土曜 昼 みほの家
TV『──公園では一面に広がる満開の桜並木が、たくさんの人々を魅了しています』
華「綺麗な桜ですね」
みほ「本当だね……お花見行きたかったなぁ」
優花里「今年の春は入学して間もなかったですからね。戦車道の復活した年でもありましたし、いろいろ忙しかったから仕方ないですよ」
華「じゃあ来年行きませんか?皆でサンドイッチでも作って」
みほ「それいいかも!」
優花里「ぜひ行きましょう!ねえ、武部殿!冷泉殿!」
麻子「Zzz……」
優花里「……寝てますね」
元スレ
麻子「夢のENDはいつも沙織来たりて」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1363169174/
みほ「沙織さんも寝ちゃったみたい」
華「寝かせといてあげましょうか」
優花里「そうですね。とっても気持ちよさそうな顔で寝てますし」
みほ「どんな夢みてるのかなぁ」
華「冷泉さんでしたら、きっと大好きなおばあ様と一緒に、大好きなケーキを食べている夢とかでしょうか?」
みほ「ありそう!冷泉さんおばあさんもケーキも大好きだからね」
優花里「武部殿なら分かりますよ!恐らく男子にモテモテになっている夢です!」
みほ「沙織さんらしいね!……でも今はお花見の夢を見てるかも」
華「お花見?何故ですか?」
みほ「ほら、テレビの音が夢の中に影響しちゃうことってない?」
優花里「たまーにありますね。テレビをつけっぱなしで寝てしまった時とかに」
華「なるほど!今テレビで桜のニュースをやっていますから、その内容がお花見として夢に……って事ですね」
みほ「もしかしたらの話だけどね」
───
──
麻子(ん……?)
麻子(ここはどこだ……)
麻子(確か私は……何してたんだっけ?)
満開の桜の中、麻子はレジャーシートの上に一人で座っている
麻子(どうして私はこんなところに独りでいるんだ……)
沙織「麻子ー!お待たせ!!」
麻子「沙織!?」
沙織「場所取りご苦労様。はい、ご褒美のおしるこ」
麻子「何故おしるこ……いや、そうじゃない。何故私達はこんなところにいるんだ」
沙織「なぜって、お花見するからに決まってるじゃん」
麻子「花見?そんな予定あったか?」
沙織「さては寝ぼけてるなぁ?ま、いいや。そろそろお昼にしようよ!」
沙織「はいサンドイッチ!早起きして作ってきたんだよ!」
麻子「ああ、ありがとう。ところで」
麻子「他のみんなは?」
沙織「ほか?ほかって?」
麻子「みほ達だよ」
沙織「……みほ達?……というと?」
麻子「一緒じゃないのか?私はてっきりあんこうチームのみんなで来たのかと思ったんだが」
沙織「いやいやあんこうチームってなによ!なにそのネーミングは!」
麻子「何って……ふざけてるのか?」
沙織「もう、麻子しっかりしてよ。場所取りで待ってる間寝てたんでしょ?」
沙織「だからそんな寝ぼけたことばっかり言っちゃうのよ」
麻子(どういうことだ……?)
麻子(沙織はみほが分からない?あんこうチームも?)
麻子「みほだぞ。西住みほ!私達の戦車長じゃないか!」
沙織「西住みほ?……もしかして私のクラスメイトの西住さんの事?麻子って西住さんと知り合いだったんだ」
麻子「もういい。話にならない。……そういえば、これだけ広い場所なのに花見しているのは私達だけか」
沙織「そうだね。空いててよかったよ」
麻子「空いてるなんてもんじゃないだろ。満開の桜並木の公園に私達二人だけしかいないんだぞ?」
沙織「綺麗だよね。絶景とはまさしくこれのことだよ!」
麻子「……」
沙織「……どうかした?わたしの事じっと見ちゃって」
麻子「今日の沙織はいつもと何か違うような」
沙織「えっ///ど、どんな風に?///」
沙織「急にかわいくなったとか?///」
麻子「……何か漠然とした違和感がある」
沙織「違和感てなによ!どこかおかしいならちゃんと言ってよね!」
麻子「いや、おかしいって程じゃないんだが……」
麻子「……あっ……沙織の髪……」
沙織「え?どうかした?」
麻子「……いや、なんでもない」
麻子(なるほど、分かった。髪形が違うんだ)
麻子(沙織の髪はもっと短かったはず。それが昨日よりも明らかに長くなっている。まるで小学生時代の沙織そっくりだ)
麻子(人間の髪が一日でこんなに伸びるとは思えない……)
麻子(私は夢を見ているのか……?)
沙織「ど、どうしたの麻子!そんなに私の事じっとみて///」
麻子「いや、なんでもない」
麻子「サンドウィッチ食べようか」
沙織「うん!」
一時間後
沙織「天気もいいしお腹もいっぱいだし、なんか眠くなっちゃうなー」
麻子「……そうだな」
麻子(夢を見始めてからずいぶん経ったと思うが)
麻子(いっこうに目が覚めない……)
麻子(よし、少し体を動かしてみるか)
スッスッスッ
沙織「ちょ、ちょっとどうしたの麻子!いきなり屈伸なんか始めて!」
麻子「ちょっと食後の運動を」スッスッ
麻子(覚めろ覚めろ)
沙織「食後の運動は体に悪いよ!?」
麻子「大丈夫だ。関係ないから」スッスッ
麻子(どうせ夢の中だし)
麻子(……)
麻子(……覚めない)
麻子(どうして目が覚めないんだ……)
沙織「なんか今日の麻子変だよ?」
麻子(他に目を覚ます方法……)
麻子(……衝撃か。衝撃を受ければ反射的に目を覚ますかもしれない)
麻子「沙織」
沙織「ん?」
麻子「ちょっと殴ってくれ」
沙織「……はい?」
麻子「理由を聞かずに殴ってくれ!頼む!」
沙織「いやいや頼まれても困るから!!麻子を殴るなんてありえないし!」
麻子「いいから。思いっきりやってくれ!」
沙織「ええ~。じゃあビンタなら……」
バシッ
麻子「……」
沙織「だ、大丈夫!?でもやれって言ったの麻子だからね!?」
麻子「……ああ、大丈夫だ」
麻子(痛みが無い。やっぱりこれは夢だ)
麻子(しかしなぜ起きられないんだ!なにか理由があるのか……)
麻子(夢から覚めない理由……?)
沙織「麻子……?」
麻子「ああ、すまない」
麻子「……ところで沙織、私達は二人だけで花見に来ているわけだが」
沙織「うん」
麻子「他に誰か誘ってないのか?」
沙織「誰かって誰?」
麻子「五十鈴華とか」
沙織「あれ!?麻子って華の事知ってたっけ?」
麻子「当たり前だ」
沙織「ふーん……でも麻子が誰かを誘いたがるなんてちょっと意外」
麻子「意外?」
沙織「だってどこ行くのもずっと二人だったじゃん」
沙織「私が他の人も誘おうとすると『じゃあ私は行かない』って不機嫌になるし」
麻子「そうだったか?」
麻子(現実の私はそんな事ないと思うが……)
麻子(そもそも高校入ってから、沙織と二人だけで遊ぶ機会なんてなかったし)
麻子「戦車道やってから人と接する機会が急激に増えたからな。少し変わったのかもしれない」
沙織「戦車道?選択科目の?それなら一緒に書道選んだじゃん」
麻子「書道……?」
沙織「麻子が書道選んだから私も合わせたんじゃない」
麻子「え?じゃあ五十鈴華は?西住みほは?」
沙織「華はもちろん華道だよ。家が華道の名家なんだって!」
沙織「西住さんはなんだろう……書道にも華道にもいないみたいだけど」
麻子「そんな設定だったのか」
沙織「?」
麻子(この夢ではみほだけが戦車道を選んだ事になっているようだ)
麻子(だから沙織はみほと仲良くなっていない)
麻子(……それにしても、こんな夢に私を閉じ込めて一体どうしろというんだ)
麻子(夢には深層心理が深く関係していると前に本で読んだ事がある。だとすると、これは私の無意識的な何かが原因という事になるだろう)
麻子(しかし、私はこんな現実を望んでない)
麻子(今の生活には満足しているんだ。出席日数の為に始めた戦車道だったが、案外楽しい事が分かった)
麻子(だから問題はこれじゃない)
麻子(嫌いな人だっていない)
麻子(みほも華も優花里も、良い友達、そして仲間だと心から思っている)
麻子(ここも問題じゃない)
麻子(すると……)
沙織「……麻子?どうかしたの?」
麻子(沙織か……?)
みほの家
TV『──は7割近くの観光客が日本人であり、その多くがワイキキビーチなど──』
華「いいですね。ハワイ」
みほ「みんなは海外行ったことある?」
優花里「私はありませんね。いろいろ行ってみたい場所はあるんですが……ハワイじゃなくヨーロッパの軍事博物館ですけど」
華「残念ながら私も無いです。ハワイにはカナヴァオやブーゲンビリアなど、綺麗な花がたくさん咲いているそうなので一度行ってみたいですね」
みほ「私もハワイいってみたいなぁ。ワイキキビーチとかダイアモンドヘッドとか」
華「旅番組見てると行きたくなりますよね」
優花里「まあ、私達はまず近場のビーチから始めてみた方がいいのでは?」
みほ「それもそうだね……じゃあ来年の夏は皆で海水浴に行こうよ!」
華「いいですね!」
優花里「ぜひ行きましょう!」
麻子(…………)
麻子(気持ちいいな……)
麻子「……ん!?」
麻子「どこだここは……」
麻子は砂浜に置かれたビーチベッドの上で寝ていた。目の前には延々と海が続いている。
麻子(確か私は……桜の綺麗な場所にいたような……)
麻子(……そうだ。夢の中で沙織と花見をしていたんだ)
麻子は周囲を見渡した。天気が良いにも関わらず、海岸に人影は無い。
麻子(今度は一面の海か。さっきの桜並木もなかなか驚いたけど、これも結構すごいな)
麻子(どうやら私はまだ夢の中みたいだ。場所が移動しただけか)
沙織「おまたせ麻子!」
麻子は後ろから沙織に肩をたたかれた。
麻子「うわっ!?……どこから現れた」
沙織「飲み物買ってくるって行ったじゃん!」
麻子「聞いてない」
沙織「絶対言ったって!まあいいや。ぬるくならないうちに飲もっか!」
沙織は麻子が寝そべっているビーチベッドに腰掛けた。そして麻子の目の前に飲み物を差し出す。
麻子「……一つしかないじゃないか」
沙織「でもストローは二つあるでしょ。これは二人で一つを飲むんだよ!」
沙織「さ、飲もっか」
麻子「私と飲むのか?」
沙織「他に誰がいるのよ」
麻子「一つを二人で??」
沙織「もちろん!ハワイに来たからにはこれを飲まなくちゃね!」
麻子「ここハワイだったのか……」
沙織「今さら何言ってんの。……じゃ、せーので飲もうか///」
麻子「ちょっと待て!これって恋人同士で飲むものだよな?」
沙織「えっ」
麻子「えっ」
沙織「そりゃ友達とは飲まないでしょ」
麻子「…にもかかわらず沙織はこれを私と?」
沙織「当たり前でしょ!麻子は私の彼女じゃん」
麻子「彼女?私が沙織の彼女??」
沙織「もう、ふざけてるの?」
麻子(……どういうことだ)
麻子(花見の時よりも状況が悪化してないか……?)
麻子(いや、あの時すでに恋人同士という設定だったのかもしれない)
麻子(しかし何故、男子にモテたいと言っていた沙織が私と付き合っているのか……?)
麻子(まあ考えても仕方ないか)
麻子(これが私の夢である以上、私自身の深層心理を表した結果なんだからな)
麻子(沙織と恋人になった世界)
麻子(……まあ、悪くないか///きっとこうなるのを私が望んでいたという事だろう)
麻子(腑に落ちない点はいくつかあるけど、まあこれはこれで良さそうだ)
麻子(もう少しこの夢に浸っているか)
沙織「ほらほら!早く飲もうよ!」
麻子「慌てるな。まだ心の準備ができてない」
沙織「ふーん。でも麻子のそういう初心な所、すっごいかわいいと思うよ!」
麻子「なっ///」
沙織「こうやってすぐ赤くなっちゃう所も!」
麻子「う、うるさい。さっさと飲むぞ///」
沙織「じゃ行くよ?せーのっ」
沙織「」チュー
麻子「」チュー
麻子(……予想できたとはいえ、結構顔が近くなるな///)ドキドキ
麻子(視線はどこに合わせたらいいんだ///)ドキドキ
麻子(まともに沙織の顔を見られない///)ドキドキ
麻子「ぷはっ!!」
沙織「ちょっと!なんでやめちゃうのよ」
麻子「恥ずかしいんだよ。沙織はよく平気だな」
沙織「あー、確かに麻子の顔真っ赤だったもん」
麻子「だからそれを言うな!///」
沙織「ぜんぜん私のほう見てくれないしさー」
麻子「ううっ///」
沙織「さては照れてたなー?」ニヤニヤ
麻子「うるさい!///」
海
沙織「それっ」バシャバシャ
麻子「やめろ、私は浮き輪に乗りながら一眠りするんだ」
沙織「えーなんでよ。せっかくリゾートに来たっていうのに」
沙織「そういえば、むかし遊園地に行ったときもゲームコーナーで寝てたよね?」
麻子「別にいいだろ。私の好きなように過ごさせてくれ」
麻子「そもそも、私達ふたりしかいないこの場所をリゾートと呼べるのか?」
沙織「ハワイだよ!?リゾートじゃん!」
麻子「まあ沙織がいいなら私は何でもかまわないが」
沙織「本当素直じゃないなぁ麻子は!」
沙織「おしおきだっ」バシャバシャ
麻子「だからやめ…………うわっ」ツルッ
麻子は体制を崩し、浮き輪から海へ落ちる。
麻子「ごぼっ……ごっ……」ブクブク
麻子(沙織のやつ……私は泳げないんだぞ)
麻子(しかし溺れてるのにそれほど苦しくないな。海水も冷たくないし)
麻子(まあ夢だから当然なのかもしれないが)
沙織「ま、麻子!!」ダッ
沙織「大丈夫!?」ギュウ
急いで沙織は麻子に駆け寄り、抱きかかえた。
麻子「あ、ああ。大丈夫だ」
麻子(沙織の胸が顔に当たってる///)
沙織「ごめんね麻子……泳げないの知ってたのにふざけたりして」
麻子「気にするな。私が勝手に落ちただけだ」
麻子(むしろ沙織に抱きしめてもらえたのはラッキーだったな)
沙織「麻子に意地悪しようと思ってたわけじゃないからね?本当にちょっとふざけただけで……」
麻子「そんな事わかってる。沙織は私の恋人なんだろ?」
沙織「そ、そうだよ!当然だよ///」
沙織「一生そばに居るんだからね!///」
麻子「はいはい」
みほの家
みほ「──で、あとはオーブントースターに入れて待つだけ」
華「こんなに簡単に焼き芋が作れちゃうんですね……知りませんでした」
優花里「すんすん……心なしかおいしそうな匂いが!」
みほ「焼きあがるまでにはもう少し待たないとだめだよ」
華「やっぱり、秋の味覚といえば焼き芋ですよね!」
みほ「まあ、今は秋じゃないんだけどね」
優花里「さっきテレビでおいしそうなの見ちゃいましたからね!仕方ないですよ」
みほ「でもよかった。ちょうど家にさつまいもがあって」
───
──
─
みほ「できたよ。熱いから気をつけてね」
華「いち、に……五つありますから、ちょうど一人一つですね!」
優花里「冷泉殿~。焼き芋ができましたよ」ユサユサ
麻子「……」
優花里「起きませんね……」
麻子(……ん?)
麻子(また別の場所に移動したのか……?)
麻子(さっきまでハワイに居たはず)
麻子は学校の帰り道を歩いていた。地面には落ち葉が積もっている。
麻子(今度は秋か。場面が変わるごとに季節も変わってるみたいだな)
沙織「麻子ー?」
麻子「ああ、沙織か」
沙織「どうしたの?考え事?」
麻子「別に」
麻子(やっぱり沙織は側に居たか)
沙織「ねえ聞いてよ!今日体育でさ~」
麻子(私と沙織はいつも二人だけでいるようだな。恐らくこれも私が望んだ事なのだろうが)
沙織「もう汗でべとべとになって~」
麻子(しかしこの言い知れぬ虚無感はなんだ……沙織と一緒にいて楽しいはずなのに)
麻子(沙織と一緒にいられれば幸せなのに……他に何を望むというんだ)
麻子(思い当たるとすれば一つ……)
麻子(……しかしそれだと、こんな夢を見ている事自体が矛盾してしまうだろう)
麻子(そもそもこの夢が覚めないのは、私が沙織と恋人になりたかったからのはず……)
麻子(でも、もし違うとしたら……?)
麻子「あ」
麻子「……そういうことか」
沙織「へっ?」
麻子「……ああ、いやなんでもない」
沙織「もう!話し聞いてなかったでしょ?」
麻子「すまん」
沙織「なんか今日の麻子変だよ!?もしかしてどっか具合悪いの?」
麻子「体調に問題はない」
沙織「本当?やせ我慢したりしてないよね?」
麻子「してない」
麻子(ここはもう直接聞いて確かめるしかないか)
麻子「なあ沙織、学校は楽しいか?」
沙織「へ?」
沙織「どうしたの急に?」
麻子「いいから答えてみろ」
沙織「んーまあ普通じゃん?麻子が同じクラスだったら絶対楽しかったと思うけどね!」
麻子「…………そっか」
麻子「やっぱりそうだったのか。おかしいと思ったんだ」
沙織「麻子?どうかしたの?」
麻子「……例えばの話だぞ」
麻子「もし沙織の学校生活が今よりも格段に楽しくなって、友達ももっとたくさん出来て、その友達と一緒に本気で競技に打ち込める」
麻子「そんな世界があったとしたら、沙織はどう思う?」
沙織「うらやましいなーと思う。そんな理想の高校生活」
麻子「ただし欠点が一つだけある。私と二人っきりでいる時間が半分……いや、三分の一以下になるかも」
沙織「じゃあ絶対なし!麻子といる時間が削られる位なら今の生活の方がいいもん!」
麻子「そうか。では最後に……沙織から見て私は理想の恋人だろうか?」
沙織「あたりまえじゃん!私は世界で麻子だけが大好きなんだから!」
麻子「……ありがとう。でも私にとっての沙織は理想の恋人ではないようだ」
沙織「……え?」
沙織「それってどういうこと……?」
沙織「私の事嫌いになったの……?」
麻子「そんなわけあるか。私は沙織が大好きだ」
沙織「だったらなんで……?」
麻子「沙織、今から私が言う話を信じてくれるか?」
沙織「話?」
麻子「信じてくれ。沙織はな、入学してすぐの選択科目で戦車道を選んだんだ」
麻子「そして西住みほと仲良くなる」
沙織「私が西住さんと?」
麻子「それだけじゃない。五十鈴華はもちろん、普通二課の秋山優花里って子とも仲良くなるんだ」
麻子「それに私を加えた五人が、戦車道でチームになる」
麻子「私達は大会で結果を残し、楽しい高校生活を送るんだ」
沙織「そんなの信じられないよ。さっきの例え話と同じなら、麻子と二人でいる時間が減っちゃうんでしょ?」
麻子「まあ多少な……そのかわり五人でいる時間が増えるんだよ」
沙織「そんなのいやだよ!私は麻子と二人で一緒にいる時間が好きなんだから!」
麻子「……いいか沙織。今のお前は少し混乱しているだけなんだ」
麻子「戦車道で順調に勝ち進み、みほ達と楽しく過ごしていく中で、私と二人だけでいる時間が減った」
麻子「その迷いがこんな形になって、沙織にちょっとした幻覚を見せているんだ」
沙織「幻覚?どういうこと?」
麻子「沙織は夢を見ているんだよ」
沙織「……ごめん。麻子の言ってる事が理解できないよ」
麻子「ずっと私が夢を見ているのだと思っていた」
麻子「私が沙織と……こ、恋人になりたいからこんな夢を見ているのだと……」
麻子「でもまあ、恋人になるだけならこんな二人っきりの世界である必要はないよな」
麻子「私は沙織と二人っきりでいる時間が好きだ。でも、みんなでいっしょに戦車道をやってる時間もけっこう好きなんだ」
麻子「それに気づいたとき、私はてっきり夢から覚めるものだと思っていた」
麻子「でも一向に覚めない。そうしたら疑問が一つ浮かんだんだよ」
麻子「だから沙織に聞いてみたんだ。『学校は楽しいか?』と」
沙織「……うん。でもそれが私の夢とどう関係があるの?」
麻子「戦車道をやっている沙織は、心から毎日を楽しんでいる。それこそ私の理想の沙織なんだ。戦車道を選ばず、私と二人きりになったことによって、沙織の高校生活が『まあまあな物』になってしまったとするなら、それは私の望んだ沙織ではない」
麻子「私の望んでない沙織がいるこの夢は、私の夢でない可能性があると思ったんだ」
麻子「だから聞いただろ。沙織から見て私は理想の恋人か?と。私は沙織の理想。沙織は私の理想じゃない。つまり、私が望んだ沙織と恋人になった夢ではなく、沙織が望んだ私と二人っきりの夢なのではないかとな」
沙織「ちょっとまってよ。戦車道をやったり、西住さん達と一緒にいることを私は楽しんでたんだよね?なのに戦車道をやってないこの夢を望んだの?」
麻子「ああ。だから、これは一時的な気の迷いに過ぎないんだ。昔と比べて、私と沙織の二人でいる時間は減った。それが『もし私と二人だけの高校生活だったら?』という極端な夢の原因になってしまったんだ。決してみほ達や戦車道を嫌ったわけじゃないんだよ」
沙織「ほんとうにそうなの?私は戦車道の事も、西住さん達と友達になった事も記憶にないんだよ?それっておかしくない?」
麻子「記憶は私の中にあるんだよ。一時的にな」
沙織「うーん。でもそれって私の記憶なんだよね?なんで麻子の中にあって私が思い出せないの?」
麻子「それに関しては憶測でしか分からない。私が記憶を持っていることに何らかの意味があるのか、たまたま私が記憶の保管場所だったのか」
麻子「でも元々、夢っていうのは自分の記憶が曖昧にならなきゃ成立しないものだから、そんなに不思議なことではないんだ」
麻子「例えば、沙織がトップアイドルでモテモテになった夢を見たとする。でもその時点で夢だと気付く事はできないだろ?普段の思考なら、いきなりアイドルになる事なんて絶対にありえないのに、迷う事無くそれを受け入れてしまう」
沙織「た、確かに……。夢を見てるときは夢だって気付かないよね」
麻子「それは恐らく、夢を見ている間だけ、記憶の一部が自我とは関係の薄い場所に移動されているからなんだ。もしこれが無かったら、全ての人間が夢を見始めた瞬間に夢だと気付いてしまうだろう」
麻子「……まあ、理屈はどうでもいい。これがもし本当に沙織の夢なら、起こすのは私の役目だ」
沙織「でもやっぱり、私が戦車道や西住さん達と仲良くなる事を望んでるなんて信じられないよ!麻子と二人の時間が減っちゃうもん!」
麻子「一緒にいる時間はこれから増やしていけばいいんだ。何も二人だけの夢に閉じこもることはないだろう」
麻子「沙織が少しでも『この夢から覚めたい』と思えば目が覚めると思う。夢なんてそんなものだろ。所詮は睡眠時の幻覚なんだから」
沙織「そんな事言い出す麻子は私の理想じゃないよ……」
麻子「そこを含めて私は沙織の「理想」なんだ。心の底では私に起こされるのを待ってるんだよ。本心では戦車道も友達も大好きだから。そんな沙織が私は好きなんだ」
沙織「麻子……」
沙織「分かった……信じるよ。麻子のこと」
麻子「……ありがとう。そう言ってくれると思ってた」
沙織「だって麻子は戦車道やってる私が好きなんでしょ?」
麻子「私はどんな沙織だって好きだぞ。戦車に乗ってる時の真剣な横顔が特別なだけだ」
沙織「もし私の目が覚めても、麻子の気持ちは変わらないよね……?」
麻子「……ああ」
麻子(すまない。そればっかりは分かりようがないんだ……)
麻子(私は沙織の想像上の産物でしかないから、実際の冷泉麻子が沙織をどう思ってるかなんて全く予想ができない)
麻子(まあ私と沙織は幼馴染だし、きっと大丈夫だろう……多分……)
麻子(とにかく、こんな夢を見続けているのは沙織にとって絶対に良くない事だ)
麻子(大切なのは沙織の目を覚まさせること。私はそれだけを考えていればいいんだ……)
沙織「……麻子!!!とつぜん景色が……」
辺り一面に深い霧が掛かったように、沙織と麻子の視界がゆっくり滲む。
麻子「夢から覚めるんだ。……沙織」
麻子は少し背伸びをして、沙織に抱きついた
沙織「ちょ……麻子!?///」
麻子「少しこのままでいてくれ」
麻子(怖いなんていえない)
麻子(沙織が夢から覚めると私はどうなるんだろうか……)
麻子(恐らくは自我を失って、沙織の思考の一部に戻るのだと思うが……)
麻子(だったらせめて消える瞬間までは、沙織の一番近くに居たい)
沙織「……麻子」
麻子「……なんだ」
沙織「ありがとう」
沙織「…………」
沙織「…………んぁ?」ネボケ
沙織はみほの家で目を覚ました。時間は朝の六時。同じ部屋にみほ、華、優花里がそれぞれ布団で寝ていた。
沙織(……確か、昨日みぽりんの家に来てすぐに寝ちゃったんだっけ)
沙織(それにしても、ちゃんと布団で寝てるって事は、誰かが移動してくれたって事だよね)
沙織(私重くなかったかなぁ……運んでくれたのはやっぱ華かな?力持ちだし……でも力だったら装填手やってるゆかりんもあるよね)
沙織(…………)
沙織(夢の中の麻子……あれだけ必死に説得してくれたこと)
沙織(全部思い出した今なら分かるよ)
沙織(もうきっと会えないんだろうな……)
沙織(そういえば麻子は……)
沙織「……うわっ!?///」
沙織が寝返りを打つと、目の前に麻子の顔があった。
麻子「Zzz……」
沙織(同じ布団で寝てたんだ……///)
麻子「Zzz……」スヤスヤ
沙織(…………)
沙織(寝顔もやっぱりかわいいなぁ……)
沙織(……あれ……これってもしかしてチャンスじゃない!?)
沙織(い……今なら……キ、キ、キスできちゃうんじゃ……!)ドキドキ
沙織(少しずつ顔を近づけて……)ドキドキ
麻子「Zzz……」スヤスヤ
沙織(少しずつ……少しずつ……)ドキドキドキドキ
麻子「Zzz……」スヤスヤ
麻子「…………」スヤスヤ
麻子「……!!」パチッ
沙織「うひゃあ!!!!!!!!」
麻子「…………?????」
沙織「…………」
麻子「…………」
沙織「……お、おはよう」
麻子「おはよう」
───
──
─
優花里「もう!運ぶの大変だったんですよ!」
華「最初は私一人で沙織さんを持ち上げようとしたのですが……その……」
優花里「重かったんです」
沙織「ちょっとゆかりん!そんなにはっきり言わなくてもよくない!?」
優花里「けっきょく五十鈴殿が上半身、私が両足を持つことでなんとか布団まで運ぶ事ができたんです」
みほ「冷泉さんは私一人で運んだんだよ!」
麻子「やっぱり沙織が重かったんだな」
沙織「みんなひどい!?」
沙織「そういえば、何で私と麻子は同じ布団で寝かせられてたのよ!///」
麻子「嫌だったのか」
沙織「そ、そういうわけじゃないから!///」
みほ「ごめんなさい……お布団が四つしかなくて……」
優花里「私が誰かと一緒に使えば良いと思ったんですが……た、例えば///」ゴニョゴニョ
みほ「沙織さんと麻子さんは幼馴染だからいいかなーと思って」
華「まあお二人とも熟睡していた事ですし、いいじゃありませんか。起きている私たちが同じ布団を使うのは、なかなか恥ずかしいものがありますから」
沙織「ま、まあ別にいいんだけどね!全然意識してなかったし!!!」
麻子「何をそんなに焦ってるんだ」
帰り道
沙織と麻子は、みほの家からの帰り道を二人で歩いている。
沙織「結局みぽりん家ではあんまり遊べなかったなー」
麻子「行って早々熟睡したからな」
沙織「麻子もでしょうが!」
麻子「……確かに」
沙織「そういえば不思議な夢を見たよ」
麻子「ほう。どんな?」
沙織「私とね……ある人の二人だけしか居ない世界なんだよ!」
麻子「ふーん。ある人ってのはどんな人だ?」
沙織「私の大好きな人!でね。最初はお花見に行って……」
沙織は麻子に自分の見た夢の話をした。『ある人』が麻子だって事は恥ずかしいので言わなかった。
沙織「……それで最後、視界がぼやけていった時に、その人が少し背伸びをしながら私に抱きついて言ったの。『少しこのままでいてくれ』って」
麻子「ふーん」
沙織「そして私は、その人を抱きしめたままこう言うの……」
沙織「……」
沙織「……あれ?……なんて言ったんだっけ!?」
麻子「忘れたのか?」
沙織「うーん……一番言わなきゃいけないと思ってた事を最後に言ったような……」
沙織「大切なことだったんだけど……」
麻子「ありがとう」
沙織「……へ?」
麻子「お前は私に『ありがとう』って言ったんだ」
沙織「……えっ……な、何で!?」
沙織「どういうこと!?何で麻子が知ってるの!?」
麻子「さあな。どういう事だか私も知りたいよ」
麻子「沙織に抱きついて視界が霞んだあの後、私は布団の中で目が覚めたんだ。……驚いたよ。自分の意識がある事はもちろん、『ある人』が私にキスをしようとしてたんだ」
沙織「えっ///いや、あれは///」
麻子「でも結局『ある人』はキスをしなかった。夢ではあんなに積極的だったのに」
沙織「うぅ///」
沙織「……そ、その話は一旦ストップ!それよりも!」
沙織「今の麻子は私の夢の中にいた麻子と同じなんだよね?」
麻子「たぶんな。私の記憶が正しければ」
沙織「って事は私はまだ夢から覚めてないって事なの!?」
麻子「どうだろうな。少なくとも前の夢と同じではない」
麻子「……まあ、どっちでもいいんじゃないか」
沙織「えっ?」
麻子「沙織がいて、皆がいて、戦車道をしている。それは間違いなく私の知っている日常なんだ。……まあ私の場合、おばぁもだけど」
麻子「それらがもしも間違っているというのなら、最初から全て夢だったのかもしれないな」
麻子「だったらこの夢を見続けてもいいだろ」
沙織「なんか頭がこんがらがってきたよ……」
沙織「……冷たっ!?雪!?」
沙織の首筋に雪が降りる。
麻子「初雪だな」
麻子は沙織に落ちた雪を払いのけて、その冷たさを確かめた。
沙織「はあ……もう!傘持ってきてないのに!」
麻子「仕方ないだろう。冬が来たんだ」
おわり