた人は、それを手にして笑っている)

八幡(……並びたい。ふさわしくありたい。そのために、もう一度自分を好きになりたい)

八幡(俺は――変わりたい)

八幡(人の為に変わりたいと思うこの気持ちを、何と言うのだっけ)



武内P「始まります。準備を」

「はい。今、行きます」

八幡「……渋谷」

「ん? なに?」

八幡「緊張、消えたな」

「うん。みんなの期待背負ってここにいるんだよ。もう震えてなんていられない!」

八幡「そうか。じゃあ、ついでだ」


八幡「――俺も、お前に期待してるよ」


「……うんっ! 必ず応えるから、見てて!」


415 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:05:14.82 BqstzqO00 345/531

<午後九時、地上波生放送>

『こんばんは、春香さん。現場で毎日会ってるのに、こうして画面越しに会話するのは変なカンジだね』

春香『そうだねー! 今撮ってる映画だと、凛ちゃんとは無二の親友ですもんね!』

『うん。でも、凛奈と美春は……それと同じくらい、ライバルだよね』

春香『うん……そうですね』

『春香さん。いや、765プロの皆さん。私は皆さんを尊敬しています。同じアイドルとして、トップアイドルの皆さんには痺れられずにはいられないです。本当にすごい人たちだなって思います』

『でも、だからと言って負けられない。負ける理由にはならない』

『私は、私たちは。トップアイドルになりたい』

『だから、その座は貰います。どいてください』


『――私たち346プロは、クリスマスの夜。765プロとの直接対決を希望します』


春香『……はい。承りました! 王者として、トップアイドルとして。その挑戦、受けて立ちます!』

『私たちからのクリスマスプレゼント、皆さんも受け取りに来てください。待ってます!』

春香『凛ちゃんたちみたいな悪い子には、別のもの渡すね?』

『へえ、何?』


春香『引導、です』


『ふふっ、怖い怖い。……楽しみにしてます!』

春香『ええ、私たちだって!』



武内P『――以上が概要となります。最高の夜に致しますので、是非。現地に、画面の前にお越しください』

赤羽根P『私事になりますが、現在346のアイドル部門を率いてくれているこの武内くんは学生時代からの後輩です。一時期、彼はわが社に在籍していたこともあります。寡黙で実直な、素晴らしい後輩でした。……そんな彼が、私にどれほどのものを見せてくれるのか、個人的に楽しみにしています』


武内P『……この試合には、346のアイドル部門の今後がかかっています。我々としては、何としても勝利が欲しい。負けるわけにはいきません』

武内P『と、いう建前は置いておきまして』

赤羽根P『……は?』

武内P『……先輩。私はあなたに何度も助けていただいた。学生の頃からずっとです。あなたは私の憧れであり目標でした。それは今でも変わらない、が』

武内P『私も男に生まれたからには、負けっぱなしなど真っ平御免です。人より劣っているなどと、認めたくはないのですよ。……一度言ってみたかった言葉があるんです。このために765を離れたのかもしれません』


武内P『――いつまで先輩風吹かせてるんですか? 生意気ですよ』


赤羽根P『……ふっ。くっくく……』

赤羽根P『あっはっは! 馬鹿だよなあ、お前! よりによってこんな時に! あっはっは!』


赤羽根P『――いいだろ。かかってこいよ。春香の言う通り、引導を渡してやる』



416 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:07:11.13 BqstzqO00 346/531

<翌日、夜。346タレント養成所レッスン室102>

「……っ……。はぁっ……。げほっ、ごほっ!」

加蓮「……ごめん。…………もう無理みたい」

未央「か、加蓮。……大丈夫? はぁっ、はぁっ……」

海未「…………」

マストレ「身体が動かない者は別室で振付師や作曲者と対話を行え。全ての表現には意味がある。人力で全て抑えろ。他者の意を完全に斟酌し切った先に自己表現がある。……急げ、貴様らには時間が少ない。絶対王者と比肩せねばならないのだ。限界など草木をまたぐように軽く越えてもらわねば困る」



星空凛「世の中に……これより人性を無視したレッスンがあるのかな……」

ルキトレ「でも、斬新な発想……。わたしには、こんな効率的な方法は逆立ちしても思いつきません」

星空凛「門外不出って言うだけあるにゃ……」

ベテトレ「……神話だと思っていたがな。かつて日高舞の専属トレーナーを務め、彼女が引退してからはフリーに。法外な値段をふっかける代わりに、最大限の成長を約束する腕利き。しかも、気に入らん相手からの依頼は受けんというしな……」


戸塚「……なるほど、ここに使ったんだね」


マストレ「渋谷、どこへ行く?」

渋谷「吐いてきます。五分で戻ります。……今の、もっかい、お願いします」

マストレ「……フ。良いだろう」

マストレ「後の者は少しメニュー通りにこなしていてくれ。トレーナー諸君は監督を頼む。……双葉。ついてこい。星井美希と対戦するにあたって、話さなくてはならないことがある」


「杏的には休めてラッキーだから、いっつまでもお話してたいなー」

マストレ「……雪ノ下氏も、聞くのかね?」

雪乃「私は彼女のプロデューサーです。義務も……責任もあると思います」

マストレ「うむ……いいだろう。……双葉」

「はーい」

マストレ「おまえは天才だ。私が指導してきた天才……日高舞や星井美希にも勝る。いや、カテゴリーが違うとでも言うべきか。とにかく他のアイドル達とは一線を画している」

「えー何? 照れるなぁ、そんなこと言っても杏は働かないぞー?」

マストレ「……おまえは他の天才たちとは違う。彼女らがなぜ天才と呼ばれるかと言えば、感覚で全てこなせてしまうからだ。凡人が何歩も何歩も歩んでようやく会得する物事を、悠然と飛ぶ鳥のように一瞬でものにしてしまう。なぜと言われてもわからない。彼女らにとって空を飛べることは呼吸同然に当たり前のことだからだ」


雪乃「……」

マストレ「だが、おまえは違う。おまえはその気になれば自分がなぜ飛べるかを一つの余白無く語ることが出来るだろう。最短経路が一瞬で見えているだろう? 一度見たことを感覚の暴力で再解釈する彼女らとは違い、おまえは完全に記憶して完全に再現している。我流に見えるパフォーマンスも、全て計算の上に成り立っている」


マストレ「双葉杏は、理詰めの天才だ。……そんなおまえだからこそ、わかっているな?」

「……うん。そーだね」


マストレ「――今のおまえでは、絶対に星井美希に敵わない」


417 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:09:05.52 BqstzqO00 347/531


雪乃「っ! 何を仰っているんですか! 指導者だから何を言っても構わないと――」

「いい。プロデューサー。……いいから」

雪乃「双葉さん……」

マストレ「……自分の欠点は何か、わかっているな?」

「……うん。体力、だね」

雪乃「!」

マストレ「そうだ。……おまえはその身体ゆえか、体力が絶対的に足りない」

「……まぁね。だから杏はなーにもできないって言うんだよ」

雪乃「! まさかあなた、あんな身体に負荷をかけないだらけた曲しか歌わないのは」

「あはは、深読みしすぎ。動きたくないだけだよー?」

マストレ「……無償の奇跡など存在しない、と言うがな」

「まぁね。流石にハタチにもなるのにさ、身体育たなさすぎだよね。……この身体分の体力もないけど。杏の代償はそんな感じだね」

雪乃「あなたは……本当、賢い子ね。これほど長く一緒にいたのに、気付かなかったわ」

「ふふふ、だから竜吉公主って言ったじゃん。下界の空気はキツくてさ」

雪乃「なぜ、隠したの?」

「……言うのがめんどくさかったからね。言わなくても伝わるかなって」

雪乃「………………。ああ、なるほど」クス

「……え? 今の笑うところあった? さすがにこの天才でもわかんないなぁ……」

雪乃「いえ。……今、どうして私があなたをスカウトしたのか、わかった気がしたの」

「……変なプロデューサー」

マストレ「……いいか? 双葉、おまえには勝てない理由があるといった。体力の無さだ。だから勝てないという訳じゃない。全てはその原因から始まっているというだけで」

「……」

マストレ「……双葉。おまえは欲しいか」

「……何をさ」

マストレ「手を伸ばさねば届かない……『本物』の勝利だ」

「!」

マストレ「届くかどうか、どうにかなるかも、いかなる天才にも解りはしない。神でさえ」

マストレ「さあ、答えろ。一回切りだ、今しかない」

マストレ「大事なものほど、取り返しはきかないのだから」


418 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:10:46.81 BqstzqO00 348/531


× × ×

わからない。

わからないわからないわからない。

「ふざけるな……。なんだよ。なんなんだよ、それ……!」

彼女の口から溢れ出るのは、生涯で一度も問いかけたことのない他者への疑問。

天与の才は自覚している。幼い頃から、この身にわからぬことなど一つもなかった。

つまらない。他人も自分も何もかも。本気を出せばきっと理解しきってしまうから。

だから、人というものはくだらなくて、解き明かす価値のないものだと、そう思っていた。

証拠はそろった。だから、筋道立った未来は一つ。仮説など実証する価値もない。

答え合わせをする気になったのは、ただの気まぐれ。自分にとって都合のいい手足を失うわけにはいかないからと、そんな独善的な理由。また的中に決まっているのに。

けれど、目の前で繰り広げられているそれはなんだろう。


「おかしいよ……! お前ら、馬鹿なのか……!?」


最適解を弾き出した。きっと彼ら彼女らも、それがわかっているはずなのに。

なのになぜ、間違った答えを選ぼうとするのか。

「わからないよ……。どうしてそこまで、他人が大事なんだ……」

ああ、理解できない。不合理だ。腹が立つ。同じ人間とは思えない。

それなのに……それなのに。この心に渦巻く感情はなんだ。頬に滴るものの正体はなんだ。

「泣いてる……のか、私……は……」

涙が口に入る。蓄え尽くした知識が、それは酸っぱいだけだと言っているのに。

初めて舐めたそれは、杏の飴玉のように甘酸っぱかった。

× × ×


419 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:12:55.52 BqstzqO00 349/531

<数日後、深夜。キュートプロダクション事務所>

「…………」

――ばたん。

雪乃「遅くなってしまったわ……!? 双葉さん!?」

「あ、プロデューサー。遅くまでお疲れ様だねぇ。こんな夜中まで働くなんて信じられないよ、杏は」

雪乃「休み前だし別に構わないわ。あなた、今何時か分かっているの? 私なんて終電前よ?」

「……いやね、本を読んでてさ。久しぶりに時間忘れちゃったよ」

雪乃「あなたが本を……? 雪が降りそうね」

「し、失敬な。杏はこー見えて中学まで図書館っ子だったんだぞ」

雪乃「……不登校らしいわね。何を読んでいたの?」

「アプリコットの……四巻。『雪のリレーション』」

雪乃「あなたが役作りなんて。やっぱり雪じゃないかしら」

「……それでもいいけどね。杏、雪、好きだから」

雪乃「っ、こ、こっちを見て言わないでもらえるかしら」

「あ、なに、照れてんの? やっぱ可愛いなぁプロデューサーは。杏と付き合ってみるー? 杏は性別とか些細なこと気にしないぞー? 優しくするからさっ」

雪乃「嫌よ、あなたみたいな駄目人間。私にメリットがないじゃない。結婚しても絶対家事とかしないでしょう、あなた」

「否定できないのが辛いなぁ。……そりゃ同じダメでも、家事する専業主夫の方がいいよね」

雪乃「……生意気。からかわないで頂戴……」

「そんなにイジりやすい性格してるのがいけないんだよー」

雪乃「……みんな姉さんと同じこと言うんだから」

「……本当にメリットで人を好きになったり嫌いになったりできたらいいのにね」

雪乃「…………聞いたの?」

「んーん。本音と、鎌かけ。何かあったんだろうなってことくらいしか。いくら杏でもさ、知らないことはわかんないよね」

雪乃「私なんか鎌にかけて、どうするつもりよ……」

「うん。……杏も、知りたくなっちゃったんだ」

雪乃「……そう。……なんだ、もう……叶っていたのね」

「プロデューサー?」


雪乃「……どうせ事務所に泊まるつもりだったんでしょう? 車で来てるから乗っていきなさい。家でいいなら、泊めてあげる」

「……泊まったら、話してくれる?」

雪乃「……そうね」

雪乃「飴をくれたら、話してあげる」


420 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:14:09.86 BqstzqO00 350/531

× × ×

美春『えっ、ええええー!?』

杏珠『一々リアクションまでうっとおしいなぁ。二度は言わないよ。ムダだから』

美春『だだだだって! 解決してくれるって言ったじゃん!?』

杏珠『うららが行っても意味がないんだよ。君が確かめてこい』

美春『嘘つきっ! わたし幽霊苦手なんだよ!?』

杏珠『……あのな。幽霊なんているわけないでしょ。証拠と情報さえあれば、真実までの道はひとつだ。わかんないことなんて、この世にないよ』

美春『じゃ、じゃあせめて何がおきてるかだけ教えてよ!』

杏珠『喋るのがめんどくさい。それに、一粒で二度か三度おいしい方がいいだろ』

美春『……?』



冬也『もう締切まで時間がねぇ。……終わりか。……そうだよな。大体、聖誕祭に出るメンバー集められるくらいなら、途中からでも軽音部に入ってるよな……』

~♪

冬也『……隣の軽音部室、今日もか。結局窓越しのセッションはやられっぱなしだったな。んだよ、ベースでスウィープとか意味わかんねぇよ。……参った。すげえやつだな、あんた。俺も、あんたみたいなすごい人と。……気になるやつと。ステージに、立ってみたかったよ』

冬也『……月、綺麗だな。そりゃ輝夜姫も帰るよな』


421 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:15:45.49 BqstzqO00 351/531


~♪

冬也『! 輝夜の城か……。気が合うよな、つくづく。……最後だ。今までありがとな』


――♪「私は紅い薔薇の姫よ 優しくさらわれたい
    そっと囁いて 意味ありげに目をそらす
    あなたは白い月の騎士 逃さずに抱きしめて」


冬也『!? 月……いや、空中廊下の辺りか……?』

――♪「逃さずに抱きしめて この奇跡を 恋と呼ぶのね」

冬也『奇跡……。いや、考えてる暇はねぇ! ルーパーだ!』

~♪

冬也『! 合わせて……。サンキュ、愛してるぜ!』


――♪「私は黒い薔薇の姫よ 激しくさらわれたい
    だから微笑んで 追いかけてと目が誘う」

冬也(この際、幽霊でもなんでもいい! ……やっぱり、諦めんのは嫌だ!)

――♪「あなたも黒い月の騎士 瞳の奥は熱い」

冬也(俺は……みんなの前で、ギターが弾きたい!)

――♪「つかまえて 抱きしめて」

冬也「こんな奇跡、逃すもんかよ!!」

――がちゃっ!



――♪「この奇跡は」

――♪「恋を 呼ぶのね」



冬也『……』

美春『……あ……』

冬也『……お前、だったのか』

冬也『…………天乃、だったのか……』

美春『……!? じゃ、じゃあ、音楽室の幽霊って、柊くんだったの!?』

冬也『……天乃』

美春『な、なにかな?』

冬也『………………お前、歌、下手だな……』

美春『なーっ!?』


× × ×

422 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:16:53.59 BqstzqO00 352/531

<十二月初頭、夜。服飾店「Little Birds」事務所>

ことり「よしっ、パターン引き終わった! いいぞ~、いい子になるんだぞ~♪」

――こんこん。

ことり「んー? ……あっ!? 時間!?」

――がちゃ。

海未「ことりっ、一体いつまで待たせるのですか。穂乃果でさえ時間通りに来たのですよ?」

穂乃果「ひどいっ!? 穂乃果も時間くらい守るよっ! ……外国人基準で」

ことり「ご、ごめぇん! つい夢中になっちゃって……」

海未「全く、ことりは服のことになると全部飛んでっちゃうんですから。……私のこととか」

穂乃果「うわ、ねちっこい……。海未ちゃんって味噌汁の味にくどくど言いそう」

海未「誰が姑ですか!?」

ことり「うう……許して? おねがぁい……」

海未「……ふふっ、冗談です。怒っていませんよ」クスクス

ことり「……最近似てきたよねー」

穂乃果「ねー」

ことり「お泊り会は二人でやろっか、穂乃果ちゃん」

海未「なあっ!?」

穂乃果「そうだね。海未ちゃんはさいちゃんと泊まってればいいんだ。穂乃果たちは女二人で寂しい夜を過ごすもん……よよよ……」

ことり「ことり、穂乃果ちゃんならいいよー。ふふふっ」

穂乃果「あっ、言ったなことりちゃん! 本気にしちゃうぞ!」

海未「……ぅう。あんまり、いじめないでください……」

穂乃果「……もー!」ギュッ

海未「きゃあっ!?」

ことり「ずるいのですねー!」ギュッ


423 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:20:06.86 BqstzqO00 353/531

<海未の家、縁側>

海未「もう、すっかり冬ですね」

穂乃果「湯上りだと気持ちいー!」

ことり「そうだねぇ。……もうコートないと外歩けないなー」

穂乃果「時間が過ぎるのは早いね! 穂乃果たちももうみんな二十二歳になっちゃった。二十二歳だよ!? なんかすごくない!? 穂乃果全然変わってないよ!?」

海未「穂乃果はもう少し落ち着きを身に着けたらどうなのですか」

ことり「穂乃果ちゃんが落ち着いちゃったら死んじゃうよー」

穂乃果「マグロじゃないもん……」

ことり「……きっと、ライブの日までもあっという間なんだろうなー」

海未「……クリスマス、ですか」

穂乃果「あの日も、クリスマスだったよね。ことりちゃんがパリに行った日」

ことり「うん。忘れるはずないよ」

海未「……考えることは、同じでしたか」

ことり「……あの時ね、本当はこわかったんだ。もしパリに行って、勉強しても……みんながデザイナーになれるわけじゃないし。自分がどうなるかなんてわからないし……だから、巣立つのがこわかったんだぁ……」

海未「……」

穂乃果「……でも、ことりちゃんは振り返らなかったよね」

ことり「うんっ。だって、後ろで二人が見てるってわかってたから。わたしが歩いて行ったあと、二人も別々の道を歩くんだって、そう思ったら」

ことり「穂乃果ちゃんと海未ちゃんに、かっこいいところ見せたくなったの!」

穂乃果「……うんっ。本当にかっこよかったよ! だってね!」

海未「そのせいで、二人して人生が狂ってしまいました」クスクス

穂乃果「……クリスマス。ことりちゃんの作った衣装で、私たちが踊るんだね」

海未「それも、全国民の前で、です」


424 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:20:57.56 BqstzqO00 354/531


ことり「……夢、叶ったね」

海未「これからですよ、ことり」

穂乃果「そうだそうだ! やっぱり夢は勝ち取らないと!」

ことり「……うふふ、そうだね」

海未「ずっと、どこにいようと何をしようと、何年経とうと……三人は、一緒です」

ことり「誰といようと、も追加してほしいなー?」

穂乃果「本当だよ……」

海未「あなたたちはしつこいですっ! 大体私たちはまだ何もしてませんっ!」

ことり「まだぁ……?」

穂乃果「……穂乃果、アンコールの前、なんかごそごそしてるの見えたんだけど」

海未「ききき気のせいじゃないですか?」

穂乃果「……」

ことり「知ってる、海未ちゃん? ……冬でも、夜は長いんだよ?」

海未「日本酒は! 日本酒だけはやめてくださいっ!? 何でもしますからっ!」


穂乃果「……今ね、ちょっと思った」

ことり「え?」

穂乃果「もし、もしだよ? もしも、穂乃果たちの誰か一人が男の子だったとしても……。こんな風にいられたのかな、って」

海未「……それは」

ことり「……」

穂乃果「なーんて、意味ないか! そんなこと考えても」

ことり「……んーん、きっと一緒だったよ!」

海未「……ええ、そうですね。まぁ、そうなっても私はまたイチ抜けさせてもらいますけど」

穂乃果「海未ちゃんってさ、誘い受けってやつだよね! 最近杏ちゃんに教えてもらった!」

ことり「……こんな冬の夜には熱燗だよね? ね? ……なあ?」

海未「ごめんなさい! 調子に乗りましたっ、ごめんなさいー!?」


425 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:23:00.16 BqstzqO00 355/531

× × ×
美春『おはよう柊君! おはよう! おはよう!』

冬也『……本気で迷惑だ。マジで目立つからやめてくれ』

美春『……わたしの秘密を知って、ただで済むと思わないでよね』

冬也『秘密って、歌が』

美春『わー! 駄目! 駄目だから!』

冬也『……別に悪いことじゃないだろ。下手の横好きは』

美春『また下手って言った!? ……いいじゃない。……はぁ。わたしだって、本当の意味でアイドルみたいになりたいよ』

冬也『十分好かれてんだろ。俺以外には』

美春『……ちっ。そういう意味じゃなくて、みんなの前で歌えたらなぁって。……そんなことしたら、はりぼてがバレちゃうから……』

冬也『……なあ。利害は一致してるらしい。提案がある』

美春『……え?』

冬也『本物に、なってみねーか?』



冬也『いっつも合わせてくれてたの、あんただったのか……』

凛奈『……そうだよ、下手くそ』

冬也『……礼、言わせてくれ。犬、 助けてくれてありがとな。……あと、合わせてくれて』

凛奈『いい。自分の為にやったんだ』

冬也『……?』

凛奈『んなことより、眼鏡返してくれ』

冬也『あ、ああ。ほら』

凛奈『ったく……。見にくいったらなかったぞ』スチャ

冬也『すまねえ……』

凛奈『……この顔見て、なんか言うことないのか?』

冬也『……? いや、確かに礼ならいくらしてもし足りねえが……』

凛奈『っ……! ああ、そうかよ』

冬也『ま、待ってくれ! 頼みがある! ……俺と一緒に、聖誕祭のステージに出てくれないか!?』

凛奈『ああ。……絶っ対、ヤだね!』



美春『氷川凛奈さん、だよね?』

凛奈『……そうだけど。学園のアイドルさんが図書室に何の用だ』

美春『ねえ、なんで一緒に聖誕祭、出てくれないの?』

凛奈『……柊の差し金か。あいつに人脈なんてあったのか』

美春『……なんで彼に友達がいないこと、知ってるの?』

凛奈『……知らない。今適当に言っただけ』

美春『わたし、氷川さんと一緒にステージ出たいなー。だめぇ?』

凛奈『あんな歌と? ふふっ、笑わせんな』

美春『聞いてたの!?』

凛奈『図書室では静かにしろ。……良かったじゃん、あんな歌でも男は釣れるんだから。さすがは学園のアイドル様だ』

美春『……あれ、もしかして妬いてる?』

凛奈『名前通り頭ン中も春らしいな。とにかく、弾かない。じゃあな』

美春『あっ、行っちゃった。……なによぅ。逆だよ。釣れたどころか、エサにされてるのに……』

美春『あーもー! みんなしてなにさ! こうなったらみんなまとめて魅了してやる!』

× × ×

426 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:24:59.51 BqstzqO00 356/531

<数日後、夜。都内某所、ラーメン屋>

加蓮「こ、これが……噂のなりちゃけ……!」

「ギタギタ」

奈緒「強ぇえ……。アタシはあっさりで。加蓮もそれでいいよな?」

加蓮「う、うん……。でも、ジャンキーなもの結構好きだから楽しみ!」

奈緒「入院生活の反動か……。よくもまあ今あんなレッスン受けてるよな」

加蓮「っていってももう昔のことだからねー。まあ、未だに体力は課題だけど……」

「十分だよ。私なんて最初のレッスン、休憩入れてもバテバテだったもん。マストレさんのレッスンなんて考えられないかな」

加蓮「……へー。凛もそうだったんだ」


――ごとん。


「食す」

奈緒「ステージの時と同じ目をしてるぞ……」

加蓮「……え”? これ、脂……? い、いや! ラーメンなんかに負けない!」


427 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:26:01.86 BqstzqO00 357/531

<帰り道>

「ふー。美味しかった」

奈緒「お、おい、加蓮。大丈夫か……?」

加蓮「やっぱりラーメンには勝てなかったよ……」

「そう? そんなに多くなかったじゃん」

加蓮「あたしの分もちょっと食べててなんでそんな平気なの……?」

奈緒「その細い体のどこに消えたんだ……」

「食べても全部レッスンで消し飛んじゃうよね。それぐらい今やってるのはキツいかな」

加蓮「ん、確かにキツい! ……でもさあ」

奈緒「うん。ラーメン屋さんにまで『トライアドプリムスの皆さんですか? 応援してます、サイン頂けますか』なんて言われたらなぁ。やりがいもあるってもんだよな」

「……あ、広告出てるよ。ふふっ、皇国の荒廃この一戦に在りだって。日露戦争だっけ」

奈緒「……どっちが日本?」

加蓮「どう考えてもこっちでしょ。巨大ロシア軍かぁ……」

「それでいいじゃん。最後には勝つんだし」

奈緒「凛はいっつも、強気だな」

「幼稚で負けず嫌いなだけだよ」

加蓮「……中学の頃と、感じ変わったよね」

「そうだね。否定しないよ」

加蓮「うん。じゃないと、ここまで憧れなかった」

奈緒「……中学の時の凛のことは知らないけど、アタシもそうだ」

「何、二人して。おだてたって何も出ないってば」


428 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:27:21.74 BqstzqO00 358/531


加蓮「夏のステージ覚えてる?」

「覚えてる。絶対忘れるもんか。……前川め」

奈緒「あれ観てさ、二人して泣いちゃってな」

加蓮「バラすの恥ずかしいんだけどね。……もうなんだか、涙が止まんなくて」

「………………」

奈緒「だから、今、凛とアイドルしてんのってなんだか夢みたいだ。……でも、いつまでも夢見てるわけにはいかないよな」

加蓮「そーそー。なったからには全力で。憧れだろーがゲンフーケーなんだろーが関係ない」

奈緒「アタシたちは渋谷凛のオマケなんかじゃないって、日本中に教えてやるんだ」

加蓮「それで病院のベッドの前の子たちに元気をあげられたり、第二第三のあたしたちが出てきたらさ、そりゃーもう最高だよね!」


「……うん。うんっ……」


奈緒「!? ちょ、ちょっ、凛!? なんで泣いてんだ!?」

「……ぅん。うれ、しくて……」

加蓮「……やっぱ変わったよ。凛。ずっと魅力的になったね」

「わたし……ね……」


「このしごとやってて、よかった……」


429 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:29:51.97 BqstzqO00 359/531

× × ×

冬也『……そうか、どっかで会ってたのか』

凛奈『ふん。何時かは言わないぞ。……大体、嘘でも面識あるフリするもんじゃないのかよ。人を口説く時ってのは』

冬也『……いや、嘘は言いたくねぇ。本当のことだからな。氷川凛奈のことなんて知らなかった』

冬也『でも、今なら君を知っている』

凛奈『!』

冬也『頼む、氷川。俺と……俺とステージに立ってくれ』

凛奈『……考えといてやる』


美春『……考えとくっていったんでしょ?』

凛奈『まぁな。男があそこまで頭下げてんだ、流石に一蹴すんのも気が引ける』

美春『いちいち自慢される方の身にもなってよー! なんか気に入らない!』

凛奈『……はっ、それが本性かよ』

美春『悪いですかー? わたしは人に好かれたいの! 追われたいんです!』

凛奈『いいのか、私にそんなことバラして』

美春『え、だって氷川さん友達いないでしょ。バラせるの?』

凛奈『…………ふっ。あははははっ』

美春『な、なに笑ってるの! 言っとくけど両親が悪い人だからビビると思ったら大間違いなんだからね!?』

凛奈『じゃあお前、もしあの時私が轢かれてたらどうなってたと思う?』

美春『…………闇パーティーの、アイドルに、なってた……?』

凛奈『あはははは! お前、結構バカだな!』

美春『あー! またバカって言った! 毎回毎回なんなの二人とも!』

凛奈『…………安心しろ、何もしてくれねぇよ、あいつらは……』

美春『え、なに?』

凛奈『……引き受けてやる、って言ったんだ』

美春『! ほんとっ!?』

凛奈『馬鹿で音痴で底が浅いなんて見てられない。……私がちょっとはマシにしてやるよ』

美春『お、お手柔らかがいいなぁ?』

凛奈『……それであいつが落ちるとは思わないけど』

美春『! ……仕方ない、じゃあ必要経費ってことかなぁ』


凛奈『……ほんと、経費にしちゃ面白すぎた』


430 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:30:44.61 BqstzqO00 360/531



杏珠『はいはい。一件落着ってことでいいよね。あーじゃあレポ書いて先生に提出か。めんどうだなぁ……』

冬也『ありがとう、本当に世話になったな』

うらら『柊くん、他のメンバーは見つかったー?』

冬也『いや、まだだな。最悪打ち込みとか使ってどうにか……。でもドラムは欲しいな……』

杏珠『おいおい、流石に他のメンバー見つけてくれとかいう依頼は受けないぞ。何でも屋じゃないんだから』

うらら『――うらら、やったげよーか?』

杏珠『……は?』

冬也『!? ほ、本当か!? 経験は!?』

うらら『ううん、ない。でも、一か月あるよねー? なら頑張るよ?☆』

冬也『……もう、何て言っていいかわかんねぇ。本当にありがとう!』


杏珠『相変わらずうららのお人良しは度を越してるね。はいはいアガペーアガペー』

うらら『えー、だって、うららたちが出会わせた三人が何かやるんだよ? 助けてあげたいじゃん! それで上手くいったらちょー嬉しいかなって☆』

杏珠『……はー』

うらら『じゃ、うららが色々報告していくから、杏珠は聖誕祭終わったら改めて先生にレポート出しといてね! うらら、書き物苦手だから』

杏珠『はいはい。……締切伸びるんなら、まぁいっか』


× × ×


431 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:32:28.38 BqstzqO00 361/531

<数日後、夜。都内某所、とある屋台>

真姫「しかし、凛。あんたも屋台好きねぇ……」

星空凛「だってお外でご飯食べるの好きなんだもーん! ちょっと寒いけどにゃ」

花陽「そうだねぇ。今日は特に寒いです……。もうすぐ、雪でも降るのかなぁ?」

真姫「降るなら、ちゃんと会場に辿りつける程度の雪がいいわね」

星空凛「あの時はもう間に合わないかと思ったにゃ……」

花陽「でも、みんなの応援で間に合ってステージに立てたんだよね! みんなのお蔭です!」

真姫「四年経って違うのは、今度は私たちが裏方ってことね」

花陽「真姫ちゃんと凛ちゃんはちょっと舞台に上がるよね」

星空凛「うん、でもあくまでサポートだから。……主役は、あの子たちだよ」

真姫「私たちにできることは、あの子たちが当日何の心配もなく踊れるようにすること。……そう思うと、私たちもずっと誰かに支えられてきたのね」

花陽「そうやって支えられた人たちが、今度は次の世代を支えて……。そうやって、続いていくんだよ」

星空凛「……ここに前来たのは夏だったにゃ。覚えてる?」

花陽「うんうん。凛ちゃんがちょっとナーバスだったよね」

星空凛「かよちんにはバレてたかー……」

真姫「まだ海未ちゃんが調子悪かったのよね。……でも、もう負けないわ。最強の曲を書いたもの」

星空凛「あっ、あれ真姫ちゃん作曲だったんだ! 久しぶりに鳥肌立っちゃったにゃ」

花陽「えっ、新曲出るんですかっ!? 初回限定版予約しないと……!」

真姫「そんなことしなくてもあげるわよ……」

花陽「駄目ですっ! 自分のお金で買わないと意味がないんですっ!!」

星空凛「実は、振りをつけたの凛なんだ、あれ。……初めてだからむちゃくちゃやっちゃったんだけど、大丈夫かなぁ?」

花陽「海未ちゃんなら、きっと応えてくれるよ」

星空凛「うん、きっとそうだね! ……凛が見たときはまだタイトル付いてなかったけど、もう完成したのかにゃ?」

真姫「ええ。……みんなの未来にぴったりな、そんな曲になったと思う」

花陽「そっか。……そっかあ」

星空凛「あっ、見て! 冬の大三角形にゃ!」

花陽「……この前は夏だったのに。あっという間だね」

真姫「………………」

星空凛「真姫ちゃん、何してるの?」

真姫「……願いを。星にね」

花陽「やっぱり、真姫ちゃんはロマンチストだね」

真姫「……いいじゃない。こんなことしかできないんだもの」

星空凛「よーし、じゃあ凛もお願いしちゃおう!」

花陽「ふふ、じゃあわたしも」

真姫「……何よ。結局二人もするんじゃない」

星空凛「じゃ、せーのでお願いしよ?」

花陽「うんっ!」


――「みんながみんならしく、輝けますように」


432 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:34:08.57 BqstzqO00 362/531


× × ×

凛奈『天乃! てめぇいい加減にしろ! 何回目だ! ピアノの音聞こえねぇのか!』

美春『い、いやー。テンション上がっちゃって……』

凛奈『テンションで音程が変わってたまるか!』

冬也『お前、ピアノも弾けたのか……』

凛奈『金持ちの娘って感じだろ? ……まさか親に感謝する日が来るとはな』

冬也『ん? 氷川の親ってなんか偉いのか?』

凛奈『……そこそこ有名だと思ってたんだけど?』

美春『柊くんはぼっちだから噂も流れてこないんだよ』

冬也『うるせえ!』

凛奈『……はは。揃いも揃って。……馬鹿らしくなってくる』


うらら『遅れてごめーん! 練習やろっかー!』

美春『よーし! わたしの歌を聞け―!』




冬也『よし。輝夜の城は形になりそうだな』

凛奈『私がいて事故るわけないだろ。あとはボーカル次第』

美春『二人とも、なんでそんなに楽器上手いの……?』

うらら『うーん、難しいなぁ……』

冬也『七星は音量大きいから安心だ。しかし運動神経関係あんのかな……上達はえぇ……』

美春『……あっ、わかった! 二人とも友達がいないからだ!』

冬也『セッションしようぜ。Em一発で』

凛奈『百の十六分、四小節でソロ回しな』

美春『もー! 無視しないでよー!? 仲間はずれにしないでくださいっ!』

うらら『……うーん。難しいなぁ……』


433 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:35:23.70 BqstzqO00 363/531


冬也『あの曲のコード進行はなんかカノン進行を裏切る感じがめちゃくちゃいいと思う』

凛奈『イントロがA#から始まってたらもっと名曲になってたと思うけど』

冬也『アイドル歌謡は結構無駄がねぇんだよな……やっぱ売れるだけある』

美春『……うららちゃん、二人が何喋ってるかわかる?』

うらら『わかんなーい。暗号かなー?』

美春『ですよねー。……はぁ。入れないや……』





八幡『……くそ。外れか』

雪乃『……そんなことを言って最後まで読むのね』

八幡『金払ったからな。……あぁくそ、帯に騙された。本屋を襲撃したい』

雪乃『レモンイエローの爆弾でも投げつけてみる?』

八幡『そっちか。俺は広辞苑盗む方が浮かんだが』

雪乃『あなたの目、そういえばその著者の小説にも出てくるわね。傘を持ってきてないわ』

八幡『誰が死神だよ。てかあれは最後晴れたでしょ……』

結衣『……いろはちゃん、二人が何喋ってるかわかる?』

いろは『いや全く。何かの暗号なんですかねあれ……』

結衣『だよね。……入れないや。羨ましい、な……』


× × ×

434 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:37:05.96 BqstzqO00 364/531

<数日後、夜。346プロタレント養成所レッスン室202>

マストレ「良し。ここまでとする。身体を冷やすな。良く休むように」

未央「わかってますって。身体壊したら意味ないもん」

卯月「プロですからねー!」

「だね。卯月、タオル取ってくれる?」

マストレ「……貴様らに訓練を施した者の最大の勲功は、その卓越した職業倫理を涵養したことだな」



卯月「何だか、星空さんが褒められると嬉しいですね」

「……うん。師匠だからね」

未央「あー、すっかり遅くなっちゃったねえ。……帰ったらお風呂に漬かりたいや」

卯月「……そうだ! 二人とも、お着替え持ってきてます?」

「うん。マストレさんのレッスン汗やばくなっちゃうから……」

卯月「じゃあじゃあっ、銭湯行きませんかっ?」

未央「あっ、合宿の時の!? いいねいいね、いこ!」

「いいけど、電車大丈夫かな。未央って結構遠いし、明日朝十だったよね」

卯月「そのことなんですけど。……今日、両親、いないんです。だから、二人ともっ」

「……人生で初めて誘われたんだけど」

未央「身体、念入りに洗わなくちゃ……」

卯月「そそそそーいう意味じゃなくて普通に泊まりに来ませんかって意味です!?」


435 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:38:46.09 BqstzqO00 365/531

<深夜、卯月の部屋>

卯月「電気消しますよー?」

未央「冬の毛布は麻薬だねぇ……」

「……なんか卯月の匂いする」

未央「ほんと? くんかくんか」

「スーハー」

未央「あぁ卯月……卯月ィ! イエス! イエース!」

卯月「やめなさいっ!」バシッ

未央「枕でぶたないでよ……親父にもぶたれたことあるけど……」

卯月「変なことするからです! 凛ちゃんも!」

「匂いで思い出したけど、ちらほら聞くわんわんって何? 私に関係あるの? 確かに犬っぽいってよく言われるけど」

卯月「絶対に調べるな」

「卯月……?」

未央「しぶりん、凛わんわんは淫乱テディベアとか口裂けとかそういうやつだからググっちゃだめだよ?」

「えっ、あれと一緒なの……? わかった……」

卯月「凛ちゃんってたまに危なっかしいですよねー。……でも、Dランクかぁ」

「あんなのただの肩書じゃん。ライブの内容には関係ないよ」

未央「胸のランクは相変わらずだったけどね!」

「よこせ……よこせぇ!」

未央「あっ、こらっ、やめろぉ!?」

卯月「普通が一番……普通が一番……」

「卯月のどこが普通なの。これ言うの何回目かな……」

未央「ね。普通の人はあんなに頑張れないよ」

卯月「え、えへへ……そうかな……」

「……普通、かぁ」

未央「……なんかね、昔、普通の女の子に戻りたーいって言って引退したアイドル達がいたんだって」

卯月「……普通ってなんだろうね」

未央「うーん……。毎日学校通って、勉強して、部活して、たまに遊んで……恋して。そーいうのが、普通、かな?」

卯月「……きっと、そういうのも、悪くないことなんでしょうね」

「…………」

未央「でも、もう……それは嫌かな。戻れないや」

「!」

卯月「うん。知っちゃったらもう、戻れませんよね」

「……何か、幸せだな。私は周りに恵まれすぎてるよ」

未央「はっはっはっ、今頃気付いたか!」

卯月「私も、凛ちゃんがいてくれてよかったです!」

「うん。最初の戦友が未央で、卯月で……良かった」


436 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:41:27.87 BqstzqO00 366/531


「……それから。最初のパートナーがあの人で……本当に、良かった」

卯月「……そっか。普通じゃなくても、しちゃうよね」

「……未央だったよね。前に、聞いたの」

未央「うん。そうだった」

「今ならはっきり言えるんだ。……私、あの人が好き」

未央「……そっかあ。麻疹、って感じじゃなさそうだしね」

「うん。本気」

未央「ほんっとに、しぶりんはクールに見えて激情家なんだからさー」

卯月「……私、どっちを応援したらいいのかなぁ」

未央「雪ノ下さんねー。……あれさ、隠してるつもりなのかなぁ」

卯月「だと思う。……いや、でも、どうなんでしょう。隠してないようにも……」

「……見えてるのはそっちだけか。まあ、だよね……」

未央「ん? しぶりん何か言った?」

「……あれは多分、あの人に隠してるとか隠してないとかじゃないんだよ」

「バレてるんだと、思う。……二人ともそれがわかってるのに、気付いてないフリしてる」

未央「……何それ。意味わかんなくない?」

卯月「……比企谷さんは、雪ノ下さんのこと……どう思ってるのかな」

「人の気持ちなんて考えてもわからないよ。……今あの人がどう思っているか、誰が好きかなんて。……ただ」

未央「……ただ?」


「……昔はきっと、好きだったんじゃないのかな……」


437 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:42:10.36 BqstzqO00 367/531


「……いや。わかんない。わかりたいんだけど、ね」

卯月「……聞かないんですか?」

「……うん。きっとそれって、あの人の大事な部分だと思うから。いつか話してくれるその日まで、待っていようと思う。目の前まで歩み寄って、ずっと待ってるよ」

「……大事なのは、今。今なんだ。……あの人の過去も未来も全部、知りたいと思うなら……やっぱり、大事なのは、今なんだ」

「今、傍にいてあげたい。傍にいたい。それだけなんだ」

未央「……私には、わかんないや」

卯月「……思いやりって、そういうものじゃないかな」

未央「……思いやりってさ、そう言うけどさ……」

未央「……もし、相手を思いやって、そのせいで……。自分が欲しいもの、手に入らなかったら……バカみたいじゃん……」

卯月「…………」

「……ま。私はバカで欲張りだからさ。きっと全部手に入れてみせるよ」

「私は、言葉にするから。その点では誰にも負けてないつもり」

「……誰にも負けないって、それこそあの人に誓ったんだもん」

未央「……はー。一人だけ大人になっちゃってさ!」

卯月「……私も、いつか本当の意味で人を好きになれるのかなあ」

「……ふふっ。卯月、振られたら抱いてね」

未央「あっ、ちゃんみおの妾を!」

卯月「……もう。やめてよ凛ちゃん。惚れっぽいんだから、本気にするよ?」

「ふふっ、ごめん。正直卯月は遊びの女」

卯月「もー!?」

未央「……冬なのに、あったかいなぁ」

「……そうだね」

卯月「もう、寝よっか」

未央「うん。……ね、夏はダメだったけど、今度こそさ」

「もちろん」

卯月「三人で、勝ちましょう!」


438 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:43:30.64 BqstzqO00 368/531

× × ×

冬也『おお、ちょっとマシになってきたんじゃねーか? 氷川様様か』

凛奈『といっても、まだまだだけどな』

美春『……むー! そんなに下手下手言うんだったら考えがあるよ! 二曲目は「relations」がいい!』

凛奈『……私も歌えってか?』

美春『わたしにそこまで言うんだからりんりんは弾きながらでも余裕だよねー?』

凛奈『その名前本気で頭悪そうだからやめろ。……ふん。いいだろ、やってやる』

冬也『ちょ、ちょっと待て! 勝手に決めんなよ!? 俺スクウィールなんか出来ねぇぞ! 速弾き苦手だし! 特にアウトロのソロ頭おかしいだろあれ!』

美春『あれー? 散々人のことバカにしといて出来ないんだー?』

冬也『いや、バカなのは事実だからな。あっ、ごめんな、配慮が足りなかったよな……』

美春『急に冷静に謝んないでよ!? ……あーもー、ムカつく―!』

凛奈『……美人の頼みだぞ、男の子』

冬也『こいつの為に頑張るのは何か気が引けんなぁ……』

凛奈『…………なら、私にもカッコいいところ見せてくれよ』

冬也『……はぁ。しゃあねえ。それでもお釣りが来るけどな』

凛奈『言ってろ、下手くそ』

美春『……私のお願いは聞かないのに、りんりんのお願いは聞くんだ?』

冬也『……元々、俺の我儘だ。何でもやるつもりだったよ。察しろ』

美春『!』

凛奈『男のツンデレは流行らねえぞ』

冬也『お前はちょっとはデレを覚えたらどうなんだ……』



美春『ねえ、どうしてギター始めたの?』

冬也『……お前と似たような感じだよ』

美春『はい?』

冬也『……はあ。人に好かれたかった。平たく言うと、モテたかった。中学卒業してから始めてな……』

美春『あはははっ! 見る影もないよね!』

冬也『まぁ、色々あって失敗したんだが……。今となっちゃ、それでよかった』

美春『……なんで?』

冬也『モテたいつもりで始めたけど、次第にどうでもよくなっちまった。楽しすぎてな。んでまあ、思ったんだ。やっぱ無理なんてするもんじゃねえ。人の目を気にして生きんのはらしくない。ぼっちだろうがなんだろうが自分が楽しけりゃそれでいいんだ。俺は俺が大好きだからな。……遠回りできて、良かったと思ってるよ』

美春『…………変なの』

冬也『……ただ、まあ、なんだ』

美春『?』


冬也『……ありがとな。諦めなくて、すんだよ。……感謝してる』

439 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:44:46.65 BqstzqO00 369/531


凛奈『全く、お前のしつこさには辟易する……』

美春『りんりん、猫すごく好きだったんだね。目が本気だったよ?』

凛奈『……目が悪いだけだ』

美春『嘘だ。柊くんがちょっと見惚れてからコンタクトにしてるでしょ』

凛奈『してねぇよ。今日はたまたま眼鏡を忘れただけだ』

美春『……口を割んないなぁ』

凛奈『……私にここまでしつこく踏み込んでくるのはお前が初めてだ。うっとおしいったらありゃしない。空気読めるんじゃなかったのかよ』

美春『……わたしだって、りんりんみたいにズケズケ言ってきてぞんざいに扱う人なんて初めてだよ』

凛奈『……なあ、天乃。その呼び方やめてくれ』

美春『えー、なんで? 可愛くない?』

凛奈『なるほど、だから音痴なんだ』

美春『……じゃあ、凛奈だ』

凛奈『……好きにしろ』

美春『わたしも、美春がいいな?』

凛奈『……はぁ。もう帰るぞ、美春』

美春『! うんうんっ、それでいいんだよ! 凛奈!』

凛奈『お前に逆らっても結局押し切られるからな、もう学んだわ……』




結衣『ゆきのんはペットショップに行くとテコでも動かないよね……』

雪乃『本当はもう少しいたかったのだけれど……』

結衣『日が暮れちゃうよ!?』

雪乃『……そうね。由比ヶ浜さんの勉強の時間がなくなってしまうものね』

結衣『……あたしじゃヒッキーのレベルに追い付かないのはわかってるんだけどね。……でも、やっぱ諦めたくないじゃん……?』

雪乃『……由比ヶ浜さん』

結衣『せっかくゆきのんも手伝ってくれてるんだし! ……納得できるまで、やりたいな』

雪乃『…………そろそろ、その呼び方、変えない?』

結衣『……ゆきのん?』

雪乃『……雪乃、でいいわよ。……結衣』

結衣『……うん! 雪乃っ、今日もよろしくね!』

雪乃『……ええ』


雪乃『……心から。心から、あなたが彼に並べることを、祈るわ……』

× × ×

440 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:46:50.98 BqstzqO00 370/531

<数日後、夜。タクシー車内>

みく「……今日も、疲れたな」

「だらしない。私は全然大丈夫だけどね」

みく「今日過呼吸なってたのどこの誰やったかなー」

「汗でコケてたやつに言われたくないよ」

みく「……負けず嫌い」

「お前に言われたくない」

みく「ははっ、確かに。お互い様か。……言っとくけど、今回限りな?」

「私の方からも事務所に言っとくよ。やっぱり殴り合いの方が性に合うよね、お互い」

みく「……765プロと、か。数年前からは考えられんなぁ」

「チャンスはものにしなきゃ。どんな手段を使ってでもね」

みく「同感。……足削ぎ落としてでも、ガラスの靴があったら履く」

「ふふっ。通りで性格悪いわけだ」

みく「……言っとくけど、みくが勝ちたいだけやから。誰がお前の勝ちなんか祈るか」

「それでいいよ」

みく「自分のため、親のため、ファンのため……それから、プロデューサーのため」

みく「だから、お前の勝ちは祈らん。……言ってる意味はわかるな?」

「……うん。だったら、尚更負けるわけにはいかないね」

みく「……はぁ。アイドル失格やぞ。みくが落ち目になったらタレこんだろ。道連れ道連れ」

「ふふっ、嫌な相手に握られちゃったね。それは困るからなぁ」


「ずっと売れてくれなくちゃ、困る」


みく「……アホ。言われるまでもなーいにゃ」


441 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:48:42.15 BqstzqO00 371/531

× × ×

凛奈『……これが私だよ。黒い政治家の娘って肩書に縛られた……つまんない女だ。親はそつなくこなせて、人当たりのいい姉さんにかかりっきり。当の姉さんは……私を玩具程度にしか見ちゃいない。見ただろ』

冬也『……ああ』

凛奈『私は人形。……首輪を付けたまま、飼い殺しにされた、な』

凛奈『……昔、姉さんみたいになりたかった。……今もそうかな』

冬也『……ならなくていいだろ、今のままで』

凛奈『っ!』

冬也『あんな姉貴みたいになったお前とか正直気持ち悪ぃ。バランのねぇ寿司だろ』

凛奈『……本当、馬鹿だな、お前。……捻くれてるよ。こっちの方がいいとかよ』

冬也『まぁな。よく言われる』

凛奈『……けど、そんなお前なら、頼めることもあるのかもな』

冬也『? 何だ?』

凛奈『……いつかでいい。いつかだ。……いつか、私を助けてくれ』

冬也『はっ。お前の人脈の無さは知ってるからな。でかい借りができちまったし、いつでも言えよ』

凛奈『……別に、これは貸しじゃねえよ。得してんだから』

冬也『? ……しかし、お前が人形ね。冗談だろ。こんな口の悪くて楽器の上手い……美人の人形がどこにあんだよ。あんな喋る仮面みたいな姉貴より、お前の方がよっぽど人間らしいぜ』

凛奈『……』

冬也『……? どうした?』

凛奈『……私に媚び売っても、ソロは容赦しないからな』

冬也『わぁってるよ。……俺も、天乃に負けてらんねぇ。……あいつは、大した奴だな』

凛奈『……ああ。底が浅くて、馬鹿で。……でも、歌が上手くて、誰より優しい』

凛奈『私の――親友だ』

冬也『…………なあ、氷川。俺も……』

凛奈『悪い。それは無理だ』

冬也『っだぁ! まだ最後まで言ってねぇだろ!』

凛奈『言ったろ。お前と友達になるなんてありえない』

冬也『……はーあ。そうかよ、わかった。……俺の友達はギターだけだよ』

~♪


凛奈『……だって。お前とは……もっと別の……。……なのに……』
凛奈『…………できないよ……美春……』


442 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:49:38.25 BqstzqO00 372/531



美春『……本当、どうしてこうなっちゃったかなぁ』

冬也『? 何がだ?』

美春『本当はねー、ちょろっとあしらって、追わせて、私は待ってて。それで満足~みたいな感じが理想だったんだよ』

冬也『主語が不明瞭すぎて何言ってっかわかんねぇ』

美春『……でも、駄目だね。待ってて来る人じゃないってわかったから。もう待たない』

冬也『……よくわからねぇが、来ないもん待っても無駄だろうな』

美春『……うん。だから、待たないで……こっちから、行くよ』

冬也『……ああ、なるほどな。……そうだな。あいつ、言えない奴だからな。迎えに行ってやってくれ』

美春『……そうじゃないのに、そうなんだよね。……バカ』

美春『……凛奈ぁ。もう、わたし……ダメだよ……』





雪乃『……できない。…………できないわ……』
結衣『…………あたしは。…………えらぶよ……』



× × ×

443 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:52:31.03 BqstzqO00 373/531

<ライブ三日前、夜。都内某所、居酒屋「全兵衛」>

八幡「…………」

――かららっ。

黒井「……ん? 比企谷ではないか」

八幡「……黒井社長」

黒井「一人酒か」

八幡「一人じゃない時の方が珍しいですが」

黒井「ハッ。それの何がいかんのだ。王者とは孤高を飼い慣らすものよ」

八幡「全くだ。……人といるのは面倒だ。一人でも十分面白いのにな」

黒井「大将、黒龍をくれ」

八幡「昔は、考え事をするときは家で一人だったもんですけど。……今は、酒も飲める。それだけ、少し変わりました」

黒井「セレブな私は考え事をする時は最高級のワインを最高級の部屋で傾けるがね」

八幡「……金持ちの発言だ。俺には考えられん」

黒井「当たり前だ。若い貴様には金がないのだからな。金とは全てではないが、力の一つだ。力が無ければ選べない選択肢というものは無数にある。……若さとは、併せ持てん力だがな」

八幡「……」

黒井「皆甘っちょろいことばかり言う。力が全てではないとな。……戯けが。そんなものは負け犬の遠吠えに過ぎんというのに。高木のへっぽこアイドル共の鳴き声はあまりに説得力がない。……庇護されていることにも気付かぬ、愚か者共よ」

八幡「……高木社長は、古くからの友人なんですか」

黒井「宿敵だ。我が生涯において、最大のな」

八幡「……」

黒井「おそらく灰になるまで。……いや、灰になっても争い続けるだろう。私は奴とは相いれん。憎しみではない。矜持の問題なのだ」

八幡「……俺も、もう少しでこの業界に入って一年になります。いつまでも何も知らないわけじゃない」

八幡「……ブラックウェルカンパニー事件」

黒井「ハッ。また懐かしい単語を聞いたものよ」

八幡「高木社長は計画倒産に巻き込まれ、高級オフィスビルの新事務所への移転資金を全て騙し取られた。その陰には黒井社長の姿があった。本人は否定しているが、世間的に犯人は間違いなく黒井社長であると言われている」

黒井「それがどうした。強者が弱者を喰らうのは当たり前のこと。私が何の罪にも問われないのも、強者であるからよ。言われるまで喰らったことさえ忘れていたわ」

八幡「……あんなもん、信じる馬鹿がいんのかと思いましたよ。マスコミは偉大ですね」

黒井「……」

八幡「記録とか調べましたけどね。明らかに金の流れがでかすぎる。高級オフィスってことを差し引いてもです。移転の話の締結があまりに早すぎるのもおかしい」

八幡「……何より、あの高木社長がそんな質の低い詐欺にひっかかるのが一番不自然です」

黒井「……あの狸は軟弱者なのだ。私とは違う」

黒井「理由がなければ我儘一つも言えん。好きに金を使うことさえな」

八幡「……共謀をする宿敵なんているんですか?」

黒井「利害の一致だ。それ以外、ありえん」

八幡「……大将。俺にも、黒龍を」

黒井「やる。ボトルごと持っていけ」

八幡「……どうも」

黒井「……全くもって、この世は愚か者だらけだ。思う通りに振る舞えばいい。好きなものを喰らい、好きな酒を飲み、好きな女を抱けばいい。他人の心など、金で買えぬものなど……慮る必要などない。力を振るい、生きろというのに」

八幡「……力、ですか」

黒井「……」

444 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:54:57.14 BqstzqO00 374/531


八幡「…………ずっと。今日、ずっと、考えていました」

八幡「……アイドルにとっての、恋愛を」

黒井「…………老いた酔いどれの言葉だ。聞き流すがいい」

黒井「……貴様が生きている今が、アイドル黄金期だと言われていることは知っているか」

八幡「はい。二度目だとか」

黒井「……一昔前。伝説のアイドルと呼ばれた、日高舞が活躍した時代があった。それが最初の黄金期だと言われている。……私と高木が、お前くらいの年齢の頃だった」

黒井「当時、一人のアイドルが持つ偶像としての価値は極限と言えるまでに高かった。ネットが普及していないとはいえ、ファンの持つ力は高い。アイドルは聖マリアであることが求められていた。あの歩く荒唐無稽とまで称された日高舞ですら、結婚したのは引退後であったくらいだからな」


黒井「……そんな時代に、絶対王者を撃ち落とせるはずだった新星がいたことを、今では誰も覚えておらん」

八幡「……」

黒井「……昔、愚か者共がいた。頂点に辿りつくために命を燃やす女がいて、彼女を助けるために命を燃やした二人がいた。……若かった。愚かだった」

黒井「互いに譲れ合えぬのなら、白と黒をつけようと……そう誓った矢先だった」

黒井「……撮られたのだ。とある場面を」

八幡「!」

黒井「誤解であろうが何であろうが関係ない。大衆にはその写真が全てだった。金の為に増幅された悪意は、瞬く間に世界を覆った。……彼らにとって何よりタチが悪かったのは、その写真に嘘がないことだったがな」

黒井「流される前、止める機会はあったのだ。……だが。若い彼らには……絶対的に力が足りなかった」

黒井「……そうして彼女はこの世界を去り。……長い時間をかけて、他の誰かと幸せを取り戻した」

八幡「……」

黒井「……若者は間違えて良いだと? ふざけるな。遠吠えなのだ、それは。この世に間違えて良い設問などあるはずがない。奪っていい未来など、あるはずがないのだ」

黒井「何も手に出来なかったのは想い合うからではない。弱かったからなのだ」

八幡「……」

黒井「残された二人は決別し、それぞれの信ずる道を歩むことにした。ある者は理想を追い、ある者は手触りのある力を求めた。遠く長い道のりだった。……そんなことをしているうちに日高舞は引退し……アイドル界には、暗黒期が訪れた」

八幡「……暗黒期」

黒井「そうだ。日高舞世代の引退に伴い、アイドル界にはカリスマが足りなくなった。……それをどうやって補ったか。私は今でも気に入らん」

黒井「付与された『個性』、代替可能な才能無き『商品』。アイドルは各界への踏み台として、手段へと成り下がる。顔も覚えられぬ何十何百もの少年少女たちが、夢という餌に釣られ、金儲けの道具として浪費されていった」

黒井「百人単位のグループ。円盤の形をした握手券。煽りに煽る総選挙。……笑わせるなよ。あんなものは総選挙ではない。金で票が買えるなら、それは株主総会であろうが」

黒井「金とは、力だ。……目の前の人間の心は変えられなくとも、顔の見えない他人の心ならいくらでも買えてしまう」

八幡「……でも、カリスマが足りなかったんでしょう。それは、一つの戦い方で……力なんじゃないんですか」

黒井「そうだ。否定しない。私もその力を使って歩いてきた。染まったこの身に否定などできようはずもない。勝つ者が正しい。常々そう言ってきた。……だがな」

黒井「気に入らん。……気に入らんのだ。彼らが……私達が愛したのは、そんな世界ではない。彼女が輝こうと命を燃やしたものが、そんなものであっていいはずがない」

黒井「……そんな矜持だけで生きてきた二人が、全てを投げ打って変えたのが、今の世界だ」

八幡「……」

黒井「……貴様が誰と歩もうと、同じ轍を踏むことになろうと、私には知ったことではない」

黒井「だが、心せよ。貴様がもしそれを選ぶというのなら、それは十字架を背負うということなのだ。私達でも、見つめる者の心を変えることはできんのだからな」

黒井「傷付けるのも傷付けられるのも常人の比ではない。罪無き罪を釈明する機会もない。メリットなど砂粒一つほども有りはしないのだ。それを覚悟しておけ」

八幡「……黒井社長は、選んだんですね」

黒井「フン。何を言っておるかわからんな。……しかし、私がもし、その彼であったなら」

黒井「例え何万回生まれ直しても同じ道を選ぶだろう。後悔などない。例え理解されずとも」

黒井「背負わずして何が王者か。――王者は独り、我が道を征く者よ」

445 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:57:54.37 BqstzqO00 375/531



八幡「……雪、か」

八幡(東京にも、雪が降る。冷たい初雪が、お酒のせいで火照った頬を冷やした)

八幡(雪。四年前のあの時も、一年前のあの時にも、雪が降っていた)

八幡(雪は嫌いだった。罪を思い出してしまうから。……けど、きっと変わる)

八幡(一年前の雪からいろんな偶然に出会って。運命に出会って。……好意に、出会って)

八幡(俺は変わった。変わりたいと思うようになった。……そして、変われた)

八幡(だから、ついでに。この天から降る白雪も、好きだと思える自分に変わっていきたいと思うのだ)


――ぶーん。ぶーん。


八幡(ポケットで俺の携帯が震える。冷えた手で暖かいスマートフォンを握り、白く光った画面を見る)

八幡(白雪が、誰よりも優しい先輩の名前の上に落ちていった)


446 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 22:58:39.15 BqstzqO00 376/531



× × ×


雪乃『今日は、終わりにしましょう』

八幡『はいよ。今日はちょっと急ぐ。じゃあな』

雪乃『ええ。さよなら』


結衣『……ねえ、雪乃』

雪乃『……なあに? 結衣』

結衣『…………話、あるんだ。これからの……大事な話』

雪乃『……ええ、聞くわ』

結衣『屋上、行かない? せっかく、雪が降ってるんだもん』

雪乃『……雪』

結衣『あたし、雪、好きだな。……大好き』

雪乃『……行きましょうか』


× × ×


447 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:00:58.29 BqstzqO00 377/531

<ライブ三日前、夜。希の部屋>

「にこっち、そのお肉まだ赤いよ? もうちょっと置いとき?」

にこ「ちょっとぐらい赤くても大丈夫よ。……あ、春菊ついてきちゃった」

絵里「ええ? 春菊美味しいじゃない」

にこ「昔喉に詰まらせてからトラウマなのよ……」

「鍋に春菊入れるんやね。ウチはもやしとかつみれも入れたりしてたなぁ」

絵里「やっぱり冬に鍋をすると、日本人で良かったなぁって思うわねー」

「せやねー。えりちはほんと、日本大好きやもんね。……二人とも何飲むー?」

絵里「カシスオレンジを貰おうかしら」

にこ「ライブ近いから禁酒中。お茶でいいわ」

「ほいほいー。取ってくるー」

絵里「……相変わらずプロねぇ。事務員で良かった」

にこ「にこもそう思う。あんたがアイドルしてたら目の上のこぶよ……」

絵里「ふふ。褒めてくれてありがたいけど、職業アイドルは嫌ね。自由がないもの」

にこ「自由のなさで言ったら絵里もとんとんでしょ? 夏なんて会社に泊まってたじゃない」

絵里「……そうだったわね。いい思い出だなぁ……」

にこ「……ドM?」

絵里「違うわよ! ちゃんと休みも欲しいわよ。……安定して土日にあるわけじゃないけどね。はあ、やっぱり公務員になるべきだったかしら?」

「その考えがミスフォーチュンを招くんよ……? 楽ちがうもん!!」

絵里「わかってるわよ、冗談に決まってるでしょ? 楽な仕事なんて結局ないのよね。……でも、やりがいがあるもの。それで満足!」

にこ「同感ね。……恋愛できないけど」

絵里「……隠れてすればいいんじゃないの?」

にこ「やらないわよ。リスクしかないじゃない。それに、にこにとってアイドルより価値のあるものなんてないの」

「……リースクのない愛なんて、刺激あーるわけないじゃなーいー、わかーんないかなぁ~♪」

絵里「グッドラックトゥユ~」

「……わかってても、やっぱり理屈ちゃうからね……」

にこ「さっすが、経験者はやっぱり言うことが違うわねー」

絵里「あ、懐かしい。大学二年の時のやつよね。……ダメだったけど」

「っ! も、もう、あん時のことは忘れて!」

にこ「この世の終わりみたいな顔してたわよね。体重何キロ減ったんだっけ……」

絵里「毎日えりちー、えりちー、って電話口で泣いてたわねー? 可愛かったわー、相手の方に見る目がなかったとしか」

「あーあーあー聞こえへん聞こえへん! やめて! 帰らすよ!」

にこ「希は本当攻撃力高いのに守備力ゼロね……。なんとか突撃部隊みたい。弟が持ってたカードの」

「え、えりち、早く中華そば入れよ?」

絵里「逃げるのも下手だし。……毎回思うんだけど麺類って締めじゃないの?」

「東條家では先発も中継ぎもいけるよ?」

にこ「……あんた、職場恋愛とかどうなの?」

448 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:02:21.43 BqstzqO00 378/531


「に、にこっち! しつこいよ!?」

にこ「ここを逃したらしばらく勝てなさそうだし。もらえるもんはもらっとかないと」

「おあいにく様で悪いけど、学校ではほんまに何もないんよ。毎日目の前の仕事で手一杯やね。……大体、職場恋愛だったらえりちでしょー?」

絵里「うぁ、こ、こっち投げないでよ!」

にこ「へっ? えっ、絵里が!? この堅物が!? えっ、好きな人できたの!?」

絵里「……せっかくにこにはバレてなかったのに」

「自分だけ汚れへんとかナシやん? 一緒に沈もう」

にこ「な、なによ! にこだけ仲間外れなの!? 職場恋愛って、え……、ま、まさか……アイツ!?」

絵里「……何よその嫌そうな顔。いいでしょ、人の勝手じゃないっ」

にこ「いや、別に止めないけど……。変なのの方が競争率低くていいんじゃない?」

「……にこっちって何も知らんのやね。よしよし」

にこ「撫でんなーっ! えっ、な、なに、どういうことなの……?」


にこ「――そっか。考えてみれば、去年のクリスマス……絵里を助けたのは、比企谷だったのよね」

絵里「うん。でも、それが理由じゃないの。きっかけは確かにそうだったかもしれないけど、彼のいろんなところを見てきて……じんわりと、好きになったのよ」

「……罪な人やね」

絵里「ええ、そうね。……でも、彼の目線は多分…………他の……」

にこ「……そんなことどうしてわかるのよ」

絵里「なんとなく、かな。……好きだと、どうしても目で追っちゃうし」

にこ「……わかんないでしょ。絵里がもしそう感じても……言葉になってないものは、わかんないでしょ」

絵里「……」

にこ「言葉にしないで分かることなんて、本当にあるの? ……あるかもしれないけど。でも、勝手に決めつけて、分かった気になって……それって、何か……違う気がする」

「……ねえ、えりち。えりちは……どうするの?」

「……ウチは、えりちより素敵な女の子なんてこの世におらんって思ってる。比企谷くんもそう思ってるかもしれへん。……でも、もっと、素敵な子が……彼の中には、いるのかも」

「……ウチは、言葉にすることだけが……一番いいことやとは思わないんよ。傷付いても、傷付かなくても……」

「……ウチは。言わない強さだって、あると思う」


絵里「……二人は、やっぱり、私の一番の親友ね」

絵里(私は、手にしたワイングラスをかざして顔を隠しながら、自然と笑った)

絵里(暖かかった。たかが自分の恋愛ごとに、感情をむき出しにしてまで本気で考えてくれる親友がいる。そう実感すると、自然に笑みは溢れてきた)

絵里「……私ね。近く、彼に言おうと思ってるの」


絵里「好き、だって」


449 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:03:31.35 BqstzqO00 379/531


にこ「……」

「……えりち…………」

絵里「……高校三年生の時、希が私に言ったのよ」

絵里「えりちの、本当にやりたいことは何? って」

「……うん」

絵里「……あの時、色々なものを勝手に背負ってしまって、動けなかった。……でも、みんなが来てくれたから、私は素直になれた。やりたいことをすることができたの」

絵里「でも、きっと彼は待ってて来てくれる人じゃないから。……私から、迎えに行かなきゃ」

絵里「にこ、希。私は……変わったの。欲しいものを欲しいって言える自分になれたの」

絵里「私は、彼と一緒になりたいから。誰が彼を好きでも、彼が誰を好きでもそれは変わらない。傷付く覚悟も、ひょっとしたら誰かを傷付ける覚悟も……もうできた!」

絵里「私は、こんどこそ自分の力で本当にやりたいことをしてみせる」


絵里「――好きって、言ってくるわ」


「うん……。うんっ……!」

にこ「……自信持ちなさい? このにこが、唯一敵わないって認めたアイドルなんだから」

絵里「ふふっ、なぁにそれ? 初耳なんだけど」

にこ「当然よ。初めて言ったんだから。……そんで、もう二度と言わないんだから」

「……にこっちは本当に照れ屋さんやなぁ! このこのっ!」

にこ「ぎゃーっ!? 乳首は本当にやめて!? シャレになってないんだからっ!!」

絵里「あははっ」


絵里(心の底から感じる安寧。一世一代の決心をしたって、この暖かさは変わらない。きっとこの先何年経って、この手がしわくちゃになっても、私たちはこうして笑っているんだって確信できる)

絵里(ねえ、にこ。あなたは、言葉にしなくても伝わるものなんてないって言ったけど)

絵里(きっと、あるわよ。それも今、この場所に――)


450 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:04:27.63 BqstzqO00 380/531



絵里「……わぁ。雪……!」

絵里(遅くなった帰り道。私は手袋を外して、天からの贈り物を受け止める)

絵里(まるで気持ちが降ってきたみたいな白い雪が、火照った身体に降りてくる)

絵里(思えば、一年前。彼との出会いのその日にも雪が降っていた。ロマンチックどころか命がなくなりそうなほどセンセーショナルな出会いだったけど、きっと雪が降っていなかったら、彼と出会うことはなかったんだと思う)

絵里(そんな出会いがあったからこそ、彼と彼女らもまた出会ったんだと思うと、やっぱり切ないけれど)

絵里「……とーどーけて、切なさには♪」

絵里(親友の初めてのわがままで生まれたラブソングを口ずさむ。想いが、溢れそうだった)

絵里(……うん。言おう。欲を言えば今がいいけれど、電話口でなんて、そんなのは嫌だから)


――ぴっ。


絵里「……もしもし?」

八幡『……なんすか。今日はオフですよ。潰されちまったけど。……俺の耳は休みに仕事の話は聞こえないんです』

絵里「じゃあ聞こえるわね。プライベートな話だもん」

八幡『ああ言えばこう言う。さすがは俺の先輩ですね』

絵里「ふふっ。あなたのせいでこーんなに捻くれちゃったのよ?」

八幡『……酔ってんですか?』

絵里「そうね。酔ってるわ。間違いない」

八幡『……こんな夜中にどうしたんですか?』

絵里「どうにかしちゃったのよ」

八幡『はぁ? ……車の音。外ですか。あの、ちゃんとしっかり帰ってくださいよ。轢かれたらシャレにならん』

絵里「ふふ。また助けてくれる?」

八幡『アホですか。学習しないアホにかける命はありません』

絵里(……うそつき。大好き)


451 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:05:40.28 BqstzqO00 381/531


絵里「……比企谷くん、明日、暇?」

八幡『わかってて言ってるだろ……。明日は夜に母校ですよ。撮影です。……山場の、聖誕祭のシーンを撮るみたいだから』

絵里「そう。私は夜から空いてるのよ」

八幡『この酔っ払いめ。轢かれちまえばいい』

絵里「化けて出るわよ?」

八幡『八つ当たりも甚だしい……』

絵里(ああ、楽しいな。ずっと話してたいな。……好きだなぁ)

絵里「あのね、じゃあ、明日ね……撮影、ついていってもいい?」

八幡『は? そんなにあの映画が見たいんですか?』

絵里「ううん。……あなたが過ごした、学校が見たいの」

八幡『…………』

絵里「……だめ?」

八幡『……絵里さんは、変わり者だ』

絵里「英語で言うとスペシャルよ。いいじゃない」

八幡『……馬鹿。昔そんなこと言ってたやつは、苦労してたよ』

絵里「……あなたが、そんな風に喋ってくれるようになったこと。……本当に、心の底から嬉しいわ」

八幡『……いいよ。もう、何にもないけど、な』

絵里「うん。楽しみにしてるから。本当よ?」

八幡『絵里さんが嘘付かないのは、知ってるよ』

絵里「あら、そんなことないわよ? ちゃんとついてるわ。特別な時だけね」

八幡『……ふ。いいけどな。虚言だらけでも』

絵里「……舞台、楽しみにしてて?」

八幡『…………ああ』

八幡『ちゃんと最後まで見届ける。……それが、俺だ』

絵里「……また明日、ね」

八幡『……また明日、な』


絵里(さあ、絢瀬絵里。きっと最後のステージよ。賢く可愛く美しく、華麗に焼きつけてやりましょう?)

絵里(私だけの言葉を……私だけの声で)


絵里「明日は、晴れるかな」

452 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:06:51.73 BqstzqO00 382/531


× × ×


――わあああああああああ!!!
――すげぇ!! 美春ちゃん歌も上手かったのか!!
――ギターかっけぇ……誰だあいつ!?
――あれ……氷川凛奈か!?



冬也「……っし! ノーミスだ!」

凛奈「当然だ。私がいる横でミスったら蹴ってたぞ」

冬也「はは、ご褒美か。ならミスりゃよかったか」

美春『みんなー! こんばんわ! 今日はわたしたちの演奏を観にきてくれてありがとう!』

美春『ちゃんと、一番後ろまで見えてますからねー!』

美春『……二曲目。聞いてください!』


美春『――relations』


453 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:08:49.71 BqstzqO00 383/531


美春「わたしは……。わたしは、言うよ……凛奈」

凛奈「……ああ。きっと、お前たちなら……」

美春「……うそつき。凛奈だって、好きなくせに!」

凛奈「……馬鹿。……勝手に決めんな」

美春「冬也は……、冬也は! 凛奈のことが!」

凛奈「……違うよ。それも、違う。……親友だからって、言葉にしないこと、わかるわけないだろ……」

美春「……うそつき。……凛奈の、うそつきぃっ!」

凛奈「……きらいに、なったか?」


――♪『この恋が遊びならば 割り切れるのに 簡単じゃない』


美春「……嫌えるわけ、ないじゃん。……好きだよ。大好きだよ。二人とも、大好きなんだよぉっ!」

凛奈「……わがまま、いうなよ……」

美春「泣かないでよ。バカ凛奈……バカりんなぁ……っ!」

凛奈「……うるさい。うるさいよっ! みはるにいわれたら、おしまいだよっ!」

美春「……それでも。あたしは、言うから……」

凛奈「……ああ。……それでこそ、私の…………親友、だよ」

美春「凛奈っ。……大好き。大好きだからね」

凛奈「うん……。誰より、大好きだよ」


――わああああああああああ!!



美春『……最後の曲です。あっという間だったけど、本当に楽しかった……楽しかったなぁ』

凛奈『……今までも、これからも、時間はたくさんあるけれど。私たちの過ごした時間は、確かに本物でした』

美春『今、観てくれてるみなさんの心にも……きっと、こんな想いが育てばいいな』

凛奈『これが、私たちの……想いです』

美春『聞いてください』

美春『――最後の曲を』

× × ×

454 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:09:59.88 BqstzqO00 384/531


結衣『雪乃はさ、ヒッキーが言ってた本物……。何か、わかった?』

雪乃『…………』

結衣『あたしはさ、やっぱりバカだったからわかんなかった。ないのーみそで必死に考えたけど、やっぱりだめで。……わかんないことだらけだね。結局』

結衣『……でもね。でも……、このまま何もしないのだけは、嫌だって……それだけは、絶対にわかるの……』

雪乃『……結衣』

結衣『……雪乃。あたしは……言うよ?』


結衣『ヒッキーに、好きって、言うよ……?』


雪乃『……ええ。きっと上手くいくわ。……彼だって、あなたが……』

結衣『違うっ! そんなんじゃないっ!! あたしが……あたしが……聞きたいのは…………。……それに、ヒッキーは、雪乃が……』

結衣『……あたし、知ってるんだよ? ……雪乃だって。雪乃だって! ヒッキーのこと!』

雪乃『……違うわ。それは……あなたの…………妄想よ……』

結衣『……うそだ…………。うそだぁ……』

雪乃『……本当よ。……親友にだって、わからないことは……あるわ』

雪乃『……だって、言葉にしていないもの。……万能じゃないけれど……でも。言葉にしないものは……現れないから』

結衣『あたしには……あたしには! わかんない! わかんないよっ……!』

結衣『本物なんてわかんないっ! バカなんだもんっ! あたしにっ……わかるのはっ……』


結衣『ヒッキーが好きで! ……でもっ、雪乃が好きでっ! ……このままじゃ、やだってことだけなんだよぉ……!』


雪乃『……なか、ないでよ……。それが……、それがいちばん……ひきょうよ……!』

結衣『……あたしは…………言うよ』

結衣『……こわくても。泣くことになっても。どうなっても……受け入れるから』

結衣『だからあたしは……好きって言うよ』

雪乃『……うん。……うん』

雪乃『……結衣』

結衣『……なぁに? 雪乃。あたしの……親友』

雪乃『こんなに、さむくて、つめたくて、かくしていっても……それでも……』

雪乃『あなたは……まだ……』

雪乃『ゆきが、すき?』

結衣『……うん』


結衣『ずっと、だいすきだよ』


× × ×

455 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:11:48.96 BqstzqO00 385/531

<翌日、夜。総武高校体育館>

絵里「寒いのね。人がいないからかしら?」

八幡「この体育館は夏は暑い、冬は寒いで最悪だったよ。……変わってないみたいだな」

絵里「そう。……ここで、比企谷くんが過ごしていたのね」

八幡(冴え冴えとした空気のなか、二階の窓から入り込む月明かりだけが俺たちを照らす。今日はもう、雪は降らない。白くて丸い月が、雲一つない空に浮かんでいた)

八幡「体育は隅っこでサボってばかりだったけどな。……舞台に、登ったこともない」

絵里「じゃあ、やっぱり比企谷くんは冬也みたいにギターは弾けないのね」

八幡「当たり前だ。あんなことできたら、今頃こんなとこにはいねぇよ。ギターのできるイケメンはさぞかしモテるだろうから」

絵里「ふふ、そうね。……だから、あなたが、あなたでいてくれて……よかった」

八幡(俺の目を真っ直ぐ見返して微笑む彼女の姿に、呼吸が止まりそうになる。はっとこぼした息が、白く染まった)


八幡(絵里さんはそのまま俺の方を振り返らずに、一歩一歩舞台の上へと歩んでいく。こつこつとトーシューズで歩むような音が、彼女の凛々しさを追いかけていった)


八幡(壇上の彼女は振り返る。金砂をまぶしたような美しい髪と、闇を弾いた白い肌が、月のスポットライトを受けて光り輝いていた)

八幡(絵里さんは、また微笑む。その笑顔はまるで、女神のようだとさえ思う)

八幡(そうして彼女は息を大きく吸い込むと、たった一人の観客に向けて、歌った)


――♪『私は紅い薔薇の姫よ 優しくさらわれたい
    だから微笑んで 追いかけてと目が誘う』


八幡(音の無い世界に、神様のハミング。世界は今、ただ、このためにあった)


――♪『あなたは白い月の騎士 触れた手がまだ熱い
         逃さずに 抱きしめて     』


八幡(美しくて、カッコよくて、でも茶目っ気があって。そして、誰よりも……優しい先輩)

八幡(ああ、俺は決して騎士なんて器じゃないけれど。でも、きっとあなたは)


――♪『この奇跡を』


八幡(――きっと、世界のどんな姫より美しい)


――♪『恋と 呼ぶのね』


八幡(広い体育館にたった一人の拍手が響く。不思議と寒さは消えていた。俺の拍手を受けて、女神は微笑む)


456 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:13:07.31 BqstzqO00 386/531


絵里「ありがとう。これが絢瀬絵里……最後の舞台」

八幡「……」

絵里「ご清聴ありがとうございました。……どう、感想は?」

八幡「……絵里さんがアイドルじゃなくて……良かった」

八幡「……見せたく、なくなってしまう」

絵里「……罪な人。一番の褒め言葉なのに、苦しくなる」

八幡(絵里さんは笑みを崩さない。月のステージから、ただ、優しく俺を見つめていた)

絵里「雪が降っていた夜だったわよね。……あなたが、助けてくれたのは」

八幡「……ああ」

絵里「それから、春。もう一度出会って。私の騎士様はとんだ捻くれ者なんだってわかって、びっくりしちゃった」

八幡「……よく、言われるよ」

絵里「でも、あなたは捻くれ者だけど。文句言ってばっかりだけど。……でも、できないことをひとつひとつできるように頑張ってた。……あなたの時折見せる不器用な優しさが、暖かかった」

絵里「それから、夏。急な仕事が入って、二人で事務所に泊まったわよね」

八幡「……絵里さん、仕事早すぎて、泊まる意味なかったけどな」

絵里「……意味ならあったわ。ねえ、暑くて長い夜だったわよね。空けた窓から吹く風が気持ちよかった。あなたのキーボードを叩く音が心地よかった。あなたが雪ノ下さんと話してる時の顔が痛かった。……あなたの、笑顔が、可愛かった」


絵里「……あの日。恋に落ちたの」


八幡「……」

絵里「あなたが私を助けたからじゃない。奇跡に酔ってるわけでもないわ」

絵里「私はあなたの特別なアイドルとして、共に歩んできたわけじゃない。私はあなたの特別な同級生として、過去に特別な時間を過ごしたわけでもない。……私は、普通の事務員。あなたの、ただの先輩。ありふれた女の子」

絵里「でも、私は。ただのありふれた女の子として、ちょっと捻くれた、普通の男の子が好きになりました」

絵里「それが、何より、私の特別です」


絵里「……比企谷八幡くん。あなたが好きです」



絵里「私の、特別になってくれませんか?」




457 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:14:00.87 BqstzqO00 387/531


八幡「……俺、は……」

八幡(視界が滲む。暖かい。暖かい。言葉に形を宿した好意は、心に染みる)

八幡(……ずっと、思い上がらないようにしていた。自分が大切だったから。人に好かれているかもしれないという甘い期待が、自分を傷つけてしまうかもしれないから)


八幡(……でも。どれだけ身を遠ざけても、本当は気付いていた。知らないのならいい。けど、知ってしまったらもう戻れない)


八幡(誰かが言った。人を愛するということは、人を傷つける覚悟をすることなのだと。それに比べれば、傷付く覚悟さえ軽いのだと)


八幡(……逃げない。俺は、もうあの時の俺じゃない。選ばなかった俺じゃない)

八幡(俺は、俺に誇れる俺でありたいから)


八幡(濡れた目線の先の彼女は、そんな俺の決意を後押しするように柔らかくある。その姿はまるで、溶けるその時を待つ雪のようで)

八幡(……ああ。あなたも、気付いて……。でも……)

八幡(彼女は、いつも俺を助けてくれた。何もできない自分を怒らないでいてくれた。変われない俺の背中を、いつまでも呆れずに見ていてくれた。間違えないように、見張ってくれていた)

八幡(そして、今、彼女は。俺が間違うことのないように、最後の背中を押している)

八幡「……ありがとう。ありがとう」

八幡「……俺は、嬉しい。絵里さんみたいな素敵な人に好きになってもらえて、うれしい」

八幡「……自分が嫌いだった。捻くれてる自分がじゃない。偉そうなことを言って斜に構えているくせに、いざ、本当に大事な場面で逃げ出してしまった、昔の自分が……」

八幡「……でも、絵里さんは。こんな俺を好きだと言ってくれた。傷付くのを恐れて、逃げてばかりで……迎えに来るのを待ってるだけの、哀れな騎士を……迎えに来てくれた」

八幡「……ありがとう。ありがとう」

八幡「俺はもう、自分を嫌いになったりしない。手を伸ばすことを恐れない。あなたが好いたことを、誇りに思える人間になっていくから……」

八幡「……俺は、もう。きもちから、逃げない……」

八幡「……絵里さん」

絵里「……うん」


458 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:14:37.64 BqstzqO00 388/531







八幡「…………ごめん。俺には、他に好きな人がいるから。解決してない問題があるから。……絵里さんの特別には、なれない」







459 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:15:44.50 BqstzqO00 389/531


絵里「……そっか。…………そっかぁ」

八幡「……ごめん。……ありが、とう……」

八幡(洪水のように流れる嗚咽と涙は止まる気配がない。等身大の好意を受けた喜びと、それを受け取れない氷の疼痛が混ざって何が何だかわからない。感情の失敗作みたいな表情を、隠しも出来ずに晒していた)


絵里「……馬鹿ねぇ。どうしてあなたが泣くのよ?」

八幡「……だって…………だって、俺は……」

絵里「……あなたがそんな風に泣くところ、初めて見た」

八幡「……あたり、まえだ…………。はじめて、なんだから……」

絵里「……じゃあ、私だけだ?」

八幡「……ああ。そうだよ…………」

絵里「そっか。……じゃあ、特別はこれだけで許してあげる」

八幡(悪戯っぽく笑う彼女は、いつも通りで。俺はまた涙が止まらなくなる)

八幡(どうして、そんなに優しく強くあれるのか。俺にはわからないけれど)

八幡(きっとそれは彼女だけが持つ「本物」があるからなのだと、そう思った)

八幡(……こんなこと、残酷すぎて口に出すことはできないが。でも、もしも。そう、もしも)

八幡(もしも俺がこの人に、奉仕部のあいつらよりも早く出会っていたら。もしも四年前、傷付いたばかりの俺がこの人と出会っていたら。きっと、俺は誰よりも、この人に……)


八幡「……ほんと、だれかに、言うなよな…………」

絵里「ええ、もちろん。これが、私にとっての特別だから」

八幡「……ああ」


絵里「……伝えられてよかった。ありがとう」

八幡「……俺も、ありがとう……」

絵里「これからも、よろしくね? 私を振ったこと、後悔しながら仕事することねー」

八幡「……ああ。一生、大切にするよ……」

絵里「……それじゃ、鍵締めておいてね?」

八幡「……ああ」

絵里「……比企谷くん」

絵里「また、ね」


八幡(そう言って彼女は、最後まで笑ったまま月夜のステージから去って行った)
八幡(この世にないほど清らなる、優しい先輩の笑みだった)


460 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:16:41.30 BqstzqO00 390/531


絵里(明るい明るい夜道を、一歩一歩踏みしめて歩く)

絵里(家までもう少し。こんな時でも、都合よく家に飛んだりは出来ないから)

絵里(私は輝夜姫じゃない。終わったからって全部投げ出して、月に帰ることなんてできない。ままならないこの現実世界を、明日も生きてかなきゃいけないんだから)

絵里(この曲がり角を曲がったら、家だから。そこなら誰も見てないから。ポケットから鍵を出して、部屋を空けて、中に入って、そしたら――)

絵里(私は、最後の角を曲がった)



「……えりち」

絵里「…………希?」

絵里(そこには、私の無二の親友が立っていた)

絵里「……どうして、ここに……?」

「カードが、言っててん」

絵里「……嘘、よね」

「……うん。嘘。……親友やから。昨日、なんとなく、ね」

絵里「……希には、何でもお見通しね」

「そんなことない。……わかりたい、だけ」

絵里「……うん……」

「……」

絵里「……」

「……」

絵里「……今日、言ってきたの。……だめだった」

「……うん。……うん……」

絵里「……でもね」

絵里「私、言えたの。……すきって、いえたの」

「うんっ……!」

絵里(希は、私を抱きしめた。…………ばか……)

絵里(もう、だめ……)

絵里「ねえ、のぞみ……。わたしね、泣かなかった……」

絵里「なかなかったんだよ……?」

「えりち」

絵里「…………うん」



「もう、いいんだよ?」



461 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:18:00.13 BqstzqO00 391/531


絵里「――っ」

絵里「うう、う――!!」

絵里(最後の壁が、壊れた。私はついに泣いてしまった。積み上げた想いを誇るように、言えた自分を慈しむように、彼の泣き顔を思い出すように。私は全てを振り絞って、泣いた)



絵里「すきだったんだから……! だいすきだったんだから! 初恋だったんだから!」

絵里「ずるい……ずるいよ! どうして、どうして……どうしてわたしじゃないのよぉ!」

絵里「私が……私だけが! 下の名前だったんだから! それだけは誰にも負けてなかったんだから!」

絵里「あの人にワガママ言えたのも、教えてあげられたのも……私だけだったんだからぁ!!」

「うん……うん……!」

絵里(何も考えずに思いの丈を吐き出す私の髪に、希の涙。……馬鹿。どうして、希が……)

「えりち……頑張ったね。頑張ったね……!」

絵里「っ……! っ……!」

絵里(私はただ、泣いて頷くことしかできない)

「……その痛みを、わかってあげることは、できんけど……」

「でも、ずっと、いるから。いつまでもいるから。いやがっても、いるから」

「その痛みがありふれた痛みになるまで、ずっといてあげるから」

「だってそうやろ、えりち。ウチは、親友やもん」

「好きな人はできたり、できなかったり。付き合ったり、別れたりするものだけど」

「でも、親友だけは絶対になくならん。いつまでも、何があっても、そばにいるから」

「ずっと一緒。ずーっと一緒に、おるからね?」

絵里「……うん。うんっ……!」

絵里(できたばかりの傷は痛くて、まだ涙は止まらない。きっとこれから先も、何回だって泣くだろう。そして何年経っても、この傷が無くなることはない)

絵里(けど、それでいいんだと思えた。私には、希が……みんながいる)

絵里(その事実があれば、私はこの最愛の傷と向き合うことができるはずだから)

絵里(だから、泣いて、泣き止んで。思い出して、また泣いて。でも、いつか笑って)

絵里(そんな風に、明日からまた生きていこう)

絵里(明日に歩く、少し手前の澄んだ夜。支え合う私たちを、月だけが見ていた)


462 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:18:54.05 BqstzqO00 392/531


× × ×

冬也『空中廊下、か……。ここで天乃を見つけたんだっけ』

美春『……うん。初めて、歌を聞かれたの』

冬也『……下手くそだったなぁ』

美春『今は?』

冬也『……言わなきゃダメか?』

美春『うん。冬也に、褒めてほしい』

冬也『……上手くなったよ。尊敬する』

冬也『お前の歌で弾けて、良かった』

美春『…………ありがとう』

美春『ねえ。やっぱり、嬉しいね。言葉にしてもらえると……嬉しいね』

冬也『……ああ』

美春『冬也。……ありがとう。見つけてくれて、ありがとう』

美春『出会ってくれて、出会わせてくれて、ありがとう』

冬也『……』

美春『……わたしも、言葉にするね』

美春『だから。もし、嬉しくなくても……聞いてくれる?』


冬也『…………ああ』


463 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:20:18.36 BqstzqO00 393/531



結衣『……雪、だね』

八幡『……雪か。濡れるし、滑るし、寒いし、いいことねぇよな』

結衣『でも、きれいだ』

八幡『……』

結衣『ヒッキーは、雪、好き?』

八幡『………………』

結衣『あたしは、好き。大好き。でも……雪より、もっと』


結衣『ヒッキーが、好きだよ』


八幡『……』

結衣『ずっと。ずーっと……好きなの』

八幡『……俺、は』

結衣『……ヒッキーは、気付いてたんだよね。……でも、優しいから。黙っててくれた』

八幡『……違う。違うっ!』

八幡『こんなもんが! こんなもんが優しさのわけがねぇだろ!!』

結衣『いいの。いいんだよ』

結衣『だから、ずっと……三人でいられた』

結衣『……でも、終わりだね。あたし、言っちゃった。言っちゃったもんね』

結衣『あたし、悪い子だ。我慢できなくなっちゃったんだ。……だって、どうしても欲しいんだもん。イヤなんだもん』

結衣『雪乃のこと、知ってるくせに……ヒッキーが欲しいんだもん!』

八幡『……!』

結衣『……ヒッキーが優しいの、知ってる。だってヒッキーは、たくさん傷付いてきたもんね。だから、人の痛みがわかるんだよね。だから、傷付きたくないし……傷付けたくないんだよね』

八幡『……ああ。ああ……』

結衣『あたし、知ってるもん。知ってるんだもん。ずっと見つめてきたんだもん。だって、あたしが……あたしが。一番最初に好きになったんだもん』

八幡『……』

結衣『……ごめんね。ごめんね、ヒッキー。あたし、悪い子だから……。ヒッキーが傷付くの、知ってるけど……でも、聞くね? ……ちゃんと、選んでね?』


結衣『あたしは、ヒッキーの彼女さんになれるかな?』


結衣『あたしを選んで……あたしと二人に、なってくれる?』

八幡『……由比ヶ浜』





八幡『………………すまない……』

八幡『俺には……他に…………』

464 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:23:25.75 BqstzqO00 394/531


冬也『……人と楽器を演奏したのは、初めてだったんだ』

凛奈『……』

冬也『一人で弾いたって楽しいんだ。そこに人がいなくたって、俺は楽しい。一人でも弾けるから、俺は好きになったんだ』

冬也『……でも。一人でも大丈夫だからこそ、二人でやることに意味がある』

冬也『俺は例え、相手が幽霊でも嬉しかった』

冬也『でも違った。幽霊なんかじゃなかった。枯れ尾花なんかじゃなかったんだ』

冬也『……俺の隣で、弾いてたのは…………氷川凛奈だったもんな』

冬也『……俺、知らなかったんだ……』

凛奈『……そうか』

凛奈『私は、ずっと知ってたよ。お前が私を知るずっと前から。三人になるずっと前の、私とお前が一人ぼっちだった頃から、知ってたんだ』

凛奈『……だから、楽器を始めたんだ…………』

冬也『……一人ぼっちの俺でも、誰かを変えられたんだな』

凛奈『……ああ』

冬也『……なあ、氷川』

凛奈『……』


冬也『俺と――』


465 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:24:28.51 BqstzqO00 395/531




結衣『……バカぁ。雪乃の、バカぁっ!!』

雪乃『……ええ…………』

結衣『どうして……どうして! どうしてそんなことしたのっ!! そんなことして、あたしが……あたしがっ…………!』

雪乃『……ええ。知って、いるわ。…………嫌いに、なった?』

雪乃『……嫌いに、なってよ…………!』

結衣『……バカっ。バカバカバカっ!! 雪乃はバカだっ!!』

結衣『でも、もっとバカで悪い子は、あたしだ……。あたしは、あたしは……ホッとした! ホッとしたんだ! 親友なのに……。しんゆう、なのに…………!』

結衣『雪乃は……雪乃はっ、ずるい!!』

結衣『あたしが雪乃を嫌えるわけないじゃんっ!!!』

雪乃『……ごめんなさい。…………ごめんなさいっ……!』

結衣『……ばか。……どうして、雪乃があやまるの…………』

雪乃『ごめんなさい……卑怯で、弱くて、ごめんなさいっ……!』

結衣『…………ねえ、雪乃』

雪乃『…………』

結衣『………………雪は、好き?……』

雪乃『……私は…………』


雪乃『私は――』



× × ×

466 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:25:46.85 BqstzqO00 396/531

<十二月二十四日、夜。総武高校奉仕部室>

八幡「……終わった、な」

雪乃「……ええ。お疲れ様」

八幡「言う相手を間違えてるんじゃないのか。双葉にかけてやれよ」

雪乃「いいえ。間違えていないわ。むしろ間違えているのはあなたの方」

雪乃「……だって、まだ何も終わっていないでしょう?」

八幡「……ああ。そうだな」

八幡(シールの貼ってある無名の表札。うず高く後ろに積まれた机。何も書かれることのない大きな黒板。閉め切った窓から差す光。主を失ったはずの部屋は、寡黙にこの時を待ち続けていたかのように、変わらないままでいてくれた)


雪乃「……四年ぶり、ね」

八幡「……変わってねぇよな」

雪乃「ええ。……変わったのは、制服と教科書くらい」

雪乃「……あの日から。四年前のクリスマスから。……私たちの時間は、止まったままだものね」

八幡「……ああ」

雪乃「けれど……もう、終わり。溶けない雪は、ないのだから」

八幡「……」

雪乃「……座らない? もう、紅茶はないけれど」

八幡(俺は頷いて、高校時代のように長机の端に置いてある椅子に座った。雪ノ下もまた、記憶の位置そのままに対面に座る。後ろの窓からは、鈍色の雲が立ち込めているせいで月が見えない。外から洩れる僅かな光が、記憶と違う彼女の髪と表情を照らす。雪ノ下の目線は、隣にある空席の椅子に向けられていた)


八幡(そこに彼女は、もういない)


467 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:26:43.53 BqstzqO00 397/531


雪乃「寂しいものね。時の流れって……冷たいのね」

八幡「変われない者には、な。……でも、あいつは違う。あいつだけは、違ったんだ」

八幡「あいつだけは……変わる勇気を、持っていたんだ……」

雪乃「……そうね。あの子は、前に進んだ」

雪乃「あの子だけが……冬を越えて春を迎えられる、強い女の子だった」

雪乃「……けれど、私は弱いから。あなたに甘えたから。……冬から、進めないの」

八幡「弱いのは俺だった。俺が……俺が! 弱かったから!」

八幡「お前の……初めての虚言に。嘘をつくなと、言ってやれなかった」

八幡「俺は、お前の本当の言葉が欲しいって……」



八幡「――本物が欲しいと、言えなかったっ!!」



468 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:28:32.82 BqstzqO00 398/531


八幡『……由比ヶ浜に。言われたんだ』

八幡『……こんな俺が、大好きだと…………』

雪乃『…………そう。…………おめでとう』

雪乃『……心から、祈りを。あなたと、私の無二の親友が……幸せな未来を、歩むことを……』

八幡『…………俺は……』


八幡『……うけとら、なかった。……断ったんだ…………』


雪乃『!!!』

八幡『……俺には、他に好きな人がいるから…………』

雪乃『……っ』


八幡『……なあ、雪ノ下。俺と……俺と――』




雪乃『……ごめんなさいっ……』




八幡『っ!』


雪乃『……それは、それはっ…………むり、なの……』





雪乃「嘘じゃ、ないわよ……馬鹿……。……だって、雪ノ下雪乃は、虚言を吐かないから……」


469 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:29:23.66 BqstzqO00 399/531



八幡『……ゆき、のした……』

雪乃『だって……。だって、私には……』

雪乃『他に好きな人が、いるんだもの……』




雪乃「私は、親友が……由比ヶ浜結衣が…………大好きだったんだもの……」

雪乃「……できない。できないっ! 私には、できなかった!!」

雪乃「あの子を傷付けて幸せになるなんて! そんなこと、できなかった!」

八幡「……だったら。だったら言えばよかったんだっ!! 由比ヶ浜より、由比ヶ浜結衣より大切なものなんてないって!!」

雪乃「言える訳ないでしょう!!」

八幡「なんでだよっ!!」

雪乃「嘘だからに決まってるじゃない! 私は……あなたが! あなたのことが一番好きだったんだからっ!!」

八幡「っ……。ざけんな……ふざけんな!! 遅えんだよ!! 四年遅いんだよ!! 雪ノ下雪乃は、虚言を吐かないんじゃなかったのかよ!!」


雪乃「あなたがっ、あなたが嘘をついていいって言ったんじゃないっ!!」


八幡「っ……!」

470 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:30:09.91 BqstzqO00 400/531



八幡『………………まだ、何も言ってねえだろ……』

雪乃『っ……!』

八幡『…………お前が言ったんだろ?』

八幡『……俺と友達になるなんてありえないって』



八幡『……ましてや、恋人になるなんて…………ありえないだろ……?』



雪乃『…………ええ。……そうね……』


八幡『断ったのは……お前じゃない、他に好きな人が……いるからだ』


471 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:31:07.70 BqstzqO00 401/531



雪乃「あなただって……あなただって!! 嘘をついたくせに!!」

雪乃「あなたは、私のことが好きだったくせにっ!!」

八幡「……違う。俺は、違うっ! 嘘をついてねぇ!!」

八幡「お前とはちっとも似ていないから!」

八幡「俺が……俺が好きだったのは! 他でもない自分自身だった!!」

八幡「俺は自分が好きだから! 誤魔化したんだ! 本当は欲しかったくせに!」

八幡「由比ヶ浜を……他人を傷つけてまで得る本物なんて、いらないって誤魔化したんだ!!」

雪乃「何よ……何よ! 嘘つき! 卑怯者!」

八幡「そうだよ、俺は卑怯だよ! そんなことも知らなかったのか!」

雪乃「言えばよかった……言えばよかったのよ! 俺は雪ノ下雪乃より自分が好きだって、卑怯者らしく言えばよかったのよっ!」

八幡「言える訳ないだろうが!」

雪乃「どうしてよっ!!」


八幡「嘘だからに決まってんだろうが!! 雪ノ下雪乃より好きな奴なんて、いるわけなかったからに決まってんだろ!!」


雪乃「……ふざけないで。ふざけないで……!」

雪乃「遅いのよ……! 四年、おそいのよっ……!!」


472 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:31:50.00 BqstzqO00 402/531



雪乃『……そう…………そう、なのね……』

八幡『……ああ。……そうだ……』

雪乃『……似ているわね、私たち』

八幡『……俺とお前が、似ているわけじゃない』


八幡『…………大事にしたかった人が、一緒だっただけだ……』


雪乃『……』

八幡『……』

雪乃『…………あ……』

八幡『……どうした?』

雪乃『……見て、比企谷くん。……雪が、降ってる』





八幡「…………」

雪乃「…………」

八幡「…………あ……」

雪乃「……どうした、の?」

八幡「……見ろよ、雪ノ下。……雪が、降ってる」

八幡(暗い窓の外を、白雪は落ちていく。あの日と同じような、白雪が)


473 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:32:40.25 BqstzqO00 403/531



雪乃『…………綺麗、ね』

八幡『…………ああ』

雪乃『……ねえ、比企谷くん。……雪は、好き?』

八幡『……俺は』

八幡『……雪は…………嫌いだ……』

雪乃『……奇遇ね。……私も、よ……』

八幡『…………あいつに、よろしくな……』

雪乃『……ええ。……比企谷くん……』




雪乃『……じゃあね。……さようなら。さようなら、比企谷くん……』




474 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/08 23:33:41.10 BqstzqO00 404/531


雪乃「……あの日から。あの雪から、私たちの時間は止まったままだった」

八幡「……でも」

雪乃「……ええ。私たちの時間は、春……また、動き始めた」

雪乃「私たちは春、再び出会った。……でも、違う。あんなものは、春じゃない」

雪乃「あんなものが、姉さんの名を騙っていい訳がない」


雪乃「擬きの春を、終わらせましょう?」



八幡「……ああ。俺は、変わった」

雪乃「……ええ。私も、変わった」

八幡(進み始めた時間と共に、彼女は立ち上がる。しんしんと舞い落ちる、羽根のように白く柔らかい雪を背にして。雪ノ下雪乃は、優美に俺に笑いかけた)

八幡(雪の女王のように気高く、上品なその姿は)

八幡(間違いなく、俺が生涯で初めて心底憧れ、愛した女の姿だった)





雪乃「――比企谷くん。好きよ」

雪乃「昔も今も。変わらず、あなたが大好きです」

雪乃「私と、付き合ってください」




続き
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【6】


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