*「シャークアイさまは たいそう ネコが お好きでねえ。」
*「特に かわいがってなさった ネコの ミントちゃんを 奥さまの お守りにと コスタールに 残したのさ。」
元スレ
【DQ7】マリベル「おやすみなさい ミントちゃん。」【後日談】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1487160411/
2 : ◆N7KRije7Xs - 2017/02/15 21:08:15.99 gIQCDsCn0 2/211
原作:ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち by スクウェア
前作:
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/
http://ayamevip.com/archives/49470316.html
形式:地の文+セリフ(原作風)
セリフの読み方:(例)
アルス「…………………。」
→名前の判明しているキャラクター(本作品では主人公も思いっきりしゃべります)
*「…………………。」
→原作中で名前の出なかったキャラクター
→名前はわかっていても表示されないキャラクター (一部除く)
*「「…………………。」」
→二人が同じ台詞を言う場合
*「「「…………………。」」」
→三人以上が同じ台詞を言う場合
[ 〇〇は ××を △△に 手わたした! ]
→ゲーム中に登場するメッセージボックス
・作者は小説版も漫画版もちゃんと読んでいません。悪しからず。
・お話は前作の流れを引き継いでいますので、先にそちらを読まれたほうが楽しんでいただけると思います。
(一部のまとめサイトさんには前作の「エピローグ」が掲載されていません。まだお読みでない方は上記のURLからどうぞ)
(※あやめ速報管理人より:あやめ速報では、「エピローグ」も含めて掲載しております)
行方不明となっていた少年がエスタード島に帰還して早一か月が過ぎようとしていた。
マリベル「いってらっしゃい。」
ここは閑静な港町フィッシュベル。
前回のアミット漁の際、魔物の襲撃で漁船が使えなくなってしまったこともありしばらくの間漁は行われていなかったが、
一週間ほど前から新しい漁船が完成するまでの繋ぎとして沿岸での小規模な漁が始まっていた。
*「よーし 出航だ!」
そんなある日の朝、少女は小さな船で海へと漕ぎ出していく漁師たちを見送っていた。
マリベル「ふう……。」
漁師たちの姿が小さくなったのを見届け、少女は自分の家に向かって歩き出す。
“ギィ……”
*「あら マリベルおじょうさま みなさんの お見送りに いっていらしただか?」
少女が重たい扉を開けると、ちょうど朝食の支度を終えたばかりの給仕人が少女に話しかけてきた。
マリベル「まあね。」
*「おじょうさまは エラいですだよ。今や だんな様よりも 早起きなんですから。」
マリベル「そう?」
*「あっ…。アルスさんの お見送りですだか?」
そう言って給仕人の娘は不敵に笑う。
マリベル「な なーんでもいいじゃない。それより もう ご飯?」
視線を逸らしながら少女は話題を変える。
*「ええ。お二人とも お待ちですだよ。」
使用人もそれ以上の追求をやめ、少女を居間の方へと誘導する。
アミット「おお おはよう マリベル。今朝は 早かったな。」
部屋では既に席に着いた両親が少女を待っていた。
マリベル「おはよう パパ ママ。」
*「ふふっ。お見送り ご苦労様。」
マリベル「う うん……。」
どうやら両親にも少女の行動はバレバレだったらしい。少女の母親は上品に口元を隠しながらもどこか生暖かい笑みを浮かべている。
アミット「さっ それじゃ いただくとしようじゃないか。」
どこか気恥ずかしそうな少女に気を利かして父親が少女を席へと促す。
マリベル「いただきまーす。」
温かいスープから立ち上る湯気に誘われ席へ着くと、少女ゆっくりと朝食に手を付け始めた。
それは何でもないような朝の景色。
それでも少女は以前の退屈な日々とは違う充実感を覚えていた。
朝、港で漁師たちを送り出し、網元としての仕事の勉強をしながら世界を回り、
何か事件や異変が起きてないか情報収集をし、夕方になれば漁師たちの帰りを待つ。
そして時には少年と……。
アミット「ところで マリベル。」
少女がそんなことを考えていた時、不意に父親に呼ばれその思考は途切れた。
マリベル「…なあに パパ?」
アミット「いや 昨日は ずいぶん 遅かったが どうしたんだ?」
マリベル「え えっと……。」
“ぎくり”と少女は思わず言葉に窮する。
アミット「まさか あの時間に 遠出してたんじゃ ないだろうな?」
そう言って父親は心配そうに少女の顔を見つめる。
マリベル「ち ちょっと そこを 散歩してただけよ。」
と、少女は半分事実を隠してお茶を濁そうとするのであったが。
*「……アルスと?」
もう半分の事実はあっさりと母親に見透かされてしまうのだった。
マリベル「へっ……?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
そう、少女は時々夜中に家を抜け出しては婚約者と二人で海岸を散歩していたのだ。
アミット「……なに 別に 悪いとは言わんが あんまり カラダに 負担をかけるような ことは するんじゃないぞ?」
そう言って少女の父親はまた一口パンをかじる。
マリベル「はーい。」
少女は内心ドキッとしながらもなるべく平静を装って返事をした。
あれからというものの少女は、少年の漁の無い日は二人でどこかへ出かけたり、漁のある日は夕方や夕食後にこっそりと二人で会ったりしていたのだ。
*「まあまあ あなた。」
*「アルスと 一緒なら きっと 大丈夫ですよ。」
そんな二人を微笑ましく思いながら母親が娘をかばう。
件の少年も少女の両親とは関係も良好で、時々遊びに来ては食事を共にするなど順調に関係を深めつつあった。
一方の少女も少年の家に入り浸っては少年の母親の料理を手伝ったり父親を交えて漁の話を聞いたりと、
やがてやってくるであろう時を見据え以前にもまして親密になりつつあった。
マリベル「…………………。」
母親の気遣いに反って恥ずかしくなり、少女は少しだけ頬を染める。
*「はあ~… わたしも はやく 素敵な出会いが したいですだよ。」
そんな少女の向かい席で使用人の娘が悩ましいため息をつく。
マリベル「……たまには 休みとって 城下町に 行ってくれば いいじゃないの。」
アミット「おお そうだな。まあ 事前に 言っておいてくれれば こっちも なんとかするから たまには 行っておいで。」
*「ほ ホントですだか!?」
雇用主の言葉に思わず娘は身を乗り出す。
*「うふふ。たまには 羽休めも 必要よね。」
*「あ ありがとうございます~!」
何でもないような日常の中、また一つ食卓に大輪の花が咲いたのだった。
マリベル「あ~ふ……。」
食事を終えた少女は自分の部屋を目指して階段を上っていた。
マリベル「ん……?」
そうして大きな欠伸をしながら部屋の前までたどり着いた時。
“カシカシ……”
何かを引っ掻くような音が扉の向こうから聞こえてきた。
マリベル「はいはい いま 開けるわよ。」
そう言って少女が音の主に呼びかける。
そして……。
*「なう~~!」
扉を開けた瞬間、その隙間から一匹の猫が少女に飛びついてきた。
マリベル「トパーズ。」
トパーズ「…………………。」
“トパーズ”と呼ばれたのは二月ほど前の航海でひょんなことから仲間になったオスの三毛猫で、
アミット漁が終った後、少女によってこの家の飼い猫として新たに迎え入れられていたのだった。
マリベル「……あの子は あっちの部屋かしら。」
膝に前足をかけて立ち上がる三毛猫を抱きかかえ、少女は自分の大きな部屋を見渡す。
どうやらもともとこの家で飼われていたもう一匹の猫は両親の部屋で寝ているらしい。
トパーズ「な~お。」
マリベル「ん~?」
三毛猫の言葉を流しながら少女は化粧台の前に座る。
マリベル「今日は 何を しようかしらねー。」
そう言いながら少女は鏡に映った自分を覗く。
その首元にはきらりと光る涙の形をした真珠があった。
それは少年が少女に託したもう一つの両親からのお守り。
マリベル「…………………。」
あれからというものの少女はほとんど肌身離さずにこの垂れ飾りを付けていた。
少年が漁に出ていない間もこれを見ればたちまちに寂しさが和らいでいくような気がしていたからだ。
マリベル「うふふっ。」
そうして一人真珠を見つめては頬を緩ませる少女だったが、ふと自分の顔を眺めた時、とあることに気が付く。
マリベル「……やだっ クマ できてるじゃない。」
ここのところ少女はあちらこちらへと飛び回り、夜には遅くまで少年と談笑して過ごしていたためか顔には疲労の色が見え始めていた。
今朝の様に早起きをしたこともまたその要因の一つ。
マリベル「う~ん 今日は ゆっくりしてた方が いいかしらね……。」
鏡の向こうの自分と相談する。
*「……。」
話し相手は黙って頷き、少女の言葉を肯定してみせた。
マリベル「……そうよね。たまには のんびり 家で過ごしても いいわよね~。」
そう言って少女は立ち上がり、今度は自分のベッドへと腰掛ける。
マリベル「おいで トパーズ。」
トパーズ「なう~。」
床でゴロゴロしていた三毛猫は少女に呼ばれると、その広げられた両腕の中にすっぽり収まるように飛びついてきた。
マリベル「あんたも すっかり ウチに 慣れたわね。」
トパーズ「…………………。」
少女の言葉には答えず、三毛猫はその膝の上で撫ぜられるがままにしている。
マリベル「…………………。」
そうしてしばらく猫の毛の感触を楽しんでいた少女であったが、単純な作業の繰り返しのせいか次第にその瞼が重たくなるのを感じていた。
マリベル「う…うん……。」
気付けば少女は三毛猫を抱えたままベッドに横たわっていた。
マリベル「…スー スー……。」
まだ東の空を太陽が昇りゆく中、まるで導かれるように少女は眠りへと落ちていくのだった。
7 : ◆N7KRije7Xs - 2017/02/15 21:19:41.91 gIQCDsCn0 7/211
今日はここまで
どうしても書いておきたい話があったので短編として少しだけ前作の続きを。
既に最後まで書き起こしてあるので手直しが終わり次第投稿します。
投稿の予定は不定期ですが、あまり期間はおかないかと。
今回のお話は短いのでレスがのびのび使えて嬉しいです
最初はちょっとした人助けのつもりだったの。
離れ離れになった家族を引き合わせてあげようって。
でも、それがいつの間にか決して起こり得なかった数奇な巡り合わせをもたらすなんてね。
この時のあたしは、そんなこと考えもしなかったわ。
そう……。
それはある温かい日のことだった。
第1話:海からの訪問者
*「おおーい! そっちは どうだー!?」
*「まあまあだ! そっちは!?」
*「こっちも そこそこだ!」
*「そろそろ 昼飯に しようぜ!」
*「おうよー!」
*「……ごくろうさん。お前も メシにしたらどうだ?」
*「あ ハイ……。」
*「しかし 前なら こんな 近くに 魚の群れなんて 来なかったのによ。」
*「今じゃ この通りだ。小舟でも なんとかなっちまうんだから わかんねえもんだな。」
*「……そうですね。」
*「どうした? なんかあったか?」
*「あ いえ。なんでも ないんです。」
*「おーい! 遠くに なんか 見えるぞ!」
*「なんだってーっ?」
*「あっちだ! あれは… 船……?」
*「……ま まさか!」
*「…………………!」
*「…………………!」
マリベル「…ん… んん……?」
もうすぐ昼時になろうかという頃、窓の隙間から入り込んできた喧噪に少女は目を覚ました。
マリベル「……何かしら?」
トパーズ「うう~… ニャ…。」
少女はぼんやりした頭を覚ますがてらに乱れた髪を軽く櫛で整えると、部屋を出て階下へと降りていった。
*「あっ マリベルおじょうさま。」
広間では使用人の娘がそわそわした様子で掃除をしていた。
マリベル「表が 騒がしいけど 何か あったの?」
*「それが…… マール・デ・ドラゴーンが 来てるらしいんですだよ。」
娘は窓の外をちらりと見て言った。
マリベル「えっ!? シャークアイさんたちが?」
*「それで 漁師のみなさんも 戻ってきてるらしくて……。」
マリベル「わかったわ!」
それだけ言うと少女は玄関を飛び出していってしまった。
*「わ わたしだって 見に行きたいですだよ……。」
そうして残された使用人は愚痴をこぼしてつまらなさそうに掃除を続けるのだった。
*「はぁ~ いつみても でっけなあ。」
*「フィッシュベルに 寄っていくのかねえ?」
*「……みたいじゃな。」
*「うわー! アミット号より おっきい!!」
船着場には既に話を聞きつけた村人たちが集まって来ており、見なれない光景にどこか興奮した様子でそれぞれの感想を口にしていた。
マリベル「ちょっと。」
*「あっ マリベルちゃん。」
人だかりの後ろの方から少女が話しかけるとそれに気づいた婦人が少女のために間を開けた。
マリベル「こんにちは おばさん。船は?」
*「あっちだよ。」
そう言って婦人は件の船の見える方向を見やる。
*「ううむ。今度は いったい どうしたというのだろうか。」
*「また 何か たいへんな ことが 起きてなければ いいんだけど……。」
マリベル「……あっ パパ ママ。」
しかし少女の目には船よりも先に自分の両親の姿が飛び込んできたのだった。
アミット「おお マリベル。漁師たちが マール・デ・ドラゴーンを連れて 帰ってきたんだよ。」
父親の指す先には確かに漁師たちを乗せた小舟が数隻と、その後ろからやってくる巨大な双胴船が見えていた。
マリベル「……どうしたのかしら…?」
マリベル「…………………。」
[ マリベルのまなざしは うみどりの目となって 大空をかけぬけた! ]
少女が意識を集中させ、一番近くまでやってきていた漁師の船を覗き込む。
*「…………………。」
しかし漁師たちの顔に切迫した様子は見て取れない。
マリベル「う~ん?」
*「マリベル 何か わかるの?」
隣で唸る娘に母親が問いかける。
マリベル「……特に 焦った感じには 見えないわ。」
*「そう……。」
アミット「とにかく 漁師たちを迎える準備をするんだ。」
村の名士である網元が群衆に呼びかける。
アミット「ああ それから!」
アミット「もしや マール・デ・ドラゴーンの人々が こっちに来るやもしれんからな。」
アミット「何か もてなす用意を しておいてくれ。」
アミット「それと 誰か 手が空いていれば グランエスタードに 走ってくれないか?」
マリベル「あら それなら あたしが 行こうかしら?」
アミット「いや マリベルは ここに残って 応対してくれ。」
“かの一族とのこととなれば顔見知りが大いに越したことはない”
そう判断し、網元は娘を引き止めた。
マリベル「…わかったわ。」
*「オレ 行けますよ!」
その時、非番で待機していた漁師の一人が名乗りを上げる。
アミット「おお そうか 行ってくれるか! では 頼んだぞ!」
*「ウッス!」
短く返事して漁師は速足に村を出ていった。
アミット「さて わしらも 行動に移るとしよう。」
その一言を皮切りに住民たちは一斉に動き出す。
マリベル「…………………。」
そんな中、少女は漁師たちの帰りを今か今かと待ち続けるのであった。
*「おーい!」
それからしばらくして漁師たちが船着場へと到着した。
*「おーい! お客さんだぞー!」
最初に船を停留させた漁師が叫ぶ。
アミット「お客さん… つまり……。」
*「ああ アミットさん。ビックリですぜ 急に 来るもんですからな。」
網元が思案していると船から降りてきた漁師がどこか楽しそうに言った。
*「アミットさん ただいま 戻りましたぜ。」
そこへ漁師たちの頭が後から続いてやってきた。
アミット「おお ボルカノどの お客さんと 聞いたのだが これは……。」
ボルカノ「ああ そのまんまの意味だ。彼らは 観光と用事で ここへ来たらしい。」
アミット「つ つまり 何か たいへんなことが 起きたわけじゃ……。」
*「ええ 特に 問題は ありませんよ。なっ!」
*「はい。」
漁師の一人に促されて船から降りてきたのは漁師頭の息子にして世界の英雄である少年だった。
マリベル「アルス!」
アルス「やあ。」
マリベル「おかえり。」
アルス「ただいま マリベル。」
少女は船から降りた少年と軽く抱き合う。
マリベル「マール・デ・ドラゴーンを 連れて帰ってくるんだもん 何事かと 思っちゃったわよ。」
アルス「ははは…… 実はね。」
アミット「おお そうだ アルスよ。彼らは ここまで 来るのか?」
少年が事情を説明しようとしたところへ少女の父親が尋ねる。
アルス「はい。すぐに アミット号ほどの 帆船に 乗りかえて やってくると 思います。」
アミット「そうか そうか。では やはり もてなす 準備が必用だな。」
アルス「あ いえ みんなが みんな 来るわけじゃないと思うので そんなに大規模には……。」
網元の言葉に少年は遠慮がちに手を振ってみせた。
マリベル「あら そうなの?」
ボルカノ「先に グランエスタードに行って あいさつして いきたいらしい。」
アミット「そうか。なら 急ぐことは なさそうだな。」
ボルカノ「まあ なんにせよ 向こうの 予定次第だな。」
そう言って漁師頭は他の漁師たちに混じって獲れたての海の幸を船から降ろし始める。
*「おおっ いい型だな!」
*「脂のってて 美味しそうね。」
*「わーい! 今日も お魚だー!」
大事ではないと知った村人たちは来訪者のことも半分に本日の漁獲の品定めに興じるのだった。
*「おふたりとも しばらくぶりであった。」
それから半刻ほどしたところで、漁師たちの後を追い海賊たちが帆船に乗って船着き場へと来航した。
アミット「シャークアイどの ようこそ フィッシュベルへ。」
ボルカノ「シャークアイさん その節では 世話になりました。」
そう言って海賊の総領と漁師頭、そして網元はがっちりと握手を交わす。
シャーク「……妻から 話は聞きました。」
シャーク「息子の 命に係わるような状況で 何もできずにいた自分が 恥ずかしいくらいだ。」
総領は肩を落とし少年の顔を見つめた。
ボルカノ「よしてくれ シャークアイさん。あれは どうしようも なかったんだ。」
ボルカノ「それに アルスは この通り ピンピンしている。」
アルス「ははは……。」
父親に肩を叩かれ、少年はバツが悪そうに頭を掻く。
ボルカノ「それで 十分じゃないですか。」
シャーク「……そう言っていただけると 気が 楽になる。」
ボルカノ「ところで アニエスさんは?」
話を変えようと漁師頭が海賊の帆船を覗く。
シャーク「ああ 妻なら まだ マール・デ・ドラゴーンの中です。」
シャーク「なにせ あの姿だ。あまり 人目について 騒ぎを 起こされたくなくてですな……。」
シャーク「あいさつに 来られないことを お許しいただきたい。」
そう言って総領は再び視線を落とす。
ボルカノ「いや それなら 仕方ねえ。気にせんでください。」
シャーク「かたじけない。」
ボルカノ「……そういえば シャークアイさん この後 王さまんところに 行くんだろ?」
シャーク「あ ああ そうですが。」
ボルカノ「アルス お前が 行ったほうが 話が 早い。」
ボルカノ「シャークアイさんの お供をしたらどうだ?」
アルス「え……?」
確かに王とは親しい中の自分がお供をすれば少しは話も円滑に進むかもしれない。
しかし自分には漁師として積荷や漁獲の整理、道具の手入れなどの仕事もある。
“どちらを優先させるべきか”
アルス「父さん。」
そう考えあぐねて少年は父親に向き直る。
ボルカノ「むっ? ああ ここのことは 任せておけ。」
しかしそこは流石の漁師頭、少年の葛藤を一瞬で見越してそっと背中を押すのだった。
アルス「……わかりました!」
マリベル「ねえねえ アルス。」
父親の言葉に頷く少年の袖を少女がつまむ。
アルス「ん?」
マリベル「ちょっと 魔法のじゅうたん 貸してくれないかしら。」
アルス「…いいけど どうして?」
突然の要求にわけがわからず少年は首をかしげる。
マリベル「……ちょっとね。」
そう言って少女は自分の首元で煌めく涙の形をした真珠の垂れ飾りを持ち上げた。
アルス「…………………。」
それでも少年はそれがどんな意味なのか分からずにさらに頭を捻る。
マリベル「……まあ いいわ。」
マリベル「とにかく 貸してちょうだい。」
アルス「う うん。」
結局答えも出ないまま少年は少女の望み通り摩訶不思議な“ふくろ”の中からするすると空飛ぶ絨毯を取り出して地面に広げるのだった。
マリベル「ありがとっ。」
少女は短く礼を言ってそれにしゃがみ込むと、絨毯をふわりと浮かせてゆっくりと海の方へ、巨大双胴船へと向けて飛んでいってしまった。
*「ななな……!」
*「なんだありゃあ!」
*「すご~い! マリベルおねえちゃん 空とんでる!」
*「おったまげた! 空飛ぶじゅうたんなんて この世に あるのかい!」
アルス「…………………。」
そんな光景を目の当たりにした村人たちの初心な反応を横目に少年は総領へと振り返る。
アルス「それじゃ 行きましょうか シャークアイさん。」
シャーク「うむ。」
ボルカノ「また 後で うちに 寄っていってくだせえ。」
シャーク「ええ それでは また 後ほど。」
こうして少年と海賊の総領は、昼時の太陽が温かく照らす中、この島を統べる王の元を目指して親子二人で歩き始めるのだった。
*「どうやら 総領たちは 無事に フィッシュベルまで たどり着いたようだな。」
少年達が村を出発した頃、少し離れた海の上では海賊船の副長が望遠鏡を片手に船着き場の辺りを眺めていた。
*「はい そのようですな カデル様。」
カデル「よし おれたちは そろそろ 昼食にするとしようか。」
*「はい。」
そうして港へと降り立った船員たちを見届けた海賊たちが、船室へと戻ろうとした時だった。
*「ん……?」
*「あっ か カデル様!」
一人の海賊が村の方を見ながら副長に叫んだ。
カデル「どうした!?」
*「な 何か こっちへ向かって 飛んできます!」
カデル「なにっ!?」
部下の報告に副長は再び海を見やる。
カデル「……あれは!」
*「とうちゃく~。」
そうして海賊たちが呆然と眺めているうちに、謎の浮遊物体は甲板の上までやってきて高度を下げた。
*「あ あなたは……!」
カデル「マリベルどの!」
突然の来訪者に副長は目を見開く。
マリベル「こんにちは カデルさん。」
絨毯から甲板へと降り立った少女は副長にスカートの両端をつまんでみせた。
カデル「ど どうして マリベルさんが ここに……?」
マリベル「アニエスさんに お話があってね。」
カデル「お… おお そうでしたか。」
カデル「それにしても よく お越しくださいました。」
カデル「その… それは いったい なんですか?」
そう言って副長は少女の乗ってきた赤い布を指さす。
マリベル「えっ ああ これ? これは 魔法のじゅうたんよ。」
*「…まほうの じゅうたん……?」
少女が簡単に説明してみせるも海賊たちはさっぱりといった様子で首をかしげている。
マリベル「そっ。それより アニエスさんは いらっしゃるかしら?」
カデル「ええ いつものように 船長室に おいでです。」
マリベル「そう。面会しても いいかしら?」
カデル「もちろんです。アニエスさまも およろこびになるでしょう。」
マリベル「ありがとう。それじゃ ちょっと 行って……。」
“行ってくるわね。”
そう言おうとした時。
*「ぐう……。」
少女のお腹が乾いた叫びをあげた。
マリベル「…………………。」
カデル「…………………。」
*「…………………。」
マリベル「あ あはは……。」
恥ずかしさのあまり少女はお腹を両手で抑え、真っ赤な顔で空笑いするしかできないのだった。
カデル「……マリベルさん 良かったら その前に 食事は いかがですか?」
*「料理人たちには 言っておきますから どうぞ 食べていってくださいよ。」
気を利かして海賊たちが少女に食事を勧める。
もちろんその頬が緩み切っていたのは言うまでもない。
アルス「…………………。」
シャーク「…………………。」
少女が双胴船の甲板へとたどり着いた頃、少年とその実父は二人、城下町を目指して街道を歩いてた。
アルス「…………………。」
本来であれば転移呪文で一瞬にしてたどり着けるものを、少年はわざわざ徒歩で行くことを選んだ。
それでも親子で歩く妙な気恥ずかしさから、少年も、そして隣を歩く父親もどことなく無口になってしまっていたのだった。
シャーク「……アルス カラダの調子は もう いいのか?」
しばらくそうやって無言で歩いたところを、なんとかして静寂を破らんと総領が息子に訊ねる。
アルス「え あっ はい。」
アルス「アニエスさんの おかげで なんとか……。」
そう言ってどこかぎこちない笑みを浮かべながら少年は軽く腕を動かした。
シャーク「そうか……。」
アルス「あの……。」
シャーク「む?」
アルス「アニエスさんは… お母さんは 元気にしていますか?」
少年の実母は息子の危機について事前に水の精霊からお告げを受け、海中から少年を救い出し海底王の家にて付きっ切りで看病してくれたのだった。
シャーク「ああ。急にいなくなるもんだから 心配したが 帰ってきた時には ずいぶん ほっとした顔をしていたよ。」
突然妻が失踪してから二週間以上の間、夫たち海賊はずっと彼女を探しながらその帰りを待っていたのだ。
アルス「そうですか… ごめんなさい ぼくが 油断したばっかりに……。」
自分の落ち度で多くの人々に迷惑をかけたという罪悪感から、少年は肩を落として視線を下げる。
シャーク「お前が 気に病むことはないさ。」
シャーク「なにせ 世界は 再び お前のおかげで 救われたんだからな。」
アルス「……はい。」
父親からの労いにもその返事はどこか自分を無理やり納得させるようなそれで、少年の視線は尚も細長く伸びた茶色に向いたままだった。
シャーク「…それより どうだ? あれから 何か あったか?」
そんな息子を気遣って父親は話題を当たり障りのないものに変えようと試みる。
アルス「え えっと 何かって……。」
シャーク「そうだな… 漁は どうしてる。」
アルス「漁は… 見ての通り アミット号が 廃船になってしまったので 小さい船で ほそぼそと やってる感じです。」
シャーク「うまく いってるのか?」
アルス「アミット号とは 勝手が違くて まだ うまくはいってませんけど……。」
アルス「毎日 充実してます。」
シャーク「…そうか それは 何よりだ。」
シャーク「漁は 毎日 しているのか?」
アルス「いえ 毎日という わけじゃ……。」
シャーク「漁のない日は 何を してるんだ?」
どうも父親としてこの少年の私生活が気になったらしい。
海賊の総領は滅多な機会はないとでも言いたげに少年を見やった。
アルス「えっと… まあ その……。」
シャーク「……?」
アルス「…休みの日は 彼女と 出かけたりしてます。」
そう言う少年は自分の顔が熱を帯びていくのを感じていた。
シャーク「…マリベルどのとか。」
シャーク「さっきは ほとんど 話せなかったが 彼女とは うまくいってるのか?」
アルス「ええ まあ。」
少年はくすぐったそうに頬を掻く。
シャーク「はっはっは! 彼女は 本当に いい人だ。きっと お前のことを 支えてくれる。」
シャーク「オレから 言うのも なんだが… 大事にするんだぞ。」
アルス「……はい わかってます。」
返事こそ控えめではあったが、それでも少年は父親の言葉に力強く頷いてみせた。
シャーク「むっ 町が見えてきたな。あれが グランエスタードの城下町か?」
そう言って総領は丘の上に見える建物群を指さす。
アルス「はい。」
シャーク「ここの王と会うのは はじめてなのだが バーンズ王というのは どんな 人物なんだ?」
アルス「威厳のある 王様です。でも 人々と距離が 近くて たまに あいきょうが あって 人気のある人ですね。」
アルス「お后さまを 亡くされてから ずっと 一人で 国を治めてて よく 名君と 呼ばれてます。」
シャーク「そうか それは 会うのが 楽しみだな。」
アルス「きっと 歓迎してくれますよ。」
いつの間にか少年も、その父親からも自然と笑みが零れていた。
まるで隔たれていた数百年の時を少しずつ埋めていくように、他愛のない会話をしながら二人はまだ上の方に見える城下町を目指して歩き続けるのであった。
マリベル「う~ん お腹いっぱい!」
昼すぎ、双胴船の食堂では少女が食事を終えてお腹を擦っていた。
マリベル「うちの船も これくらい 大きければ 揺れなんて 気にしないで 食べられるのかしらねー。」
などと、到底実現しそうにはないことに想像を膨らます。
マリベル「ごちそうさま。それじゃ あたしは アニエスさんの ところに 行ってくるわね。」
そう言って少女が席を立とうとした時だった。
*「みゃ~お。」
一匹の茶虎猫が少女の足元へとすり寄ってきた。
マリベル「あら? お腹空いてるの?」
*「みゃう~。」
猫は一鳴きし、何かを催促するように少女の膝に前足をかける。
マリベル「う~ん… あ これなら いいわよ。」
少女は皿の上を眺め、小さな鶏肉の切れ端を猫に差し出した。
*「にゃ。」
猫はしばし少女の顔を見つめていたが、これ以上はもらえないとわかると渋々その場を後にするのだった。
マリベル「…ふふっ。」
*「あらあら マリベルさんは ネコちゃんに 甘いのねえ。」
そんな様子を目の当たりにし、近くで紅茶をすすっていた恰幅の良い婦人が笑った。
マリベル「あら もしかして ダメだったかしら?」
*「いいえ~ とんでもない。この船では ネコは お守りみたいなもんですからね。」
*「みんな 少しずつ エサを あげてるんですよ。」
婦人は別の席でおねだりをしている茶虎猫を見て言った。
マリベル「そう なら 良かったわ。」
*「マリベルさんは ネコが お好きなのかしら?」
マリベル「ええ 大好きよ。うちにも 二匹の ネコがいるの。」
*「あら そうだったの! いや 実は シャークアイさまも たいそう ネコが お好きでねえ。」
マリベル「そうだったわね。たしか 前も ミントちゃんって……。」
少女は以前この船に乗り込んだ時に目の前の婦人から聞かされた話を思い出していた。
*「そうそう ミントちゃん。この前 そのことで シャークアイさまが ちょっと 落ち込んでてねえ。」
マリベル「えっ あの シャークアイさんが?」
*「そうなんですよ。アニエスさまとは 再会できたけど 大事にしていた ミントちゃんとは 会えずじまいだったってさ。」
マリベル「……そう。」
あの聡明でいつも冷静な総領がたった一匹の猫のことで落ち込んでいるなどとは少女にはにわかには信じられない話だった。
*「まあ こればっかりは 仕方ないさね。」
*「それよりも お子さんと 会えない方が よっぽど 辛いだろうと 思うんだけどね。」
マリベル「……そうよね。」
“そういえば アルスのことは あたしたちしか 知らないんだった。”
そんなことを考えながら少女は自分の膝を見つめる。
*「おっと 引き止めて 悪かったね。アニエスさまに 用がお有りなんでしょう いってらっしゃい。」
マリベル「ええ……。」
そう返して少女は船長室にいるであろう少年の実母の元へと歩き出すのだった。
*「ややっ これはこれは アルスどの!」
その頃、城の跳ね橋前では少年と海賊の総領が一人の兵士に呼び止められていた。
アルス「こんにちは。」
*「今日は 見慣れない方と ご一緒ですな。」
兵士はそう言って少年の隣に立つ長髪の男に目を配る。
シャーク「以前 来航したときにも うわさがいっていたかと存じるが オレは マール・デ・ドラゴーンという船から 来た者だ。」
アルス「今日は 王さまに ごあいさつをと…。」
*「そうでありましたかっ 王も お喜びになるでしょう! どうぞ お進みください。」
それを聞いて兵士も納得したのか、にこやかに笑って二人を通した。
シャーク「かたじけない。」
アルス「さあ 行きましょう。」
シャーク「ああ。」
そうして二人は兵士に軽く礼を言い、再び城門を目指して歩き出そうとした時だった。
*「アルスじゃない! それにキャプテン・シャークアイも!」
*「「……!」」
不意に聞こえてきた声にバルコニーを見上げれば、そこには少年の戦友である王女が欄干に手をかけてこちらを見つめていた。
アルス「アイラ!」
アイラ「よっ…… と。」
それに気づいた少年が名前を呼ぶ間に王女は柵を乗り越え、少年たちの前へと軽く降り立った。
アイラ「ハーイ アルス。それに シャークアイさんまで!」
アルス「やあ アイラ。」
シャーク「これは アイラどの ご無沙汰している。」
アイラ「今日は ふたりして どうしたのかしら?」
アルス「うん シャークアイさんが 王さまに あいさつをね。」
シャーク「偶然 近くまで 寄ったものだからな。これから先のことも 見すえて。」
アイラ「そうだったの。バーンズ王は いつも通り えっけんの間にいるわ。」
そう言って王女は二人を手招きする。
アルス「…………………。」
シャーク「…………………。」
少年と総領は顔を見合わせ、前を歩く王女の後について歩き出すのだった。
アルス「アイラ 最近 何か 変わったことはある?」
謁見の間へと向かう最中、少年が王女の背中に尋ねる。
アイラ「変わったこと? そうね……。」
二階へと続く階段を上りながら王女は顎に指を置いて思案する。
アイラ「……アルスは マリベルから 聞いてるかしら?」
アルス「何が?」
アイラ「いや 実は 王さまが……。」
と、王女が思い出した様に話し出した時だった。
*「あっ!」
階段を上りきったところで一人の少女が王女の元へと駆けてきた。
アイラ「あら リーサ。」
リーサ姫「こんにちは アルス ……と…。」
王女が少年ともう一人知らない人物を連れているのを見て姫は首をかしげる。
アイラ「ああ 前にも 話したでしょ? この人は 海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領 キャプテン・シャークアイよ。」
アイラ「シャークアイさん こっちは リーサ。この国の 姫よ。」
シャーク「お初に お目にかかる。」
王女の紹介を受け、総領は胸に手を当て軽く礼をする。
リーサ姫「は はじめまして……。」
何か思うところがあったのか、姫は少年と総領の顔を交互に見て不思議そうな顔をした。
リーサ姫「ねえ アイラ なんだか……。」
アイラ「何かしら?」
リーサ姫「アルスと …シャークアイさん なんだか 似てると 思わない?」
アイラ「……うーん 言われてみると そんな気も しなくはないわね。」
姫の言葉に王女も二人の顔をじっくりと覗き込む。
シャーク「……きっと 偶然でしょう。」
アルス「そ そうだ アイラ さっきの続きだけど……。」
一から説明するのも面倒に思い、少年は早々に話題を戻すことにしたのだった。
アイラ「えっ? ああ そうそう 最近 ある人が 王さまと 仲良くしてるの。」
アイラ「ねっ リーサ。」
リーサ姫「そうなのよ アルス!」
アルス「えっ あれから うまくいってるんですか!?」
以前城より帰った少女から聞かされた話を思い出して少年は驚きをにじませる。
アイラ「お后様 一筋だと 思ってたんだけどね。王さま けっこう 悩んだみたい。」
アイラ「あの人の 想いを むげにするのも 忍びないって言ってさ。」
リーサ姫「わたしからも 言ったのよ。」
リーサ姫「きっと お母さまは お父さまの 幸せを 願うはずよって。」
リーサ姫「それに わたしも 家族が増えたら いいなあって 思ってたの。」
アイラ「そしたら 最近 少しずつだけど ふたりで 話すように なったみたい。」
アイラ「うふふっ。」
リーサ姫「うふふふっ!」
アルス「……そっか。」
楽しそうに笑う二人の王女に、少年は少しだけ安心した様子で短く息をついた。
シャーク「…込み入った 事情が あったようだな。」
傍で話を聞いていた総領が難しい顔で少年を見やる。
アルス「はい……。」
アイラ「あっ いけない。王さまとの お話が まだ だったわね。」
リーサ姫「ごめんなさい 引き止めちゃって……。」
アルス「いえ ぼくも 気になっていましたから。」
バツが悪そうに眉を下げて微笑む姫に少年は小さく手を振った。
アイラ「それじゃ 行きましょうか。」
シャーク「…そうだな。」
そうして三人は立ち話もそこそこに再び謁見の間を目指して階段を上りだしたのであった。
アイラ「王さま お客さんです。」
三階へとたどり着いたところで先行して歩いていた王女が広間の奥へと呼びかける。
バーンズ王「む 客人とな?」
バーンズ王「おおっ そこにいるのは アルスではないか!」
王女の後ろから顔を出した少年を見て王が玉座から身を乗り出す。
アルス「こんにちは 王さま。」
少年は王の前に出ていつものように軽く礼をした。
バーンズ王「うむ よくぞ まいった。」
バーンズ王「どうじゃ 漁は うまくいっておるか?」
アルス「はい… たいへんですけど なんとかやってます。」
バーンズ王「うむうむ お前には 期待しておるからのう アルスよ。」
“息子の親友にして国の英雄である少年が今では順調に漁師として成長している”
一時的にとはいえ行方不明となったこともあってか、心配していただけにそのことが非常に嬉しかったらしい。
王は満足げに何度も頷いてみせた。
バーンズ王「ところで そちらは……。」
少年の隣へ立った人物に視線を移して王が問う。
シャーク「お初に お目にかかる。」
シャーク「オレは マール・デ・ドラゴーンの総領 シャークアイと申す。」
そう言って総領は丁寧な動作で礼を交わした。
バーンズ王「おおっ そなたが キャプテン・シャークアイか!」
バーンズ王「アイラから 話は 聞いておるぞ。アルスたちを 助けてくれたそうじゃな。」
バーンズ王「民を代表して 礼を言うぞ。」
シャーク「いや。オレは 一族としての務めを 果たしたまで……。」
謝辞の言葉に総領は遠慮がちに首を振った。
バーンズ王「わっはっは! 何を 謙遜することがあろう。」
バーンズ王「……して 今日は どういった 用件で 来たのじゃ?」
シャーク「既に お聞き及んでいるかと 思うが オレたち マール・デ・ドラゴーンは 数百年の時を 隔て 魔王の封印より 目覚めたばかり。」
シャーク「当時と違い 各国との関係が 切れてしまっている。」
シャーク「そこで 先の事件以来 縁のある 貴国と 親交を 結びたいと 考えましてな。」
シャーク「今日は そのことで あいさつに伺った次第。」
バーンズ王「なんと! そうであったか! これは 嬉しい 申し出じゃのう。」
バーンズ王「ここで 良ければ いつでも 来るがよいぞ。」
バーンズ王「グランエスタードは そなたらを 歓迎するからのう。」
シャーク「ありがたき お言葉。」
それからというものの海賊の総領は寄港に必要な手続きや交易のことについて王と話し合った。
そうしてひとしきり堅い話が済んだところで少年と総領は食事を振る舞われ、王と二人の王女に囲まれてしばらく談笑に耽るのだった。
昼すぎ、既に食事を終えているのにも関わらず二人の昼食に付き合って席を共にしたのは王たちの優しさか。
アニエス「まあ マリベルさん!」
少年達が王と謁見している頃、双胴船の船長室では人魚がやってきた人物を見て驚きの声を上げていた。
マリベル「お久しぶりです アニエスさん。」
二か月ぶりに少年のもう一人の母親を目の前にし、少女は控えめに挨拶を交わす。
アニエス「ようこそ 何も おもてなしできなくて ごめんなさいね。」
アニエス「どうぞ こっちに来て 座ってちょうだい。」
人魚は微笑むといつかのように少女を自分の隣に腰掛けるよう促した。
マリベル「…………………。」
アニエス「……この前は たいへんでしたね。」
黙ってその隣に座り”どう切り出したものか”と考え込む少女ヘ、人魚がポツリと語り掛ける。
マリベル「……はい。」
復活した海の魔神による襲撃を思い出し、少女は小さく返事をする。
アニエス「私も 水の精霊のお告げがなければ 危うく あの子を 亡くしてしまうところだったわ。」
マリベル「…あたし 彼を 信じて待つって 決めてたのに もう少しで……。」
首元に光る物をぎゅっと握り締め、少女は俯いた。
アニエス「…………………。」
アニエス「あら…? それは もしかして……。」
少女が握っている物が何であるのかに気付いたらしく、人魚はその手元を覗き込んだ。
マリベル「あっ いけない あたしったら……。」
マリベル「アニエスさん わたし アルスから これを……。」
そう言って少女は少年の母親に“人魚の涙”を持ち上げて見せた。
マリベル「ごめんなさい 本当は 彼が 持ってるべきなのに……。」
アニエス「いいのよ マリベルさん。」
アニエス「……そう。あの子が あなたに 託したのね。」
人魚は柔らかく微笑んでみせた。
マリベル「えっ……?」
アニエス「あの子なりに 思うところが あったのね。」
アニエス「きっと 何か 特別な 想いをこめて あなたに 渡したんじゃないかしら?」
マリベル「あ……。」
“きみが持ってれば 離れてても ぼくたちは つながっていられるから。”
“ぼくにとっては 母さんの 形見だけど…。”
“よかったら それで ぼくのことを 思い出して。”
マリベル「…………………。」
人魚の言葉に少女はプロビナの村で少年が言っていたことを思い出し、黙ったままその目を伏せる。
その沈黙が、彼女の言葉へ対する何よりの肯定だった。
アニエス「……だから これは あなたが 持っているべきよ。」
そう言って人魚は垂れ飾りをすっぽりと覆うように少女の首元に手を当てた。
マリベル「…わかりました。」
少しだけひんやりとした手から伝わる温もりを感じながら少女は一回だけ頷くのだった。
アニエス「……そうそう あれから あの子は 元気にしてるかしら?」
マリベル「え ええ… たいへんだけど 充実してるって 感じです。」
アニエス「そう… それは 良かったわ。何せ すごいケガだったから 治ってからも 心配だったの。」
マリベル「アルスから 聞きました。ずっと 看ていてくださったって……。」
アニエス「いいえ とんでもないわ。私は 母親としての 務めを 果たしたまで。」
アニエス「……それぐらいしか あの子にしてあげられることは ありませんから。」
人魚は哀しそうに笑った。
マリベル「アニエスさん……。」
少女にはその笑顔が、どこかあの少年が時折見せる困ったときの顔と重なって見えた。
マリベル「……やっぱり あの人の お母さんね。」
自分の膝を見つめ、独り言のように少女が呟く。
アニエス「えっ…?」
マリベル「どうしようもない 状況でも そうやって 自分を 責めちゃうところとか……。」
マリベル「血は 争えないのね。」
アニエス「…………………。」
マリベル「でも アニエスさん。」
マリベル「彼は… アルスは あなたのこと 少しも 責めてなんて いないわ。」
マリベル「ぼくには 最高の お母さんが 二人も いるんだって…… あいつは そう言ってた。」
マリベル「…アルスは ウソなんて 言ったりしない。だから その言葉は あいつの 本心だと 思うの。」
マリベル「だから… だから そんなに 自分を 責めないで。」
人魚の深い深い青色の瞳を、少女はその翡翠色の瞳でまっすぐに見つめた。
アニエス「…………………。」
アニエス「…ふふっ。」
少年が何を以てして自分を“最高”と言ったのかはわからない。
それでも少女の言葉に、とめどなく湧き出る愛おしさに、人魚はたまらず笑みをこぼした。
マリベル「アニエスさん……?」
アニエス「ありがとう マリベルさん。」
マリベル「えっ……?。」
アニエス「私 母親として あの子に いままで 何一つ してあげられなかったから 自分は 母親失格だって そう思ってたの。」
アニエス「でも あの子は…… アルスは こんな 私のことも ちゃんと 母として 見ていてくれたのね……。」
いつの間にかその笑顔からは雫がこぼれていた。
マリベル「…………………。」
鱗に当たって水面へと落ちていったその煌めきを、少女はただ、黙って見つめることしかできないのだった。
アニエス「ごめんなさい 取り乱しちゃって……。」
落ち着きを取り戻した人魚が目元を拭って言う。
マリベル「いいえ…… いいんです。」
アニエス「…あの子の 隣にいるのが あなたで 本当に 良かったわ。」
マリベル「えっ…!」
アニエス「きっと あなただったから あの子も 正直に 話してくれたんだと思うの。」
アニエス「あなただったから……。」
人魚は再び柔らかく、愛おし気に少女に微笑む。
アニエス「こんな私から 言うのも 何だけど……。」
アニエス「どうか あの子のことを よろしくお願いします。」
そう言って少年の母親は少女に向き直り、その瞼を閉じた。
マリベル「……はいっ!」
ボルカノ「おう 二人とも 戻ってきたな。」
日が傾き始めた頃、王との謁見を終えた少年と海賊の総領は港町まで戻って来ていた。
ボルカノ「もう 用事は 済んだのか?」
アルス「うん。」
シャーク「おかげさまで すんなりと。」
村の海岸で出迎えた漁師頭に二人は軽く城でのことを話した。
ボルカノ「…そうか これから 賑やかになるかもな。」
アルス「ここも 少し 変わってくかもね。」
ボルカノ「だな。」
ボルカノ「ところで シャークアイさん よかったら うちで 休んでいかないか?」
シャーク「むっ それは ありがたいお誘いだが……。」
シャーク「本当に よろしいのか?」
突然の提案に総領が目を見開く。
ボルカノ「あたりまえよ。オレたちは もう 家族なんだからな。」
そう言って漁師頭はニカっと笑ってみせた。
アルス「父さん……。」
シャーク「…む そ そうだな。それでは……。」
少年の微笑みに後押しされ、総領も頬をポリポリと掻きながらそれに応じるのだった。
*「…………………。」
ここは港町の西に位置するとある家。
“コポコポコポ……”
その居間にある台所では一人の婦人が背の高い薬缶に火をかけていた。
*「うん これくらいだね。」
婦人は取り出した薬缶の中の湯を少しだけ冷まし、別の容器へと移していく。
その時だった。
*「ただいま 母さん。」
一人の少年が扉を開けて家の中へと入ってきた。
マーレ「おや おかえり アルス。もう お城へは 行ってきたのかい?」
アルス「うん。」
マーレ「あれ お客さんかい? ということは……。」
婦人、つまり少年の母親は、帰ってきた息子の後ろに夫とは別の誰かがいることに気付く。
ボルカノ「母さん この人が シャークアイさんだ。」
夫はそう言って自分の横に佇む長髪の男に目をやった。
シャーク「お初に お目にかかる。オレが 海賊船 マール・デ・ドラゴーンの総領 シャークアイと申すものです。」
男はそう言って少年の母親に深々とあいさつした。
マーレ「こちらこそ はじめまして。あたしは マーレ。ボルカノの妻です。」
マーレ「ささ どうぞ おかけになって。」
少年の母親はにこやかに笑うと席を引き、再び台所へと歩いていった。
ボルカノ「シャークアイさん どうぞ。」
シャーク「失礼。」
少年の父親に促され、総領は椅子へと腰掛ける。
マーレ「ちょっと お待ちを。いま ハーブティーを いれますからね。」
そう言って少年の母親は先ほど温めておいた入れ物に湯をそそぎ、茶葉を蒸し始める。
アルス「ハチミツは 入れますか?」
自分の席へ着いて少年が尋ねる。
シャーク「いや 大丈夫だ。」
総領はそう言って軽く掌を見せた。
ボルカノ「しかし シャークアイさんも お変わりないようで 安心したぜ。」
シャーク「いや こちらこそ みなさんが ご無事で 本当に 良かった。」
シャーク「わが妻 アニエスから 話を聞かされた時には 本気で 肝が冷えたものだ。」
シャーク「……遅くなったが 今回ここへ来たのは こちらの現状を 確認するためでも あったのです。」
ボルカノ「そうか だがまあ ここは 見ての通り 平和なもんだ。」
ボルカノ「船こそ ダメになっちまったとは言え 船員は全員無事だし アルスも こうして帰ってこられた。」
ボルカノ「それもこれも アルス自身とマリベルちゃん それに アニエスさんのおかげだ。」
ボルカノ「……ところで アニエスさんは お元気ですかな?」
シャーク「むっ? ああ アニエスなら 元気ですぞ。」
シャーク「おふたりにも 会いたがってました。」
ボルカノ「そうか そりゃ 何よりだぜ。」
ボルカノ「本当は 母さんにも 会わせたいんだがよ。こっちに こられないとありゃ 仕方ないな。」
マーレ「はい お待ち。」
シャーク「かたじけない。」
総領の言葉に漁師頭が頭を掻いているところへ、その妻が淹れたてのハーブティーを卓へと並べていった。
マーレ「まあ そうさね。人魚ときちゃ 町の人が めずらしもの見たさに 集まってきちまうからね。」
マーレ「こればっかりは 残念だけど しょうがないね。」
きっと同じ少年の母親として募る想いがあったのだろう、席に着いた漁師の妻はどこか寂しそうに笑った。
アルス「母さん……。」
マーレ「しかし この子の お父さんってのは 本当だったんだね。」
マーレ「よく見たら どことなく 似てる気がするよ。」
アルス「そ そう?」
先ほど城でも王女に同じようなことを言われたためか、少年は隣に座る総領の顔をじっと見つめる。
ボルカノ「目元は アニエスさんに 似ているみたいだな。」
アルス「…………………。」
アルス「ぼくは 4人の子 だから。」
そう言って少年は恥ずかしそうに頭を掻く。
マーレ「あっはっは! そんなの 言われなくても わかってるよっ。」
血のつながりがあろうがなかろうが、自分にとっては二人も親であることに変わりはない。
そんな少年の想いに触れ、母親は快活に笑ってみせる。
ボルカノ「オレたちは 家族だからな。」
シャーク「はっはっは! 本当に アニエスも 連れてくれば 良かったよ。」
それを見た二人の父親もまた笑顔になるのだった。
シャーク「ん…… うまいな。」
しばらくしてようやく口を付けたハーブティーに総領が思わず感嘆を漏らす。
アルス「これは メモリアリーフで買ってきた ハーブなんです。」
立ち上る湯気を吸い込みながら少年が言う。
アルス「たくさん買ってきたので うちと アミットさんちで 分けたり ちょっと 苗を育てたりしてます。」
シャーク「そうか…… カラダがあったまるな。」
マーレ「この子ったら マリベルさんのとこのハーブの 世話もしてるんですよ。」
アルス「…だって アレは マリベルが やれって言うから……。」
“言わなくてもいいことを!”
とでも言いたげに少年が顔を赤らめて抗議する。
マーレ「あらあら。」
シャーク「はっはっは! 順調なようで なによりですな。」
マーレ「ええっ マリベルさんは 本当に いい子ですからね。はやく あたしも 孫が 見たいわ。」
ボルカノ「母さん その前に 結婚式があるだろ?」
早くも先の話をする妻を夫が制する。
それがちっとも少年の助け舟になっていないとも知らずに。
マーレ「あらやだ そうだったね。あははははっ!」
アルス「…………………。」
シャーク「アルスよ その時は 必ず 呼んでくれよ。」
アルス「……はい…。」
追い打ちをかけるように期待の眼差しを向ける総領に、少年は観念して小さく返事をするしかないのだった。
マーレ「そうだ。シャークアイさん この後 お時間は 大丈夫かい?」
そんな少年の心の内を知ってか知らずか、母親が話題を変える。
シャーク「あ…ああ 今日は ここへ来た船で 適当に 食べて 寝ようと 思っていたのですが……。」
マーレ「それなら 今晩は うちで 食べていっておくれよっ!」
マーレ「あたしも 腕によりをかけて 作るからさ!」
そう言って少年の母親は袖をまくり“ふんす”と一つ大きく鼻息を漏らす。
シャーク「し しかし あまり ご厄介になるわけには……。」
マーレ「なーにいってんだい! こっちは 夫と息子が ご馳走になってんだ。」
マーレ「これくらいのことは させておくれよっ。」
ボルカノ「な シャークアイさん オレたちは もう 家族なんだ。」
ボルカノ「カタいことは 言いっこなしだぜ。」
アルス「母さんの 料理は 本当においしんですよ。」
ボルカノ「絶妙なスパイスが また たまらないんだ。」
それでも遠慮する総領に少年とその父親が笑いかける。
シャーク「むっ…… それでは 是非 いただくとしよう。」
二人にここまで言われては反対する理由など何もなく、総領は素直にそれに応じることにしたのだった。
ボルカノ「今朝 獲れたばかりの 新鮮な魚があるんだ。」
ボルカノ「こいつが 自分で 狙いをつけて 獲ったもんでね。」
アルス「は ははは……。」
父親に肩を叩かれ、少年が照れくさそうに俯いて微笑む。
シャーク「…………………。」
シャーク「ふっ……。」
自分の魂を受け継ぐ息子は、いつの間にか一人の男として自立しようとしている。
そんな少年の成長を目の当たりにし、もう一人の父親は柔らかく微笑んだ。
こうして少年とその家族は、豪華な食事と美味しい酒を囲いながらしばしの団欒を楽しむのだった。
そして その 夜ふけ……。
シャーク「…………………。」
アルス「…………………。」
少年は食事を終えて船に帰る総領を見送りに家の前の海岸を歩いていた。
シャーク「……マーレさんの 料理は 最高だったな。」
アルス「そうでしょう?」
どことなく満足げな表情を見せる総領に、少年が誇らしげに笑う。
シャーク「…………………。」
アルス「…………………。」
“ザァ……”
二人の沈黙を縫うように波の音が響く。
静かな夜の海は“二人だけ”という空間を、より二人の目に、耳に、肌に感じさせていった。
シャーク「……なんとなくだが……。」
静寂を破る様に少年の父親が語りだす。
シャーク「どうして お前が あの二人のもとへ 預けられたのか わかったような 気がしたよ。」
シャーク「暖かくて 思いやりにあふれ まさに 包み込んでくれるような……。」
シャーク「…………………。」
シャーク「……アニエスにも 会わせてやりたかった。」
放たれた言葉が、波の間を縫うように砂の中に消えていった。
アルス「…………………。」
アルス「今度は 誰にも ばれないように こっそりね。」
シャーク「ああ……。」
アルス「…………………。」
シャーク「今日は ありがとう。」
アルス「えっ……?」
その言葉が何を指しているのかわからず、少年は真っ黒な総領の瞳に聞き返す。
シャーク「夢だったんだ。こうして 息子と 二人で 歩くのが。」
アルス「いやあ……。」
自分としては大したことをしたつもりはないのだが、なんとなく、
その一言に父親にとってそれがどんなに大切なことだったのかを感じ取り少年は鼻先を掻く。
シャーク「今度は 本当に アニエスを連れてくるよ。」
シャーク「その時は 5人で… いや 失礼。彼女を含めて 6人だったな。」
シャーク「こんな空の下で ゆっくりと 語らいたいものだ。」
アルス「……うん。」
少しだけ気恥ずかしくもあったが、それが父親の望みならばと少年は小さく頷いた。
そして気付けば二人は船着き場に泊められた船の前までやってきていた。
シャーク「さて 今日は ここで 失礼する。」
そう言って総領が船にかけられた板を渡ろうとした時だった。
*「にゃ~ん……。」
一匹の野良猫が少年の元へ駆けてきた。
アルス「あっ……。」
シャーク「……飼い猫か?」
少年の足元でごろつく茶虎猫を見つめて父親が問う。
アルス「いえ この子は ここで みんなにお世話されてるコです。」
アルス「ぼくの飼い猫は マリベルの家にいます。」
シャーク「……そうか。なんにせよ 大事にしてやれよ。」
暗くてよく見えはしなかったが、そう言う父親の顔はどこか悲しそうに見えた。
アルス「……はい…。」
シャーク「…オレたちも しばらくは ここに 滞在する予定だ。」
シャーク「また な。」
そう言って海賊の総領は自分たちの寝床のある船へと消えていくのだった。
アルス「はい おやすみなさい お父さん。」
消えかかった月を取り囲むように星が瞬く中、猫の喉を鳴らす音だけが砂浜に木霊していった。
ボルカノ「明日から しばらく 漁は休みだが お前は どうするんだ?」
総領が帰った後、居間でくつろいでいた少年へ父親が語り掛ける。
アルス「えっ? う~ん……。」
ボルカノ「せっかく マール・デ・ドラゴーンが 来てるんだ。」
ボルカノ「お前だけでも アニエスさんに 顔を見せに行ったらどうだ?」
アルス「そうだね……。」
マーレ「そうだよ アルス。母親ってのはね いつでも 子どものことが 気がかりで仕方ないのさ。」
マーレ「ときどきは 元気な顔を 見せてあげなきゃ ダメだよっ。」
アルス「…うん。」
そうして少年が明日からの行動に考えを巡らせていた時だった。
“コンコンコン”
規則正しく三回、扉が叩かれる。
マーレ「はーい。」
“ギィ……”
*「あっ マーレおばさま こんばんは。」
マーレ「あら マリベルちゃん いらっしゃい。」
やってきたのは少年の婚約者である少女だった。
マリベル「あのっ これを アルスに……。」
少女は両腕に抱えた大きな布を少年の母親に見せた。
マーレ「アルスなら そこに いるよ。」
そう言って少年の母親は体を横にずらし、椅子に座っていた息子を指さす。
アルス「マリベル。」
少女の訪問に驚いた少年が扉の前までやってくる。いつもであればこの時間会いに行くのは少年の方なのだが。
マリベル「これ 昼間 返しそこねたから……。」
その手には昼間少年から借りていった“魔法のじゅうたん”があった。
アルス「なんだ 別に 明日でも 良かったのに。」
マリベル「…………………。」
少女は明らかにむすっとした様子で上目遣いに少年をにらみつけた。
アルス「あっ いや わざわざ 来てくれてありがとう……。」
少年は慌ててそれを受け取り近くの壁に立てかけた。
アルス「……お酒でも 飲んでく?」
そう言って少年は家の中へ招き入れようとするのだったが。
マリベル「今日は いいわ。……それよりも 少し 歩かない?」
少女は少年の服の裾をつまんで表へと目をやった。
アルス「……わかった。」
アルス「ちょっと 行ってきます。」
“聞かれたくない話でもあるのか”
少女の意図はわからなかったが少年はそれに素直に応じ、母親へと目配せした。
マーレ「あんまり 遅くならないようにね。」
マリベル「わかってますわ マーレおばさま。」
どこか顔のにやけている少年の母親に少女が笑いかける。
アルス「じゃ 行こうか。」
そうして少年は少女を連れて再び夜の海岸へと歩き出すのだった。
アルス「…………………。」
マリベル「…………………。」
真っ暗な海岸に砂を踏みしめる音が小さく響く。
アルス「……どうしたの?」
黙ったまま前を歩く背中に少年が問いかける。
マリベル「…………………。」
“別に なんでもいいじゃない”
アルス「…………………。」
返ってきた沈黙が、なんとなく少年にはそう言っているように思えた。
マリベル「…………………。」
やがて少女は濡れていないきれいな砂の上に腰を下ろした。
アルス「…………………。」
少年もその隣に腰を落とす。
マリベル「……どうだった?」
ややあってから少女が問う。
アルス「どうって… 何が?」
マリベル「……今日一日のことよ。」
“そのぐらい察しなさい”と言いたげに少女が溜息をつく。
アルス「……う~ん。なんだか 不思議な 感じだった。」
マリベル「不思議?」
アルス「うん。あの シャークアイさんと 二人だけで いろんな 話をして 城まで行ったり。」
アルス「…父さんと母さんと 一緒に ご飯食べたり……。」
アルス「遊びに来てくれって 言ったのは ぼくだけど 本当に 実現するか わからなかったからさ。」
そう言って少年は近くに泊まっている海賊たちの船を眺める。
マリベル「よかったじゃん。これで もう 気兼ねすることないじゃない。」
アルス「……うん。」
どこかぎこちない空気になってしまうのではないかと懸念していた少年だったが、今日の楽しいひと時を思い出しほっと胸を撫でおろしていたのだった。
アルス「…そういえば マリベルは 何しに行ってたの?」
そうして自分の一日を思い返しているうちに昼間少女がみせた行動の意味が気になったのか、少年が横目に尋ねる。
マリベル「えっ あ あたし?」
マリベル「えっと……。」
突然話を振られて動揺したのか、少女は話すべきなのか否か迷うような素振りで口元を覆った。
アルス「……?」
マリベル「…アニエスさんと 会ってたのよ。」
しばらくして少女は真珠の垂れ飾りを見つめて言った。
マリベル「本当に あたしが もってても いいのかってね。」
アルス「…なんて言ってた?」
マリベル「……あたしが 持ってるべきだって。」
アルス「そっか。なら 良かった。」
マリベル「さすがは あなたの お母さんね。アルスの考えそうなこと よく わかってる。」
マリベル「ずっと 一緒にいたわけじゃないのに……。」
アルス「…………………。」
アルス「不思議だね。」
“そんなことまでお見通しだったとは”
どこか照れくさく、少年は頬を掻きながら呟いた。
マリベル「ええ……。」
アルス「…………………。」
マリベル「ねえ。」
再び訪れた静寂を破るように少女が声を出す。
アルス「ん?」
マリベル「明日から どうするの? 漁 しばらく ないんでしょう?」
アルス「そうだなあ……。」
そうして少年がどうしたものかと考えていた時。
*「にゃん にゃん にゃん。」
一匹の野良猫が二人のもとへと歩いてきた。
マリベル「あら?」
アルス「お前 また 来たのか。」
それは先ほども少年にまとわりついてきた茶虎猫だった。
マリベル「…………………。」
アルス「そういえば さっき シャークアイさんから トパーズを大事にしろって 言われたっけ…。」
茶虎猫の首元を撫でながら少年が呟く。
マリベル「トパーズを?」
アルス「うん。きっと 昔のことを 思い出してたんじゃないかな。」
マリベル「…………………。」
マリベル「……あのさ。」
アルス「うん?」
マリベル「さっき アエニスさんと 話したときにね……。」
…………………
……………
………
…
マリベル「それじゃ あたしは もう 行きます。」
それは少女が人魚との会話を終えて船長室を出ようとした時のこと。
アニエス「なんだか 辛気臭い話ばっかりで ごめんなさいね。」
マリベル「いえ いいんです。」
アニエス「ここには 2 3日 滞在する予定だから 良かったら また 遊びにいらして。」
マリベル「ええ。今度は アルスと 一緒にね!」
そうして少女が踵(きびす)を返した時だった。
*「ふみゃ~お。」
一匹の茶虎猫が船長室へと駆けてきた。
マリベル「あら?」
アニエス「その子は この辺りを いつも うろついてるの。」
アニエス「ときどき こうして やってきては 夫がかわいがってるんだけど……。」
寄ってきた猫を拾い上げ、人魚はゆっくりとその背中を撫でる。
マリベル「……やっぱり ミントちゃんのことが 気がかりなんですか?」
アニエス「…どうして そのことを?」
少女の口から出た思わぬ言葉に人魚は目を丸くする。
マリベル「…さっき 食堂で 聞きました。」
マリベル「結局 そのネコちゃんとは 会えずじまいで 落ち込んでるって……。」
アニエス「……そう。」
遠い記憶を呼び起こすように人魚は俯き、黙り込んでしまった。
アニエス「…………………。」
マリベル「……アニエスさん?」
アニエス「あっ ごめんなさい…。」
少女の呼びかけに我に返ったのか、人魚はポツリポツリと自分へのお守りとして残された飼い猫のことを語りだした。
アニエス「……あの子は ずっと 夫の帰りを待っていたの。」
アニエス「いつも いつも 同じ場所に 何時間も 座っては 夫が消えた海の方を 見つめていてね。」
アニエス「私が この体に なってからは わからないけど その後も ずっと あそこで 待っていたんじゃないかと 思うわ。」
アニエス「…………………。」
アニエス「きっと 夫とは 強い 絆で 結ばれていたのね……。」
そう言って人魚はまた、寂しそうに笑うのだった。
…………………
……………
………
…
アルス「そっか… そうだったんだ……。」
話を聞き終えた少年が溜息にように呟く。
マリベル「…………………。」
アルス「あれから あのコ どうしてるかなあ……。」
マリベル「……うんっ そうだわ!」
何かを思いついたのか少女が立ち上がり少年に向き直る。
アルス「え……?」
マリベル「ミントちゃんを探しに行くわよ!」
アルス「ええっ!?」
マリベル「どうせ あんた 明日から しばらく 暇なんでしょ?」
マリベル「だったら お父さんが ここにいるうちに あたしたちで ミントちゃんを 探し出して 連れてきてあげるのよ!」
アルス「で でも そのミントちゃんは 過去にいるんだよ?」
困り顔で少年が尻込む。
マリベル「そんなの かんけーないじゃない! あたしたちには 神殿があるんだもん。」
アルス「大丈夫かな……。」
マリベル「もうっ だったら 今日のうちに 話しつけておきなさい!」
マリベル「あたしも 帰って 準備してくるから!」
そう言って少女は少年を引っ張り起こし、さっさと自分の家の方へと歩き始めた。
アルス「あっ 待って マリベル。」
マリベル「…な~によ。……っ!」
アルス「……おやすみ。」
マリベル「……ふ ふん。早く 行きなさいってば。」
いきなり抱きとめられ唇を奪われた少女は、少年の背中を押し、真っ赤になって走り出すのだった。
マリベル「アルスのばーか。おやすみっ!」
しばらく走ったところで振り向き、かわいらしい罵倒を吐いて少女は家へと入っていった。
アルス「…………………。」
アルス「さてと。」
少女が見えなくなったことを確認し、少年も両親にどう説明したものかと考えを巡らせながら自分の家へとゆっくり歩き出すのだった。
そして……
そして 夜が明けた!
57 : ◆N7KRije7Xs - 2017/02/18 23:07:13.75 bzhgeXks0 53/211
閑話
「アミット」とは家名なのか。
*「わーい わーい! アミットさんの お祭りだ!」
*「ボク 知ってるよ! このお祭りは アミットさんの ひい ひい ひい ひい…」
*「ひいおじいちゃんが はじめたものなんだよね!」
現在の「アミット漁」は八代前から続いているという旨の話をフィッシュベルの男の子から聞けます。
だとしたら現在のアミットは
(1): 「○○代目アミット」ということになるのか(襲名制)
(2): 「キーファ・グラン」のように「××・アミット」という苗字
…どちらなのでしょうか。
仮に(2)であればマリベルの本名は「マリベル・アミット」になります。
ただ、ファミリーネームを持つ登場人物が基本的にファーストネームで表記されていることを考えると、
「アミット」がフルネームである可能性も高いです。
よって同じ法則を当てはめるた場合、(2)ではないという結論が導き出されます。
しかし「アミット漁」も現在はこの名前だが、(3):「昔は別の名前だった」という可能性も捨てきれません。
つまり(1)を証明するにも判断材料が足りないということになります。
そして(3)を考えるとそもそも(1)も(2)も成り立ちません。
もし(3)が正しい場合、今の「アミット漁」は将来「次の網元になる人物の名前」になります。
即ち、「マリベル漁」か、「(主人公)漁」になるのです(マリベルと主人公が結婚した場合の話)。
結局、男の子の言いたかったことから読みとれることは「現在のフィッシュベルのお祭りは八代前の網元から続いている」ということだけなんです。
(加えて、フィッシュベルが誕生して、一代20年で交代と考えても160年以上は経過しているということが分かりますが)
果たして真相やいかに。
休題
ひょんな思い付きから過去へ旅立つことにしたアルスとマリベル。
ふたりは無事にシャークアイのミントちゃんを見つけることができるのでしょうか。
第二話へ続く。
60 : ◆N7KRije7Xs - 2017/02/19 18:50:45.38 wG0p2/CP0 55/211読み辛かったので『pixiv』に前作の修正版(書き直し?)の投稿も始めました。
ちなみにアカウントは「酒飲亭煙管男」
第2話:忘れ形見を探して
アルス「それじゃ 行ってきます。」
昨晩、寝る前の両親に自分の予定を述べた少年は、朝日を浴びて自宅を出ていった。
最初こそ両親は海賊の総領や人魚を気遣って少年にここにいるようにと言ったが、
少年がどういう経緯で過去へ向かうのかを説明したところ、快くその背中を押してくれたのであった。
“ゴンゴンゴン”
少女と合流するため、取り付けられた金具で網元の家の扉を叩く。
*「は~い。」
しばらくしていつものように使用人の娘が扉を開けて少年を出迎えた。
*「あら アルスさん おはようございますだよ。」
アルス「おはようございます。マリベルは 起きてますか?」
*「ええ すぐに 降りてこられるかと 思いますだよ。」
*「どうぞ 中で お待ちになってくださいだよ。」
アルス「ど どうも…。」
扉を大きく開ける娘に軽く礼を言って少年は広間へと足を踏み入れる。
生還してからの一か月の間ほとんど毎日通っていたとはいえ、やはり少し緊張するものがあったのか、どうしたものかと少年は辺りをキョロキョロと見回す。
*「アルスさん どうぞ 居間で おくつろぎになってくださいだよ。」
アルス「あ はい……。」
手招きされるがままに少年は居間の方へと歩き出す。
*「旦那さま 奥さま アルスさんが お見えですだよ。」
*「おお アルスか こっちへ 座ってくれ。」
給仕人が部屋の中へ呼びかけると奥から家の主が少年へと声をかけた。
アルス「はい…!」
少年は給仕人の後ろからそろりと出て婚約者の両親へあいさつを交わした。
アルス「おはようございます。」
アミット「おはよう。」
*「おはよう アルス 今朝は 早かったわね。あっ 遠慮しないで 座ってちょうだい。」
アルス「失礼します……。」
少女の母親に促され、少年はゆっくりと両親の向かいの席へ腰かける。
*「どうぞ アルスさん。」
それを見計らって給仕人の娘が台所から持ってきた紅茶を少年の前の茶碗に注いでいく。
アルス「あ いただきます…。」
短く礼を言って少年が紅茶に口を付けると給仕人は満足そうに微笑んで居間を出ていった。
少女を呼びに行ったのだろう。
アミット「聞いたよ アルス。今日は 遠出するそうだな。」
アルス「あっ はい コスタールという 港町へ行ってきます。」
*「あの子ったら それしか 教えてくれなくてね。せっかく お客さんが来ているっていうのに……。」
アルス「…………………。」
“あいかわらず 強引な……。”
そんなことを思いながら少年は苦笑いするしかないのだった。
アミット「まあ アルスが ついていれば 心配はなかろうが くれぐれも 気を付けてな。」
アルス「はい わかってます…!」
少女の父親の言葉に少年はしっかりと頷いてみせる。
*「それにしても どうして このタイミングで 出かけるなんて 言い出したのかしら?」
少女の母親が首をかしげる。
アルス「それは……。」
どう説明したものかと少年が次の言葉に窮した時だった。
*「シャークアイさんの 知り合いを 連れてくるためよ。」
*「「「……!」」」
突如、居間の入口から響いた声に三人が振り返る。
*「マリベル もう 用意はいいのね?」
マリベル「ええ ママ。ちょっと 手間どっちゃったけどね。」
そこには少女が立っていた。その手には大きな手提げ袋がかけられている。
アミット「マリベル。それは どういうことだ?」
少女の言葉に父親が片眉を上げて問いかける。
マリベル「そのまんまの意味よ パパ。」
マリベル「シャークアイさんと 離れ離れになってる 大切な人がいるから あたしたちが 連れてきてあげるのよ。」
アミット「……それは 本当なのか アルス。」
アルス「えっ あ はい。」
“人”かどうかはさておき、自分の父親の大切な存在であることには変わりないだろう。
そう考えて少年は少女と口裏を合わせることにした。
アミット「ふむ… なら むしろ シャークアイどのが ここに滞在している 今が 好都合ということだな。」
マリベル「そっ。そういうことよ パパ。」
意外にも理解の早い父親に少女が微笑みを返す。
アミット「まあ なんにせよ あんまり 無茶は せんようにな。」
マリベル「わかってるわ。」
マリベル「…アルス いつまで 飲んでるの! 早く行くわよっ。」
アルス「あ… うん……!」
少女に急かされ、少年は残っていた紅茶を一気に飲み干し席を立つのだった。
アルス「ねえ。」
村の入口を出ると少年は転移呪文を唱えて例の神殿へと飛ぼうとしたのだが、
“たまには 歩いて 行きましょうよ”と少女が言ったことによりそれは止められ、結局ふたりは朝の草原を歩いて行くことにしたのだった。
そして今は神殿へと向かう道中。
マリベル「……なに?」
アルス「それ 何もってきたの?」
少女が腕から提げる布袋を指して少年が言う。
マリベル「……着替えよ。もし 日帰りが 無理だったらと思ってね。」
アルス「あ… そうか。」
それもそうかと少年は腕を組む。
マリベル「あんたこそ そんな 手ぶらみたいな かっこうで 大丈夫なわけ?」
アルス「えっ うん まあ ふくろの中に 入ってるだろうし……。」
そう言って少年はなんでも飲み込む不思議なふくろの中をごそごそとまさぐる。
マリベル「……ねえ。」
そんな少年の手を、少女が何かを訴えるように見つめる。
アルス「……マリベルの着替えも 入れておく?」
マリベル「もうっ やっと 気が付いた?」
どうやら少年が気を利かして荷物を受け取るのを待っていたらしい。少女はどことなく不機嫌そうな顔をして少年に自分の手提げを渡した。
アルス「あはは ごめん……。」
少年は困った顔で笑いながらそれを受け取り、何か話題はないかと頭を振り絞る。
アルス「そ そうだ 昨日の夜は ふたりに なんて言ったの?」
必死に考えた上で出てきたのはなんてことのない昨晩の話だったが、それでも沈黙よりかはましかと考え少年は少女の顔を横目に尋ねた。
マリベル「……べっつにー? ただ 明日でかけるからって 言っただけよ。」
つまらなそうにそっぽを向きながら少女が言う。
アルス「それで 納得してくれたの?」
マリベル「……あんたと一緒だって言ったら 二つ返事だったわよ。」
そう言う少女の顔が一瞬緩んで見えたのは少年の気のせいか。
アルス「そう… そうなんだ……。」
婚約者の両親からそれだけ信頼されているというような気がして少年は内心嬉しく思い、つい頬を掻きながら俯いて黙り込んでしまった。
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
*「「ねえ。」」
マリベル「っ……。」
重なった言葉に一瞬驚いた二人だったが、“ここは”と少年が切り出す。
アルス「手 つなごっか。」
マリベル「……んっ………。」
短く、目線を下に向けたまま少女は小さく小さく頷き、少年に差し出された手に自分の手を重ねていく。
誰の邪魔もないそよ風の吹く草原の中、土を踏みしめる二人の足音だけが響いていくのだった。
マリベル「ここに 来るのも 久しぶりな 気がするわね。」
それからしばらくして二人は過去の世界へと通じる神殿の入口までやってきていた。
アルス「えっ? 一か月前に 来たばっかりじゃない。」
少女の言葉に少年は一か月前のことを思い出す。
たしかに少年がエスタード島へ戻ってきたのは七色の入り江、つまりこの神殿のすぐそばだったのだが。
マリベル「あの時は 別よ ベツ。」
マリベル「それに あんまり 覚えてないけど あの時は あそこから 直接 ルーラで帰ったんでしょ?」
少女は少年の腕に抱きかかえられたまま、半分意識のもうろうとした中で家へ帰ってきたため当時の記憶が曖昧だったのだ。
アルス「……そういえば そうだったっけ?」
マリベル「…は~…… まあ いいわ。行きましょ。」
顎に手をやってぼんやりとしている少年を尻目に大きくため息をつき、少女は建物へ向かってつかつかと歩き出す。
アルス「あ 待ってよ。」
そうして二人は何度通ったかもわからない古ぼけた門をくぐり、地下へと続く長い木の梯子を下りていくのだった。
マリベル「あいかわらず ジメジメしてるのね ここは。」
真っ暗な通路を歩きながら少女が愚痴をこぼす。
アルス「地下だからね。」
当たり障りのない返事をし、少年は掌に作った火球で辺りを照らしながら黙々と歩いていく。
マリベル「でも ここって これから どうなるのかしらね。」
アルス「えっ?」
マリベル「だって あたしたちは もう すべての大陸を 取り戻して 魔王も 倒したんだから……。」
マリベル「ここも もう 役目を 終えたんじゃないかしら?」
アルス「言われてみれば そうだね。」
マリベル「じゃあ これから先 ここは 何のために 存在するのかって 話よ。」
マリベル「だって あたしたち以外に 誰かが ほいほいと 過去に行ったら 不味いことが 起こるんじゃないかしら?」
自分たちが成してきたことを考えると、善からぬ連中が紛れ込んで過去で事件を起こせば現在に悪影響が出ることは目に見えていた。
少女は眉間にしわを寄せて考え込む。
アルス「うーん……。」
アルス「たしかに ここが あんまり たくさんの人に 知られたら まずいかもね。」
アルス「……あっ。」
その時、少年が何かを思い出した様に声を上げ、はたと立ち止まった。
マリベル「……どうしたのよ?」
少女が訝しげに少年の顔を覗き込む。
アルス「ど どうしよう……。」
マリベル「……?」
アルス「は……。」
アルス「ハーメリアで バラしちゃったんだった……。」
その顔からは冷や汗が垂れていた。
マリベル「……あ~~~~っ!!」
少女の絶叫が暗い神殿の中へ響き渡った。
マリベル「ばか アルス! なんてこと してくれたのよっ!!」
物凄い剣幕で少女が少年に詰め寄る。
アルス「あっ いや… あの時は ああしなきゃ 話が進まなかったわけだし……。」
すっかり顔を青くしながら少年が弁解をつとめる。
マリベル「むぐぐ… たしかに そうだけどっ!」
一緒になって話していただけに少年を責めきれず少女も言葉に詰まる。
アルス「そういえば 今度 アズモフ博士と ベックさんも 来るんだっけ……。」
マリベル「き~っ! なんてことなの!!」
マリベル「それもこれも み~んな あの 伝言係のせいよ!」
と、ここにはいない中年男性に怒りをぶつける少女だったのだが。
マリベル「もうっ どうしてくれるのよ アルス!」
その矛先は御多分に漏れず隣に佇む少年に向かうのだった。
アルス「ええっ!?」
マリベル「もし ここに うわさを聞き付けた 人たちが 殺到しちゃったら あんたの責任だからね!」
アルス「そ そんなこと言ったって……!」
マリベル「そうなったら もう あんた 漁どこの話じゃなくなるわよ!」
マリベル「毎日 ここに立って 来る奴らを 追い返すんだからね!」
アルス「弱ったなあ……。」
マリベル「まったく… それこそ あたしの計画が……。」
頭をポリポリと掻く少年を他所に少女はぶつぶつと独り言つ。
マリベル「……そうだわ。」
アルス「うん?」
マリベル「あたしたちで ぶっ壊しちゃえば いいのよね…ふふふ……。」
アルス「ま マリベルさんっ……?」
マリベル「そうすれば あたしたちを 邪魔するものは いなくなるわよね……おほほほ…。」
アルス「お 落ち着いて マリベル! そんなことしたら ぼくたちの 目的が……!」
不穏な笑い声を漏らす少女に少年がわたふたと制止に入る。
マリベル「じゃあ どうするっていうのよ!」
マリベル「あたしは 嫌だからね! 不甲斐ない 遺跡の番人の 妻だなんて!」
そう言って少女は全身から不気味な纏い気を漂わせ始める。
アルス「わ… わかった! わかったから! その構えはやめてっ マダンテ禁止!」
そんな少女の両腕を絡めとり少年が必死に押さえつける。
マリベル「う~~っ!」
アルス「これが 終わったら 誰も 入れないように また 仕掛けを 元に戻そう? ねっ?」
マリベル「……ふんっ!」
必死の説得の甲斐あって少女は魔力の増幅をやめたが、少年を振り払ってさっさと奥へと歩き始めてしまった。
アルス「…………………。」
“たすかった”
そんなことを思いながら少年が大きくため息をつく。
マリベル「…………………。」
その間にも少女は少年を待たずにズンズンと歩いていくのだったが。
マリベル「ほらっ 暗いじゃないの! 早く 来なさいよ!」
と言っていつまでも追いついてこない少年を急かす。
アルス「はいはい。」
そんないつもの調子の少女に安心した少年はクスッと笑うと、再び少女が機嫌を損ねる前にその手を取るのだった。
アルス「着いた……。」
道中ああでもないこうでもないと少女の愚痴に相槌を打ちながら少年はお目当ての台座のある部屋までやってきた。
マリベル「歩いてくると やっぱり 時間かかるわね。」
言いたいことを言ってすっかりいつもの調子に戻った少女が足首をぐりぐりと回す。
アルス「やっぱり ルーラで 来た方が 良かった?」
マリベル「…ん……。」
アルス「っ……。」
“今のは 失言だったか!”
顔を曇らせてしまった少女を見て少年は一瞬ドキリとし、その口を閉ざした。
マリベル「……久しぶりだったから なんとなく 歩きたかったのよ。」
マリベル「……いやだった?」
アルス「……ううん。そんなことないよ。」
少しだけ自分の発言に後悔しながら少年が首を振る。
アルス「…………………。」
少女の言葉に二年前のことを思い出す。
はじめてこの島を出て過去の世界へと旅立ったあの日以来、何度と通った村から神殿への道。
それは二人、否、三人にとっての思い出の道だった。
マリベル「…………………。」
“旅が終った今だからこそ、もう一度ゆっくりと歩きたい”
そんな想いが少女にはあったのだ。
アルス「……たまにはさ。」
少女の意図を汲んでか、少年が少女の手を取ってつぶやく。
マリベル「…………………。」
アルス「思い出しながら 歩くのも いいよね。」
マリベル「……うん。」
少年の優しさに包まれ、少女はゆっくりと頷いた。
アルス「それじゃ 行こうか。」
マリベル「……たしか コスタール行は これだったわよね。」
アルス「うん。」
二人は顔を見合わせ、部屋の南東に置かれた台座に手をかざす。
アルス「さあ マリベル。」
マリベル「ええっ。…いざ 過去へ!」
こうして二人の意識は不思議な光を放つ石板の中へと吸い込まれていくのだった。
…………………
……………
………
…
マリベル「んっ……。」
マリベル「ふう 着いたかしら?」
アルス「みたいだね。」
二人が目を開けるとそこには見慣れた“はず”の光景が目の前に広がっていた。
揺れる草原とその真ん中を刈り取ったようにぽっかり空いた荒地、そして遠くに見える港町。
一見自分たちの住む現在と変わりないようであるが、ここは過去。周りからはどこか獰猛な気配が漂ってきている。
アルス「……行こうか。」
マリベル「ええ。」
二人は周りに注意しながら北にある町へと向かって歩き始めた。
マリベル「やっぱり いるわよね……。」
アルス「そうみたいだね。」
マリベル「アルス 盾 出してよ。」
鞭に手をやりながら少女が言う。
アルス「わかった。」
短く返すと少年は“ふくろ”の中から少女にとっても扱いやすい盾を取り出して手渡す。
マリベル「女神の盾……か。」
マリベル「なんだか 盾 自体 装備するのも 懐かしい気がするわ。」
アルス「そうかもね。」
自らも堅牢な盾に手を通しながら少年が頷く。
マリベル「あんた よく そんな 重たい盾 持ってられるわよね。」
アルス「コレ? 案外 軽いよ。メタルキングの素材だし。」
そう言って少年は軽く腕を回してみせる。
マリベル「ふーん…… まあいいわ。」
マリベル「……ととっ さっそく なにか お出ましのようね。」
アルス「っ……!」
そうこうしているうちに近くの岩場から殺気を感じ、二人は立ち止まる。
*「……。」
しかしその主は一向に現れる様子がない。
マリベル「いつまで 隠れてるつもりよ。さっさと 出てらっしゃい。」
*「なっ なにい!?」
痺れを切らした少女が奥の方へと呼びかけると、岩の後ろから“黄色いちんちくりん”が飛び出してきた。
アルス「プチヒーロー?」
*「なぜ オレたちが ここに 隠れていると わかった!?」
プチット族の剣士が折れた剣の切っ先を向けて怒鳴り散らす。
マリベル「それだけ 殺気放ってれば だれだって わかるわよ。」
アルス「そうかなあ?」
“だれだって”は無理ではなかろうか。
そんなことを考えながら少年が呑気に返す。
*「うっ こ こっちに 来るな!」
面倒くさそうに歩き出した少女を制するように小さな剣士が獲物を振り回す。
マリベル「はあ? 別に あたしたちは あんたたちなんかに 用はないわよ?」
*「う うるさい! どうせ こっちが ボロボロだからって とどめ差しに来たんだろ!?」
そう言う剣士の身体は傷だらけで、ところどころから血が流れて痛々しい様子だった。
アルス「……襲われたのかい?」
少女をその背に隠しながら少年が問う。
*「お前たちには かんけー ないだろ!」
マリベル「……そうね 関係ないわねよね アルス さっさと 行きましょ。」
マリベル「あたしたちだって ヒマじゃないものね。」
アルス「あっ マリベル……。」
そう言って少女は身を強張らせる剣士を横目に歩き出す。
*「ぐっ 来るなって 言ってんだろ!」
マリベル「……勘違いすんじゃないわよ。あたしたちは 先を急いで……っ!」
そうして少女が獲物を構える剣士の真横を通り過ぎようとした時だった。
マリベル「…………………。」
アルス「……マリベル どうしたの?」
アルス「っ……。」
急に立ち止まった少女を見て不思議に思いその横へ駆け寄った少年は、岩場の影に“あるもの”を見つけて言葉を失くした。
*「…………………。」
そこには倒れたまま沈黙してしまった僧侶風の者と、それを隠すように息を潜めて立ちはだかる二人のプチット族がいたのだった。
アルス「…その子……。」
“息をしていない”
言いかけた言葉はそれ以上出てこなかった。
*「ぐう……!」
*「こっちに 来るな!」
戦士と魔法使いの恰好をしたプチット族が少年に威嚇する。
見ればその二人も体中に酷い傷を受けているようで、ほとんど立っているのがやっとに見えた。
アルス「でも その傷じゃ……!」
マリベル「…………………。」
それまで黙ってそれらを見つめていた少女が、何を思ったのか剣士たちの方へと歩み寄ろうと足を踏み出した。
その時。
*「っらあああああ!!」
剣士が少女に跳びかかった。
アルス「マリベルっ!」
*「っ……!?」
しかしその切っ先が少女に届くことはなく、一瞬でその前に飛び出した少年によって弾き飛ばされた。
*「ぐっ……!」
獲物を失ってしまった剣士は少年を前に、それでも抗う姿勢を見せる。
マリベル「…………………。」
しかしそんなものは意にも介さないがごとく少女は少年の脇からその横を素通りし、後ろで構えていた二人のプチット族の方へと歩き出す。
*「お おい! 何をする気だ!」
仲間のもとへ近づいていく少女に剣士が焦りを浮かべて叫ぶ。
アルス「…………………。」
マリベル「どきなさい あんたたち。」
*「こ こいつに 手を出すな!」
*「これ以上 彼女を 傷つけるな!!」
マリベル「どきなさいって 言ってんのよ。」
*「「っ……。」」
決して声量は大きくはないが有無を言わさぬ少女の物言いに、戦士も魔法使いもたじろぎ少女に道を開ける。
*「お おい……。」
アルス「大丈夫。」
*「えっ……。」
心配そうに見つめる剣士の肩に少年がそっと手を置く。
マリベル「…………………。」
*「…………………。」
その場の全員がその一挙手一投足を見つめる中、少女はその手に光を纏わせ、横たわる僧侶の身体にそっとかざした。
*「…………………。」
*「ど どうなったんだ……?」
固唾を飲んで見守っていた剣士が少女の元へ駆けよる。
その時だった。
*「……ん…………。」
それまで沈黙したままだった僧侶が、ゆっくりと起き上がった。
*「あれ……? わたし……。」
マリベル「もう 大丈夫よ。」
そう言って少女は困惑する僧侶に微笑んだ。
*「お おお……!!」
*「い 生き返った…!?」
*「お おい 大丈夫か……!?」
*「あっ え はい…… なんとも…。」
*「「「うおおおっ!!」」」
三人の雄叫びが青い空に響き渡った。
*「すげえっ どうなってんだ これ!」
マリベル「ザオリクって ね。復活の呪文よ。」
マリベル「あんたたちも 冒険者 やってんだったら それくらい 知っておきなさい?」
大きなため息をつきながらも少女は一仕事を終えたような満足げな表情で少年に振り返る。
マリベル「行きましょっ アルス。」
アルス「え うん。ちょっと 待って。」
[ アルスは ベホマズンを となえた! ]
アルス「それじゃ また。」
マリベル「もう ヘマ すんじゃないわよーっ。」
既に歩き出していた少女が振り返り叫ぶ。
*「あっ……。」
何が起こったのかもわからないといった様子で、四人の小さな冒険者たちは去りゆく背中を見つめることしかできないのだった。
アルス「彼ら 大丈夫かな。」
町の入口を目前にして少年が呟く。
マリベル「ん~ まっ あとは あいつらが 自分で なんとかするでしょ。」
マリベル「そこまで あたしたちが 面倒見てあげる 義理はないわ。」
そう言って少女は右手をひらひらと振ってみせる。
アルス「……見捨てられなかったんでしょ?」
そんな少女の横顔に少年が優しく語り掛ける。
マリベル「…………………。」
マリベル「あ~あ ガラにもないこと しちゃったかしら。」
なんとなく見透かされたような気がして恥ずかしくなったのか、少女は指を組んでわざとらしく大きく伸びをした。
アルス「……やっぱり マリベルは 優しいよね。」
マリベル「ばっ あったりまえじゃないの!」
マリベル「あたしは いつだって 天使の様に 慈しみにあふれているのよっ!」
“ふんっ”と鼻を鳴らして少女はそっぽを向く。
アルス「ははは…… そうだったね。」
マリベル「そういう あんただって しっかり 傷の手当 してたじゃないのっ。」
意味もなく町の外壁を見つめながら少女が拗ねたように口をとがらせて言う。
アルス「えっ あれは まあ……。」
そう言い淀んで少年は鼻先を掻く。
マリベル「……あおいこよ。」
アルス「…そうだね。」
マリベル「…………………。」
二人の会話は途切れ、険悪な雰囲気からくるものではない静寂が二人の間に流れる。
アルス「…………………。」
アルス「ふふ……。」
これまで幾度もあったはずの沈黙が、少年にとっては何故か今は愛おしく感じられたのだった。
マリベル「着いたわね。」
丁度太陽が真上を通過せんという頃、二人は大きな門の前までたどり着いた。
アルス「うん。」
マリベル「で? その ミントちゃんってのは どこにいるわけ?」
扉を見つめながら少女が問う。
アルス「ここを通って すぐ左の 通路にいるはずなんだけど……。」
頭の中の引き出しを覗き込みながら少年が腕を組む。
マリベル「あっそ。なら 話は早いわ。」
マリベル「さっさと 見つけて 帰りましょっ。」
アルス「そうだね。」
そう返して少年が扉を開けた時だった。
*「ん? おおっ あなたは!!」
アルス「っ……!?」
扉の奥の通路にいた一人の兵士が二人の前へと駆けてきた。
*「そのお顔 間違いない! アルスどのではないか!」
アルス「お お久しぶりです……。」
その兵士には以前会っているはずなのだが如何せん関りが薄かったため、記憶の片隅からすっかり抜け落ちていたらしい。
少年はどう応対したものかとしどろもどろになりながらなんとか返事をした。
*「英雄が お訪ねになったと あれば 王もお喜びになるだろう!」
*「さあさあ どうぞ こちらへ。」
そう言って兵士は少年の手を引っ張って歩き出してしまった。
アルス「えっ あの……。」
マリベル「ちょ ちょっと アルス!?」
*「おお そちらは 奥方ですかな? どうぞ ご一緒に 来てください。」
少女の存在に気付いた兵士はさらに話を進め、どんどんと廊下の奥に歩いていってしまう。
マリベル「……もうっ!」
“まだ そのネコの特徴も 聞いてないのに!”
と、心の中で悪態をつくも少年がいなければ話にならないため、仕方なく少女も後を追うことにしたのだった。
こっそり“奥方”と言われて浮ついていたのは彼女だけの秘密。
*「いや しかし あれから ここは 平和なものだ。」
町から城へと続く一本道を歩きながら兵士が言う。
*「魔物の被害も ほとんど ないし みな 平穏を取り戻している。」
*「それもこれも みな アルスどのたちの おかげだ。」
アルス「いやあ……。」
後に続きながら少年が頭を掻く。
*「あっ あれは アルスさんじゃないか!?」
*「おおっ あの姿は 間違いない! あの青年は アルスさんだ!」
*「おーい!」
昼時、活発な町の中で人々が少年の姿を見つけて手を振ってくる。
アルス「あはは……。」
小さく手を振り返しながら少年が笑顔を作る。
マリベル「ふーん…… あんた ここでも 大人気なのね。」
アルス「えっ……?」
マリベル「ずるいわっ。あたしだって パパさえ 倒れてなきゃ 歓迎されてたに 違いないのに!」
そう言って少女は少年のわき腹を小突く。
アルス「うわっ うわ やめてってば マリベル……!」
マリベル「それに あんた ミントちゃん探しは どうすんのよ!」
少年を睨みながら兵士に聞こえない程度の声で少女が問う。
アルス「うーん…… ひとまず 王さまに 挨拶していかないと 自由に動けそうもないし…。」
アルス「それに そろそろ お昼も食べたいしなあ……。」
兵士の背中を見つめながら少年がお腹を押さえる。
マリベル「…………………。」
マリベル「まっ たしかにそうね。話が 済んだら てきとうに 宿屋かどっかで 食べましょ。」
ぶすっとした表情だった少女も少年の言葉に納得したのか、視線を前に戻してそれきり静かになった。
それからしばらく三人は黙ったまま海に囲まれた通路の上を歩いていた。
左右に目をやればそこにはひたすらの青。
あいかわらず港の水は透き通っており、波の無い穏やかな水面は空を映した様に鮮やかだった。
*「さて おふたりとも つきましたぞ。」
二人が美しい港の景色を眺めている間に、一行は城の入口までたどり着いていた。
*「中の者に 取り次ぐので ここで しばし お待ちを。」
そう言って兵士は扉を開けて中へと駆けていくと、二人が息をつく間もなく衛兵を連れて戻ってきた。
*「それでは これにて じぶんは 失礼。」
それだけ言って兵士は自分の持ち場へと戻っていってしまった。
*「アルスどの お久しぶりです。ささっ どうぞ 王さまが お待ちかねです。」
アルス「はい。」
短く返して少年と少女は新たにやってきた衛兵の後を追いかけて歩き出す。
マリベル「…………………。」
マリベル「どうして カジノなんかに なっちゃったのかしらねえ。」
周りを見回して少女が呟く。
*「んっ? なにか おっしゃいましたか?」
マリベル「へっ? あ いいえ なんでもありませんでしてよ? ほほほ。」
アルス「…………………。」
確かに、この威厳ある佇まいの城があんな娯楽施設に生まれ変わってしまうというのだから時の流れというのは恐ろしいものである。
慌てて取り繕う少女を横目に少年も首をかしげるのだった。
*「はあ…… っとと。」
*「陛下 アルスどのが お見えになりました。」
いまいち納得していない顔の衛兵だったが、広間までやってくるとピタリと足を止めて玉座に敬礼した。
王「うむ。お通ししてくれ。」
*「どうぞ。」
アルス「はい。」
マリベル「…………………。」
衛兵に道を開けられ、少年と少女は玉座の前まで歩き出す。
王「おお… これはこれは アルスどの しばらくぶりであったな。」
アルス「お久しぶりです 陛下。」
そう言って少年は王の前で敬礼する。
王「ん? そちらの おじょうさんは?」
アルス「あっ 彼女は 婚約者の……。」
マリベル「マリベルと 申します。はじめまして 陛下。」
少年が最後まで言い切る前に少女はスカートの両裾をつまんで挨拶してみせた。
王「お おおっ これは なんと おめでたい! アルスどの ご婚約なさっておったか。」
王「お初にお目にかかる。わしが ここ コスタールの王だ。」
そう言って王は少女に微笑む。
王「……して アルスどの あれからというものの こちらは なんとか うまくいっておるよ。」
王「マール・デ・ドラゴーンの氷の封印は 未だに 解けぬが 魔物たちとの 戦いに備え 兵士たちも 日々 訓練を積んでおる。」
アルス「……そうでしたか。」
王「それに あれ以来 呪われていた子供たちも すくすくと 育っておる。」
王「民も すっかり 元気を取り戻して 町はにぎわっておるわい。」
王「……おっと それはもう 自分の目で 見てこられたかな。わっはっは!」
“これは 失礼”と言って王は愉快そうに笑った。
アルス「ホビット族とは うまくいっているのですか?」
その結果は知っているが、王妃のことで不信を買っていただけに経過が気になったのか、少年が問う。
王「むっ ああ あれ以来 少しずつ わだかまりもなくなって 時々 あちらから 遊びに来てる者がおるよ。」
王「わしらは 種族こそ違うが お互いに分かり合えると 信じておる。」
王「きっと いつの日か 一緒に 暮らせる日が 来ることだろう。」
マリベル「……ふふっ きっと そうですわ。」
それまで黙って話を聞いていた少女が微笑む。
何故ならば彼女はそれが実現することを知っていたから。
王「……アルスどのは 優しい お方を めとられたようだな。」
マリベル「えっ……!」
アルス「……はい。」
思わぬ言葉に目をぱちくりさせて紅く染まる少女の横で、少年が照れくさそうに下を向く。
王「…………………。」
そんな初心な二人を微笑ましく思いながら王はあることを思い出す。
王「おおっ そういえば おふたりとも お食事は もう お済かな?」
アルス「あ いいえ これから とろうと 思っていたところです。」
王「それならば 今から 一緒に いかがかな?」
アルス「ほ 本当ですか?」
王「もちろん。わしらの 英雄に 何のおもてなしもできないとあっては 国王の誇りに 傷がついてしまう。」
王「どうか 召し上がっていってくれぬか?」
アルス「えっと……。」
どうしたものかと考えていると少女が少年の袖を引っ張った。
マリベル「アルス。」
アルス「ん?」
マリベル「せっかくだから ごちそうになりましょうよ。王さまも こう言ってくれてることだしさ。」
アルス「……うん。」
アルス「そ それじゃあ ぜひ…。」
王「おお 良かった 断られたら どうしようかと思ったぞ。」
少年が遠慮がちに返事すると王は安堵した様子で溜息をつき、近くに立っていた男を呼び寄せた。
王「大臣。」
大臣「はっ。」
王「おふたりにも お食事の用意を。」
大臣「かしこまりました。すぐに 準備させます。」
王の命を受けると大臣はすぐに調理場へと指示を出しに走っていった。
王「時間は かからんから しばし お待ちいただけないか。」
アルス「はい わかりました。」
食事の準備を待つ間、少年と少女は城の灯台にある聖なる炎を眺めて時間をつぶしていた。
マリベル「ん~……。」
アルス「どうしたの?」
窓枠に腰を掛けて唸る少女に少年が問う。
マリベル「ここも けっこう 大変だったんだなってね。」
アルス「うん… まあね。」
マリベル「魔物が攻めてきて 王妃さまを殺されちゃって そのせいで ホビット族とは 疎遠になっちゃって…。」
アルス「おまけに 今度は 呪いで子どもが 魔物になって。」
マリベル「……踏んだり 蹴ったり ね。」
小さくため息をもらす。
その時少年と共にいたわけではないため詳細はわからなかったが、
こうしてここで話を聞いているだけでもそれがどれほどの出来事だったか、少女には容易に想像がついたのだ。
アルス「でも あれから だいぶ 元に戻りつつあるみたいだね。」
窓の外を眺めながら少年が言う。
マリベル「そりゃあ 町の様子を 見れば わかるけどさ。」
マリベル「王さまも 苦労してるのね。」
アルス「でも 今は ずいぶん 明るそうだよね。」
そう言って少年は先ほどの王の朗らかな顔を思い出す。
マリベル「…………………。」
マリベル「あのさ……。」
*「探しましたよ お二人とも!」
マリベル「っ……!」
少女が何かを言いかけた時、階下から一人の衛兵が少しだけ苦しそうにしながらやってきた。
*「あ アルスさん マリベルさん お食事の用意が できておりますっ…。どうぞ 下へ……。」
アルス「あっ はい。」
アルス「行こっ マリベル。」
マリベル「え ええ……。」
そうして少女は少年に手を引かれるがままに階下の食堂を目指して歩き出すのだった。
アルス「ごちそうさまでした。」
それから王にたんまりと海の幸をご馳走になった二人は、ひとしきり王との談笑を終え目的のために動き始めようとしていた。
マリベル「それじゃ わたしたちは 用事が ありますので そろそろ……。」
王「おお そうであったか よければ また 寄っていってくだされ。」
王「わしらは いつでも 歓迎いたすからな。」
アルス「ええ それでは。」
そう言って少年が階段を上ろうとした時だった。
*「にゃん にゃん にゃ~ん。」
一匹の茶虎猫が階段の上から降りてきて台所に立つ料理人に向かっていった。
*「おお お前さんか 今日の分は まだだったか?」
マリベル「……ここで 飼っているコですか?」
料理人から魚のアラをもらう猫を見つめて少女が問う。
王「ん? まあ 城内を うろついているだけで 飼っているわけではないのだが。」
アルス「…………………。」
アルス「陛下 そういえば ここに ミントちゃんというネコが いましたよね。」
王「お おお シャークアイが アニエスどのに 残していった あの黒っぽい猫か。」
アルス「あのコは 元気にしてますか?」
王「むっ たしか いつも 同じところに座って 海を眺めていると 聞いたが……。」
アルス「…そうですか ありがとうございます。」
城を後にした少年と少女は城と町の出入り口をつなぐ通路を歩いていた。
マリベル「いつもの場所って?」
少女が先ほどの会話を思い出して少年に問う。
アルス「うん 町の入口からすぐのところ なんだけどね。」
アルス「ミントちゃんは いつも そこに座って シャークアイさんが封印された海を 見つめているんだってさ。」
マリベル「ふーん…… けなげね…。」
アルス「それだけ シャークアイさんが かわいがっていたってことかな。」
マリベル「それにしても 意外よね。」
アルス「何が?」
マリベル「海賊船の総領が ネコ 大好きだなんて。」
マリベル「……あっ 別に お父さんの 悪口じゃないからね?」
アルス「う~ん。」
アルス「……ぼくに 聞かれてもなあ。」
マリベル「……そうよねえ。」
そうこう話しているうちに二人は町の入口へと続く、普段は鍵の掛けられている扉へとたどり着いた。
アルス「よいしょっと。」
少年が掛け声と共に扉を開ける。
*「おおっ アルスどの もう 王との面会はよろしいのか。」
すると先ほどふたりを城へと案内した兵士がそれに気付き声をかけてきた。
アルス「あっ さっきは どうも…。」
*「もう お帰りになるのか?」
マリベル「いいえ まだ 目的を果たしていないわ。」
“誰かさんのせいでねっ。”
と、少女は心の中で付け足しながら微笑んだ。
*「そうだったか。ちなみに その用事とは?」
アルス「ヒト探し… いや ネコ探しです。」
*「ネコ?」
マリベル「ミントちゃんって 知ってるかしら?」
*「あ ああ その猫なら いつも あっちに座っていたような……。」
そう言って兵士は通路の西を指さす。
アルス「ありがとうございます。」
少年は手短に礼を言って指し示された方へと歩き出した。
マリベル「……あれ 行き止まりよ?」
しかし二人を待ち受けていたのは地上階へと続く階段と水の壁、壁、そして壁。
どこにも猫の姿は見当たらなかった。
アルス「おかしいな… 前は ここにいたハズなのに。」
少年が辺りを見渡して首をかしげる。
マリベル「ねえ ホントに ここなの?」
少年に向き直り少女が片眉を上げる。
アルス「う~ん 記憶が間違ってなければ ここなんだけど……。」
腕を組んで考え込む少年を他所に少女が階段を見上げる。
マリベル「…上に いってみましょ。」
アルス「……うん。」
二人は目線だけを合わせ、それを合図に階段を上っていった。
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
しかし地上階にたどり着いた二人の目に留まったのは壁と装飾のあしらった支柱、そして壁に立てかけられた兵士たちの武器だけ。
ここにも猫の姿はなかった。
マリベル「いないわね。」
アルス「散歩にでも 出かけてるのかなあ。」
マリベル「……もうちょっと 見て回ろうよ。」
アルス「そうだね。」
そう言って二人はさらに階段を上り客間の扉を開ける。
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
マリベル「……どう?」
アルス「…いないね。」
部屋の隅々まで探してみても猫はおろか、それらしい毛一本すら見つからない。
どうやら件の猫はここへは来てはいないようだった。
マリベル「どうする?」
アルス「神父さんたちにも 聞いてみようか。」
マリベル「……そうね。」
仕方なく二人は引き返し、長い廊下を渡り教会までやってきた。
*「まあっ あなたは いつかの……。」
少年を見つけた若い修道女が驚きを隠せないように口元を押さえて二人の方へ駆けてくる。
アルス「お久しぶりです。」
*「感激です。国を救ってくださった 英雄と 再び お会いすることが できましょうとは……。」
*「ああ これも 神のお導きでしょうか……。」
修道女は感動のあまり天を仰いで短く祈るような仕草を見せ、後ろへ振り返って叫ぶ。
*「神父さま!」
*「おお おお… なんという 巡り合わせ……。」
*「アルスさん ご無沙汰しておりました。」
声をかけられた神父が少年へ柔らかく微笑んだ。
アルス「神父さんも お元気そうで 何よりです。」
*「しかし あれ以来 さっぱり お見えにならなかったというのに 今日は いかがなさったのですか?」
アルス「実は……。」
マリベル「あたしたち ミントちゃんっていう ネコを 探しているの。」
少年が事情を説明する前に少女が前へ出てきて言った。
*「……ミントちゃん というと あの シャークアイ総領の 忘れ形見…。」
*「前は 毎日 見ていたのですが ここのところ 見かけていませんわ。」
神父と修道女は顔を見合わせ交互に言った。
アルス「そうですか……。」
*「いったい どうしたというのですか?」
マリベル「それは……。」
少女がどう答えたものかと少年に振り返る。
アルス「…………………。」
しかし少年は一度だけ小さく首を振って聖職者たちへこう言った。
アルス「ワケは お話しできません。でも……」
アルス「その子に 会いたがっている人がいるんです。」
*「……そうですか。」
*「わたしたちでは おチカラに なれませんが 町の中には きっと 知っている者も おりましょう。」
少年の目に並々ならぬ事情を察したのか、神父はそれ以上追求しようとはしなかった。
*「見つけられることを お祈りしています。」
*「どうか あなた方に 神さまの ご加護が ありますように。」
修道女もそう言って二人へ微笑みを見せた。
アルス「ありがとうございます。」
アルス「行こう マリベル。」
マリベル「……ええ。」
こうして二人は教会を後にし、午後の賑わう城下町へと降りていくのだった。
*「黒いネコ? うーん 見たことあるけど 知らないねえ。」
*「ネコってのは きまぐれだからねえ……。」
*「ネコ… この国には 野良猫が 多いから なんとも 言えないわね。」
*「それより 何か 飲んでいく? サービスしとくわよ。」
*「うっぷ…。昨晩は 少し 飲みすぎたようですな。」
*「えっ ネコですって? 知りませんな…うぷぷぷ…。」
*「ネコ? うちでも 猫は 放し飼いにしてますが 黒いコはいませんねえ。」
*「ああっ おきゃくさん! 吐くんなら 表で 頼みますよ!」
*「あら どうしたんだい あんたたち。」
*「ん ネコちゃんを 探してるって? 悪いわねえ ちょっと あたしには わかんないよ。」
*「ああ 今日の宿は ウチで いいのかい?」
*「えっ まだわからない? そうかい それじゃ 決まったら ぜひ 来ておくれ。」
*「今日も お花が元気だわ~。」
*「あら? あなた 久しぶりね。」
*「……そう ネコを探してるの。ときどき 散歩してる ネコはいるけど どうだったかしら…。」
日も傾き始め、夕日に当てられた港町が薄紅に染まった頃。
マリベル「なかなか いい情報がないね。」
ふたりは未だに城下町を歩き続けていた。
アルス「んー……。」
町の中を歩きながら方方(ほうぼう)で聞き込みをしてみるも帰ってくる答えはどれもこれも期待外れなものばかり。
少年も少女も既にくたびれ始めていた。
マリベル「これだけ聞いてるんだから 一人くらい 知ってる人がいたって いいじゃないのよっ!」
苛立ちを覚えて少女が唸る。
アルス「まいったな……。」
そうしてすっかりアテを失い二人が町の広場まで戻ってきた時だった。
*「あら?」
幼子を抱いた一人の若い婦人が二人の元へとやってきた。
*「あなたは もしかして アルスさんじゃありませんか…!?」
アルス「……あ あなたは 防具屋の…。」
*「シエラです! まさか また あなたに 会えるなんて!」
“シエラ”と名乗った女性は、かつて少年たちがここを訪れた時に呪いから赤子を救われた防具屋の夫人だった。
シエラ「それと あなたは……。」
マリベル「マリベルです。アルスが お世話になりました。」
そう言って少女は胸に手を当てる。
シエラ「えっと ということは 奥さんですか……?」
マリベル「えっと いや まだ……。」
アルス「に 似たような ものです…。」
シエラ「…うふふっ お似合いですよ。」
恥じらうような二人の反応に微笑みを浮かべながら夫人は乳児を軽く揺らす。
*「…………………。」
アルス「あっ もしかして その子は……。」
シエラ「そう この子が アルりんです。」
*「…………………。」
夫人の腕の中でおとなしくしている乳児は少年の顔を不思議そうに見つめた。
アルス「大きくなりましたね。」
シエラ「ふふっ 今は おとなしいけど いつも 元気いっぱいなんですよ。」
そう言って夫人は愛おしくて仕方がないといった様子で微笑んだ。
マリベル「こんにちは アルりんちゃん。」
*「…あ~……。」
少女が手を差し出すと赤ん坊はその指をきゅっと握った。
マリベル「…あっ………。」
驚きと喜びに思わず少女は感嘆の息を漏らす。
シエラ「良かったら 抱いてみますか?」
マリベル「え いいんですか…?」
シエラ「もちろんよ!」
夫人はそう言うと少女の腕にゆっくりと自分の娘を託した。
*「…………………。」
アルス「……かわいいね。」
少女の腕に抱かれる小さな小さな女の子を見て少年が微笑む。
アルス「……マリベル?」
黙ったままの少女を不思議に思い少年がその顔を覗き込む。
マリベル「…………………。」
少女はゆっくりと自分の身体を揺らしながら愛おし気にその腕に抱く子を見つめていた。
まるで本当に我が子を抱いているかのように。
アルス「…………………。」
その佇まいを見て少年は黙り込む。
“目の前に立っているのは本当に自分のよく知る少女なのだろうか”
“そう、そこにいるのはいつか教会で見た絵画の中の……“
そんなことを考えているうちに、どこかで少女の姿に自分たちの未来を思い描き、少年は一人赤く染まっていった。
*「…ま~……。」
赤ん坊が母親へと手を伸ばす。
マリベル「……あ……。」
シエラ「あらあら。」
マリベル「…やっぱり ママが いいみたいです。」
そう言って少女は名残惜し気に、赤ん坊を母親の腕へと渡した。
シエラ「うふふっ きっと いつか あなたも 自分の赤ちゃんを 抱ける日が 来るわ。」
マリベル「……はい。」
夫人の言葉に少女は俯いて地面に何かを描くようにもじもじと体を捩った。
シエラ「そういえば おふたりは 今日はどうしてこちらへ?」
アルス「あっ 実は あるネコを 探してまして……。」
それまで頬をぽりぽりと掻いていた少年が“忘れてた”と言わんばかりにわけを説明する。
シエラ「ネコ?」
マリベル「ミントちゃんっていう 黒猫なんですけど ご存じありませんか?」
シエラ「ミントちゃんって あの シャークアイさんの……。」
何かを思い出すように夫人が空を見上げる。
アルス「そう その子です。」
マリベル「ずっと 探してるんですけど なかなか 見つからなくて……。」
シエラ「うーん あの子の居場所は わからないけど……。」
シエラ「たしか あの子の お世話をしている 兵隊さんが この近くに 住んでいたはずですよ。」
アルス「ほ 本当ですか!」
シエラ「ええ その人に 聞けば 居場所が わかるんじゃないかしら?」
マリベル「アルス 行ってみましょうよ!」
思わぬ収穫にふたりは目を合わせる。
アルス「うん!」
アルス「その人の 家は どのあたりですか?」
シエラ「えっと 記憶ちがいじゃなければ……。」
マリベル「シエラさんの 話じゃ ここら辺って 話だったけど……。」
防具屋の夫人から件の兵士の住む家のありかを聞いた二人は、市場から少し外れた夕日の入らぬ路地へとやってきていた。
アルス「……この家かな。」
そう言って少年はある小さな家の前で立ち止まる。
小さいとはいっても一人で住むには十分な大きさのそれで、扉の横にはその家の住人が国の兵士であるという証、つまり国旗がたてかけられてあった。
マリベル「いるかしら?」
アルス「……わからない。でも あの場所にいなかったから もしかするとね。」
そして少年は扉の前に立ち、子気味良く三回、拳を軽く打ち付けた。
“コンコンコン”
硬く、乾いた音が路地に響く。
*「……。」
マリベル「……留守かしら。」
返ってきた静寂に少女が呟く。
アルス「ごめんくださーい。」
それでもめげずに少年が扉の奥に呼びかける。
*「……。」
アルス「うーん。」
マリベル「また 後で 来てみる?」
アルス「……そうだね。」
そうして二人が市場の方へと引き返そうとした時だった。
*「はーい!」
不意に扉が開かれ、一人の爽やかな青年が姿を現した。
*「すいません ちょっと 手が離せなかったもんで……。」
*「あっ あなたは……!」
アルス「こ こんにちは。」
*「アルスさん!? どうして ここへ?」
アルス「実は ぼくたち ミントちゃん探して ここまで 来たんです。」
マリベル「あなたよね? その ミントちゃんの お世話をしてたっていう ひとは。」
*「えっと そちらは……。」
アルス「彼女は マリベル。ぼくの……。」
マリベル「はじめまして。婚約者の マリベルです。」
青年の視線に二人はこの日何度目かも分からない自己紹介をする。
*「なんと アルスさんは もう ご婚約なさっていましたか!」
*「はじめまして ボクは ここ コスタールで 兵士をしている者です。」
そう言って青年は少女と軽く握手をする。
アルス「それで もしかして こちらに ミントちゃんが いるんじゃないかと 聞いて……。」
*「え ええ… たしかに ミントは うちにいますよ。」
*「とにかく こんなところで 立ち話も なんですから どうぞ あがってください。」
アルス「それじゃ 失礼します。」
マリベル「おじゃまします。」
青年に招かれ、二人は家の中へと足を踏み入れる。
*「狭くて 汚いですが どうぞ おくつろぎください。」
部屋の中へ戻ると青年は卓の上を片付けふたりのために椅子を奥から持ってきた。
アルス「ど どうも。」
マリベル「あの それで ミントちゃんは……。」
部屋の中を見回して少女が言う。
*「ああ それなら 少しお待ちください。」
そう言うと青年は部屋の奥の台所から何やらお皿のような物を持ってきた。
*「こっちです。」
そしてふたりに手招きし、隣の部屋へと続く扉を開ける。
*「ミント お前に おきゃくさんだよ。」
*「…………………。」
そこには黒猫がいた。
アルス「あっ……!」
しかしその目にはかつての誰も寄せ付けないような鋭さはなく、ただぼんやりとそこに座っているだけの置物のような穏やかさを湛えていた。
*「ミント ごはんだよ。」
青年はそう言って猫の前に消化の良さそうな柔らかいエサの入ったお皿を置いた。
人肌程度に温められたそれからは人が食べるにも問題ないような美味しそうな香りが立ち上っている。
ミント「…………………。」
しかし猫は匂いを嗅いだだけでそれに口を付けようとはしなかった。
*「アレ? おかしいな いつもだったら よく食べるのに。」
青年は不思議そうに猫の顔を見つめた。
*「…この通り もう ほとんど 一日を 寝て過ごしています。」
*「たまに 近くを 散歩することも あるんですが……。」
アルス「……そうですか。」
マリベル「…………………。」
二人は青年の背中越しにその猫を見つめる。老猫にしてはかなり手入れされているのか、その見た目だけでは一見高齢であるとは気づかなかったかもしれない。
ミント「……フニャッ?」
しばらくして猫は青年の後ろに見知らぬ者がいることに気が付き、それが誰かを確かめようと近くまでやってきた。
どうやら視力もあまりよくないらしい。
ミント「……にゃ~ん。」
しかしその懐かしい匂いに何かを思い出したのか、老猫はふらついた足取りで少年へとすり寄ってきた。
アルス「ミントちゃん おひさしぶり。」
ミント「にゃう~……。」
差し出された手に顔を擦り付け、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
*「……不思議ですよね。」
*「あれだけ 誰にも 気を許さなかった この子が どういうわけか アルスさんだけには 懐くんですから。」
アルス「っ……。」
その言葉にふたりはここへ来た目的を思い出す。
マリベル「あの……。」
*「なんでしょう?」
マリベル「あたしたちが ミントちゃんを 探していたのは ある人の ところへ この子を 連れて行きたかったからなんです。」
*「……な なんだって……!」
マリベル「その人は どうしても ミントちゃんを 必要としているの。」
*「そ それは いったい 誰なんです……!?」
アルス「……ごめんなさい それは 教えられません。」
*「…………………。」
アルス「でっ でも その人にとって ミントちゃんは……。」
*「お断りします。」
アルス「えっ……。」
それまでにこやかだった青年の顔は一変して無表情になっていた。
否、それはみるみるうちに、まるで敵を目の当たりにしているかのような警戒の色を帯びていった。
*「ボクが… どれほど この子のことを 大事に世話してきたか あなたたちには わからないでしょう……。」
*「飼い主とは死に別れ 守るべき人は どこかに 消えてしまった……。」
*「そんな この子のことを どんなに ひっかかれても 見守ってきた ボクの気持ちが わかりますか!?」
沸き上がる怒りを抑えられないのか、青年はまるで少年に掴みかかる様に怒鳴り散らす。
アルス「でもっ……。」
*「だいたい どこの 誰なんです! 今さらになって ミントが 必要だなんて 言い出したのは!」
*「この子や ボクの気持ちなんて 何にも知らないくせに……!」
*「そんな 正体も明かせないようなひとに この子を 渡すわけにはいかない!」
そう言って青年は肩を震わせ目をぎゅっと閉じた。
マリベル「そ それは……。」
*「帰ってください!」
マリベル「っ………。」
その言葉に少女は身を固める。
*「帰ってください……。」
そしてもう一度、青年は絞り出すように言うと、それっきり黙り込んでしまった。
アルス「…………………。」
アルス「行こう マリベル。」
マリベル「…でも……。」
“シャークアイさんが。”
そう言いかけて少女は胸の前に手を置き、口を閉ざした
アルス「…いいんだ。ぼくたちが 悪かった。」
少年がそう言って踵を返した時、再び老猫が少年の足にすり寄ってきた。
ミント「…………………。」
アルス「ごめんね ミントちゃん。でも きっと ご主人には きみのこと 伝えておくから。」
ミント「ニャ……。」
頭を優しく撫でられ、黒猫は嬉しそうに声を漏らした。
*「…………………。」
アルス「…………………。」
そうして少年は立ち上がると、扉を開け、振り返りもせずに言った。
アルス「その人の名前を 明かすことは できませんが その人にとっても この子は とても 大事な子だったんです。」
アルス「わけあって 会いには これませんでしたけどね。」
アルス「……失礼します。」
言い終えると少年は今度こそ玄関の方へと歩いていってしまった。
マリベル「…………………。」
マリベル「おじゃましました。」
何か言うべきかと迷っていた少女も、それだけ残して少年の後を追って出ていった。
ミント「…………………。」
静かな部屋の中で、猫はただじっと二人の出ていった扉を見つめていた。
まるで誰かの帰りを待っているかのように。
*「…………………。」
そしてそんな寂しそうな老猫の後ろ姿を、青年は黙って見ているしかできないのだった。
暖かな湯気を放っていたエサは、いつの間にか冷めきっていた。
アルス「…………………。」
すっかり暗くなってしまった空の下、少年は市場へと続く路地を歩いていた。
マリベル「ねえ……。」
黙ったまま歩く少年へ追いついてきた少女が心配そうに呼びかける。
アルス「…………………。」
マリベル「ねえっ…!」
アルス「無理もないよ。」
少年が不意に立ち止まる。
マリベル「えっ?」
アルス「あの人が ああいうのも 無理はない。」
アルス「マリベルも見たでしょ? あの部屋。」
マリベル「……うん。」
少女はその横に立ち止まり、先ほど見た兵士の部屋の中を思い出していた。
床に敷かれた柔らかい絨毯、暇にならないように置かれた玩具、艶の無くなった毛並みを整えるためのブラシ、
弱った足腰のためにこしらえられた背の低い階段、横になるためのふかふかの寝床。
アルス「あの部屋にあったのは ほとんど ミントちゃんのためのものだった。」
マリベル「……そうね。それに 食べ物にまで 気を使ってるみたいだったし。」
マリベル「いかに あの人が 愛情をもって 接してきたか よくわかったわ。」
アルス「うん。だから あんな風に カッとなっちゃうのも 無理はない。」
マリベル「今さら 引き取りますなんて言って はい そうですかって 言えるわけないわよね……。」
アルス「……うん。」
すんなりと見つけて連れて帰れると思っていただけにふたりはかなり落胆していた。
加えてあの老猫の様子を見るにあまり時間は残されてはいないことがうかがえた。
マリベル「ねえ どうする? このまま 帰るの?」
どうするべきか分からないのか、それともただ自分の考えを後押ししてほしかっただけなのか。
少女が少年の顔を覗き込む。
アルス「……もう 遅いから 今日は ひとまず とまっていこう。」
アルス「ぼくも すこし 考えたい。」
そう言って少年は険しい顔で俯く
マリベル「……わかったわ。」
アルス「ごめん。」
マリベル「何言ってんのよ! 言い出したのは あたしなんだから あんたが 気にする必要はないわ。」
マリベル「……それに 根気よく 説得すれば あの人も わかってくれるかもしれないわ。」
アルス「……うん。」
マリベル「ねっ それよりも おなかすいちゃった。」
マリベル「どっか 食べに行こうよっ。」
アルス「…そうだね!」
マリベル「そうと 決まれば 早く行くわよっ! ほらほら!」
そう言って少女は少年の腕を掴んで小走りに駆け出す。
アルス「わっ 待ってよ…!」
それが重苦しい空気を吹き飛ばそうという気遣いだったのか、ただ空腹に急かされてだったのかはともかく、
少年はそんな明るい少女に救われいつもの柔らかな表情を取り戻していた。
そうしてふたりは未だ活況に沸く夜の町の中へと紛れていくのだった。
マリベル「は~っ……。」
“ぼふん”と音を立てて少女がベッドへ倒れ込む。
その後、適当な店で食事を終えたふたりは昼間に立ち寄った宿屋で風呂を済ませ、今は部屋でゆっくりと時間をすごしていた。
マリベル「う~っ つ~か~れ~た~っ。」
枕に顔を埋もれさせながら少女が唸る。
アルス「一日中 歩き回ったからね。」
椅子に座ってくつろいでいる少年も口調にこそ現れてはいなかったが、顔にはどこか疲労の色が浮かんでいた。
マリベル「濃い 一日だったわ……。」
身体を大きく伸ばしながら少女が寝返りを打つ。
アルス「なんだか こういうのも 久しぶりだね。」
マリベル「ホント あの旅の 続きをしてるみたいだわよ。」
マリベル「…封印されてないだけ まだ マシだけどさ。」
アルス「……そうだね。」
マリベル「でも ヘンな感じ。」
アルス「え?」
マリベル「あたしたちは 魔王を倒したって言うのに ここの人たちは まだ 魔王や 魔物の脅威に さらされているんだもん。」
身体を起こしてベッドに腰掛けながら少女が言う。
アルス「そうだね。」
マリベル「ここに来る前に あった 魔物たちも 他の魔物たちと 戦ってたのかしら。」
アルス「……きっと そうだよ。」
そう言って少年は物思いに耽る様に黙り込んだ。
マリベル「…………………。」
そんな少年の横顔をしばらく眺めていた少女だったが、何かを思い出したのか目を大きく見開いて言った。
マリベル「ねえっ さっきもらったやつ 飲まない?」
アルス「ん? あ… うん いいよ。」
少年はふくろの中から二本の小さな瓶を取り出した。
アルス「ちょっと 待ってて。」
そう言って少年は瓶の栓を部屋に備わっていた器具で開けていく。
アルス「はい。」
マリベル「ありがとっ。」
“カチンッ”
ふたりは軽く互いの瓶を打ち付け合い、ゆっくりと一口、それを喉の奥へと流し込んだ。
アルス「ふー……。」
マリベル「……あっ おいしいかも…!」
喉を突き抜けていくような清涼感と深くコクのある香りがふたりにちょっとした感動を与えていく。
それは先ほど宿の地下にある酒場の主人がこの前のお礼にとふたりへ寄越したエール酒だった。
なんでもそれは普通に流通している品ではなく、ある特別な方法で他にはない華やかな香りを閉じ込めたエール酒だという。
アルス「苦いだけが エール酒じゃ ないんだね。」
深い山吹色に染まった瓶を見つめながら少年が興味深げに言った。
マリベル「えーっ!? こっちの コスタールで これって 手に入るのかしら?」
アルス「……どうだろ?」
マリベル「これは 要チェックね! アルス 今度の休みの日は コスタールに行くわよ!」
アルス「はいはい。」
楽しそうに身を揺らす少女に思わず少年にも笑みがこぼれた。
そうしてふたりは芳醇な香りを堪能した後、就寝の準備をしながら他愛のない話に華を咲かせていた。
マリベル「…そうそう あんたがいない時に いろんな国の お偉いさんが 集まったって話したでしょ?」
それは少年が行方不明になって十日ほど経った頃に開かれた各国首脳会議での出来事。
アルス「うん。」
マリベル「ほら コスタールの王さまって あんな感じでしょ?」
マリベル「そりゃあもう みんな 最初 すごい顔してたのよっ!」
そう言って少女はおかしくて仕方がないといった様子でケラケラと笑った。
アルス「なんか 想像つくな……。」
“やっほ~ 王さまたち!”
今にもそんな軽快な挨拶が聞こえてくるようだった。
マリベル「ふふふ…… うちの王さまったら 目が 点になってたわよ。」
マリベル「まっ 話してるうちに どんどん 打ち解けていったみたいだけどね。」
アルス「そっか。やっぱり あの人だもんね。」
アルス「脈々と 血は 受け継がれている ってことなのかな…。」
マリベル「そうかもしれないわね。」
マリベル「…………………。」
アルス「……どうしたの?」
マリベル「ううん。ちょっと ここの王さまのこと 思い出してただけ。」
マリベル「……やっぱり あの王さまの ご先祖さまってだけのことはあるわね。」
マリベル「いかにも 聡明そうだったわ。」
アルス「うん。」
マリベル「でも 今は 確か 一人なのよね?」
アルス「……前に 話したっけ。光ゴケのこと。」
マリベル「ええ 漁の時に コスタールで あんた 言ってたわよね。」
アルス「…あの時 話した シュクリナさんが あの王さまの お后様だったんだ。」
マリベル「……そう。」
そこまで聞いて少女は王がどうして自分たちを見て微笑んでいたのかがわかってしまったような気がした。
アルス「……お后さまを失くした 名君 か。」
マリベル「なんだか うちの王さまと 境遇が 似てるわね。」
アルス「……そうだね。」
アルス「あっ。」
マリベル「どうしたのよ?」
アルス「そういえば 昨日 お城へ行った時にさ アイラとリーサ姫から バーンズ王のことを聞いたんだ。」
マリベル「……それって もしかして…。」
アルス「うん あのおばさんと 少しずつだけど 仲良くしてるんだってさ。」
マリベル「あらっ そうなんだ?」
マリベル「…ちょっと 意外かも……。」
そう言って少女は顎に指を添える。
アルス「たぶん リーサ姫の言葉が きいたんじゃないかな。」
マリベル「…………………。」
アルス「マリベル?」
急に黙り込んでしまった少女の顔を少年が覗き込む。
マリベル「あの さ……。」
マリベル「もし…… もしも よ? あたしが 死んじゃったらさ。」
マリベル「アルスは 誰かと 再婚しようって 思う?」
アルス「えっ……?」
マリベル「…………………。」
“あいつは いつも きみの幸せだけを 願っていた。”
“あいつのことを 思ってくれるなら きみは 生きなければ いけない。”
“生きて 幸せを 勝ち取ることこそが あいつの 願いだ!”
少女は少年が海へ消えた時に彼の父親に言われた言葉を思い出していた。
マリベル「……残された人って どうやって 幸せになれって 言うのかしら。」
アルス「…………………。」
マリベル「あたしは もし 自分が 先に死んじゃっても あんたには 幸せでいつづけて欲しいと 思うけど……。」
マリベル「でも……。」
そこまで紡いで少女は口を閉ざす。
“それでも自分を愛し続けて欲しい”
どこかでそう思う気持ちがあることも否定できない。
そんな葛藤が、その先の言葉を喉の奥へと追いやっていった。
アルス「…………………。」
しかし少年はしばらく考える素振りをした後、隣に座る少女の手をおもむろに覆って言った。
アルス「ぼくは さ。」
アルス「たぶん 再婚なんて しないと思う。」
マリベル「えっ……?」
アルス「一緒にいられるが時間が 長くても 短くても 関係ない。」
アルス「……きみだって 言ったじゃないか。」
アルス「死が かならずしも その人の価値を なくしちゃうとは かぎらない ってさ。」
マリベル「あっ……。」
アルス「もし マリベルが死んじゃったら とうぶん 立ち直れないかもしれないけど……。」
アルス「それでも やっぱり ぼくは きみが 最初で 最後の人だと思う。」
そこまで言って少年は大きく息を吸い込む。
アルス「きみと一緒に過ごした時間を 大切にして ぼくは 死んでいきたいな。」
アルス「たぶん…… その時 ぼくは 幸せだと思う。」
マリベル「…………………。」
アルス「それにさっ ほら 約束したしね。」
アルス「死ぬときは 一緒ってさ。」
そう言って少年は少女の顔を見つめて笑ってみせた。
マリベル「あ……。」
マリベル「…アルスっ……!!」
たまらず少女は少年の背中に手を回し、その胸に顔を埋める。
アルス「ま マリベル……?」
マリベル「どうして……。」
マリベル「どうして そんなこと 言ってくれちゃうのよ……。」
そっと体を離すと、少女は闇夜のように黒く輝く瞳を見つめてささやいた。
アルス「…………………。」
アルス「愛してるから。」
マリベル「……ばか………。」
アルス「…………………。」
照れ隠しに吐き出された言葉は、いつの間にか少年によって吸い込まれていた。
全身に温もりを感じながら、ふたりは互いの存在を確かめ合う。
そして明るく、静かに月の照らす夜のとばりの中、ふたりは一つへと溶けていくのであった。
アルス「マリベル。」
マリベル「なあに?」
少年に包まれながら少女が優しく問う。
アルス「明日 もう一度 あの人に お願いしてみるよ。」
マリベル「でも……。」
アルス「会って 本当のことを 話してみる。」
アルス「ぼくたちのこと お父さんのこと。」
マリベル「後悔…… しないのね…?」
アルス「うん。もし 何か 起きても ぼくが 責任とる。」
マリベル「…わかったわ。」
マリベル「わたしは あなたに ついていくから……。」
アルス「ありがとう。」
そう言って少年は少女の髪に軽く口付ける。
マリベル「…………………。」
アルス「おやすみ マリベル。」
マリベル「おやすみなさい アルス……。」
そうしてふたりは体を寄せ合い、ゆっくりと眠りへ落ちていった。
まどろみの中、どこかから聞こえた猫の鳴き声にぼんやりと耳を澄ましながら。
そして……
そして 次の朝。
115 : ◆N7KRije7Xs - 2017/02/19 23:15:44.61 wG0p2/CP0 108/211
以上、第2話でした。
前作と同様このお話の地の文では、固有名詞を出すことを極力避けています。
というのも、ただなんとなく文の雰囲気を統一するためなのですが。
(カタカナ語が少ないのも同じ理由です)
自分でこんな制限をかけておいて言うのもなんですが、
アルスやマリベルもそろそろ“少年”と“少女”と呼べない年齢に差し掛かって来ているため、
どう呼んだものかと非常に悩んだところです。
アルスについては“青年”で良いのかもしれませんが、マリベルに至っては……“乙女”?
なんだか毎回毎回乙女おとめと連呼するのも変な感じですよね。
非常に登場機会の多いふたりなのでなるべく短くわかりやすい単語が良いのですが、何か良いアイデアはありますか?
是非、みなさんの知恵をお借りしたいところです。
少し長いので妥協するなら肩書である“網元の娘”なのですが、いまいち親近感がわかないのです。
ただ、“青年”や“娘”は被る人物が多いのも確か。
(そんなこと言ったら“少年”も“少女”も変わらないじゃない…)
折り合いをつけるのは難しそうですね……。
結局はその場その場で工夫するのが一番なんでしょうか。
散々探し回った挙句、兵士に突っぱねられてしまったアルスとマリベル。
果たして無事ミントちゃんをシャークアイと再会させてあげることはできるのでしょうか。
第三話へ続く。
続き
【DQ7】マリベル「おやすみなさい ミントちゃん。」【後日談】(後編)

