魔王「私は魔物たちのためにここまで邁進してきた…」
魔王「魔物たちもたいそう喜んでいる…。それは間違いない…」
魔王「しかし、人間たちは私を恐れ、さらに私を討伐しようと勇者たちを冒険に出した…」
魔王「一人の人間に運命を任せた人間たち…エゴだ…だがしかし…」
魔王「どちらが正義かと問われれば私はわからない…誰がヒーローなのか…」
元スレ
魔王「誰がヒーローなのか…」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1310554741/
魔王「悪魔神官よ」
神官「はっ」
魔王「問おう、神はいるか」
神官「おります」
魔王「それは正義か」
神官「正義です」
魔王「名は」
神官「邪神、アクラツ様です」
魔王「……」
魔王(それは本当に正義なのか…邪神…)
神官「どうなさいました魔王様」
魔王「いやなに、もう一つ、ちょっとした問いをしたい」
神官「いかがにも」
魔王「邪神とは正義なのか?」
神官「何をおっしゃいますか?」
魔王「いやなに、そう怒るな。洒落事だ」
神官「…まごうことなき正義にございます」
魔王「では人間どもが信仰しとる神だが…」
神官「ゼンコーでございますか」
魔王「ああ、そうだったな」
神官「あれは悪にございます。世界を光で埋めようとする悪です」
魔王(……)
神官「どうなさいました?お具合が悪いので?」
魔王「いやなに…ちょっと外の風でも浴びてくるよ」
魔王は席をゆっくりと立ち、庭へと向かった。そこには邪悪な空気が漂い、にび色の風が吹いていた。
魔王「光か…わしは本当に闇の世界を求めているのか…?」
魔王は頭を抱えた。初めての問いであった。それは答えのない問いでもあったが、魔王は考えざるを得なかった。
確かに人間は魔王の気に食わなかった。
わらわらと群れ、自分一人の力では何も出来ない矮小な生き物だ。
だが魔物は違った。自分たち一匹でも勇者に立ち向かう勇敢な奴ばかりだった。(中には違う奴もいたが…)
ある村を滅ぼした時の魔物たちの笑顔を思い浮かべる魔王…。それは耐え難い喜びだった。
しかしまた一方、人間たちの苦しみ、嘆く姿が頭に浮んだ。それを思い浮かべた瞬間、魔王は胸が痛むのを感じた。
魔王(なんてことだ…)
魔王はもう一度頭を抱えた。なんてことだ。もう一度心中で繰り返した。
魔王(わしとしたことが…まるで…まるで…)
まるでなんだ?魔王はふと我に返った。まるで正義じゃないか、と、そう考えたのだ。
魔王「ええい!」
魔王城の壁を殴る魔王。そこに轟音と共に穴が開いた。
神官「何事です!」
悪魔神官が驚いて城から飛び出してきた。
魔王「なんでもない!それより侵略の進捗はどうなっておる!」
神官「は…はっ!現在、魔軍進攻団第一から三団が進攻準備中でして…」
魔王「急げ!こうしている間にも勇者どもは迫ってきているのだぞ!」
神官「ははっ!」
魔王(ふう…)
自らの玉座に腰を下ろし、魔王はため息を吐いた。
魔王(どちらがヒーローか、それは勝ったほうだ…。英雄の肩書きは常に勝った方へ与えられるものだ…)
魔王(わしは勝たねばならぬ…自分のために…そして魔物たちのために…)
だが、と魔王は天井を見上げる。
魔王(わしは人間のことをしらなすぎる…。神官どもから聞く以外は無知に近い…)
魔王(人間を、人間どもを知らねばならぬ。殺すものの事を…。そのために…)
魔王はおもむろに玉座から立ち上がった。ある考えを実行するために。
その日の夜、魔王はこっそりと城を抜け出した。
そう、人間をしろうと、人里に下りてみる決意をしたのだ。
魔王は変化の杖を使って自らの姿を人間に変えた。
それはイケメンと呼ばれるにふさわしい、いい面構えをしていた。
魔王(人間を知るには、せめて人間に好かれる格好をしていないとな)
魔王は鏡の前でくるくると回ってみた。よし、どう見ても人間だ。
魔王(いざゆかん、人の地へ…)
とある町…魔王は人間の姿で門番の前に立っていた。
その胸は僅かに緊張していた。実際のところなんということはない。
いざとなれば自分の力で簡単に町ひとつ滅ぼせるのだ。何を緊張するのか。
だが、魔王は緊張していた。門番の前で立ちすくんでいた。
門番「…どうされた、旅人よ」
魔王はふらりと町に寄ってきた人間、つまり旅人の姿をしていたのだった。
魔王「い、いやなに、ちょっとな…」
門番「町に入るなら入るがよかろう。もうすぐ夜だ外は危ないぞ」
魔王「あ、ああすまない」
魔王は緊張を抑えて町へと歩を進めた。
魔王(ここが、人間の町…)
彼が向かった町は賑々しい夜の街であった。
カジノがあり、夜になるとここは人々で大いに賑わうのだ。
魔王(ゴミゴミしておる…)
町へ入り、魔王は吐き気を催した。溢れかえる人間の匂い、そしてすーっと通るさわやかな風。あらゆるものが不愉快だった。
魔王(これは…そう長くはいられんかもしれんな…)
魔王は町に来てまず、そう思った。
商人「旅人さん!」
急に話しかけられ、魔王は驚いた。
魔王「な、な、なんだ」
商人「そんなに驚かなくても!いやなに、便利な道具があるんですよ!」
魔王「便利な道具。なんだ」
商人「ええ、キメラの翼、って言ってね、あっという間に別の町へ」
魔王「なんだと!貴様!」
商人「う、うええ!」
魔王は思いがけず激怒した。商人の首根っこを掴んで乱暴に振り回した。
商人「よくそんな残酷なものが売れるな!」
商人「うええ、は、なして!」
辺りがざわついて来た。なに、喧嘩はそう珍しいものではない。
ここぐらいにぎやかな町になれば、人間同士のいざこざなどしょっちゅうあることだった。
しかし、魔王、つまり旅人の剣幕は尋常ではなかった。
魔王「きさまはそのキメラの苦しみが判るか!翼をもぎ取られたキメラの苦しみが!」
商人「ひいい。そ、そう怒らないで」
魔王「畜生!キメラー!!!」
魔王はキメラの笑顔を思い浮かべていた。人間を本当に美味しそうに食べていたキメラたち…。
たまに庭に呼び寄せて人間を与えたりしていた。キメラは魔王お気に入りの魔物たちだったのだ。
商人「おおお、落ち着いて、落ち着いて、ね、旅人さん」
魔王はハッと気づいた。今自分が一介の旅人であることに。
魔王「す、すまない!ついカッとなってな…」
商人「ぜえぜえ…頼みますよ…ほんとにもう…」
魔王(いかんいかん…わしとしたことが…。これからは冷静を勤めよう…)
商人「お兄さん、さては溜まってるね?」
魔王「溜まっている?何がだ」
商人「またまたーいいのあるんですよ?500Gでどうです」
魔王「ふむ…」
魔王は城から出る際、何かのためにとゴールドをたんまり持ってきていた。
魔王(何かわからんが、人間を知るためだ…)
魔王「買おう」
商人「毎度!」
商人はポケットから一枚の紙切れを差し出した。
魔王「何だこれは」
商人「何を言いますか。読めば判るでしょう?」
魔王「う、そうだな…」
魔王は人間たちの字が読めなかったのだ。何やら人間の絵が描かれていたが、さっぱり何かわからなかった。
仕方なくそっとポケットへ紙切れをしまう。
商人「発散してきてくださいよ!お兄さん!」
魔王「あ、ああ」
魔王(さて、どうするか)
商人が魔王から離れ、別の旅人へ話しかけているさまを見ながら、魔王は踵を返した。
夕暮れになり、あたりに赤い夕日が差し込む。がやがやと町は賑わっていた。
魔王「とりあえず、人の多そうなところへ行こう…」
魔王は広場の方へと足を向けた。そこには露天や、旅人たち、そして町人たちで賑わっていた。
魔王は噴水のある中央広場のベンチへ腰を下ろした。
そして人々の声に耳を澄ましてみた。
「安いよ安いよ!」
「おねえちゃーん!待ってー!」
「最近旦那がカジノにはまっちゃってねえ…」
「お兄さんよってかなーい?」
「くそ、またすっちまった」
「ママー、おなかすいたよー」
魔王(にぎやかなことだ…人間たちは何故こうも喋るのか…)
魔王はじっと人間たちの声を聞いていた。しかし、それで人間たちがわかる気配はなかった。
魔王(やはり、誰かと直接話をしてみるべきか…)
魔王は思い立ち、ベンチを立った。
あたりを見回し、酒場を探す。事前に、人間がよく喋る場所というのを調べておいたのだ。
ビールジョッキの看板を掲げた酒場を見つけ、歩み寄る。
魔王は扉の前に立ち、中から聴こえてくる騒音に辟易とした。
魔王(うるさい…信じられん騒がしさだ…)
魔王は意を決する。酒場の扉を開け、足を踏み入れた。
そこは雑踏のようだった。あらゆる年代の人があちこちで酒を飲み、そして喋り交わしていた。
魔王(うるさい…たまらんな…)
魔王は耳をふさぎたい気分を我慢して、空いた席を見つけ、そっと座った。
店員「いらっしゃい!なんにします?」
店員が即座にやってきた。魔王は慌ててテーブルの上においてあったメニューを取る。
魔王「な…!」
そこには、魔物を調理した料理がずらっと並べてあった。
魔王(なんて…なんてことだ…!)
魔王は怒りの余り手に力が入り、メニューをビリビリと破いてしまった。
店員「あーあー」
魔王(くそ…人間どもめ…なんと悪道なんだ…)
魔王はハッとまた我に返る。
慌ててメニューの中から適当にいくつかを注文し、店員が去るのを待ってから深いため息をついた。
魔王(やはりわしは間違っていなかった…ここまでエゴの道を進む人間が正義のはずがないのだ…)
無論、魔王の考えの中に自分たちが人間を食べている、という事実が無いわけではなかった。
しかし、だ。魔物をあらゆる方法で調理する、というグロテスクな文化が耐えがたかったのだ。
魔王(我々は、このようなことはしない…そのまま食べる…人間が食えるありがたみを味わいながら…!)
魔王は憤っていた。そのせいで自分の向いの席に座った女性には気がつかなかった。
女性「あの」
魔王はうつむき、ぷるぷると震えていた。
女性「あのー具合、悪いんですか…?」
魔王「え?」
顔を上げる魔王。そこには絶世の美女とでも言うべき髪の長い女性が腰を下ろしていた。
魔王「あ、いや、その大丈夫だ」
女性「ほんと?顔色悪いわよ?」
魔王「いやなんだもないんだ。大丈夫だ。本当だ」
女性「そう、ならいいけど」
魔王「わしに何の用だ」
女性はぷっと吹き出した。
魔王「なんだ、何がおかしい」
女性「変わった言葉使いなのね。私ビビア。あなたは?」
魔王はしまった、と思った。人間名を考えていなかったのだ。
しかし、この女と話して、何かきっかけを掴みたかった。魔王はとっさに名乗った。
魔王「お、オーマだ」
ビビア「よろしく、オーマさん」
魔王「ああ」
ビビア「旅人さん?」
魔王「そうだ」
ビビア「私もなの。お互い大変よね」
魔王「そうだな」
魔王はかちこちに緊張していた。何しろ人間の女性と話すのは初めてだったのだ。
魔物に性別があるように、魔族にも性別はある。魔王は男だった。
ビビア「どこから来たの?」
魔王「あ、いや」
ビビア「言えないの?あら格好良い」
魔王「そうだ言えない」
ビビア「私ははるか遠くの田舎町から来たの。ナイカって村、知ってる?」
魔王「聞いたことがある確か…」
ビビア「滅んじゃった。魔王軍にやられて」
魔王「!」
魔王「そ、そそそそ、そうか」
ビビア「そう、一晩で。あなたの故郷は大丈夫?」
魔王「ああ、まだ大丈夫だ」
ビビア「そう…良かった…」
二人の頼んでいたものがテーブルに届く。魔王はこの町に来てから二度目の吐き気を堪えた。
魔物の塩焼き…魔物の中に白米をつめたもの…魔物の串焼き…。
それは魔族に吐き気を起こさせるに十分なグロテスクさを誇っていた。
魔王「うう…」
ビビア「まあたくさん食べるのね」
魔王「いらん。やる」
ビビア「え?」
魔王「食欲がなくなった」
ビビア「何よ、一緒に食べましょう」
魔王「食わん…」
ビビア「変な人」
ビビアはクスッと笑った。その笑顔に、魔王は少し心を動かされた。
魔王「村が、滅ぼされたといったな」
ビビア「ええ、そうよ」
魔王「どうしてそんなにまともでいられる」
ビビア「だって、もう数年前のことですもの」
魔王「数年前…」
魔王は記憶を穿り返し、ナイカという村の名前を引っ張り出そうとした。
しかしどうにも思い起こせなかった。
魔王(わしは、この女の故郷を破壊する命令をだしたのか…)
魔王「何故魔王軍が故郷を?」
ビビア「さあ、判らないわ…ある日突然…」
魔王「何も理由がなく、魔王軍が襲う訳がない!」
魔王は叫んだ。周りの注目を少し集めたが、それも一瞬だった。
ビビア「そう怒鳴らないでよ。……そうね奇跡の泉っていう場所が、村の近くにあったわ」
魔王「!」
魔王は思い出した。精霊の住処だ!確かにわしが命令して破壊させた場所だ!
ビビア「精霊さんが住んでるって伝承だった」
魔王「そう、住んでいた」
ビビア「知ってるの?」
魔王「あ、いや、そう聞いたことがある」
ビビア「本当に?有名だったのね?」
魔王「ああ…」
ビビアは頼んでいたビールを一口飲む。そしてふうとため息をついた。
魔王「うまいのか」
ビビア「美味しい。もしかして飲んだこと無いの?」
魔王「ああ」
ビビア「じゃあ頼んであげる。すいませーん」
ビビアが店員にビールを注文する。魔王はそれをじっと見ていた。
魔王「生き残りは、お前だけか」
ビビア「え?ああ村のこと?そうよ、私だけ」
魔王「どうして生き残った」
ビビア「ちょうど別の町へ出かけていたの。ある用事でね」
魔王「そう、か…」
ビビア「じゃあ私も質問。あなたはどこへ向かうの?」
魔王「それは…」
ビビア「それも、ナイショ?」
魔王「あ、ああ、内証だ」
どこへ向かう。その質問は、魔王の胸に刺さった。わしはどこへ向かうのか。
魔王「人間を殺されたら、悲しいか」
魔王は目の前でビールを飲むビビアに問うた。
ビビアはビールを飲み干し、やや怪訝な顔でその質問に答えた。
ビビア「当たり前でしょう」
魔王「魔物を殺される、魔王の気持ちというのを考えたことはあるか?」
魔王は思わず質問していた。
奇怪な質問に固まるビビア。ちょうど注文していたビールが届く。
ビビア「…ないわ」
魔王「そう、だろうな」
目の前に届いた黄色い液体を見る。なんだこれは。妙なものだ。
ビビア「飲まないの?」
魔王「い、いや飲むぞ」
魔王はビールに口を付ける。ん?うまい!
ビビア「あなたひょっとして、魔王?」
魔王は口に入れたビールを噴出した。
魔王「なななんあにを言うか」
ビビアは大笑いしている。
魔王「わしは魔王ではないぞ!ワハハハハ!」
ビビア「まあ、お上手」
笑いながら、自分の追加のビールを注文する。
ビビア「なんか、魔王みたいだなーって。普通、魔王の気持ちなんて考えないわよ」
魔王はその話にぐっと食いついた。
魔王「人間は、魔王の気持ちなど考えないのか?」
ビビア「そうねえ…多くの人はそうだと思うわ」
魔王「何故だ。魔王は確かに存在しているのに」
ビビア「そうね。憎んでいる人はたくさんいると思うわ」
魔王「そりゃあそうだろう。だが、魔王にも考えがあるとしたら?」
ビビア「魔王の考えを聞いてちゃ、みんな殺されちゃうわ」
魔王「そういうことじゃない。魔王にも人の心が…」
魔王は言いかけて黙った。自分は何を言っているのだろう。
ビビア「魔王に人の心があると?」
魔王「あ、いや、心はあるだろう。たぶんだが」
ビビア「…あるとしても、やっぱり敵よ。少なくとも私にとっては」
魔王は何も言い返せなかった。自分の故郷を滅ぼされたのだ。それも仕方あるまい…。
魔王「それもそうだ…」
ビビア「あなたほんと変わってる。あなただけに言うけどね、私実は」
店員「イッツァショーターイム!!」
店員の叫び声が響く。楽団がなにやら騒がしい音楽を奏で始め、店内の電灯がチカチカとしだした。
店員「さあ本日もやってまいりましたショータイムのお時間です!チケットをお持ちの方はどうぞ奥のスペースへ!」
ざわざわとして、幾人かの客たちがなにやら紙切れを持って立ち上がる。
その紙切れを見て、魔王は自分のポケットをあさった。
店の奥の方へとそそくさと足を進める者たちと、同じ紙切れを持っていたのだ。
魔王(あの商人から買ったものはこれか…)
ビビア「あら、ショーのチケット持ってるの。なら行ってらっしゃいよ」
魔王「ショー?」
ビビア「あんたそのためのチケットでしょ?ほら、行ってらっしゃい」
魔王はビビアにそそのかされるまま、チケットを握り締めて店の奥の方へと進んでいった。
魔王「こ、これは!」
魔王は息を呑んだ。そこには酒池肉林の風景が広がっていた。
エッチな下着に身を包んだ女たちがステージの上に立って華麗にダンスを踊っている。
魔王(な…なんというハレンチな)
魔王は頭では否定しながらも、ダンスに魅せられフラフラとステージへ近づいていった。
「スージーちゃーん!」
「イッパオちゃーん!」
さまざまに叫ぶ男たち。魔王はその群集の中で一人、ボーっとステージを見つめていた。
魔王(なるほど…人間どもはこうやって性欲を満たしているのか…)
魔王は軽く勃起していた。
ハッと魔王は気づく。そのステージの真ん中で、なんともいえない愛嬌のある笑顔で踊る娘を見ながら。
魔王(どこかで見覚えのある顔だ…)
魔王はしばらくその子に釘付けになった。
男「お、兄ちゃん!カレンちゃんにお熱なのかい?」
隣の男が話しかけてくる。
カレン…カレン!そう確かに聞き覚えがあった。それはある母親の声だった。
魔王「カレン…あのときの…」
男「なんでい、知り合いかい。いいなあ」
魔王「あの娘は、どこから来た」
男「さあ、そこまではしらねえなあ。つい先日ふらりときて、今じゃ人気ダンサーよ」
魔王(恐らく、わしが直接滅ぼしに行った町にいたに違いない…)
魔王(なぜ…なぜあんな笑顔でいられるのだ…)
魔王は彼女の笑顔を見ながら疑問で一杯だった。
魔王(さっきの女もそうだ…故郷を滅ぼされたに笑っていられる…どういう強さなのだ…)
考えた。自分なら怒りで狂うだろう。しかし人間はどうやら違うようだった。
魔王(いや、もう狂っているのか?狂っているから笑えるのか?)
魔王はただ悩んだ。そしてショーが終わりを迎えるまで、ただじっとカレンの笑顔を見つめていた。
店員「さあてショーは終わりです!またのご来店をおまちしておりまーす!」
ざわざわと引き返す客たち。魔王もそれに続く。
魔王(判らぬ…判らぬことだらけだ…)
さっきまでいた席に戻ろうとすると、そこに驚きの光景があった。
魔王(な…あれは…勇者一行!?)
そこにいたのは確かに勇者一行であった。大勢の客に囲まれ、ワイワイと賑わっている。
勇者「ありがとう皆さん。僕たちは頑張りますよ」
戦士「ハッハッハ!まあ飲め飲め!」
魔王は警戒して物陰に隠れる。なんと、さっきまで話していたビビアが勇者一行の輪に入っているではないか。
魔王(あの娘…勇者一行だったのか…)
ビビア「もう、ライアったら、客にお酒おごるのはやめなさいよ」
ライアと呼ばれた戦士は、ビビアの声を聞かず、構わずに酒を奢りまくっている。
ビビア「もう…」
勇者「まあいいじゃないかビビア」
ビビア「でも勇者様…」
そこへ魔王がゆっくりと戻ってきた。魔王の目にはある光が宿っていた。
そう、それは殺意と呼び変えてもいい光だった。
勇者「…?」
ビビア「あ、紹介するわ…」
魔王「貴様がッ…!」
勇者「…」
ビビア「どうしたのオーマさん」
魔王「ぐ…!」
魔王は殺意を抑えた。どっしりと席に座り、向いの席に座る勇者を見遣った。
魔王「お前が勇者か」
勇者は怖じろぎもせず、ゆっくりとうなづく。
勇者「はい、そう呼ばれています」
魔王「私は魔王だ」
ビビアがまたおおいに笑う。
魔王「何がおかしい」
勇者「ははは。あなたが魔王ですか」
魔王「そう…いうことで一つ話をしてみないか」
勇者「おお…いいでしょう。話をしてみましょう」
ビビア「ほんとに変わった人ね」
戦士は客たち酒を飲みながら踊り、歌っている。
魔王「勇者よ、名は」
勇者「アルスといいます」
魔王「アルスよ、お前は何故我を殺しに来ようとする」
勇者「魔王を…あなたを殺すつもりはまだ、ありません」
魔王「ほう、どういうことだ」
勇者「話し合いができるなら、それでけりをつけたい」
魔王「話し合いだと!魔王とか?」
勇者「そうです。」
魔王「そんなたくらみを持っていたとはな。で、どのように話すつもりだ」
勇者「私の考えは、共存です。魔物たちと、人間たちの」
魔王「馬鹿を抜かすな。そんなことが出来るわけないだろう」
勇者「いえ、現に一部ではありますが、魔物たちは人間と共存しています」
魔王「なんだと」
勇者「モンスターを飼っている人間、まるでペットのように着飾ってね。よく懐いていました」
魔王は絶句する。そんな話聞いたことがなかったのだ。
勇者「他のも、魔物を牧場で飼っていたところもありました。私たちの旅で得た経験論として、魔物と人間の共存は可能性を持ち得るものです」
魔王はこぶしを握る。そんな報告聞いたことがなかった。あえて報告してこないの、それとも単に伝わってこないのか。どちらにしろ問題だった。
魔王「しかし、それはごく一部の話なんだろう?」
勇者「ええそうです」
魔王「魔王軍全体と共存する方法は」
勇者「大地を分け合うしかないでしょうね」
魔王「世界へ線を引くと言うのか」
勇者「その通りです。目下のところ、という話ですが」
魔王「それで争いは収まると?」
勇者「わかりません。こればかりは、やってみないと。しかし、現状よりはいい」
魔王「現状とは」
勇者「お互いに血を見合う状況からは脱出できる」
魔王はたじろいだ。こいつは、勇者は考えている。魔王軍に流れる血のことを。
さすが勇者よ。魔王は意気込んだ。
魔王「勇者よ、お前は魔王の心を考えたことはあるか」
勇者「ある」
魔王「どのように、だ」
勇者「魔王は世界を闇に葬ろうとしている。邪神の導きによって。」
魔王「それは判る。もっとこう、魔王本人の気持ちだ」
勇者「魔王本人…」
魔王「そうだ、あー、だから俺だ。俺が何をどうやって考えているかだ」
勇者「それは、判らない。ただ」
魔王「ただ」
勇者「やつにも苦しみはあるだろう。そうでなければ破壊する喜びも判るまい」
魔王(その…通りだ…!)
魔王は歓喜した。こいつは俺のことを理解(しようと)している。
魔王「では問おう。もし魔王に心があり、破壊に苦しんでいるとしたら?」
勇者「争う必要はなくなる」
魔王「地を分け合って終戦か」
勇者「魔王がその話を飲めば、だけれど」
魔王「飲まぬ」
勇者「何故?」
魔王「われわれにはわれわれの道がある。全うせねばならない道が」
勇者「それは私も同じだ」
魔王「両者の思いが果たされる交流点はあるとおもうか?」
勇者「それは…ない。譲歩点ならある」
魔王「その通りだ。われわれの道が交わることはない」
勇者「破壊の道に終わりが?」
魔王「破壊の道ではない、征服の道だ」
勇者「破壊の伴う征服の道だ」
魔王「そうだ。勇者、貴様らの旅もそうだ。さまざまな破壊が伴っている」
勇者「……」
勇者は魔王が言いたいことを一瞬で理解した。破壊の道は、勇者たちの道でもまた合っていたからだ。
魔王「問おう、勇者よ。お前は、人間を殺されて悲しいか」
勇者「ああ、もちろん」
魔王「では問おう。勇者よ、お前は魔物が殺された魔王の気持ちが判るか」
勇者「判らない。いや、判ろうとしても、恐らく判れないだろう」
魔王「そうだろう。魔王は魔物たちを殺され、苦しんでいる」
ビビア「でもそれは、魔王軍が人間を攻めるからいけないんでしょう」
魔王「魔王軍は訳もなく人を襲わん」
ビビア「それは…」
魔王「そうだろう。思い返してみろ」
勇者「彼らの縄張りの中に入るから…」
魔王「そう、襲われるのだ。それ以外では、魔王の命令でしか動かない」
ビビア「だったら魔王が悪いじゃない。私たちは」
魔王「モンスターを殺し、食らっているではないか」
勇者「人間を食べるあなたたちは?」
魔王「必要以上は食わん」
ビビア「でも、食べてるんだったら一緒じゃない」
魔王「一緒ではない、人間どもは」
勇者「待ってください。我々は確かに多くの魔物を殺してここまで来ました」
魔王「そうだろう」
勇者「その点で、私たちは悪かもしれません」
魔王は目を輝かせた。悪。やはり勇者たちが悪なのだ。
魔王「そうだ。その通りだ」
勇者「しかし、この悪は、正義にたどり着くための悪なのです」
魔王「それは横暴ではないか!?」
勇者「いえ、何故なら、我々人間は生きる力を持っているからです」
魔王「魔物も持っている」
勇者「当然です。生きるものはみな持っています。生きるものはみな、生きるために生きています」
魔王「死ぬためではなく、か」
勇者「そうです。我々は生きるために、神に遺棄された存在者です」
魔王「ふっ…ゼンコーか」
勇者「いや、ゼンコー教とはまた関係がありません。もっと上意識的な神です」
魔王「形而上論がなんになる」
勇者「だがしかし、我々人間たちが生きる理由を探したときに、自分の死から身を守るのは当然です」
魔王「魔物たちだってそうなる」
勇者「そうでしょう。ですから、今の現状なんです。だから、話し合いたい」
魔王「地を分けて別々に住むなどと、魔王が承諾すると思うか」
勇者「判りません…ただ、あなたがもし魔王ならその線はありそうですね…」
魔王「な…」
勇者「さてと、そろそろ行かなきゃ」
勇者「楽しかったですよ、オーマさん」
魔王「待て、もう去るのか」
勇者「ええ、明日が早いので」
魔王「待て、最後に一つ聞きたい」
勇者「なんでしょう」
魔王「お前の故郷、滅ぼされたな。魔王軍に」
勇者「ええ」
魔王「何故お前は、いや何故お前らは平気でいられるのだ」
勇者「希望があるからです」
魔王「希望だと。復讐ではなくか」
勇者「ええ、希望です。世界が再び明るくなる希望。そんなものを持って、旅をしています」
魔王「希望…未来への期待か」
勇者「そんなところです。では、この辺で…」
勇者一行は去っていった。魔王はまだ賑わう酒場に一人腰をおろし、ビールを一口飲んだ。
それは苦かった。だが、旨かった。
世界の半分か…。
魔王は考えていた。
そんなことを言われたら、わしは頷くだろうか…。
答えは出なかった。自分の目的と勇者の目的…。それは確かに交流しない。
だが、勇者の提案は確かに一目置くものがあった。
その提案を飲めば、確かにわしは悪ではなくなるだろう。
しかし、魔物たちのヒーローにはなれない。人間の策を飲んだ弱い魔王として残ることになってしまうだろう。
どちらが正しい選択か…。
魔王はビールを飲み干した。
魔王は酒場を出た。もう夜も更けて、あたりは暗闇に包まれていた。
彼はマントをぎゅっと羽織った。寒気がする。ビールのせいだろうか。魔王は少し酔っていた。
彼は広場のベンチに腰を下ろした。そして、この町を破壊するかどうか少し悩んだ。
魔王(いま破壊してしまえば、勇者どもにも多少のダメージが与えられるはずだ…)
魔王はそっと腕を取り出し、手のひらに火球を作った。
これを投げつけるだけで、町ひとつは吹っ飛ぶだろう。
だが、魔王はそれをそっと消した。ある女が近づいてきたからだ。
カレン「おにーさん」
魔王「お前は…!」
カレン「ずっとあたしのこと見てたでしょ」
魔王「あ、ああ…」
カレンはくるりと身体を回した。ひらっとスカートがめくれる。
カレン「あたしの踊り、どうだった?」
魔王「良かった」
カレン「ほんと、嬉しいな」
カレンは魔王の隣に座った。
カレン「ねえ、旅人さん?」
魔王「そ、そそそうだ」
カレンは魔王に寄りかかる。
カレン「どうしてあたしのこと、見てたの?」
魔王はがちがちになってきた。下半身も。
魔王「あ、いやどこかで会った気がしてな」
カレン「ふふ…よくある文句ね」
魔王「いや、本当です」
カレン「ねえお暇?」
魔王「あ、ああ暇だが…」
カレン「一緒、しない?」
魔王「わ、判った」
魔王は彼女とも少し話がしてみたかったのだ。
魔王「聞きたいことがあるのだが」
カレン「ここじゃなんだし、宿まで行きましょ」
魔王とカレンは宿の部屋に入った。魔王は相変わらず少し緊張していた。
カレン「ねえ、話ってなあに?」
カレンがベッドに腰をかけながら言う。魔王は部屋の中を見渡していた最中だった。
魔王「あ、いや、なんだ。そのな、お前どこから来た」
カレン「どこでもいいじゃない、そんなの」
魔王「魔王軍と関係はあるか?」
カレン「……どうしてそれを知ってるの」
魔王「やはりか…」
魔王「悲しかった、か」
カレン「当たり前でしょ…悲しくないわけがないわ」
魔王「生き残りは…」
カレン「さあ。無我夢中で逃げてきたから…」
魔王は次の質問をしようとした。が、カレンの顔を見て何もいえなくなった。泣いていたのだ。
カレン「ごめんなさい…まだ故郷のことは…」
魔王「そんなに辛いのに、ダンスの時は笑っていられてたな」
カレン「ええ、だっていやなことは忘れなきゃ」
魔王「忘れられるのか」
カレン「忘れたい。きっといつか、忘れられるわ」
魔王「魔王がいたら、きっとこういうだろう」
カレン「え?」
魔王「すまなかった、と」
魔王は言ってから気がついた。なんということだ。このわしが人間に謝っている。
魔王「あああ、いや、なんでもないんだ」
カレン「ふふ…ありがとう…ねえオーマ…こっちきて」
魔王「なんだ」
カレン「いいからはやくぅ」
魔王「判った」
ゆっくりとカレンに歩を進める魔王。近づいてきた魔王をガバっと抱きしめるカレン。
魔王「うお!何だ!」
カレン「初めてなんでしょ。そんな気してた。大丈夫リードしてあげるから」
魔王「うお、なんだ!やめ…う…」
そして、夜が更けた!
裸で魔王は考えていた。とうとう人間とこんな関係になってしまった。
カレン「すごかったわオーマ…人間とは思えなかった」
魔王「……」
カレン「ありがとうねオーマ。とっても優しかった」
魔王「俺が、優しいだと?」
カレン「ええ…なんか変?」
魔王「いや…」
魔王「なあカレンよ」
カレン「なあに?」
魔王「お主は強いな」
カレン「そうかしら」
魔王「故郷を破壊されてなお、このように活き活きとしとるとは」
カレン「自分の好きな事しなきゃ」
魔王「好きな事…」
カレン「悩み事でもあるの?」
魔王「…実は、悩んでおる」
カレン「どんなこと?」
魔王「自分のしていることが正しいのか、そうでないのか判らんのだ」
カレン「正しいことって、何?」
魔王「え…」
カレン「正しいことなんて、この世にごまんとあるわよ」
魔王「正しいことが…」
カレン「誰だって、正しいことをして生きているつもりなの」
魔王「そういうものなのか」
カレン「そうよ。自分が正しくないなんて思っちゃったら、何も出来なくなるわよ」
魔王「そうかもしれない…」
カレン「あなたのしようとしていることは、誰かのためになること?」
魔王「ああ…」
カレン「それはあなたのためになること?」
魔王「ああ、そうだ…」
カレン「なら進みなさいよ」
魔王「だが、敵も作る…」
カレン「何をしたって敵を作るわよ」
魔王「そうだろうか」
カレン「あなたはあなたの信じた道を行きなさい。私はそうするわ」
魔王「カレン…」
カレン「だって私の生きる道は、これしかないもの」
魔王「生きる道…。わしの生きる道…」
カレン「あるんでしょ?ならそれを信じて」
魔王「わしの生きる道、か…」
そして、夜が明けた!
宿主「昨晩は、おたのしみでしたね」
魔王「?」
カレン「うふふ。じゃあねオーマ。また会いに来て」
魔王「ああ」
カレン「今日も頑張って踊ってくるわ!」
魔王「ああ、頑張ってくれ」
カレン「それじゃ!オーマも元気で!」
カレンの後姿を見送り、魔王は一人立ちすくんだ。
自分の信じた道…それはこの世を征服すること。
進もう。魔王はそう決めた。
わしにはそれしかないのだ。結局のところ。
そこへ勇者一行が宿から出てきた。
勇者たちは大勢の見送りに囲まれ、わいわいと町を去ろうとしていた。
魔王は勇者たちに駆け寄った。
魔王「勇者たちよ!」
勇者「やあ、これは昨日の…」
魔王「私は待っているぞ!必ず来い!」
勇者一行は少しぽかんとなった。だが勇者が持ち直し、わかりました、と相槌を打った。
勇者「必ず魔王を倒しに行きますよ」
魔王「お前の信じた道を行け!」
勇者「はい!」
勇者たちは町から去った。
ビビア「変な人だったね」
勇者「ああ」
ビビア「自分を魔王だなんて」
勇者「彼は、魔王だと思う」
ビビア「え?」
勇者「あの人の殺気は、尋常じゃなかった。あれは魔族の殺気だ」
ビビア「そんな…」
勇者「今戦っても僕たちには勝てない。機を待とう」
魔王は城に帰った。
魔王「悪魔神官よ!」
神官「魔王様!今までどこへ!」
魔王「そんなことはいい!進軍は中止だ!」
神官「え?」
魔王「その代わり魔物たちを自由に行動させろ!自由にだ!」
神官「は…しかし」
魔王「わしの命令がきけんのか!」
神官「わかりました…」
魔王は待つことにした。たとえ魔物たちが殺されようと、自分からは決して進軍しないことに決めた。
それは矜持であった。魔王としての、そして心あるものの道を、自ら歩もうとするものだった。
泰然と勇者を待つのだ。自らを鍛えながら。
魔王(勇者よ…自らの悪道を歩んでくるがよい…)
魔王(私は待とう…例え胸が痛もうと、お前たちを待とうではないか…)
魔王(私は、私なりの正義の道を歩もう…!)
魔王(私はヒーローだ。ヒーローなのだ…、私の道を、進もう!希望を持って!)
魔王「そして言ってやろう…!フハハハハハ!よく来たな勇者よ!と…」
タイトル:「魔王が玉座に座るワケ」
お粗末