食蜂「好きって言わせてみせるわぁ」その1
――翌日 常盤台中学
上条(遅いな……もう授業はとっくに終わってるはずなのに)チラ
???「――あの女なら、さっき裏口からこそこそ出てったわよ」
上条「……え、って、御坂!」
御坂「ま、長続きしないだろうとは思ってたけど、初日で雲行きが怪しくなるなんてね」
上条「……ま、まだそうと決まったわけじゃ」
御坂「なら、そう思ってますって顔しときなさいよ」
上条「……ぐぬ」
御坂「でも、アンタも災難よねぇ。あんな我儘娘のお守りを押し付けられちゃうなんて」
上条「別に、誰かにやらされてるわけじゃねえよ。俺が好きでやってんだ」
御坂「それにしたって、向こうがそう思ってないと意味ないんじゃないかしら」
上条「……へ?」
御坂「大小の差はあれ精神系能力者ってのは疑り深いらしいわよ? あの女が被害妄想に陥ってないと言い切るのは難しいんじゃない」
上条(……不仲な割に、相手の姿がよく見えてるんだな)
上条「……その、今日の食蜂の様子、どうだった?」
御坂「べつに? 普段通りの優雅なお嬢様をやってたわよ」
上条「……そっか、そんなら」
御坂「もっとも、一人でこそこそ裏口に向かうときだけは、演技の適用範囲外だったみたいだけど」チラ
上条「……う」
御坂「それで? どっちが何をやらかしたわけ?」
上条「……悪い。ちょっと込み入った話なんで、あまり詳しくは――」
御坂「どーせ、アイツが一般人を巻き込んで能力使おうとするのをアンタが必死に止めようとした。そんな構図なんでしょ?」
上条「」ギク
御坂「って、その顔はまんま図星かい」
上条「す、すげえなお前。将来占い師になれるんじゃないか」
御坂「アホらし、あんたら二人のヒトとナリを知ってれば誰だって同じ解答に至るわよ」
上条「……なぁ、御坂。つかぬ事を聞いてもいいか?」
御坂「何よ、改まって」
上条「お前、能力者でいて良かったと思ってる?」
御坂「…………」
上条「……あ、いや、やっぱり」
御坂「いや、正直油断してたわ」
上条「……えっと」
御坂「そういえばアンタって、時折容赦なく古傷抉って来ることもあるのよね」ジロ
上条「す、すまん。考え足らずだった」
御坂「でも、ま、考えようによっては手間が省けたと思えばいいのか。私もいずれアンタに聞こうと思ってたことだし」
上条「……幻想殺しのことか」
御坂「先に聞かれたから、アンタのことは次の機会でいい。でも、私にだけ話させるってのはなしだからね」
上条「……ああ、わかったよ」
――学舎の園 通用路
御坂「――そうね、どちらかといえば悪いイメージの方が多かったかな」
御坂「私も、レベル1の頃には友達が大勢いたの。男の子のやってる遊びが大好きで、缶けりの女王と呼ばれたもんよ」
上条「ありありと目に浮かぶな。お前がいち早く缶にたどり着く光景が」
御坂「ふふっ。――だけどね、レベルが2になり、3になっていくうちに」
御坂「彼らとは自然と疎遠になっていった。いつしか遊びの仲間にも入れてもらえなくなった」
上条「……男ってのは、どんな形であれ女の子に負けるのが我慢ならないっつう、しょうもない生き物だからなぁ」
御坂「……やっぱ、アンタには自覚が足りてないわねぇ」
上条「うん?」
御坂「能力開発の競争にやっきにならないやつこそが、学園都市の異端者だって言ってるの」
上条「……そ、そんなもんかな」
御坂「常盤台への推薦が決まった頃には、レベル1からの付き合いの子は一人もいなかった」
御坂「もっとも、中学に上がってからも、腫物扱いされるまでにはそう時間がかからなかったけど」
上条「やっかみはどこにいっても付き纏う、か」
御坂「そんな簡単な話でもないわ。常盤台に所属する生徒が全員レベル3以上っていうのは知ってるでしょ?」
上条「ああ、どこかで聞いた覚えはある」
御坂「……レベル0からレベル1に上がる苦しみは、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を見出せない苦しみ」
御坂「でもって、レベル3から上位へ引き上げていく際には、未知じゃない。自分自身の限界を突き付けられるの」
上条「……なるほど。数多の天才たちが川底から引き揚げられた砂金のごとく、ふるいにかけられていくわけだ」
御坂「そうね。一口にお嬢様とは言っても、230万人の頂点を目指して死にもの狂いでレベルを上げてきた子たちよ」
御坂「だから、芯の弱い子なんて一人もいない。心のどっかでは、誰もがなにくそって気持ちを抱いてる」
上条「競争意識が高いんだな」
御坂「ええ。それだけに、他人の能力の成長には敏感すぎるくらい敏感なの」
御坂「私が一年の頃には、誰々のレベルが上がったって話が、噂であれ事実に基づく物であれ、そこかしこから耳に入ってきたわ」
御坂「私も、入った当初は周囲に遅れまいとただがむしゃらに上を目指して、それなりに充実した日々を過ごしてたけど」
御坂「超電磁砲なんて大層な代名詞を背負う頃には、新しく出来たはずの友達は周りからいなくなってたっけ」
上条「でも、今は、違うみたいじゃないか?」
御坂「……それは、黒子のおかげね。調子に乗られると困るから、本人には絶対に言わないでほしいんだけど」
上条「へぇ、白井がねぇ」
御坂「あの子がルームメイトになって、その伝手で新しく友達ができて、彼女たちの言動や悩みを間近で見てきて」
御坂「それでやっと、自分の持つ能力と向き合えた気がするのよね」
上条「……じゃあ、質問の答えは」
御坂「良かったかと問われれば、どちらでもないわ。アンタも言ってたじゃない? 能力は所詮、上を目指す過程での副産物だって」
上条(……ん? そんなこと言った覚えは……)
御坂「何より、この能力があればこそ助けられた友達もいるから。そうそう嫌いになんてなれないわよ」
御坂「まぁそれはそれとして、日頃から雑多な感情にかまけすぎてたわね」
御坂「妹たち(シスターズ)の実験に気づくのが遅すぎたことは、後悔の種のひとつ」
御坂「もっと早い段階で気づいてれば、そこには違う未来があったんじゃないか」
御坂「アンタに助けられた今でも、たまにそんな考えが頭に浮かぶわ」
上条「…………」
御坂「人間何かを目指してる時ってのはさ。周りがなかなか見えないものなのよ」
御坂「全力で走ってるとき視界がひどく狭まるように、目の前のことしか考えられなくなる」
御坂「もっとも、ある程度はそれが出来ないと一流ってやつにはなれないのかも知れないけど」
上条「はは、耳が痛いな」
御坂「ちなみにアンタの場合は、周りはよく見えてるけど足元が見えてないのよね」
上条「それは、馬鹿ってことでせうか」
御坂「ご想像にお任せするわ」
――ゲート前
御坂「で、これからどうするつもり?」
上条「どうするって……」
御坂「認めるのも少し癪だけど、あいつは相当な能力者よ?」
御坂「私のときみたいにわかりやすい窮地に陥ってるわけでもないんだし、アンタの助けがなくたって」
上条「それくらい頭の中ではわかってるよ。あいつが100だとして俺を足したところで1増えるかどうかだってのは」
御坂「だったら、どうして傍にいることにこだわってるの?」
上条「一つは、ダチの頼みだから」
御坂「ダチって、友達? そいつに、あの子を守るよう頼まれたの?」
上条「ああ、憎まれ口が絶えないやつんだけど、昔から色々世話焼いてくれてたみたいでさ。これを機に借りを返上しときたいんだよ」
御坂(ん? ……くれてた、みたい)
上条「うん? どうした? 変な顔して」
御坂「……ううん、何でもない。それで、もう一つは?」
上条「……もう一つは」
上条「食蜂の脆さを知っちまったから、かな」
御坂「脆さ? あぁ、まぁ、脆いっていうか、虚弱よね」
上条「お前は、体力並外れてるよなぁ」
御坂「その言い方はちょっと語弊があるわよ?」
上条「んなことねえよ。長距離走で俺を一晩中追い回せるやつなんて、野郎にだってそうそういねぇぞ?」
御坂「そういうことじゃなくって、高位の電撃使いは、誰より自分の体を上手く使えるのよ」
上条「……あん?」
御坂「つまりね。普通の人間って、体を動かすときにはいちいち無駄な負担をかけてんの」
上条「無駄な負担?」
御坂「端的に言えば、本来疲労にもならないはずの運動を、過剰なエネルギーを使って行ってるわけ」
上条「熱すぎるお湯に水を加えてシャワーを浴びるみたいな?」
御坂「そう、窓を開けっぱなしにして冷房を入れるみたいなね」
御坂「その点、生体電流を自在に制御できる私は、それこそ手足から呼吸器系に至るまで、必要最小限のエネルギーで最大効率を出せるって寸法よ」
上条「……なんだそりゃ、チートじゃねえか」
御坂「能力の応用の範疇でしょ。私の能力だって、元々は体の動作を補助するのが目的で……って、そうだ!」
上条「っと、今度はなんだ?」
御坂「一つだけ確認したかったの。あんた、妹たち(シスターズ)のこと、あいつに話してないわよね?」
上条「当たり前だ。あいつ以外にだって話してはねえぞ」
御坂「信じていい?」
上条「第三者に軽々しく話せるような内容じゃない」
御坂「そう、よね。アンタはそういうヤツよね」
上条「……もしかして、食蜂に仄めかされたのか?」
御坂「……うん、量産型能力者(レディオノイズ)計画のことを知っているみたいだった」
御坂「これは私の勘だけど、彼女、学園都市の研究について、およそのことは把握してるんでしょうね」
上条「能力が能力だからな。それだけに――」
『その不鮮明な映像が、私には見えているんです』
上条(知りたくもないことも……いっぱい知っちまってるんだろうな)
御坂「それだけに、何?」
上条「……ああ、いや、いつ何時、誰から狙われてもおかしくないと思ってさ」
御坂「……まぁ、不都合なことを知ってると危惧される可能性は否定できないわね」
上条「洗脳なんて能力は、諜報活動にはもってこいだからな。学園都市がアイツを囲おうとしてたって不思議じゃない」
御坂「……んで? それらのことを踏まえた上で、この先どうするか決めたの?」
上条「……ああ」コク
御坂「その目は、聞くまでもないか」ハァ
上条「陰でこそこそってのも性に合わねえからな。当たって砕けるさ」
御坂「……まー、せいぜい頑張りなさい。んじゃ、私は黒子たちと約束があるから」
上条「ああ、御坂」
御坂「何よ?」
上条「……その、ありがとな」ニコ
御坂「べ、別にいいわよ、こんくらい」プイ
――翌日
食蜂「…………」トボトボ
食蜂「……さすがに、今日は来てないみたいねぇ」キョロ
食蜂(って、これじゃ探してるみたいじゃない。もう、あんな人の事なんか)
食蜂「そうよぉ。以前と元に戻っただけなんだから落ち込むことなんて――」ハァ
上条「わッ!!」バッ
食蜂「きゃわあッッ!!?」ビクゥ
食蜂(あっ、あわっ、わわわ――)グラグラ
上条「っとぉ、危ねっ!」ガシッ
食蜂「……ッ」
上条「ふぅ、間一髪」
食蜂「ちょ、ちょっと! いきなりどういう――」
上条「こらこら、ちゃんと足元には気をつけなきゃあ。怪我しちまったら大変ですよ?」ヘラヘラ
食蜂「……だッ」ムカッ
食蜂(って、いけない。彼のペースにのまれたら駄目よ)ギリッ
上条「あれ、どうしたんですか? 顔が微妙に引きつってますけど、何か悪いもんでも食べました?」
食蜂「…………な、ん」ワナワナ
上条「おお、ナンっていうとアレですか。インドカリーの付け合せで食べる――」
食蜂「~~~ッ、一昨日私が言ったこと、もう忘れちゃったのかしらぁ?」
上条「いやいや。さすがの上条さんもそこまでもうろくしちゃいませんって」
食蜂「……だ、だったら」
上条「確かに、来なくていいとは言われた。だけど来るなって命令はされてねえ。なら俺の意志にお任せってことだろ?」ドヤァ
食蜂「バッ、バカにしてッ! そんな屁理屈が通るとでも――」
上条「どうしても嫌だってんなら、お前の能力で妨害すればいい」
食蜂「……は、ハァーーッ? あんな説教かましておきながらよくそんな台詞――」
上条「いやさ、個人の問題なら手を引くことも考えるけど、これはれっきとした依頼だし」
上条「一度受けた以上勝手にポイポイ放り出すわけにはいかねぇの。ホラホラ、帰りますよ」
食蜂「~~~~ッ」
――学舎の園 通用路
上条「しっかし、一昨日はマジで手も足も出なかったよなぁ」
食蜂「…………」ツカツカ
上条「第三位の御坂をどうにかあしらえてたから、いざとなったらどうにかなると思ってたけど」
食蜂「…………」ツカツカ
上条「あんだけの数で動きを封じられちまったらサジ投げるっきゃねえ」
食蜂「…………」ツカツカ
上条「とにかく、洗脳を解くのに頭を触らなきゃいけねえってのが地味にネックなんだよなぁ。接触ありきの幻想殺しじゃあ」
食蜂「……話しかけないでくれません? 連れだと思われたくないので」ツカツカ
上条「そうつっけんどんにしなさんなって。護衛の必要がなくなったらちゃんと消えっからさ」
食蜂「」イラ
上条「それにしてもさぁ、何でバスに乗ってる時、あいつら発見したことを知らせてくれなかったんだ?」
食蜂「…………」ツカツカ
上条「バスを降りないでいいって言ったのは、すぐにあいつらのところに引き返す気だったからだよな?」
食蜂「…………」ツカツカ
上条「……あのぉ、食蜂さぁん。いつまでぇ、だんまりなんですかぁ?」
食蜂「~~~ッ、だからその喋り方はやめてって――」クルッ
――ぷにっ
食蜂「」
上条「ぷっ……く……」
食蜂「…………は」
上条「い、いや、わり、ごめん。こんな子供だましに、あっさり引っかかるなんて……ぷっ」クク
上条「く、はは、あははは、いやぁ、お前もあんな顔するんだなぁ、まさに唖然っつうか」ケラケラ
食蜂「――――」ブチ
上条「――あ、あれ? ……あのー、食蜂さん? その大きく振りかぶったポーチはいったい――どわ!」ブンッ
食蜂「なんで避けんのよぉッ! きちんと当たりなさぁいッ!」ブンッ
上条「ちょ、当たれってっ、それリモコン入りだろ! 微笑ましい悪戯(ジョーク)じゃ――ひぃッ!?」サッ
食蜂「はっ……はぁ……はぁ……」ダラダラ
上条「そ、そんなくたくたになるまで振り回さなんでも」
食蜂「あ、あなたにだけは言われたく、ないですぅッ!」ブン
――スカッ
食蜂「――ッ!」カクン
上条「ちょ、あぶねぇ!」ガシッ
――ガクン
上条「ふぅ、ぎりぎりセーフ……」ホッ
食蜂「……も、もうっ、なんなのッ、なんなのよぉッ!」ジタバタ
上条「あれだけ振り回して当たらないって……お前、実は運動とか苦手なん?」
食蜂「アナタ本当に何しに来たのぉ!? 私を弄るのがそんなに面白いのかしらぁ!?」ウガァ
上条「と、とりあえず落ち着こうぜ? な? 通りの真ん中じゃ目立つしさ」チラ
食蜂「…………」モグモグ
食蜂(クレープ如きで懐柔されるほど安い女じゃないわよぉ。……美味しいけど)
上条「こういうクラシックな街で食べ歩きってのも、なかなか悪くないな」ハム
食蜂「……もっと他に言うことはないのぉ?」ハム
上条「す、すまんかったって。俺もちょこっと悪乗りしすぎたっつうか」
食蜂「……ちょこっと」ピク
上条「い、いや、かなりでしたか。別にお前をからかおうとか、変な意図があったわけじゃなくてだな」
上条「とにかくお前の気を引かねえことには何も始まんねえっつうか」
食蜂「なぁにそれ。苛めっ子アピール?」ジト
上条「そんな冷めた目すんなって。な? せっかくの美人がもったいねえぞ?」
食蜂「歯の浮くような台詞は間に合ってますぅ」ツーン
食蜂「そもそも話し合い自体が無意味じゃない」フキフキ
上条「なんでだよ」
食蜂「だってあなた、私の能力の効力そのものが許せないんでしょ?」
上条「い、いや、さすがにそこまでは言わねえぞ?」
上条「ただほら、無関係な人達を巻き込んだりとか、その上で特定の人間をこっぴどく痛めつけたことについては――」
食蜂「許容できないのよね? だったら物別れってことで解決じゃない」
上条「結論出すの急ぎすぎだっつうの。大体、俺が言ってるのは一般的なモラルの範疇だろ?」
食蜂「他人様に迷惑をかけるな、他人様に暴力を振るうなって?」フン
上条「……まぁ、そうだ」
食蜂「お話にならないわぁ。広域力を発揮して大多数の人間を操れなければ、能力の活用力がひどく狭まってしまうもの」
食蜂「それと同時に成長だって望めなくなる。体に負荷をかけずに筋肉がつく人なんていると思う?」
上条「いや、まぁ、……言ってることはわかるけど」
食蜂「学園都市という場所において私に価値を与えてくれているのはこの改竄力よ」
食蜂「なのに、あなたはそれを捨てろって言うの?」
上条「だから、そうは言ってねえだろ」
食蜂「あなたの言う一般的なモラルとやらを守れば、自然とそうなってしまうの」
食蜂「モラルを守る精神能力者なんて、無用の長物以外の何ものでもない」
上条「……まるで能力のない自分に価値はないみたいな言い様だな」
食蜂「実際そうだもの。あなたみたいなイレギュラーに私の気持ちなんてわからないわよぉ」
上条「お前の方こそ、俺の気持ちがわかってないじゃないか」
食蜂「それは……当たり前でしょ。その右手のせいで私の能力が――」
上条「そういうこっちゃねえ。俺がお前を必死こいて探してた理由くらい、能力使わなくたってってわかんだろ」
食蜂「……そ、それは」
上条「言っとくけど、能力云々の話は俺の中じゃ二の次だ。俺が今回何より腹立たしかったのは」
上条「お前が自分の身の安全を差し置いて、あいつらを傷つけることを優先したからだ」
食蜂(……ッ)
上条「常盤台に通ってるってことは頭だって俺よりずっといいはずだろ?」
上条「安全の確保されてない場所で当人の傍にいないなら、何のための護衛だよって話になる。違うか?」
食蜂「…………」
上条「今しがたお前は、自分の価値を守ろうと真っ向から反論したけど」
上条「当のお前はあんな行動を取ったことで、自分の身の安全を軽視し、俺の価値を軽視したんだぞ?」
食蜂「……う」
上条「……だから、無事なお前を見て安堵したし、正直落胆もした。心底心配していたからこそだ」
食蜂「…………」
上条「とにかく、今後はこんな真似は勘弁――」
食蜂「そういうあなたは、常日頃から自分の身を省みてるんですかぁ?」
上条「……へ?」
食蜂「トラブルに首突っ込んで、危険な目にあったりしてないって断言できますぅ?」
上条「そ、そりゃあ、もちろん、やばいと思ったら逃げますよ? ええ、どこへだって逃げますよ?」アセアセ
食蜂「歯切れ悪い。ちゃんと私の目を見て話してない」ジト
上条「つ、つーか話挿げ替えんなよ。今問題にしてんのはお前の行動であって」
食蜂「棚上げしてる人に説教されても響かないんですケド?」
上条「ぬぐっ」
食蜂「……仕方ないじゃない。あんな展開になるなんて思ってなかったんだもの」
上条「……あんな展開?」
食蜂「私を襲った連中が、助けに入った上条さんによからぬ思いを抱いてることは予測がついてたから」
食蜂「私の能力で存分に脅してやって、少しは痛い目も見てもらって」
食蜂「あの日の記憶を消した上で解放するつもりだった。最初からあそこまでやるつもりなんてなかったわよぉ」
上条「な、なんだ。やり過ぎたことは自覚してんのか」ホッ
食蜂「やり過ぎたとは言ってないでしょ。学園都市の医療技術があれば皮膚の再生くらい余裕だもの」
食蜂「消毒して皮膚の成長促進剤を縫って抗菌パッチを貼って、骨折なんかよりずっと治りは早いし」
上条「でも、今はこういう状況なんだぞ? せめてバスの中で一言相談さえしてくれりゃ」
食蜂「周りに乗客が大勢いたのに? 聞かれた話を忘れさせるために能力使うなんてこと、あなたが許可してくれたかしら?」
上条「い、いや、それは……」
食蜂「いえ、バスの乗客がいなかったとして、どうにもならなかったわね」
食蜂「あなたはどうしようもないほどに専守防衛の人だから」
食蜂「よっぽどのことがない限り先に自分から仕掛けたりしない。後先考えずに手遅れになるタイプよ」
上条(……ひ、否定できねえ)
食蜂「たとえ連中を見つけたと明かしたところで、止めはしても後押しすることはなかった」
食蜂「それがわかりきってたから、私は」
上条「……じゃあ、お前は、本当に俺のことを心配して」
食蜂「前回否定したのは、胸の内を明かしたところであなたが喜ぶとも思えなかったのと」
食蜂「襲われたことに対する復讐も兼ねていたのは事実だったから、下手な言い訳をしたくなかった」
食蜂「だったら、このまま黙っておこうって」
食蜂「以前私がそうされたように、本人の知らぬ間に、今度は私の手で上条さんを守ればいいって」
食蜂「それで、私は密やかな満足感に浸れてめでたしめでたし――ってなるはずだったのに」
上条「……あいつらが予想以上の犯罪に手を染めてて、歯止めが利かなかったってわけか」
食蜂「……当初考えていた程度の仕打ちじゃ全く足りないと思った、いえ、思わされた」
食蜂「彼らの頭の中にあった被害者の姿が、あまりに悲惨過ぎて」
――ゲート前
食蜂「もしあなたが私と同じ光景を見たとしたら、どうしてたのかしらぁ?」
上条「……正直、何とも言えねえな」ポリポリ
食蜂「幻想殺しさえなければ記憶の一部を見せることも出来たのに、残念ねぇ」
上条「……事情はわかったよ。でも、だったらどうして誤解を解こうとしなかったんだ?」
食蜂「とっくに家に帰ってるはずの上条さんがあの場に現れたから、混乱しちゃって」
食蜂「あの状況を細かく説明できるほど、冷静でもなかったし」
上条「にしたって、護衛の俺を守るとかあべこべだろ? ぶっちゃけ立つ瀬がねえよ」
食蜂「……それは、だって、一方的よりは対等な関係に近づけかったっていうか」ボソボソ
上条「何だ? 声が小さくて聞き取れねえぞ。もっとはっきり」
食蜂「だから、助けられた借りを早く返したかっただけですぅ!」
上条「な、なんでいきなり怒んですか?」
食蜂(守り守られるだけの関係が、これでちょっとは改善されると思ったのにぃ)
食蜂(全部裏目に出ちゃうなんて、あんまりだわぁ)シュン
――常盤台学生寮前
上条(結局、バスに乗ってる間はなんも会話できなかったな)チラ
食蜂「…………」
上条(さすがに言いすぎたか。こと一昨日については、言葉の端々まで気が回ってなかったし)
上条(だけど、周囲に気を配らなきゃいけないってときに、単独行動を取ったことだけは、認めるわけにも)
食蜂「ごめん、なさい」ポツ
上条「……え」
食蜂「……軽率な行動を取って。上条さんに迷惑かけちゃって」ジワ
上条「い、いや、俺のことは、もういいって」
食蜂「……でも、せめて先に寮に一本連絡を入れておけば、心配をかけなくて済んだのに」
上条(……いやぁ、結果だけみてみると、そうとも言いきれねえんだよなぁ)
上条(もしそんな展開だったとしたら寮からの電話は来ることもなく)
上条(俺は何も知れずにインデックスや姫神と一緒にのほほんと飯を食ってたわけで)
上条(つまり、あのスキルアウトの連中は食蜂の拷問じみた仕置に長いこと苦しめられてたのか)
上条(って、結局、どうすれば正解だったんだ?)ウーン
上条(どちらにしても、俺のことを心配しての行動だったってんなら)
上条(これ以上責めようにも責めれねえな。俺自身、日がなお節介を焼いちまってるし)
上条(寮に戻ってたら、奴らが食事を終えてあの場から立ち去ってたかも知れないし)
上条(バスの中じゃ時間的に一から十まで説明する余裕もなかった、となると)
食蜂「……あ、あの」
上条「――だぁぁぁッ!」ワシャワシャ
食蜂「」ビクッ
上条「っし、過ぎたことをうだうだ引きずってもしょうがねえ! そうだな!?」
食蜂「……は、はい?」
上条「仲直りしようってことだよ。ほれ」スッ
食蜂「……えっ……と」キョトン
上条「握手だよ。手を出せって」
食蜂「……怒って、ないんですかぁ?」
上条「お前はちゃんと謝ったじゃねえか。女の子の謝罪に激情で応えるほど俺が狭量な野郎に見えますか?」ニッ
食蜂「…………」ニギニギ
上条「よしっ、これでこの話は終わりだな」
食蜂「…………」ニギニギニギニギ
上条「……ってぇ食蜂さん? もういい加減放してもいいのでは」
食蜂「あ、そ、そうよねぇ」バッ
食蜂「……と、そういえば、彼らの記憶は元に戻したんですか?」
上条「……いや、救急車を呼んでそのまま帰宅した」フルフル
食蜂「ど、どうしてぇ? あんなに消すことに反対していたのに」
上条「ただのパンピーに、誰かを勝手に裁いたり許したりする権利なんてねえよ。そいつは、俺も例外じゃねえ」
上条「あいつらの処遇について明確な回答を持ち得なかったのに、許すとか許さないとかおこがましいだろ」
上条「それに、お前の怯えきった姿を連中が覚えてんのは何となくむかつくから。以上」
食蜂「……あ、そ、そう。できれば、上条さんにも忘れていただきたいんですケド」
上条「そればっかりはなぁ。ま、そのうち記憶喪失にならないとも限らないし、じっくり待つさ」
食蜂(……んー。上条さんって、ジョークのキレは今一つなのよねぇ)
上条「ファミレスでの一件はともかく、一つ収穫はあったな」
食蜂「……収穫、ですかぁ?」
上条「昨日のお前の単独行動中に誰からも襲われたり接触されたりってことがなかった。とどのつまり」
食蜂「取り越し苦労で終わる可能性が高いってこと?」
上条「多分な。本当にお前の身柄を狙ってるやつがいるんなら、あんな絶好のチャンスに動かないはずないし」
食蜂「……そっかぁ」
上条「事件が解決するのも時間の問題だな。数日以内にはカタが付くんじゃないか」
食蜂「……だといいんですけどね」ハァ
上条「で、本題なんだけど」
食蜂「あ、はい」
上条「明後日の休日、お前暇?」
――常盤台学生寮食堂
舞夏「そうかそうか、元のさやに納まったかー」ウンウン
食蜂「ええ、謝ったらちゃんと許してくれたわよぉ」パクパク
食蜂(昨日喉を通らなかった晩御飯が、今日は妙に美味しく感じるわぁ)ンフフ
舞夏「ちなみに、上条の誘いは受けたのかー?」
食蜂「それが、間の悪いことに明後日は先約があって」カチャン
食蜂(って、呼び捨て?)
食蜂「土御門さん、もしかして上条さんのこと知ってるのぉ?」ゴクゴク
舞夏「知ってるも何も、よんどころのない仲だぞー」
食蜂「」ブハッ
舞夏「なんて思わせぶりな前振りはお約束ー。ちょっと動揺しちゃったかー?」
食蜂「つ、土御門さぁんッ!」
舞夏「あいつは、そうだな、予備の兄貴って感じかー」
食蜂「……予備ぃ?」
舞夏「何を隠そう、上条は私の兄貴の悪友にしてお隣さんなのだー」
食蜂「あら、土御門さんのお兄さんって上条さんの学生寮に住んでいるの?」
舞夏「うーい。兄貴は何というか、昔から色々忙しい人でなー」
舞夏「数日くらい家を空けたっきりになることも少なくなくてー」
舞夏「私が寮生になるまでの間、ちょくちょく面倒を見てもらったり見てやったりしてたのだー」
食蜂「へぇ、意外と世間って狭いのねぇ」
舞夏「だからって身びいきするつもりもないが、あいつはあれでいいやつだぞー」
食蜂「うん、まぁ、知ってるケド」
舞夏「おぉ、知っちゃってるかー」
食蜂「ふ、深い意味はないわよぉ?」
舞夏「それはそれとして、断れない約束だったのかー?」
食蜂「一度は考えたけど、一か月近く前から予定されていたし」
食蜂「何より、私の派閥内でのお茶会だし、企画してくれたの子の面子を潰すワケにもいかないじゃない?」
舞夏「なるほどなー」
食蜂(能力を使えばなんてことないけど、あんなことがあったばかりだし)
食蜂(先延ばしにすればするほど面倒に感じちゃうのよねぇ)
舞夏「上条にはその辺の事情をちゃんと話したのか?」
食蜂「ええ、あっさり承服してもらえたわぁ。なら、日を改めてって話になって」
舞夏「おぉー、やるなー。あのやぼ天の見本が臆せずデートに誘うとは」
食蜂「ち、違うわよぉ。ただ、一緒にお出かけするだけ」
食蜂(……といいつつも、あの人がそういうつもりなら、それはそれでぇ)フニャ
舞夏「ところで、行き先はもう決まってるのかー?」
食蜂「動物園か美術館を考えてるらしいんだけど、明日までにメールで知らせてくれるって」
食蜂(二人でのんびり落ち着けるところなら、どこでもいいんだけど)フフ
舞夏「食蜂、さっきから顔緩みっぱなしだぞー」
食蜂「そ、そんなことないわよぉ?」ハシ
舞夏「んー、まだ表情にいつもの余裕がないなー」
食蜂「わ、わかりにくいニュアンスで言わないでよぉ。どこを直せばいいのかわからないじゃない」
舞夏「何か意外な感じだなー。もっとしたたかなやつだと思ってたのにー」
食蜂「だって、その、本気での交際なんて経験ないし。マージンたっぷり取っとかないと不安なのよぉ」
舞夏「意外と大胆なやつ。それだと、本気でお付き合いしたいって言ってるふうに聞こえるぞー?」
食蜂「そ、そういうことまでは考えてないってばぁッ!」ワタワタ
舞夏「ともあれ、動物園か美術館か」
舞夏「ふむ、場所的には今のお前にぴったりだ」
食蜂「え? でも、動物園と美術館って共通点があんまり」
舞夏「あるぞー、アミューズメント施設はあれで結構警備が厳しいだろー」
食蜂「……あ」
舞夏「動物園は子供連れが多いから不審なやつが近寄りにくいし、猛獣の扱いもあるから監視体制は厳しめだろ?」
舞夏「美術館も展示されてある物が高額だから言わずもがなだぞー」
舞夏「さらに言えば来客の思考も一極化する。どちらも美しさや物珍しさに感銘を受ける娯楽だからなー」
舞夏「安全面に配慮しつつ周囲の感情を気にする必要もない。グッドチョイスだと思うぞー」
食蜂「そ、そこまで気を配ってくれたのかしら」
舞夏「あいつは灯台下暗しを地で行くやつだからなー。自分以外のことには案外細やかだぞー」
食蜂(あぁ、付き合いのある土御門さんから見ても、そういう評価なのねぇ)
舞夏「そういえば、私に頼み事をしたいって話だったな」
食蜂「……ええ。土御門さんにしかお願いできそうな人がいなくて」
舞夏「お前、悩みを打ち明けられそうな友達いなそうだもんなー」ケラケラ
食蜂「……さらっと胸にクること言わないでほしいんだケド」
――港湾倉庫街
――バチバチバチッ!
警備ロボット「――◆〇※И」ガコン
エツァリ「これで全部ですかね」キラッ
土御門「さすがはアステカの魔術師。大した手際だ」
研究者A「ば、馬鹿な! ……石をかざしただけで無力化されるなんて、有り得ない」
土御門「まっ、こん世の中にはお前らの及びもつかん世界があるってことぜよ」ザッ
研究者B「ひっ、来るな!」
エツァリ「危害を加えようとした人間に対する寛大さは、持ち合わせていませんよ」ザッ
土御門「痛い目に遭いたくなかったら知ってることを洗いざらい吐け。こっちも時間が惜しいんでな」
研究員A「い、いったい何の話だ」
エツァリ「とぼけても無駄ですよ。あなた方が装置の取引をしようと……いえ、もしかしたらもう終えているんでしょうか?」
研究員B「……ッ」
研究員A「ま、待て! 私は本当に何も知ら――」
エツァリ「ああ、すっかり言い忘れていましたが」
エツァリ「こちら、あなたたちの預金通帳です」ピラ
研究員B「……なッ! なんで貴様らがそんなものを!」
エツァリ「紛失届を出した上で再発行させていただきました。ご心配なさらずとも、管理官には許可を頂いてますよ」ニコ
土御門「つまり、お前らが今持ってるカードじゃ口座からの引き落としはできないってことだにゃー」
研究員A「そ、そんなッ! 犯罪じゃないか!」
土御門「ズルをしたのはお互い様だにゃー。騙された方が悪いってのが、お前ら悪党どもの思考パターンだろ?」
研究員B「……く、くそっ。これじゃあなんのために」
エツァリ「理事会に後足で砂をかけて、タダで済むと思う方がおかしいんですよ」
土御門「くく、お前もすっかり忠犬キャラが板についてきたな」
エツァリ「お褒めの言葉恐縮です。上の方々もそう勘違いしてくれれば何よりなんですけどね」
土御門「さて、数時間前に記帳してみたところ、三か月くらい前から口座に不透明な振込みが6回」
土御門「複数のペーパーカンパニーを使っての取引とは、ずいぶんと慎重だな?」
エツァリ「むしろここまでやったのなら、二人に振り込まれる金額と回数もバラバラにしておくべきでしたね」ニコ
研究員A「……く」
土御門「悪いが、こっちも友人を騒動に巻き込んじまってる。あまり優しくはできねえんだ」カチャ
研究員B「ちょっ――ま、待てッ!」
――ダァンッ!
研究員A&B「ひいぃっ!」ビクッ
エツァリ(土御門さん、銃の使用許可はまだ――)チラ
土御門(んなことは、こいつらの預かり知らぬ話だぜい?)ニヤ
研究員A「わ、悪かった。つい、間が差してしまっただけなんだ」
研究員B「絶対能力進化(レベル6シフト)が凍結してからというもの、洗脳装置(テスタメント)開発の関連予算がぐっと減らされてしまって」
研究員A「こ、こんな大事になるとは思わなかったんだ。本当だ!」
エツァリ「……最新の振込日は、盗難騒動の翌日のようですが」
土御門「相手に何も渡してないのに、金だけが振り込まれるってことはあり得ねえよな?」ギンッ
研究員B「そ、それは」ギク
エツァリ「隠すとためになりませんよ? 温厚な僕ならともかく」
エツァリ「隣にいる彼はどんな手ひどい方法を使ってでも聞き出すつもりのようですし」チラ
土御門「オイオイ、こんないい男を捕まえて鬼か悪魔のように言うんじゃねえよ」
エツァリ「ご冗談を、鬼や悪魔に失礼でしょう」
土御門「……ったく、口が減らないやつだ」
研究員A「――こ、これで話せることは全部だ」
土御門「――やはり、取引は存在したか」
エツァリ(――しかし、弱りましたね。これ、アレイスターには絶対に聞かせたくない内容です)
土御門(……同感だ。秘密裏に回収、いや、破壊するしかないぜよ)
エツァリ(しかし、下手に僕たちが動けばほぼ確実に気取られるのでは)
土御門(ああ、どうにかして外部に応援を要請するしかなさそうだな)
エツァリ「……再度確認しますが、譲渡したものと同じ装置を作り出すことは不可能だった。この証言に偽りはありませんね?」
研究員B「あ、ああ、間違いない。あの新型のプログラムは複数のバグを直した際に奇跡的に完成したものだ」
土御門「しかし、そんな逸品をよく手放す気になったな?」
研究員A「既に一度頓挫した計画だし、どちらにしても高位の精神系能力者には及ばないだろう」
研究員B「近々研究からの撤退命令が下されるのは目に見えていた。だから、彼らの申し出は渡りに船で――」
――prrrrr
土御門「……」チラ
エツァリ「ああ失礼、僕のようです」カチャ
エツァリ「海原です。……はい、そちらも終わったんですね」
一方『正直、あンまり気分はよろしくねェけどな』
エツァリ「……何か、トラブルですか?」
一方『話は後だ。あァ、ところでよォ、そこにクソッタレ研究者どもはいンのか?』
エツァリ「クソッタレかどうかはわかりかねますが、二名ほど」
一方「ンなら、合流する前に一つ聞き出しとけ」
エツァリ「何をでしょうか?」
一方「むき出しの脳ミソが試験管内でプカプカ浮いてンのは、いったいぜんたいどういうワケですかってなァ』
エツァリ「――脳ミソ? まさか、人間の?」ヒヤ
土御門「……なんだって?」
研究員A「――ひっ」ビク
エツァリ「地下の研究施設に保管されている脳について、詳細はご存じですか?」ピッ
研究員A「い、いや、それは……」
土御門「隠すとためにならねえってのは、重々承知してるよな」
研究員B「……ぬ、布束っていう研究者のものだって、聞いてる」
研究員A「お、おい! それは機密事項じゃ――」
研究員B「遅かれ早かれバレることだ! だったら今話したところで変わらないだろう」
土御門「手前らで勝手に言い争ってんじゃねえよ。今話してんのはこっちだぜい」
研究員B「……わ、わかった。何が訊きたいんだ」
土御門「その布束さんとやらは、何で脳ミソだけの姿になっちまったんだ?」
研究員B「……絶対能力進化(レベル6シフト)の実験を妨害した罪で拘束されたって。く、詳しい経緯までは知らん」
土御門(おい、海原。絶対能力進化って、一方通行(アクセラレータ)が携わっていた実験のことだよな)
エツァリ(多分、その認識で間違いないですね)
土御門「……その研究者は、どういった素性の人物だ? 面識はあるのか?」
研究員B「かなり以前から洗脳装置の開発の根幹に携わっていたそうだ。私たちと直接的な面識はない」
研究員B「所内の噂では、捕えた後も更新のための情報を聞き出そうと尋問を繰り返していたとか」
土御門「拷問の間違いだろ。それで、全部訊き出した後は用済みってか」
研究員A「学生の身空ながら優秀な研究者で、そのまま処理するのはもったいないって話が内々であって」
研究員A「別のプロジェクトチームがそいつの脳を演算装置代わりにして、より効率の良い装置ができないか試みていたとか――」
――ズダンッ!
研究員A「ひぃッッ!!?」
土御門「……あー、おんしらさすがに調子に乗りすぎだわ。人の命を弄ぶのも大概にしとけよコラ」グググ
研究員A「や、やめっ! ぐる……じ、俺は、何も関、係な――げほっ!」ジタバタ
土御門「まだ一人残ってるんだし――いっそこのままやっちまうか?」ミシミシ
研究員A「が……あ……ぶふっ」ブクブク
研究員B「や、止めてくれ! それ以上やったら本当に――」
エツァリ「土御門さん、越権ですよ。自重してください」トン
土御門「俺はむしろ、お前の落ち着きぶりがムカつくくらいなんだがな」チラ
エツァリ「僕は、これでも合理主義者ですから」
エツァリ「地上を睥睨している奴らに冷や水浴びせる機会をみすみす逃すつもりはありません」
土御門「……小賢しいやつだ。そういう説得の仕方か」バッ
研究員A「――ぐはっ」ドサッ
エツァリ「命拾いしましたね。恩に着てくれてもいいですよ」ニコ
土御門「テメエで言ってりゃあ世話ねえな」
エツァリ「何はともあれ、彼らの身柄は抑えたんです。一度アジトに帰還しましょう」
土御門「……そうするかにゃー。まだ色々訊き出したいこともあるし、二人の到着を待ってから――」
――ズドンッ!
研究者B「…………がっ!?」グラ
エツァリ「――狙撃ッ!?」バッ
土御門「ちぃッ!」
研究員B「――――ゴブッ」ドサッ
研究員A「Bッ!? ……うわッ!」グイッ
――チュインッ!
土御門「くそっ、どっから撃ってやがるッ!」
研究員B「――――ぁ」ピクピク
研究員A「お、おいッ、待ってくれ! あいつまだ生きて――」ズルズル
土御門「もう何をやったところで助からねえよ! いいからとっとと走りやがれッ!」ダッ
研究員A「こ、こんな、嘘だ。……なんで私たちが――――うわッ!」ドサッ
土御門「口封じに決まってんだろうが。ったく、血の巡りの悪いやつだ」
エツァリ「……協力関係にあった研究者を、平然と生きた道具にするような輩ですよ?」
エツァリ「下っ端の安全を順守してくれるなどと、本気で思ってたんですか?」
研究員A「……あ……あぁ」ガク
土御門「海原、お前、狙撃場所は確認できたか?」
エツァリ「死角からの攻撃だったんですよ? 無茶言わないでください」
エツァリ「ただまぁ、第二射までの間隔が早すぎた気もしますね」
土御門「……ふん、少なくとも敵さんは二人以上か」
エツァリ「発砲音は聞こえましたか?」
土御門「いいや。消音機(サイレンサー)付きだったとして、数百メートルは離れていると見るべきだな」
エツァリ「……どうやら、僕たちだけでの鹵獲は無理そうですね。敵が狙撃手だけとも限りませんし、生き証人も」チラ
研究員A「……こ、こんなことになるなんて」カタカタ
土御門「死にたくなかったらこっから一歩も動くな。つうか逃げたら俺が殺す」
研究員A「――わ、わかった」コクコク
土御門(……さて、死体は、あそこか)スクッ
研究員B「――――」
土御門(斜めからだとちょっと見辛い、が)ノビ
土御門(左肩甲骨から侵入して――血溜まりの中心は臍の下辺り)
土御門(二発目の弾痕は……あれだな。地面に残ってる擦過傷から推察すると)
土御門「……斜角からして一匹は四時方向の建築現場にいる。もう一匹は、やや低い位置からの一撃。おそらく南西方向からだろう」チラ
エツァリ「南西って、奥のビルですか。ちょっと遠すぎますね」
エツァリ「こんな展開になるなら、あの二人にこちら側へ来てもらった方がよかったかな」フゥ
土御門「泣き言は後にしろ。俺が先に通りに出る。二十秒以内に狙撃地点の目星をつけろ」
エツァリ「了解。砲火を視認次第、『黒曜石のナイフ(トラウィスカルパンテクートリ)』で狙ってみます」
土御門「んじゃ――――行くぜいッ!」ダッ
――上条宅
配達員「では、こちらにハンコをお願いします」
上条「はい、お世話様っす」
配達員「毎度どうも、またよろしくお願いします!」ペコ
――バタンッ
インデックス「ねえねえとうま。お届け物?」
上条「…………にひっ」
インデックス「と、とうま? その笑顔はちょっといただけないんだよ?」
上条「見ろよインデックス。この大量の手延べ素麺を!」
インデックス「……おおぉッ!」
上条「損保(そんぽ)の糸ほど知名度はなくたって、手延べは外れなしに美味い。今日の晩飯は、鶏素麺だ!」
インデックス「とうま、今日のとうまは後光が差して見えるんだよ!」キラキラ
上条「いいか、これは簡単にしておいしい料理だからお前もちゃんと覚えとけよな」
インデックス「わ、わかったんだよ」コックリ
上条「市販の麺汁の元を薄めて使ってもいいんだが、ここはさっき言ったように鶏肉でダシを取る」
上条「まずは小さな鍋と大きな鍋、それぞれでお湯を沸騰させる」
インデックス「うんうん」
上条「その間に包丁で鶏肉を細かく刻んどく。量はそうだな、二人分なら100gもあれば十分だ」
上条「小さいお鍋が沸騰したら、市販の麺汁をオタマ2、調理酒大さじ1、それから細切れにした鶏モモ肉をささっと投入」
インデックス「おお、簡単なんだよ!」
上条「大きいお鍋は素麺をゆでるためのものだ。こちらも沸騰したら素麺を手早く、扇を開くように投入」
上条「この際、なるべく多めの湯で茹でないと麺同士がくっついて舌触りが悪くなるから注意するんだぞ」
インデックス「任せてとうま! 絶対記憶能力の前に不可能なレシピはないんだよ!」エヘン
上条「どうだ、インデックス?」
インデックス「要領が呑み込めてきたんだよ。解れるように菜箸で混ぜればいいんだね」マゼマゼ
上条「その通り。大体二分弱ってところだな」
――ブクブク
上条「っと、麺汁の方も頃合いかな」カパ
インデックス「わぁ、いい匂い! ピンク色だったお肉もすっかり白くなってるんだよ」
上条「細切れにすれば火も早く通るから、三分くらい沸騰させれば十分だ」
上条「ちなみにダシを取った鶏肉もそのままお椀に入れて食べられるぞ」
上条「それじゃあ、インデックスは麺汁をよそってくれ。俺は素麺をざるに上げて水にさらす」
インデックス「了解なんだよ」
上条「今日の晩御飯は鶏素麺と!」
インデックス「茹でもやし、キュウリ、細切りダイコンのシャキシャキサラダ!」
スフィンクス「ナーオ!」
上条「素麺の薬味にはミョウガとショウガ、それからシソの葉を用意した。お好みで加えてくれ」
インデックス「至れり尽くせりなんだよ」
上条「それじゃ、のびない内に――」
上条&インデックス「いっただきまーすッ!」パンッ
――ズルッ、チュルルルッ、ズゥッ!
インデックス「…………」ムグムグ
上条「…………」ゴックン
インデックス「」スッ
上条「」チャプチャプッ
――ズルッ、チュルルルッ、ズズズズッ!
インデックス「サラダも」パクッ
上条「シソをもうちょい」ヒョイ
――ズルッ、チュルルルッ、チュルルルルンッ!
インデックス「とうま。お汁、少し薄くなってきたかも」スッ
上条「あいよ」パシッ
インデックス「はぁー、お腹いっぱーい」ポム
上条「食った食った。つーか久し振りに聞いたな、その台詞」
インデックス「それはそうだよ。そもそも最近はほとんど一緒にご飯食べてくれてないし」ブスゥ
上条「わ、悪かったよ。しばらくは比較的のんびり過ごせそうだから、夕飯くらいは一緒に食おうな」
インデックス「ほ、本当?」
上条「ああ、たまにこうやって一緒に料理を作るのもいいかもな」
インデックス「うん、そうだね。にしても、鶏肉と素麺がこんなに相性ばっちしとは思わなかったんだよ」
上条「結構美味かったろ」
インデックス「文句なしなんだよ」
上条「以前、一緒に鴨南蛮食いに行ったことあんだろ? あれも肉の旨味が汁に染み出してこそのおいしさだからな」
インデックス「とうまって研究熱心なんだね」
上条(創意工夫を凝らさないと、食卓の侘しさは埋められないんですよ)
インデックス「すぅ……すぅ……」
上条「……ぐっすりだな」フッ
上条「おやすみ、インデックス」スッ
――パサッ
上条「もう少しで冬だしな。いい加減布団、買うかぁ」
スフィンクス「にゃおーん」
上条「てぇ、オイオイ。別にお前のためじゃないんだが」ナデナデ
スフィンクス「なうー」ゴロゴロ
上条「……さてと、とっとと洗い物片して――」
――prrrr
上条「っと、いけね。……ベランダでいいか」キュラキュラ
上条(……土御門か。いい知らせかな?)
上条「はい、もしもーし」
???『――こちら、上条当麻さんの携帯でよろしいですね?』
上条「……その声、土御門じゃねえな。誰だ?」
エツァリ『以前、あなたの前で海原と名乗ったことがあります。覚えておいででしょうか』
上条(……海原――海原)
上条「ああ、思い出したぞ。御坂のストーカーやってた奴!」
エツァリ『……その認識には断固訂正を入れさせていただきたいところですが』
エツァリ『生憎、今はそれどころではない。同僚の土御門さんから言伝です』
上条「言伝? あいつはどうした? 席を外してるのか?」
エツァリ『先にこちらの要件を済まさせてください。まず一つ目、洗脳装置はやはり持ち出されていました』
上条「……なんだって!? 余分にあった装置は回収したはずじゃ」
エツァリ『置き去りにされた二つの装置もフェイクだったということです。装置は、実は八個存在したようですね』
上条「って、まじかよ。たった一つの装置を取引するために、他を犠牲にしたってのか?」
エツァリ『彼らには彼らなりの、よんどころのない事情があったようです。そして二つ目ですが』
エツァリ『持ち出された新型の洗脳装置は、着脱の必要がありません。言い換えれば――』
エツァリ『無線で相手を操れます』
上条「――――ッ」ゾッ
エツァリ『彼の話によると装置の有効射程は少なくとも5m前後はあるのではとのこと」
エツァリ「それから、車のフレーム程度の遮蔽物であれば問題なく干渉波が通過するのでは、ということなので――』
上条「ちょ、ちょっと待てよ。まさか、土御門が電話に出ない理由って……」
エツァリ『…………』
上条「お、おい、何とか言えって!」
エツァリ『……土御門さんは、敵勢力との交戦時に干渉を受け、操られかけました』
エツァリ『ですが、自身の体を傷つけることで辛うじて精神干渉から逃れたようです。経験豊富な彼ならではの判断ですね』
上条「……傷つけるって」
エツァリ『具体的には、三階ほどの高さから下に飛び降りました。今は病院に搬送されています』
上条「転落したのか!?」
エツァリ『ご心配なく、命に別状はありません。彼の能力のことを考慮すれば、任務への復帰は一週間ほどで可能でしょう』
上条「……な、なんだ、驚かすなよ」ホッ
エツァリ『ですが、敵も手の内を明かした以上は形振り構わずに来る可能性があります。ご理解いただけましたか』
上条「……出来る限り警戒レベルを引き上げろってことだな」
エツァリ『話が早くて助かります。その上でもう一つだけ、あなたに留意していただきたいことがあります』
上条「……まだ何かあんのか。もう腹一杯なんだが」
エツァリ『そうおっしゃらずに。ある意味、これまででもっとも重要な忠告ですから』
上条「……なんだ」
エツァリ『あなたもご存知の通り、今までは精神系能力者が攫われるのを防ぐための善後策が講じられてきました』
エツァリ『しかしながら、相手の装置が無線で行える代物だとすれば話は大きく変わってきます』
上条「……、」
上条「……機械での洗脳は、俺の幻想殺しでも打ち消せねえ。つまり、そういうことだな」
エツァリ『そう、すなわちあなた自身が操られてしまう可能性がぐんと高まってしまったということです』
エツァリ『実際にそうなれば、あなたの精神干渉はたとえ心理掌握であろうと解くことができません。他ならぬあなたの右手が打ち消してしまう』
上条「…………」
上条「だけど、土御門は、痛みで自分の意志を取り戻したんだろ?」
エツァリ『そうですが……ショック療法はあまりアテになさらない方がいい』
上条「何か問題があるのか?」
エツァリ『干渉を受けたのがたまたま短時間だったのかも知れませんし、遮蔽物で波が減衰していた可能性だって大いにあります』
エツァリ『要するに、一発勝負で試すには不確定要素が強すぎるんです。それに、周りの人の目に毒ですしね』
上条「……そっか。あくまで最後の手段ってことだな」
エツァリ『よろしいですか。あなたが洗脳されてしまうという事態は』
エツァリ『あなたを頼った土御門さんにとって最悪のシナリオ以上に最悪です』
上条「……お前が身を犠牲にして持ち帰ってくれた情報を無駄にする気はねえ」
上条「それだけ、あいつに伝えといてくれっか」
エツァリ『……承りました。くれぐれもご用心ください』プツ
上条(……なんか、出かけるどころじゃなくなっちまったな)
上条「……不幸だ」
上条(……とりあえず、断りの電話だけでも入れとかないと)ピッピ
――Trrrrrr
食蜂『あ、上条さぁん? 早速かけてきてくれたのねぇ』
上条「夜分遅くにごめんな? 実は今後のことで相談があって」
食蜂『相談なんて。私は上条さんの決めてくれたプランならぁ、どこだってオッケーよぉ?』
上条「……い、いや、それがだな。ちょっときな臭いことに」
食蜂『動物園も美術館も、女の子同士じゃあまり行かない場所だもの。今からすごく楽しみだわぁ』
上条「そ、そうか。いや、喜んでくれているのは嬉しいんだけどさ」
食蜂『早く、当日にならないかしらぁ。って、あはは、私浮かれすぎよねぇ』
上条「……い、いや、そんなことはねえだろ」
上条(や、やばい。話し出すきっかけを見失っちまったぞ)
食蜂『……ねぇ。この一件が終わったら、小旅行って約束、まだ有効?』
上条「あ、ああ、もちろん。忘れてねえよ」
食蜂『良かったぁ! これで今夜はぐっすり眠れそう☆』
食蜂「――ええ――はぁい、おやすみなさぁい☆」ペコ
――ピッ
食蜂「…………」バフッ
食蜂(……えへぇ)フニャ
ルームメイト「あ、あの、食蜂さん?」
食蜂「…………ふぁい?」ギュウウ
ルームメイト「そんなに枕に顔を押し付けたら、窒息しちゃうんじゃ」
食蜂「……ふぁいふぉふでふぅ」ムギュウ
ルームメイト「……そ、それならいいのだけど」
食蜂「…………」
上条『俺もすごく楽しみにしてるよ。じゃあ、四日後に』
食蜂「~~~~ッ」コシコシコシコシ
ルームメイト(よ、よっぽどいいことがあったに相違ないわね)ヒク
――調理場
――ガラガラ
食蜂「おはよう、土御門さん」
舞夏「おっす食蜂、ぴったり開始時間十分前か」
食蜂「そりゃあ、私が頼んだ側だしぃ」
舞夏「殊勝な心がけだな。エプロンと三角巾は持参したか?」
食蜂「ええ、料理部の子から借りてきたわよぉ」
舞夏「うーい、ならちゃっちゃと着用してくれー」
食蜂「はーい」ファサ
食蜂(ええっと、腰でリボン結びすればいいんだっけぇ? 小学校以来で全然思い出せないわねぇ)
食蜂「……こ、こんな感じで大丈夫ぅ?」クルリンッ
舞夏「んー、少し結び目が緩んでるなー。ちょっとそのままでいろー」スッ
食蜂「え、ええ、わかったわ」
舞夏「ん、こんなところか」
食蜂「あ、もうできたの? 動いても平気かしら?」
舞夏「問題ないぞ。ひとまず、もう一度さっきのように回ってくれるかー」
食蜂「え? ……ええ、構わないけど」クルンッ
――パシャッ!
食蜂「」
舞夏「おっけー。いい土産ができたー」
食蜂「ちょ、ちょっとぉ! こんなのが私のキャラだと思われても困るんですけどぉ?」
舞夏「お前のファンに見せるだけだから案ずるなー。メイドの守秘義務は議員秘書よりずっと強固だぞー」
食蜂「その程度じゃ安心できないじゃなぁい。そもそも、あなたの学校に私のファンなんているのぉ?」
舞夏「遠くから眺めてる分にはお嬢様然としてるからな。騙されてるやつはかなり多いぞ」
食蜂「……何気にひどいこと言われてる気がするのだけど」
舞夏(しかし、エプロンドレスな食蜂か。よくよく考えてみるとこれって相当なレア物だなー)
舞夏(失血死されても困るし、用法用量を守るよう言い含めておかないとー)
食蜂「あら? 調理器具一式出しておいてくれたのぉ?」
舞夏「それは、どちらかといえば私の都合。慣れた配置の方が教えやすいからなー」
食蜂「料理で位置取りなんていちいち考えてるの?」
舞夏「まな板がどの位置にあるかで手際は大分変わってくる。大量の料理を作る場合、おざなりに出来ない要素なのだー」
食蜂「そっかぁ。考えてみたら、土御門さんたちはいつも何十人分って料理を作ってるんだものねぇ」
舞夏「10秒のロスも積み重なれば数百秒だからな。それだけあればおかずが一品増える」
食蜂「なるほどねえ」
舞夏「ただ、お前の場合はこれといって時間に押されてるわけでもないからな」
食蜂「まずは丁寧に、レシピ通りに作ることを心がける、でしょ?」
舞夏「簡単そうに言うけど、レシピを忠実に再現するのってなかなか手間だからなー」
食蜂「確かに、量や火にかける時間なんかをいちいち揃えるのは大変ねぇ」
舞夏「それにしても……」チラ
食蜂「な、何よぉ?」
舞夏「正直驚いてる。お前がお弁当の作り方を教えてほしいなどと言う日が来るとは、予想もしなかったからなー」
食蜂「まぁ、そうでしょうねぇ」
食蜂(自分自身、こんな心境になるとは思わなかったしぃ)
舞夏「今更確認するのもあれだが、上条に食わせるつもりなんだよなー?」
食蜂「……まぁ、そうなんだけど」
舞夏「それで、ただ腹を満たすだけでいいとか思ってないよな?」
食蜂「当然よぉ。美味しいって言ってもらえるかが重要じゃない?」
舞夏「わかった。短い間とはいえ、教える以上はきちきちっとやらせてもらうぞー」
食蜂「ええ、土御門先生。ご指南のほどよろしくお願いしまぁす」ペコリン
舞夏「お願いされたー」ビシッ
舞夏「昔からの格言として、男子を落とすにはまず胃袋からというものがあるが」
舞夏「上条もその例に漏れず、育ち盛りの男子高校生。生来の不幸も相まって、何かと腹を空かしていることが多い」
舞夏「なので、あいつに好感を持たせるに当たり、手製の弁当での餌付けというのはかなり有効な方策だと思われる、が」
食蜂「」ウンウン
舞夏「ここでひとつネックになるのが、あいつは人並みに料理ができるということ」
舞夏「コック顔負けというほどではないにせよ、来訪者を料理でもてなすに不足しないくらいの腕はある」
食蜂「え、と、そうなのぉ?」
舞夏「少なくとも、未経験者がにわか仕込みで上条以上の味を出すのは、難しいと言わざるを得ないな」
食蜂「うぅ、あなたの口から直接聞くと、結構厳しそうねぇ」
舞夏「とはいえ、悲観するほどのレベルじゃない。他人の作った料理というものは、不思議とそれだけでおいしくなるものだしな」
舞夏「きっちり標準の味を維持すれば十分にダメージを与えられるはずだぞー」
食蜂「私これからいったい何と戦わさせられるのかしらぁ」
舞夏「ぶっちゃけると、あいつの料理が素人料理の域を一向に出ないのは貧乏してるせいだな」
食蜂(……私ですら言葉を濁したことを平然と)ヒク
舞夏「少し言葉が過ぎたか。オブラートに包んでいうなら、使う食材が貧相でしかも変わり映えしないからだ」
食蜂(どうやらそのオブラートには穴があいているようねぇ)
舞夏「それだったら、あいつが普段あまり口にしない物を食べさせればいい、という結論に落ち着くわけだが」
舞夏「高級食材を使うというのは如何にもオリジナリティに欠けるので却下」
舞夏「身近にある割に、意外と男が自分で作らない食べ物。それを絡めたお弁当を作るのだー」
食蜂「話はわかったけどぉ、料理初心者ほやほやの私にどこまでできるのかしらぁ」
舞夏「できなくともやらせるからそこは安心しろー」
食蜂(……解釈の仕方次第ではとても怖い物言いね)ンー
食蜂(確かに、不慣れな料理なんてやめて誰かに代理で作らせちゃうという手もなくはないけど)
食蜂(今回だけは、うん、気持ちの問題ね。罪滅ぼしと、恩返しを兼ねてるんだし)
舞夏「あぁ、ところで、出しておいた宿題はやってきたか?」
食蜂「もちろんよ。お借りした料理の教習本読んで、自分なりに献立考えてきたわぁ」
食蜂「オーソドックスに炊き込みご飯と唐揚げ、それからポテトサラダを添えようかと」
舞夏「確かに定番だが、少し面白味には欠けるなー」
食蜂「べ、別に面白くする必要はないと思うケド」
舞夏「そうか? 三食そぼろでハートを作ったりLOVEって書いたりとか、考えなかったか」
食蜂「やらないわよぉ。そういうキャラじゃないし、普通でいいの。ううん、普通がいいの」
舞夏「んー、蓋を空けたときの上条の顔が色々想像できて楽しそうだと思うんだが」
食蜂「楽しい以前にこっちが恥ずかしいじゃないのよぉ」
舞夏「そんな食蜂の顔を想像する楽しみも出来て二度おいしいじゃないか」
食蜂「それって土御門さんの楽しみでしょう!?」
舞夏「さておき、外で食べるならおにぎりの方が都合がいいな」
食蜂「つまり、炊き込みご飯でおにぎりを作るってこと?」
舞夏「コンビニではしゃけ梅ツナに並んで鶏五目は定番だ。自前で作ると味も格別だぞ」
食蜂「へぇ、そうなんだぁ」
舞夏「炊き込みの具材は検討したか? 鶏肉、アサリシジミ、鮭や鯵、キノコや山菜などベースは多々あるがー」
食蜂「そのことなんだけど、上条さんって嫌いな食べ物はないのかしら」
舞夏「口に入れるものを選べるほど優雅な暮らしはしてないはずだから安心しろー」
食蜂(……そうよねぇ、ケチャップの使い方に突っ込みいれるくらいだもの)ハァ
食蜂「なら質問を替えるわぁ。上条さんの好きな食べ物ってなぁに?」
舞夏「悪食という意味合いではなく、出した料理に対しては常に食いっぷりがいい印象だが?」
食蜂「ふぅん、好き嫌いがないのねぇ」
舞夏「『何が食べたいか』と聞けば『何でもいいぞ』と返す困ったちゃんでもあるー」
食蜂「あー、ふふっ、確かにあの人ならやりそうねぇ」
食蜂「それじゃあ、鶏肉、椎茸、油揚げ、人参、ゴボウ。この五点でいい?」
舞夏「あまり入れすぎても形を保ちづらくなるからな。重要なのは素材の旨味をご飯に染み込ませることだ」
食蜂「あ、ねぇ、どうして炊き込みご飯っていうと鶏肉なのかしら。牛でも豚でもよさそうなものだけど」
舞夏「あぁ、それについては明確な理由があるぞ」
食蜂「たとえばどんな?」
舞夏「肉に含まれる脂肪の融点だ。牛の脂肪は50度以上にならないと溶け出さない」
食蜂「えー、そんなに高いのぉ?」
舞夏「人の口腔内の温度はせいぜい40度止まり。口に入れても脂が溶けないから炊き込みご飯以前に弁当には向かない」
舞夏「それから牛ほどではないにしろ、豚の脂肪も33~46度と融点は高めだ」
舞夏「だから、調理した豚肉や牛肉が冷えると白い油脂が表面に付着することがあるだろ?」
食蜂「あるあるー。あぁ、だから食感がよろしくないというワケなのねぇ」
舞夏「たとえばコンビニ弁当なんかは、レンジで温かくして食べられるから品目としてもありなんだが」
食蜂「冷えたままだと本来の味を損ねちゃうのね」
舞夏「口腔内の温度は体温とあまり差がない。だから、特に牛料理は温めて食べないと肉特有の脂の甘さを感じられない」
舞夏「そういう理由から、牛や豚の脂は人の中に溜まりやすい。なかなか溶けださないから当たり前だな」
食蜂「納得ぅ。ちなみに、鶏肉の融点は何度くらい?」
舞夏「30~32度。だからお弁当には、口に入れたときに味が変質しにくい鶏肉が定番というわけだ」
食蜂「なるほど、盲点だったわぁ。油の溶けだす温度かぁ」
食蜂(言われてみれば、ハンバーグや牛丼なんかは冷めると他の肉料理と比較して美味しさの損耗力が半端ないわねぇ)
舞夏「温かいがご馳走とは、至言だと思う。昔の人は構造を理解できないまでも、本質で物事を捉えてたんだと感心するな」
食蜂(っていうか、メイドって凄いわねぇ。こんな知識をいちいち拾ってるんだものぉ)
食蜂「それじゃあ、次は唐揚げね」
舞夏「一応聞いとくけど、作ったことは?」
食蜂「ないんダゾ☆」エヘン
舞夏「胸を張られても私は男じゃないのであまり喜べないー」
食蜂「普通に威張るなって突っ込みが入るかと思ってたのにぃ」
舞夏「ときに食蜂。お前、年齢を疑われたりしたことないか?」
食蜂「……まぁ、一度くらいはあるかもだけど」
舞夏「だろうなー。私にそれくらいの大きさがあれば、色々できるだろうなー」
食蜂「と、唐突に何を言い出すのよ?」
舞夏「重要なのは何を、誰に、といったところだな。さ、レシピの解説を始めるぞー」
食蜂(……覗きたいような、覗きたくないような)
舞夏「よし、レシピの確認は終了だ」
食蜂「わかったわ。ところで、もうそろそろ十分経つけどぉ」チラ
舞夏「そうしたら炊飯器の蓋を開けて、上に乗っている具材をざっと混ぜ合わせる」
舞夏「一応、蒸気口で火傷しないように注意しろよ」
食蜂「了解よぉ。……う~ん、いい匂い☆」
舞夏「常盤台の炊飯器は優秀だから、具と調味料だけ調整すれば問題ない」
舞夏「握る分だけ皿に取り分けとこう。冷めるのが若干早くなるし」
食蜂「って、これを握っちゃうの? すっごく熱そうなんですけどぉ?」ホカホカ
舞夏「実際熱いぞー。まあ慣れないうちは無理せずに、少し冷ましてからやればいい」
食蜂「ただおにぎりを握るのがこんなに大変だなんて」
舞夏「コンビニのおにぎり製造機は革命的な発明だと思うぞ」
舞夏「そうそう、炊き上がったご飯は米粒をつぶさぬようしゃもじで丁寧に混ぜ合わせる」
食蜂「えっと、腐敗防止のために寿司酢を少々……少々ってどれくらい?」
舞夏「酢飯を作るわけじゃないから大さじ二杯で充分だな。後は両手を冷えた塩水に浸して、ご飯をこうやって」ヒョイ
食蜂「こ、こう? って、熱っつぅ!」バッ
舞夏「こらこら、お前はまだやるな。もう少し冷めてからと言っただろ」
食蜂「何なのこれぇ、触れないじゃなぁいッ! レシピ間違ってるんじゃないのぉッ!?」
食蜂(っていうか、何で土御門さんはこんなの握れるのよぉ!)
舞夏「だから、最初は誰でもそうなるって」パッパッ
舞夏「手早く、皮膚に熱が伝道しない内に、反対の手に放り込む、その繰り返し」ギュッギュ
食蜂「て、手早くったって、ううっ、熱っ! あっつうぃっ!」ポロポロ
舞夏「ご飯零してる零してる」
舞夏「軽いやけどだな。ちゃんと冷やしとけー」
食蜂「うぅ、ヒリヒリするぅ。絶対これ、後で手の皮が剥けちゃうわぁ」ジンジン
舞夏「辛うじて形になったのは一個かー。ま、ローマは一日にしてならずだなー」
食蜂「……予定通り唐揚げの習得に進めなかった。どうしよ、このままじゃサラダが」
舞夏「そうだな、ポテトサラダは断念しよう」
食蜂「って、ええーーッ??」
舞夏「サラダは出来合い品との違いを出すのが難しいから、そこに労力をかけるのはもったいない」
舞夏「彩りと栄養が気になるならミニトマトとオレンジでもあしらっておけばいいだろ」
食蜂「……なんか、失格の烙印を押された気分」ドヨーン
舞夏「押してない押してない」
食蜂「……本当に、三日後までに間に合うのぉ?」グス
舞夏「案外心配性だなー。いいから大船に乗ったつもりでまかしとけー」
食蜂「……うぅ、汗びっしょりぃ」
舞夏「慣れないうちはそんなもんだ。あまり気を落とすなー」
食蜂「……土御門さんって、実は相当凄い人だったのね」
舞夏「私だって最初は苦労したぞ。今は楽しむことを念頭に、食べてもらいたい人をイメージして何とかやってる」
食蜂「イメージ……」
舞夏「誰かに美味しい物を作るには、相手が実際に食べてる場面を想像するんだ」
食蜂「……ええっと」
食蜂(私の場合は、上条さんが食べてるところを、ってことよね。理屈はわかるけど)ウーン
舞夏「普段から料理をしてないんだし、いきなりは難しいかな」
舞夏「百聞は一見にしかずだ。私が今考えていることを覗いてみればいい」
食蜂「……どれどれ?」
――ドドーンッ!
上条『……すげ、これ全部、お前が作ってくれたのか?』
食蜂『そうよぉ、ありがたく頂戴しなさぁい』シレッ
上条『じゃあ早速――うわっ、このおかず滅茶苦茶うまいな!』パクパク
食蜂『ふぅん、そう? なら、作った甲斐も少しはあったかしらね』
上条『ホントありがとうな、食蜂』
食蜂『まったく、こんなので喜ぶだなんて、悲しいまでに安い人ねぇ』
上条『そうかな。毎日お前の料理が食べられたら、どんなに幸せかと思うけど』
食蜂『上条さんったら、そんなこと言ってると、いずれ誰かに勘違いされちゃうわよぉ?』
上条『俺が勘違いして欲しいのは、いつだってお前だけだぜ』
食蜂『えっ――か、上条さん///』
食蜂「ストップ! ストーップよぉ!///」ジタバタ
舞夏「なんだー、ここからが盛り上がるところなのにー」
食蜂「そんな展開有り得ないしぃ! っていうか私そんなに艶っぽい声出さないわよぉ!」
食蜂「それにそれに、私あの人にはそこまで見下した言い方しないし――」
舞夏「どぅどぅ、かかりすぎだぞ。ショクホーミサキ」
食蜂「きょ、競走馬みたいな言い方しないでくれないかしらぁ?」
舞夏「ちっちっち、あながち無関係でもないんだな、これが」
食蜂「……ハ、ハァ? どういうことよぉ?」
舞夏「想像しろー。天候は曇り、馬場はやや重、お前の前にはライバルの先行馬がわんさかいるー」
食蜂「……え? ええと?」
舞夏「出遅れたお前は明らかに不利。最後の直線400メートルで末脚を発揮するには力を溜める必要がある」
舞夏「生半可な根性じゃ上条記念は勝ち残れないぞー。最近は手強い外国産駒も多いからなー」
食蜂「……要するに、上条さんって競争倍率高いってことぉ?」
舞夏「お前が思っているよりはなー。もちろん、お前にそういう気が毛筋ほどもないというなら、余計なお節介だが」
食蜂「…………」ムゥ
食蜂「なんか、うまくはぐらかされた気がする」
舞夏「うまくはぐらかせた気がしないでもない」
食蜂「……まあいいわ。今肝心なのは料理の出来なんだし」
舞夏「今度の日曜日までには間に合わせたいところだな」
舞夏「素材の厳選は、いきなりは難しいと思うが」
食蜂「それこそ、健全な能力の活用法じゃない?」
舞夏「なるほど。さっきのたとえ話も、発奮材料くらいにはなったみたいだな」
食蜂「気があるかはさておいて、戦う前から逃亡なんて私の性に合わないし、それに――」
食蜂(私は決して、出遅れてなんていないはずだもの)
舞夏「ま、そのやる気が三日続けば問題ないな。私も出来る限りフォローしてやる」
食蜂「ええ、頼りにしてるわぁ」ニコ
――最終日
舞夏『本当にすまん。まさかこんなことになるとは』
食蜂「ううん、散々無理を聞いてもらっていたんだし。お兄さんも、好き好んで入院したわけじゃないでしょう?」
舞夏『そう言ってもらえれば少しは救われるが、弁当の方は一人で平気か?』
食蜂「一応、おにぎりも見栄えが悪いなりに握れたし」
食蜂「唐揚げも温度の管理力と引き揚げのタイミングさえ誤らなければ大丈夫」
食蜂「……だと思う」
舞夏『自信持てー。この三日間、本気で頑張ってたんだから』
舞夏『お前は常盤台中学で、土御門舞夏直伝のおにぎりを作れる唯一の女生徒なんだぞー』
食蜂「わかってる。何とか足掻いてみせるわぁ」
舞夏『くれぐれも、包丁と皮むき器使うときは気をつけてなー。どっちかといえばそっちが心配だー』
食蜂「ありがとう。お兄さんの怪我、早く良くなるといいわね」
――パタン
土御門「いいのか? 約束破るのはあまり感心しないぜい?」
舞夏「怪我で入院したことを大切な妹に黙っている兄貴よりマシだろ」ジト
土御門「お、怒ってんのか?」
舞夏「この声と、この顔を見ればわかると思うが」プクー
土御門「いやぁ、そんなに大した怪我じゃねえから心配させるのも悪いかと」
舞夏「兄貴はいっつもそれだな。いくら再生能力が早いからって苦痛は普通に感じるはずじゃないか」
土御門「……わ、悪かったよ」
土御門(……ったく、恨むぜぇカミやん。余計な気ぃ回しすぎだっつうの)
舞夏「……この分じゃ、また一緒に暮らした方が――」
土御門「んなの駄目に決まってるだろ! せっかく繚乱に入れたんじゃないか」
舞夏「ならもう少しご自愛しろ。バカ兄」ギロ
土御門「わ、わかった。そう睨まないでくれって、まじ凹むだろ」
舞夏「それじゃあそろそろ帰るけど、何か不自由はないのか?」
土御門「寝巻一式に歯磨きセットに見舞いの花に携帯ゲーム機。これだけ揃ってれば残り三、四日、文句も出ないぜよ」
舞夏「ならいい。忠告しとくけど、今度同じようなことやらかしたらホントひどいからな」
土御門「ああ、何度も同じことを言うなって」
舞夏「何度も同じことを言わせるな」ジト
土御門「……わかったわかった。ほらほら、遅くなる前に戻れって」
舞夏「……明日も来るからな。勝手に早期退院とかなしだぞ」
――パタン
土御門「…………はぁあぁ」ガックリ
???「いやはや、見透かされてますねぇ」
土御門「――、」バッ
エツァリ「あれがあなたの妹さんですか。健気そうな子じゃないですか」
土御門「ウチの妹が健気で器量よしな天使なんは否定しねえが、立ち聞きとはさすがに趣味が悪いんじゃないかにゃー?」
エツァリ「自分にも妹みたいな存在がいますから。あなたの境遇や心境にいささか感じ入るところがあっただけですよ」
土御門「身内話は後あと。収穫はあったのか?」
エツァリ「一方通行が脅してみたところ、あの研究者、あっさり口を割りました。嘘か真か、木原と名乗る者の差し金のようです」
土御門「……木原って、おいおい」
土御門(学園都市トップクラスの禁則事項じゃねえか)
エツァリ「同時に、いくつか不明瞭だった点が明らかになったので報告しておきます」
エツァリ「食蜂操祈は、洗脳装置の開発に何らかの形で関わっていたようです」
土御門「……やっぱりそうか」
土御門(装置と同系統の能力だから、解析実験に関わってるかもとは踏んでいたが)
土御門(だとしたら、本人もそういう手合いに狙われてることを察していていいはずなんだがな)
エツァリ「調べていくうちに一つ疑問が生じました。量産化計画は洗脳装置なしには有り得なかったはずですよね?」
土御門「そうだな。時系列で整理するなら、絶対進化能力の初期段階と並行して進められてたんだろう」
エツァリ「彼女は、実験の趣旨を理解して協力したんでしょうか?」
土御門「それはないな。何しろここは学園都市だ」
土御門「自分の能力が何に使われるのかは聞かされなかったか、嘘をつかれていた可能性が高い」
土御門「後々になって、開発で能力が強化される過程で騙されていたことを知り、実験を潰そうと動いたと見るのが妥当かにゃー」
エツァリ「なるほど。量産型能力者(レディオノイズ)計画が頓挫したのは――」
土御門「あぁ、彼女の能力開発が予想以上に進んだためだろう」
土御門「そもそも量産型能力者は、恐れを知らぬ有能な兵士を作るためっていうのが表向きの理由」
土御門「だが、食蜂の精神系能力が上昇の一途を辿っていくうちに、新たな可能性が生まれた」
エツァリ「……敵兵そのものの洗脳すら可能ならば、そちらに予算を回した方が有用ですからね」
土御門「薄らと見えてきたな。実験を開始させ、そして終わらせたキーマンか」
エツァリ「振り回された研究者たちの心境や、これいかに、ですね。完全な逆恨みですけど」
土御門「さしずめ今回の騒動の黒幕は、二種の実験に従事した研究者一派か」
エツァリ「やれやれ、未練たらしい男は嫌われるというのが常套なのに」
土御門(……まぁ、あえては言うまい)
エツァリ「しかし、一度凍結された実験が絶対能力進化(レベル6シフト)の呼び水になってしまったというのは」
土御門「皮肉が効いてるという他ないが、それは彼女のせいでも何でもない」
土御門「いくつかの可能性が潰されても、計画に支障が出ないよう並列的に実験を進行してるわけだしな」
土御門「樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)の演算は、個人の思惑如きで覆せるようなもんじゃないぜよ」
土御門(逆に言えば、思惑外の行動を取れば裏をかける可能性もある)
土御門(それを実証し、一方通行を止めたのがカミやんだからな)
エツァリ「そういえば……」
土御門「うん?」
エツァリ「絶対進化能力の実験を止めようとした研究者も、洗脳装置に監修していたという話でしたね」
土御門「……仮に顔見知りだったとして、そいつが脳ミソだけの姿になっちまってると知ったら」
エツァリ「決して穏やかじゃいられないでしょうね。どうやって伝えればいいやら」
――デート当日
食蜂「材料の下ごしらえには苦労したけど……」フゥ
食蜂(炊き込みご飯の仕上がりは、完璧に近いわね)ペロ
食蜂(熱っ……いけど、予め手を冷やしておけば、我慢できないほどじゃ)バッ
食蜂(手のひらで底を、曲げた指で三角を支えて)
食蜂(ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ☆)
食蜂(ど、どうかしら。ちゃんと三角になってる、かな?)ジー
食蜂(一応土御門さんにメールで確認してもらおう――って、手を消毒し直すことになるわね。後にしましょう)
食蜂(そろそろ、油も温まったみたいねぇ)シュウウ
食蜂(予め調味料に漬け込んでおいた鶏肉に万遍なく片栗粉を塗す)パパパパ
食蜂(あとは、油が跳ねないよう、くっつきすぎないようそっと投入☆)ポチャン
――ジュワアアア
食蜂(温度が下がった分火力を少し引き揚げて)カチ
食蜂(後は一定の温度に……うん、おっけーね)ジー
食蜂(菜箸で油から引き揚げたときに衣が十分泡立ち、手に震えがちゃんと伝わったらキッチンペーパーに)
食蜂(……上条さん、ちゃんと喜んでくれるかしらぁ)ポワンポワン
食蜂(って、ダメダメ。最後まで気を抜かないで頑張らないと)ブンブン
――シャワー室
――ジャアアアァァ
食蜂「ふんふん、ふふふ~ん♪」
食蜂(お弁当の準備、早めに済ませといて正解だったわねぇ)キュッキュ
食蜂(なんてったって、念願の上条さんからのお誘いだもの)チャプン
食蜂(頭のてっぺんから爪先まで、しっかり身綺麗にしとかなきゃ)バシャッ
食蜂(シャワーだけで済ませてもいいけど……待ち合わせの時間まではまだ余裕あるはずだしぃ)
食蜂(うん、少しだけ温まっておこうかな)
――大浴場
――チャポン
食蜂「はぁぁー……、ふぅ……」トローン
食蜂(一仕事終えた後のお風呂って、芯まで蕩けそうになるわねぇ)クター
食蜂(……あー、そろそろ下着のサイズ変えなきゃダメかしらぁ)
食蜂(最近どうも胸回りがきついのよねぇ)ギュッギュ
食蜂(でもまぁ、昔から大は小を兼ねるって言うしぃ)
食蜂(大きいと色々できるみたいなこと、土御門さんも言ってたものね。よくわかんないケド)ムニ
???「……これ見よがしに揉んでんじゃないわよ」
食蜂「って、あらぁ、誰かと思えば」
御坂「ったく、まさか朝っぱらからアンタと鉢合わせんなんてついてないわね」
御坂(……てか、この差はなんなのよ! むしろコイツが年齢詐称してる可能性に縋りたくなるわ)ジー
食蜂「御坂さぁん、ごきげんよう」ニコ
御坂「…………へ?」
食蜂「あ、もしかして御坂さんもお出かけかしらぁ?」
御坂「……ま、まぁ、そうだけど」
御坂(……な、何、この違和感)
食蜂「ふふ、外に出るには絶好の日和みたいねぇ。頬を撫でる涼やかな風、抜けるような秋の空」
御坂「な、何言っちゃってんのアンタ? 変な物でも拾い食いしたとか?」
食蜂「んもぅ、相変わらずな物言いなんだから」
食蜂「朝っぱらからそんなギスギスしてるとぉ、寄りつく虫も寄りつかないんだゾ☆」ツン
御坂「ちょッ――!?」ゾワワワ
――ガラガラ
食蜂「ふぅ、ちょっと長湯しちゃったかしら」ポタポタ
食蜂(時間は――)
食蜂「うん、まだ全然大丈夫ねぇ」フキフキ
食蜂(ふふーん、見てなさぁい? 今までは年下扱いされっぱなしだったけどぉ)パサッ
食蜂(今日の操祈ちゃんは、一味も二味も違うわよぉ?)ドヤァ
食蜂「――ひくしゅっ!」
食蜂「ううー、さすがにバスタオル一枚でうろうろしてたら風邪ひくわねぇ」シャッ
食蜂(……下着は……さすがに赤や黒を穿く勇気は///)
食蜂(確か、路地裏で助けられた時は、白穿いてたのよねぇ)
食蜂(同じ色しか持ってないと思われるのも癪だしぃ、ピンクが無難かしら)
食蜂(……み、見せる予定なんてないケド)
食蜂「……んっ。流行ものではないけど、まぁまぁ、悪くはないわね」クルッ
食蜂「普段は制服の着用厳守だし、正直私服を選り好みする機会がないのよねぇ」
食蜂「私としたことが失敗だったわぁ。事前に上条さんの好みのタイプとか調べておけばよかったのにぃ」
食蜂「まっ、今日は時間もたっぷりあることだし」
食蜂「上条さんのこと、いっぱいいっぱ-い教えてもらわなくっちゃ」
食蜂「リップはいつものでいいとして……ヘアバンドとかつけていくのも――」
食蜂「っと、いけない、肝心なモノを持っていかないとねぇ」ゴソゴソ
食蜂「念のため、バック以外にも入れておこうかしら。いざというときのために」
食蜂(……いい加減仕掛けて来てもおかしくないし)
食蜂(完膚なきまでに叩き伏せるためにも、万全を期さないとね)
――玄関前
御坂「何なの、そのお嬢みたいな格好は」
食蜂「あら、先に上がったからとっくに出かけたかと思ってたわぁ」
御坂「つーかアンタ、その格好で外に出る気?」
食蜂「ン? 似合ってないかしらぁ?」
御坂「似合う似合わない以前の問題。常盤台は私服での外出禁止でしょ、ルールくらい守ったら?」
食蜂「大丈夫よぉ。少なくともあなたは誰かに告げ口するような人じゃないし」
御坂「今がどういう状況かわかってないとは言わせないわよ。寮監に知れたら――」
食蜂「事件云々の話だったら、上条さんがエスコートしてくれるから心配ご無用よぉ?」
御坂「……ハ、ハァッ!?」
食蜂「そ、そんなに驚かなくてもいいと思うんだケドぉ」
御坂「エ、エスコートって、アンタ、まさか、アイツと一緒に出かけるわけ?」
御坂(え、でも、今日って振替休日じゃ……え? ってことは)
食蜂「そうよぉ。上条さんからお誘いを受けてぇ、今から動物園に行ってくるのぉ♪」キャルンッ
御坂「」
御坂「ど、どういうことよ! アンタ、アイツと仲違いしてたんじゃ」
食蜂「やだ、恥ずかしいわぁ。そこまで知ってたのねぇ」
食蜂「でも大丈夫。あの人度量が大きいから、ちゃんと謝ったら許してくれたわよぉ?」
御坂「あ、そ、そう。……そうなんだ」
食蜂「それよりこの格好。ちょっと露出が少なすぎかしら?」
御坂「え、えと、べ、別に、悪くないんじゃない」
御坂(……確かに、容姿だけなら普通に清楚系よね、容姿だけなら)
御坂(つーか、能力と性格に問題がなかったら完全無欠よね)
御坂(その二つが致命的っていうか、致命傷なんだけど)
御坂(いったい何なのかしらこの状況? そもそもコイツが私に意見を求めてくること自体、不自然な話じゃ――)
――pipi
食蜂「……ッ!」シュバッ
御坂(は、反応早ッ! 運痴のくせに!)
食蜂「あっ、もう到着したんだぁ」フニャ
御坂(……こ、このしまりのない表情――お得意の澄まし顔はどこいったワケ!?)
御坂(この耳でしかと聞いたのに、まだ信じられない。自己中を地で行くあの女が)
、、、、、、、、、、
食蜂『それじゃあ、遅れると彼に悪いから、またねぇ』フリフリ
御坂(ひ、人を待たせることを気にしたなんて)
御坂(……我ながらひどい字面っていうか、レベルの低い話っていうか)ヒク
御坂(それにしても、アイツが誰かに気を許すなんてこと、最初はあり得ないと思ってたけど)
御坂(いや、今も自覚はないのかもしれない。けど、あの表情は――)
御坂「もしかして本当に気があるんじゃ……」ボソ
黒子「お待たせしました、お姉様!」
御坂「っと、来たわね、黒子」
黒子「さぁ、いつでも、どこでも、黒子の準備は万端ですわよ!」
御坂「……そう、ねぇ、一つ頼みがあるんだけど」
黒子「はい、なんですの?」
御坂「……今日の予定、少し変えてもいいかしら?」
上条(はぁ、土御門が負傷入院してるってときに、いいのかなぁ。こんなことしてて)
上条(とはいえ、電話越しでもわかるほどウキウキされちゃあ、断れってのが無理な話か)
上条(約束破ってまた仲が拗れたら、それこそ収拾つかないし)
上条(護衛をきっちりやり遂げるためにも、少しは食蜂との関係を良好にしておかないと)
上条(って、言い訳じみたこと考えてる時点で、後ろめたさを自覚してる証拠だなぁ)
食蜂「上条さぁん、お待たせー!」タッタッタ
上条「あぁ、来たか――」
上条(………………)ポカーン
食蜂「って、どうしたのぉ? 固まっちゃって」キョトン
上条(………食蜂――――だよな?)ゴシゴシ
食蜂「上条さぁん、ねぇったらぁ」グイグイ
上条「あ、あぁ、ご、ごご、ごめん」バッ
食蜂「大丈夫? もしかして体調悪いとか――」
上条「い、いや、そうじゃない。いつもと印象が違うから、びっくりしちまって」
食蜂「それっていい意味で? 悪い意味で?」
上条「そりゃまぁ……どちらかといえば、いい意味かな」
食蜂「そう、なら良かったっ」
上条「……良かった?」
食蜂「だって私なりに気合入れてきたつもりだしぃ、反応薄かったらがっかりだもの」
上条「……そ、そうか」
食蜂「そっかそっかぁ。上条さん、私に見惚れちゃったんだぁ」クスクス
上条「ま、まぁ、その、ほんのちょっとな」テレ
食蜂(あ、え、あれ? そう返してくるのぉ?///)カァ
上条「それよりいいのか? 常盤台の制服じゃないけど」
食蜂「んもぅ、上条さんまで御坂さんみたいなこと言ってぇ」
上条「いやでも、一応校則で決められてるんだろ?」
食蜂「見つかったところで、私以外の誰にも迷惑はかけないわよぉ」
上条「ったく、お前は言い出したら聞かないからなぁ」
食蜂「……上条さんがどうしてもやめろっていうなら、着替えて来るけど」
上条「……え」
食蜂「あーっ、その反応、本気でそう思ってたってことぉ?」
上条「い、いやぁ、何つうか、はは……」ポリポリ
上条(あ、あれー、おっかしいなぁ。こいつこんな素直なやつだったっけ)
上条「ま、まぁ今日くらいは大目にみるか。ほら、荷物持つから、寄越せよ」バッ
食蜂「……なんか釈然としないんですけどぉ」スッ
上条「ところでこのバスケット、何が入ってるんだ?」
食蜂「秘密よぉ。私がいいって言うまで開けちゃダメ」
上条「んー、中からほのかにいい匂いがするような」ヒクヒク
食蜂「もう、勘ぐらないの」プゥ
上条「はは、悪ぃわりぃ」
上条(……こいつのキャラじゃなさそうだから、正直そんなに期待はしてなかったんだけど)
上条(もうこれはやっぱり、アレに決まりですか? 決めちゃっていいですか?)
上条(手作りだったら、ちょっと、いや、かなり嬉しいっつーか、中身なんだろーな?)ウキウキ
食蜂「ほーらぁ、何やってるのぉ? 時間は待ってくれないわよぉ?」
上条「お、おぅ、んじゃあ……」
上条(――って、いつの間にタクシーを)
食蜂「せっかくの休日まで混雑したバスに揺られたくないもの。たまには、ね?」パチ
上条「」ドキッ
上条(……こ、こいつのウインク、破壊力あるなぁ)
食蜂「第十一学区の動物園正面ゲートまでお願いします」
運転手「あいよ!」
上条「第十一とかあまり行ったことないんだよな。ここからだとどういうルートなんだろ」
運転手「二十二学区、十八学区を経由して向かうのが最短だな。あの辺までならしょっちゅう乗せるよ」
上条(はぁ、タクシーで遠乗りとか、料金メーター見るだけで胃に穴が空きそうですよ)
食蜂「上条さん、心配しなくても私、タクシー券持ってるから」
上条「タクシー券?」
食蜂「んー、小切手みたいなものかしらぁ。金額、乗車区間、使用者名を記入して運転手さんに渡すだけでおっけー☆」
上条「そ、そんなブルジョワチックな物を持ってんのか!」
食蜂「私だって少なからず能力開発で学園都市に貢献してるわけだしぃ、少しくらいのキャッシュバックはあるわよぉ」
運転手「いや、タクシー券使う学生さんなんてのはそういないよ? それ、どっちかっていうと深夜勤務用だしね」
上条「……はは、ですよねぇ」
運転手「こんな美人でデキる彼女がいて、兄ちゃん幸せもんだなぁ」
上条「はは、いやぁ、本当にそうだったらよかったんですけどね」
食蜂(……あら? 今の台詞って、喜ぶべきとこなのかしらぁ?)チラッチラッ
上条「あぁ、そういや、タクシー運転手さんに前々から尋ねたいことがあったんですけど」
上条(俺がタクシー乗る機会なんて、金銭的にほとんどないからな)
運転手「なんだい?」
上条「遠乗りのことです。断ったり断らなかったりとか千差万別みたいですけど」
運転手「あぁ、何か基準や線引きがあるのかって?」
上条「ええ、どこまでなら乗せてどこまではNGとか」
食蜂(うん。言われてみれば、ちょっと気になるかも)
運転手「んー、そうだね。一概には言えないんだけど」
運転手「たとえば俺みたいな個人タクシーだと、過度の遠乗りはまず断るかな」
食蜂「個人タクシーと普通のタクシーって、どこか違うのぉ?」
運転手「まったく違うよ。まず個人タクシーは、10年間無事故無違反って厳しい制約があって」
食蜂「」ギクッ
上条「……ん? どうかしたのか、食蜂?」
食蜂「い、いえ、別に、何でも」タラタラ
上条「……すごい量の汗が現在進行形で流れているように見えるんですが」
食蜂「き、気のせいよぉ」タラタラ
食蜂(あ、あの時の運転手さん、個人、じゃなかったわよね、確か。……うー、思い出せない)
運転手「……えーと、話の続き、いいかな?」
上条「あ、すんません。どうぞ」
運転手「さっき言った条件の他にも、営業所付近の地理や観光案内は完璧にこなせなきゃ駄目だね」
運転手「学園都市なんて場所だと尚更だね。全二十三学区それぞれ特色が全く違うし」
上条「学区の位置と番号も一致しないですからね」
運転手「そう、そうなんだよ。こっちに来てからしばらくはカーナビと睨めっこだったのを昨日のことのように覚えてる」
食蜂「ふぅん、個人タクシーをあまり見かけないのって取得条件が厳しいからなのねぇ」
運転手「それも大きな理由の一つだし、登録台数が地域ごとに限られてるって事情もある」
上条「定数が決まってるんですか」
運転手「そうだよ。ただ、定数が埋まっていることは滅多にないかな。取得の試験も難しめだし」
食蜂「試験もあるんですかぁ」
運転手「道交法と地理の試験がある。内容的には、学園都市の学生さんからすると釈迦に説法みたいなものだろうけど」
上条「ちなみに料金は……」
運転手「料金はあまり変わらないかな。ただ、無事故無違反じゃなきゃいけない分、人一倍安全運転には気を遣うね」
食蜂「じゃあ、刑事ドラマなんかでよく見る、前の車追ってください! とかは」
運転手「一度そういう経験してみたいのはやまやまなんだけどねぇ。追突したら生活がひっくり返るから、厳しいなぁ」
上条「それじゃあ、個人タクシーのメリットってどんな感じですかね?」
運転手「これは知ってる人も多いかもしれないけど、車種が自由に選べる」
上条「あぁ、確かに特徴的な車が多いですね」
食蜂「この車にしたって電動カーだものね」
運転手「加えて、給与制じゃないからあくせくしないで済むのが俺的にはでかい」
上条「登録料は普通に払うんですよね?」
運転手「まぁね。だけど仕事仲間の話をまとめると、やっぱり法人より個人の方が実入りはいいみたいだね」
食蜂「確かに今の話聞いちゃうと、二台止まってたら迷わず個人を選ぶわねぇ」
上条「10年無事故無違反の安心感は大きいからな」
運転手「だろう? とはいえ、学園都市はバスの運賃が高いし、大企業の人もそれなりにいるから」
上条「法人でも稼げる環境は整ってるってわけですね」
食蜂(……知らなかったわぁ。これからはぶっ飛ばさせるの控えないと)ウゥ
上条「今までの話を総合すると、長距離運転はできるだけ控えたい感じですか」
運転手「まぁ、そうだ。いくら乗車料金がたくさん貰えるとは言っても」
運転手「帰りのガソリン代と高速料金まで支払ってくれる人はそういないからね」
食蜂「それに、疲れれば疲れるほど事故の危険も高まるものねぇ」
運転手「そうそう。でも、一番の理由は長距離の乗り逃げが怖いってことだね」
上条「そんなのあるんすか!?」
運転手「話だけならしょっちゅう耳にするよ。東京から大阪まで乗せて、家からお金取ってくるって言ったきり戻って来ないとか」
食蜂「……それはちょっと、笑えないわねぇ」ヒク
上条「色々苦労があるもんだなぁ」
運転手「まぁ、そういうわけで、俺としても長距離運転は――――んっ!?」
上条「ど、どうかしました?」
運転手「……いや、一瞬、ミラーに人が映ったような」
食蜂「人くらい、どこにでもいると思いますけどぉ?」
運転手「ああ、うん、言葉が足りなかった。宙に浮いていたように見えたんだ」
運転手「毎度ありがとう! またご利用よろしく!」プップー
――ブロロロォォォ
上条「なんかフランクな人だったな」
食蜂「お喋りな人だったわねぇ」
上条「……で、さっきの発言だけど、どう思う?」
食蜂「尾行されてる可能性は、ないとは言いきれないわね」
上条「すぐ振り返って確認したけど、影も形もなかったしな」
上条(今ごろ不安になってきたな。やっぱ出かけたのは失敗だったか?)
食蜂「仮に運転手さんの見たのが本当に敵だったとして」
食蜂「尾行を悟らせるくらいにはお間抜けな相手ってことでしょ。心配することもないんじゃない?」
御坂「――ひっくしゅ!」
黒子「あら、お姉様、風邪ですの?」
御坂「ち、違うけど、この時期の瞬間移動って普通に冷えるわね」ブル
黒子「こっちはそうでもありませんの。二人乗りでの長距離は正直くたびれました」フゥ
御坂「あぁそっか。私だけ移動中もじっとしていたようなもんか」
黒子「しかし、呆れたものですわね。いくら休日とはいえ、護衛が護衛対象を外に連れ出すなんて」
御坂「ホントよね。これで本当に何かあったらどうすんのよ」
黒子(……上条さんのことが気になってるのも事実でしょうけど)
黒子(本音の方は、今言った方かも知れませんわね。今日何事かあったら、一番傷つくのは彼でしょうし)
御坂「とりあえず、あんたはそこで休んでて。何か飲み物買ってくるからさ」
黒子「黒子は、今日はスポーツ飲料でお願いしますの」
御坂「了解」
『あら、あの子どこの企業のモデルかしら?』
『くぅー、野郎つきじゃなかったら絶対声かけるのに』
『つーか見せつけるようにくっついてんじゃねえよ、じゃりガキがぁ』
上条(さっきっから周囲からの視線がちくちくと)
上条(てっきり子供ばかりだと思ってたけど、大人もかなりいるみたいだな)
食蜂「んー、ネットでHPの流し見はしたんだけど、こうして案内図見てみるとやっぱ広いのねぇ」
上条(こいつはこいつで、意にも介してなさそうだし)
上条(なんてったって第五位だからな。注目浴びるのには慣れっこか)
上条(にしても、常盤台の制服着てるときはいかにも世慣れした女子学生って感じだけど)
上条(こういうお嬢様然とした服を着てると、清楚さと大人っぽさの兼ね合いがなんとも……)
上条(って、いかんいかん。こいつは年下、あの御坂と同い年で――)ブンブン
食蜂「――ねぇ」
上条「うぉっ!?」ビクッ
食蜂「聞いてるの? 上条さん。どこから回ればいいのかしらぁ?」
上条「あ、あぁ、そうだな。とりあえず、一番近場のアフリカエリアでいいんじゃないか?」
食蜂「アフリカかぁ。うん、じゃあそうしましょう」
上条(ふぅ、超焦った)バックンバックン
上条「そこから北に回ってアジア、アメリカ、アンター……?」
食蜂「アンタークティカ、南極のことよぉ」
上条「そ、そうだったか」
食蜂「上条さんって、もしかして英語苦手な人ぉ?」
上条「面目ねぇ、横文字見るだけでもう駄目でさ」
食蜂「ふふ、一つ弱みを発見しちゃったゾ☆」
上条(嘘は言ってねえ、けど)
上条(さすがに、なぁ。後輩の、しかも女の子の前で全教科苦手です宣言は)
食蜂「ちなみに、上条さんの得意教科って何かしらぁ?」
上条「…………えーっと、だな」
上条(体育と、あれば家庭科……。駄目だ、英検準二級レベルで駄目だ)
上条「あっ、み、見ろよ。あそこの高台で象やキリンに餌あげられるみたいだぞ」
食蜂「へぇー、面白そうねぇ。せっかくだからやっていきましょうかぁ」ニコ
上条「そ、そうだな」ホッ
上条(よかった、何とか話題を逸らせたか)
食蜂(――なーんて思ってそうな顔だけどぉ、そうは問屋が)ウズウズ
舞夏『いい女の条件の一つとして、男の立て方がうまいってのもあるな』
食蜂(って、そうでしたー。あんまり急所を突くのも意地が悪いものねぇ)ペロ
上条(有料かぁ。まぁわかってはいたけど……)
上条(これっぽっちで500円……牛丼大盛りに味噌汁がつくなぁ)
食蜂「てっきり錠剤(ペレット)みたいな餌かと思ってたけど、果物の盛り合わせなんて贅沢力極まれりねぇ」
上条「量は少ないけどな」
食蜂「あまりたくさんあげたらみんなおでぶさんになっちゃうもの。そこは仕方ないわよぉ」
上条(……インデックスさんには絶対に見せられない光景だ)
飼育員「はーい、餌をもらった方はこちらの列に並んでくださーい」
飼育員「器具を渡しますので、餌を挟み込んでから台に上がり、象の鼻の前に差し出してくださいね」
上条「あの形、高枝切りバサミみたいだな」
食蜂「手渡しじゃないのかぁ、ちょっと残念かも」
上条「安全面、衛生面からみて問題あるんだろ。動物刺激することにもなりかねないし」
食蜂「あぁ、それもそうねぇ。ちゃんと私のところまで来てくれるかなー」
食蜂「お待たせ、上条さん。時間かけちゃって――」
上条「…………」
食蜂「な、なぁに? ジロジロ見て……」
上条「お前、意外と優しいとこあんだな」
食蜂「……え」
上条「あまり餌食べれてなかったやつ、ピンポイントで狙ってただろ」
食蜂「あ、あらぁ。バレてたのぉ?」
上条「あげるチャンスが何度かあったのにスルーしてたから、あれって思ってさ」
上条「お前の視線の先追ったら案の定、小さめの象がいたから」
食蜂(……ていうかぁ、よくそんな細かいところまで見てるわねぇ)
上条「いやぁ、さっきの食蜂を目にできただけでも、ここに来た甲斐があったなぁ」
食蜂「た、ただの気まぐれだってばぁ! もう、早く次に行くわよぉ!」プイ
上条「一つ訊いていいか?」
食蜂「なにかしらぁ?」
上条「お前の能力って、動物には使えねえのか?」
食蜂「無理ね。ほとんどの動物は人と脳の構造が違うし、言語力という概念も薄いもの」
上条「脳の構造……言語。――あぁ、なるほど」
食蜂「今の端折った説明で納得できるってことは、上条さんって構築力はあるのよねぇ」
上条「理系の知識だけは、担任の病的な補習のおかげで辛うじて人並みになったからな」
食蜂「病的はないでしょう。せめて献身的って言ったらぁ?」
上条「ごもっとも」
食蜂「……月詠先生、かぁ。いつかあの人にも改めてお礼しなくちゃねぇ」
上条「…………」
上条(今度、小萌先生にそれとなく聞いておかなきゃなぁ。いつボロが出ないとも限らねえし)
上条(一口に忘れるっていっても……事情を知らないやつにとっては相当失礼なことだからな)
上条「今の話の続きだけど、いいか?」
食蜂「どうぞぉ?」チラ
上条「人の言葉は動物には理解させられないってことなのか?」
食蜂「そうねぇ。まず、私たちは日常的に言語力に縛られてるでしょ?」
上条「縛られてる?」
食蜂「たとえば、単純な命令をする場合、何かの動詞が入るわよね」
食蜂「止まれ、進め、開けろ、閉じろ、もっとシンプルに、聞け、従えって具合に」
上条「そうだな」
食蜂「人の脳は右脳と左脳に分かれたことで、直感と理性を混ぜこぜにして行動してるわけ」
上条「つまり、他の動物からすりゃ、人の使う言葉は不可解極まりない?」
食蜂「多分そう。ニュアンス的には、プレーヤーが違うのよ。BDのディスクデータをCDプレーヤーで再生はできないでしょ?」
上条「あー、そういうレベルの問題かぁ」
食蜂「あとは当然、脳に働きかけるわけだから、脳の構造や役割が違うとお手上げよね」
上条「でも、ちょっと待てよ? 犬なんかは『お手』とか『待て』とか、単純な命令ならわかるよな」
上条「それに、歌を覚えるオウムだって世の中にはいるわけだし」
食蜂「それは、視覚情報と聴覚情報から飼い主に褒められる行動を記憶してるだけよぉ。オウムにしたって歌詞の内容まで理解しているわけじゃない」
食蜂「だから、経験による刷り込みと命令とでは意味合いがまったく変わってくるわぁ」
食蜂「私たちは言葉を発するとき、何らかの意味を無意識に乗せてしまっているし」
食蜂「受け取る方も、それを明確なイメージとして認識する。それが言葉のすごいところで、やっかいなところよね」
食蜂「精神能力者も例外じゃないわぁ。究極的には、本人に出来ること、本人が知ってることしかやらせられないの」
上条「イメージ通りに動かす能力じゃない以上、疑似的な生体電気では人以外に通用しないってことか」
食蜂「その認識で間違ってないわ。少なくとも現状ではね」
食蜂「あの、すみませーん」パタパタ
通りがかり「どうしました?」
食蜂「そこで写真を撮っていただきたいんですけれど、お願いしていいですか?」
通りがかり「あぁ、ええ、構いませんよ」
食蜂「ありがとうございます。さ、上条さん」
上条「あ、あぁ」
通りがかり「お二人とも、もう少し左に寄っていただけますか? ちょうど背景にキリンが入りそうなので」
食蜂「了解でーす」ムギュウ
上条「ちょ、食蜂さん、くっつきすぎですよ!?」
食蜂「端で切れたら台無しでしょ? すぐに終わるんだから固いこと言わないのぉ」
上条(いや、でも、腕に、柔らかいものがですね///)ドキッ
通りがかり「いやぁ、お二人とも仲睦まじいですね」
上条「あの、いや、俺たちは――」
食蜂「そう見えるんなら、すごく嬉しいですぅ」パア
上条「お、お前なぁ」アセアセ
通りがかり「あぁ、お二人ともすごくいい表情ですね。それじゃあ撮りますよ、ハイ――」
――パシャッ!
上条「どうも、ありがとうございました」ペコ
通りがかり「いえいえー」ヒラヒラ
食蜂「…………」ンー
上条「いやー、いい写真つーか、らしい写真が撮れたな」
食蜂「……らしいといえば、らしいのかもしれないけど」ムゥ
上条「お前のこんなびっくりした顔初めて見たかも」
食蜂「だ、だってぇ、まさかキリンが間に割り込んでくるだなんて……」
上条「なぁに、まだまだ回る場所はたくさんあるさ。行こうぜ、食蜂」スッ
食蜂(……あ……手)
食蜂「うん、そうね。いっぱい楽しまなきゃ損だものね」
上条「っと、ここはふれあい広場か、まぁ定番っちゃ定番なんだが」
食蜂(ふぅん、柵の中に小動物を放してるのねぇ)
食蜂「……あの柵ずいぶん背が低いけど、飛び越えて逃げてっちゃったりしないのかしら」
上条「係員の人もいるし、慣れてるから平気だとは思うけど」
上条「ハムスターはともかく兎は楽々超えられそうだな」
上条「と、それはともかく、どうする?」
食蜂「……そうねぇ、可愛いし、やってみたい気持ちはあるんだけど」
食蜂(か、噛みつかれないかしらぁ)ビクビク
係員『さぁ、どうぞ触ってみてください。あまり強く抱きしめるとびっくりしちゃうので気をつけてくださいねー』
上条「……おい、おい食蜂」
食蜂「な、なにかしらぁ?」オドオド
上条「いや、そんなに距離取らなくても大丈夫だぞ? こんなにちっこいんだし」
食蜂「で、でも、落としちゃったりしたら大変だしぃ」
子兎「…………」ヒクヒク
上条「赤ちゃんウサギだから片手でだって持てるって。何なら支えててやっから、一度触ってみろって」
食蜂「うぅ……か、上条さんがそこまで言うなら……」ビクビク
食蜂(そぉっと、そぉっと――)
上条「うわっ!」ビクッ
食蜂「きゃわぁッ!?」ビクビクビクゥ
上条「――なーんてな。引っかかった引っかかった」
食蜂「あっ、か、かっ、上条さんひっど――」
係員『ちょっとあなたたち、そんな大声出したら動物たちがびっくりしちゃうでしょう?』
上条「あ、す、すんません!」
食蜂「すみません……って、なんで私までぇ」ジロ
食蜂「…………」プン
上条「困った、すっかり不貞腐れてしまわれた」
食蜂「よ、よくもそんな台詞が言えるわねぇ!」
上条「コラコラ、大声出したらまた怒られちゃいますよ?」
食蜂「ぐっ……後でひどいんだから」
――プニ
食蜂「きゃっ!?」
上条「ほーら、お姉さんにも抱っこしてもらおうな」
食蜂「ちょ、ちょっとぉ」
上条「ほれほれ、もっとしっかり支えてやれって」
子兎「…………」サワサワ
食蜂「……ほ、ほんとだ、暴れないわねぇ」ギュッ
上条「ほらな? 大人しいもんだ」
食蜂「……あはっ、お腹ふかふかしてるぅ、やわらかーい☆」ムニムニ
上条「ふぅ、けっこう色々回ったな」
食蜂「そうねぇ、さすがに疲れたかも。そろそろどこかで昼食に――」
男の子『……グスッ……ヒック、……マ、ママーッ!』
上条「って、ありゃ迷子か。今日の混雑ぶりじゃさもあらんって感じだな」
食蜂「はぁ、やれやれねぇ」ゴソ
上条(――って、まさか)チラ
食蜂「…………」ツカツカ
上条「お、おい、ちょっと待て、食蜂――」ダッ
食蜂「こらぁ、あなた男の子でしょ? そうびーびー泣くもんじゃないわよぉ」ス
男の子「……ふぇ?」
上条(って、あれ? リモコン、じゃない)ピタ
食蜂「さ、早く顔を綺麗にしなさい。すぐにでもお母さんに会わせてあげるから」ニコ
男「ほ、ほんとにママが来てくれるの?」グスッグスッ
食蜂「もちろん、係の人にお願いして放送流してもらえばすぐに見つかるわよぉ」
男の子「……ほ、ほんとにほんと?」
食蜂「……今どきの子って疑い深いのねぇ」
食蜂「お姉さんの言うことが嘘だと思うなら、このお兄さんに聞いてみればいいわぁ?」
食蜂「ねぇ、上条さぁん?」クル
上条「……そうだな。園内全体に呼びかければ、お前のお母さんも気づくはずさ」
男の子「う、うん……」
食蜂「さ、またはぐれたら元も子もないから、しっかり手、握ってるのよぉ?」
男の子「あ、ありがとう!」
上条(ただの杞憂だったか。まだあの日の印象が拭いきれてなかったんだな)ハァ
上条(……つぅか心配して損した。普通に女の子やれてんじゃねえかよ、お前)フッ
母親「コラッ、あれほど勝手に歩き回ったらダメだって言ったのに!」
男の子「ご、ごめんなさい、ママ」エグッ
母親「ありがとうございます、どうもお世話をおかけしました」フカブカ
食蜂「い、いえ、別に、大したことをしたわけではないので」
母親「あなたたち、どちらの学生さん? できればお名前もお伺いして、学校の方にお礼を――」
食蜂「その、あまり大袈裟にしないでください。当然のことをしただけですから」
母親「で、ですけど――」
食蜂「すぐに解決したのは、お母様がすぐ迷子センターに駆けつけてくださったからですし」
上条「――別に、伝えてもいいんじゃないか?」
食蜂「って、上条さん。あなたまで何を――」
上条「感謝の気持ちをないがしろにするのは謙虚とは違うだろ」
食蜂「……へぇ、あなたの口からそういうご立派なセリフが出るんだぁ?」
上条「な、なんだよ、悪いかよ?」
男の子「ありがとー、お姉ちゃーん! お兄ちゃーん!」ブンブン
上条「もうはぐれるなよー!」フリフリ
食蜂「…………」フリフリ
食蜂(ホントにもぅ、どうでもいいところで強引なんだからぁ)ムスッ
係員「ご協力感謝します。さすがは名門常盤台の学生さんですね」
食蜂「たまたま見かけただけですから」
係員「だとしても、そこで困ってる人のために実際の行動に移せる人ってそうはいないですよ」
食蜂(まぁそれは確かに、一理あるけど)チラ
上条「……ん?」
係員「ああ、すみませんでした。長々とお引止めしてしまって」
上条「いえ、とんでもない。お仕事頑張ってください」ペコ
食蜂「…………」トコトコ
上条「……食蜂、あのさ」トコトコ
食蜂「なんでさっき結局、上条さんは名乗らなかったの?」クルッ
上条「……いや、俺はさ……その」
食蜂「レベル0だから、名乗るような名門校じゃないから、なんて言わないわよね?」
上条「い、いやぁ、ははは」ポリポリ
上条(み、見透かされてんなぁ)ヒク
食蜂「劣等感を持つなと言うつもりはないけど、だからって自分の行動に誇りを持たないのはどうなの?」ジロ
上条「か、返す言葉もない」
食蜂「……言葉だけじゃなく、ちゃんと反省してるんでしょうね?」
上条(これもまた、新しい発見だな。真剣に怒ると間延びした言い方が消えるのか)
食蜂「上条さん」
上条「し、してる、むっちゃしてるって」コクコク
――噴水広場
食蜂「……んー、この辺りでいいかしらぁ」ポツリ
上条「あ、あぁ、コアラの檻も見えるし、いいんじゃないか」
食蜂「…………」
上条(……不幸だ。念願のランチタイムだってのに)
上条(あぁ、もう、上条さんのバカバカ!)ポカポカ
食蜂「ちょっとぉ」プニ
上条「って、な、何ですか?///」バッ
食蜂「バスケット、早く寄越しなさいよぉ」
上条「お、そっか、俺が持ってたんだっけ」スッ
食蜂「…………」シュルシュル
――カパッ
上条「――おぉッ、うっまそーッ!」バッ
食蜂「」ピク
食蜂「そ、そぉ? 別に、フツーだと思うけど」モジモジ
上条「つかすっげえ、このおにぎり、炊き込みご飯で作ったのか」
食蜂「え、ええ。でも、おかずは少ないからあまり期待しないでほしいというかぁ」
食蜂「……って、上条さん?」
上条(唐揚げは、まぁ前日仕込みさえしときゃ短時間でもできないことはないが)
上条(炊き込みご飯のおにぎりか。かなり手間かかるよなぁ)ジー
上条(冷や飯をレンジでチンしたって感じじゃねえ。間違いなく今朝炊かれたご飯だ)
上条(米研いで水に浸けて、刻んだ具と一緒に炊き込んで)
上条(握った後で粗熱冷まして、諸々考えると6時起きでも間に合わねえ計算に)
上条「」チラ
食蜂「な、何よぉ? 別に変な物なんて入ってないわよぉ?」
上条(……あー、こいつはもう、あれだなぁ)
上条(ちょっと生意気な後輩の女の子が、わざわざ早起きして作ってくれたってだけで)
上条(感無量っつうか、幸せすぎじゃないっすか!)ジーン
――パンッ!
食蜂「」ビクッ
上条「――いただきますッ!」
食蜂「え、ええ、どうぞぉ」
上条「」ガブッ
食蜂(た、食べた。食べたわぁ!)
上条「」ハグッハグッ
食蜂(……早くも二個目。っていうか、さっきから無心に無言に食べてるけど)
上条「」パクッモグモグ
食蜂(け、結局どうなのよぉ? おいしいの? おいしくないの?)アセアセ
上条「」ゴックン
食蜂「あ、あの、上条さぁん? その、製作者としては、今後のために感想とかぁ――」
上条「はぁー、まいった、絶品」
食蜂「……え」
上条「ほどよく口のなかで解けるぎりぎりの密度だし、飯の一粒一粒までダシの味が染みて」
上条「おにぎりがこんなにうまいもんだとは思わなかった」
食蜂「あ、や……」
上条「こりゃ、唐揚げの方も期待大だな。そっちも早速食っていいか?」
食蜂(やったわぁッ!)ガッツ
食蜂(これっていわゆるあれよねッ!? 最高級の賛辞ってやつよねぇ!?)キラキラ
上条「……あの、おーい、食蜂さーん?」
上条「外はサクッ、中はジューシー……これまた」ホゥ
食蜂「あ、で、でもぉ、これは本のレシピまんまで作っただけだから、あまり胸張れないというか///」テレテレ
上条「調味料の分量まできっちり図ったってことだろ? 目分量でやっちまう俺よりずっとすげえって」
食蜂「ま、まぁ、大変だったことは否定しないけど」
上条「けど?」
食蜂「今の上条さんの食べっぷり見てたら、疲れなんて吹き飛んじゃうかなーって」フニャ
上条「///」キュン
食蜂(……今まで料理はそれとなく敬遠してたけど)
食蜂(こんなに喜んでもらえるんなら、うん、たまに作るのも――)
――本当に?
食蜂(――――)
食蜂(……馬鹿、この期に及んで何考えてるのよ)
食蜂(いくらおいしそうに食べてるからって、おいしいと思っているかはわからない)
食蜂(有難迷惑だと思われちゃうかもしれない。変に調子に乗らない方が)オドオド
上条「あぁ、まじ最高!」ムハァ
食蜂「……もぅ、ほっぺたご飯粒ついてるわよぉ」ヒョイパク
上条「あ、っと、わ、悪い///」テレテレ
食蜂(上条さんに限ってそんなことはないと、全部本音だと信じたい、けど)
食蜂(……この人懐っこい笑顔の裏に、何が潜んでいないかと、疑わずにはいられない)
食蜂(自分の被害妄想だと思いたいけど、世の中にはいるんだもの)
食蜂(うちの子ですと笑顔でご近所に触れ回る裏で、その子を厄介者だと思っていた人たちが)
食蜂(死ぬとわかっている子の前で、表情一つ変えずにデータを記入していた人たちが)
食蜂(……だから、彼だって、無理して食べてるのかもしれない)ギュッ
食蜂(そうよ、おいしいものならよく噛んで、味わって食べるじゃない)
食蜂(掻きこむように食べてるのは、味を感じたくないからかも)
食蜂(まずいから、一刻も早く食べ終わりたいのかも)
食蜂「ね、ねぇ、上条さん」
上条「うん? あれ、お前全然自分の分手つかずじゃないか」
食蜂「あ、う、うん。ちゃんと食べるけど、あなたももう少しゆっくり食べた方が」
上条「おっと、すまん。つい夢中になっちまって」
食蜂「いいの、その……ゴメンナサイ」ボソ
上条「え?」
食蜂「ううん、何でもないわぁ」ニコ
食蜂(……今の反応は、セーフと判断していいのかしら)
食蜂(あはっ……本当、重症、我ながら救えなすぎぃ)
食蜂(未だに、上条さんの心を、どうにかして覗けないかって考えちゃってる)
食蜂(こんな自分が、心底鬱陶しい)
上条「ふぅ、ひと心地ついた。ご馳走さん」
食蜂「あの、昆布茶だけど、飲む?」
上条「おぉ、さんきゅ。こりゃまた渋いチョイスだな」ギュ
食蜂「和食に紅茶じゃチャンポンだしぃ。それより、満足できた?」
上条「んー、正直言うと、少し物足りなかったな」
食蜂(――ッ)
食蜂「え……あ、あの……どこが」
上条「」ゴクン
上条「あぁ、味じゃなくて量の話な? 腹八分目って言葉もあるし、食い足りないくらいが体のためにはいいんだろうけど」
食蜂「あ――な、なんだぁ」ホッ
上条「お前、この分だといい嫁さんになれそうだな」
食蜂「ふふ、上条さんが引き取ってくれるなら、まんざらでもないわよぉ?」クス
上条「……、」フイ
食蜂「あー、ちょっとぉ、何で顔そらしちゃうのぉ?」バッ
食蜂「じー」
上条「」フィ
食蜂「じぃー」クルッ
上条「ま、回り込むなよ」
食蜂「ちゃんとこっちを見なさいよぉ」プン
上条「……さすがっつーか、咄嗟の切り替えしがすげえな、お前」
食蜂「ただの冗談に決まってるでしょー? こんな産廃、引き取ってくれる人なんていやしないわよぉ」
上条「産廃って――嘘でも自分のことそういう風に言うもんじゃねえよ」ムス
食蜂「ふふ、ありがと。そうやって怒ってほしい気分だったの」ニコ
上条「……あ、あのなぁ。純な男心を弄ぶなってーの」
――休憩所2階
御坂「……やっぱり、手作りの差は大きいみたいね」ボソ
黒子「いきなりですわね、何のお話ですの?」
御坂「んーん、気にしないで、こっちの話」
黒子「ならいいですけど。それにしても食蜂さんって」ジィ
黒子「あれほどに感情豊かな面がおありだったんですのね」
御坂「うん、正直驚いたわ。あの鉄面皮がねぇ」
黒子「…………」チラ
御坂「ん、どうしたの?」
黒子「いえ、何と申し上げましょうか」
黒子「お姉様が平然と、あのお二人のやり取りを見守っていますもので」
御坂「嫉妬に狂うんじゃないかって?」クス
黒子「……まぁその、歯に衣着せなければそういう言い方にもなりましょうが」
御坂「そうね、確かに自省すべき点は発見したけど」
御坂「無用の心配はしないことに決めてるから」
黒子「無用、ですの?」
御坂「これはあくまで、今まで散々あいつを追い回してきた私の推測なんだけど」
黒子「……あの、ご自分で言ってて恥ずかしくありませんの?」
御坂「う、うっさいわね! いいから最後まで話を聞きなさい!」
黒子「は、はぁ」
御坂「アイツはあー見えて、妙なこだわりを持っているっていうか、縛られてるみたいなのよ」
黒子「縛られている、とは」
御坂「人助けしようと必死になっている時のあいつは、誰かに特別な感情を持てないみたいなの」
御坂「直列思考だから、自分の感情を優先することができないんでしょうね」
御坂「そのくせそういう自覚がないんだからタチが悪いわ。鈍感というより、呪いに近いかも」
黒子「……なるほど、彼の周囲で誰かが不幸に見舞われている間は」
御坂「ええ、おそらく誰がどんなアプローチを仕掛けたってかわされちゃうわ」
御坂(じゃなかったら、とっくに誰かと付き合ってるはずだもの)
黒子「…………」
黒子(……そのことを認識された上で、お姉様はどうするおつもりなんでしょうね)
御坂「……にしたって、いくらなんでも少しべたべたしすぎね」イライラ
黒子(って、考えるまでもないことですわね。とことん一途なお方ですし)
黒子(彼の周りで不幸が起きなくなるまで、大立ち回りを続けるのでしょうね)クスッ
黒子「戻りましたわ、お姉様」
御坂「――ねぇ、黒子」
黒子「なんですの?」
御坂「あそこの木、何だと思う?」
黒子「木? ……あら、何でしょうね。白い物が大量に付着しているような」
御坂「遠目からだとちょっとわからないわね。近くに行きたいんだけど」
黒子「了解ですの、お手を拝借」シュン
――スタッ!
御坂「っと、これは、全部紙片……カードかしら」
御坂(……木の幹に万遍なく貼ってある。防虫対策ってわけでもなさそうだし――)
黒子「……お、お姉様。それ、この街路樹だけではないようですわ」
御坂「え……って」
石壁&鉄柵&標識「」ビッシリ
御坂「な、何なのこれ! 気持ち悪!」
黒子「……いたずら、でしょうか?」
御坂「にしては、手が込んでるというか、どんだけ手間かかんのよ」
黒子「まぁ、普通はやろうとすら思いませんわね。能力者の仕業と見るのが妥当でしょうけど」
御坂(……んー、全部トランプの格子模様みたいだけど)スッ
黒子「――って、お姉様!?」
御坂「あれ、意外と簡単に剥がせるわね」ペリペリ
黒子「ちょっとお姉様! そんな得体の知れないものを素手で――」
御坂「一枚くらい平気よ。裏がどうなってるか知りたくて」
御坂「って、何か書いてある。何語だろ、これ」
御坂(ロシア語に似てるけど、微妙に違う、それを崩したような)
――ドンッ!
御坂「……った!」
男「…………」ノッシノッシ
黒子「お、お姉様、大丈夫ですの!?」タタッ
御坂「ちょっ、こら! アンタどこ目ぇつけてんのよ!」ウガァ
黒子「しばしお待ちを、相手の格好をよくご覧あそばせ」
御坂「え……あれ、アンチスキル?」
警備員「…………」ノッシノッシ
黒子「防弾チョッキを着ていますし、おそらく間違いないですわ。どうかここは穏便に」
御坂「だとしてもぶつかってきたのは明らかに向こうからよ? 詫びの一言くらいあっても――」
警備員「」スッ
御坂「って、完全無視していきやがった。あんにゃろ」
黒子「うーん……なんだか目も虚ろでしたわねぇ」
御坂「あんな状態で警備なんてできるわけないじゃない。真面目にやれっつぅの」ポイッ
黒子「ちょっとお姉様ぁ。風紀委員の前でポイ捨てとかやめてください」
御坂「……今度会ったらヤキいれてやるわ」
黒子「物騒なことを仰らないで。連日の混雑でお疲れなのかも知れませんし」
御坂「それも含めて仕事でしょ。言い訳にならないわよ、そんなの」
黒子「はぁ、手厳しいですわねぇ」
黒子(どうも、お姉様って警備員にあまり良い印象をお持ちでないような。前々からでしたっけ)
御坂「あー、腹立つ。投書欄に文句の一つでも送ってやろうかしら」
黒子「……まぁ、それはそれとして、もうここにいても仕方がないのでは?」
御坂「仕方ないって、まだあの二人を――」
――キンッ!
御坂「――でも、そうね。少し汗もかいてきたし、化粧室行こうかしら」
黒子「お供しますわ、お姉様ッ!」キラキラ
御坂「今日一番の笑顔でそういうこと言われると、うん、普通に引く」
食蜂「へぇ、じゃあ上条さんも、土御門さんのお兄さんのこと親友だと思ってるのねぇ」
上条「ああ、身を挺して俺の家族を庇ってくれてさ。信頼してる」
上条(……土御門さんのお兄さんって言われると、一瞬こんがらがるな)
食蜂「あなたっていかにもお友達多そうねぇ」
上条「普通だよ。そういうお前こそ、常盤台で最大派閥のトップやってんだろ?」
食蜂「一口に派閥といっても、心を許せる人がそれほど多いわけじゃないし」
上条「まぁ、そういう能力を持ってれば、自然以上に警戒しちまうかもな」
食蜂「……上条さんだって、そんな特異的な能力を持っていたんだから、今までトラブルとかあったでしょう?」
上条「そうだな。いいこともヤなこともな」
上条「でも、納得はしているよ。この能力がなければ絶対助けられなかったやつだっているし」
食蜂「それは、御坂さんみたいに?」
上条「……あぁ。妹たちの一件、知ってるんだったな」
食蜂「……ええ。私の事情にも関わっていることですから」
上条「……少し考えれば、お前と御坂を結びつけるのは簡単だった」
上条「お前がこの前言ってた、大量殺人の手伝いをしたって文言」
上条「お前の能力と洗脳装置(テスタメント)の類似性」
上条「お前は、洗脳装置の開発に携わっていたんだ」
上条「それが絶対進化能力の実験で、御坂の妹たちを死地に駆り立てるために利用された」
上条「だから大量殺人。そういうことなんだろ?」
食蜂「……およそのことは存じているみたいですね」
上条「だったら、お前は御坂と同じ境遇じゃねえか。何も気に病むことはねぇ、利用されていただけだろ」
食蜂「……その肝心の御坂さんは、どういう風に見えました?」
上条「……それは」
食蜂「相当に罪の意識を感じていたはず――――いえ、今もそうなんじゃないですか?」
上条「お前は、御坂に負い目を感じてるのか?」
食蜂「今はありませんよ。トントンですから」
上条「トントン?」
食蜂「彼女がDNAマップを渡したために、私たちは迂遠ながら殺人に関わることになった」
食蜂「並行して、私たちが洗脳装置を開発したために、絶対進化能力の実験が可能になった」
上条(……私、たち)
食蜂「ヨーイドンでスタートしたわけじゃないでしょうけど、御坂さんもひっくるめて私たちは共犯者、そう思ってます」
上条「…………」
食蜂「それから、あなたは私を不安がらせまいと口を閉ざしてたみたいですけど」
食蜂「私、この騒動の概要は当初から把握してますから」
上条「……まぁ、薄々そうなんじゃないかとは思ってたよ」
食蜂「あなたは、この仕事が一筋縄ではいかないものだと知っていたんですよね?」
上条「まぁ、一応」
食蜂「御坂さんの件にしたって、よっぽどのことをしでかしたはずです」
食蜂「そうじゃなければ、あの手の連中が諦めるはずないんです」
上条「……」
食蜂「どうして、なんですか?」
上条「どうして?」
食蜂「どうしてあなたは自らの危険を顧みず、私を、困っている人を助けようとするんですか?」
上条「……まぁた、その質問ですか?」
食蜂「この一週間、あなたの傍にいて、あなたが見返りを気にするような人じゃないのはわかりました」
食蜂「でも、人が行動を起こすときには、そこに何らかの理由があるはずでしょう?」
上条「……多分、聞いたら『何だ』とがっかりすると思うぜ?」
食蜂「それは、教えてくれるってことですね?」
――アンタークティカエリア
警備員A「ったく、こんな場所で襲撃も何もないよなぁ」
警備員B「ぼやくな、これも仕事のうちだ――っと、本部からか」
警備員C『こちら本部。アマゾンのチェックは済ませたか?』
警備員B「既に通過しました。今はアンタークティカを回っているところです」
警備員C『予定通りだな。あとはオセアニアエリアの定時報告だけか』
警備員B「あれ、4班と連絡取れないんですか?」
警備員C『エリア内でGPSは動いているから、近辺にいるのは間違いない。受信に気づかないんだろう』
警備員C『まぁ、今日は来場者もいつも以上に多いから、そうそう滅多なことはあるまい』
警備員B「了解です。引き続き任務を続行します」
エツァリ(……ふむ、特に異常はないようですね)ジィ
エツァリ(警備員もこのペースで巡回していますし、そう簡単に手は出せないはず)
エツァリ(戦闘を織り込んでの監視は、自分より一方通行(アクセラレータ)の方が適しているんですけどね)
エツァリ(無敵の反射も時間制限つき。隙を突かれて洗脳されたらたまったものではありませんし)
エツァリ(にしても、彼も気楽なものです。こんな状況でデートとは)
エツァリ(まぁ、第五位とくっついてくれるなら御坂さんはフリーになるわけだし)
エツァリ(自分としては願ってもない展開ですが――うん?)
エツァリ(……おかしい、何故だ?)キョロ
エツァリ(オセアニアエリアの方だけ人が妙に少なく。……っと、あれは)
――ヒラッ
エツァリ「よっ、と――――これは」パシッ
エツァリ(――人払いのルーン! 魔術側の人間が加わっているのか!)バッ
エツァリ(まずい、これではほとんどの戦力が意味をなさなく――)ピッピッピッ
一方通行「はァい、もしもしィ――――あン、動いただァ?」
一方通行「――ヘイヘイ、時間制限ね。わァったわァった、ンじゃな」パチン
一方通行「つうワケでここでお開きだ。悪ィなクソガキ」チラ
打ち止め「やっぱりお仕事入っちゃったの、ってミサカはミサカは全身から滲み出るガッカリ感をアピールしてみたり!」ガッカリ
一方通行「今日はもう充分回れただろォ。んじゃあ結標、そいつの面倒ヨロシクゥ」
結標「待ちなさい」
一方通行「あン?」
結標「海原があれだけ取り乱すってことはヤバイ事態でしょ? 時間短縮のために私も一緒にいった方が――」
一方通行「お断りしまァす」
結標「な、なんでよ!」
一方通行「お前が洗脳されちまったら警備も意味をなさねェ。合図があるまで大人しくしとけ」
――ギュンッ!
結標「あっ、ちょっと! って、あぁもう!」ダンッ
打ち止め「あ、あの、あの人のことあまり怒らないであげてほしいな、ってミサカはミサカは目を潤ませて懇願してみる」ウルウル
結標「あー、ごめんね打ち止めちゃん。別に本気であいつに腹立ててるわけじゃないから」
結標(はぁ、敵が目と鼻の先にいるってのに手出しできないのって、思った以上にストレス溜まるわねぇ)イライラ
――オセアニアエリア
上条「そう、だな。さっきお前、餌をあげる象を選んでただろ?」
食蜂「え、ええ、それが?」
上条「それはつまり、お前があの象に共感したからだ」
上条「一人だけ餌を食べれないことの辛さを知っていたか想像するかして」
上条「辛さを癒すために、和らげてやるために、今できる精一杯のことを選択した」
上条「以上、説明終了☆」ピッ
食蜂「……それで納得すると思ってるぅ?」イラ
上条「あー、やっぱ無理?」テヘ
食蜂「私、からかわれるのって決して好きじゃないんですケド」
食蜂「だいたい、あなたの場合はそういうレベルを明らかに逸脱――」
上条「ま、ま、焦るなって。今のは理由その一ってとこだ」
上条「実は俺さ、昔から運が悪いんだよ」
食蜂「また、関係なさそうな話ねぇ」
上条「言っとくけど、星回りが悪いってレベルじゃねえぞ? 泣きっ面に蜂が殺到するとか、そんな感じ?」
食蜂「そ、それはそれでおぞましいわねぇ」
上条「とどのつまり、病的に不幸なわけだな。そのエピソードだけで自伝が何冊も書けそうなくらいには」
食蜂「…………」
上条「で、とある女の子によると」
食蜂「女の子?」ピクリ
上条「い、いちいち単語に反応するなって。とにかく、そいつによるとだな」
食蜂「その子、可愛いの?」ジト
上条「ま、まぁまぁ? って、話が進まないだろ?」
食蜂「ああ、ごめんなさい。――そう、可愛いんだぁ」
上条「お願いだから続けさせてください!」
食蜂「……ちなみに私は?」
上条「可愛い! 続けさせてください!」
食蜂「ええ、どうぞぉ」ニコ
上条「ん゛ん゛っ――で、どうやら俺の不幸の元凶は、俺の右手であるということなんだ」
食蜂「……幻想殺しに?」ピク
上条「そう、この能力が、本来降りかかる神の加護だの土地の祝福だのを打ち消しちまってる」
上条「よって上条当麻は他人に比べて不幸体質というに相応しい、とまぁこういうわけ」
食蜂「それはまた、理不尽力極まりないお話ねぇ」タラー
上条「まぁ、でも、長年不幸体質に煮え湯を飲まされ続けてきた上条さんとしては」
上条「トラブルに巻き込まれる元凶がわかっただけでも、ひとまずはホッとしたんじゃないかな、とそう思うわけですよ」
食蜂「ふんふん」
上条「それに、トラブルに巻き込まれるということは、ある意味で願ったり叶ったりでもあるからな」
食蜂「上条さんって、実はマゾなの?」ヒク
上条「違う! 断じて違う!」ブンブン
食蜂「あらそう。じゃあどういうことなのかしらぁ?」
上条「お前も知っての通り、幻想殺しは使い方次第では結構役に立つだろ?」
食蜂「それはまぁ、あらゆる異能を打ち消す能力だものね」
上条「あぁ。右手があることで厄介事に巻き込まれ、そこで他人の不幸を昇華できる機会に恵まれる」
上条「俺だって人間だからな。どうしたって不幸のままで居続けることはストレスになる」
上条「どこかでそれを解消しなきゃ、健全な精神は保てそうにねぇ」
上条「かといって、自分の不幸をどうこうしようとするのはもう諦めざるを得ない」
上条「だったら、他人の不幸を解消することで気を晴らせばいい」
食蜂「……それって、要するに」
上条「あぁ。心理学の用語じゃ、転移っていうんだっけか」
上条「お前が人の心を覗かずにはいられないのと同様」
上条「俺は、自分の力で解消できそうな不幸が存在することが、我慢ならないんだろうな」
食蜂「……ふぅん、なるほどねぇ」
食蜂(理由としては少し弱い気もするけどぉ、うん、上条さんらしいといえば、らしいかなぁ)
上条「――ってのが、表向きの理由だ」
食蜂(……え、今までの、単なる前振り?)
食蜂「だ、だったら、本当の理由は?」
上条「……そうだな、ホントのところは」
上条「誰より臆病だからこそ、助けずにはいられないんじゃないか、そう思ってる」
食蜂「臆病……って」
食蜂(か、上条さんが?)
上条「…………」クシャ
上条「……以前に一度、大事故に遭ったことがあるんだ」
食蜂「……大事故?」
上条「そう、命に関わるくらいの。まぁ、ご覧の通りこうして生きてるわけだけど」
食蜂「ちょ、ちょっと待って」
上条「ん?」
食蜂「その、死にかけたりしたらむしろトラウマになって、危険にも敏感になるんじゃ?」
上条「もちろん、それはあくまで取っ掛かりに過ぎねぇよ」
上条「ただ、その時から、妙な考えが根付いちまったんだ」
上条「実は助かった俺って、もう以前の俺とは存在からして違うんじゃないかって」
上条「上条当麻という存在が曖昧っつうか、過去と未来があやふやな、不確かなものに思えちまう」
食蜂「……それは、その、自暴自棄になってるってこと?」
上条「まぁ、そういう面も少しはあるかもしれないけど、本質的な問題はその先なんだ」
上条「俺は今まで、自分が不幸であるがゆえに、他人の不幸を解消できる機会に巡り合えている」
上条「そう思ってた。いや、今もその考えは捨てちゃいない」
上条「でも、命に関わるような大事故を経て、考えちゃいけないことを考えちまったんだな」
上条「もしも、その順番が逆だったらって」
食蜂「……逆?」
上条「……もし仮に、俺のこの右手が」
上条「俺の幸福を消しているだけじゃなかったとしたら?」
食蜂「――――」
上条「…………」
食蜂「そ、それこそまさかよぉ! いくらなんでも考えすぎぃ!」
上条「だな。取るに足らない考えだってことくらい、自覚してる」
上条「でも、立証する方法がない以上、断定はできない」
上条「実際問題、一度疑い出しちまったら際限がねえんだ」
食蜂(疑い出したら……それは、私も同じだけど……で、でも、だからって)
上条「もし俺の出会った不幸が、周囲から引き寄せられたものではなく」
上条「やはり俺の右手に因るものだったとしたら」
上条「周囲で起こる悲劇さえも、自らの不幸が」
上条「俺の、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が招いていたとしたら」
食蜂(…………)
上条「そんな過酷な現実が存在するんだとしたら、折り合いをつけることさえできなくなっちまう」
上条「自分の目と鼻の先で、俺の知る誰かが不幸にも殺されたり、不幸によって壊れたりしたら」
上条「上条当麻は、確実に今の上条当麻じゃいられなくなる。それが、怖い」
上条「今の俺が消えるのが、どうしようもなく、怖い」ギュッ
上条「だから、必死にもなる。自分の存在が元で生まれたかも知れない不幸を、放置してはおけない」
食蜂(そんなの、転移なんて生易しいものじゃない)
食蜂(ただの、狂った脅迫観念じゃない)
食蜂(……だけど、この人の献身ぶりは、むしろそれくらいの理由じゃないと説明がつかない気もする)
『ばぁか、お前が救われたんなら、それだけで俺の帳尻は合ってんだよ』
食蜂(……心のどこかで、引っかかってた)
食蜂(帳尻が合ってるなんておかしな言い回しに)
食蜂(初めて助けてくれた時に口にしたあの言葉こそ)
食蜂(この人が無意識に、自責の念に駆られていた証明なのかも知れない)
食蜂(気休めから来るものでも、ましてや格好つけでも何でもない)
食蜂(自分から派生したかもしれない不幸を、払しょくできた安堵、心情の吐露だったとしたら)
上条「あー、悪い。なんかシンミリしちゃったな。せっかくの楽しいイベントだってのに」
食蜂「……上条さん」
上条「まぁ、あんなこと打ち明けられたら普通は失望するよな」ハハ
食蜂「……そんなこと、ないです」
上条「頼むからここだけの話にしといてくれな? あんま格好いい話じゃないからさ」ポリポリ
食蜂「……なんで、笑っていられるんですか?」
上条「……うん?」
食蜂「全部自分のせい。そう疑っているのがどれだけ辛いことか、私にはわかる」
食蜂「なのに、どうしてそんな顔が出来るんですか?」
上条「昔のエラい人は言いました。下手の考え休みに似たりってな」
上条「俺が、俺の右手が存在したことで、関わり、助けられた人がいるのも確かなんだ」
上条「困っている人の重荷を軽くしてやれて、晴れやかな顔を見れた瞬間」
上条「俺、すっごく幸せだなって実感するんだ」ニッ
上条「そう思えているうちは大丈夫。不幸な日だって、きっと笑って過ごせるさ」
上条「だから、もちろんお前にも不幸にならないでほしいっつーか、まぁ、そんな感じなわけだ」
食蜂「…………」グッ
食蜂(……やっぱ駄目、駄目ねぇ)ハァ
食蜂(他の男性と付き合うイメージなんて、どうしたって思い浮かばない)
食蜂(能力への執着、頼れる人への依存、そして不信)
食蜂(お付き合いする前から、破局が目に見えてそうなものなのに)
食蜂(それでも、上条さんとの距離がもっと縮まれば)
食蜂(そういう運命力だったらと、願わずにはいられない)
上条「さてさて、十分食休みもしたことだし、腹ごなしに少し歩こうぜ」スクッ
食蜂「……ええ、そうね、そうしましょう――と」コツン
――コロコロ
上条「うん? 野球ボールか?」
食蜂「みたいね、どこから転がってきたのかしらぁ?」ハシ
女の子『お姉さぁん、ごめんなさぁい』ブンブン
上条「あぁ、あの子みたいだな」
食蜂(投げ返し――は、無理ね。ノーコンがバレちゃうしぃ)
上条(――ん、何だ?)
上条(ついさっきまで混んでたのに、妙に閑散と――)
女の子「はぁ、はっ、はっ」タッタッタ
食蜂「あらあら、何もあそこまで懸命に走らなくてもいいのにぃ」
上条「……、」バッ
女の子「はっ、はっ――――すぅ」
食蜂「こーらぁ、こんなところでボール遊びなんてダメなんだゾ☆ 動物さんの檻に――」
上条「――食蜂ッ!」ドンッ
食蜂「キャアッ!?」ズザッ
――ドズッッ!!
上条「――ぐッッ!!」グラッ
食蜂「…………え」
上条「――つッ、うッ!」ガクン
食蜂「……ッ」
女の子「――ジャマシナイデ」グリッ
上条「――イ゛ッ、こ……んのッ!」バシッ
女の子「――ッ!」ドサッ
――カララン
食蜂(……ナイ……フ……? ……う、嘘、刺されたの!?)
食蜂「や、やだっ、上条さんッ!」ダッ
上条「落ち着けッ!」
食蜂「――ッ」ビクンッ
上条「……大丈夫だ。脚だし……子供の力じゃそれほど、深くは……」ポタポタ
食蜂「で、でも、血が……血――」オロオロ
上条「後で止血すればいい! それより早く、その子の洗脳を――」チラ
食蜂「え……、あっ」バッ
女の子「……、」ググ
――ピッ!
女の子「――――ッ」ビクン
女の子「……あ、あれ? お父さんとお母さんは――」キョロ
食蜂「……どうやら、通じたみたいね」ホッ
上条「あぁ。その、いきなり怒鳴っちまって悪かった」
食蜂「ううん、完全にテンパってたし、むしろああしてくれて助かったわ」フルフル
上条(……頭から抜け落ちてた。まさか来園した子供を、平然と巻き込むなんて)
上条(いや、それよりどういうことだ)
上条(躊躇なく仕留めに来るなんて。食蜂を死なせたら目的は果たせないはずなのに)
食蜂「……よかった、動脈は傷ついていないみたい」サワサワ
上条「……って、ちょ、食蜂さん?」
食蜂「そのままじっとしてて、動いちゃ駄目よぉ」シュルッ
上条「お、おい。その長手袋、まさか」
食蜂「包帯の代わりにするわぁ。今まで付けてたやつだからあまり清潔じゃないかもだけど」クルクル
食蜂「背に腹は代えられないものね。後で感染症になったら謝るから」
食蜂「……ん、こんなところかしら」
上条「確かに、太ももに巻くとなるとハンカチじゃ届きそうにないな」
上条「……ごめん、これ、後で必ず」
食蜂「~~~ッ、そんなことより自分の心配をしてってばぁっ!」
上条「お、おぅ、そうだな」
食蜂「……失態だったわ。まさかあんな古典的な手に引っかかっちゃうなんて」シュン
上条「そんなに気に病むなって。このくらいの怪我には慣れてっから」
食蜂(……このくらいって、どう見たって軽い怪我じゃないのに)
食蜂(半日常的に、こんな騒ぎに巻き込まれてるってコト?)
上条「……さしあたっては、あの子をどうするかだな」
上条(ただでさえこんな状況なのに、護衛対象が増えたらさすがに)チラ
上条「……って、あれ?」キョロ
食蜂「あの女の子なら、とっくに走ってどっか言ったわよぉ?」
上条「へっ? 一人でか?」
食蜂「あの様子だと、あなたを刺したことも覚えてなさそうだったわねぇ」
上条「そっか。そんなら良かった」
食蜂「……ホント、お人好しなんだから」フゥ
食蜂「さ、上条さん。私の肩に掴まって」
上条「いや、大丈夫だ。一人で歩ける――つぅッ」カクン
食蜂「その足じゃ無理に決まってるでしょ! こんな時くらい私を頼ってくれたって――」
上条「……違う、そういう理由じゃないんだ」
食蜂「そういう理由じゃないって、どういうことよ!」
上条「俺に触れている状態じゃ、いざって時にリモコンを使えない」フゥ
食蜂「…………あ」
食蜂(そ、そうか、上条さんに触れた状態で能力を使おうとしても、幻想殺しで……)
上条「……ホント悪い。守るどころか、かえって足手まといになっちまった」
食蜂「私を庇っての負傷じゃない! むしろ私が地面に頭を擦りつけなきゃいけないくらいよぉ!?」
上条「す、すまん」
食蜂「んもぅ、言ってる傍からッ!」プン
上条「……あー、いや、わかった。とにかく、短い距離なら何とか――」
――ザッ!
来園客たち「――――ニガサン」ダッ
上条「くそっ、もう新手が来たのか!」
食蜂「まったく、用意周到なことねぇッ!」バッ
上条(……子供を平然と道具にする手法といい、説得が通じる相手とは思えない)チラ
上条(せめて、食蜂の安全だけでも確保しないと)
――アンタークティカエリア・オセアニアエリア中継点
「……くっ!」
渦巻く木の葉の中心から、風の弾丸が二射、三射と放たれる。
横っ飛びしてそれらを回避したエツァリが、跳ね起きざまに手に握る黒曜石のナイフを天に向けた。
金星の光を受けた黒い刃が一際強く煌めき、魔力で象られた不可視の槍が枯葉の中に飛び込む。
だがしかし、術者の体に届いた様子はない。
渦を巻く葉の数枚が葉脈だけを残してバラバラになり、風に吹き散らされる様子が目の端に映った。
「無駄だ。一属性の加護だけでどうこうされるほど私は温くないぞ」
「……どうやら、そのようですね」
(派手に動いた手前、仕掛けられるのは想定の範囲でしたが)
それにしても相性が悪すぎる。
ナイフを下ろしざまエツァリが舌打ちする。
これは自分の手落ち、失態だ。
はなから魔術サイドの人間が関わっていると疑ってかかっていれば、ここまで手詰まりになることはなかった。
エツァリが得意とする魔術、トラウィスカルパンテクウトリの槍。
金星から降る光をナイフに反射させ、標的にルーンを穿ってバラバラに分解する術式。
一度命中すれば巨獣をも一瞬にして肉片に変える強力な魔術だが
反して集合体に対しては効果が薄い。
収束した光の範囲は尖った鉛筆の先ほど。
百獣の王は倒せても、百匹の羽虫を倒すことはできない。
役割を終えて朽ち落ちた枯葉。
それが今は、敵魔術師の操る風に仮初の命を吹き込まれ、自分の術に対する堅牢な盾と化している。
先ほどからどうにか反撃を試みているものの、枯葉の繭はまったく揺るがない。
数千、あるいは数万とも思しき木の葉は、今も相手の姿を覆い隠している。
続けざまに回避行動を余儀なくされては、いずれスタミナも尽きるだろう。
(何より厄介なのは、自分の術式の性質を一目で見破り、それに対する最善手を拵えた魔術師の実力か)
接近戦は早い段階で諦めていた。
あの渦巻き状の風に突っ込んでどうなるかわからないほど馬鹿ではない。
どころか、近づくだけでもどれだけ神経をすり減らす作業になるか。
(いやはや、考えるのも億劫ですね)
ともあれ、準備を怠ったのはあくまで自分の手落ちだ。
このまま敗退してしまったら、危機感の薄い上条のことを罵ることもできない。
枯葉の繭の一部が大きく膨らむのを見止め、エツァリが再び地面を蹴り放つ。
狩る者と狩られる者。
戦闘の優劣は、この場に目撃者がいれば誰の目にも明らかなものだ。
考える暇も与えないと言わんばかりに、風の球が逃げるエツァリの影を確実に打ち貫いていく。
頭部に迫るそれを屈伸してやり過ごし、続いて膝下への軌道を見切り、そのまま全力で跳躍する。
近場の木の枝に両手で掴まったかと思えば、すぐさまその枝を強くしならせ、鉄棒の要領で離れたベンチに飛び移る。
その直後、付近一帯に耳障りな粉砕音が轟き、破砕された木の破片の一部が着地する寸前のエツァリの脇腹を掠めた。
「くっ……」
痛みに顔をしかめながらも、エツァリは先ほどと変わらぬ速度を維持し、必死に打開策を考える。
考え続ける。
「どうした? 科学に与する魔術師よ。逃げてばかりではジリ貧だぞ」
(言われるまでもなくわかっていますよ、そんなことは)
血が滲み始めた脇腹を庇いながら、エツァリは弾丸の盾になりそうな障害物から障害物へと移動を繰り返す。
防戦一方の戦いを続けながら、しかしエツァリはその場から逃走しようとしない。
自分がこの場を離れて事態が好転するとは思えなかったからだ。
人払いのルーンは護衛から防衛戦力を引き離すと同時に、第五位の心理掌握(メンタルアウト)を制限している。
操る人間が少なければ、それだけ第五位が能力を発揮する機会は失われる。
暗部に所属していない彼女の能力は、表の研究者によって事細かに解析されてきている。
こうして事に及んでいる以上、彼女の能力に対して無策とは考えにくい。
おそらくは何らかの対抗手段を備えているのではないか。
これは土御門ら暗部の面々とも一致した意見だった。
しかも不都合なことに、これほどの腕利きを贅沢にも足止めに使っているくらいには、敵陣営の戦力も整っている。
第五位の能力が当てにできない状況でこれほどの猛者を相手にして、上条当麻が彼女を守りきるのは不可能に近い。
これは、エツァリが上条の実力を侮っているわけでは決してない。
真っ当な勝負であったなら、一対一の勝負ならば、きっと彼はこの魔術師を相手にも後れを取らなかっただろう。
だがしかし、誰かを庇いながらの戦闘を強いられるのならば。
情に厚いと言えば聞こえは良いが、卑劣な者たちにとっては付け入る隙が多いということでしかない。
とどのつまり、一刻の猶予もないし、しかしこの男を放置するわけにもいかないということだ。
(上条当麻……か)
御坂美琴を巡る諍いから彼と直接対決し、敗れた日が脳裏を掠める。
ほろ苦い経験。そして一時の失恋。
あの日以来、自分は不完全だった術式を完璧に使いこなすべく、鍛錬を重ねた。
不可視の槍を標的に導けるよう、視力に頼らず、体の感覚に頼って精度を高める訓練をした。
(このようなところで手間取っている暇はない――ならば)
木の繭に注がれていたエツァリの視界が、周囲の景色に、戦いの舞台全体を俯瞰するように広がっていく。
焦点を合わすことなく、周囲に存在する被造物の位置を詳細に把握していく。
(手持ちのカードだけで敵を倒しきることはできない。認めざるを得ませんね)
敵魔術師は知識も経験も、魔法使いとしての力量も、おそらく自分より上。
慢心してくれるならまだ付け入る余地もあるが、残念ながらそういう気質でもないらしい。
頑なに、ストイックに、理詰めに理詰めを重ねて相手を圧倒するタイプだ。
ならば、今やるべきことは必然的に定まる。
この場所にある全ての物を利用し、味方にし、自分に優位な状況を作り出すほかない。
たとえ一瞬であっても構わない。
わずかな隙も見逃すまいと眼光鋭くするエツァリに対し、男は攻撃の手を休めることなく、しかし無機質な声を以って応じる。
「そういう諦めの悪い目は、嫌いじゃない」
声が終わると同時。
木の葉の繭が心臓のように大きく律動し始め――
「君の危険性を肯定する。最後の最後まで、全力で潰させてもらう」
瞬間、今までとは比較にならぬ数量の風の球が上空に吐き散らされた。
頭上から降り注ぐ数多の風切り音に、エツァリがその場から緊急退避。
逃げ場は10歩ほど後方にある石像の影。そこしかない。
そして、相手にもそれはわかりきっているはずだ。
エツァリが石像の陰に滑り込むや否や、風の弾丸が雹のように降り注ぐ。
周囲の敷石を数秒にしてズタズタにし、敷台に立っていた勤労青年の石像をあっさりと押し倒す。
場に残された、厚さ1メートルはありそうな足場が、がりがりと音を立てて侵食されていく。
風の飛礫が地面を打つ音はさながら機関銃の掃射音だ。
鼓膜に響く重い震動に晒されながらも、エツァリは晴れた空にある金星の方位と、敵の位置を素早く確認する。
重い響きは、盾の質量が少なくなるにつれて軽い響きに変調していく。
石像が完全に破壊されるまで、もう幾許もない。
冷や汗が首元を伝う。
エツァリは自らの胸を、ナイフの柄を握った拳で強く叩く。
退路は自ら絶った。
もうやるしかない。
(さぁ――――覚悟を決めましょうか!)
残り50センチ。40センチ。30センチ。
今にも崩れ折れそうな、見るに堪えない虫食いのオブジェ。
その裏にいるだろう少年に、三十半ばほどの姿勢のいい魔術師は心の中で称賛を送る。
(いささか一方的になってしまったが、それでも若さを考えれば見上げたものだ)
そして、だからこそ、手を抜くのは矜持に反する。
戦場に立っている以上、彼も死の覚悟をしていないということはあるまい。
現実的な問題を提起するならば、ここで彼を取り逃がせばいずれ強大な敵となって立ち塞がるだろう確信がある。
一部とはいえ自らの術を披露することは、魔術師にとっては危険が付き纏う行為だ。
イギリス精教の魔術師たちは『殺し名』などという文言を以って自らを律するという。
己の手の内を晒した者に対して、絶対的に冷酷であるよう努めるのだ。
その考え方は、自分も見習わない点がないではない。
「――――むっ?」
魔術師の視線が、束の間エツァリとはあさっての方角へと向けられる。
眉間には微かな皺が寄っていた。
「……どうやら、あまりのんびりもしていられないようだ」
魔術師の視線がエツァリの方に戻り、両手を合わせて祈祷の姿勢を取る。
「五大の素の第四、星の始まりを告げる原初の風よ」
重なる手のすぐ傍に風が滞留し、詠唱が進むにつれて繭の前面が大きく膨らんでいく。
釘付けにされている獲物を狩る絶好の機を見逃すまいと。
牽制のために使う飛礫と比するまでもない。破壊力を重視した、直径1mの大球を構築する。
「これで終わりだ」
自らの半身を覆い尽くさんばかりの風の塊を、壊れかけの敷台目がけて投げ放つ。
そして――
「……ようやく見えましたよ、あなたの顔が」
およそ有り得ないエツァリの異様を認め、この戦いを通じて初めて、魔術師の目が大きく見開かれた。
(馬鹿な……ッ!)
全く論理的でない行動。
魔術師らしからぬ行動。
身に迫る風の猛威を眼前に捉えながら、少年は防御姿勢も回避行動もしていない。
男の体に震えが走る。
長きにわたる戦いの日々が獲得した感覚。
生と死の分水嶺に、今まさに自分がいることを実感する。
少年はただ涼やかに男の姿を見定め、手に握る黒曜石のナイフを注意深く一点にかざしている。
石像が砕ける一瞬の空白。
攻撃の際に生じる強烈な風圧で、繭に穿たれた風のトンネルを狙って。
乱舞する落ち葉は未だ勢いよく螺旋を描いている。
風を光で遮れないのと同様、光を風で遮ることはできない。
そして光を超える速度など、物理的には存在しない。
それがわかっていても、少年の行動は常軌を逸していた。
「貴様ッ、命が惜しくないのか!」
敵から投げかけられた問いに、エツァリはただ笑みを返す。
少年を守り続けていた敷台が、風の巨大な球体に押し潰されていく。
手元で黒い刃がひび割れ、砕け、体が大きく後方に押し出されるのが見えた。
そこで、全てが途絶えた。
鉄柵を飛び越え、後方の貯水池に背中から叩き込まれた少年の姿を、その水飛沫の凄まじさを。
男は最後まで目で追うことができなかった。
(……大した、少年だ)
エツァリに風が直撃するのと同時に、針の穴を通すような正確さで。
アステカの魔術師を象徴する不可視の槍が、男の胸を貫いていた。
一方「いよォ、海原クゥン。寒中水泳にはちっと早いンじゃねェか?」
エツァリ「……格上が相手だったんですよ。労いなら、もう少しマシな言葉を選んでいただきたいですね」プカァ
一方「それだけ言い返す元気があンなら、自力で上がれンだろうな」
エツァリ「手を貸してくれてもいいんですよ?」
一方「その言い方は、つまり手を貸すなって言ってるンだよなァ?」
エツァリ「あの、いえ、体中痛んでますので、できれば助けてもらえるとありがたいです」
一方「だったら始めからそう言え」スッ
エツァリ「……すみません、ありがとうございます」ギュッ
――ザパァッ!
一方「って、オイオイ。顔が半分剥がれちまってンぞ?」
エツァリ「あぁ、これは失礼。まったく、我ながら無茶をやったものです」バッ
一方「みたいだなァ。まるであの三下のようなスマートとは程遠い戦いぶりで」
エツァリ「はは、面目もない――って、ちょっと待ってください!」
一方「ハイ、なンですかァ?」
エツァリ「あなた、まさか、あの場にいたんですか!?」
一方「最後の撃ち合いだけな。格下同士のカードでも、真剣勝負ってのは実にいいもンだ」ヘラヘラ
エツァリ「…………」イラッ
一方「しかし、弱っちぃやつは色々と大変だなァ。ひたすら逃げ回って相打ち狙いとか」
エツァリ「あっ、あなたこそ、随分と合流が遅かったじゃないですか」イライラ
一方「テメエに頼まれた仕事を優先した結果だ。文句を言われる筋合いはねェ」
???「……やはり、先ほどのは気のせいではなかったか」ザッザッ
一方「……あン?」チラ
エツァリ「……ッ!」バッ
魔術師「……何の法具もなしに我が結界を蹂躙する人材がいようとは――貴様の危険性を肯定する」
一方「結界だァ? ……コイツ、何いってやがンだァ?」
エツァリ「……馬鹿な、確かに命中したはず……何故生きて」
一方「オイ、コラ、海原」
エツァリ「……あなたに破壊するよう指示した紙屑のことです。もう気にする必要はありません」
一方「……フゥン?」
魔術師「貴様は計画の妨げになりそうだ。ここで朽ちていけ」スッ
一方「――ククッ。……イイねぇ、実にイイ、最高だねェ」
魔術師「……何?」
一方「意にそぐわねえ実験なんざやらされてるよりか、こっちの方がよっぽど有意義じゃねェか」ザッ
――茂みの中
食蜂「――さん! 上条さん!」
上条「……ん」パチ
食蜂「上条さん、しっかりしてッ!」ユサユサ
上条「あ、あぁ、平気平気。まだまだいけるから、心配するなって」ヘヘ
食蜂(……嘘、10秒近くも呼びかけてたのに、反応がほとんど)
食蜂「……汗の量が尋常じゃない」
上条「そりゃあなた、刺されたんですよ。汗のひとつも出ない方がむしろ不健康ってもんですよ」ヘヘ
食蜂「……」チラ
食蜂(口調は明るいけど、明らかに顔色がよくない……)
食蜂(縛った傷口も、完全に出血が止まったわけじゃないし)
上条「……んな悲痛な顔すんなよ。きっともうすぐ、助けがくるさ」フゥ
食蜂「本当に、ここに留まるって選択で良かったのかしら?」
上条「携帯でおよその事情は説明できたし、緊急車両なら園内にだって入ってこれる」
上条「逆に、車ですら入って来れないような状況を連中が作り上げてるなら、怪我してるこっちが動くのは自殺行為だ」
上条「それにお前も、走るのはそんなに得意な方じゃないだろ?」
食蜂「……そ、そうだけどぉ」
上条「精神系能力者の護衛任務に当たっているやつは俺だけじゃない。警備員にも通知されてるはず」
上条「それっぽい連中を見かけたら合流すればいい。それまでの辛抱さ」
食蜂(……確かに、この異変に誰も気づいてないとは思えない)
食蜂(時間を稼げれば私がこの場を凌げる可能性もぐんと上がる……けど)
上条「はっ……はぁ……」ポタポタ
食蜂(それより先に上条さんが、もたないかも知れない。それじゃあ全く意味がないのに)ギュッ
食蜂(……限界を見極めなきゃ、最悪の場合は――って)ギュ
食蜂「――ねぇ、あれ」スッ
上条「……どうした?」
食蜂「ちょっと遠いけど、あそこ歩いているの、警備員じゃない?」
上条「本当か? どれどれ……」
警備員『おーい、どこにいるんだぁ! 助けに来たぞぉー!』キョロキョロ
食蜂「ほらぁ、やっぱりそうよぉ!」クイクイ
上条「…………」
上条「一人だけ、か」ポツリ
食蜂「待ってて! すぐに呼んで――」スクッ
――ギュッ
食蜂「……か、上条さん。どうしたの?」アセアセ
上条「一応、保険をかけさせてくれ」
食蜂「……ほ、保険?」
警備員「――――」ピクン
猟犬A「……む」
警備員「…………」クルッ
猟犬A「観察対象の行動パターンに変化有り、洗脳が解けたようです」
白衣男「……ってことは、この近くに捕獲対象がいるってことだなぁ」
猟犬B「すぐ餌に食いつくかと思ったら、案外慎重っすね」
白衣男「一時は優秀な研究者たちを出し抜いてたんだぁ。甘く見ない方がいい」
白衣男「残っていた血痕からすると、あまり遠くには逃げられんだろう」
白衣男「建物に身を隠しながらあの警備員をつけるぞ。合流するつもりかも知れん」
猟犬A&猟犬B「了解」
猟犬A「傭兵どもが時間を稼いでいるうちに肩をつけないとな」
猟犬B「こっちの身が危なくなりやすしねぇ」
白衣男「対象を確保し次第速やかにこの場を離れるぅ。五分以内に終わらせるつもりでかかれ」
――お手洗い
警備員「待たせたな。さぁ、行こう」
猟犬A(女子トイレに隠れていたのか……)
猟犬B(……は、入りづらいな)
白衣男『くっちゃべってないで、とっとと女をふんじばってこぉい』
猟犬A「わ、わかりました」
猟犬B「よし、いくぞ」ダッ
警備員「――ッ!? なんだ貴様ら!?」バッ
――ゴッ!
白衣男(……随分と手間取らせてくれたなぁ、第五位)
白衣男(実験を台無しにしてくれた落とし前は、きっちりつけさせてもらうぜぇ?)クク
白衣男『もぬけの殻だぁ?』
猟犬A「ええ、個室にも鍵はかかっていません。窓から脱出した形跡も……」
警備員「……う……ぅ」ピクピク
猟犬B「どういうことだ? インプットと違う行動をしたのは間違いないのに」
白衣男『……ん? あー、わかった』
白衣男『――お前ら。急いでさっきの場所に戻るぞ』
猟犬A「え、あの、どういう」
白衣男『今連絡が入った。『帽子組』があの近辺で連中らしき人影を発見したそぉだ』
猟犬A「……ええ!? じゃあ」
白衣男『大方、連中はあの近くに潜んでいたんだろう。最初から洗脳者を使いすぎて警戒させすぎたなぁ』
猟犬A「警備員が操られていたんじゃないかと警戒したってことですか」
猟犬B「そうか。それで、離れた場所へ誘導して、マークしているやつがいないかを探ろうとしたってことっすね」
白衣男『感心してる場合じゃなぁい。これで取り逃がしたら二度とチャンスはないぞぉ』
白衣男『不要な出費は抑えるに限る。あの器械、保険は下りないからな』
上条「……追って来てるか?」
食蜂「まだみたい。かなり引き離せたとは思うけど」
食蜂「それよりどうして、さっきの警備員が洗脳されてるってわかったの?」
上条「ん? ああ……」
上条「ああいう治安部隊の人たちって、単独で行動することが滅多にないだろ?」
食蜂「……そういえば、レストランに来た人たちも二人組だったわねぇ」
上条「いくら強いったって武器持ちに不意打ちされたらやられるからな」
上条「ましてや、手持ちの武器を奪われ、悪用でもされたら一大事だ。不測の事態を想定して二人以上で行動する」
上条「100%の確信があったわけじゃないけど、助けに来たって叫んでるのに一人でいるのは不自然に感じた」
食蜂「確かに、子供を洗脳するような連中だもの。何やったって不思議じゃないわねぇ」
食蜂(……うん、頭はまだ冴えてるみたいねぇ)
上条「……ストップだ、食蜂」
食蜂「あ、えと?」
――ぞろぞろ
上条「……8人、か。全員帽子を被ってるけど、やっぱ操られてるんだろうか」
食蜂「…………帽子、……まさか」
上条「……操れないやつがいるかも知れない?」
食蜂「多分、いきなり被り物の人が増えるあたり、いかにも怪しいし」
食蜂「あの下に、洗脳の電波をシャットアウトする特殊な機器をつけてるかも知れないわぁ」
上条「ちょっと待ってくれ。それは洗脳装置(テスタメント)だって同じことだろ?」
食蜂「ええ、だから、もし金属の輪っかみたいな装置をつけてるやつがいたら」
上条「操ってる側の人間として対処する、か。……ってことは」
食蜂「他の帽子は狙われないためのダミーのつもりよぉ。ううん」
食蜂「もしかしたら、あの中には一人もいない可能性だってあるわぁ」
上条「もし全員が一般人だったら、ただ傷つけるだけになっちま――」
帽子女「」ギンッ
上条「って、やべっ! 一斉に突っ込んで来やがったッ!」
食蜂「ふぅん、私への対策は万全ってワケ、ね」
食蜂(でも、さすがにあんな高価な装置、全員分は用意できてないでしょぉ?)スッ
食蜂(――全員、その場で跪きなさぁい)
――ピッ!
一般人『』ザッ
帽子男A「え、……あっ!」キョロキョロ
上条「……あいつ、馬鹿だな」
食蜂「どうしようもないくらい、お馬鹿さんねぇ」
帽子男A「く、くそっ!」ダッ
食蜂「囲まれてるのに逃げられると思うのぉ?」クスッ
――ピッ!
女&男「」ガシッ
帽子男A「う、うわっ、くそ、放せ!」ジタバタ
上条「ハイハイ、失礼しますよっと」ピラッ
帽子男「」
上条「……なるほど。これか」
食蜂「間違いないわねぇ、この金属輪(サークレット)、研究員が使っていたものとそっくり」
帽子男「くっ、おまえさえ、いなければ」
食蜂「何よぉ? 何か言いたいことでもあるわけぇ?」ジロ
上条「食蜂、悠長に話してる暇は――」
帽子男「実験の撤退のせいで、何人もの研究者が職を失った。研究に人生を賭けてたやつだって大勢いた!」
食蜂「……、」
帽子男「全部、おまえのせいだぞ! おまえが俺たちの生活を台無しにした!」
食蜂「かっ、勝手なことを――」
――バキッ!
帽子男「ぐはッ!」ドザッ
食蜂「」ビクッ
上条「人の不幸で飯食ってたやつが被害者ぶってんじゃねえ。虫唾が走んだよ」プラプラ
食蜂「…………」ポー
上条「食蜂。これって、おまえも使えるのかな?」
食蜂「……あ、え?」
上条「この金属の輪っかだよ。これつけてれば、お前が洗脳装置に操られる心配はないんじゃないか?」
食蜂「あ、あぁ、そうねぇ」
食蜂(正直見栄えが悪いけど、このさい文句は言ってられないわねぇ)
食蜂(演算に影響がなければ持って行っても損は――)
???「今度こそ、見つけたぞ」
食蜂「……ッ!」バッ
――ピッ!
猟犬A「残念、俺たちも金属輪(それ)は装備済みだ」トントン
食蜂「……ヘッドギアの中に」ジリ
上条「――ったく、女の子相手にどこまでも大人気ねぇ連中だな」
猟犬B「ガキと怪我人にしちゃあなかなか粘ったが、チェックメイトってやつだ」スチャッ
上条「――、」ジリ
食蜂(銃ッ!? こいつら、本気なの!?)
――アンタークティカエリア・オセアニアエリア中継点
魔術師「はぁっ!」ゴォォッ
――キィンッ!
魔術師「……おのれッ、炎も通じぬか!」バッ
一方「無駄無駄ァ。火の粉の一つだって俺には届かねえよ」トコトコ
一方(しっかし、第五位はどこにいやがるんだァ? 意外と広いんだな、このエリア)
――キィンッ!
一方「言ってる傍から……懲りねえやつ」
一方(にしても、手品師みたいな野郎だなァ)
一方(風に炎、デュアルスキル何て珍しくもねえじゃ――)
――キィンッ! ――キィンッ!
一方「アー、……いい加減蠅みたいに鬱陶しいなァ、さっきから進行の邪魔なンだ――」
一方「よォッ!」
――ズガガガガガッッッ!!!
魔術師「――っ!」バッ
一方「……って、外れたか。ちょこまかと動きやがって」
魔術師「攻撃にも転じられるのか。……ならば、これならどうだ?」クンッ
――ズォォォォ!
一方「炎が駄目なら今度は水芸ってかァ? 安直すぎるだろォ」スッ
――キィンッ!
一方(何をしたって無駄だって――)
――ズガッッ!
一方「んなッ――にィッ!?」ブワッ
――ズダンッ!
一方「がぁッ……はっ!」ドサッ
一方(……この俺が、吹き飛ばされただァッ!?)
魔術師「……なるほど、少しずつ呑み込めてきたぞ」
――ズザアアアッ!
一方「ぐっ……つぅ」ヨロ
魔術師「見れば見るほどすばらしい能力だ。10年前の私なら相手にもならなかっただろう」
一方「……こん、クソ野郎がァ」ググ
一方(向かってくる水流はきっちり弾いたはず。相手が掠めるように打ったから逆流しなかった。それはいい)
一方(問題はその後だ。どうやって俺を吹き飛ばしてやがる?)
魔術師「解せぬといった面持ちだな」
一方「……、」
魔術師「おそらくだが、君は今まで一系統を極めた相手としか戦ったことがない。戦闘経験は意外と浅いのではないかな?」
一方「……ぺっ」
一方(……時間差での攻撃、……そうか、水流はあくまで目くらまし)
魔術師「おかしいとは思っていた。完全な反射とのたまう割に、君は地に足をつけて歩いている」
魔術師「地球には引力が働いているから、本来なら君は空に落ちていかねばならないはず」
一方「……」
魔術師「同様に、空気を遮断していれば生きられるはずがないからな」
魔術師「刺激の強さか種類かまでは知らないが、予め弾く力の設定はできるということだろう」
魔術師「そこから仮説を立てた。君の能力は反射ではなく、力の方角を切り替えることだと」
一方(……こいつ)
魔術師「性能といい持続性といい実に利便性が高い。魔術師ではこうはいかない。誇るべき能力だ」
魔術師「だがしかし、我々は元来君のような化け物に人の身で対抗するために、古の技能を受け継いできた集団」
魔術師「仮想の敵に対して対応するだけの技術は身につけている。能力の探り合いは、こちらが上だ」
魔術師「もう一つ気づいたことがある。飛ばされたときに耳の辺りをやたらと庇っているな」
一方「……ッ」ギク
魔術師「もしかして、そのみょうちくりんな機械に君の能力の秘密があるというのは、私の考えすぎか?」
一方「いちいちウゼぇ喋り方してンじゃねェッ!」キィン
魔術師「――ッ!」バッ
――ヒュンヒュンッ!
魔術師(――足元の地面を捲り上げて敷石をッ!)バッ
魔術師「――ぐぅッ!」ビシッ
一方(クソッ、避けるのがうめぇな。あれで一発しか当たンねえとか)
一方(……って、そうか、何も全部反射任せにする必要はねぇ。あいつみたいに避けちまえばいいのか)
魔術師「……なるほど、一つの能力の応用にかけては差があるか」
魔術師「ならやはり、見つけた突破口に頼むしかあるまいな」クン
――ズォォォォッ!
一方(……また水流か。要はあれを……)
一方(……後学のために、試してみっか)
一方「……」スッ
魔術師(この一撃で、終わらせ――)
魔術師(――今ッ!)ギュイン
――ブワッ!
魔術師(……何ッ!?)バッ
魔術師「反射ではない……水が浮遊しているだと?」
一方「フン、その突き出した手、そういうからくりか」
魔術師「……まさか、君は」
魔術師「周囲の力の加減を0にしたのか」ギリ
一方「ピンポーン、大正解。ぶっつけ本番だったが、やってみるもんだなァ」
一方「まァ、何だ。手品ってのは、種明かしをすれば何てことねェ」
一方「てめえは、先に放った水流が俺に接触する直前」
一方「俺ら二人の狭間にある大気を一気に引き戻した」
魔術師「……、」
一方「それが反射したため、俺の至近距離にあった大気がこちらに逆流し、吹き飛ばされたってわけだ」
一方「風を操れるやつならそんなに難しいこっちゃねえな。ありがとサン、一つ勉強になったわ」ポリポリ
魔術師「……頭の回転は速いようだな」
魔術師「魔術にも結界や呪い返しの概念はある。呪いに対しての拮抗措置は祈り、真逆のものだ」
魔術師「反射と銘打つからには放出の真逆、吸収に対して逆の作用が促進されると推測した」
魔術師「見破られたところで影響はない。君が不自由な二択を強いられることに変わりは――」
一方「ある」
魔術師「……」
一方「避けるってことがどれだけ大事かわかった。俺も、お前の突破口を見つけちまったぜェ?」ニタ
魔術師「……私の見た限り、君は根拠のないはったりを言うタイプではなさそうだな」
一方「ご明察だなァ」
魔術師「ならば、戦えなくしてやるまでだ」
――ズォォォ!
一方「……水か。また性懲りもなく――」
一方(……いや、違う――水で四方を閉じる気か!)
一方(電波は水で遮ると著しく減衰する。ミサカネットワークの補助器に悪影響が出ないとも)ダッ
一方(この野郎、オカルトじみたことを言ってる割りに科学の理解が浅くねェ!)キィン!
魔術師「一瞬でこちらの目論みに気づいたか。適応力は悪くない」
一方(デフォの反射と回避行動を切り替えながら戦う。問題は、バッテリーが切れるまでにケリをつけられるか)
一方「いや、やるしかねえよなァ」ニヤ
魔術師「君は放って置くと今以上に危険な存在になるな。ここで決着を――」ヒヤ
???「つけられないぜよ」ヌゥ
魔術師「――なッ!?」クルッ
――ドスッ!
魔術師「ぐふッッ!!」
一方「――つ、土御門ッ!」
土御門「おまんの敗因は、一方の能力にかまけ過ぎたことだにゃー」
土御門「ま、あれだけの能力だから無理もないがな」
魔術師「おの、れ……、不……覚……」グラ
――ドサッ
土御門「ほい、一丁あがりぃ」
一方「……オイ、コラ、テメエ」
土御門「なんで勝負に手を出しやがった、とか言わないでくれよ? 俺は味方までぶん殴りたくはねえ」
一方「……ッ」
エツァリ「待ってください土御門、その男は自分の術式を受けても生き返りました。まだ油断しては――」ヨロ
土御門「……んー、海原クンはちと科学に染まりすぎだにゃー」
エツァリ「……どういう意味です?」
土御門「生き返るよりよほど可能性の高いことがあるだろ? 名うての魔術師だったら」ゴソゴソ
土御門「護符(アミュレット)の一つくらい身につけていたっておかしくないだろ?」パラ
エツァリ(……これは、銀の破片)
土御門「ローブの下に防御術式を仕込んでいたみたいだな。役目を終えて形状(シンボル)は砕けちまってるが」
土御門(インデックスの歩く教会しかり、姫神のロザリオしかり、魔術師たるもの、己の身を守るアイテムには気を遣う)
エツァリ「……なるほど、これは責められても仕方がない」フッ
土御門「それより悪い予感が当たっちまったか。上やんたちはもう逃げたのか?」
エツァリ「まだ合流できていません。人払いのルーンは破壊したので警備員が向かっているとは思いますが」
土御門「だったら突っ立ってる暇はねえ。一方通行、予備のバッテリーは持ってるな?」
一方「……あァ」
土御門「私闘だってんなら手を出す気はさらさらなかった。だがこれはれっきとした仕事だ。勘違いするなよ」
一方通行「……ちっ、わかったよ」プイ
土御門(……なんだあいつ。珍しくへこんでんな)ボソ
エツァリ(トンビに強敵をかっ攫われて、複雑な心境なのでしょう)ボソ
続き
食蜂「好きって言わせてみせるわぁ」その3

