狐神「お主はお人好しじゃのう」【1】
《魔女》編を始めます。
急に国の名前が沢山出てきますが、後々地図が出てくるのでそこで確認すると良いと思います。
《魔女》
──とある手紙──
『二人とも元気にしていますか。私は元気です。最近はあまり天気がすぐれませんね。』
『そろそろ感謝祭の季節ですね。本来ならば私も参加したいのですが、そうもいかないことが残念でなりません。』
『いつか、また昔みたいにみんなでお祭りをめぐりたいです。』
『そんな日が来るまで、大きな怪我や病気がないように気をつけて過ごすつもりです。』
『二人も体調管理には気をつけて。それではまた。』
・
・
・
*
狼男「……なんか俺たち迷ってません?」
お祓い師「地図が少し古かったか……。完全に現在位置を見失ったな」
狐神「わしの力も目的地が遠すぎるせいか上手く働かぬ」
お祓い師「この深い森の中で一夜を過ごすのは危険だ」
お祓い師「最悪目的地が遠ざかってもいいから、この付近で人が住んでいるところがないか探してくれないか」
狐神「そうじゃな、その方が良いじゃろう」
狐神「では……」
狐神「…………」
狐神「……ふう。どうやら少し距離があるようじゃが向こうの方角に行けばよい」
狼男「方角的には西ですから目的地から遠ざかることはないですね」
お祓い師「よし、じゃあ馬を歩かせてくれ」
狼男「了解しました」
狐神「ふう、わしは今ので少し疲れた……。荷馬車の中で寝ても良いかの……」
お祓い師「荷馬車の中で寝ているのはいつも通りだろうが。今更気にするな」
狐神「い、言い方に棘があるのう……」
狐神「じゃが、まあそう言うなら遠慮なく寝させてもらう」
お祓い師「ある程度進んだら、もう一度詳しく場所を調べてもらうことになるかもしれないがいいか」
狐神「それぐらいは当然の仕事じゃ。そのためにもきちんと寝ることにするわい」
お祓い師「おうおう、ゆっくり寝てくれ」
狐神「……すう……」
お祓い師「相変わらず早いな……」
狼男「ですねえ。やはり力の消耗が激しいのでしょうね」
お祓い師「そうだな……。効果範囲も狭かったり、目的の場所がすぐに見つからない事があるのも、力が戻りきっていないせいなんだろう」
お祓い師「……それで、昨日も聞いたがお前は良かったのか」
狼男「『西人街』に行くことが、ですか?」
お祓い師「そうだ」
お祓い師「これから向かう街は俺たちの故郷の王国や、共和国、もちろん法国の人間も多くいる場所だ」
お祓い師「目的は『絶対神』を唯一の神と認める宗教を皇国において布教すること」
お祓い師「まあ西とは勝手が違ってなかなか苦戦しているようだがな」
狼男「布教、とは名ばかりで、土着神への信仰を棄てさせ、絶対神の信仰を強制させているだけですけどね……」
お祓い師「王国人で絶対神の悪口とは珍しいな」
狼男「田舎はそんなもんですよ。俺を村から追い出したあのインチキ神官も村の外から呼んだだけで、あそこの村人は誰も絶対神なんか信仰していなかったですよ」
狼男「ただ、信仰している振りをしないと教会が怖いですからね」
お祓い師「ま、そんなものか」
お祓い師「俺も王国の人間だが、親が全くそういう教育をする人じゃなかったからな」
お祓い師「神に仇なす者と戦う退魔師でありながら、その絶対神にはとくべつ信仰心が無い変な父だったよ」
お祓い師「その影響で俺もその辺りは体裁だけ良くしている感じだな」
お祓い師「わかっていると思うが、絶対神を信仰してる、特に教会の連中は人外に一際厳しい」
お祓い師「おそらく向かう先には同業者がたくさんいるはずだ」
お祓い師「もしお前の正体がバレればただでは済まない」
狼男「わかっていますよ」
狼男「ただ次の満月までは時間がありますから、絶対に変身をしないようにしていればバレることは無いでしょう」
狼男「それより心配なのが狐の姐さんです」
狼男「わずかとはいえ力がある姐さんの事に気がつく人はいるはずです」
狼男「俺と違って完全に人間の状態、というものがありませんから」
お祓い師「こいつは俺から一定距離以上は離れなれないから一緒に来ざるを得ない……」
お祓い師「退魔師見習いか、修道女見習いとして通すしか無いだろう」
狼男「まあ、確かにそうですね」
お祓い師「それに俺もそんなリスクがある街に長くいるつもりはない」
お祓い師「ただ、皇国における退魔師の総本山だから、親父の情報も手に入るかもしれないという理由で立ち寄るだけだ」
お祓い師「欲しい情報が手に入りそうになかったらすぐに出て行くつもりだ」
狼男「それが懸命でしょうね」
*
狼男「……おや」
お祓い師「どうした」
狼男「向こうに灯りが見えますね。民家でしょうか」
お祓い師「近づいてくれ」
狼男「わかってます」
お祓い師「…………」
お祓い師「これは……」
狼男「石造りの小屋……。皇国の人間の家ではなさそうですね」
お祓い師「それどころか屋根についている飾りを見ろ。絶対神信仰の象徴だ」
狐神「……うむ、わずかにじゃが中から力を感じる」
お祓い師「起きたのか」
狐神「ちょうどいま起きたところじゃ」
お祓い師「で、どうだ。ここにいる奴は」
狐神「力はさほど強くない。獣や化物の臭いもしないから人間で間違い無いじゃろう」
お祓い師「そうか。時間も時間だから訪ねてみるしか無いな」
お祓い師「……よし」
お祓い師「すまないが家に誰かいるか」
???「……どちら様ですか」
お祓い師「旅のお祓い師だ。道に迷った挙句日が暮れてきてしまったところ、ここの家を見つけたので立ち寄らせてもらった」
お祓い師「家に上げてくれとは言わない。明日、夜が明けたら西人街への道を教えてもらえないだろうか」
お祓い師「あまり多くは出せないが、タダでとは言わない」
???「西人街に何をしに行くのですか」
お祓い師「人探し、とだけ言っておく」
???「…………」
???「わかりました。いま戸を開けますね」
お祓い師「わざわざ済まないな」
???「ご挨拶が遅れました、私は修道女です。修行中の身でありまして、今はこのように街から離れて暮らしております」
お祓い師「俺は旅のお祓い師だ。弟子を連れて各地をまわっている」
???→黒髪の修道女「そちらの女性がお弟子さまですね」
黒髪の修道女「……!」
黒髪の修道女「……ええと、そちらの体格の良いお方は」
狼男「ああ、私はお二方の従者を務めさせていただいている者です」
黒髪の修道女「あ、ああ、そうでしたか……」
黒髪の修道女「あの、それで申し訳がないのですが。見ての通り寝台は一つしかなくて、皆さんには床で寝ていただくことになってしまうのですが……」
お祓い師「それは平気だ。明日、西人街への道を教えてくれればそれで問題ない」
黒髪の修道女「その点はお任せください。地図がありますので明日の朝に詳しく説明させていただきます」
黒髪の修道女「それで、あと一点だけあるのですがよろしいでしょうか……」
お祓い師「なんだ」
黒髪の修道女「西人街の、特に教会の方々には、私がここにいたということは伝えないで欲しいのです」
お祓い師「……ワケあり、か」
黒髪の修道女「…………」
お祓い師「わかった、一晩の恩だ。絶対に口外しない」
黒髪の修道女「あ、ありがとうございます……!」
黒髪の修道女「で、ではどうぞ上がってください。何もない家ですが……」
狐神「うむ、では上がらせてもらおう」
お祓い師「なんで偉そうなんだよ……」
狐神「別に偉そうにはしておらん。ただ気分が高揚しておるだけじゃ」
お祓い師「なんでまた」
狐神「もうすぐ夕食時じゃ」
お祓い師「お前の頭の中はそればっかりか……」
狼男「夕食の食材はこちらか出しますよ。馬車の方にパンがありますので」
狐神「ええー、またあの固くて酸っぱいやつかの」
お祓い師「文句を言うな馬鹿」
黒髪の修道女「パンでしたら私が焼いたものがありますので、せっかくですのでこちらをお出ししますか?」
狐神「そういえば、よさ気な香りがするのう……」
狼男「しかし、そこまでしていただくわけには……」
黒髪の修道女「構いませんよ。めったにない来客ですので、私も何か振る舞いたいんです」
黒髪の修道女「そういうわけで今晩はパンとシチューにしましょう」
狐神「しちゅー、とな……?」
*
狐神「嗚呼……、幸せじゃあ……」
お祓い師「こいつ、遠慮なく平らげやがって……」
黒髪の修道女「あはは……。あそこまで美味しそうに食べていただけると作った側としても嬉しいです」
狐神「……すうすう……」
狼男「そして寝ましたね」
お祓い師「ほんとにこいつは食うか寝るかしかしないな……」
黒髪の修道女「くすっ、まるで子供みたいな方ですね」
お祓い師「まったくだ」
お祓い師(実年齢は俺たちの何倍もあるだろうに……)
黒髪の修道女「皆さんもお休みになられますか」
お祓い師「そうだな。飯を食って一息ついてたら体が疲れているのを思い出してきたみたいだ」
黒髪の修道女「そうでしたら暖炉に薪を焼べておきますね」
お祓い師「いや、そこまで寒くはないが……」
黒髪の修道女「ああ、この暖炉にはですね、魔除けの術がかけてありまして」
黒髪の修道女「魔の者がこの小屋に近づきにくくなるんです。あくまで近づきにくくなるだけで完全に遮断できるわけではないんですが……」
お祓い師「まあ確かにこんなに深い森のなかだ。これぐらいの対策はしないと危険か」
黒髪の修道女「ええ、そうなんです」
狼男「……なるほど」
お祓い師「さて、まずこの寝落ちてしまった馬鹿をどうするかだな」
黒髪の修道女「少し狭いですが私のベッドに寝かせますよ。さすがに枕は一人分しかないですけれども」
お祓い師「一緒に旅をしている身から言わせてもらうが、こいつは相当寝相が悪いぞ」
黒髪の修道女「が、頑張ります」
お祓い師「俺はこの辺にコートを広げて寝るか」
狼男「……じゃあ自分はいつも通り荷馬車で寝ますよ。なんせ体が大きいですから」
お祓い師「いやいや。この森は危ないから今日は小屋の中で寝させてもらおう、って話だっただろ」
狼男「いえ、その暖炉の効果があるならそこまで心配する必要もないんじゃないですかね」
狼男「あと馬屋もないのに馬車を外に放置しておくのが心配で」
狐神「とは言ってもそこまで大切な物は積んでなかろう」
お祓い師「起きたのか」
狐神「ベッドで寝かせてもらえると聞いてな」
黒髪の修道女「くすくすっ」
お祓い師「お前なあ……」
お祓い師「まず、馬が大事な荷だろうが……。それに普段は使わないが少しばかりの退魔道具も積んでいる」
狐神「例えばなんじゃ」
お祓い師「そうだな……、遠隔から術を作動させると爆発する御札とか、そういう奴だ」
お祓い師「あくまで俺は炎系統の術使いだからな。持っている道具も相性がいいやつ数点だけだ」
狐神「高価なものもあるのかの」
お祓い師「御札は自分で作るから紙代だけだが、まあそれなりに値が張る物も無いわけじゃない」
お祓い師「まあお前がやってくれるっていうなら、お願いしてもいいか」
狼男「ええ、任せて下さい」
お祓い師「明日はなるべく早くに出発するぞ」
狼男「わかりました、ではおやすみなさい」
お祓い師「ああ、また明日」
黒髪の修道女「ランプの灯り、消しますね」
お祓い師「ああ、頼む」
黒髪の修道女「……ではまた明日」
*
──とある手紙──
『いまの生活にもすっかり慣れてしまいました。でも時々こんなことを思います。』
『なんで私はこんな事になってしまったのでしょうか。』
『これも神が与える試練なのでしょうか。』
『なぜ私なのでしょうか。』
『そんな考えが頭の中を巡っています。』
・
・
・
*
狼男「見てください、この丘を下れば西人街みたいですよ」
お祓い師「もらった地図のおかげだな」
狼男「もう少しちゃんとしたお礼ができればよかったんですけれどね」
お祓い師「この荷馬車には日持ちの良い食料以外何も積んでいなかったからな……」
お祓い師「ただ、あんな深い森のなかで暮らしているんだ。逆にありがたかったかもしれんぞ」
狼男「まあ確かにそうですね」
お祓い師「で、街についてからだが……。狐神、お前はその耳と尻尾を人前で出すなよ」
お祓い師「言い訳ができないことはないが、なるべく問題ごとは避けたい」
狐神「わかっておる、そんなヘマはせん」
狼男「ちなみに言い訳っていうのはなんですか」
お祓い師「前にも言っただろ。俺の『式神』ってことにするしかない」
狐神「いっそのこと本当に式神契約してはどうかの」
お祓い師「ばかいえ、専門外だ」
狐神「確かに、わしもそちらのことは疎いからの。よく知らぬことに安易に手を出すべきではないか」
狼男「とか言いつつ、依り代の契約……、でしたっけ。それはしているじゃないですか」
お祓い師「あの時は選択の余地がなかったからな……」
狐神「あの河童の言葉の通りであるならば、意志さえあればたとえ依り代がなくともわしは生きていけるということになるんじゃがな」
お祓い師「まあ、いずれそうなってくれればいいさ。いずれ、な」
狐神「……うむ」
狼男「さて、街の門が見えてきましたよ」
お祓い師「よし、街に入り次第まずは宿を取るぞ」
*
お祓い師「どこもかしこも満室だと……」
狼男「どうやら感謝祭に被ってしまったみたいですね」
狐神「祭りかの?」
お祓い師「ああ。本来ならば教会なんかで行われる儀式のほうが主なんだが、熱心な教徒以外は大抵街の出店の方を楽しんでいるな」
狐神「出店……、いい響きじゃあ……!」
お祓い師「何度も言うが仕事優先だからな」
狐神「わかっておるわかっておる」
お祓い師「ほんとかよ……」
狐神「ふふーん、出店とな」
お祓い師(わかっていない顔をしている……)
狼男「しかし宿がないというのは困りましたね」
お祓い師「……そうだな。情報や依頼を探すついでに役所に掛けあってみるか。どうにかなるかもしれん」
狼男「役所に、ですか……?」
*
役所の快活な受付嬢「やあやあ、対魔対策課の窓口にようこそ。今ならA1級の天狗の依頼なんかエグくておすすめだよ」
お祓い師「依頼探しではなく泊まる場所を探しに来たんだがいいか」
役所の快活な受付嬢「ああ、なるほどね~。感謝祭の時期に宿の予約もなしに来てしまったと」
お祓い師「そこで頼みがあるんだが……」
役所の快活な受付嬢「退魔師協会の宿舎を使わせて欲しい、でしょ?」
お祓い師「その通りだ。可能だろうか」
役所の快活な受付嬢「もちろん構わないよ。とは言ってもこの時期は退魔師も多くこの街に滞在しているから、料金は少し割増になるけどね」
お祓い師「そこは仕方がないか……。やはり仕事もこなさないとやっていけそうにないな」
狼男「そういう事になりそうですね」
役所の快活な受付嬢「その物言いだと、今回は仕事目的でこの西人街に訪れたわけじゃなさそうだね」
お祓い師「ああ、人探しをしている」
役所の快活な受付嬢「……それはもしかして、君のお父上の事だったりするのかい?」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師「なぜそれを……?」
役所の快活な受付嬢「いやいや、君の身分証の姓名を見てもしやと思ってね。君の反応から察するに、君のお父上はかの有名な退魔師じゃないか」
役所の快活な受付嬢「私じゃなくても、この業界の人間なら誰でも気がつくさ」
お祓い師「俺が聞きたいのはそういうことではなく、なぜ俺の探している人があの人だとわかったのか、ってことだ」
役所の快活な受付嬢「ああそれはね。君のお父上が皇国のとある地方にいるという話は一部の情報筋で知られていてね」
役所の快活な受付嬢「まあ、絶対神信仰の教会からしては快くない状況なんだけどね」
お祓い師「……どういう意味だ?」
役所の快活な受付嬢「おっと、ここから先はタダでは教えられないね」
お祓い師「対価は」
役所の快活な受付嬢「お金……でもいいんだけど、人探しには人探しで返してもらおうかな」
役所の快活な受付嬢「(……ここで確認したいんだけど、君は絶対神の敬虔な信者かい?)」
お祓い師「(あいにくそういう環境では育たなかったな)」
役所の快活な受付嬢「(……わかった。じゃあ今晩の七の刻に、ここから南通へ向かって真っすぐ進んだところにある酒屋にきて)」
役所の快活な受付嬢「(知り合いがやっているところなんだけど、詳しくはそこで話すね)」
役所の快活な受付嬢「部屋はちゃんと貸し出すよ。今がいい?」
お祓い師「そうだな。荷物を運びたいから今にしてもらえるか」
役所の快活な受付嬢「部屋は全部ベッドが二つずつだけど、二部屋取るかい?それとも三部屋取るかい?」
お祓い師「……だ、そうだが?」
狼男「それなら前回と同じ理由で、二部屋で良いんじゃないですかね」
狐神「うむ、そうじゃな」
お祓い師「そう言うと思った……。じゃあ二部屋で」
役所の快活な受付嬢「あいよ、これが鍵ね。向こうの階段で二階に上がればあるよ」
お祓い師「わかった。じゃあ夜に会おう」
役所の快活な受付嬢「しばらくは、まだ業務でここにいるから。何かわからないことがあったら聞いてね」
お祓い師「わかった、助かる」
役所の快活な受付嬢「ま、困ったときはお互い様ね」
*
お祓い師「約束の夜まではまだ時間があるから、少し街を回っておくか」
狐神「食事は……」
お祓い師「待ち合わせの酒場でいいだろう」
狐神「じゃと思ったわい」
お祓い師「文句は?」
狐神「……ない」
狼男「でも三食はきちんととったほうがいいですよ。昼食がまだじゃないですか」
狐神「こう言っておるぞ」
お祓い師「……わかった。狼男に免じて、昼食をとろうか」
狐神「わしは?」
お祓い師「文句は?」
狐神「……ない!」
お祓い師「で、どこにするかだな。気分としてはせっかくの西人街だし、西の料理がいいんだが……」
狼男「さっき、窯焼きピザの店を見かけましたよ」
お祓い師「お、いいな。久々に食べたい」
狐神「ぴっつぁ……?」
狼男「えーとですね。ピザっていうのは、薄いパン生地のようなものの上に野菜や肉を乗っけてですね」
狐神「薄いぱん生地……、野菜、肉……」
狼男「トマトなんかから作ったソースをかけたりしたもので」
狐神「とまとそーす……」
狼男「チーズなんかを乗っけて焼いたものですと、チーズがトロトロで絶品なんですよ」
狐神「ちーず!!」
狐神「わしゃあ、ぴっつぁが食べたい!ぴっつぁが食べたいぞ!!」
お祓い師「そのつもりだからギャーギャー騒ぐな」
狼男「あはは……」
お祓い師「で、その店はどっちの方だ」
狼男「役所に来る途中で見かけたので、あちらのほうですね」
お祓い師「よし。昼時は過ぎているから、まあそこまで混んではいないだろう。向かうとするか」
狼男「ですね」
狐神「ううむ、どんな味がするのかのう……!」
お祓い師「飯は逃げないから少し落ち着け」
狼男「あはは、本当に親子みたいですね」
お祓い師「勘弁してくれ。大体コイツは見て呉れも実年齢もガキじゃないだろ」
お祓い師「中身はガキだがな」
狐神「失礼じゃなおぬし」
お祓い師「事実を言ったまでだ」
狐神「ぐぬぬ……」
狼男(言い返せないところが、もうね……)
狼男「おや……」
お祓い師「どうした」
狼男「いえ、教会があったので」
お祓い師「ああ、なるほどな」
狐神「あれが絶対神信仰者の集まる教会という施設かの」
お祓い師「ああ」
お祓い師「それで、その扉の前に立っている男が神の教えを説く神官だ」
狐神「えらい人気じゃのう」
お祓い師「まあ、この街は皇国における絶対神信仰の最前線だからな。わざわざここに移り住んでいる信徒も多い」
お祓い師「俺たちの立場上、教会と揉めてロクな事にはならない。お前もあの神官服を見たらなるべく避けるようにしろ」
狐神「うむ、心得た」
お祓い師「それにこの街の教会は少し特殊で、揉めると国際問題にも発展しかねない」
狐神「特殊とは?」
お祓い師「ここの教会の人間はお隣の共和国の大使も兼ねているんだ」
狐神「共和国……?」
お祓い師「ああ、お前は皇国の外のことはあまり詳しくないのか」
狐神「田舎の山に篭っておったからからのう」
お祓い師「これが俺たちの住む大陸周辺の地図だ」
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| _n__
| ___ _/ \__ 。
| / V / /\
| > < > ∨\ __ ◇
| \ __/ |法国Σ 。 ◇ / /
| _/ 北方連邦国 / < \___/ __ / \
| / | \__ / W /
| 「 /\自治区 V\_ __ / / \
| >___n__ _/ \__/ | | \ | \ |
| / _ / V / / | / | \
| / 亡国 // /\___ ____V \| / 皇国 <
| [_ / \ | ∨ |_ /
| \/ | _/ / \_
| / \ | _/
| | / 帝国 \_ /。
| L 王国 | / \
| / \_ \_ _/
| | \___ ____ / V |
| | _ _く \_/ \_/\___ | /
| \M | V \ 共和国 \_/ |
| \ Σ 。 _ \ /\/\_ _ _/
| |_ / / \|/\__N 。 V | /
| ∨ \_/ V _ _◇ 「 /
| ◇ _ / V \_/\ \ n/
| 。 / \ / < /__/
|───────────────\__南部諸島連合国 __/ ────────
| 。 。 \_/ \/
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お祓い師「東の果ての、ここが今俺たちがいる皇国だ」
お祓い師「そして北の海に浮かぶこの島国が教会の総本山がある法国だ」
お祓い師「絶対神の教えを国教としているのは、法国、王国、帝国、共和国だ」
狐神「この共和国という国は大きいのう……」
お祓い師「ああ。軍事力も随一の国だ」
お祓い師「この西の端の王国が俺や狼男の出身地だ」
狼男「こう見ると随分と遠くまで来たのですね」
お祓い師「そして帝国の南にある共和国、ここの神官がこの街にいるというわけだ」
狐神「ううむ、なるほど」
狐神「ちなみにおぬしと行動をともに各地を回り始めたこの一月あまりで、わしらはどこからどこまで移動したのかの?」
お祓い師「えーっと、ここから」
狐神「ふむ」
お祓い師「……ここまでだ」
狐神「た、たったそれだけなのかの!?」
お祓い師「ああそうだ」
狐神「せ、世界とは広いのじゃなあ……」
お祓い師「この地図も世界全体を描いたものではないしな」
狐神「なんと……」
狼男「自分も初めて世界地図を見た時はそう思いましたよ」
狐神「ううむ……」
狐神「……しかし、あの神官服というもの。随分と豪華絢爛じゃのう」
お祓い師「世界規模で信徒がいるわけだから、教会組織に入る金も莫大なものってことさ」
狐神「過去に自らが信仰されていた身としては、己を頼るものからの供物を遠慮無く頂戴し、全力で贅沢をすることは全く悪いことだとは思わんが……」
狐神「あやつら自体は神ではないのだろう。そこが大きな違和感を感じるところよのう」
狐神「肝心の神は一体どこにいるのか」
お祓い師「誰も存在を知らないからこその神秘性なのかもしれんな」
お祓い師「お前から散々聞かされた理の通りなら、どこかに必ず存在しているはずなんだがな」
お祓い師「その姿を見たっていう話は聞かない」
狐神「ううむ……」
狐神「しかしあやつら自体は絶対神とやらではないが、それなりに大きな力を感じる」
お祓い師「信徒からすれば神官もある意味で信仰対象だ。なんせ『神の声を聞ける人』、らしいからな」
狼男「なるほど。そうして信徒から頼られる神官は、自身が信仰を集めているという状態と同じになるわけですか」
お祓い師「上手くできてんなあ」
狼男「ですね」
お祓い師「そういう所が見えてくるとますます距離を置きたくなるな」
狼男「ですねえ……」
狼男「あ、見えてきましたよ、件のピザ屋」
狐神「おおっ!ここまで良い香りが漂ってきておるわ!」
お祓い師「じゃあ入るか」
お祓い師「河童退治の報酬金が思ったより多かったからな。贅沢はできないがそれなりには食えるぞ」
*
狐神「美味いのう、美味いのう……!こりゃあ美味じゃあ!」
お祓い師「ああ……」
狼男「で、ですね……」
狐神「なんじゃおぬしら。飯はもう少し美味そうに食わぬか」
お祓い師「いや、美味いことには美味いんだが……」
狼男「(完全に教会関係者の行きつけの店でしたね……)」
お祓い師「(ああ。右も左も教会の連中だ……。神官だけじゃなくて教会お抱えの騎士までいやがる)」
狐神「(そんなこと分かっておるわい。だからこそ自然体でおらんか。普通にしていれば何も疑われることはない)」
お祓い師「(確かにその通りだが……)」
???「よお、あんたら。旅の人かい?」
お祓い師(時既に遅し、ってところだな……)
お祓い師「……なんでそう思った?」
???「いや、衣服に泥なんかがついてるからな。東の森を抜けてきたんじゃないかってね」
???「それに感謝祭がある今の時期は外からの人も多く来るから、大体こう言えば当たるもんさ」
お祓い師「なるほどな。まあ正解だ。旅のお祓い師とその弟子と従者、ってところだ」
???「なるほど」
???「おっと、名乗り遅れてたな。俺は西人街での教会聖騎士長をやっているもんだ」
お祓い師「その若さで聖騎士長か……!」
???→西人街の聖騎士長「ま、昔から腕っ節だけは自信があったからな」
西人街の聖騎士長「見たところあんたは俺よりも若そうだけど、そんな若さで旅のお祓い師なんてそれこそすげえじゃねえか」
お祓い師「逆だよ、逆。若いからこそ旅なんかしても平気なんだよ」
西人街の聖騎士長「ははっ、違いないな!」
西人街の聖騎士長「で、そっちの強そうな兄ちゃんが従者で、美しいお嬢さんがお弟子さんってことか」
狐神「まあ、お上手なことじゃのう。教会の聖騎士様というのは女性には弱くてもなれるのかのう?」
西人街の聖騎士長「ははっ、神官のおっさんたちにはよく怒られるさ。軟派な態度を直せってさ」
狼男「現に睨まれてますよ」
西人街の聖騎士長「げっ、やばっ……!」
西人街の聖騎士長「またあったらどこかで飲もうぜ!美しいお嬢さんのことももっと知りたいからな!」
お祓い師「…………」
お祓い師「行ったな……」
狼男「行きましたねえ……」
狐神「かっかっか、愉快な奴じゃったのう。……じゃが」
お祓い師「ああ、恐ろしく強い力を感じた」
お祓い師(この間の辻斬りに迫る力を感じた……。おそらくはランクはAの騎士なんだろう)
お祓い師「……聖騎士長は伊達じゃない、ってことか」
*
肥えた大神官「感謝祭当日が近づいてきたことで諸君らの業務も忙しくなってきているだろう」
肥えた大神官「しかし、こういった時にこそ不遜な輩が現れるものだ。しっかりと気を引き締めてほしい」
聖騎士たち「「はっ!」」
肥えた大神官「特に近年は悪魔信仰のクズどもが力をつけてきているという。警戒が必要だ」
肥えた大神官「この街の治安は君の力にかかっている。引き続きよろしく頼むよ」
西人街の聖騎士長「はい、お任せください」
肥えた大神官「時に。君は今日の昼ごろに、食事処で女性に声をかけていたと聞いたが」
西人街の聖騎士長(あ、あの時の神官のおっさんチクったな……!)
西人街の聖騎士長「い、いえ……、それはなんというか……」
肥えた大神官「君は騎士としては優秀だが、神のもとで働く自覚が少々足りない面が見られることがある」
肥えた大神官「十分に注意したまえ」
西人街の聖騎士長「承知いたしました」
肥えた大神官「では私はこれで」
西人街の聖騎士長「…………」
西人街の聖騎士長「……こほん。じゃあ、感謝祭まで残り僅かとなったが、もう一度気合を入れなおして頑張ろうか」
聖騎士たち「「はっ!」」
西人街の聖騎士長「……よし」
西人街の聖騎士長「この街では神に刃向かう者の一切の悪事を許してはならない!我らは聖騎士!その誇りを忘れるな!」
西人街の聖騎士長「絶対神の名のもとに!」
聖騎士たち「「絶対神の名のもとに!」」
*
狐神「ふう~っ、満足じゃあ」
お祓い師「腹も満たされたし少し街をまわってみるか」
狼男「時間はまだまだありますからね」
お祓い師「……そうだな、あそこの本屋でも入ってみるか」
狼男「何か探しているんですか?」
お祓い師「いや、旅の暇つぶしに何冊か買っておこうかと思ってな」
狼男「ああ、なるほど」
本屋の髭店主「へいらっしゃい」
本屋の髭店主「お探しのものはあるのかい」
お祓い師「いや。旅の暇つぶしに何か、って思っていたんだが」
本屋の髭店主「おおそうかい。なんならこいつはどうだい。最近巷で流行りの冒険譚だぜ」
お祓い師「……面白そうだな」
本屋の髭店主「おうよ、今月一のおすすめだ」
お祓い師「……ん、その奥の本の山はなんだ」
本屋の髭店主「ああ、これか……」
本屋の髭店主「これは教会の検閲で発売停止命令をくらった哀れな本たちさ」
お祓い師「教会の検閲……」
本屋の髭店主「……あんたらは協会の関係者かい?」
お祓い師「いやいや、それどころか信仰心の薄い愚か者の集まりだよ」
本屋の髭店主「はっはっは、そうかそうか。じゃあ俺も愚か者に仲間入りだな」
本屋の髭店主「まったく嫌になるぜ」
本屋の髭店主「教会の思想がどうかとか、この本たちには関係ないはずだろう」
お祓い師「言論弾圧とは独裁もいいところだな」
本屋の髭店主「そうなんだよなあ。この街は皇国内で教会が主権を握っている数少ない場所だ」
本屋の髭店主「皇国軍の詰め所もあるから大きくは動けないみたいだが、それでも奴らは着実に力をつけてるぜ」
本屋の髭店主「……兄ちゃん、バレないようにするなら、そこの本を何冊か持って行っちまってもいいぜ」
お祓い師「いいのか」
本屋の髭店主「どうせ数日後には焚書されちまうんだ。本だって誰かに読んでもらうのを望んでいるはずだ」
本屋の髭店主「これが本当の本望、ってな」
お祓い師「…………」
狐神「…………」
狼男「え~と……」
本屋の髭店主「……だめか」
本屋の髭店主「ま、まあ好きに見てくれよ。そっちのはどうせ売り物に出来ないからお代も取らないよ」
お祓い師「ありがたい」
お祓い師「……さて」
お祓い師「…………」
お祓い師「ん……?」
お祓い師「こ、これは……!」
本屋の髭店主「お、兄ちゃんお目が高いな」
本屋の髭店主「そいつは確か、旅をしてるっていう王国人が置いていったやつでな」
本屋の髭店主「書物の感じからして、皇国のかなり古いモンだろうな」
本屋の髭店主「内容が異教のものだっていって焚書対象にされちまったよ」
お祓い師「……なるほどな。じゃあこいつも貰っていいか」
本屋の髭店主「あいよ。じゃあ最初の小説の分だけお題を貰うとするかね」
お祓い師「……これで」
本屋の髭店主「はい、丁度だな。毎度あり」
狐神「何を譲ってもらったのじゃ?」
お祓い師「……秘密だ」
狐神「なんでじゃ」
お祓い師「なんでもだ」
狐神「むう……」
お祓い師「……ほら、露店でも少し見に行ってみねえか。祭り前だが少しなら出てるしな」
狐神「お、そうするかの!」
狼男「(……扱いが上手いですね)」
お祓い師「(だろ?)」
狐神「ふふ~ん」
*
──とある手紙──
『今日は珍しく来客があったんですよ。客人なんていつ以来なんでしょうか。』
『変わったお三方で久々に楽しい時間を過ごせました。』
『でもまた私は見てしまった。見えてしまったのです。』
『その方は復讐に囚われていました。』
『そしてその復讐心を燃やす相手というのが──』
・
・
・
*
お祓い師「さて、約束の酒場はここだな」
狼男「いつの間にか日もすっかり落ちてしまいましたね」
お祓い師「そいつがやたらと露店の前で足を止めるからだ」
狐神「まあまあ、丁度いい時間つぶしになったであろう」
狐神「しかし祭り前だというのにあの露店の量……。当日はさぞ素晴らしいんじゃろうな」
お祓い師「たしかに、少し楽しみではあるな」
狐神「なんじゃ、おぬしもなんだかんだ楽しみにしておるのか」
お祓い師「別に祭りが嫌いなんて一言も言ってないだろ。ただお前みたいに、馬鹿にはしゃいだりはしないだけだ」
狐神「な……!」
お祓い師「それに祭りで思い切り遊びたいなら、その前に色々とやらなくちゃいけないことがある」
お祓い師「俺の人探しの件もそうだが……」
お祓い師「露店巡りの軍資金も稼いでおかないとつまらないだろ?」
狐神「……!」
狐神「その通りじゃな!」
お祓い師「そうと決まればまずはこの酒場で情報収集だ」
狼男「入りましょう」
お祓い師「ああ」
役所の快活な受付嬢「や、来たね」
お祓い師「待たせたか?」
役所の快活な受付嬢「いやいや、私もついさっき来たところさ」
役所の快活な受付嬢「ささ、詳しい話は中でしよう」
路地裏の酒場の娘「らっしゃ~い……、ってああ。その人たちが今日会う約束していたっていう?」
役所の快活な受付嬢「そうそう。えーっと、みんなお酒で大丈夫?」
お祓い師「ああ、いや……」
狐神「じぃっ……」
お祓い師「…………」
お祓い師「一杯だけ頂くとするよ」
役所の快活な受付嬢「よし、じゃあ麦酒四つ頼むよ。あと軽くつまめるものも」
路地裏の酒場の娘「はーい、了解」
路地裏の酒場の娘「麦酒四つとおつまみ入ったよー!」
お祓い師「……今の子が知り合いの?」
役所の快活な受付嬢「そうだよ。ウェイトレスみたいなことしてるけど、実際にはこの酒場の経営主なんだ」
役所の快活な受付嬢「あの格好は趣味だとか」
お祓い師「なるほど、な」
役所の快活な受付嬢「ここは教会の人間なんか滅多に来ないから安心して」
お祓い師「話し込むには良い環境ってことか」
路地裏の酒場の娘「はい、麦酒四つとおつまみね!」
役所の快活な受付嬢「お、ありがとね」
路地裏の酒場の娘「じゃあ、追加の注文があったら呼んでね」
役所の快活な受付嬢「はいはーい」
役所の快活な受付嬢「さて、じゃあひとまず乾杯しますか」
狐神「うむ」
狼男「では」
お祓い師「えーっと、そうだな……」
お祓い師「じゃあ、この出会いに乾杯」
一同「「乾杯!」」
役所の快活な受付嬢「……くはーっ!やっぱり仕事終わりの一杯はこれよ!」
狼男「いやあ、美味いですね!」
お祓い師「たしかに、久々だがやはりいいものだ」
狐神「な、なんじゃこのしゅわしゅわは!?しゅわしゅわはなんじゃ!?」
狼男「たしか、炭酸と呼ばれるものですね」
狐神「たんさん……」
狐神「…………」
狐神「おお~……」
狐神「して、こちらのつまみはなんじゃ?」
お祓い師「胡瓜の酢漬けだな」
狐神「おお、漬物であったか!大好物じゃ」
狐神「……って、酸っぱあ!?」
お祓い師「酢漬けだって言ってんだろ……」
狐神「じゃが、美味い……」
お祓い師「お前は本当に単純なやつだよ……」
役所の快活な受付嬢「……あははっ!君たちは期待通り面白いねえ!」
お祓い師「この馬鹿がうるさいだけだ」
役所の快活な受付嬢「いやいや、君も面白いよ」
お祓い師「なっ、心外だぞ!」
役所の快活な受付嬢「まあ、褒め言葉といて受け取っといて」
役所の快活な受付嬢「で、本題に入るんだけど」
お祓い師「そうだな。どちらのことから聞かせてもらえるんだ」
役所の快活な受付嬢「君の探し人の話からでいいよ」
役所の快活な受付嬢「君の探し人……、君のお父上のこと何だけどね。居場所ははっきりと分かっているんだ」
お祓い師「なっ……!」
狐神「なんじゃ、もう解決ではないか」
お祓い師「ば、場所はっ……!?」
役所の快活な受付嬢「場所はこの街から遥か北西に行った所にある、内陸の山あいにあるとある集落さ」
役所の快活な受付嬢「その集落や近辺はあることで有名なんだけどね。詳しいことについては君たちお祓い師が専門になるのかな」
役所の快活な受付嬢「まあ何かって言うと、式神の文化が非常に発達した地方なんだってさ」
お祓い師「式神か……」
狼男「神と人間が契約するっていう、皇国特有の文化でしたっけ」
お祓い師「特有、と言うのは実は少し違うんだが……。相手が神とは限らず、物の怪と結ぶ者もいるようだな」
お祓い師「ということは、親父は式神に関する何かを調べるために皇国に一人で旅立ったってことか……?」
役所の快活な受付嬢「君のお父上が何をしているのかは詳しく掴めていないみたいなんだけど」
役所の快活な受付嬢「とにかく教会にとっては、君のお父上ほどの人間があの地方にいることが問題がある状況なんだ」
狼男「大陸に名を馳せるほどの退魔師が、絶対神以外の、教会からすれば異教の化物と友好にしているような地方にいるのは確かに好ましく無いでしょうね」
狼男「絶対神を唯一の神として崇める彼らにとっては教えに背く行為に等しい」
役所の快活な受付嬢「そうだね。君のお父上は有名人だから、存在が知れ渡れば双方にあまりいい事態にはならない」
役所の快活な受付嬢「退魔師協会というのも、教会の教えに反する化物を滅するという理念で動いているから……。まあ、教会の資金上の援助を受けるための建前だけど」
役所の快活な受付嬢「表立って君のお父上の味方になることが出来ないんだねー」
お祓い師「……なるほど。貴重な情報だった、ありがとう」
役所の快活な受付嬢「いやいや、次は君が私に協力してくれればそれでいいんだ」
役所の快活な受付嬢「なんだけど、その前に」
役所の快活な受付嬢「ねえー、注文いいー?」
路地裏の酒場の娘「はいはーい、なににする?」
役所の快活な受付嬢「今日のおすすめ料理を人数分で。あと麦酒を追加で」
狼男「あ、麦酒は俺もお願いします」
路地裏の酒場の娘「はい了解。ちょっと時間かかるかも」
役所の快活な受付嬢「ゆっくりでいいよ」
役所の快活な受付嬢「さて、じゃあ私の探し人の話に入るよ」
お祓い師「ああ」
役所の快活な受付嬢「私が探しているのは、私の親友なんだ」
役所の快活な受付嬢「私は見ての通り、西の人間の血を引いているんだけど、生まれはこの街なんだ」
役所の快活な受付嬢「今私たちのために料理を作ってくれているあの子も、私がいま探している子も、一緒にこの街で育った仲間でさ」
役所の快活な受付嬢「男友達も多かったから、やんちゃをしてはあの子に注意されていたもんさ」
役所の快活な受付嬢「まあ真面目な子だからね。危なっかしい私たちが心配で仕方がなかったんだろうね」
役所の快活な受付嬢「で、そんな真面目な子だったからさ。私が親のコネで役所仕事に就いて、あいつはあいつで親の酒場を継いで、ってしているずっと前に自分の意志で修道女になったんだ」
役所の快活な受付嬢「私らと違って信仰心が強かったからね」
役所の快活な受付嬢「真面目だけど、優しい子だから、同じ教会の修道女や神官ともすごく仲が良くてね」
役所の快活な受付嬢「すごく楽しそうなあの子を見れて、私たちも嬉しかった」
役所の快活な受付嬢「……だからこそ私たちはあの時、教会の上層部の連中が許せなかった」
お祓い師「…………」
狼男「一体何が……」
役所の快活な受付嬢「元々の素養なのか、それとも絶対神への信仰心によるものなのかはわからないんだけど」
役所の快活な受付嬢「……あの子は君たちと同じように“力”を持っているんだ」
お祓い師「力、か……」
役所の快活な受付嬢「私は全くそういうのはないんだけどね」
役所の快活な受付嬢「……あの子の力は『相手の心を読む力』、らしいんだ」
狐神「ふうむ……、“覚”のようなものか」
役所の快活な受付嬢「あの子曰く、相手の心を見たい時に見れるような便利なものじゃなくて、時々意識せずに見えてしまうものだったらしいの」
お祓い師「力を制御しきれていないということか」
役所の快活な受付嬢「そういうものなのかな?」
役所の快活な受付嬢「そしてある日のことなんだけど。あの子は魔女裁判にかけられてしまった」
狐神「魔女裁判とな……?」
お祓い師「異教の、特に魔の者を身内から炙り出す儀式だ」
お祓い師「その子みたいに相手の心を読む術者が他にもいるならば別だが、大抵はなん根拠もないインチキだ」
お祓い師「昔には魔女裁判が横行し、罪もない人々が沢山殺されたらしい」
狼男「…………」
役所の快活な受付嬢「役所の受付をやってると、知り合いも多いからね」
役所の快活な受付嬢「信用できる退魔師を頼って、教会に追われているあの子を何とかこの街から逃がした」
役所の快活な受付嬢「私が思うにあの子は、教会上層部の誰かの見てはいけない秘密に触れてしまった」
役所の快活な受付嬢「不意に発動した能力でね」
役所の快活な受付嬢「腐った教会の何を見たかはわからないけど、神と神の信徒を信頼していたあの子にとってはショックだったろうね」
お祓い師「なるほどな……」
お祓い師「……その子の見た目はどんな感じなんだ」
役所の快活な受付嬢「こっちの地方の家の子だからね、長い黒髪が綺麗な子だよ」
お祓い師(長い黒髪、か……)
狼男「…………」
*
路地裏の酒場の娘「はい、今日のおすすめ鶏の半身揚げだよ」
狐神「おおっ、ついに来たか!」
お祓い師「随分と量があるな……」
役所の快活な受付嬢「男ならこれぐらい余裕でしょ?」
お祓い師「あ、ああ」
狼男「もちろんです」
路地裏の酒場の娘「あ、私もこの卓の話に参加していい?」
役所の快活な受付嬢「別にいいけど、仕事の方は平気?」
路地裏の酒場の娘「もう閉店の札を出しといたから平気」
役所の快活な受付嬢「あんたそれでいいならいいけど……」
路地裏の酒場の娘「問題ないっ!」
路地裏の酒場の娘「それじゃあ改めまして、乾杯っ!」
一同「「乾杯!」」
狐神「んぐんぐ」
お祓い師「おい、あんまり飲むとまた潰れるからほどほどにな」
狐神「らいじょうぶら」
狼男「既に怪しいですねえ……」
お祓い師「はあ……。なあ、水とかあるか」
路地裏の酒場の娘「はいよ、ここに置いておくね。あと桶も」
お祓い師「済まないな」
お祓い師「ほら、少し水を飲んで酒を抜いておけ」
狐神「わしはまだまだいけるわい!」
お祓い師「いいから、とりあえず水を飲め」
狐神「……うむ、わかった」
狐神「……んくんく」
お祓い師「はあ……。で、質問があるんだがいいか」
役所の快活な受付嬢「なんでもいいよ」
お祓い師「その黒髪の子は教会に捕まらないように逃がしたんだろ?なんでそれを俺に探すように頼むんだ」
お祓い師「まるでその子がこの街の近くにいるみたいじゃないか」
役所の快活な受付嬢「その通り、あの子はこの街の近くのどこかにいる」
お祓い師「なんでそんな事がわかるんだ」
役所の快活な受付嬢「時々ね、家の窓の外にあの子からの手紙が置いてあるんだ」
役所の快活な受付嬢「あの子が飼っていたハヤブサが飛んで持ってきているんだと思う」
役所の快活な受付嬢「あの子が逃げた時に一緒に連れて行っていたはずなのにね」
役所の快活な受付嬢「これはハヤブサが飛べる範囲にあの子が住んでいる、って事でしょ」
お祓い師「……なるほどな」
お祓い師「しかしおかしくないか」
役所の快活な受付嬢「おかしい、とは?」
お祓い師「教会から逃げたのに、この国における教会の本拠地とも言える西人街から遠くにはなれない理由だよ」
お祓い師「普通に考えれば、教会の布教の及んでいない地域まで逃げるしかない」
お祓い師「それをなぜ、教会に再び追われるリスクを犯してまで西人街の近くに身を潜めて居座り続けているのか」
役所の快活な受付嬢「…………」
路地裏の酒場の娘「そりゃあ、あの子は真面目で優しくて、……そして純粋だから」
路地裏の酒場の娘「神を信じ続ければいずれ身の潔白が証明されるとでも思ってるんじゃないのかな」
役所の快活な受付嬢「……だね」
役所の快活な受付嬢「だから、次こそは遠くに逃げ切って欲しいんだ」
役所の快活な受付嬢「それをあの子に伝えてくれる人を探していた」
お祓い師「直接自分で探して伝えることは考えなかったのか」
路地裏の酒場の娘「無理だね」
路地裏の酒場の娘「あの子の親友である私たちが街の門をくぐって外に出ようものなら、すぐに教会の人間の尾行にあうことになるね」
お祓い師「それはそうか……」
役所の快活な受付嬢「これが私たちからあの子への手紙。あの子なら分かってくれるはず……」
お祓い師「わかった、絶対に届ける」
役所の快活な受付嬢「……信頼して、いいんだよね」
お祓い師「役所の人間からの信頼がなきゃ、この先やっていけるような職じゃないからな」
役所の快活な受付嬢「……ありがとう」
お祓い師「あと、こっちから一つお願いがあるんだがいいか」
役所の快活な受付嬢「なにかな」
お祓い師「そう長くはないが、感謝祭が終わる頃まではこの街に滞在しようと思っててな」
お祓い師「ロクに稼ぎがない状態は少し困るから、よさ気な依頼があったらまわしてくれ」
役所の快活な受付嬢「そういうことならお安いご用さ。明日以降カウンターに顔を出してくれれば色々紹介するよ」
お祓い師「助かる」
路地裏の酒場の娘「よーし、契約成立にもう一飲しますか!」
役所の快活な受付嬢「よっしゃ、かかってきなさい!」
お祓い師「元気だなオイ……」
狼男「旦那も勿論まだまだいけますよね」
お祓い師「……当然だ……!」
お祓い師「……って、こいつは寝ちまったか」
狐神「すうすう……」
お祓い師「飯だけはいつの間にか平らげてやがんな」
狼男「さ、さすがですね……」
お祓い師「まったくだ」
路地裏の酒場の娘「ほれほれお兄さん、まだまだ若いんだから飲んで飲んで」
お祓い師「わかったわかった、じゃあ頂くとするよ」
お祓い師「……ふう」
お祓い師「そういえば今日昼食をとった時の話なんだが」
お祓い師「そこで西人街の西人街の聖騎士長をやっているっていう男に会ったんだが、あの若さで聖騎士長ってのは珍しい」
お祓い師「有名な剣士なのか?」
役所の快活な受付嬢「……あいつはただの剣術馬鹿……」
お祓い師「その物言い、知り合いか?」
役所の快活な受付嬢「……別になんでもない」
路地裏の酒場の娘「あの聖騎士長は、私たちが子供の時よく遊んでくれた近所のお兄さん、ってところかな」
路地裏の酒場の娘「それでもって、この子の元婚約者」
狼男「ええっ!?」
役所の快活な受付嬢「やめてよちょっと!昔の話でしょ!」
お祓い師「なんでまた婚約を解消したんだ」
役所の快活な受付嬢「そんなの当たり前じゃない!あいつ、教会に魂売ってんの!」
役所の快活な受付嬢「私の親友が不当な魔女裁判にかけられたにも関わらず、何もしてくれなかったんだよ!?」
役所の快活な受付嬢「教会の人間なら中から何とかすることだって出来たでしょうに!」
路地裏の酒場の娘「まあまあ、ああいう組織っていうのは複雑な事情っていうのがいろいろあるもんだよ」
役所の快活な受付嬢「そんなことはわかってるけど……!」
お祓い師「なるほどな……」
狼男「難しいですねえ」
役所の快活な受付嬢「うっさーい!そんな目で私を見るなー!!」
役所の快活な受付嬢「こうなったら今晩はしこたま飲んでやるんだから!」
*
役所の快活な受付嬢「ぐう……、もう飲めない……」
路地裏の酒場の娘「私の勝ち、っと」
路地裏の酒場の娘「じゃ、私はこの子を上の部屋に寝かしつけてくるから、あなた達はもう帰っても大丈夫だよ」
お祓い師「大丈夫か、手伝わなくて」
路地裏の酒場の娘「この子がこうなるんはいつも通りだからなれてるよ」
お祓い師「そうか……。じゃあ失礼する。代金はここに」
狼男「半身揚げ美味しかったです。それではまた」
路地裏の酒場の娘「ん、またねー」
お祓い師「……よし、じゃあ帰るか」
狼男「また姐さんはおぶられて部屋に戻るんですね」
お祓い師「もう慣れたよ、こいつをおぶって帰るのも」
狼男「…………」
狼男「男は狼になってもいいんですよ?」
お祓い師「ばかいえ、殺される」
狼男「はたしてどうでしょうね」
お祓い師「…………」
お祓い師「そういえばお前、何か具合でも悪いのか」
狼男「え、なんでですか?」
お祓い師「いや、この街に来た辺りから、たまにボーッとしてたり、顔をしかめたりしていたからな」
狼男「え、そうですかね。気のせいだとは思うんですけれども……」
お祓い師「そうか。まあ何あればすぐ言えよ」
狼男「ええ、そうさせてもらいます」
お祓い師「さて、明日からは少し忙しくなるぞ」
狼男「祭りに向けた軍資金稼ぎ、ってやつですか?」
お祓い師「今日働いた分じゃ少なすぎるからな」
お祓い師「それと平行して教会についての情報収集も必要だ。今の状況を知っておくことが重要だ」
狼男「……確かにそうですね。向こうからすれば、お尋ね者の逃亡幇助をされそうになっているわけですからね」
お祓い師「何事もなく終わってくれればそれが一番いいんだけどな」
狼男「しかし、もし俺たちが関わったことがバレたら、この先の仕事に支障が出たりはしないんですか?」
お祓い師「皇国にいる限りでは問題はないだろうな。ここは多神の存在を国の長である皇家が認めている」
お祓い師「絶対神の布教も、その八百万の神の中の一つとして受け入れられているにすぎないんだ」
お祓い師「国からのバックアップがない以上、教会連中も強硬手段には出られない。あいつらがすべてを掌握したこの西人街のような場所以外ではな」
お祓い師「やり過ぎれば国の軍に潰されちまうからな」
狼男「まあ、もしも教会を敵に回しちゃったら皇国に永住ですね」
お祓い師「あとは遙か先の北方連邦国だな。あそこも特殊な国だ」
狼男「ああ、そういえばそうでしたね」
お祓い師「長い間周辺諸国との国交を絶っていたから国を越えた商いは苦手と聞くな」
狼男「ですから、無神論者で商い上手の人間が、近年多く移り住んでいるとか」
お祓い師「俺も時代の流れに乗ったほうがいいのかね」
狼男「ははっ、旦那は商いは向きませんよ」
お祓い師「そういう意味だ」
狼男「無愛想は取引の場では不利ですよ」
狼男「……そして何より、お人好しには商売はできないんです」
お祓い師「……無愛想なお人好しって、散々な評価だな」
狼男「褒め言葉ですよ」
お祓い師「褒められている気はしない」
狼男「実際旦那はお人好しですよ」
狼男「今回の件も、欲しい情報は手に入ったんですから、向こうのことは手伝わずにすぐに目的地へ向かえば良いんです」
狼男「それなのに律儀に、教会を敵に回すリスクを犯してまで手伝っちゃうんですから」
お祓い師「……貸したものは死んでも返してもらうが、また借りたものは死んでも返す主義なだけだ」
狼男「なるほど……」
狼男「俺も返し時、なんですかね……」
お祓い師「ん?」
狼男「いえ、なんでもありませんよ」
*
お祓い師(すっかりこいつの寝かしつけ係だな)
お祓い師(今日は少し飲み過ぎたから、俺も早く寝よう……)
狐神「……おぬし、そこにおるか」
お祓い師「……!」
お祓い師「起きてたのか……」
狐神「うむ、目が覚めたところじゃ……」
狐神「頭痛がひどくての……」
お祓い師「だから飲み過ぎるなと言ったんだ。水をもらってこようか?」
狐神「……頼んでも良いかの」
お祓い師「ああ、少し待ってろよ」
狐神「うむ……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……おい」
狐神「なんじゃ」
お祓い師「何だこの手は。水をもらいに行けないだろう」
狐神「…………」
狐神「……のう、おぬし」
お祓い師「なんだよ」
狐神「夫婦の契りをかわそう」
お祓い師「あのなあ、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
狐神「わしは大真面目じゃ」
お祓い師「……今夜はどんな悩み相談なんだ?睡魔に襲われるまでは聞いてやる」
狐神「まったく、少しは冗談に付き合わんか」
お祓い師「…………」
お祓い師「で、言いたいことがあるなら言ってみろ。今晩は長話にもつきあうぞ」
狐神「……うむ」
狐神「……以前おぬしは、わしのことを“同行者”だと言ってくれたな」
お祓い師「そんなことも言ったな」
狐神「じゃがわしにとってのおぬしは“依り代”じゃ」
狐神「これは今のわしにとっておぬしはは形式上のものではなく、生きる上での拠り所であるということじゃ」
狐神「じゃがわしはおぬしに何もしてやることが出来ぬ」
狐神「わしはおぬしにとって同行者以上の何者かになりたい」
お祓い師「…………」
お祓い師「お前の能力には助けられている。それじゃ駄目なのか?」
狐神「それは、少し違うような気がするのじゃ……」
狐神「おぬしはわしの依り代。いわば命の力をわしに差し出しているようなものじゃ」
狐神「それに応えられるだけの価値のある存在になりたい、ということなんじゃ」
お祓い師「……なるほど、言いたいことはわかった」
お祓い師「だがな狐神、そんなに気に病む必要はないんだ」
狐神「……なぜじゃ」
お祓い師「こういう人間関係に関わることは金勘定とは違う。百のものに百で返すことは難しいし、そんな必要もない」
お祓い師「依り代の関係を人間関係と同じように考えるのは少しおかしい気もするが、お前がそういうふうに捉えているならそうとする」
お祓い師「とにかく、無理に同質の、同等のもので返そうとしなくていい。この契約印のせいで被害を被っているわけじゃないしな」
狐神「う、うむ……」
狐神(そうは言ってものう……)
狐神(おぬしに頼ってばかりではわしの立場がないというか……)
お祓い師「もったいないから灯りを消すぞ。いいな?」
狐神「……うむ、平気じゃ」
お祓い師(あの積んであった本がまだ気になるな……)
お祓い師(明日仕事を見つけてからもう一度行くか)
422 : ◆8F4j1XSZNk - 2016/03/02 22:41:26.88 2OatUY+M0 287/1313ここまでです。
>>412 の お祓い師「今日働いた分じゃ少なすぎるからな」 という発言ですが、働いた描写がありませんでした。
御札を売って小銭稼ぎをしたということにしてください。
*
狼男「予想以上に早く仕事が片付いてしまいましたね」
お祓い師「部屋の“憑き物”を祓っただけだからな。大して強いものでも無かったし」
狐神「久々に“らしい”姿が見れた気がするわい」
お祓い師「どういう意味だ」
狐神「いやなに。専門家らしく手こずらずに解決したからの」
お祓い師「……刀を持った狂人を相手にするのは専門じゃないんだよ」
狐神「ふふっ、わかとっるわい」
狼男「あんまりからかっているとまた怒られますよ」
狐神「わしがこやつのなにを恐れろと?」
お祓い師「……昼飯……減量」
狐神「か、勘弁しておくれ……!」
お祓い師「ふん、あんまり生意気な気な口を利くなよ」
狐神「わしの方がよっぽど年長者であるというのに……」
お祓い師「生憎だが俺は年功序列という言葉が嫌いだ」
狐神「歳上は敬うべきじゃと思うがな」
お祓い師「一応考えておく」
狐神「本当かのう……」
狼男「……!」
狼男(あれは……)
お祓い師「どうした?」
狼男「い、いえ」
狼男「忘れ物を思い出してしまって。きっと昨晩の酒場です」
お祓い師「どうする?」
狼男「自分一人で取りに戻ります」
お祓い師「おう、わかった」
狼男「では」
狐神「ふむ……?」
狐神(えらく焦っておったが、あれは一体……)
お祓い師「さ、本屋に行くぞ。まだ色々と調べたいんだ」
狐神「うむわかった」
狐神「わしも少々調べたいことがあっての」
お祓い師「ほう、珍しい」
狐神「わしが本を読んだらいけないのかの?」
お祓い師「怒んなって、冗談だ」
狐神「からかうのも大概にせい……」
お祓い師「じゃあ行くか」
狐神「うむ。調べ物は早々に終わらせて早う昼食にしたい」
*
──とある手紙──
『復讐、だなんて私には思いつきもしないことでした。』
『思いつきもしなかったと言うのは嘘かもしれません。知らないふりをしていただけなんでしょう。』
『私はずっと神の御前で良い聖職者として振舞ってきました。』
『ふたりの良い友人であろうと振舞ってきました。』
『でも今気が付きました。私は二人が言うような“いい子”ではないんです。』
『私だって怒ります。私だって恨みます。』
『こんな理不尽な仕打ちには、仕返しをする他に無いのだと気が付かされました。』
『ごめんなさい。感謝祭、一緒に回りたかったです。』
『さようなら。』
・
・
・
*
路地裏の酒場の娘「……で、翌朝になってもあの従者さんは戻ってこなかった、と」
お祓い師「ああ。ここに荷物を忘れたから取りに行くと言っていたんだが姿は見なかったか」
路地裏の酒場の娘「いや、昨日今日で会った人が来たなら気がつくはずなんだけど……。そもそも忘れ物なんて無かったし」
お祓い師「そ、そうか……。邪魔したな」
路地裏の酒場の娘「力になれなくてごめんね」
お祓い師「いや、いいんだ」
路地裏の酒場の娘「…………」
*
お祓い師「…………」
狐神「おぬし、これは……」
お祓い師「……違和感には気がついていたんだ……。もう少しちゃんと聞くべきだった……!」
狐神「あやつの様子がおかしかったのはいつからじゃ?」
お祓い師「この街に来た時……、いや、東の森であの修道女に会った辺りからだ」
狐神「そういえば、なぜか外で寝るなどと言い出したのう」
お祓い師「そうだ、あの時点で何かがおかしかった」
お祓い師「なぜあいつはあの時小屋を出たがったのか……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……まさか……!おい狐神!」
狐神「な、なんじゃ!?」
お祓い師「さっきは察知できなかったみたいだが、もう一度できるだけ広範囲で『狼男に遭遇できる地点』を探してくれ!」
狐神「う、うむ。じゃが、さっき力を使ったせいでどうにも広い範囲は探れそうにないんじゃが……」
狐神「供物になるものがあれば、もう一度使えそうなんじゃが……」
お祓い師「食べ物はいま手元にない……。他に代わりになるものはないのか?」
狐神「……依り代の契約の時と同じように血でも構わぬぞ」
お祓い師「……わかった。血をやるからこっちの路地裏に来い」
狐神「おぬし、あまり引っ張るでない……!い、痛い……」
お祓い師「あ……。す、すまん……」
狐神「だ、大丈夫じゃが、どうしたのじゃ。何をそんなに焦っておる」
お祓い師「……」
お祓い師「具体的にあいつが何をしようとしているのかはわからないが、マズいことになるのは間違いない」
狐神「どういう意味じゃ、きちんと説明せんか」
お祓い師「あの晩にあいつ、狼男が小屋の外で寝ると言い始めた理由を考えてみろ」
狐神「り、理由じゃと……?」
お祓い師「あいつが小屋を出るといった直前にあの修道女が何をした」
狐神「え、ええと……。暖炉に火をつけて……」
狐神「……まさか……!」
お祓い師「ああそうだ。あの暖炉には“魔の者を遠ざける魔術”が仕掛けられていると言っていた」
お祓い師「狼男はその術を嫌がって外に出たんだ」
狐神「つまりあやつは魔の者ということか……」
お祓い師「ああ、そうだ。つまりあいつは絶対神信仰とは真逆の思想を持っているということだ」
お祓い師「そんな奴が、この絶対神信仰の布教のための街でやらかそうとしていることなんてロクなことじゃない」
お祓い師「とにかく、まずはあいつに会わないとまずい」
お祓い師「……よし、血だ。飲んでいいぞ」
狐神「う、うむ……」
狐神「ではもう一度探ってみる……」
狐神「…………」
狐神「……む、あっちじゃ……」
お祓い師「正確な場所はわからないのか」
狐神「あくまでわしの力は『目的地に導く力』じゃ。道筋がわかるだけで場所まではわからぬ」
狐神「もっと近づけば、力の気配や臭いでわかるはずじゃから、力が続く限り向かうのが先決じゃ」
お祓い師「わかった、急ぐぞ……!」
狐神「うむ……!」
*
狼男「ぐあっ……!つ、強い……」
黒髪の修道女「だ、大丈夫ですか……!?」
西人街の聖騎士長「二人とも大人しく投降しろ。俺一人相手に勝てないのに、この人数を相手に逃げられると思うのか」
肥えた大神官「……早くその愚か者を捕らえて処刑してしまえ」
狼男「ぐ……」
お祓い師(……!いた……!)
聖騎士A「待て!」
聖騎士A「貴様はあの不届き者の同行者であったな。この場で拘束させてもらう」
お祓い師「なっ、どけっ!俺はあいつを止めないとならない!」
聖騎士B「もう遅い。あの者はあろうことか魔女と手を組み大神官様に牙を剥いた」
お祓い師「魔女……?」
お祓い師「あいつ……」
お祓い師(やはりあの修道女が“魔女”か。だが、なぜ狼男と一緒に……)
役所の快活な受付嬢「追いついた……!」
お祓い師「お前、いつの間に……」
役所の快活な受付嬢「あの子からの手紙がさっき酒場に届いたのよ!」
役所の快活な受付嬢「お願い、そこを通して!」
聖騎士C「それは出来ない。如何なる者も通すなという命令だ」
役所の快活な受付嬢「命令?命令ってあの馬鹿の命令!?」
聖騎士B「なっ、聖騎士長に向かって馬鹿とは失敬であるぞ!」
聖騎士C「貴様も拘束させてもらう!」
役所の快活な受付嬢「いやっ!離してよっ!」
西人街の聖騎士長「待て、そいつは離してやれ」
聖騎士C「は、はっ!」
役所の快活な受付嬢「……どういうつもり。やっとその子が見つかったっていうのに……!」
西人街の聖騎士長「見つかったから拘束したんだろう。こいつは教会の教えに背いた魔女なんだぞ」
黒髪の修道女「…………」
役所の快活な受付嬢「教会の教えに背いた!?いつその子が教会の背いたっていうのよ!」
役所の快活な受付嬢「その子ほど献身的に祈りを捧げていた信徒はそうそういない!」
役所の快活な受付嬢「それをあんたら教会の勝手な都合で魔女裁判にかけて!なにそれ、ふざけないでよ!」
西人街の聖騎士長「……大神官様の言うことは絶対だ」
お祓い師「おい」
西人街の聖騎士長「……お前との二度目の対面がこんな形になるとは残念だ」
お祓い師「……大神官サマの言うことが絶対だ?」
お祓い師「お前たちにとっての絶対ってのは神のことだろうが……!」
西人街の聖騎士長「……絶対神のお言葉を聞けるのは神官様たちだけだ」
お祓い師「自分の意志を持たないクズが……!」
狐神「……!」
聖騎士B「貴様っ!」
聖騎士C「なんということをっ!」
お祓い師「ぐはっ!」
西人街の聖騎士長「……お前がなんと言おうとこの状況は覆らない。諦めてそこで眺めていろ」
西人街の聖騎士長「とは言っても、お前たちもタダでは帰れないな。ま、覚悟はしておけよ」
黒髪の修道女「……あなたも落ちたものですね」
西人街の聖騎士長「落ちたどころかここまで偉くなったぞ」
役所の快活な受付嬢「あんたね……!」
西人街の聖騎士長「で、お前が“逆恨み”で大神官様を襲いに戻ってきたのはわかるが、そっちの男はどうやって知りあった?」
西人街の聖騎士長「見たところ狼男のようだが……」
黒髪の修道女「……たまたまこの人の心の中を覗いたら、同じ相手に恨みを持っていたから声をかけただけです……」
お祓い師(あの晩に俺たちが眠った後に接触したか……。そこで仇がこの街にいることを知って様子がおかしかったのか)
西人街の聖騎士長「大神官様、お心当たりは」
肥えた大神官「……ふん、知らんな。狼男の知り合いなどいるはずもない」
狼男「とぼけるな!お前が“罪のない妻に人狼の疑いをかけて殺した”神官だということは分かっている!」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師(自身が人狼として疑われた、という話は嘘だったのか……)
狼男「あの後貴様が皇国へと転属されたと聞き、遥々国を越えてここまで来た……」
狼男「小国といえど国は広い。年月をかけてようやく貴様を見つけ出した!」
狼男「例え自分が死んででも、貴様だけは必ず殺す……!」
肥えた大神官「ふん、言いがかりもいいところだな」
肥えた大神官「おい、あとは任せたぞ。私は感謝祭の準備で忙しい」
西人街の聖騎士長「はっ、わかりました」
狼男「待てっ!!」
西人街の聖騎士長「通さねえぞ……!」
狼男「くそっ!」
狼男「おい待てっ!クソッ!!待ちやがれええええぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
西人街の聖騎士長「諦めるんだな」
西人街の聖騎士長「大体お前の話には無理がありすぎる。将来に大神官になられる素質のある方が魔の者の気配を読み間違えるなど……」
黒髪の修道女「この方は人の姿の時には全く気配を発しません。誰であろうと見分けるのは非常に困難です……」
西人街の聖騎士長「……何としても大神官様を侮辱したいか」
西人街の聖騎士長「しかし、……なるほど?“それがその男の力というわけか。お前は狼男だものな”」
西人街の聖騎士長「だがそうなると、更におかしな点が出てくるな」
西人街の聖騎士長「不遜も甚だしいが、もし仮にこの男が大神官様を討ち取ろうと考えていたならば、もっと円滑にできたはずだ」
狼男「さ、さっきから何を言っている……」
西人街の聖騎士長「んん……?」
西人街の聖騎士長(……なるほど。自分の力を理解していない、か)
西人街の聖騎士長「まあいい。祭りで活気づいた街の往来でこれ以上こうしているわけにもいかないからな」
西人街の聖騎士長「あとは裏で処理する。ひとまずは牢へ連れて行け」
聖騎士D「はっ」
聖騎士E「おい立て」
狼男「ぐっ……」
黒髪の修道女「…………」
お祓い師「待て……!」
聖騎士A「貴様も動くな!」
お祓い師「離せ!」
聖騎士A「なっ……!ぐわっ!」
聖騎士B「貴様っ……!」
聖騎士C「ここで処断してやろう……!」
お祓い師「どけっ!」
お祓い師『滅却!!』
聖騎士B「炎だとっ!?」
聖騎士C「近付けん……!」
西人街の聖騎士長「……さすが、だな」
西人街の聖騎士長「お前ほどのお祓い師ならば、その攻撃は並の威力ではないか」
西人街の聖騎士長「その相手をするのは非常に困難だが……」
お祓い師「そいつらを離せ!」
西人街の聖騎士長「……それでもまだ俺のほうが強い」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師「ぐはっ!!」
狼男「だ、旦那……!」
狐神「大丈夫かの……!?」
西人街の聖騎士長「……うーん」
西人街の聖騎士長「やっぱり違和感があるんだよな……」
お祓い師「なんの、ことだ……」
西人街の聖騎士長「いや、お前が今使った力と、別の何かをお前から感じてね」
西人街の聖騎士長「……だが残念だな。その正体が何かは分からないが、“お前の場合は手遅れだろう”」
お祓い師「……訳がわからないことを……!」
西人街の聖騎士長「おっと、話が長くなっちまったな」
西人街の聖騎士長「よし、そいつらもまとめて連れて行け」
西人街の聖騎士長「あとその受付嬢は……」
西人街の聖騎士長「一緒にこの街で育った仲だ。いま黙って立ち去るなら見逃してやるぞ」
役所の快活な受付嬢「……誰がっ……!あんたの言うことなんか……!」
路地裏の酒場の娘「待って!」
路地裏の酒場の娘「お願い、冷静になって……!」
西人街の聖騎士長「お前も来たのか。ははっ、まるで同窓会みたいだな」
路地裏の酒場の娘「なんであなたはそうも……!」
役所の快活な受付嬢「離して……!私はあいつに一発くれてやらないと気がすまない……!」
路地裏の酒場の娘「気持ちは同じだけど抑えて。このままじゃ捕まっちゃう……!」
役所の快活な受付嬢「でもっ……!」
路地裏の酒場の娘「お願い、こらえて……!」
役所の快活な受付嬢「でも……、やっとあの子に会えたのに……!」
黒髪の修道女「私は、大丈夫だよ……。二人とも心配してくれていて、嬉しかった……」
黒髪の修道女「でも二人が捕まっちゃったら私は悲しい……。だから二人はもうこの場を離れて……!」
役所の快活な受付嬢「だけど……!」
黒髪の修道女「ごめんね……。私、二人が思っているようないい子じゃない」
黒髪の修道女「ずっとこの街の近くにいた理由も、やっとわかったんだ」
黒髪の修道女「……ずっと、復讐したかったんだ」
黒髪の修道女「その気持ちを、たまたまあの時にこの人の心を覗いて気付かされただけ……」
黒髪の修道女「だから……」
役所の快活な受付嬢「…………」
路地裏の酒場の娘「行こう……。私たちに出来ることは、ないから……」
黒髪の修道女「お願い、行って……!」
役所の快活な受付嬢「っ……!」
役所の快活な受付嬢「私は絶対に許さないから!あんたも、教会も!絶対に許さないから……!」
西人街の聖騎士長「…………」
役所の快活な受付嬢「絶対に……!」
西人街の聖騎士長「……さて、他の四人は牢に連行する」
西人街の聖騎士長「おい、やられた三人もそろそろ立てるだろう」
聖騎士A「は、はっ……!」
西人街の聖騎士長「じゃあそこの女も連れて来てくれ」
聖騎士B「よし立て」
聖騎士B「……どうした、立てと言っている!」
狐神「…………」
お祓い師「狐神……?」
聖騎士C「待て、様子がおかしい。……顔色が酷く悪いな」
聖騎士A「体調でも崩したか」
西人街の聖騎士長(……いや、あの女からは僅かながら力を使っている気配がする)
西人街の聖騎士長「まて、何かあるぞ警戒を……」
狐神「……!」
狐神「今じゃおぬし、立てっ!」
お祓い師「くっ……!」
西人街の聖騎士長「なっ……!?」
狐神「こっちの路地じゃ!」
お祓い師「ま、待て!それだと……!」
狐神「迷っておる暇はあらん!はようせんか!」
お祓い師「いいから離せ!」
狐神「聞き分けのない……!」
お祓い師「あっ、おい!」
聖騎士A「待てっ!」
西人街の聖騎士長「お前たちは追え。こっちの二人は俺が牢にぶち込んでおく」
西人街の聖騎士長「だが見つからなければ深追いはしなくていい」
聖騎士A「な、なぜですか」
西人街の聖騎士長「……その方が面倒事が減っていいからだ」
聖騎士A「へ……?」
西人街の聖騎士長「ま、いいから一応追ってみろ」
聖騎士A「はっ!よし、行くぞっ!」
西人街の聖騎士長「…………」
西人街の聖騎士長「さて、二人とも」
狼男「…………」
黒髪の修道女「…………」
西人街の聖騎士長「牢まで来てもらおうか。いろいろと話がある」
*
狐神「はあっ……、はあっ……」
お祓い師「おいっ……! 離せって!」
狐神「はあ……、ここまでくれば平気じゃろう……」
お祓い師「おい、聞いてんのか! なんであそこで逃げた!」
お祓い師「まだ二人が捕まったままだろうが!」
狐神「……見えなかったのじゃ」
お祓い師「あ……?」
狐神「……あの場から二人も連れて逃げるという道筋が、どれだけ力を使っても見えなかったのじゃ……」
狐神「もう力が尽きようという時に、仕方なしに二人だけで逃げきれる道を選んだのじゃ……」
お祓い師「な……」
お祓い師(……ずっと力を使っていたからあんなに疲弊していたのか)
お祓い師「……あの二人を連れて逃げる道筋が見えなかったということは……」
狐神「うむ……。あやつがそれだけ強いということじゃろう」
狐神「それに加えて、辻斬りの時とは違って、他にも沢山の聖騎士がおった。状況の悪さはあの時以上じゃ」
狐神「そんな中を手負い四人で逃げるなど無理じゃ……」
お祓い師「くそっ……!」
狐神「こうなってしまった以上わしらにはそうすることも……」
お祓い師「見捨てるってことか……?」
狐神「現実的な話をすれば、じゃ」
狐神「あやつらのしていることは、少なくともこの皇国内では違法」
狐神「しかし聞く所によるとこの都市においては、あやつらに自治権があるに等しいらしいではないか」
お祓い師「……そうだ。この西人街の教会は共和国の大使を兼ねている」
お祓い師「国軍であろうとも無闇に手を出せないのは事実だ」
狐神「力に訴えても、言論を持ってしても、わしらに勝ち目はあらん、ということじゃろう……」
お祓い師「そうだ、だがそれでも……!」
お祓い師「…………」
狐神「…………」
狐神「わしだって……、わしだって本当ならば……」
お祓い師「なら……!」
???『──聞き分けさない。“貴方は諦めてこの街を出るの”。その方が楽で“魅力的な”方法でしょう?』
お祓い師「な……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……わ、わかっている……。俺だってわかってるさ……」
お祓い師「……復讐という選択をしたあいつらが、自ら招いた結末だ」
お祓い師「もう俺たちには関係のない……」
狐神(……なんじゃ?もう少し粘るとは思ったのじゃが、意外とあっさりと……)
狐神「……思ったよりも早く諦めたのう」
お祓い師「……お、俺は冒険物語の主人公じゃないんだ」
狐神「…………」
お祓い師「どうしようもない逆境を覆せるような力はない……」
お祓い師「今から、あいつらを助けに行くのはただの蛮勇だ」
狐神(言っていることがさっきと真逆じゃ……。一体何が……)
狐神(しかし、今のわしらに逃げる以外の選択肢はない。再びこやつの気が変わらん内に行かねば……)
狐神「……そうか、では早くこの街を出るとしよう」
狐神「わしらもすでにこの街ではお尋ね者じゃ」
お祓い師「……馬車馬は捨てていくしかないか」
狐神「いや、一応取りに戻ってみてはどうじゃろうか」
狐神「わしの力で馬車ごと街から出ることが可能かもしれぬからな」
お祓い師「……そう、だな」
狐神「じゃあ急ごうかの。あの役所に聖騎士の張り込みが入るのも時間の問題じゃろう」
*
狐神「(聖騎士の姿はなさそうじゃ)」
お祓い師「(いや待て、人の姿があるぞ……)」
狐神「(……あの受付嬢と酒場の娘ではないか)」
お祓い師「(……行ってみよう)」
役所の快活な受付嬢「あっ、君たち……!」
路地裏の酒場の娘「無事だったんだね……」
お祓い師「ああ、だが……」
役所の快活な受付嬢「……いや、いいんだ。それに捕まっちゃったのはそっちの連れも同じでしょ?」
お祓い師「……なあ」
お祓い師「俺たちがあの晩に、あの修道女と出会っていなかったら」
お祓い師「あの修道女が心の中を覗かなければ、こんな事にはならなかったのか……?」
路地裏の酒場の娘「……いや、違うよ……」
路地裏の酒場の娘「復讐っていう方法を選んだのはあの二人」
路地裏の酒場の娘「たしかにもっと早く気がついていれば、私たちはあの子たちを止められたかもしれない……」
路地裏の酒場の娘「それでも最後にあの選択をしたのは、他でもないあの子たちだから……」
役所の快活な受付嬢「…………」
お祓い師「……そうか」
お祓い師「俺たちは少なくともこの街ではお尋ね者になってしまった」
お祓い師「今すぐにでもここを発つつもりだ」
役所の快活な受付嬢「そうだと思って馬の綱は外しておいたよ」
お祓い師「すまないな」
役所の快活な受付嬢「街を出ちゃえば安全だと思うから」
路地裏の酒場の娘「あとは、他にも教会が力を持っている街は少しだけどあるから、そこだけは注意すれば」
お祓い師「だな、忠告ありがとう」
役所の快活な受付嬢「ううん、気をつけて」
お祓い師「……ああ」
狐神「では、の……」
*
狐神「ふう、どうにか街を抜けられたかの……」
お祓い師「立て続けに力を使って疲れているだろ。少し休め」
狐神「……うむ、そうさせてもらうかの」
狐神「…………」
狐神「……なあおぬしよ」
お祓い師「なんだ」
狐神「あの騎士の言っていた、おぬしの中の“別の何か”のことじゃ」
お祓い師「…………」
狐神「わしも違和感は感じておったし、今まで相対した奴らもおぬしのことを何かおかしいと感じておるようじゃった」
狐神「おぬし自身の体のことじゃろう。本当は何か知っているのではないのかのう……?」
お祓い師「……知らねえよ」
狐神「じゃが……」
お祓い師「知らねえし、知りたくもない」
狐神「……おぬし、何を片意地を張っておる」
お祓い師「……あ?」
狐神「おぬしから感じる別の力があればあの二人を救えたのではないのか……?」
お祓い師「……何を根拠に」
狐神「根拠などあらん。しかし、その力の可能性にかけてみようとは思わなかったのかの?」
お祓い師「あの二人を助けだすという選択肢を最初に捨てたのはお前の方だろうが……!」
狐神「わしの力ではあの状況を打破することはできなかったということじゃ」
狐神「じゃがおぬしは、隠し玉を持っておるではないか……!」
狐神「おぬしは本当はその力の正体を知っているのではないのか?」
狐神「わしが思うにそれはおぬしの親の……!」
お祓い師「──うるせえ!!」
狐神「っ……!」
お祓い師「……知らねえって言ってるだろ……!」
狐神「……お、ぬし……!」
狐神「なんじゃその反応は!」
狐神「それは肯定と取っていいということじゃな!?」
お祓い師「だったら、なんだっていうんだよ!」
狐神「痛っ……!」
お祓い師「あ……」
お祓い師「……すまん……」
狐神「……いや、平気じゃ……」
狐神「……なあ、おぬしよ。最後にいいかの」
お祓い師「…………」
お祓い師「……なんだ」
狐神「……おぬしは。おぬしは本当にお父上を尊敬しておるのか……?」
狐神「おぬしはその身に宿る力のことをどう思っておるのじゃ?」
お祓い師「…………」
《現状のランク》
※潜在能力ではなく、その時点で判明している実力
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2
C3 河童
D1
D2 狐神
D3 化け狸 黒髪の修道女
485 : ◆8F4j1XSZNk - 2016/03/17 23:05:42.12 V3khLlu10 332/1313《魔女》編終わりです。
章題の魔女がほとんど出てこないという回でした。
主人公が負けっぱなしですが、格上には割と負ける感じの人です。
色々とすっきりしないまま終わりましたが、回収はまた後ほど。
《天狗》
狐神「…………」
お祓い師「…………」
狐神(あれから一晩以上、口を利いていないのう)
狐神(してはいけない質問だとはわかっておったが……)
狐神(こうもこやつが頑固であったとはのう)
狐神(……いや、頑固なのは知っておったわ)
狐神(なんにせよ、居心地が悪い。どうにかならんものか……)
狐神「……のう、ぬしよ」
お祓い師「……なんだよ」
狐神(……自ら話しかけてしまえば、ここまで呆気ないものじゃったか)
狐神「いや、あの二人のことじゃ」
お祓い師「…………」
狐神「わしが思うに、あの二人は殺されてはいないはずじゃ」
お祓い師「気休めで場を取り繕おうとしているなら逆効果だぞ」
狐神「気休めではあらん」
お祓い師「……まあそれに関しては俺も同意見だ」
お祓い師「いかに皇国において、数カ所の街で自治権を得ているとはいえ、罪人を死刑にする権利は与えられていない」
お祓い師「もし死刑を行えば、皇国における反教会団体がここぞとばかりにうるさくなるだろうからな」
狐神「そう思っていながら、無謀にも奴らに挑もうとしたのかの」
お祓い師「あの場で助けられるならそれに越したことはないだろうが」
お祓い師「出会って一ヶ月少しとはいえ俺達の仲間だ。そう簡単に見捨てられるかよ」
狐神「……その通りじゃな」
狐神「更に気休めを言うならば、あの聖騎士長という者からは殺意が感じられんかった、ということじゃな」
狐神「本当にあの大神官という者を狼男から守っていたのならば、もう少し殺意やそれに似た何かを感じても良かったはずじゃ」
狐神「じゃが、あやつにはそれが無かった」
狐神「ああ振る舞ってはおったが、やはり旧知の仲である修道女を手に掛けるつもりなど初めから無かったのではないのかのう」
お祓い師「あいつもあいつで事情あり、ってことか……」
狐神「うむ」
狐神「……じゃが、そうはいっても特に狼男の方はいつまでも無事である保証はない。何よりあやつは既に人ではない」
狐神「人為らざるものに、人の世の法が適用されるかのう……」
お祓い師「…………」
狐神「あやつらを助けるためには、おぬしとわしが力をつける他ないのじゃ」
お祓い師「……わかってる」
狐神「また怒られる覚悟で言うがの、それでもおぬしは、その内に秘めた力を使わぬというのかの」
お祓い師「…………」
狐神「おぬし……」
お祓い師「……得体も知れない力に頼らなくても、己の力を鍛えれば済む話だろうが」
狐神「……それができるなら、それでいいんじゃが」
お祓い師「チッ……」
狐神「怒るでない。その点についてはわしも人のことを言えんからのう……」
お祓い師「……力を取り戻せている感覚はないのか」
狐神「初めて会った時よりは幾分かマシじゃが、それでも力を使うとすぐにに意識が薄くなっていってしまう」
お祓い師「……あまり無理はするなよ」
狐神「わかっておる」
狐神「…………」
狐神「……ぬしよ」
お祓い師「あ?」
狐神「物の怪が近づいてきておるぞ」
お祓い師「なに……!」
お祓い師「……いつの間に。一体こいつは……」
狐神「天邪鬼、じゃな。人の心を読むことが出来る妖怪の一種じゃ」
お祓い師「あの修道女と同じだと……!?」
狐神「いや、こやつら自身の知能は低く、“覚”のような強力な力の持ち主でもあらん」
狐神「せいぜい、心を読んだ人間の口真似をしたりする程度じゃと聞いておる」
狐神「適当に追い払ってこの場を抜けてしまうのがよいじゃろう」
お祓い師「……わかった」
お祓い師『──滅却』
天邪鬼「……ッ!?」
お祓い師「消し炭になりたくなかったら早く失せな」
天邪鬼「…………」
お祓い師「…………」
お祓い師「……行ったか」
狐神「やはりおぬしはあまいのう……」
お祓い師「別に危害を加えられてないから、わざわざ祓う必要もないだろ」
狐神「じゃがわざわざわしらの元へ来たということは、何らかの悪意があったと考えるのが妥当じゃろう」
狐神「命を救われた身として言うのもなんじゃが、おぬし自身の足をすくうような事にならねば良いのじゃがな……」
お祓い師「……肝に銘じておく」
狐神「うむ」
狐神「……して、今わしらはどこへ向けて馬を進めておるのじゃ」
狐神「まさかお父上がいるという場所は直接行けるほど近くはないのじゃろう?」
お祓い師「ああ、途中で一つ町を経由していく」
お祓い師「今向かっている所はそれなりに大きな退魔師協会の支部があるらしい」
狐神「退魔師協会の支部、というといつもわしらが役所でお世話になっておる窓口のことかの」
お祓い師「ああそうだ。あの窓口は正確には役所がやっている公的機関じゃなくて、国と協会が提携して運営している場所なんだ」
狐神「ふむ、なぜそんなことを」
お祓い師「お祓い師……、一般的に言う退魔師は個人個人が強い力を持っている」
お祓い師「それが組織化され集団になるということは、ある意味軍事力を持つことと同じだ」
お祓い師「国からすれば自国軍以外に大きな力を持つ集団を野放しにするのは得策じゃないからな」
お祓い師「提携という名の牽制をしているわけだ」
狐神「ふむふむ、なるほどのう」
狐神「ではさきの街で対峙した聖騎士団というのはどうなるのじゃ。あれも国の正規軍ではないのじゃろう?」
お祓い師「ああ、あいつらは例外だ」
狐神「例外、とな」
お祓い師「俺たち協会が牽制されている一方で、あいつら教会は国と癒着をしている」
お祓い師「国をまたがって信仰されている教会の力は非常に大きなものだ」
お祓い師「国としてはその権力にあやかりたいし、教会としても自分たちの活動をより自由にするには国の協力が不可欠だ」
狐神「互いに利用しあっている、ということかの」
お祓い師「ああ」
狐神「なるほどのう……。いろいろあるんじゃな」
お祓い師「ま、平和に過ごしたいならなるべく関わらないほうがいいのは間違いないがな」
狐神「ふむ……。ちなみに目的の町はいつごろ着く予定なんじゃ」
お祓い師「あー、最短進路を選んで進んでいるから、まあ日が落ちるまでには着くと思うんだが」
お祓い師「先に見える双子の山の横を通り過ぎるような感じで進むつもりだ」
狐神「順調にいけば今日中に着く、ということじゃな」
お祓い師「なにか問題に遭遇する前提で話すかよ」
狐神「……いや」
狐神「“まさに問題に遭遇しそうじゃぞ”」
お祓い師「なに……!?」
狐神「物の怪が近づいてきておる……!天邪鬼のような雑魚ではないぞ……!」
お祓い師「クソッ!どこから来る……!」
狐神「……これは……!」
狐神「上じゃ!!」
???「────貴様ら、何用でこの山に来たのか」
*
お祓い師「狐神っ!着いて来てるか!?」
狐神「わしは平気じゃ!それよりも馬車は乗り捨ててきて良かったのかの!?」
お祓い師「この場合どうしようもないだろう!あいつはヤバイ!」
お祓い師「感じる力が今まであってきた奴らとは段違いだ……!」
お祓い師(おそらく辻斬りや聖騎士長よりもずっと強い……!)
お祓い師(冗談じゃねえぞ……!もしかしたら勝てるかも、とかそんなレベルじゃねえ……!)
???「──逃がすと思うか」
お祓い師「……!」
お祓い師(……一瞬で回りこまれた……!)
狐神「……こやつ。天狗、じゃな」
???→赤顔の天狗「いかにも。儂はこの山の長、天狗である」
お祓い師「天狗、だと……」
お祓い師(確かあの受付嬢が『A1級の天狗の依頼が』とか言っていたがまさか……)
お祓い師「……何故俺たちを狙う」
赤顔の天狗「決まっているではないか。儂はこの山の長。下僕あり同胞である天邪鬼の仇討である」
お祓い師「嘘だな」
赤顔の天狗「……ふむ。なぜそう思う」
お祓い師「俺たちが天邪鬼を追い払ったのはついさっきだ。来るのがあまりに早すぎる」
お祓い師「それに、お前がこの辺りで暴れているという情報は少し前から街にも入ってきていた」
赤顔の天狗「……ふむ、儂の名も街まで轟くようになったか」
赤顔の天狗「その通りである。元より天邪鬼のような弱小者共に興味はない」
赤顔の天狗「儂は、このような危険な山道をわざわざ選んで来る愚か者どもと力比べをしたいに過ぎぬ」
お祓い師(時間短縮のことばっかりを考えて近道を選んだのが失敗だったか……)
赤顔の天狗「さあ力比べをしようぞ愚かな人間よ」
赤顔の天狗「なに、時間は取らせぬ」
赤顔の天狗「──すぐに終わらせてやろう」
お祓い師「くっ……!」
お祓い師『滅却!!』
赤顔の天狗「ムゥッ……!」
お祓い師(よし、直撃だ……!)
狐神「おぬしよ、よく見るのじゃ!」
赤顔の天狗「…………」
赤顔の天狗「……効かんぞ」
お祓い師「ば、かな……」
赤顔の天狗「……ではこちらも行かせてもらうぞ」
お祓い師「……!」
お祓い師「狐神!麓の方へ逃げるぞ!」
狐神「う、うむ!」
赤顔の天狗「逃さぬ……!」
赤顔の天狗「ムゥンッ!」
お祓い師「がはっ……!」
お祓い師(突風、か……!?)
狐神「あれは『大天狗の扇子』……!?」
お祓い師「知っているのか……?」
狐神「うむ。あれは『大天狗の扇子』と呼ばれておっての、その名の通り大天狗の持つ扇子なのじゃが」
狐神「その一振りは嵐を起こし、その一帯を更地に変えてしまうという……」
狐神「皇国でも指折りの宗教の、とある経典にはこのように記されておるらしい」
狐神「──『大天狗とは即ち魔王のことである』、と……」
お祓い師「魔王、だと……?」
お祓い師「とんだバケモンじゃねえか……!そんなのどうやって──」
赤顔の天狗「──貴様らに呑気に話している暇はないぞ」
お祓い師「……!!」
お祓い師『滅却……!』
赤顔の天狗「くははっ、効かぬわ!」
お祓い師(クソッ!避けすらしない……!)
お祓い師(それだけ力の差が……!)
赤顔の天狗「いくぞォッ!!」
お祓い師「ぐああっ!」
狐神「っ……!!」
赤顔の天狗「くははっ、まだまだいくぞ!」
お祓い師「クソがっ!」
お祓い師(情けなさすぎる……!辻斬りにも敗れ、聖騎士長にも敗れ、またこうして負けようとしている……!)
お祓い師(相手が強すぎるとか、そんな言い訳以前に)
お祓い師「……俺が、弱すぎる……」
狐神「ぬしよ!弱音を吐いている場合ではないぞ!」
お祓い師「そんなことは分かっている……!だが……!」
お祓い師(あまりに実力がかけ離れている……。あいつからすれば俺たちは赤子のようなものだ……)
赤顔の天狗「どうした、もう諦めたか。つまらない奴め」
お祓い師「……別にお前を楽しませようって気はねえよ!」
お祓い師『滅却!!』
赤顔の天狗「ぬるいわッ!」
お祓い師「な……、扇子の一扇ぎで……」
狐神「かき消しおった……」
赤顔の天狗「ふ、ふはは……」
赤顔の天狗「ふはははは! 弱い! 弱いぞ人間よ!! まるで儂の相手になっておらん!!」
赤顔の天狗「もうよい飽きたわ! 終わらせてやろう!!」
赤顔の天狗「死ねえッ!」
狐神「──おぬしよ、こっちじゃ!!」
お祓い師「やっとか……!」
狐神「“飛び降りるのじゃっ!”」
お祓い師「またそれかよ……! って、うおわああああっ!?」
赤顔の天狗「…………」
赤顔の天狗「崖から飛び降りおった……」
赤顔の天狗「……ふむなるほど、下は川か」
赤顔の天狗「儂を撒くとは面白い」
赤顔の天狗「だがこの山で逃げきれると思わぬことだな、人間」
*
お祓い師「ぶはぁっ……!」
お祓い師「はあ……はあ……」
お祓い師「狐神は、平気か……?」
狐神「なんとか、のう……」
狐神「この通り、きゃすけっと帽も無事じゃ」
お祓い師「その調子なら平気そうだな」
お祓い師(だいぶ下流に流されたか……)
お祓い師「もう日が沈む、下手に動くよりはどこかに身を潜めた方がいいだろうな」
狐神「はっ……」
お祓い師「は……?」
狐神「……くちゅん」
狐神「……風邪を引いたかも知れぬ」
お祓い師「まずいな……」
お祓い師「まあ確かに、もう寒くなってきてるからな……」
お祓い師「……お、丁度いい。取りあえずはあそこの洞窟の中に入ろうか」
狐神「……うむ」
狐神「……おぬし、何をしておるのじゃ?」
お祓い師「……見てわかんねえのか、薪集めだ」
*
狐神「……なるほどのう、こういう時おぬしの火を使う力は役に立つのう……」
お祓い師「……いいから黙って体調回復に専念しろ。見張りは俺がやるから」
狐神「……うむ、すまぬ……」
お祓い師「…………」
お祓い師(状況は最悪だ……。できればいち早く、こいつの力を使ってこの山を脱出したいところだが……)
お祓い師(いまのこいつじゃ十分に力が発揮されないだろうし、なんなら体調が悪化するだけだろう)
お祓い師(日が昇った時のこいつの体調次第で、この先どうするかを決めるしかないな)
お祓い師(もし再びあいつと交戦した場合のことだが、どうする……)
お祓い師(あの風の発生源は大天狗の扇子とやらで間違いないだろう。ならばあれを狙うか……?)
お祓い師(……いや、おそらく無理だろうな。風にかき消されるのがオチだ)
お祓い師(炎を目眩ましに逃げる以外ない、か……)
お祓い師「クソッ……、情けねえ……」
お祓い師「俺はお祓い師だ……。物の怪を前にして逃げてどうすんだよ……」
お祓い師「俺ならどうにか出来るはずだ……」
お祓い師「出来るはずなんだ……!」
お祓い師?『──なぜなら俺は、“あの伝説的な退魔師の息子なのだから”』
お祓い師「…………」
お祓い師「……うるせえ」
お祓い師?『“あの人の息子ならば”出来て当然だ』
お祓い師?『“あの人の息子ならば”もっと力を出せるはずだ』
お祓い師?『“あの人の息子ならば”──』
お祓い師「──うるせえ!!」
お祓い師?『…………』
お祓い師「うるせえぞ……!」
*
お祓い師「…………」
お祓い師「……いつまでいるつもりだ」
お祓い師「もう夜が明け始めたぞ」
お祓い師?『俺は負の感情に引き寄せられる』
お祓い師?『その感情が強く黒々しいほど俺を惹きつけて離さない』
お祓い師「……別に俺は気にしていない。とうの昔に割り切っている」
お祓い師?『嘘だな』
お祓い師?『俺はお前だからよく分かっている』
お祓い師「嘘をつくな……!俺は俺だ……!お前に俺のことなどわかるものか……!」
お祓い師?『いいや、俺はお前だよ。“そういう”物の怪だからな』
お祓い師「違う……!俺はそんなことを思っちゃいない……!」
お祓い師?『そんなこと、とは』
お祓い師?『……お前が、実は親父のことを尊敬なんか、全くしていないってことか?』
お祓い師「……!」
お祓い師?『いや、この言い方だと語弊があるか……。正しく言うならそうだな……』
お祓い師?『嫉妬、そう劣等感を抱いている』
お祓い師「黙れ!」
お祓い師『滅却!!!』
お祓い師?『……ムキになるなよ。それは肯定しているようなものだろうが』
お祓い師「チッ……、待て……!」
お祓い師「……どこに行った……」
お祓い師?『ははっ、自分に素直になるところから始めたらどうだ』
お祓い師「いつの間に崖の上に……!」
お祓い師?『はははっ……』
お祓い師『滅却!!』
お祓い師(……直撃した……!これなら……!)
お祓い師?『──お前、いや俺はもう少し自分を理解する必要がある』
お祓い師「な……!?」
お祓い師(効いてないだと……!?そんな馬鹿な……!)
お祓い師?『もう会わないことを祈っておく。じゃあな』
お祓い師「ま、待て!」
お祓い師「……クソッ……!」
狐神「お、おぬしよ、どうしたのじゃ……?」
お祓い師「狐神……、お前はもう少し休んでいろ」
狐神「あれほど騒ぎ立てられては休まらんわ……!それに無闇に力を行使していては……!」
赤顔の天狗「────儂に気が付かれてしまうぞ?」
お祓い師「くっ……!?」
赤顔の天狗「儂から逃げきれるとでも思ったか」
お祓い師『滅却ッ……!』
赤顔の天狗「…………」
赤顔の天狗「……つまらん。つまらんなあ人間よ。そのような火の粉で魔の長たる儂が墜ちるとでも思ったか」
赤顔の天狗「貴様がその内に宿す力を扱えておれば、まだ少しは楽しめたであろうに」
赤顔の天狗「まあ、“手遅れであるようだから”今更言っても詮なきことか」
お祓い師(またそれか……!河童が狐神に、聖騎士長が俺に対して言った言葉……)
お祓い師「……おい、一つだけ聞かせろ」
お祓い師「その“手遅れ”というのは、一体どういう意味なんだ……」
赤顔の天狗「……なんだ、そんなことか」
赤顔の天狗「まあよい、冥土の土産に教えてやろう」
赤顔の天狗「儂や、貴様が扱う特殊な力。これはそう簡単に習得できるもではない」
赤顔の天狗「この力は、例えば魚が泳ぐように。また例えば鳥が飛ぶような、そんな技術を後付で覚えることに等しい」
赤顔の天狗「だからこそ、それ以上に新たな力を習得することは非常に難しい」
赤顔の天狗「魚の泳ぎを覚えた後に鳥の羽ばたきを覚えることは困難であるということだ」
赤顔の天狗「それ故に、複数の力を身に着けるということは先天的な才でもない限りまず無理だろう」
赤顔の天狗「道具などを使えば力の行使に関してはその限りではないが、やはりその身に力をいくつも宿すというのは難しい」
赤顔の天狗「これは貴様も、そして儂とて例外ではない」
お祓い師「…………」
赤顔の天狗「つまりは、だ。貴様がそのうちに宿している力、まあ生まれ持った強い力があるわけだが……」
赤顔の天狗「どういうつもりかは知らんが、貴様はそれを使うことを放棄し、別の力を修めることにしたようだ」
赤顔の天狗「貴様は既にその別の力を行使するための身体に、魂になってしまった」
赤顔の天狗「今更後悔したところで貴様の内に眠る力を発芽させることは出来ぬということだ」
お祓い師「…………」
お祓い師(そういう、ことか……)
赤顔の天狗「さて、儂の話は終わりである」
赤顔の天狗「そろそろ飽きを通り越して苛立っていたところだ。不可避の一撃を以って終わりとしよう」
お祓い師(いまの俺にはこいつに対抗しうる、一発逆転のための力は無いって事か……)
お祓い師「……ち、くしょう……!」
赤顔の天狗「……ム」
赤顔の天狗「……いや待て、そうだ。あの狐はどこだ。姿が見えぬ」
お祓い師(そ、そういえばあいつはどこに……)
赤顔の天狗「……ムゥッ!上かっ……!!」
狐神「チィッ、気づかれたか……!」
お祓い師(あいついつの間にあれほど崖を登って……!)
狐神「鈍ったとはいえ獣の爪じゃ!とくと喰らうがよい……!!」
お祓い師「ばかっ……!飛び降りやがった……!!」
赤顔の天狗「ムゥゥッ!!」
狐神「くぅっ……!」
お祓い師(……避けた……?)
お祓い師「……! 狐神、平気か!?」
狐神「げほげほっ……。あ、あまり平気とは言えんのう……」
お祓い師「なんであんな無茶なことを……!」
狐神「そ、そりゃあ、おぬしを助けるために決まっておろう……。不意打ちで当たってくれればと思ったのじゃが甘かったのう……」
赤顔の天狗「……ふ、ふははははっ! 捨て身の一撃も無駄だったようだなァ!」
赤顔の天狗「いい加減飽いたと言っているだろう! この大天狗の扇子で粉微塵にしてくれよう!!!」
お祓い師「……!!」
お祓い師(せめてこいつだけでも……!)
お祓い師(……いや、それじゃ意味がねえ……! 俺が死ねばこいつも死ぬ。いまの俺達はそういう関係だ……!)
赤顔の天狗「死ねェ!」
お祓い師(どう、すれば……!)
赤顔の天狗「────ガハッ!?」
お祓い師「な……!」
お祓い師(……一体何が起きた……? 天狗が。落ちた……!?)
赤顔の天狗「な、何奴……! グフッ……!」
お祓い師「……銃声だ……!」
お祓い師(だがそうだとしたら、なぜこいつはこんなにダメージをくらっている……! 俺の炎をくらって平然としているような奴が……)
狐神「おぬしよ! 色々と考えたいことがあるのはわかるが、今の機会を逃してはならぬ……!」
狐神「一旦またどこかに身を潜めたほうがよい……! まだ天狗は余力を残しておる!」
狐神「仕留められる確証がない今は逃げるほか手立てはないのじゃ……!」
お祓い師「あ、ああ……! 狐神は走れるか!?」
狐神「げほげほっ……! か、肩を貸してくれると、助かるのじゃが……」
お祓い師「わかった、しっかり掴まれ……!」
赤顔の天狗「ぐぬぅっ……! 待たぬかァ……!」
*
お祓い師「はあはあ……、これ以上は、走れない……」
狐神「……げほげほっ……。……わしをそこの切り株に座らせてくれぬかのう」
お祓い師「……ああ任せろ」
狐神「ごほっ、……すまぬな」
お祓い師「体調は良くならないか」
狐神「……むしろいま走ったことで悪化したわい」
お祓い師「早期に決着をつけないとまずいな……」
狐神「……うむ……」
狐神「……確証はないのじゃが、わしの仮説を聞いてもらってもいいかの」
お祓い師「今のところ全く打開策がないから、どんな些細な事でも言ってくれ……」
狐神「……うむ、まずじゃが、天狗という物の怪についてじゃ」
狐神「……ごほごほっ……。天狗というのは実は大きな括りでのう、その由来は様々じゃと聞いておる」
狐神「中でもあやつのような人の形をした者は、元が高名な層、あるいは破戒僧じゃと言われておる」
お祓い師「破戒僧、か……」
狐神「うむ、道を外れた僧のことじゃな」
狐神「道に通ずるものからすれば、破戒僧とは思い上がりの化身のようなものじゃと聞く」
狐神「けほっ……、おぇっ……」
お祓い師「お、おい血が……!」
狐神「平気、じゃ……」
狐神「……で、皇国にはこんな言い回しがあるのじゃが知っておるじゃろうか」
狐神「天狗になる、というものなんじゃが……。これは得意になって態度が横柄になるさまを言うものでな……」
狐神「まるで天狗のように鼻高々になっている人間をさして使う言葉じゃな」
お祓い師「それが今の状況を打破する鍵になるのか……?」
狐神「ごほごほっ……。まあ落ち着いて聞くのじゃ……」
狐神「わしが思うにあやつはこの山全体に結界を張っておる」
お祓い師「結界、か……」
狐神「うむ」
狐神「結界とはその仕組みが単純であればあるほど威力を増す事が多い。複雑な結界を単純化するのが術者の目標じゃろう?」
お祓い師「ああ、その通りだ」
狐神「そしてその仕組み、言い換えるならば結界の発動条件。それとの相性が術者と合えば会うほど威力は絶大なものとなる」
狐神「のう、思い出してみよ。わしが崖の上から捨て身の一撃を放った時、あやつはわざわざわしの攻撃を避けおった」
狐神「こほっ……、おかしいと思わぬか。おぬしの炎を避けすらしなかったあやつが、わしのような老いた獣の爪を恐れるというのか」
狐神「そして先程の銃声じゃ。音からしてあれはおそらく崖の上からのものじゃ。鉛球ごときがあやつを地に落とすほどの力を持っていると思うか」
お祓い師「……それは俺も変だと思っていた」
狐神「狐神この二つに共通することは、──“上からの攻撃”じゃということ」
狐神「あくまで予想に過ぎぬが、おそらくあやつの張っている結界は『上からの攻撃が強化される』というものじゃ」
狐神「条件としても単純じゃし、思い上がって人を見下しおっておる天狗には術の相性もよかろう」
お祓い師「……なるほどな。おそらくだがその予想は正しい」
お祓い師「さっき俺の姿に化けて現れた物の怪、まあ昨日の天邪鬼だと思うんだが」
お祓い師「感じる力は弱いくせに俺の術をモロに食らっても平気そうな顔をしていた」
お祓い師「いま思えばあいつ、崖の上に登っていた。俺を遥かに見下す位置にいたってわけだ」
狐神「けほっ……、なるほどのう。ということは、わしの予想に賭けても良さそうかの」
お祓い師「ああ、どのみちそうするしかない」
狐神「……して、おぬしよ。あの天邪鬼に大層心乱されておったようじゃが、何を言われたのじゃ」
お祓い師「……なんでもねえよ」
狐神「……天邪鬼は自分の写し鏡じゃ。あやつらは嘘はつかぬ。それだけは覚えておくと良い」
お祓い師「……はあ、わかったわかった……」
お祓い師「今の状況を片付けたら話してやるよ」
狐神「ごほっ……。うむ、わかった。……では行くかの」
お祓い師「……ああ、辛いだろが頑張ってくれ」
お祓い師「登るぞ」
*
狐神「けほっ……」
狐神「ごほっごほっ……。はあ……」
狐神「……やっと来たか、の」
赤顔の天狗「……貴様一匹か」
狐神「うむそうじゃ。随分と時間がかかったのう」
赤顔の天狗「……ふん。あのお祓い師の人間はどうした」
狐神「さての、気がついたらはぐれておったわい」
赤顔の天狗「……嘘をつくならばもう少し上手くつくことだ」
狐神「…………」
赤顔の天狗「結界の仕組みに気がつくとはあっぱれ。だがその陳腐な足掻きも儂には通用せん」
赤顔の天狗「狐一匹と油断した儂に、儂よりも高い場所からの一撃を加えるという算段であったのだろうが……」
赤顔の天狗「そこの山の頂に隠れているのだろう人間!! そこに立てば儂よりも上になれると思ったか!」
赤顔の天狗「儂は飛べるのだぞ、このようにな!!!」
赤顔の天狗「さあ姿を……! ……ムゥ?」
赤顔の天狗「いない、だと……」
狐神「…………」
赤顔の天狗「……待て、山の頂に何か……。札、か……?」
赤顔の天狗「……くははっ、なるほど考えたな。儂が油断して降りようという時に遠隔式の術を作動させるつもりであったか」
赤顔の天狗「だが残念であったな!!儂は不用心にそれより下に降りるような真似はしない!!」
赤顔の天狗「儂はこの山の王!何ぴとたりとも儂より上に立つことはないのだ!!」
赤顔の天狗「さあ人間よ、どこに隠れているか知らぬがもうすべてを見破った!諦めるのだなあ!!ふははははっ!!!」
狐神「…………」
狐神「……さて……」
*
赤顔の天狗「────な、に……!?」
*
狐神「けほけほっ……、ここで種明かしとさせてもらおうかの」
狐神「あの遠隔作動のおふだは下方のおぬしを狙ったものではなく、上方のおぬしを狙ったものじゃ」
狐神「不意打ちで避けられなかったようじゃのお。てっきり上方向には攻撃が来まいと油断しておったな」
赤顔の天狗「……だ、だが何故上方の儂にこれ程の威力を……」
狐神「……あやつは別に、おぬしが不用心におふだに近づくことなど期待しておらんかったよ」
狐神「あやつはここが双子の山だったことを利用だけじゃ」
赤顔の天狗「ま、さか……」
狐神「ごほごほっ……。そうじゃ、あやつは向こうに見えるもう一つの山の頂におる」
狐神「双子とはいえども、向こうの山のほうが少々高いようじゃな」
狐神「おぬしがおふだの上方に飛び、かつ術を作動させる自分より下の位置に来るまでじっと待っていたというわけじゃ」
狐神「おそらくあやつは高さ稼ぎのために木の上にでも登って、望遠鏡を構えておぬしの到着を待っておったのじゃろうな」
狐神「げほげほっ……! ……まさか、このような状態のわしとあやつが別行動を取るとは思わなかったのじゃろう」
狐神「おかげでまんまと、血の匂いのするわしの方を追って来てくれたようじゃな」
赤顔の天狗「ヌゥゥッ、貴様ァ……!」
狐神「道具には頼らない主義じゃとぬかしておったが、さきの街での敗北が響いたようじゃな」
狐神「荷台に押しこんであったおふだを懐に忍ばせておったようじゃ」
狐神(やれやれ、お陰で助かったわい……。しかしわしも意識が限界が近いのう……。熱は下がるどころか上がっておるようじゃな……)
狐神(あとはこのように地に伏せて、あやつの合流を待つ他ない……)
赤顔の天狗「ヌゥゥゥゥッ……!」
狐神「なっ……!まだ立ち上がる余力が……!?」
赤顔の天狗「許せぬッ……! 儂はこの山の王であるぞ! 魔王と呼ばれた存在であるぞ!! これしきの事でやられるわけがなかろうッ!!!」
狐神「げほげほっ……!」
狐神(……まずい、とてもではないが今のわしに逃げる余力はない……」
狐神(あやつ……、お祓い師も向こうの山からこちらに来るまでは時間がかかる……。このままでは……)
赤顔の天狗「まずは目障りな狐よ、貴様からだ!!」
赤顔の天狗「嬲り殺してくれよう!!」
狐神「……!!」
赤顔の天狗?『まあ、落ち着くがよい儂よ』
赤顔の天狗「……!」
狐神(天狗がもう一体……、いやあれは天邪鬼じゃな……)
赤顔の天狗「……下等な物の怪よ、何をしに来た。いま貴様にかまっている暇はない……!」
赤顔の天狗?『愚問であるな。“儂は負の感情に引き寄せられる”。それだけだ』
赤顔の天狗「何ィ……」
赤顔の天狗?『貴様は、儂は認めてしまったのだ。長たる天狗が下等な人間と老いた獣に敗れてしまったことを』
赤顔の天狗?『貴様の心が認めているからこそ、儂はこの姿で貴様の前に現れたのだ』
赤顔の天狗「馬鹿な! 儂はまだまだ余力を残しておるのだぞ……! 塵二つを掃除することなど容易い……」
赤顔の天狗?『気持ちの問題だと言っておる』
赤顔の天狗?『いま貴様は再認識しているはずであろう。────自分が“所詮紛い物であることを”』
狐神(紛い物……、じゃと……?)
赤顔の天狗「黙れェ! 儂はこの山の長であるぞ!! 紛い物ではなく、それは真実だ!!」
赤顔の天狗?『ウム、まあそれはあっておる。だが、所詮はお山の大将。儂も貴様も本物には遠く及ばぬ』
赤顔の天狗?『そうであろう? “大天狗の扇子を拾い、思い上がった僧”よ』
赤顔の天狗「グヌゥゥゥゥ……!」
赤顔の天狗?『貴様のことはなんでも知っておる。なぜならは儂は貴様だからな』
赤顔の天狗?『その本物への劣等感と、弱者に負けたことへの憤りが、儂という姿を形作ったのだ』
赤顔の天狗?『否定はできぬはずだ。儂が一番良く知っておる』
赤顔の天狗「弱小物の怪程度が……! 知ったような口をォ……!!」
赤顔の天狗?『…………』
赤顔の天狗?『……ウム』
赤顔の天狗「……な、んだと……」
狐神「……じゅ、銃声……」
*
狐神(何が起きておる……。もう目の前も霞んでよく見えぬ)
狐神(天狗が血を流しておる……。いや、天邪鬼も同様じゃ……。……もしや撃たれたのか……)
狐神(……天狗がそれでもヨロヨロと逃げて行く……。ひとまずは助かったということかの……)
狐神(……天邪鬼は……、倒れて動かぬか……。当然じゃな。本質としてはか弱い物の怪じゃ……)
狐神「……げほっ……。……のうぬしよ」
狐神?『……わしか?』
狐神「……貴様はなにゆえ生きてきたのじゃ。負の感情を持つものに近づき、それを真似て、最後にはその有様じゃ……」
狐神「一体それに何の意味があったというのじゃ……」
狐神?『……ふん、この行動に意味があったのではない』
狐神?『これがわしという存在なのじゃ』
狐神「……ごほっ……」
狐神「それだけなのかの……」
狐神?『……それだけじゃ』
狐神?『……生きること自体に意味などあらん。……大事なことといえば、何のために生きるか、じゃ』
狐神?『……その中身などそれぞれ違い、その価値は他からはわからぬ』
狐神?『……そこに説明できるような意味を求めることが愚かじゃ』
狐神?『……のう、わしよ?』
狐神?『…………』
狐神「…………」
狐神「……わからぬ、そんなこと言われてもわからぬ……」
狐神「……価値もわからぬもののために死ぬ、それに何の意味があるのじゃ……」
狐神「……わからぬ、わしにはわからぬ……」
狐神「…………」
*
???「……フン」
お祓い師「……はあ、はあ……。お、おい待て……!」
???「…………」
お祓い師「そいつに何をした……! まさかその猟銃で撃ったのか……!」
???「…………」
お祓い師「だとした俺はお前を……!」
???「……フン、落ち着け若造が」
???「オメェの言う“そいつ”ってのは、ここで倒れてる嬢ちゃんのことだろ」
???「俺が撃ったのはその横の……、さっきは天狗の姿をしていたんだが……。……マァ、とにかくそいつの方だ」
???「……もう一体の天狗は、頑丈な野郎で逃がしてしまったがな……」
お祓い師(横で倒れてるのは天邪鬼か……。出会った時の姿だが、既に死んでいるのか……)
お祓い師「……河原で助けてくれたのもあんたか」
???「……フン、覚えてねェな」
お祓い師「……お礼は言わせくれ。ありがとう……ございます」
???「……礼なんざ言ってる暇あったら、まずはその嬢ちゃんをなんとかしねェといかんだろ」
お祓い師「そ、そうだ……! ひとまず馬車のところまでおぶって行かねえと……!」
???→マタギの老人「……一応名乗っておくか、若造。俺はマタギをやっているモンだ」
マタギの老人「オメエはその嬢ちゃんを運ぶことに専念しろ。周りの警戒は俺がしちゃる」
*
お祓い師「……う、馬が……」
お祓い師(殺されている……)
お祓い師(……クソッ、天狗にやられてたのか……! 俺たちがこの山から逃げ出せないように周到に……)
お祓い師「……ご老人、ここから一番近い人里はどこか教えてくれないか……!」
マタギの老人「……俺が住んでいる町がちけえが……。マァ、歩いて半日といったところだ」
お祓い師(半日……。狐神をおぶって行けば更に時間はかかるだろう……)
狐神「はあ……はあ……」
お祓い師(だがこいつの様態はそんな悠長なことを言ってられるような状況には見えねえ……)
お祓い師(なんなら運ぶ時も、なるべく馬車に寝かせてやりたいところだ)
お祓い師「クソッ……、どうすれば……」
若い道具師「……おーい! じいさーん!! どこですかー!!」
お祓い師「……あ、あれは?」
マタギの老人「……フン、おせっかい焼きが来たな」
若い道具師「……あ、いた! 勝手に出て行かないでくださいとあれほど!」
マタギの老人「……フン、新しい弾をテメエで試さねえでどうするってんだよ」
若い道具師「ですからそれはまだ試作品で……!」
若い道具師「そもそも勝手に持ち出さないでくださいよ!」
マタギの老人「……まだまだ威力不足だな。天狗を仕留めるには至らなかった」
若い道具師「天狗なんかに挑まないでくださいよあぶないなあ!」
マタギの老人「マア、辛うじて人助けはできたがな」
お祓い師「…………」
若い道具師「……えっと、それででそちらの方は……」
お祓い師「……おい、緊急だから頼みを聞いてもらっていいか」
若い道具師「え、は、はあ……」
お祓い師「お前の乗ってきた馬、今すぐ貸してくれ……!」
若い道具師「馬、ですか?」
若い道具師「って、そちらの方大丈夫なんですか!? かなり辛そうですけれども……」
お祓い師「こいつを荷台に乗せて町まで運びたいんだが、俺の馬はやられちまったんだ」
若い道具師「……なるほど、そういうことでしたか……」
若い道具師「もちろん、協力させてください。急いだほうが良いでしょう?」
お祓い師「あ、ああ! 助かる!」
お祓い師「おっと名乗り忘れていたな。俺はお祓い師やっている者だ」
若い道具師「あ、自分は道具師です」
お祓い師「恩に着るぜ、道具師」
若い道具師「いえいえ。では急ぎましょうか」
*
赤顔の天狗「ガハッ……!」
赤顔の天狗「……グヌゥゥゥ、弱小種族共が……!」
赤顔の天狗「……許さん……!」
赤顔の天狗「……傷が治り次第血祭りにあげてくれよう……!」
赤顔の天狗(この大天狗の扇子を以って正面からやりあえば負ける通りは無い……)
赤顔の天狗「そう、変に小細工に頼ったからこのような馬鹿げたことになってしまったのだ……」
???「────あら、自覚あるじゃないの。ふざけた小細工だってこと」
赤顔の天狗「……! 何奴……!」
???「まあまあ、私が何者かなんてどうだっていいじゃない」
???「わたしはただ、それを返して貰いに来ただけよ」
赤顔の天狗「……なんのことだ……」
???「何って、一つしかないじゃない。その手に大事そうに持っている扇子のことよ」
赤顔の天狗「……返すも何も、これは儂の物であるぞ!」
赤顔の天狗「ハァッ!!」
赤顔の天狗「……何者かは知らんが愚か者め……」
???「……あらあら、乱暴ね」
???「まあ、そんな攻撃当たるわけないのだけど」
赤顔の天狗「なっ……!?」
???「痛い目見ない内にそれを返しなさいな」
???「まあ正確には私のものでもないんだけれど。代理で受けて取りに来たということで」
???「“元の持ち主”が困っているのよ。『確か百年前までは持っていた気がする……』とか言っていたけれども、ボケるにはまだ早いわよねえ」
赤顔の天狗「元の、持ち主、だと……?」
???「うん、そうよ。大天狗のおっさんが探してきてくれって」
赤顔の天狗「……!!」
???「本来なら絶対断るけど、まああいつ部下を抱えて忙しいし、それに借りがないわけじゃないし」
???「と、いうわけで。返してちょーだい?」
赤顔の天狗「わ、渡すものか……! これだけは渡すものか……!!」
赤顔の天狗「一日に二度も“狐”に邪魔されるとはなァ……! 未来永劫呪ってやろう……!!」
赤顔の天狗「──死ねェッ!!!!」
???「…………そんなに死にたいならどうぞ」
*
赤顔の天狗「……が、あ……」
赤顔の天狗「貴様……まさか……」
???「…………」
赤顔の天狗「……ぐ……通りで、手も足も……」
赤顔の天狗「…………」
???「……大天狗の至宝を拾い思い上がった人間よ」
???「お前は高僧であり、また破戒僧でもあった」
???「一つの道を極めた後に、更に別の高みを求めたか」
???「だがそれは道を外れることとは似て非なるもの」
???「……本当に天狗としての高みを目指したのならなぜこのような小細工を?」
???「お前は怖かったんでしょう。いつか本物がこの扇子を取り返しに来るのではないかと」
???「だから百年もかけて、こうもくだらない小細工の準備して待ち構えていたんでしょうね」
???「本当にお山の大将という言葉がよく似合う愚かな人間……」
???「見栄をはらねば、あの子達に敗れることはなかったでしょうに」
???「ここでこんな風に死ぬことも無かったでしょうに」
???「……さて。私の“愛する子”も無事に山を出られたようだし、私も帰ろうかしら」
《現状のランク》
A1 赤顔の天狗
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2 マタギの老人
C3 河童
D1 若い道具師
D2 狐神
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼
584 : ◆8F4j1XSZNk - 2016/04/30 20:51:05.79 SU2KDsUU0 403/1313《天狗》編は終わりです。
格上に勝ったのは初めてですね。天狗の自爆みたいなところはありますけれども。
さて、次は《雨女》編です。よろしくお願いします。
続き
狐神「お主はお人好しじゃのう」【3】