最初から
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─
一つ前
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─14─
1 : 以下、名... - 2015/04/09 23:04:52.21 xu09XZkf0 2495/3130
このスレはリドリー・スコット監督『キングダム・オブ・ヘブン』をモチーフに、『魔法少女まどか☆マギカ』の
世界観で、”円環の理”が誕生した国がいつか聖地となった未来の世界を描くSSスレです。
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※オリキャラが多いです
※史実の戦争や宗教、民族史は扱いません(地名・人名などはパロディ程度にでます)
※まどか改変後の世界です(ほむらの悪魔世界ではない)
※本編キャラの暁美ほむらが登場予定。
※この4スレ目は、予定通り投下が進めば、途中で過去編に入り、主人公が変わります。
過去編ではオリバー・ストーン監督『アレキサンダー』がモチーフになり、1スレ目の最初の場面に至るまでを
遡る話になります。
※残酷・残虐な描写が含まれます
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"madoka's kingdom of heaven"
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り
1スレ目:ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391266780/
2スレ目:ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403355712/
3スレ目:ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1412861860/
第65話「エドワード城の攻防戦 ③」
488
エドワード城の第四城壁区域の入門口では、国王侍従長のトレモイユが指揮する正規軍が、この関所の守りにあたっていた。
両側の胸壁と矢狭間、クレノーと小壁体(城壁の出っ張り部分)に弓兵たちがあますことなく持ち場につき、弓を引いている。
すると、何秒か後に、千段の階段塔をのぼってきたクリフィルとリドワーンら魔法少女が、目を回しながら第四城壁区域の芝生敷地に姿をあらわした。
「いったい何週させるんだばかやろう」
クリフィルは目の回る頭を手で悩ましく押さえている。
「途中から右にまわって登っているのか左にまわって登ってるのか分からなっちまったよ」
リドワーン、黒い獣皮を肩に垂らした赤く鋭い眼をした魔法少女は、剣を抜く。
「お待ちかねだ」
その剣を伸ばした先には、第四城壁区域の胸壁があった。そこに弓兵たちが並び立っていた。
「まだだ!まだ撃つな!」
国王侍従長のトレモイユは手を上げて制止の合図をだす。
弓を引いたロングボウ兵、クロスボウ兵は、発射を我慢する。
クリフィルにつづいて、階段塔を登りきったレイピア使いの魔法少女レイファ・イスタンブール、アドラー、身長がひときわ高いがあだ名がチビのチョウと呼ばれている魔法少女、オオカミに育てられた魔法少女ホウラ、生き残り組の魔法少女たちが集結した。
城下町の魔法少女たち含め、集結した21人の魔法少女は、それぞれ手に魔法の武器をもって、第四城壁区域の守りを固められた城門を見上げる。
国王侍従長のトレモイユは憎たらしげに歯をかみしめて邪悪な魔女どもを城壁の上から見下す。
敷地に集結した悪魔の手先どもを。
両者睨みあう。
緊張の沈黙が戦場に走ったが、直後、たくさんの足音が聞こえてきた。
「…?」
「?」
どだだだだだ。
数人ではない、数十人、いや数百人かもしれない連続する足音。
城の人間側も、芝生敷地に集まる魔法少女側も、このたくさんの足音の正体が分からない。
国王侍従長のトレモイユは、目をしぱしぱさせ、足音の予感を感じ取っていた。
その顔つきは険しいものになってく。苦虫を噛み締めるような顔だ。
魔法少女たちも戸惑った顔をしてきょろきょろ、視線を右に左に泳がせ、足音の正体を探っていた。
やがて、それは明らかになった。
第四城壁区域へつながる別の階段ルートから駆け上ってくる多量の足音は。
馬の足音さえ混じっている。
「馬?」
クリフィルはぽかーんとした目をして、丸くさせた。
リドワーン、赤く鋭い眼の、黒髪の残忍な魔法少女は、にっと笑みを浮かべた。
近づいてくる足音たちの正体がわかったからだ。
馬の足音で、思い当たる人物は、一人しかいない。
国王侍従長のトレモイユもわかっていた。
少なくともこの近づいてくる、駆け上ってくる足音は、自分たちの味方ではない。
「…地獄からの黄泉がえりの、魔女どもめが」
トレモイユは城壁の上で毒づいた。
パカパカ。
馬の音は階段をかけあがってくる。
それにつづいて、70人くらいの足音が、第四城壁区域の芝生敷地に近づいてきていた。
「撃て!撃て!」
第四城壁区域の別ルートを見張る監視塔から、指示がくだっていた。
「階段を通すな!第四城に入れるな!」
監視塔から飛んできた矢は、第四城壁区域の牢獄要塞の側ら、下方の、噴水広場から駆け上るくねくねとした、行ったり来たり向きを変えて登る階段めがけて落ちていく。
往復階段の突き当たりに立つ四角い監視塔の出窓から、クロスボウ兵たちが顔をだし、往復階段を右に登ったり左に登ったりする円奈たち魔法少女70人の軍団むけて矢を発射する。
その矢は、物凄い速さでびゅんと飛んでいったが、円奈は盾で防いだ。
ドガッと強力なクロスボウの一撃が円奈の盾に刺さり、盾は壊れ、木片が散ったが、円奈は身を守った。
すると円奈は馬で右向きの階段をのぼりきり、すると、くるりと向きを翻して、今度は左向きへ登る。
左向きの階段をパカパカ高速で登りきり、踊り場へくると、また、まるりと向きを翻して、さらに右向きの階段へ登る。
そうして右への階段、左への階段と向きを行ったり来たりしながら、だんだんと彼女たちは第三城壁区域から第四城壁区域までの往復階段を順調に登りつめていく。50メートルも100メートルも。どんどん駆け上がる。
もちろん、そうはさせまいと、往復階段の右の突き当りと左の突き当たりに建てられた四角い射撃塔から、クロスボウ兵たちがばんばん上方から矢を放ってくる。
円奈たちが右向きの階段を駆け上がっているときは、その背中を狙って、左側の射撃塔からクロスボウ兵の矢が飛ぶ。
円奈たちが左向きの階段を駆け上がっているときは、その背中を狙って、右側の射撃塔からクロスボウ兵たちの矢が放たれる。
激しいクロスボウ兵たちの攻撃に晒されながら、矢の雨を抜けつつ、石造り階段を登り、第四城壁区域へむかう円奈は、突き当りの監視塔の出窓から、クロスボウ兵が顔をだし矢を撃ってくると、咄嗟に反応して、馬上で頭を屈める。
馬に顔をうずめて屈める円奈のすぐ頭上を矢が通過する。
ひゅっと音がなり、円奈の髪の数本がクロスボウの矢が切り、後方の階段へ落ちる。
その矢は魔法少女たちの足にあたり、矢を受けた魔法少女は往復階段の途中でうっと膝を折って苦痛に喘いだ。
クロスボウ兵が顔をだす射撃塔の出窓は、円奈たちが登り途中の階段の、17メートルほど高い位置にある。
つまり敵は17メートル高い円奈からクロスボウの矢を断続的に放ってくるので、むこうからは攻撃できるが、こちらからは反撃できなかった。
こちら側の魔法少女たち70人のうち、5人か6人が、魔法の弓に矢を構えた。出窓に顔を出したクロスボウ兵たちはさっと顔を隠して塔の内部に隠れてしまう。
往復階段を登る円奈の後ろの魔法少女たち数人が、手元に召喚した弓から矢を放った。
弦からびゅんびゅん矢が上向きに飛んでいく。
「──うわ!」
出窓にクロスボウを構えていた弩弓兵たちは慌てて退き、窓から姿を消した。
直後、飛ばされた矢の数々が石塔の窓に刺さり、バチンと砕けておちた。
弩弓兵たちは射撃塔の外回り回廊を移動して、別の出窓に持ち場を変える。
こんな調子で、撃たれ撃ちつつの戦火のなか円奈たちは往復階段をついに最上階にまでのぼりつめる。
そこは第四城壁区域。
国王侍従長のトレモイユが防備を整えた城門のある敷地の横通り。
円奈は地表200メートルの敷地にまで辿り着いて、片側にはエドワード城の断崖絶壁と青空の景色がひらけた階段をいよいよ馬に乗って登りつめ、最後の監視塔の放つ弩弓兵の矢をかわすと、第四城壁区域の芝生に足を踏み入れた。
ヒヒーン。
第四城壁区域の芝生に辿り着くと、馬は前足ふりあげて、ひづめを芝生に落とし、雄雄しく鳴き声をあげた。
その馬に跨る鹿目円奈の背にあるは、エドレスの絶壁。地表3キロの高さに割れた渓谷が大陸の果てまでつづいている。
城下町からみあげた遥か王都の高みにまでやってきた円奈は、リドワーンとクリフィルらの一行とここでついに合流を果たし、その後ろから、ぞろぞろと順にヨヤミ、チヨリ、ベエール、オデッサ、姫新芽衣らが現れ、さらに牢獄に捕われていた城下町の復活した魔法少女たち70人が、やってきて、大集結した。
「ヨヤミ!ベエール!」
クリフィルが嬉しそうな顔して声をだした。「無事だったのか!」
ヨヤミは照れた顔をした。そして、恥じたように鼻をくすぐった。「おかげさまで」
「おかげさま?誰だ?」
クリフィルはきょとんとした。
すると、ヨヤミやオデッサ、ベエールといった昔からの仲間たちである魔法少女たちが、みな馬上に跨った円奈の顔をみあげた。
クリフィルは理解した。
「そうか、あんたが助けてくれたのか」
クリフィルは円奈を見て、礼を述べた。「どこの国出身の騎士か存じ上げんが、あんたは、ホンモノの騎士だ。仲間を助けてくれてありがとう。わたしはイシュトヴァール・クリフィルだ」
最初に反乱を起こした魔法少女たち30人に、城の牢獄に捕われてソウルジェムを奪われた魔法少女たちが復活して70人、合流し、その総勢は100人。
つまり、城下町の全ての魔法少女が、王都・エドワード城に集まった。
円奈は、クリフィルに礼を言われると、馬上で、クリフィルらの一行にむけて、告げた。
「あなたたちは王を倒すつもりでいるけれど、私は王都の城を抜けます。私がこの王都ですべき約束は、もう果たしました。私は、この城を抜け、対岸に渡りたい。あなたたちの協力が必要なの。だから、私と一緒にエドワード城を抜け、向かう岸へつながる橋に渡るため力を貸してくれる人を、あなたたちの中から募ります!」
クリフィルは面食らった顔をした。
きょろきょろ視線を左右に泳がせて、その候補者がいないか探した。
するとリドワーンが一行の集団の中から前に出て、名乗り出た。
「私がいこう」
黒い髪、黒い獣皮、赤い鋭い目をした魔法少女が、言った。
「私もこの城を抜けるつもりだ。南の地サルファロンにむかう。そなたを援護する」
「あなたと会うのは、アリエノールさまにお会いする以前の農村、以来です」
円奈はリドワーンとは過去に何度も会ってきたことを知っていた。
アリエノール・ダキテーヌと出会う前に一度、顔をあわし、エドレスの都市でウスターシュ・ルッチーアと共に騎兵団の男たちと金貨100枚を賭けたときも、同じ酒場にいた。
「私はずっと、エドワード王の支配するこの城を通過できる好機を睨んでいたのだ」
リドワーンはにっと笑い、円奈に語った。
「今がそのときだ。我らが魔法少女の敵、エドワード王の城は、いま陥落しようとしている。この隙を逃がす手はあるまい。さあ、鹿目円奈よ、我が名はリドワーン。そなたを援護し、この城を抜け出そうぞ!」
リドワーンは城下町出身の魔法少女ではない。
クリフィルやヨヤミ、ベエール、チヨリ、マイアー、アドラーなどの城下町出身の魔法少女たちと違って、リドワーン一行のこの城を攻める目的は通過であり、エドワード王の討伐そのものではなかった。
鹿目円奈と、流浪魔法少女一行、リドワーンの利害は、一致した。円奈も聖地を目指すため、この城の通過を目指すからである。
リドワーンの一行につづいて、この城の通過を目論むほかの仲間たちは、チビのチョウ、レイピア使いの魔法少女レイファ、ホウラ、聖地出身エレム人のヨーラン、モルス城砦の娘、姫新芽衣ら含む11人。
みな魔法少女で、人間と共存して暮らす選択をハナから捨てている集団だった。
人間を徹底敵視し、人間を見たら略奪するという魔法少女の集団だった。そのリーダーはリドワーン。
この一団は俗世と世間を捨て、森から森、国から国へ渡り歩く、流浪の集団で、たまにサバトの集会をひらいた。
リーダーのリドワーンは母国セルビー城の皇女であったときは、円奈の母・鹿目神無とその夫アレスの夫妻を保護したことがある。
神無もアレスも二人とも神の国からの亡命者だった。
鹿目円奈は、このリドワーン一団が人の村を襲撃し略奪を尽くす場面に出くわしていたが、リドワーンら一行と利害がここで一致し、共に行動し、城を抜けだす道を選ぶ。
なぜなら、今やこの王都では、人は魔法少女を殺すし、魔法少女は人を殺す場所であったからだ。
戦場と化した王城を生き延び、脱出して向こう岸へ渡る仲間を得た円奈は、馬の向きを変えて、第四城壁区域の城門のクレノーに立つ、国王侍従長のトレモイユを睨んだ。
「城門をあけなさい!」
馬上で鞘を抜き、円奈は、その剣先を国王侍従長に差し向ける。
「でなければ、多くの人が命を失ってしまいます!」
それは少女騎士の降伏勧告であった。
国王侍従長のトレモイユは、ピンク髪をしたイカレ女の魔女を見下し、口で呟いて罵った。
「悪魔に犯された売女めが。また捕らえて火にかてやるぞ」
鹿目円奈は、相手が降伏する気なし、の意図を悟ると、自分が救った70人の魔法少女たちに、剣ふりあげて、叫んだ。
「私と一緒に突撃してください!」
円奈は国王侍従長に守りを固める第四城壁区域の城門へ突撃をはじめる。
その円奈のあとについて、100人の魔法少女たちが、つられるように、うおおおおっと声あげるや、猛攻をはじめた。
100人の魔法少女は、みな、国王侍従長が守る城壁へ突進していく。
「ひきつけろ!」
トレモイユは、咄嗟に弓兵たちに指示。
「まだ撃つな!十分近づくまでだ!」
号令が響き渡る。
魔法少女たち100人は、それぞれの手にそれぞれの魔法の武器を持って、第四城壁関所の守備兵たちに、戦いに挑む。
魔法少女たちの足並みが弓兵たちの並び立つ城壁に接近し、走り寄っていく。
一体高さ7メートルもあるこの城壁をどうやって乗り越える気なのか、見当もつかない誰がみても行き当たりばったりな、勢いだけの突撃は、はじまった。
梯子もなければ攻城機もない城門へ、ただひたすら突撃するという、一見おろかな突撃は。
円奈を先頭にして。
展開される。
100人の魔法少女たちが城門へいよいよちかづく。芝生を満たしながら城壁へ一直線に迫る。
城壁に並び立つ弓兵たちは、いつでも矢が放てるように、すでに弓を引いている。
そして、命令がくだった。
「撃て!いまだ、撃て!」
国王侍従長は腕を前へ振り落とし、並び立つ150人の弓兵たちに射撃命令をくだす。
「魔女どもを皆殺しにしろ!」
矢狭間に並び立つクロスボウ兵たちの矢が一斉に飛び、続いて、ロングボウ兵の弓から引かれた矢が射られた。
ぎりぎりまで引き寄せた後に放れた150本の矢が100人の魔法少女たちにぞくぞく当たる。
矢は、魔法少女たちの手と胸、顔、腹、額など、いたるところに容赦なく命中した。
そしてばたばたと、魔法少女たちは85人くらいが、いちどバタリと倒れたのである。
「地獄へいけ、化け物ども」
国王侍従長のトレモイユは邪悪な魔女どもを見下ろし、舌をなめずって罵倒した。
沈黙に静まり返る戦場。
が、つぎの瞬間。
矢を受けて倒れた魔法少女たちが、いきなり起き上がって再び突撃をはじめた。
羽つきの矢が体に刺さったまま敷地を走り、城門へ走ってくる。
トレモイユは、これには肝を冷やし、いきなり憤懣した顔になり、再び弓兵たちに指示した。
「撃て!撃て!殺せるだけ殺せ!」
しかしクロスボウ兵たちはまた矢を再装填中だ。
そうもしているうちに魔法少女たちは城門に達し、なんと閉じられた落とし格子を力ずくで持ち上げはじめた。
「こっちだ!こい!」
クリフィルが仲間たちに指示だし、駆け寄るよう手で合図している。
なんにんかの魔法少女たちが城門に集結してきて、城門の鉄格子を持ち上げようと手をかけている。
四人くらいの魔法少女が同時に落とし格子に手をかけ、力を込めると、落とし格子はギギギと音たてて上に持ち上がった。
人がくぐって入れる隙間が下にできる。
「門を守れ!」
兵たちが慌てて、門をこじ開けつつある魔法少女たちを槍でブッ刺して撃退する。
「あう!」
「あた!」
魔法少女たちは、鉄格子の隙間から突かれた槍に貫かれる。血を出しつつ、思わず飛び退く。
落とし格子を持ち上げた手は離れ、ふたたびガシャンと鉄格子の門は閉じられた。
「なんて野蛮なやつらだ」
トレモイユは唸ったあと、仲間に指示した。
・・・
「生石灰と水を用意しろ」
守備兵たちは、トレモイユの指示を受けて、頷き、すると城壁内側の倉庫小屋から、生石灰を入れた壷を大量に持ち運んできた。
魔法少女たちは弓に矢を番え、落とし格子の裏側やら槍を突き延ばしてくる守備兵たちむけて、矢を次々放った。
ビュン!
バシュン!
「あう──!」
「うぇ!」
魔法の矢に撃たれた守備兵たちは、鎧に矢が刺さり、痛みに叫びながら倒れていく。
槍を持つ兵たちを追い払った魔法少女たちは、再び、落ちた鉄格子に手をかけ、ふんと力を込めて持ち上げはじめた。
その様子を城壁上の開口部から顔をのぞかせ眺めたトレモイユは、厳しい声を発し、命令をくだした。
「二重落とし格子を閉めろ!魔女どもを閉じ込めろ!」
トレモイユの号令が戦場に鳴り轟く。「もたもたするな!」
トレモイユ指揮下の守備兵たちはすると、城門上の巻き上げ装置の、鎖止めを外し、二重落とし格子の罠を発動させた。
ググググ…
鎖の音がなり、魔法少女たちがこじ開けようとしている落とし格子の、裏側に隠されていたもう一枚の落とし格子が落ちてきて、ガシャンと閉じた。
すると一枚目の城門に手をかけていた魔法少女たちは、二枚目の落とし格子によって、挟まれ、出口を失った。
これが二重落とし格子の罠だった。
奥と手前、二枚の落とし格子によって挟まれ、閉じ込められて、逃げ場を失った魔法少女たち5人を待ち受ける運命は、過酷だ。
仲間の魔法少女たちが、閉じ込められた彼女たちを助けようと、二枚目の落とし格子に手をかけ、持ち上げようとしたが、時すでに遅し。
トレモイユはすでに号令をくだしていた。
「生石灰をかけろ!魔女どもを焼け!」
守備兵たちは、壷にたくさん込めた、粉々に砕かれた白い生石灰を、持ち運んできた。
それを、ちょうど二枚の落とし格子に閉じ込められた魔法少女たちの頭上に位置する小さな穴、通称、”人殺し穴”に注ぎ込んで、生石灰をぶっかける。
粉状の白い粉末が、多量に、閉じ込められた魔法少女たちの頭にふりかかった。
「うわ!」
「あああ!」
頭にかぶったあとは、全身に。
ばふっと、煙のように舞って、生石灰は罠の餌食となった魔法少女たちの、頭髪と全身にふりかかり、魔法少女たちは白くなった。
閉じ込められた彼女たちは、全身に生石灰の粉末をかぶる。彼女たちの立つ足もとの地面まで白くなった。
「よし、水だ!」
トレモイユは残忍な指示をくだした。
「水をかけろ!」
守備兵たちは壷に水をいれたそれを持ち運んでくる。
その壷の注ぎ口から、生石灰を浴びせた穴に、注ぎ込みはじめた。
びちゃびちゃと、水が、人殺し穴から注がれ、生石灰だらけの魔法少女たちの頭と体にかかる。
漏れた水は、生石灰に満たされた地面にもじょろじょろと注がれた。
すると生石灰は水と反応し、じゅーじゅーと音をたてはじめ、ぐつぐつ煮えて、激しく発熱しはじめた。
「ああああああ!」
「きゃああああっ!!ああああ゛!」
落とし格子に閉じ込められた魔法少女たちの体は、全身にかぶった生石灰に水が反応して、発火した。
髪と変身の服が燃え始め、生石灰の発熱反応のなかで、煮えられ、燃やされた。
顔も、髪も、全身の肌が、生石灰の粉末をかぶったまま、じゅーじゅーと肌ごと焼かれ、爛れた。
ソウルジェムごと魔法少女たちは、300度超という生石灰の高温のなかで、全身を発火させていった。
そして、逃げたくても、逃げ場もなかった。
前も後ろも二枚の落とし格子が落ちて、あいだに閉じ込められて、逃げ場も無い僅かな空間のなかで、生石灰に焼かれ続ける。
その悲鳴と絶叫は、その場にいる誰の耳にも轟いて。
あっはははははは。
まんまと魔女たちを罠にはめた城の守備兵たちがどっと笑い出し、腹を抱えて笑い声たてた。
「焼け死ね!」
満足げにトレモイユも口から声をあげた。
焼かれる魔法少女たちは鉄格子の隙間から腕だけだして助けを求めていた。
しかしその腕も、生石灰に焼かれ、発火していた。
やがて、数分もすると、焦げた死体となってころがった。焦げ焦げのソウルジェムがころがった。
「正面突破はだめだ!」
焼け死ぬ魔法少女たちに恐れを感じたクリフィルは仲間たちに声がけをする。
「回り道を探そう!」
鹿目円奈は、馬上で剣をふるい、城門で焼け死ぬじゅーじゅーと真っ赤に爛れた魔法少女たちを見つめて、歯を噛み締めた。
悔しそうに、きりっと、歯の音をたて、城壁側で大笑いをがなり立てる人間の兵士たちを睨んだ。
「クリフィルの言うとおりです。回り道を!」
鹿目円奈は馬上から大声だした。
城門の入り口は燃えている。業火の赤い火に焼かれている。
入り口を通ることはできない。
「バカな女め」
国王侍従長のトレモイユは、回り道を探そうなどと言い出す魔女たちを見下ろしながら、冷罵した。
「この城がなぜ千年無敵と呼ばれるかも知らないのか」
鹿目円奈たちと魔法少女たち100人(うち、15人が倒れる)は、回り道をはじめ、第四城壁区域へつながる、トレモイユが守る橋を渡ることは諦めて、その脇下の通路へくだりはじめた。
トレモイユらが守っていた巨大な壁の橋の下をくぐる。
アーチをくぐり、くだり歩廊を進むと、城の内部へ水が流れる、細長い橋に足を踏み入れ始めた。
水の流れる、アーチ構造の水道橋だった。
古代ローマにも見受けられたような、アーチ橋によって造られた水道が、一方向に流れていく水道橋だ。
エドワード城の水道橋は高さ150メートルを誇っていた。落下すれば、ひとたまりもないが、円奈たちはこの水道橋の上を徒歩で渡り、第四城壁区域に突入しようと試みた。
下へ下へと流れていく水道施設は、第四城壁区域の内部へ、水を運んでいく通路だった。
「敵は水道施設を渡る気でいるぞ!」
思わぬ突入路へ敵が進み始めた旨を、トレモイユは味方の守備隊長らに報告した。
「水道橋を渡らせるな!」
489
鹿目円奈たちはびちゃびちゃと水が流れる橋を進み、足を水に浸しながら、細長い石造アーチの水道橋を渡っていた。
水道橋は一本しかなく、踏み外せば、エドワード城の深淵へ落ちることになる。その下は城壁区域都市であり、城内の平民が暮らしている。
レンガ造りの家と煙突、シングル葺きの屋根の数々が、ここから見下ろせる。この高さから眺めれば、都市の家々のひとつひとつは、点のように小さい。
都市に張り巡らされた道路も、糸のように細い。
雄大にして高大な水道橋を渡っていると、約70メートル先のむこう岸から、守備兵たちが水道橋を進んできて、円奈たちの進路を塞ぐ。
円奈は、馬で細い水道橋を渡っていたが、ロングボウに弓を番えると、むこう岸から進んできた兵士らにむけて、弓を放った。
兵士達の頭上を飛び越えていった矢。
しかし警告にはなった。
すると守備兵たちもこの警告に受けてたった。
彼らは弓を取り出し、ロングボウではなかったが、弓矢を45度上向きにし、水道橋の遥か上へ飛ばした。
ぴゅーんと弧を描いて飛んできた矢は、水道橋には落ちず、どこかの宙へ舞って、そのまま水道橋の下方、城内都市のどこかへと落ちていった。
それは、受けてたつぞ、という守備兵たちからの返事だった。
「はっ!」
すると円奈は、覚悟をきめ、両手に握った手綱とると、水道橋の通路を馬で全速力で駆け始めた。
つづく魔法少女たちも水道施設の橋の上を、ばちゃばしゃ音をたてながら、水の流れに沿いつつ、走り始める。
これには守備隊たちもたじろいだ。
ただでさえ、人が渡ることさえ危険なこの水道橋を、馬が走ってくる。対面側から。
もし、この馬に激突されたら、どうなるか。
ちょっと考えただけで、たじろいだ守備兵だった。
しかし、後退もできない。
後ろにはぞくぞくと守備隊たちが列になって進んでいるのである。
一歩でもさがれば、すぐ後続の兵士と背中があたる。
細い水道橋は、一方通行で、一列に進む兵士らで手一杯の広さだ。
まずい。
と思ったときには、すでにおそい。
「あああああああ!」
水道橋に並び立つ兵は、円奈の馬に追突され、左右に散った。
「うわあああ」
馬に体当たりされた兵は、ぎりぎり、ころげながらも水道橋の淵に手をかけ、ぶらさがり、耐える。
しかし、重たい鎧を着込んだ兵士たちは、手だけ橋にかけて体重を支えていたが、やがて水道橋を走ってきた魔法少女たちによって。
つぎつぎ斬られ、落ちていった。
「ああああああああうう!」
悲鳴をあげながら、橋にしがみついていた兵士は下方の城内都市へと落ちていった。
その落下は、15秒間ほどつづいた。
鹿目円奈は兵士らを蹴散らし、第四城壁区域の水道施設を渡り、その敷地についた。
ここは城壁の下段外郭で、本城はこの上の階にある。
「あぐ!」
「ぬう!」
円奈の馬の足に蹴られた兵が、左右にどかされ、敷地にぶっ倒れる。
水道橋を渡りきると、円奈は馬の手綱を引っ張り、馬をとまらせた。
馬は、前足を大きくふりあげ、地面に蹄をたたいてとまる。
後続して、100人の魔法少女が、水道橋を無事に渡りきった。
円奈が蹴飛ばした兵士らは、立つこともできないまま、魔法少女たちに胸に剣を突きたてられた。
バスッ
ザグッ
「ううう──!」
鎧を貫く剣に、歯を噛み締める兵士。
円奈は水道橋を渡りきった魔法少女たちの面々を見つめた。
リドワーンらの一行。レイピア使いに、ホウラ、チョウ、ヨーラン、ブレーダル、アルカサル、シタデル、マイミ、姫新芽衣たち。
クリフィルら城下町出身の魔法少女たちは、ベエールにチヨリに、アドラーとマイアー、ヨヤミ、他、総勢85名。
この人数で果たしてエドワード城を通過できるか。
しかし、第四城壁区域に渡った彼女たちは、また一歩、エドワード王の足元に近づいた。
エドレス国に君臨する支配者たる王に。
「とっちめろ!」
第四城壁区域の敷地、下段外郭のむこうから、守備兵たちが剣をぬいて、20人ほどが、わーわーと走ってきた。
「邪悪な者どもを王の領域に入れるな!」
円奈が馬をはしらせた。
「はっ!」
掛け声あげ、手綱をぶんと振るい、馬に合図をくだすと、馬は走り始めた。
守備隊たちの走る列へ、突っ込む。
円奈は、馬に乗りつつ、長い剣を守備隊むけて高い位置から振り落とした。
ガキン!
「うっ!」
馬の速度が加わった剣の一撃をくらい、剣同士を交わらせた守備隊はころぶ。
つづいて魔法少女たちも駆け込んできて、守備隊とさんざんに斬りあいをはじめた。
リドワーンは、相手の剣を絡め、せめぎあいながら敵の剣をどかし、胸を斬る。
クリフィルは敵兵と剣を激突させたあと、もう一度力を込めてとふるい、敵兵の剣を弾くと、頭を裂く。
ヨヤミは、手に小さな小刀をとりだし、敵兵につぎつぎ投げ飛ばした。
ヨヤミのナイフ攻撃を受けた敵兵たちは、剣を振るう前につぎつぎ倒れた。みな血まみれになった。
死体を踏み越え、85人の魔法少女は、外郭側を回り込みつつ進み、円奈につづいて、外郭から城内側へつづく城壁沿いの階段をのぼりはじめた。
「敵を中にいれるな!」
守備隊たちが剣を手に階段を足で駆け下りてくる。
その彼らも、階段を駆け上がった円奈の馬に、蹴られ、階段の端からすべり落ちていった。
手すりのない城の階段から、空いた脇へこぼれて落ちていく。
「あああ!」
兵たちはころげ、声をあげる。
手からクロスボウが落ちる。
鹿目円奈は外側階段を登りきると、第四城壁区域の地下室空間へ入った。
城内に入った途端、真っ暗闇になった。
光がないのだから当然だ。
すると、ぽわーんと、来栖椎奈から授かった剣が、青白く光り始め、それが光明になった。
魔法少女たちもつづき、城内へ突入。
彼女たちは、トレモイユの指揮した防壁は突破できなかったが、回り道をしてくだり、水道施設の橋を渡ることで、第四城壁区域の地下空間へ侵入を果たした。
残された防壁は、第五城壁区域の関所と、第六城壁区域の関所の二箇所だけだ。
ここを抜けると、ついに辿り着く。
エドワード王の住む根城に。
そこには、多数の騎士たちと、クリームヒルト姫、執政官のデネソール、世継ぎの少女アンリなどが、暮らしていた。
490
城のなかは暗かった。
貴族の暮らす城となると、華やかな舞踏会があり、王と王族たちが豪華な食事をたいらげ、夜通し貴族たちが踊り続けるという夢の世界を思い描くけれども、それは城下町の人々の妄想であったり、乙女向けの夢物語が描写するエセの城生活だった。
本物の城の内部は、人が暮らすには到底不便な空間だった。
第一はその暗さ。
蝋燭の火がやっと城内の狭苦しい廊下を照らしてくれる程度である。それでも、数歩先は常に闇である。
年中空気の入れ替えはなく、息苦しく空気はくさかった。
光の取り入れ口は、みごとな彫刻装飾を施した窓枠があるが、この季節では、木の鎧戸で閉じられ、しかも隙間風を防ぐように羊毛、ピッチ、タールなどをつめていたり、羊皮紙をはりつけたりしていた。
その廊下の床は、たんなる粘土の床だった。
貴族の部屋では、焼き粘土やつやかけレンガでできていたが、夏になると、花や香りのする草を撒き散らして、害虫を寄せ付けなくした。
冬はマット、ウールの絨毯、あるいは毛皮が敷かれた。もちろん、害虫の繁殖が助長されたのである。
貴族の城の部屋の壁にはたいてい漆喰が塗られた。
鹿目円奈は暗い廊下を馬で進み、一歩一本蹄が、床を踏みながら、パカパカと城の廊下を進んだ。
空気は一気に湿りっ気を含みはじめ、じめじめとした。
不意にも突然、曲がり角を曲がると、守備隊の兵士たちと顔をあわすことがあったので、円奈は剣を振り落とし、守備兵と剣を交わらせた。
クリフィルら魔法少女たちも、廊下を進み、敵兵たちときの交戦をはじめていた。
円奈は馬上から剣を振り落として、守備隊をころばすと、馬を進めだし、城の裏側へでる道をさがして、スピードを高めた。
また次の曲がり角で兵士らと出くわす。
兵士は槍を円奈にむけて殺しにくる。
円奈は、壁際の鉄籠に架けられていた松明を手にとると、馬をすすめながら、新たにはちあわせした兵士らむけて、松明の火を投げた。
「うわあああ!」
松明の火に顔を覆われた兵士はあちちと声あげてあばれ、槍を手放した。
その隙に横を通り過ぎ、円奈は城の裏側へつづく出口を探す。
ベエールとクリフィル───犬猿の仲だったこの二人は───廊下の先々で兵士らと出くわし、剣でたたっ斬りながら、会話した。
「あのピンクの女はどこいった!」
敵兵を殺したばかりのクリフィルが、血に濡れた剣を手元に構え、背中越しにベエールに話しかける。
「あの馬にのったピンクはどこだ!」
「しらん!見失ったぞ!」
ベエールは答え、目の前の敵兵と戦闘をつづけた。
敵兵のふるう剣を、潜ってよけ、自分の剣を下から突き上げる。敵兵の顎を貫き、敵兵は血を流して倒れる。
粘土の床にころげた。
あまりにも暗いので、敵兵のふるう剣先がよく見えない。
油断していたら腰を叩き割られてしまう。
「見失った?プッシー野郎め!」
クリフィルは廊下を進みながら、蝋燭の火だけが照らしている粘土の通路を進み、敵兵と戦った。
暗闇のなかをすっと蠢く、わずかな光の反射をみたら、それが敵の剣だと即座に察した。
ガチャガチャと敵兵の剣と、自分の剣でちゃんばらし、衝突させあいながら、足を進め、敵兵を後ろにおいつめてゆき、敵兵の背中が壁にぶつかると、その瞬間に素早く脇腹に剣を差し込む。
「う!」
敵兵は暗闇のなかで息を漏らした。
人間は、不意に刃物に刺されると、叫ぶというよりも、あっと息を吐く反応をする。
しかし、敵を殺した直後クリフィルの首元に刃がふるわれてきた。
また別の敵兵の刃だった。
「うわ!」
クリフィルは頭をさげながら前によろめき、壁際に背中を打ちつけながら、間一髪でかわし、新手の敵兵と対峙した。
慌てて剣を前に突き出す。剣先を前に向け、敵に近づけさせまいという構えをとる。
しかし、その剣を、勢いよく敵兵に跳ね除けられた。
カキン!
「う!」
クリフィルの剣先がどこかへ向き、正面が無防備になる。
敵兵が頭上にふりあげた剣をまっすぐ振り落としてきた。
「うわああ」
クリフィルは慌てながら、その場から何歩か前によじって、逃げた。
敵兵の振り落とした剣が、壁際をぶっ叩いた。切り傷がジリリと壁にのこった。
ぎりぎりよけたクリフィルは、前に出て、敵兵の横腹を思い切り足で蹴った。
「うが!」
魔法少女の足に蹴られた敵兵が派手にむこうへすっころぶ。重たい鎧のままころび、たてなくなった。
クリフィルは剣を上向きにして持ったまま、壁際を移動していたが、さらに奥の螺旋階段から駆け下りてきた敵兵の剣に襲われた。
「この!」
クリフィルは気づき、まず頭を屈めた。その頭上を剣が通り過ぎる。キン!通路右側の壁に鋼鉄の刃があたった。
クリフィルは顔をあげ、起き上がると、ぶんと力の限り自分の剣を前向きにふるった。
相手の剣とそれは絡まり、両者の剣が交差する。こんどは左側の壁にぶちあたり、二人の剣は絡まったまま壁で小競り合いをした。
するとクリフィルは剣を持つ手の腕の肘をつかって、相手の顔面をど突いた。
「うぶ!」
敵兵の鼻から血がでる。剣もつ手が弱まる。
クリフィルの持つ剣が軽くなり、壁際から開放された。クリフィルは剣を思い切り斜め向きに振り落とし、敵兵を斬った。
その剣先は敵兵の胸に刻まれ、肋骨と肋骨のあいだを貫いた。肺を切った。
剣先を食い込ませた敵兵が倒れ込むと、それにつられ、クリフィルまで前のめりになった。剣先が抜けない。
すると、また螺旋階段からくだってきた兵が、クリフィルめがけてロングソードを振り落としてきた。
「くそっ!」
力いっぱいクリフィルは剣先を死体からぬき、そして敵兵の胸元へ飛び込んでいくようにして、敵兵の腰あたりに、剣先をブッ差した。
「あぐぐく!」
敵兵は腰に剣を受けながら、クリフィルに押し倒される。
螺旋階段の段に頭をうちつけたときには、腰にしっかり剣が差し込まれていて、命を落としていた。
大腸か腸に剣が食い込んだ。
クリフィルは剣をぬき、螺旋階段をのぼりはじめる。
鹿目円奈とは離れ離れになってしまった。
螺旋階段からは守備隊が何人か降りてきた。
クリフィルは剣を交わらせたり、隙をついて敵兵の顔を拳で殴りつけたりしつつ、螺旋階段をのぼり、二階廊下へ躍り出た。
それにつづいて、ベエール、チヨリ、アドラーなど、城下町出身の魔法少女たちがつづいた。
いっぽう、鹿目円奈が裏側をめざして橋っていった廊下には、リドワーン、姫新芽衣らがつづいた。
円奈たちと城下町の魔法少女たちは、これが、実質の別れになった。
491
螺旋階段を二周ほとぐるりと回ったクリフィルらの一行、魔法少女たち15人ほどは、第四城壁区域の地下室二階通路に辿りついた。
狭苦しい、蝋燭の火しか明かりのない廊下を進んでいると、床の粘土を踏んでいたクリフィルら一行に、クロスボウ兵の矢が襲い掛かった。
曲がり角を曲がって、まっすぐな通路を進み始めたとき、クロスボウ兵たちが廊下の先に待機していて、しゃがみながら弩弓の狙いを定め、矢をバチバチと放ってきた。
「うお!」
「うわ!」
魔法少女たちは咄嗟に曲がり角を戻って身を隠す。クロスボウのボルト矢が飛んでゆき、奥の壁にあたって砕けた。
「突っ込め!」
魔法少女たちが声をあげ、クロスボウ兵たちが撃ち終えた廊下奥へ突っ込みだすと、こんどはロングボウ兵たちが角から廊下へ顔をだし、矢をぞくぞく放った。
罠だった。
クロスボウ兵の射撃の遅さを囮につかい、連射にすぐれるロングボウ兵たちを奥に隠していた。
「う!」
「ああっッ────!」
見事、罠にかかった魔法少女たちの胸元のソウルジェムが、ロングボウ兵たちの矢に射抜かれ、何人かの魔法少女はそこで死に絶えた。
パリン、パリンと二個か三個かのソルウジェムが割れ、魔法少女たちは蝋燭の照らす細い通路に倒れ、変身衣装がばっと光って解ける。ただの姿となって死体に変わる。
パラパラとソウルジェムの破片が飛び散る。
「くそう!」
クリフィルは間一髪でロングボウ兵たちのボドキンをかわしたが、また壁際に撤退せざるを得なくなった。
「魔女を射止めたぞ!」
人間兵士らが興奮げに声をあげる。
「二人やった!」
クリフィルは、弓兵たちが守りを固める廊下の途中の壁際に、木のテーブルがあり、そこに花瓶が置かれている所に着目すると、仲間の魔法少女たちに指示した。
「バリケードを作れ!それから突入だ!」
するとクリフィルは、矢が乱れ飛ぶ廊下を頭屈めながら進み、壁際の木のテーブルを握ると、ええいと押して、横向きに倒した。
がたーん。
音たてて古びた木のテーブルが横倒しになった。灰色の埃が舞った。花瓶が倒れ水をこぼした。
テーブル面が弓兵側をむいた。
「来い!」
クリフィルが倒したテーブルのもとに、魔法少女たちが廊下を進んで集まってきた。
みな横倒しになった机の側らに身を寄せて屈んで隠れる。
びゅんびゅん狭い廊下を矢が飛ぶが、横倒しにしたテーブルに守られて、魔法少女たちは無傷だった。
倒されたテーブルはまるでバリケードのような役割をはたし、防壁となった。
飛んできた矢は横倒しになったテーデル面につぎつぎにあたる。
ザクザクと、クロスボウの矢とロングボウの矢が突き刺さり、倒されたテーブル面は矢だらけになる。
と、次の瞬間、バリケード代わりにテーブルを倒した裏側から魔法少女たちが立って顔をだし、手元にもった魔法の弓から、矢を次々に反撃に飛ばした。
不意をつかれた弓兵たちの胸に、魔法少女たちの飛ばした矢が当たる。
ぞくぞく魔法の矢が命中してゆき、弓兵たちは、クロスボウ兵もロングボウ兵も、心臓部を矢が貫いて、倒れていった。
焼かれる矢に撃たれた兵たちは、魔法の矢によって死に絶える。
兵たちは立てなくなる。
「よし、すすめ!」
魔法少女たちは横倒しにしたテーブルを乗り越え、この隙に一挙に突っ込んできた。
残されたロングボウ兵たちは、うわああっと恐怖の叫び声あげ、剣を手に一心不乱に突っ込んでくる魔法少女たちに恐れをなして、狭い廊下を一目散に逃げ惑いはじめた。
魔法少女たちは剣を手に、ロングボウ兵たちの逃げた道をおいかける。
弓兵たちは階段を登り、蝋燭の火が一本灯った踊り場を回って、さらに上階へ逃げていった。
「逃がすか!」
クリフィルは血のついた鉄の刃を手に、弓兵たちの背中を追いかける。
彼女も階段を駆け上がり、蝋燭の火が一本だけ灯った踊り場を回って、さらに上階へのぼって追いかけた。
492
「だからよ、女の口ってのはよ、悪魔と契約してるから、ウソばっかなんだよ」
階段塔の途中、第四城壁区域の私室で、守備兵たちが、雑談を交わしていた。
その部屋には暖炉があり、薪が燃やされている。暖炉の前にはウールの絨毯が敷かれている。
イスに腰掛けた男の守備隊たちは、イノシシの丸焼きを鉄串にして炙りながら、肉をナイフで切り取り、頬張っていた。
暖炉のある壁際には鹿の剥製があり、頭の角が生えている。
男たちが食事を楽しむテーブル面には、鉛カップのブドウ酒に、ローストのイノシシ肉を持った皿と、香辛料をいれた壷。
スプーンやフォークはない。それは庶民の食器だ。
「いいか、女が他人を褒めたら」
ある守備隊が喋りだし、別の守備兵が、猪肉を頬張りながら、つづきを受け持った。
「その意味は軽蔑して卑下している、だ。私のほうが上だわって意味なんだよ」
なんてやり取りをしていた。
直後、変身した魔法少女たちが部屋に飛び込んできて、剣やら弓矢やら、斧やら鎌やらもって、守備隊たちの城内の私室にやってきた。
「なんだてめえら!」
守備隊たち、剣を抜く。
クリフィルは剣を持ち、戦いを挑んだ。
「殺してやる!」
「悪魔の手先め!本性を現したな!」
守備隊たちは剣でクリフィルの剣を受け取め、絡めた。
バッテンに二人の剣が押し合い、力を込めた。
大柄の男と、小さな魔法少女の剣が交わったが、守備隊の男たちは、別々に動きだして、クリフィルの背後にまわると、剣をブッ刺そうとした。
その守備隊を斬ったのはベエールだった。
「うぐ!」
脇腹が綺麗に切られ、血の赤い筋が走り、だらだらと血が流れ出す。胆汁も脇から垂れた。
他の守備隊たちは、暖炉つき私室を駆け回り、魔法少女たちに襲い掛かった。
こうして私室で激しい剣の斬りあいと乱闘がはじまった。
クリフィルは、相手の剣を跳ね除け、すると、敵兵の素早く振るわれた剣の下を潜り、背後にまわる。
が、相手の反応が素早く、すぐ背後にまわったクリフィルむけて剣を振り回した。
ブン!
高速で刃がまわってくる。
「おっと!」
クリフィルは両足あげてその場を飛び上がり、刃をかわす。すると、後ろの食卓テーブルに足を着地させた。
「この魔女!逃がすか!邪悪な力を使う魔法使いの女め!成敗してくれる!」
守備隊もテーブルに乗った。
ガチャ。
大柄な男がテーブルに乗ると、テーブルの皿という皿、鉛のグラスなどが、僅かに擦れて音をたてた。
魔法少女のクリフィルは後ろに退きながら、大柄な男は前に進みながら。
食卓テーブル上で剣闘をはじめる。
まず守備隊の男が剣をふるい、すると背丈の小さなクリフィルも剣をふりあげて受けた。
ガキン!!
二人の剣はバッテンに絡まり、するとクリフィルは相手の剣を押しのけ、下向きに抑えつけた。
守備隊の男の剣が、テーブル面に押し付けられ、皿やら香辛料の壷やらにぶつかる。
するとクリフィルは、敵の剣を下に抑え付けて有利になった瞬間、剣をびゅんと振り上げて、相手の首をねらった。
間一髪、相手の敵兵はクリフィルの剣先をよける。あごを引いて、首を上向きにし、喉仏すれすれを刃がこすれる。
「俺をなめんなよ悪の魔法使い!」
男は剣を持ち直し、クリフィルの伸ばしきった腕を隙ありとばかりに、振り落としてきた。
「ぐ!」
クリフィルは一歩飛び退いてかわした。男の剣先の軌跡がひゅっと空を斬る。
クリフィルは両足使って後ろへ一歩退き、テーブル面にまた着地する。
香辛料を入れた壷やら皿やらが、クリフィルの足に踏まれて、散らかった。
すかさずクリフィルは反撃にでて、思い切り力をこめて、剣を振り切る。
ガキン!
それは敵兵の剣とまた交わり、絡まりあった。
クリフィルは押し切る。
ギリリと互いの刃がこすれあうなか、力を出し切り、相手の刃を圧する。
敵兵も負けじと力を込めてきた。すると、二人の剣は力をぶつけあいながらもすれ違い、次の瞬間、二人の剣は絡まりながら、円を描くようにぐるりと回った。
二人の剣は押し合いつづけた。
互いに剣先を向き合わせつつ、食卓テーブル上で距離を保ながら、剣先を絡めあう。
「とりや!」
剣先絡めつつクリフィルが、一歩だけ前に進み出て、剣先を相手へ伸ばす。
「おっと!」
伸ばされた剣先は、男はかわす。脇腹を刃がかすめた。
「そらよ!」
男が反撃に剣先を伸ばす。食卓テーブルを前に二歩ほど進み出て、魔法少女の右肩に刃をむける。
「あたるかっ!」
クリフィルは右半身を引いて剣先をかわす。
一歩退いた足が、食卓テーブルの燭台に当たった。蝋燭は倒れた。ばち。火がテーブルにひろがった。
「くらえ!」
そして剣先をまたのばし、それは男の剣に払いのけられる。
キィン!
鋭い音がなり、クリフィルの手元から剣が弾け飛んだ。
グサ!
それは天井に刺さり、めり込んだ。
「勝負あったな!」
男は丸腰のクリフィルむけて剣をふるってきた。
刃がクリフィルの肩に迫る。
「そいつはどうだか!」
クリフィルは、ひょいと身を屈めてしゃがみこむと、男のふるった刃をかわし、すると、足元にあった食卓テーブルの香辛料の壷を手に握り、その中身を男の顔面むけて思い切りぶちまけた。
唐辛子含む胡椒などがブレンドされた香辛料の数々が、男の顔面にふりかかる。
「んっ、うぐうううう!」
目にも口にも鼻にも香料が入った男は、目から涙ながし、鼻水を垂らし、口はけほけほとむせた。
「お味はどうだ!」
クリフィルはすると、食卓テーブルから暖炉側へ降り、部屋じゅうで他の守備隊と魔法少女が剣同士で乱闘しているなか、ひょいと両足伸ばして飛んで、天井近くに飾られた剥製の鹿の頭をとりだした。
剥製の鹿の頭を、ぶんとふるい、香辛料を顔にくらってむせている男の顔をなぐった。
「んべが!」
鹿の剥製の角が男の顔にぶちあたり、彼は倒れ込んだ。
ガチャーンと食卓テーブルの食器や燭台、鉛グラスの立ち並ぶテーブルに大柄な体を打ちつけ、散らかった。
クリフィルは鹿の頭の剥製を持ったまま、食卓テーブルを降りた。
すると、暖炉つき私室の奥側の扉が開かれ、新手の守備隊が二人、やってきた。
部屋に入った二人の守備隊は、クリフィルの姿をみとめるや、剣を同時に鞘から抜く。
クリフィルは鹿の剥製を両手にもち、その頭に生えた二本の鹿角を、新手の守備隊二人の胸に押し付けた。
「こいつをくらえ!」
ブスッ
「あうう!」
「あがが!」
二人の守備隊はどちらも、突っ込んできたクリフィルの持つ鹿の剥製の角に胸を貫かれ、二人とも倒れ込んだ。
クリフィルは鹿の剥製の破壊力を思い知った。
ベエールも暖炉つき城内の私室で、守備隊たちと乱闘をつづけていた。
魔法少女のベエールは、私室の食卓テーブルに並ぶイスを持つと、それを守備隊に投げつける。
ドゴッ
「あう!」
頭にイスが投げられた守備隊はいたそうに頭を手で守る。
するとベエールは接近してゆき、顔を覆った兵士の顔を殴って気絶させた。
「うぐ!」
兵士は壁際に倒れ込んで、背中を丸めてうずくまった。腰の鞘は空だった。
すると別の兵士が剣をふるってきた。
ベエールはそれから逃げ、椅子に足をかけ、さらに食卓テーブル上にのぼった。
既に散らかされた食卓テーブルだ。
さて、相手がテーブルにのぼると、こっちの剣は届かなくなるので、兵士も椅子にのって、テーブルに登ろうとして追いかけてきた。
「くんな!」
するとベエールは、椅子に足を掛けテーブルに追って登ってきた兵士を、足で蹴飛ばした。
魔法少女の靴が兵士の胸をけり、すると兵士はすってんころり、一回転しながらころげて、暖炉の中に入った。
「あづづづづ!あっづ!」
薪が赤々と燃える暖炉のなかに転げまわって入った兵士は、暖炉の灼熱に涙声になった。
ヨヤミは小刀を両手に召喚し、それを武器に敵兵と戦った。
小さな魔法少女は、その両手に小さなナイフを持って構えたが、一方、長い剣を突き出す敵兵のほうがリーチは優勢。
だから、敵が剣を構えているうちは、ヨヤミは相手に近づけない。
その有利をチャンスとみた敵兵が、ヨヤミに襲い掛かる。
ヨヤミはそれを待っていた。
敵兵の剣先が突き伸ばされる。
するとヨヤミは、はらりと軽やかに逸れて交わし、相手の伸ばした剣の腕に、まず左手のナイフを突き立てた。
「ああああ゛ヴ!」
ナイフが腕にささった兵士が絶叫をあげる。
血を垂らす腕の痛みに、動きが鈍くなった敵兵に、今度は右手のナイフを、腹に一突き。
ズドッ
「うっ…」
敵兵は呻いた。
腹部は柔らかく、ほとんど骨にひっかからない。
ナイフを腹に刺された兵は、呻きながら、倒れた。
ヨヤミはさらに両手にそれぞれ二本のナイフを、くるくるっと手元に取り出し、残された敵兵の背後から、ナイフをトントンと、差し込んでいった。
流れる作業のように。
「うっ…」
「あがっ…」
別の魔法少女と戦っていた兵士たちが、ヨヤミのナイフにぞくぞく背中をさされ、順に膝をついて倒れていく。
暖炉つき私室の敵兵をほぼ殲滅させた魔法少女たちは、奥の釘だらけな木の扉を開き、奥の暗い通路へ出た。
そこではクリフィルが既に戦っていた。
回り階段を進む経路で、第八歩兵部隊の兵士と剣を交えていた。
その戦いの決着は間もなくついた。
クリフィルの剣先が歩兵の腹を裂き、奥にまで差し込まれた。
兵士はクリフィルに抱きつくようにして倒れ込み、死んだ。
クリフィルはその死体を振り払ったあと、蝋燭の火が点々としか灯らぬ暗闇の回り階段をのぼろうとし、足をかけたが、そこでベエールに呼ばれた。
「クリフィル、こっちだ!」
クリフィルが振り替えって、その剣も顔も返り血だらけだったが────ベエールのほうに戻ってきた。
ヨヤミもそこにきて合流した。
「さっき水道施設を渡ったじゃないか」
ベエールは嬉しそうに笑い、そして、暗闇の通路の右端、不思議な穴が天井と床にあいた空間を指で示した。
それは井戸穴だった。
円状に吹き抜けた井戸穴は、遥か下の水道施設から水を汲み、この階まで運び上げる鎖が伸びている。
鎖にはバケツが取り付けられていて、鎖をにぎって上下させることで、ハゲツを下に降ろしたり上に吊り上げたりする機能を持つ。
この吊り上げ式の井戸は、この階だけでなく、遥か上階にまで続いている。
井戸の穴が、第四城壁区域の上階にまで利用できるように、共用して使う井戸になっているのだ。だから、こんなにも深い。
つまり、この井戸を登れば、城内の遥か上の階層にまで、ショートカットができる。
「こいつはさっきあたしらが渡った水道施設の水を汲み取る井戸だ。見てのとおり、上階まで井戸はつづき、城内の最上階までつづいている」
ベエールは井戸穴の上を示した。
逆にいえば、上階に住む人々は、深さ100メートルもある井戸穴から、いちいち水を汲み取らなければならない。
それが大変な仕事であったので、エドワード城には水運び係りという仕事が雇われいた。
井戸から水を汲み入れ、上階に住む人々へ届ける仕事人である。
さて、この井戸を侵入路として使おうと目論む魔法少女たちは、何人かが、協力しあって、巨大な岩を持ち運んできた。
チヨリとアドラー、シタデルとアフビラという名前の魔法少女たちで、ズシンと岩を井戸通路の前に置いた。
「地下の倉庫から持ってきた」
と、シタデルが言った。
銀色の服装をした魔法少女だった。
「投石器用の岩か何かだろう」
実際、城塞は、投石器用に載せる穴や、落石用の石や岩を、囚人のいない地下牢に溜め込んでいることがよくあった。
魔法少女たちは、何を思ってか、この投石器用の岩を、井戸通路に持ち運んできたのである。
そこまできて、クリフィルはついに合点がいった。
その顔がいたずらっぽく笑い、目を輝かせた。
「はは、こりゃ名案かもだ」
自分が一番のりだ、といわんばかりに、クリフィルは100メールの深さもある井戸穴へ飛び出し、吊るされた鎖にばっとしがみついた。
天井から宙に吊るされた鎖はゆらゆらと揺らめき、鎖にぶら下がったクリフィルの体も左右にゆさぶった。
「準備はいいか?」
シタデルが尋ねると、鎖に両手両足でしがみついたクリフィルは、答えた。
「もちのろん!」
するとシタデルとチヨリたちは、井戸の鎖に吊るされた大きなバケツに、岩をドン、と置いた。
途端にバケツが、下へ下へ落ち始めた。
鎖の釣瓶が天井で回り始めて、岩をおいたバケツの鎖のほうが、急降下する。
すると逆に、クリフィルがしがみついたほうの鎖は、釣瓶の滑車に巻き上げられて急速に上昇しはじめた。
「おおう!」
クリフィルはしがみつく鎖が、猛スピードで巻き上がっていく爽快感に声をあげる。
そして魔法少女は、巻き上がる鎖を利用しつつ、深さ100メートルの暗い井戸穴を一挙に登りつめた。
ぎゅるぎゅると。エレベーター式に鎖によって井戸を吊りあがる。
小さな井戸穴の丸壁の中を通って、クリフィルは、急上昇する鎖によって持ち運ばれながら、最上階にむかう。
井戸の釣瓶にまで一気に押し上げられたクリフィルは、鎖から手を放し、第四城壁区域の最上階のフロアに着地する。
そこは、城下町からみあげて400メートルの地点、エドワード城全体の半分を超えたあたりの地点だった。
一気に王への距離が縮まる。
頂上まで、あと半分を切ったのだ。
ずりりりりり。
鎖が激しく滑車でまわっている。
すると仲間たちも鎖にしがみつき、ぶらさがりながら、小さな丸い井戸穴の中を、上昇してきた。
十人あまりの魔法少女たちが、こうして第四城壁区域の最上階に着地した。
彼女たちはみな到着した最上階の部屋を見渡した。
明るい部屋だった。
城内は、蝋燭の火はあちこちの通路間の柱に立てられ燃えてたし、採光窓も開いていて、外からの光も差し込んでいた。
「私につづけ!」
クリフィルは、蝋燭の火が両側の柱に燃える城内の出口にむかい、すると第四城壁区域最上階の外郭へでた。
魔法少女たちが外に出た途端、猛烈な突風が彼女たちの髪にふきつけた。
どの魔法少女の髪も浮き上がる。
ふと眺めたら、矢狭間と胸壁が囲う城壁の外郭からひろがる景色は、谷の地上400メートルの城から見渡す圧巻の景観だった。
いまでかつてほとんどの人類が立ったこともない地点に、魔法少女たちは立った。
驚いたことに、城下町に暮らしていたころは見上げるばかりであった山々と山脈の景色が、今やとんでもなく小さく見える。
それは不思議な景色であった。
あんなに遠くに思えた天の青空が、今やずっと近く、頭上のすぐ上にあるようにすら感じられる。
自分たちが立つ城のあまりの高さに圧倒された魔法少女たちだったが、やがて胸壁の周囲から守備隊たちが走ってきた。
第八歩兵部隊の兵士たちだ。
魔法少女たちは、手にクロスボウを持って、走り寄ってくる兵士たちに狙いを定め、撃ち放つ。
ビュン!
音たてて飛んでいった魔法の矢が、兵士らに直撃した。
「あう!」
空を裂いて飛んできた矢が兵士らに止めを刺す。第四城壁区域の最上階は、魔法少女たちに制圧されてしまう。
しかし、第五城壁区域、ここは下流貴族と貴婦人が暮らす城壁区域なのだが───への道は、さっぱり完全に塞がれていた。
というのも、第四城壁区域から第五城壁区域まで渡る道は、正面の跳ね橋ひとつしかない。裏側に回ろうとも一つしかない。
そして、その一つしかない跳ね橋は、今や完全に吊り上げられていて閉じられ、侵攻ルートは皆無であった。
跳ね橋が吊り上げられた第四城壁区域と第五城壁区域のあいだは、ぽっかり空洞となってしまい、第三区域まで転落してしまうほどの大きな隙間となっているのである。
空でも飛べやしない限り、魔法少女たちはここで完全に足止めだ。
ああ、こんなときこそ魔女のように、箒に跨って空を飛べれば!
「ああ、私たちも魔法少女なら、空を飛べたらいいのになあ!」
と、クリフィルの後ろで、誰かの魔法少女が、無念そうに声を漏らした。
この時代の魔法少女は、その因果の低さから、空を飛べるような魔法少女たちではなかった。
せいぜい人間よりは5倍、6倍くらいの跳力を発揮して、6メートルくらいの高さまでジャンプするくらいなものだった。
すると西暦3000年後期の魔法少女であるクリフィルは、笑っていう。
「もし魔法少女が空を飛べてたら、ジャンヌダルクはきっと、梯子なんか使わないでトゥーレルの要塞を飛び越えただろうし、ブーティカは、ローマ軍の密集隊形の上空を飛んでみせただろうよ!」
過去に空を飛んだ人物は、魔術師シモンくらいしかいない。
ふう、と息はいて諦めかけた魔法少女の落胆した顔のほうへ、ふとクリフィルはふり返っていった。
「まて!」
クリフィルは指をたて、悪魔的な思いつきをひらめいた自分を褒めたい気分になりながら、落胆した魔法少女へ告げた。
「私たちは魔法少女だから、空をぶっとべるぞ」
クリフィルがちらっと視線をむけたその先には、カタパルト式投石機の砲台塔があった。
42 : 以下、名... - 2015/04/09 23:55:44.51 xu09XZkf0 2535/3130今日はここまで。
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第66話「エドワード城の攻防戦 ④」
493
第五城壁区域に避難していたオーギュスタン将軍は、部下の守備隊長ルースウィックから、戦況の報告を知らされていた。
「将軍、報告いたします。あの邪悪にして悪魔の手先、魔女どもは、第四城壁区域にまで到達しました。」
オーギュスタン将軍は苦悩の表情をみせる。
第五城壁区域の胸壁に彼はマントを風にゆらしつつ立つ。
「しかし、第五城壁は王の命令通り、”全封鎖”を。邪の魔女どもが、これ以上、我らの城に悪さをすることは、ありません!」
オーギュスタン将軍は、第四城壁区域でちょこまかと動きだしている魔法少女たちを見下ろし、険しく目を鋭くさせると、戦況を眺めつつ言った。
「ルースウィック。報告ありがとう。お前が生きていてよかった。よくぞ魔法少女と戦い、王を守るため、生き延びてくれた」
「ありがたきお言葉、閣下」
ルースウィックは胸に手をあて、お辞儀する。
「第五城壁区域は安全だろう」
オーギュスタン将軍は険しい表情を浮かべつつ、戦況を考察しつつ述べる。
「わがエドワード軍は、かつてない損害を被っている。耐え難い壊滅状態だ。だが、我らは王の城にとどまり、あの魔法の力を持つ少女たちの怒りが収まるのを待とう」
彼は将軍として目を通した兵法の書物の一節を引用して呟いた。
「”怒りは復た喜ぶべく、慍りは復た悦ぶべきも、死者は復た生くべからず”…」
怒りという感情に任せて殺し合いをしてはならない。
怒りはいつか収まるものだが、死んだ者は生き返らない。
兵法書が伝えてくれるその想いは、このエドワード城では、ことごとく裏切られていた。
494
クリフィルらの一行は、第四城壁区域の最上階を走り、カタパルト投石器が設置された砲台塔にむかっていた。
その魔法少女たちの側らには、巨大な第五城壁区域の王城の宏壮たる胸壁があり、睨みをきかせている。
クリフィルらは敷地をしばらく走りつづけて、カタパルト投石器の砲台塔に辿り着き、進入した。
砲台塔から、投石器の砲兵たちが降りてきて、細長い階段をくだりながら、剣を抜く。
自分たちの持ち場を守るためだ。
しかし、魔法少女たちと激突すると、悉く切り殺されるか、投げ捨てられた。
魔法少女に鎧をつかまれ、兵たちは、ぽいと投げられて、階段下へ転げていく。
クリフィルは剣を伸ばし先頭の兵の腹を切った。
剣を抜き、血が垂れると、敵兵を横に投げ飛ばしてどかす。
「ああヴ!」
兵士は腹から出血しながら、砲台塔から石敷きの地面へ落ちていった。
すると魔法少女たちは、第四城壁区域の外郭の淵に設置された塔の頂上に登り、カタパルト式投石器の操作にとりかかる。
クリフィルとチヨリはレバーをぐるぐる回しだし、ロープを巻き上げて、弦に押し上げられている腕木を強引に引っ張って降ろし、レバーを限界まで回しきると、歯車をせき止めた。
カタパルト投石器の腕木とスプーン(投石する塊弾をのせる皿部分。見た目がスプーンのようであるため、こう呼ばれる)は、限界まで引っ張られた状態で歯車によって固定される。
歯車同士の歯が絡まり、レバーが引っ張った部分にまで、きちんと固定される仕組みだ。
弩砲の弦が限界にまで引き絞られ、いまにも腕木を跳ね飛ばしそうな勢いだが、巻き上げられたロープが投石器の腕木を固定し、支えている。
「こんなもの使ってどうする気だ?」
ベエールは不思議な顔をしてクリフィルに尋ねた。
「門でもぶち壊す気か?跳ね橋を渡らないと第五区域に突入できないんだぞ!」
「だから、第五城壁区域に突入するのさ」
クリフィルは投石器の発射装置レバーの操作を終えると言った。
歯車の固定を見守ったあとは、弩砲の向きを操作する投石器の円盤台のレバーを力いっぱい押し、回し始める。
ぐぐぐ、と音をたてて、投石器の向きが、くるりと逆回りして、だんだん、城の外側から、内側へ向き始めた。
つまり、人間たち守備兵が並び立つ第五城壁区域の方角へ。
投石器のむく方角が変えられる。まるで石を城側へ飛ばすかのように。
「おい、まさか」
ベエールはクリフィルの考えを察した気がして、途端、ニヤリと笑みを浮かべた。
「私たちに”ぶっとべ”ってか?」
クリフィルは円盤レバーの操作を終えた。
すっかり、投石器は逆向きに反転させられて、城側、第五城壁区域の方角へ向いた。
もし、石をスプーンにのっけて投石器を稼動させれば、第五城壁区域の城内へ石が落っこちるだろう。
だが、投石器にのせるべき石弾はない。
石ではなく、投石器にのって飛ばされるのは。
「だからいったろ」
クリフィルはベエールと、仲間たちをみて、白い歯みせて笑った。
「私たちは魔法少女だから、空をとべるってな」
仲間の魔法少女たちが、皆笑った。
495
オーギュスタン将軍は目を細めて、第四城壁区域の魔法少女たちが、敷地を走って、弩砲塔をのっとり、カタパルト式投石器をまわして、こっち側に向けているのを眺めていた。
「いったい何をする気なんだ」
人間には、あの魔法少女たちが考えていることが想像つかない。
第五城壁区域に近づけぬ腹いせに、こっちに石のひとつや二つ、投げ込む気なのか。
ところが、守備隊のルースウィックは、どこか勘の鋭い男であった。
彼は目を凝らして指でぐりぐりと擦り、魔法少女たちの動きをよく観察していると、魔法少女たちが、投石器の腕木の皿に乗り始めたのを見つけていた。
本来なら、石を乗せ、空へ打ち上げる投石器の皿の部分に、石に代わって魔法少女が乗り、片膝ついて座り、両手は皿を掴んで体を支えている。
まるで、いつでも空飛ぶ準備オーケー、という態勢だ。
「しょ、将軍!」
守備隊長ルースウィックは、途端に顔を青ざめさせてしまい、第五城壁区域の胸壁で、喚き始めた。
「大変です!」
「どうした?」
顔をしかめている将軍は、まだこれから何が起こるのか分かっていない。
「魔女が!魔女が!」
ルースウィックは、投石器の皿に乗っかった魔法少女を指さした。
「魔女が空を飛びます!」
オーギュスタン将軍が顔を横にむけ、ルースウィックを睨んだ。「なんだと?」
次の瞬間、魔法少女を乗せた投石器が稼動した。
ぽーん!
腕木が跳ね上がり、投石器に乗っていた魔法少女は空高く打ち上げられる。
カタパルトの太い弦によって腕木は垂直にまで浮き上がり、支え部分の柱にあたって動きをとめた。
その瞬間、魔法少女は足で皿を蹴り、投石器の勢いに乗って空高く飛び上がった。
標高400から標高500までの城から城へ、悠悠と飛ぶ!
第四城壁区域から第五城壁区域のあいだの隙間を、らくらく飛び越えてしまう。
ひゅーっと、晴天に白い雲の浮かぶ青空を舞うと、魔法少女の影は、だんだんと、落下してきて、第五城壁区域の胸壁にすたっと着地してきた。
「うっ、うわあああ魔女だ!魔女が飛んできた!」
人間たちは、あまりの光景にちぢみあがってしまい、逃げ惑いはじめた。
第五城壁区域は魔法少女に侵略された。
「将軍、第六城壁区域に避難を!」
ルースウィックは慌てて叫び、将軍に懇願した。
「逃げてください!」
「そうしよう…」
将軍は平静さを失い、投石器によって飛んできた魔法少女たちを見つつ、恐ろしい存在を敵に回したものだとつくづく思いながら、第六城壁区域に避難する外郭通路の階段を昇った。
「メッツリン卿たちと合流し、最後の防衛線を張ろう」
と、将軍は守備隊長ルースウィックに告げた。
投石器によって飛ばされ、第五城壁区域に見事着地した魔法少女は、名をジェンビチェといったが、手に弓をもち、近くの兵士たちに矢を放った。
バシュ!
飛んでいった矢が兵士の頭を貫く。
「────あう!」
頭を貫かれた兵士は、その場で気絶し、城壁の淵から身を落とし、第五城壁区域から遥か下まで転落していった。
弓矢の刺さった死体が、頭を下にして、広壮たる城壁を落下していく。
クリフィルらは投石器作戦の成功に顔を綻ばせ、嬉しそうに目を煌かせていた。
「大成功じゃないか」
それからクリフィルは、再び投石器のレバーを回し始め、一度発動させた投石器の腕木を、再び巻き上げ機で引っ張って下に降ろし始めた。
垂直の角度にまで浮き上がった腕木は、また、角度を降ろし、水平向きにまでさがってくる。
腕木を跳ね上げる弦が引き絞られる。
「次は誰がいく?」
クリフィルが、投石器の操作を終えて尋ねると、チヨリが手をあげた。
「私がいく!」
「新入り、変わらず勇気があるな」
クリフィルは頷いて、目で投石器の皿を示した。
「のりな!」
チヨリはカタパルト投石器に乗って、弩砲の機体に跨りつつ、皿部分へ乗った。
さっきの魔法少女と同じく、片膝だけついて、両手は皿をしっかり掴んで支え、いつでも飛ばされる準備オーケーの体勢をとる。
クラウチングスタートのような体勢。
「覚悟はいいのか?」
クリフィルが、投石器のレバーの発射装置に手をかけつつ、チヨリを見て、最後に訊くと。
チヨリは、投石器の皿に乗りながら、顔だけ頷いた。
「よし!」
次の瞬間、クリフィルは、レバーを勢いよく奥へ押し込んだ。ガチャっと音がした。
すると歯車のこすれあいが解消され、投石器のロープ巻上げ機が一気に逆回りしはじめた。
弦が腕木をうちあげ、投石器のスプーンは勢いよく魔法少女をぽーんと飛ばした。
チョリは投石器が稼動された直後、猛烈な風が全身を襲うのを感じた。
そして、あっという間に空高くに体が打ち上がっていた。
目がまわる。
くるくるくると、視界に入る景色が、城だったり空だったり、谷の絶壁だったりまた城になったりと、激しく回転している。
チヨリは、自分が空を飛びつつ宙で身体が前回転していることを知った。
そしてくるくる回りながら、チヨリの体は第五城壁区域の上階にまで飛ぶ。
そこは下流貴族の宴会を催す地表500メートルに位置する大空間の居館だった。
ガシャーーンとステンドグラスを割りながら城の内部へ飛び込み、大空間の内部へ突入。
勢いよく内部へ飛び込んだチヨリは、大空間のステンドグラスを粉々にしつつ、大空間の地面にころころところげた。
体を回しながら、受身をとって、くるりと前転すると起き上がった。その頭髪にはぱらぱらとステンドグラスの色とりどりな破片をかぶっていた。
「きゃああああ!」
「なんだ!なんだ!」
地上では反乱が起こったというのに、優雅に昼間の食事を大空間で楽しんでいた下流貴族たちは、突然の空からの来訪者に驚く。
慌てて守備隊たちが下流貴族の居館に飛び込んできて、扉をあけ、剣を抜き、魔女退治にとりかかった。
「魔女め!死ね!」
30人の守備隊たちが、食事中であろうとも構わず剣をぶんぶんふるい、チヨリに襲い掛かる。
思いかげず楽しい食事が戦場と化した事態に直面した貴族と貴婦人たちは、慌てて白いテーブルクロスの食卓を立ち上がり、逃げ惑いはじめた。
チヨリは、守備隊たちが剣をぶんと振り切ると、逃げるようにしてその場で跳び上がり、テーブルクロスのテーブルにぴょんと飛びのり、よけた。
「この!」
さらに守備隊が剣をテーブルむけてふるう。するとチヨリは、ばっと両足に力いれて大きく飛び上がり、剣の攻撃から逃げ、大広間の天井に吊り下げられた鉄製のシャンデリアにぶらさがった。
シャンデリアに手をかけてぶらつがりつつ、蜘蛛のように天井に張り付き、ぐらぐらとゆれるシャンデリアをよじのぼり、降りようとしない。
ぐらぐらと魔法少女がしがみつくシャンデリアが天井でゆれた。
「邪悪な魔女め!降りて来い!」
守備兵たちはいらいらした声で怒鳴った。
この時代のシャンデリアは、豪勢なクリスタルを飾ったりとか、きらきらした花模様の装飾が施されたりとか、そういうタイプのものではなかった。
鉄製で、蝋燭が灯されていた。
天井に吊るす円形の燭台にすぎないものだった。
鎖によって天井に吊るされ、8本ほどの蝋燭が、円形に立てられているシャンデリアである。
いまそこに、チヨリがぶら下がり、這い登っている。
これでは守備隊たちも手が出せない。
守備兵たちは、チヨリが逃げ込んだシャンデリアの真下に集い、そして、天井みあげつつ挑発して叫ぶ。
「邪悪な力を使う魔女どもめ!どうした、降りてこないのか。人間が怖いか!一人残らず、焼き滅ぼしてやるぞ!」
するとチヨリは挑発に乗った。
赤ずきんのフードは外し、顔をだして髪も伸ばすと、戦いのさなか敵兵から奪い取った剣を取り出して、シャンデリアを吊るす鎖を断ち切った。
ジャランッ
重たい鉄製の大きなシャンデリアは、まっさかさまに落下してゆき、下の兵たちの顔にぶち当たった。
「うぶ!」
「ぐむ゛!」
「むぺ゛!」
下で挑発していた兵士は、落ちてきたシャンデリアに押しつぶされて、皆ころんだ。
チヨリはその兵士達の背中に着地した。
「降りてきてあげたよ!」
と、チヨリはいった。
その足元では、あわれシャンデリアの下敷きとなった男たちが、背中で呻いていた。
チヨリは、ステンドグラスがめちゃめちゃに崩れた下流貴族の居館を抜け出し、守備隊たちが駆け込んできた扉を通ると、第五城壁区域の仲間と交流すべく廊下を巡った。
496
クリフィルは三人目の魔法少女を投石器で飛ばすべく、レバーをまわしていた。
浮き上がった腕木を、またロープ巻上げ機によって引っ張り、降ろす。
グググ…。
太い弦がしなってゆき、腕木はロープと巻上げ機のレバーによって、限界まで降ろされ、固定される。
発射準備が再び整った。
「次は誰が飛ぶ?」
レバーを回し終えたクリフィルは、得意気な顔して仲間たちに尋ねた。
こんな調子で魔法少女たちの軍団は、人間の立て篭もる最後の砦に、投石器によって自軍の駒を送り込む。
「私が飛ぶぞ」
と、名乗り出た魔法少女は、マイアー。
両手の肩にトゲトゲのついた鉄球、モーニングスターをのせた魔法少女だ。
「よし、お前が飛んで、人間を一人残らず殺しちまえ」
クリフィルは目で、皿に乗るように示した。
マイアーはすると、両肩にのせたモーニングスターの鉄球の鎖を、手放し、落とした。
ドダン、ガタン。
重たいトゲトゲの鉄球が、石を敷き詰めた地面に落ちた。
第四城壁区域の胸壁下に落っこちて、重たい衝突音と、鎖のジャララという冷たい音が、鳴り轟いた。
マイアーは、投石器の腕木先端、スプーン状の皿に乗っかり、手で掴んで、体勢を整えた。
「向こうに着いたら鐘でも鳴らしてくれ」
クリフィルは笑い、すると、グッとレバーを奥へ押し込んだ。
途端に歯車のこすれが解消され、びゅんと巻上げ機がクルクルまわりはじめる。
弩砲の弦がしなり、投石器の腕木が垂直に浮き上がった。
ドダン!
音がなり、投石器から魔法少女が発射される。
クリフィルら城下町の魔法少女たちはすると、第四城壁区域の弩砲塔から青空へ飛んでゆく仲間のアドラーをみあげ、そのアドラーの人影が、第五城壁区域の貴族たちの居館へ突っ込んでいく様子を見守った。
いっぽう人間たちは、投石器によって空とぶ魔法少女たちの撃ち落しにかかった。
「魔女を撃ち落せ!」
第五城壁区域の塔と出窓から、クロスボウ兵たちが顔をだして弩弓を構え、狙い、矢を放つ。
空をかける鷹のように青雲のなかを突っ切って飛ぶ魔法少女めがけて、クロスボウの矢が城から放たれる。
クロスボウ兵の矢はこうしてびゅんびゅんと上空に放たれるが、そのどれも晴天を飛ぶ魔法少女を射止めない。
むなしく矢は空へ消えていくだけだ。
「撃て!撃て!ヤツを撃ち落して息の根を止めろ!」
号令が鳴り届くが、無茶だった。
クロスボウ兵たちは、城の下を走る敵兵を狙い撃つ訓練は日々積んでいるが、城の空を飛ぶ敵を撃ち落す訓練など受けていない。
それでも懸命に、投石器によって空高くまで飛んだ魔法少女を、狙って弩弓を放つが、流れ星のように飛んでいってしまう魔法少女をクロスボウで撃ち落すのは不可能だった。
エドワード城からつぎつぎに発射される機械弩クロスボウの矢は、すべて宙を飛ぶ魔法少女の体を射止めず、空へ消えた。
ぐおーっ。
第五城壁区域の胸壁の監視塔の頂上にたつ弩弓兵は、すぐ頭上の空を飛んでいった魔法少女を狙い、クロスボウを上向きにして、引き金を引いて撃ったが、その矢も魔法少女の飛んだ空へむなしく消えていくだけ。
まったく命中しない。
クロスボウの引き金を引いた瞬間、ビチュンと音たてて矢が上空へ飛んでいったが、鷹のように飛ぶ魔法少女を捉え損ね、城を覆う青空のどこかへ飛んで消えたのだった。
マイアーは投石器によって打ち上げられて、狙いを定めて撃たれてくるクロスボウの矢の雨を通過しながら、下流貴族たちの住む居館の壁へ突っ込む。
そこはまたしても壁のステンドグラスだった。貴族たちの居館のステンドグラスだった。
空高く飛んだ魔法少女の体が、ひゅーっと空から落ちてきて、あとは隕石のように落下し、ステンドグラスを突き破りつつ内部へ突入。
ガシャーーーン!
「うわああああ」
「魔女だ!ついに第五城壁区域まで来た!」
城の内部の人間たち、慌てふためく。
居館の身廊と側廊は、ステンドグラスの破片だらけになり、空から太陽の日が直接差し込んだ。
マイアーはすると、受身とりつつ立ち上がると、手にモーニングスターを取り出した。
ジャラララ。
手に握られた鎖。鎖の先には、凶暴なトゲトゲの生えた鉄球が、ぶら下がっている。
マイアーは、手にジャラジャラと鉄球をぶら下げつつ、目前の人間に接近してゆき。
逆に人間は、トゲつき鉄球を持たれた魔法少女に接近されて、恐怖に顔を強張らせ、かたまって立ち尽くした。
すると、次の瞬間。
バギッ
「あぐう!」
下流貴族の顔はモーニングスターの鉄球に潰された。
ぶんと鎖に吊るされた鉄球がふるわれ、鎖がじゃらっと踊ったあと、遠心力に浮き上がったトゲトゲの鉄球が、貴族の顔にぶち当たった。
「あああぐヴぶ!」
鉄球をもろにくらった貴族の男の顔面は血まみれになった。
鼻も目も口もすべて砕けて、のっぺらぼうのような顔になった。顔の肌はすべて剥げた。
「きゃああああ」
貴婦人女性たちが、ステンドグラスの飾られた側廊の部分を逸れ、列柱の裏側を走り、それぞれの奥の廊下へ逃げ去りはじめる。
蜘蛛の子散らすように。
一人の魔法少女が、人間たちの城に乱入し、暴れ始める。
それは、人にとって悪夢のような絵図だった。
人類は懸命に戦いぬく。
自分たちを皆殺しにしよう企む、悪魔と契約した、魔女どもと。
貴族の居館に陣を構え、やってきたクロスボウ隊たちは、その場でしゃがみ込み、クロスボウの矢を次々容赦なく放った。
それは、隠れる場所も逃げる場所もないマイアーに、すばすば突き刺さっていく。
魔法少女は矢だらけになり、クロスボウの強力な矢の一撃を、胸や腹に何発も受けて、よろめく。
が、それだけだった。
「学ばないやつらだな」
マイアーは、腹に何本もの矢を受けた状態のまま、クロスボウ隊の陣に走ってきた。
「そんな攻撃じゃ魔法少女は死なん!」
ジャララララ。
血だらけの鉄球を鎖に吊るして、魔法少女は、走ってきた。
モーニングスターという、恐るべき凶暴な武器を手に。
497
クリフィルは投石器のレバーを再び引いていた。
発射準備の整ったスプーンに、次に乗り込んだのはヨヤミだった。
オルレアンとユーカの仲間たちのなかでは、正義感の強い魔法少女。
綺麗な黒髪とエメラルドグリーンの瞳をした小柄な魔法少女。
だが今やその瞳に宿る彼女の正義感とは、魔法少女という存在に対して、さんざん悪事を働いた人間たちの撲滅だった。
人と魔法少女が共存する世界はこない。
あるのは殺し合いだけだ。
「さあいけ!」
クリフィルはレバーを回し終えた投石器のレバーを、ぐっと奥に押し込んだ。
ガタン!
投石器が稼動する。
ヨヤミの小柄な魔法少女の体は、すぐに宙高くへ飛んでいった。空を飛ぶ野鳥たちよりも高く跳び、山々と大陸の群峰が見渡せる高さにまで飛んでしまうと、ばーっと体の四肢をひろげながら、皮翼目のように空を舞い、標高700メートルある王城の第五城壁区域の居館の…。
さらに上まで、飛び越えた。
「飛ばしすぎだよ!」
皮翼目のように四肢伸ばしながらヨヤミが叫んだ。
持ち場に着くクロスボウ兵たちがヨヤミを狙って、弩弓の引き金を引き、矢を空に飛ばしていったが、高速で飛翔するヨヤミには矢は当たらない。
「景気つけてぶっとんでいけ!」
投石器のレバーを回したクリフィルは、楽しそうに、居館すら飛び越えるヨヤミの打ち上げられっぷりを眺めた。
クリフィルはわざと、投石器の弦の弾力を強めて、ヨヤミを吹っ飛ばしていた。
限界を超えてレバーをまわしていたのだ。
ヨヤミはすると、居館の赤い屋根の上を舞い、鐘楼の塔に体がぶつかった。
ゴーーーン────…。
鐘の音がなる。
そこは標高にして600メートル。
第五城壁区域の城塞にまで飛んだヨヤミの頭が、塔の頂上に吊るされたベルにぶちあちり、巨大なベルはゴーンゴーンと鐘の音を王城じゅうに鳴らすのだった。
それは朝の刻を知らせる鐘であったが、投石器に飛ばされた魔法少女の頭突きの激突によって、鐘は真昼の時間帯にその音を打ち鳴らす。
城内じゅうのクロスボウ兵たちや、長弓兵たちが、城壁の通路から顔をみあげて、居館の塔から鳴らされた鐘をみあげた。
「あいったあ!」
ヨヤミは鐘を頭にぶつけて、自分の後頭部を撫で上げていた。
「私は石頭だなあ!」
自分の頭が鐘にあたり、打ち鳴らした音の大きさに驚くヨヤミだった。
鐘楼の塔のてっぺんに腰をかけ、足だけ降ろして風景を眺める。
城下町が遥か下界の彼方にひろがる、超高層の城からの見晴らしは、素晴らしいものがあった。
が、そんな油断をしているうち、一度打ち上げられた鐘楼の巨大なベルが、振り子のように元の位置にもどってきた。
元の位置にもどってきたベルによってヨヤミは後頭部を叩かれる。
「あだ!」
ヨヤミは振り子のように上下に揺れるベルによって背中を叩かれ、ヨヤミは鐘楼の塔から押し出され落下した。
40メートルほどの塔から落ちて、貴族居館のシングル葺き屋根の勾配に着地する。
「あいったた……二度も頭をベルに叩かれたよ…」
また、頭を支えながら、居館の赤い葺き屋根の上を歩いて渡る。
そのヨヤミが頭をなでる上空を、別の魔法少女が隕石のように飛んでいた。
守備隊兵たちは恐れ慄いた。
千年無敵のあだ名を持つ、城塞に城塞を積み重ねた、絶対に安全な王都の城が、しだいに魔女たちによって、侵略されつつある。
あっちをみれば魔女、こっちも見れば魔女、上をみあげられば屋根を歩く魔女。
いよいよ、彼らの士気はくじかれ、人類には濃厚な敗色が、突きつけられつつあった。
残された関所は第六城壁区域と第七城壁区域。
いや、第七城壁区域に近づかれた地点で、おしまいだ。もう逃げ場がないのだから。
第六城壁区域。
城の中でいちばん強い騎士たちと歴戦の勇者、壮士たちが陣を固めた最後の砦が、決着の戦場となる。
63 : 以下、名... - 2015/04/17 01:52:06.56 6b4c4QWN0 2554/3130今日はここまで。
次回、第64話「エドワード城の攻防戦 ⑤」
第67話「エドワード城の攻防戦 ⑤」
498
王城の陥落もいよいよ寸前となった頃、鹿目円奈は第五城壁区域には進まず、第四城壁区域の裏側へまわって、向こう岸に渡る道を探していた。
円奈の目指す道は、王へ辿る道ではない。
王都の城を抜け、無事、エドレス国を脱出することだ。
魔女狩りの町を生きて出ることだ。
兵士達は、ことごとく円奈の敵であった。
円奈は馬で、城内街路の路地を突き進みながら、剣を手に馬を進める。
片手は手綱を握り、もう片手は剣を手にして、立ち塞がる兵士たちをどかしていく。
ブン!
ガキン!
「あヴ!」
馬の馬力も加わった剣に斬られた兵士は倒れる。
とはいえ鎧を着ているので、人間の少女の剣に叩かれたくらいで、人は死なない。
鹿目円奈のふるう剣の力は、弱かった。
円奈が馬を進める方角に続いて、リドワーンらの一行、王都の通過を目論む魔法少女たちが追う。
黒い髪に黒い獣皮を肩にかけた赤い瞳の魔法少女リドワーン、灰髪と金色の目をした姫新芽衣、レイピア使いのレイファ、爆発矢使いのブレーダルなどの魔法少女たちだ。
鹿目円奈が剣をふるって、打撃を与えた兵たちにとどめをさしていく。
だいだい、狭い通路で馬に激突されたか、円奈に剣で叩かれた兵士は壁際でよろめいているので、すぐリドワーンらが鎧の隙間に刃を差し込んで、兵たちを斬る。
血を流して、狭い路地で兵は倒れ込む。
円奈は、城内都市の迷路のような狭苦しい道を進み、藁葺きの家々のあいだを通っていたが、途中で方向感覚を失った。
クフィーユをとめ、剣を上向きに持ち直し、右と左をみる。
顔を振り返り、上をみあげ、聳えた立つとエドワード城の頂上が、背後にある風景を確認する。
頂上が後ろにあるということは、王城を通過できたということだ。
このまままっすぐいけば、対岸の方角だ。
裂け谷の向こう岸へ渡る橋に辿り着けるはず。
漆喰を白く塗りたくった家と狭い道を進み、古びた井戸の側らを過ぎて、円奈は対岸の方角へむかう。
499
鹿目円奈たちは第四城壁区域から第三城壁区域くだった。
城内都市を囲う市壁の門を通り、階段をくだって、第三城壁区域の敷地に出る。
内側から外側へ出るルートなので、関所を開門するのは容易かった。
門を開く装置や、仕掛けの解除装置は、ことごとく、内側にあるからだ。
すでに内側からの脱出を試みる円奈たちはこの装置を操作さえすればよい。
王城の出口は開かれる。
エドレス王国の国境を出る道が作られる。
城のゆるやかな大階段をずっとくだっていると、ひたすら前方には向こう岸の森と山々の大地がひろがっていた。
円奈の瞳に見知らぬ国の大陸がみえる。
この先の世界に聖地がある。
円奈の目は、ずっと、聖地をむいている。
もっとも、聖地までは、まだ1700マイルちかく、離れているのだが。
全ての魔法少女の魂の救済地と呼ばれる国が、どんな世界なのかは、分からない。
いってみなければ決して分からない。
本で読んだって知ったことにはならない。
足で聖地を踏みしめなければ、なんだって妄想することはできても、本当に知ることはできない。
まっすぐな大階段をくだっていると、その前方に、何人かの兵士がいた。
みな弓をもっている。
長弓隊だ。
円奈は手綱をひき、馬を飛び上がらせた。
馬は飛翔した。
前足をばっと前まで伸ばし、階段を降りながら高く飛んだ馬は、重力に任せて弓兵たちを踏み潰す。
「あぐう!」
「うぶう!」
馬に頭を踏まれた弓兵たちはぶっ倒れ、横断通路に横たわり、その上を馬が通り過ぎた。
第三城壁区域の胸壁が並び立つキールと呼ばれる塔のなかに、円奈たちは入った。
そこの螺旋階段をくだり、暗い廊下をわたって、第二城壁区域へ降りてしまう。
さっきまで城下町の魔法少女たちと通ってきた登り道とは、逆の下り道。
王城を通り抜けたあとは、くだるだけ。
そして対岸へ繋がる橋をめざす。
そしてエドワード城の南側の岸への出口、対岸の陸へつながる橋へたどる石造の細い階段をくだった。
そこは、円奈たちがささんざんにロングボウの雨を受けたエドワード橋とは逆の、ド・ラン橋と呼ばれる、他国へつながるもう一つの渓谷の橋だ。
石造りのアーチ橋だが、エドワード橋より細く長い。
長さは270メートルある橋で、幅は18メートルほどしかない、踏み外せば転落死まちがいなしの危険な橋である。
手すりは一応あるが、簡単に乗り上げてしまうような、小さな石造の手すりだ。
逆に言えば、他国の侵略者が、エドレス国の王城を攻めようと思ったら、こんな小さな橋を危うく渡らなければならない。
もちろん、投石器の岩と、矢の雨が降り注ぐ。
敵はみなド・ラン橋から転落し、3キロメートルの渓谷の裂け目へと、落ちてゆくだろう。
なんにせよ、円奈たちはエドレス国を脱出するために、この橋を渡らなければならない。
たくさんの兵士たちにおわれながら。
さて円奈たちは、キープと呼ばれる城塔の階段をくだり、さまざまな守備隊と住人の生活空間を不法侵入しつつ巡っていた。暖炉つきウール絨毯の部屋や、金庫として宝箱を置いた、屋根裏部屋へ木造の階段がつづく部屋、鉄製シャンデリアにキャンドルが灯り、天蓋ベッドに貴婦人少女が眠っている部屋、樽をたくさん並べおき、天井に吊るされた滑車から水を汲み取る井戸のすべてを、馬で通り過ぎ、キープ塔をくだってゆき、第二城壁区域の落とし格子装置の開門にとりかかった。
閂を凹み部分に埋め込むタイプの城門なら、内側から開くのはたやすいが、落とし格子が道を塞ぐと、開門装置にとりかかるのに時間がかかる。
リドワーンやレイファなどの魔法少女たちが、城門の巻上げ機室へ木造の階段をのぼり、狭い通路を通って、アームを握って鎖を巻き上げた。
トゲのついた城門が次第に吊りあがってゆき、開かれる。
そのとき、侵入者を嗅ぎつけた王国の警備兵たちが現れ、円奈たちが来たのとは別方向の廊下の番い扉をあけてやってきた。
円奈は、馬上で振り返り、目で敵をみとめると、弓をとりだし、馬上に跨ったままビチュンと矢を放った。
「あわ!」
あわてて警備兵が扉を閉めなおす。直後、ガタン!という音がして、ロングボウの矢が扉に刺さった。
円奈は間髪いれずに二発目の矢を弓に番える。馬上に騎乗しつつ、少女騎士は得意の長弓を放つ。
二発目の矢が扉にズド!と刺さり、警備兵たちはたじろいた。円奈の矢は、のこり15本である。
「よし、通れ!」
こうして時間稼ぎして、巻上げ機を握っていたレイファが、手で合図すると、円奈をはじめとしてリドワーンの一行は落とし格子の下をくぐり、いよいよ第一城壁区域にまでくだる。
レイファは巻上げ機のアームを手放し、すばやく自分も木造階段をくだって、落とし格子が再び地面に落ちてしまうより前に、間に合うように急いで城門をくぐりぬけた。
アームを手放した瞬間、再び巻上げ機が重力によって城門の格子は落ち始める。
その落ちるぎりぎりで、レイファはくるりと身を回しながら城門をくぐる。
その直後、城門は通路で落ちた。
完全に道は塞がれた。
もう、後戻りはできない。いや、後戻りなど無用だ。
彼女たちの目的は、この城を出ることなのだから。
蝋燭の火が冷風にゆらめいていた。
第一城壁区域の通路は暗い。
円奈たちは通路を進み、監視塔の内部へ入った。
監視塔の内部は、石壁に囲われた丸い空間に、弓弦がたくさん輪っか状にされて壁掛けに吊るされていた。
ロングボウの弓は、戦闘時ではないときは、このように輪っか状にして丸めて、保管していた。
いつも弓弦に張っておくと張力が弱まってしまうためだ。
それと塔の内部の石壁は、伝書鳩などを飼うための巣となるちっちゃな穴もたくさんある。ここに鳩たちが生活を営む。
円奈たちは監視塔を通り過ぎて、細長い階段通路をくだり、第一城壁区域の囲壁が囲う歩廊へでる。
もうエドワード城の出口が見える場所だった。
が、全員が出ようとしたまさにそのとき、誰かが、「待て!」と叫んだ。
それは、魔法少女の声だった。
誰もがふり返って声をだした魔法少女のほうを見る。
声をだしたのは、ヨーランという、聖地出身でエレム人の魔法少女だった。
「ヨーラン!どうした?何か珍しいモンでも?」
爆発矢の使い手、ブレーダルという魔法少女が、通路で足を止めて尋ねた。
「まあね。そりゃあもう、たまげたモンを見つけちまったよ」
ヨーランは、監視塔地下の(普段は、囚人を閉じ込めたりしている空間。囚人を監禁するということは、糞尿ふくめて悪臭を伴うので、地下に閉じ込めるのが常だ)倉庫から、樽に敷き詰められた袋に入った黒い粉末と、黄色い粉末に、白い粉末が、別々に仕舞われている袋のそれぞれを取り出していた。
「なんだそりゃあ?」
ブレーダルは眉をひそめる。
「こいつはな、”どーんとなる魔法薬”なんだ」
エレム国出身のヨーランは楽しそうに語った。
監視塔地下の倉庫から階段のぼって出てきて、粉末のそれぞれを入れた袋を、魔法少女たちに渡していく。
黒い粉末。これは、木炭。
黄色い粉。これは、硫黄。
白い粉末。これは、硝石。
「いいか、これをな、これくらい配分して、水を加えるんだ」
ヨーランは、袋のなかの大量の粉末のそれぞれを、混ぜ合わせる。
この行為が理解不能な西世界大陸の魔法少女と、鹿目円奈は、目をひそめ、変な顔をしてヨーランを見つめていた。
「おい、あそんでる場合じゃないぞ」
ブレーダルはしびれを切らした。
「兵たちが追ってきている。さっさとこのしけた城を出ようっての!」
自分たちが走ってきた階段通路を指差す。
その先からは、蝋燭の火に照らされた奥の湿った廊下から、兵士達が走ってくる声と足音がする。
「いや、こいつさえあれば、追っ手を一掃できるぞ」
ヨーランは、三色の粉末を混合させた混合物の山をつくり、水を混ぜ、それを袋につめ、追っ手の迫る通路の突き当たりに置いて仕掛けた。
「ブレーダル、魔力が足りなかったな」
「ああ」
ブレーダルは肩をすくめた。手元の大きな弓は、光を失っている。「ただの弓になっちまったよ」
「これを使いな」
ヨーランは、手元から、グリーフシードの何個かを、ブレーダルに手渡した。
「その前に、予備をくれくらい持ってだな…」
ヨーランは残った粉末の化合物を入れた袋を持ち、すると、みなに指示した。
「ここから離れろ!」
わけがわからないまま、守備隊の追っ手たちが剣ぬいて通路の狭い階段をくだって迫ってくると、みな逃げ始めた。
監視塔の内部から離れ、城壁の歩廊へでる。
追っての守備隊たちが、ちょうどヨーランの仕掛けた化合物の仕掛けられた袋のあたりに差し掛かる。
「ブレーダル!」
ヨーランは、第一城壁区域の歩廊を渡りながら、叫んだ。「あんたの魔法矢をかましてくれ!」
守備隊たちが監視塔の内部に辿り着く。
袋が置かれている。
ブレーダルは、グリーフシードで回復した魔力で、弓を召喚し、すると、魔法の爆発矢を、放った。
バシュン!!
石壁の通路に紫色の閃光が煌き、一点の光が眩いばかりに迸る。その場の円奈たち誰もが目を腕で覆った。
光の矢は城壁の上を通って監視塔内部に入り込んでゆき、そして、化合物をふくめた袋に着弾、発火した。
バチッ
魔法の矢が袋に刺さり、紫の閃光を放っていた矢の光が、何百倍にも明るくなり、城を満たした。
守備隊たちが眩いばかりの光に顔を覆う。
ビカッ───
次の瞬間、城を満たす光は巨大な爆発となって、炎を噴き上た。爆破は、城壁の一部と監視塔を完全に破壊してしまい、追っ手の兵士たちは吹っ飛ぶ城の破片と一緒に、天へ打ち上げられた。
「うわああああ」
兵士たちの体はいとも容易く爆発によって投げ飛ばされ、彼らは空中でむなしくもがいた。そして高さ100メトールの第一城壁区域の中庭へ、舞うように散っていった。
城の全体で地響きが起こり、岩盤が揺れ、その場にいた円奈たちの誰もがよろめいて城の壁に手をついて支えた。
「どうなってんだこりゃあ?あたしの弓はこんなに爆破しないぞ!」
ブレーダルは何が起こったのかわからない。
「まるで雷の落ちたみたいじゃないか!」
するとヨーランは、得意そうに語った。
「西世界の大陸の人間は無学だな」
ヨーランが説明した。
木炭と硫黄、そして硝石の粉末に水。
炭素と硝酸カリウム、硫黄の混合物に点火すると、分子が分解、窒素と二酸化炭素のガスが発生。
ガスに変化する際、物質の体積は千倍以上にも膨れ上がる。どかーんと。
いわゆる爆発という現象の正体だ。
「そんなこと誰に教わったんだ?」
自分の使う爆発矢の魔法を知ったブレーダルは、不思議そうに、エレム人に尋ねた。
するとヨーランは答えた。
「アケミホムラって魔法少女からさ」
今も聖地に生きるその魔法少女は、この世界が改変されるより前に、独学で爆薬を使っていた。
巴マミに時間停止の魔法について使い方が問題だと鞭撻された後に爆弾作成にとりかかったのだった。
だから、爆発物に関する知識があったし、その作り方も知っていた。
「で、なんで点火すると、二酸化炭素ガスとやらか発生して、体積が千倍に?」
ブレーダルは興味本位から質問すると、ヨーランは肩をすかめ、両手をひろげると、言った。
「しらん」
500
王都の城は今や絶望的に劣勢だ。
第五城壁区域には次々に魔女たちが投石器によって跳びまわり、不可侵である筈の砦は犯される。
第九歩兵部隊の守備隊たちが、懸命に魔女たちと闘うも、そもそも魔女の殺し方がわからない。
ソウルジェムを砕けなんて、無茶な話しだ。
今までのどんな剣術も槍術も、弓術も通用しない。
生石灰と水を降らせても、魔女たちに逃げられる。
執政官のデネソールは、第七城壁区域、エドワード城の頂上のバルコニーから、魔女たちが投石器によって飛ばされて城内に送り込まれてくる光景と、その背後、サルファロン地方を睨む方面の第二城壁区域で、監視塔がまるまる一個ごと大爆発によって破壊されバラパラの断片の雨と化した恐るべき光景を、つぎつぎ目の当たりにして、絶望した。
「……人の世は終わった」
老いた灰髪の男、デネソールは、城の頂上から、人が魔法少女に殺戮され尽くされる光景を見下ろし、人の世の未来を悲観して自棄になり、ぶつぶつ独り言を漏らした。
「人の命は軽んじられる。魔獣と、魔法少女の狩場の中間に立たされているに過ぎない種族になるのだ」
人の世の支配は終わった。
歴史を通じて、地球を支配してきたのは人類だった。だが西暦3000年後期になり、人類の時代は終わった。
これから、世界を牛耳るのは悪魔と契約した魔法少女どもだ。魔法少女の時代がくる。
人類は、家畜のように、魔法少女たちによって、魔獣がグリーフシードを孕むための犠牲として養生されるにすぎない存在になる。
いや、それは今に始まった話ではない。
魔獣というのは、人の感情を喰ってグリーフシードを孕むのだから、もともと人なんて存在は、魔法少女にとってはグリーフシードを育くむための肥料か餌にすぎない存在だった。
ニワトリが卵を孕むための栄養なのだ。
それは、鹿目まどかが宇宙を改変する前も後も変わらない。
「……人類の未来に夜明けはこない」
デネソールは悲観する。人の世の未来を悲しむ。
「人類の希望はいま、灯火と消えた。この先の世界など、死んだほうがマシだ」
執政官はすると、王が健在だというのに、執政官として政務命令を発動させてしまい、第六城壁と第七城壁の最後の防御地点に立ったエドワード兵たちむけて、やけっぱちな指令を叫んだ。
「持ち場を離れよ!」
デネソールは、エドワード城の頂上のバルコニーから、生き残った残り少ない守備隊たちむけて、指令を自暴自棄になりながら叫ぶ。
「逃げて生き延びろ!もう戦うな!逃げて逃げて、あさましく逃げながら生き延びるのだ!」
持ち場についた国王軍の兵たちは、デネソールの指令の声が轟くと、急に勇気がしぼんでしまい、本当に持ち場を離れだして、武器も手放し、好き勝手に逃げ始めた。
四散八散、ちりぢりになって、持ち場を放り出した。
防壁をおろそかにしながら、戦いの緊張感から解き放たれつつそれぞれの逃げ道へと走った。
エドワード城の最後の砦は、こうして兵たちが逃げ出し、見捨てられ、誰も守りに立たなくなった。
デネソールは、悲しさに涙に目を溜めながら、最後の防壁が兵士たちに捨てられる光景を眺めていた。これでもう本当に、人類の栄光の世は閉じられた。
魔法少女たちは守りがいなくなった防壁をやすやす抜け、王城を支配し、我々はみな殺される。
感傷に浸りながら城の敷地側へふらふらとふり返る。
と、その刹那、誰かの剣の鞘に顔面をぶったたかれた。
「ぶっ!」
デネソールは目をぎゅっと閉じ、苦痛に顔をゆがめた。
鞘を顔面にぶち当てたのはオーギュスタン将軍だった。
彼は第七城壁区域にまで戻って、最後の防衛を任されていた。
将軍である自分の指揮を無視して、全く別の指令を、しかもよりにもよって持ち場を離れろなんて命令を、執政官の分際でくだすことに我慢ならなくなった将軍は、老いた執政官の腹をさらに鞘で殴りつける。
「うぶ!」
執政官の腰がくの字にまがる。
するとその背中へガンと肘を突き落とす。
デネソールは気絶して芝生の敷地にどさっと倒れた。
それを見届けたオーギュスタン将軍は、今や絶望に支配されつつある敗色濃厚の王都の城を守るため、命令を全軍へ発した。
「持ち場につけ!戦いにそなえるのだ!」
将軍の声がして、城壁下の守備隊たちが顔をみあげる。
武器も手放し、戦意を失い、勇気もなくした最後の生き残り兵たちを励ます。
「我々にはまだ希望がある!」
オーギュスタン将軍は今や銀色のぎらぎら光る甲冑を身につけ、鎧姿となり、アノールと名づけた王都随一の白馬に跨り、ぎらついた槍を手に握ると、騎乗の姿になっていた。
それは、戦闘にでる武装であった。
王都で最強の騎士が、ついに戦いに出る決心を固めたのだ。
その勇者が戦場へ出向く姿は、希望が残り少ない兵士達の勇気を呼び覚ます。
「持ち場につけ!戦士の務めを思い出せ!」
これにつづいて守備隊長ルースウィックも号令を発し、第六城壁区域に避難した全ての兵たちを鼓舞した。
「我らはまだ負けていない!」
守備隊長ルースウィックはすると、第七城壁区域の胸壁、アンブラジュールの矢狭間の上に立ち、声をあげるのだった。
仲間たちへ。
「魔女どもを地獄に叩きつけろ!」
オーギュスタン将軍は名馬アノールに乗り、ユニコーンの軍旗を風にはためかせながら、第七城壁区域の城門をくだり、根城の通路を馳せてゆくと、自らも戦場の第六城壁区域へ赴き、逃げ惑う兵たち一人一人に呼びかけて、励ました。
「さあ持ち場につくのだ、勇気を奮うのだ、勇者たちよ!王をお守りするのだ!」
「エドワード王万歳!」
執政官デネソールの戦役を解く命令の直後、持ち場に戻れと叫ぶ将軍の指令。
普通だったら、国に不信感を抱いてしまうようなこの流れは、どうしてだか、今や兵たちをこれまでにないほどの勇気に奮い起こさせ、何がなんでも絶対に王をお守りするのだ、という気持ちに、彼らは昂ぶった。
一度捨てた武器を誰もが拾い、一度捨てた持ち場にすぐさま戻る。
兵たちは、もう二度と引かぬ、たとえこの身が果てようとも、王と運命を共にする、その勇気に身が奮い立ち、自らの死地を誰もが心に決めた。
なぜなら。
彼らの王、エドワード王こそは、本気で人類を救おうとしてくれた王だから。
誰よりも人間を愛する王だったから。
魔法少女と魔獣の狩場の養分にされるだけにすぎなかった人間の尊厳を、本当に取り戻してくれようとしている王だから。
自分たちがお守りする。
必ず守る。
絶対なる忠誠と、王への尊敬は、兵たちの士気を最後の最後、極限に高め、宇宙生物と契約した邪悪な魔法少女たちの到来を待ち受けた。
その力はあまりにも強く、かつ不気味だ。やつらは魂と引き換えに不死身の体を手にし、魔法という、人にとって忌むべき呪術を使う。
だが、なんとしてもやつらをとめなければならぬ。
それを、誰にも率先して、本気で戦ったのが、我らが王なのだ。
「エドワード王万歳!」
守備隊長が叫ぶと、生き残った守備隊たち誰もが、同じく叫んだ。
「エドワード王万歳!」
それは、朝の讃辞の鐘のときのような、城下町の住民たちが無理やり叫ばされるような声とちがって、心から愛を叫ぶような、守備隊たちの忠誠心があげる魂の声だった。
501
チヨリとヨヤミ、マイアーら城下町の魔法少女たちは、エドワード城の第五城壁区域の外郭通路を走り、遭遇する人間兵士を叩き落しながら、吊り上げられた跳ね橋を降下させ開門する装置にむかっていた。
もう生き残りも半数以下の歩兵部隊は、第五城壁区域の正面門を死守しようと、魔法少女たちと闘う。
戦場は第五城の外郭通路で繰り広げられ、幅1メートルもない壁際の歩廊で、戦闘は始まった。
歩兵部隊の残存は、270人程度。
そのうち180人は避難し、第六城壁区域の中庭芝生にて、出動したメッツリン卿ら騎士たちと最後の防衛線の持ち場についている。
のこり90人は、逃げ遅れて、すでに閉ざされた城門の外側にはじき出され、第五城壁区域内を彷徨い、魔法少女たちに見つかって切り殺される運命だった。
守備隊たちは、巨大跳ね橋の正面門の開門装置を、マイアーらに譲るまいと、剣を抜き、距離をとりつつ、剣先は突き延ばす。
これは、近づくなと合図だ。
アドラーらはそれを無視する。
両手に持ったモーニングスターを振るい、兵士の剣先を重たいトゲつき鉄球で弾いてしまう。
ガチャン
「あう!」
細い鋼鉄の剣先は、鎖に吊るされた鉄球に叩かれ、どこかへ向く。
兵士は無防備になる。
すると、すかさず、もう片方の手に握られたアドラーのモーニングスターが、頭上に振り落ちてきた。
ズドッ
トゲつきの重たい鉄球は、兵士の頭を潰した。重さ20キロの鉄球の棘が、兵士の頭をバラバラと砕いた。
兵士の頭の上半分はつぶれて、モーニングスターの鉄球にこびれついた。
その兵士は即死した。
「この!」
奥の兵士が、槍を伸ばしてくる。
モーニングスターを使う敵と戦うなら、いくらか有効な武器の選択だった。
だが、相手はマイアー一人でけではなかった。
弓使いの魔法少女もすれば小刀使いの魔法少女ヨヤミもいたし、剣士の魔法少女もいた。
槍を伸ばした兵士の顔面には矢が突き立つ。
「うう!」
槍を手放し、鼻横を貫いた矢を抜き取ろうとする。
その兵士の腹に、モーニングスターが振り落とされた。
「あぐう!」
鎖によって投げられた鉄球の棘に腹部をえぐられ、兵士は苦痛に喘いだ。
中身が露になった。
剣士の魔法少女────クリフィルの投石器によって飛ばされた魔法少女の一人で、名はデトロサ──は、兵士達の残存舞台に戦いを挑んでゆき、次々斬り付ける。
何人もの兵士が剣を突き出すその隙間に入り、剣士の魔法少女二人の兵士の間にたってぶんと剣を一振り。
すると、二人ともの兵士が、魔法少女の剣をうけて、吹っ飛ばされ、幅1メートルしかない狭い外廓通路から落下した。
「ああああ───!」
一度転落しだすと、第五城壁区域からの落差は大きい。
第三城壁区域まで、250メートルちかい落下を兵士達は辿る。その遥か下には、幾何学式噴水庭園がある。
何秒かあとには、そこには肉体の破片がぶちまけられているだろう。
こうして魔法少女たちは狭い外廓通路でも協力しあって、兵士らを撃退し、いよいよ正面門の開門装置に
ありついた。
「まわせ!」
巻上げ機の鎖をほどく。
吊り上げられた正面門は、降下し、第四城壁区域に集合した仲間たち80人の魔法少女たちが渡るための道が通される。
クリフィルはじめ、第四城壁区域に集まった仲間たちは、第五城壁区域への正面門が降りるを、今か今かと待ち受けている。
誰もが、王城に篭る人間を皆殺そうと思っている魔法少女たちだ。
兵士も、騎士も、貴婦人も、貴族も、王族も。
クリームヒルト姫も世継ぎの少女アンリも。皆殺してみせる。
すると、エドワード城は陥落し、王族の血筋は絶え、エドレス王国は滅びる。
いよいよ正面門が城から城へ渡された。
巨大な跳ね橋が降下し、鎖は伸ばされ、通路先に道ができる。
わおおおおっと、魔法少女たちが喜びの声あげて、手にそれぞれの武器を手に、堂々、橋を渡りはじめた。
標高にして崖上400メートルの巨大跳ね橋を渡り、王城へ。
橋を渡ると、ぞくぞく第五城壁区域に到達し、80人あまりが、複雑な往復階段を行ったり来たりしながら右へ左へと登りつめる。
彼女たちが、エドワード王の足元に辿り着くまで、あと少しだ。
上空に位置する第六城壁区域の塔から、クロスボウ兵たちが断続的に矢を放っていたが、仮にそれが魔法少女の体に当たったとしても、ほとんど意味はなかった。
502
舞台は標高600メートル地点の城の中庭、王都の頂上だ。
大陸の裂けた渓谷の間に建つ塔のような巨大な城は、千年無敵とさえ呼ばれていたが、いまや陥落寸前であった。
しかし、騎士たちはこの絶望的状況に立ち向う。
銀色の甲冑、立派な防具と鎧を馬にも着せ、右手には槍、背中には盾、左手には馬の手綱。
騎士たちの右手に持たれた突撃槍はエドワード王の紋章、ユニコーンが描かれて、英雄の勇猛さをあらわす。
彼らは、魔法少女との最後の決闘に受けて立つ、死を覚悟した騎士たち。
緑色の布地に白馬の一角獣を描いた旗は、城にふく風にはためく。
それは青空から届いてくる天空の城への、出陣を祝福する優しい風。でも激しい風。
ばさっ。ばさささ。
軍旗は城で激しくゆれる。騎士たちの手に持たれて、はためく。
騎士たちのリーダーは、エドレスの都市で最強の騎士ベルトラント・メッツリン卿。
都市開催の今年度の馬上槍試合の優勝者でもあり、名実共に最強の騎士である。
それにつづいてヴィンボルト卿、ディーテル卿、他、馬上槍試合でおなじみの騎士たちのメンバーは皆つどい、馬に乗って、魔法少女という異様な敵への戦闘体勢についていた。
しかし、こうしたオールスターな面々の総指揮にあたる将軍こそは、エドレス国の勇者、オーギュスタン将軍。
メッツリン卿でさえ、オーギュスタン将軍には、馬上槍試合でも剣試合でも一度も勝てたことがない。
オーギュスタン将軍の下につく残存の弓兵部隊の隊長の面々は、長弓隊長にして国内一番のロングボウの名手、エラスムス。
この戦いで一番魔法少女のソウルジェムを破壊した実績がある弓兵だ。
さらに、クロスボウ隊長のヴィルヘルム。彼もまた、クロスボウの名手である。もちろん、技の熟練度はロングボウの射手であるエラスムスのほうが高いが、ヴィルヘルムの強みは、城壁の上から敵兵を射止める業である。
クロスボウの得意分野でもある。
守備隊、すなわち剣士たちの隊長にたつは、ルースウィック。第一から第九歩兵まで全ての指揮権を持つ。
かくして最強の騎士と勇者、弓兵、剣士たちを揃え、決戦に打って出る。
第六城壁の防壁を固める守備隊の数は、300人。
弓兵の数は、200人。
騎士の数は、30人。
将軍は一人。ただし、参謀が二人。
総勢、530人超。
対する城下町の魔法少女は、85人。
これは、王城側の人間からみると、絶望的な戦況にすら思えた。
なぜなら、反乱を起こした城下町側の魔法少女は、すでに2375人も、守備隊を殺しているからである。
エドワード城の全軍総力の、3割にちかい損害になる。
その四分の一の戦力で、王を守られなければならない。
数だけみたら、絶望的だけれども、国王軍は、どこかこの戦いに勝てるという希望を見い出していた。
それが死を目前とした躍起な覚悟なのか、絶望が一回りして楽観主義にすら走っているのか、それとも勝算が本当にあるのか、誰にもわからない。
けれども、我々には勇者がいる。
名馬アノールに騎乗して、国旗を一身に背負い、銀色の防具をまとって、兵たちに勝てる、と励ます将軍がいる。
国家の誇りが生んだ最強の騎士がそう言う内は、負ける気がしなかった。
たとえ、ちかいうちくる現実の未来が、ことごとく魔法少女に打ち負かされ、虐殺されるものであったとしても。
503
やがて、敵は現れた。
がやがやと甲高い少女のような声をたてながら、ぞろぞろ第六城壁区域に登ってきたのは、人の姿をした怪物たちだ。
手にモーニングスターという鎖つきの鉄球を吊るした武器をもつ敵、血まみれの剣を持つ敵、弓を持つ敵、小刀を持つ敵、クロスボウを持つ敵。
まず20人が顔をだし、つづいて30人、40人、50人…と、数を増す。
魔法少女たちは第六城壁区域、王の根城を目前にした貴族たちの城に辿り着き、その芝生の生えた中庭に集結した。
彼女たちが城郭の外回り階段を登りきって入った敷地の前には、徹底的に守りが固められた最後の防壁がある。
矢狭間には長弓兵が持ち場につき、弓を引く。監視塔の出窓にはクロスボウ隊の弩弓が発射口を覗かせている。
当然ながら唯一の城門は閉じられ、落とし格子が落とされ、ぴしゃりと塞がれている。
「城門に入れ!」
先頭にたったクリフィルが、剣を伸ばし、味方の魔法少女たちに大声だして呼びかけて、突撃をはじめた。
「臆するな!人ごときが魔法少女を殺すことなどできるものか!」
魔法少女たちは、突撃を開始した。
背丈の小さな少女たちが、魔法の武器をもって、ぞくぞく、城壁へ接近する。
オーギュスタン将軍はすぐ命令をくだした。
「生石灰だ!」
将軍は城壁の上に立っていた。号令はよく轟き、兵たちはすぐ動き出す。
「生石灰を!」
すでに準備されていた生石灰の粉末をいれた壷を、城門へいつでもふっかけられる準備を整える。
もちろん、この生石灰を、魔女たちが頭にかぶったら、すぐにでも水をぶっかけられる用意もある。
鉄バケツには、水がたんまり入っているのだ。
城門へ近寄ってきた魔法少女たちが、みな足にブレーキかけて、走りをとめた。
「おおっと、それがあったか」
クリフィルは慌てて引き返す。
直後、生石灰の粉末がふってきて、城門前の地面を白くさせた。
逃げ遅れた魔法少女は腕に生石灰の粉末をかぶった。
すさかず城壁側の兵たちが、バケツに入れた水を投げ込んでくるが、生石灰をくらった魔法少女は水が身にふりかかるより前に逃げた。
「どうよう。正面突破できない」
生石灰攻撃は、魔法少女に効果抜群であった。
直後、長弓隊長エラスムスの弓矢が、目にもとまらぬ速さで飛び、生石灰から逃げて背をみせた魔法少女たちのソウルジェムをばしばし射抜いた。
「あぐっ───」
背中から突き出た矢の先が、ソウルジェムを砕いてしまう。割れたソウルジェムから矢が突き出る。
魔法少女は倒れる。
「あっ!───」
人間と違って、魔法少女は、死ぬときは一瞬で死ぬ。
エラスムスの弓に狙われたら最後、百発百中、ソウルジェムにあたる。腕の肘部分にソウルジェムをはめ込んでいた変身姿の魔法少女は、矢がソウルジェムを通過し、バリンッと音たてて割れ、彼女は死んだ。
「あまり人間をなめるなよ!悪魔の手先ども!」
すると守備隊長ルースウィックが、興奮して、高壁から魔法少女の軍団むけて叫んだ。
「全員焼き滅ぼしてやる!城門にちかづいてみろ。その頭に火をふらせてやる!悪魔に犯された女ども、穢されきった売女どもめ!腐った肉を再生するのか?淫らな肉体の魔女め。さあ、殺してやるぞ!」
「正面突破はだめだ」
クリフィルは発狂状態の守備隊長を眺めながら、呟いた。
「あの城壁を乗り越えたい。いい案はないかな?」
「古典的な攻城法ではあるが、道具を使えば突破できる」
と、デトロサが言った。
彼女には案があるようだ。
「道具ってなあ、まさか、あんた」
クリフィルは顔を渋らせていた。うーっと口を蕾む。
「また投石器使ってぶっ飛ぶ気か?」
「いやいや、投石器は、この地区に見当たりみせんね。」
棍棒をふるう魔法少女、ミューラルが言う。城下町出身の魔法少女の一人であった。
「それがここでも使えたなら、王の城までひとっ飛びでしたが!」
「今までこの方法を魔法少女が思い浮かばなかったのが不思議だよ」
クリフィルは肩をすくめた。
「投石器で飛びさえすれば、どんな城だって攻略できるじゃないか!」
デトロサは第六城壁区域の、シングル葺き屋根の倉庫に入って、中の木造の階段をくだってゆき、地下から車輪つき梯子を取り出してきた。
長さ7メートルほどの車輪つき梯子は、攻城用そのもので、敵城の壁に梯子をかけてよじ登るもの。
クリフィルはそれを見て、目を丸めた。あんぐりした口から顎が落ちる。
「ほんとに古典的なんだな!」
デトロサは歯をみせて笑った。銀色の防具を身に着けた変身衣装は、武士のようである。
「さあ、攻城戦だ!」
504
第六城壁区域の敷地内にある倉庫から、魔法少女たちは車輪つき梯子という、攻城用具を5個ほど取り出し、それをみんなで持った。
梯子の上には、すでに何人かの魔法少女がのっかっていた。彼女たちは、梯子ごと魔法少女たちを城壁側へ送り込む気なのだ。
車輪つき梯子を、物凄い速さで走って城壁に近づけ、壁に車輪を走らせながら、城壁に乗り上げさせて、梯子にのっかった魔法少女たちが先頭きって城に乗り込むという、極めて古典的な攻城法であった。
車輪つき梯子を活用して城を攻める作戦そのものは、とんでもなく昔からあるもので、古代中国にはあったし、古代ローマにもあった。
車輪つき梯子のことは雲梯と呼ばれていた。
さて、城下町の魔法少女で武士のような変身姿になるデトロサは、この車輪つき梯子に乗り、仲間たちによって運ばれながら、城へ攻めた。
梯子の車輪が城壁に辿り着く。魔法少女たちは梯子の車輪を城壁にくっつけ、持ち上げて、だんだん角度をあげていく。
梯子の上に乗るデトロサが城壁の高さにまで押し上げられる。
「梯子だぞ!」
オーギュスタン将軍は叫んだ。
矢が降りかかるなか、魔法少女たちは五人か六人がかりで、梯子を運び、城壁に掛けた。すると、梯子に乗っかっていた魔法少女たちが、梯子から城壁へ突入。乱闘が始まった。
梯子を運びおえた地面の魔法少女たちに先駆けて、予めに梯子に乗っていた魔法少女が、一足先に城へ。
「剣だ!剣をぬけ!」
オーギュスタン将軍は、甲冑の兜が顔を覆う面頬から、声を張り上げた。
剣士たちが同時に剣を鞘から抜いた。
シャキン。
70本の剣が、同時に青空の日を浴びて光る。
そして、城の攻防戦ははじまった。
梯子をのぼってきた魔法少女を、刺そうとする剣士と、その剣士を刺そうとする魔法少女の、激しい切りあいだ。
梯子を登りきって、城壁の歩廊に降り立った魔法少女は、さっそく剣をブンとあたりじゅうに振り回し、すると剣の斬撃に巻き込まれた兵士たちがぞくぞく城壁で転げた。
城壁に掛かる梯子の数は増える。
梯子が掛かるのと同時に、梯子にしがみついていた魔法少女が、さっそく最後の防壁に突入してくる。
車輪つき梯子のよって浮き上げられて、梯子に乗っていた魔法少女は、剣を手に、防壁へ乗り込む。
が、守備隊長ルースウィックが、そこに立っていて、自らの剣をめいっぱいにふるった。
「魔女め!死ね!」
その剣は梯子から防壁に乗り込んできた魔法少女の足を斬る。
片足失った魔法少女が城壁の歩廊に倒れ込む。ごろんとまわって、猫のように仰向けになった。
ルースウィックはすると、胸元の弱点らしき宝石を剣先でくだいた。
途端に、人形のように目が虚ろになり、魔法少女は息しなくなった。
「そう簡単に陛下の城は渡さないぞ!」
ルースゥィックは意気込んだ。
梯子をのぼってぞくぞくやってる魔法少女たちの相手をする。
ルースウィックは、生石灰が詰まった壷ごと、梯子むけて投げ込み、すると白い粉末が梯子にのる魔法少女たちみんなの頭にぶわっとかぶせられた。
魔法少女たちの頭が白くなる。白髪に化けたように。
「燃えちまえ!」
するとルースウィックは水がめを投げ込んだ。
落ちた水がめは梯子を登る先頭の魔法少女の頭にあたってバリンと割れ、梯子に手をかけていた魔法少女たちの生石灰に反応し、すぐじゅーじゅー音をたてはじめた。
「あああああ゛!」
石灰に焼かれる魔法少女たちは苦痛を訴え、みな梯子を手放して落っこちる。
顔の肌をやく灰色の生石灰を、ばたばたしながら手で振り落としている。
オーギュスタン将軍は、城壁に立っていたが、梯子が上昇し魔法少女が飛び込んでくると、さっそく剣を抜いた。
鍛冶屋イベリーノで鍛えられた最も錬度の高い剣だ。
オーギュスタンはこの剣をコルタナと名づけていた。
さて、剣をぶんぶんふるうおっかない魔法少女が城壁に乗ってくるや、オーギュスタンは身を屈めてよけ、その刃をかわす。
だが、屈むとき、片手をついてしまった。
この体勢のせいで動きが鈍くなる。
すぐに魔法少女が、剣を振り上げてオーギュスタン将軍を叩き切ろうとしてきた。
ブン!
剣先が落ちる。
オーギュスタン将軍は間一髪、身を横向きによじらせてかわす。剣先は城壁の地面を叩いた。
直後、オーギュスタン将軍の反撃の剣が突き出た。
それは、剣先が地面をたたいた魔法少女の腹に刺さり、そのまま背中にまで剣が突き出た。
「うぐっ…」
口から血を垂らす魔法少女の動きが鈍くなる。
ふつうなら死ぬ一撃は、魔法少女には大して効き目などないことは、将軍もわかっている。
だから、鞘からもう一枚、プギオという短剣を抜いて、それで動きを鈍くした魔法少女の肩についた宝石をバキンと砕いた。
その魔法少女は気を失って足元くずし、ぐにゃぐにゃと倒れていって、横たわった。
長弓隊長のエラスムスは、梯子から魔法少女が城壁に登ってくるや、ドンと足裏でけって、ひるませると、弓筒から矢を取り出して、矢だけもって魔法少女の腹についた宝石を砕いた。
パリンと音がして、いとも容易く魔法少女は梯子から落下し、二度と登ってこなくなった。
魔法少女の弱点を正確に把握した国王軍は、魔法少女たちを相手に善戦を戦いぬく。
だが、それでもやっぱり、人間から見たら、魔法少女たちのパワーは恐ろしく強い。
ぞくぞく梯子をのぼって城壁に潜入してきた魔法少女たちは、城壁を早くも乗っ取りはじめ、防壁を守る守備隊たちの身を持って投げ出してしまう。
「ああああ゛う゛!」
防壁から投げ出された兵士は高さ16メートルの城壁から落とされた。
オーギュスタン将軍は、大きな剣で相手の魔法少女の剣を振り払い、敵の剣を弾くと、素早くもう一度剣をふりきり、魔法少女の顔を剣で裂いた。
「があ゛っ!」
刃で裂かれた魔法少女の顔面が半分になった。
チヨリは、斧をぶんぶんふるって、防壁にたつつ守備隊たちの頭を割った。
弓兵がチヨリむけて矢を放ってきたら、身をよじってかわし、弓兵に接近していって、腰に斧をたたきつけた。
「あう!」
腰を斧で裂かれた弓兵が呻きを叫ぶ。
チヨリは斧を腰か引き抜いて、すると倒れる弓兵の心臓部に斧をもう一度、たたきつけた。
鮮血が心臓から飛びはね、チヨリの額と頬を赤く塗らした。
長弓隊長エラスムスは、梯子をつたって防壁にのぼってくる魔法少女がやってくるたび、弓に矢を番え、その身についている宝石をことごとく射抜いた。
胸、肩、腕、膝、肘、額。
さまざまな部分にソウルジェムをつけている魔法少女たちだが、列なして梯子をのぼっても、ことごとくエラスムスに矢で魂を射抜かれ、みなバタバタと城壁下に横たわって死体の山となった。
エラスムスに仕留められた魔法少女の数は14人だ。
守備隊長のルースウィックは、右にも魔法少女左にも魔法少女の城壁に踏みとどまり、剣士の誇りにかけて少女の姿をした呪われた敵たちと奮闘していた。
モーニングスターを両手に握り、振り回し、守備隊たちを八つ裂きにしている魔法少女がいたので、ルースウィックはその魔法少女に戦いを挑んだ。
モーニングスターを両手に持つ魔法少女は、鎖に吊るしたトゲトゲ鉄球を回転斬りのようにまわして、周囲の守備隊たちの顔を叩いて散り散りにしていた。
トゲの鉄球に頬をえぐられた兵士が、血だらけの顔になって肌を失っている。肉と骨の顔になった。
かわいい部下の傷ついた姿をみて、ルースウィックは怒り、モーニングスターを振り回す悪魔のごとき魔法少女に、戦いを挑んだのだった。
「俺様が相手だ!」
剣を持ち、モーニングスターの魔法少女の前まで走り、他の場所でも兵たちが梯子を登ってやってくる魔法少女たちと交戦中のなか、標的の前まで、彼は進み、剣を伸ばす。
「人様に手を出しやがって!」
すぐ相手がニングスターをふるってきた。
「うお!」
ブン!
相手が鎖をふるうと、それに遅れてトゲトゲの鉄球が顔面にきた。
ルースウィックは慌てて剣をだして守った。
ガキン!
重たい鉄球に剣があたる。手首に痛みがはしり、じんじんと震動が刃から手にまで、伝わってきた。
強烈な衝撃だった。
が、なんとか敵の攻撃を防いだ。
「この!」
ルースウィクは、この修道士が使い始めたという武器の弱点を知っていた。
鎖にぶら下げられているだけの鉄球は、地面に攻撃範囲が及ばない。
いや、もし地面に攻撃範囲を広げようとするなら、必ず隙は生まれる。
ルースウィクは屈みながら魔法少女に接近してゆき、最終的には匍匐全身、這うようにして接近した。
一見すると、隙だらけで無防備なこの体勢は、もちろん、相手の攻撃を誘う。
モーニンズクターをふりあげ、死ねといわんばかりの顔をみせた魔法少女が、モーニングスターを振り落としてきた。
「はっ!」
ルースウィックはすると、それを予知していたかのように素早く身を回すと、鉄球をかわした。
直後、ルースウィックが這っていた地面を鉄球がたたきつけた。鎖の音がジャラララと鳴り、重さ20キロの鉄球が石の地面を叩く衝撃音が轟いた。
鎖に吊るされた鉄球は、地面にまで攻撃範囲が及ばない。それでも地面に這う敵を攻撃しようとしたら、いちどふりあげて、上からたたきつける動作をする。
これはまんま脇が隙だらけになることを意味する。
この魔法少女たちは、武器も力も持っているが、いくさの経験は人に及ばない。
「人様をなめるなよ!」
ルースウィックはすると、身をころころ地面を回すと、城壁の歩廊を素早く移動し、片手をつきつつ起き上がり、立つと、剣をモーニングスターを持つ魔法少女の脇に差し込んだ。
「ふぬ゛ううう!」
と、意気込む鼻息もらしつつ、めいっぱい、両手の剣を魔法少女の肉に刺す。
「どうだ!まいったか!だが今更まいったって許さないぞ!」
ヨヤミは、長弓隊長エラスムスの飛ばした矢を間一髪でよけると、城壁奥の階段をおりていって、第六城壁区域の敷地に立つと、あちこちの監視塔から飛んでくるクロスボウの矢を潜りつつ、閉じられた城門の格子の巻き上げ装置をまわしていた。
落とし格子の門が開き始め、入り口は開かれる。
「あの魔女を止めろ!」
何人かの守備隊が剣を手に、ヨヤミにむかってきたが、その目前にスタッと飛び降りてきた仲間の魔法少女に、彼らは殺された。
ミューラルという魔法少女をだった。
兵士達は皆、ミューラルの棍棒に叩かれ、ころげたあと、腹を棍棒で割られたりして、死んだ。
門が開かれると、城壁下の敷地で待機していた50人の魔法少女が、どーっと城門から突入してくる。
「長弓隊、進め!」
事態を察したオーギュスタン将軍が命令を発した。
すると第六城壁区域の奥側の壁から、伏兵していた長弓隊の列100人が姿をあらわし、前に出てきて、隊列をつくり、弓を引いた。
弓兵たちの矢の先が魔法少女たち50人が押し寄せてくる門へ向く。
が、このとき、オーギュスタン将軍はクリフィルの剣によって甲冑を叩かれ、将軍はよろめき、ついにはクリフィルによって投げ飛ばされた。
「あんたが指揮官か!さあ、敵将の首をとってやるぞ!」
地面に落ちたオーギュスタン将軍は、地面に這いつくばった。甲冑の重たさで自力で立つことができない。
「ぐっ…」
そのすぐ背後で、城門を突破した50人の魔法少女たちが、やってきている。
「ぐぬ…!」
将軍は動けない。
すると、将軍の危機を察した守備隊長のルースウィックが、目を大きくさせて叫んだ。
「オーギュスタン閣下!」
ルースウィックは城壁の歩廊を走り始め、剣を持ち、オーギュスタン将軍に襲い掛かる魔法少女たち50人の軍団にかむって、飛び込んだのである。剣もちながら大の字に両手を広げて。
「どりゃああ!」
高さ6メートルの城壁から、彼の体は舞い、門の下を通った魔法少女たちの頭上ど真ん中に飛び込んで落ちた。
頭上に落ちてきた守備隊長の体当たり攻撃によって、魔法少女たちがみなその場で倒れた。
ドタドタと、50人のうち12人くらいがころげる。
ルースウィックはすぐ立ち上がり、剣をもって、50人の魔法少女を相手にたった一人で戦いを挑んだ。
「さあかかっこい化物ども!俺が相手だ!閣下には指一本触れさせないぞ!」
将軍から注意をそらし、魔法少女たちの注意を自分にむけるため、徹底的に挑発する。
「さあどうした悪魔に魂を捧げた売女どもめ!願いごとは叶ったか!だが俺が殺してやる!」
叫び、手でクイクイと自分のもとにくるように挑発し、魔法少女たちむけて、がなりたてる。
「さあこいよ!俺が相手だ!人様を舐めると痛い目あうぞ!」
「うるさいな」
クリフィルが拳を伸ばして、守備隊長の顔を叩いた。
「はぶうっ!」
鼻をぶったたかれた守備隊長はころげた。
鼻血をだし、手で顔をおさえながら、目に涙を溜めた。尻餅ついて。
「ルースウィック!」
ようやく守備隊の仲間たちによって助け起された将軍が立ち上がった。
そして彼は、甲冑姿のまま剣もった腕を前に伸ばして、ロングボウ隊に指示をくだした。
「弓を放て!」
ズババババババ!
伏兵たち100人の弓から矢が発射され、100本の矢が飛んだ。
その矢の数々は、オーギュスタン将軍の両側を通って、ころんだルースウィックの上を飛び、城門に集まっている魔法少女たちの肉体に、つぎつぎ刺さった。
「あう!」
「うう!」
「あがっ…!」
50人以上の魔法少女たちのほとんどに矢が命中した。
みな胸に矢を受けたりしてころび、倒れ、苦しむ表情をみせる。
額に矢があたり、気を失ったり。
足と腹に矢を受けて、痛みに喘いだりした。
魔法少女たちの苦痛の声をきいたあと、オーギュスタン将軍は、剣を肩に構え直すと、剣先を前に向け、攻撃命令をくだした。
「突撃!」
長弓隊の全員が剣を抜く。
ジャキキキ。
鋼鉄の剣が戦場にて新たに、抜かれる。
長弓隊100人と、魔法少女たち総勢80人の、戦いがはじまる。
矢の傷みにいちどひるんだ魔法少女たちが、みな痛みを遮断し、戦いの体勢にもどると、長弓隊が剣を抜いて、一斉に突撃してきていた。
魔法少女たちも受けて立つ。
オーギュスタン将軍も、先頭たって進み、剣を肩に構えながら、前へ向けつつ魔法少女たちの方向に突進。
命も顧みない捨て身の進撃だ。
そして、両者の距離は縮まっていった。
オーギュスタン将軍は横向きに剣をふるい、魔法少女の槍をどけると、たちまち交戦へ突入。
背丈の小さな頭上に剣をふるうと魔法少女の持つ盾に防がれる。
オーギュスタン将軍は再び剣をふるい、こんどは脇腹にむかって剣を振り切る。頭から脇への斬撃だ。
それも、魔法少女の盾に防がれる。
魔法少女が、槍を捨てると剣を鞘から抜いて、オーギュスタン将軍の肩へふるってきた。
が、オーギュスタン将軍は自らの剣でそれを受け止め、剣同士を絡めたあと、自らの剣をぶんとふるって力で押し切り、直後、魔法少女の首を切り落とした。
ぽろっと、驚いた顔みせた魔法少女の顔が首からころげていった。
長弓隊長のエラスムスは、ソウルジェムを矢で射抜いて死んだ魔法少女の落とした盾を拾った。
その盾を、地面へ投げ、階段に滑らせると、その上に乗った。
両足を盾に乗せ、城壁の階段をガタタタタとボードのように乗りこなしながら、ななめに階段を滑り落ちつつ、弓を次々に放って魔法少女たちを射止めた。
長弓隊長の矢が弓から飛ぶ。
矢がバチュンバチュンと音たてて空を裂き、飛ぶたび、魔法少女たちのソウルジェムが割れる。
階段を盾に乗って滑り降りつつ、弓矢を五本放ったエラスムスは、五人の魔法少女のソウルジェムを破壊する。
文字通り矢継ぎ早に放たれる矢は、ロングボウの得意技だ。
さて、五人がバタバタと倒れていったが、エラスムスは階段をくだりきると、ボードのように乗りこなした盾を足ではじいた。
最下段で盾が弾け飛ぶ。
弾け飛んだ盾は、城門を通って突入してきた魔法少女の首にあたり、鉄の盾は刺さった。
「うう゛!」
首に鉄の盾が食い込んだ魔法少女は、苦痛に顔をゆがめ、両手で首に食い込んだ盾を引き抜こうとする。
エラスムスは、矢筒から矢を手にとりだすと、手に握って、その魔法少女の目に突き刺した。
目玉を貫いた矢を引き抜いて、その粘膜のついた矢を弓に番えると、放った。
それは目を突かれた魔法少女の胸元のソウルジェムを貫いた。
魔法少女は動かなくなった。
まるで意識はあるが全神経が突然、麻痺したように、動きを失って、倒れてしまう。
しかしそれは例えの話であって、やっぱり、ソウルジェムを失った魔法少女の体に意識は抜け落ちていた。
エラスムスは、この宝石を砕かれたらぴくりとも動かなくなってしまう魔法少女たちは、人形か何かのようだ、と思った。
その不可思議な生態を人が理解する日は来ないだろう。
「ルースウィック!」
かくしてたくさんの魔法少女を撃退した長弓隊長は、地面にころげて、たくさんの魔法少女の足に踏まれつづけているルースウィック守備隊長をようやく助け起した。
片手で守備隊長の肩をつかみ上げ、するとルースウィックは自力で立ったが、その顔は真っ赤になって、かんかんに怒っていた。
「いまいましい魔女どもめ!」
背中を踏まれ続けていた守備隊長のプライドは、ズタズタだった。
魔法少女たちは守備隊長を無視して城門から敷地内へ突入、彼の背中を踏みながら長弓隊と戦っているのだった。
「俺と戦え!この屈辱、晴らさぬうちは死なん!さあ、こいよ魔女ども、かかってこい!」
「退却だ!」
ところがそのとき、戦場の城に、指令が鳴り渡った。
将軍の声だった。
長弓隊は懸命に魔法少女と激戦していたが、そのほとんどを殺され、劣勢にあった。
将軍は苦渋の選択のうち、撤退命令をくだす。
「撤退だ!城にひきあげろ!」
号令役が撤退命令のラッパを吹き鳴らす。青空のみおろす城に音色が響く。
「バカな!」
守備隊長ルースウィックは愕然とした。
剣を取る手の力が抜ける。剣先が芝生にぱたん、と落ちた。
「どうしてこんなところで撤退など!」
長弓隊の生き残り40人程度は、奥の塔への階段をのぼりはじめたり、城壁歩廊の奥へ逃げたりして、撤退をはじめる。
オーギュスタン将軍が長弓隊の退去を助け、自分は最後まで踏みとどまって戦いながら、剣をふるって魔法少女たちを撃退しつつ、自分も撤退した。
しかし、撤退といっても、すぐそこまで65人ちかい魔法少女たちが迫ってきているわけだから、逃げれば追いかけられた。
撤退しようにもしようがない。距離はひらかない。
オーギュスタン将軍は踏みとどまって、少しでも長弓隊が逃げ延びるまで時間稼ぎをして、魔法少女の攻撃を剣で受け返し、逆に跳ね返し、自分の剣をふるうと魔法少女の首を切り落とすが、それでも、魔法少女たちは将軍を囲いはじめ、槍を伸ばしてきた。
「ぐ!」
将軍は引き下がる。
鎧を纏った武装では素早くは動けない。撤退してもすぐ追いつかれる。
もうダメかと思われたとき、城にラッパが鳴り轟いた。
それは撤退とは別の号令合図だった。
「誰だ!」
将軍は甲冑の面頬をとった顔をみせ、号令の轟いた方角を見た。
プオーっという勇ましいラッパ音が長く一回。
これは突撃用意せよ、の音色だった。
はっと、将軍が後ろを振り向くと、敷地を囲う市壁の城門の格子が開いた。
その奥からは、馬に乗った新たな騎士たちが現れ、突撃槍をもってやってきた。
ベルトランド・メッツリン卿。
また、それに従う王国の騎士たちもまた、この戦場へようやく到着した。
「将軍、私どもがまだいるのに、撤退とは、勇者らしくもない!」
メッツリン卿が甲冑の面頬をあけて、歯をみせて笑った。
「やっと我々も、出撃準備が整ったところなのですのに!」
将軍がみると、彼に続く30人の騎士たちが、みな手には槍、全身は甲冑、背中には盾、腰の鞘には剣の、全武装を終えていて、まさに魔法少女たちと戦うべく騎乗していた。
「なんだああついら!」
逃げ遅れた長弓隊の死体をメッタ刺しにしていた剣を抜いたクリフィルが、顔をあげた。
その頬にも魔法少女の衣装にも、返り血がびっしょり、こびれついていた。
防壁をひとつ突破したと思ったらさらに奥に分厚い防壁があり、しかも壁も高い。
その城門はいきなり開かれ、奥から、鎧を着た馬にのった騎士たちが現れ、先端の鋭利な槍を持っている。
「いよいよ騎士さまたちのお出ましか!」
クリフィルは剣を構え持った。
白馬にのったメッツリン卿を先頭に、つい先月くらいに、馬上槍試合に参加した勇猛なる騎士たちが、ここに全員集合し、王都の反乱者に鉄槌をくだすべく出陣する。
チヨリ、ヨヤミ、ミューラル、デトロサ、クリフィル、ベエール、マイアーにアドラー、オデッサ、ウェリン、ヒリーメルト、他城下町の魔法少女65人、ユーカただ一人だけのぞいて、全員、王国の騎士たちとの対決に臨んだ。
「将軍閣下をお助けしろ!」
おおおおおおおっ。
メッツリン卿のラッパが再び吹き鳴らされ、騎士たちの馬が発進した。
馬術に長けた騎士たちが皆、銀色の防具に包まれた足で馬の腹をけり、すると鉄の甲冑を着た馬たちが勢いよく駆け出す。
城内の中庭────ここは本当は、水資源を確保するための芝生で、馬の立ち入りが禁止であるのに────騎士たちの馬は四足をあげて疾走する。
「迎え撃て!やっつけちまえ!」
いっぽうクリフィルらの魔法少女たちも、騎兵たちが突撃を開始すると、それを真正面から迎え撃ちはじめ、自分たちも足で走りはじめた。
65人ほどの魔法少女たちが、騎兵たちと交戦に挑む。
その舞台は標高600メートルに位置するエドワード城の第六城壁区域。
王の根城のすぐ真下、最後の防壁地点である。
まさにそれは、文字通りの、頂上決戦だった。
「うおおおお!」
クリフィルが剣を構え、走りながら、声をあげた。
直後、先頭の騎士たちと激突した。
「はっ!」
槍が剣を叩く。
騎兵の伸ばした槍を、クリフィルは剣でバチンと弾いた。が、その直後に、騎兵の馬がクリフィルを蹴飛ばす。
「う!」
ぞくぞくやってくる騎兵たちの馬が、背丈の小さな魔法少女たちを踏んづけてゆき、65人のうち20人くらいは馬の下敷きになった。
「は!」
モーニングスターをふるったマイアーも、騎士の槍に突かれ、首に穴があいた。
騎兵の槍は3メートルもあり、だいたいは、魔法少女たちが、手にもった剣やら斧やら、棍棒やらモーニングスターやらメイルやら小刀やらで反撃する前に、リーチの長さが猛威をふるって槍が先に命中し、魔法少女たちは貫かれる。
「騎兵たちの槍を奪え!」
血まみれのベエールが叫び、すると、ベエールは、前方5人の魔法少女を踏みつぶて突進してくる騎士が、槍を伸ばしてくるや、それをさっと横にかわして騎兵の槍の柄を掴み返し、自分の手に握った。
「うわああ!」
すると騎兵はベエールに槍を持たれて体が浮き、馬から落ちた。
彼の手にも槍が握られていたからだ。
いっぽう、落馬させられた騎士は、ベエールに槍を奪い取られて、その腹に槍を受けた。
「ぐう!」
甲冑の隙間、バンドをとめる部分に、槍が刺し入る。
そこは胴と股間のあいだであった。
ベエールにならって、馬たちに踏み潰されなつがらも魔法少女たちは、次から次へとやってくる騎士たちの槍攻撃をさけると、その槍を奪い取ることで、騎兵たちを続々と落馬させていった。
槍を手にしっかり抱え持っていた騎兵たちは、地面にたつ魔法少女たちに槍を掴まれて、あえなく馬から落っこちる。
「どぐう!」
ガチャンと重たい鎧の音たてて騎兵は落ちる。
「よし!馬を奪え!」
魔法少女たちは、主人を失いつつも暴走する馬の手綱を掴み、無理やり馬を引き止めると、馬具の鐙に足をかけ、馬の背中の毛を掴みつつ馬の背に乗った。両手に手綱を握ると、手繰って馬の向きを反転させた。
騎士たちの馬は今や魔法少女の馬となった。
どの魔法少女も馬を奪いとり、馬たちの新しい主人となって、馬具に取り付けられていた予備の槍を手に握る。
「はぁっ!」
馬を奪取した魔法少女たちは槍を持ちながら、馬を発進させる。
「とぉっ!」
ベエールやクリフィル、チヨリ、ヨヤミといった面々の魔法少女たちが、その小さな体に不釣り合いな騎馬に乗って、落馬した騎士たちを蹴飛ばした。
「うば!」
「はぐう!」
騎兵たちは落馬させられた上に、奪われた馬に踏まれる。
騎士としてはこれ以上ない屈辱だった。
さて、城門の奥からは、王国の騎士たちの第二陣が門をくだってやってきた。
ヴィンボルト卿に、モーティマー卿、アクイナス・シュペー卿ら、王国の騎士たちの第二陣は、すでに馬を走らせていて、突撃槍をまっすぐ伸ばして、魔法少女たちに突っ込んでくる。
「返り討ちだ!」
クリフィルら魔法少女たちも、奪い取った馬に跨りつつ槍を前に伸ばし、馬に闊歩の合図だすため、腹に挟む足の力を強める。
魔法少女たちの馬はますますスピードを高めた。
そして、第六城壁区域の中庭、頂上決戦の場にて、魔法少女たちの突撃槍と、王国の騎士たち第二陣の突撃槍が、馬上にて激突!
城の中庭は、本来は、雨水をあつめ、地下の水槽に溜め込むための敷地であるのに、お構いなしにそこで魔法少女たちと騎士たちの馬上槍対決が繰り広げられる。
バキキ!
ゴキ!
ドゴ!
「うっ!」
「あうう!」
魔法少女と騎士たちは馬上で槍を交え、そして次々先頭の列から落馬していった。
普段の訓練から馬上の槍交戦には慣れている騎士たちも、相手が魔法少女だと、またたく間に胸を槍に貫かれてゆき、鎧は意味をなさなくなって、胸に槍をうけながらバタっと落馬していった。
しかしそれでも勇者たち、歴戦の騎士たちである。
中には魔法少女たちを落馬させていった騎士たちもいた。
モーティマー卿とアクイナス卿だ。
魔法少女たちの伸ばした槍を、力で押し返し、馬にのった魔法少女たちの無防備な胸を槍で突いた。
「ああヴ!」
槍が直撃した魔法少女は、自分の槍を手放し、どてっと落馬して背をみせて倒れる。
が、直後その後続に走ってきた馬に乗る魔法少女、ヨヤミが、槍をばっと伸ばし、アクイナス卿の腹を突いた。
「うぐ!」
ヒヒーン!
馬が悲鳴あげる。アクイナス卿は、手綱を限界まで引っ張ってしまった。
馬は足をとめ、前足ふりあげ、ほとんど90度にまで背が持ち上がる。
するとアクイナス卿は馬からずり落ちた。
隣でモーティマー卿、この騎士は都市の馬上槍試合で女騎士のジョスリーン卿に初戦で敗れていた騎士だったが、こんどは魔法少女の槍にどつかれた。
「うぐ!」
モーティマー卿は体がくの字に曲がり、腰に槍を受けてしまい、ついには血を流して落馬した。
その上を魔法少女たちの馬が通過した。
ドドドド。
「うぐお!」
顔を馬の足が踏んづける。顔の骨は折れた。
クリフィルら馬に乗った魔法少女たちは、手に持つ槍がことごとく敵騎兵たちに刺さって手元が空になると、腰の鞘から剣を抜いて、騎士たちを撃退すべく馬上で剣をふるった。
カキン!
ガキィィン!
それは、まだ生き残る騎士たちの剣と交わる。
あとから駆けつけてきた第二陣の増援部隊の騎士たちが、馬を走らせて門をくぐり、中庭にやってくると、魔法少女たちは馬上からぶんと剣をふるい、敵の騎士も、剣を力いっぱいに振り切る。
すると、魔法少女と騎士の剣が、馬上でカキィィンと交わり、バッテンの形にぶつかりあう。
いっぽう、騎兵たちをことごとく撃退した魔法少女のクリフィルは、馬を発進させたのはいいものの、その止め方がわからず、馬に乗ったまま軍門を通って中庭を突っ切っていた。
山羊たちや羊の飼われている城内の納屋や、薪など燃料を持ち運ぶ荷車、武器庫などが立ち並ぶ城壁に囲われた芝生の中庭を通り過ぎて、なんと、第六城壁区域の外郭の端にまで進んでしまった。
その外観にあるのは城の景色。
つまり山々と渓谷だ。
城の外に飛び出る。
「うわあああああ!とまれ!」
クリフィルは焦り、なんとか馬を止めようとしたが、馬は一度走り始めたら止まることを知らず、城の外へ一直線に突き進む。
城の外の空景色が次第に大きくなる。
「とまれ!とまれってば!」
まさに外郭へ乗り上げ、城壁をひとっ飛びして、城の外の渓谷へ────。
馬が飛ぶ!飛んだ!空を!
というまさにその際で、クリフィルの馬はとまった。
高所恐怖症の馬は、自分のむかう先が、曠然たる青空と谷であることを悪い目ながらついに理解し、足をとめたのだった。
芝生をのりあげ城壁に足をかけた蹄が急ブレーキする。
するとクリフィルは突然の急ブレーキに自分の身がすっとんだ。
「うわ!」
慣性の法則よろしくクリフィルの身は馬からぽーんと飛び、空と山々と絶壁の渓谷がのぞくスレスレの標高600メートルの城壁のヘリ、出っ張りに手をかけてぶら下がった。
よっと、声あげてよじ登った間一髪のクリフィルは、戻ってきて、すると馬にむかって、怒鳴った。
「おまえなに考えてるんだよ!」
と、城の上でクリフィルは立腹して馬を叱る。
「せっかく追い詰めた騎士を逃がしちまって、どこ突っ走ってるんだ!」
ヒヒン。
馬が小さな鼻息たててしゅんとする。
そのしゅんとなった顔をクリフィルから背ける。
「話してるのに目を逸らすな!」
すると立腹の魔法少女は、轡の綱をびしっと引っ張って、無理やり顔を自分むけさせた。
馬のつぶらな黒くて大きな瞳が魔法少女を見つめた。両耳が立った。
「おまえ戦馬として恥ずかしくないのか!」
しかしいくらクリフィルが、城の淵で馬に叱ったところで、馬耳東風、馬の耳に念仏であった。
114 : 以下、名... - 2015/04/23 23:19:50.79 Nft5t0hZ0 2604/3130今日はここまで。
次回、第68話「エドワード城の攻防戦 ⑥」
第68話「エドワード城の攻防戦 ⑥」
505
さて、第六城壁区域の中庭での激闘は、熾烈さを増し、剣同士のぶつかる金属の激突音が、あちこちで鳴り轟き、そのたびに、人が死ぬ悲鳴、魔法少女が何かを叫び雄たけび、戦場の悲鳴で、満たされつつあった。
第七城壁区域、エドワード城の頂上に君臨する王。
エドワード王が、根城の天守閣、居館のバルコニーから身を乗り出して、第六城壁区域の戦場を見下ろしていた。
その背中のマントが、そよ風になびいてゆれる。赤い毛皮のマントがはためき、そして金色の冠は王都を割る渓谷の空に昇る太陽の日に輝いた。
その顔に余裕は消え、騎士たちが魔法少女と馬上で戦い、敗れていく姿を、目を剥いて眺めていた。
ガキン!
カキン!
ガタッ──
王のバルコニーからもう100メートルもない、すぐ下の中庭で、騎士たちが剣を交え、そして魔法少女の剣と激突し、やがて死ぬ。
騎士が剣を抜き、片手で馬の手綱を握りつつ、足で馬に合図をだし、魔法少女たちへ決死に突撃する。
すると魔法少女たちも、受けてたって、彼女も手綱を片手で握りつつ足で馬の腹を叩き、剣を手に突撃。
両者の馬が行き違うとき、カキンと互いの剣が交わって、音がなる。
「───あう!」
だいたいそのとき、騎士のほうが落馬する。
手綱握りつつもずりっと馬の背からこけ、背から地面に落ちて、鐙に足をひっかけたまま引きずられる。
魔法少女の剣をモロに生身でうけた人間が無事でいられることのほうが少ない。
騎士たちが敗れてゆくたび、それを天守閣で眺めるエドワード王の顔に恐怖が浮かぶ。
魔女どもはもうすぐそこだ。
千年無敵の名を馳せたエドワード城は、陥落寸前。
王の首は今にもチェックメイトされようとしている。
エドワード王はすると、目を剥きながら額に血管を浮かばせつつ、魔法少女たちの襲来を視たあと、城の天守閣と大空間、玉座の間にもどってゆき、そして、城内に残っている部下たちを叱咤しはじめた。
「オーギュスタンはなにしてる!」
王の声は怒気が篭っていて、石造の大空間に、キンキンと鳴り轟く。
「オーギュスタンはどこだ!」
早足で歩く王の姿は、威厳があった。背中のマントがひらひらと城内の絨毯通路でなびく。
「王、我らが人の王よ、オーギュスタン閣下は、第六城壁区域にて、長弓隊の撤退を援護しています」
と、騎士のうちの一人、オーストカントがいった。
彼は鎧を着込み、両刃の剣も鞘にさしていたが、戦場には出ず、王の護衛の役割についていた。
「撤退だと?」
王の表情に焦燥と怒りが同時に浮かぶ。
「なぜ撤退?魔女どもを滅ぼしつくせと命令したのが聞こえなかったか?」
「将軍は、将軍の判断で、撤退を命じ、第七城壁区域にもどってきます」
オーストカントは答える。その防具を装着した腕には、甲冑の兜が抱えられていた。
「第七?」
王の目がさらに剥いた。目が飛び出しそうなほど見開いた。老いた男の顔にしわが増える。
「ここに撤退しろと命じたのか?」
オーストカントは冷静に答えた。
「王。今や戦況は非常に切迫していて────」
「ふざけるな!」
王の怒りが炸裂した。
王笏を握る手に力がこもった。怒りに赤くなっている。
「戦況が切迫?わかっとらんな、愚か者め」
オーストカントはびしっと背筋を伸ばし、王の叱咤を受け入れる。
無言になって聞き入れる。
「国と国が戦争しているのとはワケが違うのだ」
王は怒りのこもった口と、目で、騎士を睨む。
「この世界と宇宙の覇権は誰にあるのか?」
王の声は、城内の大空間、玉座の間に響き渡ってゆく。
人影のまったくない、ステンドグラスの光色が地面に映るような壮麗な空間で、王の声は響く。
「魔法少女という存在は、この世界でもっとも危険だ。人類はかつて、見てみぬふりをしてきた。だがワシだけが、わしという王だけが、あの穢れた魔法少女どもを滅ぼし、人の未来に安全と、尊厳、自由、養生される惨めさからの救済を─────!」
王の声は次第に大きくなる。
高さ50メートルの天井がある玉座の間に、エドワード王の怒声は鳴響いてゆく。
「取熟せしめているのだ!過去にワシのような王がいたか?過去のどんな王がわしのようなことをできた? 世界どこ探しても、過去のいつをさぐっても、わしのような王がどこにいる?どこに見つけられる?魔法少女を迫害した王はいただろう。何百、何千と。だが、本気で人類を救おうとした王がどこにいる?このワシの他にだ!」
「王、あなただけしかおりません」
騎士のオーストカントは、はっきりとした口調で、答えた。
「よいか、インキュベーターの魔法少女システムは、やつら魔法少女の───いや、我らが人類の、絶望により担保されている。ふざけるな、それがわしの答えだ。人類の持つ、本当に美しい感情も、畏怖も、絶望も、やつらの食い物にはさせん!」
人が、人らしく生きられる世界。
地球に生まれたのは人類なのだから、地球は人類のものだ。
押し付けられた絶望から人を解き放つこと。
エドワード王の最終目標だ。
そして、その実現は、地球上の魔法少女の全滅によって、叶えられる。
「人類の感情を喰う悪魔どもと契約した魔法少女を生かしてはおけん。必ず滅ぼしつくすと決心した王が、世界のどこにいる!」
世界のすべての魔法少女は火あぶりにならなければならない。
円環の理に導かれることを許してはならない。
魔法少女の愚かな契約によって生み出したソウルジェムが、円環の理システムに導かれたならば、魔獣が発生するからだ。
魔獣が発生すれば、それは、インキュベーターのエネルギー源となる。
そうはさせん。
そうはいかぬ。
地球上の全てのソウルジェムは、火によって焼かれ、消滅させるべきだ。
世界の歪みはこうして正される。世界を歪ませたのは誰か。やつら魔法少女だ。
だから、魔法少女を地球の全土から焼き殺す。
それは無謀な試みかもしれない。あまりにも残酷な躬行かもしれない。
そして、もし正義は勝つ、というのが本当なのであれば。
この日から始まった、人類と魔法少女の全土を賭けた戦いは。
長きに渡る戦争を経たのちに、最後に人類が、勝利するだろう。
それが何百年になるか分からぬ。何千年になるか分からぬ。何万年と続くかもわからぬ。
もしかしたら、地球がいつか太陽によって呑まれ、すっかり地球という惑星が天命を終えるまで、つづく永遠にも近い戦争かもしれぬ。
だが、それでも、最後に勝つのは人類だろう。勝利を掴むのは人類なのだ!
運命の火蓋は切って落とされた。
いずれにしても、その戦いは、まさに今日というこの日に、始まってしまったのだから。
止められぬ。もう、後戻りなどできぬ。
人類が滅ぶか魔法少女が滅ぶかだ。
506
クリフィルら馬に跨った魔法少女たちは、中庭での騎士たちとの激突に勝利したあと、馬を降りて、第七城壁区域へ繋がる階段を登りはじめていた。
そこはもう、王がいる城の頂上だ。
エドワード城の守備隊たちには、もう、あとがない。
城壁際の細長い階段から兵士たちが下ってきて、魔法少女たちの第七城壁区域までの侵入を防ごうとした。
魔法少女たちは階段で兵士らと交戦する。
兵士らが剣を振り落とせば、魔法少女たちが剣をふりあげて、防いだ。
ガキン!
クリフィルは、敵兵の剣を受け止めたあと、押しのけ、敵兵の顔をグーで殴る。
「あう゛!」
兵士は頬を殴られ、左の壁際に頭を打ちつけつつ倒れる。
倒れた兵士は、クリフィルが足でどかし、手すりのない階段の側らに落とした。
兵士は階段から落下していった。
敵兵たちは5人も6人もいて、魔法少女たちの前に立ち塞がったが、クリフィルらはことごとく剣で受け返したり、弾いたり、体当たりで敵兵を階段から落っことしたりして、邪魔を排除しながら階段をのぼりつめる。
地表700メートル、王城の頂上にきた風景が、いきなり目前にひろがる。割れた大地の裂け目が。エドレスの大陸が。
今まで突破してきた防壁のすべてか見下ろせた。
何重にも守られた鉄壁エドワード城。千年無敵の異名をもつ城。エドレスの王都。
いま、攻略されようとしている。
エドワード王の城はもう、すぐそこだ。
「急げ!」
クリフィルは血まみれの剣を上向きに掲げ、ふり返って仲間たちに呼びかけた。
「王の城はすぐそこだ。エドワードの首をとるぞ!」
クリフィルにそぞく魔法少女たちは、みな顔を引き締めた。
クリフィルは魔法少女たちの先頭にたって、第七城壁区域への外回り階段を昇り続け、塔のまわりをぐるりと一周、まわった。
その途中、兵士らと何度も鉢合わせしたが、その度に兵士の剣を受け返し、カチャンカチャンと何度か交わらせたあと、兵士の腹へ剣をブッ刺し、呻いた兵から剣を抜き、殺した。
また別の兵と細い階段で顔合わせしたら、クリフィルは兵士の鎖帷子を握ってぶんと外側へ放り投げてしまう。
「うわああああ」
兵士は塔の外周階段から落下していった。頭から下へ。
だが、兵士らは諦めない。
守備隊のうちの一人が、またクリフィルの前まで階段をくだってきて、剣を握って振り切ってくる。
クリフィルは、すぐ頭を屈めて、敵の剣をかわす。剣がクリフィルの頭上を通過して、塔の壁を叩いた。
直後クリフィルは肩で敵兵の胸へ体当たりした。
「ぐ!」
敵兵はクリフィルの体当たりをうけて、階段に足をひっかけて転んでしまう。
ころんだ敵兵を、クリフィルは胸倉つかんで、投げ飛ばした。
「ああああ゛!」
敵兵はまたも塔の外回り階段から派手に落ちていった。
城の頂上から景色にひろがる山々と渓谷、空の彼方へ、兵の体が落っこちてゆき、第五城壁区域の下流貴族の居館の屋根へ落っこちて、その勾配の上をぐるぐる身を回しながら転落をつづけた。
下流貴族の鐘楼塔つき屋根の勾配をおちると、兵士の体は今度はゴシっク建築の尖塔アーチの飛梁部分に身を落とした。
「がう!」
すでに体のあちこちを骨折した兵士は、尖塔アーチの飛梁、フライングバットレスに転落し、またも身を打ちつけ、さらに落下をつづけた。
「ああああ゛」
飛梁の側面を落下してゆき、すると、今度は第四城壁区域の監視塔の天井に落っこちた。
ドンと体がバウンドし、三角形に尖った監視塔の屋根をころげ、またぐるぐる体をまわしながら兵士は転落、城壁の外側へこぼれ落ちて、第三城壁区域の外郭へ。
「うう!」
転落していく兵士は、第三城壁区域の外郭通路のアンブラジュールの外壁に転落すると、身を打ちつけ、ドンと体が跳ねて、ごろごろところげて通路からはみだし、次なる下層、第二城壁区域の城内都市の屋根へ落ちる。
シングル葺きの赤い屋根の勾配は急で、兵士はその屋根の上をころげ、いつまでも回り続ける。
屋根の端からぽろっとこぼれるように落下すると、いよいよ第一城壁区域の囲壁の通路へ落ちた。
通路は、手すりのない増設部分の通路だった。
兵士は、手すりのない隙間へ飛び出してゆき、ぐるぐる身を回しながら、転落をつづけ、ついに第一城壁区域の外。
城の外へ。
「あああああ゛」
むなしい叫び!
兵士の体は城から渓谷の深淵へ飛び出した。
エドレスの断崖絶壁へ、ふわりと体が浮いてゆき、ゆるやかに転落をはじめた。
大陸の裂け目、海が谷底に荒れ狂う大地の谷に。
呑まれていく。粒のように小さな体が。
その落下は、兵士が海に飲み込まれるまで、3分間つづいた。
しかし、谷の底は暗闇で、誰の目にも確かめることはできなかった。
クリフィルら魔法少女たちは塔を昇りきると、そこに架けられた木造の橋を渡りはじめた。
そこは標高700メートルに位置する、渓谷の中心に建てられた王城の頂上。
王都・エドワード城の第七城壁区域だ。
両側の監視塔からクロスボウがバチバチとんでくるが、かまわずクリフィルらは入城する。
門をくぐり、第七城壁区域の敷地内に入り、囲壁に守られた中庭の、色とりどりな花が咲いた庭園の中を通り過ぎ、王の根城の内部に入る。
クロスボウが囲壁のあちこちから飛んできて、魔法少女たちの当たりに落ちて、庭園の花を散り散りにしていって、花びらの痕跡が舞った。
茎や土も庭園に散らかった。魔法少女たちが通過したあとは、クロスボウの矢だらけだった。
507
クリフィル、ヨヤミ、ベエール、ミューラルら城下町の魔法少女たちは、王のいる第七城壁区域の城内に突入し、暗い廊下の中を進んでいた。
王の首はもうすぐそこだ。
玉座の間にいるだろうが、見つけ次第、殺してやる。
この反乱は成功し、世界が魔女狩りの嵐に包まれる闇の未来は避けられる。
世界は、魔女狩りの狂気から救われる。
だから、絶対に王を殺すのだ。
邪魔する者があれば、容赦しない。
暗い廊下を進んでいると、松明の火が壁にかかった通路の奥から、甲冑に身を包んだ兵隊たちが列なして現れた。
王の近衛兵たちだ。
この部隊を指揮する敵は国王侍従長トレモイユ。
戦争に出陣せず、専ら王城の護衛を専門にするエリート部隊だ。
「かかれ!」
クリフィルは血塗れの剣を握って叫び、ヨヤミやデトロサなどが続いた。
近衛兵たちは、ザッザッザと足並みそれえた軍隊の歩進リズムをとりながら、手にハルバートの斧槍をもちながら、綺麗に二列になって、廊下を埋めながら魔法少女たちを殺しにきた。
数は100人超えるほど。
狭い城内の通路で、戦闘は始まった。
王の近衛兵部隊は、まずハルバートを降ろして前方へ突き出し、魔法少女たちを迎撃する構えをとった。
ハルバートの刃物つき槍先が前を向く。
「そんなん通用するか!」
クリフィルはさっそく、剣を前にのばして兵隊のハルバードを力ずくで横向きに逸らし、そして兵隊の胸向かってパンチした。
直後、鋼鉄の甲冑を叩いた拳に反動の痛みが走った。
「いったたた!」
クリフィルは赤く腫れた指を払った。兵隊の鎧が固すぎた。
すると、分厚い鎧に包まれた背の高い兵隊が、ハルバードを突き伸ばしてきた。
「うとと!おと!」
クリフィルは、兵隊が突いてきたハルバードの槍先を、カキンカキンと剣をふるって、右に左へ逸らして、受け流しつつ、後退した。
ヨヤミも小刀を投げたが、兵隊に鎧にガキと当たっただけで、兵隊は無傷であった。
そうもしている間にザッザッザと廊下を埋めつくた近衛兵たちは隙間なく列をつくり、マーチ調のリズムで足音そろえて行進してきた。
魔法少女たちの目の前へやってくる。
「相手してられん!分かれて分散させてしまおう!」
クリフィルはいい、すると仲間たちは廊下それぞれ別の道へ進み始めて、魔法少女たちは三手に別れた。
クリフィルは右の廊下へ、ヨヤミたちは左の廊下へ、デトロサは中庭まで戻って、別の入り口から。
するとハルバードをもった近衛兵たちもあとを追って、足並み揃えながら、三手に分かれる列をつくった。
王の近衛兵たちはみな背が高く、体格が大柄で、エドワード城では巨人連隊と呼ばれていた。
クリフィルら魔法少女の背丈は、この巨人連隊のヘソくらいまでしかない。
この軍隊をつくったのは、現王ではなく、彼の父王ブレッド王が編成した趣味の結晶である。
エドワードの父王は兵隊王と呼ばれるほど、軍人趣味であった。
508
さて、三手に分かれた魔法少女たちのうちクリフィルは、引き返した道とは別の通路に入り、王へ辿り着く道を探していた。
はっと後ろを振り向くと、巨大なハルバードを両手に抱えた巨人連隊の兵隊たちが、機械的にクリフィルを追いかけてきて、二列を保ちつつ歩進してきていた。
つまり、後戻りする道はない。
「しつこいヤツラだ」
クリフィルは右も左も分からぬ第七城壁区域の迷宮の如き通路を巡り巡って、暗闇の壁から松明の火を手にとって照らしつつ、王の玉座の間につながる道を探していた。
が、兵隊たちに追われながら迷路を進んでいたら、突然、前方の廊下からも、ザッザッザという進軍の音がきこえてきて、曲がり廊下の先から兵隊たちの列が現れた。
近衛兵の兵隊たちは、ハルバードを手に、二列になってやってくる。
もちろん後ろからも追っての兵隊たちが迫ってきている。
クリフィルは立ち尽くした。
挟み撃ちにされた。
目を丸め、一瞬恐怖した顔を浮かべたあと、クリフィルは、挟み撃ちを生き延びるしかないと腹を決めて、前方の兵隊に攻撃を仕掛けた。
「うおおお!」
魔法はあまり使っていないけれども、もう何百人と敵兵を相手にしてきた魔法少女のソウルジェムは、煌きの残量が少ない。
宝石は黒く光っている。
しかし、それでも、戦いつづける他ない。
前方に現れた兵隊たちに列のうち先頭の二人が、同時にハルバードの斧槍を突きだしてきた。
「はっ!」
クリフィルは剣で左列の兵隊の斧槍をはじくと、逸らして、自分は壁際に身をよせて、ハルバードの懐に入った。
懐にはいると、兵隊の伸ばしたハルバードの柄を握り、ずんと前に伸ばしてやった。
ズドッ
「うぐ!」
それは、クリフィルを追いかけてやってきていた後方の兵隊の先頭の鎧を貫いた。
つまり、同士討ちしてしまった。
「お見事!」
クリフィルは敵のハルバードを握って、わざと同士討ちさせたあと、前も後ろも兵隊に満たしつくされた廊下の壁際の隙間を通って、兵隊たちのなかをやり過ごした。
「さらばだ!」
ハルバードを握っている兵隊たちは、すぐ横のかべぎわをすり抜けるクリフィルに攻撃を仕掛けられない。
槍の弱点でもある。リーチは長いが、懐内に入られると、なんの攻撃もできない。
その隙に乗じて、するすると兵隊の列を難なくすり抜けてゆくクリフィルだった。
さっさと廊下を通り抜けたクリフィルは、奥の曲がり廊下を進み、上階へ階段をせっせと登りはじめた。
それを追って、すぐにその場で方向転換した甲冑の兵隊たちが、また軍隊マーチの如く走り始めた。
無言で、言葉も発さずに。
銀色の甲冑を全身に着込んだ兵隊たちが、皆むき変えて、クリフィルを追って魔法少女が逃げていった階段を彼らも昇る。
ザッザッザと、足音をそろえた行進をしながら。
甲冑の兵隊たちはみな列になって階段をリズムよくあがる。クリフィルを追う。
するとクリフィルは、階段上から戻ってきて、昇ってきた兵隊の先頭の腹を足で蹴った。
「ついてくるな!」
ガチャッ
魔法少女の足に蹴られた先頭の兵隊が、階段で後ろ向きに倒れた。
後続の兵士にもたれかかり、すると後続の兵隊たちも倒れてしまった。
味方の鎧が重たすぎたからだ。
こうして、先頭の兵士の転倒からはじまって、後続する兵隊たちの列が次々に、転倒していって、ピンの列が倒れるかのように、階段の兵隊たちがみな転げて、だれ一人身動きとれなくなった。
重たい銀色の甲冑、フルプレートを着込んだ兵隊の軍列は、悲劇の共倒れになった。
「そこに寝込んでろ!」
クリフィルは巨人連隊に分かれを告げた。
「じゃあな!」
509
ヨヤミやベエールたちはクリフィルとは別の通路を進み、兵隊たちに挟み撃ちされることなく、第七城壁区域のりんご果樹園に来ていた。
ここでは、上流貴族の男性と貴婦人が、美しい愛の詩を歌いあう幾何学式庭園であり、憩いの場であった。
ハーブ園が柵に守られて栽培され、その芳ばしい香りを演出してくれる。
王によって庭師が雇われていて、庭園に咲く植物の形を整える。
さて、城の内部へ入るための門は閉ざされ、行く先の道はふさがれている。
魔法少女たちが皆、閉ざされた門の前で走りをとめた。
はっと後ろを振り返ると、兵隊たちの行列が現れ、追い詰めてきた。
中庭を囲う城壁にも、避難してきた最後の弓兵たちが並び立ち、みな弓をひいて、魔法少女たちを狙う。
弩弓隊長ヴィルヘルムもいる。
ヨヤミたちは顔を見合わせ、新しい策を考え出す。
そうもしているうちに長弓隊たちの矢が飛んできた。
魔法少女たちは逃げ始め、逃げ去ったその地面には矢羽が突き立つ。ズサズサと。
りんごの庭園へ逃げ込み、すると次々飛んでくる矢が、果樹園の赤いりんごに命中してゆき、黄色い果汁を漏らしつつ落ちた。
魔法少女たちは、矢が刺さって落ちたりんごを手ににぎると、仕返しに弓兵たちにそれを力いっぱい、投げつけた。
りんごが次々に城壁へ飛ぶ。
その数々は弓兵たちの顔にあたり、りんごを食らって弓兵たちの何人かは城壁から向こう側へ落ちた。
「あああ!」
顔面にりんごをもろに受けた弓兵は、弓を手放しつつ城壁から落ちる。
しかし、弓兵を追っ払ったところで門は塞がれたままだ。
周囲も城壁に囲われた庭園。逃げ道もない。
兵隊たちがハルバードをもって魔法少女たちに襲い掛かり、重たい斧槍をぶんぶん振るってきた。
柵を乗り越え、兵隊たちは魔法少女たちが逃げ惑うりんご園へハルバードの刃物を振り回すのだ。
魔法少女たちは逃げてゆき、するとハルバードの先端の刃物が、りんごの木の枝をバシバシ切り落としていった。
頭を屈めて逃げる魔法少女を追いたてるように、またブンとハルバードを振るうと、またりんごが木から落ちた。
魔法少女は、その落ちたりんごを拾い、口にかじりついて食べると、足を速めて逃げた。
「それは王様のリンゴだ!」
兵隊は怒って叫んだ。
「落としたのはあんただ!」
と、ベエールは言い返した。その口にまたりんごをかじった。「一ヶ月ぶりの食事だ!ずっと死人になっていたからね!」
重たい甲冑を着込んだ兵隊には、とても追いつけないほど足早に、ベエールは去っていった。
510
第七城壁区域の外郭へ引き返した、三手に分かれた魔法少女たちのうちチヨリらのグループは、第六城壁区域の攻略に使った梯子を持ってきて、監視塔の出窓に梯子をかけた。
そして梯子をずいずいと登りはじめたのだ。
もちろん、それを防ごうと、クロスボウ兵たちが監視塔の出窓から顔をだして、弩弓を放つ。
「あああぐうー!」
顔面にクロスボウの矢をうけた、梯子の魔法少女は、痛みを訴えつつ転落した。
全ての魔法少女がいつでも痛覚遮断できるというわけでもなかった。
矢を受ける、と心ではどんなに分かっていても、やっぱり、痛いものは痛い。
痛くて、たまらなくなったときに、やっと痛覚を遮断できる、というのが、大半の魔法少女の実際のところだ。
さて、弩弓隊長のヴィルヘルムは、梯子を登ってくる魔女あり、との報を受けて、この監視塔の出窓にやってきていた。
一人を梯子から落としても、あとからあとから何人もの変身した魔法少女たちが、列になって梯子を登ってきている。
その先頭にいまあるのはチヨリ。
梯子に両手をかけ、両足をつかっててくてくと登ってきている。
弩弓隊長ヴィルヘルムは、心底から憎たらしそうな顔をして、出窓から顔をだして、弩弓を構えた。
たかだかの少女が、男たちに戦いを挑み、そして殺している。
もうそうと考えるだけで、おぞましい嫌悪感が心に湧き出てくる弩弓隊長は、この魔法の少女たちを皆殺しにしてやる気持ちだった。
チヨリと弩弓隊長の目があった。
弩弓隊長ヴィルヘルムはすると、容赦なく、弩弓を放った。監視塔の出窓から、梯子を登るチヨリむけて。
「死ね!」
クロスボウの矢が発射される。
チヨリは、梯子の上で身を逸らした。右手右足をぱっと放して、右半身だけ梯子から浮き、ふらりとぶらさがる。
すると、クロスボウの矢はチヨリに当たらず、すれすれで通り過ぎていった。地面に、ドスっと矢が突き立つ。
矢を間一髪でかわすと、チヨリはまた梯子に両手をかけ、よじ登ってくる。
窓に辿り着くまであと数段になる。
「くそ!」
弩弓隊長はすると、すぐにクロスボウの矢を装填しなおした。鐙に足をかけ、弦を両手で引きなおし、ボルトを発射台に置く。
10秒ほどで矢を装填しおえると、またクロスボウを出窓から出して、引き金に手をかけた。
と同時に、チヨリが出窓に顔をだした。
「これでかわせないだろ!」
弩弓隊長ヴィルヘルムはすると、チヨリの正面むけて、弩弓をむけた。
その彼がクロスボウの引き金をひく直前に、チヨリは腕を伸ばした。弩弓隊長の胸を手でぐいと掴んで、彼を出窓から引きずりだして監視塔の外へ投げ飛ばした。
「ああう゛ーっ!」
甲高い、ヴィルヘルムの叫びが轟く。
彼は監視塔の窓から外へ引きずりだされて、頭を下にしつつ落下し、第七城壁区域の敷地に身を落とした。
いっぽう、弩弓隊長を窓から外へ投げ飛ばしたチヨリは、彼が落ちるのを見届けたあと、梯子を登りきって、出窓から監視塔の中に侵入した。
塔の中には五人ほどのクロスボウ兵がいた。
みな怯んでいる。
チヨリは、監視塔の出窓を通って着地すると、丸い塔内部の樽を持って、クロスボウ兵たちに投げつけた。
「あが!」
「はぐう!」
樽に直撃された兵たちがみなころぶ。樽は木片となり、倒れ込んだ兵士達たちに覆いかぶさった。
チヨリにつづいて、たくさんの魔法少女たちが、次から次へと梯子を登って、窓から顔をだし、ひょいと内部に着地してきた。
監視塔の内部に入るや、塔内部のはしごをテクテク魔法少女たちは四肢をつかってのぼり、上階へたどり着き、その上階から囲壁へ飛び出す。
「ベエール!こっち!」
といって、チヨリは、塔内部から取り出したロープをたらす。
ロープは、囲壁の小壁体に巻きつけ、リンゴ園へ投げる。
「新入り!やるじゃないか!」
ベエールは、厚底をはいた魔法少女服で、囲壁にたらされたロープを登りはじめる。ぷらんぷらんと小さな魔法少女の体が空中でゆれ、囲壁へ上り詰める。ベエールにつづいた魔法少女たち15人もそれにつづいた。
まるで蛇の行軍だ。
その頃クリフィルは、囲壁の内部廊下を進んで走っていた。
短めの階段をのぼり、松明に照らされた小部屋にくると、鉄柵の扉をこじあけ、古びた書斎に古文書が並んでいる魔法陣が表紙な本がある傍らを通過して、また短い階段をのぼって、通路の出口へ。
出口の光がみえてきたとき、兵士に襲い掛かられた。巨人連隊の残存だ。
剣をふりあげ、兵士に先手を仕掛ける。
ガキン!
兵士の鋼鉄の剣と魔法の剣がぶちあたる。クリフィルは手首をこまねいて、器用に兵士の剣をやりすごして裁こうとしたが、力任せにぶんと振る落としてきた巨人兵の一撃を逆にくらってしまう結果を招いた。
「う!」
大男の強靭な剣の一撃が落ち、クリフィルが剣で受けながらも尻ついて背中からころげる。冷たい湿った地面にすべって倒れたとき、手から剣が抜けた。ころん、と魔法の剣が地面に放置される。
兵隊の男は、大きな剣を、クリフィルにとどめさすべく、振り落としてきた。
力いっぱい手に剣を持ち上げる。肩の上まで。
クリフィルは足をふりあげて男を蹴った。
「はぐ!」
魔法少女の変身した革靴が、大男の脛足を蹴り、この巨人連隊の兵隊はたじろき、バランス崩し、通路際の樽へ身を崩してよりかかる。
頬を樽の縁にたたきつけてしまった。
クリフィルは魔法の剣を拾い、男に切りかかる。
男は、逃げる。直後、魔法の剣が樽を叩いた。
大男は魔法少女の小さな身に迫って、太い両腕にすっぽりクリフィルを掴まえてしまった。
「うぐ……!ぐ…!」
みししし。
血管の浮かぶ太い腕に、16歳の魔法少女が絞められ、足が浮く。もがくが、足が宙でぷらぷらするだけだ。
腰にくる苦痛に顔をゆがめたクリフィルは、大男に掴まれるまま、男を睨み、力自慢をする男の顔面へ、その小さな顔をど突いた。
「あぐ!」
頭突きされて男はひるむ。鼻から出血する。しかし、魔法少女を締め付ける腕の力はゆるませない。
すると、クリフィルは、自分を締め上げる男の腰ベルトについた鞘から小刀を抜き、それを、男の背中へ突き立てた。
「ああああ゛ぐ!」
大男は嘆く。
「痛いよママ!」
魔法少女をしめあげる腕の力がゆるみ、するとクリフィルはどてっと落ちて尻もちついた。
尻もちついたあと、起き上がり、通路側の樽をもちあげ、嘆く男の後頭部に、樽をお見舞いした。
バキッ!
樽が木っ端微塵になり、男は衝撃で通路の階段をころげていった。
「ママのケツにキスしてやるぞ!」
クリフィルは言い放った。
階段をのぼりかけて光の溢れる出口にさしかかる直前、生き残りの敵兵にさらに襲われたので、クリフィルは頭を低くして兵士のふるった剣をよけると身を低く屈みながら兵士の膝を剣で切り、すると膝を痛めて叫びをあげた兵士の背中を斬ってとどめをさす。
兵士はころげて倒れた。血まみれになって。
鉄の匂いが階段に残る。
その頃、ヨヤミ、チヨリたちは、囲壁の上へのぼり、いよいよ王城の天守閣入り口へたどり着いていた。
そこは、のこり70人くらいの兵たちが守りについていたが、みな、恐怖を顔に浮かべてたじたじだ。
511
第一城壁区域の南側入り口に差し掛かった鹿目円奈たちリドワーンの一行は、城壁を守る最後の門がある居館へ突入する。
馬に乗る鹿目円奈が、閂を通された門を、無理やり馬の足で突き破ると、そこでは貴族たちま宴会が開かれていた。
白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルに、食事が並び、蝋燭の火の列が照らされていた。
銀製、金製、真鍮製の皿やカップなどが立ち並び、料理が盛られている。猪のロースト料理だ。
貴族たちは、男性も貴婦人も、いきなり馬に乗った少女の登場に驚き、慌てふためいた。
ピンク髪の馬に乗った少女が現れると、その背後から、魔法少女たち11人が、円奈の左右に次々現れてきたのである。
居館の壁際に待機していた兵隊たちが、すぐに動きだし、剣を抜くと、鹿目円奈らの相手に立った。
鹿目円奈はすると、馬の手綱を手繰り、ジャンプさせると、貴族たちの長い食事テーブルに馬で飛び乗り、その上を馬で通り過ぎた。
たくさんの食事と皿、蝋燭が立ち並んだ豪勢な食事テーブルは、馬が疾走し、ひっちゃかめっちゃかにされる。
料理も、皿も、蝋燭も、砂糖菓子も、トレンチャーも、テーブル・ファウンテンも全て円奈の馬クフィーユが散らかした。
すべてが地面に落っこちる。
かくしてテーブルの上を馬で通り、居館の奥まで進んだ円奈は、テーブルから馬で飛び降り、すると奥側の門も馬の勢いに任せるまま突き抜け、城外へ出た。
そこは、エドワード城の外だった。
南側サルファロンの国につながる、ド・ラン橋への入り口だった。
「逃がすな!」
食事テーブルがメチャクチャになった光景を見届けた兵士らは、逃がすまいと、すぐに居館の外部に飼われている納屋の馬に乗るべく、走り出した。
何人かの兵士たちは、居館にとどまって、中にやってきた魔法少女たちと戦った。
レイピア使いのレイファは、全身が甲冑に包まれた鎧の兵士と戦う。
レイファもまた、二台並んだ食事テーブルの、円奈がひっちゃかめっちゃかにしていないほうのテーブルに乗っかり、兵士らと戦った。
びゅんびゅんとしなる刃をふりまわし、バスターソードをふるってくる兵と対決する。
ばさっ。
敵兵のふるった剣が、テーブルの一部を裂いた。テーブルは木片となった。
レイファは一歩さがり、するとテーブルの上から敵を待ちうけ、敵が追ってくるとタイミング計って、足を一歩前にだして、はっと剣の先を兵士の前にだした。
レイピアのしなる刃の先は、兵士の兜の目元に入り、兵士は目を失った。
爆発矢使いのブレーダルは、大きな弓矢を振り回して、兵士らをなぎ倒していた。弓矢の木材で兵たちの頬を殴っていた。
灰髪のふさふさ髪と、金色の瞳をもつ魔法少女・姫新芽衣は、居館を囲うように立ち回る敵兵たちむけて、餐宴用の椅子を手に持つと、それをえいっと壁際の兵士らに投げつけた。
「うぐえ!」
でかい椅子に直撃された兵士らは頭を抱えて身を守る。
「この穢れた女どもめ!」
兵たちたちは背後から芽衣に迫って、剣を持ちつつ走りよってきた。
芽衣は、また別の貴族が座るリネンホールド椅子を持ち出して、それを剣士たちに投げつけた。
「あぐ!」
「ぶう!」
走りよってきた剣士らは、椅子を投げつけられて二人とも勢いよく地面へ仰向けに転げた。
貴婦人たちと貴族男性たちは唖然、茫然の、大騒ぎである。
食事していたと思ったら次の瞬間には、馬が食事テーブルの上を走り、そして、兵隊と魔法少女たちの乱闘がはじまった。
あまりの異常事態に、貴族たちは、声をあげながら逃げ惑うことしかできない。
きゃーきゃーわーわー。
ガウンを着た貴族女性は、ドレスの裾もちながら逃げ惑い、男たちも、松明の火が灯る壁際を背にして居館から逃げ惑った。
途中、ある魔法少女と貴婦人がぶつかって、二人とも地面にころげた。
チビのチョウというあだ名の、リドワーンの仲間の一人だった。
鹿目円奈は、長さ270メートル、幅18メートルのド・ラン橋に足を踏み入れはじめ、躊躇することなしに渓谷に渡された細い石橋を馬で疾走しはじめた。
迷いゼロの快進撃である。
馬は、エドワード城を抜けて南の国に出る石橋、深さ3キロの絶壁の谷に渡された橋を全速力で駆け抜ける。
この橋を渡りきればエドレス国を出る。新しい国へ出ることになる。
エドワード城の外に出た鹿目円奈の髪は、風にゆれて騎乗しつつ靡いた。
ヨーランは、暁美ほむらから教わった黒色火薬の化合物を、多量に袋につめて持ち歩いていた。
そのため、戦闘はせず、円奈についていくだけだった。
リドワーンは、居館で兵士たちと剣を交わらせていたが、ブンと力強く一振りして先頭の兵士ら数人を押し倒したあと、敵兵の落とした小刀を拾うと、それを館の天井に釣り下がったシャンデリアの糸へ投げた。
ブチンッ
吊り糸が切れたシャデリアが───蝋燭を天井に灯す鉄製シャンデリアが────落ちてくる。
それは、居館に立つ敵兵たちの頭と肩に直撃し、彼らは重たいシャンデリアの下敷きとなって倒れた。
シャンデリアに灯っていた蝋燭が全て地面に落ちてころがった。そのうち数本は、この季節にあわせて地面にしいていた獣皮に燃え移り、火の手をあげはじめた。
もう、居館はメチャクチャな半壊状態だ。
「よし、エドワード城を出よう!」
ブレーダルがいい、するとリドワーンら一行の、11人の魔法少女たちは、ついに魔女狩りの王都を脱出、南の国サルファロンへの切符を手にしたのである。
鹿目円奈につづいて、皆、ド・ラン橋を渡り始めた。
転落すれば死の、危険な石橋を。
146 : 以下、名... - 2015/05/01 00:00:31.31 uLHw6Wm/0 2634/3130今日はここまで。
次回、第69話「エドワード城の攻防戦 ⑦」
第69話「エドワード城の攻防戦 ⑦」
512
その頃、王都・エドワード城のみおろす城下町では、一人の騎士と、それに付き従う女騎士が、街の門をくぐっていた。
2人とも槍を持って騎乗している。
たくさんの民が避難した草原を越えて、門を通り、城下町の十字路へ来る。
死体は転がり、血まみれの民は魔法少女の手によって虐殺され、誰も生き残っていない。
石工屋の娘キルステンと、皮なめし職人の娘アルベルティーネ、ギルド議会長の娘ティリーナが、絶望的な顔つきで突っ立っていた。
虚ろな目をして横たわるユーカと、ユーカに剣を刺され心臓を貫かれた服屋の娘エリカの2人を、言葉も失くして囲っていた。
さの三人の娘たちは、騎士と女騎士の2人がそこを通りかかると、無言で見上げた。
その顔は固くて、頑なだった。
何も喋らない。
男騎士と女騎士の2人は、その娘たちを馬上から眺め、そして、男騎士のほうが言った。
「報は本当であった」
白馬に乗った騎士は、隣で馬を進める女騎士へ、話しかける。
「反乱が起こり、今やエドレス国は滅亡に危機にある」
騎士と女騎士の2人組みの後ろに続いて、従者の騎士たちに守られた二人の魔法少女の姿があった。
どちらの魔法少女も、鹿目円奈と出会ったことがある。
「まさかここまでの惨状とは……」
女騎士が、兜をとって、城下町で起こった現実をまじまじ見渡した。
そこで殺された人は、百人を超える。
「王は一体何をお考えで…」
女騎士の背中に流れる金髪の豊かな髪が、馬上でゆれる。
「私は王が企てた魔法少女絶滅計画を前から知っていたが、お前にもルッチーアにも鹿目円奈にも話さなかった」
白馬に跨った男の騎士が言った。
「話せばお前達は反対しただろう。おまえたちまで逮捕されるだけだ。一刻の猶予もない。王のもとにゆかねば」
白馬の騎士は速度を速めた。
それに続いて、金髪の女騎士も王都の城にむけて、馬を走らせた。
今や戦場となり、王の首が討ち取られようとしている、王城の彼方へ。
513
今や第六城壁区域の監視塔もリンゴ園の囲壁も魔法少女たちに乗っ取られ、エドレス王国の城の人間たちが逃げ込む砦も、残りわずか。
オーギュスタン将軍は、監視塔につながる城壁と市壁の歩廊を走って逃げ込む長弓隊の援護をし、魔法少女たちと戦っていた。
剣をぬき、最後の力をふりしぼって振るい、城壁を渡ってくる魔法少女たちを弾く。
ブォン
大きな剣に叩かれた魔法少女は、城壁から落っこちてゆく。
「急げ!退却だ!」
ぜえ、ぜえ。
立て続けの合戦で疲労困憊の、満身創痍な将軍は、それでも部下たちを一人でも多く逃がすべく、この絶望的な戦況を戦いぬく。
「退去だ!」
オーギュスタン将軍の傍らを長弓隊が退去していく。走り去る長弓隊。
すると、目の前にクリフィルが現れた。
「うおおお!」
オーギュスタン将軍は、体力がもう限界なのに、クリフィルに戦いを挑んだ。
大きな長剣を使い、クリフィルの首めがけて刃をふりきる。
ガキィン!
それはクリフィルの持つ剣に弾かれた。刃同士が激突し、すれ違い、クリフィルが突きを繰り出してくる。
オーギュスタン将軍は長剣でクリフィルの剣を下向きに逸らし、地面に相手の魔法少女の剣先を叩きつけたあと、相手の首を狙って長剣を一振りした。
それはクリフィルによけられて、クリフィルは首を横に逸らすとオーギュスタンの刃の一撃をやり過ごし、するとクリフィルは剣を伸ばしてオーギュスタンの手を裂いた。
ザグッ
「あがっ……あ!」
オーギュスタン将軍は、思わず手を引っ込める。籠手に守られた腕は、剣によって裂かれ、血がぼたぼた垂れ落ちていた。
もう、右手は使えなくなった。
「…ぐう!」
将軍は左手に剣を持ち替え、応戦しようとしたが。
ザクンッ!
「あがっ…!」
今度は左手も裂かれた。
魔法少女の刃が、将軍の鎧に守られた手を切り、手首の血脈を切って、ぶしゃあと鮮血だらけに腕を染め上げた。
「うぐ…」
もう、両手とも使えない。
手から剣がこぼれおちる。ガチャン、ガラガラ。
大きな刃は城壁の通路に落ち、鉄の音をたててバウンドして跳ねた。
クリフィルはすると、オーギュスタン将軍の胸へむけて、剣を、一突きした。
「ぐっ………」
これが、とどめであった。
魔法少女の剣は、将軍の胸を貫通し、心臓まで通った。ばく、ばく。
刃に刺された心臓が急激に脈をはやめはじめる。
血が多量に内出血してゆく。
「うぐっ…ぐ」
将軍は、苦痛に顔をしかめ、その口からはだらだらと血が垂れ落ちた。がくんと膝をつき、崩れた。
「私もこれで終わりか」
将軍は、自分を殺した魔法少女を見上げつつ、いった。
膝たちのままで、息を絶え絶えにしながら。
「ああ、終わりだ」
クリフィルは剣を将軍の心臓に刺したまま、答えた。
「いっとくが、先に魔法少女に喧嘩を売ったのは、あんたらだ」
将軍はどくどく血を垂らしたまま、口を開いて言った。
「お前たちの今後はどうなる?このまま永遠と人類と戦いつづける気か」
呼吸が速くなる。生命活動が停止しはじめる前兆だ。酸素が足りない、と脳が訴えている。
クリフィルは将軍を見つめ、また答えた。
「魔法少女と人類は、元から殺し合いを宿命づけられている仲だったんだ」
クリフィルは剣を将軍から抜いた。
心臓を貫いた剣は真っ赤だった。隙間ないほどに赤く染め上げられていた。
「おまえたちの救いの女神もそれを望んでいたというのか」
将軍は、ゆっくりと横向きに倒れ、意識を失っていった。
第七城壁区域の城門を目前とした、天守閣へのクレノー歩廊は、生き残った歩兵、長弓隊、わずかばかりの騎士と魔法少女の戦いとなる。
天守閣を守る最後の弩弓隊がクロスボウを見張り塔から飛ばしてくるが、後続するほかの魔法少女たちが弓で反撃する。
目にも留まらぬ速さで魔弓の矢が飛ぶ。
「───ううっ!」
「あああッ゛!」
魔法少女たちの放った矢が、塔の弩弓隊に命中してゆく。
魔法の矢弾が刺さった兵士らが遠くの塔から、こほれ落ちるようにして転落する。二人も三人も仕留められた。
戦いは続く。
階段を撤退する兵隊たちと階段を登って追い詰める魔法少女たち。王城の門へ迫る。
ガチャガチャ、バキバキ、あーあー。
武器同士のこすれる音、激突音、小競り合い、とっくみ合いに悲鳴。
逃げ遅れた兵士を見捨てて城門を硬く閉じ、閂を通された絶望の部下たち。
切り殺される。
鎧ごと斬る。魔力をこめて、兵士らの首を切り、腕を切断し、足をなきものにする。
体の各部失った兵士たちの呻きが、ごろごろ王城の最後の砦を埋め尽くす。
もう、誰にもこの戦いを止められない。
正義はどちらにあるのか。
人類と魔法少女はどちらに正義が立つのか。
ジャンヌダルクにしろ、だれにしろ、魔法少女の正体の秘密を知れば、人類は魔法少女を迫害をする。
なのに、今までの魔法少女は、人類を守るために魔獣と戦ってきた。これでは、敵を守り続けてきたようなものだ。
この矛盾はどう説明できようか。
その疑問は、今までの歴史を通じて、口を閉ざされてきた。
答えは、もうすぐそこ、王の玉座にある。いよいよ明かされる。この、西暦3000年後期に。
あたりを見渡せば、狂気の殺し合い。
剣をぶちあててころげた兵士に、剣をぶっさし、とどめを刺す魔法少女。兵隊の体がびくん、と跳ねる。
その隣で呆気に取られて恐怖した兵士に、弓使いの魔法少女の矢弾が直撃、首が吹き飛んだ。鎧の兵隊はきれいに首なしになった。
血と脂肪、赤い肌が空中を勢いよく舞った。
あらゆる死体を踏み越え、エドワード王の君臨する天守閣、標高700メートルの根城へ到達した。
514
守備隊長ルースウィックは怒りと憎しみを噛み締めながら第七城壁区域の玉座の間に戻った。
すぐ下で剣同士のぶつかる激戦の音が聞こえてくる。
つまり、王のすぐ下に、もう魔法少女たちはやってきているのだ。
彼は第一歩兵部隊から第九歩兵部隊までの総指揮官であったが、5000人いるその総勢のうち、半分以上の部下を失い、人生で最も苦しい悔しさと、憎しみを抱いていた。
見守ってきたあの部下も、育ててきたあの部下も、最近やっと頭角を現しだしたあの部下も、全て死んだ。
魔法少女への憎しみは、絶えそうにない。残りの人生の日々のすべて、日に日に、増し続けることになるだろう。
さて、玉座の間に戻ってきたルースウィックは、生き残った部下たちに、全ての防戦の備えをさせていた。
まず、王の大空間の入り口の扉は、何十にも閂をかけた。
さらに、城内のテーブルというテーブルを、横倒しにして、扉に寄せて置いた。
椅子という椅子を解体して、木片と木材に変え、それを扉の閂部分にはっつけ、補強し、釘を打ち付ける。
トントントンと、部下たちが懸命に釘をトンカチで打つ音が聞こえる。
解体された椅子の木材は、扉にツギハギのように何枚も何枚も貼りつけられた。
「なんとしてでもここを通すな!水の一滴もここを通れん!」
ルースウィックは部下たちに、この工事を手抜くことがないよう厳命した。
「考えうる全ての補強をしろ。絶対に破られてはならん!」
玉座には未だに王が座っていたが、もう狼狽していて、あの偉大なる王の威厳さは影もない。
「なぜ、入り口を補強している?そんなことしたら、出れないではないか。」
王は言う。
まるで現状を理解していないような、子供のような台詞を。
「王、すぐ近くにまで、反乱を起こした魔女どもが迫っておりますので、最後の備えに、我々は入り口を固く閉ざしています。」
近衛兵の騎士、オーストカントは、狼狽した王に冷静な報告を伝える。
さて、玉座の大空間では、生き残ったクロスボウ隊が、ここまで避難ていた。
彼らは塞いだ入り口の前に並び立ち、最後の決戦に臨むべく、弩弓を構えている。30人。
その隣に、30人の長弓隊。エラスムスを中心にして、左右15人ずつ、ロングボウを構えて持ち場についている。
ここは他でもない、エドワード王の君臨する大空間だ。
次の戦場はここなのだ。
魔法少女たちはここにやってくる。
「ルースウィック!」
すると、女の声が謁見の間に轟いた。
大きな列柱の間から姿を見せ、ビロードのドレスの裾をゆらしながら、ステンドグラスの七色の光を浴びつつ現れたのは、クリームヒルト姫。
エドワード王の娘。
「ルースウィック!現状は?私に報告を!」
クリームヒルト姫が謁見の間に現れると、あとを追ってくるように、老いた灰髪の男デネソールがぽたぽたとした歩調でやってきた。
「姫さま、忌々しき事態です」
ルースウィックは、姫の前で姿勢ただし、告げた。
「魔女どもはもうじきここにきます。我々を皆殺すためです。姫さま、ですが、我々はあなたをお守りいたします」
ドン、と胸を叩く。
自信あり、という仕草だ。
「もうじきここに?」
だが、クリームヒルト姫は目を見開き、悲劇的な顔をして、黒い瞳に心配を浮かべて、ルースウィックに縋るように尋ねてきた。
「オーギュスタンは?将軍はどちらに?」
姫袖が垂れる細やかな腕が将軍を掴む。
ルースウィックは、答えるのをためらった。
すぐに姫の顔に愁傷があらわれた。
ルースウィックは腹を決めて、言った。
「将軍は、長弓隊が全員避難するまで、戦いつづけて……将軍自身は避難に間に合わず……今も城壁に…」
クリームヒルト姫は動転して、傷心になり、呼吸を荒げはじめて、いきなり大空間の列柱へ駆けはじめて、廊下の奥へと消えた。
ルースウィックは姫の心中を察していた。
城の者は、夫が戦死して未亡人になったクリームヒルト姫が、その心の隙間を誰で埋めようとしていたかを、誰でも知っている。
だが、今や姫を慰めてやる台詞を考えている場合などではない。
ルースウィックは、悲劇の姫が走り去った廊下を見守ったあとは、玉座へ向き直り、王が座についている空間で戦闘隊列を組む守備隊たちむけて、最後の叱咤を与えた。
「さあ、戦友たち。友よ!死のうではないか!死に装束をととのえろ!」
ステンドグラスが七色に光る大空間の、虹色の筋が降りる神聖なる王の大空間で、天使の迎えが来たさながら、兵士達は喜びの声をあげた。
それは、ふさわしい死に場所を見つけた喜びにも近かった。
515
クリフィルら城下町出身の魔法少女たちは、王の根城へきた。
標高700メートルある城の頂上だ。
階段を駆け上がり、エドワード王の彫像が飾られた入り口に押しはいり、60人くらいの魔法少女たちが、みな無事に合流を果たした。
魔法少女たちは、王都の頂上から眺められる絶景に驚きながらも、青空が覆う城の門を叩く。
もちろん、開かない。
閂を通されているし、たくさん内側から補強されている。空しいながら、人類の最後の抵抗なのだろう。
「この中に王がいるぞ」
クリフィルは呟き、そして、この門をこじ開ける方法を考えた。
もちろん、仲間の魔法少女が、すでに60人もいるのだから、方法はすぐに見つかると思っていた。
最初は30人、のちに鹿目円奈が捕虜を助けて100人に増えた魔法少女の謀反者たちは、長きに渡る激闘の末、王の城に辿り着き、40人の戦死者を出しつつ、玉座の間の門をこじ開けようとしていた。
結局、仲間たちは、王城の頂上に飼われている馬の納屋から柱をもぎ取り、それを使って門を叩く方法をとった。
つまり、手作りの破城槌を使うことにしたのだった。
20人ほどの魔法少女たちが、手に巨大な破城槌をもって、せーのと声をあわせて、槌をもって進みだし、門を叩く。
ドシンッ
柱をもぎ取った槌が、魔法少女たちの手に持たれ、門を叩く。
すると、王城の門、頑固な扉が音をたてて軋んだ。
大空間の中でクロスボウとロングボウを構える城内側の兵士らが、緊張に固唾を呑む。
破城槌に叩かれる補強された門を眺める。
また、ズシンと音がした。
魔女たちは破城槌で繰り返し繰り返し門を叩いていた。
補強材はありったけ使って、門に釘を刺していたが、門が壊れるのも時間の問題かもしれない。
「もう一度だ!叩け!」
城外では魔法少女たちが破城槌を持って、全員一斉に走り出し、勢いつけて槌を突き出し、門を叩く。
ドシンッ!
「うっ、ううわああ」
城内側の兵士らの勇気は、しぼもうとしている。
もし、この門が壊れて、何十人と、あの化け物たちが入ってきたら、もう助からない。
人間の王国は滅びる。
代わりに、魔法少女の王国が打ち立てられる。
暗黒の時代のはじまりだ。
兵士達がうろたえるたび、守備隊長ルースウィックが、彼の頬を叩き、激励した。
「恐れるな!ここでは、死ぬか生きるかなのだ。生きたければ死ね!死にたければ生きろ!」
ルースウィックは、亀裂を生み始めた門を見て、さらに言った。
「死ぬ気で戦え!私は、お前たちと共に死ぬぞ!これまで戦死した仲間と、勇士たちの、栄誉のために!」
516
クリームヒルト姫は秘密の裏口から、第六城壁区域に出ようと通路を渡っていた。
裏口とは、出撃口の別名でも呼ばれ、包囲された城の者がこっそり外に抜け出る秘密の出口だ。
その出口の扉は、城の外側からみると、壁と同じ模様をしているので、外から見ると、そこに扉があるなんて気づける者はいない。
壁の一部が扉になっているのだ。
城から遣いの者を他国に送るとき、よく使われる出口でもある。
エドワード城の頂上に建つ居館の廊下を渡り、裏口へ向かっていると、途中、執政官のデネソールに掴まった。
まるで待ち伏せしていたかのように、廊下に立っていた老いた灰髪の男は、姫の袖をがしっと掴む。
「姫、どちらに赴くおつもりで?」
「放して!」
姫はすぐに執政官の腕を拒んだ。怒りの女声をあげる。
眉はひそめられ、顔に浮かぶ表情の全てが嫌悪感をあらわしている。
「何をそう躍起になっておられる?」
デネソールは姫の袖を放そうとしない。むしろ、しわがれた腕が、強く強く姫を握るばかりだ。
「何を慌てておられる?もう、人の世は終わったのですぞ。慌てることも恐れることも、何もありませんでしょう?」
灰髪の老男は胸内の絶望を姫に語った。
「ああ、姫!あなたは悲劇の姫だ。これほどにお美しいのに、遠くない未来、そう、この日が沈まぬうちに、あなたは死人になってしまわれる!魔女によって残忍にも殺されて……私も、あなたも、城の者がすべて」
嫌悪感に身の毛をよだたせる姫の白い頬に、老いた男の指が近づく。
「この世にあなたの美貌をたたえられる人はいなくなるのです!あなたは悲劇の姫だ!」
しわがれた指が姫の頬を撫でた。
クリームヒルト姫は、執政官の指が頬に触れた途端、激怒して、執政官をバシンと殴った。
執政官の頬が赤くなる。茫然と、平手うちされたまま目をぎらつかせている。
「また将軍のところに行くのか?」
デネソールは、物狂おしくなりはじめて、姫を絶対のがすまいと両腕を掴んだ。
姫はますます嫌がり、白い絹と獣皮の裏地のドレスが、めちゃくちゃならん勢いで暴れた。
「放して!」
「いかせんぞ!将軍のところには!」
デネソールも懸命に姫を取押えた。もう、死ぬのだ。皆、魔女に殺されるのだ。
暗闇が定められた運命のなか、誰があなたの美貌をたたえられる?他の誰があなたほどの美しさを心から畏怖できる?
オーギュスタン将軍などではない!
「人殺しを好きになるのは女の悪い性癖だ!」
執政官は醜い声で怒鳴った。
しかし、彼には懸命な想いがあった。
「女はいつも騎士だ白馬の王子だ、将軍だに熱をあげる!彼らが戦場でしていることを知らんのか?脳を貫き、”みそ”をはみださし、苦痛に喘ぐ敵を笑っておるのだ!租野な男に身を売るな。あなたほどの美貌が、どうして自ら穢れに身を差し出そうとするのです!」
「穢れているのはあなたです!」
クリームヒルト姫は叫び、老いた男の腕をぶんぶん振り回して解こうとしたが、ドレスの袖が破れていくだけであった。
「なぜ私をみてくださらない?」
デネソールは、死にゆく城の最期、自分心中を打ち明けた。目に涙が溜まっていた。
「なぜ私の気持ちに応えてくださらない?あなたを、他の誰が見てきたのか。あなたを、他の誰が見守ることができるのか!」
「気味悪いこといわないで!」
姫は拒否し、すると、壁際に掛かった松明の火を手にとった。
それを、体を密着させてくるデネソールの髪に、あてがった。
「あっ、あああ゛、ああああああ゛アアア゛゛ア!」
またたく間に灰髪の毛は燃え上がり、デネソールの頭に火がついた。
頭髪が火に包まれてゆき、灼熱の痛みが頭の肌に走る。
「あああ゛あああ゛!!!!」
デネソールは、頭についた火を両手で消そうとしたが、火はそんなことでは消えない。
しまいには火は頭から顔を覆い、顔から肩の獣皮のマントにまで燃え移りはじめて、執政官の全身は火達磨になった。
「あああああ゛アアアアア゛゙!」
ついにデネソールは、明るい炎に包まれながら、廊下を見境なく駆け始めて、火と煙と一緒になつつ廊下を飛び出し、城の頂上から身を投げ出した。
「あああああ゛!」
空を火達磨の男が飛ぶ。
火に包まれた男の叫びが、最期に轟き、火達磨の男は標高700メートルの第七城壁区域から、激戦の繰り広げられたエドワード城のあらゆる城壁区域をまっさか様に転落していって、鹿目円奈が通り過ぎたド・ラン橋手前の居館に天井の屋根を突っ切って転落。
屋根に穴があき、火達磨になって焼け焦げた執政官の男が、丸焼きになって食事テーブルの皿の上に転落し、バラバラになった。
517
「母上!」
デネソールを追っ払った姫は、廊下に立ち尽くしていたが、そのとき、私室から出てきた娘のアンリが、飛び出してくるのを見た。
「母上!何があったのです?」
アンリ────この少女こそは、王国の血筋を継ぐ正式な子女で、王位継承権がある。
エドレス王国が、まさに滅びようとしている今、絶対に守り通さねばならぬ王家の血だ。
世継ぎの少女アンリは、しかし実は、カベナンテルと契約した魔法少女だった。
しかも、王国の世継ぎである彼女が、魔法少女であるという秘密は、まだ王国の誰にも知られていない。
母クリームヒルトを除いて。
姫は、世継ぎの娘を抱きかかえ、そして言った。
「探さねばならない人がいます」
城の外を知らない少女アンリは、ずっと城内で籠中の鳥のように暮らし、成長してきた。
王家の血筋は何よりも大切であるから、誰かの騎士と結婚するまで、外に出ることを一度たりとも許されたことがない。
しかし、その窮屈さは、世継ぎの少女に、魔法少女の契約を取り結ぶ隙を与えた。
そのとき、騎士の一人、ルノルデ・クラインベルガー卿が、戦場から辛くも逃れて、裏口から第七城壁区域に戻ってきていたる。
その鎧のいたる箇所に、剣やら刃が刺さっていて、騎士は血をぼたぼた流していた。
「冗談じゃない」
騎士は、愚痴をこぼしていた。
愚痴というより、この世を呪わんばかりの、恐ろしい誹謗の数々だ。
「あんな化け物どもと戦っていられるか。文字通り、命がいくりあっても足りん。斬っても斬っても、すぐ元通りになる。腕を斬れば生えてくる。足を斬れば再生する。気が狂いそうだ」
「ルノルデ!」
姫は、忠誠を尽くしてくれた騎士に駆け寄り、そして、現況の報告を求めた。
「城はどうなっているのです?オーギュスタンは?」
彼の無事を祈りながら、身の切れる気持ちで将軍の安否を尋ねた。
すると、クラインベルガー卿は答えた。
「姫」
次に発せられた言葉は、クリームヒルト姫、王都の城に住む妃を、絶望に落とした。
「殺されました。心臓を一突きです」
姫は言葉を失い、目を見開き、後方によろよろと数歩、さがってゆきながら、ルノルデの目をじっと見つめた。
ウソよ、ウソだと言って。
そんなことを言いたげな目だった。
ルノルデ・クラインベルガー卿はすると、申し訳なさそうに頷き、彼の戦死が事実であることを、無言のうちに示した。
姫は、茫然自失の顔をし、立ち尽くして、目の前に突きつけられた残酷な事実に打ちひしがれた。
哀哭。
それは、女の悲しみであった。
ルノルデ・クラインベルガー卿は、尊敬する騎士、オーギュスタンの戦死に、やるせない気持ちに胸がいっぱいだったが、同時に、黒い感情も湧き出てきていた。
魔法少女という怪物たちへの憎しみである。
なぜ彼が魔法少女を憎むか。理由は、ヤツらが、この国を絶やそうとしているから。
それは、愛国心がどうとかではなく、ルノルデ・クラインベルガー卿には、出世願望があった。
王の寵愛を受け、功績も認められて、王家の騎士の仲間入りをすること。
もっといえば、王位を継ぐ騎士になること。
それがルノルデ・クラインベルガー卿の、胸に秘めていた野望であったのに、今までの努力が、全て根こそぎ灰塵に帰そうとしている。
やつら、魔法少女どもによって!
いままで王に忠誠を尽くすフリをしてきたのは何のためだ?
命を張って、安い給料で辺境地域に派遣され、他国と国境争いしてきたのは何のためだ?
それが騎士の美徳だから?忠誠心であるから?
バカな!
俺はそんなことのために命を捧げてはいない。奴隷のように王によって命令されるまま戦場に出向いてきたわけではない。
そんな安い人生でたまったものか!
名誉と地位、権利のためだ!
なめるな!
何が騎士道だ、何が美徳だ!
俺が欲しいものは地位だ。他人より高い立場につくという快楽だ。忠誠心なんてものは、いずれそれを得るための仮面にすぎない。どの騎士だって分かっていることだ。
それなくしてなぜ命を張って敵とたたかえる?それも、奴隷のように命令されるままに!
積み上げてきたんだ、今まで、何度も死に直面しながら!
地位ある騎士になるために!
だが、全ての努力は水泡になる。
この国ごと滅ぶのだから。
それも、魔法を使う邪悪な少女たちによって。
自暴自棄になりつつあるルノルデ・クラインベルガー卿は、その黒い心中は、姫の前では隠していた。
丁寧にお辞儀し、姫に別れを告げ、王の間に戻ろうとした。
が、そのとき、姫のすぐ後ろで、母のドレスの裾を握っている世継ぎの少女アンリの姿がルノルデの目に入った
王家の血筋を持つ少女とルノルデの目が合った。
世継ぎの少女はルノルデを警戒の視線で見上げている。
そうだとも。
俺は、お前の血筋を狙っている。食事の時も、王の謁見の会のときも、いつだってお前を見てきた。
お前をいつか妻にしてやる。それが俺の野望だったのに!
そのとき、ルノルデ・クラインベルガー卿は、おもわぬ閃きに頭をゆさぶられた。
国が滅びようとしている今、その不幸が転じて、ルノルデに最高の幸が転がりこもうとしている。
女神が、幸運の種を、ぽろっと現世に投げ込んだかのように。
ルノルデはそれを拾った。
「魔女が迫っています。姫さま、私の待機室に身を隠してください。王の間に戻っては、危険です」
ルノルデはクリームヒルト姫にこう告げた。
518
王の間では、ついに破城槌を門に叩きつけた魔法少女たちが、突入してきた。
門は壊れたのだ。
エドワード王の君臨する城の大空間、謁見の間に、謀反の魔法少女たちがなだれ込んでくる。
「エドワード!約束どおり、あんたを討りにきた!」
クリフィルは、破れた門の隙間から現れ、城内に寄せられたテーブルを乗り越えながら、大空間へやってきた。
つづいて、ヨヤミやデトロサ、ベエール、アドラーにマイアー、ミューラル、他、60人の魔法少女たちが、謁見の間に乱入。
守備隊たちと格闘を始めた。
「射て!」
長弓隊長エラスムスが、すぐに命令をくだした。
「宝石を砕け!他は狙うな!」
ロングボウ隊の弓が飛ぶ。
「撃て!」
つづいて、クロスボウ隊の30人の弩弓が発射される。
一瞬にして60本の矢が飛び、乱入してきた魔法少女たちに浴びせかけられた。
「あぐ!」
「うぐっ!──ッ」
「いっ───!」
何人かの魔法少女のソウルジェムはそこで割れる。
バリ、バリとガラスの破裂音が響いて、デトロサやミューラルが気を失って、横倒しになったテーブルに身をのっかけつつ死んだ。
「番え!」
ロングボウ隊は二度目の弓を引いている。
「放て!」
ロングボウの矢が再び飛ぶ。
ズドズドズト!
バリリ!
魔法少女たちのソウルジェムが、また割れてゆき、10人くらいが倒れた。
つづいて、クロスボウの矢が発射される。
弩弓兵たちは次々に引き金を引き、矢を撃ち放った。
「うぐ───!」
「あう───ッ!」
「な───ぐあ!」
クロスボウの矢が魔法少女たちの首を貫く。
しかし、魔法少女たちは走ってきて、剣を持ち、弩弓兵と長弓兵に迫ってきた。
「王をお守りしろ!」
守備隊長が叫び、彼は剣をぬいた。
長弓隊、弩弓隊、そして生き残った近衛兵と守備隊の歩兵が、全員剣をぬき、魔法少女たちに立ち向ってきた。
「生きたければ死ね!死にたければ生きろ!」
全員、謁見の間を走り、魔法少女たちに激突する。王が奥に座るその最後の宮殿で。
誰もが死を覚悟していた。
いや、死ぬことによって、助かるのだ。
かくしてエドワード城の頂上、玉座の君臨する大空間で、激闘は始まった。
列柱の並ぶ空間で剣同士が激突しはじめ、キンキンと刃同士のぶつかる金属音が、満ち始める。
守備隊長ルースウィックは何人かの魔法少女を相手にした。
剣をふるい、敵と十字に剣が絡まると、力で押して、魔法少女の腹を蹴った。
何歩かよろめいていった魔法少女の腕を斬りおとし、再生するまでの隙に、宝石を砕いた。
魔法少女は息絶えた。
すると、また別の魔法少女が、棍棒を持ってルースウィックに襲い掛かってきた。
ルースウィックは、一歩退いてかわし、棍棒をぶんぶん振るいながら接近してくる魔法少女の攻撃をすべて剣で受け止めつつ、背丈の差を活かして、相手の魔法少女が距離をつめてきたときに、剣先をすいっと伸ばして相手の額を突いた。
さくっと剣先が頭の中に入った。魔法少女は、一瞬、ふらっとよろけて、意識を朦朧とさせる。
どうせすぐ再生するので、ルースウィックはそうなるより前に、魔法少女の首元にあった宝石を空いたほうの手で奪い取り、それを地面にたたきつけ、そして足で踏みつけた。
バリッ
ソウルジェムは割れ、棍棒を持った魔法少女は倒れた。
「かかってこい魔女ども!みな俺が相手してやる!どいつもこいつもぶっ殺してやる!」
ルースウィックは挑発した。
長弓隊長エラスムスは、弓を次々放って、あちこちの列柱で戦闘中の魔法少女のソウルジェムを射抜いていたが、突然、モーニングスターを両手にもった魔法少女に襲われた。
ブオ!
空を裂いて重たいトゲトゲの鉄球が飛んでくる。鎖に伸ばされてくる鉄球が。
「う!」
エラスムスは身を屈めて、モーニングスターの攻撃をよけて潜った。頭上を鎖と鉄球が通り過ぎた。
その隙に、膝をついて、弓に矢を番え、すぐ狙いを定めたエラスムスだったが、敵のもう片手に握られた二個目の鉄球が、直撃した。
バキ!
「あう!」
エラスムスのイチイ弓は砕けた。
エラスムスは、すばやく鞘から剣を抜き、弓は諦めて、剣を構えてモーニングスターと戦った。
ガラガラと音をたてて鎖にぶらさがる鉄球と、伸ばされた剣が、睨みあう。
先に仕掛けたのは魔法少女のほうだった。
両手にもったモーニングスターを乱暴にふるいはじめ、鎖に吊るされた鉄球が踊り始めた。
頭上に持ち上がった鉄球は鎖の遠心力にひっぱられ、急激に落ち始める。
猛烈な落下速度が加わったそれは、石の地面を叩く。バギッ。王の間の地面は割れた。
青い瞳をした長弓隊長である高身長の男エラスムスは、襲い掛かる鉄球と鎖をかわしながら、隙をついて、剣先を伸ばす。
が、その剣の刃が、モーニングスターの鎖に絡まれる。
そのまま、ブンと振るわれてしまい、エラスムスは鎖に引っ張られるまま横へころげた。
倒れたところに、もう片手のモーニングスターの鉄球が落ちてくる。重さ20キロの鉄製のトゲトゲ鉄球が。
顔がつぶされるかと思った矢先、守備隊長ルースウィックが走り寄ってきて、モーニングスターを振り上げたマイアーの背中に剣をぶっさした。
「ばかやろう!」
守備隊長は叫ぶ。
「エラスムスは、わが国が生んだ最高の射手だぞ。お前如きには渡さん!」
マイアーの背中から血が流れ出し、服から垂れ、苦しげな声を魔法少女が呻く。
すると守備隊長ルースウィックはごりごりと剣の刃を背中にめり込ませ、魔法少女に与える苦痛を強めていった。
「どこに宝石を隠してるんだ?いってみろ!はらわたの中か?抉り出してやるぞ!」
「くそったれ人間!」
すると玉座の間で別の守衛兵と格闘中だったクリフィルがドダダダと駆けてきて、ピカピカの床を走り、守備隊長の脇腹にブスと剣を刺した。
「あぐうっ…」
守備隊長は、左脇腹に刃が差し込まれ、人生で味わったことのない苦痛を感じ取った。
それは膵臓とか胃とかに、刃が食い込むという痛みだ。
もちろん、痛覚は内臓の粘膜にもあるから、ここを刺されてはとんでもない苦痛が人体を襲うことになる。
「うぐ…ばうっ!」
血が口から溢れでる。
「死ね!」
クリフィルは、ルースウィックがマイアーにするように、彼に刃をぐりぐりと押し込んだ。
「あぐう!」
口あらあふれ出る出血量が増す。
守備隊長ルースウィックは、マイアーから剣を抜き、そしてクリフィルへ向けた。
クリフィルは頭を屈めてよけた。
ヒュン!
ふりきった刃はクリフィルには当たらない。
「人間のくせに往生際が悪いな!死ね!苦しんで死ね!」
クリフィルが叫ぶ。相手に死ねと罵り倒す。
しかし、人間も、痛覚遮断というものが、まったくできないものでもない。
火事場の馬鹿力というものがある。
エンケファリン、β-エンドルフィン、アドレナリン、これらの脳内麻薬は、モルヒネと同様の作用をもち、人に痛みを忘れさせる。
守備隊長ルースウィックの身にまさにそれが起こった。
魔法少女に刃を脇腹に刺されたとき、ルースウィックは、狂うような怒りが頭に沸騰し、血が熱をもったようにぐつぐつ煮えて、それは痛感を忘れさせた。
「うおおお!」
クリフィルもこのとき驚いたが、脇腹を刺された人間が、いきなり動き出し、なりふり構わず剣をふるいかけてきたのである。
「うわわ、わ」
クリフィルは守備隊長から脇腹の刃を抜き、血にそまったその剣で、守備隊長のロングソードの一撃一撃を、受け返していった。
ガキン!ガキン!ガキン!
腹を刃物に刺された人間が死に物狂いでクリフィルにロングソードをふるってくる。
何度受け返されようとも、また力の限り剣を持ち上げ、そして叩きつけてくる。
ガキィン!
「う!」
火事場の馬鹿力を発揮した屈強な男のパワーは、魔法少女のパワーくらいある。
クリフィルは、剣で受け止めたが、力負けして、剣は横へ弾かれてそれてしまった。
正面が無防備になる。
ブン!
「おう!」
クリフィルの胸スレスレを敵の刃が通り抜ける。服に亀裂が斜めに走った。
さらにルースウィクは、剣を力の限り振り縦向きに落としてきた。
相手を一刀両断しようとする振り方だ。
クリフィルは横に逃げてかわし、数歩よじった。そばを刃が通る。風に立つ。クリフィルの髪がゆれた。
と、次の瞬間、守備隊長は剣を振り落とした両手の肘を突き出してきて、クリフィルの首下をど突いた。
「あぐ!」
喉の気管を叩かれた。一瞬、呼吸ができなくなり、クリフィルは苦痛に顔をしかめる。片目をつぶる。
ルースウィックは流れるような動作で、左足を蹴り上げてきて、喉に攻撃を受けたクリフィルの腹をさらに蹴る。
「う!」
クリフィル、数歩後ろによろめく。喉に続いて腹も打撃を受けて、呼吸がままならない。
ルースウィックは、左足で魔法少女の腹をけったとき、くるりと一周舞うようにまわって、回転の勢いをつけたまま、ていやっと声あげて刃をばっさりふるった。
それはクリフィルの頭から首、肩まで通り過ぎてゆき、クリフィルの首から上は落ちた。
直後、その魔法少女の首上の断面から、想像絶する量の血が噴き出た。噴水というよりかは、大河のように、人体の上半身にはこんなにも血が流れているのかと驚くほどの量が地面に流れ、滝のように垂れ落ちて、赤色に染めた。
ルースウィックは、憎き魔法少女のリーダー格を殺した使命の達成感に、ようやくアドレナリンとエンケファリンの脳内麻薬状態が治まり、はあはあ息をつきながら平常心にもどってくると、脇腹の痛みが復活してきた。
「はあ…あが…!」
口から血を噴出しながら脇腹を手で押さえ、マント姿の守備隊長は片膝をつく。
ガララン。
剣が落ちる。
と、その直後。
首を失った魔法少女の下半身がぴくぴくっと動きだし、手が剣を握った。腕が生気を吹き返したかのように動きだして、ルースウィックの胸を裂いた。
「あ……」
ルースウィック、今度こそ絶命する。
彼は茶色の瞳を見開いた直後、その瞳は小刻みにゆれたあと、ドサっと横たわって、死んだ。
首を切られた魔法少女の下半身は、てさぐりで、床に落ちた首をあちこち探し始め、やっとの思いで落ちた首を手で触れると、握って拾い、立って、その首を元の位置にもどした。
クリフィルの顔が元の位置にもどる。ソウルジェムが煌く。魔力で修理され、再び顔と体は合致した。
向きをねじって首元の最終調整も済ます。
「忘れちゃいけないな」
血だらけのクリフィルは言った。
「首きったくらいじゃ魔法少女は死なないのさ」
守備隊長は死に、ロングボウ隊もクロスボウ隊も大半が片付けられた。
そこに残っているのは、玉座に座る男。
国王だけだ。
「勝負あったな、エドワード王」
クリフィル、ベエール、アドラー、マイアー、ヨヤミ、城下町の魔法少女たちが、反乱を起こした末、ついに王を包囲し、取り囲んだ。
クリフィルは剣先を伸ばしてエドワード王の前へ向けた。
「チェックメイトだ」
王はステンドグラスの七色の光を浴びつつリネンホールド装飾の椅子に座っていた。
その天井はリヴヴォールトの丸いドームだった。
519
ルノルデ・クラインベルガー卿は、魔法少女に占領されつつあるエドワード城にて妃クリームヒルトと、世継ぎの少女アンリを守るため、自らの待機室に避難させた。
第七城壁区域の騎士の私室は、採光窓がたくさん造られていて、明るい。
蝋燭の火を必要としない、風通しもよい部屋だった。もちろん、開口部の窓からは、空の眺めが見渡せる。
窮屈な生活を強いられる城の貴族の私室としては、贅沢に空間を使っている。
アーチ状の柱が空間の天井を支え、床は板でできていた。
さて、部屋には、シーツを敷いた寝台、シーツ棚、衣装箱、金具つき長持、櫃などが置かれていた。
木造テーブルには古びた羊皮紙の本と、火のついていない蝋燭、純金の燭台、羽ペン置きがある。
部屋の天井には鉄の鳥籠が吊るされ、鳥が飼われていた。オウムだった。
城の屋根に落ちた雨水を蓄え、管をとおって、鏡台の前の石造の水面器に流れ出る。
貴族は雨水が降る限りは、いつでも私室で水面器を使うことができる。
ルノルデ・クラインベルガー卿は、出口が一つしかないこの待機室の、木造で釘だらけの扉を、内側から閂を何重にも掛け、厳重に閉ざしたあと、鎖までも巻きつけて、錠を取り付けた。
これで誰も入れないし出られない。
「これでここは安全です」
と、ルノルデは姫とアンリに告げた。
扉を閉めたあと、二人に向き直って、述べる。「王の間はどうなったか、私にはわかりません。魔女の手に落ちたかもしれません。しかし、魔女どもはここにはきません。王家の血筋は生き延びるのです」
クリームヒルト姫と血筋の少女アンリは、まだ不安の顔を浮かべていた。
2人ともシーツを敷いた寝台に腰かけて、安全を願っていた。
もし、自分たちが魔法少女たちに見つかれば、殺されるだろう。
当然だ。自分たちはエドワード王の血を持つ王家の娘たちなのだから。
反乱を起こした城下町の魔法少女たちが見逃すはずもない。
「ここなら見つかりません」
ルノルデは、2人を安心させるつもりで、言った。
「やつら反乱者どもは、この城を知らない者たち。姫の私室も、私の私室も、まったく地図が頭にないのです。ですが」
クラインベルガー卿の目に黒い光が宿った。
クリームヒルト姫はそれを見逃さなかった。女はいつも直感的に知る。男が邪な心を抱いた瞬間の目の色を。
「本当にこの国の存続を願うならば……」
クラインベルガー卿は、シーツの敷かれた寝台に腰掛ける2人を眺める。
じろじろ眺める。
城の者はいつもいつもシーツを毎日のように取り替えた。
服を着ないで、裸で眠る習慣があったからだ。
シーツ不足に悩まされる貴族の城は珍しくない。召使いの女たちは、シーツの洗濯にいつもいつも大忙しだ。
「王家の血筋を次の世代に残さねばなりません」
ルノルデは言い切った。
その視線は、いきなりもっぱら、世継ぎの少女アンリへと、向く。
「瀬戸際なのです!まさに王家の血の危惧、絶やさず後世に伝える血を残さねば!」
ルノルデ・クラインベルガー卿は、ふっきれていた。
彼は腰の革ベルトを外し始めた。
国家の滅亡のとき、俺にできることは何か。
今まで積み上げてきた俺が、人生最後の日に、できることは何か。
俺の血を残すことだ。
俺の血を”王家の血”に残すことだ。
俺の子を、俺の子孫を、”王家”に産ませることだ!
もう他のどんなことも構うものか。
地位も、名誉も、忠誠心も、金銭欲も権力も、すべて王家の血が俺に与えてくれる。
世継ぎの少女アンリに、俺の子を産ませればいい。
俺の子孫をはらませればいい。
たとえ城が今日ここで落ちようとも、王家の血のなかに俺の血が残り、子孫が無事誕生するのなら、次期王はこの俺だ。
俺が王位継承権を手にする!その結婚に、王の許しがいるだって?そんなもの、クソくらえ!
王など、そのうち魔法少女どもに、殺されるではないか。
今すべきことは明白だ。
ルノルデはクリームヒルト姫には目もくれず、その奥に隠れた世継ぎの少女アンリにのしかかった。
「きゃあああっ」
アンリが第二次性長期に入って以来おそれていた事態は、起こった。
王家の血を持つ少女アンリは、いつもいろんな騎士が自分の血を狙っている視線を知っていた。
食事会に出席するたび、いろんな騎士が、王の前では忠誠心を尽くすフリをしながらも、ちらちらとぎらつくような欲望の目がアンリを見つめていたからだ。
世間知らずなアンリでも、男たちの視線の意味はわかっていた。
俺の子をおまえに産ませてやる、という、黒い欲望だ。
そのなかでもルノルデ・クラインベルガー卿の視線はとりわけアンリを怖がらせていた。
王の食事会が催されるたび、ルノルデは食入るようなぎとつく視線をアンリに注いでいたからだ。
王位継承。
名誉。
血筋。
権利。
騎士。
姫。
さまざまな思惑が交差する王の間が、魔法少女たちに襲われている今、ルノルデはもう本心の野望を隠そうともせず、アンリにのしかかって襲い掛かり、その血筋を狙ってきた。
「きゃあああっ」
アンリは押し倒された。
はじめて味わう男の体重。
圧倒的な重さ。シーツに押し付けられる。息がかかり、臭さに喘ぎ、ざらざらな肌によだち、毛むくじゃらの足がすりつけられるズリズリ感に、アンリは五感全て嫌悪感に支配された。
「放して!」
クリームヒルト姫は、娘の貞操を守るべく、室内の椅子を持ち出して、乱暴にふるい、ばこんとルノルデの頭をぶったたいた。
いい音がして、ルノルデは額から血を垂らしたが、止まらなかった。
彼もまた、目の前の少女を犯す興奮に、痛みが遮断されているのだ。
「姫!あなにこそは、いま私を拒む権利はありませんぞ!」
ルノルデは叫ぶ。シーツの敷かれた寝台で暴れる。アンリが苦しい顔をして、喘ぐ。
「王が崩御する今、王家の血筋を継ぐ者は、早急に結婚する義務がある!ご存知でしょう? 今こそ王位継承の時!」
といって、タイツを脱いだ下半身のイチモツを、世継ぎの少女アンリの股へ突っ込みいれようとした。
そのとき、部屋の扉でドンドンと叩くノックの音がして、血相だった城の守備隊たちの声がした。
クリームヒルト姫の護衛部隊だ。
「姫さま!アンリさま!」
ドンドンドンと、扉をノックする音が室内に轟く。外では守備隊の声がする。
「ご無事ですか!悲鳴が聞こえます。魔女どもに襲われているのですか!扉を開けてください!」
「黙ってろ!外でがやがや騒がれちゃ、集中できん!」
ルノルデは毒づき、それから、股の下に寝るアンリの服を、ブチブチと力ずくで破き始めた。
両手をだして抵抗するアンリの腕を押さえつけ、無理やり、絹の白いガウンを布切れにしてしまう。
ガウンの服が破けると、リネンの下着が露になった。ルノルデはそれも両手で引きちぎって、すると胸の白い乳房が露になった。
息をのむほど美しい、無垢な、穢れの一点もない胸のやわらかなふくらみが。
「そのお声は、ルノルデさまですか!」
しかし、そんな感動のひとときは、外の騒ぎ声に邪魔される。
「ルノルデさま!一体何をなさっているので!?」
「うるさい!ここは無事だ。何もない!王を助けにいけ!」
ルノルデは、扉にむかって叫び、クリームヒルト姫のふるう椅子にまた顔面を直撃されながらも、守備隊に命令した。椅子は砕け木片になって部屋の地面の隅々に散った。
「いけない、ルノルデさまがアンリさまに同衾を!」
守備隊たちは、部屋の中で起こっている事態を察した。
王家の血筋の貞操が危機にある。
姫の護衛兵たちである彼らはすると、何がなんでもこの扉を打ち破ってアンリさまをお助けしようと決意した。
「椅子をもってこい!扉を突き破るんだ!」
部屋の外で声がする。号令をくだしている。
「くそっ!」
ルノルデは面食らった。
余計なことばかりしやがって!
この城で起こっていることが理解できていないのか!
今や魔女の城に取って代わろうとしている。人間の王エドワードは殺され、魔女が人間を支配する。
ヴァルプルギスの夜の宴が開かれ、人間は魔女の餌になるばかりだ。
王家の血筋だけは、後の世に、残さねばならないものを!
今ここで、エドレス王国の貴族が全滅すれば、誰が世継ぎの血筋を残すというのか。
庶民のくだらぬ男か?異国の地の、非文化人のような連中に血を混ぜるのか?
バカな!
エドレスの王家の血筋は、いま、俺が守る。
エドレス王国が存続する道は、いま早急に、貴族の血を世継ぎの女に植え付けることだ。
異国の民とも、庶民とも、奴隷どもの血とも混ぜてはいけない!
「魔女どもなんか大嫌いだ!」
ルノルデは怒鳴った。本来なら、ゆっくり味わいたかった胸を、国家の滅亡という危機にあるいま、乱暴に乳房をもみしだく。しわくちゃに。
「きゃあああ!」
アンリは乳に走る痛みに声をあげた。ピリピリと乳の先端に爪が走った。
圧倒的な苦痛であった。さあ、乱暴すればするほど、少女の胸は痛みが走る。
「何が魔法の少女だ!何がヴァルプルギスの夜だ宇宙生物だ!どうして俺たちを放っておいてくれない? こんなにも懸命に生きているのに!」
ガタン!
部屋の扉で強烈な衝撃音がした。
たぶん、外で守備隊どもが、椅子を扉にたたきつけているのだろう。
「アンリさま、いまお助けいたします!」
外で守備隊たちの焦った声が聞こえる。切羽詰った様子が伝わってくる。
「こっちはいい!王をお助けしていろ!」
ルノルデは外の兵士らにむかって声を張り上げて、叫び、再びアンリの胸をしわくちゃと握りつぶした。
「国家滅亡の危機!」
「きゃああああ」
アンリは目に涙をためてシーツの上で暴れていた。
「今ぞ血筋を残すとき!異国の男にも庶民にも与えぬ!もういいか?いれるぞ!」
ドダン!
扉がまた軋む。守備隊たちが椅子を使って、激しく扉を打ち付けている。
だが、まだ扉は壊れない。鉄の閂を差された扉は、びくともしない。埃だけが扉から舞い落ちた。
「もっと強く叩け!」
守備隊の号令が聞こえる。
黒い毛むくじゃらの股間と、ぶら下がる赤々した男性器。
それを顔の目の前に見せつけられた瞬間、大きな瞳に映した途端、つい無垢なるに世継ぎの少女アンリは我慢の限界に達した。
「いやああああ」
アンリの指輪が光を発し始めた。
次の瞬間、全身が白い光に包まれ始め、蚕の繭に変わっていくがごとく、ベッドで犯されるアンリの体が変化をはじめた。
「ななっ、なんだあ!」
ルノルデは、のしかかった少女が変身をはじめた熱に、股間と足を焼かれた。
そう、世継ぎの少女アンリは変身をしていた。
全身が白い光に包まれたあとは、足、肩、胸、腰、ありとあらゆるところに服が出現し始める。
キラキラキラと七色の光を放ちながら変わっていくアンリの姿は、幻想の中の妖精のよう。
ルノルデは狼狽した。
せっかく、力づくで少女の服を破いたのに、また別の服がどこからともなく現れはじめ、少女に衣服が纏われていったからだ。
光が服となり、服は新たな衣装となる。
アンリの胸を守るのは、弓道着の少女が着けるような胸当て。しかしその服装は、貴族の身分として普段着ている白い絹のガウン。だが、戦闘能力も備え付ける衣装へと変身させるため、光はアンリの腰にベルトを与え、その鞘には、”カタナ”と呼ばれる片刃の剣を差し、肩には肩当ての防具。美しい緑色をしていて、色とりどりな防具は、こうしてアンリの身のあちこちに装着される。
緑色の肩当てにはじまって、綺麗な黒色の胸当てと、銀色の籠手、赤色のマントは、金色の刺繍が施される。
そのほか、頭には白銀のサークレットをつけて、お姫さまのような少女剣士が、そこに誕生した。
ソウルジェムは、サークレットの額につく。
ルノルデは、力溢れる、この国で最も強大な因果をもつ少女の、魔法少女への変身を、下半身が露出したまま茫然と眺めて、みあげていた。
圧倒的な世継ぎの魔法少女の変身をみつけられて、力なくへこたれ込む。
「なんて……なんていうことだ……」
世継ぎの少女アンリの神秘なる魔法少女姿を見て、ルノルデ・クラインベルガー卿は嘆息の声を漏らした。
エドレス王国で最強の魔法少女がそこに君臨していた。
520
クリフィルら城下町の魔法少女たちは、城の玉座の間にて、王に接近していた。
王に逃げ道はない。
王は玉座から一歩も動かない。
そこは城の大空間の最深部であり、列柱の並んだ空間の奥、王の椅子が置かれた壇上。
リヴヴォールトのアーチが重なったドームの天井からは、天空からの光が差しこみ、ステンドグラスを照らし、虹の筋が降りている。王はその席に座している。王の金色の冠をつけた姿は、七色の光に煌いている。
「観念するんだな、王様」
クリフィルは剣先を王へ向けつつ、列柱の空間の、壇を登りはじめる。一歩、一歩、階段を、テクテクと。
一段一段、足をかけて登るたび、王に近づく。クリフィルまでドームから降りる七色の光に照らされる。
血だらけの魔法少女の姿が、ドームの光の空間に入る。光の筋が魔法少女を仄かに照らす。
城下町の魔法少女60人が、王の座を列柱の空間で取り囲み、クリフィルが王の椅子に迫る様子を窺っている。
クリフィルとエドワード王の2人だけが、この大空間にて、ドームの光を帯びている。
すると王は、赤色の布張りをされたトレーサリー模様の玉座から、語りはじめた。
「貴様らにわしは殺せぬ」
王は玉座で告げた。その手には王笏の杖が握られている。
「呆れた王だ、この期に及んで」
クリフィルは剣先を王に向けつつ、また階段を一歩、あがった。あと5段も登れば、王の椅子に辿り着く。
「この剣をあんたの胸に突けば、それでしめーだ」
「わしを殺してどうする気だ?この城を乗っ取る気か?」
王は冷たい声を出す。
しわがれた肌の、老いた王の威圧は、消えない。
「人の世界を乗っ取り、魔法少女の王国でもここに打ち立てるか?」
クリフィルは無視して、階段をまた一段、登る。あと四段。
王の座るドームのステンドグラスには、薔薇の花や、円環の理を象る女神の姿や、ラッパを吹く天使たち、ユニコーンの一角獣、剣を持った騎士たちなどが、色とりどりに描かれていた。
暗闇のステンドグラスに浮かびあがる虹色の模様。彫刻の光る装飾。
「人を閉じ込め、貴様ら魔法少女の糧になることを前提に、養生し続ける気か?生存競争からさえ保護して? そういう、人類と魔法少女の、”理想的な共栄関係”でも築く気か?」
王の話は止まらない。
魔法少女は、ソウルジェムさえ砕かれなければ、無敵である。餓死さえしない。しかし、どうしてもグリーフシードは必要になる。
そして、グリーフシードは、人類の犠牲によって、生成される。つまり人類はグリーフシード生成のための飼料だ。
王は人類が魔法少女の糧にされ続ける現世を嘆いて、人類を家畜化から救う道を選んだ。
それは、魔法少女狩りという答えであった。
と同時に、ソウルジェムの秘密を暴く。
城下町には魔女狩りの空気が吹き荒れる。城下町の魔法少女は全滅される。
それが成功すれば、全ての世界の国々に、同様の魔女狩りを開始せよ、と書簡を送る。
魔法少女の正体と、その殺し方、ヴァルプルギスの夜伝説を添えて。
世界の全ての国で魔女狩りは起こる。地球上から魔法少女は全滅する。
その計画は失敗した。
人類は救済されなかった。円環の理と、魔法少女の両者を結ぶシステムによって、人類は家畜であり続ける。
エドワード王は、こういう、人類を救う計画をはじめて着手した人物だと自負していたが、実はそうではなかった。
他にも、エドワード王のように、インキュベーターのシステムに犯された人類を救おうと考えかつ実行した集団がいた。
プレイアデス聖団である。
”地球を食い物にする魔法少女システムを否定する”
という考え方から、インキュベーターを全く認識できなくなる魔法をあすなろ市全体にかけたプレイアデス星団の目的は、宇宙生物による人類の家畜化を防ぐことだった。
これ以上、誰もインキュベーターとは契約させない。だれひとり、魔法少女を増やさない。
それがプレイアデス星団の狙いであった。
そして、インキュベーターが市内において全く認識できなくなる魔法は、インキュベーターに言わせると、”ボクの殺し方としてはパーフェクト”。
しかし結局はその計画も挫折、破綻した。
エドワード王の計画は、やり方さえ違えども、プレイアデス星団たちとめざす目標は同じだった。
プレイアデス星団は、”インキュベーターを認識しなくさせる”方法で魔法少女システムを破壊しようとしたが、エドワード王は、”地球全土から魔法少女を絶滅させる”方法で魔法少女システムを破壊しようとした。
プレイアデス星団のやり方は、あすなろ市のみに限定されていたが、エドワード王のやり方は、地球全土を巻き込む計画であった。
プレイアデス星団は、”インキュベーターさえいなくなれば魔法少女システムは機能しなくなる”という根拠であったが、エドワード王は、”魔法少女さえいなくなれば魔法少女システムは機能しなくなる”という根拠であった。
しかし、どちらにしても、計画は挫折、崩壊、敗残、陥没、崩潰、瓦解、倒壊、決潰 、崩落。
エドワード王は魔法少女に殺される。
「お前たちはわかっておらん」
王は玉座で、契約して人外に成り果てた哀れな姿の少女を見て、告げる。
「貴様のような、まんまと契約して魂を焦がすような女が生きているうちは、人の世は闇なのだ」
クリフィルはまた階段を登る。一段。あと、三段で、王座の段に着く。一歩、また王に近づく。
「人を糧にして生き延びられると思うか?誰が貴様らの食糧を生産する?誰が畑に種を蒔き、束にして運び、脱穀して、ひいて、捏ねてパンにする?人類なくして魔法少女は生きられん!」
王の話をクリフィルは無視する。剣をもち、壇を登る。あと2段。
「糧だ糧だってうるさいな、そんなに糧になるのがいやなのか?」
クリフィルは剣をもち、王の前に立つ。一段下のところに。
玉座に座る王とクリファルの2人の影が、ステンドグラス越しの光の筋に明るくなる。
「おまえたち人間も、家畜を糧にして生きてるだろーが。羊を放牧し、牛を飼い、魚を養成し、鶏を育てているだろーが。なのに自分たちが糧になるのはイヤだってのか?都合のいいやつらだ。カベナンテルのほうがまだマシだ」
王は顔をしかめる。
面食らった顔だ。
「いいんだよ糧になったって」
クリフィルは王に剣の先を突きつけた。老王の喉元で刃が鋭く光る。
「あたしらは家畜を糧にし、そして糧となる。私たちは死ねば分解されて土の養分になるし、その土の養分は、畑の糧となる。みんな糧にし糧にされるんだ。地球でいつもいつも起こっていることが、宇宙生物に介入された途端、何をそうあーだこーだ喚き立てるかね?あんたら人間は、魔法少女の糧か?そうかもしれない。だが魔法少女は宇宙生物の糧になる。それと引き換えになんでも願いごと、叶えてくれるのさ。どうだ、王、人間よりマシだろ?やつらカベナンテルは? それともなにか、もしかして、魔法少女には願いごとが叶うチャンスがあるのに、男にはないって、喚きたてたいのか?」
はっは、とバカにしたクリフィルの顔が老王を見おろす。
「糧になってもいいなんて言えるのは悪魔と契約するような穢れた売女の発想だ」
王は冷ややかに言い返した。
玉座からびくともしない。ドームの光が王の顔を、王のぎらつく目を、照らし出す。
「何のために世に生まれ、何のために生きる?糧になるためか?そんな考えだから奇跡と魔法という餌に喰らいつき、その惨めな姿になるのだ」
クリフィルの瞳に鋭さが宿る。
目はうっすり細まる。
「そんな考え方をしているうちは感情のない動物と同じだ。人だけが、感情のある人だけが、考えることができる。宇宙とは何か?太陽の日が眩しく感じるのはなぜか?それはどうして美しいのか?月の光は弱く、太陽は強い。なぜか?森が静かなのはなぜだ?川を流れる水が透明なのはなぜだ?掬うと冷たいのはなぜだ? 花に香りがあるのはなぜか?人だけが宇宙の神秘を感じ取れる。人だけが自然の美しさに興味をもてる。魂があるからだ。効率と資源しか頭にない宇宙生物に魂など渡すな!」
「ぐっ…!」
クリフィルは頭にきて、何か蔑む視線を持つ王の首元に剣を差し込もうと指に力を込めた。
しかし、何かがクリフィルの手を止める。
たぶん、王が、この時点で命乞いのようなことしていたら、クリフィルは躊躇なく王を殺していただろう。
だが王は、彼女が生まれた城下町の国王は、剣をつきつけられても、今や微動だにしないのである。
ぴくりとも臆さない。玉座に座ったまま、王であり続けている。
それがクリフィルの手の刃を押しとどめる。
王はクリフィルを睨み続ける。白い角膜と黒い瞳。老いた王の剣幕の顔。
これが、王者の威圧か、オーラか。
無言の剣幕がクリフィルの実物の剣を押し返してしまう。
だが、人間にだったら通じたその剣幕も、魔法少女には通じない。
少しのあいだは効き目をだしたものの、もうお終いだ。
「仲間の仇をとる!」
クリフィルの手が玉座の前、ドームの光の中で動いた。
今まで魔女にされていった魔法少女たち、熱狂する王都の民の晒し目のなかで火あぶりにされていった魔法少女たち、その無念、憎しみ、哀しみ、屈辱、悔恨、絶望、忿懣、怨嗟、無常を晴らすときがきた。
この城下町は、王都は、火あぶり刑にされた魔法少女たちの想像絶する現世への遺恨と怨讐に蔓延されている。
どれほどの魔法少女たちが、人を恨みながら、火のなかで焼け死んでいったのか。
その感情は、怨念は、魔女の呪いよりも恐ろしい。
希望によって生まれた魔法少女の神秘の力は、呪いとなって城下町に消えていったのだ。
火に焼かれたソウルジェムの負の想いは、永遠に消えることがない。城下町に蔓衍、拡散し、見えない形で人を呪い続ける。
目には見えないが、確かに人の世を呪い続ける、彷徨える魂の溶け込んだ、何かが、城下町に蔓延る。
そんなことが世界全体で起こってたまるか。
この悲劇は、この城だけでいい。世界でこの王都だけでいい。
魔法少女のソウルジェムを火で炙り、蒸発させる残酷な行為は、円環の理を否定する世界への挑戦だ。
還るべきところに還さないのだから。
剥き出しになった魂そのものを火で直接焼くという卑劣な残虐だ。
もし円環の理というものが、女神のような人格神であるのなら、こんな事件にトドメを刺せと命じるはずだ。
クリフィルの剣に、命じるはずだ。
王を殺し、世界が魔女狩りの嵐に包まれる未来を救え、と。
魔法少女のみんなを守れ、と!
「王、魔法少女と人類が争うのは、暗い未来だ。だから、わたしはあなたを殺す!」
クリフィルは剣を振り上げた。
その剣先は落ち、王の額へ落ちる。
「王を殺すな!」
突然、誰かの少女の声が、玉座の間に轟いた。
列柱の大空間のあいだを、澄んだ声が響きわってゆき、空気の乾いた室内の全体にまで伝わった。
その場の生き残りの守備隊、死にかけの守備隊、城下町の魔法少女たち、クリフィル、王までも、誰もが声の方向を向いた。
声をあげたのは────。
黒色の合皮製の胸当て、やや短めの丈のスカートをした白い絹のガウン、腰に差したベルトにはカタナを差し、美しい若緑色の肩当ての防具を装備していて、銀色の籠手、背には金糸の刺繍を施した赤色の毛皮マントを優雅に揺らした美しい少女剣士。
エドレス王国の世継ぎの少女。
アンリだった。
西世界の大陸で超大国のエドレスの全ての王位継承権と血筋を継ぐ。
その少女の持つ因果は計り知れない。
エドレス王国で最強の魔法少女が列柱の奥の廊下から、扉を開いて現れた。
「王を殺せばお前たち全てを殺す!」
世継ぎの少女アンリは、鞘からカタナを抜き、その刀剣を光らせつつ、クリフィルら魔法少女に向けて伸ばした。
「その反逆の罪、私アンリが、誰一人とて生かすことなく死罪に責める!」
192 : 以下、名... - 2015/05/08 00:21:59.33 JcuHxVq90 2679/3130今日はここまで。
次回、第70話「世継ぎの少女・アンリ」
続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─16─