【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」【前編】
ヨウ「夢か、約束か」
~夢の章~
――諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ
――だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!
「決まったァーっ! ピカチュウのでんこうせっかが、サンダースを打ち破った! 新チャンピオンの誕生ですっ!」
ママ「ヨウ、見て! また新しいチャンピオンが決まったのよ!」
母さんが僕を抱えながら興奮して、テレビを指さした。
僕は母さんとは逆に、打って返って無言のまま、まじまじとテレビ画面を見ていた。
テレビには、赤い帽子を被った、僕よりずっと年上の少年が、傷だらけのピカチュウと一緒に周りからの声援と脚光を浴びながら、ガッツポーズを取って笑顔を浮かべていた。
ヨウ「……」
僕にとって画面越しでもその光景と、中心にいる少年は、太陽と月よりも眩しく見えて、心を大きく揺さぶられた。
そして、僕は決めた。
僕はあの光よりももっと眩しいものに、なってみたいと。
その光になろうと色々探っていくうちに、僕は人とポケモンの心を読めるようになった。
……いや、心が読めるというのはオーバーかな?
僕はポケモンや人間を知ろうと、まずは外に出て、たくさんの人たちや野生のポケモンを観察した。
人々やポケモンが浮かべる表情や仕草――特に目の動きや光を見続けてノートに記録して、何冊ものノートを積み上げていくうちに、次第に、相手の考えていることが読めるようになっていった。
そして、最初に実践したのは、家から歩いて10分のところにある草むらで見つけた、野生のニャースだった。
ヨウ「……」
ニャース「ぬにゃあ?」
ニャースは、好奇心に満ちた目で僕を見つめていた。
人間を見るのは初めてなのか、じっとしている僕の周りをウロウロしながら、逆に観察し始めた。どうやら、そこまで警戒はしていないようだ。
僕が動き出すとちょっとびっくりしたけれども、ポケットから大きめのガラス玉を出してあげると、ニャースは喜んで飛びついた。
もともと人懐っこい性格なのか、僕とニャースは草むらでガラス玉を使いながら一緒に遊んだ。
そして夕暮れどき、ガラス玉をニャースにあげたまま帰ろうとすると、僕に懐いてしまったのか、ニャースもついてきてしまった。
ヨウ「……うちに来る?」
ニャース「ぬにゃあ!」
家に帰ると、母さんから野生に返しなさいと言われるものかと思っていたけれども、意外にもニャースが気に入ったことと、僕とポケモンが一緒にいる環境づくりのためにペットとして飼うことを許された。
これがある意味、僕が最初にゲットしたポケモンかもしれない。
それから僕は、ポケモントレーナーになることが許される11歳になるまでの間、トレーナーになるために様々なことを勉強した。
その中でも、地元であるカントーのジムリーダーから四天王、チャンピオンであるレッドさんはもちろんのこと、ジョウトや海の向こうにあるイッシュやカロス地方の有名なトレーナーの使用ポケモンや戦術、対策を分析することが、日課になりつつあった。
そんな時、僕が7歳の誕生日の時、母さんから誕生日プレゼントとしてあるゲームをプレゼントされた。
そのゲームは、ポケモンを育成しながら架空の世界を旅するRPGで、ワイヤレスアダプタを使用することで対戦することも可能なだけでなく、ゲーム内のポケモンも、実物の強さに近い再現率を誇っていることからバトルシミュレーションツールとしても使うことが出来るのだという。
言うまでもなく、僕はハマりにハマった。電子上の世界とは言え、ポケモンを育成することが出来るのだから。
無論、僕の住んでいる街でもこのゲームは流行ってて、街をぶらつけば、見知らぬ子供たちがゲーム機を向き合って対戦している光景を何度も見かけた。
そして僕が公園で、せっせとカイリューを育成していると、目の前に一人の男の子が現れた。
「ねぇ、対戦しようよ」
気が付けば、僕は同世代の子供たちから好奇と嫉妬の入り混じった目で見つめられていた。「どうやったらそんなふうに強くなれるの?」「珍しいポケモンあげるから交換してよ」なんて声も聞こえた。
ある日、一人の少年から挑戦を受けられた。
そいつは近所の子供たちに名の知れた悪ガキたちの一人で、ゲームでお互いの宝物を賭けさせては勝って奪っていくらしい。
どうやら彼は、公園のヒーローである僕が気に食わなかったらしい。要は出る杭は打たれると言う奴だ。
周りの友達たちは僕を止めようとしたが、僕は相手の挑発に乗った。相手が悪ガキだろうと誰だろうとどうでもよかった。売られた勝負は、必ず買うのがポリシーだからだ。
といっても僕が宝物と呼べるものなんて持って無いので、自分の持っているゲームを、相手はメタグロスのフィギュアを賭けてきた。
結果は当然、僕が勝った。相手が晒してきたパーティーの内容と、対戦中目と表情を読んでこちらから対策を打ったからだ。相手の様子が読めない分、ゲーム内の敵の方が厄介と思った程だ。
そいつは言い訳がましく負け惜しみを言ってフィギュアを渡すのを拒んだが、周りの子供たちの威圧感に負けて、泣く泣くフィギュアを僕に渡した。
なんで勝ったのに、こんな辛いものを見せられなきゃいけないのか。楽しくもなかった。大事なものなら、賭けなきゃいいのに。
次第に僕の噂は広がって、同じように挑戦してくる奴らがいたが、全員返り討ちにして、数々の戦利品を手にした。
中には、おもちゃを渡すことを泣いて嫌がっている子もいた。
何度か、僕はおもちゃを返そうとそいつらの家に行った。だけど、彼らから返さなくていい、と言われたり、返してもとても悔しそうな表情を浮かべていた。
その行為が、彼らに残されたなけなしのプライドを踏みにじる行為になることを、僕は子供ながらなんとなく察した。
もう一度おもちゃを取り返したいのなら、僕に勝つしかない。だけど、僕にこれ以上奪われることを恐れて、戦おうとしない。僕は実質、彼らの大切なものを奪ってしまったんだ。
僕が奪ったこの戦利品は、そいつらにとってかけがえのないものだ。
だから返せない代わりに、ずっと大事にしよう。僕が負かした奴らのぶんまで、僕は戦うんだ。
だが、そんな決意も、すぐに粉々に砕かれることになった。
僕の噂を聞きつけた隣町の子が、僕に賭け勝負を申し込んできた。とても凄腕のトレーナーで、みんなが僕とその子の対決に注目していた。
その子が僕に賭けるものとして要求してきたのは、なんとお互いの持っているポケモンと彼は言った。
僕が持っている――というより、飼っているポケモンはニャースだけ。普通なら、僕は賭けるつもりなんてないし、断るつもりだった。
しかし、連戦を重ねていた自信と、自分のプライドが悪い方向に働いてしまったこともあって、僕は了承してしまった。
だが僕は……負けてしまった。
敗因は単純にして明快。策を弄しても覆せないレベル差と、ポケモンの質だ。
相手は僕よりも手持ちのレベルが数段上で、そのままパワーで押し切られてしまったんだ。
そのせいで、僕はニャースを手放すことになってしまった。
そのまま相手を無視すればいいものを。だが、この時の僕はニャースよりも自分のプライドを選んでしまったんだ。
何も知らないまま間の抜けた顔をするニャースを見送った時、僕は自分の驕りを恥じた。
そして同時に、僕が奪ったおもちゃの持ち主である彼らが、僕に勝負で負けた時の悔しさと喪失感が、痛いほど伝わってきた。
あのニャースは、僕が初めて捕まえたポケモン。
ペットである以上に、トレーナーではなかったけれども、ポケモンマスターに一歩近づいた証でもあった。
ニャースを取り返さなければ、僕はこの先、人としてポケモンマスターになるものとして、生きる資格が無いとさえ思った。
そしてニャース自身、僕がいなくて辛い思いをしているはずだ。一刻も早く、助けてあげたかった。
僕はすぐに行動した。失ってしまったのなら、奪い返すまでだ。
寝る間も惜しんで育てたかったポケモンを、ステータスがMAXになるまで育て上げて、頭の中で考え抜いた理想のパーティーをいくつも作り上げていくと、あっと言う間にラスボスなんて片手でひねり潰せる程に強くなっていた。
もともとニャースは勝手気ままなところがあって、外に出ていくことも多々あったから、家から少しの間いなくなっても、母さんは気にしていなかったのが幸いか。
僕は自分の足で、隣町に向かうと再びその子に勝負を挑んだ。
なんとか勝負に勝ってニャースを取り返すことができた。
だが、この時の経験は、僕の考えに、人生に大きく影響することになった。
僕の大切なものは絶対に奪わせない。そして、僕が奪ってしまったものは、それを背負って奪ってしまったモノのぶんまで勝ち抜いていかなければならない。
負けることは、許されない。
それは、僕にとって後々まで残る「決意」と「呪い」になった。
そして、僕が11歳の誕生日を迎えた直後――。
ママ「ねぇヨウ、アローラ地方って、興味ない?」
ヨウ「アローラ地方……?」
母さんから誘われて、僕はとあるジムに足を運んだ。
なんでも、この地球の裏側――アローラ地方からやってきたトレーナーが、ポケモンリーグ創設に関わることでジムに挑戦してきたらしい。その見学をしないかと誘ってきたのだ。
そこで見たものは、今までの僕の常識を覆すようなものだった。
おおよそ他の地方では見たことのない姿になったカントーのポケモン、未知の特性を発揮するポケモン、ポケモンと心を合わせて放つZワザ、全てが新しい発見だった。
僕はすぐにそのトレーナー――ククイ博士と知り合いになった。
すると更に、かあさんは「なんならアローラ地方へ引っ越さない?」なんて言い出してきた。
11年生きてきて、最高の誕生日プレゼントだ。
僕らはその3ヶ月後、アローラ地方へ引っ越した。
アローラでは、11歳になれば、しまキングからポケモンを貰って、四つの島を旅する島巡りに挑戦する権利を与えられることを博士から教えてもらった。これを拒む理由なんて、僕にはなかった。
ククイ博士「ポケットモンスターの楽園、アローラ地方にようこそ! アローラでも人はポケモンと力をあわせ、暮らしている。なにより……ポケモンがいれば、どこにだって行ける!」
ニャビー「にゃぶ!」
ハウ「おれねーハウ。しまキングの孫! でねーモクローがパートナー!」
ハラ「なるほど、石までもらうとはなあ……! 君はアローラに来るべくして来たのかもな」
ロトム図鑑「ケテー! これからよろしくロト!」
したっぱB「オマエがポケモンを使いこなす、すごいとこみせられたのでスカ!?」
イリマ「キミは……いえ、キミたちは面白いチームですね!」
僕は、パートナーであるポケモンと一緒に、さっそくメレメレ島の試練を受け――そして、しまキングハラさんの大試練を突破した。
こんなに短い間だけれども、大勢の友達や面白い人たちに出会うことができた。
しまキングの息子であるハウなんかはまさにアローラのおおらかな気質を体現したような人で、のんびりした性格ながら僕と同様ポケモン勝負が好きで、すぐに意気投合した。
……ただ、僕が勝負に勝ったとき、心なしか笑って悔しいのをごまかしているようにも見えたのが、引っかかったけどね。
そして、僕が名実ともにポケモントレーナーとしてハラさんから貰ったポケモン、ニャビー。
3匹の中で目を合わせ、直感で「こいつとなら仲良くやっていけそうだ」と思って、彼を選んだ。
ニャビーはニャビーで、僕と距離を置きつつも、必要とあらば僕のために戦ってくれた。たぶん、ニャビーはあれこれ指示するよりある程度好きに暴れさせたほうが、活躍させられるタイプだ。
そして、向上心も強い。僕とニャビーは、お互いがパートナーになればより高みへ登れるだろうと思っていたからか、わりと相性も良い。
だが、彼ら以上に僕はある人物に興味を抱くことになった。
「助けて……ください……ほしぐもちゃんを!」
「オニスズメさんに襲われ……でも……わたし、怖くて……足がすくんじゃって……」
彼女――リーリエは、深窓の令嬢と表現するにぴったりな子だった。
透き通った白い肌に袖なしの綺麗なワンピースを着こなしていたし、歩き方や物腰も丁寧なものだった。
だけど僕はその時、大して気にも留めなかった。目の前の女の子より、これからポケモンマスターへの道に一歩踏み出せるワクワクがそれを上回っていたからだ。
むしろ、見たことのないポケモンである、コスモッグやカプ・コケコの方に興味津々になっていたほどだ。
そもそも、彼女はトレーナーですらなかったしね。
僕がリーリエを、ひとりの人間として興味を持ったのは、ハウオリシティでブティックから出てきた彼女とたまたま鉢合わせした時だった。
リーリエ「ヨウさんは、自分で服を選んでいるのですか?」
ヨウ「え? あぁ、まぁ……」
リーリエ「普通、そうですよね……。わたし……母が選んだ服だけを着ていて……自分にどんな服が似合うのか、よくわかっていないのです……」
ヨウ「だけどここだけの話、僕が選んだ服を着て外へ出て行こうとすると、たまに母さんとニャースが急いで止めに来るんだよ」
ヨウ「結局、母さんに無理やり別の服に着替えさせられるから、自分で選んでるかと言われたら、なんとも言えないけどね」
リーリエ「そ、それってヨウさんが……」
ヨウ「なんだよ?」
リーリエ「あ……そういえば、ヨウさん。ブティックでこれをいただいたのです。なにも買っていないのですが……なんでも、来店99999人目記念だそうです。ですが、わたし……同じものを持っていますから」
ヨウ「レンズケースとコスメってヤツか?」
リーリエ「はい……でも、コスメポーチはヨウさんが持っていても仕方ないですよね」
ヨウ「もらっとくよ、母さんへのいい土産になるよ」
そう言って、リーリエから二つの化粧品を受け取ったとき、僕とリーリエは至近距離で目が合った。
その時、僕は気づいた。
リーリエの綺麗な翠色の目には、彼女の言葉通り自分の意志が宿っていない。あるのは使命感と、外の世界に対する恐怖心だけだった。
僕の経験から言うと、人は誰しも、目に意志が宿っているのがほとんどだ。。
例えば、ハウだったら「祖父を超えてしまキングになる」「楽しいバトルをする」、ククイ博士なら「たくさんのものを発見したい」「技を追求していきたい」といった、何かしらの意志が宿っている。
だけど、彼女にはそれがなかった。
リーリエの目に映っていたのは、恐怖の他にあるのは常にコスモッグだった。僕の推察だが、彼女にとって自分が自分であることを保つには、コスモッグを元の場所へ返すという目的が必要不可欠だったのだろう。
言い換えれば、彼女はコスモッグ以外何もない、空っぽの人間だった。
表情は豊かではあったが、それも、自分が虚ろな人間であることを取り繕った仮面であることも、僕はすぐに分かった。
こんな人、生まれて初めてだ。
ククイ博士の助手をしているらしいが、彼女の言動含めて十中八九裏があると僕は睨んだ。だけど、島巡りの事もあるし、あまり深入りしようとは思わなかったけどね。
メレメレ島の試練を終えた僕らは、ククイ博士に導かれてアーカラ島へと訪れた。
ライチ「じゃああんたたち、ポケモンといっしょに島巡りを楽しんでよ。あたしも、あんたらとのポケモン勝負を待ってる。今から期待してるからね!」
マオ「あなたとあなた! ポケモン、いい感じ!」
デクシオ「さすが、島巡りをしているポケモントレーナーですね。ポケモンとの心の結びつき、ぼくには感じられましたよ!」
グラジオ「……フッ、なにしてやがる、オレ。強いヤツと続けて戦う心構えが足りてないのか」
スイレン「釣りをなさりたい気持ち……スイレンにはよーくわかります」
ハプウ「ヨウか、よい名前じゃな! それに、なんといっても心根の良い戦い方じゃ!」
ハウ「……しんどそう。みんなと仲良くする方が、絶対楽しいし、すごいことができるのになー!」
カキ「おいでませ、やまおとこ!」
モーン「わたしの名はモーン。ポケリゾートの管理人だ!」
バーネット「アローラの謎……それは、ウルトラホール!」
財団職員「アローラ! わたしたちは、エーテル財団! ポケモンの保護をしています!」
したっぱ「オレらもふくろだたきしたいわけ。そんな気分のおれらの前に現れる、おまえが悪いわけ」
プルメリ「わかる? かわいいあいつらをいじめる、あんたがジャマなのよ」
アーカラ島でも、僕はニャヒートや新たにゲットしたポケモンたちと一緒に、次々と試練を突破していった。
僕が出会った人間やポケモンたちは僕に様々な眼差しを向けてきていた。好意、尊敬、友情、憧憬、嫉妬、悪意、敵意……これらが殆どだった。
そういった感情を向けてくる時、僕がやることは決まっていた。友情や信頼、尊敬だったら、それに報いるようにしていたし、敵意を向けて来た相手は降りかかる火の粉を払うようにあしらった。
そして、リーリエにも変化が出始めた。
心が空っぽならば注いで満たせば済むこと、とでも言えばいいのか、リーリエは僕やハウの活躍に感化されて、次第にポケモントレーナーに対して興味が湧いてきたようだった。
僕がニャヒートを鍛えるため、ヌイコグマの群れと戦っていると、いつの間にかリーリエが現れて、僕とニャヒートの戦いぶりを見ていた。
だけど、もともとポケモンが戦うことに慣れていないのか、ニャヒートやヌイコグマが傷つくたび、何度か目を逸らしたこともあった。
リーリエ「ヨウさん……わたし、よくわからないのです」
ヨウ「何が?」
リーリエ「ヨウさんやハウさんがポケモンさんと一緒に戦ってる姿を見てると、未来への扉を開けてるみたいで、素敵だなって思うんです」
リーリエ「けど、ポケモンさんが傷ついていると、つい目を背けたくなる時もあって、さっきもヌイコグマさんがダメージを受けたときも……」
こういう人は特段珍しくない。
僕や母さんはポケモン勝負が好き――ましてや父さんなんて世界中を旅して回っているトレーナーだから、ポケモンが傷つくことに関して気にすることはない。
だけど、逆にリーリエのように、ポケモン勝負とは無縁の環境で育てられた人にとっては、トレーナーや勝負そのものが理解しがたいものに映るだろう。
カントーにいた頃、ポケモン愛に熱が入りすぎて、トレーナーやポケモン勝負に否定的な意見を持つ人と会ったことがある。
ヨウ「でもね、リーリエの言ってたように、トレーナーたちはポケモンと一緒に未来への扉を開けているんだ」
ヨウ「その扉の先にあるモノ……叶えたい夢のためにね」
リーリエ「夢?」
僕はリーリエに、トレーナーは夢や目標を持って戦っていることを教えてあげた。……あくまで持論だけどね。
ヨウ「人それぞれだよ。例えば、たくさんのポケモンと出会いたい、強いトレーナーと戦いたい、ポケモンを深く知りたい――老若男女、みんな夢を抱いて生きていくんだ」
ヨウ「トレーナーは、自分のポケモンにその夢と誇りを乗せているんだよ」
ヨウ「そして、ポケモンたちは、そんなトレーナーたちの力になりたいのかもしれないね。そのためなら、傷つくことだって厭わない」
ヨウ「だって、ポケモンにとっての夢は、トレーナーの夢と一緒なんだから。僕はそう思うよ」
ヨウ「そして僕も、ひとりの男としてニャヒートたちと夢を追い続けているんだ」
ニャヒート「にゃあ!」
ヨウ「夢もないまま、ただなんとなく生きていく。そんな空っぽの人生なんて、つまらないじゃないか」
リーリエは、ポカンとした顔で僕を見ていた。
しまった、しゃべりすぎて意図が伝わっていないかもしれない。多く語りすぎてしまって、相手に伝えたいことを伝えられないのは、僕の改善すべき点の一つだ。
だけど、リーリエの目には少しずつだが、恐怖心が消えてトレーナーへの憧れが現れ始めていた。
同時に、彼女は興味の視線を、僕に向け始めていた。
僕がカンタイシティのポケモンセンターでニャヒートたちが回復するまでの間、暇をつぶすためにカフェスペースでロトム図鑑を使ってネットサーフィンをしていた時だった。
ヨウ(予想通りデンチムシは進化するみたいだけど……特別な場所でしか進化しないのか)
ヨウ(だが、どこで……? ジバコイルのように、磁気が関係する場所なのかな?)
リーリエ「ヨウさん……」
ヨウ「ン? リーリエか?」
リーリエ「あの、お隣……よろしいでしょうか」
ヨウ「ああ、いいけど」
ちょっと緊張した面持ちで、リーリエは僕の隣の席に座った。
ヨウ「どうかしたの?」
リーリエ「あっ、いえ……たまたまポケモンセンターに入るヨウさんを見かけて……もし、時間がおありでしたら、是非また、ポケモンさんについて、お話を聞かせて欲しいのです」
ヨウ「アローラのポケモンならリーリエの方が詳しい気もすると思うけど」
リーリエ「その、トレーナーについて聞かせて頂ければ……」
こんな感じで、リーリエはよく僕からトレーナーについて色々教えて欲しがっていた。
たまに、
リーリエ「ヨウさん……これよかったら、是非……」
ヨウ「げんきのかけらか? いいのか、こんなもの?」
リーリエ「はい、少しでもお役に立てたらなと思って……迷惑だったでしょうか?」
ヨウ「いや、ありがたく使わせてもらうよ」
と、こんなふうに、道具やきのみをよく僕にあげては、彼女はちょっと嬉しそうに口元を緩めていた。
ここまで来れば、いい加減気付かないわけない。
リーリエが、僕に向けていた興味は恋慕へ代わり、出会うたびにその気持ちが少しずつ強くなっている。
恋慕の視線を向けられるのは、別に初めてじゃない。
ゲームが強くて近所の子供たちのヒーローになっていた頃、ひとりの女の子が熱の篭った視線を向けていたことを覚えている。
……結局、告白もされずに引っ越してしまったけれども。
あとは、キャプテンの中にも試練を達成した後、僕を意識し始めた子もいたしね。
ただ、女の子たちとリーリエのそれは、決定的な何かが違っていた。
アーカラ島にいた時は、何がどう違っていたのか分からなかったけれども、違いに気付いたのは、スカル団に絡まれていた財団職員と支部長のザオボーさんを助けたお礼でエーテルパラダイスに行った時のことだ。
ルザミーネ「わたくし、代表のルザミーネ。お会いできて、うれしいの」
その女性を見たとき、僕は不気味という印象を抱かざるを得なかった。
美人ではあるけれども目はギラギラと薄気味悪いほどに輝いていて、そのくせ、ポケモンの母になると言っておきながら、ポケモンたちに向けている感情はかあさんが僕に向けるような母性愛というより自分に酔っている印象だった。
ルザミーネさんから自己紹介を受けた直後、僕らの目の前でウルトラホールが開き、その中から異次元の生命体――ウルトラビーストが現れた。
そのウルトラビーストを、僕とニャヒートが追い払って、なんとか危険を回避した時だった。
ルザミーネ「……やはり、あのコが必要ね。連れ去られたあのコが……」
ハウ「ん? ルザミーネさん、なにー?」
ルザミーネ「今のはきっと、ウルトラビースト……。ウルトラホールと言われる、定かでない次元の生き物……」
ルザミーネ「見知らぬ場所に来て、苦しんで……そう見えたわ。そう! わたくしが助けて、深く深く、愛してあげないと」ニヤァ
ヨウ「……!」
ルザミーネさんが目を細めて、口を半月状に歪めたところを目撃した瞬間、背筋が凍ったよ。
彼女の目には、ウルトラビーストしか映っていなかった。自分の欲しいもののためなら、どんな手段を用いても手に入れてやるという泥沼のように深くて暗い意志を宿していた。
支配欲というか、執着心の塊というか、とにかく、こんな人間を生で見たのは初めてだった。
コイツは、ヤバイ奴だ。
だが同時に、リーリエと同じものを感じたんだ。
彼女が僕に向けている感情と、ルザミーネさんがウルトラビーストに向けている執着心が、似通っていた。
違うのは、その感情の強さと質か。
ルザミーネさんの執着心とリーリエが僕に向けている恋慕なんてライチュウとピチューを比べるようなものだ。
僕は言いようのない不安感を抱いたまま、ウラウラ島へと行かざるを得なかった。
リーリエは、僕に想いを寄せている。
だからリーリエも、ルザミーネさんのように、僕に執着するようになってしまうのか?
あんなおとなしくて優しい子が?
正直な話、リーリエには友達以上の感情を向けていないが、それでも彼女がルザミーネさんのようになってしまうのは嫌だった。そんな目で見られても嬉しくない。
もしそうなったら、僕はリーリエにどうしてやればいいのか、大いに悩んだ。
ウラウラ島に到着して、ククイ博士から10番道路で待ち合わせすることになり、その間マリエシティのポケモンセンターに行こうとしていた時だった。
リーリエとルザミーネさんの事であれこれ考えていると、当の本人がポケモンセンターの前で、僕を待っていた。
ヨウ「……!」
リーリエ「あ……ヨウさん」
コスモッグ「ぴゅう?」
やっぱり、僕の目に間違いはなかった。リーリエの目とルザミーネさんの目は、よく似ていた。外見もそれとなく似ていたし、もしかしたら血縁関係かも知れない。だとしたら、奇妙な偶然があったもんだ。
リーリエ「ヨウさん? どうしたのですか? なんだか、顔色が良くないようですが……?」
ヨウ「え? ああ、マラサダに当たって、ちょっとね」
リーリエ「ふふっ、マラサダって当たるものじゃないでしょう? 生ものじゃないのですから。面白いことを言いますね、ヨウさんは」
コスモッグ「ぴゅい!」
適当な冗談を言って誤魔化したのだけれども、正直リーリエのように笑うことは出来なかった。
こんなふうにリーリエは屈託のない微笑みを浮かべているけれども、いつかルザミーネさんのように、あの歪みきった笑顔を僕へ向けてしまうのか……?
いいや、これ以上考えるのはよそう。単純に、心配しすぎなだけだ。疑いの目を友達に向けたくもないしね。
僕は複雑な思いを引きずりながら、ウラウラ島の試練を受けるために島中をめぐることになった。
ナリヤ・オーキド「君がヨウくんだね! ククイくんから聞いておるよ。ロトム、島巡りのサポートをよろしくな」
アセロラ「うん、お父さん! アセロラ、こうみえて大昔すごかった一族の娘なの」
ククイ博士「太陽の化身とされるアローラの伝説のポケモンに一番近い聖地! ラナキラマウンテンのてっぺん! あそこにポケモンリーグを造る!」
マーマネ「目標接近……。おそらく、試練が目的だと思われ」
マーレイン「ポケモンと供に強さを求め、島巡りで手に入れたZクリスタル、僕よりきみにふさわしいだろう! 遠慮せずに使ってほしい」
無事マーマネの試練を突破して、順調にウラウラ島の島巡りを進めていた。
だが同時に、僕は認識を大いに変えると同時に、忘れかけていた自分の『枷』を思い出す出来事が起きた。
グズマ「Zリングか……」
グズマ「島巡りなんかして、なんになるんだよ?」
ヨウ「僕が叶えたい夢への足がかりにするだけだよ」
グズマ「はぁ? 夢だァ? なにもねえよ、くだらねえよ」
グズマ「まずはククイさん、あんたを壊す前にあんたが大事にしているものを壊す! 破壊という言葉が人の形をしているのがこのオレさま、グズマだぜえ!」
アローラの各地で、人のポケモンを獲ったり、島巡りの邪魔をするならず者――スカル団のリーダーのグズマ。
この人はならず者たちをまとめている人だというのに、ルザミーネさんのような嫌悪感はまるでなかった。
むしろ、僕がアローラに来る前――ゲームの対戦で、僕に大切なおもちゃを取り上げられた子供たちの目によく似ていたんだ。
大切なものを奪われて、空っぽになりそうな心をポケモンと一緒にモノを壊すことで埋めている。戦っている最中、僕はそう感じた。
そのせいで、一度隙を晒してしまい、あわや敗北というところまで追い込まれてしまった。
グズマさんを退けて、周りの人が庭園を去るグズマさんと取り巻きを貶め、僕に賞賛の言葉を投げかける中で、僕だけはそういう目線で彼らを見ることが出来なかった。
何故だ?
スカル団という悩みに僕は頭を抱えながら、アセロラの試練を達成した。
だが僕は、再びこの悩みに直面することになった。
アセロラと一緒にエーテルハウスに帰ると、スカル団の幹部のプルメリさんとその取り巻きたちが待ち伏せていた。
どうやらアーカラで警告したにも関わらず、したっぱを追い払い、あまつさえグズマさんに勝ったのが癪に障ったらしい。
もちろん、返り討ちにしたのだが……今回ばかりは事情が違った。スカル団の連中はエーテルハウスにいた子供達が連れていたヤングースを人質に取ったんだ。
さすがの僕も、これには頭が来た。
僕に因縁をつけるだけならまだいい。だが、無関係な人――ましてや子供を巻き込ませたんだ。本拠地だろうがなんだろうが関係ない、あいつら全員二度とポケモン勝負できないようにしてやろうかと思った程だ。
だが、怒り心頭の僕の頭の中で浮かんできたのは、グズマさんの目だった。夢を奪われて、目の前のもの全てを破壊することで心の隙間を埋めようとしている男……。
あの時のことが繰り返し起こるのではないか、と僕は心の奥底で恐れていた。
そもそも、スカル団とはなんだ? 島の人々は口を揃えて「厄介者」「アローラの外れもの」と言っていた。その原因は? あいつらだって、生まれついてそうなったわけじゃないはずだ。
僕はヤングースを取り返すだけではなく、スカル団の事を知るために、奴らのアジトがあるポータウンへ行くことにした。
もちろん、ハウやリーリエに止められかけた。リーリエに至っては手首を掴んで来たほどだ。
だけど、売られた勝負は必ず買うのがポリシーだし、なによりスカル団とは何なのか知らきゃいけない。
だから僕はリーリエたちの制止を振り切ってポータウンへと向かった。
「ケンカ、弱いけどよ、スカル団やってると、ケンカ売られないんだよ」
「あたいら、島巡りを諦めた連中を笑いに来たんだね」
「強いの嫌い! あんた、入れてあげない!」
僕を待ち受けていたのは、島巡りの証とZリングを持つ僕への嫉妬と自己嫌悪が入り混じった人間たちだった。
まさに、ゲームで僕が負かして宝物を取り上げられた奴らと同じ目をしていた人たちばかりだった。
本拠地に入ろうとしたが、堀にある扉を閉められて困り果てていたところを、しまキングのクチナシさんが開けてくれた。
彼はスカル団がどんなものか知っている気がしたので、僕はクチナシさんにスカル団とはなんなのかを訊ねた。
クチナシ「……そんなもの知って、どうする気なんだい? スカル団に入りたいのかい?」
ヨウ「いいえ、僕個人として知っておかなくちゃいけないんです。彼らは何故アローラの人々から疎まられているのか、そしてこんな不良じみたことをしているのか、教えて欲しいです」
クチナシ「……さっきの嬢ちゃんも言ってたがよ、スカル団っていうのは、島巡りから脱落したトレーナーたちの集まりなんだよ。もともとは別の組織だったんだがな」
ヨウ「脱落した理由は?」
クチナシ「色々さね。試練や大試練に挑んでも達成できず、そのまま島巡りを放棄しちまったり、どうにかしてかがやく石をもらおうと試練の場を荒らしてカプの怒りを買ったり……」
ヨウ「……」
やっぱり、そういうことだったのか。
彼らは、僕が大切なものを奪った子供達の成れの果てとも言える存在だったんだ。
スカル団たちは純粋な夢を持っていた。他の誰のものでもない、自分だけが抱いた夢。それを現実という壁にぶつかった時に打ち砕かれて、そのまま新しい夢を持つこともできず、何者にもなれず、空っぽのまま堕ちていった。
それでも認めて欲しかった。何者にもなれなかったけど、こうしてこの世界にいる自分を、大人たちに見て欲しかった。それが彼らなんだ。
スカル団に同情したわけじゃない。あいつらが僕に喧嘩をふっかけてくるのなら、返り討ちにするまでだ。だが、無意識に昔のことを思い出して、なんともいえない気持ちがこみ上げてきた。
そんな焦燥感を抱えながら、僕は再びグズマさんに挑み、勝つことができたのだけれども――ここでまた、トラブルが発生した。
スカル団の本当の狙いは僕ではなくリーリエとコスモッグだった。
リーリエとコスモッグを掌中に収める上で一番の脅威である僕の視線を逸らしている隙に、リーリエたちをさらった。
その黒幕が、エーテル財団だった。
しまキングのクチナシさんの大試練を達成した後、ボートに乗ってエーテルパラダイスに向かいながら、グラジオから詳しく話を聞くことが出来た。
そもそもスカル団とエーテル財団は理由こそ分からないが手を組んでいて、スカル団はエーテル財団の都合のいい手足に利用されているのだそうだ。
グラジオの話を聞いていくうちに、僕は無意識に怒りを覚えていた。
ヤングースが攫われた時のような、その場限りの衝動的な怒りじゃない。ふつふつと全身の血液が沸き上がってくるが如く、義憤に満ち溢れた激しいものだった。
エーテルパラダイスに乗り込んだ途端、僕は真っ先に飛び出してポケモンを繰り出して邪魔してくる職員たちをガオガエンたちと一緒に力づくで打ち破っていった。
正義の味方を気取るつもりはこれっぽっちもない。強いて言うなら、危ない目に遭っている友達を助けたくて乗り込んだだけだ。
だがそれ以上に、やりなおしさせる可能性を奪い、彼らに残されたちっぽけな誇りを利用したエーテル財団が許せなかった。
そして、ルザミーネさんの屋敷の前の広場で、僕らにスカル団のしたっぱ達が立ちふさがった時は、申し訳なさを感じていた。
夢を失い、大人たちから疎まられ、挙句の果てに捨て駒扱いされている彼らを、死体を蹴り飛ばすように倒していかなければいけないのだから。
胸を切り刻まれる思いをしながらしたっぱたちを倒していき、僕は入口の前に立つグズマさんに三度目の勝負を挑んだ。
グズマ「なんなんだよお前っ! どうしてブッ壊せないんだ!」
ヨウ「……当たり前だろ、目標も持たない奴が僕に勝てると思うなよ。夢って言うのは、人に生きる力と勇気を与えてくれるんだ」
グズマ「はぁ? バカバカしいこと抜かしてんじゃねぇよ!」
グズマ「夢っつうのはよ、所詮力のない弱い奴らの逃げ道よお! 実現しない夢なんぞ、コイキングのクソ以下だ! 現実はそんな優しかねぇんだ!」
グズマ「だからオレ様はブッ壊すんだ、この腐った現実をよ!」
ヨウ「だけど僕をブッ壊すことは出来なかったじゃないか。夢を持っている僕に、アンタは負けたんだ」
グズマ「……!」
ヨウ「そういうアンタだって、夢を持ってたんじゃないのか? なんになりたかったのか知らないけど、負けっぱなしで悔しくないのか?」
グズマ「あァ?」
ヨウ「島巡りで試練や大試練を達成できないまま、夢を叶えられないまま負けっぱなしで、挙げ句の果てにこんな奴らに使い捨てのきずぐすりみたいな扱いされて、お前たちはそれでいいのかって聞いてるんだ」
グズマ「……言うじゃねぇか」
グズマ「だったら、決めたぜぇ。オレ様はいつかオメェをブッ壊してやる! オメェの持っている夢ってやつもブッ壊して、オレ様とおンなじ痛みを味あわせてやる! それがオレ様がたった今抱いた夢だ!」
グズマ「楽しみだぜ。お前の夢がブッ壊れたとき、どんなツラすんのかよ……。その時になっても、オメェは夢を持ち続けていられるのか……」
ヨウ(……それでいいんだよ)
たとえその夢が歪みきったものでもいい。僕の夢を壊すことが夢でも構わない。
何も持たないまま、ぼんやりと生きるよりはずっとマシだからね。
グズマ「……けっ、だが負けは負けだ。通りな!」
こう潔くて、トレーナーとしての矜持を持っているから、彼らを憎めないのかもしれない。ポケモンも、ロケット団のような連中と違って、大事にしてるしね。
グズマさんを破り、僕はルザミーネさんの屋敷に乗り込んだ。リーリエは無事であったが、コスモッグは未だ囚われの身だった。
そして、ルザミーネさんもいた。あの時以上に野望と自己満足に溢れた輝きをその瞳に湛えながら。
やはりというか、ルザミーネさんはグラジオとリーリエの母親だった。グラジオはともかくとして、リーリエとルザミーネさんは目に篭っていた感じが似通っていたことからなんとなく察していたけれども。
結局、ルザミーネさんはコスモッグを使ってウルトラホールをアローラ中に開き、混乱に陥れたまま、後から駆けつけたグズマさんを連れてウルトラホールの向こう側へ消えてしまった。
コスモッグは姿を変えて動かなくなり、アローラにビーストが現れて混乱に陥る……と最悪の状況のまま……。
ビッケさんの提案で、ひとまずエーテルパラダイスで休ませてもらうことになったけれど、疲れているはずなのに眠ることが出来なかった。激戦が続いて、心が落ち着かないようで、外に出てアローラの海でも眺めていたら、同じように眠れないリーリエが現れた。
そのまましばらく僕らは並んで穏やかな水面と月を眺めていると、リーリエが口を開いた。
リーリエ「不思議なんです」
リーリエ「かあさまはわたしに……ほしぐもちゃんに、あんなヒドイこと、したのに」
リーリエ「かあさまがいなくなって……辛いんです」ツーッ
リーリエ「こんなにも胸が張り裂けそうで、わたし、どうしたらいいのかわからなくって……!」フルフル
こういう時、どんな言葉をかけてやればいいのか、僕は分からなかった。
僕の家族はアローラの人たちのようにのんびりしていて大らかで、それでいて僕の夢を応援してくれている。父さんは普段家に帰ることはないけれども、連絡はくれるし、トレーナーになった祝いに帽子をプレゼントしてくれた。
自分とは正反対ゆえに、理解し難かった。
ヨウ「……僕に聞かれたって、分からないよ。自分の親がいなくなるっていうの、まだ分からないからさ」
だから僕は、ありきたりな答えを用意してやることしかできなかった。
ヨウ「ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?」
リーリエ「取り……戻す」
ヨウ「僕は君たちの家庭の事情がよく分からないけど、もし僕が君の立場だったらそうする」
ヨウ「無理矢理にでもウルトラホールから引っ張り出して、自分たちだって生きていることを、伝えてやるのさ」
リーリエ「言い方がちょっと乱暴な気がしますが……」
リーリエ「……そうですよね。諦めなければ、きっと見つかりますよね」
よかった。僕の言葉は、リーリエに勇気を与えられたようだ。ちょっとやせ我慢するようにリーリエは明るい笑顔を僕に向けていた。
だけどそれはすぐに崩れて、悲しみの色が混じり始めた。
リーリエ「ヨウさん……少しの間だけ……甘えさせてもらって、いいですか?」
ヨウ「……いいよ」
するとリーリエはふわりと僕の胸に飛びこむようにきゅっと抱きついてきた。彼女の体はとても華奢で、いい匂いがする。
言葉通り、リーリエは甘えるように僕に頬ずりをして、更に抱きしめる力が強くなると、しばらくそのままの状態でいた。
……こうやって、人と触れ合うのは母さん以来だ。まさかこんなことをする日が来るとは思わなかった。
しばらくすると、リーリエと僕の目があった。
リーリエ「ヨウさん……わたし、頑張ってみせます」
リーリエ「絶対にかあさまもほしぐもちゃんも、取り戻してみせますから……」
リーリエ「だから……そばで見守っててください」
リーリエの表情と、彼女の瞳の奥に見える決意が見えたとき、僕は顔をほころばせた。
やっぱり……僕が間違っていたのかもしれない。
ヨウ「ああ、頑張れよ」
リーリエ「ふふっ……ヨウさんからいっぱい、パワーもらっちゃいますね……」
僕の心の中で鬱蒼としていたわだかまりが溶けていった。
親が親なら子も子、なんて偏見は抱きたくなかったし、それで正解だった。
リーリエは優しくて、芯の強い子だ。
リーリエは自分やコスモッグに対してひどい仕打ちをした人を「かあさま」と呼び続け、ウルトラホールの向こう側へ行こうと自分を変えたんだ。子供じみた素振りで自分勝手な欲求を満たすルザミーネさんとは違う。
別の視点から見れば、プラスの方面に働いたルザミーネさんとも言えるかもしれない。
リーリエの気持ちに応えられるかどうかは分からないけれども、彼女が自分にとってやりたいことがあるのなら、僕はゼンリョクで応援してやりたい――そう思った。
その翌日、髪型も服装も、自分の意志も一新させたリーリエと一緒に、僕は伝説のポケモンを呼び出す笛を探し求めてポニ島へと向かった。
完全にリーリエたちの問題に巻き込まれていったものの、それでも良かった。彼女が頑張るというのなら力になってあげたいし、アローラの伝説のポケモンやウルトラビーストにも興味があったからだ。ひょっとしたらゲット出来るチャンスがあるかもしれないし。
ただその代わり、ポニ島の過酷な自然の真っ只中でも、僕は自分のペースで突き進んでいった。
彼女のボディーガードになるつもりもないし、僕に甘えているようじゃ話にもならない。だけど、ポケモンに追い掛け回されたり僕に追いつくために走ったりしてボロボロになりながらも、彼女は文句も口にせず必死に僕についてきていた。
とりあえず彼女は、自分のしたいことをやり遂げられるだろう。余計な心配はいらないようだ。
ポニ島のしまクイーンになったハプウの導きで、もうひとつの笛があるナッシー・アイランドへと向かった。
途中、雨が降って洞穴で止むのを待っている間、リーリエが心の内をさらけ出してきた。
リーリエ「……わたし、正直、わからないのです」
ヨウ「なにが?」
リーリエ「さっきのように、私と一緒に歌を歌ってくれた、優しいかあさまがいることを、今でもはっきり覚えています」
リーリエ「でも、自分のわがままのために、ほしぐもちゃんやヌルさんにひどいことするかあさまもいて……」
リーリエ「だから、なにが正しくてなにがいけないのか、よくわからなくなって――」
リーリエ「ククイ博士やバーネット博士のように、親切にしてくださる方がいることが分かっても、心のどこかで大人は怖くて、誰も信じることが出来なくなって……」
リーリエ「実はヨウさんのことも、最初に会ったときは、エーテル財団の追っ手と疑ってました……」
ヨウ「……」
別に驚くようなことじゃなかった。
最初に出会ったとき、リーリエは外の世界に怯えていた。周りのことはおろか、会って間もない僕のことを信用できないのも無理はない。
それにしてもエーテル財団の追っ手とは! でも、それくらい彼女の心に余裕がなかったんだろう。
ヨウ「そうだな、あんな大きな組織から逃げ出したら、「いつか見つかって捕まってしまうかもしれない」っていう恐怖に付きまとわれるからね」
ヨウ「だから、誰だって信用できなくなる気持ちは分からなくもないな。僕が君の立場だったら、同じ考えをしてたかもね」
ヨウ「……でもね、君に優しくしてくれたルザミーネさんを信じるのか、それとも、エーテルパラダイスで見せたあのルザミーネさんを信じるのか、結局何が良くて何が悪いのか、それは君自身が決めることだよ」
ヨウ「難しいことかもしれない。だけど、誰かに判断を委ねていきながら生き続けても、なにも進歩できないよ」
リーリエ「そう、ですよね」
リーリエ「変わることって、難しいですね。こうやって頑張っても、まだ何もできなくて、なにも決められなくて……」
スッ
ヨウ「大丈夫、これから変えていけばいい。少なくとも、君は変わろうと努力しているんだから」
リーリエ「……ヨウさん」
リーリエ「そういえば、聞きそびれていたことがありました」
ヨウ「なんだい」
リーリエ「アーカラ島でわたしが、ポケモンさんが傷つくのを悩んでいたとき、あなたは「トレーナーとポケモンは一緒に夢を追いかけている」とおっしゃってましたね」
ヨウ「そうだっけ?」キョトン
ちょっと素で忘れてしまっていた。するとリーリエは頬を膨らませてあからさまに不機嫌になった。
そんなに印象に残ったのか? あの話。
リーリエ「もうっ! ……それで、その時はヨウさんの話に聞き入って、つい忘れていたのですが……」
リーリエ「ヨウさんがガオガエンさんたちと一緒に叶えたい夢って、なんですか?」
ヨウ「僕の夢か?」
そういえば、リーリエには話してなかった気がする。そもそも、他人に自分の夢を語るなんてことも、あまりしていない。このアローラに来て、自分の目標がポケモンマスターであることを明かしたのは、ハウやククイ博士ぐらいのものだ。
そもそも、夢を話す機会が無かっただけの話だが。
ヨウ「僕の夢は、ポケモンマスターになることだよ」
リーリエ「ポケモン……マスターですか?」
ヨウ「きっかけは……本当に幼い頃、親と一緒に見たカントーのポケモンリーグの実況を見た時だね」
ヨウ「テレビ越しにトレーナーとポケモンたちが繰り広げる丁々発止の攻防の果て……最後にフィールドのど真ん中で、周りの人から祝福されながら新しいチャンピオンが生まれた光景を見た瞬間、僕は決めたんだ」
ヨウ「あれを超える何かになりたいってね」
リーリエ「ああなりたい、ではなくて?」
ヨウ「……」コクン
ヨウ「アローラの島巡りだって、始まりに過ぎないよ」
ヨウ「お楽しみはこれからだ」ニッ
そう、アローラの島巡りも、これから始まるウルトラホールでの戦いなんて、ほんの一部。それどころか、終わってからが本番だ。
世界には、チャンピオンをゆうに越えるポケモントレーナーなんてたくさんいるのだから。
彼らを押しのけ、頂点に立つにはもっともっと、ポケモンたちと強くならなきゃいけない。
リーリエ「……すごいです」
リーリエ「やりたいことが決まって、それに向かってもう努力しているなんて。やっぱり、すごいです」
リーリエ「わたしはまだ……そういうはっきりした夢は持ってないです」
リーリエ「持ってないですけど……」
リーリエ「わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……」
ヨウ「……」
リーリエ「夢と呼べるかわかりません……ですが、かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思いました」
僕と旅がしたい、か。
こう面向かって言われると嬉しくもあり、恥ずかしいけど……現実的なことを言えば、今は自分のことでいっぱいいっぱいで、他の事には手が回らないというのが現状だ。チャンピオンになれば、なおさら忙しくなるだろう。リーリエが僕と会う機会も減る。
だけど――リーリエが本気で僕と旅がしたいのなら、それはいつか叶うかもしれない。とくに根拠はないけれど。
でも、夢っていうのは、それに向かって行動することで実現するものじゃないか。その道がどんなに過酷なものでも、夢さえ捨てなければ。
それに、誰かと一緒に夢を目指すのも、悪くはない……かも。
ひょっとしたらリーリエの頑張りが、僕の心を変えてくれるかもしれない。
そう思うと、彼女の夢が叶った時が楽しみになってきた。
ヨウ「……いいんじゃないかな。ささやかだけど、やりたいことがあるだけでも」
ヨウ「きっと叶うよ。諦めなきゃね」
リーリエ「はい! 絶対に叶えてみせます!」
奇妙な気分だ。自分も彼女のやりたいことに関わっている――というか、結局は僕の気持ちの問題なのに、リーリエの満面の笑みを見ていると、不思議と応援したい気になってくる。
なんだか、自分が彼女の兄か父にでもなった気分がする。グラジオの前じゃ、こんなこと絶対に言えないな。
そして僕らは、太陽の笛を手に入れ、旅を続けた。
プルメリ「ポケモンがいてはじめて、ポケモントレーナーなんだ。それを忘れたらカプの罰を……。あんたなら安心だけどさ」
ハプウ「そう! しまクイーン、ハプウの大試練じゃ! 若いが他のしまキング、しまクイーンにひけはとらん!」
リーリエ「見ててください、わたしの試練!」
マツリカ「あーあたし、マツリカ。キャプテンやってます!」
ソルガレオ「ラリオーナッ!!」
リーリエ「伝説のポケモンに進化する話なんて、そんなの本でも読んだことないのに……ソルガレオさん……ううん、ほしぐもちゃん! わたし、かあさまに会いたい!」
グズマ「なんにも恐れないスカル団ボスのオレだがよ。あの人は……ヤバい! ヤバすぎるぞ!! ウルトラビーストにすっかり夢中……もう、誰の言葉も想いも届かねえ!!」
ルザミーネ「ヨウ……! 憎いトレーナー。わたくしとウツロイドの世界にもやってきて……許しませんよ!! ウツロイドの能力で! あなたを打ちのめしてみせますわ!!」
リーリエ「ヨウさん、このコと向き合い、ボールに入れてあげてくれますか? このコの想い……あなたといっしょに旅をしたい想いを叶えてほしいのです!」
笛の力で進化したコスモッグ――ソルガレオと一緒にウルトラスペースに乗り込み、完全にウツロイドの虜になっていたルザミーネさんの正気を取り戻し、元の世界に帰った僕は、トレーナーではないリーリエから代わりに、ソルガレオを託された。
アローラの伝説のポケモンなのはもちろんだが、それ以上に、僕とリーリエが供にアローラを巡った旅の思い出の象徴でもあった。同時に、僕らにとって大きな力でもある。
ヨウ「僕らも行こうぜ、ソルガレオ」
ソルガレオ「ラリオーナ!」
大きなオマケも付いてきたが、とにかくポニの大試練も乗り越え、ついにククイ博士念願のアローラポケモンリーグも完成した。僕の旅も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
グラジオ「フッ……オマエらが強くなるなら、オレも負けてられない……。オレたちは仲良しではない。でも、悪くない関係だ。じゃあな、勝ちつづけろ!」
ハウ「引っ越してきたのがヨウで、おれ、ほんとによかったよー!」
ククイ博士「ヨウ、よくここまで来たぜ! 島巡りでの試練、大試練をすべて達成! 本当におめでとう!!」
ハラ「しまキングにして、四天王のハラですな。では……本気の本気、オニのハラでいきますかな!」
ライチ「アーカラで出会ったころの面影、見当たらないね。島巡りで、心に残る経験を刻んだのかい?」
アセロラ「ふぁー! あたしが勝って、新しいチャンピオンになるって目論見、こっぱみじん!」
カヒリ「四天王の先に……なにがあるのでしょうね。どうかご自身の目でご覧になってください」
新たに加わったソルガレオ、そして島巡りで出会ったガオガエンたちと供にハウ、グラジオ、そしてククイ博士が選んだ四天王たちを次々と打ち破った。
言うまでもなく、四天王全員を破った先にいるのはチャンピオンだ。しかし、チャンピオンの間にあった椅子は、誰にも座っていなかった。
これはどういう意味だ? と考えていると、ククイ博士がチャンピオンの間に入り、階段を登ってきた。
ククイ博士「ヨウ! これからはきみが、ポケモンリーグチャンピオンだぜ!」
ククイ博士「と言いたいところだが、じつはもう1人、戦わなくてはならない! そのトレーナーはもちろん、このぼくだぜ!」
ヨウ「……そういうことか」
実感はないけれども、僕はアローラのチャンピオンになった。
だがチャンピオンになったということは、僕は常にチャンピオンの座を狙われるということ。
挑戦者からチャンピオンの椅子を守ること、それがアローラチャンピオンとしての僕の仕事だ。
そして、ククイ博士がその第一号ということか。
ヨウ「……僕がチャンピオンとして最初に戦う相手が、まさか最初に出会ったアローラの人であるアナタだとはな」
ククイ博士「ああ! さぁ、島巡りのトリを飾り、新しいリーグの門出を祝うのにふさわしいポケモン勝負をしよう!!」
僕はチャンピオンの椅子から立ち上がると、ボールを構えた。さぁ、チャンピオンの初仕事だ!
ククイ博士「キュウコン! こおりのつぶて!」
ヨウ「ソルガレオ! メテオドライブだ!」
ククイ博士「カビゴン! ヘビーボンバー!」
ヨウ「ジャラランガ! まもるで防げ!」
ククイ博士「ルガルガン! アクセルロック!」
ヨウ「ラプラス! ハイドロポンプ!」
激しい技の応酬の末、最後に残ったのは僕のガオガエンと、博士のアシレーヌだけ。
さすがはポケモン博士にして、島巡りの達成者。はっきり言って、島巡りでこれほど苦戦したのはマオの試練以来だ。
さらに言えば、僕も博士も、まだZワザが使える余力が残っている。
ククイ博士「アシレーヌ! わだつみのシンフォニア!」
ヨウ「ガオガエン、ハイパーダーククラッシャーだ!」
そして最後はガオガエンとアシレーヌによる、禍々しい炎と清らかな水泡によるゼンリョクのZ技のぶつかり合いで、決着がついた。
勝利の女神は僕に微笑んだ。
ククイ博士「……素晴らしい! 以前、ぼくは言った……。そのときベストの技を選べるポケモンとトレーナーのコンビが繰りだす技が最強だと!」
ククイ博士「まさにその通りだった! 誰もが認める、チャンピオンの誕生だ!」
ヨウ「……」
言葉が出なかった。
アローラの島巡りを経て、僕はリーグのチャンピオンになった。
ようやく、スタートラインに立てたんだ。僕の心はまだ飢えている。まだ満足しちゃいない。こんなものじゃない。僕が目指すものはもっともっと、遥か高みだ。
……だけど今は、純粋にチャンピオンになれたことを喜ぼう。だって、アローラの全ポケモントレーナーの頂点に立てたんだ。並のトレーナーでは来れないところまで、僕はやってきたんだから。
リリィタウンに戻ると、チャンピオンになった僕を祝うため、母さんやハウ、リーリエ、そしてアローラ中のキャプテンやしまキングが集まって、お祭りを開いてくれた。
みんなが、島巡りを終えた僕を祝福してくれている。その光景を見たとき、幼い頃に見たテレビ越しに見たチャンピオン誕生の瞬間の光景を思い出した。今は僕がその真ん中に立っている。
そんな中、僕はみんなの輪から外れて、一歩引いた形で僕のことを見つめるリーリエの姿が目に付いた。
彼女は笑っていた。だけど、どこか辛さを抱えているようにも見えて、胸元に手を当てて僕を見ていた。
ヨウ「リーリエ、どうしたんだ? どこか痛いのか?」
リーリエ「あっ、いえ、なんでもないです!」
リーリエ「そ、その……ヨウさん、チャンピオンおめでとうございます! それにしてもすごいです……! こんなにたくさんのみなさんが、ヨウさんをお祝いするため集まって くださったんですね……大人も子供も、ポケモンさんも、みなさん、とても楽しそう……!」
ヨウ「あぁ……子供の頃のテレビで見た光景が、現実になった気分だ」
リーリエ「ヨウさんの夢……叶って良かったですね!」
ヨウ「……いいや、まだスタートラインに立ったばかりだよ。言っただろ? 島巡りだって、始まりに過ぎないって」
リーリエ「そうですね……ヨウさんの夢……ポケモンマスターになることですもんね。ヨウさんなら、絶対なれます!」
ヨウ「ありがとう、リーリエ」
リーリエ「わたし……色々ありましたが、アローラに来てよかったです! ヨウさんと出会えて、ううん……いっしょに旅もできて本当によかったです!」
ヨウ「……そうだな。旅っていうのはああいうのがいいの、かもな」
たくさんのポケモンや人と出会い、知らない場所を歩き回り、新たな発見をしてそれを糧に、新しい未知の世界に飛び込む……。
その傍らには友達や親しい誰かが一緒にいて、思い出や経験を共有しながら見知らぬ場所を冒険するのは、確かに楽しい。
事実、アローラでの旅は命の危機に晒されたことこそあれ、胸が躍るような大冒険だった。こんな経験、二度も出来るようなものじゃない。
こうして、僕の島巡りは終わった。
チャンピオンになり、ハウやリーリエとは会える時間が少なくなるが、なんだかんだでようやくアローラでの生活が始まる。そして、僕の夢を叶えるための旅路が始まる。
――そして、僕にとって本当の試練は、ここからだった。
僕はアローラ地方のチャンピオンになった。つまるところ、今まで追う立場だったのが、追われる立場になるということだ。攻める立場だったのが、今度は守る立場になるんだ。
僕が今座っているチャンピオンの王座を狙うために、顔なじみから遠い地方よりやってきた見知らぬトレーナーまで、大勢の挑戦者がアローラポケモンリーグにやってきた。
ハウ「まだまだー! だってこれから超えるべきトレーナーが目の前にいるからねー」
グラジオ「ポケモントレーナーには何が必要か? 答えは人それぞれだろうが、少なくともオレは最強の相手を望む」
ハプウ「しまクイーンの歴史を紡ぐべく、わらわも精進するが、そなたもチャンピオンとしての歴史を紡いでいこうぞ」
マーレイン「アローラのすごさを世界に知らせる場所ですよ。そうなると、大事なのはチャンピオンがどのようなポケモントレーナーかということだね」
リュウキ「天下取るため海を越えて、はるばるアローラに来たのさ!」
ひっきりなしに、四天王を越えた挑戦者が僕に勝負を挑んでくる。しばらくして、僕はアローラに来て初めて壁にぶつかった。
大勢の強豪トレーナーに勝つためには多様なポケモンを育てなければならない。だけど、挑戦者は続々とやってくるし、育てるための金も時間も足りなかった。
リーグ運営からの支給や挑戦者の賞金、それからチャンピオンとしてのPR活動の際にもらえる報酬があっても、ポケモンを育てたり捕獲するための道具を揃えるためには、もっと多くの金が必要だった。
自分がチャンピオンである事を隠しながら、オハナ牧場でミルタンクやケンタロスの世話をするアルバイトもしたし、ハノハノリゾートでナマコブシ投げをするアルバイトもこなした。
それでも金額が足りない。どうしたらいいのかと思い悩んだ時だ。
ある日、怪しげなおじさんから貰ったカードに記された場所に向かうと、そこで待っていたのは国際警察を名乗る男女二人組……リラさんとハンサムさんだ。
ハンサム「わたしの名は『ハンサム』。所謂、国際警察です。そしてこちらは私のボス……」
リラ「私は『リラ』と申します。国際警察特務機関「UB」対策本部部長です」
彼らは僕がアローラチャンピオンであることを見込んで、ウルトラビーストの保護の協力を頼んできたんだ。
僕はそれを快く請け負った。アローラで起きた事件には僕だって少なからず関わっているからその尻拭いというのもあるが、ウルトラビーストと戦ってポケモンを鍛えることが出来るし、作戦成功の暁には多額の報酬がもらえる。
なにより、ルザミーネさんの一件では手に入らなかったウルトラビーストをゲットできるからだ。
だが当然、それは僕自身を命の危険に晒すことに他ならない。もっと言えば、僕自身にも相応の負担がかかる。
僕だって人間だ。疲れもするし、怪我だってする。ウルトラビーストの手にかかるより前に過労死になるんじゃないかと覚悟していた。
それでも、これが僕の夢につながる道だ。このぐらいでへこたれてしまえば、僕もその程度の人間だ。
だけどガオガエンたちは、僕がとてつもない苦労をしていることを、ボールの中からでも見ていたようだった。
ガオガエン「ガォォ……」
ウツロイド「じぇるるっぷ……」
ソルガレオ「ラリオ……」
ヨウ「……心配してくれたのか? ありがとう、僕は大丈夫だよ。お前たちも今日はよく頑張ったな」
挑戦者が僕に負けて帰ったあと、僕の身体を労わるように、ポケモンたちが近寄ってきた。
僕も撫で返してあげたけれども、彼らの表情はひどく浮かばれていないことが分かる。
本当にいい奴らだ。僕よりも苦労しているのは君たちだと言うのに。
ハウたちに僕がこんな状態であることを悟られていないのが不幸中の幸いか。
チャンピオンは、みんなの憧れでなければいけない。完全無欠の最強のトレーナー、チャンピオン・ヨウとして、僕は在らねばならない。だから、ハウやリーリエ、ククイ博士、ロトム図鑑――親友であろうと親しい間柄であろうと、誰にも相談するつもりもなかった。
信用していないわけじゃない。話せばきっと、力になってくれるかもしれない。
だけど、そこからボロが出て、アローラの人々が僕に対する憧れが失ってしまう可能性がありうるからだ。
最悪、ただでさえ辺境のポケモンリーグと揶揄されているアローラポケモンリーグを、さらに貶めかねない。
人間は完璧ではないのは分かっている。だけど、完璧でないと地方を代表するチャンピオンとして失格だ。特にSNSで簡単にメッセージを発信できる世の中では、特に隠し事は露見しやすい。チャンピオンとしての立場をうまく利用して隠していかなければならない。
みんなは、僕を見て舞い上がっていて欲しい。僕を目標に強くなって欲しい。
だから弱みを絶対に見せないつもりでいた。特に、四天王たちやキャプテンたちは、僕がアローラのチャンピオンだからこそ、張り合いが出るとよく僕に言ってたしね。
このくらい出来なきゃチャンピオンなんて務まらないだろうし、ましてやポケモンマスターにだってなれはしない。
なにより、僕のために身を削っているガオガエンやソルガレオたちの努力を裏切ることになってしまう。
幾重にも渡る挑戦者との勝負、過酷なバイトや死と隣り合わせなUB捕獲作戦――僕の心身は日に日に擦り切れていった。
怪我だってしたこともあるし、たったの1時間しか眠る時間がなかった日もあった。
みんながいないところで胃の中のもの全部吐いたこともあった。
ときには、僕は何のためにこんな生活を送っているのか、人生ってなんなのか、考えてしまうこともあった。
そんなギリギリの精神状態でも正気を保てたのは、皮肉にもチャンピオン防衛戦の時だった。
チャンピオンの椅子に座りながら、頭の中でポケモンたちのイメトレをしている最中、僕の前に現れたのは元スカル団の幹部――プルメリさんだった。
なんでも、マーレインさんとクチナシさんに言いくるめられて、トレーナーとして一からやりなおし、その結果Zリングも渡されたそうだ。
試合は当然、僕が勝った。だが、その後の彼女の言葉に衝撃を受けた。
プルメリ「半端だったアタイだからこそ 思ったんだよね。半端なことしてちゃダメだって! アタイ達、ここに立つために多くの……本当に多くのポケモンを倒してるんだからさ!」
ヨウ「……!」
そうだ僕は、挑戦者の夢を奪う立場なんだ。
ハウやグラジオのように、僕を倒すことでモチベーションを上げる人、もしくは僕を倒すことで新たな夢の足がかりにしようとしている人もいるけれども、チャンピオンになることに命を賭けている人だっているはずだ。
僕はその人たちの夢と希望を、知らず知らずのうちに自分の夢のために奪い続けているんだ。カントーにいた頃、近所のワルガキたちから、大切なおもちゃを奪った時のように。
負けた人間のことを考えず、勝つことのみに専念できれば、どれだけ楽だろうか。
僕が出来ることはただ一つ、僕が倒していった人たちの想いも背負って夢を叶えることだ。たくさんの夢の残骸を積み上げることで、僕の夢がやっと叶うんだ。だから諦めることも負けることも許されない。
負けてしまえば、僕もその夢の残骸のひとつになってしまうからだ。
僕が背負っているものだけが、極限状態に陥っている僕を、なんとか踏みとどまらせていた。チャンピオンであることを維持するため、ひたすら大事なものを投げ捨ててきたが、これと夢への想いだけは、残っている。
だけど、バレない秘密っていうのは無いものかもしれない。
いよいよ僕が防衛戦をしている裏で、相当無理している事がバレてしまった。
それもまさか、僕への挑戦者でもない人に。
その日は久しぶりに、挑戦者が来る予定もなく、幸運にも丸一日休める日だった。
僕はメレメレの花園に向かった。
以前、ここにウルトラビーストのマッシブーンを捕獲した後、花に隠されていた秘密の抜け穴を見つけたんだ。
抜け穴の先にあったのは、湖と、リリィタウンの崖下の浜辺に繋がる出口だった。しかも、中の状態を限りでは誰にも知られていない。僕はそこを海繋ぎの洞窟と呼ぶことにして、自分だけの秘密基地にしようと思った。
そこでのんびり水遊びでもして、日頃の疲れでも癒そうとしていたら、僕を追って洞窟の中に入ってきた人がいた。
リーリエ「よ、ヨウさん。お久しぶりです」
ヨウ「リーリエ? どうしてここに?」
彼女はどうやら僕をつけて来たようだ。
それにしてもリーリエの言葉通り、随分長い間会っていない気がする。
僕はチャンピオンとしての勤め+α、リーリエはウツロイドの毒に苛まれているルザミーネさんの治療法を探しているため、中々会う機会が無かったからだろう。
ヨウ「どうだ、リーリエも水浴びで涼んでいかないか。気持ちいいぞぉ」
リーリエ「いえ……水着も持ってきていないので――」
バシャッ!
リーリエ「ひゃあ!」
ヨウ「ははは! 水も滴るいい女ってな!」
リーリエ「……」ポタポタ
リーリエ「ヨウさん! お気に入りの服なのに!」プンスカ!
ヨウ「服って汚れてなんぼのもんだろ?」
リーリエ「ひどいです! ひどすぎますっ! 服を台無しにして! 許さないですっ!」バシャッ!
ヨウ「おおっ、ドサイドンに負けない勢いだ!」バシャッ!
からかって怒らせたリーリエと僕は思いっきり水を掛け合った。
気が付けば、僕もずぶ濡れになったリーリエも、おかしくなって大笑いしていたよ。こんな心の奥底から笑うなんて、本当に久しぶりだ。
リーリエ「もうっ、ホントにひどいです。ヨウさん」
ヨウ「悪かったよ……僕の服でよければ貸してあげるから、乾くまで着てなよ」
リーリエが着替えている間、僕は再びのんびりと湖を泳いでいた。だけど……泳いでいることに夢中にいたのが不味かったのか、僕の脇腹に残っている痣を彼女に見られてしまった。
リーリエ「ヨウさんっ、その痣は?!」
ヨウ「ん? あぁ、これか」
本当に僕はそこで痣の存在を思い出した。もっと大きな怪我を負ったことだってあるが、だいたいキュワワーに治してもらっている。
だけど、この痣は消し忘れていたようだ。心の奥底でマズったな、と悪態をついた。
リーリエ「なにがあったのですか?」
たいしたことない……って言っても、リーリエが素直に受け止めるとは思えない。正直に話したほうが良さそうだ。
ヨウ「……みんなには内緒にしてくれないか?」
仕方なく僕は、この痣が出来た経緯を話すことにした。
ヨウ「……とまぁ、こんなところかな」
リーリエ「ヨウさんはチャンピオンなのに、そんな危ないこと、する必要が……」
ヨウ「金さ」
リーリエ「お金……?」
心の中で、これ以上話すなと叫ぶ僕の声が聞こえる。
お前の弱さを誰かに握らせるな。
だけど、不思議とそんな意志に反して、僕の口から今の自分の抱えている現状や想いが、自然と滑り落ちていく。
リーリエ「だから、ヨウさんはそんな危ない仕事を掛け持って……傷だらけになるほどの無茶を?」
ヨウ「そうだ」
ヨウ「それに、こんな傷……大したものじゃないさ。ポケモン(あいつら)が勝負で受ける傷や、僕への挑戦者が失うものの程度に比べちゃあ、ね」
リーリエ「挑戦者が失うもの……?」
ヨウ「……夢、だよ」
リーリエ「夢?」
僕はリーリエに語りかけるつもりで、その実自分自身に話していた。
今のあり方に疑問を持っている、自分自身に言い聞かせていたんだ。
拳に力がこもる。
僕はなんのために戦っている? なんのために大勢の夢を踏み台しているんだ?
ヨウ「ポケモンマスターへの道は、決して映画や小説のように輝かしいものじゃない。薄汚れた道だ」
ヨウ「俺達は周りの期待だけじゃない。踏み潰したトレーナーたちの夢と希望の残骸とポケモンたちの期待を背負って、前へ進んでいくしかないんだ」
ヨウ「だから、今でも友達たちから賭けで手に入れたおもちゃも、自分の部屋のクローゼットに飾ってあるんだ。手入れをするのが日課になるほど、大事にしている。あいつらがどれだけ、あのおもちゃに誇りと想いを乗せてきたか、知ってるからな」
頭の中が熱くなっていく。周りの視界が真っ赤に染まっていく。
次第に感覚という感覚が無くなりつつあった。自分が何を話しているのかさえ、分からなくなってきている。
それでも、心の中にあるものを全て吐き出していく。
ヨウ「諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ」
ヨウ「だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!」
ヨウ「オレはっ、負けるわけにはいかない。負けられないんだよ! 僕が大切なものを奪ってしまったあいつらのためにも!」
リーリエ「ヨウさんっ!」
我に返ると、背後からリーリエが僕の胴に手を回していた。同時に、消えていった感覚や現実感も戻ってきた。
だけど、胸の中はこの湖の水よりも冷たいままだ。
リーリエ「お願い……これ以上、自分を傷付けないで」
ヨウ「……」
リーリエ「ヨウさん……あなたは一人じゃありません」
リーリエ「あなたには、ガオガエンさんたちがいます! ハウさんがいます! ククイ博士も、ハラさんも、しまキングの方々もキャプテンの方々もいます!」
リーリエ「そしてわたしもいます!」
リーリエ「だから……ひとりで背負わないでください。そんなことをしたら……いつかあなたは……押しつぶされちゃう……」
僕の脳裏に、心配しているガオガエンたちや、ハウ、ククイ博士、それからハラさんやしまキングたち、キャプテンのみんなの姿が浮かんでは消える。
ひょっとしたら、僕の知らないところでは、彼らはなんとなく僕の無茶を察しているのかもしれない。
だけど、リーリエ。そんなこと――
ヨウ「そんなこと、ずっと前から分かってるよ」
リーリエ「――ッ!!」
リーリエは、ありのままの僕を見て、まるでウルトラビーストかなにかでも見たような形相へと変わっていた。いったい僕はどんなふうになってるんだろうね。
ヨウ「でもね……ハウも博士も、アローラのみんなが、僕に期待を寄せてくれているんだ」
ヨウ「そんな人たちに、こんな情けない姿を見せて失望させるわけにはいかな……」
しゃべっている途中、一瞬のうちに僕の口が塞がれてしまった。代わりに、僕の唇に圧迫感と湿った暖かさが伝わってきた。
なにが起きたのか、僕は分からなかった。一気に眠りから覚めたような感じになって、状況を冷静に考える間もなかった。
僕に唇を重ねていたリーリエが僕から一歩引いて離れると、優しく僕の頬に触れてまっすぐ僕に微笑みかけた。
リーリエ「なら……みんなに見せなくていいです。だから……あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……」
ヨウ「……リーリエ」
そしてリーリエは再び僕の唇に、自分の唇を押し当ててきた。
今度はさっきのように軽く触れたものじゃない。ゼリーのように柔らかい彼女の舌が口の中に入って、僕の舌と絡み合わせ激しくさせていく。
ヨウ「んっ……」
リーリエ「ヨウひゃん……はふぅ」
唇を通して、リーリエが僕の心の中に入ってくる。リーリエが、僕の心に住み着いて暖かくさせてくれる。
それがどうしようもなくくすぐったくって、冷たかった僕の心を沸き立たせた。
その時、僕は気付いたんだ。
僕の想いを誰かに聞いて欲しかった。僕の心の底にあるものを、知って欲しかった。
でも、僕はチャンピオンとして、そしてポケモンマスターを目指す者として、自分のプライドを守るためにいつの間にか、みんなとの間に壁を作ってしまっていたんだ。
だから、僕は知らず知らずのうちに苦痛も自分の想いも自分の内側に溜め込んで、閉じ込めていた。その矛盾が次第に身体だけじゃなくって、僕の心も蝕んでいた。
リーリエが僕の心に閉じ込めていたものを見抜けたかどうかわからない。だけど、いつか彼女が、『わたしが困っていると、いつもヨウさんがいます』と言ってくれていた時とは逆に、今は僕が辛い時、彼女はこうしてそばにいてくれた。
それが、どうしようもなく嬉しくて、たまらなかった。
ヨウ「リーリエ……」
リーリエ「ヨウひゃん……んぅ」
不思議だ。人に愛されると、こんなにも愛してあげたくなるものなのか。気が付けば、僕はリーリエに夢中になっていた。
だけど、リーリエはそれ以上に僕に夢中になっていて、キスしながら僕を岸まで押していき、そのまま僕の上半身が傾くと、リーリエが覆いかぶさって、キスの雨を降り注がせる。
リーリエ「ヨウさん……酷い傷……わたしが癒してあげますね」
リーリエが艶かしい笑みを浮かべると、今度は僕の脇腹にある傷口に唇をくっつけて、舌で優しく舐め始めた。ぞくり、と足の根元から脳天まで、快感が僕を貫いたと同時に疲れきった心を慰撫させる。
次第にリーリエは僕の上半身を、あたかもイッシュへ観光した時に買ったヒウンアイスでも舐めるかのように味わい始めた。
腹回りや首筋、胸を、吸血するズバットよろしく甘噛みしてきた。僕がちょっと痛がっても、リーリエは溶接したかのように、離れようとしなかった。
ようやくリーリエが離れたとき、一度彼女と目があった。
リーリエの翠色の瞳には、僕以外のすべてが映っていなかった。力が抜けきって、浮かべていた笑みすらもとろけてしまいそうなものだった。
リーリエ「えへ……ヨウさん」
――うふふ、ビーストちゃん
ヨウ「……!」
不思議とその様子が、ウルトラビーストに執着していたルザミーネさんと重なってしまった。
なぜ今更、捨てたはずの疑念が湧いてきたんだ。僕はこんなにも、リーリエを愛し始めているのに。
ヨウ「……!」グッ
リーリエ「ヨウさっ……んんっ」
邪推している自分から逃げるようにリーリエを抱き寄せ、唇を重ねた。
今は、考えるのをやめよう。ただひたすら、僕を愛してくれる人の暖かさと優しさを感じていたい……。
リーリエ「ヨウひゃん……はふぅ……」
ヨウ「……」
再び海繋ぎの洞窟に、僕とリーリエが紡ぐ艶かしい水音が響いた。
しばらくして僕はキスを止めにして、惜しみながらもリーリエから離れた。僕とリーリエの口からキラキラと光る透明の糸が伸びたけれども、すぐにどろりと切れて湖の水に溶けていった。
岸に上がって昂ぶった気分を落ち着かせると、僕の心にはふたつの相反した気持ちが存在していることに気付かされた。
リーリエを愛してあげたい暖かな気持ち、そしてリーリエは僕に執着して、ルザミーネさんのようになってしまうのではという疑念。
ヨウ「どうしてなんだろうな……」
リーリエ「え?」
こんなにも愛しているのに、リーリエを疑わなきゃいけないのか。
それでも――。
ヨウ「リーリエが初めてだ」
僕の領域に踏み込んできて、そばに寄り添ってくれた人が――。
ヨウ「よりにもよって、君に……」
僕を独り占めしようとするかもしれない、下手をすれば僕の自由を奪って、夢を閉ざしかねないかもしれないかもしれない人を愛してあげたいなんて。
ヨウ「僕はどうかしてるな……」
リーリエ「どういう……ことですか?」
ヨウ「んー? こんな、キスとか恋とか、したことがないからびっくりしただけだよ」
ヨウ「それにしてもリーリエって、意外と肉食系なんだな」
リーリエ「か、からかわないでくださいっ。わたしだって、恥ずかしいんですから!」カアッ
リーリエも、さっきまで自分がやった行為を思い出して、顔が熟れているマトマのみよろしく真っ赤になっている。
いやぁ本当にびっくりした。もっとリーリエは奥手かと思っていたけれども、こんなふうにがっついてくるなんて。
でも、それほど僕のことを好きになってくれたってことだよな……。
ヨウ「……ありがとう」
リーリエ「……うぇ?」キョトン
僕は再び湖に入ると困惑しているリーリエに近づいて、彼女の頬に優しくキスして、抱きしめた。
ヨウ「僕のこと……聞いてくれて。嬉しいよ。ここまで自分のこと、話したのは君が初めてだ」
リーリエ「……」
リーリエは何も返さなかった。だけど、背中に手を回して僕を抱きしめ返してくれた。そして彼女の目元から、一粒の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
……リーリエはよく僕のことを不思議な人、と言ってくれたが、そのセリフをそのまま君に返してやりたいほどだ。最初は正直、気味の悪い人間と思っていたのに……いつのまにか、僕の心の大きな部分を占めているのだから。
ヨウ「フッ、僕の服も濡れちゃったな」
リーリエ「あ……」
それからは何事もなく……お互いの服が乾いたところで、誰にも見られないところでこっそり手を繋ぎながらリリィタウンで僕たちは別れを告げた。
家に帰って風呂にでも入ろうと服を脱いだとき、僕はあることに気付いた。
ヨウ「リーリエ、いくら好きだからってやりすぎだよ……」
首からお腹にかけて、彼女が残していった夥しい数の痣を見て、僕は笑うしかなかった。
この痣は、まるで僕がリーリエのものであることを証明する焼印に見えたのは、気のせいでありたい。
だけど、鏡に映る僕の顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかで、島巡りをしていた時よりも、明るく、満ち足りたものになっていた。
僕はとりあえず、バイトを辞めた。
リーリエに諭されたことで、僕は自分の過ちに気付くことが出来た。夢を目指すことは大事だし、みんなに尊敬されるチャンピオンで在り続けるのも僕の仕事だ。
でも、みんなを――少なくともリーリエに心配されてまで、することじゃない事を気付かされた。もし過労で倒れてしまえば、元も子もないしな。もっと自分の体調と仕事に折り合いを付けることが、今の僕の課題だ。
幸い、僕のポケモンたちは防衛戦やウルトラビーストとの戦いを経て殿堂入り直後よりもはるかに鍛え上げられていた。
これなら僕のことを知り尽くしているハウやグラジオたちに負ける気はしなかった。バイトしていた時に稼いだ金もあるし、新しいポケモンを1~2匹育てる分なら平気だ。ポケリゾートもある。
休みが増えてプライベートでハウたちと会う機会も増えた。
ハウは僕が無茶していた事を知らなかったものの、「ヨウとは最近戦ってばっかでーこうやってマラサダをいっしょに食べるのは久しぶりだよねー」なんて嬉しそうに言っていた。……本当に、みんなには心配をかけてしまったね。
そしてなにより、リーリエといる時間ができたということだ。
リーリエもビッケさんやグラジオと協力してルザミーネさんを治療する方法を探してアローラ地方を奔走しており、とても忙しい身だ。
それでも、わざわざ時間を割いて僕に会いに来てくれた。遠くで目を合わせれば、すごく嬉しそうに笑って、僕に手を振ってくれる。
デートするときも、僕のために初めて会った時や気合を入れた時とは違う、新しい服装や髪型にイメージチェンジして現れてくれたこともあった。
リーリエ「ヨウさん! アマサダ買ったんです。いっしょに食べませんか?」
リーリエ「そ……その、ヨウさんたちと初めて会った時の服を参考にして着替えてみたのですが……どうですか?」
リーリエ「ふふっ、ラブラブボールという貴重なボールなのですが……欲しいですか?」
リーリエ「かあさまのことが全部終わったら、ヨウさんと旅したいです。でも、どうしたらヨウさんの助けになれるのか分からなくって……」
リーリエ「前みたいに無茶、してませんか? 辛かったら、いつでも言っていいんですからね……?」ナデナデ
リーリエ「ヨウさんって……とってもあったかいです。このままずうっと、こうしていたいな……」ギュウ
リーリエ「わたし、ヨウさんがいてくれたから、頑張れるんです」
マラサダを食べたり海で泳いだり、手をつないだり、人目のつかないところでキスしたり抱き合って慰みあったり……。
特にソルガレオは、もともとリーリエと過ごしていただけあってか、何かにつけて僕にお節介を焼いて、リーリエと僕をくっつけようとしていた。
午前に行われた防衛戦を終えたとき、お昼ご飯とポケモンたちのねぎらいを兼ねてマラサダを買いに行った時のことだ。
たくさんのマラサダが入った袋を片手に帰路に着いていると、ソルガレオがボールから飛び出てきた。
ソルガレオ「ラリオーナ!」
ヨウ「どうしたんだ、急に?」
ソルガレオ「ラリオ!」
ヨウ「マラサダ、食べたいのか。もう少し待ってなよ。家に着いたら食べさせてあげるから」
ソルガレオ「ラリオ!」ブンブンッ
ヨウ「……? じゃあなんだ?」
ソルガレオ「ラリオーナ」クイッ
ソルガレオが向いた方向は海の先――遠くに見えるのはエーテルパラダイスだ。
彼の性格を知っている僕は、なにをさせようとしているのか、すぐに理解した。
ヨウ「お、おいおい。会いに行けってのか」
ソルガレオ「ラリオーナ」
ヨウ「そういうわけにはいかないだろ、リーリエだって忙しいんだ」
ソルガレオ「……」プイッ
リーリエの事情を話そうとしても、「あっ、そう」と突っぱねられてしまった。
更にジロリと横目で僕を睨んで、「リーリエと一緒に食べないと、次の防衛戦で言うこと聞いてやらないぞ」と遠まわしに訴えてきた。
やむを得ない。このままの態度だと防衛戦にも影響が出かねないし、恥ずかしさ半分、仕方なさ半分でエーテルパラダイスに向かうことにした。
リザードンライドでエーテルパラダイスに向かい、ビッケさんに「リーリエに会いたい」と言うと、聞いてもいないのに、ニコニコ笑いながら「ちょうどお嬢様も調べものが一段落ついて、お昼の休憩をするところなんです」と話しながら、リーリエを呼びに行った。
リーリエがビッケさんあたりに僕と付き合っていることを話していたとしたら、かなり恥ずかしくなってきた。あまり僕とリーリエが付き合っていることを公にしたくなかった。
すぐにリーリエはポニーテールを揺らしながら僕のもとに来た。
リーリエ「ヨウさんがお昼ご飯のお誘いをしてくれるなんて嬉しいです! 是非ご一緒したいです!」
ヨウ「ああ、うん」
正直、いきなりの対面だったからか、心の準備が出来ていなくて目が合わせらないところがあった。
僕とリーリエは、彼女の住んでいる屋敷の前の広場でアローラの海を眺めながら、マラサダを食べることになった。僕はカラサダを、リーリエはホイップポップの入ったアマサダをそれぞれ口にした。
リーリエ「こうやって誰かと一緒にご飯を食べられるって、とても幸せなことですよね」
ソルガレオ「ラリオーナ」
リーリエ「ふふっ、ほしぐもちゃんもそう思いますよね?」
ヨウ「お前……いつ出てきたんだ」
すると、リーリエが僕の顔を覗いてきた。なにか変なところでもあるのか?
リーリエ「ヨウさん、ちょっとじっとしてて下さいね……」
ヨウ「?」
どうかしたのか、と返そうとすると、リーリエは僕の口元に指を伸ばして、くっついていたカラサダの中身を拭き取ったんだ。
そしてそのまま、自分の口の中に入れると……。
リーリエ「~ッ!!」ピクッ
ヨウ「……ふっ」
たぶんリーリエはドラマとかでよく見る男の口についた食べ物を女が拭き取るシーンの真似をしたかったのだろう。
だが、不幸なことに僕が食べているカラサダの中身は、確かトウガのみを細かく刻んだもの。だから、甘党のリーリエにとってはちょっとでも辛く感じてしまうだろう。
その様子がおかしくって、ちょっと笑ってしまった。さすがに可哀想だし、モモンのみジュースをリーリエに渡してあげた。
ヨウ「ほら、これ飲みなって」
リーリエ「ひゃい……ありがほうごひゃいまふ」
ヨウ「ククク……次は気を付けなよ?」
リーリエ「っっ……もうっ!」
僕の冗談にリーリエが恥ずかしがりながら軽く押すと、ソルガレオは、「もっとくっつけ」とたてがみで続けて僕の背中を小突いてきた。
もちろん、巨大な体格のソルガレオなんかに小突かれたら、勢いよく倒れるに決まっている。それも、リーリエの方向に向いていたのだから、やったらどうなるか、こいつは分かっていただろう。
リーリエ「ひゃあ! よ、ヨウさんっ!」
ヨウ「……」
ソルガレオ「ラリオーナ!」ヒューヒュー
ソルガレオの喜ぶような声を耳にしながら、いい加減余計なお節介するのはやめて欲しいと、心の中で念じた。
とりあえず、街中や道路でひと目も憚らずイチャイチャしているラブラブカップルに悪態ついたり、笑えるような立場でなくなったのは間違いない。
リーリエが僕に依存してしまうことが不安ではあったけれども、それ以上に心が満たされていく気分になる。
ただ、そうやってリーリエと逢引していると、次第に色ボケして戦いに集中できない時があった。それを見抜かれたカヒリさんが「最近たるんでますよ。もっと気をしっかり引き締めてください。あなたはチャンピオンなんですから」と注意されてしまった。
まったくだ、色ボケが原因でチャンピオンの座を明け渡すなんて笑い話もいいとこだ。きちんとメリハリを付けないと。
チャンピオンとして挑戦者と戦ってポケモンたちと高みを目指していく一方で、僕はリーリエやハウたちと、どこかへ行ったりデートしたり、いろんなものを見たり……島巡りとはまた違った、今まで夢を追い続けてきた時とは違う、穏やかな日常を過ごしていった。
これまで、ほとんどポケモンマスターになるための修行といっていい人生を送ってきた僕にとって、新鮮なもののように感じられた。
こんな生活を送るのもいいかもな、なんて思いながら毎日を過ごしていたのだが……。
その日常は、突然崩れ去った。
それは、僕が自宅で次の防衛戦の手持ちを考えていたとき、ハウが家に転がり込んできた時だった。
ハウ「ヨウーっ!! 大変ー! 一大事だよー!」
ヨウ「一大事? 新しい味のマラサダでも発表されたのか?」
ハウ「違う違うーっ! 急がないと船が行っちゃうんだよー!」
ヨウ「船……?」
最初、なんのことなのか分からなかった。
だけど、ハウに連れられてハウオリシティの船着場に向かうと、僕の心の中が一気にひっくり返った思いがした。
リーリエが、ルザミーネさんを治し……トレーナーになるため、そして自分の夢を叶えるために、カントーへ渡るのだという。
僕にそんな大事なことを黙っていた怒りも、リーリエが僕の前からいなくなる悲しみもあった。
だけどそれ以上に、リーリエが自分の夢を持って行動したことに、喜びを覚えていた。
彼女は僕に依存なんてしていなかった。自分自身の意志で僕から離れて、目標へと進んで行ったんだ。
僕は彼女に激励の言葉を送ると、リーリエはリュックからピッピ人形を取り出して、僕に差し出した。
リーリエ「ヨウさん、ちょっとくたびれていますが……わたしの宝物です」
ピッピ人形……。カントーじゃよく見かけたが、リーリエにとってはきっと子供の頃からの大事なモノなのだろう。
だけど、素直に受け取ることはしなかった。彼女から宝物を渡されただけじゃなんとなくカッコ悪いし、ちょっといいことを思いついたからだ。
ヨウ「君の宝物を、受け取るわけにいかないよ」
リーリエ「えっ?」
困惑するリーリエの頭に、僕は今まで外に出るときに必ず被っている大事な帽子を、リーリエに被せてあげた。
ヨウ「その帽子は、僕の父さんがアローラで島巡りするとき、お祝いで送ってくれた宝物なんだ」
ヨウ「君がアローラに帰ってきたとき、それを返してもらうよ。その代わり、君が僕に渡したピッピ人形を返す。それでどうかな?」
お互いの大切なモノが自分の夢になる励みになることを祈り、アローラで作った思い出と僕とリーリエがどんなに大きな存在か、忘れないために。
リーリエ「……はい!」
リーリエ「ヨウさんも……頑張ってくださいね。あなたは、あなたの夢を叶えるために」
ヨウ「もちろんだ」
するとリーリエは僕に近づいて、恥ずかしがりながら周りに聞こえないぐらいの小さな声で話しかけてきた。
リーリエ「ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……」
リーリエ「その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです」
これは……告白なのか?
しばらくリーリエと会えないというのに、天にも登る心地だった。
そしてこれが、僕と彼女の二人だけが交わす大切な約束であり、遠くにいても僕とリーリエを結ぶ、絆とはまた違う強いつながりになった。
ヨウ「……ああ、いいよ」
リーリエ「本当ですか? 約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?」
ヨウ「もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ」
それ以上、リーリエは何も返さなかった。僕をひたすら見つめて、そして迷いを断ち切るように大きく息を吐いて呟いた。
リーリエ「こういう時、さよならと言うのですね」
ヨウ「違うだろ、また会うんだから、「またね」って言うものさ」
まだまだ、リーリエは世間知らずのところがあるな。カントーはなんだかんだ言って裏表入り乱れているところがあるから、めいいっぱい揉まれながらたくさんのことを学んでくるといい。
リーリエ「じゃあ……またね、ヨウさん、ハウさん、ククイ博士」
ククイ博士「おう! いつでも帰っておいで!」
ハウ「言いたいこと、言ってないのにー。だから、だからっ! 手紙送るからね、すっごい長いやつー!」
ヨウ「リーリエも、夢が叶うといいな。頑張れよ」
言うだけのことは言った。後は夢が叶ったあと、全部話すつもりだ。同時に彼女がトレーナーになって何を目指すかもあえて聞かなかった。
リーリエ「はい! みなさん……アローラ!」
彼女の乗った船が、水平線の向こうへ消えるまで僕たちは手を振った。彼女にとっては、夢に向かう船出だ。
いささか僕も休みすぎたかもしれない。
リーリエが僕から離れて、頑張っているんだ。僕だって、自分の夢を叶えなくちゃいけない。彼女が夢を叶えてアローラに帰ってきたとき、僕もポケモンマスターと呼ぶにふさわしい男になっていなければ。
リーリエがアローラから旅立ったように、僕も再び、夢への船出の時が訪れた。
リーリエが夢を叶えるため、アローラを離れたことをバネに、僕もチャンピオンの仕事と、夢へ向かうための鍛錬に精を出した。
一日でも早く、ポケモンマスターに近付くため、時にはアローラ各地に出向いては、強いポケモンやウルトラビーストを探し求めてはゲットして育成し、時にはハウやグラジオ、ハラさんやハプウさんといった仲間といっしょに修行に励んだ。
そんな時、ポニ島の遥か北にある、ポケモン勝負の施設の『バトルツリー』の新しいボスに、伝説のトレーナーが招かれたという。
バトルツリー……時にはポケモンリーグのチャンピオンですら苦戦すると言われる強豪トレーナーたちがひしめき合い、様々なルールのポケモン勝負を繰り広げる、まさにトレーナーのための施設だ。
何度か訪れたことがあるが、トレーナー達はアローラでは見たことのないポケモンや戦術を披露しており、防衛戦では無敗の僕ですら一筋縄では行かず、時には負けて連戦が途切れてしまうこともあった。
そんな施設のボスに立つのだから、伝説級のトレーナーでなければふさわしくないだろう。
バトルツリーに挑戦する傍ら、どんな人物がバトルツリーのトップに立つのか様子見しに行った。
そこで待っていた人を見て、僕は生まれて初めて身体が痺れた。
グリーン「はじめまして、アローラのチャンピオン!」
レッド「……」
テレビで見て僕の憧れであり、夢の原点であるレッドさんとグリーンさんが、僕の目の前に立っていた。彼らこそがバトルツリーに呼ばれたレジェンドだった。
その際、レッドさんに勝負を仕掛けられたのだが……あくまで様子見というレベルで、あっさり勝つことができた。彼らは、次に戦う時はバトルツリーで連勝を重ねた時――その時こそ、本気で勝負しようと僕に約束してくれた。
……こんなことを言われたら、是が非でも戦いたくなってしまう。トレーナーとしてのサガとして、ポケモンマスターを目指す男として、当然の反応だ。
そうして僕は防衛戦をする傍らで、レジェンドに勝つためにバトルツリーという戦場へ、身を投じていった。
グラジオ「オレが連れだしたのとは別個体のタイプ:ヌルだ……。隠された存在として、シークレットラボAにいてな。オマエならそいつに、広い世界をみせてくれる……!」
タロウ「チャンピオン! 今からおすすめの技、教えてよ!」
アクロマ「よろしいっ、なかなかのものですっ!」
グズマ「そんなもんかチャンピオン! オレ様はまだまだブッ壊れてねーぞ!」
マーマネ「試練のあと、今度は天文台で勝負っていった言葉を守るために来たよ」
シロナ「あんな楽しい勝負も必ず終わってしまうのね……」
ギーマ「負けて全てを失い……次に望むものも勝利!」
僕はバトルツリーにいる多くの強者トレーナーと戦い、勝ち抜いていった。
もちろん、ツリーにいるトレーナーもそうやすやすと倒されるわけもなく……僕の予想を超える戦術を取るトレーナーや、伝説のポケモンを使ってくるトレーナーも現れた。
幾重にも渡る戦いを経ていくうちに、多くのポケモンもトレーナーも知り、強くなれるだけでなくレッドさんたちやその先にあるポケモンマスターに一歩一歩近付くと実感できた。
だが……バトルツリーで勝ち進んでいくうちに、戦っている自分自身に疑問を覚えていくようになっていった。
――こんなことをして、リーリエは喜ぶのか?
僕はだんだん、バトルツリーで勝ち上がっていくために、手段を選ばなくなってきていた。
チャンピオンですらいちトレーナーとしかみなされないこの施設は、はっきり言ってレベルが高い。バトルツリーの連戦と比べれば防衛戦なんてハノハノリゾートでナマコブシ投げしているくらいのんびりしたものだ。
だから、伝説のトレーナーのレッドさんとグリーンさんと勝負して、この二人に勝つためなら文字通りなんでもやった。
孵化を繰り返し、生まれつき強い個体を持つポケモンの厳選をし、更に時間はかかるが勝てる戦法を考えたり、ポケモンに持たせる道具からトレーナーの戦術にいたるまであらゆるものを研究した。
ヨウ「この個体では……どう育ててもあのポケモンよりも遅くなってしまうな」
厳選だって、僕の望みでない個体はポケリゾートに送って施設の発展に貢献させたり、子供のトレーナーにあげてしまったこともある。
ヨウ「シルヴァディ、大爆発だ」
手持ちのポケモン一匹一匹を勝つための駒とみなした結果、役目を終えさせた後だいばくはつで道連れにしたこともある。
ヨウ「テッカグヤ、みがわりだ」
耐久力と持久力をモノにした戦術で、相手のポケモンを真綿で首を絞めるように倒したこともあった。
トレーナーとしては当然のやり方かもしれない。ひたすら勝つことを考えていくと、自然とそういう手段を取らざるを得ないのだから。
ヨウ「ありがとう。お前たちのおかげで、勝ち抜くことが出来たよ」
ガオガエン「ガオッ」
シルヴァディ「ドドギュウウーン!」
テッカグヤ「フー……!」
それに、僕のポケモンたちも、僕の気持ちを理解してくれている。ガオガエンやシルヴァディも、勝利のためにその身を捧げてくれた場面が何度かあった。
だけど、一般人の目線からすれば、著しく倫理に欠けたモノとして見られても仕方のない部分もある。
リーリエなんて、ポケモンが傷つくことを嫌っており、ソルガレオを「家族」と呼ぶほど愛情を注ぐほどのポケモン好きだ。
無論、カントーに行ってトレーナーとしての経験を積んでいるだろうから、ある程度は平気かもしれない。だけど、彼女が今の僕を見て喜ぶような顔をしないのは間違いない。
だが、バトルツリーで戦い抜いて、強豪トレーナーやその先にいるレッドさんたちに勝つためにはこの方法しかないのも事実だ。
時が過ぎて、リーリエと再会して、彼女と旅をすることになったら? ひょっとしたらリーリエは我慢して僕の考えに理解を示してくれるかもしれない。
……いや、リーリエに僕のやり方を強制させたくないし、彼女がポケモンをモノのように扱う姿も見たくもない。
現に、バトルツリーではルール上使えないというのもあるが、ソルガレオに手段を選ばない戦い方を強いることは出来なかった。
ソルガレオは、僕にとってアローラとリーリエとの思い出の象徴だから。
このままのやり方を続けていけば、リーリエとの約束を果たすことができない。かといって、今のやり方を捨てれば夢が遠のいてしまう。
――夢(ポケモンマスター)か、約束(リーリエ)か
夢に向かって進もうとするたび、僕の心の中に住んでいるリーリエが、アローラで彼女と育んだ思い出を蘇らせてくる。
約束を果たすために夢を捨てようとすれば。それまで僕が負かしてきたトレーナーたちが僕を押しつぶそうとしてくる。
だが……リーリエはもともと、自分の夢を叶えるためにアローラを出て行った。次にアローラに帰って僕に顔を見せるのは、彼女が夢を叶えてからだ。
なら僕だって同じだ。自分がポケモンマスターになる夢を叶えなければ、リーリエに会って、彼女との約束を果たす資格なんてないんじゃないのか。
少なくとも僕は……リーリエと対等になるまで、彼女と約束が果たせない。僕はそう思った。
そして僕は、バトルツリーのてっぺんに立つ、レッドさんとグリーンさんにそれぞれ挑戦する資格を得たんだ。
レッド「…………!」
グリーン「おてなみ拝見と行くぜ、初代アローラチャンピオン!」
シングルとダブルでそれぞれ相対する伝説のトレーナー。
僕はこれまでに培った経験と実力、そしてポケモンたちとの結束の力をすべて引き出し、彼らにぶつけた。
レッド「…………!」
メガフシギバナ「バナバーナ!」
ヨウ「ガオガエン、フレアドライブ!」
グリーン「バンギラス、じしん! ピジョット、フェザーダンス!」
バンギラス「ガオオオオッ!」
メガピジョット「ショオオーーッ!」
ヨウ「ギルガルド、ワイドガード! サザンドラ、ばかぢからだ!」
極限まで鍛え抜かれたポケモンたちが繰り広げるメガシンカ、Z技、かつてククイ博士と繰り広げたチャンピオン初の防衛戦での緊迫感を思い起こさせるものだった。
そして――僕は二人に勝った。
グリーン「なるほどなっ、なかなかやるみたいだなっ!」
レッド「…………」
最初は、実感がわかなかった。
余りにも自分のしたことが大きすぎて、理解が追いつかなかったから。
そしてだんだん冷静になっていくにつれて、気が付けば僕はみんなの前でバカみたいにゲラゲラ笑っていた。
レジェンドを乗り越えられたのが、とても嬉しかった。ポケモンマスターへの夢がまた一歩近づけた気がした。
レッドさんもグリーンさんも、僕との戦いが気に入ったらしく、時々会ってはポケモンについて意見交換したり、チャンピオンとはどうあるべきか、あれこれ語り合うようになってきた。
これなら、ポケモンマスターに近づける。彼女との約束を果たせるかもしれない。
もっと、強くならなければ。
ヨウ「レッドさん。僕はもっと強くなりたい……。強くなって、自分の夢を叶えたい。どこかいい修行場所はないですか?」
レッド「…………」
僕はレッドさんとグリーンさんの導きで、ジョウト地方のシロガネ山に向うことになった。
だけどソルガレオは今回ばかりは素直に言うことを聞いてくれなかった。
当然だ。彼とは長い付き合いだし、きっとソルガレオは僕とリーリエの約束のことも知っている。当分、僕とリーリエが会えなくなることもなんとなく分かっているんだろう。
ソルガレオ「ラリオっ!」
ヨウ「ごめんな……ソルガレオ。僕はもう、君と一緒にいるわけにはいかないんだ」
ソルガレオ「ラリオーナ!」
カプッ
ヨウ「あ痛たっ!」
ソルガレオ「ガウウ……」ググッ
いやだ、と抵抗するように、僕の手を軽く噛んできた。
ヨウ「ソルガレオ……」
ヨウ「僕も君とは別れたくないさ。君は、僕とリーリエの思い出の象徴だ」
ヨウ「だからこそ、僕たちが紡いだ島巡りの思い出を、僕の夢で汚したくない」
ソルガレオ「ラリオ……」
ヨウ「リーリエが戻ってきたら、キミは僕ではなくリーリエの夢を叶えてやりな」
ソルガレオ「ラリオーナ……」
ヨウ「そんな顔するなよ。永遠の別れじゃないんだ。きっとまた会えるさ」ナデナデ
ヨウ「その時まで、サヨナラだ」
ようやくソルガレオは諦めてくれたのか、素直にボールに戻ってくれた。
ともかく、リーリエが帰ってくるまで、ソルガレオの世話をしてくれる人も探さなきゃいけない。
幸い、その二つの条件を満たせる人は身近なところにいた。
ハウ「ええーっ! ヨウ、アローラを出て行くのー!?」
ヨウ「オーバーに捉えすぎだよ。修行の旅に出るだけだ」
ククイ博士「また急な話だね……。どうしてだい? 君は十分強いじゃないか」
ヨウ「……僕は僕を受け入れてくれたこのアローラが好きだ。島巡りの時も、みんなが一丸となって応援してくれた」
ヨウ「出来ることなら、ずっとここに住みたい。だけど、いつまでもここでチャンピオンの座であぐらかいていたら、僕の夢が遠のいてしまいます」
ヨウ「チャンピオンを防衛している時やバトルツリーに行っているとき、アローラだけでなく、色んな地方のトレーナーと戦った。そこでは様々なトレーナーとポケモンたちが僕に多様な戦術を見せてくれた。僕は自分の視野がとても狭いということを理解したんです」
ヨウ「僕は世界中を回ってあらゆるポケモン、そしてトレーナーたちと戦いたい。改めてそう思いました。そのためには、アローラのチャンピオンでいるだけではダメなんです」
ククイ博士「……君にとって、チャンピオンになって、バトルレジェンドたちに勝ったことは、ひとつの通過点に過ぎないって言いたいのかい」
ヨウ「はい。僕の夢は、それよりもずっとずっと、高いところにありますから」
ククイ博士「……そうだよな」
ハウ「きっとヨウならもっともっと強くなれるよー! 本当に、ポケモンマスターになれちゃうかもー!」
ククイ博士「ああ! ヨウならなれるさ!」
ヨウ「ありがとう。それでハウ、ひとつ、頼みがあるんだ」
僕はソルガレオの入ったマスターボールを、ハウに手渡した。
ハウ「このボールって、ソルガレオのー?」
ヨウ「ああ、リーリエがカントーから戻ってきたとき、渡して欲しいんだ」
ククイ博士「どうしてだい? 確かにソルガレオはリーリエにとって大事なポケモンだけど、君にとって、供に旅をしてきた相棒だろう?」
ハウもククイ博士も、さすがにこれには疑問を抱かざるを得なかったようだ。当然といえば当然だ。これまで防衛戦の時も一緒に戦ってきた仲間と別れなければならないのだから。
それに、僕とリーリエにとって大切なポケモンであることを、このふたりはわかっているはずだ。
ヨウ「だからこそ、です」
ヨウ「ハウは……僕の戦い方がどんなものなのか、知ってるだろ?」
ハウ「……!」
ヨウ「ソルガレオは、僕にとって一匹のポケモンだけじゃない。アローラの島巡りで育んだ、僕とリーリエの思い出そのものなんだ」
ヨウ「ソルガレオが喩え僕のやり方を分かってくれたとしても、僕自身が許せないんだ」
ヨウ「こんな……ポケモンをモノとして見るようなやり方してたら、きっとリーリエは怒るだろうしね」
ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに次に会うのは、自分の夢を叶えてからだ」
ヨウ「リーリエだって、自分の夢を叶えるために、カントーへ行ったんだ。あいつが帰ってきて、僕だけ夢を叶えていないなんて、そんな情けないことはしたくない」
ハウ「でもーリーリエが戻ってきたとき、きっと寂しがると思うよー。ヨウはそれでいいのー?」
ヨウ「……」
僕はすぐに言い返せなかった。僕がアローラから旅立つということは、リーリエとの約束を反故することを意味するからだ。
リーリエが帰ってくるまでにポケモンマスターになるなんて、無理だろう。
まったく、リーリエとの約束を果たすために、約束を反故にするなんてね。……ずいぶん矛盾しているよ。
軽く十秒ほど経って、僕は口を開くことができた。
ヨウ「……僕は自分の夢を裏切らない。そう決めたんだ。喩えそれが、リーリエと離れることになったとしても」
ヨウ「リーリエといるとき、すごく楽しいよ。あんなに他人と一緒にいて楽しいって思ったことはこれからもないかもしれない」
ヨウ「だけど、リーリエの事ばかり考えてはいられない。自分の夢を叶えるためには、我慢しなきゃいけないこともあるってことさ」
ハウ「……そっかー」
ハウはちょっと残念そうに笑いながら、ソルガレオの入ったボールを仕舞った。
ハウ「でもそれだけヨウが夢を大事にしてるってこと、よくわかったよー。リーリエもきっと、ヨウのこと待っててくれるよねー」
ヨウ「ああ、きっとな」
後ろ髪を引かれる思いをしながら、僕はチャンピオンの座を降り、家族を置いて、一人でアローラから出て行くことになった。
※修正
ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに次に会うのは、自分の夢を叶えてからだ」
↓
ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに会うのも、自分の夢を叶えてからだ」
無論、アローラ地方は大きな騒ぎになった。それもそうだ。チャンピオンが他地方へ修行することはあれど、すぐに辞退するなんてそうそうないケースなのだから。
それに、初代のチャンピオンともなれば前代未聞だろう。
しまキングたちは元々ハラさんの言伝で知っていただろうけれども、キャプテンたちやグラジオには寝耳に水だったようで、僕の家に押しかけてきていた。
なぜチャンピオンをやめたのか、なぜアローラを出て行くのか、何回彼らに説明したか覚えていない。
ただ、反応もそれぞれで、わりと印象に残ったのが、必ず戻って来てね、と泣きじゃくるアセロラとマオ、それをなだめながらも「寂しくなるのう」としんみりと笑いかけるハプウ。
後は帰ってきたらテメー以上に強くなったオレがブッ壊しに来てやると息巻くグズマさん、次に相まみえるときはアローラの踊りの真髄を見せるつもりだ、とよくわからない約束をさせられたカキとやまおとこのダイチぐらいか。
彼らと話をしていて、本当にここでは、たくさんの大切なものを得ることができたんだな、と実感した。その中にはリーリエだって入っている。
だけど、僕はそれを全て捨てるつもりでここを出て行くんだ。
カントーへ向かう飛行機の中で、繰り返し繰り返し、僕は自分自身に問いかけた。「ポケモンマスターは、周りの関係を全て断ち切ってでも手に入れるものなのか」
……僕はまだ迷っているのか。もうアローラから離れたというのに。
久々に帰ってきた故郷の姿は、引っ越した頃と変わっていなかった。
感慨がないわけじゃないけれど、今の僕にとっては、都会の空気はいささか息苦しいものがあった。
引っ越す前に遊んだ友達たちも、みんなトレーナーになって各地を旅しており、誰にも再開することはなかった。もう僕はカントー出身のトレーナーではなく、アローラのトレーナーになっていた。そのことが妙に寂しかった。
マサラタウンへ向かい、オーキド博士に会うと、すぐにシロガネ山へ行くための手配をしてくれた。
ひょっとしたら、シロガネ山に入るためのテストとして、カントーのジムリーダーや四天王と戦わされるのかと思ったけれど、既にアローラのチャンピオンであり、レッドとグリーンに認められる強さを持っていることから、資質を確かめる必要はないのだという。
翌日、僕はすぐにカントーのポケモンリーグを通って、シロガネ山を登った。
シロガネ山のポケモンは……確かに修行にはうってつけだった。
ウルトラビーストたちと比べるとレベルは低いが、それでもアローラの野生のポケモンとは比べ物にならないほど、強いポケモンたちでひしめいていた。いったいなにをどうしたら野生のポケモンたちがここまで強くなったのか――気になるところだね。
僕は麓のポケモンセンターと山頂にある山小屋を行き来しつつ、修行に明け暮れた。
アローラのラナキラマウンテンとはまた違った過酷さ、休む間も与えず襲いかかってくる屈強なポケモンたち。
僕の手持ちはもとより、パソコンに預けている育成予定のポケモンたちも、次々と強くなっていった。
だが、なりふり構わず野生のポケモンたちに勝負を挑む僕の姿は――客観的に言えば、悪夢を振り払うように見えただろう。
時々、僕は山頂にあるバトルフィールドに場所に立っている時がある。
そこはかつて、レッドさんがジョウトからやってきたトレーナーと戦った有名な場所。そして、この場所にはあるジンクスがあることを、オーキド博士から教えられた。
オーキド博士「シロガネ山の修行で心身ともに極めたトレーナーが、山のてっぺんに立っていると、その人にとっての待ち人が現れるそうじゃ」
ヨウ「待ち人……」
僕の頭の中に浮かんできたのは、やはり――リーリエだった。
僕は大切なものを捨てようとしているのではないか。
ただリーリエの温もりを感じていれば、それでよかったのではないか。
ポケモンマスターなんてあやふやな未来のために生きるより、リーリエとそばにいるという今を選んでも良かったのではないか。
――そうですよ、ヨウさん
――まだわたしはカントーから離れていないと思います。今からでも遅くないです。会って、約束を果たしましょう
夢に対する疑念と、心の中にいるリーリエが、僕の耳元で誘ってくる。
それを無理やり押さえ込むように、僕は洞窟の中に潜って、修行を続ける。
だが、やはり頂上に立って、リーリエを待っている時がある。
自分に課した夢と、大切な人との約束で板挟みになる。
それでもなんとか、自分が幼い頃から立志した夢を思い出し、その度に正気に戻る。
どうしてだ? 自分の夢を叶えるまで、リーリエに逢わないって決めたのに。
結局僕はふらふらと夢と約束の狭間で浮沈しているじゃないか。
バトルツリーを攻略している時と、なにも変わっちゃいない。
どうしたらいい?
オレは……。
――ラリオーナッッ!
ヨウ「……!」
突然、シロガネ山に聞き覚えのある不思議な咆哮が轟いた。
振り返ると、アローラに置いてきたはずのソルガレオ、そして――。
リーリエ「ヨウさんっ!!」
ヨウ「リーリエ……ソルガレオ?」
ソルガレオ「ラリオーナッ!」
リーリエが僕の名前を呼ぶなり、胸に飛び込んで抱きついてきた。
リーリエ「ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……」
ヨウ「…………」
なぜリーリエがここに?
カントーを旅しているんじゃなかったのか? それにソルガレオといっしょにいるなんて。
目の前の展開で頭が混乱して、冷静さを取り戻すので必死だった。
リーリエ「会いたかった……会いたかった、です」
ヨウ「……そうか」
リーリエはアローラから出て行った時と、ほとんど変わっていなかった。
長い金髪をポニーテールにしていて、活発さを感じさせる白いシャツとスカート、ピンク色のリュックサック。
鈴の音が鳴るような甘い声は、感情が高ぶっているからか上ずっていて、僕の胸元で埋まっている彼女の顔から湿っぽい感じがした。
リーリエ「みんな……心配したんですよ? ハウさんも博士も、あなたのおかあさまも……わたしも、ほしぐもちゃんも……」
みんな心配していた?
ということは、リーリエは一度、アローラに帰ったのか。
ヨウ「……だろうな」
リーリエ「いっぱい、話したいことも、カントーでわたし……」
ヨウ「……」
頭が冷静になったところで、僕の頭の中である考えが浮かんできた。
修行を経て高みに上り詰めた僕、シロガネ山のジンクス、成長したリーリエ。
そういうことか……。
僕がこの手で、夢を選ぶか約束を選ぶか、ケジメを付ける時が来たんだ。そのために、リーリエはシロガネ山に導かれたのかもしれない。
僕の今の気持ちをリーリエに伝えなければ。
ハウが自分自身の強さと向き合った時のように、リーリエが自分の意志を母親へ伝えた時のように、僕も変わらなければ。
だが、本当に二つに一つだけ……。両方を選ぶことは、できないのか?
僕は山小屋に向かって歩き出した。
リーリエ「ヨウさん……?」
ヨウ「ついて来なよ。話したいことが山ほどあるんだろ? ここじゃ凍えちまうよ」
僕が山篭りで使っている山小屋にリーリエを招くと、彼女は興味ありげに家の周りを見渡していた。きっと博士のクラシックヨットと重ね合わせているのだろうが、リーリエにとって、ここが趣あるようには見えるようだ。
リーリエはアローラに帰ったあと、僕を探すためにグラジオと供にこの山を登ってきたようだ。
だが、途中でグラジオはバンギラスの攻撃に巻き込まれて別れてしまい、偶然リーリエはここにたどり着いたようだ。
とにかく、行方がわからないグラジオを助けるために、ロトム図鑑の通信機能を使って、オーキド博士に連絡を取った。
幸い、オーキド博士に通信が繋がり、すぐに捜索隊が出されることになった。
リーリエ「ヨウさん、ロトム図鑑さん、本当にありがとうございます」
ヨウ「いや、礼には及ばないよ」
ロトム図鑑「そうロトよ~。ヨウとリーリエの仲だロ?」
リーリエ「ふふっ、そうですね!」
リーリエ「ヨウさん……」
リーリエがロトム図鑑から僕に顔を向けると、熱のこもった目線を送りながら、そっと僕の手を握った。
リーリエ「わたし、ヨウさんに話したいこと……いっぱいあるんです。ぜんぶ、聞いてくれますか?」
ヨウ「……ああ」
椅子に座ると、リーリエはポツリとアローラから離れて、カントーで冒険したことを話し始めた。
リーリエ「わたし……最初にかあさまの治療をするために、マサキさんという方と会ったんです。カントーに住んでいたヨウさんなら、ご存知ですよね?」
リーリエ「……かあさまのリハビリをしながら、わたし、オーキド博士からポケモンさんを頂いて、ヨウさんが島巡りした時のように、わたしもカントーを巡って旅をしたのです」
リーリエ「……トレーナーさんとのバトルで負けちゃったとき、とても悔しかったです。傷ついたピッピさんたちを連れて、ポケモンセンターに連れてって……」
リーリエ「たまにヨウさんとの思い出や、アローラでのコトを思い出して……ひとりで泣いた時もあります。ヨウさんに逢いたくて、胸が張り裂けたような思いが、何度もありました」
リーリエ「ハナダジムに挑戦して、カスミさんに勝って初めてジムバッジを手に入れたとき、わたし嬉しかったんです。ヨウさんに一歩近付けたって」
リーリエ「……ヨウさんがアローラからいなくなったって聞いたとき、とてもショックでした。レッドさんと戦って……あなたがここにいるって教えてくれたんです」
カントーを旅したリーリエの経験したことを聞いていくうちに、自分に対する惨めさを痛感した。
すごいじゃないか。それだけ変われれば大したものだよ。
僕は……このシロガネ山で修行しても、ポケモンが強くなるだけで……何も変われなかった。まるで成長していなかった。
むしろ、君に嫌われるぐらいに落ちぶれたかもしれない。
僕は君の約束を破り、あまつさえ君との関係すら、断ち切るかもしれないのだから。
リーリエ「……でも、わたしに黙ってシロガネ山に行くなんて、ひどいです。それに、アローラのみなさん、心配してたんですよ?」
ヨウ「それはお互い様だろ? リーリエだって、僕らに何も相談せずカントーに行ったんだから」
リーリエ「そう、ですね……。ふふっ、なんだかわたしたちって似た者同士、ですね」
ヨウ「……」
リーリエ「ヨウさんはどうしてシロガネ山に……って、決まってますよね。ポケモンマスターになるため、修行しに来ているんですよね」
ヨウ「ああ」
リーリエ「オーキド博士に認められて、ここで修行させていただけるなんて、やっぱりヨウさんはスゴいです。わたしはこうしてバッジを集めて頑張っても、にいさまとはぐれたり、ゴルバットさんの群れに怯えたり……結局こうして、ヨウさんに頼ったり、あの頃からなにも成長できてないのかなって……」
ヨウ「そんなことはないさ。なにより、そのバッジは君と君のポケモンの手で勝ち取ったものだろ。少なくとも僕も周りのトレーナーも、リーリエの努力を認めるよ」
リーリエ「本当ですか? 嬉しいです」
リーリエ「……ヨウさん、覚えてますか?」
リーリエはそっとリュックから僕が父さんからプレゼントされた帽子を取り出した。
大事に手入れしているのか、リーリエに手渡した時とほとんど変わっていなかった。
リーリエ「アローラから旅立つ前に、あなたと交わした約束……」
それぞれの大事なものが手元に戻ったその時、リーリエが、僕のそばにずっと一緒にいるという約束。
ヨウ「……」
リーリエ「本当はアローラで叶えるはずだったのですが……こうして会えたから、約束を破ったこと、許してあげます」
リーリエ「この帽子、あなたにお返しします。ヨウさんも……わたしのピッピ人形さん、持ってますよね」
ヨウ「ああ」
リーリエから渡されたピッピ人形は、今でもリュックの中に入っている。
リーリエ「……じゃあ、ヨウさん……」
だけど僕はピッピ人形を出さなかった。代わりに、言葉を喉から必死に絞り出す。
ヨウ「リーリエ、聞いて欲しいことがあるんだ」
リーリエ「え?」
もうここまで来たら、後戻りはできない。
僕は一度大きく深呼吸し、言った。
ヨウ「グラジオと一緒にアローラへ帰るんだ。僕は、ここに残る」
リーリエが僕の言葉を聞いた瞬間、時間が止まったかのように固まった。
そして、彼女の綺麗な翠色の瞳に絶望の色が浮かんでくる。
リーリエ「どう……して?」
ヨウ「リーリエなら……僕のすること、わかるだろ?」
リーリエ「分からないです。ちゃんと……説明してください」
よく見ると、身体も小刻みに震えている。寒さで震えているわけじゃない。
僕と離れ離れになってしまうことを、リーリエは恐れているんだ。
もっとも、それは僕も同じだが。
僕だって、リーリエと離れ離れになりたくない。
本当は抱きしめてやりたい。
「それじゃあ約束を果たそう」「これからはずっと一緒だ。どんなことがあっても一人になんてさせない」と言えばどれだけいいか。
だが、それを言うわけにはいかない。
夢を、自分の生きる意味を失ってしまうからだ。
ヨウ「僕は、自分の夢を叶えるためにここで修行しているんだ。ポケモンマスターになるためには、更に上へ上へ、果てしない高みを目指さなきゃいけない」
ヨウ「ここは君にとって過酷すぎる。それはグラジオの一件でよくわかっているはずだ。そもそも、ここは本来キミが来るべき場所じゃないんだぞ」
僕は自分の本心を押し殺しながら、あくまで冷静に、事務的に、言葉を並べた。
だけどリーリエは、持ち前の意志の強さでそれを跳ね除けた。再び笑みも取り戻して。
リーリエ「じゃあ……わたしも、ここにいます」
ヨウ「……」
リーリエ「わたしもここで、ヨウさんと一緒に修行します。それならいいですよね?」
リーリエ「わたし……カントーのジムバッジをたくさん集めるほどに成長しました。一度アローラに戻ったあと、レッドさんのピカチュウさんとも戦って……その時はあなたが育ててくださったほしぐもちゃんとでしたけれども……それでも引き分けに持ち込めたんです。ヨウさんの足を引っ張るようなことには、なりません」
リーリエ「あ……それに、お料理もできるようになったんですよ? 島巡りをしてた時はわたしにシチューとかジャムを作ってびっくりさせたのに……ほら、カップラーメンばかりでは、健康に悪いです。だから――」
そうやってリーリエは、気丈に振る舞いながらどれだけ自分が成長したのかアピールし始めた。
彼女が、どれだけ僕のために頑張ろうとしているのか、聞いているだけで胸が締め付けられる。
だが、僕の答えは変わらない。
ヨウ「ダメだ」
ヨウ「アローラへ、帰るんだ」
リーリエ「……どうして?」
再び、笑みが消えて絶望がリーリエの顔に浮かんでくる。
リーリエ「どうしてそんな意地悪をするんですか?」
ヨウ「意地悪じゃない」
リーリエ「じゃあ、わたしのこと……嫌いになったんですか?」
ヨウ「そうじゃない。君のことは好きだ。今だって、君に対する想いは変わっちゃいないよ」
リーリエ「好きなら、一緒にいて何が悪いって言うんですか?」
ヨウ「好きだから、思い出を大事にしたいんだ」
ヨウ「キミがアローラから離れて半年間、僕は自分の夢と現実のギャップに直面したんだ」
ヨウ「ポケモン勝負で勝ち続けること、それは時にポケモンをものとして見做さなければいけない時もある。実質倒れるまで痛め続けなければいけない時もある」
ヨウ「僕は防衛戦やバトルツリーでそれを痛感したんだ」
ヨウ「だけど、僕がポケモンをモノ扱いして、傷つけあう事をしているところを見て欲しくないし、リーリエにもソルガレオにもそういうことをして欲しくないんだ」
ヨウ「それで僕はソルガレオを君に託したんだ。ソルガレオは、アローラでの君と僕の思い出そのものだから」
ヨウ「でも、ポケモンマスターになるという幼い頃からの夢を、叶えたいんだ」
ヨウ「僕のポケモンたちも、そんな僕のためについてきてくれている。あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない」
ヨウ「だから……僕自身の夢を叶えるまで、君との約束を果たす資格はないとすら思っている。僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない」
言い切ってから、僕とリーリエの間に沈黙が流れていた。
リーリエは僕の話を聞いていくうちに、花がしぼむように頭を下に向けて両手でスカートを掴んでいた。
そこから表情は伺えないものの、身体はなにかを抑えるように小刻みに震えていた。
リーリエ「わたし……わたし、ずっとヨウさんと一緒に居るために頑張ってきたんです」
リーリエ「カントーにいて、辛い時があってもわたし、あなたの帽子と約束があったから、ここまで強くなれたんですよ?」
リーリエ「ポケモンマスターになろうとするヨウさんと一緒にいるため、今まで頑張ってきた……なのに……」
するとリーリエはきっと顔を上げて、僕と目を合わせてきた。
彼女の大きな翠色の瞳は、執念と嫉妬心で燃え盛っていた。
リーリエ「……こんな仕打ち――あんまりです!!」
するとリーリエはでんこうせっかのはやさで、僕に近付くと、そのまま僕を突き飛ばしてきた。
気が付くと、僕の腹の上でリーリエが馬乗りになっていて、僕の両手首を彼女が掴んで抑えていた。
いったいあんな華奢な体のどこからこんな力が出せるのか分からないほどの強い力で。
リーリエ「ヨウさんがわたしから離れていくなんて絶対にいやです!!」
リーリエ「もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!」
リーリエ「わたしはヨウさんのもの! どこかへ行くというのなら、わたしも一緒に連れて行かなきゃ、わたしっ……!」
そこでやっとリーリエは我に返って、すぐに僕から離れた。
リーリエ「ご、ごめんなさい……! わたし、そんなつもりじゃ……」
僕は、何も答えることができなかった。
リーリエが僕を詰ったとき、彼女はおおよそ見たこともないような表情をしていた。
目をカッと見開き、顔をくしゃくしゃにして、まるで懇願するように涙を流していた。怒り、絶望、悲しみ、それらを全て煮詰めたようなモノだった。
僕を失ってしまうことを、リーリエは何よりも恐れていた。この世界がなくなるより、僕が自分の前から立ち去ってしまうことが、彼女にとってこの上ない苦痛なんだ。
僕が恐れていた事態――リーリエが、かつてのルザミーネさんのように、僕に執着してしまうことが目の前で起きてしまった。
だが、それ以上に……彼女自身、母親に対して「自分たちは生きている」「子は親が好きにしていいモノではない」と諭していたのに、それを裏切るように「自分はヨウさんのモノ」と言い切ったことが、悲しかった。
アローラで冒険していた頃の優しいリーリエはそこにはいなかった。
ヨウ「……」
僕なのか、こんなふうにリーリエを変えてしまったのは。
だとしたら、僕がすることはひとつだけだ。
彼女とポケモン勝負して、もう一度、彼女の周りには何があるのか、僕以上に大切なものがどれだけあるのか、僕にすがらないで自分の意志で生きて欲しいことを、勝負を通して伝えなければいけない。
彼女が抱く、僕への思いを断ち切らせなければいけない。
でなければ、この先リーリエはずっと僕にすがるような生き方をしてしまう。
ヨウ「……わかったよ、リーリエ」
ヨウ「僕も、君との約束を破っちゃったからな。君の言い分は、きちんと聞かなきゃいけない」
ヨウ「僕とポケモン勝負だ。リーリエが勝ったら、僕は君との約束を守る。だけど僕が勝ったら、僕の夢のために、君は大人しく諦めてアローラへ帰るんだ」
リーリエ「わたしが……ヨウさんと勝負……」
突然の勝負の申し込みに、さすがのリーリエも困惑を隠せないようだ。
だが、すぐに納得したのか、リーリエは拳を握り締めて僕を見据えた。
リーリエ「……はいっ!」
困惑しているロトム図鑑とソルガレオをよそに、僕とリーリエは小屋の外へ出て行くと、さっき僕が立っていた広場へと向かった。
天候はあられってところか。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。
ヨウ「使用ポケモンは3匹まで。ポケモンの制限は特になし。それでいいね」
リーリエ「……はい!」
僕は自分の手持ちからポケモンを三匹選んだ。
今の手持ちの中では、この三匹が使い慣れていて、かつリーリエに今の僕がどんなトレーナーなのかを身を以て教えることができるだろう。
僕の胸のうちは、天候に反してひどく穏やかだった。
ここで彼女を止めなければ、きっと何か、取り返しのつかないことが起きる。
僕が夢を叶える機会が永遠に失われてしまうかもしれない。
それ以上に、リーリエが僕に執着するあまり、ルザミーネさんの二の舞になることだけは、絶対に阻止しなければいけない。
トレーナーの経験が浅いリーリエに負けるつもりは無いが、ゼンリョクで潰しにかからなければ、僕がリーリエに飲み込まれてしまう。
だから、必ず勝つ。
例えそれが、彼女と約束を果たす資格を失うことになっても。
――だが、僕にそれができるのか?
リーリエが僕に向けてボールを構えると同時に、僕も彼女に向けて、ボールを構えた。
~夢の章 完~
続き
【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」【後編】