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月火「どういたしまして、お兄ちゃん」【前編】
月火「教える事が出来ないって……ふざけているんですか?」
理由を知っているのなら、それを教えてくれれば解決できるかもしれないのに。
私達が頼り無さそうだから? 理由が言えない程に、深刻な事だから?
それとも、他の理由があるのだろうか。
忍野「ふざけてはいない。 大真面目さ」
忍野「ただ、約束したからね。 それを絶対に教えないって」
月火「……約束? お兄ちゃんと、約束したって事?」
忍野「いいや、違う」
忍野「教えたら駄目。 それを教えてしまったら、私達は何も学ばないと思うから。 彼女はそう言っていたよ」
忍野「彼女にも、考えがあるんだろうね」
彼女って事は、女の人だろうか。
それに「私達は何も学ばない」とは、どういう意味だろう?
まず、聞くべき事は。
月火「その人は、誰?」
忍野「それもまた教えられない。 けど」
忍野「君も、でっかい方の妹ちゃんも、良く知っている人だよ」
忍野「どっちかと言うと、君の方が知っているかもね」
忍野さんは私の方を見ながら、そう言った。
私の方が知っている、人。
私が知っていて、お兄ちゃんが知っている人。
そう考えると、予想できる人は結構絞れるけど。
でも、そうなると「私達は何も学ばない」という言葉が引っ掛かる。 一体、どういう意味だ。
火憐「……難しい事はちょっと分からないけどさ」
必死に答えを探そうと考えていた私の耳に、火憐ちゃんの声が入る。
火憐「はっきりさせようぜ。 あんたはあたし達の敵か、味方か。 どっちなんだよ」
あれ。 火憐ちゃん、少し怒ってる? さっきまでの打ち解けた感じは消えていて、まさにいつでも戦える様な、戦闘モードに入ってしまっている。
こうなったら、私にもちょっと止めるのは難しい。
まあ、それも無理の無い話かもしれない。 なんせ、お兄ちゃんに関わる事なんだから。
忍野「分からないのも仕方ない事さ。 んで、敵か味方かって質問だけど」
忍野「僕としては、そのどちらでも無いつもりだよ。 けど君が僕を敵として見るって言うのなら、まあそれもそれで構わないけどさ」
……何だろうか。 この人は、とても強い。
ただ、力が強いとか頭が良いとか、そういう問題じゃなく……強い。
火憐「あたしも別に、敢えて敵として見ようって訳じゃないさ。 まだどっちかは分からないしな」
火憐「その話は一旦置いておくよ。 で、敵か味方かどっちでもないおっさんは、何をしにここに居るんだよ」
忍野「おっさんって、自分で言うのは別に良いんだけど、人に言われると傷付くなぁ」
忍野「ま、良いか。 何をしにここに居るか? だっけ」
忍野「渡す物があるってだけだよ。 これもまた、その約束した人に頼まれた物だ」
そう言うと、忍野さんは懐から一枚の紙を取り出す。 小さく切られた、紙切れの様な物。
月火「……それは?」
忍野「メッセージ、って感じかな。 これを君にと頼まれていてね」
忍野さんは私に、その紙切れを手渡す。
不審に思いながらもそれを開き、内容を確認。
『灯台下暗し』
たった一つの言葉。 それだけが、書いてあった。
月火「……何ですか、これ」
忍野「さあ? 僕にも意味は分からないよ。 けど、それが何かのヒントになってるのは間違い無いと思うけど」
火憐「っつう事は、この紙で何か分かるのか?」
忍野「それは僕にその紙を託した人に聞かないと分からないさ。 まあ意味の無い物だとは思わないが」
忍野「それも、君達が考える事だ。 僕が頼まれていたのはこれだけだからね」
忍野「ん。 ああ、もう一つメッセージもあったか。 これはその紙とはまた違うメッセージだよ。 直接伝えてくれと頼まれていてね」
忍野さんは笑いながら口を開く。
忍野「阿良々木月火は阿良々木暦とあまりいちゃいちゃしないように。 だってさ」
……へ?
な、な!?
月火「いちゃいちゃなんてしてない!」
時間経過。
結局、忍野さんから聞く事が出来たのはそれだけだった。
最後にあの人は「僕と会った事は阿良々木くんには言わないでね。 言ったら言ったで、状況はもっと悪くなりそうだし」との言葉を残して去って行った。
月火「……どうしよっか?」
火憐「……どうすっか?」
これは進展無しと言っても問題無いだろう。 得られたのは紙切れ一枚と、誰かも分からない人からのお兄ちゃんといちゃいちゃするな。 なんて言葉だけなのだから。
月火「とりあえず……帰ろっか」
火憐「んだな。 いつまでもここに居たって、仕方無いし」
うーん。
疲れ損?
火憐「そういや月火ちゃん、ここに来て何か思い出した事とかあるか?」
ああ、そうだったそうだった。 当初の目的はそれだったんだ。
でも、そう言われてもなぁ。
月火「特には無い、かな。 見覚えが無い場所だし」
火憐「そっかぁ。 じゃあ本格的に進展無しって事になっちゃうよな……」
そうなっちゃうんだよねぇ。
ここに来て私がした事と言えば、気付いたら意識を失っていて、知らない人に会って、変な情報を貰って。
そんな感じだし。
ん?
いや、ちょっとおかしくない?
気付いたら意識を失ってたって、大分おかしくない?
月火「ねえ、火憐ちゃん」
月火「火憐ちゃんは、気付いたら寝ていたとか、急に意識が飛んじゃう事ってある?」
火憐「ん? あんまねえかな。 授業中とか気付いたら寝ている事はあるけど」
それもそれで問題だ!
こう言ってはあれだけど、火憐ちゃんは何だか、段々とお兄ちゃんと同じ道を辿りつつあるんだよね、最近。
月火「授業中に寝ちゃ駄目だよ。 怒られちゃうよ?」
火憐「いや、それが案外大丈夫なんだよ。 あたしが寝てても誰も起こさねーもん。 先生も」
先生さえスルー!? それって多分「触らぬ神に祟りなし」って奴だ……間違い無い。
いや、神ってのは大げさかな?
というかそれ、明らかに大丈夫じゃないでしょ。
火憐「で、どうしたってそんな質問を?」
月火「ん、えーっとね」
月火「さっき神社に入った時さ、気付いたら意識を失ってたんだよね。 何でか分からないんだけど」
火憐「意識を失っていた? それって、急に眠くなって寝たとか、そういう事じゃないよな」
月火「……うん、違うと思う」
火憐「うーん」
火憐ちゃんは少しだけ考える様な素振りをみせ、口を開く。
火憐「疲れているんじゃねえの? 昨日も今日も、色々あったしさ」
火憐「頻繁になっている訳じゃないんだろ?」
月火「確かに、そうだけどさ。 どうにも気になるんだよね」
火憐「気にするなって。 まあ、それもちょっと難しいか」
火憐「気楽に考えよーぜ。 な?」
とは言われてもなぁ。
確かにそう考えたいけど、引っ掛かるんだよね。 どうにも。
火憐ちゃんには、分からないのかな。
私がそんな考えに行き着こうとしたところで、火憐ちゃんが口を開く。
火憐「あたしもさ」
火憐「そう考えないと、参っちまうよ。 さすがに」
火憐「次から次へと訳分からない事があるし。 だからって、月火ちゃんの事がどうでも良いって訳じゃないぜ?」
まだ沈む気がさらさら無い太陽の方へ、片手を伸ばしながら、火憐ちゃんは言う。
火憐「……あーあ。 もうちょっと単純に進まないもんかなぁ」
そっか。 そう、だよね。
火憐ちゃんも、辛いんだ。
当たり前の事じゃん。 お兄ちゃんがあんな風になってしまって、私とも喧嘩して、それで今日は訳分からない人が来て。
それで、何も思わない方がどうかしているんだ。
月火「……火憐ちゃん」
いつに無く、弱々しい顔付きの火憐ちゃん。
それを見て、声を掛けないなんて出来ない。
月火「よっし! 分かった、分かったよ火憐ちゃん」
火憐「へ? どうしたんだよ、急に」
月火「単純に終わらせよう! 帰ったらお兄ちゃんの部屋に突撃だ!」
火憐「いや、つってもさ、大丈夫なのかよ、それ」
月火「知らない! 考えるのは一旦止めて、お兄ちゃんに突撃するしかない!」
火憐「ははは。 何だか、今日の月火ちゃんはあたしみたいだな」
月火「そう? でも、それもそうでしょ。 姉妹なんだし」
火憐「そうだよな。 それもそうか」
火憐「よし、分かったぜ月火ちゃん。 帰ったら兄ちゃんの部屋に突撃だ」
月火「これで解決すれば笑い話になるしね!」
火憐「んだな。 おーし、じゃあとっとと帰ろうぜ」
作戦その弐、いつも通り作戦開始です。
時間経過。
結果報告。
まずは先陣を切って、火憐ちゃんが部屋に突撃するも粉砕した。
結果報告終わり。
火憐「どうしよっか」
結局振り出しじゃん! いや、まさかこれで解決するとは思っていなかったから、期待を裏切られた感は無いけどさ。
月火「火憐ちゃんでも駄目となると、私じゃ絶対無理だね。 元気の良さで、火憐ちゃんに勝てるとは思えないし」
火憐「ああ、同意だな。 あの部屋やべえよ、負のオーラが満ちているぜ」
どんなオーラだろう。 というか実の兄の部屋を「やべえ」と言うのもどうかと思う。
月火「でもさ、首を吊ったりしてなかっただけ良かったと思おう」
火憐「凄くプラス思考だな! 首吊ってたら事件じゃねえか!」
月火「前向きに行かないとねぇ。 作戦その壱は失敗だし、作戦その弐も失敗かぁ」
火憐「まあ、そうなると……うーん」
火憐「次の作戦は、考えてある?」
月火「ふふん。 私を誰だと思ってるのさ、火憐ちゃん」
火憐「つまり、考えがあるって訳だな。 どんな作戦なんだ?」
月火「作戦その参だね」
月火「……気分を変えるんだよ、お兄ちゃんの」
火憐「えっと、気分を変える? どういう意味?」
人の気分は、結構その時々によって変わる物。
朝、気持ち良く起きれたら気分が良いし。 嫌々起きたら当然気分が悪い。
なんとなく、今日は良い日だと思えば気分が良いし。 どうしようも無くそう思えなくて、気分が悪い時もある。
そして、いつもと違った光景というのは、人の気分を変えるのには十分なんだ。
つまり。
月火「私達の家をリフォームだ!」
ってな訳で、まずはリビング。
とりあえずは、この洋風な感じの部屋に消えてもらおう。
テーブル、撤去。
椅子、撤去。
壁にある飾り、撤去。
ソファー、撤去。
テレビ、撤去。
壁紙は、まあさすがに撤去できないから、仕方なくそのまま。
月火「とりあえずは、こんな所かな」
一応、撤去した物は火憐ちゃんに頼んで物置にしまってもらった。
さすがに本当に捨てるのはマズイしね。
火憐「おお、中々すっきりしたな。 夜逃げ前の家みたいだ」
月火「もっと違う表現にしようよ」
火憐「うーん。 じゃあ新築?」
月火「良いね、新築!」
火憐「だろ!?」
二人して喜ぶ。
私と火憐ちゃんの暴挙を止める人は、この場にはいない。
火憐「んで、この後どうするんだ? 兄ちゃんがこれを見たとしても、引越しでもするのかと思うくらいじゃね?」
月火「ふふふ。 その後もしっかり考えてあるよ。 ずばり」
月火「家を和風にしよう作戦だね!」
そう。
お兄ちゃんは多分、この洋風な家が気に入らないんだ。
そりゃ、日本人だもの。 和風の方が良いに決まっている。
火憐「なあ、それって月火ちゃんの趣味じゃ……」
月火「よし! んじゃあちゃっちゃとやっちゃおう!」
火憐ちゃんが何か言っていたが、聞こえない聞こえない。
聞こえたけどね。 でも私の趣味って事は、お兄ちゃんも多分受け入れてくれるでしょ。 兄妹だし。
趣味とか考え方とか、似てくるのは仕方ないんだって。
そうそう、だからお兄ちゃんも和風の方が良いに決まっている。
月火「これで恐らくお兄ちゃんは「おお、なんだこの新しい家は、お前ら良くやってくれた」とか言うに決まってるよ」
火憐「……そうか?」
月火「そうだよ!」
火憐「……そうだな!」
うまい事火憐ちゃんを乗せる事が出来た。 これでようやく私のしたかった家に出来る。
いや、お兄ちゃんの望んでいる家に出来る。
火憐「で、具体的にはどうすんの? 今のままじゃ、やっぱり洋風に見えるぜ」
月火「そうだね。 大体は考えてあるから、それをやりながら考えていこうか」
時間経過。
家族が囲って団欒する食卓は、掘り炬燵(さすがに掘る事は出来ないので、ダンボールを積み重ねてそれっぽくした)に。
壁一面には掛け軸(火憐ちゃん作)が。
キッチンのコンロ等は全て外して、七輪に。
部屋の灯りは全て提灯。
月火「うん。 良い出来だね」
満足する私。
火憐「……何かの宗教にはまった家みたいだな」
率直な感想を述べる火憐ちゃん。
月火「壁一面の火憐ちゃんの文字が、良い味を出してるよ」
良い所を探し、教える私。
火憐「お札みたいになってるけどな」
第三者視点から物を言う火憐ちゃん。
月火「キッチンの七輪もそうだけど、提灯が良い感じだよね」
リフォームに満足の私。
火憐「儀式が行われるみたいだ」
火憐ちゃんもとても嬉しそうだ。
よしよし。
私も火憐ちゃんも、大成功だと思っている様で、とりあえずは良かった良かった。
月火「さて、お兄ちゃんを呼びにいかないとだけど……」
月火「敢えて、ここはお兄ちゃんに気付かせよう。 自分から」
火憐「自分から? つっても、殆ど部屋から出てこないぜ?」
月火「夜中はリビングとかに来ているみたいだよ。 物音するし。 多分、お風呂にでも入ってると思うんだ」
月火「その時なら必ず、ここを通るでしょ? だから、自ずと気付くって算段だね」
火憐「なるほど。 そこまで計算済みとは、さすがだぜ」
火憐「んじゃあ、兄ちゃんが見た時に私達がやったって事が分かった方が良いよな?」
月火「うん。 そうだね。 横断幕でも付けておこう」
火憐「おっけーおっけー。 さっすがは月火ちゃんだぜ」
月火「でしょでしょ。 それじゃあ休憩しよっか。 ちょっと疲れちゃったし」
火憐「おう。 一風呂浴びるか!」
月火「良いね良いね。 働いた後のお風呂は最高だよ」
との訳で、肉体労働を終えた私と火憐ちゃんは、一緒にお風呂に向かうのだった。
二日目。 結果報告。
疲れた。
リフォームした後に、パパとママが帰ってきた。
パパとママは、私と火憐ちゃんの頭に手を置き、すぐに元に戻せとの命令を告げた。 例の横断幕の所為で、私と火憐ちゃんの仕業という事がばれてしまったのだ。
まあ、あれが無くてもばれていたとは思うけど。
しかし、そんな命令を受けてしまっては仕方ない。 渋々、泣く泣く部屋を元に戻す作業に時間を割かれたのだった。
そして、ようやく戻し終わった後に説教。
そんなこんなで、もうこんな時間。 時計は三時を指している。
今日は本当に疲れた。
昼間は昼間で、変な人に遭遇したなぁ。
名前は、忍野メメと言っていたっけ。
あの人はお兄ちゃんが今、こんな状態になっている理由を知っているらしい。
結局それを聞き出す事は出来なかったのだけど、何かのメッセージが書かれた紙を手に入れる事が出来た。
忍野さんは多分、悪い人では無い。
それはなんとなくだけど分かる。 だから、本当にお兄ちゃんがマズイ状態なら、理由は教えてくれたはずだ。
そう考えると、まだ大丈夫ということだろうか? いや、それはあまりにも軽く見すぎている。
まだ、お兄ちゃんの様子がおかしくなってから二日目。
……しかし、そうは言っても時間はそんな残されていない。
紙に書かれていたメッセージ『灯台下暗し』とはどういう意味だろうか。
言葉その物の意味は当然分かるけど、それが何を指しての言葉なのかが分からない。
このメッセージ自体、何の意味も持たない物かもしれないし。
それにしても、書いた人も書いた人だよ。
もっとこう、すぐに分かる様な事を書いてくれれば良いのに。
私はこう予想を立てよう。 書いた人は捻くれている。
今日で二日目なので、残す所は後五日。
明日の予定は……無し。
作戦をするにも、残念ながら雨の予報。
雨の中だと色々な制限が出来てしまうし、火憐ちゃんとの会議で一日を使うことになりそうだ。
そして、少しだけ面倒な事に残りの五日中、三日間は雨の予報。 明日から三日間、連続の雨だ。
ついて無いよね、本当に。
最悪、雨の中外で活動する事になるだろうけど。
作戦の進行度はどのくらいだろうか。
まだ、動いてすらいない気がしてならない。
……あまり、後ろ向きでは駄目だよね。
あくまでも前向きに、いこう。
さて、そろそろ今日は寝るとしよう。
さすがに疲れちゃったから。 ていうか、作戦を始めてから常に疲れている気がする。
これは成功した暁には、お兄ちゃんに何かご馳走して貰わないと割に合わないかな。
とにかく。
今日はこれにて、報告終わり。
次の報告では、多分……良い事が報告出来る様に願って。
おやすみなさい。 お兄ちゃん、火憐ちゃん。
結局、この次の日も、その次の日もそのまた次の日も報告を書く事は無かった。
書く事が無い。 というのが正直な所。
敢えて書くとするならば、私の寝相が相変わらず悪い事であったり(しかも決まって床に落ちそうになっている)色々と試行錯誤しては試して、全部空回りだったり。
そのくらいしか、無い。
残す所は後二日。
それまでには、成功させなければならないのだけれど。
お兄ちゃんは以前、変わらずに様子がおかしいままだ。
もういっその事、羽川さんに頼んでしまおうかとも思ったけれど。
まだ、大丈夫なはず。
まだ、私達で何とかできる範囲内のはず。
一応、その辺りの計算はしっかり出来ているはずだから。
だからまだ、大丈夫。
……そんな訳、無いよね。
もうとっくに、私達ではどうする事も出来ない状態なんて事、分かっている。
けどそう思いたい。 解決できると思いたい。
これはもう、意地なのかもしれない。
妹としての、意地。
果たして答えは一体、どこにあるのだろうか。
まだ、それは分からない。
もしかすると私達の手の届かない所にあるのかもしれない。
もしかすると『とても身近に落ちている』のかもしれない。
とにかく今言える事は一つ。
私は絶対に、諦めない。
それだけだ。
普通だったら、今までの私だったら。
多分、どうしようも無い状況に絶望していたかもしれない。
けど、だけども。
何故、だろう。
いつだったかは忘れた。
すごく昔の事かもしれないし、すごく最近の事かもしれない。
自分自身に? それとも、誰かと?
分からないけれど。
誓った気がするんだ。 私はお兄ちゃんを信じると。
信じて、私自身も強くいるんだと。
そして。
お兄ちゃんを救うんだと。
第八話へ 続く
夢のお話。
昨日と一昨日は全く見なかったのだけど。
いや、とは言っても見た事を覚えていないから、正確に言えば見ていないになるのだろう。
しかし、今日は覚えがある夢だった。
確実に、私の記憶にある夢。
目が覚めても、覚えているであろう夢。
そんな、夢のお話。
以下、回想。
服を買い終わり、家に帰る。
お兄ちゃんは今日の朝出掛けると言っていて、帰ってくるのは夕方頃だと言っていた。
つまり、今家に居るのは火憐ちゃんだけだろう。
だからこそ、なるべく早く帰らなければならない。
火憐ちゃんが一人で留守番というのは、何があってもおかしくないのだ。
もし家が跡形も無く消し飛んでいても、それはそれで不思議じゃないくらいに。
もし玄関が崩壊していていも「ああ、火憐ちゃんか」と思うくらいに。
で、そんな事を考えている間に気付いたら家の前。
特に変わった様子は無い、かな?
良かった。 今日も阿良々木家は平和だね。 うんうん。
月火「ただいまー」
言いながら、家の中へ。
あれ?
玄関に入り、まず目に入ってきた物。
お兄ちゃんの靴がある。 もう帰ってきていたんだ。
帰るのは夕方だと言っていたのに、随分と用事が早く終わったのかな。
月火「ただいまー?」
そして、返事が無い。
いつもだったら、誰かしらがすぐに挨拶を返す(その殆どは火憐ちゃん)のに、今日はそれが無い。
何故だろう。 ひょっとして、やっぱり何かあった?
少しだけ急ぎ足で、リビングへ。
で、私の目に入ってきた光景。
お兄ちゃん、火憐ちゃんの肩を掴み「好きだよ、火憐ちゃん」と幸せそうに。
火憐ちゃん、お兄ちゃんの肩を掴み「好きだぜ、兄ちゃん」とこちらも幸せそうに。
ふむふむ。
月火「ただいま」
二人の間に入り、挨拶。 笑顔で。
暦「つ、月火ちゃん」
火憐「お、おかえり」
月火「よし、火憐ちゃん。 部屋に行こうか」
火憐「あ、えっと」
火憐「……うん」
素直でよろしい。
月火「お兄ちゃんは部屋で待っててね。 勿論」
月火「一歩でも外に出たら、跡形も残らないと思ってね」
との約束をして、私は火憐ちゃんを部屋に拉致した。
拉致じゃない。 仲良く二人で部屋に戻った。
時間経過。
火憐ちゃんへの説教も終わり、次はお兄ちゃんに説教。
とは言っても、言いたい事を火憐ちゃんに全部ぶつけた後でもあるし、なんだか頭も冷えてきてしまった。
さて、どうした物か。
まあ、とりあえずはお兄ちゃんの部屋に行こう。 ちゃんと待っているかも気になるし。
月火「お兄ちゃん、入るよー」
言いながら、部屋の中へ。
……返事が無い。 まさか逃げた?
ああ、違う。 ちゃんと居た。
居たというか、寝てるし。
月火「……もう」
お兄ちゃん、こう見えて結構寝相が良いんだよね。
ベッドから足だけ投げ出す姿勢で、綺麗に寝てるし。 座って何かしている内に、寝てしまったのだろうか。
にしても。
なんだかこうして寝顔を見ていると、あれを思い出す。
私が寝ている時に、キスをしていったお兄ちゃんの事を。
仕返ししてやろうかな。
月火「……よし」
決めてからは早い。 お兄ちゃんにキスした。
けど。
月火「起きないし!」
むっかつく!
どうしてやろうか! 取って食ってやろうか!
可愛い妹のキスで起きない兄なんて、死んで良しだ!
月火「……もう一回」
なんて、いつの間にかもう一度キス。
しかし、起きないお兄ちゃん。
月火「……んー」
ちなみにまだキスをしたまま。
舌でも入れてやろうかな。
……いやいや、さすがにマズイよね。
月火「もう!」
キスで起こすのは諦めよう。 仕方ないので普通に起こそう。
で、体をゆっさゆっさと揺らすのだった。
すると、程なくしてお兄ちゃんは起き上がる。
暦「あ、あはは。 おはよう」
苦笑いをしながら、挨拶をするお兄ちゃん。
……ま、いっか。
それから何度か言葉を交わし、話題はいつの間にかキスマークの話。
というか、お兄ちゃんが火憐ちゃんとお風呂になんて入らなければ、そんな事にならなかったじゃん。
私に責任転嫁なんて、許せない!
まあ、教えたのは私なんだけど。 本当にやるなんて思ってなかったし。
で、何々?
キスマークが付いた状態で、彼氏の前にいけるかどうかって話?
いやいや、正直な話行ける訳無いよね。
そう答えても良かったんだけど。
月火「ほれ、どうぞ」
なんて私はいつの間にか言っていた。
お兄ちゃんもお兄ちゃんで、迷わず私の首にキス。
全くもう、どんな兄なの本当に。
でも、それでも。
……あれ。
なんか、マズイ。 変な気分になってきた。
その前までは、もし本当にキスをしてきたらすぐに振り払おうとか思っていたんだけど。
それが、出来ない。 なんだか、体が熱い。
月火「ん……」
嘘嘘嘘だ! 私の声じゃない!
しかし、それを聞いたお兄ちゃんはすぐに私から離れる。
……ちょっぴり残念。
そして、また少しの会話。
けど頭がうまく回らない。 いつもの様にうまく考えられない。
気付いたら。
月火「よし。 じゃあ次は私の番だ」
とか言っていて。
また気付いたら。
お兄ちゃんの首に、キスをしていた。
暦「ちょ、ちょっと待て月火ちゃん! 何してんだ!」
そんな事をお兄ちゃんが言う。 別に良いじゃん。
月火「何って。 お兄ちゃんにキスされたから、仕返しだよ」
やられたらやり返すのは当たり前でしょ? 何を言っているんだか。
それにしても、頭が随分ぼーっとする。
体もさっきより、随分熱くなっている。
まあ、良いや。 なんだか気分が良いし。
それで、もう一度お兄ちゃんの首にキス。
鼓動が凄く早くなっているのが分かった。
これは私なのだろうか。 それともお兄ちゃんなのだろうか。
暦「……月火ちゃん」
そう言い、お兄ちゃんは私を抱きしめる。
暖かい。 安心する。
それに、ドキドキする。
お返しと言わんばかりに、私はお兄ちゃんの首を吸い上げる。
火憐ちゃんのキスマークだけなんて、許せないし。
もう、何が何だか分からない。
暦「ちょ、ちょっと一回離してくれ」
けれども、お兄ちゃんの言葉ははっきりと聞こえる。 それには素直に従おう。
私はお兄ちゃんの首から唇を離し、お兄ちゃんの顔を見つめた。
月火「……お兄ちゃん」
もう本当に、体が燃えているんじゃないかってくらい熱い。
意識も随分と朦朧。 ふらふらするし、ふわふわしている。
ぐるぐると、頭が回る。 ゆらゆらと、視界が揺れている。
それに、何だかとても気持ちが良い。
けど、これだけは言いたい。
言わないと。
月火「キスしよ、お兄ちゃん」
良かった。 言えた。
お兄ちゃん、断らないでね。
これで断られたら、どうにかなっちゃいそうだから。
だから、お願い。
暦「う、うん」
頷いてくれた。
凄く、嬉しい。 こういうのを幸せと言うのだろうか。
普段なら、というかさっきもキスをしたんだけれど。
こんな気持ちにはならなかった。 何でだろう。 分からない。
とにかく。
もうそれだけで、その言葉だけで私には充分だった。
私の体はそのまま、お兄ちゃんの首の後ろに手を回す。
お兄ちゃんは私の頭を支えてくれる。
目をゆっくりと瞑る。
後、どれくらいだろうか。
目を開ければ、どれ程かは分かるだろうけど。
それすらも、億劫になってしまう。
なすがままに。 流れのままに。
そこで、頭に衝撃が走った。
なんというか、鈍痛。 引っ叩かれたの?
月火「……いったあ!」
目を開けると、床だった。
ここ最近、何度か見た光景。
何度かというか、起きたら必ずと言って良いほど、見ていた光景。
しかし、いつもとは違う。
どう違うのかと言えば、床との距離が近かった。 もうそれは目の前と言っても過言では無いだろう。 だって本当に目の前にあったし。
つまりは今日、ついに。
ベッドから落ちたのである。
月火「……酷いオチだよ」
ベッドから落ちただけに。
……夏のはずなのに、寒気がするのは気のせいという事にしておこう。
まあ、そんな文句を言っても仕方ないか。
というか。
何なの、あの夢は。
確かに、そういうのもあったけどさー。
でもさー。
一時期の気の迷いというか、状況が状況だったんだよ。
だから仕方なかったというか、成り行きというか。 そんな感じ。
第一、お兄ちゃんがしっかりと私を拒否していればあんな事にはならなかったんだし。
うん。 私は悪くない。
とにかく、夢の事は一旦置いておいて。
時計に目をやると、まだ朝とは程遠い時間。
外は真っ暗。 火憐ちゃんは熟睡。
こんな時間に、目が覚めてしまった。
寝ようにも、あんな夢を見た所為で眠気なんてどこかに飛んで行ったらしく、非常に冴えてる。 この場合は、非情にの方が良いかな。
それに、体中が汗でベタベタしているし。 なんだか少し、ドキドキもしているし。
うーん。 お風呂にでも、はいろっかな。
そう思い、はだけている浴衣を直す。
月火「……はぁ」
頭がまだ痛い。 あの高さから落ちたのだから、ちょっとはコブになっているのかと思ったけど、摩ってみると何ともなっていなかった。
昔から体は丈夫な方だと思っていたけど、ここまでとは。
私って意外と、不死身なのかもしれないなぁ。
やめよやめよ。 くだらない事なんて考えていないで、とにかく一度、お風呂に入ろう。
汗を流して、すっきりしたいし。
次の行動を決め、立ち上がり、部屋の外へ向かう。
それはそうと、夜中の家の中って少し怖くない?
変に怖がる所為で、床に落ちている物だとか、洗濯機のランプだとか、家が軋む音だとかが、余計に怖く感じるんだけどね。
ちなみに私はホラーがあまり好きじゃない(お兄ちゃんはよく、面白い映画があると言ってホラー映画を見せてくる。 無理矢理)ので、本当は夜中に部屋の外には出たく無いんだけど。
まあ、でもだからと言ってこんなベタベタの体で再度寝ようなんて思いにはならないし。
その辺りは割り切るしかないかぁ。 ただ着替えるだけというのも、ありっちゃありなんだろうけど。
どうせなら、少しくらいの恐怖は我慢して、体を流してすっきりしたいから。
で、そんな事をつらつらと考えながら部屋から外に出る扉へと手を掛けて。
ゆっくりと、開ける。
当然の如く、廊下は真っ暗。
勿論、物音なんて一つもしない静かな家で。
よし、大丈夫大丈夫。
そう思った瞬間、ガチャリと音がした。
月火「……っ!」
嫌だ嫌だ。 お化け? こんな夜中に? いや、夜中だから?
どうしよう。 どうしようか。 逃げる? どこに?
そもそも、お化けから逃げるのって、意味がある?
なんて考えに考えたのだけれど。
少し考えれば当然の事。
目の前に居たのは、お兄ちゃんだった。
目の前というよりかは、部屋から出てきた所を目撃しただけ。
そう言う訳で、勿論向こうは気付いていない。
こんな夜中に、まさか私が起きているとは思っていないだろうし。
月火「……お」
呼んで、どうする?
声を掛けて、どうする?
私に何か出来るの?
今まで、五日間もずっとこうして何も出来なかったのに。
悩みの原因すら、未だに分からないというのに。
それに、お兄ちゃんはこんな夜中にどこへ行くのだろうか。
お風呂? お手洗い?
そんな考えをしている間にも、お兄ちゃんは部屋の外へと一歩一歩進む。
そして、見てしまった。
お兄ちゃんの横顔と、その瞳を。
当然、それを見た私には声を掛けるなんて真似が、出来る訳なかった。
ばれない様に、気付かれない様に、部屋へと戻る。
扉を閉めて、その場に座り込んだ。 足に入っていた力が、一気に抜けて。
月火「……う、ううう」
体が震える。 怖い。 怖い。
何があったら、あそこまでになってしまうのだろうか。
何もかも、全部が壊れている。
お兄ちゃんの顔を怖いと思ってしまった。
恐ろしいと、思ってしまった。
一体、どうしたらあんな目を出来るのだろうか。
月火「わ、私は……どうすれば」
何がお兄ちゃんを変えてしまったのか。
分からない。
果てして私は、それを分かっても良いのだろうか。
分からないままでいた方が、良いのだろうか。
考えれば考える程に、涙が溢れてくる。
月火「うっ……うう……」
怖いし、恐ろしいし、今すぐにでも逃げ出したい。
人は、何があればああなるのだろう。
月火「……いやだ、いやだよ」
自分の手で、自分の肩を掴み、震える。
指にいくら力を入れても、震えは止まらない。
そして。
胸が、苦しい。
月火「わ……わたし、は」
今まで、何をしていた。
想像以上に、事態はマズイのかもしれない。
いや、そうとしか思えない。 私や火憐ちゃんが思っている以上に、事態はマズイのだろう。
月火「……」
何でだろう。
どうして私は、こんなにも悲しいのだろう。
どうして私は、こんなにも苦しいのだろう。
どうして私は、こんなにも辛いのだろう。
それには、理由を付けることはできる。
お兄ちゃんが好きだから、好きだからこそ、こんな気持ちになるのだろう。
家族だから、私のお兄ちゃんだから、そんなお兄ちゃんがあんな目に会っているというのに、何も出来ていない私が許せないのかもしれない。
しかし、それだけでは説明出来ない気持ちもある。
どうして。
どうして私は、罪悪感でいっぱいになるのだろうか。
……私はやっぱり。
この状態を変えなければならないんだ。
それだけは強く、確信できる。
恐らく、誰かが私に託したのだ。
お兄ちゃんを変えられる、元に戻せると信じて。
元に、戻す……か。
果たして、それは良い事なのかな。
今の状態が、なるべくしてなった事ならば、それは戻して良いのだろうか。
例えば、お兄ちゃんの自業自得だったとしたら、どうだろう。
それは、お兄ちゃんが責任を持たないといけない事だろうけど。
けど、違う。 違うんだ。
私は、やらないといけない。
何故そう思うのかとか、何故そう確信できるのかとか。
そんな事は、分からない。
分からないけど、やらないと。
今まで、どこか楽観的に見ていた部分はあるのだと思う。 時間がお兄ちゃんを癒してくれると、そうどこかで思っていたのかもしれない。
決して、そんな軽い気持ちで行動していた訳じゃないけど。
だけど、今の今まで状況なんて全く変わっていないじゃないか。
何をやっているんだ。 私は、何をやっていたんだ。
お兄ちゃんの様子がおかしいというのを私は、どこか遊び的に思っていたのか。
遊びじゃないにしても、遊びの延長。
そんな気持ちで、やっていたんじゃないか。
絶対に、そんなはずは無いのだけど。
けど、物事は結果が全てとまでは言わないけど。 どんな事でも、どんなに経過が素晴らしくても、バッドエンドなら意味が無いんだ。
逆に経過が泥臭くて、惨めで、情けなくても。
最後には笑って終われるハッピーエンドにするべきなんじゃないだろうか。
そして、私にはそれをする事が出来るのか。
いや、出来るのかじゃない。 するんだ。 やってやるんだよ。
私が、変えてやる。
真っ暗の部屋の中。
誰も私に気付いていなくて。
誰にも助けてもらえなくても。
一人っきりだけども。
そして、例え。
------------------例えあの化物がまた来ようとも。
第九話へ 続く
六日目。
お風呂の中で、思考していた。
あの時思った事。 確かに思った事だ。
……化物。
姿は分からない。 声も、話し方も、雰囲気も分からない。
けど、確かに私は会っている気がする。 会ってしまっている気がする。
夢なのか、現実なのかも分からない。
火憐「朝から随分と深刻な顔してるな、月火ちゃん」
不意に、横に居る火憐ちゃんが私に話し掛けてきた。
月火「そ、そう?」
火憐「まあ、無理も無い話だとは思うけどさ」
月火「……うん」
火憐「あたしじゃやっぱり、何にも考えられないよ。 最終的には、殴って無理矢理にでも治そうかと思ってるくらいだし」
荒療治だ。 余計に悪化する気しかしない。 もしそれが実行されそうになったら、なんとしてでも止めないと。
月火「けどさ、そうは言っても私も一緒だよ。 これだけ考えても、分からないし」
火憐「そうか? あたしは一緒じゃねえと思うけどなぁ」
月火「えっと、どうして?」
火憐「だってさ」
火憐「考えるのと考えないのじゃ、全然違うじゃん」
火憐「そうやって何があっても、ちゃんと考える事が出来るってのは凄い事だと思うぜ」
そうは言われても、所詮は考えるだけ。 答えが出せないのなら、意味が無いじゃん。
月火「だって、私にはそれくらいしか出来ないから」
月火「火憐ちゃんは少し短絡的な部分もあるけどさ、頭は良いじゃん。 それに、力も強いし」
火憐「何だか褒めてるのか褒めてないのか分からない台詞だな、それ」
月火「褒めてるんだよ。 火憐ちゃんのそういう部分、凄いと思うしね」
月火「けどさぁ。 私にはそういうのって無いじゃん? さっき火憐ちゃんが言っていた事だって、それだけの事だし」
火憐「だったらさ」
火憐「あたしだって、それだけの事だよ。 あたしは月火ちゃんのそういう部分が凄いって思うんだ」
火憐「月火ちゃんがあたしの事を凄いって言うなら、そんなあたしが凄いって言っている月火ちゃんは凄くねえのかよ?」
火憐「違うだろ? それとも月火ちゃんはあたしの言う事が信じられねえか?」
月火「それは……」
どこまでいっても、やはり火憐ちゃんには敵わない。
火憐ちゃんには火憐ちゃんなりの考え方があって、私には私なりの考え方があるんだ。
火憐ちゃんは私の事を凄いと言ってくれて、私は火憐ちゃんの事を凄いと言った。
とどのつまり、それだけじゃないのだろうか。
だから、私は並んで歩けるのだろう。
火憐ちゃんは私の事を引っ張っていく訳でも無く、道を教えてくれる訳でも無く。
ただただ、一緒に歩いてくれる。
並んで、横に居てくれる。
だけど、どうしようも無く迷う時だってある。
それもそうだ。 いくらファイヤーシスターズとか言われようと、正義の味方と言われようと、私達は中学生。 子供なんだから。
私達では手に負えない状況になったり、私達同士ですれ違う事だってある。
その時に必ず、手を差し伸べてくれたのはお兄ちゃんだった。
私が家を飛び出す事はそれなりにあるのだけど、以前飛び出した時は夜通しで私を探してくれた事もあった。
最近の話だと、あの詐欺師の一件に私達が首を突っ込み、痛手を食らった時はその詐欺師の元まで行って、話を付けて来てくれた。
そして今は、どうしようも無く迷っている。
私達がじゃない。 お兄ちゃんが、どうしようも無く迷っているんだ。
この話の主人公は私達ではなく、あくまでもお兄ちゃんなのだ。
だから、手を差し伸ばさなければならない。 今度は、私達がお兄ちゃんに。
……そうだ。
何か私は大事な事を勘違いしていたんだ。
これは正義の味方としての行動では無い。
お兄ちゃんから言わせれば、正義の味方ごっこと言うのだろうけど、そういう意味でも無い。
ファイヤーシスターズとしての活動では無く。
これは、ただの妹としての行動なんだ。
恩返しとか、感謝の気持ちだとか、そういうのでは無いだろう。
私達は、お兄ちゃんの妹として、家族として、手を差し伸ばすべきなんだ。
火憐「おーい、月火ちゃん聞いてる?」
月火「うぃ?」
また考えに集中しすぎてた。 何にも聞いて無かったよ。 それに、返事で噛んだし。
火憐「いや、だからさ」
火憐「あたし達は、過去とかじゃなくて、これからの事も考えないといけねえのかなって」
月火「これからの、事?」
火憐「ああ。 絶対に何とかしてやるって気持ちは変わらないけどさ。 もしも兄ちゃんがこのままだったら、あたし達も立ち振る舞いを考えないといけないだろ」
火憐「だから、これからの事」
つまりは、先の事。 今と、これから。
月火「……そう、かもね」
反論をしたかったが、私の口からはそれしか出なかった。
火憐ちゃんの考えは、分かる。
いつまでもどうにかしようとしていたら、私達がいつまで経っても泥沼にはまる様な物だから。
お兄ちゃんが居たからこそ、私達は思うが侭に行動できた部分はある。
それを自覚していたか、無自覚だったのかと問われれば、恐らくは前者。 自覚していた。
私達も、いつまでも立ち止まっている訳にはいかないとは思う。
思うけど、それでも私は……
火憐「ごめんな。 テンション下がる様な事言ってさ」
火憐「……だけど、それも考えておかないと」
本当は火憐ちゃんも、こんな事は言いたく無かったのだと思う。
私も、どこかではそういう考えはあったけれど、決して言葉にしなかった。
……違うか。 言葉に出せなかったんだ。 それが怖くて。
それを言葉に出せる火憐ちゃんは、やっぱり強い。
月火「そうだよね。 うん」
月火「いつまでも、頼ってばかりじゃ駄目だよね」
それもまた、選択の一つなのかもしれない。
今のお兄ちゃんを受け入れる事こそが、正しい選択なのかもしれない。
月火「……頭に入れておくよ、それも」
変えなければならないとは、今も強く思っている。
何かの使命感が私にはあるし、それを絶対に果たさなければならないとも。
だけど結局は、今のお兄ちゃんを受け入れる事も、変化なのかもしれない。
お兄ちゃんを変えるのではなく、私達が変わる。
それもまた、見ようによってはハッピーエンドじゃないだろうか。 私達がお兄ちゃんを受け入れて、お兄ちゃんもそれを望んでいるのだとすれば。
……お兄ちゃんが、それを望んでいる、か。
火憐「ふう。 あたし、ちょっくらまた走ってくるわ。 気分転換がてら」
湯船から立ち上がり、顔を掻きながら火憐ちゃんは言う。
月火「うん。 気を付けて、行ってらっしゃい」
多分、日が暮れるまで火憐ちゃんは帰って来ないだろう。
火憐ちゃんが言う気分転換は、ぶっちゃけるとかなり長いから。
火憐「あいあい」
そう言い、火憐ちゃんは扉を閉めようとする。
月火「ねえ、火憐ちゃん」
火憐「ん? どうしたよ」
月火「もし、もしもだけどさ」
もしそうだったとしたら、根本的に私達の行動は間違いだった訳だけど。
それでも、火憐ちゃんならなんて答えるのだろうか。 それが、少しだけ気になった。
月火「今の状態をお兄ちゃんが望んでなっているのだとしたら、火憐ちゃんだったらどうする?」
火憐「望んで、か。 難しい質問だなぁ」
火憐「まあ、そうだとしても何とかしようとは思うよ」
月火「それは、どうして?」
火憐「決まってるだろ、あたしがそんな兄ちゃんを見ていたくないからだ」
月火「お兄ちゃんが、余計なお世話だと思っていても?」
火憐「うん。 あたしは結構わがままだからさ。 そんなのは知らねー」
火憐「それに、家族にそんな遠慮してどーすんだって話じゃん?」
月火「……そう、だね」
月火「私も、もしそうだったとしてもなんとかしようと思う」
月火「兄妹だしね、私達」
火憐「ああ、そういう事だ」
火憐「まあ、それでもどうしようも無かったら、変わるべきはあたし達って事だろうな」
言いながら、火憐ちゃんはお風呂場を後にした。
月火「……さて」
どうしようか。
一応、今日と明日は本気で頑張ろう。
気分は最悪だけど、とは言っても火憐ちゃんのおかげで、少しは調子を取り戻せた。
とりあえず、何か行動を起こさないと。
その何かが今の今まで何の成果も生んでいないけど、それでもじっとはしていられない。
あー。
そういえば、今日のお昼ご飯は自分達で作れとのお達しを受けているんだった。
火憐ちゃんは何かの栄養剤みたいなので済ませていたし、私は私で自分の分を用意しないと。
それと、お兄ちゃんの分もか。
時間経過。
正直言って、私は料理が上手くない。
とは言っても、絶望的って程ではない。 あくまでも、上手くないというだけで下手な訳では無いのだ。
普通に作れる分には作れるし。 むしろ、十四歳という年齢しては出来る方なんじゃないかな。
今日は私の分とお兄ちゃんの分。 二人分を作らないといけないのだけど……
過去に一度だけ、いや二度かな? もしかしたら三度かもしれない。
とにかく、お兄ちゃんに料理を作った事がある。
あの時は今よりももっと険悪な仲で、言葉を交わせば喧嘩と言った感じだった。
そんな仲では少しマズイと思い、私が料理を作る事によって、少しは兄妹仲が良い方向へ動く事に期待して、料理を作ったんだ。
今から一年くらい前の話になるけど。
何を作ったんだっけかな……
えっと確か、オムライスだった様な気がする。
あの日はパパもママも帰りが遅くなり、夜ご飯として私が振舞ったのだ。
で、火憐ちゃんとお兄ちゃんの分を作って、三人で仲良く食べて、皆笑顔。
になれば良かったんだけど、現実はそうも甘くない。
火憐ちゃんは「美味しい美味しい」と言って食べてくれたんだけど、お兄ちゃんは「何だこれ、どこで売ってたの? 賞味期限大丈夫かよ」とほざいていた。 いや、仰っていた。
勿論、それを聞いて私は大泣き。 その一部始終を見ていた火憐ちゃんは激怒。
もう、鬼神の如く怒り狂っていたのは覚えている。
お兄ちゃんは急に怒り出した火憐ちゃんに、訳が分からないといった顔をしていたんだけど、その数秒後には吹っ飛んでいた。
何かの比喩とかじゃなくて、文字通り吹っ飛んでいた。
思えばお兄ちゃんのマジ泣きというのを見たのは、あれが初めてだったかもしれないなぁ。
ていうか、妹に殴られてマジ泣きする兄って、どうなんだろう。
結局、最終的には仁王立ちをする火憐ちゃんの前で、お兄ちゃんが泣きながらオムライスを食べて「美味しいです」と言わされていたんだけど。
それを見ていた私は、なんとも言えない気持ちになったのは確かだ。
そして、あの時は少し多く作り過ぎたんだっけかな。 私とお兄ちゃんと火憐ちゃんと、一人一食分では無く、後三皿くらい余っていた気がする。
自分で作っておいてあれだけど、お兄ちゃんがああ言っていたのも無理は無い。 自分で食べて、美味しくは無いと思ったから。
その余ったオムライスの処分には大分困ったんだけど、次の日には無くなっていた。 パパとママが一皿ずつ食べていたのは知っているけど、残りの一皿は恐らく、捨てられてしまったのだろう。
まあ、それが別に悲しかった訳じゃないんだけどね。 だって本当に不味かったし。 なんというか、私も残そうかと思ったくらいだったし。
目の前で火憐ちゃんがガツガツ食べていて、お兄ちゃんも泣きながらだけど食べていて、それで私が残す訳にもいかなかったというのも事実だ。
って訳で、今日はオムライスを作ろう。
今度こそ、お兄ちゃんに美味しく食べてもらう為に。
火憐ちゃんに無理矢理食べさせられるのでは無く、普通に食べてもらう為に。
あれから料理もちょくちょく作ってるし、大丈夫大丈夫。
月火「よし」
さすがに浴衣のまま料理をする訳にもいかないので、エプロン装備。
なんだか、浴衣にエプロンというのも意外と斬新かもしれない。 今度茶道部でファッションショーをやる時の参考にしよう。
さて。
まずは料理本をチェック。 開かれたページには「鳥でも作れるオムライス」と書かれていた。
本当かい。 鳥に作れるのだったら、そりゃもう誰にでも作れるじゃん。 まあ、そういうのを含めて書いてあるんだと思うけど。
で、まずは表題にもなっている鳥肉を切る。 食べやすい大きさに。
塩こしょうで味付けをしてー。
ええっと次は、玉ねぎか。 涙出ちゃうんだよね、私。
何でも目を保護すれば涙が出ないらしいけど、そこまでするのも面倒だし。
それに二人分だ。 そこまで気にしなくても問題無いでしょ。
との事で、着々と料理を続ける。
時間経過。
よし、完成だ。
さすがに料理本の見た目通りって訳にはいかなかったけど、それでも結構な見栄えになった。
なんだか、お兄ちゃんにあげるのは勿体無いくらいだ。 いや、あげないと意味が無いんだけどさ。
ふむ。
しばし、料理を見つめる。
なんだか、これだけじゃつまらないかな?
お兄ちゃんの事だから、どうせ「冷凍食品かよ」とか思うのだろう。 失礼な兄だな! むかつく!
よしよし、なら私にも考えがあるね。
近くに置いてあったメモを一枚取り、手紙を書こう。
まあ、手紙と言っても簡単な物だけど。
お兄ちゃんへ。
私が作りました。
お兄ちゃんは覚えていないかもしれないけど、私が前に作った時は「賞味期限大丈夫かよ」と言っていましたね。
私はあの時の事を忘れた事がありません。 むしろトラウマです。
そんな私が今日、また料理を作りました。 一年越しのオムライスです。
別に毒を盛ったりはしてないです。 安心してね。
美味しくは無いかもしれないけど、元気出して。
月火より。
なんだか、恨み節みたいになってしまった。
まあ、照れ隠しという事にしておこう。 我ながら可愛い照れ隠しだなぁ。 全く。
さて、それじゃあそろそろ持って行こう。
料理が冷めてもつまらないし、何よりお昼時を少し過ぎちゃってるし。
今日はこの後、どうしよっかなぁ。
火憐ちゃんもいないから、部屋で考え事でもしようかな。
また、考え事。
ううん。 やっぱり外に出よう。
たまには、火憐ちゃんらしく気分転換だ。
月火「……そういえば」
一つ、まだ行っていない場所がある。
火憐ちゃんの友達が私を見たらしい廃墟。
あそこには、まだ行っていない。
そんな所に何かがあるとは思えないけど、そう決め付けて放置しておくよりは良いだろう。
場所は……メールで確認って事で。
今日はなんだか、長い一日になりそうだ。
六日目。 結果報告。
一つだけ、分かった事がある。
この数日間、何も分からないで居たけど、一つだけ分かった。
あの廃墟へ行って、それを確信した。
私が見るべきは、過去の事じゃなかったんだ。
火憐ちゃんの言う通り、今。 これからの事を見るべきだった。
今からするべき事は決まった。
とにかくこれで、全てが終わる気がしている。
なんとも長く感じた一週間だったけど、それも後もう少しで終わり。
同時に、この作戦も最終日になると思う。
良い方向か、悪い方向かは分からない。 やってみないと。
とにかく、一旦寝よう。
明日は良い報告が出来るように、信じて。
これを書いている今は日が昇ってきて、もうお昼時もとっくに過ぎているけど。
それでも、構わない。
昼夜逆転はお肌に悪いのに。
それでも、良い。
さて。
次の報告がハッピーエンドになっている様に願って。
おやすみなさい。 お兄ちゃん、火憐ちゃん。
……。
そうだ。 書き忘れ。
お兄ちゃんは、お昼ご飯を全部綺麗に食べてくれた。
あの頃からしたら、お兄ちゃんもちゃんと成長しているのだなと、少しばかり親気分。
いや、料理の腕が上がったという事だから、成長しているのは私かな?
まあ、私もお兄ちゃんも成長しているだろうけど。 あれから一年くらいは経つしね。
手紙も一応読んでくれたみたいで、下の空いていたスペースに小さく文字が書いてあった。
実の兄と手紙で会話だなんて、なんだかおかしな話だなぁ。
まあ、それは良いとして。
小さくだけど、しっかりと。
美味しかったと、書いてあった。
第十話へ 続く
512 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/05/23 14:12:12.31 fGcftD880 441/830そういえばですが、暦物語で阿良々木さんの誕生日が四月になっていた……
どこかで見た十一月ってのは間違いだったみたいです。
前に書いた短編は、脳内補完でお願いします。
夕方、と言うのにはまだ少し早い時間。
お兄ちゃんにお昼ご飯を作って、出掛ける準備をして、火憐ちゃんに少しだけ気分転換で出掛けるとメールで伝えた私は、廃墟へと来ていた。
どうやら、友達の話によると学習塾が前に入っていたらしい。
いつ無くなったのか、むしろいつ頃あったのかは分からない。
いくら中学生のみの情報網といっても、それなりに量や質に関してはあるんだけど、それでも私の耳には今まで入ってこなかった情報だ。
この廃墟の存在も、ここ一週間でようやく知れた訳だし。
そう考えると、薄気味悪い場所だなぁ。 誰かは気付いたのかもしれないけど、恐らくこの廃墟に気付ける人なんて、数はかなり限られるのじゃないだろうか?
それに塾が入っていたなんて、到底思えないんだけど。
床とか所々穴が開いてるし、何かの怪物が暴れまわったみたいだ。
多分、誰かと誰かがバトルをしたのかもしれない。 それもかなりの勢いで。
そんなくだらない事を考えながら、歩く。
月火「……怖いなぁ」
まさかこんな所に人が居るとは思えないけど、もし居たらびっくりして気を失ってしまいそうだ。
まだ太陽は全然元気に活動しているし、幽霊なんて出ないと思うんだけどさぁ。
それでもやっぱり、怖い物は怖い。
恐る恐る、一歩ずつ、確実に探索。
一階、特に何も無し。
二階、同じく何も無し。
三階、無し。 帰って良いかなぁ。
四階、特に無し。
一応は屋上も見たのだけど、特に変わった物等は無い。
むう。 どうやら無駄足に終わったらしい。
まあ、それもそれで良かったと言えば良かったのかな。
こんな所で幽霊なんて出てきたら、それこそ来なきゃ良かったと後悔するだろうし。
月火「……かーえろ」
少しの間の探検も終わりだ。 早めに帰って火憐ちゃんを待とう。 他の方法を考えないといけないし。
そう思って、屋上から降りる。
四階の階段は、あっちだっけ。
足早に、階段へと向かう。
無事に、三階に下りる階段発見。
発見といっても、先程通ったばかりの場所だから、無くなっていたらそれこそホラーなんだけどね。
そして、下りの階段に足を掛けた瞬間。
私の肩に、手が置かれた。
月火「ひっ!」
ゆっくりと、振り返る。
背が高く。 私を見下ろしている。
……人が居た。
いや、人な訳が無い。 こんな所に人なんて、居る訳が無い。
つまりこれは、お化けだ!
月火「いやあああああああああああああ!!」
咄嗟に蹴り。
見事に命中!
蹲るお化け。
さあ逃げよう。 こんな所に居るなんて、相当頭がおかしいお化けに違い無いし。 悪趣味にも程があるよ全く。
あれ、でもお化けだからこそ、こんな所に居るのかな?
そうだとしたら、至極真っ当なお化けということになる。 これは失礼しました。 ごめんなさいお化けさん。
いやいや、そんな場合じゃない。 早く逃げないと。
で、階段を下りようとお化けに背中を向けた時。
何かが聞こえた。
このお化け野郎が、何かを喋っている?
ぶつぶつと、良く聞こえないけど。
あり得るとしたら。
……大方、呪いの言葉だろう。
どうしよう。 どうしよう。 私呪われてる? 呪われたらどうなるの?
月火「このっ!」
もう一度蹴ってやろう。 黙らせてやる!
今度はその頭だ!
時間経過。
私に呪いを掛けていたのは忍野さんだった。
正確に言えば、呪いじゃなかったんだけど。
何でも、私がそろそろここに来るんじゃないかと思って、待っていたらしい。
前にも聞いたけど、そのそろそろここに来る。 なんてどう予想しているのだろうか。 ファイヤーシスターズの参謀としては、そっちの方にも結構興味があったりする。
月火「あの、すいませんでした」
とは思っても、この状況でそれを問い質すのは違うと思うから、一応の謝罪。
多分、大分適当に頭を下げているんだろうな、私。
言い訳させてもらうと、少しばかり……本当にちょびっとだけびっくりしたのがあり、それに対してイライラしてたからだ。
忍野「良いって良いって。 気にしないでくれよ」
忍野さんは私に蹴られた脛を摩りながら、笑っている。
蹴られて笑ってるって、とんだ変態だ。 恐ろしい。
まあ、もしかしたら私の方にも落ち度はあるかもしれないかな?
でも、いきなりびっくりさせる様な行動を取った忍野さんも忍野さんだよね。 両成敗って事で。
月火「それで、私に用があった……で、いいですよね?」
忍野「うん。 何でも困っているらしいし、手伝えるんじゃないかって思ってね」
月火「……この前は、全然意味が分からない事を言っていたのに、ですか?」
忍野「いやいや、あれもちゃんとした情報のつもりだぜ」
忍野「僕は例の人に言われた通り、やっているだけだよ」
忍野「まあ、もっとも僕には協力する義理も無いんだけどね。 それでもまあ、君のお兄ちゃんとは色々とあったからなぁ」
忍野「友情出演的な感じだと思ってくれれば良いさ」
忍野さんとお兄ちゃんが友人なのかは微妙だけど。
少なくとも、お兄ちゃんと反りが合いそうには見えない。
……もしかしたら、何か脅されて無理矢理お兄ちゃんは付き合わされているんじゃないだろうか。 この人柄悪いし。
月火「お兄ちゃんをいじめないでください」
忍野「いじめてなんかないさ。 むしろ僕がいじめられる方だぜ?」
月火「え? そうなんですか?」
万が一そうだとしたら、正義そのものの私としては許しがたい事態だ。 火憐ちゃんにも相談しなければならない案件だろう。
忍野「そうそう。 いっつも毎日毎日誰かさんの悪口を延々と聞かされているんだよ、僕は」
月火「誰かさん?」
忍野「うん。 確か背はこのくらいで」
と言いながら、私の頭のてっぺんくらいに手をやる忍野さん。
忍野「で、すぐに怒るって言ってたかな」
ふむふむ。
忍野「それで「僕よりチビなんだよあいつ。 笑えるだろ」ってのが阿良々木くんの挨拶なんだ。 いや、最早あれは挨拶というよりかは口癖だね。 僕の顔を見る度に行って来るから」
ほほう。
忍野「それと、和服が好きでいつも家では浴衣を着ているらしいね」
私じゃねえか!
よし、帰ったら殺そう。
忍野「まあ、冗談なんだけどね」
……。
ダメダメ。 怒らない様に。 話を変えよう。
切り替え切り替え。
よし。
月火「友情出演、ですか」
月火「分かりました。 それで、用件は?」
忍野「本題だね。 良いよ、話そう」
忍野さんは煙草を咥えながら、続ける。
忍野「君はさ、阿良々木くんを元に戻そうとしている。 これは間違い無いかな?」
月火「はい。 お兄ちゃんの様子がおかしいので、間違い無いです」
忍野「それは、正しいと思うかい?」
忍野「今の状態でも、阿良々木くんは阿良々木くんだ。 それには違い無いだろ?」
月火「……そうですね。 そうかもしれないです」
月火「正しいか正しくないかは、分かりません。 でも、私にはお兄ちゃんが必要なんです」
忍野「今の阿良々木くんでは無く、前の阿良々木くんがって事か」
忍野「けどさ、結局それは君の都合なんじゃないか?」
忍野「ファイヤーシスターズ、だっけか。 そんな活動をしているんだろ?」
忍野「それの後始末をしてくれるお兄ちゃんの方が、都合が良いから戻って欲しいんじゃないか?」
月火「……多分、そうですね」
忍野「はは、正直者だね。 で、自分の為に阿良々木くんに戻って欲しいと。 そういう事かい」
月火「それは、少し違います」
私の為ではある。 けど、少し違うんだ。
忍野「……違う?」
月火「私と、火憐ちゃんの為にですから」
月火「それに、お兄ちゃんの為でもあると思ってます」
忍野「ははは。 そうかそうか」
忍野「だけども、阿良々木くんはそれを望んでいないかもしれない。 だとしたら、どうする?」
やはり、それを聞いて来るか。 大体予想は出来ていたけども。
それに対する答えも、私の中では出ているんだ。
月火「決まってますよ。 そんなの」
月火「殴って、無理にでも望ませます」
忍野「暴力か」
月火「愛情です」
忍野「……なるほどね」
月火「私は、何度もお兄ちゃんに助けられていますから」
忍野「違うよ。 それは君が勝手に助かっただけだ」
月火「なら……助かる手助けをしてもらっています」
忍野「……そうかい」
月火「だから、今度は私が手を伸ばさないと」
月火「別にお兄ちゃんが望んでいなくても、望んでいても。 関係無く」
忍野「それに、理由はあるのかい? 君の為だとか、阿良々木くんの為だとか、そういうのじゃなくてさ」
忍野「手を差し伸べられた事があるから、恩返しだとか。 それとも、ファイヤーシスターズの正義感からとか、そういうのでは無くて」
忍野「はっきりとした理由だ。 メリットデメリットじゃなくて、何が君をそこまで動かすのか」
月火「決まってますよ」
月火「お兄ちゃんの、妹ですから」
お兄ちゃんだったら、なんて言うんだろうな。 こんな時。
「僕の家族だからだ」 「僕の妹だからだ」
そのどちらも、言いそうだけど。
「恩返しでも、感謝でも、正義感でもねえよ。 僕には必要だから、そうしているんだ。 僕がそうしたいから、そうしているんだ」
やっぱり、これかな。
何ていうか、私も同じ気持ちだから。
だからこそ、分かるんだ。
忍野「……よし」
忍野「オッケー。 君の意思は分かった。 どこまでも君たち兄妹は似ているよ。 びっくりするくらいにさ」
忍野「阿良々木くんも随分と妹ちゃんを大事にしていたけれど、それと同じくらいに彼も大事にされていたって事か」
忍野「欲を言うなら、君の様な妹ちゃんが僕にも一人は欲しかったよ。 そこで提案だ、僕の妹になるかい?」
月火「嫌です」
忍野「はは。 そこは冗談でも、はいって言ってくれたら嬉しかったんだけど」
月火「もし、そんな話をするならお兄ちゃんにしてください」
忍野「やだよ。 殴られるのは御免だ」
忍野「さて」
忍野「それじゃあ話を戻そう。 阿良々木くんがおかしくなってしまった原因」
忍野「もっとも、僕もあそこまでになっちゃうとは思っていなかったよ。 それほど、彼にとっては君たちが大事だったって事なんだろうけどさ」
忍野「結局は彼の自業自得なんだけどね」
月火「……お兄ちゃんが何かをしたって事ですか?」
忍野「そうだ。 やってはいけない事をしたんだよ。 その結果が、今って訳だ」
月火「そうですか。 でも」
忍野「それでも正しいと思う。 かい?」
まさに、今言おうとした言葉を先回りで言われる。
お兄ちゃんのする事は、いつも正しい。
でも正しいからこそ、危ないんだ。
そしてその正しさは、自分自身を傷付ける。
月火「教えてください。 何があって、どうなったのか」
忍野「ああ、良いよ」
忍野「勿論、直接的な理由は述べられない。 強いて言うなら、それは君が自分自身で気付く事だ」
忍野「まあ、そう言っていたのも例の人なんだけどさ。 それが君の意思でもあるんだろうね」
月火「私の、意志?」
忍野「うん、だけど気にしなくても良いよ。 どうせこっちの話だ。 それに君が原因を知れば、自ずと分かる事だしね」
忍野「で、その原因の調べ方」
忍野「そのくらいなら教えても良いと、僕は勝手に判断した」
忍野「今のままじゃ、平行線だろうしね。 何よりフェアじゃないんだよ」
忍野「って訳で、調べ方なんだけど」
忍野「過去を見るより、今を見るべきだ」
月火「過去より、今……」
忍野「そうだ。 君はこの数日間、過去の自分を探していたんじゃないか?」
月火「え……は、はい。 まあ、そうですけど」
考えが、行動が全てばれている様な、そんな気さえしてしまう。
なんだかこの人は、私や火憐ちゃん、それにお兄ちゃんとは全然違う種類だ。
読まれてしまっている様で、お兄ちゃんは苦手としそうなタイプ。
忍野「それも必要な事だろうけど、それよりも今を見た方が良い」
忍野「僕が渡した紙切れだとか、伝言だとか、それにまだ君が知らない情報も、過去には無いんだから」
忍野「あるとしたら今、現在も進んでいるこの時間の中に、あるんだろうよ」
過去には無くて、今にある。
どういう意味?
月火「それって、つまり」
月火「過去を探さずに、今とその先を探せって事で良いですか?」
忍野「まあ、そうなるね」
月火「でも、一体どこを探せば良いんですか? それが分からなくて、私と火憐ちゃんは過去を探すしか無かったのに」
忍野「おいおい、君のその天然っぷりも、阿良々木くんとそっくりみたいだ」
月火「……む」
天然って。
私は断じて天然キャラじゃない。 言うならば秀才キャラだ。
けど、お兄ちゃんとそっくりって言われるのに嫌な気はしないよね。
忍野「はは。 その怒りやすさだけは、違うっぽいけど」
忍野「君が持っているメッセージは、今僕が話した事だけじゃないだろ?」
忍野「この前にも、僕は君に伝えてあるはずだけど?」
この前、忍野さんが私に託したメッセージ。
月火「お兄ちゃんといちゃいちゃすれば答えが出るんですか」
忍野「わざとだと信じたいけど、もう片方の方だよ」
強ちわざとでも無かったんだけど。
月火「ええっと、確か『灯台下暗し』でしたっけ」
忍野「そ。 それと繋げて考えてみなよ」
月火「……繋げて」
今を見る事と、このメッセージを繋げる事。
忍野「それがしっかりと繋がれば、君には分かるはずだよ」
月火「……」
忍野「過去に起きた異変じゃなくて、今起きている異変を考えれば良い」
忍野「普通とは違う事って言った方が良いかな」
忍野「阿良々木くんがおかしくなってしまった日からの事だ。 妹ちゃん、君はこの一週間を見てはいないだろ?」
確かに、そうだ。
私はお兄ちゃんが変になった原因がその前にあると思っていた。 いや、それは合っているんだ。 正しくは。
原因を知る答え。 になるのだろう。
しかし、その答えは過去には無い。
あったとしても、私じゃ見つけられないと忍野さんは言いたいんだと思う。
そんな私でも、見つけられるとしたら。
それは今を見る事。
この一週間を見つめ直す事。
この『一週間の中で起きた異変を探す』事。
それが、お兄ちゃんの悩みの原因を知る答えになる。
そういう、事なんだろう。
月火「分かりました」
月火「見つけます、答えを」
忍野「そうかい」
忍野「……阿良々木くんは本当に、周りの子達に恵まれてるよ」
月火「そうですか? 私はこう思いますけど」
月火「お兄ちゃんがああだから、そういう人が集まるんじゃないかって」
忍野「かもね。 まあ、今回の事は僕の計算違いでもあるからさ」
忍野「阿良々木くんが助かる手助け、宜しく頼んだよ」
月火「はい。 分かりました」
時間経過。
そして、私は家に帰る。
ベッドの上に体を投げ出し、思考する。
やるべき事。
探すべき事。
答えを見つける事。
この一週間を思い出す。
お兄ちゃんが変になり。
火憐ちゃんと喧嘩もした。
家をリフォームしたり。
火憐ちゃんと二人でいつもより沢山話し合った。
お兄ちゃんに料理を作ったりもした。
手紙を書いたりもした。
多分。
これは全部、違う。
異変では無く、全ては日常という言葉に当てはまる。 つまりは普遍的な物。
お兄ちゃんの様子がおかしいというのは、それが全ての始まりであって、今ではない。
過去の原因によって、そうなっているのだから。
それ以外の、もっと単純な事があるはず。
考えろ。 考えろ。
普段じゃ起きないからこその、異変だ。
単純な事。
朝起きて、ご飯を食べて、お風呂に入って、出掛けて、帰ってきて。
日常の中の、異変。 普段とは異なる事。
つまり、違和感。
月火「……」
ゆっくりと、体を起こす。
引っ掛かる事が一つあった。
一つと言うよりかは、一塊と言った感じだろうか。
今までに一度も私に起こっていなくて、ここ最近……一週間の内に何度も起きていた事。
ベッドに手を付け、目を瞑る。
そうだ。
どうしてこのベッドは『不自然に傾いて』いるのだろう。
どうして私は『何度もベッドから落ちそうに』なったのだろう。
今までそんな事は『ただの一度も無かった』のに。
この一週間になってから起きている事。 つまりは『異変』だ。
まるで『誰かがいたずらをした』ように。
まるで『何かを知らせる』ように。
僅かではあるけれど。
『ベッドは確実に床の方へ向けて傾いて』いた。
しっかりと確かめなければ分からない程の小さな傾き。
まるで。
まるでそれは。
ベッドの下に『何かがあるのを教える為に』傾いている。
そして、あのメッセージ。 忍野さんが私に渡した紙切れのメッセージ。
それを繋げて、出る答えは。
時間を確認。
一時。 夜中ではあるけれど、そこまで遅い時間では無い。
火憐ちゃんは寝てしまっている。 物音はあまり立てない方が良いと思う。
私はゆっくりと、音を立てないように、ベッドのマットレスを持ち上げた。
そこにあったのは。
大量の。
数にしたら多分、十くらいはあるかもしれない。
誰かが意図的に置いた様に積まれている、ノートだった。
第十一話へ 続く
月火「これって……」
間違いない、私のノートだ。
何故、こんな所に置いてあるんだろう。
誰かが置いた? 置いたとしても、何の目的で?
置ける可能性がある人は、火憐ちゃんくらいだろうか。
だけど、火憐ちゃんがそんな事をするのかな。
……今はとりあえず、誰がという疑問は置いておこう。 考えるより先に、見た方が早い。
そう思い、十冊のノートをベッドの下から引っ張り出す。
マットレスを戻して、寝転がり、ノートの束を並べる。
見た感じ、古い物では無いみたい。
しかもこのノートには一応、見覚えはある。
確かこれは、最近買ったノートのはず。 最近まとめて買ったのは覚えている。 夏休みの、前だと思うけど。
でも、どうしてそんな物がベッドの下に?
まずは、一冊ずつ確認。 そうする事で、何か分かるかもしれないし。
表紙には『作戦ノート その壱』と書いてある。 他のノートにも同じ事が書いてあり、違いと言えば数字が弐、参、と増えていっているだけだ。
だとすると、中身はどうなっているんだろうか。
順番的に考えると、壱から見るべきなのかな。
どっちにしろ全てに目を通すつもりだけども。
私は疑問を抱きながらもノートの壱を手に取り、ゆっくりと開く。
そこにはびっしりと文字が書かれていて、パラパラと捲ると、どうやらノートの最後までそれは書かれている様だった。
同様に他のノートも確認。
数分かけて、軽く流し読む。
……どうやら、全てのノートに文字が書き込まれている。 それも、隙間無くびっしりと。
そして、もう一つ気付いた事。
間違いなく、これは私の字だ。
書いた覚えなんて全く無いのに、間違いなく私の字。
……少しだけ気味が悪いけど、一体何が書かれているんだろう。
また最初のノートを手に取り、開く。
一番最初の文には、こんな事が書かれていた。
「私から私へ」
私から私?
つまりは、今読んでいる私に向けての私からのメッセージ。 って事?
それくらいしか考えられないけど……
でも、私はこんなノートにこんな文字を書いた覚えは無い。
しかしそうだ。
これは『異変』だ。 間違いない。
日常とは異なって、普段の事と変わっている。
忍野さんの言っている事が正しいならば、これが私の求めていた答えを見つける切っ掛けになるかもしれない。
なら、読むしか無いだろう。
もしかすると、何も分からない可能性だってある。
けど、読まない事には始まらないから。
そして一ページ、一ページ。
丁寧に、見落としが無いようにゆっくりと読んでいく。
そこに書かれている物は、まるでどこかのおとぎ話の様な物語だった。
火憐ちゃんが居て。 私が居て。
お兄ちゃんが居て。 忍野さんが居て。
……化物が居て。
無我夢中で読み漁る。
夜更かしなんて気にせず、読み続ける。
パズルのピースがしっかりとはまるみたいに、記憶も段々とはっきりしていくのが分かった。
ぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が、解ける様に謎が消えて行く。
そのノートに書かれていたのは、切っ掛けでも何でもない。
そのノートに書かれていたのは、私の三日間の事で。
そのノートに書かれていたのは、ただの答えだった。
私が化物に出会い、お兄ちゃんに助けられ。
いや、違うかな。 忍野さんから言わせれば「私が勝手に助かっただけ」なんだろうけど。
色々、あったんだ。
怖かったり、泣いたり、笑ったり、驚いたり。
三日間の、記憶だ。
お兄ちゃんは私の所為で現れた化物と戦って。
私に必死に手を差し伸ばしてくれたんだ。
あの神社にも、行ったんだ。 それもまた、思い出した。
私が化物に連れて行かれて、どうしようも無く怖くて。
怯えて、寂しくて。
そんな時に、お兄ちゃんは来てくれた。
私が「助けて」と言った瞬間、お兄ちゃんの顔付きが変わったのを覚えている。
多分、怒っていたんだろうな。 私のお兄ちゃんは、そうだから。 もしも私が本物の私で無くても、お兄ちゃんはただ見ているだけなんて出来ないだろう。 だから私は、お兄ちゃんが好きなのだ。
その後、そこで化物と戦って、お兄ちゃんは酷くやられて。
それでも最後まで、自分の事は二の次に私を守ろうとしてくれた。
ボロボロになっても、必死に私の前に立って、化物と戦っていた。
私はしっかりと、全部見ていたんだ。
目を逸らすなんて事、出来る訳が無かったから。
全部、しっかりと見ていた。 忘れまいと、見ていたのに。
……そして、その時は結局忍野さんが来て、化物は一旦退いて行った。
それから。
それからお兄ちゃんにおんぶされて、一緒に帰って。
私は寝た振りをしていたんだっけかな。 なんだか恥ずかしかったから。
……服を脱がされて体を拭かれていた時は起きそうになったけど。
ソファーに私を寝かせて、お兄ちゃんは一先ずお風呂へと入ったようで。
そこで、私は考えたんだ。
お兄ちゃんは多分、悩んでいたんだろう。
私がどう思っているか、分からなかったんだろうな。
そんな、顔をしていたから。
帰ってる途中、ばれない様に見た横顔はとても悲しそうな物だったから。
私がその時に言えば良かったのに、言えなかった。
私の所為で、その状態になっていて。
そんな私がいくら言っても、気休めにしかならないんじゃないかって思った。
そして、お兄ちゃんがお風呂から出てきて。 私はそれでも寝た振りをしていて。
お兄ちゃんは私を抱えて、ベッドまで連れて行ってくれて。
その後、私は起きて……とは言っても、元々寝ていなかったけど。
それから、私のベッドの上で少しお話をして。
お兄ちゃんの雰囲気が、変わったのを覚えている。
どこか安心した様な、嬉しそうな、そんな顔をしていたっけ。
私も多分、同じ様な顔をしていたと思う。
思っている事は違ったかもしれないけど、とても心が落ち着いたのを覚えている。
どこでどう一人になろうと、お兄ちゃんは来てくれるんだなと、感じたから。
信じようと、思ったんだ。
だけど、あの時お兄ちゃんが「自分の事を話すと約束する」って言った時、私の目を見ていなかった。
だから、それは嘘だと思ったんだ。 お兄ちゃんは自分で気付いていなかったみたいだったけど。
けど、それで良いとも思った。 お兄ちゃんがそれを正しい事だと信じているのなら、私もそれを信じようと。
その後は確か、私が先に言ったんだっけかな。 お兄ちゃんとその日は一緒に寝る事になって。
そして、お兄ちゃんは寝る前に、ひと言だけ私に伝えてくれた。
ああ、そういえばその時の返事もまだしてなかったっけ。
しっかりそれも、伝えないと。
……次の日は、お兄ちゃんと神社の所でお話しをしたんだ。
一人で待っているのは怖かったけど、お兄ちゃんの慌てる姿が少し見たかったのかもしれない。
予想通り、お兄ちゃんはすぐに来てくれて、他愛の無い会話をしたんだ。
それから、私が化物に願った事を話して。
いや、話す前にお兄ちゃんに当てられたんだよね。
びっくりしたけど、ちょっと格好良かったなぁ。
帰りは自転車に二人乗りをして、とは言っても私が漕がされたんだけど。 それは今でも、納得がいかないけど。
途中で火憐ちゃんと会って、お兄ちゃんが殴られていたっけ。 思い出したら、なんだか笑えてきちゃった。
その後、三人で自転車に乗って家まで雑談をしながら帰って。
とても、なんだか安らぐ時間だった。
そうじゃなかったら、私の方法なんて絶対に反対されていただろうし。
お兄ちゃんは多分、自分が死んでも私や火憐ちゃんを守るから。
けど、けどさ。 お兄ちゃん。
そんなの、私だって一緒なんだよ。
次の日は、二人で廃墟へ向かったんだよね。
忍野さんの住んでいる、廃墟に。
私の考えた作戦を話して。
採用してくれて。
それで、お兄ちゃんの顔を私は見た。
そこで、初めて気付いた。
お兄ちゃんが何かを考えていると。
私にも知らせない何かしらの方法を考えていると。
それから、私は隣の部屋に移動して。
考えた。
お兄ちゃんは、私に何をしようとしているのかと。
性格とか、今までの事とか、行動とか。
自分の事を話さない理由は? 方法は?
お兄ちゃんの性格からして、私が迫るのを拒むのは無理だ。 お兄ちゃんの体の事を問い質せば、いつかは絶対に口を割る。
だからつまり。
私がお兄ちゃんの体の事に興味を失くせば良い訳で。
その方法で考えられるとしたら。
今までの、常識を一旦全て外して、出せる答えは。
そういうのを含めて、考えた。
そしたら、案外すんなりと答えは出てきたんだ。
お兄ちゃんは、今回の事を無かった事にしようとしているんじゃないかって。
方法とか、具体的に何をするかとかは分からなかったけど。
だから、私は残した。
お兄ちゃんのことだから、どうせ後になって後悔するんだろうなって思って。
それに、私を除け者にしているのにちょっとだけ腹が立って。
お兄ちゃんは多分、すっかり忘れているだろうけど。
私は言う事を聞くけどさ、守らないんだよ。 そんな事。
そうして、私はこのノートに書いたんだ。
その三日間にあった事を全部。
ノートは家に着いた時に、このベッドの下に隠した。
だからそこまでしか書かれていないんだけど。
そこまで思い出せれば、十分だ。
後の事は自然と思い出す。 あの後は。
神社へ行って、お化けとお兄ちゃんが戦って。
正直、お兄ちゃんはやっぱり弱かったけど。
いや、強いのかな。 お兄ちゃんは多分、強すぎるんだ。
だからこそ、弱いのかもしれない。
それで私が、お兄ちゃんごとあの化物を刺して。
お兄ちゃんは気を失って、私は泣いて。
今度は廃墟へまた戻って。
最後に。
最後にお兄ちゃんとキスをして、お兄ちゃんは私の記憶を。
消したんだ。
私はその時、賭けには勝ったと思っていた。 私も私で、ノートを残すという選択を取っていたから。
それに忍野さんにこっそりと渡したメッセージも、しっかりと私の元に届いている。
こうして、ベッドの下のノートにも気付けた。
しかし、誤算が二つ程あった。
一つは、時間が掛かりすぎてしまった事。
あの時の私は、この計画は二、三日で終わると思っていたんだ。
だけど、一週間も掛かってしまった。
……もうちょっと分かり易いメッセージにすれば良かったかな。
そういえば、忍野さんが渡してくれたメッセージ。
あれを見た私は「これを書いた人は随分と捻くれている」なんて思ったけど。
まさか自分の事だったとは。 客観的に見たら、私って捻くれているのだろうか。
そしてもう一つ。
予想以上に、お兄ちゃんの受けたダメージがでかかった事。
私は何にも分かっていなかった。
無理にでも断っていれば、こうはならなかったのかもしれない。
あそこで、お兄ちゃんの意見に反対していれば、変わったのかもしれない。
でもそれは出来なかった。 お兄ちゃんの意思を無駄にする事が、出来なかった。
第三者から見ればそれを強さというかもしれないけど、私はどうしようも無い弱さだと思う。 他人任せにしてしまった、自分の弱さ。
……いや、他人ではないか。 家族なんだから。
私は信じすぎて、信じるから頼るになっていたのかもしれない。
けど。
思い出せた。
時間は掛かったけど、どうしようも無く遠回りだったけど。
こうして、思い出せた。
今すぐにでも、お兄ちゃんの部屋に行って話をした方が良いんだろう。
しかしどうにも情けない事に、睡魔には勝てない。
化物にも、お兄ちゃんとの賭けにも勝って、睡魔に負けるなんて。
なんだか情けない限りだけど。
時計に目をやると、既にお昼過ぎ。
うっそ。 ずっとこうしてノートを読んでいたというのか。
火憐ちゃんも声を掛けてくれれば良いのに。
そう思い、二段ベッドから下を見る。
ああ、声を掛けるのは無理だったみたい。
火憐ちゃんは床で寝ていたから。
昨日は結局、帰ってきたの夜だったし。 疲れていたんだなぁ。
私はこのまま、この状態で無理にでもお兄ちゃんの部屋に行っても良かった。
今すぐにでも話したいという気持ちはある。
けど、私はやっぱり一度寝よう。
気持ちを整理して、頭を整理して。
それで、お兄ちゃんとは向き合いたいから。
今のお兄ちゃんには、こんな状態で話しても逆効果になってしまうかもしれないから。
私も一緒。 忍野さんと一緒だ。
忍野さんも、お兄ちゃんがあそこまでになるとは考えていなかったはず。 現にそう言っていたし。
私もそう、お兄ちゃんがああなってしまうなんて事は、思っていなかった。 あの時の私を叩いてやりたい気分だ。
それはつまり、私達がそれだけ、大切にされているという事だろう。
それだけ、お兄ちゃんにとって私達は、大事なんだろう。
自意識過剰でも、自信過剰でも無く。 そう思わなければいけない。
それは結局、私達も自覚を持たなければいけない事だから。
同じくらい、お兄ちゃんの事を大切にしなければならないから。 大事にしなければならないから。
だから、中途半端な状態では会いたく無い。
それが私の為にも、お兄ちゃんの為にもなんだと思う。
しっかりと向き合って、話さなければならない。
私が思う事も、お兄ちゃんが思う事も。
もう絶対に、すれ違いたく無いから。
お兄ちゃんも、私達から見れば、それこそヒーローみたいにも見えてしまう。
けど、それ以前に人間だ。
笑いもするし、怒りもするし、泣きもする。
怖がることもあるし、照れる事だってある。
そういう、どこにでも居る人間なんだ。
そして。
私の、お兄ちゃんだ。
私は私らしく。
最後の最後まで捻くれてやる。
それが、この物語を変えるのに必要なこと。
忘れ物は、全て回収し終えた。
後は考えを纏めて、十分に休んで。
エンディングを迎えるだけ。
完。 って文字が見えるまで何が起きるのかは分からないけど。
だけど絶対に、ハッピーエンドにしてみせよう。
それしか私は、認めない。
さて、そろそろ一旦寝ないと。
丁寧にベッドの横に「起こさないで」と書いた張り紙を貼り付けて。
間に合ったなんて言葉は絶対に言えないけど。
私は私なりの、一週間を歩んだ。
そしてようやく、答えを見つけた。
私以外の人なら、もっと見つけるのは早かったかもしれない。
たとえば羽川さんだったり、彼女さんだったり、他のお兄ちゃんの友達だったり。
その人たちなら、私とは違う方法で答えを出していたのかもしれない。
けど、それでもこの答えは私の物だから。 私がしっかりと決着を付けるべきなんだ。
私が見つけた、私だけの忘れ物だ。
だから、ごめんなさい。
もう少しだけ待っていて、お兄ちゃん。
第十二話へ 続く
続き
月火「どういたしまして、お兄ちゃん」【後編】

