王「しかし魔王復活ですぞ?」
王「誰が魔王をたおすのかって考えたらやっぱり勇者殿が適任でしょう?」
勇者「いやしかしっ! まだ新しい家に住みはじめて一週間!」
勇者「引越し作業も終わってない状態なんですよ!?」
王「いやあ、本当にタイミングが悪いですなあ勇者殿は」
勇者「わ、私はもう現役を退いた身なんです。魔王退治は他の人に依頼してくださいよ」
王「……いいのかなあ、そんなこと言っちゃって」
勇者「え?」
元スレ
勇者「結婚して子どもできてマイホームまで購入したんですよ!?」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1443791464/
王「勇者殿が今回の件に一切関わらないと言うなら」
王「今までのような待遇は期待しないでほしいですな。特に金銭的な面においては」
勇者「な、なぜ!?」
王「退治を依頼する者にはそれ相応の支援をしなければなりません」
王「実際、勇者殿も旅立ちの前に我々の支援を受けたじゃないですか」
勇者「……言われてみれば」
勇者「とってもみすぼらしい剣と気休め程度の薬草を頂戴しましたね」
王「当時はそれが精一杯でしたからなあ」
王「あー、それから。勇者殿のご子息は今年でおいくつになられましたかな?」
勇者「4歳ですが。それがなにか?」
王「深い理由はないです。ただ……」
勇者「ただ?」
王「誰よりも強く、優しい勇者殿のことです」
王「さぞご子息の教育にも熱を入れておられるかと」
勇者「まあ、私というよりは妻がいろんな習い事を受けさせてますけど」
王「さらに今回のマイホーム購入でローンも組まれましたな?」
勇者「ええ。さすがに一括払いはできなかったので」
王「そして今後はローンだけでなく、ご子息の教育費もかさむ一方」
勇者「うっ……」
王「老婆心ながら心配してしまいますな……失礼、話がそれましたな」
王「結局、勇者殿は今回の旅は辞退されるということでよろしいかな?」
勇者「…………あのぉ、魔王が復活した場所は?」
王「はい? あー、場所ですか? 場所はですねえ……」ニヤニヤ
王「勇者殿が魔王をたおして封印した、あの魔王城です」
勇者「あそこかあ。たどり着くだけでも半年はかかるなぁ」
王「辺境という言葉がふさわしい場所ですからな」
勇者「いや、まあでも頑張れば一年以内に帰ってくることはできるか」
王「一年? それは無理ですぞ」
勇者「は?」
王「たおしても今回みたいに復活されたら困りますもん」
王「最低でも10年ぐらいは魔王の監視をしてもらわないと」
勇者「10年!?」
王「もしくはあっちで永住してもらいましょうか。今回の旅は片道切符ってことで」
勇者「ジョークですよね?」
王「人類の命運が左右される瞬間にジョークが必要ですか?」
勇者「……ですよねえ」
王「まあこの瞬間、一番運命を左右されてるのは勇者殿かもしれませんがな! ヌハハハハハッ!」
勇者「……あはは」
王「ちなみに。勇者殿が魔王退治を引き受けてくださるのなら、高待遇を約束しましょう」
勇者「高待遇? たとえば?」
王「勇者殿が再起不能になった際には、家のローンの支払いは全てこちらで負担しましょう」
勇者「はぁ」
王「もちろん、ご家族の安全と生活の保証も約束いたしますぞ」
王「また、魔王を始末した際には勇者殿の住居の手配もこちらで済ましておきますので」
勇者「……」
王「なにか不満が?」
勇者「……いいえ。えっと、それから旅のパーティについてですが」
王「あー、それに関しては勇者殿に委託しますわ」
王「魔王退治に行こうなんて酔狂な輩、勇者殿以外ではまず見かけませんからなあ。ヌハハハッ!」
勇者「……ではパーティに関しては私自身でどうにかするしかないと?」
王「なあに、勇者殿なら仲間集めなど一瞬でしょう?」
勇者「いや、というかまだ退治に行くとは……」
王「おおっと! そろそろ会合の時間だ!」
王「勇者殿! 魔王退治の成功、心からお祈りしておりますぞ!」
王「ではアディオス!」
勇者「ちょっ、ちょっと! ……あぁ……行っちゃった」
勇者(ていうか真面目にどうすりゃいいんだ?)
勇者(正直言って今さら旅に出たいなんて思わないし)
1日後
息子「パパー、おかえりー!」
勇者「おー、ただいま勇者ジュニア。パパがいなくて寂しくなかったかあ?」
息子「うん! ぜんぜんっ!」
妻「おかえり。王都出張だったのに今回はずいぶん早く帰ってきたのね」
勇者「いやあ、今回は帰らないといけない理由があってさ」
妻「ふうん。いつもみたいにあっちで3、4日羽を伸ばしていけばよかったのに」
勇者「いや、だからさあ」
妻「ていうか、またあなたのズボンにティッシュが入ってたんだけど」
勇者「……あっ、またやっちゃった?」
妻「ええ。これで何回目かしらね」
勇者「……」
妻「洗濯してティッシュが飛び散ったら誰が大変かわかってるの?」
勇者「……はい、ママです」
妻「これ以上私の口を酸っぱくさせないでくれる、って前にも言ったよね?」
息子「すっぱくなったらママがかわいそうだよ、パパー」
勇者「……ごめん」
妻「まあいいや。それで?」
妻「王様に魔物の討伐任務でも頼まれたの?」
勇者「いや、実は……」
妻「そう。魔王が復活してあなたがまた旅に出るハメになったってわけね」
勇者「でも俺、引き受けるってきちんと宣言してないんだよ?」
妻「じゃあなに、魔王を放置するの?」
勇者「いやいや。当然世のため人のため、なによりキミとジュニアのために頑張るよ?」
勇者「頑張るんだけどさぁ……」
妻「言いたいことがあるならはっきり言って」
勇者「ほら、監視のせいで10年は帰ってこれないかもしれないでしょ、俺」
妻「そうね。とっても大変ね」
勇者「そこで俺から提案。この家、売っちゃわない?」
妻「……」
勇者「……」
妻「買ったばかりのこの家を売ってどうするの?」
勇者「俺についてきてくれないかなあって……思ったわけですよ」
妻「魔王城ってこの街からも王都からもだいぶ遠いはずよね?」
勇者「ここからだと、たどり着くのには半年ぐらいかかるかなあ?」
妻「却下。絶対ダメよ」
勇者「なんで!? どうして!?」
妻「魔王城のそばなんて劣悪な環境にこの子を連れていくの?」
勇者「それは、その……魔物とかは俺がなんとかするし……」
妻「どんな悪影響があるかわかったもんじゃないし、危険なことには変わりないでしょ?」
勇者「……はい」
妻「王都に移住するっていうならまだ考えたけどね」
勇者「……どうしてもダメ?」
妻「ダメ。だいたい一年に1回か2回ぐらいならこっちに帰れるんでしょ?」
勇者「たぶん」
妻「だったらまだいいじゃない」
妻「お隣の元兵士のおじいさんなんて、遠征で何十年も故郷に戻れなかったそうよ」
妻「それに比べたらまだあなたは恵まれてるほうよ」
勇者「……そうだね、うん」
妻「はい、じゃあ決定ね。……あら、もうこんな時間?」
妻「旅に必要なものは私が用意しておくから、さっさと旅のお供を集めなさいよ」
勇者「……はい」
妻「あ、それからヒゲはみっともないから剃って外出して。わかった?」
勇者「…………はい」
酒場
勇者「だいたいさあ、あの家を買ったのは俺だぞ?」
勇者「なのに! 買った本人が住めないっておかしいよな!?」
戦士「…… 魔王が復活したんだし、しゃあないだろ」
勇者「まったく! 魔王の復活のタイミングにも腹立つし!」
勇者「王様の命令はもはや脅迫だし!」
勇者「なにより妻! 愛する夫が死ぬ可能性もある旅なのにさあ!」
勇者「『ちょっとおつかい頼まれてくれる?』ぐらいのノリで追い出そうとするなよっ」
戦士「……偶然、しかも数年ぶりの再会だぞ。もっと明るい話題はないのか?」
勇者「あるもんか……!」
勇者「……はぁ。いつからなんだろうなあ。尻にしかれるようになったの」
勇者「結婚して2年ぐらいはめちゃくちゃ優しかったんだよ、あいつも」
勇者「べつに浮気とかしたわけじゃないよ。いや、本当に」
勇者「まあ当時の俺はたしかにモテたけどな」
勇者「ここ1年ぐらいは家にいても、なんか心から休めないって感じだしさあ」
勇者「まだ息子がいるってのが救いだな」
勇者「家にいるときは、いつも妻にベッタリなんだけどさ」
勇者「いやあ、俺も精一杯の愛を注いでるはずなのになあ」
勇者「やっぱり子どもにとっての一番は母親なんだろうな」
戦士「……」
勇者「俺の話、聞いてる?」
戦士「……聞いてるっつーの」
戦士「奥さんが冷たいのは、普段のお前の生活に問題があるからじゃないか?」
勇者「いや、単純に俺なんかどうでもいいんじゃねえの?」
勇者「そもそも俺の生活に問題なんかないよ。たとえば昨日だって……」
《魔王をたおした伝説の勇者の1日》
8:00 起床。たいてい妻に怒鳴られて目を覚ます。
8:30 歯磨きといっしょに『勇者の剣』を磨く。
水を出しっ放しにするなとまた妻に怒られる。
9:00 仕事はないが妻が怖いのでパトロールという名の散歩に行く。
家を出るとき、いってきますと息子にチュー。いつまでしてくれるだろうか。
12:00 お昼休憩。妻がもたせてくれたお弁当を食べる。
年々、手抜きに拍車がかかっている気がするが、もちろん妻には言わない。
時間をつぶすためにまた『勇者の剣』を磨く。
13:00 とりあえずお腹いっぱいになったので適当な場所で寝る。
15:00 仮眠をとったあとは喫茶店へ。
小遣いが少ないので、水しか飲まないで出る。店員の目線が痛い。
店を出てとりあえずは『勇者の剣』を磨く。
15:30 町の人たちと交流。よそのお家の草抜きの仕事を引き受ける。
めんどくさくなって『勇者の剣』で草を燃やす。
17:00 家に帰りたいが妻に嫌味を言われそうなので、かつての仲間の墓参りへ。
今日あったことを語る。よく見たら全然知らない人の墓だった。
18:30 公園で時間つぶし。剣を磨く。
19:00 帰宅。妻と息子のあとに風呂に入る。
20:00 夕食。嫌いなものでも残しちゃダメだと息子にしかられる。
20:10 歯磨きと本日最後の剣磨き。
21:00 就寝
戦士「……お前、暇なの?」
勇者「ちがうんだって。たしかに基本的には暇っちゃあ暇だよ?」
勇者「でもそれはなまけてるからじゃない」
勇者「今回みたいな緊急事態に、すぐに対応できるようにするためであってだな!」
戦士「わかったわかった。顔が近いっつーの」
勇者「ていうか愚痴ってる場合じゃないんだよな」
戦士「頼みたいことがあったんだろ、俺に」
勇者「ああ。今回の魔王退治、お前にもついてきてほしいんだ」
戦士「……すまん。それは無理だ」
勇者「なんで!? どうして!?
戦士「俺が田舎に帰って道場を経営してたのは覚えてるか?」
勇者「あれか。国からの報奨金で建てた、魔物退治専門の道場だろ?」
戦士「……あの道場、経営がうまくいかなくてよ」
戦士「まあ当たり前なんだがな。魔王はいなくなって魔物も激減したし」
勇者「あー、需要がなくなっちゃったわけだ」
戦士「結局、大量の武器や道場の維持費が払えなくなって……まっ、あとは言わなくてもわかるよな?」
勇者「まあ、うん」
戦士「本気で人生の終わりだと思ったね。だけどな、女神は俺を見捨てなかった」
戦士「住む場所すら失って行き倒れていたところ、喫茶店のママに偶然拾われてな」
戦士「で、そこに住込みで働かせてもらうことになったんだ」
戦士「まあママって言っても俺と一つしかちがわないんだがな」
戦士「しっかり者の彼女は俺にこんなアドバイスをくれたんだ」
戦士「魔王をたおしたって貴重な経験を生かして自叙伝でも書いてみたら、って」
勇者「自叙伝か。たしかにいいアイディアだね」
戦士「だろ?」
戦士「それで、旅のことを中心に綴った『冒険の書』を完成させたわけだ」
勇者「『冒険の書』って……あのベストセラーの!?」
戦士「へー、さすがのお前も知ってたか」
勇者「読んではいないけどな。いや、でも、ええっ!?」
戦士「驚きすぎだっつーの」
戦士「まあ俺も想像もしてなかったけどよ。自分の武器が剣からペンになるなんてな」
勇者「俺と同じで読書なんてまともにしなかったお前がなあ……」
戦士「それで、だな。俺、近いうちに彼女にプロポーズしようと思うんだ」
勇者「わーお」
戦士「今は『冒険の書』のおかげで借金も返せたし金銭的に余裕もある」
勇者「……プロポーズのタイミングとしてはベストってことか。そりゃあ旅に出てる場合じゃないわな」
戦士「すまん」
勇者「気にすんなよ。あてはお前以外にもある」
戦士「それならいいんだが」
戦士「そうだ……なあ、結婚生活はどんな感じなんだ?」
勇者「さっき愚痴ってたとおりだってば」
戦士「ちがう。結婚してよかったってエピソードを聞きたいんだよ、俺は」
勇者「……結婚してよかった? んー、結婚してよかったねえ?」
戦士「あるだろ?」
戦士「帰ってきたら家に明かりがついてて家族がむかえてくれるとか」
戦士「あたたかい食事が待ってるとか」
勇者「でもなあ。それ以上に自由に使える金は少ないし」
勇者「独身のときとちがってフラッと飲みに行くこともできないしなあ」
戦士「まさか、本当になにもないのか?」
勇者「……いや、待った。去年だったかな?」
勇者「唐突に妻に外出してきてって言われた日があったんだわ」
戦士「やっぱりあるんじゃねえか。それで?」
勇者「とは言っても、なんの理由もなく外に出てろって言われても納得できなかったからさ」
勇者「外に出たふりをして家の中にこっそり侵入したわけよ」
戦士「家ではなにが起きてたんだ?」
勇者「妻が息子に歌を教えてたんだ」
勇者「それで気づいたわけよ。『あっ、今日は俺の誕生日だ』って」
戦士「ってことは、お前の奥さんと子どもは……」
勇者「うん。俺の誕生日のために歌の練習をしてくれてたんだよ」
戦士「めっちゃええ話やんか!」
勇者「まあな。自分の生まれた日を妻と子どもに祝ってもらえるっていうのは幸せなことだろうな」
戦士「ていうか、そんな心温まるエピソードがあっても、今の結婚生活に不満があるのかよ」
勇者「それとこれは別だって」
勇者「飲みたいときに飲めない、外に行きたいときに行けないってのは、やっぱつらいぜ」
戦士「それぐらいは我慢すればいいだろ」
勇者「我慢って言ってもさあ。できないときってあるじゃん?」
勇者「特に家庭をもつとな、本当の意味での1人の時間ってなくなるからな?」
戦士「それがどうした?」
戦士「俺たちが過去に経験した旅に比べりゃどってことないだろ?」
勇者「いや、旅の辛さと家庭の辛さはまったくの別モンだ」
勇者「あんまり結婚生活に期待すると、いつかうんざりするときが来るかもしれないぞ」
戦士「そうか? これは俺のカンなんだが俺と彼女はなんだかんだうまくやってけると思う」
勇者「……なにを根拠に?」
戦士「だから、カンだって言ってるだろ?」
勇者(そういえば俺も結婚前に似たようなやりとりをしたなあ)
5年前
勇者『いやあ、もう早く結婚したいねマジで』
戦士『結婚生活ってそんないいものじゃないってよく耳にするけどな』
勇者『それはアレだろ?』
勇者『心から愛しあっていない2人が結婚するからだろ?』
勇者『俺と彼女はちがうね。本気で愛しあってる。だからうまく行く』
戦士『はいはい。言うぶんには自由だもんな』
勇者『それに彼女は優秀でしっかりしている』
勇者『なにより俺を愛してくれてる』
勇者『俺のことも深い愛で包みこんで支えてくれるから、結婚生活なんてチョロいぜ』
戦士『……そうか』
勇者(……5年前の俺はこんなふうになるとは夢にも思ってなかったんだろうな)
勇者「とりあえず 今の俺だからこそ言えるアドバイスがある」
戦士「なんだよ、急に真面目な顔して」
勇者「 とりあえず聞いておけって」
勇者「結婚ってのは、自分の人生の8割を奥さんと子どもにあずけるってことだ」
勇者「そのことをよーく覚えておくといいぞ」
戦士「なに言ってんだか。そんなことはわかってるっつーの」
勇者(いーや、お前はなにもわかっていない。たぶん)
勇者(……とりあえず戦士との会話を切り上げて、俺はもう一人の仲間をたずねることにした)
勇者(次は元パーティの魔法使いを訪ねた)
魔法使い「ふーん。魔王が復活しちゃってアンタはまた駆り出されるってわけね」
魔法使い「で、このあたしに手伝ってほしいと?」
勇者「お前の魔法はなにより頼りになるからさ」
魔法使い「お前の魔法は、ねえ。ていうかアンタってあたしのことなんにも知らないんだね」
勇者「……どういう意味?」
魔法使い「さあ?」
勇者「……もしかして結婚して子どもができて家を離れられないとか?」
魔法使い「はあ? 結婚? 子ども?」
魔法使い「本気で言ってるわけ?」
勇者「い、いちおう」
魔法使い「いいよねえ、勇者は」
魔法使い「安定した収入があって、キレイなワイフがいて、可愛い子どもまでこさえちゃってさあ」
魔法使い「さぞ毎日幸せなんでしょ?」
勇者「いや、でも、周りが言うほど幸せではないと思うよ……?」
魔法使い「はあ? あたしなんて日々の生活で精一杯だっていうのにさあ」
勇者「……ど、どういうこと?」
勇者(たしか魔法使いは、魔王をたおして以降は王都の研究機関の所属になったはず)
勇者(エリート中のエリートで、収入だって半端じゃないはずなんだけどな)
魔法使い「まあ、アンタって基本的に他人に関心ないし、あたしのことなんてどーでもいいよねえ」
勇者「……」
魔法使い「あたしさ、研究中にやらかして仕事クビになっちゃったんだよね」
勇者「く、クビ?」
魔法使い「そっ。正確に言うと部署異動。研究職から営業職に成り下がったわけ」
勇者「……営業ってなにするんだ?」
魔法使い「そこらへん歩いてる連中に薬草やら薬やらを売るわけよ」
魔法使い「しかも街から街を渡り歩いてね」
勇者「た、大変そうだな」
魔法使い「そりゃあね。今どき店に物を買いに行くのが主流なのにさ」
魔法使い「しかもあたしって無駄に童顔だから、全然相手にされないし」
魔法使い「仕事は歩合制だから成果が出ないと薄給そのものだしさ」
魔法使い「営業に就いた当初は、冗談抜きでその日の食事にすら困ってからね」
勇者「はぁ」
魔法使い「もうどうしてもヤバイってときはカラダ売ったりしてね」
勇者「は?」
魔法使い「杖を振るしか能のなかったあたしも、気づきゃ腰の振りかたも覚えちゃった。ははは」
勇者「……」
魔法使い「笑ってよ」
勇者「あ、あはは……」
魔法使い「なに笑ってんの? 人の不幸が楽しいわけ?」
勇者「いえ、そのようなことは……」
勇者「……なんていうか、苦労してんだな」
魔法使い「おかげさまでね」
魔法使い「どっかの誰かがあたしをフッたりしなきゃ、またちがう生活を送ってたかもねえ」
勇者「うっ……」
魔法使い「ほんと、まさか苦楽を分かちあった仲間じゃなくて、そこらへんの町娘とゴールインするなんてね」
魔法使い「終わった話だしべつにどうでもいいけど」
勇者「……」
魔法使い「まあそういうわけだから。人様にかまってる余裕はあたしにはないの」
魔法使い「そもそもあたし、国から魔法の使用が禁止されてるから」
魔法使い「ついていったところで役に立てないけど」
勇者(なんだろう。急に俺は恵まれてるんじゃないかという気がしてきた)
勇者「じゃあ……俺はそろそろ帰るわ。この喫茶店代は俺が払っておくよ」
魔法使い「ふーん、ありがと。
……あ、来た来た」
妻「あ、魔法使いさーん」
勇者(え!? な、なんで妻が!?)
魔法使い「なんでワイフが来てるんだ、って顔に書いてあるね」
魔法使い「呼んだの、あたしが。これでもアンタのワイフとあたし、まあまあ仲良いから」
勇者(し、知らなかった。ていうかどうすれば……)
魔法使い「隣の席にでもいれば?」
勇者「……いや、帰るよ。べつにここでやることもないし」
魔法使い「いいじゃない。自分の妻の本音を聴くチャンス世?」
勇者(……妻の本音、だと?)
……
…………
勇者(結局、妻にバレないように隣の席に移動してしまった)
勇者(ていうか魔法使いはなにを考えてるんだ?)
魔法使い「そうそう。確認したところね、一人はアテがあるわよ」
妻「ほんとうですか?」
魔法使い「うん。しかもいいオトコだから」
妻「魔法使いさんがそこまで言うなら、きっと素晴らしい人なんですよね」
勇者(な、なんの話をしてるんだ?)
勇者(いいオトコ? ま、まさか……浮気!?)
勇者(う、うそだろ? いや、だけど、しかし……!)
勇者(これから俺が旅に出るってときにオトコの話題だと!? それって……)
勇者(というかなにを俺は動揺してんだ?)
勇者(最近はアイツの裸とか見ても性欲すら湧かなくなってきたのに!)
勇者(まるでこれでは……!)
魔法使い「それで、旦那さんとはうまくやってる?」
妻「……正直、最近はすこし会話も減ってますね」
魔法使い「あらら、それはまたなんで?」
妻「なんというか……特に最近はいっしょにいると無性に腹たつときがあって」
勇者(ヤバイ。俺はもしかして早くこの場から去ったほうがいいのでは?)
魔法使い「あなたと彼って性格的には全く真逆だものね」
妻「ええ。私はどっちかっていうと、何事もきっちりしてないと気がすまないんですけど」
妻「主人は基本的になんでもなあなあなので」
魔法使い「知ってる。基本いいかげんなのよね、彼って」
妻「何回も同じように注意するんですけど、なかなか覚えてくれませんし」
妻「お風呂に入ったあとはきちんと足の裏を拭けって言っても中途半端にしか拭きませんし」
魔法使い「注意されてることが4歳児と変わんないわね」
妻「息子は言えばきちんとやるから、主人は息子以下です」
勇者「……」
魔法使い「世の中には、亭主元気で留守がいいなんて言葉があるけど、アレって真理ね」
妻「ええ。そうですね」
妻「主人がいなければ、そのぶん食事の準備や洗濯もラクになりますし」
魔法使い「まあでも最近は彼、ほとんど働いてないんでしょ?」
妻「ええ。毎日時間つぶすのに苦労している状態です」
魔法使い「そういえば最近を家を買ったって聞いたんだけど?」
妻「ええ。まだ引越しの作業は完全に終わってないんですけどね」
魔法使い「暇で困ってるなら引越し作業をやっちゃえばいいのに」
妻「そういう部分にも頭が回らないのがまたイラっとしちゃうんですよね、私」
魔法使い「正直すごいわかる」
勇者「……帰ろうかな」
勇者(なんだろう。自分でもビックリするぐらい傷ついてるわ)
勇者(しかも不倫までされてたりしたら……)
勇者(あー、もういいや)
勇者(俺はいないほうがいいんだ)
勇者(さっさと適当なツレを探して旅に出よう、そうしよう)
妻「でも……今こうやって私が生活できてるのって彼のおかげなんですよね」
勇者「……!」
魔法使い「まあ彼が魔王をたおしたからこそ、今の平和があるからね」
妻「あっ、いえ。もちろんそういう意味もあるんですけど」
魔法使い「ん?」
妻「彼が私を選んでくれたから、今こうやって満ち足りた生活をしてるんですよね、って意味です」
妻「これは夫自慢になるんですけど、彼ってば、当時は本当にモテモテだったんです」
魔法使い「うん、知ってる。知ってるよ」
妻「そんな彼が私を選んでくれたってことが当時はとっても嬉しくて……今でも嬉しいんですけど」
妻「……まあ彼がどうして私を選んでくれたのかって、結局今になっても聞けてないんですけどね」
魔法使い「基本的に口下手だものね、彼」
妻「えっと、なにが言いたいのかっていうと、まあ彼のおかげで今の生活があって」
妻「息子も生まれて、こうやって平和に暮らしていけるんです」
妻「……って、毎日いつかは感謝の気持ちを口にして伝えたいなって思ってるんですけどなかなか言えなくて」
魔法使い「しかもそう思う一方でムカつくところはムカつくしね」
妻「ふふっ、そうなんですよね」
勇者「……」
魔法使い「……だってさ、勇者」
妻「……え?」
魔法使い「隠れなくていいじゃない、ほら」
勇者「……なんで俺を呼ぶかな? このまま黙って帰るつもりだったのに」
妻「と、というかどうしてあなたが……?」
勇者「それは……」
魔法使い「実はあなたがここに来る直前まで勇者と話してたの」
魔法使い「魔王退治の旅についてね」
妻「……それで私がここに来たから、勇者は……」
魔法使い「そーいうこと。どうしてもあなたの本音が聞きたかったのよ、ねー?」
勇者「……」
勇者「あー……あのさ。やっぱりムカつく?」
妻「……なにが?」
勇者「いや、だから、俺のだらしなさに腹が立ってんのかなぁって……」
妻「あなたも聞いてたとおりです」
妻「子どもみたいに毎回同じことを言われて、なかなか直らなくて本当にムカつく」
勇者「むっ……き、キミこそ浮気しようとしていたくせに……!」
妻「はい?」
勇者「俺は聞いてたぞ。いいオトコがどーのこーのって!」
妻「……」
魔法使い「……ふっ、ふふふ」
勇者「魔法使い、なにがおかしいんだよ?」
魔法使い「そのいいオトコ、誰のためのいいオトコだと思う?」
勇者「……どういうこと?」
魔法使い「そのいいオトコっていうのは、アンタの旅に同行してくれる弓使いのことよ」
勇者「……え?」
魔法使い「アンタよりも先に、アンタの旅に同行できる人間はいないかって、あたしに相談してたのよ」
勇者「……そ、そうだったの?」
妻「信じられない。私が不倫すると思ってたの?」
勇者「……い、いや、それは……」
妻「……」
勇者「……すまん。疑ってしまいました」
妻「恩着せがましい言い方をさせてもらうけど」
妻「あなたのことだから、人集めにも時間かかるだろうしと思ってやったのに……あきれた」
勇者「……ごめん」
妻「もうっ。どうしてそう鈍いのかな」
魔法使い「まっ、でもすこし考えたり冷静になれば気づけそうだけどね」
妻「そうですよね、魔法使いさん」
魔法使い「でも、それだけ慌てちゃったってことは彼女が好きだからじゃない?」
勇者「そ、それは……」
魔法使い「だってそうでしょ?」
魔法使い「どーでもいい相手だったらなにも感じないし、慌てたりすることもないものね」
妻「……そう、なの?」
勇者「……キミはイヤってほど知ってるだろうけど、俺は鈍くてしかも口下手だ」
妻「うん。知ってる」
勇者「だから、その、うまく言える自信はないんだけどさ」
妻「……うん」
勇者「あー……キミはたぶん俺にとって酸素のような存在なんだと思う」
魔法使い「……」
妻「……あっそ」
勇者「普段は当たり前のように吸ってなにも思わないものだけど、海に潜って失ってはじめて気づくような……」
勇者「そんな感じのものなんだと思う」
妻「……ごめん。悪いけどそれ以上は恥ずかしくて聞いてられない」
勇者「なんで!? どうして!?」
魔法使い「正直あたしもこれ以上続けられると、そうとう辛いからよかったわ」
勇者「そんなにひどいこと言ってたかな……」
妻「まあ、あなたの言いたいことはなんとなくわかったから」
勇者「ほ、ほんとうに?」
妻「本当に」
勇者「……そうか。キミがそういうなら、まあ……」
魔法使い「まあこれにて一件落着ってとこかな?」
勇者(んー、いや。まだ気になることがあるんだよなあ)
……
…………
魔法使い「で? 奥さんに帰ってもらって、わざわざあたしと2人っきりになったわけは?」
勇者「……ありがとうって言っておきたかった」
魔法使い「……それだけ?」
勇者「一番の目的は礼だ」
勇者「お前のおかげで大切ななにかをすこし思い出せた気がする」
魔法使い「ほかにもあるんでしょ?」
魔法使い「あたしに言いたいこと、もしくは聞いておきたいことが」
勇者「うん。……なんでわざわざ俺と妻の仲をとりもってくれたのかなって」
魔法使い「あるオトコから頼まれたの」
魔法使い「勇者、アンタのことが心配だってね」
勇者「あのオトコって、もしかして戦士のことか?」
魔法使い「へえ。やるじゃん。アンタにしちゃ鋭いね」
勇者「俺、あいつの前で『妻は俺のことなんかどうでもいいんじゃねーの』ってぼやいてたからさ」
勇者「……戦士はそれを気にしてお前に相談したってことか」
魔法使い「そういうこと」
魔法使い「まっ、アイツもなんだかんだ仲間思いだしね」
勇者「しかし普段は営業で飛び回ってる魔法使いが、たまたまこの街にいてよかった、本当に」
魔法使い「……っと、そういえばあたし勇者に嘘ついてた」
勇者「うそ?」
魔法使い「うん。実はさ……」
魔法使い「やらかして仕事をクビになったって言ったでしょ?」
勇者「……うん」
魔法使い「あれ、ウソだから」
勇者「……」
魔法使い「……」
勇者「……えっと、どこらへんからどこらへんまでがウソなんだ?」
魔法使い「んー、今でも普通に研究やってる」
勇者「ほ、本当にか?」
魔法使い「ていうか普通に考えりゃウソってわかるじゃん」
魔法使い「だいたい王都の研究機関でやらかして追放されるレベルだったら」
魔法使い「さすがのアンタでもなにかしらのウワサは耳にするでしょ?」
勇者「……あー、そっか」
魔法使い「それにアンタの奥さんや戦士があたしに相談しに来ることもないでしょ?」
魔法使い「本当に営業で各地を飛び回ってるっていうなら」
勇者「……そうだな」
魔法使い「ったく、普通に考えればわかりそーなのにね」
勇者「……じゃあ生活苦だっていうのも?」
魔法使い「もちろん、うそよ」
勇者「そ、そうか。……安心したよ」
勇者「ほら、俺ってば頭が悪いからお前のウソもウソって見抜けなくて」
魔法使い「ちがうでしょ」
勇者「え?」
魔法使い「アンタはあたしに興味なんてなかった。だから気づけなかっただけよ」
勇者「それは……」
魔法使い「否定できないでしょ?」
勇者「たしかに、お前のことを本当に考えてたら普通にウソには気づけたかも」
魔法使い「なんでちょっと落ちこんでんのよ」
勇者「いや、俺ってばわりと冷たい人間なのかなあって思って」
魔法使い「そうかもね。でもいいじゃん」
魔法使い「妻帯者がよその女にかまけてるほうがよっぽど問題よ」
勇者「……なあ」
魔法使い「なに?」
勇者「なんでそんなウソついたんだ?」
魔法使い「半分はいじわる」
勇者「いじわる?」
魔法使い「あるいはちょっとした仕返しかも。で、もう1つは……」
魔法使い「……まあいいや。教えてあげない」
勇者「は?」
勇者「気になるだろ、言ってくれよ」
魔法使い「いやよ。考えたらだいたいわかりそうなことだし」
勇者「いや、わからないから聞いてんだよ」
魔法使い「知らないし教える気もないから」
勇者「……あっそ」
魔法使い「あー、代わりにべつのことを教えてあげる」
勇者「なんだよ」
魔法使い「たぶん、近いうちにあたしも結婚するんじゃないかなって思う」
勇者「……え?」
魔法使い「まあ彼から直接言われたわけじゃないから、まだ確定じゃないけど」
勇者「え? どういうこと?」
魔法使い「今同棲してる彼がいるの。で、たぶん近いうちにプロポーズされる」
勇者「……恋人がいたのか」
魔法使い「まっ、あたしもいい年だし」
勇者「……ていうか、そんなプロポーズしそうとかわかるもんなのか?」
魔法使い「オトコのやろうとしてることなんて筒抜けなの、女からしたらね」
勇者「……そうか」
魔法使い「まっ、そういうことだから」
勇者「……なにが?」
魔法使い「さっきアンタが教えてくれって言ったことの答え」
勇者「……いや、もう全然わからんのだけど」
魔法使い「わからないなら、それでいいから」
勇者「いや、ていうか気になるから……」
魔法使い「あーもうっ、うっさい。こんなとこで油売ってていいわけ?」
魔法使い「アンタはまだ仲間集めもあるんでしょ?」
勇者「うっ……」
魔法使い「なによりカワイイ奥さんと息子さんが待ってるんじゃないの?」
勇者「……そうだな。帰らなきゃな、家に」
勇者「……あのさ」
魔法使い「ん?」
勇者「ありがとな、本当に」
魔法使い「べつに。結局あたしにしても戦士にしても、ほとんど力にはなれてないし」
勇者「いや、旅のことじゃない」
勇者「それよりもっと大事なことだ。お前のおかげでそれに気づけた」
勇者「……ような気がする」
魔法使い「そこは断言してよ」
勇者「……それじゃ。結婚式は呼んでくれよ」
魔法使い「呼んでも来れるとは限らないけどね」
勇者「……たしかに」
勇者(まあそんなこんなで俺は家族の待つ家に帰った)
5日後
勇者「……おはよう」
息子「パパがきょうも自分ひとりでおきてるー」
妻「すごいじゃない。これで5日連続よ」
勇者「はっはっは、当たり前だろ。今日からは旅だし気合入れてかなきゃな」
妻「……自分で起きるって子どもでもできることだけどね」
勇者「……」
妻「まあでも、すこしは進歩したのかな」
勇者「うんうん、そうだろ?」
妻「そういえば。昨日、またお風呂の湯を抜いてなかったでしょ?」
勇者「……あれ? 抜いてなかった?」
妻「カビが生えるからあれほど湯は捨てろって言ってるのに、もうっ」
勇者「……ごめん」
勇者(なんていうか、結婚生活って難しいよなあ)
勇者(気づくとお互いにイヤなところばかり見るようになっちゃうし)
勇者(ときどきなんで結婚したんだっけって思うことも、まあ正直ある)
妻「待ち合わせの時間には間に合うの?」
勇者「大丈夫だって。さすがに今日は遅刻できないしな」
妻「そう。ならいいんだけど」
勇者「よしっ! それじゃ、そろそろ行ってくるよ」
妻「……本当は色々と言っておきたいことがあるけど」
妻「どうせあなたは私の言ったことを忘れちゃうから」
勇者「……ごめんな」
妻 「そのかわり。これだけはまもって」
妻「必ず無事に帰ってきてね」
勇者「……うん、わかってる」
妻「それと、はい。久々に気合入れてつくったから」
勇者「わーお、でっかい弁当だな!」
勇者(……そういえば、お弁当だけはどんなときでも絶対にもたせてくれるんだよなあ)
勇者「……今まで言ってなかったけどさ」
妻「うん」
勇者「いつもお弁当をつくってくれてありがとう」
妻「……ふふっ、お弁当のことでお礼なんて久々に言われた気がする」
勇者「そうだな。ずっと言ってなかったもんな」
妻「あと、この子からもプレゼントがあるの」
息子「はい、パパ! ぼくからのプレゼント!」
勇者「……これは?」
妻「おまもり。2人でつくったの」
息子「パパがげんきに帰ってこれるようにっておいのりしながらつくったんだよ!」
勇者「ジュニア……お前ってヤツは……」
勇者(『俺ってば幸せだなあ!』ってずっと思えるほど、たぶん結婚生活って楽じゃないと思う)
勇者(1人の方が楽だって瞬間は必ずあるし、俺はそれを実際に体験してる)
勇者(だけど、それでも)
勇者「……っ」
息子「パパ? 目、うるうるしてるよ?」
勇者「そ、そんなわけないだろ。パパはとーっても強いんだからな! 泣かないぞー」
妻「ふふっ、そういうことにしておこっか」
勇者(1人じゃ絶対に手に入らない幸せがあるんだよな)
勇者(まあたぶんそれは、とってもささやかなものなんだろうけど)
勇者「じゃあ……今度こそ本当に行くよ」
息子「パパー、いってらっしゃーい」
妻「気をつけてね。いってらっしゃい、あなた」
勇者「いってきます!」
勇者(特にこの言葉を伝える相手がいるっていうのは、なによりも幸せなんだろうな、と思う)
おまけ
魔王「かあちゃーん、そこにあるリンゴとってくれ」
魔王母「はあ?」
魔王「そ、そんな睨まなくてもいいだろ!? 俺、まだカラダ動かないし……」
魔王母「ったく、なんでアンタはこう世話がかかるのかしらね」
魔王母「すこしは勇者を見習いなさいよ、ほんとに」
魔王「な、なんで勇者を見習わなきゃならないんだよ!」
魔王「ヤツのせいで俺は……」
魔王母「あっちは結婚して子ども産んで、立派な家庭も築いて……それに比べてうちの息子は」
魔王「……」
魔王母「この年にもなってまだ母親の手を煩わせるなんてね」
魔王母「アンタもアンタでいつまで水槽の前で突っ立ってんのよ」
魔王父「……あっ、オレ?」
魔王「いやあすまんすまん、金魚の餌やりに夢中になってた」
魔王母「ああイライラする! ほんとうちのオトコどもは情けないっ!」
バタンっ!
魔王父「また扉をあんな強く閉めて……ただでさえ建て付けが悪くなってるのに」
魔王「……なあ、オヤジ」
魔王父「なんだ?」
魔王「なんであんなコワイおふくろと結婚したんだ?」
魔王父「……んー、まあ流れと勢いかなあ」
魔王「……なにかもっともらしい理由はないのか?」
魔王父「ない。戦いと恋はたいてい勢いで決まるもんだ」
魔王「……あんなコワイおふくろとよく結婚しようと思ったもんだ」
魔王父「なに言ってんだ。なんだかんだでしっかりとお前の面倒を見てくれてる。優しいじゃないか」
魔王「…………言われてみればそうかもな」
魔王父「親だって生き物だ。親が子の面倒を見るのが当たり前だなんて考えはダメだぞ」
魔王「……わかったよ」
魔王「とりあえずカラダなおして、おふくろになにかしてやるか」
魔王父「してやれ。まちがいなく喜ぶぞ」
魔王「ていうか、結婚とかも考えなきゃいけないのかなあ」
魔王父「その前に勇者をどうにかしないといけないがな」
魔王「……つらいわあ」
おわり