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月火「火憐ちゃんも、お兄ちゃんのことどうこう言えないよね」【前編】
月火「火憐ちゃんも、お兄ちゃんのことどうこう言えないよね」【後編】
ex1.
「……そうか、それは良かった。では万事解決したということだな? いや、礼などとんでもない。この不肖神原駿河、阿良々木先輩のお役に立てたのならば、その上何を望むことがあろうか――ふふ、相も変わらず慎み深いものだ。あぁ、ではまた」
名残惜しい気持ちを抑えつつ、そこで携帯を切り通話を終える。
耳に心地よい阿良々木先輩の声が聞こえてくる状況を自らの手で断たねばならないというのは、実際苦行にすら思えもするが、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。
そもそも今回の話は、先日私がお願いした事――中学生の間で噂になっていた、周囲の者を不幸にする少女の件――に端を発する問題だったのだから。
わざわざ事後の報告をして頂けただけでも、身に余る光栄と言う他ない。
それでなくとも面倒をかけた身なのだ、過分に要望するようなことは避けなければ。
まあ何にしても、事態が悪化することなく終息したということだから本当に良かった。
まだ多少のしこりは残っているそうだが、しかし怪異が消えたというのならば、事態は既に落着したと考えて問題はないだろう。
さすがは阿良々木先輩だと改めて感嘆せずにはいられない。
あれで自分は何もしていないと言うのだから、奥ゆかしいにも程がある。
いや、勿論そこがあの人の美点とも言えるのだが。
閑話休題。
そうして用を終えた携帯を脇に置き、暫しその声の余韻に浸る。
これは、私が阿良々木先輩との通話を終えた後の恒例行事だった。
世界広しと言えど、斯様に強さと優しさを湛えた声の持ち主など、まず他には存在するまい。
それこそ、私の携帯電話はこれだけの為にあると言っても過言ではない。
何ならその声をベースに脳内で台詞の補正を行えば、それだけで達することができる自信すらある。
決して他人に言えるようなことではないが。
「――さて」
少しして気持ちを切り替える。
起き上がってから服を着て、部屋の扉を開け放つ。
特に用事があるというわけでもないが、時間を無駄にするのは性に合わない。
なので、書店に探索にでも行こうかと、それだけのことである。
どんな発見があるかも分からない――それこそが、書店巡りの醍醐味だ。
元よりそう広くはない街なので、巡るルートも慣れたもの。
新刊の発売日や、未だ手に入れていない古書などに思いを巡らせながら歩くこと暫く。
見慣れた景色の中、軽快に走る少女の姿が視界に飛び込んでくる。
「あ、駿河さん、久しぶりー」
私が気付くとほぼ同時にこちらに気付いたらしく、彼女は更に一段加速してこちらに走ってくる。
阿良々木火憐ちゃん。
私の敬愛して止まない阿良々木先輩の妹さんにして、街の中学生達の顔役、ファイヤーシスターズの実戦担当。
まあその肩書きは数あれど、今更それらを列挙してもさして意味はないか。
とにかく今や私にとっても馴染みの深い、大切な後輩であり友人だ。
しかし、これはまた思いの外、望外な出会いがあったものだと思う。
小人閑居して不善を為すではないが、やはり暇を余している時は外に出た方が良いものだな。
そんなことを考えていたのも束の間。
火憐ちゃんは、あっという間に私の前まで到達すると一瞬で静止し、いつものように元気一杯の笑顔で挨拶をしてくる。
曇り一つ無いというか、輝かんばかりの生気に満ち溢れたその表情に、見ているこちらまで晴れやかな気分になってくる。
これもまた彼女の――というか彼女達の――才能なのだろう。
笑顔一つでここまで人を惹きつけられる者はそうはいない。
しかしかなりのペースで走っていただろうに、その呼吸が僅かさえ乱れていないというのも凄いな。
私も相応に鍛えていた自負はあるのだが、正直この子の基礎体力を前にしては脱帽せざるを得ない。
空手の道場に通っているということだが、きっとアスリートに転身したとしても優秀な成績を収められるだろう。
全く、阿良々木家のDNAは実に素晴らしいと改めて舌を巻く思いだ。
「やあ火憐ちゃん、元気そうで何よりだ」
「もちろんだぜー、あたしが元気じゃない時なんてないよー」
「ふむ、阿良々木先輩の言われていた通りだな、安心したよ」
「? 何のこと? 兄ちゃんが何か言ってたの?」
「いや、それはもう解決したみたいだからいいんだ。気にしないでほしい」
「ふーん、何か分かんないけど、まあいっか。あ、そうだ」
ぽんと手を叩く火憐ちゃん。
何に気付いたのか、とこちらが不思議に思うより先に、彼女はびしっと姿勢を正していた。
そして私が何か言うより更に先に、すっと頭を下げてくる。
「駿河さん、心配かけてごめんなさい、あと、心配してくれてありがとうございました」
「火憐ちゃん?」
「……えっと、兄ちゃんから聞いたんだ、駿河さんがあたしの事心配してくれてたって。なのにあたしそれを無視する感じで動いてたから、ちゃんと謝んなきゃって」
きっかり三秒後に頭を上げて、火憐ちゃんはそう言った。
それに関しては既に阿良々木先輩から話は聞いていたが、特に謝られるようなことでもないというのに、本当に律義というのか実直というのか。
しかし、そうやって自分に非があると思った時に素直に謝罪できるというところも、また素直に感謝できるというところも、正しく彼女の美徳と言えよう。
私からすれば本当に眩しいくらいだ。
こういう所もまた、彼女が周囲から絶大な支持を集める理由の一つなのだろう。
「いや、感謝とか謝罪とかされるような事ではないよ。実際私は何もしてあげられてないしな。火憐ちゃんが無事ならばそれで十分だ。無用な心配で済んで本当に良かったよ」
「うん、見ての通りだよ。確かにちょっとしんどいことはあったけど、今はもう全快っつーか全開だぜ!」
そこでびしっとポーズを決める火憐ちゃん。
何かの戦隊ものの決めポーズなのだろうか?
よくは分からないが、とりあえず元気が有り余っているということだけは伝わってくる。
阿良々木先輩の話では、一度は件の少女の病状をその身に受けていたという話だったが――
「一晩ゆっくり休んで復活、というところかな?」
「そーそー。月火ちゃんとしっかり仲直りして、一晩ベッドでゆっくり寝て、一日べったり兄ちゃんに甘えて、何度もしっとりちゅーして、むしろ前より強くなったかもしれねーぜ」
「……」
サイヤ人みたいなことを言う火憐ちゃんだったが、何だろう、一部不穏なというか余計なというか、はっきりと不要な工程があったように思う。
気のせいだろうか? あるいは考え過ぎなのだろうか?
詳しく聞いた方がいいのか、さらっと流した方がいいのか。
そんな埒も無い事を考えていたのだが、しかし火憐ちゃんはそこで少しだけ眉を寄せて、微かに陰りを含む笑みを浮かべる。
憂いの色――いつも溌剌としているこの子に、これ程似合わぬ表情も無いものだ。
「実は昨日まで色々あってさ、ちょっと不安定っていうか、心が弱くなっちゃってた感じだったんだけど――でも、兄ちゃんが抱きしめてくれたら、すげー安心できたんだ」
「……そうか、辛かったんだな」
なるほど、そういうことか。
どれ程強いといっても、またどれ程鍛えているにしても、火憐ちゃんはまだまだ多感な年頃だ。
一時的なものとはいえ、兄妹や仲の良い友人達と袂を分かつようなことになってしまって、それで平然としていられようはずもない。
それでも事態を乗り切ったその精神力は見事と言う他ないが、その中できっと浅からぬ傷を心に負ってしまっていたのだろう。
けれどそれを、阿良々木先輩がちゃんと見つけてあげて、確と癒してあげたということのようだ。
実際、今はもう既にさっきまでの憂いの色は露程も見当たらない。
いや、とんだ下種の勘繰りだったな、何とも恥ずかしい限りだ。
「うん、だけど兄ちゃん独り占めできたから結果オーライかも。やっぱ兄ちゃんに抱きしめられながら寝るのって安心感が違うんだー。温かいし優しいし良い匂いだし。あたし死ぬ時は絶対兄ちゃんの胸の中がいいな」
「そ、そうか。まあ癒されたのならば勿論それで良いのだが」
どうやら私の懸念もまた当たらずとも遠からずだったらしい。
まあ阿良々木先輩は、純粋に火憐ちゃんの心身を案じてそうしたのだろうし、断じて不純な感情は無かっただろうと思うが……
いやいや、これもきっと想い合う兄妹故の行動であり感情なのだろう。そうに違いない。
何より、火憐ちゃんが今こうして曇りの無い笑顔でいられるのだから、私の余計な気回しなどそれこそ無用の長物か。
「駿河さんも兄ちゃんに抱きしめられたら分かると思うよ。ホントすげー幸せになれるんだぜ」
「ふむ、まあその機会があれば、一度くらいはお願いしてみたいものだな」
頭の後ろで両手を組みながら楽しそうに笑う火憐ちゃんに、だから私も軽口で答える。
しかし実際、もし阿良々木先輩に抱きしめてもらえるのならば、それは確かに無上にして至上の喜びに違いあるまい。
決して叶うことは無いだろうが、それでも夢想することくらいは許されるものだろうか。
「それに、今のあたしにへこんでる暇なんて無いんだ」
「ふむ、というと?」
「茜のこと。あいつまだ入院してるけど、しばらくしたら退院できるって話だし、今度こそちゃんと学校生活送れるように協力してやんないと駄目だからさ、実際どうするかは月火ちゃんと相談中だけど」
「あぁ、今回の騒動の中心にいた子のことだな」
「うん、あいつも色々大変だったみたいだけど、もう大丈夫だよ。そんなすぐに素直にはなれないだろうけど、いつかは皆とも仲直りできるはずだぜ」
「そうか、何にしても全て綺麗に解決できそうだと言うのならば、それに如くは無い。阿良々木先輩は随分と気を揉んでいるようだったが」
実際、私は解決後に知ったからまだいいものの、阿良々木先輩は早い段階で怪異絡みだと知っていたと言うのだから、その心労たるや相当なものだったはずだ。
最悪の場合、私のように、あるいは阿良々木先輩のように、後に何がしかの後遺症を残すような事態もあり得たわけだし。
それでなくとも、火憐ちゃんが怪異を知ってしまっていたら――そう考えると、改めて肝を冷やす思いがする。
禍根を残すことなく元のあるべき形に返ることができたのは、本当に僥倖だったと言えよう。
もっとも、そんな経緯を知らない火憐ちゃんからすれば、阿良々木先輩の憂慮は過分に思えるらしい。
それもまあ無理からぬところではあるが。
実際今も心外だとばかりに口を尖らせている。
「ていうか兄ちゃんが心配し過ぎなんだよ。そりゃ心配してくれんのはちょっと嬉しいけどさ、なーんか過保護っつーか過干渉っつーかさあ」
「まあ気持ちは分かるが、そう面倒がるものでもないんじゃないか? それだけ火憐ちゃん達のことを大切に想っているということでもあるわけだし」
「うん、まあそうかもしんないけど」
「それに阿良々木先輩ももうすぐ受験だしな、そろそろ今までのようには構ってあげられなくなるという寂しさもあるのかもしれないぞ」
実際、怪異に絡むごたごたにいつも首を突っ込んでいるせいで忘れそうになるが、あの人は一応れっきとした受験生だ。
勿論それでなくとも学生の本分は勉強なのだが、本番まであと半年というこの時期である。
そろそろ本気にならねば、さすがに危ないのではないだろうか。
というか、戦場ヶ原先輩が黙っているとは思えない。二重の意味で危険だ。
そうした受験勉強やらその先の大学生活やらを考えれば、当然今までのような生活は送れなくなるだろうし、そうなると必然家族と言えども距離ができるようになってしまうだろう(もしかしたら家を出る、という可能性もあるわけだし)。
あるいはそれを寂しく思って、阿良々木先輩も必要以上に二人に構っているのかもしれない。
二人の為というだけでなく、阿良々木先輩自身の想い故に。
とまあそんなことを言ったのだが、当の火憐ちゃんはきょとんとしていた。
「え? 何言ってんの駿河さん、やだなあ、そんなことあるわけないよー」
「しかし阿良々木先輩も複数の大学を受けるのだろう? 無論のこと第一志望に合格するのが望ましいとは言え、そうならない可能性を無視する訳にも行くまい」
「いやいや、兄ちゃんが家を出るとか無理なんだよ。だって下宿先が見つかんないんだもん。月火ちゃんが色々調べたんだけどさあ、通える範囲のアパートは一つも無いんだって」
「アパートが見つからない? そんな馬鹿な。どんな辺鄙な所にある大学を受けるつもりなんだ? 阿良々木先輩は」
思わず反射的に問い返してしまった。
というか、俄かには信じ難い話だ。
普通は大学近辺なんて、学生向けの賃貸住宅が林立しているものではないだろうか?
毎年毎年決まった時期に新規入居者がやって来る環境など、賃貸住宅の管理者からすればこの上ない好条件だろうに。
もし仮にそんなものさえ無いような辺鄙な所だとするなら、それこそ大学側が寮を用意して然るべきだと思うのだが、それすら存在しないというのか?
「や、そうじゃなくて。兄ちゃんが受ける大学で家から通学できない所って本当に遠いからさ、だから家借りたとしても通えないんだ、あたしらが」
「それは、何と言うか……」
言葉も無い。正しく咄嗟には二の句が継げない。
まさか通える範囲というのが、『阿良々木先輩が大学に』ではなく『火憐ちゃん達が家から』という意味だったとは。
予想外と言うより奇想天外と呼ぶべき発想だ。
というか、それでは下宿の意味が無いんじゃないのか?
いや、まずそもそも何故火憐ちゃん達に通う必要が?
「だってほら、兄ちゃん家事壊滅的だし、あたしらがいてやんないと部屋で倒れるかもしんねーし、汚部屋とかマジ勘弁だし」
「そこまで心配しなくても大丈夫だと思うが。それに、いざとなれば戦場ヶ原先輩も助けてくれるだろう」
「いやいやいや、そんな不出来な兄ちゃんの世話まで戦場ヶ原さんにさせらんねーよ、申し訳ねーもん。まーあたしらが一緒に住んであげれば一番手っ取り早いんだけど、それはさすがにまだ早すぎるしさ。もう月火ちゃんとか最悪車の免許取らせてでも家から通学させるって言ってたよ」
「そこまで……」
「つーかそもそも、あたしらだって兄ちゃんいない生活とかあり得ねーし」
「あり得ないとまで……」
もしかしたら私は思い違いをしていたのかもしれない。
てっきり阿良々木先輩が妹離れできていないだけだと軽く考えていたのだが。
よもやここまで見事な両想いだったとは。
麗しき兄妹愛にも限度というものがあるのでは、などと考えてしまうのは、私が凡百の徒に過ぎぬからなのだろうか。
かと言って、では実際のところはどうあるべきなのか、と問われれば答えに窮してしまうのだが。
結局、どうしたって私には兄妹というものがいないのだから、究極的にはそういうところの機微は分からないのだ。
それに、そういうものは各家庭毎に異なっていて然るべきだろうし、共通解などそもそも存在する訳もなく。
周りがそれに意見しようなど、それこそ内政干渉にも程があるというものだろう。
まあ、あるいは想い合う家族ならば、この程度の事はあっても然程におかしくはないのかもしれない。
少なくとも、ニュースで取り沙汰されるような事件にまで発展するほど憎しみ合う家族に比べれば、余程健全だろうし。
「それに兄ちゃんも、あたしらがいなきゃ生きてけないとか言ってたんだぜ、あたしを助けに来た時にさ。すっげー真剣な表情で。やー、兄ちゃん程の男にそこまで言わせるとか、あたしって罪な女だよなー」
「……」
――もしかしたら、ワイドショーで取り沙汰されるようなゴシップに発展する可能性はあるみたいで、その意味では健全とは言い難いのかもしれない。
照れているのか、くねくねと身を捩る火憐ちゃんを見ながら、彼女の将来を案じずにはいられなかった。
発言内容さえ無視すれば、それはとても可愛らしく微笑ましい姿ではあるのだが。
しかし彼女の言に倣うならば、阿良々木先輩の方こそ罪な男だと言うべきではなかろうか。
電話では自分には何もできなかったと自省するように繰り返していたが、その実いつも通りにしっかりと男を見せていたわけだ。
さすがと言おうか、やはりと言おうか。
「ホント聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるっつーかさぁ、全くプロポーズかってーの」
「いやいや、さすがに兄妹で結婚は無理だろう」
「あはは、何言ってんのさ駿河さん、やだなぁ、もちろんそんなの分かってるよ、あたしらも」
「そうなのか?」
笑顔で話す火憐ちゃんに、つい懐疑的な声で聞いてしまう。
いやまあ確かに、幼稚園児ならいざ知らず、中学生にもなってそれを知らないというのはあり得ないだろうが。
しかし何しろ“あの”阿良々木先輩であり、そしてその妹さんだ――正直私などでは及びもつかない発想と信念を持っていたとて何らおかしくはない。
どころか、私如き凡愚にその深謀の一端でも理解できると考える方が不自然だとすら思う。
幾多の怪異を相手取り、数多の死線を潜り抜け、なお揺るがず崩れず生き残り続けているあの人の存在こそが、既にもう伝説的だ。
破天荒ここに極まれりとでも言おうか。
この上倫理をすら相手取ったところで、それこそ行き掛けの駄賃にすら及ぶまい。
いや結構洒落にならない話ではあるんだが――あるんだが、果たして眼前で無邪気な笑顔を見せているこの子は、どこまで理解しているのだろう。
そんな私の心配を余所に、火憐ちゃんはあくまでも何でも無いことのように、とんでもないことを平然と言ってのけた。
「当然だって。月火ちゃんも言ってたよ、えーと何だっけな、確か『近親同士のリスクは、遺伝的に近いと同一の劣性遺伝子を持ってる可能性が高くて、子供に異常が発現する危険が高まるところにあるんだよ』って」
「え?」
「いやさすがにさ、そんなん聞いたら諦めるしかないじゃん。そりゃあたしも兄ちゃんのこと大好きだし、求めてくるなら応えてやりてーって思うけどさ、さすがに自分のガキを不幸にするようなことなんてできねーよ、女として」
「……」
今度こそ本当に絶句せざるを得なかった。二の句どころか一の句も継げない。
一応は健全なる結論に至っているとはいえ、そこに到達するまでの過程があまりにも非健全に過ぎるような。
やはり倫理も法も、彼女達を止める一助にすらなり得ないということなのか。
というか諦めるって……そこでその単語を選んだ心理にこそ驚愕する。
しかし会ったことはないものの、下の妹さん――月火ちゃんは、参謀担当というか頭脳担当というか、そういう役回りだと聞いていたのだが。
いや、下手をしたら火憐ちゃんより行動派なんじゃないのか? というか、既にそこまで調べているのか。
何を想定しての調査だったのかと考えると、実に空恐ろしいものがあるな。
いやはや、現実的というのか夢想家というのか。さすがに阿良々木先輩の妹さんだけのことはある。全くもって只者ではない。
将来お兄ちゃんと結婚するー、とか口にしているだけならば、まあ可愛いものだと言えるかもしれないが、さすがにこれは軽々に突っ込める話ではないな。
「そういや月火ちゃん、『逆に言えば、そこさえ事前に調べてクリアできれば問題無いってことでもあるんだよね』とかも言ってたっけ、よく分かんねーけど、そんなんできんのかな?」
「いや、それ以上は止めておこう。火憐ちゃん達がお互いに想い合っているというのはよく分かったから」
というか、これ以上は聞いてはいけない気がする。
自分の中の価値観が丸ごと引っ繰り返されそうな予感がするのだ。
正直一抹どころか山ほど心配はあるにせよ、まあ阿良々木先輩ならば、少なくとも火憐ちゃん達を泣かせるようなことだけはすまい。
そう信じて見守るに留めるのが、凡庸たる私の在り方だろう。
十人並みの私には、これ以上の話は些か荷が重過ぎる。
「そう? とにかくあたし達は大丈夫だよ、今も皆に説明とかしに行こうとしてるところさ」
「あぁそうだったのか、それなら余り長いこと引き留めても申し訳ないな」
「ううん、そんなことないけど。でも駿河さんも用事とかあったんじゃないの? だったらあたしの方こそ申し訳ないっつーか」
「いや、ちょっと買い物に行こうとしていただけだよ、特に用事があった訳でもないから大丈夫だ」
「そっか。じゃー駿河さん、またねー」
「うむ、気をつけてな」
会った時と同じように、元気一杯の笑顔でまた駆け出した火憐ちゃんを見送る。少し複雑な想いを抱きつつ。
もちろんあの人が火憐ちゃん達を泣かせるようなことはしないと信じてはいる。
だが、鳴かせることはあるのかもしれないと思うと……いや、何と表現すればいいのだろうか、この感情は。
不安? 心配? 恐れ? そのどれでもあるような、しかしどれとも違うような。
あるいはそれは嫉妬や懸想なのかもしれない。何とも身の程を弁えぬことに。
やれやれ、私もまだまだ修行不足なのだなと、そう痛感せざるを得ない。
いずれにせよ、私如きがあれこれ悩んだ所で、それこそ詮無き事か。
きっと阿良々木先輩なら、最も正解に近い選択をされることだろう。
ならば、どんな選択であれ、私はただそれを是とするのみだ。
火憐ちゃんの背中があっという間に小さくなり、やがて視界から完全にその姿を消してしまう。
それを確認してから、私も改めて歩き出す。
戦場ヶ原先輩も苦労するなあとか、そんな埒も無いことを考えながら。
567 : ◆/op1LdelRE - 2012/03/03 03:09:03.53 eeFMisHk0 403/477ということで、オマケ話①でした。
語り部変更、一度やってみたかった――のですが、さすがにそれで一話通せる自信も無く、こういう形になりました。
いや阿良々木さんでないというだけで、こうまで難易度が上がるとは。
楽しんで頂ければ良いんですが。
やっぱり火憐ちゃんは良いですねー。
アニメ8話のラストがあれだっただけに、その後どうなったのかが気になって仕方ないw
ex.2
「あ、撫子ちゃん、久しぶりー」
陽が傾き始める少し前、一人で街を歩いていた時のことです。
ふと名前を呼ばれて振り返ると、月火ちゃんが笑顔で手を振っていました。
阿良々木月火ちゃん。撫子にとっては小学生の頃からのお友達。そして暦お兄ちゃんの妹さんでもあります。
撫子と目が合うと、月火ちゃんはぱたぱたと駆け寄ってきました。
きっと毎日が充実しているのでしょう、その満面の笑みには一点の曇りさえありません。
いや本当に、撫子からすれば眩しい限りです。
まあ決して羨ましいという訳でもありませんが。
「こんにちは、月火ちゃん」
何はさておき、挨拶は忘れずに。
礼儀は大切です。渡世に欠かせない処世術です。
「こんにちは、撫子ちゃん、お出かけ?」
「うん、ちょっとお買い物。お母さんに頼まれちゃって」
「あ、じゃあ目的地は一緒かな。商店街。私も買い物なんだー、夕御飯の準備で」
そう言って手に持った鞄を持ちあげてみせる月火ちゃん。
それは普段の可愛いバッグなんかではなく、本当にお母さんのお買い物用鞄のような、飾りっ気も洒落っ気も全く無い実用性重視のもの。
何でしょう、撫子も今まさに同じようなものを持っていますので、それでこう言ってしまうのも変な気分なのですが、どことなく違和感があります。
いつもお洒落に余念の無い月火ちゃんだけに、こういう所帯染みた感じの小道具は、びっくりするくらい似合いません。
まるで間違い探しのサービス問題みたいな感じです。
撫子と同じで家のお手伝いなんでしょうか?
それにしては楽しそうというか嬉しそうというか、少なくとも渋々買い物に来ている撫子とは全然違う気分のようです。
挨拶を終えて、折角だから一緒に行こっかと言われたので、並んで歩き始めます。
断る理由もありませんしね。
もちろん無言で歩いているわけではなく、普通にお喋りしながらの道行。
まあ静かに大人しくしている月火ちゃんなんて、撫子には想像できませんが。
というか、多分誰にもできないでしょう。
ファイヤーシスターズとしての活動を例として挙げるまでもなく、本当に行動力というのか実行力というのか、とにかくそういうのが一般的な中学生と比べ物にならない位に桁外れなんですよね。
南船北馬東奔西走の日々っていうのは私の為にある言葉だよ、とは本人の弁ですが、そんな過剰な表現もあながち的外れではないかもしれないと思えてしまう位に。
一人だけ倍速モードというか、一度のターンで二回も三回も行動できるキャラというか。
大魔王もびっくりです。それこそもう月火ちゃんなら、カイザーフェニックスとか使えても撫子は驚きませんよ……いえ、もちろん冗談ですけど。
まあそれはともかく、そんな月火ちゃんだから、買い物に行く道すがらでも当然沈黙なんてしていられるわけもなく。
なので、あんまり人との会話が得意じゃない撫子ですけど、それに付き合わない訳にはいきません。
もちろん月火ちゃんとお話するのが嫌ということはないですよ、ただ時々ついていけなくなるというだけのことです。
そしてこの日も何となく、そんな予感はしていました。
「ふーん、じゃあ撫子ちゃんは家のお手伝いなんだ、偉いねー」
「ううん、撫子は別に……でも、月火ちゃんもそうなんだよね?」
「違うよ、私は好きでやってるんだもん」
「それをお手伝いって言うんじゃないの?」
「いやいや、ぶっちゃけちゃうと、お兄ちゃんに私の料理を食べさせる為だけにやってることだからねぇ」
「……」
「お兄ちゃんに私の料理の味を覚えさせる為だけにやってることだからねぇ」
「どうして言い直したの?」
というか、そんなことぶっちゃけないで下さい。
そんな情報を撫子に伝えて、月火ちゃんは一体どうしたいのでしょうか?
もしかして突っ込み待ちなのでしょうか? だとしたら明らかに人選を間違えていますよ。
いえ、人選以上に多分もっと間違えていることが他にあると思いますので、敢えてそこにだけ突っ込むのもどうかとは思いますが。
難しいところです。
これが暦お兄ちゃんなら、きっともっと的確に適切に突っ込めるのでしょうけれど。
今ここにいてくれないことが実に悔やまれます。えぇ色々な意味で。
「まあまあまあ、だからほら、私のはどっちかっていうと実益重視なんだよ。お手伝いとかじゃなくて」
にっこり笑顔の月火ちゃんですが、今はその笑みの意味がちょっと怖いです。
何故ここで実益という単語を使いますか? それで月火ちゃんにどんな利益が?
驚くべきことに、説明を受ければ受ける程に疑問が増えていってます。
相変わらず、いつまで経っても、どれ程話しても、月火ちゃんの思考は全然読めるようになれません。
嗜好は割と分かり易い子なんですけどね。
「そ、それで月火ちゃん、今日は何を作るつもりなの?」
「んー、実はまだ決まってなくてさ、お店で決めようと思ってるんだけど。何がいいかなぁ」
「そうなんだ、大変だね」
「ちなみに撫子ちゃんはお料理とかしないの?」
「し、しないよ」
もっとも正確には、しないではなくやりたくないと答えるべきなのでしょう。
出来なくはないんですよ、一応。
レシピとかは覚えてませんけど、本とかを見ながらなら多分それなりに作れるとは思います。
だけど、どうしてもしなきゃいけない時以外は、あんまり台所に立ちたくありません。
できれば撫子は食べる専門で行きたいのです。
大体お母さんの方が美味しく作れるのに、どうしてわざわざ撫子に作る必要があるでしょうか?
「お料理覚えたらいいのに。結構楽しいよ?」
「う、うん、そうかもだけど、でも覚えることとか多いし、しんどそうだし、撫子はいいよ」
「勿体ないなぁ、お料理覚えたら色々捗るのに。ほら、男は胃袋をつかめ、とか言うじゃない」
「そ、そうなの?」
「もちろん。お兄ちゃんもそうだし」
「……」
自信満々に胸を張ってみせる月火ちゃん。
つかんだんでしょうか? 実体験からの話なんでしょうか?
撫子には分かりません。というか分かりたくありません。
あまり赤裸々に語り過ぎないでくれると嬉しいんですが。
「撫子ちゃんがお料理作ってあげたら、きっとお兄ちゃん喜ぶと思うけどなぁ」
「そんなことないよ、きっと」
「まぁ無理にするようなことでもないんだけどね。楽しくやれなきゃ、結局長続きしないんだし」
「そ、そうだね――ちなみに月火ちゃん、暦お兄ちゃんの好きな食べ物って何なのかな?」
これ以上この話は続いてほしくないので、何とか話を変えようと頑張ってみます。
できれば頑張りたくないんですけど、でもこれ以上話が続いて月火ちゃんがその気になっても困ります。
その気になった月火ちゃんを止めることは誰にもできません。
もうその瞬間から、撫子の趣味が半強制的にお料理にされてしまいます。
それは割と本気で勘弁してほしいです。
ではありますが、暦お兄ちゃんにお料理を作ってあげるというのは、確かにありかもしれませんね。
そういうアプローチはした事がありませんし、何だかとってもそれらしいイベントでもありますし。
まあ暦お兄ちゃんが好きな食べ物というのは、知っておいて損をするような情報でもないでしょう。
咄嗟の質問でしたが、撫子にしてはファインプレーだったかも。
「お兄ちゃんの好きな食べ物?」
「う、うん、あんまり好き嫌いとかは無さそうだけど」
「あー、確かにそういうのは無いかも。出されたら何でも食べるって人だし」
「やっぱりそうなんだ」
「でもまあ強いて言うならあれだね、私の作った料理全般が好きってことになるかな」
「……」
絶句するのも何度目でしょうか。
参りました。ファインプレーどころか、とんだ失策だったようです。
今、本当に何の迷いも躊躇いも無く言い切りましたよ、この子。
それにしても凄い自信です。その自信がどこから来るのか分かりません。
というか、月火ちゃんが一体どこに行こうとしているのかが分かりません。
分からないことだらけです。
「お兄ちゃんが好きな料理だから私が作るんじゃないんだよ、私が作る料理だからお兄ちゃんが好きなんだよ」
いえ、そんなことを撫子に言われましても。
物凄く良いことを言った風ですけど、正直意味が不明過ぎます。
もしかしてのろけですか? まさか当て付けなんですか?
何でしょう、ちょっと心がもやもやします。
すっきりしない気分といいますか。
もちろんそれを表に出したり口に出したりはしませんが。
だって、そんなことしたら月火ちゃんに何をされるか分かったものじゃないですからね。
基本的には良い子なんですけど、怒ると本当に怖いんですよ。
友達だからといって容赦してくれるような子じゃないんです。
ある意味では平等ということなのかもしれませんけど。
とにかくです。
もしこの子を敵に回してしまったら、冗談じゃなく撫子はこの街で生活できなくなるでしょう。
そうなったらもう逃げるしかなくなります。
夜逃げです。逃避行です。暦お兄ちゃんと一緒に、車で夜明けの大脱走です。
……おや、それはそれで、もしかしたらありかもしれませんね。
何か映画のワンシーンみたいな感じで、ちょっと素敵かも。
「ん? 今何か変なこと考えなかった?」
「う、ううん、全然何も考えてないよ。暦お兄ちゃんのことなんて全然。ちっとも」
「そうなの? なんか今ちょっといらっときたんだけど、気のせいかな?」
「そ、それより! 火憐さんはどうしてるのかな!?」
鋭いです。いつものことながら鋭過ぎます。
暦お兄ちゃんが絡むと、どうしてこうもキャラが変わってしまうんでしょう?
月火ちゃんのブラコンは今に始まったことじゃないとはいえ、それでも以前はここまでじゃなかったと思うんですけど。
もしかして最近何かあったんでしょうか? 暦お兄ちゃんへの心情に変化が生じるような何かが。
それこそ撫子が経験したような、怪異に遭うような驚愕の出来事があったとか。
あり得る話です。まさか暦お兄ちゃんみたいに内に怪異を取り込んでるようなことはないでしょうけど、あれだけ縦横無尽に暴れ回っていれば、怪異の一つや二つと出くわしてもおかしくない気もしますし。
「火憐ちゃん? 今は皆の所に謝りにっていうか説明に行ってたはずだけど。あ、喧嘩のことなら大丈夫だよ、もうちゃんと仲直りしてるから」
「そ、そっか、良かった」
「うん、心配かけちゃってごめんね。ていうか火憐ちゃんが迷惑かけたみたいだし、お兄ちゃんが面倒かけたみたいだし。何だったら二人にも撫子ちゃんの所に謝りに来させようか?」
「い、いいよそんなの。二人が仲直りしてくれたなら、それで十分だから」
「そう? 火憐ちゃんはともかく、お兄ちゃんは全然反省足りてないし、何かお仕置きしておいてもいいんだよ?」
「べ、別に暦お兄ちゃんは悪いことなんてしてないよ?」
「私に隠れて黙って動いてたって時点で十分アウトだね。ていうか何故まず私に頼らないのって話だよ。おまけに撫子ちゃんは巻き込んじゃうとかさ。ホント信じらんない」
「そ、そんなことないんだけど……」
暦お兄ちゃんは別に撫子を巻き込もうとはしてませんでしたが。
というか、むしろ遠ざけようとしてたんですが。
けれどもはや、そんなことは言っても無駄のようです。
聞いてくれる気配が全然ありません。
まあ月火ちゃん的には、前段の方が重要なのでしょう。
結局暦お兄ちゃんと火憐さんの二人だけで解決させたという話ですし、一人だけ蚊帳の外みたいな、そういう疎外感のようなものがあったのかもしれません。
気付けば、月火ちゃんがちょっと怒ってるみたいな気配です。
これはちょっと良くないかもしれません、暦お兄ちゃんにピンチが迫っています。
「まあだから罰として、お兄ちゃんが隠してるエッチな本、全部処分してやったんだけど」
「……」
案外ピンチでもありませんでした。
いえ、暦お兄ちゃん的にはどうか分かりませんけどね。
もしかしたら物凄くショックを受けるかもしれません。
というかまず、どうして月火ちゃんが暦お兄ちゃんの、その、そういう本の場所を把握してるんでしょうか?
まさか逐一チェックしてるとか? 何の為に?
正直なところ、暦お兄ちゃんの趣味よりもそっちの方が気になるんですが。
そんな撫子の気持ちを置いてけぼりに、月火ちゃんのテンションは上がる一方です。
「巨乳モノとか万死に値する! 私達への当て付けか!」
「その突っ込みもどうかと思う……」
「どうしてあと四年待てない!?」
「何でそんなに具体的なの?」
どういう突っ込みなのでしょう。
もしかして、四年待ったらどうなるのか聞かないと駄目ですか? 誰をライバル視してるの、とか。
撫子にそんなリアクションを求めるのは止めてほしいんですが。
それにしても、そうですか、暦お兄ちゃんは大きいのが好みなんですね。
確かに、羽川さんを見る時の目は明らかにそっちを追ってましたよ、そう言えば。
ふと自分の胸元に手を当ててみます……空しくなるのですぐに止めましたが。
「で、腹立ったから代わりに妹モノの本を置いといてやったの。どうなるか楽しみだね」
「いや、それはちょっと……」
楽しみというか怖いです。
もちろん暦お兄ちゃん以上に月火ちゃんが。
一体何を予期しての行動なんですか。
既にドン引きの撫子をまたしても置き去りに、月火ちゃんはまだぷんぷんと怒っていました。
この位の怒りなら可愛いものなんですが、この子は何を切っ掛けに爆発するか全然予想できませんので、撫子としてはびくびくせざるを得ません。
火薬庫の傍で火遊びしている気分です。あるいは手榴弾でお手玉してる気分といいますか。
「大体欲求不満ならまず私達に言えばいいじゃんって話だよ。素直に言ってくれれば私達だって無下にはしないのにさあ」
「そ、それは駄目なんじゃないかな……恋人とかなら、その、ともかくとしても」
「まあ確かに私達は別にお兄ちゃんに恋してるわけじゃないけどさ」
「で、でしょ?」
正直ちょっと、いえ、かなり疑わしいんですけどね。
引っ込み思案な撫子でさえ突っ込みを思案する程に、空々しいというのか白々しいというのか。
もちろんそんなこと口にはできませんが。
「恋じゃなくて愛だし」
「……」
自信満々というか喜色満面というか。何だかもういっそ誇らしげですらあるような笑顔で言う月火ちゃん。
これはもう駄目かもしれません。その、色々と。
撫子の十四年の人生の中で、これ程までに手遅れという言葉を口にしたかった瞬間は記憶に無いです。
「どうでもいいけどさ、恋と愛だと愛の方が綺麗に聞こえるのに、恋人と愛人だと全く逆だよね。日本語ってどうしてこう一々やらしいのかな?」
「それは本当にどうでもいいよ」
平然と泰然と悠然としている月火ちゃんですが。
そんなことよりも、もっと気にすべき事が他にあるでしょう。
月火ちゃんは一体どこまで行ってしまってるんですか?
いえ、この場合むしろ暦お兄ちゃんがどこまで行ってるのか、の方が問題かもしれません。撫子にとっては。
「あ、誤解しないでね、愛って言ってもあれだよ、要するに家族愛ってやつだから」
「そ、そうなんだ」
「うん、ほら、旦那と嫁みたいな」
「……ごめん、月火ちゃんが何を言ってるのか分かんないよ」
誤解どころか正解じゃないでしょうか。ホールインワン賞です。ちっとも嬉しくありませんが。
いやもう曲解のしようもありませんし、まず理解もできません。
どうやら弁解するつもりはさらさら無いようです。
失言ですら無かったという事実が一番驚きでした。
月火ちゃんは、撫子に一体何を伝えたいのでしょうか?
「まあ要するに、だから撫子ちゃんも頑張らないとねってことだよ」
「え? そんな話だったの?」
「何だったら私も協力してあげるし。今回迷惑かけちゃったお詫びってわけじゃないけどさ、撫子ちゃんが望むなら強力に協力しちゃうよ」
「別にそんな、協力とかはしてくれなくてもいいんだけど」
「遠慮しないでいいって、あ、良かったらお兄ちゃん貸してあげようか」
「か、貸す?」
「うん、オプションで、危険の無いように両手両足拘束した状態で引き渡してもいいよ」
「それされたら、多分撫子捕まっちゃうよね」
「うーん、まぁその可能性も無きにしも非ずかな」
「きっと暦お兄ちゃんを目一杯愛でてるところで、お巡りさんに踏み込まれてお縄にされちゃうんだ」
「あ、それでもやることはやるんだね」
いえまあ正直魅力的な提案であることは確かなので。
暦お兄ちゃんは何もできない状態で、撫子が一方的に好きに出来るというシチュエーションは、中々心にくるものがあります。
今日初めてのときめきです。
何だかんだと優しいんですけど、いつもは全然撫子の期待通りに動いてはくれない人ですから。
あ、いえ、もちろん本気ではないですよ、あくまでも冗談です。
なので、ここで月火ちゃんに本気になられても困りますし、否定はしておかないといけませんね。
もちろん未練なんて微塵もありませんよ。いえ本当に。
「も、もちろん冗談だよ」
「ふーん、欲無いね、撫子ちゃん」
いえ、良くないでしょう、さすがに。
そこで不思議そうな顔をされましても。
もちろん撫子にも欲くらいありますよ。それはもう色々と。
「ていうか月火ちゃん、まさか本当に暦お兄ちゃんを拘束とかしてたりしないよね?」
「まあ滅多にはしないかな」
「したことあるんだ」
「うん、体調悪いのに家飛び出そうとした時とか」
「あ、そういう時」
なるほど、と思います。
やり過ぎかもしれませんけど、暦お兄ちゃんはそうでもしないときっと止まってくれないでしょうし。
こればっかりは、身体の調子が悪い時でも大人しくできない暦お兄ちゃんの方にも問題があると思います。
もちろん誰かを助けるというのは良い事ではあるんですけど、それも時と場合によります。
全く、人に優し過ぎるというのも善し悪しですよ。
「まあそれでなくても危ないってのは事実だしねえ」
「危ない? 何が?」
「いやいや、撫子ちゃんはお兄ちゃんの危なさを理解してないかもしれないけど、あの人はホント油断してるとすぐ悪さするからね」
「悪さなんてしてないと思うけど」
こっちを指差しながら言う月火ちゃんですが、撫子としてはそれに少し気圧されながらも、さすがに首を傾げずにはいられません。
悪さどころか、むしろ善いことをしてるじゃないですか、いつも。
撫子もそうですけど、暦お兄ちゃんに助けてもらった人なんてたくさんいるでしょう。
そのことは、誰よりもまず月火ちゃんがよく知っているのでは?
「そうじゃなくってさ。ていうか聞いてよ撫子ちゃん、ホント朝とかひどいんだって、目が覚めたら私達の胸掴んでたりするんだよ、たまに。寝惚けてる癖にピンポイントで。いくらお兄ちゃんと私達の間柄だって限度があるっていうかさあ」
「む、胸!?」
「そ。あれはもはや本能だね。というか煩悩? ある意味では才能かも。何せ気が付いたら鷲掴みにされてたりするもん」
「鷲掴み!?」
「ホントお兄ちゃんの胸への執着は只事じゃないよ。あれを野放しにしたら、一体どれだけの女子中学生が犠牲になることか……」
「あれ? 女子中学生限定なの?」
「まあだから私達が体を張って止めてるみたいなところがあるんだよ。この街の平和の為に。全く、これは涙無しでは語れないね。もうこのエピソードだけで映画が一本作れるレベルだよ。本当にプラチナむかつくったら」
「……」
そのネタで映画を作ったら、プラチナむかつく前に発禁になってしまうでしょう。それこそ下手したら罰金じゃ済みません。
いやでも衝撃的な話でした。
危険です。危険過ぎます。
暦お兄ちゃんの挙動とかじゃなくて、まず月火ちゃんの思考が。
というか、そんな軽い感じで聞いてよとか言われましても。
正直そういう聞き方をするのでしたら、こっちが返事するまで待ってほしいところなんですが。
あれですね、これならいっそ暦お兄ちゃんをいつも縛ってるって方が、まだしも健全な話だったかもしれません。
それにしても、もしかして一緒に寝てるんですか? いつも。今の言い方だと。
まあ毎朝暦お兄ちゃんを起こしているとは聞いていましたけど。
何でしょう、それだとむしろ月火ちゃん達の方が誘惑しているように思えるんですが、撫子の気のせいでしょうか。
本当にもう突っ込みどころが多過ぎて、全てがどうでもよくなってきますね。
撫子にはどうにも荷が勝ちすぎです。まるで勝てる気がしません。
勝負する気になんてなりませんけど。
「んー、よし、今日は天ぷらにしよう」
「え? いつの間にそんな話に?」
「ちょっとした連想だよ。じゃあ撫子ちゃん、私あそこのお店でキス買ってくるから。また明日学校で会おうね」
「う、うん、また明日」
そう言って笑顔で手を振ると、そのまま身を翻して魚屋さんの方へたーっと駆け出す月火ちゃん。
撫子はというと、ただもう色々とついていけないまま、茫然とそれを見送るのみでした。
連想? 何から何を? 今、月火ちゃんの中で誰と誰が何のシーンを演じていたの?
……いえ、これ以上考えるのは止めておきましょうか。
精神衛生上とてもよろしくないです。
聞かなかったことにするのが一番いいはずです、きっと。
思えば、この程度(?)のことで一々驚いてたら身が持ちません。
月火ちゃんのブラコンが重症化したとか、そんなの今更ですしね。
どこまで本気かは分かりませんが、まあ流してしまうことにしましょう。
気がつけば結構な時間が経っていました。
撫子もいつまでもぼーっとしている訳にもいきません。
斬新過ぎる情報が多過ぎて、頭の片隅に追いやられてしまってはいますが、一応頼まれたお買い物がありますので。
渡されたメモを取り出して、目的のお店へと足を向けます。
歩きながら考えるのは、暦お兄ちゃんのこと。
月火ちゃんの衝撃発言に触発された訳でもないですけど。
何か新しいアプローチをしてみようかなと、そんなことを思います。
もうちょっとくらいこの恋を楽しんでみても、きっと罰は当たりませんよね。
撫子にしては珍しく前向きな気持ちです。
まあ差し当たっては、お母さんに頼まれた用事を終わらせるのが先ですけど。
少しだけ早足で、気持ちは前に。
まずは明日、暦お兄ちゃんに電話してみようかな。
643 : ◆/op1LdelRE - 2012/03/19 01:47:55.58 TRue0X0z0 429/477ということでオマケ話②でした。
うん、やっぱり慣れないことはするものじゃないと言いますか。
語り部は阿良々木さんが一番楽しいなと書いてて凄く思いました。
語彙力の差というのもありますが……
あと囮の設定をどこまで活かすかとか。
まあいい経験にはなりました。
あとはあれかなぁ、口直しに阿良々木さん語り部でもう一個くらい書いてみたいけど……
ちょっとネタ考えてみます。
偽アニメ終わっちゃったし……色々端折られてたのがちょっと残念でしたけど、まあ概ね原作通りでとても楽しかったですね。
やっぱりファイヤーシスターズが一番好きだなぁ。
ex.3
「お、翼さん、いらっしゃーい」
「こんにちは、火憐ちゃん」
「うん、こんにちはー。さーさーもう上がってよ上がっちゃってよ上がりまくっちゃってよ。いやー待ちかねたぜー、ていうかあたしってば待ちかね過ぎて待ちくたびれ過ぎちゃってさー、何ならもう迎えに行っちゃうところだったよ。危ねー危ねー」
「そうなんだ、ごめんね待たせちゃって、じゃあお邪魔します」
「何だよ水くせーなー翼さん、もっと気楽に気軽に気安く気兼ねなく上がってくれていいのにさあ。つーかお邪魔なんかじゃないよ、そんなんあり得ねえって、古今東西津々浦々どこを探したって翼さんが邪魔になる所なんてあるわけねーじゃん。ああもう断言してもいいね。むしろただいまって言ってくれてもいいくらいなのに」
訪れた玄関先で軽やかに私を迎えてくれたのは、阿良々木火憐ちゃん。
いつも元気一杯で笑顔を絶やさない、天真爛漫を体現したかのような女の子だ。
阿良々木くんはよく火憐ちゃんのことを男前だとか女子力が低いとか言っているけれど、どうしてどうして、明るく元気なその笑顔は実にチャーミングでとても女の子らしいと思う。
少なくとも、私には到底できそうにない表情だ。実に羨ましい限り。いや本当に。
会って早々、いつも通りにやや過剰とすら思える歓待をしてくれたけれど、しかしこれが全く嫌味にならず、むしろ嬉しく思えてくるのだから凄い。
この立て板に水な喋りにしてもそうだけど、やはり阿良々木くんと兄妹なんだなと変なところで感心する。
さて、どうして私――羽川翼が、今こうして阿良々木家の敷居を跨ごうとしているのかというと、特に自発的な理由があるわけでもなく、別に能動的な根拠があるわけでもなく、実に単純な話、お呼ばれしてそれを受諾したが故だ。
臆面もなく言ってしまえば、阿良々木家に訪問できる理由を与えられたことに浮かれてのこのこやってきたということになってしまうだろうか。
客観的にはまあ、そう捉えられてしまっても仕方がないとは思う。
とは言え、である。
私を今日呼んでくれたのは阿良々木月火ちゃんであり、決してお兄ちゃんであるところの『彼』ではない。
なので、ここで浮いた気持ちになるというのも、いい加減無理があるという気もする。
というか、安上がりだという方が近いか。
要は彼の居場所に自分がいることができるだけで、事程左様に心持ちが変わってくるのだから。
我ながら現金だと思わずにはおれない。
もちろん、火憐ちゃんと月火ちゃんに会うことを楽しみにしていたのも間違いなく事実だけれど。
二人共とても良い子だし、一緒にいて楽しいし、阿良々木くんのことが無くてもそれは変わらない。
阿良々木くんが私にとって特別であるように、彼女達もまた大切な友人だと思っているのだから。
閑話休題。
急かされるように(というか火憐ちゃんはもう私の背中を押し始めていた)、靴を脱いで玄関に上がった。
と、そこで忘れない内にと手土産のお菓子を渡すことにする。まあ、尚も私の背を押さんとしていた彼女の手を止めたい意図もあったけど。
色々な意味で期待通りに、火憐ちゃんはびっくりした表情で動きを止めてくれる。
「わ、お土産なんていいのに。つーかあたし達が呼んだんだから、むしろこっちが歓待しなきゃなんないのにさあ」
「いいのいいの、そんな値の張るものじゃないし、良かったら皆で食べてね」
「うん、ありがとう、翼さん!」
嬉しそうに言う火憐ちゃん。
花の咲く様な、とはこういう笑顔をいうのだろう。
ここまで喜んでくれると、渡したこちらの方が嬉しくなってくるというものだ。
「あ、そーだ翼さん、今ちょっと月火ちゃんと準備中なんだけどさ、もうちょっと時間かかりそうなんだ。あたしも手伝わなきゃだし、ごめんだけど先にあたし達の部屋に行っててもらっていいかな?」
「そうなの? 良かったら手伝うけど」
「いーのいーの、翼さんはお客さんなんだから。あ、何なら兄ちゃんも今部屋にいるし、そっちで遊んでてくれてもいーよー。どうせ暇してんだしさ、兄ちゃん適当に使って暇潰ししててよ」
「そう? じゃあそうしようかな」
若干気になる言い回しはあったけど、それは敢えて触れずにおいて。
私の返事を聞いてすぐ、火憐ちゃんはリビングの方へと駆け込んで行った。
さらっと放置されたのは、信頼してくれているが故なのだろう。
お客さんと言いつつ、応対は本当に家族のそれに近いなあ、と嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
勝手知ったるなんてとても口にはできないし、見慣れた場所では到底ないけれど。
でも、阿良々木くん達が日々暮らしている家だけに、何故かそこにいるだけで落ち着く様な気がした。
迎えてくれる空気とでも言おうか。
慣れない場所なら普通は落ち着かなくなりそうなものなのに、全くそんなことはなく。
阿良々木家の素晴らしさを改めて想う。
じっとしているのも何なので、階段を進み二階へと向かう。
すぐに阿良々木くんの部屋の扉が見えてくる。
さて、彼は今この中で何をしているのだろうか?
チャイムが鳴っても無反応だったわけだし、もしかしたら今日私が来ることは聞いていないのかもしれない。
あるいは勉強に集中していて、気付かなかったのかも。
だとすると邪魔するのは良くないし、さてどうすべきかなあ。
「……」
「あれ?」
二階に到達した辺りで、部屋の中から話声が聞こえてくることに気付き、思わず首を傾げる。
火憐ちゃんも月火ちゃんも下にいるはずなのに、一体彼は誰と話をしているのだろう? まさか独り言だったり?
「大体お前様は……」
「だからそれは……」
扉の前まで来て、そこで阿良々木くんの会話の相手が忍ちゃんだと判明し、更にもう一度首を傾げてしまう。
聞いた話では、彼女は吸血鬼であるが故にか基本的には夜行性であり、昼間は眠っているはずなんだけど。
それがこうして起きていて、何やら阿良々木くんと言い合っているというのは、さてどうしたことだろう。
またぞろ何かトラブルがあったのだろうか? 私の知らない所でまた何か厄介事でも抱えているとか?
まさかと言いたいところだが、彼の場合は普通にそれがあり得てしまうから困るのだ。
なので、盗み聞きは良くないとは思いつつも、つい聞き耳を立ててしまう自分を止められなかった。
しかも部屋の扉の前、いつでもノックできるような(要するに言い訳可能な)体勢で。
どうも私は阿良々木くんの家に来るとお行儀が悪くなる気がするなあ。
「ちゅーかお前様よ、明け方近くになり、さてそろそろ寝ようかと思うとるところで尻を撫で回される感触を味わう儂の気持ちも考えてみい」
耳を澄ました瞬間、もうそれを狙い澄ましていたんじゃないかというようなタイミングで、忍ちゃんのそんな残念な発言が飛び込んできた。
もちろん声をかけるつもりなんて元より無かったわけだけど、改めて言葉を失ってしまう。
全く状況が分からない。というかあまり分かりたくないというのが本音かもしれない。
いやはや、阿良々木くんは一体忍ちゃんのお尻に何をしているんだろう。
今朝この部屋で一体何があったのか――これ以上聞いていると、それはもう残念極まりないエピソードが詳らかになる予感がひしひしとしてくる。
私としては、もう割とこの時点で聞き耳を立てていた事を後悔し始めていたのだが、しかしその直感は些か遅い。
既に賽は投げられてしまっている。
これはもしかしたら、お行儀の悪い真似をした罰なのかもしれない。
果たして誰に対しての罰なのかは、正直微妙なラインだと思うけれど。
そうして私が硬直している間も、何とも残念なことにそんな残念な会話は続いていた。
「いやまあ、それは確かに悪いというか申し訳ないというか……でも、やったのは僕じゃなくて火憐ちゃんと月火ちゃんだし、そもそもその論に立つなら直接の被害者は僕ってことになるし、それで僕を責められてもなあ」
「たわけ、妹御の不始末はお前様の不始末じゃろうが。大体からしてお前様は何を大人しく彼奴らに尻を撫で回されとるんじゃ。またぞろ新しい性癖にでも目覚めおったのか?」
「なわけあるか。大体やられっ放しじゃないぞ、今朝だって、ちゃんと仕返しとしてあいつらの尻を思いっきり撫で回してやったんだぜ。お前の味わった屈辱のリベンジだ。まさに江戸の敵を長崎で討つってやつだな」
「何がリベンジじゃ、お前様が楽しんどっただけではないか。あと言葉の意味は分からんが、恐らくその使い方は間違っておる」
「別に楽しんでなんかねえよ。僕はあくまで心を鬼にして反撃しただけだぞ。目には目を、歯には歯を、尻には尻を」
「キメ顔で言うな、うざい。あとお前様の感情はダイレクトに儂に伝わっとるからな、しっかり楽しんどったことは明々白々じゃ。ふん、妹御の尻を撫で回して喜ぶなぞ、本当にお前様は吸血鬼よりもよっぽど鬼じゃのう。変態もここまで極めればいっそ芸に程近いかもしれんが」
「人聞きの悪いことを言うな。まあ冗談はともかくとしてだ、あいつらも寝惚けてやったことだろうし、あんまり責めてやるなって」
「冗談には聞こえんかったぞ。あと儂とて妹御を責めるつもりは毛頭ない、責めを負うべきはお前様だけじゃ」
うーん、実に突っ込みどころの多い会話だ。というか、それ以上に深入りしたくない話題だ。
何をやっているのと問うべきは、果たして阿良々木くんなのか火憐ちゃん達なのか。
聞けば聞く程謎が深まっていくような気がする。いや実に困ったものだ。
しかしまあ、二人はいつもどういう起こし方をしているんだろう。
阿良々木くんはそれを叩き起こされると表していたけど、何だか随分様子が違うような。
朝も早くから一体どういうコミュニケーションの取り方をしているのだ、彼らは。
それはさておくにしても、そもそも忍ちゃんがこんなに堂々と表に出て会話なんかしていて良いのだろうか? 階下には火憐ちゃんも月火ちゃんもいるんだけど。
確か忍ちゃんのことは、二人には秘密にしていたという話だったはず。
たまたま上がってきたのが私だったからいいようなものの、そもそも誰かが上がってきているという時点で、声を潜めるなり影を潜めるなりしても良さそうなものなのに。
まさか気付いていないとか? だとしたら、ちょっと無防備過ぎるんじゃないかなあ、阿良々木くんも忍ちゃんも。
ん? いや違うか。誰かが近づいてくれば、それを忍ちゃんが気付かないわけがないのだ。
とすると、忍ちゃんは分かっていて、というか上がってきているのが私だと気付いていて、だから敢えてはっきりと部屋の外に聞こえる声で喋ったということかな。
そう考えた方が余程しっくりくる。
阿良々木くんはともかく、忍ちゃんがそんな迂闊な真似をするというのも考え難い。
上がってきたのが火憐ちゃんや月火ちゃんだったならば、きっと気付かれる前に隠れていたはずだ。
でなければ、今まで秘密を保持できていようはずもないし。
じゃあ何でそんなことをしたのかとなると、それはきっと最後の台詞の通りなのだろう。
すなわち阿良々木くんへの罰。
というか嫌がらせかな。彼が狼藉を働いたという事実を私に伝えるという。
あるいは単に私達をからかって楽しんでいるだけの可能性もあるけど。
できれば私を巻き込まないでほしいのになあ。
全く、怪異の王様が随分と世俗に染まってしまったものだ。
「あー、うん、分かった分かった。まあ誰が悪いとかは置いといても、お前が気分を害したってのは確かに良くないし、お詫びにミスド連れてってやるからさ、それで許してくれよ」
「ふん、最初から下手な言い訳をせずにそうやって下手に出ておればいいんじゃ」
「何でお前はすぐにそうやって上手に出るんだよ、全く」
「まあしかし、素直になった褒美として、これ以上の暴露話は止めておいてやるとしよう」
「何言ってんだお前、誰が聞いてるわけでなし」
「そう思うか?」
「……おい、まさか?」
ごくり、と息を呑む気配。
ドアの向こうの二人の表情が、もう見なくても伝わってくる。
忍ちゃんはきっといつものように物凄い笑顔をしているんだろうし、阿良々木くんはさぞ引きつった顔をしていることだろう。
これはあれだよね、登場しなさいという合図なんだよね。
嫌だなあ、こういう変な期待をされるのって。
忍ちゃんもホントいい性格してると思う。
まあ彼女も私に言われたくはないだろうけれど。
「……こんにちは、阿良々木くん」
既に遅きに失したというか、まあ聞き耳を立てていた時点でどうしようもなく礼を失した感はあるけれど、それでも一応今更ながらにノックをしてからゆっくりと扉を開ける。
ベッドに腰掛ける忍ちゃんの加虐的な喜びに満ちた楽しそうな笑みと、勉強机の前の椅子に座る阿良々木くんの被虐的な絶望に満ちた歪んだ笑みが、そんな私を迎えてくれた。
さて、その前に立つ私は一体どんな表情をしているんだろう。
「は、羽川!? 何でここに!?」
「今日は月火ちゃんにお呼ばれしたんだ。勉強のことで相談したいことがあるからって」
「そ、そうか、それは何というか、うちの妹が迷惑かけて悪いな」
「ううん、そんなことないよ。それで阿良々木くん、さっきの話なんだけど」
「いや違うぞ羽川! まずは僕の話を聞いてくれ! 誓って僕の行為にやましいところは無い! お前は何か誤解してるかもしれないけど、あくまであれは兄妹間のコミュニケーションであって――」
「うん、まあここから一体どんな理論展開をするのか気にならないでもないけど、とりあえずもういいから。今更私がどうこう言う事でもないだろうし。とにかく度を越しちゃ駄目だからね」
「もちろんだ。安心してくれ。何ならお前のコンタクトレンズに誓ったっていいぜ」
「そこに私を巻き込まないで」
もちろん常識的に考えれば、もっと色々と言うべきこともあるだろうとは思う。
しかし正直なところ、この私が常識について語るというのも些か滑稽な話だろうし。
深入りしたくないというのも偽らざる本音だけど、まあ忍ちゃんもいることだし、一線を越えるようなことはしないでしょう、さすがに。
怪異の王たる吸血鬼に人間の良心を期待するというのもいい加減おかしな話ではあるが、まあそれもご愛嬌ということで。
「おいお前様よ、いつまで委員長とじゃれ合っとるんじゃ、はよう行くぞ」
「お前もホント悪びれねーな。まあ約束したから連れてってやるけどさ」
全く、とぼやきつつ立ち上がる阿良々木くん。
先程の慌てようは何処へやら、既にいつも通りのテンションだった。
悪びれないというなら、彼も全然負けてないと思う。
良くも悪しくも似た者同士。これもペアリングの効果なのだろうか。
「じゃあ羽川、悪いけど僕ちょっと出てくるよ。ホントあいつらが無茶言って申し訳ないけどさ」
「だからそんなことないって。それよりあんまり羽目を外し過ぎないようにね」
「言われるまでもないさ、僕は羽目を外したことなんて一度も無い」
「まあ常時外れっぱなしじゃからの、そりゃあこの上外れようも無いわ」
「きつい突っ込みすんな」
どうやら忍ちゃんはいつの間にか突っ込みも習熟し始めているらしい。
阿良々木くんと過ごしていれば、その必要性を痛感するのは然もありなんと思うけれど、全く驚嘆すべき順応性の高さだ。
あるいは二人の親和性の高さなのか。
しかしとりあえず少なくとも今、阿良々木くんに忍ちゃんを糾弾する資格はないだろう。
「ふん、まあそういう訳で委員長よ、儂らはミスドに行かねばならんのでな」
「えぇまあ、私もそれを止める気はありませんけど」
「やっぱり止めてくれないのか……」
視界の隅で阿良々木くんが肩を落としているのは置いといて。
というか先延ばししても仕方ないでしょうに。
約束はちゃんと守りましょう。
「殊勝な心構えじゃな、ほれ行くぞ、お前様よ」
「はいはい……」
「いってらっしゃい、二人とも。車に気をつけてね」
「あぁ、羽川に引き留めてもらえない寂しさと、それでも送り出してもらえる喜びと、僕の中で二つの感情がせめぎ合っている……」
言葉通り複雑な表情を見せる阿良々木くん。
願わくばそんなことで身悶えないでほしい。
本当に、初期の頃のクールキャラは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
いやはや、戦場ヶ原さんが嘆くのも無理からぬところだと思う。
「あぁそうじゃ委員長よ、念の為に言うておいてやるが、この部屋を家探ししても何も出てこんぞ。我が主殿の秘蔵本とやらは、つい先日妹御に捨てられおったからの」
「マジかよ!? じゃないじゃない! つーか何言ってんだよ忍お前羽川に対してそんな誤解を招く様な事言ってんじゃねえってんだそもそも僕はエッチな本なんて持ってるわけないし仮に持ってたとしてもそんな危ない趣味なんかじゃないしむしろ清く正しく健全でいっそ芸術作品に程近いとも言うべき高尚な嗜好のそれであり」
「阿良々木くん、動揺し過ぎ」
というか語るに落ちている。
まあ阿良々木くんも男の子だし、逆にそういう本を持っていない方が不健全だろうとは思う、一般的に考えて。
ただとりあえず、清く正しく美しくはない。その言葉の選択はあり得ない。
一応年齢制限というものはあるのだから。
まあ制限速度40キロの標識のように、それこそ現状では有名無実になりかけている嫌いはあるにせよ。
「ちなみにやたら胸を強調した優等生風の眼鏡女子がメインで出ておってな」
「お願い黙って忍!」
もういっそ泣きそうなくらいの勢いで懇願する阿良々木くん。
それに対して心底嬉しそうな忍ちゃん。
そしてちょっと引く私。
詳らかにされてしまった問題の本の題材に関しては聞き流しておこう。というか一刻も早く忘れたい。
「それ以上暴露されたら羽川の中の僕のイメージが! クールで知的な僕のキャラクターが崩壊してしまう!」
「そんなイメージはありません」
その根拠の無い自信は一体どこから来ているんだろう。
驚いたことに、まだそういうキャラが維持できているつもりだったらしい。あるいはただの意地なのか。
私からすれば、割と早い段階でそういうイメージを崩してくれた記憶しかないんだけどなあ。
それに、彼がそういうキャラじゃなかったからこそ、私達は――
まあそれはともかくとして、もう一つ聞き捨てられないフレーズがあった気がする。
「それにしても、捨てられた?」
「うむ、極小の妹御の仕業じゃ。彼奴も随分憤慨しておったの」
お前知ってたんなら止めろよ、せめて僕に教えろよ、と未練がましく呟いている外野の声は置いておきましょう。
というか、そんなことで泣かないで、お願いだから。
忍ちゃんは、寝ておったお前様が悪い、とつれなく返している。
ここだけ切り取ってみれば、むしろ彼女の方こそクールキャラだった。
「まあ月火ちゃんも中学生だし、そういう本に拒絶反応を示すのも仕方ないかな」
「いや、本の題材が巨乳だったというのが気に入らんかったらしい」
「怒りを感じるポイントがずれている……」
「そう言えば怒りのままにその本を処分した後、何やら別のものを代わりに隠しておったな。何処ぞの官能小説のようじゃったが」
「気配りのポイントもずれている……」
「――何?」
忍ちゃんの言葉に、阿良々木くんが敏感に反応した。
起こした顔には生気が戻っている。
彼は本当に一体何を期待しているんだろうか。
何だかとっても残念な気持ちになってしまう。
いや、というかまず月火ちゃんも何を考えてそんなことを?
阿良々木くんのそういう本をわざわざチェックしているのもそうだけど。
それって何だろう、まるで彼の性的嗜好を自分に都合の良い方向に誘導させようとしているみたいな……?
いや止めておこう、これ以上は深入りしない方がいい気がしてならない。
その本のタイトルとか、聞いたら絶対後悔しそうだ。
なので、阿良々木くんの為というわけではないけれど、ここでこの話題は打ち切る事にしておく。
君子でなくとも、危うきには近寄らないのが定石だ。
「とにかく、家探しなんてはしたない真似はしないから安心して。ほら、早く行かないと人気商品が無くなっちゃうかもしれないよ?」
「おぉ、如何にもその通りじゃな。我が主殿の性癖なんぞを論じておる場合ではなかった。全く、無駄な時間を過ごしてしまったもんじゃ。猛省せいよ」
「ひでぇ、お前のせいで僕がどれだけ傷ついたと思ってんだよ」
「えぇい、四の五の言うとらんで早うせんか。ミスドが儂を待っとるんじゃぞ」
「んなわけあるか」
「勘違いするなよ? 儂がミスドを求めておるのではない、ミスドが儂を求めておるんじゃ」
「いや、明らかに勘違いしてるのはお前だ」
何かを間違えているような会話だ、とここで私が突っ込むのもお門違いの筋違いか。
文句を言いつつも財布を手に扉の方へ向かう阿良々木くんと、その背を押すように続く忍ちゃん。
見送りというわけではないけれど、私も一応それに続く。
さすがに主のいない部屋にいつまでも居座っていられる程、私の心は図太くはない。
そろそろ二人も上がってくるだろうし、そちらに移動するのが適切だろう。
「じゃあ羽川、もしあいつらが迷惑かけたら言ってくれよ、きっちり叱っとくから」
「あはは、大丈夫だよ、二人とも良い子だもん」
「そう期待したいよ。まあそれじゃ行くか、ほら忍、影に隠れてろ」
「うむ、急げよ、お前様」
「分かってるよ」
「では委員長よ、息災でな」
「この家、何か危険があるんですか?」
「うむ。まあ最大の危険因子は今から外出するわけじゃが」
「お前は一々僕の悪口を言わないと影に入る事もできないのか?」
呆れたような阿良々木くんの声に、しかし反応を返すことなく、忍ちゃんはその影へと身を沈めて行く。
まるで彼の中へと溶けてゆくかのように。
春休み明けの頃を思えば、表情も豊かになったし私達と会話を交わすようにもなったけど、こういうシーンを見るとやはり違うんだなと思わされる。思い知らされる。
吸血鬼。阿良々木くんとのペアリング。同じ体質同じ現象同じ視点同じ思考。
それが少しだけ羨ましい。
「儂の八面六臂の活動・活躍・活劇は、次回に確と見せてやるから楽しみにしておれ!」
「露骨に番宣しないで下さい」
姿を消す直前に残された忍ちゃんの捨て台詞に、とりあえず突っ込んでおく。
メタな会話だった。真宵ちゃんでもあるまいに、そういう危ないことは慎んでほしいものだと切に思う。
というかそもそも本当にあるのだろうか? 次回なんて。
「ホントは劇場版のこと言いたかったんだろうなあ」
成程成程。一応宣伝を遠慮はしてくれていたのか。遠慮のポイントはずれてるけど。
まあそれはさておき、次回作が仮にあったとしても、恐らく八面六臂の活躍というより七転八倒の苦難にしかならないと思う。
しかも忍ちゃんメインと思わせて、月火ちゃんとかが中心だったりするのだ、きっと。
今までの傾向から考えて。
さてさて、仮定の話はここまでとしておこう。
階下へ歩を進める阿良々木くんを見送って、私も改めて火憐ちゃん達の部屋へと足を向けた。
しかし、元よりそちらへ行くように言われていたわけだけれど、ここに来るまでに随分と時間がかかった気がする。
阿良々木くんの朝の風景もこんな感じなのだろうか?
これでよくぞ遅刻せずに日々学校に通えているものだと思う。
まさかここまで考慮して、火憐ちゃん達は起こす時間を算定しているということなのだろうか。だとすれば見事という他ない。
「あれ、兄ちゃん、どこ行くんだよ」
「ああ火憐ちゃんか、いや、ちょっと買い物にな」
「何だそれ、つーか翼さん来てんのに家を出てくってどういう了見だ? せめてあたしらが上がるまで丁重に敬重にもてなしとけよ。全く使えねえ兄ちゃんだな」
「何言ってやがる。大体招待したのはお前らなんだろうが。そっちこそ客放ったらかしにしてんじゃねえよ」
「ちっちっち、分かってねーなあ、むしろ全力でもてなす為にこそ頑張ってんじゃねーか。まーもう準備終わるからいいけどさ。にしても買い物か。エッチな本とか買ってくんなよ」
「買わねえよ! それならむしろ参考書買ってくるわ!」
「大人の?」
「受験生の!」
玄関先での兄妹の会話が聞こえてくる。
何ともはや、今更だけど本当に仲の良い兄妹だ。
打てば響くとはこのことか、会話のテンポにまるでよどみが無い。
あらかじめ打ち合わせしたって、他人じゃこうは行かないだろう。
まあ話の内容については聞き流しておくとして。
それにしても、全力でもてなすって何だろう?
一体どれだけ熱烈な歓待をされてしまうのやら。
いやまあ冗談だとは思うんだけど。
いつもの誇張表現だと思うんだけど。
でも火憐ちゃんの場合、時に冗談のように本音を口にするからなあ。
「まあいいや、とにかく遅くなんない内に帰れよ」
「分かってるよ。お前らも羽川に迷惑かけんじゃねーぞ」
「かけるわけねーだろ、兄ちゃんじゃあるまいし」
「むかつく突っ込みしやがって。とにかく大人しくしてろよ。んで、何か買ってくるもんとかあるか?」
「んにゃ、別にねーよ」
「そうかい。じゃあ行ってくる」
「あ、そだ、行ってらっしゃいのちゅー忘れてた」
「っておい待て! 止めろ! 上には羽川がいるんだぞ!」
いや、その止め方はおかしい。
論点はそこじゃないはず。
あまりに流れが自然過ぎて、不自然さすら流されてしまいそうだったけど、さすがにこれは無視できない。
いや本当に、果たして今、階下では一体何が起きているんだろう。
「おっと、そうだった。ついいつもの癖で」
「やれやれ、気をつけてくれよ全く……」
呆れたような声の阿良々木くんだけど、この場合、気をつけるのも全くなのもやれやれなのも、多分彼の方だと思う。
というか、つい? いつも? 癖?
何たる言葉の選択か、これだけで具に状況が見えてきてしまう。
それも出来ればあまり把握したくない類のそれが。
しかし、どうやら彼らの距離はまた一段と縮まってしまっているらしい。
零距離すらも時間の問題だったりするのだろうか。いや、そんなの時間以前に問題外だけど。
にしても、近くにいるはずの月火ちゃんが何も言わないところから判断するに、きっと彼女も“そう”なんだろうなあ。
「しゃーねーな、ここは黙って見送ることにするぜ」
「最初からそうしててくれ」
扉の開く音。
ここでようやく阿良々木くんの外出の許可が下りたようだ。
いやはや、それにしても妹達が中々外に出してくれないという常日頃からの彼のぼやきは、どうやら揺るぎなく真実だったらしい。
それにしても、仲良き事は美しき哉とはいうけれど、常に倫理と戦い続けている彼らの現状を指してそう表するのは、果たしてどうなんだろう。
止めも止まりもしない現状、せめて脱線だけは避けてほしいものだけれど。
とはいえ、あれだけ大っぴらで明け透けにされていると、逆にまだそこまでの関係ではないと考えることもできるかな(この言い方もいい加減おかしな気はするが)。
もし何がしかの決定的な出来事があったとすれば、まず阿良々木くんがそれを表に出さず隠し通せるとは思えないし。
もちろん土俵際一杯での粘り腰に過ぎないかもしれないので、決して楽観はできないにしろ。
まあ要観察というところだろう。
どちらにしても、私には手の施しようなんてないわけで。
ただただ安寧を祈るのみである。
「火憐ちゃーん、運ぶの手伝ってー」
「任せろ!」
遠く聞こえる月火ちゃんの声で、私も気を取り直す。
どうやら思いの外、私も動揺していたらしい。
いけないいけない。
ここは大人しく部屋で二人を待つことにしよう。
「羽川さん、こんにちは。遅くなってごめんなさい」
「翼さんお待たせー」
程なくして、二人が両手一杯にお盆を持って上がってきた。
二人とも手が塞がっているけれど、どうやら器用にも足で扉を開けたらしい。
それでも揺らがないバランス感覚は褒めて上げたいところだけど――
「こんにちは月火ちゃん、お邪魔してるよ。あと火憐ちゃん、両手が塞がってるのは分かるけど、足で扉を開けるのはちょっとお行儀が悪いかな」
「え? そうなの? あたしいつも兄ちゃんの部屋の扉は足で開けてるけど」
「火憐ちゃんはいっつもそうだよね」
「……うん、まあこれから直していったらいいと思うよ」
そう言えば阿良々木くんの部屋のドアノブ、やけにぐらついてるとは思ったけど、まさかそれも火憐ちゃんのせいなのだろうか?
いやでも、この部屋のそれはそこまでガタが来てはいなかったはず。
同じ条件にしては、傷み具合の差が大き過ぎるような気が。
まさか阿良々木くんの部屋の扉だけは蹴り開けてるとか、そんなわけでもあるまいし。
閑話休題。
とりあえず適当にお茶を濁しつつ、三人で円になるように座ることにする。
目の前に色とりどりなお菓子の数々が並び、まずはゆっくりご歓談ということらしい。
よく見ると、出来合いのものだけじゃなく、明らかに手作りのものがあったりして、成程大した手の込みようだった。
それはそれで素敵なことなんだけど、確かお勉強のことで相談があるという話だったのでは?
「それで月火ちゃん、今日の本題だけど。お勉強の話だったよね」
「あ、そうそう」
さてさて、それからお菓子を頂くこと暫し、私が相談のことについて切り出すと、月火ちゃんはぽんと手を叩いて返してきた。
まさか忘れてたわけでもないだろうけど……どうなのかなあ、ちょっと表情から判断するのは難しい。
ただ、どうやら火憐ちゃんの方は明らかに忘れていたみたいだ。
それはもう明々白々に表情に出てしまっている。
まず取り繕う気すらないらしい。
この子はきっとカードゲームとか弱いだろうなあ。
「それで、何かトラブルでもあったの? お勉強を教えてほしいとか?」
「いえいえ、そんなまさか。ていうかお兄ちゃんを教えてもらってるだけで十分過ぎるくらい迷惑かけてるのに、この上更に火憐ちゃんまでなんて考えてないよー」
笑顔で手を振って否定する月火ちゃん。
まあ阿良々木くんも、二人とも成績は優秀だって(身贔屓はあるにせよ)言ってたし、その必要がないというのは納得かな。
にしても、この子おっとりしてるように見えて、実は物凄くプライドが高いんだよね。
自分の学力に問題があると思われるのが余程心外らしく、間髪入れない即座の否定だった。
その際に、さりげなく火憐ちゃんの学力に疑問を呈するような物言いになっていた気がしたんだけど――まあこれは置いておこう。
「まさか進路関係の相談? 栂の木高校以外への進学を考えてたりするとか」
「ううん、違うよ。そりゃお兄ちゃんがいる間に行けるんなら直江津高校もありかなって思うけど、もう卒業しちゃうし」
いや、さすがにその理由はどうかと思う。
少なくとも進路を決定する為の根拠としては些か弱い。あるいは怖い。
できれば『違うよ』の時点で言葉を止めておいてほしかった。
それにしても、この子も段々隠さなくなってきてるなあ。
「じゃあ何の相談なのかな?」
「そんな相談っていう程大したことじゃないんだけど。ちょっとお兄ちゃんの学力がどうなのかなって聞きたくて」
「阿良々木くんの学力? それって受験の合格判定みたいなのを知りたいってこと?」
「そうそう。お兄ちゃんに聞いても全然要領得ないんだよ、任せろとか適当なことばっか言ってさ。幾つか受験するみたいなんだけど、実際どの大学に行けそうか、客観的な意見が聞きたくて。それによって私達も色々と考えなきゃだし」
「直接聞いたの?」
「うん、ベッドで」
「ベッド……?」
「ベッドで一緒に寝ながら」
「いや、そこまで聞いてないんだけど」
もう一度聞き直したら、より決定的な単語が飛び出しそうな気がしたので、これ以上は追及しないでおく。
しかしこの二人、隠そうとしないというよりも、むしろ知らしめようとしているんじゃないだろうか。いやまさかだけど。
何を枕に、何を肴に、寝物語は展開しているのか――土俵際一杯で踏み止まっている今の状況も、そう長くは続かないのかもしれない。
実に由々しき事態だ。当人達がそう認識していない辺りが特に。
「ま、まあそれはともかく、じゃあ阿良々木くんの進路についての心配なんだ」
「その通りだぜ翼さん。だって兄ちゃんこの時期になってもあれだからさー、何かトラブルがある度に首突っ込んでやがるし、全く受験生の自覚がねーっつーか。ホント堪ったもんじゃねーよ」
「こないだのは火憐ちゃんのせいでもあるんだけどね」
「う、それを言われると……」
月火ちゃんの突っ込みで言葉に詰まる火憐ちゃん。
何とまあ、また私の知らない所で厄介事があったとは。
果たしてトラブルが彼を呼ぶのか、彼がトラブルを呼ぶのか。
ちょっと目を離したらすぐこれだもの。
身内からすれば堪ったものじゃないだろう、確かに。
全く、二人が中々外に出してくれないといつもぼやく阿良々木くんだけど、文句を言うより先に、彼はまず自分自身の言動を真摯に振り返るべきだと切に思う。
もっとも、じとーっとした目の月火ちゃんと不自然に視線を逸らしている火憐ちゃんの様子からして、今話題になっているのは、夏休みに中学生の間で流行った例のおまじないの時のように、二人を助ける為の行動だったみたいだけど。
何かしら中学生の間でトラブルが起こって、その解決に火憐ちゃんが乗り出して、そこで更に厄介な問題が発生して、と展開していったのだろう。
阿良々木くんが首を突っ込んだということは、それは怪異絡みの問題だったということか。
大過なく片付いたみたいなので、それはまだいいにしても……まさかこの短期間で再びそんなことになっていようとは。
正しく不幸中の幸いとはよく言ったものだと思う。
「まあまあ。でも阿良々木くんの学力なら大分上がってるよ。この調子で頑張れば、第一志望も合格できるんじゃないかな」
「ホントに? 慰めとかは不要だぜ?」
「ホントホント。むしろ心配すべきなのは学校の卒業の方かも。出席日数にあんまり余裕ないからね、いつかみたいに学校をさぼるようなことはもうしないとは思ってるけど――」
「あー、そっちは確かに心配だな」
「心配だね、それで留年とかなったら悲惨だよ」
頷き合う火憐ちゃんと月火ちゃん。息ぴったりだ。
阿良々木くんの生活態度については、この二人の方がよく分かってるわけだし、やはり懸念していたことらしい。
「そんなんなったらあれだな、あたしが直江津高校に進学するしかねーよな」
「いや、それは違うと思う」
「羽川さんの言うとおりだよ火憐ちゃん、お兄ちゃんに留年させないことが第一なんだから」
「ああそっか、わりーわりー、つい願望が出ちまった」
「それなら私達が飛び級する方向で考えないと」
「いやいや、それはもっと違うから」
自信満々に言う月火ちゃんだけど、日本でそれは実に難しい。
そもそも、飛び級が可能な大学も限られてるわけだし。
というかまず目指す動機が斜め上過ぎる。
どれ程自由な校風の学校でも、それはさすがに理解は得られまい。
いや得られてしまっても困るけど。
「そういや飛び級ってマンガとかでよくあるけどさ、学年を超えるんなら飛び年って方が正しいんじゃねえの? 飛び級じゃクラス超えるだけに聞こえるぜ。一組から三組に移るみたいな」
「でもそれだと飛ばれたクラスは腹立つよね、うちのクラスに何の不満があるのよって。クラス間戦争勃発の危機だよ」
「いやいや、飛び級は『等級』を飛び越えるって意味だから。ほら、上の学年に進むのを進級って言うでしょ」
「おーそういうことか。さすがは翼さんだ、謎が一つ解けたぜ」
ぽんと手を打つ火憐ちゃんだが、まず等級以前に話が飛び過ぎである。
こういうところは阿良々木くんと話している時と同じだ。油断したら話がすぐに逸れていくんだから。
正しく血は争えないと思う。
「とにかく私達が頑張るべきは、お兄ちゃんをしっかりと学校に通わせることなんだね」
「まあそういうことになるかな、頑張るのは阿良々木くんだけど」
「えらい低い目標だな……」
ぼそっと酷いことを言う火憐ちゃん。
まあ私もそれは同感なんだけど。
けれど実際、一番心配なのはそこなのだから、これは仕方がないだろう。
「でも第一志望に合格する可能性が高いんなら、私達の懸念事項も片付いたと考えていいかな。あそこ割と家から近いし」
「だな、もちろんこれからもちゃんと勉強してくんねーと駄目だろうけど」
「そんなに心配なの?」
「うん、あんまり遠いと通うの大変だし」
「……ちなみに彼が家を出るという可能性は?」
「皆無だよ」
「絶無だぜ」
そして私は絶句する。
まあ彼が下宿するなんて、きっと親以上にこの二人が許してくれないだろうと予想はしてたけど。
しかし改めて実際に聞かされてしまうと、言葉も何もないものだ。
もっとも、その辺の事は阿良々木家の中の問題なわけで、そこに部外者たる私が嘴を挟む道理なんてあろうはずもない。
それにこれだけ自信満々な様子から考えて、既に彼らの間では解決済みのようだし。
きっと三人仲良く喧嘩して、そういう結論に至ったのだろう。
まさか戦場ヶ原さんよろしくこの部屋にでも拉致監禁して、忍ちゃんに文句を言われながら説得・納得したわけでもないでしょうし。
「まあ、あたしらと兄ちゃんは死が分かつまで一緒にいる関係だしな」
「その表現はどうかと思うよ」
危ない表現だ。いやこの場合は放言というべきか。
確かに兄妹という関係は命ある限り途絶えるものじゃないかもしれないけど。どうもニュアンスがそれと異なっている気がしてならない。
本当にこのまま兄妹の範疇であり続けてくれるのか、些か不安になってきてしまう。
「でも翼さん、あたしたまに思うんだよ、現実として兄ちゃんとあたしらが一緒になれないんなら、そりゃあむしろこの世界の方が間違ってんじゃねーのかって」
「さすがにその発想は危険過ぎる!」
何? ちょっと待って、まさか三人が義理の兄妹だったとかいうオチはないよね? ここにきてそんなまさか。
いや、ここまで外見から内面から似通っている義理の家族なんて、そうそうあるはずもないけど。
そんな源氏物語じゃあるまいし――という言い回しこそ洒落になってないなあ。
ん? でも改めてよく考えてみると、今の彼は厳密には人と同一ではないわけで。
もちろん今も昔も阿良々木暦という存在は、消えず変わらずあり続けているけれど、しかしその精神面に変容はなくとも、肉体面の変容を否定することはできない。
何しろ彼は、春休みに一度完全な吸血鬼の眷属となってしまい、今はある程度戻ったとはいえ、それでもその不死性を確かにその身に残しているのだから。
つまり、彼の中には吸血鬼としての因子――言ってみれば本来の阿良々木暦にはない性質が、根源から組み込まれてしまっているのだ。
それが大げさに言って彼の遺伝情報の書き換えにまで及んでいるのだとすれば(吸血鬼は遺伝するらしいし)――社会学的にはともかく、生物学的には彼らの関係性の進展を否認できなくなってしまうかもしれない。
って何を考えちゃってるの!? 私は! この推論こそ危な過ぎるでしょう!
いや本当に、これは間違っても阿良々木くん達の耳に入れてはいけない仮定だ。
検証もしていないような、それこそ推論どころか暴論とでもいうべき内容だけど、可能性がゼロじゃないというだけでもう論外である。
そんな可能性を知ってしまえば、今だってぎりぎりのところでどうにか踏み止まっているような彼らの背中を一押ししてしまうことになりかねない。
そう考えると、彼が自身の変容を火憐ちゃん達に打ち明ける気がないというのは、実に僥倖だと思う。
願わくば、ずっとそうであってほしいものだ。
しかし万が一この仮定が正しいとすると、火憐ちゃん達の阿良々木くんへの思慕の念に論理的な説明がつくことになり、ある意味では健全さの証左にもなるんだけど……いや何とも悩ましい。
「どしたの? 翼さん」
「ううん、何でもないよ。とにかくまあ阿良々木くんのことなら大丈夫、もちろん私も出来る限り協力していくつもりだよ」
「うん、本当にありがとう羽川さん。迷惑ばっかりかけちゃうけど、これからもお兄ちゃんのお勉強のこと、よろしくお願いしますね」
「そんなに改まらなくっても大丈夫だよ。阿良々木くんは私の大事なお友達だからね」
ぺこりと頭を下げる月火ちゃんに、こちらの方が恐縮してしまう。
若干その方向性は気になるものの、実に兄思いな妹さんである。
「あとはまあ、モチベーションが下がらないように適当に発破掛けてこっか」
「兄ちゃん爆発させんのか!?」
「じゃなくて、激励するってことだからね」
「何だそうか。でも兄ちゃんのやる気を出させる方法ねえ。何がいいんだろうな。欲しいもんとかあれば話は早いけどさ」
「難しいね、お兄ちゃんあれで割と物欲無いから」
コントのようなやり取りを経て考え込む火憐ちゃんと月火ちゃん。
しかし言われてみれば、確かに彼の部屋にはあまり物が置かれていなかったような気がする。
彼が愛着を持っている物と言えば、いつも使っている自転車くらいしか思いつかない。
とは言え、物でなくともそういう激励が彼のやる気を出させる一助にはなるはずだ。
「一度直接聞いてみたらどう? 何か欲しいものがないかって。そういうご褒美でモチベーションも高まるんじゃないかな。前に受験に合格したら何でも一つ言うこと聞いてあげるって言ったら、阿良々木くん凄い発奮してたし」
「な、何だって!? 翼さん、何て危険なことを!」
「全くだよ羽川さん! そんな無謀で軽率な真似をするなんて! らしくないよ! ていうかそれは発奮じゃなくて発情だから!」
わなわなと震えながら、揃って青い顔になる火憐ちゃんと月火ちゃん。
そんな、この世の終わりみたいな表情しなくても。
しかし随分な言われ様だった。
この二人の阿良々木くんに対する信頼度は思った以上に低いらしい。というか発情って。
「そんなん兄ちゃんに言ったら、ぜってーエロいことされるに決まってるじゃん! あたしらみたいに! いやもう間違いねーよ、翼さんのおっぱい狙われてるよ――くそ、許せねー!」
「あのおっぱい魔人め! 私達だけじゃ飽き足らず、よもや羽川さんにまでその魔手を伸ばそうとしてるのか! 断じて許すまじ! あの触手へし折ってやる!」
「ちょっと待って、いやホント色々待って」
何だろう、今さり気なく決定的な言葉が飛び出してしまった気がする。
全くもう論理の飛躍というのか倫理の飛越というのか。
私は果たして何から突っ込んだらいいんだろう。
というか、激情にかられる前にまず私の話をちゃんと聞いてほしい。あるいは何も聞かせないでほしい。
しかし既にエンジンがかかってしまったのか、二人の顔は一転してもう赤く染まってしまっていた。
図らずも望まずも、ファイヤーシスターズの何かに火を着けてしまったようだ。
それがどんな感情によるものかはさておき。
「いや何も言わなくていいぜ、大丈夫だ翼さん。心配すんな。翼さんのおっぱいは絶対にあたしらが守るから」
「そうだよ、お兄ちゃんなんかに羽川さんのおっぱいは指一本触れさせないから。ファイヤーシスターズが体を張って止めてみせるよ」
「あんまりおっぱいとか連呼しないで」
立ち上がり拳を握り締める火憐ちゃんと月火ちゃん。
瞳の中がメラメラと燃えていて、完全にやる気になってしまっている。
というか私の貞操より、まずモラルとかマナーとか秩序とか節度とか、そういう所を優先して守るようにしてほしい。是非に。
しかし、兄思いの二人にヒントをあげたつもりが、あに図らんや制裁の動機を与えてしまおうとは。
これは春休みの時の事は、本当に間違っても話せないなあ。
それこそ私にまでその累が及んでしまうかもしれない。
やはり言わぬが吉だろう、誰にとっても。
「とりあえず、兄ちゃんのお仕置きは後でじっくり考えようぜ、月火ちゃん」
「そうだね火憐ちゃん、ここは徹底的に思い知らせてやらないと」
「……勉強に支障が無い程度にしてあげてね」
決意を新たにする二人に、一応釘を刺してみる。効果の程は疑わしいけれど。
まあそこは阿良々木くんに頑張ってもらうことにしようか。
半分以上は彼の自業自得でもあるわけだし。
あるいは自縄自縛という方が適切かもしれないが。
本当に、彼ほど綺麗に華麗に墓穴を掘る人間も珍しいと思う。
もしかして苦境に陥る事を楽しんでいたりするのだろうか。
そんなことを考えている内に、二人は阿良々木くんに対する文句とか愚痴とかを口々にぶちぶちとぼやき始める。
彼がいないのを良いことに、実に言いたい放題だ。
よく戦場ヶ原さんと同じ話題で盛り上がったりする私が言えたものでもないけれど。
そうして飽きることも尽きることも果てることもないお喋りをしている内に、どうやらかなりの時間が経過したらしく。
玄関の開く音と、帰宅を知らせる彼の声が小さく響く。
その瞬間、敏感に反応する二人。
何とも鋭敏な感覚だ。流石と言う他ない。
「帰ってきやがったぜ、月火ちゃん」
「帰ってきやがったね、火憐ちゃん」
すっくと立ち上がり、ちらと視線を合わせ、確と頷き合う。
言葉も呼吸も意志も気持ちもぴったりだ。
一瞬の静止の後、弾かれたように二人は部屋を飛び出した。
これは私も追いかけなきゃ駄目なんだろうなあ、と。
そんなことを考えながら、ゆっくり立ち上がり、二人の後に続くことにする。
廊下に出ると、早くも階下では騒がしいやり取りが始まっていた。
それを耳にして、自然と笑みが浮かんでくるのが自分でよく分かる。
色々と心配があったり不安があったりもするけれど、結局、傍で見ているのが一番楽しいのだ。
そこに自分もいられる喜びを噛み締めつつ、階段を下りる。
さて、彼のちょっと悲惨な姿をお披露目してしまうのはさすがに可哀想だし、今回はここで幕引きとさせて頂こう。
737 : ◆/op1LdelRE - 2012/04/08 03:30:13.36 RRMxgA4m0 476/477ということでオマケ話③でした。
とりあえずバサ姉語り部は撫子とはまた別の意味で難しいことに気付きました。
頭の良い人の思考を想像するのは困難だ……
まあいい経験できたしファイヤーシスターズも忍さまも書けたし、それなりに満足でしたけど。
すいません、とりあえず寝ます。
また明日にでも。では。
745 : ◆/op1LdelRE - 2012/04/08 20:52:05.92 RRMxgA4m0 477/477こんばんはです。昨夜(今朝)は眠気との戦いでしたが……
まずは皆様のレスに感謝! 楽しんでもらえたなら何よりです。
偽のアニメも終わったし、オマケ話も三つ書けたし、今回の話はこれでようやく完結です。
長い間お付き合い頂きありがとうございました。
投稿始めて四ヶ月弱、構想含めたら更に。いや思った以上の長丁場でした。
まあ書きたいこと書きたいシーンは全部書けたし、それなりに満足してます。
というか燃え尽きました。ファイヤーシスターズだけに(ぉ
そう言えば、物語シリーズ全部アニメ化するとか何とか。
個人的には猫黒と傾が特に見たい……いやまあ月火ちゃんと忍さまが目当てなだけですがw
偽の二次創作もちらほら増えてきた感じがしますし、しばらく楽しめそうで何よりです。