-図書館-
タプリス(あれも、ダメ。これも……ダメですね)
タプリス(はぁ、天真先輩を更生させるための手段を調べに来たものの……)
タプリス(そんな都合の良い方法なんて、本当にあるんでしょうか)
きょろきょろ
タプリス(あれ? この本、逆さまに置かれてる)
タプリス(もう……ちゃんと元に戻さないとダメなのに)
タプリス「ん、んー!」
タプリス(手が、と、届かないっ! でもあと、もうちょっと!)
ズルッ
タプリス「えっ」
ドタンッ バラバラバラ
タプリス「あいたたた、やってしまいました……」
タプリス「うぅ、早く片付けないと……って」
タプリス「んん? これは……」
タプリス「……誰でもできる催眠術入門?」
元スレ
ガヴリール「千咲ちゃん、催眠術で天真先輩を更生させる」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1492166108/
ぺらっ ぺらっ
タプリス(なるほど、要するにこれは……)
タプリス(暗示一つで相手を自分の思うがままにできる、術式ですか)
タプリス(しかも術後に、その間の記憶が一切残らないなんて)
タプリス(ま、まさか下界にこんな秘術があったとは……)
タプリス(なんと恐ろしい……)
タプリス(でもこれなら、今の堕落しきった天真先輩を)
タプリス(優しくて綺麗で素敵だった、あの頃の先輩に……)
タプリス(戻すことができるかもしれません!)
タプリス(そうと決まれば、早速行動あるのみです!)
-ガヴリールの部屋-
ガヴリール「どうした、タプリス。なんか用か」
タプリス「あの、えーっと……」
タプリス(い、勢いにまかせて先輩の家に来てしまいましたが)
タプリス(どのように話を切り出せば良いのでしょう……)
タプリス(催眠術をかけるには、私の指をじっと見つめてもらう必要がありますし)
タプリス(堕天してしまったとはいえ、あの天使学校首席の先輩ですから)
タプリス(私の嘘じゃ、簡単に見破られてしまう可能性が……)
タプリス「あ、あの……近くを通りかかったので、あ、遊びに来ちゃいました!」
ガヴリール「ん? また、えらく急だな」
タプリス(さ、早速、怪しかった!?)
ガヴリール「ま、いいや。てきとーに座って」
タプリス「は、はい、お邪魔します」
タプリス(ほっ。まずは第一段階クリア、ですね)
-数時間後-
タプリス(って、先輩のゲームを眺めているだけで日が暮れてしまいました!)
ガヴリール「んー、やっと終わったー!」
タプリス「お疲れ様です、先輩」
ガヴリール「あー、目がちょっとしんどい」
タプリス「だ、大丈夫ですか?」
ガヴリール「最近、目の奥が痛くてなー。これが眼精疲労ってやつか」
タプリス(目が痛い、画面を見る……そ、そうだ、これです!)
タプリス「先輩。わたし、目の疲れがとれる方法、知ってますよ」
ガヴリール「えっ、なにそれ」
タプリス(よし、先輩が食いついてくれました! チャンスです!)
タプリス「じゃあ、わたしの指をじっと見ていてくださいね」
ガヴリール「ああ」
タプリス(あとはこうして、指をゆっくり振って……)
ふぃんふぃんふぃん
ガヴリール「……」
タプリス(これで終わりっと、でも……)
ガヴリール「……」
タプリス(ちゃんと成功しているんでしょうか)
ガヴリール「……」
タプリス(確かに瞳は虚ろな感じがしますし)
タプリス(先程からずっと黙ったままですが……)
タプリス(で、では……本に書いてあった通りに試してみましょう)
タプリス「先輩、右手をあげてみてください」
ガヴリール「……」スッ
タプリス(ほ、ほんとにあげてくれた。それなら……)
タプリス「次は、左手をあげてください」
ガヴリール「……」スッ
タプリス「そして、両手をさげないでください」
ガヴリール「……」
タプリス(すごい、フェイントにも全く引っかかりませんでした)
タプリス(これはまさか本当に……)
タプリス(いえいえ、でも先輩のことですから)
タプリス(これも演技である可能性が十分にあります)
タプリス(だったら、先輩が絶対にやらないようなことを……)
タプリス(そ、そうだ!)
タプリス「先輩、それでは……このお部屋を隅から隅まで綺麗に掃除してください」
タプリス(演技だったらきっと、掃除が面倒ですぐにやめてくれるはず)
ガヴリール「……」スタッ
タッタッタッ
タプリス(う、うそ。あの先輩が……)
パタパタパタ
タプリス(テキパキと部屋の掃除をしてます)
フキフキフキ
タプリス(でもなんでしょう、何かすごく落ち着かないです……)
タプリス「わ、わたしも手伝いますね!」
ピカーン キラキラキラッ
タプリス「ふぅ、すごく綺麗になりましたぁ」
ガヴリール「……」
タプリス「お疲れ様です、先輩。あ、もう座っても大丈夫ですからっ!」
ガヴリール「……」ストンッ
タプリス(恐ろしいですが、これは……本物ですね、正真正銘の秘術です)
タプリス(これで先輩を、以前のような素晴らしい先輩に……)
ガヴリール「……」
タプリス「あっ……」
タプリス(でも……本当にそれで良いんでしょうか)
タプリス(わたしは今、天真先輩の心を無理やり、捻じ曲げている気がします)
タプリス(天使として、それはきっと……いけない行為です)
タプリス(ですが……だとしても……)
タプリス(以前の優しくて、まさに天使の中の天使だった頃の先輩の方が)
タプリス(誰が見ても良いに決まっています)
タプリス(これは……先輩のため、先輩のためなんです)
タプリス(そう、元に戻るだけなんです)
タプリス(……やりましょう)
タプリス「先輩、わたしの指を見てください」
ガヴリール「……」
タプリス「天真先輩は、あの頃の……」
タプリス「天使学校にいた頃の性格に……戻ります」
ふぃんふぃんふぃん
ガヴリール「……ん」
タプリス「せ、先輩?」
ガヴリール「……タプリス、ですか?」
タプリス「は、はい、タプリスです! 天使学校の後輩の!」
ガヴリール「ええ、それはもちろん知ってますけど……」
ガヴリール「あれ、私、もしかして寝てました?」
タプリス「えっ? えーっと……は、はい」
ガヴリール「ごめんなさいね。起こしてくれてよかったのに」
タプリス「えっと、あまりに気持ちよさそうに寝ていましたので……」
ガヴリール「そうですか……って、わ、私、なんて格好を!?」カァァ
タプリス「えっ、いつもと同じジャージでは……」
タプリス(って、違う違う、あの頃の先輩に戻ったのだとしたら……)
ガヴリール「わわっ、髪もボサボサだし。は、恥ずかしい……」
タプリス(こんな姿を他人に見られるのは、恥ずべきことなのですね)
ガヴリール「えっと、ごめんなさいね、タプリス」
ガヴリール「こんな、みっともない姿を見せてしまって……」
タプリス(ということはつまり……術は大成功のようです!)
タプリス「い、いえ! わ、わたしがお休み中に突然押しかけたのが悪いんです!」
タプリス(う、嘘は言ってませんよね)
ガヴリール「でも……これはあまりにも」カァァ
タプリス(うぅ、なんか居た堪れないです。こうなったら……)
タプリス「あー、もうこんな時間! わ、わたし、そろそろお暇しますね!」
ガヴリール「そ、そう? せっかく来てくれたのに、本当にごめんなさいね」
ガヴリール「今度、この埋め合わせは必ずしますから」
タプリス「い、いえいえいえ! お気になさらず!」
タプリス「そ、それでは、お邪魔しました!」
-舞天市 上空-
タプリス「思わず飛び出してきちゃいましたが……」
タプリス「うぅ、先輩に恥をかかせてしまったでしょうか」
タプリス「で、でも、ついにわたしは、念願の目標を達成したんです!」
タプリス「これであの、憧れの先輩が帰ってきたんですね……」
タプリス「こんなに、こんなに嬉しいことはありません」
タプリス「だけど、本当にこれで大丈夫なのでしょうか」
タプリス「効果がちゃんと持続する保証はありませんし……」
タプリス「よし、明日の朝にまた、先輩の様子を見に行きましょう」
タプリス「そうと決まれば……」
タプリス「がんばるぞー! おー!」
-次の日の朝 ガヴリールの家の前-
タプリス「さ、さすがに朝の七時は早すぎたでしょうか」
タプリス「それに今日は学校もあるみたいですし……」
タプリス「そもそも登校前に、どういう理由で訪ねたら良いんでしょう」
タプリス「うーん」
ガチャ
タプリス「えっ」
ガヴリール「……あら」
タプリス「せ、先輩!?」
キラキラキラッ
ガヴリール「おはようございます、タプリス」ニコッ
タプリス「え、あの、そのっ、お、おはようございますっ!」
タプリス(先輩、制服姿……? って、家を出るの早くないですか!?)
タプリス(それにしても……なんて綺麗なお姿なんでしょう)
ガヴリール「タプリス?」
タプリス(清楚さを保ちながらも可愛らしい顔立ち、流れるようなブロンドの髪)
ガヴリール「どうしましたー?」
タプリス(これぞわたしが夢見てた、憧れの先輩そのものです!)
ガヴリール「えいっ」
タプリス「ふにゃ! は、鼻ぁ……?」
ガヴリール「ふふっ、スキありです」
タプリス「せ、先輩?」
ガヴリール「朝からそんなにぼぅっとしてたら、可愛いお顔が台無しですよ?」
タプリス「へっ、そ、そそそそそんな、可愛いだなんて!?」
タプリス「せ、先輩のほうが、何千倍も何万倍も可愛いです!!」
ガヴリール「ありがとうタプリス。お世辞でも嬉しいです」
タプリス「そ、そんな、お世辞では……」
ガヴリール「それにしても今日はどうしました?」
タプリス「え、えっとー……」
ガヴリール「あ、もしかして……学校の見学とか?」
タプリス「えっ、あ、そうですそうです! もしお邪魔じゃなかったら」
タプリス「先輩と学校まで、ご一緒したいなーって……」
タプリス「だめ、でしょうか?」
ガヴリール「もちろん、いいですよ」ニコッ
ガヴリール「今から学校に向かいますけど、それでも良かったですか?」
タプリス「えっと、こんな時間から学校へ行って何を……?」
ガヴリール「教室の掃除と、花壇への水やりをしようかと思いまして」
タプリス(すごい……ま、まさに理想の天使的行為ですっ!)
タプリス「さすが先輩です……尊敬します!」
ガヴリール「ふふっ、そんなに褒めても、何も出ませんよ」
タプリス(ともあれ、術は解けていないようで安心ですね)
-通学路-
ガヴリール「あ、そうそう。タプリスは今晩、なにか予定はありますか?」
タプリス「え、特にないですけど……」
ガヴリール「昨日は、ちゃんとおもてなしが出来なかったから」
ガヴリール「もしよかったら、私の家で夕食でもどうかなって」
タプリス「そ、そんなお気遣いなく!」
ガヴリール「……というのは建前で」
タプリス「へっ」
ガヴリール「最近、あなたと接する機会があまりなかったでしょう?」
ガヴリール「だから、ゆっくりお話でもできたらと思って」
ガヴリール「ダメだったでしょうか?」
タプリス「い、いえいえいえ! ぜ、ぜひ、ご一緒させていただきます!」
ガヴリール「ふふっ、ありがとう」
タプリス「お、お礼を言うのはこちらの方です! 本当にありがとうございますっ!」
タプリス(や、やりましたぁ……先輩と一緒に夕食だなんて夢みたい)
ガヴリール「それと、放課後に夕食の買い出しにも行こうと思ってますが」
ガヴリール「タプリスもどうですか?」
タプリス「あ、はい、お邪魔じゃなければぜひぜひ!」
タプリス「荷物持ちでも何でもしますので!」
ガヴリール「あははっ、頼もしいですね」
ガヴリール「では何を作るのか、その時決めましょうか」
タプリス「了解です!」
タプリス(それにしても……)
タプリス(一緒に作るごはんの食材を、一緒に買いに行くだなんて)
タプリス(これってその、あれみたい、ですよね……)
タプリス「えへへ……」
ガヴリール「タプリス? どうしました?」
タプリス「へっ、あ、えっと、その……今から、た、楽しみだなぁって!」
ガヴリール「あ、料理の腕にはあまり自信がないので、期待はしないでくださいね」
タプリス「いえいえ! 先輩の作ってくれたごはんでしたら、何でも嬉しいです!」
ガヴリール「ありがとう、タプリス。では、頑張って作りますね」
タプリス「それで、わたしの友達が……って、あ……」
ガヴリール「……もう学校に着いてしまいましたね」
タプリス「い、いつの間に……」
タプリス(うぅ、時間が経つのが早すぎです)
ガヴリール「あなたとお話していると……」
タプリス「えっ」
ガヴリール「なんだかいつもより、時間が経つのが早く感じられました」
タプリス「そ、そんな……わたし、全然まともに喋れなかったのに……」
ガヴリール「いえいえ、そんなことないですよ」
ガヴリール「なんと言いますか……あなたの元気な姿を見ていると」
ガヴリール「こちらまで、たくさん元気をもらえるんです」
タプリス「わ、わたしも! 先輩とお話できて……本当に本当に嬉しくて……」
タプリス「ここでお別れしてしまうのが、とても悲しくて……」
ガヴリール「そんな顔しないでください」ナデナデ
タプリス「あっ……」
ガヴリール「また後で会えるじゃないですか」
タプリス「そ、そうですよね」
ガヴリール「それでは、また放課後に」
タプリス「はい、先輩。それでは、また後ほどです!」
タプリス(はぁ先輩、行っちゃった……)
タプリス(でもあれは正真正銘、天使学校時代の先輩でした)
タプリス(それにしても……)
タプリス(まだ、胸のドキドキがとまりません……)
タプリス(まさか先輩が、わたしの頭を撫でてくれるなんて……)
タプリス「えへへ」
タプリス(わたしと話していると、元気をもらえる、って言ってくれた)
タプリス(わたしなんかでも、先輩の役に立てたのなら嬉しいな)
タプリス「先輩……」
-お昼休み 教室-
サターニャ「で、今度はなに? 誰を騙そうとしてるのよ」
ガヴリール「えっと、何のことだか……」
サターニャ「誤魔化そうったって、そうはいかないんだから」
サターニャ「まさか、またあの姉天使が暴れてるの?」
ガヴリール「あの、お話がよくわかりません……」
ヴィーネ「ちょっとサターニャ、ガヴ本気で困ってるみたいじゃない?」
サターニャ「ふんっ、何考えてるか知らないけど、もう騙されないわよ!」
ヴィーネ「ねえガヴ、本当にどうしたの?」
ガヴリール「ヴィーネさんまで……私、そんなにおかしいですか?」
ヴィーネ「いや、おかしくはないんだけど……おかしいというか」
サターニャ「アンタの方がおかしなこと言ってるわよ、ヴィネット」
ヴィーネ「う、まさかサターニャに突っ込まれるなんて……」
ヴィーネ「まぁとりあえず、もう少し様子を見てみましょうか」
サターニャ「ふんっ、だ」
-物陰-
タプリス(元に戻ったとはいえ……急変した先輩に)
タプリス(クラスの方が怪しんでないか、気になって来てしまいましたが)
ラフィエル「あら?」
タプリス(ここからだとイマイチ様子がわかりませんね……)
ラフィエル「タプちゃんではないですか」
タプリス(なんとなく、皆さんに囲まれて天真先輩が困っているような感じが……)
ラフィエル「……」
タプリス(ですが助けに行きたくても、さすがにわたし一人で教室へは……)
ラフィエル「タープーちゃん!」ギュッ
タプリス「ひゃ、ひゃい!」
ラフィエル「そんなにじーっと、何を見てるんですか?」
タプリス「し、しし、白羽先輩!? え、えーっと……」
ラフィエル「そうだ、これからガヴちゃん達の教室へ行こうと思ってたんですが」
ラフィエル「タプちゃんも一緒にどうですか?」
タプリス「えっ、でも、わたしが教室へ入るのはまずいのでは……」
ラフィエル「まぁ、ここの生徒さん希望ですし、少しくらいなら大丈夫でしょう」
-教室-
ラフィエル「みなさん、今日は素敵なゲストを紹介しますー」
タプリス「お、お邪魔します……」
ヴィーネ「あら? タプちゃんじゃない! どうしたの? また学校見学?」
タプリス「は、はい、ご無沙汰しています。月乃瀬先輩」
サターニャ「なに? またこの大悪魔であるサタニキア様に勝負を挑みに来たの?」
タプリス「い、いえ、そうではなくて!」
サターニャ「ふっ、いい度胸ね、その心意気は褒めてあげるわ。だけど今度こそ――」
ガヴリール「サターニャさん。そんなにタプリスをイジメては駄目ですよ」
タプリス「せ、先輩……」
サターニャ「キーッ! 最後まで言わせなさいよ、もうっ!」
ガヴリール「では改めて。タプリス、私達の教室にようこそ」
ガヴリール「校内の方はどうでした? 緊張しませんでしたか?」
タプリス「は、はいっ、大丈夫です。ひと通り回ることができましたっ」
ガヴリール「ふふっ、さすがタプリスです。偉いですね」ナデナデ
タプリス「えへへ」
ラフィエル「ただ、その様子があまりにも不審だったので……」
ラフィエル「思わず拉致っちゃいました」
ヴィーネ「拉致って……あなたねぇ」
ラフィエル「タプちゃんにとって、今のガヴちゃんはまさに」
ラフィエル「天使学校時代の憧れていた先輩そのものですから」
ラフィエル「会わせてあげたいなぁと」
ヴィーネ「あー、そういえばゼルエルさんが来た時は……」
ヴィーネ「タプちゃん、ガヴに会ってなかったわね」
ラフィエル「ええ。……あ、良いこと思いつきました!」
ヴィーネ「ラフィのそれは、嫌な予感しかしないんだけど……」
ラフィエル「せっかくですから」
ラフィエル「お昼はガヴちゃんとタプちゃんのお二人で食べてきては?」
タプリス「し、白羽先輩っ!? いったい何を……」
ヴィーネ「ラフィにしては、珍しく良い提案ね」
ヴィーネ「天使学校の先輩後輩、水入らずで積もる話もあるだろうし」
ラフィエル「サターニャさんも、それで良いですよね?」
サターニャ「ふんっ、こんな腑抜けたガヴリールになんて興味ないし」
サターニャ「どうでもいいわ」
ラフィエル「ガヴちゃんも、それで良いですか?」
ガヴリール「ええ、ちょうどタプリスとは色々お話したいと思ってましたから」
ガヴリール「皆さんが良いなら、ぜひ」
ラフィエル「タプちゃんタプちゃん」コソコソ
タプリス「な、なんでしょう」
ラフィエル「タプちゃんは……聞くまでもないですよね?」
タプリス「……ッ」カァァ
ラフィエル「では決定ですね。今日は天気もいいですし、屋上なんてどうでしょう」
ラフィエル「人もほとんどいませんから、オススメですよ」
ガヴリール「では、そうしましょうか。タプリス、行きましょう?」
タプリス「は、はい! それでは皆さん、し、失礼しました!」
ヴィーネ「ねえ、ラフィ。あなた、何か企んでるでしょう」
ラフィエル「そんな、企んでるだなんて、人聞きの悪い……」
ヴィーネ「手際が良すぎるのよ。で、実際は?」
ラフィエル「私はお二人のことを、天使学校時代からよく知っていますし」
ラフィエル「タプちゃんが、どれだけガヴちゃんを慕っていたかも知っていますから」
ラフィエル「ただ純粋に、良い思い出を作って欲しいなぁって」
ラフィエル「そう思ってるだけですよ」
ヴィーネ「そっか。それなら良いんだけど……」
サターニャ「ねぇ、それで私たちはどうするのよ」
ラフィエル「そうですねぇ、では久しぶりに学食でも行きましょうか」
サターニャ「ふふっ、どうやら悪魔的指圧(デビルズプッシュ)の出番のようね」
ヴィーネ「いや、うどんはもういいから」
-屋上-
ギィィ バタンッ
タプリス「わぁっ、すごい! 先輩っ、空がこんなに広いです!」
ガヴリール「そんなにはしゃいでいると、転んじゃいますよ」
タプリス「えへへ、はーい」
タプリス「えっと、他には誰もいないみたいですね」
ガヴリール「ええ。それにしても、学校にこんな場所があったとは」
ガヴリール「私も知りませんでした」
タプリス「せ、先輩にも知らないことが……」
ガヴリール「もちろんです。むしろ知らないことの方が圧倒的に多いですよ」
タプリス「で、でもわたしの方が、もっと、もーっと知らないことだらけですので!」
ガヴリール「ふふっ、ありがとう。あ、ベンチもあるみたいですね」
ガヴリール「あそこに座りましょうか」
タプリス「はいっ」
ガヴリール「私の手作りで申し訳ないですが、お弁当、二人で分けましょうか」
タプリス「せ、せせせ、先輩の手作りお弁当っ!?」
ガヴリール「朝も言いましたけど、料理の自信はあまりないので」
ガヴリール「期待しないでくださいね」
タプリス「いえ、いえいえいえ! 先輩の手作りお弁当をいただけるなんて!」
タプリス「それだけでも、恐悦至極です!!」
ガヴリール「あははっ、もう大げさなんだから」
ガヴリール「あら、私としたことが……」
タプリス「どうしました?」
ガヴリール「えっと、お箸を一膳しか用意していませんでした」
タプリス「あ、じゃあわたし、自分の分を取りにいってきますね!」
ガヴリール「待ってください。わざわざ持ってくるのも大変ですから、こうしましょう」
タプリス「えっ」
ガヴリール「はい、あーん」
タプリス(ど、どうしてこんなことに!?)
タプリス(いえ、嬉しいですが! もう涙が出るほどに嬉しいですが!)
ガヴリール「あれ、卵焼きは嫌いでした?」
タプリス「い、いえいえ! 大好きです!」
ガヴリール「じゃあ、はい、あーん」
タプリス(き、緊張します。で、でもこちらは大きな口さえ開けてさえおけば……)
タプリス「……」プルプル
ガヴリール「えいっ」
タプリス「……ッ」
パクッ もぐもぐ
ガヴリール「どうですか?」
タプリス「……お」
ガヴリール「お?」
タプリス「おいしいいいいいい、ですっ!!」
タプリス(ふわっとした食感に、この甘さ増し増しの味付けがたまりませんっ)
ガヴリール「えっと、甘すぎたりしない?」
タプリス「いえいえ、おいしいです! わたし、甘いの大好きですから!」
ガヴリール「そう? よかったぁ」
タプリス「ほんとにおいしい、おいしいよぉ……」
ガヴリール「タプリス? もしかして泣いてるの?」
タプリス「だっておいしくて……本当に嬉しくて……」
ガヴリール「もう、こんなことで泣かないの」ナデナデ
タプリス「う、うぅ……」
ガヴリール「でも、ありがとうね、タプリス」
タプリス「あ、では今度はわたしが先輩に!」
ガヴリール「ふふっ、じゃあお願いしますね」
タプリス(とは言ったものの……)
タプリス(き、緊張して、手の震えが止まりません)
タプリス(で、でも先輩も待っていますから)
タプリス(落ち着いて、深呼吸……)
タプリス「すぅ……はぁ……」
タプリス「ど、どうぞ先輩っ」スッ
ガヴリール「……」
タプリス「……」
タプリス(……あれ? 先輩、もう食べてくれた、かな?)
ガヴリール「タプリス」
タプリス「え、あ、はい?」
ガヴリール「そこ、お鼻ですよ」
タプリス「えっ? わぁぁっ、ごめんなさいごめんなさい!!」
フキフキ
ガヴリール「ふふっ、あははっ、もうタプリスったら……」
タプリス「ほんとに本当にごめんなさい……」
ガヴリール「そんなに緊張しなくても、ふふっ、いいんですよ?」
タプリス「で、でも」
ガヴリール「ほら、こうやって……」
タプリス(せ、先輩の手が、わ、わたしの手に触れ……)
パクッ
ガヴリール「ね? これで良いんです」
タプリス「……は、はい」カァァ
ガヴリール「ほら、他にもまだありますから、どんどん食べてください」
タプリス「い、いただきます……」
タプリス「ごちそうさまでした、本当においしかったです!」
ガヴリール「はい、お粗末さまでした」ニコッ
タプリス(卵焼き、唐揚げ、プチトマト)
タプリス(アスパラのベーコン巻き、タコさんウインナー、ミニおむすび)
タプリス(どれも本当においしかったですけど)
タプリス(交互に口に運んでいたお箸の方が、どうしても気になってしまいました)
タプリス(だって、先輩とその……ごにょごにょ、ですから)
ガヴリール「ありがとうね、タプリス」
タプリス「えっ、先輩がなぜ……お礼を言うのはこちらの方ですよ」
ガヴリール「ううん、私がお礼を言いたいの」
ガヴリール「だってタプリスったら、本当に美味しそうに食べてくれるから」
ガヴリール「作った側としては、すごく嬉しかった」
ガヴリール「それに自分で作った物なのに、タプリスに食べさせてもらったら」
ガヴリール「いつもより美味しく感じたんです」
ガヴリール「やっぱり二人で食べたから、でしょうね」ニコッ
タプリス「せ、先輩……わたしも、わたしもそう思います」
タプリス「先輩と一緒だったから……本当においしかったです」
ガヴリール「ふふっ、ありがとう。これは、夜も楽しみですね」
タプリス「はいっ」
ヒュゥゥゥ
ガヴリール「あ、少し風が出てきましたか」
タプリス「……あっ」
タプリス「先輩の髪がなびいて……綺麗……」
ガヴリール「えっ」
タプリス「え? あ、あれ? わ、わたし、もしかして……」
ガヴリール「え、えっと……」
タプリス「今の、口に……出してました?」
ガヴリール「……う、うん」
タプリス「~~~ッ!」カァァ
タプリス「い、今のは忘れてくださいっ!」
ガヴリール「……ありがとう、タプリス」スッ
タプリス「せ、先輩!?」カァァ
タプリス(せ、せせせ、先輩が、わ、わたしの髪に触れ、触れて……)
ガヴリール「ですが私も、あなたの髪、好きですよ」
タプリス「わ、わたしのなんて、いつも纏まらないし、くせっ毛だし……」
タプリス「先輩のように、さらさらで綺麗な髪が良かった……です」
ガヴリール「そうですか? 私は、いつも明るくて元気なタプリスに、よく似合ってて」
ガヴリール「素敵だと思いますよ」ニコッ
タプリス「先輩……」
ガヴリール「あ、そうだ。せっかくですから、髪、梳いてあげますね」
タプリス「えっ、せ、先輩にわざわざそんなことまでしていただくのは!」
タプリス「お、恐れ多くて、その……」
ガヴリール「ふふっ、いいんですよ。私がしたいんですから」
ガヴリール「さ、後ろ向いて?」
タプリス「うぅ……で、では、よろしくお願いします」
スッスッスッ
ガヴリール「……」
タプリス(……少しだけ、くすぐったい)
タプリス(でも……先輩の丁寧な、丁寧すぎる櫛使いから)
タプリス(先輩の優しさが、いっぱい、いっぱい伝わってきて)
タプリス(胸の中にあったかいのが、ふわぁって広がっていくのを感じます)
タプリス(なんと言ったら良いんでしょう。こういうのを……)
タプリス(幸せって言うんでしょうか)
ガヴリール「これでよしっと」スッ
タプリス「あっ……」
タプリス(もう……終わっちゃったんだ)
ガヴリール「ふふっ、もっと可愛くなりましたね」
タプリス「あ、ありがとうございます……」カァァ
タプリス(可愛いだなんて、そんな……)
タプリス(先輩、駄目です。わたし、馬鹿なんですから……)
タプリス(そんなこと言われたら、勘違い、してしまいます……)
ガヴリール「タプリス?」
タプリス「……先輩、わたしはっ!」
キンコンカンコーン
タプリス「あっ……」
ガヴリール「あ、予鈴ですね。そろそろ教室に戻らないと」
タプリス「そ、そうですね……」
ガヴリール「えっと、何か言おうとしてましたけど」
タプリス「い、いえ、何でもないです! お気になさらず!」
ガヴリール「そうですか? それなら良いのですが……」
タプリス「はいっ。あ、わたしはもう少しだけ、ここに居ようと思います」
ガヴリール「わかりました、ではまた放課後ですね」
タプリス「はいっ。それでは先輩、また後ほどです!」
ギィィ バタンッ
タプリス「はぁ……」
タプリス「わたし、何を言おうとしてたんだろう」
タプリス「でも……また先輩に、可愛いって言われちゃった」
タプリス「えへへ」
ファサッ
ラフィエル「その様子ですと、うまくいったようですね、タプちゃん」
タプリス「わっ!? え? 白羽先輩!?」
ラフィエル「ガヴちゃんとのお食事会は、楽しかったですか?」
タプリス「はいっ、これも全て白羽先輩のおかげです!」
タプリス「ほんっとうに、素敵なひとときを過ごせました!」
ラフィエル「そうですかそうですかぁ」
タプリス「本当に、本当にありがとうございますっ!」
ラフィエル「それは良かったです」
タプリス「あ、あれ。それより、白羽先輩もそろそろ授業が始まるのでは?」
ラフィエル「そうですね……それでは時間もあまりないので手短に」
ラフィエル「タプちゃん」
タプリス「は、はい」
ラフィエル「……ガヴちゃんに、何をしましたか?」
タプリス「えっ? て、天真先輩に、したこと?」
ラフィエル「そうです。ガヴちゃんが以前の、天使学校時代のガヴちゃんに」
ラフィエル「戻ってしまった理由を聞いているんです」
タプリス「わ、わたしは、その……」
ラフィエル「昨日タプちゃんは、ガヴちゃんの家を訪問していますよね?」
ラフィエル「そして今日はずっと、ガヴちゃんを監視していました」
タプリス「えっと……それはつまり……」
ラフィエル「タプちゃん、私の目を見てください」
タプリス「は、はいっ」
ラフィエル「厳しいようですが、タプちゃんは……私相手に嘘を貫き通せると」
ラフィエル「本気で思っていますか?」
タプリス「……」
ラフィエル「別に怒っているわけではありませんから、安心してください」
ラフィエル「私は、ただ真実が知りたいだけです」
タプリス「……わ、わかりました……全てお話します」
ラフィエル「……催眠術、ですか」
タプリス「は、はい」
ラフィエル(にわかに信じがたいですが……もしかすると)
ラフィエル(タプちゃんには、その類の才能があるのかもしれませんね)
ラフィエル(ですが、これはあまりにも……)
ラフィエル「タプちゃん」
タプリス「な、なんでしょうか」
ラフィエル「その催眠術を……即刻、解除してください」
タプリス「えっ、い、今すぐ……ですか?」
ラフィエル「はい。今は、まだ何も起きていませんが、恐らく……」
ラフィエル「自分の意志とは正反対の性格が、強制的に上書きされ続けている状態です」
ラフィエル「きっとガヴちゃんの脳には、相当な負荷がかかっているはず」
ラフィエル「これ以上続けば、脳組織が耐えきれず、徐々に破壊されていき……」
ラフィエル「最悪……命を落としてしまうことでしょう」
タプリス「そ、そんな……」
ラフィエル「それでもタプちゃんは……この催眠術を続けますか?」
タプリス「……」
ラフィエル「タプちゃん」
タプリス「……天真先輩は」
タプリス「わたしから、元気をもらえるって言ってくれたんです」
ラフィエル「……」
タプリス「一緒にごはんを食べて、わたしの髪を梳かしてくれて」
タプリス「それで、わたしのこと、可愛いって言ってくれて……」
タプリス「天真先輩に比べたら、全然、ぜんっぜん大したことないのに」
タプリス「それなのに、わたしの頭を、優しく撫でてくれたんです」
ラフィエル「タプちゃん……」
タプリス「お願いです、白羽先輩」
タプリス「一日だけ……いえ、今晩だけでも、このまま……」
タプリス「今の天真先輩と一緒にいさせて、もらえないでしょうか?」
ラフィエル「タプちゃんが、どれだけガヴちゃんのことを慕っているか」
ラフィエル「十分、理解しているつもりです。ですが……」
タプリス「……約束、したんです」
ラフィエル「えっ?」
タプリス「今晩、一緒に食事をしようって」
タプリス「天真先輩も、わたしに料理を食べてもらうのが楽しみだって」
タプリス「そう、言ってくれたんです」
ラフィエル「……」
タプリス「今の天真先輩が、たとえ偽りの姿だったとしても……」
タプリス「わたしには、天真先輩との約束を破ることなんてできません」
タプリス「約束が終わったら、必ず。必ず、術を解除します、ですから……」
タプリス「お願い、します」
ラフィエル「……わかりました」
タプリス「し、白羽先輩……」
ラフィエル「その言葉、信じましょう」
ラフィエル「それに一日程度なら、影響はほぼ無いはずです」
ラフィエル「ですが……本当に大丈夫ですか? やれますか?」
タプリス「はい、大丈夫です」
タプリス「確かに今の天真先輩と別れるのは、とても辛いことです」
タプリス「でもそれで……天真先輩を傷つけてしまうのだとしたら、それは……」
タプリス「もっともっと、怖くて、恐ろしいことですから」
ラフィエル「そうですね、私も……そう思います」
ラフィエル「ではタプちゃん。私はそろそろ失礼しますね」
タプリス「はい、白羽先輩。わたしの我儘を聞いてくださって」
タプリス「本当にありがとうございます」
ラフィエル「タプちゃんに……神のご加護を」
ギィィ バタンッ
ラフィエル「……」
ラフィエル(もう少し真っ当な方法でしたら、黙って目を瞑ったんですが……)
ラフィエル(可愛い後輩を……泣かせてしまいました)
ラフィエル(……はぁ。こんな役回りはもう、こりごりですね)
-屋上-
タプリス「少し、曇ってきましたね」
タプリス「……」
タプリス(こんな思いをするくらいなら……)
タプリス(あの時……少しでも思いとどまったあの瞬間に)
タプリス(やめておけばよかったんでしょうか)
タプリス(術を解いたら、先輩はその間の記憶を全て失ってしまう)
タプリス(わたしの頭を撫でてくれたことも、優しく微笑んでくれたことも全て)
タプリス(先輩は、忘れてしまいます)
タプリス(覚えているのは、わたし一人だけ)
タプリス(そのことにいったい、何の意味があるんでしょうか)
タプリス(そんなの……夢の中のお話と何も変わらないじゃないですか)
タプリス(だったら……だとしたら……)
タプリス(白羽先輩がくれた最後のチャンス)
タプリス(思い切り楽しまないと、損ですよね)
タプリス「ああっ、もう! わたしらしくないですっ!」
タプリス(せめて先輩の前では、いつも通りのわたしの姿を見せないとっ)
-放課後 校門前-
タプリス(先輩……まだかな)
ガヴリール「タプリスー!」
タプリス「あ、先輩!」
ガヴリール「ごめんなさい、だいぶ待ったでしょう?」
タプリス「いえいえ! 全然待ってないですから!」
ガヴリール「……嘘」
ぎゅっ
タプリス「えっ、せ、先輩!?」
ガヴリール「こんなに手を冷たくして。それにしても、急に曇って気温が下がりましたね」
ガヴリール「待ち合わせの場所、ちゃんと決めておけばよかった」
タプリス「ほ、ほんとに大丈夫ですから! そ、それに……」
タプリス「先輩に手を温めてもらえて……嬉しかった、です」
ガヴリール「タプリス……わかりました、では……」スッ
タプリス「えっ、えっ?」
ガヴリール「このまま商店街まで、手を繋いで行きましょうか」
タプリス「わっ、わわっ、先輩、引っ張らないでくださいっ」
タプリス(あぁ、先輩と手繋ぎで歩けるなんて……っていけない、つい無言に)
タプリス「そ、それはそうと、他の皆さんは?」
ガヴリール「えっと皆さん、何かそれぞれ用があるからと」
ガヴリール「ラフィから聞きまして、私一人ですよ」
タプリス(白羽先輩……本当にありがとうございます)
ガヴリール「えっと……タプリスは、皆さんと一緒のほうが、よかったですか?」
タプリス「えっ? い、いえ! わ、わたしは、その……」
タプリス「先輩と、ふ、二人が……いいです……」カァァ
ガヴリール「……よかった、安心しました」
タプリス「あ、安心、ですか?」
ガヴリール「ええ。私も、タプリスと二人きりがよかったから」
タプリス「そ、そそそんな、先輩にそう言ってもらえるなんて、恐縮です」
ガヴリール「そう畏まらなくていいんですよ。それよりも……」
タプリス「はい?」
ガヴリール「タプリス。お昼を食べた後、何かありましたか?」
タプリス「えっ? と、特に何もないですけどっ。ど、どうしてです?」
ガヴリール「いえ、何かお昼の時よりも、元気がないみたいですから」
タプリス(うぅ、先輩に悟られないように、気をつけていたはずなのに)
タプリス(また余計な心配をお掛けしてしまいました……)
タプリス「そ、そうですかね? えーっと、もしかしたら……」
タプリス「お昼ごはんがおいしすぎて、少しだけ眠たいから、かもしれませんっ」
ガヴリール「そう、それなら良いんだけど……」
タプリス「あははっ、この通り、元気いっぱいですから大丈夫です!」
ガヴリール「タプリス」ナデナデ
タプリス「せ、先輩!? あの、ええと……」
ガヴリール「……私で良かったら、いつでも相談に乗りますからね」
タプリス「先輩……あ、ありがとう、ございます……」
タプリス(……どうしてだろう。どうして先輩はいつも)
タプリス(その時、わたしがしてほしいことを、してくれるんだろう)
タプリス(どうして、そんな先輩とわたしは今晩……)
タプリス(お別れしないといけないんだろう)
-通学路-
ポツ ポツ ポツ
サァァァァァ
タプリス「わ、わわっ、雨が」
ガヴリール「あらあら、やはり降ってきましたか。少し待っててくださいね」
タプリス「えっ、先輩、傘持ってるんですか? さすがです……」
ガヴリール「折り畳み傘ですけどね。……これでよしっと」
ガヴリール「さ、タプリス。もう少しこちらに」
タプリス「あ、えと、その……失礼します」
サァァァァァ
タプリス(せ、先輩と……相合傘ができるなんて)
タプリス(こんなに、こんなに嬉しいことはありません)
タプリス(あ、でも……やっぱり。先輩の肩が濡れてる)
タプリス「せ、先輩。先輩が濡れてしまってますから、もう少し傘を先輩のほうへ……」
ガヴリール「このくらい平気ですよ。気にしないでください」
タプリス「でしたら、その……」
タプリス「もう少しだけ……せ、先輩のおそばに寄ってもいいですか?」
ガヴリール「ふふっ、もちろんですよ。あ、どうせなら腕でも組みましょうか」
タプリス「え、ええっ!? そ、それは、さすがに恐れ多いといいますかっ」
ガヴリール「あ、傘を持ってもらってもいいですか?」
タプリス「えっ、あ、はい」
ガヴリール「それじゃあ私から……えいっ」
ぎゅぅ
タプリス「はうっ」
ガヴリール「タプリス、あたたかい……」
タプリス「あわっ、あわわわわっ」
タプリス(せ、せせせ、先輩のぬくもりがっ)
タプリス(ああっ、これがシャングリラですか、極楽浄土ですか!)
タプリス(し、幸せすぎます……雨さん、ほんとにありがとう!)
ガヴリール「それにしても、傍から見ると私のほうが後輩に見えそうですね」
タプリス「えっ、そ、そんなことは……」
ガヴリール「タプリスせーんぱいっ……なんちゃって」
タプリス「ごはっ!!」
タプリス「……」パクパク
ガヴリール「タ、タプリス!? あれ? あれれ?」
タプリス「はっ!」
ガヴリール「だ、大丈夫?」
タプリス「あ、危うく、三途の川を渡り終えるところでした……」
ガヴリール「あははっ、もうタプリスったら大げさなんだから」
タプリス「お、大げさじゃないです。先輩はですね、それだけ魅力的な方なんですから」
タプリス「少しは自覚していただかないと……」
ガヴリール「もう、何ですかそれ。でも、ありがとうね」
タプリス「そ、それにですね、無意識かもしれませんが……」
タプリス「誰にでもこういうことをしては――」
ガヴリール「……誰にでも、なんてするはずないじゃないですか」
タプリス「えっ、先輩……?」
ガヴリール「……」
タプリス「え、えーっと、あ……雨、やんじゃいましたね」
タプリス(雨さん、もう少し頑張ってほしかったのに)
タプリス(はぁ……せっかくの相合傘もこれで終わり、でしょうか)
タプリス「傘、閉じちゃいますね」
ガヴリール「……待ってください」
タプリス「えっ」
ガヴリール「雨はまだ……降っている、と思います」
タプリス「で、でも、水たまりを見ても水滴は……」
ガヴリール「……私には、雨がやんでいるようには見えないんです」
ぎゅぅ
タプリス「せ、先輩……?」
タプリス(これはつまり、その……)
ガヴリール「……」
タプリス「……そう、ですよね」
タプリス「ごめんなさい、先輩。わたしの勘違いでした」
タプリス「雨、まだやんでいないみたいです」
ガヴリール「……ありがとう、タプリス」
-スーパーマーケット-
タプリス「あ、わたしがカートを押してもいいですか?」
ガヴリール「ええ、ありがとう。雨で足元滑りやすくなってますから、気をつけてね」
タプリス「はーい」
タプリス「これで重い物も楽ちんですし、いくらでも押しちゃいますよっ」
ガヴリール「ふふっ、タプリスったら楽しそう」
タプリス「う、子供っぽいですかね。もう少しで高校生になるのに……」
ガヴリール「私は……無邪気で明るいタプリスのままでいてくれたら、嬉しいかな」
タプリス「えへへ、そうでしょうか」
タプリス「あ、でも今晩は、わたしもたくさんお手伝いしちゃいますからっ」
ガヴリール「いえいえ、タプリスはお客さんなんですから」
ガヴリール「ゆっくりしてくれてて良いんですよ」
タプリス「えっとですね……これは、その……わたしの夢なんです」
ガヴリール「夢?」
タプリス「大切な……じゃ、じゃなくて! 将来、その……二人でキッチンに並んで」
タプリス「一緒に楽しくお話しながら料理をして、一緒にそれを食べる」
タプリス「小さい頃からずっとずっと、憧れていたんです」
ガヴリール「そうでしたか……。でも、私で良いのですか?」
タプリス「えっ、あ、その、わたしは、先輩とが……いいです」カァァ
ガヴリール「ふふっ、わかりました」
タプリス「はいっ。でもわたし、料理で貢献できることは少ないかもしれません……」
ガヴリール「大丈夫ですよ。それに、実はもう作るものを決めているんです」
タプリス「えっ、そうなんですか?」
ガヴリール「はい、ハンバーグにしようと思ってます」
タプリス「ハ、ハンバーグですか!?」
ガヴリール「それなら材料を混ぜて、捏ねるところをお任せできますから」
タプリス「なるほど。それなら、わたしでもできそうです!」
ガヴリール「それにタプリス、ハンバーグが好きでしたよね」
タプリス「えっ、どうしてそれを……」
ガヴリール「だってタプリス、言っていたじゃないですか」
ガヴリール「天使学校でお昼を一緒に食べた時に」
タプリス「そんな昔のこと……覚えていてくれたんですね」
ガヴリール「当たり前です。タプリスとの大切な思い出ですから」
-夕方 帰路-
タプリス「ふんふんふーんっ」
ガヴリール「もう、タプリス。そんな歩き方をしてると転びますよ」
タプリス「大丈夫ですよ、せーんぱいっ」
タプリス「学校の屋上でも転ばなかったじゃないですか」
ガヴリール「ふふっ、確かにそうですね」
タプリス(先輩、わたしがハンバーグ好きなこと覚えていてくれた)
タプリス(天使学校でたった一回しか、お昼をご一緒したことがなかったのに)
タプリス(最初で最後だったあの時のこと)
タプリス(わたしのこと、ちゃんと覚えていてくれた)
ブロロロロロロッ
タプリス(先輩はどこまで、わたしを喜ばせたら気が済むのでしょうか)
タプリス(そんな先輩だから、わたしは……わたしは、あなたのこと……)
ガヴリール「タプリス、危ないっ!!」
タプリス「えっ――」
キキーーーッ
ブロロロロロロッ
ガヴリール「ひどい、なんて運転……」
ガヴリール「でも、神足通が間に合って本当に良かった」
タプリス「……」ガクガク
ガヴリール「大丈夫ですか、タプリス。痛いところはありますか?」
タプリス「……わ、わた、わたしは」
ガヴリール「えっと、怪我は……していないようですね」
タプリス「せ、先輩……わたし、し、死んで……殺され……」
ガヴリール「えっ?」
タプリス「きっと、わ、わたしが……罰当たりなこと、した、から……」
ぎゅぅ
タプリス「あっ」
ガヴリール「大丈夫です、タプリスはちゃんと生きています」
タプリス「あ、あぁ……」
ガヴリール「タプリスは何も悪くありません。私が保証します」
ガヴリール「ですから、安心してください」ナデナデ
タプリス「ぐすっ……せんぱい、せんぱぁい……」
タプリス(そうして先輩は、わたしが泣き止むまでずっと)
タプリス(わたしの頭を撫でてくれた)
タプリス(しばらくして落ち着いて、歩き出してからも)
タプリス(黙ってわたしの手をずっと握って、歩いてくれている)
タプリス(優しい先輩)
タプリス(ずっとずっと憧れていた先輩)
タプリス(今までは、わたしからの一方通行だった)
タプリス(だから一人でずっと、我慢することができた)
タプリス(でも先輩は、わたしの命を助けてくれた)
タプリス(先輩がいなかったら、わたしは今、ここにいなかった)
タプリス(だからこの命は全部、全部ぜんぶ、先輩のもの)
タプリス(先輩への想いがどんどん溢れてきて、とまりません)
タプリス(先輩、わたしは……)
タプリス(わたしは先輩に、何をあげることができますか?)
-ガヴリールの家 玄関-
ガヴリール「ただいま。さ、中に入って」
タプリス「……」
カチャリ
ガヴリール「あ、鍵ありが――」
ぎゅぅぅ
ガヴリール「――とう、ね」
タプリス「……」
ガヴリール「どうしたの? まだ、怖い?」
タプリス「……」
ガヴリール「タプリス?」
タプリス「……先輩、好きです」
ガヴリール「……」
タプリス「昔からずっとずっと、好きでした」
タプリス「最初はただの憧れだったんです」
タプリス「天使学校で優秀な成績を修めていて、清楚で、それでいてとても綺麗で」
タプリス「先輩のようになれたらなぁって、ずっと思ってました」
タプリス「……でも先輩のことを知っていくうちに」
タプリス「少しずつ変わっていったんです」
タプリス「ああ、違う。わたしは、この人になりたいんじゃない」
タプリス「この人のそばに居たいんだって」
タプリス「今日だって、たくさん、わたしの頭を撫でてくれて」
タプリス「それが本当に心地よくて、いっぱいいっぱい幸せをもらって」
タプリス「やっぱり先輩は、あの時の優しい先輩のままでいてくれて」
タプリス「さっきだって……わたしの命を、救ってくれました」
タプリス「だから、わたしは……先輩からもらったこの命」
タプリス「これからは先輩のために、全て使っていきたいと思ってるんです」
ぎゅぅぅ
タプリス「先輩、もう一度言います。わたしは……」
タプリス「千咲=タプリス=シュガーベルは、天真先輩のことが好きです」
ガヴリール「……」
タプリス「急にこんなことを言って、本当にごめんなさい」
タプリス「でもわたし、ダメだったんです」
タプリス「さっきから先輩への想いが溢れて溢れて、とまらなくて」
タプリス「ずっと我慢しようと思ってたのに、とまってくれなくて……」
タプリス「先輩、お願いです……」
タプリス「わたし、先輩のためなら……何でもします」
タプリス「ですから、わたしを……わたしのことを」
タプリス「もらってもらえませんか?」
ガヴリール「……ありがとう、タプリス」
ガヴリール「あなたの真っ直ぐな気持ち、痛いほど伝わってきました」
タプリス「そ、それじゃあ……」
ガヴリール「ですが、今のあなたの気持ちを受け取ることは、私にはできません」
タプリス「……っ」
ガヴリール「タプリスは……あんなことが身近に起こってしまって」
ガヴリール「今は、気が動転しているのだと思います」
ガヴリール「一時の感情に流されているのだと、私は思います」
タプリス「そんな、わたしは……」
ガヴリール「私に対して、尊敬の念を抱いてくれていたことは、知っていました」
ガヴリール「それは本当に嬉しくあり、ありがたいことです」
ガヴリール「けれど、タプリスの今の感情は……」
ガヴリール「それと今回の件がうまく噛み合わさって、偶然生まれてしまったもの」
ガヴリール「あなたが今まで抱えていた気持ちとは、少し違うと思います」
タプリス「でも先輩、わたしはっ、わたしのこの気持ちは、嘘じゃ……」
ガヴリール「ええ、わかっています」
ガヴリール「そうやって私を慕ってくれていることは、純粋に嬉しいです」
タプリス「わたしは、先輩の……先輩のためなら……」
ガヴリール「……何でもする、なんて軽々しく言ってはいけません」
タプリス「えっ」
ガヴリール「タプリス。私は今から、厳しいことを言います」
ガヴリール「それはですね、生きることを全て、他人に委ねることと同じなんです」
タプリス「わ、わたしはそんなつもりでは……」
ガヴリール「ええ、だから少し、時間を置いたほうがいいんです」
ガヴリール「そうすればきっと、あなたの本当の気持ちがちゃんと見えてきますから」
タプリス「……」
ガヴリール「さ、タプリス。お腹、すいてませんか?」
ガヴリール「ハンバーグ、一緒に作りま――」
タプリス「……ごめんなさい、先輩」
ガヴリール「えっ」
ドンッ ドサッ
ガヴリール「……タ、タプリス?」
タプリス「先輩、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
タプリス「先輩のほうが正しいってわかってます」
タプリス「わたしの一時の気の迷いだって、わかってます」
タプリス「でも、わたしには、わたし達には、時間がないんです」
タプリス「今日じゃないと……駄目なんです」
ガヴリール「それってどういう……」
タプリス「わたし、怖いんです」
タプリス「明日のあなたが、未来のわたしが、心変わりしてしまうこと」
タプリス「それが怖くて仕方ないんです」
タプリス「わたし馬鹿ですから、難しいことは考えられません」
タプリス「でもわたしは……わたしの今の気持ちを大切にしたい」
タプリス「先輩のことが好きで好きでしょうがない、この想いを」
タプリス「ずっとずっと、大事にしたいんです」
ガヴリール「タプリス……」
タプリス「わたし、ようやく見つけました。わたしが先輩にあげられるもの」
タプリス「何の取り柄もないわたしですけど」
タプリス「先輩への想いだけなら誰にも負けません」
タプリス「その想いを、最高の形で受け取ってもらいたいんです」
タプリス「大好きな人に、大好きだって好意を向けられる喜びを」
タプリス「先輩に差し上げたいんです」
ガヴリール「……」
タプリス「こんな方法しか思いつかなくて、ごめんなさい」
タプリス「相手がわたしなんかで、本当にごめんなさい」
タプリス「先輩は何も悪くありません、悪いのは全部わたしです」
タプリス「全てが終わったら……責任はわたしが取ります」
タプリス「だからお願いです、先輩」
タプリス「わたしに……、一晩の思い出をくれませんか」
ガヴリール「それは……」
タプリス「わたしの指を見てください、先輩」
ガヴリール「タプリス、一体何を……」
タプリス「……天真先輩は」
「わたしのことが――」
――――――
――――
――
部屋に荒い息遣いが響いている。
ベッドに仰向けになっているガヴリールの上に覆いかぶさり、
タプリスは、上気した頬を彼女のブラウス越しの胸元にすり寄せていた。
「はぁ、はぁ、んっ……先輩……いい匂い……好きぃ……」
鼻をすんすんと鳴らし、高鳴る胸いっぱいに甘い空気を堪能する。
それを虚ろな瞳をして彼女はただ、眺めている。
「ダメです……先輩。もう我慢、できません」
ベッドに手をつくと、心地よさでクラクラする頭を持ち上げる。
そして鼻と鼻とが微かに触れ合い、
お互いの吐息が感じられるまで顔を近づけた。
「先輩、キス……してもいいですか?」
その問いに、こくりと彼女が首を縦に振ると、
嬉しさを隠しきれないタプリスがにっこり微笑んだ。
彼女のブロンドの髪をかき分け、耳に両手を添える。
「先輩……大好きです」
まぶたを閉じ、瑞々しい彼女の唇に、そっと自分の唇を重ねる。
その想像以上の柔らかさを独り占めしているという実感に、
タプリスの頭の中は真っ白に染め上げられていく。
「しちゃいましたね……先輩」
タプリスは小さく笑うと、その甘美な感触をもう一度味わうため、
夢ではないことを確かめるために、何度も何度も口づけをする。
自分にとって憧れの存在だった先輩の唇が触れる度、
体中をピリピリとした快感が駆け巡る。
「はぁ、先輩……ちゅっ……好きです……んちゅ……」
しばらく続けていると、ガヴリールの唇が半開きに
なってきていることにタプリスは気づいた。
その上唇を、時には下唇を、自身の唇で優しく甘噛みしながら転がして、
漏れる吐息も気にせずに蕩けそうな感覚を楽しむ。
そしてとうとう我慢ができなくなり、
彼女の唇の間を、ちろちろと舌で舐めていく。
「先輩……先輩っ……ちゅるっ、んちゅ……」
しかし、しだいに彼女の唇の感触に少しずつ慣れてくると、
反応のない彼女に対して物足りなさを感じ始めていた。
大好きな先輩にキスをしたい、だけではなく、
大好きな先輩にキスをされたい、愛されたいという感情が芽生えてきていた。
タプリスは名残惜しそうに唇を離すと、ふわりと笑って囁く。
「先輩、きてください」
既に越えてはいけない一線を越えてしまったタプリスにとって、
大好きな先輩に暗示をかけるという行為に躊躇いはなかった。
ぼぅっとタプリスを眺めていたガヴリールの瞳に光が戻る。
すると突然、タプリスの背中に左腕を回し、
右手で後頭部を支えたかと思うと、そのままぐるりと半回転した。
「えっ……せ、先輩?」
逆に彼女によって覆いかぶさられる形となり、
タプリスが戸惑いの声を上げる。
しかし、その初めて意思を持った行動に驚きつつも、
真剣な眼差しを向けられ、胸の高鳴りがいっそう激しくなっていった。
「私、このままだと……タプリスにひどいことをしてしまいます」
我慢ができそうにないんです、と彼女は目を伏せる。
この方は本当にどこまで優しいのだろう、と思い、
彼女の頬に手のひらを添えると、タプリスはやわらかく微笑んだ。
「先輩。わたしは……先輩だけのものです」
「私だけの……?」
「はい、だから先輩は何も考えなくて良いんです。
思うがまま、望むまま……わたしを好きにしてください」
その言葉に、ガヴリールの頬が少しずつ緩んでいく。
そして、恐る恐るタプリスに顔を寄せると、そのまま頬ずりした。
「ふふっ、私の……私だけのタプリス」
「はい、そうです」
彼女のすべすべとした頬の心地よさを味わいながら、
タプリスは優しく耳元で囁く。
「だから先輩、わたしを……愛してほしいです」
すると彼女は少しだけ顔を離し、両手をタプリスの頬に添えると、
どちらともなく目蓋を閉じ、二人の唇はゆっくりと引き寄せられた。
「……んっ」
触れ合った瞬間、自分が主導だったときよりも、
遥かに大きな幸福感に包まれ、タプリスは彼女の服をぎゅっと掴む。
一度、唇が触れ合ってからは、たがが外れたように、
ガヴリールが幾度となくタプリスの唇を求めていく。
それに応えるように唇を擦り合わせると、
ふいに、閉じられていたタプリスの唇を彼女の舌がノックした。
タプリスは、嬉々としてそれを受け入れると、
隙間を少しあけて彼女の舌の侵入を促す。
(あっ、先輩のが……入って……)
最初はちょこんと触れ合うだけの出会いだったが、
徐々にその動きはねっとりと淫らになっていき、
舌を濡らしている唾液を全て絡め取られていく。
「ん……ふぁ……せ、せんぱぁい……」
「タプリス……んちゅ……私のタプリス……」
憧れである先輩に自分の舌を蹂躙され、
愛されているという実感とあまりの気持ちよさに、
タプリスは頭がどうにかなりそうだった。
ぴちゃぴちゃという淫靡な音を部屋に響かせ、
お互いの舌を貪り、唾液を交換して、こくこくと喉を鳴らす。
うわ言のように何度も、二人はお互いの名前を重ねあう。
しだいに、経験したことのない快楽の波がタプリスを襲い、
真っ白な世界に溺れそうになっていく。
「せん、ぱぁい……んちゅ、ちゅ……なにか……きちゃい、ます……」
「大丈夫……ちゅ……私が、……んちゅ……ついてるからね」
優しく頭を撫でながら、いっそう強く、
タプリスの唇をガヴリールは吸い上げた。
「だめっ……せんぱい……せんぱぁいっ!」
切なく求めてくる声に応えて、彼女が一際大きく舌を啜ると、
目の前を光が弾けて、タプリスの体がしなる。
頭のてっぺんからつま先まで、快感の流れが突き抜けていき、
タプリスはがくがくと全身を震わせている。
彼女はゆっくりと唇を離すと、悦びに飲み込まれたタプリスの様子を
愛おしそうに見つめていた。
「はぁ、はぁっ、タプリス、かわいい……達してしまったんですね」
肩で息をし、顔を紅潮させて惚けているタプリスが、
微かに首を縦に振る。
「せんぱ、い……ぎゅって、ぎゅってして……」
なんとか声を絞り上げ、哀願するタプリスの背中に手を回し、
ガヴリールはその体を強く抱きしめる。
そうして、未だに続いている快楽の余韻を体いっぱいで堪能する。
「こんなに気持ちよくなっちゃったんだね。嬉しい……」
「すき……せんぱい、すきぃ……」
一度、触れ合うだけのキスをすると、
彼女は、壁を背にして足を伸ばしベッドの上に座る。
「おいで、タプリス」
導かれるがままにタプリスが彼女の前までゆっくり近づいていくと、
同じ向きへと座らせて、背中から抱き寄せた。
「ふふっ、捕まえた」
タプリスのマフラーを丁寧に外し、その覗かせた白くて細い首筋から、
ほんのりと甘い香りが漂ってくる。
そこに優しく頬ずりして、ついばむように唇を寄せ、
一箇所一箇所、丁寧に吸い上げていく。
その度にタプリスは短い声を上げ、
お腹の前に置かれている彼女の手をぎゅっと握った。
タプリスのうなじに頬を擦り寄せ、ガヴリールが小さく囁く。
「たくさんたくさん、私の印を……つけてしまいました」
「えへへ、せんぱいの……ものですから……」
彼女から所有物の証を付けてもらった喜びから、
タプリスの頬が緩んでいく。
「……じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね」
そう言って右手をタプリスの下腹部へと忍ばせると、
スカートの中に手を滑り込ませる。
そこは既に、驚くほど熱く湿り気を帯びており、
その熱の中心部分に指が到達すると、タプリスがぴくりと反応した。
「せ、せんぱい……そ、そこは……」
「私のことを想って……こんなにしてくれたんだ」
少しだけ拒否反応を示したタプリスの耳元で彼女が囁くと、
しきりに指をタイツ越しの秘所に押し付ける。
そのまま濡れたスジにそっと指を這わせ、上下に擦った。
「はぁ……んっ……んはぁ……せんぱぁい……」
しだいに、お腹の奥からじんわりとした熱が広がっていくのを感じて、
タプリスが艶っぽい吐息を漏らし始める。
自分の指が、ここまでタプリスを乱れさせているという事実に、
ガヴリールもひどく興奮して、身体を火照らせていく。
「せんぱい、もっと……もっとぉ……」
さらに快楽を得ようと愛撫をねだってくるタプリスに、
彼女は妖艶に微笑み、そして一度、指を止めた。
「もっと……どうしてほしいの?」
「やぁ、やめちゃ……やぁ……」
「ちゃんと言えたら、もっとしてあげるから」
タプリスは顔を真っ赤にして、もじもじと体をくねらせると、
彼女の右手を掴んで、自分の秘部に押し当てた。
そして、少しだけ乱暴に彼女の手で円を描くように撫でていく。
「はぁ……んん……こうやって、して……ほしいです……」
「ふふっ、よく言えましたね。えらいえらい」
彼女はタプリスの首にキスをすると、スカートに手をかける。
「その前にタプリスの綺麗な体、見せてほしいな」
首筋を甘噛みしながら、ガヴリールが後ろから手伝い、
タプリスの衣服をゆっくりと脱がしていく。
やがて、飾り気の少ない白の下着の上下だけとなり、
タプリスは羞恥で顔を赤く染め上げていた。
「タプリスったら……少し妬いてしまいます」
耳元でそう呟いて両手でホックを外し、ストラップをずらすと、
柔らかそうな双丘の上にうすい桜色の突起が自己主張をしていた。
すぐに触れてあげたい衝動を抑えて、彼女が囁きかける。
「綺麗……こんなにしてしまって、期待していたの?」
「……だって……だってぇ……」
涙目で訴えかけるタプリスにとうとう我慢ができなくなり、
指と指の腹で胸の蕾をつまみ、優しく捏ねていく。
「あっ、あ……あぁ……せんぱぁい……」
「かわいい……気持ちいいんだね」
鼻にかかった声を漏らし、タプリスが何度も頷く。
そしてその間に、あいた右手を再び下腹部へと移動させていく。
「じゃあ、こっちもいじってあげますね」
ガヴリールの右手が下着に近づいていくと、
それに気づいて、タプリスが僅かに反応する。
しかし、それに構うことなくお腹側の隙間から、
彼女は手を中へ潜り込ませていく。
そして直に触れたタプリスの秘所は、
熱くてぬるぬるしており、布越しの感触とはまるで違っていた。
そのまま中指の腹で優しく、熱く濡れそぼったスジを擦りあげる。
「あ……ぁ……んっ……あはぁ……」
「気持ちよさそうな声……かわいい」
指が上下する度に、割れ目からは絶え間なく粘液が溢れ出し、
しだいに、くちゅくちゅと音をたて始めた。
「ふふっ、すごい音してる……、そんなに気持ちいいの?」
「……はぁっ……ぅん、きもち……いぃ……よぉ」
熱い吐息を漏らし、口の端から唾液を滴らせながら、
自分が愛されている様子を悦楽の表情でタプリスは眺めている。
「もっと気持ちいいところ、教えてあげるね」
「……ふぇ?」
彼女の指がスリットを掻き分けて、
その先にある小さなしこりを擦ると、再びタプリスが大きく喘ぎだす。
「ひっ、やっ、やぁ、だめ……だめぇ……」
「ふふっ、ここ……好き?」
「……んくっ……うんっ……すき、すきぃ……」
気持ちよさが止まらず、乱れ悶えているタプリスに
ガヴリールもひどく興奮して、共に息を荒げていく。
「はぁ……んっ……タプリス、もっと、かわいい声……聞かせて……」
さらに指を二本に増やして、タプリスのぬるぬるを集めて掬いとる。
そのまま、わざとぬちゅぬちゅと音がするように、
淫核を大きく捏ね繰り回した。
「やっ……あはぁ……せんぱい、せんぱぁい……」
「熱い……タプリスのここ、すごく熱くて、気持ちいい……」
堪らず左手での胸の愛撫を再開し、首筋に吸い付きながら
ぐりぐりと二本の指の腹で、ぷっくり膨らんだ淫核を押し付ける。
「あっ、ああっ、だめっ……またきちゃう……きちゃうよぉ!」
「我慢しないで……私の前でかわいい姿見せて……?」
いっそう激しく突起を指で転がされ、
タプリスは、ベッドのシーツを掴んでぎゅっと目を瞑る。
「だめ……だめぇ……きちゃう……きちゃうぅ!」
その切迫した声からタプリスの絶頂が近いことを悟り、
ガヴリールは、耳元で優しく告げた。
「タプリス……愛しています」
そして、きゅっと恥裂の突起を摘みあげる。
「やっ……い、いっちゃぁっ……あぁぁぁっ!!」
嬌声を上げるとともに、快楽の電気が体中を駆け巡り、
びくっと腰が跳ねて、しだいに全身へと伝染していく。
先ほどのキスの時とは比べ物にならない痙攣がタプリスを襲い、
同時に割れ目からは、とろっと大量の粘液が流れ出してきていた。
「嬉しい……私の指でいっちゃったんだね……」
そう言って、タプリスを背中から、強く強く抱きしめる。
「はぁ……この震えが大好き。タプリス……かわいい……好き」
ガヴリールに支えられ、全身を引き攣らせながら、
何もない空中をタプリスは虚ろに眺めている。
その頬は緩みきり、口元からはだらしなく唾液を滴らせ、
全てを彼女の身体に預けていた。
「……しないと」
快楽の余韻に耽っていたタプリスが突然、ぼそっと声をあげる。
そして彼女の抱きしめていた腕を少し強引に解くと、
振り返ってその肩を両手でつかんだ。
「タ、タプリス?」
彼女が驚きの声を漏らすと同時に、強い力が込められ、
そのままベッドに仰向けに寝かされる。
両の肩に手を置いたまま、彼女に覆いかぶさり、
その顔を焦点の定まらない瞳でタプリスは見つめた。
「あはっ……せんぱぁい……あいしてます……」
妖艶な笑みを浮かべ、そのまま躊躇せずに唇を奪い、
彼女の口腔を舌で掻き回していく。
「あふ……タ、タプリス……は、激しっ……」
「せんぱい……んちゅ、すき、すき……すきぃ……」
ガヴリールの戸惑いの声に一切耳を貸さず、
一心不乱に舌を絡ませて、唾液を啜っていく。
成すがままにされていた彼女の瞳も、しだいにとろんと蕩けていき、
タプリスの動きに合わせて、舌を貪りあっていた。
「……いいこと、おもいつきました」
突如、タプリスがそう呟くと、唇を離して唾液をぺろりと舐め取る。
そして、顔を彼女の身体に密着させながら、
ずるずると足元の方へ移動させていく。
「はぁ、はぁ……タプリス? 何を……」
鼻腔で彼女の甘い香りを楽しみながら、
首、胸、お腹を通過し、下腹部まで到達する。
そのまま躊躇いもなくスカートをめくり上げると、
ぐっしょりと濡れた下着がタプリスの前に姿を現した。
「わたしをいじめて……こんなに、してくれたんですね……」
愛液をたっぷり吸った下着を晒されて、
ガヴリールが羞恥に顔を染める。
「もっと……きもちよくなりましょう……?」
そう言ってタプリスは下着に手を掛け、
一気に引きずり下ろすと、彼女が短い声をあげた。
そこには、ピンク色をした綺麗な割れ目がひくひくと震え、
下着との間には、つぅっと銀色の糸が渡っている。
「み、見ないで……」
「せんぱいの、いちばんの……とこ……」
恥ずかしさのあまり、彼女が慌てて脚を閉じようとすると、
タプリスは割って入り込んで腰に両手を回し、秘裂に口を当てた。
「ひゃっ……だめっ、そこは……汚いからぁ」
「きたないなんて……ちゅっ……ありえません……」
その濡れそぼったスジをぺろぺろと舐め上げながら、愛液を啜っていく。
タプリスが舌を動かす度に、うねりのような快感が彼女を襲い、
自分の指を甘噛みして声を抑えた。
「ん、は……はぁ……タプ、リス……」
しだいに抵抗も少なくなって力が抜けてくると、
ガヴリールの腰がだんだんと浮き始める。
その動きに嬉しくなって、タプリスの舌の動きも大胆になっていく。
卑猥な音を立てて啜っていると、不意に一番敏感な肉芽に触れてしまい、
一際、甲高い声を彼女があげた。
「えへへ……みつけちゃいました」
タプリスは反応のあった淫核にそっとキスをすると、
愛液ごとちゅうちゅうと舐め上げる。
「やっ……あっ、あっ、だめっ!」
凄まじい快感の電気が彼女の身体を駆け巡り、
それから逃れようとして腰を大きく動かす。
しかし、その円を描くような動きを逃さず、
タプリスは激しい舌の動きで肉芽を刺激していく。
「だめっ……きもち、よすぎてっ……い、いっちゃ……」
ガヴリールの気持ちいいという言葉に、
タプリスがすかさず、淫核を思い切り吸い上げた。
「せんぱぁい……じゅるっ……きもちよく、なって……」
「あっ、あっ、いっちゃ、いっちゃう!」
切ない声を絞り出しながら、彼女がついに、
自らの秘所をタプリスの口へと擦りつけていく。
「すき……しゅき、しゅき……せんぱい……」
やがて腰が震えだし、限界が近づいていることを感じたタプリスは、
とどめとばかりに、彼女の淫核を唇で甘噛みした。
「やっ、だめぇ……あぁぁぁぁっ!!」
がくがくと大きく身体を震わせて、
鮮烈な快感とともに、彼女が昇り詰める。
同時に秘部からは甘い淫液がとろとろと流れ出し、
それを全て、丁寧にタプリスは舐め取っていく。
「あはっ、うれしい……んちゅ……せんぱいの……いっぱぁい……」
「はっ……はぁ……タプリスに……いかされちゃった……」
それから全てを脱ぎ捨てて、生まれたままの姿となった二人が、
ベッドの上で名前を呼びあい、脚を絡め合う。
身体を密着させて太ももにお互いの淫裂を擦りつけ、
快楽の波を共感し、悦に浸っている。
「せんぱい……せんぱぁい、すきっ……あいしてますっ」
「私もっ……私も愛してますっ……愛してるからぁ」
腰を懸命に動かし、快感の限界へと二人は昇っていく。
「いっしょに、せんぱい……いっしょに!」
「うん、一緒! ずっとずっと一緒だから!」
そして、ひときわ大きく秘裂を擦り上げると、
二人は快楽の奔流に飲み込まれていった。
「あっ、いくっ、せんぱいっ……いっちゃあぁぁぁぁっ!」
「私もっ、タプリスっ! いっちゃうぅぅぅっっ!」
頭が真っ白になり、堪らず二人はベッドの上に倒れ込む。
身体は痺れて、痙攣は止まることがなく、
二人は、甘美な電流にただ、酔いしれていた。
どちらともなく、気だるくて重い身体を動かし、
二人は抱き締め合って唇を求める。
「すき……せんぱい、すき、すき……」
「タプリス……大好き……」
お互いの身体を密着させ、熱が混ざり合い一つになって、
どろどろに溶けていく感覚に二人は見舞われる。
それが心地よくて、気持ちよくて、自然と腕に力がこもっていく。
「ずっと……こうしていられたら、いいのに」
「一緒ですよ、ずっとずっと、私たちは」
ガヴリールがタプリスの頭を優しく撫でる。
そのあたたかな手がまるで魔法のように、
タプリスの意識を、遠くへと追いやっていく。
「せんぱい……あいしてます」
「私もよ、タプリス」
――
――――
――――――
-早朝 ガヴリールの部屋-
タプリス「ん……あ、朝?」
ガヴリール「すぅ……すぅ……」
タプリス「……先輩?」
タプリス(かわいい寝顔……)
タプリス(って、あれ? 先輩がどうして……)
タプリス「~~~ッ」カァァ
タプリス(そっか、わたし……)
タプリス(先輩に……たくさん、たくさん、愛してもらったんだ)
タプリス(最高の思い出を……もらってしまいました)
タプリス(……これでもう、思い残すことはありません)
タプリス(準備、しないと)
タプリス「先輩を起こさないように……っと」
ごそごそ
ガヴリール「……」
タプリス「先輩、寝てますよね」
タプリス「わたしは、越えてはならない一線を越えてしまいました」
タプリス「自分の欲望に目がくらんで……」
タプリス「一番大切な人の心を、好き勝手に捻じ曲げてしまいました」
タプリス「それは決して、決して……許されないことです」
タプリス「だから先輩。わたしにはもう、先輩のそばにいる資格はありません」
タプリス「天界で自首をして、然るべき罰を受けたいと思います」
タプリス「たぶんもう先輩とは……会えないと思います」
タプリス「ですが会えないとしても……わたしはずっと」
タプリス「ずっとずっと先輩の幸せを願ってますから」
タプリス「だからどうか、先輩は……」
タプリス「先輩は……」
タプリス「……っ」
ポタッ ポタポタッ
タプリス「ああ、でも……最後に」
タプリス「ハンバーグ……ぐすっ、一緒に作りたかったなぁ……」
タプリス「……もう、泣かないって……決めてたのに」
タプリス「堪えても、堪えても、涙が、ぐすっ……とまりません」
タプリス「とまってください、お願いです……」
タプリス「とまって、ひっく……とまってよぉ……」
タプリス「お願い、だからぁ……」
タプリス「最後は笑顔でって、決めてたんです」
タプリス「ね、先輩」
タプリス「先輩。わたしは今から、先輩にかかった術を解きます」
タプリス「これでわたしの、わたしだけの夢のお話も、終わりです」
タプリス「先輩との約束……守れなくてごめんなさい」
タプリス「今まで、わたしと一緒の時を過ごしてくれて……」
タプリス「幸せを、たくさん、たくさんわたしにくれて」
タプリス「ありがとうございました」
タプリス「わたし、先輩と出会えて……本当に良かった」
タプリス「さようなら先輩、そして――」
「大好きでした」
グイッ
タプリス「えっ」
ガヴリール「……言いたいことは、それだけか」
タプリス「せ、先輩?」
ガヴリール「まさか、私にあんなことまでしておいて……」
ガヴリール「一人で逃げるつもりじゃないだろうな」
タプリス「えっ、えっ? あ、あんなことって……」
タプリス「もしかして先輩、覚えて……るんですか?」
ガヴリール「あのなぁ……わ、忘れるわけないだろ」
タプリス「で、でも……術を解いたら」
タプリス「その時の記憶は全て失くなるって本に……」
ガヴリール「あぁ、だから時々変なこと言ってたのか、夢とかなんとか」
ガヴリール「でも残念だが、昨日のことは全て、しっかり覚えてるぞ」
タプリス「そ、そうですか……でも、それなら……尚更です」
タプリス「わたしの自己中心的な行い、とても許されることではありません」
タプリス「わたしを糾弾して、罵っていただいて構いません」
タプリス「そしてわたしは、罪を償うために……」
ガヴリール「タプリス、そうやって自分を責めすぎてしまうところは」
ガヴリール「あなたの悪いところですよ」
タプリス「え、先輩? 今……」
ガヴリール「どうした? そんな顔して」
タプリス「まさか……そんな……」
ガヴリール「どうかしましたか? タプリス」ニコッ
タプリス「だ、だって……先輩、自分で部屋の掃除をして」
タプリス「お弁当も作って、わたしにいろいろ! いろいろしてっ!」
ガヴリール「ひどい言われようだな……落ち着けって」
タプリス「ど、どこからどこまでが、でしょうか……?」
ガヴリール「ん? 最初から全部」
タプリス「……」パクパク
タプリス「い、意味がわかりませんっ。どうしてそんなことを……」
ガヴリール「どうして、か。そうだなぁ……」
ガヴリール「私、これでも天使学校首席だったでしょ」
タプリス「は、はい」
ガヴリール「それで前は、私を慕って会いに来てくれる後輩が結構いたんだけど」
タプリス「そ、そうだったんですか」
ガヴリール「うん。でも堕天してからは、その姿にみんな幻滅しちゃったみたいでさ」
ガヴリール「気がついたら、誰も来なくなってた」
タプリス「……」
ガヴリール「だからこうして、今も私に会いに来てくれるのは」
ガヴリール「お前だけなんだよ、タプリス」
ガヴリール「つまり、その……えっとだな」
ガヴリール「たまには……か、可愛い後輩に良いところを見せたかったというか」
ガヴリール「お前が喜ぶ姿を、見たかったというか」
ガヴリール「と、とにかく私は……」
ガヴリール「未だにお前が私を慕ってくれてるのが、嬉しかったんだよ」
タプリス「ですが……ですけど、それでも納得できませんっ」
タプリス「だってだって、昨日の晩、わたし達は……」カァァ
ガヴリール「……いいと思ったんだよ」
タプリス「えっ」
ガヴリール「お、お前となら、してもいいかなって思ったんだよ」
タプリス「せ、先輩。そ、それはつまり……」
ガヴリール「そうだな。体よく言うなら、合意の上ってやつ」
ガヴリール「私だってその……悪くなかったし」
ガヴリール「だからお前は、何も気にしなくていいし」
ガヴリール「罪なんて背負わなくてもいい」
タプリス「で、でも」
ガヴリール「しつこいな、お前。あれだけちゅっちゅしておいて、今更――」
タプリス「わぁー! わぁー!」
ガヴリール「それにお前、車に轢かれそうになって落ち込んでただろ」
タプリス「は、はい……」
ガヴリール「慰めてやりたかったんだよ。ほら、これで満足か?」
タプリス「あ、ありがとうございます……」
ガヴリール「ああ、そうそう。あの車、ナンバー記憶してるから」
ガヴリール「あとで制裁決定な」
タプリス「えっ、でもわたしは別に……」
ガヴリール「私のタプリスを怖がらせた罪は重い」
タプリス「せ、せせ、先輩の……?」
ガヴリール「ほら、後ろの鏡で自分の首、見てみるといい」
タプリス「えっ、あっ……」カァァ
ガヴリール「わかったなら馬鹿なことはやめて、私の言うとおりにしろ」
タプリス「先輩……」
ガヴリール「いいな?」
タプリス「……えへへ、はい」
ガヴリール「あ、それと。タプリス、ちょっとこっち」
タプリス「な、なんですか?」
ガヴリール「もっと近く」
タプリス「先輩?」
ぎゅぅ
タプリス「あっ……」
ガヴリール「まぁいろいろ長々と言ったけど、つまりだな」
タプリス「……はい」
ガヴリール「……お前は、どっちに言われたい?」
タプリス「えと……そのままの先輩が、いいです」
ガヴリール「そっか、じゃあ……」
「好きだぞ、タプリス」
タプリス「はい、わたしも、わたしも……先輩のこと、大好きですっ!」
ガヴリール「……」ナデナデ
タプリス「……えへへ」
くぅぅ
タプリス「あ……」カァァ
ガヴリール「そういや、お腹減ったな……昨日の晩、何も食べてないし」
ガヴリール「なんかガッツリ食べたい気分……」
ガヴリール「あ、でもその前に、シャワー浴びるか」
タプリス「そ、そうですね」
ガヴリール「大切なタプリスの体に異常がないか、見てやるぞー」
タプリス「せ、先輩、目つきがいやらしいです……」
ガヴリール「お前ほどじゃないだろ」
タプリス「~~~ッ!」ポカポカ
ガヴリール「それ終わったらさ、その……ハンバーグ、作ろうな」
タプリス「あ……」
ガヴリール「一緒に」
タプリス「はい、先輩っ」
-後日 ガヴリールの部屋-
タプリス「もう先輩っ、またこんなに散らかして」
ガヴリール「いいじゃん、私の部屋なんだし」
タプリス「あの頃の先輩に、ちょっとだけでも戻ってくださいよ!」
ガヴリール「説明しよう、真面目モードは一度発動すると」
ガヴリール「真面目パワ―の再充填に数カ月はかかり、それまで使用不可なのだ」
タプリス「また、そんなよくわからない屁理屈を言って……」
タプリス「……ん? 先輩の部屋だから……?」
ガヴリール「どうした」
タプリス「……決めました、わたし」
ガヴリール「何を?」
タプリス「わたしも、ここに住みます」
ガヴリール「は? お前勝手になに言って」
タプリス「自分だけの部屋じゃなくなれば、先輩も部屋を汚くしないはずです」
ガヴリール「いや、変わらんと思うけどな」
ガヴリール「それにここ、ペットは禁止だぞ?」
タプリス「誰が犬ですか、もうっ!」
ガヴリール「タプリス、お手」
タプリス「……」
ガヴリール「お手」
タプリス「……」スッ
ガヴリール「よーしよしよしよし」ナデナデ
タプリス「えへ、えへへぇ……」
ガヴリール「あ、なんか……」
タプリス「どうしました?」
ガヴリール「火がついちゃった、かも」
タプリス「えっ、先輩……んっ」
ガヴリール「お前がそんな顔するから……ちゅ……んちゅ……」
タプリス「やぁ……ま、真面目な話、んっ、してるんですからぁ……」
ガヴリール「嫌なら……ちゅっ……やめるけど?」
タプリス「ずるい、です……んん、わたしが断れないの、知ってるのに……」
タプリス(このあと、めちゃくちゃ、ちゅっちゅされました)
ガヴリール「すっきりー」
タプリス「はぁ、はぁ……お、おほん。は、話を部屋のことに戻しまして」
ガヴリール「あ、まだ続けるんだ」
タプリス「ここに二人で住むとなると少し手狭になりますかね」
ガヴリール「んー、そうかもねー」
タプリス「では、もうちょっと広い部屋を探しに行きましょう!」
ガヴリール「えー、めんどくさいー」
タプリス「ほら、準備してください!」
ガヴリール「家出たくないー」
タプリス「……仕方ありません、奥の手を使うしかないようですね」
ガヴリール「お、まさか……あれを出しちゃうか」
タプリス「先輩、わたしの指を見てください」
ガヴリール「やっぱり」
タプリス「先輩は、わたしと一緒に住みたくなーる」
ガヴリール「……なんだそれ」
タプリス「そして、これからもずっと」
タプリス「ずっとずっと、わたしと一緒にいたくなーる」
ガヴリール「……」
タプリス「……えへへ、なんちゃって」
ガヴリール「はぁ、もう……しょうがないな」
タプリス「えっ」
ガヴリール「仕方ないから、かかってやるよ」
タプリス「ほ、本当ですか! やったぁ!」
ガヴリール「私をここまで操るなんて、腕をあげたなタプリス」
タプリス「だって、わたしは……」
タプリス「千咲=タプリス=シュガーベルは、催眠術師ですからっ」
おしまい