小さな窓から漏れる光がどういうわけか気に障る。
カチャカチャと音を立ててお茶の準備をしてみるも、暗い視線は依然離れてくれない。
元スレ
マミ「近すぎず遠すぎず」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1303289842/
「……一体何の気紛れかしら。せっかくの休日がこれじゃあ台無しね」
「そんなつもりはなかったのだけど」
「なら早く用件を言って帰ってくれない?」
冷たい声になるのも当然のこと。
それなのに、突然やって来た暁美ほむらという魔法少女は、少し迷惑そうに
顔を顰めた。
相も変わらず何も言わないが。
私はこの子が苦手だった。
何を考えているのかわからないような、それでいてその真っ暗な瞳は世界の全てを
見透かしていそうで。
恐い、というのは少し違う。
同じ魔法少女として、この子の動向が気に入らず、魔法少女としての私とこの子が
まったく違うということだけなのだ。
目の前にいるこの子は人間じゃないような、そんな目をしている。
だから、苦手。嫌いというには遠すぎる関係。
「いい加減、黙ってないで何か話したら?」
「……えぇ」
珍しく、暁美さんは言葉を探しているようだった。
いつもはズバズバとこちらの心に刺さるような言葉ばかり吐くくせに。
私は小さく溜息をつくと、少しだけ乱暴に暁美さんの前にティーカップを置いた。
「本当は出すつもりなんてなかったんだけど」
「ならいらないわ」
やはり可愛げのない口調で私にティーカップを押し返す暁美さん。
まったく。
「せっかく淹れたんだから飲んで」ともう一度押し返すと、暁美さんはすぐにそれに従った。
喉でも渇いていたのだろうか、ぐいっと。
「……それで、どうしたの」
今度は出来るだけ優しく聞こえるように、私は訊ねた。
暁美さんはティーカップを受け皿に戻すと、その白い喉をこくっとならし飲み干すと、
そっと目を伏せる。
その様子を見るのは初めてじゃないような気がしたのは気のせいだろうか。
今の彼女の様子が、本当の暁美ほむらのような――
「……一緒に戦って欲しいの」
不意に。
暁美さんは口を開いた。お替りのお茶を注ごうと身を乗り出したときで、私は危うくそのまま
前のめりに倒れそうになった。
「一緒に――?どういう意味かしら」
「そのままの意味よ」
目はじっと下に伏せたまま、暁美さんは言った。
いつもとは打って変わって自信なさげなその様子が、とてつもなく新鮮に映る。
「……魔法少女として、あなたと一緒に戦えと」
「えぇ」
間もあけずに暁美さんが頷く。
私はなんと答えるべきなのか、ただ実際には決まっていたようなものなのだけど。
「今日だけでいいの」
か細い声が、そう言う。
カチャカチャとテーブルに置かれたティーセットが音を鳴らす。
私はとりあえず、さっき中断してしまったお替りのお茶を暁美さんのティーカップに
注ぐと、自分の分も淹れて暁美さんの前に腰を下ろした。
「残念だけど、それは無理ね」
暁美さんの肩が小さく震えた。それでも、顔を上げた暁美さんの表情は、
残念そうでも何でもなく、「やっぱり」といった類のものだった。
彼女も私の答えをわかっていたのだろう。
元々暁美さんとは敵のようなもの。
それが突然共闘しろなんて言われても出来るわけなんてないのだ。
寧ろ、命を狙われるほうが納得できる。
「……そう」
だけど、暁美さんの声は酷く疲れきっていて。
少しだけ、今の自分の言葉に後悔した。
それを埋め合わせるかのように、私は言葉を紡ぐ。
「けれど、いきなりどうして」
「何でもないわ。……それならいいの、私は帰るわ」
ガタッ。
静かな部屋に大きな音を響かせて、暁美さんは椅子から立ち上がった。
だけどその様子はいかにも緩慢で、しかも危なっかしかった。
「……暁美さん。あなた、もしかしてどこか怪我でもしてるの?」
驚いたように、暁美さんは私を見た。
当たっていたのだろうか。
「それで戦えないから私と一緒に戦って欲しい――そういうこと?」
もしかしたら、この言い方は暁美さんのプライドを傷つけたのかも知れない。
バサッと音がしそうなほどに大きく髪を後ろに流すと、暁美さんは「違うわ」
元気の無い声で答えた。
「まるで肯定しているようにしか聞こえないんだけど」
「どこ?」と暁美さんに一歩近付くと、暁美さんは思いの外素直にその箇所を
見せてくれた。
「……魔女との戦いで?」
「それ以外に何があるの」
思わず目を覆いたくなるほどの。
暁美さんの左腕にある生々しく痛々しい傷。さっき髪をかきあげたのも左腕。
相当我慢していたんだろう、なんて意地っ張り。
「どうしてちゃんと治療しなかったの」
普通、魔法少女としてキュゥべえと契約した子はそれなりに治癒能力が高くなり、
このくらいの怪我なら一日かそこいらで治るはずなのだ。
ちゃんと治療すれば、の話なのだが。
「……その時間がなかっただけ」
「じゃあその時間は何してたの?」
自然と声が尖ってくる。
いくら気に入らない子だとはいっても、同じ魔法少女で同じ女の子。
何だか苛立ってしまう。
「魔女と戦ってたわ」
「……この怪我を放っておいたまま?」
こくっ。
暁美さんは俯きがちになりながらも確かに頷いた。
それでどうしてもきつくなってこの街唯一の魔法少女である私のところへと来たのだろうか。
「バカじゃないの?」
「わかってるわ。……わかってる」
弱弱しい声に、私は今日一番の溜息を吐き出した。
どうして早く帰って欲しかったのにこんなことになるのか。
それでも、私は暁美さんを放っておくことは出来なかった。
「今日は私の家で寝なさい。治療、してあげるから」
暁美さんの目が、私の顔を怪訝そうに捉えた。
当たり前だ。私でも自分の言葉が自分のもののように聞こえなかったのだから。
けど、この子が頼れるのは私しかいない。
たぶん実際そうで、だから私はこの子を助けなきゃいけない。
なぜかそう思った。
苦手だとか、嫌いだとか、そんなのは関係なく。
こんなに弱りきった暁美さんの姿を見ることが、何となく、嫌だった。
「……そこまでしてもらわなくてもいいわ」
「私だって好きでするわけじゃないもの。私の直感」
「意味がわからないわ」
それはそうだろう。
私だって自分で自分が何を言っているのかわからないのだから。
「どうせしてくれるのなら、私と一緒に――」
「それは無理」
「どうして」
今にも食いかかってきそうな暁美さんの視線を流し、私は台所の隅に置いてあった埃をかぶった救急セットを手に取った。
とりあえず、今あるこれで応急処置をするしかない。
後で新しい包帯や薬を買いに行かなくては。
「どうしてって、そんなのわかりきってることでしょう?そんな身体で戦えるとでも思ってるの?」
「それは……っ」
「無理でしょ。私ならそんな怪我をした日は絶対に外に出歩かないわ。それに、今のあなたと
一緒に戦って私が無事に生きて帰れる保障なんてないじゃない」
きっと今の暁美さんは足手纏いにすらならないだろう。
深い傷はさすがに神経にまでは到達していないようだが、たとえちゃんと治療しても
今夜あたりに熱でも出しそうなほどだった。
言い方はきつかったかも知れない。
もちろん、自分のことが可愛いというのもある。
だけど、何より暁美さん自身をこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。
「今のあなたじゃ私の命まで守るなんて言えないでしょ?」
「……でも」
この子はこんなに物分りの悪い子だっただろうか。
自分のことでも、冷静に――いや、冷淡に見詰められるはずだった。
「……私はやっぱりあなたのこと、何も知らないのかしらね」
小さく呟く。
そのまま、私は暁美さんの左腕に手を触れた。
痛かったのか、暁美さんが小さく声にならない声を発する。
「どうしてそんなに魔女と戦いたいのよ」
「……戦いたいわけじゃ無い」
それはそうだろう。
誰もあんなのと好き好んで戦う女の子なんていないわけで。
「ならどうして」
「……守らなくちゃいけないの」
「守らなくちゃ」
暁美さんのその言葉は何を、誰を指しているのかはわからない。
けど、その声があまりにも優しくて。
「今日くらい……大丈夫でしょ」
慰めるつもりなんて毛頭ない。
けれど、自然とそんな言葉が零れ落ちる。
そうだ、魔女は必ずしも毎日毎日人間を、この街を狙うわけではないのだから。
たとえ狙っていたとしても、暁美さんの守りたいものは大丈夫。
そう伝えたくて、私は暁美さんの頭に自分の手を乗せてみた。
暁美さんの頭は熱くて、やっぱりこの子も普通の人間なのだと。
そんな失礼なことを思ってしまう。
「たまには休む事だって大切よ」
暁美さんは何も言わない。
本当は立っていることすら辛いのかもしれない。
それでも、小さく、本当に小さく、暁美さんは頷いた。
その瞬間、何だか妙な気分になった。
私は暁美さんという一人の魔法少女を、本当の意味で魔法少女としてしか見ていなかったのかも知れない。
◆
コチ、コチ、
時計の秒針が回る音が聞こえるほどに静かな部屋は、何だかおかしな感じだ。
それに、私のベッドでつい昨日までは絶対に仲良くなりたくないと思っていた女の古賀
寝ていることも。
「……少し痛むと思うわ。大丈夫?」
「このくらいの痛み、平気よ」
そうは言いつつ、顔をしかめていることに自分では気付いていないのだろうか。
それが少しおかしくて、私は思わずくすっと笑う。
暁美さんが不機嫌そうに私を見た。
「……なんなの」
「何でもないわ」
薬を塗り終えると、とりあえず一息。
傷は塞いでしまったが、油断は出来ない。現に既に腫れてきている。
これじゃあ今夜は眠れないほどに痛いだろう。
「腕、上げて」
「……えぇ」
「……上がってないんだけど」
必死に腕をあげようとするも、多分痛みのせいで思うように動いてくれないのだろう。
けれどその様子が少し可愛いと思ってしまう。
普段なら、その様子さえ涼しく見えて苛立っているような気もするのに。
「もうそれくらいでいいわ。包帯巻けるくらいでいいんだから」
「……そう?」
ほっとしたように暁美さんが僅かにだけ力を抜いた。
胸と腕の間すれすれに手を通し、包帯を巻いていく。
きつすぎるても緩すぎてもだめ。その加減が中々難しい。
「よし……これでいいかしら」
腫れのせいで歪な形にも見えるが仕方無い。
触れるだけでも痛いらしく(暁美さんが痛みを我慢するときの癖らしい)、
包帯を巻いている間中、終始眉をぎゅっと顰めていた。
「これで少なくとも、危ない黴菌が入ったりすることはないわ。ただ、今夜は痛むでしょうけど」
「……そう」
ほっと息を吐くと、暁美さんも同じように息をついた。
息をするのを我慢していたのか、大きな大きな溜息だった。
そして、私の手にかかったその息は、とてつもなく熱かった。
外はいつのまにか真っ暗。早速熱も出てきてしまったのか。
「暁美さん、横になって」
「そうさせてもらうわ」
上半身を起こしていることさえ既に辛かったのだろう、暁美さんは私のベッドだというにも
関わらず、よろよろと寝転んだ。
長い黒髪がばさりと広がる。
綺麗な髪。
触れたくなるほどに、艶やかな。その衝動を押しとどめ、私は訊ねる。
「水、持って来ましょうか。喉渇いてるでしょ?」
「……いらない。水じゃなくって、熱いものが飲みたい」
熱があるのに熱いものが飲みたいなんて。
確かに熱いものを飲んで汗を流すというのも一つの手だろうけど。
けど、暁美さんが自分から何かが欲しい、と言うのは珍しい。
「あなたの淹れたお茶が、飲みたいの……」
熱のせいで潤んだ目が。
いつもより数倍、優しい色をした目が。
私を見上げる。
きっと熱のせい。きっと熱のせいで私を誰かと勘違いしているのだ。
そう思うほうが気は楽だ。
でも、私はそうは思いたくなかった。
暁美さんに潤んだ目で見られ、弱弱しい声で縋られるのはなぜか苦しく辛い気分に
なるのに、嫌じゃない。
「はいはい」
軽く返事。
それだけで、暁美さんは今度こそぐったりと寝転んだ。
よっぽど信用されているというわけでもないのだろうけど、昨日よりは心を許して
くれているのだろう。
それが何だかくすぐったい気がして、私は暁美さんの側から逃げるようにして
部屋を出た。
――――― ――
お茶を淹れて寝室に戻ると、暁美さんは眠っているようだった。
せっかく淹れてきたのに。
そう思うもののそれだけで起こすのは可哀そうだ。痛みのせいで満足に眠れないかも
知れないのだから、眠れるときには眠った方がいい。
お茶は冷めてしまうけれど仕方が無い。
暁美さんが起きたらもう一度、温かいものを淹れてあげよう。
そう決めながら、私はベッドの淵に腰を下ろした。
暁美さんの髪に触れてみる。
見た目どおり、綺麗な髪だった。けれどところどころ解れていて、それだけ魔女との戦いのせいで
手を入れる時間さえなかったのだということを私に気付かせた。
必死だったんだろうと思う。
何を守りたいのか、何がそんなに暁美さんを追い詰めるのか。
それは私はよく知らない。知りたいとも思わない。だけど、必死だった。
それだけは彼女のことを何も知らない私にもわかること。
暁美さんは冷淡な“魔法少女”ではなく、一人の優しい心を持つ“人間”で。
「……痛いでしょうね」
呟く。左腕の傷も、たぶん、暁美さんの心も。独りぼっちで戦う痛みは、私もよく
わかっているつもりだから。
それでも一緒に戦えないと思うのは、私が冷たすぎるのか、それともおかしな
プライドが邪魔しているのか。
暁美さんだってきっとそうだったはず。私に共闘を申し込んだときの彼女のプライドは、
きっとずたずたにされた。
もしかしたら、今でもまだ暁美さんの心は血を流し続けているのかも知れない。
プライドが傷付けられ、その上暁美さんが敵と見做している同じ魔法少女の私に怪我の
治療をされて。
ある意味、今の私は一番彼女に嫌われる存在。
あとで疎まれたって、それこそ銃口を向けられたって仕方が無いことをしているのかも
知れない。
なら今、暁美さんの腕に巻いた包帯をほどいて傷口をぐちゃぐちゃにすればいい。
だけどそれも違う。
――私は。
暁美さんに、嫌われたくは無い。
だけど、好かれたくも無い。
それだけなのだ。それだけで暁美さんを引き止めた。そういうことにしておく。
他の理由を考えてしまったらきっと私はおかしくなってしまう、そんな気がする。
「……っ」
ごそごそ音をたてて寝返りを打った暁美さんが、突然目を覚ました。
左腕が痛んだらしく、右手で左腕を包むようにして触れた。
「……痛む?」
まだ起きたばかりのぼーっとした視線のまま、暁美さんはこくりと幼い子どものように
頷いた。
「喉、渇かない?」
こくり。
また暁美さんが頷く。私は側に置いてあったティーカップを手に取ると、まだ温かいことを
確認して暁美さんの口許に持っていった。湯気は出ていないが、熱すぎても火傷してしまうかも知れない。
暁美さんの薄く開いた唇にお茶を流し込む。こくこくっと白い喉がリズム良く動く。
私は、暁美さんのことは今でも苦手だと思う。だけど嫌いとは違う。恐いとも違う。
たぶん、私たちは昨日のように遠すぎる関係ではない。
だからこそ、嫌いだとは言えない。暁美さんのことが恐いとも思わない。
近すぎるわけでもなく、遠すぎるわけでもなく。これが今の私たち。
「……ありがとう」
少し掠れた声がした。
熱はまだ下がっていないらしい。暁美さんの頬が仄かに赤みを帯びている。
心なしか、呼吸もさっきより幾分か早くなっているような気がする。
「ありがとう」
私はお礼なんて言われるようなことは何もしていないのに。
きっと、暁美さんに嬲られて当然のことをしている。
暁美さんは重そうな目蓋を再び閉じると、私に背を向けた。
わざとなのか、たまたまなのか。
だけどわざとであって欲しいと私は思う。
明日の朝になれば、暁美さんはきっと私を射るような視線で見るだろう。
それでいい。そうしてほしい。そうでなければ今度は私が今のあなたのように――
暁美さんに、縋ってしまうだろう。
久しぶりに感じた人の温もりが、私をおかしくさせている。
だからさっさと断ち切って欲しい。これ以上はきっと。私は独りぼっちで戦えなくなるから。
「お休み」
暁美さんの背中に呟く。
静かな寝息が聞こえる。
「――さよなら」
近すぎず遠すぎず。
私たちは、そんな関係がちょうどいい。
明日にはもう、私たちは敵だから。
終わり
54 : 以下、名... - 2011/04/20(水) 21:21:29.87 25CtXjJW0 34/34
久しぶりの地の文だから色々至らない点ばかりでした、すいません
話的には自分で満足してます、かなり意味深なのでわかりにくいとは思いますが……
マミほむはこういう関係が一番だと思います、はい
もちろんラブラブしててもキュゥべえを「キュウエエエエエエエエエ」と痛めつけててもいいけどねwww
マミほむ最高ですマミほむ!それでは!