杏子「綺麗で滑らかな尻尾の鱗は」
杏子「一枚、また一枚と剥がれ落ち」
杏子「ひらり、ひらりと辺りを舞いました」
杏子「水面から射し込む陽の光を照り返して」
杏子「輝く鱗は宝石のようでした」
元スレ
杏子「そうしてお姫さまは泡となって、」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1300221424/
杏子「鱗はやがて全て剥がれて」
杏子「その下から露わになったのは」
杏子「なんと皮肉なことでしょう」
杏子「人魚があれほど欲していた、二本の足なのでした」
杏子「…はは。なるほどね。人魚姫、アンタにゃぴったりだ」
杏子「……さやか」
杏子「さやか」
さやか「……ん……」
杏子「さやか」
さやか「……きょう……こ…?」
杏子「そうだよ」
さやか「……あたし…なにが…?ここって……?」
さやか ハッ
さやか「杏子っ、あたしっ」ガバッ
杏子「まあ落ち着けよ。そう慌てることはないさ」
さやか「だってッ」
杏子「慌てたって何も変わらないって言ってんだよ。それに、もういいじゃねえか」
さやか「いいって…」
杏子「アンタはもう魔女じゃないし、あたしはどこも痛くない」
杏子「そんだけで、もういいじゃねえか」
さやか「だって、だって」
さやか「だってッ……!」
杏子「あーもー、泣くなよそうやって」
さやか「うっ…ぐ、えぅっ……」
杏子「――くすん、くすん。お姫さまが涙を流すと」
さやか「ふっ……ぐすっ……、ぅ……?」
杏子「ぽろりと零れた涙は、驚くことに真珠となりました」チョイ
さやか「あ……」
杏子「真珠となった悲しみを、見ていた貝達がぱくりと食べて」
さやか「…」
杏子「みんなは一斉に口をつぐみました」
さやか「……何よ、それ」
杏子「人魚姫の話だよ」
さやか「そんな……ぐす……話だった、っけ…」
杏子「さあね。あたしも幼い頃に聞いただけだし、それに」
さやか「…それに?」
杏子「アンタを見ながら思いついたから、『新生人魚姫』、ってトコ」
さやか「…」
杏子「なかなかイカすだろ。ベストセラー間違いなし」ニッ
さやか「…はは」
さやか「なにその、適当な感じ」ヘラ
杏子「おっ、戻ってきたね」
さやか「え?」
杏子「姫サマになる前の強がりで、いけすかなくて、ウッザいアンタが、だよ。ま、めそめそしてるアンタってのもウザすぎるけど」
さやか「…褒めてんの、それって」ムッ
杏子「いちいち言わなきゃ分からねえのかい?」
さやか「…むう…」
杏子「ははっ。やっぱアンタ、バッカだなー」
さやか「……アンタだって、馬鹿じゃない…」
杏子「何がさ?」
さやか「…あたしなんかの為に、こんな、馬鹿なこと…」
杏子「……人魚姫ってさあ、海の世界のお姫さまだった訳じゃん」
さやか「え?…うん」
杏子「歌声も、容姿も、心も、びっくりするほど綺麗な姫サマだったんでしょ?」
杏子「あたし、絶対いたと思うんだわ」
杏子「そんな姫サマのことが好きだったヤツが。他にもさ」
さやか「?」
杏子「だからさ…」
さやか「……えっと、そんな話、人魚姫になんて…」
杏子「~~~~、あー、もーっ!」ガバッ
さやか「!!」
杏子「だから!あたしは!そんな大事な姫サマが!」ギュウウ
杏子「目の前で泡になって消えていくんだってなら!!」
杏子「そいつもきっと、その場に飛び込むんだろうっつってんの!!」
杏子「分かれよ!!!」ギュウウウ
さやか「なっっっ!?」
杏子「~~~……」
さやか「…な……」
杏子「……」
さやか「……」
杏子「……」
さやか「……~~…」カアアアアッ
杏子「……よく言うじゃん」
さやか「……」
杏子「馬鹿は死んでも直らないって」
杏子「あれ、マジだったのなあ。いやー、感心したわ。先人の偉大さってヤツ?」
さやか「!!こっ、このっ!」ポカッポカッ
杏子「あっはっはっはっは!」
さやか「このっ!馬鹿!馬鹿!」
杏子「あんま暴れんなって。まあまあ、直ってねーのはお互い様ってことでさ」ポンポン
さやか「…うー…」
杏子「それよりさ、見てみろよ」
さやか「…うん?」
杏子「あたしらの周り。ほら、綺麗じゃね?」
さやか「あ――」
綺麗で滑らかな尻尾の鱗は
一枚、また一枚と剥がれ落ち
ひらり、ひらりと辺りを舞いました
水面から射し込む陽の光を照り返して
輝く鱗は宝石のようでした
さやか「…」
杏子「あたしさ、これ見ながら思ったんだよな」
杏子「こんなに綺麗なものが見られるんなら」
杏子「魔法少女になったことも、こうして死ぬことも」
杏子「それはそれで、よかったんじゃねえかなって」
さやか「…」
杏子「あんた、前に言ってたよな。後悔なんかしてないって」
さやか「うん」
杏子「あたしも、アンタは後悔なんてしなくていいと思う」
杏子「だってアンタの恋心ってのは、こんなにイイもんだったんだろ?」
杏子「こんなにぴかぴか光っちゃって、さ」
さやか「…うん」
さやか「あたし、後悔なんかしてない」
さやか「恭介の腕を治したことも、仁美を助けたことも」
さやか「……アンタと一緒に死ぬのもだよ」
杏子「いい顔すんじゃん」ニッ
さやか「ねえ、杏子」
杏子「なんだい、さやか」
さやか「あたし達、死んだの?」
杏子「さあな。ぶっちゃけあたしにもよく分かんねえよ」
杏子「ぼーん、大爆発!そんでもってアンタもろとも死ぬつもりだったのに」
杏子「気が付いたらこんな場所に、アンタと二人で漂ってんだから」
さやか「でも、この場所は」
杏子「ああ。魔力の匂いがする」
さやか「うん。あたしの……」
杏子「おっかしいよなあ。もうとっくにさやかの魔女化は解けてんのに」ポリ
杏子「天国かと思ったら、そういうワケでもねえしよぉ」
さやか「…なのかな」
杏子「ん?」
さやか「ずっと聞こえてたんだ。あたしを呼ぶ声が」
さやか「強かったり、弱かったり、ぼんやりとだけど、ずーっと」
杏子「…うん」
さやか「でも、身体は動かなくって。重いとか、そういうのでもなくて」
さやか「もがこうとしたんだよ。だけどさ、身体がくっついてないんだよ。どうやってもがけばいいのかさえ分かんなくって」
杏子「うん」
さやか「そのうち呼ぶ声が痛くなってきたんだ。刺されるっていうより、沁みる感じ」
杏子「沁みる?」
さやか「そう。傷があるのに海に入ったら沁みるでしょ?あんな感じ」
杏子「ああ」
さやか「痛いよ、やめてよ、っていう気持ちと、呼ぶ声に応えたい気持ち」
さやか「苦しくてもがく気持ちと、あたしはここだ!って気持ち」
さやか「そんなのがあたしの中でごちゃごちゃになって、訳わかんなくなって」
さやか「ぎゅうって縮こまって、破裂して」
さやか「そしたら、気が付いたらここにいたんだ。あたしは」
杏子「……それって」
さやか「もしかしたら、もしかしたらだよ」
さやか「まどかと、アンタの声が、魔女に――あたしに聞こえて」
さやか「死の直前に、魔女から戻ったあたしが、魔女として力で作り出した空間ってことだったら」
さやか「…そんなのとかって、どうかなあ」
杏子「…どうか、って言われても」
さやか「……」
杏子「……」
さやか「…はは」
さやか「都合…よすぎるかな…」シュン
杏子「……」
さやか「そうだよね。あたし、アンタのことまで巻き込んでるのに」
さやか「魔女から元に戻れないから、一緒に死んでくれようとしたのに」
さやか「今更、本当に今更、元に戻りましたーだなんて」
さやか「そんなの……って…無いよね…」
杏子「…」
杏子「……くくっ」
さやか「?」
杏子「ああいや、ごめん」クスクス
さやか「…何で笑うのさ」
杏子「だってよ。これ以上馬鹿言うなよ、さやか」
杏子「あたしらの声で、あんたが元に戻ったんだろ」
杏子「そんなの、そんなのってさ」
杏子「――あたし人間らが自分の力だけで、奇跡を起こせた、ってことじゃんか」
杏子『…』スゥ
杏子『…まどか』
杏子『安心しなよ。奇跡は起こったんだ』
杏子『アンタの親友はアンタのお陰で、やっと人間に戻れたんだよ』
杏子『だからまどか、アンタは――アンタはさ――』
さやか「…杏、子…?」
杏子「…まさか、最期の最期でこんなどんでん返しが見れるとはなあ」
杏子「こりゃ、命を賭けた甲斐があったってもんさ」ニッ
さやか「…恨まないの?」
杏子「誰を? あのクソ詐欺ぬいぐるみ野郎をかい?」
さやか「そんなの、言わなくたって分かってるでしょ」
杏子「そんなの言わなくたって分かってるだろ」
さやか「…馬鹿」
杏子「ばあーか」
さやか「……ふ」クス
杏子「へへ」ニィ
さやか「――でも…」キョロ…
杏子「ん」
さやか「そう、長くはもたないみたい」
さやか「気配が薄くなってるんだ。魔力も、この空間自体も」
杏子「…そりゃ、そうだろうね。時を遡れる訳じゃない。そのうち死ぬよ、あたしも、アンタも」
さやか「そっか。そうだよね」
杏子「この際、別れを言う時間を貰えたってだけで十分過ぎるよな。感謝しねえと。おぉー、魔女様さやか様ーってな。ありがたやありがたや」ナムナム
さやか「バカ、やめてよ。でも、ホントそうだね」
さやか「…あーあ、なんだろ、なんか不思議な気分なんだ」
杏子「アンタの言いたいこと、なんとなく分かるよ」
さやか「うん。全然怖くないんだよね。死ぬって怖いことだってずっと思ってたのに」
杏子「行く場所が決まってんなら、道も迷わずに済むだろ」
さやか「うん…」
杏子「…」
ギュッ
さやか「あ…」
杏子「嫌かい? あたしと手、繋ぐなんて」
さやか「…別に」ムス
杏子「素直じゃねえなあ」ククッ
さやか「うるさい!」
杏子「へいへい」クス
杏子「……じゃ、そのときが来るまで暇つぶしでもしようや。名作『新生人魚姫』の続きでも作りながら、さ」
杏子「そうしてお姫さまは泡となって、」
さやか「ぐるぐると渦を巻きながら、大きく小さく広がって」
杏子「そこへぶくぶくと泡を出しながら、もう一人も飛び込んで」
さやか「ふたりの泡はぐるぐる、混ざって」
杏子「それから」
さやか「それから」
杏子「境目もなく、恨みもなく」
さやか「きらきらと混ざりあいながら」
杏子・さやか「そうして間もなく、消えてしまいましたとさ」
杏子・さやか「おしまい。」
50 : 以下、名... - 2011/03/16(水) 06:38:02.82 ljOC3djs0 42/42終わりです。
お付き合い頂きありがとうございました。
支援も本当にありがとうございます。
杏子とさやかが好きです。
まどか愛なほむほむはマジほむほむ。
そしてマミさんはフォーエバー。
また何か書いたら投下します。それでは。


