自叙伝というのは前書きも自分で書かなきゃいけないってもんだ。
別に自分の思想なんかを啓蒙だとかそういう気概は全くもってない。
ただ、知って欲しいっていうのは少なからずある。
何をかって?
それはまあ色々と。
色々というのはとかく色々であって、艦娘ってものはこういうもんだよってこった。
そういうもんを知ってもらいたいんだよ、あたしは。
※加古の自叙伝風なSS
※独自解釈、バイオレンスな描写、その他もろもろある予定
※このSSはのらくろシリーズの影響を強く受けております、なのでパkごほんごほん、似たような展開があったりなかったり
元スレ
【艦これ】重巡加古はのらりくらり
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1445149547/
【艦これ】重巡加古はのらりくらり 弐
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455380210/
-浮浪児-
この日本で浮浪児を見るなんて大東亜戦争の敗北以来じゃなかろうかね。
深海棲艦の攻撃によって保護者を失ってしまった子供が大勢いた。
大人は働けるからなんとかなるさ、でも子供はそうはいかない。
児童養護施設なんてのは金持ちのガキが行くところさ。
でも案外と逞しく生きてるもんだ、乞食や掻っ払いなんかやってね。
あたしもその一人だった。
その日を生きるのに精一杯だったし、親の顔なんかおぼろげにしか覚えていない。
さてどうやって金や食い物を稼ごうって話だ。
ゴミ箱漁るのはもちろん、山なんかで山菜を採ったり、蛇なんかいた日にはもう大喜びだ。
それに腕っ節にも自信があった。
買春目的のスケベオヤジをボコって身包みを剥いでやった事もある。
あたしは乞食や娼婦になるぐらいなら山賊にでもなってやろうって思ってたんだ。
それでも夜は気を抜けない。
同業者やゴロツキの襲撃、ヤクザの『仕入れ』なんてのは日常茶飯事。
夜に安眠したことなんか一度もない。
だから昼でも隙あらば睡眠を取るって形で誤魔化していたのさ。
全く、こんな日本に誰がしたんだっつの。深海棲艦だけどさ。
この辺ばかりは野郎が羨ましかったよ、下品な話だが女は守るべき穴が一つ多いんだもん。
そんな生活を送っていたんだが、ある日転機が訪れる。
またスケベオヤジをボコボコにして、戦利品を数えていた時のこと。
こちらの様子を伺う、茶髪の女の子がいた。
同い年か向こうのがちょっと上ぐらい。
「なんだよ」
声をかけると近付いてくる。
身なりはキラキラしてて、いかにも幸せな家庭出身ですって出で立ちだ。
「その人、私のお父さんなんです」
驚いたよ、このおっさんあたしぐらいの娘がいるのに……。
「ごめんよ、ぶっ飛ばしちゃった」
「いいんです。もう関係ありません」
流石のあたしも不憫に思ったね。
自分の父親のこんな姿見せられちゃなぁ。
彼女は手を握り締めて震えていたんだ。
てっきり拳の一つでも飛んでくるかと身構えたが、それはなかった。
ただ静かに泣いていたんだ。
こんな誘いに引っかかるスケベオヤジが悪いとはいえ、彼女の人生に大きな傷をつけたのは間違いない。
ちょっと罪悪感があったから、彼女を近くのファミレスに連れ込んだ。
「好きなの頼め、奢るよ」
もちろん、たった今手に入れた金でだが。
しかし彼女は俯いたままだ。
あたしは向かいから隣に席を移動した。
そして、彼女の手を取り、握る。
するとポツリと話し始めた。
「ただの、浮気だと思ってた。携帯を覗いてね、それで後を付けてきた」
「……」
「あなただけじゃなかった、以前にも他の子と会って……」
難儀な話だ、あたしにどうしろって言うんだよ。
しかし本当に可哀想だ、父親が自分と同じぐらいの子を買春しようってのは気持ち悪いだろう。
あたしにはその親もないから完璧に気持ちを一生理解することはないが、安易に想像できる。
「もう家には帰りたくない」
「はぁ?」
何を言い出すんだ、と思ったがどうにも彼女は本気のようだね。
「贅沢言うな、お母さんもいるんだろ」
「お母さんも嫌い、すぐぶつんだもの」
今時子供の問題っていうのはごまんとあるもんで、どの機関もまともに取り合っちゃくれないって話だ。
帰る家があって、毎日ご飯にありつけて、それくらいなんだと思ったよ正直。
これは困ったと頭を抱えた。
でもまあ、1日ぐらい面倒見てやろうってその日はホテルに泊まる事にしたのさ。
金もあるしね。
それで、最近のラブホテルってのは随分とスイっと入れてくれるもんだよ。
女の子二人でも簡単に泊めてくれた。
普通のホテルより安いんだってな。
彼女は顔を赤くして俯いていたけどね。
いやあたしだって入るのは初めてだよ。本当に。
普通のビジネスホテルは泊めてくれなかったんだからしょうがないだろ。
それともこの子にも野宿させろって言うのか?
しかしこれは、結果的にはよかった。
ゲームだのカラオケだのが置いてあって楽しめたからな。
ラブホだからって何もマチガイを犯したわけじゃないからな、一応。
その、ゴムをいじって騒いだりとか、エロ番組見たりとかはしたけど、いや、やめようこんな話。
とにかく、あたしは久々のベッドでゆっくり眠るつもりでいた。
でも彼女が抱きついてきて、これはなんか、初めての感覚だった。
こればっかりは言葉では表せない、人に抱き締められたって経験はその時が初めてだったからね。
天使の腕の中とでも言おうか、そんな感じ。
一度味わった至福の時が忘れられるはずもない。
あたしはコロっと堕ちちゃったわけだ。情けもなく。
翌朝、彼女は調べ物をしていた。
「何見てるんだ」
「んー、就職先?」
そう、艦娘だ。
軍隊なら食いっぱぐれない。
あたしをこんな境遇にした深海棲艦に一発お見舞いできる。
「戦争に行くのか」
「そう」
「あんたが行くなら、あたしも行く。行かないなら行かない」
そうは言っても、顔に書いてあったんだろうな。
結果は言わずもがな、あたしは艦娘になろうと決めたんだ。
-加古の誕生-
そうと決まれば思い立ったが吉日、鎮守府とやらに足を向けたんだ。
それなりに身なりを整えて、門をくぐる。
メガネをかけた茶髪の番兵さんはぐっすりと熟睡していた。
番兵、とは言うが、みんな艦娘だ。戦闘員は全員。
起こすのも悪いし、そっとしておいてあげたのさ、優しいだろ?
中に入るとなんだか偉そうな建物がずらりと並んでいる、仰々しいところだと思ったね。
そこに白い髪の女学生みたいなのが銃を引っさげてランニングをしていた。
「おい、そこの」
「おいとはなんだ」
「ここの偉いのに会いに来た」
「司令長官に、あ、失礼しました、面会ですね。あちらの建物に入れば案内がおります」
「うむ、ご苦労」
肝を据えて堂々とやればこんなもんよ。
「はぁ、ヒヤヒヤした」
「別に悪い事しようってわけじゃないだろ」
これから艦娘になろうって人間を無碍に追い返す事はないはずだし。
言われた建物に入ると、いかにも真面目そうな女性がいた、彼女が案内人だろうか。
「エー、司令長官とやらに会いたいんだが」
「面会ですか、ご予約は……」
「つべこべ言わんと早く案内しろよ」
「もう、乱暴な言葉遣いはやめて」
「しかし、あなた方のような艦娘はデータにありませんね」
ギクッとした。
そりゃないだろうな、まだなってないんだからな。
別に悪いことはしてないけど、勝手に入ったのは事実だ。
「とにかく、ここの責任者の部屋を」
「ご案内します」
「あ、うん」
何かを察した様子が気になったが、あっさり案内してくれるんだもん。驚いた。
それで、案内されたは執務室。
案内人は用事が済むとサッとどこかへ行ってしまった。
スカート穴空いてるぞ。ポケットのところ。
とりあえず、舐められないように扉を蹴っ飛ばして開けたんだ。
「だれかッ!」
びっくりしたよ、あたしたち二人共。
凄まじい剣幕でこっちに振り向いたのはまさしくお偉い将軍という容貌。
「あ、どうも」
「何だお前は」
「艦娘になりたいんだけど、二人共」
「なに?」
「ヨーソロー」
海軍じゃよく使う単語だと思って言ったけど、今思えば全くの見当違いな使い方だな。
「そういう用事は事務所に行け」
「でも、直接言ったが手っ取り早いんじゃないか」
「ここはお前たちのような者が来るところではない、出ろ」
そのお偉いさんは怖い顔で立ち上がり、あたしたちを部屋から蹴り出した。
鍵をかけたらしく、いくらノブを回してももう開かない。
これには困ったが、そこがあたしの腕の見せどころ、ピッキングして鍵を開けてやった。
「あ、どうも」
「うるさいやつだな、ここに入ってきてはいかんと言うのに」
「艦娘になりたいんだけど」
「わかったわかった」
根負けしたのかお偉いさんは机から書類を二枚取り出した。
「お前たちは国のために命を捨てる覚悟があるのか」
「どこに捨てるんだ」
「どこと限ってるわけじゃないが」
「むやみに捨てちゃ散らかるぜ」
「くだらん洒落はよしなしゃれ」
「あんたも捨てるのかい」
「もちろん、海軍と一蓮托生だ」
「へぇ、ご立派」
「やりにくいな」
そんなやり取りがあって、書類も書き終えた。
と言っても、あたしは名前欄しか書くところはなかったけどもさ。
後から聞いた話だけど、このお偉いさんはどうやら海軍で一番偉いのだったらしい。
司令長官だったか、いや無知ってのは怖いね。
そのあと当番兵、というか秘書艦がやってきた。
大井といって、長い茶髪の娘だがそいつが言うにはちょうど新型艦娘の生体が欲しかったそうで、
随分と都合のいい時に入ったもんだ、でもそういうことなら司令長官も勿体ぶらなくたっていいと思ったがね。
さて、艦娘になったんだ。
詳しくは機密事項だからここには書けない。
簡単に説明すると、改造手術で深海棲艦と戦う超人になったってわけだ。
にしても人生ってのは色々あるもんだ。
今朝艦娘の事を知ったのに、午後にはもうその艦娘だ。
ここで初めて、『加古』という名前を貰った。
んで、もう一人いたのが『古鷹』だ。
姉妹艦らしい、向こうが姉で。
姉妹っていうのはいい響きだね、本当、家族が出来たんだって。
それとこの制服だ、学生たちを羨ましく思ってたから、ついつい子供みたくはしゃいでしまったのさ。
今でも古鷹にからかわれる時があるよ、全く、恥ずかしい限りだ。
-第六戦隊-
あたしら二人、加古と古鷹は新兵として訓練を始めた。
一般的には訓練は辛いものだというけど、あたしゃ飯が食えてベッドで眠れりゃ十分だ。
古鷹はヒイヒイ根を上げていたが、それでも厳しい訓練になんとかついてきた。
そんなある日、肩に金の縄を引っさげたいかにもな軍人がやってきた。
割合に若くてなかなかのイケメンだと思ったね、古鷹もちょっとニヤけていた。
ついでにやってきたのが、オレンジ色の服の艦娘、神通だ。
今でも苦手だね、こいつは。
「私は、これよりお前たち二人によって新設される第六戦隊の指揮官となった」
「戦隊?戦隊なら五人ではないのですか?」
「二人以上の艦娘が所属すればそれはもう戦隊だ。あと、サンバルカンとかもいるだろ」
「さん……?」
「……ゴホン、ともかく、私はお前たちの所謂提督になった所存だ」
「よろしく候」
「何か質問は」
「歳は」
「25だ」
「彼女は」
「できたことは一度も……一体何を言わすのかね、教師じゃあるまいし」
提督は意外とジョークの通じるヤツのようだ。
ところでだ、提督が艦娘相手に喧嘩を売ればどうなるかはわからない。
生身の人間より圧倒的に強いからね。
実験じゃ象やサイを嬲り殺したというじゃないか。
結局提督よりも艦娘の方が大事なんだ。
つまるところ、ブラック鎮守府、と言っても軍隊なんてみんなブラックだけどさ、
そういう類の物は一つも存在しないのさ。できないと言ってもいいね。
あんまり詳しくは書けないけど、毒物だって無毒化するし、女社会に男の理論は通用しないから、
言葉巧みにだまくらかそうって訳にはいかない。
もしブラックな提督がいたんならそいつはきっと相当な努力家だ。
とにかく、提督っていうのは結構気を遣う職業のようで、
こういった若い士官が生まれるのも離職率が高いからなんだ。
偉いものがいなくなるのだから、下のものを無理やり偉くするしかない、苦肉の策だってことさ。
「もう一人のその艦娘は?」
「こいつは神通、お前たちを訓練しにやってきた」
「神通です。どうぞよろしく」
凛として、なかなか良さそうな教官だと思ったんだがね。一杯食わされた。
畜生、思い出すだけではらわたが煮えくり返る心地だ。
こいつには散々絞られたんだ。
これまでの訓練よりも、遥かに厳しくなっちまった。
どうにも神通は精神論がお好きなようで、水も飲めないし一日12時間訓練して休憩はたったの40分だ。
体罰も大層好まれてるようで、もう顔がパンパンに腫れてしまっている。
宿舎にヘトヘトになって帰ってきても、休まることはない。
少しでも備品が汚れていたならばすぐに叩かれる。
その結果、あたしたちはどんどん弱っていった。
これを見かねた提督や、他の軽巡たちが止めには入るんだが、頑固な神通は全く聞き入れない。
それどころか、神通の気迫に逆に丸め込まれてしまうんだ。
あたしと古鷹はこいつに『キチガイ神通』とあだ名した。『キチ神様』とかも言ったな。
それともう二人新人が入ってきた。青葉と衣笠だ。
今まで二人に来ていたのが、四人に分担されたからだいぶ楽にはなった。
しかしそれでもキツいものはキツい、軍隊だからってここまでされちゃ死んじまうよな。
上に押し付けられるとやっぱり下は団結するようで、新人二人とも2日もすれば打ち解けた。
第六戦隊はこうして集結したんだ、思えば長い付き合いさ。
そんな生活でも慣れてしまえば、僅かな時間の自由行動で色々遊んだりできる。
ガールズトークに励んだりな。あたしは正直興味なかったが。
当然、身の上話もしたんだ。
「あたしは加古ってんだ。よろしくー。出身は路上」
「路上って路上?」
「戦災孤児だったの」
「苦労してるのねぇ」
「そうでもないよ、今の方がずっとキツい」
「私は古鷹です。加古と家出してそのまま艦娘になりました」
「すると、加古さんは白馬の王子様ってことですか!?」
「んなアホな」
「そうです」
「おい」
「青葉です。趣味は写真です!」
「すると従軍カメラマンか」
「カメラウーマン?」
「ああ、その手があったか……」
「えぇ……」
「ま、まぁ、艦娘でもカメラは撮れますし」
「衣笠さんよ、よろしくね」
「自分のことさん付けで呼ぶのか」
「変ですね……」
「変です」
「変だね」
「ひどい!そんなに変!?」
何を言っても笑って冗談が言えるんだから友達ってのはいいもんだと思ったね。
それに引き換え、気に入らないのがあの神通だ。
二言目には姿勢がなってないとかなんとか理由をつけてぶつんだから始末に負えない。
四人はあいつに恨みを抱えていた。
あたしと古鷹、衣笠はまだいいんだ。飯を台無しにされたりとかそういうものだったからね。
まだマシなだけではあるけどさ、だが青葉は写真が趣味だったが、カメラをぶっ壊されちまった。
これにはもうみんな怒り心頭だ。それからの四人の態度は劇的に変わったんだ。
神通の気の良くなるように、不平不満も口にせず黙って訓練をこなしていった。
もちろん、復讐のためにだけどな。
-海軍精神注入棒-
あんまり柄のよくない話だが、まあ聞いてくれ。
そういう媚売った生活を続けてりゃ、あの神通でも思うことはあるんだろう。
あたしたちを夕食に招いてくれた。その前夜、四人で作戦会議を開く。
「どうする?」
「決まってます、チャンスです」
「古鷹はやけにやる気ですね」
それもそのはず、古鷹は親にぶたれるのが嫌で逃げてきたのに、またぶたれるとは恨みつらみも計り知れない。
特に一番厳しく絞られていたのは彼女だというのもある。
青葉とてカメラを壊されたんだがそれ以上に古鷹は頭に来ていたようだ。
「御恩返しは明日決行だな」
「酒を土産に持っていこうか」
「そりゃいいですね、酔わせたところをガツンと」
「手緩いです、そうだ、ひざ掛けを持っていきましょう」
「そんなものどうするんです」
「包んで袋叩きにしてやります」
「おーこわ」
「海軍精神注入棒を持っていこうかしら」
「慈悲の精神を注入してやるんですね」
「じゃあ合図をしたら青葉がひざ掛けをかぶせます」
「頼んだぞ青葉、あたしはそのあと体当たりしようか」
「いいですね、確実に倒してくださいよ」
「そこで私と古鷹が先じて精神を注入してやるわ。そこからみんなで」
「決まりね」
古鷹が締めると、みんな布団に入った。
こんなにワクワクしたのは本当、あたしは初めてだな、やってることは最低だけど。
翌日の訓練は早めに終わった。
それでも辛さは大して変わらないのが神通のやり方だ。
早速準備に取り掛かる。
あたしは注入棒を手に入れるために執務室に向かった。
別になんでもよかったんだが、注入棒でやるっていうのがいいんだ、もう儀式だな。
ノックをすると返事が聞こえたので入る。
「どうも、提督」
「加古か、こうして会うのは初めてかもしれない」
「訓練が厳しゅうござーますから」
「……」
提督は顔を曇らせる。
「やはり、か、彼女には少し問題があるかもな」
「問題外だけどな」
「むぅ……それで、何か用事があったんじゃないか」
「はぁ、海軍精神注入棒を貸してくれって話」
「あぁ?あれか?」
「必要なんだ」
「まさか神通に」
ギクッとしたが、どうにもニュアンスが違うようだ。
「信じられん、神通め、いくら訓練とはいえこんなものを持ってこさせるとは」
なにか勘違いをしているらしい。
「貸して」
「……私が、ビシッと言いつけねばなるまい」
「いいから」
「そ、そうか……?まあ、何かあれば言ってくれ」
注入棒を受け取る。どうやら提督はあたしたちに同情的らしかった。
残念ながらその必要はもうないね。自分たちで何とかしてやるのさ。
そのあと、神通の宿舎へと向かった。
あいつこんな一戸建てを貰ってたのか、と益々憎しみが湧いてくる。
衣笠も酒保から酒を買い込んできたし、青葉もひざ掛けを持っている。
あたしの注入棒は古鷹に手渡した。制服の中に隠しているようだ。
呼び鈴を鳴らすと上機嫌の神通が出てくる。
「やあやあ、来てくれたわね」
「お誘いいただきありがとうございます」
「手土産としてお酒を持ってまいりました」
「気が利くじゃない」
すっかり機嫌をよくしている。料理は出前だろうか、ずらりと豪華に並んでいた。
わいわい騒ぎながら食べ始める。
この間にも神通は労いの言葉一つないんだからある意味一貫してるよ、そこは褒めておきたいね。
衣笠がどんどんお酌をついで神通の顔も赤くなってきた。
まず手始めに褒め称え、次に自虐し、また褒め、とやってると神通のやつグイグイ酒を飲むじゃないか。
次第に呂律も回らなくなってきた。
さぁ、そろそろ、と。青葉がひざ掛けを掴む。
あたしは合図となる言葉を言った。
「随分と酔ってらっしゃいますね」
「んぁ~~~そうねぇぇ~~~~」
「ところで、最近夜は肌寒いですから、ブランケットをおかけしましょう」
その瞬間、青葉が神通にひざ掛けを投網のようにぶっかぶせた。
そこであたしが猛然と体当たりを仕掛け、突き倒す。
神通がぶっ倒れて、もがいてるところに古鷹が海軍精神注入棒でおもっきり殴りつけた。
ギャッ!と声がしたが、そんなことは関係ない、残りの三人もすかさずおどりかかった。
殴る蹴る踏みにじるはもちろん、挙げ句の果てには部屋にあった椅子など小物などをガンガン叩きつけた。
完全に出来上がってたので抵抗する力もなく、ヒーヒー声がするばかり。
こっちはもういっさい無言だ。無我夢中で殴りつけていた。
数ヶ月分の鬱憤だから気の済むまで充分に叩きのめしてやった。
さあもういいだろうというところで、青葉が部屋を漁り始める。
「戦利品をいただこうと思って」
神通は伸びてるしこりゃあいい、とみんな神通の私物を漁り始めた。
あたしは高そうな時計を失敬してやった。
青葉はデジカメを発見したみたいで、これでいいかァと壊されたカメラの代わりに頂戴したそうだ。
古鷹は高級布団を掻払い、衣笠は食べ物を片っ端から袋に入れていた。
事が済むとサッと何食わぬ顔で神通の宿舎を飛び出し、寝床に戻る。
そして寝支度を整えるとみんなで古鷹が取ってきた高級布団に潜り込んだ。
狭くて暑かったがその時は全然気にならず、むしろ気持ちがいいほどだったね。
しばらくすると暗闇の中で古鷹が笑い始める。
つられて青葉と衣笠も笑い、あたしも笑っちゃった。
こんなにスッとした気分は初めてで、その日は四人ともぐっすり眠った。
翌日に誰かが見つけたらしいが、重傷だそうな。まああんだけ叩けば普通はひき肉だよ。
この話が鎮守府中に広まっても誰も気の毒そうな顔をしないから、
他の人から見てもよっぽどひどかったんだろうなあの訓練は。
特筆すべきは球磨型軽巡で、連中はどこか嬉しそうでニコニコしていた。
川内型は一応最新型の軽巡で、球磨型はロートルだからどこか僻みがあったんだろう、
訓練が終わったあと、誰かしら飯に誘われたり、酒保で奢ってくれたりと入れたり尽くせたりだったから、
みんなで顔を見合わせて笑っちゃったよ。
そんでもって、神通は来なくなった。どこかに飛ばされたんだ。
実を言うと彼女は前線での訓練で部下と姉妹艦に大怪我をさせてここに来たんだと。
それでまたここで同じことを繰り返そうとしていたところ提督が通報した次第だ。
きっと注入棒を取りに行った時だろう、彼も彼で動いてくれていた。
まあ結局はあたしらで散々袋叩きにしちまったけど。
そのせいか性格が激変して、オドオドして人の顔色ばっかり伺ってらっしゃるとかなんとか。
ちょっと気の毒な気もしたが、あたしらを散々いじめ抜いた罰だ、まあ諦めてもらおうか。
-はぐれ駆逐艦-
こう言っちゃなんだが、第六戦隊であたしだけ先じて実戦を経験したんだ。
まあ、自慢するほどのことじゃないけど、でもこれはあたしの一生の誇りになった出来事だ。
神通が去ってからの日々の訓練は提督が付くこととなった。
こっちもスカートだから見られるのはちょっと恥ずかしいけど、酷い訓練になることはない。
その日も海沿いで訓練をしている時だった。子供たちが砂浜で手を振っている。
提督がその横から指示を出す。
「古鷹ーッ!よそ見をするな!加古!寝るなーッ!青葉!子供の写真を撮るんじゃない!衣笠はよしッ!」
神通の訓練が終わってからしばらくはこんな調子で緩んでいたんだ。
そうして、訓練も終わって帰路につくところだった。
帰りにあたしはちょっと小腹が空いて、古鷹たちには先に帰ってもらって一人コンビニにいた。
唐揚げかフライドチキンかどちらにしよう最近なんでも高いからな、と迷っていた時、非常事態が舞い込んできたんだ。
「深海棲艦だ!艦娘のねーちゃん!来て!」
さっき手を振っていた子供たちの一人だった。
「なにッ」
あたしは手に持った商品を放り出し、店を飛び出した!
これは一大事だと鎮守府に連絡しようかと考えたが、生憎その時は携帯を持ってきてなかったんだな。
それに増援を待っていれば手遅れになる可能性だってある。
あたし一人でも、と海へと向かった。艤装を外していなかったのは本当にツイてたね。
砂浜にたどり着いたが、確かに遠くに黒点が見えたが、遠ざかって行くんだ。
「なんだ、逃げてるじゃないか」
「女の子が攫われたんだよ!」
「なんだって」
こうしちゃいられない、と海に飛び出す。
話によると深海棲艦はよく女児を攫うんだとか。
一応報せは出ているのだが、この時は本当にたまたまいた子が攫われたらしい。
なんで女児を攫うのか、なんて考えたくもないね。
なんとか追いつかなくてはならない、と出力を上げ追いかける。
砲撃しちまえば、女の子まで海の藻屑さ、そんなことはできない。
あれは確か、駆逐艦イ級だ、こんなところまでやってくるとは哨戒部隊は一体何をやってるのか。
そんなことを考えながらジリジリと距離を詰めていく。
本来なら追いつけないはずなんだが、艦娘というのは不思議なもので、精神が物を言う。
世のため人のため国のためという正義がある時は自分でも驚く程の闘志が漲るもんだ。
愛国心を発明したナポレオンって男は偉大だと思ったね。
もう僅かに手が届きそうな距離まで近づき、
「この野郎!」
と一喝したが、波の音がやかましくて聞こえてやしない。
そこで砲を撃つわけにもいかないから、猛然と飛びかかった。
「グアッ」
イ級が哭く。そしてあたしを振り払おうと蛇行を始めた。
ここで手を離すわけにゃあいかないだろ、あたしは懐から白兵戦用の短刀を取り出し、目ん玉に突き刺した。
「ギィイィィイィイィイイィィィィ」
イ級は悲鳴を上げ、のたうち回る。あたしは海上に投げ出された。
艦娘は艤装が壊れるまで水には絶対に沈まないようにできているから、
水の上だろうが地面に叩きつけられたのと同じで、鈍い痛みが走る。
しかしこんなことは苦にもならない、あの女の子を助けなくては。
イ級はこっちに向き直り、口を開けて突進してきた。
こっちを食べるつもりかッ、と身構える、だがいい案が浮かばない。
ついに目前と迫ってきて、飛びかかってきた。
瞬間辺りは真っ暗になる。夜になったわけじゃない、ここはイ級の腹ん中か。
中はそれなりの空洞になっていた。臓器とかそういう類の物は見当たらなかったから不思議だなぁ。
「うぅぅ……」
女の子の声が聞こえる。
「おい、いるか」
「あ、誰!?」
「あたしは艦娘だ、助けに来たよ」
「よかったァ」
女の子はこっちに抱きついてきた。
「しかし、どうやってここから出るか」
彼女がいるんじゃ砲は使えない、生身の人間じゃ至近距離の砲の衝撃波に耐えられないんだ。
なんとか一矢報いてやろうと体内を殴りつける。
するとぐわんぐわん揺れ始めた。一筋の光が差し込む。
「口はこっちか」
そういえば、と機銃を取り出す。これなら衝撃波の心配はない。
「ちょっとうるさいぞ」
そう言うと女の子は手で耳を塞ぐ。
そしてあたしは女の子を抱え、機銃をやたらめったらと撃ちまくった。
「ゴォッゴォッ」
イ級の嗚咽が聞こえる、そしてそのまま外に放り出された。
水面に打ち付けられたが女の子は無事なようだ、慌てて体勢を立て直し陸地を目指して全速前進だ。
悔しいが、この子を抱えた状態での戦闘に勝ち目はないからね。
イ級も観念したようで、追っては来なかった。運が良かったよ。
ここで追いかけられたら果たしてどうなっていたかわからなかったね。
陸地になんとか戻ると、ドッと疲れが出てきて倒れ込んじまった。
女の子とその親は泣きながらお礼を言ってるが、それに受け答えする気力は残ってなかったもんだ。
倒れたまま、これも艦娘の勤めさ、とカッコつけても全くそれはカッコがつかないんだ、加古なのにさ。
すると女の子がお礼と言って、自分につけていた大小二つのヘアピンをくれた。
ちょいと可愛いとは言い難いが、受け取らないのも悪いから、その場で付けてもらうことにしたんだ、
こういうのは柄じゃないんだけど、まあ、悪い気はしないね。このヘアピンとも長い付き合いになる。
ただ、ちゃんとオチはついていて、これが初陣だったんだと気がついたのは鎮守府に戻ってからで、
気づいた途端に体に震えが走り、そのままブッ倒れて鎮守府を騒がせちまった。
いやホント、深海棲艦というのはやっぱり恐ろしいもんだよ。
-とんだ随伴艦-
さて、先の出来事を報告すると鎮守府は大騒ぎになった。
目の前まで敵が迫っていたんだ、そりゃ騒ぎにもなる。
哨戒部隊の望月って子はこっぴどく叱られていたし、彼女には珍しく反省もしていたとかなんとか。
司令長官が艦娘たちを集める。鎮守府はただならぬ空気に包まれていた。
「諸君、話には聞いただろう、我が日本の目前に深海棲艦が現れた。加古くんが撃退してくれなければどうなったことか」
パチパチと拍手が聞こえる。小っ恥ずかしいからやめてほしいなったく。
「ここで我々は、大規模な反攻作戦に出るべきだと思うが、どうかね、大淀くん」
「はい、見たところ重巡洋艦の訓練も十分に終えています。やってくれますね、第六戦隊」
「もちろんです」
古鷹が答えた。あたしたち三人も、古鷹に同調する。
こうして思うと感慨深いものだ。
路上で無為に過ごして社会の外れものだったあたしが、その社会のために命を投げ出すんだ。
元より捨つべき命かもしれなかったが、誰かの役に立てるんならその方がいいに決まってる。
路上生活が遥か遠い昔のように思えた。
「では各自任務に取り掛かれィ!」
司令長官が一喝すると、艦隊は機敏に行動を始めた。
あたしたちの前に提督が立つ。
「第六戦隊、気を付けェーッ」
さぁいよいよ戦いの時だ。
「只今より、深海棲艦の捜索及び撃破を命ずる」
「はいィ」
「A班、B班と二手に別れ行動してもらう。A班は古鷹と加古、B班は青葉と衣笠だ」
ちょっとそれは残念だったが、固まっていては広域を索敵できないんだろう、仕方がない。
「随伴艦として、睦月型駆逐艦の面々を用意した!挨拶しておくように」
彼女らはちっこいとはいえ一応先輩だ。ちっこいとはいえ。
古鷹には睦月と如月、あたしは弥生、卯月だった。B班の二人はそういえば聞いてないな。
「では、兵装の確認後に係船岸に集合、急げよ」
提督は命令を伝えると、執務室に引っ込んでいった。
古鷹と身支度を整えていると、随伴艦の四人がやってきた。
数ある駆逐艦の中から戦友となるのだから、いたわってやるつもりだったが、
蓋を開けてみると、とんだ問題児だったわけだ、特に卯月は。
古鷹の方の睦月と如月なんかは可愛げがあっていいんだが、
弥生は無口で無表情、卯月は天真爛漫というよりは破天荒と言ったほうが近い。
「卯月で~す!うーちゃんって呼ばれてま~っす!」
「あたしは加古ってんだ。そっちのは」
「……」
「返事ぐらいしたらどうなのさ」
「弥生」
「卯月、弥生、二人共よろしくな」
握手しようと手を出すも、ピクリとも動かない。
「どうした」
「ぷっぷくぷー!うーちゃんだぴょん!」
「はぁ?」
どうやら卯月と呼んだのが不服のようで、頬を膨らませて口をとんがらせる。
「うーちゃん」
「ぴょん!けいれい!」
卯月、もというーちゃんはぴょんと跳ねて敬礼をする。
弥生はその間ずっと無口、無表情、直立不動だった。
なんとも扱いにくそうなのが随伴艦になっちまったよ。この調子じゃどうなることやら。
-第六戦隊の初陣-
係船岸に向かうともうすでにあたしたち以外は揃っていた。
「遅いよ、加古」
古鷹に小突かれる。
時刻は夕暮れ時だった。
提督が前に立ち、大声で号令を出す。
「これより、作戦を開始する!A班は北東、B班は南東へと向かえ!」
「はいィ」
「では!出航!」
景気よく出航ラッパの音が鳴り響いた。
それと同時に、第六戦隊の面々は海に飛び出す!
そして機関を鳴らし、勇んで進んでいった!
しかし行けども行けども海しか見えず、全くの梨の礫なんだからさあ困った。
「海しか見えない」
「そうだね」
「偵察機を出そうか」
あたしは腰に分解収納された零水偵を組立て、カタパルトに取り付けた。
「加古、大丈夫?使い方わかる?」
たりめぇだ、訓練してただろ一緒に。なんかちょっと馬鹿にされた気分。
無視して偵察機を飛ばす。実を言うと結構危ない行為なんだこれは。
昼間に出すと敵に自分たちの居場所を知らせることとなる。
水上艦や潜水艦ならまだしも、空母に見つかればたちまち攻撃隊がやってくるんだ。
そんな事とは露知らず、あたしたちは呑気に偵察を行っていた。
尤も、この当時はまだ深海空母は確認されていなかったんだけどね。
弥生と卯月の様子を見るに退屈そうだったんで声をかける。
「実戦は初めてじゃないんだろ」
「哨戒任務ならっぴょん」
「戦ったことあるかい」
「んや」
「そっかぁ。弥生は」
「卯月と一緒」
「そっかぁ」
弥生とは会話にならない、苦手だ。
すると青葉から通信が入る。
『敵を捕捉!……違ったぁ、暗礁でした。あ!敵!……なんだイルカか、どれ写真を一枚』
「いい加減にして」
古鷹が怒っている。これでも青葉は真面目にやってるつもりなんだから始末に負えないんだ。
こいつの見間違いにはこの後の数々の戦いでも散々苦しめられる事になるんだから。
にしたって、偵察機も敵を発見できないんだ。見渡す限り海、海、海。
辺りも薄暗くなってくる。なので偵察機を帰投させた。
「弱ったなァ」
「この暗闇じゃ、探せない」
第六戦隊の初陣が何の戦果も無いんじゃそりゃあんまりだ。
弥生たちも緊張している、夜間に奇襲されちゃあたまらないからな。
古鷹が提督に意見を仰ぐ。
「提督、いかがいたしましょうか」
『敵も発見できず、日没か……うーん……』
提督が悩んでいるうちについに辺りは真っ暗になってしまった。
港町の光が遠くに見える。
「綺麗っぴょん」
「綺麗……」
なーに呑気なことを言っているのか。
『諸君、聞け』
提督からの通信が全員に入る。各自、耳を傾けた。
『イ級駆逐艦の襲撃に遭い、第六戦隊はそれを追って沖合を索敵するもすでに敵影見えず。よって母港に引き返す』
やれやれ、無駄足だったかい。艦隊は溜息を吐いて母港へと進路を変える。
正直なところ、戦闘にならずに済んで胸を撫で下ろしたさ、だって殺し合いなんかしたくないだろ?
しかし古鷹は不服のようで、
「せっかくここまで来たのに、提督は弱気だな」
などとのたまっていやがった。卯月も同じ意見のようで、
「イ級にみすみす逃げられましたー、だなんて言えっこないっぴょん!ぷっぷくぷー!」
とグチグチ言っていたんだ。弥生は相変わらずのだんまりだったが。
あんたたちは実際に目の当たりにしていないからそんなことが言えるのさ、と言ってやりたかったが、
いずれは経験することだろうし、そんなこと言って弱虫と思われるのも嫌だったから、
あたしはうんうん、と相槌を打っていたよ。
-戦友うーちゃん-
無事帰投したのはいいんだが、なんとも落ち込んだ雰囲気だ。
敵に逃げられちまったんだからしょうがない。
「解散、疲れただろう、ゆっくり休め」
提督が労いの言葉をくれるけど、まぁなんとも焼け石に水だ。
あたしは卯月と弥生を誘って風呂に入ろうと思ったが、弥生はさっさと自室にこもってしまったようだ。
仕方がないので卯月だけを呼び出す。
「うーちゃん、風呂入ろう」
「ぴょん」
「それは、はい、か、いいえ、か、どっちだ」
「はいっぴょん」
どうやら来るみたいだ、こいつはこういうところがあるから時々何言ってるのかわからないんだよ。
着替えを持って入浴場、言わば入渠ドックに行くと、いちいちやかましいんだこいつは。
「うわっ!モッサモサっぴょん!」
何がとは言わない。
でも案外と上司に尽くしてやろうという気はあるのか、桶に湯を汲んできて、
「加古さん、お背中流すぴょん」
と言われた時にはあたしも嬉しかったね。
今まで背中なんて流してもらったことは一度もなかったから、なんだか心にじんわり来ちゃった。
するとこいつはスキ有りとばかりに手を前に回しあたしの胸を揉み始めた。
変態ヤローが、最初っからそれが目的か。雰囲気なんてありゃしない。
「うひひひひひひ」
「おい、やめろッ」
「マシュマロみたいっぴょん!」
別に減るもんじゃないけどさ、ムズムズしてくるからやめて欲しいんだなこいつは。
あたしは卯月の手を振り払い、サッと体の向きを変え、卯月を持ち上げる。
「うひゃー!」
そうして湯船の放り込んだ。ザバーンと飛沫を上げる。
「調子に乗るなっつの」
「ふひひ~」
卯月は満面の笑みだった。いや、小悪魔的笑い?多分それがこういう顔の事なんだろうね。
さて、入浴の帰りになんか奢ってやろうってつもりで酒保へ連れて行った。
「なんかいるか」
「んー。じゃあ、スナックとチョコをもらうぴょん」
「どっちか片方にしないか」
「じゃあチョコ三つ」
「それじゃあ余計高くつくじゃないか」
「えー……」
「わかったわかった、じゃあスナックとチョコだな」
「いや、待って、うーん……」
「早く決めろい」
そこに弥生が通り掛かった。こちらに気がつくと慌てて駆け寄ってくる。
「怒ってなんかないですよ……怒ってなんか……」
嘘いえ、怒ってるじゃねーかよ。
奢ってもらえるとなるとみんなこうだもんな、調子がいいや。
-卯月との約束-
結局弥生にも買ってあげることになったよ。
しかも弥生のヤツ、買ってもらったらすぐ部屋に戻りやがる、なんてヤツだ全く。
「弥生はいつもああなのか」
こういうことは卯月に聞くのがよし、だなんて思ったんだが、
「知んない」
とだけ答えられてしまった。
「今度弥生に聞いてみてくれよ」
「ぴょん」
多分、はい、だと思う。
「ところでだが、いっつもぴょんぴょん言ってるけどそりゃなんでだ」
「ぴょんはぴょんだぴょん」
「はぁ、そうか、家族の前でも?」
「そりゃそーぴょん」
「ははーん、本当にそうかな」
「うーちゃん嘘つかないぴょん!」
それがもう嘘だからな、こいつめ。
「家族といえば、あたしは家族がいないってこと言ったっけな」
「知ってるぴょん」
「そっか、お前の家族は?」
「お父さん、お母さん、おじいちゃんにお兄ちゃんがいるっぴょん」
「へぇ、お兄ちゃん何歳?」
「17ぴょん」
「ほう」
これはちょっと、見てみたい気がする、卯月の見てくれから考えると……。
「どう、どんなお兄ちゃん?」
「やけに食いつくぴょん」
「教えてくれたっていいだろ」
「……まぁ、贔屓抜きで、それなりにかっこいい、かも、ぴょん」
「ほほう、ほうほう」
「会いたいって言い出すぴょん」
「会いたい!」
「ほら」
そりゃそうだ、かっこいいって聞いちゃ女の子は黙ってられない。
いい人だったらいいな、もしも一目惚れなんかされちゃったらどうしようか、
なーんて想像が膨らんじまうのは、きっとあたしがそういう経験が皆無だったからだ。
「ひっどい顔ぴょん」
呆れられてしまった。そんなに顔に出てたんだろうかね。
「なんなら、連れて行ってやるぴょん」
「本当かッ」
「加古さんをうーちゃんの上官だって紹介したいぴょん」
そう言われるとなんか照れくさい、上官だなんて、まだ大したことはしてないんだけどな。
「そんなら、次の休日にでも」
「もちろんぴょん」
約束を取り付けた、本当にこれは楽しみだ。
それに友人の家に遊びに行くなんて経験も初めてだから、それからの毎日はワクワク上機嫌で過ごしたんだ。
でもこんなことするのは間違いだった、あたしにはそんな資格なかったんだよ。
-哀しい思い上がり-
何が間違いだったっていうのはこれから話すけど、こんな惨めな話なんてないよ。
今思い出しても落ち込んでしまう。
みんなにとっての一番の楽しみと言えば、休日に家に帰るってことだ。
家族に無事な顔を見せて、寝転んで好きなもの食べさせてもらって、
小遣いもらって帰ってくるんだからどんなに楽しいことか。
その楽しさは、家も親もないあたしにも想像がつく。
だから休日のみんなの顔は喜びに輝いている。
外出証を貰えば我先にと門を飛び出して行ってしまうんだ。
それを誰もいない宿舎の窓からぼんやり眺めているのはいつだってあたし一人だった。
でも、今日は違う。
あたしは外出証をもらって、意気揚々と門を出た。卯月と共に。
「楽しみだな!」
「ぴょん!」
あの約束した日から今日までで、あたしたちは随分と仲良くなっていた。
もちろん弥生だって忘れていない、でも残念ながらこの話には出てこない。
それから、電車で四つ五つぐらいの駅を過ぎ、ちょっとした田舎町に出た。
電車なんて初めて乗ったから、ホントすごい早いんだこれが。……まああんたらは知ってるよな。
とにかく住んでた町から出たことなんてなかったから、何もかもが新鮮だったのさ。
わかるだろ、ちょっとした旅行に行ったような気分さ。
十数分ほど歩くと、卯月の実家についたんだ。
「ここがかぁ」
「ちょっと行ってくるぴょん」
中で何やら話している、母親だろうか、再開を喜んでいる声が聞こえた。
「おいで!」
呼ばれたので、玄関に入る。
「どうも、はじめまして、重巡洋艦加古です」
「まあどうも、上官さんですね、うちの子がお世話になってます」
「いえ、逆に教わることばかりですよ」
電車の乗り方とかね。
「さあどうぞ、上がってください」
「お邪魔させていただきます」
こうしてある程度礼儀がなってるのは提督のおかげだ。以前のあたしならこうはいかなかっただろうな。
中に入ると、それなりに裕福そうだった、まああたしに比べりゃ誰だって裕福だ。
「加古さん!お兄ちゃんだぴょん!」
「僕の妹がお世話になっています」
彼が兄だ、確かに卯月の言う通りの、うん、いやそれ以上に。
「は、はじめまして」
なんか小っ恥ずかしくって、下を向いちまった。
「さあさ、召し上がってください」
テーブルにたくさんの料理が並べられて、とても美味しそうな匂いだった。
「加古さんも遠慮なくどうぞ」
「ははは……」
なんというか、こういう経験は初めてだから、わかんないや、顔が見れないっていうか。
家族っていうのは、こうやって団欒するものなんだな、とは思うが、それを思うがゆえに居づらくなってきた。
あんまり邪魔しちゃ良くないかもって思い始める。
そりゃ、みんな良くしてくれてるけど腹ん中じゃ何考えてるかわからないし。
ちょっと考えすぎだろうか。
「ところで、加古さんのご家族は?」
「え?家族ですか、いません」
「はぁ」
「戦災孤児だったんで、軍隊に入るまでは路上生活を……」
「……」
一瞬で空気が変わった、それも同情するような感じではない。
卯月はというと、食べ物に夢中だ。
ああ、この人たちは違うんだととてもじゃないが居ても立ってもいられなくなっちまった。
「ああ、そうだ、うーちゃん、用事を思い出したから帰るわ」
「え?」
「どうも、ごちそうさまでした」
そうして慌てて出て行く。当然見送りには誰も来なかった。
玄関で靴を履いていると、話し声が聞こえる。
「あんな乞食を、どうして連れ込んだの」
「そうだぞ、何か盗まれるかもしれないのに」
「え?え?」
「二度と連れてこないで、浮浪児なんて!」
聞こえてるんだよババア、畜生。こんな惨めな事ってあるかよ。
お前たちだって一歩間違えればこうなったかもしれないのに、あたしの方が国のために頑張ってるのに、
そんな言い草ってあるのか、のうのうと暮らしていけるのはあたしたちのおかげじゃないか。
卯月はどんな顔してるんだろうな、歯を食いしばって怒ってくれてるのか、同調して笑っているのか。
ああ、悪い方悪い方に考えちまう、卯月、お前だって笑いたきゃ笑っていいんだぜ。
勝手に笑うがいいさ、さあお笑いよ、ウンと馬鹿にしてみろ。そんなの慣れっこだ。
古鷹のやつさえも、母親と仲直りしやがったらしい、畜生、寂しくなんかあるもんか。
あたしは寂しくないぞ、今更寂しくなるやつがあるか。畜生、ずるいよ、あんたたちばっかり!
ああそうだ、昔っから休日に家族みんなで並んで歩いてる人たちを見ると胸がキュッと締め付けられるんだ。
押し殺したはずの両親との思い出が息を吹き返して、あれはもう二度と手に入らないんだって自覚させるのさ。
強く一人で生きてきたけど、ああいう家族団欒を目の当たりにするとどうしても堪らない気持ちになる。
これからどんな偉業を成し遂げたって立派に出世したってそれを心から喜んでくれる人はもうあたしにはいないんだ。
軍服を来てみんなと同じだって勘違いしたんだ、思い上がりも甚だしい。結局浮浪児は浮浪児のままなんだね。
そんなことを考えながら、とぼとぼ駅へと空を見ながら歩き、涙を拭う。
涙なんて勝手に出てくるんだけど、何の涙なのかはわからないしわかりたくもない。
誰もいないからいいけど、あたしが空見て泣いてるだなんて誰にも知られたくはないね。
こうやって出て行ったはいいんだけど、電車の乗り方がわからないから駅で卯月が来るまでずっと待ってたんだよ。
惨めな話さ。なんだか辛気臭い話をしちゃった、やめようか、こんな話。
-秘書艦はつらいよ-
しかしまあ、休日を終えてみれば艦娘たちの元気のないことないこと。
家族に会ってしまうと途端に厭戦感情が蔓延ってしまうんだと。
なんともだらしがないね、所帯持ちというか係累のある連中は。
それにつけてもあたしを見てみろ、今日も元気に生き生きと頑張ろうってんだ。
別に気を紛らわせようなんてことじゃない、本当だ。まあちょっとは思ってる。
そんな時、提督より直接指令が入ったんだ。なんでも秘書艦だってさ。
わざわざあたしを指名してくれるとは嬉しいね。と思いきや順繰り順繰りやってくるんだと。
なんとも複雑な気分で執務室に向かう。ノックもせずに入り込んでやった。
「む、来たか。ノックぐらいしなさい」
「へいへい」
「今日から一週間、秘書艦に任命する」
秘書艦なんて、提督の身の回りの世話だろうか。
横に突っ立ってるだけならいいんだけどなんて思うが、どうにもそうはいかないらしい。
特にあたしというのは学校というものに行ったことがないから、
畜生、こんなところでも惨めな思いしなきゃいけないのか、とかく学がないから苦労した。
経理だのなんだの頭を使う仕事ばっかりだ。本当、神経がくたびれて、たまったもんじゃない。
俸給や支出の計算だの金銭の管理というのはいくら気をつけても勘定が合わなかったり、
合っても実際に金が足りなかったりするんだ。
提督に手取り足取り教えてもらうのも癪なんで、使い方も知らない電卓を打って頑張ってはみるものの、
どうしても足りなくて、結局自腹で不足分を埋めたことさえもあった。
中にはここぞとばかりに給料をちょろまかすヤツまでいて、
「これは汚いから綺麗な札に変えてよ」
「汚くても使えるだろ」
「ハァ?何言ってんの?気分が違うのよ気分が。わかる?クソ秘書艦」
「クソとは何だよ……じゃあこれは」
「うん、なかなか綺麗ね」
「じゃあ汚い方を置いていきな」
「今そこに返したわよ」
返したといっても、こっちには山のように札が散らばってるんだからどれだかわかりゃしないので、
結局うやむやで誤魔化されちまう。こんな手に引っかかるんだもん、あたしの頭がよくない証拠だ。
備品だって、大して壊れても汚れてもないのに交換したがるのがいるんだ。
やれ毛布が破れただの砲身が擦り切れただの、申請するだけ申請して、新しいの貰えばそれきりだ。
古いのを出せって言っても、もうとっくに質屋か金物屋にありますとか言いやがって、
もう口で言うのもめんどくさくなってきたからふざけた事抜かすやつにはビンタを食らわせてやることにしたんだ。
神通の再来だと喚く奴もいたが、神通の訓練はこんなものじゃないし、
そもそも神通の訓練を受けたのはこの鎮守府じゃあたしら四人だけだ。
どうしてもしようがない時には提督に泣きつくしかなくなる。
そうすると提督はあたしには特別甘くて、優しく慰めてくれるし、やり方をしっかり教えてくれるので、
最初っからこうすりゃよかったといつも最後には思うんだ。
掃除なんかも下手くそさ。今までは片付ける必要もなかったんだから。
「うまく窓が綺麗にならないよ」
「貸してみろ、新聞紙を使うんだ」
「高いところは手が届かないぜ」
「私なら届きそうだ、代わろう」
「掃いても掃いてもうまく埃が取れないなァ」
「こういう風に静かに掃くんだ」
という具合だ、なんとも情けない話だよな。
かといって眠りこけていると、スカートを引っ張って起こしやがる。正直な話、満更でもないんだけど。
だが役得というのもあって、提督がなんでも奢ってくれたり、
特にこの提督というのはそれなりに見てくれがいいもんだから、二人っきりになるのも悪い気はしない。
直接提督と話す機会があるから、悪い事吹き込まれまいと艦娘たちは揉み手して謙ったりと、
まるで自分が偉くなった気分、こんなことでもないと秘書艦だなんてやってられないってもんだ。
-集合写真-
ある日四人は提督に呼び出されて執務室に出頭した。
なにやら重大な話ではなかろうかとみんなそわそわしていたんだ。
「我々第六戦隊は台湾の高雄を根拠地とし、フィリピン解放に参加することが急遽決まった」
フィリピンは南部を深海棲艦に占領され、その現状はどうなっているかよくわからない状況だ。
つまりは基地移動であり、この日本から離れることとなる。
「だから今日は訓練は無しだ、家族との挨拶は今日のうちに済ませておけ」
ケッ、またあたしだけのけ者か、つまんねーの。
そうなりゃまたしても一日手持ち無沙汰だ、寝て過ごそう。
ベッドでさっさと眠りに着くと、気がつけばすっかり夕方になっていた。
丸一日寝てたなァ、飯でも食おうか、と食堂へ向かったら、第六戦隊の3人が揃っていた。
「加古、こっち!」
古鷹があたしを呼ぶ。あたしの気も知らないで気楽なもんだ。
横に座るとまず一つ大あくび。
「ついに前線ですね、腕がなりますよ」
と青葉が言う。確かにここが艦娘の腕の見せ所ってやつなんだな。
「でも故郷を遠く離れるのは寂しいよ」
衣笠はちょっと暗い顔をしている。あたしだって家はないけどこの街に愛着がないわけじゃないから、
気持ちは理解できる。しかし海軍ならば外征も当然やるもんだ、深海棲艦に占領されてんだから尚更。
艦娘になった時点で故郷を遠く離れるのは決まっていたって言ってもいい。
「そうね、でもそんな弱気じゃいけない」
古鷹は意外と好戦的なようで、俄然やる気を出している様子だ。
「そういえば、艦娘ってどうやって基地を移動するんだろう」
「そのまま何百キロも自分の足で行きたくないな」
「いや、専用の母艦があるらしいですよ」
「なるほど、艦娘母艦ね」
前線や基地の移動には自衛艦を改装した、艦娘母艦あるいは嚮導艦と呼ばれるものを使う。
簡易な工廠、応急用の入渠ドックも揃っている、まさしく動く前線基地だ。
「急に決まったから、家族にきちんと別れの挨拶ができなかったし寂しい」
衣笠がボヤく。基地移動ということは、しばらく日本とはご無沙汰するわけだ。
当然家族とも会えなくなるのであたし以外の艦娘はみんな寂しそうだった。
ぼんやりと雑談をしていると、話の流れから記念の写真を撮ろうって事になって、
鎮守府を背景に四人で騒いでいた。するとそこへ司令長官がやってくる。
「おや、写真か?後で我が輩も入れてくれんかね」
「もちろんです」
そうこうやってるうちにだんだんと人が集まってきて、集合写真の様相になってきて驚いた。
艦娘はもちろん、技術将校や事務員までも馳せ参じて楽しそうにしている。
「まだかい、ポーズ取るのも疲れてきたよ」
「私は後ろの隅っこの方がいいな」
「ちょっと、まだ仕事があるクマ」
「いいからいいから、ねえ北上さん」
「この写真を長官室の一番目立つところに飾ろう」
「男前に撮ってくれよ」
これはもう一騒ぎだ。
「なんだか、大騒ぎになっちゃった」
古鷹が呟く。しかし顔は綻んでいたんだから、きっと楽しかったんだろう。
一方、衣笠の方はそうでもなくて、
「四人で撮りたかったのに……」
とぶつくさ言っていた。青葉はというと、
「これはいい写真が撮れそうです」
とか言ってたが、そんな安っぽいデジカメで果たしていい写真が撮れるかね。
「大切なのは撮ったその時の状況、思い出なんですよ」
なんとも洒落た事を言いやがる。そりゃあ楽しい思い出が写真に残ればいい事だよ。
「青葉にしちゃ柄にもない事言うじゃないか」
「おや、人聞きの悪い」
と二人で笑いあった。
2.フィリピンの戦い
さて、第六戦隊は本土に別れを告げ、台湾の高雄警備府へと着任する事となったんだ。
南シナ海を奪還し、マラッカからインド洋へと進出、中東とのシーレーンを確保するための第一陣だったのさ。
石油は備蓄分と中露からの分があるんだが、連中あんまり信用ならんから、
やっぱり直接手に入れたいと日本政府は考えたんだろうな。
それに中露の艦娘なんざたかが知れてるしな。
-海ゆかば-
出発の日、第六戦隊とその隷下部隊は嚮導艦へと乗り込んだ。
デッキから港を見ると、大勢の人々が日の丸の旗を千切れんばかりに振ってくれている。
ところで、深海棲艦が現れてから戦前時代の軍歌が小ブームになったりして、
それを艦娘風にした替え歌が流行ったんだ。陸海外国みんなごっちゃにしてね。
そんで、多分『出征兵士を送る歌』だったか、それの替え歌が下から聞こえてきた。
我が船霊に 召されたる
命榮えある 朝ぼらけ
讚へて送る 一億の
歓呼は高く 天を衝く
いざ征け艦娘 大和撫子
輝く御旗 先立てて
越ゆる勝利の 海原よ
討つべき敵は 深淵の
底より出てたる仇敵ぞ
いざ征け艦娘 大和撫子
大層な歌詞だがこういう力強い歌は、いつまた空襲が来るかと不安に苛まされる市民の心に安心感を与えるもんだ。
となると歌のような活躍をしなくては、と一層気を引き締めるのもいれば、
バカバカしいと一蹴してしまうのもいるんだと。あたしは悪くないとは思うけどね。
軍歌というなら艦娘に求められるのは『海ゆかば』の精神なのだから、あたしたちは何処で死のうが悔いはないという建前だ。
建前というのは、それを望まない艦娘もいるっていうことだな。
実際、弥生を連れ出すのに苦労したんだまた。
「行かないっ」
「行かなきゃダメなんだお前は!睦月からもなんとか言って!」
「弥生ッ!何のために艦娘になったのあなたは!」
「弥生ちゃん聞き分けてよぉ……」
「嫌だぁ、聞いてないもん!」
「いずれこういうことになるってわかってたでしょーが!」
「弥生、行きたくないのはみんな同じっぴょん」
戦隊総出での大騒ぎだったよ、柱にしがみついて動かないんだもん。
「ねえ加古、無理に連れ出すよりは……」
「そうだなぁ……今度の特型って連中に頼んでみようか……」
「まだ訓練が終わってないから、危険な目に合わせるかもしれないけど」
なんて古鷹と話していると、睦月型としての矜持か、自分のために他人を危険な目に合わせるのが嫌なのか、
それはわからなかったが、自分で身支度をし始めた。
「心配するなよ、弥生。あたしがいるし、古鷹もいる。卯月や睦月、如月もいるんだ」
「そうだよ、睦月たちがついてる!」
「うーちゃんもいるぴょん!」
「死ぬときはみんな一緒よぉ」
「そ、それは縁起が悪いよ如月……」
「……」
そうやってなんとか弥生を連れてくることに成功した。
今は卯月といっしょに艦内を何か物珍しい物はないかとうろついている。
しばらくすると、船は大きな汽笛を鳴らし港を出た。
自分の船室に戻ると、古鷹もくつろいでいた。
「ここ最近ずっと寂しそうだね」
「うん、まあね」
「卯月から聞いた」
「……そっか」
あたしはベッドにゴロンと寝転ぶ。すると古鷹も隣に寄り添ってきた。なんなんだ、顔が近い。
「加古、私がいるからね」
そう言って、あたしのお腹に手を乗せた。
「うん……あんがと」
なんとも言えない雰囲気のまま、二人は沈黙していた。
でも古鷹の指があたしのお腹とへそを弄り回すもんだからくすぐったいんだ。
そのままスススッと下に進もうとしたので流石にそれは止めた。
畜生、こんな趣味があったなんて、あたしの明日はどっちなんだとめちゃくちゃ悩んだのを覚えているよ。
-揺らり揺られて嚮導艦-
古鷹に襲われそうでなんだか眠れなかったもんだから、甲板をうろついていたんだ。
海から見る夜空ってのはまた格別で、遮るもの一つ無い満天の星を望むことができる。
すると後ろからガチャンガチャン音がするのでびっくりして飛び上がった。
「ひゃっ」
「あはは、私ですよ」
「なんだ青葉か」
「夜の警備は眠くてしようがないです。ふわぁ~あ」
青葉は大あくびをした。
「ご苦労さん」
「夜中の警備なんて何の意味があるんですか」
「そりゃ深海棲艦の奇襲を警戒するんだろ」
「写真も撮れないのに」
「夜中にフラッシュなんて焚くなよ、頼むから」
「チェッ」
「しかし、今潜水艦に襲われると警備が重巡だから分が悪いな」
「この海域の掃討は済んでいますから、まあ万が一ってこともありますけど」
「じゃ、戦闘になるかな」
「かもしれませんが、まっぴらゴメンですよ」
「そんな了見で大丈夫かね」
「戦闘よりも写真です」
「でも艦娘じゃないか」
「戦闘も出来る、従軍記者です」
「戦闘が出来るんなら従軍記者とは言えないぜ」
「細かいんだなァ」
青葉はへそを曲げてしまった。
あたしは写真を趣味に持ってるわけじゃないのでよくわからないけど、
やっぱりカメラマンというか、記者というのはなんでも写真や記事を優先してしまうものなんだろう。
でもそれじゃあ、身勝手にも程があるというもんじゃないのかと思ってしまう。
青葉と別れ自室に戻ろうと歩いていると、提督の部屋に明かりがついてるのを見つけた。
覗き込むと、何やら書類をしたためているようだったんだ。
「よっ」
「ん、なんだ加古か。もう寝ろ」
「眠れなくてね」
「昼間居眠りばかりするからだろう」
「ケッ」
そりゃそうだけど、もっと言い方があるってもんだ……いや、無いな。
「しかしこんな遅くまで何を」
「やる事は沢山ある。いつもの業務に加え、作戦も考えなくてはならないし、向こうに提出する書類もある」
「大変そうだ」
「ああ、大変だ。だから寝ろ、明日はお前が警備の担当だ」
「ここで寝てもいいか」
「はぁ?」
だって古鷹にさ……そんな趣味は無いんだ、あたしは。
「ああ、別に構わんが」
「やった」
「どうせ朝までかかりそうだ、そのベッドは一晩好きに使えばいい」
「じゃあ遠慮なく」
あたしは提督のベッドに潜り込んだ。
「提督、戦争てのはなぜ起こるんだ」
「……今回に限っては、全て私たちに大義名分がある。深海棲艦が船を沈め、街を破壊し、人を殺した」
「じゃあ復讐の戦争ってわけか」
「それはお前が一番よく知ってることだ」
「でもわざわざフィリピンまで行くことあんのかね」
「それは戦後の権力を広げるためさ。助けてやればその国は恩義を感じるだろう、そうすれば何かと手配してくれる。
日本の影響力は拡大する、人は助かる、私たちにも勲章が増える、いい事尽くしだ。私たちの命を危険に晒す事を除けばな」
「あたしは死んでもいいと思ってるよ」
「私はお前に死んで欲しくないと思ってる」
「なんでさ」
「お前は知らないことが多すぎるからな、そして知らんでいいことばかり知っている」
そう言われちゃかなわない。でも提督だって、知らないことも多いだろ。
「とにかく、自暴自棄になるなよ加古。お前に死なれたら、私はきっと泣くぞ、あまりの不憫さにな」
「ケッ」
どうせなら、もっと洒落た理由をつけて欲しかったもんだね。
それだけ言うと提督は仕事に戻った。そんな背中をずっと眺めていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
-高速戦艦-
台湾では熱烈な歓迎を受けた。まあ彼らの心情を顧みれば、これは当然とも言える。
艦娘が進駐することによってある程度の安全が保証されるということだからね。
さらにフィリピンもマズイって話なら敵はもう目と鼻の先だ。
警備府には見慣れない艦娘がいた。
「あなたたちが第六戦隊ですね?」
長身長髪の、まさに淑女という出で立ちの艦娘がそこにいた。
「私は、戦艦榛名。一緒に頑張りましょう」
戦艦を見たのはこの時が初めてで、あたしたちなんかよりも随分と大人だなーってのが第一印象だったね。
「私が第六戦隊の司令です。あなた方の指揮官は」
「はい、ご案内しましょう」
提督は彼女についていった。手持ち無沙汰なので、その場でだらだらと雑談をする。
「早速作戦かな」
「さあな、わからん」
「今度こそ、訓練の成果を見せつけてやりたいわね」
「ふわぁ~あ、そうですねぇ」
「青葉、眠いの?」
「今朝は徹夜で警備でしたから……ううん」
「今朝といえば、加古。あなた提督の部屋から出てきたけど……」
「あ、ああ」
「ちょっと詳しく教えて衣笠」
「いや、私は見ただけなんだけど……そうよ、加古、詳しく教えて!」
「スクープの予感です!あくびなんかしてる場合じゃありませんねぇ!」
「いや、それはだな……」
「変なことされてない?まさか無理やり」
「違うってば、大体古鷹、お前が変なことするからだぞ」
「え、それについても詳しく!」
などとわいわい話していると、後ろから一喝されてしまった。
「あなたたちッ!」
後ろに立っていたのは巨人だった。
「ひっ!巨人だ!」
「巨大殺人ロボットだ!」
「なんですってェーッ!」
素っ頓狂な悲鳴を上げると、巨人だのなんだの言ったのが気に食わなかったのか、
そいつは怒り出してしまった。だってこんなにでっかい人初めて見たんだ、驚くさ。
メガネをかけたそいつは艦娘で、先の榛名の妹だという。
「こんなところでだらだらやってないで、早く荷物を運び込みなさい」
「はいィ」
隷下部隊にも号令を出し、警備府の施設へと慌てて入り込んだ。
荷物を運び終わり、廊下に並ばされると、そいつは自己紹介を始めた。
「私は霧島。高速戦艦よ。あなたたちと作戦を共にすることがあるかもしれないわ。よろしくね」
聞いた話によると、戦艦というのはこんなでっかい連中ばっかりなのかと弥生が怯えていたとかなんとか。
流石にそれはないだろう、と思いきや、結構いるんだな、これが。
-上陸支援-
早速命令が下り、あたしたちは出撃することとなった。
「今度こそ、戦闘になるだろうね」
「壮烈な砲戦が繰り広げられるわけね、腕がなるよ」
みんな俄然とやる気を出してるもんだから、なんだか一抹の不安を覚えた。まあ杞憂なんだろうけど。
指揮はうちの提督が執るらしく、どうにも緊張した様子だった。
しかし作戦というのが、単純な上陸支援だというから、なんだかガッカリだ。
「それが最善手だ。無難に作戦を終えることこそ軍人の本領だぞ」
「しかしなァ」
「ミンドロ島、サマール島を同時に襲撃し、深海棲艦の陸上施設を破壊するんだ」
「陸上部隊がでしょう?」
「ああ、そうだが」
「しかし陸上部隊に深海棲艦が倒せますかね」
「陸軍の、海上駆逐連隊とかいうのがいてな、いや大隊だったか」
「へぇ、その連中は海上って言うけど、陸でも強いのね」
「じゃあ護衛はいらないんじゃないですか?」
「いや、艦娘の陸戦特化型みたいなものに改造されているらしくてな、海ではてんでダメなんだ」
「なるほどなァ」
と一通りの作戦概要を聞いた。向こうさんの準備は既に完了しており、あとは私たちを待つばかりだったとか。
せっかちな連中だ。急いで出撃準備を整えた第六戦隊と隷下部隊は海に出た。
そこで提督からの無線が入る。
『第六戦隊を二分する。以前と同じくAとBで別れろ』
AとBと言えば、古鷹とあたし、青葉と衣笠だ。まあいつものコンビだな。
『A班がサマール島、B班はミンドロ島の部隊を支援しろ』
そう言って提督は各自の集合地点を伝えると、無線を切った。
「いつになったら四人一緒に戦えるのかね」
「さあね、私は別にこれでもいいけど」
「おいおい」
そんな会話を交わしながら、あたしたちは集合地点へと急いだ。
集合地点には陸軍部隊と思われる者たちが集結していた。
「遅いでありますな!海さん!」
「だって今日来たばっかりだぜ」
「エッ!それはお気の毒に!」
意外と話のわかるヤツでよかったよ。どうも怒鳴られるってイメージがあるからね、陸は。
「我々カロ艇は陸戦仕様に改造されているのであります」
「それは聞きましたね。で、何をすればいいんでしょう」
「我々はこれより突撃するであります、その支援を」
「無策だなァ」
「奇襲戦術であります」
作戦のことはよくわからないので、とりあえず黙って従っておこう。
そういえば、深海棲艦にそういう指揮系統というものはあるのだろうか、なければいいな。
「では、第二中隊!戦闘準備!」
「ちょっと、本当にやるつもりですか?」
「もちろんであります、死すべき時は今なるぞ!」
しょうがないので、支援してやる他ないようだ。なんだかなぁと思いつつ、彼女らを護衛する。
「どういうことぴょん?」
「わかんないな」
「うん……」
もっとも、上陸戦などというものは強襲か隠密かしかないわけだから、彼らの行動を一概に馬鹿にすることはできない。
陸には陸のやり方があるんだろうか。
そうして、サマール島に突撃するも、敵の反撃もないため拍子抜けであった。
それにつけても驚いたのが、カロ艇の連中である。
陸に上がった途端さながら漫画の超能力者のように、凄まじいスピードで地を駆け宙を舞うもんだから、
ものの10分で島全体を偵察し終えたという。何なんだこいつら。
「変でありますなぁ、島全体もぬけの殻であります」
「住民しか見当たらなかったであります」
「どういうことなんだろうね、加古」
「あたしが知るかよ」
「提督」
『加古か、そっちはどうだ』
「サマール島は無血で占領したよ、誰もいないんだから」
『そうか、連中は我々のどちらかだけを潰そうと思ったようだ』
「なに?」
『B班は戦闘中だ、それもかなりの数らしい。急いで救援に行ってやってくれ』
そんな重大な事項を提督は淡々と話す。
「古鷹」
「わかってる、戦隊、B班の支援に向かいます。如月と弥生はここで待機し、万が一の襲撃に備えてください」
「了解よぉ」
「了解……」
「行きます!」
「ご武運を!」
上陸部隊の中隊長が敬礼をした。
「みんな、無事だといいけど」
-ミンドロ海峡海戦-
提督からの無線によると、どうもミンドロ海峡で戦闘が繰り広げられているらしい。
今はシブヤン海を通っているが、どうにも駐留戦力のほぼ全てを投入したと考えられる。
そこが違うんだよな、深海棲艦のオツムはまだまだ未発達のようだね。
『ここで殲滅できれば、フィリピンは救ったも同然だ』
しかし、個人の心情としては青葉たちが無事なら撤退したいってのがある。
死んでないだろうな、と冷や汗が吹き出すが、
「大丈夫っぴょん!あの人たちがこんな簡単に死ぬはずがないっぴょん!」
「そうですよ!睦月たちが保証します!」
お前たちに保証されたって何になる、と思ったがその通り、あいつらがそんな簡単に死ぬはずがない。
一緒に厳しい訓練を乗り越えてきたんだ、こんなところで死んでしまっては、
あたしたちの沽券にも関わるからね。泥を塗ってくれるな。
……なんて思えるはずもなく、ただ顔を青くして力なく頷く事しかできなかった。
古鷹も不気味なぐらいダンマリだったから、相当さ。
卯月と睦月に励まされながら、ミンドロ海峡にたどり着くと、確かに轟音が聞こえる。
「戦闘準備!」
皆が武装を構える。遠くに見えるのは確かに深海棲艦だ。こちらにはまだ気がついていない。
「主砲狙って……撃てぇー!」
古鷹の号令により、四人は一斉砲撃を始める。
深海棲艦の陣形の中に水柱が上がり、慌てふためき始めた。
この野郎、死ね!と念じながら撃って撃って撃ちまくるが、どうにも当たらない。
「加古さん!落ち着いて!」
睦月が叫ぶ。それでハッとしても、すぐ頭に血が上ってしまうんだ。
深海棲艦が振り返り、こちらにも砲撃を撃ち始めた!
バシャバシャと自身の周りにも水柱が立ち始める。
「私に続いて!」
古鷹が先頭に立ち、指示を出した。戦隊は猛スピードで辺りを蛇行する。
「これじゃ狙えない」
「単縦陣!雷撃用意!」
すると古鷹は蛇行をやめて大回りする、合わせて後ろのあたしたちも反転し、ちょうど敵と水平の形になった。
「撃てぇーッ!」
古鷹が叫ぶと各自2本の魚雷を発射、8本の魚雷が列をなし雷跡をつけながら進んでいく。
敵側も慌てて回避しようと陣形を乱した。敵艦の2隻に命中、あたしと睦月が撃ったものだった。
大破炎上し、もがき苦しむ様が見える。奴らには痛覚があるようだ、なんだか気の毒な気もする。
そこにダメ押しとばかりに砲弾の雨あられを浴びせた。
連中は総崩れのようで、散り散りになったところを各個撃破で追い詰める。
「ブッ飛ばすッ!」
「調子が出てきたぴょん?」
水を差しやがって、別にいいじゃないか、やっと緊張がほぐれてきたんだもん。
確実の砲弾が命中する距離まで敵に接近すると、なんとなく奴らの悲鳴が聞こえるような気がするんだ。
「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だが、悪く思うなって事さ、だって先に手を出してきたのはあんたたちだぜ?
訓練の成果というのは恐ろしいもので、あのちっこい睦月ですら人型の敵にガンガン鉛玉をぶち込んでいる。
人は慣れればなんだって出来るんだろう怖い怖い、と呑気なことを考え始める。余裕が出てきたんだ。
こうなると、気になり出すのは青葉たちだ、無事だろうか。
「青葉、衣笠、大丈夫か!」
無線を飛ばす、するとすぐに返事が帰ってきた。
『ええ!なんとか!さっき魚雷を食らってしまって衣笠が大破しましたが、なんとか無事です!』
嫌な汗が出てきた。古鷹の顔を見ると、微妙な顔をしている。ちょっと軽率だったよな。
とりあえずこれは黙っておくとして、安否は確認できたのでホッとしたよ。
『作戦を継続しますので、そのまま支援をお願いします!』
「了解です、衣笠は」
『三日月と長月に護衛させて、台湾まで運んでもらいます』
「わかりました」
なんとかなりそうでよかったよ本当に。
その後、2島を無事占領し、生き残った住民たちの避難も完了した。
大変感謝されて小っ恥ずかしかったよ。でも提督は、
「お前たちの活躍だ、胸を張っていいんだぞ」
と言ってくれたから、まあちょっとは調子に乗らせてもらったね。
しかしどうやら、この戦いでフィリピンでの勝敗は決したというわけではなかったようだ。
翌日にも、偵察部隊の報告によると増援部隊がミンダナオ島にやってきたのが確認された。
この国での戦いはまだまだ続くんだ、全くもって往生際の悪い連中だな。
-衣笠の安否-
ちょっと時間は戻って、衣笠についてなんだけど、これが結構な騒ぎになったらしくてね。
この話は聞いた話だから正確ではないけど、今に生きるか死ぬかって状況だったみたいだ。
提督も大慌てだったとか、工作艦明石に飛びかかったんだと。
「明石ッ!衣笠が戦死だ!なんとかならんかなんとかならんか!!」
「いや、戦死した艦娘は治しようがありませんよ」
と明石も困り果てていた。そこで、
「勝手に殺すな、まだ生きてるよ」
「ひどいです司令官」
と長月と三日月に言われるもんだからヘナヘナと地面に座り込んで、
「よかったァ」
って胸を撫で下ろしたようだ。でも危険な状態には変わりないから、すぐに入渠させたんだと。
「どうか神様、私の命に替えてもよろしいですから衣笠をお救いください」
「男の人は出てってください!」
何やら大変心配していたって話さ。妬いちゃうよな本当。
検証の結果、魚雷は深海のものだと断定された。あたしたちの撃った魚雷は届いてはいなかったみたいだ。よかったァ。
あたしも怪我すれば提督に心配してもらえるかなァとかぼんやり考えながら、病室へと向かう。
入ると、衣笠と青葉が話をしていた。
「あ、加古」
「治ってよかったな、痛くないか」
「大丈夫、もう戦線に復帰できるんだけど……」
「提督が少なくとも一日ぐらいは安静にしろってやかましいですって」
全く、お優しいな提督は。誰にも彼にも優しい男はモテないんだぞ。
あたしはどんな顔をしていたのか、青葉がニヤニヤしている。
「なんだよその顔は」
「いえいえ、別にィ」
なんかムカつくので衣笠にだけ挨拶して、病室を立ち去った。
しかし戦場は恐ろしいところだ、一歩間違えればボロ雑巾のように死んでいくんだから、
今更ながらとんでもないところに来てしまったよ。
うだうだ考えても仕方ないといえば仕方ないのかな、とにかく衣笠は無事そうでよかった。
-深海棲艦侮りがたし-
このまま勝利の波に乗って砲の嵐もなんのその、だなんて思うかもしれないが、
なかなかどうしてうまくいかないものだ。
先の戦いだって運良くあたしたちが回り込んだから助かったようなものだ、
正面から戦っていれば、全員海の藻屑だったぜ、連中は戦艦を含んだ水上打撃部隊だったらしい。
睦月の魚雷が戦艦に命中したのが敵の運の尽き、そのまま一気に畳み込んだんだ。
勝ったから良かったんだけど、深海棲艦は決して侮るべき相手ではないということだ。
勝ったから強い、負けたから弱いなんて考えはもう古い。
緒戦の勝利は最後の勝利を保証するものじゃないってのは、あたしたちはよーく知っている。
大東亜戦争だってそうだ、真珠湾攻撃が成功したか否かは議論の種だが、
少なくとも盧溝橋とマレー半島じゃ敵を退けている。でも最後には負けたんだ。
とまあ、長々と書き連ねたけど、つまるところ、連戦連敗を重ねている。
みんな体中に生傷を作って疲れ果てた顔をしているんだ。
衣笠みたいに長期の入渠を必要とする者まで出る始末だ、これは風向きが良くない。
古鷹や卯月たちも怪我してしまって、第六戦隊で動けるのはあたしと弥生と青葉だけになってしまった。
こんな体たらくでは出撃もままならないんだ。全く、これじゃあルソン島からも追い出されちまうよ。
にしても弥生は出撃を嫌がっていたのが、今じゃ何の抵抗もなく作戦に参加している。
「もう慣れたのか」
「うん……ちょっとは怖いけど……」
「だよな、誰だって死にたかねえよ」
「それに、加古さんが守ってくれる……」
「弥生の方こそ、頑張ってくれてるからみんな助かってるよ」
「……」
弥生は顔を赤らめて俯く。こんなに可愛い艦娘は他にいないだろうな、きっと。
さて艦娘たちは、深海棲艦の逆襲に備えて艤装をつけた戦闘態勢のまま過ごしていたり、
実際に戦闘に出て傷だらけで帰ってきたりと、そのの労苦は察してもらわなければ可哀想だ。
駄弁ってるだけじゃ話題もなくなるし、怪我してちゃトランプだってできやしないからね。
そんなとき、
「各隊、慰問袋を取りに来い」
との伝達が来た。慰問袋っていうのは戦地にいる兵隊のために国民から募って中に色々と詰めた袋だ。
日用品だの、お菓子だの、おもちゃだの、士気を鼓舞するために送られるんだとさ。
その時は、イモン袋とは何って思ったけど、開けてみると何が入っててもありがたいものなんだよ。
第六戦隊みんなに配ってやると、子供みたいにはしゃぎながら受け取った。まあ子供なんだけどな。
しかし勘定が合わない。調べてみたがちょろまかしているのはいないし、
どうやら単純に一つだけ不足していたようだ。で、あたしの分が無いわけだ。
ふん、いいさ、仲間はずれのされるのはあたしの得意分野だし、と不貞腐れていたところに弥生が来て、
「一緒に、お菓子……」
と数少ないクッキーを分けてくれたんだ。涙が出るほど美味しかったよ。
「泣いてる……?」
「目にゴミが入ったんだ」
「歯ブラシとかもある……一緒に」
それは流石に断った。いや、歯ブラシの共用はちょっと……なぁ?
-新型艦娘-
このままでは埒があかないとうちの提督じゃないもう一人の指揮官が集合をかける。
ハゲてたからハゲ提督とでも呼ぼうか。で、そのハゲが言うんだ、
「本土より新型艦娘が来たので、その護衛を任命する」
そこで選ばれたのが、あたしと青葉。それから最近増援に来たらしい特型駆逐艦の連中だったんだ。
吹雪、初雪、磯波の三人だった。
「新型艦娘って、誰のことでしょう?」
「来ればわかる」
と新型については教えてくれなかった。そんなだからハゲるんだぜ。
それで、特型の連中なんだが、吹雪と磯波はともかく初雪が曲者で、ぐうたらぐうたらしている。
「どっかの誰かさんと似てますねぇ」
あたしと似てるって言いたいのか、そうなのか、こいつのは惰眠だがあたしのは仮眠だ!
「あたしは加古ってんだ。こっちは青葉。第六戦隊所属だ」
「どうも!恐縮です!」
「吹雪です!」
「初雪」
「磯波と申します」
「お前たちは新型については聞いてるか」
「いえ、私たちも全然……」
「第六戦隊といえば、あの事件」
「初雪ちゃん!」
「あの事件って?」
「……神通さん」
「あぁ、あったなぁそんなことも」
「懐かしいですねぇ」
全く、つまらないことで名を売ってしまったもんだ。
しかしこんな話が知れ渡ってると、言うことは黙って聞いてくれる。
袋叩きにされたくないんだろう、いや別にしないけどさ。
特型の連中はどうも相当なエリートのようだ。睦月型は叩き上げって感じだが、
こいつらの動きは無駄が少ない、命令にも忠実で、各個の能力も非常に高いようだ。
それも吹雪型、綾波型、暁型いずれもその傾向があり、巡洋艦たちからもちやほやされてたりする。
事実、こいつら以上に使いやすい駆逐艦は陽炎型まで待たなくてはならなかった。
いや、他にも理由は色々あるんだけど、それは後の話にでも。
そうして2日ほど訓練していると、ようやく到着の報せが入る。
待ちわびたとばかりに出迎えたその艦娘の名は、鳳翔といった。
彼女の登場は戦場の姿を大きく変えてしまうことになるんだから、空母ってのは恐ろしいもんだ。
「鳳翔です、みなさんよろしくお願いしますね」
「私たちが命に替えてもお守りします!」
青葉が畏まって敬礼する。
「命だなんて、そんな」
と鳳翔さんはオロオロし始める。ほんの言葉の綾を本気にするんだからお人好しにも程があるよ。
「なんだか、お母さんみたいな人だね」
「うん」
「お母さんかァ……」
みんななんだかしみじみしてるけど、あたしには遠い記憶だからその気持ちはよくわからなかった。
きっと脳みそが精神を守ろうと、始めっから親なんかいないって思い込ませたんだ、
だからあたしは戦争以前の記憶が曖昧で、親を失ったって現実味は未だにない。
寂しいと思うことはあっても、『失った』ではなく『持っていない』の寂しさなんだ。
「あれがお母さんか」
「ええ?お母さんっぽいじゃないですか」
「いや、わからんね」
「うそー!」
吹雪は大げさに驚いてみせる。こいつはあたしのことは知っているんだろうか。
しかしお母さんか、お母さんねぇ、そんなの羨ましくないし。
全然羨ましくない、羨ましいとも思ったこともない。もし思ってたとしても、
それは持ってないから欲しいってだけ話なんだ、って誰にあたしは言い訳してるんだろうね。
艦娘になってから、格の違いを見せ付けられることが多くなってきて、いい加減参ってきちゃったよ。
193 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/10/29 00:33:12.98 4YkAy2tzo 135/866今夜はここまで
艦娘の竣工順は史実通りと見せかけて全くのデタラメである
-ボホール海海戦-
この鳳翔さんというのが恐ろしく強い艦娘でね、航空隊がガンガン爆弾や魚雷を放つから、
敵も慌てふためいて逃げ惑うんだ。そこにあたしたちが肉薄すると、面白いくらい総崩れになる。
「もう全部鳳翔さん一人でいいんじゃないかな」
「うん」
と吹雪と初雪も言う。確かにそんな気がしてきた。
「敵に空母を出してこられると厄介ですね」
「ああ、出てこないことを祈る」
この心配は後に現実化するが、今はまだその時ではなかった。
鳳翔さんの登場により、今まで押し返されていたのが破竹の勢いで進撃するものだから、
深海棲艦連中も恐慌に陥ってることだろうよ。
さて、ついにフィリピンでの勝敗を決める戦いが始まる。
スリガオ海峡からボホール海を抜けて移動中に、敵主力艦隊と遭遇した。
「敵艦隊出現、戦艦3、重巡1、駆逐2!」
と鳳翔さんが叫ぶ。
「こりゃ結構骨が折れそうだ」
「鳳翔さんがいるから……」
「でも戦艦3隻だなんて」
戦隊に不安が広がるが、そんなことを言っている場合ではない。
敵もこちらを認識しているのか、まっすぐ向かってきているから逃げても無駄だろう。
「戦闘準備!お願いします!」
鳳翔さんは艦載機を放つと、急加速して後方へと下がっていった。初雪もその護衛に向かう。
「よし、任されました!」
と青葉が答える。ここで提督より通信が入る。
『戦艦か、やれそうか』
「まっ、任しといてくださいよ」
鳳翔さんがいることがあたしたちに過剰な自信を与え、気が大きくなっていたんだ。
『この海域の敵戦艦がまとめてやってきたんだ、ここで叩きのめせばヤツらフィリピンを諦めるかもしれん』
確か似たようなこと前にも言ってたよね。縁起の悪いこと言いやがってこの。
鳳翔さんの艦載機が頭上を過ぎ去る、心強いもんだ。
敵空母がいない以上戦闘機はお留守番、九九艦爆と九七艦攻の独壇場だ。
攻撃隊が敵部隊を襲うも、流石に戦艦はびくともしていない様子だ。
『なかなか硬いですね』
「みたいだな、よし、磯波来い」
「吹雪は私に!」
「はいッ」
ここで二手に分かれる。高速で接近して先制的に雷撃を放つのだ。
敵は未だに上空へと注意を向けている。その隙に魚雷の射程圏内へと近づいた!
「撃てッ」
「当たって!」
シュパッと魚雷が飛び出し、そのままシュルシュルと敵陣へと近づいていく。
艦娘の魚雷っていうのは機敏に動く深海棲艦を捉えるために高速かつある程度の誘導性能を持っているんだ。
そして目標に達すると、その場で炸裂する。二本の足に当てようったって難しいからね。
だが深海の駆逐艦となれば話は別だ、あいつは水に浸かってる面積がでかいから放った魚雷がモロに命中し爆散した!
戦艦ル級の一隻ががこちらに気づき、砲撃をしてきた。砲弾は顔の横を通りすぎ、後方で水しぶきを上げる。
「この野郎ッ」
こちらも負けじと撃ち返すと、ル級もさらに射撃を強める。
「えいっ!」
磯波の砲弾がタ級の右の武装に命中、弾倉を貫いたらしく爆発し、タ級の右半身が吹き飛んだ。
青黒い血をまき散らしながら海中に沈んでいく。まずは一隻だ。
「やるな磯波ッ」
「はいっ!」
青葉隊の攻撃も敵の重巡に致命傷を与えたようで、リ級がうずくまっている。
さて次の目標は、と辺りを見回していると、
「加古さん左ッ!!」
と磯波が叫んだ、瞬間駆逐艦ハ級が水中から飛び出し、今まさにあたしに食らいつかんと大口を開けていた。
以前と似たような光景だ、だが今回は違うぜ。
「加古スペシャルをくらいやがれ!」
と咄嗟に叫び、いや、なんか思いついたんだ、勢いってやつだよ。
それでだ、思いっきりその目ん玉に拳を叩きつけてやった。
グシャッと気色悪い感覚がして、グリグリと腕が飲み込まれていく。効果はテキメンでそいつはそのまま絶命した。
おびただしい量の返り血を浴び、全身が真っ黒になってしまった。
「ひぃ」
と磯波が引いている。ドロドロして気持ちが悪いんだよこれがまた。
しかしそんなことを気にしている場合ではなく、次の目標に移らなくてはならなかった。
あと二隻の戦艦に攻撃を、と考えていたら、突如として腹部に激痛が走る。
戦艦ル級の砲撃が命中したんだ。声も出なかった。そのショックなのか機関が停止してしまう。
不幸中の幸い、当たったのが副砲で中破程度のダメージではあったが、
痛くて痛くてしようがない、ここまで痛いと吐き気までするんだな、想像を絶するものだ。
磯波がなんとか肩を持ってくれたが、フラフラになっていた。言葉を交わそうにも、うめき声しか出ない。
「加古さん、しっかり」
砲弾の雨の中、磯波が応急手当をしてくれている。弾を腹の中から引きずり出し、ガーゼを当ててくれた。
『二人共、海域を離脱してください!』
と鳳翔さんからの通信が入るが、そうは問屋が卸さない。
「まだ……戦える……」
「そんな、加古さん」
「うるさいッ!」
磯波を払い除け、停止した機関を再始動させた。もうこん時は意地だったね、必ず仕返ししてやろうって。
中破にしては驚く程体が動いた。極限状態ってやつなのかもしれない。
あたしを撃ったル級はこの様子を見てかなりビビったみたいなのか、口をあんぐりと開けていた。
「磯波、行くぞッ、前進一杯ッ!」
缶を最大出力で動かし、敵に肉薄すべく突撃する。機関から焦げた臭いがし始めた。
磯波もそれについてくる。様子を見ると、やはり磯波も機関が赤く焼けているようだ。
「雷撃用意!」
ガシャと艤装が音を立て、魚雷発射管が臨戦態勢に入った!
「これ以上はッ」
磯波が警告するが、ここまでくればもうヤケだ。
缶が爆発するのが先か、魚雷が命中するのが先か、それとも敵の砲弾に伏すのが先か、
ル級も近づかせまいと雨あられのごとく弾をばらまく。
しかしそんな当てずっぽうがこのあたしに通用するか!と、
気迫があれば弾が勝手に逃げていくんだとばかりに、雄叫びを上げた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そしてまさに目前といった50mまで接近し、魚雷を放つ。この距離では必中だ!
それに呼応して磯波も魚雷を発射、もはやあいつに逃げ場はない。
ル級は魚雷目掛けて機銃を掃射するも、まもなく命中、火の渦火の雨が空に舞い上がり踊り狂った。
熱風がここまで吹いてきたから慌てて顔を覆ったけど、腕に火傷を負ってしまった。
肉薄したのはちょっと後悔している、磯波はあたしを盾にしやがったみたいで無傷だった。このヤロー。
「やったな」
「やったじゃないですよッ!!」
磯波に怒られちゃった。あたしを盾にしたくせになんて生意気なやつだ。
青葉たちの方も、怪我はしたらしいが鳳翔さんと共同で戦艦を撃沈したらしい。
これにて敵艦隊は全滅した。そこで提督からの無線が入る。
『よくやった!』
何がよくやっただ、何の命令も出さなかったくせに、と思ったが、
多分命令を出されたところでその時の状況で判断するだろうなぁとも思ったので、口に出すのはやめといてやった。
211 : 以下、名... - 2015/10/30 13:01:34.96 Wqr9DaLuo 147/866乙でした
ちなみに装備や弾の大きさはどのくらい?
加古の細いおなかにぶち込まれるくらいだから小さいとは思うんだけど
212 : ◆TLyYpvBiuw - 2015/10/30 22:02:41.57 rMqAfxUao 148/866>>211
はっきり言って重要ではない部分かつ人によって想像が異なる部分なので特に決めてはいませんが、
基本的に所謂『艦娘の艤装』ですのでちっこいです
妖精さんパワーで深海棲艦にダメージを与えるので大きさは関係ないのです
妖精さんパワーは女の子にしか宿らない不思議な力なのです
-傷だらけの凱旋-
戦闘が終わってみると腹の傷も腕の火傷もズキズキ痛むからこれはもうおぞましいほどの痛みだ。
この状態で根拠地まで戻らなくちゃいけないんだからたまったもんじゃないよ。
合流すると、みんなあたしの姿に驚いた。そりゃそうだ、返り血で全身真っ黒と思いきや腹から血を流してるんだから。
「ひぃ!?大丈夫ですか!?」
青葉が悲鳴を上げる。やめてくれ、傷に響くんだから。
「いや、そこまでないよ」
やせ我慢だけど。しかしよく生き残ったものだ。
後の話だけど明石曰く、砲弾が偶然不発だったから助かったんだと。爆発してりゃ腹から木っ端微塵だったわけだ。
身の毛のよだつ話だよ。しかしおかげで休養のために本土に戻ることが決まった。
代わりに妙高型が来るんだとかなんとか、次世代の重巡洋艦だ。
根拠地に戻ると万歳三唱が聞こえる。が、あたしの姿を見るとしんと静まり返った。
古鷹が棒立ちしてる観衆を押しのけてやってくる。
「加古!加古!」
「いてっ」
ガバッと抱きついてきた。磯波は跳ね飛ばされたが、どこかにこやかだ。
「ただいま、古鷹」
「よかったぁ」
古鷹は大粒の涙を流す。戦闘の状況を聞いていたらしい。
その様子を見てか、再び万歳三唱が始まった。
なんてやってる場合ではない、血が足りなくなったのかふらりと倒れてしまった。
目が覚めた時には既にフィリピンは解放されていた。三日間気を失っていたという。
体を起こすと、第六戦隊の面々と明石が揃っていた。
「加古!」
「わわ!まだ安静にですって!」
明石が古鷹を抑える。
「終わったのか」
「フィリピンは解放しました!いや残念ですねぇ、式典にMVPが出席なさらなかったのは!」
「祝賀パレードやらパーティーやらももう全部終わったわよ」
そっか、そりゃ残念だ。あたしだって頑張ったのにな。
運命やらタイミングやら、そういう類の連中はあたしのことが随分と嫌いのようだ。
「提督は」
「提督なら、次の作戦があるからって執務室にいるよ」
そうかい、あたしの事なんかどーだっていいんだな、お前は。
衣笠とは随分と対応が違うじゃないか、ふん、いいさ、あたしなんか。
なんでこんな思いしなきゃなんないんだと、なんだか悲しくなってきちゃった。
「そっか……いいよ、みんな戻って」
「あれ、聞きたくないですか?パレードの話!」
「せっかく色々考えてきたのに。青葉が大恥かいた話とか!」
「ちょ、ちょっとそれは勘弁して!」
「目が覚めたばかりだから、また後でね」
とみんな部屋を出ていった。
「何かあればこのナースコールを」
明石はあたしにスイッチを渡して、部屋を出ていった。
-あたしは寂しいんだ-
病室のベッドで天井をぼんやり見つめているとノックの音がした。
ひょっとして提督かも、と心が躍ったが、今度は卯月と弥生、磯波がやってきた。
「加古さーん!」
「無事?」
「目が覚めたって聞いたから……」
「ありがとう」
みんな嬉しそうだ、あたしも嬉しいよ、こんなに心配されてちゃ、本当にね。
それに比べて提督はこんな時でも仕事仕事、顔も見せやしない。
「提督は?」
「司令官なら、衣笠さんと……」
「なに?」
ははーん、そうか、来るわけないよなそれじゃあ、なんだ、結局のところあれか。
「加古さん、どこか痛いの……?」
弥生が心配そうに見つめてくる。心がちょっとね。
「提督に何か、御用でも?」
「いや、もうないよ。それより式典がどんなだったか聞かせてくれ」
「うん!それでねー」
卯月たちは色々と楽しいことを話してくれたみたいだが、なーんにも頭に入らなかった。
夜にもなると、体も動くようになってくる。
どこに行くでもなく警備府内をうろついて自分の生い立ちを振り返ってみると、
取り柄もないストリートチルドレンなんだから世間一般から見れば恵まれない環境で育った、
汚らしくて教養もない女なんだ。そんな女が艦娘、軍人となって今や英雄と称えられるんだから、
それだけで十分な幸運の持ち主なんだろう。何も言うことはない。
でもだからと言って根っこが変わるわけじゃない、自分でも気がつかないうちに育ちの悪さを露呈しているのかもしれないし、
誰も彼もが本当のところあたしのことを見下しているのかもしれない。
それが理由で提督にも振られるんであって、それは環境が悪いのであって、
全ては深海棲艦の落っことした爆弾の落ちどころが悪かったって話なんだから、運命というのは非情なものだ。
これは決して乗り越えられる壁ではなく、あたしは永遠に『普通以下』だと運命づけられているんだよ。
とまあ、この時はこんなふうにネガティブな考えがグルグルグルグル頭ん中を回っていたんだ。
気づくと涙が溢れていて、何が目的で生きてきたのか、生きていることに疑問さえ感じ始めていた。
こんなこと言うと意気地がないって思うかもしれないけどあたしだって恋もすれば泣く時だってあるのさ。
波止場に座り込んでいると、鳳翔さんが後を追ってきた。
「お目覚めになりましたか」
「ああ、昼間ぐらいにね」
「辛そうですね」
この人は他人の感情に敏感なのか、こういう事には目ざといんだ。
逆に言えば顔色伺ってばかりいるということでもあるんだけど。
「辛かったら、吐き出してしまったほうが楽ですよ」
「いやいい」
「……私、こう見えて『艦隊のお母さん』って呼ばれてるんですからね」
気に入ってるのかよ。意外とひょうきんな人だよね、鳳翔さん。
「いいよ、あたしのお母さんはあんたなんかより立派だし美人だし優しいんだ、多分」
「そうですか……じゃあ、私が吐いてもいいですか?」
「好きにしろ」
「私は、今の立ち位置に正直疲れたりすることがあるんです、愚痴を聞いたり甘えられたり」
「へぇ、『艦隊のお母さん』ってのは気に入ってるんじゃないのか」
「それは気に入ってますけど……でも疲れる時もありますよ」
「だったら愚痴言ったり甘えたりすればいい」
「……」
くたっとあたしにもたれかかってきた。おい、ひょっとしてお前もか。
「ありがとう、私ってば、甘えられる人がいなくて……」
そんなつもりはないんだけど、まあいいか。
こんなことされると自分の悲しみなんてすっかり忘れてその人の事を考え始めるんだもん、
随分とお人好しになっちゃったもんだよ、このあたしも。
-ホントにホントにご苦労さん-
さて、引き継ぎも終わって本土に帰る日がやってきた。
台湾で何かやったわけじゃないから、見送りの観客はまちまちだったけど、
それでも歓声は大きかった。日章旗と旭日旗が翻る。
「加古さん!船上でもパーティがあるみたいですよ!」
「んー」
ようやく参加できるのか、とワクワクするもんだ。
でもみんなはまたかーって顔をしている。全く贅沢な連中だよ。
甲板でのんびりしてると、ハゲ提督の放送があった。
『昨日の祝賀会は肩肘張って心苦しかったかもしれないが、今日は無礼講だ。どうせここは海の上だ、誰も見てはいない』
ワッと歓声が上がった。なんだ、そんな雰囲気だったのか。それなら損した気はしない。
早速会場に集まると、人だかりが出来ていてもう大騒ぎである。
酒もじゃんじゃん配られるらしいけどよく考えるとあたしたち未成年だぜ?まあ、誰も見ちゃいないか。
始まっちまったらそりゃもう大事で、あの弥生ですら酔っ払ってふらついていた。
酒ってのをここで初めて飲んだんだけど、こりゃ結構いけるんだわ。ビールでもチューハイでもなんでもグイグイ飲んでいた。
そうしていると完全に酔っ払いと成り果てた鳳翔さんが、ここで一曲と軍歌の替え歌を歌い始める。
寒い早朝物干場
汚れまみれた軍服を
洗う姿の夢を見た
お国のためとは言いながら
ホントにホントにご苦労さん
来る日来る日をカンパンで
護る前線制海権
ニュース番組見る度に
熱い涙が零れ落ち
ホントにホントにご苦労さん
今日もまた降る雨の中
強風波浪に大時化に
荒れ狂う高波その上で
友を労わるあの姿
ホントにホントにご苦労さん
母よ私の帰る日にゃ
家族みんなでご馳走の
用意を忘れず待っててと
手紙に涙の跡を見る
ホントにホントにご苦労さん
結構暗めの曲だからか、みんなしんみりしちまって微妙な空気になったけど、
鳳翔さんは一人で騒ぎ続けた。ダメだこりゃ、と誰もが思ったんだが、
どうやら彼女の歌にはまだ続きがあって、
「こっからが本番ですよ」
と意気込んで、再び歌い始める。
嫌じゃありませんか艦娘は
早起き早飯早着替え
刑務所暮らしじゃあるまいし
すっぴん顔とは情けない
ホントにホントにご苦労さん
重い艤装を背負いつつ
進んで行こうかどこまでも
勇んで進みはするけれど
未だに見えない真珠湾
ホントにホントにご苦労さん
いつになったら帰れるの
湯水のごとく湧く連中
黒い艤装に白い肌
教えて欲しいなスキンケア
ホントにホントにご苦労さん
お偉いさんは老いぼれで
若い提督にゃ妻があり
艦娘さんには暇がない
恋をするのも一苦労
ホントにホントにご苦労さん
これはみんなに大ウケで宴もさらに盛り上がった。
これだけ騒いだんだから、あたしは失恋したことなんてすっかり忘れてしまった。
まぁもうどうでもいいかな、なんて思ったんだ。
みんなブッ倒れたり部屋に戻ったりで静かになった頃、あたしは隅っこの方でまだチビチビやっていた。
そこに古鷹がやってくる。
「加古」
「古鷹、飲んでるか」
「もう酔いは覚めてきてる」
「そっか」
「加古、寂しい?」
「……いや、もう寂しくないかもね」
「そう……提督のこと」
「ああ、もういいんだ、なんかどうでもよくなっちゃった」
「そう……よかった」
よくはないだろう、と思ったが、まあ彼女にとっちゃよいことかもね。
「お前も飲み直せばいい」
「ここで飲んだら、襲っちゃうかも」
「そん時はそん時だ」
「……そう」
古鷹の目が怪しく光った。そして酒を飲み始める。
「おいおい」
グイグイ飲んでいくので、急性アルコール中毒で死んでしまうんじゃなかろうかと気が気でなかったけど、
そこは艦娘、グゥとイビキを立てて眠るだけで済んだ。……あたしを襲うまでもなくぶっ潰れたわけだね。
ヨダレを垂らし無防備な姿を晒して眠っている古鷹を見て思わず苦笑いをしてしまう。
確かにこうしてみると女の子も……いやそれは、だめだ、人の道を踏み外すような真似は、
と結構真剣に悩んだが、まだ先の話だろうし、それは未来の加古に任せようと酒瓶を手に取る。
ミライのカコってのもおかしな話だけどさ。
3.特殊任務
フィリピンの戦いが終わり、あたしたち第六戦隊は一時的に後方勤務に移った。
まあちょいとした骨休めってところだろうか。
結構呑気してたんだけど、あたしにとある命令がくだされちまったんだよ。
この話は軍事機密だから固く口止めされていて、戦争の裏にはいつだってこういう話はあるもんだ、
もう時効だろうし、話してもいいだろう。
-後方勤務-
せっかく凱旋して故郷に戻ってきたってのに、提督はどっか前線に行っちまうから、
衣笠の背中は哀愁を漂わせ、非常に湿っぽくって鬱陶しい。
まあ、何も行動をしなかったあたしが悪いんだけども、あたしにとっちゃこういうのは
当て付けに感じてしまうので、ウジウジした言葉なんかを口にすればすかさず頭にチョップを入れていた。
青葉は何が何だかわかっていない様子で、古鷹にしつこく聞いていたが、
「知らない」
と一蹴されていた。本当に記者かお前、見ればわかるだろ、自分で言うのもなんだけど。
しかしまぁ、優柔不断でウジウジしてどっちつかず、っていうのよりはさっぱり衣笠に決めちまうのは、
かえって清々しくて諦めもつくものだ。
後方勤務は随分と暇なもので、しかも最近は新人も入ってこないしで、
目の前に敵がいるわけじゃないから想像ばっかり逞しくなりがちでね、
自分の力を過大評価するもんだから訓練にも身が入らないと来たもんだ。
特に提督ってのはなんでも自身の艦娘に任せっきりだからその能力の実態を今一把握できなかったりもする。
だからまぁ、あたしら第六戦隊の重巡には階級と勲章が贈られたが、
隷下部隊の駆逐艦たちは何にもなしで、未だに下っ端なんだ。
そりゃあまりにも可哀想だからあたしたちがよくしてあげている。
今日も炊事場で肉を誤魔化して弥生、卯月と大きなステーキを食べていた。
皿から溢れんばかりに盛り付けられた肉を二人共ムシャムシャと口いっぱいに頬張っている。
肉汁を滴らせながら食う時の美味さったらないね、前線部隊には悪いけどさ。
なんてやってると、いつぞやのハゲ提督が現れた。慌てて隠そうとしても、もう遅い。
「あ、あたしが二人に」
「いやいい、気にするな。ついでにワシにも作ってくれ」
そう言うと彼は置いてあった椅子に腰掛ける。
ステーキを焼いて差し出すと、彼は丁寧に肉を細かく切って食べ始める。
こういうたらふく食って腹を膨らませている時ってのは緊張感を欠く物であって、
ハゲ提督の気焔万丈が始まった。
「ワシは戦争が好きで提督をやっとるんだが、後方勤務などは心外でならん。
前線に出て、自分の声で艦娘たちに指揮を出し、敵艦隊との壮絶な決戦をやってみたいものだ」
提督なんてのは命令を出すだけで実際に戦わないからこういう減らず口が叩けるんだ、
とあたしたち三人は微妙な顔をしていた。
「おい加古よ、軍人は名誉を尊ばなくてはならん、軍人の最高の名誉は戦場で死ぬことだ。
今度こそ戦死、沈没を覚悟することだ」
「それはあんたも同じだろうが」
「いや、ワシは死なん」
「砲弾が当たれば死ぬだろ」
「ワシが死んだら誰が指揮を執るのだ」
「最高の名誉とやらはいらんのかね」
「死んで最高の名誉を頂戴するよりも、生きて勲章を貰う方がいい」
「あ、そう」
「それにだ、弾など当たらんという信念を持っていれば、弾は自ずから逃げていく。何事も精神が第一だからな」
精神力だけで戦争に勝てているんなら、今頃アメリカは日本の植民地だよ。
こういう思想は、旧海軍を受け継いだ海上自衛隊、またそれを受け継いだ今の海軍のお偉いさん方にも
蔓延っているもんだから、あたしはナイフとフォークを舐めながらこれからの先行きが心配になってきた。
艦娘は精神が物を言うとはいえ、指揮官には合理的に考えてもらわにゃ明日にでも水漬く屍だよ。
-深夜の再会-
夜眠る時は深く眠れない方なんだが、その日は特に寝つきが悪かった。
古鷹が乳を弄ぶもんだから変な声が出ちゃって、そんな時は顔を引っ叩いてやると渋々と自分のベッドへと戻る。
最近はきっと欲求不満なんだろう、と思うようにしている、でないとやってられん。
それで、目も覚めちゃったから窓の外をぼんやり眺めていると、
どうもうろちょろしている小さな人影が見えた。しかもどうにもこっちの様子を覗っているではないか。
あたしはバッと跳ね起き、機銃を持ち出して外へと飛び出した。
この警戒厳重な鎮守府に乗り込んでくるとは相当な曲者に違いない、
深海棲艦か、はたまたスパイか、番兵はどうなったのか、とか考えながら音のした方向へと走る。
「貴様何者かッ」
「あっ、やっと見つけた!」
「えっ?」
あたしはキョトンとした。鎮守府の外に知り合いはいないはずだが。
「あたしは加古だが、過去にお会いしたことある?」
「あるよ」
「何か用かい」
「逢いに来たの」
スマホの明かりを頼りにして、顔を覗き込むと、彼女はいつか助けたあの女の子だった。
「あ、あんたは。何しに来たんだよ」
「逢いに来たんですって。はいこれ」
すると彼女は鞄からおっきなスポンジみたいなのを取り出した。
「なんだこれ」
「シフォンケーキ、私が作ったの」
ここで突っ立って食べるわけにもいかないので、とりあえず食堂へ連れて行った。
そこでケーキをひと欠片いただく。
「うん、こりゃ美味しい」
「ほんとォ?」
「店でも出せるんじゃないか」
でもあたしの貧乏舌じゃ当てにならないか。
「私、艦娘になるつもりなんだけど」
「……」
それはちょっと、考えてしまうな。彼女には痛い思いはして欲しくはない。
「やめとけ」
「どうして」
「怪我すると痛いし、死ぬことだってあるから」
「加古さんがいなかったらどうせ死んでいたもん」
「だったら、その命は大切にしてやってくれ」
「でも、加古さんのために……」
「お前が何かする必要はない」
「私だって加古さんの役に立ちたいのに!」
どうしたものかと考えると、一つだけ妙案が浮かぶ。
「……手紙だ」
「えっ?」
「手紙。気が向いた時でいいから送ってくれ。恥ずかしい話、家族がないからあたしには手紙が来ないんだ」
「……うん、それって、家族になれってことね」
「違うってば」
ケーキを食べ終わると、彼女はすぐに鎮守府を立ち去った。
まあ、こうやってあしらっておけばそのうち飽きるだろう。艦娘の事なんかもすぐ忘れるさ。
こいつがどうしようが勝手なんだけど、あたしのせいで戦場に踏み込んだなんてのはちょいとね、
その上くたばりでもしたなら目覚めが悪くなることは決まったようなもんだ。
こんな美味しいシフォンケーキを作れる手に引き金なんかは似合わないのさ、なんてね。
-極秘呼び出し命令-
ある休日、いつものように一人ポツンと部屋でダラダラしていると、ノックの音がする。
開けてみると司令長官がいたんだ。驚いたよ。
「あ、あんた、司令長官」
「入ってもいいかね」
「ああ、どうぞ」
ツカツカと靴を鳴らして入り込んでくる。高級将校ってのはなんともバリッと決めた服装でカッコがいいんだ。
それが例え、司令長官のような小太りのおっさんだとしてもな。
「どうかね、調子は」
「まあまあ」
「そうか、君は家族がいないから、こういう日は寂しがってやいないかと気になってな」
「……もう慣れちまったよ」
まぁ、それなりにな。でもちょっとは寂しい。
「もしも、耐え切れなくなったら言ってくれ、なんとか協力してやろう」
「どうも」
「それから、ちょっとこれから用事があるから私の自宅まで来てもらいたいんだが」
「ええ?うん、わかりましたァ」
「これは極秘だ」
しかし、その時はあたしにだけ何かご馳走でもしてくれるのかなぁとか、
もしかして息子の嫁に、とか言われるのか、そうなったらどうしよう顔がいいならまんざらでもないなぁとか
呑気なことを考えていたわけだ、あたしだって女の子だし。古鷹?古鷹ねぇ……
それでだ、司令長官の自宅はそれなりに立派で、圧巻だった。
玄関の戸を開けると、中にいたのはなんとも冴えない男であった。
「こいつは息子だ、海軍兵学校に入るために猛勉強中なんだが」
「へえ、さいですかァ」
ちょっとがっかりだが、まあ許容範囲だ。人間中身だ、外見がある程度よければの話だが。
「おかえりなさいお父さん、いらっしゃいませ、艦娘さん」
深々と頭を下げる。
「やあどうも」
あたしは軽く手を挙げて答えた。
そこにまた、司令長官の奥さんが出てきたが、まあおばさんだな、流石に身なりは整っている。
「おや、艦娘かい、とんだ来客もあったものね」
こいつは気に入らない、艦娘というか若い娘に敵対心でも抱いてるのだろうか。
軍人の妻にはこういうタイプもままいる。夫が偉いんで自分まで偉いと勘違いするもんだからタチが悪いね。
司令長官はあたしを茶の間に案内した。
「まあ、楽にしておくれ」
楽にしろったって、こんな仰々しい家じゃ気も休まらないもんだ。
それでいて自分は酒を取り出してチビチビやってるんだもん。
「君には家族はいないんだな」
そらきた、いよいよか、ここでうっかり同意してしまうとあの冴えないのを押し付けられると思ったんで、
「うん、でもいずれはいい人を見つけるつもりではあるけど」
「はあ?見つける?誰をだ」
「そりゃもちろん、お婿って言うか……」
「ふむ、まぁ、その話は待ってくれ」
「いや、待たないけど」
「私には考えがあってだな、それについて君に相談することがあるんだ」
「いや、絶対にお断りだよ」
「話も聞かずに断るやつがあるか」
「でも聞いてからじゃ断りにくくなるし」
「断らせんぞ!」
司令長官は声を荒たげる。
「これは軍の命令だ」
「ええ!そりゃひどい!命令で婿を押し付けるなんてそりゃあんまりだよ」
「いやそんな話はしとらん」
「じゃあ縁談じゃないの」
「何を思い違いしとるんだちゃんと聞け」
このところ国内で不穏な動きがあるらしく、どうやら多くの戦災孤児、特に女児が行方不明になっているという。
「深海棲艦が女児を狙うっていうのは知っておるじゃろう」
大本営の推測では、艦娘と同様に深海棲艦の建造にも寄り代が必要で、女児がそれに当たるのではという話だ。
しかし、それだけではない。
「何者かが手引きをしている、としか考えられん」
沿岸部はもちろん内陸部でも行方不明者が多発しているという。
身寄りのない子供を拐って、それを深海棲艦に『輸出』しているのだという話だ。
「さながら悪徳な戦国大名のようじゃ」
戦国時代、キリスト教徒に接近した大名は武器や火薬が欲しいがためにこぞって自領民を奴隷として海外に売ったという。
それが、どのような結果を招くかなどお構いなしに。こんなのを有り難がってる連中の気が知れないぜ。
「そこでだ、それを調査するための特務機関があるにはあるんだが、手が回らん」
「そいつらは全部で何人ぐらいいるんだ」
「それは極秘だ」
「へー、んじゃまた」
「待て待て、帰るな」
「だってあたしに押し付けるんでしょ」
「それはそう、だが、間諜というのは」
「この変態ヤローが!」
「そっちのカンチョウではない、防諜だ」
「下手すりゃ人間を殺さなきゃいけないってんだろ、ゴメンだね」
「相手が人間だとか、そんな心配をしている場合ではない、お前だって戦災孤児の寂しい気持ちは知っているだろう。
そんな境遇の子達が更なる絶望の淵に叩き落とされておるのだぞ、お前が適任だと思うから相談したんじゃないか」
お前が適任とはなんとまぁ果報な言葉だ。……ああ、やっぱりあたしはお人好しなのかもしれない。
「そこまで言うなら、引き受けようじゃないか」
「生きて再び帰れる保証はないぞ」
「なぁに、ほんの小手調べ。苦しゅうない」
なんだ、ふてぶてしく引き受けちまったのはいいが、最初に家族のことを聞いたのはこれだからか、
畜生馬鹿にしてやがらぁ、家族がいるやつをこう簡単に死地には送れないからな。
死地に入るのも誰が為、だよ全く。
-弥生、張り切る-
さて、一人じゃどうしようもないから誰かしら連れて行きたいんだけど、
一緒に死ねと言われて死ぬ奴なんていないからさあ困った。思えばこんな難しい仕事もないよ。
あたし一人にこんな大役が務まるかどうか甚だしく怪しいもんだね。
そも、現場を抑えなければ敵さんがどこにいるのやらわからない。
数日ほど怪しいところを見回っていると、弥生がとある報告をしてきた。
「最近、変なトラックが多い」
「変なトラックだぁ?」
「海沿いに、秘密の場所があるんだけど……」
「うん」
「最近、なんだか、いつもトラックが停まってて……」
「別にトラックは変じゃないだろう」
「いや、深海棲艦が乗ってる」
「馬鹿なんでそれを先に言わんのか」
「誰かに、言ったのは、これが初めてで……」
「うーむ、こりゃ確実にアレだな」
「アレって?」
ちょっと気が引けるが、その秘密の場所を知っているのはこいつしかいない。
「弥生、あたしと来い」
「えっと……」
「大丈夫だ、あたしが死にそうな時はさっさと逃げろ」
「それは嫌です」
「何を言う、お前には家族がいるだろう」
「家族は家族、あくまでもこの命は自分だけの物です」
「だからってあたしのために使うことはない」
意外と頑固なタイプのようで、死んでもいいなんて言うんだ。死んじゃよくない。
コイツに話すんじゃなかったよ、とちょっと後悔しつつも、ついに折れてしまった。
「わかった、じゃあ弥生、お前はあたしの片腕だ」
「片腕……」
そう言われると誰でも忠誠を見せたい気が起こるものらしくて、弥生は随分と張り切っていた。
今日は動かない、自室に戻って二人で遺書でも、と思ったが、
「縁起が悪い、と思う……」
と弥生に諭されてしまった。まあ確かに死ぬ気なんざ毛頭ないんだが。
そんで、その日は二人で一緒の部屋に寝たんだ。
古鷹と卯月が怪訝な顔をしていたが、まあこんなことをペラペラ喋るわけにもいかないんで、
一言も話はしなかった。
-廃ビルの地下-
翌日にも、例の場所にはトラックが停まっていた。運転手らしき男が外に出てタバコを吸っている。
きっとあの荷台の中に誘拐された子供たちがいるんだろう。
「助け出さなきゃ」
「いや、心を鬼にして、連中の足取りを追うんだ」
弥生は不満そうだ、確かにここで子供達を助けることはできるが、
そんなことをすればこちらの計画が露見し、既に攫われた子達を永遠に助けることができなくなってしまう。
弥生は理解したようだが、納得できない様子だ。
しかし、深海棲艦の姿が見えない。
「確かに、トラックに乗っていたんだな」
「うん……」
しばらく見張っていると、海が波打つ。深海棲艦が上がってきた。
何やら会話をしている。深海棲艦っつーのは喋れるんだな。
「この発信機をつけてくるから、後ろから援護してくれ」
支給された小さな発信機だ。ちょうど影になるところからこっそり近づいて、取り付けた。
拍子抜けだが、面倒なことにならないのはいい事だろう。
これで後は待つだけだ。どこに行こうが逃がしはしないぜ。
すると、ちょうど物陰に隠れたタイミングでトラックが動き始める。
運が良かったよ、だがおかしなことが一つ、荷台に一切手を付けなかったという点だ。
引き渡しているというわけではないのだろうかね、ちょいと子気味悪い。
郊外で発信機の移動が停止し、場所を突き止めた。車が運転できるわけじゃないので、
近くまでタクシーで向かう。しばらく歩くと、そこは廃ビルであった。
「不気味……」
弥生がつぶやく。まさしくその通りで、今にも崩れそうな苔むした廃ビルだったんだ。
さあ鬼が出るか蛇が出るか。見張りはいないようなので、ちょいとお邪魔させてもらう。
中に入ると、遠くで金属音がしている。薄気味悪い。
なるべく音を立てないように、忍び足で音のする方を探す。しかし、一階には何もなかった。
「……地下、かもしれない」
「地下か」
確かにこういう時の秘密のアジトというのは地下だと相場が決まっている。
「よし、行くか」
暗闇の中、覚悟を決めて、地下への階段をゆっくりと降った。
その、廃ビルの地下にあったものは、あたしたちの想像を遥かに超えていたんだ。
-こんな凄惨な話はない-
階段を降りると扉がある。扉に耳を当て、様子を伺った。
人の気配、気色の悪い金属音、うめき声。
「どうする……」
弥生がこちらを不安そうに見つめている。
ここで突入すべきか、返り討ちにあっては無意味だ、としばし考えたけど、
あたしはそういう小賢しい真似は苦手だし、いま胸の中に燃え上がる義憤を押さえ付ける事もこれ以上できない。
「砲の準備をしろ」
「了解」
カチン、と安全装置を外す音が響く。隠密行動のため、駆逐艦の小口径砲しか持ってこれなかったが、
至近距離で当たれば例え戦艦だろうがひとたまりもない代物だ、この心配は杞憂だろう。
「3、2、1……」
グワッ!と扉を蹴破り、突入する。
「動くな!」
住を構えると、二人いた、一人はいかにもな風貌の男だが、もう一人は、深海棲艦、
技術将校だろうか、見たことのないレオタードのような服装であった。
「な、クソッ、もう嗅ぎつけたのか」
男が狼狽する。
「弥生、そいつを頼んだ」
すると弥生は近づいて、そいつの頭をぶん殴った。変な悲鳴を上げながら倒れる男。
おいおい、殺してないだろうな、と思ったが、ひとまずは無事のようだ。
「あとは貴様だ、深海棲艦」
砲を突きつける。何やら物言いたげな表情だ。
「だから、言ったのだ、こんなところではいずれ見つかると」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる」
「私を殺すか?」
「そういうわけにもいくまいよ」
そいつはフンッと鼻を鳴らす。口を割る割らないにしろ重要人物だ、殺すわけにはいかない。
すると突然、弥生の悲鳴が聞こえた。
「他に誰かいるのか」
「いや、ここには私とそいつだけだ」
「来い」
グイとそいつを引っ張って弥生の方へと向かう。
「乱暴はよせよ」
「弥生、何が見えた」
「あ……あぅ……」
あたしは、つい探照灯を照らしてしまった。
「ウッ!」
そこには大勢の子供たちの、足、が乱雑に置かれていた。
足だ、ただの死体ならどれだけ良かったか。
いくつもの足が、右か左かもわからない足が、積み重ねられて、山になっていた。
気分が悪くなる、弥生も口を押さえていた。
「な、なんだこりゃ」
「不要な部分だ、重雷装艦は足を必要としない」
「ここで作っているのか」
「ああ、そうだ」
驚いた、深海棲艦、少なくとも重雷装艦チ級は、日本製だったんだ。
「もう相当数が配備されている」
ちくしょう、ふざけた真似を、なんたる侮辱だ、こんなことって。
弥生は腰が抜けた様子で、ガタガタ震えている。
あたしの中で、怒りの炎がメラメラと燃え上がる、だがここで冷静さを欠いてはならないんだと言い聞かせ、
なんとかそれを飲み込んだ。この女は連れて帰らなければならない。
「弥生」
呼びかけるも返事はない。ただすすり泣いているだけだった。
「お前にはまだまだ聞くべきことがある」
「ああ、いいとも」
「やけに素直だな」
「断ったところで、私は痛い目に遭うのは嫌なんだ」
調子のいいやつ。それでコイツはこういう裏工作をやっていたわけか、でもそれってどうなんだ。
「ところでだ、子供たちはもういないのか」
「いるよ、向こうに」
「……」
「大丈夫だ、別に罠なんかは仕掛けていない」
とりあえず、その話を信じて、彼女の指差した扉を開く。
ギィッと金属製のドア特有の甲高い音を鳴らし、中を覗くと、重雷装艦チ級がズラリと並んでいた。
大きな機械は金属音を鳴らして艤装を組み立てているようだ。
チ級の一人がこちらに気がつくと、叫び始める。
「助けて!」
それにつられて皆が助けて、ここから出して、と喚き散らし始めた。
「おい、お前、これは、助かるのか」
「まず無理だろう、艤装をつけた瞬間から人間だった時の記憶は薄れていく。外せば命はない」
「じゃ、じゃあ……」
「艤装をつけたまま助けたって、いずれ記憶がなくなり、怨みだけの存在となって暴れ出す」
「あたしは……あたしはどうすればいい……」
「……」
するとそいつは、チ級たちに繋がれたバルブのようなものを閉めた。
「これで、生命維持のための燃料の供給は断たれた、いずれ息を引き取る」
チ級たちはワーワー罵詈雑言を浴びせてきた。
「助けることはできないのか」
「人間に害を為さない形では不可能だ」
「そうか……」
無念、悲しみ、情けなさ、こんな惨めな事はない、
目の前の大勢の人々を誰一人として助け出すことのできないこの無力感は、到底言葉で表せる物じゃなかった。
彼女たちは皆死んでしまうんだ、ひょっとして、このまま深海棲艦として生まれ変わった方が
彼女たちにとっては幸せだったのかもしれない。
このまま深海棲艦になって自分たちの家族や友人を殺してしまうかもしれなかった、
だから、仕方がなかったんだと一言で済ませてしまってもいいものなのだろうか。
なんと情けない、艦娘であるのに、彼女たちを救うべき立場にあるのに、助けることができなかった。
そして、同じ戦災孤児であるのにあたしだけが助かったのだから、世の中というのは不条理なものだ
-白雪の話-
この作戦により、沿岸警備隊、すなわち海防艦などが多く徴用、建造されることとなる。
今までは深海棲艦が陸上にて作戦行動を行うとは考えられていなかったんだ。
一先ずはこれで国民の安全は守られることとなるだろう。
現場からは大量のレアメタルが見つかった、やはり人身売買が行われていたようだ。
連れ帰った深海棲艦は尋問により空母と判明し、その技術は俗に言う『龍驤型空母』の建造に役立った。
また重雷装艦たちもその場で荼毘に付され、彼女たちの艤装の仕組みは後の改球磨型や甲標的など、
様々な水雷の分野に活用されることとなった。……彼女たちが、不本意だろうが遺してくれた遺産だったんだ。
この作戦で弥生は一時的に軍隊から離れることとなった。あの光景がかなり響いたようでASDと診断されたそうだ。
ひと月ほどの心理療法を受けるらしい。それ以上長引けば今度はPTSDと診断されるとか。
しかしあたしは、自分でも驚く程にかの出来事に対して冷静だった、冷酷といってもいいぐらいに。
既に陰惨な経験をある程度積んでいるからとか、心がそういう質なんだとか、色々憶測を立ててみたが、
要はイカれたのが後天性か先天性かの違いでしかないから、結局のところあたしには戦争の才能があったってだけの話なんだ。
とにかく、弥生がいなくなった以上は単独で任務を行おうと思ったが、司令長官の指示で白雪が新たにやってきた。
説明しようと思ったら、一通り概要は聞いていたようだ。
「じゃあゆっくり、尋問の結果を待ちましょうか」
「どうなると思う」
「一先ず今回は、末端の連中は芋づる式に摘発されるでしょう」
「黒幕はどうなるかな」
「それを探さなくてはなりません。しかも相手は深海棲艦、手を組んでいるなら戦闘部隊も潜んでいる可能性があります」
「一戦交えることになりそうだ」
「最悪市街戦になるでしょう」
「悪い奴もいたもんだ、人類の敵と手を組むだなんて」
「金でしょう、金は大抵の人を狂わせます。この時代レアメタルは大変高価ですから」
「金か、でも長期的に見れば損なんじゃないか。戦争に負けたら金なんか役に立たない」
「その通り、ちょっと考えればわかります。ですが現に手を組んだ」
「どういうことなんだ」
「人類が勝つという確固たる自信があるんです」
「なんだそりゃ、自分は深海棲艦に肩入れしているのに」
「そうなんです。戦場のことなんかまるでわからない市民やゴロツキなんかは負けるかもしれないと思うはずなんです、
しかし今回の黒幕はそうじゃない、勝ちうるということを知っている、知る立場にあるんですよ」
「ということは」
「私たちの中、あるいは指揮官たちの中に裏切り者がいる」
まァただの憶測ですけどね、と彼女は付け加えた。
彼女の言う話はもっともだ。獅子身中の虫、ということなのだろう。
「司令長官は」
「間違いなくシロではないでしょうか、でなきゃこんな命令は出しません」
あたしは安心したよ、彼が裏切り者ならこれは大事だ。こうなれば、調べるべきはこの鎮守府だ。
白雪に命じて艦娘、指揮官、整備士や客人に至るまで全ての素行調査をやらせた。
この白雪という艦娘は恐ろしく有能で、瞬く間に資料を集め提出してきたんだ。
こうして見るとここに勤務している将校ってのは意外と多いんだが怪しい奴は一人、
外出の時間が不自然で、回数も多いと来たもんだ、嫌疑はかけてもいい。
そいつは立派にヒゲを蓄えている、ヒゲ提督とでも呼ぼうか。
第十六戦隊司令、つまり球磨たちの指揮官だったんだ。
-切れ者タマ公-
どうやら白雪がこんなに早く資料を出せたのはどうやら多摩のおかげらしい。
彼女が正確な情報を記録していてくれたんだという。
やけに早いと思ったぜ全く、と思いきやそれは半分ぐらいで残りは自分で調べたらしい。やっぱバケモノだ。
とりあえず、一言お礼でもと思い彼女の部屋を訪問した。
「にゃあ、なんにゃ」
彼女はソファで眠そうにしている。
「ちと礼をしに来た」
「怖いにゃ」
「違う違う、そのお礼じゃない」
「何かしたかにゃ」
「白雪に教えてくれたそうじゃないか」
「ああ、あれがどうかしたにゃ」
「ありがとう、礼を言うよ」
「そんなことで礼を言われちゃ万年頭を下げなきゃならないにゃ」
そう言って多摩はゴロンとソファに寝転んだ。
「で、なんで必要だったにゃ」
それを聞かれちゃ痛いところだ、なんとか誤魔化さなきゃ。
「ああ、それはちょっと好奇心でね」
「好奇心?」
「誰が何してるのか、誰と仲がいいのか、結構わかるんだよアレ」
「ふーん……深海棲艦との仲良しさんも見つかるにゃ」
「そうそう……えっ?」
「多摩はなーんでも知ってるにゃ」
なんだい、知ってるなら先に言えってんだ。
彼女はこの疑惑について知っていたので、白雪の時にピンときたのだという。
「にゃっはっはっはっは」
変な高笑いをした。なんだそりゃ。
「いつ怪しいと思ったんだ」
「秘書艦の時、ぼんやり書類を眺めていたんだにゃ」
多摩は書類の写しを取り出した。金属を業者に売ったと思われる伝票だ。
「すぐさまコピーを取ったにゃ」
「よくそんなことが出来たな」
「多摩は経験豊富だからにゃ」
数年前のロシア戦線に参加した艦娘には常識らしい、あそこは敵は深海棲艦だけとは限らなかったとかなんとか。
特に主力となりシベリアに駐屯した球磨型は情報戦に長けており、ロシアへの日本の機密情報の流出を防いだ。
現地雇用者はスパイだと思え、というのは外交、諜報関係じゃ基本中の基本なんだという。
「あいつはそのロシアからの付き合いだけど、残念だにゃ」
「しかし、これだけじゃ繋がりがあるかどうかはわからないな」
「うんにゃ、掴んでいるにゃ。だから動きがあればまた報告するにゃ」
「はァ、じゃああたしらすることないじゃん」
「そうだにゃあ。それからもう一つ、お前さん、利用されてるにゃ」
「何?」
「司令長官にゃ。彼にとってヒゲのは邪魔でしかないにゃ」
「どういうことなんだ?」
「ヒゲのは艦隊決戦主義者で、司令長官に強攻策を何度も提言しているにゃ」
「そうすると、司令長官は慎重派か」
「そうにゃ。司令長官にとってヒゲのは目の上のたんこぶだにゃ」
「でもこれってどうなのかにゃ、今にも深海棲艦に占領された土地の人間は殺されているかもしれないにゃ」
「なら早急に助けるべきなのか」
「いや、失敗すればこちらの被害も無視できないものになるにゃ」
「んん?じゃあどうすればいいんだ」
「それを争っているわけにゃ。そこで、司令長官があることを吹き込んだにゃ」
「じゃあ人身売買は」
「いやそれは違うにゃ、少なくともあの人はそこまで外道じゃないにゃ」
「ホッ」
「海底のレアメタルだにゃ、どさくさに紛れて集めて売り払えば小遣い稼ぎになる、と」
「なるほど、国内の工業にとっても資源が買えるのは嬉しいことだしな」
「最初こそ小遣い程度だったのが、どんどんエスカレートしてより多くのレアメタルを欲しがったにゃ」
「そうなるとその分艦娘たちを動員しなきゃいけなくなるな」
「そうにゃ。しかし、深海棲艦と対話が可能であることに目を付けたヒゲのは、ついに禁忌を犯すにゃ」
「むぅ……」
「金に目の眩んだヒゲのはもはや正義なんか忘れてしまって、司令長官の座は安泰、というわけにゃ」
「そういうこと、か」
「でも、そんな奴軍隊に必要かにゃ?」
「それであたしに、命令を……」
「なんだか、人間不信になっちゃいそうだにゃ」
「うん……」
多摩は背中を掻きながらあくびをした。
「ふわぁーあ。とまぁ、そんな具合にゃ」
「伊達に歴戦じゃないってわけか」
正直なところ、驚きを隠せない。こんな飄々とのんびりとしてそうな艦娘がこれほどとは、
一体誰が想像できるんだろうな。意外に優秀なのは多摩の方だったか。
「さっきも言ったけど、何か動きがあればその時は手伝えにゃ」
「そりゃお互い様だ」
だが、一つだけ釘を刺さねばなるまい。
「もし、あたしたちが嗅ぎまわってると密告してみろ。その時は」
「心配症だにゃあ」
多摩はふぅーとため息をつき、伝票の写しをしまうとそのまま眠ってしまった。
-ヒゲの提督粛清命令-
白雪にその事を話すと、顔を真っ赤にして怒り出した。
「それは、司令長官の命令ですか」
「いや、別に」
「じゃあ何故ッ!もし多摩さんが敵側だったらどうするんです!!」
「そんなはずは」
「独断でそう決めるなんて、あまりにも慎重を欠いています」
「……すまん」
確かにこの行動は軽率を免れないだろ、やっぱりあたしはこういうこすずるい真似は向いてないのかもしれない。
それから数日ほど何にも連絡がないのでのんびりしていたんだが、ある雨の日に多摩から電話があった。
『ついに動き出したにゃ』
「なんだと」
『司令長官からすぐに命令が下るはずだにゃ』
「気が早いな」
『そんな悠長なことは言ってる場合じゃないんだにゃ』
すると、扉からノックの音がする。
「ああ、来たよ。切るぞ」
『あいあいにゃー』
「どうぞ」
と言うと扉が開く。司令長官と白雪だ。
「その様子だと、知っているようだな」
「ああ、何から何まで聞いたよ」
「確かに、ワシの落ち度だ、まさかあそこまでやるとは思わなかったよ」
「レアメタル自体は必要なものだし、別に司令長官が人身売買を唆したわけじゃないから」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「それで、ついに動き出したんだな」
「ああ、やつめワシを引きずり下ろそうとしているようだ、じゃがそうはいかん」
「司令長官」
白雪が催促する。ゴホン、と一つ咳払いして、
「気をつけッ!」
と言った。
「ヒゲの提督、村田海軍中将は明朝を期して暴動を起こすべく、暴徒に命令を発した。
これを未然に防ぐべく、第十六戦隊、第六駆逐隊、第七駆逐隊は市内の警戒にあたる。
第六戦隊、及び第十一駆逐隊、第三十駆逐隊は村田中将の私邸を包囲し、村田中将を逮捕せよ。
また、警戒部隊の旗艦を多摩、包囲隊の旗艦を加古とする、以上」
さァ大変だ、のんびりなんかしていられない、しかし白雪の方に先に伝達が行くんだから、
あたしってば信用されてないのかな。まぁこれは流石にしょうがないか。
とにかく、ぐずぐずして時を逸すればヒゲの提督に察知され、事態はより複雑になるだろう。
あたしは該当の部隊の元へと走った。みんな慌てて艤装を装備し、門前に整列した。
「今回の旗艦はあたしとなった、よろしく。なんて言ってる場合じゃない!駆けあーしッ!」
誰かのツッコミが聞こえてきそうだが、日々の訓練のかいあってか機敏な動作を示した。
ヒゲ提督はレアメタルを売った資金で私腹をこやしているからか、郊外に大きな別荘を建てていた。
部隊がそこにたどり着くと、門前にいかにもなならず者たちが日本刀だの拳銃だのぶら下げて立っている。
こちらに気がつくと、中から数十人ほどぞろぞろと現れてきた、中には抜き身を構えて臨戦態勢の者もいる。
しかしこちらは天下の艦娘様だ、そんなガラクタは通用しない、あたしは構わず命令を出す。
「第十一駆逐隊右翼、第三十駆逐隊左翼、単横陣!第六戦隊前ぇ!」
ザッと隊形を変え、主砲と機銃を構える。あたしは先頭に立った。
「無駄な抵抗はやめて、武器を捨てろ!お前たちに勝ち目はない!」
威勢良く言ったつもりだけど、どうやら向こうさんには滑稽に映ったらしい。
「ははは、お嬢ちゃん方、そんなおもちゃ並べて軍隊ごっこかい?」
「どうだい、おじさんたちがいいとこ連れて行ってやろうか」
あいつら立場わかってんのかよ、と後ろで睦月のボヤキが聞こえた。
そりゃあまあ、結局のところでこっちの見た目は普通の女の子だから、掛け合いはうまくいかない。
-古鷹の負傷-
するとこの時、駆逐艦一威勢のいい深雪が軍刀を抜いて飛び出した。
「埒があかねーんなら、こうすりゃいいんだよ!」
彼女はそう言って、相手側に近づいていく。
「おいおい、おじさんは不死身なんだよぉ」
嘲笑の声が聞こえたが、お構いなしに先頭にいた男を軍刀で突いた!
その男の様子を見ると、どうやらおもちゃにしか思っていなかったらしく、
なんの回避行動も取らなかったが、深雪の軍刀が腹に突き刺さり地面に倒れこんだ。
「不死身とは、おっしゃいますねぇ。ざまあみろだ、お前ら社会のゴミなんぞ皆殺しにしてくれる」
血のついた刀を振り上げ、勝鬨を上げた、これに呼応したのか、駆逐隊が一斉に砲火を浴びせ始める。
「もういい、撃てェッ!」
あたしは慌ててちょっとだけ遅い号令を出した。古鷹や青葉、衣笠も撃ち始める。
ならず者連中は、ある者は百発ぐらいの銃弾をぶち込まれて蜂の巣になり、
またある者はガオォーンと轟音を鳴らして発射される砲弾を喰らい粉々になる。瞬く間に全滅してしまった。
深雪も無数の流れ弾を受けたようだが、割とピンピンしていた。
「さて、ヒゲの提督を探しましょう」
古鷹が言う。だが周りの様子を見ると、流石は艦娘なだけあって人型の的を撃つのは得意だが、
人の死体を見るのはあまり慣れていないようで、自分たちで築き上げた死体の山を気味悪がっていた。
「古鷹、アイツを探すぞ。青葉、衣笠、外を頼んだ」
「了解ですです」
青葉は割と元気そうだが、衣笠は口を押さえて青い顔をしていた。
機銃や砲の痕でボロボロになった扉を蹴破り、別荘に入り込む。
もう抵抗は無いだろう、とすっかり安心しきっていたんだが、これがいけなかったんだ。
どうもかなり大きな洋館らしく、ドラマに出てくるものそのまんまな階段があった。
ロビーの真ん中で、辺りを見回していると砲声が鳴る。と同時に古鷹がうずくまった。
「あうぅぅぅぅぅぅがあぁぁぁぁぁ」
古鷹が顔を押さえ込んで呻き声を上げている。あたしは慌てて索敵を始めたんだ。
だが二階は少し薄暗く、敵さんは見当たらない。
「ど、どこだ!」
再び砲声が鳴った、しかし今度は逃がしはしない、二階の、左から二番目の支柱だ。
ガォン!と砲を撃ち込むと、黒い血が飛び散る。やはり深海棲艦だったようだ。
あたしは二階に駆け上がる、向かった先には重巡リ級の死体が転がっていた。確かに息の根を止めることが出来たようだ。
また階段を下って古鷹の元に駆け寄る。
「古鷹、無事か」
「うぅうぅ……目が……足が……」
一発目で左目、二発目で左足を撃ち抜かれたようで、血を流して倒れ込んでいる。
畜生、やりやがって、あの重巡めが、よくも古鷹を、だが仇はとった。
「出よう、後は青葉たちに」
「加古ぉ……」
古鷹の肩を持ち、なんとか館を出ることができた。
「青葉、事情が変わった、後は頼んだ!」
「古鷹!?深海棲艦がいたの!?」
「ああ、要警戒だ、平気そうな駆逐艦を何人か連れていけ」
「え、ええ……古鷹は……」
「だ、大丈夫だよぉ……」
嘘つけ、大丈夫なんかじゃないクセに。
青葉と何人かの駆逐艦が館に入るのを見届けると、古鷹を座らせて、傷口を見てみた。
左足、膝を貫いているようで、足を動かすとプラプラしていた。古鷹が苦痛に唸る。
「すまん、あたしが軽率にあの館に入ったから」
「加古のせいじゃないよぉ」
「そう言ってくれると、少しは気が楽になる」
あたしの気が楽になったってしょうがないんだ、畜生、どうして古鷹がこんな目に。
目といえば、と思い出して問いかける。
「古鷹、目は」
「痛い」
かなり痛むようで、無事な方の右目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
その涙を手で拭うと、なぜだかわかんないんだけど、彼女口元を緩ませるんだ。
それを見ると、なにか古鷹に無理をさせているみたいでなんだか自分が情けなくなってきちゃった。
溢れそうになる涙をなんとか我慢しながら、衣笠に指令を出す。
「衣笠、あたしは古鷹を入渠させに戻るから、後は頼んだ」
「うー、わかったァ」
衣笠はまだ調子が悪いようだが、了承してくれた。
そして古鷹を、聞いた話じゃこれお姫様抱っこって言うんだってな、そんな風に抱え上げて、
鎮守府に向かって一直線に走り出す。振り落とされないよう、古鷹の腕はあたしの首の後ろにしっかりと回されていた。
続き
【艦これ】重巡加古はのらりくらり【弐】



とりあえず卯月の母兄殴ってくる