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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─
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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─13─
第60話「 BRAVE HEART 」
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城下町では乱闘が続いていた。
決起した魔法少女30人と、守備隊50人の騒乱は、魔法少女の陣営が優勢であった。
業を煮やした守備隊たちは飛び道具に頼り、弓を手に取り出した。
兵たちはこの弓に矢を番え、反撃にでるべく魔法少女たちを狙うが。
その守備隊たちめがけて魔法の矢が先にとんできた。
城壁側らの階段に立って弓を番えていた守備隊たちは、その足元を魔法の矢で爆破され、足元が崩れ落ちてみなバランス失くしてころげた。
「うわあああ」
煙とパラパラという細切れの小片、あたりに散る。
兵士らはみな階段をころころと転げた。
何人かの魔法少女たちが剣を手に走ってきて、倒れた兵士たちの胸をさくさく剣で刺した。
「うう…」
「うぶ…!」
兵らは心臓や右脇腹を剣に貫かれ息を止めた。
血を口から垂らすのみとなった。
円奈は弓をもって武装姿になったが、放心したように茫然とし、変身した魔法少女たちが人間を容赦なく殺していく光景を見通していた。
「あう…あぐ!」
壁際にたたきつけられた兵士を、脇腹へ小刀を繰り返し突き入れる魔法少女もいる。ズブと腹にナイフを差し込んでは引き抜く。
バタバタと倒れる人間たち。血まみれの地面。殺戮の公開処刑広場。
グーで兵士の顔をなぐり、壁にたたきつけたあとは、兵士の手から剣を奪って、その口の中に剣を差し込む魔法少女。
兵士の喉は裂かれてつぶれた。呼吸するたびに血があふれ出てむせた。
円奈は目にしているものが信じられない。
残酷な光景に言葉を失い、全てを諦めかけた円奈の肩を。
だれかが叩いた。
黒い髪、黒い獣皮、鋭い赤い目をした魔法少女だった。
円奈はその魔法少女を知っていた。
いちど、命を助けられたこともある。助けられたというよりは、見逃してもらったというべきか。
ドリアスの森を抜けたあたりで、農村を急襲していた魔法少女。
円奈はその略奪の場に巻き込まれて、この魔法少女と目が合った。しかし魔法少女は円奈を殺すことなく見逃した。
リドワーンと名を持つこの魔法少女は、エドレスの都市でも円奈の姿を追っていた。
ウスターシュ・ルッチーアと二人で宿をとったとき、王都には近づくなと忠告していた。
しかし結局円奈は忠告をきかず王都にきたのである。
結果、火あぶりに処され、焼け死にかけた。
「ノロ、リム。ノロ」
長いこと円奈のあとを追っていたリドワーンは、ついにシンダリン語で、円奈に話しかけた。
二人が会話を交わすのは、この瞬間が初めてだ。
「急げ。そなたが王都を通り抜けられるときがあるとしたら、今しかない。今ぞエドワード城を抜け、むこう岸へゆこう」
むこう岸へ。
この王城を通り抜け、城に架けられた橋で谷の崖を渡り、むこう岸の世界へ向かおう。
高低差3キロメートルの深谷を渡ろう。エドワード城の橋を渡り、まだ見ぬ対岸にある南の国サルファロン。
その先に辿り着ける国は、全世界の魔法少女たちの聖地だ。聖地エレム国だ。
もはや円奈のなかでまぼろしのようになりかけているエレム国。
円奈はリドワーンの誘いを受けた。
「…うん」
ゆっくり頷き、この王都を抜ける。この国を出る。新しい国へ出発する。
円奈はその決心した。
「…私、この国をでる…」
出よう。
この国を。
長いこといたが、新しい旅に出なければならない。
王都で足止めされていたが、いま遂に道が開けたのだ。
エドワード城を通り、対岸の大陸に渡るチャンスは、今しかない。
魔女狩りの王都は、いま脱出口を開いている。今だけ開かれている。いま出口を潜らなければ、二度とあかない。
「きゃあああっ」
そのとき、二人が会話を交わす背の後ろから、スミレの悲鳴が聞こえた。
スミレは、兵士らに二人がかり連れ去られ、壊れた階段をくだっているところだった。
円奈は弓を持ち、戦う顔つきになると。
ばっと。
その身体を宙に浮かせ、城壁から飛び立った。ピンク髪が風によって逆立つ。
高さ4メートルほどの城壁から下の広場へ飛び降りると、藁を積んだ荷車の台へ着地した。
ばさっ。
柔らかな藁に着地したあとは、荷車の台からぴょんと両足で飛んで地面に立ち、弓に矢を番え、狙いを定めた。
ちかくの城門の傍ら壁際に掛かっている松明の火に矢の先をあてがい、火をつけ、火矢にする。
火のついた矢を、弓の弦にあてがい、ギギイと、力いっぱい、引いた。目が狙いを定めた。
スミレは一人の兵士によって抑えられ、もう一人の兵士によって今まさに首を切り落とされそうになっている。
そのとき、ブレーダルの魔法の矢が市壁からまた放たれた。
「これでも喰らえ!」
魔法の矢は城下町の上空を飛び、光の弧を描いて、壊された城門の奥へひゅっと入り込んでいった。
そこは守備隊の新手の増援が迫ってきていた。
魔法の矢は爆裂した。四方に光を散らし発火。
城門に駆けつけてきた新手の兵士達は矢の爆発に巻き込まれ、ふっ飛ばされた。
「うああああ」
兵士たちはいとも容易く爆発矢によって宙へ飛ぶ。背中が火で燃えながら橋方面へ送り返される。
その時円奈もロングボウから矢を撃ち放った。
バスンッ───
爆発矢が背後で炎上し、赤色に包まれるなか、円奈の渾身の火矢が放たれた。
その矢は一直線に空を裂いて飛び、城下町の広場を通り抜け、スミレを連れ去る二人の守備隊どもの頭を貫き、バサっと二人の兵士は倒れた。
スミレは二人の倒れた兵士たちのあいだを潜り抜けて命をとりとめた。
自分の撃った矢によって二人の人間が倒れ、スミレは命を救われたのを見届けて、円奈は。
誰かを救うとはどういうことなのか、という現実を理解しながら、息をはき。
「はあ……あ」
尽きかけた体力は足が崩れ、膝をつき、痛む肩を手で押さえた。がくがくと肩が震える。
さっきまで十字架に磔にされていたのだ。少女の肩は、悲鳴をあげていた。
しかし、さらに城門の奥からやってきた増援の守備隊たちは容赦しない。
円奈をすぐに捕らえてしまい、取っ組み伏せて、頭部を剣でぶっ刺そうとした。
「はあっ…ああっ!」
円奈は抵抗をしたが、体力は限界だった。頭を掴まれて、押さえつけられ、頬を地面にこすり合わされる。
「…だめっ!」
円奈が殺されかけたその刹那、少女の金切り声がして。
次の瞬間。
「あああっ!」
兵士の悲鳴が轟いた。
死んだ兵士から剣を拾い上げたギルド議会長の娘・ティリーナが、円奈を殺そうとした兵士の膝に剣を差し込んでいた。
剣にって足を裂かれた兵士は膝ついて痛がり、脛が剣によって貫かれている血の流れをみて顔をゆがめた。
「あの女ッ!」
兵士たちに、ティリーナは取押えられる。金髪の髪はしわくちゃと兵士たちの手に掴まれ、地面に組み伏せられた。
「ああっ!」
髪をひっぱられたティリーナが顔を石畳の地面に打ちつけ、痛みの声をあげる。
しかしその目は、しっかりと、円奈をみた。
顔をしっかりと兵士に地面へ抑えられたみじめな態勢のまま、その目だけは円奈に何かを語りかける。
円奈も、ティリーナを見つめた。
城下町で知り合った少女同士は。
この殺戮と血の生臭さ漂う処刑場で。
最後に、目で会話をする。
兵士に組み伏せられたティリーナの目は語っていた。
あなたは生きて、と。
必ず生きて、この魔女狩りの王都を抜け出して、こんなところで死なずに、脱出して、と。
円奈は震える顔でティリーナの目の訴えを聞き届けていた。その頬には血がつき、兵士たちの流した血と、魔法少女の血と、城下町じゅうで殺された人間たちの血と、あらゆる血という血に塗れた臭いのこの処刑場で。
生き残る約束をする、と円奈は目でティリーナに答えた。
ティリーナは、嬉しそうに、目だけでわずかに、微笑みかけた。その首は小さく、でも力強く頷いた。
円奈は立ち上がった。
弓と剣を持ち、旅に出る態勢となる。そして彼女は見た────。
十字路を颯爽と駆けぬけ、やってくる一頭の馬。
四肢を優雅に駆け出し、尻尾をゆらし、主人の危機に駆けつけ、やってくる一頭の馬。
城下町じゅうの人々が、十字路の北門側へ逃げ去っていくながれに逆らい、処刑場のほうに単独でパカパカと走ってきて。
円奈の前にやってきた。
そして、馬は、その首を差し出して、主人に頬を寄せた。
「クフィーユ…」
少女騎士は、駆けつけてくれた馬の首筋をなで、心から嬉しそうに、馬と会話し、頬を寄せ合った。
「クフィーユ…ありがとう…きてくれて…」
馬はヒンと鼻息を漏らす。
少女騎士は馬を撫でる。大事そうに何度も撫で、感謝を馬に述べて、そして、背に乗った。
「いこう…この国をでよう」
馬の背に乗ると、少女騎士は、馬に言った。「一緒にこの国を出よう!」
円奈は手綱を両手に握り、破壊された城門の前へ馬をむけた。
その先には、城がある。
エドワード王が戦いに受けてたった城が。聳えたつ高さ700メートルを誇る、要塞の城が。
あの城を通り抜けなければ、この崖を渡れない。
だから、進もう。
クフィーユと共に進もう。
城へ。
城下町に別れを告げるとき、最後に名前を呼ばれた。
「円奈!」
ティリーナは兵士に抑えられたまま、声だけだし、馬に乗った円奈をみた。
「わたしたち、友達だよね…?」
ティリーナは、懸命に兵士の組み伏せに非力に抗いながら、小さな声で言った。
円奈は思い出す。
ティリーナが最初に女の子たちの集まりに誘いかけてくれたこと。
魔女狩りと戦うべく、ユーカと魔獣退治をしている話を信じてくれて、自分を友達だといってくれたこと。
そして今も、ティリーナは助けてくれたこと。
円奈は、最後に馬を走らせる前に、ティリーナに、答えた。
「…うん。ティリーナちゃん、私たち、友達だよ!」
ティリーナはまた、嬉しそうな顔をした。
「はっ!」
次の瞬間、手綱をばんと引いた円奈は、馬の腹を両足で挟み込み、王都へ突っ込み始めた。
新たに駆けつけた守備隊たち二人は、円奈の駆け出した馬に蹴り飛ばされ、うわっと声あげると左右に散らされた。
左右に飛ばされた二人は両者とも背中を壁に打ちつけた。
円奈は城下町を発った。
「よし、あの女に続け!」
ブレーダルは魔法の弓を持ちながら破壊された門へやってきて、反乱を起こした魔法少女たち30人に呼びかけた。
リドワーンも円奈に続いてエドワード橋へ走り抜ける。
城下町の魔法少女たち30人と、リドワーンの一団は、こうして王城へ突撃を開始する。
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円奈はクフィーユに跨り、魔法少女たち30人の先頭きって王城へ突っ込んでいた。
城から派遣された守備隊たちが次々に槍をもってやってきて、円奈の前に列をつくって立ち塞がる。
「邪魔!」
円奈はクフィーユとともに守備兵たちの隊列へつっこみ、馬で蹴散らした。
「うごっ!」
「うああっ!」
槍もった兵士たちは猛スピードで走る馬の強靭な肉体に体当たりされて橋の上を転げまわった。
二人も三人も次々に円奈の馬の足に蹴飛ばされ、木の葉を散らすように四散した。隊列は左右にかきわけられる。
ドッ!
「うお!」
「っうぶ!」
さらに円奈の馬が足で蹴り飛ばした兵士が、派手に後ろへすっころび、後ろの兵士を巻き込んで倒れ込んだ。
二人の兵士は一緒になってころげた。二人は重なった状態で倒れた。
「いいぞ!進め!」
リドワーン一行と城下町の魔法少女たちが続いてやってきて、ころげた人間たちにトドメをさしていった。
手に持った剣、槍、ナイフ、フレイル、棍棒、メイス、などの凶器と鈍器で徹底的に人間たちを叩きのめす。
「ううっ!ぐ…」
「ああヴ!」
兵士たちは腹と首と顔とを、魔法少女たちの武器で、メチャクチャにされた。どの顔もつぶれ、どの腹も裂かれた。
守備隊たちか蹴散らされると。
さの先に、円奈が馬を駆けるその前方に、エドワード軍の傭兵部隊がいた。
オーギュスタン将軍がかつて率いた外国の雇われ兵たちである。
その数は500人。
軍列を整え、円奈たちを待ち受けている。
円奈を先頭にして、守備隊の防衛線を突破した魔法少女たちが、この傭兵部隊の戦列に挑む。
両者の距離はみるみるうちに縮まる。
橋の上での激戦がはじまろうとしている。
円奈たちと魔法少女たちは臆することなく一直線に、傭兵部隊たち500人の軍団に正面から突っ込んでいく。
橋を封鎖する傭兵部隊へ容赦なく迫る。
相手の覚悟を知った傭兵部隊の隊長、オズワルトは、すると自陣にも突撃の命令をくだした。
「進め!」
腕をふりあげて合図をくだす。
おおおおおっ。
次の瞬間、戦列をつくった傭兵部隊たち500人が、いっせいに足を揃えて円奈たち魔法少女の軍団にむかって走り出し、迎撃にでた。
男たち500人が、橋を埋め尽くしながらギルド通りを突っ走り、やかましい足音たてながら、魔法少女たちに正面から戦いに入った。
ドドドド。
ダダダダダ。
すぐに激闘ははじまった。
城下町の魔法少女たちと傭兵部隊はぶつかり合い、剣と剣、鈍器と鈍器、盾と盾がぶつかり合い、殴り合い、激しい取っ組み合いがはじまった。
円奈は馬上で鞘から剣を抜き、傭兵部隊の軍列に突っ込みながら、攻撃してくる敵兵士と剣を交えた。
馬上でふるう円奈の剣と敵兵の剣がぶつかる。ギン!剣の刃同士が衝突した。キイン!角度を変えてまたふるう。刃と刃がぶつかりあう。また甲高い金属音が鳴り轟いた。
リドワーンは大剣を傭兵部隊を相手に攻撃をしかけ、目前の敵兵士たちを斬りおとしていった。
ブン!最初の一太刀が相手の剣を怯ませる。ガン!剣同士がぶつかると、敵兵の剣もつ手はしびれて、動きが鈍くなる。
すると。
ブォン!
一歩前へ踏み込みもう一太刀。この一撃が敵兵の胸をバッサリ斬り刻む。だが、剣が人間を斬ると、だいたい骨にひっかかってしまうので、リドワーンは敵兵の胸を蹴りだす反動で剣をやっとの思いでひき抜いた。
ぶしゃあっと血飛沫が飛び出て、刃は敵兵の肉体から抜けた。
剣は血に塗れていた。
クリフィルは手元の剣で敵兵の剣を次々受け流してゆき、そんなことは魔法少女にはお手のものだったが───隙ありとみればみるみるうちに敵兵の首を切り落としていった。
首をなくした兵士から意志をなくした人形のようにふらふらと倒れていく。
「えい!」
相手が横向きに剣を振ってくれば、先攻して距離をつめ短いリーチで先にクリフィルの剣が敵兵の首を斬った。
ぶしぁっと血が噴水のように空気中に湧き出て、前向きに死体は倒れ込んできた。
クリフィルはその死体を横にどかした。
横向きにころげていった死体は、別の傭兵部隊たちの足に踏まれた。
レイピア使いの魔法少女レイファは、こういう乱闘は得意ではなかったが、直実に目前の敵兵と対峙し、鈍くのろい長剣をふるう傭兵の攻撃をかいくぐって、次々にレイピアでわき腹の急所を突き刺して殺してゆき、傭兵部隊の死体を彼女の前に積み重ねていった。
レイピアとロングソードが再び対峙する。
レイファ・イスタンブールという名前の、白髪をしたレイピア使いの魔法少女は、腰を低くし剣先を前にだして、レイピア独特の構えをとって敵兵士と対峙する。
レイピアなんていう剣など知らないエドワード軍の傭兵は、この構え方をただの挑発と受け止め、怒りにまかせるまま長剣を前へ突きのばした。
レイファは素早くはらりとその剣をかわしてしまう。敵兵の突きは、ソローモーションを見ているかのように遅い。スピードに長けるレイピア使いの魔法少女には、かわすのが呼吸するように簡単であった。
はらりとかわしたあとは、隙だらけになる胸へ、レイピアを一突き。
鋼でできたレイピアの薄い剣先がビュンビュンと上下にしなり、そして敵兵の胸へ突き入る。
「ぐう…う!」
胸の心臓部にレイピアが刺さり、血が垂れる。敵兵は苦しそうに顔をゆがめ、喘いだのち、力つきて倒れた。
レイピア剣の魔法少女は敵兵の胸から剣先を抜き、ビュンビュンと上下に大きく振るうとこびれついた血を払い、そしてまた別の敵兵と対峙した。
このレイピアは突き専用の円錐型剣ではない。斬ることもできる両刃の剣だが、刃は薄くバネのようによくしなる。決闘用のレイピアで、実戦用ではないが、なに、魔法少女の手にかかれば、そのレイピアも恐るべき武器となるのだ。
長さは1メートルあり、リーチも十分だ。
これを前に突き出しているだけで敵兵は近づけない。
しかし、そうだというのに、後ろから後ろからなだれ込んでくる傭兵部隊が、前列の兵の背中を押してしまい。
押された兵は自らレイピアの剣先に突っ込んでゆき、胸に剣を受け入れた。
あわれな兵はレイピアの餌食となり死んだ。
レイピア使いの魔法少女は、こうなることがわかっていた。
彼女は素早くレイピアを兵の胸から抜き、そしてまたビュンとしならせると、後続の兵士達の首につきつけた。
メイルという殴打用の棍棒を使う魔法少女は、その名をスカラベといったが───緑色の衣装になり、傭兵部隊と戦っていた。
先端が鉄で、スパイクのデコボコした凶器を、針戦棍として使い、敵兵たちの顔をなぐる。
鉄のスパイクの戦棍に殴られた敵兵の頬は崩れ、血だらけになる。
後続の兵士が剣をふってきた。
ガキン!
戦棍と剣の鉄同士がぶち当たる。剣のほうがリーチが長かった。前へ突きだされ、戦棍を握る魔法少女は敵兵にちかづけない。
しかしその突き出された剣先をメイルをふるい、思い切りどこかへ弾いた。剣と戦棍がまたぶち当たったとき、剣は叩かれて、どこかへそれた。敵兵は手首を痛めた。
その隙に接近し、戦棍で敵兵の頭をたたいた。
鉄のスパイクつきの棍棒に叩かれた兵士は、脳天を割られた。頭蓋骨がゴリっと砕ける音か、外にも轟いた。
額から血を流して、気を失った。
強力な爆発矢を使うブレーダルは、この乱戦にはいって、弓を鈍器のように振り回していた。
棒か何かのようにぐるぐる回して、接近してくる敵兵を次々に蹴散らし、飛ばしていく。
弓に叩かれた兵は派手に横へすっ飛ばされ、そして。
「あ゛ああぅー!」
と、甲高い声あげて、橋の手すりをのりあげて、ずりっと転落した。
兵士の体は海抜3キロの断崖へ落ちた。その深遠にして巨大なエドレス王城の谷の深淵に、呑まれていった。
小さな粒のような人影が、絶壁の下へひゅーっと落ちてゆく。その落下は数分間もつづいた。
あとは、深谷の暗闇に荒れ狂う海にまで落ちるだけだ。
円奈は先頭にたって馬上から剣をぶんぶんふるっていた。
盾をもつ敵兵の頭を何度も剣でたたき、打撃を加える。敵兵は盾を翳して頭を守っていたが、やがて剣に叩かれつづけてバランスを失ってゆき後方へドテッっところんだ。円奈はその敵兵から盾を奪いとった。
かくして傭兵部隊500人をも魔法少女たちは圧倒したのだった。
橋を封鎖した部隊は圧され、逃亡をはじめる後列の兵士もいる。逃げ出した兵士は50歩も100歩も、王城のほうへ逃げ帰ってくる。
その戦況を城のバルコニーから見下ろしていた王は、怒り、魔法少女たちを殲滅させるべく将軍に新たな命令をくだした。
「弓だ」
エドワード王はオーギュスタン将軍に、弓矢攻撃の指令をだすのだった。「矢を降らせ!」
オーギュスタン将軍はその攻撃指令を躊躇した。
「お言葉ですが、わが軍にも被害がでます」
すると王は、さも平然とした顔で、将軍へ顔をむけて、問いかけた。「いかんか?」
オーギュスタン将軍は、苦悩した顔で、乱闘をつづける魔法少女と傭兵部隊の両陣営を城から見下ろす。
しかし王は淡々と言い放った。
「例え何百死のうと、やつらは傭兵なのだから死んだ数だけまた雇えばいい。大事なのは国を守ることだ。いますべきことは魔女を滅ぼしつくすことだ」
王はオーギュスタン将軍を剣幕ある顔で睨み、再度命令を下した。「弓を撃て!」さっきの声よりも怒気が含まれていた。
オーギュスタン将軍は折れた。
切ない顔をしながらバルコニーにて手をふりあげ、号令をくだした。「長弓隊!弓をひけ!」
「長弓隊!弓だ!」
「弓を引け!」
将軍の号令は城内に轟き渡り、号令役の兵士たちがラッパを鳴らした。すると城の塔のあちこちに立った合図役の兵たちが、弓の絵柄の描かれた旗をもちあげた。
「長弓隊!構え!」
城内じゅうの位置についた弓兵がロングボウの弦に矢を番える。一人一本の矢。しかし弓兵の数は千人ちかくにもなる。
エドワード城の城壁という城壁、監視塔、胸壁の矢狭間に並び立った弓兵たちが、空へ矢の先をむけた。
その角度は45度。
弓兵たちが矢を空へ向けるその下では、城下町の魔法少女たちと傭兵部隊が戦っている。
オーギュスタン将軍はすると号令を下した。
「射て!」
「長弓隊、射て!」
「弓兵、放て!」
将軍の合図がくだると合図役の下級兵たちも声を轟かせる。
その腕は下へおろされ、「放て」の合図がくだる。
「撃て!」
エドワード軍長弓隊の隊長、エラスムスも叫び、自らも矢を放った。
それに続いて王城じゅうあらゆる城壁の位置についた弓兵たちからの矢が発射される。
第一城壁区域に並び立つ弓兵200人と、第二城壁区域に並び立つ弓兵300人に、あいだの胸壁の矢狭間にずらりと立ち並ぶ弓兵たち500人と。
監視塔にたつ弓兵、周囲の防御回廊に並び立つ残りの弓兵たちの、矢が一斉に空を飛ぶ。
ぶわわわっ。
何千という弓の弦がしなる音が、城じゅうの空気に轟き渡る。弓兵たちの手から矢が何千と飛ぶ。
それは雲の晴れた晴天の空へと飛び、矢の雨となって空を覆い、黒い点々が、空をみあげた者の視界に映った。
千本の矢の雨は、一方向へむけて飛んでいた。やがてそれは浮力を失って、風に乗って限界まで飛ぶと、高度を低めて、弧を描き、エドワード橋のもとへ落ちはじめる。
その橋では魔法少女たちと傭兵部隊が戦いを繰り広げていた。
魔法の武器と人間の武器がぶつかりあう戦場だった。
魔法少女の剣と傭兵士の剣がぶつかりあうその場所は、次の瞬間。
うああああっ。
ああああっ。
矢の雨が襲った。
黒い雨が兵士たちの肩と背中、足に怒涛の如く刺さってゆき、その体は矢だらけになった。
「あっ、あんの野郎お!」
矢の雨に降られた魔法少女のクリフィルは、慌てて目の前の兵士を抱き寄せて、その兵を盾にして矢の雨から身を守った。
抱き寄せられた兵士の背中にズブズブ矢が刺さってゆき、白い矢羽が突き立った。兵士は死んだ。
「味方ごと全滅さる気か!あの暴虐非道の王め!」
リドワーンも殺した敵兵を抱き寄せ、矢の雨から身を守った。死んだ敵兵の体は矢に貫かれてゆき、背中に降り注いだ矢の数々は胸と腹に突き出た。
地表数百メートルの高さの空から降ってくる矢の雨の威力は、恐ろしいものがあった。
「あぐっ…ああっ!あっ…!」
防御が間に合わず、矢を受けた魔法少女たちは倒れた。
まず膝をつき、手をついて、這うように力尽きるが、その手と頭とに、矢が容赦なく降り注いで痛めつけた。
「あああぐっ!」
矢だらけになった魔法少女は痛みに震えた。だが、これでは死なない。彼女は這うような態勢になることで腹のソウジェムを守りぬいていた。
たとえ、頭部に矢が二、三本刺さり、ブスと貫いて、その矢が脳を割って口から出てこようとも、魔法少女はそんなことでは死なない。
目からも口からも赤い血を滴らせながら、魔法少女は矢の雨に耐えた。
あたりは地獄絵図だった。
千本の矢は、まだまだ降りかかってくる。まだ半分も落ちてきていない。
矢の雨は数分間つづき、ところかまわず降り注ぎ続け、矢羽のついた黒い矢の群れは空を覆いつづけた。
傭兵部隊も魔法少女も丸ごと矢の攻撃にのまれ、互いにろくに戦闘できなくなり、矢の射程にはいった範囲内の全てを皆殺しにしようとする容赦のない矢に耐えるべく抗うのみとなっていた。
しかし運悪くソウルジェムに矢が命中し、バリッと音たてて割らした魔法少女は、文句なく死んだ。
その場で変身がとけ、仰向けに倒れ死体となる。その死体にも続けて落ちてきた矢がズブズブと刺して、少女の柔らかい肉を貫いていった。
矢の悪夢はこれで終わらない。
ロングボウの恐怖はこんなことでは終わらない。
「第二射!放て!」
王城の側では、オーギュスタン将軍が弓兵に第二射撃の攻撃の号令をくだしていた。
「弓兵、構え!」
城の監視塔のあちこちに立つ合図役たちは、再び弓を合図する旗を持ち上げる。弓の絵柄の旗は風にはためく。
エドワード城の城壁と矢狭間に並び立つロングボウ兵の大軍は、再び弓に矢を番える。
千本の矢が、再び空へむけられる。もちろん方角は、魔法少女たちの苦しむエドワード橋の真上。
「放て!」
オーギュスタン将軍が腕を振り落とし、再び命令をくだした。
「放て!」
「撃て!」
「弓兵、射て!」
号令が城じゅうに轟き渡り、合図役は叫び、声は弓兵たちに届き、城壁に並び立った弓兵たちはまた千本の矢を空に飛ばす。
ズババババ…
黒い矢の雨が天空へ打ち上げられていく。青く晴れやかな上空を、風にヒラヒラとゆられながら、矢の雨は、しだいに角度を変え、下向きに降ろし、重力にひかれて一直線に下へ。
その下は、魔法少女と傭兵たちが矢の攻撃に苦しむ橋の戦場。
「ううう!」
「あうっ──!ああ!」
呻きと苦痛、悲鳴の嵐となる。最初の千本の矢に続いて、もう千本の矢が降り注いだ。
魔法少女たちにエドワード軍の弓矢射撃が襲いかかる。
橋の上で戦う魔法少女たちはすでに合計二千本の矢に射られていた。
これがロングボウの恐怖だ。
クロスボウのような、一発撃つのに時間のかかる機械弓とちがって、ロングボウは一発撃ってから、次の二発を撃つまでに時間がかからない。
連射力にすぐれ、矢の雨がいちど敵陣に降り注いだあとは、すぐに二回目の矢の雨を降らせることができる。
そして、エドワード軍の長弓隊は10秒に一度、矢を撃つことができたから、それが千人の弓兵によって放たれるならば、たったの100秒もあれば一万本の矢が敵に降り注がれることになる。
長弓隊の射程に入った敵は誰も生き残らない。
それに矢攻撃は単純に、魔法少女と戦うのに有効な攻撃だった。矢の雨は魔法少女たちのソウルジェムを叩き割る。
一万本の矢からソウルジェムを守りきれる魔法少女などいない。
逆にいえば、エドワード軍からしてみれば一万本の矢を放ってしまえば魔法少女との戦いは勝利も同然なのだ。
魔女狩りの狂気に反乱を起した魔法少女たちは、いまや完全に鎮圧される。
「放て!」
それを分かっているオーギュスタン将軍は三回目の矢の攻撃命令をだす。
「撃て!」「射て!」
城壁に並び立つ長弓隊たちの矢が舞い飛ぶ。
二回目の射撃の指令から、わずか15秒後のことであった。
そして二度目の矢攻撃の雨がやまないうちに、橋の戦場は三度の矢の雨に襲われたである。
ズブ…ズブ…ズブ。
ズドズド。
肉体に矢が落ちて食い込む音、盾で矢を防ぐ音、さまざまな音がするが、その音は三千回分、轟いた。
矢の雨は、上空をふわふわと舞っているあいだは、無音だが、落ちてくるとひゅーっという空を切る音が、何千と耳につんざいて、恐怖に目も開けられなくなる。
そして、恐怖は空からやってくる。
「いやああっ!」
容赦のない矢の大群に視界も塞がれ、何人かの魔法少女はその時点ですでに戦意を失った。
矢が落下して、連続して地面を叩く衝撃音以外は、なにも聞こえなくなる。なにも見えなくなる。
300人ちかい傭兵たちが、なすすべなく矢に殺されてゆき、死体となって橋を埋め尽くしていた。
生き残りをかけた魔法少女たちはその死体の下に潜り、矢の肉を突き刺す音をききながら身を守っていた。
それができない魔法少女は矢に叩かれ、刺され、貫かれ、手の甲は矢が貫通し、頭は矢が当たり、両肩には矢が数本ずつ、突き立った。
きゃあああっと目を閉じて矢の恐怖に耐えているが、やがてついに首もとのソウルジェムにふってきた矢のうち一本があたって砕けた。
全身に矢をかぶった魔法少女はドサっと倒れた。
ソウルジェムを、ロングボウの掃射攻撃によって割られた魔法少女は、もう5、6人いた。
死体を晒し、その死体は矢の追撃をうけて見るも無残な死体となり、穴だらけになっていた。
「このままじゃ埒があかん!」
傭兵の死体に隠れたブレーダルは、叫んだ。矢の落ちる音が全てを支配するなか、その雑音に負けじと声を轟かせ、仲間達に呼びかける。
「リドワーン!」
死体の下に隠れたリドワーンはブレーダルをみる。
「魔法少女が30人もいれば王を倒せるんじゃなかったのか!」
ブレーダルは平静さを失いかけている。
「アンタの言葉を信じて王都に戻ってきたんだぞ。この王都を通り抜けられるって!」
すでに弓矢攻撃は四回目の矢を放っている。また矢の大群が、黒い点々となって、空に浮かぶ。
もちろんそれは、数十秒たったのち、この場所に全部落ちてくる。
「こんなの無理だったんだ!」
城下町の魔法少女は、はやくも弱音を吐き始めている。「王に反乱するなんて、無謀だったんだ!私たちだけじゃ、王は倒せない!」
「なにいってるんだ!」
クリフィルが怒鳴った。彼女もまた、傭兵の死体の群れに潜って、身を守っていた。
「王を倒すんだろう。王を討つんだろう。私たちはまだ生きているじゃないか。いまここで、エドワード王を討たなければ、私たちは、魔法少女として、生きていけないだろう!」
死体の下に隠れる魔法少女たちの何人かが恐怖と絶望に顔をゆがめている。
みな怯えた目をしていた。
「いま王を倒さなければ、私たち魔法少女は、これからも化けもの扱いだ。魔女扱いだ。魔女にされて、火あぶりにされる。死んだ仲間たちに、どう顔向けする?やっぱりダメでした、っていうのか!」
「でも…」
スカラベは恐怖に顔が強張っていた。「このままじゃみんな殺される!」
「みんな!」
すると、一人の少女の声がした。
矢に注がれる魔法少女たちはみな死体の下から顔をあげて、声をあげた主をみた。
そこには、馬に乗りながら、敵兵から奪い取った盾で降りかかる矢を受け止め続けている騎士がいた。
魔法少女たちは騎士を見あげた。
ピンク色の髪をした少女騎士だった。
騎士の少女は魔法少女たちに振り返って顔をみせた。
「私、助けたい友達がいる」
少女騎士は目を閉じて言う。魔法少女たちは、その少女騎士を知っていた。名前は知らなかったが、ついさっきまで火あぶりの刑に処されて十字架に磔になっていたあの少女だった。
手に持つ盾に何本かの矢が落ちてきて刺さり、盾を貫き、裏面にまで矢が到達した。少女騎士はしかし盾で防ぎきって、矢に撃たれなかった。
「友達はいま王城のなかに捕われてる。わたしは助けたい。だから…」
少女騎士は、盾をもちながら、馬の手綱を片手だけで手繰り。
この絶望的状況のなかで、希望に縋りつき、懇願するような叫びをあげた。
「だからお願い。あたたたちの、手を貸して!」
矢の雨ふる橋を、たった一人で突っ走りはじめた。
盾だけを片手に持ち、落ちてくる矢を盾に受け止めながら、少女騎士は王城へむかう。
まだ生き残った傭兵たちを蹴飛ばし、敵をどけながら。
少女騎士はたった一人で守りの固められた王城の入り口の門へ近づく。
クロスボウ隊、ロングボウ隊(長弓隊)、守備手隊に歩兵たちに防御された王の城へ。
あまりにも無謀な突入だった。
けれども、一人の少女騎士は、この絶望的状況のなかで希望に縋りつき、抗う。
友達を助けるため、命を投げ捨てる。交わした約束を、果たすため。
その約束とは、魔女狩りの狂気から王都を救う、という約束。
「そうだ。あの女の言うとおりだ。王城には私らの仲間達がとらわれている」
クリフィルがいうと、仲間の魔法少女たちが、はっとした顔になった。
ピンク髪の少女騎士は率先して橋を渡りきると、ギルド通りに到達し、立ち塞がる傭兵の顔を剣でなぐった。
「んべっ!」
剣で叩かれた兵士はずっこけた。バタっと地面に倒れ込む。
少女騎士はいまや矢の雨がふる区域を抜け、たった一人で王城の門へ突撃を開始している。
「王にいってやろうじゃんか!」
敵地へ突入していく少女騎士を目で追いながら、クリフィルは、魔法少女として自分の本当の気持ちとむきあって、生き残った仲間たち語った。
「たしかにアタシらは人間じゃないし、魂も抜けた空っぽの体をしている。だがな」
少女騎士が王城の門に近づくと、監視塔の兵たちがクロスボウを構える。
オーギュスタン将軍は五射目の命令を長弓隊にくだした。
「魂を差し出したとしても、だとしても私たちの意志は自由だ!」
城下町の魔法少女たちは、瞳を大きくさせる。どくっ、と、胸に希望と勇気が、沸いてくる。
そうだ。
私たちには意志がある。魂を差し出して、ソウルジェムに変えてしまったとしても、それによって人間の肉体を失ったとしても、意志は残されている。
意志によって私たちは生きている。
その意志まで失くしてしまったら、今度こそ本当に、死んでしまったも同然だ。
そして城下町の魔法少女たちは、その意志をまさに失くしてしまっていた。魔法少女として生きてこなかった。
けど最後に。
もし最後だけ、意志を持てるとするなら。本当の気持ちに向き合うとするなら。
「あたしらは確かに人間に勝利して、打ち勝って、エドワード王の喉もとに剣を突きつけていってるんだ」
クリフィルは話つづけた。
「”たとえ私たちの尊厳は奪えても────”」
矢がまた、落ちる。
だが魔法少女たちは顔を隠さない。クリフィルのほうを向いた顔を逸らさない。
目に勇気が宿っている。
「”わたしたちの意志までは奪えない”と!」
「そうだ!」
城下町の魔法少女たちは、立ち上がった。
矢のふる雨の前に、姿を出す。
他の魔法少女たちも、続々と立ち上がる。
勇気を取り戻す。
「エドワード王は、”魔法少女は人類の敵だ”といった」
スカラベは語った。まるで自分に話しているかのように。
「いいだろう、人間の敵になってやる」
城下町の30人の魔法少女たちは仲間同士、絆を深め、結束を固め、共になって戦う。
強大な敵と。
人類という敵と。
「この一日に賭けて人間に示してやるんだ」
30人の魔法少女たちの顔が引き締まる。目はきっと戦意と勇気に満ちる。
「”私たち(魔法少女)”の意志を!」
いよいよ第五射の矢の雨が魔法少女たちの頭上に落ちてきた。
はらはらはら…と風にゆられながら、重力に引かれて矢はまっさか様に落ちてくる。
ボドキンという、千枚通しの形をした矢の針が、容赦なく魔法少女たちの立つ橋に突き立つ。
もう、足元は矢と死体で、足の踏み場もない。
降り注いできた矢はまんべんなく散りばった傭兵部隊の死体に、さらに穴をあけ続けた。矢の刺さっていない死体はなく、矢の落ちない箇所はなかった。
「盾を拾え!」
人類に対して決起した魔法少女たちは死体たちの落とした盾を手に拾い、それを頭上に翳して襲いくる矢から守った。
ドスドスと矢は盾に落ち、貫通して、盾に突き立つ。
「進め!王城へ進め!」
盾を手に、リドワーンの一行と、城下町の魔法少女たちは、王都の入り口をめざしてエドワード橋を渡りきった。
ロングボウ攻撃の激しい矢の雨を潜りぬけたのである。
矢の雨を生き抜いたあとは、王城を攻め落とすだけだ。それ以外の目的はない。
魔法少女たちの意志は、魔女にされて処刑台にて死ぬ運命よりも、自分たちは魔法少女だ、という魂の叫びを、貫き通すために、人類に戦いを挑んだ。
エドワード王は、城の第二区域のバルコニーから、魔女どもを冷静に見下ろしていたが、矢の雨を通り過ぎたのを見届けるや、新たな指示をオーギュスタン将軍に告げた。
「生石灰と水、油を集め、城壁区域の連絡路と関所に置け」
オーギュスタン将軍は命令を承諾した顔をする。
すると王はくるりと赤い毛皮のマントを翻しながらバルコニーを後にし、足音を立てながら廊下を歩いて城内へ戻った。
「やつらは魂をむき出しにしている愚か者どもだ。火で焼き殺せ。第二区域の民と道化、隠者と掃除人たちを第五層区域に非難させろ。第四層区域までの関所は全封鎖だ」
全封鎖。
それが意味することが何か、このエドワード城に暮らすオーギュスタン将軍には分かる。
憐れなことに、地上で決起した勇気ある魔法少女たちは、永遠に王の足元に辿り着くことができないだろう。
「わしは第七区域にもどる。オーギュスタン、おまえは第四区域に踏みとどまり、魔女を全員殺せ」
王はこの城で一番攻略困難な、いや難攻不落の、第七城壁区域の天守閣、王の間へと戻ってしまう。
魔法少女たちが、王の首を取ることは、これで不可能となった。
そして、反乱は直ちに鎮圧されるのだ。
王の命令を受けた将軍は、エドワード全軍にむけて指示を、バルコニーから声を出してくだした。
「全封鎖だ!階層区域間の関所と門に油と生石灰をためよ。敵が近づけば降らせ!長弓隊、第一防壁の位置につけ。弩弓隊、監視塔から敵を撃て!」
城のそれぞれの城壁と、塔にたつ合図役たちが、パッパーと城外にラッパを吹き鳴らす。
エドワード軍はイチイ木でできたロングボウを持って持ち場を移動しだす。
じきに魔法少女たちが辿り着くであろう第一防壁に弓兵たちは並び立ち、守りを固め、待ち構える。
人類と、魔法少女の戦いは、はじまったばかりだ。
459
エドワード橋を通り抜けたギルド通路には、まだ国王軍の傭兵部隊が、20人ほど生き残っていた。
弓矢の雨から逃げのびた戦士たちだった。
城下町の魔法少女たち30人は、この戦士たちに戦いを挑んでいく。
容赦なく、魔法の武器を手に持って接近してくる足取りに、生き残った傭兵たちは怯え。
斬り捨てられた。
「うぶ…」
「ぐふ…うご」
腹と首を切られ、血を流して倒れる。
何人かの傭兵部隊は、抵抗をこころみて、剣をふるったが。
ガン!
魔法少女たちの手に持たれた盾によって、剣の攻撃は防がれ、次の瞬間。
ガツン!
「うば!」
魔法少女の腕がふるった盾によって顔を殴られた。盾の横向きになった側面が、傭兵の頬を突き、顎をぶたれ、痛みに顎をおさえながら傭兵はころげた。
ブレーダルは魔法の弓に矢を番え、厳重に閉ざされた城門にむかって、バシュっ!と弦の音をたてて放った。
魔法の矢はきらきら紫色に光りながら、一直線に飛んでゆく。
光を放って輝く矢がしゅううっと音たてて飛んできたので、城門前にたっていた傭兵たちは慌てて左右に飛び引いてよけた。
その間を魔法の矢が突っ切っていった。
きらきら閃光を迸らせながら飛んだ魔法の矢は、こうして城門に直撃し、その直後、閉ざされた城門は破裂した。
どごぉんと爆音をたて、石壁の城壁は爆発によって砕け散る。地響きと共に門が爆発する。落とし格子と城門の木材は、燃えた木片のくずとなってバラバラと崩壊した。
爆音の轟きが地面をゆらす。
「うわあああ」
城門が炎を噴き上げた衝撃に、付近の城郭にたつ兵士たちが足元のバランス崩し、よろけて倒れ込む。城壁の矢狭間に手をかけて体を支える。
「正面門にむかえ!」
魔法少女たちは守備隊を圧殺しながら、階段へむかい、足を速めた。
第一城壁に建てられた塔の上からロングボウの弓兵が矢を落としてきた。
空を裂き、ズババっと飛んできた数十本の矢が、魔法少女たちを襲う。
「うお!」
「うあ!」
魔法少女たちは慌てて足をあげ、飛び退いた。その足下の芝生に白い矢羽つきの矢が何本も突き立つ。
ズドッズドッと地面に矢が刺さり、矢はビターンと音をたてて震えている。
「ぶっ飛べ!」
すると魔法の弓に矢を番えたブレーダルが、塔から弓を放ってくる長弓隊たちめがけて。
弓を上向きにし、狙い、弓兵たちの立つ塔の上部に魔法の矢を撃ち、直撃させた。
魔法の矢は爆発した。
塔は赤く炎上し、そして第一城壁に建てられたその塔は爆破され、そこに立つエドワード軍の弓兵たちは塔からみな落下した。
「うああああ!」
大きなヒビが入り、崩壊した塔の、細切れになった断片のなかに身を落とし、やがて50メートルの高さから、弓兵たちは魔法少女たちの立つ芝生に転落してくる。
みな頭からおち、血を跳ね上げた。
頭と脳を高く飛び散らせた。
首をあらぬ方向に捻じ曲げて落ちた兵士もいた。その手からロングボウの弓が落ちた。
何人かの弓兵は生き延びたが、結局は魔法少女に殺される運命だった。もがき苦しんで這った兵の背中は、魔法少女たちの槍が貫いた。背中側にある腎臓が槍によって壊れた。
兵士たちは息の根をとめられ多量の血を芝生に塗らした。
「かましてやるぜ!」
ブレーダルはさらに正面の扉、裏側は閂を通され固く閉ざされた城門に矢を放った。
魔法の矢は扉にあたるとまたも爆発し、樫の木材で造られた扉は派手に木っ端微塵になって吹き飛んだ。
細かい木片があちこち爆風にのって飛び、舞い飛んで、何人かの魔法少女は腕で目を守った。
扉はこうして炎上し、正面の門は開かれた。
王城への入り口は開かれた。
「進め!」
30人の魔法少女たちは全員、階段を駆けあがりはじめ、正面の門へ殺到する。
と同時に、破壊された城門側からはエドレス国の正規軍が剣を抜き、わああああっと声だして100人ばかりが、躍り出てきた。城郭の門へ突入する魔法少女たちと迎え撃つ国王軍。
両者は、城の入り口、石造の階段の途中で激突する。
「門を守れ!」
第一歩兵隊守備隊長、ヘンリーは、号令をだし、第一歩兵隊たちを率いながら、反乱を起こした魔法少女たちと戦った。
剣同士を交え、さまざまな武器を手に、階段にて、互いが互いを殴りあう。叩き合う。
クリフィルは剣を敵兵とぶつけあった。魔法少女の剣と敵兵の剣が削りあう。しかしクリフィルは敵兵の剣を力で押し切ると敵兵の頬をなぐり、血を吐いた敵兵は階段にころげて尻もちついた。
槍を扱う魔法少女はぶんと槍を、円を描くようにふるった。
この槍の柄にぶたれた兵士ら5、6人はみな階段上で吹っ飛び、まわりの兵士たちを巻き込みながら転げていった。
「あああ゛っ!」
頭からくるくる前転するように階段を落ちてしまう兵士もいた。その兵士は叫び声をあげた。
第一歩兵部隊は100人という数で、反乱を起こした魔法少女たちにとっかかったが、まるで歯が立たなかった。
彼らの剣はことごとくかわされるか、弾かれるかして、最後には打ち負かされた。
しかし思えば人間に勝ち目などないのである。
人間は、槍に突かれたたった一撃だけでも、身動きとれなくなるほど痛みを感じてしまうが、魔法少女は、槍に突かれても剣で裂かれても痛みを感じないし、また、それこそが魔法少女の強みであるので、もともと人間を捨てた魔法少女たちは人間よりも強いのだった。
守備隊100人ではとても魔法少女たちに太刀打ちできない。
100人のうちすでに80人以上がまたたく間に殺された。いまや階段は血だらけで、階段の段々を血が流れ、血のカスケードができてしまっている。
ほとんどの兵士達は生殺しで、血だけ流して、生命活動の停止を待っていた。
比べ怒りを解き放った魔法少女たちは、兵士たちによってどれだけ剣に切られようと、ありったけの血を流し出そうと、心臓を剣に貫かれても、すぐに魔力で復活し、兵士達に戦いを挑んでくる。
残る20人の兵たちは、もうそれで戦意を失ってしまい、自分たちが相手しているのは化け物たちなのだと悟った。
「怪物どもめが!」
叫び、剣を大きくふりあげた第一歩兵の隊長、ヘンリは。
ゴドッ
「うぐ!」
魔法少女に体当たりされ、押し倒され、階段の踏み台と段差に背をぶつけた。
そして、痛みに目を閉じたヘンリが、やっと瞼をあけて見たものは。
切り傷だらけで血まみれの魔法少女が、下向きにして持った剣の剣先だった。
次の瞬間。
「うあああっ!」
剣先が落ちてきて、ヘンリの左肩の下あたりに鉄の刃が差し込まれた。
そこは骨がないので、人体のうちもっとも切れやすい部分の一つだ。
「うううっ!」
ヘンリは苦痛に顔をしかめ、剣を手に握り締め、反撃にふるったが。
その剣を握った手首をつかまれ、押さえつけられた。
「ぐぐっ…!」
力で押し返そうとするが、魔法少女の力に、まったく敵わない。そのままズブズブと左肩に刺された剣は奥へとめりこみ、血があふれ出た。
激痛が走った。神経と肉をこねくりまわされている。肉皮が剥がれた。
「増援を!」
歩兵隊長が殺されかけているのを目撃して、兵士の一人はとうとう逃げ出しながら、増援を呼んだ。
「第二歩兵隊!弓兵!増援を!」
第一城壁区域の敷地内、中庭へ逃亡してゆく兵士の背中めがけて、一人の魔法少女が肩から槍をぶん投げた。
その槍はまっすぐ飛んでゆき、逃げ惑う兵士の背中を貫いた。
ズドッ
「うっ…」
兵士の背中に命中した槍はいま腹から突き出ている。肉体を通った槍の先は真っ赤だった。骨が折れて、兵士はその場で横向きに倒れ込んで、頬を芝生に打った。
槍を投げた魔法少女がやってきた。
ヒール靴をカツカツ鳴らし、やってきた魔法少女は、手に新しい槍を召喚し、兵士を見下ろし。
二本目の槍を脇腹へ思い切り突きたてた。
「ああああっ!」
兵士は息の根をとめられた。
びくん、と体が痙攣する。その小刻みな痙攣にあわせて肉体に刺さった槍の先もゆれた。
「逃がさないよ…」
魔法少女は冷たく告げ、また手に新しい槍を取り出すと、残る逃亡兵も殺していた。
魔法少女たちから離れ、距離をとるようにして、壁際にそって逃げようとする怯えた兵士に狙いを定め、槍を伸ばし、兵士の首をつらぬく。
「あううっ!」
鮮血を飛び散らせながら槍に突かれた逃亡兵はころげて尻餅つく。首から血を流しながら、兵士は起き上がって膝たちになる。
また手元に新しく出現させた槍で、魔法少女は、殺した。
その横顔を槍で貫いたのである。槍は逃亡兵の顔面の右から左へ突き通った。
バタリ、と兵は力尽きて生命活動を停止した。
鹿目円奈は第一城壁を通り抜けた敷地内の中庭にいたが、兵士達とは戦わず、戦闘中の魔法少女たちを見渡していた。
みなだれもが歩兵隊を殺している。
どの殺し方も惨たらしい。魔獣退治をユーカと共に戦ってきた円奈だったけれども、魔獣との戦いよりも、魔法少女と人間の戦いは過酷で痛烈なものだった。
しかしこれは避けられない戦いだった。
どの時代の魔法少女だって知っていた。
いつか人間と魔法少女の戦いが起こることを。
巴マミや美樹さやか、暁美ほむら、佐倉杏子でさえ知っていた。呉キリカと美国織莉子も知っていた。
プレイアデス星団だって知っていた。
過去の魔法少女たちは、だからこそ、人間に正体を隠してきたのである。
すべての宇宙をその目でみた鹿目まどかは、人類が魔法少女を迫害していく歴史を幻惑にみて、嘆き、悲しみにくれた。
──少女たちは魔女として恐れられ始めていました。人の力を超えるものとして──殺されていきました。火あぶりになり、首を落とされ、生きたまま皮を剥がれる少女もいました。とても見ていられなくなって──
「第三城壁の地下牢に魔法少女たちが捕われてる!」
円奈は剣を手に握りつつ、馬上から、魔法少女たちに言った。
少女騎士、鹿目円奈は、来栖椎奈より、魔法少女と人類が分かち合える国を探せ、と使命を託されている。
「第三城壁区域へ!」
伸ばした剣の先は第三城壁区域、地表250メートルあたりにある城砦の壁を指す。
仲間達が捕われている場所を告げられた魔法少女たちは、エドワード軍の第一歩兵部隊を殲滅させたあと、円奈の声に反応して、第三城壁区域にむかうべく、まずは第一城壁区域へ登る階段をめざした。
死体だらけの中庭を通り過ぎ、城壁内側に沿う長い階段へ、皆むかった。
円奈も馬を走らせ、そのあとについていった。
「はっ!」
掛け声あげて、手綱をゆすり、クフィーユに闊歩の合図をだす。
クフィーユは駆け出し、城壁内の芝生を通り抜けた。ロングボウを背中に括り付けた少女の背中が馬上で上下に激しくゆれていた。
そして、円奈たちは敵地の本城へ辿り着くための第一城壁歩廊のルートへむかう。
まだまだ地上を彷徨うにすぎない魔法少女たちを、第七城壁区域の天守閣から、王が俯瞰している。
789 : 以下、名... - 2015/03/06 00:52:48.47 cKhwn6kj0 2372/3130今日はここまで。
次回、第61話「エドワード城の攻防戦 ①」
第61話「エドワード城の攻防戦 ①」
460
さて、これだけの騒ぎともなれば、王城じゅうの貴婦人と騎士、王の側近と近衛兵たちも、異変に気づかないはずがない。
第一城壁歩兵隊の殲滅と第二歩兵部隊、第三歩兵部隊、長弓隊の退避命令と騎士たちの収集、さまざまな号令が王城の天守閣を飛び交っている。
第七城壁区域の、王の近衛兵とエリート兵らで構成された老衛隊はあわただしく城内の廊下を行き来し、扉をあけ、武器庫へ走らせ、みな武器を手に取る。クロスボウ、剣、戦棍にフレイル、なんでも装備し、第六城壁区域から第五城壁区域へショートカットする階段塔の螺旋階段をくだる。
騎士達は呼び集められ、王城は危機に面していることが正式に政務官によってよみあげられた。
すると城内最強の騎士たちは、敵が邪悪な魔女たちであることと、王都の陥落を企てる魔女たちの計画はいよいよ始まった、と告知された。
王の間、暗い大空間の、蝋燭台の火だけが照らす空間で、騎士たちは整列した。そして魔女たちの反乱を正式に告知された。
正義の騎士たちよ、心せよ。いま邪悪な魔女どもは、王の城を乗っ取る気でいる。
殲滅せよ、地上に巣食う化け物たちを焼き払え。
告知が終わると、マント姿の騎士たちは一斉にその場で跪き、王への忠誠と勝利を胸に手をかけて誓う。
膝をたてて跪いた騎士たちは小声で何かを囁く。誰にも聞こえないような声で何かを呟く。
何かを祈るように、あるいは何かを自分に言い聞かせているように。
誓いをたてると全員同時に立ち上がり、廊下へでて、魔女たちに決戦を挑むべく騎士の誇りにかけて戦場へ出陣するところであった。
各自第六城壁区域の天空庭園に治められている厩舎の馬のもとへいくのだ。
騎士とは、その名のとおり騎馬兵となって戦う者たち。魔女たちとの決戦は、馬にのって挑む。
ベルトラント・メッツリン卿は、王の間を出て廊下を進み、剣を鞘に差込、鎖帷子を着込み、鎧を胸と背に着こんでバントもしめると、サバトンという鉄靴も履き、最後に鉄兜もかぶると、騎士としてのギラギラした銀色の鎧に包まれた完全武装が完了した。
あとは馬に乗るだけだ。
そのメッツリン卿が武装し、廊下を渡っていると、騎士たちが戦場へと急ぐその流れに逆らって、一人の女、クリームヒルト姫が姿をあらわし、宝石をちりばめたビロードのドレスの裾をひらひらさせながら走り、駆け寄ってきた。
「ベルトラント!」
クリームヒルト姫は、焦った顔をして騎士にすがりつく。「ベルトラント!」
姫は顔をあげて、相手の騎士を美しい瞳で見つめる。「何事ですか?」姫は問いかけた。
「反乱です」
メッツリン卿は、胸の硬いプレートにしがみつく女の色香を感じながら、答えた。
「魔法少女たちが王への反乱を起こしています。我々は鎮圧にむかいます。騎士の誇りにかけて」
姫はメッツリン卿の、甲冑に包まれた腕をとり、胸元に寄せた。
「彼女らと戦ってはなりません」姫はいった。優しい声だった。
しかしメッツリン卿はかぶりをふった。「私としても不本意ですがね、現に魔法少女たちは反乱を起こし、王をとる気でいます。私たちは王をお守り通す騎士。戦わねばなりません」
縋りつくように足をとめようとするクリームヒルト姫の袖をはらう。
そしてメッツリン卿は甲冑に守られた背中で告げた。「姫、あなたもお守りいたします」
姫は何も言い返せなくなり、戦場へむかったメッツリン卿の背中を見送ったが、彼が階段をくだって後ろ姿がみえなくなると、姫は別方向へひらひらの袖をふるいながら歩き始めた。
メッツリン卿は、ルノルデ・クラインベルガー卿、守備隊長ルースウィック卿らと合流し───このメンバーは都市の馬上槍試合の参加常連メンバーでもあったが───魔女との決戦に迎え撃つべく、作戦の指示だしをした。
馬上槍試合も本番だぞ、とメッツリン卿は諸侯領主たちへ告げた。
ただし、その相手は、人間ではない。過去のどんな実勢経験も役に立たない。
人類がいまだ過去に経験したこともないような戦いになる。
461
クリームヒルト姫は廊下を急ぎ足で走り、ドレスをゆらしながら、扉を開ける。
姫の私室だった。
そこの寝台には娘にして世継ぎの少女アンリがいた。寝台にここ仕掛けていたが、ぶるぶると震えている。
外の騒ぎ、とくに剣の激突音と、殺されていく人間の悲鳴を、感じ取っているのだろう。
王の天守閣の城内、唯一の魔法少女は。
「あなたは人間として生きなさい」
と姫は娘アンリに告げた。それは母なりの娘への助言だった。この危機を生き残る助言。
もし万が一、騎士たちすら敗れ、魔法少女たちが、王城をすっかり占領したときに、アンリはどうなるか。
世継ぎの少女はもちろん殺されるだろう。
だが、だからといって、魔法少女として生きる道を選んではいけない、と助言する。
世継ぎの少女は、世継ぎの血筋を引くからこそ王城で生き残れるのであり、魔法少女として生き残るのではない。
そう諭したのだった。
この事件は間違いなく世界じゅうの人間たちに記憶される。
魔法少女たちが人類に刃向かい、王に反乱したという禍々しき事件は、世界じゅうの人間に、”魔法少女は人類の敵だ”という共通意識をもたせる。
次期にその時代がやってくる。
新しい戦いの時代が。戦乱の世は、大量殺戮の時代へと移りゆく。世界中どこでも人類と魔法少女が生存をかけて戦う時代だ。
人と魔法少女が分かれた時代。人は、魔法少女のことを化け物のように思うし、魔女狩りする時代がはじまる。
魔法少女は、人のことを魔獣がグリーフシードを孕むための餌くらいにしか思わない時代がはじまる。
全ての世界の国々で魔女狩りが起こり、全ての世界の国々で人間狩りがはじまる。
地球全土は血に染まる。
アンリは、ぶるぶる震えながら、泣きそうな顔で、母を上目でみあげながら、こくっ、と頷いた。
「たくさんの人が殺されてる」
アンリはいま城で起こっていることを理解していた。だからこそ、泣いていた。「死んでる…たくさんの人…魔法少女たちが…怒ってる…」
姫はアンリの隣に座り、震える娘の頬を撫で、そして胸元に寄せて抱き寄せた。
母の暖かな心臓の音がする胸に頭を寄せ、アンリは落ち着こうとした。
クリームヒルト姫は、複雑な気持ちで、殺気だった魔法少女たちが王城を占領してしまうのかどうかを想いに巡らせた。
もちろん、この幾重もの城壁に守られた城は、そう簡単に陥落するものではない、のだが…。
462
執政官のデネソールは、魔女が反乱した告知を聞き、第七城壁区域の外壁から身をのりだして、遥か下界で第一城壁区域の兵らが全滅したのを見届けた。
そして舌を打ち鳴らし、顔をしかめ、廊下にもどる。
するとクリームヒルト姫がメッツリン卿と話していた。メッツリン卿と話をおえたクリームヒルトは、急ぎ足で、私室にもどってしまう。
デネソールは何か話しかけようとしたが、この危機にあって姫を慰める言葉がみつからず、姫は彼に気づかないまま扉を通って私室へ消えた。
デネソールは虚しく背を丸め、自分のしわがれた手を見つめた。
もう、この城が陥落し、いよいよ我が執政官の生涯は、閉じようとしている。
そんな儚い予感さえ感じ取りながら。
463
第一城壁区域では、中庭で迎撃した歩兵部隊が一人残らず魔女の手によって殺された。
城壁の矢狭間に並び立った長弓隊は、焦燥に駆られた顔をし、弓を使って攻撃するよりも撤退に急いだ。
「第一城壁、突破されました!」
号令役が退去命令をだす。「魔女どもが第一城壁を占領します!長弓隊は第二城壁区域へ退避!」
撤退を合図する旗がふられ、合図役がラッパを口に含み、退去のメロディーを吹き鳴らす。
ラッパの音楽を聞いた長弓隊たち数千人は急いで城壁の回廊を走り、第二城壁区域へ避難した。
弓兵たちは退避しながら、第一城区大階段を駆け上がってくる魔女たちに矢を放つ。
50メートルの城壁から放たれた矢の何十本かが魔女たちの背にふりかかる。
しかしそのほとんどは魔女たちに弾かれしまう。振り返りざま盾で防がれたり、剣でバチンと弾き返されたりしてしまった。そして魔女どもは第一城壁につながる内回廊階段を登りつづけた。
「悪魔の奴隷どもめ!」
弓兵たちは毒づき、急いで第二城壁の門をくぐって避難した。
全員の弓兵たちが退避すると、衛兵たちにって両側から門はバタンと閉められ、裏側から閂を通された。
そして第一城壁区域に残されるのは、国王軍の第二歩兵部隊と、第三歩兵部隊、第四歩兵部隊となった。
総勢で400名ほどの剣士たちだ。
「エドワード軍!」
王都の危機に集結した国王軍の隊長たちが、剣を鞘から抜いた。
「今こそ勇気をふるい、無慈悲な悪を撃ち滅ぼせ!」
おおおおおおっ。
二歩兵部隊、第三歩兵部隊、第四歩兵部隊の兵たちは第一城壁区域の広場にて鬨の声をあげ、皆が皆、戦闘態勢に入った。
その目的は、王都を守ること。
邪悪な魔女どもを殺し、人類が生き残るために。
残酷極まりない謀反計画の殺戮者たちをみな殺しつくすことだ。
血には血で、剣には剣で。
化け物には正義を。
464
円奈たちは第一城壁区域の城郭に登りつめ、その囲壁歩廊に到達し、本城の周囲にめぐらされたこの城壁の上を渡り歩きながら、第二城壁区域を目指していた。
もちろん、それを安々と許す敵軍ではない。
エドワード軍はさらに強力な歩兵部隊を組織し、円奈たちの前に立ち塞がった。
「こりねえ野郎どもだ」
血だらけの剣をもったクリフィルは、毒を吐いた。「どいつもこいつもぶっ殺してやる」
リドワーンやクリフィル、スカラベ、芽衣、ブレーダル、アドラーなど魔法少女たちの一団は、歩きで城郭内部の階段を登り、第一城壁の歩廊を渡っていたが、円奈は馬で進んでいた。
パカパカと馬が、高さ50メートルもある狭い城壁の上を走る。
ふつう馬は城の上を走るものではない。野原を走るものだ。だが円奈はお構いなしの縦横無尽さで城郭回廊を馬で走り抜ける。それは、並外れた馬術といえる。
踏み外したら転落だ。
少女騎士の背につづくように、魔法少女たちの30人は第二城壁区域の塔をめざして広場へ向かう。
その広場にはエドワード軍の剣士たちが大集合し、魔法少女たちに戦を挑んできた。
「突撃!突撃!」
合図役のラッパが吹き鳴らされ、白いユニコーンを描いた軍旗をもった兵士らの軍団が、合図のラッパと同時にわああああっと雄たけびあげながら走り出し、円奈たちの真正面へやってきた。
その数400人ほど。兵士たちはみな同時に鞘から剣を抜く。ジャラン。剣が空気中に響く。鉄のこすれる音だ。
先頭の列100人くらいの兵隊たちの手には軍旗と、ハルバードと呼ばれる鉾槍────長い槍の先端に斧をとりつけた武器を握り、ガチャガチャと鎧のこすれる音たてながらやってくる。
その軍列整え、ハルバードを手に持って、足音そろえながらザッザッザとやってくる敵兵たちの行軍を眺めながら、これを相手にすべくクリフィルは血に濡れた剣を突き伸ばし、味方に告げた。
「二手に分かれろ!私が相手してやる。半数は回り込んで、第二城壁に入ってしまえ。あたしがこいつらをひきつけている内にな!」
30人の魔法少女たちが迷うような目の動きをみせる。
だれが回りこんで誰が敵兵をひきつけけるのか役割分担に悩む。
すると円奈が最初に動き出した。
「はっ!」
と掛け声あげ、馬の手綱を引く。
馬は、城壁の上でヒヒーンと鳴き声あげ前足を雄雄しくふりあげ、方向転換し、主人をのせて城壁の回廊を遠回りしはじめた。
その先の回廊には敵兵がいない。ゼロ。守りなし。一望できる城と青空。
「よし、あたしも回り込むぞ。クリフィル、しっかり引きつけていてくれよな。いや、ぶっ飛ばしてもいいぞ」
ユーカから男の子みたい、と思われたズボン姿の魔法少女であるアドラーは、円奈のあとに続くように、守備兵のいない城壁を外回りしはじめた。
チヨリもその後ろにつづいた。灰色の髪の魔法少女芽衣もそのうしろにつづいた。
対して内回りの通路にのこり、エドワード軍と対峙するクリフィルの側に残ったのは、スカラベ、ボンヅィビニオ、クマオ、アスレ、フリーミ、リーシャら。
リドワーン一行には他にチビのチョウというあだ名の背の高い魔法少女と、幼少時代自らをオオカミだと信じていた魔法少女ホウラ、聖地出身の中級ランク魔法少女でエレム人のヨーラン、レイピア使いの魔法少女レイファ、モルス城砦出身の姫新芽衣、野良の魔法少女シタデル、貴族出身アルカサル、爆発矢使いのブレーダル、歌娘のマイミらがいる。
15人ずつ第一城壁の城郭囲壁を内回りと外回りにわかれ、内回りではエドワード軍と激突、外回りにまわった魔法少女と円奈たちの一行は守備兵たちの手薄なルートから第二城壁区域の塔門をめざした。
もちろん、この動きを見逃すエドワード軍ではない。
「敵は二手にわかれたぞ。第四歩兵部隊は外回りにつけ!」
第四歩兵隊長ヴェルダンヒが指示をくだし、第四歩兵部隊の兵隊たちは軍旗を持ちながら、円奈たちの進む外回りの防御を固めた。
中庭の敷地を囲う第一城壁区域で、かくして攻防戦は展開される。
内周り側の城郭通路では、城壁の上を走ってくるエドワード軍と魔法少女たちが激突寸前であった。
足音揃えて小走りしてくる兵隊たちと。
魔法少女たちは駆け足で城壁の上を突っ走り、距離をちぢめ、いよいよ激突。
うおおおおおお。
ああああああっ。
兵隊たちはハルバートをぐるん、とふるってくる。これに直撃すれば人間ならただではすまない。
とはいえ魔法少女たちだって、ソウルジェムを兵隊たちに砕かれてはおしまいなのだから、ハルバートの攻撃はかわした。
リドワーンは身を逸らして横によけた。すぐそばをハルバードの刃が通り抜けた。
すると地面に直撃したハルバートの柄をリドワーンは握った。
「ぐっ…」
兵隊は持ち直そうと力を込めるが、持ち直せない。
魔法少女たちの怪力に驚愕する。
そのままリドワーンは、兵隊のハルバードの柄を持ち上げてしまい、すると兵まで体が宙に浮いた。
鎧に包まれた身は軽々しく宙へうき、そして城壁下の中庭へ投げ込まれた。
「うああああっ───!」
魔法少女の片手がハルバードを宙へ浮かし、投げ飛ばした。兵隊はハルバードを握りながら一緒に城壁を転落していった。中庭に落下するまで、6秒ほどかかった。
魔法少女と兵隊たちの乱闘はつづく。
クリフィルは敵兵のハルバードを剣で受け止める。ガキン!鉄の刃と刃が激突する。
次の瞬間、クリフィルの素早くふるわれた剣はハルバードの柄を叩き斬り、ただの棒切れとなった武器をもつ兵士に接近し、鎧の隙間である顎下に剣を上向きに突き入れた。
「うううっ!」
兵士は倒れる。
他の魔法少女たちは兵たちたちがぶんぶんふるうハルバードを華麗にかわしていた。
ある魔法少女は飛び退いてかわす。ハルバードの斧は地面を割る。
ぶんぶん横向きにふるわれるハルバードは、頭を屈めてその下をかいくぐる。
そのまま敵兵の胸に迫ると肩で体当たりし、兵隊を押した。
ドゴッ
「うっ」
兵隊は押されて勢いよく手すりに体を打ち付ける。苦痛に顔が歪んだ。
その、手すりに体をぶつけてぐらつく兵隊の不安定な足を、魔法少女はしゃがみこむと握った。
そして、兵隊の足首を持ち上げてやった。
すると彼の背中が手すりを乗り越え、頭が下向きになった。
つぎの瞬間。
ずりっ。
「あ゛あああうっ!」
と、甲高い叫び声あげて兵隊は仰け反って城壁の手すりから転落し、まっさかさまに頭から落ちていった。
彼の姿は空中へと消えた。
業を煮やした歩兵たちは剣を抜いた。
カキン、カキン、カキン───
激しい戦闘が繰り広げられる。
スカラベは戦棍をふるって敵兵の鎧をたたき、何度もたたき続け、やがて敵兵のよろいはヒビ割れて戦棍のトゲ部分が敵兵の胸に食い込む。ガキンと音たてて鎧に食い込んで、はなれなくなった。
クリフィルは、剣同士の戦いになればむしろ得意なので、敵兵たちの剣をつぎつぎ素早く二本も三本も同時に相手しながら、振り払い、一太刀で三人とも切りつけた。
「うわっ!」
「うぐお!」
三人同時にころげてしまう。
何十人という人間の死体が城壁の歩廊にころがり、その死体たちを踏み越えながら、魔法少女たちは城壁を進む。
第二城壁区域をめざして。
クリフィルは剣をブンと横向きにふるう。敵兵の剣と刃が激突しあうと、すぐに左手を突き出して敵兵の顔を殴る。
「う!」
バゴッと打撃音がし、拳が顔面を直撃した。敵兵はよろけた。兜がへこんでいる。
よろけた敵兵の首を、クリフィルは切りつけた。
ズバンッ
それはぎりぎり敵の首にあたらない。危機を察知した敵兵によけられてしまった。
するとクリフィルは肩に剣を持ち直し、めいっぱい剣をふるった。
それは敵兵の胸に届いた。
ガギギ
という鉄を割る音がして、胸中に刃がひっかかった。ひび割れた箇所から血が滲みでてきた。
クリフィルはその割れ目に剣を押し込んだ。力の限り。敵兵の胸元に剣が押し込まれてゆき、刃が徐々に敵兵にめりこんでいく。
彼は力尽きていった。
かくして歩兵部隊は殲滅されてゆき、残り15人程度しかいなかった。
城壁の歩廊は死体で埋められた。城壁下へは血が流れ落ちた。その赤い筋は第一城壁を濡らし、中庭まで伸びている。
生き残った敵兵は恐怖にちぢみあがっていた。
しかし彼はは逃げることがぎてない。
「撤退だ!」
恐怖に駆られた監視塔に立つ合図役は、悲鳴をあげ、逃亡をはじめた。
上方の塔から歩廊へ降りて第二城壁区域への階段へ逃げ去った。
合図旗を捨て、持ち場をはなれ、城壁の奥へ一目散に避難しだす。
だれかの魔法少女がすると剣をブンと投げた。
くるくる回りながら弧を描いてとんだそれは、防御壁の上へ飛び越え、第二城壁区域の外路階段を逃げ去る合図役の頭にあたり、後頭部を剣先が貫いた。
ズブッ
「…」
後頭部に剣が刺さった兵は、額から真っ赤な血を流しながら石城の階段にもたれかかるようにして倒れ、死んだ。
逃げる選択肢もないと思い知らされた生き残りの兵隊たち15人は、戦慄し、足が固まった。
するとレイピア使いのレイファ・イスタンブールが、彼らの前にでてきた。
びゅんびゅんとレイピアをふるい、目の前に対峙する。
戦わなければ殺される。
その運命を悟った兵士たちは、死兵となり、絶叫をあげながらレイピア使いの魔法少女に戦いを挑む。
「うおおおお!」
死すら覚悟した兵の剣がぶんぶん左右にふるわれる。
レイピア使いはそれをふわり、ふわりと軽い足取りでかわしている。人間ばなれした動きで、まるで体重がないかのような軽快さでよけれる。
「怪物めが!」
剣を手に、かけ走り、レイピア使いに接近してふるう剣は、レイピアを絡められる。
すると剣先をそらされて。
レイピアがロングソードの刃の下をすべるようにして動き、しゅっと伸びて。
気づけば、レイピア使いはロングソードの下を潜り抜けて、まっすぐ敵兵の胸を突いていた。
仲間達は殺されてゆき。
魔法少女という怪物たちに囲まれる。
取り残された不幸な兵隊たちは、すると自分らが王城を守りぬくためにこの場にたち、踏みとどまり、戦っていた使命を全うすべく。
「エドワード王万歳!」
と叫びながら、魔法少女たちにむかっていった。剣を手に。咆哮しながら。
もちろん、全ての兵隊たちは、ことごとく殺された。剣に刺されたり、槍に突かれたり、斧に顔をつぶされたり。
みな戦死した。
「なにがエドワード王万歳だ」
クリフィルは、殺した人間たちを見下ろし、台詞を吐き捨てた。
「あたしらはその王の首をとりにいくんだよ」
第二城壁区域につながる塔門を見上げる。
階段を昇りきった先に建つその門は、厳重に閉ざされ、城門塔はクロスボウ兵が守りを固めている。
人間世界に戦いを挑んだ勇気ある30人の魔法少女たちは王城の果てを睨んだ。王の首をとる道のりは険しい。
まだ第二城壁のあと第三城壁区域、第四城壁区域、貴族の暮らす第五城壁区域に、第六城壁区域があり、ついに頂上には王の天守閣がある。
城はどこまでも天空へつづいている。
第一城区域の外回りでは、鹿目円奈が馬にのって城郭の上を進み、150人の兵隊たちと対峙した。
円奈が目前にくると、兵隊たちは剣を鞘から同時に抜く。
戦闘態勢に入る。
ギラン。
150本の剣が同時に抜かれ、光を反射して煌めく。第四歩兵部隊。
する円奈は、馬を止まらせ、ロングボウを背中から手に取り出すと、言った。
「道をあけて!」
ピンク髪の少女は怒鳴って呼びかける。
「私、ただ友達を助けたいだけ。あなたたちの城に、私の友達が閉じ込められてる。私、助たい。友達を助けたいだけなの…!」
懇願にもちかい、悲痛な訴えは、到底エドワード軍に聞き入れられない。
彼らだって王と姫を守りたいだけだ。
「殺せ!」
兵隊長が指示し、剣を差し出す。
おおおおおおおおっ。
兵隊らは剣を手に、走ってきた。
ユニコーンを描いた軍旗が城にふく強風にばさばさとはためく。
剣を持った兵士たちが円奈の馬に近寄り、切りつけようとする。
するとクフィーユは怒り、ヒヒーンと前足ふりあげ。
ドッ!
「うわあああ」
馬は兵たちを蹴った。重さ300キロちかい巨体の前足が兵たちを突き飛ばした。
何人かが城壁からこぼれ落ちた。鎧に包まれた体をふらふらと宙に舞わせた。
円奈につづく芽衣やチヨリたちが、兵士らとの戦いに突入する。
ガン!
ガキン!
ガタン!
剣と剣の衝突音、押し合う音、こすれる音、やがてそれらは悲鳴と肉を切る音にかわっていく。
最前線の兵士が円奈めがけて剣をふるってきた。
「うおおお!」
剣を肩に構えもち、それをふるってくる。
「くっ!」
円奈は自分の身を守るため、自分も剣を振り落とした。
ガチン!
剣と剣がぶつかった。交差して絡まり、ギリギリと刃同士がこすれて鉄の音が響きつづけた。
465
第二城壁区域の塔門に、内回り組の魔法少女たちは辿りついた。
クリフィルは白いマントをはためかせながら弩弓隊の落とすクロスボウの短矢を潜り抜け、守りを固める守備隊の余りを切り殺す。
城門塔からクロスボウ兵の矢が跳んできた。
「この!」
クリフィルはその矢を刃で弾き返した。
ガチンと音がなり、火花が散った。矢はどこかへ飛んだ。
仲間の魔法少女たちは石づくりの階段を登りながら弓を手に握り、反撃に塔へ矢をはなった。
ばしゆっ!
ヒュン!
魔法少女たちの使う弓から飛ぶ矢が高くの城門塔に並び立つ弩弓兵たちの顔面に直撃する。
「あああっ!」
「うう───ッ!」
弩弓兵たちは顔を手で覆い、目や頬を貫いた矢の傷みに震えた。
手からクロスボウをとりこぼし、戦闘不能となる。
すると塔の内部で、別の控え兵たちが塔に顔をだし、クロスボウを放った。
ビッ。
機械弦から発射されるボルト矢。
バリンッ
「うっ…」
運悪くそれは魔法少女のソウルジェムに命中した。
クロスボウの矢はその魔法少女の茶色いソウルジェムを割ってしまい、パラパラと破片は第二城壁区域の階段へこぼれおちた。
仲間の死に目を見開いて動揺した魔法少女は、気を失って石の階段をころげはじめた仲間を追いかけ、自分も石の階段をおりた。
ぐるぐる身を回して階段をころげた魔法少女の目は、虚ろで、生気がない。魂がない顔をしている。
「しっかりして!」
仲間の死が信じられない魔法少女は、懸命に呼び起こす。体をぐりぐりとゆすり、意識を呼び覚まそうとする。
「お願い、目を覚まして!」
「魔女を殺したぞ!」
塔のほうでは、人間の喜ぶ声が轟く。「邪悪な魔女を一人やっつけた!俺が倒したんだ!」
わああああっ。
城を守る国王軍の兵士たちの士気があがり、興奮のムードに包まれる。よくやった、よくやった、お手柄だぞ。
人間側の陣営、一歩勝利へ近づく。
仲間を殺された魔法少女は、人間たちの歓喜する景色を、怒りに歯をかみしめて見渡し、あああっと叫んだ。
クリフィルはクロスボウ兵の飛ばす矢の嵐をよけながら階段を昇りきり、城門に背をぶつけた。
顔を腕で覆いながらクロスボウの飛んでくる矢の数々から顔を守る。
「矢に気をつけろ!」
クリフィルのあとについて長い階段を登ってくる仲間達に呼びかける。
「油断するな!ソウルジェムだけは守れ!」
塔からつぎつぎにクロスボウの矢がふりかかり、魔法少女たちの背にあたる。
「ああっ───」
「ウウッ──!!」
クロスボウの矢に撃たれた何人かの魔法少女が階段をのぼる途中で倒れる。
ソウルジェムは無事だったが、背骨の髄を貫かれ、しばし動けなくなった。
魔力で修理したが、ソウルジェムの魔力は失われた。
「残量に気をつけろよ!」
クリフィルは城門に背をつけ、剣もちながら、叫んだ。
矢はその間も乱れ飛ぶ。
「王を殺すまで円環の理に導かれたりするな!円環の神に顔向けできないぞ!」
何人かの魔法少女は、クロスボウ兵の攻撃に反撃して、再び弓矢を放つ。
クロスボウの矢は塔から階段へ落ちてきたが、魔法少女たちの矢は階段から塔へのぼっていった。
塔へ飛んでいった矢は弩弓兵の腕と首に刺さり、塔から悲鳴があがり、弩弓兵たちは塔の窓から退く。
クロスボウ兵の攻撃は一時やんだ。
「いまだ!いそげ!」
クリフィルは中間達にむかって切羽詰った顔して叫ぶ。
「登れ。門を壊して第二区域に入るぞ!」
クロスボウの攻撃がやんだ階段を、魔法少女たちは矢だらけになりながら登ってきた。
第二城壁区域の門は、両側が城門塔に守られ、弩弓兵の矢はここから飛んでくる。
しかし階段は、両側も城壁に挟まれ、この城壁に連なる監視塔からも弩弓兵は矢を放ってくる。
つまり四方八方からクロスボウの矢が飛んでくるのだった。
その乱れ飛ぶ矢の雨の真っ只中、魔法少女たち15人は塔門に集結し、魔法の矢を放ってクロスボウ兵に対抗しながら、いよいよ城門へ到達する。
すると塔門の守備兵たちが怯え、叫び始めた。
「魔女どもが第二城壁の門に到達しました!」
叫びながら、エドワード城の城壁の並びを走り抜ける。矢狭間のついた歩廊を走りぬけ、第三城壁区域へつながる長く細い階段をのぼりつめはじめる。
「閣下!あの忌々しい魔女どもが門に来ました!」
ブレーダルは魔法の矢を塔にむかって放とうとした。
が、そのぴかっという紫色の光を放ちはじめた鏃は、とつぜん、電池切れたようにぷしゅっと輝きを失い、ただの煙だけあがる矢になった。
「くそったれが」
ブレーダルは毒づく。「魔力を使いすぎまったよグリーフシードをくれ!」
だれの魔法少女も味方にグリーフシードを分ける余裕なんてなかった。
魔法少女たちは無敵の体をもっていたが、ソウルジェムの魔力には限界があった。
限界がきたら、辿る道はひとつだ。
「冗談じゃねえこんな人間の城で脱け殻になってたまるか」
ブレーダルは文句をこぼした。
466
第一城壁区域を外回りした鹿目円奈たちのほうは、第二城壁区域の塔門への到着が遅れていた。
城壁の上での戦闘がまだ続いていた。
国王軍の兵隊たちはまだ50人ちかく生き残っている。
芽衣は剣を手にとりだし、上品そうな衣装に身を包みながら、華麗な動きをしてみせ、兵隊たちと戦った。
ブン!
バキン!
ふるった剣が敵兵の剣と絡み合い、十字に剣が交差する。
城壁の歩廊は狭く、細い。足場は広いとはいえない。城壁では、踏み外せば転落死だ。
剣を交わす魔法少女と兵隊に逃げ場はない。剣から逃げて戦うことはできない。剣を交わらせて戦うしかない。
敵兵が突きをだしてくれば、上向きに逸らして守り、その流れのまま敵兵の胴へ斬りつけようとすれば、敵兵は腹をひっこめて刃の先から逃れる。
ふりきった魔法少女のほうに隙が生じる。兵隊は魔法少女の頭へ刃をふりおとす。
それはぎりぎり間に合わせた芽衣のもちあげた剣に弾かれる。ギィン!刃同士が再び絡まり、こすりあい、力の押し合いになる。
そのままぐるりと二人の刃は絡まりながら円を描くように回転し、いや、芽衣がそうさせたのだが───回転した遠心力によって、外側をまわった敵兵の剣は、上向きにそらされた。
敵兵があっと声をあげたときには遅し。
芽衣は敵兵の剣を強く上へ逸らし、払いのける。カキン!音がなる。すると前へ伸ばした。
敵兵は防御が間に合わず、芽衣の剣の突きが彼の胸をついた。兵は倒れた。
こんな調子で城壁での斬りあいは続いた。
チヨリは魔法の斧で、敵兵の剣を叩きわる。ガーンと音がなって、鉄の刃は半分に割れた。
剣身を失い、ただの鉄きれとなった剣を驚愕した目でみた兵士の腹を。
斧が裂いた。
うっと呻き声たてた兵士は、腹をくの字にまげ、苦痛に顔をゆがめながら床にぶったおれた。
鎧のこすれる音がした。
城壁上での戦闘という、足場の狭さは、ときに悲劇を呼び起こした。
別の魔法少女の剣と格闘していた兵士は、魔法少女のふるう縦ふりの剣を横にかわした。
しかし横にかわした途端、傍らの城壁の足場の端にきてしまい、手すりに体がぶつかった。
魔法少女はその隙を見逃さず、こんどはぶんと横向きに剣を激しくふるった。
ガチン!
兵士は間一髪、剣でうけとめたが、激しい刃の激突による反動で、身体が手すりをのりあげてしまった。
「うっ、うあああ」
兵士の背中が仰け反りだす。
咄嗟に手が城壁の手すりを握る。落下をはじめる身体を支える。
魔法少女はすると、その手すりを持つ腕をばっさり斬った。
ブチ。腕の肉と骨が断面のこして切断された。
腕を失った兵士は身体の支えをうしなってとうとう城壁から落ちた。「あああああ!」
死を悟った恐怖の雄たけびが聞こえた。憐れな兵士は宙返りしながら城壁から中庭へ転落していった。
人間は、落ちると頭でわかっているのに、身体が落下をはじめたとき、断末魔をあげる。
アドラーというズボン姿の魔法少女は、ロングソードをふるい、敵兵を打ち倒していった。
敵兵の剣と絡んだときは、相手の肩をつかんで引き寄せると頭突きをし、敵兵の顔面へ自分の額を激突させる。
「う!」
頭突きされた兵の鼻から血がでる。痛みに目をぎゅっと閉じた兵の剣を、またぶんと叩いて弾く。
すると敵兵の手元から剣が弾けとんだ。剣はどこかへ飛んでクルクル地面の上を滑るように回った。
丸腰になった兵の胴を、アドラーは裂いた。
兵の上半身と下半身は分かれた。これが魔法の剣の威力だった。兵は下半身を失ったまま手だけで這って動いた。
死ぬのは時間の問題だ。
第一城壁区域の外回りの歩廊も、かくして歩兵部隊は殲滅されつつある。
円奈は馬上で戦っていた。
兵隊たちが容赦なく円奈に剣をつきたて、殺しにかかってくるので、円奈は馬上から剣をふるい、カンカンと敵兵たちの剣に反撃したり、盾で受け止めたりして、自分の身を守っていた。
467
第二城壁区域の塔門に集結したクリフィルらとリドワーンらの一行は、閉ざされた門を突破すべく、魔法の斧をとりだして、門をぶっ叩いて破壊しはじめたところだった。
ヒュン!
ドゴッ!
斧の刃が、閉ざされた樫の門を叩く。門はまだびくともしない。閂を通された門はズシンと音はたてたし、砂埃も落としたが、それだけだ。ダメージはない。
「もういっちょ!」
大きな斧をもったヤカヘナという魔法少女は、力いっぱい、門をまた叩いた。
ドゴンっ!
門はまだ開かない。しかし、木材がはがれ始めた。てごたえありだ。
しかし守備隊側は黙って見ているわけもなく、ますます多くの弩弓兵たちが見張り塔と城壁の矢狭間の位置につき、クロスボウを、魔法少女むけて撃ってきた。
バチバチと魔法少女たちの立つあたりの階段に矢があたり、砕け散る。
「援護しろ!」
斧で門を叩く魔法少女を守るように、クリフィルらが囲い、魔法少女たちは反撃の矢を弓から次々に放った。
魔法少女たちの弓から矢がびゅんと飛び、塔のクロスボウ兵たちに命中していく。
「ううっ───!」
「ああっ─!」
目にもとまらぬ速さで飛んだ矢は弩弓兵たちの肩や頭に当たる。
こうして激しい矢の撃ち合いが第二城壁の塔門と階段でつづいた。
「よっと!」
大きな斧を手に召喚した魔法少女は、またドンッと扉を叩く。
ズシンッ、と扉はぐらつき、門は傷みはじめた。斧の刃の一部が裏際まで通り、一部穴をあけた。
「門を守れ!」
弩弓隊長が号令し、弩弓兵たちはクロスボウの矢を撃ち放つ。
が、位置についてクロスボウの矢を構えて、塔から顔を出したその瞬間に、魔法少女たちの飛ばす矢に頭を射抜かれ、すぐ赤い悲鳴となって兵たちは塔のなかに倒れ込んだ。
魔法少女たちの矢は、おどろくほど精度がいい。
また、それだからこそ、魔法少女の矢なのだ。
「化け物どもが」
弩弓隊長ヴィルヘルムは、つぎつぎに魔法少女たちの矢に殺されていく弩弓兵のごろごろ積み重なる死体を見て、毒づき、歯をかみしめた。
クロスボウ兵たちは矢を撃ち終えると、塔の中へ戻り、クロスボウの先端にある鉄の鐙に足をかけて、弦を手動で元の位置に戻し、台座の弦受けにひっかける。次にボルトと呼ばれる短矢を発射台に装填する。
装填が終わると、また塔から顔を出し、魔法少女たちを狙って引き金をひいてクロスボウを撃ち放つ。
しかしそのクロスボウ兵も、顔をだした瞬間に、魔法少女たちの弓から放たれた矢が命中して、頬を矢に貫かれてしまい、泣き喚いた。
その隣の弩弓兵も魔法少女たちの矢に顔を射貫かれた。ああっと叫び声あげ、弩弓を手放し、塔内部で背中から地面へふっ飛んで倒れ込む。
顔面がなくなってしまった弩兵もいた。魔法少女の矢に撃たれたあとは、血を飛び散らせ、顔にあるのは肉と歯だけだ。
恐ろしい威力だった。
「そら!」
門では魔法少女が、大きな斧をふるってまた門を叩いた。
バギッ
ついに門にあいた穴は大きくなり、門の壊された部分は木片となって地面の階段に散らばった。
魔法少女たちは、この壊された穴の部分をくぐって、ついに第二城壁区域へ侵入をはじめた。
「よし!入れ!」
クリフィルが仲間達に声がけし、ぞくぞくと門を突破する。割れ目になだれこむ水流のごとく。
弩弓兵たちの矢が塔から跳んできた。
ズドド!ドド!
「うぐ…ぐっ」
門を潜るべく背をみせたところを魔法少女たちはクロスボウの矢に撃たれる。
運悪く、矢が背中を貫通して腹に突き出たとき、腹部のソウルジェムを割り、その場で息絶えた魔法少女もいた。
仲間の魔法少女たちはふり返って反撃する。
魔法の矢を放ち、塔から顔をだした弩弓兵たちを撃つ。
弩弓兵たちは矢に撃たれ、顔をひっこめた。攻撃の手は一時やんだが、多勢に無勢。敵兵の数は多い。
まだ何千人と守備隊は、城を守り、魔法少女たちを待ち構えている。
だがともかくも反乱を起こした魔法少女たちは第二城壁の門を突破した。
第二城壁区域へと侵入し、城壁の中に飛び込んだ。
リドワーンとレイピア使いのレイファ、スカラベ、ボンヅィビニオ、クマオ、ブレーダルらが、続々王城の第二城壁区域へ。
のぼりつめる。
「第二城壁の門、突破されました!」
監視塔の兵たちは叫び声をあげる。
第二城壁にまで避難した長弓隊は、第三城壁区域までの撤退をこれで余儀なくされた。
「長弓隊、第三城壁まで撤退せよ!急げ!遅れるな!」
退去命令が出され、長弓隊たちは移動を開始。
魔法少女たちが第二城壁の門を突破するその上の通路を、長弓隊たちが走って防衛城壁を渡り、さらに上階へと避難する。
かくして第二城壁区域も魔法少女たちの手に落ちた。
人間たちに残された要塞は、第三城壁区域から第七城壁区域までの、あと五つの防御ライン。
難攻不落の王城は、火の手があがるように、じわじわと攻め落とされていく。
「撤退!撤退!」
城内の守備隊たちはラッパを吹き鳴らす。退去の命令を伝えるラッパだ。
その音楽にしたがって、第二城壁区域じゅうの守備隊たちと弓兵たち、弩弓兵たちが第三城壁へつながる階段をのぼりだす。数千人という王城の兵たちが、危険を知らさせて避難をはじめる。
第二城壁区域へ潜入したリドワーン、クリフィルらの魔法少女たちは、壁に囲われた手狭な通路を走り出し、休むことなく戦いに身を投じていった。
エドワード軍の長弓隊長、エラスムスは、第三城壁区域へ避難する途中、歩廊で立ち止まり、下の通路を走りはじめた魔法少女たちを狙って、弓に矢を番えると。
ギギイと弦をしぼったロングボウから、びゅんと矢を飛ばした。
それは敏速の勢いでまっすぐ魔法少女のソウルジェムを射貫いた。
バリッ
「うっ…」
倒れたのはスカラベだった。
ロングボウ隊の隊長に狙われたのが運の尽き。
長弓隊隊長エラスムスは、すると再びその場で弓に矢を番え、下向きにすると、通路を通る魔法少女たちを狙って再び矢を放つ。
迅速の如く飛んでくる矢に反応が間に合わず、また別の魔法少女のソウルジェムが、射貫かれた。
矢は、魔法少女の肩に飾られた小さなソウルジェムのど真ん中に命中し、バラバラとなった。
殺されたのはボンヅィビニオという名前の、城下町暮らしの魔法少女だった。
王の魔法少女狩りに怒り、反乱に参加した魔法少女は、無念にも第二城壁区域の入り口で倒れた。
ロングボウ隊の隊長、エラスムスは、再び弓に矢を番えると、部下たちに命じた。
「魔女の宝石を狙え!そこが弱点だ!」
語りながら弓で狙いを定める。
避難命令をうけている最中の長弓隊の部下たちは、すると、ため息ついた。
「隊長、無茶いわんでください。あのちょこまかと動く魔女たちの、小さな宝石を狙えですって?」
長弓隊長エラスムスは再び矢を放つ。
目を細め、狙いを定めて放たれた城壁からの矢は、第二区域下の通路を通る魔法少女のソウルジェムにまたも命中した。
バリッと音がし、魔法少女は前向きになって腕を突き出しながらうつ伏せに倒れた。
その変身姿は解け、元の衣装にもどった。
「隊長、そんなことができるのは、世界じゅう探したって、隊長だけですよ。」
長弓隊の部下たちはため息つき、第三城区へ避難した。
仲間を三人殺された魔法少女たちは魔法の弓に矢を番え、第二区域の通路壁の上に立つ長弓隊長を狙った。
長弓隊長も矢をはなった。
両者の矢は互いを狙い合い、空気中ですれ違い、長弓隊長の矢は魔法少女の顔にあたり、魔法少女の矢は長弓隊長の髪を切った。
「くそう!」
クマオという魔法少女は悔しがった。
「進め!敵が防備を固めないうちに第三城壁も攻め落とす!」
クリフィルが仲間達へ呼びかけ、生き残った12人の魔法少女たちと共に第三城壁区域を攻め落とすべく通路を走り続けた。
468
王城の頂上、天守閣。
第七城壁区域の王の間では。
玉座に座ったエドワード王が、守備隊長の報告を受けていた。
食事を並べたテーブルは空席で、どの騎士もいない。戦場にでかけているからだ。
白いクロスを敷き、銀製、真鍮製、金製、さまざまな豪勢な皿に、肉料理が載り、ブドウ酒を注いだ銀グラスが並んでいるが、テーブルは全くの空席だったのだ。
蝋燭台の火だけがゆらゆら城の大空間に燃え続けて、王の間を照らしていた。
両側の壁に大きなタピストリーが飾られた大空間を通り、玉座の壇の階段の前にまで来た守備隊長の一人、ルースウィックは、王の腰掛ける玉座の前で膝を曲げて跪き、報告を開始した。
「報告します。……だ、第二城壁は突破され、第三城壁区域への侵攻を受けています…」
守備隊長の声は震えていた。
口調には緊張が混ざっていて、恐怖すら音色に含まれている。
「王、わが王、どうか私たちをお守りください。魔女どもに私たちは敵いません…、全く歯がたちません!」
ルースウィックは第一城壁区域の歩兵部隊たちの無残な惨敗ぶりを目の当たりにしていた。
人間離れした、魔法少女という存在が、彼にとってはもう悪夢のように脳裏に刻まれていた。
もし、こんな悪魔のような者たちが、ずっとずっと過去からも存在して、人間たちと共に暮らしていたというのなら。
考えたくもないが、それが本当だとすれば、王の言うとおり、とっくにこの地上は悪魔の手に堕ちていたことになる。
「我らの力ではあの悪魔どもに敵いません!魔女どもは悪魔と契約し、忌むべき力を我々にあてがいます。我々は死あるのみです!」
弱気になったルースウィック守備隊長は絶望的な気持ちを全て王の前で打ち明けてしまい、目に涙をためながら王をみあげ、懇願した。
「王よ、どうかあの悪魔と手下どもから、我々を救いくださいますように。王よ、偉大なる人間たちの保護者、人間を愛する王、世界で最も悪を憎む王よ。我らに力を与えてください。怪物どもと戦う力を!」
すると王は、すっくと玉座で足を伸ばし、玉座をたった。
その王の姿は、ステンドグラスの七色の煌々に照らされて、守備隊長には聖神の姿のようにすら見えた。
王は、虹色の光を浴びながら、一歩一歩、壇の階段をくだってきた。
赤い毛皮のマントがひらめき、王の杖を握り、降りてきた王。
守備隊長は王の顔をみあげた。
「王…」
王はルースウィック守備隊長の目前まで寄り添ってくる。
すると王は、守備隊長の肩を握り、彼を立たせた。
守備隊長は立ち上がり、王の顔をみる。
王の顔は、怒っていた。
老いた男である王は、守備隊長の肩をしかと左手で握るや、右手の固い拳が、守備隊長の顔を殴った。
「う!」
守備隊長はよろけて数歩、後ろへさがる。顔面を殴られた彼は、何が起こったのかわからないという顔をしている。
すると王はまた守備隊長の肩を手にとり、正面を向かせると、彼の顔をまた拳で殴りつけた。
「ううっ!」
守備隊長はまたよろけ、鼻から血を垂らす。まだ何が起こったのか分からないという顔をしていたが、知らないうちに守備隊長は涙目になっていた。
「情けない奴め」
すると王は彼に語りかけ始めた。肩を摑み、正面むかせると、三度目、老いた王はまた殴る。
守備隊長はまたよろけた。
「そんな泣き言の為にわしの前にきたのか?」
「うう…!」
涙目になった守備隊長は、赤くなった頬を手で押さえている。
しかし王は容赦なく、またゆっくりとした、しかし一歩一歩が重たい足取りで、守備隊長の前へ歩いてきた。
「”正義は勝つ”という言葉を───」
王は涙目な守備隊長の肩を握り、正面むかせ、また顔を殴る。四度目。
守備隊長はぎゅっと目を閉じながらまた殴られ、足元がふらつく。
「お前は知らんのか?」
王はまた守備隊長の肩を握り、五度目、拳で殴った。
「うう…!」
守備隊長は恐ろしい気持ちに支配されてしまい、ぶるぶる震えながら涙目で王をみた。
「魔女と人間。正義はどっちだ?」
王は守備隊長の肩を握り、強引に引き寄せると正面むかせ、問いかけてくる。顔と顔が近い。
守備隊長は、黒い瞳に透明な涙の粒をためながら、ぐすっと涙声を喉からしぼりだして、答えた。
「陛下。正義は我々、人間です」
「…ならどうして泣き言を吐くのだ?弱音など無用だ。いま必要なのは、魔女どもに鉄槌をくだすことだ」
王は守備隊長を突き放し、戦場に戻るよう命じた。
「…うう」
守備隊長は泣き顔になりながら、こくりと頷いた。
ルースアィック守備隊長は、恐い気持ちでいっぱいだった。
謀反を起こした邪悪な魔女たちも怖かったし、王に助けを求めたら、王も怖かった。
世の中、怖いことばっかりだ。
渡る世間は鬼ばかり。
825 : 以下、名... - 2015/03/13 02:16:40.67 kVK9X8KB0 2406/3130今日はここまで。
次回、第62話「エドワード城の攻防戦 ②」
第62話「エドワード城の攻防戦 ②」
469
鹿目円奈たちは第一城壁区域の外回り通路を抜けて、第二城壁区域の塔門へ辿る階段へきた。
門はすでに破壊されていて、人の通れる穴が裂かれている。
クリフィルらの一行はすでに突破したのだろう。
塔門を守る両側の監視塔は空で、だれもいない。
軍隊は撤退したあとだった。
エドワード軍が撤退したあとに残されているのは、緑色の布地にユニコーンの絵柄を描いた、軍旗だけだった。
軍旗だけが塔のてっぺんで、ばさばさと風にゆらめいていた。
しかしその階段はいたるところが剥がれて砕け、石段は崩れている。
大量の矢が散らばめられていて、足の踏み場もないほどだった。
魔法少女たちも何人か倒れて、矢だらけだった。ソウルジェムを撃ち抜かれた魔法少女たちだった。
うつ伏せのまま石段に倒れ、背中に無数のクロスボウの矢が刺さっている。
ここで繰り広げられた撃ち合いの激しさを物語る痕跡が残されていた。
鹿目円奈は馬に合図だし、この階段を一挙に昇りつめる。
馬が大きく四足をのばし、段を飛ばしながら勢いよく登っていく。馬の巨体が石段をずんずんのりあげた。
とそのとき、退去最中の長弓隊長、エラスムスは、このピンク髪をした少女騎士が第二城壁の塔門へ登ってくるのを目に留め、弓に矢を番えた。
円奈よりも45メートルほど高い位置の城壁から、一本の矢がびゅんと飛ぶ。
「!!」
円奈はそれに気づいた。
「う!」
盾をかざし、直後、矢が円奈の盾にビターンと当たる。鋭い一撃は、木の盾を貫通し、円奈の額に当たる直前でとまった。
ボドキンの鏃が円奈の目前に迫った。この特殊な錐の前では、鎖帷子の防御は意味をなさない。
長弓隊長のエラスムスは、第三城壁へ辿る階段に築かれた城壁の上から、ピンク髪の少女騎士を見下ろした。
少女騎士は盾で矢を防ぎ、こちらをぎいっと鋭い眼つきで睨みあげてくる。
二人の目が合ったのだ。
長弓隊長エラスムスは、直感的にあの女が人間であると分かった。異国からの騎士だ。
「あの女は人間だ」
エラスムスは部下に告げ、指先で城壁下の女を示した。
「私と同じ弓を持っている」
長弓隊長エラスムスは少女騎士も同じ兵器ロングボウを背中にくくりつけているのを見逃さなかった。
「人間?それまたなぜ?」
退去中の長弓隊の部下たちは不思議がる。
「なぜ人間が魔女たちと行動を共にしますので?」
「さあわからん」
長弓隊長エラスムスはすると、城壁の通路を戻って階段へ足をかけ、上をめざして第三城壁区域にむかった。
「しかもあの女が指揮をとっている」
破壊された塔門を、馬の前足で無理やりバカっと開いた円奈は、第二城壁区域に突入した。
クフィーユの重たい巨体が、裂かれた門を足の蹄でどつき、すると門は完全に破壊されて左右に開いた。
両開きに開いた門から、馬に乗った少女騎士が強引に突入し、すると狭苦しい石壁に囲われた通路の突き当たりの左方向へめざす。
「第三城壁区域の牢はこっち!」
と、円奈は、馬上で剣をふりあげると左方向を差した。
「こっちに第三城壁区域につながる階段塔がある!」
円奈は、昨晩に一度、スミレと二人で城に潜入していたから、城壁内の構造がある程度頭にはいっていた。
「でも、そっちは、リドワーンたちと分かれちゃう!」
門を通ってやってきた芽衣が、円奈に言った。その両手で胸元に抱えた剣は、血で赤い。鉄の刃を血が滴っている。
「…」
円奈は選択を迫れた。
まず右の通路をふりかえり、その通路の先で聞こえてくる激しい戦闘音を耳にする。ガキンガキンと鉄と鉄のぶつかる音だ。
左の通路をまた見る。
左の通路からは、階段が伸びていて、第三城壁区域へつながる階段塔がある。
「みんなを助けるのが先!」
円奈は判断をくだした。
「牢につかまってるみんなを助けださなくちゃ。なにがあっても…!」
芽衣たちは目を見張ったが、同意して頷いた。
鹿目円奈は、このエドワード城に捕われて監禁されている魔法少女たちが、どんな状況になって閉じ込められているのかその目で見て知っていた。
プレイアデス星団の魔法少女狩りのような、肉体の鮮度を保つように保管されてなどまったくいない、エドワード城の牢獄の中を。
知っていた。
470
リドワーンらとクリフィルの一行は第二城壁区域の内部へと入った。
石造のアーチをくぐり、入口から真っ暗な城内の廊下へと侵入する。
「ひっとらえろ!」
すぐに守備隊たちが駆けつけて、剣を抜いて駆け込んできた。
通路の奥から、木の扉を開けた兵士たちの集団が、壁際に掛かった松明の火の明かりを頼りに廊下を進み、リドワーンらの一行に迫ってくる。
「あたしがやる」
といったのは、レイピア使いの魔法少女レイファ・イスタンブールだった。
真っ暗闇な城内の、狭苦しい廊下になって視界が効かない。
けれども、人間の剣士らに遅れをとおるレイピア使いではなかった。
カキン、カキン、カキン───。
守備隊たちの剣とレイピアが激しく突きあったのち。
ある兵士は剣をもつ手首の動脈部分、ある兵士は二の腕の下筋肉、ある兵士は胸を一突きされて、剣の小競り合いの決着がついた。
「ああっ──」
「ううっ──ッ!」
兵士たちは呻いたり悲鳴あげたりして、みな倒れる。
レイピア使いの魔法少女は、三人の兵士を薙ぎ倒すと、またひゅっとレイピアの剣先を空気中に裂いて血をはらった。
ぶっ倒れて戦闘不能となった兵士たちを踏んで、魔法少女たちは廊下の奥へと進む。
エドワード城の果てしない迷宮の廊下を。
「真っ暗で何もみえん!」
クリフィルがいうと、壁際に掛かった一本の松明を取り出したリドワーンが、クリフィルに手渡した。
ぶわっ。
松明の火が飛ぶ。
「おっと」
クリフィルが投げ出された松明を手に受け取る。
その顔が火の明かりに照らされた。
赤く。
「悪魔の奴隷め、魔女どもめ!」
後ろで声が聞こえ、クロスボウを手に構え持った兵士たちが背後の廊下の曲がり角から数人、現れ、弩弓の先を魔法少女たちにむけた。
「これじゃ埒があかん。相手してられんぞ!」
クリフィルは松明もちながら廊下の奥へ逃げ去り、角を曲がった。火の明かりをもった魔法少女たちが暗闇の曲がり角を逃げ去る。
直後飛んできたクロスボウの矢がびゅんびゅん廊下を進み、魔法少女たちが角を曲がった奥の壁にあたって砕けた。
「追え!滅ぼせ!」
人間兵士らは、クロスボウを装填しなおすと、角を曲がった魔法少女たちを追いかけた。
こうして城内の迷宮を舞台にした追いかけっこははじまった。
471
クロスボウを持った守備隊の兵士ら4、5人は、邪悪な力をもった魔女どもが逃げた廊下を追い掛け、鎖帷子の鎧をカチャカチャならしながら走った。
先をゆく魔女どもが曲がった廊下を追って同じように曲がり、その先をみると、また逃げる魔女どもが廊下の奥を左へ曲がっていた。
松明の火がむこうへと消えていった。それを目に捉えた兵士達は、逃がすものかと歯軋り。
「逃がすな」
兵士たちはさらに追いかけた。
あの邪悪な力をもった魔女どもを、なんとしてでも人間の正義の世界から、駆逐する。
そういう使命感に、兵士たちは燃えていた。
たとえ、命を危険に晒そうとも、悪とは戦わなければならない。
魔女どもを追って、やつらの姿が消えた二回目の廊下の曲がり角にきたその刹那。
兵士らは、とつぜん、曲がり角のむこうから伸びてきたグーの拳に顔を殴られた。
「うぶっ!」
突然顔を殴られて兵士らはすっ転ぶ。その手元からクロスボウがこぼれて、カシャっと音たてて地面に落ちる。
魔法少女たちが曲がり角から躍り出てきた。
魔法少女たちは二回目の曲がり角で潜めて待ち伏せしていたのだ。
兵士らがこの曲がり角に差し掛かった瞬間、腕で顔を殴ったのだった。
曲がり角で待ち伏せされていた兵士たちは続々、魔法少女たちにとっちめられる。
足をかけられ転ばされたり、廊下を曲がりがてら剣を胸にズドっと突き入れられたり。
彼女たちは、兵士らの落としたクロスボウを手に持った。
敵から奪ったクロスボウを片手で持ち、発射口を相手の目元に近づける。
「や、やめ…!」
兵士が恐怖に目を血走らせたその直後。
シュバ!
兵士の目の前でクロスボウが発射された。兵士の眼球は矢が埋めた。
「これでも喰らえ」
クリフィルはクロスボウの矢を放ったあと、兵士をみおろし、使い物にならなくなったクロスボウを捨て、廊下を進んだ。
472
廊下を進むクリフィルらの一行は、松明の火だけを頼りに迷宮のような廊下を進み、手当たり次第、目に触れる扉を開いて、第三城壁区域へつながる通路を探した。
バタンッ
木の扉を開ける。鉄環のとってを握り、勢いよくあける。
「なにもねえ」
部屋の中にあるのは、守備隊の控え室としての、シーツの敷かれた布の寝台と、暖炉、錆付く武具を絶えず磨くためのやすり、武器を掲げて壁に盾と一緒に吊るすもの、質素なテーブルには食事皿。
壁際には松明の火が燃えているが、それを蓄えるための薪と油をためた蓋つきの壷もある。
バタン
魔法少女たちは扉を閉めた。
ガチャ
また別の扉を、鉄環の取っ手をもって開ける。
その奥にも守備隊の控え室があるだけ。バタンッ。魔法少女たちは扉を閉じた。
ブレーダルは扉を開けた。中をみる。
するとそこは、穀物倉庫になっていて、小麦や大麦などの穀物袋を詰めた箱や樽が、整頓されて小さな石壁の室内に積まれていた。
近くには脱穀室と製粉室もあるにちがいない。
魔法少女たちは廊下に無造作に並べられた樽の中身も、いちいち蓋をあけて中身をみる。
中身は、穀物袋が詰められていたり、油を採るための植物の実なども袋に貯められていた。
廊下を進み、魔法少女たちはまた扉をあける。
そこは麦芽焙燥室だった。ビール醸造用樽が、棚に横向きに並べられている。
しかしこんな室内に用はない。
城壁は厚く、サンドイッチのように何層にも種類の違う壁が重なっていて、もっとも外壁があらけずりの石灰岩の石積み、中間の壁が岩とモルタルの混合物、内壁はならめかなしっくり塗りの石壁だった。
ながい廊下を進み、階段をのぼり、さらに奥へくると、廊下の扉をあけた。
そこは井戸室だった。
暗い室内に一本の釣瓶があり、下の井戸から水を汲み上げられるようになっている。
鹿目円奈とスミレの二人が這い登ってきた井戸だった。
魔法少女たちは井戸室をあとにする。
結局第三城壁区域へつながる通路らしい通路をみつけられなかった彼女たちは、廊下を進み続け、ついに長い長い、200メートルまで積みあがった石造の塔へ辿り着く。
ここは、第三城壁区域から第四城壁までショートカットできる超高層の階段塔だった。
千段近くも螺旋状の階段がつづき、ぐるぐると目が回るほど登りつづける丸い階段塔。
魔法少女オルレアンは、エドワード王にお呼ばれしたとき、この階段を疲れ果てつつ昇ったのだった。
473
鹿目円奈らは小規模な階段塔を登りつめ、ぐるぐるらせん状の階段を登ると、通路に出た。
そこは高さ150メートルの、第二城壁区域の胸壁が立ち並ぶ矢狭間の通路。
エドワード軍の長弓隊が隊列をつくっていた通路だ。
しかし退去した長弓隊はもうここにおらず、円奈たちの手におちる。魔法少女たちはここを占領した。
防壁の通路を渡って広場へくると、そこは城の上で栽培されている野菜畑の敷地だった。
城の人たちは、とくに香辛料を好むので、城で菜園を経営し、香辛料を実らせるハーブなどの野菜と、薬味用の野菜が植えられていた。
それに、水槽に飼われた魚たちもいた。養魚池である。石造のプール施設に、城の人たち好みの魚を育てる養魚池が、エドワード城には数百以上もあちこちあり、魚の飼育係が雇われる。
同様に、城の料理人に絶対必須な香辛料を育てる野菜畑と菜園も、城には城壁区域を問わず、あちこちに何百と設けられていた。
円奈たちはこの野菜畑と菜園が整理された広場と通路に差し掛かり、すると守備隊の人たちが大きな塔から門をとおって躍り出てきて、剣を抜き、戦いをしかけてきた。
その数50人ほどだ。
第五歩兵部隊たちである。
円奈と、それにつづく15人の魔法少女たちは武器を構え、戦闘態勢にはいり、この野菜畑とハーブ園、養魚池の敷地で戦闘がはじまった。
兵士らはクロスボウをもっていた。
狙いをさだめ、しゃがみこむとクロスボウを放ってくる。
魔法少女たちはそれをかわした。身をそらしたり、頭を傾けたりして、紙一重で矢をよける。
すると剣をにぎって、兵たちに近づいた。
兵たちもクロスボウを捨てると、剣を抜き、野菜畑と菜園を横切って、戦いを挑んだ。
おおおおおっ。
彼らは、野菜畑の柵を越えて、畑の土を踏みながら剣を片手に走ってくる。
「うあああっ!」
魔法少女たちも掛け声あげて、人間兵士との戦闘に入った。
15人の魔法少女たちと50人の守備隊たち、野菜畑の上で乱闘を開始。
剣と剣、ぶつかりあいの音が、こだまする。
せっかく係りの者が、丹精込めて育ててきた野菜の数々は、戦闘に入った魔法少女と兵士らによって、踏み散らかされた。
とある魔法少女は、敵兵と距離をとりながら、剣を前にだし、構えをとる。相手が剣を水平にふるってくると、頭を低くしてかわし、その隙に相手を突く。しかし鎖帷子を着込んだ相手に突きが通用しなかった。
そこで魔法少女は、またガキン、と敵と自分の剣を強く交差させたあと、相手兵士の股間を強くけりあげ、ひいいいっと呻いた敵兵の剣をバチンと弾き飛ばすと、首を切り裂いた。
「ううっ!」
股間を押さえながら首を斬られた兵士は野菜畑の土に倒れ込んで、血をタマネギ畑の肥えた土に流した。
ロングソードをふるってくる敵兵と戦うチヨリは、そのリーチの差に苦戦をしいらせた。
敵兵の剣は、呼んで字の如く長い。1メートル以上もある鋼鉄の剣だ。この刃にかかったらバッサリ身は斬られてしまう。
チヨリの持つ武器は斧だったから、敵兵のぶんぶんふるってくるロングソードのリーチに圧されて、なかなか敵にちかづけない。
敵兵がロングソードを前向きに振り落としてきた。
おおおっと声をあげ、力いっぱい、鋼鉄製の剣が落ちてくる。
チヨリは横に身をそらしてかわした。
敵の刃は野菜畑のニンジンを、ばっさり裂いた。
それを隙ありとみたチヨリだったが、思いのほか相手の復帰がはやく、はやくもロングソードの剣が土から抜け出してチヨリの手元に飛んできた。
「ああっ!」
チヨリは斧で受け止めたが、ロングソードの長剣が、重たさと遠心力も加わって会心の一撃となり、チヨリは畑にころげてしまった。
「う!」
頬を畑の土に擦らせて顔を苦痛にゆがめる。手元から斧がこぼれた。
「ああ…あ」
恐怖の目で手をのばし、斧を拾おうと指で斧を取ろうとするが。
ぎりぎり届かない。
「おおおおおっ!」
敵兵がロングソードをふりあげた。これが振り落とされればチヨリの身体は左右真っ二つに分かれてしまう。
チヨリは咄嗟に野菜畑から葉っぱをむんずと掴んでニンジンを土から抜き取ると、そのニンジンをばっと敵兵の口に投げた。
「むっ!むぐ」
まだ熟成されていないニンジンは敵兵の雄たけびあげた口にすぽっと入り、敵兵は目を丸くした。
剣もつ手がゆらぐ。
その隙に斧を取り戻し、野菜畑を起き上がったチヨリは、斧で、敵のニンジンを咥えた顔を斧で殴った。
「んべ!」
ニンジン咥えたまま敵兵は顔から血を流してぶっ倒れる。
そして野菜畑の土に身体を埋めた。
「おかわりいる?」
チヨリは兵士を見下ろして言った。
馬を育て、調教するのに適しているため城で栽培されていたニンジンは、かくして武器ともなった。
あたりじゅうで兵士と魔法少女が乱闘していた。
鹿目円奈は、槍をひゅっひゅと伸ばしてくる敵兵たちの穂先を、剣で弾き返して、懸命に闘っていたが、もう疲れ果てていた。
「はあ…あ…!」
息はあがり、ついさっき火あぶりになりかけたばかりだというのに、この激しい戦闘に突入して、頭はくらくらしていた。
煙を大量に吸った彼女は、脳内に酸素がたりていないのである。
しかしここで気を失ったり、体を酷使することをやめたりすれば、死ぬことだけはわかっていた。
魔法少女の姫新芽衣が、剣をもってやってきた。
野菜畑と菜園の土をふみしめ、円奈を囲う兵士たちに背後から近づくと。
その無防備な背中に、ズドっと剣を差し込んだ。
「ああああっ!」
槍をもった兵士たちが喘ぎ、膝をついて背中から倒れ込む。
菜園に育てられるバジルやシナモン、フェンネル、ナツメグなどの植物の間に顔をうずめた。
「この魔女!」
兵士たちは背後を急襲してきた芽衣に、槍をふるう。
「おっ死ね!」
が。
ガキン!
「う!」
槍と剣では、接近戦は剣のほうが小回りがきいた。
兵士が槍をふるったその瞬間に、あっという間に剣で顔を殴られてしまい、兵士はころんだ。
さらに奥の別兵士が槍を水平向きにぶん、と円を描くように振り回してくる。
芽衣は剣でそれを受け止めた。ガチン!剣と槍の柄が絡まる。
すると、芽衣はそのまま槍に剣を絡めたままズズズと敵兵の胸元へ接近してゆき、兵との距離をつめる。
こうなっては、槍の兵士に勝ち目はない。
彼はなすすべなく芽衣のふるう剣によって、胸を裂かれた。血が舞った。
円奈を取り囲む兵士たちは殲滅された。円奈が見下ろす周囲で、兵士達はみな倒れた。
敵が全員死ぬと、敵をおっぱらった芽衣が円奈を金色の目でみあげて、こくっと頷いた。
円奈も、恐ろしい顔になりながら、こくりと首で頷いた。二人は無言の会話を交し合った。
「いたぞー!あそこだ!魔女どもだ!」
塔からは、まだまだ多くの兵士たちが戦場へかけつけてくる。
剣を鞘から抜き、ギラギラと剣を、晴天の光に反射させながら、城下町からは標高150メートルの城壁のくだり通路を走って、広場へ降りてくる。
円奈たちは移動をはじめた。
散らかされた野菜畑を通りぬけ、養魚池の立ち並ぶ敷地へ。
ここは、石造の水槽が何個も整列して造られ、十字型に渡り通路がある。
円奈たちは戦場を移動させた。
野菜畑と菜園を抜け、この養魚池の敷地へ。
するとむかって兵士らもこの養魚池に来た。何が何でも円奈たちの侵攻を食い止める気でいる王城の守備隊たちは、円奈たちの進む道という道の前に、いちいち立ち塞がる。
円奈はとうとう背中から弓を取り出した。
矢筒から一本矢を取り出し、弓に番え、兵士達の足元を狙う。
そこは鎖帷子に守られていない。サーコートを着ているだけだ。
円奈は弓を放った。
ビシュン!
ロングボウから放たれた矢が、養魚池の通行路を突き進む先頭の兵士の足に当たった。
「ああああっ───!」
足を矢に射られた兵士は甲高い声を口からあげ、バランス崩して、横の養魚池に体が傾いて落ちた。
ばしゃあっと池の飛沫がたち、大人の兵士は、すっぽり養魚池のなかに落っこちて、沈んだ。
池に飼われている魚たちが驚いて水槽のなかをぐるぐると泳ぎ回った。
後続の兵士達は、両側が養魚池に挟まれている細い渡り通路を慎重に進む。
すると魔法少女たちが、受けてたった。
魔法少女たちは俊敏な手つきで剣を伸ばして、ひゅっひゅと突きを繰り出して兵士たちのぐらつく足元をゆるがした。
「あっああっ──ああ!」
兵士らは剣で魔法少女たちの突きを弾いたが、やがてふらふらと足元が崩れて池に落っこちていった。
剣だけ手放して、あとはみっともなく背から池に落っこちて泳ぐ。
器用に剣をたくり、魔法少女たちと養魚池の通路で戦った兵士も、またも撃退された。
剣同士のやりくりは互角だったが、ぐるぐると絡んだ剣を回しながら接近した魔法少女が敵兵のサーコートの胸元をつかみ、ぶんと横へ投げ飛ばしたのである。
「ああああお!」
兵士は投げ飛ばされて、池へぼちゃんとまっさかさま。養魚池の魚たちがまた驚いて、水槽のなかを素早く泳ぎ回った。
最後に残った兵士も、先頭の魔法少女と剣同士を激突させたとき、力にまけて、自ら身を池のなかに飛び込ませた。
「ああああ!」
兵は池のなかに水しぶきをあげて落っこちる。
魔法少女たちと円奈は養魚池の敷地内を越え、塔の壁際へきた。
そこにも養魚池はまだあったが、いよいよ第三城壁区域の入り口の門がみえてきた。
次への扉がみえた矢先、第三城壁を守る高さ50メートル上の階段塔から、ロングボウ兵の矢がふってきた。
ヒュ──!
第三城壁区域に撤退した長弓隊たちの矢が、塔上の矢狭間から次々に発射される。
円型の塔から放たれた矢は、矢の連なりとなって円奈たちの頭上にふりかかってきた。
円奈は盾で守り、魔法少女たちは多量に落ちてくる矢の攻撃をかわした。前回転したりして。
何本かの矢が、養魚池の水面に突っ込んで、びちゃ、びちゃと飛沫が跳ねた。
養魚池に走ってきた新手の守備隊はこの矢を背中にうけてしまい、三本も四本も矢が背中にささって、ううっと呻いたあと、通路に倒れてから、やがてごろっと体がまわって池にぽちゃんと落ちた。
池に赤色の染みが広がり、滲み出た。背中に矢の数本刺さった兵士の死体が、池にぷかぷか浮いた。
「進め!」
矢の攻撃がやんだあとは、急いで魔法少女たちは養魚池を抜け、いよいよ塔へ。
「壁際に寄れ。矢はそこに当たらないぞ!」
魔法少女たちは塔真下の壁際へよる。矢の攻撃をよけるためだ。もし敵兵がクロスボウを持っていたら、壁の真下に逃げ込もうと脳天に矢が落とされるだけであるが、ロングボウ兵が相手なら、ここにいれば安全だった。
守備隊たちも追って壁際に迫ってきて、あくまで魔法少女たちの邪魔をする。
邪魔をしてきた兵士たちの頬を殴り、どける。頬をなぐられた兵士は顔を横向きにしながら、ばしゃあっと養魚池の中に身をおとした。水飛沫が飛んだ。
こうして円奈たちは円塔の壁際を進み、城塔への坂道へ足を踏み込めはじめた。城へ続く勾配の道である。
これはゆるかにつづく坂道になっており、この細い道をのぼることで、高位置に築かれた門へ入ることができる。
逆にいえば、一歩踏み外せば転落の、坂道を、登って通らなければならないのだ。
しかも塔への入城門は跳ね橋をいままさに吊り上げはじめていて、閉まりはじめている。
ギギギギギ…
鎖が巻き上げられてゆき、跳ね橋は吊りあがり、だんだんと閉じられていく。
この橋が閉じられたら、進入できる可能性などゼロだ。
「はぁっ!」
円奈は意を決し、この坂道をのぼりはじめた。
曲がりくねって塔門へつづく坂道を、馬に全速力の合図を送って走りぬけだす。
ピンク髪が激しく風にうたれて、浮き上がった。
「追え!」
芽衣たちも、馬が突き進む円奈の後ろにつづいて走った。
円奈は馬でこの斜路を素早く走り、跳ね橋が吊りあがりきってしまう前に門へ突入を試みる。
「急いで!」
円奈はクフィーユに命令する。
クフィーは諦めず全速力で高台へつながる斜路を走る。跳ね橋は、斜路を離れて吊りあがっていく。
すでに斜路と橋は完全に別離されていた。
人がジャンプしても届かない角度にまで橋が鎖によって吊りあがってしまっている。
もうダメかと思われた瞬間、円奈の馬、クフィーユは前足のばして飛んだ。
ヒヒーン!
馬の巨体は円奈を乗せて宙を高く飛翔し、吊りあがった跳ね橋に飛び乗った。
城内の巻上げ機をまわしていた兵士たちは、これを見届けて、「くそっ!」とぼやいた。
魔法少女たちがそれにつづいてきた。アーチ造りの斜路をのぼって、通行路の先端にまでくる。
円奈が、馬ごと通行路から跳ね橋へ飛び乗ったのを見て、魔法少女たちも飛び始めた。
「とお!」
「よおっと!」
それぞれ掛け声あげながら、もはや45度の角度にまて吊りあがりつつある跳ね橋に飛びつく。
人間離れした脚力をみせて魔法少女たちが、やあっと高く飛び跳ねて、閉じられつつある跳ね橋に飛びついて、手で掴んでぶら下がり、やがて橋を乗り越えて城内へ入ってくる。
人間兵士たちは、またもそれで、「化け物どもめ、邪悪な力を宿した魔女どもめ、みな殺してやる」と叫び、怒りを露にした。
さて、吊りあがる跳ね橋にぶら下がり、乗り越えた魔法少女たちは、角度を高めつつある跳ね橋の内側へ身をすべらせて、しゅーっとスライディングするみたいに身を落とすと城内の通路にすたっと着地した。
円奈も馬で城内に潜入していた。
直後、跳ね橋がいよいよ完全に閉じて、90度の角度にまで吊りあがり、遮断される。
城内は途端に真っ暗になった。
円奈は通路の壁際にある松明の火を手にとって、それで暗い城内を照らしながら、通行路を馬で進んだ。
守備隊たちがすぐ現れ、剣と槍で、円奈たちの一行を撃退しようとする。
「はぁっ!」
円奈は馬に闊歩の合図を与えた。円奈の足がクフィーユの両脇を蹴る。
馬は城内で全速力になった。
まさか城内を馬が走っているとは思わない兵士たちは、その場で円奈に蹴散らされる。
「うっ──!」
「あがうっ!」
ドカドカと突き進んでくる馬の巨体に、兵士らは体当たりされて、左右に散った。
どの兵も後頭部を壁にうちつけた。
狭い通路で馬に突進されて、兵たちは逃げ場がなく、ただ馬に激突されるばかりであった。
「いいぞ!」
「やったあ!」
魔法少女たちは人間兵らが撃破されるのを見て喜ぶ。
もう、人間たちを守ろう、人間たちを助けよう、という気持ちで魔獣を倒すかつての城下町の魔法少女たちの姿はどこにもみあたらない。
城下町じゅうの魔法少女たちが大集結して、王都の危機を救うべく一致団結して魔獣を倒して、オーギュスタン将軍らと一緒に晩餐を楽しんだ一年前の魔法少女たちの姿は。
もうどこにもない。
決起した魔法少女たちは円奈のあとにつづいて廊下を渡り、暗い通路を抜けて、階段塔の螺旋階段へ辿り着く。
そこではすでに鹿目円奈は馬で螺旋階段を登っていた。
狭く苦しい、くるくるした螺旋状の石段を、円奈はどんどん何週もして上へ巡っていく。
馬はせわしなく階段をぐるぐる走って登る。
すると守備隊たちが階段塔の上方から何十人と突入してきて、剣を抜き、侵入者たちの行路を防ぐべく階段をくだってきた。
螺旋状階段は基本的に、守り側に有利なように造られている。またその理由があってこその螺旋状階段だ。
ところが守備隊たちはもちろん、この城を設計して建てた建築家も、まさか馬がここを登ってくるとは誰も想定していない。
剣を抜いて回廊階段をくるくると降りてくだってきた守備隊たちの列は、その先でついに、階段を駆け上がる円奈の馬に出会い頭することになる。
「うっ、うわああああ」
螺旋階段をくだってきた先頭の守備隊が、目の前に現れた馬をみてびっくり仰天する。
すると次の瞬間。
ドスッ
「うえ!」
先頭に二列の守備隊の二人は馬の足に踏んづけられた。
しかしそれで終わりではなかった。
あとにあとに続く守備隊たちの隊列を、馬はことごとく踏んづけて蹴散らしながら螺旋階段を登り続けたのである。
「ああっ─!」
「うえげ─っ!」
「おうぶ!」
守備隊たち40人の二列は、次々に、階段を駆け上がる馬の足に踏まれていく。どの守備隊たちも螺旋階段のなかでころげ、誰もがなだれ込むように尻もちつき、その腹や頭を馬の蹄に踏まれた。
蹴りだされた兵士は階段に背をもたれて仰向けにころがる。
こうして円奈の馬は塔の螺旋階段を守備隊たちをことごとく足で踏んづけながらガンガン上へ駆け上る。
そのたびに兵士たちは曲がり通路の石段に転倒していった。円奈の馬が通り抜けたあとに誰一人たっている守備隊はいない。みな馬に踏まれて倒れてしまっている。
まるで人間ドミノだった。
「こいつはすげえ!」
あとにつづく魔法少女たちが笑いながら、馬の蹄に踏まれてころげ、互いが互いの体にのしかかって倒れてしまい身動きとれない状態になっている40人の兵士たちの上を通りながら、階段を登っていく。
「うう…」
魔法少女たちの靴にことごとく兵士たちは踏まれた。それでも身動きとれなかった。見事に雪崩れ状態になっていた。
まるで並びたてられたピンが綺麗に整列したままぶっ倒れて螺旋階段上に積まれたかのようだった。
50メートルの階段塔を登りつめた円奈たちの一行は、塔のてっぺんから外へ再び躍り出た。
目前にあるのは第三城壁区域の門だ。
円奈は馬に乗り、塔から塔へつながる橋を駆け出す。
橋は木材でできた橋だった。その高さは50メートル。
石造の尖塔アーチ梁が橋の部分部分を下から支えていた。
円奈たちはこの橋を渡り、第三城壁区域の門へまっすぐ目指した。
その塔門の両脇は、連なる城壁の矢狭間に弓兵たちが並び立って待ち受けている。
ここは城下町から200メートルの高さにあたる城壁区域であり、円奈たちは、王の居館が頂上700メートルにあるエドワード城の、ようやく4分の1を越えたあたりにまできた。
塔と塔のあいだをと通す道はこの橋しかなく、円奈とそれにつづく魔法少女たちは武器を構え、第三城壁区域の入り口へまっすぐ進む。
守備隊たちが何人か立ち塞がったが、魔法少女たちは剣やら斧やら、鈍器やらで、打ちのめした。
「あう───!」
橋の上で戦った兵士は、橋から落っことされる。塔から塔に架けられた橋の真下へ転落。落差50メートルの石床へ身を落とした。
剣同士が交わり、激しく突きあい、斬りあったあと、ついに兵士の脇腹に刃が差し込まれ、兵士は倒れる。
口から血を流しながら橋をころがり、ついには落っこちる。
魔法少女たちは兵士達を破ると第三城壁区域へ。
クロスボウの弩弓兵とロングボウの長弓隊が同時に矢狭間に並び立って構えをとり、矢を放った。
左右の城壁から飛んでくる矢を受け止めながら、魔法少女たちは塔門の中へ突き進む。
閉ざされた門は円奈の馬クフィーユが黒い蹄で蹴ってこじあけ、堂々入城。
塔の内部を抜け、第三城壁区域の敷地へ。
そこは中庭があり、石造の水道施設と噴水があった。城内の憩いの場である。音楽隊や吟遊詩人たちが、ここのベンチに腰かけて、歌をうたい、城内で暮らす人々が詩を楽しんだ場所。
ことごとく今、円奈と魔法少女たちに侵攻される。
幾何学的な果樹園を造園していた城の広場は、戦場と化す。
歩兵部隊と魔法少女たちの激しい斬りあいが始まり、またたくまに噴水と芝生の広場は血に染まっていった。
魔法少女たちが目前の敵兵を切りつけることに気をとられ、無防備になっている背を、城壁を越えられた弓兵たちがふり返って放った。
「───ウッ!」
背中に矢が刺さってかくんと膝を崩す魔法少女がいた。
膝たちになりながら目前の兵と剣を交えて戦う。
「がんばって!」
円奈は馬上から声がけをする。
しかし円奈は、敵兵を打ち倒すことを応援しているのではなかった。円奈は助けたいだけなのだ。
捕われた魔法少女たちを。
魂を奪われた魔法少女たちを。
「退去!退去!」
ラッパが吹き鳴らされた。
エドワード軍の紋章を描くユニコーンの軍旗が合図係に持たれて、左右にばんばん振ると、通路をかけだし、退去命令をだす。
「第四城壁区域へ退去!」
弓兵たちは城壁の内側から矢を放ちつつ、退去をはじめる。
第四城壁区域は、税務官や徴税帳簿書記、政務官、私財官吏、城内穀物貯蔵量記録室、食糧管理人、鍵支配人、麦の倉庫、蝋燭製造室、薪など暖炉と灯かりに関わる燃料庫、城内畜殺場、医務室、浴場、木工施盤工、石工職人と大工、城内雇われ鍛冶屋(イベリーノ含む)の職務室、盾職人に武器職人、鞍職人に弓弦修理室など、城内の公務と運営、法廷文書保管庫、国庫財源管理にあたる人々が暮らしている層域。
国王軍たちはこの地区にまで撤退を余儀なくされる。
最も多くの武器含む食糧などの財源が保管されている地区であり、王城の生命線ともいえる地区である。
円奈と行動を共にする魔法少女は剣をぶんぶんふるってゆき、兵士をおいつめる。
兵士は、カキンカキンカキンと魔法少女の剣をなれた手つきで丁寧に受け止めていったが、勢いではおされていた。
魔法少女は前にすすみ、兵士の足はどんどん後ろへ進む。
そして背後が噴水のところまで追い詰められていって、逃げ場を失うとついに剣の交戦に負けた。
受け止めるばかりが精一杯だった兵は魔法少女の剣にもう一度剣をカキンと激突させたあと、ドンと腹を魔法少女の回転蹴りによってけりだされ、彼は噴水のなかにじゃっぽんと落ちた。
「みんな!」
円奈が馬上で剣を掲げ、魔法少女たちに呼びかける。
多くの魔法少女たちが歩兵らを追っ払っていたが、戦いが済むと、魔法少女たちは円奈のほうを向いた。
「仲間たちが、この区域の地下の牢に閉じ込められてる。私は助けたい。お願い、あなたたちの力を貸して! 私と一緒に来て!」
と懇願し、円奈は馬に乗りながら緑の敷地を抜けると、水道施設に設けられた水路をばっと馬のジャンプで飛び越えると、第三城壁区域の監獄城塞へむかった。
「よし、仲間を助けよう!」
魔法少女たちは円奈の声に応えた。
本来、異国の国同士の関係であり、互いに顔見知りでもなく、その日に出会ったばかりの城下町の魔法少女たちとバリトンの村出身の少女騎士は、心を団結させて、仲間たちの解放へ乗り出す。
芽衣とチヨリもそのあとを追いかけた。
弓矢がビュンビュン飛んできたが、魔法少女たちは腕で受け止める。腕が矢に射抜かれても、ソウルジェムさえ無事ならなんてことはない。
その異様な矢の受け止め方に、人間の弓兵たちはまたしても唸り、「あの化け物たちをどうすれば殺せるんだ」と悩む顔をした。
だがこうして人間兵士たちを悩ませてしまうのも、ソウルジェムを生み出した魔法少女たちのメリットそのものだ。
魂を抜き取って、ソウルジェムを生み出した魔法少女には、コンパクトで安全な姿が与えられている。
474
リドワーンとクリフィルらの一行は、千段も続く塔の階段を登りつめ続け、第三城壁区域を越えて第四城壁区域の高さにまで辿り着きつつあった。
しかし上階からは守備隊たちが階段をくだり、それを阻止する。
第四城壁区域は、王城のライフラインともいえる区域であるので、兵士らも決死の想いで螺旋階段をくだり、40人ほどの選ばれた兵たちが、魔法少女と対決すべく階段をテクテクとくだった。
そして、その対決はきた。
魔法少女たちがぐるぐると螺旋の階段を駆け上がるその先から、鎖帷子を着た兵隊たちが逆に階段をくだってきたのである。
魔法少女たちの列と兵士らの列の先頭同士が、はちあわせする。
まず兵士が反応して、鞘から剣を抜いた。
むかって魔法少女たちの先頭も───剣を抜いた。
レイピア使いのレイファだった。
二人は会話を交わす間もなく殺し合いに入る。
ヒュッ───!
ヒュッ!
キィン!カキン!
レイファが素早くレイピアの剣を前に突き出し、兵士は鋼鉄の剣でそれを受け止める。
兵士は、狭苦しい螺旋状の階段塔の内部で戦いが始まると、徐々に後退しながらも剣をのばして交戦をつづける。
これは、螺旋階段での戦闘方法としては正しい。
魔法少女も兵士も、基本的に右利きだ。
螺旋階段の守り側は、後ろに退がりつつ、いつも中心の壁に守られながら右手で相手へ突きをくりだせる。
ところが、攻め側は、右手で剣を突き出そうにも、いつもいつも中心の壁に剣先がぶつかってしまって、攻撃ができない。
攻めてはつらい。
これが螺旋階段の秘密だ。
レイピア使いも、不利な螺旋階段の戦いを強いられて苦戦する。
レイピアの剣が相手に届かない。中心の壁が常に邪魔だ。相手は螺旋階段の奥へひっこんでしまう。
剣先を伸ばしても壁にぶつかってしまう。
油断して一気に階段を駆け上がろうとすれば、その隙に敵の剣が伸びて一突きにされる。
一定の距離がある状態では、敵に剣先を突きつけたくても中心の壁にあたってしまうし、階段を駆け上って相手と距離をつめようとすれば、レイピアの剣先が敵兵の剣によってたやすく外側の壁に弾かれ叩きつけられてしまう。
カキン、カキン───!
レイファは螺旋階段で相手と適度な距離を保ながら、隙ありとみれば螺旋階段を一気に登りつめ、相手へ迫って、剣先を突き刺そうとする。それも間一髪、螺旋階段の内側へ身を引っ込めた敵によけられてしまう。
とらえそこねた剣先が伸びきったレイピア使いの状態は、まんま敵にとって隙あり、となる。
レイピア使いの魔法少女の頭に剣がおちてくる。
レイピアの剣先が伸びきった状態でレイファは守りがおいつかない。
結局レイピアを手放して退くしかなかった。
ガン!
敵の剣先が地面の階段を叩くと、レイファは手放したレイピアを再び拾い螺旋階段をのぼる。
が、相変わらず中心の壁に阻まれて攻撃ができない。
もどかしさに歯軋りしたレイファの顔面に、敵兵の剣先がどっと迫ってきた。
「う!」
レイファは頭をさげてよける。剣先が白い頭髪を切る。
はらはらと白髪の髪が数本、落ちた。
これが埒があかない。
レイファはすると、塔の壁際に出窓があいているのを見かけた。
塔の内部は、窓がないと真っ暗闇だから、塔の各部には小さな出窓があいていて採光の役割をはたしている。
ちょうど人ひとりが飛び出してしまうくらいの大きさはある。
レイファはレイピアの剣先をびゅんびゅんふるいながら、敵兵に駆けつめた。
もちろん剣先は敵兵にとどかない。
敵兵はすると反撃に剣を伸ばしてきた。
レイファはそれを待っていた。
敵兵が伸ばしてきた剣をまず身をひいてかわしたあと、敵兵の剣を突き出した腕の手首をむんずと掴むと引き寄せた。
「う!」
兵士が、手首を引っ張られて前のめりになる。前方へ体が傾く。階段にてつまずく。
するとレイファは、そのまま腕を引っ張って、敵兵を出窓に引き寄せ、体ごと彼を階段塔の外へ追い出してしまった。
「あああああっ───!」
出窓から塔の外へはじき出された兵士は、高さ200メートルもの円形の巨塔から落下し、その身を城壁下にまで落としていった。
10秒ぐらい後、どしゃあっという落下音と、何か砕ける音が、城に轟いた。
これに勢いづいたレイファは螺旋階段を駆け上がってゆき、動揺する敵兵の剣先をかわしてレイピアを敵兵に突き立てていく。
「うっ!」
「ああッ─!」
二人も三人も、階段をぐるぐる登りながら剣を突き出すレイピアに捉われ、兵士たちは倒れていく。
胸や首元を一突きにされながら。
倒れ行く兵士たちを乗り越え、魔法少女たちの列はレイファを先頭にしながら螺旋階段を千段ちかく、登りつめつづける。
カキン、カキン、ガキン。
「ああああっ!」
剣を螺旋階段の曲がり通路で何度か交えたあと、兵士はまたも塔の別の出窓から、レイファによって放り捨てられてしまい、人の体が塔からはみでて、宙をばたばたと舞った。
宙で両足が漕ぎながら兵士はなす術なく200メートル下の第二城壁区域の敷地にまで落ちていく。
ここからみるともうそれは遥か下方だ。
レイファは階段塔を攻略しつづけた。
敵兵とレイピアの剣先がからまり、外側の壁にたたきつけられたり内側の螺旋中心の壁に叩き付けられたりして、あっちこっち剣同士が絡まりあいながら、壁を叩き、甲高い金属音を打ち鳴らすが、レイピア使いはこの螺旋階段を突破しつつあった。
855 : 以下、名... - 2015/03/18 23:04:34.35 i7qt8mVj0 2433/3130今日はここまで。
次回、第63話「ユーカの約束 Ⅰ」
第63話「ユーカの約束 Ⅰ」
475
第三城壁区域の監獄要塞へ突入した鹿目円奈たちは、地下廊下のエリアを進み、牢を探した。
仲間達が捕われている牢エリアだ。
地下通路を馬で駆けながら松明の火を壁際からもぎ取り、手に持って明かりにした円奈は、ババッと馬で進みながら牢エリアを突き進む。
魔法少女たちもそれに続いた。
みな駆け足で、狭苦しくて異臭の漂う通路を進む。
だが、どの魔法少女もたちこめる異様な臭いには気づいていた。
「ソウルジェムの気配を感じる」
芽衣が、仲間達と一緒に廊下を走りながら、呟いた。
「でも、この臭いは……」
隣のチヨリの顔にも、焦燥が浮かんでいる。歯を噛み締めて走る頬には、汗が一滴、垂れている。
「ソウルジェムの数がありえない」
チヨリは暗闇の廊下を走りながら言う。
「70以上ある」
王の魔女狩りによって捕われた魔法少女たちの数だった。
しかしソウルジェムを奪われ、肉体と分離されている70人の魔法少女たちは、死体の鮮度を保たれていない。
放置されたままだ。
それが一ヶ月も続いてる牢獄エリアは、全ての空間に、異臭が漂っていた。生理的に嫌になる匂いが空気に含まれていた。
ここは第三城壁区域の牢獄要塞。
標高700メートルになる超巨大な王城は、いくつもの城塞が合体して組み合わさり、一つの城となった王都の城である。
城塞の一つ一つはまばらで、時代を異にしてさまざまな建築家が建てた城の集合体であるから、それぞれの建築様式は城塞ごとに異なる。
ゴシック様式のようなリヴヴォールトと飛梁、尖塔アーチを持つ城塞もあれば、単に石を積み上げて壁で囲った城塞もありば、二重同心型の城郭を持つ城塞もあれば、塔と塔が連なる城壁に、”出し狭間”を設けているタイプの城塞もある。第五・第六城壁区域のような、貴族たちの暮らす層にまでなると、雨風を防ぐため壁に白い石灰を塗りたくったシンデレラ城のような城塞もある。
一つ一つの城塞が組み合わさって、つなぐ通路と城壁、歩廊が増設され、一つの集合体として成り立った建築物がエドワード城だ。
第三城壁区域の牢獄要塞はそのうちの城塞の一つで、70メートルほどの高さを持つ頑固な城壁の要塞だった。
囚人を監置する城塞である。
魔法少女たちと円奈は、この監獄要塞の入り口をぞくぞく通り、通路へ。
地下通路があり、湿った石壁とカビの臭いに、鼻も覆いたくなるような異様な臭いが鼻をつく。
生魚たちが血とともに破棄された腐臭よりもさらにひどい。
それは、人間の肉体が、血のめぐりを失って体内の免疫というものを停止させてしまい(ソウルジェムと分離されているから)、不衛生な地下牢に沸く微生物という微生物がすき放題、魔法少女たちの肉体のタンパク質を分解してしまっている臭いだった。
人間の血と肉と骨が分解された腐臭だ。
鮮度も保たれないままソウルジェムを失って脱け殻となった魔法少女たちの末路だ。
生きた状態の脱け殻たち芽衣やチヨリたちはこの地下牢を進み、暗闇のなか、ついに鉄格子の中に放置された仲間たちを見つける。
「…ひいっ!」
どの魔法少女たちも、仲間たちの恐るべき末路を目撃した。
松明の火を翳して鉄格子の中を照らすと、そこには目を虚ろに見開いて脱け殻状態となった魔法少女たちが、微生物に分解されきって、誰が誰だかわからないほど顔を喰われた状態で折り重なっていた。
肌は剥げ半分頭蓋骨化している顔の魔法少女もいるほどなのだ。
生きた脱け殻の魔法少女たちは、仲間たちの末路を見て心を揺さぶられた。
自分たちはソウルジェムをまだ持ち歩いているからいいが、もし失えば、自分たちも同じ状態になる。
これは未来の自分たちの姿だ。
一度ソウルジェムを失えば、自力で取り返すことなんてできないから、肉体が腐りつづけるのを待つばかりだ。
やがて最後の白骨と化すまで。いや、まったくの白骨と化しても、ソウルジェムさえ戻れば生きているという、身の毛もよだつような肉体。
それが魔法少女だった。
衝撃を受けている魔法少女たちを、円奈は再び、鼓舞して呼びかけた。
「お願い、ソウルジェムを見つけ出して!」
円奈は人間だから、ソウルジェムの気配が分からない。しかし、この牢獄要塞のどこかに隠されているのは知っていた。スミレがそう言っていたからだ。
「仲間たちを、このままにしておけない。私は助け出したい。お願い、一緒にみんなのソウルジェムを探して!」
つい昨晩ここで、魔法少女たちの正体を知って、完全にショックを受けてしまった鹿目円奈は、その正体を心に受け止め、事実と認めて、魔法少女たちを救うにはこの白骨化が進みつつある死体をどうこうすることではなくあくまでソウルジェムを探すほうを優先した。
芽衣やチヨリ、城下町の魔法少女たちが重苦しい顔で頷き、暗闇のなか顔を松明の灯かりに照らしながら、仲間たちのソウルジェムの気配を追って地下牢獄を進んだ。
「上だ!」
とある魔法少女は、血に濡れた剣を、上へむけた。
「上にソウルジェムの気配を感じる!」
そうだ。
仲間たちをこのままにしておけない。
こんな姿になっても。見捨てるなんてできない。
人間たちへの怒りを感じながら、仲間たちを救うべく魔法少女たちは城塞の上階へむかった。
476
さまざまな鎖と牢、手枷と拷問器具が、魔法少女の目に飛び込んでくる。
そして魔法少女たちは、魔女の告発を受けて捕われた仲間たちが、ここでどんな目に遭わされたのかを垣間見ることになった。
実際にその場面に居合わせなくても、並び立つ縛り台と拷問器具、手枷と鎖をみれば、もう嫌でもイメージがついてしまうものだった。
ラックと呼ばれる伸張拷問台。これは両手両足をロープで縛りつけ、拷問官たちがロープを巻上げ機で引っ張って体を上下に引き伸ばすというもの。
文字通りこの拷問にかかった者は引き伸ばされて身長がびよびよ伸びる。
体を伸ばされすぎると、肩の関節が外れてしまい、あとは肉の伸びるまま、体を引き伸ばされた結果だった。
もちろん、伸びきった筋肉が二度と元通りになることはない。
このラックの伸張拷問台は、引き伸ばすだけでなくて、犠牲者を縛り付ける台の中心に、背中をゴリゴリとけずるような鉄のトゲトゲのついたローラーが付いており、両手両足を鎖で引き伸ばされた犠牲者が苦痛にあえいで喘ぐたび、背中にトゲがささって骨が削られていく仕掛けだった。
水責めの漏斗と水瓶もある。
一つの水瓶に1リットルの水が入る。これを九回分、水責めの犠牲者は漏斗によって強制的に飲まされる。
9リットルの水を窒息寸前になるまで飲まされ続ける。腹は水でふくれ、だぶだぶになる。
無理やり腹をゆさぶられて吐かされる。
するとまた強制的に9リットルの水を口に注がれつづけて、窒息寸前か、本当に窒息するまで水を飲まされつづける。
滑車つきロープで犠牲者をつるし、肩の関節に負担をかける拷問もある。
しかも限界まで吊り上げたあと、がくんと急に落とし、地面に着くぎりぎりの宙で止める拷問が繰り返されるのである。
これが繰り返されるたび人体の骨は悲鳴をあげる。大体の場合、5回と耐えず間接は外れる。
焼きごてを並び立て火鉢に安置してある部屋もあった。鉄串は火に焚かれて、今も先端が赤い。
全て人体を苦しめるために計算され尽くされた拷問器具のコレクションだった。
もちろん、痛感遮断という選択肢がある魔法少女たちは、この拷問にかけられるや痛みを忘れてしまい、人間ではないことが審問官たちにばれるのである。
魔女の疑いがある少女を、人間かそうでないかを、最も正確に見分ける器具の数々が、ここにはあった。
人間たちの悪どさと残虐性にますます怒りを感じる魔法少女たちだった。
自分たちは、人間を救うために魔獣と戦ってきたのに、人間が魔法少女にする仕打ちは、こんなにもひどい。
いや、もしエドワード王のいうように、魔獣の発生というものが、もともと人間の悪の感情などではまったくなく、自分たち魔法少女がカベナンテルと契約し、地球という惑星を、奇跡と魔法でひっちゃかめっちゃかにして歪めた結果だというのなら。
魔法少女という存在は、結局のところ、どこまでも人類を脅かすだけにすぎなかった存在だったということになる。
だとすれば、人類が魔法少女狩りをこんな残虐性で始めてしまうのも当然といえば当然なのかもしれない。
でも、そうなのであるならば。
魔法少女と人類は、互いに戦うことが宿命づけられた関係にある、ということになる。
だから、今日のような決戦は、予見されていたことだった。
過去のどんな魔法少女もどんな時代の魔法少女もいつかくると予見していた人類との戦いという世代に、私たちがあたってしまっただけのことだった。
そして一度始まってしまったその戦いは、当分おさまりそうもない。地球上に、人類と、魔法少女がいる限り、永遠にやまぬ戦いとなる。
そんな世代を生きる私たちの本当の気持ちは何か。
自由、だ。
意志の自由、魔法少女として生きる自由、尊厳の自由。
こんな、監獄の中で死に絶えることじゃない。
城下町の魔法少女たちは監獄と牢獄、拷問室のエロアを通り抜けて、カビの生えた木扉を開けると、ついにみつけた。
仲間の死体が牢に放置された場所から100ヤード離れたところに、ごっそり麻袋に積まれたソウルジェムの廃棄物を。
そこは牢獄城塞のうちの倉庫室だった。
誰が誰のだかわからない、色とりどり七色の卵型の宝石が、袋に詰められてぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
そのソウルジェムが袋詰めになった麻袋が2、3個、棚に並べられており、口をぎゅっと紐で縛られて、一応格子の柵に守られて安置されていた。
円奈は見たことがある。
魔法少女のソウルジェムは、あるときは指輪の形をして指に嵌められ、あるときは卵型の、イースターエッグと呼ばれる飾り卵にそっくりな姿形に変化する。
そして魔法少女が変身をはじめて、煌びやかな衣装にきらきらと包まれると、ソウルジェムはその魔法少女の魂の色のついた宝石になって衣装のどこかに着ける。
袋のなかに詰められ、ぎゅうぎゅうになっているのは、卵型のソウルジェムだ。
円奈は馬を降りると扉を通って監獄の倉庫室に入り、棚に掛けられた柵を剣でバサっと破壊すると、中の袋を手に取り出した。
倉庫の中は暗かった。狭い部屋は、松明の一本も照らしてなかった。
「お、おもたい」
一つの袋に30個ちかいソウルジェムが詰め込まれた麻袋は重たかった。
そして円奈は、魔法少女たちが見つめているその前で、思わず重たい袋を取りこぼしてしった。
袋が地面に落ちて、袋の口からばあああっとソウルジェムの数々が地面に散りばめられたのだった。
「あっ、あああっ」
円奈が慌てる。
地面に散りばめられた卵型のソウルジェムは、くるくると地面をまわって、四方八方部屋中の床にころがった。
足の踏み場もなくなる。
緑、赤、黄色、紫、青、茶色、橙色、桃色、白、いろんなソウルジェムが。
床にごろごろところがった。
「あああ…」
円奈は気まずい気持ちになりながら、しゃがみこんで床のソウルジェムの一個一個を手に取り、袋に詰め戻そうとした。
一緒にいる魔法少女たちの目が少しだけ、冷たくなった。
それもそうだろう。
魔法少女にとって、命のように大切なソウルジェムを、袋から取りこぼしてしまうなんて…。
本意ない気持ちになながら、捕われた魔法少女たちのソウルジェムを、手に握ったその瞬間。
「────きゃ、きやあっ」
円奈は思わず卵型のソウルジェムから手を放した。
熱いものにでも触れてしまったかのように指を慌てて引っ込める。
そのピンク色の目に恐怖が浮かんでしまい、顔が蒼白になった。
異様な感覚が全身に走った。
骨の髄に流れ込んでくるような。
それは悲鳴だった。
卵型のソウルジェムに手を触れた瞬間、音もなき悲鳴が、全身に響いた。
それは全身の精神をゆさぶり、あっという間に恐怖となって、円奈はソウルジェムを手放してしまった。
「あっ、ああああっ…!」
未知の恐怖に尻もちついて、剣を取りこぼしてしまう。
ガラン。剣の刃が床に落ちた。青色に光った。
感じたこともない恐怖感だった。
それは、例えば暗闇の中に入ってしまったとか、狭いところに閉じ込められてしまったとか、高い所にたったとか、そういう本能的な恐怖症とは、まるで別次元の不気味さだった。
全く未知で得たいのしれない物が、実は身の毛もよだつような残酷さを持っていることを知った瞬間のような、ぶわっと全身の毛穴がひろがるような恐怖だった。
普段よく知っている絵が、実は角度を変えてみると死のメッセージが現れる真実を知ったり、よく慣れ親しんでいた歌に、実は恐るべき意味が隠されていた予感を感じた瞬間のような、身の毛のよだつ悪寒だった。
つまり、円奈はまったく得たいのしれないモノに触れた。
それは人の魂が物質化されたモノで、本来は、目にも見えないし触れることもできない人の魂に、円奈は手を触れてしまったのだった。
それは異様な感触だった。
ソウルジェムに手を触れた瞬間、円奈はまったく未知の感覚に襲われた。円奈は人の魂に手を触れてしまった瞬間、本来は手に触れられない触れてしまったという禁忌を犯した感触とともに、手をふれた他人の魂のなかから少女の悲鳴のようなものが体に流れ込んできたのである。
それは、明らかに人の言葉ではない悲鳴で、まさに魂の叫びそのものだった。
ソウルジェムはごろごろころがっている。
ソウルジェムになった魂は、重力に引かれるまま地面に落ち、そしてなす術なくその場から動きだせないでいる。
肉体は別のところにあるのに、本体としてのこの魂は、全く地面から動けない。
地面でころころとしているだけだ。
これが本体。
魔法少女の本体。
この、地面でころころしているだけのものが。
本来は人の肉体に宿り、精神とともにある魂が、こんな、ころころしたものに変わってしまった。
どんなに強靭な意志が宿っていても、純潔な精神が宿っていても、ころころしているだけ。
重力という自然の法則に捕われ、なすすべなく床をころげ、落ちているだけだ。
床にくっついているだけだ。
いつまでもころころ……ころころと。
その光景を目の当たりにした瞬間、ついに円奈は理解したのだった。
ソウルジェムに手を触れた瞬間に感じた人の声を。
少女から抜き取られて、魔法少女になった本体の魂の声だった。
「あっ、ああああっ」
魔法少女の正体の全てを悟ったとき、円奈は恐怖に身を打たれ、その場で動けなくなった。
自分のまわりじゅうにころころ転がっている30個以上にもなるソウルジェムが、怖くて怖くて、恐怖の牢獄に閉じ込められてしまったようだった。
どこを見渡しても転げる人の魂で床が散らかっているのだ。
「ああああっ…」
ピンク色の瞳に涙がたまってしまい、人間である鹿目円奈は。
心から、魔法少女という存在が恐ろしくなってしまって、何も考えられなくなった。
尻餅どころか手も床をついて、天井をみあげて、涙を流した。
「こ……こんな……こんなのって…あああっ」
円奈は全てを理解いた。
エドレスの都市でウスターシュ・ルッチーアが、円環の理に導かれて、ソウルジェムが消えたとき、あんなふうにぐったり脱け殻のようになった理由も。
魔女の疑いがかかって、審問を受けたとき、ノコギリで真っ二つにされても魔法少女たちが生きていた理由も。
全て悟った。
そして、ソウルジェムの穢れをグリーフシードで癒やすとは。
自分の魂そのものが穢れていたということで。
つまり、魔法少女たちはいつも魂を汚している。まるで、邪悪に身が堕ちていく魔女たちのように……
全てを悟り、人間たちがどうして、魔女狩りなんてことを始めて、魔法少女たちにひどいことをしたのか、その理由までわかってしまって。
一瞬、いや一瞬どころか、何度か頭のなかで考えても、人間たちの行いを心から非難できなくなった自分に、円奈は嫌気がさして。
あらゆる戦意を失った。
つまり、円奈は心の中で一瞬だけ、人間たちの魔女狩りを支持してしまった。
それが、来栖椎奈やユーカ、なにより聖地エレム国を目指す自分の最悪の裏切りであるような気がして。
ただ、泣いた。
エドワード城の第三城壁区域の牢獄の倉庫で。
鹿目円奈は、自分がいま人間の側に立って戦っているのか魔法少女の側に立って戦っているのか分からなくなった。
魔法少女たちが倉庫にやってきて、円奈の散らかしたソウルジェムの数々をひとつひとつ、拾い始めた。
仲間のソウルジェムを手に掬う魔法少女たちの顔もちは暗い。
変わり果てた仲間の姿をみて、顔の前に持って、じいっと思いつめた表情で見つめている魔法少女もいた。
「仲間たちを救おう。あるべきところに戻そう」
と、魔法少女たちはいい、袋をもって、仲間たちの眠る牢へ戻った。
円奈はまだ泣き崩れていたが、芽衣が肩を持った。
目に涙をためた円奈が、芽衣を見つめる。
「大丈夫だよ」
灰色のふさふさした髪の芽衣は、金色の瞳で、円奈を優しくなだめるように見て、励ました。
「一緒に仲間を助けよう。私たち、こうなる運命を受け入れているから、泣かないで。一緒に、王都を抜け出して、むこう岸に渡ろう」
円奈は、涙を流したまま、こくりと頷いた。
「…うん」
その涙声は上ずっていた。
477
魔法少女たちは牢獄に戻り、袋に詰められたソウルジェムを、一人一人の手元に返し始めた。
といっても、70人分あるソウルジェム、誰が誰のだかわからないので、その背中に適当にのっけていくだけだ。
しかし、100ヤード圏内に入れば、どの魔法少女も、意識を取り戻しはじめる。
「うっ…」
「あう…」
どの魔法少女の目も、ぴくっと瞼が開きはじめ、意識半ばのままふやけた瞳をみせ、指先に力がこもりはじめる。
一ヶ月以上も肉体と魂を別離され放置されつづけた、城下町の魔法少女たちの復活だ。
70個のソウルジェムが仄かに光りだし、元の肉体にリンクされて、魔法少女たちは目を覚ます。
長い間眠っていたが、ついに王子様のキス…ではないが、とにかく、目を醒ました。
そして自分たちが、恐ろしい拷問の末に魂を奪われ、牢獄に放置されていた現実を知る。
白骨化した魔法少女は、白い骨状態のまま立ち上がった。顔の半分が頭蓋骨だった。
腕をみると、肉は腐ってほとんど無く、骨だけだった。
足は肉がついていたが、悪臭を放っていた。
しかしともかく城下町の魔法少女たちは復活したのである。
人間だったら、誰がどうみても死んでいる白骨化した状態で、復活を遂げる。
それはあたかもゾンビたちの復活だった。
しかし、肉体の腐ったゾンビ状態の魔法少女たちは、自分のソウルジェムが戻ってくると、その宝石に宿った魔力を使い、自分たちの体を元に戻し始めた。
きらきらきら…と。
円奈は目をこする。そして凝視した。
腐った肉体の魔法少女たちが、光の粒に包まれながら、頭の上から足の下まで、徐々に、回復していく姿を。
頭蓋骨になっていた顔は、少女の美しい顔つきを取り戻し、剥げた肌から臓器をはみ出させた腹は、元に戻り、骨の剥き出た足先は、元の美しい白く細いなめらかな足に戻る。滑るような肉づきをした足に。
さらさらとした髪が頭に戻り、魔法少女たちは聖なる光りを放ちながら艶やかな髪を手で掻き分け、元の体を完全に回復するや、変身をはじめた。
全裸だった彼女たちはそれぞれの魔法の衣装へと変わっていく。70人すべて。
鉄格子の狭い牢獄のなかに変身した魔法少女70人が収まっていたが、彼女たちは自力で脱出をはじめた。
中には、元に戻った魔法少女たちとの再会を喜ぶ魔法少女たちもいた。
「ウェリン!」
捕われた魔法少女を助けた、城下町の魔法少女は再会を喜んで、抱きつく。
そして目に赤みの差した涙を流しながら、仲間の名を呼んだ。
「ウェリン、よかった。本当によかった。生きていてくれて…」
「ヨヤミ!」
ヨヤミと呼ばれた、元オルレアン一行の仲間の一人の魔法少女が、復活しながら牢でぼうっとしていたが、別の城下町の魔法少女に抱きとめられた。
首に手をまわされ、がばっと抱擁される。
二人は無事の再会を喜んだ。
「ヨヤミ、よかった。きみも生きていたんだ。助けられて、本当によかった」
ヨヤミは、すると、抱きしめてくる魔法少女の抱擁を解いて、下に俯いてしまった。
「私は仲間を売ってしまった」
と、申し訳なさそうに、俯いた顔の目線を横に逸らしながら語る。
「人間たちの拷問に屈して……魔法少女なのに、情けない」
「いいさ、私たちはまた会えたし、助け出せたんだ!」
魔法少女はヨヤミの手を握る。その顔は優しかった。
「さあ、王を倒そう。エドワード王をやっつけるんだ。こんな悲劇はもうたくさんだ。王を倒して、私たちは魔法少女として、これからも自由に生きていくんだ」
「王を倒す?」
ヨヤミは茫然としていた。にわかには信じがたい話だった。一ヶ月も眠っていたし、脳に血も流れていなかったから、病み上がりというか、蘇ったばかりの死人はまだ事態が理解できない。
「いま、何が起こっている?」
「私たちは、エドワード王に戦いを挑んでいる」
ヨヤミを助け起した魔法少女は答えた。「私たちは、本当の気持ちに向き合ったんだ。もう人間たちに、私たちのことを魔女とは呼ばせない。王を倒して、この魔女狩りをやめさせる。だからヨヤミも助け出せたんだ」
「本当の気持ち…」
ヨヤミはぼうっとした口調で、ぼんやりした顔のまま、口に同じ言葉を呟いた。だが、段々と、蘇った死人は、新しく生まれ変わるような心境の胸内に、ふつふつと、戦意というか、生きがいのような希望が、胸に宿ってくるのを感じていた。
それは、魔法少女たちの意志だった。
自由な意志。
今までは、正体を隠して、魔法少女としての活動もやめてしまって、魔獣とも戦わず、人間たちの凶暴さと恐怖に屈して、円環の理の導きがくるのを待つだけだった。
だが、自由な意志は、そんなことを求めていない。
魔法少女としての自由の意志は、堂々と生きることを望んでいる。世に奇跡をもたらし、希望をふりまく自分たちが、誇りある世界に生きたいという望みだ。
「一緒にエドワード王を倒そう」
ヨヤミを助け起した魔法少女はいった。「一緒に!」
勇気づけられて、ヨヤミもついに決心を固めた。
力強い目つきになって、頷く。「うん…倒そう。倒す。もう、人間とは助け合わない。分かち合わない。分かち合えない…!」
まわりの魔法少女たち70人全員が、同じ気持ちだった。
助け出されたベエール、マイアー、そのほかオルレアンたちと行動を共にした全ての魔法少女たち……。
一度オルレアンに救われた全ての城下町の魔法少女たち……。
全て、王を討伐する決心を固める。
人間の王、この国の王、魔法少女全滅を企てる悪の王。
その首をとる。
総勢100人の魔法少女たちが。
残るエドワード城の要塞、第四城壁区域、第五城壁区域、第六城壁区域、そして王の居城、第七城壁天守閣への攻略に乗り出る。
死ぬまで、戦いをやめる気なんてない。
自分たちが全滅するか、人間たちが全滅するか、どちらかだ。
王を倒すまで戦いぬく。
そして、人類の王、エドワード王の首をとることは、今後の世界の人類との死滅を賭けた地上の戦争の始まりを意味する。
100個のソウルジェムが、戦いの意志を宿し、煌き、七色に光り、魔法少女たちは牢獄を飛び出た。
変身したそれぞれの姿となって、牢獄要塞を脱出し、エドワード城の噴水広場に踊りでて、一度死んで蘇った者たちは人間へ戦いを挑んでいった。
復讐の決意をもとに。
478
国王侍従長のトレモイユは、第四城壁区域に兵力を集中させ、絶対に魔女どもに手渡すわけにはいかないこの防衛拠点の守りを固めていた。
彼は王の命令でこの地点の防衛を指揮することになり、城壁には長弓隊を配置し、塔には弩弓隊を配置し、門の前には歩兵を並べ、門に多量の罠をしかけた。
「我々はかつてない未知の敵を前にしている」
と、国王侍従長は隊列を組んだ兵たちたちにむかって、城壁の通路から呼びかけた。
通路を進み、兵たち一人一人の耳に聞かせ、鼓舞するように、険しい声で語る。
「かつて人類がこんな敵と直面したことがあるか。首を切っても死なぬ敵だ」
配置の済んだ兵士達一人一人の顔つきが強張る。
勝ち目なんてあるのか、という顔だ。
「だが邪悪な力を持つ怪物どもと戦う兵士は讃えられる!」
国王侍従長は歩廊を歩きながら大声で語り、並び立つ兵たちを励ました。
「その勇気が悪を滅ぼし───」
兵たちの顔に闘志がこもる。
たとえ勝ち目のない戦いだろうと、自分たちは戦士。エドワード軍の部隊なのであり、勇気をもって悪と戦うこと。
それが誇りなのだ。
「悪に屈せぬ不退転の魂が勝利を呼ぶのだ!」
国王侍従長の厳しい声から発せられる激励によって、兵たちは奮起する。
「人類よ勝て!生き残れ。今日という日は歴史に記憶される!」
国王侍従長の声が第四城壁区域の、防備の固められた城の全体に轟きわたり、あらゆる持ち場についた兵たちの耳に届く。
「お前たちが飾るのだ。人類に─────輝かしい勝利を!」
おおおおおおおおっ!!!
エドワード城の兵たちはみな奮い立って、戦いの喊声をあげた。
それは城じゅうに轟きわたり、鬨の声となる。
と、そのとき、第三城壁区域の菜園と噴水広場から命かながら生き残って、逃げ延びてきた一人の兵士が、ぜえぜえと息はきながら、第四城壁区域までの長ったらしい交差階段をのぼってきた。
「はあ……あ…あ!」
兵士は息も絶え絶えだ。
国王侍従長はすると、城壁の歩廊から、小さな芝生の広場へきた兵士へ、声をかけて訪ねた。
彼は下の兵士たちが魔女どもを相手に勇敢に戦ったと思っていたのである。
「悪の魔女どもはどのくらいまで減ったのだ?」
と、期待を込めて、国王侍従長は逃げ延びてきた兵士にたずねた。
すると兵士は、顔をあげて、息を切らしながら、国王侍従長を見あげた。
口がやっと開いたが、その顔は蒼白だった。
「それが……三倍に増えてます」
479
円奈は牢獄にのこっていた。
誰もが、死体のように横たわり、腐っていたのに、みるみるうちに回復して魔法少女の姿に変わった。
その復活を、綺羅びやかな魔法少女たちの華麗と思うだろうか。
いや、思えなかった。
腐った死体たちが復活し、魔法少女に早変わりしていく光景は、むしろ円奈には異様として映った。
普通じゃない。
目にしたものがどうしても不気味に思えてしまう。
それが悪いことだと心では理解しても、生理は気味悪さを訴えていた。
自分に激しい嫌悪感を感じる。
そして円奈は力なく牢獄のエリアに膝を崩して座り、立つ力ももうなく、そこに取り残されていた。
「円奈」
するとある魔法少女が円奈を呼ぶ声に気づいた。
両目を手で覆っていた円奈が、顔をむけると、円奈の知っている魔法少女がいた。
茶色い髪。
黄色い瞳。
明るい顔をして、コルセットとフレアスカートの、可愛らしい魔法少女の姿になり、円奈に声をかけてきたのは、ブリーチズ・ユーカだった。
目に涙を溜めた円奈が蹲ったまま顔だけあげてユーカを見る。
二人は再会を果たした。
約束を交わした二人。
人間の円奈と魔法少女のユーカ。
でも、もうちがった。
円奈のなかで、何もかもが変わって見えた。
自分に優しく微笑みかけてくれる婉美で眉目好い魔法少女のユーカを、円奈は。
死人のように見てしまう。
取りこぼせば地面に無残にころげるだけの魂を持つ死体のように思ってしまう。
するとユーカは、円奈の前に膝を曲げて顔の位置をあわせ、腰に鞘さしたまま蹲る、苦悩した少女騎士の手を、自分の手に包んで、目を閉じた。
「円奈。どうしたの、震えちゃって…」
ユーカは自分の手に包んだ円奈の手が震えているのを感じ取っていた。
するとピンク髪の少女は、また目にじわっと涙を溜めた。
「私、いま誰の為に戦っているのか、もうわからない…」
円奈は言った。
涙ぐんでいた。
「誰と戦っているのかもわからない…」
ユーカは、円奈のショックを受けた顔つきと、彼女の混乱した言葉から、察した。
「魔法少女の正体を知った?」
ユーカは穏やかに尋ねた。
すると円奈は、涙ぐんだまま、こく、と首だけ縦をふった。
「私たち魔法少女はね、都市でも王都でも、ソウルジェムの秘密を人間に知られないようにしてきたの」
と、復活したユーカは語った。
「そのために修道院があった。会堂があった。円環の理の導きが近づくと、みんなそこで臨終を迎えてたわけ。脱け殻の死体を人の目に残さないようにって…」
円奈の目に、また透明な水滴の大粒が浮かぶ。
そうともしらず、エドレスの都市で、好奇心と憧れを抱く気持ちのままに、魔法少女たちの修道院に勝手に女騎士ジョスリーンと共に潜入した自分の、罪悪感に、また胸が傷ついた。
自分は、悪いことしてばかりだ。
生まれた頃から。
バリトンの村から旅立って、私は、何も変わっていない……。悪い子なんだ…。
そんな気持ちにさえなった。
「まあ今やエドワード王に暴露されてどうでもよくなっちゃったんだけどね」
と、ユーカはまた穏やかな声で言った。その声に怒りも哀しみもない。思い出を語るような、懐かしむような、やわらかな物言いだった。
「ねえ、円奈。円奈は、私たち魔法少女の見方を変えてしまうかもしれないけど、私は円奈のこと、見方を変えないよ。私たちのことどう思ったって、どう考えたって、本当に私たちは生きた死人みたいなものだもの。それを円奈がどう思ったって、私はいいよ。私は、それで円奈のことを憎んだりしないし、恨んだりもしない」
「…」
円奈の口からは、言葉がでない。
何もいわない口元は、ただ、震えている。生きながら冷たいユーカの手の感触を、怖がっている。
その手に血脈はなかった。復活して心臓が再稼動しはじめたばかりのユーカの肉体は、腐食からは復活したが、血はまだ肌の下で巡っていなかった。
血の流れていない少女は円奈に話をつづけた。
「私はね、人のために祈ったことを後悔してない。その気持ちをウソにしないために、後悔だけはしないって約束したの。先輩魔法少女みたいな人と、ね。これからも」
円奈の目には不安が浮かんでいる。
ユーカの祈りってなんだろう、と円奈は心で考えた。
そんな、体になってまで…。
「私はね、高すぎるモノを支払ったなんて思ってない。この力は、使い方次第でいくらでも素晴らしいものにできるはずだから。」
円奈は思い出す。
ユーカは、魔法少女とは人を助けるものだ、という信念を。
最後の最後まで、貫き続けていたことを。
だからこそ、ユーカだけが、人間たちの悪意と凶暴の象徴ともいえる、魔女処刑に臆することなく、魔獣と戦いつづけた。
そのことは、円奈は、よく知っている。いつも一緒に魔獣と戦ってきた仲だから。
「ねえ、円奈が私を助けてくれたの?」
と、ユーカはふと、話を変えて、円奈に問いかけた。
ユーカは魔女の告発を受けて、城に連れ去られた。ソウルジェムを奪いとられて、この牢獄に死体状態で放置された。
どの魔法少女たちとも同じように。
だが、今やエドワード城に捕われた魔法少女たちはみな復活し、牢を脱出した。
「円奈がみんなを助けてくれたの?」
ユーカは再び訊いた。
円奈は、声もなく、首だけふって、うん、と答えた。
「…そっか」
ユーカは嬉しそうに、穏やかに笑った。
牢獄に鉄格子に取り残された芽衣ふくむ何人かの魔法少女たちと、円奈。
ユーカは、目を閉じ、やわらかな顔をすると、言った。
「円奈はさ、やっぱり騎士さまなんだね。だってこんなところまできて、助けてくれた」
「そんな、私は…」
円奈は自信を失っていた。
心境は捨鉢で、今度という今度こそは聖地へ目指す目標を諦めてくじけそうになった。
するとユーカは、顔を下に俯いて蹲ってしまうピンク髪の少女の手を、胸元によせた。
それは、さっきまではとまっていたが、次第にトクン、トクンと脈を再び打ち始めていた。
ソウルジェムの機能が戻ってきたのだ。
「…あ」
円奈はユーカの胸元の脈に気づいた。
「これが生きている証拠だよ」
と、ユーカは円奈に語った。やわらかくて、落ち着いた、静かな声だった。「私と円奈は、いまこうやって話してる。円奈は私の声をきいている。私は円奈の声をきくことができる。それが、私たち魔法少女が、生きている証拠だから、忘れないで。それじゃあ…」
と、ユーカは急に立ち上がり、どこか目は遠くを見つめた。
牢獄城塞の廊下ではないどこかを。
「私、いかなくちゃいけないところ、あるから」
円奈が目に涙溜めてユーカをみあげると、ユーカは決意を固くした顔で、言った。
「私、いくね。円奈、これでお別れだよ。円奈は騎士だから、聖地にいくんだから、こんなところにいてはだめ」
といって、ユーカは一歩を踏み出す。
自分に残された、最後の遣り残したこと、果たすため。
「じゃあね。円奈。騎士の鹿目円奈。必ず聖地に辿り着いて。私、あなたと友達になれてよかった」
「あ…待って…」
円奈は地面に蹲って、両膝を曲げて座り込んだままの体勢で、手だけ伸ばしてユーカを引き止めた。
「待ってユーカちゃん…私たちには……約束が……二人で交わした約束が…」
それは、二人一緒になって、王の魔女処刑をとめる、という約束だった。
まだその戦いは終わっていない。
エドワード王はまだ第七城壁区域の根城に君臨しているし、城下町の人々と民は、魔法少女たちのことを魔女だと罵り、残酷な処刑に晒されることを求めている。
するとユーカは、小さく首を横にふった。
「ううん。円奈、約束なら、もう果たしてくれたよ。」
と、ユーカは言うのだった。
円奈の、ユーカの魔法少女服を引き止める手の力が弱まる。
牢獄の通路で別れ際の会話を交わす二人は、芽衣やチヨリ、アドラー、ヨヤミ、ほか何人かの魔法少女が見守っている。
「あなたは二度も私たち魔法少女を助けてくれた。それに、私、覚えてる…」
ユーカは立ち上がったまま目をそっと閉じる。自分が魔女として疑われ、告発を受けて、城へ連れ去られたあの日のことを思い出す。
「私が魔女だって疑われたとき、私がソウルジェムを奪われたとき……私、聞こえたの。円奈の声が。魔法少女狩りにむかって、こんなの絶対おかしいよ、っていう円奈の声が…。私を、助けようとしてくれた声が」
円奈は地面に女の子座りした状態で、目を落とす。
「私を助けようとしてくれているんだ、って、分かったよ。私はそれから意識を失っちゃったけど……嬉しかった。円奈は約束を守ってくれたんだって…私と結んだ約束のために、一生懸命、勇気をふるってくれんたんだって…。もうそれだけで私、円奈と約束したこと、誇りに思っちゃうくらいだよ。それにとどまらず円奈はこんな場所まできて私を助け出してくれた。きっとそれは…私だけじゃなくて、城下町のたくさんの魔法少女を助けたんだと思う。他のだれも、魔法少女狩りに抗議しなかったのに、円奈だけが抗議した。他のみんなの魔法少女に、勇気を与えた」
円奈は、まだ自信のない顔のまま、下に俯いている。
自分の中の罪悪感が消えない。ぼうっと、目をうっすらさせて牢屋の冷たい地面を見つめているだけ。
ちがうよ。
私、そんなんじゃないよ。
だって、魔法少女の正体も知らなかった。知ったとき、魔法少女のこと、怖いって思った。気味悪いって思ってしまったし、人々の魔女刑も、仕方ないものなのかなって…少し、思ってしまったの。
ううん、少しじゃない。今だって、人間のみんなが、魔法少女にひどいことするのが、心のどこかで理解している私がいる。ユーカちゃんがいうほど、私は、いい子なんかじゃなくて、ううんずっと私は、生まれたときから、悪い子で……。
「だからね、円奈は二度も私を、私たちを、助けてくれた騎士さまなの」
しかしユーカは、円奈の心中とは逆のことを語った。
「もう、約束は果たされた。私たちを助けてくれた。今みんなが、王の魔法少女狩りと戦っている。それは円奈が、最初に勇気をだしてくれたから。ねえ円奈、だからね、円奈はもうこの国をでなくちゃ。聖地にいかなくちゃ。私からのお願いなの。いまこの戦いに巻き込まれて、死なないで。必ず聖地にいって。私は聖地にいけないけれど、代わりに、円奈がいってほしい。本当にこれで、お別れだよ。円奈、私は王とは戦わない。今、いかなくちゃいけないところ、あるの。私はそこに行くね」
また、ユーカ足を進めだす。
円奈たちが突入してきた牢獄通路とは反対方向の、廊下の奥へ。
別の出入り口がある方向へ。
「まってユーカちゃん…!」
円奈は、城下町で出会い、友達になった、魔法少女を、最後に呼び止めた。
寂しかった。悲しい気持ちでいっぱいになって溢れだしそうだった。
思い返せば、一緒に魔獣退治を二人で戦い、城下町で、ずっと信念を持ち続けてきたユーカに、円奈はついていった。
ユーカの信念に円奈は惹かれていた。だってユーカのような魔法少女こそ、円奈の思い描いてきた魔法少女の姿だったから。
円奈は魔獣との戦いがどんなものか知ってゆき、危険になったときは、ユーカが助けてくれた。
それにユーカは、命の恩人だった。初めて出会ったときから、ユーカは円奈の命を救う魔法少女だった。
「ユーカちゃんと一緒にいかせて」
寂しさの募る円奈は、願った。
この世の地獄の果てのような場所で。私も連れていって、と。
「最後に、ユーカちゃんがやりのこしたこと、私にも、手伝わせて…!」
それが、命の恩人であるユーカへの、円奈の最後の望みだった。
直感的に、円奈は、復活を遂げたユーカが、最後に遣り残したことがあるといって城塞監獄の廊下へ消えるユーカの背中が、死の運命を背負っているように予感したからだった。
魔法少女の死。
人間の死とは全く異なるその死。
想像絶するような恐怖と、強烈な寂しさを円奈は感じたのだった。
ユーカがいなくなってしまったら、私のすべてもなくなってしまう。そう感じるくらいの寂しさだった。
だから、その最期まで、ユーカと一緒いたい。
いま、円奈が心に思うことは、その気持ちでいっぱいで、ざわめく胸が押しつぶされそうだ。
するとユーカは足をとめた。しかし円奈には背をむけたままだった。
廊下を渡るユーカの背中は暗い。暗くて、闇に包まれて、迷いもない。
円奈は、ユーカが、別れを告げていると悟った。
「円奈、魔法少女はね、たった一つの希望とひきかえに、すべてを諦めるの」
廊下の闇へ消えるユーカの背は、語った。
その声から優しさは消えていた。
覚悟を詰めたような、死へむかう少女が遺言をのこす声だった。
「逆にいえばね、どうしても諦めてはいけない、絶対に譲れない希望が私にはあるの。それは、円奈にも、話せない。だから、ごめん」
ユーカは廊下の奥へと消えた。
闇に呑まれ、監獄要塞の別の出入り口から、城を降りて、城下町へとむかった。
円奈はユーカの背中を見送ることしかできなかった。
「うう…、ううう……」
自分だけ牢獄の通路に取り残された淋しさと、悲しさと、冷たさに、円奈は泣いた。
目にあふれ出る涙は、とまらなかった。
ひく、ひくと、喉は嗚咽を漏らし、その度に鼻水はこぼれ、目に粒が溢れ出た。
それは、命の恩人で大切な友達を、失くしていく哀しみだった。
884 : 以下、名... - 2015/03/25 23:04:21.79 ElYRTLzK0 2460/3130今日はここまで。
次回、第64話「ユーカの約束 Ⅱ」
第64話「ユーカの約束 Ⅱ」
480
服屋の娘エリカは、城下町を逃げ惑う人々のなだれのなか、十字路に立っていた。
みな、井戸の建てられた十字路の通行路を、絶望的な顔つきになりながら王城からはなれ、逃げまどってゆく。
おそらくこの城下町を捨てる気なのだろう。
王城が魔女に落とされ、支配されたら、城下町の支配者は魔女たちになる。
それは恐ろしい支配で、人間たちは毎日魔女の城に呼ばれ、肉体を喰らうだ悪魔に捧げる生贄の儀式だ。ひどい目にあわされつづける。
誰も城下町から出れなくなり、邪悪な魔法によって、人はあらゆる災いに犯される。
疫病、皮膚病、精神病、性器炎症、飢饉、夜は長くなり、昼は短くなる。しまいには夜が完全に支配し昼はめったにしか訪れなくなる。
すると魔女たちは邪悪な力を増し、城と町はヴァルプルギスの夜の宴が毎日のように催される。
そこでは魔女たちが毎日のように悪魔を賛美し、たたえ、邪悪な性交をみだらにはじめる。
人間たはことごとく悉く生贄に捧げられ、その脂肪と臓器は、魔女たちの怪しい魔法の研究の材料にされる。
こういう妄想が頭にこびれついた城下町の人々と民は、そうなる前に、王都・エドワード城を脱出し、草原へと逃げ延び始めていた。
誰もが開かれた城門の下をくぐり、囲壁に守られた町を捨て、何千、何万という市民たちが、草原に群がっていた。
一面にひろがる緑色の草むらが人、人、人で埋め尽くされる。
あっという間に城下町の城壁がみおろす広大な草原は人だかりとなった。
城下町を捨て、脱出した人々は、エドレスの都市にいこうか別の国にでようか、絶望的な気持ちで将来を語りあっていた。
いや、もはや、どこも安全な場所など世界にはない。
と、民は語りはじめた。
世界のどこへいっても、魔法少女がいる。悪魔と契約した魔女どもは、人を喰らうぞ。
それは、この国から逃げて領外へでて、別の領邦君主さまの農奴になっても、同じだ。
私たち人間にとって、暗黒の時代がはじまった。
民が一目散に王都から脱出した騒ぎの真っ只中、服屋の娘エリカは、城下町の中心、とぼとぼと十字路を歩いて、ハーフティンバー建築の立ち並ぶ通路を進んでいた。
その方角は、出口の城門へむかうよりむしろ逆に、王都の中心地、城へむかっている足どりだった。
途中、そのエリカを心配した、彼女の友達たち、皮なめし職人の娘アルベルティーネや石工屋の娘キルステンが、駆け寄ってきて、エリカに言った。
「私たち、逃げよう!」
キルステンはエリカの服をつかみ、目の前にたって、声をかけた。
「エリカ、逃げなくちゃ。魔法少女たちが、みんな怒ってる。人間が、ひどいことしたから。私たちも人間。このままじゃ、魔法少女のみんなに、殺されちゃうよ!」
アルベルティーネも同じ気持ちだった。焦っている。
「一緒に逃げよ!私のパパもママも逃げた。ティリーナちゃんは捕まった。もう、殺されてるかもしれない。でも、守備隊のみんなもほとんど殺されちゃって、魔法少女のみんなは、人間と戦うっていってる。私たち、魔法少女に襲われたら、助からないよ。逃げよう。別の国へ逃げよう。できるだけ、魔法少女のいない、安全な国に逃げよう!一緒に!」
しかし、エリカは友達の言葉を無視して、足どりを止めなかった。
とぼとぼと、城下町の通路を進み、王城をみあげる。
人間と魔法少女が戦っている城を。王都の城を。雲まで届きそうな高さ700メートルの屹立した城を。
「私ね、生き延びる資格なんてないの」
と、エリカはぼんやりした声で、話した。
アルベルティーネとキルステンは、焦慮を浮かべた顔で、エリカのあとを追いかける。
「魔法少女に、殺されてしまってもいいの」
エリカがそう呟いたそばから、人間たちの悲鳴が轟きわたった。
木造の家々の路地から逃げてきた二人を、全身が血に染まった衣装の魔法少女が、追いかけていた。
剣をもった魔法少女は、叫び、人間たちを追いかけた。その魔法少女が通り過ぎた路地にはバタバタと血まみれの死体が横たわっていた。石畳の路地の通路は、びたびたと血にそまっていた。
アルベルティーネとキルステンの二人は、縮み上がってしまい、十字路の壁際の樽と荷車の下に身を隠してしまった。
エリカだけがぼんやりと街路のど真ん中を歩いていた。
エリカだけがぼんやりと街路のど真ん中を歩いていた。
恐ろしい光景だった。
変身して、武器をもった魔法少女が、武器を持たぬ市民を無差別に殺している。
人類と魔法少女の戦いがはじまったこの日からは、こんな光景が、毎日、世界じゅうで見れるようになるだろう。
人類が、安心して枕を頭にのせて眠れる日はこない。
これがエドワード王の望んだ世界だ。これが人類を救うと決意した王のもたらした最悪の結果だ。
世のため人のためと思って始めたことが、最悪の結果を呼び起こすのは、何も魔法少女だけではない。
エドワード王のような、因果を背負う一国の君主のような存在は、たびたびそんな事態を世界にもたらす。
それが必ず正義であると心から信じていたとしても、やがてそこから最悪が生じる。
481
ユーカはエドワード城の第三城壁区域に出て、立ち並ぶ城壁から王都を見下ろした。
高さ200メートルの城壁から眺めたユーカの目にひろがった景観は、城で死に絶えた何千という人間たちの死だった。
エドワード王に対して反乱を起こした魔法少女たちが、王都の城に乗り込んで、守備隊と傭兵、正規の国王軍をことごとく殺した凄惨な殺害の痕跡が、まだ生暖かい血の風景となって、のこっていた。
ユーカは、明るい茶髪を風になびかせながら、王都の第三城壁区域から、力なく、ぼそっ、と呟いた。
「人を助けるのが魔法少女なのに…」
それがユーカの信念だった。
しかし、鹿目円奈と魔法少女狩りをとめる、と約束したユーカが最後に見たのは、怒りを解き放った魔法少女たちの人間の大虐殺だった。
ぼたぼたと垂れ落ちる鎧の兵士たちの血。
城壁から流れ落ちて、第三城壁区域から第二城壁区域まで、ずーっと伸びて赤く垂れ流れている。
その死体が百も二百もある。
上半身と下半身を分離されながら地面を這っている兵士もいる。這うたび、地面は真っ赤になり、血の跡が伸びて、内臓は地面に置いてけぼりになる。
ユーカはソウルジェムを取り出した。
黄色をしたソウルジェムはほとんど黒色だった。澱み、穢れ、濁っていた。
けれども、黄色い煌きは完全には失われていない。
まだ希望の光はある。
私は、まだ魔法少女でいられる。
ユーカは変身姿になったまま、ばっと第三城壁区域の外郭、クレノー付き城壁歩廊のアンブラジュールとよばれる城壁の開口部から身を乗り出すと、宙へ飛んだ。
魔法少女の軽い体は、空中を舞う。
が、すぐに重力がユーカを容赦なく下へ引っぱった。
ひゅーっと風が耳を劈き、落下のスピードは猛烈に高まる。
人間たちが殺されきった野菜畑の養魚池、ハーブ園の地帯へ着地する。
ばふっ。
野菜畑の土に着地すると、土ぼこりがあたりじゅうに舞い、空気が茶色になった。
ユーカは両足で野菜畑に着地し、無傷で足を地面につける。
もしここに人間がいたら、それだけで、魔法少女であるユーカのことを、化け物と叫ぶだろう。
100メートルの落下をものともしない。
しかしまわりの人間はみな死んでいた。
斧で斬られた者、剣で斬り殺された者、矢で射られ死体となって養魚池でぷかぷかと背中を浮かべている者、どれも死体だった。
ユーカの心の中で絶望が大きくなる。
でも、耐えた。
ソウルジェムはまた黒さを増したが、希望は失われない。
また、外壁のクレノー(小壁体と開口部がデコボコと続いている城壁の構造)付き城壁の、アンブラジュール部分から身を取り出し、ユーカは第二城壁区域の外郭からも飛び、宙へ体を投げた。
また、ひゅーっと体が落ちる。重力がユーカを捕らえ、有無をいわさず地面へユーカを突き落とす。
100メートルの高さから、飛び降り、第一城壁区域の城郭の中庭へ落下した。
あの高さから落ちたというのに、すとん、と小さな足音だけ立てて降り立ち、静かに着地した。
両足できちんと。
中庭も兵士たちの死体がころがっていた。
矢に刺された死体と、剣、槍に突かれた死体。
血と鉄の臭いが中庭にたちこめ、充満していた。
空気は濃く、ねちっこく、息を吸うたび鉄の臭いが鼻をついた。
ユーカは、誰もいなくなった正面の城門をくぐり、第一城壁の城郭を出た。
破壊された城門。木材は焦げていて黒い。木片が散っている。そして、門を通ると、石造の階段は兵士の死体だらけ。
血は階段の段々を流れ、くだり、池をつくっている。
一人だけの血ではない。何百人分の血の池が混ざり合った赤黒い血湖だ。
ユーカは階段をくだった。
魔獣とずっと戦ってきた杖を両手に持ち、フレアスカート姿のユーカは、死体と血の階段をくだり、芝生へ。
びた…びた…
足の靴が血を踏む。
血の湖のど真ん中に、ユーカは立っていた。
杖は手に持ち、ソウルジェムは髪飾りに取り付けられて。
歩きつづけ、やがてそれは走りにかわって、ギルド通りの鍛冶屋へとその足は急いだ。
時間の限界は迫っていた。
髪飾りに煌く黄色のソウルジェムは、色が暗い。風に消えるのを待つ蝋燭の火のようだった。
482
ユーカは王城を降りて、渓谷に架けられたエドワード橋のギルド通りにきた。
通りはどこでも人が死んでいた。
魔法少女がいかに多くの人間を殺したのかをまざまざ物語っていた。
ユーカは、どうか生きていますように、と祈りながら、変身姿のまま、通りを必死に走った。
杖を放さず。
すると、ギルド通りで悲鳴がおこり、ギルド職人の人間たちが、魔法少女に襲われていた。
「うわあああ!」
「魔女だ、助けてくれ!」
ギルドの職人たち──ヴェール工、亜麻織屋、羊皮紙工、皮ひも業者、袋工、革ベルト工、靴屋、椅子張用布地織工、フェルト帽子製造工たち──は、ことごとく魔法の力をもった女たちに襲われていた。
棍棒に針のトゲトゲがついた鈍器をふるい、絹織工の背後に追いつき、魔法少女は殺した。
「うあ゛っ!」
赤い鮮血が飛び散り、どばっと脳から飛び出たかとおもうと、血の飛沫は地面に落ちて、ぼたぼたと斑点を地面に残した。
鉄のトゲが生えた棍棒に頭を殴られたギルド職人は倒れた。
トゲの棍棒も血がついていた。
魔法少女は、こっちにふり返るや、別の人間たちに目をつけ、血走った目で一心不乱に追いかけはじめた。
棍棒を持って。
「あ、ああああっ」
狙われたことを本能的に察したギルド職人たちは、恐怖の声をあげながら背をみせて逃げ惑う。
魔法少女は走っておいかけた。小さな体が、驚くべき速さで駆け走り、ギルド職人を追いかけた。
逃げる人間と追う魔法少女。
命がけの追いかけっこがギルド通りで始まり、早くも決着が付こうとしていた。
「うっ、うあああ」
ギルド職人が走りながらふり返って、背中にすぐ接近してきた魔法少女の姿をみて、目を見開いて恐怖した。
ついに魔法少女の手が、ギルド職人の背中を掴んだ。
ぎゅっとつかみ、ギルド職人を捕まえ、動きをとめた。
「うああ」
ギルド職人は抵抗し、掴んできた手から逃れようとした。
慌ててふり返り、魔法少女の手を一度振り払う。
しかし、逆に胸倉を掴まれてしまい、引き寄せられて、ギルド職人は地面へたたきつけられた。
「ごう!」
鼻を地面に打ち付ける。地面から顔をあげたとき、鼻から血が出た。地面は鼻血に染まった。
魔法少女が、まさにぶっ倒れたギルド職人の頭を、上から叩き割ろうとトゲのついた棍棒を頭上に振り上げていた。
「人なんか死ねばいい!」
叫んだ魔法少女が、鉄トゲの棍棒を振り落とそうする───頭めがけて。
かと思った矢先、杖がその魔法少女の腹をど突いた。
「───うっ!?」
杖に腹を突かれた魔法少女の体はぽーんと吹き飛び、石畳の地面にころげた。
前転しつつすぐに受身とって起き上がった魔法少女が見たのは、杖をもったフレアスカート姿の魔法少女だった。
茶色の髪、黄色い目。手に杖をもって立て、棍棒を持った魔法少女を睨む。
ブリーチズ・ユーカだった。
「その人を殺すな」
怒った顔つきでユーカは、鉄トゲの棍棒をもった魔法少女に、ひややかに告げた。
「うっ、うわああ」
間一髪、助けられたギルド職人は、一度死線をくぐった恐怖に顔を強張らせながら、逃げ出しはじめた。
「なぜ人間を助ける!」
棍棒をもった魔法少女は、怒りながら、ユーカに怒鳴って問いかけた。
するとユーカは、杖をくるくる手元でまわし、鉄トゲの棍棒を持つ魔法少女にトタタタタと走って接近しながら、答えを言った。
「人を助けるのが魔法少女だからだ!」
杖が振り切られる。
すぐに鉄トゲの棍棒が受けに入った。
ガチン!
二人の魔法少女、その杖と棍棒が、交差する。
「裏切り者め!」
鉄棍棒の魔法少女は叫ぶ。
「魔法少女が人を殺すのも裏切りだ」
ユーカは言い返す。
「先に裏切ったのは人の方だ!」
鉄トゲの棍棒の魔法少女も、譲らない。「エドワード王は、魔法少女を全滅させる気でいる。目を覚ませ! いま、魔法少女は、みな、生存をかけて戦っているんだ」
「それでも私は人を助ける!」
ユーカは、杖を手元にもどすとぐるんと振るい、鉄トゲの棍棒を持った魔法少女へ攻撃を繰り出した。
棍棒の魔法少女は首を仰け反らせてかわす。顔面のすれすれ上を杖が通過する。
そうとも。ユーカは、たとえ人類が魔法少女の敵に回るような日がきたって、そんな日々が続いたって、人を助ける魔法少女でありつづけると、約束したのだ。オルレアンと!
ユーカはそれを忘れていない。
「分からず屋め!」
すると、棍棒を持ち、握り、ユーカの頭上へ棍棒をふるった。
ユーカは杖で受け止める。黄色い光が杖から溢れ、棍棒の攻撃を弾く。
かと思えば、次の瞬間、あいたほうの手で鉄トゲの棍棒をもった魔法少女の頬を殴った。
「んぶっ!」
頬の凹んだ魔法少女は、目を閉じてぐっと唸る。
かと思えば、ぎろっと目を開き直すとユーカを睨み、ユーカを殴り返した。
「あう゛っっ…!」
殴られたユーカの顔が真横を向く。
この瞬間の衝撃で杖が手からこぼれおちた。
すると棍棒を持った魔法少女は、まさにユーカの目前に接近してきて、棍棒をユーカの顔面へ、振り落としてきた。
ユーカは武器を失って丸腰だった。
棍棒を振るってくる魔法少女の手の動きには、遠慮も容赦もない。
ユーカは一歩飛び退いてよけて、相手が棍棒を振り切ると、その右頬にパンチを一撃、繰り出した。
「ぐっ!」
相手の頬に拳が一発、入る。
そして、ユーカはあいた左手でまた思い切り、相手の頬を殴った。
ボゴッ
「うぐっ…」
再度殴られた相手はひるむ。血の垂れた手首から棍棒がこぼれ落ちた。棍棒は地面にあたってバウンドした。
鼻から血を滴らせた棍棒の魔法少女は、顔を下にむけ、よろめいた。
顔をどうにかまたあげると、再びユーカに殴られた。
「うぐ!」
さっきよりも強く。
ドガッ!
「ああう!」
さらにまた、ユーカの拳によって棍棒の魔法少女は三度、殴られた。
体勢を立て直すことを許さず、連続して連続して殴られる。
目からも鼻からも血を垂らす棍棒の魔法少女が、敵を見ようと顔をあげると、すぐにユーカはその顔を殴る。
棍棒の魔法少女はまたよろけ、鼻血をだす。ぼたぼたと血の滴が地面に滴る。
「私を鼻曲がり貴婦人にする気か!」
棍棒の魔法少女は怒鳴った。鼻を手でおさえながら。
「貴婦人じゃないでしょ!」
武器を失って、丸腰になったユーカは、拳だけを武器に相手の魔法少女に殴りかかった。
「ぶっ!」
また、棍棒の魔法少女は顔を殴られ、首の向きがねじれる。
が、立て直して、また前を向いた。
その顔面を正面からユーカの拳が直撃した。
「うぐ!」
今度こそ棍棒の魔法少女はよろけた。
後ろに二歩も三歩もさがって、足元はふらつき、口元からも血があふれ出す。
口に鉄の味をかみしめた棍棒の魔法少女は、頬についた血を腕でぬぐうと、ぺっと血のついた舌から口内の血を吐いた。
ユーカがさらに殴りかかってきた。
「はねっかえりの表六玉め」
棍棒を使った魔法少女はユーカを睨み、するとユーカの伸ばした拳をかわした。
すぐ右にそれて、ユーカの突き出した拳をやり過ごすと、ユーカの伸ばした右腕と肩とを掴み、突き上げた左肘でユーカの顎を殴った。
「あぅっ!」
ユーカの顔が上向く。肘で顎を殴られた衝撃が首に走る。背中は仰け反った。
棍棒の魔法少女からの反撃がはじまった。
上向いたユーカの顔面を、今までのお返しとばかりに、拳で思い切り殴る。
バゴッ
「へう!」
ユーカは頬を殴られて数歩うしろへよろめいて退いた。痛む頬を手で押さえている。
互いに武器をとりこぼした二人の魔法少女が、拳で語り合う肉弾戦に突入した。
「こんどは私の番だ」
殴られすぎて鼻からも口からも血を垂らす棍棒の魔法少女は、怒りを込めた鉄拳を、ユーカに繰り出していく。
「あう!」
ユーカは再び殴られ、さらに数歩、城下町の十字路をよろける。
足元をふらつかせたユーカの、痛みに悶える両肩を掴み、棍棒の魔法少女は、思い切り膝をユーカの腹にめり込ませた。
「んぶ!」
腹の子宮を刺激されたユーカは、意識がくらっとしてくる。一瞬、視界が回り、鈍い痛みが腹部に走った。
「うあ゛う!」
また、顔を思い切り殴られる。真横をむいたユーカの口が切れ、唇から血が垂れた。
次の瞬間、棍棒の魔法少女によって、ユーカは茶髪の髪を掴みあげられた。
びびび、っと髪が思い切り上へ引っ張られる。
前髪を全て摘まれて引っ張られるユーカは、そのじりじりとした痛みに目が怒り、相手の魔法少女の髪も引っ張った。
「ぐぐぐ」
棍棒を使っていた魔法少女の前髪も思い切りひっぱられ、額が露になった。
こうして二人の魔法少女は互いに髪を引っ張り合いつづけた。
二人とも血まみれの顔の、物凄い形相の顔で、互いの髪を引っ張り合う。
「言って聞かせてもわからねえ」
棍棒を使っていた魔法少女は、髪をユーカと引っ張り合戦しながら、声を絞り出した。
「殴っても分からねえバカなら」
じりりり、前髪を引っ張りあげられる痛みが額に焼きつく。
「あとはもう殺すしかないねえ!」
ユーカは目を細めて答えた。「そうだね。残念だけど」
次の瞬間、ユーカの指がばっと伸び、白く細やかな指が相手の魔法少女の両目に入った。
「うわ!」
伸びきった爪に目を裂かれた魔法少女は苦痛を叫び、両手は顔を覆った。
ユーカは相手の魔法少女の目から指を引き抜いた。
あわれ、相手の魔法少女は、目玉に亀裂が入ってしまい、その視界はまったくぼやけたものになってしまった。
ユーカは素早く相手の魔法少女が落とした針の棍棒を手に拾うと、それで相手の魔法少女をの顔を殴りつけた。
「ああ゛う!」
バコーンと、棍棒のホームランが相手の顔に直撃。
額を針の棍棒で殴られた魔法少女の顔面は血だらけになる。無数の針が額に当たり、ぼこぼこ穴が開いて血が噴出した。首の骨がごぎっと鳴った。
足を崩して魔法少女は天を仰ぎつつ倒れる。
そのどさっと倒れた魔法少女の腹にむかって、もう一度。
ユーカは、思い切り棍棒で叩いた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ヴ!っ」
相手の魔法少女から悲鳴があがった。体は勢いよく仰け反り、腹は地面にめり込んで頭と足先は浮き上がった。
相手が泣き喚くその腹部にむかって、もう一度。
ユーカは、棍棒を振り落とした。
「あぐ……ああっ」
肋骨を砕いた。たぶん、子宮も壊れた。腹からあふれ出す多量の血は、服を染めている。
「あう……あああっ…あ…」
相手の魔法少女の反応が弱まっていく。もう殴っても喚かないし、抵抗も示さない。
弱っている。
もうすぐ死ぬ。
しかし、ユーカはそこで手をとめた。
はあ…はあと息を吐きながら、棍棒を手から放し、地面に落とす。ガタン、と針棍棒が地面に落ちる音がした。
弱ってしまって、もうほとんど動こうとしない魔法少女を見下ろし、赤く火照った頬ではあはあと息を吐きながら、ユーカは告げた。
「こんなに痛いことなんだから」
指先だけ動かして、棍棒を叩きつけられた魔法少女は、地面で蠢く。一歩でも動こうと這う。
しかし、その腕の力も、力尽きようとしていた。
「殺してはいけないよ」
ユーカは言い残し、弱りきった魔法少女を置いて、ギルド通りを進んだ。
途中でくわす、逃げ遅れたギルド職人や、城下町に残った民は、ユーカをみると、慌てて逃げ出し、路地へ逃げ込んでいってしまう。
ユーカは、息を切らしながら、激闘を演じた顔を赤くさせつつ、ギルド通りを進み、鍛冶屋のイベリーノへ急いだ。
483
ユーカは、戦いの果て、そして魔女狩りの狂気の果て、鍛冶屋イベリーノ辿り着いた。
そこには、逃げ惑う民のなかに紛れて、途方に暮れている一人の少年の姿があった。
少年は、手に大きな剣を持っていた。ロングソード。鋼鉄製の、立派な剣だった。
両刃の剣で、剣先はダイヤのように尖っている。差し込めばどんな人体も砕けそうな剣だった。
これは、師匠イベリーノおじさんの最終テストを合格した、少年の初めての商品としての剣だった。
しかし、不幸なことに、やっと念願の剣を自分の実力で鍛え上げた鍛冶屋の少年は、市場に出かける機会なく魔法少女の反乱という異常事態に瀕してしまっていた。
つまり、騎士たちは買い物どころではなく、いま懸命に、魔法少女たちと戦っている最中なのである。
少年は、最強の剣を造りたいという気持ちから、騎士が魔法少女にも勝てるような剣をつくりたい、という気持ちから、鍛冶屋の見習いに弟子入りし、手工業ギルドのなかで最も厳しいといわれる鍛冶屋の道をえらんだ。
そしてやっと一本の剣を作り上げた。
だが、一歩遅かった。
魔法少女と人間の戦いは、少年の剣の完成を待つことなく、すでに始まっていた。
それは少年を途方に暮れさせた。
やっと完成した剣を持ったまま、少年は城下町を捨てて国を出る選択をとることもできず、鍛冶屋の前で、ぼうっと突っ立って、戦場となった王城の第四城壁区域あたりを、首をあげて見上げていた。
天を見上げるような視線で。
「ライオネル!」
すぐにユーカが走ってきた。
ユーカは、少年の姿をみつけるや否や、目に涙を溢れさせた。
たわしは、あなたのために祈った。あなたのために契約して、魔法少女になった。
ずっと待っていた。
あなたが最強の剣を完成させるのを。
そして、あなたがやっと剣を完成させたとき、あなたは、私の気持ちに応えてくれた。
その幸せを最後にもう一度だけ、確かめたい。
あのときの幸せ、ウソじゃないって、本当だよって、いってほしい。
それくらい、本当は不安なの。本当は怖いの。
だから、お願い、私は、円環の理の導きが近いけど、最後に一度だけ、確かめさせて。お願いだから。
────がばっ。
ユーカは、魔法少女に変身した姿のまま、鍛冶屋の少年に抱きついた。
強く強く、抱きしめて、その胸に飛び込んで、自分の気持ちの全てを少年に捧げた。
ライオネルを守りたい。
ライオネルを守る魔法少女になりたい。
それが、ユーカのソウルジェムを生み出した祈りだった。
「一緒に逃げよう、ライオネル」
と、ユーカは、少年の胸に顔をおずめたあと、少年の顔をみあげて、言った。
そのまわりでは、魔法少女を見つけたギルドの職人たちが、恐怖に駆られて、逃げ出している。
「魔法少女たちが反乱を起こしてる。王を倒すつもりでする。もし王が倒されたら、城下町のみんなも殺されてしまう。だから、そうなる前に、私と一緒に逃げよう、ライオネル……」
「に……逃げる?」
少年は驚いた顔をしている。
何に驚いたかって、ユーカが、魔法少女の格好をしていることに驚いている。どきまぎして、顔は困惑した。
「逃げる?どこに?」
「一緒にいこう。一緒に逃げよう」
ユーカは、少年の首に手をまわし、しっかり抱きしめて、目に涙を溜めて訴えた。
「私と二人で、一緒に神の国へ行こう?」
「神の国?」
ライオネルは不思議な地名に疑問を持った。
「神の国って?」
「それは……魔法少女たちの聖地」
ユーカは、答えた。自分がずっと昔から、憧れていた聖地を、心に思い描く。
「私たち魔法少女たちが救われる国。人と魔法少女が争わない素敵な国…」
さらにユーカは、少年をしっかり抱きしめながら、こう付け加えた。
「魔法少女と人が愛しあえる国…」
少年の首筋に抱きつくユーカの目に、赤みが差した。
涙は零れ、少年の肩に流れた。赤くて、泣き続けていて、懸命の想いだった。それは、ユーカのすべての気持ちを打ち明けていた。
私は人間ではないけど、魔法少女だけど、それでも愛してほしい。
あなたと二人で生きたい。愛し合える仲でありたい。
魔法少女の私を、愛してほしい。
ユーカの赤みの差した、涙をこぼす目には、その想いが込められていた。
するとライオネルは、不思議そうにユーカの姿を見つめ、そして、別の疑問を口にした。
「それ……痛く……ないの?」
「………え?」
ユーカは少年に離された。
少年は数歩後ろへさがってゆき、目を大きくさせながら、ユーカの体を指差した。
「痛くないの?それ……」
何を指摘されているのか分からないまま、ユーカは自分の体を見下ろした。
途端に、目に入ってきたのは、穴だらけになった自分の体だった。
服装は魔法少女の服を着ているが、足も腕も顔も、穴だらけで、血が流れ出ていた。
これは、ユーカが魔女の疑いをかけられ、城に連れ去られたときに、審問官たちによって、魔女刺しと呼ばれる、痛覚を感じない点(悪魔の口付けと呼ばれる)がないか身体検査されたときの傷だった。
魔力で修理したはずの全身の穴が、いま露呈していた。
ソウルジェムの魔力が尽きかけて、ユーカの体を修復された状態で保たれきれなくなったのだろう。
魔女刺しの針によって全身あちこちを刺された穴が、ユーカの体のあちこちに、ぼこぼこと開いて、血が流れでていた。そして魔法少女の服も血みどろに塗れていた。
ユーカの全身は、知らないうちに、血だらけだった。
少年が指さして指摘するまで、全く気づかなかった。
そこまで魔力が尽きかけていたことを。
痛みさえ分からなかった。
「こ……」
ユーカの顔は固まっていた。自分の体が自分のものじゃないみたいだった。
「これは……」
あちこち針にさされて穴があき、血が流れ出ているのに、まるで痛がらない自分。
そして、そんな自分を、いまライオネルに見られている。
一番大切な人の前で見られている。
一番愛する人の前で見られている。
少女の体は、一番好きな人の前で、もろくも崩れてぼろぼろになっていく。
「いっ……」
ユーカは、全身を隠すように、両腕で自分の体を抱き、その場で蹲って下に俯いた。
「これは…これは…違うの!」
何が違うのか自分でもわからない。
現に、いま自分の肉体は血だらけじゃないか。審問のときに受けた拷問の傷跡が、復活して、穴だらけではないか。しかも指摘されるまで痛みにも気づかなかった自分がいるではないか。
それを、ライオネルに今も見られているではないか。
「ちがう、ちがうの、ライオネル、これはちがうの!見ないで!」
けれども、すべてが遅きに失していた。
肉体が穴だらけで、血だらけで、しかも痛みも感じない変身した魔法少女の姿は、到底、愛される少女の姿ではなかった。
体が修理をはじめる。
残り少ない魔力は、自然と節約モードに入りユーカの傷穴を露呈させたが、無理やり、ユーカは、傷を治した。
みるみるうちに穴は縮まり、元にもどっていった。
これは、破滅への魔力修正だった。
「ば…ば…」
少年は、ユーカが動揺しながら、蹲り、そして穴を閉じていく肉体を眺めていたが、ついに声を大きくして叫んだ。
「化け物!」
「…っ!……」
肌の穴がなおっていくユーカは、少年をみあげる。その瞳に、絶望が映った。
「魔女め!悪魔と契約したんだな!なんだその体は!」
怒りを露にした少年は、目の前の少女の不気味さに身の毛をよだてながら、叫ぶ。
傷口を魔法でみるみる塞いでいく魔法少女は、少年からみれば、異様だった。
「ずっとボクを騙していたのか?」
「……ライ…オネル…」
ユーカの瞳は震えた。ぶるぶると全身も震えた。
耳にしている言葉の何もかもが、信じられず、聞き間違いだと思った。
「いま王に反乱し、たくさんの人を殺し、王都に呪いをふりまく悪魔の手先め。ぼくは昔から魔女が大嫌いだった。だから魔女に負けない剣をつくろうとしたんだ!なのに!なのに!魔女と口付けを交わしてしまった。ぼくは呪われた存在だ!」
と叫び、やっとの想いで完成させた剣も、ばんと地面に投げ出してしまった。
「もうおしまいだ。ぼくは穢された!」
独り言を呟き、少年はどこかへ走り出した。
「まって……ライオ……ああっ!」
腕を伸ばしたユーカだったが、その腕が、穴だらけになっていることに気づく。
「いやあああっ!」
ユーカは自分の体を見て絶望に絶叫する。修理したはずなのに、また、体にはぼこぼこと穴が開いた。
審問官に魔女刺しされたときの穴が。
もう修正不可能だ。
腕も、顔も、足もどこもかしこも穴だらけの体だった。
そして血は流れ出し、ユーカの蹲る地面を赤くぬらす。
でも、痛みはない。
体じゅう、どくどくと血は流れでるのに、痛みがない。
「あああ…」
ユーカは、全てを失ったと知った。
魔法少女としての自分を愛してほしい。その切な願いは、砕かれた。
人でない少女が人である少年と愛を結ぶことはできない。
そしてユーカは、どうにか動いて、ライオネルが落とした、彼の魂ともいえる剣に手を伸ばすと、大事そうに握り、抱え、胸に寄せた。
彼の完成した、夢のこもった剣を、大事に抱え、目を閉じ、いなくなった少年の代わりに剣を愛でた。
剣を指で撫でて、愛しそうに、ユーカは胸に抱きしめつづけた。
が、その綺麗な瞳が、黄色の目が、狂気を宿し、ふとユーカは起き上がった。
ソウルジェムは黒い。
だが、まだ生きている。魔法少女の私は、生きている。
この剣を使って、最後にできることをしよう。
そう決心したユーカだった。
484
ふらふらと、人々が逃げ惑う城下町の十字路を、ユーカは歩く。
すれ違う人という人が、人間たちが、ユーカの血まみれの姿を見て、きゃああっと叫んだり、化け物、と叫んだりする。
全身から血を流しているのに平然とふらふら歩いている魔法少女姿のユーカは、到底、人間には受け入れがたい亡霊の歩く姿だった。
ユーカの体じゅうにあいた穴から流れ出る血は、ユーカの腕、足、腹と顔、額まですべて赤く染め、ユーカを人間ではない姿にさせていた。
魔法少女のなれの果ての姿だ。
その手元には、一本の剣の柄がしっかりと握られていて。
ゾンビ状態のユーカは、茫然と、人間たちの罵り声を耳に聴きながら、ある目的地にむかって進んでいく。
その足取りは、一歩一歩、確かなもので、他の全てのことは無視して、着実に目的地のみへ近づいていく。
だんだん、その目的地が見えてきた。
服屋。
服屋の娘エリカの家。ユーカの友達の家。
その前に辿り着いた。
ユーカは、まばたきも忘れた黄色い目で、服屋の娘エリカの自宅をみあげ、扉を開き、家の中に入った。
家の中は暗かった。
すでに人の気配はなく、蝋燭の火が食卓テーブルにつけっぱなしのまま、パンもバターも置きっぱなしにされて、家族のみんなは自宅を出て城下町を発った様子だった。
ユーカはまばたきをしなくなった黄色く瞳孔した目をきょろきょろさせて、家の中を探す。
よくよく探す。
すると、ユーカは見つけた。
部屋の隅に佇んでいる服屋の娘エリカの姿を。エプロンを着た娘の姿を。
エリカは、ユーカが自宅に乗り込んでくるのを見るや、息をすうと吸い、覚悟を決めた顔で、ユーカに語った。
「ユーカ、あのね、ごめん…」
エリカは、女友達である魔法少女姿の、血に染まった死人の姿をしたユーカに、まずそう言った。
ユーカの目は見開いていて、黄色い目は、まばたきをしない。
じっとエリカを目で見ている。
今にも目玉が飛び出しそうだ。
目は魔法に犯されている。穢れきった魔法に。
「ユーカ、私もね、好きだったの。あの子が。鍛冶屋の子が…だから…」
エリカの言葉を聞けば聞くほどユーカの目が充血していく気がした。
魂が最後まで濁りきって、ソウルジェムがグリーフシード化する直前の魔法少女の表情が、そこにあった。
魔法少女は、すでにその命運を悟っている。悟った上で、エリカの声を聞いている。
もう、取り返しがつかない。どんな言葉も意味がない。真っ黒だ。全身の魔法少女衣装が血だらけだ。
「ユーカ。だから、私は、悔しかった……」
エリカは話し続けた。
ユーカは一歩一歩、床を踏みしめて、剣を手に握り、エリカの立つ部屋の隅へにじり寄って来る。
みし…みし…
ソウルジェムを濁した魔法少女の靴が床を踏むたび、床は鳴り、部屋に響いた。
「ユーカとあの子が、結ばれるのが、どうしても許せなかった。……だから…あなたを魔女だって告発した。わたし、魔獣に襲われたとき、ユーカに助けられたのに、秘密を守るって約束したのに……サイテーだよね……」
ユーカの顔がもちあがった。
まばたきをしない黄色い目がエリカを捉え、腕が伸びてきたかと思うと、エリカの首元を掴み、地面に押し倒した。
「あ……っ」
次の瞬間、エリカが感じたのは。
「ああうっ……!」
胸に剣が刺さる感覚だった。
ぶしゅっ。
血が出た。
それは、ユーカの血ではなかった。
服屋の娘エリカの、胸から湧き出る生きた血だった。
「あううぐ…う!」
エリカの口からも、血が出た。
どっと、血液が吐き出される。
城下町の魔法少女ユーカは、エリカを押し倒すと、地面に倒れこんだエリカに、剣を、胸に差し込んでいた。
エリカは自分の胸の心臓が、どくどくと脈を打ちながらも、脈うつたびに、恐ろしい苦痛が胸を貫くのを感じていた。
それは途方もない感覚で、ああっ、自分はいま、ユーカに殺されたのだ、と悟る感覚だった。
「うううっ…!」
胸が一気に苦しくなる。
心臓は一生懸命、生命活動を維持しようと、脈をうつけれども、そのたびに激痛が胸に走った。
痛い。
あまりにも痛い。心臓ほど痛覚が鋭い箇所はない。ここを刺されたら、呼吸もできないほどに苦しい。
楽に死ねたらいいのに。こんなにも苦しい。いつまで、こんな苦痛がつづくんだろう…。
意識がつづくなか、服屋の娘エリカは、ユーカの声をきいていた。
全身に漂う死の寒気を感じながら。
視界がぼやける。
「痛いの?」
ユーカは、エリカにそう問いかけた。ユーカの血だらけの顔が、口を開いていた。
震える口の、歯と歯のあいだから、しぼりだすような、声をだしていた。
「胸が痛いの?」
「うううっ……!」
エリカの口から真っ赤な血があふれ出る。口と顎、そして服を、どくどくと湧き出す血が染めた。
脈をとくとくとうつ胸は剣が貫いている。
「私もね、いますごく痛いの…」
胸に剣が刺さって痛みに喘ぐエリカを見下ろしながら、ユーカは暗い顔をしていう。
「あなたと同じところが」
ユーカは剣を握っていない左手を、自分の胸元へあてる。
「胸がすごく苦しい。痛くて痛くて、耐えられないほどに…。エリカ、あなたと同じだね。もう私の体じゅう、穴だらけだよ。痛いよ。…ねえ、エリカ…!」
目に涙いっぱいの魔法少女のユーカが、エリカに訴えかけた。叫び、目からは涙が散った。
「ううう…ぐ!」
エリカの口からまた血があふれ出す。
胸からも。心臓の動きは弱まりはじめた。
「苦しいよ。痛いよ。胸がすごく苦しいよ。エリカ…!」
エリカは何も答えられない。
目は閉じられ、呼吸もしなくなってきて、16歳の少女はいま、死のうとしていた。
魔法少女によって、剣を胸に刺されて。
だが魔法少女も胸の苦しみを懸命にエリカに訴えていた。
自分の胸の痛みを、エリカに伝えようとしていた。
ついに呼吸がとまり、首はゆっくりと動きをとめて、ぐったり床に垂れると、エリカはようやく死んだ。
脈は止まり、瞼にこもる力は一切なくなって、安らかに眠った。
するとユーカは、エリカの胸から剣を抜いた。
少女の心臓から剣先が抜き取られ、肉を通り、肌を通って外気に触れた。
赤い皮と、肉の繊維を、絡めとっていたが、切れ味はよかった。
鍛冶屋の少年ライオネルは、たしかに立派な剣をつくりあげた。
ぼた…ぼた…。
最強の剣を作りたい、と願いを込めて鍛えられた少年の剣は、魔法少女であるユーカの手に持たれて、血に染まって滴り流れた。
ユーカは、茫然と剣を赤くさせたまま、ユーカの自宅をあとにして、外の城下町の路地へ出た。
485
ユーカは扉を通り、乱戦の起こる王城の見下ろす城下町へ。
その背中は覚束なく、ふらふらしていた。
事が済んだエリカの自宅の部屋は暗かった。家族は逃げ去ったあとだ。
終わった。
魔法少女としての自分の生涯は終わった。
希望を叶え、絶望に沈む。辿るべくこの結末をユーカは迎えた。
ユーカは階段を下りて、十字路の公道を踏み、町なかを歩いた。
ユーカは、外の通路へ出ると、城下町の民が、ユーカのことを注視していることに気づいた。
城下町に残った民は、夫妻が、子供が、男女のカップルが、家族が────。
みなユーカに視線をぶつけていた。
ユーカは自分を見つめる城下町の民を見回した。
右から左へ、ぐるりと一周、魔法少女は、むきを回して、自分に視線を注ぐ人々を見返した。
ユーカと目があうと、どの人も妙な反応をした。
睨む視線がさらに険しくなったり、子供たちは怖がり、弟は兄の背中に隠れ、姉妹は身を寄せ合い、怖い顔をしてユーカを眺める。
城下町のいろいろな家族が、カップルが、夫妻が、ユーカをみていた。
それは、ユーカが、服屋の娘エリカを、その剣にかけて殺したことを、城下町の人々はみんな知ったからだった。
人を殺した魔法少女を。
自分は確かに人を殺したのだ。
ついさっき。
その感覚は今も手に残っている。
残っているどころか、今もまさに、手に持っている。
血を滴らせるライオネルの剣を。
「……私、は」
ユーカが何か語りだすと、城下町の民は身構えた。
いったいどんな邪悪な言葉でも飛び出すのかと慄いた反応だった。
目は、まばたきをしない。まだたきを忘れている。
「ずっと魔獣と戦ってきた。命かけて、戦ってきた……だって…」
ユーカの全身から血が垂れ流れる。
腕はエリカの血で染まっている。ぼたぼたと、垂れ落ちる。生暖かい、エリカの生命の水が、ユーカの腕から滴り落ちている。
そんな、他人の返り血を垂れ流しにしたままの魔法少女が、ぼたぼたと血の流れる剣を手に持ちながら、自分のことを語る。
「だって…」
ユーカの前髪は揺れて、その顔と頬からは血が垂れ流れて滴った。地面に、血飛沫の溜まった池をつくっていた。
「…人を助けるのが、魔法少女……だから」
最後までいい終える頃には声が霞んでいた。
「ああ……あああ」
魔法少女姿のユーカは、民に睨まれる前で、膝をつき、全身を血で真っ赤にさせながら、頭を抱えた。
血に塗れた剣が手からこぼり落ちる。
愛する少年の手がけた剣は、カラン、と鉄の音をたてて、人を殺すという剣本来の役目を全うした。
「………う…うアうッ!」
ソウルジェムがみしみし音をたてはじめた。
「あううう゛ッ─!」
胸が苦しみを訴え、手は胸を抑えながら、背を丸めて横たわる。
十字路のど真ん中で倒れ込む血まみれの魔法少女。
誰も助けない。
ころん、っと転がったソウルジェムは、石畳の地面をくるくるまわってころげ、ユーカの手元に収まった。
ユーカは自分のソウルジェムを見つめた。
真っ黒で、グリーフシードになっていた。
黒くなったソウルジェムから、瘴気が溢れだし、ぶわぶわっと、邪悪の気が穢れた魂から産み出される。
ユーカは悟った。
私たち魔法少女って、そういう仕組みだったんだ……。
誰かを救ったぶんだけ、他の誰かを呪わずにはいられない。
魔女が孵化する。
魔女狩りの都市に、新たな魔女が、一つ。
まさに、そのとき。
その刹那に。
天からピンク色の筋が現れた。
太陽の照らす天の日差しにのって、地上に降りてくる。
それはまっすぐユーカの手元、魔女が孵化するソウルジェムにくだってきて、不思議な桃色の光りがユーカのソウルジェムを包んだ。
するとどうだろう、ユーカの魔女が孵化する瘴気が、洗われていく。
産まれる前に魔女が消し去られていく。
黒くなったソウルジェムは、穢れごと消え、白くなってゆき、そして最終的にはユーカの手元から消えてなくなった。
圧倒的な光の中で。ユーカの全身がピンクの光に包まれているのだ。
王都の城下町の人々は、何事か、という顔をして、ユーカに起こった変化と、それから、天の雲から降り注いだ光────ピンク色の虹のごとき光の筋を見上げる。
それは、あまりにも神聖めいていて、神秘めいていて、美しさに満ちていて、優しかった。
ユーカは動かなくなった。死体、脱け殻となった。
彼女は、二度と意識を復活させなかったが、魔女となって世に悪さを働くようになる前に、鹿目まどかによって、消し去られた。
487
鹿目円奈は、エドワード城第三区域の、城下町から高さ200メートル地点の牢獄城塞の廊下で、両手を地面に着け、ぎりりと握り締めていた。
小さな肩は震え、哀しみに嗚咽を漏らし、やるせない怒りに身を震わせる。
どうして、どうして。
ピンク髪の少女は込上げる感情と戦っていた。
激しい感情は両手に込められて、爪で自分のこぶしを傷つけてしまうくらい、がくがくと力強く握った。
どうして、ユーカがあんな目に遭わなければならないのか。
どうして、みんなをずっと助けるために、戦ってきた正義感あふれる魔法少女が、こんなひどい仕打ちを受けるのか。
どうして、私のような悪い子に、ユーカはありがとうなんて言ってくれるのか。
どうして、ユーカはあんないい子なのに、神は過酷な運命を課すのか。
そして、このやるせなさと怒りは、誰にぶつければいいのか。
この哀しみはどうすれば解決し、みんなが幸せになれるというのか。
分からない。
分からない、けれど。
腕の手首に結んでいた赤いリボンを紐解く。
しゅるりと赤いリボンが牢獄通路の冷たい床に落ちる。
それを手に握り、円奈は、髪に結ぶ。
しっかりと、今後どんな動きがあっても、解けて外れたりしないように、固く、結びつける。
自分の髪の後ろ部分に。ポニーテールに結う。
牢獄通路の暗闇で。
松明だけが照らされる、湿ったカビ臭さと腐臭の濃い牢屋の通路で。
再び、鹿目神無という母に伝えられたリボンを結う。一本。もう一本は、聖地の魔法少女が持っている。
二つのリボンが、やがて鉢合わせする未来は、遠くない。
気合一発、赤いリボンをぎゅっとピンク色の髪に結びつけた円奈は、背中から落ちたイチイ木のロングボウをがしっと手に握り、決意と共に持ち上げると、足を起して立った。
闘志が、そのピンク色の瞳に宿る。
ロングボウを持った彼女の背中の矢筒には、弓矢が17本しか入っていない。
まだ何千人と守備隊と騎士、そのほか弓兵たちが、守りを固めているエドワード城を突破し生き残って脱出、むこう岸の大陸に渡るまでに、円奈が使える矢の数は17本。
17本でこの城を生き延びて脱出しなければ聖地に辿り着けない。
だが、円奈は決意を固めていた。
生き延びること。
この城を生きて出ることを。
決意を固めた瞳に宿る闘志、水滴つけて濡れるピンク髪に結ばれた赤いリボン。
手に強く握られた彼女の得意武器、ロングボウ。
「ユーカちゃん、あなたと交わした約束、忘れない」
円奈は言い、弓を持つとクフィーユを連れて廊下を歩き出した。
その先に光の漏れる出口があった。
919 : 以下、名... - 2015/04/03 00:16:26.08 BgdolSmV0 2494/3130今日はここまで。
次回、第65話「エドワード城の攻防戦 ③」より、次スレを建てます。
続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─15─