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───2月10日 戦場ヶ原宅───
カキカキ… カキカキ…
ひたぎ「ねぇ、阿良々木くん」
暦「…ん、どうした戦場ヶ原?」
ひたぎ「今世間では、バレンタインデーが取り沙汰されているようね」
暦「そうだな、僕も企業の陰謀とまでは言わないが、今まで無縁〝だった〟イベントだ」
暦「あ~そうかぁ、バレンタインデーかぁ……!」キラキラ
ひたぎ「……〝だった〟?」チラッ
元スレ
阿良々木暦「あ~そうかぁ、バレンタインデーかぁ……!」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1360849226/
暦「ああ、だってそうだろ? 僕には戦場ヶ原がいるし」
ひたぎ「誰があげるなんていったの? あげないわよ」
暦「嘘だろ!?」
ひたぎ「どうしてそんなに驚くのよ、こよこよ」
暦「やめろ」
暦「だって僕達付き合ってるし、だからついてっきりあっさり貰えるものかと……」
ひたぎ「別にいいじゃない、私はいつでも阿良々木くんを愛しているわ。
隈なく、これ以上ないほどにね」
暦「その言葉はありがたく受け取っておくけどさ…」
暦「ていうか、それならなんでバレンタインの話を振ってきたんだよ」
ひたぎ「良くぞ訊いてくれました。バレンタインデーの本来の逸話についてよ」
暦「え、それってキリスト教司祭のバレンタインがどうたらこうたらって話じゃねぇの?」
ひたぎ「阿良々木くん、貴方はもうすでに──企業の策略に嵌っているのよ」ビシッ
暦「な、なんだってー!?」
ひたぎ「おおよそ四十年前。関西圏の方で、著名人Aの友人が、Aの恋仲に嫉妬した。
その際、〝ばれていいん? ばれていいん?〟──」ペラペラ
ひたぎ「──と、そのAの恋仲をスキャンダルにしようとしたらしいわ」ペラペラ
ひたぎ「それがだんだんと訛って、〝ばれていいん?〟から〝バレンタイン〟になったらしいわよ」ペラペラ
ひたぎ「なんて殺伐とした話なんでしょうね」
暦「へぇ~、そんな殺伐とした話があったんだな」
ひたぎ「ッ……ごめんなさい阿良々木くん。嘘よ」プークスクス
暦「嘘なのかよ!」
ひたぎ「ちなみに、〝阿良々木くんを隈なく愛している〟。これも嘘よ」
暦「それも嘘なのかよ!」
ひたぎ「阿良々木くんを愛することに限界はないわ。むしろまだ穴だらけよ」
暦「会話の節々に布石を打ちすぎだろっ! お前は話術師か!?」
ひたぎ「ギャンギャン狂犬みたいに騒がないでくれる? 勉強中だから」
暦「お前、今言ったこと憶えとけよ!?」
カキカキ… カキカキ…
ひたぎ「あ、そうそう阿良々木くん」
暦「早速かよ! まだ十秒も経ってねぇよ!」
ひたぎ「〝阿良々木くんにチョコをあげない〟って言ったわよね──」
ひたぎ「あれも嘘よ」
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─────帰り道─────
キコキコ…
暦「……、……!!」キュピーン!
八九寺「」キョロキョロ… キョロキョロ…
出たなロリッ子幽霊め。性懲りもなく平和な街をブラブラ徘徊しやがって……。
言うならば僕の好みの属性は〝お姉さんキャラ〟であってだな…羽川とか羽川とか、
例えば羽川みたいな容姿が好みなんだ。
お前はグラマラスでミステリアスな風貌とは、まるで真反対なんだよ八九寺……出直して来い。
まあでも? そうだな、こういう話がある。
──女性は胸部を揉みしだかれると成長する──
つまりなんだ、僕の前にわざわざ現れたってことは──要は僕に好かれたいんだよな?
揉みしだかれたいんだよな? そうだろう。そうなんだろう。
まあ、元々小学生の割には膨よかな方ではあるし、将来期待が持てるわけだし……。
だったら追い返したりなんてしないさ。むしろ僕に好みを合わせてくれる献身的なその心に、
逆に僕は敬意を払わなければならないんだ。
じゃあ早速、その貧相なおっぱいに乾パイさせてもらおう。
暦「……はぁ──」
八九寺「あぁ、どうも」ギロッ
暦「チクジ……お前、頭に管制塔を設けたのか?」
八九寺「いえ、なんとなく六時方向から何か来るなと思っただけですよ」
暦(こいつ……今までの戦闘から僕の気配を察知できるようになったか……)
八九寺「で、何か用ですかアタタタタ木さん?」
暦「僕の名前で北斗百裂拳を繰り出すな。僕の名前は阿良々木だ」
八九寺「失礼、噛みました」
暦「違う、わざとだ」
八九寺「……かみまみた!」
暦「わざとじゃない!?」
八九寺「亜美真美たんッ」ハァハァ
暦「765プロばんざーーーい!!」
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八九寺「で、今日は随分とご機嫌がよろしいようで、阿良々木さん」
暦「分かるか?」
八九寺「はいっ」ニコッ
暦「流石は八九寺だなぁ」ニコニコ
八九寺「もちろんです、だから千円ください」
暦「あぁもちろ──って、なにごく自然に僕の私有財産に手を出そうとしてるんだッ!!」
八九寺「え、だって今くれるって──」
暦「今のはいわゆる〝ノリツッコミ〟だ」
八九寺「子供だからわかんないですぅ~」キャピキャピ
暦「ここまで憎たらしい小学生に出会うのは、僕も生まれて初めてだっ」
八九寺「えぇ~じゃあくれないんですか?」ジト-
暦「当たり前だ。子供にバッとお金をあげられるほど、僕の財布は潤っちゃいない」
八九寺「そうですね。バイトもしていない学生ニートですもんね」
暦「お前! 僕だって怒るときは本当に怒るぞ!?」
八九寺「お願いします~、阿良々木さぁーん」ウルウル
暦「僕は折れないぞ、絶対にだ」
其ノ時八九寺ハ、壹千圓デイイト言ツタ。
八九寺「あ・ら・ら・ぎ・さぁ~ん……」ウルウル…
暦「僕は折れないぞ、絶対にだ」
壹千圓デイイト言ツタ。
八九寺「うっふーんッ」
暦「はいっ、大切に使うんだよー?」
八九寺「キャホーウ!!」
僕ハ、貳千圓ヲ渡シタ。
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暦「それで、その二千円は何に使うんだ?」
八九寺「まだ秘密です。少し付き合ってもらって結構ですか?」
暦「あぁ別にいいけど……」
八九寺「では、憑いてきてくださいっ!」ニコッ
暦「憑くのはお前だぞ八九寺」
テクテク… テクテク…
八九寺「そういえば、阿良々木さんが何故ご機嫌がよろしいのか……訊いてなかったですね」
暦「ああそのことか、実はな……」
──────
───
暦「というわけで、戦場ヶ原からのチョコが楽しみでな」
八九寺「ほぉ」
暦「バレンタインデーの前に、誰かがチョコをくれることが確定していると、
心身的にも余裕が生まれるもんなんだな」
八九寺「学生ニートにも心の拠り所があるんですねっ」ニコッ
暦「てんめー! また言いやがったな!?」
八九寺「きゃーストップストップ! 心の余裕はどこへ行ったんですか!」
暦「おっと……ハァ…。だから、まだ高校生だっての。まだ懸念の段階だ」
八九寺「そういえば、受験は大丈夫なのですか?」
暦「なんとかなりそうだ、それもこれも戦場ヶ原と羽川のおかげだな」
八九寺「……そうですか、それなら何よりです」ニコッ
暦「…………」
暦「県内の大学だ、一ヶ月に一度は帰るつもりでいる」
暦「その時はたっぷり話そうぜ、八九寺」
八九寺「……! はいっ!」
暦(こっぱずかしくて言えないが、僕もお前と話せなくなるのが淋しいんだぞ八九寺)
八九寺「」ニコニコ
暦(いつまでも、僕の嫁だ)フッ…
八九寺「…あ、そうこうしている内に着きましたよ、阿良々木さん」
暦「……御菓子屋、か?」
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カランコロンッ──…
八九寺「うわぁ~どれも美味しそうですっ!」
暦「……」
僕タチハ店内ニ入ル前ニ、互イニ色々ナ誓イヲ立テテイタ。
以下、囘想。
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暦「いいか、店内で僕は決してお前とは話さない」
八九寺「了解です。では、私の話したことに全て従ってください」
暦「内容によるぞ、店の中でハンドスプリングなんかしないからな」
八九寺「わかっています。阿良々木さんはここのお客さんです」
暦「じゃあ入るぞ」
八九寺「ミッション、スタートだ!」ビシッ
暦「……まて、それ別アニメだ。お前みたいなリトルなやつをバスターしなくちゃいけなくなる」
八九寺「何を今さら。本作品はパロネタの嵐じゃないですか」
暦「なんというかこう……我を持ってだな…」
八九寺「……そんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ! ですよ阿良々木さん」
暦「もはや2次元の枠超えちゃったよ!」
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囘想、終ハリ。
暦(へぇ、流石に専門店は作りが違うなぁ)
暦(きっとガハラチョコが劣って見えるだろうな、殺されるな)
八九寺「」キラキラ
暦「……」ウロウロ
暦(……まあたまにはお菓子も欲しくなるよな、一応子供なわけだし。
どこぞの吸血鬼だってドーナツを好んで食べるんだ、八九寺にも奢ってやってもいいだろう)
八九寺「あひゃひゃぎしゃん! どれもおいひそうでしゅっ!」キラキラ
暦(人を基地外じみた名前にするんじゃない! 可愛いけどっ!)
八九寺「ん~~~~これですっ! これを私の二千円で買ってください!」
1,575円
暦「ん……えっと、これください」
暦(高っ!)
八九寺「阿良々木さん、今から私の言うことを復唱してください」
暦「……」
八九寺「……プレゼントなんですけど、こん棒とか出来ますか?」
暦「プレゼントなんですけど、梱包とか出来ますか?」
店員「はい、バレンタインですか?」
八九寺「そうです」コクッ
暦「そうです」
店員「はい、少しお待ちください」スタスタ
暦「……おい、こん棒ってなんだ馬鹿」ヒソヒソ
八九寺「失礼、噛みまみッ…シタカミマミタ!」
暦「わざとじゃない!?」ヒソヒソ
店員「あのー……」
暦「あぁはいっ!」
八九寺「」ゲラゲラ
店員「どなた宛でしょうか?」
暦「えぇーっと……」チラッ
八九寺「コホン……〝阿良々木くんへ〟でお願いします」
暦「……〝阿良々木くんへ〟で、お願いします……」
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カランコロンッ…
暦「僕がホモに思われただけじゃないかーーーー!!」
八九寺「青春を送る女子高生っぽく〝くん〟付けにしてみました!」キャッキャ
暦「いらん知恵を回すな! それが決定打だ! 僕は正真正銘健全な男子高校生だッ!」
八九寺「同性愛者が不健全というのですか阿良々木さん。愛の形は人それぞれ……、
それを阿良々木さんは不健全と?」
暦「そ、それはだな……えっと、ってどーーでもいいわーーーー!!」
僕ハ貳千圓ヲ渡シテ、ホモニ成ツタ。
八九寺「何はともあれ、それは阿良々木さんへのプレゼントです」
暦「元はと言えば僕の金じゃないか」
八九寺「そう思えばそうです。〝自分自身にチョコを買ってあげる可哀想な阿良々木さん〟
と思えばそうなのです」
暦「少なくともお前はそう思ってるんだな!? そうなんだな!?」
八九寺「んもう素直じゃないですね! 受け取ってくださいよぉ!」
暦「うるさい! 素直じゃないってお前にだけは言われたくない!」
結局僕タチハ其ノ後、取ツ組ミ合ヒノ喧嘩ヲシテカラ別レタ。
其ノ中デ、僕ハ八九寺カラ貰ツタチョコダケハ、守リ切ツタ。
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────翌日 2月11日─────
テクテク… テクテク…
駿河「おはよう! 阿良々木先輩!」
暦「おう神原か、おっす」チラッ
駿河「受験が終わっても登校とは、見直したっ!」
暦「そうか?」
駿河「てっきり、早朝から牛で獣姦でもしているかと思ったぞ」
暦「そこまで上級者じゃねぇよ!」
駿河「む、ではヤギか?」
暦「そういう問題じゃない! 僕は戦時中の兵士か!?」
駿河「……流石は博学だな、阿良々木先輩」
暦「僕はツッコミ役だから、勝手に口が動くんだ」
駿河「羨ましいな、私も自然に卑猥な言葉を羅列できるような……」
駿河「そんな饒舌さを手に入れたいものだな!」
暦「いや。すでにその域に達しつつあるぞ、お前」
──────
───
暦「で、僕達の学年はもう卒業を待つのみだけれども…神原の学年はどうだ」
駿河「受験をする人達は本腰を入れ始めたぞ」
暦「そうか、その頃僕は何してたっけ……」
暦「神原はどうするんだ? 進学か、就職か」
駿河「私はまだ思索中だ、何より我が身の将来が決まるのだからな」
駿河「まだ……色々決めることが出来ないんだ……」
暦「そうか」
テクテク… テクテク…
暦「……思い詰めすぎだと思うぜ、僕は」
駿河「……」
暦「人間思慮深く考えるのも大切だけど、
時には割り切ってパッと考えることも必要だ」
駿河「直感……ってやつだな」
暦「結論はな」
テクテク… テクテク…
駿河「……阿良々木先輩」
暦「なんだよ」
駿河「脱ぐぞッ!」
暦「なんでそうなるんだよ!?」
駿河「何故って、今この登校中という場面で私が露出プレイをしたら──」
駿河「──阿良々木先輩がどう反応するか気になって仕様がなかったのだ!」
暦「もしお前が前置きもなく服を脱ぎ始めてたら、僕は走って逃げ出してたぞ!」
駿河「む……それでは直感で考え、行動した私の成長に対し、
阿良々木先輩は真っ向から裏切ることになるぞ」
暦「神原、お前には〝常識〟が致命的に欠けている! 野外露出が許されるなら警察はいらねぇんだよ!!」
駿河「なんだ、阿良々木先輩は警官プレイをご所望か……いいだろう」
暦「神原のなかで何を覚悟したのかは知らないが、
僕のツッコミから欲しい所だけ抜き出して悪用するんじゃない!」
駿河「警官プレイだけに素晴らしい景観か……」
暦「下らない駄洒落を吐いて、一人で感慨に浸るな! 僕を置いていくんじゃない!!」
テクテク… テクテク…
暦「……」
駿河「……」
ボケトツッコミノ応酬、終ハリ。
暦「まだ、進路決まってないのか」
駿河「……」
暦「なんだ神原、僕はてっきり……僕達がいく大学に決まっていると思ってたよ」
駿河「え……?」チラッ
暦「まあ詮索はしないけどさ、神原が何がしたいかも僕には分からないし……。
ただそれとなく、そう思ってただけだ」
暦(戦場ヶ原も、いるしな)
駿河「先輩方の、大学に……」
テクテク… テクテク…
駿河「──うか」プルプル
暦「か、神原?」
駿河「そうか……そうか! その手があったかッ!!」
暦「って今まで思いつかなかったのかよ!?」
駿河「ありがとう阿良々木先輩!! 私の進むべき道が今決まったよ!」
駿河「私は一生、どこまでも阿良々木先輩についていくぞッ!」
暦「え、僕!? って夢はストーカーかよ!!」
駿河「裸で憑いていこう」
暦「ッ……って、なんか少しばかりありかなーと思ってしまった自分が怖い!!」
駿河「阿良々木先輩の中で、全裸幽霊はアリなのだなっ!」
暦「うるさいッ! 幽霊は一人で十分だ!!」
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─────放課後──────
暦「戦場ヶ原は……家か」
暦「……ん?」
ガサゴソ…
暦「っ!!!! ……下駄箱にチョコ…だと……!?」
キョロキョロ
暦「それと……手紙」ドキドキ
暦(なんだこのいきなりの展開、いいのか? 入れ間違いとかじゃないんだよな?)ドキドキ
暦(僕は鬼畜だぜ? たとえ他の男子への贈り物だったとしても、堂々と封を破ってやるッ!
それも過激に、だ)ドキドキドキドキ
暦(ふむ、律儀にハート型のシールとは……この子、相当初心とみた!)ドキドキドキドキドキドキ
暦(えっと……名前は──)ペリッ
神原駿河より愛を込めて──
暦(死ねッ! 僕の純情な心を裏切りやがって……!!)
神原駿河より愛を込めて──
いつもは歓談で済ませているので、お手紙は初めてですね阿良々木先輩
始めにいっておきますが正直、この手紙に特別な意味があるわけでもありません
雰囲気が違うのは手紙だからであって、別に書こうと思えば口調風にだって書けるんだからな!
……まあ、それは置いておいて
今朝の御高説、感服いたしました。やっぱり阿良々木先輩はすごいお方です
私の周りを気持ち悪く渦巻いていたものが、今やきれいに無くなりました
もう迷いません。目指すものは決まったのだから
御礼代わりと言ってはなんですが、受け取って下さい
本当だったら14日に渡すつもりだったのですが……思わず今日の出来事で感動してしまって、
何かを送らずにはいられなくなった所存で御座います、ハイ……
阿良々木先輩
貴方は誰にでも優しい、ヒーローのような人です
最後の頼みでもないかもしれませんが、それを食べてほしいです
少し大人っぽく、苦くしてあります
私の苦い過去も、阿良々木先輩なら砕き噛み締め、きっと忘れさせてくれると信じています
手紙なのは特に意味はないと書きましたよね? 本当に大した理由じゃないんです
ただ、面と向かっていうのが恥ずかしいだけで……これが私の本音です
この手紙だけは〝神原〟ではなく、〝駿河〟として見てください
この手紙に〝神原〟は関与していない──ということで……
ではまた、明日にでもお会いしましょう──
──親愛なる阿良々木先輩へ贈る
暦「……………………頑張れ、駿河」
其ノ後、僕ハ神原ヲ見ツケルヤ否ヤ、手紙ヲ朗讀シテミセタ。
手紙ハ、眞ツ赤ニ成ツタ神原ノ手ニヨツテ破毀サレタガ、其ノ時──
──目ノ前ノ後輩ハ〝神原〟デハナク、〝駿河〟ダツタ。
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暦「ただいま~」ガチャッ
月火「おかえりお兄ちゃんっ」
暦「おう。……」
月火「……?」キョトン
暦「……あれ、月火ちゃん。火憐ちゃんは帰ってないのか?」
月火「朝から出掛けてるよー」
暦「どこに出掛けたんだ?」スタスタ
月火「ガーナだって」
暦「へぇ~そうか」スタスタ
暦「…………」スタスタ
暦「……って何だって!?」
月火「お兄ちゃん知らない?ガーナって言うのはアフリカ大陸、ナイジェリア国の近くにある──」
暦「別に知らない言葉だから驚いたんじゃねえよ! 僕をどれだけ過小評価してるんだお前は!」
暦「あまりにお前が、あっさり自然に明言しやがったせいで、
僕は火憐ちゃんのことを間接的にスルーするところだったぞ!」
月火「お兄ちゃんに本場のチョコを食べさせたい、だって」
暦「だからってふらりと一人旅する必要があるか! そもそもアイツ、金はあったのか」
月火「火憐ちゃんあんまりお金使わないからね~。コツコツお母さんに貯金してもらってたんだよ」
暦「意外だな、僕なんて貯金なんてしたことないのに」
月火「でもギリギリだったよ、私も算段したんだけど。飛行機代で残金が底をついて」
暦「火憐ちゃん、文無しでガーナに行ったのか!?」
月火「食料は畑とかから何とかするって」
暦「強奪かよ!」
暦「……おいちょっと待て。あいつはガーナに何しに行ったんだよ!? 金はないんだろ!?」
月火「さっき間接的に言わなかった?
お兄ちゃんのために作るチョコの材料調達だって」
暦「原料まで強奪するんだ!?」
月火「テロリストの人達には気をつけてほしいね」
暦「テロリストに殺されてろ!! ガーナの人にとって、あいつが過激派だ!」
暦・月火「……」
月火「宿泊費もないからね……すごい勇気だよ火憐ちゃん」
暦「単に外国がどれだけ危険かも分かってないだけだ。勇気以前に、
問題なのはあいつの知識源である脳みそだっ」
暦・月火「……」
月火「夜は野宿だって。襲われたりしないよね?」
暦「より野蛮に襲ってるのは我が妹の方な気がする!」
暦・月火「……」
月火「治安情勢が心配だね」
暦「たとえ西部前線に突然タイムスリップしたって、僕は火憐ちゃんが帰ってくるって信じてるさ」
月火「無言の帰国?」
暦「縁起のないこと言うなよ!!」
暦・月火「……」
月火「下着の替えも盗まれないかな」
暦「おい、だから盗んでくるのは火憐ちゃんだろ!?
お前は運動会で自分の孫しか見えてない、むしろ孫が卑怯な手を使っても喜んで褒める婆さんか!」
月火「やけにツッコミがこと細かいね」
暦「気にするな」
暦・月火「……」
月火「ガーナって、実際現地のチョコがあまり美味しくないんだって」
暦「え、何故それを俺の前で言った!?」
月火「大丈夫だよお兄ちゃん、火憐ちゃんは原料のカカオを持ち帰ってくるんだから」
暦・月火「……」
月火「あ、でもカカオって空港で引っかからないかな……」
暦「悩みの種が尽きねぇぇ!!」
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月火「なに? お兄ちゃんやけに妹に対して、
正義を掲げながら突っかかってくるけど……チョコが嫌いなの?」
暦「そういう的外れな所をピックアップするお前の思考回路、どうかしてるぜっ!」
月火「寒い、死ね」
暦「ぐっ……本来死なねばならんのは現在放浪中の妹だ!」
月火「ほら、またぁ」
暦「またぁ、じゃない! お前らは天下のファイヤーシスターズじゃなかったのか!?」
暦「悪を挫き、正義を守る! ってそんな半ば偽善的なコンビだったろ」
月火「だが兄の前に献身的な妹達は、兄のためなら悪いことでも何でもするのだッ!」
暦「えっ、なにその萌える展開」
月火「私が今考え付いた話」
暦「聴かせてくれ」
月火「街を守るファイヤーシスターズには一人の兄がいた。
二人は年を重ねていくにつれ、自分の中にある兄への想いが、
〝兄〟としての想いではないことに気付き始める」ペラペラ
月火「互いに心は乱れ始め、ジレンマが覆い、ファイヤーシスターズ解散の危機!?」クワッ
月火「しかしお互いが兄を想っていることを知った二人は、
互いが兄に対して、献身的になることによって蟠りを解消していく……」ペラペラ
月火「1クール目はここまで」
暦「2クールものなのか!?」
月火「2クール目からは二人の熾烈な恋合戦、加えて街に巣くう暴徒の正体が明らかに!?」クワッ
月火「表では燃え、一方では萌え。〝闘い〟と〝恋〟の炎に我が身を溶かす二人の物語!!」クワワッ
暦「なにその萌える展開!?」
月火「燃え萌え系、新しいジャンルの確立だ!」
暦「早速シャフトに連絡だぁ!」
暦「よぉーっし! って、こんなクソ設定一次選考でボツだ!」
月火「え~結構いいと思ったのに……実はラスボスは兄だったって感じ?」
暦「え、マジで!? 意外性があるな……やっぱり面白いかも」
月火「でしょ~? だから終盤は兄に逆らえない二人が逆に悪に手を染めそうになって」
月火「『私達は正義を貫くの!? でも、お兄ちゃんをずっと好きでいたいッ!』って感じで」
暦「おお……まさに正義の味方特有の二律背反だな、よく出来てる」
月火「流石お兄ちゃんわかってるぅ!」
暦「……この設定を僕に組み込んだとすれば、火憐ちゃんの行動も許してやらんでもないな」
暦「火憐ちゃんも〝闘い〟と〝恋〟の炎に我が身を燃やしているのか……」
月火「みなさん、これが二次元との区別がつかなくなった基地外です」
暦「お前が乗せたんだろぉがぁぁぁ!!」
ROUND 1
─────
──
暦「話を戻すぞ……おい起きろ」ゲシッ
月火「ッ……可愛い妹にチョークスリーパー決める兄がどこにいるんだ…」
暦「ここにいるさっ」キリッ
月火「死ね」
暦「……まあいい」
月火「よくないっ!!」
暦「別にチョコが嫌いなわけじゃない、ただ……僕にそこまでしなくていいって話だ」
月火「言ってももう遅いと思うけどね……」
暦「僕なんかのためだけに、万が一火憐ちゃんに何かあったらどうする」
暦「そんなことがあったら、チョコなんて目の前でゴミ箱に放り込んでやる」
月火「……」
暦「それだけお前らが心配なんだ、それだけ怒るってことだ」
暦「……まああいつに限って物理的な心配はないと思うけどさ」
月火「……私たちが、そんなに心配?」チラッ
暦「ああ。月火ちゃんが付き合ってると聴いてから、僕は毎日教室の壁に〝呪〟って掘ってるんだ」
月火「心配の仕方が陰湿だよ!」
暦「〝呪〟っていう字の由来、案外僕がしていることと似てるのかもな。いや、してないけど」
月火「なんで語ろうとしてるの?」
暦「今まで目に入れても痛くなかったような妹達が一緒だったのに、突然他の男のものになる」
暦「〝呪〟の旁が〝兄〟なのも、きっと妹への愛の最終形のようなものなんだろう……」
月火「……ちょっと待ってお兄ちゃん。とりあえずキモいから黙って座っといて」
暦「容赦ねぇ!」
月火「……うん、違うね。そんなお兄ちゃんみたいな間違った妄想している人が、
量産されてはならないと思って調べたんだけど……」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q107334650
月火「ここに答えが書いてあったよ、お前は関係なかったね」
暦「さらっと僕のことを〝お前〟って言うんじゃない!」
暦「……ここに投稿すべきかなぁ、
〝最近妹が反抗期で手に負えません。どうしたらいいでしょうか?〟」
暦「〝いきなりおっぱいを突き出して揉めといいます。本当にどうしたらいいでしょうか〟と」
月火「語弊を生むようなこと書かないでくれるかな、このSSが初見の人もいるかもしれないんだから」
月火「お兄ちゃん、よく胸に手を当てて考えてみて」
暦「ほい」モミッ
ROUND 2
─────
──
暦「腕の骨が折れるかと思った……」
月火「握手するぐらいのレベルで妹のおっぱい触るな!」
暦「だったら最初から『よく〝自分の〟胸に手を当ててみて』って言えよ……」
月火「オホンっ……で、全ての事柄に関して、お兄ちゃんが関わってない?」
暦「そりゃ、僕の悩みだからだろ? 何言ってるんだ」
月火「そういうことじゃない!! 加害者はどっちだって話!」
月火「……あ、いや待って、この話やめよう」
暦「自分に非があるってやっと気付いたか」
月火「逆に自覚がないお兄ちゃんが本気で心配になってきたよ……」
月火「えっと……話がずれてる」
暦「あ? 何を言ってるんだ月火ちゃん。ただの歓談に話の軸なんかあるもんか」
暦「僕らはそういうスタンスだろ?」
月火「もともと何の話してたか憶えてるお兄ちゃん?」
暦「えっと……月火ちゃんが創作した燃え萌え系の話?」
月火「そこは憶えてるんだ!?」
月火「違うよ。火憐ちゃんがガーナに行った話だよっ」
暦「あー……おい、月火ちゃん」
月火「ん? なに改まって」
暦「僕なんかのためだけに、万が一火憐ちゃんに何かあったらどうするんだ」
月火「その話は前レスでしてある!」
暦「……」
暦「うーむ、僕達が話す時は第三者がいないと成り立たないな」
暦「遊覧船には方位磁石を、だな」
月火「そんな言葉ない。よくシャーシャーと適当な言葉がでてくるね」
暦「お前も大概だがな」
月火「だってお兄ちゃんの妹だもん。でも正直、この力私にとって蛇足だよ。むしろ靴の裏のガムかな」
暦「そういうこと言うなよ……僕が得意としてることなんだから」
月火「あ、また話がずれ始めてる」
暦「軌道修正が追いつかない! ミヤムーも頑張ってるんだけどなぁ……」
月火「アンタ、バカうるさい。で、じゃあ私達はお兄ちゃんにチョコはあげる」
暦「法律で定められているぞ」
月火「そんな法律あってはならない。でも、無理はしないでほしいってことかなお兄ちゃん?」
暦「ああそうだ、チョコをくれるのはとても嬉しいけど、危険を冒してまで僕に尽くさなくていいってことだ」
暦「火憐ちゃんには、帰って来たらたっぷり言っておく。月火ちゃんも、分かったな」
月火「うん、お兄ちゃん」ニコッ
月火「って感じで笑えばいいんだよね?」
暦「せめて文章外で言えよ!!」
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暦「それにしてもガーナか」
暦「まったく火憐ちゃんの行動力には、時々危なっかしい所があるな……」
prrrrr… prrrrr…
暦「ん……」
着信:千石 撫子
暦「もしもし、千石か?」ピッ
撫子『ふわぁっ!? こ、暦お兄ちゃん?』
暦「おいおい、そこまで通話越しに跳び上がらなくてもいいだろ」
撫子『う……うん、暦お兄ちゃん。突然だけど明日とかって、予定何かある?』
暦「予定? ……うーん、作ろうと思えば作れるんだが、つまりは空いてるよ」
戦場ヶ原ノ家ニ行ツテモ好インダガナ。
撫子『ほ、ほんと? じゃあ……あっ、そう言えば暦お兄ちゃん、受験はどうだった?』
暦「受験? ああ、何とかなりそうだ。これも戦場ヶ原や羽川のおかげだな」
撫子『そっか……おめでとう、暦お兄ちゃん』
暦「まだ早いぜ千石、ありがたくその言葉は受け取っておくけどさ」
暦「仮にこれで落ちてたら、僕はお前とどう顔を合わせればいいんだよ」
撫子『確かに、そうだね……えっと』
撫子『残念だったね、でも大丈夫だよ、暦お兄ちゃん』
暦「なんだか誰に言われるよりも、お前に言われるのが骨身に沁みるな……
撫子『傷心祝いに、何かしたいな』
暦「通話越しでも〝しょうしん〟の当て字がわかるぞ千石。これ以上憶測で僕をいじめるのをやめるんだ」
撫子『で、でも暦お兄ちゃんのお祝いをしたいのは本当だよ?』
暦「それは、冥利に尽きると言うか……単純にありがたいことだよな、うん」
撫子『うん、そうだよっ』
暦「結局僕、何だかんだ言って家族からしか喜ばれてないし……」
暦(ガハラさんも通常運転だしな。あ、でも神原が──)
撫子『じ、じゃあっ! 明日、うちにこない?』
暦(うほ)
暦「ん……千石のような年下の子からお祝いなんて、なんだか少し気が引けるような気がするけど、
じゃあ今回はお言葉に甘えさせてもらおうかな」
撫子『ほ、ほんと?』
暦「ああ、元々千石にも僕に用事があるようだし。
僕もそろそろ中学生属性を持っている妹だけでは、いささか飽き足りないと思ってたところだ」ペラペラ
撫子『えっ?』
暦「いや、なんでもない。じゃあ千石、また明日な」
撫子『あ、うん。お休みなさい、暦お兄ちゃん』
暦「ああ、お休み」ピッ
ツー… ツー… ツー…
暦「……あ~~! 楽しみだなぁぁ~!」
月火「何が楽しみなの?」
暦「いやぁ女子中──って月火!? お前いつからそこにいた!?」ビクッ
月火「え、なんか通話してるのが聞こえたから壁越しに耳を澄ましてたんだけど──」
月火「──よく聞こえなかったから今、部屋に入室しました」
暦「出てけ! 盗聴すんな! いや、ていうかお前の話はしばらく休憩だ!!」
月火「なにさ、変態主人公。訴訟されろ!」ダダダ-ッ
暦「どういう逃げ台詞なんだそれ……まったく、神出鬼没な野郎だ」
prrrrr… prrrrrr…
暦「……また千石か?」
着信:戦場ヶ原 ひたぎ
暦「ん……戦場ヶ原か」ピッ
暦「おう、どうした戦場ヶ原」
ひたぎ『こんばんは阿良々木くん、あなた今誰かと電話していなかった?
そして、何かとっても喜んでいなかった?』
暦「お前もかよ!? 月火ちゃんならともかく、
通話越しにそんなこと言われたら普通に怖いわ!!」
ひたぎ『ああごめんなさい。ただなんとなく、そう思っただけよ』
暦「全く、てっきり窓の外から覗きこんでるのかと思ったぜ……」ヒヤヒヤ
ひたぎ『そんなこともうしないわ』
暦「もう!? やってたのかよ!?」
ひたぎ『なかなか良い趣味をお持ちで』
暦「やめろ! 今は僕の特殊性癖について弄るところじゃない!
僕の彼女がスパイダーウーマンかどうかの話だっ!」
ひたぎ『何を言ってるの。彼氏のためなら何でも出来る、それが彼女でしょ?』
暦「そんな彼女いやだ!!」
ひたぎ『阿良々木くん、通話越しだからって少し調子に乗ってるわね。
ツッコミに、よりキレがあるわ』
暦「反応し辛いことを言うな。そりゃあ戦場ヶ原の声なんだから、むしろ心地いいぐらいだ」
ひたぎ『……え、いきなりそんなこと言われたら……えっと、その……』ボソボソ
暦「……おい、黙るなよ」
ひたぎ『……黙りなさい。これ以上私を動揺させて辱めたら、受話器越しに怪電波を送るわよ』
暦「怖いわ!」
ひたぎ『ちなみにその光線を撃たれた場合、
外耳から入った電波は、前庭にある平衡石と溶かしつくすわ』
暦「なんかヤバいことになっているのは分かるけどピンとこない!」
ひたぎ『簡略的に言えば、平衡感覚というものがなくなるわ』
暦「地味に怖いわ!!」
ひたぎ『……じゃあ阿良々木くん、あまり羽目を外しすぎないように。
私はとても寛容だから、今のうちに忠告しておくわ』
暦「それは言われなくても、十分に分かってるよ」
ひたぎ『……じゃあ、お休みなさい阿良々木くん』
暦「お休み、戦場ヶ原」
ひたぎ『受話器越しにキッス』チュッ
暦「おう…ふ」
ツー… ツー… ツー…
暦「…………」
暦「僕の彼女可愛すぎるだろぉぉーー!!」
月火「お惚気はほどほどにね」
暦「──ってまたかよ!? 神セブンにも入っていないのに、
ライブではセンター近くにいつもいた、出たがり整形アイドルかお前は!!」
月火「その子の真似は出来ないけど……」
月火「……フライングゲット( ∵ )」
暦「あ、似てる」
暦「月火ちゃん。頼むから坊主にはするなよ」
────────────────────
────翌日 2月12日────
ピンポ─ガチャッ
撫子「いらっしゃい、暦お兄ちゃん」ニコッ
暦「……随分と出てくるのが早かったな、千石」
撫子「そうだった?」キョトン
暦「まあ、入るぞ」
撫子「うん、靴は持って入って」
カチャッ
暦「おい千石、何故外履きを持って入るのか……僕はそれについての回答を求めるぞ」
撫子「だって、男の人入れることなんてなかったことだし……。
お母さんがびっくりするかもしれないから」
暦「なんだ、そうだよな」
撫子「うんっ。じゃ、こっち暦お兄ちゃん」
暦(僕は千石に対して何を誤解しているんだ。
ただの、初心な妹の友達じゃないか)
─────
──
暦「二回目だな、この部屋も」
撫子「うん、そうだね」
カチャッ
暦「おい千石、何故部屋の鍵を閉めたのか……それについての回答を僕は求めるぞ」
撫子「だって、なんだか……」
撫子「だってだってなんだもんっ」
暦「おねがい~♪ おねがい~♪ 近づかない~で~♪」
撫子「私の~ハ~トォ~がぁ~♪」
─────
──
暦・撫子「ハニィ~フラッシュ!!」
暦「ふぅ~、決まったな」
撫子「そうだね、うふふ」
撫子「あ、私お茶入れてくるよ」タタタッ
暦「ああ、悪いな千石」
暦「ふぅーー……」
暦(……あ、話逸らされた)
キョロキョロ…
暦(相変わらずファンシーな部屋だな)
暦(それよりか、僕に用事ってなんのことだろうか。まあ何だったとしても、楽しみだな)ワクワク
撫子「っよいしょ。お待たせ暦お兄ちゃん」
暦「ありがとう、千石」
カチャッ
暦「……おい千石、何故部屋の鍵をわざわざ閉めるのか……それについての回答を僕は求めるぞ」
撫子「だって、なんだか……」
撫子「だってだってなんだもんっ」
暦「おねがい~♪ おねがい~♪」
─────
──
暦・撫子「ハニィ~フラッシュ!!」
暦「ふぅ~、決まったな」
撫子「そうだね、うふふ」
暦「ってこれ二回目だよ!」
撫子「え、そうだっけ?」キョトン
暦「え、待って。僕は間違ってないんだよな!? 僕だけおかしいとかじゃないんだよな!?」
撫子「ふふっ。暦お兄ちゃんならいつもおかしいじゃん」
暦「なんもいえねぇーーーー!!」
撫子「……突然だけど、暦お兄ちゃん」
暦「何だよ……はぁ」
撫子「そ、そんなに落ち込まないでっ。さっきのはその……冗談だ、よ?」オロオロ
暦「いいんだ。僕なんてものはMr.ARARAGIみたいな感じで、コメディドラマで笑われればいいのさ」
撫子「……少し、面白そう」クスッ
暦「そっちかよ!?」
暦「……で、突然なんだ千石?」
撫子「え、ああ……暦お兄ちゃん、チョコフォンデュ好き?」
暦「ん、ああチョコを果物とかに絡めて食べるアレか」
撫子「そう、それ」
暦「やったことがないんだよなぁ。ほら、うちの妹ってああガサツだろ?
いつも果物は果物で、チョコはチョコで食べるんだよ」
撫子「そうなの? ララちゃん意外だな~」
撫子「──じゃあ、チョコフォンデュしない? 暦お兄ちゃん」
暦「……ああ、今日の用事って、これか?」
撫子「う、うん……もうすぐバレンタインだし、普通のチョコじゃつまらないかなって……」モジモジ
暦「どんなかたちでも、僕は走り回って喜ぶよ。千石、ありがとうな」
撫子「う、うんっ! じゃあ、道具持ってくるねっ」タタタッ
暦「……良い」
─────
──
撫子「持ってきたよ~」
暦「小さい鍋にキャンドル、ヘラに串……」
暦「市販のチョコに牛乳に、生クリームか。へぇ、けっこう本格的なんだな」
カチャッ
暦「……おい千石、以下略だ」
撫子「ふふっ。以下略だよ暦お兄ちゃん」
─────
──
暦・撫子「ハニィ~フラッシュ!!」
暦「もうこれが出来ればいいよ」
暦「で、これはどうやって作るんだ?」
撫子「ちょっと待っててね、まずチョコを少し溶かしてからだから……」
暦「千石先生の簡単お料理講座ー!」パチパチ
撫子「えっと……少しの牛乳と小さくしたチョコを鍋に入れて、柔らかくなるまで待ちます」
撫子「あとで残りの牛乳と生クリームを入れて混ぜれば、完成でーす!」
暦「わー、簡単すぎて番組が成り立たないやー」パチパチ
撫子「でも本当にこれだけなんだー、簡単でしょ?」
暦「ああ、これならうちでも出来そうだな。まあ実行に移す人間がいないか」
撫子「暦お兄ちゃんがララちゃんとかに振舞えばいいのに」
暦「自慢じゃないが生まれて此の方、家族のためにしたやったことなんてろくにない」
撫子「そ、そんなことないよっ」
撫子「だって、ララちゃんすっごい暦お兄ちゃんのこと想ってるよ?」
暦「……千石。兄として妹に慕われるのって、案外当たり前のことなんだよ」
暦「してやるじゃなくて、それは当然することなんだ」
暦「だから僕は何もしてないんだ」
撫子「……する気は、無いの?」
暦「もちろんあるさ、ただ実行する勇気が持てないだけであって……。
でも今回の受験なんて、僕にとっちゃなかなかやってやった! ってもんなんだぜ?」
撫子「うん……暦お兄ちゃんは頑張ったと、思う」
暦「……千石は優しいな。この先きっと就職して、きっと家族を養うことになるけど」
暦「こうポワポワと考えているとな……親孝行って、案外両親には望まれていないとか思っちまうんだ」
撫子「そう、なの?」
暦「この話、お前にはまだ早いよな。
まだ成人にもなってない僕が、一丁前なことを言うってのもなんだけどさ」
撫子「ううんっ、すごいかっこいいよ暦お兄ちゃん」フルフル
暦「なんかこっぱずかしいな……」
撫子「全然、言い訳がましくないよっ」ニコッ
暦「なんかこっぱずかしいな!!」
────────────────────
──────────
暦「うーん、いい匂いだな」
撫子「そろそろ、かな?」
撫子「……うん、いい感じに溶けてる」
暦「よーし早速……って、あれ?」
撫子「どうしたの、暦お兄ちゃん?」
暦「えっと……串は、あるけど……」
暦「具は、どこだ?」
撫子「具……? あ、ああ……あ」アセアセ
暦(忘れたか……まったく)
暦「いや、そこまで思いつめなくていいぞ千石」
撫子「うう……ごめんなさい、暦お兄ちゃん」
撫子「……あ」
暦「……ん? どうした千石」
撫子「私……昔色々な本を読んでたんだけど……」
暦(ああ、蛇切縄の時かな)
撫子「色々な記念日の起源、って本があってね」
暦「ほお」
撫子「フォンデュの起源があったんだぁ……」
暦「へぇ、聴かせてくれよ」
撫子「う、うん……」
撫子「……そもそもフォンデュって言うのは、フランス語圏で〝溶ける・溶かす〟って意味なんだって」
撫子「でね、溶かすって言うのは中世において……、
〝敵の鮮血をも溶かす闘志〟を指していたらしくて──」
撫子「──指が刀剣、チョコは敵兵の鮮血を意味していて……」
暦「指?」
撫子「う、うん……敵兵の鮮血に見立てたチョコを指でからめ取ることによって、
闘いの前に気持ちを奮い立たせていたんだって」
暦「へぇ~、そんな話があるのか。千石は物知りだな」
撫子「え、えへへー。でね……え、えっと」
撫子「じ、自分の指で舐めないで……その、舐め……」
暦「なめ?」
撫子「舐め……合う、んだって」
暦「えっ」
撫子「」カァッ///
暦「え、っと……」
暦「あのさ、千石……そこまで起源に基づかなくてもいいと思うぞ」
撫子「でも……こういうしきたりにはちゃんと従わないと……」
暦「……」
暦(ぐぅの音も出ない……おのれ忍野め)
暦「千石はいい、のか?」
撫子「は……恥ずかしい、けど」モジモジ
撫子「暦お兄ちゃんが、いいなら……」チラッ
暦オ兄チヤンガ、イイナラ……。
暦「ぐふっ」
撫子「こ、暦お兄ちゃん?」
暦「いや、なんでもないぞ千石。まあそこまで伝書の教えを貫き通ししたいのなら、
繊細で意固地な僕だって腹を括るさ」
暦「このまま終わるってのもこっちとしてもすっごい残念だし……」
撫子「じ、じゃあ……レッツ、パーティー……!」
暦「お、おーー……!」
─────
──
暦「えっと……じゃあ。はい、千石」トプンッ
暦「あ、あーーーん」
撫子「……あ、あーん……っ……ん」
暦「う、うまいか?」タジッ
撫子「ぅん……っ、はぁ……甘……い、ふはぁ……」チュパチュパ
撫子「そ、そんなに……っん、くはぁ……見な、いで……っ……」チュパチュパ
暦「……」
暦(……え、なにこれ?)
撫子「んっ……ふ、はぁ……」トローン…
暦「……これ、僕もやるのか……?」
撫子「えぇ? ……だって、暦お兄ちゃんのために用意したんだよ?」
暦「いや、すでに需要と供給の理念は全うされてると思うぞ。
僕なんかがこんなことしても、即効性の嘔吐剤になるだけだ」
撫子「やろう? ……暦お兄ちゃん」
暦「……ああっ」キラッ
其ノ日。千石ニ對スル僕ノ中ノ、何カガ消エタ──
────────────────────
───2月13日 戦場ヶ原宅───
カキカキ… カキカキ…
暦「なあ、戦場ヶ原」
ひたぎ「何よ、こよこよ」
暦「……」
ひたぎ「……」
ひたぎ「私を苛めて楽しいの? 阿良々木くん」
暦「そっくりそのまま返してやるぜ、その台詞」
ひたぎ「で、どうしたのよ。阿良々木くん」
暦「試食とか、って──」
ひたぎ「ダメよ」
暦「そんな頭ごなしに言わなくてもいいだろ」
ひたぎ「それはお父さんの仕事だもの。私は、試食なんかで満足してもらいたくないの」
暦「だってさ、仄かにいい香りがしてくるんだぜ?」
ひたぎ「せいぜい楽しみに待ってなさい。あっと言わせてあげるわ」
ひたぎ「だから阿良々木くん。少し買い物を頼まれて欲しいのだけれど……」
暦「ああいいぜ。ちょうど空腹感と共に集中力も途切れてきたところだ」
暦「もしかして、チョコレートの材料か?」ワクワク
ひたぎ「ええ、そうよ。じゃあ簡単だから口頭で伝えるわよ」
ひたぎ「──トカゲの尻尾とベニテングダケと黒猫の爪を、採ってきて頂戴」
暦「お前は何を作る気だ!?」
ひたぎ「あら、突発的な記憶喪失にでもなってしまったのかしら。作るのはチョコよ、チョコ」
暦「トカゲの尻尾のどこにカカオ成分が混じってるんだよ! お前は森の魔女か!!」
ひたぎ「あら心外ね阿良々木くん、私のことをそんな風に思っていたなんて」
暦「あ、悪い戦場ヶ原。魔女は嫌だったか……?」
ひたぎ「私は魔女見習いよ」
暦「そっちかよ!!」
ひたぎ「それはそうと阿良々木くん、私ずっと思っていたのだけれど……。
おジャ魔女って日曜の朝に放送していい番組だったのかしら?」
暦「……ん? どういうことだ?」
ひたぎ「1年目のオープニング、〝おジャ魔女カーニバル!!〟のAメロだけど──」
ひたぎ「──〝びっくりびっくりBIN BIN!〟ってそういうことよね」
ひたぎ「阿良々木くんみたいないかさない童貞なんて、当時跳んで喜んだんじゃない?」
暦「小学生の時は喜んでねえよ!? ていうか日曜のアニメを色眼鏡で見るんじゃない!」
ひたぎ「それに呪文よ、オレンジ色の眼鏡の女の子の呪文がとってもエロかったわ」
ひたぎ「……パァーイパイオォーッパイ♪ プールプルルーン♪」
暦「今すぐ東堂いづみさんに謝れ! それはおかしい!!」
ひたぎ「ちなみに阿良々木くん。おんぷちゃんっていたじゃない?
あの子の声優さんは、今NHKでやっている〝はなかっぱ〟のももかっぱちゃんをやっているわ」
暦「聞きたくなかった!!」
ひたぎ「……さっきのはほんの冗談よ、阿良々木くん。これ、紙に材料が書いてあるから」スッ
暦「……オーケー、頼まれた」
ひたぎ「じゃあ、お願いね」
────────────────────
────────────
ひたぎ「……ふぅ、あとは冷やすだけね」
暦「お疲れ様、あとありがとうな」
ひたぎ「彼女として当然の行為よこんなの。御礼なら身体に言って頂戴、ほら」プルルン
暦「え、ちょ……」
ひたぎ「肩叩きよ、阿良々木くん」
暦「……」
─────
──
ひたぎ「本当、阿良々木くんって面白いわよね」
暦「僕はお前のおもちゃじゃないぞ」トントン
ひたぎ「分かってるわよ、マイダーリン」
暦「僕をマイダーリンと認識しているなら、肩叩きなんてさせないんじゃないかなぁ……」トントン
ひたぎ「分かってるわよ、尻に敷かれたマイダーリン」
暦「その認識で間違いないですはい!
あと、それじゃあまるでお前が傍観者だが、
僕を尻に敷いてるのは戦場ヶ原、紛れもなくお前だからな!!」トントン
ひたぎ「声の大きさの割りには、叩くパワーが足りないわ阿良々木くん。もう少し強くお願い」
暦「なぁ戦場ヶ原、揉んだ方が気持ちいいんじゃないか?」トントン
ひたぎ「……ああ、そうね。そうだったわ……阿良々木くん、
今から私が出す問題に答えてくれるかしら」
暦「ああ、いいぜ」トントン
ひたぎ「問題。阿良々木くんみたいな人が爪を1枚1枚剥がされるか、
熱湯を被るかの拷問をされそうになっています。阿良々木くんみたいな人はどちらを選ぶでしょう?」
暦「それ問題っていうか、多分だけど僕の未来だよな!?」
ひたぎ「何を言っているのよ阿良々木くん。未来って言葉を使うほど先の話じゃないわ」
暦「なお悪いわ!!」
ひたぎ「手が止まっているわよ阿良々木くん、もちろん叩くのよ?」
暦「分かっているよ、ひたぎさんっ!」トントントントントントン
ひたぎ「あ~~~~気持ちいいわ~~~~……」
─────
──
ひたぎ「じゃあ、明日学校でね。阿良々木くん」
暦「ああ、楽しみにしてるぜ。戦場ヶ原」
ひたぎ「今日、チョコに魔法をかけておくわね」
暦「いい心がけだ、戦場ヶ原」
ひたぎ「……パァーイパイオォーッパイ♪ プー──」
暦「お前ぇ、憶えてろ!? 今度僕がアバダ・ケダブラをしてやるからな!?」
ひたぎ「かかってきなさい、私には時間跳躍の力があるのよ。阿良々木さん」ファサッ
暦「なんかパロネタが大変なことになってきたから帰るぞ」
ひたぎ「改めて、明日学校で」
暦「ああ」
サウ、明日學校デ。
遂ニ明日、半バ現代ノ學生運動ノヤウナ、ソンナ國際的イベントガ始マルノダ。
僕ハタダ、其ノ時ヲ待ツ。
────────────────────
───2月14日 放課後───
暦「よーっし、帰るか戦場ヶ原」
ひたぎ「そうね」
翼「あっ、阿良々木くん。いいかな?」
暦「ん、なんだ羽川?」
ひたぎ「……」
翼「ちょっと、いいかな?」
暦「……ガハラさん、ちょっといいですか?」
ひたぎ「いいわ。羽川さんに免じて──」
ひたぎ「──眼球一つにしてあげる」
暦「免除どころかレベル上がってる!?」
翼「少しだけ阿良々木くんを借りるね、戦場ヶ原さん。すぐの用だから」
ひたぎ「分かっているわ羽川さん。私もあなたもお互い様だもの」
暦「」ビクビク
翼「……ありがとう、戦場ヶ原さん。ちょっとこっち、阿良々木くん」
暦「あ、お、おう」
─────
──
暦「……頼むぜ羽川。ラオウとケンシロウの死闘を見守る、
ユリアになった気がしたぜまったく」フゥ…
翼「でも、戦場ヶ原さんはこんなことで嫉妬するような人じゃないと思うよ?
阿良々木くんに関してはすごい寛容に見えるよ」
暦「いや、羽川は戦場ヶ原をかなり見誤っている。お前もやっぱり、何でもは知らないよな」
翼「それこそ戦場ヶ原さんを怒らせると思うんだけど……」
暦「記憶操作をされてるんじゃないだろうな。
言っておくがアイツは笑顔なんてほとんど見せない、お前の中の戦場ヶ原は偽者だ」ビシッ
翼「そんなことないってば。ほら、阿良々木くん。今日はなんの日?」
本題突入。
暦「バレンタインデー、だな」
翼「正解。これ、阿良々木くんに」スッ
暦「ああ……ありがとう」
翼「戦場ヶ原さんのチョコばっかりで、私のチョコを蔑ろにしないでね。私だって頑張ったんだからっ」
暦「何言ってるんだ。当たり前だろ、ちゃんと食べるよ」
翼「……あれ、案外跳んで喜ばないんだね?」
暦「僕もいつまでも一喜一憂ばかりしてちゃいけないと思ってな。
自分のことを客観的に見てみたら、少し道化じみている気がしたんだ」
翼「なるほど、阿良々木くんも成長したね」ニコッ
暦「まあな、これから僕も大学生になるわけだし。
僕自身、羽川から貰えてとっても嬉しいよ」
翼「……じゃあ、成長した阿良々木くんにご褒美」
暦「ご褒美?」
翼「揉ませてあげる」
暦「ヴェ!?」
翼「肩をね」クスッ
暦「……僕を苛めて楽しいか? 羽川」
翼「何言ってるの阿良々木くん。よく考えてみて」
暦「気休め程度に聴いてやる」
翼「バックから女の子の肩を揉むんだよ。それってすごいラッキーじゃない?」
暦「何がだよ?」
翼「女の子って色々なアングルから見れるってことだよ。ほら、肩揉んでみてよ阿良々木くん」
暦「羽川、珍しくお前の言っていることがいまいち理解できないな。一体──」
暦「!?」
暦「なん……だと……!?」
翼「あんまり、見ないで……」
羽川ノ豐滿ナ雙丘ガ、向カウ側ニアツタ。
イヤ、其レハ最早向カウ側デハ無イト錯覺サセルホドノ迫力デ、
僕ハ羽川ノ肩ノ其ノ先ヲ、見下ロスト共ニ絶句シタ。
暦「は、羽川……?」ドキドキ
翼「何? 阿良々木くん」
暦「自分を、捨てるもんじゃないぞ」
翼「捨ててなんてないよ。私、阿良々木くんのことが好きなんだよ?」
暦「だからって……こんなかたちで自身の尊厳を揺るがすなんて、
よくないと思うぜ僕は」
翼「……嬉しくなかった?」
暦「いや、月が太陽系からぶっ飛ぶぐらい嬉しいんだけどさ。何ていうかその……」
暦「正直、僕だけじゃもったいないよ。シャフトに映像化してほしいぐらいだ。
きっと今SSを見ている奴らも、全会一致でそう思っているはずだ」
翼「え……それはちょっと……。あくまでも阿良々木くんだから、だよ?」
暦「……おい聞いたかお前ら。〝阿良々木くんだから〟だってよ」ドヤァ
翼「あんまり言うとブラウザバックされちゃうから」
暦「そうだな。でもさ、本当にもったいないよ羽川。もっと自分の身体に自身をもつべきだ」
翼「じゃあ百派譲って、自画自賛するけど私の身体は素晴らしいとするじゃない?」
暦「僕の審美眼を信じるんだ羽川」
翼「じゃあどう表現するの? やっぱりアスキーアートでも作るのかな?」
暦「それはだめだ。>>1にアスキーアートを作る技術はないからな」
翼「うーーん……。やっぱり文章表現じゃない?
今だってこうやって書いているわけだし」
暦「まぁ、そうなるか。でも僕という存在が一人称として、
羽川のおっぱいを表現しきれるか、って問われるとあまり自信がないんだよ」
翼「少しはオブラートに包んでから言ってくれないかな、阿良々木くん」
僕は正直なところ、侮っていた。
羽川の胸が大きいなんて、春休みのころから熟知していたことだ。
そりゃ包み隠さず懺悔するならば、毎日拝見させてもたってたし、毎日考えたりしていた。
それが当たり前だ。当然だ。
男子生徒の本能を湧き立たせるほどの羽川の豊胸は、それでも僕は逆に見慣れていたし、
ちょっとやそっちのことで驚きはしないつもりでいたのだ。
その確信を、革新的に覆したその魅惑のアングルは、
今までとはまた違う角度からの刺客であって、
対して僕はそれを見たのではなく、それに魅せられていた。
制服の上まで留められたボタンは少しばかりきつそうで、
今にも弾け跳んでしまうのではないかと思うぐらいに、
羽川の胸を半ば無理やりに押さえ込んでいた。
この角度からだと制服の隙間からの、雪のように白い素肌が────
翼「わぁー、頑張ったんじゃない? 阿良々木くん」
暦「もう少し説明しても良かったんだけど……」
暦「どちらかと言うと、途中で〝一人で何言ってるんだ俺〟、
って気持ちが遥かに勝ってきたから、実質ここまでが僕の限界なんだろうな」
翼「でも、私の容姿の説明なんかより、戦場ヶ原さんを待たせているんじゃない?」
暦「うげっ、やっべぇ。悪いな羽川、僕そろそろ行くわ」
翼「うん、阿良々木くん。帰り道には気をつけてね。浮かれ過ぎないよーにっ」ビシッ
暦「ああ……そういえば、羽川のチョコってどんな……」
翼「……私はいつでも白紙なんだよ、阿良々木くん」
暦「……?」
翼「ほらっ、いったいった」ドンッ
暦「ぅわっと……じゃあな、羽川」
翼「うん、改めて……さよなら、阿良々木くん」ニコッ
此レハ少シ先ノ話ダ。
歸宅シタ僕ハ、此レカラ書クコトニ成ルデアラウ、
シツチヤカメツチヤカナイベントヲ掻イ潛ツタ後、
羽川ラッピングノ封ヲ開放シタ。
中身ハ、眞ツ白ナ──猫ヲ模ツタ──チョコレートダツタ。
────────────────────
─────帰り道─────
ひたぎ「……」スタスタ
暦「……」スタスタ
暦「な、なぁ戦場ヶ原」
ひたぎ「あまりソワソワしていると、もっと残念に見えるわよ。阿良々木くん」
暦「ぐっ……」
ひたぎ「……」スタスタ
暦「……冷えるな」スタスタ…
ひたぎ「……そうね」スタスタ
─────
──
暦「……ここって」
ひたぎ「そう、阿良々木くんに渡すなら、ここにしようって決めていたの」
八九時ト邂逅シタ、猫ニ成ツタ羽川ガイタ、
アノ公園ダツタ。
暦「……少し拍子抜けだ。僕なんてまた、車でこの前の場所にでも行くのかと思ったぜ」
ひたぎ「あらそう……今、お父さん暇しているかしらね……」ピッ
暦「この公園でいいです! 大満足です!」
ひたぎ「一体どっちなの。はっきりしない男は嫌いよ、阿良々木くん」
暦「ただお前が過剰に反応しているだけだ! 僕は何も悪くないぞ!」
ひたぎ「女の子のせいにするなんて……そんな男は嫌いよ、阿良々木くん」
暦「え、そう言われると……なんていうか、その……悪かったよ、ガハラさん」
ひたぎ「そうやってすぐペコペコ……腰が低い男は嫌いよ、阿良々木くん」
暦「どう転んでもアウトじゃねぇか!!」
ひたぎ「私の彼氏なら、もっと堂々としなさい」
暦「その腰を全力で折りにきているお前にだけは、言われたくなかった!」
ひたぎ「……」
暦「……」
ひたぎ「……阿良々木くん、私って真面目なときはとことん真面目なのよ」
暦「な、なんだよ突然」
ひたぎ「初めて彼氏に送るチョコだもの。
私らしくもないのだけれど、少し冗談が言えない口になるわ」
暦「……むしろ雰囲気が出て、可愛いと思うぜ。戦場ヶ原」
ひたぎ「阿良々木くん……私……」
暦「分かってるよ戦場ヶ原、僕はお前の彼女なんだ。
誰かから貰ったチョコとはまた違う、特別なチョコ」
暦「僕、すげぇ楽しみだぜ」
ひたぎ「ただの、ミルクチョコだけれど……良かった、かしら?」チラッ
暦「こう言ってはなんだけどさ、僕は戦場ヶ原がくれるものなら、なんだっていいんだ」
暦「いつでもお前は色んなものをくれてるんだ、それは僕の中に残り続ける」
ひたぎ「阿良々木……くん」
暦「チョコ、ありがとうな、戦場ヶ原」
暦「代わりに、受け取ってくれ──……」
ひたぎ「」
暦「」
ナンテキザナ野郎ナンダト自覺シ乍ラモ、僕ハ戦場ヶ原ト唇ヲ重ネタ。
少シ濕ツタ唇モ、少シ震ヘル細身ノ體モ、戦場ヶ原ノ全テヲ受ケ止メ乍ラ──
外燈ガ僕ラヲ、暫クノ間、靜カニ見守ツタ。
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トリ敢ヘズ我ガ戦場ヶ原ヲモツテ、本編ノ方ハ完結ダ。
蛇足ニ成ルカ否カデハアルガ、僕ノ妹ト、吸血鬼ノ話ヲスル事ニヨツテ、
僕ノ長カツタ六日間ハ、ヤット幕ヲ下ロス。
暦「ただいま~」
月火「お帰り、お兄ちゃん。これ、お口直しに貰って」ポンッ
暦「え、なんだよいきなり」
月火「今日はバレンタインデーだよ」
暦「いや、知ってるけど──」
火憐「おかえりー、兄ちゃんっ」
暦「火憐ちゃん!? お前帰ってたのか!」
火憐「いやー、なかなか大変だったぜー。
途中ゲリラ爆撃の現場に遭遇しちゃったときはどうなるかと──」
暦「火憐ちゃん……どこか怪我とか、してないんだな?」
火憐「ん? ……あっ」
月火「ほら、火憐ちゃんっ」
火憐「その……ごめん兄ちゃん!!」
暦「えっ、ああ……」
火憐「つい咄嗟の衝動でこんなことして……結局兄ちゃんにまで心配かけちゃって……」
暦「いいんだ」
火憐「え……?」
暦「何もなかったんだろ? だったらいい。それよりお腹空いちまったよー」スタスタ
火憐「っておい兄ちゃんっ、それだけか……?」
暦「ああ、それより母さんの手伝いしてこい」スタスタ
火憐「……」ポカーン
月火「……言ってることと違うじゃん。まぁ、お兄ちゃんだもんね」
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──
暦「……ガハラさん。良かったな……」
コンコンッ
火憐「にい、ちゃん……?」ソォー…
暦「どうした? 火憐ちゃん」
火憐「その、チョコを作ってきたんだけど……」モジモジ
暦(僕の妹マジ天使)
暦「まあ、そのためのガーナだったんだもんな。ありがたく頂くぜ」
火憐「本当っ? じゃあ、これ」ドンッ
暦「……」
暦「……火憐ちゃん」
火憐「なんだ、兄ちゃん?」
暦「この皿に盛られた、オガクズみたいなのはなんだ……?」
火憐「ガーナチョコだ!」
暦「オガクズだよ!!」
暦「まて、何も言うな僕が当ててみせる。お前はカカオ豆を砕いただけだな?」
火憐「? それでチョコの完成だろ?」
暦「チョコ食ったことねぇのかよ!」
火憐「口の中に入ればおんなじだってぇ……」
暦「いやだね、僕は食べないぞっ」
火憐「……」
暦「……」チラッ
火憐「せっかく……兄ちゃんのために遠くまでいったのに……」ジワッ
暦「……火憐ちゃん、1つだけ訊いていいか?」
火憐「……なに?」
暦「頑張ったんだな? 僕のために」
火憐「あ、当たり前だろっ……けっこうその豆、硬かったんだぞ?」
暦「愛情たっぷり、か……」
暦「……──ッ!!」
火憐「兄ちゃん……!」パァッ
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──
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暦「愛の味って、超苦ぇぇぇぇーーーー!!!!!!」
月火チヤンカラ御口直シトシテ貰ツタ〝チロルチョコ〟ガ、
早速役ニタツタ。
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───翌日 2月15日───
暦「忍。でてこい」
…………
暦「ドーナツを買いに行くぞ」
忍「そろそろ儂を一発で顕現させるのじゃ」
暦「ドーナツの一言で十分だ」
忍「では、早速向かおうかの。お前様よ」
暦「あいよ」
─────
──
忍「冬は日の光が少ないから助かるわい」
暦「歩くのか?」
忍「たまにはの。お前様の影の中は、案外退屈なのじゃ」
暦「へぇ、おもちゃとかはないのか?」
忍「お前様は儂が玩具で、低俗の遊びに興じるとでも思っているのか?」
暦(なんか、ただの中二病にしか聴こえないよな)
忍「聴こえとるぞ?」
暦「」ギクゥ
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暦「おい、10個だからな。僕がトイレに行っている間に勝手に頼んでみろ。
僕が呼び出されるんだからな」
忍「そんなこと知らんわい。
お前様が不自由になったところで、儂になんの有害も無いからの」
暦「ドーナツが買えなくなるぞ」
忍「あぁ~儂はまたこの赤子のような可愛さを誇る、
無数のドーナツの中から取捨選択を行わなければならないのかぁ……」
暦「それでいい」スタスタ
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──
暦「アイツに財布の存在を明かすべきじゃなかったな。
やけに自分でドーナツを買いたがるし」スタスタ
忍「モグモグ… モグモグ…」ニコニコ
暦「10個に抑えたな? レシート」
忍「ん……」
暦「えっと……よし、今残金がないの分かっただろ?」
忍「ん……っん」
暦「はいはい、落ち着いて食べろよ。ドーナツは逃げないから」
忍「……、っ……ん」スッ
暦「え、なに。もしかしてくれるのか?」
忍「んーー……んぐっ!? ……っ!」
忍(ああ、こっちで話せばよいのじゃ)
暦「……」
暦(どういう風の吹き回しだ忍。これってお前の大好きな……)
忍「モグモグ… モグモグ…」
忍(今回は特別じゃ、お前様よ)
忍(なに、儂も興じてみたくなっただけじゃ)
忍(それは儂からの、プレゼントじゃからの。有難く受け取っておくが良い。お前様よ)
ドーナツ名、ゴールデンチョコレート。
忍「むぐっ……んぐー?」
忍(確か……バレンタイン、だったかの?)
──完──