1 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/04/27 13:29:33.57 TzjkvvIT0 1/882暦「火憐ちゃん、ごめん」
の続きとなります。
前スレURL
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1365139513/
⇒http://ayamevip.com/archives/45552842.html
こちらのスレが後編となるので、前編から読んで頂ければ幸いです。
全二十話構成(予定)
1スレッドで完結予定となっております。
元スレ
暦「月火ちゃん、ありがとう」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367036973/
2 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/04/27 13:30:53.84 TzjkvvIT0 2/882それでは、まずはあらすじの投下をします。
物語には、いつだって終わりがある。
それは春休みに僕が経験した事であったり、羽川翼がゴールデンウィークに経験した事であったり。
はたまた、戦場ヶ原ひたぎが蟹と出会った事であったり、八九寺真宵が道に迷った事であったり。
更に、神原駿河が悪魔に願った事であったり、千石撫子がおまじないの被害にあった事であったり。
そして、阿良々木火憐が蜂に刺された事であったり、阿良々木月火が不死身だった事であったり。
それらの物語には、いつだって終わりが訪れるのだ。
少なくとも僕はそう思っているし、今までだってそうだった。
いや、正確に言えば僕自身が春休みに経験した物語は今でも続いている。
だが、それは僕と忍が互いに痛み分けという形になる事によって、一旦の終わりは見せているのだ。
少し、前の話をしよう。
僕のでっかい方の妹。 阿良々木火憐。
彼女は僕の為に願い、そして、怪異に憑かれた。
その物語自体は本人も覚えておらず、覚えているのは三人だけしかいない。
一人は忍野メメ。 専門家でもあり、春休みに僕が助かるのを手伝ってくれた奴でもあり、お人好しでもある。
もう一人は忍野忍。 元吸血鬼であり、幼女であり、僕の罪でもある。
そして、最後の一人は僕、阿良々木暦。
ここでぐだぐだと僕という人間がどんな奴かを語るのも、別に構わないのだけれど。
自分について語るのは、やはり恥ずかしさもあるので止めておこう。
僕がどういう人間なのかは、それこそ知られているだろうし。
そして、その物語は既に終わった。 終わっている。
そう、思っていたのだ。
しかし、それは僕が勝手に思っていただけであって、実際は僕の知らぬ所で、物語は進んでいた。
恐らくは、誰も気付かなかったであろう水面下で、着実に。
僕は馬鹿だから、一段落して気が抜けていたのだろう。
今回は、そんな物語の続きを語ろうと思う。
これもまた、僕が忘れてはいけない物語。
前に話した火憐の物語では、あいつは僕の事を想っていた事が分かった。
それは火憐が兄として、僕の事を想っていてくれたという訳なのだが。
いや、そもそも異性として想われていたら、それは少し怖いのだけれど。
だが、その想いで僕も救われた部分はあるのだろう。 これは間違い無い。
だから僕はこう仮定しようと思う。
火憐の物語が、僕にとって救いのある物語だとするならば。
今から語る月火の物語は、救いの無い物語だと。
仕方が無い……そう言えば、全ては説明が付くのだろうが、少なくとも僕は納得しない。
選択肢の無い、結末。
どうしようも無く絶望で、どうしようも無く暗く、どうしようも無く終わる。
先に言っておこう。
今から僕がする物語は、大分後味が悪い物になると思う。
僕がそう思っているのだから、それは当然なのだけれど。
見る人によって変わるのかもしれないが。
それでもやはり、この物語には救いが無いのだ。
阿良々木月火。
僕のもう一人の妹。
頭の回転が早く。
不死身で。
末っ子で。
怒りやすく。
そして、捻くれている妹の物語である。
12 : ◆XiAeHcQvXg - 2013/04/27 13:38:11.33 TzjkvvIT0 12/882以上であらすじ終わりです。
続いて第一話投下します。
今朝もまた、いつもの様に妹達に叩き起こされた。
少し前の事もあり、僕は最近それをあまり迷惑だとは思わないのだけれど、でもやっぱり起こし方は考えて欲しい。
それに、今日のは特に酷かった気がする。
まあ、今日のに限ったと言う訳では無いが。
こんな事を思う僕は、恩知らずなのだろうか?
客観的に見てみよう。
アニメだと、技を掛けられたり、階段から突き落とされたり、バールで起こされたり等、ギャグアニメとして見るならば、まあ別におかしな起こし方では無い。
が、僕はこう言いたい。
この話を僕はギャグだと思った事が無いのだ!
と、そうは言った物の、とりあえず見て貰わなければ分からないだろう。
もう一度言う。 今日の妹達の起こし方は酷かった。
理解して貰う為には、まずは回想。
以下、回想。
火憐「兄ちゃん、朝だぞこら!」
月火「いい加減起きないと駄目だよー!」
と、いつもの様に二人揃って僕を起こしに来る。
案の定、朝にそこまで強くない僕はすぐに起きるなんて事が出来ず、妹達は次の段階へと移行するのだが。
普段通りなら、火憐は僕に何かしらの技を掛けて(そういうのには詳しく無いので、技名とかは分からないが、とにかく痛い)月火はそれを眺めている。 といった感じである。
改めて思うけれど、普段通りで既に酷すぎるんじゃないだろうか。 この妹達は、兄をもっと敬うべきだろう。
が、しかし。
今日は違った。
いや、火憐の方はいつも通りだったので、言い直そう。
今日の月火は違った。
火憐は僕の上に乗り、関節を締め上げてくる。 ここまでは普段と何ら変わり無い。
勿論、普段と変わらないからといって、僕はそれを良しとしている訳では無い事は理解して頂きたい。
んで、問題なのは月火の方だ。
普段と同じなら、月火は僕の苦しむ姿を眺め、ニコニコしているのだけれど(それはそれで、かなり酷い)
今日の月火は僕の方まで近づいてきて、なんと、髪の毛を掴んできたのだ。
掴んできたというか、毟り取ろうとしてきた。 痛いってほんとに。
月火「いつもいつもいつもいつも起こしに来ているのにさ。 何で起きないのかな、たまにはすぐに起きれないのかな。 ねえ、どうして?」
月火「今、私が掴んでいるこの髪の毛を引きちぎれば起きるかな? あはは、でもそんな事をしたら、お兄ちゃんハゲになっちゃうよね。 別に良いけどさ」
月火「あ、それともお兄ちゃん。 もっと優しく起こして欲しいとか? ならそう言ってよ。 やだなぁもう。 待っててね、今すぐに出刃包丁を持ってくるから」
どうしたの。 ねえ、月火さん。 どうしちゃったの。
てか出刃包丁って……
優しく所か、永眠コースじゃねえか。
暦「待て、待てよ待てよ月火ちゃん。 お前なに、どうしちゃったの!?」
暦「つうか何。 ゴールデンウィークの時と一緒のキャラ? それヤンデレじゃなくて狂人だからな!」
月火の怒りの原因にもなっている僕の眠気なんて物は、一瞬でどっかに飛んで行った。
月火のキレっぷりはタイミングが掴めないし、それでキレるのかよ! って部分でキレたりするのだ。
いや、ほんともう心配である。
主に、僕の体が。
月火「ほら、だから言ったじゃん。 火憐ちゃん」
火憐「うお。 すげえな月火ちゃん」
と、二人で何やら話をしている様で。
暦「あん?」
月火「作戦勝ちだよ、私の作戦勝ち」
火憐「だなぁ。 あたしも何か策を練らねえとな……」
暦「おい、おい! ちょっとそこのシスターズ。 どういう事だ」
月火「どういう事も何も無いよ、お兄ちゃん」
火憐「そうだぜ。 それに、兄ちゃん寝惚けてるのか? ファイヤーが抜けてるぞ」
月火は良いとして、火憐の突っ込みは大分ずれている気がしてならない。
えーっと。 何だコレ。
月火「私と火憐ちゃんでさ。 今、お兄ちゃんがどうやったら気持ちよく目覚められるか研究中なんだよ」
火憐「あたしはやっぱり、なんかしらの技を掛ければ気持ちよく起きれるって思ってたんだけどさ、やっぱ月火ちゃんには敵わねーや」
ええっと?
つまりは、この心優しい二人の妹は、僕の目覚めを良くする為に、二人で話し合い、今日の起こし方を実行したって事なのか?
ふむ。
なんだよー。 そうならそうと言ってくれよー。 本当にお前らは兄想いの妹達だなー。 可愛い奴らめー。
暦「ってなる訳ねえだろ!! つうか、火憐ちゃんの技を掛ければ気持ち良く起きれるって、僕は別にMじゃねえんだよ!」
暦「大体な、月火ちゃんのはもう、色々とヤバイからな! 朝起こしに来る妹って言うより、借金取りのチンピラって感じじゃねえか!」
暦「何より! 僕は普通に起こして貰えれば十分なんだよ! 変な事を研究してるんじゃねえ!」
ここぞとばかりに怒鳴り散らす。
つまり、僕が言いたい事は。
変な作戦等、考えずに普通に僕を起こしやがれ。
って事だ。
朝から随分と血圧が上がった気がするなぁ。
月火「ふん、折角良い目覚めの方法を考えてあげたのに」
暦「全然良くないって言ってるんだよ!」
まあ、目は覚めたけれどさ。
火憐「んだよー。 失敗か」
火憐「仕方ねえ、次の作戦を考えようぜ、月火ちゃん」
月火「だね。 今度はもう少しハードにしてみるべきかな……」
暦「ソフトにお願いします!」
と、今日の朝はこんな感じだったのだ。
そして今、現在。 何故か火憐が僕の部屋へと残っている。
暦「んで、作戦会議は良いのかよ」
火憐「ん? あー。 それは夜にするんだけどさ、ちょいと兄ちゃんに相談があるんだよ」
相談? つうか、これなんかデジャヴなんだけど。
暦「ふうん。 へえ。 なんだよ、相談って」
火憐「月火ちゃんの事だ」
おいおい、本格的にデジャヴじゃん。
火憐「なんかさ、最近様子がおかしいんだよ」
火憐は床に座り込み、天井を見上げながら、そう僕に言った。
暦「確かにおかしいな。 今日の朝も」
火憐「いや、兄ちゃん。 あれはいつも通りだと思うぜ」
自分が数秒前にした発言を否定する事になるが、そうかもしれない。
月火のあの態度は、確かにいつも通りである。
阿良々木暦は間違いを素直に認める男なのだ。
暦「で、それなら火憐ちゃんが言う様子がおかしいってのは?」
火憐「なんとなくなんだけどな」
前置きをし、火憐は続けた。
火憐「なんかさぁ。 兄ちゃんを避けてるっつうか、そんな感じなんだよ」
僕を避けてる? 今までの行動を振り返ってみても、避けられる様な行動したっけ。
うーん。 してないな。
僕は妹達が喜ぶ行動しかしないし。
火憐「今日の朝だってそうだぜ。 あたしは最近、兄ちゃんを起こさないと駄目だっていう使命感があるからさ、毎朝月火ちゃんを呼んでいるんだけど」
火憐「どうにも、乗り気じゃない? みたいな」
使命感ね。 変な部分を覚えているのかな、こいつは。
暦「あれじゃないのかな。 月火ちゃんも朝に弱くなったとか」
火憐「うーん。 どうだろう?」
僕に聞かれても。
暦「まあ、そうだなぁ。 それは確かに様子がおかしいと言えばおかしいし、後で話してみるよ」
てか、乗り気じゃなかったのにあの起こし方とか、ノリノリだったらどんな風になるんだ……寒気がするぞ。
火憐「おう、宜しく頼んだぜ、兄ちゃん」
暦「頼まれた。 今回は、ちゃんとやらないとな」
火憐「ん? 今回?」
暦「なんでもねえよ。 こっちの話」
火憐「ふうん。 ま、いいや。 んじゃあ、あたしはジョギングにでも行ってくるよ」
暦「あいよ」
と火憐が言い、部屋を出て行こうとする。
暦「そうだ、火憐ちゃん」
火憐「ん?」
暦「ジョギング行くんだろ? 風呂、作っておいてやるよ」
火憐「おお、おお。 優しい兄ちゃんは何だか気味が悪いけど、好意は受け取っておかねえとな。 サンキュー」
気味が悪いとか言うなよ。 僕が優しくなかった事なんて、過去に一度も無いだろ。 多分。
時間経過。
との訳で、まずは月火との話し合い。
暦「おーい、ちっちゃいの」
ソファーに座る月火に声を掛ける。
月火「ほいほい、何か用事?」
月火は僕の方へ顔を向け、そう答える。
うーん。 どう切り出そうか?
暦「お前、何悩んでるの?」
月火「……へ?」
あれ、直球じゃ駄目なのかな。
って言っても、どう聞けばいいのやら。
暦「言い方を変えよう」
暦「月火ちゃんは、僕の事が嫌いか?」
月火「うん」
言い終わるのとほぼ同時に肯定するなよ! 僕の心は不死身じゃねえんだぞ!
月火「というかさ、どうしたのお兄ちゃん。 変じゃない? 頭でも打った?」
暦「打ってないけどさ。 月火ちゃんの様子がおかしいって噂があるんだよ」
主に、僕と火憐の間で。
月火「だ、誰がそんな噂を!」
おお、良いリアクションだ。 大げさではあるけども。
月火「でも、月火ちゃんはいつも通りだよ。 お兄ちゃん」
月火「私から見れば、お兄ちゃんの方が断然変だと思うけど、どう?」
どう? って言われてもな。 自分で自分を変だと分かっている奴は、その時点で変では無いだろうに。
暦「まあ、月火ちゃんがそう言うなら僕は何も言わないけどさ。 何か悩みとかあったら、僕が乗るから相談しろよ」
月火「やっぱりおかしい! お兄ちゃんが変になった!」
暦「大声で人聞きの悪い事を言うんじゃねえよ! 僕が町内で変人扱いされたらどうするんだ!」
月火「それもそうだね。 家の中での行動が外に漏れたら、お兄ちゃん社会的にやばいからね」
暦「んな訳あるかよ。 僕は普通の行動しかしない」
月火「ふうん」
ジト目である。 これでもかってくらい、ジト目。
暦「なんだよ。 僕がいつ、変な行動をしたって言うんだ」
月火「それは物凄く難しい質問だよ。 何でか分かる?」
まるで、小学生の子供が悪い事をした時に怒られている感じ。 自分で気付く様に、質問で返してくるのだ。
ちなみに、僕はそれがあまり好きでは無い。 生徒に質問をするその姿勢は、自分では言葉が無いからとしか思えないから。
暦「さあな。 何でなんだ? 月火ちゃん」
なので僕はこの様に返す。 さあ、迷え。
月火「それはね、お兄ちゃんがいつ如何なる時でもそんな行動を取っているからだよ。 朝起きたら胸を揉む。 勉強に飽きたら妹の歯を磨きながら押し倒す。 夜は寝ている妹にキスをする。 お風呂を覗く」
月火「二十四時間、お兄ちゃんは変な行動を取っているんだよ? 理解できる?」
説明されてしまった。 見事に質問に答えられてしまった。
だけど、反論の余地が無いって訳でもない。
暦「待て、月火ちゃん。 それは間違っているぞ」
暦「さすがの僕でも、寝ている時は変な行動をしていない。 それは断言できる」
言ってから、自分の普段の行動が変だと認めている事実に気付いた。
おのれ月火、はめやがったな……やりおる。
月火「確かにそうかもね。 でも夢の中でどうせ変な行動を取っているんでしょ」
暦「僕の夢の中の行動まで決め付けるなよ!」
月火「普段の姿勢を治さなきゃ、それは無理な話だよ。 お兄ちゃん」
うぐぐ。
言いたい放題言いやがって、このチビが。
胸揉むぞコラ。
いや、やめておこう。 僕のあらぬ噂が広まっても困るし。
だけど、僕だって言われっぱなしでは気が済まない。
暦「分かった。 分かったぜ、月火ちゃん」
暦「月火ちゃんが言いたいのは、僕の普段からの行動だろ? なら、それを治せばお前は僕に平伏すと言う訳だ」
月火「いや、平伏すなんて一言も言ってない」
暦「とにかく、僕はもうお前がさっき言っていた様な行動は取らない。 阿良々木暦を舐めるなよ!」
月火「へえ。 まあ、お兄ちゃんがそう言うなら、私は応援させてもらうよ」
月火はそう言い、ペチペチと、とても力の抜けた拍手をする。
暦「おう。阿良々木暦は今日、この時から生まれ変わるんだ」
暦「それじゃあ僕はお風呂を洗うついでに、一風呂浴びてくるけど、月火ちゃんも一緒に入るか?」
月火「宣言した次の台詞で早速駄目じゃねえか!」
月火の貫手が腹に刺さった。 見事なツッコミだ。
でも、なんか割りとマジで痛い。
暦「お、おい……お前、いつからそんな腕を上げたんだよ……」
月火「お兄ちゃん対策に、火憐ちゃんから毎日教わってるんだよ」
暴力姉妹かよ、勘弁してくれ。
てか、ただでさえ切れやすい月火に火憐の力が加わったら、それこそ手に負えないんだけれど。
暦「ぼ、僕はもう駄目だ……月火ちゃん、風呂作りは任せたぞ……」
と言ってその場に倒れ込む。 月火を見習ってオーバーリアクション。
月火「さり気無く私に仕事を押し付けないで。 ほら、さっさと起きろお兄ちゃん」
そう言いながら、僕の顔をぐりぐりと踏み躙る月火。
今更だけど、こんな光景を第三者が見たらどう思うのだろうか。
妹に顔を踏まれる兄。
まあ、第三者が見る余地は無いからいいか。
等と考えている間にも、月火は未だにぐりぐりと僕の顔を踏みまくる。
それはもう、押し潰すと言った方が正しいのかもしれない。
暦「踏みすぎだろ! お前はどんだけ兄の顔が踏みたいんだよ!」
月火「あ、ごめんごめん。 踏みやすい形だったから」
暦「兄の顔を踏みやすいと表現すんなや!」
全く、お前の方がよっぽど変じゃねえか。
てか、これはふと思った事なのだが、妹にぐりぐりと顔を踏まれるのも、それはそれで。
閑話休題。
暦「んで、話を戻すけど月火ちゃん」
月火「はいはい。 というか、まだ続けるの?」
暦「当たり前だ。 月火ちゃんが変っていう話は、まだ終わらない」
月火「私が変、ねえ」
月火「というかさ、お兄ちゃん。 さっき噂になっているとか言っていたけれど、誰から聞いたの?」
暦「ん? 火憐ちゃん」
月火「あの野郎」
暦「おい、今なんて言った」
月火「あ、なんだぁ。 火憐ちゃんかぁ」
今、火憐の事をあの野郎呼ばわりしたよな!? すげえ普通にスルーされたけどさ!
月火「うーん。 別に私はそう感じないんだけど、具体的に言うとさ、どこら辺が変なの?」
暦「火憐ちゃんが言うには、僕を朝起こしに来るときに乗り気じゃないとか、そんな事を言ってたな」
月火「……はあ」
うわ、すげー呆れた感漂う溜息。
月火「そりゃーそうでしょ。 お兄ちゃん、朝全然起きないじゃん。 そりゃあ、さすがの私でも飽きるよ」
飽きたとか飽きないとかの問題だったのかよ。
暦「そんなもんか?」
月火「そんなもんだよ」
暦「でも……」
とは言った物の、これ以上なんて言えば良いのだろうか。
確かに、月火と話す限り、こいつはいつも通りだ。
僕が心配し過ぎなのだろうか?
ううむ。
でも、火憐の事もあったので慎重に動かないとなぁ。
暦「まあ、いいか。 とりあえず月火ちゃん」
暦「何か些細な事でもいいからさ、相談とかあったら言ってくれよ。 いつでも乗ってやるから」
月火「やっぱ、お兄ちゃんの方が変だよ。 いつもだったら絶対そんな事言わないのに」
暦「はは、かもしれない」
月火「ま、お兄ちゃんがそう言ってくれるなら良いけどさ。 それより大丈夫なの?」
暦「大丈夫? 大丈夫って、何が?」
月火「いやいや……」
月火はそう言いかけ、何かを思いついた様に再び口を開く。
月火「そうだお兄ちゃん、今日ちょっと出掛けるんだけどさ、何か買ってくる物とかある?」
あ? すげえ急に話題が変わったな。
暦「いや、別に無いけど……つうか月火ちゃん、そのお出掛けって」
暦「まさか、あいつか。 あの月火ちゃんのストーカー」
月火「蝋燭沢君の事を言っているなら、あの人はストーカーじゃないからね」
月火「それに、今日は一人だよ。 火憐ちゃんには内緒なんだー」
暦「へえ、珍しいな。 火憐ちゃんと別行動なんて」
月火「服を見に行くんだよ。 火憐ちゃんと一緒でも良いんだけれどさ。 火憐ちゃんって、あれじゃん」
あれじゃん。
ジャージじゃんって事だろうな、きっと。
暦「確かにそれもそうだな。 月火ちゃんと違って、あいつは女の子っぽくないからなぁ」
月火「ま、まあ。 そうかもね」
なんだ? 月火の奴、急に嬉しそうな顔をして。
良く分からねー奴だな。
暦「つか、なんで急にそんな話題になったんだよ。 前後の繋がりが無いぞ」
月火「ああ、そりゃそうだよ。 お兄ちゃんをここに引き止めるために、話題を変えたんだから」
暦「僕を引き止める為に? はは、なんだ月火ちゃん。 僕とそんなに話していたいのか」
月火「当たり前じゃん。 私、お兄ちゃんの事大好きだからさぁ」
おお、デレ月火。
暦「仕方の無い奴だなぁ。 おし、もうちょっと話に付き合ってやるか!」
と、なんかうまい事乗せられている気もしなくも無いが、僕はソファーへと座る。
月火「そうしたいのは山々なんだけどさ、お兄ちゃん」
月火「それはもう無理みたいなんだよ、残念ながら」
暦「無理? どういう意味だよ」
月火「いやぁ。 だってほら、火憐ちゃん帰ってきたみたいだし」
そう月火が言った直後、玄関の扉が開く音がする。
「たっだいまー! いやあ、兄ちゃんが風呂を作ってくれるって言うから、ついつい走り込んじまったな!」
「おっふろおっふろー。 沸いてねえじゃん!!」
と。
一人元気な妹である。
暦「あの、月火ちゃん」
月火「なあに、お兄ちゃん」
月火はそれはもう、心底嬉しそうな顔をしていた。
始めからこれが狙いか、こいつ。
暦「……いや、お前を責めるのは違うな。 悪いのは忘れていた僕の方だ」
月火「ほう、潔いね」
暦「だけど、この恩は仇として必ず返すぜ」
月火「恨み深いね」
暦「それじゃあ、火憐ちゃんに殴られてくるとしよう」
月火「かっこいいね」
くそう。
見事嵌められたと言った所だろう。 僕は多分、あの妹には敵わない。
見た目はキュートなのに、腹黒いったらありゃしないからな。
それに加え、頭の回転もやけに早いし、とにかく厄介である。
しかし。
それはそうと、月火の奴はそんな悩みなんて無い様子だったなぁ。
火憐の勘違いだったのだろうか?
まあ、今はまだ分からない。 でも、何かが起きるとするならば、そろそろだろうか。
警戒するに越した事は、無いかな。
それより、今は火憐の怒りをどうやって鎮めるかを考えなければ。
そんな目先の危険を感じながら、僕は月火に見送られ、風呂場へと向かうのだった。
つきひドッペル 開始
暦「なあ、これどういう状況なんだ」
火憐「さあ?」
本人達でさえ、分からない状況。
いや、分かろうとしない方が良いのかもしれない。
それもそう、僕と火憐は何故か一緒に風呂に入っていたのだ。
暦「しかも、何で僕は服を着て風呂に入っているんだよ」
理由は勿論分かるが、当てつけみたいな物である。
火憐「あたしに言われてもな」
そして、正確に言えば風呂に入っている訳では無い。
火憐がシャワーを浴びている間、風呂桶を掃除し、沸かしているのだ。
ここまで説明すれば、分かっていただけただろうか。
つまり。
あの後、僕は火憐に急いで「今から風呂沸かすから、ちょっと待ってて。 あはは」と、うっかりしちゃってた、てへ。 みたいな感じで言った所、火憐はこう返したのだ。
「仕方ねえな。 でも、汗が気持ちわりいし、シャワー浴びてる間にやってくれよ」
と。
なるほど。
それはかなり生産的な考え方である。 同時進行とは。
で、この状況って訳だ。
火憐「それはそうと、兄ちゃん」
暦「ん?」
火憐「こう、こっちでシャワーを使っている時にそっちでお湯を出されると、水圧が弱くなるんだよな」
暦「仕方ないだろ。 同時進行にも、メリットだけある訳じゃないんだし」
火憐「なんとかならねえのかな」
暦「そんな方法があったら、今すぐやってる」
火憐「だよなぁ。 ま、いいや」
何だったんだ、この会話。
暦「まあさ、もうすぐでこっちは終わるから、後少しだけの辛抱だ」
火憐「あいあい」
てか。
滅多な事は口にする物じゃねえよな。
「風呂を作っておいてやる」なんて言わなければ、こんな事にはならなかったのに。
暦「しかし、服を着たまま風呂に入るってのも、なんかあれだよなぁ。 変な感じだよ」
火憐「んだよ、じゃあ脱げばいいじゃん」
暦「おいおい、一緒に入れってか? 僕も火憐ちゃんも、小さい子供じゃねえんだぞ」
火憐「別に嫌ならいいぜ。 兄ちゃんがぐだぐだ言うからなんだしさー」
暦「まあ、脱ぐけど」
火憐「おう、そうこなくっちゃ」
なんか気持ち悪い!
あれだ。
僕がボケても、火憐はそれに上乗せする感じでボケてくるので、なんか変な感じなんだ。
つまり、ボケとボケじゃ何も生まれない。
だけど、もう服は脱ぎ捨てたので僕の方はボケでは無いのかもしれないが。
暦「とかやってる内に、風呂沸いたぜ」
火憐「さすが、風呂沸かしの兄ちゃんだな!」
暦「なあ、それ褒めてるの? 僕にはとてもじゃないが、良い意味には聞こえないんだけれど」
火憐「褒めてるに決まってるじゃん。 あたしが兄ちゃんを褒めなかった事なんて、無いぜ」
いっぱいあると思うけどなぁ。 もしかしたら、火憐は一日一日で入れ替わっているのかもしれない。 そう考えると、間違いではないか。
暦「てか、沸いたと同時にシャワーが終わってたら、あんま意味無かったな」
火憐「良いって良いって。 結果オーライだぜ、兄ちゃん」
暦「お前、結果オーライってなんとなくで使ってるだろ」
さて。
火憐が湯船に入るのを見届け(決して、変な意味ではない)僕はシャワーを浴びる事にする。
もう風呂は沸いてるおかげもあり、シャワーの水流はいつも通りだ。
なんだか得をした気分である。 湯船を掃除していた事実がある限り、そうとは言えないのかもしれないが。
火憐「うひー。 やっぱ、兄ちゃんが沸かした風呂は気持ち良いな!」
暦「火憐ちゃんが好きな温度と、僕が好きな温度が一緒だしな。 それもそうだろ」
火憐「違う違う。 気持ち的な意味でだよ」
火憐「兄ちゃんが沸かした風呂は、正義の風呂って感じなんだ」
どんな風呂だよ! 浸かればどんな事が起きるのか気になるけどな!
火憐「兄ちゃんの心にも、正義の炎は宿っているし」
暦「なんだよそれ。 僕は別に、ただ適当に掃除して、適当に沸かしているだけだ」
火憐「ふーん。 それにしては、随分と熱くて良い感じだぜ」
暦「だからそれは温度の問題だろうが!」
火憐「いや、正義の問題だろ?」
やべえ、言葉が通じない人と会話している気分だ。
それも、ただ単に言語の問題ではない。 意思疎通さえ困難である。 例えて言うならば、人間じゃない何かと話している感じ。
暦「さて、僕はそろそろ上がるぞ」
髪も体も洗い終わったし。
火憐「ん? 湯船に浸からないの?」
暦「いやいや、だってお前入ってるじゃん。 月火ちゃんならまだしも、火憐ちゃんとはさすがに入れねえよ」
火憐「月火ちゃんとなら入るのかよ!?」
暦「違う! 例え話だ!」
暦「別に火憐ちゃんと入るのが嫌って訳じゃなくて、うちの湯船狭いじゃん。 二人は入りきらねえよ」
暦「月火ちゃんサイズなら大丈夫だけど、火憐ちゃんサイズだと厳しいからな」
今にも殴らんばかりの勢いで身を乗り出していた火憐は、それを聞き、やっとさっきまでのリラックスモードに戻る。
火憐「なんだ兄ちゃん。 そうならそうと最初に言えよ」
暦「いや最初に言ったけどもな?」
火憐「そうだっけ?」
火憐「いや、でもさ兄ちゃん。 体を小さくすれば入れない事もねえよ?」
暦「そりゃそうだろうけどさ。 そんな無理に入る必要もねえだろ」
暦「湯船は広々と入りたいんだよ、僕は」
火憐「うーん。 ま、いいや」
ま、いいやで済ますなら、最初から絡んでくるなよ。 ほんと。
火憐「あーそうだ。 それは良いとしてさ、兄ちゃん」
暦「ん? 今度は何だ」
火憐「さっき、月火ちゃんと話してたんだろ? どうだった?」
火憐が湯船から少しだけ身を乗り出し、尋ねてくる。
暦「ああ、月火ちゃんの様子が変って奴か?」
火憐「そうそう」
暦「んー。 僕が話す限り、特に変だとは思わなかったけどなぁ」
火憐「ふうん……でもいつもと違う様な気がしたんだけど」
暦「そんな時もあるんじゃね? まあ、とりあえずはいつも通りだと思うぜ」
火憐「そっか。 んじゃあ、あたしの気のせいだったのかもな」
気のせい……か。
本当にそうだとして、何事も無ければいいんだけれど。
暦「そうだな。 それが一番良いんだよ」
暦「つってもさ、火憐ちゃん」
暦「もし、また気になる様な事があったら、言ってくれよ」
火憐「りょーかい。 月火ちゃんを監視していればいいんだな」
暦「監視って言うと、すげえ聞こえが悪いけどな……」
火憐「んじゃあ、観察か?」
暦「うーん。 それもまた微妙じゃないか?」
火憐「それなら、どんな言い方ならいいんだよ!」
切れるなよ! 月火並みの切れやすさだぞ、それ。
暦「そうだなぁ。 見守るって言い方が一番じゃね?」
火憐「……なるほど。 見守るか。 確かにそうかも」
火憐「さすが兄ちゃんだぜ」
疲れるなぁ。 こいつの相手。
火憐「よしよし。 んじゃあ、そんな兄ちゃんにサービスだ」
暦「あ? サービス?」
火憐「おう」
火憐はそう言うと、湯船からあがり、僕の方へとぐいぐい歩いて向かってくる。
ぐいぐいって言うよりは、ドシンドシン。
いや、そんな言い方は駄目か。 火憐も一応は女子なのだから。
とにかくこう……僕に圧力を掛けるような、そんな感じ。
暦「え、ええっと。 火憐ちゃん?」
火憐「うりゃ!」
投げられた。 投げて湯船に放り込まれた。
しかも、頭からである。 普通に危ない。
暦「ちょ、ちょっと火憐ちゃん!!」
しかし、投げた後の僕を止める事はさすがの火憐でも出来ず、頭から着水する羽目となったのだけれど。
いや、本当にもう冗談じゃなく、溺れそうになった。
暦「お、お前! 何してんだよ!」
暦「危うく家の風呂で溺死する所だったじゃねえか! 大事件だぞ!」
妹に投げられ、兄が溺死。 それも自宅の風呂場で。
そんな紙面が世に出たら、笑い話も良い所だ。
火憐「よっと」
湯船の中から抗議する僕を無視し、火憐も湯船に入ってくる。
火憐「いやー。 さすがに狭いな!」
暦「ちょっと待て、待てよ火憐ちゃん。 これは何だ? どういう状況だ?」
火憐「だから、サービスだって言ったじゃねえかよ。 あたしと一緒に湯船に入れるなんて幸せだろ?」
暦「百歩譲って、百歩所じゃねえけどな? そうだとしてさ、僕を投げる必要があったか?」
火憐「んー。 特に無いかな?」
暦「意味も無く人を投げるんじゃねえよ!」
火憐「いやいや。 だって兄ちゃんさ、投げやすい体系してるじゃん」
してるじゃんって何だよ。
僕は一度も望んで無いからな、そんな体系。
そういや、朝は月火に「踏みやすい顔をしている」とか言われた気がする。
お前らにとって、僕は何なんだよ。
暦「……まだ昼前だけど、既に疲れ果てた」
火憐「体力ねえなぁ。 あたしはまだまだ大丈夫だぜ」
暦「火憐ちゃんと一緒にするんじゃねえ」
暦「それに、僕が言っているのは精神的な意味でだ」
火憐「あ、そうそう」
火憐「今日、兄ちゃん出かけるんだっけ?」
えー。 どんだけ話変わってるんだよ。 すげえ自由奔放だな。
暦「ああ、昼過ぎくらいからちょっとな」
その話題転換に付いていける僕も、案外捨てた物では無いのかもしれない。
火憐「えーっと、誰だっけ。 確か友達だっけ?」
暦「そんな感じになるのかなぁ……」
と言うのも、今日は忍野と会う予定だったのだ。
前に言っていたご飯を奢る約束。 である。
僕はすっかりと、なあなあになるのを期待していたのだが、意外とあのアロハのおっさんはその辺りの事はしっかりとしているらしい。
火憐「そっかぁ。 じゃあ今日はあたしと月火ちゃんで留守番か」
暦「いや、月火ちゃんも出掛けるって言ってたな。 何でも服を買いに行くらしいぜ?」
火憐には内緒とか言っていたけど、ついつい口が滑ってしまった。
ごめんな、月火。
火憐「あー、そうなんだ。 んじゃあたし一人で留守番かよ」
暦「何だよ、月火ちゃんは火憐ちゃんに来て欲しがってたけど、行かないの?」
僕は月火の先程の言葉を月火の激しいツンデレであると思う。
そう解釈し、告げる事にした。
感謝しろよ、月火。
火憐「月火ちゃんが? あたしが行くといっつも機嫌悪くなるんだけど、良いのかな」
暦「機嫌が? それは初耳だけど」
火憐「うん。 大体いつも、家に帰ってから兄ちゃんの部屋を漁ってストレス発散してるぜ」
暦「なんで僕が一番被害にあってるんだよ!」
阿良々木家に限定すれば、僕は多分、一番可哀想な奴だろう。
だよね?
火憐「どうすっかな。 月火ちゃんがそう言っているなら、付いて行こうかなぁ」
暦「いや、僕の勘違いだったかもしれない」
火憐「なんだ、そうなのかよ?」
暦「ああ」
月火はやはり、敵に回しては駄目だ。
火憐「んー。 じゃあ今日はあたし一人か。 暇になっちまったな」
暦「暇ならどっか走って来いよ。 てか、火憐ちゃんが出かけないって事の方が珍しいんだけど、今日は一日家にいる予定なのか?」
火憐「たまにの休憩って奴だよ、兄ちゃん。 ずっと動いているのも体に悪いし」
暦「なるほど。 んじゃあ暇人って訳か」
火憐「まあ、そうなるな。 それがどうかしたのか? 兄ちゃん」
暦「いや、それならさ。 僕も月火ちゃんも用事が終わって帰ったら、久し振りに、三人で何かして遊ぶかなって思ったんだよ」
火憐「おお。 良いじゃん良いじゃん。 あーそーぼーぜー」
暦「今日だけだからな。 僕が出かけてる間に、何するか考えとけよ」
火憐「へへへ。 あたしの中ではもう決まってるんだな、これが」
うわあ、すげえ笑顔だ。
多分、自分の考えた遊びに自信があるのだろう。
その自信は僕の不安に直結するんだけども。
暦「……期待せずに聞いてあげよう」
火憐「肩パンだ」
お前はどこのヤンキーだよ。
暦「それもう、火憐ちゃんがいる時点で、僕と月火ちゃんに対するいじめでしかねえからな?」
火憐「そうか? じゃあじゃんけんでもするか!」
暦「単純に遊びでじゃんけんをする奴なんて、小学生以来見たことねえぞ」
火憐「他に遊びなんて無いだろ。 ならどうしろって言うんだよ」
暦「遊びのバリエーション少なすぎんだろ!」
火憐「よっし。 じゃあ兄ちゃんに全て任せよう」
丸投げかよ。 まあ、最初から火憐には期待していなかったけどさ。
火憐「んじゃあ、あたしはそろそろ出るぜ。 兄ちゃん、風呂サンキューな」
ああ、そういや僕と火憐は風呂に入っていたのだった。
ついつい話し込むと、僕が今何をしているのかさえ忘れそうになる。
怖い怖い。
と、ここでついつい言わなくても良い事を言ってしまう。
あれだ、気付いたら口が勝手に動いていた、みたいな。
暦「なんだよ火憐ちゃん。 もうギブアップか?」
僕が火憐の背中にそう声を掛けると、火憐は当然立ち止まる。
火憐「ギブアップ? 兄ちゃん、それはどういう意味だ」
火憐から何かオーラの様な物が立ち上がる。 幻覚だろうけど。
暦「いやいや、さすがの火憐ちゃんでも湯船に浸かる時間は僕より短いんだな。 って思っただけさ、ただの感想だよ」
火憐「ああん?」
火憐「なんだ兄ちゃん、あたしが負けって言いたいのか?」
暦「うん。 まあ人それぞれ、得意不得意なんてあるしな。 火憐ちゃんが僕より我慢強くないってだけの話だよ」
挑発挑発。
この挑発に、火憐が乗ってこない訳がない。
火憐「よし、良いぜ。 その勝負受けて立つ!」
火憐はそう宣言すると、その場でくるりと体を回転させる。
火憐「先に根をあげた方が、逆立ちして一日過ごすでいいか?」
なんだよその罰ゲーム。 めっちゃ僕に不利じゃん。
暦「おう、良いぜ」
まあ、負けたら破ればいいだけだし。
暦「というか火憐ちゃん、そうやって時間稼ぎをして、体を冷ましてるんじゃないか? 僕はこうして浸かり続けてるって言うのに」
火憐「じょ、上等だぜ。 今すぐ入る!」
言うや否や、火憐は再び湯船の中に入った。
あー。
なんか自分で言い出した事なのだけど、既に面倒臭くなってきてしまった。
つうか、マジで火憐に付き合っていたら多分、僕はそのまま湯船の中で死ぬ事になるのかもしれない。
まあ、適当に満足したらあがるとしよう。
火憐「なあ、兄ちゃん。 これって先に湯船から出た方が負けって事で良いんだよな?」
暦「ん? ああ、そうだな」
火憐「ふむ。 じゃあさ、無理矢理追い出すのは駄目か?」
暦「駄目に決まってるだろ! 絶対僕負けるじゃん!」
絶対と言う辺り、なんか悲しくなってしまう。
火憐「そうか……おっけー。 じゃあ、殴ったり蹴ったり投げたりとか、暴力的な奴以外なら良いって事だよな?」
暦「あ? まあ、そうかな」
何だろう。 火憐から暴力を取ったら、何も残らないのではないだろうか。
火憐「にっしっし。 分かったぜ、兄ちゃん」
暦「分かったって、何が?」
火憐「つまりはこうだ!」
火憐はそう言うと、すぐ隣に居る僕に抱きついてきた。
火憐「うりうりうりうりうり!」
抱きつくと言うよりはしがみつくと言った方が正しいか。 いや、そのしがみつくでさえ、絞め技の様にがっちりホールドされてしまっているのだけれど。
暦「やめろ! 火憐ちゃんマジでやめろ!! お前裸だし僕も裸なんだぞ!」
火憐「んだよ。 妹の裸に欲情してんのか?」
暦「する訳ねえだろ! 気持ち悪いって言いたいんだよ僕は!」
火憐「良いじゃん良いじゃん」
暦「よくねえよ! つうか体全く動かねえんだけど、首から下が全く動かないんだけど!?」
火憐「嫌なら降参するんだな! その方が身の為だぜ」
身の為って言葉がここまで真実味を帯びていると、マジで恐ろしい。
暦「分かった。 分かった火憐ちゃん、僕の負けだ。 今すぐ出て行くから離してくれ」
火憐「おう。 でも抱き心地がいいからもうちょっとしたらな」
結局このままじゃねえかよ! 負け損だ!
暦「それまで僕の身が持ちそうにねえよ! やめてくれ!」
火憐「後少しだけだからさー。 良いじゃん」
なんで朝から妹と二人で風呂に入って、挙句の果てに抱きつかれてるんだよ僕は!
こんな場面を誰かに見られたら、あらぬ誤解を受けそうである。
んで、そんな事を考えた時点で、オチは決まっていたのだ。
ガラガラと。
風呂の扉が開く。
月火「あ?」
声の発信源を見ると、風呂に入りに来たであろう月火が居た。
恐らく、阿良々木家で一番風呂好きなのは月火である。
そうだ、こいつまだ家に居るんだった。
月火が家に居ると言う事は、つまり風呂に来る確率がかなり高いのだ。
これは今日最大のミスになりそうである。
それに対する僕は。
暦「……」
蛇に睨まれた蛙状態。 首から下だけでなく、もはや首から上も動かす事が出来なかった。
火憐「お、月火ちゃんじゃん。 一緒にはいろーぜー」
対する火憐は怖い物知らずと言った所か。
火憐のそんな性格は素直に羨ましい限りなのだが、これから起きるであろう事を考えると、あまりそうは思いたくない。
月火「十……九……八」
月火が謎のカウントダウンを始める。
いや、謎では無い。 僕には分かる。
多分あれだ。 これは十秒以内に状況説明をしろという、死刑へのカウントダウンなのだ。
火憐「あれ、月火ちゃん怒ってるのか? 兄ちゃん」
さすがの火憐も状況を理解できたのか、少しだけ冷や汗を掻きながら僕に問う。
暦「……ぼ、僕に聞くな」
よ、ようやく喋れた。
月火「三……二」
マジかよ、後二秒しかねえじゃん。 無理だろ。
暦「つ、月火ちゃん! 落ち着け!」
月火「あうとー」
アウトだ。 僕が喋った瞬間、アウトになってしまった。
てか、火憐の奴はいつまで抱きついているんだよ。 それが月火の怒りを更に加速させているだろうに。
とにかく。
こうして、僕と火憐の勝負は引き分けとなったのだった。
第三話へ 続く
暦「なあ、これどういう状況なんだ」
前回と全く同じ出だしである。
月火「何か言った?」
暦「……いえ」
なんで僕は火憐の次に、月火とお風呂に入っているのだろうか。
暦「つ、月火ちゃん。 僕、そろそろあがりたいんだけど」
月火「火憐ちゃんとはお風呂に入れて、私とは入れないって事かな? お兄ちゃん」
体を洗いながら、僕の方を睨む月火。
暦「いえ。 そんな訳ありません」
月火「そう。 じゃあまだ入っていられるね」
どうやら、月火と入浴する事を断る権利は僕には無いみたいで。
月火「ふう」
そう溜息を付き、髪と体を洗い終わった月火が湯船に入ってくる。
勿論、僕も入っている訳だけども。
火憐は僕よりもでかいだけあり、それはもうかなりきつかったのだが、月火は体が小さいので、大分余裕があるのがせめてもの救いだろう。
月火「んでさ、お兄ちゃん。 さっきのあれはどういう状況?」
月火が横に居る僕に向け、笑顔でそう訊いてくる。
……ここからはどうやら、尋問タイム。
暦「いや、火憐ちゃんと勝負しようってなってさ、それでなんか成り行きで……」
月火「どうせ、火憐ちゃんに押し切られたんでしょ。 お兄ちゃんの事だしさ」
月火は僕の顔をじっと見つめる。
押し切られたって。 ちょっと言い方を変えて欲しいな。
暦「……まあ、そうなります」
月火「ふーん」
ん?
なんだか月火、不機嫌?
月火「ま、仕方ないかぁ」
月火「火憐ちゃんもあれで、お兄ちゃん大好きだからねぇ」
あれ? そこまで怒っていないのか?
てっきり、顔面パンチでもされるのかと思ったけど。
暦「ん? 火憐ちゃん『も』って事は、月火ちゃんもなのか?」
月火「はあ!? そんな訳無いじゃん! 妹とお風呂に入るお兄ちゃんなんて死んだ方がマシだ!」
じゃあ死ねよ! 今入ってるじゃねえかよ!
一緒に入ろうって言ったのお前だからな!? その理論だとお前も一緒じゃねえかよ!
とは思っても、口には出さない。
今出したら、多分殴られるから。
暦「いや、まあそれは良いとしてさ」
暦「もしかして、今回は月火ちゃんとお風呂で話して終わりなのか?」
月火「そうだよ。 火憐ちゃんと仲良くお話して、私とのお話はすぐに終わるなんて、許せない」
マジかよ。 話進まなくね?
正直な話、僕は雑談するならいつまででもしてて良いんだけど、それで良いのだろうか。
月火「それに、私はお兄ちゃんに聞きたい事があるんだ!」
暦「僕に? いいぜ月火ちゃん、何でも答えてやろう」
てっきり、何でもない普通の質問が来るのかと思った。
いや、それ自体は普通の質問なのだろうけれど。
月火「お兄ちゃん、幽霊とかって信じる?」
僕はそれを知りすぎていた。
暦「ゆ、幽霊……? えっと月火ちゃん、月火ちゃんは信じているのか?」
月火「私かぁ。 うーん。 半分半分って感じかな」
まず、月火が言う幽霊とは何を指しているのだろうか?
ただ単に、本当に単純な意味での幽霊ならば、ここまで気にする事も無いのだろうけど。
暦「半分半分か。 って事は、多少は信じているんだな」
月火「まあ、そりゃねぇ。 それっぽいの見ちゃったし」
今、何て言った。
それっぽいのを『見た』だと?
暦「月火ちゃん! 見たってのは、どんなのだったんだ!?」
横に座る月火の肩を掴み、問い質す。
月火「え、えっと。 お兄ちゃん? どうしたの、急に」
月火は少々驚きながらも、僕に笑顔を向けてくる。
笑顔というかは、苦笑い。
暦「あ、ああ。 悪い」
月火「やっぱり、今日のお兄ちゃんは変だよ。 急に大声を出す変人だよ」
暦「ただの危ない人じゃねえかよ!」
月火「え、違うの? お兄ちゃん、自覚無かったんだね……」
やめろ! そんな悲しそうな目を実の兄である僕に向けないでくれ!
月火「えっと、ああ。 幽霊のお話だったよね」
月火「私が見たのは、遠目だったから良く分からなかったけどさ。 お兄ちゃんに良く似た人が、小さい女の子に抱きついたりキスしたりしてる場面だったんだ」
月火「まあ、いくらお兄ちゃんが変人だとしても、そこまでするとは思えないし」
月火「お兄ちゃんがそんな事をするとは思いたくもないから、良く似た人なんだろうけど」
僕の方へ顔を向け、首を傾げ、笑顔。
ってか、八九寺じゃねえかよそれ! そして、その良く似た人ってのは僕じゃねえか!
暦「ははは」
見事な乾いた笑い。 僕も普段の行動を省みなければ。
そういえば、火憐もそんな話をしていたっけかな。 歯磨きした時に。
……少し、自重しよう。
だけど。
ふと、ここで気になる事が一つ。
暦「……ん? でも、それがどうして幽霊だって思ったんだ?」
月火「いや、それが私にも良く分からないんだよね。 なんとなーく「あれ、幽霊かな?」って思っただけでさ。 だから半分半分って訳」
暦「ふうん……」
一応の予測を立てるとするならば。
恐らく、月火は不如帰として、八九寺の正体に気付いたのだろうか? 無意識の内に、自らと同じ『怪異』だと判断して。
月火「それで、最初の質問に戻るけど、お兄ちゃんは幽霊って信じる?」
暦「僕か……僕は、どうだろう」
暦「信じているって言うよりは、知っているになるのかな」
知っているし、関わってしまっている。
月火「知っている? なになにお兄ちゃん、ゴーストバスターでも目指しているの?」
暦「はは、かもしれない」
月火「へえ。 私はお兄ちゃんがどんな宗教にはまったとしても、お兄ちゃんの味方だからね。 いつでも頼ってね」
暦「はまらねえよ!」
月火「うんうん」
うわあ、信じていない顔だなぁ。
月火「まあ、こんな質問しておいてあれだけどさ、やっぱり見間違いだったのかなぁ。 とは思うよね」
暦「月火ちゃんがそう思うなら、そうなんだろうさ」
月火「今日のお兄ちゃんは、やけに私を肯定するね。 何か裏がありそうだけど」
暦「いやいや、確かに僕には裏があるけれど、その更に裏しかないんだぜ。 つまりは表しかないって事だ」
月火「ごめん、全く意味が分からない」
暦「あはは、月火ちゃんにはまだ早い話だったかな」
月火「大人ぶって誤魔化すんじゃねえ!」
月火の貫手が脇腹に刺さった。 湯船の中だけあり、痛くはないのだが、くすぐったい。
いやあ、やっぱりボケとツッコミが揃うと、会話が弾むな。
暦「月火ちゃんは将来、僕に良いツッコミが出来るぜ。 期待している」
月火「なんで私とコンビを組む話になっているのか、理解できないよ」
暦「ああ、だからと言って、今が駄目って訳じゃないからな。 安心しろ」
月火「話聞いて無いし……」
暦「んだよ、嫌なのか?」
月火「私はコンビを組むなら火憐ちゃんしかいないと思ってるから!」
暦「お、いいなそれ。 コンビ名も既に持ってるしな、お前ら二人」
月火「ファイヤーシスターズを芸名みたいな扱いにするな!」
暦「テレビで見れる日を楽しみにしておいてやるよ」
月火「やめて! 私と火憐ちゃんをそんな存在にしないで!」
面白いなぁ、こいつ。
暦「それはそうと月火ちゃん、話が百八十度変わるが、いいか?」
月火「また急だね……まあ、それに付いていく月火ちゃんだけどね」
暦「おう。 んでさ」
前々から、少しだけ気になっていた事。
暦「月火ちゃんの彼氏って、どんな奴なんだ?」
月火「ぶっ!」
僕がそう聞くと、月火は湯船に顔を沈める。
何してんだ、こいつ。
月火「ちょ、何それ百八十度所か、七百二十度は変わってるじゃん!」
十秒ほど顔を沈めた後、ようやく顔をあげた月火は僕に向けてそう言った。
てか、七百二十度って……冷静に考えたら二週してるだけじゃねえか。
暦「兄として気になるんだよ。 月火ちゃんに相応しい奴かどうか」
月火「それは私が決める事だよ! それに、今まで存在すら認めて無かったじゃん!」
暦「別に良いじゃねえか。 僕だって、いつまでもそんな対応していられないしさ」
暦「んで、どんな奴なんだ?」
月火「うー。 どんな奴って言われても……」
なんだよ、一丁前に恥ずかしがりやがって。
月火「顔は、まあ、普通……かな」
へえ。
暦「へえ」
月火「性格は、うーん。 良い人だよ」
へええ。
暦「へええ」
月火「そ、それに、正義感が強い……かな?」
ふむ。
暦「ふむ」
あれ、やべえ。 なんかイライラしてきた。
月火「私の事は大事にしてくれるし」
ほう。
暦「ほう」
月火「……そんな感じの人」
なるほど。
暦「なるほど」
暦「えっと、月火ちゃんはそいつの事が好きなんだよな」
月火「……うん」
駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!
暦「駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!」
おっと、思った事がそのまま口に出てしまった。
直前まで我慢していたのに。
月火「もうやだ、このお兄ちゃん」
そんな兄を見て、月火は呆れ顔である。
暦「そんな話を聞かされて、僕はこれからどんな顔を月火ちゃんに向ければ良いんだよ!?」
月火「どんな顔って……今まで通り、変なお兄ちゃんで良いよ。 私はそれを受け入れよう!」
暦「駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。 やっぱりそのストーカー野郎は僕が撲殺する!」
月火「やめて! 私なんかの為に、お兄ちゃんが犯罪に手を染める事なんて無いんだよ!」
月火「お兄ちゃんの手は汚させない……やるなら、私がやる!」
お、月火の奴乗ってきた。
暦「妹にそんな役回りをやらせられるか! お前が何と言おうと、僕が始末する!」
月火「……止むを得ないね。 お兄ちゃん、ここは間を取って、二人で一緒にやろう」
暦「くっ……そうだな。 それが最善の策か」
僕の方から振っておいてあれだけど、こんな扱いをされている蝋燭沢君が可哀想である。
いや、撲殺すると言ったのはボケでも無ければ冗談でも無いのだが。
閑話休題。
暦「しかしよー。 月火ちゃん」
月火「何かな。 お兄ちゃん」
暦「最近、身の回りで変わった事とかねえか? あ、僕の事は除いて」
こう付け加えておかないと、また話が脱線する気がしてならないのだ。
月火「変わった事かぁ。 うーん」
月火「……特に無いよ。 大丈夫」
視線を下に落とし、月火は言う。
暦「そっか。 なら良いんだ」
それが多少は気になったが、一々聞いていては話が進まない所では無い。
月火なら、本当に困っている時なら言ってくれる筈だし。
暦「後、くどいけどさ。 悩み事とかあったら相談に乗るから、その時は頼ってくれよ」
月火「ほいほい。 でもさ、お兄ちゃんに相談しても、まともな返答は期待できそうに無いんだけどね」
月火「それに、私の悩みをお兄ちゃん如きに解決できるとは、到底思えないよ?」
暦「お前は僕の事を過小評価している様だな。 火憐ちゃんなんて、僕にしか相談できない体になっているんだぜ」
月火「物凄く変な意味に聞こえるけれど、訂正しなくて大丈夫?」
暦「訂正する。 火憐ちゃんは時々、極稀に、僕に相談してくれる」
月火「期待度が下落したね。 急降下だよ」
暦「大丈夫だ、こっから月火ちゃんからの期待度はうなぎ上りになる筈だから」
月火「自信満々だね。 私は坂道を転げる様な速度で落ちると思うけど……いや、ビルから飛び降りる速度って言った方が正しいかな」
暦「すげえ速度だな……だが安心しろ、月火ちゃん。 僕はいつだってお前の味方だ」
月火「はいはい。 分かりましたよお兄ちゃん」
なんだよー。 乗り悪いな。
月火「でもさ、真面目な話だけど」
月火「私は今、悩みなんて無いし、無理矢理にでも悩みを作るとしたら、お兄ちゃんの存在だね」
僕の存在を否定か!?
暦「んな事言われたって、僕と月火ちゃんは兄妹なんだぜ。 僕は死なない限り消えてやらねえ!」
月火「ふうん。 私がどんだけ突き放しても? お兄ちゃんが寝る度に、顔を思いっきり殴りつけても?」
怖いな、それ。
暦「……だけど僕は諦めないぜ。 阿良々木暦はそんな事じゃあ諦めないんだ」
月火「予想以上にしぶといね……もっと良い案を考えておくよ」
暦「お手柔らかにな」
暦「っと、つうか長風呂しすぎたな。 僕はそろそろ出るけど、良いか?」
月火「はいはい。 私はもうちょっと浸かって行くよ。 お兄ちゃんは今日出掛けるんだっけ?」
暦「野暮用があってな。 夕方には帰ると思うよ」
暦「月火ちゃんも出掛けるんだよな? 帰りはそんな遅くならないだろ?」
月火「うん。 お兄ちゃんよりは早いと思うよ。 火憐ちゃんに一人で留守番させても、不安だし」
……間違いねえな。
暦「そっか。 んじゃあ、また後で」
月火「さいならー」
暦「あ、そうだ。 今日の夜、久し振りに三人で何かして遊ぼうって話になってるんだけど、月火ちゃんも参加するよな?」
月火「お、珍しいね。 お兄ちゃんからそんな話があるだなんて。 勿論、参加するよ」
暦「オッケーオッケー。 じゃあ、何やるか考えておいてくれ」
よし、良い感じに丸投げ出来た。
でっかい妹から兄へ、兄からちっちゃい妹へ。
見事な兄妹愛だな、我ながら天晴れだ。
月火「なんか丸投げされた感じしかしないけど、りょーかい」
月火「それじゃあ行ってらっさい」
暦「おう。 行ってらっさる」
いやはや、本当に妹と風呂に入るだけで、二話も使ってしまったではないか。
つうか、軽く一時間くらいは風呂に入っていた気がする。 忍野との予定の時間には、多分遅れるだろう。
まあ、忍野だし別に良いけど。
とか、そんな適当な事を考えながら、僕は風呂場を後にするのだった。
結局。
僕はやはり馬鹿だから、てんで気付かなかったのだ。
いや、月火の隠し方という物が上手すぎたのかもしれない。
細かく言えば、そりゃあ少しは違う所もあったと思う。
が、それは本当に些細な違い。 その日の体調や機嫌で変わるくらいの、些細な違い。
しかし、やはりこれは僕の責任なのだろう。
この時は本当に、思いも寄らなかった。
僕の妹、阿良々木月火が火憐とは違う意味で、僕の事を想っていたなんて、本当に夢にも思っていなかった。
火憐の事がひと段落したので、気が抜けていたのかもしれない。
しかし、あまりにも初歩的なミスはあった。
僕はすっかり忘れていたのだ。
阿良々木火憐と阿良々木月火。
この二人は、良くも悪くも二人でワンセットなのだと。
片方が厄介ごとに巻き込まれたら、もう片方も厄介ごとに巻き込まれるのだと。
なんて。
今更こんな事を思っていても仕方ない。
前回は確か、こんな感じの僕に対し「本当に馬鹿なのはお前だよ」との言葉を贈ったのだが、今回はどうしようか。
そうだな。
「最初からこの物語は終わっている。 終わりすぎている。 だからお前は諦めろ」
「何も変わらなければ、変えられない」
こんな所だろうか。
最初に、確か僕は「物語は進んでいた」と言ったと思う。
貝木泥舟風に言うならば「あれは嘘だ」になるのだろうか。
いや、嘘って程でも無いだろう。
正しく言うならば、終わりながら続いている。
終わりを見せる、物語。
しかし、これだけははっきりと言える。
この終わりを見せる物語は、僕にとって最悪の物語である。
最悪と言うよりは、最低と言った方が正しいだろうか。
とにかく。
それだけは、断言ができるのだ。
第四話へ 続く
さて。
現在僕は外に居る。
勿論、それは忍野に会う為なのだけれど。
こう、僕が外に出ると必ずと言って良いほど知り合いに遭遇するのだ。
具体的な名前を挙げると、八九寺とか。
八九寺「なんだか、今日の阿良々木さんはやけに幸せそうですね」
暦「あ? 何でそう見えるんだよ。 朝から色々あって、僕は疲れ果てている所だぞ」
つまりはあの廃墟へと向かう途中で例の如く、八九寺と遭遇したのである。
無論、向こうは気付いていなかったので、いつもの様な健全なやり取りをした事後であるけれど。
確か、そういった事をしている現場を月火に見られてたんだよなぁ。 まあ、それでやめる僕でも無いが。
行動を省みたりはするが、改めようとは思わないのだ。
八九寺「いえいえ。 確かに疲れている様な気配も感じますが、それ以上に幸せいっぱいと言った感じです」
暦「それならあれだ、八九寺、お前の眼は節穴だ」
八九寺「なるほどなるほど……阿良々木さんは私の眼が節穴だと、そう言いたいんですね」
暦「そうとしか言ってない」
八九寺「分かりました。 では阿良々木さんの今日の行動を当ててあげましょう」
暦「はは、やってみろよ。 お前にそんな真似、出来るとは思わないな」
八九寺「ふふん。 阿良々木さんは私を過小評価し過ぎですよ。 八九寺真宵を侮る無かれ」
馬鹿言ってるんじゃねえよ。 羽川でもあるまいし、そう易々と僕の行動がばれてたまる物か。
八九寺「まず、朝は妹さん達に起こしてもらったのでしょう」
暦「まあ、それはお前も知ってるしな。 正解だけど」
八九寺「その後、ですね」
八九寺「恐らく、大きい方の妹さんと、お風呂に入った筈です」
……んんん?
何で知ってるんだ!?
八九寺「そして、お風呂は大分長かった様ですね。 もしかすると、小さい妹さんともお風呂に入ったのでは無いでしょうか?」
すげえ、すげえぞ八九寺! お前にそんな、羽川みたいな真似が出来たなんて。
軽く感動を覚えてしまうじゃないか。
暦「……悪かった、八九寺。 僕がお前を過小評価していた様だ」
八九寺「分かれば良いんですよ。 これからは、さん付けで呼んでくださいね」
暦「何お前、そう呼ばれるのを夢見ていたの?」
八九寺「そう言う訳では無いですが、気分の問題です」
ふむ。
しかし、なんでこいつは僕の行動が分かったのだろうか?
暦「で、八九寺。 どうしてお前は僕の行動が分かったんだ?」
さん付けで呼んでくれとは言われたが、僕はそれを承諾していないので普通に呼び捨ててみた。
八九寺「阿良々木さん、まさか本当に気付いていないのですか」
八九寺もそれにはわざわざ突っ込まず、会話を続ける。
てか、気付いていないって、何がだろう?
八九寺「まず、阿良々木さんにしては良い匂いがしたので、朝風呂を浴びた事については簡単に説明ができます」
おお、なるほど。
って、阿良々木さんにしてはって何だよ。 失礼な奴だな。
八九寺「そして、ここです。 ここを見て妹さんとお風呂で何かあったのだと、推測しました」
ここ? ここって、僕の首じゃねえか。
暦「なんだよ、髪の毛でも付いてたか?」
八九寺「付いてるには付いていますが、髪の毛では無いですね」
暦「はあ? じゃあ、何が付いてるって言うんだ、八九寺」
八九寺は、とても爽やかに笑い、言う。
八九寺「キスマークです」
ありえねえ!
火憐の奴、どさくさに紛れて何してるんだ!
人に指摘されて気付く僕もあれだけど、そんな事よりだ。
マジで洒落にならねえって……これ。
八九寺「そして、いつも阿良々木さんが仰っている妹さん達の性格からすると、その行為をする可能性がありそうなのは、大きい方の妹さんという事になるんですよ」
暦「いや、それはどうでもいい」
暦「八九寺。 ちょっと鏡を貸せ」
八九寺「生憎ですが、私は鏡を持ち歩いておりません」
くっそ、使えない小学生だ。
そんな事より、こいつの言っている事は本当なのか。
本当だとしたら、絶対に、何があっても、例え天地がひっくり返ろうと、戦場ヶ原とは会えないじゃないか。
で、そうだとしたら月火の奴も気付いてた筈だよな……あのチビ、言ってくれれば良い物を!
暦「朝から最悪の気分だな……」
八九寺「そうですか? 私はてっきり、妹さんにキスをされて、幸せそうなオーラを出しているんだとばかり思っていましたよ」
暦「僕はそんな変態じゃねえ!」
いや、実際。
よくよく考えてみると、ちょっと嬉しいかもしれない。
いやいや、それとこれとは話が別だろう。
暦「とにかく、八九寺。 戦場ヶ原が近づいてくる感じがしたら、教えてくれ。 僕はまだ一応、生きていたい」
八九寺「浮気の手伝いをさせるんですか、阿良々木さん。 酷い人ですね!」
暦「浮気じゃねえよ! 人聞きが悪い事言うんじゃねえ!」
八九寺「まあ、とは言いましても」
八九寺「あの方と会うことは無いと思いますよ。 今はお盆じゃないですか」
ん? ああ、そう言えばそうか。
確か、昨日からこの町には居ない筈か。
暦「そ、そうだった。 それなら一安心だな……」
八九寺「とは言っても、羽川さんに会ったら、私は告げ口しますけどね」
暦「やめろ、それだけはやめてくれ八九寺」
ある意味、戦場ヶ原よりよっぽど恐ろしい。
八九寺「阿良々木さんがどうしてもと言うのなら、仕方無いですね……」
八九寺「では、私の指示するミッションを一つクリアしてください。 そうしたら、阿良々木さんの首に付いているキスマークについては、私の記憶から消し去りましょう」
なんとか記憶から消してもらえそうなのだが、一体どんなミッションなんだろう。
暦「内容は?」
八九寺「どちらかの妹さんに、キスマークを付けて来てください」
暦「僕が殺されるじゃねえか!」
八九寺「仕返しですよ、仕返し。 それくらいは許されるでしょう?」
暦「いや、世間が許しても当人が絶対に許してくれないんだよ。 どっちにしろ、僕の命日は今日になりそうだ」
暦「今までありがとうな、八九寺」
涙が出そうになる。 本当に。
八九寺「全くもう、度胸が無い人ですね……まあ、良いですよ。 半分冗談でしたし」
八九寺「阿良々木さんが惨めで可哀想なので、今回の件については、私の頭から消しておきます」
なんだろう。
八九寺に翼が生えていて、その姿はまるで天使ではないか。
けど、少し考えてみる。
そもそも、八九寺には別に恩を感じる必要はなくないか?
だって、こいつはたまたまその事に気付いた訳で、それを告げ口すると言って、悪く言えば僕を脅していた訳だ。
それなら、むしろ天使では無く悪魔では無いだろうか。
んだよ、感謝して損した。
ま、でも一応体面上は感謝している振りでもしておくか。
暦「恩に着るよ……」
さて、そんな話をしていた所でどうやら廃墟へと着いた様である。
暦「それじゃあ八九寺、またな」
八九寺「ええ、阿良々木さん。 また」
と別れの挨拶を済ませ、僕は廃墟へと入っていく。
忍野に会う為、廃墟の階段を一段一段、上る。
それはそうと、火憐の奴……とんでもない事をしてくれた物だ。
これは後で、何かしらの報復をしなければ気が済まない。
あいつが嫌がりそうな事って何だろうなぁ。
大抵の事は、笑って流す様な奴だし、機嫌が悪そうって言うのは何回も見た事があるのだけど。
その機嫌が悪そう。 というのも、月火の様にヒステリックと言う感じではなく、可愛らしい物だし。
そういや、あいつが本気で怒ったのって、今年の母の日くらいじゃないだろうか?
そう考えると、火憐にとってあの日の出来事は相当な物だったのだろうな。
とにかく。
マジで戦場ヶ原が居ない時で良かったよ。 本当に、しみじみそう思う。
忍野「やあ、阿良々木くん。 待ちくたびれたよ」
そんな事を考えている間に、忍野の部屋へ到着。
厳密に言えば、忍野が勝手に住んでいるだけで、不法侵入になるのだけども。
暦「ああ、今回はその台詞、すげえ心に来るものがあるな」
だって、行けると教えた時間から二時間くらい経っているし。
忍野「別に良いさ。 僕は阿良々木くんと違って、常に予定は空けているからね」
なんだ。 僕の事を暇人と呼んでいた癖に。
忍野「それより、それ……どうかしたの?」
忍野はそう言い、僕の首を指差す。
暦「ほっとけ。 多分なんかの呪いだ」
忍野「ふうん。 ま良いけど。 それで阿良々木くん、買ってきてくれたかい?」
暦「ああ、勿論」
僕はそう答え、近くで買っておいた缶コーヒーを忍野に渡す。
暦「つうか、本当にこれで良いのか? 僕にとってはありがたいんだけどさ、なんか……これでってのもな」
忍野「構わないさ。 それに阿良々木くんも、何か話したい事がありそうな雰囲気だし」
僕にねえ。 まあ、あるっちゃあるんだけれど。
暦「一応、あるんだけどな」
暦「忍野、先に約束してくれないか。 もし、また火憐ちゃんの時と同じ様な事があっても、僕を騙さないと」
忍野「……分かった。 約束しよう」
忍野は少し考える素振りを見せ、そう言う。
その言葉が本当か嘘かは分からないが、僕には信用するしかなさそうである。
暦「本題に入るぞ」
前置きをして、続ける。
暦「火憐ちゃん……でっかい方の妹が、小さい方の妹の様子が変だって言ってるんだよ」
暦「で、僕は実際に月火ちゃんに……ああ、小さい方の妹に、話を聞いたんだけどさ」
忍野「はは、良いよ。 名前で呼んでも構わない」
忍野の提案は助かったのだけれど、やはり、少しばかり抵抗はある。
まあ、いいか。
暦「……で、月火ちゃんに話を聞いたんだけど、僕にはどうにもいつも通りにしか見えないんだよ」
忍野「ふうん。 じゃあ、変じゃないんじゃないかな?」
暦「それがそうとも限らないかもしれない。 僕が月火ちゃんの事を少し知っているとしたら、火憐ちゃんは月火ちゃんの事を殆ど知っているって事になる」
暦「それくらい、僕と火憐ちゃんじゃ、理解している範囲が違うんだ」
忍野「……なるほど。 つまりはでっかい妹ちゃんの言う事を信じた方が良いって事か」
忍野「具体的にはさ、どんな風に変なのかな? そのでっかい方の妹ちゃんから見て。 それくらいは聞いているだろう?」
暦「ああ」
暦「火憐ちゃんが言うには、どうにも僕の事を避けている感じらしい。 つっても、今日の朝も普通に話したし、ふ」
言えない、風呂に一緒に入ったとか、言えないだろ絶対。
暦「ふ、不思議なんだよ」
忍野「……そうか。 避けてる、ね。 なるほど」
忍野「けど、阿良々木くんが見た限りいつも通りって事か。 いつも通りに話すし、いつも通りにお風呂に入ると」
うわ、ばれてるし。 見透かし忍野くんのあだ名は伊達じゃない。
暦「はは。 まあ、うん。 そういう事だ」
暦「けど、あくまでもそういう話があったってだけで、本人は悩みなんて無いって言ってたんだけどな」
忍野「難しいねぇ。 が、とりあえずは様子見で問題無いと思うよ。 それこそ、厄介な怪異ってのは多いけど、阿良々木くんなら問題無いさ」
暦「それは過大評価だと思うけどな……まあ、もし何かあったときは、また頼みに来るよ」
忍野「全く、良い様に使われている気しかしないけど、僕も暇だしね。 それにこの辺りはまだ危ない。 異変を感じたらすぐに言ってくれよ」
暦「分かった、そうさせてもらう」
それじゃあ、帰るとするかな。
思いの他、話がすぐに終わったのもあり、時刻は夕方には程遠いが……火憐に一人で留守番をさせるってのは、どうにも不安要素しか見当たらない。
忍野「そうだ、阿良々木くん」
忍野「今回の事にも怪異が関わっているとして、現時点で一番可能性が高そうな奴が一つある」
忍野「聞いていくかい?」
……もう少しだけなら、良いか。
元々は夕方の予定だったし、聞いといて損な話でもないだろう。
暦「分かった。 聞かせてくれ」
忍野「了解。 あくまでも、阿良々木くんの話を聞いて、前回の事も含めて、一番ありそうな怪異だけど」
忍野「ドッペルゲンガー」
忍野「阿良々木くんは、確か忍ちゃんに聞いたんだっけ? それなら、多少は知っているかな」
暦「……ドッペルゲンガー。 忍に聞いた話だと、この前の怪異と同じ特性、呪いだったよな」
忍野「そう。 けど違う」
違う? 違うってのは、何がだ。
忍野「忍ちゃんは呪いを掛けた対象の、一番苦手とする奴の姿となって現れる。 って言っていたんだっけ」
忍野「そして、対象を殺す……と」
忍野「けどね、まず一つ目を正すと、ドッペルゲンガーの呪いは自分に掛ける物なんだよ」
呪いを……自分に?
忍野「そうだ。 そして願いを叶えるんだ。 なんともロマンチックな話だと思うだろ?」
さあ、どうだかな。 呪いって単語が出る時点で、ロマンチックだとは思えないけれど。
それにしても、願いを叶える……か。
少し前の、火憐が憑かれた怪異を思い出すな。
忍野「それに、忍ちゃんは対象を殺すだとか言っていたらしいけど、それは違う」
忍野「多分、僕の例え話をそう解釈しちゃったのかもね。 僕も大分適当に話していたし」
忍野「ドッペルゲンガーは殺し屋じゃない。 なんでも屋って所だよ」
暦「……って事は、何でも願いを叶えるのか?」
忍野「基本的には、だけどね」
忍野「翼を生やして飛びたいだとか、神様になりたいだとか、そんなぶっ飛んだ願いまで叶えてくれる訳じゃない」
まあ、それもそうだろうが。
忍野「まず、このドッペルゲンガーにはある条件を満たしている奴の前にしか、姿を現さない」
忍野「その条件については、後で話すとしようか」
忍野「そして」
忍野「ドッペルゲンガーは二つの願いを叶えてくれる」
忍野「一つ目は頼まれた願い。 つまり、表面上の願い」
忍野「二つ目は本当の願い。 つまり、深層心理の願い」
忍野「この二つを叶えるんだよ」
暦「へえ。 って事はさ、それは良い怪異なのか? 怪異に良い悪いがあるって訳でも、無いと思うけど」
忍野「はは。 厄介なのはその方法さ。 ドッペルゲンガーは手段を問わない」
忍野「例えば、一つ目の願い。 そうだね……お金が欲しいと望んだとしようか」
忍野「それくらいなら、叶ってしまう。 銀行強盗でもしてね」
忍野「勿論、本人の姿のままさ」
……そういう事か。
何か欲しい物があれば、犯罪を犯してまで、手にする。
手段を問わない、ね。
忍野「そして二つ目、深層心理の願い」
忍野「どっちかと言えば、こっちが少し面倒なんだよ。 本人も気付いているパターンの方が多いんだけど、それは大体の場合ろくでもないお願いだから。 口に出したくない願いって所かな」
暦「ろくでもない願いか……なるほど。 そいつが想っている願いを勝手に汲み取って叶えるって所か?」
忍野「その通り。 例えば阿良々木くんが心の中で、僕の事をぼこぼこにしたいと考えているとしよう」
僕を何だと思っているんだ、忍野の奴。
いや、まあ考えたことが無いと言えば嘘になるけれどさ。
忍野「その場合はそうだね……恐らく、ドッペルゲンガーは僕の先輩の姿となって、現れるだろう。 想像しただけで寒気がするよ、ほんとに」
忍野「つまり、その願いを叶えるにあたって、最適な人物となって現れるんだ」
忍野「だけど、さっきも言った様に基本は出遭った人物の姿をしているんだけどね」
って事は、忍野はその先輩とやらを苦手としていて、その先輩にならぼこぼこにされるって事か。
今度探してみるとしよう。 なんだか面白そうである。
暦「僕が驚いたのは、忍野にも苦手な奴がいるんだなって事だよ。 今日一番の驚きかもしれない」
忍野「そりゃーそうさ。 人間だし。 んで、そのドッペルゲンガーは僕をぼこぼこにしたら、消え去るって事さ」
暦「……確かに、そりゃなんでも屋って感じだな」
願いを二つ叶えるなんでも屋、か。
忍野「うん。 まあ、とは言っても所詮は呪い。 悪い方向に転ぶ方が多いよ」
暦「悪い方向……」
暦「忍野、僕にはその呪いってのが、少し気になるんだけど」
忍野「自分にかける。 の部分かい?」
暦「ああ。 勿論、そんな事をしたら……ただでは済まないだろ?」
忍野「いや、そうでもないよ」
忍野「厳密に言えばさ、さっきの願い自体が呪いなんだよ」
暦「願い自体が呪い? どういう事だ?」
忍野「ドッペルゲンガーに願い事をした時点で、その当事者は呪われるんだ」
忍野「二つ目の願いを叶えられる事でね」
暦「それが、願いを叶える行為自体が呪いって訳か」
忍野「そ。 二つ目の願いは、さっきも言った様に心の奥底で願っている事だ。 綺麗な物では無いだろうしさ」
暦「そうか。 でも、だけどさ」
暦「人によっちゃ、その呪い自体もありがたいかもしれないな」
忍野「はは、そんな事は無いさ。 人が心の奥底で想っている事なんて、くだらない事だよ」
暦「……そう、なのかな」
それには少し、賛成しかねる。
とは思っても、忍野と言い合う気は無いので、次の話題に移すことにした。
暦「つうか、そのドッペルゲンガーってのは対価を求めないのか?」
忍野「求めない。 それは忍ちゃんの言うとおりだね」
忍野「ドッペルゲンガーは呪いだけれど、基本的にはそこまで恐ろしい奴では無い」
忍野「さっきも悪い方向に転ぶ方が多いって言った様に、無害って程でも無いけどさ。 まあ、会おうと思って会える怪異でも無いんだよ」
会おうと思って会えない……それって、全部の怪異に当てはまる事では無いだろうか。
でも、忍野がそういう言い方をするって事は、会おうと思って会える怪異も居るって事なのかな。
暦「そういう事か。 それが、会う為には条件があるって事だよな?」
忍野「ご名答。 その通りだよ、阿良々木くん」
忍野「ドッペルゲンガーに会えるのは、悩みを抱えている奴だけなんだぜ」
暦「悩みを……?」
忍野「そうだ。 それも軽い悩みじゃない。 重大な悩みって言い方になるのかな。 その人間の生き方を変える様な、そんな悩みだ」
暦「そりゃ、確かに会おうと思って会える怪異では無いな」
生き方を変える悩み……
僕の場合はどれになるのだろうか。
忍の事は、とてもじゃないが悩みなんて言葉は使えない。
なら、僕には残念ながら、そのドッペルゲンガーに会える条件は整いそうにないな。
会いたいとも思わないが。
暦「てか、一つ思ったんだけどさ。 火憐ちゃんの時の奴と、なんだか似ていないか?」
願いを叶えるだとか。 本当に一部分だけだが、気になった。
忍野「根本的な部分は全く違うけど、阿良々木くんがそう思うのも無理は無いよ。 この前の怪異……あいつとは良くも悪くも、セットなんだ」
セット。
なんだか、ファイヤーシスターズを思い出すなぁ。
忍野「とは言っても、これは無理矢理にでも怪異を当てはめた結果だから、そんな気にする事でもないさ」
忍野「阿良々木くんは異変探しをすればいい。 もっとも、そんな異変が君達兄妹の勘違いだったってのが、一番だろうけど」
ふむ。
忍野がこのドッペルゲンガーという怪異を例に挙げたのも、それが前の怪異とセットだからだろう。
つまりは、それが一番危険という事だ。
それが一番、身近にあるという事だ。
暦「そうだな。 何も起きてなくて、何も起こらないのが一番なのは、間違いねえか」
忍野「その通り。 けど警戒しておく分にはデメリットは無いからね」
忍野「そんな感じで、宜しく阿良々木くん」
異変探し、か。
どこからがそうで、どこからがそうじゃないのかは全く分からないが……とにかく、ドッペルゲンガーとやらが居ると分かった以上、警戒するに越した事はないか。
とは言っても、気を張りすぎてもあれだな。
忍野にまた頼る形にはなってしまうが、連絡は小まめに取っておいて損は無いだろう。
現時点で、巻き込まれそうな可能性のある奴。
いや、既に巻き込まれている可能性のある奴。
それらの可能性が無い方が恐らくは高いと思うし、そっちの方が良いとも思う。
まあ。
僕の周りに限った話だけど、警戒しておくのは月火になるのだろう。
よし、これからすべき事は、とりあえずは月火の様子を伺う事。
今の所、僕から見て変な所は無いし、大丈夫だとは思うけれど。
そうして、その後僕は忍野と軽く話した後、帰路に就いた。
第五話へ 続く
暦「忍は、何か異変とか感じないか?」
廃墟からの帰り道、僕は隣を歩く忍に向けて問う。
忍「感じないのう。 いつも通りじゃよ」
暦「だよなぁ」
忍「お前様が妹御と朝から仲良く風呂に浸かっているのも、いつも通りじゃしな」
暦「いつもじゃねえよ!」
忍野の場合は、反論したら何か嫌な事を言われそうだったので(具体的には、妹と風呂に入った時間だとか、日数だとかだ。 忍野だったらばれていてもおかしくはない)避けたのだが、忍なら話は別だ。
忍「たまにはあると言う事かのう?」
暦「た、たまにでも無い!」
たまには無いけど、極稀にはある。
言葉のイメージ的に「たまに」と「極稀」では、比べると「極稀」の方が頻度は少なく聞こえるので、僕はそうだと思っている。
暦「つうか、話題を逸らすんじゃねえ!」
忍「お前様が朝から妹御といちゃいちゃしていなければ、こんな話はする必要の無い物じゃよ。 つまりは無用の賜物」
暦「うっせ」
暦「言っとくが、あれは僕の意思では無いからな。 ただ流されただけだ」
忍「ふむ。 だがお前様よ。 その流されるたというのもまた、お前様の意思では無いのか?」
暦「……なのかな?」
忍「知らんわ」
つうか、成り行きであんな風になるって実際やばいのか?
いや、そうでもないだろ。 他の家族や兄妹なんて、もっと仲が良いだろうし。
暦「それより、仮にだよ忍」
暦「もし、忍野の姿をしたドッペルゲンガーが現れたとして、お前はそれに気付けるか?」
忍「さあのう。 いくら最近会う機会が増えたと言っても、儂の嗅覚には引っ掛からんわい」
って事は、いざそいつが現れたとしても、すぐには判別できないって事か。
暦「てか、前もこんな話をした気がするけどさ。 どのくらい一緒に居れば分かる物なんだ? そいつがそうかどうかって」
忍「怪異と言っても色々おるんじゃよ。 前の草みたいな奴ならば、会えば分かる。 呪いじゃしな」
忍「が、その呪いにも種類があってのう。 先程、アロハ小僧が言っていたドッペルゲンガーの場合ならば、そうじゃな」
忍「十年程近くにおった奴なら、すぐに判断できるじゃろうよ」
十年かよ! 確かにお前にとっちゃ、すげえ短い期間なんだろうけどさ。
暦「それじゃあ期待はできないか……ああ、そうだ」
暦「忍はドッペルゲンガーの特性を結構誤解してたみたいだけど、忍野ってそんな適当に話していたのか?」
忍「それもあるが、儂も話半分でしか聞いておらんからじゃ」
まあ、退屈な話だったらしいし、無理もねえか。
忍「それに、言い訳では無いがの、我が主様よ」
忍「あの小僧が言っていた話は、ほとんどがドッペルゲンガーによって殺された者の事なんじゃよ」
ん? 殺された者?
暦「えっと、どういう意味? 願いを叶えるんじゃないのかよ、ドッペルゲンガーは」
忍「言葉通りの意味じゃよ。 願いを叶えると言っても、お前様よ。 人が表に出さない願い等、綺麗な物では無いじゃろ」
暦「……そう、なのかな」
つまり、大体の人間が心の奥底で願っている事は……殺意って事を言いたいのか?
だけど、僕は。
暦「悪いけど、忍。 僕はそうは思わないよ」
忍「そうかのう?」
忍はそう言い、凄惨に笑い、答える。
忍「恨み、怒り、憎しみ、嫉妬、嫌悪、軽蔑、恐怖、猜疑」
忍「人間が奥底の心で思っている事等、大体はそんな物じゃ」
忍「七つの大罪。 なんて言葉もあるしのう」
忍「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲」
忍「この大罪は、人間の思っている事その物じゃよ」
忍「そして、これこそが人間の本質。 アロハ小僧の言う『深層心理の願い』じゃよ」
忍の言っている事は分からなくも無い。
けど、それでも僕にはそうは思えないのだ。
暦「ちげえよ、忍」
暦「火憐ちゃんは、火憐ちゃんは違ったんだ」
忍「儂から見れば、お前様の巨大な妹御も一緒じゃったがの」
暦「そうかよ。 でも」
暦「僕が火憐ちゃんから感じたのは、優しさだったよ」
忍「……ふむ。 まあ、お前様がそう思うのなら、それはそれで良いんじゃろうよ」
忍「だが、更に言わせて貰えば、儂にはあれは『恐怖』でもあると思うがの」
暦「『恐怖』? 僕がいつか居なくなる、恐怖って事か」
忍「左様。 それともう一つ『欲望』じゃな。 つまりは『強欲』」
暦「『強欲』か」
忍「お前様と一緒に居たいという『欲望』じゃな」
暦「……そうか」
忍「人間誰しも、そんな感情に支配されておるんじゃ」
暦「でも、でもさ忍」
暦「それと同じくらいに、人間は違った想いとか、感情も持っているんじゃないかな」
忍「ほう? 例えば?」
暦「喜び、感動、感謝、幸福、優しさ、信頼、信用、気遣い」
暦「そんな感情とか、想いとかも、あるだろ?」
忍「お前様の妹御は、そうだと?」
暦「そうだよ」
忍「迷いの無い答えじゃな……何故、そう思う?」
暦「僕はあいつの事をそうだと思っているからだ」
忍「そうか。 だがな、我が主様よ」
忍が口を開く前に、僕は答える。
暦「それは『傲慢』だ。 って言いたいんだろ。 知ってるさ、そんな事」
暦「僕は良いんだよ。 僕はどんな奴でも構わない」
暦「けど、あいつは……あいつらは、僕の誇りは『信頼』したいんだ」
忍「カカッ。 お前様よ」
忍「儂にはとても、お前様が『傲慢』だとは思えんわい」
そうだな。
僕はどこまで行っても『最低』なのだから。
忍「そうじゃのう……お前様には『馬鹿』がぴったしかのう」
なんか良い事を言っている様に聞こえるけれど、それってただ僕を貶しているだけじゃねえか?
閑話休題。
忍「しかし、殺し屋ならず何でも屋とは……面倒な怪異じゃな」
暦「僕はそっちより、姿を変える方が厄介だと思うな」
暦「それに、やっぱり火憐ちゃんが月火ちゃんの様子がおかしいって言っていたのも気になるし」
忍「うむ。 どうおかしいのかは分からないが……巨大な妹御は、その辺りの嗅覚は優れておる筈じゃ」
忍「気にしておくのは間違いでは無い」
そうなんだよな。 あいつ、気配だとか変化だとか、そういうのには随分と鼻が利くから。
暦「仮にさ、月火ちゃんがドッペルゲンガーに会ったとして、あいつは何を願うんだろうな」
忍「さあのう? 大方、お前様と一緒に居たいとかじゃろ」
うーん。 月火がそう想う物かね。
だけど、火憐の一件もあったから……そんな事は無いと断言できないが。
暦「月火ちゃんがか? まあ、そうだったらそうで嬉しいけどさ」
忍「カカッ。 お前様よ、妹御の前ではそんな台詞、絶対に言わないじゃろ」
暦「言える訳ねえだろ。 で、問題なのは二つ目の方か」
忍「じゃな。 大方、お前様を殺したいとかじゃなかろうか?」
暦「怖い事言うんじゃねえ!」
忍「なんじゃ、嬉しくないのか?」
暦「僕はそこまでじゃねえよ! 僕を何だと思っているんだ!」
殺したいと願われて喜ぶとか、どんな奴だよ。
さすがの火憐でも……いや、あいつならありえるかもしれない。
そう考えると、本当に火憐の将来が心配になってしまう。
暦「とにかく、月火ちゃんには注意を払っておこう」
暦「忍も何か気付いた事があったら言ってくれ。 些細な事でいいからさ」
忍「承知した。 我が主様」
忍「所で、お前様よ」
忍は空を見上げ、そう言う。
まだ、続きがあるのか?
暦「ん? まだ何かあるのか?」
忍「これは、あの小僧が言っておらんかった事じゃがな」
忍「ドッペルゲンガーは、姿を自在に変えられる訳では無いのじゃ」
暦「え? なら、一度その姿になったらそのままって事?」
忍「その辺りは少し複雑でのう。 まあ、儂もあの小僧に聞いた事じゃから、間違っているかもしれんが」
忍「願いを叶えるまでは、固定されると言うのが正しいじゃろうな」
暦「って事は、仮に僕が忍野を殴りたいと願って、ドッペルゲンガーに会ったとするだろ」
暦「そして、ドッペルゲンガーは忍野が苦手とする先輩になって、僕が願った忍野を殴りたいって願いを叶えるまでは、その先輩の姿のままって事だよな?」
忍「……まあ、基本的にはそうじゃな」
基本的に。
つまりは、例外もあるって意味だよな。
忍「ドッペルゲンガー自身にも意思がある。 意思というか、人格じゃな」
忍「前にも言った様に、考え方や性格はその本来の姿の者と同一じゃ」
忍「が、それとは別にあやつ自身の人格もあるんじゃよ」
暦「そいつの考えによって、願いを叶える最適な奴になるって事か」
忍「左様。 ドッペルゲンガーが最優先でするのが、願いを叶えるということじゃ。 それを叶える為にも、あやつは最適な人物に変わる」
忍「とは言っても、大体の願い等、その者自身の姿で叶えられるがのう」
忍「盗みを働く事や、人を殺す事。 最適な人物に変わると言っても、基本的にはどの人物でも同じじゃろうし」
忍「あのアロハ小僧や、お前様の様に若干の化物性があれば、話は変わるがの」
忍「まあ、頭の片隅にでも置いておけばよい」
暦「判別する方法とかは、無いんだよな」
忍「あるにはある」
あるのか? 忍でも、区別が付かないって言っていなかったか?
忍「例えば、お前様の妹御がドッペルゲンガーに願い、奴が妹御の姿になったとする」
忍「それを儂が怪異だと判別するのは不可能……」
忍「じゃが、お前様の妹御だと判断するのは可能じゃ」
暦「……ええっと。 悪い、どういう意味だ?」
忍「全く、少しは頭を使わんか」
忍「儂にはお前様の妹御、巨大な方も極少の妹御も区別が付くのは、知っておるじゃろ? 無論、あのアロハ小僧もじゃ」
忍「故に」
忍「ドッペルゲンガーかどうかは分からん。 だが同じ人間の匂いが二つもあったら、妙じゃろうが」
……ああ!
そうか、そうだ。
暦「なるほど。 怪異かどうかは分からないけど、匂いが二つあれば、どちらかが怪異だと分かるって事か」
忍「その通りじゃ。 本当に、頭の回転が鈍いのう」
うっせ、ほっとけ。
そんな話をしている間に、そろそろ家が近づいてきた。
忍「それでは、儂は寝るとする。 何かあったら起こして構わんからの」
忍もそれが分かっているのか、影の中へと姿を消す。
てか。
起こしても良いと言われても、どうやって起こせば良いんだよ。
まあ、何かが起きたって事は僕が動揺するって事とイコールだから、そうすれば起きるのかな?
その辺りは曖昧だけども、忍を信じるしかねえか。
んで。
家大丈夫かなー。
崩れたりしてないかなー。
火憐だけ留守番ってのは、何が起きていてもおかしくないのだ。
家が無くなっていたとしても、ありえないと事だと思えないのがまた恐ろしい。
やがて我が家が視界に入ってくる。
ふむ。 どうやら外見はなんとか保っている様だ。
まずは一安心、って所だろう。
前に影縫さんと斧乃木ちゃん、あのコンビが攻めて来た時の様に、玄関も崩壊していたりはしない。
良かった良かった。 どうやら野宿をする羽目にはならなかった。
そして、そのまま扉まで歩き、開く。
暦「ただいまー」
僕の帰りが早かったのもあり、月火はどうやらまだ出かけている様だ。
その証拠にあいつの靴が一足、玄関には無かった。
火憐「おう、兄ちゃんか。 お帰り」
僕の声が聞こえたのか、火憐がリビングから姿を現す。
何も、わざわざ出迎えなくても良いだろうに。
暦「月火ちゃんはまだ帰ってないみたいだな。 留守番ご苦労さん」
火憐「いやあ、色々と大変だったぜ。 あたしじゃなきゃ、多分無理だっただろうな」
んだよそれ。 火憐じゃなきゃ無理だったって、どんな化物が攻めて来たっつうんだ。
暦「そうなのか。 具体的には、どんな事があったんだ?」
僕がそう聞くと、火憐はやはり自信満々に言う。
火憐「電話とか来客とか、今日は忙しかったんだぜ」
電話に来客、別に普通じゃね?
火憐「よっく分からねー奴から電話がきてさ。 「もしもし、阿良々木さんのお宅ですか?」って言いやがるんだよ」
すげえ嫌な予感しかしないんだけど。
てか、言いやがるってどういう事だよ。
火憐「あたしはこう言ってやったよ。 「てめえ、阿良々木さんじゃなかったらどうするんだよ。 ああん?」って」
いきなり喧嘩売ってるんじゃねえ! なんでそうなるんだ……
火憐「そしたらさ。 「あ、はい。 そうですよね、すいません」とか言いやがってさ」
火憐「それに対してあたしはこう返した。 「謝るくらいだったら電話してくるんじゃねえ!」ってな」
もう、留守番はこいつに任せられそうにない。
暦「えーっと。 火憐ちゃん」
暦「とりあえず、その件については僕からは何も言わない。 後でパパとママとじっくり話し合ってくれ」
僕がそう伝えると、火憐は何故か笑いながら「おう」と答えるのだった。
色々と疲れるな、この妹。
僕が火憐の武勇伝(汚点だらけの)をそこそこで聞き流しリビングへ向かうと、火憐もその後を付いてきた。
よっぽど暇なんだなぁ、こいつ。
てか、そうだ。
朝の件について、火憐には話をしなければ!
暦「なあ、そういえば火憐ちゃんは、僕に謝らなければいけない事があると思うんだけど」
火憐「ん? 兄ちゃんにか?」
暦「そう。 僕にだ」
言いながら、ソファーへと座る。
火憐「うーん。 何かしたっけ?」
火憐も首を傾げながら、僕の横へと腰を掛ける。
暦「朝、風呂での事だ」
火憐「んんん……わり、分からねえ」
暦「僕の首のこれだ」
自分の首を指差す。 火憐が付けたキスマークの所を。
火憐「ああ、それか!」
おいおい、言われて思い出すって……大丈夫か、こいつ。
火憐「いやあ、でもさ兄ちゃん。 それが何で謝らなければいけない事って話に繋がるんだ?」
暦「どう考えても謝るべき事だろ!」
つうか、キスマークの付け方とか、どこで学んだのかも僕は気になるのだけど。
火憐「分からないな兄ちゃん。 サービスだって言ったじゃん」
暦「押し売りじゃねえか! お前が良かれと思ってやる事は、大体が僕にとって嫌な事なんだぜ」
火憐「んな訳あるか! 月火ちゃんがそうすれば兄ちゃんは喜ぶって言ってたんだぞ」
うわあ、月火かよ! なんか怪しいとは思ったけどさ!
暦「火憐ちゃん、よく聞けよ。 僕には一応、彼女が居るんだよ。 その彼女がこれを見たらどう思うとか、分かるよな?」
僕がそう言うと、火憐は顔を逸らし、頬を膨らませる。
どうでもいいが。
こいつ、こういうの似合わないな……
火憐「あたしは兄ちゃんの彼女なんて、知らない」
暦「この前会わせただろうが! きっちり紹介したぞ!」
火憐「知らない知らない! 認めてねーもん!」
なんでお前に認められなくちゃならねえんだ!
火憐「第一、兄ちゃんに彼女なんていらねえんだ! そんなに世間体を気にするなら、あたしが彼女になってやる!」
暦「僕は世間体の為に彼女を作ってるんじゃねえ! どんな人間だと思われてんだ!」
火憐「知らない知らない知らない。 とにかくあたしは認めない!」
めんどくせえ!
……前もこんな感じだったよな、火憐。
全く、兄の彼女の存在が気に入らないなんて、どんだけブラコンなのだろうか。
本当にもう、困った妹である。
暦「火憐ちゃんに認められなくても、居るんだよ!」
火憐が何と言おうと、僕の彼女は確かに存在しているのだ。
火憐「……だったら」
火憐「だったら兄ちゃんがあたしの彼氏を認めないのは何でだよ? あたしだって彼氏が居るんだぞ」
あ?
聞き捨てならないぞ、それは。
暦「は? あれは彼氏じゃなくてストーカーじゃねえかよ。 火憐ちゃんのストーカー」
火憐「ほらほら! 認めてないじゃん!」
暦「ちげえ! 認める認めない以前の問題だ!」
暦「火憐ちゃんが彼氏と勘違いしているそいつは、いつか僕が地獄に送ってやる!」
火憐「上等だ! それならあたしは、兄ちゃんが彼女だと勘違いしている女を地獄に送ってやる!」
暦「火憐ちゃんが言うと冗談に聞こえないから、やめろ」
火憐「あ? つまりは、兄ちゃんがさっき言っていたのは冗談だったのか?」
暦「本気だけども」
火憐「んだとこのチビ!」
暦「うるせえ木偶の坊!」
と、こんな感じで火憐と僕はしばらくの間、じゃれ合うのであった。
月火がこの僕と火憐の喧嘩を目撃するのは、もう少し後の話だ。
いや、そもそも最終的には喧嘩とは言えなくなっていたかもしれないが、それはまた次回ということで。
第六話へ 続く
火憐との言い合い(小学生同士の喧嘩みたいだった)も、ようやく終わりを迎え、現在僕はベッドで寝ている。
その言い合いが終わったのも、月火の登場があってこそなのだが。
あの後、何がどうなったのか、その経緯は今となっては全く分からないのだけれど、僕と火憐は「恋人ごっこ」なんて事に発展していたのだ。
思い出したくないというか、それはもう数十分前の事だが、僕にとっては既に封印してしまった過去なのである。
で、その「恋人ごっこ」で僕と火憐が「好きだよ、火憐ちゃん」「好きだぜ、兄ちゃん」なんて事をやっている時に、月火が登場したのだ。
登場というよりは、降臨って感じだったけども。
要するに。
朝の二の舞って訳だ。
そしてお察しの通り、例の如く、まずは火憐が呼び出される事となった訳で。
そんな火憐は今、説教を受けている。
残された僕は死刑を待つ罪人の如く、まずはこの自分の部屋へ押し込まれ、火憐の処刑が終わってから呼び出される手筈となっている。
時折、火憐と月火の部屋から何やら叫び声が聞こえるのが多少気になるが、あまり想像しない方が良いだろう。
精神的にも、確実にそっちの方がいい。
さて。
いくらこれから刑が執行されるとは言っても、暇な物は暇だ。
僕は何をして過ごそうかなぁ。
部屋に押し込めらても、特にする事が無いしな。
どうにも勉強って気分でも無いし……さて、どうした物か。
と、ここで着信。
画面を見ると、メールでは無い事が分かる。
電話、だな。
誰だろう? 戦場ヶ原か?
しかし、そこには知らない番号が表示されている。
一応、明記しておくけれど。
これはただ単に、僕が彼女の番号すら登録しないだとか、彼女の番号を全く知らないだとか、そういう意味では無い。
見た事も無い文字列。 そういう意味での、知らない番号。
……間違い電話か?
普段なら無視しても良かったのだが。
生憎、僕は時間を持て余してしまっている。
どうせなら出るか、間違いならそう教えてあげた方が良さそうだし。 との結論に行き着き、通話ボタンを押す。
暦「もしもし?」
「お、繋がった繋がった。 やっぱ携帯ってのは慣れない物だよ、全くさ」
この声は、忍野か?
暦「あれ、お前携帯とか持ってたのかよ。 持っていないって言ってなかったか?」
「言った様な気もするし、言って無い様な気もするなぁ」
「ま、考えてもみなよ。 そりゃあ、仕事柄一応は持っているさ。 自分の番号とか分からないんだけどね」
仕事で使えないじゃん、それ。 意味ねえな。
暦「てか、まあそれは良いとしてさ。 どうして僕の番号を知っているんだよ」
「委員長ちゃんに聞いたんだよ。 あの子は何でも知ってるからねー」
僕に言わせたいのか、そうなのか?
暦「何でもは知らないだろ。 知っている事だけだ」
「はは、そうだったそうだった」
折角、忍野のフリに答えてあげたのだから、もうちょっと面白いリアクションを期待したんだけども。
……忍野だし、仕方ないか。
暦「それで忍野。 何で急に電話なんてしてきたんだよ? 僕の声が聞きたかったとか、そんな用事じゃねえだろ?」
もしそう言ったら、すげえ気持ち悪いけどな……
忍野との付き合い方も、考え直さねばなるまい。
「ああ、うん。 阿良々木くんに伝えておかなければならない事があったからね」
良かった。 どうやら付き合い方を考え直す必要は無さそうだ。
つか、僕に用事? って事はつまり、怪異の事だろうか。
「あれからさ、こっちはこっちで色々調べていたんだけど、君の妹ちゃん……小さい方の妹ちゃんかな」
「あの子は大丈夫だよ。 怪異が絡んでいなければ、怪異に関わってもいない」
「ああ、でも、あの子自体がそういう物だったか」
最後に余計なひと言を放つ辺り、少し頭に来たのだが、それよりも考える事はある。
暦「……月火ちゃんは、大丈夫って事だな」
「そ。 でも、まだドッペルゲンガーが居ないとも限らないからね。 僕の方は引き続き探してみるよ」
とりあえずは一安心、だな。 月火が絡んでいないだけで、僕にとっては十分すぎる情報だ。
「阿良々木くんも一応、無いとは今言ったけども、妙だと思うことがあったら教えてくれ」
「これから関わる可能性なんて、十分にあるからね」
忍野は最後にそう言い、電話を切る。
他にも聞きたい事はあったのだけれど、まあ、今度の機会でも良いだろう。
とにかく僕にとっては、今回の事がただの杞憂だと分かっただけで十分すぎた。
電話と共にベッドに体を投げ、安心感からか眠気が襲ってくる。
火憐の説教はまだ続きそうだし、こっちは少しだけ寝るとしよう。
三十分ほどたっただろうか。
僕は体をゆさゆさと揺らされる感覚によって、目が覚めた。
暦「ん……」
目の前を見ると……見ると。
やべえ、月火だ。
暦「あ、あはは。 おはよう」
とりあえずは目覚めの挨拶である。 挨拶ってのは大事だよね。
月火「うんうん。 おはようお兄ちゃん」
月火「すぐに挨拶するのは、褒めてあげよう」
んー?
あれ、そこまで怒ってないのか?
まあ、それならそれで良いのだけれど。
暦「火憐ちゃんの方は終わったのか?」
月火「ひと段落って所だよ。 これからまだ続けるつもりなんだけどさ」
マジかよ、もう一時間くらい経ってるじゃん。 それでひと段落とか。
月火「それより、一応はお兄ちゃんにも事情聴取なんだけど」
暦「ああ、ええっと。 なんか、成り行きで」
月火「またそうやって……」
月火「ま、どんな成り行きかは聞かないでおこう。 どうせくだらない理由だし」
まあ、その通りだけども。
とりあえずは、謝っておくに越した事は無い。
暦「……すいませんでした」
妹に頭を下げる兄。 誠実で良い奴な筈だ。 僕だけど。
つか、そうは言ってもだ。
月火にも僕に謝らなければいけない事があるじゃねえか。
具体的に言うと、火憐に余計な入れ知恵をした事だとか。
暦「けど、けどさ月火ちゃん。 元を辿れば月火ちゃんにも原因があるんだぜ」
月火「ほう。 私に?」
暦「そうだ。 この僕の首にあるこれ、月火ちゃんの入れ知恵らしいじゃないか」
暦「姉にそんな入れ知恵をするなんて、人としてどうかと思うぜ? 月火ちゃんよ」
月火「ああ、それね。 火憐ちゃんがどうしたら兄ちゃんと仲良くなれるかとか聞いてくるから、教えてあげたんだよ」
月火「それと、お兄ちゃんに人としてどうかってお説教はされたくないね。 私の言っている意味分かる?」
朝と同じくだりじゃねえか! いや、確かに僕は中途半端に化物ではあるけどなぁ。
こんな月火が怪異その物だなんて、僕も事実を知らなければ、多分一生知る事は無かったのだろう。
そんな事を考えると、昼間に忍野が言っていた言葉を思い出す。
僕が、ふと気になって聞いた事だ。
以下、回想。
「てか、忍野」
「ん? どうしたんだい」
「お前は月火ちゃんの正体について、知っているんだよな。 なら、お前も月火ちゃんを狙うのか?」
馬鹿な質問だとは思うが、聞いておかずにはいられない。
念の為。
「はは、どうしてそう思う?」
「少なくとも、僕が知っている専門家は月火ちゃんを殺そうとした。 だからだよ」
「忍野とは同じ大学で、同じサークルに居たって人だ」
「不死身の怪異の専門家かい。 まあ、その辺りは人それぞれだよ」
「それと……偽物の妹、か。 なるほど」
「けどさ、阿良々木くん」
「いくら周りが化物だと言っても、本人は知らないじゃないか」
「知らないし、知ろうとしても普通にしてちゃ、知る事すら出来ない」
「それなら僕にとっては、人間と一緒だよ。 阿良々木くんの妹ちゃんは、人間だ」
「自分を化物だと思い込んでいる人間と、自分を人間だと思い込んでいる化物」
「僕はさ、阿良々木くん」
「自分を化物だと思い込んで、凶行に走る人間の方が、よっぽど化物だと思うぜ」
つくづく。
本当に忍野はお人好しだよな。 なんて思う。
「僕だって、人殺しにはなりたくないからね。 化物殺しならするだろうけど」
そして僕には、何より……月火の事を人間だと言ってくれたその言葉が、嬉しかった。
「分かった。 変な質問をして悪かったな、忍野」
「いいさ、気にしないでくれ」
回想終わり。
そんな事をあいつは言っていた。
だから、やっぱり僕が人としてどうか、という説教をするのは筋違いだろう。
僕は少なくとも、自分を中途半端ではあるけれど、化物だと思っているのだから。
月火「お兄ちゃん、大丈夫? 考え事? キスマーク付けてあげようか?」
暦「もっと他の方法があるだろうが!」
何言ってんだよこいつは、一気に現実に戻されたじゃねえか。
月火「良いじゃん良いじゃん、減る物でもないんだしさぁ」
暦「失う物は確実にあると思うぞ……」
月火「そうかな? 増える物ならあると思うけど」
暦「そうは言ってもな、月火ちゃん」
暦「……今日既に、これだけで二人に突っ込まれてるんだよ。 僕は」
月火「おお、早速そんな効果が……」
暦「いらねえ効果だからな! 僕は望んでない!」
月火「もう、可愛い妹からのキスマークなのに、そんな見栄はっちゃってさー」
暦「見栄は張ってない。 あるのは迷惑だけだ」
暦「考えてもみろよ。 月火ちゃんが僕にキスマークを付けられたとして、そんな状態で、えっとなんだっけ。 蝋燭沢君だっけか」
暦「そいつの前に、行けるのかよ?」
月火「さあ? いざやられてみないと分からないなぁ。 それは」
暦「ほう、じゃあやってやろうか」
月火「ほれ、どうぞ」
僕の言葉に月火はそう言うと、髪を上げ、僕の目の前に首を差し出す。
首を差し出すっつうと、すごく恐ろしい意味に聞こえるな……
つうかこいつ、多分冗談なんだろうなぁ。
僕が「妹にキスマークなんぞ付けられるか!」って返すのに期待しているのだろう。
そして僕は、その期待なんざ裏切ってやるのだけど。
八九寺の出したミッションを、今こそ達成する時だろうし。
暦「ほら」
キスしてやった。 首に思いっきり。
月火が「ほれ、どうぞ」って言ってから、ここまで約二秒ほどである。 最早条件反射と言っても過言では無い。
んで。
僕はてっきり、キスをした瞬間に月火は僕の事を殴り飛ばすのだろうと思ったのだが。
月火「ん……」
あれ、予想していたのと反応が違う。
つうか、妹のそんな声聞きたくねえ!
僕はそれに多少驚いたのもあり、咄嗟に月火から離れる。
月火「んん? 五秒だけかぁ」
月火「ダメダメだね。 お兄ちゃんはやっぱりヘタレでした!」
暦「お、お前が変な声を出すからだろうが!」
くそ、この性悪妹め。
月火「え、何々お兄ちゃん。 お兄ちゃんは妹の声を変な声って表現するの?」
月火「なるほど……なるほどだよ、お兄ちゃん」
暦「納得するな! 僕は何も納得してねえぞ!」
ちなみに、僕と月火は現在、ベッドの上で会話中である。
月火「よし。 じゃあ次は私の番だ」
ん? 番って、何が?
とか思っている間に、月火は僕の方へ近づいてきて(近づくと言うよりかは、這い寄って)僕の首へと顔を近づけて。
それから。
キスをした。
暦「ちょ、ちょっと待て月火ちゃん! 何してんだ!」
月火は僕の首から唇を離し、口を開く。
月火「何って。 お兄ちゃんにキスされたから、仕返しだよ」
月火はそんな事を言いながら、僕を上目遣いで見つめる。
あれ。
あれ?
やべえ。
なんか!
……可愛い。
てか、月火は見た目が可愛いだけあり、こういう態度を取られると、ちょっと揺らぐ物がある。
具体的に言うと、理性とか。
暦「つ、月火ちゃん」
僕が何とかそれだけ言うと、月火は再度僕の首へキスをする。
暦「……」
ヤバイヤバイ。
これ、マジでヤバイって。
てか、月火の体すげえ柔らかくね?
今、胡坐を掻いている僕の上に月火が乗っている形なのだけど、すげえ柔らかくね?
首に当たっている、月火の唇も。
暦「……月火ちゃん」
そう言い、僕は月火を抱きしめる。
月火はそれを拒否する事もせず、僕の首を吸い上げる。
その柔らかい唇で。
うわあ。
あったけえ。
暦「ちょ、ちょっと一回離してくれ」
一回。
そんな事を言ってしまう辺り、僕も少しヤバイ。
そして、僕の声を聞き、月火はまた僕の首から唇を離し、口を開く。
月火「……お兄ちゃん」
うわ、目がめっちゃとろんってなってる。
ただでさえたれ目なのに、それがまた色々とヤバイ。
とにかくこう、ヤバイ。
さっきからヤバイばっかだな……まあ、でも事実なのだ。
月火「キスしよ、お兄ちゃん」
そんな顔で、月火は僕にそう言う。
月火が言うキスとは、つまりあれか。
首とかではなく、唇と唇。
マウストゥマウス。
暦「う、うん」
やべー。
いつもなんとなくで月火にはキスしている物の、こんな雰囲気でするのは初めてだ。
こんな緊張する物なのか……?
雰囲気って大事なんだね。
で。
月火は僕の首に腕を回し、顔を近づけてくる。
僕は月火の頭を手で支え、顔を近づける。
後何センチだろうか。
数秒後には、月火に触れられそうなそんな距離。
月火は目を閉じる。
さっきまでの目が見れないのは少し悔しくもあるが、仕方ないか。
僕も目を閉じ、月火と更に距離を縮める。
お互いの息と息がかかる様な、そんな距離感。
が。
こういう時に限り、邪魔が入る物である。
まるで火憐と歯磨きをした時と同じ様に、良い所で。
火憐「おーい、そろそろご飯だってさ……って何してんだー!!」
火憐「あたしも混ぜろ!!」
いやはや、ツッコミがすげえおかしいが、元気いいなぁ。
……てか。
マジで、危ない。
僕は妹と何やってんだよ!!
火憐とのあのやり取りから、自分の事ながら何も成長してねえ!!
本当に、さっきまでの感情は丸っきり消え去り、正気に戻るという事を理解する僕がそこに居た。
暦「うわあああああああああぶねええええええええええ!!」
いや、そもそもあそこまでやった時点で、アウトと思えなくもないが、まだギリギリ兄妹のスキンシップとも考えられなくも無いか?
セーフ、アウト。
よし、セーフだ。
今決めた。 僕が決めた。 これはセーフであると。
月火「むう」
月火はどこか悔しそうに、そう呟く。
お前も早く正気に戻れ!
そして恐らく、火憐の言葉から察するに両親も帰ってきているのだろう。
火憐にご飯が作れるとは思えないし。
うわー。 何分経ってるんだよ、これ。
で、結局僕の首にキスマークが一つ増えただけで、何にもならなかったではないか。
しかも、月火の首にも付いてるし。
ああ、でもそれが彼氏に見つかれば、多分別れる事になるのだろう。
兄として、見つかる事を切実に願っておくとする。
火憐「まー、あたしは先に下行ってるから、月火ちゃんも兄ちゃんも早く来いよー」
火憐「いちゃつくんじゃねえぞ!?」
暦「いちゃつかねえよ! いいからさっさと行けや!」
火憐「んじゃ、また後でー」
火憐はそう言い残し、部屋を後にする。
月火と違い、あっさりしてる辺りがまたなんとも、格好良い。
違う言い方をすれば、台風みたいな奴だ。
僕はその後、火憐が去った扉から視線をずらし、月火の方を見る。
月火は未だにベッドの上から動かず、目はまだ少しだけ、とろんとしていた。
暦「おい、月火ちゃん。 正気に戻れ」
顔をぺちぺちと叩くと、ようやく月火は正気に戻った様であり、いつものたれ目となり、叫ぶ。
月火「うわあああああああああぶねえええええええ!!」
うわ、僕と同じリアクションだ。 面白いなこいつ。
月火「てか! どうするのこれ! どうするの!?」
月火はそう言い、自分の首を指差す。
暦「いや、元はと言えば月火ちゃんから始まった事だしな。 自分で蒔いた種だぜ」
月火「うう……しばらく蝋燭沢君と会えないよ……」
暦「ははは、ざまあみろ!」
そう思うだけの筈だったのだが、ついつい嬉しくて言葉に出してしまったではないか。
月火「いつか、いつか絶対この恨みは返してやる!」
マジか。 逆恨みじゃね?
暦「おし、んじゃあとりあえずご飯を食べよう」
月火「私の話はまだ終わっていない!」
暦「いいや、終わりだ。 これから先に話す事なんて無い!」
月火「違うよ。 これから先、約一時間に渡る私の説教が始まるんだよ!」
暦「僕は全力で拒否してやる」
暦「てか、月火ちゃんが「ほれ、どうぞ」とか言うからだろ? あんな事を言わなければ、月火ちゃんの首はそんな悲惨な事にならなかったんだぜ」
月火「自分でやっておいて、よく悲惨な事とか言えたね……」
暦「んで、今更だけど今回はどんなつもりで「ほれ、どうぞ」って言ったんだよ」
月火「いや? 他意は無いよ?」
それはそれで驚きだけれどもさ! それならキレるんじゃねえよ!
暦「……まあ、行くか」
月火と話しても終わりが見えなさそうなので、僕はご飯に行くとの名目を使い、強制的に話を終わらせるという暴挙に出るのだった。
第七話へ 続く
火憐「んで、兄ちゃん。 考えといたか?」
暦「ん? 何を?」
暦「んで、月火ちゃん。 考えといたか?」
月火「ん? 何を?」
僕と火憐と月火は今、相も変わらずソファーに並んで座っている。
暦「何を? だってさ、火憐ちゃん」
左隣に座っている火憐に向けて。
火憐「決まってるだろ! 今日の夜、何をして遊ぶかだ!」
暦「らしいぜ、月火ちゃん」
右隣に座っている月火に向けて。
月火「んー。 そういえばそんな話もあったね」
暦「と言っているけど、火憐ちゃん」
火憐「ええ、考えてないの?」
暦「だとよ、月火ちゃん」
月火「私はこれでも忙しいからね。 そんな暇はありませんでした!」
暦「との事だ、火憐ちゃん」
暦「なあ、これって別に、僕が中継しなくてもいいよな」
なんだか成り行きだったが、三回目くらいからすげえ面倒臭かった。
僕って流されやすい性格なのかな。
火憐「えー。 じゃあどうするんだよ。 肩パンでもするか?」
だからその発想はやめろって! やるなら自分の肩でも殴ってろ。
暦「それはやらねえ! お前どれだけ僕と月火ちゃんをいじめたいんだよ!」
てか、火憐だからこういう流れになったのだけれど、恐らくこれが月火だったら、先程の「そんな暇はありませんでした!」に対して「お兄ちゃんとキスする時間はあったのに?」みたいな、突付かれると痛いツッコミがあったのだろう。
まあ、月火がこちら側の人間だったのは運が良い。
月火「じゃー、トランプ?」
暦「トランプで何すんの?」
月火「トランプタワーに決まってるでしょ」
暦「嫌だ、やらない」
月火と年齢が一緒の千石と遊ぶ時だって、トランプをやる事になっても、あいつはトランプタワーをやろうなんて事、言った事無いんだよな。
僕がこの前、トランプで遊ぶと聞いた時に「トランプタワーか?」と聞いたら千石は「暦お兄ちゃん、トランプタワーは一人でやる物だよ」と少々真剣に心配させてしまった事もあるし。
月火「我侭だなあ」
暦「お前ら言っとくけどな、トランプタワーは「トランプで遊ぼう」ってなって、思い付く範囲じゃねえからな?」
暦「そんなのに付き合ってやるのは、多分……羽川くらいだろうな」
月火「ふうん」
うわー。 興味なさそうな目だなおい。
僕は何故か、それには自信を持って言えるんだけどな。 何故か。
火憐「じゃあ仕方ない、じゃんけんでもするか」
暦「お前、僕が朝に言った事全部忘れてるよな!? じゃんけんは遊ぼうって言ってする遊びじゃねえんだよ!」
むしろ、遊びをする過程でする物だろうが。
月火「それじゃあどうするの? 恋バナでもする?」
暦「妹と恋バナとか嫌だ……」
月火「でも、お兄ちゃん。 朝、お風呂で私の彼氏の事聞いてきたじゃん」
暦「いや、あれは違うぜ月火ちゃん」
月火「と、言いますと?」
暦「あれは月火ちゃんの彼氏じゃない。 月火ちゃんのストーカーの話だ」
月火「……うわあ」
すげえ引いてる。 得意のオーバーリアクションって奴だ。
いや、つうかだな。
当初は僕も認めようと努力したんだぜ?
ただ、それを諦めたってだけだ。 諦めも肝心だろうし。
火憐「おっし! じゃあ三人で走るか!」
暦「火憐ちゃん、頼むから前後の話を繋げてくれないか。 僕には何がどうなって走る話になったのか、全く理解できない」
って言っても、何にもする事ねえよな、こう考えると。
月火「もう、お兄ちゃんさっきから否定してばっかじゃん! お兄ちゃんは何か案とかないの?」
月火の言う事はもっともである。
でも、僕に考えろって言われてもなぁ。
暦「おいおい月火ちゃん、僕が複数人でする遊びをこれまでやってきたと思うのか? そこら辺、しっかりと頭に入れておいてくれよ。 頼むぜ、ファイヤーシスターズの参謀さん」
月火「とても上から目線だけどさ、お兄ちゃん。 それ、とても悲しい台詞だよ」
うるさい。 悲しい台詞だなんて事、僕はとっくに承知しているんだよ……
月火「はあ、もう仕方ないなぁ」
月火「それじゃあ良い事考えた。 月火ちゃん閃いちゃったよ」
暦「ん? 何だそれ、トランプ関係ではないよな」
月火「違うよ。 一人一人、面白い話をしていくってのはどうかな。 面白くなかったら罰ゲームで」
面白い話か。
僕、あんまそういうのは持ってないんだよなぁ。
内容自体はまあいいけどさ、罰ゲームって単語を月火が使うと物凄く怖いんだけれど。
火憐「面白い話かぁ……あたし、あんまそういうのは持ってないんだよなぁ」
うわ、僕の思っている事と火憐の台詞が被ってる。 最悪だ。
つうか、嘘付け、お前の生き方その物が既に面白さに溢れてるじゃねえかよ。
暦「ま、とりあえずはそれをやってみるか。 言いだしっぺだし、月火ちゃんからでいいよな?」
月火「え? ほんとにいいの? 私から話したら、後で話をする火憐ちゃんやお兄ちゃんが不憫でならないよ」
暦「ほお、言ってろ言ってろ。 僕の話を聞いたら、お前ら明日腹筋が筋肉痛になってるぜ」
自分で自分のハードルを上げている気しかしないが、まいいや。
適当に布団が吹っ飛んだとか言っとけばこいつら笑うだろ。
火憐「面白い話ねぇ……」
と、こうして各自の持っている面白話をする事となったのだけれど。
時間経過。
暦「で、どうするんだよ」
月火「どうするって、何を?」
暦「このすげえ白けた空気をだ」
火憐「あっはっは。 今の兄ちゃんの発言が、今日一番面白かったな」
本気で言っているのか、こいつは。 僕の発言のどこに面白要素があったんだろう。
で。
結論から言うと、結局の所、全員が全員大して面白い話を持っていなかった。
話し終わっても「ああ、うん」とか「え? へえ」とか。
まあ、要するに盛り上がらなかった訳である。
月火「うーん。 本当にする事が無いね」
火憐「平和だしなぁ。 どっかで事件でも起きてくれねーかな」
今なんて言ったこいつ。 とても正義の味方の発言とは思えねえぞ、それ。
暦「まあ、そんなしょっちゅう事件ばっか起きてたら、僕達は今頃、こんなくだらない話を出来ていないんだけどな」
火憐「平和が一番って訳か! その通りだな!」
爽やかな笑顔だなぁ。
けどこいつ、つい数秒前に言った自分の台詞さえ忘れているんじゃねえかな。
誰に似たのだろうか?
月火「じゃあさ。 私、一つだけ聞きたい話があるんだけど、お兄ちゃんに」
暦「僕に? 何の話だよ、一体」
月火「ずばり、お兄ちゃんの彼女についてだよ!」
おい、その話はやめろ。
火憐「おいおい月火ちゃん何言ってるんだよ兄ちゃんに彼女なんていねえぞそれは妄想だ」
言葉を区切る事もせず、火憐は機械の様にそう言う。
月火「もー。 火憐ちゃんもそこら辺はしっかり認めてあげないと。 いつかは別れる訳だしさ、今くらいは認めてあげなよ」
暦「なんで別れるの前提なんだよ!!」
全くもう。 である。
暦「つうか、この話はマジでやめようぜ。 また昼過ぎくらいの展開になったら大変だ」
火憐「そうだそうだ。 月火ちゃん、この話は終わりだぜ」
月火「えー」
暦「そうだな。 仮にするとしても、まずは月火ちゃんや火憐ちゃんのストーカーの話から聞かないと、僕は自分の彼女の話をする気にならねえな」
月火「それもそれで凄い話だね……ストーカーの話を聞いた後に、彼女の話をするって」
月火「まあ、いいけどさー」
え、すんの?
月火「それじゃあ、どうしよっか?」
ああ、びっくりした。 てっきりストーカー野郎の話をするのかと思ったじゃねえか。
実際、話を聞いたらしてやるとか言ったけれど、そんな事をしたら僕は今からそのストーカー野郎の家に殴りこみに行ってただろうし。
火憐「おし! じゃあ兄ちゃんの部屋を探索しようぜ」
暦「何で僕の部屋なんだよ! 探索するならお前らの部屋だ!」
月火「女子の部屋を探索するって、さいてーだよお兄ちゃん」
火憐「そうだぜ兄ちゃん。 さいてーだ」
くそ、ぴったりと息を合わせやがって。 厄介極まりない。
で。
火憐と月火の押しにより、僕は渋々それを承諾する。
そもそも二対一では些か分が悪く、僕が負けるのは明白だったのだけれど。
けど、部屋に移動するからと言って、部屋の探索を承諾した訳では無い事だけは理解して頂きたい。
時間経過。
月火「片付けた後だったかぁ。 目ぼしい物が何も無いよ」
暦「当たり前だ。 そんな物はもう所持していないからな」
月火「へえ。 ふうん。 まあ、お兄ちゃんの部屋には無いって事だね」
暦「あ? だから持ってないって言ってるだろ」
月火「そうだね。 お兄ちゃんの部屋には無いみたいだ」
……こいつ、もしかして僕が自分の部屋以外に隠してるの知ってるんじゃね?
暦「あ、ああ。 そうだ、その通り」
月火「ふふふ」
月火の笑顔が少しばかり恐ろしい。
火憐「……ねみー」
と呟くのは、僕のベッドに寝転がる地球外生命体である。
ああいや、僕の妹だった。
ついつい間違えるんだよな。 地球外生命体と火憐。
暦「眠いなら部屋に戻れ。 僕のベッドで寝るんじゃねえぞ」
月火「手遅れだよ、お兄ちゃん。 もう火憐ちゃん寝てる」
ほんとだ、はええよ。 寝ようと思ってすぐ寝れるのは凄いけどさ。
月火「それじゃ、私はちょっと出かけてくるよー」
唐突に月火がそんな事を言い出す。
こいつも結構、思い付き発言があるよなぁ。
その辺りはやはり、火憐の妹って感じ。
暦「ん? こんな時間にか?」
月火「うん。 ハンドクリームが切れちゃってて、無いと困るからさぁ」
ふうん。
暦「そうかそうか。 んじゃあ今日はこれで解散だな。 お疲れさん」
月火「ほいほい。 おやすみなさい、お兄ちゃん」
月火はそう言い、僕にやる気無さそうに手を振ると、部屋から出て行った。
後日談というか、今回のオチ。
オチと言えるかは分からないけれど、とりあえずは一件落着と言った所だろう。
今回のは完全に僕の杞憂であったし、月火の様子も特に変わった事が無いのは事実だ。
今まで通りの月火で、今まで通りの日常だ。
まあ。
それでもオチを付けるとしたら、その日、僕は結局火憐と添い寝という形になってしまったのは、オチと呼べるのかもしれない。
まさか火憐のベッドで寝る訳にも行かず、渋々だったのだけれど。
しかし、横で幸せそうに寝ている火憐を見ていると、僕は今回、些か空回りだったのかもしれないな、等と思ってしまう。
つうか、こいつ涎垂らしてるんじゃねえよ! 汚ねえな!
はあ。
夏休みも残す所は僅かだし、僕もまた勉強しなければなるまい。
明日は多分、あいつらは揃って起こしにくるのだろう。
いや、火憐は横で寝ている訳だから月火だけで来るのか。
……月火はこの状況をみたら、また怒りそうだなぁ。
とにかく、明日の朝は大変な事になりそうである。
そして。
これにて、僕と妹達との物語は終わりだ。
少し前の火憐との話は、僕に大事な事を教えてくれた。
そして、こんな馬鹿なこいつでも、真剣に考えている事もあるのだと教えてくれた。
それに、僕の馬鹿っぷりも、教えてくれた。
これは、僕だけが覚えていれば良い話。
忍野と忍も、いつかは忘れてしまうだろう。
けど、僕だけは絶対に忘れない。
そんな話だ。
思えば本当に、夢みたいな三日間ではあったな。
火憐があの時、どの様に考えていて、どの様な気持ちになっていたのかは、今では本人が忘れてしまっているので、もう分からない。
だけども、僕の事を想ってくれた火憐の気持ちは、本物なのだろう。
僕はそう信じているし、火憐もきっと、そうだったのだから。
そして、もう一つの話。
月火の件でも、学んだ事はあるだろう。
いくら怪異と言っても、それは所詮、そこにあると思ってるからある物だ。
火憐の話を聞いて、僕は月火が怪異に巻き込まれているのでは? と思い込んだ。
結局、それは何でもない、ただの勘違いだった訳だけれど。
現にこうして、月火の様子に変わった所も無ければ、悩んでいる事も無いらしい。
なら、僕が無理に原因を作ろうとしているだけで、最初からそこには何も無かった。
無。
だが、僕はそれを後悔はしていない。
少し体力を使っただけで、それ以外に悪い事なんてのは起きていないのだから。
まあ。
こんな事もあるのだろうと。
そう思って、僕も今日は寝ることにしよう。
なんだか考え事をしている間に、時計の針は十二を指している。
明日はとりあえず、勉強だな。
火憐の事や月火の事で、最近全然できていなかったし。
月火は未だに帰って来ていないが、あいつは朝大丈夫なのかなぁ。
ま、いいや。
さて。
そろそろ纏めるとしよう。
纏める。
何を?
何か、おかしくないか?
何かなんて、曖昧では無い。
明らかに、おかしくないだろうか?
何故、僕は物語を終わりだと思った?
違う、はっきりとそうだとは思えないけれど、違うんだ。
この物語はまだ『続いている』。
終わってなんて、いない。
続いているのなら、まとめられる訳も無い。
僕は起き上がり、火憐を起こさない様、ベッドの上へと座る。
目を瞑り、思考。
どこから、おかしかったのだろうか。
今日、忍野と会ってからか?
家に帰ってからか?
それとも、夜ご飯を食べた後?
いや、風呂に火憐と入った時からか?
月火と、夕方に妙な空気になった時から?
違う。
おかしかったのは---------------------------最初からだ。
まず、そうだ。
月火は何故『一人で出掛けた』んだ?
火憐の服のセンスが無いのは、僕から見ても明らかだ。
連れて行かないと言う理由には『納得』できる。
しかし、火憐の方は何故それで『納得』した?
いつもならそれはありえない事だ。
あいつの性格から言って、無理にでも付いて行こうとした筈。
火憐と月火は常に一緒に行動をしていると言っても過言では無い。
別々で行動する。 イコール『何か問題が起きている』時。
最初の最初。
つまりはこの物語が始まった瞬間から、異変は起きていた。
火憐と月火が別行動をするのは『明らかな異変』である。
そして、僕や火憐はそれを自然と『受け入れて』いた。
更に、まだおかしい事はある。
むしろ、それ以外を探す方が難しい程に。
くそ。
繰り返しかよ、結局。
しかし、何だろうか。
まるでそれが当たり前の様な、そんな感覚があった。
月火の行動や、異変が当たり前の様な、そんな感覚。
ああ、そうか、もしかして。
忍野があの時言っていた「阿良々木くんなら問題無いさ」と言う言葉。
僕ならこうして、異変に気付けると判断したのか?
って事は、あいつは多分、知っている。 今回の怪異……恐らくは、ドッペルゲンガー。
それが現れている事を。
僕が話した際に、忍野は既に気付いていたのだろう。
あのアロハのおっさん……騙すなと言ったのに。
まあ、でも騙すってのは言い過ぎか。 あいつは言わなかっただけなのかもしれないし、まだその時……忍野と僕が話した時は確定していなかったのかもしれない。
だが、それにしてもさっきの電話は引っ掛かる。
あいつは何故、僕に月火は怪異に関わっていないと伝えたのだろう。
現状を考える限り、それはありえない。 ほぼ確実に、関わってしまっている。
僕を安心させる為、なのか?
いや、それよりも。
今、最優先でするべき事が僕にはある。
時刻は夜中、十二時半か。
そうだな。 これもまた、僕は自然と『受け入れて』いた事だ。
何故、この時間になっても『月火が帰ってこない』んだ?
そもそも、月火が出かけると言った時間は既に十時を回っていた筈。
僕は大して気にする事もせず、それを見送ったのだ。
普段ならありえない。
中学二年生の妹をこんな夜遅くに一人で外に出すなんて、僕ならありえない。
とにかく。
考えていても仕方ない。
厄介な事に巻き込まれているであろう月火。
彼女を探しに行かなければ。
それが僕の今取るべき行動だ。
……手遅れになっていなければ良いが。
僕は結論を出し、火憐を起こさない様に着替え、なるべく音を立てずに外へ出る。
まずは、連絡。
忍野に報告だ。 それに、聞きたいこともあるし。
と、僕はそう思って携帯を開いたのだけれど。
その時丁度、忍野からの着信があった。
第八話へ 続く
続き
暦「月火ちゃん、ありがとう」【中編】

