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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─
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【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─2─
第8話「ファラス地方の国境」
90
次の朝がきた。
円奈たちとロビン・フッド団の少年たちが再び出発してから数時間、一行は魔法少女たちの縄張り争いがここ数ヶ月続いているという国境に着いた。
最初に聞こえてきたのは、耳慣れない掛け声。
絶え間なく誰かの叫ぶ声。
それから、わーっという群集の騒然とした声と、足音。そして、物音。
掛け声は女の声だった。
「ダーラ・ウ・ヒー!ウーダンノファイラッド・ヒー!」
少女の声。続けて、馬のヒヒンという鳴き声も、遠くながら聞こえてくる。
「アン・ウーベン・タイナッタ・ファイラッド!」
その掛け声のあと、おおおおっという、群集の叫び声がとどろき、続けてドドドドと地面を揺らすような足音。
「シンダール語だ」
と、コウが円奈に伝えた。すでに表情は強張っている。「”敵に慈悲をみせるな 慈悲のない敵だ”」
ごくりと円奈が息を呑む。
一行は相変わらず山の林道を進んでいたが、その茂っていた林が急に開けた。すると、山の麓にでて、その先には石を積み上げて建てられた城壁がみえた。
円奈たちは生い茂る雑木林の影に身を隠して、その先の城壁で何が起こっているのかを見た。
みんな林や草木に身を伏せて、遠くから息を殺して見守っている。
想像以上の人だった。50人以上の人がいた。
円奈たちが見守る光景に立ちはだかっている城壁は、10メートルくらいの高さ。それが見渡す限りドンと立っていて、それ以上先に進められそうなどこらも道がない。
完全に城壁によって遮断されている。
城壁の中心には城門があり、そこが国境の向こう側への通り道になるのだが、そこは鉄格子が降ろされ、閉ざされている。
その城門の突破を目指して人間たちが走って突撃する。すると城壁側から次々に矢が降りかかってきて、城門に近づいた人間がズハズハ矢に射抜かれて倒れていく。
よく見たら、城門の前にはすでに、数十人を越える矢の刺さった死体が、ごろごろと地面に横たわっていた。
「ヘリオー!」
純白の馬に跨って、号令のような掛け声を出しているのは、一人の少女。旗槍をもっている。
その軍旗を振りかざしながら”魔法少女”は、手下の人間どもに号令をあびせかけ、突撃を命じる。
「ダーゴホーン! ダーゴホーン!」
号令を受けた人間たち20人、30人くらいが、また城壁にむかって駆け出した。
今度は作戦を変えたのか、門を突破しようとはせず、聳える防壁をめざした。木材で組み立てた梯子を数人で持ち運んで、それを城壁に掛けてよじ登ろうと試みる。
するとまた砦の防壁から矢が雨のように飛んできて、梯子を運ぶ人間たちが次々に射抜かれて倒れていく。
一人また一人と倒れていく。すると後続の人間たちが梯子を運ぶ役目を受け持って、またその人間が矢で撃たれ、ごろごろと犠牲者を出しながらやっと梯子が城壁にかかる。
すると人間たちが梯子をよじ登り始めた。
すかさず城壁の側の守備隊が、城壁にかかった梯子を杭つきの竿みたいなもで押し返し、梯子をいともたやすく押し倒してしまう。
梯子がひっくり返って、よじ登る人間たちもろとも地面にドンと落ちた。
しかし梯子を押し倒されても、諦めずにまた梯子を立てて城壁にかける。するとまたよじのぼる。また押し倒される。
そんな繰り返し。
その繰り返しのなかでも、容赦なく降り注いでくる矢が、城壁の下の人間たちの頭と、肩と、腹とを刺していく。
時間を重ねるにつれて増えるだけの死体。
「役立たずどもめ!」
白馬に跨ったもう一人の”魔法少女”が、悪態ついた。「いったいもう何ヶ月こんなことしているつもりだ?」
すると城壁の側にたった少女が、城壁の矢狭間から身を乗り出して、叫びだした。
「帰れ!」
白馬に跨る二人の魔法少女に対して、防壁の矢狭間から顔を覗かせ、そこから大声で言い放つ。
「ここは渡さない!私たちの町だ!」
「しゃしゃりおって、魔女め!」
白馬の魔法少女が弓を取り出し、矢を番え、城壁の少女向けて放つ。「貴様らなど、魔女だ!」
「くっ!」
飛んできた矢をかろうじでよける少女。矢は城砦の石にあたって、砕けた。
スパンと弾ける音がして、矢の軸節がくだけ散る。
反撃するように城壁の側から兵士が何人か、弩を発射してくる。
「はっ!」
鼻で笑いながら、白馬の魔法少女が盾で弩の短矢を受け止める。そのあとでさらに、ハハッー!と笑い声をだした。
笑いながら馬を走らせ、黒い髪が風になびいて揺れる。
その蹄の音を鳴らしながら白馬の魔法少女は、手下の人間たちに告げた。
「あわれな人間ども!」
人間たちが、顔をあげて魔法少女を見つめる。その顔はどれもやつれていて、服もぼろ着だった。
「ここ最近口にしたのはなんだ?草か土か!」
馬の手綱を片手で手繰り、その場を馬でいったりきたりしながら、罵声をあびせかける。
「だが我々魔法少女は、弱者である人間を守り助けるために世に遣わされた者だ!」
と、そう白馬の魔法少女は語る。もう片手には大きな盾が握られ、矢が刺さっている。
「私と共に城を落とすがいい!その先には、家畜も鶏も、住みかも土地もすべてがある!我々は保護し、支援しよう! どの道、そのほかに生きる術などない!あわれな人間ども!」
「嘘っぱちだ」
遠めに林の影から見ていたコウが、小さく呟いた。
「ああやって人間を甘い言葉で誘っておいて、あとで殺すんだ。そうに決まってる」
円奈が固い顔をして、城壁でいま起こっていることの一部始終から目が離せないでいる。
「ちょっと、想像してた以上かも…」
「だからいったろ」
コウが円奈に口ぞえする。「戻るか?これ以上いたら危険だ」
「…」
円奈が強張った顔をしてすこしためらっていると。
ガタッ!
と大きな音が轟いた。
また梯子が、城壁から落とされたのだ。
梯子にしがみついた人間たちが、梯子ごと何人も雪崩れて転落する。梯子が傾いて倒れ、人間たちはドテンと背中に地面をうちつける。
その落ちた人間たちを、容赦なく城壁から少女たちが矢で撃ち抜いていく。
「うっ!」
「アぅッ──!」
落ちた人間たちの腹と胸に矢が刺さる。人間たちはうめき声をあげて、口から血を吐き出して悶える。
「城壁の上にいるあの子たちは?」
円奈が小声でたずねた。
「魔法つかいと───」コウが答える。「少女たち」
「少女たち?」
意外な存在の提示に、円奈が思わずコウの顔を見て聞き返した。
「魔法は魔法つかいが使うが───」
コウは、今まで円奈の知らなかった事実を口にした。「少女は魔法使いから、魔法を授かるんだ」
「授かる?」
「ああ」コウと円奈の目が合う。「魔法使いから魔法を授かった少女の矢は───絶対に外れない」
円奈が再び目を城壁に戻すと、矢の刺さった人間たちの悶えと呻きか、こちらまで聞こえてきて、思わず目を覆いたくなった。
あれを撃ったのが、あの城壁の少女たち…。
「あの少女達に魔法を分け与えている、魔法少女がいるってこと?」
・・・
「十数人な」
コウが答えると、また、円奈が息を呑んで、喉を鳴らした。魔法少女が十数人…。縄張り争いを繰り広げている。
「のろまめが!」
城壁の下の白馬の魔法少女はまた悪態つき、馬に乗りながら、弓にまた矢を番えて、ギイイっと弦を引っ張ると、指と指の間に挟んだ矢を発射させた。
「っっウぁア─ッ!」
その矢が城壁の少女の目に刺さる。
「いや…!」
思わず見てしまった円奈が、目を背けて下をみる。その目はぎゅっと閉ざされていた。
「戻ろう」
様子を見かねたコウが円奈の肩をもち、立たせた。
「戻るぞ」
手下の少年達にも合図して、ぞろぞろとその場をあとに退避していく。
弟のアンも、しばし城砦をみつめたあと、みんなについて戻った。
「魔女どもめが!」
その間も、白馬の魔法少女たちの恐ろしい罵声と呪いの声が、こっちにまで轟いていた。
、、、、、、
「今に殺してやるぞ!貴様らに円環の導きはない!ここでおっ死ね!その処女血をすすってやる!」
91
鹿目円奈ら一行は、縄張り争いの地域・モルス城砦をあとにして、来た道を戻った。
林道を戻って、安全な場所に落ち着いた。
ショックなものを見たせいか、円奈の顔色が悪い。
額に冷や汗がたまっている。落ち着いた場所まで戻ると、糸が切れたようにその場にへたり込んでしまう。
女の子座りになって、落ち葉だらけの林道に座り込む。
「はあ…」
と、円奈が女の子座りのまま両手をついて、息を漏らした。
「あの黒い鎌の魔法少女よりひどいよ……」
林にまで戻ってから初めて、円奈がそう口にした。
悲しげな、あるいは失望したようなため息とともに、その言葉が口からでる。
「黒い鎌の魔法少女?」
コウがきくと、円奈は今は何も話せないとばかりに、首を横にふるだけだった。
するとコウは、聞き出すことを諦めて、その場をたった。呆然とファラス地方の森を眺めた。
コウにとっても、あの場所は苦しい思い出のある場所だった。
城砦の壁のむこうに、俺たちの、そしてみんなの家族が捕虜にされている…。
なのにあの魔法少女は、俺たちの捕虜など気にもかけず、城への攻撃を続けている。
捕虜の命などしったこっちゃないのだ。
「はぁ…」
また円奈が、女の子座りのままで息を漏らす。それから、自分の額を手で押さえた。
「なんか……今は何も考えられないの……」
「わかったよ。じっくり考え直してろよ」
コウが振り返っていうと、円奈はもう自分の毛布にくるまってしまった。
まだ夕方の時間だったけれど、今朝の光景がよほど心に打撃を与えたのだろう。
オレンジ色の夕日は、ゆっくりと、円奈たちのただすむ森に影を落としていった。
92
円奈は考えていた。
あの今朝の、城壁の縄張り争いを見てから。
たくさんの人が死んでいた。
円奈はあんなに人が大量に矢によって殺されるのを見たのが、初めてであった。
容赦なく城砦から注ぐ矢……それでも突破を試みる人間たち……それを鼓舞する、いや鼓舞するというよりは命令にちかい、魔法少女たちの怒号…
これからどうしよう。
とても、あんな場所通り抜けられそうにもない。
────帰る?
そんな選択肢が、ふっとだけ脳裏に生まれる。
バリトンに?
そしたら二度ともう、聖地を目指せるようなチャンスはこないだろう。
「うう……」
円奈はうなり、毛布にくるまって寝返りをうつ。
それでも眠れなくて、どうしようもなくて、毛布をまくって頭を起こした。
空をみあげると、三日月が夜空に光っていた。月は青白い月光を、森の天井に注ぐ。湿った土をやわらかく照らす。
あんな悲惨な光景を目にしたあとでも、月は、美しかった。
少年たちはもう毛布にくるまって眠っていた。すっかり深夜になってしまっていたらしい。
リーダーのコウは、森の木々を眺め、三日月の青白い月の光を頭に浴びていた。
背筋のばしたまま腕組んでたっていた。
その隣に、ゆっくりと円奈が歩いて並ぶ。
すると円奈のピンク色の髪も、青白い月光に照らされた。そのピンク色の瞳に月光が映って、薄紫のような、不思議な色合いになった。
「こんなことが起きているなんて…」
円奈はコウの隣に並んで話し出した。
森の奥の闇に住まう獣たちの気配と、葉のざわめきを、感じ取りながら。
森で縄張り争いしているのは、魔法少女だけではない。獣たちも自分が生きるために、懸命の死闘を繰り広げている。
「私が初めて”魔法少女”の存在をしったとき────」
円奈の、薄紫色に月光で煌く目に、透明な滴がたまる。
「悪い者をやっつてくれる正義の味方だって……」
「俺たちの家族はその魔法少女に殺された」
コウは、森のむこうに目を向けながらいった。森は、月光に、青く薄く、不気味に照らされる。獣の世界だ。
「残りは、あのとりでに、捕虜として捕われてる」
「うう…」
目を潤わせたまま、薄紫色に光った目を、手に覆う。「どうして……魔獣じゃないのに……どうして魔法少女同士で戦わなきゃならないの……」
「どうしようもないさ」
コウは腕組んだままで、答えた。「あいつらは、魔法という力で、好き勝手やってるだけだ」
円奈が、切なげに目を落とす。
その睫毛が、月光を浴びる。水滴が煌く。森のどこかで獣のうなる声がする。森の仲間を呼ぶ声が。
「そんな……そんな…ちがうよ……」
円奈の声が。かすれ声となって、森に響く。
「私を守ってくれた魔法少女は、そんな人じゃなかったの……」
胸に手を寄せ、何かを抱くように、語る。でも、胸元には何もない。
森を見上げたところに浮かぶ月が、夜空の雲に隠れる。
「うう…」
また手で顔を覆ってしまう。
嗚咽がとまらない。
身分では騎士にもなったが、凄惨な光景を目にしてしまったあとに泣きじゃくる様子は、やはり騎士いえども、女の子であった。
「これからどうするんだ?」
とコウは円奈にたずねた。月光は消え、森は、夜の暗闇となった。
「これから……」
円奈は、涙腺に涙ためたままで、目をあける。「私……これからどうしたら……」
「一人で、もう一度あそこにいくか?」
コウは、厳しい言葉を投げかけるが、それも円奈のことを思ってのことであった。
「捕虜になるか、殺されるかだろうがな」
「うう……」
円奈が首を落とすと、ベルトに治めた来栖椎奈の剣が揺れた。
「いまは……なにも考えられない……」
「そうかよ」コウがはじめて森から視線をずらして、円奈の顔をみた。「今日は寝ればいい。じっくり考えてろ」
「うん……ありがと……」
円奈は落ち込んだ声のまま、でもわずかに少年に微笑んでいうと、振りかえって、コウに背をむけて樹木にもどって、毛布にくるまった。
土の地面に寝転がると服も髪も泥だらけになるので、樹木に身を寄せて突き出た根っこを枕がわりにする。
落ち葉を集め、シーツがわりにする。
少年たちも、騎士も、ここファラス地方の森では、そんな原始の生活だった。
円奈は毛布にくるまり、樹木の傍らで眠りにつく。
失意にあるまま、来栖椎奈から受け取った鷹の象らされた金色の柄の鞘を、抱くようにして眠る。
すると、バリトンでたった一人、私に優しかった人、いまは亡き人の、あの魔法少女の言葉が脳裏に暖かく蘇ってきた。
───決意は揺らいだか?
その、亡き人の優しい声に、円奈は心の中で答えている。
──いいえ、でも魔法少女の気持ちが、ちょっとだけわかったんです
眠りについて閉じた目の睫毛が、わずかに動く。
今では、そんな自分の言葉にも自信がもてない。
魔法少女は、人を守る存在じゃなかったの……?
人を守るため、魔獣と戦い、悪い盗賊をやっつけて、民を守ってくれる”正義の存在”────
でも、それでも戦わなければならない。戦いは、つらくて、悲しい。
だから、そんな魔法少女たちが、救われる神の国がある。
命をかけて戦った魔法少女たちを、最後に救う神さまがいる。
でも、現実はそれとはあまりに違っていて……。
バリトンという土地しか知らなかったわたしは、外の世界にでて、魔法少女の暴力を見せつけられて……
もう、どうしたらいいのかがわからない……。
けれども、そのとき、椎奈の言葉が、また脳裏に蘇ってきた。
──────初めて神の国にいったときは、そこにいるだけで魂が洗われる気分だった。石の壁に囲まれた城塞都市だったが、城壁に触れているだけでに聖なる魔力が私のなか注がれてくるのを感じた。不思議な感覚だった
────魔法少女にとって紛れもなくそこは、聖地であった
魔法少女にとっての、紛れもない聖地…。
どういう意味なんだろう。聖地って。
そう、円奈は考える。
その国の土地は、”円環の理”という、魔法少女の救いが誕生し、一人の少女が、犠牲となった場所なのだという。
円奈にはよくわからなかったが、魔法少女は、日に日に穢れていく魂に怯えるという。
それで発狂して我を失ってしまった魔法少女もいるという。
しかし、そんな魔法少女たちが、神の国を訪れると、魂は洗われ、確かに感じ取れる救いに、涙し”円環の理”に感謝する。
これは、魔法少女の”聖地巡礼”と呼ばれる。
自分を待ち受けた運命を知り、それを救う少女の奇跡がおこった場所にゆき、そこで感謝し救われた気持ちになって故郷に帰還する。
故郷には帰らず、巡礼のつもりだけできた神の国に、定住をきめてしまう魔法少女もかなりいる。
そんなわけで、世界各地からやってきた魔法少女が、一大国家をつくってしまった国、エレム国。
そこまでが、円奈が、神の国について、本でしった内容であった。
……いって、みたいな。
来栖椎奈と話したことが、記憶としてまた再生されてくる。
────聖地に、こうしてまた行けるのは、幸福ですか?
そかしもしれぬし、そうでないかもしれぬ……
あの人は、再び聖地にいけなかった……。
でも私にこの剣を、託してくれたんだ。そして私を騎士にしてくれたんだ。
聖地に、私が辿り着けるように。
円奈の目が、開く。
ピンク色をした瞳が、見開かれ、ぱっと目を覚ます。
騎士としての、目覚めであった。
「いかなくちゃ……」
迷いは消えた。
たしかに苦難が待ち受けているが、それでも、椎奈さまの魂は、わたしとともにあるのだから。
「いかなくちゃいけないんだ……!」
ばっと毛布をまくり、椎奈の剣を鞘に納めたままベルトを巻き、歩き出す。
その後ろ姿が、再び夜空の雲から現れた月光に仄かに照らされ、光を帯びる。騎士としての目覚め、その初陣をそっと月が祝福した。
「椎奈さま、私」
円奈は、どことも知れぬ国の森のなかで、目をそっと閉じると、椎奈の砕けたソウルジェムを入れた袋を胸にあて、優しく抱きしめ、自分に囁く。
「いきます……!必ず、神の国に……!」
そう自分に告げ、決意をかため、すると、もう樹木に身を寄せて眠りに落ちているコウの肩をつんつんとつついた。
「どうした?」
寝ているところを変に起こされて、コウが微妙に嫌な顔をしながら円奈を見る。「バリトンに帰るのか?」
「あの城壁は、戦い合うこと何ヶ月くらい?」
と、円奈が、コウの隣にちょこんと座って、たずねる。
「あ?なんでそんなこと訊く?3ヶ月ぐらいだよ。それがどうした?」
コウは、さらに嫌そうな顔をした。
てっきり、バリトンに帰るものだと思っていたのに、最悪の予感を覚えたからだ。
「城壁の中の人たちって、物資とかどうしてるのかな?」
と、円奈がコウを見ながら、また問いかける。
「どっかから調達してるんだろ。城壁の向こう側とかから」
「向こう側からって、確認したの?」
円奈が詳しく聞きだそうとする。
「おい、おい、どうした、何の話してるんだ?何を話したいんだ?」
毛布からコウが身体を起こす。久々に毛布を使って眠っているみたいだった。
「”トロイの木馬”の話を聞いたことがあるの」
円奈がコウに、そう話した。「その遥か昔、難攻不落の城壁を中から落とした話で───」
「待て!」
コウがいきなり話を制止した。「なんでそんな話をするんだ?一体全体、なんだかさぱり分からない」
「あの城砦を突破する!」
円奈が、きっぱりそう告げた。
「はああ?」
あまりにきょどった、変な声をコウがあげたので、ロビン・フッドの少年団がごぞって身を起こした。
「なにをいいだす!今朝みたろ!」
そんな周囲の反応にもきづかないで、リーダーは、円奈に怒鳴る。
「死にたいのか!」
「あなたたちに協力してほしいの!」
円奈が食い下がった。「私からのお願い。私だけじゃ、あの壁を突破できない!」
「無理だ!話にならん」
コウはもうそっぽをむいて、円奈との会話を打ち切った。「寝ろ!もう少し、現実みれてるヤツだと思ってた」
「…」
円奈が少ししゅんとすると。リーダーの代わりに、円奈に声をかける別の少年がいた。
「円奈さん」
そう、声をかけたのは、リーダーのコウの弟の、アンだった。「ぼくにきかせてくれないか。その作戦」
「アン!」
リーダーが驚いた顔をして弟を睨む。「なにをいいだす!」
「兄上」
弟が一言そう呼ぶと、兄が静かに押し黙った。
その弟の毅然とした表情から発せられた一言の迫力に、気圧されてしまったのだ。
「騎士であられる、鹿目円奈さん」
円奈は、リーダーであるコウの弟と話すのははじめてだった。
そのアンが、円奈の前に正座して座る。
「あなたは勇敢な人だ」
「は、はあ…」その改まった相手の程度に、なんとなく自分も土の地面に正座して居直る円奈。
「あの国境の縄張り争いをみてなお、あなたは”城砦を突破する”と勇気を示しになる」
アンは、まっすぐ円奈を見て、さらに告げた。
「きかせてください。騎士であるあなたの作戦を。そしてその作戦が実を結ぶために、ぼくらの力が必要とあれば、ぼくはすでに、あなたの作戦のためのこの命を投じる覚悟だ」
「おい、なにをいいだす!」
兄が口を挟んできた。「みんな死なす気か!」
「兄上!ぼくはこんな日を待っていました」
と、すぐに弟が言い返した。「僕たちは、魔法少女に農地を襲われ追い出されました。妹は、まだあの防壁のむこうに人質として捕われたままです。いえ、”ぼくら”の家族の多くが、あの防壁のむこうで今も人質として捕われている。そうでしょう」
兄が口を噤む。バツが悪そうに顔をそむける。
ロビン・フッド団の少年たちが、そっと顔をのぞかせてくる。家族を人質にとられたままの少年たちが。
「ぼくは妹を助け出したい!」
と、アンがはっきりといいきった。「その作戦があると、この騎士がおっしゃられる!」
声が一行のたたずむ林に響き渡る。
「だからぼくは身を投じる覚悟があるというのです」
ぐっと固唾をのんで、ロビン・フッド団全員がアンと、円奈を見る。
ひたすら沈黙。
「ぼく…も」
その沈黙を、一人の少年が破った。「ぼくも、円奈さんと一緒に、戦いたい!」
あの栗毛の少年だった。
それを切れ目にして、次々と少年たちが円奈たちのもとになだれこんで、次々に願い出てきた。
「俺も!」「ぼくも!」
「み、…みんな」
円奈が驚いた様子で次々に前に願い出てくる少年たちをながめる。
「ぼくも、戦いたい!」
新たに名乗りでたのは、円奈のもとで弓の練習をつんだ少年だった。
「あの砦のやつらと、戦いたい!」
「俺も!」
どんどん、16人の少年たちが、円奈の前にでてきて、頭さげる。
「円奈さんに、弓を教わった!だから俺だって、戦える!」
「こんな日を待ってたんだ」
茶髪のロイも、嬉しそうに笑って、言うのだった。「魔法使いどもと戦うぞ!」
「ぼくだって!」
「俺、おれも!」
次々のと少年たちが16人、みんな、魔法少女との戦いへの決起を表明してくる。
結局、リーダー以外の全員が、円奈の作戦に参加するという意表を自ら決めた。
すると残されたリーダーは。
「俺はみんなの身を案じていたんだぞ…辛くもあの城砦から逃げ出すことができた、お前たちの命を預かった。捕虜にならずにすんだんだ。その命で、一緒に生きていこうって……」
なんだかんだで、この一団の本音は、これだった。
農地をおわれ、親と生き別れた少年たちが、失意と絶望の底におちて、それでも生きていこうと、同じ境遇の者同士で集まった仲間。
それがロビン・フッド団だった。
「そのみんなが、こんどは喜んで城砦に戻るといいだす」
コウは、そんな一団の歴史を思い出しながら、しずかに語り、円奈と、他のロビン・フッド団を一人一人、みんなに目をむける。
「命を投げ出して魔法使いと戦うか………」
みんな一人一人を見回した上で、リーダーがゆっくりと告げる。「だが、それでこそロビン・フッド団だ」
「リーダー!」
少年達ロビン・フッド団16人が同時に立ち上がる。
「お前たちが揃いも揃って命なげだず覚悟とあっちゃとめようがない」
ぱっと明るくなった顔の少年達が、リーダーに群がる。
「俺も覚悟を決めよう。円奈と、俺たちで力をあわせて、あの城砦を突破しよう!」
「やったあ!」
少年たちは、ついに、決起する。「ぼくたちの土地を取り戻すぞ!」
「うん!みんな、ありがとう!」
円奈が嬉しそうな声で答え、みんなにならってばっと立ち上がろうとした。
「あいたた…たた」
ところが足が思うように動かなくて、ひどくかっこわるい態勢のまま、また地面に座り込んでしまった。
「この騎士、足しびれてやんの!」
一人の少年が笑って、その言葉が発せられたとたん、どっと他の少年たちも笑った。
「かっこわるー!」
「んー、もう!」
円奈まで笑いながら、しかし、ちょっと怒ったふりをした。
「こんな座り方したの、はじめてだったのー!」
「おーい、”しびれ騎士”を誰か起こしてやってくれー」
コバヤと名乗った栗毛の少年が言い、またみんなが笑い出したあとで、少年達二人が円奈の肩をもって起き上がらせた。
「あいたた…たた…」
まだ微妙に苦しそうな顔をしながら、でもなんとか立ち上がった円奈が、ぎこちなく足を動かして、歩き出した。
「うう…こりゃほんとにかっこわるいや…」
「今より───」
リーダーのコウが、16人の少年たちの前で、堂々と宣言した。
「バリトンの騎士・鹿目円奈のロビン・フッド団への正式入団を認める!」
わあああああっ。
少年たちが手持ちの弓矢をめいっぱい上に掲げて、喜びと決意に大きな歓声をあげあったのは、三日月の隠れる雲が照らす静かなる森の下。
その喜びの歓声の中心に包まれて、円奈の困惑の声は、すっかりかき消されていた。
「いや…あの…ちよっと…」
きいてください、というように手を前にだすも、誰も気づかない。
「いや…あの…入団したいとか……そういう話じゃなくて…さ…」
みんな喜んでわーわー弓矢を振り上げて叫ぶばかりで、円奈の声が誰にも届かない。
「いやあの…聞いて… 別に正式入団したいんじゃなくてね………あいた、いたた!足いたッ!」
93
その次の日の夜、円奈は自分の作戦をロビン・フッド団に伝えた。
「───ここで二手に分かれる」
円奈が、自分の弓矢の先端で、カキカキと土の地面にあの城壁の地図を描いていく。
城壁の地図は、地面に突きたてられた松明が照らした。
「声をあわせて、見張りを倒す」
「見張りは何人くらいいるんだ?」
コウが地図の水路を描いた箇所に指をあてながら、問いかけた。
「みた限りでは、夜には3人、たまに4人」
円奈が答える。
「うまいことは入れたら───」
自分たちを囲う少年達ひとりひとりに視線を送りながら、自分の作戦を丁寧にシュミレーションさせていく。
「私は城門を中からこじ開ける」
円奈はそう言い、地図の水路から城門の方向へ、指で一本の矢印を伸ばして描く。
行動経路を示す矢印が、びーっと地図上を伸びていく。その先には城門が描かれていた。
「あなたたちは中庭の捕虜を助けに」
といって円奈は、敵地想定地図の中庭に、もう一本の矢印を、逆方向につけたす。
これが少年達のとる行動経路になる。
「他のみんなは家屋の屋根によじのぼって矢で手当たり次第敵を倒す」
城砦の地図に描かれた家屋の上に、指でバツ印をつけたす。ここから攻撃しろという印だ。
「円奈一人で城門をあけられるか?」リーダーが尋ねた。
「大丈夫」
円奈が答える。
「あなたたちは人質を逃がすことに専念して。そっちのほうが、敵が多いから。武器庫が近いみたい」
城砦の地図の四角にバツ印にかかれた箇所をトントンと指であてる。武器庫を意味する箇所のようだ。
「私は門をあけたらクフィーユと一緒に、すぐにみんなのところに合流する」
「もう何度も復習したから、頭に入っているよ」
「よし、決行だ!」
栗毛の少年がぱっと起き上がる。
「まだだよ」
円奈がすぐに制止する。
「”物資が届く”のはもっと先だよ────」
そういって、夜空に浮かぶ三日月を見上げる。
「いつだ?」
栗毛の少年、コバヤがたずねる。
円奈は、次第に薄くなる三日月を見上げながら、告げた。「3日後!」
423 : 以下、名... - 2014/03/28 00:47:56.25 A6M1nGC20 384/3130今日はここまで。
次回、第9話「モルス城砦・人質救出作戦 予行演習」
第9話「モルス城砦・人質救出作戦 予行演習」
94
作戦決行は、3日後となった。
それまで、ロビン・フッド団たちが、作戦決行まで待ちぼうけしているはずもなく。
3日前を控えたその昼は、ひたすら弓の練習、練習、練習だった。
「10本うったら、三本はあてる!」
円奈は、きびしめの表情をして、少年たちに、びしばしと手ほどきしていく。
少年たちも、懸命に、地面に引かれた線に並び立ち弓から矢を射る。
ある樹木の幹を狙い、矢を飛ばす。
矢の射る動作は、前よりもキレがでていた。
ヒラヒラと情けなく飛ぶ矢は少なくなり、ズバズバとんだ。一斉に少年たちの弓から矢が放たれ、ビュンと飛ぶ。
矢の何本かが、幹に命中して突き刺さる。ドスドス突き刺さる。矢羽が揺れる。
これなら殺傷能力がある。
「その調子!」
円奈が練習中の少年たちに掛け声をかけて激励しつづける。まさに訓練風景といったところだ。
「外した子は、次はあてる!的と矢を見る!指の感覚を覚えて!」
こんな調子で、ひたすら弓の練習をつむロビン・フッド団だった。
3日後の、城砦の人質解放作戦にむけて。
円奈は少年たちが使う弓の鏃をチェックして、磨り減っているものは研いだ。ギイギイと何度も鉄板にすりつける。
弦(つる)の弾力具合を調べ、ゆるんでいるものは、作り直させた。
木の枝を摘み取り、まず小刀で葉を切り取り、次に細かい枝をかりとって、一本の矢にして本数を補充した。
17人の少年たちはひとり最低20本、矢を持つように円奈は告げた。
本数を補充したあとは矢羽の作成だ。
矢羽は、新たに捕らえた鳥から羽を抜き、円奈持参の髪きりバサミで、矢羽の形に切り取る。
切り取った矢羽を、細い紐で矢にむすんで巻きつける。それを三箇所、矢にとりつける。
矢の完成だ。
円奈自身も弓の練習をつんだ。
50ヤードも先に続く森へむかって、ロングボウの矢を一本、放つ。
バシュ!
強靭な弓の弦がしなる。放たれた矢は、森の先へ。
矢はまっすぐ飛んで、あらゆる森の木々を抜け、三本目の矢が、まったく同じ木の幹にささった。
ビターン!
刺さった矢が幹でゆれる。
三本連続で同じ樹木の幹に的中させると、円奈は、ロングボウの弓をおろして、矢を取りにむかった。
練習がおわれば、円奈は少年たちと一緒に狩りにでかけ、狩りを教えた。
そっと音をたてずに、繁る草木に紛れつつウサギに近づく。弓をしずかに番え、ウサギむけて矢を放つ。
射手の的確な矢に撃たれた兎は射止められる。
見事ウサギを捕らえて見せると、少年たちが嬉しそうに草木の茂みから飛び上がる。
こうして食事も無事に済ませ、決行の日を待つ。
95
「だいぶあたるようになってきたけど」
円奈が、ウサギの肉を鍋で煮たものを食しつつ、ふと言った。「あとは威力があれば戦えると思うな」
「貫通力ってこと?」
少年がたずねる。
円奈がうんと頷いた。
「見たところ、あの城砦の守備隊は鎖鎧を着込んでた。私たちの矢で貫通できるかな」
少年たちの顔に不安が浮かぶ。
沈黙に包まれると、野鳥が、森のなでしずかに鳴き声を響かせた。
円奈の考えた作戦は単純だった。
深夜になったら、城砦にもぐりこみ、円奈と少年たちは二手に分かれる。
少年たちは人質を閉じ込めた家屋を開け放って、円奈は逆方向に潜伏して、内側からこっそり城門をあける。
城門をあけたら、ロビン・フッド団が救出した人質たちを城門まで連れ、外にだす。
円奈はロビン・フッド団と合流し安全を確保したら、隙をみて城壁の向こう側へ抜ける。
円奈はモルス城砦を抜け、エドレス地方をめざす。ロビン・フッド団は、家族を助け、追われた農地への帰還をめざす。
それが本当に本当のロビン・フッド団と円奈の別れになる。
452 : 以下、名... - 2014/04/05 00:06:26.82 1BkCac810 389/3130今日はここまで。
次回、第10話「モルス城砦・人質救出作戦 本番」
第10話「モルス城砦・人質救出作戦 本番」
96
3日後。
作戦の日。
月がゆっくりと地表に傾きはじめ、夜の森にかすみはじめた。
決行の日、作戦の時間が近づいてきていた。
円奈は自作の弓の弦の最終チェックをしている。弦のしまり具合を調べ、ぎゅっと麻の弦を腕で思い切りひいてみる。
最後にビュンと弦をはじいてみる。
空気中に弦の跳ねる揺れ動きが伝わる。
申し分のない状態だった。
「いついくの?」
少年が、円奈の背中に、たずねた。
円奈は振り返って、少年に答えた。「まだだよ」
それから、夜空に浮かぶ、三日月をみあげる。夕暮れが沈んだばかりの空は、少しだけ、まだ青みがかったグラデーションをみせていた。
「あそこに物資が届くのはもっと月がおりてから」
その、夕暮れの終わりになる夜空をみあげながら、円奈は、言った。「それまで、私たちは動かないほうがいい」
「うずうず、してるんだよ!」
「魔法使いを、やっつけてやるぞ!」
「その意気だよ」
円奈は、首をかしげ微笑み少年をみた。
17人の、新品の状態にした弓持った少年たちは、やる気まんまん、鋭気満ち満ち、緊褌一番である。
三日前の朝にみた、あの魔法少女が城を攻め流浪の農民たちが矢に撃たれながら城砦に攻め込もうとしていたあの国境地帯に、再び突破を目指して円奈と少年達は行く。
この時代の人々は、とくにここファラス地方の森では、百姓や農民達はつねに魔法少女と行動を共にした。
そうするしかなかった。なぜなら、魔獣から身を守るためには、他に手段がなかったからである。
必然的に、魔法少女の権力は強まってゆき、ある魔法少女は領主となり、城主となり、集落を統べる枢要となった。
だから、その魔法少女が、土地と縄張りを得るために城を攻め落とすぞ、と命令すれば、部落の人々は従って戦うしかなかった。
ここモルス城砦で繰り広げられた、円奈とロビン・フッド団たちがみた国境抗争は、そんな魔法少女と人の関係が絡んだ戦いだった。
来栖椎奈や、キリトン城主のメイ・ロンなどの魔法少女はそうして土地の領主となったのである。
西暦3000年における、魔法少女と人間の関係である。
魔法少女が領主や城主、頭領となるこのような時代に、あえて魔法少女に対抗し戦おうと決起するロビン・フッド団は、勇敢である。
しかし、彼ら一団だって魔獣に襲われれば、魔法少女に助けてもらうしかないのに、彼らはあくまで魔法少女対抗組織でありつづける。
まるで人間は魔法少女に依存して生きている事実に叛逆するかのように。
おれたちは、魔法少女に逆らう、無法者だが人間の英雄、"ロビン・フッド"だ──。
だが、そんな少年達の一団に、魔法少女の救済の国・聖地をめざす円環の理の子、鹿目円奈が混じってしまうとは、天は何を巡り合わせてしまったのか。
夜の森に三日月が浮かぶ。黒雲に隠されつつ。
それから、さらに3時間がすぎ……。
「時間だ」
と、リーダーの少年・コウが静かに口を開き、告げた。
「行こう」
始まりは静かだった。
ロビン・フッド団18人は(晴れて正式入団を果たした円奈ふくめて)、寝静まった夜の森を一丸となって動き始めた。
円奈は馬をつれて、早歩きし、少年達もなるべく音をたてず早歩きで森を移動する。
サッサッサ…
葉と土の踏む音、木々のざわめき。
そんな音だけが夜の森に鳴り響く。少年たち17人と、少女1人が、暗闇に静まった森を移動する。
そして一行は、あの城壁にやってきた。モルス城砦、魔法少女同士の縄張り争い地帯、国境地帯に。
朝のように激しい戦闘は行われていなかったが、城壁には何本もの松明とかがり火が燃えて、そこには少女が弓を構えて見張り役をしている。
昼間のように数は多くないけれど、それでも5、6人いた。防壁の守りについていた。
もちろん、城壁の奥には休息して眠っているほかの兵やら魔法少女やらが、何十人といるだろう。
城砦の壁が見下ろす地面では、ファラス地方側の流浪の農民たちが、宿営地を築き、テントを張って、中に寝静まり明日の戦いに備え身を休ませている。
いつか白馬に跨ってけたましく騒ぎ立てていたあの魔法少女は、宿営の天幕内でかがり火を燃やし、その中に組み立てられたベッドの中で夜間、寝静まっていた。
暗殺阻止のための騎士の少女が一人、てただの一睡さえも禁じられて、燃えるかがり火の傍らで槍を持って宿営テントの前で番人をしている。
もちろん円奈たちは、その城壁に真っ向から夜襲を仕掛けるのではない。
その城壁を尻目に、円奈と皆は林の陰なかを音もなく通過し、もっと奥に進む。ひそひそと。
サッサッサ…。
闇の林道を進む少年少女たち。草木をふみしめる音が静かな夜になる。
ついさっきまで雲に隠れていた月が夜空に姿を現して、その青い月明かりが林を照らした。
その月明かりがロビン・フッド団の少年一人の弓が反射して、キラリと光る。
一瞬だけピカっと光ったその粒のような光を、城壁の上の少女が目に捉えた。
97
円奈たちが城壁の右側、その奥へ奥へずっと進むと、一本の細い川に辿り着いた。
深々とした森のなかにひっそりと流れる、天然の川だった。
青々とした水が川を流れ、夜の森のなかを静かに流れ続ける。
そんなところに川があったなんて、よほど森の中を念入りに奥まで探索しないと見つけられまい。
川の前にでると、一団の先頭をいくリーダーのコウが、ピタと止まる。
それにあわせて後続17人もピタと止まる。
樹木の陰に隠れながらリーダーが、指だけで合図する。
右手の指二本で、左右に振りながら、二人に分かれるように指示する合図だ。
少年たちと円奈が頷いて、指示通りに二人に分かれていく。ここまでは、作戦どおり。
円奈は弓矢を取り出しながら、右手へすばやく走っていく。それについていく少年たち14人ほど。
そしてリーダーのコウと、弟のアン、栗毛の髪したのコバヤは、左手へ静かに移動する。
左手に分かれたほうは、あまり走らないで、川岸ギリギリまで進んで、すると、皆その場で木をよじ登り始めた。
まだ幼い体の少年さならではの身軽さで、みな木にとんとんと登る。
この木に登ると、敵からは見えずらいが、城砦に立った見張りの少女たちや兵士たちが、よく見えるのだ。
さて、右手に分かれてきた円奈たち15人は、川の奥まで進んで、松明に火をと灯して、そこで待機をした。
一本の松明は円奈が持って、川を照らした。
森の奥の上流から流れてくるこの川は、実は、国境城壁の内部への物資調達ルートになっていて、川は城壁の中まで続いていて、水路がひかれていた。
円奈たちはこの時間帯、半月が夜空から降りる深夜の頃に、本国からの物資を支給する小舟が夜な夜な流れ着くことを突き止めていた。
それを先回りしての、待機。
何十分か待つと、思惑通り、川の向こうに何本かぼんやりと燃える松明が近づいてきた。
物資調達の、川を流れる小舟だ。
川から流れ着いてくる小舟に、松明が四本ほど燃えている。それは森の奥からやってきて、だんだん大きくなってくる。
小舟にけしかける役は、もっぱら円奈が受け持った。他の少年たちは、打ち合わせどおり林の影に身を潜めた。
川を流れてきた舟がだんだん、松明の火を燃やしながら、円奈のところまで流れてきた。
松明の火は、舟に乗った物資調達係の兵士らが、手にもって森を照らしていた。
円奈は川岸に立って、手に持つ燃える松明を手で左右にふりながら、物資調達の兵士たちに話しかけた。
「どうもこんばんは!」
と、元気よく松明をふるいながら、物資調達の小舟に接近して、ニコニコと話し出す。
「いやいや、まいどどうもお疲れさまです。今日は特に戦いが激しくてですね、うちらの兵士も不満たらたら、飯くわせろってうるさかったんですよー」
「見慣れない顔だな」
物資調達の兵士たちは船をこぐ櫂の手をとめた。舟の先頭の軍団長が、怪訝そうに円奈を見た。
「それに、合流はいつももっと先だろ?」
不信がった兵士たち4人が、顔をみあわせて、あいつ知ってるかなんて小声でひそひそ話しながら、誰もが知らないと首を横にふった。
「ええっ、私を見慣れない顔と?」
すると円奈が、いかにもおどけたような声で、首をかしげてみせた。
「そいつはおかしいってもんですよ、ここ数日間は、物資地用達の受け持ちは私の係なんですから。最近盗賊がどうにも多いんで、先週から受け持ちはこの場所になっているはずなんですがね。ご存知ないので?ややや、なんだか怪しいぞ、これは!あなたたち、ひょっとしてひょっとすると物資調達のフリした盗賊か何かだな!」
「おいおい、待て!」
軍団長が何をいいだすんだ、とばかりに慌てだす。「初耳だ、そんなこと。久々なもんで…」
「怪しい!」
円奈がむむっと眉をひそめた。それから、ひょいと川岸から飛んで、舟の先端の艇首に着地した。
「なら今日の合言葉をいえ」
と、舟に飛び移ったあとで兵士の顔面にせまって、問い詰めた。「本当の調達係りなら知ってる」
円奈の鼻先が軍団長にせまり、彼が汗水垂らして背を曲げる。
「言っちゃいけません、ボルドウィン軍団長!」
手下の兵士が叫んだ。「盗賊はこいつらです。合言葉をききだそうとしてるんですよ!」
円奈が背中の弓矢を取り出して、矢を構えてぐいと弦を引き締めた。
ギギギイ… 弓の弦の音がする。
「盗賊め、なりすましおって」
内心はヒヤヒヤしながら、演技して脅しにかかった。「三秒あげる。合言葉をいえ」
軍団長の顔元に矢を突きつける。
「3、2、1───」
「軍団長、だめです!」
シュバ!
弦のしまる音がして、矢が兵士の靴の足指の寸前に刺さった。
「────うわっ!」
軍団長の顔が恐怖に歪む。
「その口は何も言えないのかな?いえないなら口なんていらないよね」
二本目の矢を番え、ギギイと弓を引き絞って、その矢を尋問する兵士の口につきつける。
「口がつかえるなら言え。合言葉はなに?」
兵士は恐怖と激痛に顔が強張って、汗だくの額を小刻みに震わせていて、息を吐き出しながら、それでも目は閉じずに口元の矢を見た。
ああ、今にも矢が弦を離れて放たれそうだ。
「3、2、1───」
「ゴッドフリー!」
軍団長が、震える喉から声を絞り出した。「ゴッドフリー!!」
円奈が弓を上向きに持ち上げて、林にむかって放った。飛んでった矢は林の樹木に刺さり、はらはらと何枚かの緑の葉が舞い落ちた。
それを合図に、わあわあとやってくるロビン・フッド団14人。
全員が矢を構えていて、あっという間に船を取り囲み、制圧する。
両手をあげて降参の意をしめす残り四人の兵士たち。
「ごくろうさま」
円奈がにこりと笑って、降参した兵士たちに告げた。「あなたたち、船を降りていいよ」
数分後、縄で完全にしばられ、猿轡されて木にくくりつけられた舟の調達係の兵士たちが口でもごもご言いながら、必死に縄を抜け出そうとしている姿を尻目に、円奈たちロビン・フッド団は舟に乗り込み、舟につまれた木箱やら樽やらの中身を確認した。
「黒麦」
少年たちが中身を確認し、口にだしていく。「じゃがいも。たまねぎ。ホウレンソウ。マメ。樽いっぱいの水。油も。あと弓と矢がずらりとあるぜ」
「よし、進もう」
円奈が満足げに言い、少年たちに指示した。「漕いで!」
そっそく少年たちが持ち場につき、舟の固定された櫂の下に座り込んで、声をあわせて櫂を動かして舟を漕ぐ。
漕がれて深夜の川の水がしずかにそよぐ。
縛られた兵士たちは、もごもごいいながら、自分達をおいて進む舟を見送った。
98
作戦は、第二段階に進みつつあった。
物資調達の舟をのっとり、川を漕ぎ、城壁の水路までめざす。
その水路の入り口に、本当の受け持ち係りがいる。
そこが、潜入段階としては、作戦の最大の山場にして関門。
川を出て、城壁の水路まで到着した舟を、不信げな鎖帷子の兵士が迎えた。
モルス城砦の守備隊である。
「ちっこい客だな」
そう、兵士が口にした。「今日の物資係りは、どいつもガキばっかだ、むこうで何があった?」
舟が水路につくと、川の水がぶわっと波だって、水路の水位があがり、石壁の乾いた部分までもを塗らした。
秘密裏に物資の受け渡しをしている地下水路は、石造りの壁に数本の松明が掛けられていて、その火がゆらゆらと水路を赤く照らしていた。
「本国でも戦争が起こっちゃって…」
と、悲しそうに円奈が話した。「原因は隣国の領主の通行税引き下げ。そのせいで商人がそっちにしかいかなくなったんです。香辛料も絹もなにもこないって、本国の領主が怒って戦争しかけました」
「まったく、くだらんことするな!」
兵士がやれやれという口調で、ため息を吐いた。「だったら本国も税を引き下げればいいのに。なんでわざわざ戦争にするかねえ?」
それから、物資調達係りだと思われる子供の円奈を見た。
「一応なんだが、”フー・キルド・クック・ロビン”?」
「”ゴドフリー”」
円奈がすぐに答え、モルス城砦の兵士をまっすぐに見つめた。「ゴドフリーでしょ」目をそらさない。
「本国に伝えてくれ」
すると、兵士が羊皮紙を一枚とると、円奈に渡した。「さっさと通行税でも橋渡り税でも安くして、帰還兵の気持ちを軽くしてくれってな」
「でも本国は、税でもっているようなもんですから……」
苦笑しながら円奈がその羊皮紙を受け取った。しかしも、受け取ったのはいいものの、何をしたらいいのかさっぱり分からなかった。
まず、何が書かれているのかが分からない。
なにこれ?
「あの、これ……」
恐る恐る、円奈が兵士の顔を上目遣いでみあげて、尋ねた。「なにすればいいの?」
「ん、なんだ、それか」
兵士が唸って、答えた。「するとかじゃなくて、持ち帰ってくれ。キミらが物資を届けたっという証書みたいなもんだよ」
「ああ、なるほど……そうです、か」
内心で胸を撫で下ろす円奈。
「娘さん、読み書きは?」
兵士が雑談しにかかってくる。夜警で話し相手がほしかったのかもしれない。
「できるよ」
円奈が答える。いや、この羊皮紙に書かれてるのはさっぱりだけどね。
「そこに俺らが請求した物資が書かれているだよ」
兵士が丁寧にも、説明してくれた。「”十分な食糧と、油と、矢と、樽いっぱいの水を”って」
羊皮紙に書かれた謎の文字に指をあて、読み上げる。
「”魔法少女着替えの毛織物”へへ、高級品だな、これがないと戦わないってうるさくてね」
「へええ…」
円奈が改めて羊皮紙を見た。全然しらない言語だ。
戦いの体勢に入る時もいちいち派手な衣装に変身するし、魔法少女って闘う自分の格好にこだわるなあ。
私なんて、一ヶ月同じ服だよ。お金もない旅人だからしょうがないけど。
「さて、こっからお仕事になるが物資を運び入れせにゃ」
兵士が舟に乗り込んできた。
「本国で戦争起こっちまって、物資はどれほどある?今日は何が入ってる?」
円奈が、得意げな鼻をならして、答えた。えっへん。「今日の物資は豊富てんてこもりなんだよ?」
「ほお、本国も余裕だな」
兵士が木箱を開けにかかろうとする。「どんなだ?」
「とびきりの”兵士”を、持ち運んできたの」
「ハハハ」
兵士が円奈の冗談をきいて、苦笑した。
「娘さん、面白いこというね。とびきりの兵士がこんな木箱に入るもんかい」
兵士が笑いながら、木箱の蓋を掴み、パカッとあける。
すると、中に入っていた少年たちが途端に出てきて、立つと手持ちの鎚でガーンと叩いた。
ドスンと気絶して倒れる兵士の鎖帷子の音が、地面に鳴り轟いた。
「兵士は兵士でも、”ちっちゃな兵士”だい!」
箱という箱、樽という樽から少年団がぞくぞくでてきた。
「大人は入れなくても、子供は入れる木箱だよ」
気絶した兵士の顔にそういい残して、円奈はさっそく少年たちに指示して気絶した兵士を縛り上げさせる。
手に握らされた証書とやらは、ポイとその場にほうり捨ててしまった。
ハララと証書とやらが空中を舞って、やがて石の塗り固めの地面に落ちた。
99
受け持ち係りの兵士を縛り上げたあと、円奈は舟にのせていた馬・クフィーユも呼び寄せた。
火の燃える松明を握り締めて、円奈は少年たちに小声で告げる。
松明は、壁の掛け台に掛けてあったものから一本、手に取った。
「これからが、戦いだよ。みんな、しっかりね。私についてきて」
敵国の城砦に潜入した少年たちのつば呑む喉の音。
円奈は、片手で馬を手綱で連れ、もう片手は松明をもって石壁の通路を火で照らしながら、螺旋状の階段をのぼって地表をめざす。
そのあとに続いて、少年たち14人もぞろぞろ階段を駆け上る。
少年たちは、緊張と、不安と、期待と高揚の入り混じった顔つきで、敵陣の砦に内部から潜入する。
うまくいけば人質の解放。失敗すれば死。いや、もっとむごい拷問にかけられるかも。
だが、その少年たちの誰もが、ただ一つ同じ考えだけを共通していま頭に思い描いていた───。
おれたち、これ以上なくロビン・フッド団らしいことしている!
100
円奈たちは、砦内部の螺旋階段をのぼりつづける。何週もまわって、水路から城へ登りつめる。
円奈が松明で照らしながら螺旋階段をのぼり、それにつづいて14人たちの少年が階段をくるくると登る。
城の階段が、きまって螺旋階段なのは、敵の潜入をうけたとき、守備側が有利に戦えるようにするためだ。
敵が城に潜入してきたとき、くるくるした螺旋階段だと、守備側は有利な壁の内側に身を隠しつつ戦えるが、潜入側は、常に壁の外側に身を晒しながら、戦わなければならない。
しかし、不意をついて城に潜入した円奈たちは。
守備隊の抵抗もうけずに楽々とこの螺旋階段を登りつめる。
螺旋階段を登ると、いよいよ城内の中庭へでる出口にきた。
月の浮かぶ夜空がみえる。芝生の生えた、郭と呼ばれる城の広々とした中庭だった。そこでは、役畜を飼う納屋があったり、役畜にひかせる荷車、頚木、鋤、保存された種をいれる麻袋をおさめた家屋などがある。
螺旋階段の出口にでる手前、円奈は後続の少年たちをひきとめて、最後の打ち合わせをした。
「私は城門をあけに、左手にでる。あなたたちは右手へ、人質を助けに」
ごくり。
少年達が無言で頷く。
「私は城門をあけたら、あなたたちのもとに戻って合流する。がんばろう!」
円奈はばっと中庭に飛び出した。
月明かりの照らす城内の郭を、なるべく影になっている部分を通って城門を目指していく。
「行くぞ!」
少年たちの先頭の一人が掛け声を小さくだして、出口に飛び出して、円奈とは別方向に駆け出していく。
「おれたち、ロビン・フッド団だ!」
一人一人が弓を手に、中庭へ駆け出す。
円奈と少年たちは、いったん二手にわかれる。
城砦は、左には円奈のめざした城壁、前方側には城の武器庫である塔、さらに奥に城主の天守閣があり、右側には城の裏門と、農具をしまう家屋があった。
「人質を閉じ込めた家屋は?」
一人の少年がたずねる。芝生の整頓された中庭を歩みながら、彼らはこそこそと敵陣の城内で会話を交し合う。
「あれだ!」別の少年が指差す。
指差した先には、ひとつの家屋があり、木材でできた家屋だった。屋根は三角形で、藁に覆われている。
家屋の扉は外側から閂で二重にロックがかけられ、中から開けられないように封じられていた。
鉄格子入りの窓が何個かあるが、人が出入りできそうにはない。
「俺が開ける!」
一人の赤毛の少年がいい、他の少年たちに合図した。「おまえたちは、屋根に登って攻撃に備えるんだ!」
指示された後続の少年たちが頷いて、人質がいるであろうこの家屋の側面から、よじよじと藁の屋根に登る。
すると赤毛の少年は扉の閂を上下二つとも取って、バンと家屋の扉を開放する。
両開きの扉が、開けっぴろげにされた。
予想されたとおり、その中には、人質と思われる老人、若い子供たち、女の人たちなどがやせ細ってやつれた顔をして閉じ込められていた。
急に扉があいて、夜霧の外気から中に差し込んでくる月明かりに、思わずおびえた人質達の顔が映る。
「助けにきた!」
と、少年が叫んだ。
「ボクたちと一緒に城門から、外にでるんだ!」
人質たちは、魔法少女同士の縄張り争いに巻き込まれ捕虜にされた人たちであった。
長いことろくに食べ物も与えられていない、絶望してやつれきったた人間たちが、おろおろと立ち上がって、閉じ込められた家屋から外に出ると、逃げられるという状況をようやく理解したのか、ごぞって家屋から逃げ出す。
わーわーわー。
やせ衰えたファラス地方の農民たちが、閉じ込められていた家屋を脱出して、中庭へと飛び出す。
「一緒にくるんだ!」
少年がまた叫んだ。「城門は、こっちだ!あまり騒ぎ立てると、やつら起きるぞ!」
否。
すでに敵は気がついていた。
「侵入者だ!」
家屋から逃げ出した何十人もの人質にびっくり仰天して、塔の見張り役の守備隊が城の鐘を打ち鳴らしたのだ。
「侵入者だ、撃退しろ!」
カーン… カーン… カーン…
低い、鐘の音が城壁中に鳴り轟く。
「侵入者だ、みんな起きろ!」
がやがや。城の守備隊たちや、魔法少女たちが、城のベッドで起き上がる。魔法少女は、城内のベッドで身を起こすと、目をこすっていたが、鐘の音にきづくと、はっとなって、すぐに城内の武器庫へむかった。
守備隊たちも同じであった。すでに服をきがえて、数十人というモルス城砦の守備隊たちが、武器庫に集合する。
城の兵士たちは、武器庫に並び立てられた剣と鞘を、順に1人ずつ手にとって、武装し、鎖鎧を着込む。
「急げ!」
守備隊の隊長が、部下の兵たちに怒号をならしている。「人質を城外にだすな!城門の守りを固めろ!」
城の郭では、城塔の見張り役がカーンカーンと鐘をならす音と、ガヤガヤしはじめた城の守備隊と、避難するモルス城砦の農民たちの足並みに、騒がしくなりはじめる。
その音に恐怖したのか、人質の人間たちはますます駆け足になって、我先にへと城門にむかいだす。
「ばか、静かにいけってば!」
人質を守り、無事に城門まで送り届ける役目のロビン・フッド団の少年たちは、慌てて人質たちを落ち着かせようとする。
しかし、そんな制止もきかず、子供は泣き出す、女はキャーキャー泣き叫びながら、何ヶ月と閉じ込められていた人質たちは必死に故郷を求めて城門に走る。
もうずっと動かしていない足で、どうにか城門のむこう、自国の土地をめざす。
命をかけて。
「ロイ!!!」
すると、家屋の屋根に陣取った少年たちの一人が、名前を呼ぶのを聞いた。「後ろだ!」
ロイがはっとして後ろを振りむくと。
騒ぎに飛び起きた城砦の守備隊たちが、武器庫から武装して次々に中庭に躍り出てきていた。
その数20人か30人。
鎧を着込んだ敵兵士たちが掛け声あげて、だれもが、走りながら、鞘から剣を抜く。
おおおおおっ。
敵兵たちの軍団が、足を揃えて突撃してくる。
ロイは内心焦ってたじたじと、走ってくる剣抜いた敵兵士たちを見つめた。
「撃て!うち倒せ!」
屋根上の少年たち14人の弓から、矢が放たれた。
シュバババババ!
14本の矢が弧を描いてとぶ。
屋根から跳んだ矢は、まっすぐに空気中に飛び、中庭に現れた兵士達の集団に襲いかかる。
「うぐっ!」
「うう!」
屋根上から落ちてくる14本の矢が、敵兵士たちの体に降り注いだ。
鎧の胸に。膝に。肩に。鋭く研いだ矢の鏃が刺さり、突き立つ。深々と刺さる。
兵士たちの身体に矢羽が突き立つ。
敵兵士たちがごろごろと倒れ落ちていく。
「構えろ!」
少年たちが第二派の矢を弓に番えた。構えられる14本の矢。
撃ち損じて生き残った兵士たちも、それで一掃するつもりだ。
ロイも後ずさりながら、接近する敵兵士のこり数十人を見据えて弓を構えた。
「撃て!」
掛け声があがり、少年たちの矢がまた屋根上から放たれる。
雨のように降り注ぐ矢が再び敵兵士の軍団を襲う。
鎧に刺さり、胸を貫き、足に刺さった。「うぅ!」「がぁ!」
弓矢の攻撃を受けて、その場にたおれこんだり、うずくまったりする。膝に刺さった矢を支えて痛がったりする。
ロイも弓矢を放った。
空を裂いて飛んでいった矢が、正面の兵士の肩を射抜いた。「ああウッ!」
「行くぞ!」
敵兵士たちに矢を浴びせ、戦闘不能にさせると少年たちは屋根から続々とぴょんぴょんと飛び降りる。
「人質のみんなを守れ!」
一丸となって集まりながら彼らは、矢を弓にあてると指と指の間に挟みながら、開放した人質と一緒に城門の外をめざす。
すると行く手をふさぐように。
騒ぎをききつけて駆けつけてきた魔法少女たち数人とその手下の騎士の少女たちが、その前に立ちふさがって現れる。
「魔法使いをやっつけろ!」
少年たちがすかさず弓矢を構えて、列揃えて並ぶとしゃがみこんで、狙いを定める。
中庭に現れた魔法少女たちは、まさか城内に外敵がいるとは思ってなかったのでびっくり仰天して、あわててソウルジェムの力を解き放って変身し始める。
「ドゴホン・ダッド!」
魔法少女の一人が叫び、左右に引き連れた2人の魔法少女に目を配った。
パァァア…ッと、神聖な光が城壁の中庭に3人分、煌きだす。
「撃て!」
少年達が掛け声あげて、一斉に矢を弾き飛ばす。「いまだ!撃て!変身させるな!」
ロビン・フッド団の飛ばした矢が、中庭のなかを20メートルくらいをとんで、まだ変身の途中の魔法少女たちのソウルジェムを次々に射抜いた。
煌く体にバリンという割れる音が鳴って、光に包まれながらも魔法少女の身体は崩れ落ちる。
形成されつつあった魔法の衣装は途中のまま、地面に倒れると元の人間の格好に戻った。
あるいは、まだ変身が始まってもいない魔法少女の身体が、矢だらけになって、倒れる。
バリン!ジリ!ドサ。
魔法少女たちがソウルジェムを矢に射抜かれ、変身中の浮遊していた体を、地面に落とす。
「撃て!魔法使いどもをやっつけろ!」
再び少年たち14人の矢が、息を揃えて同時に放たれる。
また、矢が弾け飛ぶ。
そんな調子で敵国の魔法少女たちは変身の最中、もろとも矢にソウルジェムを撃ちぬかれて、気絶していった。
バタリバタリと。
魔法少女たちが倒れる。
「撃て!誰も逃がすな!」
自軍の魔法少女たちが一方的にやられてしまい、慌てている騎士の少女めがけて矢が飛ぶ。
少女は馬に跨りつつ、でも盾で矢を受け止めた。
その木の盾にドスドスと、二本も三本も矢が刺さる。
盾で身を守った少女は、ブーツを履いた足で馬の腹をぎゅっとはさんで退却の合図をだし、向きを翻して逃げ去っていく。
大きな盾を背に、馬で逃げさる。その後姿の髪が風に揺れる。
「逃がすな!」
少年たち14人が、再び列なして弓矢を構え、しゃがんて片膝たるてると、狙いを定める。
少年達が同時に矢を放った。
14本の矢は、中庭を突っ切って飛び、中庭にのこった敵の騎士たちや、兵士たちに命中して、敵陣を崩していく。
ガタタタタ…
目前の敵兵たちが撃ち崩され、倒れる鎧のこすれる音がする。
「いくぞ!」
ロビン・フッド団は城壁内の敵を打ち倒しながら、着実に城門へと足を進めていった。
矢を撃ち終えたあとは、また次の矢をとりだして弓にあて、その矢を指に挟みながら足を揃えて進む。
めざすは、城門。
逃げ出した人質たちとともに、そろそろ開かれる予定の城門へめざす。
101
鹿目円奈はいま、城門がある城砦の壁ちかくの影に、身を潜めていた。
愛馬クフィーユに跨って、城門の見える防壁下の影に隠れ、機を待つ。
城砦の城門は、両側に松明の篝火が台に並べられて、火がゆらゆらと燃えていた。
すると、ニ週間前、自分が初めて騎士になったときに魔法少女に授かった、来栖椎奈の剣を鞘から抜く。
ギラリ…
魔法少女から授かった魔法の剣が鞘から現れる。剣刃が月夜を反射して、光の筋を放った。
それから、円奈は目をそっと閉じて、胸に手をあてると、中庭で聞こえる戦闘の騒音を聞きながら、少しだけ瞑想した。
「恐れず、敵に立ち向え」
初めて騎士になったとき、自分を騎士に仕立て上げた魔法少女と交わした誓いの約束を、自分の口に復唱する。
「真実を示せ」
それは誰かに聞かそうという言葉ではなく、円奈自身に聞かせるために唱えられる言葉。
「弱きを助け、正義に生きよ」
瞑想を終えると円奈は、目を開けて、椎奈の剣の鞘をぎゅっと握った。
「それが、私と椎奈さまの誓い」
円奈はピンク色の瞳を動かし、城門をひらく開門装置と、そこに辿り着くための石造りの階段を見あげていった。
「登れ!クフィーユ!」
円奈が一声くれると、馬が一気に石の階段を駆け上りだした。
馬は大きく前足を振り上げて、階段を何段も飛ばしながら蹄を蹴りあげ、怒涛の勢いで石段を駆け登る。
振り落とされそうなほどの急勾配の階段を登る馬に、円奈は身を寄せる。
ぶんぶん馬が身を上下にふりきって登っていくその背中にしっかりしがみつく。
城壁に上ると、見張りの少女やら、魔法少女やら、敵兵士やらがぞろぞろいた。
しかし円奈は恐れない。
バッと、馬に跨ったままで、剣をふりあげる。ギィン!鞘から剣が抜かれる音が夜に響く。
まっすぐ敵陣むけて馬を走らせる。
「なんだ、お前は!」
敵兵士がすぐに気づいて、鞘から剣を抜く。
しかしすでに目前までやってきていたピンク髪の騎士は。
馬を進め、前足をふりあげさせ、まさにその蹄で蹴ろうとしているところだった。
ヒヒーン!
前足あげた馬が鳴き声あげる。
つぎの瞬間、重力も加わった馬の蹄に思い切りドッ!と胸をけりだされ、敵兵士はハデに城壁から中庭へまっさか様に転落して、下の城門の篝火に身を落としてしまった。
すると松明の篝火が敵兵士の身を襲っった。兵士の断末魔がわきおこった。
火だるまになりながら暴れまわって火の粉が舞い散る。
「何事ですか!」
唖然とした少女の騎士が叫ぶ。
「この城壁を落としに来た!」
円奈が敵に告げると、驚くぐらい大きな剣をふるって、まっすぐ馬で突進していった。
騎士の少女は危機を感じて、すぐに盾を持ち出して身を守った。
円奈はまっすぐに敵に激突していって、城壁を走る馬に乗りながら、その少女の盾にぶんと剣を思い切りたたき落とした。
バキっと木の音がして盾は真っ二つに割れ、衝撃と恐怖で少女が石床にすっ転んでしまう。
少女はドンと頭を石床にうちつけた。その頭に折れた盾の木の破片が覆いかぶさった。
「さっきみた光の正体か!」
別の少女が叫び、弓矢を構える。
「さあね!」
円奈が勢いをひるませることなくまた馬を進める。
矢を番える相手にむかって一直線に突き進む。
少女が弓を射るより先に円奈が、城壁の歩廊におかれていた、火のぼうぼう燃える松明の篝火を剣でブンと叩いて振り落とした。
「うわあっ!」
篝火が火の粉を散らしながら横倒しになった。飛び散る火が少女を襲う。それで狙いを定めた弓矢の軸がズレてしまう。
横向きに倒れた篝火からこぼれた油が、石床に染みをつくった。火はこぼれた油の上に燃え広がった。
飛び散る火に目で覆った少女が、目をこすりながら瞼をあけると、その横を馬に乗ったピンク髪の少女騎士が通り過ぎた。
騎士は、横を通り過ぎながら、馬上で剣をぶんと後ろ向きにふるった。それが自分の後ろ首筋にあたる。
「うぐっ!」
首筋に走る衝撃。
着込んだ鎖帷子に守られはしたが、その衝撃で地面に突っ伏してしまう。
鼻筋を石床に叩きつけ、額と鼻から血をだしながら起き上がると、ピンク髪をした少女騎士は城門の開門装置にむかっていた。
「魔女め!」
最後に一人のこった魔法少女がののしり声をあげながら、鞘の剣を抜いた。
すると円奈は来栖椎奈の剣をすばやく鞘にしまい、馬を走らせるままで弓を背中からとりだした。
矢筒から矢を一本、弓に番え、放つ。
馬上から放たれる矢。
ビシュン!
ロングボウから矢が放たれ、魔法少女の額にとぶ。
しかし、魔法少女は、抜いた剣で、矢を弾き返した。矢は折れて、夜闇へ飛んでいって消えた。
「そ、そんな!」
円奈が驚いた声をあげ、そのまま魔法少女と、激突した。
馬が魔法少女の身体に体当たりする。
しかし魔法少女はヒラリと身を横にずらして、馬の激突をやりすごし、振り返りがてら剣をふるってきた。
円奈は手綱ひいて馬をとめ、再び、鞘から剣をぬいた。馬上から、魔法少女と剣を交える。
あの鎌の黒姫以来の、魔法少女との対決であった。
金属同士の衝撃音が、ガチャガチャと、戦場となった月夜の城に鳴り轟く。
必死に剣を振るって、敵の攻撃をうけとめたり、突き返そうとするが、戦えば戦うほど相手に圧され気味になった。
カチャ…カチャ!
ドッ!
円奈は相手の振るった剣の一撃をうけとめようとしたが、受け止め方が悪く手首を傷めた。
「うっ…」
うめき声が思わずあがる。相手がそれに気づいて、勢いづき、さらにブン!と強く剣をふるってきた。
ガチャン!
手首を傷めたせいで力がうまく込められない。手から剣が飛びそうになった。
力まけして、後ろに体勢がよろけた。
「あ───」
馬がヒヒンと鳴いて前足ふりあげる。
自分がよろけて手綱を思わず引っ張ったせいだ。
転びそう────!
魔法少女が少しだけニヤついて、よろけた円奈にもう一撃加えようとする。
「──いっぎい!」
円奈が力強く歯を食いしばって、なんとかよろけた体勢を戻そうと馬の上で踏ん張ると────
ブオ! ドサ。
どこかともなく夜の闇を裂いて飛んできた一本の矢が魔法少女の胸に刺さり、こんどは魔法少女がよろけた。
「え…?」
目を見開いた魔法少女が自分の胸に突き立った矢を見つめる。
それから怒ったよううに円奈をみあげ、また剣を振るいにかける。
だが、その一瞬の隙の間に円奈は体勢を立て直していた。
痛めた手首のかわりに、左手に剣を握って、縦ににブンと剣を振り落とした。
ざん。円奈の剣の刃が馬からふり落ちる。
「くっ!」
魔法少女が、ぎりぎりで反応し剣をだして守ったが、攻撃を受けたその衝撃で、ぐらっと足元を滑らせ、城壁の歩廊から虚空へと身を投じてしまった。
「ああああっー!」
後ろ向きに背中から、城壁から中庭へ、魔法少女が頭からおっこちる。ドゴっと、鈍い音が下に轟いた。
城壁の敵を追い払うと円奈は。
鞘に剣をしまい、馬を降りた。
城門を閉ざしている”落とし格子”の開門装置である巻き上げ機に取り掛かる。
円奈が城壁の装置に手をかけるなか、夜空に浮かぶ三日月が地上に沈んでいく。
この城壁の鉄格子の装置は、鎖を巻きあげて鉄格子を引き上げるタイプだった。
さっそく円奈が、鎖の巻き上げ機の取っ手を握って巻き上げようとするが。
「いい~~っ!」
どんなに力んでも、鎖の巻き上げ機はびくともしなった。
それも当然、そもそも鉄格子を引き上げる鎖の巻上げ機それ自体が、大の男何人もかかってやっと巻き上げられる代物であった。
円奈一人の力ではさすがにどうにもならない。
「バカなやつだな、鎖を切れよ」
すると、城壁から外れた川の岸辺では。
円奈の悪戦苦闘の様子をめていたロビン・フッド団のリーダー・コウが、もどかしそうに呟いていた。
さっき円奈と戦っている魔法少女に矢を当てたのも、彼だった。
城門装置を守る城壁の敵を、外の側から攻撃するのが、彼の請け負った役目だった。
この位置から弓を正確に飛ばすには、かなりの腕前が必要だった。
モルス城砦のなかで、今もがやがやと騒ぎが起こり、剣のぶつかりあう音や、矢の飛び交う音、人々の悲鳴などがこだましているのが分かる。
「いくぞ。円奈は城壁をあけるだろ。俺たちは城壁の外から援護するんだ。追っ手がいれば俺たちが叩く」
リーダーが指示して、弟のアン、コバヤと共に、木を降りる。
それから、城壁の正面の門へと向かった。
「ああそうか、鎖を切れば!」
そのタイミングで、ようやく円奈も落とし格子の仕組みにきづいた。
巻き上げ機の鎖に結ばれた錘。
これは一人で巻き上げ機をあげられないときの、緊急脱出用の装置で、この錘を落とすと鉄格子が自動的に開く仕組みになっているものだ。
円奈が鞘の剣を再び抜き、伸びた鎖の前に立つ。
両手に握って、痛む手首をこらえて駆使して思い切り鎖を切り裂いた。
「えい!」
目をぎゅっと閉じて、ブンと椎奈の剣を思いっきりふるった。自分まで剣に振り回されるくらいの勢いで。
バキン!と音が鳴って、鎖が切れた。
途端に鎖にくくりつけられていた錘がズンと落ちた。
すると、城門に落ちた鉄格子のほうが、ゆっくりギギイと音をたてながら持ち上がり始めた。
錘のほうが落ち、滑車でつながれた鉄格子のほうが持ち上げられる、昔から存在したエレベーターの原理である。
城門を閉ざす落とし格子の尖った角が持ち上げられ、土から浮き上がってきた。鋭角の部分は土に塗れていた。
土があるのは、鉄格子をズシンと落としたときのクッションにするためだ。
鉄格子がキイキイ音をたてて持ち上がり、開かれる。
城門は開かれた。
「ふ、ふう……。どうにか開けられたあ」
ふう、と安堵の息を吐いて、額にたまった汗を剣もった腕でふく。
すると、背中のほうからわあわあと人の騒ぎ声がきこえた。
ふと円奈がはっとして視線を移すと、武器庫の城塔から敵兵士が弓を手に進み出てきていた。
「いたぞ!」
「侵入者め!殺せ!」
鎖帷子の敵兵士たちが、けたましく声を掛け合いながら円奈を指差している。
兵士たちは弓だし、矢を番え、そして円奈にむけてきた。
彼らは弦を引き、円奈を狙っている。
「みんなと合流しなくちゃ!」
円奈はすばやく馬に乗り込み、腹を足で挟み込んで闊歩の指示だした。
馬はすると、城壁の歩廊、沈みかけた月影の前を走り、円奈のせて駆け抜けた。
「いくよ!」
シュバ!バチ!
敵兵の矢がたくさん飛んできた。
矢は円奈の頭上を飛び越えたり、円奈の走り去った城壁の石床に落ちたりして、砕けた。
城壁にあらわれる敵兵士の数はどんどん増えた。
敵兵士の放つ矢に追われながら円奈は、降り注ぐ矢のなか走りきると、きた石の階段をすばやく駆け下りた。
102
ついに、城内に捕われていた捕虜たちが、開かれた城門をくぐって、脱出しはじめた。
老人、子供、女たち…。
捕われていた人間たちの群れが、懸命に走ってモルス砦の城門をくぐり、国境を越えて、自国へと帰還を果たす。
魔法少女同士の縄張り争いに巻き込まれた人間たちが、解放される。
そのわあぎゃあとした騒ぎに、城外、ファラス地方側の流浪農民が気づいて、驚いて魔法少女の宿営テントに飛び入る。
「捺津さま!捺津さま!」
と、農夫が声を荒げてテントの入り口に押しはいろうとする。
「ちょっと、なに、どうしたの!」
番人の少女が声を荒げて男の兵士を止め、問い詰める。
番人の少女は、一睡も禁じられて主の眠る幕舎の見張りをさせられていた。しかし、隙をみては手持ちの槍に寄りかかってうとうとしていた。
「なにもどうしたもあるか、みろ、城門が開けてる!」
興奮した男の農民が叫び、少女をおしのけようとした。
「わかった、わかった、報告は私の役目、私がする!」
少女が男をひきとめた。槍を斜め向きにたてて、男兵士の行く手を邪魔する。
「捺津さまの報告は私が。あなた、首と胴体をさよならしたい?」
クソっと男が舌打ちして、少女に引き止められて踵をかえして引き返していった。
「あなたは皆を起こしてちょうだい」
「もう起きてるさ!今宵は新しい土地を手に入れる日だ」男は砂利を踏んづけながら両腕を広げ、去っていった。
それからふう、と息を吐いて少女が、テントの幕をはらりと開けて幕舎の中に入る。
アイサという、ファラス地方出身の農民の少女だった。今では、魔法少女の護衛役(という名の世話役)を務める騎士となっている。
テントの中には、蝋燭の火と松明で照らされた空間にベッドがあって、そこに魔法少女が寝転んでいた。
「捺津さま、起きてくださいませ」
「何事だ?」
魔法少女が目をこすりながら起き上がる。毛布以外、何も身にまとっていなかった。半裸だった。
「城門が開いております。中から捕虜がこちらへ逃げ出してきています」
少女が告げる。
「ふーん、それがどうした、眠らせろ」
魔法少女が髪を乱したままベッドにまた寝転んだ。
その数秒後、ドバっと毛布をまくって、飛び起きた。「なんだと!」
「私どもはすでに、城門から突入する準備をはじめていて───」
少女が状況を説明しようとすると。
「なぜすぐ報告せん!」
と、魔法少女がどなりつけた。毛布がはだけて、胸と乳がみえた。
「報告なら、いまいたしております」
少女はペースを乱されることなく魔法少女に冷静に告げる。それから青銅でできた容器に、透明な青色をした手ふきガラスで水を注いで満たした。
「顔を洗いくださいませ」
魔法少女がベッドから降り立った。半裸のまま、蝋燭立ての前に置かれた青銅の容器に満たされた水に顔をつっこんで、ばしゃばしゃと顔を洗った。そのあいだ、少女が後ろから乱れた魔法少女の髪を櫛で梳かしていた。
蝋燭に照らされ、銅の洗盤の水面にゆらゆらと映る自分の顔を見つめる。
顔を洗った魔法少女が顔をぶるぶるさせ、少女の正面に向き直ると、少女は亜麻の布をつかって魔法少女の顔をパタパタと拭く。
「誰が城門をあけた?」
顔を拭かれながら魔法少女が尋ねるた。パタパタと顔をたたかれる布に目をパチパチさせながら。
少女が顔を拭きながら答えた。「それは分かりません」
「わからん?」
魔法少女の眉が細まった。その眉ふくめて少女に布で拭かれる。「なにがあった?」
「それもわかりません」
少女が言う。それから付け加えた。「後ろをむいてください。髪を梳かします」
魔法少女が大人しく振り向いて背をむける。
「神でも降りたか?」
魔法少女が、独り言のように、言った。
「神の国にいったこともないのに?」
「どういう意味です?」
少女がたずねた。たずねながら、魔法少女のわずかに茶色がかった黒髪を櫛で梳かし続ける。
髪は、背中あたりまであった。
魔法少女が、相手が髪を梳かしやすいように顔をあげて、髪をおろし、天井みながら呟くように口にだす。
「”神の国にゆくものだけが、その許しを得られる”という」
髪を梳きおえた少女が、鉄の掛け台から剣と、矢とを持ち出した。
「あなたは不器用なだけです。あなたは、わたしたち土地を失った流浪の民のために、戦ってくださっている。神はあなたを見ていらしています」
「そうかな」
魔法少女は言いながら、手に剣と、矢を受け持った。
少女はまずリンネルの下着を魔法少女に履かせ、羽毛のコートを袖に通させる。
次に鎖かたびらを魔法少女にかぶせ、その上にさらにチュニックを着せた。
すると、腰に鞘つきの革ベルトを巻く。魔法少女は大人しく少女のなせるままに任せている。
ガシャ!剣が鞘に納まり、武装が完了する。
「円環の理はあなたを救います」
テントの支柱に立てかけられていた木の盾をもって、少女が魔法少女に装備させる。
魔法少女は盾の裏側のバンドに、左腕を通した。その腕の指には、ソウルジェムの指輪が。
「変身を?」
少女がたずねると。
「するまでもない」
魔法少女がつげ、武装も終えると、テントより出た。
テントの幕をバサっと乱暴にまくって外に出た魔法少女────榎捺津(えのなつ)は、開かれた城壁を見つめ、それから民衆の前で、堂々と剣を鞘から抜いて掲げて、大声で告げた。
「虐殺のときだ!」
おおおおおっと、民衆たちがそれぞれの手に握った武器───手作り弓矢や、農業用の鎌や、木割り斧など持ち上げて歓声をあげる。
榎捺津は民衆の歓声を集めて満足すると、テントの傍らに移動した。
そこの杭に綱で結ばれていた白馬に跨り、手下の少女に杭のロープを外させた。
「軍旗を」
魔法少女が少女に命令する。命令された少女は赤い布織の、獅子を描いた軍旗を持ち、伸ばした魔法少女の手に添える。
軍旗を魔法少女が握った。
受け取ると小声ながら礼を述べる。「ハノンレー!<ありがとう>」
捺津は獅子の描かれた旗を手にすると、馬上から、少女に命令をくだした。
「城から逃げてきた捕虜を保護しろ」
「はい」
アイサが、素直にうなづいた。
「ハァッ!」
魔法少女は声あげて白馬を推し進める。
もう戦闘態勢に入っている武装の民衆たちの前に馬を進ませると、獅子の軍旗を翳し、叫んだ。
「門は開かれた!」
魔法少女は軍旗を力強く握り、ぐっと持ち上げる。
「あわれな人間どもめ!もっとあわれな人間どもから、好きなだけ金品財宝を略奪するがいい!」
おおおおおっと民衆が雄たけびあげて、白馬に跨る魔法少女を先頭にして、開かれた城門をくぐって城内に突入していく。
50人、60人あまりのみずぼらしい人間たちが、おのおのの武器を手に魔法少女に続いて、城門をめざして殺到し、怒涛の勢いで押し寄せる。その目的は略奪。
魔法少女のもつ軍旗が城門を潜る。
後続して、人間だちがどーっと入城!
城砦の陥落も時間の問題となった。
一方、城砦の中庭。
鹿目円奈は、敵兵の矢の雨が降り注ぐなかを馬を走らせていた。
敵兵の矢は城壁から円奈の走る中庭へ、落ちてくる。
バチ!ジュン!
何本かの矢が、円奈の頭に降ってきて、円奈は顔を伏せてどうにかよける。
中庭を馬が駆け抜ける円奈の周囲に、無数の矢がバサバサ落ち、突き立つ。
また、敵兵側からの矢の射撃が繰り出された。
ヒューっと矢の連なりが城壁側から飛んでくる。
それが円奈の馬が通り過ぎた役畜の荷車にふり注ぎ、ズサズサと荷車の台に矢の雨が落ちて、突き刺さる。
あるいは、隣の納屋にあたって突き立つ。
円奈はそうして、空から降ってくる矢の真っ只中を、懸命に馬を走らせて命がけのレースをしていた。
その、襲いくる矢から逃げて馬を進ませている円奈の前に。
中庭のほうから50人ちかくの敵兵士の軍団が足揃えてやってきた。
彼らは血相変えて、わーーっとかけごえあげながら、誰もが剣ぬいて、怒涛の勢いで襲い掛かってきた。
足音の嵐だ。
ドドドドドドドと剣を片手に我先にと走ってくる。
「うわあああ、敵おおすぎ!」
思わず円奈が慌て、手綱を引いて、馬を止まらせる。馬が前足ふりあげた。
目前の敵兵士たちの軍団は、剣を手に走り出してくる。まっすぐ、円奈の方へ!
城門をあけられ、あとがない彼らの決死の形相に、思わず気圧されたのだ。
焦りに焦って馬を方向転換させた円奈は、またも仰天した。「うわああっ!」
前も敵、後ろも……敵?
反対側からも、別の大軍団が押し寄せてきていた。開かれた城門をくぐって、雄たけびあげながら、まっすぐ突進してくる。鋤やフォーク、斧、鎌などを手に持った軍団が。
ああ、ファラス地方の森の人たちだ!
と、円奈は理解した。
初めてここにきたとき、城を攻めていた人たち。
自分の開けた城門をくぐって、チャンスとばかりに城をおとしにかかってきているのだ。
そして円奈は、トラウマにも近くなっているあの白馬の魔法少女が、軍旗を掲げながらやって来るのを見た。
「捻りつぶせ!血を滾らせろ!」
相変わらず怖い言葉を吐きながら、白馬で先頭を突っ切って城内に飛び込んでくる。
手には槍つきの軍旗を握っていて、今にも誰かを突き刺そうと目が赤く滾っている。
「どどど…どうしよう!」
前も軍団、後ろも軍団にはさまれた円奈が、途方にくれかける。
その間も両軍団の距離は狭くなっていく。
「おーい、円奈!」
すると、耳慣れた少年の声を聞いた。ロビン・フッド団のリーダー・コウの声だ。「こっちだ!」
「えっ…?」
円奈が馬の向きを変えさせて見ると、すでに再合流を果たしたロビン・フッド団17人が、城壁の上から手を振っていた。
「あなたたち、いつの間にそんなところに!」
驚いた顔をして円奈が見上げて叫ぶと。
「さっさとあがってこいよ、残りの運動会はあいつらに任してさ」
少年達が笑っている。
作戦がうまく成功した達成感でたまらないのだろう。
「もー、私を置いて!」
円奈が不満そうに頬を膨らめて顔を見上げて言うと。
「さっさとしろよ。魔法使いと間違えられて首切られちまうぞ」
「どうやってそっちに?」
円奈が問い詰めると、少年が指さした。「あそこから入れ!右に入った階段のぼってこい。崩れた石段に足とられるな」
「わかった!」
円奈は少年達に元気づいた声で返事し、自身は馬を進めて、少年達の指差した城の入り口をめざした。
すると、芝生の生える中庭の途中で、白馬の魔法少女とすれ違った。
すれ違いざま、魔法少女と目がなんとなく合ってしまう。
その瞬間、その時間が、円奈にはなぜだか、スローモーションのように、時間が遅くなったように感じられた。
そしてすれ違いざまの魔法少女が、神妙な顔つきでピンク髪と目の少女を見つめ───ぼそっと何かを呟いた。
「円環の……」
最後はほとんど聞き取れなかった。
「えっ…?」
しかし白馬の魔法少女はもう円奈には目もくれず、まっすぐ敵陣に突っ込んでいった。
その魔法少女に続いて、農具をもった人間たちがわあああって叫び声あげながら、敵軍団との乱闘に入る。
農民集団と城の鎧兵士の軍団が中庭でついに激突。
集団同士がぶつかって、ガチャガチャカチャカチャ、バシバシギジギシと金属同士やら肉体同士がぶつかる音やらで城内が満たされる。
まさに喧騒の集大成だ。
円奈は乱闘に巻き込まれる前に、城内への入り口にもぐりこんだ。
城内はせまくて、壁に埋め込まれた鉄籠に掛けられた松明の火が中を照らしていたけれど、馬を降りて進まなければならなそうだ。
103
モルスと呼ばれる国境の城砦にて繰り広げられる、攻防戦。
城門から押し入った榎捺津らのファラス地方の民衆と、国境の城を守る守備隊の兵士たち。
その両陣営の総力戦となり、中庭で大乱闘になる。
白馬に跨り、敵の軍団に飛び込んでいった捺津は、敵軍団との乱闘に入るや、手持ちの槍をグイとのばして、一番近くの敵兵士の首を貫いた。
首を貫かれた兵士は、飛び上がって、そのままぶっ倒れた。
魔法少女は槍を投げたあとは鞘から剣を抜き、馬の上から剣を振るう。バンと上から、敵兵士の頭に剣を落とす。
バコーンと敵兵の兜が剣に叩かれた。
捺津に続いて敵軍団と激突していく民衆たちは、農具の鎌や斧、スコップなどを武器代わりにして、バコバコ敵兵士の鎧をうち、たたき、倒して、倒れた兵士の鎧を叩きのめす。
応戦する守備側の兵士50人も、剣を懸命にふるって、押し寄せる農民らを押し返そうとする。
おされ気味の城側の守備隊たちが、今度は城壁の歩廊に集合した。
城壁から見下ろすは、乱闘中の中庭。
20、30人ほどの弓兵が城壁に現れ、綺麗に列なして並び、弓を構えた。
「タンゲダンハイディー!」
魔法少女が号令あげた。
すると列に並んだ弓兵たちは、同時に矢筒から矢をとり、弓に番える。
ギギギイ…。
弦をしぼった矢の先を、中庭で乱闘中の農民たちに、むける。
「ハッドーイ・フィッリーン!」
魔法少女が号令の声をあげ、手を前へ振り下ろした。それが合図だった。
弓兵たちは同時に矢を放った。
放たれた矢は夜空を舞い、中庭で乱闘中の侵入者たちの頭に降りかかった。
ザクザクザク!
矢に頭、肩、首を撃ち抜かれて、血を流していく農民たち。
錐のように尖った矢が落ちてくる。
矢だらけになる中庭。農民たちが矢の雨あび、血の雨をながす。
「イ・フィリーン!」
魔法少女が第二派の弓を番える。
弓兵たちもならって矢を構え、弦を引き絞る。
ギギギ…
構えられる20本の矢。
すると、第二撃の号令がくだるよりも先に、城壁までのぼってやってきた農民たちがそこに乱入してきた。
彼には階段塔に潜入し、螺旋階段をのぼって、城壁までやってきたのだ。
おおおおおおっ。
農民達のしかける乱闘に弓兵たちが襲われる。
農民たちは弓兵たちの列に横からなだれ込んで、乱闘をしかけ、頭をスコップで叩き落したり、殴ったりする。
そして弓兵たちは次々に打ちのめされ、鎌に頭を叩かれたり、斧に腹を裂かれたりして、弓兵としての機能を持たなくなった。
最後に残ったのは一人の弓の魔法少女だけ。
魔法少女は目に怯えをみせて、すぐ逃げようとしたけれど、逃げ遅れて、農民に斧で頭を叩かれた。
「あゥ────ッ!」
頭を斧に叩きつけられ、体がふっとび、城壁の石床にころぶ。
「あぁっ!」頬に石に打ち付けて、血を流す魔法少女。
その魔法少女が必死に起き上がろうとすると、あっという間に民衆たちが魔法少女にむらがって、斧、槌、鎌、フォークなど、それぞれの武具で完膚なきまでに叩き続けた。
斧が魔法少女の頭をたたくたび、頭部から吹き出る血が石床にこぼれて赤くぬらす。完全に魔法少女が動きひとつしなくなるまで、その虐待が続いた。
魔法少女に容赦をしてはならないのは、人間である農民だからこそ、よく知っていた。
そして、金品の略奪を領主から許可された農民は、魔法少女の血の塗れた左手に残された指輪を、ソウルジェムともしらず奪い取って、自分の麻袋のなかにしまいこんだ。
絶命した魔法少女の頭には血まみれの斧が刺さったままだった。
中庭で乱闘を続けていた魔法少女・榎捺津は、剣を振るって敵兵士を打ちのめしていたが、途中、別の白馬が後ろからやってきたのを見た。
「レッピ!」
白馬の近づく蹄の音が近づく。
捺津が白馬に乗ったもう一人の茶毛の魔法少女を、そう呼んだ。
茶色をした魔法少女の毛は肩くらいまでで、瞳は緑色だった。彼女は、名を呼ばれたとおり、レッピといった。
「レアブドレン<遅かったな!>」
捺津がレッピに、シンダリン語でそう話かける。
「メロニン!<友よ、どうも!>」
レッピは異国の言葉で、捺津に答える。
「ヘリオー!<突撃だ!>」
捺津が言って、もう残り少ない敵めがけて剣を伸ばし、馬を進ませて突っ込む。
そのすぐあとに続いてレッピも、馬を走らせた。
包囲されつつある敵にトドメさすためだ。
104
「スーウィ!スーウィ隊長!」
ベッドで飛び起きた魔法少女が、すぐに毛織物の衣服に着替えて、城地下の武器庫へと螺旋階段をくだってきて、隊長によびかけた。「何があったのです!」
「侵入者です」
スーウィとよばれた守備隊長が、魔法少女をみて答えた。隊長もすでに武装を終えている。
「何者かが、城のなかに入り、人質を開放しました。くいとめねば」
スーウィ隊長は、長身で大柄であり、灰色がかった髭を口元で左右に伸ばした、青みがかった瞳をした歴戦の大男であった。戦乱の世を生き抜いてきた、貫禄ある剣士であった。
「あなたは芽衣さまと共にいてください」
その男が、大きな剣を鞘に納め、鎖帷子を着込み、胸元にブローチをはめてマントを着込み、1.5メートルもある巨大なイチイ木のロングボウを手にしようとすると、その大きな手を、魔法少女の小さな手が優しく包んだ。
スーウィは、戸惑った視線で、自分より半分ちょっとくらいの背しかない魔法少女をみつめた。
その青みがかった、水のような瞳で。
魔法少女はスーウィを見上げ、優しげな声でこういった。「わたくしも戦いますわ」
スーウィは、かぶりをふった。
「あなたがたは、戦いすぎています」
魔法少女の手をふりきって、ロングボウの弓を背中にかつぐ。
「戦うことこそが、魔法少女の役目なのです」
優しい声で、あくまでモルス城砦の魔法少女は、告げる。「その宿命を受け入れてまで、叶えたい願いがあったのです。私は仲間の皆を連れてまいります」
仲間とは、魔法少女たちのことだ。
「…必ず私どもで食い止めて見せます」
スーウィは重苦しくそう言い、マントはためかせながら、戦場へとむかった。武器庫の螺旋階段をのぼり、剣士は、中庭へとむかう。
スーウィ守備隊長は、モルス城砦の守備隊長だった。
歴戦の剣士であり、年は老いたが、剣士として人間のなかでは猛勇だった。
中庭にでたスーウィは、生き残ったモルス城砦の守備隊たちと共に、乱戦にでる。
押し寄せる異国の農民どもに戦いをいどむ。
農民たちの振るう農具鎌を、自分の剣で応戦して防ぎ、綺麗に受け止め、弾く。
いったん引いた剣を、一気に農民の胸元へ、のばす。
ズドッ!
胸を裂かれた農民はうっとうめき声あげ、草木に倒れ、血で塗らした。
それでも、あとからあとから押し寄せる農民どもが、ぎゅうぎゅうと押し寄せてくる。
城砦に残る魔法少女の何人かが、さっき、スーウィと武器庫で話したあの魔法少女が────仲間を引き連れやってきた。
ソウルジェムの力を解き放って変身し、それぞれ魔法の武器を手にとって、この大混戦に参加する。
侵入者であるファラス地方の農民側にも、2人の魔法少女がいるので、魔法少女も人間も入れ乱れた戦いとなった。
農民側の魔法少女、榎捺津は、馬上で剣をふるい、敵兵の鎧にぶんぶん剣をふりおとした。
敵兵が繰り出してくる剣の攻撃は、盾で防いだ。そのあとで、馬上から剣を叩き落す。敵兵の兜は剣がかちわった。
敵兵の頭は血だらけになる。
総勢100人ちかくが入り乱れ、乱闘をくりひろげる城の中庭は、すでに倒れた数十人の死体を踏み越えて、互いが互いの敵陣に押し寄せあう。
スーウィ隊長は、味方の兵が落とした大きな盾を拾い、馬上で剣をふるいつづける白馬の魔法少女をにらみつけた。
ファラス地方の魔法少女。
この城を拠点にした縄張りを求めて異国の農民どもを連れ込んできたのはあいつだ。
あいつさえ倒せば……
「うおおおお!」
掛け声あげ、大柄な青い瞳の歴戦の剣士は、大きな盾を水平にふるい、それを魔法少女のわき腹へぶちあてた。
「うごう!」
盾にあてられた魔法少女が白馬から派手にすっころぶ。馬から落ち、芝生につっぷし、唖然としたのち、目に怒りを湛えて、おきあがった。
スーウィは両手に長剣をにぎり、いっきに魔法少女に接近し、剣をふりおとしにいった。
「私と戦え!」
まわりでもバコバコと混戦がつづいているなか、戦いのスポットは2人の一騎打ちにあてられる。
魔法少女は片膝つきながら起き上がった。
スーウィのふりおとした剣の一撃は、魔法少女に防がれた。
ガキィン!魔法少女は、額すれすれの頭上でスーウィの剣を受け止めた。
二人の握る剣同士が力をぶつけ合う。
そして、魔法少女──捺津は、立ち上がりつつスーウィの膝を足でけっとばした。
「うっ!」
スーウィは想像以上の力でけられた衝撃で後ろによろける。
魔法少女はもう起き上がっていた。中庭に降り立ち、変身姿にもならないまま、剣を突き出してくる。
スーウィは相手の魔法少女の突きを、自分の剣で叩き返してそらせ、今度は自分が相手の首に剣を伸ばす。
ビュン!
それは、身をよじった魔法少女にかわされた。今度は魔法少女の攻撃の番だ。
ガキン、ガキン、カギン────
剣士と魔法少女の剣同士が、何度も交じり合う。
スーウィの前へ伸ばした剣は、魔法少女の剣によって横へはじかれた。剣先がそれる。それでも剣士は距離をつめ、再び剣をもちあげ、思い切り上から、魔法少女の脳天へふり落とす。
それは相手に防がれ、魔法少女の額すれすれのところで剣同士が絡まる。
すると魔法少女は剣の鍔同士を絡め、自分の側によせつけるように、ぐいとひきよせてきた。
「うお!」
鍔にひっかけられ、前のめりになる剣士。
前のめりになり、数歩前へよろけてしまう。次の瞬間、魔法少女の、剣もった腕の肘にガンと顔面を突かれた。
流れ攻撃だ。
「うぐ!」
鼻筋に肘があたる。
この衝撃がまた想像以上で、鼻から血ながしながら、剣士は、ぐらついた視界のなかでどうにか魔法少女をみるも。
「とりゃ!」
魔法少女の、両手で思い切り振り切られた刃が、自分の首筋に当たった。次に剣士がみたのは、ふっとぶ自分の視界だった。
首から下の感覚がなかった。
「人間風情が!」
一騎打ちに勝利した榎捺津は、相手を罵り、首のなくした体を足でけとばすと、のこる人間たちと戦った。
別の人間に剣をぶちあてる。
魔法少女の怪力におされた人間が派手に崩れ落ちる。その手から盾も剣も手放される。
すると、モルス城砦側の魔法少女が何人か、捺津の前にでてきた。
魔法少女と魔法少女の対決である。
変身していない捺津が、変身した魔法少女らの前で、血に塗れた剣もちあげ、雄たけびをあげた。
「相手にしてやるぞ!魔女ども!」
105
夜空を照らした月は地上に沈んで、代わりに空に明るみが差込みはじめる。
赤みが差しはじめた夜明けの空が見下ろす城壁の庭は、死体だらけだった。
兵士たち。農民たち。
斧に頭をかち割られた者。矢の刺さった者。
ごろごろと死体が、芝生の中庭に重なっていた。
そして、一晩かけて戦われた城内の攻防戦は。
白馬の魔法少女の二人組み・榎捺津とレッピらが、もう最後の敵兵士の首を跳ねるところだった。
「やぁぁ!」
と声をあげ、両手に力こめた剣を敵の首に力強く振りきる。
ドスンと人間の首が落ちて、中庭の芝生を赤くぬらした。
生々しい生命の血は滝のように、勢いよく地面を塗らすのだった。
バリトン国出身の騎士・鹿目円奈は、死体だらけの中庭を歩きながら、剣を鞘にしまった。
ジャキっと金属のすれる音がして剣の柄が鞘に納まる。
モルス城砦の兵士は殲滅された。
円奈が見つめているなか、その少女の視線をしってかしらすが、略奪を許可されている城を侵した民衆たちは殺した兵士たちの身に纏っている衣服から、金品を手当たり次第あさって、自分の懐にしまっていく。
せっせと夢中になって死体あさりする民衆たちは、死んだ兵士たちの鎖帷子や、指輪、ベルトについた金具、杯、金貨、剣といった金目のものをかまわずかっさらう。
命を張って数日間、城を攻め落とすために戦っていた彼らにとって、この略奪は戦利品みたいなものだし、そもそもこの略奪が彼らの本当の目的だったのである。
夜も更けた明け空は澄み切っていた。円奈は顔をあげて空を見つめ、目を閉じた。
地上は血の赤に染まり果てていたが、空はいつものように、きれいな澄んだ赤色の夜明け空だった。
たちこめる、息苦しくなるような鉄と死体の臭いも、澄み切ったあの空を眺めながら深呼吸すると、胸が軽くなる気がした。
ロビン・フッド団のほうはというと、作戦の途中で開放した捕虜達から、自分たちの家族を探し回った。
もともとファラス地方を拠点に活躍していた彼らは、その家族を、魔法少女同士の縄張り争いに巻き込まれ、この城壁のなかに人質として捕われていたのだ。
だが、その城壁を攻略し、捕虜を解放したいま、ロビン・フッド団はいまただの素の少年にもどって、自分たちの家族を探し回っていた。
ある少年は両親をみつけ、再会し、抱き合う。
もちろん、家族との再会を果たしたのはロビン・フッド団の少年たちだけではない。
捕虜は70人以上解放され、城外にいた100人のファラス地方の農民たちが、家族との再会を喜んだ。
また、新たな土地と城の獲得に、喜ぶ農民もいた。
そう、モルス城砦は、昨日の攻防戦によって、ファラス地方の流浪の百姓農民の手におちたのである。
彼らはこの城を新たに手にすることで、新しい生活を築ける。
そして…。
リーダーのコウと、その弟のアンは、無事、捕虜の一人であった妹との再会を果たした。
「渚、無事でよかった」
ファラス地方の森、激しく国境の争いが続いていたが、その戦いに終止符が打たれ────。
妹と兄が、再会し抱き合う。
兄はやせ細った妹の顔から汗と涙を指でふいてやった。
飢え死にするところだった70人の捕虜たちは、救われたのだ。
それは、魔法少女という存在の縄張り争いに振り回された人間たちの、救われた姿だったが────。
戦いが終わってみると、それは単に魔法少女同士の争いというよりは、魔法少女を含めた土地を巡る争いでもあった。
円奈もロビン・フッド団たちのところに戻ってきた。
ロングボウの弓もちながら、馬を轡の綱ひいて連れ、城の郭に戻る。
106
榎捺津は全身返り血だらけになりながらも、血だらけの剣の柄を手の中でクルクルまわした。
捺津はギラギラ赤色に光る剣を弄んでいたが、やがて鞘にしまうと、同じく赤色に塗れている手袋を外した。
そして汚らわしいものかなにかのように、血まみれの手袋をあの番人の少女・アイサに手渡した。
「きれいにしろ」
と、魔法少女が番人に命令して手渡す。
「日がおちるまでにだ。乾かせ。今晩は死体を集めて、その前でワイン酒と肉の晩餐だ」
は、と少女が一礼すると、血だらけの手袋を両手に受け取った。
ロビン・フッド団のほうはというと、あの戦いのあと、城主の控える天守閣にまで突入し、一人の魔法少女を捕らえていた。
その魔法少女は、城主にあたる者と”子分の契り”を結んで、魔法少女になってから月日も経っていないという。
ロビン・フッド団は木柱を一本突きたてて、その棒に魔法少女をロープでぐるぐる巻きにして逃げられなくした。。
彼らのうち10人ほどがすでに弓矢の弦を引いて、いつでも矢を放てるようにしている。
コウだけが、弓矢を背中に取り付けたままで魔法少女の前にしゃがんで座る。
ぐるぐるに縛られた、まだ戦闘経験もない魔法少女の怯えた目が、矢を構えたロビン・フッド団を見つめる。
「魔法の変身しようとすれば殺す」
と、リーダー・コウが、まず、しゃがんだままで縛られた魔法少女に告げた。
魔法少女がびくっと反応して、怯えに震えながらコウを見た。
捕われの魔法少女は、灰色ががったふさふさの髪を肩から背中にかけてまで伸ばしていて、金色の瞳をしていた。
もし城主がいるならば、気にいられそうなお嬢様な子。
で、城主の”家来”として契りを結んだその魔法少女は、城内のほとんど死んだ人間たちと比べて、毛皮という、高級品で織られた衣服を纏っていた。
「お前の仲間たちはどこにいる」
リーダーはそうとだけ質問し、じっと捕われの魔法少女の目を見た。
「…」
魔法少女は何も喋らない。ただ怯えと、しかし仲間は売らないという抵抗の意志が、目に入り混じっている。
捕虜から開放されたコウの妹・渚が、たまらず兄に言った。
「お兄ちゃん、ひどいことはやめて」
妹はまだ年端もいかない一人の少女。そして、縛られているのも年の小さい魔法少女。
どこか距離感が近くて、魔法少女を可愛そうに感じているのかもしれない。
「お前を閉じ込めてた連中だぞ」
しかし兄はすぐそう妹を諭し、魔法少女にもう一度問い詰める。「お前たちの仲間はどこにいる」
灰髪の魔法少女は少しだけ身じろいだ。
じりじりと縄の音がするだけで、身体は動かない。
縄に捕われながら顔を歪ませて苦しそうな表情をして、もがく。だが、魔法少女は何も答えなかった。
「どうしてこんなことを?」
円奈が尋ねた。
「こいつにはまだ仲間がいる。どっかに逃げたはずだ。逃がせば明日の晩に復讐してくるぞ」
コウは背中の弓を取り出す。
「その前に俺たちが全部倒す」
矢筒から一本矢を取り出し、弓に当てて魔法少女に向ける。
「お前の仲間たちはどこにいる」
矢の弦がゆっくりと引き絞られ、ギギギと音がなる。
魔法少女がまたちょっと怯えて、ロープに巻かれた体をよじらせる。
「…」
それでも、魔法少女は無言だった。あくまで無言を守る口だ。
「魔法使いとがまん比べする日がくるなんてな」
コウはそういい、矢の狙いをよく定めた。
そして魔法少女のどこに当てようか悩んだあとで、決めて矢を放った。
矢は魔法少女の手に当たり、甲を貫いた。
「ううう…───ッ!」
途端に、魔法少女が苦痛に顔をしかめる。目をぎゅっと閉じて、苦痛に耐える。
矢の貫通した手から血が滴り落ちる。
「お前の仲間たちはどこだ?」
コウはもう二本目の矢を弓に番えている。そして問いつめ、また矢を魔法少女に向けた。
「お兄ちゃん、やめて、死んじゃうよ!」
妹の渚が兄にしがみついて、やめさせようとする。妹に揺さぶられて、弓矢の狙いがズレた。
「死にやしないさ」
兄は冷たくいって、また矢の狙いを定める。今度の狙いは……目。
「…」
魔法少女が怯えて、今にも飛んできそうな矢じりの先端を凝視する。
「やめて!もうやめて!」
今にも矢を撃ちそうになったコウの矢を、円奈が手でやめさせた。
手で制止されて、矢が下を向く。すると弦から放たれた矢がビュ!!と音を鳴らして、地面に深々と突き刺さった。
その音だけでも灰髪の魔法少女がびくって肩をあげて、目を閉ざした。
草原に刺さった矢は矢羽を揺らしている。
「妹さんに怖いとこ見せないで!」
円奈が腰に手をあて少年を叱るように言って、それから、周りの少年たちに話した。
「がまんくらべはもうおしまい!」
少年たちが円奈の怒鳴りを受けて、おずおずと矢を降ろす。
「この子に約束させればそれでいいでしょ?」
円奈はコウに頼み込んだ。「”もう人間たちを襲わない”って」
縛られた魔法少女が目をあげて円奈を見た。
「そんな約束できるか」
コウはすぐ突っぱねた。「俺たちの家族を人質にした連中なんだぞ!」
「魔法少女と人の間にだって約束は結べる」
円奈はコウを見てそう言い返し、次に魔法少女も見た。「そうでしょ?」
魔法少女がむすっと、円奈から目をそむける。
「約束する気ないみたいだぞ」
コウがその魔法少女の様子をみかねて、言った。弓矢にまた手をかける。
二人の激しい言い争いを見守っていた少年は、しかし、ふと円奈が、魔法少女の縛る木柱の後ろに立つと、剣でバっと切り裂いてしまうのを見た。
はらりと縄の束が落ち、自由になる魔法少女。
「なら、私が約束を"たてる"」
円奈がいい、唖然としているロビン・フッド団が見守るなかで、自由になった魔法少女の前に立った。
目を丸めて驚いた様子の魔法少女の顔をみつめて、円奈が話す。
「交換条件ね。あなたを自由にする。あなたは、この子たちと───」
円奈は、手を伸ばしてロビン・フッド団の少年たちを示した。それから、城内に捕われていた捕虜たちと再会して喜んでいるファラス地方の民衆たちも指で差した。
「あの人たちに襲い掛からないことを約束できる?」
驚いた様子の魔法少女は言葉も何もいえないまま、しばし円奈を見ていたが。
「…!」
急に走り出すや。
ヒュイ!
指に口をあて、口笛をふくと。
一匹の白馬が魔法少女のもとに走ってきた。納屋に飼われていた馬だ。
「おい、どこにいく、まて!」
馬を食い物にしようとしていたファラス地方の農民が馬を追いかけて走る。
だか馬はまっすぐ主のもとへ走る。当然、人間の足が追いつけるはずもなく…。
灰色の髪をした魔法少女はすばやく馬に乗り込んで。
それが彼女の魔力なのか、ふわりと髪を浮かせると。
「ハノンレ」
とだけ一言、円奈の顔を見て告げて、馬を走らせて裏門を抜けて林道へ逃げ去ってしまった。
「あ…」
ちょっと悲しげな視線で、円奈が逃げさる魔法少女の背中を見つめている。
その横でコウがはぁと息を吐いて弓矢を投げ捨てた。「ほらみろ。明日、また戦いになるぞ」
「うう…」
円奈が頭を垂れる。
みると、ロビン・フッド団の全員がもう、弓矢を置き捨てていた。
「あいつ、最後になんといったと思う?」
コウが円奈を見つめながら、問いかけた。
「分からない」
少し落ち込んだ様子の円奈が、悲しそうに答えた。
逃げ去った魔法少女の、もういなくなった城砦の裏門を眺めながら、コウは言ってやった。
「”ありがとう”だってよ」
「え…」
悲しげに目を伏せていた顔をみあげて、円奈は魔法少女の逃げ去った裏門を見た。
開かれた小さなアーチ門のむこうには、エドレスと呼ばれる国への林道が、ただ伸びいてる。
「あいつはもうここに来ないだろ」
コウはそういいながら、手下の少年たちを集めていた。「解散!また夜に集合する」
「あの子を信じるの?」
ちょっとだけ元気になった円奈が、コウに尋ねた。少し表情が笑っている。「あの子が、約束を守るって」
「来たらとっちめてやる」
コウが円奈から顔を背けて、地面にむかって呟くように言った。照れ隠しなのかどうかはわからない。
「とにかく、」
と、リーダーの兄が、再び話しだした。円奈の顔をみる。
「もう、お別れだな」
そう、事実を告げる。
そうなのだ。
ここは、円奈たちが迷い込んだファラス地方とエドレスと呼ばれる国の国境。モルス城砦。
神の国をめざす円奈たちが目指すミデルフォトルの港はそのエドレスの都市の先あり、円奈はそこを目指している旅の最中なのであった。
縄張り争いの続いていたファラス地方と隣接していた国境をこうして無事切り抜けたあとは、円奈は、この国境を越えてエドレスの都市を目指していく。
「うん…お別れ、だね」
少しだけ声を落として、答えた。
「このまま、神の国をめざすよ」
「ミデルフォトルはこの先だ」
そう言ってコウは城壁の、ファラス地方とは反対側の城砦の裏門のほうを指差した。
さっき助けた魔法少女が逃げ去った方向の門であった。
門の先は、まだ円奈の知らない道が、先へ伸びいている。扉から一歩踏み出せば、エドレスという国の領土に入る。
ファラス地方は、ここで終わる。
「お前と戦えてよかった」
と、コウはロビン・フッド団たちの気持ちを代表して、そう言った。
「あはは、…ありがとう」
円奈がふっと力なく笑う。
「私も、あなたたちと戦えたから───この国境を通ることができる」
「鹿目円奈。おまえこそは、」
コウは、最後に、バリトンの騎士にこんなふうにいってのけるのだった。
「俺たちにとっての、ロビン・フッドだったよ」
馬上に跨った円奈を、コウがみあげて、最後にたずねた。
「おまえを騎士に仕立てたやつってのは───魔法つかいなのか?」
「そうだよ!」
円奈が、さっきとは変わった、はっきりとした明るい声になって答えた。その、あまりの誇らしげな答え方に。
コウは少し笑って、てれたように鼻をかくと、こう言ったのだった。
「お前を騎士にした魔法つかいは、ひょっとしたら、いい魔法つかいだったのかもしれないな」
「うん!」
前までは魔法少女を目の仇にしていた、少年の意外な言葉に、嬉しそうに円奈は微笑むのだった。
「素敵で、かっこよくて─────今も、私の憧れの人なの────」
107
そのころ、城では────。
新たな土地を得た、ファラス地方の農民たちが、略奪をおえたあとは、せっせと片付けをしていた。
死体を運び出し、一箇所に寄せ集める。これは、あとでまとめて焼くため。
地面におちた無数の矢を拾い集める。
魔法少女・榎捺津は、そんな農民たちの働く様子を見回している。
この魔法少女は、焼かれる敵側の死体の前で、晩餐を開く予定をたてていた。
ロビン・フッド団の少年たちは、この魔法少女が、人間を利用するだけ利用したらまとめて殺すのだと勘ぐっていたが、実際は、そうはならなかった。
勝利を掴んだ流浪の農民たちの切り開いた未来だった。この城に今日から暮らせるのだ。新たな農地を手にして。
とはいえ、あまりに過酷な世界であった。
そしてこれが、乱世と言うものであった。
円奈は、ロビン・フッド団と分かれる最後、もう一度だけ、城をふりかえってみた。
ファラス地方の農民は救ったのかもしれないが、犠牲も多かった。
捕虜達は解放したが、その一方で、モルス城砦の守備隊は多くが殺された。
深夜の間にこっそり人質を開放し、こっそり裏門からでるのが計画だった。しかし守備隊に感づかれ、ファラス地方の農民もこの機会に乗じて、生き残りをかけた戦いに突入した。
ファラス地方の農民はこの戦いに勝利して、自分たちが餓死する道から救われた。モルス城砦の兵たちは命を落とした。
結果としては、むごたらしい戦いになってしまった。
結局のところ誰かを救ったことと、だれかが犠牲になることの差し引きはほとんどゼロであった。
ロビン・フッド─────"フードをかぶったロビン"。
吟遊詩人に語り継がれた森の英雄。
少年たちは、私をそう呼んでくれたが、正義の英雄なんて、そんな気分じゃなかった。
でも、よくよく考えてみたら……。
英雄と讃えられたかの弓の名手も、そう讃えられた影で、彼によって殺された多くの役人と代官が、いたのではないか。
その話の起源は、今からするとあまりに古すぎて、真相のほどは分からない。実在の人物かどうかさえ、円奈にはわからなかった。
最後に振り返った城に別れを告げ、円奈は前へむきなおり、馬をゆっくりと進める。
まだ知らぬ国の林道に。
再び、一人旅がはじまる。
”そのときの私は考え始めていた────”
落ち葉だらけの林道を、馬が、円奈を乗せて、ゆっくりと進む。
次なる国へ。
エドレスと呼ばれる国へ、入る。
”誰かを救うということが、どういう意味をもっているのか────”
テクテクと馬の足が、枯れ木の多く残る春はじめの道を、静かに進むのだった。
”神の国を危機から救う、それがどういう意味をもっているのかを───”
ピンク色をした目で、先の道をみすえる。
魔法少女との誓いをたてた騎士が。
もう、旅にでる足をとめることはないだろう。
”考え始めていた”
527 : 以下、名... - 2014/04/15 00:06:29.66 HGfO+dCy0 450/3130今日はここまで。
次回、第11話「エドレス王国の農村地」
第11話「エドレス王国の農村地」
108
"madoka's kingdom of heaven"
ChapterⅣ: Edless country farming village
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り
Ⅳ章: エドレス王国の農村地
109
鹿目円奈の、聖地をめざす旅は続く。
枯れ木の雑木林のなかを、馬が進む。
1人の騎士は、旅を続けていた。2400マイル先の聖地に。
騎士は、魔法少女と誓いをたてていた。
聖地をめざすこと、その先に”天の御国”をみつけること────それが、騎士と魔法少女の誓いだった。
危険と、戦いに満ち溢れている、西暦3000年の世界を冒険する。
時刻は昼過ぎであった。
といっても、もちろん、少女には、時刻を正確に知うる手段はない。
時計なんてものは、この時代のこの大陸にはない。
それでも少女が昼過ぎを感じ取って、馬と自分の食事の時間にしようと思ったのは、日が天に昇り、晴天の真上に輝いているからであった。
少女が次に目指す場所は、エドレスの都市。名前を耳にしか聞いたことない地名だったか、どんな場所なのかは、まだわからない。
でも、都市という響きが、旅を続ける円奈に、明るく響いていた。
都市─────。
円奈の生まれであるバリトンの村や、メイ・ロンの城や、ファラス地方の森やモルス城砦は、ひとくくりにすれば、農村であった。
そこに暮らす民は、農民であり、農民は、農地を耕して領主に税を納める。
基本的には、それだけの社会である。
といっても農民だけでは自国を守れないから、領主を魔法少女だとしたら、護衛役の騎士、税官吏、鍛冶屋、門の番人、井戸と門修築職人など、農村にもさまざまな職業があったのだが、それでも農村である。
都市には、そういった農村社会とはまったく別な世界が待っている。そんな予感がしていた。
市場や、町、街路や酒場、大会や催しごとに人々がごった返し、熱気に包まれる……そんな都市のイメージ。
でも…。
果たしてこの道のりでたどり着けるのだろうか?
もともと、さんざん無謀だといわれた、鹿目円奈のこの旅は、見知らぬ土地に1人で飛び込むのだというのに、地図さえ持ち合わせていないのだった。
方向感覚をしるための手段といえば、太陽しかない。
「ねえ、クフィーユ」
と、円奈は、馬の首の後ろ、耳と耳のあいだを撫でてやると、話しかけた。
馬は、頭を撫でながら、枯れ木の茶色い林道を進んでいる。
「わたしたち、この道であっているのかな───?」
そんな、呑気な質問が飛び出したのも、枯れ木に差す日差しの暖かさが、少女の気持ちを暖めてくれているからであった。
傾き始めた昼過ぎの日差しは、林と林のあいだから、黄金色の筋となって差し込んでくる。
林に降りる日差しを、馬が横切ると、円奈も、明るく照らされる。
日差しに肌がふれる感覚は心地がよく、旅の苦難を忘れさせてくれる。
小さな川一本が、林に流れていた。
春はじめ、冬が越え切れていない川の水は冷たく、滞っていた。葉がひとひと水に浸かり、たくさん浮いていた。
「うーん…」
円奈は、川をみて鼻声を漏らす。
川には、誰か建ててくれたのかわからないけれど、太い丸太を何本か連ねて川にかぶせた、手作りの橋があった。
円奈は馬を進めて、その丸太同士が結び付けられた橋を渡る。
「このあたりで、食べよっか」
と円奈は馬に話し、馬をおりた。
大きな枯れた樹木のそばに身を寄せ、持参してきた袋から、いろいろとりだす。
まず水筒をとりだし、水をのんだ。この水は、モルス城砦の水源から新しく汲み取ってきたものだった。
水筒は、革製で、水は漏れない。
蓋はくるくる回すような工夫されたものではなく、水筒の口部分に蓋を埋め込むだけの、単純な木材の蓋だった。
「ん…」
枯れた樹木の下で、自分が水を飲んだあとは、布袋からがさごそとフィンガーボウルをとりだし、水筒の水を満たし、馬に飲ませる。
円奈とクフィーユは、旅にでてからといもの、いつも食べるも寝るも一緒であった。
長く続く旅の、唯一無二な友達だ。
ゴクゴクと水を飲み干す馬の飲み方は、豪快だ。
「今日はね、ご馳走があるんだよ」
と、円奈は、馬に、笑って言った。
そういって、袋から、あるものをとりだす。
それは、紐にたばねられた、干し草であった。役畜を育てるために、乾燥の施しのされた干し草。新鮮な干草。
栄養もたっぷりの、馬にもってこいな食べ物だった。
「お食べ!」
といって円奈は、空になったフィンガーボウルに束をほどいてドーンと干し草をのっけた。もちろん、ボウルにはおさまらず、あふれた。
馬は、すぐに干し草に口をつけた。
「えへへ」
円奈は、楽しそうに馬を眺める。
これはモルス城砦の、役畜を飼う納屋からとってきたものだった。
ファラス地方の農民は、あの戦いのあと、空腹の限界を迎えた。そんな農民たちが、城砦に飼われていた馬をすぐ喰う気でいることを知ると円奈は、そうなるよりまえに、干し草をとってきた。
それだけではなかった。
ロビン・フッド団の少年たちと一緒に乗り込んだ、物資輸送係の舟から、実はたんまりと物資を調達していた。
ライ麦のパン、りんご、アーモンドの実、たまねぎ、何十本という矢。
たくさん、円奈は調達してきていた。
いま、彼女の矢筒には20本の矢がはいっていた。矢は、自作することもできたが、鳥の羽が必要だった。それにくらべ、調達してきた矢は上質だった。
狩りにしたって、何かの戦いになったとしても、十分に戦える。
それに、食べ物も得られたのも、大きかった。
基本的には狩りで生きる彼女だったけれど、枯林の山道に動物は見あたらなかった。
そんなわけで、円奈はさっそく、モルス城砦の舟から手に入れたパンを、食べることにしたのだった。
「…ほふう」
と、樹木に腰掛けて幸せそうにパンを口にし、その隣ではクフィーユが、干し草をもしゃもしゃと食べる。
日差しは、相変わらず暖かい。
野鳥が鳴いている。
いまの円奈には、歌声のようであった。
「これからも一緒にいてね、クフィーユ」
円奈は水筒をしまった。
水をのんだとき頬についた水滴を、腕でぬぐって、立ち上がった。
再び、聖地をめざす旅にでる。
110
枯林の森をぬけ、平野にでた。
この枯林一帯こそが、無法者の森といわれたファラス地方の森の、最後の領域であった。
そう、円奈はモルス城砦を越え、このファラス地方の森を抜けたのだ。
枯林の森を抜けると、木が途絶えた。
すると目の前に現れたのは、視界を遮る樹木ひとつない、世界いっぱいにひろがる山々の光景だった。
円奈の馬がその平原にでる。
「わああ……」
世界はとてつもなく広大で────遠いのだと。
円奈は知る。
見渡す限り人間の町はなく、あるのは緑の山脈だけ。ときおり見かける天然の湖は透明。青空と森の景色を映し出す。
すべてクフィーユと共に走り抜ける。
西暦3000年の世界を。
人が主導権を失った、自然が支配するこの地上を。馬と共に、自由に駆け巡る。
大陸の大地を。山々のあいだに平原を。ずっとずっと。
聖地をめざして、冒険をつづける。
112
それから、何日間、旅し続けただろうか。
山を降り、高原にでて、高原をくだったあと、また別の森へと入る。
昨日の旅路でどれほど聖地に近づけたのか分からなかったが、そもそも方向があっているのかさえ、自信がない。
太陽の昇る位置だけを頼りに南へと進んでいるだけだ。
円奈は知らなかったが、彼女はいま、”ドリアスの森”という、エドレス北地方の森に入っていた。
ファラス地方のような、無政府状態で、流浪の少年少女たちが人知れず暮らすような、混迷だった森ではなく、人と魔法少女の部落が、存在する森だった。
円奈は太陽の位置をたよりに、南にむかい、モルス城砦から山をくだっていったが、その道路は正しかった。
なぜなら、円奈の目指すミデルフォトルの港(ここも、得た情報によると、魔法少女同士の抗争があるらしい)は、当然、海に面すのだから、標高はさがる。
バリトンやファラス地方のような、標高の高い山脈の耕地、高嶺の世界からは、随分と標高のさがった、海辺の世界になる。
だから、山をくだり、平野にでて、より低地の森をめざした円奈の道筋は、あっていたのであった。
低地にくだり、さらのその先にくだれば、海がみえてくるだろう。
次の日の朝、林にでた円奈は、手持ちの弓を構えていた。
茂る林のなかをゆっくりと歩足で動き、音をたてずに、そっと獲物にちかづく。
獲物は、大きな猪だった。イノシシは鼻をひくつからながら、落ち葉の獣道を歩いている。
円奈は弓に矢を番える。
番えたらギギギイと静かにゆっくり、弓をひく。林の草地で。
弓を引き、目で狙いをさだめる。
猪は、落ち葉の下に隠れた木の実や茎を、その鼻であさっている。
食事に夢中の猪と、それを狙う円奈との距離は、30メートルくらいであった。
矢は、まっすぐ番えられ、猪に向けられる。
くねる弓のつる。
音をたてず、狙いをさだめ、円奈は弓を放った。目でしっかり獲物を捉えて。
ビュン!
猪へ矢が射られる。
少女の大きな弓から放たれる矢。
矢が空気を切り、林をまっすぐ飛ぶ。物凄い速さだった。
猪は、すぐに走り去った。
矢は、猪の逃げた地面の土にドスと突き立った。
一本外したくらいでめげない。
円奈は二本目の矢を弓に番える。
さっきの慎重な動きとはちがって、素早く。
ぱっと弓に矢を番え、ギギイと引き、頬まで手を引いて、狙い定め、二本目を放つ。
弓から再び矢がとんだ。
円奈の手元の弓から、矢が林の木立の隙間を抜けて、低地を走るイノシシへ。矢がスパン、と飛んで落ちてゆく。
矢は、当たったかに思えたが、懸命に走り去る猪の頭上の耳をかすめたぐらいで、獲物をしとめなかった。
「うう」
円奈は、頭を垂れる。
最近の狩りは、あまり成功しない。
この時代の騎士にとってふつう、狩りは上流貴族の余興であり娯楽だった。狩りを楽しみ、鷹を使った狩りなどをするものだったが、円奈も身分では騎士であったにもかかわらず、彼女にとっての狩りは生活そのものであった。
農民身分に狩りは禁止されていた。
円奈は昔は、農民以下の出身で、寄留の者も同然の扱いだったが、領主により特別に狩りを許可されていたのだった。
手作り弓を持ち、林道を歩いて、外れたぶんの矢を土から抜いて拾い上げる。
矢羽の乱れたぶぶんは指で整える。
大事そうにそれを、矢筒にもどした。
「今日もパンにしよう……」
狩りの失敗で落ち込み気味の円奈は、そう呟き、ドリアスの森のど真ん中で、野宿することを決めた。
モルス城砦から持ち込んできたパンも、そろそろ数尽きようとしていた。
113
その日の夜は、火を焚いたりすることもなく、そのまま毛布にくるまって樹木に身を寄せて眠った。
夜になるといつも心配になる魔獣の存在だが、魔法の剣が青白く光ったりする変化はなかった。
円奈が授かった来栖椎奈の剣は、魔獣の気配を察知すると刃が青白くなる、とバリトンの騎士から教わっていた。
うとうとと、そのまま夜の森のど真ん中でねむる。
夜になって眠るさなかに、税を徴収しにやってくる嫌がらせの役人たちは、ここには来なかった。
そして、再び朝日が昇る。
枯れた林にやわらかな白い日差しが伸びてくる。
日差しが円奈の瞼にあたり、すると、円奈が目を覚ます。
ぴくぴくと目をひかつかせ、ピンク色の目を開ける。それからふわあっと息漏らし、うーんと背伸びした。
くるまった毛布をたたみ、麻袋に入れ、林のど真ん中で起き上がる。
すーっと息を吸い込んで、朝のさめた空気を胸いっぱいにためる。
ひんやりした朝の空気と、暖かな日差しが心地いい。
だいぶ伸びてきた髪の毛を木の櫛でとかし、赤いリボンを────髪に結いでポニーテールにする。
馬と一緒に食事し、身支度ととのえると────この日のクフィーユの食事も干し草であったが───
ばっと馬に乗り込む。この日の旅がはじまる。
馬の耳と頭を優しくなで、一声馬にかけると、馬はゆっくりと、歩き出してくれた。
白い日差しは林を次第にあたためる。
野鳥たちが鳴き、朝の日差しは明るみを増してくる。光が前髪と頬にあたる。
馬を走らせるわけでもなく、てくてくと歩かせて、この日も聖地をめざす。
円環の理が誕生し、いまの世界が創造された奇跡の地へ。
何時間が森を歩み続けたら、ときおり休憩して水を飲む。
水は、通り過ぎたの滝から新たに汲み入れたもので、水筒から口に飲む。
頬に水滴がついたら、またそれを腕でぬぐう。
ドリアスの森は、ファラス地方の森とちがって、木々の一本一本が高かった。
円奈の遥か頭上、仰ぎ見るほど高く伸びる林。杉、とよばれる樹木群だった。
円奈は馬を歩かせ、林の木々のなかを進んだ。
朝日の陰りと日差しを通り抜ける。
そしてとうとう、ドリアスに住む森の領主、その領地と農村へと、足を踏み入れつつあったのである。
円奈は、林の道をすすむうちに、古びた家屋と、壊れた井戸があるところにきた。
井戸は古びていて、落ち葉が集まり、蔓が絡みついていた。
石で積みあげられた井戸は破損が激しく、井戸のなかをのぞいても、暗闇があるだけだった。
水を汲み上げるための支柱とつるべは折れて、井戸という機能もすっかり失っていた。
家屋も同様だった。
誰もすんでいない。
石を積み上げた家屋の壁も古びていて、森と同化していた。蔓に覆われたり、葉をかぶったりして、森の景色と一体化して、廃墟であった。
でも、家屋がここにあるということは、昔はここに人が住んでいたことになる。
もっと進んだら、人に出会えるかもしれない────。
そんなふうに円奈が、期待を描いた、そのときだった。
馬の蹄の音が聞こえた。
二頭か三頭の馬だ。
はっとして円奈が振り返ると、林の木々のむこうに、何人かの男たちがいて、馬に跨っていた。
馬にのった騎兵たちは、弓矢を何本が持って、円奈のほうに向けている。
「ハード・イ・フッイリン!」
聞きなれない言葉を男たちが叫ぶ。と、男達の構えた弓から矢がとんできた。
バシュシュ!
「いやっ…!」
情け容赦のない、問答無用の攻撃に円奈は怯えた。矢がこっちに飛んできて、円奈は思わず頭を伏せた。
矢が円奈の頭上を通り過ぎ、木にズドズドと刺さった。
すると馬に乗った男たちは、鞘から剣をぬき、馬を走らせ突進してきた。「トゥロ!」
その掛け声で、二、三人の男たちも馬を走らせ円奈のほうへやってくる。
この襲撃にあって初めて円奈は、他国の領地に勝手に入ることの意味を今更ながら思い出したのだった。
男たちは、もちろん自分を殺すつもりでやってきている。
無断で領地にやってきた侵入者を撃退するのは自国を守る役目としては当然だ。
どくどくと円奈の頭に血がのぼってくる。
守らなければ。自分の身を。
騎士と騎士の戦いになる。でも、相手は男の人たちだ。戦いになったら、力では勝てない。
クフィーユを連れているが、三人に追いかけられては、生き延びられる望みはうすい。
戦わなければ。
背中にとりつけたロングボウの弓を手に取り出し、矢筒から矢をとりだそうとした。
手ががくがく震えている。うまく弦に矢がはまらない。
と、そのとき。
別の矢が、円奈の背中からとんできた。
後ろから飛んできた矢だった。
矢は、突進してきた男の胸にあたった。
「あう─────ッ!」
胸に矢をうけた男の兵が馬上で呻き、胸を手でおさえる。苦悶の顔をうかべ、矢を手でつかみとる。
「え?」
円奈が、矢が飛んできたほうを振り向くと、馬にのった人間の男たちが別に数人、いた。
新たにやってきた男の騎士たちは馬上から弓矢を放ってきた。彼らは、廃墟になった家屋と井戸を走りぬけ、剣を鞘から抜き出し、最初に現れた男たちに攻撃をしかける。
その男達の弓の腕前もかなりのものだった。男の騎士たちは馬を走らせながら弓を構え、最初に現れた男たちにむけて正確に矢を放つ。
放たれた矢は、別の男に命中する。その男は横腹を矢に射られ、馬から落馬した。ドテっと音がして落ち葉だらけの地面に身を落とす。
のこる二人の男は、馬に乗りながら、ついに敵対する騎士たちと激突する。
ガチャ、ガチャ、ガチャ─────
剣同士がぶつかりあう。
最初に現れた男たちの剣があとからきた男の騎士にはじかれた。男は、ぶんと剣をふるって、相手の顔を剣で裂いた。
森のなかに血が飛び散って、緑の森が一部赤くなる。
そうした剣同士の交える騒音のさなか。
取り残された円奈は、無我夢中で、馬にのった。
馬を走らせ、森の木々のあいだを走り抜けた。すると森の奥から、弓をもった兵士たちが4、5人現れた。
男の弓使いたちは、矢に火をつけて燃やし、弦をギギイとしぼり、飛ばしてくる。
「────うウッ!」
火矢が森を突っ切って飛んできた。ぼうぼうと燃える矢が森の中を飛び回る。円奈は矢が当たらないことを祈るしかでぎず、目をぎゅっと閉じたまま、逃げるように馬を馳せた。
突然勃発した戦場から、円奈の馬だけがはなれていく。
あああああっ──!
そんな、悲鳴もきこえた。
円奈の背後で、火矢にあてがられた兵士の燃える悲鳴であった。身体から火が燃え上がっていた。
なぜ彼らが、戦っているのかはわからない。
円奈は夢中になって、戦場から逃げた。
114
そうして夢中になって逃げて逃げて逃げるまま、クフィーユを走らせ続けていたら、農村にきていた。
そう、気づいたら、森林が開け、目の前に農村がひろがっていたのだ。
村は、森のひらけた平野にあり、耕地と、牧場、人の暮らす民家がいくつか建っていた。
民家には塔風車があり、春初めの風に吹かれて、大きな風車がゆるやかに廻っていた。
風車は木製で、四つの帆のような長方形の羽がついて廻っている。粉引きのために廻る風車であった。
ゆらゆらと風車がまわる農村に、円奈はふらりふらりと吸い寄せられるように近づく。
澄み切った青空に伸びる塔で、鐘がなっている。
鐘は、ゴーンゴーンと、揺れるたびに音をならした。巨大な鐘楼の号鐘が、鳴っている。
物静かな農村に。鐘の音が轟きわたる。
ふらりふらりと農村の平野へ馬で足を踏み入れていると、円奈の前に、1人の少女が現れた。
金色の髪をした、背の小さな女の子であった。
女の子は、カールがかったブロンドの髪をゆらしながら、羊牧場の柵をこえて、花を摘みに走っている。
すると、女の子と円奈の目があった。
「あ……」
あまりのことに目を見開きっぱなしの、円奈のピンク色の目と、女の子の目があう。
金髪の女の子は、むすっとした不機嫌な顔で円奈をみた。明らかに警戒した目だった。女の子は、円奈をみると機嫌をそこねて、花を摘むこともやめて農村へと走って戻ってしまう。
「うう……」
その冷たい警戒の目は、円奈にとってもつらい。
でも、背中に弓をとりつけ、剣の鞘をぶらさげた騎士の格好では、そんな顔をされて逃げられても仕方のないことであった。
円奈は寂しそうに去る女の子の後姿を見つめ、それから、女の子が摘もうとしていた春の花に目を映した。
それは黄色い小さな花で、たんぽぽの花であった。
牧場のはずれ野原に生えた、そのたった一本のたんぽぽを、女の子は手に摘みたかったにちがいない。
私が邪魔してしまった。
円奈は寂しい気持ちのままたんぽぽの前まで馬を歩かせ、そして馬から降りた。
たった一本の黄色いたんぽぽを、その手にとる。
ブチンと茎が切れてたんぽぽの花が円奈の手におさまる。
そのとき、またゴゴーンと農村の号鐘がなった。
どこか悲しげで、残酷な音を鳴らすベルのほうをむくと、日の光が鐘楼と重なっていた。
金色の鐘が揺れるたび、昼すぎた日の日差しが、きらり、きらりとチラチラ見え隠れするのだった。
このたんぽぽを──────女の子に渡しにいこう。
円奈はそうおもった。そして、農村へ馬を連れて足を踏み入れる。
風車は、近づいてみると予想以上に大きくて、高いところにあった。
円奈の身長をゆうにこえる聳える塔風車で、四枚の長方形の帆をくるくるまわして春風にふかれていた。
農村の家々は切り妻壁という蜂蜜色の壁面と、三角形の山型の赤色屋根をもつ家だった。この屋根も、切妻とよばれる。レンガのような石造りの家々だった。
そうした家々がいくつか立ち並んでいて、村の中心には井戸があった。
民家と並んで建てられた、木造の納屋もあった。
仕切りごとに納められた役畜は牛であったが、柱にロープでつながれている馬もいた。
牛にしろ馬にしろ、役畜の飼われる仕切りの中には、水や干し草を積んだ容器がある。
家畜の世話の様子がうかがい知れる。
円奈は、たんぽぽを摘もうとした女の子を捜し求めて、この異国の農村を歩き渡る。
手にはたんぽぽの黄色い花をもったまま、井戸の横をあるく。
もちろん、何人かの農民たちがいた。
農民たちは、顔も名前もしらないどっからかやってきたピンク色の髪と瞳をした、武装姿の少女に、あからさまな警戒やら奇怪の視線をなげかける。
それは当然のことで、自分たちの住む村に、見知らぬ武装姿の騎士がよそからくれば、警戒もするものだろう。
でも円奈は、こういうちくちく刺さるような視線には慣れて育った。生まれ故郷では、いつもこういう視線にあてがられてきた。
だから、円奈はその視線のなかを、耐えることができた。耐えながら、女の子をさがした。
さっき、自分が邪魔してとれなかったたんぽぽを─────この手で渡したい、それだけの気持ちだった。
もう200マイルちかくも旅してきたのに、やっと訪れた異国の村人たちと出合ったとき、円奈と異国の人々のあいだにかわされる言葉は──────ない。
無言だった。
それは寂しくて、どこか悲しかったけれど──────それも仕方ない、よね。
そう言い聞かせ、でもせめて女の子にたんぽぽは渡したい、そう思って農村のなかを歩いた。
農村の女たちは、長いエピロンを腰にまいた、ウール服の姿であった。円奈がすれ違うのは、乳搾り女たちである。
男達は、農地へと、いまはでかけている。牛に鋤をひかせたり、羊を引導したりしている。
作物のつくっていないあいだ、つまり種まきから収穫されるまでのあいだは、放牧をする。
それが、さっき女の子が走ってきた柵の羊牧場だった。
種まきや、農耕をしないで、羊を放し飼いにする放牧地のことは、休耕地ともよばれる。
羊は、羊毛をとるために飼われたが、そのふんを肥料ににする目的もあった。
農民たちは、とれた羊毛から自分で糸を織り、服をつくる。すべて、手作りだった。
円奈はすれちがう農民の女や、子供たちの奇異なものをみる視線のなかを通り、レンガの家々と切り妻壁の通路を抜けて、あの女の子を探した。
でも、みあたらなかった。
一通り農村をめぐって、また井戸にもどってきて、円奈は、ふうとため息をついた。
あの女の子、みつからないや……。
それなら、たんぽぽとったりするんじゃなかった。
だってこれじゃ、女の子の摘み取りたかったこの花を、私が取っちゃったみたいで……。
ふと円奈は、まわりの農民たちが、ひどく強張った顔をしていることに気づいた。
それは自分というよそ者の騎士を警戒しているというより、もっと身近な脅威に怯えているような…。
「もどれ!」
すると、叫び声が、きこえた。「はやく、もどるんだ!」
そう叫ぶ農民は、木で組み立てられた塔、櫓(やぐら)とよばれる高台から、農地のほうにむかって叫ぶ。
円奈が農地のほうをみると、農地に出かけてた村の男たちが、懸命に走っているのがみえた。
何かに追われているかのように、怯えた顔つきで、鋤も鎌も投げ捨てて、ただただ村のほうへ走ってもどってくる。
「あの!」
円奈は、勇気をだして、農民の人にたずねた。「なにか……あったん…ですか?」
農民は、ヘンな顔をして円奈をみた。そして、無視された。
「あの!」
ただならぬ事態を感じ取った円奈は、別の農民にも話しかける。「なにがあったの?」
「”魔法少女”だ!」
農民の1人が、円奈に、大きな声で答えた。まるで怒鳴るような声だった。「魔法少女が、きたんだ!」
「───え?」
円奈が、農地のほうにまた目を戻すと。
少女たち何人かが、こっちに馬にのってむかってきていた。
その衣装は派手であった。
華やかなドレスだったり、頑固な鎧に身を覆った美しい衣装の少女もいたけれど。
そのどれもが、手に弓をもち、鞘に剣をおさめ、まっすぐこっちに馬を走らせていた。
”魔法少女”だ────。
魔法少女は、ソウルジェムの力を解き放って、華やかな姿に”変身”をする。
鹿目円奈は、それをもちろん、知っている。
そして”変身”をした魔法少女は、とてつもない力をもつ。
その魔法少女たちが4、5人、農村へまっすぐむかってきていた。
それで円奈にもわかったのだった。
馬を走らせる”魔法少女”たちは、弓に矢を番えた。
「はやくしろ!」
農民たちが口々に叫ぶ。農民たちは、懸命に農村へ走って戻ってくる。
すると、弓が、ピカアっと、不思議で輝かしい光を放った。魔法の力を込められた弓だった。
次の瞬間、ビュンと弓が眩い光を放ち矢が飛んできた。
閃光迸り、魔法の弓が、まっすぐ光となって飛んでくる。
かと思えば農地から走ってくる男の背中に、魔弓の弾が命中した。男は前のめりに吹っ飛び、うつ伏せのまま野原に倒れた。その背中は真っ赤で、煙あげて焼け爛れてしまっていた。
「────ッ!」
凄惨な光景に、円奈が息をのむ。
だが魔法少女たちは、すでに次の魔弓を番え、農民たちにむけていた。
無慈悲に弓の弦をしぼり、新たな標的に矢をむける。
農民たちは叫び声あげ、ある者は逃げ、ある者は武器を手に取った。
女たちは、ドレスの裾を掴み上げながらわたわたと逃げ去った。
魔法少女の魔弓が、容赦なくまた、放たれた。
閃光を放って飛ぶ矢が、農村へとんでくる。
魔法少女たちが弓を番える動作はあくまで冷徹で、躊躇がない。
また、魔法の矢がとんできた。
「うぐあ!」
木の弓をもった農民の顔が、魔法少女の矢に射抜かれた。農民の顔は焦げた。
人間たちを狙う魔法少女たちの目つきは、無慈悲だった。まるで狩りしているかのよう。
逃げ惑う人間の動きを予測し、狙いを定め、標的と狙いが合わさるタイミングで矢を放つ。
その魔法少女がいま狙っているのは、農民の女。糸車で羊毛の糸織りをしていた女。
魔弓から飛んでいった魔法の矢が、女の足を吹き飛ばした。切り妻壁に血がこびれついた。
女は片足を失ってころんだ。
「……っ!」
円奈が驚愕にピンク色の目を見開く。
魔法の力によって殺され、痛めつけられる人たちの、痛ましい姿から、目が放せない。
自分も危険であることも忘れて。
円奈は、こんな時代にひっきりなしに起こる、略奪という場にでくわしてしまっていた。
来栖椎奈という領主に守られて育った円奈は、外の世界の本当の姿を知らなかった。
馬を走らせ、魔法少女たちは農村へ突入してくる。
すでに”変身”姿になったその魔力を、農民たちにむける。
魔法少女たちは、鞘から剣を抜いた。
農村の農民たちは、武器を手にとって、決死の抵抗をこころみた。剣を持ち、魔法少女たちに挑んだ。
けれとも、ただの剣では、魔法の剣には、かなわなかった。
ガキン、カギン────
何度か剣同士がぶつかったあと、農民の剣がおられた。バキンと真っ二つに割れる。
すると魔法少女が、ブンと剣をふって農民を切り裂いた。
農民の胸に赤い筋が走り、血が飛び散って、農民は後ろ向きにぶっ倒れた。
「っ!!」
円奈がそれをみて、また凍りつく。
さらに魔法少女は、血に塗れた剣を、別の農民へとむける。剣をふるたび、魔法の力が備わったそれは、キラキラと不思議な光を放ち、農民たちをバッサリ切り裂いて血の色へ変えていく。
農民たちは必死に、反撃にでる。何人か集まった男たちは、弓矢を構え、魔法少女たちに飛ばした。
4、5本の矢が弾けとび、魔法少女たちにむかって飛んでいく。
魔法少女は軽やかな動きでさっと頭をそらすとかわした。矢は魔法少女の肩上を通り抜ける。
そして4、5人の魔法少女たちは、自分たちの魔弓で、農民たちに仕返しをした。
ビュンビュン音をたて、閃光放って飛んでいく矢が、人間の農民たちを仕留めた。
魔弓は、人間たちに当たり、貫かれた農民たちは後ろへ数メートル吹っ飛び、血まみれになって倒れた。
「……ひどいっ!」
思わず、円奈が叫んでしまう。
魔法少女たちは馬に乗って、井戸を通り抜ける。
彼女たちは家屋の角を曲がってきた。
すると、とうとう侵略側の魔法少女たちと、円奈の目があった──────魔法少女の、赤色をした目と、円奈の目が、ばったり合う。
黒い髪に、黒い馬、黒い獣皮を肩に垂らした、コウモリのように鋭い赤い眼を光らせる魔法少女。
残虐な王のようですらある。
「────ひっ!」
円奈は、完全に怯えて、切り妻壁の家に身を寄せて縮こまってしまった。
身体が動かず、言葉もでてきない。
騎士となったのに、異国の魔法少女を目の前にすると恐くて微動できない自分がそこにいた。
黒髪の魔法少女の、蝙蝠のように赤色に光る鋭い目が、怯えて震える円奈を馬から見下ろす。
その頬は返り血に塗れている。
魔法少女は、円奈を馬上からしばらく冷たい目で眺めていたが、やがて円奈から目を外すと、前を見あげた。
「トォロ!」
と魔法少女はいい、後ろに続く4人の魔法少女を連れて、井戸を抜け、農村の奥へと馬を走らせる。
魔法少女たちは、民家へと押し入る。
家屋の中は暗かった。
窓がない家屋だから暗いのも当然だった。
テーブルに建てられた白い蝋燭何本かが、明かりとなっているくらいで、それ以外に部屋を照らすものはない。
そんな暗がりの部屋にはいった魔法少女たちは、農民の家にしまわれた木箱や樽から食べものを手に取り出し、テーブルに並べ、皿にいれて、食べた。
たとえば塩漬けの野菜やニシンなどの魚、レンズマメ、ソラマメ、百合根、大根などが樽にしまわれていた。
魔法少女たちは、それを取り出して、手の指でたべた。
ゆでたりもしないで。
他の魔法少女たちは、農村の納屋下の、藁の積まれた山をあさる。
がさがさと藁の山に手をつっこみ、あさる。
藁山のなかには、りんごなどの果物が、数多くしまわれていた。
それらを手に取り、がぶりとかじるのだった。
彼女らが、戦ってまでして、やっと得る食べ物だった。
そのころ、家々の壁という壁が、残酷に赤く染まっている農村に取り残された円奈は。
「ううう……うう…」
世界で起こっている残酷さ、魔法少女の乱世という時代の恐ろしさ、そして…
そんな世界をたった一人で旅しようとした自分の無謀さを、思い知らされるのだった。
115
それから呆然と円奈は、血に染まった農村と、魔法少女に殺された人々の死体を眺めたが、手元にたんぽぽの花が握られたままなことに気づいた。
こんな残酷なことが起こったのに、黄色いたんぽぽは日の光を浴びて、今も美しく手の中で咲いている。
そして、思い出した。
「女の子……」
円奈は、ぼんやり呟いて、たちあがった。人がこれだけ殺されたあとで、女の子だけを捜し求めた。
「返さなきゃ……たんぽぽ……」
ふらふらと、クフィーユをつれて羊牧場へでる。
主人をうしなった飼い羊たちが、あてもなくメーメーとなきがら木の柵のなかを行き来していた。
塔の風車は、まだ春風にのって四本の帆をくるくる回している。
もう、農村には誰もいないのに。
「あ…」
円奈は、声をだした。
塔風車の真下に、女の子がいたのだ。
金髪カールの女の子が。
円奈より背の小さい、幼い女の子が。
ただ1人でそこに、原っぱで立っていた。
「無事だった…」
円奈は、そう声を漏らして、女の子にちかづいた。
女の子は、さっきと同じむすっとしたような不機嫌な顔をした。
「これ……」
円奈は、女の子に黄色いたんぽぽを渡す。
「さっき、邪魔して、ごめんね……」
女の子は、風車の下で、たんぽぽの花を手に受け取る。
すると女の子は、受け取ったたんぽぽを、怒りにまかせて円奈に思い切りなげつけた。
「…っ!」
思いっきり女の子がたんぽぽをぶつけてきたので、身構えてしまった。
女の子は、怒った顔で円奈をにらみつけたあと、また無言で、どこかへ走り去った。
「…」
走り去ってゆく女の子の後姿を、円奈はただ見送ることしかできない。
投げつけられ、地面に落ちたたんぽぽの、土だらけになった黄色い花びらを見た。
不思議と、まるで、今の自分のような姿をしていると思った。
116
円奈は、旅を続けた。
平和な農村を脅かす、魔法少女たちの情け容赦ない暴力が、脳裏に焼きついてしまっていた。
悲劇のおきた農村を通り過ぎ、別の農村に辿り着いても、円奈はそこに暮らす農民たちが、怯えた顔つきで暮らしていることに気づく。
その農村も、川に面して、レンガ造りの家々を横一列に建て並べていたが、この農村も、いつ魔法少女に襲撃されるかわからない、そんな恐怖で、日々を生きている人たちだった。
とくに、隣の農村がすでに、魔法少女の手に落ちたという知らせをきいているのだろう。
次は自分たちの番だ、そんな絶望した農民たちの重く沈んだ空気が、旅をしていて通りかかった円奈の気持ちにも、のしかかってきた。
魔法少女は、魔獣から人を守る存在だったはずなのに────。
円奈がみてきた魔法少女の姿は、少なくてもそうだった。民を守り、領土の平和を守る。
しかし、バリトンの村を発ち、旅に出ることで知る。
世界の魔法少女たちの残忍な姿という真実を。
円奈は、背中に弓と、剣を腰にぶらさげた騎士姿をして、農村を通る。馬の手綱ひきながら。
すれ違う農村の人々だれもが、警戒の視線を円奈にぶつけ、睨んだ。
洗濯女たちは桶に衣服を浸しながら、エプロン姿のまま、武装姿の円奈を睨みあげる。
円奈は、気まずさと息苦しさでいっぱいだった。
馬を歩かせ、波風たてずに、農村を去るのがやっとだった。
117
ピーッ────…。
山々から、そんな野鳥の鳴き声がきこえる。
円奈は農村をはなれ、広大な山々の連なる野原へでた。
山と山のあいだに広がるくねくねした土道と草原を、ひたすら馬で進んだ。
そしてさらに、50マイルも旅をした。
時には雉などの野鳥を弓で仕留め、食いつなぎ、山々の広原をくだっていった。
その先にある、海をめざして。
もちろん、海はまだ見えない。
地平線の先々にみえるのは、広がる雄大な山脈の連なり。眺める先、どこまでも山が続く。
自然の雄大さの前では、馬にぽつんと乗った自分など、ちっぽけだ。髪が風にゆれる。
しかし、標高は確実にさがった。
どこまでも見下ろせるからだ。
自然の景観を馬から見下ろしながら、円奈は、来栖椎奈の言葉を思い出していた。
この山と群峰のむこうにある、神の国のことを想いつつ────。
”円奈よ そなたはあると思うか”
”あらゆる人と、魔法少女が、共存を選び”
”ともに分かち合い、その隔たりがない世界”
”そんな国”
”天の御国を、この旅の先に、みつけるのだ”
あるときは狼を弓でしとめた。
これは狩りをしようと思ってしとめたのでなく、狼に襲われたからだった。
森の真っ只中を馬で旅していると、オレンジの日差しが降りる夕方、円奈はクォーンっという狼の鳴き声をきいた。
この時代、人々にとって狼は恐怖の対象だった。
森に住まう狼たちはたびたび農地に降りてきて荒らした。空腹に餓えた獣は人々を襲うこともあった。
鳴き声の主は、円奈の前にあらわれた。
四足の獣は、落ち葉の地面を一歩一歩踏みしめながら、鋭い獣の視線を円奈にむけ、狙う。
馬を降りてちょうど水筒の水を飲んでいた円奈は、その狼に気づき、目で睨むと、すぐに弓に矢を番えた。
狼に睨まれながら弓矢をむける。片膝たててしゃがみ、狙いを定める。
にらみ合う両者。そこにあるのは、食うか食われるかという野生の緊張感である。
腹を空かした獣は円奈に襲い掛かってきた。四足を走らせ、猛スピードで突っかかってくる。
円奈も弓から矢を放った。
飛んだ矢は狼を仕留めた。狼はしばらく刺さった矢を抜こうと四足でもがいていた。
やがて、血を流しながら、力つきた。
こうして円奈の旅はたびたび、野獣の脅威にもさらされながら、つづいた。
山峡を抜け、渓谷を通り、滝を見かければ水汲みをしてクフィーユにものませた。
ごつごつした岩だらけの渓谷を流れる川を馬で渡り、林へ入った。
ちょうど、”エドレスの都市”────円奈が生まれてみたことのない、都市という文明社会の地域へ近づきつつある森林地帯へと、入ったのだった。
573 : 以下、名... - 2014/04/19 23:42:13.23 DTacJYjY0 493/3130今日はここまで。
次回、第12話「アリエノール姫」
第12話「アリエノール姫」
118
数時間がたった。
円奈は、まだどこまでも続く緑の林を、進んでいた。
標高が落ちてくると、生える木の色も見た目も変わる。
この林に生えている木々は、杉であった。杉林である。
杉林に入り込んでいくうち、だんだん道らしい道もなくなってきて、薄い霧がかった不気味な森になった。
チュンチュンと、野鳥たちが、白く霧が薄くかかった杉林の世界に、鳴き声をあげる。
鳴き声はどころまでも轟き、森に反響し、何重にも木霊する。
湿り気が濃くなり、空気は重たく、土の香りが、鼻をつく。土に咲く花は、紫色。根っこが長い。
方向感覚がわからなくなる。
そして、何か魔物の世界に取り込まれたように、出口がわからない、迷宮に入ってしまったのだった。
途方もない気持ちで杉林の霧のなかを進んでいると───
円奈の耳に、不思議な音色がきこえてきた。
どこからかはわからないが、音楽であった。
そう、音楽!
誰もいないはずの森のなかに響く、不思議な音楽の音色!
農村育ちの円奈は、音楽なんてものを、聴いたことがない。
だから、杉林のどこかから聞こえてくる、笛の音楽は、不思議で、恐くもあった。
ひょっとしてひょっとしたら、森に住むという、魔女の音楽かなにかではないのか。
もしかしたら、誰かそこにいるのかも?
そしたら、都市への道を尋ねることができるかも。
しかし、方向感覚を失ったいまとなっては────
笛のような音楽の聞こえる方向のほかに、進むあてなど、ないのであった。
馬の手綱を手繰るとクフィーユの向きを変えさせ、笛の音がきこえる方向へ。
林の木々を抜け、音へと近づく。
森のどこか奥から聞こえてくる不思議な音楽。
笛の音の音色は、優しかった。
音は一つで、一人だけが笛を吹いているようだった。静かで、優しくて、どこか悲しくて儚げな───
耳にする者を、とにかく吸い寄せる、そんな笛の音色だった。
そして円奈も、蜜に吸い寄せられるように、自然と、笛の主を探し求めた。
残酷なこの時代のなかに、優しさを求めるように。
笛の主は、案外、すぐにみつかった。
林が開け、落ち葉だらけのひらけた場所に、一人の少女が笛をふいていた。
少女は、目を瞑って、静かに、夢見るように、横笛を口にして、音色を響かせていた。
フルートという横笛だった。
少女はフルートを口元につけ、目を閉じ、横向きに笛をもって、優しい笛の音色をふるわせる。
こんな、林のど真ん中で。
円奈は、その少女の笛ふく姿を────。森のど真ん中で、横笛を口に奏でる少女を───。
しばし、ぼーっと、林の木の傍らで、眺めていた。
しばらく続いていた笛の奏では、ふーっと小さな少女の一息でとまり、少女は、口から笛をはなした。
ゆっくりと、閉じていた目をうっすらあける。
すると、どこからやってきたのだろう、一匹の赤い蝶が────林の暖かい日差しのなかをふわりと舞って、少女の頭にトンととまった。
「あ…」
円奈が、声を漏らす。
赤い小さな蝶が、笛もつ少女の頭にとまった光景が、美しかった。
白い霧はきえ、林は、夕日の暖かさに包まれる。
少女はオレンジ色のフレアースリーブの長いガウンを着ていた。ガウンドレスは長く、地面まで延びていた。
歩けば引きずるだろう。
夕日の日差しを浴びる少女のガウンは、腰高めにウェストサッシュが締められている。
腰に巻かれたサッシュは後ろでリボン結びにし、そのリボンはとても大きく、ガウンドレスの後姿を美しく可愛らしく飾っていた。
白いリネンの襟はスカラップ仕立てにされていて、少女チック。
オレンジの光を浴びる、綺麗な黒髪を首筋に垂らした笛の少女は、円奈がみたことないくらい、上品で、お姫様のようだった。
絵本に登場する姫のような姿をした少女の登場に、驚いて眺めている円奈と、少女の目が、合った。
「あ……」
円奈は、どうすればいいのかわからず、どきまぎする。
少女のほうも、おどろいて円奈をみた。
笛の彼女もまた、こんなところで誰か人間に出会うとは、思ってもいなかったからであった。
2人のあいだに、不思議な沈黙が流れたが、やがて少女のほうから、ふっと微笑んで挨拶をした。
「マエ・ゴヴァンネン」
「ええっ?」
しかし、知らない言語で話しかけられて、円奈は挨拶をきちんと返せなかった。
円奈より、少しだけ背の高い少女は、よくぞ参られましたね、といってくれたのだが、円奈にその言葉が通じていないことを察すると、別の言葉にして再び、話しかけた。
「よくぞ参られましたね?」
「あ、ああ、やった……」
円奈は、ほっと胸を撫で下ろした。言葉が通じることに安心したからだった。
「旅のおかた?」
少女は、たずねてくる。
いろいろ悲壮な戦いをみてきた円奈であったが、ここで出会った少女に敵対心はなく、円奈は、安心していった。
「うん、そうなん、だ」
円奈は、馬にのったままで、少女に答える。「エドレス地方に……」
「そう……」
少女は、目をうっすら細めて、杉林の土をみつめて、小さく囁いた。
「そうよね……」
それから少女は円奈のほうをむいた。
笛を胸元にぎゅっと握り締めて、にこりと微笑んで見せて、自分の名前を名乗った。
「わたしは、アリエノール」
と、笛の少女は名乗り出る。「”アキテーヌ領のアリエノール”」
「わ、わたしは、まどな…」
相手が名乗ったので、円奈も、自分の名を名乗る。おずおずと。控えめに。「鹿目円奈…です」
すると笛の少女は、小さくて静かな声で相手の名を囁く。まどな、と。かすかに目を細めて、円奈をみた。
「ここは、エドレスの都市の郊外。エドレスの森」
と、アリエノールは、円奈に話した。
「エドレスの都市から、北のところにある森。そして、わたくしちたち、アキテーヌ一家の───」
少女は、笛を頬もとに寄せて、縦に持つと、やわらかく微笑んだ。
ガウンのドレスがふわりと風に舞い上がって、彼女を照らす夕日の日差しがオレンジ色の光を増した。
「”所有する森”」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
円奈は、少女の神秘めいた仕草と雰囲気に気圧されつつも、慌てて誤解を解こうと言った。
「別に、侵入しようとかじゃ、なかったんです……ただ…旅してるだけで…」
つい何日か前は、他国の領地である農村に勝手に入ったというだけで、殺されそうになった。
封建社会という世界では、そんなことは当たり前のように起こる。
これまでもこれからも。
だからバリトンの来栖椎奈は、他国の領地に入るときは、金品の支払いと引き換えに領主から安全に道を通らせてもらえるよう保障を買おうとしていた。
そういう予定だった。
しかし、一人旅となってしまった円奈には、払える金品はないのだった。
思いもかけず領主の一族の少女と出くわしてしまった円奈は、とにかく詫びて、別の道を探すために森を引き返そうとした。
「あら、どちらへいくの?」
すると、笛の少女に呼び止められた。
「いえ、あの、勝手に領地に入って、ごめんなさい!いますぐ出ます!」
円奈は、慌てていう。
「あら……」
笛の少女は、寂しげに、笛を肩に寄せて持つと、円奈の後ろを姿を見つめて、また、円奈を呼び止めた。
「そうだわ!」
何かを思い出したように突然大きな声をだし、笛を両手に握り締めた。
「わたくしの居城で、こんど”魔法少女叙任儀式”が催されます」
道を引き返そうと馬を進めていた円奈が、ピクと動きをとめる。
「魔法少女……叙任式…?」
クルリと馬上で頭をふりむく。
「ええ」
エドレス領邦の姫は、笛を胸元に大事そうにもったまま、やわらかく微笑んだ。
「わたしがあなたを招待する、としたら、いらしてくださる?」
111
つまり、少女が契約して魔法少女になる、そのための叙任式が、アキテーヌ家の居城で催されるようだ。
”魔法少女契約式”とも呼ばれ、選ばれた少女はそこで、願いを告げ、魔法少女となる。
それは、いつか円奈が騎士となったとき、ファラス地方で来栖椎奈に執り行ってもらった、あの騎士叙任式の、魔法少女バージョンであった。
しかし、騎士叙任式より、魔法少女叙任式は、もっと念入りで、金がかかって、かつ怪しげである。
幼い頃から来栖椎奈という領主を慕い、その魔法少女という存在に憧れを抱いていた円奈には、アリエノール一家の居城で、催される魔法少女叙任式に姫じきじきに招待される、とは、興味をそそられるものであった。
「でも、私なんかが、いっても?」
円奈からは不安が拭えない。他国の、しかも領主一族の城に、そんな簡単に、異国出身の自分が招待されて、入れるものだろうか。
「ええ、もちろん」
アリエノールは、うふふと笑った。
アリエノール・アキテーヌ。まだ正体がわからないこの一家の姫は、出会ったばかりの騎士・鹿目円奈を、エドレス地方領邦の城にて、催される魔法少女叙任式へと誘う。
この時代における、きわめて金のかかった特別な儀式に。
地方領邦の姫は、ピーヒョロロと、フルートを吹いた。
澄み切った美しい音色が、林のすみずみにまでいきわたり、奥にまで、響き渡っていった。
すると、枯れ林のどこからか、一匹の馬がゆるやかに走ってきた。明るい茶毛をした馬は、アリエノールのもとへ尻尾を揺らしながら、林のなかを優雅に走ってくる。
パカ…パカ…と、走ってくる馬の蹄の音が聞こえる。
馬は、笛の音にこたえて、主人の前に大人しく停まった。
アリエノールはやってきた馬を、優しげに何度も撫でる。
「マエ・カーネン、メロン・ニン…」
そんな異国の言葉を馬にかけてやり、愛しげに馬の首をなで、すると馬に跨った。鐙に片足をのせてから、鞍に乗る。
アリエノールの馬は、円奈の馬とちがって、見事な馬具の装飾に飾られた、お上品な馬であった。
乗る少女がお姫様なら、乗る馬もお嬢様といった気質だ。
「さあ、いきましょう」
少女は騎乗姿になると、手綱を手にとった。笛は、腰にまかれた革ベルトに吊るされた袋にしまわれた。
夕日を浴びたオレンジ色のガウンを纏った少女は、馬にのっても、丈が足より長くて素足を晒さない。
ドレスの裾は左右にかきわけ、馬に乗っても皺がよらないようにした。
「あ、うん……」
いっぽう、円奈の着ているチュニックは小さい頃からずっと着古しているものだったから、成長して背が伸びてくるにつれて丈が短くなり、足首だけ素肌を晒していた。
112
鹿目円奈と、アリエノールという異国の少女は、2人とも馬に乗って並び、エドレスの山道をすすむ。
林をぬけから、大きな山の麓にでた。
麓の先にも、森林が連続していた。
ここもエドレスの森というらしい。
その日が暮れて、夕日が落ち、夜のとばりが降りたとき、二人はエドレスの森にて、野宿をする。
円奈は、久々に焚き火を燃やした。
森林の暗闇は、焚き火だけが赤く照らした。虫がどこからともなく集まってくる。蛾たちが。
アリエノールは、ガウンのドレス姿のまま草の地面にちょこんと腰掛け、足を揃えて正座した。
ドレスの裾とひだを気にし、手で整えている。
ふだんから野宿するときはチュニック着たままあぐらかく円奈には、ショックだった。
それにしても相手は領邦君主のお姫さま。つまり、ご領主さまの娘。
失礼のないように!
「そ、それで……」
円奈は、強張った顔つきのまま、喋った。相手からみると、かなり挙動不審な気がする。
「アリエノールさんは、あんなところでなにを──?」
「あら、私たち一家の森ですわ」
アリエノールは、優しく笑って、答えてくれる。余裕そのものである。「自分たちの森に、いただけですよ?」
うう…。
領邦君主の世界って、すごい。あんな広大な森を、自分のものっていうんだから。
「でも、女の子1人だけで、あんなところに……」
円奈は、用意して並べおいた大きな薪を一本、焚き火に加える。火は大きな薪に燃えうつった。
「あぶないよ……」
まったく人のこといえない円奈の台詞は、円奈の頭の混乱ぶりを物語っていた。
「あら、自分の森にいて、あぶないなんてことはないわ」
アリエノールは、首をきょとんとかしげて、おしとやかな声で答えてくれる。
「でも、たった一人でいろんな国を旅する───」
姫の少女は、円奈という少女騎士をもつめて、からかうように微笑む。
「あなたのほうが、危険だったのでは?」
「あ、あはは……そう、だね……」
円奈は苦笑いして、それから、しゅんとして焚き火をみつめた。
「でも…ほら…なんて…いうのかな…敵国の盗賊に遭っちゃうとか…他国の敵兵に襲われるとか…そういう危険だって、あったんじゃ…?」
と、円奈は、自分の経験を元にしつつ尋ねる。
「それでも、わたしはあの森にいたかったのですよ」
アリエノールは、簡単に答えてしまった。楽しげな微笑みが顔から絶えない。
軽くいなされてる気分にさえ、円奈はなってきた。
113
朝になると、円奈もアリエノールも、馬の世話をした。
二人して自分の馬の頭を撫で、水を飲ませたり、食事を与えたりする。
「その子のお名前は?」
と、アリエノールは、円奈の馬をみながら、たずねてきた。
「クフィーユっていうの」
円奈は、水飲む自分の馬を優しく撫でながら、答えた。クフィーユは鳴き声ひとつたてずに、円奈に首と頭を撫でられるまま、水を飲み続けていた。
「そう…」
アリエノールは、また優しげに目を細め、うっすらとした視線をクフィーユにいとおしげに注ぐ。
長い睫毛が、際立つ。
「この子は、」
するとアリエノールはこんどは、自分の明るい茶毛の馬をみた。
馬具を備え付けた茶毛の馬を優しく撫で、自分の馬の名前を教える。
「アスファロス」
アリエノールは優しげな手つきで馬を撫で続け、長い睫毛をした目で愛しげに、馬を眺めていた。
すぐに自分の世界に入っていってしまうそうな夢見心地な目は、お姫さまの目だ。
「”花”という意味なのよ」
円奈は、自分の馬に花と名づけてしまう少女の趣味に感服してしまった。
そういえば、私はなんでクフィーユって名づけたんだっけと、自分でふと思った。
ただ、女の子らしい名前だから、と名づけただけだった気がする。しかし、クフィーユは雄だった。
そして二人は準備を整えると、また馬に乗って一緒に、アリエノール領邦の居城へと目指して山々と野原を進んだ。
まだまだ、森を駆け抜けるばかりで、居城らしきものは見えてこない。
森を抜けて、大草原にでた。白い雲が浮かぶ青空が、山々の先に広がる。
クフィーユとアスファロスは、姉妹のように、二匹足をそろえて穂の草原と丘を駆け下りる。
平野へつづく緑の草原を。
あまりに広い大地にちっぽけな二匹の馬と、二人の少女。馬が元気よく走ってくれると、乗っている方も爽快になってくる。
空気は、最高においしい。
どこにあるんだろ───?アリエノールさんの居城。
「わたしたちの住むアキテーヌ領土の、その先は、”エドレスの絶壁”」
アリエノールは言った。円奈は自分の視線には気づかず、ただ前を見ていたので、アリエノールも前方の地平線へ視線を送る。
草原と緑地に包まれた、広々とした地平線だった。
もちろん、このすべてが、アリエノール家の所有物である。
「わたしたちは、”裂け谷”と呼びます」
「裂け、谷?」
円奈が馬を進めながら、不思議そうに聞き返した。ピンク色の髪がそよ風にゆれる。
「陸地と陸地が、ぽっかり裂けてしまっているのです」
アリエノールは、楽しそうに、話してくれる。
「そこは"王都エドレス城"があって───」
アリエノールが、めざす先の道筋について、語ってくれる。
「裂け谷に橋渡しをしています。城を通れば谷を渡れます」
「そうなんだ…」
円奈は、前方に広がる緑地の地平線と、さらにそのむこうに伸びる山脈の数々を、眺めた。
むこうに連なる山脈は、まだ雪の白い冠をかぶっていた。
「裂け谷、かあ……」
白い雪の山脈を見つめる。
あの白い冠の山脈こそ、”裂け谷”の山脈であった。
魔獣の町と呼ばれる都市が、そこにあった。
そこは、王都であり、城下町には、100人あまりもの魔法少女が暮らす。
114
それから二人は5マイルほど進んで、再び森林に入った。
出会ってまだ二日目の二人は、しばし会話することもなく無言だったが、急に、アリエノールは、こんなことを訊いてきた。
「”魔法少女になりたい”って、そう思ったことは?」
「えっ…?」
ドキリとする円奈。はじめて隣で馬を歩かせるアリエノールの顔をみた。
アリエノールは、優しげにニコリと笑って、円奈をみて、問う。
「騎士とはいえ、あなたも女の子」
円奈とアリエノールの目が合う。
「女の子なら、資格がありますもの。魔法少女になりたいって、思ったことはありません?」
「えっと……それは……」
ごもごも、どもり声になったが、円奈は、照れたように、頬を染めたあと、答えた。
目を一瞬だけ閉じ、夢見るような表情をみせると、語る。
「うん…あるよ。魔法少女になりたい…私を魔法少女にしてくださいって……祈ったことも」
「…そう」
アリエノールは、また、うっすら目を細めた。切なげに視線を地面へうつす。するとまた長い睫毛が際立つのだった。
「でも、魔法少女にならなかった?」
そう、問いかけてくる。
この笛の少女は、なにもかも分かっているらしい。
「うん……」
円奈は、バリトンの村のはずれの森で、あれだけ懸命に祈ったのに、何も起こらなかった自分を思い出して、しゅんとして顔を落としてしまった。思い出すだけで心が落ち込んでしまう。
自分には素質がないんだなって…。
「魔法少女にしてくださいって……祈ったのに……私の身に何も起こらなくて……魔法もなにも使えないんです」
「……まあ…」
アリエノールは、手を口元にあて、寂しそうに円奈を目で見る。その目には、憐れみみたいな感情が、こもっている。
「では、あなたは今も、魔法少女になりたいと?」
「いまも…?」
円奈は、その質問に、答えようとて───。
すぐに答えをだせない自分に気づいた。
「えっと……」
あれ……?
どうしてだろう…?
あれだけ魔法少女になりたいって、心から憧れていたのに、どうしてか今だと、すぐに答えがだせない。
円奈は、自分の頭のなかでいま思っていること、旅にでる前とでた後で変わってしまった自分の気持ちを整理するみたいに、ことばを考えながら、ゆっくりと話し出した。
「わたし、故郷にいたとき、優しい魔法少女がいたんです……」
アリエノールはただ黙って円奈の話をきいてくれている。
円奈の馬クフィーユが、たまに空気をよめずにヒヒンと鼻息もらしたりするが、円奈は話をつづけた。
「かっこよくて…素敵な人で……わたしにいつも優しくしてくれました。魔獣から守ってくれたこともありました。その人はいったんです。”魔法少女とは、民に恵みを与え、悪から民を守る者たちだ”って」
アリエノールが、切なそうな顔になって、円奈をみている。
その視線を知ってかしらずか、円奈は、過去を思い出しながら、ゆっくりと語り続ける。呟くように。
「私、そんな魔法少女の姿に、憧れているんです。人知れないところでも民のためにもがんばる姿は、かっこよくて。”神の国”にいきたいって、そう夢みて、そして願いがかなって、旅にでました。そして、いろんな人たちと、魔法少女、見てきました。故郷の世界から一歩外にでてみたら、私の思っていた世界と、ぜんぜんちがう、残酷な世界がひろがっていて……」
円奈のピンク色の目に、寂しさがこもる。同じピンク色をした前髪が、そよ風にふかれて揺れた。
「魔法少女は、民を守る存在だって、そう思っていたのに、実際は、魔法少女は人に暴力をふるっていました。魔法少女同士で縄張り争いをして、人を巻き込んだり……魔法少女同士で殺しあったり…そんなひどいことがどこでも起こっていて……わたし……」
クフィーユが、また空気を読まずに、ズズーっと鼻息を漏らした。
それでも二人して並んで馬を進ませ、円奈は語りつづける。
「”魔法少女”ってなんなんだろうって……最近になって、思うようになってしまって……魔獣を倒す人たちってことはわかっているんです……でも、それだけじゃなくって……魔獣を倒すだけじゃなくて、縄張り争いとか人を略奪して襲うためにも魔法の力をつかう魔法少女たちがたくさんいて……」
アリエノールは、なにもいわずに、気弱そうに話す円奈の話に耳を傾けている。
「……だから、魔法少女って、なんなんだろうって…。魔法って、なんだろうって…。自分ももしそうなるんだとしたら、ちょっと恐いっていうか……自信がもてないっていうのかな…」
最後には、消え入りそうな声で言い終えて、悲しそうに、しゅんと目を下にむけて俯いてしまう円奈だった。
ところで円奈は、魔法少女になりたいと思ったことはあるかという、同じ質問を、相手の少女にもしてみたい気持ちに駆られた。
アリエノールさんは、どうなんだろう、って。この笛の少女、姫の女の子は、魔法少女になりたいって気持ち、あるのかな───?
「じゃあ、アリエノールさんが、魔法少女になりたいと思ったことは…?」
円奈は、そう、たずねる。
するとアリエノールは、眉を細め、悲しそうに目をしぼませた。
「わたしは、一度もないわ」
意外な即答に、円奈はたじろいだ。
女の子に生まれたら、一度は憧れるものなのかなって思っていたけれど……そうでもないもたい。
そして、きっとこの女の子は、魔法少女が嫌いになってしまうような、なにかつらい思い出があるのかもしれない、と想って後ろめたくなった。
「一度もなりたいと思ったことなんてないのに……」
アリエノールは、悲しそうに、小さな声をだし。
すると、そっと、左手の指輪を胸の前にだして、愛しそうに右手でそっと撫でた。
「あっ──」
円奈もそれに気づいて、はっと、ピンク色の目を見開く。「それって…」
椎奈さまもつけていた指輪。魔法少女の指輪。
「魔法少女になりたいと心から願う人がなれなくて───」
アリエノールは左手の指輪をなでながら、寂しそうに、語るのだった。
「魔法少女になりたいなんて、一度も思わなかった人が魔法少女になってしまう」
悲しそうな顔を隠して、アリエノールは再び、にこりとやわらかく笑って円奈をみた。
「世界は、まだまだ不公平ですね?」
115
「と、と、と、ということは…」
わたし、目の前に魔法少女がいるのに、魔法少女のことをいろいろ話しちゃったんだ。
魔法少女ってなんだろうとか、民を守る者が魔法少女なのに実際はそんなんじゃなかったみたいな、話を、たくさん…!
なんということだろう。
目の前の、領邦君主の城に住まうお姫さまは、魔法少女だった…!
ソウルジェムを指に持っていた。
「わたしは、16歳のときに魔法少女叙任式に連れ出され……」
アリエノールは、胸を手にあてながら、自分のことを話す。胸。わずかに膨らんだ胸のなかには、魂がある。
はずだった。
「魔法少女として生きていくことを誓わされました」
生まれながら、自由がない。
人間として生きるか、魔法少女として生きるかの選択さえ、親族に勝手に決められる。
なぜかというと、領邦君主の家族は、国の守り手として娘が魔法少女となって役目を果たす必要があるからである。
封建的な世界にはよくある、生まれの身分・立場に縛られて、自分の求める生き方を許されない、そんな立場。
魔法少女叙任式は、そうした領主家族たちの都合のために、無理やり娘を魔法少女にするための、人間たちが作ってしまった制度みたいな儀式であるという、裏の面ももっている。この儀式にさえ引きずり出してしまえば、形式上、少女はもう、召喚された妖精の前で、願いを告げるしかないのである。
妖精のほうは妖精のほうで、契約してくれる少女がいるのならば拒否する理由がないので、この人間達の儀式に付き合って契約の儀式に参加する。
ふつうは、契約者本人の自由意志で魔法少女になるかならないか、決めたものだったが、いまどきの時代となっては、年の来た娘を半ば強引に魔法少女にさせることもあった。
とにかくそんな時代なので、アリエノールというエドレス北方領アキテーヌ地方の高女は、家族の都合により、強引に魔法少女に契約するよう仕向けられて(それが魔法少女叙任式という人間主催の儀式。契約の妖精を呼び出すことができる。黒魔術に起源を持っている)、本人の自由なく魔法少女として生かされることになってしまった。
「だから、わたしは、好きなのです」
アリエノールは、悲しさのこもった声で告げ、すると、いつもの優しい笑みにもどって、円奈をみて言った。
「1人で、森にいることが……そこで、笛を吹いていることが……ね?」
116
二人は、アリエノール家の居城まで、あと1マイルのところの林にまできた。
そこで一度休憩をとった。
森林のなかに佇み、円奈は大きな崖の砕けた岩を椅子がわりにして座って、ロングボウの弓も岩の上においた。
アリエノールは、相変わらずの正座すわりで、お姫様らしい優雅なドレスの裾をただして座っていた。
「魔法少女の”救い”ってなんだろう…?って、最近、思います」
円奈は、手作りのイチイ木ロングボウの弦を手でいじりながら、言った。
「どうして、聖地では、魔法少女だけが、救われるのだろうって……世界には、苦しんでいる人間だって、たくさんいるのに……」
「円奈さんは、騎士になりたくて、騎士に?」
「んと…」
円奈は、アリエノールの問いかけに、答える。
「騎士になりたかったとか……そんなんじゃなくって……私はただ、神の国をめざしたい、ここを離れたい、そんな気持ちでいっぱいでした。嫌がらせとか…されてたから。そしたら私の生まれの村の領主さまが、私が1人になっても旅がつづけられるように、騎士に仕立ててくれたんです」
「そう……」
アリエノールは、優しげな目で円奈を見つめる。
「”聖地”は、円環の理が誕生し、世界を組み替えた最初の場所」
アリエノールは、言う。「円環の理の救いは、世界の全てに行き届いている。ここにも、聖地にも、あなたの故郷にも。それが、円環の理となった少女の奇跡だったのです。でもそれは伝説。本当かどうかは、”導かれてみないと”わからない」
円奈は、弓の弦を触る指をとめて、アリエノールを見つめた。
「でもそれは、死ぬとき、はじめて分かるということ。そうではなくて……生きながらえながらも、円環の理のことが、本当のことなんだって、思える場所。そこが”聖地”」
魔法少女の口から、聖地のことが語られる。
来栖椎奈も神の国のことは、あまり詳しく円奈に話してくれないのだった。
「だから、人間の騎士でも、きっと神の国にいけば、その救いをかんじとれるわ」
アリエノールはそういって、顔を赤らめ微笑んでくれた。「その壮大すぎる奇跡を、あそこで、あなたも感じ取るわ」
「うん……ありがと…あれ、アリエノールさんも、聖地にいったことが…?」
円奈は礼をいったあとで、沸いてきた疑問をぶつけた。
「いいえ…私は、ないわ」
するとアリエノールは、悲しげに目を落とした。その視線の角度が、睫毛の長さを際立たせる。
「私は、領主の一族の長女として生まれましたから……死ぬまで、この領土に縛り付けられたまま。でることは、たぶん、ないわ」
「……そっ……か」
円奈にも、その事情は、痛いほどわかる気がした。自分だって、つい前までは、そうだったから。
封建社会の身分階級と封土の仕組みに悩まされるのは私だけじゃなかった。
「だから、あなたが羨ましいくらいほどなのよ」
アリエノールは、そう言って、円奈に視線を注いでくる。「広いこの世界を、自由奔放に旅して…まるで雲雀のよう」
雲雀かどうかは、円奈には分からなかったが、それでもわずかばかり、照れた。
「こんな土地から、出ていきたい……ああ、何度おもったか!」
アリエノールが、急に声を強くして語る。声が高めになりはじめた。「だから私は、今もこうして、居城をお留守にしてしまって。でも、ああ、戻ったら、きっとおじさまに、叱られるわ!」
「居城は、もう、近いの?」
円奈はなんだか、すっかり、この魔法少女の気持ちに、近づけている気がしていた。
だって私だって、生まれの土地をでたくなって、領主の許可を得ずに、森に飛び出しちゃったことがあるもん…。
きっと、アリエノールさんも、おなじ気持ちなんだろうなって…。
「ええ、ちかいわ、もう、着くわ。ああ…」
気が重たくなった、といわんばかりに、アリエノールは両手の頬を手で覆う。「でも、カトリーヌの魔法少女叙任式を、民は待ちわびている。そこには、私も、出席しないと!」
はううっと、喉から小さな悲鳴のような、ため息を漏らす。
それからアリエノールは、ああいけない、取り乱してしまったわと独り言を呟いて、あの笛を、手に持ち出した。
「そうだわ……あなたが聖地を目指す理由……きいてなかった。教えていただける?」
「あは…そうだね」
円奈は、魔法少女の取り乱す様子がちょっと可笑しかったので、小さく笑って、それから、答えた。
「わたし、騎士として誓ったんです。私を騎士にしてくれた魔法少女と、誓いを交わしました。神の国へいき、天の御国をみつけるんだって」
「天の御国?」
アリエノールが、その言葉に反応して、不思議そうに首をかしげた。
「うん……その意味は、わたしにもよくわからないけど」
円奈が言うと、どこからか林へ風がふいてきて、円奈のピンク色の髪に結ばれた、赤いリボンが、ふわっと揺れた。
「でも、神の国にいったら、きっとそんな場所があるんだと思ってます……もしかしたら、魔法少女の天国のことかもしれません」
「まあ…だとしたら、人間のあなたには、見つかりませんよ?」
と、アリエノールが、口元を手で覆って、不憫そうな目で円奈をみつめる。
「あ…」
指摘されて円奈も、自分の発言の可笑しさに気づいたのだった。
円環の理に導かれ、天国にいけるのは、この世では魔法少女だけだから。
「あ、あはは……確かにそうだね」
「うふふ」
二人はそうして、しばらく笑いあった。
「でも、私を騎士にしてくれた魔法少女は、いいました」
円奈は、椎奈のことを思い出す。
つらい故郷の日々で、ただ1人優しかった人のをことを思い出して、少し、幸せそうな目になる。
アリエノールは、ピンク色の髪をした少女の幸せな顔を、見守った。
「魔法少女と人が共存できる国」
円奈が夢見心地になって、両手を胸元に握り、口にして語る。現実には人と魔法少女は、殺し合いさえしていたのに、そんな理想の国を、聖地に重ね合わせて思い描く。
「魔法少女と人が分け隔てない国。きっと、天の御国は、そんな国のことだと思います」
「まあ…」
アリエノールは少しおどろいて、目をわずかに大きくさせて円奈をみつめる。
そして出発の時間が近づいたとき、アリエノールはゆったりと起きあがって、手に持ったあの笛を口元に寄せた。
ドレスの丈がばらっと下に伸びた。
魔法少女は横向きにフルートをもち、目を閉じると、そっと小さな声で囁く。
円奈が、起き上がったダキテーヌ家の姫をみあげた。
「では……魔法少女と誓いを立てた騎士のあなたに、この詩(うた)を」
アリエノールはそういって、目を閉じると、笛を、ゆっくりと静かに口にあてる。
円奈も、自然と目を閉じた。
石に腰掛けながら、姿勢をなおして、笛の音楽を聴く心向きになる。
騎士であるあなたに、この詩をささげます────。
笛の音色が二人のいる森に響きわたりはじめる。
小さくはじまった笛の音は、しだいに森のなかに反響していって、どこまでも広く、重厚に、深く響き渡ってゆく。
笛の音色は、少女の吹くフルートの小さな音だけだったが、音楽自体には詩があって、意味があった。
"愛する姫君 どうかお願いだから あなた以外に至高の想い人など いないことを信じください"
"いつだって 私がこの身を捧げたいと想うのは あなただけ そこに隠し事も下心もなく───"
"ああ、わたしは希望も安らぎも、物乞いしてさえも得られないのか 私の悦びは、ただあなたの慈悲心にのみあるというのに..."
"美しい君は 主人たちに支配され──"
"この無情さは 私を耐え難い愛へと陥れ 苦しめる"
"私の願いは あなたのそばにいたいだけ その他は、なにもいらない..."
笛の演奏は続く。
笛の詩は、実際にはアリエノールのふく笛の音だけだったから、円奈に詩は分からなかったが。
優しくて儚げな、魔法少女の奏でる笛の音に。
円奈は、笛の音楽にじっと、目を閉じて、浸っていた。
両手を胸元に握り合わせ、静かに、笛の音に意識をゆだねる。
アリエノールは、目を静かに閉じて、笛を口にあて、横笛のフルートを吹き続けた。
自由のない、選択肢すら与えられないで魔法少女にされてしまった自分の人生で、唯一楽しみなことは、城の兵士たちの目を盗んでは抜けだし、お留守にして、森で笛を愉しむことだった。
そんな気持ちが、魔法少女だから、これが魔法なのだろうか、笛の音は、不思議な儚げさに満ちた音色を森に響かせ、森に音楽を与えた。
やがて、笛の演奏は、静かにしずまった。
ふーっという少女の息ふきで、笛の音楽は閉じられる。
フルートの音色は悲しく、儚いものだったが、詩そのものは、愛を詠ったもの。
宮廷文化に花咲いた騎士道精神の愛。
アリエノールは、その詩を、魔法少女と騎士の誓いをたてた円奈にみたて、その詩をおくる。
605 : 以下、名... - 2014/04/29 00:46:26.85 CXms+9sB0 524/3130今日はここまで。
次回、第13話「アキテーヌ居城」
続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─4─