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食蜂「本っ当に退屈ね、この街は」【1】
食蜂「本っ当に退屈ね、この街は」【2】
食蜂「本っ当に退屈ね、この街は」【3】
食蜂「本っ当に退屈ね、この街は」【4】
土御門「ここで戦えば、カミやんと篠宮の戦いに巻き込まれてお陀仏だ。俺と橘、青髪と不知火は移動するべきだ」
青ピ「僕は構へんけど……」
不知火「俺も良いぜ」
橘「構わないわ」
土御門「じゃあいくぞ」
青髪が水の竜の乗り、不知火は両手両足から炎を噴射してロケットのように飛び、
橘はスケッチブックから鷹を召喚してそれに乗り、土御門は紅蓮の翼をはためかせ移動していった。
上条「これで存分に戦えるな」
篠宮「そうだな。俺も本気出すかな」
周囲の地面がへこみ、篠宮の体に甲冑が着用される。
顔も完全防備で、まるでグレゴリオの聖歌隊のような容貌になった。
上条「よく分からねーけど、すごい能力だな」
篠宮「今までの雑魚とは格が違うぜ」
上条「それでも負けないけどな」
ゴッ!と同時に地面を蹴った。
土御門と橘は、工芸や美術関連の学校が集まる第9学区の、とある学校の屋上に移動してきていた。
橘は鷹を、土御門は紅蓮の翼を消失させつつ、
土御門「知っているか?公園で似顔絵描きをお願いすると、モデル事務所からスカウトされるらしいぞ」
橘「あら、元春君ったら、都市伝説とか信じるクチなの?」
土御門「いや別に。ただ女の子はそう言うの好きだろ?」
橘「どうかしらね。少なくとも私はそんな事無いけど」
土御門「マジかにゃー。女子との会話のネタのために頑張って覚えたのに……」
橘「そんなことしなくても、元春君割とイケていると思うけど」
土御門「マジで!?それ、お世辞じゃないよな?」
橘「私、冗談は言わないわよ。けど勘違いしてほしくないのは『割と』ってところ。
凄くイケメンだとか言っている訳じゃないからね」
土御門「はぁー。なんでそう念を押すかな」
橘「さて、無駄な会話はこれでお終い。そろそろ始めましょ」
そう言うとスケッチブックを開いて、大量の狼を召喚した。
土御門「あーらら。可愛い橘さんともっとお話ししたかったのに」
橘「お世辞がうまいのね。けど私、嘘つきって嫌い。だからブチのめすね」
土御門「お世辞じゃないにゃー。可愛いって言うのは本音。
そうじゃなけりゃ、こんな無駄な会話はせずにさっさとドンパチやるさ」
橘「ふーん。まあ良いわ。死んで頂戴」
まずは20匹ほどの狼が土御門に向かい、襲い掛かった。
風斬氷華。
通称『正体不明』(カウンターストップ)の彼女は、AIM拡散力場の塊であり一時的に消滅する事はあっても、基本的に死ぬ事はなく再生する。
だがそれは、
東城「アハハハハハ!」
風斬「ああ!」
神楽笛から奏でられた音色が、風斬を吹き飛ばした。
垣根「大丈夫か!」
風斬(私の今の状態を見ても、何も言ってこない……?)
吹き飛ばされた風斬は、右腕と左脚がもげて再生している途中だった。
そんな光景を見れば、普通の人間なら動揺するものだ。
にもかかわらず、垣根は普通に心配してくれている。
風斬「あの、私――」
垣根「次の攻撃が来るぞ!」
垣根が注意を喚起した時には、追い討ちの轟音が風斬の四肢を千切り飛ばした。
風斬「あ、ああ……」
東城「うふふふ。こんなものじゃすませないよ。私と垣根君の触れ合いを邪魔した、愚行の代償はね」
垣根「ふざけんな!何調子に乗ってやがる!」
東城「なぁーにアツくなっているの垣根君。この女の事知らないでしょ?」
風斬「やめて……言わないで……」
東城「この女は人間ではないの。AIM拡散力場の塊でしかない化け者なのよ!」
風斬の制止など当然振り切り、事実を言い放った。
いずれバレることだし(と言うより先程の再生でバレているかもしれないが)、
今はこの体にも多少の誇りはあるが、そんな風な言われ方をするとやはり傷つく。
少なくとも垣根は快く思わないだろう。そう風斬は考えていたが、
垣根「だからどうした。人間かどうかなんて問題あるか。その女は俺を助けてくれた。お前みたいなクズより千倍マシだ」
東城「そっか。この化け物が垣根君を惑わしているんだね」
垣根「どういう飛躍したら、そう言う結論に至るんだよ」
風斬を助けたいが、体は依然動かない。
東城「まあいいわ。AIM拡散力場の塊で再生するってことは、何度でも痛めつけられるってコトだもんね」
垣根(このアマ、なんて残酷な……)
キィィィン!と不快な音色が響く。
四肢が再生して立ち上がったばかりの風斬の両手両足がまたしても千切れ飛んだ。
東城「まだよ」
神楽笛から奏でられた音色で、胴体だけになった風斬が電柱まで吹き飛ばされる。
電柱に激突した風斬は、息つく暇もなく爆発の炎に包まれた。
垣根(何だ今のは――)
音による空気の振動によって吹き飛ばす、鋭い空気の流れによって切り裂く事はまだ理解できる。
だが爆発と言うのは一体どういう原理か。
東城「凄いでしょ垣根君。音波で固有振動数の合う物質を爆破する事が出来るんだ。
と言っても金属物質だけで、人体を直接爆破することは出来ないけどね」
垣根(なるほどね……)
風斬「あ、ああ……」
炎の中から、両腕は再生したものの両脚は依然無い風斬が飛び出した。
東城「アハハハハハ!たーのしい♪」
垣根「風だ!風で攻撃しろ!最初の一撃みたいに!」
風斬「わ……かり――」
東城「そんなことさせるわけなーいじゃーん」
這いつくばる風斬に容赦なく空気の振動を叩きつける。
上半身だけの彼女は別の電柱に叩きつけられ、音波による電柱の爆発の炎に包まれた。
垣根(くっそ!何か……何か手はないのかよ……!)
こうして風斬がただただ虐げられるのを、指を咥えて見ているしかないのか。
折原「(私に、任せてください)」
垣根の腕の中の折原が、力強い眼差しで囁くように呟いた。
垣根「(お前……)」
折原「(チャンスは一度だけですが、笛を破壊するだけなら何とか)」
垣根「(任せて、いいのか?)」
折原「(はい)」
座標攻撃を正確に叩きこむには、目で見る必要がある。
だが今の折原からでは、垣根が邪魔になって東城の位置が見えない。
どうにかして見える位置に東城を移動させる必要がある。
折原「(お願いできますか垣根様)」
垣根「(ま、やるしかないな……)」
垣根は意を決し、
垣根「おーい東城、お前の可愛い顔をもっと近くで見たい。ちょっとこっちに来てくれないか?」
東城「いくいく♪」
ルンルンという効果音が似合いそうなスキップで垣根に近付いて行く。
垣根「後ろ向いたままだと首が疲れるから、お前が回り込んでくれよ」
東城「うん分かった♡」
東城は特に警戒する様子もなく素直に垣根に従い回り込み、彼の目の前でしゃがみこむ。
垣根(今だ!)
トン、と人差し指で合図を送る。
それを受けて、ぐったりとして気絶しているフリをしていた折原は東城に向き直し『歪曲』を放ち、
ぐしゃり、と神楽笛は破壊された。
折原「やりました!」
思わず歓喜の声を上げる折原に、
垣根「は?」
何事だ!?というニュアンスの垣根。
折原「え?」
垣根「お前、気付いていたのか?」
折原「え?……まさか、しまっ――」
折原の言葉を遮るように、神楽笛からの音色。
直後、垣根の腕の中の折原が活きの良い魚のようにのたうち回った。
垣根「お、おい!どうした!?」
のたうち回った時間はわずか3秒。
しかし動きが止まった折原の顔面は腫れあがり、短い常盤台のスカートから覗かせる脚には、青痣が出来ていた。
東城「私の能力『轟音旋律』(スコアノート)は、空気の振動による攻撃もあるけど、真骨頂は音による幻術なの。
綾香はね、幻を見ていたの。それだけじゃなくて」
垣根「催眠効果もある、だろ?」
東城「せーいかい。よく分かったね」
垣根「俺の体が動かない理由は、それしかないだろうからな。けど、1つだけ納得のいかない事がある」
東城「綾香の顔が腫れあがっている理由かしら?」
垣根「そうだ。のたうち回させるだけならお前の音で出来るだろうが……」
東城「簡単な話よ。脳に直接『命令』を与えたの。今の私は、垣根君と綾香の五感を操作できる」
垣根「……まさか、コイツの顔が腫れあがっているのは――」
東城「そう。脳に『ギッタギタに殴られる感覚』を与えれば、体はそれに準じようとする。
なぜなら、人間は体で痛みを感じるのではなく、脳が感じた痛みを体に伝えているから」
垣根「そんな事が、本当に……」
東城「現実、出来ているでしょ?これがまあ、他の洗脳系能力者は案外出来ないのよね。
さて、綾香の方はそろそろ止めを刺しておきましょうか」
垣根「待て!そんな事をしたら、俺はお前を嫌いになるぞ!」
苦肉の策だった。本当はこの女に媚びたくはないが、風斬も折原も救うにはこれしかない。
東城「何で?何でそんな事言うの?私はこんなに、こんなにも垣根君を愛しているのにー!」
ヒステリックに叫ぶ東城は、叫ぶだけで折原に追撃のごとく脳に命令はしなかった。
まだ辛うじて理性は残っている。何とかなる。
垣根「落ち着け!落ち着いたら、俺はお前の好感度上がるぞ!」
東城「え?そ、そう?なら、少し黙る……」
垣根(い、意外と素直と言うか、単純と言うか……)
いや、これは油断させる為の罠なのかもしれない。
と言っても、この動けない状況の自分に罠を仕掛けるメリットが見当たらないが。
垣根「よーしその調子だ。これで俺達サイドに寝返ってくれれば、俺もうお前の事大好きになっちゃうなー」
嘘である。
東城「わ、分かった。じゃ、じゃあ、証拠の接吻……」
垣根(そう来たか!)
それは嫌だ。口で言うだけでも辛いのに、キスは無理だ。
さっきの指を唾でなめる行為で完全に引いた。
垣根「そ、それはちょっと、頭なでてやるから……」
東城「それじゃイヤ。接吻じゃないと要求は飲み込めない」
垣根(我儘ばっか言いやがって~)
と、その時だった。
ゴバァッ!と、光と轟音が風斬の方から噴き出した。
垣根(何だ!?)
東城「はぁ。役に立たないのねアイツら。少しだけ時間をちょうだい垣根君。
やっぱあの化け物消滅させてからじゃないと接吻は出来ない」
頭上には白い輪、背中には翼を携えた風斬が立っていた。
土御門「しょっぱい攻撃だにゃー」
襲い掛かった20匹もの狼は、しかし土御門が掌から放った炎により一瞬で蒸発した。
土御門「『仮想塗料』(バーチャルペイント)。描いたモノを三次元に引っ張り出す能力。
しかも液体(インク)で出来ているから、物理攻撃ではお前の描き出したモノを破壊する事は出来ない。
だが火炎系攻撃であっさり蒸発するという弱点を持つ」
橘「私の能力は把握済みってわけね。いやらしいったらありゃしないわ」
土御門「こう見えても多重スパイだったりしたからな。情報収集能力には自信があってね。さて、すぐに決めるぞ」
右拳に炎を纏わせながら、橘に向かって駆け出す。
当然彼女は、残りの狼を土御門に襲い掛からせるが、左手から放たれた炎により蒸発させられた。
土御門「終わりだ」
橘まであと5歩。ガード目的で『何か』を出されても炎の拳はそれを貫ける。
もちろん、それは橘にも分かっているはずだ。
その状況下で、橘は微笑んで、
橘「残念でした」
スケッチブックから召喚された土御門舞夏が、彼の前に立ち塞がった。
土御門「んな!?」
ギリギリで炎の拳が止まった。
橘「偽物だって分かっていても攻撃できないなんてね。まあ狙ってやった私が言う事でもないかしら。
さようなら。極度のシスコンさん」
舞夏の形をしたインクは、腕の部分を鋭い刃に変形させる。
そしてあまりにもあっさりと、土御門元春の胸部を貫いた。
橘「だから元春君はつまらないのよね。硬派な男気取って、実際はただのシスコンだし」
まあ、魔術とやらで出した炎の威力は確かにすごかったけど。
と心の中で、ほんの少しだけ土御門を称賛して踵を返そうとした時だった。
バヂィ!と首筋に鋭い痛みが走り、地面へ崩れ落ちた。
橘「な、んで……」
言葉を発した時には、スケッチブックは燃やされていた。
でもそんなことはもうどうでもいい。今は知りたい。
橘「何で……無事なのかしら元春君……」
土御門が生きている理由を。
土御門「簡単な事さ。あのインクが貫いたのは式神。まあ偽物ってことだ。
その偽物を潰して浮かれているお前を後ろから襲撃した。それだけの話さ」
それだけ言って、土御門は魔道書をかざして橘を回収した。
土御門「さて、援護に行きますか」
垣根「その姿は……」
風斬「分からないです……でも『護りたい』って強く願ったら、こんなことに……」
東城「黙れ!私の垣根君と馴れ馴れしく会話しないでよ!」
神楽笛から奏でられる音色が、衝撃波となって風斬に向かう。
風斬「その程度、今の私には通用しません!」
風斬も白い翼をはためかせる。轟!と烈風が吹き荒れ、衝撃波を相殺した。
さらに返す刀で、翼から大量の羽毛を飛ばして攻撃する。
東城「小賢しい!」
神楽笛から奏でられた音色が、羽毛全てをあっさりと弾いた。
風斬(やっぱり、あんな小細工程度の攻撃じゃ駄目!)
決意の風斬は、猛スピードで東城へ突進して行く。
しかし、彼女まであと1mとうところで、音色の衝撃波に弾き飛ばされた。
東城「威力と速度だけは上がったようだけど~、まだ私には届かないかな?」
煽る東城の言葉など、風斬には聞こえていなかった。
確かな手応えがあったからだ。
風斬(今までは、ただ一方的にやられて再生しての繰り返しだったけど、今は違う。
攻撃を相殺出来てダメージも少ない。互角に戦える!)
相手に暇を与えなければ何とかなる。風斬は再び突進して行く。
風斬の感じた事は正しい。間違いなく一方的ではなくなったし互角に戦えている。
だが所詮はまだ互角。決して優位になったわけではないし、ダメージも与えていない。
風斬「ああ!」
もう何度目だろうか。突進から衝撃波で弾かれるの流れを繰り返したのは。
垣根(互角に戦えている。互角に戦えてはいるが……)
再生する風斬と能力を消耗して行く東城。冷静に考えれば、ジリ貧なのは東城の方だ。
だがそうだとしてもこの戦い、いつまで続くのだろうか。
今のところは東城に消耗している様子はない。そりゃそうだ。
彼女は今まで、能力を大量に消耗するような行為は一度もしていないだろうから。
まだまだ余力があります。というのがありありと伝わってくる。
対して風斬はどうだろう。
今でこそ消滅するどころか進化しているが、AIM拡散力場の塊なんて不安定そうな存在、いつ消滅してもおかしくないのではないか。
垣根(持久戦は、あまりにも不確定要素が多すぎる……)
あと少し。あと少しで風斬の攻撃は届く。
一撃でも決まれば、東城を間違いなくノックアウトできるのに。
逆に言えば、あと少し。あと少しがどうしても届かない。
垣根(……何だ。答えはもう出ているじゃねぇか)
あと少しの時間を、自分で作り出せばいい。
この際、こちらもわがままを言っていられない。
垣根「東城!」
東城「なーに垣根君♡」
ああ、相変わらず余裕そうだなと思いつつも、
垣根「ちょっとこっち来い!抱きしめてやるから」
東城・風斬「「え?」」
動揺した2人は、思わず動きを止めていた。
東城「――って、それじゃあ私が笛を吹けなくなって終わりじゃん」
風斬「あ、そうか」
垣根「そこ、妙に納得しない。いいか。俺は本気だ。
よくよく考えたら、こんなお子様後生大事に抱えて、あんな地味眼鏡女に護られるなんて、俺のプライドが許さねぇ」
風斬「な、何を……」
垣根「『心理定規』なんていう女も、うざいだけだし。
やっぱ東城みたいな、超絶美人と付き合った方が人生楽しそうだしな」
東城「やっと、やっとわかってくれたんだね垣根君!じゃあ綾香どけてよ。邪魔だから」
垣根「そうだな。こんな粗大ゴミ」
自由の利かない垣根の体も、腕だけは少し動く。
彼は何の躊躇もなく折原を捨て置いた。
風斬「な、何で……」
垣根「なーんかアホらしくなってきてさ。東城と付き合えば俺は楽しいし、東城も楽しいだろうし。これで誰か損するか?」
東城「損しない!垣根君スゴい!」
衝撃のあまり立ち尽くすしかない風斬をよそに、垣根と東城の会話は続く。
垣根「それよりか早く催眠を解いて俺を自由にしてくれ」
東城「それはさすがに無理だよ。抱きしめあっていたら、あの化け物に一緒に倒されちゃう。
抱擁なら後でいくらでも出来るから、今はあの化け物を倒さなきゃ」
垣根「ばーか。あの女を倒さなきゃいけないから、催眠を解けって言っているんだ。共闘した方が早いだろ」
東城「そっか!垣根君頭いいね!」
垣根「まあな。そういうことだから、早く催眠を解除してくれ」
東城「うん分かった!」
神楽笛を口に当てて、短く音を奏でる。
直後、垣根がグルグル腕を回しながら、
垣根「おっしゃ。覚悟しろよクソアマ」
風斬「う……そ……」
トントン拍子で孤独になってしまった風斬は、絶望のあまり体を動かすどころか、息をすることすら忘れかけていた。
東城「あれ?何その悲しそうな顔は?ただの化け物のくせに感情なんてあるの?」
言葉責めはこれだけに止まらず、
東城「大体さ、何で見ず知らずの垣根君を助けたわけ?
あなたが垣根君を助けることによって、あなたに何かメリットがあるの?
ねぇ、何で?どうして助けちゃったの?」
風斬「そ……れは……」
言われてみれば、どうして助けたのだろう?
上条当麻を助けてから、あっさりと倒され一時的に消滅していたが、追い詰められている垣根を見つけた時には顕現出来ていた。
あの時自分は何を思っただろう。
同情?
違う。
助ける自分に酔いたかったから?
違う。
感謝されたかったから?
違う。
じゃあ何で?
自問自答する風斬に、答えは導き出せなかった。
東城「答えられない、か。まあどうでもいいけどね。ただ、どうしようもなく哀れだよね。
だって助けた垣根君に倒されちゃうんだもの。助けた人に裏切られるって、これ以上の皮肉ってないよね~」
アハハハハ!と狂ったように笑う東城に風斬は何の反論も出来ず、ついには泣きだした。
東城「え?何?泣いているの?人間じゃないくせに!?アハハ!ばっかみたーい!」
風斬は地面にへたり込み、両手で顔を覆った。
言い返せない自分が情けないやら悔しいやらで、戦意を喪失していた。
東城「じゃあ、そういうことでサヨナラ」
どこまでも冷酷な東城は、戦意がない風斬を完全に消滅させる為に神楽笛を唇に当てて、
東城「げっ!」
風斬「え?」
東城の素っ頓狂な声に、思わず彼女の方を見る。
地面を転がっている笛に、うつ伏せに倒れている東城。
それを見下す垣根と言う光景が広がっていた。
風斬「な……にが……」
目の前の状況に、最初は意味が分からなかった。
けれど垣根が神楽笛を拾い上げへし折ったところで、合点がいった。
東城の立っていたところに、転んでしまうような段差はない。
というより、笛を吹こうとしていただけで歩いてすらいないのだから、転ぶ訳がない。
にもかかわらず、東城は倒れていた。そう考えると答えは1つしかない。
垣根が彼女の後ろから殴るか蹴るなどして転ばせた。
その拍子に笛は彼女の手から離れ、転がってしまったのだろう。
となると、垣根は初めから自分にチャンスをもたらすために、裏切るフリをしていたのではないか。
この風斬の推測に対する答えはすぐに出た。
垣根「多分、このクソアマの能力は笛さえ奪えば終わりだ。
残念ながら俺はまだ能力を使えねぇ。だからお前が決めろ」
折原を拾い抱えながら言った。
風斬「……はい!」
力強く返事をする風斬の頭上に光が集まり槍を象る。
東城「嘘……だよね垣根君……?」
涙目上目遣いで泣き落とすように垣根に尋ねるが、
垣根「何が?」
容赦なく切り捨てた。
東城「う、そ、だああああああああああああああああああああああ!」
垣根「やっちまえ!」
風斬「はい!」
東城の断末魔の叫びとともに、光の槍が発射された。
笛を失った彼女は、何もできず槍に貫かれ意識を失った。
垣根「騙していて悪かったな。まあ敵を欺くにはまず味方からって言うし、仕方がなかったんだ」
風斬「本当ですよ……私それでどれだけ絶望したことか……」
垣根「けど泣く事はねぇだろ。あんなクソアマの戯言でよ」
風斬「それは、その、本当に、何であなたを助けたのか、自分でも分からなくなって……」
垣根「……それで、反論できない悔しさも相まってつい泣いてしまった的な?」
風斬「はい……」
風斬が申し訳なさそうに返事をすると、垣根は「はぁ……」と溜息を吐いた。
どう答えれば良いか分からない。というものではなく『そんな事で泣いていたのか』という呆れの意味で。
それを何となく感じ取った風斬は、申し訳なさそうに尋ねる。
風斬「あの、私が泣いたのって、そんなに変ですか?」
垣根「変だよ。物凄く変だ。だって、理由なんていらねぇだろ?
人が人を憎むのには何かしらの理由があるだろうが、人が人を助けることには理由なんていらない。
そんな簡単な事も分からないで泣いていたお前は、滑稽と言っても良いぐらいだ」
風斬(そっか。そうですよね――)
こんな事に気付かないなんて。確かにちょっと馬鹿だったかもしれない。けれど、
風斬「滑稽は言い過ぎだと思います……」
小さい声で言い返す風斬に、垣根は微笑みながら、
垣根「そうだったか。まあ、いいじゃねぇか。こうやって勝てたんだから」
風斬「そう、ですね……」
垣根「あとの大きな問題は食蜂だな。このチビ女を魔道書持ちの連中に預けるのもあるし、やるべき事はまだまだ山積みだ」
風斬「あ、あの、私、全然状況把握していないので的外れなこと言うかもしれませんが、残りの敵はその人だけなんですか?」
垣根「いや、まだまだたくさんいるだろうよ。けどまあ、残りはそんなに脅威じゃない。
だから『大きな問題は』って言っているんだよ」
風斬「そうですか」
垣根「とりあえず、魔道書持っている人間探しに行くぞ」
風斬「はい」
不知火「どうした?その刀は抜かないのか?」
不知火が言う『その刀』とは、青髪が背負っている刀の事である。
青ピ「抜いたって仕方無いやろ。君の攻撃の前では溶かされるだけやからな」
不知火「まー抜かなくても同じだけどな!」
空中に浮いている不知火は青髪に向けて手をかざす。
ゴバァ!と青髪の周囲の空間が爆発した。
しかし不知火の顔色は良くならなかった。
煙が晴れた後に、青髪の姿が無かったからだ。
不知火「隠れやがったな……」
不知火の呟き通り、青髪はビルの陰に隠れていた。
青髪(厄介やな……)
不知火は、削板に代わって新しいレベル5第7位で、オーソドックスな『発火能力』。
青髪にとっては、相性的にも序列的には勝てない相手ではないが油断は出来ない。
不知火の能力は他の『発火能力』と一線を画している。
普通『発火能力』は炎を出すのみで、レベルの指標は炎の大きさで決まる。
レベル0ならライター程度、レベル1なら人の顔の大きさ程度、といった風にだ。
だが不知火の炎は違う。彼は炎を自在に操り、座標攻撃まで出来る。
たとえば、出した炎を槍の形にし、操ることで避けようが追尾させる事も出来る。
先程のようにターゲットの周囲の空間をいきなり爆発させることだって可能だ。
だから青髪は、相性的には一応有利であっても用心で隠れている。
不知火の攻撃力と手加減を知らないことを考えれば、一撃でも喰らえばアウトだ。
青ピ(それに、不意打ちで楽に勝てる事に越した事はないしな)
そんな考えで、青髪は隠れ続けていた。
だが戦況は一瞬にして激変する。
不知火「オメー……」
土御門「よう。約束通り粛清に来たぜ」
土御門元春の参戦によって。
青ピ(つっちー!?)
青髪は驚嘆した。
一時的に同盟を結んでいるのだから、助けに来るのは分かる。
分かるが、あまりにも早い。
自分と不知火がここ第8学区に来てから、まだ5分と経過していない。
土御門と橘がどこに移動して戦ってきたかは分からないが、この第8学区の近くで戦ってきたとしても、ここに来るまである程度時間がかかるはずだ。
まして自分達がここで戦っている事は知らないはずなのに。
青ピ(色々驚くべき事はあるけど、一番はやっぱり、これだけ早く来たって事はおそらく、それだけ橘を素早く倒したと言う事……)
垣根を超える強さだと豪語していたのは、あながち嘘ではないかもしれない。
それを証明するかのように、土御門が強気に切り出す。
土御門「面倒だ。一撃勝負で決着をつけようぜ。ルールは至ってシンプル。
お前の全身全霊の火炎攻撃を俺は動かずに迎え撃つ。
それを俺が防ぎきれば俺の勝ち。防ぎきれなければ俺は死ぬわけだから、お前の勝ちだ」
不知火「ホー。実に俺好みの提案だが、その要求は飲み込めねーなー。
そんなこと言って勝負をせずに隙を作らせ、青葉と共に俺を倒すつもりだろ?見え見えだぜ」
青ピ(不知火の言う通りや。そんなアホな提案、誰だって飲みこまへん。何か罠があると勘繰るのが普通や)
今なら不意打ちで不知火を仕留める事が出来る可能性もあるが、確実ではない。
青髪は引き続き隠れ続ける。
土御門「お前は何も分かっちゃいないな。確かに俺は天邪鬼(ウソツキ)だが、青髪と共にお前を倒す算段なんてない。
俺と青髪は、俺が半ば脅す形でついさっき同盟を結んだばかりで、その後すぐに別々の場所で戦った。
作戦会議をする時間なんてない」
青ピ(そうや。僕とつっちーは作戦会議なんてしていない。けども)
不知火「オメーと青葉が何の競合をしていなくとも、何かしらの罠が張っていると考えるのが普通だろーが。
それに俺とオメーの一騎打ちに、どっかで隠れてほくそ笑んでいる青葉が勝手に割り込んでくるだろーしな」
青ピ(そうや。不知火の言う事もまた然りや。どう考えたって、つっちーの提案はむちゃくちゃや)
土御門「お前は本当に何も分かっちゃいないな。
お前の邪推は間違いってほどではないが、少し考えればそれはないと考えるのが普通だ」
不知火「はぁ?なーに言ってやがる?」
土御門「分からないのか?
一騎打ちを持ちかけて罠にハメるなんて回りくどい事わざわざするぐらいなら、初めから不意打ちで仕留めている」
不知火「俺が不意打ち程度で倒せるわけがないと分かっているから、こんなことしてんだろ?」
土御門「だったら、俺の要求を飲み込んでもいいだろ。
不意打ちで倒せないなら、罠にだって引っ掛からないはずだ。それとも何か?
お前は俺の罠にはまってしまうほど、間抜けってことか?」
ニヤけながら、馬鹿にしたように土御門は言い放った。
青髪からは土御門の表情は見えないが、声だけでも不知火を馬鹿にしているのが分かる。
青ピ(そうか。つっちーの狙いは、不知火を怒らせるためか!)
もともと不知火は酷く短気な人間だ。
こんなあからさまな挑発でも、売られたケンカは買うがモットーの不知火は、乗らずにはいられないだろう。
不知火「言うじゃねーか」
案の定、不知火の憤った声が聞こえてきた。
だがその続きの言葉で、青髪の予想は外れる。
不知火「けど、そんな挑発には乗らないぜ。お前は小技で揺さぶって倒してやるよ」
不知火は青髪が思った以上に冷静だった。
土御門「そうか」
不知火「そうだ。俺にそんな陳腐な挑発は通用しない」
土御門「よーく分かったよ。お前がとんでもない臆病者だってことがな」
不知火「何!?」
土御門「だってそうだろ?
仕掛けられているかも分からない罠にビクビク怯えて一騎打ちを断るなんて、ただのチキンじゃないか」
不知火「何だとぉ!?」
土御門「それと青髪が割り込んでくるのがどうのこうのと言っていたが、お前の攻撃は青髪に割り込まれてしまうほど甘いものなのか?
だとしたら安心だ。そんなヘナチョコな攻撃しかできないのなら、俺の勝利はなお揺るがないからな」
不知火「言わせておきゃあ良い気になりやがって!いいぜ、受けて立ってやるよ!」
不知火は青髪が思った以上に冷静ではあった。
冷静ではあったが、根本的には短気な人間であることに変わりはない。
ここまでボロクソ言われて黙っていられるほど、彼は大人ではなかったらしい。
青ピ(まあ普通は、これも挑発と受け流すものやけどなあ)
とにかく、事態は動いた。
土御門がどう考えているかは分からないが、隙あらば一騎打ちに割り込んで不知火を仕留める。
そんな意気込みで不知火の様子をうかがう為に、青髪は少し身を乗り出すが、
青ピ(あれは……!)
遥か上空。
不知火はそこで直径100mはある火球を頭上に生み出していた。
青ピ(あれはやばいで……)
一点目は、単純に威力。
あんなもの自分の全力の攻撃だってギリギリ相殺程度だろう。
どんな手段を講じるかは知らないが、土御門に何とかできるとは思えない。
二点目は、彼の居る場所だ。
あんなに上空に居ては、割り込みの一撃を放ったって対応されてしまう。
ならどうすればいいのか。
悩む青髪の思考を、土御門の呼びかける声が断ち切った。
土御門「出てこいよ青髪。2人で一緒に倒そうぜ」
青ピ(そうか……!)
一縷の望みを抱いて、青髪は土御門の言う通りビルの陰から飛び出し、彼の隣に並びたった。
土御門「能力の7割……いや5割で良い。水の竜を出してくれ。そこに俺のサポートを加えてアレを迎え撃つ」
アイコンタクトも何もなく、命令するように言う。
青ピ「オーケー」
それに青髪は素直に従った。
実際、天使とやらを倒すのに一度共闘してその威力を知っているからだ。
しかも能力の全てを使っても相殺できるかどうかだと思っていたのに、7割どころか5割で良いとは有り難い。
青ピ「それにしても、ええんやろか?1対1言うたのはつっちーの方なのに、結局2対1なんて」
周囲に水を渦巻かせながら、何やらボソボソ言っている土御門に尋ねる。
土御門「良いに決まっているだろ。
戦いにルールなんてないし、あいつの性格なら『好都合だ。まとめて消してやる』とか思っているだろうからな。
そんなことより、能力チャージに集中しろよ」
青ピ「なるほど。まあもっともな言い分やな。けど、もう1つだけ質問させて」
返事はなかった。
何かボソボソ言っているのだから当然と言えば当然なのだが、どうしても聞きたかった事の為、否定されていないので青髪は続けた。
青ピ「なんで一撃勝負に持ち込んだんや?不意打ちとかでも良かったんじゃないかと僕は思うけど」
今度もすぐには返事が来なかった。しかし約3秒後に彼は口を開いた。
土御門「そりゃそっちのほうが、こっちには好都合だからさ。
なんだかんだ言ってもアイツは強い。その機動力と攻撃力は厄介だ。
ぶっちゃけた話、怒涛の小技で攻められた方が、こっちにとっては分が悪い。
だから一撃勝負に持ち込んだだけの話だ。それよりそっちは終わったのか?
こっちの詠唱はもう終わったぞ」
青ピ「たった今終わったで。どうやら敵さんも終わったようやな」
土御門「じゃ、行くぞ!」
青ピ「おう!」
ひょっとしたら不知火の性格や彼との相性を考えに考えて、最終的に2対1の一撃勝負になるように仕向けたのかもしれない。
そんな事を考えながら、青髪は全長50m程の水の竜を放った。
青髪が放った水の竜に、土御門の魔力がこもった水がプラスされる。
水の竜は約80mまで大きくなるが、不知火の放った火球と比べると少し小さい。
青ピ(ちょ、大丈夫なんかいな!?)
思わず不安になる青髪だったが、それは取り越し苦労に終わった。
強化された水の竜が火球と直撃し大爆発を起こすも、10m程残ったものが不知火に直撃したからだ。
土御門「終わったな」
青ピ「いやまだや。ほとんど相殺されたあの一撃程度では、不知火は倒せへん」
土御門「終わりだよ。いくら体が動こうが能力を使い切ったことに変わりはない。
地上に着地したら、この魔道書で回収してフィニッシュだ」
青ピ「でも、上手く能力をセーブしているかもしれへんやんか」
土御門「それはない。アイツは単純馬鹿だからな。全力と言えば全力を出し切る。
それにあの攻撃、手加減しているように見えたか?」
青ピ「そうは見えんかったけど、8割9割かも……」
土御門「意外と慎重なんだな。まあそこで大人しく突っ立ってればいいさ。ちょっと回収してくる」
そう言って土御門は着地予想ポイントへ走りだす。
ただ突っ立っているのも癪なので、青髪も土御門の後に続く。
不知火「クッソヤローが……」
ビルの壁に手をつけながら、びしょ濡れの不知火が呟いた。
そんな彼の目の前には、土御門と青髪。
土御門「地上に安全に着地するのが精いっぱいだったようだな。ま、向こうでゆっくり休んでいてくれ」
言いながら魔道書を不知火にかざす。弱り切っている彼に回収に対抗する術はなかった。
青ピ「すごいなつっちー。垣根君よりは強いとは思えへんけど、確かになかなか強いと思うで」
土御門「さ、次はお前だな」
青髪の称賛など聞き流し、土御門は戦闘態勢に入る。
青ピ「え、あ、いや、本当に戦わないけないんか?」
土御門「どうした?この魔道書の中に囚われている愛しの結標淡希ちゃんを救いたくないのかな?」
青ピ「何でそんな煽る事を言うんや。僕には分かるで。つっちーは優しい人やんか。付き合いだって短くないしな」
土御門「何が言いたい?」
青ピ「嘘やろ?その魔道書とやらの中に、淡希はいない」
土御門「だとしたら何だ?結局のところ、お前は何がしたい?」
青ピ「僕とつっちーが戦う理由はないやろ?」
土御門「じゃあ聞くが、お前は恩人である食蜂に対抗する気はあるのか?」
青ピ「それは……」
土御門「俺はお前を信用できない。自分可愛さに最愛の彼女を裏切り、世界滅亡の加担をするような奴にはな」
青ピ「……返す言葉もないわ。けれど、今なら、今なら僕は、やり直して……」
土御門「信用できないな。食蜂に対抗しないだけならまだしも、俺らの邪魔をされると困る。
はっきり言ってお前はこの戦場から離脱してもらいたい。今からお前が出来る選択は次の2つ。
1つ目はこのまま大人しく魔道書に回収される事。
2つ目は俺にボコボコにされて魔道書に回収される事だ」
青ピ「……どうしたら信用してもらえるんかな?」
土御門「しつこいな。ならもう面倒だから言っとくぞ。
仮に本気で食蜂に対抗する気になったお前を俺が信用したところで、実際に食蜂に敵うわけがない。
分かり切っている事だろ?つまり、どの道お前には戦場から離脱してもらう」
青ピ「でもそれ、つっちーにも同じ事が言えるんやないか?
それに一方通行君や御坂ちゃんや淡希などの実力者を退場させておいて、どうやって食蜂に勝つ言うんや?
僕みたいなのでも、いないよりはマシだと思うけど」
土御門「マシじゃねーよ。寧ろ足手まといだ。お前だけじゃなくて、俺も垣根とかもな。
この戦いの決着は、最終的にはカミやん対食蜂の一騎打ちに委ねる予定だ」
青ピ「カミやん1人に押し付ける言うんか?それは無茶やろ」
土御門「無茶じゃない。お前、カミやんの『竜王』の力をまともには見てないだろ。
あれと今や『全能』の食蜂の戦いに、俺らが介入する余地なんてないんだよ。
だから言っている。お前の選択は、魔道書にどのように回収されるかだけだ」
青ピ「……そんなことあらへんやろ。僕らがいるだけで絶対に戦況は変わってくるはずや」
土御門「じゃあ交渉決裂ってことで戦うか。俺に勝てない様じゃ、食蜂には勝てないしな」
青ピ「勝ったら認めてくれるんやな」
戦闘態勢を解いていない土御門に、いよいよ青髪も身構える。
青髪、土御門の両者はバックステップで距離を取る。
さらに青髪の方は背中の刀『村雨』を、土御門は懐から『金剛杵』(ヴァジュラ)を取りだす。
土御門「おいおい。刀抜くとか俺を殺す気か?」
青ピ「つっちーだって、なんや仰々しいモノ出し取るやんか」
土御門「お前だけ武器アリだとフェアじゃないからな」
青ピ「戦いにルールなんて無いんやなかったっけ?」
土御門「御託は良い。さっさとかかって来い」
青ピ「なんやねん。まあ良いわ。遠慮なく行かしてもらうで!」
親友である事はこの際関係ない。
殺すつもりはないが、倒すつもりで土御門に向かって水竜を放つ。
それに対して土御門は、何のモーションもしなかった。
当然結果として、水竜は土御門を飲み込んだ。
青ピ「ムカつくやっちゃな~」
不満そうに青髪は呟いた。土御門が平然と数秒前と同じ姿で立っているからだ。
しかしながら、1つだけ違うところがある。
亀の甲羅の形をした半透明のエネルギーのようなものが、土御門を覆っている。
青ピ「なんやねん、それ」
土御門「四聖獣の玄武の力さ。司る属性は水。ただでさえ高い防御力を誇る玄武の前に、水の攻撃なんてものは無に等しい。
つまり、玄武の前ではお前如き、ただの男子高校生にすぎないってわけさ。悪い事は言わない。
このまま大人しく回収されとけ」
青ピ「へぇー。ならこの村雨ならどうや?」
土御門「水よりは有効だが、そんな鈍で玄武をどうにかできるとは思わない事だな」
青ピ「そうかそうか……」
青髪は思案する。
現状、水の攻撃は無意味と化した。村雨もあまり意味がないと土御門は言う。
そうだろう。魔術なんてものは良く分からないが、力の強大さは一目見れば分かる。
せいぜい運が良くても折れないのが精一杯で、一閃も土御門には届かないだろう。
だけれども、力が強いからこそ、その維持も大変なはずだ。
あの防御を解かせないために、あえて猛攻を仕掛ける。
もしかしたら一発でも攻撃が通るかもしれないし、通らなくても維持が出来なくなり甲羅が消えてくれれば万々歳だ。
こっちの能力切れが先か、あっちの魔力切れが先か。
ギャンブルではあるが、今はこれしか思いつかない。
青ピ「いっくでー!」
青髪の水の竜による猛攻が始まった。
青髪の猛攻が始まってから約1分。
青髪の狙いが分かったのか、それともただ黙って突っ立っているよりは何かした方が良いと判断したのかは分からないが、
土御門は懐から拳銃を取り出して引き金を引いた。
飛来してくる弾丸に対して青髪は、村雨で弾く、避けるなどしてやり過ごした。
もちろんその間も、水の竜攻撃の手は緩めていない。
土御門「超人的反射神経だな。いやはや恐れ入ったよ」
という土御門はにやにやしていて、余裕なのが見て取れる。
魔力切れの狙いに気付いていてその態度なのか、単純に絶対防御があるからなのか。
どちらかは分からない。
青ピ「そりゃどうも」
適当に返事をしながらも、心の中ではその鼻をへし折ってやると意気込む。
が、やはり簡単にはいかない。
こっちは放たれる弾丸を弾き、避け、肉体的にも疲弊しながら水の竜を放っているのに、
あっちはただ立って、拳銃の引き金を引き、弾丸が無くなればマガジンを替えるだけ。
能力、体力的にもどっちが不利なのかは、火を見るより明らかだ。
自覚した青髪は、ここで作戦を変えた。水の竜攻撃を止める。
それで様子をうかがう。絶対防御で勝利はなくとも、倒されなければ負けはない。
痺れを切らして逆に攻撃を仕掛けてくれれば、そこから反撃できるかもしれないし、
何もしない自分を見て一旦甲羅を解き拳銃だけで仕留めに来ても、肉体的には休めずとも能力的には回復できる。
どっちに転んでも形勢を立て直すぐらいの事は出来るはずだ。
青ピ(さあ、どうする!?)
土御門の判断は早かった。青髪が水の竜攻撃を止めてからわずか5秒。
玄武の防御を解き、あろうことか拳銃まで投げ捨てた。
青ピ(な……良く分からんけど、チャンスか!?)
だが何かの罠かもしれない。青髪は逡巡する。
その間に、土御門が口を開いた。
土御門「せこせこしやがって。考えが浅墓すぎる。俺の魔力切れを狙ったんだろ?
だが拳銃と絶対防御を前に、先に根を上げるのはテメーだと自覚して、何かしらの活路を見出す為に一旦攻撃を止めた。
そんなところだろう」
青ピ「全部わかってたんかい。でも、拳銃を捨てる意味が分からんな」
土御門「単純な話さ。替えも含めて弾丸が全て尽きただけ。それとクソみたいな持久戦に飽きたからさ。
ここからは短期決戦だ。見せてやるよ。俺の全力を」
土御門「既に配置と詠唱は終わっている。行くぞ。これが俺の全力だ」
直後だった。
土御門の背後から青い龍と白い虎、すなわち青龍と白虎が顕現し、放たれる。
それだけではない。向けられたヴァジュラの先端から黄金の光線が放たれた。
3種類の攻撃に対して青髪は、2匹の水の竜を放ち青龍と白虎を相殺。
村雨に水を纏わせ縦に振り下ろし、黄金の光線を真っ二つに引き裂いた。
土御門「これで仕上げだ」
呟く土御門は、青髪の目の前まで迫って来ていた。
右手に持っているヴァジュラで突きを繰り出している。
青髪は少々面食らったが、対抗して村雨で突きを繰り出した。
ヴァジュラと村雨。法具と刀の突きがぶつかり合った瞬間、それぞれ粉々に砕け散った。
直後だった。
青髪は唐突に口から血を噴き出した。
青ピ「え?」
地面を赤く染めた液体が、自分が吐き出したものだと自覚したときには片膝をついていた。
青ピ「な、にが……」
質問をしたわけではない。思わず本音が飛び出ただけだった。
それを知ってか知らずか、土御門が律儀に回答した。
土御門「どんな能力者にも共通の法則がある。
科学的に作られた能力者が魔術的な術式を行使すると、副作用のようなものに襲われる」
青ピ「な、にを……」
土御門「言っている意味が理解できないだろうな。簡単に言うと、俺はお前に魔術を“使わせた”んだ」
青ピ「……そうか。それで、垣根君にも、勝てるとほざいていたんやな。
けどそうなると、一方通行、カミやんにだって、勝てるんやないの?」
土御門「もっともな疑問だが、カミやんは超能力者じゃないからな。
副作用はないんだ。ただし性質上、魔術も使用できないがな。
一方通行については、アイツは既に『魔術のベクトル』すら解析している。
自爆させる手は通用しないし、寧ろ小規模な魔術なら使用できるぐらいだ」
青ピ「そうか……けど、残念やなあ……ここでドロップアウトか……」
土御門「俺に勝てないぐらいだからな。大丈夫だ。カミやんが何とかしてくれる。
さっきお前は、カミやんに押し付けることになるとかどうとか言っていたが、それは違う。
押し付けるんじゃなくて、信じるんだよ」
青ピ「都合のいい、言い訳にしか聞こえへんな……」
土御門「回収」
青髪に魔道書をかざして回収した。
上条が地面を蹴り出してから5歩目。
突如その部分がへこみ、それによってつまずき転がっていく。
篠宮「キックオフ!」
自身が走った勢いそのままに、転がってきた上条を蹴り飛ばした。
篠宮「まーだまだぁ!」
上条が転がった先の空気中の窒素を棺に変換した。ドゴン!と上条はそこに収まる。
しかしまだ背中を打ちつけただけだ。蓋はされていない。今なら軽く脱出できる。
篠宮「アイアンメイデン」
指に巻き付いたワイヤーを引っ張って、棘だらけの蓋を閉じた。
上条の情報は“多少ではあるが”聞いている。
多分、これですら死にはしないが、重傷ぐらいにはなるのではないか。
と篠宮は考えていた。
が、それは甘かった。
ベギンゴギャア!と、ほぼ無傷の上条がアイアンメイデンをぶち破ったからだ。
篠宮「化け物が……」
いつでも強気でどこか余裕がある篠宮に、初めて陰りが見えた。
上条「化け物はアンタだよ。この状態の俺と、まともに戦えるなんてな」
篠宮(余裕見せやがって……)
篠宮が戦場に出てきた理由は、楽しそうだった、からだ。
だから先程までは少々物足りなかったが、優越感を味わえて楽しかった。
強敵なら強敵相手だとしても、それはそれで楽しめる性格だった。
だが目の前の男は、上条当麻と言う男は違う。正直言って別格だ。
自分もまだまだ全力を出し切ってはいないが、出し切ったところで勝てるとは思えなくなった。
そんな篠宮の予感は的中する。
上条「お前の能力は良く分からんが、地面が突然へこみ、空間には棺が出現する。
今までのレベル5と別格なのは身を持って分かった。だから、“もう少しだけ”本気を出すことにするよ」
篠宮(“もう少しだけ”だと!?)
全力を出す、ではない。もう少しだけ、と言った。
現状どれだけの力で戦っているかにもよるが、どう見ても7割も出していない事は分かる。
篠宮(駄目だ……逃げるしかねー)
篠宮という男は、ここで熱血バリバリで強大な力に対抗するような人間ではない。
勝てないと分かれば、逃げる事もいとわない。
だがそれすらも甘い事に、彼はまだ気付いていない。
「もう少しだけ本気を出す」
この言葉を聞いて篠宮は、勝てないまでも逃げるぐらいは出来ると思っていた。
ましてや今は瞬速状態。テレポーターにですら追いつかれない。
上条相手でも逃げ切れる自信が、篠宮にはあった。
回れ右をして、地面を蹴る。
一瞬で1kmもの距離を移動した篠宮の真横に、
上条「速いな」
実に冷静な上条がいた。
篠宮(――嘘だろ!?)
篠宮が狼狽する前に、その背中に拳が叩きこまれた。
その威力もさながら、地面にめり込んだ篠宮は動かなくなった。
土御門「よーカミやん。終わったようだな」
図ったかのようなタイミングで土御門が紅蓮の翼を携えて飛んできた。
だが上条は驚かない。感知能力で土御門の魔力が分かっていたからだ。
上条「コイツ、洗脳されてないんだけど、どうするべきなんだ?」
土御門「その辺りはちゃんと考えているから気にするな。とりあえずは回収しておく」
言いながら、土御門は魔道書で回収した。
土御門「これからカミやんに説明する事がある。良く聞いてほしい」
真剣な顔つきで土御門が語り始めようとした時、彼らに近付く1つの影。
垣根「おーい!」
上条「あれは……」
土御門「ありゃりゃ。後で迎えに行こうと思っていたけど、そっちから来てくれるとはな」
正体は風斬に乗った垣根と気絶している折原だった。
上条「風斬、その姿は……」
風斬「へ、変ですか?」
上条「いや、そんなことねーよ。綺麗だ。」
風斬「そ、そうですか。あ、ありがとうございます///」
土御門「ところでかっきー、なんでほっぺた腫れているのかにゃー?」
垣根「そ、それはだな……」
風斬「わー!きゃー!それ以上は言わないでください!///」
真っ赤な顔の風斬が、垣根と土御門の間に割って入る。
上条「普通に敵に殴られたとかじゃねーの?垣根ですら苦戦する相手がまだいるのかと思うと、辟易するけどな」
土御門「へー、そうかねー」
垣根「にやにやしやがって……何があったか見透かされてそうだな」
風斬「えー!やめてください!///」
土御門に向かって、照れた風斬のタックルがかまされるが、
土御門「あぶねっ」
ひらりとそれをかわし、同時に魔道書で風斬を回収した。
上条「え?」
垣根「それって」
上条「大丈夫なの?」
土御門「分からん。AIM拡散力場を回収した事なんてないしな。ま、大丈夫だろ」
垣根「なんてテキトーな……」
上条「お前そんなキャラだったっけ?……いや、普段はそんな感じか」
土御門「そこにいる折原と、お前も回収するぞ垣根」
垣根「それは俺が食蜂に通用しないからなのか、俺が能力を使いきって戦えない事を分かっているのか。どっちだ?」
土御門「両方だよ」
言って土御門は垣根を回収。その後気絶している折原も回収した。
上条「垣根の割には物分かり良かったな」
土御門「様々な戦いを通して悟ったんだろう。
勝てはしたものの、1人1人相手にも時たま苦戦する自分に、200万もの脳を統べる食蜂には敵わないとな」
それに、と土御門は続けて、
土御門「メデューサ、折原、東城との戦いを通して能力も切れたようだしな。
風斬に背負われてきていたし、実際本人も能力を使い切ったって言っていたしな」
上条「あのー、半分以上何言っているか分からないのですが……」
土御門「そうだろうな。
全部の疑問には答えてやれないが、これから説明することで大半の事は理解できると思うぜい」
上条「あ、あのさ。この会話も、食蜂に聞かれていたりするんじゃないのか?
土御門が説明して、それを呑気に俺が聞いていていいのか?」
土御門「今までだって何度も呑気なやりとりを、お前らはしてきたじゃないか。
それにもし襲い掛かってくるなら、風斬らと再会した時には来ているさ。
というより、カミやんならその『竜王』の力で分かるだろ?」
上条「それがだな……俺が感知できるのは魔力とか悪意だけで、能力者は分からないんだよ」
土御門「そうなのか?
じゃあ『超電磁砲』のところや病院に辿りつけたのは、大きい音や目で見て分かる異常を察知して駆けつけただけってことか」
上条「そんな感じ」
土御門「ふーん。ま、いいよそんなことは。もう大きな敵は食蜂ぐらいだしな」
上条「いやいや、俺達が奪還してきた能力者の合計なんて、たかが知れているだろ。どう考えたって、まだまだいる……」
土御門「ところが、そうでもねーんだにゃーこれが。
カミやんがついさっき倒した篠宮は、実は30万もの能力者の脳波とリンクしていた。
だから、30万もの能力者が解放されたも同然なんだ」
上条「ちょっと待ってくれ。俺は『幻想殺し』ではアイツの頭を触ってないぞ。
そんなんでリンクって切れるものなのか?
というかそもそも、アイツを倒したからリンクしていた30万もの能力者も解放って有り得なくないか?」
脳波のリンクとか正直全く分からない上条であったが、土御門の言っている事はむちゃくちゃな気がする。
土御門「カミやんが今まで戦ってきた能力者連中はともかく、篠宮を含む“特別な8人”は気絶するだけでリンクが切れ、
リンクされていた能力者も能力が元のレベルまで戻るんだ。洗脳までは解けないんだけどな」
上条「そんなものなのか……」
土御門「つーか今更『幻想殺し』で頭触ってないとか言えるのか?
前半はともかく、後半は殴り飛ばして魔道書で回収しただけだろ」
上条「やっべ、そう言えば……途中からいろいろ必死すぎて忘れていた。
待てよ。じゃあ、転送先で能力者が暴れていたりするのか?」
土御門「それは心配ない。実は能力者達は、気絶しただけで洗脳が解けるようになっている。
ぶっちゃけカミやん達が、“なるべく傷つけずに意識がある状態から洗脳を強引に解除していた”前半の努力は無駄だったにゃー」
上条「マジかよ!じゃあたった今、後半は殴り飛ばして云々とかのやりとり何だったんだよ!」
土御門「ちょっとした意地悪」
上条「ふざけんな!」
思わず土御門をぶん殴ろうとする上条。
土御門「まあまあ落ち着けって。要するに今まで奪還してきた能力者全員の洗脳は解けているし、
今までのカミやん達の奮闘によって、200万もの能力者が解放された」
上条「ちょっと待てって。何で200万?俺が倒したのは30万人分だろ?あとの170万は?」
土御門「だから言ったろ。カミやん“達”の奮闘によって、って。カミやんが倒したのは、30万と20万人分だ」
上条「……よく分からないが、俺が今まで倒してきた奴に20万人分の脳とリンクしていた能力者がいるってことか?」
土御門「そういうことだ。
俺“は”カミやん達の戦いをなるべく見てきたつもりだが、カミやんは常に圧倒的な強さで能力者達を薙ぎ倒していた。
が、何人か苦戦した能力者もいるだろ」
上条「……オリアナにテッラ、あとは重力を操るっぽい能力者にはてこずったな」
土御門「それだよ。重力を操る能力者、そいつが20万もの能力者とリンクしていたやつだ」
上条「つまり、俺は50万もの能力者を解放したようなものなのか?」
土御門「そういうこと。
他にも『超電磁砲』が30万人、フィアンマ達が20万人、垣根が40万人、俺が20万人、侵入してきた魔術師に20万人分が解放されている」
上条「侵入してきた魔術師に、だって?おい、それって……」
土御門「ああ、殺されたのさ。それだけじゃない。この戦争では既に何人もの死者が出ている」
上条「……そうか。……やっぱり、何もかも救うのは無理だって言うのか……」
魔術vs科学の戦争でも、最低限守りたいモノは守れたとは思う。
けれどインデックスの記憶を失わせ、魔術サイドの人間の多くを死なせてしまった。
あまりにも突然の出来事だったし、インデックスを囚われてしまった事で感情的になってしまったのはあるが、
魔術と科学が共存できる可能性を蔑ろにして(実現できるかどうかはともかく)自分の為だけに奔走して、
結果的に滅ぼしてしまった事は本当に悔やみきれない。無論、上条1人だけのせいではないが。
それでも、そこで腐っているだけでは駄目だと気付けた。
それはいろんな人に支えてもらったおかげだ。
後悔したって何も変わらない。泣いたって死んだ人間は生き返らない。
だから立ち上がった。そして今回の戦争では今度こそ、何もかも救いきるつもりだった。
それなのに、現実はやっぱり非常だった。
土御門「そう落ち込むな。死者は侵入した魔術師が殺したのが大半だ。
あとは自爆だったり、仲間割れだったり、まあいろいろとな」
上条「自爆?仲間割れ?」
戦いが始まって何人かの能力者と相対してきて思った事がある。
この戦い、何かがおかしい。
戦い自体や食蜂の考えは最初からおかしいと思っていたが、そういうのではなく、何か引っかかるものがある。
土御門「ようやく違和感に気付いたか?」
上条「……何となく」
土御門「まあカミやんは他の奴に比べて違和感に気付きにくいのはあるだろう。
何せほとんど圧倒的な力で勝ち進んで来たんだからな。
でも、そんなカミやんでも気付ける要素はある。たとえば、姫神だったり、吹寄だったり、五和だったり」
上条「……そうだよ。そうだ。五和はちょっとアレだったが、吹寄や姫神には“半端に自我があった”。
どうせ操るなら、無駄な会話や行動はさせず淡々と行動させるようにすればいいのにだ」
土御門「その通りだ。半端に自我を持たせることによって、精神を揺さぶると言う効果もあっただろうが、
何にしたってカミやん達は必死に能力者を救うことしか考えてないんだ。どうせなら人形のように操った方が良い」
上条「じゃあ何で食蜂は半端に自我を持たせたんだ?」
土御門「その理由の1つは、単純にそこまで操るのが大変だと言うのがある。
ゲームでも、味方を直接操る事も出来れば、作戦などでAIに任せることができるのもあるだろ?
食蜂の現在行っている洗脳は、後者の方さ」
上条「なるほどな」
土御門「で、違和感はそれだけか?」
上条「え?」
土御門「やはり気付いていなかったか。無理もないが」
上条「何だよその言い方。もったいぶるなよ」
土御門「簡潔に言うと“能力者全員、カミやん達に何の対策もなしに挑んでいた”んだ」
上条「……えーっと、つまり?」
土御門「いいか?食蜂と幹部クラスと俺はカミやん達の戦いを見てきた。
つまり、戦いが重なるにつれ能力の特徴が見えてきて、何らかの対策や必勝法が見つかるのさ。
まあカミやんの場合は『竜王』の力が強すぎてそれらしきことは見つからなかったが、
それにしたって挑む能力者全員が、ただただ力でゴリ押すような戦法しか取って来なかっただろ?」
もっとも、御坂や一方通行や垣根は暗部に関わりを持ち、それなりに研究されている部類だった為、的確に弱点を突く戦法を取った者もいたが。
上条「言われてみれば確かにそうかも」
土御門「じゃあなぜ対策や必勝法を用意せずに力で挑んでいたのか。
その答えは単純に、食蜂が洗脳している能力者に対策や必勝法を刷り込まなかったからさ。
無論、手間がかかると言うのはあるが、刷り込んだ方がいいと思わないか?」
上条「思う。というか刷り込む刷り込まないじゃなくて、能力者全員に戦いの様子をモニタリングしてもらえばいいんじないのか」
土御門「さすがにそこまでは設備的にも能力的にも出来なかったんだよ。
ということで、食蜂はなぜ刷り込まなかったと思う?」
上条「……そんなことをすると、ゲーム的にはフェアじゃないからってか?」
土御門「今までの食蜂理論で言うと、そうだろうな。だが俺は別の意味があると思っている」
上条「思っているって、推測かよ」
土御門「そうだ。もしも俺の推測が正しければ、食蜂はまだ止められる」
上条「止めれれるって、ハナっから意地でも止めるつもりだったけど」
土御門「そうじゃない。戦わずして、さ」
上条「はあ?」
土御門「その反応は分かる。でもまずは聞いてくれ」
上条「お、おう」
土御門「まず何で食蜂が世界を滅亡させようとしているのか。これには深い理由がある」
上条「深い理由?どんな理由だろうが、世界滅亡なんて間違っているっつーの」
土御門「まあそう言うな。俺だって反対派だが、食蜂の野望にも共感できるところはある。
いいか?食蜂が世界を滅亡させる本当の理由は、この世界の理不尽さに耐えられなくなったからさ」
上条「……は?」
土御門「オリアナ=トムソンの考えの派生って感じかな。
彼女は誰も傷つかない為に『確かな基準点』を作ろうとしただろ?
けどそれは、ちょっと違うがディストピアを構築しようと言っているようなものだ。
だがディストピアは社会的には良くても人権的にはアウトだ。
つまり、どうしたって世界を良い方向には変えられない。
だったらいっそ、滅亡させてしまおうじゃないか。と食蜂は考えたってわけさ」
上条「何だよそれ……そんなの、おかしいだろ……」
土御門「しかしながら、おそらく食蜂は“迷っている”」
上条「え?」
土御門「よくよく考えてみろ。
食蜂は事あるごとにこの戦いをゲームに置き換えて講釈垂れていたが、いくらなんでも度が過ぎると思わないか?」
上条「度が過ぎるって言うか、何もかもがおかしいと思っているけど」
土御門「そんな思考停止発言は止めろ」
上条「お、おう……」
土御門「たとえばだ。食蜂は200万の能力者に加えて大人まで制御下に置いていた。
なのにだ。実際の勝負と言えば多くても8対1ぐらい。200万もいるんだ。
100対1、1000対1、いや10000対1だって200分の1だ。
リンチするぐらいの勢いで、今言ったように能力者を大量投入してもいいと思わないか?」
上条「だからそれは、ゲーム的に面白くないからだろ?」
土御門「それともう1つ。
カミやんはともかく、一方通行や垣根ですら色々あって追い込まれたし、御坂美琴や絹旗最愛などに至っては完全に敗北している。
フィアンマ達や削板軍覇もさらなる連戦が続いていたら、疲弊しきってもっと早くつぶれていただろうな。
にもかかわらず、食蜂は事あるごとにわざわざ休憩・準備時間を与えていた。なぜだと思う?」
上条「だからそれも、ゲーム的に云々とか言う謎理論だろ?」
土御門「確かに、初めのうちならそれで納得できなくもない。
だが少数で攻めるが故にその悉くが結局は退けられ、休憩・準備時間を与えたが故に、
追いつめることは出来ても仕留める事は誰一人出来なかった。
その分失った能力者だって少ないとはいえ、連続でやられっぱなしで普通腹立つだろ?
だと言うのに、攻撃の手は激しくならなかった」
上条「言われてみればそうかもしれないけど……食蜂の怒りの沸点が高いだけじゃないのか?」
土御門「確かに、失った能力者は人数的に言えば微々たるものも良いところだ。
ゲームで食蜂の立場を例えると、難易度ベリーイージーってところだろう。
そんな超簡単なゲームで完全にゲームオーバー(食蜂の敗北)にはならなくとも、
味方が倒され続ければ(洗脳している人間の奪還)、ストレスが溜まるってものじゃないか?」
上条「だ・か・ら、食蜂がやたらと温厚と言うか、別にキレるほどのことじゃないと思っているんだろ。
結局何が言いたいんだ?」
土御門「何が言いたいかって言うと、
食蜂は“世界を滅亡させるのは間違っている。誰かに止めてほしいという気持ちもある”と思うってことだ」
上条「はあ?何だよその矛盾」
土御門「確かに矛盾だ。
だが人間の感情は白か黒かとか、そんな単純な事じゃない。
シェリー=クロムウェルも、そうだったようにな」
上条「……そっか。そういえばシェリーも信念は星の数ほどあるって言っていたな」
上条がかつて退けた魔術師シェリー=クロムウェルも、何の意味もない事を分かっていながら学園都市を襲撃してしまった。
ならば食蜂も迷い、もがきながらも、つい行動を起こしてしまったのではないか。
土御門「この戦いが始まる前も、いろいろおかしいことがあった。
たとえば、俺達の学校に入学しクラスメイトを操ったよな。
そして4月10日には学園都市中の生徒達を支配した。
何で一足先にわざわざ俺達の学校に乗り込んで、クラスメイトを洗脳したんだ?」
上条「宣戦布告的な意味があったんじゃないか?」
土御門「その可能性はあるかもしれない。
だが俺達の下に乗り込んで来た事で“止めてほしいってことに気付いてほしかった”とも考えられないか?」
なるほどその可能性もなくはない。なくはないが、
上条「有り得ない話じゃないけど、いくらなんでも食蜂の肩を持ちすぎじゃないか?」
土御門「なら言わせてもらうが、今食蜂がやっている事は回りくどいと思わないか?
世界を滅亡させる事なんて、わざわざ学園都市中の生徒を操らなくても、
アメリカの大統領ロベルト=カッツェでも操って、核兵器発射スイッチを押させるようにすればいい。
そうすれば世界は混乱に陥り、第四次世界大戦が勃発して、手を下さずとも勝手に疲弊していくだろう」
上条「つまり、食蜂の一連の行動は『私を止めて』っていう救難信号だったってことか?」
土御門「俺はそう考えている。根拠はまだある。
食蜂は俺を洗脳したが、人質の舞夏がいるとは言え4月11日には解放してくれた。
だから俺は、密かに裏切ろうとずっと機会をうかがっていた」
上条「でもそれって」
土御門「そうだ。食蜂にとっては人の心理を読むことなど造作もない。
つまり彼女は“俺が裏切る事を分かっていながら、あえて見逃したんだ”」
上条「それはゲーム的にそうした方が面白いじゃん。とも言えるが――」
土御門「“私を止めてほしい”というメッセージだとしたら、多少はしっくり来ないか?少なくともゲーム的に云々よりは」
上条「……」
土御門「最後に、突きつめると食蜂のせいで死人は出たが、彼女自身は誰にも手をかけていないし、
それどころか侵入した魔術師から能力者を守ろうとした。
さっきも言った通り、死人は自爆か仲間割れか魔術師に殺されたやつらだけだ」
上条「……本当に、迷っているって言うのか……」
土御門「まあ、あくまで推測だがな」
と、長きに亘る2人の会話がひとしきり終了した、その直後だった。
食蜂「面白い見解ねぇ。土御門君?」
ダイバースーツにも似た全身を締め付ける体型矯正用下着、所謂コルセットを纏っている食蜂操祈が、上条らの前に降臨した。
土御門「俺の渾身の推理だが、邪魔されなかったってことは正解ってことで良いのかな?」
食蜂「私は会話の途中に割って入るような野暮な真似はしないからねぇ。君達の想像力におまかせするわぁ」
上条「土御門の推理が正しいかどうかなんて関係ない。
これ以上馬鹿な事を続けるって言うのなら、手足の骨バッキバキに折ってでも止める」
食蜂「いや~ん、こわ~い」
土御門「違うだろ。まずは食蜂の意見も聞いて戦わずして止めるんだよ」
上条「っ……」
食蜂「そうねぇ。出来れば私も、お話で済むのならそれがいいなぁ」
上条「俺が折れるとでも?」
食蜂「土御門君が言っていたでしょ?この世界はどうしたっていい方向には変化しない。
だったら、いっそのこと滅んでしまった方がいいと思わない?」
上条「思わない。何でそうなる?」
食蜂「何でって、第三次世界大戦に魔術と科学の戦争。短期間に2回もの戦争があって世界は荒んでいる。
逆に何でここまで荒んでしまった世界をリセットしようとは思わないのか、不思議なくらいだわぁ」
上条「そんなもん、一時の過ちにすぎないだろうが!
たったそれだけのことで、世界が滅んじまった方が良いって言うのかよ!」
食蜂「たったそれだけって……凄く影響力のあった出来事だと思うけど。
まぁ私が世界を滅ぼさんとする理由はそれだけじゃないけどねぇ」
上条「まだ何かあるのか?」
食蜂「ありまくりよぉ。私がこの世界に憤っている一番の理由。それは“不平等”や“格差”よ」
上条「不平等?格差?」
食蜂「この世界はねぇ、生まれた時にある程度の人生が決まってくる。
見た目だったり、親や環境だったり、才能やセンスなどの要素によってね」
食蜂の雰囲気が、柔和なものから凛としたものに変わる。
上条「何が言いたい?」
食蜂「分からないの?
たとえばイケメンや美人なら、それだけで異性から好かれやすいし、もてはやされ、可愛がられて生きて行く。
逆にブサイクだったりブスだったりすれば、異性からは好かれにくく、周囲の人間の風当たりも強くなるでしょう。
それ以前に、障害者と健常者の不平等さなんて目も当てられないくらい残酷」
上条「そんなことないだろ……」
食蜂「続いて親や環境の問題。お金持ちの家に生まれれば、娯楽も教育も充実でしょうね。
裏口入学やコネだってあるでしょう。
逆に頼るべき存在の親が屑であれば、どうしようもないこともあるし、性格はまともでも所得が低ければ、
子供には様々な面で抑圧された生活をさせることになるわよねぇ」
上条「それは、バイトとか奨学金とかもあるし」
食蜂「最後に才能・センスの問題。最初から頭や運動神経が良かったりする人間と、その逆の人間。
この格差は酷いと思わない?」
食蜂の言う事は分からなくはない。だが、
上条「今言った事全部、努力でどうにかなるだろうが!
頭が悪いなら勉強すればいいし、筋トレやジョギングをすれば筋力や体力はつくだろうが!」
食蜂「確かに、努力で“ある程度”はどうにかなる。けれどどうしても埋められない差って言うのはある。
それに秀才や天才は出来る分、いろんな事に時間を割けるけど、凡人は出来ない分、様々な事を犠牲にしないといけないでしょ。
それでもその努力が天才達に勝るとは限らない。
同じ位置(スタートライン)に立てるか、そこにすら辿り着けないかもしれない。
これって凡人からすれば、物凄く馬鹿らしい事だと思わない?」
上条「思わない事もないけど……まだマシだろ。日本に生まれただけで、世界には飢餓で苦しんでいる子供だって――」
食蜂「そうやってよく発展途上国と比べるけど、それが何になるって言うの?
比べたら私達は幸せになるの?飢餓で苦しんでいる子供達の方は幸せになるの?」
上条「物理的にはならないだろうけど、精神的にはなるだろ」
食蜂「なら聞くけど、上条君は辛い時『世界では飢餓で苦しんでいる子供がいるんだ。へこたれずに俺も頑張ろう』なんて思うのかしら?」
上条「それは……」
食蜂「ならないよね?そんな異国の地の事なんて、話を聞く位じゃ多少イメージするくらいだもの。
せめて現地に赴いて、その現状を見るぐらいじゃないと何とも思わないでしょうねぇ。
いいえ、それでも何とも思わないかもねぇ」
上条「っ……」
口を詰まらせる上条に、食蜂は畳み掛ける。
食蜂「それに私の野望は世界基準の話。日本のような先進国と発展途上国にはかなりの格差がある。
その格差も私は許容できない」
上条「だから滅ぼすってのか」
食蜂「そうよ。それと最後に、これはもう仕方ない事だけれど、“不条理”や“理不尽”さも、この世界にはある。
それは自然災害や事故。これによって尊い人命が失われる事もある。
それがどうしようもないグズだったらまだしも、重要な人物だったらどうかしら?
学園都市で言えば、統括理事長となった雲川芹亜とか」
上条「どうしようもないグズ?失われて良い命なんてあるわけないだろうが!」
食蜂「たとえばよ。別に失われて良いなんて言ってない。まだマシと言っているの。ねぇ思わない?
飲酒運転などの犯罪を平気でする人間がのうのうと生きている一方で、上条君のようなヒーローが
事故や自然災害などのしょうもない理由で死んで行く可能性があるなんて、馬鹿らしいって」
上条「だからって、そんな可能性の話で世界を滅ぼすっておかしいだろ」
食蜂「だから初めに断りを入れたでしょう。仕方ないことだけれどって」
上条「仕方ないで済まされるかよ。お前、自分が何言っているのか分かってんのか!?」
食蜂「分かっているに決まっているでしょ。上条君こそ、何で私の前に立ち塞がるの?
私の考えを聞いて、それでもなお阻む大仰な理由があるとでも言うの?」
上条「大仰な理由なんてものはねぇ。けど、世界を滅ぼすって言うのは間違ってんだよ!」
食蜂「だったら、どうしたら皆が幸せになれるの!?どうすれば不幸な人がいなくなるの!?」
上条「そんなもん、分かんねぇよ!」
食蜂「……はぁ?だったら――」
上条「けど!何度も言ってっけど!世界を滅ぼすなんて間違っている!」
具体的な解決策を提示できないまま、
上条「確かにこの世の中は、不平等で理不尽かもしれない。
だけど、だからって人を殺して、世界を滅ぼして何になるって言うんだ!
何もかもを奪って不幸も幸福もなくすことが正しいって言うのか!
違うだろ!そうじゃねぇだろ!」
何もかもをリセットしてゼロに還すのではない。
そんなやり方では誰も救われない。
上条「そもそも不幸とか幸福とか、お前や俺達が決める事じゃない!
そんなもん、考え方や感性によって人それぞれだろうが!」
食蜂「でも、客観的に見たって明らかに差がある事象、先進国と発展途上国のような関係でも、
それぞれだからって言うつもり?」
上条「ああ、もちろん」
即答だった。
上条「飢餓で苦しんでいる子供が『自分はなんて国に生まれたんだ。こんなに苦しいなら生まれてこなきゃよかった』って死んで行くのか?」
食蜂「だと思うけど?」
上条「んなわけねぇだろ!最後の最後まで生きる“希望”を持っているんだよ!」
食蜂「そんなもの、憶測にすぎないでしょ。何で断言できるのかしら?
……まぁ、先進国の便利さなどを知らないのだから“格差”や“不平等”などを
あまり感じないという点では、逆に不幸度は低いと思うけれど」
上条「何だ。お前だって分かっているんじゃねぇか」
食蜂「は?」
上条「お前今自分で言ったぞ。『不幸度は低いと思うけれど』って。そうだよ。その通りだよ。
発展途上国に生まれたら不幸。ブサイクで才能もなく貧乏な家に生まれたら不幸。そんなことはないんだよ」
食蜂「……」
上条「あまり恵まれていない環境や境遇“だからこそ”、反骨精神や希望を持って頑張っている人だっているだろうが!
お前はそいつらからそれを奪えるって言うのかよ!」
上条の叫びに対して、食蜂は呆れたように返した。
食蜂「あのねぇ上条君、それは極論だよ。確かにそう言う人達だっているでしょう。
でもねぇ、世の中すべての人がそんなに強い訳じゃないんだよ?
最初からバカらしくて諦める人だっているし、足掻いてみても挫折する人だっている。
寧ろ、そう言う人達の方が多いでしょうね」
だからね、と食蜂は続けて、
食蜂「そんなごく少数の諦めの悪い人達に合わせて、世界は滅ぼさないと言う訳にはいかない」
食蜂操祈揺るがず。
明確な敵意を剥き出しにして上条を見据える。
上条「ふざけんな……」
食蜂に一切臆せず、睨み返しながら、
上条「少ないとか多いとか人数の問題じゃねぇだろ!
大体、幸せにならないからって滅ぼすって言う方がよっぽど極論だろうが!」
食蜂「綺麗事だけではどうにもならない」
上条「綺麗事だと?お前の言う事なんて、綺麗事にすらなってない暴論じゃねぇか!」
食蜂「いくらなんでも暴論は心外だなぁ。だって仕方のない事じゃない。世界には不幸な人の方が多いんだもの」
上条「だから!多いとか少ないとか!人数の問題じゃねぇって言ってんだろ!
良いか!?現状は不幸な人が多いかもしれないし、その人達を幸福にする方法はないかもしれない!」
でもな、と上条は続けて、
上条「これから世界はいい方向に傾くかもしれねぇじゃねぇか!
その可能性は限りなく低いかもしれないけど、滅ぼしてしまえばその低い可能性すら潰えてしまう!
そこんところ分かってんのかよ!」
食蜂「分かっているわよ。そう。上条君の言う通り、良い方向に傾く可能性は限りなく低い。
それどころか、悪い方向に傾く可能性だってある。上条君こそ、そこんところ分かっているのカナぁ?」
上条「悪い方向に傾く可能性に怯えて世界を滅ぼすと言うのか?
何だよそれ。それってお前が『世界は良くならない。寧ろ悪くなる一方だ』って決めつけて逃げているだけじゃねぇか!」
食蜂「実際、良くなると思う?百歩譲って現状維持が出来たとしても、良くなる事は無いに等しいと思うけど」
上条「でも絶対にあり得ないと言う事はない」
食蜂「頑固だなぁ。しつこい男は嫌われるよ?」
上条「俺だってお前みたいな変なところで意地を張る女は願い下げだ」
食蜂「ひっどーい。私みたいな女子力溢れる女の子を願い下げだなんて贅沢なこと言った男、上条君が初めてだよ」
上条「御託は良い。土御門。やっぱり殴って止めるしかなさそうだ」
ここまで敢えて口を挟まなかった土御門は、振られた為答える。
土御門「そうするしかないみたいだな。気をつけろ。今の食蜂は比喩ではなく正真正銘の『全能』だ。
そして着用しているコルセットは学園都市製のもので、防護性、耐久性、柔軟性、どれも最高レベルのものだ」
上条「能力も装備も万全ってことか」
土御門「そうだ。加えて奴には、油断や慢心は微塵もない。あるのは自信だ」
食蜂「はぁ。戦うことになったのは残念だけど、仕方ないよね。
いいわぁ。私の女子力で上条君をメロメロにしてあげる♡」
土御門「最後に、俺は一緒に戦えない。居ても足手まといになるだけだからな。だから頼んだぞカミやん!」
上条「ああ!」
土御門が静かに戦場から去る。
上条当麻と食蜂操祈。
『竜王』と『全能』の戦いが始まる。
食蜂「塵は塵に、灰は灰に、吸血殺しの紅十字ぃ♡」
食蜂が両手をクロスして炎を十字に放ったと同時、上条はスタートを切っていた。
轟々と燃え盛る十字の炎が迫る。常人なら掠めただけでも致命傷。
だがいくつもの死線を越えてきた上条にとっては取るに足らない。
上条(大きな動きは必要ない。必要最低限の動きだけで――)
左斜め前に数歩踏み出し、わずかに頭を下げる。
たったそれだけの動作で、十字の炎は上条の右と上を通り過ぎる。
その直後、
食蜂「十閃(じっせん)♪」
楽しそうな食蜂の声と同時に、神裂火織の七閃より速く鋭い十本のワイヤーが上条に迫る。
しかし上条は退かない。たった十本のワイヤーごとき、大した事はない。
十本のワイヤーのうち二本を『竜王の鉤爪』で引き裂き、残りの八本のワイヤーを少しジャンプして体を捻って潜り抜ける。
その先に待っていたのは、居合いの構えの食蜂。
上条(退く事も出来なくはないが……ここは攻め抜く!)
上条の伸ばした拳が、食蜂の居合いの間合いに入る。
食蜂「唯閃っ」
超高速の居合い斬りが放たれ、上条の拳と激突した。
ゴギャア!と食蜂の刀は砕けるが、上条も数m弾き飛ばされた。
食蜂「刀身を持つ銃をこの手に。用途は切断。数は十」
上条(今度はアウレオルスの真似事か――!)
上条の眼は見切っていた。
食蜂が発言した瞬間、近くの地面がへこみ、へこんだ分の地面が虹色の粒子となり彼女の手に暗器銃となって収まったのを。
上条(さっきの銀髪野郎もそうだったが、何だあの能力は?)
食蜂「暗器銃、地球上に住む全ての生物の動体視力を超える速度にて、その刀身を旋回射出せよっ」
上条(ってそんなこと考えている場合じゃないか――!)
なんて事を考えながらも、究極の速度で回転しながら飛来してきた刀身を全て避けきったのは、
地球上に住むすべての生物の動体視力と運動能力を遥かに超えていたからだ。
上条(今は、食蜂を倒す事だけに集中しろ!)
バゴン!と砕く勢いで、地面を思い切り蹴って一瞬で食蜂に肉迫して拳を放つが、
食蜂「水よ、蛇となりて剣のように突き刺せぇ☆」
その一瞬後には上条の後方10mにテレポートした食蜂が、背後から八本の水蛇を放っていた。
たちが悪い事に、一方向からではなくバラバラの方向から飛来してくる。
ドッバァ!と八岐大蛇の如き激流が上条を飲み込んだ。
食蜂「衝打の弦っ」
煙が晴れていないにもかかわらず、上条がこの程度で死ぬわけがないと確信している食蜂は、
即席で生み出したレプリカの梓弓から追撃の衝撃波を放つ。
それを証明するように、ドゴン!と衝撃波が何かにぶつかった音が響く。
食蜂「『神の如き者』(ミカエル)。『神の薬』(ラファエル)。『神の力』(ガブリエル)。『神の火』(ウリエル)。
四界を示す四天象徴っ、正しき力を正しき方向へ正しく配置し正しく導けぇ☆」
などと詠唱しながら、オイルパステルを振りかざす食蜂の下に突風が吹き荒れた。
食蜂「きゃっ」
あまりの突風に梓弓が腕から、オイルパステルが指からすっぽ抜ける。
防御の為に『竜王の翼』で体を包んでいた上条が、返す刀で翼を広げて発生させた突風。
食蜂「やるなぁ」
瓦礫や土砂などを集めて、ゴーレムなど比にならない全長100mはある巨人を上条の後方に召喚する。
詠唱などは気分の問題。わざわざしなくとも、失敗しても、能力で炎や水を出し、巨人を召喚することなど訳はない。
巨人が上条を潰すために振りかぶる。
対して上条は右手に『竜王の顎』を顕現させ、巨人の方に『竜王の殺息』を砲弾状にして放つだけ。
その砲弾は直径10mもなかったが、巨人に直撃した瞬間炸裂してガラガラと崩壊させた。
上条「そんな二番煎じは通用しない」
食蜂「別に通じる通じないで魔術師とやらの真似をしている訳じゃないよ?ただ単に、楽しいからやっているだけ」
上条「……」
食蜂「でもでもぉ、上条君がそこまで言うなら良いよ?私のありのままの戦い方が見たいなら見せてあげる♡」
テレポートを実行して一瞬で上条の後ろに回り込んだ食蜂が、肘を首に叩きこんだ。
上条「が……!」
油断していた訳ではなかった。単純に反応できなかった。
食蜂「上条君の大好きな近接戦闘で相手してあげる♡」
上条「――望むところだ!」
『竜王の翼』と『竜王の顎』は、純粋な近接戦闘には邪魔だ。
上条はそれらを一時的に消失させて、後ろの食蜂の顔面目がけて裏拳を振るう。
食蜂「そんなテンプレ反撃じゃ、私は捉えられないよ?」
わずかに頭を下げて裏拳を回避した食蜂は、ガラ空きになった上条の腹部に連続で拳を叩きこみ、とどめの蹴りで数十m以上ぶっ飛ばす。
食蜂「まだまだぁ!」
地面を転がっている最中の上条は、ぶっ飛んでいる方向の先に食蜂がいるのを捉えた。
おそらくまた蹴り飛ばすため。
上条(そう来るのならば――!)
転がる勢いのまま、何回目かのバウンドでわずかに空中を舞った上条は、
その刹那の時間の中で無理矢理体勢を立て直し、逆に飛び蹴りをかます。
食蜂「残念でした☆」
上条「何!?」
上条は驚愕した。
食蜂は飛び蹴りを避ける訳でも受け止める訳でもなく“通過させた”からだ。
つまりは霊体化。
食蜂「えいっ!」
食蜂の後ろ蹴りが、彼女の体をすり抜けた直後の上条にクリーンヒットした。
またしても地面を数十m転がっていく。
上条「ごはっ!」
今度は食蜂を一切捉えることすら出来ず、背中から追撃を喰らって上空に打ち上げられた。
食蜂が“地面の中からアッパーを繰り出した”ためだった。
続いて食蜂は追い討ちのかかと落としを決めるために、縦回転しながら上昇して行く。
食蜂「そりゃっ!」
轟!と繰り出されたかかと落としに対して、ある程度態勢を立て直していた上条は白刃取りの要領でそれを受け止めるが、
食蜂「それぐらいは想定済みな訳でぇ」
空気を掴み取って鉄棒代わりにしてぐるぐると回転し、脚を掴んでいた上条を遠心力で解き放つ。
上条がぶっ飛んだ先は地上。
ゴリゴリゴリゴリ!と背中で地面を何mもスライドして行き、
妖艶な笑みを浮かべた食蜂が勢いよく、スライド最中だった上条の股付近に騎乗位の如く跨った。
食蜂「さっき土御門君とさ、私が迷っているんじゃないかって会話をしていたよね?」
それがどうしたと言わんばかりに動く腕で反撃を試みる上条だったが、あっさりと掴み取られた上に捻られた。
同時に、何故か食蜂の腕から血が噴き出し、再生した。
食蜂「なるほどねぇ」
上条(何だ?)
上条の疑問をよそに、食蜂が語り始める。
食蜂「残念だけど、私は迷ってなんかいないよ。
洗脳者に半端な自我を持たせたのは、能力の節約と君達を揺さぶる為。
敢えて追い詰めなかったのは、簡単に勝ってしまうのがつまらないから」
どこか艶めかしい笑みを浮かべながら、
食蜂「私がなぜ上条君の得意な近接戦闘を挑んだのか分かる?それはね、そっちの方が楽しそうだから、だよ。
ゲームの楽しみ方は人それぞれだけど、私はあえてハードモードでプレイして、スリルと程良い緊張感を味わうのが楽しいタイプの人間。
つまり今までの行動すべて、私にとっては世界をゲームに見立てた、遊びでしかないの」
と雄弁に語った食蜂を、
上条「……嘘だな」
上条は、たった一言で切り捨てた。
食蜂「はぁ?」
上条「俺を本気で殺しに来ていない」
食蜂「あのさぁ、理解力皆無なの?私にとってこの戦いはゲームであり娯楽。それを簡単に終わらせたくないだけだよ?」
上条「お前はきっと、優しい人間だ」
食蜂「……ついに頭がおかしくなったのかなぁ?それとも口説いているの?それとも懐柔?どの道、私は止まらないよ」
上条「だってそうだろ。やり方は間違っているけど、不幸な人がいない幸せな世界を夢見ているんだろ?
そんな事を望むお前が、根っからの悪人だとは思えない。今からでも遅くない。こんな無意味な戦いはもうやめよう」
食蜂操祈は根本的には女子高生にすぎない(もっとも、能力で年齢詐称している可能性はあるが)。
そんな年端もいかない少女が世界滅亡という深刻な事で悩み続けて狂っただけかもしれない。
彼女が今までやった事は到底許される事ではないが、そこまでの外道ではないと思う。
食蜂「やっぱり懐柔かぁ。さっきまでやる気満々だったのに、どうして今更そんな事言うの?
実際に戦闘してみて、殺す気がない事が分かったからとでも言いたい訳?」
上条「そうだ」
食蜂「物分かり悪いなぁ。そんな上条君には、お仕置きが必要だねぇ」
捻り上げていた上条の腕を掴んだまま横に叩きつけ、前かがみになって上条と鼻先数cmの距離までに迫る。
何かされる。分かっていても食蜂の力は強く抜け出せない。
食蜂「私はこの戦いを通して、君の事をある程度観察してきた。
で、観察すればするほど凄いな~と感心するばかりで弱点らしきことは見つからず、
それなりの力で殴ったり蹴ったりすれば、ダメージは少なくとも吹っ飛ぶとか、どうでもいいコトしか分からなかった。
しかも上条君は、本気どころか半分の力も出していないでしょ?
何が言いたいかって言うと、データなんて皆無も同然。それでも、私なりに考えて一つの可能性を見出した。
外側からじゃ異能も物理も効果が薄い。なら内側からならどうなのかなってね」
その言葉に、上条は答えない。否、答えられなかった。
なぜならば、
食蜂「きっと上条君自身も分からないでしょうね。その力を本格的に自覚して使い始めたのは、たった4か月前。
しかも強すぎるが故に本気は出せないし、その力での戦闘経験も十分じゃない。
その力について全容を知らないのも無理はない」
上条(くっそ!このままじゃヤバい……!)
全身に力を込めるが、まるで動かない。
食蜂「あまりにも強くて速すぎるから、座標攻撃が当たらないと思ってテレポーターを送り込まなかったけど、実際はどうなのかな?」
上条「放せ!この――」
上条の言葉は遮られた。
食蜂の唇が上条の唇に重ねられたために。
それだけでは終わらない。
食蜂の舌が上条の口腔内に挿入され、さらに舌を絡めとった。
すなわち、ディープキス。
食蜂「ん……」
上条(力が、入らねぇ……!)
そして約10秒に及ぶフレンチキスは、食蜂が顔を上げることによって終了した。
食蜂「んふ♡私のファーストキスだよ。光栄に思ってね?」
上条「ぁ……」
言葉すらまともに出せなかった。
体内に影響を及ぼす『何か』を仕込まれたのと、その手段がキスと言う驚きから来るものだった。
食蜂「その様子だと、やっぱり内側からなら、ある程度は効果あるみたいだね」
上条(ちっくしょう……)
結局のところ、上条には油断と慢心があった。
それは無理もないことだった。
上条はこの戦いが始まってからレベル5の軍団相手に無双し続けていた。
しかも手加減してだ。
かと言って力を発揮しすぎると誤って殺してしまう危険性もある。
だから食蜂相手にも、今までのレベル5よりは力を発揮しているが、本当の本気は出していなかった。
食蜂「どうしたの?私みたいな絶世の美女とキス出来て嬉しいでしょ?」
上条「ふざけんな……」
食蜂「逆切れはやめてよ。上条君が力を出し惜しみしているのがいけないんでしょ?
あ、ファーストキス奪ったことに対してなのかな?
でも、さっきも言ったけど私みたいな美女とキス出来るのは名誉なことだと思うよ?
男子はもちろん、常盤台の女子だって卒倒ものだよ?」
後半の戯言はともかく、前半部分は全く以って正論だった。
自分が出し惜しみしていたのが悪い。だから。それは反省するから。
上条(頼む……今だけでいい。今だけで良いから俺に力を――)
神頼み。
通常、そんなことで変化は訪れない。
こんなことで状況が好転するのならば、誰も苦労しないし不幸にはならない。
しかしながら、上条当麻は通常とは違う。
彼の中には『竜王』が宿っている。
上条の目が大きく見開かれた。
それを食蜂が認識した時には、突如上半身を起こした上条の頭突きを鼻っ柱に思いっきり喰らい、ぶっ飛ばされていた。
食蜂「いったーい。女子にとって顔は命だよ?
まぁ老若男女関係なく顔面殴り飛ばす上条君に言っても仕方ないかもだけど」
お尻を撫でながら適当な感じの彼女の下に、既に起き上がっていた上条の拳が、顔面目がけて放たれていた。
食蜂「あらあぶない」
などと言いながら、テレポートを実行してあっさりと上条の後方10m地点に立つ。
直後。
壮絶な勢いで上条が振り返ったと認識した時には、目の前で右手が振り下ろされていた。
食蜂(速い、けど――)
踊るように、大きい動きではなく必要最低限の動きで上条の切り裂きを避けた。
上条(ちっ!)
食蜂を追い詰めようと右手、左手、右足、左足、四肢を全力で振るう。
食蜂「いきなり積極的だねぇ~。キスまでして与えた毒の影響なんかないみたい。浄化でもされちゃったのかな?」
軽口を叩きながら、瞬きを超える速度で襲い掛かる攻撃を全て避ける。
しかも転がるなどと無様にではなく、優雅に舞うように。
上条(まるで当たらねぇ……!)
実のところ上条はまだ調子に乗っていた。今までは手加減していたから押されていた。
だからさらなる力を発揮すれば、いくら『全能』と言えど倒せると思っていた。
だが現実はこうだ。
よくよく考えてみれば、それは妥当な事かもしれなかった。
上条はこの戦いが始まってから、レベル5相手にもほとんど苦戦せずに勝ち続けてきた。
倒した人数も、メンバーの中では多い方だ。200万回戦ならば勝利していたかもしれない。
しかしながら、今回は200万人分の力が1つに集合したモノが相手。200万人と200万人分と戦うのではワケが違う。
そして何より、御坂美琴と戦った時――つまり、レベル5一人分の力“しかない”モノと戦った時、仲間であり動揺していたとはいえ、苦戦し追い込まれた。
だと言うのに、200万人分の力を持つ食蜂に勝つことなど出来るのだろうか。
食蜂「上条クン。そんな単調な攻め方じゃ、私を悶えさせることなんてできないよ?お手本見せてあげる♡」
食蜂の両手にレイピアが握られる。
そして上条の攻撃を避けつつ、音を超える速度の連続突きを放つ。
食蜂「蝶のように舞い、蜂のように刺す!ってね☆」
何突きかは避けるものの、7秒もしないうちに右のレイピアの先端が上条の喉を穿った。
しかし食蜂は不快そうに眉を潜めた。
逆に上条は若干の呼吸困難に陥るもレイピアを折り、わずかに笑みを浮かべた。
食蜂(気付かれたかな?とりあえず確かめてみますか)
左のレイピアを、上条のわずかに開いている口目がけて放つ。
いくら外面が堅牢であろうと、内面は人間のはず(毒は浄化されたみたいだが効き目は一時的だがあった)。
ということは口の中なら貫けるはず。
上条(狙いはおそらく――)
食蜂は体内に毒を仕込んだ。
内側から壊せる事が分かった今ならば、わざわざ効果が薄い外から攻めるより、内から攻めるだろう。
そう考えると狙いは決まってくる。口の中、鼻の孔。究極の『竜王』の力が及ばない点。
狙いが分かるという事は、無駄なく攻撃を避けられるという事。
するとその分だけ、ほんの少しではあるが大きく避けた時より時間が生まれるという事。
つまり、反撃への足がかりとなる。
上条は頭を少しだけ横に振ってレイピアを回避。
無駄なく避けられたが故に少しの時間が生まれ、ついさっきまでどうしても届かなかったカウンターの左拳が食蜂の顔面を貫いた。
そう。貫いた。比喩ではなく、本当に食蜂の顔面を通り抜けた。つまりは空振りも同然。
上条「ちっ!」
舌打ちをしながらも後退する。直後、上条が1秒前まで居た座標に雷が落ちた。
食蜂「デートするならやっぱり、植物園だよねぇ♡」
猫撫で声の直後、上条を中心に半径20mから木々が生え始めた。
そして3秒で樹海を構成するが、上条は『竜王の翼』を顕現させ上空30mに避難し『竜王の顎』を右手に顕現させて、火炎球を樹海に向かって放った。
火炎球は着弾直後に、燃やすという現象を一瞬で通り越して、樹海を灰に変えた。
食蜂「プラネタリウムもいいよね♡」
時刻は夕刻。
陽が沈みきっていないがために赤い夕空が広がる中、上条の周囲に夥しい数のオーソドックスな五角形の星と三日月が出現した。
上条(プラネタリウムだと?笑わせんな!)
広がる光景は、本物のプラネタリウムとは程遠い。
赤い空に、大きさ10cmの黄色い星と三日月が浮いているのだから、風情も何もあったものではない。
上条でなくとも鼻で笑うだろう。
食蜂「発射ぁ!」
命令の直後、星と三日月から光線が一斉に発射される。
対して上条は、翼で自身を包み光線をやり過ごす。
食蜂「シンプルイズベストってことか。困るなぁ。心開いてよぉ」
と言って、翼を開く上条ではない。
だったら光線を当て続ければ良いだけの話だと思うかもしれないが、絶対防御に近い翼に光線を当て続けるのは無駄でしかない。
食蜂「ああもう良いよ!流れ星ぴゅーん!」
全ての三日月と星が高速回転して上条の下に向かい激突して爆発した。
一発の威力は一般的な地雷レベルのもの。それが何発も直撃して、上条がいる座標は黒煙に覆われて。
ビュオ!と黒煙を引き裂いて、直径2mの光線が地上の食蜂を撃ち抜いた。
食蜂「降りきてよ。もうこんな不毛な争いやめよ?」
地面の中に一時的に避難していた食蜂は、あっさりと出てきてそんな提案をした。
上条「俺もそう思っていたところだ」
右手に『竜王の顎』、背中には『竜王の翼』を携えたまま地上に降り立つ。
上条「ようやく分かってくれたのか。世界を滅ぼしても何の意味もない事が」
食蜂「私が言いたい事はそんな事じゃない。このままダラダラ戦い続けても仕方ない。次で決めない?」
上条「何でそうなる。この戦いを止めて、罪を償って、やり直せばいいだろ。たったそれだけのことだろうが」
食蜂「無理だよ……」
上条「無理じゃねぇ!お前はそれだけの力があるんだろ!?それを壊す事じゃなく、変える事に使えばいいだけだろ!
その方法が分からないなら、俺が協力してやるから!だからこんな無意味な戦いは止めるべきだ!」
食蜂を止めるための方便ではない。
本心から叫んでいたが、
食蜂「無理だよ。だってもう、世界崩壊の序曲は始まっているもの」
拒絶、というよりは諦めたような言い方。
上条「どう言う意味だ?」
食蜂「私が学園都市を完全に支配して約2日は経過している。
この期間、私の野望に気付き学園都市を出張と言う名目で脱出していた雲川芹亜が
現在進行形で頑張っているみたいだけど、実質学園都市の機能はストップしたようなもの。
これが世界経済にどれだけのダメージを与えるか」
それだけじゃない、と食蜂は続けて、
食蜂「学園都市の異変に気付いた世界が、主導権を握ろうとこの機に乗り込んでくるかもしれない。
そして第4次世界大戦の幕が上がらないとも限らない。
要するに、上条君が勝とうが私が勝とうが、もう遅いってコト」
上条「……」
食蜂「もうこの世界は不幸に一直線なの。滅亡した方が、良いと思う。だから、私に任せてよ」
上条「……それは」
食蜂「私と上条君は、三日三晩戦ったって決着はつかないでしょう。
だから次の一撃で雌雄を決しようって言っているの」
当然と言えば当然なのだが、衝撃の事実を前に上条は深く息を吸って吐いた。
上条「……分かった」
食蜂「じゃあ――」
上条「お前をさっさと止めて、世界も良い方向に変えてやる」
食蜂「……ばかじゃないの」
上条「俺は、お前が言った事をポジティブに受け取る」
何を言っているか分からないと食蜂が怪訝な顔を浮かべる中、上条は当然のように言った。
上条「お前は、このままだと世界がヤバいなんて大げさな話を持ちだして、次で決めようと提案してくれた。
世界が本当に混乱しきってしまう前に」
食蜂「本当に、ばかじゃないの……」
上条「お前は狂っている。でも良心はあるみたいだし、迷っているのも分かる。
お前をその混沌の中から引きずり出す。そして償わせる。それが終わったら、世界を一緒にいい方向に変えよう」
食蜂「本当に、大バカ野郎だね上条君は。……御坂さん他多数が惚れるのも無理ないってワケだ」
ぼそぼそと呟く食蜂の背中から、黒い竜が顕現する。
御坂や青髪が出す大蛇のような竜(手は生えている)ではなく、翼や手、胴体に足がある竜。全長は100mほど。
背中にある翼はそれぞれ50m。
食蜂「さっき上条君の元気な股間の上に跨った時、その力を吸収してみたの。
結果は失敗。拒絶反応を起こしただけだった。人間には到底合わないみたい」
食蜂に馬乗りにされた時。彼女が腕から血を噴き出したのは、そのためだったのか。
と上条は漠然と思いだす。
食蜂「でも、吸収できる事は分かった。じゃあ吸収する媒体が人間以外なら果たしてどうなるのかな?」
上条「まさか……」
食蜂「察しの悪い上条君でも、ここまで言えばさすがに分かるよね。
この竜は特別製。“能力で出来た、能力を持つ竜”。
ある程度の異能――上条君のその力も喰らうし、炎だって吐くし、鱗は超頑丈だし、他にも色々万能な竜」
喜怒哀楽のどれにもあたらないような顔をして食蜂は告げる。
食蜂「さあ、これが最後の勝負だよ。
今まで何割の力で戦っていたかは知らないけど、そのままだと多分私が勝つ。
本気出した方がいいと思う。出さないなら出さないでもいいけどね」
上条は現在、7割の力を発揮している。
アレイスターと戦った時は、5割で意識を飲み込まれた。
つまり、7割の状態で意識を保ち『竜王』の力を使役している現状は、ある意味快挙だ。
そして、これ以上の力を発揮すれば、どうなるか分からない。
本気を出さないのではなく、出せない。
だが、さすがに分かる。
7割の力のままでは喰われるだけということが。
上条(俺が負ければ食蜂に世界を滅ぼされちまう。それだけは、絶対にさせる訳にはいかない……!)
迷っている時間は、なかった。
上条「――!」
上条の体から、莫大な翡翠色の光が溢れ――。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
咆哮。
全長は100mほどで翡翠色の鱗に覆われている、食蜂の黒竜と違い、翼と手はあるが脚はない竜。
食蜂「これが『竜王』とやらの全貌か……」
竜王「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
食蜂「いきなさい!」
咆哮する竜王に、自身が出した黒い竜をぶつける。
二匹の竜は互いに絡み合い、噛みつきあう。
竜王「オ、オオオ、オオオオオオオオオ!?」
食蜂(確実に効いているみたいね)
異能を喰らう竜同士の激突。
それぞれは同じペースで急激に縮んでいく。
このままいけば、フェードアウトするように二匹の竜は消えて行くだろう。
と食蜂は見立てていたが、
ゴバッ!と、二匹の竜は突如大爆発した。
その大爆発は天まで伸びる光の柱となって、半径10kmを更地に変える。
はずだった。
上条・食蜂「「はぁ、はぁ」」
彼らがいなければ。
上条と食蜂の距離は約30m。
その間で竜の激突と大爆発は起こった。
当然、その間の30mはクレーターのように地面が抉れている。
しかし彼らの後方には、いつも通りの街並みが広がっている。
上条が『幻想殺し』を、食蜂が能力を巧みに使って爆発の衝撃を打ち消しきったからだ。
食蜂「タフだねぇ上条君。意識を失って倒れたくせに、すぐに起き上がって街を守るとは」
上条「お前こそ、なんだかんだ言って街を守ったんじゃないのか」
食蜂「保身しただけだよ。ところでさ、なんで『幻想殺し』が残っているのかなぁ?」
上条「『幻想殺し』は、あくまで『竜王』を閉じ込めるための『蓋』だった。
この『蓋』は壊されたんじゃない。『竜王』は俺の意思で解放したんだ。
だから『蓋』は残っているってだけの話だ」
食蜂「そっかそっかぁ。てことは私の負けだね」
上条「能力はもう使えないのか」
食蜂「あれだけの竜を出して、爆発から身を守るので能力は使い切ってしまった。
まぁ、200万の能力情報はまだ脳に残っているから、少し休憩すれば使えるようになるけど、頭を『幻想殺し』で触られたら一発アウト。
無かったら私の勝ちだったのになー。参りました」
両手を挙げて、降参のポーズを取る。
上条「オーケー。じゃあそのままじっとしてろよ」
上条は歩き出した。
食蜂の頭に触れる為に。
肉体的ダメージはそれほどなくても、疲労と精神の消耗がピークに達していた上条の足取りは重い。
それでも、一歩一歩、30mの距離を埋めて行く。
そしてついに。
食蜂「……」
上条「……ふぅ」
どこかスッキリしたような笑みを浮かべている食蜂の目の前に辿り着いた。
上条「じゃあ、いくぞ」
食蜂「お願い」
そして、上条の右手が食蜂の頭まであと数cmというところで、
ヒュッと、食蜂の掌底が飛び、パシ!と、上条の右手がそれを止めた。
食蜂「……バレてたかぁ」
上条「何となく、な」
もうここまでくれば、食蜂操祈と言う人間が分かってくる。高飛車で。ゲーマーで。
狂った野望を掲げて実行してしまうほど狂った人間で、それが狂っていると自覚していながらも、手を止めない頑固者で。
でもやっぱり良心や優しさは残っていて。年相応の女の子っぽい一面もあって。
何より、負けず嫌い。
もはや何も言うまい。殴って止めて更生させる。
それだけだ。
顔面目がけて飛ぶ食蜂の左の掌底を、上条は頭を左に振って回避するが、
食蜂「ふっ」
短く息を吐いた音が聞こえたかと思ったら、右膝を腹部に叩きこまれた。
それでも上条は、叩きこまれた右脚を左手で掴み、そのまま押し倒す。
食蜂「きゃー、えっちー」
ふざけた調子の食蜂は、力に逆らわず押し倒される勢いを利用して巴投げを繰り出し、上条を投げ飛ばした。
上条「がはっ!」
地面に叩きつけられむせながらも、このままではマウントポジションを取られて圧倒的に不利になると直感し即座に起き上がる。
食蜂「能力が使えなくなったからって見くびらない方が良いよ。私、負ける気ないから」
上条「んな事……分かっているっつーの!」
こっちだって、負ける気はない。
右拳がかわされ、反撃の右膝が腹部に叩きこまれ、追撃の肘を首筋に叩きこまれ、さすがに片膝をついたところに、
顔面目がけて放たれる回し蹴りを避けられずに喰らって、完全に倒れる。
食蜂「ごめんね上条君。私、嘘ついてた」
最早ボロボロの上条を見下ろしながら、食蜂は言う。
食蜂「能力使えないって言ったけど、実は使えるのがあるの。私自身の能力『心理掌握』」
ボロボロの上条はゆっくりと起き上がりつつ、
上条「それで……俺の行動が先読みできるから……勝ち目はないとでも……言いたいのか」
食蜂「それだけじゃないよ。もう分かり切っている事だけど、私の能力の真骨頂は洗脳する事。
これが何を意味するか分かるよね?」
上条「俺の体の動きを……操っているとでも……言いたいのか」
食蜂「ある程度は、ね」
しかしながら、それならば簡単な話。
右手で頭を触れば洗脳は解ける。
上条は右手で自身の頭に触れる。ガラスが割れるような甲高い音が脳内に響く。
同時に、食蜂が引き裂くような笑みを浮かべて、
食蜂「そうだよね。そうするしかないよね。するとぉ~」
ドゴォ!と、ガラ空きになっている右脇腹に蹴りが叩きこまれた。
上条「が……あ……」
食蜂「右側の防御が疎かになってしまう。けれども、右手は常に触れていないと私の能力が及んでしまう。
どっちに転がっても、上条君が不利だよ」
だからと言って、負けを認めるわけにはいかない。
せめて、食蜂の脳に残っている200万人の能力だけは打ち消さなければいけない。
上条は、静かに右手を下ろした。
食蜂「そっちの方が私にとっては好都合かな!」
心理を読み切り、あまつさえ体の自由すらある程度剥奪している食蜂が牙をむく。
ゴンガンドンギングシャ!と。
断続的に原始的な暴力の音が木霊する。
洗脳により左腕を封じられ、体重制御もままならないために攻撃も防御も満足にできない上条は、
食蜂にされるがままに殴られ蹴られまくっていた。
食蜂「何で、諦めないの?」
倒れている上条の腹を踏みつけつつ、
食蜂「上条君がそこまで頑張る意味が分からないよ。
世の中には搾取する側とされる側の人間しかいない。
簡単に世界を変えよう変えようって言うけど、上に立つ人間が変える気がないもの、どうしようもないよ」
上条「何度も、言わせるんじゃねぇよ……」
踏みつけられている食蜂の足を掴みながら、ボロボロの上条は言葉を紡ぐ。
上条「現状その通りだとしても、俺達が変わって、皆も変えて行けばいい。たったそれだけの、単純な話だろうが……」
食蜂「だから、物事そんな簡単に思い通りにはいかないって。理想論はもう止めてよ」
上条「理想論でも、滅亡よりはマシだ……というか、もういいだろ。
こんな事議論したって仕方ない。俺が勝てばお前が諦め、お前が勝てば世界は滅亡するだけだ」
食蜂「……でもこの状況、上条君はどうやって逆転するの?」
上条「……気合いしかないだろ!」
食蜂の足を掴む上条の握力が強くなる。
食蜂(まだこれだけの力が出せるの――)
思わず足を退いて後退する食蜂へ、即座に起き上がった上条が右拳を放った。
それは食蜂の胸に直撃するも、ぽすん、と間抜けな音が出ただけだった。
食蜂「ボロボロなうえに体重も乗せられないだもん。まともな威力の拳を放てるわけないよねぇ」
あと照準もめちゃくちゃだよねぇ。
後退しながら付け加えている間に、上条は己の右手を頭にぶち当てる。
食蜂「分かっていると思うけど、上条君の狙いは私に筒抜けだからね?」
上条「……それがどうした。それでも俺に出来ることは変わらない」
食蜂「そうだけどさぁ。もう上条君の体は限界を迎えている。いや、超えている。私の能力切れまで保つとは思えないなぁ」
上条の狙い。
あえて能力を及ばせて、打ち消す。すると食蜂は再び能力を使用する。
それを打ち消す。その繰り返しで能力を何十回も使わせれば、いずれ能力が使えなくなるはず。
だが食蜂の言う通り、能力が切れるまでは一方的に攻められ放題だし、体はもう限界だ。
食蜂「はっきり言っちゃおうか。狙い自体は悪くない。
けれども、私の『心理掌握』はまだ使えるし上条君自身も限界。私の勝利は決定的だよ」
上条「……そういうのは俺を倒してから言ってくれ」
食蜂「お望みとあらば。……綺麗に決めてあげる!」
右拳を固く握り、わずか10mの距離を駆ける。
その時、上条に能力は使わなかった。
それは単純に、油断や慢心だったのかもしれない。
ここまでボロボロの男子高校生相手に、能力など最早使うまでもないと。
この一撃で終わるのだからと。仮に反撃されても対応できる自信もあると。
あるいは。
その時上条は、霞む視界で食蜂が駆けてくるのを捉え、感じた。
彼女が何を考えているかは分からないが洗脳の能力は及んでいない。感覚で分かる。
もしかすると油断しているのかもしれない。とにかく、体重制御はできる。
しかし、心理は読まれているかもしれない。
仮に読まれていなくとも、右拳を放つなんて単純な反撃では対応されるかもしれない。
今までの戦い方では、心理を読まれていてもいなくとも勝てはしない。
だから。
食蜂「はぁ!」
顔面目がけて放たれた右拳を、左手でいなし、掴み取り、
上条「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
食蜂「ひゃあ!?」
左前隅に崩しながら前回りさばきで踏み込み体を沈め、右手でも掴み固定し、受けの体を背負い上げて投げた。
食蜂「あぅ!」
豪快な一本背負いによって思い切り地面に叩きつけられた食蜂は、それだけで意識を失った。
上条「はぁ、はぁ」
息を乱しながら、思った。
食蜂が能力を最後の最後で使わなかった理由。
油断だったのかもしれないけど。
あるいは、自身を止めてほしいが故に、無意識に能力を使わなかったのかもしれない。
上条(とにかく、俺の勝ちだ)
ゆっくりと屈んで、食蜂の頭に右手で触れる。
キュイーン!と独特の音が響き、
上条の意識も、そこで途切れた。
上条が目を覚ますと、そこは病院だった。
木山「目覚めたようだね」
声の主は、研究服の女性。
上条「あなたは確か……どこかで会ったような……」
木山「木山春生だ。去年の夏、駐車場の場所を訪ねた事がある」
上条「ああ、どうりで見覚えが……ところで、その木山さんが俺に何の用です?」
木山「いや何。お礼を言いに来ただけさ」
上条「お礼?」
木山「この世界を救ってくれたお礼さ。ありがとう」
上条「……なんて言ったらいいか分からないけど、どういたしまして」
木山「ああ。用はそれだけさ。この後は――」
土御門「俺が引き受けるぜい」
いつの間にか、アロハシャツに学生服の土御門元春が病室の中にいた。
木山「よろしく頼んだよ」
土御門「ああ」
短い会話の後、木山は病室を去った。
上条「土御門」
土御門「愛しの五和さんじゃなくてごめんだにゃー」
上条「からかいにきたのか?」
土御門「なわけないだろ」
上条「じゃあ早く要件を言えよ」
土御門「冷たいにゃー」
上条「早くしろ」
土御門「分かった分かった。まずはそう、現在時刻だが……」、
上条「外は明るいな。昼辺りか?」
土御門「4月14日の12時34分。カミやんが意識を失ってから、約18時間ってトコロかな。でだ。その間に何があったか。
要するに食蜂はどうなったとか、生徒達はどうなったとか、その辺の話をしにきた」
上条「おう。頼むわ」
土御門「何から聞きたい?」
上条「お前の話したい順番で良いよ」
土御門「そうだな。ではまず生徒達がどうなったかについて。
結論から言うと、生徒達のここ数日の記憶は改竄させてもらった」
上条「――!」
土御門「驚くのも無理はないだろう。だがな、生徒達は食蜂に利用されて、カミやん達と戦わされたんだ。
そんな辛い記憶、あっても仕方ないと判断した」
上条「……じゃあ、その数日の記憶はどうなっているんだ?」
土御門「大地震が発生、その影響で学園都市が一部崩壊して混乱しているところに、生き残っていた魔術師が侵攻して来た。
としている。まあ後半は一応事実だがな」
上条「それで、その記憶の改竄って言うのは食蜂がやったんだろ?
だがお前の言い方だと、食蜂が改竄したと言うより、お前達が改竄させたと聞こえる。どう言う事だ?」
土御門「その解釈で間違いないぜい。さっきも言った通り、辛い記憶が故に無い方がいいと判断した。
それに食蜂がどれだけ罪を償おうが、利用された生徒達が彼女を簡単に許すとは思えない。
彼女が迫害されて生きて行く羽目になる危険性もあった」
上条「食蜂と生徒、両方の事を考えての判断ってわけか」
土御門「許せないか?」
その問いに、上条は即答だった。
上条「いいや。許せないなんて事はないよ。
食蜂がやったことは、客観的には簡単に許される事じゃないだろうし、記憶の改竄って言うのも、釈然としないところはある。
けれど、大切な人は救えたし世界も守れた。“俺は赦す”よ。ちょっと矛盾っぽいけど。土御門は?」
土御門「俺もカミやんと同じだよ。ちなみに、一方通行や垣根など、この戦いに深く関わった人間の記憶はある」
上条「じゃあその、一方通行達は現状と食蜂のことをどう思っているんだ?特に御坂」
土御門「その辺のアンケートは取っていないが、おそらく皆“赦している”と思うぜい。
皆食蜂の事を心から憎んでいた訳ではないし、それぞれ守りたいモノは守れただろうからな」
上条「そっか。ただそうなると、食蜂はどうなるんだ?
記憶を改竄して俺達も赦したとなると、特に何の罪もなくフリーってことになるのか?」
土御門「いいや、いくら食蜂のやったことを咎める者も憎んでいる者もいなくなってしまったとはいえ、
このままペナルティなしというのもどうかということになって、結果、能力を消去プログラムで消去することが決まった。
まあ食蜂自身、それが償いだと能力消去を了承しているけどな」
上条「そっか。それならやっぱり、戦いに深くかかわった皆も納得してくれるな」
土御門「そうだといいな。まあ能力を失ってもらう前に、やってもらうことがあるがな」
上条「やってもらうこと?食蜂に?」
土御門「ああ。禁書目録の記憶を取り戻してもらう」
その後土御門に『詳しい事は「冥土帰し」に聞いてくれ。この病院に居るから』と言われたので、ナースコールで呼び出した。
上条「先生、インデックスの記憶が戻るって、本当ですか?」
冥土帰し「彼はそんな言い方をしていたのかい?僕は『取り戻す方法が見つかった』
と言っただけで、確実に取り戻せるとは言ってないんだけどね?」
上条「言い方なんてどうでもいいんです。取り戻す方法が見つかったなら、早くインデックスにそれを――」
冥土帰し「少し落ち着くんだね?彼女は元々、記憶を取り戻すことを怖がっているだろう?まずはその説得からだね?」
上条「……そうでしたね。少し、取り乱してしまいました」
冥土帰し「続けるよ?」
上条「はい」
冥土帰し「まず、記憶破壊の点だけど、脳細胞は垣根君の『未元物質』で代用できるから心配ない。器はすぐにできる」
上条「先生、そんな方法があったなら、もっと早くに――」
冥土帰し「だから、彼女自身が記憶をね?」
上条「……そうでした」
冥土帰し「続けるよ?でね、知っていると思うけど、記憶に関しては、と言うより脳については、まだまだ解明されてない事が多い」
上条「はい」
冥土帰し「一般的な記憶喪失は脳細胞も健在だから、喪失した記憶が突如戻る可能性もある。
詳しいメカニズムは未だに分かってないけどね。
それで、一度破壊された脳細胞は、再生したところで記憶が戻るとは限らない。
脳細胞は脳細胞でも、あくまで代用にすぎない、記憶が入っていた脳細胞ではないからね」
上条「それじゃあ、戻らない可能性の方が高いんじゃ……」
冥土帰し「ここまでしか聞かないとそう思うかもしれないけど、本題は寧ろここからだよ」
冥土帰し「君、去年の記憶破壊の直後、私との病室でのやりとり、覚えているかい?」
上条「はい。それが何か?」
冥土帰し「高校生の戯言とも思われる君の言葉、今でも胸に刻み込まれているよ」
上条「何が言いたいんですか?」
冥土帰し「あんまり勿体ぶるような言い回しは好きじゃないけれど、分からないかい?
どんな会話をしたのか、よくよく思い出してくれ」
じゃあさっさと教えてくれればいいのに、と思いながらも上条は答える。
上条「……先生と会話した事は、俺が実はやっぱり記憶はなくて、何で嘘ついたのかって聞かれて、
インデックスを悲しませたくないから、って答えて。こんな感じのやりとりでした」
冥土帰し「その時、僕はこう尋ねた。『一体どこに思い出が残っていると言うんだい?』と。
そして君はこう答えた。『どこって、そりゃあ決まっていますよ。心に、じゃないですか』と」
上条「――まさか」
冥土帰し「そう。脳細胞に記憶が戻らないと言うのなら“心にある記憶”を脳細胞に移せば良いのではないか。こう思うんだよね?」
上条「そんなことって――」
出来るんですか?と言う前に、冥土帰しが切り返す。
冥土帰し「だから確実ではないと言っているのさ。もはや医学とかの問題じゃない。
僕達は希望的観測と科学の力で、記憶を人為的に戻すという奇跡とも呼べる出来事を引き起こそうとしているんだからね?」
上条「……」
冥土帰し「でも、やってみる価値はあると思うよ?記憶が戻るという保証はないけど、リスクもないからね?」
上条「それで精神系能力では最強の食蜂が……」
冥土帰し「そうだよ。食蜂君は学園都市の9割の人間の記憶を改竄して疲弊している。
だから数時間後になるけど、食蜂君は頑張って記憶を取り戻させると意気込んでいるよ」
上条「任せて、良いんですかね?」
冥土帰し「その確認を取りに来たんだよ。インデックス君にも記憶の改竄は施してある。
本人がそういう状態だから、次に一番近しいと思われる君にね」
そう言われて上条は、しばらく黙った。
冥土帰しは悩んでいるのだと思った。
が、その返答は予想外のものだった。
上条「こんな事を言ったら幻滅されるかもしれませんが、食蜂の能力でインデックスの意思を変えれば、
説得の段階は簡単にクリアできるんじゃないですか?」
冥土帰し「言う通りだけど、君の口からそんな言葉が出てくるとはね?
記憶の改竄の時点で憤ってもおかしくないと思っていたけど」
上条「そりゃあ、記憶の改竄は手放しで認められる事じゃないし、説得だけはちゃんとしたいですけど、
正直、もう無理なんじゃないかなって……」
冥土帰し「ふむ。君が諦めるとはね。
でも僕は、記憶を改竄しているからこそ説得だけは手を抜いてはいけないと思うけどね」
自らの意思で取り戻すのと、意思を捻じ曲げてまで取り戻させるのでは雲泥の差がある。
上条「そう、ですよね。どうかしていました。お願い、できますか?」
冥土帰し「それは僕ではなく、食蜂君に言うべきだよ」
上条「そうですね」
冥土帰し「では、食蜂君を呼んでくるよ。お願い以外にも、少し話をすると良い」
コンコン、と上条の病室のドアが叩かれた。
上条「どうぞ」
食蜂「おはよう上条君」
入ってきた食蜂は、常盤台の制服で酷く疲れた様子だった。
上条「その、インデックスの記憶を取り戻す手伝いをしてくれるんだってな。頼むよ」
食蜂「うん。任せて」
上条「……」
食蜂「……」
上条「あのさ」
食蜂「何?」
上条「お前、俺の考えを読めるんだよな。だったら、説得もお前がしてくれないか?」
食蜂「……何で?」
上条「意地悪だな。俺の今の気持ち、読めているだろ?今の俺がインデックスを説得するのは失礼だと思う。
それに、心理に関してはスペシャリストのお前の方が上手くいくと思うし」
食蜂「失礼ってことはないと思うけど、上条君がそう言うなら別に良いよ。
ただ、上条君が頑張って説得しても駄目だったのに、私で上手くいくかな?」
上条「いくさ。お願いするよ」
食蜂「分かった。なるべく頑張ってみる。ただ、説得と記憶の復活が成功した後は、自分で話をつけてね」
上条「もちろん、そうするつもりだ」
そして数時間後。
食蜂「どうも~☆」
インデックス「……私、記憶を取り戻すつもりはありませんから」
インデックスの病室に、食蜂と冥土帰し、長点上機の制服の垣根に、とある高校制服の結標がいた。
垣根「あれ?上条のやつは?」
食蜂「説得から私がすることになった」
垣根「はぁ?何でよ?」
食蜂「説明メンドくさいし、上条君のプライバシーにもかかわるから教えられない」
垣根「ふ~ん。あっそ」
インデックス「あのですね。堂々と会話しちゃっていますけど、記憶を取り戻す気はないです。どうして皆してそこまで……」
ベッドの上で顔を俯けるインデックスの手を、食蜂は優しく握り締め、
食蜂「『どうして皆してそこまで私の記憶の事にこだわるのか』その答えは、それだけあなたが皆に愛されているってこと」
インデックス「そんなこと、知り合ったばかりのあなたに言われても説得力無いです。
そもそも何でとうまくんじゃないの?」
食蜂「上条君じゃなきゃダメ?」
インデックス「だめって言うか……別にとうまくんに説得されようが記憶を取り戻すつもりはないですけど」
食蜂「そっか」
食蜂は優しく微笑みながら、
食蜂「そもそも何で、記憶を取り戻す事を頑なに拒んでいるのかしら?」
インデックス「説得しに来ている割に、お医者さんなどから事情を聞いていないんですか?
それとも、分かっていてあえて聞いているんですか?」
食蜂「後者の方よ。けれど、あなたの口から直接聞かないと」
インデックス「いやらしいですね」
食蜂「よく言われる」
インデックス「まあ、いいです。私の口から聞きたいなら、言います」
インデックス「私は現在、レイチェルという名前で生きていますが、かつてはインデックスと呼ばれていたらしいです。
これって明らかにおかしいですよね?だってインデックス――禁書目録なんて人につける名前じゃありません。
そんな名前の時代の私など、まともな人生を歩んでいたとは思えません」
食蜂「役職的なものの可能性は?部長とか課長みたいな」
インデックス「どっちにしろ同じ事ですよ。役職でもインデックスなんておかしい。ニックネームのようなものだとしてもです」
食蜂「そう言われると、そうかもしれないけどさぁ。インデックス時代のあなたも、きっと悪い事ばかりじゃないと思うよ?」
インデックス「そんなこと、分からないじゃないですか。良い事なんてひとっつもなかったかもしれないじゃないですか。
仮にあったとしても、限りなく少なかったかもしれないじゃないですか」
食蜂「それは考え方次第よ」
インデックス「考え方次第って……私は、考え方を変えて不幸を笑い飛ばす事が出来るほど強い人間じゃありません」
垣根(なるほどこりゃあ厄介だ。上条が手を焼くのも分かる気がする)
そんな事を思いながら傍観している垣根と、何を考えているか分からない結標をよそに食蜂の説得は続く。
食蜂「そんなことないよ。今はそうでも、変わっていけばいい。
今は笑えない不幸でも、いつか笑い飛ばせるようになればいいじゃない。
それにどうしても知ってほしい事が、あなたの失われた記憶の中にあるの」
インデックス「そんなこと言われたって……」
食蜂「あなたが記憶を取り戻すことで、幸せな気持ちになる人だっているんだよ?」
インデックス「その人のために、私に不幸になれと言うんですか?」
食蜂「そうは言ってない。そもそも不幸になるとも限らないじゃない」
インデックス「なりますよきっと。
今の生活に不満はありませんから、無理して記憶を取り戻す必要はないです。
仮の話では、とてもじゃないけど記憶を取り戻す気にはなりません」
ここで二人の会話が止まり、沈黙が訪れた。
その沈黙に耐えられなかった結標が隣に立っている垣根に囁く。
結標「(ねぇ。これって説得失敗ってことかしら?)」
垣根「(さあな。俺としてはどっちでもいいんだけど)」
結標「(薄情者なのね)」
垣根「(うるせーよ。お前は彼氏のところにいって乳でも揉んでもらえ)」
結標「はぁ!?意味わからないんですけど!?」
垣根「(おい!少し静かにしろ!インデックスがビビってるだろ!)」
そのタイミングで、食蜂が口を開いた。
食蜂「あなた、上条君の事は好きかしら?」
結標(んな――)
垣根(へぇ)
インデックス「な、なななな、なんでそんな質問に答えないといけないのでしょうか!?」
食蜂「いやなら答えなくてもいいけど。ま、私はあなたの心の中を読めるんだけどね」
インデックス「ひゃああああああああああああああああああああ!?からかうつもりなら出て行って下さい!」
食蜂「ごめんごめん。そんなつもりはなかったの。ただ、上条君の事が好きなら、それはとっても素晴らしい事だと思うの」
インデックス「な、なんでですか。もう意味が分からないです……」
食蜂「記憶を取り戻せば、意味が分かるよ」
インデックス「そんなことでは釣られないですよ……」
食蜂「私ね、感情だけじゃなくて、人の記憶だって覗き見出来るの」
インデックス「さっきから何が言いたいんですか?」
食蜂「上条君から、自分達は一緒に暮らしていた、と言う話は聞いているよね?」
インデックス「私の発言は無視ですか……」
食蜂「でも“昔のあなたも上条君の事が好きだった”って事までは聞いてないよね?」
インデックス「……え?」
結標(マイペースだし、気持ちや記憶は読みとるし、説得する気あるのかしら?)
インデックス「それは本当のこと……?」
食蜂「あなたが昔告白した事を、上条君の記憶から覗き見たからね」
インデックス「……だから、何ですか?」
食蜂「記憶を失っても好きになってしまうくらい大好きな上条君との記憶が、失われたままでいいのかなって」
インデックス「それは……」
食蜂「知ってほしいってことはね、あなたがインデックスだったからこそ、上条君に出会えたんじゃないかなってコト」
食蜂操祈は、上条当麻と土御門元春の記憶を垣間見て思った。
インデックスという少女は、完全記憶能力を持って生まれたために、禁書目録として使えると判断され、
学園都市とは違った種類の非人道的な実験によって、魔道書の汚染に耐えうる体を作らされた。
さらには『首輪』をつけられ、1年ごとに記憶を失うという無限の地獄に陥っていた事もあった。
これは不幸以外の何物でもない。
だけれども、インデックスがインデックスでなければ、様々な思惑と偶然が重なったためとはいえ、上条当麻と出会う事はなかったのではないか。
仮に普通の少女として生まれれば、普通に学生時代を過ごし、結婚し、子供を産み、人並みに幸せな人生を歩めただろうが、上条当麻と出会う事はなかっただろう。
無論、これは憶測と結果論でしかない。
インデックスでも、上条当麻と出会えなかったかもしれないし、普通の少女だったとしても、上条当麻と出会えたかもしれない。
そもそも上条当麻が『幻想殺し』を宿していなければ、インデックスを救う事は出来なかっただろう。
しかしながら、インデックスはインデックスとして上条当麻と出会った。出会えた。
インデックスは禁書目録だったから。上条当麻に『幻想殺し』があったから。
様々な思惑が重なったから。インデックスは上条当麻と出会い、救われた。
そして上条当麻を好きになった。この点だけは揺るがない事実であり真実だ。
この点を思い出せないままのインデックスと思い出してもらえない上条は、それこそ不幸なことではないのか。
食蜂「本っ当に、どうしても記憶を取り戻したくないのならそれでもいい。
それもあなたの人生。だけど、出来る事なら取り戻してほしい。上条君の為に。そして何より、あなた自身の為に」
インデックス「……そこまで言うなら、分かりました。でも、後悔しないとは言い切れません」
食蜂「後悔したっていいじゃない。『する後悔』と『しない後悔』なら『する後悔』のほうがいいよ」
ここで2度目の沈黙が訪れる。
それを30秒後に破ったのは、
インデックス「……お願い、出来ますか?」
一方その頃、第8学区のマンションの一室で、
雲川「病み上がりで申し訳ないが、君にも学園都市の復興を手伝ってもらいたいのだけど」
一方通行「聞きたい事を全部聞いたらな」
雲川「私自身も忙しい身だ。手短にしてほしいのだけど」
一方通行「なら単刀直入に言おう。このクーデターを事前に止める事が、オマエには出来たンじゃねェのか?」
雲川「そう思う根拠は?」
一方通行「土御門からようやく詳しい話を聞いた。
オマエはブレインで現在の学園都市の統括理事長やる前からも、学園都市の闇にある程度関わり色々な事を知っているってなァ。
だったら、分かっていたンじゃねェのか?食蜂の考えや、どういった行動を起こすとかがよォ。
統括理事長になった今なら尚更なはずだ」
雲川「君の考えの方向性は間違っていないけど。残念ながらいくら私でも、食蜂の考えや行動を予測は出来ていなかった。
食蜂が世界を潰そうと考えている事が分かったのは、土御門に託されたというアレイスターの巻物からだけど」
一方通行「野暮な事言ってンじゃねェ。
1、2年前は知らなかったかもしれねェが、その巻物の内容ってのは1月には分かっていたンだろ?
で、何で止めなかった?」
雲川「その辺の理由は分かっているだろう。
巻物の情報が嘘かもしれなかったし、何の罪も犯していない状態の食蜂をどうこうするのは無理があるけど」
一方通行「確かに、その可能性は無きにしも非ずだ。だがそれでも疑問が残る。
食蜂が巨大な地下都市を建設していたことは分かっていたンだよなァ?
こンな事、無能さをひけらかすだけなンで本当は言いたくねェが、食蜂が演説するまで、
地下都市が築かれていることに俺は気付かなかった。
だがオマエなら、学園都市を管理しているオマエなら気付かないはずがねェンだ」
雲川「今更すぎる質問だけど」
一方通行「戦う直前の電話で聞かなかった事も、つくづくアホだと自覚している。
自覚した上で言う。地下都市の建設をしてしまうぐらいの食蜂を、何もしないと思った。ってワケはねェよなァ?」
雲川「ならば、君はどうだ?」
一方通行「あァ?」
雲川「君だって、演説から数日の猶予はあったはずだけど」
一方通行「洗脳されている能力者が人質になっていたから手が出せなかった。自分の事を棚に上げてンじゃねェよ」
雲川「そう言うことだけど」
一方通行「……文脈が読めないンですかァ?会話が成り立ってねェぞ」
雲川「本当に分からないのか?学園都市第1位のくせに意外とバカだな」
一方通行「クソみてェな煽りはどォでもいい。早く話せ」
雲川「怒らないで聞いてほしいけど」
一方通行「内容による」
雲川「一言で言ってしまうと、敢えて食蜂を泳がせた」
一方通行「……」
雲川「もちろん理由はあるけど。
地下都市建設を止めようが一時的に拘束しようが、何らかの手段で、いずれ世界へ牙をむけると確信していた。
だからあえてクーデターを実行させた上で失敗させ、完全に諦めさせた」
一方通行「随分と酷ェ理由だな。それで失われた命だってあるのによォ」
雲川「その辺は仕方ないけど。
食蜂が“半端に自我を持たせた”ために起こった仲間割れや魔術師の侵入というアクシデントもあったし」
一方通行「だからと言って、学園都市統括理事長には責任があるだろォが。開き直ってンじゃねェぞ」
雲川「……他に質問は?」
一方通行「……チッ。食蜂のクソアマは本当にもう何もしねェのか?
その気になればヤツはまだ、世界を混乱させる事ぐらいは出来るはずだ」
雲川「その点に関しては問題ないはずだけど。土御門から聞いているだろう。
彼女は世界を本気で潰す気などなかったと。それにここまで完膚なきまでに世界滅亡を阻まれたんだ。
今更足掻く気にはならないだろうけど。そして能力は、とあるシスターの記憶を復活させたら失うことにもなっているし」
一方通行「そのシスターの記憶をいじる可能性は?」
雲川「そんなことしたってメリットがないけど」
一方通行「じゃあ最後の質問だ。土御門から聞いたが、特別な8人とやらはどうするンだ?
ここ数日の記憶を改竄したところで、長年で培われて来た考え方は変わらねェだろ」
雲川「特別な8人、榊、六道、橘、妃、東城、獅子虎、木山、君を敗北に追い込んだ篠宮に加えて、
レベル5の第6位と第7位は、洗脳ではなく自らの意思と脅しにより、戦っていた。
その内獅子虎と六道が死亡。木山春生はその頭脳が必要な為不問とし、第6位も反省しているので不問とした。
残りは反省もしていないうえに戦っていた理由も凶悪な為、記憶を剥奪し名前と顔を変えてもらっているけど」
一方通行「まァ妥当なところか。多少納得いかないところもあったが、時間を取らせて悪かったな」
そう言って一方通行は、マンションを出て行った。
貝積『彼を呼ぶかね?』
テーブルの上に置いてあった携帯端末の画面に、老人の顔が表示された。
雲川「何で?」
貝積『お前は背伸びしているだけの、ただの女子高生なのだろう?
お前は悲劇を最小限にとどめたにもかかわらず、一方通行にボロクソ言われて傷ついていると思ったが?』
雲川「傷ついていないと言えば嘘になるけど」
貝積『で、どうするかね?』
雲川「大丈夫だけど。お前に以前言われた通り、最低限の役割はまっとうするさ」
『敢えて食蜂を泳がせた』
自宅へ帰る為の道中の一方通行の頭の中で、雲川の台詞が何度も反芻されていた。
雲川が決断した道は、手放しでは褒められるものではない。
食蜂を泳がせなければ死者は出なかったかもしれないし、侵入してきた魔術師にも、しっかりとした対策が出来た可能性もある。
しかも、世界を救えはしたが学園都市の大半の住人は記憶を改竄というオチだ。
もっと別の、誰も死なない、誰も傷つかない道があったのではないだろうか。
だけれども、これが最良の道だった可能性もある。
別の道だったら、もっと大量の人間が死んでいたかもしれないし、四度目の世界大戦に発展したかもしれない。
それに雲川は、クーデターが起こる事を見越して出張という名目で学園都市を脱出し、情報操作などで機能停止していた学園都市を陰から支えていた。
彼女は出来る限りの事はやっていた。
それは分かっていた。分かっていて責めてしまった。
だから彼は、携帯を取り出してあるところに電話をかけた。
土御門『もしもし』
一方通行「背伸びをしているだけのデコが広い女子高生を傷つけちまった。フォロー頼むわ」
それだけ言って、彼は電話を切った。
垣根「んでさ“心にある記憶”を脳に移すって言うのが未だにピンと来ないんだけど、具体的にどう言う理屈なワケ?
お前はあのカエルじじいに詳しい話を聞いたんだろ?」
既に眠っているインデックスの横で、食蜂に尋ねる。
食蜂「記憶転移って、知っているかしらぁ?」
それに反応したのは結標だった。
結標「聞いたことあるかも。確か、臓器移植に伴って提供者(ドナー)の記憶の一部が受給者(レシピエント)に移る現象、だったかしら」
食蜂「そうそう。もっとも、存在するか否かを含め、科学の分野で正式に認められたものではないらしいけど」
垣根「なるほどな。記憶転移が起こるということは臓器に記憶が宿っている証拠。
それで、このシスターの臓器に宿っているかもしれない記憶を脳に移すって訳か。
理屈は分かったが、そんなこと本当に出来るのか?」
食蜂「分からない。臓器に宿る記憶を脳に移すなんて事やったことないし、そもそも本当に臓器に記憶が宿っているかどうかも分からない。
そのほかにもたくさんの不確定要素がある。私達がこれからやろうとしている事は、常識を超えた奇跡だよ」
結標「それなら大丈夫かもね。このメルヘンさんに常識は通用しないらしいから」
垣根「そんなに褒めるなよ。照れるだろうが」
結標「馬鹿にしているのよ」
食蜂「その辺で漫才は止めにして、脳細胞を再現してもらえるかしら」
垣根「へいへい」
第7学区にある、とある高校学生寮の上条の部屋のインターホンが鳴った。
五和「な、何の用でしょうか?」
扉を開けた五和の目の前には、栗色のショートヘアーに常盤台の冬服の少女。
御坂「ちょろっと上がらせてもらうわよ」
五和「へ?いやちょっとそれは」
制止する五和など無視し、御坂は上条の部屋に上がり込む。
御坂「やっぱりね」
御坂が上条の部屋に上がったのは初めてだ。
だから部屋の模様なんて知らない。けれども一目見ただけで分かる。
同棲している割には、家具や衣服が、どこか物足りない。
御坂「アンタ、ここから出て行くつもりでしょ」
腕を組みながら仁王立ちして尋ねる。
五和「……はい」
五和も棒立ちのまま答える。
御坂「あのシスターの記憶が戻れば、彼女の“代役”でしかない自分の役割は終わりと思っているって感じかしら」
五和「……私の考えを当てた事も不思議ですが“代役”云々の話を知っているのはなぜですか?」
御坂「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、病院の屋上での話は聞いていたから」
五和「そう、ですか。では、ここに来た理由は何ですか?」
御坂「臆病者のアンタをぶん殴りに来たのよ」
五和「……何を言っているんですか?」
御坂「ムカつくのよね。シスターの記憶が戻ったらサヨウナラって、アンタの当麻への思いは、そんなものなのかってね」
五和「……聞き捨てならないですね」
今にもとびかかりそうな五和をよそに、御坂は馬鹿にするような調子で言った。
御坂「何で?だってそうじゃない。あのシスターの記憶が戻ったとしても、当麻はアンタの事を嫌いになったりする訳じゃないのにさ。
勝手にアンタだけで結論出して、どうせ行くアテもないのに出て行ってどうすんの?
野垂れ死ぬの?あ、違うか。そのメロンみたいな乳で適当な男誘惑して、パラサイトして生きて――」
そこで御坂の言葉は途切れた。
怒りを抑えきれなくなった五和に押し倒されたからだ。
五和「いい加減にしてくれませんか……!」
言葉遣いこそまだ保たれているが、力の入り具合や睨むような目つきから、明確な憤怒を感じ取れる。
五和「あなたに何が分かるんですか!私だって本当は!当麻さんとずっと一緒にいたいですよ!」
近い距離でそんな事を叫ばれた御坂は冷静に返す。
御坂「だったら、それを伝えれば良いじゃない」
五和「伝えて、どうなるって言うんですか……!」
一旦唇を噛み締めてから、
五和「私はインデックスさんの“代役”として当麻さんに付け込んだだけです。
インデックスさんの記憶が戻れば“恋人ごっこ”は終わりなんですよ……」
御坂「ふっ、ざけんじゃないわよ!」
五和の力がわずかに抜けたところを、ぐるん、と転がって位置を逆転しつつ、
御坂「アンタは結局“代役だから”という理由をつけて、自分の気持ちに嘘ついて逃げているだけじゃない!」
五和「そんな事言ったって仕方ないじゃないですか!私とインデックスさんじゃ違いすぎる!
インデックスさんは自分がどれだけ苦しくても!他人に優しくできて笑顔を与えられる人!
比べて私は、弱った心に付け込むような卑怯な女!私なんかじゃどうしたって敵わない!」
御坂「ふざけんのもいい加減にしなさいよ!アンタはそうやって勝手に自分を卑下して!
当麻がどうのこうのじゃない!“代役”が云々じゃない!
アンタ自身がどうしたいかでしょ!ずっと一緒に居たいんでしょ!?それを伝えろつってんのよ!
それとも、さっきの一緒にいたい発言は嘘だったの!?」
五和「嘘じゃないです!嘘じゃないですけど……!」
煮え切らない五和に完全にぶちぎれた御坂は、彼女の胸倉をつかみながら、
御坂「甘えんなよゴラァ!当麻の事好きな人は何もアンタだけじゃない!
“代役”とはいえ、当麻はアンタを選んだ!
そしてアンタも精一杯尽くしたんでしょ!?だったら胸を脹りなさいよ!
本当の気持ちを伝えないままでアンタは後悔しないの!?本当にそれでいいの!?」
五和「……け……」
御坂「なに!?」
五和「……良いわけ、ないですよ!」
御坂「良い返事ね」
胸倉をつかんでいた手を離し、五和の上から避ける。
御坂「当麻の場所は、分かっているわよね?」
五和「はい。おかげで目が覚めました。いってきます」
御坂「いってらっしゃい。ってのもおかしいか。ここの住人じゃないし。私も出るわ」
五和「と、その前に一つだけ、聞きたい事があるんです」
御坂「何かしら?」
五和「何でそこまで私を応援するんですか?
こう言うとアレですが、あなたも当麻さんの事好きなんですよね?
いわば、恋敵に塩をおくったようなものじゃないですか。
もっとも、これから当麻さんのところには砕けに行くということですから、私に砕けてほしいっていう邪推もできますが」
御坂「そこまで性格悪くないわよ。理由は単純。臆病なアンタが気になったってだけ。
当麻の事が好きな人間として、アンタが本当に当麻の事が好きなのは分かっていたから。
あと恋敵って言っても、私はもうフラれた身だから」
五和「そう、ですか。でも、たったそれだけの理由で出て行く為の身支度をしていると予測して私をよく止めましたね」
御坂「女の勘って奴かしらね」
五和「随分と非科学的な事言うんですね」
御坂「悪い?まあでも理由はそれだけじゃないかな。
アンタ、私が振られたって言葉をあまり重く受けとめてないみたいね。
私には敵わない、という自信があるのかしら?」
五和「そんなつもりはないです」
御坂「あっそ。じゃあ勝手に語らせてもらうわよ。私はアンタが食蜂に洗脳されている間に当麻に告白したの。
結果はもちろん玉砕。その時、なんて言ったと思う?」
五和「インデックスさんがいるから無理です。じゃないんですか」
御坂「違うわ。“大切な人がいる”って言ったの。シスターの通称、インデックスとは明言していない。
だから、アンタにも可能性あるんじゃないかなって思った。ここまで言うのは、さすがに癪だけどね」
五和「そうだったんですか……」
御坂「でもここにきた一番の理由は、アンタが気になったから。今言った当麻の台詞とかは+αでしかない。
それに、その大切な人がアンタとは限らないしね」
五和「分かりました。では今度こそ本当に行きます」
御坂「だから私も出るっつーの」
上条「インデックス」
インデックス「うん。今まで心配かけてごめんね。そしてただいま」
上条「ああ。おかえり」
インデックスの病室で、記憶を取り戻したインデックスと上条が再会を果たしていた。
インデックス「とうま、私ね、とうまのことが好きだよ」
上条「ああ。俺もだ」
インデックスの隣にある椅子に座りながら、答える。
インデックス「じゃあ――」
上条「けど、一番じゃない。だから、お前の思いには応えられない。ごめん」
インデックス「……そう。やっぱり、一番はいつわなのかな?」
記憶が戻ったからと言って、記憶喪失中の記憶がなくなる訳ではない。
上条「……ああ。そうだ」
インデックス「私がいない間に支えてくれたのはいつわだもんね」
上条「ああ。正直言っちゃうと、インデックスが戻ってくるまでの“代役”をしてもらうだけのつもりだった。
でもいつの間にか、五和の存在が俺の中で大きくなっていったんだ」
インデックス「うん。分かったんだよ。じゃあもう出てってくれていいんだよ」
上条「……俺達はずっと友達だからな」
インデックス「……うん」
消え入りそうなインデックスの返事を聞いた後、上条はゆっくりと病室を後にした。
結標「で、どうしたらダーリンとの関係を良好状態に戻せるかしら?」
土御門(だりぃ。雲川先輩にもフォロー入れた後だし、めっちゃだりぃ)
二人がいるのは病院のロビーである。
少ないとはいえ人はいるし、大きな声は出してはいけないが結標は構わず追撃する。
結標「あの、何か言ってくれない?」
土御門「どうするもこうするも、悪いのは全面的にアイツのほうだ。お前は堂々としていればいいだろ」
結標「無理よ。酷い事言い過ぎたもん。『同じ空気吸いたくない』とか『存在が許せない』とか」
土御門「大丈夫だって。アイツはド変態だから、お前からの罵倒なんてご褒美にすぎないって」
結標「絶対テキトーでしょ」
確かに、どうでもいいから早く終われと思い、投げやり気味に回答した。
だが事実として青髪は相当の変態だ。罵倒がご褒美は、半ば以上は本気の意見である。
結標「なんでそうやって意地悪な回答しかしてくれないの?そんなに私達に上手く行って欲しくないの?」
と悲しそうな顔と声で言われても、青髪が変態という事実は変わらないし、
結標はそのままででいいとしか言いようがない。
しかしこのままでは、結標は納得しない。
本来なら納得させる必要はないのだが、普段強気な結標がしおらしくしているのを放っておくのは罪悪感がないわけでもない。
というか、事情を知らない第三者がこの状況を見れば、女の子をへこませている男と見えるだろう。
要するに世間体的にまずい。
よってここは、結標を納得させるべく親身になるフリをするべきだろう。
土御門「上手く行って欲しくない訳ないだろう、一応親友と元同僚のカップルだ。
そうだな。確かにお前は言い過ぎた。さすがのアイツも傷ついているだろうから、その点については謝ればいい。
そうすれば、お前が引け目を感じる点は一つもなくなるだろう。そしてアイツは、今でもお前の事が大好きなはずだ。
だからお前が許せば、関係は元に戻ると思うけどな」
結標「本当に?嘘じゃない?」
土御門「あのさ、もう子供じゃないんだから、あとはお前達次第だよ。それに俺は恋愛経験豊富なわけではないんだ。
俺なんかより、年頃の女の子に聞いた方がいいと思うけどな」
結標「私が友達少ない事知っているでしょ?こんな事相談できる人なんていないわ。
と、そんなことは置いといて、ありがとう。少し楽になった」
土御門「どういたしまして」
食蜂「本っ当に退屈ね、この街は」
とある歩道橋の欄干に身を寄せながら、ぽつりと呟く。
食蜂操祈は、学園都市中の人間の記憶の改竄と、インデックスの記憶の復活を完了したところで、
その重労働を認められ復興作業は本日はもうしなくてもいい、翌日にまた。ということになった。
だからと言う訳ではないが、暇なのだ。
街は半壊状態な上、食蜂以外の学園都市の住人の多くは未だ復興作業に準じている。
状況的にも世間体(今更気にする資格はないが)から言っても、街で遊ぶと言う事は出来ない。
ならば復興作業に自ら進んで手伝うとか、寮に帰って一人で遊ぶとか、寝るなりすればいいのだが、そんな気分でもなかった。
ということで、ただただぼーっと欄干に身を預けている食蜂の下に、
御坂「あら」
御坂美琴が通りかかった。
食蜂「これはこれは御坂さん、ごきげんよう」
御坂「はいはい」
食蜂が適当に挨拶すると、御坂も適当に返す。
御坂「で、こんなところで何黄昏ちゃってるのかしら?」
食蜂と同じように欄干に身を預けながら尋ねた。
食蜂「なぁ~んか、ものすっごく退屈だな~って。そりゃあまぁ、この状況を生み出したのは私だよ。
クーデターまがいの戦いを起こす前も、退屈は退屈だったけど、今考えれば良い退屈だった気がするの。
比べて、戦いを起こして、それをあなた達に収められて、でも結局は私の能力で記憶を改竄して、今の退屈は悪い退屈の気がするの。
ごめん。意味わからないよね。上手く説明できないな」
言って伏し目がちになる食蜂に、御坂は言った。
御坂「いや、分からない事もない気がするわ。
私の持論と解釈だけど、退屈ってことは何のトラブルもない、平和ってことだと思う。
アンタが戦いを起こす前から色々あったけど、なんやかんやで最後には平和になった。
でも今の学園都市は、アンタが記憶を改竄した人間達で構成された、いわば造られた偽物の平和。
そこじゃないかな。同じ退屈でも、良し悪しを感じるポイントは」
食蜂「そう、かも」
なるほど造られた偽物の平和とは的確な表現かもしれない。
インデックスには辛い記憶でも取り戻せと言っておきながら、自分は都合よく人間達の記憶を改竄した。
この空虚な気持ちは、そんな皮肉からも来ているのかもしれない。
御坂「何かしおらしい食蜂操祈って気持ち悪いわね」
食蜂「酷いなぁ。私だって華の女子高生。たまには感傷的になるときだってあるよぉ」
御坂「それが気持ち悪いって言ってんのよ」
食蜂「ところで、御坂さんは今まで何していたのかな?」
唐突な話題の変更に戸惑いながらも、御坂は突き放すように言った。
御坂「そんなこと、今の私からなら読み取れるでしょ」
食蜂「読み取れるけどさぁ」
御坂「けど?」
食蜂「ううん、何でもない」
食蜂は御坂の心理を読み取り、思った。彼女は強い人間だと。
一方通行は自身の家、すなわち黄泉川の部屋に帰ってきて最初に飛び込んできた光景は、
芳川「おかえり」
フレメア「おかえりなさい一方通行!」
絹旗「おかえりなさい。そして超お邪魔していますよ。一方通行」
テレビゲームを興じている芳川、フレメア、絹旗の異色の面子だった。
芳川「ようやく帰って来たのね。もう疲れたわ。私と交代よ一方通行」
フレメア「うん。大体それが良い。芳川は弱すぎるし」
絹旗「でも、一方通行もゲーム超弱そうですが」
突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込もうか迷ったが、まずは意思表示をする事にした。
一方通行「ふざけンな。こちとら病み上がりの上に、復興作業とやらに準じてヘトヘトなンだよ。
ゲームをやるのは構わねェがオマエらだけでやれ。他人を巻き込むンじゃねェ」
芳川「と彼は言っているけど。私はこのゲームから抜けられるなら、どうでもいいのだけど」
絹旗「私も、無理にとは言いませんが。というかゲーム超弱そうだし。寧ろ願い下げですかね」
フレメア「えー。大体私は久々に一方通行とゲームしたいよー。
あといくら絹旗お姉ちゃんでも、一方通行の事悪く言うのは許さない。にゃあ」
絹旗「超冗談ですよ(チッ)」
一方通行は確かに見た。誰にも聞こえないほどの小さな舌打ちを、絹旗がした事を。
一方通行「分かった分かりましたよ。あとでゲームはする。
ただその前に、ちょっとそこのチビクソガキと話をさせてくれ」
絹旗「フレメアちゃんをチビクソガキだなんて!超酷いですね一方通行は!」
と適当に言ってみたが、フレメアはきょとんとして、
フレメア「え?今一方通行が言ったのは、大体絹旗お姉ちゃんの事だと思うよ?」
ナチュラルに、そう言った。
絹旗「へ?」
フレメア「だって、私のことは大体名前で呼んでくれるし。
というか、そんなことより、今の絹旗お姉ちゃんに対する呼び方は何なのかな!?」
フレメアは一方通行の絹旗に対する呼称の仕方に憤慨したが、
一方通行「はいはい悪かった。絹旗さンを少しお借りします。……ほら行くぞ」
絹旗「ちょ、え、まっ」
一方通行によって、ずるずると別室へ引きずられていく絹旗。
呼称の仕方には憤慨してくれたのに、引きずられるのは止めてくれないの!?
ゲームは一人になっちゃうけど良いの!?などと絹旗は思った。
一方通行「で、ここに来た目的は何だ」
早速尋問が始まったが、絹旗はぶっきらぼうに言い放った。
絹旗「答える必要は超ないです」
一方通行「ふざけンな。あるンだよ。俺はオマエにさっさと帰ってもらいたいンだ。
ちゃンとした用件があるなら聞いてやるから、さっさと帰れ」
絹旗「そんな殊勝な事言うなんて超意外ですね。そんなに私に帰ってほしいなら、追い出せばいいじゃないですか」
一方通行「温情判決下してやってンだよ。
それでも、この俺の厚意を無駄にして追い出してほしいってンなら、追い出してやらねェこともねェが」
絹旗「……」
一方通行「ダンマリ決め込まれても話は進まねェぞ。
話が進まないってことは、俺にとってもオマエにとっても良い事ではねェだろ。何か言え」
絹旗「……」
一方通行「……ジャッジメントとやらの仕事はどうした?」
絹旗「それについては、一応本日の分は超全うしました。
こう見えても私も病み上がりなので、こうして一方通行より早くここに来る事が出来たと言うことです」
一方通行「俺より早くここにいる理由は分かった。なら、ここに来た理由は何か。そろそろ白状してもらおうか」
絹旗「……」
はァ、と一方通行は溜息をつく。
一体何の理由があって、ここまで黙秘を貫き通すのか。
一方通行「いい加減にしてくれませンかねェ。最悪白状しないならそれでもいい。とにかく帰ってくれ」
絹旗「……それは、超出来ない相談です」
一方通行(何なンですかァ、このじゃじゃ馬はァ!?)
黙秘は続けるが帰るのも無理と言う身勝手さに、いよいよ強引にいくしかないな、と思い始めたが、
一方通行(いや……違うか。もしかして)
目の前にいる絹旗最愛という少女は、元暗部である。
だから何となくだが、ここをわざわざ訪れたのも、それなりの理由――彼女だけではとても叶えられそうにないお願いか何か、があるという前提で話していた。
そしてその理由が、どんな内容でも受け入れる自信がある。
なぜなら、自分は学園都市第一位だからだ。
それは即ち、世界最強であり、世界最高の頭脳の持ち主であると言う事。
このスペックで出来ないことなど、おそらくは人間の感情を掌握することぐらいだろう。
だから、さっさと理由を教えてほしいと思っていた。
けれども、その理由が彼女だけでは叶えられないお願いなどではなく、とても単純なものだったら。
たとえば、ゆっくりと存分にゲームがしたかった。とかならばどうだろう。
絹旗最愛は元暗部だ。そんな彼女が、ゲームがしたかっただけです、などと子供みたいな事を言うのが恥ずかしいから言えないとかかもしれない。
もっとも、彼女は実際問題まだまだ子供だが、子供扱いされるのを嫌うだろうと言う事は容易に想像がつく。
とはいえ、これは仮説にすぎない。それもかなり歪んだ解釈の。
いくらなんでもこれはないなと、だからと言って、ただ高圧的に尋問しても仕方ないから、
どうにかして理由を聞きだす別の方法を思案し始めたところで、
絹旗「いえ、超すみませんでした。私がここに来た理由ですよね。
ありますよ勿論。ただし、一方通行が考えそうな仰々しいものではないですけど」
絹旗が、静かに口を開いた。
絹旗「ここに来た理由はですね……」
と、そこで言葉が止まる。
30秒待っても続きの言葉がないので先を促そうかとも思ったが、もじもじしながらも何か言おうとしているのは分かるので、ここは待つ事にする。
そしてさらに30秒後、意を決したように絹旗は言った。
絹旗「……一方通行に、お礼を言いに来ました」
一方通行「……はァ?」
思わず出た発言から「なんだそれは」的な空気を察知した絹旗は、顔を真っ赤にしながら消え入るような声で言った。
絹旗「だ、だって、一方通行のおかげで『凶暴性』は超取り除かれましたし、何か気持ち悪い変態からも守ってくれたから……」
なんだそんなことかと一方通行は思う。
『凶暴性』を取り除いたと言うが、その『凶暴性』は自分のせいで植えつけられたものだ。
自分のケツを自分で拭いたに過ぎない。
それに一時的には助けたかもしれないが、守り切ることは出来なかった。
上条や土御門が来なければ、目の前にいる少女がどうなっていたかは分からない。
だから彼女がお礼を言う必要も、お礼を言われる資格もない。
当然ながら、一方通行の考えている事が分からない絹旗は、おずおずと尋ねる。
絹旗「あ、あの、超迷惑、でしたか?」
一方通行「あァ?いや、迷惑ってことはねェが……」
彼女がお礼を言う必要も、お礼を言われる資格もないが、言われて気分は悪くない。
お礼をしたいと言うのなら、わざわざ拒む事もない。
ただ気になるのは、お礼を言うだけなんて簡単な事を何度もためらったのはなぜか。
そんな一方通行の疑問を知ってか知らずか、絹旗はもじもじしながら、
絹旗「何でお礼を言うなんてことを何度もためらったのか、超疑問に思っているかもしれませんが、
その理由は、ただ単に恥ずかしかったからです」
一方通行「あァ、そォ……」
先程の自分の邪推は、当たらずも遠からずだったということか。
絹旗は頬を赤らめて、若干はにかみながら言った。
絹旗「それで、だから、その……超ありがとうございました。一方通行には超感謝しています」
一方通行「あァ、まァ、どういたしまして」
と、直後、
フレメア「大体終わったー?なら皆でゲームしよう。にゃあ」
フレメアが、ドアを思いっきり開け放ち言った。
絹旗「ふ、ふふ、フレメアちゃん!?もしかして超盗み聞きしていたんですか!?」
フレメア「盗み聞きなんて、大体人聞きの悪い言い方は止めてほしい。二人の様子を温かく見守っていただけだもん」
絹旗「え?え?どういうことですか?いつからですか?」
フレメア「二人がこの部屋に入ってから大体10秒後くらい」
絹旗「超最初からじゃないですか!」
うう、と何か恥ずかしがっているようだが、フレメアが盗み聞きする事なんて容易に想像がつく。
寧ろ盗み聞きする事を想定していなかったのかと、一方通行は絹旗を少し見限った。
フレメア「なーにー?大体どうしたの絹旗お姉ちゃん。お礼を言うのは良い事だよ。何も恥ずかしがる事なんてない。にゃあ」
女子小学生に諭されている女子中学生。フレメアの方がよっぽど姉御肌なのではないだろうか。
絹旗「まあ、そうですよね。もういいや。今日はもう超帰ります」
フレメア「えー。大体もう帰っちゃうの?まだ陽も沈みきってないよ。もうちょっとだけ遊ぼうよー」
フレメアは絹旗の腕を引っ張りながらだだをこねる。
やっぱり年相応のガキのようだ。
先程までは絹旗に帰れ帰れと言ったが、まあ自分を巻き込まずにリビングでゲームをやるくらいなら構わない。
晩御飯まで、いや最悪喰わなくてもいいから、とにかく眠ろうと思いベッドに行こうとしたところで、
フレメア「大体何やってるの?一方通行もゲームするんだよ?
さっき絹旗お姉ちゃん連れて行く時約束したよね?後でゲームするって」
そう言われれば、そんな事を言ったような気もする。だが、とにかく眠たい。
普段からゲームは特に好きでもなんでもない。今はやりたくない。
だから適当に屁理屈を言うことにした。
一方通行「後で、とは言ったが、具体的な日時は言ってねェ。
つまり、ゲームをするのは明日でも、明後日でも、十日後でも良いって訳だ。今日は無理だ」
フレメア「それはおかしい!大体、屁理屈にも程がある!」
当然ながら憤慨するフレメア。そこに絹旗は割って入る。
絹旗「まあまあ。どうせ一方通行は超ゲーム弱いんですから。こんな雑魚とやったって、つまらないですよきっと」
フレメアの為にゲームをやらせるための挑発なのか、それとも心から貶めているだけなのか。
おそらく後者だろうが、前者の意思だとしてもゲームをする気はない。
それにしても毒舌の復活が早い。開き直ったのだろうか。まあどうでもいいことだが。
フレメア「う~ん、大体分かった。今日は一方通行も疲れているみたいだし、特別に見逃す。
でも、今度一方通行が暇なときは、大体ゲームに付き合ってもらう。もしくは、遊園地とか」
一方通行「分かった分かった。いずれな」
面倒だから無理と言おうかとも思ったが、ここで下手に反論すれば話は余計にこじれる。
早く眠りたいので、一方通行は二つ返事で了承した。
フレメア「絶対だからね!」
フレメアは念を押して、絹旗と共にリビングの方へ向かった。
それから約10分。
絹旗「(ちょ、ちょっとフレメアちゃん!?)」
一方通行が寝ている部屋に忍びこむフレメアに手をひかれる絹旗はうろたえる。
絹旗「(一体、何をするつもりですか?)」
フレメア「(何って、大体一方通行と一緒に寝るだけだよ?にゃあ)」
絹旗「え」
思わず素の声を上げる絹旗に対してフレメアは頬を膨らませながら、
フレメア「(約束守ってくれなかったから、一緒に寝るの刑だもん!)」
刑だもん!と大変可愛らしいが、それって、
絹旗「(要するに、フレメアちゃんが一方通行と一緒に超寝たいってことですか?)」
フレメア「(大体、そうとも言う)」
随分と素直だ。素直な子は好きだ。だがしかし、
絹旗「(だとしたら、私は超必要ないのでは?)」
当然の如く降って湧いた疑問を言葉にすると、フレメアはきょとんとした顔で、
フレメア「(え?絹旗お姉ちゃんって一方通行の事、大体好きなんじゃないの?)」
絹旗「はぁ!?」
思わず大声をあげる絹旗に、フレメアは慌てて、
フレメア「(あわわわわ。そんな大声出したら、一方通行起きちゃうよー)」
絹旗「(だ、だって、フレメアちゃんが突然変なこと言うから)」
フレメア「(つまり、大体私の勘違いだったってことかな。だとしたらごめんなさい。無理強いしているみたいになっちゃって)」
なんとしっかりしている子だろうか。
一方通行の事は好きでもなんでもないが、ここまで言われると怒る気にはならない。
フレメア「(でも、出来ればで良いから、絹旗お姉ちゃんも大体一緒に寝てほしいな。
今日一日だけ私の『お姉ちゃん』になってほしいな)」
なんという可愛さだろうか。
よくもまあフレンダは、こんな出来た妹を放っといて暗部に所属して蔑ろにしていたなと思う。
それにしても、お姉ちゃんとは何と良い響きだろうか。
実は妹が欲しいと思った事がない訳でもない。
フレンダを麦野から守り切れなかった後ろめたさもある。
一方通行と一緒に寝るのは気が進まないが、今日一日ぐらいフレメアの願いを聞いても罰は当たらないだろう。
絹旗「(分かりました。フレメアちゃんの為にこの私、絹旗お姉ちゃんが超一肌脱ぎましょう!)」
フレメア「(わーい。やったー!絹旗お姉ちゃん大好き!)」
そうしてフレメアと絹旗は、一方通行の寝ているベッドに忍びこむ。
一方通行「ふァ~あ。……あァ?何だこりゃあ」
一方通行が目を覚ますと、目の前にフレメアと絹旗の顔があった。
一方通行(またかよ……)
正直言ってしまうと、フレメアが自分の寝ているところに寄り添う、忍びこむなんて事は何度かあった。
その度に、忍びこむフレメアと、それをあっさり許してしまう自分の不甲斐なさに苛立っていた。
しかも今回は、なぜか絹旗までいる。一体何がどうなっているのだろうか。
気になるところではあるが、起こしてしまうのも悪い。
ここは自分だけ抜け出しておこうと、一方通行は静かに自分だけベッドから抜け出した。
時刻は19時38分。
結標は完全下校時刻から約1時間以上過ぎて、自分が住む寮の部屋へと戻ってきた。
その部屋のベッドでは、青髪が眠っていた。
結標はそれを見て、自分が悪いのだと一瞬で悟った。
そもそもパン屋に下宿している青髪がなぜこの部屋にいるのかと言うと、結標自らが呼び出したからに他ならない。
青髪は合鍵を持っているから、結標がいなくともこの部屋に入る事は出来る。
ではなぜ青髪は、いくら彼女のとは言え、許可なくベッドで眠っているのだろうか。
その答えはおそらくこうだ。
結標は青髪を呼び出した。19時に来いと。話したい事があると。
青髪は遊び呆けていたわけではない。
クーデターの主犯格だった彼は、病み上がりにもかかわらず、罰として他人の2倍は復興作業に尽力したのだ。
完全下校時刻の18時30分まで。
もっとも、彼はそれだけの罪を犯したのだから、当然と言えば当然のことであるし、他の主犯格のように記憶を剥奪され、顔や戸籍を変えられたりした訳ではない。
寧ろ青髪は、学園都市統括理事長の雲川芹亜の寛大な処置に感謝するべきだ。
とにかく、彼はとても疲れていた。
約束の時刻から30分も遅刻した結標を待ち切れずに眠ってしまってもおかしくはない。
律儀にベッドで寝ているところをみると、初めからがっつり寝る気マンマンだったのかもしれないが。
結標が遅れたのは、謝罪をするのに多大な緊張があったからだ。
自身の復興作業は、インデックスの記憶復活の手伝いもあって早々に終わっていたのに、あまりの緊張によって、電話で約束したのですら17時。
謝罪の言葉を考えてここまでくるのに、今までかかった。
今にして思えば、謝罪の言葉も土御門に考えてもらえば良かったかもしれない。
結標(いや、違うわね。ここは、私の言葉で謝らなきゃ)
土御門に考えてもらった言葉で謝っても意味はない。
謝罪は自分の言葉で伝えなきゃいけない。
結標(でも、どうしよう?)
自分の遅刻のせいで青髪は寝てしまった。
それなのにぐっすり寝ている彼を起こすのは気が進まない。
結標(……わ、私も一緒に寝ようかしら。ちょっとだけ)
今すぐに謝なければいけないと言う訳でもない。
でもただ彼が起きるのを待つのも退屈だから、一緒に寝てしまおう。
恋人同士だし、悪い事ではないはずだ。
ごそごそと、青髪が寝ているベッドに潜り込んだ。
結標「ぅ……ん」
なんだかんだで疲れていたのだろう。
緊張で眠れないなんて事はなく、ベッドに入ってからすぐに寝入ってしまった記憶がある。
あれから何分経ったのだろうか。目の前に青髪はいなかった。
結標(どこいったんだろう)
まさか約束を忘れて帰ったなんて事はさすがにあるまい。
そう思い上半身を起こすと、トイレの方から微かに彼の声が聞こえた。
結標(……電話?)
起き上がりトイレの前のドアに無言で立つと、こんな声が聞こえた。
青ピ「え?こんなところで電話して大丈夫かって?大丈夫や。淡希はぐっすり眠っているで。そんなことより――」
その先の言葉は聞きたくなかった結標は、能力で部屋の外にテレポートした。
結標(はは。何一人で緊張してたんだろう、私)
普通に考えれば分かる事だった。
いくら青髪の方が悪かったとはいえ、自分の事を棚に上げてあれだけ辛辣な言葉を浴びせて嫌われない筈がない。
とっくに謝罪するしないの問題ではなかった。浮気されたって当然だ。
結標(……小萌のところにでも行くしかないかな)
頬に一筋の涙を流しつつ、結標は虚空へと消えた。
小萌「大丈夫ですよー。大丈夫ですよー。落ち着いてくださーい」
月詠小萌のボロアパートを訪れた結標は、とにかく彼女の胸で泣いた。
身長135cmなので体格的には頼りなさそうだが、これでも教師であり立派な大人だ。
そのためか、どこか温もりと落ち着きがあるのを、今痛感した。
小萌「一体何があったのですか?落ち着いたら話してほしいのです」
結標「……うん」
とは言ってしまったものの、小萌となぜかいるインデックスはクーデターのことを忘れさせられている。
洗いざらい本当の事を言っても混乱を招くだけだ。
だから結標は、地震と魔術師の侵攻の間に、彼氏である青髪と喧嘩して暴言を吐いてしまった。
そしてそれが原因で浮気された、と話した。
が。
小萌「結標ちゃん、嘘はいけないのです」
あっさりと、見抜かれてしまった。
小萌「結標ちゃんはドライなところがありますが、いくらなんでもただの喧嘩で、そこまでの暴言を吐くとは思えません。
どんな事情があるかは知りませんが本当の事を話してくれませんか?それとも、私をそこまで信頼できないですか?」
結標「そ、そんなことは」
うろたえる結標に今度はインデックスが追撃する。
インデックス「私もこもえに同意なんだよ。私はあわきのことまだよく知らないけど、私の記憶を取り戻す事を手伝ってくれた。
そんなあわきが、理由もなしに相手を罵倒するとは思えないかも。
それに、けじめをつけてからでないと、どんな理由があろうとも浮気はいけないと思うんだよ」
結標「ぁ……ぅ……」
二人の優しさが身に沁みる。
それでも、青髪が本当は何をしたのかと言うのは、クーデターの事を話さないといけない。
だがそれは出来ない以上、彼に辛辣な言葉を浴びせかけるに至った本当の経緯は話せない。
なおも黙りこくる結標に、
小萌「……分かりました。では、青髪ちゃんをここに呼びましょう」
小萌は強硬手段を提案した。
結標「いや、それは」
インデックス「それがいいかも。あわきを泣かせる男なんて、私が叱ってやるんだから!」
結標「いや、だから」
小萌「青髪ちゃん、電話に出ませんね」
あれよあれよと話が進んでいく。
辛うじて携帯に出ないようだが、これ以上青髪を縛る事はない。
彼はもう、恋人でもなんでもないのだから。
結標「もういいよ小萌。私が悪いところもあったの。だから、もう――」
と、結標が小萌の電話を止めさせようとした、まさにその時だった。
ガチャン!と玄関のドアが思い切り開かれた。
結標「ぁ、な、なんで」
青ピ「はぁ、はぁ」
ドアを開けた主は、息を切らした青髪だった。
小萌「青髪ちゃん!」
インデックス「そこに正座するべきかも!」
小萌が怒り、インデックスが指図するなか、青髪は、
青ピ「ごめん淡希!全部僕のせいや!」
その場で、土下座を繰り出した。
結標・小萌・インデックス「「「え???」」」
青ピ「小萌先生、シスターちゃん、全部、僕のせいです。淡希は何も悪くないんです」
小萌「どういうことなのですか?詳しく話してもらえますよね?」
青ピ「すみません。訳は話せないです。でも、淡希は何も悪くなくて、僕も浮気なんてしていません。
だから、淡希と二人きりでお話しさせてほしいです」
インデックス「抽象的すぎるんだよ。自分がどれだけ勝手なことを言っているのか分かっているのかな?」
青ピ「シスターちゃんの言うとおりです。勝手な事を言っているのは重々承知しています。
煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないです。でも、訳は話せませんし、淡希も返してもらいます」
どうしても頑なな青髪に、小萌は溜息をついて、
小萌「あのですね青髪ちゃん。私達は別に青髪ちゃんをどうかしようなんて思っていないのですよ。
ただ、自分が悪いと言うのなら、結標ちゃんが悪くないと言うのなら、浮気なんてしていなくて、
結標ちゃんのことを本気で思っているのなら、ここで詳しく話してほしいだけなのです。
さすがにそれを話さずに、結標ちゃんと二人きりでお話は、私達も見逃せないのです。
結標ちゃんが本当にこれ以上傷つく可能性がないのか、見極めたいのです」
諭すように言ったが、
青ピ「絶対に、淡希を傷つけずに、幸せにする事を誓います。だから、二人きりでお話しさせてください」
やはり、青髪は聞き入れなかった。
小萌「……結標ちゃんは、どうしたいですか?」
答えが決まっていた結標は即答した。
結標「彼と、お話させてもらいたい」
小萌とインデックスは、言葉には出さなかったが二人きりでの話は反対らしかった。
それはそうかもしれない。自分だって彼女達の立場なら反対だっただろうから。
けれども、いつも似非関西弁を話し飄々としている青髪が、拙い敬語で土下座し続けたのだ。
彼なりの誠意は伝わった。それに自分たちの行方がどう転がっていこうとも、せめて謝罪だけはしておきたかった。
二人は今、インデックスと小萌を外に出して、部屋で話している。
結標の靴がないからだ。
青ピ「ごめん淡希。不安にさせたみたいで」
結標「浮気、してないって言うの?」
青ピ「してへんよ。多分淡希は、僕がトイレで電話しているところを聞いてそう判断したんやろ?」
結標「そうだけど」
青ピ「あの電話なぁ。つっちーが相手やったんや」
結標「え?」
青ピ「僕もな、淡希のことについてつっちーに色々相談していたんや」
結標「……そう、だったんだ」
自分で言うのもアレだが、彼は自分より悪行をしてきた。
それで彼女に対して後ろめたさがあって不安になり、友人に相談するのは当然と言えば当然かもしれない。
青ピ「つっちーは本当に良い奴や。
気を利かして『こんなところで会話を聞かれて大丈夫か?どこかの誰かさんみたいに、聞かれたくない相談なんだろ?』なーんて言ってくれて。
大丈夫と返事したところを、まさか浮気と勘違いされるはなぁ」
結標「……つまり、私とあなたの、勘違いだったってことか」
青ピ「そうみたいやなぁ」
結標(てことは――)
その先の言葉が出なかった。
しばらくの沈黙が訪れる。
結標(――)
この沈黙は、悪くない。
けれど、それ以上に確かめたい事があった。
結標は沈黙を破って尋ねる。
結標「じゃあ結局、今でもあなたは私の事が好きってことで良いの?」
青ピ「もちろん」
即答だった。
青ピ「クーデターの時はごめん。そしてさっきの電話の件もすまんかった。
僕は今でも、そしてこれからも、好きなのは淡希だけや」
なんと恥ずかしい台詞だろうか。
そこまで言えるのなら、沈黙を破るのもそっちからでよかったのに。
いや、さっきの自分の言い草もなかなかのものだが。
結標「わ、私もよ。それと、クーデターの時は言い過ぎたわ。ごめんなさい」
青ピ「いいや、あれは僕が悪かっただけやから。淡希は何も悪くない」
結標「ダーリン……」
そして結標は、青髪の胸に抱かれた。
インデックス「二人とも、幸せそうだったね」
青髪と結標がいなくなった小萌の部屋で、ぽつりとインデックスが呟いた。
小萌「気になりますよね。二人の間に何があったのか」
インデックス「そうじゃなくて、羨ましいなって」
小萌「……シスターちゃん」
小萌はそこで一旦口をつぐんだ。
これ以上はインデックスを傷つけるかもしれない。
だが、それ以上に聞きたい気持ちが勝った為、小萌は続く言葉を抑えられなかった。
小萌「あの、やっぱり、記憶を戻さなきゃよかった、なんて後悔はしていませんよね?」
最後の方は聞き取れるかどうか怪しいレベルの小声だったが、インデックスは薄く微笑んで答えた。
インデックス「正直、全く後悔してないと言えば嘘になるかも。とうまには振られるし、辛い記憶は蘇るし」
そうなのだ。
レイチェルのままならば、淡い恋心を封印したままにしておくことが出来たかもしれない。
にもかかわらずインデックスに戻ったが故に、気持ちを抑えられずに告白し振られたのだ。
加えて、彼女は禁書目録というシステムの為に散々利用されてきた辛い過去があった。
それも蘇った。インデックスが禁書目録だったと言う事を、今日初めて知った。
小萌(……っ)
何か言いたかった。
けれども、インデックスの心中や壮絶な過去(詳しくは知らない。多少聞いただけ)を考えれば、そうそう適当な事は言えない。
無論、今まで諭してきたのが適当というわけではない。
ただ、今までより言葉を慎重に選ばなければいけない。
と小萌は悩んでいたが、インデックスの言葉には続きがあった。
インデックス「でも、後悔より取り戻して良かったって気持ちの方が上だよ。
とうまには振られるし、辛い記憶も蘇ったけど、とうまとの出会いを思い出せたし、いろんな人と過ごしてきた事も、思い出せたから」
そう言って、インデックスははにかんだ。
貝積には強がったことを言ったが、やっぱり吐きださずにはいられなかった。
雲川「私は、間違っていたのかな」
とあるマンションの一室のベッドで横になっている削板に向かって、雲川は呟いた。
削板「何だ。芹亜らしくないな」
雲川「だって、学園都市は半壊したし、軍覇もこんなにボロボロになって、私はただ、皆を信じることしか出来なくて……」
支離滅裂で何も伝わってないだろう。しかし削板は、即答だった。
削板「皆を信じる事が出来たんだろ?ならそれで十分だ」
全くこの男は、何も分かってないくせに、いつもいつも一言で切り捨てるように言葉を放つ。
削板「それにさ、芹亜はこの選択が最善だと思ったんだろ?じゃあそれでいいだろ。
誰に何と言われようと、胸を張って堂々としているべきだ」
適当にしか聞こえなくもない言葉だが、いつもそれに救われて来た。
雲川(そう、だな。私が執った選択だからこそ、私だけは後悔しちゃいけない)
反省は大事だが、いつまでも後悔していたって仕方ない。
今は前に進むべきだ。
雲川「ありがとう軍覇。おかげで吹っ切れる事が出来そうだけど」
削板「そいつは良かった」
雲川「これはほんのお礼だ」
そう言って雲川は、自分の唇を削板の唇に重ねた。
郭「学園都市から報酬も貰いましたし、これで念願のマイホーム購入に一歩近づきましたね」
学園都市外のとある山小屋で、郭が鼻息を荒くして言った。
対して半蔵は冷めた調子で、
半蔵「それなりに危険な任務だったからな。闇咲の旦那がいなければ、生きて帰れなかったかもな」
郭「でもでも、食蜂は不平等の世界が許せなかっただけで、人を殺すつもりはなかったとかって話じゃなかったでしたっけ」
半蔵「正しくは『迷っていた』だろ。あのまま止める人間がいなけりゃ実行していただろうよ。
それにそもそも、俺達が相手したのは“半端に自我があった”人間だ。
そこに食蜂の意思は及びきっていなかった。一歩間違えれば死んでいた可能性は十分にある」
郭「まあ、そうかもしれないですけど」
会話が止まった。沈黙は普段は嫌いじゃないが、このタイミングの沈黙はなんとなく耐えきれないと感じた半蔵は、、
半蔵「それにしたって、これだけ危険な任務だったんだ。
報酬という形で俺らの功績は認められたが、もう少し褒めてくれたっていいよな」
忍ぶ者と書いて『忍者』だ。自分達はそういう存在でなければならない。
しかし今の発言は、それと正反対と言っていい。
もっとも、郭はそんな事をいちいち注意するような性格ではない。
つまり、どんな反応が返ってくるかを試す発言だ。
郭「……じゃ、だめですか?」
半蔵「え?」
郭「私じゃ、だめですか?」
何が?と半蔵が問いかける前に、郭が続けた。
郭「今回の任務では、半蔵様と闇咲さんと私の少数精鋭でしたから、半蔵様の活躍を知っている人はあまりいません。
ですが、私は知っています。私は半蔵様の活躍を目に焼きつけました。私は知っている。じゃだめですか?」
そういうことか。
だめですか?と言われれば、
半蔵「いいや、だめじゃないさ。郭が知ってくれていれば、それで良い」
我ながら、恥かしい事を言っていると思う。
でも郭も、冗談ではなく本気で言ってくれた。
それが嬉しかったから、こちらも本音で返した。
郭「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
半蔵「ところでさ」
完全に何となくだが、今まで聞きたくても聞けなかった事をこの際聞いてみようと、半蔵は郭に尋ねる。
半蔵「もうそろそろ、半蔵様って、様をつけるのは止めにしないか?」
様と言われて悪い気はしない。
でもこれは、もともと自分を懐柔する為に媚びを売るような呼び方だった気がする。
それになんだか、よそよそしい気がするからだ。
郭「それはできません」
郭はきっぱりと言い切って、
郭「正直最初は、媚びを売っていたというのはありました。
でも今は、純粋に尊敬しているから、慕っているから半蔵様と呼んでいます。
だから、できません。もっとも、どうしてもやめてほしいと言うのならやめますが」
そこまで言われたら、無理して止めさせる必要はない。
半蔵「いや、そういうことならいいや。寧ろ、そんな気持ちだった事を知れて良かったよ。……なんかちょっと照れるな」
郭「うふふ。照れてる半蔵様も可愛いですよ」
本当の慕っているのなら、こんな風にからかってはこないと思うところもあるが、まあそんな郭の事が嫌いではない。
4月15日、9:00。
今日も今日とて学園都市の復興作業とジャッジメントの仕事がある白井黒子は、常盤台の女子寮の自室の自分のベッドの上で突っ伏していた。
人一倍責任感の強い彼女が、仕事をサボってこんな状態になっているのには、深い理由がある。
御坂美琴の能力が消え去ったこと。
それによって常盤台中学からの退学を勧められたことだ。
白井「だって、やっぱりおかしいですの。
確かに今のお姉様は、常盤台中学に在学する条件のレベル3以上を満たせなくはなりましたが、今までのお姉様の活躍などを考慮すれば……」
絹旗「白井さん、気持ちは超分かりますが、その点については寮監に散々説明されたじゃないですか。
御坂さんの今までの功績などは認めますが、さすがに完全な無能力者を在学させ続けるのは、周りの生徒に示しがつかないって。
それに、御坂さん自身もそれについて認めているじゃないですか」
そして御坂はあっさりと自主退学し、今日の9:30には学園都市を出る予定だ。
白井「だから、お姉様も含めて皆おかしいですの。能力がなくたってお姉様はお姉様ですの。
それなのに能力が無くなった位で皆して……」
佐天「そんな事言ってる場合じゃないじゃないですか!このままだと御坂さんを見送る事が出来ませんよ!」
現在、こうして白井を説得しているのは絹旗と佐天の2人だけである。
絹旗はもちろん、佐天も記憶は改竄されていない。ただし初春は改竄されている。
白井「そんな事言ったって……もうどうでもいいですの。お姉様はわたくしを見捨てたんですの」
絹旗「白井さん、そんな言い方――」
とそこで絹旗の言葉は途切れる。
佐天「じゃあ、そうやってずっと腐っていれば良いじゃないですか」
佐天が強気に喧嘩を売るような調子で、卑屈になっている白井に喰ってかかったからだ。
絹旗「佐天さん、さすがにそれは」
佐天「だって、ムカつきますもん。自分だけが悲劇のヒロインみたいな顔して。
悲しいのは白井さんだけじゃないんですよ。一番辛いのは御坂さんなんですよ」
白井「そんなことは、分かっていますの」
佐天「いえ、分かってないです。白井さんは何も分かってない」
白井「……佐天さんは何しに来たんですの?」
佐天「どうしても動かない白井さんを説得に来たんです。絹旗さんに頼まれてね」
白井「じゃあ絹旗さんと佐天さんだけで見送りに行って下さいな。私は結構ですの。お姉様は私を見捨てたんですの」
絹旗は二人のやりとりに最早口出しできなかった。そして佐天の返答は意外なものだった。
佐天「……そうですね。じゃあ白井さんは放っておいて二人で行きますか絹旗さん」
絹旗・白井「「え?」」
絹旗はもちろん、白井までもが思わず気の抜けた声を出す。
佐天「御坂さんだって、自分の見送りにも来ない薄情者の後輩のことなんてすぐに忘れて、学園都市外の生活を謳歌して、彼氏でも作って、幸せに過ごすでしょう。
じゃあ行きますか絹旗さん」
絹旗「え?ちょっと、え?」
佐天は言いたいだけ言ったあと、絹旗の手を引いて白井の下を後にした。
絹旗「ちょっと、あれで超大丈夫なんですか!?」
佐天に手をひかれながら、絹旗は尋ねる。
佐天「白井さんって結構強情だし、月並みな事言ったって応じてくれるわけないし。
だから、押してダメなら引いてみろの精神で、引いてみたんですけど」
絹旗「そういうことだったんですか。……いやその考え方は超悪くないと思うのですが、反応を待った方が良かったんじゃないですか?」
佐天「どうせなら、押してダメなら引いてみろ精神を貫いてみようと思って。
あそこで反応を待ったら、負けかなって。まあ、あとは白井さん次第ですよ」
絹旗(そこまで考えて佐天さんは……)
反応を待ったら負けってことはないと思うが、精神を押してダメなら引いてみろ精神を貫く考えは悪くないだろう。
佐天「別に馬鹿にしてる訳じゃないんですけど、白井さんは案外挑発には乗るタイプと言いますか、私に色々言われて黙っている人じゃないと思いますよ。
きっと白井さんは来てくれます。御坂さんと一緒に信じて待ちましょう」
絹旗「……そうですね」
やはり佐天を説得に呼んだのは間違いじゃなった。
佐天の言う通り、白井はきっと来てくれる。
御坂「やっぱり、来てくれないのかな」
学園都市の複数ある出入り口の一つの前で、御坂と絹旗と佐天は白井の到着を待っていた。
絹旗「超大丈夫ですって。白井さんはきっと来ます。まだあと7分もあります」
佐天「そうですよ。誰よりも御坂さんのことを想っている人間が、来ない訳ないですよ」
御坂「せめて一言、あの子を傷つけた事を謝りたいな」
一時的にレベル5を超える力を得た代償は大きかった。
脳がオーバーヒートして、能力が完全に消え去った。
それでも後遺症などが残らなかっただけ、寧ろ運が良かったほうだと言えるだろう。
だが能力を失った影響は、単に能力が使えなくなったというだけではなかった。
レベル3以上が在学条件の常盤台には、退学を勧められた。
それは納得のできない話ではなかったから、素直に退学した。
ここまでならきっと、白井もそこまで落ち込まなかっただろう。
しかし学園都市を出ると決めたのは、自らの意思だ。
その点で彼女を傷つけてしまった。
もちろん、何の考えもなしに学園都市を出ると決めた訳ではない。
学園都市外で特別やりたいことがあるわけでもなく、常盤台を辞めても学園都市に居れば皆といつでも会える。
そして皆と離れたくはなかった。
それでも、出ると決めたのには、一つの理由がある。
それは、母親と一緒に過ごしたいということだ。
佐天「傷つけたなんてそんな!親許で過ごしたいと思う事なんて普通ですよ!
私から言わせれば、白井さんの落ち込みなんて甘えです!」
絹旗「超言いたい放題ですね佐天さん……」
さっきは押してダメなら云々とか言っていたが、要するにうじうじしている白井に腹が立っていただけなのかもしれないと、絹旗は若干辟易する。
佐天の発言に、御坂は苦笑いしながら、
御坂「甘えってことはないと思うけど。私も、あの馬鹿が落ち込んだときは、それはもう」
佐天「あの馬鹿?」
御坂「え?あ、いや、その……私の事はどうでもいいのよ。
黒子も傷つけちゃったけど、初春さんの記憶が改竄されたのも私のせいだしね」
佐天「もう御坂さん!初春の改竄については、暴言を吐きあった記憶を残すのが酷だと思ったから、って決めたでしょう!
もう湿っぽいのは止めましょう!」
御坂「ふふ。そうね」
本当に、佐天のムードメーク能力にはいつも救われて来た。
そして御坂見送りまであと2分と言うところで、
白井「遅れて申し訳ありませんの」
散々泣きはらした後が残っている顔で、白井黒子が参上した。
御坂「来てくれたんだ」
そう言って、御坂が優しく微笑むと白井は、
白井「おねえざばぁー」
ブワっと、大粒の涙を流して顔をぐしゃぐしゃにしながら御坂に抱きついた。
白井「おねえざばぁぁぁああああああああああああ!」
御坂「よしよし」
抱きついている白井の頭を優しく撫でる御坂の顔は安らかだった。
御坂「黒子、今までありがとう。そして実家に帰ることを突然決めてごめん。
でも、今生の別れってわけじゃない。会おうと思えばいつでも会える。
とりあえず今度は、ゴールデンウィーク辺りにでもね」
白井「それでいいでずのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
二人の様子を見て、絹旗と佐天は静かに踵を返した。
御坂の言う通り、いつでも会えるし、連絡だって取れる。
一緒に過ごしてきた期間は長い二人だけど、ここは二人きりにしてあげよう。
絹旗と佐天の考えは一緒だった。
一方で、イタリアのとある民家では、
少女「フィアンマお兄ちゃん右手ないけど痛くないのー?」
フィアンマ「平気だよ。俺様は痛みを感じないんだ」
少女「へー、そうなんだー」
フィアンマとヴェントが子供達と楽しく過ごしていた。
ヴェント「何バカなこと言ってんだか」
フィアンマの戯言にひとりごちつつ、二人の少年の喧嘩を止める。
喧嘩の内容は、どちらがヴェントの結婚相手にふさわしいかというものだった。
ヴェント「私、喧嘩をするような子は嫌いよ」
一言で喧嘩を止めたが、それをややこしくする男がいた。
フィアンマ「あのなお前達、ヴェントの夫は俺様なんだよ。お前達にはもっとふさわしい相手がいずれ見つかる。だからヴェントは諦めろ」
ヴェント「何言ってんのアンタは」
子供相手にムキになって大人げない発言をするフィアンマの頭を後ろから叩きつつ、今度は二人の少女の喧嘩に割って入る。
喧嘩の内容は、どちらがフィアンマのお嫁さんにふさわしいかというものだった。
ヴェント「あのね、フィアンマのお嫁さんはこの私なの。あなたたちにはいずれふさわしい相手が見つかるから。だからフィアンマは諦めなさい」
フィアンマ(大人げない奴……)
二人は似た者同士だった。
舞台は再び学園都市。
まだまだ学園都市の復興は終わらないが、五人の少年少女はカラオケボックスで親睦を深めていた。
土御門「よかったな結標。念願の友達が出来て」
結標「そうね。吹寄さん姫神さんを紹介してくれたのは感謝してるけど、その上から目線がムカつく」
吹寄「ごめんなさい結標さん。コイツはほんと、あとで締めときますんで」
土御門にヘッドロックをかけながら、吹寄は謝罪した。
青ピ「そんなことよりヘッドロックしたままでええのん?そのたわわに実った双丘の片方が、つっちーの頬に当たってる訳やけど」
土御門「羨ましいか?」
軽口をたたく土御門を無視して、からかう青髪に吹寄は、
吹寄「別に良いわよ。減るもんじゃないし。それにこいつ極度のシスコンだし、問題ないでしょ」
土御門「言いたい放題言ってくれちゃってま~」
吹寄「事実でしょ」
結標がいなければ、吹寄は青髪にも毒づいていただろう。
姫神「それにしても。青髪君と淡希が。恋人関係になっていたとは驚き」
結標「それってどう言う意味かしら?彼は変態だけど、かっこいいんだからね」
その発言に、未だにヘッドロックを解かれていない土御門が口を挟む。
土御門「そんなキツイ言い方だと、せっかく出来た友達もいなくなっちゃうぞ」
結標「黙れシスコン。そんなにきつい言い方じゃないでしょ」
土御門「いやいや、まず結標さんは、雰囲気からしてサドっぽさが滲み出てるからにゃー」
結標「そんなことないわよ。ね?吹寄さんも秋沙も、私の事怖くないわよね?」
吹寄「ええもちろんですとも!ほんとこのくるくるパーのアロハ眼鏡は失礼極まりなくてすみません。
あとでボコッとくんで、それで勘弁してください」
姫神「怖い訳ない。私達友達でしょ」
依然ヘッドロックが解かれない土御門は、もはや本当にヘッドロックがかけられているのか怪しいぐらい軽い調子で、
土御門「そんな聞かれ方して、はい怖いですなんて言えるわけないにゃー。
特に吹寄の方なんかは、変に口数多くて、明らかに委しゅ――」
そこで土御門の言葉は途切れた。
吹寄のヘッドロックの威力がまして、口を開けなくなったからだ。
吹寄「委縮なんて、そんなことないですからね!」
結標(とはいっても……)
そこまでの反応をされて、さすがに不安を感じた結標は青髪に尋ねる。
結標「私ってそんなに怖いかしら?」
青ピ「怖い訳ないやろ。ただまあサドっぽいと言うか、女王様っぽいところはあるかな。
まあそこが、淡希の魅力の一つやけどね」
結標(駄目だ。話にならない)
その様子を見かねたのか、姫神がフォローを入れた。
姫神「正直言っちゃうと。制理は怖がってるみたい。けど気にする事はない。
制理はこう見えてシャイだから。私もすぐ打ち解けたわけじゃないしね」
吹寄「そ、そうなんですよ。あはははは……」
とそこで、ヘッドロックが緩まったのか土御門が割り込んだ。
土御門「まあ安心しろ結標。吹寄も姫神も良い奴だ。吹寄も安心しろ。結標も案外いいところあるからな」
結標「案外って何よ案外って」
土御門「そういう短気なところが駄目なんだって」
青ピ「僕は短気なところも好きやけどね」
結標「嬉しいけど、そこはフォローしなさいよ!」
姫神「もう何が何やら」
彼らのどんちゃん騒ぎはまだまだ続いていく。
絹旗「へぇぇ……」
完全下校時刻が過ぎてから30分ほど。
ジャッジメントと学園都市復興の作業を終えて、常盤台の寮の自室に疲れて帰ってきた絹旗の目の前に飛び込んできた光景は、
心理定規「おかえりなさい」
垣根「よーチビガキ。久しぶりだな」
心理定規のベッドの上でいちゃついている二人だった。
絹旗「あの、突っ込みたい事は超山ほどあるんですが、とりあえずぶっ殺していいですかね?」
垣根「やれるものなら、どうぞ」
心理定規「ここは私の部屋でもあるのよ。彼氏を連れ込むのも私の自由じゃない?
それに、あなたジャッジメントでしょ?殺すなんて物騒なこと言っていいのかしら?」
本気で言っているのだろうかこの女は。
それに男の方も、よくもまあいけしゃあしゃあと軽口を叩けるものだ。
絹旗「あのですね。常盤台の学生寮は男子禁制ですし、自由ってのにも超限度があります。
それとジャッジメントだからこそ、不純異性交遊を取り締まなければいけないでしょう。
大体、いちゃつきたければ外でやれって話です。何なんですかあなた達は。
何でここでいちゃつく必要があるんですか?あと似非ホスト死ね」
長々と自分の気持ちをぶちまけた絹旗だったが、
垣根「え?何?長ったらしくて半分以上聞いてなった」
心理定規「まあまあ落ち着いて。あんまり怒ると肌に悪いわよ」
二人は相変わらずマイペースだった。
絹旗「よし。とりあえずまあ、超追い出しますか」
絹旗が割と本気で窒素を纏い、二人に殴りかかろうとした、その時だった。
コンコン、と部屋のドアがノックされた。
絹旗(これはチャンスです!)
間違いなく寮監だ。ここで二人の不埒な様子を見てもらえば制裁が下されるだろう。
考えてみれば、心理定規がお仕置きされているところは見た事がない。
これは面白いものが見られるかもしれない。
絹旗「はい!絹旗異状なしです!」
寮監「そ、そうか」
ドアを開けて勢いよく叫んだ絹旗に、寮監は若干引きつつ、
寮監「ふむ。二人とも異状はない様だな」
絹旗「へ?」
いやいや。
どう見たって同室の心理定規さんは不純異性交遊真っ盛りなはずですが?
そう思いつつ振り返った絹旗の前には、確かに心理定規しかいなかった。
絹旗「まさか……」
『未元物質』をうまく使って、隠れたのか、逃げだしたのか。
とにかく言える事は、垣根達に制裁は下されないという事だけだ。
絹旗(ぐぬぬ……超ムカつきます!)
結局、疲れているところに不快になるいちゃいちゃを見せつけられただけか。
絹旗は怒りを抑えつつ、まだ自分が犯したミスには気付いていなかった。
寮監「ん、絹旗お前……」
絹旗「超何でしょうか?」
寮監「寮内での能力使用は禁止だが?」
絹旗「あ」
怒りで窒素を纏っていたことと解除する事を忘れてしまっていた。
寮監「覚悟は良いな?」
絹旗「い、い」
いやあああああああああああああああああああああああああああ!
と絹旗の悲鳴が響き渡った。
五和『当麻さんの事が好きでした!』
言いたい事はたくさんあった。
けれども、上条の病室に辿り着いて、少しの時間で息を整えてから、言葉はこれしか出てこなかった。
そして、返ってきた言葉は、
上条『「でした」って過去形か。それは困るんだけどな』
五和『……え?』
言っている事が良く分からなかった。
何か言わなければと思って、何も思いつかなかった。
上条『俺は、五和の事が好きなんだけどな』
五和『――』
御坂美琴に可能性はあるかもしれないと言われた。言われたが、
五和『え、だって、そんな、インデックスさんは……』
上条『今俺は、インデックスじゃなくて、五和が好きなんだ。インデックスとはもう、決着をつけてきた』
その一言だけで、もう幸せだった。
だったのに、上条は続けて、こう言った。
上条『だから、これからは俺と一緒にいてくれないか?』
そんなこと――返事は決まっていた。
五和『私なんかでよければ、よろしくお願いします』
なんてことを五和は思い出しつつ、上条と共にベランダで夜空を眺めていた。
上条「あのさ五和」
五和「はい!?」
ちょっと物思いに耽っていたところに問いかけられたものだから、少し声が上ずってしまった。
しかし上条はそこに突っ込む事はなかった。
上条「食蜂の事、どう思ってる?」
これは真剣に答えるべきなのだろう。
五和「正直に言うと、御坂さんを利用して当麻さんを病院送りにまで追い込んだときは、ぶち殺そうかと思いました」
さて、ぶち殺すなんて言葉を使って上条の反応はどうだろうか。
横目でちらっと確認するが、別にこれといって驚いた様子はないようだ。
五和「でも、洗脳されて、当麻さんに助けられて、彼女の考えを知って、本当は優しい人なのかもと思いました。
と言っても、本当に優しい人なら世界滅亡なんて、ぶっ飛んだ考えには至らないでしょうけど」
上条「そっか。じゃあ食蜂の事は、許せるのか?」
五和「ええ」
上条「よかった」
とりあえず今の五和は、食蜂のことを憎んではいないようだ。
上条「じゃあさ、世界をいい方向に変えるには、どうすればいいと思う?」
五和「随分抽象的ですね」
上条「食蜂にさ、そう言って大見得切ったんだ。でも、具体的な方法が分からなくてさ」
五和「そういうことですか。……良い方向に変えると言っても、何を持って『良い』のかが問題ですよね」
上条「皆が幸せになれるのがいいよな」
と、呟いた直後、五和が即座に返答した。
五和「そういうことなら、もう大丈夫です」
上条「え?」
何が大丈夫なのか。尋ねる前に五和が続けた。
五和「『幸せの形』は人それぞれです。『これがあれば絶対的に幸せ』なんてモノはないと、私は思います」
上条「……」
五和「それに『幸せ』は、与えられるものでも決められたものでもなくて、自分で見出すものだと思うんです。
私は食蜂さんが思うほど、世界は冷たいものじゃないと、人間は弱くないと思います。
皆きっといつか『幸せ』を見出せます。だから、大丈夫です」
上条「……それでも『幸せ』を見出すことが出来ない人がいたら?」
五和「そういう人達には、私達が手を差し伸べて、私達の『幸せ』を少しでも分かち合えればと思います」
上条「そっか」
食蜂にごちゃごちゃ講釈を垂れた自らも、人間を侮っていたのかもしれない。
上条「じゃあ、きっと大丈夫だな。学園都市も世界中の人間も」
五和「ええ」
この世界は確かに不平等かもしれない。理不尽かもしれない。
けれどそれは、大きな問題ではないのではないか。
幸せを見出すことが出来れば、出来なくても分かち合える事が出来れば、不平等だって、理不尽だって撥ね退けていけるのではないか。
五和「私は、当麻さんと出会えたこの世界が好きです」
上条「……俺も、皆と出会えた、五和と出会えたこの世界が好きだ」
これからも辛い事や理不尽な事があるだろう。
それでも、強く生きているだけの『幸せ』を見出すことが出来たから――。
あとは、皆が『幸せ』を見出せることを祈るだけだ。
<了>
532 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2012/06/24 13:40:07.15 nwu7Q75z0 490/490>>1です。これでこのSSは完結です。
色々グダグダな上にネタも思いつかないので、このSSの続きは出来ないです。
いろいろめちゃくちゃなSSでしたが、楽しんでくれた人がいれば幸いです。
久々に長編SSで感動したよー