802 : 金平糖の空 1 - 2011/08/26 03:32:42.59 7gczq9xS0 1/9美琴と美鈴のお話です。8レス程おかりします
元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-32冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311847989/
母は常日頃それこそ四六時中呑気で陽気で楽観的な人間だと思われているだろう。
アルコールを体内に流し込めば百発百中酒に飲まれること間違いなしの、言い様によってはダメな大人、と言えなくもない三十路をとうに過ぎた女。
曰く博愛主義を掲げる彼女は確かに情を注ぐ対象は多いと言えるだろう。
それは花の香りのフラグレス、身体にフィットする皮パンツ、水の中を掻っ切るように泳ぐ瞬間、ごつごつとした掌で己の身体を抱き締める男、本人の遺伝子を九割以上受けついだのでは?と思いたくなるほど彼女の面影そのままに生まれてきた娘――。
忙しなく過ごす日々の中で彼女は常に愛を謳った。
日常を形成するパズルのピース全てに慈悲の母性で満たそうと生きる人。
それが美琴の中で形成された母の輪郭だ。
自他ともに認める愛多き女がこよなく愛するものは、多分、自分でも父でも、勿論、アルコールでもない。
きっとそれは。
金平糖が散らばった満天の星空に違いないのだと、一四になった美琴は今でも信じて疑わない。
◆◇◆◇◆
美琴が四歳五歳といった年頃の頃だったろうか。
その日は、扇風機を回す程は暑くない夏の夜だった。
やさしい風が頬に気持ちいいだろうと涼みを兼ねて部屋から出たベランダには、父が珍しく日本に戻って来た時に、たまにしか会えない娘のご機嫌の取りの手段して「美琴ちゃ~ん。おみやげだよー!」と上擦ったテナーボイスと共に美琴に送られた笹の葉の重なる音が響いた。
カサリカサリと乾いた掠れの音に誘われるままに視線を動かし「ソレ」が視界に入るや否や、美琴は眉をしかめる。
『あまのがわをママとパパとみことでみれますように。 みちかみこと』
短冊に書かれた字は所々ガタガタでミミズのようにうねっていて、「さ」の部分が「ち」になっている。
正に覚えたての生まれたての文字。
お昼は幼稚園の先生と一緒に、夜は母と一緒に。
練習して練習して練習してようやく美琴が取得した(と本人は思っているが、まだ完璧ではない)というのに。
流れ星も天の川も美琴の囁かな願いを聞き入れず七夕当日を迎えてしまった。
「お星さまが美琴ちゃんの願い事をかなえてくれるんだぞ!」という父の言葉を信じなければ良かった、と、少女の頭の中を例えようのない不平不満がぐるぐると駆け巡る。
「大人の事情」という、子供ならば避けては通れないこの世の理不尽さを口を膨らませながら噛みしめる。
年相応に涙ながらに父を嘘つきと罵倒できれば内在する悪態がきれいさっぱり掃除できる事くらい、本能的に感じ取っていたが、出来たら苦労はしないのだ。
美琴が嫌嫌と泣くだけで一人娘に甚大な愛を降り注ぐ両親は悲しそうに目尻を下げる事が簡単に予想がついた。
美琴は隣に居る母にも、何処にいるかわからない遠い地にいる父にも、特に文句を言う気は無かった。
しかし。
娘の些細な変化に気付かないほど母も鈍感な人ではなく。
今にして思えばぷくっと頬を膨らませてぶーたれている美琴の横顔を彼女が見逃すはずもないと考える事が出来る。
気がついたからこそ、彼女は娘に語りかけるように歌を歌いだしたのだろう。
「きらきらひかる、おそらのほしよ」
静寂の夜に浮かびあがる歌声に、少女の耳はピクリと動く。
美琴は耳慣れしたこの曲の正体を知っていた。
季節が穏やかな春から太陽きらめく夏へと移り変わろうとしはじめた時期から、大好きな幼稚園の先生がよくオルガンを弾きながら皆に歌い聞かせるようになったお歌。
すぐに曲名を思いだす。
「きらきらぼしっ!」
それ、私、知ってるよ。
キラキラと目を輝かせて、美琴は音を奏でる母親につげた。
「すごいね。美琴ちゃん。物知りだぁっ!」
「あのね。あのね。おほしさまのおうただよね!」
褒められた事に上機嫌になった少女は、さっきの態度は何処へ飛んで行ったのか知る限りの知識を母親に提示する事に躍起になっていく。
あのね、あのね、と。
つたない舌使いで大げさな身ぶり手ぶりを添えて、自分よりもずっとずっと背の高い母親の顔を見上げて美琴は話し続ける。
「せんせいがおひるねのときにうたってくれるんだよ。それでね。ちいさな、ちいさな、おほしさま。あなたはいったいだあれ?ってね、聞くおうたなんだって!」
目尻を弛ませて、「うん、うん」と相槌を打つ母。
最終的に両の肩で息をするほど全力でおこなった演説のあとに、しなやかな両腕を広げ美琴を抱き寄せ「すごい! すごい!」と白い歯を惜しげもなく見せ笑う母。
わしゃわしゃとせっかく整えた髪が豪快に乱れる程に頭を撫でられる。
そうして、美琴はきはずかしさを紛らわそうとこっそりと母に隠れてにひひひと口元を緩ませた。
「みこと、このうただいすきっ!」
「ママもこのお歌大好きよ」
「ママも?」
「きっと、パパもだーい好きだよ」
「っ!」
母も父も。
自分と同じ歌が好きだという。
それだけで美琴の内側から湧き出てくる高揚が頬を桃色に染めた。
無自覚にとくとくと刻まれる心の音にすら気付かずに、美琴の瞳は目の前の景色をそのまま反射させる。
美琴の瞳はまるで鏡のように、目の前に広がる光景をありありと映し出す。
笹の葉と睨めっこしていた視界はいつの間にか世界を変え、
広がるのは、
満面の笑みを浮かべる母と、
真っ白な金平糖が沢山散らばっていると思わせるような、満天の星空だ。
わあ、と感嘆の吐息をはいた後に。
「ねえねえ、ママ。おそらがこんぺいとういっぱいで、おいしそう」
ウキウキとお月さまに浮かぶウサギさんの如く跳ねる心のままに告げると、美琴の言葉を聞き目をパチクリとさせるた母は、途端に腹を抱えて笑いだした。
美しい曲線を描く眉をへの字に曲げ目尻に涙まで浮かべて爆笑した姿は今でも鮮明に覚えている。
この件関しては失礼だと思っている。
別に。
根に持っていはいないけど。
持ってないけど。
「マーマーッ!!」
「ごめんごめん。美琴ちゃんがあんまりにも可愛いこと言うからさ」
「むー」
「そっかそっか。美琴ちゃんにはお星様が金平糖に見えるんだね」
「……へん?」
「ううん。変じゃないよ。とっても、素敵よ」
金平糖が詰まっているビンは美琴にとって宝箱とも宝石箱とも思えるものだった。
淡い色の宝石は美琴の乙女心をくすぐる何かがあった。
その「何か」は何だったのか。
一四の美琴には見当もつかない。
川辺の石を勇者の証だ見せびらかす男の子が居た。
お祭りの露店で買った玩具の指輪を永遠の愛の証だと信じた女の子がいた。
子どものころに感じた見えない特別な幸せは、一人一人違っていて、美琴にとってそれは金平糖の詰まったビンだったのだろう。
だから。
ぎゅっと詰まった憧れの魔法のビンが空に落ちてぱらりぱらりと金平糖が散らばったような天の川が流れていく星空は、美琴にとって、とてもとても焦がれる空で美味しそうな空でキラキラの全てだと、心に、瞳に、刻まれていく。
きらきらひかる よぞらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる よぞらのほしよ
きらきらひかる よぞらのほしよ
みんなのうたが とどくといいな
きらきらひかる よぞらのほしよ
「ねえ、美琴ちゃん」
歌を歌い終えた後、美琴を抱きあげ母は美琴の耳元で語る。
夜八時を回り羊の誘いに負けそうになる美琴を誘う子守歌のように囁きはじめる。
「ママね、きらきらぼしが大好き。満天の星空が大好き」
ぽんぽんとリズムよく叩かれる背中に絶対の安著の波が押し寄せてくる。
ねんねんころり、とさらに幼かった頃に注がれた母の慈悲が呼びがえったのかもしれない。
「美琴ちゃんはいったよね。お星様、アナタはいったいだあれ?って。
ママね、お星様はきっと、大好きで大切で掛け替えのない人がお星様だと思うの。」
ココに居ない、あの人にも届けばいいのだけれど、とボソリと聞こえてきた記憶がある。
「ママにとってのお星様。それは、パパであり、
そして、美琴ちゃん
――――――――あなた、よ」
お星さま、きらきら輝くお星様。
私が見ている星空を、遠いあの人も見ているだろうか。
お星様、きらきら輝くお星様。
私の声が、この子の声が 聞こえますか。
私には、この子には、あの人の声は聞こえますか。
お星様――あなたは一体何ものですか?
それはきっと、何処かの誰かの大切な人。
◆◇◆◇◆
時は流れたが、変わる事もあれば変わらない事もある。
父は相変わらず破天荒に世界を飛び回るあやしさ100%のおじさんだ。
母は相変わらずアルコールに白星を上げることは出来ずに駄目というか残念な大人だ。
美琴は小学校低学年の時にはすでに両親のもとから離れて学園都市で生きることを選択していた。
学園都市に来た理由は単純だ。
ただ単に超能力と言うものに憧れを抱いたから、としか言いようがいない。
かつて、金平糖のつまったビンに心が奪われたように、超能力と言う新たな宝物に目を奪われてしまったのだ。
能力開発を受け、私は『電撃使い』と分類される事となる。
「御坂さん。こう人さし指と人さし指を向かい合わせて、そこに意識を集中させて……」
開発を担当する研究員の言葉を思い出しながら、深夜、布団にくるまり能力を行使した。
パチッと小さな弾ける音。
「わっ!」
一筋の紫電が指の間を駆け巡る。
瞬時に脳裏に浮かぶ景色。
暖かい眠りの中で聞いた『満天の星空が大好き』の囁きと彼女の横顔。
「……」
「……」
「……、お星さま、みたい」
紫電に重ねるのは、空に散らばった無数の金平糖。
いつか。
いつか、もっともっと。
金平糖のような、キラキラひかる星のような光を空いっぱいに浮かべる事が出来るようになれば。
美琴のお星様。
美琴の大切な掛け替えのない人達は喜んでくれるだろうか。
「……」
「がんばって、みようかな」
自他ともに認める愛多き女がこよなく愛するものは、多分、自分でも父でも、勿論、アルコールでもない。
きっとそれは、金平糖が散らばった満天の星空に違いないのだと、一四になった美琴は今でも信じて疑わない。
ポツリと呟いた決意こそが、美琴の超電磁砲へとスタートだったと。
彼女は今にして振り返る。
810 : 金平糖の空 - 2011/08/26 03:57:04.61 7gczq9xS0 9/9以上です。お邪魔しました。