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元スレ
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─1─
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391266780/
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─2─
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403355712/
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─3─
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1412861860/
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─4─
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428588291/
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ぐるぐる、白黒の結界世界が渦巻いている。
鹿目まどかは、息を切らしながら、白黒のチェス盤の通路を、ずっと走っていた。
彼女の足音と吐息の他は、何の音もない。静寂。無音。
閉じ込められた結界の世界。
走る姿の影がチェス盤に映る。
「はぁ…はぁ…」
出口を求め、まどかは走るが、チェス盤の通路は果てしなく続いている。
だが、走りをやめるわけない。
白黒世界の結界を、ずっと走り続ける。
魔女の結界は、果てしなく広い。
どこをあてに走ったらいいのかは分からないが、ぼんやりしてはいられない状況だ。
白と黒の、円形に花咲く無数の表象や、無限に連なるタイルの壁や、白黒の柱が乱雑する道、全てを走りぬけ、ようやく見つけた。
「はぁ…はぁ…」息をあげながら、天井の吊り材に取り付ついた”非常口(EXIT)”の光る緑色の文字を、立ち止まって見つめる。
おそらくここから外に出れるだろう。
”EXIT”の標示の前で一度息を吸い、覚悟を決めると示された出口への階段を、まどかは一歩一歩のぼりつめる。
その階段もピアノ盤のように白と黒が一段ごとに入れ替わる。
出口の扉の前に行き着いた。
扉から外に出るまで、まどかは、外の世界がいかに終末的であるのかをまだ知らなかった。
かつて、美樹さやかが通いつめていた病院タワーの窓ガラスに、無数のビルの浮かぶ破滅的な光景が反射して映される。
まどかが扉を押すと、奥の鉄チェーンの歪む音がして重い扉が開いた。
外にでるため、まどかは最後まで力いっぱい扉を押し出す。
その途端目前に広まった光景に、思わずまどかがはっと息をのんだ。
分かったのは、ワルプルギスの結界が想像を遥かに越えて無限大ということだった。
まどかがようやく出たのはちっぽけな小屋に過ぎず、それも世界樹のように巨大な樹の上に巣箱のように置かれていたにすぎない。
その巨大な樹木の生える外側を、全壊した町のビルと断片とが囲うように浮遊し、空はどこまでも分厚い黒雲が覆っている。
その上空で、巨大な金属の歯車が回転している。
ワルプルギスの夜──超弩級の魔女の全体のまわりを、強大な魔力の輪が何週も回り、煌々と輝いていた。
まどかは、空間に浮いた橋を手すりまで前に出ると、結界を見渡した。
そして、遠くのビルにほむらの立っている姿を目にとらえる。
まどかが思わず声をあげた。
壊れた町の電灯が、終末的な赤色を発しているなか、ほむらは、自分より遥かな偉容を誇るその巨体にむかって、飛び立った。
空に浮かぶワルプルギスの影にほむらの姿が吸い込まれていく。
飛んでくるほむらを、ワルプルギスはビルで迎えうった。
少女よりずっと大きいビルそのものがほむらに正面からぶつかる。
ガラスの砕け散る音がこだまする。
ビルは別の建物に落下して衝突する。鈍い轟音と地鳴りが響きわたる。
からくもビルとの激突からは逃れたほむらだったが、追い討ちをかけるように虹色の炎がほむらを容赦なく追ってきた。
ほむらは、最初の一撃はよけることができたが、次に迫りかかる攻撃はよけきれず、シールドで炎から身を守った。
しかしそのシールドも炎の攻撃の前に今にも消し飛んでしまいそうだ。
「ひどい!」
まどかが悲痛の叫びをあげる。
「仕方ないよ」
すぐ横に座っていたキュゥべえが、まどかに口添えした。
「彼女一人では荷が重すぎた」
まるで本心からほむらを痛んでいるような声を装う。「でも、彼女も覚悟の上だろう」
ほむらの痛めつけられていく姿に、まどかは耐えられずキュゥべえに訴えかける。
「そんな、あんまりだよ!こんなのってないよ!」
世界樹の枝でほむらの表情が弱っている。悲しそうにこちらを見つめる。
そのほむらと目が合った瞬間、まどかは心から泣き叫びたい気持ちになった。
そのほむらが、自分にむけて何かを必死に伝えようとしている。
だが、遠すぎて聞こえない。
まどかを圧して存在する、巨大な樹木と浮かび上がるワルプルギスを前に、もう声が届かない。
「諦めたらそれまでだ」
代わりに聞こえてくるのは誘惑の声だ。「でも、君なら運命を変えられる」
悪魔の声に魅惑され、まどかの瞳に、ありもしない希望が灯る。
どこかで町の電灯が漏電する音が聞こえ、まどかは思わず耳を塞いだ。
「避けようのない亡びも、嘆きも、全てキミが覆せばいい」
しかし、耳を塞いでも、誘惑の声は脳裏に直接響いてくる。
「そのための力が、キミには備わっているんだから」
甘言そそのかされ、まどかは一歩前に踏み出る。「本当なの」
ほむらが宙を落下しながら、こちらに向かって何かを必死に叫んでいる。
ワルプルギスの攻撃の勢いは止まらない。
歯車を廻しながら炎が放たれる。炎はついにほむらをとらえ、ほむらは宙の中を吹き飛ばされた。
ほむらの悲鳴があがる。
どこまでも飛ばされ、世界樹の枝に叩きつけられる。衝撃音がして砂埃が舞い飛ぶ。
「私なんかでも、本当になにかできるの」
まどかはワルプルギスの夜という巨大な絶望を眺めながら、言った。
歯車の怪物に対する自分は、あまりにもちっぽけだ。
「こんな結末を変えられるの」その声に情感がこもる。
「もちろんさ!」キュゥべえの弾んだ声が答えた。「だからボクと契約して───」
悪魔の一言が告げた。表情はかわらないで、尻尾と首だけ陽気に振って。
「魔法少女になってよ!」
運命の核心。そのキュゥべえの声が空虚に響きわたり、世界の音を奪っていった。
まるで、まどかの決心を世界が待っているように。静まり返り…。
静謐としている。
魔法少女になる。
それが意味するのを考えると、まどかの心が一気に弱気になる。
もし自分がそうなったらの未来を想い、悲しげに目を落とす。
しかしそれは、本当の気持ちを奮い立たせる前のほんと気の迷いだ。
決意するための、バネみたいなものだ。
誓ったように心を決めた闘志がまどかの瞳にやどる。
その終末のとき、そよ風が静かにふいて、まどかの髪を小さく揺らした。
もう迷いはない。
そよ風は、そのまどかの心情を表すようだった。
そして。
魔力がまどかを包み込んだ──────。
すべての悲しみを受け入れて。
過去、未来永劫の、すべての魔法少女たちの悲しみを。
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早朝。
冬。
一人の少女が、丘にたっていた。
丘には、石で立てられた墓があった。
少女は、墓の前で、手と指を握りあわせて、黙祷していた。
早朝の寒空は青く、空気はひんやりとした。
あたりに人はいなく、雪どけ水流れる自然の森と、丘から見下ろして広がる村だけがあった。
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墓には、少女の両親があった。
両親は、物心つく前に現世を離れた。
少女はうっすらとしか、両親の顔を覚えていなかった。
それでも少女は、時間あれば、ほとんど毎日のように墓の前にやってきて黙祷した。
村では誰も、両親のために墓をたててくれなかったので、少女はスコップで掘って自分で墓をたてた。
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. . .
・
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少女は黙祷を終えて、目を開いた。
立って、そのピンクの瞳で───────バリトンの村を見つめた。
少女のピンク色の髪が───それは瞳と同じ色の髪だった───冬風にふかれてゆれる。
生まれ故郷。
それが、少女にとっての世界の全てだった。
少女は胸に手をあてて、そっとまた目を閉じ、世界に想いを馳せた。
村から離れた別の国や、山脈の向こうの世界も、遠く離れた世界の果ても、少女は知らない。
遥か東の彼方にあるという、”神の国”も。
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神の国。
かつて見滝原と名づけられていた都市が、いつからか魔法少女達からそう呼ばれるようになってからも、暁美ほむらの戦いは、まだ続いていた。
悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようもない世界だけど、この世界は、かつてあの子が守ろうとした世界だったから。
だから、ほむらは戦い続けた。
この、永遠にも思えるようなときを、ずっと。たたかいつづけてきた。
戦友を失って、新たな戦友を得て、あらたな友人を得て、また失って、ときには、円環の理が誕生した話を、後世代の魔法少女たちに語り継いだりもした。
そうして、数百年、数千年、数万年がすぎた。
魔法少女の肉体は、ソウルジェムさえ無事であれば死ぬことがない。ほむらは、鹿目まどかが再編した新たな理の世界に身を置き、彼女のことを覚えている地上の唯一の存在として、たたかいつづけてきた。
・・・・・・
そう──あれから始まった、魔獣との戦いも、その他の戦いも。
西暦は正確には分からないが、世界の改変から時が経ち、時代が流れた。
時代が流れるにつれて、地球の姿も変わった。
地上には石油がなくなり、電気とエネルギー源がなくなり、世界の権力は北半球から南半球にとってかえられ、日本という国がなくなり、あらゆる国が途絶え──あらゆる文明が衰退し、地上の大半が砂漠となり荒れ地となった現在に至るまで、どれほどの年月がたったのかもう覚えがない。
でも、数万年はたったと思う。
衰退の一途を辿るその歴史のなかでも、魔法少女は存在し続けた。
インキュベーターは相変わらず人類と契約をとってつけ続けたし、魔獣も出現し続けた。
だが、いまの世界が───かつてと、決定的に違うのは、いまや文明と力を失った人類の歴史の中心には、魔法少女が立つようになったことだ。
魔法少女の力は人々の救いとなった。
力を失くした人間の代わりとなって魂を差し出し、異星人との契約で人々を救った。
水のない民に魔法少女は異星人と契約して願い、水をもたらした。
森のない民に魔法少女は異星人と契約して願い、森をもたらした。
武器のない民に魔法少女は異星人と契約して願い、自らが武器となった。
魔法の力のみが、地上に残された人々の救いだった。
そうして魂を差し出した魔法少女は崇められ、神のように扱われた。
そして、他国を侵略する武力として奉られた。
文明と技術、資源を失った人類にとって魔法少女は、最後の頼みの綱でありまた、利用すべき軍事力であった。
いつごろかははっきりともう覚えてないが、暁美ほむらはそうした時代に突入するにつれ、魔法少女同士が自国の命運を背負って殺しあう姿を幾度もみてきた。
勝利した魔法少女は自国の民から英雄視された。敗北した国を待つ命運は死であり、虐殺であった。
人類の有史のじまって以来、ずっと繰り返されてきた歴史となんら変わらない構図が、世界改変後も魔法少女同士でいつも繰り広げられたのである。
かつて西洋と呼ばれた大陸ならばアッシリア帝国が。
東洋と呼ばれた大陸なら秦帝国が。他国を侵略し虐殺の限りをつくした。
それから十万年がすぎた今、それとなんら変わらない戦争と悲劇が、魔法少女たちの手によって絶え間なくおこる。
暁美ほむらが見た、”鹿目まどか”の奇跡がもたらした世界改変後の十万年後の世界は、そんな世界だった。
これは、”鹿目まどか”が作り替えた世界の遥か未来、西暦10万年の世界で、暁美ほむらが見た魔法少女と人類の未来の行く末、その一端をつづる物語。
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※魔法少女まどか☆マギカ 二次創作
※オリキャラ多数
※オリジナルの地名、時代が舞台
※叛逆の物語は含まない、TV本編の後の話で、西暦3000年くらいの世界
次回、第1話「プロローグ」から、本編をはじめます。
15
月が夜空に、浮かんでいた。
暗い夜空。
遠い昔と変わらない姿である月。この世界を見守る丸い月は、暗い雲に覆われて陰ろう。
そんな微かな月光が照らす地上に、家々が建っていた。
静まり返った村である。
夜になれば、電灯も何もない森と丘に囲まれたこの村は、自然の時間に従って寝静まる。
家々は小さな石を積み上げて建てられ、大きさがそれぞれ異なる石を積み重ねて建てた家の形はでこぼこで、
その屋根を藁が覆う。
屋根は壁がささえてる。藁がしかれ、雨風を防ぐ。
ここは、バリトンという地名の村。
辺境といえば辺境の村であり、昔に比べずっと衰退した文明のなかでも、とくに遅れている地域で、ほとんど原始の時代に戻ってしまったと述べても過言にならない村である。
村の人々は自分の農地をもち、麦をとることを生活の糧としていたが、なかには、その自分の土地と農地をもてない者もいた。
自分の農地すらもてない民の存在は、この時代では珍しくなく、そのため彼らは、餓えをしのいで生きるため、新しい土地を求めて旅にでるか、盗賊・山賊に身を落として略奪をはたらくようになったりした。
この土地は少なくとも明文化された法でしっかり統治されているわけでもなく、だから民は、そうした略奪の手からは、自らの身で守らなければならなかった。
そのためバリトンの村人も、剣や、弓矢といった原始的な武具は最低限持ち合わせてして、その武術の心得も、日々の鍛錬で積んでいく。
しかし、ここに、そんな武術の心得も、農地も持たぬ、不運の少女が一人。
物心もつかぬ頃に両親を失くし、その顔もはっきりと覚えておらず、農地すらもてずに、たった一人ぼっちで細々と暮らす悲運の少女。
この少女が後に、”神の国”と呼ばれる世界の聖地にむけて旅立ち、あるひとつの奇跡を成し遂げるその日になるまでは、この時点では、まだ早い。そうなるまでは、もっとずっと、年月はかかる。
このバリトンの村の、森林に囲まれた土道を、一頭の馬が、テクテクと足を進めていた。
森の夜道を静かに馬を歩かせる御者は、サーコートという若緑の衣服を身に纏った一人の女の人影。
寝静まった村を、物音なるべく立てずに馬で村の土道を進むその女の影は、悲運の少女の家をたずねる。
山道の途中、夜な夜な出歩くこの女を怪しがって、村の番犬が、警戒の鳴き声を鳴きちらしたりした。
「おお、どうか静かにしてくれたまえよ」
女は馬の手綱を握りつつ、優しい声で犬に呼びかけた。「村の者のやらすかな眠りを、妨げるでない」
番犬たちは、その声で女の正体を知ったのか、すぐになき止んで、家屋の奥に尻尾ゆらしてひっこんでいった。
そう、声の主は、このバリトンという村の領主だったのである。
領主であり、また、”ただの女ではなかった”。特別な、力を持った、女なのである。
領主というからには、やはりそれは、昔に存在した歴史の領主たちと変わらず、この領主も、村に住む民から税を取る立場にあった。
その代わり領主は、村を統べる立場として、民を守らねばならない。この世界に蔓延る、あらゆる危険から。
例えばそう、村を狙ってたびたび山を降りてくる山賊たちであるとか、あとは、ただの人ではどうにもならぬ”魔獣”といった危険から、民を守るのが領主の義務。
領主の女は馬を静かに歩かせ、そして、目当ての少女のもとに着くと、馬を静かに降りた。
とん、とんと───そのブーツの足が地に着く。
サーコートを羽織ったロングスカートの丈からのぞかせるは、足元の革のブーツ。
領主は馬の頭をそっと撫でてやり、自分を運んでくれた下僕に感謝の意を示すと、彼女は、一度顔をあげ、夜空に浮かぶ雲隠れの月をみあげると。
「女神よ、あなたの守護をあの子にも」
と独り言を口にだし、すると、トントンと家の木の扉を叩いた。
石と藁でできた家の入り口を固める、板を重ねて固めたぼろくさい扉を。
なんの返事もない。
「ふむ」
女は顎を掴み、考え込む仕草をすると、再びとんとんと扉をたたく。
やっぱり返事がない。
「眠ってしまったかな」
領主たる女は呟き、残念そうにしながら、引き返した。一度降りた馬にばっと再びまたがり、手綱を握る。
「早朝にまた来よう」
するとそのとき、キィとちゃっちゃな音をたてて、扉がわずだけ開いた。
扉から顔をそっとのぞかせるのは、幼きピンク色の髪をした少女。
ひょっこりと、恐る恐る顔をだしてみる少女は、最初だけ、怯えたような、うるうるした目つきをしていたが、自分を訪ねた何者かが誰かに気付くと。
「あっ!」
と可愛らしい声をだし、木の扉から外へ飛び出した。小さなチュニックを着たそのピンク髪の少女は、さっきの恐がった様子とは打って変わって、はしゃぎながら訪問者にとびつく。「椎奈さま!」
馬に跨った領主の名を、元気いっぱいにそう呼ぶ。
このとき、ピンク色の髪と、くりくりした同じピンク色の瞳をした少女は、鹿目円奈(かなめまどな)。
まだ10歳。
ほんの幼い少女である。
本人はまだ知らないが、いま世界中の魔法少女に噂話に語り継がれて神聖視されつつある円環の理となった少女の遺伝が、その血肉に眠っているのである。そして、その遺伝と血筋は、一人の黒髪の魔法少女が、ずっと見守ってきた。
後に、次第に自らの資質を開花させていき、はるか神の国への遠い冒険にでるまでは、まだ早すぎる年齢であることは、きっと神も知っていたにちがいない。
いっぽう、幼き少女がそう元気いっぱいに呼んで、とびついた、馬に跨って手綱を手に持つこの女の名は、来栖椎奈(くるすしいな)。この村の領主である。
「円奈、すまぬ。こんな夜遅くに」
と、領主はそう言った。寝静まった夜の村はずれの森で、領主と少女が内緒の言葉を交し合う。
「ううん!椎奈さま、どうしたの??」
月に照らされ、夜風になびく茶髪の、馬に跨った堂々然としたその人の陰を。
少女───鹿目円奈は、憧れの気持ちでみあげた。
「ねえねえ、私の家に入って!」
と、憧れの人の訪問に、嬉しくてたまらない少女が、家に招待しようとする。
「いや、いいのだ」
しかし、茶髪のストレートの髪を背中まで伸ばした、月夜に照らされた美しい領主は、言った。
馬に乗って、轡の手綱をにぎりつつ、小さな少女を見下ろす。こげ茶色の瞳が、馬上から円奈をみつめる。
「私はそなたにこれだけいいにきた」
その、月夜に浮かぶ黄金色に光をバックにした領主の表情は、とてもやわらかくて、優しい。
「明日、隣町の城で市場が開かれる。そなたさえよければ私とともに?」
領主を乗せる茶毛の馬は大人しく、つぶらな瞳で黙々と領主を背に乗せたままでいる。
「ええ!そうだったんだ!」
ピンク髪が肩まで伸びた、ほんの背の小さな少女は、目を丸くして驚く。
「うん!椎奈さまといく!私、いく!」
市場が少女にとって大事なのもそうだが、物心ついて間もない円奈にとってもっと嬉しいことは、来栖椎奈と、一緒に町の外へいけるということであった。
「では明日早朝、日が昇れば向かおうぞ」
領主は微笑みながら告げると、その次にでた言葉は、ほんの謝罪の言葉であった。
「すまぬな。日の明るいうちは、私もここに来れなかったのだ」
「いいの!」
円奈は、まったく気にしてない様子だった。子供心とは単純で、目の前に嬉しいことがあると、嫌なことなどまるで頭から抜け落ちるものなのだ。
「また嫌がらせの人がきたって、ちょっと恐かったけど、椎奈さまだったから!」
椎奈が少しだけ悲しそうに目を落とした。
子供の感覚で嫌がらせの人というその人たちは、領主の下で動く税金を取り立てる役人たちであり、畑も持たぬ円奈にたびたび、納めろと責めたてる手下たちのことだ。
椎奈は領主として、円奈の境遇も知っていたから、手下の役人に円奈の税は免除するように告げてはいたが、強欲な手下たちは引き下がらなかった。
そうして椎奈の目を盗んでよく、強引な責め立てにいっていることは、椎奈も知っていた。
畑がなければ、パンを納めよ。とか、ろうそく、釜、金細工、桶、ろう、そのほか布きれまで、とかく納めよ。という。
円奈を守れてやれていない自分に負い目を感じ、せめて市場には一緒に連れて行こう、と思ったのである。
「では、明日早朝、そなたはここにいよ。わたしが迎えに行こう」
椎奈はそう円奈に言うと、自分は馬の手綱をしっかり握った。
はっと掛け声とともに馬を走らせる。
「あっ!」
円奈が慌てて、椎奈を追いかけようとしたが、走る馬に少女の足が追いつけるはずもなく、あとはただ去る領主の揺れる背中を見送るだけになった。
颯爽と駆ける馬を乗りこなし、落ち葉を散らしながら森の土道を去るその姿を、いつまでも見つめていた。
彼女が馬で立ち去ったそのあとの森道に、夜風がふいた。さらさらと落ち葉が舞い散って、道を囲う木々を横切った。
幼き不運の少女は、いつまでも、村で唯一自分に優しい領主の姿を、恋焦がれる乙女のように、じっと、両手を握り締めて、見つめていた。
「椎奈さま……」
ひとりでにそう呟いたりもする。
そして、明日、あの人と隣町の市場に出かけられるという楽しみを胸に、少女は一人だけの家に戻って、毛布の寝床につくのであった。
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一方、領主の来栖椎奈のほうは────。
馬を走らせ、村はずれの円奈の家から、村の中心地へと戻っていた。
丘から見渡せる、自然と共にある村の景色。
山脈の連なる広野に並び立つ家屋からは煙突の煙が、たちあがる。
貧相ながら、美しい村だった。小さいながら、平和な村であった。
馬を一度停まらせ、丘のむこうに広がる静かな村を眺めると椎奈は────。
目を静かに閉じると、心で呟くのだった。
”ここは平和な村だが────”
椎奈の通り過ぎた山道の木々から、目を光らせる狼が姿をのぞかせる。その腹すかした獣は、しかし、領主に恐れをなして、静かに木々の奥へと立ち去った。
人間とちがって、かなわぬ相手だと知っているからだ。
”世界ではいたるところで、魔法少女と人間が武器をとって戦い合っている”
ソウルジェムと呼ばれる指輪を左手にはめた領主の椎奈───は、この時代の世界のことに思いをはせる。
”特にあそこ神の国では────数百年以上も"円環の理"の救いを求めた魔法少女の奪い合いの地と化している”
とまで心で想うと、最後に椎奈は、そっと目を瞑って、片手は馬の手綱をとったまま、もう片手は胸元で握り締め、心で祈るのであった。
”女神よ どうかあの子を 世界の悲しみに巻き込まぬよう────”
そして自身は、一度とめた馬の手綱を握ると、再び馬を走らせ村に戻るのであった。
丘を馬で御する魔法少女の背を、西暦3000年の月だけが見下ろしていた。
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その夜が明け───。
小さな少女が待ちきれない気持ちで迎えた次の日の朝がきた。
夜が覆っていた昨晩の森は、光が差すと、野鳥たちが朝を出迎えて囀り声を鳴らし、涼しい澄み切った空気が、森に流れた。
鹿目円奈───女神に見守られて生まれ育ったこの少女は、もう家を飛び出して、昨日と同じチュニックを着て、土道にでるや、市場で買い物するための麻の袋を担い棒に結び付けて、トントンと靴のつめ先を叩くと、準備万端の井出達で椎奈を待ち受けていた。
「まだかな…まだかな…」
木々のざわめき。
葉と葉の隙間から漏れる木漏れ日の光が心地いい。
きっと、今日はいい一日になる。
そんな予感に、胸をいっぱいにさせていた。
朝にさえずる小鳥達の歌声も、元気を分け与えてくれるようだ。
「あっ!」
そして、可愛らしい声をあげる。
待ちにまった、馬の蹄の歩く音が聞こえてきたからだ。
木々の間に朝日が差し込む昨日と同じ土道を、馬が歩いていた。その馬に続いて、別の馬も。
「……あれ?」
そこで円奈は、少しおかしいことに気付く。
馬の蹄の音は、一頭ではないのだ。
「椎奈さま……?」
そう呟いた円奈の前に現れたのは、待っていた人ではなく、馬に乗った二人の少女が───といっても、円奈よりは6、7歳は上の少女の見知らぬ二人組みが───談笑しながら、並んで馬を歩かせているところであった。
彼女たちは、バリトンの村の少女たちである。
少女らは、たった一人で村から外れた家の前で、待ちぼうけしている、年端もいかないちゃっちゃなピンク髪の女の子を見下ろして、クスクスと笑うや、そのまま、馬を歩かせて去る。
「あ…」
いったい、何が面白くて笑われたのか分からなくて、円奈は、ちょっと落ち込んだように、両手を胸で握ると、目がちょっとだけ潤んだ。
もしかして、今日はこないのかも……。
そんな不安に襲われてしまう。ちょっと嫌なことがあると、どんどんマイナスへ気持ちが沈み込んでいってしまうのが子供心である。
「あっ!」
すると円奈は、また声をあげた。
今度こそ、朝日の差し込む木々の向こうからやってきてくれたのは、待ち焦がれていた人だったからだ。
その人の姿を見つけるや、嬉しそうに走り出した。
来栖椎奈───バリトンの村の領主は、馬に乗りながら円奈を見ると、やわらかに微笑む。
本国は危険になった。この村に円奈を預けるわ。来栖、あなたが見守ってあげてほしい──そんな約束を、とある黒髪の、聖地に生きる、長寿な魔法少女と約束をしていた。
もっとも、あの国からはるばるこんな遠い偏狭の土地まで、円奈を運んできたのは、その母だったのであるが。
そのあとあの魔法少女が追いついて、この村が平和で静かなのを見て、円奈をこの村に暮らさせることを望んだ。
昨日のサーコートの服装とは違う服装を、椎奈はしていた。
羽毛をキルティングしたコートの上に鎖帷子(くさりかたびら)を着込み、その上にマントに近いクロークという刺繍入りの衣服を肩に纏い、その下にはチュッニクという姿だ。
鞍つきの馬を御するその魔法少女は腰には革のベルトが巻きつけ、剣を納めた鞘をぶら下げる。
白い手袋を嵌めた手はもちろん、剣を握り、戦うため。
防具と武装姿で馬に乗る姿であり、馬を歩かせるたび、クロークのマントが風にわずかに揺れる。
轡と手綱をはじめとした馬具を取り付けた馬には、蹄鉄も嵌められる。
来栖椎奈は円奈の前までやってくると、茶髪を風に流しながら馬を降り、ブーツの足で着地する。
この時代の魔法少女は、別段ソウルジェムの変身姿にならずとも、普段から武装していることが多い。
まっすぐなストレートの茶髪は長く、背中まである。こげ茶のまっすぐな目には意志が宿っている。
20世紀の言葉で例えるなら弓道姿が似合いそうなその少女は、しかし、魔法少女として、この時代を生きる。
円奈は、その騎士姿をした椎奈が、自分を迎えに来てくれたと想うだけで心がいっぱいになり、そして、ますます憧れの気持ちを燃えさせるのだった。
茶色の毛をした馬は椎奈が降りるとヒィンと鳴いて、蹄の足を一歩すすめた。椎奈はなだめるようにその頭の毛をなでる。
馬は大人しくなった。
「よい目覚めであったか?」
「えっ」
椎奈の姿に夢中になっていると、我を忘れていた円奈が声をあげる。「あっ!うん!とても!」
「いい晴れ空だ」
椎奈は18歳のときに魔法少女という存在になったが、それから、もう何年もたっていた。
武装姿の彼女が歩くと、ベルトの剣を納めた鞘が腰元でゆれる。
「神もきっとおまえを祝福しているのだ」
「わぁっ!」
円奈が急に素っ頓狂な声をあげた。といのも、椎奈が円奈の身を持ち上げ、馬に乗せたからだ。
少なくとも自分の身長よりもずっと高い馬に乗せられて、泣きそうになる。
地に足がつかない恐怖に見舞われ、おどおど怯えてしまう。馬の背に跨る不安定さに足がすくむ。
すると、すぐに椎奈も馬に乗ってきた。
「さあ、つかまれ」
鐙に片足を載せ、もう片足は大きくふりあげて馬に跨る。手綱を握り、怯える少女にそう告げる。
まともに馬に乗った経験もない円奈は、領主の背中にがしとがみつく。
二人乗りになったその光景をみると、まるで姉と妹だ。
「村に戻ろう」
椎奈が言った。
馬を歩かせはじめ、手綱を片方向に引いて方向転換をする。さっき彼女がきた森道を引き返しはじめる。
「戻るの?」
しっかり腰に腕をまわしてつかまった円奈が、不安そうに言って、ピンク色の瞳で椎奈を見上げた。
といっても、見えるのは背中だけだったが。
「戻る。心配するでない」
乗馬に慣れぬ少女の怯えを肌で感じ取ったのか、あくまで馬も優しい足取りで、ゆっくりと、蹄の音たてながら、森に囲まれた土道を歩く。
木々の間から漏れる日の光が、二人を照らしたり影に包んだりする。
「私の背につかまっていればよい」
椎奈は馬を御しながら、円奈に言葉をかける。
「うん……」
不安そうに、小さな声を漏らした円奈は、すると、その顔を椎奈の背中にすりつけて顔を隠した。
19
しばらく馬に乗って土道を降りると、丘の前に出た。
崖のように小さく突き出た丘から見下ろせるのは、山脈に広がる村の風景と、もっともっとむこうにまで連なる山脈の数々。
青空に浮かぶ雲は、山よりも高い。
山脈と山脈のあいだ、いわゆる山峡に暮らす村の人々の、耕された広大な農地が、ここからはよく見下ろせる。
ここが、来栖椎奈が領主としておさめる、バリトンの村である。
その丘から降りる天然の坂道をくだる。すると、村が見えた。木の柱を連ねて防壁の囲いにした村の入り口にくると、背中でまた、円奈がぎゅっと椎奈の背中をより強くつかんだ。まるで、椎奈の背中に自分を隠すように。
その椎奈の背中つかむ手は、幼くて、わずかに震えている。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
村の入り口の番人たちが、椎奈の帰着に挨拶し頭をさげる。
椎奈は、開かれた柵の間から村の中に入る。馬が柵の門を通る。
「ありがとう」
番人たちに礼いいながら、堂々然と村に入る姿は、やはり、領主であった。
農村の家々は、円奈の家と同じで、石を積み上げ天井を藁で覆ったのがほとんどてあった。それは別に、円奈の家と大差はなかった。
「椎奈さま、おかえりなさい」
村ですれ違う人々が、口々に領主に挨拶する。その気軽そうな口ぶりから、民と領主の仲が良好であることが窺え知れる。
「今日はどちらに?」
一人の、ウールのボディスでエプロン姿の洗濯女が、領主に質問をなげかける。この時間帯は、男たちはすでに、農地へと出かけている。
「隣町まで、市場に」
椎奈が馬を歩かせたままで、民の質問にすぐ答えてやる。
他の領地ではいざしらず、ここバリトンの村では、魔法少女も人も、なんでも気兼ねなく話す。
「椎奈殿、最近の魔獣退治の調子はいかがで?」
ある石きり職人の男が、通りかかった領主に気さくに話しかけた。
民は、領主が、世界に存在するその脅威から守ってくれるのを知っていた。
椎奈は馬を進めながら、口で民に答える。「まちまちだ」
円奈だけが、聞きなれない言葉に顔をあげた。
魔獣……?
「あなたがいないと、誰も我々を守ってはくれませぬ」
石切り職人が言った。「ああ、どうか命だけは落とされませぬよう!」
「私は負けん」
円奈だけが、聞きなれない言葉に顔をあげた。
魔獣……?
「あなたがいないと、誰も我々を守ってはくれませぬ」
石切り職人が言った。「ああ、どうか命だけは落とされませぬよう!」
「私は負けん」
椎奈は微笑みながら、言った。
そして椎奈は円奈を乗せたまま、馬を進ませ続ける。
村の中心部の十字路にある井戸から水をいれたバケツを汲み上げる子供の横を通り過ぎる。
子供たちは、井戸の滑車つきのつるべを二人がかりで仲良くひっぱり、井戸のなかの桶で水を汲み上げようとしている。
そんな子供たちの姿を、馬上から見守り、すると椎奈と円奈の二人は、領主の家に辿り着いた。
領主の家というと、立派な居城のようなものを想像するかもしれないが、別にそんなことはなかった。
他の家々よりは、ちょっとは立派かなと思うくらいの、石で積まれた二階だての家であった。
椎奈が家に着くと、その前には、椎奈の部下にあたる近衛兵というか、領主の護衛を務める守備隊の騎士たちが、5、6人ほど集まって、主人の帰りを待っていた。
「あ……」
それを椎奈の背中越しにみて、ちょっと円奈が落ち込んだような声を漏らした。
ああ、私と椎奈さまの二人じゃないんだ……。
「準備は整っております」
騎士の一人が、いった。集まった騎士たちの中心に置かれたのは、一台の荷車。馬が引いて荷物などを運ぶものだ。
領主の前に集結した騎士たちは、男もいたが、少女騎士もいた。
少女だからって、力がないとは思っていけない。
この時代では、少女は、魔法少女から魔法の力を授かって、戦争においても、たびたび力を発揮したのである。
彼女たちのベルトの鞘に納まる剣が、魔法の剣になったり、魔法の弓になったりするのは、この時代ではもはや普通の光景だ。
少女騎士は、乗馬を覚え、弓や、剣術の練習を経ると領主に認められて、叙任式を通じて騎士という身分になり、領主の側近として、税金を払う側からもらう側へと出世をはたした。
こうした少女騎士たちは、特にこの時代においては、魔法少女の身の回りの世話役という大事な役割も持つ。
過去の歴史でも、貴婦人には女の召使いや、侍女がいたように、少女騎士たちは、騎士という戦闘を果たすほかに、魔法少女の身支度や衣装の管理といった世話役もした。
荷車には、今年に収穫され麻袋につめられたライ麦などが、何袋か積み上げられている。
「今日は何か買えるかな?」
椎奈が少女騎士にむかって、話かけた。
「なんでも!」
少女騎士が答えた。黒髪の少女だった。「野菜、果物に、魚。でも私は、あぶら焼きの肉料理を!」
「あの城は料理人を雇っているからな」
椎奈が口元で小さく笑う。「いい腕をしている」
・・
「蜂蜜を買いたい!」
別の少女騎士も答えた。それにしても器用に馬を乗りこなしている。「あのあまいのを、また食べたいなあ!」
女の子が、甘いものがすきなのは、魔法が当たり前になってしまったこの時代でさえ、昔と同じであった。
「ふむ。それは高価で、私どもでかえるかは分からんな」
顎をさわり、考え込むように言った椎奈は、すると、出発の合図をした。
「お前たちがほしいものは分かった。出発しよう」
「ええ、しかし」
騎士の少女の一人が、不思議そうに領主と、その背中の、女の子を見つめた。「その子は?」
びく、っと、まるで罪を発見された子のように、怯えたように椎奈の背中にしがみつく円奈。
「今日、市場に連れて行こうと思ってな」
対して椎奈は悪びれもせず、昂然と答えてみせる。「市場を見たことがないのだ。きっと楽しんでくれる」
「はあ」
少女騎士がまだ不思議そうに、領主の背中を見つめていた。
円奈は、そんな領主と騎士たちの会話に入れず、ただ怯えて、びくびくと顔を椎奈の背中に隠しているだけだった。
あとでもわかるようになるのだが、円奈は、椎奈以外の村の人が、苦手であった。
20
それから一行は出発し、村を出た。
椎奈を先頭にして、何人かの騎士がそれにつづき、その騎士たちの間を、荷車を引く馬が、ロープで荷車の車輪を引っ張りながら歩いている。
ちなみに、荷台をひく馬または牛のことは、役畜といった。
騎士たちが武装姿なのは、なにも見た目的な体裁のためでなく、こうした物質と荷物を運んでいる途中、盗賊などの悪者に襲撃を受けても打って出れるようにするためだ。
しかし、この地域は、平和であった。
森の中に入り込んでいくならいざしらず、めざす隣町の市場開かれる城までは、山々に挟まれた高原の広々とした平野を突っ切るだけであり、とても奇襲攻撃なんて考えられないのだった。
青空の見下ろす緑の高原を、バリトンの騎士たち一行は、平和のうちに馬を進める。
本当に、自分たち以外に目に入る者がいるとすればそれは、草木を食べる鹿がいるくらいで、吸う空気は心地がよく、通り過ぎる池は完璧に地上の風景を鏡写しにしている見事な景色は、旅出る者に祝福をもたらすかのよう。
定期的に開かれる隣町の城での市場は、質素で自然と共に暮らすバリトンの人たちにとっては、大きな楽しみであった。
普段、領地の中で農業に励み、麦を焼いたパンと、酪農の味の薄いチーズばかり食べる村人にとって、市場で見かける豊富な果物、あぶら焼きの香辛料つき肉料理、うなぎ、甘いパイ、蜂蜜などは、見るだけで楽しいものだった。
騎士たちは、アーチ型の石橋を渡り、流れる川を横断し、隣町の城をめざす。
円奈も、最初は怯えていたが、広大な自然の中をしばらく歩いているうち、緊張が少しとけて、きょろきょろと、あちこちに咲く紫と白の花びらや、鳥たちを、楽しそうに眺めたりした。
自分にとってはとんでもない高さである、馬から落ちないように、しっかりしがみついてはいたが。
パカパカと馬の音と、荷車の回る木の音だけが、静かな景色に鳴り渡るのだ。
「ねえ、椎奈さま」
青空の下を白い雲が流れている。円奈は、そっと、椎奈の背中に話かけた。
「どうしたかな」
椎奈が馬の手綱を握りながら、小さく訊く。
「あのね、椎奈さまは、」
何か尋ねようとすると、ますます不安げに、背中に頬を寄せる。
そして、少し恥ずかしそうに、たずねた。「その……"魔法"が使えるの?」
まわりの騎士たちがきいたら、びっくりしてしまうだろう。しかし、まだこの時代と、世界のことが分かっていない10歳の少女には、大真面目な質問だったのである。
「魔法か」
椎奈がわずかに、茶髪の背中まである髪を風にゆらした。「いくらかはな」
「魔法って、どんな、どんな魔法を?」
その小さなピンク色の瞳を丸めて、かかさずまた尋ねる。興味津々、といったところだ。
・・・・・・
「御伽噺の妖精みたいな───」
椎奈が、わずかに微笑んで、目を瞑ると答える。「そういう魔法は使えん」
その背中で円奈がまた目を丸める。
「箒に跨って空飛んだりとか───」
いわゆる人間が、魔法少女という存在に対して誤解しがちな、イメージについて椎奈はちょっと楽しげに、語る。
「薬草を調合しかまどで煮て、カエルの死体を混ぜて焚くとか、そういうこともしないぞ。いや、する連中もいると聞いたことはあるが、私はしない。この近辺にもいない」
次から次へと飛び出す魔法へのイメージに、円奈がちょっとぎょっとする。
「”魔法少女”とは───」
すると椎奈は、これまでの人間が抱きがちなイメージを概ね否定したあとで、この時代の魔法少女の存在について、語りだす。
「その魔力で民に恵みをあたえ───」
魔法少女の願いは、たった一つの奇跡を起こす。
たとえば、水のない土地に泉をつくったり、荒れ果てた地に肥沃な土をつくったり、外敵に囲まれれば、自らが民を守るための武器になる。
それが、魔法少女と人のありかた。関係。歴史の表舞台に、魔法少女が立ったときに、民を守り導く立場となる。
「そして、民を守るために悪い者をやっつけるための魔法を授かる」
「悪い者?」
円奈が、顔あげてたずねる。それでも、見えるのは椎奈の風に流れる茶色のつやつやした髪だけだったが。
「悪い者には"二つ"ある」
と、椎奈は話す。話しながらも、馬は進み、荷車は引かれ、騎士たちも続いている。
「一つは悪い人間たち。盗賊や自らの富のために他国を侵略しようとする連中がそれだ。そうなれば、私は戦う」
そう告げ、鞘に納めた剣の柄頭をトントンと手で叩いてみせる。
普段から、魔法少女が、変身姿でなくても、武装姿でいるのは、このためだ。
ところで、椎奈の剣には、柄頭には、赤い宝石が埋め込んであった。
「二つは魔物とか、"魔獣"とかいわれる存在だ」
ああ、それっ!
さっき、村で退治の調子はいかがですか、ってきかれていたもの。
「この世界には確かにそういう存在があって──」
椎奈は語る。
「魔獣は魔法少女にしか倒せないのだ」
「そう、なの…?」
「人を負の感情に追い詰め──呪いの世界に巻き込み、心を喰らってしまうのだ」
と、椎奈は説明する。「魔法少女は、民を魔獣の手から守らねばならん。人の手ではどうにもならん瘴気だ」
「そんな、恐いのと……?」
円奈が、おずおすと、恐がって、小さな声で尋ねる。まるで自分のことのように、魔獣と闘うことに恐れをなしたかのような声だ。
「恐い、か」
椎奈はすると、遠目になって、空をみあげた。何かを、思い出すように。
「私には、一つ目のほうが恐いかもしれん」
「ひとつ、め……?」
円奈の、怯えて小さくなった声は、再び尋ねる。強い不安を覚えたからだった。
「そう。悪い人間たちに、悪い領主たち」
と、椎奈はさっそく答えるのだった。椎奈は、今はバリトンの村の領主であったが、実はその昔───
騎士として、”神の国”のために王に仕え、戦ったことがあった。
「負の感情や、呪いを糧にするのは確かに魔獣だが───」
その昔のことも、少しだけ思いだすような心境で、椎奈は語るであった。
「そうした呪いをそもそも作り出すのは人の悪意だ。”殺人””略奪””暴虐””戦争”そして”狂信”」
この世に実際に起こっていることを、話す。
「それに、円奈よ、そなたには驚くことかもしれないが、」
すると、椎奈はわずかに微笑むと、語るのであった。
「魔獣は礼をもった敵なのだ。決まった時間に現れ、決まったルールに従って人を餌食にし、だいたい決まった場所に集中的に現れる」
「礼……?」
「そうだ」椎奈の乗る馬が、わずかに鼻をならす。「だが、悪い人間どもには、その礼もない」
「……」
すっかり言葉も失って、恐がってしまった円奈は、もう泣きそうに、椎奈にきくのだった。
「椎奈さまは、悪い人間に負けないよね…?悪い人たち、やっつけられるよね……?」
椎奈はすぐには答えず、目を瞑ると、それから口を開いた。
「私の魔法は、そのための魔法だ。心配せずとよい。私は負けん」
21
そうして二人は、魔法少女や、魔獣についての話をして、いよいよ、市場の開かれる城へと着いた。
魔獣についてや、悪い人間たちの話は、すっかり円奈を怯えさせたが、そのあとは、椎奈が、魔法少女が人に成し遂げる恵みと、その活躍を話してやることで、すっかり元気を取り戻した円奈であった。
「じゃあ、魔法少女は、」
と。円奈が飽きもせず、魔法少女について椎奈にたずねる。子供とはなんでも聞くものだ。
「国を守るために、魔法の力を授かって、悪い敵からみんなを守ってるんだ?」
「そうだ、国の守り手なのだ」
と、椎奈も頷いてみせた。実際には、そうでない魔法少女もいるのだが、まあ、嘘でもないだろう。
「椎奈さまも?」
と、円奈は尋ねてくる。領主を相手に、国の守り手か、なんて問いかけは、子供でもなければ到底できまい!
「もちろんだ」
椎奈がその無礼も気にせず、さっそくそう答える。「どの国にも魔法少女はいる。いなければ、存続もできぬだろう」
そういう時代なのだ。
他国の領土に手を出す魔法少女がいたのなら、その守り手にも、魔法が使える者がいなくてはならない。
「さあ、着いた」
椎奈はつげ、そして、前方を静かに指差した。「見るのは初めてかな?」
すると、円奈が椎奈の背中から顔をひょっこり出して、目の前に現れた城をみあげた。
「わああああ……」
そして、たまらず驚きの声を漏らしたのだった。
円奈たちの前に現れた城は、バリトンの村でみる建物よりはるかに高くそびえ立ち、その城壁は頑丈に造り上げられていた。
巨大な石を積み上げてつくられた城の塔には何本かの旗が斜め向きに掲げられ、風にゆれてはためいている。
その圧倒的な城の姿に、円奈は我も忘れて見入る。
城の入り口となる城門の両側には槍を持った番人が立っており、その間を通って城内の敷地に入るのだが、その城門の天井には、落とし格子といわれる鉄とカシの頑丈な木材を嵌めた鉄格子があげられていた。
鉄格子は鎖で、城門上にある巻き上げ機で吊り上げる。
さて、普段は敵の侵略から守るため、建てられた城は、今日は市場のために開けっぴろげにされ、中の郭と呼ばれる中庭ではすでにその市場のにぎわいを見せていた。
「隣町バリトンよりきたのだが」
椎奈が番人に自らの身元を継げると、槍持った番人がおじきをして中に迎え入れた。「どうぞ」
椎奈を先頭にして、バリトンの騎士たちは続々と城へ入場する。
そのとき円奈は、ふと、入り口に立てられた看板をみた。
このときは、円奈には、その看板の意味が分からなかったが、とにかくこう書いてあった。
~市場の約束事~
私の城で今日開かれる、栄えある市場では、以下の者は追放あるいは処罰する。
1.目方を偽って商売する者
2.取引において嘘をつく者
3.動物の死体を城から投げ捨てる者
4.規定の品質以下の商品を売る者
5.我が城に恥を塗る行為をした者
キリトン城主 メイ・ロン
円奈が、落とし格子の針先光る城門をくぐり、城内の郭に入ると、そこはもう、市場にごったごえした人たちで、賑わいをみせていた。
城壁に四方を囲まれた敷地を、馬で行ったりきたりする者。
でも、多くは中庭に並びたてられた木のテーブルの上に並べられた、さまざまな果物、穀物、野菜、魚、香辛料などを夢中になって目で査定する人たちである。
バリトンらの一行は、そのごったがえした市場の人ごみに加わる前に、馬をまず降りた。
椎奈は、円奈を身体を馬からひょいと持ち上げてしまい、石を敷き詰めた地面に着地させる。
「わぁっ!」
そのときもやはり、馬に乗るときのように、素っ頓狂な声を、やっぱりあげてしまう円奈だった。
魔法少女は、別段意識しなくても、普通の人間以上の腕力を発揮して、よく人を驚かせた。
「椎奈さま」
すると、円奈を降ろす椎奈を見ていた少女騎士たちが、領主を呼んだ。「私たちは市場に?」
「好きに行ってよいぞ」
椎奈は手下たちに許可をくだす。「”九時の鐘”が鳴れば正門に待ち合わせを」
九時とは、午後三時のことである。
「やった!」
少女騎士たちが、領主から許可をもらうや、少女同士で、市場へ足を走らせていった。
「あぶら焼きを食べに行こうよ!」
「うん!」
さっきまでの厳粛な騎士としての振る舞いはどこへやら、少女同士手を合わせたり、繋いだりしてはしゃぎ、騎士生活で稼いだ賃金でありったけの買い物を楽しむために、さっそく市場の人ごみに混ざっていく。
「お前たちは?」
椎奈は、残された男の騎士たちに声をかけた。
「魚を買い揃えますよ」
騎士たちは答える。「マメと野菜も」
「ふむ、そうか」
そう答える椎奈を、円奈がじっと見上げている。こうして地面に立ってみると、やっぱり、椎奈は、自分よりずっと背が高かった。
まわりの騎士たちも。
と、そのとき、ゴーン、ゴーンという、鐘の音が城内に轟いた。
それは、城内の鐘楼の鐘が、正午の時間を知らせ、城塔から広場へと音が鳴り渡る。
その鐘の音が市場に鳴り響くや、ますます市場は盛り上がりをみせていく気がした。
人は増え、商品の取引の場面はより加熱した。
円奈は、その場で突っ立ったままで、目を丸くしながら、市場の木の長いテーブルに並び置かれたいろいろな食べ物を、見つめていた。
たとえば、木の籠におさめられたりんご。
こんなキレイな果物を見るのは初めてで、本当に、おいしそうと思った。
今まで、ぐっちゃぐちゃに煮えたてられた野菜のスープを食べたことはあったが、あんなり赤くて、丸くてツルツルした食べ物を見るのは初めてだ。
おいしそうだし、魅力的なんだけど、一歩も歩けない。
果物を見るのも初めてだったけど、こんなに人がたくさんいるのも、初めてだった。
自分なんかがこの人だかりに入っていいのかと不安になり、足が動かない。
だから円奈は、その場できょろきょろと、足は動かないで首だけふって、目をまわしているだけなのであった。
「うう…」
どうしたらいいか分からなくなって、目に涙をためてうなる。
市場を行ったりきたりする人だかりの足だけが、円奈の幼い目線からは、見える。
すると、椎奈の手が円奈の手を握り、そして言った。
「自由時間だ」
と、彼女はいい、円奈の手を引っ張って、連れ出したのだった。「なんでも好きなものを見るがよい」
「あ…」
手を引かれて、椎奈のあとについて歩き出した円奈は、顔をあげて、目を丸めて魔法少女を見上げるのだった。
その凛然とした顔つきは、まだ幼い円奈の視線を、ただ釘付けにしているのだった。
さて、隣町キリトンの城内に開かれた、市場では、どんなものが立ち並んでいたのかというと──。
りんごを初めてとする果物や、当時人々が好んで食べた塩漬けの魚──ニシンなどが売られ、金貨の支払いと交換に人々がそれを受け取る。
城のキッチンコーナー前の食卓では、金銭を払えば、その食卓に、その場で調理されたあぶら焼きの肉料理がだされ、あつあつのまま口に頬張ることができる。
肉料理は、食卓テーブルの、どでかい皿に丸焼きのままドカンとおかれ、人々は、ナイフで焼きたての肉を切り刻み、ナイフで肉を突き刺したまま口に放り込む。
当時としてはぜいたく品にあたるこのあぶら焼き肉料理は、牛や猪の肉が主流で、家畜豚は、なかった。
野菜はといえば、市場の木の籠に並びたてられるのは、エンドウマメやソラマメといった、安くてかつ栄養分のいい、肌にもいいと信じられたものが、たくさん、取引された。
そうした、さまざまな食べ物などが、取引される市場の人だかりを、椎奈と円奈は歩き、円奈は、見たこともないような色の香辛料、にわとりの群れや、さらに並べられたパイなどが長い木のテーブルに並び置かれているのを、興味津々に眺めていた。
子供目には、おいしそうだとか、栄養分が多そうといった見方ではなく、ただ純粋に、きれいな色をしたものが、テーブルに並びたてられているのが、楽しくて素敵だったのである。
ソラマメの緑色。りんごのつやつやな赤色。黄色い香辛料に、白くてまん丸なにわとりのたまご。
すれ違う人々の合間をぬって、それらを見つめる。
それらを買う人たちは、女性が多かった。基本的には、どっかの国の魔法少女につかいをたのまれた召使いのエプロン姿の女たちだった。でも、婦人たちが、家庭のために、買っていく場面もあった。
「何か欲しいものはあるか?」
「えっ」
円奈は、驚いた顔して椎奈を、その不思議なピンク色をした瞳で、見上げた。
まさか、自分が買い物するなんて、想いもよっていなかったからだ。
というのは、いざ市場というものにきてみると、人が多すぎて、自分がきていい場所じゃなかったと、思ってしまったからだ。
「だって…」
と、円奈はおどおどと、顔を下ろして、小さな握ってしまう。「わたし、なにも持ってないの…」
「よいよい、私がお前に買おうと思ってるのだ」
そのとき、少女騎士たちは、城の食卓で、あぶら焼き肉を頬張ると、城の料理人に新たに金銭を渡して、ビールを運んできてもっているところだった。
木製のジョッキいっぱい入れられた麦でつくられたビールを(これは、城の地下に貯蔵されていた樽のビールである)、二人で乾杯して、ぐいっと喉に押し込むのだ。
「そ、そんな、私は、いいの。」
円奈がふと見回すと、ある男が商人に金銭を渡して、代わりに、死んだ鳥を、鳥肉に調理するために、受け取っているところであった。
なんとそれは、大きなツルであった。
ツルは、高級品であった。
こうして盛り上がりをみせる市場のなかで、ただ一人しょんぼりしてしまった円奈が、目を落として地面を見つめると、小さく声を漏らす。
「私は、いいの…」
落ち込んだ声で、声を漏らす。
こういうとき、子供は不思議な頑なさをみせるものである。
「そういうな、ここまでお前を連れてきた私のことも考えてほしいものだ」
椎奈が困ったような顔をしてから、小さく笑う。「何か食べたいと思うのはないか?何も食べないのか?」
「たっまんない!」
バリトンの少女騎士は、城の藁の屋根下の食卓で、顔を赤くしたまま、ビールをいれた木製ジョッキをテーブルにおいた。
・・・・
「気分がぶっとぶね!」
と、隣の少女騎士もいいながら、赤くした顔で肉をナイフで頬張った。
「口きらないでよ」
「嬢ちゃんたち、豪勢にいくねえ!」
すると、同じ食卓のテーデルについていた男が、黒髪の少女騎士二人組に、話をもちだした。
彼は、少女二人の腰の鞘にぶらさがった剣を見た。
「あんたら、騎士してるのか?」
少女騎士たちは二人で目を見合わせると、男に答えた。「まあね」
「ふぅん」
男がビールを口に含む。「戦ったことは?」
「最近はめっきりないよ」
と、少女騎士のうち、男に近いほうが答えると、ビールのジョッキの取っ手をにぎった。
「私たちのすることなんか、ね!領主様の身の回りの世話なんだから」
「そりゃ、立派な騎士だな!え?」
男がゲラゲラ笑い出す。「領主様ってことは、え?魔法使いか?」
・・・・
「魔法少女ね」
少女騎士はそういい直すと、顔を赤くしたままビールを飲んだ。
「魔法少女の世話役。立派でしょー」
「まるで想像つかないがね。領主に世話ってのは、どんな世話するんだ?」
男が問いかけると、少女が思い出すように指おりながら、答えた。
「えーと、朝、領主様を起こきしてあげたら、食事用意して、着替え用意する。あと、その着替えの洗濯もする。何十着も。聞いて驚くなよ、その洗濯ってのは、着替えを、ションベンの薄めた桶に浸すんだぜ!」
「ぶっ」
隣の少女騎士がビールのんだまま咳き込んだ。
「あとは、そうだな」
少女騎士が、ビールの酔いのまま舌を回して喋りまくる。
「魔法少女の、髪とか梳かしてさしあげて。あ、…あと、風呂に入りたいといったら───ウチの領主さまは、そんな風呂にすぐ入りたがる方ではないんだけどね───井戸から、何週も何週も水を汲み取って、やっと魔法少女が入れるくらいに水を満たして、一時間くらい……」
贅沢に肉を頬張る、城の屋根の下の食卓では、そんな会話がなされていたが、その城壁の上では、守備隊が、石をモルタルで塗り固めた歩廊を槍持ちながら走っていた。
守備隊が城壁の歩廊をせわしなく走るのは、動物の内臓を、城から外へ放り投げようとする不届き者の商売人がいたからだ。
「捨てるな!」
と、守備隊が声あげながら、商売人を追い回す。「城主様に連行しろ!」
城から動物の内臓を、ボウルから放り捨てていた商売人は、はっとして、城壁の歩廊走って逃げ去る。
その逃げさる商人を、槍もった鎖帷子の武装兵士が、追い回すのだ。「捕まえろ!」
足を揃え列なして走る兵士らが城壁の歩廊を走ると、カチャカチャと鎖帷子と武具のこすれる音が鳴った。
商人は、売れ残った動物の内臓を、城の外にこっそり捨てて廃棄して市場を去るという行為に走るものがいたのである。
もちろんそれは禁止行為であり、疫病流行の原因となるので、守備隊が、違法に手を染めた悪しき商人を城主の前に引っ張り出すため、追い掛け回しているのだった。
「なら───」
そんな、城壁では追いかけっこが展開されてるその下では、ビールを口に含んだ男が、顔赤くしながら少女騎士に話しかける。
「その身の回りの世話役とやらを、俺にもしてくれよ」
ビールくさい口で、そう話をもちだす。
まったくもって、男というものは、有史から3000年以上たっても、こんなものだった。
「お断りだね!」
と、少女騎士がすぐにつっぱねると、自分のビールを飲み干した。
「ち、連れないな」
ちりちりしたこの髪の男がちぇっと舌をまく。
屋根下の食卓では男と少女騎士たちが話し込み、そして、広場ではテーブルに並びたてられた商品を買い取る民でにぎわう。
その民で賑わうなかを、鹿目円奈と、魔法少女である来栖椎奈の二人組みは、ほっつき歩いていた。
円奈は、椎奈の手に引かれながら、その小さな足どりで懸命に、はぐれないように椎奈のあとについていたが、ふと、円奈の目に、二人の少女が目にとまった。
それは、バリトンの少女騎士ではなかった。
市場を堂々然と馬に乗り、人だかりをどかして進む二人組みは、やはり鞘に剣を収め、鎖帷子を着込み、背中には大きな盾をとりつけている。
その姿だけだと、そこらへんの騎士と変わらないのだけど、ちょっと井出たちが周りの人たちよりかは、豪勢だった。
毛織物を着込んでいたし、頭には、サークレットのような頭飾りをつけているその姿は、騎士であると同時に、お姫様のようでもあり。
その格好よさに、円奈の目がしばしの間奪われていた。
「円奈」
すると、通り過ぎる馬の二人組みをじいっと見つめていた円奈に、椎奈の声がした。
「あっ…」
まどながはっと目の前を見ると、りんごが椎奈の手に持たれていた。
「食べるのは初めてだろう?」
そっと、円奈の小さな手にそれを置く。
「えっ…」
円奈は、戸惑いながら、赤々とした丸い果物を、手に取ると、椎奈を不安げに見上げる。
すると椎奈はすでに、自分の分の林檎は、一口かじっていた。「食べてみよ」
「あ…」
すると円奈は、椎奈が林檎をかじる姿がすごくおいしそうで、そして、それが自分の手もとにもあることが分かると、また椎奈を見上げ、そして、花が咲いたように嬉しそうに笑みを浮かべると、りんごを手に、そっと口に近づけた。
「んっ」
力がたりなくて歯がりんごをすべる。
「もっとかじりついていくのだ」
椎奈が、林檎を相手に苦戦する円奈を見つめて、優しく告げる。
それでも幼いピンク色の髪の少女は、なかなかりんごをかじれない。
「ふむ」
椎奈は考える仕草をし、どうにか少女にリンゴを分け与える方法を考えた。魔法を使おうか。
しかし、何度もりんごをかじろうとしては、つるっと歯がすべる円奈の懸命な姿を見守っているうち、そういうインチキしてはいけない気がした。
それはほんの平和で、平穏な一時だったが、突然それが終わりをつげた。
というのも、六芒星の魔方陣を描いた旗を掲げる何人かの異国の少女たちが、城内にやってきたからである。
「エレム国だ!」
誰かがそう叫び、市場は騒然、慌てて六芒星の旗を持った魔法少女たちのために道をあけた。
わいわいがやがや、もりあがっていた市場も急に静まり返り、ただじっと、波風たてないように息を殺して、六芒星の旗もつ魔法少女たちが馬を歩かせ通り過ぎるのを見守る。
椎奈は、その光景を眺めていたが、その魔法少女たちが、自分に用事があって来たのだということは、すぐに分かった。
そして黒い馬に乗った魔法少女たち何人かが、六芒星の旗を持ったまま、椎奈の前に出てきた。
まだ口にりんごを当てたままの円奈が、その存在に気付く。
「来栖椎奈殿」
と、黒い馬に乗った魔法少女の一人が、告げた。「エレム国より」
椎奈は、黒い馬に跨った魔法少女をみあげた。その魔法少女も、変身姿ではなかったが、武装姿で、椎奈のように肩に黒色と金糸のクローク、胸元にブローチをつけて、剣を腰の革帯の鞘にぶらさげていた。
相手が何者かをしっかり認識したらしく、椎奈はその場で、ゆっくりと頭さげて挨拶する。「よくぞはるばるここまで」
「話を?」
黒い馬に乗る魔法少女が尋ねた。
すると椎奈が頷いた。「聞こう」
「おい、あいつらは、何者だ?」
市場の様子のおかしさに気付いたのか、肉を頬張っていた城の食卓の男が、声あげ疑問をなげかける。
「わあ、エレムの魔法少女がはるばるここに!」
少女騎士がドンとビールの木製ジョッキをテーブルに置き、驚きに目を開いて食卓の席を立ち上がった。
食卓はせまくて、テーブルも椅子もきつきつに置かれていたから、急に椅子を立ち上がった少女の背中が、後ろの席の誰かにドンとぶつかった。
「椎奈さまと何か話してる!」
別の少女騎士も驚き、ふっと席をたちあがる。
「エレムって、あれか?」
男は、事態はさっぱり飲み込めず、ビールくさいままでまた言った。「えんかんのなんとかっていう」
「ではお待ちしておりますよ」
黒い馬の、六芒星の旗もった魔法少女が告げると、椎奈が頷いた。
「参ろう」
椎奈は応えた。
それから、不安そうに椎奈をそっと見上げている円奈の前にしゃがみ込むと、その肩を優しく手を添えて、言った。
「私はしばらくいかねばならぬ」
「しばらく……?」
不安そうな声で、急に泣きそうになる円奈。りんご持つ手が震えている。
「心配するな。九時の鐘が鳴る頃には戻る」
円奈の顔は、ピンク髪に隠れて表情が見えない。でも、声は怯えていた。「ほんとに…?」
「大丈夫だ」
椎奈はそうつげ、食卓で肉を頬張っていた少女騎士二人を手で呼び寄せた。
「どうかされました?」
少女騎士たち二人が、ビールでへろへろの、おぼつかない足取りをしたまま領主の前に駆け寄ってきた。
「ちゃんと歩けよ」
二人のうち一人が小声で耳打ちする。領主にはきこえないように。「あんたこそ」相手が小突いて言い返す。
「私はしばしここを離れる」
と、椎奈が、顔の赤い騎士たちに命じた。「鹿目円奈のことを見ておいてくれ」
「はい」「仰せのままに」
二人は頭下げて礼を示したが、やっぱり、ふらふらしていた。
椎奈が茶髪なびかせて振り向き、背をむけると、エレム国の魔法少女が用意したと思われる黒い馬に跨り、最後に一度だけ、顔落としている円奈を見おろすと、エレムの魔法少女と一緒に、馬で城を去った。
椎奈と一緒になって去る魔法少女たちの馬の蹄の音が、市場に聞こえる。
バリトンの領主が馬で去ると、残された円奈と、それを気まずそうに見下ろす二人の少女騎士が、目を見合わせていた。
「どうすんの?この子」
と、少女騎士が、自分の胸くらいまでしかない背丈の、ピンク色の髪の少女の頭を、下向きにした指でツイツイと指差す。
円奈が、不安そうに顔を見上げた。
「どうすんのって、見とけばいいんだよ、見とけばさあ」
相手の少女騎士がそう答えるも、口調に棘が混じっていた。
「椎奈さまったら、どうしてこんな子に目をかけるんだか?」
はあ、という呆れ声と共に吐かれるのは、自分への嫌味。
「さあねえ」
相手の少女騎士も腰に手をあて、ため息をもらす。「ろくに税もおさめず、農地も持たず、ただ椎奈さまに面倒みてもらってるだけ」
円奈本人が下でびくびく怯えているのに、二人は嫌味を言い続ける。
「はあ、せっかくの市場だってのにさ、めんどくさ」
「こいつさあ、これからどう生きてく気?今まではただの、椎奈さまの情けのおこぼれじゃん。そのまま大人になるの?」
「…」
たっぷりと悪口をいわれ、円奈は、もう泣きそうな顔で、じっと顔を下に向けて、この嫌味の嵐が過ぎ去るのを堪えて待つしかできなかった。
彼女たちに限らず、実は、村の者はほとんど、円奈に対しては、こういう態度であった。
震えながら耐える、小さな少女の手に、りんごが持たれている。
「…ん?」
少女騎士がそれに気付き、そして、あるいたずらをすぐに思いついたのだった。
「そのりんご、あんたが買ったのか?」
びく、とピンク髪の少女の身体が震える。
「買ったのかってきいてるんだけど?」
円奈が、ふるふると小さく顔を横に振った。
「なら、取り上げだな」
少女騎士は意地悪にいって、円奈の手に持たれたリンゴを奪い取ってしまった。
「……ああっ!」
円奈が泣きそうな顔をみあげて、涙ながらにりんごを取り返そうとする。
小さな両手をめいっぱい、りんごに伸ばすが、背丈が足りなくて、わずかに届かない。
そしてむなしく、ジャンプするのを繰り返しているだけなのであった。
「あはは、”税”を納められてよかったね、鹿目!」
少女騎士がりんごを、円奈がジャンプしてもぎりぎり届かない高さに手でぶら下げている。
「やりすぎじゃないのか?」
もう一人の少女騎士が、ちょっと気まずそうな顔で言うと。
「椎奈さまが言ってたろ」
と、相手が答える。「”円奈を見ておけ”って」
意地悪に少女騎士は言って、手を伸ばす小さな女の子を見下ろし続けている。
「…」
するともう一人の少女騎士は押し黙って、気まずそうに顔をしかめ、この鹿目という何も持たぬ少女をただ見下ろした。
実際に、このとき鹿目円奈は、ほんとに何も持たぬ少女であった。
円奈は懸命に、天に吊り下げられたりんごに必死に手を伸ばし続ける。
その小さな指先はどうしても、赤い、まるまるとした果物に手が届かぬ。
22
それと同じ頃、城の三階に位置する城代の私室に招かれて、来栖椎奈はエレム国の魔法少女との対談に臨んだ。
光の届かない城内は暗い。
頑固な石で囲まれた城の室内は、冷たく、暗いのだ。
城内の廊下は、いくらか窓もあけられて、そこからいくらか光が入ってきてはいたが、それでも薄暗かった。
暗い私室は、天井から鎖で吊るされた火鉢が燃えて、明るさと暖かさを保っていた。
バチバチバチ…。
そんな火鉢の音が、城代の部屋に響き渡る。城代の部屋は、豪勢な壁かけ、タピストリーが、何枚かある。
城の真ん中に置かれた木のテーブルと、その椅子に座り、椎奈は、エレム国の魔法少女と対談する。
テーブルには、火皿に立った蝋燭が、火をゆらゆら、灯している。
「”聖地”は今も危機に瀕しております」
と、エレム国の魔法少女は告げた。
「危機?」
椎奈が問う。
「いまやサラドは統合されました」
と、エレム国の魔法少女は述べる。「新しい主君が、敵国に即位したのです」
「”雪夢沙良”か」
椎奈が椅子で背筋のばしたまま、腕組んだ。
「はい」
エレムの魔法少女が答える。「アゴス、リエム、メリエル、どの国も支配下に治めました」
二人の会話に出てきた、雪夢沙良(せつむさら)という人物は、この時代における、最も強力な魔法少女といわれる人物の一人だった。
乱世の時代はいつも英雄と豪傑を生んできた。
ローマとカルタゴの戦いが生んだ英雄ハンニバル、スキピオ、ギリシャとアケメネス朝ペルシアの戦いが生んだスパルタの兵士たち、レオニダス王、中国が三国に分かれて戦った時代に名を残した名将たち、魏武帝曹操、諸葛亮、中世・百年戦争のイングランド王ヘンリ5世、フランスの奇跡ジャンヌ・ダルク。
椎奈が口にだした”雪夢沙良(せつむさら)”という人物は、そんな魔法少女たちの戦乱世界が生んだ当代の豪傑だった。
「椎奈殿、神の国を救うべく、あなたのお力を!」
と、エレム国の魔法少女は、そう、切り出した。
現在、神の国を治めるエレム国の王の名を、葉月レナ(はづきれな)といった。現世において、最も天に近いといわれる魔法少女である。
雪夢沙良と葉月レナ。
この二人こそが、超大な帝国を治めるライバル君主同士である。
呉越の夫差と匂銭、楚漢の項羽と劉邦、まさにそんな睨み合い。
「今も同盟国や、エレムに忠誠を誓った諸侯その治める国に、収集をかけております。敵国の脅威から、神の国を救わねば!」
「…ふむ」
椎奈は、腕組んだまま、考えるような仕草をした。火鉢の吊るされた天井を見上げ、しばし沈黙する。
「食糧と武具を提供する。だが、わが国は国と呼ぶのも覚束ない、小さな村だ。兵力らしい兵力はない。それで手を打ってはくれまいかな」
「なにをおっしゃるんです!」
エレム国の魔法少女は、食い下がった。
「我々が欲しているのは、物資でなく兵力です!それにこの村には、”あの娘”がいるではありませんか!」
あの娘───という言葉が口にだされると、椎奈の顔つきが少し険しくなった。視線を天井から相手の目へと移す。
とある魔法少女と、見守ると約束した娘が話題にだされた。
「この村には、あの娘、」
しかし、エレムの魔法少女は、続けた。
「敵国サラドの脅威から、神の国を、幾度となく勝利に導いた、あの”鹿目神無(かなめかんな)”の娘が!」
「たしかにその英雄は神の国を何度も救った」
椎奈が、相手の話を遮って告げた。「だが娘はまだ10歳になったばかりの子だ。戦いには連れだせん」
いま、名前をあげられた鹿目神無なる人物は、聖地でかつて戦士になり、戦術に明るい戦士だった。
馬一頭に跨って象騎兵の戦列に槍一本で挑んだ経緯もあり、伝記のように今は語られる。
エレムの魔法少女は、その目当ての娘の年齢をきくと、口をあんぐりあけて、言葉を失ってしまった。
「我々を頼るのはあまりに実りがなさすぎる、エレム国よ」
椎奈は告げると、もう話はおしまいだとばかりに、席をたった。
「他国をあたってくれ」
無言で二人のやりとりを見守っていた番人の兵士たちの間を通り過ぎ、部屋を出て廊下にでる。
すると、エレムの魔法少女は、悔し紛れに、椎奈の去る背中に、言葉をぶつけた。
「そなたは葉月レナさまに忠誠を契って、バリトンの領主になったはずだ!」
その後ろから響く声を、椎奈は無視して進む。
「誓いをお忘れか!それで、円環の理に正しく導かれるとでも?神の国は、そなたを見ているぞ!」
半ば脅しにも近い、相手の遠吠えを、まったく無視した椎奈だったが、唇だけはきつく噤んでいた。
相手の怒りにも似た脅し文句は、しかし、まったくその通りであり、反論の余地はなかった。
来栖椎奈が治めるバリトンは、実は、エレム国との忠誠を誓い、臣従の契りに結ばれた国であった。
忠誠を誓い、軍役の義務とひきえかえにしてバリトンの土地を与えられる。これを、授封という。
つまり小国バリトンは大国エレムの臣下にあたる国なのである。
今回だけはうまくかわして、抜け出したように見えたが……。
もう、ここバリトンも、”神の国”を巡る世界的な魔法少女たちの戦いの波紋に、もう巻き込まれるまでには、時間の問題であるようにさえ、椎奈には思えてきていた。
23
そのとき、城の下の郭の広場では、市場が、別の盛り上がりを見せはじめていた。
いまだに円奈は、バリトンの少女騎士たちの意地悪と、懸命に戦っていたが、このやり取りも、別の盛り上がりに気をとられて、リンゴの取り合いは忘れ去られた。
というのも、武具を振り回すことは禁止されていたはずなのに、市場で、槍を振り回す輩が現れたからだ。
「魔法つかいだ!」
と、市場の誰かが、叫んだ。男の声であった。「魔法つかいどもが、喧嘩をはじめたぞ!」
「なんだって?」
わあああっと、市場に群がっていた人間たちが、市場を逃げ惑いはじめる。
「離れろ!」
人間の男が叫ぶ。「めちゃくちゃになるぞ!」
それまで市場で商品を売っていた商人たちも、テーブルを立ち上がって、手っ取り早く果物などを麻袋につめ、身の安全のために逃げ去る。
ところで、こんな乱世の時代の常であったが、こうした騒ぎに乗じて、他人のぶんの商品まで自分の袋につめて、何食わぬ顔で市場を去る商人も少なからずいた。
「なになに?なんだってのさ?」
と、少女騎士は、円奈とのりんごの取り合いも忘れて、騒ぎの起こった方向に顔をあげた。
もう一人の少女騎士も、騒ぎの起こった方向に、目を凝らした。
「どっかの国の魔法少女が──」
と、その少女は目を凝らすと、何かを察したようで、言った。「槍試合(ジョスト)はじめたのさ」
「えええっ」
あんぐりと口をあげた少女騎士の手が力なく下に降りた。「こんなところで?」
そのときやっと、鹿目円奈は、りんごを───椎奈からの贈りものを胸に取り戻すことができたのである。
円奈は、それを大事そうに胸に抱え込む。大切な贈り物を。
バリトンの少女騎士たちは、円奈のことも忘れて、市場を逃げ惑う人たちを逆流して、騒ぎの元に歩み寄る。
そこで二人が見たのは、馬に跨った二人の魔法少女が、野次馬の輪に囲まれながら、互いに槍で突き合っている”喧嘩”の光景であった。
「あっちゃまー」
バリトンの少女騎士が、目も当てられないというふうに、額に手をあてた。「ほんとに槍試合してるよ…」
二人が呆れ顔で見守っているのは、市場で突然勃発した、異国の魔法少女二人による馬上槍試合である。
馬上槍試合とは、対戦者たちが、互いに馬に乗って槍で突き合うという競技である。
ルールは簡単で、槍で相手を馬から突き落とせば勝ちであり、落とされれば負けである。
いま、異国の二人の魔法少女が、武具の振り回しが城主の令で禁止されているにも関わらず、槍試合をおっぱじめていた。
市場をにぎわせていた商人や、市民たちは、この試合に巻き込まれて殺傷されるのを恐れて、さっさと逃げ去った。
一部の、好奇心旺盛な命知らずや、娯楽を求めた酒酔いの民たちが、この魔法少女同士の喧嘩を、見物しに輪を囲っていた。
「やい、やれ、魔法つかい!」
と、酒酔いした見物人が、顔を赤くしてげらげら笑いながら、激励する。「目にもの、みせるんだ!」
バキ!ゴキ!
ヒヒーン!
そんな槍試合の、槍の絡まる音、馬の蹄の地面を蹴る音などが、騒ぎの元にどよもす。
「さあさあ、やっちまえ!」
見物人たちがはやしたてるなか、馬上槍試合は熾烈を増す。「落としちまえ!どっ突け!」
明るい茶髪の魔法少女と、金髪のみつあみセミロングの魔法少女が、二人とも馬に跨って、互いが互いに槍で突きあってた。
この二人が魔法少女だと、人々が分かるのは、二人は馬上槍試合がはじまるや魔法の衣装に”早変わり”し、”何もないところ”から槍を召喚すると、その槍でど突きあいはじめたからである。
槍の長さは2メートルくらいあった。
二人は、異国の地から市場に訪れてきた魔法少女たちであったが、どうしてこう突然喧嘩をはじめてしまったのか。
しかし、きっかけはともあれ、戦いに火がついてしまった茶髪と金髪セミロングの魔法少女の二人は、馬に乗り出すや、その2、3メートルある槍で、相手を馬から叩き落そうとするのだ。
「とぉっ!」
金髪のみつあみセミロングの魔法少女が、魔法で召喚したその槍を、片手で操って、相手の胸をつこうとする。
「はっッ!」
その相手の槍を、茶髪の魔法少女が、自分の槍で弾き返す。槍同士が絡まって、カラカラと小競り合いになる。
槍同士をぶつけあう二人を乗せる馬が、蹄でその場を行ったり来たりする。
「食らえ!」
茶髪の魔法少女が、相手の魔法少女の喉むけて、槍を伸ばす。
ヒュ!
その槍先の先端が、チュニックに露出した、金髪魔法少女の喉もとに迫る。
「当たるかっ!」
相手の金髪の魔法少女は、自分の持つ槍をクルリと回して、相手の槍を追い払った。
カラン!槍同士の絡まる音がなる。二人の間に再び距離があく。
「下手くそだな!」
「なにを!」
茶髪の魔法少女が、その挑発に乗り、馬を走らせると、ふたたび槍の先を相手の胸むけて、突進する。
一直線に走る馬が加速する。
「クソ女!のたれ死ね!」
馬の蹄の音がなり、まっすぐに槍の先が魔法少女の胸に迫る。
「ぐっ!」
突き進んできた槍を、受け止めるため、金髪の魔法少女は槍を両手に握った。横向きに持った槍で迫る敵の槍先を防ぎ、持ち上げると上向きにそらした。
「はっ!」
上向きにそらしたあとで、自分の槍をクルリと回して相手の顔に槍先をつきつける。
カランと槍同士が十字に絡まって、それが時計のように回って、互いに槍先を突きつけあうも、二人とも顔にあたるギリギリで迫る槍先をとどめた。
「くっ…!」
そのまま二人は睨み合い、ギシギシと槍同士をせめぎ合わせていたが、その拮抗がついにはじけた。
茶髪の魔法少女が、絡まった槍を自分のもとにぎゅっと引き寄せたからだ。
「わぁっ!」
絡め取られた槍に手を引っ張られ、金髪の魔法少女のほうが、馬上でバランス崩して前かがみになる。
「バカなやつ!」
茶髪の魔法少女は、バランス崩してこちら側に引き寄せられた相手を、今度は槍でズンと振り上げた。
「うわぁっ!」
自分の槍は弾きだされて、今度は上向きに揺さぶられる。馬から転落しそうになり、慌てて馬の手綱を握った。
しかしそれは、間違いであった。
落ちそうになった身体を持ち直そうと引っ張った手綱が、馬に無茶させてヒイインと悲鳴をあげて暴れた。
轡を強く引っ張られる痛みに悲鳴をあげているのだ。
「とどめだ!」
蹄であっちいったりこっちいったりして暴れる馬の上でよろける相手の胸に、一突き。
茶髪の魔法少女の馬が走り、槍の先が伸びる。
「させるかっ!」
ぎりぎりで、金髪の魔法少女が突かれる槍を弾いて守った。
おおおおっと、起死回生の防備に観衆が声をあげる。
グルンと槍をふるい、突かれる相手の槍先をバチンと追い払った。
再び槍同士が絡まり、二人の槍が上下しながら突き合った。槍がぶつかりあうたび、カランカランと音が鳴る。
「いいぞいいぞ!」
酒酔いの男は、もう魔法少女の槍試合に夢中になっている。「叩き落しちまえ!」
その声に力づけられてか、劣勢気味だった金髪みつあみの魔法少女が、ブンと槍を回して相手の頭を狙った。
ガツン!
その攻撃は、相手の槍に防がれる。
また絡まった槍は、茶髪の魔法少女の槍によって下向きに押さえつけらた。すると、茶髪の魔法少女は、自分の槍を振り上げて相手の胸元を再び狙う。
ヒュッ───!
槍がまっすぐ対戦相手の魔法少女の胸元にのびる。
「そう何度も同じ手くうか!」
すると異国の魔法少女は、伸びてきた槍の柄を手にがしと握った。
相手が目を丸める。「それ、反則じゃないか!」
「反則だって?そりゃ初耳だ!」
そのがしと握った相手の槍を、そのまま自分側へ引き寄せるように、強く引っ張る。
「あああ バカ!」
相手は、強く引き込まれて、数メートル以上もある槍を握ったまま、馬から引きずりだされ、いや、手綱を握ったままの馬すら巻き込んで、地面に引き倒された。
「なんてことする!」
まず茶髪をした魔法少女が地面にハデに転がり落ち、砂埃まみれになると、次いで馬が転倒しヒィィンと悲鳴をあげた。
横倒しになった馬は、その巨体を地面に放り出して、悲しげな鳴き声をあげていた。
かくして、馬上槍試合は勝負あった。
それにしても片腕一本で、御者の魔法少女と、その馬まで転倒させるとは、やはり魔法少女とは、怪力であった。
おー。
ぱちぱちぱちぱち。
野次馬たちが、槍試合の破天荒な結末に拍手する。
「いぇい!」
勝者の魔法少女が手をふりあげてピースする。
その野次馬たちの拍手が屈辱の音にしか聞こえない、負けた魔法少女は、頭にかぶった砂を手で落としながら、起き上がった。
「もう怒ったぞ!」
彼女はそう言い、パンパンと魔法の衣装についた砂もついで払い落とすと、鞘から剣を抜いた。
キィィィン。
剣の音が空気に響く。
「やる気か!」
馬上槍試合の勝者も、相手が剣を抜くのをみるや、声をあげた。
「このアマ、もう許さないんだからな!」
剣にぎった魔法少女はそういい、ぴょんとその場から高く飛び上がる。
飛び上がりながら、馬上の相手の頭めがけて一気に振り落とした。
「何を!」
飛んできた相手の剣を、魔法少女は馬上で槍を使い受け止める。両手で横向きにもち、防いだ。
剣を振り落とした魔法少女は、すると、槍に弾き返されて再び宙に舞い、タンと地面に着地する。
おおおおっ。
その、魔法少女にしかできない身軽な芸当に、観衆がさらにもりあがる。
「なんだなんだ、馬上槍試合の次は剣闘試合かい」
と、だれかの農民の女が、いった。「魔法つかいは、元気だねえ」
「さあ死ね!」
馬上の魔法少女が馬を走らせ、槍を伸ばし、剣持った魔法少女に一気に突っ込んだ。馬の勢いのまま槍で相手を突こうとする。
「そんなもの通じるか!」
馬の速度も加わって襲い来る槍を、地上の魔法少女は剣をぶんと振るって弾き返し、キレイに受け止めた。
槍と剣が交差するとき、バキィっと嫌な音がした。そして、観衆たちはそのときさらに沸きは立ったのだが、このとき槍は剣の一撃によって折られ、その先端が折れてへろんと垂れ下がっていたのである。
「ざまあ見ろ!」
剣を握り締めた魔法少女が、自信たっぷりな満足げな顔でにやりと相手を見やった。
「クソ女が!」
さっきも言ったような罵り声あげ、馬上の魔法少女は折れた槍を捨てた。そして、自分も鞘から剣を抜いた。
手に持たれた剣の刃が日を反射して光を放つ。
こうなってしまうともう二人の魔法少女は、馬上槍試合のルールなどとうに忘れて、とめどめのない斬り合いに入っていった。
茶髪の少女が再び飛び上がる。
空高く飛び、馬上の魔法少女に頭上から斬りかかり、ブンと剣を振り落とす。
それを自分の剣で跳ね返す馬上の少女。ガキィン、と剣同士が当たると、二本の剣はチラチラと光を放った。
「刻んでやるぞ!」
地上の魔法少女がまたもとびあがると、今度は剣を両手に握って、力いっぱい振りかざす。
「のろまが、あたるかってんだよ!」
馬上の魔法少女が鞍からとびあがって逃げた。剣は空を切り裂く。
ヒュッ!
剣のから回る音が市場に響く。
魔法少女の振り切られた剣の軌跡が、空気中に光る。そして、キィィンと空を裂いた綺麗な音が鳴るのだ。
見物人たちは気付くことはなかったが、それは、魔法少女にしか体現できない光と音であった。
馬上試合では負けを喫した茶髪の魔法少女は、相手の飛び逃げた馬の鞍にタンと着地すると、相手を追って、鞍からと空に飛び上がった。
うおおお、と見物人たちが、息巻きながら宙を舞う二人の少女を顔をあげて目で追う。
市場の城壁高く舞った魔法少女二人が、空中で剣を激しく交える。何度か剣を交わしたあと、やがて、二人とも市場の並びたてられていたテーブルの真上へと重力に引かれて落ちた。
市場に並べられていた、籠に積まれていた野菜類や果物などが、宙から落ちてきた魔法少女二人にドシンと踏まれ、そこらじゅうに散りばめられた。
「うわあああ、なんだ!!何が起こってんだ!」
ちょうど、野菜を売っていた商人は、自分の商品が突然、空から落ちてきた二人の足にドスンと踏み潰されるのを見て、悲鳴をあげた。
「なんだ、おまえたちは!」
丸々としたリンゴはテーブルから地面にゴロゴロと転がりおち、野菜ははらはらと地面に落ちた。
「あちゃあー」
見学していた少女騎士が、また額で手を覆って声を漏らした。「こいつはひどいや」
それでも魔法少女たちは完全に熱が入って、剣で斬り合うのをやめなかった。
そのままテーブルの上を移動しつつ、斬りあい続ける。足元に並びたてられている商品の積んだ籠という籠、野菜や果物、香辛料いれた壷などをすべて足で踏みつけ、蹴散らしながら、カキンカキンと剣を交え続ける。
喧嘩する魔法少女の足に蹴飛ばされ、ごろんとテーブルから散りばめられる玉ねぎ。メロン。果物。全部全部、テーブルから蹴飛ばされる。
足元を邪魔するもの全部のけながら、魔法少女の二人は斬り合い続け、一方は水平向きにブンと振り切り、もう一方は剣を縦向きにして防ぐ。その十字に絡まった剣を、押し合いへしあいし、テーブル上の野菜をまた踏みつけるのだ。
いや、二人は、自分たちの足もとに何があるのか、気にもしていないに違いない。互いの剣だけを見ている。
そして、また剣を頭上に持ち上げると、ザンと相手むけて振り落とす。相手も負けじと剣を振り切って、またガキンと剣同士がぶつかって防がれるや、新たな斬撃をななめ向きに切り出していく。
その一撃も、相手は剣で受け止め、下へ逸らした。なかなか、見事な剣裁きであった。
下へ逸らすと、相手の首めがけて一直線に、剣で裂く。その攻撃も、一歩ひいた相手に紙一重でかわされる。
一歩軽やかなステップで退き、絶妙な距離をとる。
「おい、誰か魔法つかいの喧嘩をとめさせろ!」
と、市場の誰かが叫んだ。「これじゃめちゃくちゃだ!」
「まさか!誰が止められるって?」
しかし、別の市場の男は、もう諦め声で、叫び返した。「人間の誰が、魔法つかいの喧嘩をとめられるって?」
「まいったか!バカ女!」
魔法少女たちは、そんな周囲の人間の野次や抗議の声も耳に入らず、斬り合いに熱中している。
「こんなもんでアタシがまいるもんか!」
ブンと剣をふる。その剣を、相手の魔法少女はしゃがみこんでかわした。その頭上を剣が通り過ぎた。
ところで、二人が振るっているこの剣は鋼鉄である。
剣の長さは1メートルくらいが主流だったが、二人が使うのはそれよりは短かった。しかし、重さは2キロほどある。
金髪の魔法少女が、しゃがんだ体勢のまま、剣をスイと回すように斬り出すのだ。ガチン!
相手の剣にそれが当たる。下向きにおさえつけられる。鋼鉄同士の激突する金属音が打ち鳴らされる。
その足元で香辛料が踏みつけられ、そして蹴散らされた。ぶわぁっと大量の黄色い粉が空気中に舞った。
そして、地面を黄色く染めた。それはもう、香辛料の価値を知っている者、とくに商人からすれば、ひどい悲劇であった。
この、市場をひっちゃかめっちゃかにしながら戦われる魔法少女二人の喧嘩を、驚愕でも愕然でも、呆れでも批難でもなく────ただじっと、見つめている視線があった。
やっとの想いで赤いりんごを取り返した、鹿目円奈である。
円奈は、そのピンク色をした丸々とした目で───、子供心に、二人の戦いを、見つめていたのである。
他の市場の誰とも、その見つめる視線は違っていた。
その目にあるのは、ひょっとしたら羨望か、憧憬のような類だったのである。
円奈の目は、二人の間でゆれ動く剣、剣先の放つ光と軌跡、剣同士の激突する瞬間の音と空気の揺れ動きを、食い入るように、見つめていた。
まだ歳にして10に過ぎない鹿目円奈の目は、なによりそこに、”惹きつけられていた”のである。
円奈の目に映るは、憧れの魔法少女・来栖椎奈と恐らく同種の、魔法少女の、衣装に変身した華麗なる衣装を身に纏い、見る者を圧倒する剣舞。
くるくると身を回しながら、空気の流れに乗るように剣を振るう魔法少女。それを受け止め、反撃に剣を突く魔法少女。
その足元では、二人の戦いが発する魔力か何かによって、花びらのように撒き散らされる野菜類・マメ類・果物の数々…。
まちがいなくそれは、後に、”神の国”の聖地争奪戦という、途方もない戦いに後に巻き込まれゆく鹿目まどかの祈りの子、鹿目円奈の────
初めて目にした魔法少女たちの戦いであった。
ところで、悲惨なことに、市場のテーブルの上に並べられた商品の、ほぼ全てを撒き散らした魔法少女は、テーブルの上から降りた。
パッ!
着地音ならして綺麗に城内の地面に降り立つ。
というのも、テーブルの端まで追い詰められた茶髪のほうの魔法少女が、相手の振り切った剣をジャンプしてよけながら、地面に降り立ったのである。
パッと、身軽な足取りで、果物と野菜だらけの地面に着地する。
「逃げるのか!」
金髪の魔法少女が追うように、テーブルの端へとささっと走りきる。
「誰が!」
茶髪の魔法少女はくるりと向き直ると言い返した。
そして地面からテーブル側へ剣を振り切り、相手の足を斬ろうとする。
「おっ死ね!腐れプッシー!」
「かかるか!」
相手の魔法少女は、足を狙う剣を飛び立ってかわした。とんだままで、飛翔した状態からテーブル下の魔法少女に剣を振り落とす。
ガキィィン!
「うっ!」
飛び降りながら振り落とされた剣のほうが勢いが強かったらしく、剣同士を押し合いながらも、茶髪の魔法少女は次第に力負けして圧されていった。
茶髪の魔法少女はどんどん後退し、相手のほうはどんどん茶髪の魔法少女に迫り、進む。
ギシシシと剣を交えながらどんどん圧されていった茶髪の魔法少女は、そうして圧されるまま、なんと今度は、城内の肉を焼く食卓へつっこんでいったのだ。
二人の魔法少女が剣をあてがいながら食事中の人間たちで賑わう屋根下の食卓にいっきに足を踏み入れる。
「うわあああ!」
武具を翳した魔法少女二人の乱入に、食卓の者たちは、慌てふためき席をたち、逃げ去った。
「魔法つかいだ!」
口々に愚痴をこぼしながら人間たちは食卓から立ち、この喧嘩に巻き込まれるのを避けた。
だが中には、怒り心頭して、魔法少女たちにビールをふっかけてやる人間もいた。
「決着つけてやるぞ!」
その、野次からぶっかけられたビールを頭に浴びながら、剣をブンブン振るって、相手を懲らしめようとする魔法少女。
相手の茶髪の魔法少女も、魔法衣装をビール臭くさせながら、塗れた前髪と睫から黄金色の水滴おとしながら懸命に戦いぬく。
「もう逃げ場はないぞ!」
食卓の、一番奥の食卓の壁まで相手を追い詰めた。
金髪の魔法少女は、思い切り剣を振るった。「死ね!」
「うわぁ!」
ヒュ!
今度こそ剣先が顔面へせまる。
茶髪の魔法少女は、慌て、とっさに頭を下げて身を低くするととその剣を掻い潜り、間一髪で逃げた。
ガン!
金髪の魔法少女が振るった剣先が石壁に食い込み、壁に穴をあけた。石の破片がこぼれ落ちた。
「おい、城を壊す気か!」
まわりの野次が激しくなる。
「おしかったな!」
茶髪の魔法少女は、相手の剣が壁に食い込んだのをみるや、そのせいで身動きとれないでいる相手の腹を横からドンと蹴り上げた。
「ぐふっ!」
金髪の魔法少女は蹴飛ばされる。そして、肉料理の並べられた食卓のテーブルへと身を投げた。
魔法少女の背がテーブルへ吹っ飛ばされる。この勢いでテーブルが倒れ、横転し、肉料理と皿、ビールがぜんぶひっくり返った。
椅子もテーブルも食卓の皿も全部、宙から転がり落ちて、カララランと皿のまわる音がする。
皿と肉料理を頭にかぶりながら、蹴飛ばされた魔法少女が頭を起こす。「ぐぐ…」
それにしても、魔法少女の蹴りとは、なんと強力であろう!
足で蹴飛ばされただけで、これほどの破壊力を持つのである!
「調子にのるなよ!」
頭にビール、肉、皿の破片だらけの魔法少女が、怒りで身体震わせながら起き上がり、そして、剣を床に突きたて支えにして膝で立ち上がると、復讐に打って出る。
「とおおおお!」
剣を頭上に持ち上げて、一気に相手へ迫る。
ブン!
水平向きに剣でひとふり。怒りにまかせて、力いっぱい。
またも、茶髪の魔法少女が屈めてそれを掻い潜った。
剣の一撃は相手の頭上を通り抜け、食卓の木の柱を叩いた。バキ!柱が切れる。すると、柱は木の音たてて折れた。
「あたらんぞ!」
こうした調子で、魔法少女たちは、三本目、四本目と柱を切りつけながら、剣同士の闘いをつづける。
「うわあああ」
食卓の人間たちはいよいよ逃げねばならなくなった。
というのも、柱が折られ、屋根が傾き倒壊しはじめたからである。
広場を転がる野菜と果物と、飛び散った魚でいっぱいにした彼女たちは、今度は、食卓を石の破片と、木の断片とで、めちゃくちゃにしはじめたのである。
24
さて、市場ではそんなアクシデントが起こっているとは露もしらずの来栖椎奈が、城内から城外へ戻る石の階段をくだっていた。
その彼女が、何か騒ぎが起こっているらしいと感づいたのは、そのときで、市場のほうから、妙な騒ぎ声や、罵倒や、騒ぎ立てる声と共に、ガシガシャとゆすぶるような物音を、耳にしたからである。
「何事なのだ」
椎奈は呟き、そして、急いで城の階段をくだった。三階から二階へ。
ちょうどこのさとき、傾きはじめた陽が、城壁を照らし、そして鐘楼が、三時の鐘を鳴らした刻であった。
この時代には存在しない24時間制の時計のかわりに、時間を知らせる塔の鐘楼の音は、騒ぎだつ市場にも届く。
塔の、二つ並びの鐘が、ガゴーンガゴーンと音を鳴り渡すなか、椎奈は市場へとでる城の階段を急ぐ。
(妙なことになっていなければよいが……)
しかし、椎奈のその予感は、まったくもって当たっていた。
市場では、市場をメチャクチャにした魔法少女の二人組みを取り押さえるべく、城の守備隊を引き連れた城主メイ・ロンが、怒りに震えた雄たけびあげながら、市場に登場していた。
「どやつだ!」
城主メイ・ロン───キリトンの村の領主であり背の高い魔法少女───は、顔を真っ赤にしながら怒りに叫び、弾劾する。
「わが城に恥を塗るバカ者どもは、どいつだ!」
この城主は、ついさっきまでは、来栖椎奈とエレム国の使者とのやり取りを、仲介人もかねて見守っていたのであるが、その直後、民から、市場で起こった騒ぎについて知らされ、ここに飛んできた。
「あちらです!城主さま、あっち!」
市民の一人が、城主のために、騒ぎの根源を指差した。
城主が怒りに湛えた目を、指差された方向に向けると、そこでは、食卓の屋根の下で異国の魔法少女二人が、城内の法度をほとんど堂々と破りながら剣を振り回して喧嘩にふけっていた。
「あの愚か者どもを取り押さえろ!」
「はっ!」
衛兵たちが、かちゃかちゃと鎖帷子の音を鳴らしながら、列そろえて進み出た。その数、20人ちょっと。
全員が魔法少女を取り押さえるべく、槍と盾を手に進み出る。
二人の魔法少女は、城の守備隊がごぞってやってきたことにも気付かず、まだ斬りあいを続けていたが、さすがに二人とも息があがっていた。
そんな疲労のところに、いきなり数十人もの守備隊たちに背中をつかまれ引き倒されたと思うと、間髪いれず起き上がれぬよう何十人もの力で地面にうつ伏せに押さえつけられた。
「なんだよっ!放せよ!むさいな!」
取り押さえられた魔法少女が、背中にのしかかる何十人もの守備隊の男を振り払おうとしたが、さすがにムリなようであった。
喧嘩相手だった金髪の魔法少女も同じように押さえつけられ、落とした剣を拾おうと懸命に手を伸ばしている。
しかし、その剣を、城主メイ・ロンが取り上げた。
金髪の魔法少女は、自分の剣を拾ったその城主の顔をみあげ、そして、きっと睨んだ。
「邪魔するな!」
「邪魔したのは貴様らだ、バカ者どもめが!」
城主は怒りいっぱいに叫ぶと、さすがに彼女は怯みあがってきょとんとした。
「ここをどこと心得る!市民が名誉のため、市場を開いたわが城ぞ!」
そう叱咤するとメイ・ロンは、その拾った剣先を思い切り、押さえつけられた魔法少女の目と鼻の先にズドっと突きたてた。
ザクッ!!
「ひっ!」
金髪の魔法少女が目を見開いて怯える。突き落とされた剣に、その自分の顔が映った。
「このバカドモを、」
すると城主は、部下の守備隊たちに命令した。この、おお馬鹿ものどもを、条例に基づいて処罰するために。
「”仲良しこよしの刑”にしろ!」
「はっ」
命を受けた守備隊たちが、押さえつけた魔法少女たちを無理やり抱き起こし、連行した。
「放せよ!むさいな!」
同じような罵り声(それも、こういうことは初めてではない)で相手を毒づき、抵抗しながら、しかし、魔法少女たち二人は、守備隊たちに肩と手を抑えられて、連れ出されていった。
すると、現場を沈めた城主メイ・ロンに、おおおおおっと市民たちの歓声が起こった。
「さすが、城主さまだ!」
口々に感心したように、呟く市民たちの喝采に囲まれながら、城主は、また城代の部屋に戻るのであった。
「ああいうお方が魔法つかいなら、私どもも、安心なんだがね。」
と、自分たちを皮肉る台詞を浴びながら、喧嘩を抑えられた魔法少女は、唾さえ吐きながら、連行された。
ところで、”仲良しこよしの刑”とは、名前だけきくと、平和的な刑罰であるように聞こえたが、実は、それなりに手ひどい刑罰であった。
そしてそこには、めちゃくちゃにされてしまった市場に、真ん中でぽつんと立った鹿目円奈が、残されていた。
円奈は、連行された二人を最後まで見届けると、最後に、かじりとりんごに歯を立てた。
やっぱり、かじりつけなかった。
25
陽が傾きはじめた頃、鹿目円奈は、あの城主が命令した”仲良しこよしの刑”がどんな刑なのかを、この目でみることになった。
さっきまで喧嘩に明け暮れていた二人は、いま、二人して正面からむきあってる。
その二人は、ひとつの首手枷に嵌められ、互いに向き合う形を強制されているのだ。
喧嘩に明け暮れた二人を無理やり仲直りさせるための枷で、二人は首手枷にひとくくりにされる。
互いに向き合っているのに、手は使えず、首も動かせない。
つまり、あれだけいがみ合っていた憎き相手と無理やり対面させられ、しかも手を出したくても出せない。
しかも、同じ枷に嵌められた二人は、どんな行動するにも二人で息を合わせてしなければ、思うとおりの方向に進むこともできず、ものを取ることもできない。
仲良しこよしの刑は、この枷をはめて二人三脚を強制し、互いに仲直りするまでは外してもらえない罰であった。
そして、こんな枷によって一つに繋ぎとめられても、魔法少女二人は、まだ互いを罵りあっていた。
「おまえのせいで、こんなことに!」
と、枷と格闘しながら、茶髪の魔法少女が文句いった。「謝れ!おまえから謝れ!」
「誰が、おまえなんかに謝るもんか!」
金髪の魔法少女も、首と手を枷にはめられたままで、歯軋りしながら身動きとろうともがく。「お前から謝れ!」
こうして同じ枷に繋がれた二人は、互いに引っ張りあい、罵りあい、言い争って、結局どこにも進めないのであった。
この状況下では、とにかくどちらか片方が妥協して、相手の進む方向にゆずって足を進めるでもしなければ、その場から一歩たりとも移動できないのに、まるで互いにそれをしようとしない。
唯一自由な足で互いを蹴ろうとしても届かず、ただ互いに、口を動かし口喧嘩し、その髪をゆらしながら、同じ枷に繋がれた者同士でいつまでたっても譲らず引っ張り合い続けるだけ。
鹿目円奈は、さっきまで華麗なる剣舞を披露してみせたその二人が、今は枷で情けない姿でつながれているのをじっと見つめていたが、やがて、ひょんなことを口を開いて言った。
「どうして、喧嘩したの?」
「は?」
「んん?」
二人が枷に嵌った首は動かせず、目だけで第三者の声がしたほうを見た。
そこにいるのは、ピンク髪をした、ほんの幼い女の子だった。
「どうして、喧嘩しちゃったの?」
きょとんとした、あるいは子供のまるまるとした目が、純粋に興味から発した質問というかんじで、魔法少女たちに投げかけられる。
「どうしてって……」
金髪の魔法少女が、枷にはまった相手をみる。「どうしてだっけ?」
「しるか!」
茶髪の魔法少女もすぐに答えた。「忘れちちまったよ、そんなこと!」
「えええ…」
相手の金髪の魔法少女が、落ち込んだような声を漏らした。「じゃあ、私たちなんでこんな目にあってるんだ?」
「ねぇ、どうしてそんなことになってるの?」
と、同じような質問が、首を傾げたピンク髪の女の子によって尋ねられる。「さっきまで、くるくるしてたのに…」
「じゃあ、今は?」
二人同時に聞き返した。
「がたがたしてる」
ピンク髪の少女が答えた。
「なら、そうだ、あんたが、これ外しておくれ。」
茶髪の魔法少女が、思いついたように、提案した。ニヤリと一瞬、笑みをうかべる。
「そしたら、またさっきみたいに、くるくるしてあげるよ。」
「ホントに?」
ピンク髪の少女の目が煌く。「うん、はずしてあげる!」
「ホントさ、飛び回ってあげるよ。箒には跨ったりは、しないけどね」
そういって、魔法二人組みに歩きよってくる少女を見て、内心ほくそえんだ。
「よし、よし、いま、私たちが屈むからな、あんたみたいな、おちびさんにも手が届くように。」
茶髪の魔法少女がそう言うと、相手の金髪の魔法少女のほうに目配らせした。
「ちっ」
金髪の魔法少女がすると舌打ちして、そして二人は、タイミングあわせてゆっくりと屈んだ。
どういうわけだが、そのとき、二人は息揃えてピッタリ、双子のように、高さをそろえながら屈んで、自分たちの枷を下ろした。
「ようし、ここの杭だ、わかるだろ」
茶髪の魔法少女が目で枷に打ち込まれた杭を示す。「それ、とれるかな?とれるだろ?」
「ううんと、これ?」
ピンク髪の少女が、丸い目でそっと枷の杭に触れる。
「ああ、それそれ!」
茶髪の魔法少女が頷いて、少女に促した。「それを、抜き取っおくれ!さあさあ。」
「うん。まっててね。」
おさない少女は、もてる力いっぱいに、杭を握って、抜き取った。「えいっ!」
一本目が抜けた。スポンと音たてて、枷がやや開く。残る杭は二本。
「その調子だ」
茶髪の魔法少女に勇気づけられて、また一本、円奈が杭を抜いた。
その様子を、金髪の魔法少女だけがしかめっ面で眺めている。
「さあさあ、あと一本だ!」
円奈が最後の一本に手をかける。「えいっ」スポン。杭がついに三本とも抜き取られる。
とたんに繋ぎあわされていた枷が真っ二つに別れ、魔法少女たちは板の枷を持ち上げて放り投げた。
「さあ、続きだ!」
守備隊に没収された鋼鉄の剣に代わって、彼女たちは魔法の剣を召喚すると、むけあった。
傾き始めた陽のオレンジ色の光が差し込み、その剣を照らす。
……が。
ある視線が気になって、二人の魔法少女はそれ以上動こうとしなかった。
じっと二人を見上げる、小さな少女の視線に、二人は気付いたのである。
「何みてんだよ?」
「あっ」
二人の魔法少女に睨まれて、円奈は声あげて、恐れなしたように、おそるおそる二人を見上げる。
それは興味の目から恐がる目への早変わりであった。
「ふん」
すると茶髪をした魔法少女のほうが、魔法の剣を握っていた構えを解いた。まるで戦意喪失とばかりに。
「私たちが恐いか?」
問いかけ、ピンク髪の女の子を見下ろす。
「そりゃ恐いだろうさ」金髪の魔法少女もすると、手から魔法の剣を消した。カラフルな剣は、緑色の煙と炎たてて、跡形もなく、空中に消えてしまった。
「アタシたちは、魔法少女だ」
「ふーん、でもね、私ら、恐いことばっかじゃないんだよ。」
すると茶髪の魔法少女は、そっと身を屈めると、円奈の持った赤いリンゴに指先でちょこんと触れた。
「ひっ」
反射的に、ちょっと怯えたように身を引く円奈。
魔法少女の指先が、恐ろしく思ったのである。
しかし、円奈はそのあと、自分の持ったりんごが、どうしても噛めなかったりんごが、オレンジ色に光りつやつやと煌くのを見た。
それはきっと、斜陽のオレンジ色の光だけでリンゴが輝いたのではないのだろう。
「食べてみな」
と、魔法少女は得意そうに、手を腰にあてて、逆の手の指たてると、少女に告げるのであった。
「私たちの枷をとってくれたお礼だ」
「えっ…」
円奈は、意味がよく分からなかったけど、相手のいわれたとおり、恐る恐る、りんごをかじった。
するとどうだろう。
あれだけ、どんなに頑張ってもかじれなかったりんごが、いとも簡単に円奈の歯を通し、砕けたではないか!
「んんっ」
とたんに広がるリンゴという果実の味に、びっくりする円奈だったが、初めて味わうその味に、夢中になってかみしめていた。
まちがいなくそれは、魔法の甘い味であった。
しかし、さっきまで、ぜんぜん食べられなかったのに、急に食べられるようになったその不思議が、”魔法”だと円奈が知ったのは、もっと後のことだった。
26
来栖椎奈が、市場の広場に戻ってきた。
オレンジ色の斜陽浴びながら、茶髪のストレート髪をなびかせ、鎖帷子を着込み剣を鞘に差し込んだ武装姿で、市場に戻ってくる。
しかし、その市場の、バラバラに散りばめられた悲惨な光景を目にするや、目に驚きを湛えた。
「なんだ?これは!」
彼女には珍しい、動揺の声が、思わず口からでる。「なにがあったのだ!?」
椎奈は、ひっちゃかめっちゃかになった市場のど真ん中で、鹿目円奈が、一人オレンジ色に光り反射するりんごを頬張っているのを見た。
あれから、やっと、円奈もりんごを一人前に齧れるようになったらしい…が?
「円奈」
椎奈が彼女の名を呼ぶと、円奈が椎奈の顔を見上げた。その口元に、りんごの食べ残りがついていた。
「そなたがこんなことを?」
ふるふると、円奈は首を必死に横にふって否定した。
椎奈の命で、円奈の面倒見を託したバリトンの少女騎士たち二人が、事のなりゆきを説明した。
というより、行動でしめした。
「椎奈さま」
ついついと、少女騎士が、さっきしたみたいに指さす。「あいつらです」
椎奈が、むうっ、と唸って部下の指さした方向を見た。
その先には、ちょっと気まずそうに顔をしかめた、魔法少女二人組みがいた。
「ふむ」
事態を察したようで、椎奈は顎をつかんだ。
「どうします?」
と、少女騎士が椎奈に、若干の呆れ声を混ぜつつ尋ねた。「あのおバカな魔法少女たちはほっといて、私たちは帰りますか」
「おバカってな…」
喧嘩にふけっていた金髪の魔法少女が、歯軋りした。頭と髪はまだ、ビールくさかった。
「おばかだろ、オオバカだ!」
少女騎士が、手で、ひっちゃかめっちゃかな市場を指差した。
「みろ、どうすんだ、あれ!」
「どうすんだっていわれてもねえ…」
茶髪と金髪の魔法少女二人は、想い想いに考えめぐらすように、指先を口元に添えた。
「どうにもならないよな?」
二人して顔を見合わせる。
「やっぱおまえたちは、オオバカだ!」
少女騎士が、めいっぱいに口をあけて想いっきり糾弾した。
「ばかばかいうなよ、人間め!」
魔法少女が、言い返し始めた。歯軋りしながら。
立場的に明らかに苦しいのに、あくまで非を認めようとしないのは、近年の魔法少女にはよくある傾向であった。
「おまえたち人間には、分からんだろうが、魔法ってのは、使うには、頭使うんだ。」
テンテンと、自分の頭指で叩きながら、魔法少女が、得意げに語る出す。
「頭でイメージしたことを、そのまんま体現できると想ったら、そりゃ違うさ。そのイメージを、どう体現させるかを、文字通り”法”で作り出さなきゃいけないんだから。知りたいかい?」
「しらん!」
しかし、少女騎士は一蹴した。「話をそらすな!とにかく、じゃあその頭使う魔法とやらで、これどうにかしろっての!」
といって、また市場のほうを指す。
「てるてるぼーずとかするだろ、あれも、魔法少女として断言してあげるよ、ありゃ、魔法だぜ!」
「うるさい!」
少女騎士はまた相手の話を遮った。
「ち、せっかくこの魔法少女さまが、じきじきに、魔法の何たるかを教えてやろうと思ったのに。」
金髪の魔法少女がしたうちして、観念したように、はあとため息つくと市場を見た。
「いやー、ひどいね!壮観だよ」
茶髪の魔法少女が、腰に手あてながらふうと息をついた。
「めんどくさ」
喧嘩相手だった金髪の魔法少女も、すっかり気を落としていた。「おい、城の堀に、全部捨てちまおう!」
「賛成だ!」
急に茶髪の魔法少女が元気づいた。「魔法で隠しちまえ!全部泥の色に変えるんだ」
「やっぱバカじゃないな、アンタ冴えてる!」
「はぁ…」
少女騎士はため息つくと、もう頭痛がしてしまったようで、頭を手で押さえていた。
「私たち人間は、こんな連中に魔獣から守られてるのか…」
「そうと決まれば、城の水路にぜんぶぶっ込んで…ん?」
二人の魔法少女がやっと意気投合して目的にむけて動き出したが、足をとめた。
というのも、ピンク髪の小さな少女が、一生懸命に、広場に転がり落ちたりんごや、たまねぎなどを、市場のかごに一つ一つ、戻していたからである。
「んーしょっと」
円奈は、広場に落ちたりんごを拾うと、両手に抱え持って、丁寧にそれをかごに戻すのだ。
かごには、5個のりんごが、戻されていた。いま円奈が、両手に抱えたりんごで、六個目。
「……」
二人の魔法少女が、無言で、それを見守っていた。
まるで自分達の発想とは真逆のことを、自分達よりるかに小さな少女が懸命にしているその姿を、言葉もなくして見守る。
「よいしょっと」
円奈はまた、りんごを抱え持って、大事そうに、痛んだところは手で撫でたりしながら、かごに戻した。
その傍らで手伝っているのは、来栖椎奈。「ぜんぶやるのか?」
と、バリトンの領主は、小さな少女を見守りながら、その行為を手伝い、自分もたまねぎを拾って元に戻す。
「うん」
とも、円奈は子供らしい声で、答えた。「私ね、さっき、これ、食べたの。すっごく、おいしかったの…。捨てられちゃったら、もったいないと思って…」
「手伝おう」
椎奈は、痛んだたまねぎをひろうと、手に抱えもち、魔法で癒やすような動作をみせた。「だが、全部もどすのは時間がかかるぞ」
「だいじょうぶ」と、円奈は言った。「時間なんて関係ないよ。元通りになってほしいの。」
「……」
魔法少女二人は、唖然としたまま、小さな少女の言葉に耳を打ちひしがれる。
ほんの気まぐれで、自分が魔法かけて、りんごを食べられるようにしてやったのを、少女は、こんな形で恵みに恩返ししようとしてる。
「どうする?」
金髪の魔法少女が、耐え切れず訊いた。
「どうするって……」
茶髪の魔法少女も考え込む。「全部水路に捨てて、かくして………」
最後には自信なさそうに声が小さく、消え入ってしまう。
「だー、もう!」
ついに魔法少女たちは、折れた。歩を進め、競うように走り出すと、そこらじゅう散りばめられた野菜やら果物やらを、拾い集めだす。
「柄にもないことを!」
しかし、拾いだすと、魔法少女たちは、もう止まらなくなって、夢中になって散りばめられたものを集める。
「お前のせいだからな!こんなことになったのは、おまえのせいだ!」
なんて愚痴と、恨み言をぼやきながら、しかし、拾い集める手はとめない。
「いや、まったく、ひどい一日だ。」
と、茶髪の魔法少女が、同じように、歯軋りしながら呪詛を漏らし、額に汗ながしながら、オレンジを拾った。
「魔法少女ともあろう私たちが、なんでことなことを」
「ま、」
すると少女騎士が笑って、進むと、身を屈めて、自分たちもその場で落ちた野菜を拾い集めた。
「たまには人間さまの立場にもどってみるのも、魔法少女さまのあんたらには、いい薬になりそうだね」
「ふん、だ」
魔法少女たちは顔を背けて、自分たちの近くの魚を拾った。
こうして鹿目円奈とバリトンの騎士たち、領主たち、そして異国の魔法少女たちが、協力しあって籠に戻した。
どうしようもなく傷み、汚れてしまった商品などは、魔法少女たちが、自分の魔力を使って、ひとつひとつ、魔力で復元、癒しの力で、元に戻した。
元に戻るのもあったが、諦めなければならないものもあった(散り散りに踏み潰された魚など)。
こうして夕方になり、日が暮れ、夜空に星がみえだした頃、ようやく、ほぼすべての修復作業が、ようやく終わった。
「はふーっ」
二人の魔法少女は、昼間ッからの喧嘩に続き、それからの作業に、すっかり疲れ果て、尻もちついて息ついた。
「やっと全部かな」
バリトンの少女騎士も疲れた様子で、キレイになったたまねぎを籠に戻していた。
と、そのとき、城主のメイ・ロンが、再び、彼女たちの前に現れた。
「見たところ、どうやら反省したようだな」
手下の守備隊たち数人をつれながら、城主の魔法少女が、暴れに暴れた魔法少女たち二人が、片付けを終わらせた景色を見下ろすと、満足げにいった。
「まあね、はいはい、しましたよ」
茶髪の魔法少女が、くたくたな様子のまま、答えた。
二人がくたくたなのは、魔法で、傷んだ果物や野菜、香辛料、魚などを、元に戻そうと魔力をふんだんに使ったためだ。
「しかし、城主様、」
守備隊の一人が、まだ不満を持っているようで、城主に提言した。
「片付けられたとはいえ、もう市場は終わっていますし、商人たちは逃げ去りました。台無しにされたことはかわりませぬぞ!」
「なに」
すると城主が、ニヤリとした。「残された商品は、ぜんぶウチで買い取ればよい話だ」
「ですが、城主様!」
守備隊はまだ納得していないようだ。
「明日にも商人たちは、今日の件のことで、倍はかたい償いを要求しにやってきますぞ!」
「なに」
するとメイ・ロンはニヤリと笑ったままで、くたくたになった魔法少女二人に目線を移した。
「たりんぶんは、全部あいつらに償わせるさ」
そういうとメイ・ロンは革靴を履いたその足でズンと一歩進み出ると、魔法少女二人を見下ろした。
「おまえたちは、明日からわが城の奴隷だ」
と、城主は告げるのであった。
「昼は井戸の水汲みから、洗濯、食事の用意、それから警備。寝床の管理。夜は、我に代わって魔獣退治だ」
すっと、目を細めて二人を見据える。
「この城主メイ・ロンの厚意、受けないはずがあるまい?」
くたくたの魔法少女二人は、尻もちついたまま、二人で顔を見合わせた。
27
いろいろあった市場の一日も、終わりを告げる。
日の落ちた夜空には星が煌き、あたりの草むらでは虫の鳴き声が響き渡る。
すっかりライ麦を売りさばき、かわりに魚と果物をたくさん積んだ荷車を馬が引く。
鹿目円奈は、帰路の途中にあって、そのクルクル荷車の車輪が回る木材の音を耳にしながら、ついさきほどの出来事を思い出していた。
それは、二人の魔法少女が、城主の下働きの条件を受けいけたときの会話のやり取りだ。
「その約束」
メイ・ロンがじっと二人を見下ろす。「裏切ることはあるまいな?」
「ありませんて!」
茶髪の魔法少女が、尻もちついた体勢から、しゃがむような体勢に組みなおすと、城主を見上げて、答える。
「私も、裏切りはしませんよ。ねえ?」
と、金髪の魔法少女も言い、隣の昼は喧嘩相手だった茶髪の魔法少女を見た。
「こう見ても、私たちは、その昔、”神の国”に行って、円環の理さまに挨拶してきたんですから。」
鹿目円奈が、その単語をきいたのは、思えばこのときが最初だった。
神の国…?
円環の理…?
「ねえ、椎奈さま」
バリトンの村への帰路の途中で、円奈はあの会話を思い出し、自分を馬に乗せている御者の来栖椎奈の背中に、そっと尋ねた。
「神の国って…?」
椎奈が、手綱を操る手を一瞬とめ、わずかに驚きに目を開いた。が、すぐに落ち着いた顔つきに戻ると、馬を歩かせるままで、答えた。
「呼んで呼び名のごとく、神の治める国のことだ」
「神さまが、いるの…?」
興味ありありといった円奈のピンク色の丸い目が、椎奈の背中をみあげる。
帰路の途中にあるバリトンの一行は、いま、夜道のせせらぎを通り過ぎるあたりであった。
「いるというよりかは、いたという伝説だ」
と、椎奈が答える。それからこうも語った。「私たち魔法少女には、大切なところだ」
「大切な、ところなの…?」
冷たく流れる川のせせらぎの音だけが、二人の会話に割り込むせいぜいの物音であった。
「そうだ」
椎奈が言った。その顔つきは、いまや真剣そのものになっている。
「円奈、知りたいのか?」
たった一人優しくしてくれる人の真剣すぎる声に、円奈が怯えて、口を結んでしまった。
しかし、子供とは、ときに好奇心のために、恐いものなしな勇気もふるうものである。
「知りたい、私、知りたい」
すると、返ってきたのは無言であった。
椎奈は何もいわず、口を閉じたまま、馬を馳せ続ける。
日の沈んだ地上に暗く広がる草原の、虫の鳴き声だけが、聞こえていた。
山々が囲うその大草原を見下ろす夜空の月は、黒い曇の流れに半分隠される。
「その昔、我々よりもっとずっと文明に優れた国があった」
ついに沈黙を破り、椎奈がゆっくり話しはじめた。
ぼんやりと思い出を語るような目は、夜の虚空を眺め、その身体は歩く馬に揺さぶられ上下する。
「もう、はもか昔の話だ。その国では人間は我らには想像もつかぬ技術を持っていた」
椎奈の背中で円奈は、懸命になって、耳を傾けている。
「その時代、人間は山より高く塔を建て───火を操り、水を操り、果ては気温まで自由に操った」
円奈にはまったくそれは、本当に、想像つかないことであった。
火を操るなんて、まるで魔法ではないか!
「彼らは指ひとつで何もかも操れたし、顔も知らない遥か遠くの人間と会話できたとさえいわれている。一週間も先の天候を予知し──天の雲より高く飛んだ」
「そんなのって……」
円奈が、恐る恐る声をしぼりだす。
「私たち魔法少女より、遥かに優れたものを───人間は過去に、持っていた」
と、椎奈はそうとまで語ると、馬の手綱を持つ手に意識を集中させた。
「そんな国で、ある約束が果たされた」
「約束?」
「そう、約束だ」椎奈は告げた。「私たち魔法少女が、過去と未来永劫に───どの世界でも、最後には救われるという約束が果たされたのだ。ある一人の魔法少女の犠牲によって……そして、今の世界がある」
「すく、われる…?」
円奈がまるでそれが、不思議な言葉かなにかのように、そっと尋ねる。
「だから私たち魔法少女は──」
椎奈は片手だけで馬の手綱を握り、指輪を嵌めた左手は、胸に寄せると、想いに馳せた。
「その犠牲になってまで約束が果たされた場所を、訪ねにいくのだ。私たちのために、祈ってくれた少女の前に、足を運ぶのだ」
「魔法少女を、救う場所……」
まだ、円奈の呟き声は、不思議そうな音色が残っている。
しかし、円奈はすると、今度は、こんなことをいいだすのであった。
「遠いの?」
「とても遠い」
椎奈は答えた。山々のむこうを目で見上げる。「ここから見れば、神の国は世界の果てのようなところにある」
「私も……神の国にいけるかな?」
と、円奈はそんなことを口にする。「私もいつかそこに行ける?」
「どうかな」
椎奈はそういいながら、過去自分が神の国にいた頃を思い出した。
「私も、いけたらいいな」
すっかり夢見るような音色で、そう語り、椎奈に胸寄せる、鹿目円奈。
今思えば、あの市場で、喧嘩に明け暮れた二人の魔法少女を、すんなり仲直りさせてしまったのも、後にこの少女が聖地にて起こした大きな奇跡の前の、小さな奇跡であったのだ。
28
そしてバリトンら一行は、深夜の日も変わる時刻に、ようやく帰途についた。
領主の帰還に、村人たちが(多くはもう、寝静まっていたが)心配そうに駆け寄ってきて、出迎えた。
「おかえりなさいませ、椎奈殿!」
と、村人たちは、口々にいった。「こんな時間にまで、村をお留守に?何かあったので?」
「あったにはあったが、大丈夫だ」
椎奈は答えると、馬を降り、パッと地面に着地すると、鎖帷子の音がカチャと鳴った。
それから馬に残った円奈を抱きかかえ、そっち地面に降ろした。
「私どもは、椎奈殿に、なにかあったら、どうしようかと!」
と、村人は両手を握り締めながら、そんなふうに言った。「ここ守れるのは、あなたしかおりませんから!」
「心配かけてすまなかった」
そう謝罪の意を述べてやる領主の後ろで、バリトンの少女騎士たち二人が、訝しげに村人を見た。
「ふん、自分を守ってもらうことしか頭にないやつらめ」
「し」
もう一人が、口に指あて、言葉を遮った。「仕方ないじゃないか。こんな時代だ、民は自分で自分を守れないんだよ」
村人だちが見守るなかで椎奈は、騎士たちの今日の奉仕を解いた。「おまえたちはよい。休め」
「はい」
「はい」
その言葉を受けて、少女騎士も、付き添いの男騎士も、馬を降りた。
「今年の収穫でいくつか市場で買えた。明日はわが領土で宴会としよう」
と、村人たちむけて、椎奈がそう告げると。
「ありがたきことですこと!」
村人達は喜び声あげて、それぞれの家に戻った。
「円奈」
村に戻って、すっかり村人たちの目線に怯えて身を小さくしていた円奈に、椎奈が語りかける。
「そなたのもとまで送り届けよう。さあ、もう少しの辛抱だ」
すると、幼い円奈の顔にまた笑顔が咲いた。
「うん!」
最後には、手を結ぶ二人だけが、月に照らされて残っていた。
29
そして、円奈は村のはずれの、自分の家に戻った。
丘を登り、山道を通って、村からぽつんとはずれたところに、円奈の家がある。石を積み上げ、藁で天井を覆った家。
それは顔も覚えない両親が円奈に残したという家。今は誰もいない家。
椎奈に手を振って別れ、扉を開いて家に戻った円奈は、もう何年も使っている干草の敷いた毛布にくるまろうとしたが、全然寝付けないことに気付いた。
心がどこか、躍るように興奮している。
円奈は起き上がって、灯かりも何もない家内にそっと、テーブルに置かれたたった一本の蝋燭に火を灯した。
ゆらゆらとした火の光が、赤く石壁の家内を照らす。
そのろうさくの火をじっとその瞳に映しながら、今日のことの思い出に耽った。
「魔法少女…」
と、円奈は小さく、口ずさむ。昼間みた、あの二人の戦いぶりが、まだ頭を離れない。
そして。「神の国……」
わたしも椎奈さまみたいに。
椎奈さまみたいになれるのかな。
ろうそくの火を見つめながら、今日みた興奮に心が温まっていた円奈は、しかしそれでも、次第に意識が薄れ眠気に支配されていくのを感じた。
”そのときの私はまだ幼くて───”
眠気に次第に襲われ、うとうとしはじめては、そっと目を開けたり閉じたりして、かくんと首は垂れる。
”もっと成長すればきっと自分も魔法が使えるようになるんだと思っていた”
目の中で、ろうそくの火がかげろい、視界の焦点がぶれていく。
ぼんやりと見えるろうそくの火はだんだんと薄れ、暗闇になり────。
”それから何年かたって私は────もっといろいろなことを知った”
意識は、今へともどってくる。
幼少時代の自分は、頭を垂れて眠りへと次第におちる。
”私は魔法を使えないんだということも───”
そっと、鹿目円奈は、目を開いた。丘から見下ろすバリトンの山峡には、寒空が広がっている。
ピンク色の瞳に、その雪解けた自然の森が映る。
”きっと一生、ここから出られないんだということも”
幼少時代の思い出から、今に意識が戻った円奈は、身体にふきつける冬風に、ピンクの髪をゆらした。
このとき、鹿目円奈は15歳。
第二次性長期の頃合である。
丘から見下ろす、山脈と山脈のあいだは、まだ雪が山峡の中腹を覆っている、広大な山岳が連なっている。
山巓を覆う雪の白と、雪解け水が流れる山麓の森の深緑とが、冬の景色を縁取っている。
その丘には、小さく、一つの墓が立っている。少女が、今朝からじっとお参りしていた墓だ。
パパ。ママ。
顔知らぬ両親を、そっと心で呼ぶ。
”私、何も持たない子だよ……私には、何もない…”
かつて円環の理と呼ばれる存在に生まれ変わった少女と、ほとんどそう変わらない容姿にすっかり成長した神の血筋持つ少女は───。
心でそう伝え、冷たくなった手をあわせて墓の前でお辞儀すると、そっとその丘の場をあとに家へ戻る。
こぶりの雪に背中を冷やしながら、家族のいない家に戻る。
"Madoka's kingdom of haeven"
ChapterⅠ: Burning the past
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り
Ⅰ章: バーニング・ザ・パスト
31
くどいような注意書きその2...
まどか☆マギカSS : 神の国と女神の祈り
─────────────────────────────────────────
◇西暦3000年くらいの世界。文明は中世レベルに退廃。「ヨーロッパ中世」な世界観をモチーフにしたいと思います。
(史実の事件、民族、宗教、戦争は扱いません。地名、人物はパロディ程度にでます)
◇オリキャラ多数登場予定。本編キャラはほむらのみ。まどかの生まれ変わり的な主人公もいます。
◇参考作品は主にTV版本編のみ。劇場版新編『叛逆の物語』の要素はありません。
◇『まどか☆マギカ』の設定や世界観を借りたオリジナル舞台、別時代の世界くらいに思ってください。
◇リドリー・スコット監督『キングダム・オブ・ヘブン』がモチーフですが、内容はオリジナルです。
映画の中身と本作はぜんぜん異なります。主人公が聖地をめざすということくらいしかかぶってません。
もちろん作中にでてくる聖地もぜんぜん別物です。セリフの引用はあります。
◇このSS世界の文明レベルは、火薬の知識が一部の上位層にあるくらい、銃火器の技術はなし程度。
登場する魔法少女たちも銃火器レベルの武器は持たない。過去に栄えた文明があったことは一部の上層部しか知らない、仮に知っても理解が追いつかない。
◇人名、言語など、無茶ぶりが多いと思います。ゆるい世界観です。ファンタジーくらいに思って大目にみてください。
◇戦闘シーンなどでは、残酷な描写があります。
─────────────────────────────────────────
長いぞ、一言で言え。
「西暦3000年だけど中世ヨーロッパ風なオリキャラオリ舞台のまどか☆マギカSS」です!
では、この無茶振り世界のSSに付き合ってくださる方、続けてご一読ください。
32
バリトンの村人の墓がいくつかたてられたこの丘は、青白い冬の寒空の下、村はずれにあった。
山麓につながるこの丘の山道の、森の木々を覆う青葉に雪の白が残り、ひたひたと雪解けして透明の水滴を土に浸す。
円奈は、道を戻る途中、自分の両親の墓は、たてようともしてくれなかったのに、他の村人のために墓をたてている墓掘り職人にはちあわせた。
最近死んだというバリトンの若い女性を埋めるための穴をスコップで掘っているのであった。
ザクッ。ザクッ。
雪解け水で冷たく塗れた土を掘り起こす墓掘り職人たち傍らには、綺麗な女性が布に全身を包まれて墓穴に横たわって、虚ろな目で冬空の灰色をみあげている。
「自殺者に弔いは許されないのに」
と、墓掘り職人は、いったんスコップ持つ手を休ませると言った。「俺たちが掘った墓に埋められる。理屈にあわない」
「悪魔は計算高いんです」
もう一人の墓掘り職人がいった。土を運び出すための一輪車がその傍らに置かれている。
「この女も悪魔に魂を?」
最初の墓掘り職人は、スコップ持つ手を再び動かすと、土を掘り続けた。
「さあどうだかな」
冷え込んだ会話を続ける二人を横目に、円奈が通り過ぎる。ちらっと布に包まれた女性を見たが、知らない人だった。
綺麗な女性だったが、その虚ろな瞳は乾ききっていた。
私の両親には、墓をたててもくれなかったのに……。
その冷たげな円奈の視線に気付いたのか、本人が去ったあとで、墓掘り職人たち二人が、バリトンの外れの少女の陰口を叩き始めた。
「あの女こそ悪魔に魂うる女だ」
小さな声でこそこそ話しだしたが、その声は円奈の背中に届いていた。
いや、わざと円奈に、ぎりぎり聞こえるくらいの声で話しているのかもしれない。
「夜な夜な魔術の本を持ち出し、魔法を学んでる」
「墓掘りしなかった恨みでは?」
「だれが領主殺しの墓なんかたてられるか」
と、スコップ持った職人がすぐに答えた。「悪魔を呼び寄せる女だ」
背中に刺さる墓掘り職人達のそしり話を全部、耳に受け流した。
円奈は、聞こえないふりして去った。
そうして円奈がいなくなると、墓掘り職人たちも穴を十分な深さに掘った。
掘った墓穴に女を埋めようとした職人だったが…。
「待て、ひとつ忘れているぞ」
と、もう一人の職人、恐らく立場では親方であろうほうが、手下に命じた。
「自殺者だ、首を切れ」
と、親方は指示した。口から白い息とともに命令がくだされる。
「しかし、若い女ですよ」
若手が戸惑いをみせる。しかし親方は冷徹にも再び指示した。
「この世界が円環の理だろうとなんだろうと───自殺者は地獄いきだ」
反論を許さない厳しい口調で、あごで命じる。「切れ」
びゅううう───。
冬の風が冷えた空気を切る。
「なぜ自殺を?」
若者はまだ躊躇している。
だが、親方は冷淡に言った。「その女は娘を父に捨てられたのさ。そして自殺した」
「…」
手下はしぶしぶと、斬首用の斧を手にもった。布に包まれた、若い綺麗な女性の首筋を見つめる。
「斧はあとで戻せよ」
親方に命じられ、手下はすると───。
一呼吸をいれて。
死んだ女の首筋むけて、斧を思い切り振り落とした。
次回、第2話「バーニング・ザ・パスト」
第2話「バーニング・ザ・パスト」
33
墓掘り職人たちからの陰口から離れた鹿目円奈が、家に戻った。
石を積み上げた壁と、藁でおおった屋根の、古めかしい家は、幼少時代のときと変わらない。
そこに、誰もいないのも。
ぽつんと村の外れにある家。
はずれ者。
それが、生まれて物心ついた頃から自分に与えられた立場だった。
私はおこぼれで今まで生きていて、ろくに税も納めないのに、村人の顔して井戸を使い、水をもらって、収穫された麦とパンをわけてもらって──。
幼少時代は分からなかった、バリトンの人たちの悪口や、冷たい視線の意味は、この年頃になると、円奈にもだんだん分かってきていた。
古びた木の扉をあけて、円奈は家に入る。
扉の蝶番の錆びた音がキィと鳴る。
家の屋内は暗がりに満たされ、石壁は冷たく、暖炉の薪は湿って、毛布は使い古され破けていた。
中心におかれた木のテーブルには羊皮紙の本がいくつか置かれ、その横に溶けたろうそくが立っていた。
その本には目を当てずに、円奈は、部屋の片隅に寄せておいた、自分の弓矢を手に取った。
イチイの木材で作ったその手作り弓矢をとって、また外にでる。
ガシッ。
自分の身長くらいある、その弓矢を肩にとりつけ、白い手袋を嵌めると、その日の獲物を求めて狩りに出かける。
34
その夜。
冬の寒さに冷え込んだ辺境の地バリトンの夜に───。
一頭の黒い馬が、蹄の音を鳴らしてゆっくり歩いていた。その馬を操る者は、ただの人ではない。
”彼女”もまた、世界にもはや広く知られた魔法少女と呼ばれる存在の一人である。
その女は、正体を隠すように、全身をローブで覆い隠し、その顔も髪型も隠していた。
端から見れば暗いローブに身を包んだ亡霊が、冬の寒さのなかをぶらついているようで不気味である。
事実、そのローブに頭を覆い隠されては、顔も、その鼻までしか露にならないのである。
その鼻と口元だけでは、ローブに顔を隠したこの魔法少女が何者かなど、分かるはずもない。
その何者かを乗せた黒い馬が、目的地につくと、大人しく歩をとめた。
黒いローブの何者かが、手綱をひき、そして馬から降りる。そのとき、ファサァっと、長い黒髪がローブから垂れた。
というまも、その魔法少女がローブを外し、その顔を露にしたからである。
そのとき来栖椎奈──バリトンの領主──は、訪ね者の存在にまだ気付かず、この夜も領主としての仕事に勤めていた。
この時代の村の領主の仕事というのは、例えば、役人が羊皮紙に書きとめた、農民の納税額のチェックであるとか、その納税額と財政を頭に入れて、民のためにどれほど物資を供給できるか考え、また実行したり、他さまざまな、農地開拓や農具開発、井戸修築の費用の認可をだしたりするといった、毎日お決まりの仕事であった。
民を魔獣の手から守る義務をおう領主たる魔法少女は、このような仕事もこなさなければならなかった。
椎奈はいままさに、ろうそくの灯かりで、羊皮紙に書き留められた記録を読んでいたのであるが、ふっと疲れた目を休憩させるため、いちど天井に目をむけた。
首をあげ、こげ茶の瞳をパクチリさせる。
するとそのとき、外で吹き荒れた冬風が、隙間風となって部屋に入ってきた。
渦まきながらひゅーっと部屋の奥にいに入り込み、すると中のろうそくの火が一瞬消え入りそうになった。
ろうそくの火が激しくゆれ、ごうっと風にゆれる音をだし、照らされた部屋が一瞬だけ暗くなる。
もし、虫の知らせというものが本当にあるならば、間違いなくその屋内の変化は、ただならぬ来訪者を知らせるものであった。
というのも、その直後、トントンと、領主の扉を叩くノックがしたからだ。
「ふむ」
椎奈が鼻を鳴らして顎をつかみ、仕事を中断すると、席をたちドアを開いた。
カチャ。
蝶番の音鳴らして扉が開くと、外で吹き荒れる冬風と粉雪が猛威をふるっていた。
その冬風のなかローブをはかめかけてそこに立っているのは一人の影。
椎奈の前に立っていた訪問者は、この冬の夜のなか、黒い髪をゆらしていた。
その冬の冷たさにも劣らぬ、冷静な紫の目を領主に向け、ローブに隠した正体を全部、部屋の明かりの前に現す。
「よくぞ参られた」
と、領主は訪問者に頭をさげると、礼をした。「暁美殿」
「ここは前と変わらず────」
訪問者は、領主の門の前で村を見回すと、小さな声で、そっと告げる。「平和なのね」
「では、エレム国は?」
椎奈は聞き返しながら、訪問者を部屋へ迎え入れた。
ローブを羽織ったほむらが中に入ると、カチャと扉が閉まる。
「あれから収集に応じた国の諸侯と兵が集まって───」
ほむらと椎奈は、互いにむかいあうテーブル席に座る。何本かのろうそくの火だけが、二人の間を照らす明かりになる。
「多くの援軍が集った」
意味ありげな視線で椎奈をみる。「五万と六千といったところかしら。あなたたちを抜きにしてね」
「なるべく円奈を連れ出すなと私にせがんだのはそなた自身ではないか」
椎奈が言うと。
「そうね」
冷たい雰囲気の訪問者は、やっとほずかに微笑んだ。「約束を守ってくれて、私は嬉しい」
鹿目の話題になるとこの”預言者”が、硬い表情を綻ばせることは、何年以上にもなる付き合いで、椎奈は知っていた。
とわなる世代を通じてその血筋を守り続けてきた。それがどれほど長いかは、領主は知りえない。
だがとにかく、円奈を、聖地争奪戦のような危険に巻き込まず、この平和で静かな村に、とどめて見守るよう、椎奈はほむらと約束していた。
「だが、雪夢沙良も聖地奪還に本腰では?」
「それは私たちの問題」
ほむらがすぐにそう答えた。それから、話題を変えた。「あの子は?」
「すくすく育ってる」
椎奈が、わずかに微笑むと、答えたが、少しだけ寂しげな声も混じっていた。
「今日も狩りに出かけているのを見た」
ほむらが、少しだけ怪訝そうに眉を細めた。「狩り?」
「自分の農地をもてなくて、日々の生活を狩りで繋いでいるのだ」
「そう……」
声は悲しげだった。
「ずいぶんと弓も達者になった」
と、今の円奈を知る椎奈は、そう語る。「剣の扱いも覚えたし、矢は自分で作った」
「弓が達者、ね……」
ほむらはそう言いながら、懐かしそうな表情をした。まるで誰かを思い出すようだった。
「ほむら殿、円奈は……日に日に母の血を目覚めさせている」
椎奈は急に、重苦しい口調になってほむらに告げた。「私にはそう思える」
ほむらの紫色の冷たい目が、ただ話し相手を平静に見つめ続けている。
「自分の力で読み書きを覚え──魔法少女と魔獣の存在を自力で学習した。それだけではない」
聞いているほむらの目つきが、少し鋭く細くなる。
「”神の国”のことも本でもう知ったみたいだし───魔法の使い方を覚えようとしている」
椎奈のこげ茶色の瞳が、ほむらをまっすぐ見た。
「孫子呉子も暗記しているのだ。暁美殿。円奈をこの村に引き止めておくのも、限界が近いかもしれん」
「そういわないで」
すぐに本調子に戻ったほむらが、冷静そのものの口調で、言い返す。「エレム国にはもう十分の兵力が集まっている。あなたたちはこれからも、収集がきたとしても応じる必要はない」
「ふむ」
すると椎奈は、顎を掴んだ。考えるような仕草のまま、問いかける。
「それで雪夢沙良に───勝てるのか?」
「さっきも言ったでしょ。それは私たちの問題。それにここは平和じゃない。みすみす戦火に飛び込むこともないでしょうに」
話はもうおしまい、とばかりにほむらが席を立つと、ローブをまた頭にかぶった。長い黒髪が布のローブに隠れる。
そして扉開き、冬の夜へと出ようとする。
「まて。”預言者”よ」
去ろうとするほむらに、椎奈が、テーブルに座ったままで、呼び止めた。
「円奈に────会わなくてよいのか?」
そう、訪ねる。
「今はいいの」
ほむらは椎奈に背中を向けたままで答えた。ローブに隠れた表情からは、本人がどんな顔しているのかもわからない。
領主の家のそばに待たせておいた馬に、足を乗せて跨る。
「今回はあなたに話しにきただけだから」
「ふむ」
椎奈はまた顎をつかんだ。「円奈はそなたをみたら、喜ぶかもしれないのに?」
「それはきっと、いけないこと」
馬に跨り、背中を丸めたほむらの後ろ姿が、すこし寂しげであった。
が、彼女は、いつの間にやら覚えてしまったエレム国の言葉で、馬に命じた。「アイビムナン」
静かに、黒い馬はほむらを乗せて歩き出す。
椎奈が扉を半開きにしたままで見送るなか、訪問者はバリトンの冬の夜闇へと消えた。
すると椎奈は、雪の降る夜空をみあげた。
その頬に、白い雪が、ぽつぽつと落ちた。
35
暁美ほむらは、冬の粉雪が夜風にのって舞う森道を、一人で馬を歩かせ進んだ。
ここから神の国へ戻るまで、数ヶ月はかかるだろう。
ルートは覚えたにしても、安全に帰途につくためには幾重も回り道をしなければならない。
丘にさしかかり、山麓につくと、そこには墓があった。
白い月明かりに照らされた、墓石が。
墓石の前に不自然に盛り上がった土はまだやわらかく、そこだけ色が濃く、新しく埋められたばかりの痕跡であることを物語る。
恐らく今朝あたりにでも、墓歩掘り職人が死人を埋めたのであろう。
墓石に花がないのは、死人が、自殺者であることも物語っている。
その墓石の前を馬で通り過ぎるとき、ほむらは、ソウルジェムを嵌めた左手を胸元に寄せ、そっと目を閉じた。
”私が生まれたあの時代から────魔法少女の数はあれからずっと増えた。それだけより多くの希望が叶えられた”
胸の中で、死者を悼む。
”それだけたくさんの希望が叶えられるようになった時代なのに───あなたは希望に、見捨てられてしまったのね”
世界が組みかえられる前、ほむらがワルプルギスの夜と戦ったころの時代は、魔法少女の数も、今ほどは多くなかった。
むしろ人間のほうがずっと、多数派だった。
今では、魔法少女のいない町や村を世界中で見つけることすら困難だろう。
それだけ多くのソウルジェムが生み出され、希望が叶えられたはずなのに、この世界はまだ、悲しみと憎しみばかり繰り返している。
自殺者の前で悼んだほむらは、そっと目を再び開けると、馬を進めた。
ところが、さらに馬を進め、森に囲まれた山道を進んでいると、不意に、ひとつの家に辿り着いた。
「あ…」
そこでやっとほむらが、しまったというように、目を見開く。
いや、こんな時間だ。寝静まっているだろう。
正体を隠したローブに顔も隠したまま、そっと馬で通り過ぎる。
だが、改めてあの子の家の前をこうして通ると、村から外されてぽつんとそこにあるのをこの目で見てしっまて、どうしようもない感情が胸にこみあげてくる。
「あなたは今も、みんなの輪に入り込めず───取り柄を見い出せない自分に苦しんでいるの?」
つい、独り言のように、家のなかで寝静まっているであろうあの子に、問いかけてしまう。
「でも耐えて。私も生まれたときそうだった。あなたはあなたのままでいなさい。苦しくても、自分を変えようだなんて思ってはだめ」
相手が聞いているわけでもないのに、そう話しかけてしまう。
だが、だめだ。
いまここで会えば、私はあの母のときと同じ過ちをおかしてしまうだろう。
聖地で起こっていること。ほむらはそれを知っている。
魔法少女たちの救済である円環の理。一人の少女の犠牲によって創られた新しい宇宙の理。
それは、救済であるからこそ、多くの魔法少女たちに、聖地をめぐる狂気めいた争奪戦が起こる。
円環の理は悲しむだろう。全ての魔法少女の救済神が、その救済地をめぐり、殺し合う魔法少女たちをみたら。
だれが止めてくれるのだろう。だれが”聖地”に平和を打ち立ててくれるのだろう。
すべて、自分が、まどかのことを覚えているのは自分だけというのが、あまりにも悲しくて、自分たちが救済され導かれてゆくのを、当然のように思っている魔法少女たちに、まどかの犠牲のことを知ってほしくて、この国の土地でかつて一人の少女がかなえた奇跡のことを、円環の理の誕生の秘話のことを何百年も語り継いだせいだ。
西暦3000年、かつて見滝原と呼ばれていた土地は聖地になった。鹿目まどかの犠牲は、多くの魔法少女に知れ渡り、伝説となったが、そこはついに、奪い合いの場所になった。神の国と呼び、その国に入れば、救済神の神秘を、魂に感じ取れる、というのだ。
それは、ほむらにとっての、”葬るべき過去”ともいいたい、功罪だった。
「ん…」
そのとき、家の中で、毛布にくるまった円奈が、寝返りをうった。
夢の中で、なつかしい人物を見ていたからだ。
なつかしい…?
私になつかしい人なんて…いないのに。
「うう…?」
その感覚がなんだか不思議で、思わず目が覚める。
あ、そうだ、外で物音がしたんだった。
「誰かいるの?」
そっと、扉に手をかける。恐る恐る扉をあげる癖は昔から変わらない。夜にくる訪問者といえば、だいたいが、嫌がらせの役人たちだったからだ。
だが、扉を開けると外に誰の影も見当たらなくて、しとしと降る雪粉が地面に落ちるだけであった。
そこに、誰の気配も、人影もない。
すでにほむらは、粉雪のふる森道の奥へ、去ったあとであった。
すれ違ってしまったこの二人が再会───いや、初対面を実現させるのは、神の国においてである。
36
その次の朝がきた。
雪覆う山巓の連なる山脈と山脈のあいだから、白い朝日の光が差してくる。
深緑が覆う山麓の森に積もった昨晩の雪は、解かされて透明な雪解けの水滴になってぽつぽつと落ちる。
チュンチュン…
丘の上に立った鹿目円奈の家を、日差しが山峡の下のバリトンの村よりも早く照らした。
晴れた冬空の日差しが家を照らすと、まるでそれを待っていたかのように、家から鹿目円奈が飛び出してくる。
「んー…」
思い切り羽のばすように、両手を思い切り高くして背筋も伸ばすと、朝の空気を思い切り吸い込んだ。
山峡から差し込んでくる日の光を存分に浴びて、満足そうに伸びをする。ピンク髪を存分に太陽に晒してみせる。
これが鹿目円奈の一日の始まりである。
相変わらず、一人だけのはじまり方だったけど。
天気がいいと、それだけでなんだか気分がうきうきして、今日こそは本当になにか、いいことがあるんじゃないかなと期待してしまう。
「さて、と!」
この朝の儀式をすますと円奈はまた扉を通っていったん家に戻る。
自作の弓矢と、革ベルトを持ち出して、ついで手袋をしっかりと手にはめる。
するとまた外にでて、しっかりと一日のはじまりに装備を済ませるのである。
ベルトはチュニックを着た自分の腰にしっかり巻きつけ、そこにぶら下げた鞘に剣をしまい込む。
円奈の、自作の弓矢はロングボウといった。
1.2メートルという、身長ちかくもある大きなそれは、イチイ材でつくった木材の弓であった。
弓の弦は麻を結んだ。手ににぎる部分にも麻を巻いて、グリップをつくった。
鞘に納めた剣は、鋼鉄製であり素材は切れ味するどいものだったが、長さは50センチ程度しかない短剣だ。
円奈は、実際にこの剣を使うことは経験上、ほとんどなかった。けれどもこの世界は、どんな危険があるかも分からないから、護身用として身に着けている。
これも、自分が狩りした動物との交換で、市場でやっと手に入れた武器である。
「よおぅし!」
と、元気づよく声だして、身長ちかくもある木の弓矢を手に、丘をくだって、村へいく。
一人でなら、そこへいきけるくらいの勇気は、もうもっていた。
村へ降りると、まず井戸へいって、桶を投げ入れると、パシャンと音がした水面から桶をつるべで吊り上げる。
滑車つきのつるべを一生懸命ひいて、水の溜まった桶をようやく手にとりだす。
「ん…」
ごく…ごく…と、喉の音ならして飲む円奈の朝一番の水は、一日において数回しかありつけない飲み水のうち最初の一回である。
だが、円奈が桶から水を取り出した本当の目的は、飲むことではなかった。
桶の水をバケツへと移して、バケツに入れた水をそのまま村で持ちはこぶ。
さっそく山峡の農地にでかけていく村人達や、洗濯をはじめた女たちと目があったが、その険しい洗濯女たちの視線のなかを進んで、円奈は、村の馬小屋へと向かう。
「よっと…」
バケツから水が漏れないように両手で持ち運ぶ。弓矢はこのとき、背中に取り付けられていた。
汲み上げられた水がバケツのなかでびちゃびちゃと揺れる。
それをこぼさないように馬小屋へ運び、円奈は、バケツを愛馬の前においた。
円奈の馬は厩舎の仕切られた中で一番奥の場所にいた。
どこの村でも同じで、ここバリトンも、農具をひかせたり荷車をひかせたり、あるいは移動のために馬を飼っていて、円奈もその厩舎に自分の愛馬クフィーユをそこに飼っているのだ。
愛馬の前にたつとバケツをおき、仕切りを外した。
「クフィーユ、おはよ!」
と愛場に話かけ、さっそくバケツの水にタオルを浸して、身体を洗ってやる。「元気にしてた?」
少女に話しかけられた馬は、つぶらな瞳で鼻だけならし、バケツに頭をいれて水を飲んだ。
「あ、ちょっとまってよ、クフィーユ」
少女が少し慌てる。「洗うのが先だよ」
馬は水を飲みづつける。
「もー」
困ったように、ピンク髪の少女が唸った。「水がなくなっちゃうよー。私だって我慢したんだからね」
そんな馬の頭の茶毛を撫でてやりながら、水に浸したタオルで馬の身体を洗ってやる。
この時代の馬は、20世紀の言葉で言う競馬や、馬術の競技につかわれるような、立派な馬はなく、もっと小柄であった。栄養が少ないためだ。どの草にカルシウムが多いとか、そんな知識は、失われていた。
だが逆にいえば、小さい馬が多かったからこそ、円奈をはじめ、多くの少女や魔法少女が、乗馬をものにしたのであった。
馬を洗ってやると円奈は、厩舎からクフィーユを手袋はめた手で手綱をひくと引き連れ、外にだすと、ばっと勢いよく馬に乗り込む。馬具は高級品であったから、円奈には買えなかったが、轡以外は馬具なしで円奈は馬を乗りこなした。
「今日もがんばろう!」
そういい、馬にまたがったピンク髪の少女は、元気よく言って、手綱にぎると、駆歩の合図を足でだして馬を走らせた。
「いってきます!」
バリトンの村の番人にそう勝手に告げて、村の門を猛スピードでくぐって、勢いよく村から自然へと飛び出した。
駆け出した馬に乗る少女に挨拶され、そしてあっという間に草原のむこうへと馳せていった少女の後ろ姿を、あっけにとらされた番人たちが見送った。
ところで、その背中を見ていたのは、番人だけではなかった。
腰に手をあて、しかめっ面で、すっかり成長した鹿目円奈の乗馬する姿を見ているのは、バリトンの少女騎士である。
五年前、一緒に市場に参加していた少女騎士は、いまは、少女騎士というよりかはいっぱしの騎士と称するのが適切な、22歳の騎士になっていた。
一人前の騎士に成長した彼女は、希香(ののか)といった。
「椎奈さま!」
ふくれた顔で、彼女は領主の家にずかずか入り込む。「みましたか、ねえ!…あれ?」
希香がみると、領主は、椅子に座って腕組んだまま、寝息をたてていた。
「もう、おきてくださいよ、椎奈さま!」
椅子で寝息たてる領主の肩をゆさぶる。
「ぬう?」
来栖椎奈がわずかに唸って目を覚ますが、まだ寝ぼけたように目を細めていた。
「もう、椎奈さまったら、きいてください!」
そんな寝ぼけた領主の耳に、希香は懸命に、自分の主張を叩き込もうとする。「あの女ですよ、あの女!」
「どうした、なんだ」
問い返すが、しかし椎奈はまだ寝ぼけていた。「魔法少女の朝は遅い。後にしてくれないかな」
「そうもいきませんよ!」
肩をさらにゆさぶる。「あいつ、鹿目が、また狩りにでかけていったんですよ!」
「土地を持たぬ子だ。私は許可している」
椎奈がうとうとしたままでぼんやり答えると、対照的に、希香は声の音量をあげた。
「あなたが許可しても、隣の領主が許可していませんよっ!!」
と、激しくいきり立って、目をぎゅっと閉じて声高にがなる。「どうするんです、隣の領主の山のぶんまで、狩りなんかしたら!むこうの領主は黙っていません!」
「ふむう…?」
目ぼけて焦点のまとまってない目をしたまま、ようやく椎奈が頭を回しはじめた。
腕くんだまま唸り、目をぱちくりさせ、意識を覚ます。
「どっちにいった?」
「キリトンのほう、メイ・ロンのほうですっ」
ようやく自分の意見を聞きいれてくれたらしい領主の反応に、やっと希香がぱっと顔をうれしそうにして、いう。
「ささ、はやく、連れ戻しに?」
「仕方ないな」
リンネルの下着の服装のまま起き上がると、希香に目で扉を閉めさせるように合図し、すると、下着を脱いだ。
椎奈は生まれたままの姿になった。
「着替えを」
手早く部屋に立てかけられた羽毛のコートを着込み、その上からジャジャラ音のする鎖帷子を、希香によって着せられる。
「魔法少女が年取らないって───」
鎖帷子が着込みおえると、毛織物の上着を希香が羽織らせる。「本当なんですね」
と、あれから22歳の大人になったバリトンの騎士が、からかい気味にたずねる。
「私はジェムの長持ちのために怪しげな儀式する口でない」
鉄製の掛け台から、1メートルくらいはある、柄頭には赤い宝石を埋め込んだ鋼鉄の両刃剣を取り出し、希香にベルトを腰に巻いてもらい、鞘に剣を納める。
扉をあけて外にでると、村の小屋と背景に広がる山々が目に入ってくる。
「夜の魔獣退治に───」
この短時間で武装姿になった椎奈は手袋を手にはめながら、希香を従えて馬小屋へとむかう。
「朝は領主同士の勢力均衡か」
馬を連れ出すと、ばっと乗り込む。「魔法少女は大変だな」
呟く口から漏れる息は、わずかに白い。
手綱を手に取り、腕と水平に保つ。
「魔法を授かったあなただからできることです」
希香が椎奈の呟きに口添えした。彼女もすでに馬に乗りこんでいた。
椎奈が馬を馳せて進み始めた方向に、希香も従ってついていく。
二人そろって進む馬の足の蹄が、地面を踏みつけ、そして、村の外へでる。
「いってらっしゃいませ、椎奈さま」
こんどは番人もちゃんと挨拶をした。槍もったままで領主の外出に頭下げて挨拶する。
領主の来栖椎奈でこそ知っていたが、番人の給料は、希香のような騎士よりかは遥かに低かった。
37
そのとき、キリトンとの境の山では────。
ババッ!
森の木々のなかを駆け抜け、獲物を追いかける円奈の姿があった。
何十本、何百本という森の木々が並び立つなかを猛スピードで馬を馳せ、獲物を追うのだ。
ちなみにこのとき、円奈が狙っているのは野生のウザキ二匹である。円奈と遭遇し、馬で追いかけられるや、凄まじい速さで森のむこうへ逃げ去った。
「逃がさないぞ!」
と、円奈は馬を走らせ、二匹のウサギを追ったが、厳しい狩りになりそうなのはもうわかっていた。
「シチューしてやる!」
うさぎが、草むらのむこうに逃げ込んでしまうまでの一瞬の隙ねらって、円奈が弓矢を構える。
弓矢は、縦向きではなく水平に持って、狙いを定めた。小さい標的をねらうときは、この持ち方のほうが仕留めやすいのだ。
馬が全速力で駆けるその激しい動きに、弓で狙い定めるのが上下に揺さぶられる。
それでもタイミングみはからって、逃げるウサギの白い背中に番えた矢の先をあわせて────。
「とぉっ!」
ビュン!
円奈が馬上から弓を放った。
弦がしなり、一本の矢は、逃げるうさぎへまっすぐ飛んでいった。が、ウサギは飛ばされた矢があたる前に草むらへ身を投げ込んだ。
その直後、弓にはじき出された矢が草むらの枝にバチンとあたり、はじけ飛ぶ。折れた矢の軸が宙へ跳ね返った。
「逃がしたあ!」
悔しそうに、馬をとめると、首あげて喚呼した。「おしかったのに!」
それから、自分を元気づけるように、自分に声かげした。
「ううん、これからだよ、まどな、これからだ。次は外さないっ…!」
馬を降り、馬の轡をひいて、場所をうつした。
林をでると、それなりに高い崖にでた。そこからは、バリトンではなくキリトンの領地が見下ろせる。
遥か遠くに、かつて椎奈に市場につれていってもらった城が、とても小さく見える。
「調子はどうかな」
「あっ!」
不意にかけられた声に、おもわず円奈が目を丸くして、驚いた顔をした。その顔は、すぐに嬉しそうな顔つきにかわっていった。
「椎奈さま!」
元気よく領主の名前をよぶ。それから、嬉しさは隠しきれてないまま、そっとたずねた。「どうして私のとこに?」
「ここは、メイ・ロンの山でなかったかな」
椎奈は優しげに微笑みながら、しかし指摘の言葉をつげた。
「うーん……私には境がよくわからなくて……」
頭に手をあて、目で空をみあげる。「メイ・ロンさんかぁ……お話したこともないけど…」
「自分の領地を荒らす者には厳しいお方だ」
と、椎奈は言った。
その後ろで、希香が、ぎしぎしと歯軋りして敵意ある目で円奈を見つめている。
「あ、荒らすだなんて、そんな!」
慌てて、両手をあげて、否定の意をしめす円奈。「私は、そんなじゃなくて、その…」
「教え存じよう」
椎奈がすると、鞘から赤い宝石の埋め込まれた剣を抜いた。1メートルもある鋼鉄の剣がギラリと光った。
「我らが領土とメイ・ロンの領土の境は───」
「う…」
魔法少女が鞘から剣を抜く動作をみて、思わず身構える。
「ここから──」
口で言いながら椎奈は、剣の先を土にめり込ませると、ザーーーっと剣で線を描いた。
崖っぷちからひいた線は、円奈の馬の、蹄の横を通り過ぎた。
「ここまで、といったところかな」
「ひええ…」
円奈が唸って、身じろく。あのメイ・ロンの領土のすぐ横の、ウサギを狩ろうという事実を知らされたのだから。
「あぶないところだったんだあ…」
「あなたさあ、なに?それ」
すると椎奈の後ろに付き添っていた希香が、訝しげに円奈の手に持たれている弓矢を指した。
「なに、それ、ロングボウでしょ?」
「そうだけど…」
椎奈と会話するときとはちがって、村の騎士と話すとき、急に不安げに顔を曇らせる。
胸元に手をあて、緊張してこわばった顔つきで相手に答える。
「なに、じゃああんた、馬上からロングボウ撃てんの?」
相手の神経を疑うような希香の驚愕の目が、円奈を見つめた。
「う、うん、そう……いっぱい、練習したんだよ」
自分で言ってることのすごさを、そんな自覚してない円奈とちがって、希香は、おどろいて素っ頓狂な声をあげた。
「まじでか!」
「今日だって、これくらいは捕まえたんだから」
そういって円奈は、袋に入ったものをドサと落として見せた。
なかには、矢に射られた野鳥が、何匹か入っていた。
「矢の腕を随分あげたそうだな」
椎奈も少し驚いたような顔みらながら、そう問いかけた。
「うん、いっぱいいっぱい、練習、しました────その」
そこまで言うと、円奈は、急に顔を赤らめて、もじもじと恥ずかしそうに言った。「魔法少女ごっこで…」
「”魔法少女ごっこ”?」
椎奈がおかしそうに聞き返すと、その隣では、希香がぐっと笑いこみあげた顔を背けた。
とはいえ少なくても椎奈はその遊びを円奈がしていることは知っていた。
「もう遊び相手がいなくなったのでないのか?」
「うう…」
恥ずかしそうに俯く円奈がわずかに顔を動かして、そっと頷くと、言った。「だから、一人で矢を練習してたの……」
ところで魔法少女ごっこは何かというと。
これは、つい数年前までの、鹿目円奈の様子の回想である。
まだ、自分がもっと成長したら、魔法少女になれるに違いない!と信じて疑わなかった頃の回想だ。
「はぁーっ!!」
みたいな掛け声あげて、(円奈)が自分で効果音つけながら変身(のふり)をする。
ソウルジェムに似た丸い石を掲げて、「魔法少女・鹿目円奈、参上!」と叫ぶ。
そしたら剣なり枝なりを持って、相手の子とチャンバラごっこ。
ずっと昔からあったヒーローごっことほとんど変わりのない、ほほえましいくらいの子供らしい遊びだったのけれども。
どうもここバリトンの村では、それがいけないらしい。
”魔法少女の真似させるなんて、とんでもない!”
円奈の遊びに付き合わされた少女達の両親はそう叱り、円奈と遊ぶことを控えるようにした。
両親にとって、娘が魔法少女になることは、それはとめどめのないこの魔法世界の戦乱に巻き込まれていくことに他ならないのであり、そのことを自分の娘に願う両親はいなかった。
それに、村の親たちは、円奈の出生を知っていたから、それを知らぬ子供から、円奈を遠ざけようともしていた。
だから円奈は、次第に遊び相手も失って、気付いたら一人ぼっちも同然の状態になった。
そんなこんなで遊び相手をなくした円奈は、しかしそれでも一人で魔法少女ごっこを続けて、気付いたら弓矢の腕が上達していた。
見えない相手に一人でちゃんばらごっこするのも流石に飽きたので、円奈は弓矢を使い始めた。
頭の中で変身モードになると、(このとき、誰もいない森のなかで一人、魔法少女鹿目円奈、参上!と叫ぶ)弓矢を取り出して、馬に跨って、馬を進めながら事前に用意していた的を射止めるという遊び。
いわゆるやぶさめ。
それを毎日のようにしていた円奈は、才能もあったのだろうか、弓矢の腕がどんどん上達し、時には空を飛ぶ野鳥さえ射止めた。
そこで円奈は、私が魔法少女に変身するなら武器は弓矢だ!と確信したらしい。
それからも円奈は、魔法少女ごっこで弓矢を射るたび、「ぴゅー!」とか「ぴょーん!」とか自分で効果音つけて、矢を放つことが多かったけれども、最近それが実は恥ずかしいことだと気付き、今は無言で弓矢を放った。
それでもたまに、「とぉーっ!」とか「とりゃぁーっ!」と掛け声あげるときはあったけど、それは集中力と気合をいれる掛け声だ。
話をいまにもどそう。
「それにしても、まっさかロングボウをそこまでマスターしてたなんてねえ」
バリトン騎士・希香が、まだ驚きを隠せないといった様子で、珍しく円奈を褒めた。
珍しくどころか、初めてかもしれない。「それだったら、もう戦えるんじゃない?」
「たたか、える……?」
一瞬、何を言われたのか分からない、というように、呆然と繰り返した円奈だったが、だんだん、その意味を頭で理解してきたらしく、希望に満ちたような顔になった。「私、戦えるの…?椎奈さまのおそばに?」
「希香、あまり円奈をその気にさせないでくれたまえよ」
「えぇ?」
領主の意外な反応に、妙な声だしてしまった。いつもこの、税さえろくに納めぬ半分流浪の身も同然のこの女に、特別に目をかけてやる椎奈のことだから、ほめてやるぐらい大丈夫だと思ったのに。
「馬上から”長弓”射てるんですよ」
と、少女は続けて言った。「騎士になれます」
椎奈は目を瞑って、腕くむと、首をふる。「それだけではなれん」
そのとき、バサバサバサっ…という羽ばたく音とともに、森から一匹の野鳥が、木から飛び立った。
その野鳥の声を追って、椎奈と希香がなんとなく空をみあげる。
ただ一人、円奈だけが、別の動きをみせていた。
素早い動きで弓に矢を番え、ギギイと弦をしぼり弓を上向きにして。
ビュン!!
という弦のしなる音とともに、矢が空へ弾け飛んだ。
次の瞬間、椎奈と希香の二人がみたのは、青い空へ飛び立った野鳥が、その途中で、飛んできた矢に射抜かれて、ドスンと足元に落ちてきた光景であった。
椎奈と希香が二人同時に首を下に落とす。その目線の先には、足元で、まだ羽をばたつかせもがいている鳥の姿があった。
「たしかに、随分と矢の腕をあげたようだ」
と、椎奈はぽつんと呟いた。
鳥は、ぎりぎりバリトン側の境界線の内側へと落ちた。
38
それから椎奈と希香は村へと戻ったが、円奈はまだ山に残った。
時刻は夕方になり、狩りを終えると、丘へと向かったのだ。
今日の収穫は野鳥がほとんどだったが、その獲物を袋につめ、持ち帰る途中、両親の墓のたてられた丘へ立ち寄るのは、円奈の習慣だった。
撃ち終えた矢と、外した矢を回収しおえて、筒にしまうと、丘に戻ってくる。
手で持った袋には、矢に射られた鳥が数匹か、入っている。
その、鳥の死骸を入れた袋を引きずったまま、円奈は、丘から、夕方のバリトンの村を見下ろした。
山脈の下に連なる農地は、バリトンの民のものである。
農地はひろく、山の麓からずっと、ひろがっていた。
なのに、私には、農地を持つことも、許されなくて、こうして日々を食いしのいでる。
「……神の国」
ふと、夕日に照らされ山の麓が赤く染まってきたとき、ぽつりと、円奈が口にそうした。
それは、あの山のもっともっとむこうにあって、来栖椎奈をはじめとして、世界のすべての魔法少女のとっての、聖地であり、救いの場所である国。
そこは魔法少女にとっての救いの国といわれる場所であるけれど、円奈には、まるでそこが、こんな自分の境遇から救い出してくれる場所であるような気がした。
成長したら、魔法少女になれると思っていた。
魔法少女になれたら少なくとも自分の運命を変えられる気がして……。
そして、魔法少女になったら、きっと一度でいいから、神の国へ行くんだって、夢見てた。
あれから数年たって───。
それもこれも、全部、かないっこない夢なんだと、現実を知ることになった。
魔法を使えるようにはならなかったし、神の国へ行きたい────そんな夢さえ、叶わないんだと、知った。
夕日がおち、深い赤色に染まりつつあるバリトンの山麓を眺める。
その赤い空と、あかね色の雲を眺め、その遥か先にある神の国を夢見る。
そう────何も知らなかった、あの幼少時代とはもうちがう。
15歳にもなって、円奈は、この世界が、どういう社会の仕組みにあるのかを、バリトンで日々暮らすうちに、分かってきていた。
腕がぎゅっと弓矢を握り締める。
真っ赤に燃え、山に隠れ日を失いつつある夕暮れの村を、見つめる。
そう、この世界は一言でいうと、封建社会。
農民は領主のために、一生その土地で働く。
それはつまり、生まれの領地に、一生縛り付けられることを意味する。
生まれの身分、生まれの土地、生まれの職業が、そのまま死ぬまで、継続される。変わることは絶対にない。
そういう仕組みの社会。
農民として生まれたなら、一生、農民のままだし、貴族として生まれれば、一生、貴族である。
生まれながらの身分が死ぬまでの身分を決定する。
そういう、社会の仕組みが、だんだんとわかってくるうち、鹿目円奈は、きっと自分も一生このままで、一生農地ももてなくて、一生バリトンの領土に縛り付けられたまま、死ぬまでこの領土で生きるのだという現実を、思い知らされた。
なぜなら、それが封建社会というものだからだ。
広大な、赤い日差しの降りる山々を、目から頬に涙を溢れさせたままで、眺めつづける。
「うう…う…」
世界は、こんなに広くて、雄大なのに、私は、封建社会という法にしばられて、一生この地から出られない。
この小さな村に────、一生縛りつけられたまま。
神の国にいつか旅立つなんて、叶いもしない夢だ。
「ううう…」
そんな現実に時折たえきれなくなって、その度にこうして、円奈は、丘にきてたった一人で涙を呑んでいた。
「パパ…ママ……」
顔しらぬ両親の名をよんで、手で顔を覆う。
「うう……」
こんなにも雄大で、壮観を見せつけてくれる大自然の夕日の大空。そこを鳥が、自由に飛び回っている。
スーッと翼をはためかせ、空をものにして飛んでいく。バリトンの山岳をまっすぐに悠々と突っ切る。
山から山へ。そして、地平線の先まで目指すかのように、鳥は、自由を謳歌しながら夕日の向こうへ飛び去っていく。
「うう……う」
いっそう、自分の置かれた境遇が苦しくなってくる。鳥は、あんなに自由に、自然とともに世界へ旅立っていくのに、私は、封建社会の世界に生まれ、ずっと生まれの領土で生きるのだ。
鳥は、山々と地平線に沈む大きな夕日へ、飛び立った。
「ごめんね……」
頬に涙伝ったままで、袋のなかの鳥の死骸たちに、そういった。
「私は……あなたたちを食べないと、生きられないの…」
その場で座り込み、ぎゅっと袋を掴み寄せる。
「とてもお腹がすいて……すごく苦しくなるの……」
ポタポタと、涙の雫が鳥の死骸はいった麻袋に落ちる。
「ごめんね……自由なあなたたちを……こんな自由のない私が奪っちゃって……ごめんね…」
それから麻袋に頬をつけて、抱きかかえると、そこに誰もいるわけでもないのに、円奈は、お願いした。
「連れてって……誰か私をここから連れてって……お願い……神の国に」
39
ある夜、事件が起こった。
それは、この時代における、もっとも重大かつもっとも許されない、あってはならない事件である。
人々はその事件のことを、”バーニング・ザ・パスト(葬るべき過去)”とよんだ。
ファラス地方を渡った、一人の女が、夜、誰も使わなくなった藁の屋根をした家屋で、真冬の寒さをしのいでいた。
その女は、人間であったが、魔法少女たちのあいたで、有名な女だった。
ファラス地方とは、バリトンに隣接する、広大な森林地帯で、国らしい国もない無政府地帯のことである。
女の髪は長く、背中まで伸びて、ピンク色だった。
だが、ピンク髪のいちぶいちぶには、白髪が混じっていた。歳はみたところ、30ほどなのに、まるで若き頃の波乱を象徴するかのように。その髪は、リボンに結われていた。
そして、この女が、人しれず冬の寒さをしのいで旅の途中であることを、聞きつけた、一人の領主が、その藁の家に、ずかずかとやってきた。
別の国の領主であり、魔法少女である。アリネという名前の領主だった。
「あんたが神の国の英雄だってな?」
勝手にあがりこむなり、にやにや笑って、あかりのない家に入り込むと、ピンク髪の女に言い寄る。
「その英雄がこんな辺境まできて何やってんだ?え?」
女は無視した。寒さを凌ぐための、暖炉に火をつけた。暖炉の前で燃え立つ赤い火を、ただ見つめている。
「聞いてるよ」
しかし魔法少女が、じわりとその女の隣にすりよってくるなり、肩に手をおいた。
「神の国から追い出されたんだろ?」
女はまた無視した。暖炉の、薪の燃えつづける火をただ、冷たく見下ろしている。
バチバチ…薪の燃える音ならす、赤く燃える暖炉。
「は、無視か」
魔法少女はしつこくて、まだ意地悪く笑った。すると、暖炉を見つめる女の視界を邪魔するように目の前に立つ。
そして腰をわざと丸めて、つり目でニヤリと笑ってみせるや、相手の顔をじろじろ覗き込んだ。
「そーゆー面だったんだ、鹿目神無?」
と、腰に手をあてつつ、相手の名前をいちいち呼んでやる。
「いままで何人の魔法少女と人間を殺した?え?いってみろ。なあよ、どうして追い出されたんだ?」
顔を覗き込む魔法少女を、神無は無視した。その、冷たい薄紫色の目は、あくまで虚を見つめている。
「ち、英雄もいまや空っぽか」
魔法少女は舌打ちし、いったん身を引くと、神無のまわりを、ぐるぐると観察するように、回った。
「ん?」
そして、その魔法少女は、神無のピンク色と白髪の混ざった髪に結われた、赤いリボンに興味をもった。
がしと赤いリボンの結いだピンク髪を手ににぎる。
そのとき初めて、鹿目神無が動いた。
ギロリと薄紫色の目で、魔法少女を見る。「さわるな」
「よこせよ」
と、魔法少女はさらに赤いリボンを強くにぎり、奪い取ろうとした。「私のもんだ」
神無は薄紫の目を見開いて魔法少女を睨んだ。「さわるなといったんだ」リボンに手をかける魔法少女の腕を弾く。
「人間のくせに───」
すると魔法少女も、腕に力をこめた。ぎしぎしとピンク髪がひっぱられ、リボンがのびる。
「魔法少女に逆らうのか?」
「うわああああっ!」
鹿目神無はとつぜん、大声あげた。相手の魔法少女の首をつかみ、壁へおしやると、すばやく、魔法少女の指にはまった指輪に手をかけた。
「なにを───」
神無はドンと魔法少女の腹をけった。そして押し倒した。魔法少女はころんだ。どてっと倒れたところを足で踏みつぶし、たてなくすると、指輪にかけた手に力をこめて、奪いとろうとする。
「やめろ!」
相手が、自分の弱点を知っていることに気付いた魔法少女が、急に青ざめて懸命に抵抗した。指輪を奪いとられまいと踏ん張る。
が、また胸を足でドンとけられ、床に叩きつけられると、その反動でスポンと指輪がはずれ、相手に奪い取られた。
「かえせ!」
魔法少女が、取り返そうと、鹿目神無の背中にとびついたのと、鹿目神無が────。
その指輪を、暖炉の火に投げ込むのとは、同時であった。
「う、うわああああ!!!」
すると、次の瞬間おこったのは、ぼうぼうと炎に燃える魔法少女の悲鳴であった。
鹿目神無の背中にとびついたまま、突然からだが、自然発火する。
「あああああ゛あ゛あ゛!」
火に燃えてもがく魔法少女の背中をふりはらい、すると神無は、冷たい薄紫の目で、じっと、燃える魔法少女を、見下ろし続けた。
死ぬまで。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛アアア゛!」
火はさらに明るく燃え広がり、魔法少女の体を焼き焙る。
焦げる人体の匂いが部屋を満たし、鼻をつき、神無は思わず袖の布で鼻を覆う。
黒い煙に覆われ、もがいてももがいてもまだまだ火が身体からでてくる魔法少女は、顔も腕も火に包まれながら、懸命に、あがいたが、身体は燃える一方であった。
火の中で荒れ狂う魔法少女と火のめらめらが、遠くで見下ろす神無の暗い瞳にも映る。
そしてついに力つきて、バタリと床に倒れ込むと、ついに火はやんだ。
燃えた身体はもう動かず、目は開かれたまま、二度と動かなかった。
そのとき暖炉のなかの指輪も、火に焼かれる熱さに耐え切れないというように、ピシと真っ二つに割れた。
鹿目神無はすぐに家を出た。ロシナンテとなづけた馬に乗り、殺してしまった領主から、追っ手がくるより前に逃げ出る。
そして彼女は、その領土を抜けると、ついに、初めてバリトンと呼ばれる地へ足を踏み入れたのである。
ひとつ山を越えた林道を、神無は身にやけどをおったまま馬を走らせる。
まだ夜の暗闇が濃い、冷えた薄明かりの林道。
山道をこえ、山麓に降りると、霧のたちこめた林の朝霧の先に、一人の人影だ立っていた。
女の人影だった。
薄明かりに浮かぶ影は、おぼろげで見えづらい。
だが私を待ち受けていたらしい。
「私を殺しに?」
と、ロシナンテに乗った鹿目神無は、人影むけて、言った。「そう簡単にとれる命と思うな」
「まさか、神の国を────」
すると人影は、ゆっくり歩を動かし、落ち葉踏みながら前に進み出てきた。その姿が霧の影からあらわれる。
「幾度となく救った英雄の命を狙うなど?」
茶髪のストレート髪を背中まで伸ばし、こげ茶色の目で来訪者を迎えるは、来栖椎奈。17年前の姿である。
「ならここを通せ」
鹿目神無はすぐ命令した。険しい、傷ついた目が、雪のつぶにあてがられながら、殺意とともに相手を見つめる。
「私は行かねばならぬ」
「行くか、どちらに?」
椎奈は身をどけ、行く先の道をあけつつ、問いかけた。「こんな時代です。魔法少女殺しの罪は重いですぞ。その罪背負いながら、どこにいくってんです?」
道をゆずる動作を見せながらも、至言を相手にぶつける。「どこいこうともあなたは罪人。行き先の目当てが?」
「…」
神無はしばしだまっていたが、じっくりと目で相手の領主を観察した。
やけどし傷ついた手を、袖でかばいながら、ゆっくり話し出す。「私はアンタらの殺し方を知っている」
「そうであろう」
バリトンの領主は相手のぶつけてくる殺意にも動じなかった。「あなたの逸話はこの辺境の地の耳にも届いております。あなたは葉月レナの下に戦い、人間の身でありながら───」
神無は薄紫色の目で、まだ険しい、敵意ある目線で相手をじっと観察し続けている。頭に結ばれたリボンは、雪に降られてぽつぽつ白くなった。
「この時代の戦争をモノにしたお方だ」
「もう昔のことだ」
神無が言うと、口からは冷たい白い息が漏れた。希望をすっかり失くした、空しいものを見つめるような青い目が、そっと視線をあげて、椎奈の顔を見る。
「子がいる」
相手の腹に子が宿っていると知ると、椎奈は、そっと小さくおじぎした。
おじぎしたあと、再び相手を見つめ、口を開いてこう告げた。
「私の領土に、前にレプラに侵されていた者の家屋がある。もう使われなくなった家屋だが、誰も住み着かないまま残されている。村からも離されている家だが、あなたは住める」
神無はすぐには答えず、しばらくバリトンの領主を見つめ続けていた。絶望の冷たい目で。
しばらく、そのまま見続けるままであったが、神無は相手のほうへ、じっくりそっと、馬を進めだした。
馬が大人しく神無の命令に従って足を進める。
朝霧こめる林道のなか、神無の馬が静かに進む。
馬でゆっくり椎奈に接近しながら、神無は言葉を口に紡ぎだしてくる。
「私をそこに住まわせることでどんな”因果”が───」
傷つき、冷えて赤く張れた目が馬上から領主を見下ろす。
「あなたの領土にふりかかろうとも?」
ロシナンテの蹄を進め、領主の隣に並ぶ。
「数多の魔法少女の死と私に殺された人間どもの魂が───」
椎奈も、すぐ横に並んできた”英雄”の果てた姿を見上げる。
馬上から自分を見下ろす姿は、薄暗がりで顔はよくみえなかったが、影かたちだけでも、かつての英雄の風格を感じ取った。
「あなたの領土に呪いを生み出そうとも?」
「呪いと戦うのが魔法少女だ」
と、椎奈は、恐れることなく、答えるのであった。
「神の国の王、葉月レナの右腕であったあなたに示したい私の敬意を、受け取ってはくれないかな」
明け方の薄暗い林道で、二人がじっと視線を交わし、対峙する。
その沈黙がしばし流れたあとで、神無がゆっくり目を閉じると、言った。
「あんたみたいな領主を探していた」
そう口にし、目を開くと、コクッ…とわずかに馬上で頭をさげた。「ありがとう」
40
結局、鹿目神無が警告したように、あの夜おこった事件は、三年後、もっと大きな事件として、バリトンを襲うことになった。
その事件は、バリトンの人々にとっても、”バーニング・ザ・パスト(葬るべき過去)”となった。
そうともしらず、あれから、椎奈から神無が許可されて住まう家、村から外された家に、鹿目円奈が生まれた。
バリトンの村人たちは、よそで”領主(魔法少女)殺し”をした罪人が、呪われたレプラの家に住み着いたとして、たいそう不気味がった。
村人は、その女とは農地を耕そうともしなかった。罪人と農地を共有したくはなかった。
鹿目神無は、農地をもつことなく、暮らした。
すくなくとも事件が起こるその日までは、この家にかくまわれて、神無は、無事に円奈を育てた。
人々は、鹿目神無の素性とか、世界の聖地・神の国のことは、まったく知る由もなしの農民であったので、なぜあの女をこの村にかくまったのかと、民はよく椎奈に問い詰めたが、ここ近年は、収穫が右肩アガリだったので、適当に言を左右すれば、民も不満を次第に忘れた。
だが、円奈が二歳から三歳になり、やっと母親をママと生まれて初めて口で呼ぶくらいになったころ、事件がおきた。
「キロフの領主、稀々(きき)アンナだよー」
予告もなくよそからやってきたその領主は、金髪のショートカットでそろった前髪、真っ黒な小さくて丸い瞳をした、小顔の、いや歳じたいが小さな、子供も子供の魔法少女であった。
間抜けた声で自己紹介し、バリトンにやってきた。
あどけなさ残る幼い見た目に似合った甲高い声、夢見る子のようにきぃきぃ響く。馬も、たいそう小さかった。
「でむかえたまえよ!」
甲高い声で、けたけたと、手を叩きながらまくしたてる。
来栖椎奈はすでに、この領主が、バリトンに悪さをしにきたということはわかっていた。
神無がここにかくまわれていることが、この三年で、とうとう突き止められたのだった。
「なんの御用かな」
すでに武装も整えている椎奈は、びっくりするほど小柄な、馬に跨った魔法少女を見あげた。
なるほど、領主になってから数年ぽっちの魔法少女だ。
「なんの御用、そりゃ、おみぃ、決まってるぞよ!」
と、金髪の小さな子どもは、きぃきぃ黄色い声で、まくしたてた。
魔法少女のうしろでは、すでに武装した異国の近衛兵や、兵士たちが、戦闘態勢にある。
「おみーらの村にかくまわれている女、鹿目神無は、私の姉を殺した。さあさあ、あいつの首を、我に、差し出したまえよ!」
「覚えのない話だ」
椎奈はそう言って、金髪の子どもに、じりっと歩みよった。馬上の魔法少女の前に歩みでると、剣納めた鞘を手につかみ、相手を睨みあげた。
「ここにそんな人間はいない。わたしの土地に悪さするつもりなら、ここで殺してせんじよう」
「おお、恐い!」
馬上の金髪の魔法少女は、目を丸くした。ちっちゃな黒い瞳が、びっくりしてさらに小さくなる。
「うーぬぬぬっぬ!、あなたは、ここの領主!こよは、引き上げせにゃ!」
金切り声はりあげ、すると金髪の少女は馬の手綱をあやつり、馬の轡の方向を転じさせた。
すると異国の魔法少女は背をむけ、馬を走らせて、きた道を去っゆく。
ババババ…
金髪の幼い魔法少女が、腕ふりあげ仲間にも合図した。異国の騎士たちはそれしたがって、彼女のあとについて、林のむこうへと姿を消していった。
完全にやつらが消えるまで、椎奈は手に握った剣の柄をつかんだままでいた。
そうして異国の騎士たちの気配が消えると。
ふっと息ついて、剣の柄を放し、自らもクルリと身を翻した。
そのまま村に戻ろうとした、そのとき。
「ハインリッヒ!伏せろ!」
バリトンの村の誰かが叫び、次の瞬間、村の守備隊がその胸を矢に射られた。
「うゴゥッ─…」
胸を矢で貫かれた守備隊が、うめき声あげ、倒れる。
今度は、椎奈の隣にいた少女騎士が矢に撃たれた。腹に矢をうけ、少女は落馬して倒れた。
倒れた少女の腹には、羽つきの矢が立っている。
「うぐっ…!」
あれよあれよと、矢が次々に飛んできては、バリトンの騎士と守備隊たちが矢に撃たれ、続々と死んだ。
バタッ…バタっ…と。
バリトンに死者が増える。
二人目の少女騎士も矢に撃たれた。
少女の首に矢が刺さる。
グサっと音がすると血が飛び散り、少女の首を矢が貫通した。少女騎士は目を白くして武器手放し、馬から落ちた。
椎奈がはっとして見ると、あの魔法少女が去ったのとは別方角の林影から、異国の弓使いの集団が、弓矢をこちらにむけて、撃ってきていた。
バシュ!バシュ!
彼らは無造作に弓をひきしぼり、バリトンへ向けては放つ動作を繰り返している。
さらに後ろをふりむくと、農地のほうがすでに侵略されていた。
何十人という武装した異国の者たちが、手にたいまつを持って、勝手に農地に入り込んで民家を荒らし、武器もたぬ農民を襲っている。
「最初から話しあう気などなかったのはどちらも同じか」
椎奈はそういうと、矢の嵐ふりそぞくなか馬にまたがって、生き残った騎士たちに命じた。
「やつらを追い払い、民を守れ!」
おおおおおっと、掛け声あげた手下の騎士たちは、次々に、鞘から剣を抜いて、馬を走らせる。
ふり注ぐ矢は、農家や民家の木の壁に、続々と突き刺さった。
41
そのとき鹿目神無はすでに騒ぎに気付いていた。
農民が慌てふためき、叫び声あげながら逃げさるのと、村の守備隊たちが急ぎ足で武器を手に取り、村の道を走っていくのをみれば、何が起こったのかはわかる。
三年前に殺した領主の復讐にきたのだ。
屋内で窓の格子から外の様子を見た神無は、すばやく鉄の閂鍵をかけ、それから部屋の中で泣き叫ぶ円奈の声をおさえようとした。
「さあ、泣き止め」
と、神無は、円奈を抱きしめ、そっと声をかけた。「泣き止め。私の子だろ、勇気をだせ。恐くなんかないんだ」
泣き叫ぶ娘の口を、乳をのむ口にすりかえようと、胸に抱き寄せた。
このとき神無は、農村の産婆に、まだ三歳の円奈に食べ物をどう自分で食べさせるか、教わっていた最中だった。
いっぽう、農地では、侵略者たちがたいまつの火をふりかざし、逃げまどうバリトンの農民に、襲い掛かっていた。
時代の常であったが、足の遅い女子供から、犠牲になった。
異国の侵略者たちは、逃げ遅れた女や子供をとっつかまえるや、はっ倒すと、地面に押さえつけ、剣で刺し殺した。
「あぐぁう!」
倒れ伏した女の悲鳴が口からあがる。
背に突き立てられた剣が抜かれると、びゅーっと鮮血があふれ出た。
「さあさあ、やれやれ!」
と、異国の略奪者たちに、声高に指示しているのは、異国の小さな幼き領主、魔法少女の、稀々アンナであった。
すでにソウルジェムの力を解き放ち、変身姿になっていた。
彼女は、刃物が三日月の形した槍を振りかざし、青いマントの衣装で馬を進め、略奪者たちとともに農地を荒らした。
逃げ惑っていたバリトンの一人の女が、侵略者においつかれ、その背中を後ろから剣でばっさと斬られた。
斜めむきに背中を裂かれ、鮮血飛び散らせながら、女がぶったおれる。
「うわぉう!」
稀々アンナが女の血をみて黄色い歓声をあげた。
そして、その苦痛にもがく女の背中に、自分が三日月槍でとどめをさした。
グサ。
女の背中に三日月槍の刃物が馬上から食い込む。女の身体が痙攣した。
「あはぁ!」
血がさらに飛び散り、空気中に跳ね飛ぶのを、魔法少女は興奮の目で見下ろした。その頬にも赤い点々が付着した。
魔法少女は新たな獲物を見定めるためにきょろきょろ目を走らせながら、自国の兵士たちにむかって告げた。
「こいつらは、嘘つきだ!」
血で染まった三日月槍を振り回しながら、幼い領主は、大声で言った。
周りで武器持たぬ農民をつかまえては首を斬っている手下たちを、さらに煽り立てる。
「嘘つきは、どろぼうのはじまりだ。どろぼうってのは、殺していいやつらだ。」
黄色い声でそうのたまい、馬を進める。
「うばいとったぶんは、ぜんぶぜんぶ、おまえたちのモノにしていいぞよ!早いものがちや!」
おおおおっと、侵略者達は嬉々として興奮の雄たけびあげ、ますます、バリトンの農民へ突き立てる剣の勢いが、激しくなった。
「やい、おまえたち!」
稀々アンナが甲高い黄色い声あげると、自国の少女騎士たちを呼び寄せた。
この時代、魔法少女が領主となって支配してるとき、近衛兵も、身の回りの世話を含めた役割を担う少女であることが多かった。
「我は鹿目神無を探すぞ。この手で神の国の英雄に死を与えるのだ。我についてこよ!」
異国の少女騎士たちは稀々アンナに従い、マントをはためかせながら魔法少女について馬を馳せた。
武器もたぬバリトンの村人たちは必死に、おいかけてくる残酷な侵略者たちの剣から逃げ惑っていた。
わーきゃーと、恐怖の声を喚く。
農地を逃げ去り、我先にと、村の柵門を通って、村へ入ろうとする。
しかしそこで待ち受けていたのは、村の側にすでに陣とっていた、異国の侵略者の弓使いたちであった。
弓使いたちは藁葺き屋根の上に布陣していた。
弓使いたちはそろって矢を番える。ギギイと弦がしぼられる。
「撃て!」
シュババババ!
何十もの弓の弦がしなって、まっすぐこっちに矢が落ちてくる。
「うぐ!」「あがっ!」
錐のようにとがった矢が農民たちに襲い掛かる。
雨のように降ってきた矢じりに、農民たちが次々に射られ、血の嵐になった。
弓使いが目で狙い定め、矢を放つ。それらは着実に農民達を仕留めていく。羽つきの矢が農民の体に命中する。
バタリバタリと農民たちは倒れ、その数を減らしていく。
点々と転がる仲間たちの死体を、遅れてやってきた農民たちが、それでも懸命に逃げようとして踏み越える。
「そら、外すなよ!」
と、追ってやってきた魔法少女が嬉々として叫んだ。「女子供は特に、とろくて、あてやすいんだ!」
ようやくバリトン側の騎士たちが救援にやって来た。
数十人の騎士たちは、馬の蹄の音を鳴らしながらぞろぞろと、農民達を救うべくまっすぐ突進してくる。
「ややや、やっときた!」
黄色い声あげ、三日月の刃をした槍もった魔法少女が、ぱっと顔を明るくしてバリトンの騎士たちをみた。
騎士たちの先頭には、来栖椎奈が、馬を走らせこちらに走ってきている。
「勇敢だが、ばかだの、あいつらは!」
すでに侵略者たちは村人の家に勝手にあがり込み、松明の火をなかに投げ込んでいる。
木でできた民家は、すぐに燃え広がり、もくもくと煙があがった。
「さあさあ、うっておしまえっ!」
ばっと手をふりあげ、魔法少女が合図した。
黄色い号令が轟き、すると屋根上の弓使いたちがクルリと向きをかえた。
椎奈ら騎士たちに狙いさだめ、同時に数十本以上にもなる矢を放った。
弓使いたちの弦が矢を弾く。
構え持った弓から矢が飛ぶ。
矢の数々は空を舞い、ひゅーと飛ぶんだ。やがて、来栖椎奈らの騎兵軍団に注ぐ。
「うぐぁう!」
バリトン騎士の一人が頭を矢に貫かれて、盾と剣手放してドテと頭から落馬した。鋼鉄の剣が手放され、地面に落ちる音がキーンと鳴り轟いた。
「ふせげ!」
椎奈は騎士たちに指示し、自らも盾で身を守った。
騎士たちも盾を持ち上げ頭を守った。空から注ぐ矢が、その盾の数々に、矢がザク、ザクと突き立った。
バキッ!
落ちてきた矢の何本かは、貫通して、盾の裏面にまで鏃を覘かせた。
「あぅっ──ッ!」
盾と盾の隙間に降ってきた矢が、一人のバリトン騎士の防具の膝に刺さった。その痛みで彼はどてんと落馬してしまう。
「ほわぁあ!」
金髪の魔法少女が口と目を丸くあけて、黄色い声をだす。
まるで戦いを楽しみ、相手に感心の意を示しているがごとくだ。
「みんな、殺しておしまいよ!」
と、手下の侵略者たちに命令し、自らも、馬を進め、椎奈たちにせまった。血に濡れた三日月槍の刃を前につきだす。
わあああああっと、50数人にもなる侵略者たちが、村の中心部へと、殺到してきた。野蛮な男の侵略者どもは、それぞれ刃の削れた剣や、弓矢や、斧などを手に、バリトンへ突っ走ってくる。
「迎え撃て!」
椎奈も手に持った剣を前に突き出し、進軍の合図だすと────。
その前に、一人の馬に乗った女が、村の家々の間からでてきた。
激突する両陣営の間に、横から現れた女は、馬をしずかに歩かせる。両陣の激突を邪魔するかのように、一人だけで立ちふさがった。
「ロシナンテ」
と、女は、自分の馬に声をかけた。「すっかり衰えたな。おまえも歳か」
老いた馬の、頭の毛をそっと何度も撫でてやる。
「運命を共にすると────」
両陣営の視線を集めるなか、女は、馬をもう一度撫でてやる。「約束しただろう?」
「やい、でたな、鹿目神無!」
三日月槍の先をばっと女むけて突き出して、稀々アンナは甲高い声で叫んだ。
「姉のかたきを、とってやる!」
「鹿目殿、そなたは人間の身。戦える歳ではないはずだ」
来栖椎奈も、驚いた顔で神無を見た。というのも、胸に、なにかよからぬ不安を覚えたためである。
「どうしてでてきたのだ?」
神無は、それには答えず、無言のまま、ロシナンテをてくてく歩かせると、椎奈のもとにゆっくりと寄ってきた。
薄紫の目は、もう覚悟に決まっている。
「三年間世話になった」
と、彼女は言った。ピンクと白髪の混ざった頭に結ばれた、赤いリボンを、するとしゅるりと解いた。
馬がブルッと首をゆすり、ヒィンと鳴いた。
「もし娘が、この村をこのようにした”因果”を背負うようなときになったら───」
解かれた赤のリボンは、はらりと、椎奈の手に落ちる。
「そのときに、娘に渡せ」
とだけ言い残し、また馬の手綱を操って身を再び翻らせると、こんどはアンナのほうに向き直った。
一本の、剣を鞘から抜く。ギィィン。剣の抜く音が空気に響く。
「何を考えている」
椎奈は、神無が敵陣へたった一人馬を進める背中を見つめ、そして叫んだ。「変な気起こすのはよせ!」
神無は無視して、馬を進めた。
「円奈はどうなる!」
椎奈はまた叫び、引きとめようとした。けれどもなぜか、自分の足が動かせなかった。
「そなたがいなくなって────誰が円奈のそばにいてあげられる!円奈は───、一人になってしまう!」
「私は負けん」
神無は小さくそう呟いた。
すると一人だけで、50と数人はいる弓使いと剣もった男と、そして変身した魔法少女の並び立つ侵略者たちの前にでた。
「私と一騎打ちしろ」
今にも倒れそうな、老いたへろへろ馬に跨った、30も過ぎた女のその言葉に、侵略者たちがげらげら笑った。
そんな中で、神無の素性を知っている魔法少女・稀々アンナだけが、きぃっと睨み、真剣な顔つきをして相手をみた。
「おまえが勝ったら───」
神無は一本の剣をアンナへ向ける。その剣先は、天の光を浴びて光の筋を反射した。
「私の首を持ち帰るがいい」
稀々アンナの目つきが、さらに険しくなる。姉の仇を、じろりと睨む。
「だが私が勝てば、その野蛮なやつらともどもここから帰れ」
とまで条件をのべて、相手を一騎打ちに誘い込む。
「ふん、面白い、受けたとうぞ!」
アンナは、憎むべき相手の挑戦にのり、すぐ返事をした。
神無の老いた馬とはちがい、まだ若くて元気たっぷりな馬が、農村の井戸路でヒヒンと前足を振り上げさせる。
馬が雄々しく前足の蹄ふりあげ、仰け反った。そして自分は三日月の槍をばっと天むけて突きあげる。
おおおおおっ。
侵略者どもの歓声と喝采が、魔法少女・稀々アンナを包み込む。
「やってしまってくださいな、アンナさま!」
と、口々に侵略者どもが、自分達の領主に、声援をおくる。「あなたは、美しく、かつ強い、おかただ!」
「覚悟をお決め?さればされ、いまに、その首、とってやる!」
血のついた三日月槍をぶんぶん振り回す魔法少女。青いマントがその反動ではためく。
「まあ、待て」
すると神無は、剣は片手にぶら下げたままで、ある提案をした。
すっかりもう戦う気マンマンでいたアンナが、突然の敵の提案に面食らった。「にあぁ?」
「あんたは”魔法少女”で私は”人間”」
と、神無は言った。
「ならせめて、その魔法の変身を解き、魔法なしで私と戦え。それでこそ一騎打ちではないか?」
「あぁ…?」
妙な声を喉からくぅとならした魔法少女だったが、やがて相手のいいたいことを飲み込んだらしく、ぽんと手をたたいた。
「にゃあるほど。確かに、そうかもだ」
すると魔法少女は、三日月槍を振り回す手をとめて、何の警戒もなしに、額の月型をしたソウルジェムに手をかけると、目を瞑り変身を解いた。
「しね!」
その瞬間をねらって、神無が馬上から剣をぶんと投げ捨てた。
剣は空中でくるくる回転しながら一直線にとび───。
まだ変身も解除中の魔法少女の、浮き彫りになったソウルジェムに当たって、次の瞬間バリンと大きな音がなって、金色のガラスの破片のようなものが地面に飛び散った。
バシュ!
裂けた金色のソウルジェムがびかっと光を放って電撃が迸った。その黄色い電撃が裂いた剣の火に焼け付く。空気中に金色の炎が迸る。魂が一瞬で蒸発した刹那の光景であった。
かと思えば、まだ変身の解除中で魔法衣装も半分くらい残っているアンナが、目から生気をすっかり失って糸失った人形のように、ドスンと落馬し、ピクリとも動かなくなった。
ソウルジェムを失った魔法少女の虚ろな瞳は、まだ開かれている。
しかし、グタリとしたまま死んだように動かない。電池切れたように。
「私の勝ちだ」
神無はいい、すると、手綱たぐって馬のむきを翻すと、死んだアンナに背をむけ、バリトン側へ戻ってきた。
しかしそれが、鹿目神無、この神の国の戦いを数々生き抜いてきた彼女の、最期の言葉となったのである。
「卑怯だ!」
と、侵略者たちはいきり立ち、騒ぎ立った。
そして一騎打ちの前に交わされた約束も違えて、弓矢を屋根上から次々に飛ばしてきたのである。「殺しちまえ!」
その矢の何本かが、神無の背中に刺さった。
「う…」
ロシナンテと共に、矢に射られ、落馬し転倒する。
バタリ。馬からおち、仰向けになって天をみあげる。
「神無!」
椎奈が驚愕に目を見開いて叫び、そして、部下の騎士たちに、突撃を命じた。「進め!」
おおおおお─────っ。
侵略者たちも、バリトンの騎士たちも、互いが互いめがけて、一気に突進した。
激突すると、大混戦になった。
バリトンの騎士たちは、馬上から剣をふるって、地面走る侵略者の顔に剣を突き立て、馬で蹴飛ばし、撃退する。
剣を顔にうけた侵略者は悲鳴あげ、手で顔面を覆った。
他の侵略者たちは、バリトンの騎士によって、その口に槍を突っ込まれた。喉を貫通した槍が後頭部から突き出た。
屋根上の弓使いたちも、バリトン側の弓兵たちの反撃によって次々に射抜かれ、屋根から転げて地面へと落ちた。
「あぎゃあ!」
矢に胸を撃たれ、弓使いは、傾斜のある藁の屋根を、死体となってぐるぐる転げ落ちる。
何分後、侵略者たちがその全てが殲滅された。
包囲され、逃げ場をなくし、馬に踏み潰されるか、騎兵の剣に胸を突かれるなどして、だいたいが、死んだ。
わずかに生き残った者も、投降することなく、首を切り落とされたり、脳天を剣に真っ二つに裂かれたりし、死体となってバリトンの村にバタバタと倒れ死骸となった。
そして悲劇の一日は終わった。
しかし、この仇討ちを名目にした侵略行為によって、バリトンの村では、二十人以上もの犠牲者がでた。
42
その夜、葬儀が執り行われた。
椎奈たちは命を失った農民や、騎士たちを集め、布に巻き、穴をほっていれると、死体に火につけた。
そのなかには鹿目神無もふくまれた。
英雄は旅立った。
あの戦闘が終わったあと、椎奈は矢を受けた鹿目神無を、肩に寄せて抱き起こした。
「…」
神無は、四本の矢を背中に受けたままぐったり倒れ、椎奈が抱き起こしても、もう目を閉じたまま二度と動かなかった。
その口元から、乾いた血をたらしたまま。
そして彼女の馬ロシナンテも、矢を受け、もともと老いていたこともあり、神無とともに、天へ旅立った。
布に巻かれた死体たちの葬儀。
死体の数は20人以上もいた。
穴に向き揃えて整列させられた死体に燃え上がる火も、まるで火の海のごとく、大きく燃え広がった。
その火の海を見つめながら、来栖椎奈は、自分もたいまつを持って、夜の寒さを熱する火の海の前に、立っていた。
そのたいまつ持ちながら見下ろすのは、布に包まれた鹿目神無の死体だ。
「そなたは娘をおいて旅立った」
と、椎奈は呟いた。「だが最期まで気高かった」
そう餞別の言葉を継げると、右手のたいまつを神無の死体に投げ込む。
神無は布に包まれたなかで、彼女がアンナを討った最期の剣を胸に抱いて眠った。
この剣は、神無はデュランダルとなづけていた。
その燃えてゆく布を見つめ、それから、神無と一緒になって連なり、燃やされる20人の死体を眺めた。
連なる死体の燃える海から、火の粉が夜風にのって飛ぶ。
ぼうっとそれを虚ろな目で眺める椎奈の目にも火の粉が映る。
村人たちはそれぞれ、死体を燃やす火の海を取り囲むように並び、今日の死者への餞別を涙とともに心に告げていた。
死者の残された家族の涙ぐむ悲しみの声が、葬儀の火を包み込む。
「今日のこの悲劇は」
と、椎奈は神無の死体が完全に燃えるのを見届けるや、村人達むけて、宣言した。
「この火とともに”葬られるべき過去”として──決別された」
死者とも、今日の過去とも、こうして別れを告げる。
この宣言は、鹿目神無がこの村に持ち込んだ因果との決別を暗に、意味していた。
そこに、親を失って一人ぼっちになってしまった子・幼い円奈が残っていようとも。
まだ三歳の彼女は、椎奈の足をぎゅっと手に掴んで、じっと炎を見つめている。かわいそうに、この子は、母親の顔もほとんど知らぬまま、一人だけ取り残された。
”あなたの因果は確かにあなたの手によって断ち切られた”
椎奈は神無に心で告げる。
そして足元で呆然と、無表情に火を見つめる、悲運の少女の後生の面倒をみることを母に誓った。
しかし、椎奈が、因果は確かに断ち切られたと考え、またそう宣言したとしても────。
村人達は、まるで別の黒い感情を、鹿目の一族に根深くもつようになった。
結局、隣国で領主(魔法少女)殺しの罪を犯し、そのうえこの村に転がり込んで勝手に住み着いたせいで、私たちはこれだけの仲間を失ったのだと────。
そういう負の因果が───逃れられぬ悲運の連鎖のように──。
葬られたはずの過去は、忘れられぬ過去として、なんの罪もない円奈へと重くのしかかりはじめる。
「あいつを追い出しましょう」
ある日、税取立ての役人が、椎奈むけてそう進言した。
自宅で、領主としての仕事のひとつである、井戸改修の費用に認可をだすための羊皮紙に目を通している最中のことであった。
「あいつ?」
と、椎奈は羊皮紙を手にしながら、きき返した。
「あの、領主殺しの鹿目という娘!」
役人は憎たらしさいっぱいの口ぶりで、領主へそう提言するのだった。その喋る口は、憎しみに醜く歪んでいる。
「まだあのレプラの家に、住み着いておる!追放せねば!」
「その過去はもう葬り去ったはずだ」
椎奈は相手の進言を突っぱね、羊皮紙に目を通し続ける。
だが……。
「来栖よ、民は、そうは考えておりませんぞ」
すると役人は、椎奈に抗弁してきた。
静かな、しかし意地の汚い声で、そっと椎奈に囁きかけはじめる。
「あの女の、娘がまだこの村にいると知られれば、また悲劇が起こるかもしれない」
役人の意地悪さに感づいた椎奈が羊皮紙を読む目をとめ、視線をあげると役人をみあげた。
「あなたもそうお考えでは?」
「あの子に罪はない」
厳しい目つきで役人を睨み、椎奈は言った。「また侵入されることがあれば、追い出す」
役人を睨みつけたままで念押しする。
「不当な仕打ちは許さない」
役人はするともう何も言わず、反論もしなかった。無言でゆっくりと礼をし、領主の家をあとにしたが───。
たしかに椎奈はそのとき、役人の目が怪しい復讐心に光っているのを見た。
「納めろ」
役人たちは、椎奈には内密で、村の外れのレプラ患者のいた家に住む、幼い少女の家に容赦なく上がりこみ、嫌がらせを繰り返していた。
「やめて!」
力もない、抵抗もできない、幼き少女が、なすすべなく、泣いている。「もってかないで!」
家のパンも、部屋の暖炉の薪や火種も、食器もろうそくも、生活に必要な日用品を、次々に没収して持ち帰った。
「ここに住むなら税を納めるんだ」
役人たちはそういいながら、二人か三人がかりで、円奈の住む家を荒らし、手当たり次第備品を持ち帰った。
「うう…うう…」
食べ物も日用品も持ってかれた円奈は、光の一筋もない真っ暗な部屋で、餓えにくるしみながら夜の寒さのなかで、ずっと一人で泣いていた。
「ううう…」
少女は、ずっと泣き続けた。
一人ぼっちの家のなかで。
こうして円奈は育ち、15歳になった。
43
来栖椎奈はその日、いつもの日課である領主の仕事をおえ、目を休ませた。
すっかり過去の瞑想にひたってしまっていたらしい。
気付けば、日も沈み、真夜中の時間帯に突入していた。
「あれから12年か」
葬られた過去から、12年。だが12年たっても、バリトンの民の、鹿目の血筋への憎しみはまだ癒えない。
そんな苦しい悲運と戦いながらも、円奈は、育った。
農地をもてなくても、自分で狩りをし、自分で食べて生きることができるようになった。
自作の弓矢で、野鳥さえ射る実力も、なかなかたいした成長だ。
だが、円奈ももう、気付き始めているだろう。
椎奈は心のなかで考える。
彼女の悲運が、いつか乗り越えれば終わるようなものではなく……
降り注ぐ冷たい雨はいつか晴れるというものではなく……
この世界が、封建社会という、民を領地に縛り付けるシステムで成り立っているかぎり…
円奈自身の境遇は、ずっと続くものだということに…。
だから円奈はたびたび、神の国のことを、口にするのだ。少なくとも椎奈にはそう思えていた。
魔法少女にとっての救いの場所といわれるそこを、きっと自分も救い出してくれる場所なんだと、そんな希望を見出しているのかもしれない。
”椎奈さま、わたし、神の国にいきたい”
あるとき、円奈は、いつもそう口にした。
”ねえ椎奈さま、わたしを、神の国に、連れてって──”
「いやな予感がする」
椎奈は一人で呟いた。
いつか本当に、円奈が、神の国をめざして、ここバリトンを発ってしまうのではないか───。
外の世界が、どんな危険と残酷さに満ちているのかも知らずに。
そんな予感がした。
部屋のテーブルに立てられたろうそくの火は、また隙間風にふかれて、乱れた。
次回、第3話「旅立ち」
続き
【まどか☆マギカSS】 神の国と女神の祈り ─2─


あっちもめっちゃ長編だったけど、こっちはもっと凄まじい長さだな