1 : 以下、名... - 2015/11/03 22:54:12.33 heb+2RdAP 1/529


 お前たちは恥ずかしくないのか
 自らの希望の代価を、たった一人の少女に押し付けて後ろめたくないのか


 円環の理は、神じゃない


 人間だ


 お前たちの何も変わらぬ、ただの普通の女の子だ


 なぜ、自分たちが罪深い存在だと気付こうとしないのか
 なぜ、自分たちの業と向き合おうとしないのか


 無責任な自己満足の円環を巡り続けることをやめないならば
 全ての魔法少女に教えてやろう


 希望も絶望も、愛の前では塵芥だと



元スレ
贖罪の物語 -見滝原に漂う業だらけ-
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446558852/

2 : 以下、名... - 2015/11/03 22:55:41.06 heb+2RdAP 2/529






 第1話 「賢いあなたは大好きよ」





3 : 以下、名... - 2015/11/03 22:57:50.63 heb+2RdAP 3/529




 ギロチンで切り落とされたような、綺麗に割れた半月の夜だった。
 妄想の帳と真実の世界の狭間の丘。
 ここに相対するは、1人の悪魔と4人の魔法少女。


さやか「残念だよね、ほむら。私たち、もしかしたら友達になれるかもしれなかったのに」

ほむら「ええ本当に残念。こんなところ、あの子が見たらどれだけ悲しむのかしら」

 さやかの他の3人の表情も、堅く、暗い。
 4人の円環の使徒達は、この悪魔を磔刑にせんとしている事は明らかだった。

ほむら「でもこの仕打ちはあんまりじゃないかしら。
     あなたと友達になったつもりは無いけれど、それでもあなた達・・・。
     特に杏子には随分割りのいい世界を用意したはずなのだけれど。
     なんで私たちが殺し合わなきゃいけないのか聞かせてもらってもいい?」

さやか「・・・一ヶ月くらい前から、見滝原に全く魔獣が沸かなくなった」

ほむら「いいことじゃない。いえ、あなたたちにとっては悪いことなのかしら」

さやか「魔獣の役目は、私たち魔法少女がいずれ振りまく呪いを肩代わりすること」

ほむら「そうね、魔法少女とはなんとも業が深い存在ね」

さやか「希望と絶望は差し引きゼロ、この法則はそう簡単に崩せるものじゃない。
     そうじゃなきゃ、希望と絶望のどっちかが際限なく増え続けて、世界が溢れ返っちゃう。
     魔獣が沸かないってことは・・・別の形で呪いが現れるということ・・・」

ほむら「小狡い魔法少女が魔獣を独占しているだけじゃない? 何もかも悪魔のせいにするのは人間の悪い癖よ。
     こんなことしている暇があったら帰って受験勉強でもしたら?」

さやか「それともう1つ、私たちのソウルジェムが全然濁らなくなった。
     気分が沈んだときに光が少なくなることはあるけど、気分が上向きになれば自然と回復する」

ほむら「・・・」

さやか「魔獣が沸かず、魔獣を狩るために戦う必要もない。まるで魔法少女の役目を奪っているような現象よね」


 4人の魔法少女はすでに真相にかなり近いところまで辿りついていた。


さやか「正直に答えてよ、ほむら。あんたの目的は・・・」




さやか「まどかを解任(リコール)することだろ」




 最も、残念ながら、辿り着いた真相は『半分だけ』だったが。

4 : 以下、名... - 2015/11/03 23:00:10.80 heb+2RdAP 4/529



ほむら「だったら?」

さやか「だったら、って・・・!」

ほむら「魔法少女は祈りによって生まれ、希望を抱いて戦い、やがて力尽きて円環の理に導かれる。
    美しいサイクルよね。美しくて、素晴らしくて、とても残酷だわ」

ほむら「例えばあなたは魔法少女から人間に戻りたいと思ったことは無い?
    『もっと別のことを願っておけばよかった』『普通の女の子みたいに生きたかった』
    『もう戦うのなんて嫌だ』『円環の理に導かれて消滅するのなんて嫌だ』」

さやか「・・・っ!」

ほむら「一人の女の子として、そう後悔したことが無いとは言わせない」



杏子「つまり何か? あんたはあたし達を魔法少女から人間に戻してくれるってか?」


 一人の赤い魔法少女、杏子が悪魔へ向けて槍を振りかざす。


ほむら「そうよ」


 悪魔は物語の大前提の破戒を、あっさり肯定した。
 杏子以外の魔法少女の体が僅かに跳ねる。
 それはまさに悪魔の囁きだった。

5 : 以下、名... - 2015/11/03 23:01:47.17 heb+2RdAP 5/529



ほむら「もちろんそれ相応の犠牲が必要だし、それが出来るのかどうかはあなた達次第だけれど」

杏子「あー、そうかい。素敵なアイディアだね、ついでにその犠牲はアンタがなってくれよ」

ほむら「もちろん、然るべき時が来たらちゃんと私が贄になるわ」

杏子「・・・それはいつだ?」

ほむら「魔法少女が全滅して、円環の理が必要なくなった日」

杏子「もういいや、それ以上アンタの話は聞きたくねぇ」


 一呼吸を置き、金色の魔法少女が悪魔へ騎兵銃を向ける。
 先ほどの言葉で生じた僅かな動揺は、すでに消え去っていた。


マミ「暁美さん、悪いけれど。今、私の胸にあるのは後悔じゃなくて誇りよ」

マミ「みんなを守る為に、みんなの希望の為に、ずっと戦ってきた魔法少女としての誇り。
    戦いの中にあるのは希望だけではないでしょうけど、魔法少女がみんな後悔ばかりしているわけでもない。
    多くの魔法少女が積み重ねてきたその誇りを踏みにじることは許せないわ。先輩として」

ほむら「それは強がりではないの?」

マミ「ええ、強がりよ。でも強がりでも、強情でも。あなたがやろうとしていることを認めるわけにはいかない。
    さもないと、たくさんの魔法少女の祈りや希望が、全て曖昧になってしまうから」

6 : 以下、名... - 2015/11/03 23:03:34.22 heb+2RdAP 6/529



 悪魔は今までずっと黙っていた魔法少女に目を向ける。
 最後の魔法少女は、その闇よりも深い視線に怯えながらも、それでも震える我が身を奮い立たせる。


なぎさ「なぎさは・・・ほむらに感謝しています。
     なぎさは魔法少女になってからも、あんまりいい思い出はありませんでした。
     ほむらは、そんななぎさにもう一度身体をくれました。
     いっぱいいっぱい感謝しています・・・」

なぎさ「でも・・・それでも。なぎさはマミと一緒がいい。
     ほむらの世界にマミがいないなら・・・やっぱりなぎさはほむらと戦います」

ほむら「そう、じゃあやっぱり私達は分かり合えないわね」


 悪魔はふと顔を上げ、自嘲的に笑う。
 その瞳は夜の天蓋の上の、天の川銀河の更に上の、宇宙の最果てを見つめていた。


さやか「そーいうこった! あたし達は戦うよ、ほむら!」


 さやかが悪魔に剣を向ける。
 その目にはすでに迷いも恐れもない。
 迷いの無いこの魔法少女は、強い。それは悪魔が身をもって知っていた。


さやか「でもまー、知り合い以上友達未満のあんただし! 四対一でボコボコにするのは流石に気が咎めちゃうよ!
     今から降参するなら平和的に話し合いで解決してあげなくもないけど?」

ほむら「四対一・・・。いいえ、四対四よ」

さやか「は・・・?」

ほむら「あなた達は気づいていないようだけれど――」

なぎさ「!! みんな、すぐに離れてください!」


 黒い3つの影が急襲してきた。


ほむら「悪魔はあと3人いる」

7 : 以下、名... - 2015/11/03 23:06:18.58 heb+2RdAP 7/529



 一瞬の後には戦いが始まっていた。
 お互いに魔法を撒き散らしながらドッグファイトを繰り広げるそれは、戦いというより戦争だったが。


マミ「ぐっ・・・!」


 速い、どころじゃない。
 空中戦ではおおよそ負け知らずのマミに対して、摩天楼の突き出る空中で互角以上に張り合うそれは前代未聞だった。
 リボンも銃弾も、この悪魔の見えない何かで全て撃ち落される。


マミ(飛んでいる訳じゃない、私と同じタイプの魔法で空中を飛び回っている!)


 力も技術も相手が上手。
 ならば。


???「!!」


 経験と狡猾さで出し抜いてやればいい。


マミ「すごい魔法だけれど・・・、経験の差が出たわね。あなた、真面目に戦ったことないでしょう?」


 蜘蛛の巣状の罠が悪魔を捕らえた。
 舞踏のように華麗な戦いで目を引き、仕組まれた罠で雁字搦めに縛り上げる。
 マミの十八番だった。


マミ「聞きたいことはたくさんあるけど・・・、とりあえず――」

???「帳(トバリ)」

マミ「!」


 気づいたら世界が一瞬でネブラ・ディスクのような異界へ染め上げられていた。

 気づいたら背後から刺されていた。

 気づいたら身体の自由が支配されていた。

 気づいたら自分のこめかみを銃で撃ち抜いていた。


???「残念だったな。私が魔法少女のままだったら、お前に躊躇無く引き金を引ける残酷さがあったなら」


  薄れいく意識の中で、残酷な布告が聞こえていた。


???「勝っていたのはお前だったのに」


8 : 以下、名... - 2015/11/03 23:10:33.42 heb+2RdAP 8/529


 杏子は焦っていた。

 杏子が立つのは黒い雨の降るゴルゴダの丘。

 黒い雨はインクのように滴り、粘つき、全てを黒に染め上げる。



杏子(間違いねー、これは幻覚系の魔法だ・・・。だけど!)



 魔法の正体は看破している。

 相手も明らかに魔法少女とは異質の魔力、ともすればそれは魔獣のそれに近い性質を感じるが。

 それでも、決して格上の相手じゃない。

 けれど・・・。



杏子(どんな祈りで契約すればこんな魔法が使えるようになるんだよ!!)



 黒い雨の正体は、他人に依存し、他人を堕落させ、他人を自分と同じ絶望へと引き摺り下ろす、

 「誰かを不幸にしたい」という呪いの感情そのものだった。

 言うまでもなく、魔法少女にとっては猛毒だ。

 ソウルジェムに直撃すれば、一瞬で円環行きである。



杏子(落ち着け、この手の魔法にはコツがある。使い手が魔法少女じゃなくてもそれは変わらないはず。

    幻覚や催眠は・・・相手を観察し続けていなければ使えない)


杏子(そして、そういう奴ほどわかりやすい形で対象の近くに現れたがる。

    ちょっと気づけば手が届くようなところで、相手が破滅するのを観察したいんだ)


杏子「そこだろ!」



 紅い炎を纏った槍が放たれる。

 丘のてっぺんにある『誰も吊るされていない十字架』。

 いるとしたらここだ。

 私だったらここで相手を観察する。



『杏、子・・・』


杏子「!?」



 十字架には杏子の父親が磔にされていた。

 杏子を魔女と謗りながらも、まっすぐに向き合い、やがて自分を受け入れてくれた父親が。

 魂を捧げてなお、幸せであって欲しいと願う、愛するものが。

 両手に杭を打たれて、血を流しながら十字架に吊るされていた。


9 : 以下、名... - 2015/11/03 23:11:55.88 heb+2RdAP 9/529



杏子「っ!!」



 ダメだ、間に合わない。

 燃え盛る槍は父親を貫いた・・・かに思えたが。

 槍が貫いたのは誰も吊るされていない十字架だった。

 杏子は幻とはいえ、自分の父親を手に掛けずに済んだ。



???「あっは、この手に限るねぇ」


杏子「・・・」



 背後から何かに抱きつかれた。

 温もりなどからは程遠い、沼のぬかるみのように生温かい抱擁だった。

 杏子は不敵に笑う。

 こんな禁じ手を堂々と使われたら、笑うしかなかった。



杏子「アンタ、悪魔か何かだろ・・・」


???「うんっ!」

10 : 以下、名... - 2015/11/03 23:13:36.85 heb+2RdAP 10/529



 なぎさは動けなかった。

 相手は逆さまでコウモリのように宙吊りに立っている。

 なぎさはただ見下ろされているだけなのに、体が地面に縛り付けられているかのように動けなかった。



???「そーそー。弱っちくて、ありきたりで、取るに足らなくて。

     女神のかばん持ちぐらいにしか役に立てないなぎさちゃんは。

     そーやって無様に這い蹲ってるのがお似合いだよ」


なぎさ「な、なぎさは・・・!」


???「まぁ見てなよ、これからスゴいことが見滝原に起こるからさ。

    もしかしたらもう一回世界が変わるところに立ち会えるかもよ?

    十把一把のエキストラ魔法少女には破格の待遇だね、ゲラゲラゲラ」



 なぎさは月光に映し出された悪魔の顔を見て息を呑んでしまった。

 とても綺麗な顔だった。

 夜道に佇むピエロのように、心の底を恐怖で凍りつかせるような笑顔が張り付いていなければ。

11 : 以下、名... - 2015/11/03 23:14:54.50 heb+2RdAP 11/529


ほむら「私だって新しいお友達くらい作れるわ」


さやか「・・・っ」



 悪魔はさやかの首を締め上げる。

 魔法少女はソウルジェムを砕かれない限り無敵、本来なら窒息など問題にならない・・・はずなのだが。

 悪魔の束縛はどうやらさやかのソウルジェムの機能すら拘束しているようだ。



さやか「大したお友達だね・・・、世界をめちゃめちゃにする悪魔を増やして何がしたいんだよアンタ・・・!」


ほむら「悪魔はどうしても必要なのよ。まどかだけではなく、あなた達魔法少女全ての為に」


ほむら「あなた達魔法少女の未来の為に、私たちが犠牲にならなきゃいけないの。
     今はきっと戸惑うし、敵意だって抱くでしょうけど、いずれ感謝以外の全てを忘れる」

12 : 以下、名... - 2015/11/03 23:15:46.83 heb+2RdAP 12/529



 さやかは必死に考えを巡らせた。

 この悪魔の考えを理解する為に。



 ほむらの目的はいったいなんだ?

 こいつのことだ、まどか以外にありえないだろう。

 じゃあどうやってまどかを手に入れる気だ?

 相応の犠牲、魔法少女の全滅、悪魔、人間に戻れるかどうかは私たち次第、悪魔が必要・・・。



 円環の理の解任。



 おいおい、嘘だろ、まさか。


13 : 以下、名... - 2015/11/03 23:17:45.88 heb+2RdAP 13/529



さやか「アンタ・・・、まさか・・・」


ほむら「察したようね、賢いあなたは大好きよ」


さやか「正気かよ! そんなのまどかが一番望んでなかった結末じゃんか!」


ほむら「いいえ、あなたこそまどかを何だと思っているのかしら。

     まどかは神になることに何の迷いもなかったと?

     まどかは全ての魔法少女を救済する為に生まれた人間だったと?」


さやか「・・・っ」


ほむら「この星の魔法少女を全滅させ、円環の理を役目から解放した時、私はまどかに自分の魂を捧げる。

     私の魂を糧にして、まどかは普通の女の子として未来を歩む。

     そうした時、初めて私は交わした約束を果たすことができるの・・・」



 おぞましい表情だった。

 恍惚としていて、鬱屈としていて、愛に満ちた。

 おぞましい表情だった。



さやか「滅茶苦茶だ! あんたが言ってるのは全部、自分一人の考えじゃんか!!

     どこまで自分勝手なんだよ! あんたがやってることは魔女と同じだ!!」

ほむら「魔女? そんなのと一緒にしないでくれる?」



ほむら「私たちは『悪魔』、絶望よりも魔なる者たちよ」



 黒い手が、さやかのソウルジェムを握り締めた。

14 : 以下、名... - 2015/11/03 23:20:21.63 heb+2RdAP 14/529



 西暦某年、某月某日某時。


 インキュベーターは、初めて別の存在と対等な立場での対話に応じた。

 惜しむらくはその相手が、『元』人間だということだが。



QB「素晴らしいよ、ほむら。ソウルジェムを形成した魔法少女の魂を、再び人間の肉体に戻せるなんて。
   この実験がもっと早くに成功していれば、僕たちと人類の関係はもっと有意義なものになっていただろう」



 インキュベーターは諸手を挙げて賛美する。

 ともすれば幾星霜にも渡って積み上げてきた努力と奉仕の成果を一蹴するようなその偉大なる一歩を。

 神の如く傲慢な悪魔の所業を。

 盲目的に、妄信的に賛美する。



ほむら「使ったダークオーブはあくまで試供品(レプリカ)、効果は一時的でしょう」


ほむら「でも、私にはその一時で十分。これでまどかの正体を知るものは、私以外存在しなくなった」



 鬱屈した視線を、白い奉仕種族へと移す。

 幾万対もの紅い瞳が、一斉に悪魔に跪いた。



ほむら「あなた達こそ、約束をちゃんと守る気はあるの?」


QB「もちろんだよ。元より僕たちに逆らうことなどできないけれどね」


QB「君のダークオーブが生み出すエネルギーの総量は、僕たちのエネルギーの回収ノルマを遥かに上回るものだ。
   それが回収できれば、僕たちは人類に干渉する理由がない。
   君の良きに計らうよ。多分太陽系が存在している間は、会うこともなくなるんじゃないかな」


ほむら「そう・・・。でも念のためもう少し入念に話し合いましょう。

    あなた達がこの星を放棄した瞬間、人類は退廃の道へ突き進んだ・・・なんてことになったら堪らないわ」


QB「本当に、残念だなぁ・・・」



 一匹のインキュベーターが、悪魔との直接の対話を許される代表者たる個体が。

 名残惜しそうな声でこう訴えた。



QB「希望も絶望を超越した真なる魔法少女システムが、完成と同時にお役御免だなんてね。実にもったいないよ」

15 : 悪魔図鑑 - 2015/11/03 23:21:57.51 heb+2RdAP 15/529


叛逆の悪魔、ほむら

呪いの性質:傲慢


永遠のイドに閉じ込められて、外の世界を忘れてしまった哀れなカエル。

自分の頭の中にある愛以外何も見えない、何も見ようとしない。

外の世界は『真実の愛』で満ちていると信じて疑わない。

溜まった涙の水圧で、出口の無い迷路がついに決壊する。

23 : 以下、名... - 2015/11/21 21:38:31.60 02MC1cTgP 16/529





 第2話 「私の生きる意味を知りたい」



24 : 以下、名... - 2015/11/21 21:39:17.63 02MC1cTgP 17/529



Side 風見野市

26 : 以下、名... - 2015/11/21 21:41:16.76 02MC1cTgP 18/529



 風見野魔法少女協同組合。

 通称・風魔協。



 純白の魔法少女・美国織莉子が設立した、風見野の周辺に在住している魔法少女の互助組織である。

 魔法少女同士が助け合うというのは、共食いの必要のない円環の理の庇護下にある世界では由緒ある制度であり、

 似たような制度の組織は世界中に点在している。

27 : 以下、名... - 2015/11/21 21:45:17.85 02MC1cTgP 19/529



 風魔協、総務室。



 廃校になった小学校を改装して作られた公民館が、世界を裏から守る魔法少女たちの事務所だった。

 風魔協の表向きの顔は学生ボランティアのコミュニティで、『魔法少女』という単語の入っていない名義で公民館が借りられている。



 現在は会計処理が一段落付いたところである。

 魔法少女であろうと無かろうと、女学生の財布事情は常に厳しいのだ。



織莉子「ええ、それじゃあ今日はこの辺で終わりにしましょう。後はお願いしますね」


アサギ「はーい」


織莉子「・・・そういえばアサギさん、簿記の試験勉強をしているって本当?」



 アサギと呼ばれた魔法少女は慌てて「いや、その・・・」などと誤魔化しの言葉を探したが。

 嘘がつけない自分の性格を思い出し、やれやれと肩を竦めて観念した。



アサギ「やっぱり織莉子さんには筒抜けかぁー・・・。
     あの、えーっと、そう・・・ですね。私こういうの得意みたいですから、長所を伸ばそうかなって。
     多分、こんな資格を使う前に円環の理に迎えられちゃうと思いますけどね」



 一応補足しておくと、『将来の話』をすることは、どの魔法少女にとって気恥ずかしいものなのである。

 『大人になったときのこと』は、魔法少女にとっては叶うかどうかわからない夢のようなものなのだから。



織莉子「そうかもしれないわね」


アサギ「そこは否定して欲しかったなー・・・」




 ガックリと肩を落とすアサギに、織莉子は優しく微笑んでアサギの手に自分の掌を重ねた。



織莉子「でも、きっと大丈夫。大切なのは前に進み続ける意思なの。

    あなたがそうやって未来を想って生きている限り、決してあなたは絶望したりしない」


アサギ「はー・・・、なんか織莉子さんの言うことは尊いですねぇ。私と同年代の少女っぽくないって言うか・・・」



 アサギはなんとも言えないような表情で、頭をかく。



織莉子「あら、この答えじゃ不満だったかしら?」


アサギ「いえいえ、大満足ですよ。力の続く限りやってみます。ありがとう織莉子さん」


織莉子「ええ、がんばってね」



 ひらひらと手を振って織莉子を見送った後に、アサギは帳簿を最終チェックする。

 抜けひとつ無い完璧な会計だ。

 魔法少女でさえなかったのなら、彼女は将来きっと・・・。

28 : 以下、名... - 2015/11/21 21:49:39.08 02MC1cTgP 20/529



 織莉子の帰宅を待ち伏せするように、ガードレールにもたれ掛かっている少女がいた。

 彼女の名は浅古小巻、風魔協に所属する魔法少女である。

 長身の美少女なのだが、カリスマすら感じる美少女である織莉子と並ぶとどうしても霞んでしまう。

 あと表情が常にぶっきらぼうなのもマイナスだった。



小巻「ふーん・・・。上手くやっているようね、『会長さん』。

   やっぱり人の上に立つのは慣れっこなのかしら?」


織莉子「あら、小巻さん。わざわざ待っていてくれたの?」


小巻「バ、バッカ! 違うわよ! 汚職議員の娘と会計を二人きりになんてしておいたら、何をするかわかったもんじゃないでしょ!!」


織莉子「・・・」


小巻「あっ・・・」



 小巻は「しまった」という顔で固まる。

 彼女は基本的に善人なのだが、つっけどんな態度でしか他人と接することができない。

 だから今回のように、意図せず相手の地雷を踏んでしまうこともしばしばだった。



織莉子「小巻さん」


小巻「な、なに・・・?」



 織莉子は瞳を閉じて、胸に手を当てる。

 今の自分には、皮肉や当て付けを返してやりたいという気持ちはない。

 ただただ穏やかな気持ちだった。小巻が愛おしくすら思えた。

 尊敬する父親を侮辱されても、こんな風に落ち着いていられる日が来るなんて思っていなかった。



織莉子「頭使ったら甘いものが食べたくなっちゃった。一緒にケーキ屋さんに寄ってくれない?」


小巻「し、仕方ないわね・・・! 最近頑張ってるようだし今日は私が奢ってあげる!」



 小巻はバツが悪そうで、しかしどこか安堵したような様子だった。



織莉子「ありがとう」



 織莉子は屈託のない表情で微笑む。

 そこにはかつて独りよがりな正義を振りかざし、

 鹿目まどか暗殺を目論んだ『世界の守護者』としての刺々しさはなかった。

29 : 以下、名... - 2015/11/21 21:51:52.32 02MC1cTgP 21/529




 「私の生きる意味を知りたい」




 自分の価値を見失った少女の願いは、この世界でも変わらなかった。

 インキュベーター達から魔法少女の真実について事細かに説明されてなお、彼女は契約した。

 しかしこの世界の彼女のもたらした奇跡では、『世界の終焉』を見ることはなく。

 『自分の父親の人生が狂った原因は魔獣の手によるもの』と知るだけに留まった。

 だから彼女はこの世界では、今日まで暁美ほむらと敵対することはなかった。

 
 そして数多の平行世界では、織莉子の独りよがりな正義を盲目的に肯定してくれる呉キリカという従者に恵まれていたが。

 生憎、円環の理によって改編された後の世界では、キリカはインキュベーターとの契約に二の足を踏み続けていた。

 ゆえに、この世界の織莉子は閉塞的で共依存的な人間関係を築くことはなかった。


30 : 以下、名... - 2015/11/21 21:55:48.40 02MC1cTgP 22/529



 美国邸、客間。



 「美味しい茶葉が送られてきた」ということで、織莉子は小巻を招いてお茶会を開いていた。

 数週間前までは、廃墟と見間違うほどに酷く荒廃していたこの屋敷だったが。

 織莉子の精神的な快復と比例するように改修され、今や財界人でも住んでいるかのような整然っぷりである。


 織莉子はコトリ、と紅茶を置く。

 その動きはとても様になっていて、令嬢の面影を感じるには十分だ。

 反面、現在進行形でお嬢様であるはずの小巻の飲み方は、ギクシャクとしていて酷いものである。

『お茶』と聞いたら、真っ先にペットボトルに入ったものを想起するような食生活を送っているのだろう。



織莉子「さて、本題に入ってもいいかしら」


小巻「本題・・・?」



 織莉子の瞳が鋭くなる。

 その瞳の奥には、確固たる意思と謀略の灯がちらついていた。



織莉子「数日前、見滝原に住んでいる数名の魔法少女と同時に連絡が付かなくなった。

     私の魔法で軽く探査してみたけれど、見滝原で活動する魔法少女は・・・一人も見つけることができなかった」



 しかし運命とはなんと逃れがたきものか。

 何れの世界においても、美国織莉子はすべからく『暗躍する』という星の下に生きているようだ。



小巻「連絡が付かなくなったって・・・」


織莉子「複数の魔法少女が連鎖的に円環の理に導かれたとは考え難い。

     あり得る可能性は『強力な魔獣との戦いで全員討ち死にした』か、あるいは」


織莉子「『暗殺された』」


小巻「あ、暗殺・・・!?」



 小巻の顔から血の気が引く。

 小巻が魔法少女になった頃には既に風魔協の前身が発足していたゆえに、小巻は『魔法少女同士の縄張り争い』を経験したことがなかった。



織莉子「グリーフシードの独占を狙った犯行、魔法少女に恨みを持つ者の私怨。動機ならいくらでも考えられるわ」


小巻「冗談でしょ!? いくら相手が魔法少女だからって人殺しだなんて・・・!!」


織莉子「あくまで私の推理を述べただけよ、詳しいことは何もわかってないの」


31 : 以下、名... - 2015/11/21 22:00:13.99 02MC1cTgP 23/529


 最も、織莉子の推理は、『利己的な魔法少女による犯行』の線でほぼ固まっていた。

 織莉子はそういうことを平気でやるような魔法少女を既に一人知っていたからだ。



 カルテルによるグリーフシードの利権調整や、カーストの発生を嫌って、

 あえて『組織』ではなく『徒党』であることを選ぶ魔法少女もそれなりに存在する。

 見滝原の魔法少女たちがそれだ。

 組織の一員として生きるのも大変だが、明確なルールを持たないまま集団で行動し続けるのはもっと大変だ。

 だが見滝原の魔法少女たちはそんな大変さを平然と切り抜けていて、悔しいが結束の強さと個々の実力は風魔協のそれよりも遥かに上だ。

 だからこそ彼女たちが魔獣と正面から戦って同時に討ち死にするなど、想像ができなかった。



織莉子「暗殺者であるにせよ、大物の魔獣であるにせよ。

     いずれにしてもこのまま野放しにしておくわけにはいかない。

     私たちの町を守る為にも、見滝原で何が起こっているのかを調査する必要がある」


小巻「そ、それを私に話すってことは・・・」


織莉子「ええ、少数精鋭が望ましいの。ちょうど春休みだし協力してくれたら嬉しいわ」



 織莉子はにっこりと微笑む。

 話の中で暗殺の可能性を強調したのは、織莉子流のゆさぶりだった。

 織莉子は小巻の性格をよく把握していたからだ。

 小巻は、『臆病』で『凡庸』で『高慢ちき』で・・・『正義感がある』。

 こういう言い方をすれば、彼女は断ることなどできないと知っていた上での挑発だった。



小巻「・・・」


織莉子「それと、協力するにしてもしないにしても。

     このことは誰にも言わないで、あなたの胸にだけ秘めていて欲しいの。

     相手が何をするのかわからない以上、下手に騒ぎ立てて刺激するのが一番危険だと思うから」



 これもまた小巻への挑発である。

 『もしあなたが断ったら、私は単身で見滝原の調査へ行くぞ』、という自分を人質にした脅迫だ。



 ここで断ったとしたら、小巻はずっと後ろ髪を引かれる思いで毎日を過ごすことになるだろう。

 小巻がそういう後ろめたさに耐えられないことを、織莉子はよく知っていた。

32 : 以下、名... - 2015/11/21 22:04:57.97 02MC1cTgP 24/529



 しかし長い付き合いで相手の腹の内がわかるようになるのは、小巻も同じだった。



小巻「美国さん・・・、あなたって本当に腹立たしいわね!」



 織莉子の計略を全て見切ることはできなくとも、何かネチネチと計算しながら交渉をしていることは、なんとなく伝わっていた。



織莉子「・・・やっぱり少し卑怯な言い方だったかしら?」


小巻「そうやって見えないところで人の心を操ろうとしているところもそうだけれど!

    アンタが何を考えているのかさっぱりわからないのが気に食わないのよ!」


織莉子「・・・」



 織莉子は少しだけ自分の傲慢さを恥じた。

 完璧に悪意を隠して『誠実で単純な人間』を演じることなど、自分にはできないのだと痛感した。

 人が人を騙し切るということは、言うほど簡単ではないのだ。



小巻「まぁーでも・・・。一応反対はしてみたけれど。

    アンタのことだから、考えなしだとか悪意に身を任せた行動だとかじゃないでしょうし」



 小巻は椅子に座り直して、織莉子の目をまっすぐに見た。

 濁りのない、心から相手を信頼している瞳だった。



小巻「だから素直に『助けてください、お願いします』って言うなら、私はそれを信じてあげる」


織莉子「・・・」



 織莉子はもう1つ大切な教訓を得た。

 人が人を動かす時、相手の心を支配する必要などないのだと。

 改編前の世界にて、織莉子がこの結論を既に知っていたのなら、鹿目まどか暗殺も違ったものになっていたのかもしれない。



織莉子「私一人では、とても不安なんです。

     私は賢いけれど、私自身は・・・とても弱い。生きて帰れる気がしないの。

     だから・・・助けてください、お願いします」



 小巻はニヤッと笑って、満足そうにうなずいた。



小巻「いいわよ、頼まれてやるわ」


33 : 以下、名... - 2015/11/21 22:07:49.18 02MC1cTgP 25/529



 Side あすなろ市

34 : 以下、名... - 2015/11/21 22:09:05.40 02MC1cTgP 26/529



 希望に始まり絶望に終わる、決して救われることのない泥沼の螺旋。

 遥か彼方からやって来た異星人によって、人類にもたらされた魔法少女という永遠の呪い。

 円環の理によって改編される前の『魔女』という概念のあった世界は、魔法少女にとってさながら餓鬼道のような凄惨な世界だった。



 絶望の未来を覆し、見事に世界を改編し得たのは、他ならぬ鹿目まどかただ一人だけだが。

 魔法少女システムを否定し、この負の連鎖を断ち切ろうとしていた魔法少女の前例は無いわけではなかった。


35 : 以下、名... - 2015/11/21 22:11:01.28 02MC1cTgP 27/529



 『魔法少女殺しのプレイアデス』


 『妄執のカルト教団プレイアデス』


 『禁忌の墓暴きプレイアデス』



 牧カオルはその意味不明な単語の羅列に首を傾げるだけだった。

 いや、魔法少女殺しやらカルト教団やらが不吉な響きを持っているのはなんとなくわかるのだが。

 『プレイアデス』という言葉が何を示しているのかは、皆目見当がつかなかった。

36 : 以下、名... - 2015/11/21 22:14:15.15 02MC1cTgP 28/529


 郊外都市であるあすなろ市を守っている魔法少女は、

 牧カオル、御崎海香、神那ニコ、和沙ミチルの4人だ。



 他にも魔法少女の候補は3人いたのだが、

 古株の魔法少女である和沙ミチルの必死の説得により、なんとか契約を踏みとどまった。



 あすなろ市は元々魔獣も魔法少女も少ない町だったから、幸いなことにこの4人は明確な上下関係も殺伐とした適者生存も経験せずになんとかやっている。



 一ヶ月ほど前から、この魔法少女の一団は聖カンナという魔法少女を追っていた。

 カンナは人々を守る希望の象徴であるはずの魔法少女としてはあるまじきことに、

 『人工の魔獣』をばら撒いてこの町を滅ぼす計画を企てていた。



 4人の魔法少女の決死の捜査により、彼女たちはついにその黒幕たるカンナを追い詰めた。



 カンナは狡猾で反則的な魔法を持っていたが、

 四対一というほとんど包囲網のような戦いの中で徐々にソウルジェムを濁らせていき、ついに絶体絶命のところにまで追い込まれた。

38 : 以下、名... - 2015/11/21 22:17:27.78 02MC1cTgP 29/529


 『プレイアデス』は、そんな状況でカンナが末期の呪詛めいた様子で発した言葉だった。

 カオル、ニコ、海香の3人は何が何やらわからないという様子だったが、

 ミチルだけはその言葉を聞いた瞬間に急変した。



 ミチルは何かがフラッシュバックしたように胸を押さえて、過呼吸を起こした。

 ガチガチと歯を鳴らせて震え始めた。



 リーダー格であるミチルの急な変化に一同の集中力が乱れた、その一瞬の隙を突かれた。

 いきなり世界がどんでん返しのようにひっくり返った。

 比喩ではなく、強力な魔法結界によって空と地面の上下が逆さまになったのだ。



???「きゃははははははははははっ! この子は貰っていくよーーー!!

     じゃーね、欠番だらけのプレイアデス!! 地獄ではちゃんと8人一緒になれるといいねぇ!!」



 いきなり現れた青い魔法少女が、事件の黒幕を連れて消えてしまった。

 嵐の過ぎ去った後のように、世界は再び元の姿に戻る。

 すぐにでも追いたかったが、未知の戦力に攻撃の要を欠いた自分たちが敵うとは思えず、撤退を余儀なくされた。

 ミチルはずっと蹲って、うわ言のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。


39 : 以下、名... - 2015/11/21 22:27:18.37 02MC1cTgP 30/529


 あすなろ市にある御崎邸。

 『超新星の女子中学生作家、御崎海香』の豪邸である。

 魔法少女の奇跡の力があったとはいえ、

 一年やそこらでここまでの印税収入を得る海香の才能と努力は、やはり並々なるものではない。

 大人の目を気にすることなく自由に集まることができる、4人の魔法少女の重要な拠点である。

40 : 以下、名... - 2015/11/21 22:28:17.46 02MC1cTgP 31/529


 玄関で靴紐を結ぶカオルをニコが見送りに来ていた。

 明らかに長期旅行を思わせるの荷物の量で、2~3日で帰れる旅ではないことがわかる。



ニコ「本当に一人でいくの?」


カオル「まーね、あの様子のミチルを一人きりにしておくわけにもいかないだろ。

     それにただでさえミチルが戦えなくて大変なのに、

     あすなろ市を守る魔法少女をこれ以上減らすわけにはいかない」



 あの日からずっと、ミチルはベッドの上で蹲っていた。

 食事もほとんど受け付けず、時折何かを思い出したように泣いて、

 他の魔法少女が介抱に来る度にぎこちない笑顔で「迷惑かけちゃって、ごめんね」と何度も謝る。

 魔法を使っていないはずなのに、ソウルジェムの濁りも早い。



カオル「絶対に放っておけないよ。

     あいつは近い内に復讐しに来るかもしれないし、なによりミチルがああなった秘密を知っている。

     とっ捕まえて、洗いざらい全部吐かせてやる」



 カオルの決意は固いようだ。

 たった一人で恐るべき敵を追う旅に出るというのに、躊躇いは少しも感じられない。



ニコ「・・・わかった、じゃせめてこれ持っていって」


カオル「これは?」



 ニコはカオルに『ある物』を手渡した。

 片手に収まるサイズの『ある物』だ。



ニコ「ミチルの『秘密』とやらが何なのかはわからないけれど、

    あいつが今回の事件を起こした『動機』はなんとなく想像がつく。

    もし私が思っている通りなら、これが役に立つかもしれない」



 ニコはニヘラと笑う。

 こちらもこちらで、これからの戦いになんの不安もないようだ。



 それはそうだ。

 彼女たちが改編前の世界で戦ってきた惨劇は、こんなものでは済まなかったのだから。



カオル「おう、ありがとう! じゃー行ってくるよ!」



 あすなろ市から見滝原へ、茜色の魔法少女が出陣する。

41 : 以下、名... - 2015/11/21 22:29:01.45 02MC1cTgP 32/529




 Side ホオズキ市



42 : 以下、名... - 2015/11/21 22:31:18.18 02MC1cTgP 33/529


 スズネは夢を見た。

 とても寒くて、寂しくて、切ない夢を。



 冬の冷気のように降りかかる悲しみが、その身を少しずつ凍えさせていく。


 正しいことをしているはずなのに、誰も報われない。


 正しいことをすればするほど、多くの人に憎まれて刃を向けられる。


 暗い森の中をたった一人で進むしかないのに、その心を支えてくれるのは後悔から来る正義感だけ。


 でも本当はその正義感すら偽者で、他人から無意味に植え付けられたもので。


 自分はただ無意味に骸を積み上げて、無意味に憎まれて、無意味に悲しみを背負い込んで、誰一人助けられなかった。



 そんな救いようのない魔法(マギカ)の夢を見た。


44 : 以下、名... - 2015/11/21 22:33:52.76 02MC1cTgP 34/529


 見滝原から遠い場所、ホオズキ市。



 徐々に町を覆う瘴気が晴れていく、今宵の魔獣狩りが一段落したのだ。

 銀色の魔法少女、スズネは自分の剣を見据えた。

 その剣に宿るのは、『浄化の炎』という性質を持った魔法だ。



 『他人の特性をコピーして自分のものにする』というスズネの魔法は、

 使いようによってはとんでもない代物だった。

 それは全ての魔法少女を代替し、全ての魔法少女に匹敵しうる能力だったが、

 スズネはたった1つの魔法以外、誰の特性もコピーしなかった。

 彼女は『ツバキ』という魔法少女以外の誰にもなりたがらなかった。



 今、手にしているこれは魔法少女由来の特性だ。

 決して魔道に堕ちた魔法少女の成れの果ての特性なんかじゃない。

 紛れもなく、円環の理に導かれた恩師、美琴椿の魔法だ。

 スズネはその事実をかみ締めるように、何度も何度も自分の記憶を辿っていた。

45 : 以下、名... - 2015/11/21 22:35:57.49 02MC1cTgP 35/529


マツリ「・・・スズネちゃん、どうしたの? すごく悲しそうな顔してるよ」


 ホオズキ市を守る『たった2人の魔法少女』の片割れであるマツリは、心配そうにスズネの顔を覗き込む。

 『知覚』の特性を持つ魔法少女のマツリは、とても目聡く、感受性が高い。

 彼女の前ではおちおち感傷に浸ることもままならない。



 スズネはどうにかお茶を濁す嘘を探そうとしたが、

 本気でこちらを心配するマツリの目を見て、その無駄な努力を早々に諦めた。



スズネ「夢を見たの」


マツリ「夢・・・?」



 スズネの心は、既に貯水量でいっぱいのダムのような状態だった。

 ほんの少しでも亀裂が入れば、そこから決壊して感情が濁流のように押し寄せるだろう。



スズネ「私がツバキを殺しちゃう夢」


マツリ「!!」



 たかが夢の話なのに、マツリが目を見開く。

 ツバキは2人にとって、そんな風に軽々しく口にしてはいけないほど神聖な存在だったのだ。

46 : 以下、名... - 2015/11/21 22:37:52.80 02MC1cTgP 36/529


 マツリの心臓が速くなる。

 スズネの言葉からは、冗談めいた響きなど全く感じなくて、

 本当に大真面目にそんなことを言っているようだった。



 もしかしたら、これは彼女の懺悔なのだろうか。

 本当にスズネはツバキを手にかけたのだろうか。

 もしそうだったとしたら・・・、自分はスズネをどうしてしまうのだろう?



マツリ「それは・・・辛い夢だね」


スズネ「ねぇ、マツリ・・・」



 スズネは泣きそうな顔でこう言った。



スズネ「もしそれが夢じゃなかったらどうする・・・?」



 知覚の魔法など使うまでもなく、スズネの心が潰れてしまいそうなのは火を見るより明らかだった。

 ほんの一押しで折れそうな、砂の城のように危うい状態だった。

47 : 以下、名... - 2015/11/21 22:41:43.31 02MC1cTgP 37/529


 実際、スズネの告白は完全にただの夢というわけではない。

 罪を犯したのは『別の世界の他人事』で片付けられることではなかった。



 それこそ改編前の世界のように、

 魔女へと変化したツバキを直接手に掛けるということはなかったが。

 この世界においても、スズネの依存に近い甘えが、

 ツバキの魔法少女としての寿命を短くしていたのは事実だ。



 当時のスズネは11歳で、まだまだ甘えたい盛りだった。

 魔獣の所業により両親を失った彼女が、

 自分を救ってくれたツバキに過剰とも言える慕情の念を抱いたことを、

 責めることなどできるはずがなかった。



 そう時間が経たないうちに、スズネは「ツバキのような魔法少女になりたい」という願いから魔法少女の契約を結んでしまった。



 ツバキはそんなスズネを庇うように戦い、グリーフシードもほとんどスズネに使っていた。

 スズネを魔法少女の世界に巻き込んでしまったという罪悪感からなのか、

 それとも同じように両親を失った自分をスズネに重ねてしまったのか。



 ツバキの愛情がスズネの慕情に拍車を掛け、歪な螺旋を生んでしまった。

48 : 以下、名... - 2015/11/21 22:43:40.81 02MC1cTgP 38/529




 スズネにマツリという『魔法少女の友達』ができたと知ったとき、

 ツバキの中にある生きることへの執着が全て燃え尽きた。



 微塵も残さないほどの完全燃焼だった。



 ツバキが眠るように円環の理に導かれたのは、それから3日後の朝のことである。

49 : 以下、名... - 2015/11/21 22:45:37.51 02MC1cTgP 39/529


 2人の間にしばしの沈黙が流れた。



 マツリは瞳を閉じて考える。

 自分の心に、スズネとツバキという究極の二択を突きつけていた。



 スズネを責めるべきなのだろうか、赦すべきなのだろうか。

 果たして自分は、親よりも深く愛したツバキを手に掛けた者と、友達のままでいられるのだろうか。



 答えは、あっけないくらい簡単に出た。



マツリ「大丈夫、もしスズネちゃんがツバキを殺したんだとしても」


 マツリは二ヘラと無防備に笑った。


マツリ「マツリはスズネちゃんに味方するよ」



 打算もあったのかもしれない。

 過去の恩人よりも、現在の友達を優先するという強かな打算が。

 だけれど、それでも。





 これはマツリが出した、心からの答えだった。




50 : 以下、名... - 2015/11/21 22:49:01.12 02MC1cTgP 40/529


スズネ「どう、し、て・・・?」


マツリ「どうしてかはわかんないかな。

     マツリにとってはスズネちゃんもツバキも大切な人だけれど。

     それでも、どうしても。

     スズネちゃんを捨ててまでツバキを選びたいとは思えないよ」



 奇しくも。

 マツリのこの答えは、改編前の世界と同じものだった。

 運命とはなんとも粋なものなのだろうか。



マツリ「だからそんなに不安そうにしないで。

     スズネちゃんが取り返しの付かないことをしたとしても、

     マツリはずっとスズネちゃんの友達だから」


スズネ「・・・」



 その言葉だけで、全てが救われた気がした。

 心の中にある凍えるような咎が、一斉に融解していくような気がした。



スズネ「そっか」



 夢の中の、返り血に染まった自分の亡霊が。

 満足したように消えていくのを感じた。



スズネ「ありがとう、マツリ・・・!」


マツリ「どういたしまして」



 スズネはマツリの胸に抱かれて泣いた。

 ずっとずっと泣いていた。

51 : 以下、名... - 2015/11/21 22:53:19.06 02MC1cTgP 41/529


 随分時間が流れた。

 東の空に橙色が差している。

 もう夜明けが近い。



マツリ「落ち着いた?」


スズネ「うん、ありがとう。情けない姿を見せちゃったね」



 スズネが真っ赤に泣き腫らした目を擦りながら、ようやくマツリから離れる。

 スズネの子ども時代は唐突に終わってしまったが故に、まだ他人に甘えることに不器用なのだ。



マツリ「いいよ、普段のスズネちゃんはクール過ぎるからね。

     むしろさっきくらい甘えん坊な方が可愛いかな」


スズネ「・・・っ」



 スズネは頬を紅潮させて俯くと、プルプルと震えていた。

 屈辱なのである。



 スズネも中学生、自分を他人より上だと無意味に信じる人並みのプライドがあった。

 そんな生意気盛りの中学生が、特に半ば自活のように生活しているスズネのような少女が。

 温室育ちの甘ちゃんだと思っていたマツリから優しく絆されてしまったのだ。

 恥ずかしいのである。



 もっともこの手の屈辱は、

 魔法少女でなくても思春期の人間なら誰でも避けては通れない道なのだが。

52 : 以下、名... - 2015/11/21 22:56:58.90 02MC1cTgP 42/529


 しばし考えた後に、スズネの中にある決心が生まれた。

 どこか楽になったような、身を預けられる安堵のような。

 心地よい決心だった。



 彼女は顔を上げると、後ろ結いの髪を解くと。

 髪を結んでいた、鈴とお守り袋の付いた髪留めをマツリに手渡した。



スズネ「受け取ってくれないかな」



 マツリの中に本日二度目の衝撃が走る。

 スズネにとって、これはただのお守りではないことを知っていたからだ。



マツリ「スズネちゃん、これ・・・。ツバキの形見のお守りじゃ・・・!」



 ただの形見というだけではなく。

 『ツバキの心は今でも自分たちと共にある』という証のようなものだった。



 こんな風に、聞き飽きたCDを渡すように。

 気軽に相手に譲ることのできるものではないのだ。



スズネ「いいの、私にはもう必要がないから」


マツリ「でも・・・」



 未だに戸惑っている様子のマツリに、スズネは冗談めかして笑う。



スズネ「マツリも要らないなら捨てちゃうけど?」


マツリ「いやダメだよ! それはダメだよ!!」


スズネ「あはは」



 マツリは「それを捨てるなんてとんでもない!」と慌てふためく。

 どうやら先ほどの屈辱への意趣返しは成功したようだ。

 マツリはやれやれとため息をついて手を出す。



マツリ「もー・・・。わかったよ、マツリが使うよ」


スズネ「それがいい、きっとマツリの方がよく似合うよ」


53 : 以下、名... - 2015/11/21 23:00:19.99 02MC1cTgP 43/529


 スズネはマツリの三つ編みを解いて、先ほどのお守りの髪留めで後ろ結いにする。

 収まるべきところに収まったように、マツリの性格にその髪形はよく合っていた。



スズネ「ほらね、マツリの方が似合っている」


マツリ「さっきまでのスズネちゃんと同じ髪型かー」


スズネ「嫌?」


マツリ「ううん、嬉しいよ」



 スズネはまたもや気恥ずかしくなって俯く。

 こんな風に純粋に好意を向けられることにもまた、耐性がなかったのだ。

 これの意趣返しは当分できそうにない。



マツリ「帰ろっか」


スズネ「うん、またね」



 手を振るふたり。

 かつて救いようのない世界で交わされた約束は、この世界でついに果たされた。



 お守りに付いた鈴が、静かに鳴った気がした。

54 : 以下、名... - 2015/11/21 23:04:10.91 02MC1cTgP 44/529


 ホ オ ズ キ 市 、 某 所 。



 彼女の心の中で、ドロドロとした悪意が渦巻いていた。

 酷くおぞましく、もう見れたものではないほどに腐敗した悪意だった。



「ふぅん、へー、なるほど」



 『異端者』



 魔法少女としての彼女を形容するに、それが最もしっくり来る例えだった。

 彼女はどうしようもないくらい異常で、異形で、異彩を放つこの世の異物だった。



「スズネちゃんは、ツバキだけじゃなくて・・・マツリまで私から取っちゃうんだぁ・・・」



 可愛さ余って憎さ百倍という言葉がある。

 強い愛であるほどに、それが負の方向へ転じたときに大きな憎しみが生まれるという意味だ。

 彼女の心の中にある全ての愛情が、憎悪へと変わり始めていた。

 それはさながら、かつての魔法少女システムのよう。

 希望から絶望への絶対値を保ったままの感情の転移が、

 魔女化というプロセスを介在せずに発生していた。



 大きな祈りを抱けば、それと同じだけの絶望が生まれるというのは。

 インキュベーターが介在するまでもなく、

 人類が最初から持っている原罪だった。



「ねー、キュゥべえ。私の願い事、決まったよ」



 彼女は異端者だった。

 魔法少女に類する存在でありながら、救済の女神である円環の理を憎む異教徒で。



「私を円環の理が壊しちゃえる悪魔にしてよ」



 円環の理によって改編された『希望が絶望で終わらない』という世界で。

 改編される前の世界よりも絶望的になっている、異例の魔法少女だった。

55 : >>1 - 2015/11/21 23:07:04.55 02MC1cTgP 45/529

今日はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました。

質問や要望などがあれば、可能な限りお答えします。
次の話は連休中に上げられると・・・、いいなぁ・・・。

56 : 以下、名... - 2015/11/21 23:28:59.15 WETYutcU0 46/529


個人的な意見ですが見滝原みたいな一等地でもない限り縄張り争いはあると思います

というかみんな限界来たらジェムがダークオーブになるようにシステムを変更すれば円環の理なんかいらないんだよな

57 : >>1 - 2015/11/22 11:35:49.03 lpRPNSGRP 47/529

>>56
設定的には、改編後の世界では、


・キュゥべえが魔法少女のデメリットや真実について事前にちゃんと話してくれるので、
 キリカやあすなろの3人のように契約自体を躊躇う子が多い。

・キュゥべえたちも、魔女を産めよ増やせよだった以前の世界と違って、
 一人の魔法少女が長生きしてくれれば、他の少女と積極的に契約する必要がない。


などの理由から魔法少女の数自体が少ないので、
縄張り争いもかつての世界ほど過激ではない・・・と思っています。

59 : 以下、名... - 2015/12/13 23:14:47.79 BmRUECC0P 48/529





 第3話「そんな世界の方がどうかしてるけどね」





61 : 以下、名... - 2015/12/13 23:18:07.52 BmRUECC0P 49/529


 見滝原某所、暁美宅。


 モダンセンスが光る独特な一室が、暁美ほむらの自室だ。

 神秘性を高める為に住み心地を度外視するという、福祉の観点から見ればとんだ欠陥住宅なのだが、

 その浮世離れした威圧感にも近しい雰囲気は、中学生には垂涎ものである。

 そうでなくても単純に3LDKという広さは、学生の一人暮らしには破格のスペックだ。


 その3つあるリビングルームの1つ、ほむらが客間として使っている場所にて。

 ほむらは『鹿目まどか』を招き、協力プレイができるオンラインゲームに興じていた。

 その有様は、マギカなどとはおおよそ縁遠い、『普通の女子中学生』そのものだ。



まどか「うへー、また勝っちゃった。ほむらちゃんすっごく強いね・・・」


ほむら「ふっ、まどかのサポートがあってこその勝利よ」


まどか「ほむらちゃんの対戦レートの数字が凄いことになってるんだけど・・・」


ほむら「あら、私なんてまだまだ序の口よ? むしろ廃への道はここから先が厳しいのよね」


まどか「成績落ちちゃうよ・・・?」


ほむら「うぐっ・・・」


まどか「ごめん・・・」

62 : 以下、名... - 2015/12/13 23:20:07.52 BmRUECC0P 50/529


 ほむらは徐々に難易度が上がっていく学校のテストを想起して後ろ暗い思いをしながらも。

 今までにないほどの幸福を噛み締めていた。


 何の憚りもなく、簡単に他人と協力できるオンラインゲームというものは、ほむらにとって何もかもがイージーモードだった。


 だって。


 今までずっと戦い続けた勝ち目のないゲームの、1000分の1にも満たないような労力で、簡単に勝ててしまうのだから。

 『絶対に勝つことができない』などという、舞台装置染みた運命律など、介入していないのだから。



 楽しい、一人じゃなければなんでも。

 このまどかと一緒ならどんなにくだらないことだって幸せだ。



 夢のようだった。

 あんなに惨めだった自分が、あんなに悲壮だった自分が、永遠に交わることができないと思っていた円と炎が。


 こんな『普通の女子中学生のように』。


 こんなに無駄に。同じ時間を消費することができるなんて。

63 : 以下、名... - 2015/12/13 23:22:02.97 BmRUECC0P 51/529


まどか「でもやっぱりほむらちゃん凄いよ、中学生で一人暮らしなんて・・・。

      アメリカでもそんな子、めったにいなかったよ?」


ほむら「あら、3年生の巴先輩なんて1年生の頃から一人暮らしよ?

      もっとも、彼女は来年からは高校付属の寮に入るそうだけれど・・・」


まどか「見滝原は進んでるなぁ・・・」


ほむら「まぁ、『特別な例』っていうのは悪い気はしないわね」



 まどかの羨望の眼差しを受けるほむらは、かつてないほど誇らしげだった。

 平たい胸を精一杯張って、ふんぞり返っていた。



 そうだ。

 世界を書き換える悪魔だとか、大層なものになってはみたけれど。

 結局そんなものはどうでもよくて。

 私がなりたかったのは、『今のような私』だった。


 オンラインゲームでも、魔女退治でもなんでもよかった。

 私は結局、『まどかを助けられる私』になりたかっただけなのだ。

64 : 以下、名... - 2015/12/13 23:24:02.03 BmRUECC0P 52/529


まどか「えへへ・・・」


ほむら「ゲームごときで偉ぶっているのがそんなに滑稽だったかしら?」


まどか「うーうん、そうじゃなくてね」


まどか「私、ほむらちゃんに会えて本当によかったって思えるんだ」


ほむら「!」


まどか「本当はね、不安だったんだ。アメリカからこっちに来ることになって。

      もし学校に馴染めなかったらどうしよう、とか。

      もし友達が一人もできなかったらどうしよう、とか。

      そんな風にずっと一人で悩んでたの」


まどか「でも・・・転校してきた日に、ほむらちゃんが声を掛けてくれたんだ」


まどか「最初はちょっと変な子だなぁって、思ったけど」



 まどかは最高の笑顔で送った。

 本人が何も知りえぬところで、悪魔を浄化してしまうほどの親愛の心を込めて。



まどか「私と友達になってくれて、ありがとう」

65 : 以下、名... - 2015/12/13 23:29:52.30 BmRUECC0P 53/529


ほむら「・・・」


ほむら「ふふふ・・・」


まどか「?」


ほむら「ありがとうは、私の方こそ・・・」



 ほむらは必死で涙を堪えて、まどかの言葉にエールを返す。

 それでも涙は堪え切れなくて。

 潤んだ瞳を見たまどかが、「こんなことで泣いちゃうなんて、かわいい子だなぁ」などとのん気な勘違いをしていた。



ほむら「私はね、ずっとひとりぼっちだったの。

     あなたの前では『カッコいい私』を演じているけれど。

     本当の私は・・・根暗で、ノロマで、臆病で、ひどく役立たずで」


まどか「そんなこと・・・」


ほむら「だから色んな人に疎まれたり、恨まれたり、敵対されたりして・・・。

     それで、本当はあなたに会うまでずっとひとりぼっちだったの」


まどか「ほむらちゃん・・・」


ほむら「だから、本当にあなたには救われた。

     「自分は死んじゃった方がいい」なんて思ってた私を、あなたが変えてくれた。

     私と友達になってくれて、ありがとう、まどか・・・」


まどか「・・・」



 まどかは、そっとほむらに抱きついた。

 あの叛逆の夢の中の、優しい抱擁のように。



ほむら「!」


まどか「えへへ、転校してきた日の仕返し」


ほむら「まど、か・・・」


まどか「じゃあ、これからいっぱい楽しい思い出を作ろう」


まどか「私、ほむらちゃんのこと何にもわかんないけど。

     私にとってほむらちゃんは憧れの人だから、なんでそんな風に悩んでたのかなんて全然わからないけれど」


まどか「それでも、私が一緒にいて喜んでくれるなら。

     私はずっとほむらちゃんの傍にいるよ。

     私はあなたから離れたりしないから、これからずっと友達でいよう」


ほむら「ええ、ええ・・・。ありがとう」


ほむら「私の最高の友達・・・!」

66 : 以下、名... - 2015/12/13 23:31:14.37 BmRUECC0P 54/529


 どれだけ長い間、抱き合ったのだろうか。

 10分なのか、1時間なのか。


 終わりはお互いに、「もういいよね?」という風に。

 遠慮がちに離れた。


 もっとも、ほむらにとってこの瞬間は、10分だろうが1時間だろうが。

 幾星霜の平行世界渡りにも匹敵するほど長い時間だったのだが。



まどか「もう日暮れだし、帰ってもいいかな?」


ほむら「そうね、引き止めてごめんなさい」


まどか「えへへ、いいよ。せっかくの春休みなんだから」



 さっきのやり取りが気恥ずかしいのか、まどかはそそくさと身支度を整えると。

 慌てて鞄を肩に掛けた。



まどか「じゃあ、またね」


ほむら「ええ、またね」



 「またね」。

 なんて素敵な言葉なんだろう。

67 : 以下、名... - 2015/12/13 23:32:24.90 BmRUECC0P 55/529


 ほむらは、しばし目を閉じて先ほどの余韻に浸った後に。

 再び藍い瞳を見開いた。


 そこには先ほどの蕩けたような熱っぽさはなく。

 爬虫類のように冷徹な色が浮かんでいた。



ほむら「さて、いつからそこにいたの? シイラ」


シイラ「鹿目さんが出て行った辺りから入れ違いでー。

     安心してよー。この雅シイラ、他人のプライバシーはちゃんと守るからさー」



 汚れ一つない真っ白な壁紙の張られた天井に。

 不遜な笑みを浮かべる少女が、コウモリのようにぶら下がっていた。


 彼女の名は、雅シイラ。

 自らの意思で円環の理に叛逆し、見滝原に君臨した第二の悪魔である。



 ほむらは1つ深呼吸して心を整える。

 夢のような時間は終わりだ。

 これからは凍えるような現実と戦わなければならない。


 この世界の全ての、魔獣と魔法少女を全滅させるための・・・戦争だ。

68 : 以下、名... - 2015/12/13 23:34:25.44 BmRUECC0P 56/529


ほむら「そうやって天井からぶら下がるのはやめたら?」


シイラ「うん? 何か不都合でも?」


ほむら「首が疲れるわ」


シイラ「おっと、それは失礼。私は上から目線で人を見下すのが大好きなものでついね」



 シイラは猫のような柔軟さで、天井から床へ降り立つ。

 ほむらは同学年の中ではそこそこ身長のある方だが、シイラはほむらよりも頭1つ分ほど背が高い。

 もし普通に学校に通っていたのなら、かなり目を引く存在になっていただろう。



ほむら「それで? オフの日に報告に来たってことは何かあるんでしょうね」


シイラ「そりゃあるよ、私だって暇じゃないし」



 腕輪のように装着されているダークオーブが紅色の光を放ち、タブレット端末のように変化した。

 タブレットの裏面には、サソリのような生き物が描かれている。



シイラ「魔法少女4人を一気に消したこと、結構な騒ぎになってるみたいだね。

     見滝原に頻繁に他所からの魔法少女が出入りしてる。

     『他の2人』が頑張って偽装工作してくれてるけど・・・、

     見滝原の異変に気付かれるのも時間の問題なんじゃないかな?」


ほむら「そう、めんどうなものね」



 ほむらは眉間に拳を当てて憂鬱に視線を泳がせる。



ほむら「『前の世界』では魔法少女が4人消えたくらいじゃ、誰も騒ぎはしなかったのに」


シイラ「私から言わせれば、そんな世界の方がどうかしてるけどね。

     少女が次々と行方不明になっても、淡々と日常が続く社会とか狂ってるでしょ」


ほむら「みんな・・・、自分のことで手一杯だったからかしらね」

69 : 以下、名... - 2015/12/13 23:36:05.06 BmRUECC0P 57/529


 ほむらはシイラの瞳を覗く。


 シイラの瞳の奥に渦巻いている感情は、紛れもなく自分と同じ『愛』だったが。

 自分のそれとは、大分性質の違うものだと薄々感じていた。


 それでいい。

 多様性が保たれなければ、自分以外の悪魔が存在する意味がない。



シイラ「どーするのかな、ほむらちゃん?

     隠蔽するにしても返り討ちにするにしても、そろそろ大掛かりに動かないとマズイよ?」


ほむら「シイラ・・・あなたはどうしたいの?」


シイラ「実はさぁ、もう完成してるんだよね、私のトバリ」


ほむら「・・・」



 その言葉を聞いて、ほむらは思う。

 とうとうこの日が来てしまったか、と。



 今日この日より、この世の全ての魔法少女の祈りは、無価値な空想になってしまった。

70 : 以下、名... - 2015/12/13 23:37:33.81 BmRUECC0P 58/529


シイラ「頃合といえば頃合だ。私はそろそろ開戦したいかな?」


ほむら「・・・、許可するわ」


シイラ「わーい」



 シイラはタブレットを腕輪に戻すと。

 満足そうに微笑んで踵を返す。



シイラ「用事は以上だよ、オフの日にお邪魔して悪かったね。

     それなりにテキトーに頑張ってくるから、ほむらちゃんはどっしりと構えて見ててよ」



 ぎぃ、と。

 古い家具が軋むようなオノマトペを響かせて。

 シイラはほむらに笑いかけた。



シイラ「なあなあに、あやふやに、何もよくわからないまま・・・。

     いつの間にか、この世を楽園に変えて見せるからさ」

71 : 以下、名... - 2015/12/13 23:40:39.17 BmRUECC0P 59/529



 見滝原、プリンセスホテル。

 数多の世界で、見滝原に訪れた多くの魔法少女がこっそり利用していたホテルだが、そのエピソードは割愛する。


 今回その一室を利用しているのは、聖 カンナと日向 華々莉という2人の元・魔法少女だ。

 ちなみに彼女たちの場合は後ろめたいことは何もなく、きちんとシイラの名義でチェックインしている。



カンナ「・・・わかった」



 カンナは携帯電話の通話を切った。

 最新機種のスマートフォンの画面には、『暁美ほむら』『通話終了』の文字が浮かんでいる。



華々莉「?」


カンナ「ほむらさんから連絡が入った。

     『見滝原に入った魔法少女を全員特定して、接触しろ』だそうだ」


華々莉「ふぅん、やっとかー。

     よかったー、そろそろ他の町から魔獣を引っ張ってくるのにも飽きてきたしぃー」



 華々莉は寝転んだまま脚をパタパタさせて喜ぶ。


 カンナは思う。

 部屋の中で不審者丸出しの黒いフードを被っている自分が言えたことではないが、

 いくら女同士の2人きりでも、キャミソール一枚以外に何も身に着けないのは無防備すぎるだろう。



華々莉「で、さぁ。カンナさん。ほむらさん何か他に言ってなかった?」


カンナ「・・・」


カンナ「『華々莉の妹も来ているけれど、まだ手は出すな』、だとさ」


華々莉「あっはっはっはっ! やっぱり!

     さーっすが、ほむらさんは何でもお見通しだなぁー!」



 華々莉は枕を抱いてベッドの上を転げ回る。

 その様子を見て、カンナは1つため息をついた。

72 : 以下、名... - 2015/12/13 23:42:42.97 BmRUECC0P 60/529


 イカれている、どいつもこいつもクレイジーだ。

 自分も『他人の不幸を願って魔法少女になった悪い魔法少女』という点で、狂気的な度合いは人後に落ちない自信はあったが、

 それでもこの悪魔という集団の中ではマトモな願いにすら思えてくる。



 『創造主の破滅を観察したい』。

 それが聖 カンナの願いだった。

 カンナは数少ない『魔法少女の起こした奇跡のせいで不幸になった者』で、

 魔法少女の願いによって生まれたヒトモドキだった。

 彼女は自分が生後半年で、自分のものだと信じて疑わない過去の記憶が、全て移植されたものだと知ってしまった。


 自分が勝手な都合で生み出されたこと存在であることが許せなかった。

 まるで全てがプラスチックでできた世界に放り込まれたような、孤独と違和感で気が狂いそうな日々を送っていた。


 だからあんなに呪われた願いで契約した。

 移植された心だと知っていてなお、大好きだった家族を捨ててまで。



 だが、それでも。

 自分の願いのために世界そのものを書き変えたりだとか、他人の不幸のために宇宙の法則を捻じ曲げたいだとか。

 どいつもこいつもスケールが違いすぎる。

 自分以外の人間を何だと思っているんだ。



カンナ「いや・・・、それでも」


 それでも・・・、輪にかけて特に酷いのは雅 シイラだ。

 奴だけは思想が理解の範疇に及ぶだけに、歪みの酷さがよく伝わってくる。


 自分は果たしてこんな奴らの中でやっていけるのだろうか。

73 : 以下、名... - 2015/12/13 23:44:32.25 BmRUECC0P 61/529


華々莉「カンナさぁーん、どうしたの? あんまり冷たいとチューしちゃうよ?」


カンナ「・・・」



 カンナはほんの少し笑った。

 そして次の瞬間、カンナの裏拳が華々莉の額に飛び、華々莉は盛大にぶっ倒れた。



華々莉「痛ぁーい! なんてことするのよー!」



 額を押さえてゴロゴロと転げまわる華々莉。

 キャミソール一枚でそんなことやるものだから、もう身体の全てが丸見えである。

 悪魔に堕落すると、そういう恥じらいという心も忘れてしまうのだろうか。



カガリ「7分で支度しろ、今日中に見滝原に潜む全ての魔法少女を炙り出す」


華々莉「はぁい♪」



 まぁ、それでも。

 年下の同志というのはなんだかんだ言っても可愛いのだ。

 厳密には私が年下なのだけれど。



カンナ「じゃあ、いざ行こうか」



 自己愛。

 それがカンナを堕落させた『愛』だった。


 この世界そのものをニセモノにしてしまえば。

 全てがニセモノになれば、きっとニセモノの自分だって生きていてもいいんだ。

 そんな妙な目的意識が、カンナを堕落させた。


 ・・・なんだ、私もしょせんは悪魔だったのか。

 なんて今更ながらにカンナは納得していた。



カンナ「全ての魔法少女を滅ぼす為に」

74 : >>1 - 2015/12/13 23:46:50.78 BmRUECC0P 62/529

今日の分は以上です。
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。

怒涛のオリキャラ・マイナーキャララッシュも今回でとりあえず打ち止めです。
次回から本格的に戦いが始まります。

不定期更新が続くと思いますが、なにとぞ多めに見てくださりますようお願いします。

76 : 以下、名... - 2015/12/14 00:50:10.95 OoQGmWip0 63/529

おつおつ
ぶら下がってるやつとトバリを使うやつは同一人物なのか

78 : 以下、名... - 2015/12/14 21:18:04.35 pGhnfR0AO 64/529

暗黒大将軍ほむらと悪魔少女軍団か

チーム見滝原を襲った中にカンナらしいのがいなかった気がしたが、カンナはもう悪魔だから能力も性格も一新されてるんだな

80 : 以下、名... - 2015/12/23 18:57:34.84 BdLyroDu0 65/529

そういえばこっちではあいりは契約してないのかな?復讐すべき相手もいないし(強いて言うなら円環かQB?

81 : >>1 - 2015/12/24 00:19:08.22 peO+zDkxP 66/529

更新が滞って本当に申し訳ありません。
なんとかあらすじは完成したので、第4話は土曜日には必ず。

>>76
詳細は作中で出しますが、
『トバリ』は全ての悪魔が持つ共通の能力です。

>>78
カンナの能力や願いの本質は、かずみ☆マギカとほとんど変化はありません
ただ円環の理の存在によって魔法少女そのものの原罪を突き詰めることができず、
ミチル、カオル、海香、ニコの連携によってボコボコにされました。
なのでかなりの敗北感を負っていますし、もしかしたら自分の願いはただの逆恨みだったんじゃないかとすら疑い始めています。

>>80
ユウリは契約した可能性はありますが、あいりは間違いなく契約していないです。

82 : 以下、名... - 2015/12/24 00:39:52.87 ar4/j+Na0 67/529

>>81
なるほどね。カンナのコネクトはチートだけどさすがに多勢に無勢だったか
あいりは・・・まあユウリが消えてショック受けた位ですんでるのか。夢だった探偵になって将来探したりするのかな

84 : 以下、名... - 2015/12/25 23:29:08.54 QtAZr77WP 68/529





  第4話 「全ての生きた証が、この世界を構成しているのです」




85 : 以下、名... - 2015/12/25 23:30:57.84 QtAZr77WP 69/529



 夕暮れ時。


 風見野市、佐倉聖学院。 

 マギカを束ねる物語としては、語るまでもない重要なチェックポイントである。


 かの『見滝原組』の魔法少女の一人、佐倉杏子の生まれた家だ。

 そこの客間にて、佐倉神父は戸惑いながらも一人の少女をもてなしていた。



佐倉神父「質素なお茶請けで申し訳ありません。

       お恥ずかしい話、生計が立つようになったのはつい最近なもので・・・」



 その相手の少女は、特異な配役を演じる第二の悪魔。



シイラ「ダイジョーブですよー、アップルパイ好きですからねー」



 雅 シイラだった。

86 : 以下、名... - 2015/12/25 23:34:33.83 QtAZr77WP 70/529


 畏まる佐倉神父に対して、シイラの方は終始ヘラヘラと笑っている。

 だが、畏まるのも無理はない。いくら畏まっても畏まり足りないくらいだ。

 なにせこの教会の経済事情に干渉し『生計が立つようにした』のは、他ならぬこの少女なのだから。


 歳の割に優れているどころじゃない。

 人間の枠から逸脱した、悍ましいまでのマネジメント能力だった。



佐倉神父「しかし、驚きました。聞いてはいましたが、こうして直接お会いするまで信じられませんでした。

       本当に私の娘と同じ位の年齢の女性だったなんて・・・」



シイラ「上の娘さんですか。実は一度会ったことがあるんですけど、いい子ですよね。

     器量がいいし、思いやりがあるし。

     今やってる仕事が無事に終わったら、友達になってもらおうかなー」



佐倉神父「ええ、是非にでも。平凡な子なので雅さんには退屈かもしれませんが」



シイラ「えー、私だって全然平凡ですよー?

     こうやって特別扱いされて喜ぶぐらいには、歳相応な子のつもりですよー?」



 数多の世界線で訪れた『魔法少女と一般人の心の溝』によって生まれた惨劇は、

 果たしてこの世界では起こってはいなかった。


 理屈的には、暁美 ほむらの世界改編のオープニングとして身勝手にその結末を捻じ曲げ、

 シイラがそれの辻褄を合わせた故に得られた平穏なのだけれど。


 当のシイラはこう断ずる。

 『心から願って行動した結果が報われることは、理不尽でも奇跡でも何でもない』と。

87 : 以下、名... - 2015/12/25 23:37:35.59 QtAZr77WP 71/529


シイラ「ところで佐倉神父、魔法って信じますか?」



佐倉神父「魔法・・・ですか?」



シイラ「そーです、魔法です。アニメとかでよくあるやつ。

     願っただけで何でもかんでも自分の思い通りにできちゃうアレです。

     もしあったら世界征服とか簡単にできちゃいますよね」



佐倉神父「・・・」



 突然の、あまりに脈絡のないシイラの笑顔に少々気後れしながらも。

 佐倉神父は自らの心に問いかける。


 少しでも大人の威厳を取り持つために。

 少しでもこの恩人に対して誠実であるために。



佐倉神父「信じません。あってはならないものです。

       一人の気まぐれで、世界全てが捻じ曲げられるなど、まかり通っていいはずがない」



シイラ「へー」



 シイラは、この二回り以上歳の離れた大人を観察するように。

 ニヤニヤと笑いながら顎を摘まむ。



佐倉神父「この世界は・・・、多くの人々の『想い』の積み重ねで成り立っているものです。

     泣いたり笑ったり、苦しんだり喜んだり、務めたり報われたり。

     そうした人々の全ての生きた証が、この世界を構成しているのです」



佐倉神父「それを一人の都合で好き勝手に捻じ曲げてしまうのは、過去の人々の意志を踏みにじることだ。

     この世界に生きる一員として、そんな理不尽な存在を認めることはできません」



シイラ「なるほど、大人な考え方ですね」



佐倉神父「ええ、大人ですから」

88 : 以下、名... - 2015/12/25 23:40:10.40 QtAZr77WP 72/529


 シイラは思考実験を仕掛けるように。

 人差し指をピンと立てて、それをゆっくり倒し、佐倉神父を指さす。



シイラ「では一人一人の心に訴えかけ、世界を構成する全ての人間の心を変えてしまうことは・・・やっぱり理不尽なんですかね?」


佐倉神父「それは・・・、魔法を使って人々の心を変えるということですか?」


シイラ「いいえ。正攻法で、です。

     すごく辛くて苦しいけど、やろうと思えば誰にだってできるような方法で、です。

     努力して、必死になって、頑張って・・・。

     そうやって一人一人の心を納得させていって、その結果として世界そのものが変わっていく」


シイラ「それはやっぱり、今まで生きてきた方々の人生を否定するってことなのでしょうか?」



 佐倉神父は、抑えきれずにふっと微笑んでしまう。

 なんというか・・・この人外染みた天才にも。一応、歳相応らしい心はあるものだったのだと。

 どこか安心したように気を許してしまった。



佐倉神父「そんなことをされたら世界の変化を認めざるを得ないでしょう。

     それができる人間は、魔法など関係なく、世界を変えるべき人間です」


シイラ「あっはっはっはっ、そりゃそうですよね」



 一本取られた、という風にケラケラと笑うシイラ。

 一方で佐倉神父は、どうにか自分自身も納得できるような言葉をちゃんと伝えることができて、内心ほっとしていた。

89 : 以下、名... - 2015/12/25 23:42:04.35 QtAZr77WP 73/529


 シイラは大げさに時計を見るような動作をすると。

 お絞りで手を拭きながら立ち上がる。



シイラ「あー、すいません。慌ただしくて申し訳ないんですけど。

     予定が押しているものなので、そろそろ失礼させてもらいますね」


佐倉神父「いえ、お疲れ様です。やはり雅さんのような方はお忙しいんですね」


シイラ「そーなんですよー、女の子は大変なんですよー。

     恋に仕事に人生勉強にと、光陰矢の如き大忙しです。時間なんていくらあっても足りません」


シイラ「では、貴重なお話をありがとうございました。

     皮肉とか当てつけとかじゃなくて、本当に勉強させていただきました」


佐倉神父「いえいえ、お力になれたようで何よりです」



 シイラはドアノブに手をかけ、首を傾けるようにして振り向いた。



シイラ「さようなら、あなた自身とその愛する人に神のご加護を」


佐倉神父「ええ、私もあなたの未来が幸多からんことを願っています」



 シイラは思う。

 今の彼になら『佐倉杏子の起こした奇跡』を暴露しても、大した問題にはならないんじゃないかと。

94 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:25:45.76 CFGBKx7zP 74/529


 霙の混じった春雨の降る昼時。

 美国邸、客間にて。

 織莉子がホワイトボードを背に立っていた。


 ここには織莉子の招集により、見滝原に介入する魔法少女が一堂に会している。

 メンバーは、美国 織莉子、浅古 小巻、牧 カオル、日向 茉莉の4名だ。

 何度も予知によるシミュレートを行い、選抜に選抜を重ね、『信頼するに足る』と織莉子が判断したギリギリの人選だった。


 自軍の戦力を一か所に集めるというのは、運が悪ければ一網打尽のリスクを伴う行為だが。

 それでも織莉子は、これを実行せざるを得なかった。



織莉子「さて、状況を整理しましょう」



 状況があまりにも複雑化し、見滝原に潜伏している者が、

 『自分たちの想像をはるかに上回る勢力』だと確信したからだ。



織莉子「明確になった情報は3つ。

     ①『魔法少女狩り』を行う者がいて、それは少なくとも『記憶を改竄する』能力を持っている。

     ②悪意を持った魔法少女が最低でも2人、見滝原に潜伏している。

     ③見滝原全体を包み込むように巨大な魔法結界が張られていて、見滝原の中では奇妙なことが起こり続けている」



 織莉子がホワイトボードにプリントを張り付けていく。

 そこで明かされた情報に、他の3人は皆困惑していた。



小巻「何がどうなっているのかしら・・・」


カオル「カンナを追ってここに来たのに・・・。ここに敵はいったい何人いるんだ?」

95 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:27:58.28 CFGBKx7zP 75/529


織莉子「1つずつ、説明していきます」



 そこまで言いかけて、織莉子はふと大事なことを思い返す。



織莉子「・・・その前に自己紹介です。私は美国 織莉子。

     ここ、見滝原の隣の町を縄張りにしている魔法少女です。

     私の魔法は『予知』。故に、私は皆様より少しだけ耳聡い」



 織莉子は一呼吸おいて、皆の瞳をしっかりと見返す。



織莉子「私は『私の町を未知の脅威から守るためにこの戦いに参加しています』。

    信用していただけるかどうかは、皆様にお任せします」



 自らの目的や特性を、偽り1つ無く曝け出す。


 これはもう、ほとんど無謀な賭けに近い行為だった。

 向こうがこちらを信用する保証もない。

 下手をしたら裏切らない理由すらもない。


 それでも織莉子はやらねばならなかった。

 疑心暗鬼に陥って、魔法少女同士で仲間割れなんて始まったら目も当てられない。

 状況は刻一刻と変化していることは、予知魔法を使うまでもなく明らかだ。

 一日でも早く、一刻でも早く。

 協力体制を築かねばならなかった。


 真偽の定かでない情報の真贋を見極めて共有し、見ず知らずの相手に命懸けの協力を仰ぐ。

 一歩でも踏み外せば即・ゲームオーバーの、綱渡りのような交渉だった。

 おまけにかつての暁美 ほむらのようなリセットボタンもない、一発勝負である。


 機械仕掛けのような冷静さと、途方もないリーダーシップが要求される大役だった。

96 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:30:31.66 CFGBKx7zP 76/529


 ただ、円環の理のご加護なのかなんなのか。

 美国 織莉子はどうやら、かつての暁美 ほむらよりもずっと幸運な状況にあったようだ。

 『人に恵まれ、世界に恵まれた』という、途方もないアドバンテージだ。


カオル「わかった・・・、信用する。

     私は牧 カオル、あすなろ市の魔法少女だ。

     私の魔法は・・・、まぁ基本的に戦闘以外には役に立たないと思ってくれていい」



 見ず知らずの織莉子の言葉を信用し、真っ先に命を預ける覚悟を決める者が現れた。



カオル「私はこの町に潜伏している『聖 カンナ』っていう魔法少女を追っている。

     私の友達が、カンナのせいで死にそうになってるんだ。

     一日でも早くカンナを捕まえて、その友達を助けたい」



 少々、虚を突かれたように笑顔を引きつらせながらも。

 織莉子はカオルへ問いかける。



織莉子「えっと・・・牧さん?」


カオル「カオルでいいよ、織莉子先輩」


織莉子「カオルさん、少し不用心ではないかしら・・・?」



 織莉子の方からそれを聞くのは、それこそあべこべの状況だった。

 あの状況で真っ先に名乗り出るなんて、決断が早いどころか思考停止に近いような行為だったからだ。


 その思惑を察してか、カオルは難しそうな表情で頭を掻く。



カオル「私には迷ってる暇がないんだよ。

     カンナは強いし、友達は日に日に弱ってるし、私はこの町のことは何も知らない。

     だから正直、織莉子と協力しないっていう選択肢は選べないんだ」


織莉子「もし・・・、その友達を人質に取られたらあなたはどうするのかしら?」


カオル「裏切るよ、迷わず。その時は遠慮なく倒してくれて構わない」

97 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:32:15.22 CFGBKx7zP 77/529


織莉子「わかりました」



 しばしの逡巡の後、織莉子はカオルに深々と頭を下げた。



織莉子「私は全力でこの町を調べ上げます。

     もしも見滝原に聖 カンナが潜伏しているとするならば、私は必ず彼女を見つけます」


カオル「わかった。じゃあ私は、見滝原にいる間は可能な限り織莉子先輩の指示に従って動く・・・これでいいよな?」


織莉子「はい、大変結構です。よろしくお願いします」



 織莉子とカオルは堅く握手をした。


 小巻は「やれやれ」という風にそのやり取りを横目で流し見ていたが。

 マツリはひどく気後れした様子で、織莉子とカオルを交互に見ていた。

98 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:33:50.15 CFGBKx7zP 78/529


織莉子「さて・・・、日向さん。あなたの意見はまだ聞いていませんでした。あなたはどうしますか?」


マツリ「あの、その・・・えっと、マツリは・・・」



 マツリは狼狽していた。

 織莉子の気高く、正しすぎる瞳に。


 まるで両親の喧嘩を目撃してしまった幼子のように。

 酷い疎外感と無力感が心を突き刺していた。


 まっすぐ向き合うには、織莉子が一回り年上ということも確かに負い目ではある。

 本来ならマツリは、先輩の一挙一動に怯えて、スカートの長さにも気を使うような年頃なのだから。


 だが、それを差し引いたとしても。

 先ほどの織莉子とカオルのやり取りは、あまりにも高度で『大人』だった。

 いや・・・この場の空気、参加者の全てが、中学生には残酷なほどに高い意識を要求しすぎていた。
 

 とても着いていけず、心がショートしていた。

 パニックを起こす寸前だった。

99 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:36:42.95 CFGBKx7zP 79/529


カオル「ていっ」


織莉子「ひゃん!?」


マツリ「!?」



 唐突だった。

 カオルが背後から織莉子の大きく胸の空いた上着をずり下し。

 ブラジャーをつけた織莉子の胸が大きく露出した。


 余談だが、織莉子はおそろしく発育がよく。

 大人顔負けのグラマラスなワガママボディである。



マツリ「な、なっ・・・!?」


織莉子「何するんですか!?」


カオル「年下にプレッシャーかけてどうするんだよ、織莉子先輩。

    ただでさえ見知らぬ町で見知らぬ相手と戦うなんて、不安でいっぱいだろうに。

    それ以上圧をかけたら潰れちゃうだろ」


 織莉子はいそいそと上着を直しながらも、

 刺々しい視線をカオルに送る。



織莉子「場を和ませるにしても・・・、他にも方法はなかったのかしら?」


カオル「あー、ごめんごめん。あんまりいい身体なもんでつい、ね」



 特に悪びれる様子もなく、特に警戒したり気遣う様子もなく。

 カオルはヘラヘラと屈託なく笑っていた。

100 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/06 00:39:17.62 CFGBKx7zP 80/529


 さて、と。

 軽く息をついてカオルはマツリに向き直った。



カオル「えーっと、名前なんだっけ?」


マツリ「あ・・・、えっと。日向 茉莉ですっ!」


カオル「マツリ、私たちを信用するかどうかを決めるのは、ゆっくりで構わない。

     だけどその決断をするまでの間は、私たちの言うことに従ってくれ。

     カンナは本当に危険な魔法少女なんだ」


マツリ「は、はい・・・っ!」


カオル「これでいいよね、織莉子先輩?」


織莉子「そうですね・・・、もうそれでいいです」



 マツリは安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 なんだか格下のような扱いだけれど、ようやく自分もこの場の一員になれたような気がした。


 あすなろ市の魔法少女、牧 カオル。

 彼女もまた、美国 織莉子とは違った形の人の上に立つ才能の持ち主だった。



 織莉子のそれが『リーダーシップ』だとするなら、カオルのそれは『キャプテンシー』と呼ぶべきものだった。

105 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:09:53.76 zKLz+BEyP 81/529


 小巻の自己紹介を終えた辺り。

 頃合いを見計らったかのように。



カガリ「私は日向 華々莉、マツリのお姉ちゃんだよー」



 カガリは、突然現れた。



織莉子「え・・・?」


カオル「な・・・!」


小巻「!?」


カガリ「仲良くしてね?」



 カガリは紅茶のカップを揺らしながら、にっこりと微笑みかけた。

106 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:12:59.12 zKLz+BEyP 82/529


 いきなり現れた『敵』は、つまり。

 戦を始める前から既に、砦はトロイの木馬によって陥落していたことを知らせていた。


 あまりにも唐突すぎる乱入に、皆が騒めき、浮足立った。



カオル「こいついつの間に・・・! というかマツリのお姉ちゃんってどういうことだ!?」


織莉子(日向 華々莉、ということは!

     彼女が聖 カンナの他に、見滝原に潜伏している『悪意ある魔法少女』の一人!)


織莉子(なんてこと、招集には細心の注意を払ったつもりだったのに・・・。

     まさかこんなに早く私たちの存在が知られているなんて!!)


マツリ「カガリ・・・っ!」


小巻「いや、待って・・・。こいつ、『いつからここにいた』の!?」



 そう、真に驚くべきはそこだった。


 カガリの出現は、時間停止のような狡いトリックではなかったからだ。


 なぜなら。

 織莉子は最初から『5人分の席』を用意していたから。

 飲み物も、配布物も、全て5人分用意していたから。

 そう、『自分は含めずに5人分』である。


 つまり、このカガリの潜入工作は。

 会議が始まる前から既に完了していたということになる。

 織莉子の予知魔法を掻い潜るどころか、潜入したことすら誰からも認識されずに。

107 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:14:36.76 zKLz+BEyP 83/529


 「あのさ」と、言葉の枕を入れて。

 カガリは机に肘をつき、さも迷惑そうに口を開いた。



カガリ「そーゆー風に波風立てるのやめてくれないかなー。

     正直、すっごく迷惑してるんだよね。

     私たちなーんにも悪いことしてないのに、勝手に戦争みたいにされてさー」


織莉子「・・・」



 織莉子は今すぐ臨戦態勢に入ろうとしたが。

 周囲の様子を察し、それを早々に諦めた。


 カオルは完全に虚を突かれているし、小巻は混乱している。

 マツリは戦うどころではなさそうだ。


 軽く予知魔法を発動したが、強烈なノイズが入っていて何もわからない。

 こちらの手の内すら完全に暴かれている。

 抵抗は・・・無意味なようだ。

108 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:16:47.54 zKLz+BEyP 84/529


 マツリは表情を引き攣らせながら、カガリに問いかける。



マツリ「カガリ、どうして・・・!?」


カガリ「その『どうして?』は、何に対しての『どうして?』なのかな?」


マツリ「・・・」



 カガリは問う。

 マツリが自分に対して、一番強く抱いている思いはなんなのか、と。



マツリ「どうして、何も言わずに出て行っちゃったの。お父さん、すごく心配してたよ・・・」


カガリ「あはっ! それマツリが言っちゃうんだ!

     私にもお父さんにも何も言わずに魔法少女になっちゃったくせに!」



 どうやら、マツリの言葉は。

 カガリが一番望んでいた問いかけだったようだ。

 ケラケラと今にも泣きだしそうなマツリを嘲笑いながら、魔法少女・日向 茉莉の全てを踏みにじる。



カガリ「契約のおかげで目が見えるようになったマツリは、いつ消えても満足だろうけどさ!

     マツリが消えた後に残されたお父さんはどんな風に思うのかな! カワイソー!」


マツリ「・・・」



 絶句したような表情のマツリを見ると、一通り満足したようで。

 カガリは人差し指を立ててクルクルと回した。



カガリ「いいよ、意地悪しないで答えてあげる」


カガリ「私がここに来たのは復讐のためだよ、全ての魔法少女への」

109 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:18:50.23 zKLz+BEyP 85/529


マツリ「復讐・・・!?」



 パニックになりそうなマツリを庇うように、小巻がマツリとカガリの間に割って入る。



小巻「いきなり現れて随分な言い草ね、カガリさん。

    私たちが何かあなたの恨みを買うようなことをしたかしら?」


カガリ「そんなの簡単だよ、小巻ちゃん」



 カガリはおちょくる様に、小巻の顔を指さした。



カガリ「『自分の存在を大切にしなかった』。これほどわかりやすい業はないでしょ?」



 カガリの言い分。

 使われた『業』という言葉。


 全ての魔法少女が、多かれ少なかれ抱いている負い目。

 その弱みを付け狙い、全てを黒に塗りつぶさんと。

 悪魔の思想の本質が、鎌首をもたげていた。



カガリ「好き勝手に円環の理に消えた魔法少女のせいで、

     どれだけ多くの人生が狂っているのか考えたことある?」


110 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:21:17.05 zKLz+BEyP 86/529


 織莉子は瞳を閉じ、騒めく心を静める。


 「落ち着け、これは挑発だ」と。

 「こんな言葉に心が折られてしまっては相手の思う壺だ」と。

 何度も何度も自分へ、言い聞かせる。



織莉子「確かに魔法少女の寿命や、消滅という末路については、私も思うところがあります。

     私たちとしては、少しでもそんな業の埋め合わせをするために。

     魔獣を狩って人々の安寧を守ることで、この世界に貢献しているつもりです」


織莉子「それでは、不十分ですか?」


カガリ「うん! ぜーんぜん足りないっ!」


カガリ「だって大好きな人が死んじゃうことより大きな悲劇なんて、あるはずないでしょ」



 織莉子は毅然とした表情をどうにか保ちながらも。

 内心では、言葉の隙間から垣間見えるカガリの本質に怯えていた。



織莉子(不味い。彼女の心は・・・闇が深いどころじゃない)


織莉子(まるで深淵でも覗いているような気分。

     ほんの少しでも油断したら、底へ引きずり込まれてしまうような・・・!)



 カガリは発条が壊れた人形のように首を傾け、ゲラゲラと笑いかける。



カガリ「ねー、みんな。この世界のこと、好き? 魔法少女になったこと後悔してない?」


カガリ「答えてよ」


カガリ「ねー」


カガリ「ねー」


カガリ「ねぇー!!」

111 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:24:01.66 zKLz+BEyP 87/529


 真っ先に、この邪悪な威圧に抵抗したのはカオルだった。



カオル「ああ、そうだね、お前の言う通りだね。

     後悔ばっかりだよ! 悩まなかったことなんてあるもんか!」



 カオルは魔法少女へ変身し、真っ直ぐにカガリを見返す。



カオル「だけどそれをどうこう言われる筋合いなんてないな!

     私は誰かを守るために契約して! いつだって誰かを守るために戦っているんだから!!」


カオル「そんなに魔法少女の悪いところばっかり言うなよ!!」



 カオルの虚勢は、果たしてこの場の魔法少女の活路となったようだ。

 今にも闇に塗りつぶされてしまいそうだった、空気が変わった。


 小巻は不敵に笑い、魔法少女へと変身する。



小巻「私は契約しなければ、こうして生きてはいなかった。

   こうするしか方法がなかったのよ。

   だから何を言われようと、途中でやめる気なんてないわ」



 小巻は固有武器である戦斧を構える。

 その刃の背には、小巻の祈りの象徴であり、誇りの証である。

 赤十字の刻まれた盾が装着されていた。



小巻「道が1つしか残されてないなら! そこをとことん突っ走るしかないでしょう!!」

112 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:25:34.95 zKLz+BEyP 88/529


 織莉子は笑った。

 どうにかまだ笑うことができた。


 小巻の後ろで怯えるマツリに、微笑みかけると。

 光を瞳に宿し、毅然とカガリに向き合った。



織莉子「私は・・・、2人のように気高い理由ではなく。

     この命をかけた祈りを、自分のために使いました。

     『自分の生きる意味を知りたい』、それが私の祈りだったんです」


織莉子「果たしてそれは責められるべきことなのかしら」



 織莉子は変身する。

 その衣装は、一点の穢れもない純白だった。



織莉子「自分のために生きて、自分のために死ぬ」


織莉子「人間らしくて、大変結構じゃないですか」

113 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:27:13.27 zKLz+BEyP 89/529


 マツリもまた、心を決めたように。

 魔法少女へ変身した。



マツリ「ねぇ、カガリ」


マツリ「こんなことやめて、一緒に家に帰ろうよ」



 マツリの心は、もう折れてはいなかった。

 弱いままで、それは強く存在していた。

 怯えたまま、それを勇気で支えていた。


 4人の様子を一瞥すると。

 カガリは1つ微笑んだ。



カガリ「そっかぁー。じゃあ・・・」

114 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:28:31.41 zKLz+BEyP 90/529





    「好き勝手に希望を抱いたまま」




    「悔いもなく」




    「跡形も残さず」




    「死ね」




    「トバリ『嘆きの森』」




115 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:30:15.33 zKLz+BEyP 91/529


織莉子「!?」


小巻「なっ・・・!?」



 気付けば、そこは美国邸ではなくなっていた。

 カガリの姿はどこにも見えず。

 美国邸の客間は消滅し、怪談話がよく似合うような煤けた幽霊街へと変わっていた。



織莉子「そんな馬鹿な! 空間そのものを転移、いや・・・書き換えた!?」


カオル(テレポーテーションとか幻覚とかじゃない! クソッ、これはいったい何なんだ!?)



 あまりにも出鱈目だった。

 独自の法則に支配された世界の形成し、そこへ対象を強制的に引きずり込む。


 限定的にとはいえ、『世界を創る』という神の如き御業。

 この手口は、かつて世界に跋扈し、数多の惨劇を生み出していた『魔女の結界』と同じ手口だった。

116 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:32:25.02 zKLz+BEyP 92/529


 幽霊街の中央の、風化した尖塔から。

 一人の魔法少女が現れた。



???「ぎゃはははははははははっ!」



 彼女はその服装と相まって。

 さながら狂気に駆られた道化のように見えた。


 織莉子と小巻は・・・、彼女を知っていた。



織莉子「あなたは・・・」


小巻「優木・・・っ!!」



 彼女は両手の人差し指をこめかみに当てて、まさに道化のようなポーズで4人を挑発する。



沙々「あっはぁ☆ お久しぶりでーす、小巻さん織莉子さぁーん!

   あなた達に追放されて、ウジムシみたいに惨めに生きてきた優木 沙々でぇーす!」



 優木 沙々。

 風魔協から追放処分を受けた『利己的な魔法少女』。

 彼女は魔獣を増やすために、平気で一般人を餌にするような外道だった。


 故に。

 織莉子が直接指名手配し、完全に縄張りを封鎖して、風見野から追放した。



沙々「可愛がってくれたお礼に魔獣の餌にしてあげますよー☆」



 マツリのソウルジェムが警鐘を鳴らす。

 知覚の魔法が、この絶望的な状況を鮮明に知らせる。



マツリ「・・・っ!?」



 沙々が杖を振りかざすと、黒い★マークの光が四方へ飛び。

 それに呼応するように、無数の白い影が亡者のように起き上がった。



マツリ「皆さん気を付けてください! ここは魔獣に包囲されてます! ものすごい数です!!」



 数え切れないほどの下級魔獣。

 それに加え、シュゲン級7体、サトリ級5体。

 そしてゲダツ級の大型魔獣が1体。


 下手をすれば都市1つ荒廃させてしまう程の魔獣の軍勢。

 魔法少女4人に対して、オーバーキルも甚だしい程の戦力だった。

118 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:39:20.03 DDD/878W0 93/529


シュゲン級とかサトリ級ってのはBLEACHの虚の階級みたいなイメージでいいのかな

119 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 01:43:25.27 A9hMjVhJ0 94/529

久々に面白いまどマギss
あと作者めだかボックス読んでたろ

122 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/10 15:03:36.85 zKLz+BEyP 95/529

>>118
そんな感じです。
魔獣編を読んでいますが、作中で明かされる情報は少ないので、
設定はかなり自分の想像が入っています。
どうかご容赦ください。


シュゲン魔獣

姿は普通の魔獣とあまり変わっていない。
炎の手槍などの武器を使うようになり、単独で人を襲う。
強さは1対1で戦ってさやかちゃん(本編くらいの強さ)がちょっと苦戦するくらい。


サトリ魔獣

かなり人外染みた姿になっている。
内臓を巨大なキューブに変化させて押し潰すような攻撃を行ったり、
周囲の物質を劣化させるような瘴気を出すようになる。
強さはさやかちゃんを撃退できるレベル。


ゲダツ魔獣

超デカくて超強い。
姿は完全に人の形を残していない。
物質を凍結させる瘴気を広範囲に散布し、ものすごい数のレーザーで攻撃する。
魔獣編の作中ではさやかちゃん・マミさん・杏子ちゃんのトリオを2度撃退し、
規格外の魔法少女であるリボほむを正面から倒している。

123 : 魔法少女目録① - 2016/01/10 17:56:40.48 zKLz+BEyP 96/529


美国 織莉子


‐出典‐

・魔法少女 おりこ☆マギカ
・魔法少女 おりこ☆マギカ(別編)
・魔法少女 おりこ☆マギカ(新約)


願い:『自分の生きる意味を知りたい』

固有魔法:予知

固有武器:水晶玉

ソウルジェムの色:白


母親は幼いころに他界しており、父親は政治家だったが、汚職が発覚して織莉子を残し自殺した。

父親の汚職が発覚して以降の、周囲の人間の態度の急変についていけずに、自分の存在意義を見失っていた時に契約した。


黒幕気質。

このSSでの織莉子の人間性は、新約の頃の織莉子が最も近い。

無意識の内に他人の精神や行動を支配したがるというのは、

人間不信になりかねないトラウマを負った彼女なりのスタンスなのかもしれない。

124 : 魔法少女目録② - 2016/01/10 18:11:45.94 zKLz+BEyP 97/529


浅古 小巻


‐出典‐

・魔法少女 おりこ☆マギカ(新約)


願い:『私たちを守って』

固有魔法:防衛

固有武器:戦斧

ソウルジェムの色:群青


織莉子と同じ学校に通う中学3年生(来年度からは高校生)。

林間学校の施設の中で友人と一緒に火災に巻き込まれた際に契約した。


直情型。

自分の価値観が破壊されるのを嫌うタイプの人間。

この世界線ではいまだに契約できていないキリカに代わり、織莉子の右腕として動いてきた。

織莉子とは仲は良好とは言えないが、織莉子の実力と能力は認めているので、

その度々に反発しながらも結局は従っている。

125 : 魔法少女目録③ - 2016/01/10 18:59:31.91 zKLz+BEyP 98/529


牧 カオル


‐出典‐

・魔法少女 かずみ☆マギカ


願い:『自分がケガをした試合で傷ついた全ての人を救って欲しい』

固有魔法:身体強化

固有武器:スパイクシューズ

ソウルジェムの色:黄色


あすなろ市の魔法少女で、和沙 ミチルに救われて魔法少女を志した者の一人。

エースである自分がケガを負ったせいで、チームの中にいじめや軋轢が発生してしまい、

大切なチームメイトがお互いに傷つけあっているという状況に耐え切れずに契約した。


厚情型。

『他人のために契約した魔法少女』の例に漏れず、我が身を顧みない無茶をし、よく一人で突っ走る。

あすなろ組の中では、ミチルに魔法少女のデメリットを態々聞かされた上でなお、一番最初に契約に踏み切った人物。

損得勘定は苦手だが、状況を見極めて決断を下すのは非常に早い。

『リーダー』としては非常に危なっかしいが、『仲間』であるならおそらく一番頼りになるであろう存在。

126 : 魔法少女目録④ - 2016/01/10 19:11:24.50 zKLz+BEyP 99/529


日向 茉莉


‐出典‐

・魔法少女 すずね☆マギカ


願い:『目が見えるようになりたい』

固有魔法:知覚

固有武器:ガントレット

ソウルジェムの色:緑


ホウズキ市の魔法少女。

裕福な家庭の双子の姉妹として生まれたが、生まれつき目が見えなかった。

契約する以前に美琴 椿が母親代わりとなって世話をしていた時期があり、

ツバキへの慕情の念は強い。


受動型。

自分からは積極的に動かずに、周りに流されるタイプの人間。

しかし魔女の正体を知って、ほとんど総崩れになったすずね☆マギカの中で、

唯一「力尽きる日まで精一杯生きる」と誓い生存することができたという点では、

その精神的な強さは見滝原組にも引けを取らない。

127 : >>1 - 2016/01/10 19:15:48.65 zKLz+BEyP 100/529

マイナーなキャラが多く登場するので、一応補足解説を入れておきました。
次の話はできるだけ近い内に。


>>119
まだかボックスめっちゃ好きです。
読み返す度に新しい発見があって面白いです。

131 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:18:48.35 Fje6Mu+hP 101/529


 インキュベーター達による、暁美 ほむらを素体とした円環の理の観測実験。

 魔法少女に対する裏切りのようなこの実験は果たして、

 美樹 さやか、巴 マミ、佐倉 杏子、百江 なぎさ、そして円環の理そのものによって、完膚なきまでに叩き潰された。


 それだけならまだ『次』に希望と教訓を託すこともできたのだが、

 この実験は結果として、暁美 ほむらの悪魔化を誘発するという取り返しのつかない事故を招いてしまった。


 それ故に、現在のインキュベーターは個体の約99.2%がほむらの支配下に置かれるという因果応報すぎる事態に陥っている。


 しかし第一段階の『観測』で、プロジェクトは完全に頓挫しまったものの。

 インキュベーター達による円環の理の支配計画は、準備だけならかなり先の段階まで完了していた。

132 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:20:19.55 Fje6Mu+hP 102/529





  第5話 「青い目のインキュベーター」





133 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:22:10.91 Fje6Mu+hP 103/529


 見滝原のマンションの一室、巴宅。


 多くの世界において、多少のメンバーの変化はあったものの。

 見滝原組の魔法少女の多くがここに集まり、よく紅茶を嗜んでいた。


 今日もまた、かつての世界のように。

 ここにさやか、杏子、マミの3人が集結している。



杏子「ほむらにはバレてないだろーね、さやか。

    今、私たちがこうやって集まっていられるのだって、奇跡みたいなものなんだぞ」


さやか「あんたこそ、お菓子か何かで買収されないでよ」


マミ「・・・」



 結果として、この3人は。

 『ほむらの詰めの甘さ』によって救われていた。


 なぎさに対してはそれこそ容赦なく、完全に魔法少女に関する記憶を抹消できたのだが。

 ほむらはこの3人に対しては、様々なことを躊躇った。


 記憶の改竄も、人間に戻す処置も。

 どこか安全に、取り返しがつくように行っていた。

 結果として全てが中途半端になってしまい、

 記憶のバックアップを残すというさやかの機転を見逃してしまった。


134 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:24:15.50 Fje6Mu+hP 104/529


杏子「それで、この先どーすんだ?

    記憶は取り戻せたものの、魔法少女の力は全然使えねーぞ。

    仮に魔法少女の力を使えるようになったとしても、

    何にも考えずに突っ込んだら、あの時の二の舞にしかならないじゃんか」


マミ「そうね・・・、暁美さんはとても強かった。

    おまけに強力な味方が他に3人もいる、勝てる気がしないわ・・・」


さやか「あー、実はそれに関してはアテがありまして・・・」



 にしし、と。

 悪戯っぽく笑って、さやかは人差し指を立てる。



さやか「ここは1つ、困ったときの『神頼み』でもしてみようかと」


杏子「ふざけてんの?」


さやか「言葉の綾だよ! ちょっとは汲み取ってよ!」



 もー! と。

 さやかはテーブルをバンバン叩く。



さやか「カモン! キュゥべえ!!」


???「僕のことをキュゥべえと呼ぶのはやめた方がいいよ、認識の混乱を招くからね」



 そこに現れたインキュベーターを見止めると、マミと杏子は息を飲んだ。



マミ「青い目の・・・インキュベーター・・・?」



 そこに現れたインキュベーターは、多くの魔法少女が見慣れてきた姿とは大きく異なっていた。

 青い瞳、青い模様、そして銀のリング。

 雪のような真白な身体にそれはよく似合い、他のインキュベーターよりも神聖な印象を感じる。



???「はじめまして、ぼくはインキュベーターにしてキュゥべえには非ず」



 青い目のインキュベーターは、3人に対して微笑みかけた。



カミ「『カミオカンデ』、神様がくれた名前だ。ぼくのことはこの名前で呼んでくれると嬉しいな」


カミ「とりあえず場所を移そうか。ここだと、神様との謁見の場所としては少し狭い」

135 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:27:08.27 Fje6Mu+hP 105/529


 3人と1匹は夜明けの見滝原の町を歩いていた。

 春は近いといえど、吐く息はまだ少し白みがかっている。


 歩きながらカミオカンデは滔々と語った。

 自分の秘密や出生を洗いざらい語った。

 彼の言葉はキュゥべえのそれとは異なり、聞いている者をどこか安心させるような響きがあった。



杏子「よーするに、アンタは円環の理に干渉するために作られたインキュベーターだと」


カミ「そうだよ。ぼくはソウルジェムとよく似た機関を動力源としていてね。

    ほんの少しだけ、君たちの心を『理解したふり』ができるんだ」


マミ「あなた達、あれで懲りてなかったのね・・・」


カミ「いや、インキュベーターの総意としては完全に懲りているよ。

    円環の理の支配計画は永久凍結されているし、今やほとんどの個体がほむらの言いなりだ。

    ぼくがほむらの支配下に置かれなかったのは、

    『精神疾患個体』として統合思念体とのリンクが切られているからだしね」


カミ「つまるところ、ぼくは捨て子なんだよ。はぐれ者と言ってもいい。

    だから正直なところ、他のインキュベーターの現状はさっぱりわからない」



 マミは少しだけ思案した後、1つだけ問う。



マミ「それが本当なのだとしたら、あなたは・・・寂しくないの?

    みんなからたった一人だけ切り離されて、役目も失ったままずっとひとりぼっちで・・・」



 それを聞くと、カミオカンデは立ち止まり。

 マミの方を振り向いた。



カミ「寂しい、という感情は理解できなかったな。

    ただ自分は総体から切り離されたのだと認識したとき、すごい勢いで思考力が蝕まれていくのを感じた」


カミ「未知の感覚だったよ。

    ぼくなりに結論を出すとすれば、あれは『寂しさ』じゃなくて『恐怖』という感情なのだと思う」



 マミはそれを聞くと、少しだけ微笑んだ。



マミ「そうね、きっとその通りよ」



マミ「カミオカンデ、私はあなたを信じたい。

    それがわかるなら、きっとあなたにもちゃんと心がある」


カミ「ありがとう、マミ。心があるというのは、インキュベーターにとっては皮肉でしかないけれどね」


136 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:28:50.29 Fje6Mu+hP 106/529


 杏子はそれを聞くと、咥えていたスナック菓子を飲み込んで、カミオカンデに問いかけた。



杏子「あんたにはソウルジェムと似たものが入っているって言ったよな、つまり・・・」


カミ「そうだよ。ぼくが『神様』に会ったのは、恐怖が思考の全てを埋め尽くしたその時だった。

    まぁ元々、そういう目的で設計されていたから当たり前なんだけれどね」



 3人と1匹は、やがてある場所へと辿り着く。


 いくつもの風車が並ぶ河原。

 橙色の暁光が水面に反射し、きらきらと輝いている。



カミ「着いたよ、ここからは君たち自身の言葉で語り合うといい」

137 : 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします - 2016/01/18 00:29:46.64 Fje6Mu+hP 107/529


 そこに白いドレスを纏った彼女は立っていた。

 あの頃よりも、少しだけ大人びた顔立ちで。




 「さやかちゃん、マミさん、杏子ちゃん」



 「久しぶりだね」




 その微笑みは、この星に生きる誰よりも優しく、穏やかだった。


 彼女の名は『円環の理』。

 全ての魔法少女が還る場所。

 この宇宙全土に浸透している、万物の法則。

147 : 以下、名... - 2016/01/24 23:55:00.18 uxq1ZEyDP 108/529


 魔獣。

 再編された世界の魔女に代わる魔法少女の敵であり、心を食い荒らす異形の怪物。


 鹿目まどかの祈りにより再編され、魔法少女の希望が絶望に終わらないという、この素晴らしき世界。


 だがそこに待っていたのは、

 クライマックスを終えた後の『ぬるい消化試合』などでは断じてなかった。


148 : 以下、名... - 2016/01/24 23:56:33.85 uxq1ZEyDP 109/529


 なるほど確かに。

 魔法少女が魔法少女を襲うという事例は激減した。

 未来に絶望し、自らソウルジェムを砕くという悲劇もほとんどなくなった。

 グリーフシードの供給源が枯渇し、身の毛もよだつ陰湿な共食いが始まるということもなくなった。


 だが殉職率は跳ね上がった。


 魔女との戦いが生温く思えるほどに。

 使い魔を養殖するという抜け道がある分、温情があると思えるほどに。


 魔獣との戦いは、純粋に過酷だった。


 魔力と感情を根こそぎ抜き取られて、

 初戦でいきなり円環送りになる魔法少女も珍しくはなかった。


149 : 以下、名... - 2016/01/24 23:59:03.33 uxq1ZEyDP 110/529


 魔獣に個性はない。

 彼らにあるのは闘争と繁殖に特化した機能美だけだった。


 魔獣は自らを着飾ったりはしない。

 彼らは自分だけのオシャレな世界を作ったりはせず、戦いと捕食のみで己を主張する。


 魔獣に気の利いたマクガフィンなどない。

 ただただ無慈悲に、ただただ無感情に。

 彼らはまるで群れを成した飢えた獣のように、本能にのみ従って魔法少女と人間の心を食い荒らす。


 そして魔獣の『狩り』は、恐ろしく合理的でシステマチックだった。

 感情の赴くままに呪いをまき散らすだけの魔女とは異なり、生態に無駄がないのである。

 個の力こそ魔女には劣るものの、群れを成し、計算高く人間を襲う。

 そしていざ魔法少女との戦いになれば、兵隊アリのように統率された戦術を取る。


 どう考えても彼らには感情なんてないのに。

 彼らには底知れぬ魔法少女への殺意があった。


 どう考えても彼らには知性なんてないのに。

 彼らには効率的な闘争本能があった。


 捨て駒や陽動、包囲攻撃や陣形を組んだ戦術、

 果てには気配を隠してゲリラ攻撃を行う群れまでもいる。


 魔女を『独自のこだわりを持つシリアルキラー』と例えるなら、

 魔獣は『統率された一国の軍隊』だった。


150 : 以下、名... - 2016/01/25 00:02:48.75 aSF0TdMBP 111/529


 廃墟と化した都市での、相対。

 すなわち『織莉子が率いる魔法少女達』と『沙々が率いる魔獣の群れ』の決戦。


 織莉子は自らの状況を知ると同時に、いち早く行動を開始した。

 彼女らしくもなく、普段はめったに出さない大きな声を張り上げて。



織莉子「マツリさん、あなたは探知系の魔法が使えますか!?」


マツリ「え、えっと・・・! はい!!」


織莉子「大体でいい、大きい魔獣の数を今すぐ教えてください!」


マツリ「・・・15です!」


織莉子(超大型の魔獣も一体確認できる、私たちの力が平均的な魔法少女だとするならば・・・)


織莉子「彼我の戦力差、およそ5:1といったところかしらね」



 織莉子はとにかく早く判断を下した。

 戦力で圧倒的に劣っている状況では、電撃戦と逃走以外の選択肢はない。

 時間をかければかけるほど戦力による差が開き、包囲攻撃を食らって圧殺される。

 1秒でも早く行動を開始せねばならなかった。



織莉子(優木 沙々。彼女の得意とする魔法は『支配』だから、おそらくこの魔獣の群れを操っているのは彼女・・・)


織莉子(最も勝算の高い作戦は、『真っ先に優木さんを倒し、魔獣の群れの指揮を崩すこと』)



 風魔協のリーダーは伊達ではなかった。

 織莉子は約8秒で状況を判別し、この場を切り抜ける最適解と呼べる策を見つけた。


 織莉子は簡易の予知魔法を使って、沙々の顔をちらりと流し見る。

 沙々の顔には、薄く『死相』が浮かんでいた。



織莉子(全く勝ち目がない戦い、というわけではないようね)

151 : 以下、名... - 2016/01/25 00:05:30.77 aSF0TdMBP 112/529


織莉子「皆さん、自己紹介を終えたばかりで恐縮ですが。

     緊急事態ゆえに、とりあえず私の指示に従って戦ってください」



 浮足立つ3人を、凛とした雰囲気で諫める織莉子。

 自信に満ちた、冷静な声。

 不安さは欠片も見せない、凛々しい表情。

 それは戦場においては、沙々の支配魔法に劣らぬほどの支配力を持っていた。



織莉子「一列になってあの魔法少女へ特攻します。

     先頭は小巻さん、次に私、その後ろにマツリさん、殿はカオルさんにお願いしてもいいですか?」


小巻「了解!」


カオル「オッケー!」


マツリ「は、はいっ!」



 鋒矢陣形、またの名を突撃陣形。

 高い戦闘力を持つ部隊長を突撃させ、残りがその後ろに追随する陣形である。

 柔軟性の低く側面攻撃に弱い代わりに、正面の突破力は随一だ。

 何より敵に向かって真っすぐ突き進むという性質上、戦い方がわかりやすく、部隊の士気も保ちやすい。


 織莉子が兵法に通じ、八陣を知っていたのかは定かではないが。

 敵軍の大将が明確であり、大軍に対して寡兵で挑むという局面においては、これもまた最適解だった。

152 : 以下、名... - 2016/01/25 00:07:20.90 aSF0TdMBP 113/529


織莉子「絶対にこの列からは逸れないでください、一人でも脱落すれば私たちの負けです」


織莉子「特に小巻さん。あなたは絶対に優木さんに突撃するのをやめないでください。

     あなたが立ち止まってしまえば、たちまち私たちは包囲されてしまいます」


小巻「言われるまでもないわよ!」


織莉子「マツリさん。あなたは探知魔法の結果を、『みんなに』ではなく『私に』教えてください。

     情報の混乱は敗北に直結します。ですがあなたの探知魔法は切り札でもあります。

     あなたの探知が無ければ、一度の奇襲でこの部隊は壊滅することを心に留めてください」


マツリ「はいっ!」


カオル「私には何かないのか? 織莉子先輩」


織莉子「あなたの重要性は低いです。なので私たちの誰かが負けそうになったら遠慮なく飛び出してください」


カオル「わかりやすくて素敵だね」



 この間、およそ30秒。

 敵の包囲は既に始まっており、数多の下級魔獣のレーザーの発射準備が完了していた。

 致命的、ともすればこの間に敗北するリスクもあった30秒だが。

 とても有意義な30秒だった。



織莉子「では突撃!!」



 まるで開戦の銅鑼のように、百にも及ぶ魔獣のレーザーが一斉に放たれる。

 目も眩むほどの光と耳を劈く轟音と共に、小巻は先陣を切って駆けだした。


155 : 以下、名... - 2016/01/31 15:59:47.94 2DS7LchxP 114/529


 ――1年ほど前、日向邸にて。

    穏やかで、温もりに溢れた惨劇が始まっていた。



 椿というベテランの魔法少女が、華々莉と茉莉に向き合って座っていた。

 椿の傍らにはキュゥべえと、幼い銀髪の少女が寄り添っている。



椿「そうですか・・・。華々莉、茉莉。あなた達も魔法少女の素質を持っているのですね」



 椿は彼女たち二人に魔法少女の素質が芽生える以前より、双子の少女の世話人だった。

 椿の表情は沈んでおり、仲間が増えることを喜んでいるようにはとても見えない。


 キュゥべえは、一通りの説明を終えた。

 たった一度の奇跡を起こせるチャンス、魔法少女の宿命、ソウルジェムの仕組み、魔獣との戦い、円環の理など。

 魔法少女のノウハウについての一頻りを、包み隠さず全て教えた。

156 : 以下、名... - 2016/01/31 16:01:48.40 2DS7LchxP 115/529


茉莉「椿、私も魔法少女になれるかな!?」



 茉莉は光を感じられない瞳を輝かせて身を乗り出した。

 椿はその様子を認めると、静かに首を振った。



椿「茉莉、キュゥべえの話を聞いていなかったのですか・・・?」


茉莉「聞いてたよ! みんなを苦しめる魔獣と戦うんだよね!」


椿「そうですね。そして、戦うのをやめた魔法少女は消滅してしまいます」


茉莉「・・・」



 怯む茉莉を、華々莉が横目で流し見ていた。



椿「魔法少女にならなくても、幸せな人生はあります。

   あなた達はこんな辛い運命を、自ら進んで背負うべきではありません」


茉莉「でも・・・」

157 : 以下、名... - 2016/01/31 16:03:42.55 2DS7LchxP 116/529


華々莉「それじゃあ椿がひとりぼっちだよね。

     椿は一緒に戦ってくれる友達は欲しくないの?」



 明らかに落ち込んだ様子の茉莉をフォローするように、華々莉は問いかける。

 生まれつき盲目の妹は、どんなに過酷な条件だろうと魔法少女になりたがるであろうことを、華々莉は知っていた。



椿「大丈夫ですよ、華々莉。私にはこの子がいますから」



 椿は隣に座っていた銀髪の少女の髪を撫でた。

 銀髪の少女は少し驚いたような表情をした後、ふにゃりと蕩けたように笑う。


 少女の名は鈴音。

 椿以外に身寄りのない孤独な少女。

 彼女こそ椿の魔法少女の誇りであり、生きる意味だった。


 そんな鈴音の様子を見たとき、僅かに華々莉の心が騒めいた。


 未だに魔法少女に未練がありそうな茉莉の様子を認めると。

 椿は少し、卑怯な言い方をした。



椿「約束してね。華々莉、茉莉。私のことを好きでいてくれるなら、魔法少女にはならないで」



 華々莉は、割って入る隙などなさそうな椿と鈴音の様子をしばし眺めた後、小さくため息をついた。



華々莉(悔しいな、私じゃ駄目だったんだ・・・)


華々莉「じゃあ・・・、私たちが魔法少女にならなくても、椿は私たちの友達でいてくれるよね?」



 椿は穏やかに、安心したように。

 柔らかな表情で笑った。



椿「もちろんです」

158 : 以下、名... - 2016/01/31 16:04:28.63 2DS7LchxP 117/529



 いかに理屈で納得しても。



 無理に抑え込んだ思いを消せはしない。



 開演のブザーが鳴り響く。



 惨劇は茉莉の抜け駆けから始まった。


159 : 以下、名... - 2016/01/31 16:05:06.80 2DS7LchxP 118/529





 ツバキ、なんでマツリが魔法少女になったのに、そんなに嬉しそうなの・・・?





160 : 以下、名... - 2016/01/31 16:06:26.81 2DS7LchxP 119/529


 どうして、いつもマツリなんだ・・・。


 
「カガリはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい」

「マツリは目が見えないんだからカガリが助けてあげなさい」



 大人はみんなマツリのことばかり。

 ツバキだけが『私もマツリと同じくらい大事』だって言ってくれたのに。


 ツバキはスズネとマツリを選んだ。

 魔法少女という華やかな舞台の上で、自分だけがスポットライトから弾かれてしまった。


 挙句、ツバキはそんなカガリのことを気にも留めずに、安らかに円環へ逝ってしまった。



 ウソツキ。



 ウソツキだ、みんなウソツキだ。


161 : 以下、名... - 2016/01/31 16:08:16.35 2DS7LchxP 120/529


 別にツバキは、カガリのことをぞんざいに思っているわけではなかった。

 むしろ深く愛し、心から幸せを願っていた。


 ただ、『優先度』が低かったのだ。


 ツバキにとってカガリは、

 『魔法少女になんかならなくても幸せになれる子』で『自分がいなくても大丈夫な子』だった。

 だからどうしても、自分以外に身寄りのないスズネや、生まれつき盲目であるマツリを優先してしまっていた。


「自分がいなくても大丈夫」


 それは全てツバキの中で自己完結した思い上がりだった。

 もっと言うなら、人間とは違う社会に生きる魔法少女がよく陥る思い込みだった。


 魔法少女の心情なんて知ったことではないカガリからしてみれば、

 母親のように慕っていた人物からいきなり見捨てられただけだった。

 自分の人生の中で大きなウエイトを占めていた人物が、何も告げずにいきなり消滅しただけだった。


 狭くて深いカガリの世界は、真っ二つに引き裂かれた。


162 : 以下、名... - 2016/01/31 16:09:22.48 2DS7LchxP 121/529


 「なんで自分じゃダメだったんだろう?」


 「どうして自分を選んでくれなかったんだろう?」


 「何が悪かったんだろう? どうすれば良かったんだろう?」


 「本当は私のことが嫌いだったんだろうか?」


 永遠に答えがわからなくなった問いが、カガリの中で廻り続けた。

 出口のない堂々巡りが続き、幼い心は次第に淀み、腐敗していった。



 穏やかで全てに満足したようなツバキの死に顔が、ただただ恨めしかった。

 ツバキに選ばれた二人の魔法少女が、ただただ妬ましかった。

 周りを置いてきぼりにして、自分だけハッピーエンドで終わる魔法少女の物語がひたすら憎かった。



 愛憎。

 それがカガリを魔道に堕とした愛。

 報われることのなかった、心のすれ違い。

 こんなに苦しいなら、愛などいらぬ。

163 : 以下、名... - 2016/01/31 16:12:13.22 2DS7LchxP 122/529


 ――時間軸は再び、現時点へ戻る。



 トバリ。

 悪魔と化した魔法少女の固有の能力。

 ダークオーブの内部に『自分のルールが適用された世界』を作り出し、

 まるで半透明な下敷きを被せるようにそれを現実世界に上塗りする。


 カガリのトバリ、嘆きの森のルールはつまり、『空想を現実にする能力』である。

 具体的には自分の心象風景の世界を作り出し、

 その内部の行動の結果を現実にフィードバックさせるというものだが、細かい説明は割愛する。


 とにかくこのトバリの内部に相手を引き込んだ時点で、

 俎上の鯉を相手にするがごとく、カガリの勝利は確定しているのだが。

 カガリはこれ以上の攻撃を仕掛けようとはしなかった。

164 : 以下、名... - 2016/01/31 16:14:22.81 2DS7LchxP 123/529


カガリ「あっはぁ、派手にやってるなぁ沙々ちゃん。

     あんなにいっぱい魔獣をあげたんだから、一人くらいは壊して欲しいよね」



 彼岸花の咲き乱れ、金属的な光沢の羽の蝶が飛び交う、暗い部屋にて。

 カガリは豪奢な椅子に脚を組んで座り、頬杖をついて球体状に浮かんだ映像を眺めていた。


 シイラはカガリにかく言った。


 『私たち悪魔は、とにかく魔法少女と戦っちゃダメだ』


 『もっと言うなら魔法少女に悪魔を倒す《正義》を与えちゃダメだ』


 『百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

  非戦こそが悪魔のやり方だよ。ワルモノにされて、やっつけられてハッピーエンドなんて嫌でしょ?』


 シイラは把握していた。

 正義のために戦えない魔法少女がいかに脆いのかを。

 そして心の強さが魔力の強さに直結する魔法少女という生き物に『強い意志』を与えたとき、

 どれだけの脅威になるのかを知っていた。


 だから彼女は、カガリにこう言い聞かせたのだ。

 「どうしても相手を殺したいのなら、自らの過ちによる自滅を狙え」と。



カガリ「これなら私は悪くないよね、シイラさん。

     沙々ちゃんみたいな子に恨まれてる魔法少女のじごーじとくだもんね」



 かなり恣意的に内容を曲解してはいたが、カガリはそれでも一応シイラの言いつけを守っていた。


 なるほど、これは暗殺よりもずっと気分がいい。

 高みの見物は蜜の味。

 安全圏から殺し合いを眺めるのはなかなかに甘美なものだった。



カガリ「楽しみだな、マツリはどんな顔で死ぬんだろう」



 カガリはまるで少女貴族にでもなったかのように、手を組んでゆったりと背もたれに身を預ける。

 真っ赤な装飾の施された椅子には、ハリセンボンのような紋章が刻まれていた。

165 : 悪魔図鑑 - 2016/01/31 16:18:07.94 2DS7LchxP 124/529



赤い糸の悪魔、カガリ


呪いの性質:嫉妬


選ばれなかった主人公、伝わらなかった想い、切断された赤い糸。

亡き花への慕情は行き場をなくし、やがて触る者全てを傷つける棘装束となる。

冷淡に振る舞えば大体は見逃してくれるが、

裏切りと逃亡を何より憎むこの悪魔には、絶対に偽りの愛で接してはいけない。

172 : 以下、名... - 2016/02/17 23:57:33.41 6jrQh2TmP 125/529


 カガリの織莉子一味襲撃より、数日前。

 カンナは総帥であるほむらの直々の指名を受け、『箱庭の中枢』へと向かっていた。



カンナ「Damn(ふざけやがって)、相変わらず薄気味悪い場所だ・・・!」



 そこにはインキュベーターの眼を通して記録された無数の見滝原の映像が、丸く切り取られて映し出されていた。

 多くの人々や空間を一方的に観察するその光景は、まるで水族館のようである。


 いや、確かに。

 『他人を観察する』という偏執染みた固有魔法は自分のもので、

 この箱庭の中枢を構築するのにも助力したものだが。


 コネクト(観察魔法)を、ここまで悪用されるとは思わなかった。


 最奥の玉座にほむらは腰かけていた。

 傍らのテーブルに座るインキュベーターの言葉を聞き流しながら、

 タブレット端末を弄るように赤い光を放つ魔力球を操作している。



ほむら「ああカンナ、いらっしゃい。今はちょっと手が離せないから楽にしていていいわ」


カンナ「・・・神になった気分はどうだ? ミセス・ルシファー」


ほむら「思ったより大したことないわね、『なんだ、こんなものか』って感じよ」



 ベチャリ。



ほむら「・・・」



 どこからともなく現れた、人形のような使い魔がほむらにトマトを投げつけた。

 シイラ曰く、このパターンはほむらが背伸びをして気取っているときに起こるらしい。



カンナ「結構、調子に乗っているみたいだな」


ほむら「あらお優しい。そういう気遣いができるから、あなたは悪魔の中で一番好きよ」

173 : 以下、名... - 2016/02/17 23:59:18.62 6jrQh2TmP 126/529






第6話 「ヒアデス星雲」





174 : 以下、名... - 2016/02/18 00:01:11.86 m8Rxeil1P 127/529


 ほむらはハンカチで赤い汁をふき取りながら、指を鳴らす。

 リングを輝かせて宙に浮かぶインキュベーター達が、テーブルや椅子を用意しカンナを座らせた。



ほむら「飲み物は何がいい?

     コーラかしら、コーラよね。あなたアメリカ育ちだし」


カンナ「日本生まれの日本育ちなんだがね、まぁコーラでいいが」



 ほむらが足を少し上げると、その隙間にすかさずインキュベーターの1体が滑り込んできた。

 春が近いとはいえ、空調が弱いこの空間は少し冷える。

 ほむらはインキュベーターを踏み拉きながら、足先を温めていた。



ほむら「ふふふ、やはりあなたと一緒だと落ち着くわ。

     シイラもカガリも、まともに会話が成立しないんだもの。

     その点、あなたになら冗談も通じるし、からかい甲斐もあるのよね」



 ベチャリ、ベチャリ。


 ダバァ。



ほむら「・・・」



 ほむらの顔面と手元にトマトが命中し、

 コーラの入ったカップがひっくり返ってゴシックなスカートを濡らした。



カンナ「ハリーハリー・・・。早く本題に入れよ、お前と長く話していると頭がおかしくなりそうだ」


ほむら「やれやれ容赦がないわ、少しカッコつけるとすぐこれだもの」

175 : 以下、名... - 2016/02/18 00:02:51.00 m8Rxeil1P 128/529


ほむら「現在、見滝原には3種類の魔法少女がいる」



 ほむらは紫色のダークオーブを輝かせて、3つのホログラムを映し出す。



ほむら「1つは私たち、『悪魔に変異した魔法少女』」



 ダークオーブ型のシルエットがクルクルと回った。



ほむら「2つ目は、この世界に生まれ、この世界でインキュベーターと契約を交わした『普通の魔法少女』」



 ソウルジェム型のシルエットから、剣や杖が生えた。



ほむら「そして3つ目は・・・」



 1つの円から幾つもの円が枝分かれし、それはセフィロトの樹のようなシルエットになった。



ほむら「『円環の落とし子』よ」

176 : 以下、名... - 2016/02/18 00:06:59.25 m8Rxeil1P 129/529


カンナ「円環の落とし子?」


ほむら「ええ、円環の落とし子よ。

     シイラは普通の魔法少女ばかり警戒しているようだけれど、私としてはこちらの方がよほど恐ろしいわ」


ほむら「彼女たちは円環の理の一部であり、かつて魔女だった魔法少女よ。

     平行世界のどこかで絶望し、円環の理に導かれ。

     そして何らかの理由で円環の理から離れてこの世に顕現した、言わば天使のような存在ね」


ほむら「彼女たちには『魔女としての力』が内蔵されているだけではなく、

     存在しうる全ての平行世界の人格が束ねられている・・・手強いわよ」


カンナ「Wait(ちょっと待て)。

     それってこの前に倒した、美樹 さやかや百江 なぎさのことだろ。

     円環の落とし子とやらは、あれで全部じゃなかったのか?」


ほむら「積極的に円環の理に協力していた落とし子はあれで全部よ。

     でも『それ以外の落とし子』は、まだ残っているわ。

     使い魔の幻影などを含めなければ、見滝原には最低でもあと4人いる」



 「もっとも」と付け加え。

 ほむらはさも愉快そうに口元を抑えた。



ほむら「彼女たちの場合は、『混乱に乗じて円環の理から脱獄した』と言った方が適切でしょうね」


カンナ「なるほど、まさに予測不能のイレギュラーだな」



 カンナの瞳が鋭く光る。


 カンナはほむらに次いで、『他の世界』を熟知している悪魔だった。

 故に、魔女の力がどれだけ悍ましい物なのかは、言われるまでもなくよくわかっている。



ほむら「さて、本題よ。カンナ、あなたには円環の落とし子の方を探し出して、狩ってもらいたい」



 ほむらはカンナを見つめ、白くしなやかな指先を振る。



ほむら「引き受けてくれるかしら?」


カンナ「・・・」

177 : 以下、名... - 2016/02/18 00:07:52.54 m8Rxeil1P 130/529



 カンナは想起する。


 雅 シイラに窮地から救出され、たった一言で全てを支配されてしまったあの瞬間を。

178 : 以下、名... - 2016/02/18 00:09:35.38 m8Rxeil1P 131/529


 カンナちゃん。


 私は君にメリット以外の何も提示しない。


 私はあなたを拘束しないし、いつ裏切っても誰に寝返っても、何のペナルティも課さない。


 ただ、1つだけ面白い提案をしよう。




 『君がほむらちゃんの言うことを聞いてくれるなら、

  神那 ニコを人間に戻してあげる』。




 彼を知り己を知れば、百戦危うからず。


 希望と絶望の本質を理解すれば、魔法なんか使わなくても心は支配できるんだよ。


 理解できたかい? ひとりぼっちのヒュアデスちゃん。

179 : 以下、名... - 2016/02/18 00:11:20.02 m8Rxeil1P 132/529


 カンナはしばし目を閉じたのち、

 燃えるような決意を秘めた瞳を開く。



カンナ「OK、引き受けよう」


ほむら「あらまぁ、いい子ね。もっと色々要求されるのかと思っていたのに」


カンナ「よく言うな、断られるなんて端から思っていないくせに・・・。

     だが利害は一致しているからね。

     円環の落とし子とやらがまだ残っているなら、確かに私たちにとって一番の脅威だろう。

     とりあえずは言う通りに動いてやるよ、ミセス・ルシファー」


ほむら「ありがとう、それともう1つ」



 ほむらは口元に拳を当てて、クスクスと抑えるように笑った。

 ホログラムを映し出していたダークオーブが、イヤーカフスの形状に戻る。



ほむら「『ルシファー』はやめてもらえないかしら? しっくり来すぎて縁起が悪いわ」



 黒いイヤーカフスは、翼の生えた蛇のような形をしていた。


180 : 以下、名... - 2016/02/18 00:14:08.51 m8Rxeil1P 133/529


――見滝原、ガラス精錬工場の大焼炉。

   ほむらから指令が下った日、カガリが織莉子一味を襲撃しているのとほぼ同時刻。



 残念ながら、こちらはカガリのように鮮やかな工作術は成功していなかった。

 カンナは遠距離から狙撃のような暗殺を行い、見事に失敗していた。



カンナ「ぐっ・・・! 完全に気づかれた!!」



 高速で突っ込んでくる魔力源をどうにか捉えたその直後。

 カンナの左半身が吹き飛んだ。



???「あっはぁーーーー!! みぃーーーつけたっ!!」



 脱兎のごとく飛び出してきた仮面の魔法少女の蹴りが円を描く。

 飛び散った肉片や血飛沫が辺りにスプレッドされる。

 カンナは歯軋りをして後ろへ飛びのいた。



カンナ「ガッデム・・・! なんてことしやがる、人間だったら即死だったぞ!!」



???「?」



 仮面の魔法少女は「何を言っているのかわからない」、といった風に首を傾げる。



???「当たり前じゃん、殺す気でやったんだもん」


カンナ「せめて確認ぐらいしろよ! 戦争でもしている気か!?」


???「・・・」


???「あぁ! そっか! ごめんごめん。戦争してないんだね、この時代は!」



 両手を合わせてピョンピョン跳ね回る仮面の魔法少女。

 カンナはそれを苦々しく睨んで、軽く舌打ちした。



カンナ(ジーザスッ! どいつもこいつも・・・!!)

181 : 以下、名... - 2016/02/18 00:17:46.82 m8Rxeil1P 134/529


 カンナが忌々しく仮面の魔法少女を睨んでいる数瞬後。

 彼女に追随するように、更に二人の仮面の魔法少女が加わる。



猫の仮面「ああ、よかった。まだ終わっていないみたいですね」


鴉の仮面「いくらなんでも独り占めはズルいですよ、ラピヌお姉さま!

       せっかく生身の肉体を持って蘇えることができたのに!

       戦いも殺し合いもできないまま、円環の理に直帰なんてことになったらもう私は・・・っ!」



 感極まったように打ち震える鴉の仮面を、猫の仮面が優しく抱擁する。



猫の仮面「大丈夫ですよ。その時はこのミヌゥが、宇宙の終焉まで戦いに付き合って差し上げますので」


鴉の仮面「お前は本当に優しいなぁ、ミヌゥ。お姉ちゃんは嬉しいよ・・・。

       あれ、ミヌゥ? いや、ミヌゥお姉さまだったっけ・・・?」



 しばしの逡巡の後、まるで発条がはじけたように。

 黒い羽根を舞い散らせ、鴉の仮面の魔法少女はマントを翻す。



鴉の仮面「ククク・・・、カカカカァー! まぁ、どっちでもいいかぁ!

       一刻後にはみーんな死んでるかもしれないんだしなァーーーー!!」


カンナ(なんなんだよ、こいつら。どいつもこいつもキャラ濃すぎるだろ・・・っ!!)



 カンナは帽子を押さえながら、吹き飛ばされた左半身を修復する。



カンナ「一応聞いといてやる。

     お前ら誰だよ、いつの時代のどこの魔法少女だ?」



 それを聞くと、全員が全員気分が高揚したようで。

 三人は一斉に仮面を脱ぎ捨てた。

182 : 以下、名... - 2016/02/18 00:19:36.47 m8Rxeil1P 135/529


兎の仮面「長女・ラピヌ!」


鴉の仮面「次女・コルボー!」


猫の仮面「末妹・ミヌゥ!」



 仮面を脱いだ彼女たちの顔立ちは、西洋人のそれだった。

 魔女と魔法少女が入り混じったような、独特の威圧感が空間を侵食する。



コルボー「3人合わせて、トロア・ソルシエール!」


ミヌゥ「生まれは15世紀、所属はイングランド軍ですわ」


ラピヌ「よろしくねー、未来人さん!」



 カンナは半ば自棄気味に笑顔を浮かべる。



カンナ「そうですか、すごいですね。私は聖 カンナ、現代っ子の悪魔法少女だ!」



 カンナの頭部から曲がった角が生える。

 二重螺旋をイメージしたようなワイヤーフレームが、翼のように背中から伸びる。



カンナ「よろしくだよ、ソルシエールのヒッピー共!」



 カンナはネックレス状のダークオーブを輝かせ、

 黒い暗雲のような独自の空間を世界に上塗りした。



カンナ「トバリ、『ヒアデス星雲』!!」

188 : 以下、名... - 2016/02/20 00:33:43.97 qXbm1AWAP 136/529


 カンナのトバリ、ヒアデス星雲。


 それは望遠鏡で星座を観るように、平行世界のシーンを映し出し、対象の在り方を知る能力。


 どこまでも自分の心を疑い、どこまでも相手の心を知りたがった、とても彼女らしい世界だったが。




 直接的な戦闘にはあまりにも無力だった。


189 : 以下、名... - 2016/02/20 00:36:05.25 qXbm1AWAP 137/529



コルボー「てんで期待外れだな。悪魔ってこんなもんなのか?」



 カンナは600年前の魔法少女達に、見事に血祭りに上げられていた。



ラピヌ「うぇひひひひ! まー、いいんじゃない?

     どーせこいつは『悪魔の中でも一番のザコ・・・!』とかそんなオチでしょ。

     悪魔はあと3人もいるんだから切り替えてこーよ」



 コルボーに前髪を掴まれ、顔を上げさせられているカンナは忌々しそうに歯軋りをする。



カンナ(3対1で嬲っておきながら何を偉そうに・・・!!)



 しばしそんなカンナの様子を眺めていたミヌゥだったが。

 彼女もまた、呆れたようにため息をつく。



ミヌゥ「何かしてくるかと思いましたが、本当にこれで終わりのようですね。

     それではパーティはこの辺でお開きにしましょう」


コルボー「ああ、そうさね。

      じゃーな、カンナちゃん。みしるしとしてそのダークオーブを貰うぜ」


コルボー「首ごとな!!」


カンナ(Fuck you・・・、呪われろクズども)



 コルボーの手刀が、黒い鳥のように飛来する。

 ネックレス状のダークオーブが掴まれると同時に、頚椎がへし折られる感触がカンナを襲った。

190 : 以下、名... - 2016/02/20 00:40:01.39 qXbm1AWAP 138/529


 カンナのトバリが上書きするルールは、あくまで『観測』。

 遠く離れた星には、いくら手を伸ばしても触れることができないように。

 彼女には他の世界に干渉する力は無いし、ましてや操ったり支配したりすることもできない。


 だからあり得ないのだ。

 別の世界の住人であるはずの、彼女がここにいるなんて。



カンナ「バカ、な・・・。なぜ、なぜお前がここにいるんだ・・・」



 ましてやもっとあり得ないのだ。

 かつて在りし世界では。

 彼女の仲間を破滅させ、心を踏みにじった怨敵であるはず自分のために。

 彼女が助けに来てくれるなんて。



カンナ「かずみ・・・!!」



 白い魔法少女が、カンナの身体を抱きかかえていた。


191 : 以下、名... - 2016/02/20 00:43:48.55 qXbm1AWAP 139/529


 自らの手からダークオーブを奪取され、呆気にとられていたようなコルボーだったが。

 突如として現れたかずみをしばし眺めた後に、挑発的な笑みを浮かべる。



コルボー「魔女の力・・・、なるほどお仲間か。だけどこれは何のマネだ?」


コルボー「そいつは円環の理サマに叛逆している『敵』だぞ。

      私とお前が争う理由は無いはずなんだがな」



 コルボーの挑発は、果たして見事に成功したらしく。

 精悍な顔つきだったかずみはすぐさま逆上し、後先を考えずにコルボーに殴り掛かる。



かずみ「黙れっ! 友だちを助けるのに、敵も味方もあるもんか!」



 だけれど悲しいかな、相手は百戦錬磨の封建社会の魔法少女である。

 勇ましく突き出された拳は、いとも容易く受け止められてしまった。



コルボー「威勢は大変結構だが・・・。

      魔法も使わずに普通に殴り掛かるとかナメてんのかァ!?」



 拳を掴んだコルボーは、そのまま腕を振り下ろし。

 かずみを地面に叩きつける。



かずみ「ぐぅ・・・!」



 コルボーは倒れ伏すかずみの腕を力強く踏んでへし折った。



かずみ「っ!?」


コルボー「どうしたオイ! まさか本当に後先考えず突っ込んできたのか?

      私たちの時代だったら、魔法少女じゃなくても死んでるぞ!?」


かずみ「・・・」ニィッ


コルボー「!」



 かずみの腕から、黄色い花が生い茂る。
 
 赤く実を結んだイチゴが弾けて、たちまち辺りに炸裂した。



コルボー「ぐっ! ふざけた魔法を・・・!」



 不敵な笑みを浮かべるかずみが、カンナを庇うに立ち塞がっていた。



カンナ「かずみ、お前・・・どうして・・・?」

192 : 以下、名... - 2016/02/20 00:44:51.83 qXbm1AWAP 140/529




 どうして私を友と呼んでくれるんだ・・・?



193 : 以下、名... - 2016/02/20 00:45:30.08 qXbm1AWAP 141/529


 そんな心を知ってか知らずか。

 かずみは能天気に、カンナにニッコリと微笑んだ。



かずみ「チャオ! カンナ、久しぶり!」

194 : 以下、名... - 2016/02/20 00:47:23.47 qXbm1AWAP 142/529



 かずみさん。

 この世界には数え切れないほどの絶望と希望があります。



 願いによって生まれたそれらは。

 全部正しくて、全部がどこか間違っているの。



 だから・・・。

 どれを一番大切にするかは、かずみさん自身の心で決めてください。



 大丈夫、自信を持って進んで。

 零れ落ちた選択肢は、全部私が受け止めますから。

195 : 以下、名... - 2016/02/20 00:50:36.70 qXbm1AWAP 143/529


 かずみの右手に光が集まり、それが杖の形になる。


かずみ「いつか、どこかの魔法少女さん。

     私はこんな拗れてわけわかんなくなった世界なんかより、私の友だちを選ぶ」



 かずみは杖を振りかざして、それをコルボーに突き付けた。



かずみ「だから寄って集って私の友だちを虐めた、性格が悪そうなアンタ達を今からやっつける!」


かずみ「OK?」



 コルボーはしばし唖然としてかずみを眺めていたが。

 やがてようやくその意味を飲み込んだようで、心の底から愉快そうな笑みを浮かべる。



コルボー「ヒヒヒヒ・・・、ヒッハーーーーハハハハハッ!!

      見てるかァ、円環の理サマァ! 裏切り者のユダがここにいるぞ!!」



 コルボーは翼のように黒いマントを羽ばたかせる。

 撒き散らされた黒い羽根が宙を舞う。



コルボー「いいね、いいね! 楽しくなってきたな!

      魔法少女同士の戦いはこうでなくちゃァな!」


コルボー「お姉さま方、こいつは私にくれよ!

      聖女(ラ・ピュセル)なんかよりもよっぽどノれそうな・・・最高の『敵』だ!!



 ラピヌは少しだけ不満そうな表情をしたが、肩をすくめてミヌゥと顔を見合わせる。



ラピヌ「しょーがないなー。じゃー大将首のほむらってやつは私のねー♪」


ミヌゥ「お手並み拝見、ですわ。

     600年前よりも更に熱いコルボーお姉さまの全力全開を見せてくださいな」


コルボー「ヒーーーッハハハハハハハッ!! 愛してるぜお姉さま方ァ!!」

196 : 以下、名... - 2016/02/20 00:52:25.68 qXbm1AWAP 144/529


 コルボーはまるで猛禽のように指を鉤爪状に開き。

 上気したような表情で、ギンギンとかずみを見返す。



コルボー「一応、自己紹介をしておこうか。

      私の名は『コルボー』! 600年前のしがないチンピラ魔法少女さ!!」


かずみ「私の名前は『かずみ』! プレイアデス聖団の一番星っ!!」


コルボー「かずみ・・・、一(かず)三(み)ねぇ・・・。

      カカカッ、面白い偶然もあったもんだなぁ!!」



 魔力が渦巻き、コルボーのソウルジェムが希望よりも澄んだ色に変わっていく。



コルボー「だけど気を付けろよかずみちゃん。

      魔法少女の方はどうだか知らないが・・・」



 コルボーの背後に浮かぶ、黒い葉を纏ったスケアクロウ。

 円環の落とし子は魔女の力を使う、それは彼女とて例外ではない。


コルボー「権謀術数渦巻く15世紀のヨーロッパは・・・、間違いなく魔女の黄金世代だぜ?」

200 : 以下、名... - 2016/02/27 22:39:33.33 ++VZOXR8P 145/529


――某日、明朝。

   見滝原河川敷、風車通りにて。



 さやか、杏子、マミ、そして特異なインキュベーターが。

 この世に顕現した円環の理と対面していた。

 「久しぶり」とだけ言って微笑んだ円環の理の前に、さやかが頭を掻きながら進み出た。



さやか「えーっと、あー・・・。色々言いたいことあるけど・・・」



 ガバリ、と。

 さやかは勢いよく頭を下げる。



さやか「ごめん! ほんっとーにごめんっ!!

     あたしじゃほむらを止められなかった!!」


さやか「それどころかこの春まで自分の使命とも向き合わずに!

     グダグダと生きてた頃みたいな生活を満喫してた!

     ほむらの言っていた通りになってしまった! 本当に面目ない!!」

201 : 以下、名... - 2016/02/27 22:43:15.28 ++VZOXR8P 146/529


 歯噛みをしてずっと頭を下げるさやか。

 彼女をしばし見つめた後、円環の理は自ら膝をついてさやかと視線を合わせた。



円環の理「大丈夫だよ、私はさやかちゃんを責めないから」


さやか「・・・」



 さやかは頬を引き攣らせ、無理に笑顔を作る。



さやか「さすが女神さまだ、お優しいね・・・」


円環の理「ううん、そうじゃない。

       私はほむらちゃんが間違っていると思っていないから」


さやか「・・・」


円環の理「だから、さやかちゃんがほむらちゃんの言いなりになったとしても。

       それもきっと、たくさんある未来の内の1つの、在るべき形なんだと思う」


さやか「あたしは最初から・・・、期待なんてされてなかったの?」


円環の理「私は全ての魔法少女の祈りと絶望を受け入れる、それはほむらちゃんだって例外じゃない。

       もしほむらちゃんが勝ったとしても、逆にさやかちゃんが勝っていたとしても。

       私はどちらの結末もちゃんと受け入れるつもりだった」


さやか「あんな奴があたしたちと同じ魔法少女だっての!?」


円環の理「そうだよ、違いなんてどこにもない」


さやか「・・・」



 さやかは何かまだ言いたげに円環の理を睨んでいたが。

 諦めたようにため息をついて、自分の髪をワシワシと掻いた。



さやか「敵わないなぁ、もう・・・」

202 : 以下、名... - 2016/02/27 22:47:27.60 ++VZOXR8P 147/529


 さやかと円環の理のやり取りが一段落ついたのを見計らって。

 マミが口をはさんだ。



マミ「ちょっと1つ疑問なのだけれど・・・。

    円環の理の人格って、確か暁美さんに引き裂かれたのよね」


マミ「その人格が、今は人間として学校に通っている鹿目さんになっているのだとしたら・・・。

    今、ここにいるあなたの心は誰の物なのかしら?」



 円環の理はそれを聞くと、少しだけ困ったような表情をする。



円環の理「えーっと・・・、今の私も鹿目まどかの人格なのだけれど・・・。

       今の私は『ほむらちゃんが選ばなかった部分』なんだ」


マミ「選ばなかった部分?」


円環の理「うん。ほむらちゃんは『魔法少女になる前の鹿目まどかの人格』だけを選んで引き裂いたの」


円環の理「鹿目まどかという人間を作るだけなら、魔法少女になってからの記憶はいらないと思ったのか。

       それとも私を完全に壊したくなかったのか。

       どれがほむらちゃんの本心なのかはわからないけれど・・・」


円環の理「残ったままの『魔法少女になった後の鹿目まどか』の記憶を寄せ集めて。

       どうにかこうやって、みんなと話せるだけの心を作っているんだ」


マミ「まるでSFみたいな話ね、記憶の欠片を繋ぎ合わせて心を作るだなんて・・・」

203 : 以下、名... - 2016/02/27 22:49:24.49 ++VZOXR8P 148/529


 しばしそのやり取りを横目で眺めた後。

 今度は杏子が口を挟む。



杏子「アンタは『ほむらが勝ったとしてもその未来を受け入れる』って言ったね。

    つまり・・・、それが円環の理のスタンスなのか?」



 それを聞くと、円環の理は悲しそうに笑う。



円環の理「ごめんなさい」


円環の理「私は受け入れることしかできないの」


杏子「そっか」



 杏子はポケットから板チョコレートを出し、銀紙を剥がし始める。



杏子「当てが外れたな。女神様なら悪魔なんて、指先一つで消し飛ばしてくれるのかと思ってたけど」

204 : 以下、名... - 2016/02/27 22:52:21.12 ++VZOXR8P 149/529


さやか「あああああああああっ! もうっ!!」



 さやかは唐突に叫びを上げ、自分の額を拳で思い切り殴る。



杏子「なにしてんだ!?」


マミ「美樹さん!?」


さやか「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!

     ちょっと僅かでも『全部まどかに解決してもらおう』と思っていた自分が情けないよ!!」


さやか「絶望だけじゃなくて、希望まで押し付けようとしてたのか! あたしは!!」


 さやかはガシガシと両手で頭を掻きまわした後。

 拳を握り顔を上げる。



さやか「ほむらは魔法少女であるあたし達が倒さなきゃダメなんだ!

     力を失おうと! 記憶を奪われようと! 魔法少女は絶対に諦めちゃダメなんだ!」


さやか「戦わなきゃ! どうにかしてあの悪魔を倒さなきゃ!!」



 変な決意を固めたようなさやかを。

 杏子たちは皆、呆れかえったような冷めた目で見る。



杏子「無茶言うなよ、ただの人間になったあたし等でどう戦えって言うんだよ・・・」


マミ「美樹さん、勇気と無謀は違うのよ」


円環の理「流石にそれは第三者として止めざるを得ないよ」


カミ「非合理的だ、君一人でやってくれ」


さやか「なんなんだよ、みんなしてぇーーーっ!!」



「そうよ、やめておきなさい。

  今のあなたが私に勝てるわけがないわ」



さやか「ああん!? お前もかっ、お前もあたしを馬鹿にするのかァーーー!!」


さやか「・・・えっ?」

205 : 以下、名... - 2016/02/27 22:53:56.12 ++VZOXR8P 150/529


 さやか以外の全員の表情が強張っていた。

 いつの間にか、彼女たちの周りには。

 不気味な玩具で遊びながら、甲高い笑い声を上げる子供たちが集まっていた。


 暗黒の口が開く。

 そこから這い出すように艶めかしい衣装を纏った彼女は現れた。



「ふふっ・・・。なんだかこうして集まっていると、ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテットの同窓会みたいね」



さやか「お、お前・・・っ!」



「おはよう、みんな」



 蠱惑的で、人の心を誘惑するような笑みを湛え。

 『大人』とはまた違った形で『完成』してしまった彼女がいた。



ほむら「私よ」



 子供たちが一斉に両手を上げて、声を揃えてと笑い声を上げる。

 そしてそれをさらに包囲するように。

 無数の赤い眼のインキュベーターが、あらゆる場所からそこを観察し、記録していた。

214 : 以下、名... - 2016/03/17 23:35:54.67 8mUpHUrFP 151/529


 ――トバリ『嘆きの森』内部での戦い



 織莉子の一瞬の編隊を認めると、沙々は思わずほくそ笑んでしまった。



沙々「さーっすが織莉子さん、集団戦というものをよくわかってますねー」



 そうだ、それでいい。

 足掻け、もっと足掻け。


 私がしたいのは虐殺じゃない、復讐だ。


 勝利を目指して必死に戦い、決死の手を打ち。

 戦いの果てに僅かな希望が見えた瞬間、それが踏みつぶされる。


 私が見たいのはそれだ。



沙々「くふっ、くふふふふっ!」



 必死こいて愚直にこちらに突進してくる小巻達が滑稽だ。

 可笑しくて笑いが止まらない。


 その偉人面した化けの皮剥いでやるよ、織莉子。

 次はテメーが無様を晒す番だ。



沙々「私はテメーみたいな・・・、

    強くて美しくてカッコいい奴が大っ嫌いだからなァ!!」

215 : 以下、名... - 2016/03/17 23:37:27.69 8mUpHUrFP 152/529





第7話 「魔法少女向いてないんじゃないですか?」




216 : 以下、名... - 2016/03/17 23:39:39.23 8mUpHUrFP 153/529


小巻「優木ぃ!!」



 小巻がすぐ間近に迫り、戦斧を振り上げていた。


 恐ろしい光景だ。

 私が魔法少女じゃなかったら、もしくは小巻の性格を知っていなかったら。

 処刑さながらの気迫にビビッて腰を抜かしていただろう。



小巻「っ!」



 私が動じることなくただ突っ立っているだけで、勝手に戦斧の太刀筋が逸れる。



小巻「こ、のっ!!」



 ぎこちない軌道で空振りした戦斧に代わり、回し蹴りが私の顔面を捕らえた。

 視界が揺れるような衝撃の直後、地面に吹っ飛ばされたが、ただそれだけだった。


 痛覚遮断を使っている今なら、猫だましにすらならない。



沙々「ほうら、お優しい。小巻さん、アンタ魔法少女向いてないんじゃないですか?」



 目を見開いて荒い息をする小巻を見やりながら立ち上がる。

 彼女は追撃すらしてこなかった。


 織莉子さぁーん、編成ミスですよ?

 ダメじゃないですか、人殺しに抵抗がある子を先駆けにしちゃ。

217 : 以下、名... - 2016/03/17 23:42:10.44 8mUpHUrFP 154/529


織莉子「捕らえました!」



 いつの間にか沙々の周囲には幾つかの水晶玉が浮かんでおり、

 星座を結ぶようにそれら1つ1つが光線で繋がり合い、ワイヤーフレームのような形になる。


 ああ、そうですよね。

 そりゃ、次は封印術を使いますよね。

 ご丁寧に皆さん全員が足を止めて、私を見守りながら。



織莉子「優木さん、あなたを捕らえました。この結界からは――


沙々「はい、ドブン」



 巨大な◇型のゲダツ魔獣の上半分が、花弁のように開いていた。

 それはゆっくりと回転しながら、

 風が渓谷を吹き抜けるような音を響かせて、巨大な瘴気の流れを収束させていく。



沙々「捕まったのはテメーらの方だよ!」


マツリ「あっ・・・!!」


カオル「全員、伏せろ!!」



 不死身の身体はこうやって使うんですよ、バーカ。


218 : 以下、名... - 2016/03/17 23:45:20.77 8mUpHUrFP 155/529


 その一瞬後。

 衝撃波が奔った。


 瘴気の砲弾が炸裂し、沙々を含む全ての魔法少女を爆炎が飲み込み。

 雷が落ちるような轟音を響かせて、高圧電流に似た瘴気が辺りに飛び散った。



 沙々はあろうことか自分自身を寄せ餌にして、一網打尽を狙ったのだ。

 ご丁寧なことに、自分のソウルジェムだけは、ゲダツ魔獣の内部へちゃっかり避難させておいて。

223 : 以下、名... - 2016/03/29 00:04:31.67 3B/YiOSgP 156/529





        優木 沙々は、クズだった。





224 : 以下、名... - 2016/03/29 00:06:25.07 3B/YiOSgP 157/529


「私たちは人間社会の管理者ではなく、あくまで人間社会を構成する一部分に過ぎないの。

 魔法少女として長生きしたいのなら、常々それを忘れないようにね」


 うるさい、うるさい、うるさい!!

 会う度会う度に・・・、ネチネチネチネチと説教しやがって!

 お前、何様だ! 一年早く生まれたのがそんなに偉いのか!?




「アンタねぇ・・・、そんな風にズルしながら生きてて楽しい?」


 うるさいっ!

 特別な奴が甘い蜜吸って生きて何が悪いんだよっ!!





「優木さん、流石にそろそろ戦闘上達してくれないとフォローキツいんですけど・・・」


 黙れっ!




「沙々っ! あなた夜の街でうろついてるのを見たって先生から――


 黙れっ!




「沙々! 成績が――


 黙れっ!




「将来の夢――


 黙れっ!




「やりたいこととか――


 黙れっ!

225 : 以下、名... - 2016/03/29 00:07:47.95 3B/YiOSgP 158/529


「優木さん」

「優木」

「優木さん」

「沙々」

「沙々」

「さっちゃん」

「ゆっきー」

「沙々」

「優木」

「ささ」

「ささ」

「さSA



 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、全員黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

226 : 以下、名... - 2016/03/29 00:09:00.76 3B/YiOSgP 159/529


「優木さん、あなた・・・! 自分が何をしたのかわかっているの!?」


「何をしたのか・・・?

 くふっ、くふふふっ! やだなぁ織莉子さぁーん、ちゃんとわかっていますよ?」



 どす黒い煙を上げて炎上する介護老人施設を背に、沙々は誇らしげにこう言った。



「私の支配魔法を利用した魔獣の養殖ですっ!

 これなら私でも、ちゃんと皆さんの役に立てていますよね!」

227 : 以下、名... - 2016/03/29 00:10:48.87 3B/YiOSgP 160/529


カオル「パラ・ディ・キャノーネ!」



 茜色に輝く弾丸が、カオルの右足から放たれた。

 それはミドルシュートの様な軌道を描き、

 無防備に開かれたゲダツ魔獣の発射口を撃ち抜いた。



カオル「イエスッ、ナイッシュ!」



 発射口から亀裂が走り、内部から光り輝く瘴気が漏れ出す。

 亀裂は誘爆するように次々に増えていき、次の瞬間ゲダツ魔獣は爆散した。



カオル「うっぷ・・・、よしっ。やっと超大型の魔獣を倒したぞ・・・!」


マツリ「でも魔獣の数はほとんど減っていません! 早く織莉子さんのところに行かなきゃ・・・!」


カオル「いや、待って。どうやら向こうも勝負がついているみたいだ」

228 : 以下、名... - 2016/03/29 00:12:28.48 3B/YiOSgP 161/529


 肩で息する小巻が、戦斧を杖のように突いて寄りかかる。

 度重なる防壁魔法の乱発により、ソウルジェムは半分以上濁っていた。



小巻(優木のやつ・・・、こんなに強かったの!?)



 織莉子もまた、生傷の修復に回す魔力すら惜しいといった風の満身創痍だったが。

 どうにかワイヤーフレームのような結界を展開し、沙々を捕らえていた。



沙々「う、ぐ、ぐ・・・!」


織莉子「終わりです、優木さん」


沙々「なんでだよぉ・・・なんでっ!」


沙々「なんで私が素直になると、みんな寄って集って袋叩きにするんだよ!!」


沙々「私だけが間違っているのか! 私だけが発言権がないのか! 私だけ魔法を使っちゃいけないのか!」


沙々「私だけ何も支配する権利がないんですかぁ!?」


小巻「・・・」



 小巻は沙々の方から目を逸らした。


229 : 以下、名... - 2016/03/29 00:13:23.66 3B/YiOSgP 162/529


 頃合いを見て、カオルが織莉子に歩み寄った。



カオル「織莉子先輩、これ」


織莉子「これは・・・」


カオル「多分あいつのソウルジェムだよ、一番強い魔獣の体内に隠してあった」


織莉子「酷い濁り方、ですね・・・」


カオル「どーすんの? 魔獣はたくさん倒したから、グリーフキューブは十分にあるけど」


織莉子「・・・」



 織莉子は沙々の方を流し見るが、すぐに目を逸らして絞り出すように言った。



織莉子「助ける理由は、ありませんね」

230 : 以下、名... - 2016/03/29 00:18:38.88 3B/YiOSgP 163/529


カオル「・・・見殺しにすんの?」


織莉子「介錯です。あの様子ではどの道、優木さんはもう・・・」



 悲痛な決意を固めたような織莉子を見て。

 沙々はゲラゲラと耳障りな高笑いを上げた。

 彼女は泣きながら笑っていた。



沙々「くふふ、くははははははははは!!

    やっと化けの皮が剥がれましたねぇ織莉子さぁーん!!

    そうだよ、それですよ! それが魔法少女の本性ですよ!!」


小巻「こいつ・・・!」


沙々「どーします! こんなクズは円環の理に導かれる前にソウルジェムを砕いちゃいますか!?」


織莉子「・・・」


織莉子「魔法少女の死は・・・、全ての者に対して平等であるべきです。

     私は待ちます、あなたが円環の理に導かれるまで。

     先に逝ってください。私もいずれ、あなたと同じ場所に逝きます」


沙々「お優しい! だが、甘ぇよ!!」



 織莉子は背後からの衝撃に吹き飛ばされた。



織莉子「がっ・・・!?」



 この場で唯一、沙々の口三味線に乗せられて同情してしまった者がいた。

 マツリはほんの一瞬だけ、沙々の支配魔法が『効いてしまった』。



マツリ「あ、あれ・・・?」



 マツリが再び意識を取り戻したのは。

 沙々へソウルジェムを投げ渡した一瞬後だった。



沙々「くふっ、くふふふふ! くははははははははははっ!!」



 ワイヤーフレームの結界が破られ、沙々は自由となる。

231 : 以下、名... - 2016/03/29 00:21:15.15 3B/YiOSgP 164/529


 沙々が杖を振り上げると、廃墟街の天蓋が赤黒く輝きだす。

 彼女の支配魔法は、この嘆きの森という世界自体を支配し始めた。


 つまるところ、今の彼女は。

 この世界を思うままにできる。


 無論、魔力が尽きるまでの僅かな時間だけ、だが。



沙々「これで終わりだ、何もかも!!」



 魔獣達が起き上がる。

 ぶちまけられる沙々の呪いの感情を食らい、その目は爛々と輝きだした。



沙々「魔獣共、優木 沙々の最期の支配魔法だ!

   『こいつらを殺せ!』

   『仲間が死のうが自分が死のうが!』

   『一つでも多く魔法少女の死体を増やすんだ!!』」


織莉子「まずい!」


小巻(私の防壁魔法で防ぎきれるのか・・・! この数っ!!)


沙々「無理無理無理のカタツムリィ! みんな死ねぇっ!!」



 織莉子達を包囲する魔獣達から、幾千ものレーザーが放たれる。

 それはまるで、光の津波に飲み込まれたような眩さだった。

232 : 以下、名... - 2016/03/29 00:29:50.00 3B/YiOSgP 165/529


 が、そのレーザーはまるで丸めた紙屑のように。

 緩い放物線を描いて一斉に地に墜ちた。


 全ての魔獣が跪くような姿勢になる。

 全ての魔法少女がまるで平伏すように、地面にうつ伏せに倒れる。



沙々「え? あ、あれっ・・・?」


カオル「何が起こった!? クソッ、動けない!!」


織莉子(こ、これは・・・! なんて不吉な予兆なの!?)


マツリ「ひっ!!」



 強力な重力場が発生していた。

 この舞台の上にいる役者も小道具も分け隔てなく、全てひっくるめにして地面に縛り付けていた。



???「そう生き急ぐもんじゃないよ、沙々ちゃん」



 彼女はまるで花道を歩くジェンヌのように、跪く魔獣達の列から歩み寄ってくる。



マツリ(な、なに・・・! 沙々さんともカガリとも違う!!)


マツリ(あの人の心、怖いっ!!)



 彼女が立ち止まると同時に、空中で静止していた魔獣のレーザーが一斉に動き始める。

 それらは地面に着弾し爆炎を上げ、この場の誰よりも邪悪な彼女を照らし出した。



シイラ「命は投げ捨てるものじゃないぜ」



 雅 シイラ。

 カーテンコールの悪魔がそこに居た。

237 : 以下、名... - 2016/04/09 00:12:25.56 XRrqPvd3P 166/529



 枯れ葉剤の魔女。

 その性質はグッドトリップ。

238 : 以下、名... - 2016/04/09 00:15:52.55 XRrqPvd3P 167/529


――トバリ、ヒアデス星雲内部にて。


 星の瞬く一面の荒野。

 そこではコルボーとかずみの一進一退の攻防が続いていた。



コルボー「ちっ・・・!」



 振り下ろされたかずみの杖を受け止めるが。

 次の瞬間にかずみの頭突きが顔面を捕らえる。



コルボー「ぐっ・・・!」


コルボー(クソッ! 速すぎるし、力が強すぎる!!)



 固有魔法も追加習得魔法も戦闘技術も全て対魔法少女に極振りしているコルボーに対し、

 かずみは単純なスペックによるゴリ押し戦法だけで互角に渡り合っていた。



コルボー(なによりこいつ・・・、ソウルジェムのキャパシティが大きすぎる!

       魔力の消耗を押し付けているのに、一向にソウルジェムが濁る気配がない!

       生前は相当強い因果を持つ魔法少女だったらしいな・・・!)



 不利な状況にもかかわらず、コルボーは笑う。

 まるで大物を見つけた狩人のように。



コルボー(だがな、それならそれで幾らでもやりようがあるんだよ!)

239 : 以下、名... - 2016/04/09 00:17:58.55 XRrqPvd3P 168/529


 コルボーが手袋の端を噛み、勢いよく右手を引き抜く。



 次の瞬間、かずみのピアスが激しく警鐘を鳴らした。



 基本的にコルボーの攻撃は全て受け止めるか防ぐかで対応していたかずみが、

 初めて反射的にコルボーの貫手を避けた。


 コルボーは内心で軽く舌打ちをする。

 初撃を避けられたら『暗器』の意味がない。



コルボー「おやおや何にびっくりしているんだ、かずみちゃん。

       魔法少女は無敵だろ? ただの手刀をそんなに必死に避けてどうしたんだ」


かずみ「じゃあ、なんでわざわざ手袋を外したの?」


コルボー「・・・」


コルボー(気づいているのか。オツムが足りなさそうな顔なのに、頭の方もよく回るもんだ)



 コルボーの毒手、『鮮紅万死』。

 その手刀には魔法で生成した特殊な病原体を帯びており、

 それは傷口を化膿させて、回復速度を上回る速さで肉体を破壊し続ける。

 まるで魔法少女を殺すためだけにあるような技術だった。

240 : 以下、名... - 2016/04/09 00:20:33.33 XRrqPvd3P 169/529


 ああ、痛い。なんなんだよチクショウ、最悪だ。


 Damn、本当に不様だ。

 何やってるんだよ私、バカか。なんでこんなに酷いことになっているんだよ。


 結局、私は・・・。

 自分の意志で動いていると勝手に思い込んでいただけで。

 ただシイラの口車に乗せられていいように踊らされていただけじゃないか。


 もういいや、このまま死んだふりしてよ。

 よくよく考えたらどうせ私の命は偽物なんだ。

 死のうが、生き延びようが、世界が滅びようが、もうどうでもいい。



 ・・・。



 あれ、そういえば私・・・。

 どうしてまだ死んでないんだ?

241 : 以下、名... - 2016/04/09 00:22:03.92 XRrqPvd3P 170/529


 目覚めたカンナの目前には。

 鮮紅万死の毒が回り、全身がグズグズに腐っているかずみが立ち塞がっていた。

 可愛らしかった純白の衣装は膿と敗血に汚れ、もう見る影もない。


 単純な戦闘力だけで見れば、間違いなくかずみが優勢だった。

 だがコルボーが倒れ伏すカンナを狙った攻撃を放った途端、一気に形勢が逆転してしまった。

 一撃を貰った後は無残なもので。

 かずみは回復不能の猛毒の斬撃を一方的に浴び続けた。


 カンナの気配を察したのか。

 かずみのテレパシーがカンナに届けられた。



かずみ(あ・・・、気が付いた?)


かずみ(ごめんね、カンナ。あんなにカッコよく登場したのに、もう勝ち目ないっぽい)


かずみ(でも、安心して。どうにかカンナが逃げ出せる隙ぐらいは作って見せるから)


カンナ(なんで・・・)


カンナ(なんでだ、なんでだ、どうしてだ!?)

242 : 以下、名... - 2016/04/09 00:24:16.92 XRrqPvd3P 171/529


カンナ「無理だよやめろよ! 何やってるんだよ、かずみ!」



 カンナは身を起こして吠える。

 まるで鏡に映った自分を威嚇する野良犬のように。



カンナ「なんでそこまでするんだ!

     どうしてそんなになってまで戦っているんだ!

     こんな世界はお前にとって故郷でも何でもない、ただのIFだろうが!」


カンナ「そうじゃなくても!

     お前にとって聖 カンナは、昨日今日現れたただの敵だろうが!

     自分の命を何だと思っているんだ! 他にやることないのかよ!!」



 一連の流れを見ていたコルボーが、ニヤリと笑って手を伏せる。

 まるで「続けろ」とても命ずるように。


 それを認めると。

 かずみは穏やかに微笑んで、カンナの方へ振り向いた。



かずみ「寂しいこと言わないで。

     わたしが円環の理から出てこられたのは、カンナが呼んでくれたからなんだよ」

243 : 以下、名... - 2016/04/09 00:29:02.64 XRrqPvd3P 172/529


カンナ(呼んだ・・・? 何を言っているんだ、私がいつ助けてくれと頼んだ?)


かずみ「カンナの悲しみは、すっごくよくわかるんだ。

     私だってツクリモノとして生まれたんだもん。
 
     自分の命の意味に悩んだことなんて、百や二百じゃ足りないよ」


かずみ「でもね。精一杯ずっと生き続けて、最期に円環の理に導かれて、やっと答えが見つかった」



 かずみは杖を握り直し、しばし目を閉じて再び見開く。



かずみ「私は今度こそ友達を守って見せる!」


カンナ「なんで・・・」


カンナ(なんで・・・)



 「いつ助けを求めたのか?」、そんな答えは明白だった。

 カンナはいつだって助けを求めて叫んでいた。

 在るか無いかもわからない、遥か遠い平行世界へ向けて。

 ずっとSOS信号を送っていた。

244 : 以下、名... - 2016/04/09 00:31:17.11 XRrqPvd3P 173/529


 一息ついて、かずみはコルボーの方へ向き直る。



かずみ「待たせてごめんね、コルボー」


コルボー「構わないさ、こういうの大好きだからな」


かずみ「じゃ、やろうか。たぶん、次で最後!」


コルボー「ククク、いいだろう。

       感動的な遺言を残せたから、もう死んでも悔いはないよな、かずみちゃん?」



 コルボーの背後に佇んでいたカカシが骨格を変え、禍々しい大鎌のような形状になる。

 それを握ったコルボーは、その黒と灰色の装束と相まって、さながら死神の様だった。


 それはコルボーが生前は使うことのなかった、奥の手の中の奥の手。

 魔法少女ですら体外に排出できない猛毒を大量に叩き込み、ソウルジェムの魔力を一気に蒸発させる一撃必殺。



コルボー「Mortem autem heros」



 その言葉を日本語に直せば、『英雄の死』。

245 : 以下、名... - 2016/04/09 00:32:20.46 XRrqPvd3P 174/529



 無論、もはや勝敗は決している。

 いくらいいセリフを語っても、どれだけ悲壮な決意を固めても。

 かずみはコルボーにあっけなく敗北する。

 神と悪魔の第二の前哨戦は、この上なく屈辱的な結末で幕を下ろすことになる。



かずみ「届け! スカーラ・ア・パラディーゾ!!」



 それでも、かずみは怯えない。

246 : 悪魔図鑑 - 2016/04/09 00:39:16.75 XRrqPvd3P 175/529


電気羊の悪魔、カンナ

呪いの性質:憤怒


インストールに失敗した破損フォルダー。

脈絡なく常に怒っているが、矛先を見失っているだけで、基本的にそれは正当な憎しみである。

絞首縄を振り回し、出来損ないのカウボーイを処刑する。

思春期の痛みを忘れた人間は、決してこの悪魔に説教をしてはいけない。


贖罪の物語 -見滝原に漂う業だらけ- 【中編】

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