1 : 以下、名... - 2015/09/12 11:43:44.77 zZCeyODJ0 1/25

* 注意

・地の分多め
・ホラー・サスペンス展開、独自設定
・複数のSF作品オマージュ

当SSには上記の要素が含まれております。
これらの要素が苦手な方はご注意下さい。
オマージュ元の作品にお気付きの方も、どうぞお気軽にご意見下さい。
よろしければ>>2以降から本文をどうぞ。

元スレ
【艦これ】「ヒト」のようなもの【SF・サスペンス】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442025824/

2 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 11:48:14.41 zZCeyODJo 2/25


「なー、吹雪ぃ……」

「ダメ」


8月、茹だる様な暑さの中。
空調の効いた執務室内、この部屋の主が在るべき机に突っ伏す少女。
彼女は聴く方が憔悴しそうな声で、もう一人の少女へと懇願する。
しかし、された側は自分の机での作業を止める様子も無く、一刀の下に要求を切り捨てた。


「……んもー……いいじゃん、そんな書類……どうせまた《アレ》のアッパーバージョンがどーたらバグがこーたらって内容だろ?
 読んでハンコ押して大淀に預けるだけじゃん、やるだけ無駄無駄」

「無駄な訳ないでしょ? 司令官が戻って来るまでもう少し掛かるんだから、私の権限で出来るものはやっておかないと」

「やーだーぜー! つまんないー! なー街へ行こうぜ、まぁーちぃー。村雨達が新しい水着買ったって自慢してるんだよー。
なーアタシ達も買いに行こうぜー……吹雪だって、司令官に新しい水着見せたいだろ? なー」

「行きません! もう、手伝う気が無いならそこ退いてよ、深雪! ああほら、腕に書類くっついてる!」

「仕事にかまけてアタシをぞんざいに扱う吹雪が悪い! ほれー観念せーい。今すぐその書類を放り出し、この深雪さまにその身の全てを捧ぐのじゃー」

「え、きゃっ!? ちょ、みゆっ、何してんの!? ってかどこ揉んでんのコラ!」


グダグダな会話の末、何時の間にか突っ伏していた机から身を起こし、作業中の少女《吹雪》の背後へと回ったもう一人の少女《深雪》。
彼女は何の遠慮も無く姉妹たる吹雪の、豊満とは言えずとも実は全姉妹中でも上位にランクインする胸を、背後から鷲掴みにして遠慮なく揉みしだく。
吹雪からは悲鳴と怒声が飛ぶも、それでも明らかに和気藹々とした空気を内包した姉妹のじゃれ合い。
そんな気心の知れた少女間特有のコミュニケーションは、しかし十数秒後には波が引く様に静まってしまった。


「……でも、さ。本当に何だか、変な感じだよな。今のアタシ達って」

「……うん」


安堵した様な、しかし何処か寂しさと不安を内包した様相の深雪に、同意の声を返す吹雪。
2人の顔には、明らかな困惑の色が在った。


「着任して、今年で何年目だっけ」

「此処の壊滅が16年前、私達が建造されたのがその4年後だから……12年目、だね」

「んで、私達の司令官は今ので3人目か」


感慨深く執務室内を見回す深雪。
彼女の視線の先、元は純白であったろう少々くすんだ色の壁には、額に入れられた幾つかの写真が在った。
この場所、パプアニューギニア・ブーゲンビル島の南端、ブイン基地。
過去この地に着任した、歴代提督達の姿を映し撮ったものである。


「最初の司令官が着任から5年で叢雲さんと、次の司令官が4年目に鳳翔さんと……
そっか、今の司令官になってから、もう3年目なんだ」

「良い時代になったよなぁ。ハードワークと引き換えに高給貰って、仲の宜しい艦娘と一緒に退役して所帯持って……
 第2司令室の摩耶さん、知ってる? 来週退役して、内地で結婚だってよ。しかもデキ婚」

「デキ婚!? っていうか摩耶さんが!? ウソぉ、相手は!?」

「ラバウル航空隊所属のパイロット。ほら、4年前のショートランド防衛戦で摩耶さん、混戦で奇襲食らって揮下の艦隊ごと轟沈寸前までいったって話じゃん。
その時の相手は、レ級とヲ級が中核だったらしいんだけど。ポリネシア方面の強行偵察から帰還中の彼氏がそいつら捕捉して、ワジーナ島上空から電磁砲で一撃。
 間一髪で助けられて、後で艦隊代表してお礼言いに行って、そのままお互いに一目惚れだって」

「それって超エリートじゃない! うわぁ……何ていうか、摩耶さんのイメージからは程遠いけど……いいなぁ、羨ましい」

「白馬の王子さまって奴だな……乗ってんのは馬じゃなくて、極超音速攻撃機だけど」

「いいじゃない、攻撃機の王子さま。白馬の王子さまよりずっと頼り甲斐があるよ、きっと」

「かもなぁ……しっかし、これでも一昔前は生きて内地の土を踏めるのは全体の4割も居なかった、なんて天龍の姐御が言ってたけど、近頃こんな話ばっかりだからなぁ。
あの大戦中ならともかく、今時っ子になったアタシ達には想像も付かねぇや」

「まあ、艦娘も発見されてそれ程経っていなかった頃だし、自衛隊もぼろぼろだった筈だからね。
何もかも手探りだったんだから、犠牲も相当なものだったっていうし」


3 : 以下、名... - 2015/09/12 11:50:00.07 zZCeyODJo 3/25


先人達の苦悩と悲嘆とを想い、吹雪は宙を見上げた。
各地へと配置された提督や艦娘、そして基地要員等が、生きて再び日本の土を踏む。
深雪の言葉通り、そんな当たり前であるべき事が、本当に当たり前の事となったのは、僅か15年ほど前なのだ。

21世紀初頭、突如として世界各地の深海より現れあらゆる国籍の船舶へと無差別攻撃を開始した、所属不明の勢力。
人間の女性とほぼ変わらぬ体躯ながら、あろう事か自由自在に水面上を闊歩し、滑走する異質性。
人には到底保持し得ぬ口径の《砲》をいとも容易く操り、艦船へと肉薄して強力な砲撃を叩き込む事が可能な強靭性。
人には到底御し得ぬ数の超小型無人機を単体で意のままに操り、そのサイズからは想像もできない威力を秘めた航空行動を統括し得る異常性。
加速度的に増し行く被害を前に、人類は有効な手立てを講ずる暇さえ与えられなかった。
そうして、意思の疎通さえ覚束ない異形達、有史以来初となる人類以外の知的生命体との戦争に突入した人間達は畏怖を込め、暗い海の底より現れる彼女達を《深海棲艦》と呼称した。


「善戦したんだよね、自衛隊も……」

「世界中の軍がね。でも、勝てなかった」


無論、人類は抵抗した。
否、抵抗ではなく《殲滅》を試みた。
通常の海上戦力のみならず、ありとあらゆる兵器を投入し、それでも満足せずに次々に新兵器を開発しては、実戦投入を繰り返した。
そして、それらの行動の結果は、凄まじいものだった。
世界中の海が、深海棲艦の死体と肉片で埋め尽くされたのだ。

如何なる理由か、敵の兵装は第二次世界大戦当時の軍事技術に準じた物に限られており、嘗て在った同様の兵器をダウンサイジングした見た目そのままの威力であった。
即ち民間船、或いは重厚な装甲を持たない現代の軍用艦を撃沈するには必要十分な貫徹力を有しながら、有効射程や砲撃精度は現用速射砲に到底及ぶものではない。
被弾時に艦体に生じる破孔も小さく、たとえ榴弾であっても深刻な被害を受けるには至らない。
超音速から極超音速で飛翔する21世紀の航空機を撃墜するなど、彼女達の兵装では夢のまた夢だ。
更には、如何に深海棲艦が強靭な防御を誇るとはいえ、あくまでもそれは人と大して変わらぬサイズにしてはという意味に過ぎない。
直撃すれば近接防衛火器の20mm砲弾であっても数発、それこそ途上国海軍巡視艇の12.7mm弾でさえ僅か十数発で、彼女達の華奢な体躯を完膚なきまでに破壊するには十分だった。
完全なアウトレンジから齎される苛烈で一方的な人類側の攻撃を前に、深海棲艦は水底より現れる端から潰され、粉砕され、引き裂かれ、焼き払われた。
それは正に、一方的な殺戮劇だった。
そして、各国の軍事力により全世界規模で行われた数年間にも亘る深海棲艦に対する大虐殺の果て、人類は敗北した。


「二千数百億だぜ、二千数百億。そんだけ沈めて、それでも勝てなかったって……あぁ嫌だ」

「局地戦で幾ら勝ちを重ねても、経済が音を上げちゃあね。司令官達も言ってたじゃない。
まさか、先に世界経済が破綻するとは思わなかったって」

「で、アタシ達の出番って訳だ」


殺しても、殺しても、際限なく現れる深海棲艦たち。
弾薬の備蓄は瞬く間に尽き、それを補う為に生産率を引き上げればエネルギー事情が悪化する。
消費は冷え込み、シーレーンの寸断によって各国間の物流は停滞し、経済という名の国家の血流は幾つかの内陸国と資源国を除いて完全にストップした。
そうなれば如何に強力な軍事力であろうと、十分な補給が為されなければ置物と変わりない。
海上戦力は軍港に錨を降ろしたまま昼寝をし、航空戦力は格納庫で腹を空かせ、戦略兵器を有する陸上戦力も勝手に動き回る事はできなかった。
幾つかの国は核による全面攻撃に打って出る事も考えた様だが、それらの破滅的かつ自棄的な作戦行動が実行される事はなかった。
ある国家は経済の停滞から元々あった経済格差問題に火が付き内戦状態に陥り、ある国家は潜在的敵対核保有国と疑心暗鬼からの全面核戦争に雪崩れ込んだ挙句に各地の軍閥が政治的に台頭して崩壊。
また別の国家は攻撃を決意するより先に、押し寄せた深海棲艦に戦略原潜基地を制圧され、弾頭こそ持ち出す事に成功したものの投射能力を喪失するといった体たらくであった。
そうして大陸国家は海洋権益の回復に専念する余裕を失い、沿岸部の切り捨てと内陸部への人口大移動、巨大都市群の形成と要塞化に邁進する事となる。

結果、人類は反撃の牙を失った。
そして海洋国家かつ島国であり、国家維持に拘る資源の大部分を輸入に依存する日本は、いずれ来る各種資源欠乏による緩慢な死を待つだけの絶望の真下に在ったのだ。
日本国神奈川県、海上自衛隊横須賀基地に最初の艦娘が現れる、その日までは。


「あー、それで……酷かったんだって? 最初の頃は……」

「そうらしいね。人が艦娘を撃ったり、艦娘が人を撃っちゃう事も在ったらしいから」


突如として現れた、後に艦娘と呼称される事となる知的生命体。
外見こそ人間の少女と大差無いが、深海棲艦と同じくダウンサイジングされた第二次世界大戦当時の艦砲等兵器を有し、同じく海上を駆ける能力を有する異質な生命体。
人々は深海棲艦による新戦略を疑い、彼女達に銃口を向けた。
一方で彼女達もまた、混乱の極致に居た。
後に判明する事であるが、彼女たち艦娘は過去に存在した軍用艦、その記憶を保持したまま人間の女性体へと転生した、紛う事なき軍艦そのものであったのだ。

人でないものが魂を持ち、しかも人間に酷似した存在として生まれ変わる。
そんな超常現象に対する理解など、当時の人間達に在る筈も無く。
同時に彼女たち自身もまた、そのような現象が起こったという事実を理解できずにいた。
鋼鉄の軍艦であった筈の自分達が可憐な少女の姿になっている等と、そんな現状をすぐさま受け入れられる筈もない。
その様な状況下で接触した両者が、そのまま敵対という道を辿らなかった事は、一種の奇跡と言えるだろう。

しかし、それから数年の間は深海棲艦との戦い以外の要因でも、人類と艦娘の双方に多大な犠牲が生じる事となる。
艦娘を信用しきれない人類と、そんな人類の様相に敵意を抱く艦娘。
深海棲艦もどきの癖に、助けが無ければ滅んでいた癖に。
そんな両者の隔意が、幾つもの悲劇を生み出したのだ。

4 : 以下、名... - 2015/09/12 11:51:08.77 zZCeyODJo 4/25


「ホント、今じゃ考えも付かないよなぁ……」


しかし人類は、少なくとも日本国は、それらの悲劇を乗り越えた。
自身達を蔑視する人々の視線に幻滅しながら、それでも嘗ての海軍としての誇りを胸に、力無き人々を守ろうと海原に繰り出す艦娘達。
傷付き、血を吐き、多くの戦友を失い、それでも次々と生まれる新たな仲間達と共に戦場へと赴く、その姿。
真っ先に心動かされたのは、海上自衛隊護衛隊群と海上保安庁の重武装巡視船だった。
なけなしの燃料と弾薬を補給した各護衛隊群と巡視船群は、深海棲艦の大戦力を前に一歩も引かない艦娘達の前へと躍り出るや、被弾も御構い無しに殲滅戦を開始したのだ。
思いも寄らなかった援軍を前に呆然とする彼女達を余所に、更に航空自衛隊による波状攻撃が続く。
国内生産設備を管理する各企業は、漸く稼働し始めた宇宙太陽光発電衛星から送られる電力、そして国家備蓄資源の殆どを軍需物資生産へと注ぎ込み、一連の大攻勢を支え続けた。
国民も、もはや後が無い事は嫌という程に理解しており、生活環境の悪化にも辛抱強く耐え抜いた。
そして、実に半年間にも及ぶ国家総力戦の末に自衛隊と海上保安庁、そして艦娘達は日本近海の深海棲艦を駆逐する事に成功。
1年後には急造の資源採掘用海上プラントが太平洋、日本海、東シナ海の海上に雨後の筍の如く出現し、連日の様に自衛隊と海保、艦娘達の勝利を称える大歓声が列島中を覆い尽くしていた。
この件を経て、これまでの人間と艦娘双方の間に在った蟠りは拭い去られ、両者は深い信頼関係で結び付く事となったのだ。

その後の事は、誰もが良く知っている。
彼女達が付喪神と呼称される、伝承上の概念と酷似した存在である事。
その発生過程となる《建造》及び、メンテナンスと補給を司る《妖精》の存在。
深海棲艦もまた、艦娘と酷似した概念の下で発生した存在である可能性。
様々な事実が、それからの数年間の内に判明した。
そして艦娘達が《解体》と呼ばれる儀式を経て人間となる事が判明するや否や、日本政府は正式に彼女達の人権保障へと乗り出す。
解体を経るまで一定の制約こそ在れど、人間と何ら変わらぬ生活を送る権利が在ると国家が認めたのだ。
この決定は国民と艦娘の双方から諸手を上げて歓迎されたが、同時にとある問題について更なる苦悩を生む事となった。
最前線に於ける艦娘の損耗率、即ちあまりに多すぎる戦死数についての問題である。


「人間と仲良くなったら、今度は前線での殉職率が問題化……大変な時代だったんだねぇ」


完全ではないものの、日本近海の安全確保に成功した政府は2年という時間を掛けて態勢を整え、シーレーンの回復を目的とした重要航路奪回作戦を発動。
宇宙太陽光発電や大出力核融合発電の実用化により相対的な必要性こそ減じていたものの、それでもあらゆる工業製品にとって原油は欠かせない資源である。
総使用量が減った今、国内油田でも十分に賄えるとの試算も在ったのだが、ASEANとの国交回復による各種資源の確保という目的も在り、作戦は実行に移された。
自衛隊改め陸海空軍と共に、艦娘運用に特化した組織として旧軍をモデルに生み出された《鎮守府》システムに基き、前線へと配備される艦娘達。
彼女達は艦艇や航空戦力と連携し、着実に航路を奪還していった。

しかし同時に轟沈、即ち戦死する艦娘の数も鰻上りとなり、彼女達を守るべく最前線にて突出しがちな海軍艦艇にも轟沈するものが現れ始める。
絶えず続けられた技術革新により護衛艦や攻撃機、果ては無人機にまで低ランニングコストかつ高威力の光学兵器や電磁投射砲、極高出力指向性マイクロウェーブ兵装などが標準搭載されており、
深海棲艦に対する超長距離~中距離での殺傷力および殲滅効率は正に圧倒的、嘗てとは比較にならない程に強力かつ広範囲に亘って対応可能なものとなっていた。
其処に小回りが利き中~近距離戦に置いて無類の強さを発揮する艦娘が連携する事によって、突如として深深度より浮上し艦艇に至近戦を挑む強襲型の深海棲艦であっても、瞬く間に殲滅する事が可能となる。
だがそれらの利点も、嘗ての殲滅戦を超える数で以って押し寄せる深海棲艦の前には、完全な防御を成し遂げるには至らなかったのだ。
人間と艦娘、双方に亘る膨大な犠牲の果て、北はカムチャッカ半島、南はソロモン諸島、そしてASEANの解放と国交再開を成し遂げるまでには至ったものの、それらの海域の安全を維持する為に更なる犠牲を要する。
日本はそんな悪循環に陥ってしまったのだ。

毎年の様に新型護衛艦や新型攻撃機を実戦投入しても、三軍合同による広域戦略攻撃を行っても、果ては新設成った宇宙軍による対地攻撃衛星を用いた超広域殲滅作戦を実行しても。
一時的に深海棲艦の攻勢を弱めるだけが限界で、根本的な問題の解決には至らなかった。
艦娘もまた敵泊地への奇襲攻撃などを繰り返すものの、破壊された筈のそれらの泊地は何時の間にか復活しており、敵勢を弱める結果には繋がらなかった。
敵中枢の位置特定には未だ至らず、深海棲艦との対話による戦況打開の試みも在ったものの、何か目ぼしい成果が上がったという話は終ぞ聞かれなかった。
唯々、真綿で首を締められる様に積み重なる犠牲と損害に、前線はおろか本土でさえ倦戦感情は色濃くなる一方。
そんな状況は約25年前、とある《新兵器》の実戦投入により一変する事となる。


「そういう意味じゃ……感謝すべきなのかなぁ《アレ》に」

「……そうかもね」


とはいえ《新兵器》の実戦投入直後から2年目までの間こそ、戦況に劇的な変化が生じた訳ではない。
深海棲艦の大攻勢は続いていたし、艦娘と艦艇の損耗率も相変わらずだった。
しかし変化は緩慢に、されども確実に起こっていたのだ。

3年目、深海棲艦の攻勢に変化は見られなかった。
4年目、敵大攻勢の回数が初めて減少傾向に転じた。
5年目、敵戦力の密度は目に見えて低下した。
6年目、《エリート》《フラグシップ》と呼称される、将官クラスの深海棲艦の個体確認数が激減した。
7年目、将官クラスの深海棲艦を確認できなかった。
8年目、《姫》《鬼》と呼称される、各方面の敵泊地に停泊する司令官クラスの深海棲艦の内、何体かの確認ができなかった。
9年目、司令官クラスの深海棲艦を確認できなかった。
10年目、本土領海及び排他的経済水域内に於いて深海棲艦を確認できなかった。
11年目、オホーツク海から日本海及び北太平洋西部全域、東シナ海及び南シナ海にて深海棲艦との遭遇率が大幅に低下した。

そして、12年目以降。
月に数回の敵中規模攻勢を除き、深海棲艦との大規模な戦闘は、ソロモン海周辺を除いて殆ど行われなくなった。
以後10年以上この状況が、一部を除く大西洋西部からインド洋東部全域で継続している。


5 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 11:53:15.88 zZCeyODJo 5/25


「えぇと、最後に出撃したのが4週間前で……結局、敵は発見できなかったんだっけ」

「居た事は間違いないんだけどね。つまり……」

「アタシ達が着く前に片付けられた、って事か」


はぁ、と深雪が溜息を吐く。
吹雪にしても、複雑な思いは在った。
去年11月の敵攻勢を防ぎ切って以降、まともに戦った覚えが無いのだ。
敵が来ないというのは良い事なのだろうが、しかし艦娘になったとはいえ軍艦としての本質を宿す身としては、長期間に亘って敵と戦う事すら叶わない状況には不服も生じようというもの。
人間の少女と違わぬ意識も色濃く持つ以上、戦場に対する恐れも平和に対する憧れも在る。
それでも敵が未だ存在している以上、艦としての本能が訴えるのだ。
海に出ろ、戦え、人々に仇為す敵を討ち果たせと。


「サモアの東まで行けば敵も居るんだろ? もうこっちからは仕掛けないのかな」

「どうだろう……そんな話は聞かないし、政府もクック諸島や孤立したハワイまで行く気は無いみたいだしね」

「んー……せめてアメさんの内情が落ち着いてくれてればなぁ」

「無理でしょ。東西の海岸は暴動と深海棲艦の攻勢で荒廃してるし、中部は両岸からの避難民と移民の排除で大わらわ。
挙句に州ごとで独立宣言じゃあね」

「あのアメリカがなぁ……なんだかなぁ」


嘗ての宿敵、自分達を完膚なきまでに打ち負かした超大国の末路は、深雪に限らず全ての艦娘の胸中に釈然としない感情を植え付けていた。
過去の自分達を沈めたであろう米軍艦艇も、此方と同じく艦娘として米国に出現している筈なのだ。
思うところは在れど同じ艦娘、今や同盟国となった彼の国に居るであろう彼女達と再会する事を、各々が異なる理由と共に楽しみにしていた。

しかし、その望みが叶う事はなかった。
米国は艦娘達の存在を認めて反抗作戦を開始する前に、経済格差と移民問題を原因として分裂、壮絶な内戦状態へと突入してしまったのだ。
人々は東西両岸を放棄して内陸へと逃れ、逸早く富と生産力を確保した中部各州は独立宣言を行い、避難民たちを州境で押し返し始めた。
誰も彼も、合衆国を救わんと現れた艦娘達に注意を払う事はなく、内陸部で己が保身の為に争い始めたのだ。
全世界の海を席巻し、長らく世界最強と謳われ続けた米国海軍の各艦隊も、艦艇を動かす者が居なければただの置物に過ぎない。
結果として、指揮系統すら確保できなかった艦娘達は当然の如く敵中にて孤立し、海上を埋め尽くす無数の深海棲艦に包囲され、無人の米国艦隊もろとも殲滅されたらしい。
一方で真珠湾に現れた艦娘達は長期間に亘って抵抗を続けていたらしいが、それでも日本空軍による幾度目かの強行偵察時には、港湾施設諸共に跡形も無く消し飛ばされていたという。
国家と国民を救うべく現れたにも拘らず、誰にも意識を向けられずに敵中にて磨り潰された彼女達の無念は如何ばかりか。
彼女達の胸中を想う度、艦娘達は悔しさと憤りに目を伏せるのだ。
自身の眼鏡を握り潰しながら、鬼ですら裸足で逃げ出すであろう表情を浮かべて某戦艦の名を口にする霧島については、姉達を含め誰もが見て見ぬ振りをしていたが。


「それに万が一……万が一だけど、北米が安定したとして」

「ん?」

「深雪は、ハワイに行きたいの? 《アレ》がウヨウヨしているかもしれない太平洋を突っ切って、ハワイまで行ける?」


吹雪の問いに、深雪の表情が消えた。
彼女に背中から抱き付かれている吹雪には、その変化を目で窺い知る事はできない。
しかし、首に回された深雪の腕の僅かな震えから、吹雪は彼女の内心の変化を読み取る。
ばつが悪いのか、小さく舌打ちをひとつ、深雪は話題を変えた。


「あーあ、ヤダヤダ。こうもする事が無いと気がくさくさするよ。なぁ吹雪、やっぱ街行こうぜ。
真面目なのはお前の美徳だけどさ、たまには羽伸ばさなきゃ肝心なとこでくたびれちまうって」

「もう何年やってると思ってるの、息抜きの仕方くらい知ってますっ。私が真面目なんじゃなくて、深雪が怠けてるだけ!」

「アタシは真面目だぞー、戦場に出れりゃな。此処じゃあ真面目にする意味が無ぇのー」

「同感ね」


深雪の言葉に同意しつつ扉を開け放ち入室してきたのは、室内の2人と同じく駆逐艦に属する叢雲だった。
因みに、先々代の提督と共に軍属を辞して入籍した叢雲ではなく、その後に建造された2人目となる。

6 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 11:56:18.38 zZCeyODJo 6/25


「おー、叢雲じゃん。残念だったな、司令官なら居ないぞー」

「知ってるわ。今は会議中でしょ、清々するわよ。そんな事よりこれ、本土からの手紙」

「え、あ! 美雪さんと夏恵さんから!」

「マジ!?」

「開封するわよ、宛先は全員みたいだし」


吹雪の言葉に、深雪が身を乗り出す。
未だ背中に引っ付かれたままだった吹雪がぐえ、と呻くも気にしない。
馴れた手つきで封を切る叢雲に、早く読ませろと催促する。

美雪とは先々代の提督と入籍した叢雲、夏恵は先代と入籍した鳳翔に、其々の伴侶が送った人間としての名である。
彼女達の他にも現役で活動する、或いは退役した叢雲と鳳翔は大勢居るのだ。
艦娘は、解体の議を終えた直後から人間と同じく肉体の加齢が始まり、同時に精神の成長速度も顕著なものとなる。
徐々に生じる個体差が為、何よりも一個人としての権利を確立する為にも、彼女達は確固たる自己の名を持つ必要が在った。


「おお! 美雪さん、3人目だってよ! いやぁ、おさか……おさ……御盛んだねぇ!」

「言い直す気が無いなら最初から言い切りなさいよ……逆に恥ずかしいでしょうが。ってか私へのセクハラか!」

「夏恵さん……上の娘さん、大きくなったなぁ。もうお店の仕込み、毎日手伝ってるみたい」

「え!? まだ3歳だろ!?」

「おままごとみたいなものだよ。ほら写真、糠漬けの仕込み中だって」

「あら、かわいい! ほら手、手が。っていうか、頬っぺたまで糠付いてるわよ」

「うわぁ、マジでミニ鳳翔さんじゃん! かぁいいなコイツ!」


提督の居ない執務室で盛り上がる3人。
退役し自分の幸せを手に入れた嘗ての戦友、或いは先輩に当たる2人を祝福し、想いを馳せる。
何時かは自分達もまた艤装を降ろし、生涯の伴侶を見付けて家庭に入るのだろうか。
もしそうなったとしたら、先に自分だけの家族を得たこの2人の様に、素敵な母親になれるだろうか。
そんな年頃の少女らしい思考は、新たな入室者により打ち切られた。


「ただいま戻りました」

「あ、御帰りなさい、司令官!」

「おーう、おかえり」

「お疲れ様、思ったより遅かったわね」


口々に掛けられる労いの言葉。
帰還を告げる丁寧な言葉と共に入出してきたのは20代半ば、一見すると中肉中背に見える体格の男性である。
第三種夏服の袖口から覗く腕はそこそこ鍛えられており、同体格の一般的な軍人よりはやや細めといったところだろうか。
佇まいは軍人らしく洗練されているものの、何処か付け焼刃的な印象も見る者に与えている。
しかし、それら凡庸とさえいえる要素とは裏腹に眼は鷹の様に鋭く、相対する者に威圧を与えるものであった。
これがこの部屋の主、ブイン基地第五司令室の提督である。


「済みません。少々、厄介な案件が在りまして」

「お茶、淹れますね。ほら深雪、ちょっと放して」

「おぅい司令官、見ろよコレ! 前に言った美雪さんと夏恵さんからの手紙だぜ!」

「ああ、先輩方の奥様ですか。お幸せそうで何よりです」

「……ねぇアンタ。もう何度も口酸っぱくして言ってるけど、その敬語どうにかならないの?
 アンタは私達の直属の上官なのよ? 威厳が無いにも程があるわ」

「しかし、私はこの司令室では紛れもない若輩者です。艦隊戦に関しての経験は言うに及ばず、軍人としてのキャリアも短い。
 学ぶ事は在っても此方から何かを返せる程、優れた能力がある訳でもありませんから」

「知ってる? 謙遜も過ぎれば嫌味になるのよ。まさかそんな事、此処以外でも言ってるんじゃないでしょうね」

「無暗に自己を卑下するつもりはありません。未熟な私の指揮の下、命懸けで戦う貴女達には如何なる内容であれ隠し事はしたくないからこそ、正直な意見を述べているだけです」

「……そういう事を臆面も無く言うから、性質が悪いのよ」

7 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:00:58.10 zZCeyODJo 7/25


急にそっぽを向く叢雲に首を傾げる提督。
一方で深雪はにやにやしながらうっひゃー、などと小声で呟いているが、その頬は僅かに赤い。
今は茶を淹れている吹雪もまた、過去に何度も交されたやり取りの内容に苦笑しつつも、顔に少しの熱を宿していた。
提督から向けられる信頼と尊敬の念は、彼女達の心に確かな温もりを与えている。
それが本心からのものだと解ってしまうからこそ、取り立てて優秀という訳でもないこの提督は、司令室所属の艦娘達から絶大な信頼を寄せられているのだ。
尤も、艦娘や妖精との適性が高かっただけ、人心掌握が得意なだけで着任できる程、提督という役職は甘くはない。
これまでに軍にとって極めて有用、且つ確かな功績を挙げてきたからこそ、艦娘の指揮官としての提督という役職を宛がわれたのだ。

通常艦艇により編成された艦隊を指揮する提督と、艦娘にとっての提督では求められる資質も、責任も異なる。
総排水量数十万トンにも及ぶ艦艇群と、それらに乗り組む数千人もの兵士達の命を預かる《提督》。
その身一つで強大な敵へと相対する可憐な少女達、その命と精神を預かる《提督》。
絶えず進化する無数の兵器を以って敵の大群を纏めて殲滅し、時には同じ人間によって構成される国家とも照準を向け合う事を使命とする艦隊。
民間人の生活圏近く、或いは大型艦艇の死角へと現れた深海棲艦を駆逐し、自身を守る術を失った人々をその身を挺して護る事を使命とする艦娘。
互いに大きく異なる手法で、しかし究極的には同じ目的の為に戦う彼等は、互いに深い敬意と信頼で結び付いている。
だからこそ、艦隊の《提督》は艦娘達にとっての《提督》に深く感謝し、艦娘達の《提督》は艦隊にとっての《提督》を尊敬するのだ。

そして艦娘にとっての《提督》に求められる能力とは、何よりも先ず妖精と相互に意思の疎通が可能か否かである。
妖精を視認する事それ自体は万人に可能である事が判明しているが、その言語を理解する資質を有する人間はごく一部に限られていた。
更に言えば、妖精に触れる事ができるのは艦娘のみであり、たとえ資質を有する人間であっても触れる事は叶わない。
これについては諸説あるが、最も有力視されている説は「妖精とは艦娘のコンディション維持と外部コミュニケーションを司る統合型ツールであり、
物質的には存在しない非実在型ミニ・ヒューマノイドタイプ・インターフェースである」というものだ。

この小さな人型達は物質としては実在せず、艦娘達が生み出したバーチャルな存在であるという。
掌に乗るサイズの彼女達は、艦娘の五感に干渉する形で「接触している」と誤認させる事で、自らを実在の物と信じ込ませているのである。
この説を裏付ける根拠としては、解体され人間となった元艦娘は妖精との物理的接触が不可能となる事実が挙げられる。
一方で視覚情報のみという形式であれ、なぜ人間にもその機能が適応されるのかという疑問については、未だ明確な推論が提示されていない。
人間にも艦娘と同様の何らかの因子が宿っている為では、という見解も昔から出回ってはいるが、因子が在るならばその正体は何かとの疑問については、
現時点に於いて何も解明されてはいない。
しかし《提督》という妖精の言語を解し、また語り掛ける事も可能な人間が一定数存在している為、この説は多方面から有力視されている。
だからといって、彼女達が単なる幻覚や、単独種として独立した存在という訳ではない。
実際には、艦娘達が互いの艤装を通じて形成している巨大な情報ネットワークの端末という位置付けであり、個性を持つまでに高度化した略式AIの様なものと考えられている。
彼女達の言葉や行動は、実際には艦娘達の深層心理を代弁しているものであり、それら膨大な情報が個体間を超えて結び付く事によって効率的な情報処理の為の疑似人格を構築し、
あたかも独自の知性が在るかの様に振舞い出す。
これが妖精である。

建造や開発、解体も実際には妖精の手によるものではなく、艦娘達の艤装を通じて各鎮守府や基地ごとに形成された、実体の無い集合意識体が行っているという訳だ。
艦載機や甲標的などの操縦も《母艦》である艦娘をサーバーとして、艦隊を形成する艦娘達の集合意識体が行っている。
これを艦娘や人間の側から観測すると、妖精が機体や舟艇に搭乗し操縦しているかの様に認識されるのだ。
この意識体のサーバーは、時間経過と共に艤装から母港施設へと拡張される事も確認されている。
先ずは建造ドックの構築が完了した時点で工廠へのサーバー拡張が開始され、各設備が充実してゆくと共に進行度も加速。
最終的には工作艦である《明石》や、装備開発能力に定評のある軽巡洋艦《夕張》等の艦娘が常駐する事によって、交渉への拡張工程は完了する。
此処から所属艦娘の増大に合わせて各施設へと拡張工程が伝播し、母港全体のメインサーバー化を以って工程は完了するのである。
更には各鎮守府、警備府、泊地などのメインサーバー同士がネットワークを構築し始めているという研究報告も在り、集合意識体が何処まで巨大化するかは未だ底が見えていない。
これを危険視する研究者も相当数居るが、彼等にしても初期サーバーである艦娘を如何こうするという意思は毛頭なく、
結局この問題については大して関心も持たれずに放置されているのが現状であった。

これらの情報を正確に理解した上で、更に妖精との意思の疎通が可能である事は《提督》となる上での最低条件だ。
勿論、それだけで着任できる筈もない。
指揮官としての高い能力、更には艦娘を運用するに当たって有益な能力と実績を有する事が、ふるい落とされてなお多い候補者の中から候補者の中から《提督》を選考する際の基準となる。
即ちブイン基地第5司令室に配されたこの人物もまた、単なる適性以外に優れた能力と実績があるからこそ《提督》となったのである。
尤も、着任に至るまでの選考過程では、他の《提督》とは少々異なる事情も勘案されたのだが。


「まあいいわ。それで、厄介な案件って? また麻薬の密輸船かなにか?」

「うげ、まーたそんなのかよ。ありゃ大人しく海保に任せようぜ。ラバウルにゃ制圧専門の特殊部隊だって出向してるんだろ」

「いえ、今回はそういう内容ではありません……ありがとう」


執務机の椅子に腰を下ろし、帽子を取る。
吹雪に礼を言いつつ、淹れたての茶を受け取り軽く啜って舌と喉を潤すと、軽く息を吐いた。

8 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:02:06.30 zZCeyODJo 8/25


「……トンガの東に位置するエウア島に、陸海合同での監視施設が設けられた事は、貴女達も御存知かと思います」

「ええ、去年の1月からで……稼働し始めたのが3か月前ですよね。東海岸に自動巡回式ソナー網と、ええと……」

「テエモア山山頂の超広域受動感知システム、とかいう奴でしょ」

「おお、あのエイリアンとかで使ってた奴のでかい版だっけか」

「……それ、誰が言ったの?」

「むっちゃん」

「……あの洋画オタクめ。まあいいわ、それで?」


先を促す叢雲にちらと視線をやり、提督は腕を組んで口元を隠す。
何処か途惑っている様なその様子に3人がおや、と視線を集中させる中。
提督は、常より低い声で言葉を絞り出した。


「……8時間前から、連絡が途絶えています。エウア島だけでなく、トンガタプ島も」


============================================


ソロモン諸島、西部州。
ベララベラ島の北約20kmの地点を航行する、艦娘の一団が在った。
ブイン基地第一司令室所属の艦娘、軽巡洋艦《天龍》を旗艦とする第四艦隊である。


「ホレ、陣形崩すな! 基地までもう少しだぞ、最後の最後で警戒怠るな!」

「うぁーい……」


今にも海の底まで沈み込みそうな声が4つ、天龍の後方から響く。
情けないともとれる声にぴくりと片眉を震わせ、彼女は背後へと振り返った。
その視線の先には単縦陣で後に続く4隻、もとい4人の駆逐艦娘が今にも倒れ込みそうなぐったりとした顔で航行している。
天龍は溜息をひとつ、声を張り上げた。


「お前ら、それでも栄光の帝国海軍駆逐艦か! 航続限界まではまだまだだろ、シャキッとしろシャキッと!」

「ふぁい……」

「はぁい」

「ったく……」


再度溜息を吐く天龍の傍に近付く影。
殿を務めていた駆逐艦が、くすくすと笑いを零しながら声を掛ける。


「仕方ないのです、天龍さん。みんなは、こんな短時間での強行軍なんて初めてですから」

「んなこと言ったって、本来ならオレより遅い奴なんて1隻も居ない筈だろうが。要は甘ったれてんだ。そうだろ、電?」


同意を求められ、駆逐艦《電》は困った様に首を傾げた。


「そんな事ないと思います。本気の天龍さんには、私だって着いていくだけで精一杯なのです」

「本気には程遠いし、そもそもオレは不足分を経験で補ってるだけだ。コイツ等なら持ち前の性能だけでオレを置き去りにしたって良い筈なんだよ」

「性能だけでそんな真似ができるのは島風ちゃんか、本気で怒った翔鶴さんくらいですよ。艦娘になって日の浅いこの娘達に期待する事じゃないのです」

「建造から2年も経てば一端の艦娘だろうに……」

9 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:04:08.89 zZCeyODJo 9/25


三度目の溜息は、これまで以上に大きかった。
どうにも戦況が好転して以降に建造された艦娘は、何処かしら戦場に対する認識が甘い傾向にある。
嘗ての地獄の戦場を駆け抜けた事は共通の過去である筈なのに、艦娘になってからはそれら経験の一部を喪失してしまったかの様だ。
尤も天龍もそれは例外ではなく、建造直後は敵艦隊へと無謀な突撃を行って轟沈しかけた事が数度ある。
それから25年以上も戦場に在り続けた事で経験を積み、旧式艦として避けられぬ低性能とは裏腹に、軽巡洋艦とは思えない程の巨大な戦果を上げ続けてきた。
故に本来の彼女は、電と共に第一司令室第一艦隊の所属である。
今は戦況が落ち着いている為に、電と共に実戦経験の少ない艦娘の教導を目的とする第四艦隊へと配属され、後進の指導に当たっているのだ。
とはいえ、どうにも事は上手く運ばないものである。


「まあ、此処1年ばかり《はぐれ》すら碌に見ないからなぁ。コイツ等の錬度を上げるとか以前の問題だな、こりゃ」

「演習をしようにも、何処の指令室も一部の古参艦が主戦力ですからね。殆どの娘は実戦経験が浅いか、全く無いかのどちらかですし」

「通常訓練なら神通あたりに任せても良いが、アイツはやり過ぎる時があるからなぁ。那珂なんか丁度良いか?」

「……先々月、基地全員の3分の1がダウンした悲劇を忘れたのです?」

「……いっその事、ウチの提督直々に扱いて貰うとか。どんな素人だって1週間で立派な水雷屋に」

「3分の2は二度と海に立てなくなるのです」


自身の提督に思いを馳せ、天龍は嗚呼と息を吐く。
彼女達の提督、ブイン基地第一司令室の主は筋金入りの水雷屋だ。
生粋の、と言い換えても良い程に。
艦娘の指揮官としては珍しくも無い女性提督だが、適性により他部署や民間から引き抜かれた訳ではなく、極めて特異な経歴を以って着任した人物である。
所属艦娘の内、正規空母2隻と軽空母2隻、戦艦2隻と重巡3隻以外は全て軽巡と駆逐艦という、司令室の規模にしては極めて偏った戦力で艦隊を運用している為、一部からは変人扱いされていた。
しかし、最激戦期にショートランド泊地へと着任して以降に上げた戦果は、後にブイン基地へと異動してもなお並ぶ者が居ない程のものだ。
それどころか各鎮守府や警備府、或いは泊地にて戦ってきた歴代提督達の中でも、間違いなく五本指に入る戦果の持ち主である。

優秀である事は誰もが認めていたし、また人間と艦娘双方からの人望も厚いので妙な顰蹙を買う事もあまり無かった。
ただ、彼女が課す訓練の内容は、過酷を超えて殺人的とまで評される軽巡洋艦《神通》のそれが良心的に思える程のものだ。
理に適った訓練内容ではあるのだが、個々の艦娘に対する集中力と持久力、更には技術面での要求水準が尋常ではない。
それらを高める為の訓練ではあるのだが、並みの錬度では内容に追従する事さえ儘ならないのである。
故に彼女の課す訓練は、幾度かの実戦を経て天狗になった各基地の艦娘達の鼻を圧し折るため半年ごとにブインで催され、
その内容を知る艦娘達からは口に出す事さえ憚られるとばかりに恐れられていた。
尤も、天龍や電を含め提督と古くから付き合いのある艦娘達は、彼女の要求水準を然も当たり前の事であるかの様に超えてゆくのだが。


「はぁ……まあいいや、地道に行こう。オレ達みたいな鍛え方のほうが無茶苦茶だった訳だからな、冷静に考えりゃ」

「実戦に出る機会が減っているのは、この娘達にとっても幸せな事だと思うのです」

「そりゃそうだが、やっぱ実戦特有の緊張感ってものを覚えさせとかねぇと、後々……電」

「見えています。各艦、方位3-4-0。砲雷撃戦用意」


天龍と電、豹変する2人の声。
え、と虚を突かれた様な声が後方から重なるも、彼女達はそれらを無視して砲を構える。
艤装装着中に限り人類のそれを遥かに超越する2人の視覚は、右前方約3kmの海上を移動中の影を正確に捉えていた。
3kmとは即ち、艦娘にとっての砲戦距離としては中距離に当たる。
オリジナルと比較すれば、ダウンサイジングされた兵装は威力も射程も相応に減衰しており、彼我のサイズからして電探の有効索敵範囲も狭まっていた。
それでも、装填時間の大幅な短縮や人型となった事による照準行動の高速化、減衰したとはいえそのサイズからすれば異様な高威力など、艦娘化によるメリットも十二分に存在する。
何よりも人型であるという事実は艦娘に、通常の艦艇としての制限に囚われない、極めて柔軟かつ有機的な戦闘行動を可能としていた。


「艦影1、形状からして間違いなく深海棲艦ですね……確認しました。戦艦《ル級》単独航行中です」

「ル級……見るのは久し振りだな。撃沈報告は去年の2月が最後だったか」

「響ちゃんの話では、そうです。私は大体3年振りですね」

「俺もだ……オイオイ、こりゃ珍しい。見ろよ、目が青く光ってやがる」

「……艤装の所々が黄色く発光していますね。驚いた、フラグシップなんて見るのは20年振りなのです」

「まだ生き残ってやがったのか、新しく建造されたのか……それとも遠方から迷い込んだか。
しかし、何だってこんな基地の近場に。今の今まで電探にも引っ掛からなかったって事は、半潜航状態で単独行動中だったって事か?」

「そうでもなさそうなのです。ほら」


電が砲身で指し示す先、ほぼ最大戦速であろう約30ktで北西に向かうル級。
その傍らに、小さな白い点の様な物が浮かんでいる。
球体に口が付いた様な、異様なフィルム。

10 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:08:48.01 zZCeyODJo 10/25


「艦載機? って、待て待て待て! ありゃ《鬼》か《姫》クラスの奴が飛ばす奴じゃないか! どうなってんだ、そんな奴がこの辺に居るのか?」

「いえ、それにしては何か様子がおかしいのです。見て下さい、艦載機は1機しか居ません。しかもル級に至近距離で纏わり付いて離れようとしない。
 通常の艦隊行動なら、こんな事は在り得ないのです」

「そりゃ……そうだ。しかも見る限りじゃ、何処にも母艦らしき影が無ぇ。電探にも反応は無ぇし……」

「あの……」


恐る恐るといった様子の声に、電が振り返る。
電探を通じての注意こそ片時も止めないまま、彼女は表情に不安を滲ませる4人の新人たちと向き合った。


「もしかして、実戦ですか……?」

「今、相手はフラグシップって……私達で勝てる相手なの……?」


隠し切れない怯えの色を浮かべた8つの瞳が、不安に揺れながら電を捉えている。
しかし、彼女は常からは想像も付かない獰猛な笑みを浮かべ、12.7cm連装砲と魚雷発射管から小さくも重々しい金属音を響かせた。
遥か格上の筈である敵に対し欠片ほどの怯えも無いどころか、寧ろ久方振りの獲物を前にして静かに殺意を滾らせる捕食者の如き様相。
未だ実戦経験の無い4人は容易くその空気に呑まれ、自身の意思とは裏腹に息を止めて身を強張らせる。


「安心するのです。あの程度の相手、ちょっと昔まではそれこそ飽きる程に喰い散らかしてきたのです」

「え……えぇ?」

「要は慣れです、慣れ。コツを掴めばあの程度、昼戦でも喰い放題なのです」

「そ、それは流石に私達には……」

「電!」


鼓膜を張り飛ばす様な天龍の声。
しかしそれが発せられるより早く、電は動いていた。
瞬時に身を翻し、連装砲の照準をル級の足元、推進機へと合わせている。
此方の存在に、向こうも漸く気付いたのだろう。
ル級は顔を此方に向けて身体を傾け、今まさに転進しようとしている。
この距離はダウンサイジングされた12.7cmの有効射程外だが、電には砲弾を敵艦機関部へと直撃させる自信、或いは直撃して当然という自負が在った。
敵の体勢を崩して一息に距離を詰め、機関部か頭部への連続砲撃で頭を上げさせず、必殺の間合いで虎の子の九三式酸素魚雷を叩き込む。
それが最激戦期から一貫して変わらない、艦娘としての駆逐艦《電》の戦い方だった。

被弾を恐れず、そもそも被弾するなどとは考えもせず、此方の砲撃が外れる事を恐れず、そもそも砲撃を外すなどとは思いもしない。
そんな、何処か狂ってすらいる思考が無ければ、最激戦期の戦場を生きて駆け抜ける事などできはしなかった。
それは天龍とて同様だ。
普段は正確無比な支援砲撃に徹し、しかし距離が詰まれば艦娘としての固有武装である太刀で以って、如何なる艦種の敵艦であろうと一刀の下に斬り捨てる。
取り巻きに魚雷を叩き込み、爆炎の中で敵フラグシップを斬殺する彼女の姿に、戦争の最初期から共に在る電でさえ幾度戦慄した事か。
随分と久し振りだが、またあのおぞましくも美しい光景を見る事ができるかもしれない。
そんな期待を孕んだ思考は、続く予想外の天龍の声に否定される。


「《アレ》が出やがった! 全艦、回頭180度!」


瞬間、久方振りの強敵を前に高揚していた電の全身から、音を立てて血の気が引いた。
全ての攻撃行動を中断し、後輩たちへと振り返る。
事態が理解できていないのか、4人の表情は呆気に取られている。
だが今の電には、その思考の硬直に配慮している余裕が無い。


「あ、あの……?」

「急げ! 回頭180度! 方位1-7-0、最大戦速!」

「急ぐのです! ぼんやりしないで、動いて!」


その時、奇妙な音が一同の鼓膜を震わせた。
最初は小さな、しかし徐々に大きくなるそれは、連続する甲高い金属音としか言い表し様のないものだった。
それが更に、天龍と電の焦燥を掻き立てる。
もう1秒たりとも無駄にできない。

11 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:10:10.92 zZCeyODJo 11/25


「何が……?」

「いいから急いで! あっちを向いて……キャアッ!?」

「ぐあっ!?」


その場の全員が一斉に耳を押さえ、悲鳴を上げる。
しかしそれらの悲鳴が、互いの聴覚へと届く事はない。
他の全ての音を掻き消す程の耳障りな高音が、幾万もの見えない微小な針となって鼓膜に突き破らんとしているのだ。
ル級が音の発生源に対する迎撃を行っているのか、激しい砲声も轟いては居るのだが、それはより甲高い騒音に殆ど掻き消されている。
艤装展開中は極めて広範囲の音を拾える反面、そのぶん融通の利かない聴覚が只でさえ耐え難い音を幾倍にも増幅していた。
その音を無理矢理に形容するならば、まさに《金切り声》と呼ぶに相応しい。
尤も生身の人間に上げられる様な声ではなく、敢えて言うならば船乗りを惑わし水底へと引き摺り込むギリシャ神話上の怪物《セイレーン》の断末魔を思わせる。

しかし、天龍と電は知っていた。
この金切り声を上げている存在が、伝説上の女妖の幾千倍も、幾万倍も、幾億倍も性質が悪いという事を。
周囲からすれば百戦錬磨の猛者である2人にとってさえ、全く手に負えない怪物であるという事を。
敵味方、有益か害悪かといった問題とは全く別の次元で、ある意味では深海棲艦よりも遥かに恐ろしい存在であるという事を。
そして、それが猛威を振るう瞬間を、決してこの4人の新人に見せてはならないという事を。


『……ァアアアアアァァァァッ!?』


異常な金切り音に混じり、過去に幾度も聞いたものと同じ絶叫が鼓膜を震わせる。
耳を押さえる掌など、もはや何の役目も果たしてはいない。
しかし、新人たちに対する警告が間に合わなかった事は、異常音に耳を侵されるこの状況下でも容易に理解できた。
引き攣り、見る間に蒼褪める彼女達の顔を見れば、一目瞭然だ。
異音と後悔に歯を食い縛りつつ、ル級が居るであろう方向へと向きった電の視界に、予想に違わぬ光景が飛び込んできた。

現在位置から約1.5kmの海面上。
未だ此方へと向かってくるル級の体から、右腕が消えていた。
その足元では巨大な漆黒の艤装が、今まさに切断された右腕もろとも海面下に没しようとしている。
ル級の右肩からは人間と同じ色の鮮血が迸り、周囲の海面を赤く染め上げていた。
思わず息を呑んだ天龍達の眼前で、ル級左前方の海面が弾け飛ぶ。


『ッッ!?』


今度は、左膝だ。
弾けた海面から飛び出した何かが、一瞬にしてル級の左膝を切断したのだ。
鮮血が飛び散る中、残された左舷の艤装の重量に引きずられる様にバランスを崩し、左腕から海面へと倒れ込むル級。
彼我の距離、約1.2km。
20kt以上の速度を保ったまま水面に倒れ込んだ彼女は、派手な飛沫を上げながら一時的にその姿を隠す。
其処で漸く、新人たちも気付いた。

倒れ込んだル級の周囲一帯、断続的に水飛沫が上がっている。
凪いだ海面下を高速で駆け回る何かが、水面に尾を引く様にして飛沫を立てているのだ。
その数たるや1つや2つではなく、解るだけでも40を超える尾がル級の周囲へと群がっていた。
描かれる尾の軌道は極めて有機的で、一見すると魚か何かが泳いでいるかの様に思えた。
しかし絶える事なく響き続ける幾重もの《金切り声》が、水面下に潜む何かの正体が、魚などでは決してないという事実を否応なく突き付ける。
しかも、それらの速度は優に40kt以上、それどころか明らかに60ktを超えていた。
先程までのル級の砲撃でどの程度の数まで撃ち減らされたかは解らないが、水中としては在り得ない速度で駆け回るその何かは、何時の間にか更にその数を増している。


「ッ……!」


更に密度を増す金切り声の中、第四艦隊の面々ははっきりとそれを目にした。
消えゆく水飛沫の向こう、今まさに水面下へと沈み込もうとするル級。
残された左腕を海面へと突く様にして身を起こした彼女が、此方を見据えて何事か絶叫している様を。
その内容は金切り声に掻き消されて聞き取れなかったが、天龍と電が目を瞠った理由は其処ではなかった。

深海棲艦が人語を解すという事実は、開戦初期の頃から知られてはいた。
挑発してくる者も在れば、懇願するかの様に接近を拒む者も在った。
意味の解らない事を口にする者も在れば、沈み際に大戦中の艦艇に拘る言葉を残す者も在る。
中には言葉ではなく、明らかに敬礼などのジェスチャーの意味を理解し、それを挑発の為に使う者さえ居た。
いずれにせよ彼女達の言動は全て、自身が沈むその瞬間まで人間と艦娘に対する敵意の表明に使われるのだ。
だから、ル級が何事かを口にした点については、今さら驚きはしない。

12 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:11:06.39 zZCeyODJo 12/25


だが、あの表情は何だ。
今にも泣き出しそうに歪められた眦、限界まで引き攣った口、剥き出しにされた歯。
彼女達が喜怒哀楽、それら人間や艦娘と酷似した感情を宿す精神構造を有し、しかし戦場の中での歪んだ形でもってのみ露とする側面を知ってはいる。
それでも、こんな表情を見た事は1度たりとも無い。
恐らく、どれ程に古株の艦娘であっても知り得ないだろう。
こんな、想像を絶する悪意とおぞましい苦痛に追い詰められ、それでも必死に《生きたい》と懇願する表情。
迫り来る死に追い付かれ、全てが台無しになる前に何かを伝えんと、此方に向かって何事かを叫び続ける。
長らく戦場に身を置いてきた2人でさえも初めて目にする、生への執着と抑え切れぬ恐怖に蝕まれながら、死の絶望に抗う深海棲艦の姿が其処に在った。


「逃げ……!」


だからだろうか。
ル級を中心に周囲の水面が一斉に弾けた瞬間、電は意識すらせずに逃げて、と叫んでいた。
その声は一段と大きくなった金切り声に掻き消され、無情にもル級へは届き得ない。
弾けた水面はそのまま水柱となり、再びル級の姿を覆い隠す。
だがその直前、ル級の左腕に位置する艤装が恐らくは故意に外され、其処から現れた左手が何かを固く握り締めたまま頭上へと、
天へと届かんばかりに掲げられた事だけは視認できた。
まるで、その手に握られた何かの存在を殊更、此方へ見せ付けんとするかの様な素振り。
それを最後に、ル級の姿は水柱の向こうへと消えた。


「電……」

「……はい」


何時の間にか、金切り声は止んでいた。
周囲に響くのは、水柱となって打ち上げられた海水が、粒となって海面へと降り注ぐ音だけ。
呟く様に名を呼ぶ天龍の声に、電は呻く様に声を返す。


「新人どもを向こうに……もう遅いか」

「……なのです」


水柱は、もう消えていた。
そして露になったその向こう、海面に散らばる黒々としたもの。
それを目にした新人たちは、例外なく意識を凍り付かせていた。


「……化け物が、相変わらずヒデェ殺し方しやがる」


海面に散らばる、ル級だったもの。
彼女を構築していた有機質部位の残骸、8つか9つに切り分けられたそれらが、真紅に染まった水面に浮かんでいる。
頭部は頭蓋の重さ故か、既に水没してしまった様だ。
込み上げる吐き気を呑み込みつつ、天龍と電は亡骸の確認に移ろうとする。
しかし。


「うっ……!?」

「クソ……!」


再び響き始めた金属音。
次の瞬間、分割され漂っていたル級の残骸が、次々に水面下へと引き摺り込まれてゆく。
泡の弾けるくぐもった音と赤く染まった水面だけを残し、其処に戦艦ル級が存在していた事を示す残滓は跡形も無く消し去られた。
何時の間にか詰めていた呼吸を思い出したかの様に再開し、天龍は吐き捨てる様に呟く。


「死肉喰らいの《蛇》どもめ。クソ、どんなネジのぶっ飛んだ物狂いだ、こんなモン開発しやがった奴は」

「その……深海棲艦に対抗する為の発想としては、悪くはないと思うのです。思うのですが……」


電の言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
背後で2人の新人が、胃の内容物を戻し始めた為だ。
残る2人も、今にも後に続きそうな顔色だ。
電は、再度ル級の轟沈地点へと視線を投げ掛けると、新人たちの様子を見る為に天龍の傍を離れた。
その背を見送り、天龍は幾度目かの溜息を吐きつつル級の轟沈地点へと向き直る。


「何て一日だ……なっ!?」

「天龍さんっ!?」

13 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/12 12:13:25.99 zZCeyODJo 13/25


前触れ無く視界へと映り込んだ異形に、天龍は柄にもなく身を仰け反らせた。
ほぼ同時に気付いたのか、電の叫びも聴こえる。
反射的に太刀で叩き斬らなかったのは、先程の《蛇》による殺戮劇が幾らかは響いていた所為か。
しかし彼女が太刀を振らず、電もまたそれに気付いた瞬間に発砲しなかった理由は、虚を突かれた為だけではなかった。


「何だ……コイツ……?」


天龍の前方1mの位置に、球形の異形が浮かんでいた。
先程までル級に纏わり付いていた、指揮官クラスの深海棲艦が運用する艦載機だ。
生物の口にも似た兵装搭載部、罅割れた装甲が歯の役目を果たしているらしき其処に、白い筒状の物体を咥えている。
その物体には見覚えが在った。
《蛇》によって生きながら解体される直前、最後の瞬間にル級が頭上へと掲げたものだ。
それを刹那のタイミングで受け取り、此処まで咥えてきたらしい。
砲弾射出口を自ら塞いだその状態で攻撃が可能な筈もなく、戦闘機動を行う素振りすら見せずに滞空し続けるそれに対し、
天龍も電も敵対する意思を見出す事ができなかった。
寧ろ、この素振りが意味するものは。


「受け取れ、って事か?」


その言葉と差し出された手に反応したか、艦載機はゆっくりと手元に近付く。
そして天龍の掌に、金属製の筒が落とされた。
爆発物かもしれないという疑念は、何故か天龍の胸の内から疾うに消え去っており、彼女は何ら恐れる事なくそれを受け取る。


「……確かに、受け取ったぞ」


当然の事ながら、返事は無い。
だが、確かに認識したのだろう。
もともと燃料が切れ掛かっていたのか、艦載機は天龍の返答を待っていたかの様に、突如として浮力を失い海面へと落下した。
咄嗟に受け止めようと手を伸ばした天龍の目と鼻の先で、金切り声と共に小さな水柱が上がる。


「ッ、クソ!」


反射的に目の前へと翳した手を下げた時、其処にはもう艦載機の影も形も無かった。
元来た水底へ、或いは想像も付かない何処かへと、あの忌々しい《蛇》共によって引き摺り込まれたのだ。
天龍は改めて周囲を見渡し、周囲に味方以外の影が存在しない事を確認すると、手の内に遺された金属筒へと視線を落とす。
少しざらつく表面の手触りは、嘗ての自分達にも在った分厚い装甲板を思い起こさせた。


「天龍さん、大丈夫なのです!?」

「……おう、何とかな」


此方を気遣いつつ寄ってきた雷に返事をしながら、金属筒の表面を手で撫ぜる。
肌に感じる明らかな凹凸。
何か彫ってある。
幾度か筒を傾け、最適な光の当たり加減を探る。
日の光を反射し、浮かび上がる規則的な文様。
それを目にするや否や、天龍達は絶句した。


「冗談だろ……」

「うそ……」


金属の表層に浮かび上がる、明らかな漢字と片仮名。
機械的に彫られたと解る整った文字列が2つ、角度のずれた後付けらしき不穏な2文字。
それらは、信じ難い文言を紡ぎ上げていた。


《重要》

《発:海洋統合軍 ソロモン方面艦隊司令部 宛:日本海軍 遣東南亜細亜艦隊司令部》

《緊急》


============================================

19 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:14:23.56 lbntmAfTo 14/25


彼等が隔壁を爆破して建物内部に突入した時、其処には上陸以来見慣れた光景が拡がっていた。
だが、規模はこれまでの物と段違いだ。
広大なドーム内には大量の人員が立て籠もっていたのか、それ相応に大量の血痕が至る所にこびり付いていたが、
其処には在るべき筈のものが無い。


「クリア……少尉、やはり死体は在りません」

「了解。ヒナドリ3よりオヤドリ、テエモア山観測所を制圧。職員がアンプリファードームに立て籠もった形跡は在るが、内部は無人。
やはり其処ら中が血痕だらけだ」

『親鳥、了解。ヒナドリ1とヒナドリ2からの報告によれば、本島主要施設にも人影は無いとの事だ。引き続き周囲を捜索せよ。
 くれぐれも警戒を怠るな』

「ヒナドリ3、了解」

『少尉、此処も駄目です。サーバーから独立式の記録媒体まで、ありとあらゆるデータベースが破壊されています。
 監視映像の確認は不可能です』

「そうか……」


通信を終え、偵察小隊第三班の指揮官である少尉は周囲を見渡す。
発振器を床下に格納した状態のドーム内は、優に100人以上が入れる広さだ。
床と云わず壁と云わず飛び散った大量の血痕からして、現地住民もかなりの数がドーム内に籠城していたらしい。
壁面に開いた拳大の穴は、明らかに砲撃によるものと判る。
状況から判断するに、職員や住民がドーム内に籠城した処を、外部より滅多打ちにしたのだろう。
職員だけならば100名足らずだが、周辺住民を含めれば150名は下らない筈だ。
トンガ本島も、住民の殆どは制海権奪還後にブーゲンビルを始めとする安全圏の島々へと移住してはいるが、それでも軍民合わせて1000名近くが居住していた。
空軍による偵察では市街地にも人影や動体反応、生命体由来と思しき赤外線反応が確認できないというから尋常ではない。
もし深海棲艦による襲撃であると確定すれば、此処15年間で最悪の犠牲となるだろう。
だが、どうにも解らない事が在る。


「此処もか……何故、死体が消えている?」


20 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:15:17.71 lbntmAfTo 15/25


この島に上陸して以降、一度も死体を目にしていない。
人が居たであろう場所には例外なく大量の血痕が残されていたが、その血液の流出元であろう死体が何処にも無いのだ。
ほんの僅かな欠片さえも、衣服の切れ端すら無い。
このドームに至っては、明らかに内部からの操作により隔壁が降りていたにも拘らずだ。
何故、こんな事が。


『少尉』

「どうした」

『少し、見て頂きたいものが……』


ドーム内部の壁際で、部下の1人が無線越しに此方を呼んでいる。
何事かと歩み寄れば、部下は壁面に穿たれた破孔を指す。


「この破孔ですが、ちょっと奇妙でして」

「奇妙とは?」

「この穴、外側からではなく《内側から》穿たれているんです。それ1つや2つじゃなく、全部」


その言葉に、破孔へと顔を近付けて注意深く観察してみる。
確かに、金属の歪みは内側から外側へと向かっていた。
穴から外を覗いてみれば、舗装された周囲の地面に金属片とコンクリート片が散乱しているのが確認できる。
其処で彼は、数m先の地面に深く抉られた形跡を見付けた。
ドームの反対側、やはり同様に破孔を調べている別の隊員へと無線を飛ばす。


「反対側はどうだ、弾はどちらから抜けている?」

『……《内側から》です』


もう一度、破孔を覗き込む。
やはり間違いない、抉れた地面は徹甲弾の弾着痕だ。
だが、それにしては。


「妙だな……」

「何がです?」

「砲撃がドーム内部から行われた事は間違いない。壁際に逃げた人間を狙ったと考えれば理屈は合う……だが」


破孔から顔を放すと、少尉はドーム中央付近へと移動する。
そして、小銃を構えて壁際の隊員を狙い、レーザーサイトを照射。
緑色の光点が隊員の心臓を狙う。


『少尉……?』

「壁際に立った人間を狙う時の射角が、これだ。しゃがんだ相手を狙うにしても……」


銃口を僅かに下げる。
光点が隊員の太腿辺りへと移動し、微かに揺らめいた。


21 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:18:05.74 lbntmAfTo 16/25


「こんなものだ。なのに破孔と、外の弾着痕の距離が近すぎる」

『……確かに』

「おまけに破孔の位置と血痕の位置が一致しない。見ろ、血痕に隠れてはいるが、機銃の弾痕も在る」

『これも内部での発砲ですね。深海棲艦共が押し入って、銃砲弾をばら撒いたという事でしょうか』

「だとしても妙だ。艦娘ならともかく、人間相手に砲弾を使うなんぞ無駄を越えて愚行だ。
 第一、機銃を使用した形跡が在る以上、余計に意味が無い。射角も滅茶苦茶だ。
床の弾着痕も、外部から飛び込んできた砲弾によるものというよりは、至近距離からの砲撃で穿たれた様に見える」


言葉を続けながらも、少尉は銃を構えつつ次々に位置を変え、其々の破孔や弾痕に対し最適な射角を探る。
隊員達も意図に気付き、幾人かが同じ行動を取り始めた。
そうして調査を続ける事、数分。
漠然とではあるが、当時の状況が見えてきた。


「発砲地点は1ヶ所じゃないな。ドーム内の其処彼処から、てんでバラバラの方向にぶっ放したみたいだ」

『外も同じです。抜けた砲弾が着弾した跡は其処ら中に在りますが、射角は皆バラバラです』

『《何か》を狙っていた事は間違いない。
対象との距離や動きに差異は在ったろうが、破孔の位置からして比較的小さな的を狙った事は確かな様だ』

「問題は天井だな。壁面はともかく、上に弾痕が在るのはどういう事だ」


頭上を見上げ、呟く。
20m程の高さの天井、その至る所に無数の弾痕が刻まれている。
フレシェット弾の弾体など人類側の火器によるものも確認されたが、全体に占める割合は極僅か。
殆どは深海棲艦や艦娘が搭載する対空機銃、それらに使用されるものと同規格の銃弾によるものか、或いは砲弾による破孔だ。
だが、何を狙って撃てばああなるのか、皆目見当も付かない。


『……なあ』

『何だ?』

『16年前のブイン防衛戦の記録、覚えてるか。レンジャーと基地守備隊がやった、上陸した深海棲艦との陸戦記録映像』


突然の話題に、少尉は訝し気に発言者の隊員、突入地点の近くに佇む彼を見る。
だが、その言葉を遮る事はなかった。
彼が言っているのはブーゲンビル奪還後に繰り返し大攻勢を受け、幾度となく廃墟と化したブイン基地、それが最後に壊滅した戦闘の事だ。
所属艦娘の8割、提督を含む基地要員の9割以上、更に他島からも駆け付けた陸戦隊の7割と護衛艦2隻が失われるという、
此処20年以内では類を見ない大惨事となった。

当時、上陸して市街地を目指し侵攻する深海棲艦を迎え撃ったのは、基地所属の守備隊と憲兵隊、駆け付けた陸軍歩兵科3個中隊。
攻撃ヘリが不意を突かれて撃墜され、無人機も海上の敵勢力掃討に向かってしまった状況で、彼等は満足な支援も無いまま遅滞戦闘を行う事を余儀なくされた。
しかし、度重なる敵増援に対し遂に作戦は破綻。
更に深海棲艦が築いた上陸地点海岸保が空爆により破壊された直後から、上陸を完了していた敵勢力は形振り構わぬ全力攻撃に打って出た。
これに対し歩兵科3個中隊と基地守備隊および憲兵隊は、敵の島内深部への浸透を防ぐ為に手を替え品を替え迎撃作戦を展開。
敵戦力の4割を削ったところで遂に捕捉され正面戦闘へと突入、6時間にも亘る激戦の末これを殲滅する事に成功。
引き換えに基地守備隊76名および憲兵隊62名は生存者4名を残し事実上の殲滅、歩兵科も532名中373名を失い壊滅判定となった。
この一件は、常に後回しにされ続けてきた歩兵装備の研究開発が、大幅に加速する契機となる。
それは同時に、彼等の任務が治安維持や沿岸部の警戒のみならず、敵占領下の島嶼への強襲にまで拡大する事を意味していた。

22 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:19:32.85 lbntmAfTo 17/25


当然ながら当時の記録は陸軍のみならず、三軍全てで一度は教材として目を通す事となる。
ドローン、監視カメラ、ヘルメット内蔵カメラ。
それらより齎されたブイン防衛戦の悲惨な映像記録は、この部隊の面々の脳裏にも深く刻まれていた。


『もちろん覚えているとも。それで?』

『思い出したんだ。艤装を吹き飛ばされたレ級が、徒手で歩兵科の連中に飛び掛かった映像を。
 押し倒された上に圧し掛かられて、拳でグチャグチャにされてたろ』

「……ああ」

『潰された奴、その時なにをやってたか覚えているか?』


その言葉に、皆が記憶を探る。
忘れもしない、彼等ほどの猛者であっても目を背けたくなる様な、あの凄惨な場面。
幾度も幾度も振り下ろされるレ級の小さな拳、サイズに見合わぬ圧倒的な力に生きながら潰されていった兵士。
その時、彼がしていた事は。


『乱射してたんだ……銃を、空に向かって。引き金を目一杯引き絞って、そのまま振り回してた』


再び、天井を仰ぎ見る。
無数の弾痕、日光が射し込む破孔。
これらが意味するところは何か。


「つまり、こういう事か? 天井のあれは《何か》に押し倒されたか引き摺り倒された深海棲艦どもが、苦し紛れに乱射した形跡だと」

『この島に戦闘用の強化外骨格(エクソ)は配備されていない。あんな破孔を作れる武器を持てるのは、艦娘か深海棲艦だけだ』

「おまけにこの島は元々ドローンだらけ、艦娘は配置されていない。なら必然的に候補は絞られるか」


視線を戻し、周囲の隊員達をぐるりと見回す。
そして、続ける。


「他にも不可解な点、というよりも異常な事だらけだが。そもそも俺達は、閉鎖された隔壁を爆破して突入したんだぞ。
 此処に深海棲艦が居たというなら、そいつらは何処から侵入したんだ。死体は何処に消えた」


誰からも答えは無い。
答えられる筈が無かった。
沈黙が降りる中、通信機が音を立てる。


『オヤドリよりヒナドリ3、間も無くエウア空港に本部調査隊が到着する。再度屋外の安全を確保し、マークせよ』

「……ヒナドリ3、了解」


隊員達は迅速だった。
それまでの疑問に対する考察を直ちに打ち切り、即時行動に移る。
彼もまた隊員達の動きを一通り確認すると、屋外へと出るべく足を踏み出す。
直後、違和感。

23 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:20:25.96 lbntmAfTo 18/25


「……何だ?」


屋外へと向かう隊員達の背に、細く小さな白い光が射している。
照射地点は背後の様だ。
振り返り、光が放たれている其処を見据える。


「あれは……」


西側の壁面、とある箇所から光が射し込んでいる。
最初は砲撃による破孔かと思ったが、すぐにそうではないと知れた。
破孔に比べて、光の筋が細すぎる。
もっと良く見ようと壁面に歩み寄り、彼は息を呑んだ。


「何だ、これは」

『少尉、どうかしましたか?』


屋外に出てこない指揮官に疑問を覚えたのか、2名の隊員が戻ってくる。
彼は2人に声に声を掛け、意見を求めた。


「これを、どう思う」

「どうって……壁が、ずれてる?」

「はあ?」


奇妙な光景だった。
血に塗れた壁面の一部が文字通り《ずれている》のだ。
ほんの僅かではあるが、明らかに外側へとずれている。


「此処の外はレーダーの台座だったな」

「そうです。普段は電磁波対策で、侵入できない様になっていますが……」

「手を貸せ」


3人が壁面へと手をあてがい、力の限りに押し始める。
少しばかりぐらついた様な気がしたが、しかしそれだけだ。
更に数人が屋内へ戻って来ると、彼等にも手を貸すよう指示する。
そして、実に7人掛かりで押すこと暫し。
遂に壁面が動き始め、更には外側に向かって倒れ込んだ。
少尉は金属とコンクリートで構成された壁の断面を見やりながら、呻く様に言う。


「この断面は……スチールソーか何かか? しかし、こんな分厚い壁を……」

「少尉!」


焦燥を含んだ声に、少尉は壁面の外に出た隊員の方を見る。
果たして其処には、目を疑う様な光景が広がっていた。

24 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:21:35.04 lbntmAfTo 19/25


「……なんてこった」


一面の血の海、それはドーム内部と変わらない。
問題はそれらの血痕が、一様に尾を引いて屋上の端へと向かっている事だ。
その下には1km先の海岸線まで森が続いている。
これは、一体。


「引き摺って行ったって事か? 海まで、死体を? 何の為に」

「今までに確認されなかった深海棲艦の行動だな。オヤドリに報告を」

「いえ、待って下さい。こいつは変ですよ」


切断された壁面を調べていた隊員が、何かに気付いた様だ。
彼は数秒ほど熱心に切断面を覗き込んでいたが、驚いた様に声を上げた。


「こいつもだ。この壁も内側から切断されてる」

「何だと?」

「外側からじゃない。破片の飛散方向や断面の切断痕を見る限り、間違い在りません。内側から切り開かれてる。
 それも尋常じゃない切れ味の何かで」


結論を述べると、銃を背に回して本格的な調査に移ってしまう。
そんな彼を見やりながら、少尉はこれまでに判明した事実を羅列する。


「隔壁は内部から降ろされている。しかも即時多重展開式で、滑り込むような暇や深海棲艦どもの砲撃で破壊する余地は無い。
 壁面を砲弾で撃ち抜く事はできるが、砲撃は全て内部から行われている。砲撃で侵入、脱出口を抉じ開けた形跡は無し。
 唯一、侵入口と思われる開口部は、砲撃ではなく何らかの切断機器によって内側より切り開かれている。
 そして犠牲者の死体は持ち去られ、恐らくは海中に投棄されたものと思われる」


隊員一同を見回し、問う。


「それで、何が起きた? この場所で……」


答えは無い。


「建物内部に深海棲艦が居た事は間違いない。奴らが砲弾を撃ちまくった事も確かだ。
 だが狙いはてんでバラバラ、挙句に反撃を喰らってのた打ち回った形跡さえある。
 人間がエクソも無しに肉弾戦なんぞできる筈もなく、他に考えられるとすれば艦娘による抵抗だが、彼女達もこの島には居なかった」


切り開かれた開口部へと歩み寄り、内部を覗き込む。
大量の血痕が、開口部より射し込む日光にどす黒く浮かび上がっている。
高分子素材製のバラクラバ越しには感じられないが、建物内には咽返る様な血臭が籠っているのだろう。

25 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:22:43.30 lbntmAfTo 20/25


「奴らは、深海棲艦は何処から侵入してきた? 何を狙った? 何に反撃されたんだ?」


振り返り、血で描かれた一本道を見遣る。
その果て、屋上の端から見えるのは何処までも広がる深い蒼。


「或いは……或いはだ。深海棲艦どもが《最初から中に居た》のだとしたら?」


誰かが息を呑む音が、無線機のイヤホン越しに聴こえる。
切断された壁面に向き直り、縁に指を添える。


「いや。奴らだけじゃなく反撃した《何か》も、同時に内部に居たのだとしたら」


壁面の金属、その断面に触れる。
ざらつく感触、細かくささくれた金属片。


「人間も、深海棲艦も、得体の知れない《何か》も、この空間に同時に存在していたのなら」


もう一度、隊員達を見やる。
小銃のストックを握る手に、僅かな動き。


「人間と深海棲艦と《何か》が殺し合い、人間以外のどちらかが生き残り、壁を切り裂き死体を引きずって海に逃れた、と考えるなら……」


沈黙。
誰もが思考に沈んでいる。
脳裏に過ぎる、幾つもの事実と疑問。

壁は切り裂かれている。
深海棲艦なら、砲撃で隔壁を吹き飛ばして脱出するだろう。
つまり、生き残ったのはどちらか。

人間が消えているのは此処だけじゃない、本島だってそうだ。
この島と本島、両方の全土で同じ事が起こったというのか。

特殊合金とコンクリートの壁を切り裂く刃を持った《何か》とは何だ。
それが中に居たとして、なぜ人間も深海棲艦も気付かなかったのだ。
何より、人間と深海棲艦が同一の空間に居ながら、なぜ隔壁が降ろされていたのか。

深海棲艦と《何か》は結託していた?
それで《何か》が敵を招き入れたのだとしても、深海棲艦による抵抗の跡については説明できない。

《何か》と人間は協力していた?
ならば敵の突入口を開く事などする筈も無く、そもそも深海棲艦ならば突入よりも建物もろとも砲撃で撃ち抜くだろう。

それとも。
それともまさか。


『オヤドリより総員、生存者発見! クイーン・サローテ埠頭にて1名を保護!
 繰り返す、生存者1名を保護!』


人間と深海棲艦は《共闘》していた?


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26 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/17 19:30:26.39 lbntmAfTo 21/25

投下終了です。

エクソは作品ごとに数あれど、個人的には《第9地区》のヤツが史上最高だと思います。

それでは、次回はまた来週辺りに。

29 : 以下、名... - 2015/09/18 14:46:05.57 fLoAL3uqo 22/25


できれば参考にした作品名教えて欲しい

30 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/18 20:51:30.07 NHhtEIWRo 23/25

>>29
ネタバレとなってしまう為、特定の作品名についてはご勘弁ください。
ただ、テーマとしてはジョン・ウィンダム氏やドミトリー・グルホフスキー氏
フィリップ・K・ディック氏や神林長平氏の作品がモデルとなっています。

近年の読み物は神林氏の作品が中心で 《戦闘妖精・雪風》 シリーズから始まって 《敵は海賊》 シリーズ
《魂の駆動体》 《今宵、銀河を杯にして》 《死して咲く花、実のある夢》 等ですね。
神林ワールドのメカニカルは他に類を見ない個性と不気味さがあって大好きです。
雪風もラジェンドラも秋月もマヘルも。

ただし雪風ちゃん、テメーはダメだ(半ギレ)

31 : 以下、名... - 2015/09/18 21:30:05.90 Q3mhFXLVo 24/25

>>30
わざわざありがとう読んでみるよ

32 : ◆NWWtfW.8do - 2015/09/27 21:37:14.69 Nngd3Y9Qo 25/25

作者です。
続編の執筆と推敲を終えましたが、投稿のし易さを考えて場所を移す事にしました。
当スレッドはHTML化依頼をさせて頂きますので、どうぞご了承ください。

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