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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─
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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─11─
第50話「後悔なんて、あるわけないよ」
379
王城への通行路では、魔獣たちが瘴気を撒き散らしながら、エドワード城むけて大行進していた。
その数は80匹を越える。
あちこちまばらに魔獣が発生することがあっても、80匹が同時に一箇所にまとまって結界を形成するのはめったにないことだ。
王城への道は、ふだん、門を衛兵が守備にあたって、つねに見張られている。
が、人間が見張りにたったところで、もちろん、魔獣の大行進をとめられるわけもない。
王城への通行路は、石畳によってまっすぐに道が敷かれていて、ふだんここは騎士たちのパレードが音楽隊と一緒になって進軍する道である。
ところが今はそれが魔獣たちのパレードになってしまっていた。
80匹の魔獣たちは、王城の入り口へ一直線だ。
それを食い止めようと動くのは、手分けした35人ほどの魔法少女。
魔法少女たちは、夜間の寝静まった王城の入り口、衛兵が並び立つエドワード城の第一城壁へ、まっすぐ集団をなして走る。
「いそげ!」
先頭をいく魔法少女が、エドワード軍の軍旗をふりかざし、後続の魔法少女たちを鼓舞している。
「王城を守れ!」
なにやら妙な騒ぎになっている、と気づいたのは、エドワード第一城壁の守りにあたる夜警の門番たち。
門番たちは、眠たくなる目をこすり、城壁の矢狭間によりかかっていた身を起こして、目を見開いた。
「おいおいおいなんだありゃあ?」
門番は困惑した声をあげた。
城壁にたつ監視塔からみおろした門番がみた光景は、城下町の魔法少女たちが、35人もこっちに走ってくる姿だった。
なんとも異様だ。
奇妙な衣装と格好をした城下町の娘たちが閉ざされた城門に走ってくるという、わけのわからぬ光景。
「ワーウィック!ボーシャン!リック!」
彼は仲間の門番たちを呼んで起こした。
その声は、寝静まる夜にたちこめる霧に轟く。
「おきろおきろ!みてみろ」
城壁の出っ張りに背をくっつけて眠りこけている門番たちの肩をたたき、たたき起こす。
バンバンと叩かれた門番兵たちがビクっと体を動かして目をさます。
「くそったれ」
ワーウィックは夜間に無理やり起こされて愚痴を開口一番、こぼした。
「何事だ?」
重たい目を開きながら、渋い顔をして重たい体を起こす。
「みろ」
こうして四人の門番は魔法少女たちが35人、城壁にむかってくるという異様な光景を一緒になって眺めた。
「可愛いな」
リックと呼ばれる門番が呟いた。「全員お嫁さんに迎えたい」
「そんなこと言ってる場合か」
ボーシャンは言い、城壁の歩廊を走ると、監視塔のベルを鳴らし始めた。
カンカンカン。
警報が鳴る。
王都の城、エドワード城に。
夜襲あり、の警笛がならされる。
エドワード城じゅうの衛兵が身を起こし始めた。
常夜灯係り、門番、衛兵、弓兵、守護隊の兵士。
標高700メートルあるエドワード城のうち、第一城壁区域(高さ1m~40mの層域)とよばれる最初の関所にあたる兵がいっせいに深夜のうちに目をさました。
しかし、次の瞬間、門番兵がみたのは、目を疑うような光景だった。
変身した魔法少女たち35人は、ぞくぞくと白い霧のなかにつっこんでゆき、姿を消していく。
白い霧と少女たちが触れ合うや、飲み込まれてゆき、変身した魔法少女たちは跡形なく消えたのだった。
「どうなってんだこりゃあ…?」
唖然とする門番たちを尻目に、魔法少女たちはほとんど姿を霧のなかに消した。
一人の影ものこっていなかった。
その数秒後、警報のベルを鳴らした門番兵のもとへ、オーギュスタン将軍が駆けてきた。
オーギュスタン将軍は、城壁内側の階段を駆け上り、黒い立派なマントを夜風に晒しながら城壁の歩廊へきて、監査塔の前にまできた。
「何事だね?」
門番たちは互いに目を見合わせた。
どうする?みたいな感情をしている目と目が合った。
「魔法使いの大行進です」
「なんだと?」
オーギュスタン将軍は腰に鞘をさし、黒いダブレットと銀色の鎖帷子を着込んで武装した立派な騎士の格好をして、門番兵たちの前に進み出て、距離をつめ、威圧する。
「どういうことだ」
「たくさんの魔法使いが城門にやってきて、あまりにも妙なことでしたので、警報を…」
門番が言い終えるよりも前にオーギュスタン将軍は動いた。
建つ城壁の矢狭間へ身をのりだし、そこから、何事もない夜間の通行路を見渡す。
「誰もいないぞ」
誰も居ない。物静かな、いつもの夜間の通行路だった。
「いえ、それが…」
門番たちは口ごもる。
「霧のなかに消えたんです」
それを聞くと、オーギュスタン将軍は眉にしわ寄せ、怒りのこもった顔をみせた。
そして門番たちの目の前に数歩、進み出て、じりりとさらに距離をつめた。
逆に門番たちは数歩あとずさった。
その顔にオーギュスタン将軍の影が映った。
「夜間の誤報は処罰の対象だぞ」
「ち、ちがうんです!」
門番たち、懸命に言い訳をはじめる。
「閣下、誓っていたずらで誤報鳴らすなんか、もうしませんよ!前回で懲りてます。しかし、今回は本当に…」
「夜間の誤報を鳴らすことが、いかに罪深いことか、わかっとらんようだな」
オーギュスタン将軍の声に怒気がこもる。
「大勢の人間が夜間に起こされる。この規模の城だ。騒ぎを抑えるのにどう責任とるんだ?」
門番兵たち、返す言葉もなく、無言になってしまう。
オーギュスタン将軍は彼らに背をむけた。見限りだった。「晒し台にかけろ」
正規軍が彼らを捕らえる。
「閣下!まってください!こんなのあんまりだ!ひどすぎる!こんなのってありませんよ!」
しかし、門番の抵抗むなしく、彼らは連行されていった。
「本当にみたのに!魔法使いたちを見たのに!」
380
さて魔獣の結界に突入した西方ギルド街の魔法少女たちは、25人あまりが、発生した多量の魔獣を相手に激闘を繰り広げていた。
あちこちで瘴気と魔法のぶつかりあう音がきこえる。
魔獣どもが消し去ると、結界が消え、魔法少女たちはギルド街という現世にもどる。
そして、また別の魔獣の結界をみつけると、そこに突っ込んでゆく。
25人が協力しあっていると、こっちに発生した60匹ちかい魔獣は、次第に数を減らし、瘴気の勢いを弱めていった。
「てえい!」
昔の、魔法少女の存在が知られていなかった時代にくらべて、その存在が世界に広く知られているこの時代の魔法少女は、一人一人の魔力が弱い。
しかし、弱いなりに、彼女たちは協力しあって、懸命に突如として発生した王城の大魔獣集団と戦った。
「とおっ!」
ある魔法少女は、鎌をつかって魔獣の頭を切り。
「とりゃ!」
ほかの魔法少女は、鉄ハサミで魔獣を斬る。
彼女らに白い糸が襲い掛かる。それが避けきれず、捕われると、仲間が助ける。
仲間も一緒に瘴気の白い糸につかまってしまうと、ピンチになる。彼女たちはソウルジェムを黒く染め上げられていく。
「大丈夫っ!?」
顔もしらない新たな仲間がかけつけて、トンカチで白い糸を破壊する。
仲間達が開放される。
「ありがとう!」
三人は解放され、一緒に、魔獣に猛攻撃をしかける。
白い糸をよけ、飛び越え、トンカチと鎌、ハサミで、魔獣らを一網打尽にした。
「くたばれ!」
別の魔獣の結界ではマイアーが二刀流のモーニングスターをふるっていた。
まず白い糸が砕け、そして、おくの魔獣たちの群れを破壊する。
「これでも食らっておっ死ね!」
魔獣たちは滅んだ。
結界は消え、王城前のギルド街の景色がもどってきた。
「そういえば取り分ってきめてないな」
魔獣を大量に敗残せしめたあと、マイアーはふと、呟くのだった。
381
オルレアンは西方ギルド通りを進み、魔獣の結界は避けて、ユーカを探していた。
あちこちで魔法少女が魔法を使う音、魔力を炸裂させる音、魔獣の呻きと咆哮、飛び交うなか、オルレアンはユーカの姿を追った。
ユーカの身に何が…。
いままで、魔獣退治のとき、いつも自分のそばから離れることはなかった。
そういう条件のもと、魔法少女の魔獣退治に付き合わせていたし、そうでもしないと、自分の命が危険なのはユーカ自身がよくわかっているはずだった。
なのに、どうして、今日だけ、様子が変だった。
自らオルレアンの元から離れ、だれの魔法少女と行動をすることもなく、一人で魔獣の発生したギルド通りに走っていった。
いつものユーカならそんなことはしない。
オルレアンはすれ違う魔法少女たちに声をかけ、といつめた。
「人間の女の子を見なかった?」
戦闘中の魔法少女は、驚いた顔して、言い返すばかりであった。「人間の女の子!?どうして魔獣が発生したこんな場所に人間がいるってんです?」
オルレアンはその魔法少女を離し、また別の魔法少女を捕まえて、問い詰める。
「人間の女の子を見ました?」
「人間が夜間に外出ですって?」
戦闘中の魔法少女は、オルレアンに背中でこたえる。「魔獣の発生場所ですよ、どうして人間など!」
そして、また、魔力を棍棒にためて、魔獣の結界に突っ込んでいった。
オルレアンは絶望的な気持ちになった。
このままでは、ユーカはとても、見つからない。見つけられない。
「うわっ!」
とある魔法少女がぶっ倒れた。
仲間の魔法少女たちがかけよって、助け起こす。
「ソウルジェムが限界だ!」
と、駆けつけた仲間が叫ぶ。倒れた魔法少女の黒ずんだソウルジェムを取り、自分の取り分のグリーフシードを彼女のために使って浄化する。
すると、苦しそうな顔の倒れた魔法少女の表情が、安らいでいった。
オルレアンはあたりを見回し、どの魔法少女も戦いに必死なのを見て、ただただ、神頼み的な気持ちで、声をもらした。
「ユーカ…お願いだから無事でいて…」
382
あらゆる魔獣は魔法少女によって滅ぼされた。
80匹ちかい魔獣の大群は、やがて数を減らし、最後の10匹となった。
数多くの傷と、ソウルジェムに穢れをおった魔法少女たちだったが、互いに協力しあって、魔獣をどうにか滅ぼした。
「とりゃあっ!」
トゲトゲのついた棍棒をふるうと、魔獣の腹を裂き、魔獣は消し去った。
グリーフシードが1、2個おち、魔法少女たちはそれを拾った。
「ソウルジェムが黒ずんだやつはいるか!」
魔法少女は、グリーフシードを拾うと、仲間達によびかける。
「いますぐ必要なやつ!」
「私だ、はやくしてくれ、円環の理にまだ導かれたくない!」
地面に倒れ込んだ魔法少女がいう。その手元にのこぎりが落ちていた。「助けてくれ!」
グリーフシードを手にした魔法少女は、のこぎりを落として倒れた魔法少女のもとにかけより、彼女の黒く澱んだソウルジェムにグリーフシードをあてた。
少しずつ、黒い穢れが、ソウルジェムから抜けていった。
「ありがとう」
助けられた魔法少女は礼をいった。「こんど一緒に魔獣退治するときは、わたしが助ける番だね」
「残念だけど、地区がちがうよ」
助けたほうの魔法少女は笑った。
かくして城下町の魔法少女たちは、魔獣の軍団を前にして勝利を収めた。
たがいに魔法少女と魔法少女で手をとりあい、抱き合い、この勝利の喜びを分かち合った。
ギルド通りのほうも、王城入り口の通行路のほうも、ぶじ、魔法少女が勝利した知らせを互いに交し合った。
「よくやったね」
「うん」
一緒に戦った魔法少女同士で、手を握り合う。その二人はその場で友達となり、名前を教えあって、文通する約束を結んだ。
オルレアンだけが、魔獣の大群を相手に勝利を収めても、不安な顔をしてギルド通りを彷徨っていた。
383
ユーカはギルド通りを一人で進み、魔獣だらけの結界に怖気つくことなく、目的の場所に辿り着いていた。
「はぁ…はあ…」
人間の少女、か弱き体は、命を張ってここまで走ってきた。
その口から息がもれる。
ユーカは、辿り着いたとうる鍛冶屋の飾り看板をみあげた。
こう書いてある。
”イベリーノ”
「はあ…はあ」
鍛冶屋からは、物音ひとつ聞こえない。あれだけの騒ぎがあったのに、気配がない。
誰も居ないのだろうか。
それとも…。
恐る恐る、ユーカは、夜間の寝静まった鍛冶屋の扉をひらいた。
キィ…。
蝶番のすれる音がする。
そして中をみると真っ暗だった。
鍛冶屋の作業場は、夜間の月明かりのみに照らされ、開かれた扉からそれは中を照らす。
「ライオネル」
ユーカは、あの少年の名を呼んだ。「ライオネル、わたしだよ。きこえる…?」
返事はない。
かわりに、ユーカは、ひどいものを見つけた。
どくっ、と恐怖に胸がはねあがり、心臓は凍りついた。
鍛冶屋の冷めた炉火のところに落ちているのは、グリーフシード。
魔獣の卵だった。
まだギンギンと黒い邪悪な光を放って、紫色の瘴気を沸き立たせている。
「ライオネル!」
ユーカはいてもたってもいられずに屋静まった鍛冶屋の作業場に飛び込んだ。
真っ暗闇でなにもみえず、足場は木材やら炭やらスコップやら、いろいろなものが置かれているので、いちいち足をぶつけてしまう。
それでもなりふりかまわずユーカは鍛冶屋の奥にまで進んだ。
かまどや、金床や、トンカチを並び立てた台、いろいろなものをよけながら、奥へ奥へ。
すると。
暗くなった鍛冶作業場の奥で、意識を失って倒れている少年が……
いた。
目を閉じている。
しかも、その腹には、鈍い剣が血まみれになって……突き刺さっていた。
「ライオネル!」
ユーカは少年のもとに駆け寄り、抱き起こす。
少年の口元から血が垂れた。
「どうして…」
ユーカは信じられないという顔をして少年の肩をゆする。「ライオネル、起きて、しっかりして!」
少年は動かない。
人間とは思えないくらい、冷たかった。「そんな…!」
ユーカの顔が崩れ始める。
恐怖と絶望、全てを失ってしまったかのような気持ち。目の前が真っ暗になるような、落ちて行くような気さえした。
「どうして…ライオネル、どうして…!」
ユーカは冷たくなった少年の体を……。
力強く抱きしめ、胸に寄せた。
少年はユーカに抱きしめられる。
だが、その口は血を垂らし、表情は硬く、冷たく、生気はない。
それでも少女は。
やっと自分が。
この少年のことを、好きだったという気持ちに気づきながら。
死んだ少年を強く強く。
抱きしめつづけた。
「どうして…どうして…ライオネル…」
ユーカは涙をこぼしながら少年を抱擁しつづける。自分の胸に抱き寄せる。
「最強の剣をつくって、最強の騎士に使ってもらうこと……夢だったんじゃないの…?ねえ、ライオネル、あなたのおかげで、わたし、毎日が楽しくなったんだよ……」
少年は動かない。
少女は……
動かない少年に語りかける。
自分のすべての気持ちを。
「私ね、最強の魔法少女になりたいって、願い事、決めてた。ライオネルが、最強の剣を造りたいって言ってたから…。だから私は最強の魔法少女になりたいって思った。本当はね。ライオネルのつくった剣、私が使い手になりたかった。あなたがつくった最強の剣を使えるような、最強の魔法少女になること、夢だった。それが私の気持ち。わたしの、ライオネルへの気持ち…!わたし、ライオネルが好き。だから……」
もちろんユーカには何が起こったのかわかっている。
頭のなかでわかりながら心で拒絶している。
あれだけ多量の魔獣が発生したのだ。
鍛冶屋の見習い少年は、魔獣の発した瘴気によって、死に追いやられたのだろう。
でも、少女は、死んだ鍛冶見習いの少年を力いっぱい抱きしめて…
こぼれる涙を少年の死んだ頬に滴らせながら、自分の全ての気持ちを打ち明けていく。
「あなたには……生きていて………欲しかった……!わたしが守ってあげたかった……!」
すると、ユーカと少年しかいなかった鍛冶作業場に、別の声が聞こえてきた。
「その言葉は真実?」
その問いかけから始まった声の主は、人間でもなければ魔法少女でもなければ、魔獣でもなかった。
はっとユーカが、涙ぐむ顔をあげると。
月光の青白い筋が下る窓のところに、ちょこんと尻尾をもった獣がたっていた。
「”戦いの運命(さだめ)”を受け入れてまで────」
白い獣は窓台のところに四肢を据えて座っていた。
「叶えたい望みがあるのなら」
獣は、窓に漏れる青白い光芒を受けながら、暗闇のなかで照らされ、語る。
「ボクが、力になってあげられる」
ユーカは、倒れた少年の体を抱きつつ、泣き崩れた顔だけあげ、白い獣をみつめる。
窓から漏れる青い月光に包まれた白い妖精を。
「あなたと契約すれば…」
ユーカは涙でふるえた声をしぼりだす。
「どんな願いも叶えられる?」
白い獣はいった。表情は動かない。背後の月光に照らされて、顔は闇に隠れている。
「どんな奇跡だって起こせる?」
「そうだとも」
契約の使者は少女に告げる。
「キミにはその素質がある。さあ、告げよ」
赤い目はユーカを見下ろす。
「何を祈り、ソウルジェムの煌きを宇宙に輝かせる?」
「わたしは…」
ユーカは、赤くなった涙まみれの目をこする。
そして、腕で何回か顔をぬぐったあと、力強く立ち上がり、白い妖精に、願いを告げた。
「ライオネルを助けたい」
ユーカは何の迷いもなく、たった一回限りしか使えぬ魔法少女の契約を、その願い事に託す。
「そしてライオネルを守る自分になりたい!」
契約の獣は承諾した。
次の瞬間。
「うっ…」
いきなり熱にあてがられたように、胸に苦痛が走った。
胸のなかの熱は、どんどん広がってゆき、溢れるように勢いをます。足が震えた。
思わず声が漏れた。
「うっ……あああっ…」
胸が苦しい。
体が焼けていくようだ。
しかし、体にこもる熱は、体内を巡りめぐって、全身を包み込むにつれて、それが不思議な力であるようにも感じた。
全身に、今まで知らない全く未知の感覚、不思議な力が、満ちあふれていく。血の中に、暖かな未知の力が溢れ、満ちて、からだしゅうを駆け巡っているかのようだ。
そして、圧倒的苦痛に包まれながら、ユーカは、熱のなかで、自分がとうとう人間ではなくなって、魔法少女になっていく自分を感じていた。
「ああああっ…ァ」
口からまた声が漏れる。
手は胸をおさえ、あまりの体の熱さに、視界が白黒した。
そしてとうとうユーカはみた。
まるで体からすべての力が抜けていくような、すとーんという脱力感、落ちて行くような感覚ののち、目に煌くオレンジ色のキラキラ光り輝く……
卵型の宝石をみた。
「ソウル…ジェ…ム…」
絶え絶えの息になりながら、ユーカは呟き、そして、バタリと体ごと倒れ込んだ。
そのあとはしばらく体が動かせなかった。
まるで全く別人の体に乗り移ったかのように、自分の体が自分の体でないような違和感がする。
自分の命令にしたがって体が動かない。
しかし、時間がたつにつれて、だんだんと体の感覚は、もどってきた。
ぴく…ぴくと自分の体を動かしはじめ、そして、ソウルジェムを手にとった。
「宇宙に神秘の灯がまた一つ、煌いた。さあ、解き放てよ!」
白い契約の獣は、新たに誕生した魔法少女に、告げた。
「その新しい力を!」
394
オルレアンは心に胸騒ぎを感じながら、ギルド通りを進んだ。
そして、もう手遅れだったのを悟った。
あたりが60人ちかい魔法少女の勝利ムードのなか、一人の少女をみつけたのだ。
それは、ユーカだったが、普段の身なりとは違う服装をしていた。
コルセットをはめたフレアスカートの姿。
茶色の髪は花飾りがちょこんとポニーテールにし、足には革ブーツを履く。
その腿は毛糸のタイツに包まれる。上着は、きらびやかなパフスリーブのついた肩の膨らんだワンピース衣装。
ユーカの魔法少女姿だった。
「わたし、人を、助けました」
魔法少女になったユーカは、オルレアンに告げる。
「だれかのために、願い事をつかったのですね」
オルレアンは寂しい声で言った。
「はい」
ユーカは俯いて答えた。
それから、涙をすべてふいて、最後に、嬉しそうな笑顔をみせて、頬に赤み差しながら、少女は言った。
「だって、人を助けるのが、魔法少女だから」
えへへと笑い、嬉しそうな顔をみせるユーカ。
「後悔しませんか?後悔しないと、約束できますか?」
オルレアンは心配げに訪ねた。
ユーカは嬉しくて、魔法少女に生まれ変わった自分が幸せでいっぱいという顔で、オルレアンに、答えた。
私は助けた。
ライオネルを助けた。
彼はまた、夢のために、剣をつくりあげることができる。
わたしはその夢を守ることができる。
だって、魔法少女になったから────。
「後悔なんて、あるわけないよ!」
395
そのころ王都の通行路と、入り口を防備する第一城壁では。
オーギュスタン将軍が、通行路で大騒ぎしている魔法少女たち60人の光景に圧倒されて、彼は自ら城壁から降り立って魔法少女たちの前にでた。
「何を夜間に王の城の前で騒いでいるのだ?」
オーギュスタン将軍は、困った顔をして、騒ぎ立つ魔法少女の一人に、尋ねる。
「ヴァルプルギスの前夜祭ごっこか?」
「閣下、またそりゃ、人聞きの悪い!」
魔法少女は楽しそうに笑い、王都の将軍に答えた。
「閣下、私たち魔法少女は、いま、自分たちの使命を果たした勝利に、嬉しくて嬉しくてしょうがないんです。わたしたちは、あなたの国を守りました。」
「なんのことだね?」
オーギュスタン将軍には魔法少女の話がわからない。
「人間は、どうも話がわからなくて困るや!」
すると遠慮のない魔法少女は、王城の将軍にむかってそういった。
「いいですか、みてください、このグリーフシードの数。大収穫ですよ。しばし安泰、ソウルジェムは穢れ知らずです。ところで、今晩は魔獣発生がひどくてですね、魔獣どもは、王の城に大行進していたんです。そこでわたしたち城下町の魔法少女は、大慌て、大集結してですね、」
大喜びな魔法少女はにこやかに笑いながら王城の将軍に語る。
「いまだかつてない魔獣の大群を、みごと倒したのですよ!王都は救われました。わたしどもがこうも勇敢に戦わなかったら、あなたがたと、エドワード城の騎士と貴婦人たちは、みな魔獣に殺されてしましたよ。ですが私どもはそれを食い止めたのです!もっとも、間に合わなくて、何人か死んでしまった人間もいたかもしれませんが、なに、最悪の事態は避けました。王城への魔獣の侵入は、私どもが防ぎました!」
オーギュスタン将軍はうなった。
「それで夜にこんな騒ぎを…」
「そりゃ、城下町の魔法少女が、こんな集まって、一致団結して、魔獣あいてに大勝利したなんて、たぶん、そうそうないんじゃないでしょうが!」
魔法少女はとても嬉しそうだ。
「だから、今晩つかって、みんなでお祭り騒ぎです。」
「…」
オーギュスタン将軍は、また唸り、そして考える動作をしたあと、魔法少女にたずねた。
「おまえ、名は?」
「わたし、ですか?」
魔法少女は指で自分を指す。「閣下、私はつまらない娘でして、夜のパーティーでもどんな男の子も手を繋いで踊ってくれなくてですね、まあ、顔も性格もかわいくないんで、仕方ないかもなんですが、その…」
「名だけいってくれ」
オーギュスタン将軍は顔をしかめた。
「はい、はい、私は、チョーサーといいます。」
魔法少女は名乗り出た。「私は、小さい頃から本と詩が好きで、どうしても読み書きができるようになりたくて、でも、こんな身分だし生まれでしょう。教育受けることもできなくてですね、だから読み書きできますようにってカベナンテルに…でも、いま思えば、です。読み書きをできるように、ではなく、かわいい女子になれますようにって、願ってほうが…将軍はどう思いますかね?」
「チョーサー、きみの相談事まではきいとらん」
オーギュンタン将軍は相手の話を遮った。「チョーサー、きみたちの活躍は確かに耳にした。将軍としてきみらに褒美をだそう」
「褒美、ですか?」
チョーサーは目を丸める。「これは驚きました。将軍から直々に、私ら魔法少女にご褒美を?」
「そうだ」
オーギュンタンは答え、それから、城壁に並び立つエドワード城の兵たちに、大声で命令をくだした。
「この者たちは今日、王都をお守りした!」
ざわわっ。
エドワード城に並び立つ守備兵たちがざわめく。
「王都を守った者には褒美をだすのが将軍の務めだ」
彼はいい、自らもマントを翻して王城に戻りつつ、守備隊たちに指示だした。
「王の貯蔵庫から酒、肉、香料、パンをだせ」
守備兵たちはたじろきながら、エドワード城の貯蔵庫へ走り出した。
その走り行く守備兵を眺めながら。
首と手に枷をはめられた晒し台の夜警門番たちは、枷のなかでがちゃがちゃ体を動かし、喚きはじめた。
「ほら、ほら、ほら!私たちが警報を鳴らしたのは、決して誤報じゃなかっでしょう!」
木の板に穴をあけて、二枚重ね合わせた枷は、兵たちの首と手をはめ、彼らはまったく身動きでない。
ガチャガチャと晒し台の拘束具がゆれるだけ。
身動きできないながら、声を怒鳴りたて、自分達の主張をはじめる。
「だから、見たっていったんですよ!魔法使いの連中をたくさん!さあ、枷を解いてくれ!誤報なんかじゃなかったんだ!おい、どうして無視するんだ、おい!これを外してくれ!」
396
そして魔法少女と王城の守備兵の賑やかな夜祭がはじまった。
兵たちは松明の火を持ち運び、王城の通行路を明るくし、かがり火にして、夜祭のなかを照らす。
開かれたエドワード城の門から、つぎからつぎへと、荷車に積まれた酒樽が運ばれてくる。
「魔法少女ってのはワインをのめるのか?」
地面にあぐらかいて座り、ワインにグラスを注ぎ、顔を赤くしているオーギュスタン将軍は、魔法少女たちに、問いかける。
・・・・・
「モチのろんさ!」
環をつくるようにして焚き火を囲うオーギュンタン将軍と、魔法少女たちと、王城の守備兵たち。
魔法少女たちは、王城から運ばれてきた最高級品銘柄のワインをグラスに注がれ、遠慮なくなみほす。
「それにしても、」
そこに加わっていた魔法少女の一人、ベエールがいった。
「王城の将軍さまが、ここまで手厚く魔法少女をもてなしてくれるとは、ね!あたしはすっかり驚いたよ」
「王都を救ってくれた褒美だ」
オーギュスタンは魔法少女に答え、ワインを飲み干した。するとまた酒樽の注ぎ口からワインを足す。
「話のわかる将軍さまだ!」
マイアーも顔を赤くしながら将軍を褒め称えた。「こんな将軍さまがいるうちは、王もさぞ、安泰だろうね!」
「王は近頃病に臥していて、誰とも顔を合わせないのだ」
将軍は、酒の勢いで少し口を滑らせてしまったことにきづいた。
王の健康状態は、ふつう庶民に知らせるべき情報ではない。
「そりゃまた、魔獣に、魂を抜かれてるんじゃないでしょうね!」
マイアーは赤い顔をしたままワインを酒樽の注ぎ口から付け足した。
「王城の中の話は、私どもにはわかりません。そもそも私たちの税で、暮らしている生活って、どんなものですかね?」
「口を慎め」
隣の兵がぼそっとつぶやいた。「王は、おまえたちより遥かに多忙で、政務という難しい課題に、頭を悩ませておるのだ。失礼なことをいうな」
50人、60人という、そこらじゅうの魔法少女たちが、王城から運ばれる肉料理やワインを楽しみ、守備兵たちと祭り騒ぎになっていた。
長テーブルが臨時的に用意され、そこにさまざまな宮廷料理が運ばれる。
ワインとビールの酒樽、ローストチキン、猪のロースト、塩味のパイ、若鶏、ハンブル・パイ、焼き上げたパン、肉のマスタード添え。
肉料理の数々は、宮廷料理ならではのスパイスで味付けされ、バジル、ボリジ、マロウ、カルダモンなど、香りのいい葉や薄葉が、ふんだんに肉料理のために使われる。
庶民の、城下町の娘たちである魔法少女たちは、将軍の厚意で持ち運ばれた王城からの料理を、おおいに楽しみ、そして王城の兵たちと語り合った。
「騎士さまはいないのかい」
これを男との出会いとみた魔法少女は、王城の兵に訊く。「騎士さまは、いないのかい?」
「守備隊でわるかったな」
ワインで顔の赤い兵は、ふて腐れた顔をして答える。「へっ、女は、騎士しか目がないのかい」
このうちで騎士の身分にたつのはオーギュスタン将軍ただ一人だけだった。
そこでオーギュスタン将軍のまわりに、魔法少女たちが、集まってきたが、その魔法少女たちは、あきたらず、こんなことを訊くのだった。
「王子さまを、お連れして。」
とある魔法少女は将軍に頼み込む。「王子さまを、ここに、お連れして、私とお話させてください。」
「エドワードさまはここにはだせん」
将軍は困り果てる。
「私の判断で祭をひらいているだけなのだ」
「どこまでも高望みしやがって!」
王子様をお連れして、と頼み込む魔法少女を、別の魔法少女が、とっつかまえて言いくるめる。
「これを機会に、おまえだけ、王子様と話すつもりだったんだろう。そううまくいくか!」
「こんな冗談がある」
オーギュスタン将軍は、語りだした。
「神は最初に、男と女、どっちをつくったのかという問題について、だ」
「そりゃ、女にきまってますよ」
とある魔法少女が一人、答える。ワインを飲みすぎてフラフラだった。
「男ってのは、女の腹から、生まれるでしょう。だとしたら、女が先に創られたに、きまってます」
それから、ワインを飲み干した。
「それにしても、このワインはうまいですね!さすが王城に貯蔵されたワインってところですか?」
「いや、だが、男がいないと、女は腹に子を孕めんだろう」
オーギュスタン将軍は言う。
「となると、まず男が生まれ、それから神は、女を創った。そして女は、子を孕むようになった」
「将軍さま、しっかり考えてください。”まず男が生まれ”っていいますが、そこからして変じゃないですか。まず男が生まれるためには、女の腹がでてこなくちゃいけないんですよ。女がさきに創られたんですよ」
「まあ、諸君、いろいろ考えはもちろんあるだろうが」
将軍はまたグラスでワインをのんだ。
「答えはこうだ。神はまず女より先に男を創った」
「?」
将軍のまわりの魔法少女たち、怪訝そうに目を細める。
それから将軍は、その理由について、こう説明した。
「神が先に女をつくっていたら、どんな男をつくったらよいか、いちいち女の理想をきかにゃならんので、たぶん未だに世に男はできていないだろう」
魔法少女たちは一瞬、きょとんとして、目を点にさせたが、将軍の冗談をやがて理解し、みんな顔を赤くさせた。
「農夫より都市の男、都市の男より王城の守備隊、王城の守備隊より騎士、騎士より王子さま、女の理想はとどまることを知らず、無限だといいたいだけだ」
魔法少女たちは、顔を赤らめて、将軍から目を逸らして逃げ去った。
397
さて長テーブルのほうでは、王城の守備隊と魔法少女たちのパーティーが盛り上がりをみせ、ワインによった勢いで喧嘩をおっぱじめたり、人間の守備隊の前でソウルジェムの変身を披露してみせる魔法少女もいた。
「みんな俺の嫁によってくれ!」
晒し台から開放された門番が、魔法少女たちの環に加わってゆき、酒の勢いで叫ぶ。
「みんな俺の嫁だ!毎晩かわるがわる可愛がってやる!」
もちろんどの魔法少女も彼から逃げていった。
これは、一年前の出来事だった。
魔獣が大量の発生し、多くの魔法少女が結集して王城を救った事件のとき、ユーカは契約して魔法少女になった。
城下町の魔法少女は、王城を救った褒美に将軍から食べ物を大いに給仕され、王城の兵との交流を深めた。
それはまるで希望に満ちた一夜だった。
しかし全ては悲劇への予兆だったのだ。
王都の君臨者、エドワード王は、病に臥しているのではなかった。
オーギュスタン将軍にすらそう偽りを伝えて欺いていたのである。
王はこのあいだ、王都から魔法少女を絶滅させる恐るべき計画に着手をはじめていた。
今の世界は、魔獣というものがが発生し、これが魔法少女の敵らしいが、前の世界はそうではない。
前の世界は、魔法少女こそ魔女で、魔女は魔法少女の敵だった。
魔法少女の希望とやらを。
根こそぎ、暗黒の絶望へ染めてやる計画に着手できるのは。
世界どこを探しても。
エドワード王のほかにいない。
そして、悲劇のはじまりまで、一年という期限をもう切っていた。
405 : 以下、名... - 2014/12/25 22:59:54.48 7DmKop3w0 2003/3130今日はここまで。
次回、第51話「本当の気持ちに向き合える?」
第51話「本当の気持ちに向き合える?」
398
オルレアンが忽然と消えた失踪事件は、うわさとなった。
城下町で最も有名な魔法少女が、とつぜん姿を消してしまった。
これについてさまざまな噂が少女たちのあいだで囁かれた。
こんな内容だった。
オルレアンさんは洋服屋で誘拐された。
彼女は、洋服屋に通うことが好きで、お金もないのに、しょっちゅう試着室にいって服をきていた。
ところがその試着室は、実は鏡のほうが仕掛け扉になっていて、クルリと半回転する仕掛けがあった。
そこに悪い人たちが待ち構えており、試着室にて油断していたオルレアンさんを誘拐し、拉致し、異国に連れ去った。
真相はユーカにもわからなかった。
一週間、二週間もオルレアンがいないと、いよいよ本格的に心配になってきた。
魔法少女になってからもうすぐ一年が経とうとしている。
はじめは自力でろくにグリーフシードも稼げなかった彼女は、いまや立派に魔獣と戦える魔法少女歴一年の少女だ。
王城の不気味な威圧感は日に日に増した。
女は、生まれながら動物的な勘にすぐれる。
目にはみえないものを察知する。
ユーカは感じ取っていた。
エドワード城から漂ってくる不気味な、魔獣の瘴気とはまるで別物の────
人間そのもの悪意、敵意、邪悪を。
絶望をふりまく魔獣が生み出す悪寒とは別で、それは正真正銘、人間そのものから発生する純粋な悪だ。
いや、悪と決め付けているその理性のなかに、女の勘としての”危機”を本能が告げていた。
その予感は当たった。
”うわさ”などなかった。
そんな誘拐事件などなく、ただ女たちが面白がってひろめた町の都市伝説だった。
城下町で一番慕われた魔法少女を拉致したのは王だった。
王は、オルレアンさんを十字架にかけ、縛りつけていた。
「おまえたちが魔法少女と呼び、救い主のように考えている正体を知れ。」
王は、3万人の城下町の人々が王城の門に集った前で、オルレアンという魔法少女を公開処刑にかけ、そして魔女刺しをした。
王の行動はユーカはもちろんだが、城下町のすべての魔法少女に恐怖を与えただろう。
魔法少女が絶対に秘密にしていたかったこと……人間ではない、ということ……を、公開処刑のなかで暴かれた。
オルレアンは、十字架に縛り付けられ、人間たちに針を刺されていく。
最初は苦しそうに悶えた魔法少女は、だんだん痛みを訴えなくなっていく……
痛感遮断だった。
それは、人間の目から見たら、どう映るだろうか……
ばけもの、とそのとき、城下町の男の子が叫んだ。
ブスブス針を、まるで人形のように受け止めていく。針の虐待に対して何も痛みを訴えない。
まるで裁縫道具の綿のようだ。
「これがお前たちが憧れていたものの正体だ」
王は王城の城壁から、民衆むけて言った。
「これで分かっただろう。お前たちは騙されていたということが。この女どもは、悪魔と契約し、人間を捨てている。呪いを呼び起こし、人間に不幸を振りまいている。こいつらは魔獣と戦うというが、悪魔と契約を交わして魂を捧げ、願い事をなんでも悪魔に叶えてもらっているのだ。そして、そのぶんだけ、災いを我ら人間が被っているのだ。人民の幸せを願う余である王は、こいつらの存在を許さぬ。わが王都から国から、魔女どもを滅ぼし尽くさねばならない。」
魔女狩りははじまった。
たぶん、王はきっと、この魔女狩りは思い当たりばったりのものではなく、かなり時間をかけて綿密に練っていた計画なのだろう。
魔法少女の秘密を市民の前にあばき、曝し、魔女におとしめること。
魔女狩りのはじまりが王によって宣言されるや、審問官と裁判官、魔法少女を懲らしめるおそるべき拷問、そのすべてがあっという間に城下町の全魔法少女を罠に嵌めていった。
手際のよい審問官の拷問も、かなり前から計画されていたからこその実践にちがいなかった。
どれも魔法少女に痛覚遮断を余儀なくさせる、”痛み”に重点をおいた拷問ばかりが用意されている。
この審問の名のもと、拷問を受ける魔法少女は、市民の目が注がれるなか、ソウルジェムの秘密である痛覚遮断をしてしまう。
市民は魔法少女を不気味がる。こいつら人間じゃないぞ、化け物だと叫び、火あぶりにするべきだと熱狂する。
王は、武力で魔法少女を滅ぼそうと考えているのではない。
城下町に暮らす10万人の人々すべての心理を利用して魔法少女を滅ぼそうとしているのだ。
これがエドワード王の黒い計画の核心である。
火あぶりは魔法少女を殺すには最適な方法だ。
ソウルジェムさえ砕かれなければ魔法少女は死ぬことはないということすら、王には突き止められている。
王はもう、魔法少女のことをたくさん知っている。魔法少女を絶滅させるため、研究しつくした。
火あぶりは、身につけたソウルジェムごと焼き尽くす処刑だ。
ソウルジェムが焼かれたら、魔法少女にとっては魂そのものなのだから、魂を焼かれることを意味して、魂を焼かれて生き残る魔法少女はいない。
ソウルジェムは火に弱い。
焼かれたソウルジェムは熱せられ炙られつづけると、形を崩してどろどろ熔ける。
それはつまり自分の魂が溶けることで、魔法少女の魂は火とともに昇天することを意味した。
しかも、魔法少女を魔女として摘発しなければ、城下町の人間の女たちは、自分たちのほうが魔女として疑われるかもしれないのだから、ますます人間の女たちは、魔法少女を見つけたら、容赦なく魔女だと審問官に密告する。
城下町の魔女処刑は、女が女を告発するという判例が多かった。
自分を守るために他人を告発する恐ろしいサイクルが城下町ではじまった。
王の計画は黒い。
黒く、練られていて、本気で魔法少女を滅ぼしつくそうとしている。
城下町に住んでいた100人あたりの魔法少女は、魔女狩りの日々に怯えるようになり、魔獣と戦うことをやめた。
近所に魔法少女だと自分の正体を知られた少女は、家出して、オルレアンがかつていた会堂にこもりっきりだ。
つまり、どの魔法少女もみんな、自分の身の潔白を証明する自信がないのだ。
もし、この女は魔女です、と告発されたとき、いや自分はちがう、人間だ、と言い返せるか。その自弁を貫きとおせるか。
たぶん、魔法少女である以上、それは無理だろう。
焼きごてに体をやかれでもしたら、痛感遮断をしないわけがない。ぜったいに痛感を遮断してしまう。
心の中で、痛いのはいやだ、と思うだけで、ソウルジェムが勝手に体から痛感を取り去ってしまうのだから、焼きごてを口の中に突っ込まれでもしたら、正気を保っていられるはずもない。
まちがいなく痛感を遮断してしまう。
美樹さやかが、佐倉杏子の槍を体にうけたとき、人間の身だったら痛みでもう動けなくなっているところだが、それでも立ち上がれたのは、やはり魔法少女が、自然な感覚の中で痛みを感じなくなっているからであり、それは、カベナンテルからいわせたら、”それが魔法少女たちの強みだ”。
エドワード王は完全にそれを逆手にとった魔法少女狩りをはじめた。
城下町の魔法少女たち100人は、完全に王の魔女狩りの恐怖に屈していた。
痛みを感じないという魔法少女の"強み"を逆に"弱点"として暴き出す民衆の目に晒されながらの公開拷問を恐れた。
魔法少女の疑いがかかるその瞬間を極度に怯えていた。
そして夜間の外出をやめて、夜に大量発生する魔獣の退治をすっかりやめた。
それを目撃でもされて、魔女の疑いがかけられたら、その魔法少女は、10万人の暮らす城下町の人々の前で身の潔白を証明しないといけない。
審問官はいまや、そんな疑いのかかった魔法少女を痛めつけるためだったら、もうなんでもする。
人間ではなくなった少女達の正体を暴くためだったらなんでもやる。
ノコギリで乳房を切り裂くことや、小指の粉砕、水責め、吊るしあげ、体の引き伸ばし。
そして痛感遮断を民衆の目に晒し、魔女だ魔女だと罵られながら、火あぶりになって死ぬ。
そんな死に方するくらいなら、円環の理に導かれるのを大人しくまっているのがいい。
ほとんどの城下町の魔法少女はそういう心境で、頑なになってしまった。
一部の、魔法少女を除いては。
399
「いくよっ、円奈!」
その夜ユーカは魔法少女姿に変身し、クルクルっと大きな杖を手元で回すと、両手に構えをとった。
「う……うん!」
円奈は魔法の力が注がれた弓を構え、ロングボウに矢を番える。
ブリーチズ・ユーカと鹿目円奈の二人は、何度目かの二人共同の魔獣退治に出かけていた。
そして魔獣の結界をみつけ─────こんな暗黒の都市にはそこらじゅう瘴気の結界がはびこっているのだが───二人は入り、魔獣と戦った。
鹿目円奈はその日もユーカの、たった一人の魔獣退治につき合わせてほしい、とせがんだ。
ユーカは、命の保障はできないけど、といいながらも、少し嬉しそうに円奈の願いを受け入れた。
「とおっ!」
ユーカは魔獣たちの列成してぞろぞろ歩いてくる群れの先頭の魔獣たちに、杖の一撃をかます。
クルクル杖を回し、そしてぶん、と水平に一振り。
魔獣たちは杖に叩かれて、消滅した。
白い糸がとんだ。
「円奈、気をつけて!」
すぐユーカが後ろ振り向きながら叫んだ。
魔法少女に叫ばれて、身の危険を知らされた円奈は、「う、うん」とどもった声をあげ、魔法のロングボウ(ユーカの魔力が一部注がれたもの)に番えた矢を放った。
ビュン!
まず弦がはじけ、矢は魔法の力を帯びて、ピンク色の閃光を放った。
それは円奈の頭上を舞った白い糸を散り散りにくだいた。
砕かれた白い糸の細切れな塵が円奈のまわりに降り注いでくる。
円奈は、矢筒からまた一本矢を取り出し、ロングボウに番えた。
「いっけえ!」
と叫び、魔獣にかむってはなった。
それは魔獣の口のなかに当たり、矢を文字通り喰らった魔獣は苦痛にうめき、動きをにぶくした。
しかし、生身の少女から放たれた矢は、そんなに魔力を持たない。
そこまでが精一杯だった。
しかし動きをにぶくした魔獣はユーカがとどめをさす。
「とぉい!」
と掛け声だし、杖でぶったたく。魔獣は呻きながら姿をけした。
そしてユーカはブンと杖をふるい、その隣にやってきた魔獣も叩いた。魔獣は呻き、動きをにぶくした。
「きえろっ!」
ユーカが叫びながら杖をクルリと手元で回し、そして杖の後端のほうを突き延ばして魔獣を刺した。
こんどこそ魔獣は消した。
が、あたりじゅう白い糸が飛び回り、ユーカと円奈の二人を包囲した。
ユーカの体に何本かの白い糸が触れる。
「う…」
ユーカは苦しそうな声をあげ、顔をゆがめる。ソウルジェムが黒さを増し、ユーカは魂を汚されて思わず顔をゆがめたのだった。ソウルジェムにダメージが加わると、全身がずきっと体の芯から苦しくなる。
そして杖で、魔法少女の衣装に絡みついた糸を振りほどき、そして。
「円奈っ、退却!」
と、少しでも危なくなると、即退却。
「う、うん…!」
円奈は魔法の矢をまた放ったばかりだった。
円奈の手は、トンとユーカに握られ、円奈はユーカに手をひっぱられるようにして、二人一緒に手を繋ぎながら走って魔獣の結界を脱出する。
するとゆらり……と赤黒い魔獣の結界は視界から消え、寝静まった夜の城下町の暗い景色がもどってきた。
「はう…はう」
ユーカも円奈も膝に手をあて息切れしていた。
「今日も収穫あり、だね」
顔を赤くさせ、息切らしながら、変身衣装を解いたユーカは円奈にわずかに笑いかけた。
「グリーフシードを?」
息を切らしながら円奈も赤くさせた顔でユーカを見つめ返すと、たずねた。
「うん」
ユーカははあはあ吐息だしながら答える。
「14個」
「すごい、ね…」
円奈はそこまでいうとふらっと力を失って地面に膝ついてしまった。「はぁ…」
地面に膝をつき、そして倒れそうになる体はイチイ木のロングボウが支える。
それにしがみつくような形でバランス保つ円奈は、膝たちになる。
「だいぶ魔獣に生命力とられているよ…」
ユーカは心配になり、円奈の肩に手をふれた。「回復させてあげる」
ユーカの手から不思議な癒やしのような力が、円奈の身に流れ込んできた。
あえてたとえるならそれは、暖かくて、止血されていた部分に血が巡りはじめたような感覚に、近かった。
「人間の身なのに魔獣の結界に入ること自体、死に急ぐようなものなんだから…」
ユーカは円奈の生命力を癒やしながら、いう。
そのユーカのソウルジェムは、また、黒さを増した。
円奈もその様子に気づいた。「ユーカちゃん、ソウルジェムが…」
「いいの。グリーフシード手に入ったから」
ユーカは切なげに微笑む。
「グリーフシードと、ソウルジェムあるうちは、魔法少女はなにがあったって死なないよ」
円奈にはその意味が本当の意味でわかっていなかった。
「ごめんね…」
つらそうな人間の少女は、魔法少女の手から注がれる癒やしの力に、こうして身を任せた。
目を閉じてすうと息をつき、しばし癒やしの感覚にひたる。
そして回復が終わると、円奈はようやく立ち上がった。
「なんだか私やっぱり足手まといかも…」
回復して、たちあがった少女は、いちばん最初にそう言った。
「もう…円奈ったら」
ユーカはふて腐れた顔をする。「私にまたいわせる気?円奈が一緒にいてくれたら、私、それこそ百人力なんだってば」
「ごめんね…でも、ほんとにユーカちゃんに迷惑ばかり……かけてて…」
円奈はいつまでも友人のことばかり気にかけ、自分が半ば死にかけたことは気にしない。
そして自信なさげに友人のことばかり心配したことを話す。
そこはやっぱり、どことなく鹿目まどかに似た性格だった。彼女は聖地で知ることになる。自分が誰の祈りによって生まれたのかを。
そしてこの少女は、かつて鹿目まどかが決意を果たし、永遠の概念となったあの決意とはまるで別の決意を、円環の理誕生の地・聖地にて、果たすことになる。
ユーカと円奈の二人は友達同士だった。
そして二人は、”王の魔女処刑をとめる”という約束を結んでいた。
この王都の魔女裁判。それは、もっぱら城下町の魔法少女を標的にした、市民による魔法少女狩りの狂気。
毎日のように、魔法少女が衆目に引きずり出され、痛覚遮断の拷問ショーが繰り広げられる、魔法少女にとって暗鬱の日々。
「それで、どうやって王に魔女狩りをやめさせる?」
ユーカ話題転換をした。二人にとっての本題の会話に入ったのだった。
「何か案ある?」
「うーん…それは…」
ピンク髪の少女は悩んでしまった。「王様にじかに会ってお話する?」提案ひとつ、指を立てて、してみる。
「あのね、そんなことできるわけないでしょ」
ユーカは呆れた顔をする。
「エドワード王は、あのお城のてっぺんにいて、騎士だけに引見するんだから」
「でも私も騎士だよ?」
鹿目円奈は首をかしげる。
「じゃあ敵の本拠地に乗り込んでお願いする?円奈一人で?」
ユーカの呆れた顔は変わらない。
「王お抱えの衛兵と、王の騎士と貴族が宴会しているそのさなかで、”王の魔法少女狩りをやめてください”って反抗する?」
「ううう…」
円奈はしゅんとして、落ち込んで目を閉じた。
そんなことしたら逮捕されるだろう。近衛兵たちにちゃっちゃかと。
そして逮捕された円奈は、牢獄の中で死ぬことになる。毒でもなんでも食べ物に含まされて。
餓死するか毒をくらうか選べ、といわれるわけである。
エドワード王は、異国の少女騎士の文句などいちいち相手にする王ではない。
「地味に魔獣退治をつづけるのが一番だよ」
ユーカは自分の考えを言った。
「魔獣は、魔法少女にしか倒せないでしょ。魔法少女の使命を忘れず、戦い続ければ、きっと城下町の人は思い出してくれる。”魔法少女はみんなを守っているんだ”って…」
最後の語りは、ほとんど自分の願いをのせたような、はかなげな口調だった。
ユーカの目は遠目を眺めている。
いつか魔法少女が、魔女扱いされてしまうこの城下町に、平和が戻ることを願うかのような…
魔法少女は切なげに想う表情をしていた。
400
しかし魔獣の数が増す一方である王都の城下町は、日に日に恐怖と残酷さを増すばかりだった。
異様なほど魔獣がはびこり、瘴気が支配し、魔法少女が活動をやめてしまっているこの城下町は、もはや魔獣のまきちらす負の感情が暗雲のように町をすっかり覆ってしまって、人々の感情は、おかしくなりはじめていた。
鹿目まどかが改変し、宇宙を再編した世界は、魔法少女が活動して初めて人間世界の平和が守られる、という世界だった。
魔法少女が魔女となってしまう世界より、魔獣は多く広く分布するので、希望をもって戦う魔法少女を泣かせたくない、という想いをのせて創りあげられたこの新しい世界は、とにかく魔法少女は戦い続けることが使命だった。
しかし魔法少女がその使命を忘れてしまい、魔獣を発生させ放題のこの城下町は、人々は気がおかしくなりはじめていた。
この朝も魔法少女が見つかり、告発された。
目撃情報によると、魔法少女は夜になると魔女となり、箒に跨って空を飛んだのを見たという。
摘発された女は悲しいことに、夜間に魔獣狩りに出かけたところを不幸にも目撃された。
ほとんど狂気に陥りはじめた城下町で、人間の感情はほとんど失われ審問官の拷問も熾烈を増した。
王から、魔法少女というのはどんな拷問されても死なないものだ、と教えられている審問官たちは、非人道的な拷問を容疑のかかった女に課していく。
疑われた女はロープによって逆さ吊りにされ、空中に縛りつけられた。
二本の柱をたて、ロープで四肢を縛り逆さ吊りにして結びつける。
女はすでに裸で、身にまとうものはなく、すべてを公開処刑のなかで晒された。
四肢を縛られて逆さ吊りにされた女は足を開かされ、上向きに股間と女性器を晒していた。
審問官たちは二人係で、大きなノコギリをもち、その上向きにされた女性器からノコギリで裂きはじめた。
ちょうど女体を股間から縦に真っ二つに裂くように、大きなノコギリをもって少女の体を真っ二つにしていく。
魔法少女であるこの少女は、もちろん最初は痛みを訴えるのだが、股間が裂かれノコギリが腹に到達すると、もう痛覚遮断してしまって、体を真っ二つにしながら痛みを感じる素振りをみせないという実態を公開処刑のなかで晒した。
ぎこぎこぎこ。
血が股間から胸へ垂れる。
ノコギリの刃が体を裂いていくたび、逆さ宙吊り少女の体はゆれ動いた。
ノコギリが体を奥へ奥へ裂いていくたび、血はますます股間から、腹から、垂れ流れて、少女の宙釣りの体を血まみれにした。
だがなにより城下町の人々が驚くのは、そうやって血まみれになっていくのに、少女は平気な顔をしているのだ。
だって痛感がないから。
そして…。
想いむなしく、ノコギリは股間から頭まで裂き、ついに少女は裂かれ、左右真っ二つになった。
ロープに吊るされた体は意味を果たさなくなり地面におちた。
しかも、それでもソウルジェムにダメージのない魔法少女は生きているのである。
少女は生きていて、体が左右真っ二つになって分裂して、地面で蠢いて言葉をしゃべっている。そのうち、元通りに再生する。
「これが魔法少女、おまえたちが救い主のように考えた正体だ」
審問官は血と内臓を晒す少女を見下ろして、民衆へ告げる。
「どんな殺し方をしても死なない。怪物どもだ」
観衆のなかには、同じ仲間の魔法少女もいたが、恐ろしさに目を瞠っていて、目に、涙をためていた。
401
毎朝のように魔法少女が見つかり、魔女として摘発されていったが、その件数もいよいよ人々の恐怖が増せば増すほど多くなった。
城下町の若い娘たちは、魔法少女の疑いがかかった女の末路が日に日に残酷さを増すのをみて、自分が疑われることに恐怖するようになり、自分の身を守るためにいよいよ他人の女をぞくぞく告発した。
猫を飼っている女は即魔女の疑いをかけられた。
猫、そのうち黒猫は魔女の使い魔であるとの迷信は、この城下町では本当のことのように信じられた。
魔女はなぜ使い魔を飼うのだろうか。
サバトの集会に連れ去った子供を、ぐつぐつかまどで煮て、料理したあと、魔女はその子供を料理した脂肪を魔力の根源として使うのだが、のこった残飯、肉や骨は、使い魔に食べさせる。
魔力の根源としての脂肪は、”魔女の軟骨”ともいわれ、空を飛んでサバトの集会にでかけるときに必要な具材となる。サバトの集会に出かけるとき、魔女は全身にこれを塗りたくるのだった。
こんな城下町では、寿命がきて命を途絶えてしまった黒猫のことを想い悼んで、黒猫を助けたいと祈って契約した心優しい魔法少女は、すぐ魔女の疑いがかけられた。
ネズミが穀物を荒らしてしまうような時代だったので、地下の貯蔵庫管理を任される立場にある妻には、猫を飼うことはとても大切なことだった。
しかし魔女狩りがはじまってしまうとそんなことはお構いなしである。
疑われた魔法少女は魔女と呼ぶにふさわしすぎる要素をたくさんもっていた。
その魔法少女は自宅に箒をもっていた。もちろん、ネズミ退治のために必要なものだった。
しかしいったん魔女だと疑われると、その箒こそ魔女へ変身したときに使う道具なのだと容疑がかけられ判別審問にかけられる。
自宅に箒を持っていたという証拠は、もう動きそうにない。
それにこの魔法少女は薬草に詳しかった。
母から薬草について知識をたくさん教わっていた。
城下町の一般人がまず知らないような薬草の知識があり、精神病を薬草で治せると紹介したこともあった。
「狂気をなおすおいしい飲み薬があります。」
薬草に詳しいこ魔法少女は、むかし、精神病患者を奇跡によって治せると説明する。
「エールにすげ、ルピナス、にんじん、ウイキョウ、ラディッシュ、カッコウソウ、水キナミズヒキ、マーチ、ヘンルーダ、ヨモギ、キャッツミント、オオグルマ、タニタデ、野生のオニナベナをまぜます。その飲み薬に、魔法の呪文を12回唱えて、患者に飲ませてください。」
過去にこんなこともあったので、黒猫を助けた心優しい町の娘はあっという間に魔女だと噂がひろまり、この日に告発された。
小指骨粉砕機という拷問器具にかけられた。
これは、足の小指に針を刺して、ネジをきゅるきゅる回すことによって針が次第に犠牲者の足の小指に針がずぶずぶと食い込んでいく拷問器具だ。
心優しい魔法少女は足に枷をはめられ動けなくさせられたあと、足の小指にこの骨粉砕機を使った審問に遭う。
そして小指の爪と肉に針先を食い込まされた魔法少女はすぐに涙流して泣いてしまった。
そして痛覚を遮断した。
足の小指をうっかりドアに挟んでしまったとき、とてつもない痛みが走って悶えることになるが、まさにその痛みが10分、20分とつづくような足の小指を狙った拷問器具だった。
ネジは小指の爪をまず割り、食い込み、やがて骨も粉砕する。
心優しい魔法少女は泣くばかりで、やがて痛みを感じなくなる。
娘が魔法少女だとわかると、母も魔女だと疑いがかかり、母も同様の拷問にかけられた。
母は人間であるので、小指粉砕機の痛みのなかで泣き叫びながら、娘に薬草を教えたのは自分だ、と叫んだ。
だがそこを利用されて、審問官はどんな魔法薬でヴァルプルギスの夜の準備をしているのか教えよ、と民衆達のみる前で尋問した。
もちろん、そんなことはしらいない、といえば、ネジをまた回されて小指を針が貫くだけだ。
母親は叫んだ。
審問官が満足してくれそうなことならなんでも。
ヘビやカエルに髪の毛、女の経血を混ぜて、かまどで煮た。そして魔女の軟骨をつくった。
魔法薬をかまどで煮て、浮き上がる浮遊物で天気を覆い、王都に雲をためこんでいる。私たちはヴァルプルギスの夜の準備を確かにしている、王都に魔女の宴を計画している、と自白。
審問官は、どのようにして箒で空を飛んだのか、と質問した。
魔女は、体にも箒にも魔法薬を塗って空を飛んだ魔術について自白をする。
その魔法薬は、”魔女の軟骨”の一種で、ヒヨス、ベラドンナ、キチガイナスビなど、油性で脂肪質の物質を含む有毒なナス科の植物の液体からつくることができた。
また毒ニンジン、麻酔性のケシ科や燈台草料の植物も用いられた。これに子供の脂肪を加え、特別な効力をもつ魔法薬を完成させる。
これを箒の柄などに塗ると、飛行用具として使用できる魔女の箒に変身をする。
しかし実際には、人間からみればそれは、軟骨に混ぜ合わされたこの有害物質が、皮膚に触れると神経系に影響を与え、その結果、幻覚体験を起こさせる、という見方につながる。
この魔法薬を使った女は、箒を股の女性器にあてがいながら、目を白黒させて、ついには気絶するのだが、それについて夫が、「なにがあったのか」ときくと、女は「私は箒にのって空をとんでいた」と答えることがあった。
つまり箒に乗って空を飛ぶという迷信の答えは、女が、麻酔性ある有害物質のなかでトランス状態となり、「ふわふわ」した幻覚体験を経験し、そしてあたかも「箒にのって空を飛んだ」という幻覚体験の眩惑を口にしたのだ、ということだった。
つまり魔女が箒にのって空飛ぶというのは、麻薬トリップ体験をした女たちの証言からはじまった迷信だ、という結論である。
こうした主張は、エドワード城の反魔女狩り派によって、王城の政務室にて唱えられる。
しかしそれだけでは、体をノコギリで頭から股まで真っ二つにされた魔法少女が、自然に元通りになる理屈までは、説明しきれていなかった。
402
その昼、エドワード城の世継ぎの少女アンリは───結婚すればアンリ一世となるのだが───王城の宴会の席に座っていた。
背の高いリネンホールドの椅子。ひだ模様が装飾された立派な王室の椅子。
大宴会の歌は、母クリームヒルトが披露するのだが、この日、母クリームヒルトはいつもよりさらに派手な衣装を身に纏っていた。
言葉に尽くしがたいほど高級で値段のはる衣装である。
さてその衣装を着るためだけに、クリームヒルトはなんと30人もの侍女を城内から呼び出して、自分のために仕立てをさせた。
服の仕立てとメイクアップに心得ある若い乙女の侍女30人である。
雪のように白いシルク、クローヴァの原かとまごうさみどりの、いともめでたきツァツァマンク絹、これらの布地を散りばめて、侍女たちは姫に宝石を縫い付ける。高貴なる姫クリームヒルトはそれをみずから纏った。
異国の海にすむ獣の皮を、手に居るかぎり用いて裏地とし、それを着られるようにまた絹で覆った。
まことに派手やかな衣装、そのすばらしさよ、世界の国々の乙女らよききたまえ!
白貂の獣の皮を着こなす貴婦人、高貴なる城の籠の姫、白い絹の姫、真っ黒な毛織の布がさらにその上に配られて、聖地で採られた宝石はきらきらと七色に光り、数々の黄金は毛皮の衣服と、髪飾りに、縫い合わせられる。
姫が歌うたびに、動くたびに、きらきらと宝石と黄金が、姫の姿を眩く輝かせる。
30人の侍女はこの衣装の準備に7週間を費やした。
クリームヒルト姫は、国境の外部紛争にでたオーギュスタン将軍の王都への帰還を聞き、このとっておきの衣装を侍女に準備させた。
執政官デネソールは、王の座る宴会の席の後ろにぽつんと座って、宴会の様子をうかがっていた。
さてその日も、王城の宴会は豪勢な食事が、並びたてられた燭台とともに並んでいた。
白いテーブルクロス、敷いた長テーブルに、並ぶのは皿に盛られた料理は、魚料理が重要な位置を占める。
サケ、川鱒、川かます、巣づけニシン、干鱈、ゆで卵にひき肉をかぶれせたり、肉のパイ、千鳥肉のパイ。
魚料理にはソースを使う。
ハーブとパン粉、酢、胡椒、ジンジャーを取り合わせた芳ばしいソース。
ハーブと辛口のワインをあわせたソース。
水、牛乳にスパイス、ハーブ、小麦を煮て造るソース。お粥くらいどろりとしたスープに仕立てる。
とはいえなんだかんだ一番人気の高かったのはマスタードだった。
今日この席、王の大宴会に出席した騎士のなかには、王都から帰還したオーギュスタン将軍が出席し、食事の並んだテーブルの席についていた。
姫の歌声にあわせて城の楽団はぴーぴーとフルートを吹き鳴らし、小太鼓を叩いたり、ハープを奏でたり、リュートを披露する。
音楽の音色ととりとりのハーブとソースの並ぶ、怪しい雰囲気の、蝋燭の灯る王城の宴会。
クリームヒルト姫はちらちら、美しい歌声を披露しながら、オーギュスタン将軍のほうを見つめた。
そしてそのたび姫はすぐに赤面するのだった。すぐに目を閉じて歌声に集中した。
王は冠をかぶったまま食事をはじめた。
まずぺっと唾を地面にはき、指で食事をトレンチャーにかけて食べ始める。
両指をつかって肉を砕き、骨を割り、そして口に運ぶ。
パキっとローストチキン料理の骨の砕かれる音がした。
蝋燭の火は、弱まると係りの者が交換する。蝋燭が溶けて短くなってきたものも交換する。
騎士たちは王が食事すると、自分たちも食事をはじめた。
「ヴァルプルギスの夜は近い」
王は玉座にて、話し始めた。「もうすぐそこだ」
長テーブル席に並んで座った騎士たちは、きょろきょろ視線をあわせ、無言の会話をした。
目と目を合わせながら、ヴァルプルギスの夜など迷信ではないか、という嫌疑的な目をする騎士と、王の話を真剣に受け止めて、頷く騎士もいた。
「わが城の空をみよ。黒雲が覆い、月は赤い」
王は話をつづけた。その手元でまたバギっとロースト料理の骨が折れる。
「魔女どもの魔術は日を覆い隠す。”夜”をつくっているのだ。太陽が黒くなる日、魔女はわが城に騒ぎをたてる」
王はローストチキンの一部を噛み砕いた。それは歯と歯のあいだに挟まれ、やがて口のなかに消えていった。
「正義の者どもよ!心せよ。魔女の計画の日は近いぞ。だが人間は勝つのだ。王都から怪物どもすべてを火にかけなければならない!」
このなかで一人魔法少女である娘アンリは、苦しそうに顔をしかめ、気配を殺しながら食事にありついた。
王城に生まれた高貴なる少女には女教師がついて、作法を徹底的に教わる。
男の騎士の前にでる作法、お辞儀のしかた、歩き方、食べかた、話しかた。
ぜんぶ厳しい女教師が教える。アンリは女教師の教育がいやになってたびたび城の教育室を抜け出した。
そのたび、王子の世継ぎが、城を勝手に抜け出したと大騒ぎになって、王城じゅうの召使いと侍女たちが騒がしく怒鳴り散らしながら探し回った。
アンリは私室のベッドに隠れていることが多かった。寝台の下にて、身を隠して、お人形遊びしているところをよく侍女に見つかった。
王城の身分生まれた男の子と女の子は、騎士ごっこという遊びに男の子が夢中になり、女の子は、お人形さんごっこに夢中になった。
それは、いつの時代でも、子供の遊びというのは、そう変わらない一例を示してくれている。
さて厳しい女教師のもとで食事の仕方を教わったアンリは、魔女を懲らしめろと命令する王の話にまたも怯えながら、席で食事にありついた。
震える手でそっとまるめろを手にとると、親指、人差し指、中指の三本だけつかって、がぶっと口に噛み、果汁で濡れた唇は、中指で拭った。
そしてブドウ酒を飲んだ。なるべく音もたてずに。
少女の舌に、ブドウ酒は苦かった。魔法少女は痛みは感じないらしいが苦味はひどく感じられた。
アンリは母クリームヒルトとの昨晩の会話を思い出す。
”王に、魔女処刑を、やめるように、いってください”
そう願い出た自分の言葉は母に拒まれた。
”人と魔法少女は、いつだって悲しみばかり積み重ねている”…
するとそのとき、ついに一人の騎士が立ち上がった。
席を静かに立ち上がり、王城の宴会の貴婦人と騎士、給仕係り、蝋燭係り、衛兵、すべての人の注意を集めながら、たちあがって起立したのは、オーギュスタン将軍だった。
「…」
思わずクリームヒルト姫が歌う声をとめる。
そしてまじまじオーギュスタン将軍を見つめた。
姫が歌をやめてしまったので、城内の音楽家たちも演奏の手をとめてしまった。
いきなり食事の空間は、音色を失い、沈黙となる。
「ヴァルプルギスの夜などこの城に降りてこない」
オーギュスタン将軍は口から、そんなことを言い放って告げた。「魔女なんてものもいない」
彼の発言に、ざわざわざわ…と騒然となりはじめる王城の大空間。
食卓のクロスに並んだ蝋燭の火がどことなく激しさを増し、めらめらと火の勢いと光を強めだす。
宴の大空間全体が僅かばかりに明るくなった。
王城の食事会の席のなかに、一人正体を隠して王の宴会に出席していた魔法少女・アンリの、自覚がないうちに発揮した魔法だった。
オーギュスタン将軍が発言すると、蝋燭の火がわずかに光を強め、神聖な火の明るみが眩しくなる。
「王よ、こんな魔女狩りなどやめめるべきものと存じます」
オーギュスタン将軍がいうと。
クリームヒルト姫がまず目を見開き、後ろのデネソールが顔をしかめ、貴婦人たちは眉をひそめ、そして。
アンリは胸に嬉しさがこみあげて。
王は怒りを露にした。
「一年前の、我らが城が救われたことを覚えてますか」
王の命令によって、戦場に駆けつけた魔法少女二人を見殺しにし、敵国に売り渡した将軍は、王の魔女狩りをやめるべき主張を、この王城、王のいる席で述べる。
「わたしは覚えています」
オーギュスタン将軍はいまシュルコと呼ばれる上着をきていた。ジャンパースカート式の衣服で、鎖帷子にの上に着ている。
もちろんこれにも相応にりっぱな縁取りや毛皮などで飾られていた。シュルコは黒色で、華美。
足はストッキングが包む。金持ち騎士の服装だった。
「城下町の魔法の娘たちが王城を救いました一年前の出来事です」
オーギュスタン将軍は、城下町の魔法少女たちに褒美をだした一年前のことを覚えていた。
他の王城の騎士たち貴婦人たち、無言になる。
「世の呪い、魔の獣がわれらが城に近づきましたとき、彼女たちは戦い、我らは救われました」
「その魔の獣とやらをその目で見たとでもいうのか?」
別の騎士が突然席をたち、オーギュスタン将軍を指差し、糾弾した。「魔女の口車に乗せられたヤツめ!」
「彼女たちはウソをついていません」
オーギュスタン将軍は言い返す。「我々は確かに助けられた。なのにいま、恩を仇で───」
「ウソならついているだろう!」
別の騎士も立ち上がってオーギュスタン将軍を責めはじめた。
「やつらは、化け物だ。わたしはこめ目でみた」
黒い手袋に包まれた指を目元につけて、別の騎士は主張する。茶髪で、髪はカールがかって長い男だった。
「やつらは痛みをしらん。首をはねたって生きているような化け物だ。なのにヤツらときたら、まるで自分達が人間であるかのように振る舞い、人間の世のなかに溶け込んでいた。やつらは我々を騙していた。今こそ化け物どもを王都から焼き払え!」
何人かの騎士が、頷きはじめた。小さく同意している。
魔法少女のアンリは、悲しそうに目を伏せて、こみあげる涙と闘う。
「やつらがヴァルプルギスの夜を企てているのは真実だ!」
別の騎士がさらに、席を起立し、叫んだ。
「感じぬのか?日を重ねるたびに、邪悪がます城の空を?魔女の邪悪な魔法が、支配しつつあるのだ。すべて魔女をみつけ、火あぶりにしろ。それしか王城を救う道はない!」
肯定の頷きが、王の食事に参加する人たちによってなされる。
「その邪悪な気とは魔の獣どものことだ!」
オーギュスタン将軍は反論した。
「魔女ではない!おまえたちが魔女と呼んで滅ぼしているのは人間の女だ」
ぞわわっ。
騒然となる王の食事テーブル。
執政官のデネソールは、憎しみいっぱいに歯をかみしめ、最後には嘲笑すらはじめた。
・・・・
「魔法少女が魔の獣を倒している」
オーギュスタン将軍はこの場で、魔法少女のことを魔女と呼ばず、魔法少女と呼んで発言をする。
他でもないエドワード王がいるその場所で。
「だがお前たちは魔法少女を死刑台に送っている。魔の獣は邪悪さを増すばかりだ。みよ!王城の者は、すべて魔の獣によって心を呪われ、魔の獣の敵である魔法少女を、やつらの代弁者となって攻撃しているのだ!」
そのオーギュスタン将軍の叫びは、まったくもって誰にも信じられなかった。
魔獣による行方不明者や、廃人化は、ぜんぶ魔女のせいだという考えを変えなかった。
あたかもそれは、鹿目まどかが、”魔法少女は人間ではないことを、他のみんなに話さなかったのか”と、暁美ほむらに問いかけたとき、暁美ほむらが、”話しても信じてくれた人はいなかった”と答えたときのような、そういう状況にちかいものがあった。
「オーギュンタンよ、おまえは、わかっとらんのだ」
最後には王が静かに話し始めた。
王は、怒るとか憤慨するとかの態度ではなく、むしろ全て見抜いているかのような冷静な口ぶりだった。
「魔の獣がいたとして、負の感情を撒き散らしているとして、そいつらはどこからきた?」
オーギュスタン将軍は口ごもる。
自分に語れる言葉がもう見つからなくなる。
「答えを教えてやろう。魔の獣をわれわれ人間の手で倒すことは可能だ。それは魔女を滅ぼすということだ」
王はそう告げた。
信じがたい残酷な理屈にそれは思えた。
403
その昼、城下町の会堂に、魔法少女たちが集まっていた。
それはオルレアンの会堂。
地下に設けられた魔法少女たちの集まりを開く地下室。
地下水と雨水を吸って湿った地面の暗い土と、木材の腐った臭いがたちこめる、地下の一室だ。
壁は石を積み上げて空間をつくっていたが、石も湿って饐えた臭いがする。
真ん中の木のテーブルには、五芒星の魔方陣が描かれ、ローマ数字のⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ…が、魔方陣の円の外側に描かれる。魔方陣は赤色で描かれていた。
壁際には古びた本棚に黄ばんだ本がある。本は古く、埃をかぶっていた。
魔方陣を描いたテーブル席に、何人かの魔法少女たちが暗い顔をして座り、無言でいる。
地下空間で集まった魔法少女たちの顔という顔は蝋燭の火が照らしていた。ゆらゆらと魔法少女たちの暗い表情が火に照らされている。
ユーカはその席にいた。
そのむかし、自分がまだ人間の女の子だったときに、オルレアンに連れられた地下の会堂。
今やここは、城下町の人々から、”魔女の会堂”と呼ばれてしまっている。もちろん、民はここには決して近づかない。
「それで」
ユーカが最初に口を開いた。
席に座る、まわりの魔法少女たちはただただ沈黙している。
「まったく魔獣を狩っていないと?」
魔法少女たち、沈黙。そのなかには、かつての仲間、ベエールやマイア、ヨヤミもいた。
他には、ユーカより魔法少女歴の短い、後輩の魔法少女、ボンヅィビニオや、ウェリン、クマオ、スカラベという名の新米魔法少女もいた。
「魔法少女の使命も忘れ───」
ユーカの声だけが地下の一室に響き渡る。
空気は滞っていて、声もこだまさない。閉ざされた空間に声がよどんでいくだけだ。
「人の目を恐れてここに隠れているだけと?」
魔法少女たち、五芒星の魔方陣を描いた蝋燭つき木造テーブルの席で、ひたすら、沈黙。
表情の暗さが変わることもなく、ぼうーっと、カビの生えた湿めった古びたテーブルを見つめているだけ。
「…」
ユーカだけが席をたち、仲間に語りかけていたが、その顔は険しく、怒りのこもった顔になっていく。
歯軋りの音させたてた。口を噤み、唇を噛んだあと、さらにつづけた。
「それで事態が好転するとでも?」
ユーカは仲間の魔法少女たちに、魔獣退治を再開するように呼びかけていた。
たしかにいま、外では魔女火刑が繰り広げられているし、その熾烈な拷問は苛烈さを増す一方だが、だからこそ、隠れるのをやめて魔法少女としての使命を思い出すのだ、という声がけである。
ほとんどの魔法少女はそれに応じない。
この会堂の地下室は、人間の目にまず触れない、魔法少女だけの空間である。そこは、魔女火刑を恐れる魔法少女たちの最後の隠れ家になっていた。
市民たちに見つかり、拷問されるのを恐れる魔法少女たちはみんなここに隠れた。
そして、外の空気どころか太陽の日も浴びない日々を過ごしている。
「私たちが身を隠せば王の思う壷だよ!」
ユーカは唱える。
魔法少女として、その存在が魔女に貶められつつある現状に甘んじるな、と。
「それって、城下町の人々からすれば、私たちが”ヴァルプルギスの夜”に加担してるって───」
ユーカは、魔女の夜の大宴会という伝説を信じているほうの魔法少女だった。
「だからいま王に計画を暴かれたから、逃げ隠れしているんだってことでは?」
ユーカの話が耳に痛いとでもいいたげに、苦い顔をする魔法少女たちは、目線を下に沈める。
「そう思われても?」
「もうなんだっていい」
すると初めて、別の魔法少女が小さく、ぼそっと、声をこぼした。
ユーカが呟きをこぼした魔法少女のほうをみる。
赤い髪の、小柄な魔法少女だった。スカラベだ。
「私たちがヴァルプルギスの夜の計画者でも、魔女でも、どう思われたって。私たちは人間からみたら、化け物なんだ。だってみんなこんな体じゃないか」
といって、ゴトっと、卵型のソウルジェムを机におく。
それを指差して、席をたつや、大声をだした。「これが私たちだ!」ドンと机をたたく。
机の水色のソウルジェムが光る。しかしかなり黒く汚れていた。
「人間にどう説明する?この宝石が私たちですので、元の体なんてものは、いくら拷問したって痛くありませんよっていうのか!」
痛い沈黙。
まわりの魔法少女たち、目を伏せる。
ユーカはまた苦しそうに口を噤んだが、負けじと言い返した。
「たしかに私たちの体の秘密は今や明るみにでた!」
ユーカはその事実を認めた上で、魔法少女たちに反論を展開していく。
「でもそれでおしまい?ソウルジェムの秘密がばれたら、あとはもう魔法少女として何もしないの? 円環の理に導かれるのを待つだけなの?魔獣は数を増すばかりだよ!」
「…」
魔法少女たち、沈黙。
ベエールは悩ましげに額に手をあて、目を閉じて苦悩する仕草をみせる。
そして、はあっと息を吐いた。
「それがあなたたちの本当の気持ちなの?」
ユーカは語り続ける。その昔、オルレアンに連れられて、この会堂のメンバーになったときは、からかわれたり、バカにされたりする日々だったユーカは、今や、このメンバーのうちで最も発言力を持つ魔法少女になっていた。
「私たちは、ソウルジェムの秘密が人間に知られたので、魔獣狩りもやめてしまいましたって…」
会堂の席に座る魔法少女たち、怯えた表情をする。
「どうやって円環の理さまに顔向けを?」
「円環の理ってのは神なのか?」
ベエールはぼそっと呟いた。しかしその声はユーカの耳に確かに入る大きさだった。
「顔向けするとか、そういう神なのか?」
「魔女にされて火あぶりになるよりマシだ!」
初めてユーカとあったとき、男の子と勘違いされた魔法少女、アドラーが、席をたって叫びだす。
「ああ構わないさ!魔獣狩りなんかしなくなった人間なんか助けなくなって、そうやって円環の理に導かれていくさ!私たちは痛み知らずだが、ソウルジェムが火あぶりに焼かれてみろ。魔法少女として最悪の死に方だ。円環の理にも会えないし、魂ごと焼かれてしまうんだぞ!」
その黄土色のソウルジェムは、かなり黒かった。光り輝く部分が半分以上、失われていた。
宝石の輝きは濁っていた。黒色のよどみが、宝石のなかで浮いていた。
ここには15人ほどの魔法少女が集っていたが、ユーカ以外、どの魔法少女のソウルジェムも汚れていた。
黒く穢れながら、まったく魔獣狩りしようとしないという、誰も想像しなかったような状況になっていた。
「わたしも魔獣退治なんかヤメた」
小さな声で、語りだしたのは、ヨヤミ。メンバーのうちでは、正義感の強い魔法少女だった。
エメラルドグリーンをした小さなくりくりした瞳に、カールがかった漆黒の黒い髪をした可愛らしい魔法少女で、たぶん、メンバーのなかでは、いちばん愛くるしさがある。
「魔獣を倒すことは、人間を助けることだと思っていた。昔はそう思うこともできた。でも今は」
ヨヤミの声は低く、落ち込んでいた。
「人間を助けようとも思わない」
魔法少女たち、沈黙のうちにヨヤミの意見を受け入れる。
そうだ、どうしてこんな世なのに、命をはって人間を助けなくちゃいけないのか。
人間たちは、魔法少女を魔女だと貶めてくる。魔法少女を見つけたら、魔女だ、魔女を見つけたぞ、と叫ぶ。
どうしてそんな彼らのために魔獣を倒さないといけないのか。
そんな人間たちなど、みんな魔獣に食われてしまえばいい……
そういう、負の感情に、支配されつつある魔法少女たちの気持ち……
しかし、ユーカだけはちがった。
「人を助けるのが魔法少女だよ!」
それが自分の揺るがぬ気持ちだった。
だってオルレアンとそう昔に、約束したではないか。
あのときは、まさか本当に人が魔法少女の敵に回るなんて思ってもみなかったけど…。
「これが私の本当の気持ち。あなたたちはどうなの?」
人を助けようとも思わない、そういうムード一色に染まり、暗くなっていた魔法少女たちに、ユーカは最後に言い残す。
「自分の本当の気持ちと向き合える?」
人間など助けもしないし、今後も魔獣退治もしない、と口にした魔法少女たちは。
それが本当の気持ちなのか、と問われて、返す言葉を失いながら。
そうして顔を、また伏せた。
404
その日の夕方、ハーフティンバー建ての家々の並ぶ、町並みの、ある一軒家の部屋で……。
女の子の集まりがあった。
人間の女の子の集いである。
日が沈み、夜になってしまうと、外出禁止令が出されるので、その完全な夜になる前の、夕方の時間帯。
ある女の子の家の一室に、女の子たちが集った。
しかもその少女たちは、おもしろがって、親に秘密で集った夕方の集いを、”サバトの集会”と勝手に呼んだ。
さてそのメンバーは、城下町の未婚の、第二次性長期という性への目覚めの次期である少女たちで、商人ギルド議会長の娘ティリーナ、皮なめし職人の娘チヨリ、石切屋の娘キルステン、ロープ職人の娘で魔法少女であるスミレ、それから、漆喰屋の娘アルベルティーネ、服屋の娘エリカがいた。
彼女たちは商人ギルド議会長の娘ティリーナの自宅の二階に集い、夕暮れの日が落ちた暗がりで蝋燭を灯し、そして会合をつくった。
女の子たち六人の集いである。
六人は、一つの丸いテーブルを囲んで、席に座り、一本の蝋燭の灯かりを見つめる。
そして一人一人、それぞれのちぎれた羊皮紙に、自分の叶えたい願い事を書いて名前も署名したそれを、蝋燭の火に晒し、ついには燃やして煤けさせた。
願い事をかいた羊皮紙は黒くずとなって消え、煙がたった。
黒くずとなった羊皮紙は皿に置かれた。
これは女の子たちのお遊びだった。
世の中の危険さがまだ分かっていない少女たちは、親に内緒で、”ヴァルプルギスの夜ごっこ”というのをはじめていた。
もし親に、こんなことしているところを見つかったら、恐ろしく叱られるに違いない。
魔女狩りの狂気が激しさを増しているまさにこの城下町で、自分の娘が、魔女の真似事をごっこ遊びではじめているなんて知ったら、強く強く叱りつけるだろう。二度とそんなことするな、と。
しかし少女たちは自分達の暮らす町で伝説化したヴァルプルギスの夜だとか、魔女だとかの話に、興味津々だった。
興味津々で、もういっそ、自分たちでやってみようという遊び心に駆られ、女の子たち六人はここに集結した。
そのなかには、魔法少女のスミレもいたが、スミレは自分が契約した魔法少女であることは隠していた。
さて彼女たちが羊皮紙に願い事をかいて、自分の名前も署名して火にかけて燃やすという行為は、残念ながら、どんな魔術的行為にもあてはまらない。
いわゆる黒魔術は、悪魔を呼び出さなければならない。それには、ハシバミの枝と魔方陣が必要だ。
それに名前も、自分のインクで署名したのでは悪魔は契約しない。自分の血で署名しなければならない。
ただなんとなくそれっぽいから、と子供心らしい好奇心で、羊皮紙を燃やしているに過ぎなかった。
「ねえ?どんな願いごとした?」
商人ギルド議会長の娘、ティリーナは、全員の願い事をかいた羊皮紙が黒く煤けたのを見て、口を開いた。
「みんな一人ずつ言うこと」
ティリーナは、集った女の子たちの六人のうちで、リーダー格の少女だった。
「アルベルティーネは?」
リーダー格のティリーナな名指しされ、蝋燭の火を囲う女の子、アルベルティーネは、動揺し身を固くさせた。
それから、口をあけて、小さく、この暴露大会でみんなの集中を浴びながら、ぼそぼそいった。
「好きな人ができますようにって…」
「えー、好きなひと?」
ティリーナ、さっそく食ってかかる。
「どんな人が好きなの?」
「それは…」
漆喰屋の娘アルベルティーネは、口をごもごもさせる。言葉に戸惑う。「よくわかんない…」
「王子様でしょ?」
ティリーナ、頬に拳をかけ、微笑みかける。
「そういっちゃえばいいのに…」
「ち、ちがうよっ、王子様なんてっ」
アルベルティーネは、あわてて、手をふる。「私なんてお目にかなわないような女だし…」
「なんてこといって、ホントはエドード王子に手をとられたいんでしょ」
ティリーナ、アルベルティーネを質問攻め。
「ねえ、王子様のお姿、最近みた?」
ティリーナは別の女の子仲間にも話題をふる。
「あっ、王子様のことですけど…」
エドワード王子の話題に速攻で食いついた少女は、石切屋の娘キルステンだった。
「このあいだ、王城からパレードで出たトマス・コルビル卿。甲冑で変装した王子だったんですって」
「えーっ、なにそれえ?」
ティリーナ、驚愕に目を見開く。
「私もパレードみたけど…王子さまだったの?」
「都市のほうで馬上槍試合に参加を」
石切屋の娘キルステンは話をつづけた。
「でも王子様はどうして変装なんて…?」
首をひねる。
「女の人たちが、花束投げつけるから?」
「そうかもねーははっ」
ティリーナ、笑い出す。
「結婚できやしないってのにね。で、勿論優勝でしょう?王子様だもの!」
「あっ、それなのですが」
キルステンが指を立てて言う。「私の聞いた話だと、負けたらしいのです」
「なにそれ?ウソでしょ?」
ギルド議会長の娘、ティリーナは、口調を少しだけ荒げる。
「王子様が負けるわけないし!」
「お相手は、五回戦で対戦した女の騎士の人らしいです」
キルステンは話をつづけた。
「なにそれ、おかしいでしょ!」
ティリーナ、信じられないという目をする。「王子様が女の騎士と戦って負けるなんて!」
「噂だと棄権だとか」
アルベルティーネは告げた。
「きっと女の人を傷つけたくなかったのよ」
服屋のエリカが言った。「王子様さまお優しいから」
「そもそもさ、女なのに王子様と戦おうって、バカじゃない?」
ティリーナ、いらいらとした口調。
「何かんがえてるの?その女?」
スミレ、会話に入りたくても入れない。
そもそも気が弱くて、しかも魔法少女であるスミレは、本当はこの会合に参加したくないくらいの気持ちだった。
けれどティリーナは商人ギルド議会長の娘である。声をかけられたら参加するしかない。
でないと、ティリーナに嫌われたら最後、議長である父に、「この家のこの娘が気に入らない」なんていわれでもしたら、ギルド社会のなかでは、やっていけなくなる。
「ま、いいや、王子様も何をお考えでしょうね?」
ティリーナは目を天井へ向ける。
暗い、一本の蝋燭だけに照らされた天井を。
「王位継承のために妃をお探しなのでしょう?なのに馬上槍試合?」
「王子様はジョストがお好きな方だから…」
アルベルティーネ、顔を赤らめて語る。
「今年の馬上槍試合にも参加を…」
「もしかしたら都市のほうへ妃を迎えに?」
石切り屋の娘、キルステンは考えを言葉にした。
「馬上槍試合の参加は名目で…」
「なにそれ、そんなの許せないわ!」
ギルド議会長の娘ティリーナは声をまた荒げる。声は大きくなる。
「王都の城には何百という貴婦人とお姫さまが勢ぞろいなのよ。ぜんぶほっぽって都市貴族とご結婚? 許せないわ!」
まわりの少女たち五人は、別にティリーナが王子様と結婚できるわけでもないのに…なぜ怒るの? という気持ちだったが、もちろんそんなことは絶対口にしない。顔にもださない。
心で思ったことを顔にださない本能みたいなものが心のなかにあった。自然とそういう振る舞いが身についた。
そうでもしないと、有益な情報から遠のくからだ。
仲間同士で定期的に集まって、情報を交換することが大切なことも、少女達は本能的に知っていた。
取り残されてはならない。
取り残された者から女社会で脱落していく。
「で、チヨリは何を願い事にしたの?」
いきなの話題は変わり、議会長の娘ティリーナは、まだ一言も喋っていないスミレとチヨリのうち、皮なめし職人の娘チヨリに目をつけ、話をふった。
「隠し事なしね。みんな願い事いうんだから」
「えっ?そんな、私は…」
スミレと同じく、気の弱めな女このであるチヨリは、ティリーナの名指しに緊張した声をだす。
そして、それが限りなく地雷に近いというのに、隠し事なしの念押しに屈して、チヨリは羊皮紙にかいた願いごとを正直に言った。
「私は…」
ごもごもしながら、そっと口にする。「魔法が使えたらいいなって…」
「え?魔法?」
ティリーナ、顔をしかめる。「なに?魔女になるの?」
スミレは青い瞳を見開き、ひやっとする悪寒に耐えた。
「ち、ちがうよ、魔女じゃないよ」
チヨリは手を振って否定する。「でもちょっと羨ましいなって…」
「うらやましい?魔女が?」
ティリーナ、困惑の顔をしている。「火あぶりになっちゃうよ?」
「ちがうの、魔女は、ちがうの…」
チヨリは自分でもなんと言ったらいいのか分からなくなる。「でも…薬草を使って人の病気を治したり…」
「ああ、そういうのね」
ティリーナははじめて納得した様子をみせた。「確かに素敵よね。人の病気を治せるって」
チヨリは安心の顔を浮かべた。「うん」
「それはそうとさ…」
ティリーナはもう話題を変えていた。チヨリの願い事が、思いのほかつまらなく、話題性にかけるものだったからだ。
「最近めっきり魔女みかけなくなったよね」
だから、話題を変えて。
最近魔女狩りの標的にされている”魔法少女”について話をはじめた。
「半年くらい前はさ……夜になるたびにうるさかったじゃない」
夜間に魔獣狩りに出かけていった、まだ活動をしていた魔法少女たちのことをいっているのだろう。
スミレは、顔を強張らせた。
「最近はめっきりみないよね」ティリーナはスミレの気持ちに気づかず話をつづける。
「静かになったよね」
服屋の娘エリカも言った。「最近の夜は、ほんと静かで、騒がしくないよね」
「前はさあ…」
ティリーナ、頬に手をつけて、目をみあげ、過去を思い出すようにして語る。
「夜になると、魔法少女っていうの?あいつら?いつもいつも外でがやっがや騒いでて、ほんとうるさくって迷惑したわ」
はあ、とティリーナはため息ついて見上げた顔を下ろす。
「こっちはもう寝るのに、ガタガタ物音たててさ…」
スミレは怯えた。
はやく魔法少女の話題から別の話題になってほしいと思った。
それに、普通の人々からみたら、夜間の魔法少女の魔獣狩りが、そんなふうに思われていたことも、少し傷ついた。
命がけで魔獣と戦っていた魔法少女たちの活動は、人間の娘たちからみたら、”うるさくて迷惑”だったのだ。
とはいっても確かにうるさかった。
ベエールとクリフィルがいるときは特にそう。いつも喧嘩をはじめるし、口げんかは耐えなく、番犬を相手に吼え合戦さえする。
「いつもいつもきったらなしい話し声きこえるのよね」
ティリーナは、やはり魔法少女たちの荒れた会話と振る舞いに嫌気が差していたらしく、自分の愚痴を語りとめどめなくはじめる。
「ほんと魔法少女って最低。乙女の眠りを邪魔してるのよ?私たちと同じ女の子なのに、口からでるのはきたらなしい言葉ばっか。ほんっと最低、みてていらいらするわ」
スミレはベエールとクリフィル、そしてアドラーやマイア、オデッサが夜に仲間同士で集まったときの会話を思い出す。
…てめーはママのオッパイでも吸ってろ、ハパのも吸うか?プッシー野郎…もっぺん吸え!生命力補充しろ!…
たしかに汚い言葉づかいだった。
しかし毎日を魔獣との殺し合いで過ごす彼女たちは荒くなってある意味、当然なのだ。…と、スミレは言いたい…のをこらえる。
「最近めっきり見なくなってよかったわ」
ティリーナ、息をつきながら、自分の金髪の髪の毛をくるくる、いじりはじめる。
指先に伸びたブロンドの髪を絡める。
「苛立つことなしに眠れるから」
「最近みなくなったのって」
服屋の一人娘エリカが言った。「やっぱ魔女狩りがはじまったから?」
「そりゃ、そうにきまってるわ」
ティリーナ、さっそく答える。
「あいつら化け物でしょ。夜に口うるさいのも仕方ないのよ。サバトの集会にいってるんだから」
スミレ、体が震える。
「悪魔に魂売ってるから体を裂かれたって死なないお化けじゃない」
「火で焼かないと死なないんでしょう?」
石工屋の娘キルステンが問いかけた。ティリーナは頷いた。「らしいね。ねえ、悪魔ってどこにいるんだと思う?」
「森でしょう。あの人たちは夜に森にでかけてますから」
キルステンが答えた。城郭から出たことのない城下町の娘が、外界の森に対して抱くイメージは、そんな世界だった。
つまり森とは、いけば悪魔がいる、魔女にも会える、という魔界なイメージだった。
「でも”ヴァルプルギスの夜”の日に、悪魔を王都に連れ込むって…」
漆喰職人の娘アルベルティーネは、噂として聞いている魔女の宴の伝説のことを口にする。
「だからエドワード王は魔女と戦っていて、処刑してるんだわ」
「魔女を見つけたら告発しろって命令でしょ?」
ティリーナが話をうけもった。
「ねえ、夜に出かけている魔法少女を見つけたら、私たちも告発しちゃおうよ」
恐ろしいことを口にだす。
魔法少女であるスミレは、またも怯え、びくびく手を震わせはじめた。
「でもそれって危険じゃない?」
服屋の娘エリカが言う。「恨まれて、逆に私たちのほうが告発されるかも…」
「エリカ、へーきよ」
ティリーナは微笑む。怖い微笑みだった。「私たちは、ギルドのなかで地位があるんだから。あなたは服屋。私は議会長の娘。ここにいるみんなは、」
五人の女の子に視線を送る。
「私が守ってあげるから。私たちを告発するやつなんかいたら、ギルドから追い出してやるわ」
「夜に出かけているといえば…」
漆喰職人の娘アルベルティーネは、蝋燭の弱まる火を見つめながら、思い出すように口にした。
「私さ、きのう見ちゃったんだ」
ティリーナ含む五人の集中が高まる。
みんなが耳に集中するなか、アルベルティーネは言った。「ユーカが、夜に出かけてるところを、さ」
「え?ユーカが?」
ユーカとティリーナは友達同士だった。
今日こそはいないものの、ティリーナとユーカ、そしてアルベルティーネらは、たまにこうして夕方の集会を開く仲だった。
「うん…」
アルベルティーネは遠慮がちにつづける。「夜に、ユーカが十字路に出てて、ピンク色の髪した女の子と二人で」
「だれそれ?」
ティリーナが目を細める。厳しい目つきだ。
「わからない、あんな子わたし知らない」
アルベルティーネは声を小さくした。「あれって、ユーカの友達なの?」
「誰か知ってる?ピンク髪の女って?」
議会長の娘ティリーナは、依然として仕切り役で、女の子たち五人に問いを発した。
誰も答えなかった。
「そんな髪した女っているの?この町に?」
「スミレも知らないの?」
ティリーナは、今のところまだ一言も発していないスミレに、ここぞというタイミングで話をふっかけ、問いかけた。
「えっ?私は…」
スミレ、いきなりティリーナに呼ばれて、びっくりした声あげたあと、考える仕草をした。
スミレはピンク髪の少女を知っていた。
たぶん、いやたぶんではなく確実に、異国からきた騎士の少女のことだ。
スミレは知っていた。
二人は夜間に外出し、魔獣と戦っていることを…。
そんな二人に災いがかからないことを願ったスミレだったが、すでにユーカと少女騎士の二人の夜間外出は、見られていたわけだ。
「私はしらない…」
スミレは嘘をついた。
「二人は夜に外を出て何をしていたの?」
ティリーナは、目撃情報をアルベルティーネから聞き出そうとする。
「ずっとなにか話してた」
アルベルティーネは語った。「二人とも仲よさそうに十字路の暗がりで話してて……なんかピンク髪の女の子は弓矢もってたんだ」
「弓矢?なんで?」
ティリーナ、驚いた顔して目を大きくさせる。「夜間に武器を持って出歩いてるの?なにそれ、あやし…」
ただでさえ庶民は武器を持って外を出歩くことは禁じられている。
なのに、その噂の謎のピンク髪の少女ときたら、夜間の外出禁止令をやぶるどころか、お法度の武具持ち出しまで犯している。
二重に城下町の条例をやぶっていることになる。この王都で武器を持ち歩いていいのは騎士の身分にある者だけだ。
「それは気になるね。調べようか」
ティリーナはニコリと微笑みだした。「父にきいてみる。ピンク色の髪した女の子はどこの娘?って」
それから、思惑するように目を天井へむけた。「でも、そんな髪の色した子、この町にいるはずないんだけど…」
「でもさ、でもさ」
服屋のエリカは、慌てていた。「それでもしユーカが、本当に魔法少女だったらどうする?告発、しちゃうの?」
他の女の子たち四人も、怖がる動作をみせた。魔法少女を告発しよう、という方向に話が進んでいたが、思いもかけず身近な友達に魔法少女の疑いがあることが分かって、彼女たちは躊躇しているのだ。
するとティリーナはさっそく答えた。
彼女は、微笑んだ。「まさか、しないよ」
スミレ含む、五人の女の子たちは、予想外だという顔をする。
「いったでしょ?私の友達はみんな守るって」
ティリーナはまだ微笑んでいた。「でもさ、わたしもっと面白いこと思いついちゃった」
女の子たち五人は、隣同士目を互いに見合わせる。
「もしユーカが魔女ならさあ……いろいろ聞き出してみようよ」
ティリーナは悪魔的な提案を始めた。
「告発なんてしないし、ユーカは絶対私が守るけど、いろいろ話を聞きだすの。”ヴァルプルギスの夜”の話とか魔法の話とか……そっちのほうが面白そうじゃない?」
ニコリ、と笑い、首をかしげてみせるティリーナ。
またたく間に他の女子たちが同意した。「あ、それ面白い」
「いろいろ聞いてみたいねー」
楽しそうに会話が弾む。
スミレは、今度ユーカに会ったら今日のこのことを話そう、と決意した。
気をつけて、ユーカ。
405
エドワード城の頂上に造られたバルコニーから。
王の血筋を引く世継ぎの少女アンリは、城の頂上付近で夕暮れを眺めていた。
驚くほど大きな赤い日は、地平線の彼方へ沈む。
山々の連なる大陸の奥へ、姿を消してしまう。
あれほど偉大な日の光は、時間がたてば、陸地のなかに飲み込まれてしまうのだ。
すると代わりに、暗くなり始めた青色の夜空には、きらきらと、ひとつ、またひとつ、小さな光が灯り始める。
ぽつぽつ…と、小さな、光の粒。きらめく星が、夜空に輝きはじめる。
「ひとつ……ふたつ…」
王城育ちの少女アンリは、城から出たことがない。
それでも高き石造りのバルコニーで夜空を眺めながら、夜空に現れた新たな星の光を数えた。
「みっつ……よっつ…」
その黒くて、美しい乙女の瞳に星空が映る。
美しい小さなドレスをまとった王族の少女は、切なく悲しい運命に生まれ育った魔法少女だった。
こんな不幸な世継ぎも、世界どこ探してもいない。
まさに鳥かごの中の少女だ。
王城から出ることは生涯許されそうにない。地上は一切知らない。
祖父である王は魔女狩りに熱狂し、少女自身はカベナンテルと契約した魔法少女である。
そして毎日、正体を隠しながら、王の宴会に出席しなければならないのだ。
そんなアンリにできることは。
悲しいかな、夜空の星を数えるくらいのことしかない。
アンリは王城の頂上から遥か下の城下町を見下ろして眺める。
城郭に囲まれた町。都市を囲う城壁は見張り塔がついていて、外敵から守っている。
大きな十字路は、この高さから見下ろしても見えるほどくっきりしており、十字路が町を大きく四分する。
そして南、北、東、西に、十字路の行き止まりがあるが、その行き止まりには門がある。
基本的に門は北側しか開かない。
東や西の門は、敵軍に包囲されたときの、密使の出口だ。
同盟軍にここから使いをおくるのだ。
十字路の交差する真ん中には井戸があり、城下町の民の共有井戸だ。共有井戸であるから、井戸の水は、役人の許可が必要になる。
日は地上のなかに沈んだ。
山々の奥の赤い夕暮れ空は暗くなり、夜が空を支配する。
もし、私も空を飛べたら。
この城を飛びたって逃げ出すだろう。
だがそのためにはヴァルプルギスの夜を待たなくてはいけない。
その夜の日に、アンリは城から飛び出せるだろう…というのが、カベナンテルと契約した願いの内容だった。
しかしもうソウルジェムのきらめきは失われている。
赤色のソウルジェムは黒ずんでいる。魔獣退治をしていないから当然だ。
アンリは、王族の世継ぎであるから、その彼女の結婚が歴史にもたらす影響力は圧倒的で、その意味では、多量の因果を抱えた魔法少女だった。
この城下町の魔法少女のなかでは、いちばん素質の強さでは抜群に強かった。
けれどもアンリには魔力を使う次期がこない。
アンリが魔力を発揮するときは、恐らくきたる凶日、ヴァルプルギスの夜の日だろう。
夕日の沈んだ夜空は冷たい風が流れ始める。
美しい黒い前髪を、その風にゆらしたアンリは、城の中へもどった。
406
アンリの母クリームヒルト姫は城内の廊下を歩き、オーギュスタン将軍と掛け合った。
「マルガレーテ姫」
オーギュスタン将軍は、クリームヒルトの姿をみるやお辞儀する。「遅らせながら、サンクテア地方から戻りました」
「オーギュスタン!」
クリームヒルトはバタバタ、姫袖をふりながら将軍に近づいた。「無事に王都に帰還を!」
その日のクリームヒルトはとりわけ豪華な衣装だった。
すなわちツァツァマンクの白い絹に、白貂の毛皮の裏地、宝石をきらきらと縫い付けた侍女たち30人が用意した衣服だ。
姫袖をふるたびにきらきらと七色の宝石が光る。世界中の女の想像しうる美を徹底的に身にまとってみせた姫だった。
絵本の物語のお姫さまでさえ逃げ出す豪勢っぷりだった。
クリームヒルトはずかずかと将軍に近づいていって、その胸元に飛び込む勢いをみせた。
それはオーギュスタンに制止された。「私は無事に戻りました」
クリームヒルトはオーギュスタンの手をとり、自分の胸元へ運んで言った。
「お話をきかせてください」
姫は、つぶらな瞳をしてみせ、オーギュスタンを上目で眺め、願いでる。
「あなたの遠征の話を…」
オーギュスタン将軍は姫に手をとられながらも、しぶった。なかなか話そうとしない。
すると姫は、さらにせがんだ。
「私は外の世界を知りません」
美しい声が将軍に語りかける。「あなたの、外で見た話を、私に聞かせてください」
姫は要するに外の世界を知りたいのだった。
そして外の世界を知るためには、王城の外に出れない姫は、彼方の遠征に出かけた騎士から話をきくしかない。
「私が遠征でみた話など…」
オーギュスタン将軍は昼間の宴会と同じ、黒いシュルコを纏っていた。その下には鎖帷子があるので、動くたびにカチャカチャ音がなる。
「あなたほどのお人に語り聞かせられるものではありません」
姫はオーギュスタン将軍の言葉に、悲しい感情を示した。目に涙を溜め、下を見つめ、そしてまた涙のためた上目で将軍をみあげた。
「私は、貴方から話をきくほかに、外の世界を知る術はありません」
そして彼女は、手をのばして、オーギュスタンの首筋に手を回すと、顔をちかづけた。
口付けを求める女の行為だった。
「あなたから聞きたいのです。すべてを…」
吐息がオーギュスタンの顔にかかる。
「なりません」
オーギュスタンは姫をとめる。
その顔は火照ったが、彼は、王城で一番美しい女の求愛を断った。
「あなたはもうご結婚なされた身だ」
将軍は脈動を早めたが、平静さを失わないでいた。
姫は顔を横にふった。目に涙をためている。男の同情を最後に奪い取るのは女の涙だ。
「私は未亡人です」
姫は騎士に告げる。「捧げるものも残したまま…」
下に俯いて悲しい顔をする。目を落とし、切なげな睫毛は際立つ。
「私は、あなたの勇気を見ました」
そして、新たな話をはじめる。姫は、懸命だった。「王に対して示したあなたの勇気…」
「…」
オーギュスタンは困り果てた顔をした。どう姫を振り切ればよいのか分からない、といった様子だ。
しかし姫は、オーギュスタンの目をまじまじ見つめ、上目を遣い、語りつづける。
「あなたの騎士としての勇気です」
「一年前に、私は魔法少女たちに王城が救われた事件を思い出しただけなのです」
将軍は姫をなだめ、気持ちを落ち着かせようとする。
「魔女狩りは間違っていると……そういいたかっただけなのです。勇気ではありません。私は孤立しました」
「あなたに何があっても私が…」
姫が何かいいかけたとき、廊下で体を寄せ合って言い合う二人を、別の男の声が邪魔した。
「はて、はて、わが姫、将軍と何をお話になっておられるので?」
廊下の奥から、カツカツと音たてて歩いてやってきたのは、灰色の髪をした執政官の男デネソールだった。
「困りましたな」
姫は途端に不機嫌な顔をする。それはもうかなり露骨な顔で、誰がどうみても姫は怒っていた。
「姫、あなたはしばしば自分の身分をお忘れになられる」
杖をもってやったきたデネソールは、一歩一歩あるきながら、嫌味なことを言ってくる。
「あなたは王の娘でありお世継ぎを産みました母だ。あなたほどの姫が───」
デネソールは嫌そうな目でオーギュスタン将軍を睨み上げる。
「なぜ軍人風情と二人で掛け合いになられる?」
オーギュスタンは無言だ。
それでもデネソールは杖をもって廊下を歩き、二人のことを非難しつづける。
「あなたは自ら品格を落とされていますぞ!このことが、城の者に知られたら…」
「私になにか要求しようというのですか」
姫は超不機嫌な顔と声でデネソールに対峙した。「秘密を守る代わりに、何を私に要求する気なのです?」
「要求?姫、あなたの話には理解に苦しむ!」
デネソールは眉に皺よせた。「私は姫がどうか品格のことで城で問題視されず───」
執政官は目を光らせる。
「失脚のようなことになりませぬようと心配しているだけなのですが!」
いやらしい笑みをみせ二人に嫌味をいう。
「あなたなどいち早くに、寿命がきてしまえばいいわ!」
姫は激昂し、カツカツと磨かれた石の床を早歩きで歩き、廊下を通り過ぎて、松明が掛かる壁際の扉をあけ、奥の部屋へ去った。
バタン。
姫が去った扉の閉まる音が廊下に轟く。
するとデネソールは、下を見つめながら、やがて歯を噛み締めた口で笑い、それからオーギュスタンを見た。
「女の性とは悪だ」
男二人が取り残された廊下で、デネソールは、将軍を睨んで言い放った。
「おまえのような、人殺しに惚れ込むのだから。戦場で人をころし、仲間を見殺しにした。そうであろう?」
オーギュスタンは王都に帰還する前、辺境のサンクテア地方で二人の魔法少女───ロワールとミラノのことを思い出してしまい、ぐっと歯を噛んだ。
「いつだって女は悪を好むのだ。悪を愛し、最後まで悪を抱いて死ぬ」
ぺっと唾を吐き出し、デネソールは、将軍の突っ立った廊下を自分も去った。
407
オーギュスタン将軍は傷心し、息をついて、エドワード城頂上の廊下に空いた窓から、外の世界を眺めた。
窓の淵に手をかけ、両腕を組むようにして顔をおき、城の窓から山々が並ぶ遠くを見つめる。
その想いにふけっていた将軍の肩を、トンと誰かが叩いた。
オーギュスタンは肩を叩いた何者かを見た。
そして将軍は相手の顔をみて、名を呼んだ。「ベルトラント…」
ベルトランド・メッツリン卿だった。
「貴方が無事に王都に帰還して嬉しい」
メッツリン卿は将軍に笑いかけ、そして言った。「よくぞお戻りになりました」
頭を丁寧に下げ、騎士は一礼する。
「またあなたと馬上試合で槍を交えたい」
メッツリン卿は頭をあげ、そして微笑んだ。「私は都市で最強の騎士と呼ばれましたが、あなたは王都で最強の騎士だ」
「おまえは今年の馬上試合を優勝したのか?」
オーギュスタン将軍はメッツリン卿に訊いた。
「ええ、まあ、いつもどおり」
はははと笑い、誇らしく胸を張る。「私を負かせるのはあなただけですよ、将軍」
「そうか…」
オーギュスタン将軍も笑い、どこか顔に元気が戻りはじめた。
「私は仲間を見殺しにしてしまった」
ちらと、窓から覗ける王都の外へ視線をやる。夜空の星がきらめく外を。国境のむこうへ、目をむける。
「戦場に立つ男はいつだってそうだ」
メッツリン卿はとある話を持ち出した。
「仲間を犠牲にしない戦争など、ないのだ。ところで私は、都市の馬上試合で、妙な連中と戦うことがありましてね」
「妙な連中?」
オーギュスタン将軍は目線をメッツリン卿へ戻した。
「ええ、そうです」
メッツリン卿は笑っていた。その妙な連中というのが、まってくもって本当に、妙な連中だったから、思い出しながら面白おかしくなってしまったのだった。
「女の騎士に、ニセの紋章官がついて、しかもそこに魔法少女がくっついた妙な三人衆ですよ」
「魔法少女?」
オーギュスタン将軍は驚いた声をあげた。メッツリン卿が魔女といわず魔法少女と呼ぶのが意外だったからだ。
「しかもその魔法少女は、自らを魔法少女と名乗り出た上で、馬上槍試合の観客全員にむかって、人間も魔法少女もみな兄弟姉妹、ってのたまいましてね」
オーギュスタン将軍、目を見開く。
「妙な連中でしょう?」
メッツリン卿、楽しそうに笑う。
「馬上槍試合はもちろん中止になっただろうな」
将軍がいうと。
メッツリン卿は答えた。「いえいえ、将軍、その連中ときたらそれで馬上試合の観衆も審判も、みんな言いくるめてしまって、準決勝したんですよ」
「信じられん話だ」
将軍は呟いた。
「ええ、私も」
メッツリン卿は最後に切なそうな表情をみせた。
「なぜそんな話を私にする?」
オーギュスタン将軍は最後にたずねた。
メッツリン卿は臆することなくそれに答えた。
「昼間の宴会で、あなたが、王に魔女狩りをやめるべきだと諌言した勇気を、私は応援したいのですよ。将軍、あなたのように考えている人間は一人ではありませんぞ。」
そういいのこし、メッツリン卿は王城の廊下を歩き去っていった。
408
そして夜がきた。
月の浮かぶ深夜になると王城も城下町も寝静まる。
夜警の係がエドワード城の関門に、常夜灯を照らし出す。
そうして外出禁止令の時間帯となる。
魔獣たちが城下町に沸き立つ。
そして、その魔獣たちに立ち向うは。
魔女狩りの狂気のなかで戦い続ける二人の姿は。
ブリーチズ・ユーカと鹿目円奈の二人だった。
「円奈っ、そっち!左!」
ユーカは杖をふるって魔獣と格闘しながら、友達の少女に声がけをする。
「うん…!」
円奈は左から魔獣たちが迫っているのを見つける。魔法の弓に矢を番え、そして飛ばす。
バシュン!
バラの蕾がついたイチイ木の弓から矢が飛ぶ。
魔獣たちの頭にヒットする。
「もう一本!」
円奈は矢筒から一本矢を新たに取り出し、素早く番え、弦を引くと、またそれも放った。
二本の矢が魔獣にあたると、魔獣たちは苦しみもがいて、呻く声をあげた。
「円奈、いまそっちにいく!」
ユーカが杖を振り回しながら走ってきた。
「とぉっ!」
そして結界のなかで飛ぶと、苦しみ呻いている魔獣たちの頭をニ、三匹同時に叩き、魔獣たちは消えた。
瘴気は依然として恐ろしく濃いが、日に日に数を増す魔獣天国に、二人は微力ながら抵抗した。
「円奈、撤退!」
「うん!」
息の合い始めている二人は、流れを澱めることなく、魔獣を数匹倒す、撤退するの作戦を成功させていく。
二人は魔獣の結界から脱出し、襲いかかる瘴気に生命力を奪われる前に逃げ去った。
「はあ…はあ」
そして二人は同時に息をついた。
「今日も収穫だね」
ユーカは手元に、獲得した黒い塊をのせて、円奈にみせる。「10個だよ」
「グリーフシードが10個…」
円奈は感浸りながら黒い塊を見つめていた。魔法少女にとってどうしても必要なものであるそれを。
「そう、これさえあれば」
ユーカは魔法少女の変身を解いた。
ぱあっと…全身が一瞬煌々ときらめいたのち、人間の姿になって、左手に残った卵型のソウルジェムに右手のグリーフシードをあてがう。
ソウルジェムの下部に溜まった黒いものが、グリーフシードに吸い取られて、透明さを取り戻した。
「魔法少女が負けることなんて、ないんだから」
といって、ユーカは満足そうに、円奈に微笑んでみせる。
「…うん」
ユーカが笑いかけてくれると、円奈も釣られて笑みを浮かべた。
二人は王の魔女裁判という国策と戦うことを約束している仲だ。
そして魔法少女狩りが終わるためには、ただひたすら、魔法少女が、魔獣と戦い続けることだと二人は信じていた。
世に悪を撒き散らすのは、魔女ではない。円環の理は、魔女をすべて浄化したのだ。
全ての宇宙から。すべての時間から。
この改変された世に悪を撒き散らすのは、魔獣なのだから、魔法少女として魔獣と戦い続ける。
それが、城下町の狂気と恐怖を終わらす一番の道だ。
二人はそう、信じていた。
469 : 以下、名... - 2015/01/03 22:36:53.92 lG/w2YZM0 2064/3130今日はここまで。
次回、第52話「チリヂリ」
第52話「チリヂリ」
409
城下町では、魔女(魔法少女)狩りの恐怖がつづいた。
ユーカと円奈の二人は懸命に、夜間に外出して魔獣と戦い続けたが、魔女狩りは終わらなかった。
恐怖が恐怖を呼び、狂気が残酷さを呼んだ。
しかも、この日は今までで最悪の展開を迎えた。
少なくともユーカにとっては考えられるほとんど最悪の展開だった。
「そいつは魔女だ!」
ある若い男が叫ぶ。指をさして少女を告発している。「夜間に外に出ていたぞ!」
告発を受けたのは……。
ユーカの魔法少女仲間でもある、正義感の強かった魔法少女───
ヨヤミだった。
魔女の告発騒ぎがはじまると、あっという間に城下町じゅうの人々がそこに集まってくる。
あらゆる人の視線に晒されながら、ヨヤミは、自己弁護をはじめた。
「私、魔女ではありません!」
ぐるりと一周、城下町の民衆に囲まれる。
「魔女などではない!」
すぐに告発を聞きつけた黒い僧服の審問官たちがやってきた。
エメラルドグリーンの瞳をし、カールがかった黒い髪の愛くるしい少女は、今や恐怖に瞳孔を開き、震え、そして魔女審問にかけられる恐怖と戦っていた。
こみあげる恐怖で気がおかしくなりそうななか、自分を疑う城下町じゅうの人々にむかって、自分を弁護する。
「私は魔女ではない!魔女のような魔術を使ったことはない!」
「どけ!どけ!」
審問官たちがヨヤミを囲う民衆の群れを割ってヨヤミの前に躍り出てきた。
「今からお前が人間か魔法少女かどうかを確かめる」
審問官に告げられたとき、ヨヤミはどくっと血が凍りつくのを感じ、そしてパニックになりはじめた。
”人間かどうか確かめる”。
魔女審問の恐怖が脳裏に浮かんでくる。
「た、確かめる必要なんかない!」
ヨヤミは平静さを失った。保てるはずもなかった。
今や城下町の民衆の目はヨヤミにむかって魔女審問を求めている。
つまり、魔法少女か人間かを、苦痛によって確かめる判決を。
その何百という目が、ヨヤミを見て、そして求めていた。
やり場のない怒りが、ヨヤミによって償われることを。
「あなたたちを襲い、生命力を奪い、行方不明にしているのは魔獣という存在だ!」
ヨヤミは、言っても絶対に城下町の人々に伝わらぬことを叫び始めた。
「魔女なんかいない!人間の女が魔女になったりしない。こんな容疑はでたらめだ!」
審問官たちはそれを無視する。
そもそも、体を真っ二つに割ってもまだ生きているような化け物が現にいるのだから、まずそこから、おまえがそれと同類なのか健全な人間なのかを確かめないといけないのだった。
ソウルジェムの秘密を人々に知られた魔法少女たちの運命はあまりに過酷だ。
「王の城に連れろ」
審問官は告げた。「宝石の指輪は奪え」
審問官たちは拘束具をもってヨヤミに近寄ってきた。ジャララ。手に重たい枷が鎖で吊るされている。
容赦ない足取り。
みるみるうちに距離がちぢまる。
ヨヤミは、目に恐怖を浮かべて、審問官たちから後ずさって、逃げた。
一歩また一歩と、後ろへ退いてゆき、審問官たちから逃避する。
しかし、そうしていると、背中が城下町の人々にぶつかった。
ヨヤミは恐る恐る振り向いて城下町の人々をみあげた。その顔に影ができた。
ヨヤミを見下ろす城下町の人々の目は───。
ヨヤミに、魔女審問を受けろと求める目だった。
「いやあっ!」
逃げようとしたが遅きに失した。
城下町の、集まった数百人の民衆はヨヤミを捕らえた。
魔女の疑いがかかった少女に猛然と襲いかかり、髪をひっぱって転ばせ、地面に引き摺り下ろし、そして地面に叩きつけた。
「あっ…ア!」
地面にすりつけた額から血が流れおちる。ヨヤミは暴れたが、城下町の人々に捕まった。
「指輪を奪え」
審問官たちがそこにやってきて、組み伏せられたヨヤミの指から指輪を引き抜いた。
いまや王の手下たちは魔法少女の弱点を把握しきっていた。
「ああッ…!」
ヨヤミは、大切なものを奪われて、それを取り替えそうと手を伸ばした。
その手は城下町の男に踏まれて、指ごと地面に叩きつけられた。
「いいッ!…ッ」
指先に走る痛みに目をぎゅっと閉じ、顔を歪め、歯軋りする。その髪は限界まで女によってひっぱられ、額が露だった。
その額は擦り切れて、血が流れていた。
その血は鼻筋にまでかかる。
「魔女め!」
城下町の人々は、罵り始めた。男も、女も、子供たちも。「人を捨てた不死身の怪物どもめ!」
市民の心と記憶には、さまざまな拷問をうけて、痛みを感じなく平気で、ノコギリで裂かれても元に戻る魔法少女の不死身ぶりを非難し、誹謗し、排斥しようとする。
やがて、審問官たちによって奪われた指輪は、100ヤードの距離を離れ、ヨヤミは。
城下町じゅうの人々の罵り声に包まれながら、ゆっくりと、意識を失った。
410
ヨヤミは意識を失い、目を閉じ、眠りにおちたようにぐったり力を失い、そのまま審問官たちにに運ばれた。
荷車にのせられ、意識失ったまま王の城へ運ばれていった。
その先で、どんな運命をヨヤミが辿るのか。
それは、まだ誰にも分からない。
でも、その意識を失い馬の引く荷車によって荷物のように運ばれていくヨヤミにむかって。
化け物め、化け物め、悪魔に魂を売った淫魔め。報いと裁きを受けろ。
そんなふうに罵る城下町の人々の声の嵐をきくと。
ヨヤミの運命は、暗いものに思われた。
「あんな化け物が、私たちと一緒に暮らしているなんて、許せない。」
ある少女が言った。「悪魔と契約して、なんでも願い事をかなえてもらって、しかも、人間に悪さをするなんて!」
体に魂なく、外部にあって、しかもある距離以上それがはなれるとパタリとなる魔法少女に対して、気味悪さを吐露する。
ユーカと鹿目円奈はその場にいた。
城下町の狂気よりも、ヨヤミが運ばれていく姿を悔しさを噛み締めて目で追っていた。
自分たちは、魔獣と戦っているのに、人間の女はまだそんなことをいうのか!
怒りが込み上げくるが、ユーカはそれを抑える。
ここで我慢できなければ、結局、自分達の戦いは無駄になる。
それにユーカはゆるせない負い目を自分に感じてもいた。
ヨヤミが今日、魔女として告発されてしまった理由。
それはたぶん、自分のせいだろう。
昨日、会堂の地下室にて、ユーカは仲間達にむけて、魔獣退治をやめると言った魔法少女たちに、それが本当の気持ちなのか、と問いかけた。
ヨヤミは正義感の強いほうの魔法少女だった。
ユーカの問いかけによって正義感を取り戻し、魔獣退治を再開しようと思い立ったのだろう。
だがその勇気は最悪の結果を招いた。
魔女として告発され、王の城へ連れて行かれてしまった。
勇気と正義はひたすら悪い事態を呼び起こした。勇気と正義が勝つストーリーは、この城下町にはないのだろうか。
ヨヤミを助けたい一心だったけれども、王の城に連れて行かれるヨヤミを取り戻す術なんてない。
城下町の人々と、王城の者たちが、魔法少女を化け物だと思っているうちは、こらえるしかないのだ。
それに逆らえば、こんど魔女の疑いがかかるのは、自分たちだ。
411
しかしヨヤミをめぐる悪夢は、これで終わらなかった。
ソウルジェムを奪われ、気絶状態のヨヤミは王の城の暗い地下室で目覚めさせられた。
トンと、奪われたソウルジェムの指輪がヨヤミの胸元に置かれ、いったん気絶したヨヤミはそめで意識を取り戻した。
「魔女め、指輪がなければ眠りからも醒めないか」
うっすり瞳を開いたヨヤミは王の城に拉致されたことを知った。
木でつくられた拷問台に、鉄の枷と鎖で縛られたヨヤミは、審問官たちに囲まれ、審問官たちはヨヤミを冷徹に見下ろしていた。
そしてヨヤミは恐怖の地下拷問室を見回したのだった。
そこには自分だけでない、魔女と疑われた少女たちが、恐ろしい拷問を受けている地下室だった。
一つある扉のほか出口のない壁に囲われた地下室は、ロープで滑車に吊るされ肩の関節を外されている者がいた。
肩の関節は、人間の身体で一番弱いところだ。ロープに吊るされ足に鉄球の錘をつけられた少女は肩の関節を外されてしまい滑車のロープにだらんと吊るされていた。
肩からは血が垂れた。
だが最も恐ろしい拷問にかけられているのは、”死の歯車”のなかで転がされている魔女だった。
これは人の体がひとつ入る大きさの歯車で、なかは鉄の大きなトゲが生えて、体じゅうどこでも刺せる仕組みになっている。
クジの玉がでる回転抽選器を人が入れるくらい巨大化したもの、というべき形状のもの。
もちろんその中身は鉄の棘だらけ。
この鉄の回転抽歯車のなかに入れられた魔女は、審問官によってぐるぐる歯車を回されて、歯車のなかを無残にも転げながらトゲに刺されて行く。
大きな歯車は審問官が外側でアームを握ってぐるぐる回す。
そのたびに、中に入れられた魔女は、ドスドスと歯車のなかで体を落とし、そのたびにザク、ザクと体に大きな針が食い込んでいく音がする。たまに骨が砕けたような音もする。
頭に針が刺されば命はない。
しかし歯車の中は無数の針が生えている。これに入って、まだ生きていれば、その女は魔女できまりだ。
ヨヤミは、人間たちの恐るべき所業を目の当たりにして、目を恐怖に湛えて叫んだ。
「悪魔ああ!」
「それはお前が契約した相手だ」
審問官はヨヤミに告げた。その顔には鉄の仮面をつけていた。仮面の穴にのぞく、白い目だけが動く。
「おまえが魔女なのはもう突き止めている。この指輪がそうだろう」
ソウルジェムの指輪に焼きごての火をあてがう。
焼けた赤い鉄が、指輪に触れる。
その途端、ヨヤミの全身に、じゅわっと骨が焼かれるような痛みがはしった。
「ひぃ゛…!」
指輪に焼きごてがあてられた瞬間、ヨヤミは拷問台の上で呻きを漏らす。
「あ゛ぁっ…っ!」
恐るべき痛みだった。
まるで全身の骨から火が燃え上がったかのような、芯からくる痛みで、ソウルジェムに焼きごてをあてられただけでこんな感覚に陥るとは思ってもみなかった。
全神経のすみずみにまで焼かれる痛みが走った。頭の上から足と手先まで、自分が焼かれる鉄になったかのように熱くなった。
「悪魔に魂を売り渡した魔女め」
審問官は罵り、そして、言った。
「おまえの仲間たちの名前をすべて言え。王はお前たちのような化け物が王都に住むことを許さん。すべて仲間たちの名をあげ、自白せよ。魔女にかける情けはないが、かといって自白するまでは殺さぬ。お前の審問をつづける」
といって、また焼きごてを腹にのったソウルジェムにちかづけはじめた。
焼きごては、拷問室の壁際に置かれた炭火に焚かれた、鉄串と鉄棒だ。
真っ赤に焼けた鉄の棒の先が、ヨヤミのソウルジェムの先に近づく。
「い…いやっ!」
ヨヤミはとっさに叫んだ。自分の契約が生み出したソウルジェム、魔法少女の魔力の根源、魂そのものに、じゅーじゅーと赤く爛れ、光る焼きごてが近づくのをみて、ヨヤミは心から恐れて、やめてほしい、と思った。
「仲間のなまえをいえ!」
審問官は尋問する。「おまえと一緒に、行動していた魔女どもの名だ!」
412
城下町の宿屋では鹿目円奈が食事をとっていた。
円奈は、エドレスの都市での馬上槍試合における賭けに勝ち、今や金貨200枚という大金もちになっていたので、毎日の食事は高級宿屋に通って、スパイス入りパンを購入していた。
そして、パン職人がよく焼き上げたできたてのパンは、ローズマリーいりの香りのよいパンで、円奈はその固いパンに、パクリと口にかぶりつく。
「ん」
農村出身の円奈は都市のパンの味にまたも感動した。「おいしっ」
もごもご口にパンを挟みながら独り言をいう。
そして蝋燭の火に照らした明かりで羊皮紙の本に目を通していた。
聖地に関する本だった。
魔女狩りという狂気の町に入ってしまった円奈だったが、目的の所を忘れることはなかった。
別の大陸に存在する、魔法少女たちの聖地巡礼地。
そこに訪れること。
それが円奈の最大の目標だった。
かぶりついて歯型の残っているパンを皿に一度もどし、難しい顔をしながら本の記述に目を通す。
インクで記された横文字を、左から右へ行ごとに読んでいく。
「かつて、魔法少女たちには円環の神についての認識の違いがあった」
円奈は本の内容を、うーんと唸りつつ読み上げる。
「宇宙法則としての概念が、地上を満たしているのが、新たな理……に対して……すべての宇宙…人格の女神…実在するか…」
円奈が本の中身に難色を示したとき、外ががやがや急に騒がしくなった。
「なんだ?」
円奈の泊まる宿屋のテーブル席の、別の男が、顔をあげた。「何事だ?」
「魔女だ」
さらに別の男が答えた。「魔女が騒いでるんだよ」
「あの怪物どもが!」だれかがパンを含んだ口から唾とともに罵声を宿屋であげた。
「魔女…?そんな」
円奈は、素早く本をたたみ、強張った顔を浮かべ、焦った様相になりながら、高級宿屋の扉をあけて外に出た。
円奈が慌てて外に出ると、今朝のヨヤミに引き続いて、また少女が魔女として疑われ、告発されていた。
それは、円奈の知らない魔法少女ではあったが、マイアーという、オルレアンと昔仲間だった魔法少女だった。
ちがう、私は魔女などではない、私は痛みをちゃんと感じる人間だ、……
いろいろ自弁するも結局城下町の人々に取り囲まれて捕われる。
そして王の城に連れて行かれる。
審問官たちは捕らえた少女の指輪を抜き取り、そして持ち去った。
円奈にはその指輪を奪い取る行為の本当の意味をしらなかった。
一ヶ月以上前、ウスターシュ・ルッチーアに諭されて、レーヴェスという都市の修道院の門番をしていた魔法少女の指輪を強引に女騎士のジョスリーンらとパス回ししたことはある。
しかし円奈は、ルッチーアにそうすればいいといわれたからそうしたまでで、指輪を魔法少女の手から奪いとることの本当の意味を、まだ知らない。
マイアーは、指輪を返せ、私は魔女じゃない、と叫ぶ。
が、審問官たちは冷淡に告げた。
「魔女、カサノヴァ・ヨヤミが、キミの名を魔女として挙げた」
審問官の口から放たれる言葉は、恐ろしく、身も凍るようなことだった。
マイアーは目を見開き、そして、事態を理解し、「ヨヤミ、裏切り者め」と叫んで、ついに失神した。
こうしてまた一人のソウルジェム指輪が人間たちに奪われた。
城下町にのこる魔法少女はのこり、30人くらいほどのみとなった。
413
その頃、王城の地下室では。
「うう……あぐぁ……う…!」
うめき声が、暗闇のなかでずっと続いていた。
「うう……ああ……あああ……ウ!」
うめき声は少女のものだった。
「ああああ゛……あ゛…ああ゛…ッ!」
少女のうめき声は、拷問されて死んだ女たちの死体が溢れて血の臭いが満ちる地下室で、ずっと、つづいて、絶えることはなかった。
「うヴ……ヴヴううう!」
少女の声は、ヨヤミの口から漏れるものだった。
絶え間なく身体を貫く苦痛は、ソウルジェムによって引き起こされた。
つまり、拷問台に鎖で縛り付けられたヨヤミは、そのソウルジェムが人間の手に落ち、そしてソウルジェムは火鉢のなかに放り込まれ、火を通されていた。
火鉢は赤く焼けた炭火がバチバチと音をたてて温めた。そこに放り込まれた、指輪のソウルジェムは、熱せられて変色していた。
すると、ヨヤミの体に異変が起こった。
肌も骨も心までもが、燃え上がったように熱くなり、それは耐え切れない熱さに達し、ヨヤミの全身からだくだく汗が流れ落ち、自分はまるで火の中にいるように目も頭も熱くなった。
「あ゛あ゛……あ゛…ア゛」
ヨヤミの焼けるような口からうめき声が絶えることがない。
ヨヤミの体から煙がたちはじめた。しかし、鎖は断ち切れない。鉄の重たい鎖は、ヨヤミの熱くなりすぎた体に熱せられて、ジュージューと音をたてた。
とにかく体が異様に熱かった。自分自身が焼かれている鉄ごてのようだった。
火鉢と炭火のなかで熱せられる指輪と同じ温度に体が達した。湯気が全身からたちのぼった。
それは灼熱だった。
なにか熱いものに触れて、体が火傷する、という苦痛ではなく、体そのものが熱かった。
やがて熱さは魔法少女の体いえども限界にたっし、肌は焦げ始めた。
体全体が燃えているので、肉も喉も、焦げ始めた。血も沸騰しはじめた。体は崩壊をはじめた。
「あ゛…」
もう本当に死んでしまいそうと思ったとき、審問官が指輪を、やっとこでとりだとし、バケツに満ちた冷たい水の中に放り込んだ。
「ああっ!」
ジュ!
熱せられた指輪が急に冷水のなかで冷える。
ピシと指輪に亀裂が入る。
「ああ…アアッ!」
ビクン、とヨヤミの体は震え、そして全身を凍て付く冷たさが貫いた。
急激過ぎる温度変化は人間の感覚を越えていた。
火に熱せられた状態から冷水のなかに放り込まれたのだ。
心臓が悲鳴をあげた。
そして、もちろんのこと、どんなに全身に感じる体感温度が、いかに人間の感度を越えようとも、魔法少女は死ぬことがない。人間とちがってショック死はしない。
「仲間の名前をすべて言え」
審問官は指輪を、バゲツの冷水から取り出し、その指輪に、釘をあてがう。
釘の上部にハンマーを用意する。
「おまえと行動を共にした魔女の名を挙げよ」
ヨヤミは素直に、全身にしびれるようなひどい悪寒を感じながら、名前をあげた。
「マイアー…マーガス・マイアー…」
「そのほかには?」
審問官は攻め立てた。
ヨヤミはぶるぶる全身を震わせていた。
肌に駆け巡る悪寒は、ひどく冷たく、それでいて激しかった。たぶん、感覚神経がおかしくなってしまったのだろう。もともと痛みを感じないはずの神経は、指輪が熱せられたり冷やされたりすると、激しく反応を示した。
全身にぶづふつと鳥肌がたっていた。
もう、正気を保てるような境地にはなかった。「エリファス・レヴィ・ベエール…」
「仲間は何人いる?」
こんな調子でヨヤミは、会堂の仲間たちの名を、つぎつぎに審問官に教えていった。
414
事態は遥かに悪化した。
城下町では、ユーカの仲間、マイアーとベエール、さらにアドラー、後輩の魔法少女仲間であるウェリンが、つぎつぎと魔女の疑いにかかり、審問官たちの手におした。
クリフィルとオデッサ、スカラベ、幼き魔法少女であるアナン、ユーカの親友の一人であるスミレ、この五人とユーカが生き残った。
ユーカ含む六人は会堂に集まった。
古びたカビのテーブルに五芒星の魔方陣をかき、蝋燭を照らしたあの地下室に。
「ヨヤミが私たちの仲間の名を売った」
最初に重々しく口を開いたのは、クリフィルだった。
「ベエールもアドラーも連れ去られた」
「次に魔女として名を挙げられるのは私たちだ」
スカラベは絶望的な表情を顔にうかべていた。「もうだめだあ…、おしまいだ」
「何が本当の気持ちに向き合える、だ!」
クリフィルは怒りを露にした。その怒りは、明らかにユーカに向けられていた。
「なにがどんな顔して円環の理に顔向けする、だ」
ユーカは口を噛み締めている。
自分が、魔獣退治を再開するように呼びかけた結果、この悲劇は起こった。
事態はより一層悪化し、最後の隠れ家にしていたこの会堂の地下室すら、もはやエドワード王の審問官たちの手が伸びてきている。
「私たちは魔獣退治なんかいかないほうがよかった。ただここでじっとして、円環の理の導きを待てばよかったんだ!」
クリフィルの怒りの声が轟き、そのあとは、痛い沈黙が地下室を支配した。
ユーカは何も言い返せない。
「もう掘り返してても何もはじまらない」
オデッサが、静かに口を開いた。
「今からすべきことを話しあわねば…」
「ああ、そうだとも」
クリフィルは、オデッサに諭されると、落ち着きを取り戻して、しかしユーカは睨みながら席に座りなおした。
「この会堂は解散。もう私たちで顔を合わすことはないだろう」
ユーカは、悔しそうに顔を伏せる。
くっ、と歯軋りもした。
しかしもう仕方のないことだ。
事態は悪化するところまで悪化した。
「みんなそれぞれ魔法少女と疑われないように生活するといい。それじゃあ。みんな、達者に生きろ」
クリフィルはいち早く席をたち、とっとと地下室の階段をのぼって会堂を後にした。
魔法少女の仲間同士はチリヂリになった。
491 : 以下、名... - 2015/01/08 22:30:48.36 km0ThAJs0 2085/3130今日はここまで。
次回、第53話「ヴァルプルギス前夜祭・準備」
第53話「ヴァルプルギス前夜祭・準備」
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エドワード王都では、年に一度のあるお祭りの日が近づいていた。
月日でいうなら、4月30日の夜を祝う盛大なお祭りである。
この日、城下町の人々は、春の到来と新たな収穫の時期を祝って、食べて飲んで夜を踊りまわる。
夜だというのに多量の焚き火を用意して、燃やし、夜を昼のように明るくし、おなじ城下町の人同士、手を繋ぎながら大きな輪をつくって踊りとおすというお祭りだった。
夜通し開催されるそのお祭りは、春の到来を祝い、冬を越し、暖かくなった新たな収穫の時期を迎えるというもの。
王都の城からもこのお祭りのために資源と資金を提供する。
焚き木を燃やす数百本の松明、ブドウ酒とビール、肉料理、パン、盛大な規模でエドワード城からだされ、この日は身分も男女も関係なく誰とでも交遊する。
そしてそれは、一年のうちで一度だけ、男にとっても女にとっても、いわゆる逢引の場であり、この祭りの日がちかづくと、女は身だしなみに気力を使うようになり、男もプロポーズの練習を密かにしていたりする。
熱心な家庭だと、この日の祭りのために娘に当日着せる服を金かけて調達し、いいところの男をつかまえるように娘に手塩をかける。
この次期になると服屋は儲かる。
踊りの練習も必須だ。
女は、男と手を繋きながらクルリとまわる優雅な動きをしてみせるし、男は、踊りの最後に、女の腰を両手でつかんで上へ持ち上げてやる。
子供に高い高いするみたいに。
女はラクラク男に抱き上げられて、きゃーっと笑う。しかし残念ながら、太った女は男にも持ち上げることはできないのでそういう女は踊り相手の男が見つからない。
魔法少女狩りの狂気が日々暗さを増していたが、祭りの日が近づくと、それとはまた別な雰囲気が城下町にあらわれはじめた。
若い男女の逢引の日が近づいてきたのだ。
416
その日の夕暮れ。
ユーカは失意のなかでとぼとぼ城下町を歩いていた。
自分の信じていたことが、より事態を悪くさせた。
それも、かなり悪く。
「私の信じていたことって…」
一瞬だけ、気がくじけそうになる。
魔法少女は人を助けるもの。だって魔獣を倒すのだから。
ただそれだけの信念なのに、そのことで、最悪の結果が呼び起こされそうとしている。
この城下町に起こっていることは狂気じみている……
普通じゃない…
落ち込んだ足取りで十字路を歩いていると、その夕暮れ、赤い夕日が屹立のエドワード城のむこうへ沈みゆく時刻、ユーカはとある女の子に呼ばれた。
「ユーカっ!」
ユーカが地面を見つめて歩いていた足をとめ、顔をあげた。
ユーカを呼び、ニコリと微笑んでみせたのは。
金髪の美しい髪を、長く伸ばした、ギルド議会長の娘。
同じ城下町の友達、ティリーナだった。
「ティリーナ…」
ユーカは相手から目を逸らす。「私になにか用…?」
こんな気分のときにはあまり合いたくない友達だった。
すると、ティリーナはますますニッコリ、やさしく笑いかけてきた。
ギルド議会長の娘であるティリーナは、名実ともに地位が高い父の娘である。
どうしてもどこか、高圧的だった。
「あのね、今日みんなで集まるの」
ティリーナは元気な仕草をだして、両手をユーカのほうに差し出して首をかしげる。
可愛らしい仕草だった。
「一緒に来ない?」
ユーカは断れなかった。
城を照らす夕暮れの日は赤みを増した。
416
その日のメンバーは、議会長の娘ティリーナと、皮なめし職人の娘チヨリ、石切屋の娘キルステン、服屋の娘エリカ、そしてユーカ。
スミレはこの日ティリーナに呼ばれなかった。
ティリーナからすれば、スミレは話題をふっても、大して面白くない。この私が、話をふったというのに、面白い話を返せない。
もうそれだけでスミレはこの日のメンバーから除外された。
ティリーナの私室に呼ばれて集った五人はテーブルに蝋燭を立てて囲って、怪しげな雰囲気をつくり、そして女の子たち五人で会合をはじめた。
「ユーカと久々に話せて嬉しいなー」
まずティリーナから、話題をふるのは、もうこのメンバーでは暗黙の了解だ。
「ねえユーカ、元気にしてた?」
「ん、まあ…」
本当のところをいうと落ち込んでいたのだが、ティリーナに元気かといわれて、元気ではないと答えるわけにはいかない。
「まあまあ元気…だよ」
「そう?私はちなみに元気じゃないの…」
ティリーナは悲しい目をした。「だって最近、なんかひどいでしょう?この城下町…」
ユーカ以外のまわりの三人、沈黙。
「たくさんの人たちが魔女の疑いをかけられて……ひどいことされているわ……ユーカはそれでも元気なの?」
悲しい声をだしてユーカにたずねてくる。
意地の悪い質問だと思った。
ならどうして最初に、元気か、なんてきいてきたのか。
「でもねユーカ、安心して」
ティリーナは優しく微笑みかける。
「ユーカのことは、わたしが守るから。私の友達はみんな私が守るよ」
ユーカは、目を落とした。
いまいち元気な反応を返せない。
ティリーナは軽く唇を噛んだ。「ねえ、ユーカってさあ……」
他の三人、顔を同時にあげる。
ユーカはティリーナを見返した。
「魔法を使えるの?」
ティリーナ、優しい口調で問いかけてきた。
他の三人、服屋のエリカ、石工屋の娘キルステン、皮なめし職人の娘チヨリはそれぞれ緊張の顔もちをし、単刀直入なティリーナの質問にひやひやした。
「っ…」
ユーカ、呆然とした顔をする。それから、この顔が強張った。
「あのね、私、ユーカから聞きたいことあるの」
ティリーナは平然とした口調で話している。しかも、語りかける顔は優しげだ。
「夜間にさ、ピンク髪の女の子連れて外に出てるってアルベルティーネから聞いちゃってね」
ユーカ、顔を固くする。
「夜に何してるの?そのピンク髪の女の子、だれなの?父にきいても分からない、といわれたし。私も知らないし。きっとよそから来た子でしょうねえ?最近のユーカって、変じゃない?私でよかったら相談して?」
それからティリーナはすぐにこう付け加えた。
「大丈夫。ユーカのことは私が守る。友達だから。でもさ、友達だからこそ、隠しごとなしにしようよ? 私、もしユーカが魔女だとしても、怒らないし、絶対に秘密にする。他のみんなだって絶対秘密にするよ?」
ユーカはティリーナを信用しなかった。
ティリーナを信じるくらいなら鹿目円奈を信じるくらいの気持ちだった。
「ちがう、私、魔法少女なんかじゃない…」
ユーカは静かな怒りとともに、ティリーナに言い返していた。
「夜に外出たのは、水飲みたくなっただけ。井戸にむかってただけ。ピンク髪の女の子は最近知り合ったひと。この国の人じゃない。聖地に旅してる最中の人」
「聖地?」
ティリーナは目を細めた。「聖地ってなに?」
ユーカは嘘をついた。「知らないよ、そんなこと」
しかし、そこで意外な人が口を開いた。「魔法少女の聖地のこと…かなあ?」
ユーカが、聖地のことを知っているらしい少女のほうを驚いてみた。
それは、皮なめし職人の娘チヨリだった。
「魔法少女の聖地?なにそれ?」
ティリーナは鋭い眼つきでチヨリを見据える。
「てか魔女のことでしょそれ」
ユーカは、ティリーナのことを信用しないで正解だった、と心で密かに思った。
「世界中の魔法少女が聖地に巡礼しにいくって…そう聞いてる」
チヨリは、実はかつてのユーカのように、魔法少女の存在に密かに憧れている少女だった。
でも、魔女狩りがはじまってからは、魔法少女への関心は心底にとどめている。
「聖地巡礼?」
ティリーナは唇をつーっと尖らせる。「じゃあ聖地に向かうその女も魔女じゃないの?」
「その子は人間だよ」
ユーカはとっさに声が口から出た。
「人間の騎士だって」
「騎士?女の子が?」
ティリーナ、目を大きくする。それから軽蔑したような表情を一瞬、顔にみせた。
「ばっからし。女の子はお姫さまにならなくちゃ。騎士さまになってどうするのよ」
「戦争の経験もあるみたい」
ユーカは、かつて円奈にエドワード城の通行許可状を見せてもらったことを思い出す。
「あっそ、もー、なんだあー」
ティリーナは、白く細やかな両腕をうーんと持ち上げ、息をはいた。
「あーあもしユーカが魔法少女だったらいろいろ話をきこうと思ってたのにー…」
「だから別に魔法少女じゃないってば…」
ユーカは嘘を突き通した。
「みんながみんなさ、王都に、ヴァルプルギスの夜がきて、魔女が大事件おこすっていうから、どんなものかいち早く聞くのも面白いかなって思ったのになあー」
ティリーナは、四人の友達に向き直る。
そして新たな話題を切り出した。
「ねえ、好きな人っている?」
ギルドの議長の娘が切り出すと、友達の少女たちは、何人か顔を赤らめた。
「かっこいいって思ってる人でもいいよ?どんな人が好き?」
石工屋の娘キルステン、皮なめし職人の娘チヨリ、そしてユーカと、服屋のエリカは、何人か恥ずかしがっているだけ。
「あっ、今日は真剣な話だから、王子様が好き、とかなしね。もし結婚するなら、誰がいい?もしも、の話でいいから」
もちろん、そういう話題が、ここで出る理由は誰もがわかっている。
男女が逢引する日が近い。
この日が近づくということは、一年に一度の結婚の最大のチャンスということもあって、少女達の話題は、いよいよもって、結婚するなら誰か、ということを暴露しあう。
もっともティリーナたちは、まだまだ年齢的に結婚が親に許される年齢ではないので、もしも、という話からはじまる。
それに、結婚までいかなくても、もし恋人ができるなら、やはり逢引の日が最大のチャンスなのだ。
年頃の乙女たちは、その逢引の日に、なにか素敵な恋人ができるのではないか…と、想像を膨らませる。
ティリーナは楽しそうに女の子たちに話題をふる。
「ねえ?付き合うとしたら誰がいい?じゃあさ、チヨリは?」
逢引の日が近いいま、誰を狙うのか、という暴露大会がはじまった。
「えっ?」
最初にふられたチヨリは、ますます、頬に赤みが増した。「私は…」
ごもごも、口を濁す。
「もしなら?」
「うん、もしなら」
ティリーナは、チヨリの反応を面白がって見つめ、やさしげにうふふと笑う。「そういう人いないの? 気になる人いないの?」
「もしも、もしもなら…」
チヨリは赤らめた顔で机をみながら、そっと告げる。「むかいの靴屋さんのリヒャルド…」
「ああ、リヒャルドね、かっこいいよね」
ティリーナ、女友達の口からでた男の名前に、さっそくくいつく。「騎士にしてもいいくらいだよね。背高いし。顔いいよね」
「キルステンは?」
こうしてティリーナからの、好きな人を言え言え大会がはじまった。
しかも、ティリーナは、全員が言い終えるまでは、自分から好きな人は最後まで言おうとはしないのだ。
「私は…」
石工屋の娘キルステンは、ティリーナから名指しされて、恥ずかしがった。
というより本心じゃ好きな人を言いたくないくらいのも気持ちだった。しかしこの暴露大会に参加すると、そういう隠し事はあとでバレるととんでもないことになる。
具体的には、ティリーナがキルステンの悪口を、キルステンのいないところで次々に言いふらして回ることになる。それは城下町じゅうに広がるほどの勢いだ。
「私は、エミールのことが好き…」
「両思いなの?」
ティリーナは、暴露したキルステンについて、質問攻めをはじめた。
そして、そういう質問攻めが、大好きな女の子なのである。
「ち、ちがうよ、そんなことないよ…」
キルステン、自信なさげに否定する。
「両思いかもよ?」
ティリーナ、面白がって話をばんばんキルステンにふる。「ねえ、逢引の日に、手を繋いでみたら? 告白しちゃいよ」
「え、やだっ、そんな、無理だよ…」
キルステン、困り果てる。
「大丈夫!」
ティリーナの声は自信たっぷりという様子だ。
「なんなら私が取り持とうか?父に話してみるね。絶対反対されないから!」
「まって、まって、ティリーナちゃん、いいんだよ…」
キルステンは困り果てた。そんな急に、一年前も昔から好きだった人に、逢引しろといわれて、心の準備ができているはずもない。キルステンは本当に困った。
「そお?でもさ、逢引の日に他の女の子にとられちゃわない?私、キルステンを応援する。次の逢引の日に付き合っちゃいなよ!」
ティリーナは、たしかにキルステンに意地悪したいのではなく、本当に応援してくれているのだけれども、キルステンはそれでもやっぱり困った。
ティリーナはリーダー格の女子であり、誰かの恋を応援するのが大好きな女の子なのだ。そういうことをはじめたら止まらない。
そして、自分が応援する女の子が、男の子に近づいていって、どう恋を成就させるのか、端から見守っているのが大好きな女の子なのだ。
つまり、キルステンはいま、ティリーナのその趣味のための、題材にされているにすぎない。
ティリーナは、自分自身も恋するが、他人の恋を観察するほうが遥かに面白がる。
そして他人の恋を成就させるための裏工作というか、手伝いなら、どんなことだってしてくれる。
「ねえ、エミールってどこの男の子なの?」
ティリーナは質問攻めを止めない。
キルステンは、自分の恋心がどこかほじくられている気分になりながら、いやいや、答えていった。
「ガラス工に弟子入りしてる男の子…」
「ガラス工かあ。いいね、将来性あるよ」
ティリーナは優しげに笑う。
「顔は?」
「…カッコ、いいよ…」
そんな質問されて、思わずガラス工に励む男の子の顔を思い出してしまったので、わずかに顔の火照った熱さを感じた。
「どういうタイプなの?ガツガツくる男なの?奥手っぽい?背は?」
ティリーナはどんどんキルステンの恋を調べてくる。
キルステンの顔に赤みが増した。「奥手っぽいかも…」
「奥手な男の子かあ」
ティリーナは楽しそうにニコッと笑う。
「まあガツガツしてる男の子は浮気しそうだしね。てゆーか、長続きしないんだよね。わたしがみてきた破局をみると…。一ヶ月がまあ限度かな。最初のうちは頻繁に会うけど、そのうち会わなくなって、つづかないっていいう、ありがちなやつ。でもさあ、奥手だと…」
声の音色を変える。まるでキルステンに囁きかけるような声だ。
「やっぱりキルステンのほうからいかなくちゃ……」
「…そんなあ、無理だよ、私なんて無理だよお」
キルステンは本当に困った。ティリーナは、あくまで逢引の日に、告白させるつもりなのだろうか。
たしかに、もし好きな人と付き合えたら、そんなに幸せなこともないし、そういう日々を妄想する毎日だったけれども、人に告白しろといわれたら告白するほど、安い恋心ではないのに。私に秘めたこの気持ちは…。
「キルステンは可愛いから、大丈夫!無理だって思うのは自分だけだよ。ねえみんな、キルステンなら付き合えるよね?」
しかしティリーナは、そういって、三人にも同意を求める。
ユーカ、チヨリ、エリカはとりあえず頷く。ここで首を横にふる少女はいない。
「ほら、ほら、大丈夫だってば、一緒に手を繋いで踊ってさ、最後に告白しちゃいなよ!」
ティリーナはキルステンの恋を応援した。そして成就させるためならなんでもしそうな言動だった。
「逢引の日、私が一緒にいてあげるから。エミールを見つけて、私が呼んであげる。そしたら一緒に踊れるでしょ?絶対いけるって!二人なら絶対結ばれるから!」
ティリーナは結局、題材にした女の子が、恋中の男の子にどうアプローチして、男の子をおとしてみせるのか端で見て見続けているのがたまらなく楽しい女の子なのだ。
しかしティリーナはとりあえずそこまでいったくらいで満足したらしく、標的を別の女の子に変えた。
「ユーカは?」
「えっ?」
ユーカは、完全に油断していた。
まさにいきなり自分に話題がふりかかってくるとは思っていなかったので、思わず大きな声がでた。
しかしティリーナは優しげに笑っていた
「ユーカには好きな人いないの?」
どきっ。
いきなり身体が熱くなった。
ティリーナは優しい笑顔をみせながらユーカを見つめている。
乙女の恋心に反応してソウルジェムまで光輝きだしそうな勢いだった。
自分の契約して魔法少女になった内容を思い出す。
それは、とある鍛冶屋の少年の命を…
カベナンテルに、救ってもらったことだった。
そしてそのために、自分の魂は捧げられた。魔法少女として永遠に戦い続ける宿命を負った。
その宿命と、誓いのため、ユーカは今だって魔獣と戦い続けている。
「私は…」
ぐっと、胸に手を握る。
この気持ちは…私だけのもの。
鍛冶屋の少年を助けて魔法少女になった願いは自分だけのもの。
だれにも渡さない。
「私には、好きな人なんて、いない」
ユーカは自分の恋心を他人の手に渡さなかった。
「えー、ホントに?」
ティリーナは注意深くユーカを見守る。
「女の子の命は花なのよ。いま恋しないでいつするの?好きな人見つなくちゃ!恋をしない女の子に花は咲かないよ?」
「でも、見つからないんだもん…」
ユーカは自分でも驚くぐらい、冷静な嘘がつけた。
「あーあ、逢引の日にいい人みつかるかな…」
「見つかるよ。なんなら騎士の人みつけて、付き合っちゃえば?」
ティリーナは笑った。
そして、新たな人に話題をふった。「エリカは?」
ユーカの話は終わってしまい、服屋の娘エリカへと話はうつった。
「私は…」
服屋のエリカは、上気した頬を赤くさせ、胸を撫で下ろすと、言った。
「いる…好きな人…」
ティリーナ、さっそく食いついて問いだしはじめる。「だれ?」笑顔は優しい。
「実は名前も知らない子なの…」
するとエリカは寂しそうに言った。「でも、たまに城下町の橋で見かける子で…でも。ずっと見てた…」
「うーん、どんな子なの?」
ティリーナは情報を聞き出そうと質問を繰り出す。「何してる子?商業継いでる子?ギルドに弟子入りしてる子?」
「たぶん、弟子入りしている子だと思う…」
エリカは静かに、自分の意中の人のことを語る。「私、ずっと昔から好きだった…の」
「なんの弟子入り?」
ティリーナは間髪いれず問いだす。
「ずっと昔からすくなのに名前も知らないって……あまり十字路のほうに来ない?」
「うん…そうなの」
エリカの声は尚も寂しそうだ。目も切なげだ。「ほんとにたまに橋のほうで見かけるだけで……」
「それ、ひょっとして武器市場のほうで修行してる子じゃない?」
手工業ギルド事情に詳しい議会長の娘は言う。
「橋にあるギルド通りで弟子入りしてるから、十字路に来ないんじゃない?」
エリカは意中の人を思い浮かべながら、悲しそうに頷いた。
「そうかも…」
「武器職人ってことでしょ?」
ティリーナはエリカに尋ね、情報を引き出していく。「つくってる武器はなに?盾?剣?矢?鎧師?」
「剣を造ってると思う…」
エリカは、恋心を抱く少年の姿を思い浮かべつつ、ゆっくりといった。
「え…?」
ユーカが顔をあげてエリカを見た。最初にはなんとも思ってもみなかった会話だったが、ズキン、といきなり胸に痛みのようなものが、走ったからだった。
「それはたぶん、鍛冶屋に弟子入りしてる子だね」
ティリーナは言って、エリカとだけ会話をつづけている。
それから、そこまで情報が出ると、ついにティリーナも思い当たる少年を思い浮かべた様子で、大きな声をあげた。
「ああーっ!わかる!その子!」
エリカがティリーナを不安げに見あげた。「ほんと?」
「それ、イベリーノで修行してる子じゃない?」
城下町の手工業ギルド情報をだいたい網羅しているティリーナは言った。
「わたし知ってる!町一番の鍛冶屋だよ!オーギュスタン将軍もイベリーノで造られた剣を使ってる。わかるわかる!たしかに橋でたまにみかける!かっこいいよね!」
「な…」
ユーカは目を開き、呆然とした想いで二人の会話を聞いていた。
「そうなんだ……」
エリカは、昔から好きだった少年の素性が少しでも分かると、うれしそうに顔を赤らめて目を閉じる。
「鍛冶屋の子だったんだ…」
「背も高いし、すごい真面目って感じの男の子だし、しかも鍛冶屋っていちばん手工業ギルドで地位が高いよ? 独り立ちしたら超金持ちよ!」
ティリーナも興奮している。
「もう恋人いるのかな?」
エリカは目をぎゅっと閉じて、つらそうな顔をした。「わからない…でも、いるかも…」
「あれくらいの子だったら、もういるかもね」
ティリーナ、うーんと難しそうな顔をし、腕を組んだあと、クセで、自分の艶やかな金髪を指にクルクル絡めはじめた。
「でもさ、もうそう考えてたってしょうがないよ。好きな男の子のことがわかったんだから、逢引の日に手を繋いで踊っちゃないなよ!それであの子もエリカのものだよ!」
「ちょ…ちょっと…」
ユーカは二人の会話がどんどん進んでいくのが信じられないというか、気が遠くなっていくような、目の前が暗くなるような気持ちがした。
ズキズキと、胸に苦しい、痛みを感じていた。
それは、心のなかの悲鳴だった。
やめて……という気持ちだった。
「私が逢引の日に一緒にいてあげる!」
ティリーナはエリカの恋を応援しはじめた。いつものように。他人の女の子の恋を全力で応援して、ついにその女の子がどうやって恋を成就させるか…ということをその目に焼きつける。という趣味。
「エリカ、私があの男の子を見つけて、呼んできてあげるよ!それで二人で踊って、告白すればいいじゃない!」
「えっ、まってよ、そんな急に…」
エリカ、顔を真っ赤にさせる。
「ううん、ここはチャンスだよ。ねえ、みんなでエリカの恋を応援しようよ!」
ティリーナはみんなに呼びかける。
「…」
ユーカだけが顔を固めていた。
「ずっと昔から好きだったなんて、素敵よね。エリカって一途!」
ティリーナはすっかり興奮している。この日で一番面白い話題が提供されたからだ。
是が非でもエリカとその鍛冶屋の男の子の恋を成就させよう…と意気込むのだった。
「でも、祭りにくるかなあ…」
エリカはまだ不安がっている。
ユーカの気持ちをだれも知らずに会話はとんとん拍子で進む。
まるでエリカとイベリーノの鍛冶屋の少年が結ばれるのがこの女子たちの内で暗黙の了解とでも言いたげだ。
「くるよ!」
ティリーナはエリカを元気づけ、励ます。「だって一年に一度の逢引じゃない?思春期の男の子でしょ?それでこないのは、よっぽどの仕事バカか、もう恋人できてるかどっちかだよー」
「でも、私なんかが…」
エリカはまだ自信がもてない。
「大丈夫!エリカなら可愛いから!ぜったいできる!」
そこを励ますのがティリーナであった。
「みんなもそう思うよね?」
といって、まわりの三人に同意を求める。
ユーカは……。
呆然とした思いのなか、ただコクリ…と、首だけ頷いていた。
509 : 以下、名... - 2015/01/16 02:21:07.53 saE7u92R0 2102/3130今日はここまで。
次回、第54話「ヴァルプルギス前夜祭・前日」
第54話「ヴァルプルギス前夜祭・前日」
417
その夜、ユーカは鹿目円奈と落ち合った。
二人はこの夜も魔獣退治のために一緒になる約束をしていた。
鹿目円奈はもう、十字路の壁際、ちょうど月明かりも届かない暗がりのところにの壁に背をあてて、ユーカを待っていた。
ユーカはとぼとぼと気落ちした足取りで円奈のもとに歩いてきた。
「ユーカ……ちゃん…?」
円奈はユーカの落ち込んだ様子に気づく。
ユーカは俯きながら円奈のもとに歩いてきた。その表情は前髪に隠れていて、暗い。
だがようやくユーカは自分の顔を見上げて月明かりに照らし、円奈を見た。
「円奈…私ね」
ユーカが話し出すと、女の子の瞳は、はやくも涙が滲んできていた。
「いま気持ちがくじけそうなの……」
「ど、どう…したの?」
円奈は、ユーカ手をひっぱって、月明かりの届かない暗がりにユーカを連れ込む。
これで、だれにも目撃されてしまうことはない。
二人は十字路の壁際、暗がりの、光の届かない暗闇のところで話した。
「私のやってきたことって結局……」
ユーカの目に滲む涙は、だんだんと大きくなってきて、その声も震えて嗚咽がまじってきた。
「なんだったんだろう…?」
「ユーカ…ちゃん?」
円奈はユーカの弱音に、心配になってしまった。ユーカほど勇気があって正義感の強い魔法少女はいなかった。
しかしユーカは今やすっかり弱音を吐いてしまっている。
「私、昨日、みんなに魔獣狩りをしようよって。そう言った。魔法少女の使命を思い出してって……。そしたら、ヨヤミが捕まって……みんな、会堂の仲間達がチリヂリになって……私のせいなの」
ユーカの頬に透明な滴が伝う。
「私、オルレアンさんに昔、約束したの。後悔しないって……世のため人のための魔法少女であり続けるって……でも私が頑張ってきたこと、ぜんぶ……」
ううううああ。
ユーカは、円奈の小さな胸に飛び込んで、顔を埋めて泣き出してしまった。
「ユーカ…ちゃん…」
円奈は、ユーカに飛びつかれて、自分まで転んでしまいそうになったが、こらえて、ユーカを抱擁した。
小さな手がユーカの背中に手を回し、抱き返す。そして、飛びついてきた魔法少女の頭を撫でてあげた。
「ユーカちゃんが頑張っていることは私が知っているよ」
円奈は、いつから自分がこんなこと言えるようになったんだろう、と思いながら、ユーカをなだめた。
いつもは、自分が泣いてばかりいて、来栖椎奈に頭を撫でてばかりもらっていた。
それが幼き時代の円奈だった。
いまユーカに対して逆のことをしていた。
「ユーカちゃんはみんなを助けたくて……魔獣と戦っているんだって……私はわかってる」
ユーカはしばし、ふるふる背中を震わせて、円奈の胸に顔をうずめたままだったが、やがて自分から立ち直った。
目からこぼれる涙を、指でぬぐい、崩れた顔ながら笑顔を取り戻した。
「ありがとう…円奈」
「ユーカちゃん…」
円奈は泣いてしまった魔法少女の名前を呼ぶ。
「もう大丈夫…気を取り直して、正義の味方しないとね」
二人は顔を向け合って、そして、円奈は……。
うん、と力強く頷いた。
418
二人はだれもいない夜間にだれも知らないうちに魔獣の結界へと消えていった。
少女二人の姿は霧のなかへと消える。
まさにその瞬間を。
寝静まった夜にこっそり外出していたギルド組合議会長の娘ティリーナが。
建ち並ぶ家屋の壁際に身を寄せ、見ていた。
「ユーカをたぶらかしているのはあの女の子かしら?」
ティリーナは目を細め、推測をたてた。
確かにユーカはアルベルティーネがいってた通り、夜間に外出している。
それも私に秘密で。
そしてアルベルティーネの言うとおり、ピンク髪の女の子と二人で行動している。
いきなり暗闇のなかに消えてしまったが、二人で何かしているのは間違いなさそうだ。
そしてピンク髪の女の子は、たしかに背に大きな弓を持っていた。
あれは狩猟だけに使う弓でない。人を殺せる長弓隊のもつ弓だ。
もしかしたら本当に騎士なのかもしれない。
「なんかあの子に興味沸いちゃった」
ティリーナはすうっと目を細め、ピンク髪の少女の背中を見送った。
419
何日か経ち。
男女逢引の日の前日となった。
城下町のムードは、魔女狩りの狂気に蝕まれつつ、祭りの熱気が人々のあいだで高まりつつあった。
今年こそ結婚相手を見つける、と意気込む女、単純に性欲開放に張り切る男、恋愛に憧れて浮き足立つ少年少女たち。
城から派遣された役人たちは逢引の祭りの日の準備にとりかかりはじめる。
祭りに使う長テーブルを、ギルドから大工を呼んで建て、食事を並べ立てられるようにする。
入場門を作り、柵を築いて、城下町の人々が踊るスペースを確保する。
焚き火をいくつか焼いて、このまわりを輪を囲うように手をつないで踊ることになるが、次第にそれは男女二人一組の踊りへと変わっていく。
吟遊詩人たちは王都に集められた。
音楽、焚き火、料理、酒…。
城下町の人々にとって年に一度の最大のお祭りの日は、着実に準備を整えつつある。
まるで、魔女達の夜な夜なな大宴会”ヴァルプルギスの夜”が間近であるのと呼応するかのように……。
城下町最大のお祭りごとは、前日を迎えた。
さて、そんな祭りごとが、年に一度あるとは露知らずの、異国からの旅の者である鹿目円奈は。
この日も高級宿屋で朝食をすまし、厩舎へ寄って、クフィーユの世話をしていた。
ユーカと王の魔女処刑をとめる、という約束をしてからは、馬に乗っていない。
けれども円奈は食事をすませると朝一番に、クフィーユを預けている厩舎へいって、水やりと、身体をあらうこと、市場で買った干し草を食べさせていた。
「しばらく乗ってあげられなくてごめんね」
円奈は馬の首筋を撫でて、話しかけてやる。馬ははむはむと草を口にしている。鼻の穴がときおり大きくなった。
そして耳をたてた。
これは喜んでいる、の感情表現だ。
「クフィーユ、ありがとう」
円奈は愛馬の反応に、自分も嬉しくなった。ここしばらく厩舎に預けっぱなしなのに、この馬ときたら、主人が朝に世話してくれるだけで嬉しさを主人に伝えてくれるのだ。
円奈は城下町に建てられた厩舎の外に出て、十字路の最近変わってきた様子を眺めた。
何かのお祭りの準備がはじまっている。
役人たちは、「そこに焚き火すると引火する。ずらせ」とか、「踊りの広さが確保できていない」とか、いろいろなことを指示して、市民に祭りの準備にあたらせている。
市民たちは、釘とトンカチをつかって、木材で柱をたて、入場門をつくり、看板をとりつけた。
看板には白い染料でこう書かれた。
”エドワード城に訪れた春”
月日にすると4月30日がちかづいている、春という暖かさがはじまる季節であった。
それまでは真冬だったのである。
「春、かあ…」
円奈は看板に書かれた文字を見上げ、そっと小さく独り言を呟いて、感に浸った。
バリトンを旅立ったときはまだ冬だった。真冬も真冬であった。雪も降っていた。
しかし旅立ってから春はじめになり、そして、本格的に春がやってきたのである。
季節の流れを感じるとともに、時間の流れを感じ、そして遠い国まではるばるやっきた旅をおもって感慨深さみたいなのを胸に感じていた。
といっても、聖地はまだまだ遠く、世界の果てのようなところにあるから、円奈の旅はこれからもずっと続くだろう。
それでも。
こんな危険だらけの世界で、なかなか自分もかなりのところまで旅してきたのではないか。
そんな気持ちに想い浸ったのである。
そして、ぼやーっと祭り準備にたてられた看板を見上げていたら、円奈はよっぽど目立つところにぽつりと突っ立っていたのだろう、誰かが円奈の隣にやってきて、声をかけてきた。
「お祭りは初めて?」
声をかけてきた少女は、そっと円奈の横に並ぶ。
金髪の女の子だった。
一目みた瞬間きれいな子だと思った。金髪で髪は長く、いちぶみつあみにして垂らしている。
瞳は黒く、透き通っていた。
金髪の女の子は、しかし、円奈の知らない人だった。
「うん…」
円奈は、少しどもりながら小さな声で答えた。
「この祭りごとはね───」
すると金髪の少女は、円奈のちょうど横に並び、入場門の看板をみあげ、手を伸ばして指差し、そしてその奥に設けられつつあるお祭りのスペースについて、語り始めた。
「年に一度、春の到来をみんなで祝う城下町最大のお祭りなの。”新しい収穫の季節がきた”って───」
話をしてくれる金髪の少女の話に、円奈は耳を寄せる。
市民たちが、肩に木材を担いだり、釘でトントントンカチを打ったりする準備の音が、聞こえる。
「もっとも王都の人はみんな市民だから、収穫を喜ぶのはホントは農民なんだけどね」
と、金髪の少女は補足を付け加えた。
「だからこのお祭りはもっと古くからある昔のお祭りごとなの。ここに王都ができる前、農村時代の頃からある祭りごとってね…だから私たちは」
と、少女は口調を少し高める。
「このまつりごとは春を祝う祭りであると同時に逢引の日と呼んでいるの」
といって、自分の両手を胸元につけて、目を閉じた。なにかに想いを巡らせるかのような動作だった。
「男の子と女の子が出会う、素敵な日なのよ」
そして金髪の少女は目をあけて、隣に円奈を見た。「ねえ、あなたも逢引する?」
「え…」
円奈は一瞬、何を言われたのか分からなかったが、とづせん素っ頓狂な声をあげた。
相手にきかれた質問の意味がわかったからだ。
「ええっ?!」
「素敵な男の子が見つかるかもよ?」
金髪の少女は円奈をみて優しげに微笑む。
「わ、わたし、そんなんじゃあ…」
円奈は困った顔をした。頭に手を添え、自分の髪に手で掴んだ。
「そう?」
近日の女の子は、ニコリと笑い、いたずらっぽく首を無邪気に傾げてから、円奈の背中に着目した。
「ねえ、大きな弓だよね…どうして弓なんて持つの?」
「えっ…ええっ、ああ、これはっ…」
円奈は女の子のペースに、気圧されていた。相手の話の速度に自分の口が追いつかない。
ピンク色の瞳だけ視線を背中に送って弓を示す。
「狩りをするときに……」
「狩り?でも、これは?」
金髪の少女は目ざとかった。次には円奈の腰に差した剣に着目していた。「どうして剣も?」
金髪の少女は円奈を見て、優しげににっこり微笑んだあと、円奈の手を持った。
「ねえ、もしかしてあなた、騎士さまなの?」
円奈はたじろいだ。
今までは、自分から名乗りでもしない限り、だれも騎士だと思わなかったのに、この少女は自分が名乗り出るよりも前に騎士だときいていた。
「…うん」
ちょっと照れながら円奈は頷いた。
「ホントに騎士さまなの?すごーい!」
すると金髪の少女は、自分の推測が当たったからか騎士に出会えたからなのか、わからないけれども、とつぜん喜びにぱっと顔が明るくなった。すごく嬉しそうだ。
「ねえねえ、女の子なのに騎士さまって初めて会ったよ。なんだか素敵…。かっこいいねっ。戦ったこともあるの?」
円奈は、またも照れながら、そっと頷いた。
「…うん…」
「ホントに?すごい!」
金髪の女の子、目を丸くし、感激でもしたかのような声をだした。
その顔は笑顔いっぱいで、円奈との少女との出会いを心から嬉しがっているかのようだ。
そしてくるくるっと円奈のまわりを一周した金髪の少女は、円奈の手を手に取ると、まじまじ円奈の顔を正面から見つめ、そして言った。
「…えと」
円奈、女の子の顔面がちかづいて、ちょっとだけ後ろに退く。
「ねえ、今日ね、友達同士で集まりがあるの」
金髪の少女は円奈に迫って、誘いかけた。
「あなたもこない?」
「…えっ…」
思ってもみなかった誘い話に、円奈は戸惑った。
城下町に一週間ぐらい滞在している円奈だったが、夜はユーカと魔獣と戦い、朝は食事とクフィーユの世話、昼間はひたすら市場で、旅路の支度と買い物する日々だった。
つまり、買い物は、武器市場にいって矢を買ったり、短剣を鍛冶屋に研いでもらったり、ロングボウの木材部分に艶出しのニスを塗ってもらったり、服を新調したり公衆浴場にいって身を洗ったり、クフィーユのための食事を買うような日々だった。
まさに知らない人に誘われるなんて思っても見なかった。
そしてなんだかその誘いには、嫌な予感というか、参加したくない気持ちが胸に沸いた。
「私は…」
ごめんなさい。
といいかけたとき、相手はそれを遮って名乗った。
「私、ティリーナ。アヴィケリナ・ティリーナ。ギルド議会長キャヴェインの娘よ。ねえ、あなたは異国からの騎士さまでしょう?城下町のこと、教えてあげる。なんだって私に聞いて!」
ティリーナは円奈の手を放さない。
相手がうんと答えるまで放さない気だった。
「あなたといろいろお話がしたいの。騎士さまであるあなたと……ねえ、お願い。私たちの集まりにきてくれる?」
ティリーナ、懇願するような目を潤わせる。その瞳はまっすぐ円奈を見つめる。
円奈はこういうとき断れない性格だった。
アリエノール・ダキテーヌ姫に城へ誘われたときも…
アデル・ジョスリーン卿に紋章官を頼まれたときも…
断れない性格だった。
「……う…ん」
円奈は、相手の熱意に負けた。
420
その夕方、城下町で春の到来を祝う祭りの日、”逢引の日”の前夜。
武器市場のほうで、一人の少女がとぼとぼ歩いていた。
エドワード城へ繋がるギルド通りがある街路。
橋の上にたつ武器市場。
橋の下は断崖絶壁の谷底であり、海である。海は谷の奥底で激しく岩肌で波をうち、渦巻く。
少女は小さなバスケットの籠を腕にぶら下げて。
そこには洗濯物がたたまれていた。
少女は目的地につくとその看板を見上げる。
町一番の鍛冶屋、”イベリーノ”の看板だ。
身が震えるような緊張を感じながら、扉をくぐって入った。
そこに、少年がいた。
かつて自分の祈りが助けた少年は…。
その日も、自分の剣を作ることに打ち込んでいた。
額に汗を流し、暗い鍛冶屋の作業場で、真剣な瞳には剣だけを映し、カンカンカンとハンマーで今日も自作の剣を鍛え上げる。
その自作の剣は、去年のとは比べ物にならないほど鋭く、美しく、ギラギラと煌く実用的な刃に鍛え上げにれていた。
刃は赤く燃えていて、炉火に突っ込まれ、十分に熱せられると、金床におかれ、また槌によって叩かれつづける。
そのカンカンカン…という金属の叩く音が、鍛冶の作業場に響き渡る。
少年は、自分の剣を作ることに夢中だから、それに熱中しているから、ユーカが来たことに気づかない。
ユーカはじっと少年の剣を叩く姿を…。
幸せそうに、見つめていた。その顔は自然と優しくなり、今も夢を追いかける少年の姿を……ただ……見守りつづける。
これからもずっと、魔法少女として、見守りつづけるだろう。
「ライオネル」
ユーカはしばらく経ったあとで、少年の名を、そっと呼んだ。
少年は汗だくの額を、壁際にかけた布でぬぐっていた。
「ユーカ」
ライオネルはユーカに気づいて、少女の姿をみると、嬉しそうに笑った。
ユーカも優しげに微笑みかけた。幸せな時間……
「はい、これ」
ユーカはこの日も洗濯してあげた少年の服を、きれいに畳んだそれを返す。
「はは…いつも本当にありがとう」
大事そうに少年はそれを受け取る。
そして、部屋の奥の棚に大切そうにそっと置いた。
「完成しそう?新作?」
ユーカは、炉火のなかで暖められる剣のほうを見る。
「もうすぐだよ」
少年の声には期待が入り混じっていた。
「もうすぐ完成だ」
ぼうぼうと、炉のなかで火はめらめら明るく燃え、鍛冶作業場を赤く照らしだす。バチバチという炭のはじける音がする。
「完成したら…」
ユーカは少年に尋ねる。
「売り出すの?」
「その前に師匠からの最終テストがある」
ライオネルはふっと笑い、自嘲気味にいった。「何度この最終テストで落とされたか」
「そんなに厳しい?」
ユーカは、あの気難しい、イベリーノおじさんの顔を思い出す。
「そりゃうもうなんのって、ここまで丹精込めた自作品を、本気でぶっ壊しにかかってくるからね」
ライオネルは笑い、苦難の過去を語る。
「どでかいハンマーでぶっ叩いたり、何百回と鉄の柱にぶつけたり、万力で折り曲げられたり……あらゆる手をつくして僕の剣を壊しにかかるんだ」
「なにそれ、それが最終テストなの?」
ユーカは顔をしかめた。
「そうだ」
すると少年は真剣な瞳になって答える。
「騎士の持つ剣は、それくらい鍛え抜かれて、丈夫な剣でないとだめだ。敵の剣より錬度が低くちゃだめだ。戦場じゃ騎士の剣は命だ。なにがあっても折れたり、曲がったりするようなことがあっちゃいけない。だからイベリーノおじさんはどんな手を使ってでも僕の剣を壊そうとする」
ユーカはその意味を理解した。
「それほどの最終テストに耐えてはじめて……」
「そう」
少年は真剣な眼差しを、火の中にある自分の剣へむけた。
「その最終テストに耐えられるような剣ではじめて、騎士の剣は意味をもつ。戦いに勝つ剣になる。最強の剣をつくるのは、そういうことなんだ」
ユーカは、自作の剣が完成間近という鍛冶見習いの少年の。
その志の深さと覚悟の深さ、真剣さに……。
引き込まれて、自分はなにを悩んでいたのだろう、と思うくらい。
心がいっぱいになっていた。
「昔、イペリーノおじさんの最終チェックがどうしても乗り越えられなくてね…」
今度こそ、自作の剣を完成させたい気持ちである少年は、一年前の失敗談を思い出して語った。
「ある日、ボクは自分の剣が完成したと師匠に言ったんだ。そしたら師匠ときたら、万力でボクの剣をはさんだかと思えば、思い切り石のハンマーでぶっ叩いて、ぼくの剣を壊して割ったんだ。ついに我慢できなくなって、ぼくは師匠に言ったんだ」
ユーカはただ黙って少年の話を聞いている。
「どうしてこんなことするのか…ってね。丹精込めて、時間もかけて、何度も何度も叩き込んで、やっとできた新作なのに、……どうしてこんなふうに壊すんだってね」
ユーカは、少しつらそうに目を落とす。
少年は真剣な顔をして語り続けた。
「そしたら師匠に言われてね。てめえ、こんな弱っちい剣を命かけて戦う騎士に持たせる気か、っとね。何が最強の剣をつくるだ、笑わせるな、って…」
それはちょうどユーカが契約して魔法少女になる前の出来事だった。
「それでボクは分かったんだ。なぜ師匠が、ぼくが剣を完成させるたびに、すぐ壊してしまうのか……剣とは切れ味がいいとか、形がいいとか、そんなことで完成なんかじゃないんだって……わかったんだ。それと同時に、あまりの厳しさに絶望してしまって……」
そして、あの一年前の日が訪れた。
王城に魔獣が多量に発生したあの日が……。
「ぼくも相当気が滅入ってしまってしまってたんだろう。一年前、あんなことを……」
少年が苦しそうな顔をして語る。
それは、一年前、自分で自分に剣を刺して自殺を試みたあの日のことだった。
「でも、不思議だ。どうして助かったのか自分でもわからない。記憶がないんだ。でもあの日助かったから…まだ命があるから…」
ユーカの瞳が少年の目を見つめた。
「こんどこそ、師匠の最終チェックを乗り越えられるような剣を完成させることができる。騎士がその鞘に差す剣を完成させることができる…」
「その最終チェックはいつ?」
ユーカは、そっと、少年に尋ねた。
「明日だ」
少年は答えた。「明日、師匠に最終テストを頼むつもりだ」
その目に浮かぶ覚悟はかなり深い。今度こそ剣を完成させる…という覚悟と、万が一にでも割られたら…という恐れすら覚悟した鋭い目だ。
するとユーカは、少年の明日の最終チェックを、心から応援するとともに、明日のとこで、話をふった。
「あのね、ライオネル、明日のことなんだけど…」
「なんだい?」
少年は目つきを柔らかくする。
ユーカを見るときは、優しい表情をしてくれる。
「明日ってさ……逢引の日、お祭りが、あるよね…」
ユーカは恥ずかしそうに、話ながら、俯き加減になった。
自分の声が上ずっている。とても、緊張する。
「ライオネルも明日の祭りに?」
「んー、どうだろうなあ…」
あはは、と背の高い少年も、照れたように目は上をみあげ、手は頭を掻く。
「ただ、母には行けっていわれててね……仕事ばっかしてねーで、嫁みつけろっ、なんて、…はは」
ユーカは口を噤んだ。
前髪に隠れた表情は暗く、目は下をみつめ、体は震えている。
ユーカは昨日の、エリカの告白の話を思い出していた。
このままだと、エリカとライオネルは……。
結ばれてしまう。
「ね、ねえ、明日…」
全ての勇気をふりしぼって、ユーカは、顔をあげると、赤みの差した、今にも泣き出しそうな顔で、ライオネルに言った。
「明日、もし祭りにいくなら……東門の城壁のところにきてくれる?」
そこは、十字路で区切られた城下町の四方のうち、東方面、ふだんは開けられない門の場所のことだった。
「わたし……わたし、そこで、待ってる…から」
ついに顔は真っ赤になり、少年と目を合わせられなくなったユーカは、そこまでいうと、逃げ出すようにして鍛冶屋を背をみせて走り去った。
ライオネルは…
呆然と、ユーカの急に走り去った、開けっぴろげの扉をも見つめていた。
421
鹿目円奈は半ば強制的にギルド議会長の娘・ティリーナの催す少女の集会に呼ばれ、メンバーに加えられた。
「さて、じゃあ…」
ティリーナは楽しそうにニコリと笑い、バチっと音立てた火打石についた火を蝋燭に灯す。
「今日もヴァルプルギスの夜ごっこの始まりよ」
今日の参加者は、ティリーナ、ロープ職人の娘で魔法少女であるスミレ、皮なめし職人の娘チヨリ、石切屋の娘キルステン、漆喰屋の娘アルベルティーネ、服屋の娘エリカがいた。
そこに鹿目円奈が加わって、7人である。
「ヴァルプルギスの夜?」
円奈はその単語を訊くのが初めてだった。
「知らないの?」
ティリーナは、新参のメンバー円奈の、さっそく晒した無知ぶりは優しく笑って許して、説明した。
「魔女達の夜の宴よ。私たち人間の知らないところで、魔女たちはそこで悪魔と儀式をするの」
「儀式?」
円奈は恐る恐る、分からないことをティリーナに訪ねる。
女の子たち七人が一本の蝋燭だけを囲って、顔をあわせあっている。その顔だけが暗闇に照らされている。
なんとも怪しげな雰囲気だ。
儀式をしているのはむしろ私たちのほうでは、とすら思えてくる。
あっ、だからヴァルプルギスの夜ごっこ、なの…かな…。
「そう。儀式。契約の儀式」
ティリーナは微笑みながら円奈を見つめ、期待の新参に楽しそうに語った。
「そこで魔女は悪魔に口付けするの。悪魔の口付けっていうの。そこは悪魔との契約のしるしで、痛みを感じなくなるの。魔女はすると、願い事をなんでも叶えてもらうのよ」
「ねえ、この子、だれ?」
他のメンバーたちだれもが感じていた疑問は、漆喰屋の娘アルベルティーネが最初に口にして言い放った。
「私この子知らないんだけど?」
もちろん、メンバーたちは全員、この女の子が、素性はどういう人間なのかは知っている。
もう事前にティリーナから聞いていたからだ。
この子こそ噂のピンク髪の少女であり、夜間に夜な夜な外出し、ユーカと行動を共にしている、謎の少女。
だがアルベルティーネは、ティリーナに捕まってここにきた以上、自分で名乗れと円奈に暗にいっているのである。
そういう暗黙の了解は円奈に伝わらなかった。
「ええっと…」
円奈はただ、びくびくして、五人の見知らぬ女の子たちの痛い視線を受けているだけ。
「騎士さまよ」
するとティリーナが代わりに、ニコニコ笑って、蝋燭の火に顔を照らしながら言った。
「騎士さま?本当に騎士さまなの?」
他の女の子たち、ちょっとばかし、驚く。
「そう。騎士さまよ。」
ティリーナは楽しそうに笑い、語りづつける。
「私、みたんですもの……大きな弓。大きな剣。異国から旅してきてるんですって」
「どうして女の子なのに騎士なの?」
皮なめし職人の娘チヨリが声をだした。いくらか興味津々、という目をしていた。「なぜ騎士になったの?」
「そ、それは…」
円奈は何か語りかけたが、そのときスミレと目が合った。
黒髪に青い瞳をしたこの少女は、ユーカの友達で、魔法少女だった。
スミレと円奈の二人は顔見知りだったが、スミレはここで何も語ろうとしない。
目だけで、円奈に警告を伝えていた。
しかし円奈には警告の意味がどうしても分からない。
円奈は騎士として旅してきた自分のことをいろいろ語った。
好奇心の強い、思春期の女の子たち6人に囲まれて、いろいろきかれた。
自分と同じ年頃の女の子なのに騎士、ともなれば、興味を惹かれないわけなかったのだった。
円奈は、ロビン・フッド団の少年たちとモルス城砦をくぐりぬけた話、アリエノール姫の守護騎士となってガイヤール国との戦争に飛び込んだこと、エドレスの都市の馬上槍試合の話などした。
そして、それらの話は、どれも城下町の少女たちを驚かせ、そしてこういう話をしているうち、すっかり彼女たちの警戒心は解けて、円奈は少女たち六人と打ち解けた。
城下町の少女達に羨ましがられるほどにすらなった。
「なんかすごいね。ほんとに騎士さまなんだねー」
と、キルステンは言った。
「女の子なのにすごいー」
「かっこいいよね!」
アルベルティーネも興奮気味であった。「もし円奈ちゃんが、男の子の騎士だったら……私、好きになってたかも!」
「こんな髪の色の男の子いやだよー」
キルステンは笑った。
「でもさ、円奈ちゃんが話してくれた魔法少女ってつまり…」
服屋のエリカは、ちょっと躊躇しつつ、口にした。
「魔女のことだよね?」
「魔女?」
円奈は目をあげてエリカのほうをみた。
「つまり、悪魔と契約してさ、もう人間じゃなくなってるでしょ?」
エリカはさらに言った。
「痛みを感じないというか……殺しても殺しても生き返るというか…」
「えっ…」
円奈、愕然としてしばし言葉を失う。
「そうね、魔女かもね」
ティリーナ、笑いながら、気まずくなった会話を受け持つ。
「ここ城下町では、そう思われているの。円奈も見たでしょ?魔女狩り……」
円奈はここ最近見た魔女処刑のうち何件かを思い出す。
「うん…」
悲しそうに頷いた。
「円奈が魔法少女と思うなら、魔法少女でいいよ。エリカが魔女と思うなら、魔女と思えば? みんな、それでいいよね?」
ティリーナがみんなに目を配る。
女たちは各々に頷く。「うん…」「うん」「…うん」
「こんど円奈の闘う姿みてみたいなー」
ティリーナは、場を丸く収めたあと、最近見つけた新たな興味の対象、円奈に、またゆっくり語りかけはじめた。
他の女の子たちはやや警戒心を強めていた。
ティリーナに興味もたれすぎるのはよくないが、持たれすぎないのもよくない。
「馬に乗って闘うんでしょ?騎士みたいに…みてみたいなー」
すると、他の女の子たち五人の気持ちに気づいていない円奈は、照れた顔をする。
「いや……私はただ……無我夢中で……それにちょっと間違えたら危ういところもたくさんあったし…」
「そういうの、女の子にはなかなかできないよねー」
ティリーナはすごく楽しそうだ。
「男の世界って感じじゃない?騎士とか戦争とか……円奈は本当にすごいと思うよー」
「そ…そんなこと…ないよ…お」
円奈は言葉では否定したが、嬉しそうなのが顔にでていた。
ティリーナの褒め殺しに慣れていないらしい。
そして、褒めて相手をころがしたあと、本題をふっかけるのがティリーナのやり口だったのだ。
「ところで円奈ってさあ…」
ティリーナの声が変わる。
他の五人たちは身構えた。
「夜間に何かしてる?」
目をすうっと細めてティリーナは円奈をみる。
「…え?」
ぽかーんと、動きが固まる円奈。照れていた頭を撫でる動作がとまった。
「ユーカと二人でさあ……外にでかけてない?夜間に外出禁止令がでてるのは知ってる?」
円奈は初めて危険に気づいたのだった。
顔見知りの魔法少女スミレが、ずっと目で伝えてきた警告の意味を。
「何してるの?」
円奈は、声を失った。
そして逃げ場などないことに気づいた。
女の子七人が蝋燭を囲う席に自分も座っている。
魔獣退治してる……といえるだろうか?
それをいえば、つまり、ユーカは魔法少女です、ということになり、しかも、夜間の外出を認めることになる。
それをこの七人に知られたら…
どのような運命を辿るだろうか?
少し考えて、怖くなった。
「それ…は」
円奈が口ごもると。
すぐにティリーナは優しい声で話を柔らかくしてきた。
「あっ、別に夜間外出してたっていいよ?別に私たちそれでだれも告発なんてしないから。私ね、議会長の娘だから、なんでも秘密にできるの。それに私は友達を裏切らない主義。みんなもそうだよね?」
女の子たち五人、頷く。
「ただ私は、もし円奈が、ユーカと二人で頑張ってることがあって、私に手伝えることがあったら…と思っているだけなの。だって、これは冗談じゃない話、二人とも危険なことしてるのよ?それはわかってるでしょ?」
こくり…
思わず円奈は頷いてしまった。
これはティリーナの仕掛けだった。
これに頷いてしまうことは、夜間の外出を本人は認めていることになる。
円奈はそれに気づかなかった。
ティリーナは微笑んだ。
「だからね、あなたたち二人を守れるのは私しかしないの。他のみんなに見つかったら告発されちゃうよ? ねえ…円奈がきいたら驚くと思うんだけど、ギルド議会長の父は、エドワード王と繋がりあるの…ギルドと国政は、切っても切れない関係にあるからね」
それは本当の話であった。
製造組合ギルドの議会長と国王にはつながりがある。
ティリーナは実際には、純粋に円奈とユーカの二人が夜間に何をしているのか知りたいだけであった。
他人の行動をこまごまと把握する、それだけでティリーナは満足するし、それが最大の喜びであり楽しみであったのだ。
「私は……王の魔女裁判をとめようって……ユーカと夜間に魔獣を倒しているの」
円奈はすべてを正直に話した。
それはティリーナを含む、六人の女の子たち……特にスミレを、驚かせた。
「魔女裁判をとめる?」
ティリーナも動揺を隠せていない。
「どういうこと?」
スミレ、大きく青い瞳を見開いて、円奈とティリーナにやり取りを見守っている。
皮なめし職人の娘チヨリは、食い入るように二人のやり取りに集中した。
「私は、エドワード王のやり方が違うって思うから…」
さまざまな想いが交差するなか、全ての女の子達の集中を集めながら、円奈は話した。
「ユーカちゃんと、魔女狩りをとめるためにできることをしようって…」
「それで夜間に外出しているの?」
ティリーナが訊くと、円奈は頷いた。
「…うん。…だってあんなやり方ひどすぎるから……みんなのこと、守るために魔獣と戦っているのに…魔女だって疑われて処刑されちゃうなんて……あんまりだから…」
なきそうな円奈の声と訴えは、ティリーナたちの心を動かす。
「だから私とユーカにできることをしようって……夜に、外出は禁止だけど、私はユーカと一緒に魔獣と戦っているの」
「魔獣ってほんとにいるわけ?」
ティリーナは、いわゆる魔法少女の世界のことは、分からない少女だった。
「てっきり、城下町の人が行方不明になったりするのは、魔女がサバトに連れ去ったんだって…」
「それ、ちがうの。みんなの誤解なの」
円奈は話す。
真実を、一生懸命、話す。
「本当は、人々を襲っているのは魔獣なの。魔獣は本当にいる。私はユーカちゃんに助けられて、今も魔獣と戦っているの。みんな、みんな魔法少女に守られているんだよ?なのに…」
女の子たち、無言。
このピンク髪の少女は、何を言い出すのか……といった、困惑の顔。
しかし命をかけたように真剣な円奈の話は……少しずつ、少女たちの心に入っていく。
「みんな、いま魔法少女にひどいことしてる……。魔女処刑なんていって……魔法少女を悪い魔女に仕立てあげてる。それってひどすぎるから……あんまりすぎるから……私は戦っているの」
「でもさ、それって王に直接言わないと魔女火刑なんて止まりそうもなくない?」
ギルド議会長の娘、ティリーナは、こういう話でも真剣に受け止めるタイプの少女だった。
食わず嫌いをしない。
どんなに信じがたい話でも笑い飛ばさず、相手が本気なら真摯に聞いて話に乗る。
「うん……でも、エドワード王に私からいってもきいてもらえるわけないし……王城は厳重に警備されてるし……」
「へーえ、魔獣ってほんとにいたんだ」
ティリーナは優しい顔をした。
「みんな、城下町の人間が行方不明になるのは、ヴァルプルギスの夜のための生贄にしてるって、魔女のせいにしてたのにね。もしそれが本当なら……」
すうっと目を細める。
「ユーカは魔法少女なの?」
ティリーナは細めた目で円奈を見据えた。
円奈は、ふるふる、首をゆっくり横にふった。「ごめん……それは……いえない」
下手な受け答えだった。
ティリーナはふうんと鼻を鳴らし、円奈との会話をつづけた。
「じゃああなたは、城下町の人々がたまに行方不明になるのは、魔女じゃなくて魔獣のせいだといいたいの?」
こくり、円奈は無言で頷いた。
「ヴァルプルギスの夜の噂もぜんぶでっちあげで、魔女自体、この世界には存在しないと?」
ティリーナは質問を円奈に繰り返しぶつけた。
「…うん」
円奈は、少し不安そうに頷いた。
「で、あなたは、城下町の人々が勘違いしている、魔女ではない魔獣という正体と、戦っていると?」
円奈、また、こくりと頷く。
「なるほどねえ…」
ティリーナは頬に手をつき、しばし考えるように視線を泳がせたが、合点がいったらしく、円奈に向き直った。
「わかった!」
ニコリ、と笑う。
「私はあなたに味方する。鹿目円奈!」
ティリーナがいうと、他の五人は意外そうに顔をみあげ、動揺した。
えっ?という顔をしている。
「私ももう、魔女とかヴァルプルギスの夜だとかって話、信じないことにする。円奈の話を信じる!」
まさかティリーナが、こんな異国の少女騎士の側につくのは、予想外だった。
しかしそれほど、円奈の話は、真に迫る何かがあったのだ。
「でもさ!かっこいいよね!」
ティリーナ楽しそうに、またみんなへ語りかけはじめる。
その顔はニコリと笑みを浮かべていて、円奈の強烈な激白のあとでさえいつもの調子を乱していない。
「私たちの知らないところで、夜に命をかけてみんなを守るため魔獣と戦っていた騎士さまかあ……うーん、素敵じゃない。私は応援するわ!」
話の流れは意外な方向へ転じた。
鹿目円奈と、城下町の議会長娘のティリーナは、仲間同士になったのである。
つまり、国王とつながりあるギルド議会長と娘が、味方になってくれたのである。
「あ…」
円奈は、戸惑った様子をみせ、何がなんだかわからないという顔をしながら、どうにかティリーナの伸ばされた手を握って結んだ。
「ありがとう…」
ティリーナは、まだニコニコと笑っていた。
422
日が沈むころ円奈はティリーナの家を出て、十字路へ向かっていた。
「はあ……なんだか……つかれた…」
歩きながら円奈は独り言をつぶやく。
足取りが重たい。
「城下町の女の子って……いつもいつもあんな集まり開いているの…?」
だとしたら、ぞっとするほどあの女の子たちの付き合いというのは大変そうだ。
ティリーナの質問攻めときたら、根掘り葉掘りで、あの女の子を相手にして嘘を隠し通すのは大変そうだ。
事実円奈は全てを話してしまった。
なんというか、相手から全てを聞き出そうとする意気込みというかパワーというか、すごい女の子だった。
詮索好きなことにかけては恐らく城下町で一番だろう。人のことをなんでも知ろうとするタイプだ。
「でも、ある意味力強い味方を得たような……気も……する?」
疲れた表情を浮かべながら円奈が口で呟くと、誰かに背中を掴まれた。
円奈が振り返ると、スミレだった。
「……円奈ちゃん」
黒い髪をした、青い瞳の、城下町で知り合った魔法少女は、円奈を追いかけて、十字路に出る一歩手前で呼び止めていた。
「…スミレちゃん、ごめんね…」
円奈は振り返りつつ、さっそくスミレに謝った。
「ぜんぶ……話しちゃった」
スミレとユーカの二人は、魔法少女で、友達同士。この魔女狩りの狂気のなかで魔獣と戦ってきた。
それが円奈のなかの認識だった。
だから、二人で正体を隠しながら戦ってきた秘密を、ティリーナたちに話してしまった罪悪感を感じて、円奈はすぐに謝った。
また、そのことで怒って、スミレは円奈を追いかけてきたのだろうと、思っていたのだった。
しかし実はちがった。
スミレは魔女狩りの恐怖がはじまってから、魔獣と戦うことをすっかりやめている少女だった。
魔法少女に変身することもまったく無く、ちっとも魔法を使わない。日に日に穢れていくソウルジェムを、大人しく見守っているだけの少女だった。
だから、そんなスミレは。
自分よりも勇気に優れる円奈に複雑な気持ちを抱いていた。
それは嫉妬でもあり、憧れでもあり、心配でもあり、もどかしさでもあった。
「…どうして」
スミレは口を開き、小さな声で円奈に問いかける。
「どうして円奈ちゃんは……そんなに勇気を…だせるの」
「…え」
円奈は、てっきりスミレに責められるとばかり思っていたから、それとはかけ離れた問いかけには無防備だった。
「…え?」
「怖くないの?」
スミレは黒い前髪に顔を隠し、口だけ動かして、問いかけてくる。
石畳の通路に立つ少女の足は、震えていた。
「魔女処刑が……あの判別官の拷問が…」
「…」
円奈は、スミレから投げかけられた問いかけを理解し、目を閉じた。
魔女処刑が怖くないのか、という問いかけ。
そして胸に手をあて、自分の本心を語る。
「怖い、よ」
「じゃあ…どうして…」
スミレの青い瞳には、不安と恐れが浮かんでいる。
夕暮れは過ぎ、日は沈み、二人の立つ城下町の街路は暗がりとなる。
荷車で行き来する商人たちは途絶え、市場のベンチをたたむ市民の人たちは帰途につく。
井戸を使う人たちの行列も人の気配も、薄れていく。
そんななか、人間の円奈と魔法少女スミレの二人は……
街路の奥地で、たった二人だけで語り合う。
「円奈ちゃんはどうしてそんなに勇気が……もてる…の」
円奈に問いかけるスミレの感情は複雑だ。
嫉妬と憧れ……入り混じっている。自分にはできないことができる相手と対峙するときの、複雑な気持ち。
「どうして魔女火刑……怖いのに……疑われるかもしれないのに……ユーカと一緒に魔獣と戦えるの」
その声は消え入りそうで、か弱かった。顔を俯く身体も小刻みに震えていた。
実際、スミレは気弱な少女であった。
魔女火刑の恐ろしさと惨さを目の当たりにして魔法少女として活躍できるわけなかった。
もし自分が魔女火刑にかけられたら……
もうそう思うだけで、契約した魔法少女であるスミレは、とても魔獣退治に出かけることなんてできなかった。
まして、そんなスミレにとって、魔法少女でもない人間の少女である円奈が、魔獣退治にでかけられるなんて、どうしても分からなかった。
そんなスミレの気持ちを察したのだろうか……
円奈は、目を閉じ胸に手をあてると、そっと、囁くように声をだして、答えるのだった。
「怖くないなんて、ないよ。ううん……今までずっと怖いことだらけだったの」
自分の旅路が、危険に満ちたものだったのを思い出す。
「何度も命を落としそうになって何度も死にそうにもなって…いつも危険と隣り合わせ。私、旅にでてからずっとそんな毎日だった。オオカミに襲われたこともあったし…。だからもう身を危険に晒すことは慣れっこというか…ちょっとかっこつけすぎかな?」
そこまでいうと、ちょっと照れて髪の毛を触る。
スミレは、悔しそうに唇を噛む。
「でも、私が騎士になったとき、誓いを立てたの」
円奈は再び目を閉じ、自分が騎士叙任式を通じて騎士になったときのことを思い出し、スミレに語った。
それは、来栖椎奈が円奈に託した三つの誓いだった。
「”恐れず、敵に立ち向え”」
その一つ一つを、円奈はここ、魔女狩りの城下町に来て、復唱する。
「”真実を示せ”」
スミレは、青色の涼んだ瞳の目を見開く。
円奈という少女の勇気の根源を知ったのだ。
「”弱きを助け、正義に生きよ”」
ピンク色の目を開き、スミレを見つめる。
「そう、騎士になったとき、誓ったから」
円奈はそこまで言い切った。
だから真実を示すために。
魔女狩りという歪みと戦うために。
正義に生き、真実を貫くために、恐れず戦うのだ。
「騎士として、戦うんだよ」
そう告げるピンク髪の少女の目には決意みたいなものに満ち溢れていた。
それは死と戦う勇気だ。
「真実を示して……弱きを助け……正義に生きる…」
スミレは俯いて、悔しそうに口を噤みながら、円奈の言葉を繰り返して呟いていた。
顔は俯いているから、黒髪に隠れて表情は見えない。
そして気弱な少女、スミレは……。
それ以上円奈には何もいわず、無言で……。
音も立てずに、円奈には背をむけて、暗い街路の奥へ引き返して姿を消していった。
その口だけは悔しそうに噤むんでいた。
来栖椎奈から円奈に誓わせた言葉が、気弱な魔法少女であるスミレに、どんな想いを抱かせたか、分からない。
423
魔女狩りは次の朝も苛烈さを増した。
この狂気のなかで、城下町の女は、だれでも容疑者になる可能性があったので、女は女同士で互いに疑心暗鬼となった。
仲の悪い女と女がはち合って目を合わせれば、互いが互いを魔女だ魔女だと罵りあった。
結局どちらの女も魔女の疑いがあるとされて二人とも魔女火刑を受けた。
二人の魔女は頭蓋骨粉砕機によって頭を砕かれた。
ネジをきゅるきゅるまわすたびに頭を挟む皿が狭くなって、魔女の頭は強く締め付けられ、ついには頭蓋骨を内側から砕いた。
これで死ねば人間、生きていれば魔女、という判決だった。
片方の女は頭から血を流して死んだ。死んだ女には人間という判決がでた。魔法少女のように不死身でなかったからだ。
もう片方の女は、頭から出血しながらも生きていたので、魔女だと判決がくだされ、宙にぶら下げられながら火に焚かれた。
燃え盛る薪の炎の上に、ロープで逆海老縛りで吊るして、大きな天秤の、いわゆるテコの原理を使って高さを調整しながら、魔女を炎のなかへ落としたのである。
女は灼熱の炎のなかで焼け死んだ。
吊るされた体を再び天秤で吊り上げたとき、原型とどめぬ黒焦げの遺体がロープにぶらさがっていた。
この城下町では、近所トラブルはすべて魔女告発へとつながった。
とある隣同士の家では、隣の家の番犬がうるさいから、という理由で、斧を持ち出して番犬を殺した。
番犬を家族のように可愛がっていた老女は、おまえなど呪ってやる、今後このさき、不幸なことばかり起こるように、毎日神に祈ってやる、と憎しみたっぷりに告げた。
すると番犬を殺した側は、その老女を魔女だと告発した。
事実、呪ってやるといわれたその翌朝、目が覚めると、頭が100匹を越えるシラミに覆われていたのである。
老女は魔女の疑いをかけられ、焼けごてを目に刺されると痛がり続けたので、魔女の判決は免れた。
無罪判決だ。
今や城下町の女は、すべて容疑者になりえたから、これを利用して男が女を告発する例も多発した。
ある夜、女を誘い、一緒に寝ようとした男は、女に拒絶されるとこの女は魔女だと密告した。
その女は魔女の疑いがかかり、ノコギリ乳房切断の刑に処される。最後まで痛みを訴え続けたので、人間と判決がでて、火炙れは免れた。
魔法少女と人間を正しく区別したわけだ。
いつの時代でも、女が男の誘いを断ることは危険だ。それはとても勇気のいることであった。
そして、もし断ったりしたら魔女だと告発されると本能的に察した女は、男の誘いに屈して身を売ったのである。
俺を拒んだら魔女だと訴えてやるぞ。
それはこのうえなく卑劣で、女に恐怖を与えた脅し文句だった。
そして女は男に身を委ねたのである。
こんな状況下で、女が自分の身を守る手段はひとつ。
魔女を告発することだった。
誰でもいいから他人を魔女だと告発してしまえば、少なくとも自分は魔女を告発したのだから、魔女ではない。
そう世間に対して主張できるのである。自分は魔女の仲間ではなく、むしろ魔女を告発する側なのである、と。
だがその考えは狂気と恐怖を生んだ。
自分の身を守るために他人を魔女だと告発するのだから、同じことを考える城下町じゅうの女たちが、つぎつぎと仲間の女たちを魔女だと告発して審問官たちに売り渡していった。
そして友達すら信じれなくなる緊張が城下町を支配したのである。
もう、いつ自分が魔女だと言われるか、わかったものではない。
そしてそれは、女同士の付き合いに、極度の緊迫関係を生み、ちょっと妙なことを口走る、挙動が変、話をふっても無視する、独り言をいう、ほんのちょっとしてことで、あいつは魔女だと叫ばれた。
こうして一日に10人以上の女たちが魔女の疑いがかかりさまざまな拷問をうける。針を刺されたり、骨を砕かれたり、膣に炎の焼きごてを突っ込まれたり。
そんな暗黒にして気鬱たる日々になっていた。
人々の負の感情、疑心暗鬼、猜疑心、不安と恐怖、憎悪と怨恨、そういう形の無い悪意は、人間たちを蝕んだ。
そして、その暗澹の日々はついに最悪の日を迎えようとしていた。暗黒の光が月を覆うような、恐るべき日である。
血と黒色の感情が破裂するような、恐るべき一日が。
547 : 以下、名... - 2015/01/23 02:21:43.99 9sxP5MP50 2139/3130今日はここまで。
次回、第55話「ヴァルプルギス前夜祭・当日」
続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─13─