1 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:03:19.875 lYWiFheu0 1/20

 
-病院 ガヴリールの病室-


タプリス「こんにちはー」

女看護師「あら、千咲さん、こんにちは」

タプリス「もうすっかり暖かくなりましたね」

女看護師「ええ、ほんとに」

タプリス「天真先輩、来ましたよ。タプリスです」


ガヴリール「……」


女看護師「ふふっ、千咲さんが来ると、喜んでいるように見えますね」

タプリス「そうですか? わたしには、また、うるさいのが来たなって」

タプリス「迷惑な顔をしているように見えちゃいます」

女看護師「そんなことありませんよ」

女看護師「千咲さんが、あれを始めてから、ですけど」

女看護師「だいぶ天真さんの表情に、変化が見られるようになったと思いますから」

タプリス「あはは……だと良いんですけど」


タプリス「……それにしても、また夏がくるということは」

タプリス「もう、あれから一年が経つんですね」

タプリス「先輩が意識不明になって、ここに運ばれてきてから」

女看護師「そうですね」


元スレ
ガヴリール「千咲ちゃん、眠り続ける天真先輩に本を朗読する」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1495713799/

2 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:05:07.217 lYWiFheu0 2/20

 
女看護師「今日も、いつものお話ですか?」

タプリス「はい、そうです」

タプリス「天真先輩とわたしが、てん……じゃなくて」

タプリス「前の学校にいた時に、一緒に読んでいた、思い出の本です」

女看護師「ふふっ、千咲さんの声は、とても綺麗で透き通っていますから」

女看護師「私は、とても好きですよ」

タプリス「そ、そんなこと、ないです……」

女看護師「他の同僚も、そう思ってますよ。あ、そうだ」

女看護師「将来は、そのお声を活かしたお仕事に就かれてみては?」

タプリス「わたしの声なんて、そんな大層なものではないですから!」

タプリス「は、恥ずかしいので、たぶん、無理です……」

女看護師「そうですか、一ファンとして残念です」

女看護師「私もゆっくり聞かせていただきたいところですが」

女看護師「他のお部屋も回らないといけないので、これで失礼しますね」

タプリス「あ、はい、わかりました」

女看護師「何かありましたら、ブザーでお呼びください」


――

タプリス「看護師さんには申し訳ないですけど……」

タプリス「他に誰もいない方が、朗読に集中できるんですよね」


ガヴリール「……」

タプリス「あの頃の先輩は……この物語のこと、登場する女の子のこと」

タプリス「とても気に入っていましたよね」

タプリス「そんな先輩が好きだった、お話ですから」

タプリス「わたしも、大好きでした」


タプリス「……それでは、始めますね」

3 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:07:11.882 lYWiFheu0 3/20

 
タプリス『昔々、あるところに、とても思いやりのある王様がいました』


タプリス『王様は、いつだって国民のことを一番に思っており』

タプリス『そんな王様のことを、国民も慕っておりました』

タプリス『その王国では、国中の人たちが、幸せに暮らしていたんです』


タプリス『しかしある年、その平和な王国に、一つの不幸が訪れました』

タプリス『それは、飢饉です』


タプリス『その年は、晴れた日がとても少なく、お日様の光が足りなかったため』

タプリス『作物の実りが、全くと言っていいほど、ありませんでした』


タプリス『食べるものが極端に減ってしまった国では』

タプリス『国民が飢えに苦しみ、やがては、死んでしまう子供まで出始めました』


タプリス『もちろん王様は、そんな、国民の窮状を見て』

タプリス『まるで自分のことのように、胸を痛めます』


タプリス『王様は、王宮の食料を全て配るなど、国民のために奔走しましたが』

タプリス『その甲斐空しく、状況は一向に良くなりませんでした』

4 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:08:06.770 lYWiFheu0 4/20

 
タプリス『王様は悩みます。どうすれば、国民を助けることができるのかと』

タプリス『そして、三日三晩考え抜き、ある一つの答えに、たどり着きました』


タプリス『「国外れに住んでいる、魔法使いを呼べ」』

タプリス『王様は、そう、臣下に命じたのです』

タプリス『臣下は大層驚いて、王様に聞き返します』

タプリス『「恐れながら申し上げます。王様、あの者は素性が知れませぬ」』

タプリス『「お会いになるのは、大変危険かと」』

タプリス『しかし王様は、「構わん、もうこれしか方法がないのだ」と告げました』


タプリス『次の日、国外れに住んでいる魔法使いが、王宮に呼ばれます』

タプリス『そしてその、みすぼらしい格好をした老婆が、王様に言いました』


タプリス『「これはこれは王様、本日はどのような御用でしょうか」』

タプリス『王様は、臣下の制止も聞かずに、老婆に近づきます』

タプリス『「そなたは、本当に魔法が使えるのだな?」』

タプリス『魔法使いは、王様の目をじっと見ながら、頷きました』


タプリス『「では、そなたに頼みたいことがある」』

タプリス『王様はそう言うと、魔法使いの老婆の手をとりました』

5 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:09:51.331 lYWiFheu0 5/20

 
タプリス『「この国から、夜をなくしてくれないか」』

タプリス『「……それはいったい、どのような理由からで?」』

タプリス『そう聞き返された王様は、老婆に話し始めます』


タプリス『「この国では、日の光が足りなくて、作物が穫れなくなっておる」』

タプリス『「だから夜をなくしてしまえば、日の光が当たる時間も増えて」』

タプリス『「作物が、以前のようにたくさん穫れるようになるはずだ」』


タプリス『老婆は、少し黙ったあと、王様に言いました』

タプリス『「ええ、できますとも。しかし、その魔法には一つだけ条件がありまして」』

タプリス『「それを願った者が、病に伏せってしまうのです」』

タプリス『老婆がより一層、小さな声で王様に告げました』


タプリス『老婆の言葉に、王様は少しだけ躊躇しましたが』

タプリス『それで国民が助かるのならと、その条件を承諾します』


タプリス『「王様。では今晩、その魔法を国中にかけますので」』

タプリス『「これから、この国には一切、夜が訪れなくなります」』


タプリス『そう言うと老婆は、褒美の品を受け取りもせずに』

タプリス『王宮を去ってしまいました』


タプリス『王様は、その老婆の後姿を眺めながら』

タプリス『これでやっと、国民を救うことができると、安堵していました』

6 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:11:04.546 lYWiFheu0 6/20

 
 パタンッ


タプリス「少し、休憩しましょうか」


ガヴリール「……」


タプリス「子供の頃に、初めてこれを読んだときは」

タプリス「なんて偉い王様なんだろうって、感心してしまったのを覚えています」

タプリス「自分が病気になってしまうにもかかわらず」

タプリス「国民のために夜をなくしたいって願ったんですから」

タプリス「そんな王様だったからこそ」

タプリス「国民も王様のことが大好きだったんでしょうね」


タプリス「あとは、この魔法使いのお婆さんが、少しだけ怖かったです」

タプリス「なんでしょうね……願いを叶えてはくれるんですが」

タプリス「代償もちゃんとあって、どうして王様が病気にならないといけないのって」

タプリス「子供心に思ったものです」


タプリス「やっぱり、誰かを助けるには……犠牲が必要なんでしょうか」

タプリス「天真先輩は、どう思いますか?」


ガヴリール「……」


タプリス「……やっぱり、先輩は意地悪です」


タプリス「つづき、読みますね」

7 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:12:32.657 lYWiFheu0 7/20

 
タプリス『こうして老婆の魔法により』

タプリス『国からは、夜がなくなりました』


タプリス『王様は、国民たちを集めて、事情を説明します』

タプリス『すると国民たちは、万歳三唱で王様を讃えました』

タプリス『これで作物をもっと、育てることができる、と』


タプリス『それからというもの、国民たちは』

タプリス『作物のために、一日中、働き続けます』

タプリス『夜をなくしてくれた、王様への恩を返すために』

タプリス『誰もが一生懸命、働きました』


タプリス『その国民の様子に感銘を受けた王様は』

タプリス『自身も何かできることはないかと、より一層、政務に励みます』


タプリス『その甲斐もあって、国では作物が再び、多く穫れるようになり』

タプリス『国民が飢えに苦しむことはなく、子供も元気に育つようになりました』


タプリス『以前のような幸せに満ちた生活が送れるようになり』

タプリス『国民たちは更に、王様に感謝していく一方で』

タプリス『次第に王様の体は、やせ細っていきました』

8 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:14:02.536 lYWiFheu0 8/20

 
タプリス『それからしばらくして、日頃の激務もたたり』

タプリス『王様は、床に伏せってしまいます』

タプリス『それを知った国民は、怒りを自分たちにぶつけました』


タプリス『王様が倒れてしまったのは』

タプリス『我々が無理をさせすぎたせいだ』

タプリス『我々の働きが、足りなかったせいだ』

タプリス『国民の誰もが、そう思うようになっていきました』


タプリス『こうして、国民は前にも増して、働く時間を増やしていきます』

タプリス『すると作物はさらに穫れるようになって、国は潤いましたが』

タプリス『そこに住む人たちは、少しずつ疲弊していきました』


タプリス『そしてついに、王様が静かに息を引き取ってしまったのです』

タプリス『国民は大いに嘆き、悲しんで、後悔しました』


タプリス『王様は我々のせいで亡くなった』

タプリス『我々がもっと働いていれば、亡くなることはなかった』

タプリス『まるで王様が亡くなった悲しみを、埋めるかのように』

タプリス『国民は、死に物狂いで働くようになってしまいました』

10 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:15:32.847 lYWiFheu0 9/20

 
タプリス『その異常な働きぶりから、一人、また一人と、国民は倒れていきます』

タプリス『しかしそれでも、亡くなった王様に比べたらと奮い立ち』

タプリス『何かに取り憑かれたように働き続けました』


タプリス『そして半年後、魔法使いの老婆が再び街へ訪れると』

タプリス『そこには、女子供が虚ろな瞳をしながら』

タプリス『ひたすらに働き続けている光景が広がっていました』


タプリス『その異様な状況に老婆は、国中を歩いて回ります』

タプリス『すると、働き手の男たちはみな、死んでしまい』

タプリス『残った者も、疲れ切ってしまっていることを知りました』


タプリス『それを哀れに思った老婆は、ある魔法を唱えます』


タプリス『「眠りなさい。あなたたちは、十分に働いた」』

タプリス『「だからもう、休んでも良いのです」』


タプリス『老婆の魔法が、国中を覆って、全てを包み込んでいきます』

タプリス『すると、働き続けていた国民は、次々と倒れて、眠りにつきました』


タプリス『「疲れたであろう、ゆっくりとおやすみ」』


タプリス『魔法によって、眠りに落ちた人々の顔は、とても安らかでした』

12 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:17:03.198 lYWiFheu0 10/20

 
 パタンッ


タプリス「……天真先輩」

タプリス「魔法使いのお婆さんのしたことは、ひどいことだと思いますか?」


ガヴリール「……」


タプリス「わたしはずっと、そう思っていました」


タプリス「ですけど……ここまでに出てくる人たちの行動の元は」

タプリス「全て、善意から始まっているんです」

タプリス「王様は国民のため、国民は王様のため……」

タプリス「そして、魔法使いは国のため」


タプリス「誰かが悪意を持って、陥れようとしたわけではないのに」

タプリス「こんな結末になってしまった」

タプリス「善意が報われることのなかった、悲しい結末に」


タプリス「だったら、善意なんて、必要ないんじゃないかって」

タプリス「これだけを読んだら思ってしまいますよね」


タプリス「先輩は……どう思いますか?」

タプリス「自分に返ってこない善意なんて、向けるだけ無駄だと思いますか?」


ガヴリール「……」


タプリス「わたしたちは、何を信じたらよいのでしょうね」

タプリス「……次、読みますね」

13 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:19:48.348 lYWiFheu0 11/20

 
タプリス『国の人たちを見届けた老婆は、自分の家へと踵を返します』

タプリス『すると、目の前に一人の女の子が立っていました』


タプリス『驚いた老婆が、女の子に声をかけます』

タプリス『「お嬢ちゃんは、平気なのかい?」』

タプリス『「お母さんが目を閉じて、動かなくなっちゃった」』


タプリス『老婆は思いました。この子には、自分の魔法が効いていない』

タプリス『きっと、魔法の素質があるのだと』


タプリス『「お母さんが眠ってしまって、悲しい?」』

タプリス『その老婆の問いに、女の子は首を横に振ると、こう答えました』

タプリス『「お母さんの笑顔を久しぶりに見れたから」』


タプリス『老婆は、またもや驚きました』

タプリス『この子にとっては、自分のことよりも、母親のことの方が大切だったのです』


タプリス『「お嬢ちゃんのような幼子が、一人で生きていける場所ではない」』

タプリス『「よかったら、一緒に来るかい?」』

タプリス『女の子は、少しだけ考えたあと、こくりと首を縦に振りました』


タプリス『そして、老婆と女の子は身支度をすると』

タプリス『慣れ親しんだ国を出ることにしました』

14 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:22:52.080 lYWiFheu0 12/20

 
タプリス『一ヶ月に及ぶ旅の末、二人は山の中にある一軒の小屋に、たどり着きます』

タプリス『そこは以前、老婆が身を寄せたことのある家でした』


タプリス『老婆は着いて早々、女の子に魔法を教え始めます』

タプリス『この子には、素晴らしい魔法の才能がある』

タプリス『そう見抜いた老婆は、厳しく、時には優しく』

タプリス『女の子に自分のすべてを託すように、魔法を伝えました』


タプリス『女の子も、始めは戸惑っていましたが』

タプリス『次第に、老婆を祖母のように慕うようになり』

タプリス『その思いに応えて、熱心に学ぶようになりました』


タプリス『そんなある日、女の子は老婆に尋ねます』

タプリス『魔法はいったい、何のためにあるのか、と』

タプリス『すると老婆は、こう答えました』

タプリス『「魔法はね、誰かの心を助けるためにあるんだよ」』


タプリス『それを聞いてからというもの、女の子は』

タプリス『自分のために魔法を使うことを、一切やめてしまいました』


タプリス『老婆が言った、誰かの心、の中には』

タプリス『自分も含まれていることに、その時は気づかなかったのです』

15 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:24:49.735 lYWiFheu0 13/20

 
タプリス『二人が共に暮らし始めてから、一年が経った頃の、嵐の夜』

タプリス『老婆は「絶対に外に出ないように」と女の子に伝えると』

タプリス『少し出かけると言って、外に出ていきました』


タプリス『ですが、眠り始める時間になっても老婆が帰ってこないため』

タプリス『女の子は、老婆のことが心配になりました』

タプリス『そして、老婆の言いつけを破り、嵐の中へと飛び出します』


タプリス『荒れ狂う風が吹き付ける中、女の子は老婆を探し続けました』

タプリス『しばらく歩き続け、普段は来ることのない山道に差し掛かった時』

タプリス『急に頭上から轟音が鳴り響いたかと思うと』

タプリス『巨大な岩石が、落ちてきました』


タプリス『咄嗟に女の子は、魔法を唱えようとします』

タプリス『しかし、自分のためには魔法を使ってはいけないという』

タプリス『言葉が頭をよぎり、それを躊躇ってしまいました』


タプリス『女の子は目を瞑って、後悔します』

タプリス『これは、老婆の言いつけを破った、自分への罰だと』

16 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:27:21.731 lYWiFheu0 14/20

 
タプリス『しかし次の瞬間、女の子は、そこから少し離れた場所へと移動していました』

タプリス『嫌な予感がした女の子は、すぐに岩が落ちた場所へと戻ります』


タプリス『するとそこには、岩に下敷きになった老婆がいました』

タプリス『震える声で何度も老婆を呼びましたが、返事はありません』


タプリス『女の子は、膝から崩れ落ちます』

タプリス『老婆が魔法で、女の子と自分の居場所を入れ替えたのだと』

タプリス『すぐに気づきました』


タプリス『「わたしが、言いつけを破ったのがいけないのに」』

タプリス『「どうしてお婆さんが、こんな目に合わないといけないの」』

タプリス『女の子はそう言って老婆にしがみつくと、涙を流し続けました』


タプリス『「王様は、国のみんなを思って、死んでしまった」』

タプリス『「国のみんなは、王様を思って、死んでしまった」』

タプリス『「そしてお婆さんは、国に唯一残ったわたしを助けて」』

タプリス『「命を落としてしまった」』


タプリス『「どうして? どうして、誰かのため、と思った人が」』

タプリス『「死ななければ、いけないの?」』

タプリス『「わたしも、誰かのために何かをしたら、死んでしまうの?」』


タプリス『女の子は、もう動かなくなってしまった老婆を、じっと見つめながら』

タプリス『冷たい雨にずっと、打たれていました』

17 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:29:41.467 lYWiFheu0 15/20

 
 パタンッ


タプリス「……疲れ果てた国に残された、たったひとりの女の子」

タプリス「お婆さんはどんな気持ちで、この子を育てたんでしょうか」


ガヴリール「……」


タプリス「仲間が欲しかったのか、それとも、罪滅ぼしだったのか」

タプリス「今のわたしでも、よくわかりません」


タプリス「ですけど、お婆さんはなぜ」

タプリス「はっきりと、自分のためにも魔法を使って良いと」

タプリス「言わなかったんでしょうか」


タプリス「岩が落ちてきた時、女の子が魔法を使っていたら」

タプリス「それ以前に、そもそも、女の子が家から出なかったら」

タプリス「こんな結末には、ならなかったのでしょうか」


タプリス「……わたしには、そうは思えません」

タプリス「どのような選択をしても、つらい現実が立ちふさがってしまう」

タプリス「そんな気がして、ならないんです」


タプリス「先輩は……どう思いますか?」


ガヴリール「……」


タプリス「わたしは……今がとても、つらいです」


タプリス「……ごめんなさい、続けますね」

タプリス「次が、最後の章、です」

18 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:32:10.819 lYWiFheu0 16/20

 
タプリス『老婆を亡くしてしまった女の子は、少ない荷物をまとめると』

タプリス『一年近く住んだ家を出て、あてのない旅に出ました』


タプリス『暖かくなったら北へ向かい、寒くなったら南へ向かって』

タプリス『さまざまな場所を巡り、行く先々の風景を目に刻んでいきました』


タプリス『そして、気がついた時には』

タプリス『女の子は、自分のためだけに、魔法を使うようになっていました』

タプリス『誰かのために魔法を使うことを、忘れてしまったのです』

タプリス『まるで、悲しい思い出から、顔を背けるように』


タプリス『そんな生活を、数年続けた、ある日』

タプリス『今、旅をしている場所がちょうど』

タプリス『故郷だった国の近くであることに気づきました』


タプリス『普段なら通り過ぎるところでしたが』

タプリス『少しだけ今の暮らしに疲れ始めていたのと』

タプリス『故郷を懐かしむ気持ちが突然、ふっと湧いてきて』

タプリス『立ち寄ってみることにしました』


タプリス『そして、故郷の国が見渡せる丘に差し掛かったとき』

タプリス『女の子は、目の前の光景に、息をのみました』


タプリス『そこには、豊かな緑が生い茂る、広大な森が存在していたのです』

19 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:34:45.692 lYWiFheu0 17/20

 
タプリス『女の子が森へ入ると、様々な動物たちが歓迎をしてくれました』

タプリス『中には、最近、数の少なくなった種類のウサギも、たくさんいました』


タプリス『かつての故郷は、動物たち、植物たちの楽園となっていたのです』


タプリス『しばらく歩いていくと、色とりどりの花が咲いている場所に出ました』

タプリス『女の子は気分が良くなり、そこへ寝転がります』

タプリス『そして、木々の合間に見える、青い空を眺めました』


タプリス『みんなの思いは、決して無駄ではなかったと』

タプリス『こうやって巡り巡って、この子たちの生きる糧となっているのだと』

タプリス『そう思っただけで、女の子は、涙が溢れて止まりませんでした』


タプリス『女の子は、決意します』

タプリス『これからは、この魔法を、誰かの幸せのために使っていくと』

タプリス『みんなの思いを繋げていくために、使っていくのだと』



タプリス『その後、女の子は魔法を使って』

タプリス『森の中に小さなお家を一軒、建てました』


タプリス『そこで、森を訪れる人たちを、魔法で助けながら』

タプリス『動物たちと一緒に、幸せに暮らしました』



タプリス『おしまい』

20 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:37:08.856 lYWiFheu0 18/20

 
 パタンッ


ガヴリール「……」


タプリス「これが、わたしたちの大好きな、魔法使いの女の子の」

タプリス「始まりの物語です」


タプリス「女の子は、故郷に戻ってきて、わかったんです」

タプリス「誰かへ向けた善意が、自分に返ってくることは、ないかもしれないけど」

タプリス「その思いは巡り巡って、繋がって、誰かにきっと届いている、と」


タプリス「王様も、国のみんなも、お婆さんも」

タプリス「そしてこの、女の子も……」

タプリス「全ての思いが、この生命あふれる森へと、繋がっていた」


タプリス「だから決して、善意は途絶えることはないと」

タプリス「そう、わたしは信じています」


ガヴリール「……」


タプリス「……天真先輩、見てください」

タプリス「夕日が、とても綺麗です」


タプリス「あの女の子も、こうやって夕焼けを見ながら」

タプリス「魔法でたくさんの人たちを助けたんでしょうか」


タプリス「……わたしも、あの子に会ってみたい、です」

21 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:40:53.615 lYWiFheu0 19/20

 

女の子『……わたしを、呼びましたか?』

タプリス「あ、あなたは……、どうして、ここに?」


女の子『あなたの声が……聞こえたんです。わたしを呼ぶ声が』

女の子『そして、あなたの思いが巡り巡って、わたしのもとまで届きました』

タプリス「わたしの、思い?」

女の子『あたたかくて、優しくて……本当に大切に思っているのだと』

女の子『すぐにわかりました。だからこうして、魔法で飛んできたんです』

タプリス「そうだったんですか……」

女の子『そのベッドで寝ている子、ですよね?』

タプリス「えっと……、はい」


女の子『……彼女に、幸せが訪れますように』

タプリス「も、もしかして、それが……?」

女の子『ええ、魔法です。あとは……彼女次第かしら』

タプリス「あ、ありがとうございます、なんとお礼を言ったら良いか……」

女の子『だったら、そうね……わたしとお友達になってくれる?』

タプリス「友達、ですか?」

女の子『ええ、天使とお友達になれるなんて、滅多にないことだもの』

タプリス「はい、ぜひ! わたしこそ、友達になってください!」

女の子『ふふっ、ありがとう。本当に嬉しいわ』

女の子『っと、もうこんな時間。それじゃあ、また会いましょう』

タプリス「はいっ、それでは、また!」

22 : 以下、\... - 2017/05/25(木) 21:44:03.998 lYWiFheu0 20/20

 
タプリス「……あれ、わたし、寝ちゃって」

ガヴリール「……」


タプリス「天真先輩、聞いてください。わたし、あの子に会えたんです」

タプリス「そしてなんと……友達になっちゃいました」

タプリス「ふふっ、羨ましいですか?」


ガヴリール「……」


タプリス「……羨ましかったら、何とか言ってください」

タプリス「ねぇ……先輩」


 ぎゅぅぅ


タプリス「そうだ、魔法を唱えてあげます」

タプリス「……先輩に、幸せが訪れますように」

タプリス「なんて、ね」


 スッ

タプリス「えっ?」


ガヴリール「……タプリ、ス?」

タプリス「あ、あぁ……」ポロポロ



ガヴリール「ただいま」


タプリス「おかえりなさい、先輩」ニコッ



おしまい

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