喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
江頭陶子(38) ジャーナリスト
【ミステリアスな恋人】
ホーッホッホッホ……。」
元スレ
喪黒福造「一度でもいいから、あなたは燃えるような大恋愛を経験すべきなのです!」 女性ジャーナリスト「そうですか……」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1536911960/
6月末、東京。ある大型書店。ジャーナリスト・江頭陶子の新著『六代目山王組分裂』が山積みにされている。
書店の中に入り、『六代目山王組分裂』を手に取って表紙を見つめる喪黒福造。
とあるホテル。ある部屋で、目つきの悪い男たちを相手に何かの取材をする一人の女性。
男たちは質のいいスーツを着ているが、雰囲気的にどう見てもカタギの人間ではなさそうだ。
闇社会の関係者を相手に取材をしているのは、ショートヘアでパンツスーツ姿の女性だ。
この女性は整った顔立ちで、目つきや表情からして頭がよさそうな雰囲気の人間である。
テロップ「江頭陶子(38) ノンフィクション作家・ジャーナリスト」
宅間書店。「週刊ユウヒ芸能」編集部。男性編集者と会話をする陶子。
編集者A「江頭さん。あなたのおかげで、暴力団関係の特集記事はかなり充実した内容になりましたよ」
陶子「ありがとうございます」
編集者A「ところで、江頭さん。こういった闇社会関係の取材をして、死の恐怖を感じたことはないんですか?」
陶子「それはありませんね。職業柄、私は自分が畳の上で死ねないことを覚悟していますし……」
陶子「厄介な連中による脅しの類もすでに慣れました」
陶子が立ち去った後、会話をする「ユウヒ芸能」編集者たち。
編集者A「それにしても……。いつもながら、ずいぶん勇ましいよなぁ。江頭さんって……」
編集者B「ああ……。だけど、彼女は人を寄せ付けないような雰囲気があるんだよな」
ビル街を歩く通行人たち。通行人たちの中の一人に、陶子もいる。
陶子(人間は、最後は一人……。だから、私も一人で生きて、一人で死んでいく……)
駐車場に停めてある軽四の自動車に乗り込む陶子。
陶子(私は……、一人だ……)
陶子がエンジンをかけようとしたその時……。車の後部座席から例の男――喪黒の声がする。
喪黒「江頭陶子さん……ですね」
陶子「!!」
後ろの席にいる喪黒をじっと見つめる陶子。
陶子(私としたことが、うかつだった……!)
陶子(まさか……。山王組が送り込んだ殺し屋が、こんなところで待ち伏せしているとは……!!)
喪黒「私は、山王組が送り込んだ殺し屋ではありませんよ。江頭陶子さん」
陶子「あ……、あなたは一体何者なの!?」
喪黒「これはこれは……。自己紹介が遅れましたな。私はこういう者です」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
陶子「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
陶子「……怪しいお仕事ですね」
喪黒「怪しいお仕事ではありませんよ。私のやっていることは、ボランティアみたいなものですから」
喪黒「心に何かしらのスキマを抱え、人生が行き詰まった人たちを救うための仕事ですよ」
喪黒「ほら……、江頭陶子さんも心にスキマがおありのはずでしょう?」
陶子「そんなことはありません!!」
陶子「私は心にスキマを抱えていませんし、人生が行き詰まっているわけでもありません!!」
喪黒「まあまあ……。そうやって、肩肘を張った生き方ではストレスがたまる一方ですから……」
陶子「私は、自分の生き方を人に指図されるつもりはありません!」
喪黒「そうですか。ところで、江頭さん……」
喪黒「あなたは普段、『自分は一人で生きている』と考えているおつもりでしょう?」
陶子「なっ……!!」
喪黒「ほう……、図星ですか……。老婆心ながら、これだけは言っておきますが……」
喪黒「人間は、たった一人だけでこの世に生きているのではないのですよ!!江頭陶子さん」
陶子「…………」
喪黒「よろしかったら、私があなたの相談に乗りましょうか?」
BAR「魔の巣」。喪黒と陶子が席に腰掛けている。机の上には、陶子の著書『六代目山王組分裂』が置かれている。
陶子「烏龍茶をお願いします。私は車を運転する身ですから……」
陶子の前に烏龍茶が運ばれてくる。
喪黒「江頭さん。あなたの新著の『六代目山王組分裂』、なかなかの力作でしたよ」
陶子「そりゃあ、どうも……」
喪黒「江頭さんは闇社会に詳しいジャーナリストですが、他にもタブーにかなり切り込んできましたねぇ」
喪黒「大物政治家の汚職、大企業の経営危機、霊感商法などを追及し……。さらには海外の戦場の取材まで……」
陶子「気が付いたら、そうなっていたんですよ」
喪黒「江頭さんの人生を変えた決定的な事件は……。おそらく、あなたのご両親が非業の死を遂げたことのはず……」
陶子「おっしゃる通りです。私が小学生のころ、いつものように帰宅した時……。両親は死に、家もなくなっていました」
陶子「父は、路上で何者かに刃物で刺されて亡くなりました。一方、母は自宅で誰かに絞殺された後、家ごと焼かれたのです」
陶子「以来、私は親戚の叔父の家で育ちました」
喪黒「その後、江頭さんは大学卒業後に宅間書店に勤務し……。週刊誌の記者を経てジャーナリストとなったわけですが……」
喪黒「あなたがジャーナリストとなった動機も、ご両親の不審死が影響しているはずでしょう」
陶子「そうです。後に、大きくなってから私は知ったのですが……」
陶子「大手新聞社の記者だった私の父は……。殺される直前に、政財界が絡む疑獄事件の取材をしていました」
陶子「このことを知り、私はジャーナリストとして生きていくことを心から決意したのです」
喪黒「江頭さんの特徴とでもいうべき……。社会悪を憎み、真実を追求する気持ち。死を恐れない勇敢さ……」
喪黒「これらは間違いなく……。あなたのご両親が、疑獄事件の黒幕に殺されたことの影響からきているでしょう」
陶子「私の両親の死が、人格形成に影響を与えたことは確かでしょう」
喪黒「……とはいえ、江頭さんの両親の死はこんな形でも、あなたの人格形成に影響を与えました」
喪黒「無理をして気丈に振る舞い続けたことにより、あなたは人を寄せ付けにくい性格となったのです」
陶子「それは言えているかもしれませんね」
喪黒「江頭さんは、ご両親の愛を受けることができずに育ったのです。だから、人を愛することができない性格となりました」
喪黒「あなたのジャーナリストとしての正義感の強さは、人を受け入れず、許そうとしない性格の裏返しでもあります」
陶子「……そうかもしれませんね。今、あなたに指摘されるまで気付きませんでした」
喪黒「はっきり言いましょう。江頭陶子さんの心のスキマとは……。すなわち、『愛』に関することでしょう!!」
陶子「!!!」
喪黒「江頭さんは他人を愛せない性格ですから……。おそらく、男性との恋愛関係も一度もなかったはずですよねぇ」
陶子「ご名答ですね……。まさにその通りですよ」
喪黒「江頭さん。一度でもいいから、あなたは燃えるような大恋愛を経験すべきなのです!」
喪黒「人を愛する気持ちを持つことにより……。あなたは、人間としてもジャーナリストとしても一回り大きくなれますよ」
陶子「そうですか……。喪黒さんのおっしゃりたいことはよく分かりますが、今の私の年齢ではすでに手遅れ……」
喪黒「そんなことはありません。あなたに運命の恋人は必ず見つかるはずです」
喪黒は、陶子に右手の人差し指を向ける。
喪黒「あなたは、近いうちに運命の恋人を必ず見つけます!!そして、燃えるような大恋愛をします!!」
喪黒「ドーーーーーーーーーーーーン!!!」
陶子「キャアアアアアアアアアアアア!!!」
7月、京都市。街の中で山鉾巡行が行われている。道路を行く山鉾を眺める群衆。人ごみの中には、着物姿の陶子もいる。
陶子の後ろには、着流し姿の男が2人いる。しかし、この2人は目つきが悪くて、得体の知れない殺気を醸し出している。
2人の男が陶子の身柄を無理やり掴む。悲鳴を上げないよう、男の掌によって口元を抑えられる陶子。
陶子「ムグッ……」
次の瞬間。背の高いスーツ姿の男性が、2人の怪しい男に拳や蹴りを入れる。急に身柄を解放される陶子。
陶子が気付くと、そこには……。背の高いスーツ姿の男性の側に、着流し姿の2人の暴漢がうめき声をあげて倒れている。
テロップ「ロバート・オオモリ(42) 日系アメリカ人」
ロバート「お前たち、お嬢さんに何をするつもりだったんだ!?」
2人の男「ううう……」
ある料亭。和室の中で、机に向かい合いながら話をする陶子とロバート。
ロバート「あの2人は警察につき出しましたから、これでもう大丈夫ですよ」
陶子「さっきはありがとうございます。私は職業柄、多くの方面を敵に回していますから。それで、こんなことに……」
ロバート「一体、どういうことですか?」
陶子とロバートがいる席に、若女将が日本料理を運んでくる。
ロバート「なるほど。あなたが、あのトウコ・エガシラですか……。『ヤクザ』に詳しいジャーナリストの……」
陶子「私の取材活動のことを知っているんですか?」
ロバート「あなたの著作のいくつかは、アメリカでも翻訳されています。私も、あなたの著書を読んだことがあります」
陶子「……ということは、あなた、アメリカの方ですか?」
ロバート「イエス。私は日系アメリカ人です」
BAR「魔の巣」。喪黒と陶子が席に腰掛けている。
喪黒「祇園祭を取材していた江頭さんは、暴漢に襲われそうになったところをロバートさんに助けられました……」
喪黒「……それをきっかけに、あなたはロバートさんと交際を始めたのでしょうなぁ」
陶子「はい。喪黒さんのおっしゃった通りになりました。思わぬ形で、『彼』と出会うこととなったのですから」
喪黒「江頭さんにしてみれば……。ロバートさんはまさしく、運命の恋人でしょう?」
陶子「そうとしか言いようがありません。理屈では説明できませんが、私の直感がそう告げているんです」
喪黒「そういうものなんですよ。その相手が運命の恋人であるか否かを見分けるのは、本人の直感なのですから」
喪黒「世の中には、理屈で説明のつかないことがいろいろありますが……。その一つが、人間の第六感なのですよ」
陶子「ええ……。今までの私は理詰めでものを考えてきましたけど、理性を超えた何かの存在を改めて確認しました」
陶子「ジャーナリストの仕事というのも、最後は、本人の直感が頼りとなるのですからね」
喪黒「それ以外でも……。ロバートさんとの出会いで、江頭さんの人生観は変わったはずです」
喪黒「『人間は一人だけで生きているのではない』ということを、あなたは心から実感したはずですよ」
陶子「それはもう……。現在の私が心からしみじみと感じていることですよ」
陶子「昔の私は、心の中に私一人しかいませんでしたけど……。今の私は、心の中に『彼』が存在しています」
喪黒「ロバートさんとの出会いは、江頭さんの人生をいい方に変えたと私は思いますよ」
陶子「私もそう思います」
喪黒「ただ……。老婆心ながら、私の方からあなたに忠告をしておきたいことがありましてねぇ……」
陶子「は、はい……」
喪黒「江頭さんの長所は、剃刀のように切れる頭で、物事を客観的に判断できることです」
喪黒「……とはいえ。盲目的な恋に陥ると、周りが見えなくなることがありますから……。気を付けてください」
陶子「ええ……」
喪黒「自分の人生と、相手の人生の両方をお互いに大切にしてこそ、本当の意味での恋愛関係が成り立つのですよ」
喪黒「従って……。江頭さんは、日本国内での今の人生を大切にした上で、ロバートさんとの恋愛を行ってください」
喪黒「例えば……。ロバートさんと一緒に、彼の祖国へ行くようなことをしてはいけません。いいですね、約束ですよ!?」
陶子「わ、分かりました……。喪黒さん」
陶子のモノローグ「ロバート・オオモリ……。彼は氏素性が全く謎な、ミステリアスな男だった」
夜。ネオンが輝くビル街の中を、手をつなぎながら歩く陶子とロバート。
陶子のモノローグ「しかし、そんなことは私にはどうでもよかった」
昼。とある自然公園。芝生の上に座り、2人で手をつなぐ陶子とロバート。
陶子のモノローグ「ロバートが私の側にいてくれる……。たったそれだけで、私の心が満たされているからだ」
夜。とあるホテル。一緒にベッドで眠る陶子とロバート。
ある日。コーヒーチェーン店。隣同士の席で会話をする陶子とロバート。
ロバート「トウコ。僕は今度、アメリカへ帰るつもりだ」
陶子「えっ!?ずいぶん急な話じゃない!」
ロバート「できれば、君も僕に付いてきて欲しいという気持ちがあるものの……。僕としては……」
迷ったような表情のロバート。
陶子「何言ってるの!あなたと私の心は、いつも一緒じゃないの!」
ロバート「もしも、君が僕とともにアメリカへ行くのならば……」
ロバート「僕は自分の全てを……、嘘や隠し事が一切ない本当のことを……、君に話そうと思う」
ロバートを見つめる陶子。陶子の頭に、喪黒による忠告の言葉が思い浮かぶ。
(喪黒「例えば……。ロバートさんと一緒に、彼の祖国へ行くようなことをしてはいけません」)
夜。自宅マンション。ベッドの上で横になりながら考える陶子。
陶子(それにしても……。喪黒さんはなぜ、あんなことを私に言ったんだろう……)
高速道路を行き交う多くの車。軽四を運転する陶子。
陶子(やっぱり、私はロバートともにアメリカに行く……!アメリカに行けば、彼は自分の全てを私に話してくれる……!)
陶子(私は自分の愛する男のことを、もっともっと知りたい……!だから……)
運転しながら考え事に夢中になる陶子。道路のカーブを曲がり、彼女がふと前を見ると……。
フロントガラスの方に大型トラックが見える。陶子は慌ててハンドルを切ったものの、トラックを避けられそうにない。
大型トラックにぶつかり、大破する陶子の軽四。頭から血を流し意識を失う陶子。真っ暗になる画面。
成田空港。腕時計を見つめながら、陶子が来るのを待つロバート。
一方、空港の中の柱の側にいる喪黒が、遠くの方にいるロバートを見つめている。喪黒は、陶子が来るのを待っている。
彼女が自分との約束を破って、ロバートに会いにこの空港へやって来ることを狙いに入れながら――。
成田空港を出発する旅客機。旅客機の座席にいるロバート。彼の隣の椅子は空席のようだ。
ロバート「…………」
ある大病院。ベッドの上で陶子が目を覚ます。全身が包帯姿となり、腕に点滴を付けた陶子。
陶子が横たわるベッドの側には、医者と看護師たちがいる。
陶子「ここは……」
看護師「気がつきましたか」
医者「江頭さん。あなたは交通事故で意識不明の状態だったのですが、手術の末、何とか一命を取り留めました」
陶子「ああっ……!!そういえば、私はある人とアメリカに行くことを約束していたんです……!」
陶子「そのために成田空港に行こうとして……」
顔を合わせる看護師たち。医者や看護師たちの顔は、やや不安そうなものになっていく。
医者「江頭さん。まさか、その旅客機の便名はご存知ですか……」
陶子「え、ええ……。もちろんですよ。確か、私が彼と一緒に乗ろうとしていた飛行機は……」
すっかり深刻そうな表情になる医者や看護師たち。
しばらく時間が経ったころ――。病室のベッドの上で、陶子は新聞を見つめる。愕然とした表情の陶子。
新聞の一面のほぼ全てが、飛行機事故の記事となっている。新聞には「乗客乗員、全員絶望か」の見出しがある。
両手で新聞を握りしめたまま、泣き崩れる陶子。
陶子「ウウッ……。ウウウ…………。ロバートォオオオオオ!!!」
陶子のモノローグ「小学生のころ、父と母を失った時……。私は心の底から悲しみを味わった」
葬儀場。父と母の遺影と祭壇。葬式に参加する小学生の陶子、親戚一同、その他の大勢の参列者たち。
陶子のモノローグ「しかし……。私の最愛の人間であるロバートを失うことの悲しみは、それ以上だった」
笑顔で手をつなぐロバートと陶子。在りし日のロバートとの思い出が頭に思い浮かび、涙を流す陶子。
ある日、病室で一人だけになる陶子。陶子の顔のアップ。
陶子のモノローグ「私は、あることを決心した」
上空を飛ぶ旅客機。飛行機の座席に陶子が座っている。アメリカで現地人たちを相手に、熱心に取材活動をする陶子。
テロップ「数年後――」
ある大型書店。江頭陶子の新著『ミステリアスな男と私』が山積みにされている。
書店の中に入り、『ミステリアスな男と私』を手に取って表紙を見つめる喪黒福造。
BAR「魔の巣」。喪黒と陶子が席に腰掛けている。机の上には、陶子の著書『ミステリアスな男と私』が置かれている。
喪黒「江頭さん。あなたの新著の『ミステリアスな男と私』、非常に読み応えがありましたよ」
陶子「ありがとうございます」
喪黒「アメリカに行って、ロバートさんの生涯をじっくり取材しただけあって……。かなりの労作です」
陶子「ええ……。それにしても……。ロバートの正体が、現地の闇社会で名の知れたスナイパーだったとは……」
喪黒「ロバートさんは、とある仕事で巨大なシンジケートを敵に回してしまい……。日本へ逃げていたそうですねぇ」
陶子「はい……。その逃亡先の日本で、彼が出会った人物が私だったということです。それに、ロバートも私も……」
陶子「お互いに一匹狼で生きていて、人の愛を知らない人間だったからこそ……。ここまで深い関係になれたのでしょう」
喪黒「しかし、ロバートさんは急に帰国を決意しました」
陶子「おそらく、自分が裏の世界の人間で命を狙われる身であり、私に迷惑をかけるかもしれないからでしょう……」
陶子「でも、彼の心の中では……。最愛の人間である私に対して、自分の本当の姿を正直に話したいという気持ちが……」
陶子「どこかにあったのでしょうね」
喪黒「ロバートさんの命を奪ったあの飛行機事故は……。おそらく、例のシンジケートが仕組んだ可能性が高いでしょう」
喪黒「だから……。あの時、ロバートさんと一緒に飛行機に乗っていれば……。江頭さんは、今ごろこの世にいなかったはずです」
喪黒「皮肉にも……。あの交通事故のおかげで、あなたは今現在こうやって生きているのですよ」
陶子「ええ……。彼は死んで、この世から身体がなくなったかもしれませんが……」
陶子「私の心の中では今も生きていて……、こうやって私のことを見守っている気がするんです」
喪黒「ロバートさんだけでなく、江頭さんが今まで世話になってきた人たちも、あなたの心の中にいるはずですよ」
陶子「はい。現在の私は、決して一人ではないのですから……」
陶子「多くの人たちと関わってきたおかげで……、私は今ここに存在しているのですから……」
両胸に手を当てて、涙を流す陶子。
江頭陶子が去り、マスターと喪黒の2人だけになったBAR「魔の巣」。
喪黒「この世にいる人間が持つ感情や行為の中で、最も崇高なものの一つ……。それは、すなわち『愛』です」
喪黒「誰かを愛し、誰に愛されることを繰り返してきたおかげで……。人々は今、この世界に存在しているのです」
喪黒「人を愛するという感情や行為は、いつも必ず報われることはなく……。時には悲しみや別離ももたらします」
喪黒「それでもなお、人間たちが『愛』の可能性を信じ続けることにより……。世界は今後も存続していくでしょう」
喪黒「まあ、ところで……。人を愛することの尊さを知った江頭陶子さんは、おそらく……」
喪黒「これからは……。人間としても、ジャーナリストとしても、一味違った人生を送っているでしょうねぇ……」
喪黒「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―