関連
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部『愛の悲しみ編』【1】

662 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:30:01.77 0xDrLxJ20 76/346



第38章








7月11日 水曜日





八幡「そうだ。コナコーヒーって、どんなコーヒーなんですか?」

陽乃「どんなって?」

八幡「この際だから、もうちょっと詳しくなっておこうかなって思いまして、生産地とか特徴とか知ってみたなと」



本当は、このまま陽乃さんの話の流れに乗るのは危険だと思ったから別の話題をふっただけなんですけどね。

コナコーヒーにまったく興味がなかったわけではないけど話題を強引に変えたって、陽乃さんは気が付いているみたいだった。

それでも陽乃さんが俺の意図に乗ってくれたのだから、使わせてもらいますが。



陽乃「そうねぇ・・・・・・。生産地がハワイということは有名じゃないかしら?」

八幡「ええ。そのくらいなら知っていますよ」

陽乃「ブルーマウンテンまでとはいかないまでも、高価なコーヒーなのよね。たしかに味も香りも私好みだわ。でも、値段が高い理由は、人件費などの生産コストなのよね」

八幡「人件費って、特殊な作業員でも必要なんですか?」

陽乃「違うわよ。純粋に人件費が高いだけよ。ほら、ハワイってアメリカでしょ。だから、発展途上国で作るよりも人件費が割高なのよ。ただ、それだけよ。一応世界最大の先進国なわけでもあるのだから、人件費もお高いわよね。だから、どうせ作るのならば、人件費が安い発展途上国よね」

八幡「でしたら、ブルーマウンテンは値段が安くなるんじゃないですか?」

陽乃「ジャマイカの詳しい賃金は知らないけど、アメリカよりは安いはずよね。でも、生産量が少ないのよね。だからじゃないかしら?」

八幡「希少価値ってやつですね。でも、アメリカは農業国でもあるわけじゃないですか。小麦とかトウモロコシなどの大規模経営は有名ですよ」

陽乃「たしかにね。まあ、私も詳しく調べたわけでもないから、実情はわからないわ。まあ、ブランドの維持も関わってくるじゃないかしらね」

八幡「ブランドですか・・・・・・」


663 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:30:43.76 0xDrLxJ20 77/346


陽乃「だって、日本人だってブランド物大好きでしょ? 合成の革だったり、ビニールのような化学繊維で作られた鞄が何万も何十万もの値がつくのよ。同じコストで生産できるのなら、高いブランド力を維持して、値段を高いままにしておきたいのが、経営者というものじゃないかしら」

八幡「そこまで身も蓋もない事を言われてしまうとなんですがね。日本人って、行列ができていれば並んでしまうし、価値がないものを価値があるって思う心理もあるから、その辺をうまく売りにすれば、商売ぼろもうけですね」

陽乃「だよね。美味しいってわからないのにならんじゃって、何十分も並んで実際食べてみたら期待外れだっていう人も多いし」

八幡「美味しくないものを美味しいように見せるのは犯罪ですよ。だから、TVのグルメ番組は信じません」

陽乃「そう? あれはあれで無知な群衆に売れない商品を売り付けるいい商売方法だと思うんだけどなぁ」

八幡「陽乃さんは、食べてみたいと思った事はないんですか?」

陽乃「さすがにあるわよ。でも、どうしても食べていって思う事はないわね。友達が買ってきたのを貰ったりとかで、食べる程度よ」

八幡「それだと、陽乃さん自身は被害にあってないじゃないですか」

陽乃「まあ、ね。でも、私の場合は、たとえまずくても、料理をする上でのサンプルになってしまうだけね」

八幡「だったら、まずい料理でもかまわないってことですか?」

陽乃「それは、美味しいものを食べたいわよ。私も好き好んでまずい料理は食べたくはないわ」

八幡「そうですよね」



ここで、陽乃さんはイエスといったら、どこまでストイックな料理人なんだよとちょっと意外すぎる評価をくだしそうではあった。



陽乃「あれ? なんでまずい料理の話になったんだっけ?」

八幡「ブランドものとか、TVの評判の話からですよ」

陽乃「そっか。コナコーヒーもある意味ブランドものだしね」

八幡「このコーヒーの美味しさには罪はないんでしょうけど・・・・・・」

陽乃「まあ、ね。私もこのコーヒー大好きよ」

雪乃「はぁ・・・・・・」

陽乃「どうしたの、雪乃ちゃん?」



陽乃さんにコナコーヒーの事を聞いていたら、雪乃が突如としてため息を漏らすものだから、気になってしまう。

雪乃にかまってあげずに、陽乃さんと話していたから拗ねたのか?


664 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:31:16.52 0xDrLxJ20 78/346


そう全く方向違いの勘違いをしていると、もう一度ため息をついてから雪乃は語りだした。



雪乃「どうしたもこうしたもないわ。どうして美味しいコーヒーを飲みながらも擦れた会話をしているのかしら? 上品な会話をしてくださいとは言わないけれど、もう少し周りにいる人間が聞いていても楽しい会話をできないのかしらね?」

八幡「俺は、けっこう今している会話を楽しんでるけど?」

陽乃「私もよ」



俺も陽乃さんも、雪乃が言っている意味が訳がわからないといた顔を見せるものだから、雪乃はさらにため息をついてしまった。



雪乃「もういいわ。楽しい会話を邪魔してしまって、ごめんなさいね。続けてくださってもけっこうよ」

陽乃「あぁ・・・、雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら、姉さん?」



陽乃さんは、口角を釣り上げて、意地が悪い笑みを浮かべるものだから、雪乃は陽乃さんの挑発にのってしまう。

二人とも安い挑発だってわかっているはずだ。それでも出来レースのごとく挑発を売り買いするんだから、けっこうこういう関係を気にいってるのかもしれなかった。



陽乃「もしかしてぇ、やいちゃってる?」

雪乃「はぁ?」

陽乃「私の比企谷君が、楽しく、弾んだ会話をしているものだから、雪乃ちゃんは、一人でコーヒーを飲んでいないといけなものね」

雪乃「私は、やいてなんていないわ」

陽乃「そうかしら?」



陽乃さんは、さらに口角をあげて、雪乃に迫りくる。

雪乃も雪乃で、引いたり、かわしたりすればいい所なのに、自分から一歩前に出るんだもんなぁ。

二人して負けず嫌いだから、しゃーないか。



雪乃「そうよ。私はただ、二人が世の中に擦れ切った人間の会話をしていて、そっと一人でため息をついていただけよ」

陽乃「そうかしらね。まっ、いいわ。それで」

雪乃「なにかしら。なにか馬鹿にされているような気がするのだけれど」

陽乃「ええ。馬鹿にしているわ」


665 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:31:46.23 0xDrLxJ20 79/346


雪乃「姉さんっ」

八幡「おいおい、雪乃。その辺にしておけって。それと、陽乃さんも」

陽乃「は~い」

雪乃「八幡は、どちらの味方なのかしら?」

八幡「今は、どちらの味方でもないよ。コーヒー飲んで、会話しているだけだろ?」

陽乃「そうよねぇ。比企谷君の言う通りだわ。つっかかってきたのは、雪乃ちゃんじゃない?」

雪乃「あっ、そう・・・よね。ごめんなさい」



たしかに、つっかかった内容の発言を最初にしたのは雪乃だ。

でも、その原因を作ったのは陽乃さんでしょ。

だから、ここで雪乃のフォローもしておかないとな。



八幡「陽乃さんも、雪乃を挑発させるような発言は控えてくださいね」

陽乃「は~い」



ちょっと面白くなさそうな顔を陽乃さんは見せるが、まったく反省してないんだろうなぁ。

明日になったら、いや、数分後には再び雪乃を挑発してそうだ。

それが二人の関係を維持するのに必要な儀式みたいなものでもあるから仕方ないといえた。



八幡「でも、雪乃。コーヒー豆の生産コストについて話していたんだし、擦れた内容ってわけではないんじゃないか?」



雪乃は目を丸くして俺を見つめる。

そして、再度ため息をつこうとしたが、無理やり大きく息を吸う事でため息を打ち消した。

そして、呆れ果てた顔つきで、言いかえしてきた。



雪乃「日本人のブランド好きとか行列好きの話をしていたじゃない。しかも、商品価値が低いとか、味がまずいのが前提で話していたわ」

八幡「そうか?」

雪乃「そうよ」

陽乃「そうかしら? でも、実際問題、商品価値が実売価格よりも低くなるのは当然の事よ。そもそも原価よりも安い値段で販売なんてできないのだから。まあ、たしかに商品そのものの価値と販売価格が釣り合っていないのは詐欺だと思うわね」

雪乃「それが擦れているというのよ」

八幡「でも、事実だろ?」

陽乃「事実よね?」


666 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:32:13.87 0xDrLxJ20 80/346


雪乃「はぁ・・・・・・」



今度こそ雪乃はため息を打ち消すことができなかった。

雪乃は、あきれ顔で俺達を見渡すと、そっと瞳を閉じる。

そして、数秒後にその瞼を開けた時には、陽乃さんにも劣らない意地が悪い瞳をしていた。



雪乃「私だけいいこぶってもしょうがないわね。今日は、二人の会話に乗ってあげるわ」

八幡「べつに、俺達は特殊な会話をしていたわけじゃないぞ」

雪乃「そう感じているのは、あなた方二人だけよ。一般人には、十分特殊で、十分すぎるほど異常だったわ」

八幡「だったら、一般人の感覚がおかしいんじゃないか? TVのグルメリポーターの言う事は信じるなって、小さい時に親から教わるだろ?」

雪乃「そのようなことは教わらないわ」

八幡「うそ?!」

雪乃「嘘じゃないわ」



あれぇ? 俺は、小さい時に親父から何度も言われてたんだけどなぁ。

グルメ番組見ていたら、必ずといっていいほど言ってたし。

どの辺が美味しくない根拠とか、夫婦そろって言い争ってたりしていたのが小さい時からの家族の団らんだったんだけどな。

けっして美味しいとは思わないくせに、なんであの夫婦はよくグルメ番組なんてみていたんだろう? ちょっと不思議だ。



八幡「知らない人から声をかけられたら逃げろとかは言われただろ?」

雪乃「ええ、言われたわ」

八幡「街で行列を見たら、笑いながら指をさしてスルーしろ。けっしてならんじゃいけないは?」

雪乃「言われた事はないわ」

八幡「グルメ番組に出てくるお店は、TV局にコネがある店しか出ないから、けっして美味しい店は出てこないは?」

雪乃「ないわ。・・・・・・でも、よく姉さんが言ってた気がするわね」

陽乃「ええ、言ってたと思うわ」

八幡「じゃあ、そうだなぁ・・・・・・」

雪乃「もういいわ。あなたの性格形成の一端がよくわかったから」

陽乃「面白いご両親だったのね」

八幡「そうかな? くそ親父だったと思うぞ」

陽乃「用心深くなったのは、両親のおかげよ。だから、偽物ではなく、本物を手に入れられたのではないかしら、ね、雪乃、ちゃん」


667 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:32:45.25 0xDrLxJ20 81/346


雪乃「な・・・なにを言っているのかしら? もう・・・」



雪乃は頬を赤らめる。そんな雪乃を見て、陽乃さんは満足そうにしているけど、さっきした反省はもう忘れたのですか。それでこそ陽乃さんだけれど、だけどなぁ・・・。



八幡「まあ、偽物も磨き続ければ、本物とは違う輝きを放つと思いますから一概に偽物が悪とは思っていませんよ」

陽乃「え? そうなの? だったら、雪乃ちゃんに、もう飽きてしまったとか?」



なんなんだよ、この人は。せっかく話題を変えようとしているのに、まだ雪乃をターゲットにするのか? 

今は分が悪いと思ってか、雪乃は静かにしているけど、さっき散々面倒な事になってたじゃないですか。



八幡「一般論を言っただけですよ」

陽乃「もうっ・・・、ちょっとからかっただけじゃない」



陽乃さんは肩をすくめると、ちょっと残念そうに息をつく。

俺も、もろに嫌そうな表情が顔に出てただろうしな。

でもなぁ、このまま陽乃さんが拗ねてしまうのも、気が引けるし。



八幡「そういえば、コーヒーも偽物が多いそうですね」

陽乃「たしかに、偽物も多いわね。でも、一概に偽物とは言えないものもあるのよ」

雪乃「それは、先ほど八幡が言っていた偽物でも上質な物もあるということかしら」



俺がもう一度話題を振ると、雪乃も俺の意図を察してか、話に乗って来てくれる。

そうなると陽乃さんも俺達の意図を理解してくれてか、にこやかに語りだしてくれた。



陽乃「それともちょっと違うわね。だいたいはあってるんだけどね」

八幡「だいたいですか」

陽乃「そもそもブルーマウンテンもコナコーヒーも生産量が少ない希少な品なのよ。それなのに日本中にあふれているじゃない。希少な品なのに日本にあふれているって、異常だとは思わない?」

八幡「そう言われてみれば、異常ですね」

雪乃「だとすれば、名前だけの別ブランドなのかしら?」

陽乃「それともちょっと違うわね。まず、ブルーマウンテンだけど、ブルーマウンテンと名前をつけることができるのはブルーマウンテン山脈の標高800~1200メートルの特定の地域だけらしいわ。だけど、日本に輸入されている豆の多くは、標高800メートル以下の本来ならばブルーマウンテンとは名乗れない豆なのよ」

668 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:33:52.07 0xDrLxJ20 82/346



八幡「だとしたら、偽物ってことですか?」

陽乃「どうなのかしらね? それなりに美味しいわけだから、飲んだ人が知らなければ、幸せなんじゃないかしら?」

八幡「ま、ブルーマウンテンっていう名前だけでコーヒーを飲んでいる奴らばかりだし問題ないかもな」

陽乃「ええ、そうね」

雪乃「あなたたちって・・・・・・」

八幡「事実だろ?」

陽乃「事実よね?」



陽乃さんとは、どこか俺と近い感性がある気がする。

二人して顔を合わせると、思わず笑みが浮かんできてしまった。



雪乃「知らないからといって、許されるわけではないわ」

陽乃「知らないから、幸せって事もあるわよ」

雪乃「詭弁だわ」

陽乃「そうかしら? これはコナコーヒーのことになってしまうけど、ホワイトハウスの公式晩餐会では必ずコナコーヒーが出るそうよ」

八幡「アメリカを代表するコーヒーってことだからかな」

陽乃「どうでしょうね? 美味しいからというのもあるだろうけど、見栄もあるのでしょうね。極論を言ってしまえば、コナコーヒーでなくても、そこそこのコーヒーでもそれが慣習のコーヒーになってしまえば、銘柄なんて気にしないんじゃないかしら」

雪乃「それは、外交上の、アメリカから信頼の証として、コーヒーをふるまわれたという意味かしら」

陽乃「そうね。アメリカとしても、まずいコーヒーを出して信頼の証なんてプライドが許さないから、しないだろうけどね」

八幡「そこは、わざとまず~いコーヒーを出して、アメリカの信頼を得たいのならば飲み干せって脅迫するのも手ですね」

雪乃「はぁ・・・。そんなこと考えているのは、あなたくらいよ」

八幡「そうか?」

雪乃「・・・あと一人いそうね。はぁ・・・・。八幡と姉さんくらいよ」

陽乃「よくわかっているじゃない。でも、わたしでも、まずいコーヒーなんて出さないわよ」



たしかに、陽乃さんなら、まずいコーヒーなど出さないと思えた。

料理が趣味で、コーヒーを愛している陽乃さんが、信頼を得る為にわざとまずいコーヒーを出すなんて事はないはず。

むしろまずいコーヒーを出されたら、信頼されていないとみるべきかもしれない。



669 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:34:30.32 0xDrLxJ20 83/346



雪乃「それを聞いて、ほっとしたわ」

八幡「全然ほっとしたようには見えないのは、俺の気のせいか?」

雪乃「気のせいよ」



あっ。これ以上つっこむなって、凍りつく笑顔で俺を見てる。

これは危険信号だ。これ以上の刺激は、極めてやばい。



八幡「・・・・・・そうだな。えっと、ブルーマウンテンでも偽物が多いって事は、コナコーヒーでも偽物多いんじゃないですか?」



俺は、身の危険を感じて、顔を引きつらせながら話題の軌道修正を図る。

頼む、陽乃さん。俺の命がかかってます。

俺は、命のバトンを陽乃さんに託すと、陽乃さんはじっと俺を見つめ返す。

そして・・・・・・。



陽乃「コナコーヒーは、もっと酷いわよ。コナコーヒーほど、偽物が多いといえるわ」



通った。やった。通じた。俺は、天に感謝をしつつ、陽乃さんの機嫌が変わらないように相槌を的確にうっていった。



陽乃「コナコーヒーはね、日本で出回っているほとんどが、コナ・ブレンドと表記すべき混ざりものよ。だから、純粋なコナコーヒーは、価格が高いし、あまり出回っていないんじゃないかしら?」

八幡「だったら、これこそ知らない方が幸せって事ですかね」

陽乃「そう考えるのも幸せになる方法だとは思うわ」

八幡「じゃあ、今飲んでいるこのコーヒーは?」

陽乃「どう思う?」



陽乃さんが俺を試すような瞳を俺に向ける。

きっと陽乃さんが俺達にふるまってくれたのだから、本物だとは思う。

しかし、ホワイトハウスの話の時に話題に上った、わざと偽物をということもあるし、本物だとは即座に決めることができない。

まだ、判断できない・・・。

判断を下せないまま、俺は陽乃さんの瞳を見つめ返す。

どちらとも目をそらさず、重い時間だけが過ぎていく。

どうやって判断しろっていうんだよ。

俺にはコーヒーの違いを区別できるほどの知識も舌もない。

わかる事があるとしたら、陽乃さんが喜んでコーヒーを淹れてくれた事だけだ。

だったら俺は、こう答えるしかないじゃないか。

670 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:35:06.50 0xDrLxJ20 84/346



八幡「俺は、・・・俺は、陽乃さんが淹れてくれたコーヒーを飲んで、すっごく幸せですよ。だから、このコーヒーの銘柄がコナコーヒーでも劣悪なコナ・ブレンドでもどちらでもかまいせん」

陽乃「そう? でも、コナ・ブレンドといっても、全てが劣悪ってわけでもないのよ。偽物を売ってるのだから、お店の良心は疑ってしまうけれど、それなりには美味しいのよ」

雪乃「そうよ、八幡。もし劣悪なコナ・ブレンドが出回りすぎたら、それこそアメリカの威信が失墜して、コナコーヒーのブランド力が落ちてしまうからお店の方もその辺は考えてはいるはずよ」

八幡「たしかにそうだな。でも、俺が言いたいのは、そんなことじゃなくてだな・・・」

陽乃「わかってるわよ」

八幡「そうなの?」

雪乃「そうよ」



陽乃さんは、恥ずかしそうに俺から顔を背けてしまう。

さっきまでの俺を試そうと堂々としていた態度はどこにいったんだよ。



八幡「え? えぇ?」



雪乃は俺の耳元まで顔を寄せて、小さく呟いた。



雪乃「姉さんは、照れているのよ」



思わず陽乃さんの顔を見ると、俺の視線を感じて首をすくめると、さらに顔を赤くして俯いてしまう。

そして、雪乃を見ると、なにやら満足そうに陽乃さんを見つめていた。

あっ、そうか。さっきまで雪乃は陽乃さんにやられっぱなしだったもんな。



陽乃「でもね、比企谷君。コナコーヒーみたいに、あなたが普段見ている私も、偽物かもしれないのよ? 本物だと思っていたら、混ざりものが入った偽物かもしれない。出来はいいかもしれないけど、本物ではない」

八幡「えっとう・・・、どういう意味で?」

陽乃「この際だから認めてしまうのだけれど、私って自分を作っていたでしょ? 母が求める私。父が求める私。姉としての私。そして、雪ノ下陽乃としての私」

八幡「ええ、まあ。そうですね」



ここにきて急に自分の立ち振る舞いを認めるだなんて、どうしたんだ?



671 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:35:59.68 0xDrLxJ20 85/346


俺としたら、最近は素の陽乃さんを見る機会が出てきてもいるし、そう考えると悪い傾向とは思えないけど、雪乃はどう思っているのだろうか?

俺は雪乃の方に視線をずらしてみたが、その表情からは心情は伺えない。

もう少し陽乃さんの出方を見るべきかな。



陽乃「だけど、最近、二人には素の私を見せてしまってるってあなた達は思ってるのではないかしら?」

雪乃「そうね。最近の姉さんは、どこか今までとは違うかもしれないわね。けれどね、姉さん」

陽乃「ん?」

雪乃「それが本当の姉さんの本性かは、見破れてはいないのだけれど、今の姉さんの行動は、特に私達二人に対しては遠慮がなさすぎよ」

陽乃「それはね。二人が私にとって特別だからよ。だからこそ、雪乃ちゃんが言う通り素の私を見せてるとは思うのよ」
  

 
これは驚きだ。素の陽乃さんを見せているって本人が認めるとは。



陽乃「でもね、自分を作らなくなっていいと思うと、どれが本来の自分かわからなくなるのよね。ほらっ、だって、いくら自分を作っていてとしても、どれも自分が望んで演じていたわけでしょ。だから、一概に全てが偽物というわけでもないと思うのよ」

雪乃「たしかに、姉さんほどではないにしろ、どんな人であっても自分を作っている部分はあるわね」

陽乃「でしょう。だからね、二人の前だと、どうすればいいかわからなくなっちゃうのよねぇ」



陽乃さんは、なにやら複雑そうな苦笑いを浮かべる。

悲しいでも、自嘲でもない。

嬉しいのだろうけど、どう扱っていけば分からないからもどかしいといったところか?

たしかに、俺だって素の自分を、さあ見せろと言われても困ってしまうし、たとえ雪乃の前だとしても本性だけで行動しているわけではない。

けれど、それでも雪乃の前だとリラックスできるし、心を許した行動もする。

つまり、陽乃さんは、俺達に心を許しているけど、どうすればいいかわからないってことか。

小さいころから雪乃のお姉さんをしていて、雪ノ下家の長女もして、そして、あの母親が求める優秀な雪ノ下家の継承者を演じ続けていたんだしな。

人に甘えることなんて、できなかったのだろう。

だからこそ、甘え方なんてわかるわけないのか・・・・・・・。











第38章 終劇

第39章に続く







672 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/12 17:36:28.91 0xDrLxJ20 86/346







第38章 あとがき





八幡「(今週も違う相手かよ)」

かずさ「・・・・・・・・」

八幡「(しかも、ずっと睨んでるし。しかしなぁ、先週の和泉千晶にしろ、今週の冬馬かずさにしろ、胸でかすぎだろ。しかも、ルックスだけでも雪乃レベルなのに胸の大きさがエベレスト級って、化け物だよな)」

かずさ「・・・・・・」

八幡「(睨んでばかりで、何も言ってこないな。これだったら、先週までいた和泉千晶の方が、適当にしゃべってくれてよかったよな。厄介事をわざわざ仕掛けてくるのは勘弁だけど。やっぱ、胸、でかいよな。しかも綺麗だし)」

かずさ「・・・・・・・」

八幡「(視線が下に・・・。こればっかりは重力には逆らえない)」

かずさ「・・・時間か。来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますのでまた読んでくださると、大変うれしいです。・・・・・・はい、これ」

八幡「ん? 首輪?」

かずさ「そこで飼い主様がくるまで、5~6時間待ってろってさ。じゃあ、あたしは春希のところに帰るから」

八幡「ちょっと、え? 首輪が外れない。鎖に繋がれてて、帰れねぇじゃねえか」






黒猫 with かずさ派




678 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:29:10.77 4sp8M6Yt0 87/346


第39章





7月11日 水曜日





陽乃「作っていた自分も自分の一部で、・・・・・・あぁ、何を言いたいんだろ、私」



おおげさに両手で頭をかくと、そのままソファに身を沈め、両手両足をソファーの外に大げさに投げ出す。

ある意味降参ってことかと見てとれる。照れ隠しともいえるが。

けれど、今回の陽乃さんが照れてしまった流れを作ってしまったのは俺なんだよな。

しかも、陽乃さんが誤魔化そうとしても失敗しちゃってるし。

これは、あとで倍返し以上の仕返しが来るんじゃないか?

いやいや、こんなにも照れまくっている陽乃さんなんて初めてなんだから、倍じゃ済まないだろ・・・・・・。

やっぱ、ここはフォローしておいて、後々の禍根を断っておくか。

そうしておかないと、俺の精神がやばいっす。

と、後々のことを考えて効果があるとは思えない対策を練る。



八幡「陽乃さんは、陽乃さんですよ。今も昔も同じ陽乃さんです。包丁を見て、目を輝かせていた陽乃さんも、もうちょっとはまりすぎていたら怪しすぎる人だと思いましたが、一緒にいて微笑ましかったです。高級食器売り場に俺を連れていって、俺が売り場を恐る恐る見学して、あたふたしているのを意地が悪そうな目で見つめていたのだって、・・・・・・少し手加減してくれると助かりますが、一緒に見ていて楽しかったですよ。そうですねぇ、あとは、初めて俺の為に手料理を作ってくれたときなんて、あまりにも料理が美味しすぎてびっくりしましたよ。料理をしている陽乃さんを飽きもせず眺めていたのを今でも覚えています。どれも初めて見る陽乃さんでしたが、今までの陽乃さんがいたからこその感動ですし、今も、今以前も、陽乃さんの事を嫌ったことなんてないです。むしろ、今では一緒にいてワクワクしますよ。ただ、まあ、もうちょっと手加減だけはして欲しいですけどね」



ちょっと臭すぎる演説を終えると、聴衆の反応をみるべく陽乃さんの様子を見る。

すると、いつの間にかにソファーの上で膝を抱えてこちらをじっと見つめていた。

ソファーの上で、トドみたいにぐてぇ~って横たわっているよりは、回復してるようだった。

これならば、俺も雪乃もこの後に陽乃さんからの仕返しを受けずに済みそうだ。


679 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:30:01.37 4sp8M6Yt0 88/346


よかったな、雪乃。少しは俺に感謝しろよ、と、雪乃に視線を向けると、あろうことか、身を凍らすような冷徹な瞳で俺を射殺そうとしていた。

えっとぉ、何故? 俺は、雪乃がこれから被るであろう被害を回避したんだけどなぁ。

それとも、何かまずいことでもいったか? でも、当たり障りのないことしか言ってないし。

訳がわからず陽乃さんの方に再び目を向けると、事態は急変していた。

陽乃さんは、目を丸くして俺を見つめ、そして、鯉が餌を求めるがごとく口をパクパクさせている。

よく由比ヶ浜がパニクっているときに見る表情だけれど、あの陽乃さんがパニクってる?

これこそ俺が初めて見る陽乃さんであり、俺の中で想像できうる陽乃さんの中で一番遠い場所に位置する陽乃さんでもある。

つまりは、パニクっている陽乃さんを見て、陽乃さん以上に俺はパニクってしまった。

なんなんだよ!

俺は助けを求めるようと雪乃を見るが、・・・・・・駄目だ。殺される。

あれは見ただけで人を殺せる瞳をしている。見ちゃだめだ。

俺は、凍える吹雪がこれ以上侵入しないように扉を閉め、すぐさま陽乃さんの方へと視線を戻す。・・・・・・・・なんなんだよ。もう訳わからん。

顔や首元だけじゃなくて、その腕さえも真っ赤に染め上げている陽乃さんが、とろんと蕩けきった顔で俺を見つめていた。

そして、俺が陽乃さんを見ていると気がつくと、一瞬目をあわせはしたが、猛烈な勢いで顔を膝で隠し、そのまま膝を抱えて小さく丸まってしまった。

・・・・・・これって、もしかして、何か俺がフラグ建てちゃった・・・のか?

そんなことはないよな? だって、なぁ。どうしよう。

これ以上何か俺が言っても火に油を注ぐだけだよな。

だったら、一回死ぬ覚悟で雪乃に助けを求めるしかない。

このまま何もしないと、確実に殺されるし。

せぇので雪乃の方に振り向くぞ。せぇのだ。せぇの。

勢いでやれば、半殺しくらいで済むかもしれないんだ。

だから、何も考えないで、・・・・・・・せぇのっ!



八幡「えっ?」



俺は、思わず声を洩らしてしまった。陽乃さんは陽乃さんで急展開すぎたが、雪乃も雪乃で危なすぎるほどの急展開をみせていた。



雪乃「何を馬鹿な顔をしているのかしら? あら、もともとお馬鹿だったわね」

八幡「おい。馬鹿なのは認めてはいいが、どうなっているんだよ」

雪乃「どうなっているとは、どういう意味かしら? 何がどうなっているかをしっかりと示さなければ、お馬鹿の同類ではない私にはわからないわ」

八幡「いや、もういい。今の質問は忘れてくれ」


680 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:30:43.56 4sp8M6Yt0 89/346


雪乃「そう?」



雪乃は、もはや興味なさげに肩にかかった黒髪を優しく払うと、じぃっと俺を見つめてくる。

いったい「なんなんだよ」を何回繰り返せば済むんだよ。

急展開がフル回転で俺を揺さぶるから、ついていけないって。

ただ、致死性をもった雪乃の瞳が閉じられたのは幸いか。

しかし、今も何かしらの審判が継続されているんだろうなぁ。

一度殺意を持った雪乃が、簡単に俺を許してくれるとは思えない。

何について殺意を抱いているかを知らないままで死ぬのだけは勘弁だけれど。



八幡「俺がこれ以上陽乃さんに何か言っても、フォローにはならない気がする。だから、俺の代りに何かフォローしてくれないか? ほら、このままほっとくと、後が怖いだろ?」

雪乃「そうね? このままだと、後が怖いほど面倒になるわね」



雪乃は、そうわずかに致死毒が漏れ出した発言をこぼすと、席を立ち、陽乃さんの元へと向かう。

またなにか俺が雪乃の癇に障る発言をしたか?

ちょっと雪乃の毒にあてられたみたいで、息苦しい。

それでも、雪乃は陽乃さんの前まで来ると膝を折ってかがみ、陽乃さんの耳元で何やら呟いたようであった。

陽乃さんは、雪乃の声にピクリと肩を震わせて反応すると、顔を膝から上げ、正面にいる俺と目が合ってしまう。

すると陽乃さんは逃げるように視線を俺から外すと、なにやら雪乃の耳元で囁いた。

その陽乃さんの発言の結果として、雪乃は首を横に振る。

それを見た陽乃さんも、その答えを予想していたのか驚きもしない。

そして、雪乃も陽乃さんも不敵な笑みを浮かべて、いつもの二人へと戻っていったのだが、その陽乃さんが何か囁いた直後の二人の反応が、どうしても気になってしまった。

どうしてっていわれても、勘だとしか答えようがない。

まあ、勘といっても、生命の危機を感じるほどのインパクトがあったのだから、おそらくは俺の勘は当たっているのだろう。

陽乃さんの発言を聞いた直後の、雪乃の痛みを抱えたまま永久に氷漬けにさせそうな笑顔。

一方、陽乃さんのその死を選びたくなるほどの氷の拷問を笑って払いのけてしまう挑発的な瞳。

二人の側には一般人たる俺もいることも気にかけて欲しいところだけれど、これ以上近づくと、死ぬ事さえ許されなくなってしまいそうで怖い・・・です。

なにか話題を振って、現状を打開しないと、確実に死ぬ。

なんでもいい。セクハラ発言で二人からひんしゅくをかってもいい。

もうこの際なんだっていい。とにかく、生きたい。

このまま命を、精神を削られて、病んでいくのだけは、回避せねば。


681 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:31:21.13 4sp8M6Yt0 90/346


こうどんな話題でもいいという時こそ話題は見つからない。

普段だったら、どうしようもない事をぽろっと言って、雪乃のひんしゅくを買うほどなのに。

それさえも出てこねぇ・・・。

焦れば焦るほど、精神が擦り減って、じわじわと自分がつぶれていくのがわかった。



陽乃「私がコナコーヒー好きなのは知ってもらえたけど、雪乃ちゃんがどのダージリンが好きか知ってる?」



陽乃さんの突然すぎる発言に、驚きを感じ得ないが、喜びの方が上回る。

女神きたぁ~。心の第一声は、この一言に尽きるだろう。

死神が女神の仮面かぶってるだけかもしれないけど、この際問題ない。

もう、死にそうだったんだよ。だったら、死神にさえすがるって。



八幡「ダージリンは、ダージリンじゃないんですか? なにか生産農園が違うとかですか?」

陽乃「農園の違いはあるかもしれないけど、もっと根本的な事よ」

八幡「だったら、コーヒーと同じように偽物が多いって事ですか?」

陽乃「それとも違うわね。もちろん日本に出回っているダージリンのほとんどが偽物だけどね。コナコーヒーよりも劣悪な混じりものが多いと思うわよ。コナコーヒーよりも紅茶のダージリンの方が日本では有名だしね」

八幡「やっぱり偽物ばっかりが流通してるんですね」

陽乃「当然でしょ」



当然すぎる事を聞くなというような目はしていない。

むしろ、俺が話にくいついたことを嬉しそうに感じていた。

だから、雪乃が訝しげに冷たい視線で見ていた事も、陽乃さんが何かを企んでいた事も死神にすがってしまった俺には、気がつくことなんてできやしなかった。

だって、女神だよ。死神が女神の仮面をかぶっていたとしても、その笑顔は最高だし、なによりもスタイルが素晴らしすぎるし。



陽乃「ダージリンはね、葉を摘む時期によって値段も味も香りも色も違うのよ」

八幡「そうなんですか。一年で何度も収穫できるんですね」

陽乃「そうね。でも、狙った季節で一番美味しいのが収穫できるようには調整しているのではないかしらね。それでは、雪乃ちゃんが好きな季節の葉はどの季節でしょ~か。はい、比企谷君、どうぞ」

八幡「じゃあ、冬で」

雪乃「え?」

八幡「不正解か?」


682 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:31:51.31 4sp8M6Yt0 91/346


雪乃が思わず声を洩らすものだから、不安になってしまう。

雪乃「何故冬なのかしら?」

八幡「雪乃の誕生日が一月で冬だし、名前にも雪ってついているから、冬かなと」

陽乃「面白い解答よねぇ」



雪乃は、俺の説明を聞くと、手で頭をおさえる仕草をわざとらしくする。

あまりにも俺の解答理由がお粗末ってことを伝えようとしているみたいだけど、雪乃から伝わってくる気配で、十分すぎるほど理解できるからなっ。



雪乃「ねえ、八幡」

八幡「なんだよ」

雪乃「冬にどうやったら収穫できるほどの葉が成長するのかしら?」

八幡「あっ」

雪乃「どうやら、根本的なことを忘れていたようね。いくらなんでも冬は難しいわ。秋摘みでさえ、なかなか成長してくれないのに」

陽乃「雪乃ちゃんにからませて冬を選んだあたりは悪くはないけど、さすがに冬はねえ」



雪乃も陽乃さんも、ちょっとお馬鹿すぎる解答を聞き、俺を可愛そうな人認定してしまったらしい。

せめて苦笑いをして、聞くに堪えない罵倒を受けたほうがましだった。



陽乃「今度は、各季節の特徴も教えておくわね」

八幡「はぁ・・・」



特徴って言われてもね。

普段雪乃が紅茶を淹れてはくれているけど、いろんな種類のを淹れるんだよな。

どれも美味しいし、なんとなくの特徴くらいはわかる。

だけど、なんで今まで雪乃が一番好きな紅茶の銘柄を聞かなかったんだよ。

聞く機会ならいくらだってあったのに。

雪乃は紅茶が好きなんだし、大好きな銘柄の一つや二つくらいはあるはずだ。

それなのに、なぜ俺は聞かなかったのだろうか。

・・・・・・答えは簡単か。

俺は、紅茶を淹れる雪乃そのものが好きだったわけで、どの紅茶を淹れるかは問題にはしてこなかった。

さっき陽乃さんが言っていた偽物のコーヒーではないけれど、これもやはり、誰が紅茶を淹れたかが重要なのだろう。



陽乃「気のない返事ねぇ。まっ、いいわ。では、雪乃ちゃん、解説して」


683 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:32:23.45 4sp8M6Yt0 92/346


雪乃「姉さん。自分で言っておきながらも、重要な所を人に丸投げしないでくれないかしら。でも、まあいいわ」

陽乃「じゃあ、お願いね」

雪乃「まずは、三月から四月に収穫するファーストフラッシュ。爽やかな香りが特徴の一級品よ。カップに注いだ時の色が淡いオレンジ色でストレートティーがよくあうわ。そうねぇ・・・。春の季節にふさわしい、さわやかな感じかしら」

八幡「それって、俺も飲んだことあるよな?」

雪乃「ええ、もちろん。八幡は、覚えてないかしら?」

八幡「すまん。毎回違った紅茶が出てきて、それ自体は新鮮で、毎回美味しい紅茶を淹れてもらってるのを感謝してるんだけど、どれがどれだかまでは、ちょっとな」

雪乃「そう」

八幡「ごめんな。せっかく雪乃が淹れてくれているのに。だから、これからはさ。紅茶を飲むときに葉の特徴とか話してくれると助かる。だって、雪乃が好きなものだし、知りたいんだよ。いつまでも雪乃が紅茶を準備している姿ばかり目で追って、見惚れているのもあれだしなって、今になって痛感した。やっぱ、どんなものが好きかとかも知っておきたいしさ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

無・・・反応?

と、無反応と思っていたら、急激に雪乃の表情が変化していく。

急に立ち上がったかと思うと、ソファーの周りを歩き出す。

どこかに向かうわけでもなく、早足で歩きだしたかと思えば、急に止まって顔を両手で覆って座り込んでしまう。

それもすぐに立ち上がったかと思えば、再び歩き出した。

今度はどうするのかなって様子を見ていると、顔を真っ赤にしたまま俺を見つめ、目が合うと、ぷいっと目をそらして、両手で顔を仰いで冷やそうとする。

これはまた、なにか言っちゃったか?

陽乃さんに打開策を求めて視線を送ろうとすると、不機嫌そうに頬を膨らませている。

おいおい。今回に限っては、陽乃さんには何も言ってないだろ。

それなのに打開策をくれないだけでなく、睨みつけるって、どういうこと?

俺は困惑するしかなかった。



八幡「なあ、雪乃。落ち付けって」



俺が声をかけても逆効果で、雪乃の足を速めるくらいにしか効果がない。

俺が雪乃を捕まえて落ち着かせるか、それとも、落ち着くまでほっとくのがいいのか。

悩むところだけど、早く決断しないとやばそうだ。


684 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:32:50.16 4sp8M6Yt0 93/346


そうこうして、次の手を決めかなていると、陽乃さんが雪乃の元へと向かった。

ここは、陽乃さんの出方を見るのが得策かな。

火に油を注ぐ事態になるんなら、強引にでも介入しないといけないが・・・・・・・。

それだけは、ないですよね?

じわりと嫌な汗が額から顎へと滑り落ちた。



陽乃「・・・・・・・」



陽乃さんが、なにやら雪乃の耳元で何か囁くと、雪乃は、急に電池が切れたおもちゃのように動きを止めて立ち尽くす。

そして、ゆっくりと陽乃さんの方へと首を動かす。

こちらからは雪乃の表情は見えない。

また、陽乃さんの表情を読み取っても、雪乃がどんな表情をしているかなんてわかることなんてできやしなかった。

だから、俺は、いつもよりゆっくり進む時計の針を、心臓を抑えながら待つしかなかった。

どのくらいの時が経っただろうか。

陽乃さんはすでに自分の席へと戻ってきている。

コーヒーカップを優雅につまみ上げ、残り少なくなった冷え切ったコーヒーを楽しんでさえいた。

やはり、待つしかないのか。

と、俺もコーヒーを飲んで落ち着こうとカップに手を伸ばす。

しかし、全て飲みきっていては、飲むことなどできなかった。

俺は苦いコーヒーを飲む代わりに、渋い顔でカップを眺める。

そんなことをしてもカップからコーヒーが沸きだすわけでもないのに、やることがないと人間、なにかしら無意味な行動をしてしまうのかもしれなかった。

なんか陽乃さんなんて、俺の三文芝居を面白そうに見てるんだよなぁ・・・。

俺を見ていて、カップにコーヒーがないのをわかっているんなら、お代わり淹れてくれないか?

自分勝手な催促だってわかっているけれど、陽乃さんが淹れてくれるコーヒーの前では、自分で淹れたコーヒーなど飲みたくはない。

3段階評価が落ちるどころか、7段階位は美味しさの差が出てしまう気がする。

俺と陽乃さんが、無意味すぎる空中戦をやっていると、ついに待望の進展がみられた。



雪乃「では、春摘みの次は、五月から六月に摘む夏摘みね」



え、えぇ~・・・・・・。

雪乃は、自分の席に戻ってくると、空になっているコーヒーカップを勢いよくもう一度全て飲みきる。

カップの中身など気にもせず、ソーサーにカップを戻すと、雪乃は話を再開させてしまった。


685 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:33:21.59 4sp8M6Yt0 94/346



まあ、このまま再起動しないよりはましか。

ここで何か言って、再びフリーズされて、再起動不能になるよりは、ここは雪乃にあわせるのが得策だと考えがいたった。



八幡「あぁ、そうだな」

陽乃「そうねん」



陽乃さんも俺に続いて陽気な声で相槌を打つ。

けれど、腹の底で何考えているか、わからないんだよな。

陽乃さんは陽乃さんで、面白そうに雪乃と、ついでに俺を眺めているだけだし、・・・・・・これ以上ひっかきまわされるよりはいいか。



雪乃「夏摘みは、セカンドフラッシュともいわれ、ダージリンの中でも最高級品に分類されているわ。マスカットフレーバーと言われているセカンドフラッシュ特有の香りが楽しむ事ができ、この香りを楽しむだけでも価値があると思うわね」

陽乃「これもストレートティーがいいわね」

雪乃「そうね。ミルクなどを加えるのならば、秋摘みのオータムナルをお勧めするわ。十月から十一月に収穫するとあって、なかなか葉が成長しないのが難点ね。でも、その分味は強めで、しっかりしているわ。甘みもあって、セカンドフラッシュやファーストフラッシュのような際立った特徴がないのが特徴かしらね。だから、紅茶らしい紅茶ともいうのかしら。一般的な紅茶の味というのならば、オータムナルが一番近いかもしれないわ。でも、ダージリンの中では値段が安いのだけれど、それでもミルクティーにすれば、他の二つを圧倒する味なのよね。これも好みだから、私の意見が絶対とは言えないのだけれど」

八幡「いや、雪乃の意見は参考になるよ。もちろん人の好みってのもあるだろうけどさ」

陽乃「これで全て出そろったわね。モンスーンフラッシュっていうのもあるけど、これは味も香りも価格も落ちるから、今回は考えなくてもいいとしましょう。ではでは、比企谷君。もう一度解答をどうぞ」



もう一度俺に恥をかけってことですか?

なんか、さっきの可愛そうな人認定も俺の精神を深くえぐる為に、二人してわざとやった気もするんですけど、どうなんでしょうか?

・・・・・・でも、本気で可愛そうな人認定されるよりも、わざとの方がいいか。

いや、まて。こんな風に俺が思い悩む事まで想定にいれて精神攻撃してるってこともないか。



686 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:33:48.67 4sp8M6Yt0 95/346



陽乃「ちょっと比企谷君。そんなに考え込まなくてもいいから。さっきみたいに、なんとなくの解答でいいわよ」



俺も、さくっと解答したかったんですけどねぇ。

なんだか深読みしなければいけない状況に追いやられてるんですよ。

ふだんがふだんだけに、それは大変なんですよ。

まあ、馬鹿にされたり、おもちゃにされるのはなれてるから、考え込んでエネルギーを膨大に消費するよりは、流れに任せて痛めつけられた方が被害が少ないかもな。

だったら、さくっとお馬鹿な解答見せて差し上げます。

八幡「だったら、夏摘みで」

陽乃「ほう・・・、その理由は?」



陽乃さんは、面白い解答を聞けたと目を細めるが、解答が正解しているかは読みとれない。

雪乃にいたっては、無表情なまでの沈黙を保っているから、こちらも無理だ。



八幡「まず、消去法で秋摘みを消します。理由は、紅茶らしい紅茶だからかな」

陽乃「それは、雪乃ちゃんが捻くれてるっていいたいのかな?」

八幡「違いますよ。もちろん紅茶らしい紅茶も好きだとは思いますよ。だけど、なにか違う気がするんですよ」

陽乃「何が違うのよ?」

八幡「それを言葉にするのが難しいから困ってるんじゃないですか。まあなんですか。今まで雪乃と一緒に暮らしてきて得た勘みたいなものですよ」

陽乃「それは、値段が三つの中では一番安いから?」

八幡「それは絶対ないと思いますよ。雪乃は、値段よりも自分の舌と鼻を信じると思いますから」

陽乃「つまらないわね。雪乃ちゃんは、値段どころか、銘柄さえも知らないで選びとったわよ」

八幡「へぇ、そうなんですか」



俺は感嘆の声を洩らして雪乃の方を向くと、雪乃は首をすぼめてはにかむ。

なんだか雪乃の彼氏でいられる事を誇らしく思えてきてしまう。

値段も名前も判断材料にせず、自分の感性のみで選びとるか。

なんだか雪乃らしいな。

けっして人の意見や先人たちの知識を否定するわけではないだろうが、むしろ知識は喜んで吸収しているけど、最終判断は自分ですべきだ。

どんなツールであっても、それが世界最高のツールであっても、使う人間が使いこなせなければ世界最低のツールになり下がってしまう。

だから、どんな時も自分を持ち続ける雪乃を見て、誇らしくもあり、羨ましくもあった。



俺は、この先、雪乃と同等の強さを持つことができるだろうか?

不安を感じずにはいられなかった。


第39章 終劇

第40章に続く


687 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/19 17:35:48.30 4sp8M6Yt0 96/346



第39章 あとがき


コナコーヒーとダージリンですが、個人的な趣味丸出しで申し訳ありません。

とはいうものの、人に自慢するような知識はなく、自分が飲んで楽しむ程度の知識しかありませんが・・・。

専門店で買うのですが、自宅での保存よりはお店での保存の方がよいかなと思い、買うときは、1~2ヶ月で飲みきれる分量だけを買うようにしております。

コーヒーも紅茶も香りが大切ですから、なるべる自宅での長期保存は避けるようにしています。

なんて書いていますが、コンビニでペットボトルティーを買うときは、極甘のフレーバーティーたる伊藤園 TEAS'TEA ベルガモット&オレンジティーを選んでいるわけで、紅茶の香りで銘柄をあてるなんてできやしません。


【お知らせ】

知っている方もいると思いますが、現在「ハーメルン」にて『やはり雪ノ下雪乃~』を再掲載しております。

内容としては同じですが、小説風にレイアウトを変更し、なおかつ加筆修正もわずかながらしております。

修正作業は、さらっと流せるところは早く進むのですが、一度気になりだすと修正が止まらないですがorz

完全移籍を気にしている方もいらっしゃるかもしれませんが、今のところは本サイトで話の区切りがつくまではしない予定です。

どのような決断をするかは未定ですが、本サイトを大切にしたい気持ちと、今まで読みに来て下さった読者の皆様を大切にしたい気持ちは変わりませんし、大切にしていきたいと思っております。

ここからはリアルすぎる計算ですが、おそらく今のペースで「ハーメルン」で再掲載をしていくと、五か月くらいは本サイトに追いつかないと思います。

五か月も連載続けられるのかという疑問については、『愛の悲しみ編』の次にあたる『彼氏彼女らの選択編(仮題)』のプロットがあるので、おそらく五か月は続くかなと・・・。

ちなみに内容は高校生編ですが、雰囲気としては『はるのん狂想曲編』に近いと思います。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派

692 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:29:22.02 XApkFNfO0 97/346


第40章




7月11日 水曜日




陽乃「はい、はい。そこ、いちゃつかない。さっ、比企谷君、解答の続き、続き」

八幡「あ、はい。次は、春摘みが違うかなって思います。これも勘なんですけど、爽やかな感じっていうのがちょっとちがうかな、と。もちろん春っていうと、さややかな感じがすっごくして雪乃のイメージにも合うとは思うんですけど、夏摘みと比べると劣るかなと」

陽乃「それはなぜかな?」

八幡「これは、俺の願望かもしれないんですけど、いいですか?」

陽乃「もちろん」

八幡「マスカットフレーバーでしたっけ?」

陽乃「ええ」

八幡「夏摘みだけ、なんか仲間外れみたいじゃないですか」

陽乃「え?」

八幡「だから、秋摘みは、紅茶らしい紅茶だから、一般的な紅茶ですよね」

陽乃「ええ、そうね」

八幡「それから、春摘みは、いくら爽やかな感じとはいっても、夏摘みよりは紅茶らしい紅茶なんじゃないかなって、思ってしまって」

陽乃「だから、夏摘みを?」

八幡「ええ、まあ、そうですね」

陽乃「あのね、比企谷君。いくら味や香りに特徴があるといってもフレーバーティーじゃないんだから、紅茶の専門家が聞いたら怒りそうだけど、紅茶は紅茶なのよ」

八幡「それはわかっていまうすよ。だから、なんとなく思った、勘みたいなものだって言ったじゃないですか」

陽乃「まあ、そうね」



陽乃さんが、つまらなそうに呟く。

もしかして、正解を引き当てたか?



陽乃「でも、それだけじゃ、セカンドフラッシュを選んだ理由にはならないんじゃない?」

八幡「そうですね。これだと一番紅茶らしい紅茶から遠いのを選んだだけですからね。そうですねぇ・・・・・・」



俺は、一度雪乃の顔を見やる。

急に雪乃の方を向いたものだから、雪乃は驚き目を丸くした。


693 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:29:55.27 XApkFNfO0 98/346


すると、すぐに反撃とばかりに、驚かすなと睨みつけてくれではないか。

こればっかりは俺のせいだし、ごめんと目で合図して、再び陽乃さんの方へと向き直った。



八幡「孤高・・・ですかね。孤高ともいえる独特の香り。ダージリンに限定されなければ、本当に何が好きかだなんてわかりそうもないですけど、雪乃なら、自分はこれが好きっていう香りをもってそうかなと。最高級品といっても、マスカットフレーバーが苦手な人もいるかもしれないですけどね。まあ、だから、右になおれじゃないですけど、誰もが飲み慣れた紅茶らしい紅茶よりは、独特な香りを有するセカンドフラッシュを選んだんですよ。そうですね。こう考えると、捻くれているっている意見もあながち間違いではないかもしれないですけど」



俺は、自分で建てた推理に、おもわず心地よい苦笑いをする。

陽乃さんから正解をまだ聞いたわけではないが、なんだか俺の心には満足感が満たされていっているようだった。

捻くれている?

上等じゃないか。似た者同士が惹かれあって何が悪い。

普段は、俺も雪乃も、お互い似てなんかいないって言いはってはいるけれど、やっぱり俺達って似た者同士なのかもしれない。

そう思うと、なんだか嬉しくなってしまった。



陽乃「ちょっと二人とも、二人してニヤニヤ笑っているなんて、気持ち悪いわよ。もういいわ。正解よ、正解」



俺と雪乃は顔を見合わせて、初めてお互いがニヤついている事に気がつく。

どうやら雪乃も俺と同じ意見らしい。

悪くはない。いや、むしろ嬉しくもあるのだけれど、雪乃が捻くれてしまったのは俺のせいか。

でも、セカンドフラッシュが好きになったのは、おそらく俺と付き合う前からだろうし、雪乃が仮に捻くれているとしても、それは元からというわけで。



雪乃「答えにたどり着く過程がめちゃくちゃなのだけれど、それでも正解にたどり着くなんて、ある意味才能ね」

八幡「そりゃどうも」

雪乃「いいえ。まったく誉めてはいないわ」



雪乃は、そっけなく言った割には、嬉しそうにほほ笑む。


694 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:30:42.93 XApkFNfO0 99/346

確かに誉められた解答過程ではないかもな。

捻くれている俺だからこそ辿った過程であり、捻くれているらしい雪乃だからこそ俺がたどり着けたのだから、けっして世間から見れば好ましい関係ではないのかもしれない。

でもさ、一組くらい俺たちみたいな関係の彼氏彼女がいたとしてもべつにいいだろ?



八幡「悪かったな」

雪乃「でも、いいわ。それでこそ八幡なのだから」

八幡「それも誉めてないだろ?」

雪乃「わかったの?」

八幡「当然だろ」

陽乃「はい、はい。そこの二人。勝手にいちゃつかない。でも、やっぱり雪乃ちゃんは今も昔も最高の物を見つけ出すことができるのね。それに、比企谷君は本物を見つけ出すことができるみたいだし」

八幡「そうですか? でも、本物も素晴らしいとは思うけど、でもやっぱり、たとえ偽物であっても、俺にとってそれに価値があるのならば、世間では偽物だと評価されようと、本物以上の価値があると思いますよ」

陽乃「そうなの?」

八幡「だから、さっきから何度も言ってるじゃないですか。本物だけに価値があるなんて、それこそ偏見ですよ」

陽乃「・・・・・・そっか。コーヒーのお代わり淹れてくるわね」



陽乃さんは、そう小さく呟くと、パタパタと床を響かせながらリビングを後にする。

その後ろ姿がなんだか可愛らしく思えて、その可愛らしさは本物ですよって、念を送ってしまった。



雪乃「鼻の下が伸びているわよ」



振り返ると、不機嫌そうに睨む雪乃が俺を出迎える。

なんだか二人して喜怒哀楽が激しすぎないか。

俺は小さくため息をつくが、この微笑ましい仮初めの幸せに身を任せずにはいられなかった。








なかなか俺達を離してくれない陽乃さんを、後ろ髪ひかれる思いのままマンションまで戻ってきたのは午後11時近くになっていた。

お風呂も雪ノ下邸で入ってきたので、あとは寝るだけなので問題はない。

勉強にしたって、雪ノ下邸でいつもと同じようにやり遂げてもいた。

雪乃に関しては、同じ学科の先輩たる陽乃さんもいるわけで、雪乃は必要ないと言いながらも、陽乃さんがさりげなくサポートしていたので自宅マンションで一人で勉強するよりもはかどっていた気もする。

695 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:31:17.77 XApkFNfO0 100/346



まあ、雪乃本人はけっして認めはしないだろうが。

それでも、陽乃さんも嬉しそうにかまっているので、どうにか姉妹間バランスはうまい具合にバランスがとれているのだろう。

しかし、それも一定の距離感を保てる勉強に限るかもしれない。

お風呂に関しては、どうもうまくいかなかったらしい。

俺は、自宅マンション以上に広くて、どでかい檜の湯船を堪能できたことですこぶる満足できるバスタイムではあった。

純日本風の檜の香りに包まれる風呂。

俺も、噂レベルでは聞いた事はある。

高級旅館や、今はやりの各部屋に作られている室内備え付け温泉なんかでは、もしかしたら、めぐりあうことができるかもしれないと思ってはいた。

けれど、個人宅で、しかも、ここまで豪華な檜の風呂に入れるとは、夢にも思わなかった。

豪華でありながらも、厭味を感じさせないわびさびを反映させた日本の風呂文化。

俺がどうこういうのもあれだし、風呂にわびさびなんか求めてなんかいないのかもしれないけど。

ただ、俺がこうまではしゃいでしまうほどの風呂に入れたってことだけは確かだった。

そして、この雪ノ下邸の風呂場は、湯船だけでなく、洗い場もすこぶる広かった。

大人二人が一緒に入ったとしても、十分すぎるほどのスペースが確保されている。

だから、雪乃と陽乃さんが一緒に入ったとしても、風呂における人間の占有領域からしてみれば、十分すぎるほどの空き領域を確保できていた。

そんな最高級のお風呂であっても、入浴直後の雪乃の感想を聞くと、次に俺がこのお風呂に入れるのは、当分先かもしれないと思ってしまった。



雪乃「もう絶対に姉さんとはお風呂に入らないわ」

八幡「そういいながらも、けっこう長い時間入ってたじゃないか?」

雪乃「姉さんが離してくれなかったのよ。姉さんとお風呂に入るのなんて久しぶりだから油断していたわ。姉さんも年を積み重ねて大人になったのだから、少しは落ち着きをもった人間になったと考えたのが甘かったみたいね」

八幡「そうか? なんだか肌がつやつやしてて、満足そうにみえるんだけどな」

雪乃「それは・・・、それは、姉さんがあれもこれもと、マッサージやオイルなど色々としてきたせいよ」

八幡「だったらよかったじゃないか?」

雪乃「それが、肌や髪の潤いを与えるだけならば、私も考えなくはないわ。けれどね八幡」

八幡「なんだよ」



俺に問いただすように詰め寄る雪乃の顔には、はっきりと修羅場を潜り抜けた人間にしか持ちえない決意が秘められていた。



696 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:31:47.25 XApkFNfO0 101/346



雪乃「お風呂は、一日の汚れを流し、リラックスする為の場だと考えているわ」

八幡「それは、俺も同意見だよ」

雪乃「そうね、一般的に言ってもほとんどが同意見でしょうね。けれど、姉さんはその一般的回答に含まれていないのよ」



ある程度は予想はしていたが、雪乃にこうまで堅い決意を抱かせるほどとは。

たしかに雪乃の肌のつやや、髪の艶は素晴らしいほどに整っている。

しかしだ、その肌と髪の持主たる雪乃は、明らかに疲れ果てていた。

雪乃が言う風呂でのリラックスは、どう見ても出来ていないといえる。



八幡「へ・・・えぇ」

雪乃「八幡は、姉さんの過剰すぎるもてなしを経験していないからそんなふうに他人事として言えるのよ」

八幡「いや、俺も、雪乃ご苦労さんって気持ちをもっているぞ」

雪乃「そうかしら? 八幡も一度経験してみればわかると思うわ」

八幡「それは、さすがに駄目だろ」

陽乃「あら? そうかしら。私はいつでもウェルカムなんだけどな。それに、雪乃ちゃんのお許しもでたわけなんだから、何も問題ないでしょ」



俺達が振り返ると、ちょうどキッチンからペリエの瓶を三本持ってきた陽乃さんがそこにはいた。

そして、俺達に瓶を手渡すと、俺達の向かいのソファーへと身を沈めていく。

これは雪乃には言えないのだけれど、妖艶さに磨きをかけた大人に成長した陽乃さんの湯上りの姿は、直視できないほど色っぽく、艶やかさを振りまいていた。

陽乃さんも久しぶりの雪乃とのバスタイムともあって、大人の慎み深さは霧散してしまったのだろう。

俺も、雪乃の背中を両手で押して風呂場に消えていく陽乃さんを目撃していたので、ある程度は陽乃さんのはしゃぎようは予見はしていた。

ただ、今目の前にいる頬が上気した湯上りの陽乃さんは、想像以上の大人の色気を備え持っていた。



八幡「問題ありまくりですって」

雪乃「私は許可した覚えはないのだけれど」

陽乃「だって雪乃ちゃんが、八幡も一度経験してみればわかると思うわって言ったじゃない。だったら、比企谷君には、是非とも経験してみるべきよ。今後の為にも」

八幡「なんのためにですか。俺を捕まえてどうしようっていうんですか」

陽乃「そんなの決まっているじゃない。それとも、私の口から生々しい詳細を聞きたいのかしら?」



697 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:32:19.22 XApkFNfO0 102/346



陽乃さんの入浴後効果120%増しの色っぽさは、もはや回避不可能レベルに達していた。

一度捕まってしまえば、どこまで引きづり込まれるかわかったものじゃないっていうのに、今日の陽乃さんはなんだかリミッターが外れた強さを持っていた。

常に常識外れの強引さはあるけど、いつもは今一歩踏み込んでこない弱さがある。

しかし、今日はその弱さがややかすんでいる。

今話題になっているお風呂の話だけではなく、俺は、今朝陽乃さんを迎えに行った時からなにか違和感を感じていた。



雪乃「姉さん、そこまでにしておきなさい。これ以上の事となると、私も本気にならざるを得ないわ」

陽乃「あら、雪乃ちゃんはいつも本気じゃない? もしかして、いつも余裕があったのかしら?」



雪乃は、ほんのわずかの時間目を丸くしたが、それを打ち消すように毅然と姿勢を正す。

その行為が、その気持ちの切り替えが、雪乃の敗北を強く示していた。

いつだって雪乃は本気だ。どんな時であっても、試合開始直後だろうと雪乃は実力を100%近く発揮している。

これはある意味気持ちの切り替えが早いから、わずかな時間でさえも集中して勉強できる点で非常に優れているといえる。

俺なんかからすれば、勉強に集中する為には多少の時間がかかるわけで、10分くらいの空き時間さえも全力で勉強できる雪乃をいつも羨ましくも思い、コツを教えて欲しいといったものだ。

一応コツを聞き、かえってきた言葉は、特に意識してやってるわけではないとの事だが。

そう、だからこそ雪乃には、余裕がない。

常に全力だからこそ、実力の天井を晒してしまうし、力の余裕なんてあるわけがない。

これが格下相手ならば問題ないのだろう。

けれど、相手が陽乃さんであったり、雪乃の母親なんかの化け物級の相手となると状況が一変してしまう。



陽乃「それとも、雪乃ちゃんは、自分が言った言葉に責任を持てないのかしらね」

雪乃「家族の会話で、冗談を言ってはいけないのかしら。たしかに私は八幡に一度経験してみればいいとは言ったわ。でもそれは、経験する事はないだろうけど、もし経験したら逃げ出したくなるような経験だっていう意味で言ったまでよ」



たしかに、常識的な話の流れからすれば雪乃の言い分が正解なのだろう。

・・・でも、相手は陽乃さんであった。



陽乃「そう?」

698 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:32:54.48 XApkFNfO0 103/346


雪乃「そうよ」



目を細めて雪乃を見つめる陽乃さんの眼光が、雪乃の体を縮みあがらせてしまう。

もはや勝負はついているのだろう。ついているんだろうけど、雪乃はきっと逃げないはずだ。



陽乃「だったら、同じ事を母にも言えるかしら?」

雪乃「それは・・・」

陽乃「もし、大学での成績が下がってしまって、比企谷君との交際を認めてもらえなくなった場合、その時、交際は男女間の意思のみで成立するから、母の指示には従わないって言えるかしら?」

雪乃「成績は今のレベルを維持するわ」

陽乃「それは覚悟であって、未来での確定事項ではないわ。でも言ったわよね? 二人が母に交際を認めさせる条件として。それさえも、家族間の冗談としてすますのかしら」



強引な論理の入れ替えだ。

あの時の俺達の宣誓と、さっき雪乃がいった言葉の背景には大きな隔たりがある。

強引すぎる。それは雪乃だってわかっている。

わかっているけど、それを指摘する気力が雪乃からは消えかかっていた。

まあ、あの女帝相手に冗談なんて言えやしない。

きっと言えるのは、親父さんくらいだろうな。

俺は、想像もできない女帝と親父さんのやり取りを無理やり想像して苦笑いを浮かべてしまう。

雪乃も陽乃さんも一歩も引く事をせず、時間だけが過ぎ去っていく。

このあと女帝が帰ってくるまで冷戦状態が続いたのだが、このとき初めて雪乃の母親に会えた事に喜びを感じてしまった。

あの俺の事を人として見ない蔑む目を見て、ほっとしてしまう日が来るとは夢にも思わなかった。

それほどまで重苦しい雰囲気だったと言えるのだが、それはいつもの姉妹の会話と言ってしまう事も出来た。

しかし、なにかが違う。ほんの少しだけれど、今日何度目かの違和感を覚えた。

とはいっても、女帝が帰ってくると、雪乃も陽乃さんもいつもの調子に戻っていたので、俺の考え過ぎだったのかもしれないと、この時は思っていた。














699 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:33:26.21 XApkFNfO0 104/346



7月12日 木曜日






コーヒーの香りが俺の鼻をくすぐる。

雪乃のマンションで朝起きると、コーヒーの香りが俺を出迎えてくれるようになったのは、いつからだっただろうか?

そもそも雪乃がコーヒーを豆から用意してくれるだなんて想像した事もなかった。

奉仕部では、いつも紅茶を淹れてくれていたので、どうしても雪乃というと紅茶と結び付けてしまう。

それでも俺の為にコーヒーを準備してくれているのは、俺がマックスコーヒーを好んで飲んでいるせいなのだろう。

だったら練乳も用意してくれればいいのに、ミルクだけって、おそらくコーヒーに関しては、雪乃は陽乃さんの影響を受けているのだろうと結論付けた。



雪乃「どうしたの? 朝から渋い顔をして」

八幡「いや、なんでもない」

雪乃「なんでもないという顔ではないと思うのだけれど」



俺の適当すぎる返答に、雪乃は訝しげに首を傾げて、俺の顔を覗き込んでくる。

朝から人の心の奥底まで見通してしまうような目で見つめられると、ちょっと腰を引いてしまいしそうになってしまう。

以前同じような状況で実際に腰を引いてしまったら、雪乃が悲しそうな顔をしたのを脳裏によぎってしまった。

俺からすれば、適当に相槌を打ってしまった後ろめたさからくる逃げ腰だったのだが、雪乃からすれば隠し事をされたと感じてしまったようだった。

今まで俺が一人で厄介事を抱え込んでしまう前科が山ほどあるわけで、いくら恋人になり、同棲までしたとしても、雪乃は、その前科を忘れることができないのだろう。

以上から、俺が今すべきことは、雪乃が納得すべき回答を胸を張って答える事だった。



八幡「いや、な。このコーヒーって、いつもと同じだよな?」

雪乃「ええ、そうよ。八幡が毎朝飲む為に買ってきた百グラム三百円のブレンドコーヒーよ。しかも、賞味期限一カ月前から3割引きになるお買い得品。普段から目が腐っているのだから、少しくらいエコに目覚めて、廃棄ロスを減らすべく、環境に優しい行いをと、選んでいるわ」

八幡「俺の目が腐っているのと、スーパーの廃棄ロスとの間には、少しも因果関係ないだろ」

雪乃「そうかしら? てっきり八幡は腐りかけのものが好きなのだと思っていたわ」


700 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:33:53.60 XApkFNfO0 105/346


八幡「そもそもスーパーのお買い得品は、腐ってないだろ。もし腐っていたら、それこそ大問題になってしまう」

雪乃「そうね。八幡の存在自体が大問題だったわね」

八幡「俺の存在自体を否定するなよ。俺の目がたとえ腐っていようと、俺自身が腐っているわけではない」

雪乃「訂正するわ」

八幡「ありがとよ」

雪乃「性格が腐っているから、その腐った心が外に漏れ出てしまったために、目が腐ってしまったのね。頑丈な体で産んでくださったお母様に申し訳ないわ」

八幡「俺の体は、腐敗を抑え込む為の器かよ」

雪乃「器としては不十分ね。げんに漏れ出ているじゃない」

八幡「俺の体が欠陥品だっていいたいのか。・・・もういいよ」



早朝からのこのハイテンションはさすがにきつい。

俺は、降参の合図として両手をあげてから、コーヒーカップを手に取り、喉に流し込んだ。

それを見た雪乃は、満足そうにほほ笑むと、自分の為に用意したブラックコーヒーを一口口に含んだ。



八幡「昨日は、コナコーヒーって言ってただろ?」



百グラム三百円が高いかどうかは判断しかねるが、インスタントコーヒーと比べるならば、高いと言えるのだろうか。

いや、まてよ。この前、陽乃さんとコーヒー豆を買っていた時は、百グラム1400円くらいだったはず。

一番高いのが1800円くらいで、コナコーヒーが2番目に高い豆だって印象が残っていた。

そうなると、300円は安いのか?

頭の中で試算しようとしたが、幾分コーヒーの知識が足りな過ぎる。

インスタントコーヒーやマックスコーヒーについてなら、わかるんだけどな。

なんて、頭の中で考え事をしてしまって、ちょっと難しい顔をしていると、雪乃が心細そうな顔色をみせてくる。

だったら初めから毒舌吐くなよと言ってやりたいものだが、これが俺たちなのだから、しょうがないか。








第40章 終劇

第41章に続く

701 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/02/26 17:34:26.34 XApkFNfO0 106/346


第40章 あとがき




雪乃が紅茶をいれるシーンはよく描写されていますが、好みの銘柄とかあるのでしょうか?

今回ダージリンを登場させたのは、自分の中のイメージと自分の好みによるものです。

ダージリンですが、個人的にはセカンドフラッシュとオータムナルが好きです。

癖が少ないといいますか、ふつうに美味しいですw

好みですから、人によってふつうの基準は違いますが、個人的には、味・香りにいやな独特さが際立っていないような気がします。

なんて書くと紅茶好きの人からつっこみを入れられてしまいそうですが、あくまでも個人的な意見としてお聞きくださればなによりです。




来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派



710 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:29:51.36 MZPnThgr0 107/346


第41話





7月12日 木曜日





雪乃「そうだったかしら?」



雪乃は俺の顔色を伺いながら、精一杯の虚勢を張ってとぼける。

その、頑張っていますっていう顔つきが可愛らしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。

すると雪乃が俺の反応に気がついて、頬を膨らませるのだが、雪乃が安心していくのを如実に感じ取ることができた。



八幡「とぼけるなよ。昨日、その口が言ってただろ」

雪乃「その口と言われても、どの口かわからないわ」



すっかり調子を取り戻した雪乃は、俺をからかうような瞳を投げかけてくるものだから、俺としては条件反射でしっかりと大事に受け取ってしまう。

もう一生消えない癖になってしまったな、・・・なんて教えてあげないけど。



八幡「あくまでとぼけるつもりなんだな。・・・わかったよ。だったら、雪乃が理解できるようにいってやる。雪乃の可愛い口が言ったんだ。いつもは罵詈雑言ばかり乱れ撃ちするその唇が、しっかりとはっきりと言葉を形作ったんだよ。陽乃さんとコーヒーの話を聞いたときは、拗ねちゃって口をとがらせていたくせに、家に帰って来てからは、俺の唇を求めてしおらしく泣いてたっけな。その俺が大好きな雪乃の口が、コナコーヒーって断言したんだ」

雪乃「・・・そうね」



雪乃はきょとんとした目で俺を見つめて小さく呟いた。

そして、俺の目とかち会うと、恥ずかしそうに頬を赤く染めながら視線を斜め下にそらす。

視線をそらした後も、挙動不審さ全開で、瞳を揺れ動かしながら俺の挙動を観察していた。

ある意味自爆覚悟の攻撃だったが、ここまで効力があるとは恐れ入る。

ナイス俺! 毎日負けてばかりではないのだよ。

連敗記録を更新するだけが取り柄じゃないところをたまには見せつけられたことに、俺はちょっとばかし天狗になってしまう。



八幡「雪乃?」


711 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:30:53.64 MZPnThgr0 108/346


俺の呼びかけに、雪乃は腰をよじって、緩く握った拳で口元を隠すことしかしない。

なんだか、俺の攻撃が威力がありすぎて、・・・こう言っちゃなんだけど、雪乃、可愛すぎないか?

さっきまで勝ち誇っていた勢いはどこにやら、すでに敗戦ムード一色に塗り替わっていた。

もうさ、俺の負けでいいです。だから、これ以上の拷問はやめてください。



八幡「雪乃さん?」



俺の再度の呼びかけに、小さく肩を震わせると、雪乃は喉に詰まっていた言葉を猛烈な勢いで吐き出してきた。



雪乃「そうだったわね。私がコナコーヒーだと言ったわ。私は紅茶なら詳しいのだけれど、コーヒーについては疎いのよね。確かに姉さんが好きなコーヒーの銘柄で、コーヒー好きの姉さん一押しの銘柄なら八幡も喜ぶと思って選んだのだったわ。でも、八幡も毎日飲んでいるのだから、自分が飲んでいるコーヒーの銘柄くらい覚えて欲しいわ。だって、私が淹れているコーヒーなのよ。だったら、私が教える前に自分から聞いてくるべきだったのよ。それと、たしかにコーヒーも悪くないわね。八幡に合わせて朝食のときに、私も飲むようになったのだけれど、目覚めの一杯としては効果がある飲み物である事は認めるわ。やはりカフェインの効果なのかしら? でも、紅茶の香りもいいけれど、コーヒーも最近いいかなって思うようになったのよ。ふふっ。一緒に暮らしていると、似てきてしまうのね。だけど、アフタヌーンティーともいうわけで、ゆっくりと落ち着きて会話をしながら飲むのならば、やはり紅茶をお勧めするわ。コーヒーは香りが強すぎて頭をすっきりさせるのには最適なのだけれど、リラックス効果は紅茶の方が上ね。これは私の偏った評価だけが示している効能ではないと思うわ。朝の目覚めのコーヒーというのように、同じような効果として、眠気覚ましのコーヒーというじゃない。つまり、眠気が飛ぶような強い効能があると言えると思うわ。だから、リラックスしたい場面で、そのようなインパクトがあるコーヒーはあわないと思うのよ。そうね、あわないというのは狭量すぎるわね。あわなくはないと思うのだけれど、私としては紅茶が好きだから、紅茶を飲みながら八幡と会話をしたいわ。あと、鳥と同等の脳みそしか有さない八幡に、こうまで強気に断言される日が来るなんて、今日は雪が降るわね。夏なのに雪だなんて、今日の異常気象は八幡のせいね。だから、八幡は、日本国民に対して謝罪する義務があると思うわ」

712 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:31:22.63 MZPnThgr0 109/346



と、どこまで理解できたかわからないが、最後の方は肩で息をしながら雪乃はそう言った。



八幡「・・・えぇっと、雪乃は自分の彼氏の事を何だと思ってるんだよ?」

雪乃「ペットの鳥かしら?」

八幡「だったら、籠の中にでも入れておく気かよ」

雪乃「・・・・・・・それがもし可能ならば、実現させたいものね」



どうにも本気とも冗談ともとれる怖い発言を目を光らせて朝からのたまうものだから、明らかに雪乃の様子がおかしいと、脳みそ鳥並みの俺であっても判断できた。

もちろん雪乃のいつ息継ぎしたか質問したくなるご演説もおかしいけれど、これは雪乃なりの照れ隠しだ。だから、問題はない。

一方、雪乃が俺を鳥のように閉じ込めておきたいと言った時の表情は、照れ隠しには当てはまらない。

むしろもっと内に秘めた葛藤なのだろうか。

彼氏彼女だからこそ言えない一言が含まれている気がした。

これでも雪乃の彼氏であり、今までも、そしてこれからもずっとやっていきたいと思っているわけで、雪乃が抱えている悩みを一刻も早く解決したい。

悩みなんて人それぞれ抱えているものだし、ましてや自分の悩みでさえ簡単には解決できるものではない。

ならば、自分の彼女だって、簡単に解決できるものではないのだろう。

そもそも偉そうに人の悩みを解決してやるだなんて言う方がおこがましい。

でも、今回の、俺の彼女たる雪ノ下雪乃の悩み限定ならば、完全に解決できるとまでは言えないまでも、それなりに悩みを軽減させる自信が俺にはあった。

なにせ、その悩みの原因は、おそらく俺自身なのだから。



八幡「雪乃も喋りすぎて喉が渇いただろ。ちょっと喉を潤わせる為に休戦にしないか」

雪乃「そうね。私も喉が渇いてしまったわ」



そりゃそうだろ。あれだけ喋ったのだから。

雪乃は、俺の勧めに従って、コーヒーカップを取ろうする。



八幡「雪乃のお勧めでもあるし、紅茶を淹れてくれないか? 雪乃とゆっくりとリラックスしながら朝食をとりたいんだ。そうだな、明日からはコーヒーじゃなくて、紅茶にしないか?」



雪乃は、俺の真意を探ろうと見つめ返してくる。

どこか訝しげで、触ってしまったら泣きだしてしまいそうな瞳に吸い寄せられてしまう。

だから、俺は雪乃からの視線に逃げることなく、視線を受け止める。

さすがに演技かかった発言だったと思う。

713 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:31:49.62 MZPnThgr0 110/346



しかも三文芝居だったしな。けれど、俺の真意だけは雪乃に伝えたい。

伝えなければならない。

やはり陽乃さんが淹れてくれるコーヒーと比べてしまうと、同じコナコーヒーの豆を使っていても、違いがわかってしまう。

俺の味覚がすごいわけではない。

そもそも陽乃さんはハンドドリップであり、雪乃はコーヒーメーカーを使っているのだから味の違いが出て当然だ。

もちろん俺は缶コーヒーも飲むし、喫茶店のコーヒーや、チェーン店のコーヒーも飲むし、最近はコンビニのコーヒーだって飲む。

さすがにインスタントコーヒーは、練乳たっぷりのマックスコーヒーもどきを愛飲しているが、だからといって、陽乃さんが淹れてくれるコーヒーが絶対であり、他のコーヒーを認めないと考えているわけではない。

ただ、朝の目覚めで飲むコーヒーとしては、一緒に暮らす雪乃に対して失礼だと俺が思ってしまう。

彼氏であって、同棲している彼氏でもある恋人が、雪乃の実の姉であろうと朝一番で違う女性の事を考えてしまうのは、けっしてよろしいとはいえない。

むしろ裏切り行為だとさえいえるだろう。

そもそも朝一番にコーヒーを飲む習慣を作ってしまったのも、雪乃の勘違いから始まったものだ。

普段から俺がマックスコーヒーばかり飲んでいるわけで、そのせいで俺がコーヒー好きだと雪乃が思ったらしい。

もちろん間違いではない。厳密にいえば、マックスコーヒー限定なのだが、その辺の違いを熱く語ったとしても、俺が論破されてしまうだけだろう。

まあ、いってみれば、俺が好きなマックスコーヒー関連について雪乃に論破されるのが嫌だったという、器が小さすぎる俺に今回の騒動の小さな原因があったのかもしれない。

若干こじつけ臭いが、嘘は言ってないとはずだ。

俺からしたら、コーヒーではなく、朝は、雪乃が淹れてくれた紅茶でよかった。

むしろ最初から雪乃の紅茶がいいと選択したほうがよかったとも今なら思えるが、いろんなところでコーヒーを飲むと言っても、そのほとんどがインスタントコーヒーか缶コーヒーくらいしか飲まない俺からすれば、雪乃が用意してくれたコーヒーメーカーで淹れてくれたコナコーヒーならば、目が覚めくらいうまいコーヒーであった。

だからこそ、俺は雪乃が用意してくれた最初の一杯のコーヒーを皮きりに、その翌日も雪乃が用意してくれるコーヒーを飲む習慣を作ってしまった。

だけど、その習慣も今日で終わりだ。

やはり俺の偽らざる裸の真意を伝える為には、オブラードにくるまずにストレートに言おう。

きっと雪乃も、それを望んでいるはずだ。



714 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:32:20.58 MZPnThgr0 111/346



八幡「どうしても陽乃さんのコーヒーと比べてしまうからな。でもさ、朝一番に感じたいのは雪乃だから。それが一杯のコーヒーであろうと、それは雪乃に対して不誠実だと思うんだよ。だから、これからは、雪乃が淹れてくれるダージリンのセカンドフラッシュを毎朝飲みたい、と思っている」

雪乃「ええ、わかったわ。・・・・・・ありがとう、八幡」



蕾がゆっくり開くように微笑みかける雪乃に、俺は見惚れてしまう。

儚く、美しい花びらが、一枚、また一枚と、しっかりと自己主張していく。

他人から見たら、温室育ちのか弱い花だっていうのかもしれない。

花は他人を寄せ付けず、花の管理者さえも厳重に他者を寄せ付けないように薄いビニールハウスを張り巡らせている。

でも、俺はわかっている。

しっかりと根を張って、外に出ようとしているその花は、気高く、強いって。

けれど、今降り注ぐ夏の陽差しは強すぎる。

陽は、花にとってなくてはならない存在だ。

しかし、強すぎる陽差しは毒にこそあれ、しまいには花を枯らせてしまう。

ならば、管理者たる俺が、うまい具合に調整しなければならない。



雪乃「紅茶、淹れてくるわね」

八幡「頼むよ」



もう一度小さく微笑んだ雪乃は、くるりと華麗にターンを決めると、キッチンへと一歩踏み出そうとした。



雪乃「・・・そうね」



雪乃は何か思い出したらしく、一つ確認するように呟くと再びターンをきめると、俺の方へと歩み寄ってくる。

椅子に座る俺の目線に合わせるようにかがみこんでくると、すっと俺の瞳の奥まで侵入してくる。

朝日を背にする雪乃の表情はよく読みとれなかった。

気がついたときには、雪乃はキッチンへと消えていた。

雪乃が残していった香りをかき集めて余韻に浸っていると、いつもの朝がこれで終わった事を実感した。

これからは、今までとは違う朝を毎日過ごす事になるんだと思う。

テーブルの上には、飲みかけのコーヒーカップは存在していなかった。





715 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:32:50.48 MZPnThgr0 112/346







今日も今日とて大学の講義はある。

今朝の出来事のおかげか、雪乃はすこぶる上機嫌で俺の隣を闊歩している。

昨日の雪乃と陽乃さんの衝突を心配してはいたが、陽乃さんにいたっては、昨日の事など微塵も感じさせない様子であり、俺の方がかえって戸惑ったほどだ。

一方雪乃はというと、陽乃さんを迎えにいって、陽乃さんが車に乗り込んだ直後までは緊張してはいたみたいだが、陽乃さんがいつも通りの雰囲気である事を確認すると、雪乃からはとくに昨日の事を蒸し返そうなどしなかった。

もちろん雪乃は、表面上はいたって普通であることを演じてはいたが、俺や陽乃さんは雪乃のぎこちなさに気がついたし、陽乃さんもそのことに触れようとはしなかった。

そして現在、俺を挟んで雪乃と陽乃さんは、いつもの激しい会話を繰り広げているが、俺はそんな微笑ましくもあり、精神を削り取られる会話を楽しむ気にはなれないでいた。

なにせ今日はいつもの登校時間より30分も早くして、橘教授に会いに行かねばならないのだから。

さすがにいつもの登校時間ではないともあって、雪ノ下姉妹の登校風景に見慣れていない人たちがほとんどであり、振り返る奴があとを絶たない。

本来の俺ならば、興味半分にその数を数えたりしたりもするが、今日はそんな気にさえなれなかった。

一応昨日の弥生の話からすれば、俺の解答が橘教授に悪印象を与えてはいないらしい。

悪印象は与えていなくても、好印象を与えているとは限らないところが面倒だ。

つまり、個人的には面白い好意かもしれないが、講義の小テストとしてはNGであり、レポートの提出を義務付けるなんてこともありうるわけで。

そんなマイナスイメージばかりを昨日から幾度ともなく考えていれば憂鬱にもなってしまう。



陽乃「雪乃ちゃんも比企谷君も、今朝は心ここにあらずって感じで、つまんな~い」



陽乃さんは、つまんな~いと言いながら、腕をからませてくるのはやめてください。

いくら平凡な朝の光景だとしても、そこに核兵器を実装しては不毛の地になるだけですって。

現に隣の国の雪乃さんのレーダーは、緊急事態を察知して、俺に絡める腕の力を限界まであげていますよ。

だから俺は、肩にかかった鞄をかけ直すふりをして、さりげなく陽乃さんの誘惑を退けるしかなかった。



陽乃「ねえ雪乃ちゃん」

雪乃「なにかしら?」

水面下で高度すぎる外交取引があったというのに、二人の顔は崩れる事もなく会話を進める。

陽乃「今度私の誕生日会を開いてくれるらしいわね」

716 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:33:24.74 MZPnThgr0 113/346



雪乃「ええ、由比ヶ浜さんが企画したのよ」

陽乃「それだったら、雪乃ちゃんが具体的な準備をまかせられたってところかしら?」

雪乃「その認識で間違っていないと思うわ」



異議あり。たしかに雪乃が具体案を作り上げるだろうが、こまごまとした準備は俺の方に回ってこないか?

と、不満をぶちまけそうになるが、結局は、料理なんかの重労働は雪乃がやるわけで、一番大変なのは雪乃なんだよな。

料理だけは由比ヶ浜に手伝ってもらうわけにはいかない。

むしろ由比ヶ浜を料理から遠ざけねばなるまい。

いくら最近少しは上達してきたといっても、まだまだ戦力には数えられないだろう。

となると、俺がヘルプに入るわけか。それはそれで楽しいからいいんだけどさ。



陽乃「だったら、リクエストしたいことがあるんだけど、いいかな?」

雪乃「もちろん構わないわ。姉さんが主役のパーティーなのだから、その主役の要望にはできるだけ応じるつもりよ」

陽乃「だった・・・」

雪乃「でも、出来る事と、出来ない事があるから、その辺の事は察してほしいわ」



さすが雪ノ下雪乃さんっす。

陽乃さんが無理難題を突き付ける前にシャットダウンするとは。

長年陽乃さんの妹をやっているわけではないっすね。

俺だったら、ずるずると陽乃さんの雰囲気にのまれて、無理難題を意思不問で押しつけられていた所だ。

しかし、陽乃さんも雪乃が生まれた時から雪乃の姉をやっているわけで、一呼吸つくと、再度の攻勢に取り掛かった。



陽乃「もちろん出来ない事ではないから安心してほしいわ。雪乃ちゃんに頼む事ではないしね。私がリクエストしたい事・・・・・・」

雪乃「却下よ」



雪乃の冷たく重い言葉が、陽乃さんの声を遮る。

雪乃が陽乃さんを見つめる瞳は黒く輝いていて、何人たりとも国境からの侵入をゆるさない決意を漂わせていた。

一方陽乃さんも、一瞬のすきを伺うその集中力は、まさに狩人といったところだろう。

こえぇ~。陽乃さんは、まだ何もリクエストしてないだろ。

それでも雪乃には、陽乃さんが何をリクエストしたいかわかっているのかよ。



717 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:33:52.80 MZPnThgr0 114/346


陽乃「えっと、ねぇ・・・」

雪乃「却下」

陽乃「だか・・」

雪乃「不許可」

陽乃「そのね」

雪乃「不採用」

陽乃「ちょっと聞いてよ」

雪乃「不受理」

陽乃「むぅ~」



雪乃は、あくまで陽乃さんに言わせない気かよ。

そこまでして聞き入れたくない内容なのだろうか。

だとすると、陽乃さんだってこのまま引き下がるわけがないと思うのだが・・・。

と、陽乃さんの出方を伺っていると、陽乃さんはさっそく俺の腕にしがみつき、俺の耳に口をあて、俺だけに聞こえる声でリクエストを伝えてきた。

急すぎる不意打ちに、俺も雪乃も対応できないでいる。

今までは、雪乃に対してのアプローチだったので、俺に来るとは思いもしないでいた。

ただ、たしかに雪乃が聞き入れたくない要望だと納得せざるを得なかった。

なにせ・・・。



陽乃「一日、比企谷君をレンタルしたいな」



だったのだから。



雪乃「姉さん。いくら八幡に直接言ったとしても、私が許可しないわ」

陽乃「えぇ~。これは比企谷君が決めることでしょ?」



雪乃には、陽乃さんの囁きは聞こえなかったはずなのに、それでも許可申請をしないところをみると、やはり雪乃には陽乃さんのリクエストが詳細にわかっていたってことか。

ただ、このまま陽乃さんが引き下がるとは思えないし、ましてや雪乃は徹底抗戦しかしないはずだった。

だとすれば俺が調停役にならなければ、この騒動は終息しない。

はぁ・・・。なんで朝っぱらからため息ついてるんだろ。

おい、俺の事を見て羨ましがってるそこのやつ。

俺の苦労も知らないで、俺の事を睨むなよ。

と、通りすがりの美女二人を眺めている男に八つ当たりをしてしまう。

けっしてこの苦労を譲ろうとは思わないし、手放しはしないけれど、一方的決めつけだけはやめてくれ。いや、お願いします。


718 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:34:18.30 MZPnThgr0 115/346


じゃないと、心が折れそうです。

俺が周囲を観察中も、あいかわらず雪乃達の外交交渉は続いていた。

さてと、このままでは核戦争まっしぐらだし、俺が交渉の場につくとしますか。



八幡「いくら陽乃さんであっても、俺をレンタルする事は出来ませんよ」

陽乃「えぇ~。いくら雪乃ちゃんに悪いといっても、一日くらいはいいじゃない」

八幡「それも違いますよ」



俺の発言に、陽乃さんに戸惑いが浮かべるが、援護されていたと思って浮かれ気味だった雪乃の表情にまで戸惑いが広がる。



陽乃「どういうこと?」



陽乃さんは、意味がわからないと聞き返してくる。

雪乃も陽乃さんと同じ気持ちらしく、ちゃんと話してあげなければ、今にも詰め寄りそうなので、雪乃に対して優しく目で制しておく。

一応その牽制で雪乃は落ち着きをみせてくれるが、納得していないのは目を見れば明らかだった。



八幡「そもそも俺は雪乃の所有物ではないですよ。もちろん彼氏ではありますけど」

陽乃「ふぅ~ん。逆のたとえとして、雪乃ちゃんが比企谷君の恋人であっても、その体は雪乃ちゃんの物であって、比企谷君が自由にできる事はないっていいたいわけ? 案外比企谷君も常識すぎる事を言うものなのね」

八幡「そういう言い方をされると、俺が非常識人みたいじゃないですか」

雪乃「あら? 八幡が一般人と同じレベルだと思っていたのかしら? その認識こそ非常識よ」

八幡「おい、雪乃。雪乃は俺に援護してもらいたいのか、それとも殲滅したいのか、はっきりしろ」

雪乃「援護してもらいたいけれど、間違いは訂正したくなるのよね。潔癖症なのかしら?」

八幡「可愛らしく首を傾げても、今は無駄だぞ。なにせ魔王が目の前にいるんだからな」

陽乃「あら? 魔王って私の事かしら?」

八幡「そうですよ。自分では認識していなかったのですか? そう考えると、陽乃さんも非常識人ですね。あっ、魔女っていう認識でもいいかまわないですよ」

陽乃「へぇ・・・、比企谷君が私の事をそんなふうに思っていたなんて、予想通りよ」



だから、陽乃さんも可愛らしく首を傾げても、怖いだけですから。

もう、両方の腕に絡まる細い腕をふりほどいて逃げだしたい。


719 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:34:55.53 MZPnThgr0 116/346


俺の状態は、いわば護送中の容疑者の気分よ。



八幡「そう認識していただいてもらえて助かります」

陽乃「どういたしまして。で、まだ一般常識をご高説していただけるのかしら?」

八幡「そんな上から目線のことなんて言いませんよ。ただ、俺をレンタルしたいなんて言わないでも、直接俺に付き合ってくれって言ってくれれば、遊びにも買い物にも、いくらでも付き合いますよ」

陽乃「え?」



おいおい・・・、あの陽乃さんの目が丸くなったぞ。

真夏だっていうのに、本当に雪が降るかもしれない。

俺は、あまりにも失礼な感想を思い浮かべているが、雪乃も同様みだいだった。

もしかしたら、別の意味も含まれているかもしれないが。



八幡「だから、貸し借りなんて考えないで、素直に誘ってくれればいいんですって。そうすれば、いくらでも付き合いますよ。あっ、でも、時間がない時は無理ですからね。陽乃さんもわかっていると思いますけど、ご両親との約束がありますから勉強に忙しいんですよ。ですから、その辺の事情も考えたうえで誘ってください。出来る限り時間を作りますから。そうじゃなかったら、今朝だって車で迎えに行きませんよ。つまり、陽乃さんと一緒にいるのもいいかなって思っているから、こうやって登校しているんです。あぁっ、・・・なんか恥ずかしすぎること言ってますけど、まあ、あとは察してください」



俺は、あまりにも恥ずかしすぎるご高説は演じてしまう。

もし両腕が自由だったら、すぐにでも顔を両手で覆っていたはずだ。

だが、無防備にも顔を晒している今のこの状況は、ある意味羞恥プレイすぎるだろ。

なんとか視線だけ動かし雪乃を見ると、一応ほっとした顔を見せていた。

雪乃だって、俺と同じ気持ちで陽乃さんといるんだし、納得はしてくれるとは思っていた。

けれど、全てが納得できるかと問われれば、そうじゃないのが雪乃の立場たるゆえんなのだろう。

一方陽乃さんはというと、何を考えているかわかりません。

だって、普段からわからないんだから、突然今だけわかったほうがおかしいってものだ。

まあ、その顔色を見てみると、プラス方向に傾いているようなので、このままその外交交渉の落とし所は見つかったって事でいいのか、な?



八幡「俺は、今日こっちだから」


720 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:35:23.18 MZPnThgr0 117/346



俺は、終戦を確認すると、この後に待っている本来の目的を遂げようと行き先を告げる。

俺が急に歩くのを緩めたものだから、雪乃達に腕を引っ張られる形でその場に止まった。

本来ならば、もう少し先まで一緒に行くが、今日は橘教授に会いに行かねばならない。

だから、今日はここでお別れだ。

橘教授に呼ばれた事は、雪乃にも話してはいなかった。

呼ばれた事ばかり考えていたせいで、雪乃に話す事をすっかり忘れていたのが原因なのだが、そのせいで、雪乃は訝しげに俺を見つめてきた。



八幡「橘教授に会いに行かないといけないんだよ。昨日呼ばれていたな。今の時間だったらいるらしいから、面倒事は早めに済ませたいんだよ」

雪乃「聞いていないわよ」

八幡「ごめん、すっかり忘れていた。あまり行きたくない用事でもあったんでな」



俺は、ご機嫌斜めの雪乃に、誠意を持って素直に謝る。

その謝罪があまりにも自然すぎて、雪乃はこれ以上の追及はしてこなかった。



陽乃「で、なんで呼ばれたの?」

雪乃「そうね。理由くらいは教えて欲しいわ」



ですよねぇ・・・、陽乃さんに続いて、雪乃も理由開示を求めてくる。

陽乃さんは簡単には撒けませんよねぇ。

雪乃も、すっかり復活してるし。

わかってはいましたけど、理由を説明すると全部言わないといけなくなって、きっと二人は笑うんだろうな。

ようやく訪れるはずだった静かな朝。

こうして再び乱世へと舞い戻っていく運命だったんだな。

さっきまで核戦争開戦間近だったのに、今は同盟ですか。

この二人のタッグを目の前にして、俺は開戦直後に白旗をあげるのだった。








第41章 終劇

第42章に続く










721 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/05 17:36:17.09 MZPnThgr0 118/346



第41章 あとがき



最近ハーメルンで『やはり雪ノ下雪乃』を再掲載する為にSS形式から小説形式に書きなおす作業をしているのですが、SS形式特有の癖というのがあるわけで、直し作業は思っていた以上に勉強になっております。

八幡「セリフ」

雪乃「セリフ」

と、いうように、台詞の前に名前がある分無意識に状況描写が弱くなっているんですよね。

自分だけかもしれませんが、発言者が明示されているので、台詞をいうキャラクターの状況描写をするまえに頭の中でイメージが出来上がってしまうというのでしょうか。

その為に、無意識のうちに状況描写をしなくてもいい気になっているような気がします。

皆さんからすれば、今さらかっていう内容かもしれませんが。

その分書きなおし作業では状況描写を増やす修正が増えており、そして、そこからさらに心情描写も深く書き足すこともあるわけで、今回の再掲載は、予想外に自分のスキルアップに役立っているようです。

とはいうものの、はるのん狂想曲編修正作業に突入したあたりから方向性が見えてきたのでして、劇的変化なんてあるわけありませんし、地道に頑張っていく所存です。

狂想曲編修正作業が終わる頃には一皮むけていればいいなと思っております。



スーパーなどだと、ダージリンも季節によって区別された商品は出ていないですね。

専門店だと季節ごとのが売っていますが、販売最少量(100グラムとか)を買うのがいいかなって思っています。

好みでなかったら諦めも付きますし、好みのものでしたらまた買いに行く楽しみが出来るので。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派


728 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:29:14.51 GjFUVEDS0 119/346


第42章





いつもより少し遅い時間に到着した教室内は、あらかた席が埋まっている。

しかしもう7月ともあってこの講義も終盤であり、毎回違う席を狙って座る変わり者以外はたいてい同じような場所に座るわけで、俺がいつも座っている席も空席のままであった。

まあ、由比ヶ浜が先に来ていて、俺の分の席も確保しているみたいだったせいもあるみたいだが。



八幡「よう」

結衣「あ、おはよう、ヒッキー」



ノートとにらめっこしていた由比ヶ浜は、俺が隣の席に着くまで気がつかないままであった。

よく見ると、弥生の鞄らしきものも置かれているので、弥生はすでに来ているみたいだ。

ここにはいないのは、きっと奴の事だから誰かと情報交換でもしに行っているのだろう。

あいつは頭がいいんだし、面倒な情報交換なんてしなくても今の成績をキープできると思うんだけどな。

不安要素を潰したいっていう気持ちだったらわからなくもないが、あいにくそういう理由で行っている行為とも思えない。

まっ、俺からその辺の詳しい事情を聞く事はないし。

それに弥生だって聞かれたくはないだろう。



八幡「朝から復習とはお前もしっかりしてきたな」

結衣「まあ、ね。そろそろ期末試験だしさ」

八幡「それはいい心がけだ。わからないところがあったら早めに聞いてこいよ」

結衣「うん、ありがと」



俺はひとつ頷くと、授業の準備に取り掛かる。

ノートにテキスト。それに筆箱っと。

由比ヶ浜との会話でわずかながらであっても気分転換できたはずなのに、どうも朝の後遺症が俺の腕を重くする。

いや、朝の雪乃と陽乃さんの衝突も神経を削りとられたが、それはいつもの光景にすぎない。

このイベントを慣れてしまうのはどうかと思うが、一種の姉妹のコミュニケーションとして受け入れはしている。

俺の手を鈍らせていたのは、橘教授に呼ばれた事に原因があった。

・・・もう忘れよう。終わった事だ。問題はなかったし、ただ疲れただけだ。



「おはよう、比企谷。橘教授はなんだって?」


729 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:30:00.75 GjFUVEDS0 120/346


俺が忘れた事にしたばっかりなのに頭の上から声をかけてきたのは、席を離れていた弥生だった。

こいつ、人が忘れようとした事を数秒も経たないうちに思い出させやがって、と心の中で愚痴るが、こいつには全く悪気あったわけではないし、むしろ本当に俺の事を心配しての事だとわかっている。

そんな弥生の性格をわかっていも俺の顔は引きつってしまい、その顔を弥生が見たものだから、弥生は勘違いしてしまった。



「なにか問題でもあった? 昨日の感触ではけっこうよさげだったんだけどな」

八幡「教授はいたって友好的だったよ」



俺の返事に弥生は訝しげな瞳で見つめ返してくる。

そりゃあ懸念対象たる橘教授に問題がなければ、なにも問題を抱える事はないと思うし、俺だってそうだ。



「だったらなんでそんなにも疲れた顔をしてるんだよ?」

八幡「雪乃と陽乃さんが一緒についてきたんだよ」



俺の簡潔すぎる説明に、弥生は全てを納得したといった顔を見せる。

それと、俺が雪乃達の名前を出したとたん周りの喧騒がボリュームアップした事はこの際無視しだ。

正確にいうならば、雪乃ではなく、陽乃さんに期待してのものだろうが、実被害を受けないで外から眺めているだけの奴らは、きっと楽しいのだろう。



「なるほどね」

八幡「俺が呼ばれたはずなのに、ほとんど陽乃さんが話していたよ。それはそれで助かったんだが、ときおり爆弾発言投げつけてくるからひやひやものさ」

「でも、問題はなかったんでしょ?」

八幡「ないけど、疲れたよ」

結衣「どんなこと話していたの?」

八幡「別に大した事はない世間話だったよ。さすがに解答時間ゼロ分で提出したやつは珍しくて、どんなやつか話したかったんだと。一応昨日の試験を採点したのを見せてもらったけど、満点だった」

「よかったね」

結衣「・・・ねえ、私のはどうだったかな?」



にこやかな表情の弥生とは対称的に由比ヶ浜の表情はどんよりと沈んでいて、その声に覇気はない。

730 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:30:35.69 GjFUVEDS0 121/346



八幡「いや、俺の解答しかみせてくれなかったな。そもそも他人の答案用紙は見せてくれないだろ」

結衣「だよね」

八幡「なあ由比ヶ浜」

結衣「ん?」

八幡「出来が悪かったのか?」



由比ヶ浜からの返答はなかった。つまりそういう事なのだろう。

隣の席で俺と弥生が真面目に授業に参加して、さらには必死に山をはっていたっていうのに、こいつは何をやっていたんだって呆れそうになってしまう。

その内心が露骨に態度に出てしまったのか、由比ヶ浜は慌てて自己弁護を開始しだした。



結衣「ヒッキーが想像しているほど悪くなかったって。ただちょっとだけ自信がなかったから、聞いただけだし」

八幡「へぇ・・・」



俺は条件反射的に訝しげにな声を返してしまい、由比ヶ浜はますます取り繕おうとやっきになってしまう。



結衣「ほんとうだって。試験なんて自信がある方がおかしいんだって。ふつうは答案用紙が戻ってくるまでドキドキするものなのっ」

八幡「ふぅん」

結衣「だから、ほんとうに出来が悪かったわけじゃないんだって。ねえ、弥生君も見てたからしってるよね?」



俺が信じてないと思ってしまっている為に隣で見守っていた弥生にも援護を求めてきた。

俺だって一応由比ヶ浜の成績は把握しているわけで、昨日の小テストの出来だってある程度の予想もできている。

おそらく由比ヶ浜が主張するように悪くはない出来なのだろう。

ただ、俺の返事に元気がないのは由比ヶ浜が懸念している原因とは違って、まじで陽乃さん達の相手をしていて疲れ切っていたわけで・・・。

その辺も教室に来た時に話したのに、由比ヶ浜はすっかりとそのことを忘れてしまっているらしい。



「僕も昨日のテストは早めに教室から出てしまったから由比ヶ浜さんの解答を全てチェックしたわけではないけど、それなりに書けていたと思うよ」

結衣「ほら、弥生君だって悪くなかったって言ってるじゃん」

731 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:31:01.70 GjFUVEDS0 122/346


八幡「別に疑ってるなんて言ってないだろ。そもそもお前が聞いてきたんじゃないか」

結衣「そうだけど、ヒッキーのその目は私の事を信じてないって感じだし」

八幡「この目はいつもこんな感じなんだよ」

結衣「でも、でもぉ・・・」



俺が人を信じているっていう目があるんなら、どんな目なのか俺の方が聞きたい。

散々腐った目とか言ってたくせに、こういうときだけ疑うなんて都合がよすぎないか。



「比企谷は、陽乃さんの相手をして疲れてただけだよ。さっき言ってたじゃないか」

結衣「え? そうなの? だったら早くいってくれればよかったのに」
  
八幡「最初に言っただろ」

結衣「そうだっけ?」



俺と弥生は顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまう。

それでも由比ヶ浜なりに勉強していたんだし、俺達の会話を全て聞いていろって暴言を吐くほど暇じゃあない。



八幡「そうだったんだよ」

結衣「そっか、ごめんね聞いてなかった」

八幡「別にいいよ。勉強してたんだろ?」

結衣「うん、期末試験もあるし頑張らないとね。それはそうとヒッキー・・・」



由比ヶ浜の声質ががらりと変わり、

どこか俺を探るような意識がにじみ出ているような気がしてしまう。

だもんだから、由比ヶ浜からのプレッシャーに押し負けて、俺の方もほんのわずかだけ体を引いてしまった。



八幡「な、なんだよ」



ちょっとだけどもってしまったが、それを気にしているのは俺だけで、由比ヶ浜はそんな俺を失態を気にもせず、俺へのプレッシャーを解こうとはしなかった。



結衣「うん・・・、ねえヒッキー」

八幡「ん? 言ってみ」

結衣「う、うん。だからね今日ヒッキーがお弁当当番でしょ。ちゃんとヒッキーが自分だけで作ってきたかなって」


732 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:32:09.46 GjFUVEDS0 123/346

由比ヶ浜の視線を改めて辿っていくと、俺が普段使っている通学用の鞄とは違うバッグに向けられていた。

そのバッグは、通学の為の用途とは違い、底の部分が広めに作られており、弁当など底が広い物を入れる分にはちょうどいいバッグではあった。

ぶっちゃけ俺一人で作ったみんなの弁当が入っているわけだが、おそらく由比ヶ浜が気にしているのは、雪乃が手伝ったかどうかなのだろう。



八幡「俺一人で作ったつ~の。お前だけでなく、陽乃さんや雪乃まで俺一人で作るのを強要したからな。いくら雪乃に手伝ってくれって頼んだって、雪乃が俺一人に作る事を強要しているのに手伝ってくれるわけないだろ」

結衣「それもそうだよね。ゆきのんも楽しみにしているもんね」

八幡「なにが楽しみなのかわからないけどな。俺としては、雪乃か陽乃さんに作ってもらったほうが断然美味しいと思うんだけどな」


俺の不用意すぎる発言を聞いた由比ヶ浜は口をとがらせ、すかさず俺に非難を向けてくる。

いや、まじで怒っているのか、俺に詰め寄り、席が隣でただでさえ近い距離なのに、顔の表情の細かいところまでわかるほど近寄ってくる。

いいにおいがしてくるのはなんでだろう?って、毎回思ってしまうのはこの際省略。

いやいや、まじで近いですって、ガハマさんっ!

二重のプレッシャーをかけてくる由比ヶ浜に対して、俺はひたすら動揺するしかなかった。


結衣「むぅ・・・。あたしが作ったのは美味しくないっていうのかな? そりゃあゆきのんや陽乃さんの料理と比べたら、まったく比べ物にならないくらいの差ができているのはあたしだって認めるけど、それでも前よりはうまくなったよ。プロ並みなんて当然無理だし、主婦レベルだってまだまだ遠い目標になっちゃうけど、それでも、それでも・・・」


一気に言いたい事を撒くしあげると、最後の最後には唇を噛んで泣くのを我慢しているように感じられた。

別に由比ヶ浜の言っているような事を意図的に言ったわけではなかった。

雪乃と陽乃さんの料理の腕がとびぬけてうまいのは事実ではあるが、由比ヶ浜の料理であっても、普通に食べられるレベルまでは上達してはいる。

だけど、今ここでそのことを指摘するのは場違いなような気もしてしまった。



八幡「悪かったよ。俺は由比ヶ浜の事をお前がいうような目では見ていない。雪乃は雪乃の料理だし、陽乃さんも陽乃さんの料理だ。だから、由比ヶ浜が作る料理だって、由比ヶ浜にしか作れないんだよ。いくら陽乃さんの腕がずば抜けていても、由比ヶ浜が心をこめて作った料理を再現することなんてどだい不可能なことなんだ。そして俺は由比ヶ浜が作ってきた弁当を楽しく食べていただろ。文句なんて言ってなかったろ? それに、俺はまずそうに食べていたように見えたか?」

733 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:32:48.94 GjFUVEDS0 124/346


結衣「だけどぉ・・・」



なおもぐずつく由比ヶ浜に、さすがに俺もお手上げ状態になりつつあった。

ただ、今ここにいるのは幸い俺と由比ヶ浜の二人だけではない。

運がよすぎる事に、弥生が隣にいた。

つまりは、友人関係を円滑に丸めてくれる弥生に俺は由比ヶ浜の事を丸投げしようと画策しただけなんだが・・・、まあ、弥生が自分から助け船を出してくれるようだし、丸投げっていうわけではないかも、しれない、かな?



「比企谷も由比ヶ浜さんのお弁当を楽しみにしているだけよ。別に他の人のお弁当と比べる為に作っているわけじゃあないでしょ? 食べてもらいたい人がいて、その人の為に作っているんだから、その食べてもらい人が満足していれば、由比ヶ浜さんは自信をもってもいいと思うよ」

結衣「ほんとうに美味しかった?」



弥生の言葉に平静さを取り戻しつつあった由比ヶ浜は、俺の表情を探るように下から覗き込んでくる。

んだから、その女の子っぽい仕草、NGだからっ!

威力ありすぎ、効果てきめん、防御不可、回避不能、胸でかすぎ。

つまりは陥落寸前の比企谷八幡ってわけで、俺はしどろもどろに返事を返すのがやっとであった。

やっぱ夏の薄着であの胸のでかさは、脳への刺激が強すぎだろ・・・。



八幡「美味かったよ。だいぶ上達してきたのがよくわかったし、これからも頑張っていけば、だいぶうまいレベルまでいくんじゃないか?」

結衣「うん、頑張ってみるね。それと弥生君もありがとうね」

「僕は別に・・・。それにしてもお弁当っていいね。僕は、お弁当は無理だからさ」

八幡「毎日は無理でも、たまにくらいなら弁当作ってきてもいいんじゃないか?」

「あいにく僕は料理ができなくて」

八幡「だったら家の人に作ってもらえばいいんじゃないか? まあ、弁当作ってもらうのに気が引けるんなら、夕食のおかずを多めに作ってもらっておいて、それを朝自分で詰めてくるのも手だと思うぞ」

「まぁ、それもいい考えかもしれないけど・・・」

八幡「ん? それも駄目か?」



どうも弥生の反応が鈍い。どうやら俺は地雷か何かを踏んでしまった気がする。

それもそのはず、弥生は苦笑いを浮かべて、丁寧に俺の案を退けてきた。


734 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:33:17.55 GjFUVEDS0 125/346



「いや、比企谷のアイディアはいいと思うんだ。でも、うちの家族は僕と同じように料理が苦手で、だから、もし作ったとしてもそれをお弁当にして持ってくるのはちょっと・・・」

八幡「すまん、無神経な事言って」

「ううん、いいんだって」



ちょっとばかり俺達の間に気まずい雰囲気が漂ってしまう。

だが、空気を読むのに優れているのは弥生だけではなかった。

ここにはもう一人の元祖空気人間たる由比ヶ浜がいる。

空気人間っていってしまうと存在感がない人みたいに思われてしまうは、まあ、空気を読んで、その場の空気を安定方向にもっていく属性を持っているって意味では似たようなものかな? いや、全く違うか。

どちらにせよ、今回はそんな空気を読める由比ヶ浜に助けられてしまった。

もしかしたら、先ほど助け船を出した弥生への恩返しかもしれないが。



結衣「あっ、そだ、弥生君。テスト対策の方はどうだった?」

「あぁ、うん。なんだか歯切れが悪い対応ばかりで、なんだか調子悪いっていうかな」

結衣「そっかぁ・・・。でも、弥生君なら過去問とかなくても独学だけでもすっごい点、とっちゃうんじゃないの」

「しっかりと時間をかけて勉強すれば可能かもしれないけれどね」

結衣「ふぅん・・・。やっぱり弥生君でもてこずるんだ」

「そりゃあね」



由比ヶ浜ではないが、今度は俺の方が二人の会話を飲み込めないでいた。

わかっている事といえば、弥生がさっきまでいなかったのは、期末試験の過去問コピーを手に入れる為の交渉をしに行っていたらしいことと、そしてその交渉は失敗したらしいってことだ。

珍しい事もあるんだな。弥生との取引に応じないなんてちょっとどころじゃないほどに珍しい事件と言えるはずだ。



八幡「過去問って、今度の期末試験のか?」

「うん、そうだよ。既に持っているのもあるけど、いくつか抜けていてさ。それを手に入れたくてお願いしてみたんだけど、振られちゃったかな」

八幡「珍しい事もあるんだな。弥生の期末対策ノートが交換材料だろ?」

「うん、そうなんだけどね」

八幡「だったら、他の奴に頼んでみたらどうだ?」

「それがさ・・・」



弥生が醸し出す重い雰囲気に、思わず由比ヶ浜に事情を説明してほしいと目で求めてしまう。

735 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:33:46.14 GjFUVEDS0 126/346


しかし、由比ヶ浜が説明する前に弥生自身が説明をしてくれた。



「なんか避けられているっぽいんだよね。8月の初めから期末試験が始まるからそろそろ本格的に過去問やノートのコピー、対策プリントなんかが出回るはずなのに、僕のところには表立っては回ってこないんだ」

八幡「表立ってはって?」

「うん。僕が作った対策プリントなんかは今回も好評で出回っているんだけど、そのおかげでか、プリントを渡した時には過去問を貰う事は出来ないけど後になってメールで送られてくる事があるんだよ。やっぱりサークルとかに所属していないから僕は先輩とのつながりが希薄で、過去門は手に入りにくいからね。その点サークルに所属している人たちは無条件で先輩から回ってくるからその辺の強みはでかいね」

結衣「サークルはサークルで人間関係っていうの? 上下関係も厳しいから大変みたいだよ。それでもサークルが楽しいから続いているみたいだけど」



由比ヶ浜のいい分もわかるが、だからといって、試験の為だけにサークルに参加したくはない。

たしかに俺や弥生みたいな一匹オオカミは試験だけでなく講義を受けるだけでもデメリットが生じてしまう。

教室の変更や急な提出物なんか講義にしっかり参加して、こまめに掲示板をチェックしていれば問題はないが。

もちろん試験対策やレポートは、一応一人でもいい点が取れるようにはなっている。

そもそもテストは一人で受けるものだが。

しかし、一人でやってもいい点は取れるが、一人でやると時間がかかってめんどいとも言える。

その点友達を総動員して取りかかれば楽ってもので、もし俺なんかが参加したら、あり得ない事だが、比較的楽そうなところを見つけて、やっかいごとは人に任せてしまう自信がある。



八幡「そんなにサークルって楽しいか?」

結衣「ヒッキーは所属していないからわからないだけだよ」

八幡「お前だって所属してないだろ」

結衣「まあ、そうなんだけど・・・」



といっても人気がある由比ヶ浜は、俺とは事情が違う。

サークルに所属はしてはいないが、飲み会やらバーベキューやら海やら・・・、リア充死ねって感じのイベント事には随時招待されていた。

普段も時間があれば遊びに行っているみたいだし、それなりにサークルの先輩との繋がりもあるみたいだ。

736 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:34:18.51 GjFUVEDS0 127/346




八幡「サークルなんて面倒だから俺は絶対にやりたくない。そもそも向こうも俺を入れてくれないだろ」

結衣「それは・・・」



苦笑いしながら目をそらすなって。繊細な心の持ち主たる俺は、傷つきやすいんだからな。

もっと丁寧に扱ってほしいものだ。

特に、雪乃とか陽乃さん、おねがいしまっす。



結衣「でも高校の時、奉仕部は好きだったよね。こればっかりはヒッキーであっても否定させないんだから」

八幡「それは・・・、例外だよ。奉仕部は部活っていうよりも、よくわからない集まりだったからな。だから、あれだよあれ。うんっと・・・そうだな、例外事項だ、例外事項。一応部活動って定義であっても、奉仕部は例外にすぎない」

結衣「ふぅ~ん」

八幡「何ニヤニヤしてるんだよ」



俺を見つめる由比ヶ浜の表情は喜び成分半分。

これからからかってやろう成分半分ってとろこだろう。

わかってる。わかってるって。俺にとって奉仕部は特別だった。

口が裂けても言えないけど、雪乃や由比ヶ浜。それに平塚先生がいたから俺はぼやきながらも卒業式のその日まで奉仕部の部室に通っていたんだよ。

こいつ絶対わかっててニヤついてるだろ?

居心地が悪い俺は、話を元に戻そうと、弥生の話の続きを促す事にした。



八幡「んで、弥生。後からこっそり過去問メール送ってもらえてるんなら、問題ないんじゃないのか?」



だから由比ヶ浜。こっち見るなって。わかったから今はスルーということで。

そして、さすがは俺を気遣ってくれる弥生昴。

俺の情けない取り組みを感じ取ってくれたのか、弥生は俺の要求に素直に応じてくれた。



「今は問題ないかもしれないけど、きっと問題の先送りにしかならないと思うんだ」

八幡「レポートの方にも問題が出たとか?」

「いや。過去レポは、4月にはそろえていたから問題なかったけど、おそらく後期日程には反応が鈍くなると思うんだ」

結衣「どうして? 前期日程のが手に入ったんだから、後期日程のもあるんじゃないの?」


737 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:34:52.62 GjFUVEDS0 128/346



「過去レポ自体はあると思うよ。あると思うけど、4月みたいに、同一レポートに対して複数の過去レポは手に入りにくくなるとおもうんだ」

結衣「へ? 過去レポなんて一つあれば十分じゃない?」

八幡「お前わかってないな」

結衣「何が?」

八幡「みんなが同じ過去レポを参考にしてレポート作成しちまったら、全部似たようなレポートが出来上がっちまうだろ。それでも参考程度ならいいんだけど、なかにはまる写しってやつが何人かいるから同じ過去レポを参考にしたやつらは、その不届き者の煽りをくらっちまうんだよ。レポートの再提出にはならないだろうけど、減点対象になりかねない。教授たちも馬鹿じゃないんだよ。伊達に長年教授職をやってはいない。過去レポの写しなんてすぐにばれるんだよ。対策だってしているはずだ。だから、過去レポ写したのがばれたら最後。即刻評価減点対象に認定される」

結衣「そっか」

八幡「だから複数の過去レポがあると便利なんだよ。キーワードだけを抜き取って、あとはなんとなく自分の言葉でレポートをまとめられるからな」

「それに複数の視点からのレポートを研究できるから、より深みのあるレポートを作成できるしね」

結衣「ふぅ~ん・・・」



こいつにとっては、レポートが仕上がるか仕上がらないかが最重要課題だったか。

レポートの評価を気にしないのであれば、提出期限のみが問題であって、そこそこまともなレポートができるのであれば、レポートの中身を気にする必要なんてない。

どうせレポートを提出する頃には、レポートに何を書いたかさえ忘れているはずだしな。

まあいい。話が脱線気味だし、元に戻すか。









第42章 終劇

第43章に続く











738 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/12 17:35:18.58 GjFUVEDS0 129/346



第42章 あとがき




振りかえると、この物語もけっこう続いているなぁと思えてきます。

地道に毎日書いている事が物語を長く続けられているコツなのでしょうか。

プロットを作ってから書き始めるというオーソドックスな書き方ではありますが、プロット通りにいかないのが常でして、ただただ容量だけが増えていってしまいます。

まあ、プロットを最初に作ってあるからこそここまで続いたとも言えますが。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。




黒猫 with かずさ派


744 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:29:55.61 Q9EWgt+u0 130/346


第43章




八幡「弥生の話を聞いていると、試験対策委員会が機能しなくなったんじゃないかって思うんだけど、あそこってサークル活動停止したのか?」

結衣「経済研? この前も食事会に誘われたから、活動していると思うよ。これから期末試験だし、決起集会みたいな感じだとかいってたかな?」

八幡「決起集会? 合コンの間違いじゃねぇの?」



俺は、由比ヶ浜の訂正に訝しげな視線を送ってしまう。

経済研って、試験対策やレポート対策の為に、大量の資料を毎年収集して、部室に歴代の過去問、過去レポを保管してあるんだよな。

あれさえあれば俺の勉強も楽になるにはなるけど、その分厄介事も増えるから経済研はやっぱ遠慮したいサークルに分類される。

いや、全サークルから遠慮されているのは、俺でした。



結衣「合コンは、いかないし」



俺の問いかけに、由比ヶ浜は全力で否定してくる。

あまりの勢いに、俺が悪い事を聞いちゃったんじゃないかって、すぐさま謝ろうとしてしまうほどであった。



八幡「でも、この前行ったんだろ?」

結衣「あれは、知らなかったの・・・。ただ食事してカラオケ行くって話だったのに、行ってみたら合コンだったってだけで」

八幡「騙されたってことか」

結衣「その言い方面白くないぃ」

八幡「でも実際は合コンだたんだろ?」

結衣「そうだけど・・・」

八幡「だったら騙されただけじゃないか」

結衣「だから・・・」

八幡「違うのか?」

結衣「そうだけど・・・」

「そろそろ話しを戻してもいいかな?」



弥生は、このまま俺と由比ヶ浜の押し問答を続けさせるのはまずいと感じたのか、会話の途切れを狙って、話の軌道修正に入った。



結衣「うん、ごめんね。変なふうに話がたびたび脱線して」

「いやいいよ。楽しいし」

745 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:30:23.77 Q9EWgt+u0 131/346



楽しいのはお前だけだろうけど。でも、これ以上由比ヶ浜を虐めてもしゃーないか。

ここまでお人よしっていうのも美徳だけれど、もう少し友達は選んだほうがいいぞ。

合コンの餌の為にお前を巻き込んだっていう事は、だしに使われたってわけだ。

お前を連れてった自称友人は、合コン会場のトイレで、由比ヶ浜早く帰らねぇかなって、きっとぼやいているはずだしな。

雪乃じゃないが、施しは人の為にはならないってやつだ。



八幡「じゃあ、経済研は、活動してるってことか。だったら今の時期のあいつらは、はりきって活動してるんじゃね?」

「らしいね」

八幡「らしいねって、あいつらとも情報交換してなかったか?」

「してたんだけど、急にサークルに所属している者以外には、過去問を配布することはできないって言われたんだよ」

八幡「は? 今までなんか、こっちがお願いしなくても過去問ばらまいていた連中だっただろ」

「そうなんだけどね・・・」



どうも弥生の表情は芳しくない。

なにか裏事情を隠していますって顔をしてるから、聞いてくださいって言ってるようなものだ。

けれど、空気を読むのがうまい俺としては、そっとしておくっていう選択肢をチョイスしておこうと判断した。

期末試験やらレポートやらでとにかく忙しいこの時期。

やっかいごとに巻き込まれるのだけは勘弁だ。



結衣「あれ? 私は経済研の子から過去問もらったよ」



おい、由比ヶ浜さん。空気が読める子じゃなかったんですか?

わかっていますよね? 時間がないんですよ。

英語のDクラスみたいなことだけは、やめていただきたいです。

・・・・・・お願いします。



八幡「由比ヶ浜は、あれじゃね? えっと、おこぼれをもらたってういか、経済研の合コンにも誘われているわけだし」

結衣「合コンは行ってないし」

八幡「わかったよ。合コンは行ってないでいいな」

結衣「うん」



由比ヶ浜は俺の回答に満足したのだろう。とびきりの笑顔で短く答えた。



結衣「じゃあ、ちょっと経済研の子の所にお願いしてくるね」

746 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:30:52.79 Q9EWgt+u0 132/346



って、おい。



「ちょっと、ゆいが・・・」

八幡「やめとけ」



俺の低い声が弥生の声を上書きする。

それ以上に、俺が由比ヶ浜の腕を掴んだ手の方が威力があったのかもしれなかった。

戸惑い気味の由比ヶ浜は、とりあえず席に再び腰をおろして、俺の出方を伺った。



八幡「すまん。強く握りすぎちまったな」

結衣「ううん。別に痛くなかったから大丈夫」



俺は、わかってしまった。弥生昴が話したくない裏事情ってやつを。

伊達に人間観察が趣味っていうわけではなのだよ。

ようは、簡単に言ってしまえば縄張り争いって奴だ。

俺や弥生は、そんな面倒な縄張りなんて放棄してしまいたいが、当の本人達はそうではないらしい。プライドっていうやつか。

そんなくだらないプライドなんて捨てちまえっていいたいものだが、プライドなんて人それぞれだから、声高に馬鹿にする事はしないでおこう。

ま、面倒事に巻き込まれたくないだけなんだけど。

事の発端は、俺や弥生のノートやレポートだろうな。

過去問、過去レポ以上に価値があるものといえば、生レポートしかない。

今年の、しかもまだ提出していないレポートほど価値があるものはない。

さすがに完成したレポートをそのままコピーして学部内に出回らすことはしないが、参考資料やキーワードなどを詳しく記載した設計図みたいなものは誰だって欲しくなるものだ。

過去レポは、過去レポでしかなく、教授によっては、まったく違う課題を出題したり、微妙に変化をつけてきたりする。

だから、誰だって今年の生レポートは欲しくなってしまう。

それが学年主席と次席の生レポートなら、なおさらだ。

しかも、俺は由比ヶ浜に勉強を教えている都合上、試験対策ノートや普段の授業対策までもプリントを用意している。

気のいい由比ヶ浜は、その対策プリントを友達に見せたりするものだから通称ガハマプリントは経済学部では知らないものはいないほどの地位を確立していた。

弥生も自分用に対策ノートを作っており、俺と情報交換するようになったのもこうやって弥生と話をするようになったきっかけの一つといえるかもしれない。

まあ、こうやって俺と弥生が生レポートや対策プリントを経済学部に出回らしているのを気にくわない奴らがいるっていうのが今回弥生が過去問を手に入れにくくなっている理由なのだろう。

747 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:31:21.81 Q9EWgt+u0 133/346


つまりは、経済研。試験対策委員会との縄張り争いに巻き込まれてしまったってことだ。

・・・・・・・残念なことに。



結衣「ヒッキー、その・・・」



由比ヶ浜の視線が下の方に俺を誘導する。

先ほどまで戸惑いを見せていた由比ヶ浜の顔色は、今や赤く染まりつつあった。

俺は、由比ヶ浜の視線の先を見つめて、ようやく現状を把握した。



八幡「すまんっ」



言葉とともに、勢いよく由比ヶ浜の腕を掴んでいた手を放す。

勢いをつけようと、急いで放そうと、いまさら現在俺が直面している状況を改善してくれるわけでもないのに慌てて行動してしまう。

結果としては、俺の行動がさらなるさざ波を立てて由比ヶ浜の頬を赤く染め上げてしまった。



結衣「うん。・・・大丈夫だから」

八幡「あぁ、悪かったな」



どうしたものか。こういったアクシデントは、時たま起きてしまう。

今回のそれは、運よく弥生が危惧する由比ヶ浜と試験対策委員会の対立を回避してくれた。

ただ、それは偶然であり、今後起こらないとは限らない。

俺や弥生は、過去問や過去レポがなくとも評価そのものには影響ないはずだ。

俺は今年も主席を取らなければならないし、弥生も次席をきっちりキープすると思われる。

由比ヶ浜に関しても、俺や弥生がサポートすれば、全く問題はない。

そう、表面上は、まったく問題ないように見える。

だから、困ってしまう。

多くのクラスメイトに愛されている由比ヶ浜ならば、今後も試験対策委員会との関係は何事も問題がなかったかのように続いていくだろう。

・・・合コンにもきっと、こりずに誘ってくるはずだろうし。

しかしだ。高校時代の文化祭や体育祭のような恨みをかう事態までとはいかないまでも、いや、人のひがみなんて底がしれないから用心に越した事はないが、ぎすぎすした人間関係のど真ん中に放り込まれてしまうのだけは勘弁してほしい。

ただでさえ雪乃の母君様から、卒業後も役立てられる人間関係を築いてこいと命令されているのに、試験対策委員会のせいで、今以上に人が寄りつかない状態を作ってもらいたくはない。

まあ、今も俺に寄ってくる人間なんて、由比ヶ浜と弥生くらいで時々由比ヶ浜にノートを渡しておいてくれって、由比ヶ浜の友人に頼まれることくらいだ。

そのノートを渡してくれレベルの接点さえも稀だというのに、どうやってこの学部で人間関係を作っていけばいいんだっていうんだ。

748 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:31:47.51 Q9EWgt+u0 134/346


さて、現実逃避はさておき、由比ヶ浜の対処はどうしたものか。

由比ヶ浜をこのままほっておいたら、いずれは俺達と試験対策委員会の関係に気がついてしまう。

弥生の意見はどうなのだろうかと、弥生に目を向けると、俺の長々と費やしてしまった熟考を解決してしまった。



「実は僕は、試験対策委員会に嫌われてしまったようなんだよ。ちょっとしたすれ違いだと思うんだけど、今はそっとしておいてほしいんだ。ごめんね、由比ヶ浜さん。少しの間、迷惑かけることになると思う」



ストレートすぎないかい?

俺は、目を丸くして、弥生を見つめてしまう。

俺の視線に気がついた弥生が、悲しそうな笑顔を俺に向けると、俺の体温が熱くなっていくのを実感した。

こいつが何をしたっていうんだ。

たしかにギブ&テイクの関係であるようには見えるが、実は弥生の方が損をしているとも考える事も出来る。

ある程度のシステムが出来上がってしまった現在では、弥生は中継地点としての機能ばかりが注目されてしまう。

でも、俺は知っている。

無数に集まってきてしまうデータを解析して、使えるデータと使えないデータをふるいにかけなくては、使えるデータ集は提供できない。

ただ集まってくるデータを、そのまま提供するのでは信用力が築かれないはずだ。

だから、今あるコピー王の地位も、中継地点としての機能も、すべては弥生昴の能力によるものが強いと思っている。

まあ、そんあ中継地点なんかやらないで、自分の勉強のみに集中したほうがよっぽどいい点が取れそうな気もするし、時間もかけないで済むとも考えられる。

ならば、何故、弥生はこうまでして中継地点をやり続けているのだろうか?

これこそが、女帝が言っていた人間関係の構築とでもいうのだろうか?

・・・わからない。

わからないけど、今の弥生と試験対策委員会の関係をこのままにしておくことはできないということだけは確信できた。










講義が終わり、ほどなく出口付近には帰ろうとする生徒がつまりだす。

まだ教壇の上にいる教授は、そんな混雑を避ける為か、黒板に塗りたくったチョークをゆっくりと拭っていく。

749 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:32:16.03 Q9EWgt+u0 135/346


チョークの粉っぽいほこりと、教室の出入り口から侵入してくる夏の熱気を不快に感じながら、俺も教授にならってのんびりと今日習った部分を見直していた。



結衣「今日はごめんね」



由比ヶ浜は、ぽつりと謝罪の言葉を呟く。

自分の鞄を見つめる瞳には、後悔の念が漂っていた。

ここまでくれば、由比ヶ浜が何について謝罪しているかなんて問い返さなくたってわかるものだ。

由比ヶ浜が気にしているのは、弥生と試験対策委員会の事だろう。

お前がいくら弥生の事を気にしても、俺達に出来ることなんて何もない。

むしろ俺達がしゃしゃり出ることで、話はさらに複雑化してしまうほどだろう。

なにもしないよりはしたほうがいいとか、やってみなければわからないなんて少年漫画の王道を恥ずかしくもなく叫ぶ奴がいるが、俺はそんなやつは何もわかっていないと反論する。

なにもしないのではない。今はなにもできないのである。

今無駄に動けば事態は悪化するだけだし、時間が経ってチャンスが来た時に無駄に事態をひっかいたために動けなくなる事さえあるのだ。

様子を見て、特に何もしない行動を冷めた大人の判断だって子供は笑うが、本当に解決を望むのならば、今は何もしないが正解の時がある。

まあ、由比ヶ浜が一時の自己満足だけで納得するのならば、俺も付き合わない事もないが。

だから俺は、あえて別の話題にすりかえる。

それに、今回はちょうどネタもあったしな。

授業前に、あろうことか俺との勉強会を断ってきたのだ。

それも、真面目に勉強するかわからない友達との勉強会に参加するという理由で。

心の広い俺は、今回の事は気にしないでおいてやるか。

だから俺は、これ以上の議論はさせない為に、これ以上の心労を由比ヶ浜に負わせない為に、ぱたんとノートを閉じてから道化を演じることにした。



八幡「いいって。俺からすれば、きっちりと予定範囲の勉強をしてくるんならどこで勉強していようと問題はない。むしろ俺の方こそ自由にできる時間ができて助かっている方だよ」



案の定、俺のわざとらしすぎる話題のすり替えに、由比ヶ浜は訝しげな視線を俺によこす。

しかし、ほんの数秒俺の事を睨むと、肩の力が抜けていくのがわかった。

そして、俺の意図はわかったが、納得はしていないという典型的な結論を俺に瞳で訴えかけながら、言葉だけは俺のすり替えにのっかってくれた。



結衣「そういわれると、なんだか複雑なんだけど」


750 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:32:41.58 Q9EWgt+u0 136/346



由比ヶ浜は、そうちょっとぶっきらぼうに言い張ると、教科書などを鞄にしまう作業を再開させる。



八幡「複雑な事ないだろ。勉強なんて結局は自分がやらないといけない事だからな。ただ、ちょっと俺の方にも複雑な気持ちがあることにはあるけど」



俺は、ノートを鞄の中にしまおうとする手を止めると、由比ヶ浜を悲しそうな目で見つめる。

俺の言葉が途絶えた事に気がついた由比ヶ浜は、俺の方に視線をやり、当然のごとく俺の視線にも気がつく。

目がかちあうとまではいかないが、視線が軽く絡まると、俺はそっと視線を外して手元にある鞄を適当な目標物として見つめた。



結衣「え? ・・・やっぱりヒッキーも悲しいと思う事があるの?」



由比ヶ浜は、俺の瞳の色を見て呟く。

そして、照れた顔を隠そうとするふりをして、俺を覗き込んできた。

ここで強調して言っておきたい事は、あくまでふりであって、由比ヶ浜はやや赤く染まった顔を本気で隠そうとはしていないってことだ。

こういう女の武器を露骨に使おうとする奴ではなかったが、そうであっても、経験があろうとなかろうと、女の色香を自然と発揮してしまうところが由比ヶ浜が大人になっていっているんだって実感してしまう。



八幡「そりゃあ、悲しいに決まってるだろ」



これは、俺の本心。嘘偽りもなく、心の底から思っている事だ。

雪乃にだって、正直に答えることができるって確信している。



結衣「ほんとにっ?!」



由比ヶ浜の声には、嬉しさが溢れ出ていた。

実際その表情を見れば、誰だってその心が表すものを理解するはずだ。

由比ヶ浜の声に反応して、その声も持ち主を見やった男子生徒は、ことごとく由比ヶ浜に対してだらしない視線を送った後に、俺に敵意を向けてから通り過ぎていく。

女子生徒は、温かい目で由比ヶ浜を愛でた後に、これまた俺に厳しい視線を浴びせてから通り過ぎて行った。

どちらにせよ、俺に対してはあまり宜しくない反応だが、これも毎回の事などにとうに慣れきった予定調和といえよう。



八幡「当たり前だろ」

751 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:33:09.54 Q9EWgt+u0 137/346


結衣「そっか・・・。寂しいって思ってくれているんだ。そっか、・・・へへ」



お団子頭をくしゅっと掴み、にへらっと笑う。

こうして見ていれば、十分魅力的だって俺でも評価してしまう。

雪乃を毎日のように見ていれば、採点基準が厳しくなってるんじゃないかって言われた事もあるが、そんなことはない。

由比ヶ浜は、雪乃とは違った華やかさと柔らかさがあり、大学内でどちらを実際恋人にしたいかというアンケートをとれば、由比ヶ浜が勝つのではないかと思っていたりもする。

けれど、俺の眼の前で極上の笑みを浮かべている美女に言わなければならないことがある。

お前の笑顔は勘違いによるものだと、強く言わねばならない。



八幡「寂しいとは思わんけど」

結衣「は?」



極上の笑みが停止する。

未だ絵画のごとく笑みが描かれているところを見ると、機能が停止しただけかもしれない。



八幡「寂しいかぁ・・・。ある意味寂しいと思うかもしれないけど、どちらかというと悲しいの方があってる気がするかな」



由比ヶ浜の笑みが徐々に消え去っていってるのを横目に見ながら俺は言葉を紡ぎ続ける。

由比ヶ浜からの反応はないみたいだが、聞いてはいるらしい。



八幡「そりゃあ、勉強会行って、しっかり理解してきてくれたものだと思っていたのに、後になって全く理解していませんでしたってわかったら、悲しいに決まっているだろ。しかも、先に勉強する範囲を理解もしていないのに、その先の勉強を進めているんだ。当然前提となるものを理解もしていないで次の事を勉強してもろくに理解できないに決まってるじゃないか。時間を無駄にしたとは言いたくないけど、遠回りしちまったなって思ってしまうだろうなぁ・・・」

結衣「悲しいって・・・、そういう意味のこと」

八幡「まあ、な。勉強見てるのに、理解が不十分だって後になってわかったら悲しいだろ?」

結衣「そうだねー。ヒッキーは、そう思うよねー」



なんか、いわゆる棒読みってやつじゃないか。

どこかそらそらしく、まったく感情がこもっていない。

俺を見つめる目に、魂がこもっていないことが、手に取るようにわかってしまった。


752 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:33:35.76 Q9EWgt+u0 138/346



八幡「どう勘違いしたかは知らんけど、勝手に勘違いしたのはそっちのほうだろ」

まあ、俺は鈍感主人公ではないので、由比ヶ浜がどう勘違いしたか理解している・・・、が、理解はしているけれど、あえてそれをわかっていると教えるほど、優しくはない。



結衣「なんか、最近のヒッキーって、意地悪になってない? 陽乃さんと一緒にいるからうつっちゃったんじゃないの? ゆきのん、ヒッキーと陽乃さんが楽しそうに話しているのを見ている時、悲しそうにしてるもん。隠そうとしているみたいだけど・・・」



俺の表情が一瞬沈み込んで、立て直してことに由比ヶ浜は気がついてしまう。

大学に入って、ずっと一緒にいるから気がついたとも言えるし、高校時代からの付き合いだからとも言える。

ましてや、人の機微に敏感な由比ヶ浜の事だから、当然の結果とも言えるのだが、この際どうでもいい情報だ。

俺と由比ヶ浜の間に、気まずい雰囲気が横たわってしまったのだから。

しかし、俺も由比ヶ浜も、それなりに交友を深めているわけで、リカバリーの方法を心得ていた。



八幡「すまんな、心配掛けさせて。それに、俺の方も配慮が足りなかった」

結衣「ううん、あたしの方もごめんね。ヒッキーなら気が付いていたもんね」

八幡「まあ、な。でも、雪乃も理解していることなんだし、俺も出来る限りのフォローもしているはずだったんだけど、由比ヶ浜が口に出してしまったのだから、配慮が足りなかったんだろうな」



自嘲気味に呟く様をみて、由比ヶ浜は慌てて俺に対してフォローをしだしてしまう。

俺なんかじゃなくて、その心配りは雪乃にやってほしいって心から願ってしまう。

別段邪魔というわけではなく、雪乃を癒してほしいという意味でだ。



結衣「ううん。あたしが出過ぎたまねしただけだから。ヒッキー頑張ってるもん。ゆきのんの為に勉強頑張ってるのだってずっと隣で見てきたんだから、わかるもん」

八幡「そうだな」

結衣「でも、ね・・・」

八幡「ん?」

結衣「陽乃さんの気持ちも、わかっちゃうんだなぁ。一度は通った道というかな・・・・・・」



由比ヶ浜が言いたい事は、痛いほどに、俺の胸を締め付けるほどにわかってしまう。

俺の何倍も、何十倍も苦しんできた由比ヶ浜の前で、痛み自慢なんてしないけれど。

753 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:34:07.91 Q9EWgt+u0 139/346



だから俺は、由比ヶ浜が次の言葉を発するのを黙って待つしかなかった。

俺には、由比ヶ浜にかける言葉を何一つもちあわせていない。

時が解決してくれるだなんて、甘い事は考えていないし、人として成長していけば解決するだなんて、ご都合主義も持ち合わせていない。

だから俺は、黙って由比ヶ浜が突き付ける切れないナイフを身に沈めていく。

いくら突き出しても体を割くことができないナイフを永遠に受け止め続ける。

由比ヶ浜が顔をあげて、歩き始めるまでずっと。



結衣「そろそろあたしも行かなくちゃいけない時間かな」

八幡「頑張って勉強してこいよ」

結衣「うん! あとでヒッキーにお小言言われないように頑張ってくる」



由比ヶ浜にまだ固さが残っているが、あえてそれを指摘するような顔を見せる事もないだろう。

由比ヶ浜が頑張っているのに、俺の方が水を差すべきではない。



八幡「お小言なんか言わないから、わからないところがあったら、いや、怪しいと思ったところがあったら、すぐに言えよ。これもまた俺の復習になるんだから、問題ない。想定内の出来事すぎるんだから、お前はいらない心配などせずに、俺を使い倒せばいいんだよ」

結衣「うん、ありがとね」



今度の笑顔には固さはみられなかった。

俺が見分けられないほどの作り笑いではなかったらという条件付きだが。

人は痛みと共に成長していく。

それはまた、痛みを隠すのもうまくなるって事なのだろう。








第43章 終劇

第44章に続く







754 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/19 17:34:52.77 Q9EWgt+u0 140/346


第43章 あとがき




43章のテーマは、八幡独白の時が解決してくれるだなんて、甘い事は考えていないし、人として成長していけば解決するだなんて、ご都合主義も持ち合わせていない。ですかね。

・・・嘘ですけど、ね。

なんて書くと、ホワイトアルバム2ファンで、なおかつ丸戸信者があばれそうですけど特に狙って書いたわけではありません。

たまたまです、本当に。

書いた後に読みかえした段階で気がついたほどですから。



先週アップ後にコメントを下さり、すぐにでも返事を書きたかったのですが結果としては一週間も沈黙を続けてしまい申し訳ありません。

教授ですが、今後の展開を楽しみにしていてくださいとしか申し上げることができません。

色々書きたい事はありますが、書いてしまうとネタばれにもつながるわけで、コメントを無視しているわけではないことを申し訳ありませんがご了承ください。

コメントを見ると励みになりますし、また、こういう展開をみてみたいんだなって事もわかり、大変ありがたく思っております。



来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。



黒猫 with かずさ派



760 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:30:56.07 Ux4V/0K+0 141/346



第44章






八幡「気にするな。で、いつものメンバーか?」

結衣「そだよ」



あいつらって、どいつも由比ヶ浜レベルなんだよな。

真面目に勉強をしようと取り組んでいる由比ヶ浜の方がややおりこうとさえ思えたりもする。

とはいっても、うちの学部では平均的な学力ではあるはずだ。

俺や雪乃とは違って交友関係が広くい由比ヶ浜結衣は、いたって順調に我が経済学部においてもすくすくと友人関係を築いている。

高校時代の三浦や海老名さんのような気の知れた友人というか、一歩踏み込んだ友人関係までとはいかないまでも、健全な友人関係を作り上げていた。

三浦や海老名さんとは今でもちょくちょく会っているらしいので、高校卒業イコール友人関係まで卒業となっていないことからしても、深い友情を高校時代に積み上げることができたレアなケースだと思う。

ましてや、高校時代とは違って規模も条件も大きく異なる大学生活。

大学時代の友人関係は、雪乃の母親に言われるまでもなく今までとは違うことくらい俺でもわかっていた。

まず、規模については全国区ということがあげられる。

高校までだったら、それなりに中学までの友人関係が使える場合が多い。

高校からいきなり北海道から東京に引っ越してくる奴なんて少数派だ。

たいていの奴が地元の高校に進学して、ちょっと離れた高校であっても1、2時間くらいで通える範囲の高校を選択しているはずだ。

しかし、大学ならば地方から東京に、ちょっと離れた県から有名私立大学になんてケースはざらである。

つまり、大学入学は今までの友人関係をリセットされる場合が多いといえよう。

ただ、高校は同じレベルの生徒が集められているわけで、同じレベルならば同じレベルの大学に行くのも当然であり、俺や由比ヶ浜のように高校時代からの顔見知りも継続して大学でもお世話になる事はある。

けれど、同じレベルの大学であっても、学部や学科が違うことは当然に発生する。


それは将来を見越しての選択なのだから、当然の結末といえよう。

そう、将来を見越しての選択は、自分の選択学部・学科だけではない。

友人関係も最後の選択だと俺は考えている。

一応社会人になっても、普通の人間ならば友人を作ることができる。

俺が普通の人間にカウントされていないことは、雪乃に言われるまでもなく認識しているが。

但し、社会人になってからの友人関係は、どうしても仕事を介しての交友と考えてしまう嫌いがある。



761 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:31:53.27 Ux4V/0K+0 142/346


学生時代だって同じ学校という枠を介しての交友だと反論されてしまいそうだが、そうであっても、金銭面の損得や職場の先輩後輩といった生活に必要な仕事に直結した関係ではない。

一応これもフォローしないといけないが、中学・高校時代なんて、学校が世界のすべてだと考えている奴らが大勢いることは、友人がほぼゼロだった俺でも認識はしている。

なんていうか、実際社会人になってみないとわからない事だろうけど、金銭面が全く絡んでいない友人関係は、大学で最後って気がしてしまうのも俺の思いすごしではないと思われる。


なんて、そんな大事な大学生活において、大学に入学してからまともな友人を一人も作っていない俺が大学生活の友人作りの大切さを力説しても、ましてや社会人になってからの友人関係に危機感を抱いたとしても、まったく意味のないことだって雪乃の痛い視線をぶつけられなくても理解はしていた。

つまり、先ほどまで俺の隣で講義を受けていた弥生昴は、いつものように毎時間俺の隣で講義を聞いてはいるものの、俺は弥生昴を友人ですと紹介できるレベルの関係までは発展していないと自信を持って言えた。



八幡「そっか・・・。まっ、がんばれ」

結衣「うん」

八幡「そういや弥生って、交友関係広いくせに講義が終わるとすぐに帰るよな」

結衣「そだね。昼食の時も、うちの学部の人と食事をしているわけでもないみたいだし」

八幡「そうなのか?」



これは初耳だ。

弥生の事だから、特定の誰かと毎回食事をしてはいないとは思っていたが、情報交換も兼ねて誰かしらと食事をしているとは思っていた。

たしかにレポートなどの課題は、常にどれかしらの講義からの提出を求められており、手元に全く課題がないという状態はほぼない。

ほぼないと言えるが、だからと言って毎日のように情報交換するほどでもないのも事実である。



八幡「あいつの事だからてっきり誰かと食事しているものと思っていたんだけどな。でも、他の学部の、高校の時の同級生と会っているってこともあるんじゃないか?」
   
結衣「どうだろ? 弥生君の高校の時の友達って聞いたことがないかも」

八幡「県外から来たんだっけ?」

結衣「うぅ~ん・・・、どうなんだろ? 高校の時の話も聞いたこともないけど、今どこに住んでいるのも知らないんだね」

八幡「ま、そんなもんじゃねぇの? 俺も高校の時もそうだったし、大学に入ってからも、その初心は忘れずに実行しているぞ」

結衣「はは・・・」


762 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:32:46.07 Ux4V/0K+0 143/346



乾いた笑いをするんじゃねぇよ。繊細な心の持ち主の俺が傷ついちゃうだろ。

自虐的なギャグをうまくさばくのがお前の持ち味だろ、と勝手に役割を決めつけちゃったりする。

・・・別にいいけどさ。



八幡「でも弥生は交友関係広いんだし、誰かしらあいつんちに行ったことがあるんじゃねえの?」

結衣「それはないと思うな。だって、弥生君ってもてるじゃん」

八幡「そうなのか?」



つい見栄?を張ってしまって、とぼけてしまった。

いや、俺だって弥生が女性うけするルックスと性格の持ち主だって理解している。

しかも背は高いし、物腰も柔らかい。

どこかの雑誌アンケートを元に作りだした理想の男っていっても過言ではないかもしれないと、思っていたりもする。

まあ、実際の生活感がないというか、大学外での行動が全くわからないところがアクセントとしてのちょっとした秘密を有している危ない男に該当しているかは疑問だが。



結衣「そうだよ。もてもてだよ。頭もいいし、勉強も優しく教えてくれるんだからもてないわけないじゃん。だから、狙っている子もけっこういるんだけど、実際家に上げてもらった子はいなかったし、デートまでこぎつけた子さえいなかったんだよ」

八幡「へぇ・・・」



由比ヶ浜の指摘は、俺の予想通りだった。

あいつがもてないわけがない。

本来なら、俺と仲良く並んでお勉強なんてする相手でもないってことも自覚している。

ん?・・・・・・いなかった?

いなかったってことは、今はいるってことか?

俺の顔の変化を察知したのか、由比ヶ浜は俺が問いかける前に俺が求める答えをくれた。



結衣「うん、でも、なんだか最近弥生君が彼女といるところを見た子がいるんだって」



由比ヶ浜の顔を見ると、いたって平然としている。

よくある噂話の延長なのだろうが、見たという奴がいるのならば事実なのかもしれない。

まあ、噂の伝聞なんて信用なんてできないし、根も葉もない噂話など、今回の由比ヶ浜から聞いた話のように出来上がっていくのかもしれないが、ここは素直に驚いておこう。


763 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:34:07.02 Ux4V/0K+0 144/346


八幡「あいつの彼女を見たって言っても、噂話じゃないのか?」

結衣「ううん。大学構内で一緒に歩いているのを見たって言ってたから本当みたいだよ」

八幡「まじかよ。でも、たまたま一緒に歩いていただけかもしれないだろ」

結衣「何度も見かけてるらしいから確かな情報だと思うよ。それに、二人が仲良さそうに歩いていて、友達同士の距離感ではなかったみたいだよ」



こいつはまじで驚いてしまった。

大学構内って事ならば目撃者も多いだろうし、信憑性が高くなってしまう。

友人だと思っていたやつが、自分には教えてもらってないけど恋人がいましたっていうのはこういう事をいうのか? こういう立場を言っているのか?

・・・落ちつけ。落ちつけ、俺。

ここはクールに、・・・クールにいくべきだ。



結衣「やっぱヒッキーも聞いてなかったんだ?」

八幡「やっぱってなんだよ」



頬と唇と手や足と・・・

体中がぴくついて、俺が挙動不審な動きをしてしまっているのはこの際無視だ。

頭だけはクールに冷静で沈着な頭脳を有していれば、クールな俺で立ち振る舞えるはず。



結衣「でも、あたしもちょっとショックだよね」

八幡「そうか?」

結衣「そうか?って、ヒッキーすっごくきもいよ」

八幡「はぁ? どうして俺がきもくなるんだよ?」

結衣「だって、いかにも変質者っぽく共同不審なんだもん。そりゃあ、ヒッキーの大学での唯一の友達って言ったら弥生君しかいないもんね。その弥生君に彼女がいたって教えてもらえなかったらショックだよね。うん、あたしだったらショックを受けるもん」

八幡「まあ、そうかもな」



俺の顔を見て呆れていたはずなのに、それが急に由比ヶ浜の顔からこぼれ落ちる。

俺と雪乃が由比ヶ浜に交際の報告をしたときの事を思い出してしまったのだろう。

悲しそうな顔をして、ここではない遠い過去の事を見ているような瞳をしていた。

しかし、それもすぐに切り替わり、今目の前にいる俺に同情がこもった目を向けてきやがった。



結衣「ヒッキーがいつも弥生君に冷たい態度取るから拗ねちゃったんじゃないの? この前の橘教授の講義を早く抜けられてのだって、まだお礼してないでしょ」

八幡「今朝会ったときにありがとくらいは言ったさ。それにあいつは見返りが欲しくてやってくれたわけじゃないと思うぞ。もちろん勉強に関しては色々と手伝ったり手伝わされたりしているけど、お互いに見返りがなければやらないってわけじゃあない」

764 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:34:42.13 Ux4V/0K+0 145/346


結衣「そなの?」

八幡「そんなの意外ですっていう顔するなよ。たしかにお互いの勉強効率が上がるっていうのは事実だ。でも、それが直接見返りを求めているかと聞かれると、違うって答えたい」

結衣「でもでも、ヒッキーが一方的に勉強を教えるってことだったらヒッキーは協力関係を解消するでしょ?」

八幡「お前のその設定だと、そもそも一方的な施しにならないから協力関係とは言わない」

結衣「そっか」

八幡「でも、由比ヶ浜が言いたい事はなんとなくだけどわかるよ。弥生がたとえ学年次席じゃなくても俺はあいつのと関係を今と同じように続けていたと思うぞ。あいつはしっかり期日までにやってくるからな。しかも、気遣いがすごいっていうか、他人が嫌がる事は、一度わかれば二度とはしない」

結衣「ヒッキーがそこまで人を誉めるだなんて、珍しくない?」

八幡「そこまで俺の採点は厳しくねえよ」

結衣「そうかなぁ・・・」

八幡「まあいいさ。彼女がいたとしても驚く事じゃあない。俺が言うのもなんだけど、あいつはいいやつだからな。だから、彼女がいてもおかしくない」

結衣「そだね」

八幡「それに、もし彼女がいるんだったら、そのうち紹介してくれるかもしれないしな」

結衣「うん、あたしもそう思う」



由比ヶ浜は、笑顔でこの話題を締める。

ただ、俺からすると、弥生に彼女がいようがいまいがどちらでもよかった。

彼女がいたとしても、その彼女を紹介しなければいけないというルールはない。

むしろ会う機会がないのだったら紹介なんてしても意味がないとさえ思えている。

だから、どちらかというとこの話題。

弥生の彼女の事というよりも、俺と弥生の関係の方が気になるっていうか、知り合い以上友人以下であるかもしれないことに軽いショックを受けていたりする。










由比ヶ浜とは友達と勉強会という名の免罪符を得たお喋り会に行くという事で教室の前で別れた。

あいつの場合は気がしれた友達よりも、勉強をするように睨みつけてくれる監督が必要だとは思うんだが、毎回俺が睨みつけるのは、さすがに俺の方が疲れてしまう。

ちょうどいい機会だ。俺の方も休暇が必要だし、とくに何も言うことはなかった。

由比ヶ浜が今日の俺たちとの勉強会を休む事情をかいつまんで説明している間、雪乃は何も口を挟んでこなかった。

俺は袖を二度引っ張られるのに気が付いて、歩く速度を落とす。

765 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:35:11.51 Ux4V/0K+0 146/346

顔を後方に向けると、一歩遅れて雪乃が付いてきていた。

すぐさま雪乃の歩幅に合わせてその隣を歩く。

ときおり俺が考え事や話すのに夢中になって歩幅が大きくなってしまう事があって、その時は雪乃が俺の袖を二度引っ張ることで知らせてくれる。

俺の方が雪乃のペースにあわせていても、以前までは俺の歩幅が大きくなってしまうと、雪乃が俺の速度に合わせてくれていた。

だけど俺と雪乃の歩く速度は違うわけで、無理をしないで早く言ってくれと、俺は雪乃に言ってしまう。

ただそうすると、ちょっとばかし気が強い雪乃とどちらの歩く速度に合わせるかという微笑ましいひと悶着に繋がってしまう。

お互い相手を思いやっての行動なんだろうけど、それで喧嘩をしては意味がない。

その結果として、面倒な思いやりを回避するために決められたルールが、雪乃が俺の袖を二度引っ張って知らせる事であった。



雪乃「そう・・・。今日は由比ヶ浜さんの勉強を見てあげる必要はないのね」

八幡「たまにはいいんじゃねぇの? あいつもいつまでも俺達に頼りっぱなしっていうわけにもいかないし、一人でも勉強できるようになってくれないと困るだろ」

雪乃「今日は勉強会ではなくて?」



雪乃は俺の言葉を聞き、訝しげな瞳を横から向けてくる。

二人して横に並んで歩いているので、やや下の方から覗きこむ形になっているが、俺は素知らぬ顔をして前を向いたまま歩き続けた。

俺と雪乃はもう一コマある陽乃さんの講義が終わるまで時間をつぶす為に喫茶店に向かっている。

本来ならば由比ヶ浜の勉強を見て時間を潰していたが、今回はそれができない。

だから学外の駐車場近くにある喫茶店に向かっていた。

大学にあるカフェでも学食でもよかったが、雪乃がいるとどうしても視線が集まってしまう。

その応急処置として選ばれたのが学外の喫茶店だった。



八幡「たしかに勉強会だとは言っていたな」

雪乃「だとすれば、一人で勉強するわけではないと思うのだけれど」

八幡「あいつが行く勉強会だからこそ、一人で勉強する為の強靭な精神力が必要なんだよ」



雪乃はあえて言葉を挟まず、俺に話を続けろと目で訴えてくる。

俺の方も前を向いたままだが、横目で雪乃の反応だけは確認していた。



八幡「別に勉強会が悪いっていうわけでもないんだが、あいつらが集まっても30分も経たないうちに休憩に突入して、お菓子食べながらのおしゃべりタイムがずっと続く事になると思うぞ。さすがに試験直前ならば違うだろうけど、まだ試験直前というには早すぎるからな」

雪乃「まるで見てきたことがあるかのような発言をするのね。もしかして一度くらいはお呼ばれしたことがあるのかしら? でも今回呼ばれていないという事は、一緒にいることが不快だったようね」

766 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:36:01.11 Ux4V/0K+0 147/346



八幡「ちげぇよ。一度も呼ばれた事はないし、呼ばれたとしても行かねぇって」

雪乃「負け犬の言い訳ほど見苦しいものはないのよ」

八幡「だからそんなんじゃないって」

雪乃「だとしたら、どうして由比ヶ浜さんが参加する勉強会の様子がわかるのかしら?」

八幡「あいつらが教室でミニ勉強会っていうの? 授業前にわからないところとかを教え合っている事があるんだが、いつも問題解決する前に別の話題、主に雑談に突入しているんだよ。だから、結局はわからないところはわからないままになっちまってる」

雪乃「そう・・・。八幡もその会話に参加したかったのね。かわいそうに。いくら由比ヶ浜さんの隣の席にいたとしても、会話には参加できないのね」

八幡「それも違うから。あいつらの声が大きいから聞こえてくるだけだ。まあ、本当にわからないと困るところは弥生に聞いたりしてるから問題ないけど」

雪乃「そういうことにしておきましょうか。・・・あら?」

八幡「そういうことにしておくんじゃなくて、そうなんだって。って、店の入り口で急に立ち止まるなよ」



喫茶店の扉を開け、先に店内に入った雪乃は、俺達よりも先に席に座っている客に視線を向けていた。

俺は雪乃の視線を辿ってその席に着く二人の客に目を向ける。



雪乃「彼って、弥生君よね?」

八幡「弥生だな」

雪乃「一緒にいる女性は、彼女かしら? だとしたら、別の店にしたほうがいいのかしらね?」



雪乃は首を傾げ思案する。

一応雪乃にも由比ヶ浜から聞いた弥生に彼女がいるらしいという事を伝えていた。

だから雪乃は、まだ弥生から恋人を紹介もされていないことに配慮して店を変えたほうがいいかと提案してきたのだろう。

たしかにあいつが恋人の存在を隠しているのならば、ここは知らないふりをして立ちさるべきなのだろう。しかし・・・。



八幡「あの人って、弥生准教授じゃねえの?」

雪乃「弥生准教授? でも、どう見ても私たちより年下ではないかしら?」



たしかに弥生准教授には似ているが、今いる女性は俺達よりも年下に見える。

だとしたら、弥生准教授の妹ってことになるのだろうか。

そういえば雪乃は、1年Dクラス担当の弥生夕准教授とは面識がなかったはずだ。

弥生って苗字は珍しいとは思っていたが、もしかして兄妹か親戚かなんかなのだろうか。

俺も弥生准教授と直接会話をしたのは一回きりだから、すっかり忘れていた。


767 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:36:31.66 Ux4V/0K+0 148/346


だとすれば、由比ヶ浜の友達が見たっていう弥生の彼女は、弥生准教授の妹か弥生准教授本人ってことになるんじゃないだろうか。

でも、何度も大学で二人で歩いているところを見たという情報があることからすると、妹というよりは弥生准教授の可能性の方が高いと思えた。

年は准教授ということから推測すると20代後半だと思えるが、見た目以上に若く見え、なによりも美人だ。

弥生昴と同じ血筋かもしれないというのも頷ける容姿だった。

違いがあるとすれば、弥生昴の髪質がややくせ毛がある為に緩やかなウェーブを作りだしていることだろう。

弥生准教授のほうは同じ黒髪でも、真っ直ぐ伸びた素直な髪質を有していた。

どんな姉弟であっても、よっぽど似ていないと姉と弟なんてわかるわけがない。

ましてや、髪質が全く違っていたらなおさらであり、由比ヶ浜の友人が恋人同士であると勘違いしても、責める事なんて出来なやしない。

そして今、俺達の目の前にいる妹らしき人物は、どういうわけか俺が准教授と会った時に准教授が着ていた服装に似ている。

濃紺のスーツのパンツルックできめていた。高校生にしてはやや大人めいた服装ではある。

それとも社会人なのだろうか。

座っているので身長の方はおおよその見当しかできないが、低くはないように見える。

准教授の身長もたしか170は超えていたので、身長が180近くもある弥生昴と並んで歩けば、とても絵になったことだろう。

たしかに弥生と准教授、もしくは妹が並んで歩いていたら、注目されない方がおかしなほどだ。

まさに美男美女なんだし。

准教授の雰囲気は、雪乃が図書館司書になったらこんな感じかもしれないと思ってたりする。

綺麗にとかされたまっすぐな黒髪は、雪乃よりは短いが、准教授の柔らかい面影にすこぶるはまっていた。

妹の方も似たような雰囲気を醸し出しており、姉との違いがあるとすれば、細いメタルフレームのメガネをかけていないことくらいだろう。

なんて事を考えていたら、弥生が俺達の事に気がついて、声をかけてきた。



「比企谷じゃないか」



席から立ち上がる弥生は、一緒のテーブルでどうかと誘っているようだ。

同席の弥生准教授も俺の事を知っているせいか、同じ意見のようだった。

だから俺は軽く頷き返事を返すと、雪乃の意見を聞くべく視線を雪乃のほうにスライドさせる。

雪乃も軽く顎を引いたところからすると、雪乃も同席は問題ないらしい。



八幡「偶然だな」

「そうだね。僕たちはよくここに来ることがあるんだよ」

八幡「そうか。俺達はそばの駐車場を借りているんだが、ここの喫茶店はいつも素通りしているだけだったな」


768 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2015/03/26 17:37:55.77 Ux4V/0K+0 149/346

「そうなんだ。それはもったいない事をしたね。ここの紅茶は美味しいよ」

八幡「へぇ・・・」



俺は弥生の隣に席を移した彼女に視線を向けると、そのことに察知した弥生がテンポよく彼女を紹介し始めた。



「比企谷は、姉さんには会ったことがあるよね?」

八幡「姉さん?」

「あれ? 姉さん。比企谷に僕たちの事言わなかったの?」



弥生は慌てて隣の席の彼女に確認を求めるが、当の本人たる弥生准教授?はほんわかとした笑みを浮かべるだけだった。

あれ? なんだか雰囲気が違くないか? それに妹じゃなかったのかよ。

この前はもっと、神経質そうな雰囲気を匂わせていたけど、弟が一緒だと違うのか?

それともあの時は緊張してしただけともいえるし、それに今はメガネをかけていないことで、それだけでも柔らかい印象を感じられた。

メガネをかけているときでも大学4年生くらいには見えていたが、メガネをはずした今は、高校3年生でも十分通用しそうな気さえした。

だからこそ俺も雪乃も、年下だと思ったわけで。

ただ、若くは見えるが幼くは見えない。

ある意味ちょうどいい具合に成長が止まったとも考えることができるが、人間がもっとも若々しい時期や美しい時期なんて個人の主観でしか成り立たないし、なおかつそんな事を考える事自体が無意味だ。どんな人間であっても老いるのだから。

ただ、目の前にいるこの人においては、俺の主観によれば、ちょうど美しさのピークで成長が止まっているように思えた。



第44章 終劇

第45章に続く




第44章 あとがき


実は『やはり雪ノ下雪乃』以外の物語も作ってあったりしています。(プロットのみ)

ここでは主に雪乃、陽乃、いろはが動き回っている予定です。

誰ルートになるかは読んでみてのお楽しみという事で、そのうち時間ができたら書こうかなと思っております。

プロットがあっても書いてはいないといういつもの状態ではありますが、長編を予定しています。

文字数でいうと五十万字くらいはいくかなと。

もちろん『やはり雪ノ下雪乃』は高校生編へ突入していきますから、当分終わる予定はありません。


来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。


黒猫 with かずさ派


続き
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部『愛の悲しみ編』【3】

記事をツイートする 記事をはてブする