51 : VIPに... - 2011/07/31 23:44:15.26 Q/ZIIhMD0 1/39
美琴「流氷の港町で」
・ほぼ美琴視点
・22巻のラストから新約の間の補間話
あそこからこうなるんだったら、その間こんなことがあったんじゃないかなー的なお話
・原作、超電磁砲SS2の設定は一応踏襲したつもり
・スペシャルサンクス 美琴「極光の海に消えたあいつを追って」
http://ayamevip.com/archives/36754527.html
一部設定をお借りしてます。
元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-32冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311847989/
――見つかったのはこれだけだった。
すくい上げたばかりのちぎれたストラップを強く握りしめる。
「それは何ですか?と、ミサカはお姉様がすくい上げた物に興味を示します」
傍らにいた妹が尋ねてきたが、答えられなかった。
「――それはあの人に渡していたストラップですね? とミサカは自分の推察の正否を確認します」
「……アンタ達にはネットワークがあったわね。知っていても不思議はないか」
「素お姉様が回りくどい方法であの人の連絡先を手に入れたと10032号が報告していました、とミサカは情報源をリークします」
「連絡先、というよりアイツとの繋がりが欲しかったのかな。もしかしたらアイツを捕まえたかったのかもしれない。だけど……」
今、そのストラップを自分が握りしめていると言うことは残酷な現実を突きつけていた。
あの要塞がこの沖に落下したであろうことを。
一刻も早く探しに行きたい手段がない。
VTOL機は置いてきてしまった。 そもそも燃料切れだ。
何とかしたいが何もできない。
どうしようもない無力感に包まれる。
何がレベル5だ――こんなときに何の役にもたたない能力なんて。
流氷で埋め尽くされた北極海を前に、要塞が向かっていった先をただただ見つめることしかできなかった。
どれだけそうしていただろうか。
すっと後ろを振り返り、その先にある瓦礫を睨みつける。
その裏に誰かがいることは磁気の乱れでわかっていた。
「……どこの誰だかは知らないけど、そこから出てきなさい。隠れるならもっと上手く隠れることね」
しばしの沈黙の後、瓦礫の影からゆっくりと小柄な黒髪の少女が現れた。
「ばれてしまいましたか。気配は消していたつもりだったんですけどねえ。――っと学園都市の超電磁砲……が二人? 双子だったんですか?」
英国英語で返された言葉に、それが旧知の相手であることに気づく。
「レッサー……」
「お知り合いですか? とミサカは人物関係を確認します」
「夏休み前にちょろっとね」
曖昧に答えてレッサーに向きあう。
「超電磁砲なのは私ね。双子といえば双子みたいなものなんだけど、まあいいわ。こっちは私の妹で――」
「ミサカはナナミです、とミサカは懇切丁寧に自己紹介します」
「ふむ、ナナミさんと。ナナミだけど一人称はミサカなんですねえ。ええと、私はレッサーちゃんです。よろしく」
「(ちょっと、ナナミって何?)」
「(ミサカの愛称です。今いる研究機関の主任曰く『7が3つだからナナミでいいよね?』ということで外部の人と会うときはこの愛称を使っています、とミサカは秘密を暴露します)」
「それにしてもあなたたちも大変ですねえ。戦争とはいえこんなロシアの田舎にまで派遣さられて。レベル5とはいえ年ごろの女の子2人に『あれ』と追いかけっこさせるとは学園都市も人使いの荒い」
「学園都市はあまり関係ないんだけど……それで? そういうアンタは?」
「あなたたちと同じですよ。『あれ』を追いかけてきたまでのことです。なにせ英国にとって大事なものを乗っけたまま飛んでいっちゃいましたからね。早いところ追っかけて回収しなきゃいけないんですが、ちょっと困ったことになっちゃいましたねえ」
ヒコウジュツシキは使えないしとぶつぶついい始めたレッサーだったが、その視線が何かを捕らえたのか、一点に止まる。
何かを察したのか、その顔ににんまりとした含みのある笑みを浮かべて絡みつくように話し出す。
「なるほど。 学園都市と関係ないというのはつまりこういうことですか。そのジャケットからはみ出ているストラップ、つまりあなたは『あれ』を追いかけてきたのではなく、上条当麻を追いかけてここまでやってきた――」
『上条当麻』
確かにレッサーはそう言った。
次の台詞を待たずにその肩を掴み、
「アンタあの馬鹿のこと知ってるの!? なんで知ってるの? どこで会ったの? 何があったの!?」
「そんな顔色変えて一辺にっ一気に聞かれてもっ! ぬわー!! ゆさぶるのはやめてぇ! ガクガクやめてぇ!! 折れる折れるっマジ折れるっ!」
この唐突な反応にはレッサーも予想できなかったのか、なされるがままがっくんがっくんとの首が揺さぶられる。
「お、お姉様、それ以上揺さぶるとこの人の脳に深刻なダメージが、とミサカは慌ててお姉様を止めに入ります」
そのナナミの声で我に返り、慌ててレッサーを掴んでいた手を離した。
「あ……あの、ごめん。 なんかムキになっちゃって」
「うあー、まだグラグラ揺れてるような」
「その、ほんとゴメン。 大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないですが…………ええと、それで何の話でしたっけ?」
「あの馬鹿、上条当麻のことをなんでアンタが知ってるのかって話」
すぐにはダメージが抜けないのか、頭を振りつつレッサーは話し始めた。
「かいつまんで話すとですね――」
――ブリテン・ザ・ハロウィンでの上条当麻との対峙。
――クーデターの首謀者を倒して事態を終息させた上条当麻を先回りしてのロシア侵入。
――エリザリーナ独立国同盟でローマ正教・神の右席フィアンマの襲来。そして魔術戦を経ての敗北。
――体勢を立て直して移動している最中に、黒い翼を纏った学園都市の能力者が襲撃。上条当麻単身での撃破。
――フィアンマの居城への侵入するものの術式が発動した要塞・ベツレヘムの星が浮上。
――単身でフィアンマに挑み激闘の末、その右手での決着。
「まぁ大体こんなところですね。一部推測が入っていますが、大まかには合っているはずです」
すぐには返す言葉がでてこない。
どれも一介の高校生が首を突っ込むような話では無い。
ましてやそのど真ん中に立つなどということはあっていいはずがない。
どうして、アイツはそんな危険の中に飛び込んでいくのか――
どうして、アイツがそんな矢面に立たなければいけないのか――
しばらくぐるぐると思考が回っていたが、半ば強制的にせき止めてようやく一言紡ぎ出した。
「……無茶苦茶ね」
「そうですね。 まったくもって無茶苦茶ですよ。
世界大戦の蓋を開けたらその中心が上条当麻だったわけですからねえ。
神の右席、といってもご存じないですよね? まぁローマ正教の最深部の部隊とでもいえばいいでしょうか。
その中にフィアンマというのがいたのですが、そいつが裏側からあの手この手で戦争を焚きつけて、よってきた上条当麻の右手をゲットって腹づもりだったみたいです。
いやあ、フラグ立ても大概にしろって言いたくなりますよねえ」
いつもの軽口は放っておいて、ひっかかる部分だけを口に出す。
「右手……って」
「詳しくは言えませんが、上条当麻の右手には少々特殊で希少な能力があるんですよ」
もちろん美琴は上条の右手に宿っている妙な能力のことは重々承知している。
それで散々な目にあったり、逆に救われたりしている。
「幻想殺しですね、とミサカは固有名を挙げてみます」
妹がその名前を出したのでコクリと頷いてみせる。
「あら、ご存じでしたか。 びっくりするかと思っていたのに残念」
「アイツの右手が超能力を打ち消すってことは知ってるけど、なんだってそんなものを?」
「何を企んでいたのかまでは分かりませんが……
大方何かの術式の媒体にでもしようとしたってところでしょう」
「消してばっかりのアイツの能力で何かができるとは思えないんだけど……。
そもそもはいそーですねってホイホイ着いてくようなヤツじゃないし。
それでそのフィアンマってやつがローマ正教の『魔術』で開発された能力者ってわけね」
1ヶ月前、学園都市が攻撃を受けたときに発表された内容を思い出してそう呟いたが、それを聞いたレッサーが眉をひそめる。
「? あなたの口から魔術という台詞が出てくるのは驚きですが――
なにか勘違いしていませんか?
フィアンマは能力者ではなく魔術師、そして『魔術』はそちらの『能力』とは全く違うものですよ?」
「魔術師って?
こっちでは『魔術』という名前の能力開発やってるところが学園都市外にあるってことになってるんだけど?」
「ははーん。 学園都市はそういうことにしてるんですねえ。
確かに学園都市が魔術を認めると立場がまずいですよねえ」
こちらが混乱する中、レッサーだけが一人得心したように頷く。
「ちょっと! 一人で納得してないで説明なさいよ」
「結論から先に言っちゃいますと、その話は偽情報ですね。
先ほども言ったように、魔術はそちらの超能力とは全くの別物です。
この前は見事な科学脳っぷりを見せつけられたので、今回は単刀直入にっ――」
そういってレッサーは持っていた槍のようなものを背後の瓦礫に突き立て、背丈ほどもあるあるそれを軽く投げ飛ばして見せた。
もちろん普通の人間にそんなことができるはずもない。
学園都市であれば筋力を補助する機構(デバイス)があるかもしれないが、そんなものがはいそうですかと外部に漏れているとも思えない。
「念動力? もしくは空力操作?
いやいやここは学園都市じゃないから――」
ブツブツと頭をひねっているこちらを見たレッサーが小さな溜息を吐く。
「はぁ。 予想通りの反応ありがとうございます。
ずっと科学サイドにいた人間が見たら仕方ないのかもしれませんが――」
そう言ってそのポケットからメモ用紙サイズの紙を取り出すと、その上にさらさらペンを走らせ、何やらややこしい模様を刻みつける。
書き上がった3枚の内2枚をそれぞれ美琴とナナミに差し出す。
「それじゃちょっとコレを持ってください」
自分とナナミがメモ用紙を受け取ったのを見てからナナミを見て、
「何でもいいので超電磁砲の事を考えてみてください」
「了解しました、とミサカは快諾します。 それでは――」
――。
「なっ!! 誰がパットよ! これは自前よ! じ・ま・え!
これでも努力してr――ってアンタ今口動かしたっけ?」
(まぁ落ち着いてください。 これが魔術なんですよ。
護符を使った念話術の一種です。
それで、それはその時が来たら勝手に育っちゃうもんですよ?)
(何かコツのようなものはないのでしょうか、とミサカは率直なアドバイスを求めます)
(コツと言ってもこっちは勝手に育っちゃったわけですからねえ。
強いて言うなら食べるモノ食べて運動不足にならないようにするってところですか。
それにお約束ですけれど肩はこるし、派手な動きはやりづらいしであったらあったで困るもんですよ?)
(くそぅ! 相変わらず余裕かよ!)
「ああっもう! おーけーおーけー。 わかったわ。
最初は精神感応(テレパス)の類かとも思ったけど、さっき瓦礫をふっとばしてたのと合わせると、多重能力ってことになるから少なくともこちらの能力とは別物の力ってことは認める。
それにしても魔術、ね。 あのときの話の意味がこういうことだったなんてね。
この科学万能のご時世にオカルトが現役だなんて正直世界がひっくり返る気分だわ。
それでアンタもその魔法使いだったとはね」
「あまりおおっぴらに話せることでもないんですけどね。
まぁこんな状況ですし、そういう法則もあるってことはお知らせしておきます」
「あの要塞が浮かんでいたのも魔術の力だったわけですね、とミサカはそりゃそうだよなと思いつつも念押し確認してみます」
「そうです。
あれはかなり大がかりな部類なのでそう簡単にはできませんけどね」
「その魔術って練習とかで身につくものなの? それとも儀式とか?」
「一般人ならまぁそうなのですけど、あなた方のような超能力者は無理ですね。
すでに力を持ってしまっているので、そこに新たな力を上乗せするというのは木に竹を接ぐように異質なものを流し込むことになるので、無理にやると酷いことになるそうですよ?
あちこち吹き飛んだり、最悪命を落とすこともあるそうです」
異質な力、吹き飛ぶ身体――
一人の風紀委員の少女が脳裏に浮かぶ。
もしかするとあの子はそのせいで?
思考が流れるが、今は目の前のこと集中する。
「……そっか。 おとぎ話の魔法使いみたいにってことはできないのね」
「そりゃ所詮は人間が扱う力ですからそれに見合った限界ってものはあります。
あなたの国ではこういうのを過ぎたるは何とやらというんでしょう?
まぁ魔術単体でも、ある程度から上になると向き不向の影響が大きくなってきますし、それに見合った代償もいるようになります。
フィアンマみたいなのは極々特殊な例ですね」
「……アイツはずっとそんな世界を相手にしてたのよね」
開いた手に置かれたストラップに視線を落としながらそう呟いた。
「それはどこで?」
こちらの手をのぞき込んだレッサーが問いかけてくる。
「さっきそこに流れ着いていたのを拾ったのよ」
「ちょっとそれを見せてもらえませんか?」
一寸躊躇ったがそっとそのストラップをレッサーに渡した。
「ありがとうございます。 これは上条当麻が持っていたものですよね?」
レッサーは受け取ったストラップを両手で包むように持ちながら一応の確認をとる。
「たぶんね」
「ふむう……なるほど。 これだけ残っていたら充分拾えそうですねえ。
ありがとうございました。 お返しします」
そう言って美琴の手にストラップを戻した。
「何かわか――」
言いかけた言葉を断ち切り、津波で崩れかけた建物の一つを睨みつける。
おかしい――。
追っ手があることは予想していたけど突然すぎる。
レッサーと話している間も周囲をくまなく探っていたはず。
それなのにこの距離まで気づかないってどうして!?
まるで何もない空間から急に湧き出たような――。
睨みつけた建物の影から現れたソレは、学園都市で見慣れたソレより一回り小さく、そしてスリムなシルエットを浮かび上がらせていた。
艶のない黒一色で統一された表面と要所要所に埋め込まれた装甲板を持つ駆動鎧。
装甲板の所々から生えている棘状の装飾が目を引く。
その両手は空いたままだが、もしライフルを持っていればすでに射程圏内だ。
――、――、――
駆動鎧がかすかな駆動音を立てながら、ゆっくりとこちらに足を進める。
普通の駆動鎧なら動きに合わせて周りの電磁場が乱れるところだが、この駆動鎧にはその乱れがほとんどない。
電磁波での干渉を避けるために、電気駆動を避けて化学薬品駆動式を使っているのだろうか。
そしてわずか数十メートルという至近距離にいるにも関わらず、極端に電磁波の反射が小さい。
新型の電波拡散素材、しかも自分の能力に特化した調整がされていると見て間違いないだろう。
完全に超電磁砲、つまり自分を目標(ターゲット)にした対超電磁砲専用駆動鎧――
わざわざこれだけの機体を用意してきたということは、この一体だけでちょっかいを出してくるはずもない。
他に姿が見えないということは、街中に潜んでいるか、町ごと包囲されているか――
自分だけなら切り抜けられないこともないが、あの『処分』の内容を考えるとレッサーや妹に危害が及ぶかもしれない。
学園都市内部のいざこざに、関係の無いこの二人を巻き込むわけにはいかない。
とっさにレッサーから渡されたメモ用紙が頭に浮かぶ。
(レッサー、ロシア語できる?)
(まぁ日常会話ぐらいなら大丈夫ですよ。 もちろん魔術的話題もおっけーです)
よかった、通じた。
(ならただの現地ガイドのふりをしてて)
(ダー)
(ミサカはどうすればいいでしょうか、とミサカはお姉様の指示を仰ぎます)
(アンタも手出し無用。 こいつらの目的は私を回収することだから)
駆動鎧は簡単に声が届く距離、こちらの目の前数メートルにまで近づくと動きを止めた。
「ご歓談中の所を失礼。 超電磁砲・御坂美琴さん、でよろしいすね?」
駆動鎧のマスクから丁寧ではあるが、威圧感のある男の声が流れる。
「……そうよ」
「そちらは……こちらの資料では妹さん、ですか。 それと?」
マスクのせいで視線は分からないが、妹のデータは持っているようだ。
「見ての通りロシアで拾った道案内」
こちらにあわせてレッサーが愛想笑いを浮かべる。
コイツ、日本語もできたのか。
「そうですか。
それで、私がこのような格好でこの場所に現れた意味はおわかりですね?」
「……お迎えに参上した王子様ならもう少しマシな格好にしてほしいわね」
「おわかりなら話が早い。
学園都市の表看板である貴女が学園都市を飛び出した、とあっては、こちらも色々と面倒なことになるのですよ。
迎えの準備は整ってますのでこのまま学園都市に戻っていただけませんか?」
迎えの準備、ね。 どんな準備がされてることか。
「断る……って言ったら?」
「残念ながら少々面倒なことになりますね。
できればそれは避けたいところなのですが」
「そう。
でもこっちもここは譲れないのよね。
残念だけど」
パチッ
前髪に紫電が飛ぶ。
「そうですか。
では少々手荒になりますが、拘束させていただきます」
「できるかしら……っ!!」
ズドム!!
言い終えるか否かの刹那、目の前の駆動鎧に一条の雷撃が突き刺さる。
これで駆動鎧は動かなくなる――はずだった。
しかし駆動鎧の動きは止まらない。
雷撃が効かない!? ならばもう一発!
再び雷撃を放つ。
その電撃は駆動鎧に生えている棘に吸い寄せられ、装甲の表面を走り抜けるだけで全て地面に逃げていく。
「雷対策はバッチリってこと。 それなら!!」
レッサーと妹を巻き込まないよう横っ走りに移動しながら周りの磁性体を掌握していく。
こちらの移動に合わせて建物の影に潜んでいた駆動鎧も次々と姿を現す。
現れただけでざっと10機。 バックアップ部隊を考えると1個小隊ぐらいの規模か。
バヂッ!!――
路地に入ったところを狙って弾丸が背後から飛来するが、一発程度では電磁波の衣は破れない。
弾丸に半ばオートマチックで電撃を浴びせてたたき落とす。
「そこっ!」
その弾丸の飛行コースから射撃位置を逆算して、力任せにそのビルの鉄骨を引き抜く。
骨組みを引き抜かれ、重力に抗う力を失ったビルは屋上に陣取っていた駆動鎧ごと崩れ落ちる。
まずは2機。
続いて目の前に飛び出してきた駆動鎧に引き抜いた鉄骨を投げつける。
駆動鎧が慌てて身を翻したその隙に、その手にあるライフルに大電流を叩き込んで真っ赤に融かす。
3機。
タタタッ!
乾いた音が路地に響き、弾丸が地面を跳ねる。
とっさに建物の影に飛び込む。
(レッサー! 聞こえてる?
こいつらはこっちで焼いちゃうからその間にここから離れて!)
そう伝える間にも断続的に弾丸が横を走り抜け、壁を削りながら火花を散らす。
頭を押さえたつもりだろうが、残念ながらこちらは顔を出さずとも弾道から発射位置が把握できる。
周りに目をやると暖房用の燃料タンクだろうか。
背丈ほどのタンクが据え置かれている。
磁力を使って強引にそのタンクを地面から引きはがしつつ建物の壁を駆け上がる。
駆動鎧らはこちらの動きに気づいていないのか、先ほどまで身を隠していたあたりを執拗に打ち続けている。
磁力で加速しながら屋根の上を駆け抜ける。
行き先は弾をばらまいている駆動鎧の上。
その屋根の端から下を覗くと、ライフルを構えて弾をばらまき続ける駆動鎧の一団。
「こっちよ!」
駆動鎧がこちらに気づくが遅い。
こちらを向きかけた駆動鎧めがけて引っ張ってきたタンクを投げ落とす。
ゴシャァァァァ!!
投げ落とした衝撃でタンクが割れ、飛び散った中味があたりを濡らす。
運悪く破片が直撃した何機かはその場で昏倒する。
残った駆動鎧が一斉にこちらに銃口を向けるが、
「いま引き金を引いたらアンタたち大やけどよ?」
その一言で駆動鎧が凍り付く。
しばらくの沈黙を挟んで、動ける駆動鎧が倒れたお仲間を引きずりながら引き下がっていった。
それを見ながらこれで撤退してくれるか? と思った矢先、
ポン!ポン!――
駆動鎧が逃げ去った方向から筒を叩いたような音とともに、空高く何かが打ち上げられる。
それが何かを確認している余裕があるわけでもなく、慌てて隣の建物に飛び移って身を伏せて頭を抱える。
ビチャッ!!
予想と違う音に背後を振り返ると、つい先ほどまで立っていた場所には粘液のようなジェルが広がり、白く固まり始めていた。
「強粘性ジェル弾ってまたレトロな物を持ちだしてきたわね。
ってことはまだまだ諦める気は無いってことね!!」
そう呟いて、砲弾が発射された地点を目指して駆ける。
幾度か屋根を飛び渡ったあと、攪乱のために再び地面に降りる。
狙撃と遭遇戦を警戒しながら距離を詰めるが、今のところその気配はない。
目前に発射地点と思しき大通りとの交差点が迫る。
その角で足を止め、壁に背を預けてそっとその向こうを覗く。
そこにはクローラーを履いた装甲車が3台。
その周りを警戒している駆動鎧が数体。 路面に置かれた筒は迫撃砲か?
いずれも電磁波の反射はほとんどない。
あれが本隊。
手をポケットに伸ばしかけたその時、
キンッ――
突然、アイスピックを直接脳に突き立てられたような激痛が走る。
「あっ、ぐぅ――」
こらえられない痛みに口から呻きが漏れ、頭を抱え込む。
これは――
「手荒で申し訳ないのですが、統括理事の意向ですので」
背後から声が聞こえる。 そして首筋に何かが押しつけられ
プシッ……
首筋に冷たい物が流れ込む。
急速に意識が遠ざかるのを感じながら、ただ、念じる。
(誰かアイツを助けて――)
……
…………
………………
深い海の底から浮かび上がってくる。
だんだん周りが明るくなっていく。
それが自分の意識だということに気づくまでしばらくかかった。
今、何してるんだっけ?
徐々に鮮明になってくる思考をまとめる。
確かロシアにいって、空飛ぶ要塞に取り残されたアイツを助けようとして、
でも届かなくて、それでも追いかけたけれど、
それで――
捕まっちゃったんだ。
アイツは…… !!
そこまで思い至ったところで急速に頭の中が覚醒する。
そうだ、自分は捕まった。
今、自分は囚われの状態にある。
下手に動くのは危ない。
飛び起きようとする自分をなだめ、目を閉じたまま全身の状態を確認する。
ベッドか何かに横たえられていて、腕、両足、、は特に拘束されている様子はない。
身体の所々、腕やら胴体やらおでこに何かが貼り付けられているようだ。
ということは――
まぶたを通した視界がふっと明るくなる。
「気がついたみたいだね」
聞き慣れない声が聞こえる。
おそらく脳波の変調で意識が戻ったことが分かったのだろう。
ゆっくりと目を開く。
最初に目に入ったのは見覚えの無い白い天井。
気配のする方向にゆっくりと首を動かすと、声の主が視界に入る。
「どうだい、気分は?」
医師だろうか。 白衣姿の若い男が微笑みをたたえてそこに立っていた。
「ここは……?」
掠れた自分の声に少し驚く。
「高度先端治療センター、ってわかるかな? 第二学区にある、まぁ病院だね。
今は野戦病院みたいな状態になってるけど」
「第二学区? ということはここは学園都市?」
「そう。 君みたいな戦争での負傷者やらを受け入れてる後方部隊っていうのかな?
ああ、だったっていうほうが正しいか」
「だった?」
「戦争はついこないだ終わったからね」
終わった? 戦争が?
詳しく聞こうと身体に力を込める。
「おっと、まだ動かない方がいい。 まだ薬が抜けきってないはずだから。
もう少し寝ていた方がいい」
そう言ってベッド脇の端末に指を走らせる。
何か薬剤が追加されたのか、再び意識が遠ざかっていく。
次に目が覚めたのは部屋が明るくなってからだった。
医師の姿は見あたらない。
右手の窓の向こうには見慣れない方角ではあるが、学園都市の特徴的なビルが見える。
ゆっくりと身体を起こして自身の状態を確認する。
両手両足は繋がっている。
けだるさはあるが、痛みは無い。
所々に電極が貼り付けられ、腕には点滴代わりのインジェクションチューブが取り付けられていた。
能力は――病院内だ。 やめておいたほうがいいだろう。
意識が無い間に妙な機器を埋め込まれた可能性は否定できないが、体内電流の流れからすると違和感は無い。
意識を外に向けて室内を見渡す。
その部屋は以前お世話になった病院よりも一回り小さい、いかにも病院といった雰囲気の個室。
ベッド脇には医師が操作していた端末が載った腰の高さぐらいの機器が置かれ、身体に貼り付けられた電極のコードとチューブがそこに吸い込まれていた。
他には丸椅子と棚が申し訳程度に置かれていて、棚の上にはロシアで着ていた服が折りたたまれて置かれていた。
左手に出入り口があるが、その外に人の気配は感じない。
ハイジャックに無許可脱走、そして駆動鎧相手に派手にやらかしたことを考えると拘束されていても不思議ではない。
逆にいま病院にいるのが不思議なぐらいだ。
それにしても見張りぐらいはいるだろうと思っていたが、どうもそうではないようだ。
その時、その扉をノックする音が響く。
「……どうぞ」
扉を開けてノックの主が入ってくる。
「おはよう。 気分はどうかな?」
昨日の若い医師だった。
「すこしけだるいぐらいで、他は大丈夫そうです」
「そっか。 だるいのはここしばらく眠りっぱなしだったからだと思う。
起きてちょっと身体を動かしてやれば治るかな。
それで、えーっと、君の入院のことなんだけど、今の数値をざっと見る分には少し血圧が低い以外は問題ないレベルにまで下がっているんだけど、このまま退院、ということでいいかな?」
昨日の話と合わせると、あれから何日か経ってしまっているようだ。
ここに長居する理由も無いので、退院する旨を伝えると、医師はベッド横の端末に手を走らせた。
大方退院処理の手続きか何かだろう。
「それじゃすぐに担当の看護師さんがくるから、そのまま少し待ってて。
あと、第七学区の病院には申し送りをしておくから、なにかあったらそっちに行ってください。
それではおだいじに」
そう言い残して部屋を出て行った。
その後は看護婦さんがやってきて、退院手続きやら何やらの説明をしながら身体に貼り付けられていた物を外してくれた。
身体が自由になったところで、服を自分のものに着替えて部屋を出る。
お世話になった記憶はほとんどないものの、ナースステーションに寄ってお礼を伝え、病棟を後にした。
窓口で退院手続きを終え、病院の建物から出たところで声をかけられた。
「御坂美琴さんね?」
見ると脇に停められた車の後部座席の窓が開かれ、そこから初老の女性の顔が覗いていた。
「そうだけど……!?」
その顔には見覚えがあった。 とは言っても一方的に知っているだけであったが。
「もしかして、親船…理事? ですか?」
「さすが常盤台のお嬢さんね。 私みたいな末席の人間も知っているなんて」
柔らかい微笑みを浮かべた女性は、学園都市を統べる統括理事会の一人、親船最中だった。
まさかこの女性があの駆動鎧を差し向けたのだろうか?
「立ち話もなんだし、乗ってください。 そこまで送りましょう」
親船が座っているシートとは反対側のドアが開かれる。
罠かもしれない。
でも……このサイズの車ならアレが載せられている心配も無い。
ええい! 虎穴になんとやらだ!
そう決心して開かれたドアをくぐり車に乗り込む。
ドアが閉じられ、周りの風景が流れ出す。
さて、どうなるか……
自然と身体に力がこもる。
その姿を見て親船が口を開いた。
「そう固くならないで。 別に取って食おうというわけではありませんから。
自己紹介は……いらないですね。
さて、御坂美琴さん、まずは統括理事会を代表して、貴女に感謝の意を述べさせてください」
「え?」
「貴女があの場にいなければ、今ごろ学園都市は――いえ、世界が大変なことになっていたことでしょう。
本当に、ありがとうございました」
そういって親船は深々と頭を下げた。
予想していたものとは全く違うその言葉に一瞬あっけにとられる。
「そして私個人の話、になるのですが、いくらレベル5とはいえ、貴女のような学生、子供をあのような戦場に送り出すことになってしまったのは、ひとえに私たち理事会の力不足によるもの。
こちらも衝突を避けるべく、打てる手は打ったのですが残念ながら燃え始めた争乱を消すには至りませんでした。
その結果、貴女にいらぬ負担をかけることになってしまいました。
そのことについては謝罪します」
つまり、学園都市が公式に派遣したことになってる?
その言葉の真意を得るべく、頭を上げた親船と数十秒視線を交わす。
つまり、そういうことか――
それなら、
「ご丁寧にありがとうございます。 親船理事」
軽く頭を下げる。 そして、言葉を繋げる。
「でも、私は自分のやるべきことをやっただけです。
そして、これからもそうするつもりです」
この人ならばこちらの意図を読み取ってくれるだろう。
「ええ。 その志は大切にしてください。
ただ――『先生、そろそろ』」
運転手だろうか。 スピーカを通して声がかけられる。
「もうそんな時間?」
そう呟きつつ親船は自身の腕時計に目を落とす。
理事ともなれば分刻みで予定が詰まっているのだろう。
車が速度を落とし、路肩に停まる。
「ごめんなさいね。 もう少しゆっくりとお話しできればよかったのだけど……」
「いえ、送っていただいてありがとうございます」
「そうそう、貴女の学校、常盤台中学には今回の件を戦時親善大使としてロシアの協力機関に緊急派遣、と伝えてあるので安心して学校に戻ってください」
つまりそういうことにしておけ、ということか。
モーター音がしてドアのロックが外れる。
美琴が車から降りるとドアが閉まり、親船の車は大通りに消えていった。
降りた場所は第七学区まで3駅ほどの駅前だった。
はやる気持ちはあるが、服装のことを考えると一度寮に戻らなければならない。
改札をくぐりタイミング良くやってきた列車に乗り込む。
ほんの数分がこんなにもじれったく思うのは初めてだ。
目的の駅に到着し、扉が開くと同時に走り出す。
寮の手前で走るのをやめ、息を整えてから寮に入ったところで背後から声がかけられた。
「戻ったか」
一瞬で背筋が凍り付き、イヤな汗が吹き出す。
ゆっくりと振り返ると、声の主である寮監がそこに立っていた。
「あ、あのっ……」
裏返った声を絞り出すのが精一杯だった。
「何を固まっているのだ、御坂。
ロシアへの派遣、ご苦労だったな。
今日はゆっくり休め」
その言葉でこちらにも話が通っていることがわかり、胸をなで下ろす。
寮監に軽く頭を下げてから自室に戻る。
黒子が飛び出してこないかと警戒したが、幸い留守にしていた。
シャワーを浴びたいところだが、時間がもったいない。
着込んでいた帽子やマフラーを取り、ジャケットを脱いで下着姿になってから全身をざっと吹いてシャワーの代わりにする。
そしてクローゼットにかけられた制服に着替え、携帯端末をそのポケットにねじこむ。
これから再び学園都市と事を構えることになる。
寮内だといらぬやっかいごとを拾いかねないので、寮を出ていつもの公園に向かう。
いつものベンチに腰を下ろし、遅めの朝食兼昼食ではあるが途中で買ったホットドッグを囓りながら携帯端末を開く。
アイツが自分と同じように回収されて学園都市に戻って来ていればそれでよし。
入院先もわかるかもしれない。
そして、もし拘束されているのであれば、助けにいかなければならない。
助け船をだしてくれた親船理事には悪いが、これは譲れない上に自分のやるべきことだ。
「さてと」
携帯端末が回線の接続されたことを確認すると、画面に意識を集中する。
その画面上では目にもとまらぬ勢いでウィンドウが開閉を始める。
しかし美琴の意識はそこにはなかった。
画面に表われている物のさらに向こう、幾重にも張られた防壁が護る『書庫』。
その防壁をくぐり抜けることに意識を集中する。
今回は以前のように『書庫』の管理者に気取られるわけにはいかない。
普段は強引に押し切る部分も、今回ばかりはそれを避け、慎重に慎重を重ねてその深淵に潜っていく。
張り巡らされた防壁をすりぬけ、要所要所に設置された罠を回避し、いくつもの階層を巡り、数え切れないファイルをたぐっていくが、欲しい情報は見つからないままじり、じり、と容赦なく時間が過ぎていった。
そろそろタイムリミットだ。
「ふぅ……」
自然、溜息がこぼれる。
携帯端末を閉じ、寮に引き返す。
足が重い。
寮に戻るや否や、黒子が突撃をしかけてくるがこれは予想通り。
その強烈な初撃をいつものように迎撃した後は、親船最中の言っていた話に適当に合わせつつ、学園都市を離れていた間の話を聞く。
大きな変化としては、数日前から海外に留学していた学生や、研究所で研究協力をしていた学生らが続々と元の学校に戻ってきているらしい。
戦争の影響で留学先にいづらくなったとか、情報流出を恐れて半ば強制的に留学を中断されたやら、予算を戦費にとられて研究を継続できなくなったやらという噂が流れているそうだ。
夜が明けた翌日、その翌日も『書庫』に潜り続けた。
ときにはロシア、日本、米国、英国、仏蘭西――各国の情報機関にまで網を広げ、たぐれる情報は全てたぐる勢いで捜索を続けるが、目当ての情報にはたどり着かなかった。
そして数日過ぎたある日、
ようやくこちらの網にひっかかった――
『ロシア戦域における幻想殺しの捜索』
『書庫』に新たなファイルが作成されていた。
覚悟を決めてそのファイルを開く。
『ロシア戦域における幻想殺しの捜索状況について報告する。
まず、幻想殺しが最後に確認された飛行物体について、それ自体の飛行原理は依然不明のままであるものの、現地で観測された発光現象の後、安定を失い降下・墜落に至った。
その落下経路と海中に展開していた部隊が拾った着水音から求めると沿岸から20km沖に着水したものと思われる。
捜索のため、当該地点に潜水艦を向かわせたが、海中は飛行物体の残骸と思われる瓦礫が多数浮遊しており、接近困難であったことから、それ以上の接近を断念し、その地点からの遠隔捜索に切り替えた。
航空機による捜索とあわせて発見された漂流者については全て保護されたが、幻想殺しは未だ発見されていない。
また、周辺沿岸部における捜索・調査においても、漂着者などの情報は得られていない。
以上の状況、および海域の水温、墜落後の経過時間から総合的に判断し幻想殺しの生存は絶望的と考えられる。
なお、周辺沿岸部に遺体が漂着する可能性があるため、当該地域については当面現状の警戒態勢・巡回体制を維持することとする』
カシャン――
携帯端末が地面にぶつかり、乾いた音をたてる。
見るんじゃなかった
こんなものを見たくて能力者になったんじゃない
こんなことができてしまう自分の能力を呪う
断ち切られた磁力の紐
届かぬまま離れてしまった手
あの風景が眼前に蘇る
守れなかった――
このとき御坂美琴を見た人がいたならば、間違いなく救急車を呼んでいただろう。
伏せた顔は血の気を失い、蒼白という言葉すら生ぬるい相貌になっていた。
その唇は細かく震え、見開かれた目は何かに怯える小動物のそれだった。
自身の両腕できつく抱きしめられたその身体は、そうでもしていないと今にもそのまま崩れ落ちて粉々になってしまうかに見えた。
どれだけ時間がたっただろうか。
なにかに憑かれたかのように、ふらりと力なく立ち上がった御坂美琴はあてもなく歩を進め、ふらり、ふらりとおぼつかない足取りで街の中に消えていった。
傾いた太陽は眼下の川面を紅く染め上げ、その断片がキラキラとはじき返される。
どうやってここにたどり着いたのか、少女の記憶には残っていない。
その少女、御坂美琴は手すりにすがりつくようにもたれかかり、その虚ろな視線を川面に漂わせていた。
2ヶ月前、同じ場所に立っていた。
残された妹達を救うため、あの忌まわしい実験に自らの命を引き替えに立ち向かおうとしていた。
それを横から無理矢理割り込んで全てを救ってくれた。
その実験の後始末に巻き込まれた馬鹿な後輩も助けてくれた。
戦場にその姿を見たとき、今度は自分が救うと決意して無茶を承知で戦場に渡った。
自分も戦える。 そう思っていた。
事実、戦った。
でもそれは届かなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
どうして?
どうしてっ……
溢れ上がった熱い雫が頬を伝い、思わずその場にしゃがみこむ。
「……、たすけて」
「たすけてよ……」
今度は自分のためではなく、上条当麻のために、呟く。
「…ーぃ」
……
「おーい御坂ー」
え?……
ビクッと身体が反応したのがわかる。
周りを見回して、その視線は一点に吸い付けられる。
何が……見えているのだろうか
「いやー探した探した。
この時間だと公園の方かと思ったけどこっちだったか。
それでこの前なんだけど――」
足が、身体が勝手に動き出す。
身構える姿が見えるがそんなことは関係ない。
ボスッ――
鈍い衝撃が伝わる。
そのことで、そこに、たしかに、存在していることが分かる。
抱きしめた腕にその温もりが伝わってくる。
押しつけた頭にその鼓動が響いてくる。
その事実が、美琴の気持ちを溢れさせる。
「うっ………うわああああああぁぁぁ――――」
堰を切ったかのように泣き声が響く。
「おっ、おい! 御坂っ、どーしたんだよ!?」
戸惑う声が聞こえて肩に手が添えられる。
きっとどうしたらいいのか分からないって顔をしているのだろう。
でも今は止められない。
次々と胸の奥から湧き上がるこの気持ちは自分で操れるような代物ではなかった。
どれだけ涙を流しただろうか。
「……ひっく…………っく」
「落ち着いたか?」
胸に頭をあてたまま、コクリと頷く。
アイツが安堵の息を吐くのがわかる。
でも――
まだ終わらせない。
アイツの身体に回していた腕を緩め、変わりにその両腕をしっかりと掴む。
今を逃すとまたどこかに行ってしまうかもしれない。
今この瞬間でなければ駄目なのだ。
伏せていた顔を上げ、正面からアイツをキッと睨みつける。
きっと涙まみれの酷い顔になっているだろう。
でもそんなことはどうでもよかった。
すぅと息を吸い込む。
「バカっ!! バカバカバカっ!!!」
肺一杯に吸い込んだ空気を一息で吐き出す。
「どうして無事なら無事って言ってくれないの?
あの時、手が届かなくて、力も届かなくて、
『まだ、やることがある』ってアンタは行っちゃって、
それで……それでっ……
アンタが飛んでいった海を見てどう思ったかわかる?
どれだけ心配したかわかる!?」
まくし立てるように言葉が飛び出す。
その言葉とあわせて、自然と涙もこぼれる。
「あの日、私の世界を守る、って言ってくれたじゃない!
その世界の中にはアンタもいる!
だからいくら守ってくれても――そこに当麻がいないと意味がないの!」
自分の中にある御坂美琴を全て上条当麻に出し切る。
「その……ごめん。
あの時は悪かった。
……あれは、御坂がわざわざ来てくれたんだよな?」
コクンと頷く。
「あの時、あの要塞は落ち始めていたんだ。
そのまま落とすわけにはいかなかった。
下には関係ない学園都市の部隊もロシアの部隊もいたからな。
だからあれを安全な場所まで移動させなきゃいけなかった。
そしてそれができるのは自分しかいなかったんだ」
らしい、と言えばアイツらしいのかもしれない。
だからといって納得できるわけではないが、それより気になることを確認する。
「……アンタが戦ってた相手は……魔術師、だったの?」
「……そっか、御坂も……知っちまったのか」
「あっちでそういうのに詳しい知り合いに会ってね。
……それで、これからもずっと同じようにやっていくつもり?
いつもいつもボロボロになって戦うつもりなの?
本当に死んじゃうわよ?」
「別に戦いたいってわけじゃない。
それでも俺がやらなきゃいけないことってあると思うんだ。
その時はやっぱり……行くんだろうな」
フ……
口から小さな溜息が漏れる。
「なんで、そうやって、なんでも一人で抱え込もうとするの……?
前も言ったけど、どうして助けてって言わないの?
そんなに私は頼りない?
役立たずに見えるの?」
だんだんと語気が強くなって詰問しているようになってしまう。
それでも、置いてきぼりにされるのはもう沢山だ。
「御坂……」
「あー、痴話げんかしてるところ悪いんだが、そろそろいいか? 次もあるんだろう?」
「痴話……っ!?」
突然とんでもないことを言われたような気がする。
その声の出所、アイツの後に目をやると見慣れない金髪少女が立っていた。
年は――自分と同じぐらいかもう少し幼いだろうか。
その少女がうんざりした表情で口を開く。
「まだあちこちにいるんだろ? 謝りに行く女が」
「おい、そんな誤解されるような――って御坂、さん?」
ビキッ――
確かにそんな音が聞こえた。
「ふーん。 そう。 あちこちにいるんだ?」
これまでになく頭の中が澄み切る中、自分でも驚くほど平坦な返事を返しつつポケットに手を入れた。
これからぶっ放すコインを求めて。
94 : 美琴「流氷の港町で」 - 2011/08/01 23:31:29.49 YDuu0OMk0 31/39美琴「流氷の港町で」 の本編は以上です。
続けておまけ編を2レスほど。
もうしばらくおつきあいください。
「ここらまできたら大丈夫でしょう。
あちらさんはまさかこんな逃げ方するとは思っていないでしょうし」
抱えていた少女を降ろして、その疲労を振り払うように腕を2、3度回す。
「まさかこんなところでお姫さまだっこされるとは夢にも思いませんでした、とミサカは半ばうっとりです。
これがお姫さまだっこというなのですね――はふぅ。
……あ、これ預かっていたものです」
なにやらうっとりしているナナミに少々ひきつつも差し出された鋼の手袋を受け取る。
「魔術を使うとこんなことまでできるんですね、とミサカは感嘆を漏らします。
それにしても軽いとはいえ、人一人をかかえてあの速さに跳躍、正直こんなのチートじゃんってブーたれます」
「いやー、今回は逃げに徹しましたからね。
あのでかいのは全部彼女が引き受けてくれたので助かりました。
ですが――どうも捕まってしまったようですねえ。
これからどうします?」
「ミサカはお姉様の指示に従ってあの人の探索に移ります、とミサカは自身の方針を宣言します。
最寄りの研究機関に協力要請を送ったので、じきに迎えがくるでしょう」
「ならここらへんで一旦おわかれですかね。
学園都市勢は外部の人間との接触をいやがるみたいですから、トラブルは避けたいところです」
「そうですか、とミサカは寂寥感を漂わせます」
「またどこかで会えますよ。
それにこちらでもあの少年を探してみましょう」
「お姉様もよろこびます、とミサカは端的にお礼を述べます。
それではまた」
ペコリと頭を下げてからナナミは小走りで駆けていった。
さて、ここからは時間との勝負。
「しかし探索術式につっこむ種は手に入りましたが、私だけだと間に合いませんねえ。
……気は向かないですがここはアレに協力してもらうしか手がないですか」
諦めたように独りごちて懐からカード状の厚紙を取り出す。
先ほど美琴やナナミに渡した物と似た文様が刻まれているが、よくみるとより複雑に入り組んだ文様が描かれている。
「どうもー『新たなる光』のレッサーちゃんで~す☆」
……
話しかけるやいなや、いきなり沈黙した手元のカードを一睨みして再び話しかける。
「またまたどうも~。レッサーちゃんですよ。
さっきみたいにソッコーで切るのは勘弁してくださいね。耳寄りな話を持ってきたんですから。
……ええ。率直に――探索術式の種を手に入れました。
知ってるんですよ? このどさくさに紛れてお仲間をロシア各地に潜り込んでるんでしょう?
お互い持ってる物をだせば、Win-Winじゃないですか」
「それにしても、あの美琴が上条当麻とひっついていたとは世の中わからないものです。
……以前に比べると育っていましたし。
いやいや、私のあんばらんすなぼでぃのほうがまだまだせくしぃなわけですが、これは作戦を練り直さないといけないですねえ……」
97 : 美琴「流氷の港町で」~おまけ - 2011/08/01 23:36:28.18 YDuu0OMk0 34/39以上、美琴「流氷の港町で」 を締めさせていただきます。
おつきあいありがとうございました。
98 : VIPに... - 2011/08/01 23:49:23.09 pNuunEKAO 35/39乙乙
現行スレから設定借りる時は、前もってそのスレにお伺い立てたほうがいいと思うよ
明示してるだけいいとは思うけど、そういうの良く思わない人もいるからね
99 : 美琴「流氷の港町で」 - 2011/08/01 23:53:49.38 YDuu0OMk0 36/39書こうとしたきっかけはアニキャラ美琴スレ151の
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1304339433/496
>今(新約1)では喪失感に呆然としてる状態だから、まずはがばっと抱き付いて大泣きするとみた
を書いてみて、美琴視点だったらどーだったんだろ? ということから始まりました。
やりたかったことは、
・美琴、魔術に出会う(かまちーがなかなか書いてくれないから…)
・美琴、上条さんに再開して大泣き
この2点で、これを含めてあの港町から新約1のふらふらまでどうすれば繋がるか、を考えてこんな形になりました。
・魔術を美琴に伝えるのは、レッサーだよね。知り合いだし、ロシアにいるし。
・AIMレーダー持ってるし、陶器爆弾防いでたし、単発の弾丸ぐらいなら落とせるよね。きっと。
・舗装された街中でのドンパチなので砂鉄は使えませんでした。たぶん。
・キャパシティーダウンぐらいしか美琴無双を止められる方法が思いつきませんでしたorz
書くに当たって原作やらSSやらを引っ張り出して色々確認しながら書いていったわけですが、多分に?な部分はあるかと思います。
正直「SS書いてる人スゲェ……」と思い知らされた次第です。極光の人とか凄すぎorz
>>98
ありがとうございます。
次に何か書く機会があったら気をつけたいと思います。
100 : VIPに... - 2011/08/02 00:09:13.50 Y+ABJLg8o 37/39乙!面白かった
ただ、>>91でいきなり「当麻」呼びしてるのに激しい違和感があった
このSSの設定だと上琴カプ成立してないんだし、「アンタ」のままのほうが良くないか?
102 : VIPに... - 2011/08/02 00:28:25.92 W9VuRqYt0 38/39>>100
そこは勢いに任せてついポロっと口から出ちゃった。ってところです。
たぶん御坂さんは寮に戻ってから布団かぶって「うわああああああ」ってなってると思いますw
103 : VIPに... - 2011/08/02 01:11:16.78 Hi3bUn55o 39/39短いようで濃い内容だ・・・
楽しかったです、乙!


