1 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 19:59:12.44 FhNUIfQN0 1/23


傘も差さずに外に出ることにした。
雨の感触が心地いい。

「傘ぐらいは差しなさいよ」

そう言って彼女が後ろから走ってきた。

「雨なんだよ」

そう言うと

「雨だからよ」

と彼女が言い返した。



元スレ
男「雨が降っているな」女「そうね」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1352545152/

4 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:02:41.89 FhNUIfQN0 2/23


要らないと言ったのに傘を押し付けてくる。

「雨を楽しまないつもりか?」

「雨を楽しむ?」

「ほら、足踏みしてみて」

「こう?」

ピチャピチャ、と音がする

「楽しくないか?」

「少し楽しいかも」

彼女も傘を畳んだ。


5 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:05:37.67 FhNUIfQN0 3/23


一旦家まで戻り、傘を置く。

「タオルは?」

「要らないよ」

「そうね。帰ってきてから考えましょう」

「考える必要さえないさ」

「雨だから?」

「そう、雨だからさ」

僕達は、手をつないで夜の水浸しの街へと走りだす。
足音は至って軽快で、夜の街は僕らを歓迎してくれているように感じた。


10 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:11:11.72 FhNUIfQN0 4/23


水を被った建物達は鏡で、
街を走る車たちは宝石だった。

「ねぇ見て」

と、彼女が足を止める。

「何?」

「水溜り」

「水溜りか」

「えい」

彼女が水溜りに足を下ろすと、
水溜りから水しぶきが上がる。

「ね?」

「なるほど、水溜りだな」

僕も水溜りに足を下ろす。
彼女よりも早く振り下ろすと、それはもっとすごかった。


12 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:14:54.43 FhNUIfQN0 5/23


ちょうどいい公園があったので、そこのベンチに腰を掛けた。
彼女はもうびしょ濡れで、僕ももうびしょ濡れだった。

「楽しい?」

「楽しいね」

「はは」

「ふふふ」

空から降ってくる楽しさの塊に打たれながら、
僕と彼女は軽やかに笑った。

真っ暗闇の空は、遥か彼方の宇宙につながっていることを実感させる。
雨は素晴らしい。


13 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:17:46.78 FhNUIfQN0 6/23


彼女も僕も、いくらかの時間をそのまま笑顔で過ごした。
いや、いくらかっていうのは語弊がある。
雨の間、ずっと僕らは笑顔だった。

彼女の笑顔は久しぶりで、
とても貴重なものに思われた。

「子供みたい」

僕が彼女の笑顔を見てそう言うと

「そっちこそ」

と、また笑顔が映える。


14 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:23:27.64 FhNUIfQN0 7/23


最近はずっとふたりともしかめっ面ばっかりだった気がする。

思えば、もうかれこれ1年以上笑ってなかったのかもしれない。
客観的に見れば笑っていたのかもしれないが、
それは本当の所の笑顔ではなかった。

少なくとも僕はそうで、彼女もきっとそうだろう。
僕はわかっている。

「もうちょっと歩かない?」

「いいね」

「寒くはない?」

「もちろん」

むしろ、夏よりも春よりも温かいかもしれない。

「じゃあ行きましょう」

彼女が手を差し伸べてくる。
その手は濡れて、あまり立ち上がるときの助力にはなりそうもない。
しかし、しっかりと手を握って、自分の足で僕は立つことにした。


15 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:29:22.00 FhNUIfQN0 8/23


「どこまで行く?」

「どこまで行きたい?」

「君が行きたいところまで」

「じゃあ貴方が行きたいところまで」

「そ。」

「そうよ。」

「じゃあとりあえず行けるところまで行ってみよっか」

「うん」

「雨が止むまでさ」

「うん」

僕はそう言って繋いだ手に、温もりを感じながら、
絶対に風邪なんか引きそうにもないな、と思った。


16 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:30:56.91 FhNUIfQN0 9/23


終わり。


21 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:41:21.81 FhNUIfQN0 10/23


雨が止んだから家に帰った。
彼女は少しご立腹だった。

「もう少し長く降ってくれてもいいのに」

「仕方ないだろ」

「仕方ないけどさ」

「すぐにまた降るよ」

「そうだね」

「そしたらまた行こうね?」

「当たり前だろ、だって」

「雨だから」

そう。雨が降るのは別に今日だけじゃない。


22 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:45:03.23 FhNUIfQN0 11/23


その日は結局雨は降らなかった。
彼女は入浴後に髪を梳かしながら

「雨、降らなかったなぁ」

と、寂しそうな声を出していた。
僕はすかさず、明日には降るよと言ったが、
テレビを付けると明日の天気は晴れと予報されていた。

「全く・・・」

しかし、どこまでも雨というものは素敵らしい。
明日雨が降らないというのに、
それでも、僕の心は浮かれている。


24 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:50:31.10 FhNUIfQN0 12/23


翌日はやっぱり雨が降らなかった。

「そんなもんだよ」

ひとりごとを呟きながら僕は出社した。
確信はなかったけど、僕は明日は雨が降ると信じて疑わなかった。

でも次の日も、また次の日も雨は降らなかった。
深く言うつもりは無いが、どうにも人生というのは難しいものらしい。
落胆と喜びを繰り返していく波の、その最下だと思うことにした。

明日は雨が降るかもしれない。
そう考えると、また雨が楽しみになった。

彼女もまた、そのように考えている。
僕にはわかるのだ。
彼女にも僕の考えてるのはお見通しのようにね。


25 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 20:55:57.00 FhNUIfQN0 13/23


前の雨から数えて7日が経った頃だっただろうか。
どうしても雨が降らない事に耐えかねた彼女は、
てるてる坊主を逆さに吊るした。

「明日天気にしておくれ」

その天気というのは雨ね、と彼女は付け加えた。

「そんなもの効くかなぁ?」

「やってみないとわからないじゃない?」

そりゃあそうだ。神は人間が信じるから存在する、
とか、そんな感じだろう。

僕もてるてる坊主ならぬ、ふれふれ坊主を作ることにした。

「これ、何で作ったんだい?」

「布とティッシュ」

「ちょっと触ってみてもいい?」

「いいよ」

「なにか入ってないか?」

「ああ、十字架のことね」

十字架?と聞くと彼女はアーメン、と答えた。


26 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:00:13.44 FhNUIfQN0 14/23


翌日。
雨は降らなかった。

何がいけなかったのかな、と言う彼女に、

「君の洒落が悪かったんだ」

と言うと、彼女は少し不機嫌になった。
真剣だったらしい。
僕がなだめても彼女は不機嫌なままだった。

早く雨が降ることを、逆さに吊るされた哀れな奴に、
僕はどうにも祈ることしか出来ない。


28 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:06:04.37 FhNUIfQN0 15/23


次の日。朝起きると、雨が降っていた。

「やった、やった」

と心を踊らせながらリビングへ向かうと、
どうやら彼女は僕よりも嬉しいらしく、
いつもよりも朝食のおかずが3品多かった。

「早く帰ってくるよ」

「当然」

「今日はどこまで行く?」

「どこまでも行くに決まってるでしょ」

「そうだね」

「じゃ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

外に出ると、雨が面白いほど降っていて、
傘で覆いきれなかった肩の端に、
すこしばかりの水滴が垂れていくのがこれまでにないぐらいに、
僕は楽しかった。


30 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:15:26.66 FhNUIfQN0 16/23


僕が帰宅する頃には、彼女はもう外で濡れていた。
待ちきれなかったのだ。

「ね、早く行こう」

「でもまだ背広のままだよ」

「替えはあるから」

「それもそうだ」

傘を折りたたむ。雨の音が心地よい。
この前買ったばかりの背広は、じわじわと水を吸い込んでゆく。


31 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:20:52.03 FhNUIfQN0 17/23


彼女が走り始める。
僕も追いつくために走る。

ピシャピシャと水しぶきが舞い上がり、
彼女と僕の服を濡らす。
濡れるたびに服が軽くなる。

「あ」

と、またこの前のように彼女が突然止まった。
よく前を見ていなかった僕は彼女に軽くぶつかる形で止まった。

「いきなりどうしたんだ?」

「舗装されてない道があるわ」

「本当だね」

示し合わせるまでもなく、
僕達は泥で濁る水溜りへと足を突っ込んだ。


33 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:28:03.68 FhNUIfQN0 18/23


言うまでもなく僕らは泥だらけだ。

「えい」

と言って彼女が蹴りあげた泥は僕の背広へと掛かる
僕は無言で足元の水溜りに、足を滑らせるようにして水を掬って、
彼女に掛けた。彼女はちょっと不満そうにして

「なんで泥まで掬って掛けないの?」

と聞く。

「何でって、泥は嫌だろう?」

「そんなことないわ。だって今日は雨よ?」

「そうだったね、今日は雨だ」

全く、雨は素晴らしい。


34 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:32:01.48 FhNUIfQN0 19/23


それからは二人共、泥に身を包んだ。
包まされた、というのが良いかもしれない。

足で蹴りあげた泥は、細かい粒になって、
彼女の綺麗に整った顔にも付いた。
当然、僕の顔にも沢山の泥がつく。

時には手で掬って掛けたりもした。
別に悪意があるわけじゃない。
ふたりとも、ただただ笑顔だった。

そこには笑顔しかなかったし、
笑顔以外の何かは介入する余地はなかったんじゃないか、
と、僕は思う。


35 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:38:10.18 FhNUIfQN0 20/23


彼女が突然動きを止める。
また何かを見つけたのかなと思ったが、

「今日は帰らない?」

と提案してきた。

「何でだ?こんなにも雨を待ち望んでいたじゃないか」

「待ち望んでいたのは確か」

「じゃあ」

「明日も雨が降るかもしれない」

「なるほど、取っておこうって訳?」

「こんなに楽しいこと、今日一日でやってしまうのは勿体無いわ」

「それもそうだね」

これから雨の日ごとに1つずつ、雨の楽しさを見つけて行きましょう。
彼女はそう言って、微笑んだ。

辺りは真っ暗だったけど、
帰る道は明るく、そして暖かく見えた。


36 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:43:04.39 FhNUIfQN0 21/23


今日はいつもよりも彼女が入浴する時間が長かった。

「泥が髪に付いてたから」

髪を梳かす時に言ったその言葉には、別に嫌味は無く、
それどころか少し楽しそうだった。

2本の缶ジュースを開けて、僕は彼女の座る鏡台横に座った。

「風邪は引いてない?」

「当然じゃない。暖かくしてるんだから」

「そうだね、当然だね」

「貴方こそ風邪なんか引くわけないわよね?」

「当たり前じゃないか」

「そ」

僕はまだ入浴していないので、暖かくしているわけでは無いけど、
僕の考えていることが彼女には分かったんだと思う。
いや、わかっているはずだ。

僕にはわかる。彼女が僕の考えていることがわかるようにね。


37 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:48:44.26 FhNUIfQN0 22/23


これから寒い冬になる。
雨は降らずに、雪がふるかもしれない。

彼女にそれを伝えると、

「雨も雪も大して変わらないわよ」

と、言われた。
確かに、同じ水だ。

「でも水溜りは出来ないかもしれない」

「雪溜まりは出来るんじゃない?」

「でも雪だよ?」

「暖かくしていれば溶けるわよ」

「溶けるかな」

「溶けるわよ」

そこまで言って、彼女は突然何も言わなくなった。
でも彼女が言いたいことが僕には分かった。

僕は彼女の手をとって、月並みな好意を伝えるセリフを言うことにした。
結婚式は梅雨の時期がいいな、と返された。


38 : 以下、名... - 2012/11/10(土) 21:50:18.78 FhNUIfQN0 23/23


おわり。


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