学園都市、とある喫茶店の喫煙スペースに紫煙が一条たなびく。
「ふう」
カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「あ、知り合いがいるからいいんだよ」
(…………ん? この声は)
「これは失礼しました、ごゆっくり」
丈の長い修道服を、引き摺らないように配慮した足音が近づいてくる。
「ステイル、久しぶり!」
「インデックス、なぜここに?」
「窓の外から見覚えのあるノッポくんが見えたから」
「……全く、律儀だね。昨日も電話で話しただろう」
「直接会うのはまた別なの! それより、何で日本に来てるって言ってくれなかったの?」
元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-32冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311847989/
「仕事とプライベートは分けるものだよ」
「お仕事?」
「最大主教のおつかいさ。これでも多忙の身でね、一服したら空港に直行しようと思ってたんだ」
「じゃあ、魔術師が入り込んで、その対処とかじゃないんだね?」
「世界は数年前に比べれば平和そのものだ。僕もそっちの仕事はめっきり減って、今ではデスクワークが中心になってしまったよ」
「………………良かった」
「ああ、なべて世は事もなし、といったところかな」
「ロバート=ブラウニングの『春の朝』だね。ちょっと解釈としては違うと思うけど」
「はは、君に知識較べで敵うはずもないね。これは浅学を露呈したな」
「解釈が間違ってるのは、それだけじゃないんだよ」
ボソリ。
「何か言ったかい?」
「べっつにー」
「?」
プカリ、見事に環を模った白煙が二人の向かい合うテーブル上に浮かぶ。
「あのね、言いにくいんだけど」
「ん?」
「実は私、煙草の匂いってあんまり…………」
「…………ここは喫煙席なんだ。とやかく言われる筋合いは無いよ」
「うん、わかってるんだよ」
「だいたい、外から見えてたなら承知の上じゃあないのかい?」
「確かにそうかも。でもね」
「でも?」
「………………す、すているの顔を見ながら、二人っきりでお喋りしたかったんだもん」
「っ! ゴホ、カフッ!!」
「だ、大丈夫?」
「(は、灰が……!)も、問題ないよ、ゲホオッ!!!」
「あわわ、えっとえっと…………あ、はいお水!」
ステイルはひったくるように手にしたグラスを思い切り呷る。
「あり、がとう」
「ごめんね」
眉尻を顕著に下げるインデックス。
そんな顔をされて、この男が強く出られる筈もなかった。
呼吸を整える意味合いも兼ねて、わざとらしく咳払いを一つ。
「ゴッホン! いいかいインデックス、良く聞くんだ」
「なあに?」
「そういう事を言うとだね、男は勘違いするんだ」
「ステイルは勘違いしたの?」
間。
「……こういうのは、上条当麻だけにしておくんだ。どこの馬の骨とも知れない男に引っ掛けられては目も当てられないよ」
「ステイルは私を引っ掛けたいの?」
一呼吸、二呼吸、また微妙な間。
「…………ここは、『上条当麻は馬の骨じゃないのか?』と突っ込む場面だと思うんだけどね」
「ねえ」
「質問攻めだな、なんだい」
「さっきから話逸らしてるよね」
「………………そ、そんな事は」
「あるよ。どうしてとうまの名前が出るのか、私にはわからないんだよ」
顔を背けて溜め息と煙を吐くステイル。
そのまま額に手を当ててうんうん唸り始めた男を、不思議そうに見やるインデックス。
「それで、最初の質問には答えてくれるのかな?」
「…………待ってくれ、その前に。ちょっと整理しよう」
「整理?」
「僕と君との関係さ」
「確かに、何かって聞かれたらあんまりはっきりしないね」
唇に人指し指をやって首を傾げる仕草は清楚ながら、同時にはっとするような色気を纏っている。
こめかみを添えていた指で鋭くつねって、ステイルは堰を切った。
「僕は昨日君と電話をした。上条当麻との惚気話としか思えないラブコメ劇場に付き合った。その一点においてまず、僕と君は良き知人、良き友人だ。二月ほど前には『必要悪の教会』暗号部門と君の間に立って仕事が円滑に進むよう手配した。同僚、それ以外に相応しい言葉は他にないだろうね。そういえば一週間前に見立ててくれた最新式の学園都市製カラーコピー機についてはまだ面と向かってお礼を言ってなかったな。君がいかに科学に対する見聞を深めたのか良く解るよ。あれのおかげでルーンの量産も順調に」
「それはステイルの側から見た私たち、だよね? とうまとの晩ご飯の話だって私たちはそういう関係じゃないし。私はステイルの事、ステイルが思ってる以上に想ってるんだよ? 具体的に言うと、す」
「待てえ!!!」
流れに流れる激流に特大の立て板。
巨大過ぎて渇水を起こしかねないそれに、思わずステイルは店中に響く大音声を張ってしまった。
微かにざわめく静謐なはずの隠れ家的(笑)喫茶店。
「“す”!? “す”ってなんだ何を言うつもりだった!」
「だから、私はステイルのことが」
「ああ僕が悪かったストップ、ストップだ!」
「もう、意味分かんないかも」
ぜえ、と再び声と呼吸を荒げるステイルに、インデックスが頬を膨らませて抗議する。
青年は深呼吸を二度、ゆっくりゆっくり行った。
「…………いや、だからだね。君は上条当麻が好きなんだろう? もう何年同棲状態だと思ってるんだ」
「同棲じゃなくて同居なんだよ」
「下らないレトリックは止して、君こそ僕の疑念をしっかり晴らしてくれないかな」
「女の心変わりなんて一晩あれば十分なんだよ」
身も蓋もなかった。
「僕の幻想を壊さないでくれ………………なんというか、君に抱いているイメージが……」
「そげぶー」
ポフン。
テーブルに身を乗り出したインデックスの柔らかな右手が、バーコードのすぐ下の頬を軽く撫ぜた。
「言ってるそばから……! いやまあ、可愛いけどさ」
ボソボソ呟く神父。
「えへへ、可愛い?」
ニヘラと相貌を崩すシスター。
「い、今のは言葉の弾みだ!」
「素直じゃないなぁ。…………でも、そんな意地っ張りなところもす」
「ストォォォォップ!!!」
またもや店中の耳目を集中させてしまう。
しかしステイルは野次馬など気にしていられないほど追い詰められていた。
「何かこう、モヤモヤというか釈然としないというか。だが…………男としては先に言わせられない! 夢か魔術か勘違いか、はたまたドッキリかと思ってビクビクしてたがもう知るか! インデックス!」
「は、はい!」
そして、相当にヤケクソになっていた。
「僕は君が好きだ! 一人の男として、君の事を護らせてくれ!!」
「はい、喜んで」
即答。
「…………」
「………………」
「……………………お」
「ステイル?」
「おのれ魔術師ぃぃーーーーーーーーーっ!!!」
「何で!?」
「なぜなになんで、いったいどうして!? 百歩譲って君が僕を受け入れてくれたのは良いとしてだ!」
「そんな嫌がってるみたいに言われると…………」
「あ、いや! 僕だってもちろん嬉しいさ!」
「えへへ」
悄気かえるインデックス、焦るステイル。
慰めるステイル、笑うインデックス。
パターンの把握は超能力者レベルの頭脳がなくとも容易いだろう。
「じゃなくて! 何故、その、『そんな事わかってました』みたいに受け入れられるんだ?」
「だって知ってたもん」
「え」
「とうまだって知ってるし。っていうか、とうまの方が私より先に気付いてたし」
「え、え」
「ぶっちゃけ、私とステイルを知ってる人ならみんなガッテン承知の助なんだよ」
絶句、のち絶叫。
「えええええ!?」
「ホントに隠してるつもりだったんだね…………私はいつ電話越しに『大事な話がある』、みたいな感じで呼び出されるのかドキドキしてたのに」
「うえええええええ!!!??」
もはや留まるところを知らないステイルのソウルシャウト。
店内は一周回ってすっかり元の平穏を取り戻してしまっていた。
男が平静に回復するまでは、まだ暫くの時間を要したが。
「………………ふう」
芳しきニコチンを摂取したステイルは、インデックスに横顔を晒しながら残り滓を吐き出した。
たっぷり二本の煙草を嗜んで気を落ち着ける間、彼女がはにかみながらじっと自分を見つめてきたのが、彼にはどうにもくすぐったかった。
「で。その、何故バレてたんだろう」
「何でも何も、『君のために生きて死ぬ』なんて友達相手に立てる十字架じゃないよ」
「昔の話だ、気にしなくてもいい。そう言った筈だよ」
「初めて『私じゃない私』の事を聞いたときから、あなたの顔が頭から離れてくれないの」
インデックスは男の言葉を聞かなかったように独白を続ける。
ステイルは一際大きな煙の環を生んで、目を瞑った。
彼女に“それ”を記録されたと悟ってしまった、あの瞬間の絶望感は忘れられそうになかった。
「君の行動は単なる同情だ。一時の感傷に引き摺られてないで、しっかり自分の本当の気持ちと向き合って」
「ステイルがそれを言うんだ?」
思わずぎょっと目を剥いてしまった。
インデックスは、明らかに怒りを堪えている様だった。
「我慢して我慢して、心から血を流してたのはステイルの方でしょ? あなたが胸の裡を打ち明けてくれたなら、私はいつだって」
「こ、心変わりが一晩でどうの、とかいう話はどこへ行ったんだ」
押し込まれている、ステイルはそう感じた。
しどろもどろになって逃げ道を探している己を、別の場所から呆れ顔で眺めている自分がもう一人いるような気がした。
「…………ごめんね、嘘ついてたかも」
「……嘘、ね」
「一晩で心変わりなんて大嘘なんだよ。本当は、何年も何年も、ゆっくり時間をかけてあなたへの想いを温めてきたの」
うって変わって静かに、頬を微かに桃色にしたインデックスが虚空を見た。
喜怒哀楽の激しい子だ、そこも魅力的なんだが。
ステイルは無意識に考えて、慌ててかぶりを振った。
「私とあなたの過去を知ったあの日から、色んな事を、何度も思い返してたの。
あいさの事件の時も、天草式の時も、大覇星祭の時も、そして聖ジョージ大聖堂でも。
ステイルは私を守ってくれた、そうだよね?」
「ま、待ってくれ。喋った覚えのない事件が混じって…………上条当麻か!?」
「とうまを責めないで。私が無理やり、教えてってせがんだの」
「な…………」
羞恥と怒りのやり場も塞がれる。
「とうまは、凄く迷ってたけど。真剣にあなたの全てを“記憶”したい、そう言ったら」
「…………すまない」
「え?」
ステイルは木の温かみを醸すテーブルに両肘を突いて、掌を組んだ。
拳で額を支えて表情を隠した男に、インデックスは必死に紡いだ想いの丈を遮られた。
「君がそこまで真摯に考えてくれたのに、僕ときたら醜い想像ばかりして。黙ったままでは気が済まない、懺悔させてくれ」
ステイルは覚悟を決めて、吸いさしをガラスのアッシュトレイでにじり消した。
何が見苦しい逃避行へと己を駆り立てていたのか。
その醜い動機(おもいちがい)を、これから大事なひとに洗いざらいぶちまける。
「…………うん、聞かせて?」
「上条当麻は、今なお女性に大層“アレ”な性分だそうだね」
「そうだね。短髪とかあいさとかかおりとかいつわとか、女の子に相変わらず“アレ”なんだよ」
『短髪』は解らないが、あとの三人ならステイルも良く知っている。
誰にしろ、インデックス同様彼には並々ならぬ思い入れがあるだろう。
「君の嫉妬心の発露はなかなかに露骨だったね」
「あ、あはは! 昔の話なんだから、気にしない方がいいかも!」
「本当に『昔の話』なのかい?」
「…………どういう意味?」
「重ね重ねすまない、先に謝っておくよ。下種の勘ぐり、というやつさ」
「もしかして、ステイルが言いたいのって」
「俗な言い方をしてしまおう。競合を避けて、都合のいい物件に乗り換えたんじゃないか?」
インデックスは沈黙を答えに選ぶ。
「そんな不埒な考えが頭を過ぎってしまった」
過ぎった、というよりは歯に挟まったように抜けてくれない、というのが正しい。
それ程に、ステイルの知るインデックスという少女は上条当麻を深く愛していた、はずなのだ。
「………………そっか、だったら」
恥を曝け出して開き直ったステイルは、立ち上がったインデックスのほっそりとした五指をなんとなしに見つめる。
彼女はテーブルを挟んだ向かいの長椅子――――つまり、ステイルの隣に座りなおした。
心地よく軽やかな体重が、寄りかかってくる。
慌てて顔面を、正面の誰もいなくなったスペースに向けて急速旋回した。
「こうしたら、わかってもらえるかな?」
「ち、近すぎやしないかい」
「ねえステイル、パーソナルスペースって聞いたことある?」
「……縄張り意識、だね。一般的に親密な相手とであればあるほど狭いとされる」
「ステイルの、私に対するパーソナルスペースはどのぐらい?」
「…………煙をふかしても届かない距離、かな」
「なら、タバコ止めてくれたらゼロだね」
「………………君はどうなんだい?」
「此処だと、落ち着かないんだよ。ドキドキしてる」
「じゃあ離れた方がいいね」
「やだ」
「そうかい」
「…………悩んで考えて想像して、眠れない夜もあった。とうまの隣にいる今の私と、あなたの隣にいた過去の私。それと、これから先の未来に私が居るべき場所」
ステイルは沈黙を答えに選ぶ。
「あなたの、ステイルの声をどうしても聞きたくなって、夜中に電話したことあったよね」
「君にとっては夜中でも、ロンドンでは夕焼け小焼けだったりするんだがね」
「もう! そうやってのらりくらりなんだもん! ほんとステイルって、タバコの煙みたい!」
「いいのかい?」
「え?」
少し腰を浮かして坐し方を斜めに直す。
視線が漸く、初めて真正面からかち合った。
「上条当麻は常に君の側にいる。僕はそうじゃない。だから、錯覚してるのかもしれないよ。いざあいつが誰かに取られてしまったら、君は後悔するかもしれない」
息継ぎする。
呼吸が徐々に乱れていくのを自覚できた。
肩に触れる温度に、自分が触れ返していいのか。
自問してみたところで、返事が戻ってくるわけもなかった。
「インデックス、最後だ。あいつの元へ今すぐ帰るんだ。もしここで退かないのなら」
唇が別の生き物のように震える。
喉はカラカラで、罅が入ったようだ。
脳の指令と肉体の動きが上手く一致してくれない。
ただ気が付けば、吐露した言葉を裏切って、両腕は彼女の背にゆるやかに回されていた。
「もう僕はきみを離せそうにない。身の丈に合わない幸せを、掴んでしまいたく」
「すている」
「え」
いきなり、距離がゼロになった。
「ん…………苦い、なぁ」
「……………………な、な」
エドワード=ホールの定義した密接距離の近接相とは、恋人同士の距離を指す。
即ちパーソナルスペース、十五センチメートル以内。
ステイルの文字通り目前にある可憐な容姿は、上気して仄かに紅く染まっていた。
しかし――鏡が無いので確認は出来ないが――今の自分ほどではないだろう。
「もしタバコ止めてくれたら、もっと大好きになっちゃうかも」
縋りつく悪魔の誘惑はまるで振り切れる気がしないな、とニコチンとタールの存在しない地獄に落ちゆく男は思った。
177 : VIPに... - 2011/08/05 00:21:46.67 dHE4AjcI0 15/15な ぜ 報 わ れ た し
ドッキリオチにしようかどうか本気で迷ったりしてませんよ?
殴りたくなるぐらいウジウジしたウザイルを目指しました
次は攻めイルを目標にして進軍しようと思います

