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やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部『はるのん狂想曲編』【前編】
第16章
6月18日 月曜日
雪乃「母は、今回の件、どういう方針なのかしら?」
陽乃「選挙のこともあるし、内密にという方針は変わらないわ」
雪乃「そう・・・・・・・」
選挙となると、党の方針や後援会など、俺の想像も及ばぬ複雑な関係があるのだろう。
ましてや母体となる企業もあるわけだ。
弱みを見せることはできないのだろう。
わかってはいる。しかも、超ド級の親馬鹿だということさえも、両親に会って、痛い目にあって実感したほどに、雪乃や陽乃さんを愛しているのを知っている。
だけど、親である前に経営者なのだ。一人の親として行動するよりも経営者として、従業員の人生を守らねばならない。
よく、正義のヒーローもののアニメで、「一人の大切な人を守れないのに世界を守ることなんかできない」って、恋人と世界を天秤にかけて、恋人を選ぶ自称ヒーローがいるが、そういうシーンを見るたびに胸糞悪くなる。
お前何様だと言ってやりたい。世界が滅びたら、いくら恋人が助かってもどこで暮らしていくんだ。そもそも世界と恋人を天秤にかける時点で正義のヒーロー失格だろ。この主人公こそ世界を滅ぼす危険人物だ。
まあ、お約束の展開に冷静な突っ込みを入れる時点でどうかしているが、親と経営者。親はやめることはできないが、経営者はやめることができる。
ならば、経営者で居続けるのならば、従業員を守る義務が発生する。
今回の件でいうならば、陽乃さんと企業を天秤にかけて、企業をとっただけ。
家族としては、心苦しいはず。もしかしたら、今までも何度もあったかもしれない。
でも、最近こういう場面に遭遇した俺にとっては、自称ヒーローと同じくらい胸糞悪い決断だって判断してしまった。
八幡「それで、どうするんですか? いつまでも後手後手に回って、今度は雪乃がターゲットになるのを待つんですか」
陽乃「それは!」
激情にまかせ立ち上がり、俺に食いかかる勢いで一歩踏み込む。
それさえも演技ではと疑ってしまう俺は、薄情だ。
蚊帳の外にいる俺は、いつまでも第三者だ。だからこそ冷静でいられる。
もし雪乃がターゲットになって、俺が当事者になったとき、
俺は陽乃さんを許せるのだろうか。いや、そんなこと、わかりきっている。
八幡「とりあえず、今わかってる情報全てください。画像は転載らしいですけど、本命サイトは会員制サイトかなにかですかね。ストーカーの仲間内だけのサイトですと、素人だと手が出ないか。でも、誰かしらが、そこから転載しているわけですし、一枚岩ってこともなく比較的緩い仲間関係っていうのが唯一の突破点でしょうけど」
雪乃もうなずいてることから同意見らしい。険しい表情ながらも目は死んではいない。
やはり雪乃も守りに入る気はないか。
だったら話は早い。ストーカーの弱みを突いて、ぼろを出させるまで。
雪乃「これからは、姉さんも一緒に行動してもらうわ。情報の共有もそうだけれど、もはや私のことを気にしている時期ではないでしょうし」
陽乃「雪乃ちゃん」
雪乃「送り迎えも、八幡がしてくれるでしょうし、こういう時くらいこきつかえばいいわ」
八幡「おいっ」
俺も送り迎えはするつもりだったけど、もう少し彼氏をいたわる発言を・・・・、まあ無理か。雪乃も腹が煮えくりかえるほど怒り狂ってる。
陽乃さんでも両親へでもない。自分だけ隠しごとされていたことはかなしいけれど、それは雪乃を守るため。
だから、おそらく怒りの対象は、自分自身だろうな。
雪乃も陽乃さんや両親が苦手って口では言ってるけど、大切に思ってるしさ。
ところで、ストーカーに対してはって聞きたいだろ?
もちろん、奴は死刑だから、雪乃が死人に感情など向けるはずもない。
6月19日火曜日
陽乃さんのストーカー問題があろうと大学はある。
陽乃さんも大学院にはいつも通りに通っていたわけだし、並みの精神力ではないと感心してしまう。
今日からは陽乃さんを迎えに行かないといけないし、帰りも送っていかなければならない。
俺に出来ることなんか限られている。
こんなことでよかったら俺を使い倒してもかまわない。
ただ、俺としては、雪乃と陽乃さんを一緒に行動させるのはどうかと考えている。
だけど、陽乃さんと一緒の方がなにかと情報が入ってくるし、なによりも雪乃の攻撃的な性格もある。
守っていないで、こっちから攻撃してせん滅するのが信条のお人だし。
多少は無理はしても、短期決戦にもちこめれれば。
しかし、雪乃や陽乃さんの心情を思うと、やりきれない思いでいっぱいだった。
だから、由比ヶ浜の底抜けに明るい笑顔を見ると、ホッとしてしまう。
こいつだけは、いつもの日常。ちょっとトラブルを運んできてしまうけど、それさえも楽しい日常の一部だって思えてしまう。
結衣「ヒッキーおはよう。あれ? なんか今日暗くない?」
八幡「おはよう」
こいつ、いつもぬぼ~ってしているくせに、人の表情読む能力だけは侮れない。
車の駐車場から大学まで道のり、ずっとストーカーがいないかって気を張っていたせいで、自然と今も険しい表情をしていたのかもしれない。
さらに、昨夜も遅くまで陽乃さんから貰った情報を雪乃と共に分析していて、さすがに眠い。
八幡「遅くまで、英語の補習講義の準備していたからな。そりゃあ、疲れもするさ」
本当は、金曜日のうちに終わってたけど、由比ヶ浜にいらぬ心配させるべきではない。
それに、由比ヶ浜は、パッと見あほの子だけど、男にもてる。
胸の大きさや人当たりの良さもプラス要素だけど、ルックスだっていいほうだ。だから、もしこいつまでストーカー騒動に巻き込まれたらと思うとぞっとするほど恐ろしかった。
結衣「ごめんね、自分の勉強だって大変なのに、手伝ってもらって。私の勉強も見てもらってるし、・・・・・ほんと、ごめん」
由比ヶ浜は、しゅんとしてしまい、自分の靴をじっと見つめる。
そこになにかあるわけでもないのに、答えを探し出そうとする。
そりゃあ、俺の顔をみて考え事をしろなんて言うわけでもないが。
八幡「気にするな。俺が好きでやってることだしな。今朝はちょっと疲れていただけで、愚痴っぽいこと言って、悪かったな」
結衣「ううん。私にできることがあったら、なんでも言ってね。・・・・・・・・・なんかヒッキー、悩んでいそうだったし」
はじけるように顔を上げ、俺に宣言する由比ヶ浜ではあったが、後半は自信なさげで、声も消え去りそうであった。
ほんと、由比ヶ浜は人をよく見てるな。俺の些細な違いを見分けるだなんて。
だからこそ、俺はこいつの前では明るい表情でいなければならない。
って、俺の明るい表情ってなんだ?
・・・・・・ああ、一つわかった。
明るい俺は気持ち悪い。
ま、ともかく、こいつの前では、暗い顔だけはできない。
八幡「なにかあれば相談させてもらうよ。でも、今はお前の英語の方が心配だけどな」
結衣「あぁ・・・・・」
何故目をそらす。お前去年やったテキストと全く同じなのにできなかったとか?
俺が疑いの目をむけると、じりっ、じりっっと後ずさる。・・・・・・まじかよ。
八幡「正直に言ってくれよ。どのくらいのできなんだ」
結衣「えぇっとね・・・・・・・・」
八幡「昨日、わからないところは俺に質問してただろ。それでも駄目だったのか?」
結衣「違うよ。違うって。全部訳すことはできたんだけど・・・・・・・」
八幡「だけど? 怒らないから言ってみ」
結衣「うん・・・・・・・」
怒らないからという言葉ほど信用できない言葉はない。
なにせ、たいていは正直に言ったところで怒られてしまう。
だったら何故こんな言葉が存在するのか考えてしまうが、要は、とっとと話せ。
これからもっと怒るんだから、無駄な努力はするな。
言わないでいて俺を焦らすと、もっと酷いことになるぞという強迫なのだろう。
由比ヶ浜は、俺の顔色を伺いながらも、ぽつりぽつりと話しだす。
結衣「2か所だけ、どうしてもわからないところがあったの。一応ヒッキーにも質問したんだけど、家に帰ってみて自分の言葉で訳してみようとしたらできなくて。それで、去年のノート見ちゃいました。ごめんなさい!」
勢いよく全て打ち明けると、深々と頭を下げてる。お団子頭が揺れ動き、あっ、つむじみえるなぁって、どうしようもない感想を思い浮かべる。
はっきり言って拍子抜け。もっとすごい面倒事かと思ってたさ。
たとえば、時間がなくて適当になってしまったとか、英語ばかりやって他の教科の勉強できなかったとか。だけど、こいつは律儀にも、俺の言いつけを守って去年のノートを見ないという約束を守ろうとした。
たとえノートを見たとしても、俺に黙っていれば気がつかれないのにだ。
こういう馬鹿正直なところが、こいつの魅力なんだろうなと、つむじをまじまじと見ながら思ってしまった。
と、まじめくさった感想を浮かべているのに、視線は首筋に這わせていく。
シャツの襟から見える白い肌に視線が吸いこまれそうになる。
もう少し角度を変えれば、奥の方までって・・・・・・・、邪な目線を這わせていると、急に由比ヶ浜が頭を上げるものだから、うろたえてしまう。
結衣「約束やぶっちゃって、ごめんね」
純粋すぎる眼差しが俺を射抜く。やっぱ、俺も男だし。目の前に魅力的なご馳走あったら自然と目を向けてしまう・・・・・・・・。由比ヶ浜、ごめんなさい。
八幡「いや、いいって。わからないままにしておくよりは、約束破ってでもしっかりと訳してきたほうが意味があるからな」
結衣「でも!」
いや、まあさ。下心があって、甘くなってるわけではない。ちゃんと意味がある。
そりゃあ、少しは下心をもってしまった反省の色も反映されてるけど。
八幡「去年のノート見るなって言ったのは、去年のノートを最初から見てしまうと勉強の意味が薄まるからだ。それを釘さす為に言っただけなんだよ。むしろ、どうしてもわからないところがあったんなら、そこで去年のノートを使ったことは誉めるべきところだ」
結衣「へ? そなの? だったら、最初から言ってよぉ」
勉強で誉め慣れてないせいか、妙に腰をくねらせて照れてやがる。
やめろって。そんな腰を強調されては、いくら雪乃によって訓練されているからといっても八幡アイがしっかりと目に焼き付けてしまう。
結衣「もう!」
八幡「うっ」
盛大な照れ隠しとして、おもいっきり背中を叩かれてしまったが、これはこれでよしとしよう。痛みによって邪な心は消え去ったし、気合も入ったわけだし。
けっして雪乃への後ろめたさではないことは、強調しておく。
今日の勉強会もテンションが高かったのは由比ヶ浜一人だけ。
分担した分の和訳は、きちんとやってきてるところをみると、やる気はある。
だけど、一度潰されたプライドは簡単には取り戻せない。
大学でズタボロならば、これから社会に出て、さらには世界出るってことになったらどうするつもりなんだ。
上には上がいるのは当たり前。
地方の高校で、やっかいな優越感なんか植え付けられてしまっていては、これから成長していこうにも成長しきれやしないだろう。
ま、プライドなんかこだわらないで、利益を追求していけば、おのずと自分の道が見えてくるんだろうけど。
八幡「さてと、ここいらでちょっとお得な情報を伝えていおく。これをどう使うかはお前たち次第だ」
俺のお得情報とやらで教室はざわつく。
ほんの数秒前までは静まり返っていたのに現金なものだ。
俺もお得な情報とやらがあるって言われたら、とりあえずは聞く。
そして、そのまま忘れ去ってしまうところが経験の差だな。
だって、世の中にはお得な情報とやらは存在しない。
TVのグルメ番組で、美味しくない料理が存在しないくらい存在しない。
たまには、美味しくないってコメントも出せよ。いくらスポンサーとか利権問題があったとしても、どれもかれも美味しいっておかしいだろ。
むしろ、まずいって意見をストレートにいう出演者がいるんなら、これからずっと、その人のことを信じてしまうかもしれん。
ま、俺くらいになれば、その悪評までも裏を読んでしまうけどな。
八幡「このDクラスは、ある意味ついている。運がいいんだ」
さすがにDクラスで運がいいは、拒絶反応でるよな。教室を見渡せば反応は各々違ってはいるが、馬鹿にするなと訴えている。
八幡「まあ、最後まで聞いてくれ。英語の講義っていうのは、水曜日のDクラスから始まって、次にあるのはBクラスの金曜日の午後だ。そして、AクラスとCクラスにいたっては、火曜日のある。そこで注目なのは、金曜日のBクラス。こいつらは、Aクラスではないけどそれなりに勉強ができるやつらが集まっているから、こいつらの授業ノートは出回りやすい。そりゃあ、勉強できるやつらのノートは信用できるし、だれだって欲しいよな。Dクラスのやつらは喉から手が出るくらいほしいし、Aクラスであろうと、予習が楽になるんなら欲しくなるのが人間ってものだ」
ここまでいっきに話し続けてみたが、俺が言おうとしていることに気がついてる奴はほとんどいないみたいだ。一応いままで実践してきた由比ヶ浜は、というと、わけがわからないみたいで、ぽか~んとしてやがる・・・・・・・・。
こいつ、なにも考えないで生きているのかよ。
散々こいつをこき使って・・・・・・・、いや、利用して?・・・・・・・、ギブ&テイクでやってきたというのに、それさえも忘れているとは。
八幡「つまりはだな、お前たちのノートが最新の授業ノートになるんだよ。一番最初にできあがるから、一番需要がある。Bクラスのやつらだって、楽したいんだから、自分たちより前に講義をしているクラスがあるんならそいつらからノートを借りたいんだよ。でも、今までは、お前たちがやる気がない態度で授業受けてたし、ノートの質も最悪だ。だから、Bクラスのやつらは、お前たちのノートに見向きもしなかった。しかしだ、これからは違う。みんなで分担して全訳しているし、勉強会でチェックもしている。だから、今お前らが手にしているノートは、買い手がいるってことだ」
ここまでいってやれば、ほとんどのやつらが理解できたみたいだ。
若干ぽかんとしている奴もいるけど、実際やっていくうちに理解するだろう。
さて、由比ヶ浜はというと、・・・・・・もういいや。諦めよう。
八幡「情報は武器だ。最新の情報となれば、高値で売れる。それは、大学生の社会であっても通用する。だったら、お前たちが持ってる商品使って、自分が欲しい情報と交換してこい。そうすれば、あらたに手にした情報も商品となって、さらに情報が手に入る。お前ら、わかるよな。これは、他の教科の情報が手に入るだけじゃない。過去のレポートや過去の試験問題だけが目的ではない。このトレードを通じて、人脈が作れるっていうのが最終目的なんだよ。だいたいな、いったん情報の元締めになってしまえば、こいつに聞いてみればもしかして、なにかしら情報もってるかもって人は思うんだよ。そうなれば、自然と情報が集まってくるし、たとえ何もわからなくても人脈使って情報を解読していけばいいんだ。まあ、俺は人づきあいが苦手だから、そういった人脈作ったりするのはそこにいる由比ヶ浜に頼んで、自分はというと情報となる商品ばかり作ってたけどな」
教室内の視線が由比ヶ浜に集まる。が、当の本人は、なぜ注目されているかはわかってはいない。由比ヶ浜は俺の顔をみて、なにかを感じ取ったのか、自分が誉められていると直感で感じ、えへんと胸を張る。
まあ、間違ってはないんだけど、たぶん、教室にいるやつらの評価はお前が思ってるのとは違うと思うぞ。
八幡「お前らの中でも、サークルの先輩から、去年のノートや過去レポートもらってるのいると思うけど、それを大々的にやっていく感じだ。まずは、お前らが同じ講義受けているので集まって、英語みたいに勉強会作るところから始めるといいと思うぞ。あとは、せっかくDクラスで勉強会もしているんだし、ここでの繋がりも有効につかっていけよ。と、いうわけで、お得情報どうだった?」
俺は、あくどい笑みを浮かべる。にやっと、いやらしく、憎たらしく。
ここは、うわっと皆ひくところだと思ってたのだが、何をとち狂ったのか由比ヶ浜以外の全員が、俺と同じく、あくどくにやって笑う。
もし、この教室を除いた奴らがいたとしたら、異様な光景に逃げ出しただろう。
昔、平塚先生が、俺には新興宗教の教祖の素質があるって冗談でいったけど、この光景をみたら、もしかしてって思ってしまうかもしれない。
もちろん、笑い話で済ますけど。
というわけで、こいつらのやる気は、もう大丈夫だろう。
あとは、プライドなんか忘れて、自分ができることをやっていくのを気がつくだけだ。
6月20日 水曜日
今日は、Dクラスの英語の授業がある。小テストの結果は、明日聞くことになるけどいきなり大幅な点数アップは望めないだろう。いくらやる気と勉強方法がわかったとしても、それがすぐさま点数に結び付くわけではない。
勉強っていうのは、面倒なもので、日々の積み重ねがものをいう。
さて、人さまの心配をする時間は俺にはあまりない。
今は、陽乃さんから預かったストーカー情報を分析しないといけないし。
陽乃さんと登下校するようになったが、これといって成果はない。
ネットへの書き込みは続けられているが、一般サイトへの転載はあまり多くはない。
せめて本命のサイトへアクセスできたのなら、多少は進展があるかもしれないが。
陽乃さんが言っていた雪乃が写っている写真っていうのは、6月16日のか。
実家から帰ってくる日の朝、コンビニ前の写真だけど、よくもまあ朝早くからストーカー行為なんてできるよなぁ。しかも、この日は深夜までやってるみたいだし、ある意味ご苦労なことで・・・・・・・。
6月16日 土曜日 6:22
実家近くのコンビニにてお買い物。画像もアップ。
今日もお美しい!
6月16日 土曜日 22:28
人気ラーメン店・総武家で夜食。友人と店に入るのを発見!
土曜の夜だというのに女と一緒とはw
6月16日 土曜日 22:56
一緒にラーメン食べたいお。
さすがです。お友達も美人!
でも、年がちょっとw
画像もアップ。
6月16日 土曜日 23:43
ラーメン屋から、そのまま帰宅。
操は守られた。
朝のコンビニは、実家の近くだし、張り込みでもしてたのか?
よく行くコンビニくらいなら、すぐにでも割り出せるだろうし、行動パターンさえつかめれば、時間帯も予測くらいできるかもな。
まあ、写真に雪乃も写って入るけど、これといってコメントも出ていない。
転載だから、本命サイトでは話題になってる可能性もあるが、続報が出てこないうちは、なんとも言えないな。
それと、この日のは、時間がとんで深夜のだけか。
陽乃さんがうちに食事に来たけど、その時は車で送ってもらったみたいだし、さすがに車を追ってでまで来ることはできないのか?
バイクとか用意しているかもしれないし、油断はできんな。
それにしても、家での食事の後にラーメン食べに行ってたのかよ。
きっと平塚先生の提案なんだろうけど・・・・・・・。
総武家は、大学に近いラーメン屋だし、行動パターンを読めなくても、もしかしたら偶然見つけ出したのかもしれないか。
となると、ストーカーは、うちの大学生なのだろうか?
いや、決めつけるのはよくないな。
大学の近くに住んでいるとか、仕事・バイトをしている可能性もあるし。
ああっ! 可能性ばかりで、まったく手掛かりがつかめない。
俺は、深夜のラーメン屋の写真をクリックする。
映し出された画像は、照明がラーメン屋からの明りだけともあって、鮮明さに欠けている。
ちょうど平塚先生は、のれんに隠れて顔は写ってはいない。
平塚先生は、不幸中の幸いってやつか。
でも、「さすがです。お友達も美人! でも、年がちょっとw」なんて
書き込みされているって知ったら、怒り狂うだろうな。
たしかに、年齢がちょっとだし。
もし、この書き込み見せたら、身近で適当なストレス解消ツールとして、俺への被害が予測される。
俺が殴られでもしたら、恨むからな、ストーカー君。
・・・・・・やはり情報が少なすぎる。いくらみても、解決の糸口は見つからない。
俺にできることなんて、たかがしれている。
あの陽乃さんでさえお手上げなのだし・・・・・・・。
正攻法でも奇策でもうまくいかないのだから、雪乃でも難しいか。
いやまて、・・・・・・アプローチそのものが間違っているとしたら?
第16章 終劇
第17章に続く
310 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/11 17:41:11.25 WubvoXU40 82/212
第16章 あとがき
ネットの個人情報流出も、ストーカーも、情報ツールの変化と共に変わっていっていますね。
ちょっと昔の小説なんかを読むと、時代の移り変わりを実感できますし、未来を描いた小説であっても、現在がその時代を追い越してることもあります。
今回の物語の時代背景も、数年後には古ぼけた時代背景になってしまうのでしょうか?
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
第17章
6月21日 木曜日
こりゃあ、やられた。俺の第一印象はこれだけだった。
俺の戸惑いをよそに、英語勉強会に集まっているDクラスの連中の気持ちの高まりはすさまじい。
狭い教室から大音量の声が漏れ響き、不審に思った生徒がのぞきにまでくる。
やつらの気持ちもわからなくもない。
低空飛行していた小テストの成績が跳ね上がったのだから。
俺も多少は上がりはすると思ってはいたけど、この上昇率は異常だ。
軒並み8割以上はとっている。
結衣「ヒッキー、みんなすごいね。やればできるんだよ」
由比ヶ浜自身は試験は受けていないというのに、自分のことのように喜んでいる。
いつの間にかに仲好くなった女子生徒達と手を取り合い、飛び跳ねていた。
悪くはない。むしろ、いい傾向なんだけど、俺が教える必要なんてあったのって疑問を感じてしまう。
結衣「ヒッキーも、一緒に喜びなよ。ヒッキーがみんなの気持ちに火をつけてくれたおかげだよ」
八幡「俺は、なにもやってねぇよ。勉強したのは、こいつらだし。勉強なんて、いくら教えても、結局は本人が勉強しないと覚えないからな」
結衣「むぅ~」
喜びから一転、しかめっ面に。俺に詰め寄る由比ヶ浜に笑顔はない。
結衣「こういうときくらい、素直に喜ぼうよ。みんなヒッキーに感謝してるんだから」
八幡「だから、俺は大したことはしてないんだって。少しははっぱかけて、勉強するように仕向けはしたけどな。それに、今回点数よくても、それを持続させる方が難しいし」
結衣「もう、捻くれてるんだから。いい点数取ったときには素直に皆で喜んで次につなげるものなの」
由比ヶ浜は、くるりと俺に背を向けると、教室内に響きわたる声で問う。
結衣「ねえ、みんなぁ! ヒッキーは、みんなが勉強したから点数よくなったっていってるけど、でも、そう仕向けてくれたのはヒッキーのおかげだよね?」
沸き立っていた教室は、由比ヶ浜の突然の質問に静まり返り、声の発生源たる由比ヶ浜に視線が集まる。
その由比ヶ浜は、そのまま視線を背負ったまま俺に振りかえり、全ての視線を俺に向けさせた。
おい、由比ヶ浜。俺を注目させてどうする。
恩着せがましい発言なんて、やめてくれよ。
本当に、勉強頑張ったのは、本人のおかげ・・・・・・・、と思っていると、再び歓声が沸き起こる。
ヒッキー最高! 最初は胡散臭かったけど、ついてってよかったぜ。
目は今も腐ってるけどな。由比ヶ浜さんがいなかったら、誰も付いていかなかっただろ。
それは、いえてるな。比企谷さんのおかげっていよりは、由比ヶ浜さんのおかげっしょ。
そう、それ。由比ヶ浜さん最高!
って、おい。俺への賛辞は、ほとんどないじゃないか。
それでもいいけど、ちょっとは誉めろよ・・・・・・・・。
まあ、なにはともあれ、こいつらがやる気になってくれて、よかったか。
結衣「ね? みんな感謝してるでしょ」
八幡「そうだな」
優しく微笑む由比ヶ浜に、俺は思わず顔をそらす。
素直に喜ぶことなんてできてたら、ぼっちなんてやってないっつーの。
・・・・・・・たまには、一緒に喜んでみてもいいかもしれないが。
結衣「それにしても、みんなすごい点数だよね」
八幡「それはそうだろ」
結衣「なんで?」
ちょっとは自分で考えろって。前にちょろっとだけど、話してもいるだろ。
八幡「こいつらは、大学では落ちこぼれてしまったけど、地元の高校じゃトップ集団だったんだよ。しかも、中学でも上位で、そのまま地元の上位高校に入学してるの。だけど、いくらエリート街道突っ走っていても、大学入って全国区になると 一気に順位は下がっちまう。上には上がいるからな」
ふぅんって、初めて聞いたって顔をして俺を見つめるなって。
まじでこいつ、忘れてるだろ。
八幡「でもな、もともとこいつらは勉強できる集団なんだよ。ちょっと前までは、プライドへし折られて、落ち込んで、勉強する気にもならないでいたけどな」
結衣「そっか。だったら、ヒッキーがプライドを取り戻してくれたんだね?」
八幡「はぁ? んなことしてねぇよ。その逆だ。わずかに残ったプライドは、最後まで全部へし折ったんだよ」
結衣「はあ?」
わからないって顔してるな。こいつに関しては、勉強に関してのプライドなんて持ち合わせてないから、しゃあないか。
八幡「プライドが少しでも残っていたから、それが邪魔して、勉強に集中できてなかったんだよ。いくら勉強してもトップにはなれない。なにせ、上にいる連中の実力は天井がないからな。それでも今まで地元ではトップにいたプライドがくすぶってしまう。上の奴らには、どうやっても勝てない。社会人になってもそれは同じだし、しかも理不尽な要求さえ求められてしまう。しかし、それでも知恵を絞って、うまく乗り越えていかなきゃならないだろ」
結衣「う~ん、なんとかくだけど、わかったかな」
いや、わかってないはず。視線をわずかだけど、そらしたしな。
もういいや。こいつには、じっくりと時間をかけて教えていくしかない。
八幡「まあ、俺が今回したのは、役に立ちもしないプライドなんか捨てさせて、今いる環境で、今できる手段を使ってのし上がっていく方法をちょろっと教えただけさ」
結衣「そなんだ」
ふぅ・・・、もういいよ、由比ヶ浜。わかってないの、わかったから。
それにしても、過去の価値基準っていうのは、やっかいだな。
高校の自分が絶対だって、大学生になっても思ってしまう。
価値なんて、場所や時間によって変化するものだし、絶対変わらない価値なんか存在しやしない。しかも、同じ価値だとしても、見方によって評価は変わる。
価値なんて、人が勝手に作り上げたものだし、先入観にしかならない。
先入観? 価値基準? 自分が勝手に作り上げたもの・・・・・・・・。
そうか!
俺が勝手にストーカー像を作り上げていたんだ。
だから、今回のストーカーの犯人像が見えてこなかったんだ。
そうか。そうだったんだ。
となると、あのネットの転載、ちょっと変じゃないか。
俺は、今もなお沸き立つ室内をよそに、静かに思考を巡らせた。
時間は有限であり、取り戻すことはできない。
いくら慎重に行動して、有意義な時間を過ごしたとしても、それは過去の事。
未来は突然現在に現れ、人を混乱に陥らせる。
されど、人に与えられている時間は平等だ。
いくら有能なストーカーであろうとも、それは同じ。
陽乃さんもそうだが、ストーカーも自分の生活をしている。
人が自分に与えられた時間で行動できることなど、限られているのだ。
6月22日 金曜日
陽乃さんの講義終わるのを待って、俺達はマンションに向かっている。
今回ばかりは由比ヶ浜の力も借りなければならない。
車の後部座席に陽乃さんと由比ヶ浜をのせ、まっすぐマンションへと向かう。
助手席に座る雪乃は、訝しげに俺を見つめていた。
なにせ昨日の夜から何度詳細を説明してほしいと乞われても、明日みんながいるときに話すと断ってきたからな。
だけど、由比ヶ浜が一緒じゃないと意味がない。
そうしないと、雪乃のことだから全部自分一人でやると言い張るだろうし。
八幡「なんだよ。なにか顔についてるか?」
雪乃「ついてるわ」
憮然と答える雪乃に、やれやれと首を振る。
真っ直ぐに俺を見つめる瞳に曇りはない。一緒に過ごした時間。
その積み重ねが雪乃にプライドを持たせる。俺の隣にいるのは自分だと。
それなのに、肝心なことを何も話さないでいられたら、傷つくのは当たり前か。
でもな、雪乃。お前と同じように、俺も雪乃と一緒にいたんだよ。
だから、お前がどういう行動をとりたいかだって、わかっちまうんだよ。
雪乃の潤んだ瞳を盗み見て、雪乃の手に自分のをそっと重ねる。
八幡「頼りにしてるよ」
雪乃「腐生菌が顔についてるわ」
そうつぶやくと、顔を背け、窓の外を眺めだす。照れ隠しだってわかってはいるけど、俺はまだ死んでないから腐生菌は付いてないはず。
微生物だし、もしかしたら付着するかもしれないが、最近は専門用語増えてきてません?
あまりにも専門的すぎると、俺も突っ込み入れられないよ?
俺は、一回ぎゅっと手に力を加えると、ハンドルに手を戻す。
さすがにずっと雪乃の手を握ったまま運転などできやしない。
もしできるのならば、映画のワンシーンみたいで様になってたかもしれないけど、現実なんてこんなものだ。
現実は泥臭い。天才と謳われる頭がいい連中であっても、勉強しなければ脳みそは真っ白なまま。勉強しないでテストで好成績なんてとれやしない。
小説で、高得点をとるシーンだけがクローズアップされるが、その裏には、コツコツと勉強しているシーンが隠されている。
結果ばかりみてると、そいつがどうやって生きてきたなんか忘れてしまう。
存外天才も泥臭く生きてるものかなと、ふと雪乃をもう一度盗み見て、思ってしまった。
リビングのソファーに各々が座ると、程度の差はあれど早く話せと顔が訴えている。
まあ、待て。なんか、すさまじいプレッシャー感じるんだけど、ここまで大げさな発表なんてないんだけどなぁ・・・・・・・・。
ちょっと気がかりなところがあるから、みんなで話し合おうと思ってまして。
あとは、雪乃が一人で背負いこまない為だが。
八幡「えっと、まあ、集まってくれてありがとうございます」
雪乃「そんな気持ちがこもっていない前置きはいいわ。早く本題に入ってくれないかしら」
不機嫌度マックスの雪乃をこれ以上おあずけなんてできやしないか。
雪乃は、長い黒髪を一房掴むと、指先にくるくる巻きつける。
そして、肩にかかった髪を全て払いのけると、ソファーから立ちあがり空席だった俺の隣にすっと座り込んだ。
雪乃「これって、ネットにアップされた発言よね。画像と行動記録以外に、なにかわかったのかしら?」
俺の前にあるパソコン画面には、陽乃さんから渡されたストーカー情報の一つが映し出されている。
雪乃の画像が映し出された日の陽乃さんの行動記録であり、俺が違和感を感じた日の記録でもある。
陽乃さんも由比ヶ浜も近寄ってきて画面を覗き込む。
覗き込みはしたものの、目新しい情報は一切ない。
互いに何かわかったかと目で問うが、何もわからにと返すのみ。
結衣「なにか新しい情報でもあったの? だったら、そっちの方を見せて欲しいんだけど」
八幡「いんや。これであってる。見て欲しいのは、6月16日の記録だ」
陽乃「画像でも解析したの?」
八幡「いいえ。画像解析するスキルもないですし、それができる友人もいませんよ」
結衣「もったいぶらないで、早く話してよ」
八幡「まあ、待て。今話すから」
それにしても、皆さま。お顔が近いです。熱心に画面を見るのはわかりますけど、このままだと、雪乃さまのお怒りが・・・・・・・・。
目を横に流すと、雪乃も画面に集中している。
ならば、素早く要件を伝えて、今の状況から解放されなければ、俺の命が危うい。
八幡「まず見て欲しいのは、22:28の発言。土曜の夜だというのに女と一緒とはって言ってるだろ。これと、他の3つの発言は、おそらく発言者が違う」
結衣「は? なんで、そんなのわかるの?」
陽乃「由比ヶ浜ちゃん。ちょっと黙ってて。比企谷君、続けて」
あっ、陽乃さん、マジモードっすね。由比ヶ浜はかわいそうに、委縮してるし。
俺も、いちいち由比ヶ浜の相手してる暇もないけど、あとでお前でもわかるように説明してやるから、今は我慢してくれよ。
八幡「えっと・・・・・・、2つ目の発言では、女と一緒で、ちょっと馬鹿にしている感じがするんですよ。でも、4つ目だと、操は守られた、って男と一緒じゃないことに安堵している。つまり、仮に2つ目の発言者が4つ目の発言をするんなら、土曜日なのに、男っ気なしに、悲しく一人で帰宅って感じの内容になると思えたんだ。まあ、ネットだし、コロコロ発言が変わるかもしれないですけど、俺も強引すぎる説明だとは感じてはいますよ」
雪乃「そうね。2つ目と4つ目が確実に違う発言者という証明にはならないわね。でも、ストーカーが一人ではないっていう点に気がついてのは大きな成果ね」
八幡「そうなんだよ。俺達は、ストーカーが一人だと思い込んでいた。いくら陽乃さんの行動パターンを読んで先回りしたとしても、突発的な行動なんて先読みできない。だけど、それさえもネットにアップされてる。だから、俺は、陽乃さんに近い関係の人の中に、スケジュール情報を流しているやつがいるんじゃないかって考えてる。それにな、他の日のコメント日時見てくれよ。こんなにも頻繁に、しかも早朝から深夜まである。こいつにも自分の生活ってものもあるわけだし、協力者がいなければ実行不可能だろうよ」
結衣「それじゃあ、味方の中に敵がいるってこと?」
八幡「そうとは限らないけどな。本人が気がつかないうちに話してしまってるってこともあるしさ。あと、情報を流してしまってるやつが女だって可能性もある」
結衣「ストーカーなんだし、男なんじゃないの?」
八幡「今説明しただろ。うまく誘導されてスケジュールを他人に話すだけなんだから、それだったら男だろうと女だろうが関係ない」
結衣「そっか。その人は、ストーカーとは直接関係があるわけじゃないもんね」
陽乃「いいえ。この際、ストーカーへの先入観全て捨てましょう。ストーカーに女の協力者がいないだなんて、あり得ないことではないし」
八幡「・・・・・・そうですね」
結衣「でも、女性だったらストーカーの肩坊なんて担ごうなんて思わないんじゃないかな。だって、自分がされたら嫌じゃん」
たしかにな。由比ヶ浜の言うことは一理ある。
だけれど、それがそのまま他人に当てはまるとはいえない。
八幡「たしかに女性一般からすれば、ストーカーに協力なんかできないだろうよ。むしろ、毛嫌いして、即座に警察に通報すると思う。だけどだ。世の中には変わりものなんて山ほどいる。そもそも由比ヶ浜の理屈からすると、犯罪者が一人もいなくなるだろうよ。でも、実際には世の中には溢れるほど犯罪者がいる。捕まってない連中も数に入れたら、とんでもない数字になると思うぞ」
雪乃「そうね。現に姉さんが被害にあっているのだし、全ての可能性を排除しないで考えるべきなのかもしれないわ」
雪乃からは悲壮感が漂っていた。陽乃さんも同じく重く沈んでいる。
由比ヶ浜に関しては、重く受け取って入るが、二人ほどの深刻さはない。
二人は気が付いているのだろう。全ての可能性を排除しないという意味を。
それは、友人を疑うってことを意味する。
今まで隣にいた友人を疑いの目を持って接せねばならない。
ましてや、意図的ではないにせよ、今回はスケジュールを流してしまっている友人がいるはずである。
その情報の供給源をストーカーから切り離さなければ、ずっと陽乃さんはつきまとわれる。
八幡「それにしても、平塚先生と総武家に行ったのって、偶然なんですよね?」
陽乃「あのときは、静ちゃんに誘われて、行ったんだけどね。私はあまり食べられないって言ったのに、食べ残したら自分が食べるって言い張って」
俺は、げんなりとその光景を思い浮かべる。
なにせ今まで何度も実際に見てきた光景。
ラーメン食べて、俺は飲まないけどビール飲むのに付き合わされ、そして、しめにもう一度ラーメン屋。
あの男を虜にできるはずのメリハリがあるスタイル。
暴飲暴食をしていながらも、それを維持できるなんて誰も信じやしないと思う。
もし由比ヶ浜辺りが平塚先生の食生活を知ったら、マジでへこむレベルだろう。
八幡「つまり突発的な行動だったわけか。それなのにストーカーが見つけ出すなんてある意味すさまじいな。何人くらいでやれば見つけ出せるんだ? 逆に考えると、それだけの大人数でやってたとしたら、目立つはずだよな。まあ、そんな大人数が追っかけやってたと想像すると、なんか怖いけど」
俺の言いすぎではあるが、あり得なくもない想像に、各々苦笑いを洩らす。
陽乃さんは、アイドルじゃないんだぞ。アイドルなんかの追っかけなら大挙して追いかけまわしているのが想像できるが、一般人相手にそれやるか?
雪乃「その日、平塚先生とは、どのような話をしたのかしら?」
たしかその日は、うちでストーカーの話も出ていたはず。
主な話は、陽乃さんのお見合いだったけど、平塚先生の意見でも聞きたいのか?
陽乃「えっとねえ・・・・・・、ラーメンの話ばかりだったと思うな。美味しいラーメン屋だといても、それだけでは商売がなりたたないとか、仕れコストや店舗の位置、人の流れ、リピーター、ネットでの情報とか、聞いているこっちの方が恥ずかしくなるくらい熱く語っちゃってね」
ああ、なんとなくわかる。総武家の立ち退きに関連しているんだろう。
雪乃「そう・・・・・・・」
聞いて納得したのか、雪乃の瞳からは興味が失う。
それを見た陽乃さんも、今までのことを再確認でもしているのか思考の没頭する。
由比ヶ浜だけは、ぼけぼけっと相変わらずだ。
結衣「ねえ、もし情報が漏れているんだとしたらさ、嘘の情報も混ぜたらどうかな? ほら、映画とかでよくあるでしょ。嘘の情報も混ぜて、その嘘の情報にひっかかって、犯人がのこのこやってくるってやつ」
重苦しい空気に耐えかねて苦し紛れの意見を述べた由比ヶ浜ではあったが、たまにはいいことを言う。10回言ったとしたら、1回くらいの確率の成功だけど、今回は感謝しないとな。
雪乃「それはやってみる価値はありそうね」
陽乃「でも、だれが洩らしているか検討もつかないし、難しくないかな」
あくまで慎重な陽乃さんの気持ちもわかる。
なにせ、嘘情報をこれから友人に自分がばらまくのだから。
自由気ままで、まわりをひっかきまわす陽乃さんであっても、友人を疑い、悪意の情報を流すとなれば後ろめたいはず。
苦痛に満ちた陽乃さんは、心配して見つめている雪乃と目が合うと、儚い笑顔を浮かべ決意を固めた。
友人と妹。この二つを天秤にかけた場合、圧倒的に雪乃を大事にするだろう。
だからといって、友人が大切でないわけではない。
優先順位の差はあれば、どちらも陽乃さんのなかの日常の一部で切り離せやしない。
陽乃「私のスケジュールを知ってるのは、院で同じの4人かな。遊びに行ったりもするし、大学にいるときはたいてい一緒だしね」
雪乃「その中に男性は何人いるのかしら」
陽乃「3人」
八幡「その3人って、今までストーカー捕まえるの手伝ってもらってたのと同じメンツじゃないんですか?」
陽乃「よくわかったわね」
俺の指摘に陽乃さんは驚きを見せる。まあ、身近な人に手伝ってもらうのは鉄則だろうし、大学の時の友人は、卒業して、今は社会人で忙しいしな。
結衣「だったら、なおさら犯人じゃないんじゃない? ストーカー捕まえるのを手伝ってもらってたのに、スケジュールを洩らすなんてしないと思うんだけど」
八幡「だから、さっきも言っただろ。うまく誘導されて、ぽろっと言ってしまうこともあるってさ」
結衣「そうかもしれないけど、今もストーカーに迷惑していて、そのストーカーも捕まっていないんだし、用心してるんじゃない?」
八幡「それは・・・・・・・」
雪乃「由比ヶ浜さんの意見にも一理あるわね」
結衣「でしょ、でしょ」
雪乃という大きな援軍に、喜びいっぱいの笑顔を振りまく由比ヶ浜。
由比ヶ浜に痛いところをつかれるとは、俺も落ちこぼれたものだ。
陽乃「由比ヶ浜ちゃんの意見ももっともだけど、ここは友人3人に絞ってやってみましょう。もしその3人が関係ないのなら、それはそれで信頼できる協力者が手に入るのだし」
それは陽乃さんの嘘いつわりのない本心であった。友人を疑いたくない。
もし疑うのだったら、一刻も早く無実を証明したい。
雪乃「では、残りの一人の女性はどうするのかしら? その人にも嘘情報を混ぜたほうがいいのかしらね?」
八幡「今回は、3人でいいんじゃないか? 4人にもなると、嘘情報をさばききれなくなる。こっちの弱点といえば、人が少ないことだからな。人が多ければ、大規模に嘘情報を流して、犯人かどうかを確認してけるけど、今はちまちま潰していくしかないだろうよ」
陽乃「じゃあ、それでいきましょう」
雪乃「そうなると、あらかじめスケジュールを調整して、嘘情報につられてくる犯人を確認しやすいようにしなくてはいけないわね」
八幡「その辺は、雪乃と陽乃さんの二人に任せる。そういう細かいことは、俺や由比ヶ浜には無理だからな」
雪乃「わかったわ」
結衣「でも、3人にそれぞれ嘘情報教えるんでしょ。その3人がスケジュールをお互い確認し合ったりしたら、やばくない? だって、みんな違うスケジュール教えられてるんだから、変に思わないかな?」
陽乃「その辺はうまくやるわ。ストーカーのことは知っているんだし、一応あなただけにはスケジュール教えておくから、いざっていうときにはお願いねって感じで言っておけば、大丈夫でしょ」
結衣「そっか。それなら大丈夫だね」
って、それで納得するのかよ。まあ、陽乃さんみたいな美人の頼み事だったら
世の男性は、ころっと信じてお願いをきいちゃいそうだけどよ。
結衣「ねえ、ねえ、ヒッキー。私も何か手伝えることない?」
俺の袖口を軽く掴み、下から俺を見つめてくる。
足りないおつむを持ちながらも、こいつなりに心配している。
八幡「お前にも頼みたいことはある」
結衣「ほんとっ」
一段高い返事に、思わずのけぞる。それさえも面白そうに眺める由比ヶ浜は嬉しそうに髪を揺らし、さらさらと髪を波打たせていた。
八幡「俺と陽乃さんが一緒にいるところを遠くから見て、不審人物を確認してほしい。それと、俺達の行動も記録しておくことか」
結衣「うん、わかった」
八幡「お前一人だと危険だから、監視するときは雪乃と常に一緒な。なにがあっても単独行動は禁止」
結衣「ヒッキーは、陽乃さんの護衛ってこと?」
八幡「そうだよ。ストーカーをおびき寄せるにせよ、陽乃さん一人でやらせるわけにはいかないだろ」
結衣「それはそうかもしれないけど、彼氏?・・・・だと勘違いされないかな」
八幡「それは・・・・・・・」
陽乃「それは大丈夫よ。多少ストーカーに刺激を与えたほうが動きがわかりやすいでしょうしね。私一人の方が、かえって発見しにくいと思うわ」
八幡「まあ、それも一理あるな。でも、なにかあってもやばいから俺は陽乃さんの側にいるよ」
結衣「そだね。相手はどんな人かわからないし」
八幡「雪乃もわかったな」
雪乃「ええ、わかったわ」
雪乃は不満を押し殺して、短く返事をした。
やっぱりな。雪乃のことだから、一人で行動すると思ってた。
だからこそ、由比ヶ浜がいるときに全て話すことにしたんだから。
俺は、雪乃へのストッパーがうまく機能したことに、かすかに笑みを浮かべてしまう。
陽乃さんと目が合うと、陽乃さんも笑みを浮かべていた。
やはり陽乃さんも雪乃の行動を心配してたってわけか。
俺達の笑みは膨らみ、もはや声を殺すことなどできやしなかった。
一度決壊した笑みは爆発し、暗い室内に反響する。
訳がわからずぽかんと見ていた由比ヶ浜も、俺達につられて笑いだす。
さすがに雪乃は笑いにのってはきやしなかったが、俺達の笑いが収まるまで優しく見守っていた。
いつ以来だろうか。こんなにも笑えたのは。
辛い時の笑顔は人に前向きにさせる。
自分が辛い時にへらへら笑っている奴がいたら、一発ぶん殴りたくなるけど、みんなと笑いあう笑顔なら、それは別物だ。
第17章 終劇
第18章に続く
328 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/09/18 17:37:52.66 zWMcdWn70 95/212
第17章 あとがき
今週は、毎週火曜日にアップしている『心の永住者』の『cc編』が終わり、来週から『~coda編』が始まるのですが、新しい展開になるときって緊張しますね。
はるのん狂想曲編も第27章で終わる予定で、次の展開を考えてはいますが、なかなか難しいわけで。
ある程度道筋が立つと、一気に突き進められるので、それまでの辛抱っす!
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
第18章
6月24日 日曜日
これからデートである。待ち合わせ場所での最初の笑顔ほど格別なものはない。
期待を胸にしまいこみ、身なりを確かめる。鏡に映る俺は、いたって平凡。
それなりのルックスはあるつもりだが、これからデートをする相手を思うとなにぶんパワー不足を否めない。
雪乃「はいsuica。昨日チャージしておいたわ。どうせあなたのことだから、あまり入っていないのでしょ」
八幡「悪いな。帰ってきたら金払うよ」
財布に万札入ってるけど、帰って来たときにも無事か?
これからも使いそうだし、心もとないな。やっぱバイトすっかな。
雪乃「別にいいのよ。必要経費だと思って使ってちょうだい。姉さんのボディーガードをしにいくだけなのだから」
俺に詰め寄る雪乃の視線は冷たい。
八幡「ありがたく使わせてもらうよ。・・・・・・なあ?」
雪乃「何かしら」
俺の呼びかけに対し、棘がある返事が返ってくる。
しかも、顔つきもさらにきつい。
あの時は、雪乃も納得してなかったか?
八幡「あのな、昨日のデート・・・」
雪乃「ボディーガード!」
あくまでデートとは、言わせないのかよ。
俺は、心の中でこっそりとため息をつく。気苦労が絶えない。
陽乃さんのことがメインだけど、それが俺の生活すべてではない。
俺の中心は雪乃であって、それでも、時と場合によっては、優先順位が入れ替わってしまう。
雪乃が絶対だっていう根底は揺るがないことは、雪乃も知っているはずなのに、今回動いてるのも間接的には雪乃のためなのよ。
しかも、雪乃にまで被害が及びそうだというのに。
八幡「えっと、昨日のボディーガードって、雪乃と由比ヶ浜が作ったプランだろ?」
雪乃「そうね。主に由比ヶ浜さんの意見が中心ですけどね。私の意見は、参考意見くらいかしら」
本屋がデートプランに入っていたのは、確実に雪乃の意見だろうけどな。
由比ヶ浜が、わざわざ本屋をデートプランにいれるとは、考えられん。
それでも、漫画喫茶ならありえるか?
ペアシートとかよさそうだよなぁ。今度雪乃と・・・・・・・・。
雪乃「何をニヤついているのかしら? そんなに姉さんとのデート・・・・いえ、ボディーガードが楽しみなのかしらね?」
八幡「違うって。本屋が入っていたのが、いかにも雪乃らしいなって。由比ヶ浜なら漫画喫茶だろうし、でも、雪乃と漫画喫茶でペアシートもいいかなって」
ああ、なに言っちゃってるの、俺?
ぺらぺらぺらぺらご丁寧に全部ゲロっちゃってるよ。
雪乃「私と? ペアシートとは、どういうものなのかしら?」
雪乃が知らないのも無理ないか。漫画喫茶なんて無縁だろう。
八幡「個室に二人掛けのソファーがあって、そこで二人で漫画読んだり、ネットしたりするんだよ。俺もペアシートなんて使ったことないから、ネットで見た情報くらいしか知らんけどな」
雪乃「それだったら、自宅でもできるじゃない? ほら、そこ座りなさい」
雪乃が指差す先には、二人掛けのソファー。
漫画喫茶のソファーとは、比べ物にならないほどの上等の品だ。
普段から、席を二つ占領して寝転がって本を読むのが日課になりつつある。
そして、途中から雪乃が割り込んできて、二人で読書タイム。
って、おい。俺達って、いつも漫画喫茶のペアシートを体験してるのか?
俺は雪乃に言われるがままソファーに座る。
するとすぐさま雪乃が俺の左横に腕をからませ座ってきた。
雪乃の重みがソファーに加わり、俺の重心が雪乃側へと引っ張られる。
いつもと同じはずなのに、漫画喫茶というシチュエーションを意識してしまい、なにか照れくさい。
俺を見つめる雪乃の頬も、やや赤いのも同じ理由だろうか。
雪乃「これでいいのかしら? これだったら、わざわざ漫画喫茶に行かなくてもいいのではないかしら? それとも、漫画喫茶には特別な事でもあるのかしらね?」
八幡「とくにはないと思うぞ。せいぜい漫画がたくさんあるくらいか。あとは、ジュース飲み放題とか」
雪乃「それだったら、なおさら行く必要がないじゃない。それとも、私の紅茶よりも、漫画喫茶のジュース飲み放題の方が魅力的なの?」
すぅっと目を細める雪乃に、身を引いてしまう。しかし、ソファーという限られた空間。
俺が逃げても、その分俺の方にソファーが沈み込み、雪乃もそのまま俺についてきてしまう。
八幡「そんなことないって。雪乃の紅茶が一番だから。それに、漫画喫茶だと、衝立の向こうには人がいるから、落ち着かないかもな」
雪乃「それもそうね」
俺の方に沈みかけていたソファーを、雪乃の方に押し返す。
体が軽い雪乃は、あっという間に押し倒されて、ソファーに沈みこんでしまう。
雪乃「あっ・・・・・・・」
小さな吐息が俺の耳に届く。軽く身じろいで抵抗するそぶりはみせるが、
それは照れ隠しに過ぎないってわかっている。
だって、目だけはずっと俺を求め続けている。
だから、俺の体も雪乃に加わり、さらに雪乃は沈んでいく。
八幡「こんな色っぽい声は、隣の客には聴かせられないな」
雪乃「だったら、ふさいでしまえばいいじゃない」
あくまで主導権は渡しませんってか。挑発的な瞳が俺を誘惑する。
八幡「そうだな・・・・・・・。でも、俺達には漫画喫茶は似合わないかもな」
雪乃「それは、私も同じ意見だわ」
俺は雪乃の唇を覆い尽くす。
しっかりとふさいだはずなのに、かよわい声が漏れ出す。
雪乃がときたま洩らす喉の音さえも、はっきり聞こえてしまいそうであった。
もうそろそろ出かけないと行けない時間か。
でも、もう少しだけ目の前にいる雪乃を最優先事項にしておいても
陽乃さんも文句はいうまい。
時計を横目に、あと3分を3回繰り返した・・・・・・。
千葉駅前。日曜ともあって、行き交う人も多い。
すでに雪乃は由比ヶ浜と合流して、俺達の事を遠くから監視しているはず。
でも、こんだけ人が多いと、ストーカーなんて見つかるか?
地道にやるしかないんだろうけど。
と、これからの長い道のりにすでに疲れそうになるが、人ごみの中からでも
目が吸いこまれてしまう陽乃さんを発見する。
まだ距離があるけど、人の目を引きつけるオーラ。
陽乃さんとすれ違う人がいれば、振りかえりまではしないまでも
目で陽乃さんを追ってしまう。
その陽乃さんも俺に気がついたらしく、俺に向かって大きく手を振ってくる。
やばくない? 目立つことが目的だが、それでもちょっと視線が痛い。
なにせ、陽乃さんが手を振ってくるから、俺も返事をせねばと思い、小さく手を振ってしまえば、陽乃さんの相手が俺だと公言することになる。
すなわち、陽乃さんを目で追っていた男連中、女連中も結構いたが、そいつらの視線も陽乃さんの視線の先にいる俺に集まってしまうわけで・・・・・・・。
陽乃「こっち、こっち。はちま~ん」
歩みをとめた俺に、陽乃さんは、俺が陽乃さんを探してると思ったのだろうか。
大きな声で俺を呼ぶ。しかし、さっき手を振り返したでしょ。
しかも、陽乃さんもそれを確認していたし。
俺が立ち止まったのは、周囲からの視線が痛かったからで、陽乃さんを探してではない。
陽乃さんもそれくらいわかっているはずなのに、・・・・・あんた、わざとだろ!
これ以上の公開羞恥プレイはご勘弁を。
俺は足早に陽乃さんに近寄っていくと、有無を言わさずその手を取る。
そして、そのままその場を離れようとしたのだが、がくんと俺の腕が引っ張り返される。
え? 振りかえった先には、にっこりとほほ笑みかける陽乃さんが一人。
不意をつかれた俺は、腕から力が抜け落ちる。
するとすぐさま陽乃さんに引っ張られ、公衆の面前だというのに、二人は抱き合う形に。
八幡「陽乃さん?」
俺は陽乃さんの耳元に問いかけると、陽乃さんも俺にだけ聞こえる大きさの声で囁きかえしてきた。
陽乃「ストーカーに見せつけるのが目的なのに、いきなりここから去ろうだなんてなにを考えているのかしら」
八幡「そうかもしれませんけど、やり過ぎはよくないですよ」
陽乃「そうかしら? それでも、待ち合わせ場所でいきなり恋人の手をとってそのまま行こうとするよりは恋人らしくみえるんじゃないかなぁ?」
八幡「はぁ。そうですかね。わかりましたよ。わかりましたから、少し離れていただけませんか」
陽乃「照れちゃって、このこの」
陽乃さんは、俺を小突きながら離れていく。
すっといなくなった温もりに、いささか不謹慎な寂しさを感じてしまう。
雪乃とは違う女性の感触。それに体は正直に反応してしまう。
こんなことが今日一日繰り返されては体がもたないかもしれない。
ここはひとつ釘を打っておくかと、陽乃さんを見やると、あの陽乃さんがいつもの風に装ってはいるが照れている。
視線をせわしなく動かし、偶然俺の視線と交わると、急いでそらしてしまう。
こうまでして陽乃さんがデレてしまうとは、ある意味貴重だけれども、こわ~い視線も投げかけられているわけで。
その視線の主は、きっと雪乃のはず・・・・・・。
はぁ・・・、この姉妹。存外似たもの姉妹なのかもしれないと、ふと思ってしまった。
陽乃さんが俺を引き連れていった場所は、予想に反して駅前のデパートであった。
予想に反してとはいったが、今日のデートプランは既に立案され、雪乃たちも知っている。
まあ、言葉のあやってやつだが、予想に反しているのには違いない。
ショッピングなら、駅ビルやパルコあたりかなとあたりをつけていた。
初めて出会った場所もららぽーとだし、デパートとは少し意外ではあった。
陽乃「そうかな? 最近では、ユニクロも入っているし、安い価格帯のも多いんじゃないかな。それに、別館は若者がメインの構成だし、デパート イコール 値段が高いは、成立しないと思うな」
八幡「そうなんですか。俺はあまり利用しないんで、知らなかったです」
陽乃「ふぅ~ん。雪乃ちゃんとは来たりしないの?」
どこか探りをいれるような雰囲気に、自然と身を堅くする。
しかも、俺の小さな変化さえも見逃すまいと覗き込んでくるので、その表情におもわずどきりとしてしまう。
八幡「ここのデパートはきたことないですね。隣の方は何度かありますけど」
陽乃「やっぱり、そうか」
なにか一人納得した顔に、今度は俺の方が陽乃さんの顔を覗き込む。
雪乃の事ということもあるが、一人納得して完結されては気になってしまう。
そりゃあ、陽乃さんの思考なんてわかりもしないし、わかったとしてもさらなる深みにはまって、迷走してしまいそうだけど。
八幡「なにかあるんですか?」
陽乃「ん? ん~・・・・・・・、これといった大きな出来事ではないけど、ここのデパートは母がよく利用するのよ。雪乃ちゃんが高校に入ってからは、あまりないけど、それまでは家族で来てていたものよ。といっても、母があれこれ指示をして買い物をしていくだけなんだけどね。私たち姉妹は、母のマネキンって感じかしら」
陽乃さんは笑って話してはいるが、雪乃にとっては笑い話ではないのだろうな。
あの女帝。愛情の注ぎ方がいささか特殊だから、愛情を注がれる方にとっては苦痛なのかもしれない。
八幡「そうなんですか。それは、災難というか・・・・・はは」
陽乃「私は、それなりに楽しかったけど、雪乃ちゃんはね」
陽乃さんの苦虫をつぶすような表情に、俺の予想は正しいと審判が下る。
そういや、比較的安い商品や若者向けの商品が別館にあるって言ってたな。
ここは本館だし、どこに行くんだ?
このまま昇っていくと、たしかロフトか。それなら、雑貨でも見るのかな?
と、ロフトの手前の階でエスカレーターを降りる。
ここ?
フロアを見渡すと、食器、キッチン道具、寝具など、俺には無縁の高級そうな商品がひしめき合っている。とくに食器。見るからに高そう。
できることならば、近づきたくない。
だって、ちょっと触ってしまって落として割ったりしたら大変だ。
俺が買うようなコップと比べたら、少なくとも桁が2つは違うはず。
なかには桁3つというのもあるかもしれないしまさしく危険地帯。
入ったら危ない。
小さな子供なんて連れてきたら、親はひやひやものだろうな。
まあ、ここに子供を連れて買い物に来る親だったら仮に弁償するにせよ大した金額とは思わないかもしれないけど・・・・・・・・。
陽乃「こっちよ」
俺の手を握り、引き連れていく先には、・・・・・・・・光り輝く包丁が。
ねえ、陽乃さん。雪乃から包丁エピソードをお聞きになられたのでしょうか?
もしそうだったら、悪い冗談ですよね。
なんか、いや~な汗が背中を這いずりまわっていますよぉ。
陽乃「これこれ。このぺティーナイフ見たかったの。ツインセルマックスのMD67とM66。ネットで色々調べはしたんだけど、包丁だし、実際触ってみないと手になじむかわからないでしょ」
目をらんらんと輝かせ、包丁を見つめるその姿。まさに子供がおもちゃを見る姿そのもの。
ただ陽乃さんの目の前にあるのは包丁で、ちょっと特殊かもしれない。
仮に家庭的な女の子で、料理が好きだとしよう。包丁は使うし、使い慣れてもいる。
愛用の包丁もあることだろう。しかしだ。陽乃さんの目の輝かせ方は異常だ。
まさにコレクターと同類だった。
陽乃「あ、すみませ~ん。これとこれ、触ってみてもいいですか」
俺のいくぶん失礼な感想をよそに、陽乃さんは自分の欲求をみたしていく。
店員がショーケースの鍵を開け、包丁を2本取り出すと、じっと見つめてから赤い柄の包丁を握りしめる。何度か握り方を変えてみてから、一つ頷き、今度は黒い柄の包丁を同じように確かめる。
再び赤い方を握ると、今度はじっくりと握り具合を確かめているようだった。
陽乃さんが包丁を見ているとき、俺はというと、雪乃には悪いが、真剣に包丁を確かめる陽乃さんを見惚れてしまっていた。
その真摯な姿勢が、いつもの陽乃さんからかけ離れていて、別人のように感じてしまう。
この包丁を初めて見た時も子供のような目をしていて、これも別人のように感じたが、もしかしたら、これが本来の陽乃さんの姿なのかもしれない。
そう思うと、ますます陽乃さんを知りたいと思ってしまう。
今までの雲を掴むような曖昧な存在ではなく、今まさにそこに実在する陽乃さん。
理想的な女性を形作った存在よりも、今の陽乃さんの方が数段魅力的であった。
陽乃「ごめんねぇ。いきなり自分の買い物しちゃって」
八幡「別にいいですよ。欲しいものが手に入ってよかったですね。結局赤い方を選びましたけど、柄の色以外に何が違うんですか? 値段を見ると、赤いほうが一万円も高いんですよね。なんか騙されてません?」
陽乃「比企谷君には、そう見えるか」
八幡「ええ、まあ」
陽乃「安心して。私もそうだから」
八幡「えっ? だったら、安い黒い方でいいじゃないですか?」
見た目は全く同じような包丁。包丁を握るところが赤いところと黒いところが違うとしか判別できない。しかも、なんだこの値段設定。
安い黒い方であっても二万を超えている。高い方なんて三万超えだぞ。
陽乃「刃が違うみたいなのよ。素人の私が使っても違いなんてわからないでしょうね。値段が違うのは、その刃の構造のせいなのかしら。でも、どちらの刃も堅い分、包丁を研ぐのも大変みたいなのよ。頻繁に研ぐわけでもないし、ま、いっかなって感じね」
八幡「そんなに使いにくい包丁でしたら、もっと簡単に使える包丁にすればいいんじゃないですか?」
陽乃「そうねぇ。家にあるのはミソノUX10でそろえられているんだけど、ミソノのは値段が手頃の割には品質はいいのよね。しかも研ぎやすいし、使い勝手を考えたらミソノを選ぶわね」
八幡「だったら、なんでそれ買ったんです?」
だれもが抱く疑問だろう。使い勝手がいい包丁が自宅にあるのなら、わざわざ値段が高い包丁を買う必要がない。
陽乃「だって、かっこいいでしょ、この包丁。まず、見た目にびびっときたのよ!」
自信満々に宣言する姿に、いささか肩をすかされる思いを感じた。
もっと理詰めな理由があると思いきや、見た目とは。
八幡「はぁ・・・・・・・」
陽乃「別にいいでしょ。料理が私の唯一の趣味なんだから、ちょっとくらいこだわっても」
意外な告白に、俺は面を喰らう。
告白した陽乃さんのほうも、ちょっと拗ねながらも、なんか照れくさそうにもじもじしていた。
八幡「いや、悪くないですよ。料理が趣味だなんて、家庭的なんすね」
陽乃「ううん。全く家庭的ではないとおもうよ」
八幡「え? だって、料理好きなんですよね?」
陽乃「そうだけど?」
八幡「それならば、家庭的っていえるんじゃないですか?」
陽乃「ああ、なるほどね。そういう観点から見たら家庭的かもしれないけど、私の場合は、家庭的からは、程遠い存在だと思うよ。だって、誰かの為に作ったことなんてないんだもの」
八幡「はい?」
陽乃「言葉の意味そのものよ」
八幡「雪乃や両親の為に作ったことってないんですか?」
陽乃「作りはしてるけど、誰かの為にっていうのはないかなぁ、たぶん。それは作った料理を美味しいっていって食べてくれるのを見るとうれしいけど、そんなのは結果にすぎないかな。私は、料理を作る過程が好きであって、極論を言えば、食べてくれる相手なんて全く興味がない。これって、料理の精神論の基本みたいのが欠落しているかんじだけど、仕方ないのよね。だって、興味ないんだし」
ある意味衝撃的な告白のはずであるのに、陽乃さんは全く悲壮じみていない。
逆に、自分の考えの何が悪いだって、悪態をつくほどでもある。
陽乃「その点、雪乃ちゃんは料理が趣味ってわけでもないけど、比企谷君の為に料理作ってるわけだし、家庭的って言えるんじゃないかしら」
八幡「そうかもしれないですね。あの・・・・・・・」
陽乃「なにかな?」
八幡「彼氏に作ってあげたいとか、思ったこともないんですか?」
陽乃「ないわね。それに彼氏は今までいたことないから、彼氏候補ね。それと、皆が集まったときなんかに、手分けして料理したりしたことはあるかな。でも、それは役割分担だし、誰かの為に作るっていうのとは違うかな」
陽乃さんは、全く悲しむ姿を見せない。むしろ堂々と無表情に、かつ、たんたんと事実を述べているだけ。悲壮感にくれているのはむしろ俺の方。悲しんでいるのも俺だ。
何がそうさせるって? そんなの簡単だ。目の前いる表情を失った少女を憐れんでいる。
憐れんでるというと、ちょっと語弊があるかもしれないのだけれども、俺は、初めて陽乃さんを守ってあげたいと思ってしまった。
ストーカーの話を聞いた時も、どこか自分は他人様であった。
きっと最後には陽乃さんがなんとかしてくれる。
陽乃さんなら大丈夫だと、無責任なたかをくくっていたのである。
けれども、今存在しているむき出しの陽乃さんの無防備さ。
ちょっと風が吹けば吹き飛ばされそうであるのに、当の本人はそれに無自覚だ。
危うい。とてつもなくあやうい存在。
だれかが守らないといけない。しかし、だれも近寄らない。誰も肩を並べれられない。
かたくなにそれを拒んできた陽乃さんには、友達はたくさんいるかもしれないが、一緒に肩を並べて歩んで行く存在が、著しく欠損していたのである。
陽乃「紅茶もね、今では雪乃ちゃんの足もとにも及ばないけど、昔は私が紅茶を淹れていたのよ」
八幡「え? まじっすか?」
陽乃「まじっすよ」
首を少し傾け、笑いを堪えながら挑発的に答える。
その様があまりにもおかしく、あまりにも無邪気でどぎまぎしてしまう。
どこか作りものの笑顔だったその顔が、いつの間にかに年相応の笑顔にすり変わる。
いや、雪乃よりも幼く感じてしまう。姉妹共に感情をうまく表現するのが苦手だが、それでも雪乃は自分を作ったりはしない。
一方、陽乃さんは自分を演じなければならない境遇であったが、それに気がつく奴なんて少なかっただろう。それは、もともとの基本スペックがずば抜けていたことも起因するが、どこか現実離れしたひょうひょうとした性格を演じてしまったために、だれもがあり得るかもしれないと思えてしまった。
たとえば、高校の後輩だった一色いろは。彼女のように、相手によって態度を変えたり、人受けがいい性格を演じていたのならば、誰かしら気が付いたかもしれない。
だが、雪ノ下陽乃はぶれない。彼女は常に自分が演じる雪ノ下陽乃であり続ける。
どこか胡散臭く、人によっては苦手意識を持ってしまう人物であろうが、演じきってしまえば彼女は雪ノ下陽乃であり続けてしまうのだ。
しかし、その雪ノ下陽乃が今、崩れ去ろうとしていた。
それは一瞬の出来事かもしれないが、目の前にいる陽乃さんは、今まで見たどの雪ノ下陽乃にも該当しなかった。
陽乃「あれ? どうしたの? きょとんとして」
がん見してしまった。
陽乃さんを、その笑顔を見逃すまいと、脳裏に焼きつけようとしてしまっていた。
八幡「いや、なんか、意外だったので」
陽乃「そう? だってそうじゃない? 私が料理が趣味だから、紅茶にだって色々挑戦することだってあるわけなじゃない。それで雪乃ちゃんが紅茶好きになって、自分で淹れるようになったとしても不思議ではないでしょ?」
陽乃さんは、俺の言葉の意味を取り違えていた。正直助かった。
俺の本心をこの人に知られたらと思うと、あとあと怖い目にあいそうだ。
だから、俺は、陽乃さんの間違いにのることにする。
八幡「そう言われれば、そうかもしれないですね」
陽乃「そうでしょ? でも私は、それほどは紅茶に興味持てなかったからすぐに雪乃ちゃんに抜かれちゃったな。それに、コーヒーも好きでどっちかというとコーヒーにはまってた期間の方が長いかもしれないわね」
八幡「それも意外ですね」
陽乃「別に飽きっぽいわけでもないのよ。それなりにできるようになると限界もわかってきちゃうのよね。諦めがよすぎるのともいうけど」
そう言いきると、表情を曇らせる。どこか困ったように笑顔を作り上げる。
ただそれもすぐに霧散して、再構築しなければならない。
どこか壊れたおもちゃのようにぎくしゃくした表情に悲しみを覚えてしまう。
この人は、何度諦めてきたのだろうか。この人は、何度自分を偽ってきたのだろうか。
そして、何度自分を嫌いになったのだろうか。
その答えは聞くことはできない。なにせ、俺にはその資格がない。
もし聞く資格があるとしたら、それこそ陽乃さんを全て受け入れた彼氏しかいないだろう。
そんな人物、このままだと現れやしないだろうけど、陽乃さんの隣に現れることを願わずにはいられなかった。
第18章 終劇
第19章に続く
第18章あとがき
雪乃って、中学時代留学していたなぁ・・・とか、
陽乃の趣味って、たしか書いてあったよなぁ・・・とか、
読み返してみた段階で気が付いたのですが、
その辺は、生温かい目で見守ってくださると助かります。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
第19章
6月24日 日曜日
陽乃さんが目当ての包丁を購入してからは、俺達は隣の鍋コーナーやフライパンなどを見て回った。
俺にとっては、雪乃が使ってる道具を見つけるたびに、めっちゃたけーじゃねえかって驚くくらいだった。
道具を大事に使っている雪乃がいるわけだから、俺も大事に使ってるけど、それでもこんなに高いとは。これからは、もっと大事にしないとな。
手が震えないといいけど・・・・・・・・。
陽乃「このグラスなんて、夏にぴったしだと思わない?」
陽乃さんが指差す先の鮮やかな朱色と藍色のペアグラスを見入る。
細やかにカットされたそのグラスは、製作者の息吹をまとい、芸術作品にまで昇華していた。
吸いこまれるような光の芸術に、おもわず手で触れてしまいそうになるが、グラスの前に鎮座している価格表をみて体が硬直する。
たっけーー! なにこれ? 実家で使ってた百均の俺のコップだと、何個買えるんだよ。
一生分のコップ買えちゃうだろ。
もし、手を止めることができずにグラスに触れてしまって、もし、間違いを犯してグラスを割ってしまったらと思うと、背中から嫌な汗を噴き出してしまった。
陽乃「どうしたの? 固まっちゃって。もしかして、値段見て、びびっちゃった?」
八幡「そりゃあ、びびりますよ。ここいらに展示している食器って、全部似たような値段ですよね? 地雷原じゃないですか。危なっかしくてゆっくり見てられないっすよ」
陽乃「そうかな? でも、綺麗なグラスを見ていると、ほっとしない? 比企谷君も見いってたでしょ」
よく俺を観察していることで。
八幡「そうですけど、値段が値段なんで。それに、俺は一般家庭の人間なんですよ。こんな高い食器なんて無縁なんです」
陽乃「でも、雪乃ちゃんちにある食器も、似たようなものだと思うけど」
八幡「すみません。ちょっと向こうで休んでていいっすか。少し落ち着かないとやばいみたいで」
やっぱりうちの食器って高かったのか。
なにか実家の食器とは違う高貴さを感じるとは思っていたけど、雪乃の趣味くらいとしか思わなかった。
そりゃ高いよな。いいものじゃないと、シンプルでありながらもにじみ出る優雅さなんてもちえないだろう。
ほんと、今まで一枚も割っていなくてよかった。
陽乃「いいわよ。私はもうちょっと見てから行くから、エスカレーターの側のソファーにでも座っててよ」
八幡「ありがとうございます」
俺は、用心深く食器売り場から抜け出ると、言い忘れていたことを思いだし振りかえる。
八幡「なにかあったら声かけてくださいね。念のためにソファーには行かずにここで待ってます。ここなら安全だろうし」
食器売り場から抜け出せば、怖いものはない。
一応デートではあるが、その前に俺はボディーガードでもあるわけなのだ。
陽乃「まじめねえ」
八幡「違いますよ。怖がりなだけです」
陽乃「そっか。案外私たちって似ているのかもね」
そう小さくつぶやくと、陽乃さんは食器に意識を移した。
似ているか・・・・・。
怖がりっつっても、俺と陽乃さんとでは決定的に違いがあるんじゃないか。
俺のは、失うのが怖いから、失わないように先回りして予防策を張り巡らす。
仮にもし失っても、そうなった場合を想定して、心の準備までしておく。
しかし、陽乃さんの場合は、スタートから違う。
陽乃さんは、失うのが怖いから、最初から手にしようとしない。
自分の手に入っていなければ、失うことも、失って悲しむこともありえない。
だから、同じ怖がりだとしても、スタート地点から決定的に異なってしまう。
八幡「すんません。ちょっとトイレ行ってきます。すぐ戻ってきますけど、いざってときは・・・・・・・」
陽乃「うん。大丈夫よ。人も多いし」
八幡「じゃあ、行ってきます」
少し気持ちを切り替えよう。二人の間合いをリセットすべく、一度この場を離れる。
今日俺は、陽乃さんに深入りしすぎたかもしれない。
あの仮面を脱ぎ去った無邪気の笑顔に魅了されてしまったのかもしれないと思えた。
トイレから戻ると、新たに紙袋が追加されていた。
となると、あの馬鹿高い食器のどれかしらを買ったという可能性が高いわけか。
包丁ならば壊れる心配は少ないだろうが、俺なんかが食器が入った紙袋を持って、もし壊してしまったらと思うと、気軽に荷物を持ちますよと声をかけにくい。
さて、どうしたものか・・・・・・・。
陽乃「あら、軽い包丁はもってくれても、こっちの方はもってくれないのかしら?」
と、意地が悪い顔をニヤつかせる。どうせわかってるんだろ?
だったら、それにのるまでよ。もし壊れたとしたら、ひたすら謝るまで。
八幡「それも持ちますよ」
俺に荷物を預けると、陽乃さんは俺の腕をとり、他の売り場へと進んで行った。
昼食を取り終えると、階下のロフトに移り、またしても料理グッズを見て回った。
今度は、俺も楽しめる価格帯であったので、気兼ねなく手にとれる。
まあ、片手には高級食器が入ってるわけだから、ぶつけないようにしなければならないのが難点だった。
さらに難点なことといえば、もう片方の腕に絡まる陽乃さんの手だろうか。
一度は荷物を持ってるから手を離したほうがいいのではと聞いてみたが、デートをしてストーカーをおびき寄せるのには必要と反論される。
たしかにその通りなのだが、遠くの方から痛い視線が突き刺さってくるのが大変気がかりであった。
陽乃「さてと、私ばかりが楽しんでもしょうがないから、今度は比企谷君が好きそうなものを見に行きましょうか」
八幡「別に面白かったっすよ」
陽乃「そうかな? 午前中に食器を見ていたときなんて、青ざめていたわよ」
八幡「それは、高級品には縁がなかったからですよ。ロフトなら身近なグッズばかりですし、掃除グッズなんて、割と楽しめましたよ」
陽乃「変わってるわね。掃除好きなの?」
八幡「掃除が好きってわけではないですけど、なんかすっごく綺麗になりそうで使ってみたくなりません? あと、デザインがいい日用品なんて部屋に飾ってみたくなりますよ」
陽乃「あぁ、雪乃ちゃんに調教されちゃったんだ。しっかりと主夫しちゃってるのね」
陽乃さんは、面白くなさそうにつぶやく。
腕に絡まっている手に力が入り、陽乃さんの方に少し引き寄せられた。
そのちょっと拗ねた顔色が普段とは違う素の陽乃さんらしく思えてしまう。
やはり自分が好きな物を見て回ってる時くらいは、無防備になるのかな。
陽乃「どうしちゃったの、ぼぉっとして?」
八幡「いや、素の陽乃さんをはじめてみたなって思って」
急な質問に動揺して、馬鹿正直に答えてしまう。
こんなこと言ったら何を言われるかわかったものじゃない。
雪乃も絡めてしばらくおもちゃにされるかもしれないと、身構えてしまう。
陽乃「なぁにかっこいいこと言っちゃってるの。この・・・・このこの」
俺の腕に手をからめたまま、陽乃さんの腕をそのまま押し付けてくる。
ただ、その表情はいつもの陽乃スマイル。
完璧すぎるほどの笑顔に、俺は笑えない。
思い返してみれば、包丁、食器料理グッズなどを見ているときの陽乃さんの笑顔を今まで見てきたどの陽乃さんとも該当しない。
今見せているような隙がない笑顔ではなく、人を温かくする笑顔。
この人をもっと知りたくなってしまう好奇心に満ちた子供っぽい笑顔。
だから、目の前にいる陽乃さんは、いつも俺の前にいる陽乃さんなのだけれど、どこか胡散臭く、どこか絵にかいたような品のよさを作り上げられていて薄気味悪かった。
陽乃「どうかしら? コーヒー飲みながら、本を選ぶのって」
八幡「いいですね。気になる本を椅子に座って選べるのがいいです」
コーヒーのスパイシーな香りが立ち込める中、本屋に併設されているカフェで休憩をしている。
陽乃さんは1冊、俺は3冊ほど気になる本を持ち込み、本の中身を確かめていた。
最近多いよね、こういったカフェ併設の本屋。
でも、中には併設ではないけれど、フードコートが隣にあったり、さらにはゲームセンターまで隣に作られちゃってる本屋もあるから静かに本を選びたい俺にとっては、最低な本屋も存在する。
コーヒーの香りではなく、脂っぽいジャンクフードの臭いが充満し、馬鹿高い音量のゲームのBGMが流れ着く。
本って、本来静かに読むものでしょって文句も言いたいところだが、立地もよくてたまに使うことはあっても、目当ての本を買ったら、即座に退散していた。
八幡「でも、いいんですか?」
陽乃「なにが?」
八幡「人目がつく場所を恋人のふりして歩き回らなくて」
陽乃「ああ、それ。別に大丈夫じゃないかな。いくら歩き回っても、人が多すぎても見つけられないし、少なすぎても警戒されるだろうし。だったら、好きなところを行ったほうが有意義でしょ」
八幡「それはそうですけど」
陽乃「でもねえ、昨日のデートプランは傑作だよね」
笑いを隠そうともせず、豪快に笑う。コーヒーをいれる音と本のページをめくる音くらいしか聞こえてこなかった店内に笑い声がこだまするのだから、注目を集めてしまう。すぐさまひんしゅくをかってしまうのは当然である。
俺は何度も頭を軽く下げて謝罪をするが、当の本人の陽乃さんといえばそんな非難も素知らぬ顔で、俺のことをみて楽しんでさえいた。
八幡「何が楽しいんです」
陽乃「うーん・・・・・・、色々かな」
八幡「色々ですか。それならしょうがないですかね」
もう、なにがって聞くのは諦めた。聞いたら負けだよ、きっと。
陽乃「映画見て、食事して、ショッピング。で、本屋でまったりして、最後に食事して、バイバイ。本屋は雪乃ちゃんの意見だろうけど、たぶん他は由比ヶ浜ちゃんのデートプランよね。まさしく絵にかいたようなデートプラン。かわいいわね、由比ヶ浜ちゃんって」
昨日、俺と陽乃さんがまわったデートコースか。
雪乃と由比ヶ浜がプランを立てるって、はりきっていたけど、映画館でどうやってストーカーを見つけるんだ?
暗闇の中で人探しなんか難しいだろうし、映画館なんて意味ないだろ。
ま、由比ヶ浜のことだ。なにも考えてなくて、ただたんにデートっぽいからプランにいれただけだろう。
八幡「いかにも由比ヶ浜らしいですね」
陽乃「そうね」
八幡「ちょっと聞きたかったんですけど、なんで俺が彼氏役なんですか? ボディーガードはやるっていいましたけど、別に彼氏役じゃなくても他の適当な役でよかったんじゃないですか。荷物持ちとか」
突然すぎる質問に陽乃さんは、目を丸くする。
驚いたのは一瞬で、今は目を細めて俺をじっくり観察してくる。
陽乃「そうかしら。ストーカーを揺さぶる為にも彼氏の方が都合がいいと思うわ」
八幡「俺が彼氏役だと不自然だと思いますよ。それでも俺に彼氏役をやらせる意味があるんですか?」
陽乃「なんでだと思う?」
質問に質問で返すのって、反則だよね。やられた方は、ちょっとむっとすんだよ。
わからないから聞いているんだからさ。
でも、俺は大学生になったし、大人になりつつあるわけだ。
ここはジェントルマンとして、大人の対応をみせるかな。
八幡「俺と雪乃が付き合ってるのは、大学では有名ですよね。だから、俺と陽乃さんがデートなんかしても、不審がられるだけではないでしょうか」
陽乃「そうかしら。そう考えているのなら、それは勘違いよ」
八幡「そうですかね」
さすがにこれには、ジェントルマンの俺でもむっとしてしまう。
俺と雪乃が恋人なのは周知の事実だし、それはいくら陽乃さんでも変えようがない。
だったら、なにが勘違いだというのだ。
陽乃「私は、今まで恋人を作ってこなかったのよ。一応これでもたくさんの求愛を受けてきたけど、全て断ってきたの」
八幡「ええ、知ってますよ」
陽乃「だから、その私が急に恋人なんか作ったりしたら不自然でしょ」
八幡「考えてみれば、そうかもしれないですね。かえって、ストーカー対策だって思われるかもしれませんね」
陽乃「でしょう。でもね、比企谷君。その雪ノ下陽乃でも、この人だったらあり得るっていう恋人が一人だけいるのよ」
八幡「そ・・・うですか」
嫌な予感しかしない。聞かない方がいいって、全身が拒絶反応を示しそうだ。
陽乃「そうなの。雪乃ちゃんの恋人だったら、私の恋人になりうるのよ。だって、あの雪ノ下陽乃なのよ。妹に恋人なんかできたら、ちょっかい出すに決まってるじゃない」
八幡「決まらないでください。自重してください」
陽乃「でも、ありうる選択肢ではあるでしょ」
八幡「認めたくはないですけど、あり得るから怖いですね」
マジで怖いって。もし雪乃が聞いてたらと思うと、背筋が凍る。
今は本屋周辺を見回ってるってメールが来ていたから大丈夫だとは思うが、恐ろしいことをいう人だよ、まったく。
陽乃「ね。比企谷君が思うんなら、周りだって思ってくれるはずでしょ」
八幡「俺を基準にするのは賛成できかねますが、おそらく周りの人間も陽乃さんならあり得るなって思ってくれるはずですよ」
陽乃「でしょ、でしょ」
面白そうに言ってはいるけど、事の重大さをわかっているのか。
下手したら姉妹で大げんか物だぞ。しかも、核の撃ち合いレベルの・・・・・・。
八幡「でも、なるべく大学内で噂にならないようにしてくださいよ」
陽乃「そんなのわかってるから、大丈夫だって」
その大丈夫が一番信用ならないんですよ。
陽乃「そんなに眉間にしわを寄せないの」
八幡「誰のせいだと思ってるんですか」
陽乃「それは、あなた自身のせいでしょ。いくら私に原因があったとしても、それをどう受け止めるかは比企谷君次第なんだし」
八幡「そういわれると反論しかねますけど、論理のすりかえじゃないですか」
陽乃「やっぱりいつまでたっても捻くれてはいるのね」
八幡「ほっといて下さい」
陽乃「は~い。・・・・さてと、そろそろ行きますか」
八幡「もう少し、ゆっくりしていくんじゃなかったんですか?」
陽乃「私が別に気にしないけど。比企谷君は気にするんじゃないかな?」
そういうと、陽乃さんはゆっくりと店内を見渡す。
そう、コーヒーを入れる音と本をめくる音しかしていなかった店内はいつしか騒々しくなっていた。
いくら顔を寄せ合って、ひそひそ声で話していても、声は店内で振動し、不快な音となって響き渡る。
今俺達の周りには、不機嫌そうに俺達を見つめる目が複数存在していた。
八幡「はぁ・・・・・・・。行きましょうか」
陽乃「行こっか」
俺は陽乃さんに腕を引っ張られながら、あとに続いた。
もうこの人。どこまで計算してやってるんだがわからないけど、俺で遊ぶのは勘弁してください。
その後俺達は、地下でコーヒー豆とロールケーキを購入すると雪ノ下邸に向かう為にタクシーに乗り込んだ。
本来の予定では、レストランに行くはずだったのだが、急遽陽乃さんの要望で変更となる。
一応実家に行くことは、大学院の3人の友人のうちで安達さんだけに教えておいた嘘情報だったが、まあいっかという軽い気持ちで陽乃さんが提案してきた。
俺も特に問題ないと反論はしなかってけど、あとをついてくる雪乃たちにとっては迷惑きわまりないだろうな。メールで予定変更のお知らせと謝罪を送ったが、すぐさま盛大なお怒りメールがかえってくる。
家に帰ったらもう一度誤っておくことにして、今は目の前の陽乃さんに意識をむけた。
だって、目を離すとなにをしでかすかわかったものじゃないから、目をはなせやしない。
家に着くころには日は沈み、閑静な住宅街はさらに物静かな雰囲気を醸し出す。
街灯の光が道を照らし、家々から漏れ出る明りがほのかな光を提供する。
喧騒に満ち溢れた駅前から、緩やかな時間を提供する空間へと帰宅した。
タクシーから降りると、涼しげな風が頬を撫でる。
日が暮れたことで気温も下がってはいるが、それ以上に街と人が生み出す熱がないことが一番の要因なのだろう。
陽乃「今日は、意外と楽しめちゃったわね」
八幡「それはよかったです」
嘘ではない。本音でそう思えた。政略結婚にストーカー。
やっかいな出来事が目の前にあり、陽乃さんのストレスも蓄積されているはずだった。
たとえストーカーをおびき寄せる為の疑似デートであっても、陽乃さんが楽しめたのならば、良い副作用を得られてほんとうによかった。
八幡「来週も行くと思いますし、今度も陽乃さんが行きたいば・・・・・・・」
俺の前を歩いていたはずの陽乃さんが立ち止まり、俺の腕に手をからめ身を寄せてくる。
それは、昼間のデパートと同じ感触であるはずなのに、なにかが違う。
もっとこう。切羽詰まって、今にも取り乱してしまいそうな感じであった。
八幡「陽乃さん?」
不審に思い陽乃さんの顔を覗き込もうとするが、暗くてよく見えない。
ただ、かすかにふるえているような感じが見てとれた。
震えてる? なんでだ?
俺は、なにかあるのかと辺りを見渡そうとすると、突然強い力に身を押し出され住宅の塀の隙間へと押し込まれる。
一瞬のことでなにがなんだかわからず、説明を求めようと陽乃さんを見ると、真剣な声色で警告される。そっと、俺だけが聞こえる声で、かつ、逃げだしたいのを抑え込もうとする声で。
陽乃「きょろきょろ見ないで。ストーカーが見てる。たぶん、ここなら抱き合ってるようにしか見えないわ」
低く抑えられた声が、事の重大さを助長する。
陽乃さん自身が、自分で自分を落ち着かせようと演じてはいるみたいだが、うまく機能しているかは疑問だ。おそらく、うまくいってないとさえ思えてしまう。
それが、俺をかえって冷静にさせた。
八幡「このままだとやばいですね。雪乃達も、あとを追ってタクシーできますから。携帯で連絡できますか?」
陽乃「私は無理ね。鞄に入ってるから、この位置で鞄を漁ったら、不審に思われてしまうでしょうね」
八幡「俺の携帯は、背中のバッグに入ってますから、荷物も持ってるので難しいです。・・・・・陽乃さん、取ってもらえますか?」
陽乃「わかったわ。・・・・・・・・雪乃ちゃん、ごめんね」
なにがごめんなんだ? 疑問に思ったその答えはすぐに陽乃さんの行動で証明される。
陽乃さんの両腕が俺の背中にまわされ、周りから見れば抱き合っているカップルにしか見えないだろう。
住宅街でなにをやってるんだかと思いもするが、デートの終わりに抱擁を交わすカップルならば自然かもしれない。
だけど、不謹慎ながらも、雪乃とは違う甘い香りに魅了される。
どこか子供っぽさを感じるのが意外だけれど、今日一日の陽乃さんをみたきた俺には納得できる感想でもあった。って、臭いフェチではないことははっきりさせたい。
そもそも女の香りなんて、嗅ぐ機会が限定されている。
雪乃しかいないわけだし、今陽乃さんが胸の中にいるのだってイレギュラーな出来事であるわけで・・・・・・・。
そうこう不謹慎な考察を展開させていると、陽乃さんは俺のバッグから携帯を取り出していた。
すると、携帯を俺の胸に押し当てて、陽乃さんの耳とで携帯を挟み込む。
陽乃「荷物を地面に下ろして、私がしゃべっているのを見えなくしてくれないかしら? もしかしたら、私が確認できていないところにもストーカーがいるかもしれないから」
俺は、返事の代りに荷物を地面に置き、ぎゅっと陽乃さんを抱き寄せる。
俺の方からは道がよく見えるから、ストーカーも見えるかなと思いもしたが抱きしめ合うカップルの男の方が、彼女そっちのけできょろきょろしたら不自然だと思い、ストーカー探索は思いとどめた。
陽乃さんは、俺が抱きしめるのを確認すると、素早く電話し、雪乃達は間一髪で難を逃れた。
道の向こうから照らし出されるまばゆい光は、おそらくタクシーのライトだろう。
しばらくすると、目の前をタクシーが通過する。
一瞬だけど、由比ヶ浜が心配そうに窓にへばりついていたのが見えた。
まあ、これで雪乃と由比ヶ浜がストーカーと鉢合わせになることはないか。
だけど、俺達はどうすっかな・・・・・・・・。
第19章 終劇
第20章に続く
362 : 黒猫 ◆7XSzFA40w. - 2014/10/02 17:38:17.93 Y7t2XAgh0 119/212
第19章 あとがき
包丁とかその辺は自分の趣味なのですが、知識はそうとう浅いです。
ですから、つっこまないでいただけると大変助かります。
「はるの」って漢字変換できますか?
いっつも「ひの」って打って変換させているので、最近では「陽乃」を見ると「ひの」って読んでしまいますw
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
第20章
6月24日 日曜日
雪乃達の危機は去った。さて、俺達はどうしたものか。
陽乃「雪乃ちゃん達には、このまま馬場君と千田君に伝えてあったデート予定地に行ってもらったわ。たぶんストーカーはいないと思うけど、なにかあったら逃げるように忠告はしておいたわ。でも、あっちは人も多い場所だし、大丈夫だと思うけどね。うぅ~ん、でも、実家の前にストーカーが張り込む可能性は高いから一概に安達君から情報が漏れているとは断定できないのが痛いわね。あぁっ、雪乃ちゃん達が馬場君と千田君のところを確認して、ストーカーがいなければ安達君の可能性が高まるか。そうなると、時間と人手を考えると、安達君を集中的にマークしたほうがよさそうね」
饒舌すぎる陽乃さんに、俺は心配を覚える。さすがにちょっと喋りすぎだ。
どうみても恐怖を紛らわせるために喋り続けているようにしか見えない。
現に、耳から離した携帯を握る手は、携帯と共に俺の胸あたりの服ごと堅く握りしめている。また、背中にまわされているもう一方の手も同じように俺の服を強く掴みながら震えていた。
いくら背伸びをしてもかなわないと思っていた雪ノ下陽乃がか弱い少女になっていた。
どこにでもいる大学生で、夜道に浮かび上がる不審人物に恐怖し、恐怖におののいていたのだ。
守りたい。守ってあげたい。人間として、男として、当たり前の感情かもしれないけど、そんな建前関係ない。俺が陽乃さんを守る。それだけだ。
今は俺しかいないっていうのもあるけれど、頼ってきてくれているなら、こういうときくらいは根性見せねばならないでしょ。
俺は陽乃さんを抱く腕の力を強め、顔を陽乃さんの耳元までもっていき、努めて冷静を装って告げる。
八幡「とりあえず、家の中に入りましょう。家の中までは追ってこないと思います。それに、ご両親もいますから、大丈夫ですよ」
陽乃「ごめんなさい。安達君に伝えた通り、本当に両親いないの。帰っては来るけど、10時頃になってしまうと思うわ」
思わぬ誤算に計画が狂う。嘘って、なんなんだよ。
たしか両親いるって話だったじゃないか。それじゃあれか。
家に誰もいないのわかってて、俺を家に招いたってことか。
なにか意図が・・・・・、あるわけないか。
深く考えても、答えは出ないだろうな。だって、陽乃さんだし。
と、思わぬ誤算の副作用によって、俺の気持ちはわずかだが軽くなる。
八幡「それでも、家の方が安全ですよ。さ、行きましょう。このままひっついて行っても怪しくはないでしょうけど」
陽乃「きゃっ。・・・・・・うん、そうだね」
可愛い声で、愛らしい悲鳴をあげるものだから、おもわず俺も驚きの声を上げそうになる。
陽乃さんは、今さらになって俺と抱き合っていることを意識してしまったようだ。
悲鳴と共に俺から離れようとしたが、俺がきつく抱きしめている為に逃げられない。
俺も意識しないようにしてはいるが、陽乃さんが意識してしまうほどに俺も意識してしまう。
きっと、陽乃さんを知っている誰であろうとも、俺以外は信じやしないだろうな。
だって、かわいすぎるだろ。
きゅんってなって、おもわず抱きしめる力を強くしてしまいそうであった。
陽乃「そうと決まれば、早く行きましょう」
俺は地面に置いている荷物を拾い上げると、もう片方の手でしっかりと陽乃さんの手を握りしめ、陽乃さんを片手に家へと歩み出す。
頭上から降り注ぐ街灯の光がほのかに陽乃さんの顔を映し出したが、頬を赤く染め上げ、ストーカーに見張られてる状況には不釣り合いなほどはにかんでいるのは、幻想とは思えなかった。
家の中に入ると、安心してしまい、どっと力が抜け落ちる。
さすがに家の中までは、入ってくることはなかった。
荷物は床におろし、そのまま靴も脱がずに寝転がる。
横を向くと陽乃さんの顔が目の前に迫っている。
陽乃さんも俺と同じように床に寝転がっていた。
こういう状況だと、見つめ合う二人が笑いだしたり、いい感じの雰囲気になってキスなんかしたりするんだろうけど、そんな甘い状態にはならなかった。
ただ、陽乃さんは、俺を見つめたまま瞬きを数回して、じっと俺の顔を見つめていたが、その表情からは何も読みとれない。
俺の方も、どう反応していいかわからず、ずっと陽乃さんを観察していた。
さて、どうしたものか。とりあえず状況確認だな。
八幡「外にいたストーカーに見覚えはありますか?」
陽乃「うぅ~ん。こっちを見つめていたのはわかったんだけど、顔までは」
八幡「そうですか。では、ストーカーではない可能性はどうですか? ただ、人が来たから警戒したとか。ほら、住宅街って暗いですし足跡が聞こえてくるだけでも警戒するじゃないですか」
陽乃「それはないと思う。ずっと私たちを観察していたし、あんな人目が付きにくい場所で隠れるようにしていたから」
八幡「だとすれば、ストーカーの可能性が高いですね」
陽乃「そうね」
八幡「他にストーカーは、いましたか?」
陽乃「それは、わからなかったなぁ。視線に過敏になってたせいもあるけど、他にも視線を感じる程度しかなかったわ」
八幡「とりあえず、雪乃からの連絡を待ちましょうか。外にはストーカーが見張っているから、今日はもう外出はできませんよ」
陽乃「ええ、比企谷君もしばらくゆっくりしていってね。食事もまだでしょ」
八幡「言われてみれば、お腹すきましたね」
陽乃「今日は、比企谷君の為にお礼も兼ねて、精一杯作ってあげるから、楽しみにしていてね」
八幡「ありがとうございます」
陽乃さんは、俺の顔を見て満足気に頷くと、勢いよく立ちあがろうとするが、失敗する。
それもそのはず。俺と陽乃さんの手は、繋がれたままなのだから。
この手を離さなければ、一人で立ち上がることもできまい。
陽乃「きゃっ」
バランスを崩した陽乃さんは、俺の上に覆いかぶさるように落下する。
軽い衝撃が走るが、きゃしゃな陽乃さん一人くらいは問題なかった。
目の前には、先ほど以上に接近している陽乃さんの顔があった。
その距離、数センチ。呼吸をする息遣いさえ聞こえてくるこの距離。
色々とまずい。
もう映画だったら、このままキスしちゃえよって感じだけど、現実はそうもいかない。
なにせ、後のことを考えると非常に怖い。
陽乃「ごめんなさい」
八幡「大丈夫ですよ。陽乃さんの方は、痛めたところとか、ありませんか」
陽乃「うん、大丈夫だと思う」
八幡「そうですか」
陽乃「うん、そう」
八幡「そっか」
陽乃「そうだよ」
八幡「・・・・・」
陽乃「ふふ・・・」
この状況。どう収拾付ければいいんだ。
陽乃さんの方も、こけたことがよっぽど恥ずかしかったのか、顔が真っ赤だ。
耳まで赤く染め上げた陽乃さんは、これはこれで貴重な一場面ではあるが、悠長に楽しんでいるわけにもいかない。
とにかく、ここから脱出せねば。
八幡「とりあえず、俺の上からどいてくれると助かります」
陽乃「ごめんなさい」
そういうと、今度は手を離したのを確認してから、俺から離れていく。
陽乃「でも、比企谷君。女の子に重いなんて言っちゃ駄目だよ」
八幡「言ってないじゃないですか。どいてくださいとは言いましたけど」
陽乃「それは、間接的には重いって言ってるのと同義だから」
八幡「じゃあ、なんて言えばいいんですか?」
おそらく、俺の中の日本語では、そんな都合がいい言葉は存在しない。
たとえあったとしても、陽乃さんから却下宣言されてしまうだろう。
陽乃「そこは男の子なんだから、黙って女の子がどくのを待つか、そっと女の子を抱きかかえて立つくらいの事をしないとね」
八幡「それって、言う言葉がないのと同じじゃないですか」
陽乃「私は、言葉があるとは一言も言ってないけど?」
八幡「それは、そうかもしれないですけど」
陽乃「ほら、男の子なんだから、細かいことは気にしない。それよりも、私が腕によりをかけて比企谷君の為だけに料理作ってあげるんだから楽しみにしていなさい」
そう高らかに宣言すると、家の奥へと進んでいってしまった。
俺も遅れまいと靴を脱ぐと、後に続く。
そういえば、陽乃さんって、誰かの為に料理したことないって言ってなかったか?
そうなると、陽乃さんの初めての相手が俺になるってことか。
俺は、陽乃さんの後姿を追いながら、ふと、陽乃さんが言っていたことを思い出してしまった。
部屋に入った俺は、とくにやることもなく、陽乃さんが料理している姿を眺めていた。
料理が趣味というだけあって、その手際はいい。
この前一緒に料理したけど、その時よりもテキパキと動いている。
あの時は使い慣れた台所ではなかったし、なによりも俺に合わせてくれていたのかもしれない。
そう考えると、俺の想像を遥か上をいく腕前なのかもしれなかった。
陽乃「そんなに熱心に見つめられちゃうと、照れちゃうんだけど」
俺は、自分の姿を指摘され、恥ずかしくなって急ぎ視線を外す。
八幡「すんません」
陽乃「別に見ていてもいいわよ」
八幡「そっすか」
視線を戻すと、陽乃さんは、すいすいと大根の皮をむいていた。
八幡「今日買ってきた包丁ではないんですね」
今使っている包丁は、ミソノの包丁だろうか?
実家の包丁はミソノだって言ってたよな。
陽乃「うん。使い慣れた包丁の方がいいかなって。だって、せっかく比企谷君の為に料理しているのに、初めて使う包丁使ったらうまくできないかもしれないでしょ」
八幡「そんなものですかね」
陽乃「気分の問題かもね」
そう無邪気に笑いながら言うと、再び料理にへと没頭していった。
陽乃さんくらいの腕があれば、今日買ってきた包丁であっても満足する出来になるはずだ。
それでも使い慣れた包丁を使うあたりは、気分の問題かもしれないけれど、真剣に料理に向き合う姿、尊敬に値した。
俺には、人に誇れるような趣味はない。
陽乃さんは、人に自分の料理を誉めてもらいたいわけでもないだろうが、真摯にむきあえる趣味があることは羨ましくもある。
俺は本をたくさん読むが、雪乃ほどではない。
読書が趣味かと問われれば、それはどうかなと疑問に感じさえするだろう。
そう考えると、俺には趣味なんてあるのだろうか?
しかも、最近では、読書さえも大学の勉強に追われ、本を読む時間が減ってきている。
俺も趣味といえるものを作るべきかなと、陽乃さんをまじまじと見つめながら物思いにふけっていると、携帯の電子音が俺を現実に引き戻した。
八幡「もしもし」
雪乃「そちらは大丈夫だったかしら?」
冷静を装った口調ではあるが、心配している様子がありありと伝わってくる。
きっと由比ヶ浜も気が気でなくて、雪乃の携帯に耳を傾けているに違いない。
八幡「こっちは、雪乃達のタクシーが行ったのを見届けた後、すぐに家に入ったよ。もしかしたら、今も外にいるかもしれないけど、確認はできていない。
家の中からだと見えない位置にいるみたいだからさ」
雪乃「そう」
短く答える雪乃の返事であっても、緊張が解けていくのがよくわかる。
きっと雪乃達もここに残りたかったに違いないだろう。
八幡「そっちの方はどうだった? ストーカーは見つかったか?」
雪乃「馬場さんと千田さんに教えたレストランに行ってみたのだけれど、ストーカーらしき人物はいなかったわ。もちろん私たちにはわからなかった可能性は捨てきれないのだけれど、怪しい人物はいなかったと思うわ」
八幡「そっか。だとすれば、安達さんを中心に探っていく方向で再調整していったほうがいいかもな」
雪乃「そうね。もともと判断材料が乏しいのだから、優先順位をはっきりさせて行動したほうが効率的でしょうね」
八幡「俺はもう少しここに残るから、由比ヶ浜の事頼むな。雪乃もタクシーで帰って、家に着いたら電話してくれると助かる」
雪乃「ええ。家に着いたら、ちゃんと電話して、八幡の心配を取り除いてあげるわね」
八幡「まあ、・・・・な。タクシーでマンションの前までいっても、エントランスまで多少は距離あるんだから、気をつけろよ」
雪乃「わかってるわ。本当に心配症ね」
八幡「彼氏だからな」
雪乃「あっ・・・、そうまじめに返されてしまうと、反応に困るのだけれど」
八幡「俺の方も、照れられると反応に困るっつ~か・・・・・・・」
雪乃「あなたが言いだしたのだから、責任とりなさい」
八幡「責任つっても・・・・・・」
雪乃「まあいいわ。姉さんを頼むわね」
八幡「ああ」
雪乃「それじゃあ、家に着いたら電話するわ」
電話を終えると、陽乃さんがニヤニヤと俺を見つめていた。
これは関わってはいけない。なにか一言でもしゃべってしまっては、餌食にされてしまう。
俺は、ゆっくりと携帯に視線を戻し、特に用があるわけでもないのに携帯をいじりだす。
しばらく携帯をいじってから陽乃さんの様子を盗み見たが、すでに俺への関心は薄れたらしく、料理にいそしんでいた。
だいぶ仕上がってきたみたいで、食欲を誘う香りが部屋を包み込んでいる。
携帯を意味もなくいじるのも飽きた俺は、再び陽乃さんの料理姿に夢中になっていた。
そんな俺の姿に気が付いた陽乃さんは、満足そうに一つ頷くと、料理をまた一品仕上げたのであった。
そういえば、雪乃に家には両親がいないって言うの忘れたな。
まあ、いっか。雪乃が家に着いたら電話するって約束してあるから、その時に伝えれば。
俺はこのとき軽い気持ちで事を見ていたが、家に着いた雪乃に事情を説明したら、とんでもなく激怒したのは、また別のお話だ。
雪乃が今すぐ実家に来るというのをなだめるのに、30分で済んだことは奇跡とも言えた。
陽乃「さ、食べましょう」
テーブルに展開されている食事は純和食であった。
イタリアとかフランスあたりの料理名さえ口が回らないような皿が出されると思っていた。しかし、目の前にあるのは、ぶりの照り焼き、ホウレンソウの和え物、大根と鶏肉の煮物、ごま豆腐、豆腐の味噌汁、それと、煮豆や漬物などだ。
派手な振る舞いの陽乃さんにしては、地味すぎるメニューともいえる。
俺の意外だという気持ちも露骨に表情に出ていたらしく、陽乃さんはそれを指摘してくる。
陽乃「ちょっと、美味しくなさそうかな」
若干不安そうな様子に、愛らしささえ感じてしまう。
八幡「そんなことありませんよ。洋食かなって思っていたのが和食だったので、驚いていただけです」
陽乃「え? 洋食がよかったの? だったら、最初に言ってくれればよかったのに」
と、心底残念そうに呟くものだから、俺もフォローに奔走してしまう。
八幡「いえいえ、違いますって。ただなんとなく、陽乃さんのイメージだと洋食の方が多いのかなって思っただけです」
陽乃「そう? 私は、洋食も和食も両方好きだけど、比企谷君は和食の方が好みかなって思ったんだ。だから、今日は和食作ったんだけど、洋食がよかったのなら、今度作ってあげるね」
八幡「あ、はい。ありがとうございます」
俺のフォローも少しは効果があり、陽乃さんもほっと胸を撫でおろす。
俺の方もほっと一息つけ、どうにか食事にたどりつけそうだ。
陽乃「うん。じゃあ、たべよっか」
八幡「はい。いただきます」
陽乃「はい、召し上がれ」
陽乃さんが、しげしげと見つめる中、俺は箸を伸ばす。
まずは、汁物からと。うん、美味い。
次は、ブリと。・・・・・これも美味い。
箸が止まらず、次々に箸を口に運ぶ。
俺は、料理研究家でもないし、ダシがどうのとかわからないけど、とにかく美味しかった。目立った特徴があるわけでもないが、基本がしっかりしていて、その基本の水準が高い分、すさまじく美味い。
美味い、美味いと同じ感想しか出てこない自分が嘆かわしく思えてくるが、美味しいものを美味しいと言って何が悪い。
雪乃の料理の腕も相当なものであったが、それは素人が店をやれると思えるレベルだ。
陽乃さんに関しては、プロの料理人としてやっても、繁盛店を生み出せるんじゃないかと思えるレベルであった。
さすがは料理が趣味というだけの事はある。
料理に夢中になる中、視線を感じ、顔を上げると、心配そうに見つめる陽乃さんがいた。
陽乃「どう・・・・かな?」
まずい、忘れていた。せっかくもてなしてくれているのに、なにも感想も言わないとは失礼すぎる。早くなにか気がきいた感想を言わないとな。
八幡「美味いです。すっごく美味くて、料理の感想言うの忘れていました。すみません、心配させてしまって」
ああ、なんたること。やはり語彙が貧弱な俺って、美味いしか言えなかったか。
それでも俺の気持ちは伝わったらしく、陽乃さんは、ほんわかと柔らかい頬笑みを浮かべ、自分もようやく箸を取り、食事を始めた。
食事を終えた俺達は、二人で洗い物を済ませた。
料理中も使わなくなった鍋類を洗っていたので、あっという間に荒いものはなくなった。
そうなると、やることもなくなり、少し気まずい。
ときたま外の様子を疑うが、何も手掛かりが見つかるわけもなく、手持無沙汰に陥る。
今日はデートっつーことで、本も持ってきてないし、どうするかな。
一人本を読んで、陽乃さんをほったらかしというのも気まずいし、悩むところだ。
陽乃「ねえ、比企谷君」
八幡「はい、なんでしょう」
陽乃さんから何か話題を振ってくれるのは、ありがたい。
この波、のらせてもらいます。
陽乃「まだ両親が帰ってくるまで時間あるし、私汗かいちゃったから、お風呂入ってもいいかな」
八幡「ああ、いいっすよ。俺は、ここで外の様子を見張っていますから」
陽乃「それなんだけど、悪いけど、バスルームの側で待っててくれないかな?」
八幡「はい?」
なにを言ってるか、八幡、わからないなぁ。あれ? 日本語が少し、変?
陽乃「ほら、外にはストーカーいるみたいだし、ちょっと怖いでしょ。だから、声が届く範囲にいてくれると、助かるかなぁって」
八幡「それくらいなら・・・・・・・・」
このビッグウェーブのれませんでした。のったと思ったら転倒して、溺れそうです。
やばいっしょ、この状況。
もし両親が早く帰ってでもしたら、言い訳できない気も。
陽乃「じゃあ、行きましょう」
八幡「はい」
俺は反論できるわけもなく、陽乃さんの後をついていくことしかできなかった。
まあ、結論を言うと、何もなかった。湯上りの陽乃さんが妙に艶っぽくて心臓が跳ね上がったけど、それくらいは想定内。
なにもないことは当たり前だし、何かある方が異常だ。
陽乃「比企谷君もお風呂入っていく?」
八幡「いや、俺はいいっす。もうすぐご両親も帰ってくるはずですし」
陽乃「そう?」
そう短くつぶやくと、俺が座っているソファーに割り込んでくる。
陽乃「ねえ、雪乃ちゃんと二人でいるときって、なにしてるの?」
近いって。しかも、パジャマではないようだけど、薄着すぎる。
そりゃあ、お風呂入ったわけだから、こてこてに着込む必要もないけど、俺がいることも少しは念頭にいれてくださいよ。
八幡「なにしてるかって聞かれましても、たいていは勉強していますよ」
陽乃「勉強以外では?」
八幡「本読んでます」
陽乃「他には?」
八幡「一緒に掃除したり、料理したりとかですかね」
思い返してみると、大したことやってないな。
それで満足しちゃってる俺も俺だけど、今度雪乃にも聞いてみるかな。
陽乃「他は?」
八幡「それくらいですかね。あとは、食材買いに行ったり、本を見に行ったりかな」
陽乃「ふぅ~ん」
既に関心は薄れたのか、今度は俺の腕にちょっかいをかけてきた。
薄い布地がほぼダイレクトに陽乃さんの感触を伝えてくる。
雪乃とは違う甘い感触に、酔い潰れそうになってしまう。
シャンプーが違うのかなと、どうしようないことを考えるが、意識をそらすには効果が薄すぎた。
ここは強く出て追い払おうとも思いもしたが、バスルームの側に俺を置いておくことを考慮すると、やはり陽乃さんであってもストーカーに恐怖心を抱いているのだろう。
それをむげに追い払っては、なんのためのボディーガードだ。
なるべく意識を外へ向けて、部屋を見回していると、時計の針が10時を指していた。
八幡「もうすぐ帰ってきますね。だったら、俺はそろそろ帰りますよ。お義父さんは問題ないと思いますけど、お義母さんは俺がいると嫌がりそうですから」
なるべくなら、俺も女帝にはお会いしたくない。
きっと汚物を見る目で見下してくるだろうし、風呂上がりの陽乃さんを見て誤解されたくもなかった。
俺はソファから立ちあがろうとするが、ふいに背中を引っ張られ、ソファーへと引き戻される。
八幡「陽乃さん?」
そこには、俺の服を掴む陽乃さんがいた。
目元には、うっすらと涙を浮かべ、心細そうに唇をかみしめている。
八幡「えっと、ご両親が帰ってくるまで、帰らない方がいいですかね?」
陽乃さんは、返事の代りに深く頷くと、そのまま頭を俺の胸に押し付けてくる。
ぐりぐりと何度も押し付けられはしたが、いやらしい気持ちは沸き上がらなかった。
頭を撫でてあげると、さらに強く頭を押し付けてくるものだから、なんだか可愛らしく思えて、さらに強く撫でてしまう。
何度も繰り返されるいたちごっこにしびれを切らしたのは陽乃さんのほうで、
陽乃「もうっ! せっかくブローしたのに、髪ぐちゃぐちゃじゃない」
髪を手ぐしで整えながら不平の訴えてくるが、特段怒ってるわけでもないようだ。
むしろ甘えているといってもよかった。
あの雪ノ下陽乃に甘えられているという、意外すぎる衝撃もあったが、俺の心を満たしていたのは、この人を守りたい。
その決意が大半を占めていた。
第20章 終劇
第21章に続く
第20章 あとがき
自分で書いておきながらなんですが、第18章~第20章って好きなお話です。
それと同時に満足していないお話でもあります。
陽乃の内面を描いていく展開でしたが、もっとうまく書けるんじゃないか、もっとうまく書くにはどうしたらいいのかって
読みかえすほど落ち込んでしまいます。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
第21章
6月26日 火曜日
日曜日、陽乃さんの両親が帰ってきたのは11時近かった。
一応雪乃にも遅くなるむねを再度伝えたので問題はない。
むしろ深夜遅くまで俺がいることに女帝がどう反応するかの方を気に病んだが、結果は俺の杞憂に終わった。
なにせ、厭味を言うどころか、むしろ感謝しまくりで、今日は泊まっていけとまで言う始末。
そこは雪乃を一人にすることはできないと丁重にお断りしたが、タクシー代は受け取ってほしいと言われ、これは断ることもできず、受け取ることにした。
親父さんにも、自分が自由に動けない身であることを謝罪され、娘をよろしく頼むと頭を下げられてしまう。
頼まれるまでもなく守ってあげたいと思ってはいたが素直に自分にできる限りの事はしますと伝えるだけですますことにした。
ストーカー騒動から一夜明けた月曜の朝。
陽乃さんを車で迎えに行ったが、俺も雪乃も、そして、陽乃さんも平素を装いはしていても、表情は堅い。
それは、さらに一日たった火曜日であっても同じであった。
しかし、それでも日常は止まらない。
俺達の事情なんて関係なしに時間は進む。今日も朝から英語の勉強会があり、俺を頼ってきてくれる奴らの為に精一杯の講義をしなければならなかった。
八幡「じゃあ、時間も来たことだし、今日はここまでな。明日の英語の授業もこの調子で頑張ってくれよ。では、解散」
勉強会の終わりを宣言すると、みんな思い思いに席から離れて行く。
一応個別質問の時間も考慮して終わらせているので、数人は今も教室に残っていた。
その生徒たちの相手が終わり、由比ヶ浜を探すと、女子生徒達との話に盛り上がっている。
そろそろ時間だし、話を終わらせて教室に向かおうと、由比ヶ浜に近づく。
すると、どういうわけか由比ヶ浜は眉間にしわを寄せて、話を聞いているのではないか。
もしや喧嘩? そう危惧すると、進む足も速くなる。
八幡「どうしたんだよ、おっかない顔をして」
俺の声に反応し、由比ヶ浜と女子生徒二人が振り返る。
由比ヶ浜は、やはり怒っているような感じであるが、他の二人の女子生徒は困ったような顔を浮かべていた。
結衣「ヒッキー、やっぱり陽乃さんに付きまとってるストーカーの噂は、大学でも広がってるみたいだよ」
八幡「そうなのか?」
俺が女子生徒の方に確認を取ると、二人とも、うんうんと頷く。
なるほど。由比ヶ浜は、二人からストーカーの話を聞いて怒っていたわけか。
でも、お前は既に知ってるだろ。しかも、日曜日にニアミスしているわけだし。
楓「比企谷さんって、2年の雪ノ下雪乃さんの彼氏さんですよね?」
八幡「ああ、そうだよ」
俺達が付き合ってることは有名だし、隠すこともない。
隠したほうが不自然だしな。
葵「ね、楓ちゃん。言った通りでしょ」
楓「比企谷さんって、あの雪ノ下先輩とつきあってるだなんて、実はすごい人だったんですね」
八幡「俺がどうかは知らないけど、雪乃はある意味すごいかもな」
俺が雪乃と言ったせいで、それだけでも二人は何やら盛り上がっている。
まあ、俺がすごいんじゃなくて、雪乃がすごいから俺の方も有名になってしまったわけで俺はいたって平凡なんだよ。
一通り盛り上がってクールダウンしたのか、二人は恐る恐る俺を観察しながら言葉を選ぶ。
楓「あの・・・・・・、今、雪ノ下先輩姉妹って、ストーカー被害にあってるんですよね」
由比ヶ浜が肯定しちゃってるし、ここは肯定するしかないか。
否定しても、あまりいい選択だとは思えないけど。
八幡「そうだよ。だから、二人が何か困ってる場面に遭遇したら、俺に連絡してくれると助かる。だけど、二人が首を突っ込むことはないからな。ストーカーに逆切れされたりなんかしたら、危ないしな」
楓「はい、何かありましたら、すぐに連絡します。それに、なにか困ったことがあったら、いつでも言ってください」
八幡「それはありがたい申し出だけど、女の子には危ないからさ」
葵「大丈夫です。一人で行動なんてしませんから」
楓「そうですよ。ストーカーなんて、女の敵です」
二人とも興奮気味に詰め寄ってくるものだから、俺の方がうろたえてしまう。
おい、黙って見てるんなら助けろよ。
俺の隣にぽかんと口を開けて突っ立てる由比ヶ浜は、ぼけぼけっとしているだけで役に立たん。
八幡「そうはいってもな。ストーカーは、思ってる以上に危険だなんだよ」
楓「わかってます。私の友達にもストーカー被害にあってた子がいたんです。そのストーカーは、危ないストーカーになる前に話し合いで片付いてよかったんですけど、あんな奴ら、頭に乗せる前にやっつけておかないといけないんです」
葵「それに、私達だけじゃないですよ」
八幡「え?」
葵「Dクラス一同、全員比企谷さんの味方です。ストーカーの噂聞いて、なにかできないかなって皆で話し合っていたんですよ」
八幡「それはありがたいな」
葵「はい、ですから、なにかあったら何でも言ってください。大学内や大学の外でも、目を光らせるようにしておきますから」
八幡「本当にありがとう」
俺は深々と頭をさげる。こんなに嬉しいことなんてない。
たしかにこいつらが英語のテストの点が上がったときは嬉しかったけど、それは俺の力ではない。もともとこいつらが持っていた実力が発揮できるようにちょっと背中を押したに過ぎない。
でも、その背中を押した行為に対して、こんなにも親身になってお返しをしてくれるとは。
結衣「ありがとね。でも、本当に危ないから、気をつけてね」
葵「はい!」
楓「わかってます」
由比ヶ浜は既にDクラス全員とメアドの交換をしていたらしく、俺に全員分のアドレスを伝えてくる。
どうやら既に全員から俺にアドレスを渡すことは了承されているみたいだ。
これでいつでも連絡できるわけだが、寂しかった俺のアドレス帳に十数人分のデータが書き加えられるとは、なんか感慨深く感じてしまう。
ちょっと見慣れない量のアドレスの数に、小町なんかが見たら驚くだろうなとほくそ笑む。
八幡「そうだ。二人が聞いた噂って、どこから流れてきかわかるか? 俺達のところにはまだ来てないからさ」
結衣「うん。私も初めて聞いたな。ヒッキー、私あとで友達に聞いてみるね」
八幡「ああ、頼むよ」
楓「私たちは経済学部なんですけど、経済学部の方には噂は流れてきてはないんですよ。私たちもこの勉強会で、初めて聞いたんです」
葵「うん、私も噂教えてもらって驚いちゃった」
八幡「じゃあ、Dクラスでは、誰が話の元なんだ?
葵「えっとぉ、工学部の湯川さんだったよね」
楓「うん、そうだったね。工学部では、結構有名らしいです」
となると、やはり陽乃さんも雪乃も工学部ってことだから、噂が出てくるのも工学部であってるってことかな。
八幡「それって、大学院方から? それとも大学かな?」
楓「大学の2年生から流れ出た噂ですよ」
おい、雪乃。お前んとこから噂出てるんじゃないか。
いくら人づきあいが薄いといといっても、自分の噂くらい気にしておけ。
まあ、あいつは自分がどういわれているなんて気にしないだろうけどさ。
八幡「大学院のほうは、どう? 大学院のほうも騒いでるかな?」
楓「どうでしょうね? 私達、比企谷さんと同じ経済学部ですし、そもそも院の先輩たちとつながりありませんよ」
八幡「そっか。悪かったな」
楓「でも、湯川さんに今度聞いておきますね。そうだ。湯川さんのメアドも知ってるんですから、直接聞いてみてはどうですか?」
なんとも高いハードルを要求なさる。
勉強会で顔を合わせているけど、湯川なんて名前は初めて聞く。
たぶん顔を見ればわかるだろうけど、そんな相手に俺がメール?
結衣「うん、わかった。あとでメールしてみるね」
お、ナイス由比ヶ浜。さすが俺のぼっち度をわかってらっしゃる。
俺達は、そろそろ朝の講義が始まるので、手短に別れのあいさつをすると各々の教室へと向かった。
昼食時、由比ヶ浜が湯川さんに連絡し、なおかつ陽乃さんにも確認したのだが、大学院の方では、まったく噂にはなってはいなかった。
どういうことだ?
ストーカーを受けている陽乃さんがいる大学院で噂にもならず、ストーカー被害を受けていない雪乃がいる工学部2年から噂が流れてくるなんて。
奇妙するぎる現象に、俺は首を捻ることしかできなかった。
6月28日 木曜日
いいこともあれば、あまり良くないこともあるのが日常である。
その二つの事象をうまくバランスを取って生活していかねばならないけど、望む結果が得られないことはいらだちを募らせてしまう。
雪乃「英語の補習講義。みんなの成績が順調に上がっているみたいでよかったわね」
結衣「うん。テストを受けている本人達が一番驚いてるんだから、すごいよね」
八幡「あれは、元から学力があったんだよ。そのあたりが由比ヶ浜とは違うんだよ」
結衣「その言わよう、なんか釈然としないんだけど」
雪乃「八幡も、もう少しオブラードに包んだ言い方を学んだ方がいいわ。たとえ事実だとしても、言いようによっては印象が変わるのだから」
八幡「気をつけるよ」
結衣「なんか、ゆきのんの方もきつくない?」
雪乃「そうかしら? 私は事実を言ったまでよ」
八幡「お前も大概だな」
結衣「ま、いっか。でも、ヒッキーが教えた物々交換で、英語の全訳使ってトレードして他の授業のレポートとかも充実してきたって、みんな喜んでるよ。なんか勉強会始めた時とは違って、皆生き生きしてるね」
八幡「俺が教えなくても、サークルやってる連中からレポートなんかはまわってくるから、定期試験間際になったら嫌でも自分たちで集めるようになったと思うよ」
結衣「ヒッキー、謙遜しなくたっていいんだよ。もしかしたらヒッキーの言う通りかもしれないけど、でも、それは試験間際でしょ。それだと普段の授業では役に立たないし、試験間際だと忙しくて十分な試験対策もできないままだったかもしれないじゃん」
八幡「まあ、どうなってたかなんて、その時にならないとわからないけどな・・・・」
結衣「素直じゃないんだから」
英語勉強会の進捗状況を報告し合うのならば、それは微笑ましい場面だったであろう。
Dクラスの連中も、英語だけでなく、他の教科の方も本来の学力に見合う成果を取り戻しつつある。繰り返すようだが、俺はちょっと奴らの背中を押しただけ。
しかし、世の中には思い通りに事が進まないことが山ほどある。
現に、うかない顔をしたまま俺達を見つめる陽乃さんがその筆頭であろう。
八幡「ところで陽乃さん。安達さんの方は、なにか動きありましたか?」
陽乃「ううん、なにも」
八幡「今週は、安達さんに絞って、放課後デートとかしてみましたけど、特段めぼしい動きは出てこないし、ネットも同様。まったくストーカーの足取り掴めないが痛いですよね」
陽乃「そうなのよねぇ・・・・・・・。だれか一人くらい見覚えがあるストーカーがいれば、そこから探りを入れられるんだけど」
雪乃「姉さんがストーカーだと思わないだけで、実はストーカーだったとい事はないかしら」
陽乃「それもあるかもしれないけど、その線から調べるのは難しいわよね」
たしかに、意外な人物がストーカーでしたっていう事はあるかもしれない。
だけど、その可能性を潰すとなると、全ての人間が捜査対象になってしまって収拾がつかないどころか、疑心暗鬼に陥って、日常生活さえもままならなくなるだろう。
要は、マンパワーが足りないのが根本たる敗因だ。
情報操作してストーカーを釣りだしたとしても、人が大勢いる街中から奴らを探し出すだなんて、俺達4人でこなすには、明らかに人手不足であった。
八幡「やっぱ、人手が足りないよな」
雪乃「そうね。でも、今は信頼できる人手を確保する為に、姉さんの友達から潔白を証明しているんじゃない。だから、今の状況をのりきれば・・・・・」
雪乃の言い分は、正論だ。潔癖すぎるほどの正論。
だけど、ほんとうに彼らの潔白を証明できるのか?
今相手をしているストーカーは、手掛かりを得ることさえできない難敵なんだぞ。
陽乃さんでさえ手が出ないよな相手をしてるのに、俺らが勝手に潔白を証明してもいいのだろうか。ただ、これを言いだしてしまうと、先ほどの疑心暗鬼ではないけど先には進めなくなる。どこかしらで、妥協点を決めて、仲間を募るしかないか。
結衣「だったら、Dクラスのみんなに応援頼もうよ。だって、みんな手伝いたいって言ってくれてるんだよ」
雪乃「それはありがたいことだけれど・・・・・・」
そろそろ限界かもな。雪乃だって、人手が足りないのをわかっている。
由比ヶ浜の提案も、できることなら受け入れたいはずだ。
完璧な潔白じゃなくても、とりあえずの安心材料さえあれば。
八幡「あの、陽乃さん。今回のストーカー被害って、3月からでしたよね」
陽乃「そうねえ・・・・・・。たぶん3月上旬だったかしら。もうちょっと前から視線くらいは感じていたと思うけど。それと、友達に頼んでストーカーを探し出したのは3月下旬だったわ」
八幡「そうですか・・・・・・・」
雪乃「それを今再確認して、どうするつもりかしら」
八幡「妥協点の線引きだ」
結衣「妥協点?」
この言葉だけで理解できるやつなんて限られてるさ。
ただ、ここにはその特異人物が二人もそろっているから、ここでは由比ヶ浜が例外人物に数えられちまうけど、仕方がないか。
陽乃「比企谷君は、Dクラスのみんなに手伝ってもらおうって言ってるのよ」
結衣「だったら、最初からそう言えばいいじゃん」
八幡「これから言うつもりだったんだよ。Dクラスの奴らが入学してくる前からのストーカーだから、一応Dクラスの中にストーカーがいる可能性は低いと考えたんだ」
雪乃「でも、危険が伴うことだから、安易に助けてもらうのもどうかとは思うわ」
八幡「絶対安全ってわけでもないから、その辺の判断は各自の判断に任せるしかないけど、俺達にできることは、行動指針作って、なるべく危険にさらされないようにブレーキかけるくらいだろうな」
結衣「ゆきのん、行動・・・指針?・・・・作ってくれるよね?」
由比ヶ浜は、目をうるうるさせながら、雪乃の両手を掴み迫り寄る。
これで勝負あっただな。雪乃は由比ヶ浜に弱いし、断れないだろう。
雪乃「作る必要はないわ」
結衣「ゆきのん?」
由比ヶ浜ほどではないが、雪乃の意外な解答に面食らう。
だって、由比ヶ浜の頼みだし、それに、そろそろ人的面での限界はわかってるはずだ。
陽乃「雪乃ちゃんって、比企谷君の影響受けまくってるわね」
声の主の真意を探るべく視線を向けると、陽乃さんは面白そうににやついていた。
それを雪乃は嫌そうな顔をして見返している。
雪乃「姉さんほど意地が悪いわけではないわ」
陽乃「そう?」
由比ヶ浜は、一人おいてけぼりを喰らい、二人の顔を何度も往復する。
陽乃さんの横やりで、なんとなぁくだけど状況を把握できるようになったが、雪乃も意地が悪い。
俺の影響だって言うけれど、Dクラスの奴らじゃないけど、これも元々雪乃が隠し持ってた性格の一つ・・・・・・だと思いますよぉ。
結衣「ねえ、ヒッキーどういうこと?」
俺のそでを引っ張り、由比ヶ浜は説明を求めてくる。
雪乃も陽乃さんも説明してくれないから、俺の方に来たか。
八幡「雪乃は、いずれはDクラスの奴らとかに頼むことになるだろうと思って、あらかじめ行動指針を作っていたんだよ。だから、作る必要がないって言ったんだ」
結衣「えぇ・・・・・。だったら、初めからそういえばいいじゃん。やっぱ、ゆきのん。ヒッキーと暮らすようになって、意地悪になったよ」
八幡「俺のせいじゃないって」
結衣「絶対、ヒッキーの影響だよ」
雪乃「由比ヶ浜さん。私は、意地悪になった覚えはないのだけれど。むしろ、由比ヶ浜さんが私の話を最後まできかなかったことが原因だと思うわ」
結衣「うん。やっぱヒッキー2号だ」
八幡「それは、やめろ」
雪乃「私も、怒ることがあるのよ」
結衣「えぇ~。かっこよくない?」
雪乃「そのセンス、改めたほうがいいわよ」
陽乃「はい、は~いっ。じゃあ、私が2号さんになるね」
雪乃「姉さん・・・・・・・・」
陽乃さんがいう2号さんは、意味深すぎて危ないだろ。
雪乃も陽乃さんの発言に反応して、睨みつけている。
その陽乃さんの方は、素知らぬ顔をして、由比ヶ浜の相手をしてるし。
俺は、危なすぎる姉妹対決を横目に、深いため息をつく。
でも、心地よいため息に、心が少しばかり軽くなる。
重たい空気だったはずなのに、いつの間にやら明るい兆しが覗き始めたのだから。
6月31日 日曜日
俺と陽乃さんは今、ストーカーのうちの一人の自宅前に来ていた。
事の次第を簡単に説明すると、Dクラスの奴らは、全員快く引き受けてくれた。
そのかいもあり、昨日俺と陽乃さんがデートをして、ストーカーを引きつけたのだが、驚くことに3人もストーカーらしき人物を見つけ出し、顔写真まで隠し撮りしてくれた。
他にも数人怪しい人物がいたらしいが、こちらの方は写真は撮れてはいない。
もしかしたら、顔写真取れた奴らも怪しいだけで、ストーカーではないかもしれないが、一人だけは、限りなく黒に近い人物が紛れ込んでいた。
そいつの名は、石川。以前陽乃さんにストーカー行為をしていた奴で、陽乃さんとの楽しい話し合いによってストーキングをやめることになった。
陽乃さん曰く、小心者で、二度とストーカーなんかやらないはず、とのこと。
だから、石川が再びストーカーになったことに不審がっていた。
陽乃さんの迫力に、その場だけは反省した態度をした可能性もあるけど、雪乃の心をえぐるような精神攻撃を受けてきた経験がある俺としては、やはり陽乃さんの意見に賛成で、どうして石川が再びストーキングを再開したのか謎に思えてしまう。
そういや、どうしてストーカー達は陽乃さんに接触してこないのかな?
ストーカーに詳しいわけではないが、見てるだけで満足なのか?
ネットに情報上げている時点で危ない連中だけど、例の噂の出所が大学の2年といい、謎が多いよな。
陽乃さんは、以前話し合いをしたときに手に入れた石川の住所を確認し、インターフォンを押す。
モダンなアパートの2階に一人で住んでいる大学生らしい。
俺達が通う大学の近くにある私立大に通っているので、もしかしたら、偶然陽乃さんを見つけてストーカー心を再燃でもしたかもな。
それも、本人から事情を聞けば解決するか。
外から様子を伺ったが、石川は部屋にいるはずだ。
TVがついていたし、人がいる様子も伺える。
俺は、もしもの為の逃走経路や、隠れて様子を見守っている雪乃達を確認をしていると部屋の扉が開き、TVの音が漏れ出てくる。そして、不機嫌そうな顔の石川が顔を見せた。
しかし、俺の事も知っているみたいで、俺を見るや否や扉を勢いよく締めようとする。
陽乃「あら? わざわざ私が会いに来てあげたのに、残念なことするのね」
扉をがしっと止めた陽乃さんは、扉の陰から底意地が悪い死神のような顔を石川に見せつける。
陽乃さん・・・・・・・。その登場の仕方って、悪役ですから。
しかも、その顔。悪魔そのものです。
俺は、このあと行われるはずの楽しい話し合いが早く終わることを祈った。
だって、俺に対してではないけど、すぐ横でずたぼろにされていくだろう石川を見ているのだって、俺の精神を抉っていくだろ?
第21章 終劇
第22章に続く
第21章 あとがき
はるのん狂想曲編の次の展開を考えいますが、一応2候補あります。
このままの時系列を進めていくお話と高校生編の二つありますが、一応前者を書きすすめてはいます。
高校生編を始めると、おそらく大学生編に戻ってくるまで相当時間がかかると思いますので。
それとも、ある程度の区切りをつけて、交互に書くか迷うところです。
来週も、木曜日、いつもの時間帯にアップできると思いますので、また読んでくださると、大変うれしいです。
黒猫 with かずさ派
続き
やはり雪ノ下雪乃にはかなわない第二部『はるのん狂想曲編』【後編】