1 : 以下、名... - 2016/07/11 02:24:54.75 buzch6Qc0 1/75

【艦これ】提督「最高練度に達した艦娘が、ことごとく無気力になっている」の設定を使用しています。
http://ayamevip.com/archives/47828715.html

独自の設定がいくつかありますが、気にしないでください。おねがいします。

・人は艦娘を恐れる。
・金剛型は人と仲良くしようとして、出来なかった。
・霞と霰は、空からの攻撃にトラウマあり(でも覚えていない)。

元スレ
【艦これ】提督「最高練度に達した艦娘が、本気を出すそうだ」【それゆけ朝潮型】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1468171494/

2 : 以下、名... - 2016/07/11 02:27:33.83 buzch6Qc0 2/75

「・・・」

てくてく。
霰が、町を歩く。

今日の霰は、交代での休日だ。

朝潮型は交代での休日は、なるべく単独で行動するように決めている。

朝潮「朝から晩まで、ずっと一緒じゃダメになるかも」

実際、霰は「皆でいられるなら、それでいい」と思っている。
特にやりたいと思うことも、ない。

「・・・」

朝の散歩を終えて、霰は皆の予定を思い返す。

朝潮:防空射撃演習
大潮:防空射撃演習
満潮:防空射撃演習
荒潮:防空射撃演習
 :休み←防空射撃演習参加します
 :休み

「・・・司令官は、たしか」

提督:午前執務 午後釣り

(港に行こう)

3 : 以下、名... - 2016/07/11 02:29:04.75 buzch6Qc0 3/75

てくてく。
すれ違う人から声をかけられる。 あられちゃん、おやすみかい?
丁寧にお辞儀し、挨拶を返す。
てくてく。
漁船の猟師から手を振られる。
ぶんぶんと手を振り返す。
てくてく。
港へ歩く。

「・・・いた」

提督が波止場の先端に座り、釣り糸を垂れている。

とててて。
少しだけ早足に、提督の下に行く。

「・・・司令官」

脅かさないように、そっと声をかける霰に、提督は笑顔を返す。

提督「やあ霰、今日は休みだったね」

「うん・・・、隣、座っていい?」

提督「もちろん、どうぞ」

こぶしひとつ分の隙間。
くっつきたいが、照れくさい。
でも、なるべく近く。 そんな距離。

4 : 以下、名... - 2016/07/11 02:36:40.36 buzch6Qc0 4/75

「戦いの後も、考えてほしい」と話したその後。

提督は、町の港の波止場で釣りを始めた。

提督「これも仕事なんだよ」

サボるなという、艦娘の抗議も笑って受け流す。

提督「軍人は忙しくちゃ、いけない」

だから、

提督「暇そうにしてる姿を、見せるんだよ」

その姿を見ることにより、危険ではないと認識するのだ、と。

提督「サボってるとか、バカ扱いされるのは仕方ないね」

個人の評価など、瑣末なこと。
町と、仲良く。
人と、仲良く。
間に立てるのは自分だけだから、と笑う。

そう言われると、勘娘たちは止められない。
自分たちのためとわかったから。

半月ほどそうやって提督一人で波止場で釣りをして。
「あっちの軍港の軍人がサボって釣りしてるぞ」と少しだけ噂になり。

そして、艤装を外した艦娘を連れて、町を歩くようになった。

5 : 以下、名... - 2016/07/11 02:41:37.33 buzch6Qc0 5/75

テレビの放送で艦娘が紹介される。

制海権を奪われ、少しずつ窮屈に、不便になる生活。
それをごまかすため、対抗手段となる艦娘を大々的に宣伝しているのだ。

提督「はー、派手だねぇ」

番組では、妙高型の四姉妹が揃って砲撃を行っている。
美しい姿。
重厚な装備から放たれる砲弾。
砕け散る的。

金剛「こんな番組に出るなんてすごいデスネー」

霧島「姉さま、私たちも出ていますよ」

金剛「えっ」

榛名「4人で、廃棄処分される船を沈めろって言われて・・・」

金剛「あー・・・」

あったかも。

金剛「で、でも、インタビューは無かったデスよね?」

妙高型の4人が並んでインタビューを受けている。

比叡「ありましたよ」

金剛「えっ」

霧島「私がアフレコしました」

金剛「えっ」

霧島「姉さまがしゃべると、エセ外人みたいだからって」

金剛「なんだとぅ!?」

榛名「姉さま、落ち着いてください」

提督「でも、これじゃあな」

無言で観ていた提督が、ぼそりと呟く。

提督「ダメだろ」

金剛「テイトク?」

提督「これで伝わるのは、艦娘の”強さ”だけだ」

金剛「・・・」

提督「艦娘は、優しく、綺麗で、柔らかく、暖かいことが伝わらない」

提督「人と艦娘の距離は、縮まらない」

6 : 以下、名... - 2016/07/11 02:44:37.69 buzch6Qc0 6/75

金剛「テイトク」

いつもの笑顔が、陰る。

金剛「ワタシたちに求められるのは、”強さ”だけデス」

ずっと遠くを見る。

金剛「それ以外は求められマセン。 戦って、戦って、戦って、そして消えるのデス」

提督「・・・金剛、それは」

金剛「わかってマス。 提督は、それ以外を考えろと言ってくれマシタ」

比叡「そうです、私たちはそれが本当に嬉しいのです」

霧島「・・・でも」

金剛「そう、それは、ごく一部の人。 私たちが知る限り、テイトク一人だけデス」

比叡「私たちも、なんとかしようとしました。 でも、出来ませんでした」

以前に在籍した鎮守府では。

榛名「私たちは、無理だと思ってしまいました」

霧島「思ってしまった私たちでは、これ以上は進めません」

金剛「でも、駆逐艦の皆さんなら・・・」

それでも、信じたい。
だから、託す。
提督に、駆逐艦に。

7 : 以下、名... - 2016/07/11 02:47:26.00 buzch6Qc0 7/75

艤装を外した駆逐艦ふたり。
手をつなぎ、・・・いや、しがみつくようにして、提督について歩く。
彼女たちは、鎮守府の外に出たことが無い。
提督以外の人を見たこともない。
ただ、人の居る町を歩くだけで、怯え切っていた。

人と艦娘は違う。
交わることは、ない。
そう思ってきた。

住民も同じだった。
テレビで見る、戦艦の人。
船を吹き飛ばす砲撃。
なんだあれは。
むこうで勝手にドンパチしてくれ。
こっちには来ないでくれ。

町で、人と艦娘が出会う。
見られる。
目が合う。
反らされる。

繰り返され、更に怯えた。

8 : 以下、名... - 2016/07/11 02:50:29.86 buzch6Qc0 8/75

そうやって数日が過ぎ、提督と朝潮、荒潮が歩いていた時に、その事件は起こった。

荒潮「ひっ・・・」

荒潮の体が、恐怖にすくむ。

爛々と輝く瞳、
尖った牙が口からのぞき、
そして四肢の鋭い爪。

何頭もの獣が、荒潮を囲むように寄って来たのだ。

荒潮「あ、あ、あ・・・」

朝潮「荒潮、落ち着いて!」

ざあっ!
襲い掛かる獣に、

荒潮「いやぁぁあああ~~~~!!!」

荒潮は逃げた。

朝潮「荒潮!待ってー!」

朝潮が、パニックを起こした荒潮を追う。

キャンキャンキャン!!

それを追う、三頭の子犬。

<コナイデー
<アラシオ!マッテー!
<キャンキャンキャン!!

9 : 以下、名... - 2016/07/11 02:53:34.00 buzch6Qc0 9/75

提督「あー・・・」

艦娘の全力疾走に、提督はまるで追いつけない。
それでも追おうとしたところに、様子を見ていた漁師たちが声をかけた。

「な、なあ、あんたあっちの軍港の人だろ?」

提督「え? あ、はい、そうです」

「じゃあやっぱり、さっきのは戦艦なんだな!?」

恐怖。人以外の存在。
怒り。なぜここにきたのか。
困惑。犬を怖がり、あれはまるで・・・。

提督「はい、艦娘です」

「やっぱり!」
「なんでここへ連れていた!」
「あんな恐ろしい奴らを町へなんて」

提督「・・・恐ろしい?」

漁師が気圧される。

提督「恐ろしかったですか?」

「「「・・・」」」

提督「人に怯え、犬に怯え、泣いているだけですよ。
   皆さんも、見ていたでしょう」

「「「・・・」」」

提督「今、皆さんが思ったこと。 それを大事にしていただきたい」

ぺこりと頭を下げて、

提督「私は彼女たちを追いますので」

走り出した。

「・・・」
「・・・なあ」
「・・・ああ」
「・・・」
「もうちょっと、見てみるか」

10 : 以下、名... - 2016/07/11 02:57:57.34 buzch6Qc0 10/75

逃げた朝潮と荒潮だが、波止場に追い詰められていた。
いかに足が速いとはいえ、ろくに前も見ずに走り回ったせいだ。

キャン!

朝潮「ひっ」

ハッハッハッハ!

荒潮「もういやぁ~・・・」

三匹の子犬は、遊んでもらっていると思っているので、ハイテンションでふたりの周りをぐるぐると走る。


朝潮「あ、荒潮を食べると言うのなら!私を食べなさい!」ガクガクブルブル

荒潮「だめ~危ないよ~逃げて~・・・!」ガクガクブルブル

朝潮が荒潮をかばい、
荒潮が朝潮をかばう。

その声に反応するように、子犬たちがとびかかる!
そこへ、

提督「わんっ!」

キャンキャンキャン!

提督の大声に驚いた子犬が逃げ出した。

提督「はあっ、ぜー、はあっ、ぜー・・・」

提督「け、怪我無いかな」

朝潮「あ・・・」

荒潮「でいどぐ~~~!」

とびかかるように、抱きつく。
しゃがんだ提督の首に腕をまわし、ふたりでぶらさがる。

11 : 以下、名... - 2016/07/11 03:00:51.61 buzch6Qc0 11/75

提督「こわかったな、もう大丈夫だから」

朝潮「・・・」コクリ

荒潮「・・・」コクリ

なだめるように、ゆっくり髪を撫でる。
なでなで。
さらさら。

朝潮「・・・」

荒潮「・・・」

なでなで。
さらさら。

朝潮「・・・」

荒潮「・・・」

なでなで。
さらさら。

提督「・・・もういいかな」

朝潮「・・・」フルフル

荒潮「・・・」フルフル

しがみつき、提督の首筋に顔を埋めながら、さらに撫でることを要求する。

朝潮「足りません」

荒潮「怖かった~」

提督「・・・いい加減にしなさい」

ペチン

朝潮「ぶー」プクー

荒潮「もう~」プクー

朝潮がここまで甘えるのも珍しい。
名残惜しさをひきずりながらも、ふたりを降ろした。

12 : 以下、名... - 2016/07/11 03:02:34.12 buzch6Qc0 12/75

そこへ、子犬を捕まえた漁師がやって来た。

全部見ていた。
犬を怖がり、涙目になって逃げるところ。
妹をかばう姉。
姉をかばう妹。
抱きついて大泣きするところ。
甘えるところ。

「・・・まるっきり、ただの子供じゃねえか」
「ああ・・・」

幼い頃の妹、娘、孫。
どこが違うというのか。

「だいじょうぶかい、おじょうちゃん」

年長の漁師が、優しく声をかける。
もう、気味悪さは感じなかった。

「ほら、こいつは犬ってんだ。」
「こわくねえよ、あかちゃんだよ」

朝潮「いぬ・・・」

荒潮「あかちゃん・・・」

差し出された子犬に、そっと触れてみる。

ハッハッハッハ クーン

朝潮「ちっちゃい」

荒潮「ふわふわ~」

「な、こわくないだろ」

朝潮「はい!」ニコッ

荒潮「はい~」ニコッ

「「「・・・」」」

「こんなのが怖いってんだから、艦娘ってのもたいしたことないな」
「ほんとほんと、ただのガキと同じだわ!」
「なんも怖くねえわ!」
「「「あっはっはっは!」」」

笑い出した漁師達に、朝潮と荒潮はぽかんとした顔を向ける。
なんだかすごく失礼なことを言われてる気がする。

朝潮「むぅー」

「すまんすまん、悪く言ってるんじゃないんだよ」
「ちょっと考えすぎたかなーってな」

朝潮「・・・? そうですか」

よくわからないが、いいらしい。
なら、抗議する必要も無い。

13 : 以下、名... - 2016/07/11 03:07:56.65 buzch6Qc0 13/75

「しっかし、こんな小さなナリで”あれ”と戦うんだな」

提督「”あれ”・・・?」

まさか、と。

提督「遭ったことがあるんですか!?」

「そりゃそうだよ」
「あんたらが来るまでは、誰もいなかったんだから」
「漁場が荒らされて大変だったよ」

提督「・・・そういえば、そうですね」

出来たばかりの、小さな鎮守府。
つまりそれは、それまで戦力が何も無かったということ。
鎮守府が無くても、”敵”は来るのだ。

「ま、ここらは辺境だから、たまにだし」

「はぐれたちっこいの、くらいだったけどな」

提督「・・・それでも、ご無事なのはすごいですね」

「あいつら硬いんだよな!」

「ああ、(ピー)も(ピー)も効かねえんだよ」

「(ピー)を(ピー)しても跳ね返しやがって!」

提督「・・・戦ったんですか」

一部不穏な言葉が聞こえた。
いや聞こえない。聞いてない!

「一番効いたのは、酢と醤油だな!」

「口ん中に突っ込んでやったらビックリしてやがったよ!」

「「「はははははは!!」」」

14 : 以下、名... - 2016/07/11 03:09:55.60 buzch6Qc0 14/75

提督「ふむー・・・、とんでもないな・・・」

あきれた。
海の男って一体。
が、影響を受けたのがひとり、ふたり。

朝潮「す・・・、すごいです!」

荒潮「生身で戦うなんて~、素敵ね~」

「そ、そうかい?」

朝潮「はい! もっと聞かせてください!」

「仕方ねえなぁ~」

身振り手振り、大げさに話す漁師。
真剣に聞く、朝潮と荒潮。
盛りすぎと笑う仲間。

笑顔。
輪になって、笑って話す艦娘と人。

提督「・・・ちょっとは進めたかな?」

みんなで笑える世界へ。

15 : 以下、名... - 2016/07/11 03:13:54.94 buzch6Qc0 15/75

今日はここまでです。

時系列は、
>>2->>3 現在
>>4 過去1
>>5->>6 過去2
>>7->>14 過去1→過去2→過去1の続き

22 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:00:37.41 6JIeznkE0 16/75

そして、朝潮型が子犬を毎朝散歩するようになった。
提督が飼い主の漁師に頼み、快諾された。

朝潮と子犬たちが一列に並んで行進する。
龍驤「群れを統率しとる」
提督「リーダーだね」

大潮は子犬たちと走り抜けていく。
龍驤「競走相手やん」
提督「ライバルだな」

満潮は数十メートルごとに犬たちを撫でまわす。
龍驤「甘やかしとるなぁ」
提督「おぉ…尻尾がぶんぶんじゃなくてぐるんぐるん振られてる」

荒潮のまわりを、跳ね回っている。
龍驤「犬は大好き光線出しとるけど…、荒潮は若干ヒいとるな」
提督「最初が最初だからねぇ」

先導するように前を歩き、時々振り返って霰がついてきていることを確認している。
龍驤「子犬に保護されとる…」
提督「お姫様だー」

霞は群れから離れようとする一匹一匹を連れ戻し、細々と説教している。
龍驤「ママやね」
提督「ママだな」

犬を連れて歩く姉妹に、住人達は徐々に慣れ、挨拶もできるようになってきた。

??「くくく…、美少女と子犬のセットに堕ちぬ奴などいるものか」カシャーカシャーカシャー

龍驤「提督、写真はやめとこか」

提督「はい」

23 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:06:04.60 6JIeznkE0 17/75

提督「次はお店だな」

人気を獲るには、動物と食べ物がいいという。

犬とのセットで馴染んできたふれあい作戦も、第二段階に移る。

小料理屋”鳳翔”。

提督「ここで、鳳翔さんの手伝いをしてもらいます」

満潮「あたしたち、艦娘よ! なんで接客なんか!」

提督「言ったろ? ”戦う”以外を考えてほしいって」

満潮「…でも!」

提督「きっかけになれば、それでいい。 嫌ならすぐに辞めてもいいから」

おねがいだよ、と頭を下げて。

提督「ちょっとだけ、こんなこともあるんだって、そう思ってくれればいいんだ」

頼まれると、弱い。
自分たちのことを考えてくれているのも、よくわかっている。

満潮「う~…、わかったわよ!」

提督「うん、ありがとう」

笑顔を向けられる。
優しい、自分のためだけの笑顔。

満潮「~~~~!」

なんだか猛烈に、なんというか、恥ずかしい。

満潮「ふんっ!」

ペチーン

提督「痛い!なんで蹴ったの!」

満潮「うっさいうっさーい!」

24 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:13:41.26 6JIeznkE0 18/75

そして店の手伝いが始まり。

鳳翔「はい、3番の席にお願いね」

満潮「…」

そーっと、ゆっくり、倒さないように。
受け取った料理を運ぶ。

「ありがとよ」

満潮「…っ」

ぺこり。
とてててて。
何かを言おうとして、言えず、小走りで戻り。

ぎゅう。
隅で見ていた提督に抱き着いた。

提督「よく、できたね」

満潮「…」コクリ

提督は背中をぽんとたたき、

提督「さ、行っておいで」

送り出す。

満潮「…」コクリ

とてとて。

また鳳翔の元にもどり。

そーっ。

運んで。

とてててて。
ぎゅう。

また、提督に戻ってきた。

なぜか、姉妹6人が同じことをした。

25 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:19:06.64 6JIeznkE0 19/75

そうやって幾日が過ぎ、常連客となった漁師たちとも顔見知りになり。
やっと、本来の彼女たちの調子が戻ってきた。
元々身体能力が高く、学習能力も高い。
未経験の恐れと、人見知り(?)さえ克服すれば、難しい手伝いではないのだ。

美少女が真面目に働くだけでも人気となるのに、
満潮や霞に「叱られるオプション」を喜ぶものも出始めた。

「満潮ちゃーん、きたよー」

満潮「また来たの!? いい加減にしなさいよ!」

「訳すとー?」

朝潮「来てくれるのは嬉しいけど、ほどほどにしないと体に悪いですよ」

満潮「訳すんじゃないわよ!」 

朝潮による、”満潮語翻訳サービス”も大人気だ。

提督「訳すなとは言うけど」

鳳翔「違うとは言わないんですよねぇ」

くすくす、と笑う鳳翔。
それがわかっているからこそ、客に毒づく満潮を叱ったことは無い。

「いい? 3本までだからね!」

「もっと飲ませてくれよう」

「ダメに決まってるでしょ! 明日も仕事あるんでしょ!」

提督「ママや」

鳳翔「負けてられません」

提督「えっ」

謎の対抗心を燃やしつつ、やはり霞も叱ったことは無い。

少しずつ、仕事にも慣れ。
少しずつ、人にも慣れ。
少しずつ、艦娘にも慣れ。

小料理屋”鳳翔”の夜は過ぎる。

27 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:23:19.32 6JIeznkE0 20/75

”満潮語翻訳サービス”は公式四コマからお借りしています。
野分ちゃんを気遣う満潮ちゃんが可愛いです。

28 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:31:06.68 6JIeznkE0 21/75

閉店後に、店から寮までを送るのは、提督から願い出たものだ。

「子供じゃないのよ…」

さすがに呆れた霞に、ジト目を向けられる。

提督「うん、わかってるんだけど、なんか心配で」

「…」ジトー

提督「ねっ?」

「はあ…仕方ないわね」

提督「うんうん」

「見た目で損ってこういうことよね」

提督「損って?」

「なんでもないわよ」ジトー

大潮「とーへんぼく」ジトー

「ぼくねんじん」ジトー

荒潮「おばかさぁん」ジトー

提督「ひどいな!」

文句だらけで始まったお送りだったが、やってみると、案外いいものだと気づいた。
ふたり一緒とはいえ、完全に邪魔が入らない時間を手に入れることができるのだ。
その時間を使い、内緒話をしたり、ひたすら愚痴をこぼしたり、提督の愚痴を聞いたり。

挨拶をしてもらえることが増えたこと。
おばさんから飴をもらったこと。
鍛えられた子犬の尻がプリプリで可愛いこと。
お店の手伝いでうまくいったこと、失敗したこと。

楽しかった。
こんなにゆっくり、たくさん話したことは無かったかも知れない。

店の手伝いも楽しみ、提督と一緒の帰り道も楽しみ、結局、辞めたいと言い出すものは、いなかった。

そうやって、提督以外の人とも顔を合わせ、話し。

「”戦う”以外を考えてほしい」という提督の言葉を、ようやく理解できるようになってきた。

29 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:40:08.82 6JIeznkE0 22/75

そんなある日、鎮守府に救助要請の無電が入った。

提督「はぐれ駆逐に、漁師の皆さんが襲われているそうだ」

満潮「…くっ」

朝潮「満潮、待ちなさい!」

駆け出す満潮を、朝潮が止める。

満潮「離して!早く行かないと!」

提督「満潮、落ち着いて」

満潮「これが落ち着いていられるか!」

朝潮「満潮!」

ペチーン

満潮「…っ」

取り乱す満潮の頬を、朝潮が叩く。
そして、叱る。
朝潮は、お姉ちゃんなのだ。

朝潮「満潮!言え!私たちは何だ!」

満潮「…」

朝潮「何が出来る!どうすればいい!」

満潮「…助けに行く」

朝潮「そんな!ことは!」

朝潮「あたりまえだ!」

満潮「…あ」

提督「満潮、心配なのはみんな同じだよ」

満潮「…わかったわよ」

提督「…よし」

皆を見回し。

提督「朝潮、大潮、満潮、荒潮、霞、霰!」

「「「はいっ!」」」

提督「出撃準備!」

「「「はいっ!」」」

満潮「…はいっ!」

30 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:48:28.64 6JIeznkE0 23/75

ヴィー ヴィー ヴィー

『出撃準備! 出撃準備!』

妖精さんの手を借りて、出撃準備。
燃料の補給。
弾薬の補給。
艤装の装備。

装備する艤装は…。

満潮「何? 主砲ひとつと魚雷!?」

提督『そうだよ』

満潮「これじゃ、火力が!」

提督『わかってる、でも、これが最善と判断する』

主砲の替りに装着されたのは増速用の装備、艦本式缶。

金剛姉妹の危機に、間に合わない恐れがあった。
あの時は、なんとか間に合った。
でも、次は間に合わないかもしれない。

だから、用意していた。

満潮「これは…」

提督『今回は速度重視だ。 …必ず間に合わせろ』

満潮「はい!」

31 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 21:53:39.73 6JIeznkE0 24/75

ヴィー ヴィー ヴィー

『出撃準備完了! 出撃準備完了!』

『点呼!』

朝潮「一番!旗艦!朝潮!」

大潮「二番!大潮!」

満潮「三番!満潮!」

荒潮「四番!荒潮!」

「五番。霰」

「六番!霞!」

提督『どうか、皆さんを助けてくれ』

提督『それと』

提督『全員、無事に帰れ』

「「「はいっ」」」

提督『行け!』

ヴィー ヴィー ヴィー

『出撃!出撃!』

朝潮「朝潮艦隊!出撃します!」

32 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:06:16.17 6JIeznkE0 25/75

ざあっ!

姉妹が出る。
全開加速。
加えて、追加装備による増速。

「くっ…、速い…」

「ん…っ」

大潮「おっ! とっと!」

朝潮「霰!遅れないで! 大潮!まっすぐ進む!」

さすがに皆、未知の速度に戸惑う。
が、

満潮「関係ない!」

力尽くで、暴れる舵を抑え込む。

わずかの戸惑いで、隊列は安定する。
最大戦速。

間に合わせる。
皆を無事に。
提督と約束したから。

港で声をかけてくれた。
お店で笑ってくれた。

護りたい。
助けたい!

満潮「行けええ!」

33 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:09:06.94 6JIeznkE0 26/75

走る。
疾る。

大潮「見えた!」

煙。
そして、爆発音。

荒潮「船は6隻のはずだけど~…」

「よっつしか…、見えない」

満潮「くっ…」

間に合わなかった?
満潮の視界が涙でゆがむ。

34 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:15:43.21 6JIeznkE0 27/75

満潮「みんな!無事!?」

必死で追いつき、無事な漁船に声をかける。

「おおっ? 満潮ちゃんかい!?」

満潮「けが人は? 行方不明者は!?」

「船はやられたがあ! みいんな生きてるよ!」

「くっそう! あんなデカい”はぐれ”は初めてだあ!」

なんとか間に合った。
ほっとする。
ほっとしたら、また視界がゆがむ。
乱暴に目元をこする。
泣いてる場合じゃない!

満潮「あんたたちは下がってなさい!邪魔よ!」

「「訳すとー?」」

朝潮「みんな無事でよかったね、あとは私たちにまかせて」

満潮「訳すんじゃないわよ!!」

とっとと下がれ、と船を蹴って。

「すまねえ!頼む!」
「がんばってなー!」

満潮「まったくもう…、締まらないったら」

”敵”に向き合う。

今度は、こっちの番だ。

満潮「面白いことしてくれたじゃない・・・! 倍返しよ!」

35 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:22:58.13 6JIeznkE0 28/75

”敵”は沈めた漁船を噛み砕き、暴れまわっていた。

大きい。

「”はぐれ”どころか、”群れ”の奴より大きい!」

小型の単独なら殴りかかる漁師たちでも、さすがにこれは無理だろう。
それどころか、油断していると艦娘といえども―――。

朝潮「たたきつぶすぞ!」

「「「おおっ!!」」

関係ない。
知るものか。

満潮「私たちを怒らせたこと!思い知れ!」

護るべきもの。
そうじゃない。
護りたいもの。
それを傷つけられた。

…許さない。
許さない。
許さない!

朝潮「突撃!!」

36 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:30:46.65 6JIeznkE0 29/75


――
―――

荒潮「疲れた~」

「ちょっと、休む…」

朝潮「みんな、怪我は?」

はぐれ駆逐を撃退した朝潮姉妹だが、さすがに疲労を隠せない。
へたりこんだ姉妹に、それでもしゃんと立つ朝潮は被害の確認をする。

大潮「無事です!」

満潮「無事」

荒潮「無事よ~」

「無事」

「無事」

朝潮「被害なし、と」

全員無傷。
さすがの朝潮姉妹である。


\オーイ!/ \ダイジョウブカー/

満潮「んなっ!?」

周囲の警戒をしていた満潮が、引き返してくる漁船を見つけて怒り出す。

満潮「ちょっと! なんで戻ってきたのよ! バカじゃないの!?」

「「訳すとー?」」

朝潮「みんな危ないよ、ちゃんと避難して」

満潮「訳すなって言ってんでしょ!」

37 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:37:59.80 6JIeznkE0 30/75

満潮「…あっ」

はっと、気付く。
艤装を付けた自分たちを見られるのは、初めてだ。
武器を背負い、海を走る自分たちを…。

  ―― 艦娘は人とは違う――

嫌われる。
怖がられる。
避けられる。

  ―― 人は艦娘を恐れる――

怖い。
怖い。

満潮「あ、あの」

人の優しさを知ってしまった。
人の暖かさを知ってしまった。

知らなかった自分とは、違う。
失う怖さを知ってしまった。

拳を握る。
下を向く。
皆を、見られない。

満潮「わた、し、」

38 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:42:49.53 6JIeznkE0 31/75

「すまねぇなぁ」

満潮「…えっ」

顔を上げる満潮。
船から見える漁師たちの顔は…、いつもの笑顔だった。

「あぶないこと、任せちまってよ」

「ったく、情けないわ」

「でもな、おかげで助かったよ」

「「「ありがとうな!!」」」

視界がゆがむ。
もう、今度は我慢できない。

満潮「ばがぁ~~~~~~~~~~~」

涙が、止まらない。

「「訳すとー?」」

朝潮「みんな大好き!」

満潮「やぐずな~~~~」

「「おれたちも大好きだよー!」」

満潮「うるざい~~~~」

泣き笑い。
泣いて。
笑って。
無事を喜んだ。

39 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:50:27.79 6JIeznkE0 32/75

第二陣として駆けつけた金剛と榛名は、すこし離れてそれを見ていた。

まぶしくて、近付けない。

金剛「よかったデスネー…」

金剛たちが目指して、それでも出来なかったこと。
人との交わり。

金剛「羨ましいデス」

榛名「姉さま…」

でも、彼女たちが見せてくれた。
彼女たちは、出来た。

ならば、自分も。
自分たちも。

金剛「また、がんばりまショウ」

榛名「…はい、また」

やってみよう。

もう一度。

金剛「周囲を警戒!哨戒を続けマスヨ!」

榛名「はい!」

40 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 22:55:52.02 6JIeznkE0 33/75

朝潮たちに護衛されて帰還した漁船を、町の住人たちは大勢で出迎えた。

「無事でよかった!」
「とーちゃーん!」
「大丈夫かー!」

もみくちゃにされる漁師たち。
黙って帰ろうとした朝潮たちだが、

「みんな、ちょっと聞いてくれ!」

助けられた漁師が声を出す。

「おれたちは、朝潮ちゃんたちに助けてもらったんだ!」

41 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 23:04:03.37 6JIeznkE0 34/75

視線が海に向く。

沈黙。

次いで、ざわめき。

「海に立ってる…」
「大砲背負ってる」
「テレビに出てた戦艦の…」

満潮「…っ」

唇を噛む。
だめかな。

「ありがとうな!」

満潮「あ…」

「助けてくれてありがとう!」
「かっこいいよー!」
「ありがとう!」

歓声。
喝采。

体が震える。
胸が熱い。
涙が、出て。

朝潮「ほら、拭いて」

満潮「…うん」

姉妹全員で住人達に向き直り、

朝潮「旗艦朝潮以下、大潮、満潮、荒潮、霰、霞!」

ばっ!

敬礼。

朝潮「ご無事で何よりです! それでは、これで帰還します!」

\アリガトヨー!/ \マタネー!/ \バイバーイ!/ 

人々の声を背に、帰還の途に就いた。

42 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 23:11:42.22 6JIeznkE0 35/75

「…」

ちらっ。
くるり。
ぶんぶん。

振り返って、手を振る。

「ちょっと!前見てないと危ないわよ!」

「うん…」

「…」

ちらっ。
くるり。
ぶんぶん。

また振り返って、手を振る。

「危ないったら!」

「でも…、みんな手を振ってる」

「ああもう!」

霰と手をつなぎ。

「引っ張ってあげるから、もうずっと手を振ってなさい」

「うん…、ありがとう」

ぶんぶん。

霰は、ずっと手を振っていた。

人が見えなくなっても。

港が見えなくなっても。

鎮守府に着くまで。

ずっと、手を振っていた。

43 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 23:19:45.46 6JIeznkE0 36/75

戻ってくる朝潮姉妹を、提督はずっと港で待っていた。

朝潮「旗艦朝潮以下、大潮、満潮、荒潮、霰、霞!
   全員無事に戻りました!」

提督「うん、おかえり。
   無事で何よりだ」

ひとりひとり、怪我の確認しながら。
そっと頭を撫でる。

提督「朝潮、旗艦ご苦労だった」
朝潮「はい!」
朝潮は、直立不動で撫でられる。

提督「大潮、大戦果だな」
大潮「はい!」
大潮は、むしろ頭を掌に押し付けてくる。

提督「荒潮、よく皆を守ってくれた」
荒潮「うふふ~」
なぜか荒潮だけはイケナイ気分になるのは提督だけの秘密だ。

提督「霰、がんばったね」
「…うん」
目を細め、されるがままに撫でられる霰。

提督「霞、君がいてくれてよかった」
「…、ふん、当然でしょ」
耳まで真っ赤になりながらも、拒否はしない霞。

提督「…」
満潮「…」

44 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 23:26:09.58 6JIeznkE0 37/75

いつもは「子供扱いするな!」と怒る満潮だが…。
提督は、今日は、今日だけは、声をかけたかった。

提督「…満潮、今日、皆が無事だったのは、君のおかげだ」

満潮「…う、ぐすっ」

しゃがみ、視線を合わせて。

提督「ありがとう」

満潮「うぁ~~~~」

提督に抱き着き、泣いた。

満潮「みんなも、ありが、とう、って」

提督「うん、うん、よかった」

満潮「よがっだの~~~」

提督「満潮が、みんなが、がんばったからだよ」

満潮「うん、うん、ひぐっ、ずーっ」

提督「朝潮も、大潮も、荒潮も、霰も、霞も、ありがとう」

優しく、優しく、抱きしめ、髪を撫でた。
今日だけは、満潮も、そうさせてくれた。

45 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/12 23:29:31.04 6JIeznkE0 38/75

翌朝。

満潮「忘れなさい」

提督「えっ」

満潮「き、昨日のアレは、なにかの間違いよ!」

提督「えー…」

満潮「わ、す、れ、ろ!!」フミフミ

提督「わ、忘れるものか!」

満潮「なら記憶を消してやるー!」フミィィィ

提督「な、なにをするきさまー!」

51 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:06:49.28 fhGk3urb0 39/75

提督が波止場で釣りをするようになって、数ヶ月。
住人に受け入れられ、ついたあだ名が「お地蔵さん」。
その理由は――

「司令官」

提督「ん~?」

「釣れてる?」

提督「ん~、ぼちぼちかな」

「ぼちぼち」

ぱか。

クーラーボックスを開ける。

「・・・」

提督「・・・」

ぱたん。

閉じる。

「ぼちぼち」

提督「ごめんなさい、見栄張りました」

提督は、今まで一匹も釣ったことはなかった。
へたっぴなのである。

いつも数匹は持ち帰っている。
が、実は漁師や、同じく釣りをしている子供が分けてくれているのだ。
ただ座っているだけの提督に、「お供え物」と笑いながら。
だから、お地蔵さんなのだ。

52 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:10:00.83 fhGk3urb0 40/75

提督「いいんだよ、魚が目当てじゃないんだから」

いくぶん拗ねながら、強がりを言う。

提督「一度くらい釣ってみたいな~・・・」

直後に本音が漏れる。
このへっぽこさよ。

「釣り、嫌なら、やめてもいい・・・」

私たちのため、ならと。

提督「嫌じゃないよ」

間を置かず、返される。

提督「ここにいるの、好きだし」

「・・・うん」

提督「それにほら、今日は霰が来てくれた」

「・・・うん」

胸の中がぽかぽかする。

こぶしひとつ分の隙間を、詰める。

もっと近くに、いきたい。

提督「うん」

ぴったりくっついても、提督は笑顔で応じる。

「・・・えへ」

自分も、きっと、笑ってると思う。

53 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:15:27.85 fhGk3urb0 41/75

「今日は、犬を洗った」

提督「犬を」

「うん、来週、霰たちが秘書艦だから」

提督「うん、・・・うん?」

提督「秘書艦と、犬と、どう関係あるのかな?」

「・・・一緒に秘書艦するから」

提督「聞いてないんですが」

「・・・みんな知ってる」

提督「うん、君たちは知ってるかもね、仲良くて何よりだよ」

「・・・うん」ドヤァァァ

提督「褒めたけどね? 褒めてないよ?」

「・・・秘書艦の間、散歩に行けないから」

提督「おおう流された」

「犬も、鎮守府に泊まる」

提督「聞いてないんですが」

「・・・みんな知ってる」

提督「だろうね~」

「みんなと、犬で、一緒に寝る」

提督「へえー」

提督「そんな大きな部屋、あったっけ」

「ある」

「八畳和室」

提督「ほうほう」

「布団以外、何も置いていなくて」

提督「・・・ほう」

「執務室も、近い」

提督「それ、私の部屋だよね?」

「・・・うん」

提督「聞いてないんですが」

「・・・みんな」

提督「知ってるんだよね!」

「うん」

54 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:25:04.55 fhGk3urb0 42/75

提督「今日は、霞も休みだよね」

「うん・・・、でも、防空射撃演習に参加するって」

提督「・・・そう」

防空射撃演習。
航空隊を対空火器で攻撃する演習。

提督「大丈夫かな、と言ったら失礼だけど、それでも」

「・・・うん」

霰と霞は、以前の所属地で、味方からの砲撃と爆撃で大怪我を負った。
ほとんど記憶に無いとのことだが、回復後しばらくは飛行機を見るだけ竦み、動けなくなっていた。

今でも、夜にうなされているので、朝潮姉妹が交代で一緒に眠るようにしている。

「霞は・・・、すごいね」

視線を遠くに、まぶしい物を見るように。

「霰は・・・、今でも、ちょっと怖い」

怖いという気持ちをねじふせ、少しでも苦手意識を克服するかのように。
霞は、積極的に防空射撃演習に参加する。

55 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:32:42.47 fhGk3urb0 43/75

提督「霰、おいで」

ひざをぽんぽんとたたいて。

「・・・、うん」

提督のひざに乗る。
すっぽりと小さな体が、納まる。

提督「霰だって、すごいよ」

「え・・・?」

優しく、抱き寄せ。

提督「だって、霰も、逃げたこと無いじゃないか」

怖いという気持ちを受け入れ、それでも逃げずに。

提督「どっちも、すごいと思うよ」

「司令官・・・」

目を背け、怖くないフリをすることもない。
怖いからと、逃げることもない。

提督「どっちも、すごいよ」

「ありがとう・・・、嬉しい、です」

56 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:37:03.67 fhGk3urb0 44/75

気づいたら怪我をして、ベッドにいた。
隣には、同じく怪我をした霞がいた。

それが、霰の一番古い記憶。
それ以前は、よく思い出せない。

でも、ぼんやり覚えてることもある。

『行こう。 帰ろう』
『私たちの、家に』

抱き上げられ、そう誘われた。
提督の腕、提督の笑顔、遠くに見える夕陽・・・。

(帰ろう、って言ってくれた)

(私たち、って言ってくれた)

思い出せない、が、おぼえている。

(ここが、居場所)

提督のひざにのり、その胸に顔を埋める。

今でも提督は、霰と霞だけを抱き上げる。
まさに子供扱いの「だっこ」だが、霰も霞も、文句は無かった。

98 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:29:58.62 qrmOWNyA0 45/75

提督「霰、どうした?」

声に誘われ、顔を上げると・・・。
目の前に、提督。

大好きな人。
大好き。

その気持ちが大きくなって、どんどん吸い寄せられて。

提督「・・・」

「・・・えへ」

キスをしてしまった。

「お嫁さんだし・・・、いい、よね?」

提督「・・・」

へんじがない。

提督の胸に、耳を当てる。

どんどんどんどんどん。

明らかに心拍数が上昇している。

「どきどき、してる」

提督「・・・そりゃ、ね」

「・・・えへ」

なんとなくだが、嬉しい。

「・・・もう一回」

顔を上げ、目を閉じ、おねだり。

提督「・・・しないよ」

「んー・・・」

おねだり。

提督「・・・」

「・・・ぶー」プクー

提督「可愛い顔しても、だめ」

「・・・」

「・・・かわいい?」

提督「うん・・・、可愛いよ」

「・・・許す」

提督「・・・どうも」

58 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:51:16.07 fhGk3urb0 46/75

提督「みんなを迎えに行こうか」

「うん」

そろそろ演習が終わり、帰投する時間。

「・・・ぼうず」

提督「いつものことだからね、気にしないよ!」

クーラーボックスを肩に掛け、振り返った先に。

「・・・」

魚を持った漁師たちがいた。

提督「こんにちは」

「・・・こんにちは」

「あ、ああ」

なぜか携帯電話を構えている。

「・・・お供えを持ってきたんだが」

提督「いつもありがとうございます」ペコリ

「・・・ありがとうございます」ペコリ

「いや、それはいいんだが」

漁師たちがざわついている。

「通報したほうが、いいのかなって、皆で相談してて」

提督の目つきが変わる。

提督「何かありましたか!」

緊急用の通信機を取り出す。

提督「すぐに準備を・・・」

「ああ、いや、そうじゃないんだ」

鎮守府に連絡しようとする提督を、あわてて止める。

「通報しようと思ったのは」

ゆっくり、漁師たちが指差すのは。

「「あんただよ」」

59 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/15 02:56:10.20 fhGk3urb0 47/75

提督「まったくもう!」

ぷりぷり。
怒っている。

提督「激おこだよ。 激おこぷりぷり丸だよ」

「ふふ・・・、ニセモノっぽい」

鎮守府までの道を歩き。
提督は怒っていたが、霰はご機嫌だった。

ょぅι゛ょをたぶらかすHENTAIとして通報されそうになっていたのだ。

提督は大慌てでケッコンカッコカリの説明をして。
漁師たちの怒りを余計に買い。
酒を奢る約束までさせられていた。

提督「ひとりにしろとかなぁ・・・。
   そりゃそうだけどなぁ・・・」

「ふふ・・・」

提督「霰さんはご機嫌ですね」

「うん・・・、だって」

嬉しくて仕方ない。


  『霰は、私の嫁だからおっけーなんです!』


「ちゃんと、言ってくれたから」

提督「そっかー」

提督「その後、みんなの名前言うから、怒られたけど」

「仕方ない」

「たくさん・・・、がんばって、ね」

提督「はーい」

「ふふ・・・」

67 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 01:59:58.52 IAuUAQ5m0 48/75

朝潮型の秘書艦初日。

流石に6人は多すぎると、3人は鎮守府の掃除にまわる。
今日の担当は―

事務:大潮
提督補佐:朝潮
食事:霞

大潮「はー!」

提督「・・・」

大潮「どーん!」

提督「・・・」

大潮「ど 提督「大潮、もうちょっと静かにやろうか」 ・・・」

机にかじりついての、事務処理。
なぜこれほどの掛け声が必要なのか。

提督「ごめんな~、ちょっと二日酔いで・・・」

大潮「わかりました!」

大潮「・・・ドーン・・・」

大潮「・・・ドー・・・」

大潮「・・・」

提督「・・・」

大潮「・・・」

しょんぼり。

明らかにテンションが下がっている。

大潮「・・・」

提督「大潮、掛け声おっけー」

大潮「いいんですか!」

提督「ああ、おかわりもいいぞ」

大潮「はいっ!」

68 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:07:20.04 IAuUAQ5m0 49/75

「大潮姉さんの邪魔しないでよ」

霞が味噌汁を運んできた。

提督「あ~、コーヒーでいいんだけど」

「だ・め・よ! 朝はちゃんと食べなさい!」

提督「う~、わかったよ、かーちゃん」

「誰がかーちゃんか!」

「ほら、シジミの味噌汁は二日酔いの朝にいいのよ」

提督「ずず・・・、はぁぁ、しみるー・・・」

うまい、と呟いて。

提督「霞はいい嫁になるな」

「ふふん!そうよ!」

得意げに、胸を張り。
びしっ!と提督を指さす。

「あんたの嫁よ!」

提督「・・・うん、いい嫁だ・・・」

「食べたら、ちゃんと仕事するのよ!」

提督「は~い」

69 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:12:06.40 IAuUAQ5m0 50/75

「じゃ、あたしはお昼を作るわね~♪」

ご機嫌で、執務室隣の調理場に入る霞。
ここで提督と朝潮姉妹の昼食を作るのだ。

執務室隣の調理場。
簡易的なものでなく、むしろ一般家庭のキッチンより大きい。
これは、ほぼ強制的に着任した提督が、唯一希望したものだ。

提督(カレーのにおい)

調理場から流れてくる独特の香り。
すでに煮込みに入っているようだ。

提督(たのしみ)

もうカレーのことしか考えられない。

提督「ぬおおお!」

大潮「おお、提督がものすごい勢いでハンコを!」

提督「大潮!私はやるよ!」

大潮「アゲアゲですね!」

提督「アゲアゲだー!」



提督「・・・アゲアゲって何?」

大潮「知りません!」

70 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:18:41.22 IAuUAQ5m0 51/75

そもそも、秘書艦は独りでするものだ。
しかも規模が小さく特殊な任務も行わないため、もともとの仕事が少ない。
さらに専任だった大淀によって、長期計画がすでに立てられている。
秘書艦未経験の龍驤ですら、初日に「することがない」と言い切ったほどである。

そんな中での”提督補佐”という、とってつけた仕事。

朝潮「・・・」

「「「・・・」」」

提督「・・・朝潮、暇じゃない?」

朝潮「いえ!お声がかかるまで!ここで待機しています!」

提督「・・・そうかい」

提督の執務机のすぐ横。
というか、提督の膝元。

持参した座布団に正座し、朝潮が待機している。
すぐ横には、三匹の子犬。
なぜか同じように”お座り”で、待機している。

提督「その犬たちは、そう躾けたの?」

朝潮「いいえ! 私の真似をしていると思われます」

提督「そう、じゃあ散歩の縦列行進も?」

朝潮「はい、私の真似をして着いて歩いてるようです」

提督「そっかー」

提督(やっぱ群れのリーダー扱いなのかな)

71 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:24:24.12 IAuUAQ5m0 52/75

ちょっと遊んでみよう。

提督「お手」

右手を差し出す。

朝潮「はい!」

「「「キャン!」」」

ビシッと小気味良い音を立てて、朝潮が右手を出す。
子犬も同じように右手を乗せてくる。

ひとりと三匹、見事な”お手”だ。

提督「おかわり」

朝潮「はい!」

「「「キャン!」」」

ビシッ。

四匹・・・いや、ひとりと三匹、見事な”おかわり”

提督「た・・・」

提督「楽しい!」

なでなでなで。

猛烈な勢いで、忠犬あしゃしおの頭をなでまわす。

朝潮「はぅぅ」

されるがままの朝潮。
恥ずかしそうに頬を染めて俯くが、嫌がる様子はまるで無い。

「遊ぶな!」

ペコーン

お茶を運んできた霞に、お盆で殴られ。

「朝潮姉さんも!」

朝潮「えー」

「「「キューン」」」

「ああもう!こっち手伝いなさい!」

75 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:35:12.33 IAuUAQ5m0 53/75

いつものように午前でほぼ仕事が無くなり、昼食。

メニューは、煮魚だった。

提督「・・・」

「どうしたのよ」

提督「・・・カレーじゃ・・・、ない・・・」

どよよよよよ。

この世が闇に覆われたような、絶望。

「あれ、明日の分よ」

提督「なっ・・・!?」

「一日おくと、美味しくなるのよ」

知っている。

知っているが、許容できるかは話は別だ。

提督「かれー・・・かれー・・・かれーえー・・・」

「ああもう!」

カレーだけを支えに仕事をしたのだ。
もう、立つこともできないかも知れない。

「あとでちょっとだけ食べさてあげるから」

ぱあああああ。

光がさす。
世界は美しい・・・!

提督「いただきます!」

提督「魚、おいしい!」

「そうでしょ、鳳翔さんに習ったんだから」


カレーはおやつにおいしく頂きました。

76 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:42:24.19 IAuUAQ5m0 54/75

夜、提督居室。

提督「ほんとに、皆で寝るんだ」

すでに布団が持ち込まれ、和室は布団の海になっていた。

「ちゃんと、そう言った」

提督「うん、聞いたね」

問題は、布団7人分。

提督「私も?」

「・・・司令官の部屋だから」

提督「隣の部屋でもいいんだけど」

「だめ」

一緒に、と。

「みんな一緒が、いい」

提督「・・・わかったよ」

満潮「司令官の隣は、私でいいわね」

自分が皆を守ると。

提督「守るて」

抗議は流される。

荒潮「あら~、私は提督の隣でもいいわよ~?」

大潮「大潮も大丈夫です!」

「隣、いきたい」

無言の長女も、拳を突き出す。

「いいわ。 戦うことが私たちの宿命」

ゴゴゴゴと効果音を背負っているかのような緊張感。

提督「・・・ごくり」

6人の姉妹がその拳で決着を!

「「「じゃーんけん!ぽん!」」

77 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:46:54.61 IAuUAQ5m0 55/75

勝者は霞だった。

提督(すごい戦いだった)

提督には手が見えない。
なのに彼女たちはお互いの手が見えるので、あいこを100回以上繰り返した。
とんでもない運動能力と、動体視力である。

提督(そういえば、今まで一度も勝ってなかったよ)

気づくのが遅すぎる。

「こっち向いたら殺すからね」

提督「・・・はい」

望んで隣に寝るはずなのに、この仕打ち。
提督は涙で枕をぬらしていた。

皆のパジャマが可愛いと褒めて。

唐突に始まるファッションショー。

綺麗なポーズをとる荒潮。
なぜか睨みつける満潮。
じっと立ってコメントを待つ霰。
やっぱり犬がついて歩く朝潮。
助走をつけて提督に飛び込む大潮。
「なんで私まで」と文句を言いつつも参加する霞。

「誰が一番可愛いか」を言わせようと始まりかけた姉妹戦争だが、
22時を過ぎるとぱたりと眠ってしまった。
規則正しい生活を過ごしている艦娘は、夜更かしなぞしようとしても出来ないのだ。

提督「夜戦とか遠征とか、海だと平気なのになぁ」

78 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:50:02.41 IAuUAQ5m0 56/75

夜も更けて、皆が寝静まっている。
が、さすがに提督は眠れなかった。

提督(なんかすごいいいにおい)

眠れるわけがない。
そんな風に過ごしていると、寝言が聞こえてきた。

「・・・うぅ・・・」

寝言ではなかった。
提督の隣で、静かに眠っていた霞が、うなされていた。

提督(そういえば、霰と霞はうなされて眠れないときがあるって)

「・・・うぅ・・・」

涙を浮かべ、眉間にしわをよせ、歯を食いしばって。

提督(こんなにつらそうなのか)

はじめてみる、うなされる姿。

「・・・あ」

目を覚ました霞と、目が合う。

提督「・・・大丈夫?」

「・・・えぇ」

いつものこと、と呟き。

「ちょっと、外に出ましょ」

提督「うん」

79 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:53:41.60 IAuUAQ5m0 57/75

提督と霞は屋根にあがり、毛布にくるまって月を見上げる。

「・・・いい月ね」

提督「そうだね」

「驚いたかしら?」

うなされる姿を見て。

提督「うん・・・、あんなにつらそうとは思わなかった」

「そう」

提督「昔のこと、憶えてないんだよね」

「・・・」

提督「・・・」

「・・・憶えて、なかったわ」

提督「まさか」

ずっと以前の対空演習の時に。
爆撃機からの攻撃を受けた時に。

「思い出したのよ」

それまでは、ただ怖いだけだった。
何故怖いかわからず、イライラしたこともあった。

それが、演習とはいえ、爆撃を受けた時に、突然、鮮明に思い出した。

80 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 02:55:53.06 IAuUAQ5m0 58/75

提督「まさか、霰も・・・?」

「ううん、霰姉さんは多分思い出していないわ」

そのほうがいいと、思う。

「思い出して、いいことなんて何もないわ」

提督「・・・味方からの攻撃」

「えぇ」

何も知らず、低い練度での出撃。
対峙する、”敵”。
突然の、攻撃。
敵が居ないはずの、後ろからの攻撃。

「霧島さんがかばってくれたから、助かった」

提督「うん」

いきなり目の前が炎で埋まる。
爆発。
圧倒的な力の何かが飛来するのが、音だけでわかる。
敵も味方も関係なく、その何かが貫き、砕き、引き裂いた。

でも、と首を振り。

「あたしが怖いって思うのは、それじゃないの」

提督「・・・」

81 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 03:00:24.13 IAuUAQ5m0 59/75

貫かれ、砕かれ、引き裂かれ。
そうやって沈む直前まで、こっちを見ていた。睨んでいた。撃とうとしていた。

「あいつらは、あたしたちと同じだ」

戦うための存在。

「あたしは、あいつらと、同じ」

人とは違う。

提督「霞、それは」

「わかってるの、でも、同じなの」

あの目に。
自分を最期まで見ていた目に。
引きずられる。

「違うって否定しても、あの目が同じだって言うの」

提督「・・・」

「それが、怖いの」

提督「霞」

後ろから、霞を強く抱きしめる。
そうしたくて、仕方なかった。

「ん・・・、どうしたのよ」

提督「・・・」

困ったような笑顔で、それでも霞は拒みはしなかった。

82 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 03:04:02.64 IAuUAQ5m0 60/75

「あそこで、あたしは死ぬはずだった」

提督「・・・」

炎の渦の中で、敵味方諸共に。
霧島が連れて逃げてくれなかったら、間違いなく。

「きっと、次で死んでいた」

怪我をして、中破のままで待機させられた。
おそらく、次の出撃で。

提督「・・・でも、ここにいる」

「そうね」

「金剛さんと、霧島さんと、榛名さんと、みんなのおかげね」

それに、と続けて。

「あんたの、おかげよ」

手を差し伸べて。
抱き上げて。
帰ろうと言ってくれた。

「この手が、あたしを助けてくれた」

提督の手をとり、掌を頬にあてる。

「・・・ありがとう」

提督「・・・うん」

「これだけは、思い出してよかったって思うわ」

提督「・・・うん」

99 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:34:17.72 qrmOWNyA0 61/75

「あんたに助けられて、この手で助けられて」

目を閉じ、頬に当てた手の感触に酔う。

「あたしは、もう、一生分の幸せを貰ったの」

提督「・・・霞」

「あたしは、あんたより後に死ぬつもりは無い」

「あんたのために、あんたを生かすために、死んでやる」

提督「霞」

「あの夕陽を思い出すだけで、あの幸せの中で、笑って死んでいける」

提督「霞!」

「あんたの、ために、あたしは、」

これ以上は聞いていられない。
聞きたくない。

涙を流して、笑っている霞に、これ以上言わせたくなかった。

提督「霞」

指で唇を塞ぎ、黙らせる。

「・・・大事な話を、してたつもりなんだけど」

提督「だめだよ」

「・・・あたしの、覚悟をっ」

提督「そんな覚悟は、欲しくない」

「あ─」

心の中の、炎に染まる海が消える。

「・・・もう」

くく、と笑い。

「でも、なんだか、すっきりしたわ」

誰にも話せなかった。
一番、聞いて欲しい人に聞いてもらえた。

「もう、死にたくなくなっちゃったじゃない」

提督「それで、いいよ」

84 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/17 03:09:56.43 IAuUAQ5m0 62/75

生きて欲しい。

提督「もう、死ぬなんて言わないで」

強く、力いっぱい、抱きしめる。
力加減なんて、知るもんか。

提督「もっと、もっと、一緒に、生きよう」

「はぁ・・・っ」

きつく抱きしめられて、苦しくて、それでも嬉しい、ため息がもれる。

幸せを全部貰ったと思っていた。
でもこの贅沢者は、もっとくれると言う。

なら、もらおう。

「ちゃんと、責任、とりなさいよ」

提督「もちろん」

あの夢は、また見るだろう。
でも、きっと、もう大丈夫だ。

101 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:38:11.44 qrmOWNyA0 63/75

朝潮型の秘書艦二日目。

事務:荒潮
提督補佐:霰
食事:満潮

荒潮「提督~、ここ、よくわからないんだけどぉ」

提督「どうしたの?」

荒潮「昨日の分なんだけど、なんだか途中で字が乱れちゃってて」

提督「あー・・・、大潮がテンションダウンした時かな」

荒潮「ふふっ・・・、大潮姉さんはテンションで仕事が変わっちゃうから~」

やるときはやるんだけど、とフォローも入れて。

荒潮「提督、手伝ってぇ」

提督「手伝いたいのは山々だけど」

膝の上に、霰。

「すやぁ・・・」

提督「ごめん、動けないよ」

荒潮「うふふ」

荒潮が、霰のほっぺたをつついて、

荒潮「ぷにぷに~」

提督「起こしちゃ、だめだよ」

荒潮「仕事中だけどぉ」

提督「あ、そうだった」

102 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:42:32.70 qrmOWNyA0 64/75

荒潮「じゃあ、私も提督の膝にのるしかないわねぇ」

よっこいしょ、と。

荒潮「お邪魔しまぁす」

霰を左に、荒潮を右に。

提督「なんだか、すごいことになってないか」

荒潮「うふふ~」

笑って受け流して、

荒潮「お仕事、お仕事♪」

髪を束ね、ポニーテール。

提督「・・・ぽにーてーる」

荒潮「お仕事の邪魔になっちゃ、いけないし」

それに、と上目遣いで。

荒潮「提督、好きでしょぉ?」

提督「んぐ」

荒潮「うふ~」

荒潮「鳳翔さん」

提督「う・・・」

荒潮「よく、見てるわよねぇ」

提督「・・・」

荒潮「あらぁー、効果あり、かしらぁ♪」

「すやぁ・・・」

103 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:45:42.92 qrmOWNyA0 65/75

一方、調理場では。

満潮「むぅ・・・、霞のカレーがあるから、メインはいらないわね」

せっかくのアピールチャンスだが、仕方ない。

満潮「ゆでたまごとマヨネーズ」

たまごを刻んで、マヨネーズで合えて、レタスで巻いて。

満潮「こんなのが好きなんて、ほんと子供なんだから」

でも、食べるあの人を想像すると。

満潮「ふふっ」

自分も、笑顔になる。

満潮「ん、おいしい」

味見。
薄口な提督に合わせて、マヨネーズは少なめに。

満潮「あいつにも、味見してもらおうかしら」

少しすくって、おにぎりに入れて。

満潮「ちょっと司令官、たまごの味見を──」

霞と、荒潮の二人を膝に乗せてる提督が居て。

満潮「なんじゃこりゃー!」

104 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:48:13.19 qrmOWNyA0 66/75

満潮「どういうつもりよ! こ、この、クズ司令官!」

荒潮「それ、霞ちゃんのセリフ~」

満潮「やかましいわ!」

「・・・うるさい」

満潮「あんたも!寝てんじゃないわよ!」

吠える。
怒れる大怪獣ミチシオの襲来である。

提督「業務上、仕方なかったんや・・・」

満潮「仕方ないって!」

荒潮「ねぇ、霰」

「・・・うん」

ふたりで、提督の膝から降りて。

「「どうぞ」」

満潮「ふえっ?」

荒潮「みんな平等に♪」

「・・・乗れば、わかるから」

満潮「え、ちょ、私は別に」

おろおろ。
わたわた。

「・・・いらない?」

荒潮「いらない?」

提督「いらない?」

三人そろって、小首を傾げる。

満潮「・・・ああ、わかったよ!」

負けられないから。

満潮「・・・乗れば、いいんでしょ!」

105 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:50:15.24 qrmOWNyA0 67/75

満潮「・・・」

提督「・・・」

耳まで真っ赤になって、かちこちに固まって、それでも満潮は提督の膝から降りない。

「・・・おきゃくさん、どうですか」

満潮「・・・」

やっぱり、顔は真っ赤なままで。

満潮「・・・ちょっと、よくわからないから」

提督の腕を、ぎゅっとだきしめて。

満潮「もうちょっと、ここに居るわ」

荒潮「墜ちたわぁ」

「作戦成功」

ふたりで、ハイタッチからのサムズアップ。

荒潮「提督、もっとぎゅーって」

提督「ん・・・、こうかな」

ぎゅう。

満潮「ふわぁぁぁ」

満潮(これは・・・、だめになる)

ニコニコニヤニヤする荒潮と霰にも気づかず、満潮は昼になるまでずっと提督の膝にいて。

掃除から戻ってきた朝潮たちの抗議をうけることになるのだった。

106 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:56:43.12 qrmOWNyA0 68/75

朝潮型の秘書艦三日目。

今日は姉妹6人揃っての緊急ミーティング。

大潮「ミーティングのテーマは、これ!」

ホワイトボードに書き込む。

”朝潮姉妹の 提督の扱いの差について”

提督「・・・なにこれ」

大潮「言葉通りです!」

姉妹を見回して、

大潮「扱いに差があるんです!」

提督「・・・無いと思うけど」

大潮「あります!」

きゅきゅきゅと更に書き込む。

大潮「これは、偶然ぱんつを見てしまった時の、提督の反応です」

提督「んなっ!?」

超くいつく:荒潮
見たいけど見ちゃいけないああどうしようチラッチラッ:朝潮 霞
特に反応なし:満潮 霰

大潮「こうです!」

ばん!とボードを叩き、

大潮「由々しき事態です!」

じとりと提督を睨み、

大潮「なにか異論は?」

提督「・・・」

大潮「無いようですね?」

提督「・・・」

107 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 01:58:17.94 qrmOWNyA0 69/75

朝潮「これは・・・、どう反応すればいいのでしょう」

「わかんないわよ・・・」

荒潮「うふふ~♪」

「・・・司令官」

満潮「お、怒っていいの? いや、なんか違う・・・?」

勝ち誇る者、混乱する者、打ちひしがれる者、怒る者。
その全ての視線を受けて、提督の汗が止まらない。

大潮「我々も、司令官から指輪をもらう身として!
   現状を把握し、対処しなければいけません!」

荒潮「・・・それはいいけどぉ」

大潮「なんですか、勝者さん!」

「勝者て」

荒潮「大潮姉さんだと、どうなるのかしら?」

大潮「・・・えっ」

朝潮「・・・」

満潮「・・・」

「・・・」

「・・・」

だっ!

朝潮「逃がすな!」

逃げ出した大潮だが、あっという間に取り押さえられた。
同じ性能の姉妹に囲まれ、逃げられるはずが無いのだ。

108 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 02:03:57.17 qrmOWNyA0 70/75

大潮「は、放せっ」

「ていっ」

ぴらり。

大潮「あ・・・」

((・・・司令官の反応は!?))

提督「・・・」

しーん。

((特に反応なし!))

内心でガッツポーズをとる姉妹だが・・・。

大潮「はああぁぁぁうぅぅぅ」

真っ赤になった頬をおさえ、床に座り込んでしまった。

大潮「恥ずかしいよぉ・・・」

提督「・・・」

提督「み、みんな! だ、だめだよ、こういうことはっ」

「「なっ!?」」

大潮「うううぅぅ・・・」

提督「見てない、見てないから!」

大潮「・・・ほんとう?」

提督「っ・・・、ほ、ほんとうだとも」

大潮「よかったぁ」

にこぉぉ。

提督「・・・」ズキューン


荒潮「・・・ギャップ萌え」

朝潮「え? 何ですかそれ?」

満潮「くっ・・・、やるわね」

朝潮「え? どういうこと?」



鎮守府は、今日も平和です。

109 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 02:07:48.80 qrmOWNyA0 71/75

夜。



満潮「・・・」

満潮「これを、着れば」

「・・・満潮姉さん」

満潮「はっ!?」

手に持ったモノをあわてて隠すが。

「・・・スケスケ」

「山も谷もないのに、そんなの効くわけ無いでしょ・・・」

満潮「ぐっ・・・」

シースルーのネグリジェ。

「・・・やりすぎ」

満潮「ぐぐっ」

正論に打ちのめされる。

満潮「じゃ、じゃあどうすればいいのよ!」

「ふふん」

「・・・じゃん」

キグルミパジャマ。

満潮「おぉ・・・」

「子ども扱いされるなら、それを逆手にとるのよ」

「インパクトで勝負」

「私は猫、霰は犬で」

「はい、狸」

満潮「なんで狸ー!?」

110 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 02:08:52.98 qrmOWNyA0 72/75

駆逐艦・朝潮型。

戦うことを宿命付けられ、戦う。

でも。

それ以外も、あってもいいかな。

あの人が、そう言ってくれたから。

”戦う”以外を。

あの人と、一緒に。


朝潮「一番!旗艦!朝潮!」

大潮「二番!大潮!」

満潮「三番!満潮!」

荒潮「四番!荒潮!」

「五番。霰」

「六番!霞!」


朝潮「朝潮艦隊!出撃します!」

111 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 02:11:04.98 qrmOWNyA0 73/75

終わりです。
ヘタレで無能と評判の提督ちゃんなので、一部修正しました。
こっちのほうが、らしいかな。

この数ヶ月、順番にレベルング艦隊の旗艦をしていたので、書きたかった。
キャラブレは気にしないでね。

114 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 02:41:03.76 qrmOWNyA0 74/75

時系列は、
>>2->>3 現在
>>4 過去1
>>5->>6 過去2 (過去1の同時期、別の場所)
>>7->>14 過去1→過去2→過去1の続き
>>22 過去1の後日談
>>23->>28 >>22の後(過去3)
>>29->>44 過去3から数週間後(過去4)
>>45 過去4の後日談
>>51->>59 現在の>>3からの続き
>>67->>109 >>59の翌週、秘書艦週間
>>110 EDっぽいもの

過去は全てシステム理解前、現在は理解後です。

115 : ◆wWS/LadavY - 2016/07/18 03:17:08.32 qrmOWNyA0 75/75

藍川琉々さんの「朝潮型(全員改二IFバージョン)」を眺めながら書きました。
もうほんと可愛いったらないよね。
朝潮型はイイ!

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