関連
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(1/8)
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(2/8)
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(3/8)
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(4/8)
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(5/8)
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(6/8)
航海二十五日目:エデンの少女と楽園の果実
ボルカノ「ん? どうした 二人とも。」
眩しい朝日を浴びながら宿を後にした時、急に別行動を取ると言い始めた少年と少女に船長が問いかける。
アルス「ちょっとね。」
マリベル「お墓参りに 行ってきますわ。」
ボルカノ「墓参り? この村に 墓地なんて あったか?」
そう言って船長は顎髭を擦る。
アルス「ここを出て 南にある 森の中だよ。」
マリベル「魔法のじゅうたんで ひとっとびだから ボルカノおじさまたちは 先に 船に行ってて。」
*「おれたちゃ 構いませんが……。」
*「あんまり 遅くなんねえでくれよ?」
アルス「わかってます。」
マリベル「それじゃ また 後で会いましょっ。」
そう言って少女は少年と村の入口を出ると絨毯を広げて飛び去って行ってしまった。
*「しかし この島で 墓参りする人って どんな人だろうな。」
小さくなっていく絨毯を見つめながら漁師が言う。
コック長「あの二人のことだ。長い旅の間で 失くした友人の 一人や二人いても おかしくはないだろう。」
そう言って料理長は遠い目で空を見上げる。
ボルカノ「…まあ なんにせよ 大事な人なんだろうよ。」
*「……そっすね。」
ボルカノ「よし。それじゃ オレたちは 先に 船に戻ってるとしようか。」
*「「「ウスっ。」」」
*「おいで トパーズ。」
トパーズ「な~…。」
足元で毛づくろいをしていた三毛猫を拾い上げて飯番の男も漁師たちに混じって歩き出す。
照り付ける朝日を背中に受けながら今日も漁船アミット号の一日が始まるのだった。
アルス「えーっと 過去はここに 道があったんだけどな……。」
少年と少女は仲間と別れて程なくして、
かつて二人がもう一人の親友と初めて過去の世界で訪れた不思議な森“のあった場所”へとやってきていた。
マリベル「もう 森っていうよりかは ただの林ね。」
そう、長い年月を経たことでいろんな思い出の詰まった筈のその地は形を変え、
もはやあの時の面影はほとんど残されてはいなかった。
アルス「うーん せめて 目印になる物でも 残ってればなあ。」
少年は辺りを見渡してため息をつく。
マリベル「……いいわ。」
アルス「えっ……?」
不意に少女が悪戯でも思いついたかのように笑う。
マリベル「この辺り 一帯 ぜーんぶ お花で埋め尽くしてやるのよ!」
アルス「ええっ!?」
突飛な言葉に少年は素っ頓狂な声をあげる。
マリベル「花の種なら 持って来れば いっぱい あるんだもん。別にいいじゃない?」
アルス「でも 時間かかるよ?」
マリベル「それは! あたしと あんたで やればいいのよ! だって……。」
マリベル「あたしたちには これから たっぷり 時間があるんですもの!」
そう言って少女は微笑む。
アルス「……そうだね。」
そんな少女の笑顔を見せられた少年には、もう反対する理由など何もなかった。
アルス「きっと マチルダさんも 喜んでくれるよ。」
マリベル「……そうね。」
少年の言葉に少女はもう一度、少しだけ哀しそうに笑った。
マリベル「……さっ グズグズしてると 置いてかれちゃうわ。」
マリベル「今日は この辺に 植えてきましょ。」
そう言って少女は草の生えていない地面を見つけるとそこにしゃがみこむ。
アルス「うん わかった。」
そうして二人は両手を泥んこにしながら丁寧に一粒一粒種を植えていった。
まるでその下に眠る遠い昔の友人を弔うように。
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
アルス「うんしょっと……。」
マリベル「ふぅ… 今日の所は これで いいかしらね。」
作業が終わり、二人はその場に立ち上がると腰に手を当てて体を伸ばす。
アルス「……うん。それじゃ 行こっか。」
マリベル「あっ 待って。」
近くに広げて置いた絨毯に向かう少年を少女が引き止める。
アルス「急がないと……。」
マリベル「うん でも……。」
そう言って少女は手を胸の前で組み、祈るように瞳を閉じる。
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
マリベル「うん これで よしっと。」
マリベル「お待たせっ。」
アルス「……うん。」
少女の祈りを黙って見届けると少年はまだ泥の付いたままの手で少女の手を握る。
細い指は少年に絡めとられ、その温もりを確かめるように隙間を埋めていった。
マリベル「帰りましょう。あたしたちの 船へ。」
それからしばらくして少年と少女は仲間の待つ船へとやってきた。
*「おっ 戻ってきたな!」
甲板で二人の帰りを待っていた漁師がその姿に気付き絨毯に駆け寄る。
*「もうちょっとで 出発しちまうところだったぜ。」
アルス「お待たせしました!」
絨毯から降りて少年が叫ぶ。
ボルカノ「もう いいのか?」
マリベル「ええ。もう ここに用はないわ。」
アルス「行きましょう!」
ボルカノ「よーし 出航だ! 錨を上げろー!」
*「ウスッ!」
ボルカノ「目指すは 南東の方角! 取舵いっぱーい!」
*「おっしゃー! 行くぜ!」
そうして船長の号令を受けた漁船はまだ太陽が東にあるうちに船着き場を後にした。
森に覆われた島が遠ざかっていく様を甲板で見つめる少年と少女は、いったい何を感じていたのだろうか。
言葉には出さない二人ではあったが、その手に残された柔らかい土の感触がどこか名残惜しさを呼び起こし、
島が霞みに消えるまでいつまでも眺めていたのであった。
*「おお 見えてきた 見えてきた。」
それから時は流れ、太陽がちょうど船の真上を跨ごうとしていた頃だった。
*「城が 見えてきたぞー!」
甲板で見張りをしていた漁師が大声で叫ぶ。
*「おー どれどれ。」
その声に気付いた漁師たちが続々と甲板に集まってきた。
アルス「……うっすら 見えてきましたね。」
少年が目を凝らして言う。
*「いやー 久しぶりに見たな。」
*「もう あれから 一月近く立つもんな。」
*「まーた カミさんの 顔が 見たくなってきちまったぜ。」
ボルカノ「もう 世界を 一周したことになるのか。」
フィッシュベルからエスタード島を出発し南に抜けた後、
東まで進んでメザレから一気にマーディラスまで北上、それから再び東へと航海を続けルーメンまで戻り、
そのまま南へと突き進みエスタード近海に戻ってきた。
船長の言う通り漁船アミット号はざっくりとではあるが世界中を旅してきたことになる。
アルス「案外 早かったね。」
風の力だけで動く帆船にしてはある意味驚異的な速さで駆け抜けてきた二十五日間、
否、途中滞在していた時間を考えると実際はもっと早く世界一周を成し遂げたことになるのかもしれない。
その間漁はあまりしてこなかったが、行く先行く先で漁場の情報を得ていたためか漁獲については申し分ない程だった。
それこそ店を構える程には。
ボルカノ「あと もう少しだな。」
アルス「今回の旅だけでも 学ぶことが いっぱい あったなあ。」
少年が腕を組みしみじみと言う。
ボルカノ「そうだろうよ。だがな アルスよ。お前に仕込むことは まだまだ たくさんある。」
ボルカノ「まあ この漁が終ったら しばらく 海には出ねえから まずは 覚えたこと じっくり 復習しとくんだな。」
アルス「その間も いろいろ 教えてもらえますか?」
そう言って少年は目を輝かせる。
ボルカノ「お前が 望むなら な。」
ボルカノ「ただ 休める時には しっかり 休んでおくのも 漁師としては 大事なことだ。それに 道具や港の手入れもある。」
ボルカノ「まっ 焦らず 一つ一つ やってきゃ いいさ。」
ボルカノ「なんせ 時間は いっぱい あるんだしな! がっはっは!」
アルス「……はい!」
豪快に笑う父親に少年は握り拳を作り力強く返事をする。
これから自分が歩んでいく道を一歩一歩踏みしめんと言わんばかりに。
マリベル「みんな お昼よーっ! 順番に 降りてきてちょうだーい!」
その時、下の方から少女の昼時を告げる声が響いてきた。
*「「「ウースッ!!」」」
まるで船長の号令に応えるかのように漁師たちは一斉に返事をすると
男たちは舵取りを残していそいそと食堂へと向かっていくのだった。
マリベル「あら ホントだわ。お城が しっかり見えるわね。」
昼食を済ませた少年と少女は甲板で休憩を取っていた。
アルス「そろそろ うちが 恋しくなってきたんじゃない?」
少しだけ意地悪そうに少年が笑う。
マリベル「……そうねえ。」
しかし一方の少女はそれを否定もせずに素直に答える。
アルス「あれ? …意外だな……。」
マリベル「どうかしたかしら?」
アルス「いや 前だったら……。」
アルス「そんな こと このマリベルさまが 言うと 思ったかしら?」
アルス「……とか 言ってたのに。」
マリベル「……あんた それ マネしてるつもり?」
アルス「いちおう。」
少年なりに精一杯真似をしたつもりらしかったが、やはり彼には無理があったらしい。
マリベル「……まあ いいわ。」
マリベル「あたしもね やっぱり たまには パパとママに会いたいわよ。」
マリベル「あんたは 毎日 お父さんと 顔合わせてるし 本当のご両親とも 会ってるから あんまり わかんないかもしれないけどさ。」
マリベル「……あたしだって やっぱり 寂しくなるわ。」
ジトっとした目で少年を見ていた少女だったが、大きなため息を一つつくと少女なりの心境を語るのだった。
アルス「……そっか。…そうだよね。」
アルス「…………………。」
不味いことを聞いてしまったかと少しばかり反省し、少年は俯き加減に海を見つめる。
マリベル「…お城と言えば……。」
そんなしんみりとした雰囲気を打破しようと少女が話題を変える。
マリベル「この前 城下町に行った時 よろず屋さんでね……。」
…………………
*「いらっしゃい ここは よろず屋だよ。」
マリベル「ごきげんよう おじさま。」
*「…ってなんだ マリベルちゃん 久しぶりだな。」
*「……しかも 今日は リーサ姫にアイラ様まで ご一緒とは!」
アイラ「こんにちは。」
リーサ姫「ごきげんいかがですか?」
*「い いやあ おかげさまで……。」
*「でっ 今日はどういった ご用件で?」
マリベル「実は おたくで買った お気に入りのドレスが ビリビリに破かれちゃったの。」
マリベル「それで 代わりになる ドレスが ないかしらと思いまして。」
アイラ「わたしたちは その付き添い。」
*「あ ああ それなら この前 同じのを 入荷したばかりですよ!」
マリベル「本当! よかったあ!」
*「しかし すごい 顔ぶれだ!」
*「世界を救った英雄に われらが国の 王女様が 二人も うちに来てくれるなんて……。」
*「どうしんだい 騒がしいな。」
*「おお オルカ! 見ろよ すごい お客さんだぞ。」
オルカ「へっ? わぁ~!」
オルカ「リーサ姫にアイラさま それに ま マリベルまで!」
マリベル「あら オルカさん ごきげんうるわしゅう。」
マリベル「石版探しは もう よろしいんですこと? ほほほ。」
オルカ「うぅっ ま まあ そんなとこさ。」
マリベル「今さら もう 遅いのよ。」
マリベル「あんた 女の子の気を引こうと ヤッキになるのは いいけど いい加減 遊んでばっかりいないで お父さんの 役に立つこととか 考えたら どうなのかしら。」
マリベル「そんなんじゃ 一生 うちのアルスには 敵わないわよ?」
オルカ「ぐ ぐぐぐ……。」
アイラ「…ふーん。ご主人も 苦労してるのねえ……。」
マリベル「今のうちに 息子さんには 厳しく しておくことね。」
*「へ へえ……。」
マリベル「それで 例のドレスは まだかしら?」
*「は はい すぐに……。」
リーサ姫「マリベル いいの? あんなこと言っちゃって。」
マリベル「いいんですよ リーサ姫。ああいう ダメ男には あれぐらい 言っておかないと 薬にならないんだから!」
オルカ「ダメ男って……。」
マリベル「……ふふっ まあ せいぜい シリガル女たちと 仲良くすることね。オ・ル・カ・さ・ん?」
オルカ「く くそ~~~!」
…………………
アルス「あっはっはっはっ!」
マリベル「おーほっほっほっ!」
話を終えた少年と少女は腹がよじれる程大声で笑う。
アルス「しっかし これでもう あのお店には 顔 出せないね。」
マリベル「いいのよ もう。このドレスさえ 手に入れば。」
そう言って少女は着ているドレスをパンパンと手で払う。
アルス「それも ダメになっちゃったら?」
マリベル「その時は もう あきらめるもん。」
マリベル「今や 仕立屋さんは 世界中にあるんだから。有効に 活用しないとね!」
“フフン”と鼻を鳴らして少女は背を反る。
アルス「それもそうだね。」
マリベル「あ それから その後 酒場にも行ったわよ。」
アルス「三人で?」
マリベル「リーサ姫の 社会科見学も かねて ね。」
マリベル「それで その時……。」
…………………
*「いらっしゃいませ。」
*「おや これはこれは 皆さん このような 汚い所へようこそ。」
マリベル「どーも。」
アイラ「今日は リーサ姫に いろいろと 見せてるのよ。」
リーサ姫「こんにちは。」
*「ごぎげんいかがですか リーサ姫さま。」
*「こんなところで良かったら ゆっくりしていってくださいね。」
リーサ姫「ありがとう……。」
マリベル「マスター 甘くて スッキリ飲めるのちょうだい。」
*「かしこまりました。」
アイラ「じゃあ 同じのを 全部で三つ もらおうかしら。」
*「リーサ姫は お酒は よろしいのでしょうか?」
リーサ姫「ええ……たしなむ程度には。」
*「わかりました。しばし お待ちを。」
マリベル「…………………。」
アイラ「…………………。」
リーサ姫「…………………。」
マリベル「そういえば マスター。ホンダラさんは ちゃんと 働いてるのかしら?」
*「ああ それなら……。」
*「いらっしゃいっ!。」
アイラ「……あら?」
マリベル「…服装だけで 人って ずいぶん 違って見えるのね。」
ホンダラ「そりゃ ねえだろうよ マリベルさん。」
マリベル「相変わらず 元気そうね ホンダラさん。」
ホンダラ「へへっ まあ 見てのとおりでっさ。」
マリベル「……ふーん。意外とマジメに 働いてるのね。」
*「まあ 仕事中 けっこう 飲んでるけど ちゃんと やってはくれてますよ。」
ホンダラ「きっと これが オレの天職に違いねえ! ヒック……。」
ホンダラ「ところで マリベルさんよ。もし アルスとケッコンするなら ひとつ このオレも ラクして暮らせるように……。」
マリベル「…………………。」
ホンダラ「ひ ヒィっ… そんなに 睨まないでくれよ!」
マリベル「ふんっ。」
アイラ「……先が 思いやられそうね。」
*「お待たせしました。」
リーサ姫「い…いただきます。」
マリベル「…ん けっこう いけるじゃないの これ。」
*「蜂蜜酒に オレンジとレモンの果汁を。」
アイラ「確かに これなら スッキリ 飲めるわね……。」
アイラ「ん? リーサ……?」
…………………
アルス「へえ リーサ姫 けっこう いける口だったんだ。」
再びそこまで話を聞き終えた少年が感想を口にする。
マリベル「ビックリしちゃったわよ! こっちは ちょっと ひっかけてく くらいのつもりだったのに。」
マリベル「気付いたら 三杯 キレイになくなってるんだもん。」
少女は普段おしとやかでおっとりした姫のケロっとした顔を思い出して言う。
アルス「……おしのびで 通わなければ いいんだけど。」
マリベル「そんなこと されたら あそこを教えた こっちが 危ないわ。」
“きっと国王は黙ってはいないだろう”
そんなことを少女が考えていると話題は少年の叔父に移る。
アルス「で… そうか あの人も マジメに働いてるのか……。」
難しい顔をして少年は唸る。
マリベル「調子の良さは 変わらなかったけどね。」
アルス「それで あの人が マリベルになんて言ったって?」
マリベル「い いや 別に……。」
なんとなく少女は会話の内容を省いて説明していたのだった。
アルス「え? なんか マリベルが怒るようなこと 言ったんでしょ?」
マリベル「……そうだけど。」
アルス「お父さんのこと?」
マリベル「パパのことじゃないわ。」
アルス「じゃあ きみのこと?」
マリベル「もうっ… なんでもいいじゃない!」
アルス「いや 今度 ぼくから 言っておくからさ……。」
マリベル「……何でもない。た たいしたことじゃないわ。」
自分を納得させるように少女は頷く。
アルス「……ひょっとして ぼくのこと?」
マリベル「っ! ……。」
アルス「……気になるな。」
わかりやすくを目を逸らす少女の顔を少年が覗き込む。
マリベル「た ただ あんたのおじさんが 無神経なこと 言ったりするからよ。」
身体を逸らして少年の追求から逃れようと少女は試みる。
アルス「…………………。」
アルス「まあ いいや。何にせよ きみを怒らせることを言うようなら ぼくが 許さないから。」
そう言って少年は身を引いてため息をつく。
マリベル「……ったく あんたのおじさんってば どうして あたしと アルスのこと 知ってるのかしら。」
マリベル「それとも ただの あてずっぽう?」
アルス「…………………。」
アルス「あっ そ そういうこと?」
マリベル「…あ……。」
どうやら口が勝手に動いていたらしい。少女は慌てて口を両手で隠すとそのまま固まる。
アルス「さては ぼくとの よしみで オレにラクさせてくれ~ とか 言ってきたんでしょ?」
マリベル「……そのとおりよ。」
少女は観念したように目を閉じて腕を組む。
アルス「うーん でも まだこのことは あの二人しか 知らないはずなんだけど……。」
マリベル「どうしてかしらね?」
*「「うーん。」」
*「どうしたんだ? 二人とも そんなとこで 難しそうな顔して。」
アルス「父さん。」
二人で唸っているとそこへ少年の父親がやってきた。
アルス「ねえ 父さん。おじさんに ぼくとマリベルのことが 知られてたんだって。」
マリベル「ちょ ちょっと アルス!」
ボルカノ「ん? そりゃ お前 みんな いずれ そうなるだろうって 思ってたから 知ってるも何も……。」
マリベル「えっ…!?」
何の躊躇もなく話し出す少年に抗議する少女だったが少年の父親の一言でその動きはぴたりと止まる。
ボルカノ「まあ あんだけ 二人でいつも 行動してれば 誰だって そう思うだろう。」
ボルカノ「みんな 知らんぷりは してるがな。」
アルス「は ははは……。」
マリベル「…………………。」
どこか気恥ずかしさを紛らわすためにから笑いをする少年だったが、
ふと隣の少女が顔を青くして黙っているのに気づき名前を呼ぶ。
アルス「マリベル……?」
マリベル「あたしもう 帰れないわ……。」
アルス「ええっ!?」
マリベル「みんな そんな目で あたしたちを見てたなんて……。」
そんな恥じらいから少女は今度は顔を真赤にして俯く。
マリベル「あ アルス! どうしてくれるのよ!」
かと思えば思い切り少年に食ってかかる。
アルス「そ そんなこと 言われても!」
マリベル「は 恥ずかしいったら ありゃしないじゃないの!」
マリベル「それもこれも ぜーんぶ あんたが悪いんだからね!」
そう言って少女は真っ赤な顔のままで少年の鼻っ面を指さす。
アルス「そんな むちゃくちゃな……。」
あまりの勢いに少年は掌を胸元で見せて降参の意思表示をする。
ボルカノ「わっはっは! いちいち説明する 手間が 省けると思えば いいじゃないか。」
ボルカノ「それに きっとみんな ヤキモキしてたから 祝ってくれると思うぞ。」
少年の父親はそんなやり取りを微笑ましく思い快活に笑う。
マリベル「ぼ ボルカノおじさま まで……。」
ボルカノ「…おっと。オレとしたことが ちと 口出ししすぎたみてえだな。」
ボルカノ「すまん 今のは 忘れてくれ。」
マリベル「……いえ いいんです。あたしも 取り乱しちゃって ごめんなさい。」
まだ少し紅い頬で少女は俯く。
アルス「マリベル。」
マリベル「ん……?」
すっかりしおらしくなってしまった少女の手を少年が取る。
アルス「ぼくは うれしいな。」
マリベル「えっ?」
アルス「だって みんなが ぼくたちのこと 認めてくれてるみたいでさ。」
アルス「……もちろん ぼくときみのことだから 誰かに 口出しなんて させやしないけど。」
マリベル「アルス……。」
アルス「胸を張って帰ろうよ。恥ずかしがってたら 余計に 茶化されちゃうしね!」
マリベル「…………………。」
マリベル「…ふふっ それもそうね。」
どうしてこの少年はいつもこっちが恥ずかしくなるような台詞をあっさりと言ってのけてしまうのだろう。
そんなことを思いながらも、目の前で屈託なく笑う少年につられ、少女も自然と笑みが零れるのだった。
ボルカノ「っとと おジャマだったみてえだな。」
ボルカノ「アルス。もう少ししたら 漁の準備を 始めるからな。」
アルス「あ はい!」
そう言って少年の父親は甲板を降りて行った。
マリベル「…………………。」
マリベル「さっ あんたも いつまでも 油売ってないで さっさと 行きなさい!」
少年の父親を見送ると少女はまるで急かすように少年の背中を押す。
アルス「え……うん。」
マリベル「あんたには がんばってもらわなくちゃ いけないんだからね。」
マリベル「しっかり 働きなさい!」
アルス「はーい。」
そう言って少年はどこか名残惜しそうに甲板を去っていった。
マリベル「…………………。」
マリベル「じゃないと パパに 認めてもらえないんだからね。」
少年のいなくなった甲板で、少女は誰にも聞こえないように独り言つのだった。
それから時間は過ぎ、今は夜。
漁を終えた漁船アミット号はただひたすらに次の目的地を目指して航行を続けていた。
マリベル「…………………。」
そんな船の誰もいない調理場の一角で一人、少女は日課である自分の航海日誌を書きしたためていた。
マリベル「うーん……。」
今日一日あったことを自分の言葉で書き連ねていく。
ふと思い立って持ち込んだこの日誌にはこれまであった事柄が彼女の視点で事細かに記されており、
航海も二十五日を迎えた今日、残る頁も少なくなってきていた。
マリベル「周りからは しっかり 見られてたのね……。」
昼間少年の父親に言われたことを思いだす。
自分はなるべくそういったことを悟られまいとしてきたつもりだったが、
どうやら周りの目にはしっかり少年への好意だとか、仲の良さが見えていたらしい。
実際、自分は彼を好いていたし、仲が悪かったかと言われればそれは嘘であるとわかっていた。
そうでなければどんなことであれ話しかけたりしないし、ましてや一緒に行動するなど以ての外だ。
マリベル「あいつは どう思ってたのかしら。」
この航海が始まるまで少年はそういったことはほとんど口にしなかった。
周りがどう思ってるかだとか、自分に対してどんな感情を持っているのかとか。
今でこそ言葉なり体への接触なりでいろいろと示してくれているが、旅の途中、彼の真意を垣間見ることはほとんどなかった。
マリベル「ガマン…してたのかな……。」
ひょっとすると少年はもっとずっと早くからこうしていたかったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
自分がどこかで認めたくなかった感情を少年はさっさと認めていたのかもしれない。
そうだとすれば自分は随分彼にきつく当たってしまっていたのではないだろうか。
マリベル「はあ……。」
今さらになって自分の言動を少しだけ後悔する。
結果的に彼は自分のことを受け入れてくれたが、やはり心のどこかでは傷ついていたのではないか。
そんな不安が胸に重りを乗せたような気怠さを引き起こしていく、
マリベル「……ダメね。」
考えれば考える程鈍っていく思考を閉ざし、少女は鞄の中から一つのリンゴを取り出す。
…………………
アルス「あれ?」
それは今朝、少年たちが森を後にしようと魔法のじゅうたんに乗ろうとした時だった。
アルス「こんなところに どうして リンゴが……。」
それは赤い赤い林檎だった。
マリベル「どうしたの?」
アルス「いや じゅうたんの上に リンゴがあったんだ。」
マリベル「リンゴ? この辺に リンゴの木なんて ないと思ったけど……。」
アルス「うーん……。」
マリベル「もしかして これかしら?」
そう言って少女は朽ちて今にも倒れそうな樹木を指さす。
少しだけ残った葉が寂しそうに風に揺れている。
アルス「……ついてないね。」
少年はてっぺんまで見上げて言う。
マリベル「きっと 最後の 一個だったのね。」
少女が目を細めて見つめる。
アルス「どうする これ。」
マリベル「……いい香りね。」
少年の手からそれを受け取ると少女は鼻を近づけて息を吸い込む。
アルス「一応 食べられそうだね。」
マリベル「これ もらってもいいかしら。」
アルス「いいけど 船に残ってないの?」
少年はいつか飯番の男が大量に購入して箱一杯に詰め込まれていたリンゴの山を思い出す。
マリベル「もう さすがに 空っぽよ。」
アルス「そっか。じゃあ いいんじゃないかな。」
アルス「きっと これは この森からの きみへの おくり物だよ。」
マリベル「うふふっ。そうかしらね。」
…………………
少女は真っ赤なリンゴを片手にそれをしばらく見つめていた。
マリベル「…………………。」
気分を変えようと、皮も剥かずにそのままかじりつく。
“シャリ”という食感と共に爽やかな酸味と甘みが口いっぱいに広がる。
密のぎっしり詰まったそれはエスタード島で採れるものと同じぐらい強い誘惑の香りがした。
マリベル「……おいし。」
少女はリンゴをかじるのが好きだった。
小さい頃からよく食べて育ったということもあるが、
何より生でかじった時にしか味わえない皮と実の絶妙な渋みと甘みがたまらなく好きで、
町や村によった時は必ず買って一人食べていたものだった。
かつての移住者が楽園と呼んだ島に実る禁断の果実は、少女を虜にしたのだ。
“シャリ…”
少女はリンゴをかじる。
その甘美なうるおいは少女の心のわだかまりを優しくほどいていく。
そして同時にその一口一口が旅で起こった出来事を、手に入れたものを、そして失くしてきたものを少女に思い起こさせていく。
マリベル「思えば あの時もそうだっけ……。」
初めてあの神殿から過去の世界に旅立つ前にもこんな赤いリンゴをかじっていた気がする。
楽園から飛び出した少年たちについて行き、旅を共にしてきた少女は今、再び禁断の果実をかじる。
しかしそれは誰かの思惑のためにするのではない。誰かにそそのかされたわけでもない。
彼女は自分の意思でリンゴをかじる。
決して知恵を授けてはくれない贖罪の実をかじり、少女は今、何を手にするのだろうか。
マリベル「…今からでも 遅くないよね……。」
その場にはいない誰かに呟く。
マリベル「…しっかり しなくちゃ!」
これは贖罪の旅ではないのだ。
マリベル「あたしが支えるって 決めたじゃない!」
頬を両手で一度だけ叩いて気付けすると、少女は日誌を閉じる。
マリベル「まだ 起きてるかな……。」
そう言って立ち上がると、少女は厨房の扉を開けてもう一人のエデンの戦士を探しに出かけるのだった。
そして……
そして 夜が 明けた……。
759 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/16 20:07:50.58 da5wJlLm0 698/905
以上第25話でした。
”われわれが この美しき無人島を 発見した 記念に この 文字を 記す。“
”この島は 楽園だ。水も 森も 生き物も 食べ物も つきることはない。“
”願わくば 世界のすべての地にも この平和が おとずれんことを。“
まだ魔王に世界が封印される前、エスタードと呼ばれた島は無人島だった。
しかしやがてマール・デ・ドラゴーンから旅立った漁師の一人が、
そしてその後にも誰かが流れ着き、その間に世界は封印されていった。
いつしか無人島だと思われていたエスタード島だけがこの世界に残り、周りの大陸や島々は全て封印されてしまった。
それからというものの、エスタード島というこの世の楽園は魔物たちと戦っていた記録を葬り、
人々の記憶からは魔王や魔物、そして他の大陸の存在は忘れ去られていった。
物語はそんな現在の「エデン」から始まります。
『エデンの戦士たち』
このタイトルからもわかる通り、ドラクエ7は旧約聖書をモチーフにしていると思われます。
どなたかのサイトでこれについて考察がなされていましたが、
誰がアダムとイブをそそのかしたのかとか、アダムやイブに当たる人物は誰なのかとか、解釈のしようはいくらでもあります。
今回のお話は、そこまで難しい問に答えるつもりはありません。(というかわかりません)
ただリンゴを齧っているマリベルの姿から着想を得ました。(PS版扉絵)
”楽園を追放された”と表現していいかは疑問ですが、「飛び出していった主人公に付いていき傍で見守る」、
そんな役割をマリベル自身は担っていたのではないかとわたしは考えております。
「後付けキャラ」という設定がどこまでストーリーのモチーフに関わってくるのかはわかりませんが、
そういう風に考えるとあの意味深な扉絵の、「リンゴ」が生きてくるのではないでしょうか。
…ふか~い根拠はないのですけどね。
…………………
◇目的地へと到着したアミット号一行。
しかしそこには何やら奇妙な光景が広がっていたのでした。
760 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/16 20:08:34.35 da5wJlLm0 699/905
第25話の主な登場人物
アルス
漁師として一人前になることはもちろん、
マリベルに似合いの男になれるように日々奮闘中。
マリベル
マチルダのためにウッドパルナ周辺を花畑にする計画を立てる。
リンゴが好きでよくかじっている。
ボルカノ
時には早く一人前の漁師になろうと逸る息子をなだめることも。
息子やマリベルの噂については前から知っていた模様。
アイラ
マリベルの回想にて登場。
マリベル、リーサ姫と共に城下町へ繰り出す。
リーサ姫
マリベルの回想にて登場。
意外とお酒には強いらしい。
よろず屋の店主(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタードの城下町で唯一服を扱っている雑貨屋のオヤジ。
息子のオルカには頭を抱えている。
オルカ
マリベルの回想にて登場。
よろず屋の一人息子。
女ったらしでお調子者。
アルスの真似をして石版を探そうと出かけるも挫折。
酒場のマスター(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタード城下町で酒場を営む男性。
ホンダラを従業員として雇うというお人好しっぷり。
ホンダラ
ボルカノの弟にしてアルスの困った叔父。
遊び惚けて家賃滞納、酒代滞納だったが、
魔王が討伐された後は改心したのか城下町の酒場で働くことに。
調子の良さはあいかわらず。
航海二十六日目:好奇心は猫を殺す
*「ぶう ぶう!」
*「わわわん わん!」
*「にゃん にゃ~にゃ。」
*「ブルルルー……。」
*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」
*「ひひひーん! ……!? んっんももうー!」
*「なっ……。」
*「どうなってんだ この町は!?」
*「町中 動物だらけじぇねえか!」
ボルカノ「…………………。」
トパーズ「ハーッ! フゥーッ!!」
コック長「見ろ! あの猫のバカでかさ! ありゃ 普通じゃないぞ!」
*「ニワトリもです! あんなデカイの ボクは 見たことありません!」
マリベル「ぶっ… あははは…… ふふふ……。」
仲間たちの初心な反応を見て少女が思わず吹き出す。
アルス「……今年もやってるね。」
それは遡ること二刻程前のこと。
…………………
真夜中に岸につけた漁船アミット号はその場で一泊した。
それから朝を迎え、食事を終えてから一行は会議室で本日の予定を話し合っていた。
*「で その オルフィーってのは どんな 町なんですかい?」
一通り話が付いたところで漁師の一人がこれから向かう町について尋ねる。
マリベル「……のどかなところよ。」
アルス「町の人は みんな あったかみのある人たちですよ。」
マリベル「今でこそ平和だけど 過去の世界では 動物と人の姿が 入れ替えられたりしちゃったのよ?」
*「人と動物が……?」
アルス「近くにある山に 封印されていた魔物が 悪さをしたんです。」
マリベル「まっ あたしたちが ちょちょいと やっつけたら エラく反省してたけどね。」
*「へへっ さすがは マリベルおじょうさんだ。」
アルス「……それから オルフィーには 白いオオカミの伝説が あるんです。」
*「へえ。」
アルス「人々を魔物から 救ったっていう オオカミの一族がいたんですけど……。」
アルス「封印されていた魔物に破れ 幼い子オオカミ 一匹だけになってしまったんです。」
マリベル「それが いまの ガボってわけ。」
*「ええっ あいつって オオカミだったのかよ!」
*「こいつぁ 驚いた。それじゃ 何だ? あいつは オオカミ少年ってわけですかい!」
マリベル「……なんか ゴヘイあるけど そういうことね。」
*「ほええ… 言われてみりゃ 確かに そんな気がするな。」
マリベル「ま それで ガボと一緒に 町を救って以来 あの町は 日頃からの動物への感謝をささげる祭りを……。」
*「おーい 準備できたぞー!」
ボルカノ「むっ そろそろ 行くか。」
*「「「ウスッ!」」」
*「マリベルおじょうさん また 後で 話をきかせてくだせえ!」
マリベル「えっ……。」
アルス「行こう マリベル。」
マリベル「む むか~っ! 人が 話してる最中に 何よお!」
アルス「まあまあ……。」
…………………
それから見張りを残してそのまま町へとたどり着いた一行は現在に至る。
マリベル「ぷぷぷ…… いいこと アルス? しばらく 黙ってるのよ!」
少女はこみ上げる笑いを必死にこらえて小声で少年に話しかける。
アルス「……いいの? 本当のこと 教えなくて。」
マリベル「人の話を 最後まで 聞かなかった 罰よ バツ。」
少女は意地の悪そうな笑顔を浮かべる。
アルス「うーん。」
マリベル「あっ そうだわ! あたしたちも 紛れ込んじゃいましょ!」
アルス「ええっ!?」
マリベル「こっそり 抜け出すのよ! ほほほ。」
アルス「いいのかなあ……。」
マリベル「さ 行くわよっ!」
トパーズ「…………………。」
そう言って少女は三毛猫を抱えた少年を“しのびあし”で引きずりだすのだった。
*「ミミちゃ~ん! もう いいかな~。」
*「早くしないと 祭りが 終わっちゃうな~!」
ミミ「うふふ。長老さまったら。ホントせっかちなんだから~ン。」
ミミ「いま ストッキングを はいてる と・こ・ろ……。」
*「うほほ。ミミちゃ~ん! まだ ちょっと早かったかな~?」
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
*「あわわ……。」
*「ゴホッゴホッゴホッ!! こ これは お客さまとは!?」
*「なんと あの時の お二人では ありませんか!」
町の長老の邸宅へとやってきた二人を出迎えたのは例の如く助平な長老とお色気むんむんな給仕人の見たくもないやりとりだった。
アルス「……こんにちは。」
マリベル「あいかわらずの すけべじいさんね……。」
*「いやいや またもや おはずかしいところを お見せしましたな。まあまあ こちらへ。」
そう言って長老は恥ずかしそうに手招きする。
マリベル「…………………。」
アルス「はい……。」
トパーズ「なーお。」
なんとなく気乗りはしなかったが自分たちの目的を果たすため、三毛猫を降ろしてしぶしぶ椅子に腰かける。
*「コ コホン……。ようこそ また いらっしゃいましたな。」
*「見てのとおり いまこの町は 動物たちへの 感謝祭の真っ最中。」
*「もしかして また 参加していって くれるのですかな?」
マリベル「ええ その通りよ。」
*「それなら この前 お貸しした ブタさんのぬいぐるみを……。」
マリベル「いやよ! こんな美少女に ブタのかっこうなんてさせて どうするつもり?」
タンスを指さす長老に少女は机を叩いて猛抗議する。
流石に年頃の娘には耐えかねるものがあったようだ。
否、たいていの人は嫌がるものだが。
*「い いや それもまた オツなもので……。」
マリベル「……いい度胸してるじゃない?」
情けなく鼻の下を伸ばしている長老に少女が不気味な笑みを浮かべて脅す。
*「…い いやいや なんでもございませんぞ??」
*「ミミちゃ~ん! このお二人に 余ってる ぬいぐるみを 見せて 差し上げてくれ。」
凄まじい殺気を感じ取り長老は慌てて背を向けるとわざとらしく大きな声で使用人を呼ぶ。
マリベル「……っふん。最初から そうしてれば いいのよ!」
アルス「は ははは……。」
“マリベル おそろしい子……!”
などと少年が思ってることなどつゆ知らず、少女は使用人に促されてこの前とは別のタンスの中を漁り始める。
マリベル「うーん…… あっ!」
しばらく物色を続け少女が取り出したのは真っ黒な犬とな真っ白な猫の着ぐるみだった。
アルス「それでいいの?」
マリベル「うんうん これあたしたちに ピッタリじゃない!」
アルス「ぼくは どっち?」
マリベル「はあ? 何言ってんのよ あんた。アルスが 犬に決まってるじゃない。」
マリベル「そして あたしは かわゆい ネコちゃんになるのよ~。」
そんなことを言いながら少女はぬいぐるみを掲げてくるっと一回転する。
ミミ「あらあら ウフフ……。」
アルス「……なにそれ。」
マリベル「いいから 早く着るのよ! みんなが 来ちゃうじゃないっ。」
どうして少女が自分に犬を選んだのか分からず首を捻る少年だったが、
少女がグイグイとそれを押し付けてくるので仕方なく着替えることにしたのだった。
トパーズ「…………………。」
着替えを終えた少年と少女のぬいぐるみの顔を覗き込みながら三毛猫は不思議そうな顔をしている。
マリベル「あたしよ トパーズ。」
そう言って少女は被り物を外して少しだけ顔を出す。
アルス「ワンワン。……なんちゃって。」
着てみたら案外乗り気になったのか、少年は四つん這いで犬の鳴き真似をしている。
ミミ「あら~ かわいい ワンちゃんで・す・こ・と。」
ミミ「お姉さんが よしよし してあげましょ~か?」
着替えを終えた二人を見て長老の使用人がなまめかしい声で手を伸ばしてくる。
アルス「えっ いや……。」
マリベル「フゥ~~ッ!」
アルス「キャインっ!」
少女に背中からのしかかられ、たじろいでいた黒犬はその場に崩れ落ちる。
マリベル「バカやってないで さっさと 行くわよ!」
*「うほほ。これまた かわいい ネコちゃんじゃのう! ワシにも なでなで させてくれんかの~。」
マリベル「フギャアアアッ!!」
*「ぎええっ!」
隙を見てお尻の辺りを擦ってきた長老に白猫は渾身の猫パンチをお見舞いするのだった。
アルス「…………………。」
マリベル「…ったく 油断もすきも あったもんじゃないわ!」
*「ぐふっ しつれいしまひた……。」
ミミ「だいじょうぶ~? 長老さまったら~ん。」
壁際で体をけいれんさせている長老の脚をバニーガールがつつく。
マリベル「……あとで事情を知らない うちのツレが 来ると思うから よろしくね。」
そう言って少女は背中をさすっている黒犬の首を引っ張って歩き出す。
マリベル「あっ あたしたちが みんなに紛れ込んでること 言っちゃだめだからね!」
マリベル「トパーズ しばらく お留守番 よろしくね。」
トパーズ「なう~………。」
部屋の中を嗅ぎまわっている三毛猫に語り掛けると少女は扉を勢いよく閉め、表へと出ていってしまった。
*「は はひ~……。」
ミミ「もうっ 長老さまったら あたしが いるのに。この節操なしさんっ。」
トパーズ「…………………。」
二人のいなくなった部屋の中で尚も腑抜けた返事をしている長老を眺めながら三毛猫は再び部屋の探索を始めるのだった。
*「おっ かっこいいワンコだな!」
アルス「ど どうも……。」
*「うほっ そこの おねえちゃん オレと にゃんにゃん しねえか? ブッヒヒ。」
マリベル「フシャーッ!」
*「ピチャ ピチャ!」
[ おいしそうに 水を飲んでいる。 ]
アルス「…………………。」
長老の家を後にした少年と少女は町の中でいろんな動物のぬいぐるみたちと話をしながら時間をつぶしていた。
マリベル「…ったく どうして この上からでも 中身が わかるのかしら?」
アルス「それより 見てよ あの人 また 犬みたいに……!」
そう言って少年は慌てた様子で池のほとりにいる白い犬を指さす。もちろん四つん這いのまま。
マリベル「ばっかねー よく見なさいよ。あれは 本当の ワンちゃんよ。」
そういう少女ももちろん四つん這いなのだが。
アルス「あっ……。」
マリベル「あんたも やってくれば?」
アルス「エンリョしときます。」
*「おや あんたらは 旅人さんかい?」
*「もう少ししたら お祭りのイベントが 始まるんだけど よかったら 参加していかないか?」
そんな二人の所へ馬の着ぐるみをした男がやってきて言う。
マリベル「そうね。せっかくだから 今回は あたしたちも 当てられる側に 参加しましょうよ!」
アルス「女の人を当てる アレに?」
*「おっ そいつは 面白いね!」
*「町の連中も 知らない人の特徴は なかなか 見切れないもんだろうから いい刺激になるんじゃないか?」
“ブヒヒン”と鼻を鳴らす真似をして男が愉快そうに言う。
マリベル「だってさ! ほら 行きましょうよ!」
アルス「はいはい……。」
そう言って少年は渋々と猫のように足取り軽く歩く少女について行くのだった。
*「ったく 感謝祭ってのは 悪いことじゃねえけどよ。」
*「知らなきゃ ホントに わけがわからねえな。」
少年と少女が町の広場で他の動物たちに紛れ込んだ頃、
長老の家を出てきた別の動物の群れは、否、動物の着ぐるみの群れはそんな愚痴をこぼしていた。
コック長「それにしても あの二人は いったい どこに行ってしまったんじゃ?」
ぽってりとした豚の着ぐるみが辺りを見回す。
ボルカノ「おおかた どっかに 紛れてんだろうよ。」
立ち上がった大きな熊がお腹を掻きながらのしのしと歩く。
*「にゃっ! おっきいクマさんだにゃ!」
長老の家の近くをうろついていた女性と思わしき猫が熊の姿に気付き、驚いた様子で近づいてくる。
ボルカノ「むっ? なあ おじょうさん どっかで 若いカップルを 見かけなかったかい?」
熊の方もなるべく脅かさないように言うと猫は安心した様子で語った。
*「……にゃんにゃん。それは わからないけど そろそろ 広場に いそいで いそいで!」
*「早く行かないと お祭りのイベントが 終わっちゃうのにゃ~ん!」
*「イベントですかモー?」
そこへこれまた脂の乗ってそうな牛姿の飯番が尋ねる。
*「わはは! おまえ すっかり ハマってるな!」
近くで見ていた馬がヒヒンと笑う。
*「とにかく 行ってみれば わかるのにゃん!」
*「司会がいるから 細かいことは そっちで聞くといいのにゃん。」
愛想のよい猫は少しだけ慌てた様子で男たちをせかす。
ボルカノ「ありがとよ。」
*「ボルカノさん 行くんですかい?」
ボルカノ「まあ 用事はすんだし 別にいいだろ。」
*「へへっ そうこなくっちゃな!」
大熊の言うとおり既に長老の家で王からの締約書を渡し、
後は返事の親書をもらうだけとなったため、残る男たちの務めは待つことのみだった。
つまり、今は“暇”の一言に尽きるのである。
おまけに町中がこうなっていてはろくな観光はできない。
よって彼らのすることといえば最初からコレ以外になかったのだ。
加えて今はいなくなった少年と少女を探す必要もあった。
実際はこちらから探さなくとも時が立てば勝手に帰ってくるのだろうが
事態を飲み込めないうちに放り出されたことへのせめてもの報復にこちらから探し出してやろうという思いが漁師たちにはあったらしい。
ボルカノ「それじゃ コック長 後 頼んだぜ。」
こうして男たちは揃って町の中心へと歩き出すのだった。
*「さあさ いらっしゃい! どなたさんも 楽しく遊んでいってちょうだいよ!」
*「おおっと。こいつは おどろき モモの木 旅のお方だって おにいさん!?」
*「そんなら このイベントは 旅の記念に ぴったしだ。一発チャレンジして いってよ!」
*「なにしろ 参加するのはタダで 当たればステキな賞品まで もらえちゃうって すぐれものだ!」
*「ホント やらなきゃソンだよ。さあ どうだ! チャレンジするだろ なっ?」
漁師たちが広場に着くなり催しの司会と思わしき男が有無も言わさぬ勢いで話を進めてきた。
*「……まだ なんも 言ってないんすけど。」
漁師の一人が答える。
*「そもそも どうして オレたちが 旅のもんだって わかったんでい?」
*「そんなの おにいさんたちの ウブな反応を見れば 一目リョーゼンさ!」
司会の男は人差し指を突き立てては左右に振り、得意げな表情を見せる。
ボルカノ「イベントは ともかく オレたちは ツレを探してるんだが。」
*「んっんー? そのお連れさんも もしかすると この中に まぎれてるかもしれないよ?」
そう言って男はたくさんの動物の着ぐるみたちの方を向いて両腕をいっぱいに広げる。
*「…どうします? 船長。」
*「アルスたちは ともかく タダで 景品もらえるなら やって損は ないですぜ。」
ボルカノ「まあ そうだな。」
口々に言う漁師たちの言葉に大熊は顎を擦りながら言う。
*「よーしっ 決まりだ。じゃあ 始めるぞー!」
*「……でっ だれが 挑戦するのかな?」
*「おれ! おれが やるぜ!」
そう言って羊の恰好をした漁師が名乗りを上げる。
*「よ~し いいかい 羊のおにいさん。動物のかっこうした 6人のうち 半分の3人が 男の人なんだ。」
*「だけど 男なんか当てたって 色気も花も ありゃしないやね。なっ おにいさん。」
*「というわけで この中から3人の キレイな女性を 当ててちょうだい。ねっ おにいさん。」
*「ルールは それだけ。簡単すぎて いやになっちゃ イヤ~ンッ なんちゃって!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「あっ 言い忘れてたけど ハズしちゃったら やり直し! 動物たちも 控えと シャッフルされちゃうよ! それじゃ……。」
*「レッツら スタート~!!」
マリベル「ふっふっふ。ついに 来たわね!」
広場の中心がイベントで盛り上がってる頃、
少し外れた動物達の控えの場所で少年と少女はひそひそと話し込んでいた。
アルス「でも マリベル うまく ごまかせるの?」
マリベル「何がよ?」
アルス「だって ルールは 女性を 当てることなんでしょ?」
アルス「あんまり 高い声 出したら すぐにバレるんじゃない?」
普段からイベントをやっている町民にはなんでもないことかもしれないが、
他所から来た人間であれば普通は動物の鳴き真似なぞ上手くできるはずもない。
万が一少女がいつもの声色で鳴いてしまえば女性であることはおろか、
日頃から声を聞いている漁師たちにはすぐに誰か見当がついてしまうだろう。
マリベル「ぬぬぅ 言われてみればそうね……。」
アルス「ちょっと 鳴きマネしてみてよ。」
少年がそう言うと少女は自分の喉を整えるようにいくつかの鳴き声を試してみる。
マリベル「……にゃ~ん。」
マリベル「にゃお~ん。」
マリベル「にゃんにゃん。」
アルス「…………………。」
マリベル「……アルス?」
[ アルスは マリベルの あまりのかわいさに もだえている! ]
アルス「だ ダメだ… ぼくには ちょっと 耐えられない……っ!」
そう言って少年は思わず少女に抱き着く。
マリベル「ふみゃっ!? ふ フゥーッ!」
咄嗟のことに少女もつい猫のままで対応してしまう。
アルス「そ それだ!」
マリベル「えっ……?」
何かを閃いたように黒犬は白猫の顔を見る。
アルス「その いかくの声なら きっと 女性だって 気付かれないんじゃないかな!」
マリベル「シャーッ!」
アルス「キャインッ!」
不意に浴びせられた猫パンチをもろに受け黒犬は悲鳴を上げるのだった。
マリベル「うふふ。あんたこそ それなら 女に まちがわれるかもねっ。」
アルス「むむむ……。」
*「おい 次 あんたたちの番だぜ。」
そこへ役を終えた動物たちがやってきて黒犬と白猫の出番を知らせる。
アルス「あっ はい。」
マリベル「さあ アルス。グズグズしてないで 行くわよ!」
アルス「わかった! わかったから……。」
黒犬は尻尾を引っ張る白猫の手を振り払い、トボトボとその後ろをついていくのだった。
*「あいたーっ 残念! 見事に はずしちゃったねー。ベリーバッドだね こりゃ。」
その頃、催しの会場ではまた一人、漁師が挑戦に失敗していた。
*「ちくしょー いけると 思ったんだけどよお……。」
*「なんだ お前も ダメだったのか。」
*「おいおーい みんなして ダメダメじゃないか! え?」
*「だれか 我こそはという ビッグなひとは いないのかい?」
どこか呆れた様子で司会の男は観衆に発破をかける。
*「おい どうするよ?」
*「まだ あの二人も 見つけてねえしよ……。」
*「もう ボルカノさんしか 残ってねえじゃねえか!」
ボルカノ「……しかたない。せっかくだから オレもやっていくか。」
他の漁師たちの視線を浴びて椅子に座っていた船長はその重い腰を上げる。
*「おっ そう こなくっちゃな ビッグマン!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「レッツら スタート~!!」
*「ぶひひひ ひーん!」
*「くーん……。」
*「んっんももうー!」
*「にゃあごろん。」
*「ふごふごー。」
*「フゥーッ!」
司会の掛け声と共に再び順列を変えた六匹の動物たちが熊の前に並びたつ。
ボルカノ「…………………。」
並んだ動物たちは左から順に馬、黒犬、牛、茶虎猫、豚、白猫。
*「おいおい 今度は ネコが2匹かよー!」
*「あの牛 良い目をしてるな……。」
*「あの腹… 間違いねえな。」
観客たちは動物たちの面子を見てあれこれと予想している。
*「…………………。」
“まさか 挑戦者が 父さんだなんて……。”
*「…………………。」
“うまく ごまかすのよ アルス! もっと クネクネしなさいっ!”
ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「まずは これだ。」
しばらくじっと見つめていた熊だったが、やがて一匹の動物の前に立つと司会の方に向き直る。
*「おっ 一人目は そのお馬さんで いいのかい?」
ボルカノ「ああ。」
そう言って熊は列の一番左にいた馬を指さす。
*「お~け~! それじゃ 答え合わせだ! お馬さんっ ぬいぐるみを 脱いじゃって!」
*「ぶひひひ ひーん!」
*「あら~ 当てられちゃった!」
司会がそう告げると馬は一鳴きし、中から若い女性が飛び出してきた。
*「…………………。」
“うわっ 隣の人にいったか。”
*「やったっ やったね。すごいカンだね。こりゃ超能力ってやつだね!」
*「その調子で どんどん 当てちゃって ちょうだいよ!」
*「レッツら ゴーゴーッ!」
ボルカノ「うーむ。」
司会に促され、熊は再び女性を当てるべく並びなおした動物の列を見定める。
今度は左から牛、白猫、豚、黒犬、茶虎猫。
しばらく悩んでいた熊だったがある動物の前まで来ると一言。
ボルカノ「……このブタは 男だな。」
*「フゴッ!?」
*「…………………!」
“ええっ どうして わかったんだ!?”
*「…………………!」
“や やるわね ボルカノおじさま……。”
二人の真ん中にいた豚の正体をピタリと当てられ、これで残る動物は四匹、確率は再び二分の一になってしまった。
ボルカノ「むっ!」
そして熊は少女の手前まで来ると司会の方を振り向いた。
*「…………………!」
“うそでしょぉっ!? あたしだって わかっちゃったと言うの!?”
*「おーっと? ビッグマン 今度はそのネコちゃんで いいのかい?」
*「…………………。」
“まずいっ まずいわ……!”
*「…………………。」
“ま マリベル……っ!”
ボルカノ「いや こっちの 牛だ。」
そう言って大熊は太くごわつく指で白猫の隣にいた牛を指さした。
*「…………………!」
“えっ!?”
*「な~んだ そっちか! それじゃ 牛さん 答えをどーぞっ!」
*「んっんももうー!」
*「もーっ どうして わかっちゃったの?」
またしても女性が当てられ、辺りは騒然となる。
*「ま また 正解だ!」
*「おおっと! やるもんだね 大将! 二人わかれば あと一人。って あたりまえか!」
*「さあさ バシバシ行くよ! 次はずれたら くやしいよ。それ!」
*「こりゃ いけるんじゃねえか あの熊さん!」
*「ボルカノ船長 頼んますぜー!」
沸き立つ観衆とは正反対に動物陣営は静まり返っている。
*「…………………。」
“た 助かったわ……。”
危うく命拾いした白猫は心の中で叫ぶ。
“でも これで 残るは あたしだけ。おまけに ネコは 一匹じゃないのよ!”
“黒犬の正体も バレてないし まだ 勝機はあるわ!”
ボルカノ「…………………。」
最後に残った三匹の動物を眺め、熊は腕を組んで黙り込む。
*「…………………。」
“まずいな…… さっきから 父さんは ぼくのことを じっと見てる。”
“もしかして バレちゃったかな? 怪しい動きは してないと 思うんだけど……。”
ボルカノ「…違うな……。」
そう呟くと熊は真ん中に固まっている二匹の猫をじっくりと見定め始める。
*「…………………。」
*「…………………。」
“ふ…ふふふ たとえ ネコを選んでも 確率は半分! さあ どーするかしら?”
ボルカノ「ネコで 思い出したんだが……。」
ボルカノ「あの二人は どこに行ったんだったか。」
*「…………………。」
“えっ…… 急に どうしたのかしら ボルカノおじさま。”
ボルカノ「マリベルちゃんに 伝えておかねば ならない 大事な ことがあったんだがなあ……。」
*「…………………。」
ボルカノ「なんでも トパーズが 行方不明だとか なんとか。」
*「っ……!?」
ボルカノ「むっ!」
白猫が動揺したのを熊は見逃さなかった。
*「ひゃっ…… ふ フゥ~ッ!」
すぐに白猫の首の皮をむんずと掴んでそのまま持ち上げると司会に向き直る。
*「おおっ そのネコちゃんで いいんだね? だんな!」
*「…………………。」
ボルカノ「ああ。まちがいねえ。」
*「それじゃあ 最後の 答え合わせだっ! 白猫ちゃん 出てきておーくれっ!」
マリベル「プハッ!」
マリベル「ぼ ボルカノおじさま ひきょうよーっ!」
ボルカノ「……やっぱりな。」
ぬいぐるみを脱いで抗議する少女を他所に熊はあまり浮かない声を出す。
*「パンパカパーンッ! やっちゃったよ 当てちゃったよ。こりゃ すごいねどうも! 」
*「3人正解。お見事でしたー! 」
*「それでは ここで長老さまより すてきな賞品を わたして いただいちゃいましょう!」
ボルカノ「実はな マリベルちゃん……。」
そんな司会の言葉など聞かず、少年の父親は少女に耳打ちをする。
マリベル「えっ……?」
*「はあ はあ……。おおっ 今回の優勝者が 決まりましたな!」
呼び声を聞きつけいつかの様に慌てて長老がバニーガールを連れてやってくる。
*「はい。長老さま! この 旅のおじさんたちが みごと優勝でございます!」
*「うむっ。それでは今回の優勝者に わたしから ごうか賞品を プレゼントしよう!」
*「ささっ 早く私のところに……。」
そう言って村長が熊を手招きした時だった。
マリベル「ちょーっと まったあ!」
少女の大声が広場に響き渡った。
*「「「???」」」
マリベル「長老さん! あたしが 預けた トパーズが 行方不明って どういうことよ!」
突然のことに混乱する観衆を置き去りに少女は長老のもとへ歩きながら大声で問い詰める。
*「そっ それは そのう……。ちょっと 目を 離したすきに……。」
マリベル「なーんですって~っ!?」
マリベル「どーして そんな 大事なこと 早く言わなかったのよ!!」
そう怒鳴りながら少女は長老の襟元を掴んで揺さぶる。
*「いや その……。」
物凄い剣幕に押され長老は冷や汗をかいてたじたじとなる。
ミミ「いや~ん 長老さま 死んじゃうから 落ち着いて~!」
そう言って使用人の娘が少女を止めようと必死に押さえつける。
マリベル「むう~~っ!」
ボルカノ「実は そのことで 二人を探してたんだが 一向に見当たらなくてな。」
*「それで 仕方ないから このイベントに参加してたって わけですよ。」
マリベル「あっ そ そうだったの……。」
見かねた船長と漁師にことの顛末を聞かされ、少女はようやくおとなしくなった。
マリベル「そ それで 心当たりはっ?」
*「それが まったく わからんのです。」
村長は申し訳なさそうに項垂れて言う。
マリベル「…まいったわね……。」
ボルカノ「先に コック長には 探してもらっちゃいるがな。」
マリベル「それなら まずは コック長と 合流しなきゃね!」
マリベル「アルス!」
そう言って少女はまだ動物たちの間に紛れている黒犬を呼ぶ。
*「ワン!」
マリベル「もうっ いつまで やってるのよ! ほらっ さっさと 行くわよ!」
アルス「え? あ うん……。」
ボルカノ「…………………。」
“果たしてこの男…息子は本当に世界を救った英雄だというのだろうか?”
二人のやり取りを見つめる父親の心のうちにはそんな不安が去来する。
そして同時に息子の将来をどこかで憐れんでいる自分に思わず溜息するのだった。
コック長「それで あちこち 町中を探しまわったのですが……。」
マリベル「結局 見つからなかったのね……。」
程なくして合流した料理長は冴えない顔で目を閉じる。
コック長「お役に立てずに 申し訳ありませんな。」
マリベル「しかたないわ。きっと あの子も 移動しているだろうし……。」
マリベル「……遠くに 行ってないといいんだけど。」
少女もまた不安そうに彼方を見つめる。
アルス「町の外へ 出てみる?」
マリベル「警戒心が強くはないとはいっても あの子も ネコよ。」
マリベル「知らない土地で 下手なことは しないはずだわよ。」
少年の提案に少女は首を横に振る。
マリベル「とにかく 手分けして もう一回 町の中を 探してみましょうよ。」
アルス「……わかった。」
マリベル「それじゃあね みんな あたしたち 行ってくるわ。」
*「…………………。」
*「何言ってんです マリベルおじょうさん。」
去ろうとする少女を漁師の一人が呼び止める。
マリベル「えっ?」
*「あいつも オレたちにとっちゃ 大切な 船員なんです。」
*「そうですよ! おれたちも いっしょに 探しますよ!」
*「一人より 二人。二人より 三人。三人より 全員だ!」
*「こう見えても おれ 狭いところまで 入っていけるんですぜ。」
*「こうなったら あいつの好きな 美味しい エサで おびきよせて あげますよ!」
マリベル「みんな……。」
ボルカノ「……決まりだな。」
アルス「……父さん!」
ボルカノ「よーし お前ら これから 三毛猫探しを 始める!」
*「「「ウスッ!」」」
ボルカノ「万が一 進展がなくても 日が沈むまでには 宿に 集合するように! いいな!」
*「「「ウスッ!!」」」
マリベル「みんな ありがとう!」
マリベル「…よーし それじゃ 行くわよー!」
マリベル「待ってなさい トパーズ! 必ず 連れ帰ってみせるからね!」
蜘蛛の子を散らしたように走り出した漁船アミット号一行は町の隅から隅まで怪しい所を探し始めた。
雲一つない青空の下、握り拳と共に響き渡った鬨(とき)の声は果たして迷子の三毛猫に届いたのか。
*「ややっ そんなところで 何をしてるんだい?」
*「オスの三毛猫を 探してるんだ! 見つけたら 教えてくれよな!」
*「にゃあごろん。」
*「なあ きみ 三毛猫を見てないかい。」
*「にゃんにゃん! あっ もう お祭りは 終わったんだったわ。」
*「か かわいいなあ…。っとと いけねえ。おねえちゃん それよりもさ……。」
*「なんざますか そんなところ のぞいたりして!」
*「うわあああっ ブタが しゃべったあああ!」
*「うわっ 人がせっかく いいムードになってるのに 邪魔しないでくれよ!」
*「おっと こいつは 失礼!」
*「おじちゃん タルなんてのぞいて なにしてんの?」
*「おじょうちゃん 三毛猫を 見たら 教えてくれよ。」
*「ん? オラの家に なんか 用だか?」
*「実はな……。」
*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」
*「お前に聞いてもなあ……。」
マリベル「ダメね… 全然それらしい 情報も 手に入らないわ。」
日がちょうど水平線へと付きそうな頃、少女と少年は町の隅で腕を組んで溜息を漏らしていた。
マリベル「これだけ みんなで 探しても なんの手がかりも ないだなんて……。」
アルス「うーん。トパーズも 誰かを見つけたら よってきて おかしくないと思うんだけど……。」
マリベル「……ねえ アルス。いやな予感がするわ。」
アルス「外に 行ってみるかい?」
そう言って少年は近くにある町の北口を指さす。
マリベル「…ええ……。」
少女が頷き二人で歩き出した時だった。
*「だ 誰かー!!」
突如、町の外の方から男の叫び声が聞こえてきた。
アルス「…っ!」
マリベル「今のはっ……!?」
アルス「…行こう!」
マリベル「ええ!!」
二人は互いの顔を見合わせ一回だけ頷くと、叫び声の聞こえてきた方へ向かって全力で走り始めたのだった。
*「だ 誰かー!」
町の入口までやってきた少年と少女は外から走ってきた青年と出くわした。
マリベル「ちょっと あんた!」
*「た 助けてくれーー!」
少女の声に気付いた青年が足をもつれさせながら駆け寄ってくる。
アルス「落ち着いてください。いったい 何が あったんですか!」
*「ま まものが! 魔物が 現れたんだ!」
マリベル「なんですって!?」
アルス「その魔物は どこに?」
*「ここから すぐの 森の方だ!」
*「町へ 買い出しに来たんだけど 急に 変な音が聞こえたから 行ってみたら 魔物が暴れてたんだ!」
尚も慌てふためく男は顔を真っ青にしてわめく。
アルス「お怪我は ありませんか?」
*「お オレは大丈夫だ! それより もう一人が……!」
*「おっさんが 魔物に 立ち向かっていくのが 見えたんだ!」
マリベル「聞いた アルス? これは グズグズしてる暇はないわ! すぐに 行きましょう!」
アルス「わかった! じゅうたんで行こう!」
アルス「さあ 乗って!」
そう言って少年は袋からすばやく魔法のじゅうたんを取り出しそれを広げる。
マリベル「ええっ!」
マリベル「あんたは このことを 漁師のかっこうした人たちに 伝えてちょうだい! それじゃあね!!」
絨毯に座った少女はそれだけ言うと少年と共にふわりと浮かんで西へ向かって飛んで行ってしまった。
*「な なんだあ 今のは!?」
ただでさえ狼狽していた青年は目の前で繰り広げられた光景に肝を抜かれてその場にへたり込んでしまうのだった。
*「くううっ こんなところで 魔物にあってしまうとは……!」
その頃、町の西にある森の中では一人の男が巨大な角を持つ大柄な魔物と対峙していた。
*「ブモ~~!! ブモッ! フンッ!!」
*「昔だったら こんなやつ ちょちょいのちょい だったのに……!」
そう言う男の体は既にボロボロで、体中に切り傷と打撲傷ができていた。
*「だが 負けないぞっ! くらえ!」
[ ????は かまいたちを はなった! ]
[ グレイトホーンには きかなかった! ]
男が放った渾身の一撃はむなしくも魔物の獲物によってあっさりと絡めとられ、
巻き起こされた風の刃はたちまち消え失せてしまった。
*「な なにぃ!?」
*「まずい このままじゃ……!」
そう呟くと男は少し後ろで毛を逆立てている獣に向かって叫ぶ。
*「ネコちゃん はやくどこかへ 逃げるんだ!」
*「フゥ~~ッ!」
*「どうして 逃げない! もっと ネコらしく さっさと 安全なところへ 行ったら どうなんだ!?」
男の後ろには三毛猫がいた。
本来猫同士でするケンカ程度にしか戦闘を知らないはずのその獣は、
巨大な魔物を前にしているにも関わらずまったく引けを取ろうとしない。
それどころかその目は闘志に満ちていた。
*「ナウナウ~~ッ!」
*「ブモッフフ!」
対する巨躯は余裕の笑みを浮かべている。どうやら自分の勝利を確信しているようだ。
*「私も…… そうは もちませんよ!」
*「でも……!」
*「ブモッ!?」
*「このまま ここを 通すわけには いかない!」」
[ ????は おおきな かいぶつに すがたを かえたっ!! ]
*「ぐおおおっ!」
紫色の体表をもった恐ろしい怪物は相手の魔物に向かって思い切り突進していく。
*「フンッ!」
*「ガアアッ!?」
しかし捨て身で繰り出した攻撃はなんなく避けられ、代わりに棘(トゲ)の付いた獲物による手痛い反撃を受けてしまった。
*「ぐるる……。」
流れ出す大量の血がそう長くは立って至られないことを物語っていた。
そして次の瞬間。
*「ブモ~~~ッ!!」
[ グレイトホーンは ライデインを となえた! ]
普通の魔物であれば使用してくるはずもない雷の呪文が発動し、薄暗い森の中、木々の隙間を駆け抜けて落雷が男を襲った。
*「ギャッ!! ギギギ……!」
“ドシン”という低く重たい地鳴りを起こして怪物は自らの血の海の中へ崩れ落ちた。
周りは赤黒く焼け焦げ、死を連想させる嫌な臭いが辺りに充満する。
*「なう~!!」
後で身構えていた猫がその毛をさらに逆立てて魔物を睨む。
*「ブホホホッ。」
よだれを垂らし勝利の笑みを浮かべると、魔物は目の前にいるか弱い命を踏みつぶそうと一歩一歩地を慣らすように歩き出す。
*「フゥ~~~ッ!」
それでも猫は勇ましく駆け出し、相手の脚に飛びつき思い切り牙を立てる。
*「ブモモッ!? ブモ~~~ッ!!」
*「ミギャッ……!」
思いもよらぬ反撃に一瞬だけたじろいだ魔物だったが、力任せに脚を蹴り上げ、そのまま物凄い勢いで猫を吹き飛ばした。
*「…ふ… フゥゥ……。」
その衝撃でもろに木の幹に叩きつけられた猫は、それが致命傷となったのかそのままぐったりと体を横たえてしまった。
*「ブモオオオ!!」
それでも頭に血を登らせた魔物は鬱憤を晴らそうとそれに近寄り、とどめを刺さんと獲物を振り上げる。
しかしその時。
*「させるかーーっ!」
風よりも早く駆け抜けてきた何者かが魔物目がけて思い切り獲物を突き立てた。
*「ブモオッ!?」
たまらず魔物は獲物を手放し傷を抑える。
*「トパーズ!」
そう叫んで猫を拾い上げたのは先ほど魔物に一撃を加えた少年と共にやってきた少女だった。
マリベル「もう 大丈夫よ! ベホマ!」
少女は魔力を集中させ、三毛猫の傷を治していく。
トパーズ「なーお!」
たちまち雄猫は元気を取り戻し、少女の顔を覗き込む。
アルス「どけっ!」
*「ブモッ! ブモオオッ!」
一方の少年は地団太を踏んで怒りを顕にする巨大な獣を相手どっていた。
アルス「お前が 暴れてたっていう 魔物だな?」
*「ブモ~~~!」
少年の問いかけに魔物は荒い息を吐き出し少年を睨みつける。
アルス「…話は 通じないか……。」
*「ブモオッ」
魔物は少年に思い切り突進を仕掛け、その巨大な角で少年を突き飛ばそうと試みる。
アルス「ハッ!」
少年はその下に身を滑り込ませるとそのまま魔物の鼻っ面を思い切り蹴り上げる。
*「ブッ……オオオ!?」
強烈な蹴りをまともに喰らい、魔物はその巨体を仰け反らせるとそのまま足元を滑らせて背中から地面に倒れ込む。
マリベル「トパーズ! 下がってなさい!」
トパーズ「ナッ……!」
少女がそう叫ぶと三毛猫は何を言われたのかを察したように大木の後ろへと回り込み、そのまま魔物と少年を迂回するように走り出す。
マリベル「よくも あたしの かわいいトパーズを 傷つけてくれたわね!」
*「ブモッ……!?」
マリベル「これでも くらいなさい!!」
アルス「うわっ マリベル ちょっと待った!」
“ピイイイイイイッ!”
少年の制止も聞かず、少女は指をくわえて思い切り笛を吹いた。
*「ブモモッ!?」
“ドドドド……”
するとその直後、どこからともなく何かの押し寄せるような地響きが聞こえてきた。
アルス「うわわわっ!」
マリベル「いけえええええええっ!!」
[ マリベルは どとうのひつじを はなった! ]
*「ブモ~~~~~~ッ!?」
どこからともなくやってきた凄まじい数の羊たちが、魔物を襲った。
マリベル「ありがとね~! ひつじさんたちっ!!」
放牧中だった羊たちを見送り少女が手を振る。
アルス「あいたたた……。」
想像を絶する羊の群れを寸でのところで回避した少年が、転んで擦りむいた傷をさする。
*「…………………。」
アルス「うわあ… 派手にやったね……。」
砂煙の消えた跡には、無惨にも踏みつけられて絶命した魔物がボロ雑巾の様に転がっていた。
マリベル「ふんっ 魔物なんて こんなもんよ。」
羊をけしかけた当の本人は両手を腰に当てて不機嫌そうに吐き捨てる。
アルス「は ははは……。」
アルス「…それより トパーズは?」
少年は冷や汗を拭うとあたりを見渡す。
マリベル「安全なところに いったと思うんだけど……。」
マリベル「あっ……!」
同じく辺りを見回していた少女は何かを見つけるとそちらの方へと走っていってしまった。
アルス「あ 待ってよ!」
慌てて後を追う少年だったが、すぐに何かを見つけ、その足を止める。
マリベル「…………………。」
アルス「これは……?」
マリベル「……わかんないわ。」
少年が立ち止まった先に見えたのは既に虫の息となっていた一体の怪物だった。
*「ぐ ぐるる……。」
苦しそうに呼吸をしながら力なく横たえるそれは少年たちを見つけるとどこか悲しそうな目で二人を見つめた。
マリベル「……あたしたちに 何か 言いたいことでも あるのかしら?」
*「…………………。」
するとその怪物は目だけを動かして自分の足元でじっとしている三毛猫を二人に報せる。
アルス「…ん? と トパーズ!」
マリベル「あんた こんなところに いたのね!」
トパーズ「な~お!」
二人の呼びかけに応えるように一鳴きするとその猫は怪物の顔まで回り込んでその口元をなめる。
トパーズ「なうー。」
マリベル「この魔物が どうしたっていうのよ?」
交互に自分と怪物の顔を見てくる三毛猫に少女は首を捻る。
アルス「見て マリベル。この魔物 見覚えがないかい?」
マリベル「えっ…?」
少年に言われ少女は自分の記憶の引出を片っ端から開け始める。
マリベル「…………………。」
マリベル「あっ! 思い出したわ!! これってば 変身で あたしたちが化けた怪物 そっくりよ!」
少女はいつだか不細工で恰好が悪い上に理性が飛ぶという理由で二度と使うまいと決めていた“へんしん”を思い出していた。
アルス「そうか! つまりこれは… この人は……。」
アルス「ベホマ!」
少女の言葉に少年もピンと来たのかすぐに回復呪文を唱え、怪物の手当を行った。
*「ぐ…ううう……。」
すると怪物は身体を起こして伸びをするように大きく震わせると、やがてその体を元の姿に戻し始めた。
アルス「あっ……!」
マリベル「あんたは……!」
*「た…ははは…… どうも お久しぶりです おふたりとも。」
なんと怪物の正体は以前魔封じの洞くつで戦い、力を失って人間になってしまったあの魔物だった。
*「いやあ 助かりました! ありがとうございます!」
マリベル「デス・アミーゴ!?」
マリベル「どうして あんたが ここに?」
*「もう その名前は やめてくださいよお!」
*「今は 私も ただの人間なんですから。」
少女にかつての名を呼ばれ、男は恥ずかしそうに頭を掻く。
アルス「魔封じの洞くつに いたんじゃないんですか?」
*「いや それが… すっかり魔物たちも いなくなったんで キレイな服でも 買いに行こうかなーと 町に行ったんですけど あいにく 感謝祭の真っ最中で……。」
*「出直そうと思って 町を出たら 途中で大きな音がしたんで ここまで 見にきたら このザマですよ。」
マリベル「……それで どうして トパーズが いっしょなわけ?」
少女が三毛猫を抱えたまま訝しげに男を睨む。
*「あ…ああ。町を 出ようとした時に このネコちゃんと 会いましてね。」
*「なんだかついてきちゃうもんですから そのまま ほっといたんですけど 気付いたら 魔物に襲われちゃって。」
*「この子だけ 逃がそうとしたんですけど なかなか 逃げてくれなかったんですよ。それどころか 立ち向かおうとして……。」
アルス「それで 大けがしたって わけですね。」
*「はい そうなんです……。」
マリベル「本当でしょうね……?」
*「ほ 本当ですって! 神にちかって 本当です!」
マリベル「ねえ トパーズ こいつの言ってること 本当?」
トパーズ「……なー。」
マリベル「ほら トパーズも 嘘だって 言ってるじゃない。」
*「そんな テキトーな こと言わないでくださいよお!」
*「な なんだったら このネコちゃんに しゃべってもらって……。」
そう言って男は三毛猫に両手をかざして魔法をかけようとする。
マリベル「あーっ! いいっ! いいからそんなことしなくって!」
マリベル「わかったわよ 信じてあげるわ。」
少女は三毛猫を男から遠ざけると仕方ないといった表情で溜息をつく。
*「よ よかったあ……。」
マリベル「確かに この子の言うことも 気にはなるけど ガボみたいに ベラベラしゃべられちゃ たまんないわ。」
マリベル「トパーズは トパーズのままで いいのよ。ねー。」
そう言って少女は三毛猫の顔と自分の顔を近づける。
トパーズ「…………………。」
三毛猫はどこか居づらそうに首をキョロキョロと動かしている。
アルス「それにしても もとから 人懐っこいネコだとは 思ってたけど まさか 知らない人に ついてっちゃうなんてね。」
三毛猫の喉を撫でながら少年が言う。
マリベル「そうよ。心配したんだからね?」
トパーズ「なーう。」
*「きっと 好奇心が強かっただけですよ。」
男が困ったような顔で笑う。
マリベル「…………………。」
“好奇心は 猫を殺す か……。”
少女の中でいつか少年が言っていた台詞が思い出される。
マリベル「はあ…… まあいいわ。こうして 間に合ったんだしね。」
マリベル「みんな 心配してるでしょうし そろそろ 帰りましょ。」
溜息を一つつくと少女は誰に言うまでもなく呟く。
アルス「そうだね。」
アルス「あなたは どうするんですか?」
そう言って少年は元魔物の男に訊ねる。
*「え いや わたしは……。」
男はどこか気恥ずかしそうに指を組む。
マリベル「まだ あの町に 負い目感じてるの?」
*「ええ まあ そりゃあ……。」
マリベル「あんたのやったことは 許されることじゃないけど もう過ぎたことなんだから いつまでも うじうじしてないで 遊びに行きゃ いいじゃないの。」
マリベル「なんだったら 罪滅ぼしに あの町の役に立つようなことでも やったらどうかしら?」
マリベル「それに 一度は 行ったんじゃない。だったら どうして 二度目は ダメなわけ?」
尻込みする男に少女が矢継ぎ早に言い聞かす。
アルス「そうですよ。みんな いい人たちですから きっと あなたのことを 受け入れてくれますよ?」
アルス「それに 今日はもう 遅いから 泊まっていったら どうですか?」
*「あ はははは… そ それも そうですね…… じゃあ お言葉に甘えて……。」
少々引き気味だった男は少年に救いの手を差し伸べられ、少しだけ明るさを取り戻す。
マリベル「ちょっと 誰が あんたのお金出してあげる って言ったのよ。」
アルス「まあまあ マリベル。」
再び眉を吊り上げる少女を少年がなだめすかす。
マリベル「アルス! あんた また 甘やかしてっ。」
アルス「あはは…… いいじゃない たいした お金じゃないんだから。」
*「あ ありがとうございますーっ! このご恩は いつか……。」
すっかり調子を取り戻した男がペコペコと頭を下げながら少年の手を握る。
そして三人と一匹は魔法のじゅうたんを使うことも忘れ一列に揃って仲間の待つ町へと歩き出すのであった。
マリベル「まったく あんたは 人が良すぎるのよ! この前だって……。」
そんな風に悪態をつく少女も今ではしっかりと少年の腕に自分のそれを絡ませている。
いつの間にか日は沈み、軽やかに歩む少年たちを寝坊助の月がぼんやりと眺めていたのだった。
マリベル「あーあ さすがに疲れちゃったわよ。」
宿に着いてからというもの少年たちは漁師たちに囲まれてしまった。
加えて身なりの悪い見知らぬ男を連れているものだからあれこれと質問攻めにあい、
各々の苦労話を聞かされたりと、食事を終えるまでの間二人に気の休まる時間はなかったのだった。
それから更に時間は経ち、二人は三毛猫と共に広場の椅子に腰をかけ、静かに時を過ごしていた。
アルス「……でも それだけ みんな トパーズのこと 心配してくれてたんだね。」
マリベル「ふふっ そうね。」
マリベル「あんたは 幸せ者だわね~。」
そう言って少女は膝に座る三毛猫に笑いかける。
トパーズ「…………………。」
三毛猫はなんのことかとでも言うように目を閉じたまま尻尾を振っている。
マリベル「それにしても あのおっさんが 町のために 体張るなんてねえ。」
少女が猫を撫でながら言う。
アルス「それだけ 反省してるって ことじゃないかな。」
件の男は、既に宿の中で眠りについていた。
マリベル「…世の中 分からないわね。」
マリベル「あたしたちに のされた 魔物が いつの間にか 人間になって 一度は滅ぼそうとした町のために 自分を犠牲にしようとするなんて。」
アルス「……そうだね。」
マリベル「でも これから あいつ どうすんのかしら?」
アルス「さあ。普段も 何してるか わからない人だし。」
マリベル「そんなやつに ポンッて 手を貸しちゃうんだもん あんたってば ほんとーに どうしようもない お人良しよねえ。」
アルス「……いやあ なんとなく ほっておけなくてさ。」
そう言って少年はバツが悪そうに頬を掻く。
マリベル「時々 そのお人よしのせいで こっちが 不利益こうむってんだからね? しっかりしてよね。」
アルス「んー…… ごめん。」
マリベル「もうっ 頼りないわねえ! そんなんじゃ いつか ろくな目に会わないわよ?」
アルス「…………………。」
少年は反論こそしないものの、どこか拗ねたように目線だけでそっぽを向いている。
マリベル「…………………。」
マリベル「……まっ そうならないようにするために あたしが いるんだけどね。」
少女はどこか自嘲気味に微笑む。
アルス「えっ?」
マリベル「感謝しなさいよね? こんな 美少女が あんたを 見守っててあげてんだからさ。」
なんだかんだと言っても少女はそんな少年の人柄を好いていたし、
もしもそれが災いしようものなら自分が彼を助けようと最初から考えていた。
それもこれもひっくるめて少女は少年についていくと誓ったのだ。
アルス「……うん。」
たったの短い返事。だが少年も少女が心底自分を許してくれているということを痛いほど感じていた。
普段はトゲのある言葉に隠れて見落としがちな少女の優しさ、労わり、不器用な愛を、少年は決して見逃してはいなかった。
長い間隣で歩いてきたからこそ分かる、少女なりのサインに。
だからこそ少年は面と向かって少女に告げる。
互いの気持ちを打ち明けられずにいたあの頃とは違う、今だからこそ心から言える言葉。
アルス「ありがとう マリベル。」
マリベル「っ……。」
予想以上に直球な感謝の言葉に、少女は少しだけ面食らったように少年の顔を見つめる。
アルス「きみが そばにいてくれるから ぼくは ぼくの言いたいことが言えるし やりたいことができる。」
アルス「だから… ありがとう。」
マリベル「……ふん。いいわよね あんたは そうやって 人の気も知らずに。」
素直な想いをぶつけてくる少年の目を直視できず、少女は膝の猫へと視線を落とす。
アルス「……そうかもね。」
マリベル「ばーか。」
アルス「うん。」
マリベル「お人好し。」
アルス「うん。」
マリベル「褒めてないからね?」
アルス「うん。」
マリベル「なによなによ バカにして。てきとうに 答えないでよね! もうクチきいてやんな……。」
マリベル「っ……!?」
アルス「マリベル。」
マリベル「…………なによ。」
いつの間にか立ち上がり回り込んだ少年に後ろから抱かれ、少女は言葉を失くす。
もう何度こうされたか分からないのに、こうなってしまっては少女はたちどころに膝の上の猫のようにおとなしくなってしまう。
アルス「…たしかに ぼくは ニブいって よく言われるけど……。」
アルス「きみのことなら なんとなくだけど 誰よりも わかってるつもり。」
マリベル「えっ……?」
アルス「だから さ。」
アルス「だからこそ きみに 迷惑かけてるってことも よくわかってるし きっと これからも 迷惑をかけちゃうんだと思う。」
マリベル「…………………。」
アルス「でも きみが 本当にイヤって言うなら ぼくは 絶対にそんなことは しない。」
アルス「……どんな時でも きみに笑っててほしいから。」
マリベル「…………………。」
マリベル「……うふふっ ばかね。」
アルス「……?」
マリベル「どんな時でも 笑顔だったら 感覚が マヒしちゃうわ。」
マリベル「…時に 辛いことがあって ちょっと 苦しいからこそ 嬉しかったり 楽しかったりした時に 全力で 笑えるの。」
マリベル「だから……。」
アルス「だから……?」
マリベル「だから どんな時でも あたしは あなたについていくのよ。」
マリベル「……全部 あなたと分かち合いたいから。」
アルス「…マリベル……っ!」
マリベル「え ちょっと…… ん……。」
感極まったようにその名を呼び、少年は身を乗り出して少女の唇を奪う。
マリベル「あふっ………ん…う…。」
やがて少女もそれを受け入れ、体を少年の方へと向き直る。
トパーズ「なう~……。」
少年と少女の体に挟まれるような形になってしまった三毛猫が、苦しそうに身をもがき少女の膝からスルリと抜け出る。
アルス「ぷはっ!」
マリベル「はっ……はあ……。」
マリベル「…もう……アルスったら……。」
しばらくしてようやく少年から解放され、苦しそうに息を整えると少女はか弱げに悪態をついた。
アルス「はは……ごめんごめん。」
アルス「つい 嬉しくってさ。」
それすらも愛おしげに少年は少女の体を優しく抱きしめる。
マリベル「ふふっ あんたってば ここのところ 積極的よね。」
そんな少年を満足げに、そしてどこか小ばかにしたように少女が鼻息を漏らす。
アルス「だって マリベルがかわいいから いけないんだ。」
マリベル「んー! もうっ!」
またしても恥ずかしい台詞を悪びれもなく言ってのける少年に、
少女はこの町で何度も耳にしてきた牛の鳴き真似の如く可愛らしい抗議の声を漏らすのだった。
いつしか月は天まで昇り、二人の影は小さく重なり合って一つとなっていた。
そんな二人の小さな影の中で三毛猫が、香箱座りで退屈そうに尾をなびかせながら二人の顔を交互に見上げる。
“たまにはオレにも感謝しろよ”と。
そして……
そして 夜が 明けた……。
794 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/17 23:30:13.07 Gbhcinl20 732/905
以上第26話でした。
デス・アミーゴはあの後どうなったのか。
彼は結局ただの人間(?)になって、いじめられるのが怖いからという理由で“魔封じの洞くつ”にひきこもっているわけですが
(魔王復活後は例の部屋を出て途中の山道にいましたが)
長い年月の間にいったい何があったのか、きれい好きで腰の低いおっちょこちょいな男になっていました。
今回は魔王のいなくなった平和な世の中で
そんなきれい好きな彼が自らの衣服を改めようと町までやってきたというお話と、
オルフィーの感謝祭に偶然やってきたアルスたちが現れた魔物と対峙するというお話が同時進行で行われます。
さて、今回デス・アミーゴが使った“変身”については勝手な想像ですが、
元々彼がそういった類の魔法の使い手だったことから付け加えた設定です。
ちなみに変身後は「モンストラー」という名前の魔物になります。
(6をやった方には見覚えがあるかもしれませんが、7には登場しないキャラクターです。)
これは誰が“変身”を使用しても同じですが、
AI行動となる上に圧倒的な使えなさを誇り、正直日の目を見ることはほとんどありません。
しかし戦闘力を失くしてしまった彼にとっては一時的にではありますが、
グレイトホーンと戦う手段としてちょうど良かったのではないかと思い、今回はあえて起用しました。
ちなみに“かまいたち”は実際に過去のデス・アミーゴが使ってくるワザですが、
グレイトホーンには本当に通用しないのです。ああ無念。
…………………
◇次回はいよいよ最後の訪問地へ。
795 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/17 23:31:16.14 Gbhcinl20 733/905
第26話の主な登場人物
アルス
黒い犬のぬいぐるみを着てオルフィーの感謝祭に参加。
ひょんなことからかつて魔物だった男と再会。
マリベル
アルスと共に感謝祭に参加。ぬいぐるみは白い猫。
行方不明になったトパーズを探してひた走る。
ボルカノ
町民に紛れ込んだアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
見事イベントで優勝してみせる。ちなみにぬいぐるみは熊。
コック長
アルスとマリベルのことは漁師たちに任せ、
行方不明になったトパーズを先に探していた。
着ぐるみはブタさん。
めし番(*)
漁師たちと共に感謝祭に参加。
着ていたのは牛。
アミット号の漁師たち(*)
自分たちをほったらかしにして行ったアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
その後は行方不明の三毛猫を探して町をうろつく。
トパーズ
オスの三毛猫。
長老の家に預けられていたが、屋外に出た際町へやってきていた男についていってしまう。
勝ち目のないような相手にも果敢にとびかかっていく。
オルフィーの長老(*)
町長といっても良いような立ち位置にいるが
どうにも助平なおじいさん。
ミミ
長老の家で働くお色気たっぷりのメイドさん。
長老の趣味でバニーガールの恰好をさせられているが本人もノリノリ。
イベントの司会(*)
感謝祭で司会を務める男。
饒舌で独特の言い回しをする。
妙にテンションが高く、とにかくうるさい。
船着き場の使用人(*)
ブルジオの船着き場で働いている使用人の男。
オルフィーの町まで買い出しへやってくる途中、魔物と遭遇。
急いで町へ逃げてきたところで出会ったアルスたちにことの顛末を聞かせる。
元デス・アミーゴの男(*)
かつて魔封じの洞くつに封印されていた元魔物の男。
長い年月を経て人間の姿となり、ほとんどチカラを失っていたが
突如現れた魔物を相手に奮闘する。
航海二十七日目:時を渡る英雄 / 涙の真珠を君に
*「コーケコッコー!!」
鶏たちのけたたましい鳴き声が静かな町に響き渡り、朝の訪れを告げる。
*「コケー! コココ!」
*「コッケー! コケッコ!!」
*「コココ… コケコッコー!」
マリベル「うるさーーーーい!!」
*「「「うおおっ!?」」」
少女の絶叫が静かな宿屋に響き渡り、少年達にも朝の訪れを告げた。
マリベル「まったく… 人の安眠をさまたげるとは いい度胸してるわね!」
アルス「そんなこと ニワトリに言ってもなあ……。」
すぐに始まった朝食をぱくつきながら少女が眉間にしわを寄せて言う。
*「おれたちの 安眠は……。」
マリベル「な・に・か?」
*「ヒィッ なんでもありませんっ!」
恨めしそうな顔をする漁師も少女の人にらみですっかりすごんでしまうのだった。
*「それにしても ここの朝は すごいですねー!」
早朝からやかましいくらい元気な元魔物の男が笑う。
*「こんなに たくさんのニワトリが鳴くなんて! ここの人たちは きっと 規則正しい生活が 保障されてますね!」
などと、的を射ているのかいないのかわからないような冗談を飛ばす。
マリベル「ふんっ おかげで こっちは 寝不足だわよ!」
アルス「まあまあ どっちにしろ そろそろ 起きなきゃ いけない時間だったんだし……。」
マリベル「……ふん。」
アルス「ふう……。」
“どうやら今朝は彼女のご機嫌取りが最初の仕事になりそうだ。”
そんなことを考えながら少年は残りの食事を平らげるのだった。
*「もう 行ってしまうんですね……。」
食事を終えた一行に一晩寝食を共にした男が別れを惜しんで語り掛ける。
ボルカノ「オレたちも 長いこと 航海してるからな。早く 役目を終わらして 故郷に帰りたいんだ。」
ボルカノ「悪く 思わないでくれよな。」
*「ええ……。」
昨晩、元魔物と少年たちの話を興味深そうに聞いていた船長は少しだけ困った顔で笑う。
アルス「たまには 遊びに来るので また その時にでも。」
マリベル「ええ? あたしは あの山まで 行きたくないわよ?」
少年の言葉に少女は怪訝な顔。
*「あ っははは… わたしも 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので 運がよければ!」
元魔物の男はそう言って頭を掻く。
マリベル「……そう あんたは見つけたのね。」
*「えっ……?」
マリベル「なんでもないわ。さっ 行きましょ。」
アルス「…うん。」
ボルカノ「よーし! いくぞ お前たち! 海で仲間が待ってる!」
*「「「ウスッ!」」」
こうして一行は感謝祭を終え静まり返った町を後にし、次なる目的を目指して元来た道を歩き出すのであった。
青い空がどこまでも続いている。
今にも消えてしまいそうな雲だけがわずかばかりに浮かんでいるだけの空。
そしてその空をそのまま映したように真っ青な海の上、漁船アミット号は緩やかな東からの風を受けて航行していた。
マリベル「…………………。」
そんな中、少女は一人、船尾に立って先ほどまで滞在していた町の方角を眺めていた。
マリベル「あんなのでも もう 自分のやることを 見つけてるのね……。」
少女は先ほど男が言っていた言葉を思い出して独り言つ。
“私も 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので”
かつて町を壊滅へ追い込んだ魔物は封印され、時を経ることで人の姿となりその心を改め、
今ではすっかり罪滅ぼしをせんと意気込むまでに至っていた。
少女が“軟弱”とこけおろしたあの男が。
マリベル「…………………。」
少女にはそれが羨ましく感じられた。
いつまでもこれからすべきことの見つからない自分とは違い、
彼はしっかりと自分の道を見つけ、それに向かおうとしている。
マリベル「なんか 腹立つ。」
そんなことを考えているうちに自分への怒りなのか、
彼への嫉妬なのか、それとも今朝の鶏への恨みなのか分からぬ苛立ちが少女を襲ってきた。
アルス「あ マリベル そんなとこに いたんだ。」
そんなことも知らずにのこのことやって来た少年が少女の背中に呼びかける。
マリベル「……いいところに 来たわね アルス。」
アルス「ん?」
羊を目の前にした狼は今まさに跳びかからんと低い唸り声を上げている。
マリベル「このイライラを なんとか なさい。」
アルス「ええっ? 何の話?」
マリベル「いいから なんか スカッとする 話しなさいよ。」
いきなりのことに狼狽する少年に少女は詰め寄りにらみつける。
アルス「そんな 無茶な……。」
マリベル「……この 役立たず。もう いいわよ。」
そう言って少女は身体を仰け反らせて抗議する少年に背を向け、だんまりを決め込んでしまった。
マリベル「……はあ………。」
アルス「…………………。」
いつもより小さく見える少女の背中を見つめ、少年は何を思ったか呟くように声をかける。
アルス「…次で 最後だね。」
マリベル「……そうねー。」
面倒くさそうに少女が答える。
アルス「一か月。長いようで 短いような……。」
アルス「もう 終わるんだね。」
マリベル「……そうね。」
小さく返す少女の背中は、どこか寂しそうにも見えた。
アルス「いろいろあったね。」
そう言って少年は少女の隣に並ぶ。
マリベル「…旅の時よりも ヒヤヒヤしたわよ。」
アルス「コスタールから始まって 途中 いろんな国や町によって いろんな人に会ったり 事件があったり。」
マリベル「あたしも あんたも ボロボロになるし。ロクなことが なかったわ。」
アルス「でも 宴があったり みんなで真剣に 漁をしたり。」
アルス「……ぼくは 楽しかったな。」
少年は懐かしむように目を細めて小さく微笑む。
マリベル「……あんたって ホント 気楽よね。あたしなんて……。」
アルス「やっぱり ついてきて 後悔した?」
マリベル「…………………。」
少年の問いかけに少女は目を伏せたまま何も答えない。
アルス「ぼくは きみがいてくれて 良かったって 思ってんだけどな。」
マリベル「…………………。」
アルス「……そっか ごめん。」
そう言って少年は踵を返してその場を立ち去ろうとする。
マリベル「………い…。」
アルス「えっ?」
マリベル「そんなわけ ないじゃない!」
アルス「…………………。」
マリベル「あたしだってそうよ… 辛いことも いっぱいあったけど 何一つ 後悔なんてしてないわ!」
マリベル「あんたが… アルスが いっしょだったから。」
そう言って少女は力強い目で少年を見つめる。
アルス「マリベル。」
マリベル「んっ……。」
アルス「ありがとう。」
マリベル「……ふん。言ったじゃないの。あんたについて行くって。」
マリベル「あんたと いっしょなら あたしは どこにだって行くし どんなことだって 耐えてみせるわ。」
マリベル「…それに あたしだって 楽しかったわよ。」
抱きしめられたまま少女は少年の顔を見上げる。
マリベル「自分たちが 取り戻した 平和な世界を こうやって 堂々と 歩けるんですもの。これが 愉快以外の なんだっていうのかしら?」
アルス「……ふふっ。その通りだね。」
少女の微笑みに少年も笑って答える。
マリベル「ねえ アルス。」
アルス「なんだい?」
マリベル「いつか あなたが この船を仕切れるようになったらさ。」
マリベル「年に 一回でもいいの。」
マリベル「……また わたしを 漁に 連れていってよ。」
少女はどこか照れくさそうに視線を少年の目から逸らす。
アルス「……わかった。約束する。」
マリベル「ほんとう?」
期待に膨らんだ眼差しで少女はまた少年の目を見つめる。
アルス「……もちろん。」
優しく受け止めるその瞳に曇りはなく、どこまでも澄んだ黒で少女を見つめ返した。
マリベル「うふふ。ありがとっ。」
アルス「でも その時は 日帰りかもよ?」
マリベル「なんでもいいのよ。」
マリベル「あなたと 一緒に 海に出られるなら…。」
アルス「……っ!」
“この人はどうしてこんなに可愛いことを言ってのけるのか”
まるで少年の理性をドロドロに溶かしてしまいそうな台詞を吐きながら、少女は赤みがかった頬で体を捩っている。
マリベル「アルス……?」
アルス「マリベルっ!」
マリベル「んっ!? …んん……。」
あどけなく名前を呼ぶ少女に、この旅の中で何度交わしてきたかもわからぬ口づけを施す。
まるで彼女のすべてを覆いつくさんばかりに激しく、甘い口づけを。
マリベル「はあっ…… もう アルスったら。見られてるわよ?」
そう言って少女は帆の方を見やる。
アルス「……いいんだ もう。」
マリベル「ふふっ。ん~!」
アルス「…む……!」
言葉とは対照的にどこか恥じらいを見せる少年に今度は少女から攻撃をしかける。
アルス「ぷはっ… ま マリベル?」
マリベル「…なーんちゃって ホントは 見られてませんでした~。」
そう言って少女はどこか小馬鹿にしたように笑う。
アルス「あっ やったな!」
マリベル「おほほほ。アルスってば かわいい~。」
赤面して怒る少年を少女は尚も挑発する。
アルス「それなら こうだ!」
マリベル「ひゃっ……!?」
そんな少女に対抗すべく少年は首筋をぺろりとひとなめ。
少女の体はビクンと跳ねる。
アルス「まさか 魔物 以外に このワザを使う時が くるとは……。」
マリベル「あ あふっ……。」
脱力する少女の体をしっかりと支えながら少年が勝ち誇った笑みで言う。
マリベル「ひ ひきょうものぉ……。」
アルス「あははっ …ごちそうさま。」
そう言って少年はようやく少女を解放すると今度こそ歩き出す。
マリベル「あっ……。」
不意に離れていった体温の名残を惜しむかのように少女は少年の背に手を伸ばす。
しかしその手は少年には決して届かず、ただ虚しく宙を触るだけ。
マリベル「…………………。」
むすっとした表情でどこか不満足そうに少女は腕を組むと、彼の後を追うようにして甲板を降りていくのだった。
“必ず仕返ししてやる”と誓いを立てて。
*「なあ… まだ 着かねえのか?」
アルス「もうすぐですよ。」
日も暮れ始めた頃、次の大陸へと上陸した漁船アミット号一行は
料理長と漁師を船に残し、日のあまり射さない薄暗い森の中を行進していた。
*「しかし こんな 森の中 歩いてて 本当に 大丈夫なのか?」
マリベル「なによ 弱気ねえ。もう あんまり 時間ないんだし 急がないと。」
そう言って不安そうに辺りを囲う背の高い木々を見上げる漁師たちを少女が急かす。
ボルカノ「ん? 出口か?」
するとそれまで何も言わずに少年と少女についてきていた船長が急に口を開く。
*「おおっ 視界が ひらけた!」
*「見ろよっ! 村だ!」
船長の言葉に、前へ出てきた漁師たちが嬉しそうにはしゃぐ。
アルス「あれが プロビナの村です。」
そう言って少年が指差す先、そこには山々に囲まれた小さな村があった。
*「おっ こっちにも 道があるじゃねえか!」
*「じゃあ どっちも 正しい道って わけなんだな。」
マリベル「だーから 言ったでしょ? こっちの方が 近道だって。」
*「いやあ すいません ついつい……。」
得意げに言う少女に飯番の男がバツが悪そうに頭を掻く。
アルス「さあ 急ぎましょう。早くしないと 山の上まで 着けません。」
*「ええっ おれたちも 登るのか!?」
少年の言葉に漁師の一人が顔を青くして身動ぎする。
マリベル「べっつにー? 嫌なら 宿で 待っててもいいんだけど。」
ボルカノ「まあ お前たちは 先に休んでて かまわんぞ。」
アルス「王さまの手紙は ぼくたちが わたしておきますから。」
*「さ さっすが ボルカノさんに アルス! 話が わかりますなあ!」
そう言って男は胸を撫でおろす。
マリベル「…わーるかったわねえ。話の分からない人で。」
*「うっ… いや マリベルおじょうさん ち 違うんですよ これは……。」
いかにも不機嫌そうに言う少女に男は慌てて弁解につとめようとする。
マリベル「ふーん? 何が ちがうって言うのかしらん?」
アルス「まあまあ マリベル。」
マリベル「なによ アルス。」
アルス「ほらっ 急ごう?」
そう言って少年は少女を呼び止めるとその手を握り催促する。
マリベル「……ふんっ わかってるわよ。」
少女はまだ不機嫌そうな表情でそれを受け入れると、男を残してさっさと歩き出してしまうのだった。
*「…………………。」
*「た たすかった」
そして一人残された漁師は額の汗を拭うとこっそりと、心の中で少年に感謝しながら列の中へ戻って行くのだった。
*「おや こんなところに 旅人とは めずらしい。しかも 団体と来たもんだ。」
村へと到着した一行を出迎えたのは入口の近くにいた酪農家の婦人だった。
アルス「魔王が倒れてからも 人は あまり来てないんですか?」
先頭に立っていた少年が尋ねる。
*「そりゃあ こんなへんぴな所にある 村だからねえ。普段から 旅人なんて めったなことじゃ 来ないんだよ。」
婦人はつまらなさそうに言った。
アルス「そうですか……。」
マリベル「それより 神父さまたちは 元気にしてるかしら?」
二人の会話が途切れたのを見計らうように少女が婦人に問う。
*「おや おじょうさん お祈りかい? エライねえ 若いのに……。」
*「神父さまたちなら 前よりも 生き生きとした ご様子だよ。なんでも 神の気配を 感じ取ったとかなんとか。」
マリベル「ふーん…。やっぱり わかる人には わかるのね……。」
少女は人差し指に顎を乗せて思案する。
*「どうしたんだい? そんなに考え込んじゃって。」
マリベル「えっ あ いや なんでもないわ。それじゃ あたしたちは 教会に行きましょう。」
はぐらかすように話を変えると少女は少年に向き直る。
アルス「うん。」
ボルカノ「よし 今日はこれで 解散だ。オレたちの宿も 取っておいてくれよ。」
*「「「ウスッ!!」」」
そうして山の向こうに日が沈みゆく中、一行は別々の方向へと歩き出すのだった。
漁師たちと別れた三人は教会を目指すべく村の中を歩いていた。
*「おにいちゃん まだー?」
*「んー もうちょっとで……。」
*「んもももーっ!」
*「おーい お前たち もう 家の中に 入りなさい。」
*「えーっ!? ちょっとまっててよー!」
マリベル「あら 見て アルス。あの子たち またやってるわ。」
通りの南の方にある家の庭では遅い時間だというのにも関わらず子どもたちが牛の乳を搾ろうと躍起になっているのが見えた。
アルス「ホントだね。」
ボルカノ「…なあ あれって 牡牛だよな?」
そんな光景に少年の父親は顎を擦って首をかしげる。
マリベル「ええ。でも あの子たち 乳牛とかんちがいして いっつも ああやってるの。」
なんてことはないと言わんばかりに少女が歩きながら説明する。
ボルカノ「……平和な村だな。」
アルス「あくびが 出るくらいね。」
思わず漏れた感想に少年が付け加える。
マリベル「平和と言えば……。」
そう切り出し、思い出したように少女が何かを言おうとした時だった。
*「お気をつけて お帰りくださいねー!」
今度は村の北の方から若い女性の声が聞こえてきた。
*「ありがとう ベルルちゃん また 明日ね。」
ベルル「はい! また 明日。」
声のする方へ向かう三人は連なって歩いてくる老人たちとすれ違う。
ボルカノ「……あれは?」
そのさらに奥、老人たちへ手を振って見送る女性を見て父親が尋ねる。
マリベル「ベルルさんっていって あそこにある 村の老人の憩いの家で 働いているの。」
ベルル「あら? あなたたちは たしか 以前にも……。」
少年の父親に少女が説明しているところへこちらに気が付いた女性が歩いてきて語り掛ける。
アルス「お久しぶりです。」
マリベル「あいかわらず たいへんそうね ベルルさん。」
そんな娘に二人は笑顔で挨拶を交わす。
ベルル「ふふっ それだけ やりがいがあるってものですよ。」
ベルル「世界が平和になって お年寄りのみなさんも ますます 元気になって なんだか こっちも 明るくなっちゃうわ!」
そう言って娘は屈託なく笑う。
マリベル「……でも それだけじゃ 疲れちゃうんじゃない? たまには 若い人と 過ごすなりして 気を抜かなきゃ ダメよ。」
ベルル「うふふっ。ありがとう。」
ベルル「でも こんな時間に どうしましたの?」
ボルカノ「実は 山の上の 神父さんに 用がありましてな。」
そこへ二人の後ろで見ていた少年の父親が答える。
ベルル「そうなんですか……。」
アルス「…何か あったんですか?」
急に曇ってしまった娘の顔を見て少年が尋ねる。
ベルル「この前 おじいさんの神父さまが ひどく せきこんで 歩いていらしたものですから 何か あったんじゃないかと思って……。」
ボルカノ「具合が 悪いんだろうか。」
そう言って少年の父親は腕を組んで唸る。
マリベル「ねえ それなら 早く 行って たしかめましょうよ。」
アルス「そうだね。」
アルス「ベルルさん すいませんが ぼくらは これで失礼します。」
少女に頷くと少年は娘に挨拶をして山を目指して歩き出す。
ベルル「足元暗いですから お気をつけて……。」
マリベル「ありがとう!」
ボルカノ「そちらも 気を付けて。」
そう言って少女と父親も少年の後を追って速足に歩き出す。
目の前にそびえ立つ山はすっかり闇に覆われ、日の差さない足元はおぼつかなくなっていたが、
幾多の暗闇を渡り歩いてきた彼らにとってはほんの些細なことにすぎない。
少年と少女は小さな火の玉を掌の上に作り出すとそれを灯りに山のふもとにぽっかりと空いた洞窟の中へ進んでいくのだった。
マリベル「うー………。」
登れども登れどもなかなか山頂の見えてこない洞窟は、
今でこそ魔物はいなくなったが過去の世界ではちょっとした迷宮で、少年たちの体力を根こそぎ奪っていったものだった。
そして現在……。
マリベル「つかれたー。アルス あたしの手も 引っぱってよ。」
アルス「やれやれ……。」
ボルカノ「はあ… ふう……。」
再び少年たちの体力を奪っていた。
普段であればゆっくりと進んでいたところを、
時間がないことを理由に駆け足で登っていたため、三人はあと少しという所で息を切らしてしまったのだった。
マリベル「ここは 何度来ても こたえるわね……。」
少年に手を引かれながら少女が力なく言う。
アルス「しゃべる元気があるなら 自分で 歩いてよ……。」
マリベル「やだ。」
アルス「はあああ………。」
無情な返事に少年は恨みがましそうにため息をつく。
ボルカノ「まだまだ 若いと思ってたが これは ちと 自信を無くすな……。」
そう言う少年の父親もげんなりとした表情で重たい足を持ち上げる。
マリベル「…ひぃ……ふぅ……。」
アルス「……あっ!」
そんなこんな階段を上りきったところで少年が声を上げる。
マリベル「なによ アルス なんか あったの?」
アルス「違うよ! もう 着いたんだよ!」
マリベル「えぇ……?」
あまりに急いでいたため、道順こそ覚えてはいたが自分たちが今何階にいるのか忘れていたらしい。
少女は少年の言葉を一瞬理解しかねたように間抜けな返事をしてから前を見つめる。
マリベル「つ 着いたの?」
ボルカノ「ふう ようやくか。」
アルス「さっ もうひとがんばりだ。急ごう。」
マリベル「はー……。」
そう言って再び歩き始めた少年の背を追いながら少女は盛大な溜息をつくのであった。
*「まあっ こんな 暗い中 うちにいらっしゃるなんて!」
*「あなたたち ただ者じゃないわね……。」
なんとか教会へとたどり着いた三人を出迎えたのはこの教会に住まう息子の方の神父の妻だった。
アルス「こ こんばんは……。」
マリベル「神父様に 用があって 来たんですけど。」
息を整えながら二人が用件を伝える。
*「そ そうなの…。でも あなたたち 汗びっしょりじゃない。」
*「よっぽど 急いでいらしたのね。」
*「良かったら 裏の 泉で 体をお清めに なっていらしたら?」
そんな三人の様子を見て女性が水浴びを勧める。
ボルカノ「それは ありがたいんだが それよりも先に 用を片付けないとな。」
マリベル「そ そうね……。」
*「そう… それなら ちょっと待っててくださいね。」
*「あなたー! お客様よーっ!」
女性が教会の一階部分、つまり居住用の部屋へ呼びかけると奥から中年の男性が現れた。
*「これはこれは こんな夜分に どうなさいましたかな?」
*「おやっ あなた方は 以前 お会いしたような……。」
アルス「こんばんは 神父さん。遅くにすいません。実はぼくたち……。」
[ アルスは 事情を説明した。 ]
*「そうでしたか… それでは 父と話し合いますので どうぞ こちらに。」
そう言って神父は三人を部屋の中へと招き入れた。
マリベル「失礼します……。」
ボルカノ「む?」
しかし通された部屋には件の老神父はおらずもぬけの殻だった。
アルス「あれ? お父さんの方は……。」
*「ああ こちらです。」
*「父さん お客さんだよ。」
少年の疑問に答えるように隣の部屋を指すと、若神父は中へ一言呼びかけ扉を開ける。
*「あれっ お客さん?」
*「ん?」
そこにいたのは若神父の息子と、かつて少年たちが山の途中で出くわしここまで引っ張ってきた老神父だった。
アルス「こんばんは。お久しぶりです 神父さま。」
マリベル「ボクも 元気してたかしら?」
*「うん おねえちゃん!」
*「ややっ あなたがたは あの時の!」
*「これはこれは よく お訪ねになってくださいましたな。」
そう言って老神父は少年と少女の顔を交互に見やって微笑む。
しかしその顔は以前よりも少しやせて見えた。
マリベル「……神父さま もしかして どこか 具合が悪いんじゃないの?」
*「いや お恥ずかしながら ちと 病を患ってしまった様でしてな。」
*「なあに しばらく 養生すれば すぐに 良くなりますって!」
アルス「そうですか……。」
”こう言われてしまえば返す言葉もない”
そう思い少年は黙って頷くことにした。
*「おおそうだ それで 今日は どういった ご用件で?」
ボルカノ「……実は われわれは グランエスタードの使いで 来たんです。」
*「おお ここから 東にあるという あのエスタード島から!」
*「……ということは 何か 重要な お話なのでしょうか。」
少年の父親の言葉に老神父は三人を見回して神妙な顔つきになる。
ボルカノ「これを 読んでいただきたい。」
[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 神父に 手わたした! ]
*「ふむふむ… うーむ… なるほど……。」
*「ふむ そうですか……。」
二人の神父は異国の王からの手紙を真剣な表情で眺め、やがて一通り読み終えたのかその顔を上げた。
*「だいたいの 内容は 把握いたしましたぞ。」
ボルカノ「まだ この村とは 交易も 締約も 結んでいませんからな。」
ボルカノ「加えて こちらの村が 漁業を どれぐらいなさっているのかも われわれには わからない。」
ボルカノ「とにかく 今回は これから どうしていくかを 考えていただく機会にと バーンズ王は おっしゃっていました。」
そう言って少年の父親は二人に王からの伝言を伝える。
*「そうでしたか。たしかに この村は 他の地との 交易は ほとんどありませんからな。」
*「こうして お話をいただけるだけでも 十分ありがたいことです。」
*「この村は 基本的に 農業で 成り立っているところが ありますので あまり漁業はしないのですが これを機に 船着き場を整備するのも いいかもしれませんね。」
*「では……。」
そう言って若神父は机に座ると羊皮紙を取り出してペンを濡らし始める。
*「お返事を したためますので 少々 お時間を いただけますか。」
ボルカノ「え ええ 構いません。」
*「おねえちゃん 汗かいてんなら うらの泉でみずあびしてきたら?」
マリベル「あら いいのかしら?」
*「おお そうですな。急いで いらしたんでしょう。よければ どうぞ。」
*「外の池もきれいにしてありますから そちらも 使えますよ。」
アルス「……それでは お言葉に甘えて。」
男の子と老神父に勧められ、少年たちは若神父を待つ間に体を清めることにするのだった。
アルス「マリベルは 泉にいきなよ。」
教会で浴巾を借り、表へ出てきたところで少年が気を利かせて言う。
マリベル「あら どうも。でも 最初から そのつもりよ?」
アルス「は ははは… ごめんごめん。」
彼女にとっては、もとい誰がどう見てもそうなることは明らかだったのだが。
ボルカノ「もう 急がなくていいから ゆっくり 入ってきな。」
マリベル「はーい。ありがとう ボルカノおじさま。」
アルス「むむむ……。」
あいかわらず父親には愛想の良い少女に少しだけ抗議の目線を送るも
当の少女はまったく意にも介している様子はなく、さっさと奥の祠へと入って行ってしまった。
アルス「……さてと 入ろっか 父さん。」
ボルカノ「おう。」
少女がいなくなったのを見計らい、二人は着替えて湧き水の中へと入っていった。
アルス「うー……。」
ボルカノ「けっこう 冷たいな。」
汗ばんだ身体は既に冷え始め、水の冷たさにはもはやありがたみなど感じられなかった。
アルス「さっさと 体をふいて 出よ……。」
ボルカノ「だな。」
山の上に吹き付ける風が、ただでさえ低い気温の中、二人の体温を奪っていく。
アルス「ほこらの中は 温かいんだろうなあ。」
ボルカノ「だろうな。」
そう言って少年は少女の入って行った祠を恨めしそうに見つめる。
アルス「…………………。」
ボルカノ「…………………。」
アルス「…さて そろそろ 出ようかな。」
身体を洗い終え、着替えを手に取ろうとした時だった。
ボルカノ「アルス お前のアザ 光ってないか?」
アルス「えっ?」
父親に言われふと目をやると確かに腕の痣がどこか淡い光を帯びているように見えた。
ボルカノ「……まだ 何か お前には 大切な役目が 残っているのか?」
アルス「……わからない。なんでだろうね。」
アルス「あっ……。」
そんな会話をしていると次第にその光は弱まり、元の真っ黒な紋章へと姿を戻してしまった。
アルス「……なんだったんだろう?」
アルス「…くしゅんッ!」
不思議そうに腕を眺めていた少年だったが、寒気から大きなくしゃみを一つ。
ボルカノ「さて カゼひかねえうちに 上がるか。」
アルス「ズビ……うん。」
着替えを済ませ、教会の礼拝堂に戻ってきた二人は少女の帰りを待っていた。
ボルカノ「……戻ってこないな。」
しかし件の少女はしばらく待っても戻ってくる気配はない。
アルス「そうだね。」
ボルカノ「おい アルス ちょっと 様子を見てこい。」
アルス「ええ? 大丈夫でしょ。」
ボルカノ「……万が一 何かあったら たいへんだからな。」
そういう父親の顔は真剣そのものだった。
アルス「うーん……。」
アルス「わかった ちょっと 行ってくるね。」
少し悩む素振りを見せた少年だったが、一つ頷くと再び外へ出ていくのだった。
アルス「うっ 寒い……。」
池のほとりを歩く少年は吹き付ける北風に思わず身を縮める。
アルス「マリベルったら いつまで 入ってんだろう……。」
“乙女の 入浴は 長いのよ!”
なんていう言葉がすぐに返ってきそうだと思いながら少年は歩みを進める。
その時だった。
アルス「ん……?」
少年はふと胸のあたりに不思議な温かさを感じ服の下を覗き込む。
アルス「あれ…… ペンダントが……。」
熱の正体は人魚の母から受け取った涙の真珠の垂れ飾りだった。
そしてよく見るとそれは僅かながら淡い光を発しているのがわかった。
アルス「んっ!?」
そして気付けば腰に下げた袋の中からも青白い光が漏れているのが見え、少年は急いで袋の中に手を突っ込み中をまさぐる。
アルス「これは…… 人魚の月?」
そう言って少年が取りだしたのは蒼白の三日月の中に真珠のような純白の玉取り付けられた海底に眠る月。
それはかつて少年が過去のコスタールで手に入れた伝説の宝石だった。
その人魚の月が胸の垂れ飾りと同じように淡い光を放っている。
アルス「うっ…!」
そして妙な感覚に袖をまくれば再び腕の精霊の紋章が浮き上がりぼうっと輝きだした。
まるで二つの宝石に呼応するかのように。
アルス「これは… いったい……。」
少年はその幻想的な光にしばらく魅入っていたが、やがて腕の紋章が光を失うとつられるようにして二つの宝石も発光を終えた。
しかし少年にはその輝きが先ほどよりも増したように感じられた。
アルス「…………………。」
アルス「あれ?」
少年はそれらが光を失くしても尚まじまじとそれを眺めていたが、ふと足元を見た時、そこに何かが転がっていることに気が付いた。
アルス「これは……?」
それは一枚の紙のようだったが、ひどく古ぼけていて一見何が書かれているのかはわからなかった。
アルス「…………………。」
拾い上げて裏返すとそれは絵画だった。
そこには女神が泉の水で傷を癒す姿が描かれている。
アルス「いつの間に 落としたんだろう……。」
どうやら先ほど慌てて袋の中から人魚の月を取り出すときに引っかかって落ちてしまったのだろう。
少年はしばらくそれをじっくりと眺めていたがあることを思いだして駆けだす。
アルス「いけないっ マリベルのこと 忘れてた!」
アルス「ふう……。」
祠の前までやってきた少年は一息つくと中を覗かないように入口に背をつけて中に呼びかける。
アルス「マリベルー?」
*「…………………。」
しかし返事はかえってこず、風で揺れる木々の音しか聞こえてこない。
アルス「マリベルーっ?」
今度はもう少し大きめの声で呼びかける。
*「…………………。」
だが返ってきたのはやはり静寂。
アルス「ま まさか……。」
少年は嫌な予感を覚える。
“彼女に何かあったのではなかろうか”
アルス「……よし。」
少年は迷った挙句意を決するとゆっくりと中を覗き込んだ。
マリベル「…………………。」
そこには確かに少女がいた。
入口に背を向けるように泉に半身を浸し、水をすくっては身体にかけている様子が見て取れた。
アルス「っ……!」
思わず目を逸らす少年だったがやがてあることに気付く。
“この絵と そっくりだ……。”
もう一度少年は視線を奥にやる。
アルス「…………………。」
確かに少女の姿は手に持った絵画とそっくりだった。
否、そこにいるのが知らない人であったならば確実に本人と勘違いしてしまいそうな、そんな美しさを少女は湛えていた。
アルス「ごくっ……。」
少年は思わず息を飲む。
“彼女はひょっとして女神の生まれ変わりか何かではなかろうか”
そんな気すら覚えていた。
気付けば視線は釘付けになっていた。
否、釘付けにされていたというべきか。
マリベル「アルス……。」
アルス「……!!」
少女の声に我に返ると少年は慌てて身を隠す。
アルス「ご ゴホンッ!」
わざとらしく咳ばらいをすると少年は中までしっかり聞こえるようにもう一度声をかける。
アルス「マリベル。」
マリベル「ひゃっ…… あ アルス!?」
どうやら今度こそ少年の声が届いたらしい。少女は慌てて振り返ると祠の外に向かって呼びかける。
アルス「お 遅いから 呼びに来たんだけど どうしたの?」
なるべく悟られないように平静を装いながら少年は訊ねる。
マリベル「い… いつから そこにいたのよっ!!」
少女は少年の問いには答えず、質問で返す。
アルス「い いや 今来た ばかりだけど……。」
“本当のことを言ったら何をされるか分かったものではない”
少年はなんとか誤魔化そうと嘘をつく。
マリベル「……ウソでしょ。」
少女は身体を拭きながら、さも当然のように嘘を見破る。
アルス「ほ ホントだって!」
それでも少年は譲らない。
”何せ命がかかっているから”
マリベル「フーン? あたしに 嘘ついたら どうなるか わかってんでしょうね?」
アルス「…………………。」
アルス「……見てました。」
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
痛いほどの静寂。
“シュル……”
布のすれる音だけが祠の中に木霊している。
そして。
マリベル「……もういいわよ?」
祠の中から少女の呼ぶ声が聞こえた。
アルス「……はい。」
少年は青い顔で祠の中へと足を踏み入れる。
マリベル「…………………。」
着替えを終え、濡れた髪を拭きながら少女は少年の顔をじっと見据えている。
その表情からは何も読み取れない。
アルス「い いや… その… ごめんなさい。」
マリベル「…………………。」
少女は無言でじろりと少年を見つめると口を半開きにして固まる。
“あっ 死んだな。”
次に放たれるであろう言葉に少年は死を覚悟し、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばる。
マリベル「ねえ。」
しかしかけられたのは意外な言葉だった。
マリベル「それ なに?」
アルス「えっ……?」
思いもよらない言葉に少年は目を開ける。
少女は少年の右手を指さしていた。
マリベル「何もってんの?」
アルス「えっ? あ これ……?」
そう言って少年は少女に持っていた女神の絵を渡す。
マリベル「なんで こんなもの 持ってるわけ?」
アルス「い いや さっき 袋から出てきてさ…… なんか 今の君に そっくりだなって……。」
しどろもどろになりながら少年はなんとか言葉を紡ぐ。
マリベル「……どういう意味?」
アルス「だ だから きみが この絵の 女神さま みたいだなって……。」
そう言う少年の顔は先ほどとは打って変わり真っ赤に染まっている。
マリベル「…………………。」
少女は女神の絵を見つめ、何を思ったのか少年の目の前に手をかざす。
アルス「……っ!」
マリベル「フバーハ。」
小さな呟きの後、二人の体は優しい光の衣に包まれた。
アルス「えっ…?」
マリベル「おほほほ! まっ このあたしを 女神さまと 間違えちゃうのも 無理はないわね!」
マリベル「……だから これは 女神さまの ご加護。」
そう言って少女は微笑み、少年の胸に顔を埋める。
アルス「…怒ってないの?」
マリベル「だって もう 二人で 温泉入ってるじゃない。」
マリベル「…背中見られた ぐらい もう いいわよ。」
そう言って少女は少年の顔を見上げてにやりと笑う。
アルス「良かった……。」
マリベル「……じゃあ 髪かわかすの てつだってよ。」
アルス「…うん。」
少年は安堵の表情で頷くと、ゆっくり少女の髪を布で包み込んでいく。
アルス「こう…?」
マリベル「…うん… そんなかんじ……。」
アルス「人の髪って 意外と難しいな。」
マリベル「痛くしたら 承知しないわよ?」
アルス「…がんばります……。」
マリベル「ん…… ふ………。」
アルス「…………………。」
“まるで ネコみたいだ。”
おとなしく身を預ける少女を見つめながら少年は心の内で呟く。
マリベル「……ん これくらいでいいかしらね。」
マリベル「…どうしたの?」
自分の髪を散らしていた少女だったが、ふと少年の目が自分を見つめていることに気が付くと不思議そうに首をかしげる。
アルス「……いや かわいいなーって。」
マリベル「……ばか。」
自分では豪語するものの、実際に言われては何度も聞いても慣れない言葉に、悪態をつきながらもその頬は少しだけ赤く染まる。
アルス「はははっ。」
マリベル「……ったく そろそろ 行くわよ?」
愛おしそうに笑う少年を置いて少女は歩き出す。
アルス「はいはい 女神さま。」
その後をついていく少年の顔は尚も綻び、幸福の顔そのものだった。
ボルカノ「おお 戻ったか 二人とも。」
教会の講堂では少年の父親が階段の手前で二人を待っていた。
マリベル「お待たせしました。」
アルス「ごめんごめん ちょっと いろいろあって。」
ボルカノ「…まあ いいんだけどよ。」
ボルカノ「こっちも ちょうど 返事の手紙を もらったところだしな。」
そう言って少年の父親は質素な封筒に包まれた手紙を二人に見せる。
マリベル「じゃあ わたしたちも ごあいさつしていきましょ。」
アルス「そうだね。」
二人は顔を見合わせると神父の家族が暮らしている部屋の扉を軽く叩く。
*「はーい。」
返事と共に若神父の妻が扉を開ける。
マリベル「あの タオル ありがとうございました。」
アルス「帰る前に 神父さまに ごあいさつをと 思いまして。」
*「あらあら ごていねいに ありがとうございます。」
*「どうぞ。」
女性は浴巾を受け取ると二人を奥の部屋へと通す。
*「おや もう よろしいんですかな?」
二人が部屋に入るとベッドで横になっていた老神父が身を起こして尋ねてくる。
マリベル「ええ 身も心も 清められた 気分ですわ。」
少女は一礼するとベッドの隣に立つ。
アルス「帰る前に ごあいさつをと。」
*「わはは! これは これは さすがは 神の遣わした 英雄どのというだけは ありますな。」
マリベル「神父さま…… やっぱり 気付いていらしたのね。」
*「これでも 聖職者ですからな。神が再び この世に お出ましになったことくらいは わかりますよ。」
*「……ありがたいことです。」
*「魔王は滅ぼされ 再び 平穏を取り戻した。それもこれも 神がわれわれを 見捨てておられなかった おかげです。」
*「老い先短い わたしも これで安心して 息子に 後を任せられるというものです。」
そう言って老神父は椅子に座っていた若神父を見やる。
*「よしてくれよ 父さん。まだまだ 長生きしてもらなくちゃ。」
*「そうだよ おじいちゃん! そんなこと 言わないでよ……。」
ベッドに腰かけていた男の子が泣きそうな顔で老神父の手を握る。
*「わはは。こりゃ まいった。孫にまで 言われては そう簡単にくたばるわけには いきませんな。」
*「まずは この病を しっかり 治さないと… ゲホッ ゲホッ!」
口ではそう言うが、青い顔で苦しそうに咳き込む姿からはそれが簡単なことではないことがうかがえた。
マリベル「神父さまっ……。」
マリベル「ねえ アルスっ。」
アルス「……うん。」
二人は顔を見合わせると床を挟んで老神父に向かい合うようにして立つ。
*「お お二人とも なにを?」
マリベル「ちょっと 待っててくださいね。」
アルス「それじゃ いくよ。」
マリベル「…………………。」
アルス「…………………。」
二人は目を閉じると深い祈りをささげるように両手を合わせる。
*「う むむ……?」
すると老神父の体を優しい緑の光が包み込み、その体に吸い込まれるようにして消えていった。
*「おお なんと……。」
そばで見ていた若神父が思わず声を上げる。
マリベル「ふう……。」
アルス「どうですか? 神父さま。」
二人は息をつくと老神父の顔を覗き込む。
*「ど どうしたことでしょう 体が 急に楽になりました!」
驚いたように言う老神父の顔には赤みが差し、幾分か元気を取り戻していることが見て取れた。
マリベル「ちょっとした おまじないですわ。」
アルス「後は これを。」
そう言って少年は袋の中から数枚の大きな葉を取り出してそれを若神父に差し出す。
*「これは……。」
アルス「世界樹の葉です。これを すりつぶして 服用すれば 少しは 元気になれると思うのですが……。」
マリベル「気休めかもしれないけど どうか 受け取ってくださいな。」
*「あ ありがとうございます!」
世界樹の葉を受け取ると若神父は深々と礼をする。
*「え えーっと おにいちゃんと おねえちゃんが 祈ったら おじいちゃんが 元気になって その葉っぱが ええと……。」
*「ああっ だめだ! あたまが こんらんして よく わからないや!」
そう言って男の子は頭を抱えて唸る。
マリベル「あははっ! ボクってば やっぱり ラズエルさん そっくりね。」
少女は男の子を見つめて楽しそうに笑う。
アルス「さあ 行こうか マリベル。」
マリベル「ええっ。」
少年に促され、少女が部屋を後にしようとした時だった。
*「お待ちください!」
マリベル「……?」
少女は突然老神父に呼び止められた。
*「ラズエルというのは わたしの 遠い 先祖の名前……。」
*「どうして あなたが それを……?」
マリベル「…………………。」
マリベル「答えはきっと あなたの一族の 本の中に 書かれているわ。」
マリベル「それじゃあね 神父さま。お大事に。」
そう残して少女は少年とその父親のもとへかけていくのだった。
*「…………………。」
*「あの二人は……。」
二人のいなくなった部屋の中で老神父が神妙な顔で呟く。
*「アルスとマリベル……。」
*「むっ?」
不意に若神父が思い出したように二人の名を口にする。
*「たしか ラズエルの時代に 起こった事件を かの神父様と共に救ったという 伝説の旅人の名だよ。」
*「まっ まさか あの二人が……!?」
*「おおっ 神よ これも あなたの思し召しなのか…。」
寒気によるものではない心躍るような震えを覚えた老神父は、
先ほどまで彼らがそうしていたように両手を合わせると、
この世界のどこかに存在するであろう神へと祈りを捧げるのだった。
それは、不思議な世の巡り合わせ。まさに奇跡のなせる業だったのかもしれない。
それは、プロビナの村に新しい伝説が刻まれた瞬間だったのかもしれない。
時を渡る少年アルスと少女マリベルの伝説の。
*「あっ! お兄ちゃんたちもしかして 漁師さんたちと いっしょの人?」
村まで降りてきた三人は宿屋の前で一人の幼い娘に声をかけられた。
アルス「そうだよ。ぼくたちの ベッド空いてるかな?」
*「うん フカフカのベッドだよ!」
女の子はにっこりと微笑む。
ボルカノ「よし それじゃ さっさと 飯をもらって 寝るとするかな。」
ボルカノ「明日は 早朝出発だからな。」
アルス「うん。」
マリベル「あー お腹すいた。」
*「はーいっ お客さま ごあんなーい!」
少女は勢いよく扉を開けると三人を招き入れる。
それから三人は仲間と合流し、すぐに食事を取ると先ほど別れた後のことや明日一日の段取りについて話し合うのだった。
そして その 夜ふけ……。
アルス「…………………。」
少年は宿屋のすぐ東に流れている川のそばに立ち、先ほど突然輝きだした二つの宝石と自分の腕を交互に眺めていた。
アルス「結局 あれから なにも 起こらない か……。」
先ほどの現象がもう一度起こらないかと試してみてはみたものの、それらしき予兆は一切見られない。
アルス「…ダメか……。」
*「何してんの? こんなところで。」
急に後ろから呼びかけられ少年は一瞬身を強張らせる。
アルス「っ! …マリベル?」
振り返るとそこには眠っていたはずの少女が立っていた。
マリベル「どっか行ったなー って思ったら こんなとこにいたのね。」
アルス「マリベルこそ 起きてたのか。」
マリベル「みんなのいびきが うるさくて とてもじゃないけど 眠れやしないわ。」
マリベル「まったく… せめて 個室がほしいところだわね。」
そう言って少女は盛大な溜息をつく。
アルス「それか 耳栓?」
マリベル「どっちもね。」
アルス「あははは!」
マリベル「ところで どうしたのそれ?」
アルス「へっ? ああ これ?」
アルス「実は さっき 紋章と この二つが 光りだしてね。」
マリベル「光ったあ?」
少年の端的な説明に少女は信じられないといった声で聞き返す。
アルス「うん。なんだか よく わからないんだけど。」
マリベル「…………………。」
マリベル「ウデの紋章は ともかく アニエスさんの真珠に 人魚の月もねえ……。」
アルス「それで もう一回 起こらないか 試してたんだけど ぜんぜんでさ。」
マリベル「ふーん……。」
アルス「…ぼくには まだ やらなくちゃいけないことが あるのかなあ。」
そう言って少年は険しい顔で自分のアザを見つめる。
マリベル「…………………。」
アルス「また 何か たいへんなことが……。」
マリベル「ねえねえ。」
アルス「…ん?」
すっかり思考の世界にはまってしまった少年を少女が引き戻す。
マリベル「人魚の月は わからないけど 少なくとも その真珠は もっと 別のことで 光ったんじゃないかしら。」
考える素振りのまま少女は少年の胸の真珠を見つめる。
アルス「どういうこと?」
マリベル「だって それは シャークアイさんと アニエスさんが あんたに お守りにって 渡したんだから。」
マリベル「少なくとも また あんたに 新しい 使命がどうとか そういうのじゃ ないと思うんだけど。」
アルス「そうかなあ。」
マリベル「もしかしたら お守りとしてのチカラが 水の精霊から 与えられた とか。」
アルス「…………………。」
アルス「ふふっ。」
マリベル「あ なによ 人が せっかく 一生懸命 考えてあげてるってのに。」
急に笑われて少女は拗ねたように口を尖らせる。
アルス「ううん ちがうんだ。」
アルス「……なんか そう思ったら 気が楽になったというか…。」
アルス「そっちの方が しっくりくるかも。」
そう言って少年は微笑む。
マリベル「ふふっ きっと そうよっ。」
アルス「…うん そうだね。」
マリベル「……それにしても あんたが うらやましいわ。」
少女は澄み切った星空を見上げる。
アルス「えっ?」
マリベル「あたしも いつか もらえるのかしらね。」
マリベル「いつでも その人を 思い出せるようなもの……。」
そう言って少女はゆっくりと瞳を閉じる。
アルス「…………………。」
アルス「マリベル。」
しばしその様子を眺めていた少年だったが、ふと思い立ったのように自分の垂れ飾りを外すと少女の名前を呼んだ。
マリベル「なーに?」
アルス「はい。」
マリベル「えっ……?」
アルス「これは きみが持っていて。」
そういうと少年は少女の首に腕を回し、自分の持っていた両親からの贈り物を少女につけた。
マリベル「だ だってこれは あんたの……。」
アルス「ぼくなら 大丈夫。もし きみの言う通りなら この紋章と 人魚の月が ぼくを 守ってくれる。」
アルス「それに……。」
マリベル「…………………。」
アルス「きみが持ってれば 離れてても ぼくたちは つながっていられるから。」
少年は少女を優しく抱きしめ、その耳元にささやく。
マリベル「アルス……。」
アルス「ぼくにとっては 母さんの 形見だけど…。」
アルス「よかったら それで ぼくのことを 思い出して。」
マリベル「…………………。」
マリベル「……ばかね。」
少女はクスッと笑うと少年の左胸をゆっくりと押す。
マリベル「あたしは いつでも ここにいるわ。」
アルス「マリベル……。」
マリベル「ねえ アルス。」
アルス「なんだい?」
マリベル「フィッシュベルに帰ったらさ……。」
マリベル「パパとママに 会ってよ。」
アルス「…………………。」
少年にはそれが何をさしているのかすぐに分かった。
“両親に会う”
その意味の重たさを。
アルス「マリベル……でも まだ ぼくは……。」
“きみを 養える身ではない。”
“きみを 幸せにできない。”
そう続けようとした時だった。
マリベル「それでもいいのっ!!」
アルス「っ……!」
マリベル「わたしが あなたを 支えるから……。」
マリベル「だから…… だからっ……!」
マリベル「…だから いっしょに 幸せになろうよ。」
“マリベル ぼく がんばるよ。”
“きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにして見せる。”
アルス「マリベル……!!」
それは船出の日に少年が立てた誓いへの少女が出した答えだった。
マリベル「アルス…… ん……。」
アルス「……愛してる。」
少女の唇からゆっくりと離れると少年はもう一度少女の体を強く抱きしめる。
マリベル「アルス……。」
アルス「もし 許されなくても ぼくは あきらめない。」
アルス「どんなに 反対されても お父さんを 必ず 説得してみせる。」
アルス「そして いつか 絶対に 世界一の漁師になってみせる。」
アルス「だから……。」
アルス「だから ぼくに ついてきてくれますか?」
マリベル「…………………。」
マリベル「……ひっ ……ひっ……。」
アルス「あっ ま マリベル!?」
マリベル「ひっく… ひっく……。」
マリベル「ぐすっ…… そんなの…… 最初から きまってるじゃない!!」
マリベル「ふ… つつか者ですが…… よろしく おねがいします……。」
アルス「…………………。」
アルス「は ははは……。」
アルス「マリベル それ ぼくのセリフじゃない?」
マリベル「んなっ なによ…… あるすのくせに なまいきよ……。」
聞きなれた憎まれ口には、いつもの凄みなど微塵もなかった。
アルス「ごめんごめん。」
少年は微笑み少女の涙をぬぐうとそのまま少女の背中と膝に腕を回して持ち上げる。
アルス「よっと。」
マリベル「わっ…… あ アルスっ!?」
アルス「今日は いっしょの ベッドで 寝よっか。」
マリベル「えっ で でも みんなに見られちゃうわっ。」
アルス「……かまうものか。」
マリベル「あ うう… もう……。」
アルス「さ 行こうか。悪いけど ドアだけ 開けてくれないかな。」
マリベル「わかったわよう……。」
そうして二人は灯りの消えた宿屋の中へと入っていくのだった。
空には船出の日と同じようなまん丸の月がちょうど夜空のてっぺんで優しい光を放っている。
満月に始まったこの航海も、一月の時を経て満月の夜に終わりを迎えようとしていた。
そして満月の夜に確かめ合った男女の愛は再び満月の夜に実り、この夜空の下、二人は晴れて結ばれたのだ。
だが二人は知らない。
少年の腕に宿った紋章が光輝いた本当の理由を。
そして……
そして 夜が 明けた……。
829 : ◆N7KRije7Xs - 2017/01/18 20:07:22.38 NwVM2m3w0 767/905
以上第27話でした。
毎回ダラダラと書き綴った閑話はここまで。
最後まで物語をお楽しみください。
…………………
◇すべての訪問を終えたアミット号一行。
そして彼らは愛する故郷のもとへと舵を切るのですが……
※金曜日には完結する予定です。
…………………
第27話の主な登場人物
アルス
突如として腕のアザが光りだす。
新たなる決意を胸に真珠のペンダントをマリベルに渡す。
マリベル
病気の老神父のためにアルスと共に祈りを捧げる。
これまでの旅を振り返りアミット漁についてこれたことを嬉しく思っている。
ボルカノ
久しぶりに三人で王の親書を届けに山へ登る。
少々体力の衰えを感じている(?)
めし番(*)
今回はコック長の代わりに買い出しへ。
怖がりな性格のため、薄暗い森の中を歩くことも乗り気でなかった。
アミット号の漁師たち(*)
アルスたちと共にプロビナへやってくるも大変な山登りはパス。
宿屋の看板娘の健気さに思わず顔がほころんだとかなんとか。
老神父(*)
プロビナの山の上の教会で神父を務める老人。
病を患っていたが、アルスとマリベルの祈祷により回復の兆しを見せる。
若神父(*)
プリビナの山の上の教会で神父を務める中年男性。
毎日教会の裏の祠にある泉に祈りを捧げ清めている。
神父の息子(*)
プロビナの山の上の教会の若神父の一人息子。
自分の家系の歴史を勉強しているが、一度に色んな事が起こると頭が混乱する。
その辺りはラズエルそっくり。
続き
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】(8/8)

