1 : 名無しさ... - 2015/07/25 12:38:19 739 1/290

「いいか、よく聞くんだ」

…うん

「二度とここに、一人で来るんじゃない」

…どうして?

「…危ないからだ」

でも、

「お前には言っていなかったが、ここには悪い魔物が住んでるんだ」

…まもの?

「そうだ。この森に住み、人間を攫ってしまうんだ」

さらって、どうするの?

「…」

「…食べるんだ」



「お父さんは、猟師だ。銃を持っているし、魔物をどう防ぐかも熟知している」

「けどな、お前は違う。森に入ってはいけない。いいのは、お父さんといるときだけだ」

…うん

「奴はお前みたいな小さな女の子でも、平気で食べるんだ。…人とは違う。化け物なんだ」

…お父さん、怖い…

「もう心配ないさ。お父さんの仕事が終わるまで一緒にいよう。絶対、守ってやる」

…ごめんなさい、お父さん…

「いいんだ。お前が無事だったから…。お弁当届けてくれて、ありがとうな」

…うん!

「いい子だ。行こう。お昼を食べたら、一緒に遊ぼうな」

「さ、」

「おいで」

元スレ
食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」 少女「そう」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1437795499/

2 : 名無しさ... - 2015/07/25 12:49:45 739 2/290

いつからだったか

私が物心がついた時 自由に外に出て遊びまわっていた時

どうしようもなく手のかかるお転婆な私を

お父さんは大いに心配していたに違いない


私を女らしく育てる役目を担う母親は、私の記憶がない時に他界した

だから私の家族はお父さんだけだった

彼が私にとっての親であり、男であり、友人であり、教師であり、 

世界の全てだった


そしてあの日

お父さんが森に入った私を厳しい表情でしかりつけたあの日

私は魔物の恐怖と初めてみた激高する父親に涙しながらも


途方もないほど、父の愛を感じたのだ


だからあの森に住む魔物は私にとって

父親の愛を確かめる、一つの証なのだ


3 : 名無しさ... - 2015/07/25 12:55:50 739 3/290

「…こりゃあ、ひでえな…」

「駄目だよ子どもに見せては。現場から離して」

「畜生、あの鬼…」


保安官「…少女ちゃん、その…気を確かに持ってくれ」

少女「…」

保安官「…この銃と帽子は、お父さんのかな?」

少女「…」

少女「はい。…間違いありません」

保安官「…なんて、こった…」

「おい、やっぱり…」

「いや、まだ。…望みはあるかもしれないだろうが」

少女「…」

保安官「…鬼だ」

保安官「猟師…君のお父さんは、鬼にやられた」

少女「…現場を」

少女「見せてください…」

保安官「駄目だ。女の子が見るものじゃない」

少女「大丈夫です。…見せてください」

保安官「少女ちゃんっ」

少女「退いて」

保安官「おいっ、…やめてくれ!お願いだ!」

少女「…」

6 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:04:18 739 4/290

少女「…」

保安官「はぁ、はぁ…。少女ちゃん、どうして…」

少女「…遺体は?」

保安官「無いんだ。…だから、俺らもまだ彼が死んでるとは思っていない」

少女「…」

保安官「少女ちゃん、もうよそう。体に毒だ」

少女「嫌です。…ちゃんと教えてください。私は娘なんですよ」

保安官「…しかし」

少女「お願いします。…この通りですから」

保安官「…いいのかい?」

少女「はい」

保安官「…分かった。説明する」

少女「…」コクン

保安官「まず、君のお父さんはこの泉の付近で休憩をしていたんだと思う。お弁当のバスケットが転がっていた」

少女「それも、父のものです」

保安官「そうか。…そしてここで、何者かに襲われた」

少女「…」

保安官「かなりの出血だ。けど、致死量というわけではない」

少女「はい」

保安官「血の跡は森の奥まで続いていた。…けど、急に途絶えた」

少女「…」

保安官「多分、鬼が彼を抱えて飛び去ったのかもしれない」

保安官「…大丈夫だ、少女ちゃん。望みはある。だから、信じて帰りを待ってくれ」

少女「…はい」ギュ

7 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:10:26 739 5/290

少女「…あの、…父は魔物と戦ったんでしょうか」

保安官「いや。それはない。銃の薬きょうは落ちていないし…」

少女「じゃあ、無抵抗なところをやられたんですね」ギュ

保安官「…少女ちゃん」

少女「…すみません、…ちょっと」

保安官「いや、いいんだ。卑劣なことだよな、許せないよな」

少女「…っ。…ぅ」

保安官「大丈夫だ。俺らが必ず見つけ出して、仇をとる。気をしっかり持つんだ」ギュ

少女「はい…。…お願い、…します」

保安官「もう帰ろう。な?少し休んだ方がいい」ポン

少女「…」コク



保安官「…くそっ…」

医者「…何が生きている可能性がある、じゃ」

医者「現場には猟師の頭蓋の骨と脳が飛び散っていたろう。…何故教えなかった」

保安官「教えられる訳、ないでしょう…」

保安官「…彼女はまだ、16歳なんですよ。こんなこと…」

医者「…鬼め」

保安官「…必ず見つけ出す。今まで犠牲になった人たちのためにも。…必ず」

9 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:14:42 739 6/290

「本当に?大丈夫なの?」

少女「はい。…一人で、大丈夫です」

「けど」

少女「おばさん。…本当に、大丈夫ですから」

「…」

「変な気を起こしては駄目よ。あの猟師さんだもの。きっと生きているわ」

少女「はい。信じています。父は強いもの」

「…そうね。帰ってくるわ、すぐに」

少女「ええ。…ご心配、ありがとうございます」

少女「さようなら」ペコ

バタン

「…」

「強いのは、あなただわ…」

10 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:19:46 739 7/290

少女「…」

少女「…」ボフ

…いいか、少女

お父さんが、絶対に守ってやるからな

少女「…」

…また犠牲者だ。小さい子どもが、一人…

俺は… 俺は森にいたのに、何を…

何をやっていたんだろうな…

どうして救えなかったんだろうな…

少女「…」

いってきます、少女

ん? ああ、大丈夫だよ

森の奥には行かない。絶対だ。 

お弁当ありがとう。…戸締りしっかりな

…ん。 …うん。俺もだ。愛してる

少女「…」

少女「…嘘つき」ギュ

少女「戻るって、言ったのに。…約束したのに」

12 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:23:23 739 8/290

少女「…」ゴシ

少女(…家事、…しなきゃ)

少女(でも、体が動かない)

少女(…)

少女(何も、したくない)

少女(…ひどく、疲れてる)

少女(…ねむい)

少女「…」

少女「…」ズル

少女(おとう、さん)

少女(もどってきてよ…)

……

16 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:34:24 739 9/290

××××年 年末

村のはずれにある家に住む少女が行方不明に

年の明けた3日後、森の入り口で遺体が見つかる

死因は頚動脈を切られたことによる失血死

死亡してから両足を切断されていた


×××●年 5月

都市から帰省していた大学生の女性が行方不明に

同日夕方、森の奥の崖下で見つかる

前回の事件同様、失血死

肝臓と頬が切り取られていた


×××●年 11月

村に住む双子の姉妹が行方不明に

4日後、森の泉で浮いている二人が見つかる

死因は失血死 遺体の損傷が激しい

内臓はほぼ抜かれていた 姉は左手を、妹は尻を切り取られる


×××▲年 2月

……

18 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:43:05 739 10/290

コン

少女「…」

コン コン

少女「…ん」

「少女ー 開けてくれ」

少女「…」モゾ

「俺だよ、少女」

少女「…!」ガバッ

「少女」

少女「…おとう、さん?」

「開けてくれ」

少女「……嘘」

少女「…っ」ダッ


少女「……おとうさんっっっ!!」

ガチャ


少女「…あ、…」

青年「おう、…寝てたのか」

少女「…せい、ねん」

19 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:47:02 739 11/290

青年「晩飯持ってきた。…入っていいか?」

少女「…」コク

青年「こんな時に、モノなんか食えるかって思うだろうけど」

少女「…たべたくない」

青年「顔色悪いぞ。…なんでもいいから、食えよ。俺の母ちゃんも心配してた」

少女「…おばさんが?」

青年「ああ。っていうか、村の奴ら全員。ほら、座って」

少女「…」ギシ

青年「ご飯が重いんなら、菓子でも食うか?母ちゃんがお前に、ゼリー作ってくれたんだ」

少女「おばさんのゼリー、か。…レモンのやつ?」

青年「おう」

少女「…」

少女「ちょっと、食べる。…ありがとう」

青年「そっか。じゃあ、準備してやるよ」

少女「…」コク

21 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:52:06 739 12/290

少女「…」

青年「どうだ?」

少女「…おいしい」

青年「じゃあ、ほら。もっと食えよ。パイもあるぞ」

少女「…」フルフル

青年「…そうか。いや、いいんだ。自分の食べれる量でいいから、腹に入れろ」

少女「うん」

青年「…少女」

少女「なに」

青年「おじさんは絶対帰ってくるよ。絶対だ」

少女「…」カチャ

青年「だってさ、あんな強くて…優しくて、いい人が。鬼なんかに食われるわけないだろ」

少女「私も。…そう思ってるよ」

青年「ああ、そうだよな」

少女「…」

少女「…っ」

青年「おい、少女?」

少女「…」バッ

青年「お、おい!大丈夫か!?」

少女「ぐっ、…ぅ、…ごほっ…」

青年「少女!…おい!」

少女「う、っ…ぉ、…えっ…」

23 : 名無しさ... - 2015/07/25 13:58:53 739 13/290

青年「大丈夫か?」

少女「ごめ、…ん。服、汚しちゃった…」

青年「いいんだよそんなの!もう、治まったのか?」

少女「…うん」

青年「後片付けしとくから、お前は顔洗って来いよ」

少女「ごめん…」

青年「いいっていいって。ほら、早くしな」ポン

少女「ありがと、青年…」

青年「…いいんだ。俺は、…」



少女「…おばさんに、ごめんなさいって言っておいて」

青年「謝らなくていいよ。いきなり食えって言った俺も悪いし」

少女「…」

青年「それとな、…お前、今日一人で家にいるだろ」

少女「うん」

青年「万が一ってこともあるから、俺がついてろって頼まれたんだ。いいか?」

少女「…」

青年「お、俺だって若干不本意ではあるけど。女はもう暗くなってから外にも出れないし」

少女「私、なんにもしないよ?」

青年「馬鹿、単純に危ないからだ。お前がヤケになるなんて、誰も思ってない」

少女「そう。…うーん、じゃあ毛布用意する」

青年「いや、いい。俺は起きとくから」

少女「…見張りってこと?」

青年「おう」

26 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:03:00 739 14/290

青年「お前は気にせず、寝ていいから」カチャ

少女「…!」ビク

青年「ん。…あ、…ごめん、怖いか?」

少女「…ううん。ちょっとびっくりしただけ。それ、銃だよね」

青年「ああ。けど、ちゃんと置いておくぞ。何かあったときだけ使う」

少女「…」

青年「はは、懐かしいな。これの使い方教えてくれたのも、猟師さんだったけ」

少女「そうだね」

青年「…ほら、じゃあ。…ゆっくり休めよ」

少女「分かった。青年に甘える」

青年「おう。甘えろ甘えろ」

少女「おやすみなさい」キィ

青年「おやすみ、少女」

バタン

青年「…」

青年「大丈夫だ、少女。皆お前のこと、大事に思ってるんだからな」

青年「…」

29 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:09:40 739 15/290

バタン

少女「…」

少女「…」キィ

少女「…」ガサ

「…村人へのお知らせ」

「今朝、行方不明になっていた●●ちゃんの遺体を発見

 被害者が5名となりました

 村長は都市の警備隊に捜査の救助を要請しました」


「昨日深夜、行方不明となっていた●●さんの遺体を発見

 被害者は10名となりました

 女性は夜間だけでなく、昼間も必ず武器を携行した男性と外出してください」


少女「…」ガサ

少女「…お父さんで、14人目、か」

少女「…」

30 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:13:20 739 16/290

少女「…よ、っと」モゾ

少女「ぷは」

少女「…」

少女(このケープじゃ、ちょっと暑いかな)

少女(…ううん、でも外は寒いもんね)

少女(…ブーツも、うん。これだとちゃんと長く歩ける)カツ

少女「…」ゴソゴソ

少女「…」

少女「…お父さん、…これ、借りていくね」

少女「…」カチャ

……

32 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:17:18 739 17/290

=翌朝

青年「…」ゴシ

青年「…ふ、ぁ」

青年(…大分明るくなったな。…6時、か。もういいだろ)

青年「…おい、少女おー。朝だぞー」トントン

青年「起きて支度しろー…。村長さん家行くぞ」

青年「…」

青年「このねぼすけが…。俺と交代しろよー…おーい…」トントン

青年「…おいってば」

青年「…開けるぞ?」

ギィ

青年「起きろ、って」

青年「…」



青年「…え」

青年「少女…?」

青年「……」

青年「嘘、だろ」

33 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:25:22 739 18/290

保安官「どういうことだ、おいっ!」

青年「だからっ、いないんだ!あいつ!家中探し回っても!」

保安官「お前が見張っていたんだろうが!どうしていなくなる!」

青年「分かんねえよ!怪しい奴は来てないし、大きな物音もしなかった!」

村長「…む。本当か?」

青年「ああ!ずっとおきてたんだ、俺は!」

保安官「…部屋見せてもらうぞ」グイ

保安官「確かに、ここに入って寝たんだな?」

青年「ああ。多分10時くらいには。…物音もしてない」

保安官「…待て。外出用の靴と上着がないぞ」

村長「どういうことだ」

保安官「窓の鍵も開いてる。…」

青年「…まさか自分から外に、出たってのかよ…?」

保安官「ああ。多分な」

青年「どうしてだよ、こんな危ないのに!」

村長「…いや。だから、身を守るために持っていったのだろう」

保安官「…はい?どういうことです?」

村長「…もう一つ無いものがあるんだ。隣の猟師の部屋から」



村長「…銃が一丁、無くなっている」

34 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:33:38 739 19/290

「…ねえ」



「ねえ…だれか、いるん、でしょ」



「……わたし、…どうなってる…?」



「めが、…みえない。 からだの、かんかくが、…ない」



「さむい… すごく、…さむい」



「わたし、…… どうなってる?」



「…わたし、…たすか、る?」



「ね、え」

…いいや。もう、死ぬ

「…」

…助けることは、できない

「…そ、う」



「…おかあさんに、…あいたい」



「…」

「…しにたく…ない」


35 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:38:35 739 20/290

告白しよう

腹はいつでも空いていた

ここで永遠に一人で暮らすことになってから、ずっと

動物を食べた

獣と変わらず、生のままむさぼり食った

血は喉を潤した 肉は胃に溜まった

けれど腹は減ったままだった

果実やきのこを食べようとも思った

けれど、血の通ったものを食べても満足しないというのに

…意味がない



味がするだけだった



腹はいつでも空いていた

36 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:44:42 739 21/290

告白しよう

僕はやはり、ヒトでないと駄目なようだ

住処を出て森で過ごすと

村からの匂い、ヒトの匂いをたまらなく感じる

何度も何度も、うなる腹を殴った

やがて外に出なければいいのだと気づいた

僕は外に出るのをやめた

うずくまって、ただ目を閉じて

死ぬのを待った



信じて欲しい

死のうとは何回も思った 

思うだけじゃない 行動もした 気が遠くなるほどした

しかし無駄だった


死ねない

飢えて死ぬことすらできない

誰か 

…僕を助けて

37 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:50:59 739 22/290

ガサッ

少女「…」ビク



少女「…」

少女「はぁ」

少女(森に一人で入るのが、こんなに怖いことだったなんて)

少女(…お父さんって、すごいな)

少女「…ふぅ」

少女(…ここだ)

少女「…」

少女「…」チャキ

少女「お父さん」

少女「ごめんなさい…こんな娘で」

少女「けど」

少女「こうするしか、もう、方法がない気がする」カチ

少女「……ごめん、なさい」






パンッ

38 : 名無しさ... - 2015/07/25 14:59:29 739 23/290

「…」

「あ、っ…」

告白しよう

「なに、を」

その時

「…!」

あの子が自分に銃口を向けたとき


パンッ


「…!!」

乾いた音がして、血が高い木々の間に舞い上がった時

「…」

彼女がゆっくりと落ち葉の中に倒れた時

「…ぁ」

僕は

「…あ、ぁ…」




何が何でも彼女を食べたいと思った

39 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:05:04 739 24/290

少女「…ぐ、…っ」

ドサ

少女「はぁ、…はぁ…」

少女「…っ、ぐ、ぁっ…」ギュ

少女(いた、い…。体が、動かない。…いたい…!!)

少女(…っ、気が…)クラ

少女「いるん、でしょう…」

少女「…出て、きなさいよ」

ガサ

少女「……食べなさい」

少女「…っ、早く!!」

「……」

少女「早くしろっ!…殺して!殺してよっ!!」

「…ぁ、…」

少女「…っ、はぁっ、ぐ、っ…」

「でき、ない」

少女「…早く…」

「できない。…できない!!」

少女(…あ、れ)

少女(変だな。…なにも、きこえない。…あれ?)

少女(…あ、れ…?)

40 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:12:20 739 25/290

……


保安官「…確かに、このあたりか?」

村人「あ、ああ。けどよ」

保安官「…手分けして探そう。気をつけてくれ」

青年「分かった」

村人「お、おい。本当に少女ちゃんなのか?猟師とかじゃあ」

保安官「少女の父親がいなくなってから、猟は禁止された。誰もここで銃は使わない」

青年「…」

村人「じゃあ、じゃあ…いなくなった少女ちゃんが、ここで…?」

保安官「可能性は、…高い」

青年「…違う!少女は、自殺なんか」

保安官「否定はできない。とにかくここに少女はいた。探すのが先だ」

青年「…っ」

保安官「…一体、どういうことなのか…俺にも分からん」

青年「…俺だって」

村人「…お、おい!」

保安官「!どうしたっ」

村人「あ、あそこ!あそこに何か引っかかってるんだ!」

保安官「今行く!危ないから下がっていろ!」ダッ

青年「…っ、おい、あれ」

保安官「見覚えがあるのか?」

青年「…少女の、ケープだ」

41 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:16:02 739 26/290

保安官「…ここで待て。俺がとりに行く」

青年「…」コク

保安官「…」ガサ

保安官「…っ」

保安官「…くそ…」

青年「おい、…なんだよ!どうかしたのか!?」

保安官「…急いで村長に連絡してくれ」

保安官「…少女は、…もう」

青年「…!」

保安官「ここに、血が広がっている。…けど、まただ。消えている。猟師と同じだ」

青年「じゃあ、じゃああいつは」

保安官「…」

保安官「もう、駄目だ」

青年「……!」

42 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:21:51 739 27/290



「少女」



「少女。なあ、開けてくれ」

…いや

「何日も出てきてないじゃないか。…体を壊すぞ。顔を見せてくれ」

…いやだ。もう、…誰にも会いたくない

「…少女」

……なんで、あの子が

「辛いだろうよ。友達だったんだもんな。…悲しいだろうよ」

…っ

「けどな、少女。お前までふさぎ込んだままじゃ、あの子も報われない」

報われる、って。何よ

「お前が体を壊すと、余計あの子は悲しむだろう。あの子の親もだ」



「泣きたいなら、泣けばいい。一杯に悲しめばいい」

「けど、自暴自棄にならないでくれ。お願いだ。泣くんなら、俺の腕の中で泣いてくれ」

…お父さん

「開けてくれ少女。俺も一緒に泣く。だから、背負わないでくれ…」




ギィ

43 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:26:25 739 28/290

……


少女「…」

チャプ

少女「…」

ゴシ ゴシ

少女「……」モゾ

「…っ」

少女「…ん」

少女「…おとう、…さん?」

「…」

少女「……」

少女「…!」バッ

「ひ、っ!」

ガシャン!

少女(…痛…ぁ)

少女「な、に。…だれ」

「……」

少女「…あなた。…誰?」

「…っ」

46 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:31:22 739 29/290

少女「…村の、人?私を助けたの?」

「…」

少女「出てきてよ。…誰なの?」

「…お、おまえこそ」

少女「…は?」

「お前こそ、誰だ…。この、…イカレ野郎」

少女「…はぁ?」

「い、いきなり自分の足を撃ったじゃないか!」

少女「…」

少女「…そうだった」

「ぼ、僕がここまで運んでこなかったら死んでたんだ!」

少女「…」

少女「誰なの」

「…っ」

少女「あなたの声、聞いたことない。…村の人じゃ、ないわ」

「……」

少女「顔を見せてくれないんなら、私がそっちに行く」ズリ

「やめろ!…あ、っ。…傷口が、まだ完全に塞がってない…!」

少女「いいわ別に」ギシ

48 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:40:16 739 30/290

「寝てろ!馬鹿!来るんじゃない!」

少女「…っ」ギシ

ズキ

少女「!ひ、っ…」

ドサッ

「あぁ…!」

少女「ぐ…っ、っ…」

「な、何してるんだ!だから言ったのに…!」

少女「…っ、はぁ、…はぁっ…」ジワ

「…!血が、血がまた…」

少女「…っ」ズリ ズリ

「…な、何で…動くんだ!やめろ!」

少女「顔を…見せてよ」ズリ

「…っ」

「分かった、分かったから!…動くな!」

ギシ

「…っ」

少女「…ん」

「大人しくしとけよ、暴れたら……ええと…酷くしてやる」グイ

少女「…なんで紙袋被ってるのよ」

「う、うるさい!」

少女「顔を見せてってば」

「うるさいっ!触るな!」ボフ

少女「いたっ」ゴロ

49 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:45:54 739 31/290

「!あっ…」

少女「何すんのよ…。痛い…」

「し、知らん!お前が暴れるからだ!」

少女「…」

「じっとしとけよ!…傷が治ったら、帰してやるから…」

少女「…」

「わ、分かったか!今度動いたら鎖でもつけてやるからな!」

少女(…ああ)

少女(…この声だ)

「な、なんだ。お前、何笑って」

少女「あなたが魔物なのね」

「…」

少女「私、猟師の娘なの。鼻も耳も鍛えられてる」

少女「私が自分を撃ったとき。…いいえ、森に入ったときから私の近くにいたわね」

少女「…私が気絶したときも、あなたの声が聞こえた」

「…」

少女「そうでしょ」


「な…」


食人鬼「…なん、で」

50 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:52:55 739 32/290

少女「…」

食人鬼「…いや。…違う」

少女「変な匂いがする。…人の匂いじゃない」

食人鬼「…」

少女「どうして私を食べなかったの」

食人鬼「…」

少女「言ったでしょう。早く食べてって」

食人鬼「…」

少女「どうして看病なんかしてるの?…今でいい。早く殺して」

食人鬼「…僕は、…食人鬼なんかじゃない」

少女「…じゃあ顔を見せて」

食人鬼「…」

少女「古い言い伝えでは、食人鬼は人間の成りをしてるけど、顔が風変わりなんですって」

少女「目と髪が、この地方にはない風変わりな色で。…それに、異常に大きな犬歯があって」

少女「爪も見せて。食人鬼は固くて尖った爪を持ってるそうよ」

食人鬼「…嫌だ」

少女「どうして?」

食人鬼「お前になんで…見せなきゃいけないんだ」

51 : 名無しさ... - 2015/07/25 15:59:26 739 33/290

少女「…」

食人鬼「僕は、…人間だ。変なこと言うな」

少女「そう」

食人鬼「ああ」

少女「…っ。…足が。…痛い」

少女「お願い、包帯を替えて。痛痒くなってきたの」

食人鬼「え、っ…」

少女「…血が、止まってないみたい…」

食人鬼「くそっ、あれだけ動くからだろ!」バッ

少女「…」グイ

食人鬼「あっ!やめっ、触るな!」

バサッ

少女「…!」

食人鬼「あ、っ…!?」

52 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:04:10 739 34/290

少女「…」

少女(…赤い目だ。…それに、長い犬歯)

少女(…髪が、真っ白で、長い…)

少女(……女の、子…?)

食人鬼「お、お前っ」

少女「やっぱり魔物だわ」

食人鬼「……っ」

少女「ほら、手も。長い爪だし」

食人鬼「う、っ」バッ

少女「…食人鬼なのね。あなたが」

食人鬼「…」

食人鬼「…だったら、…何だ」

少女「…」

食人鬼「ああ、そうだ。僕がお前らの村に伝わる食人鬼だ」

少女「知ってた」

食人鬼「…っ。お前だって、食べれるんだぞ」

少女「ええ」

食人鬼「…なんでそんな冷静なんだよ。…なんなんだ、お前っ」

少女「だって、都合がいいから」

53 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:07:57 739 35/290

食人鬼「は、あ?」

少女「私を食べてよ」

食人鬼「なっ」

少女「そのために森に入ったの。血の匂いがすれば、出てくると思って」

食人鬼「…」

少女「本気だよ」

少女「ほら、早く。簡単でしょ。その爪で首を切って、殺して」グイ

食人鬼「や、めろっ!」バッ

少女「…」

食人鬼「お前なんか、お前なんか…食べたくない」

少女「どうして?」

食人鬼「…食指が、動かないんだ」

少女「あなたは若い女が好きなんでしょう?散々食べたんじゃない」

食人鬼「…!」

食人鬼「…食べない」フイ

少女「…」

54 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:11:08 739 36/290

食人鬼「…」

少女「おかしいじゃない」

少女「あの子たちを殺して食べたくせに。私は食べないの」

食人鬼「…」

少女「早く」

食人鬼「嫌だって、言ってるだろ」

少女「…」ギリ

食人鬼「…っ」ギイ

少女「待って、どこ行くのっ」

食人鬼「うるさい。お前には関係ないっ」

少女「待っ」

バタン

少女「…」

少女「…くそっ…」ダン

55 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:14:30 739 37/290

バタン

食人鬼「…」

食人鬼「はぁ…はぁ…」

食人鬼「なんなんだ、あの女…頭おかしいんじゃないのか…」

食人鬼「…」

「おかしいじゃない」

「あの子たちを殺して食べたくせに、私は食べないの」

食人鬼「…」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼(…うるさい。…うるさいっ…)

食人鬼(お前に、…何が分かる…)

食人鬼(…なんで)

食人鬼(助けたんだ…)

食人鬼(放っておけば、…あのまま死んでたのに)

食人鬼(…)

56 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:21:27 739 38/290

……


食人鬼「…」スー

食人鬼「…」ハー

食人鬼「…」

コンコン

食人鬼「…おい。…入るぞ」

ギィ

少女「ん、…あっ」

食人鬼「な、なにやってんだお前!!」

少女「何って。傷口を」

食人鬼「また血が出てる!馬鹿なのか!?」

少女「…」

食人鬼「ただでさえ血が少なくなってるんだぞ!」

少女「やめてよ、触らないで。放っておいて」

食人鬼「止血しなきゃ死ぬだろ!」

少女「いいじゃない別に。死んだらあなたの食料にもなるし」

食人鬼「だから、お前の肉なんか食べたくないんだ!」グイ

少女「やめてってば!触んないでよ!」

食人鬼「うるさい!」ギュ

少女「もう…!何なの、本当に!」

食人鬼「お前こそ何考えてるんだ!気持ち悪いぞ!」

少女「…っ。つぅ…」

食人鬼「!…薬を、塗るから。じっとしろ」

少女「…」ジロ

57 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:26:16 739 39/290

食人鬼(…顔色が悪いし、足も冷たい。…危険だ)

少女「いっ、…たい…」

食人鬼「が、我慢しろ」

少女「っ…。殺してよ…」

食人鬼「…ぼ、僕の手を汚したくないんだ」

少女「じゃあどうして自殺を止めるのよ。勝手に死ぬから、放っておいて」

食人鬼「!…ぼ、僕の家で死ぬと、…寝覚めが悪いだろ!」

少女「意味わかんない。魔物のくせに」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼「…めし」

少女「は?」

食人鬼「だから、飯!食え」ズイ

少女「嫌よ」

食人鬼「なっ…」

少女「何入ってるか分からないし、いや」

食人鬼「…っ、死ぬぞ!」

少女「だからいいんだって」

59 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:30:04 739 40/290

食人鬼(くそ、何だこの女。本当に変なんじゃ)

少女「…」フイ

食人鬼(そもそも、僕と普通に話してる時点でおかしい)

食人鬼(…何なんだ、本当に…)

少女「…」

食人鬼「…食えってば」

少女「嫌」

食人鬼「…っ。ここに置いておく」カチャ

少女「食べないわ。下げて」

食人鬼「黙れ!指図するな」

バタン

食人鬼(…流石に、腹が減れば、食べるだろ)

食人鬼(…食欲には、勝てないんだ)

60 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:34:40 739 41/290

食人鬼「…はぁ」フラ

ドサ

食人鬼(疲れた…)

食人鬼(拾わなければよかった。村人を呼べば)

食人鬼(…無理か。僕が捕まって終わりだ)

食人鬼(…明日の朝にでも、どこかの家の前に置いていこうか)

食人鬼「…」チラ

食人鬼(…いや。…人の気配が多い。あの女を捜してるんだ)

食人鬼(ここから出たら、僕は…殺されるんだろうな)

食人鬼(…はぁ)

食人鬼(面倒だ)

食人鬼(…)

食人鬼(そういえば、人とまともに喋ったのって、何時ぶりだったけ)

61 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:39:13 739 42/290

……


食人鬼「…」

食人鬼「入る、ぞ」

ガチャ

少女「…」

食人鬼「…嘘だろ」

少女「…」

食人鬼「何で食べない!?」

少女「お腹空いてないの」

食人鬼「嘘つけ!そんなわけないだろ!」

少女「…」

食人鬼(昨日より全然元気がない。…どうしたら)

少女「…出てってよ」

食人鬼「無理矢理食べさせるぞ」

少女「ふうん。勝手にしたら」

食人鬼「…っ」

ボフ

食人鬼「ほ、本気だぞ」

少女「…」

食人鬼「こ、のっ」グイ

少女「っ…」

食人鬼「口を開けろってば!開けろ!」

少女「…」ギリ

食人鬼「いいかげんに…」グイ

62 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:43:03 739 43/290

少女「!」ビク

食人鬼「し…」

メキ

少女「っ、痛…」

食人鬼「!」バッ

少女「…」

食人鬼(あ、…あぶな、い。力の加減が、わかんなかった…)ドキドキ

少女「…っ」

食人鬼「ち、違…。お前が、口をあけないから」

食人鬼「痛がらせたかったわけじゃ、…ない…」

少女「…」

食人鬼「…ぅ」

少女「…あっちに行ってよ」

食人鬼「で、も」

少女「何があっても食べないわ。力ずくで死ねるならそれでもいいしね」

食人鬼「…っ」

少女「…」フイ

63 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:49:31 739 44/290

食人鬼(…どうしたら)

食人鬼(…あ)

「食指が動かないんだ」

食人鬼「…お、おいっ」

少女「…」チラ

食人鬼「お前、なにか勘違いしてないか」

少女「勘違い?」

食人鬼「お前のことを看病してるわけじゃないんだ」

食人鬼「…お前はやせすぎなんだ!全然美味しくなさそうだし」

少女「…」

食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」

少女「…」

少女「そう」

食人鬼「あ、ああ」

少女「私があなたの理想の体型になったら、食べるの?」

食人鬼「そうだ。けど、今は駄目だ。怪我して血も少ないし、不味そうだ」

少女「…」

食人鬼「でもまあ、そこまで頑なに拒否するんなら」

少女「待って。…食べる。ちょうだい」

食人鬼「…!」

64 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:53:33 739 45/290

食人鬼「分かった。自分で食べれるか?」

少女「うん。…もっといっぱい、欲しい」

食人鬼「持ってくるから…。食え。いいか、太れよ」

少女「うん」カチャ

食人鬼(…なんだ。単純な女。あはは、簡単だったな)クス

少女「…これ、なに」

食人鬼「水鳥の肉。ローストしたやつだ」

少女「…あなたが作ったの?」

食人鬼「ん。…そうだ」

少女「ふうん…。おいしそう」

食人鬼「!」

少女「…」カチャ

食人鬼「…ど、どうだ」

少女「…普通」

食人鬼「む。そ、そうか。…まあ、味は関係ないんだ。食えばいいんだからな」

少女「…水」

食人鬼「分かった」カタ

66 : 名無しさ... - 2015/07/25 16:57:44 739 46/290

食人鬼「…」タタタ

食人鬼(あ、水も…ただの水じゃなくて牛乳か果汁でも飲ませよう)

食人鬼(とにかく栄養をとらせないと)

ガシャン!

食人鬼「!」ビク

「…っ、ぅ、っ…」

食人鬼「な、なんだ!どうかしたのか!」

少女「…なんでも、…ないわよ…」

食人鬼「…吐いたのか?」

少女「…また、食べればいいんでしょ」

食人鬼「昨日のだから古くなってたんだろ!どうして早く言わないんだ!舌まで馬鹿なのか!?」

少女「…」

食人鬼「別のものを持ってくるから、…ほら、水分をとっておけ!」

少女「…」

食人鬼「ったく…」ブツブツ

少女(…変な魔物)ゴク

67 : 名無しさ... - 2015/07/25 17:03:09 739 47/290

食人鬼「…ほら、新しいのだ」

少女「…肉は嫌」

食人鬼「はあ?」

少女「嫌いなの。…野菜がいい」

食人鬼「チッ…。わがまま言うな。食え」

少女「…」モソ

食人鬼「それは、ええと。…鹿だ」

少女「…そう」

食人鬼「…」

少女「…っ」グッ

少女「……」ゴク、ン

少女「…はぁ」

食人鬼「…食べづらい、のか?」

少女「違う。ちゃんと食べてるでしょ」

食人鬼「衰弱してたから、喉を通らないんだろう。固形はやめるか?」

少女「放っといて。食べれるから」

少女「…っ」バッ

食人鬼「あっ、…おい!大丈夫か!」

少女「げほ、っ…がはっ…」

食人鬼「ああ、もういい!粥を作るから、無理するな!」

68 : 名無しさ... - 2015/07/25 17:08:07 739 48/290

少女「…」ゴク

食人鬼(水は飲めるんだな。…流動のものにするか)

少女「…ねえ」

食人鬼「な、なんだ」

少女「どうして扉を開けたままにしてるの」

食人鬼「お前を監視するためだ」

少女「逃げないわ。逃げれないし」

食人鬼「違う。…ええと、また自殺未遂でもしそうだからだ」

少女「…しないわ。私を食べてくれるんでしょ?」

食人鬼「…あ、ああ」

少女「…」

少女「意外だわ」

食人鬼「は?」

少女「こんな人間と変わらない家に住んでるのね。すこし古いけど」

食人鬼「…」

少女「言葉も話せるし、料理もするし…本棚もある。本も読むの?人間みたい」

食人鬼「うるさい」

少女「もっと獣じみた魔物だと思ってた。ほら、狼男みたいな」

食人鬼「…。似たようなものだろ。満月を見ても平気なだけだ」

少女「ふうん」

食人鬼「…あまり喋るな。貧血になるぞ」

74 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:33:36 739 49/290

少女「…」キョロキョロ

食人鬼「…あんまりじろじろ見るな」

少女「いいじゃない」

食人鬼「…」ムス

少女「料理、上手なのね」

食人鬼「そ、…うか?」

少女「私より上手だわ。包丁の扱い方が本物の料理人みたいだもの」

食人鬼「…お、お世辞はいい」

少女「…」

少女「女の子はやっぱり、焼いたほうが美味しいの?それとも生で食べるの?」

食人鬼「…」

ガシャン

少女「…あ」

食人鬼「…やめろ」

少女「指切ってる。血が出てるよ」

食人鬼「…っ」

少女「ねえ、人間ってどんな味がするの?」

食人鬼「黙れ!」ダン

少女「…」

食人鬼「静かに、…してろ。変なことを言うな」

75 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:37:24 739 50/290

少女「…」

食人鬼「ほら。…リゾットだ。食えるか?」

少女「うん。いただきます」

食人鬼「…」

少女「…」モグ

食人鬼「…食える、か?」

少女「うん」ゴク

食人鬼「そうか」

少女「…」カチャ

食人鬼「…その」

食人鬼「僕は…やることがあるから、あっちに行ってる」

食人鬼「いいか、変なことするなよ。何かあったら、呼べ」

少女「うん」カチャ

食人鬼「…ドアは開けておくからな」

少女「…」

食人鬼(…急に、静かになった。…怖がらせたのか)

食人鬼(…いや、今まで逆に怖がらなかったほうがおかしいけど)

食人鬼「…はぁ」

76 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:40:04 739 51/290

少女「…」カチャ

少女「…う」

少女「……」ギュ

少女「ん、…ぐ」ゴク

少女「…はぁ、…はぁ」

少女(…やっぱり、戻しそうになる)

少女(味も、…わかんないや。どうしてだろう。熱さしか感じない)

少女「…」

少女(お父さんと、食べたら)

少女(きっと…もっと…)

少女「…」

少女「…」ポロ

少女「!」ゴシ

少女(…泣いたら、だめだ。もう。泣かないって…決めたんだから)

77 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:43:35 739 52/290

食人鬼「…」チラ

少女「…」

食人鬼「…」

食人鬼「お、おい」

少女「…何」

食人鬼「ずっと…窓の外ばっかり見てても、退屈じゃないか」

少女「そうでもない」

食人鬼「…本、読めるか」

少女「好きよ」

食人鬼「そうか。…何冊か、貸そうか」

少女「…」

少女「…」コク

食人鬼「!…何がいい?」

少女「何でもいい」

食人鬼「そうか。じゃあ、…適当に持っていく」

少女「…」

食人鬼「ほら。これでいいか?」

少女「…案外最近の本なのね」

少女「この詩集、都市で今人気のやつでしょう?」

79 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:48:07 739 53/290

食人鬼「知ってるのか?」

少女「一節くらいなら、知ってるわ。でも全部は知らない」

食人鬼「そうか。この作家はな…」

少女「…」

食人鬼「あ。…いや、なんでもない。さっさと読め」ズイ

少女「うん」ペラ

食人鬼「…読み終わったら、言え」

少女「待って」

食人鬼「何だ」

少女「…あなた、どうやってこれを?」

食人鬼「…」

食人鬼「人から奪ったとでも言いたいのか?」

少女「まあ、妥当な入手経路だとは思うわ」

食人鬼「…何とでも言え」

少女「そう」

食人鬼「黙って読め。気が散る」

少女「分かったわ」ペラ

80 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:51:29 739 54/290

少女(…謎ね)

少女(殺した相手から奪ったのかな)

少女(でも、それにしては新しすぎるし。この村の人がこんな新書持ってるわけないし)

少女(…)

少女(私、…悪趣味なことばかり考えるようになってしまったのかな)

少女(…嫌だ)

少女(心が乾いてるみたいだ。…薄情になったみたい)

少女「…」ペラ

食人鬼「…」ジッ

少女「ん」

食人鬼「!」バッ

少女「……」

少女(…思ったのと違うわ。全然)

少女「…困ったな」ボソ

81 : 名無しさ... - 2015/07/25 18:56:43 739 55/290

少女「…」パタン

食人鬼「…終わったのか」

少女「あ、うん。…面白かったわ。良い感性を持った作家さんね」

食人鬼「!そうだよな、うん。…良い書き手なんだ」

少女「…お気に入りなの?」

食人鬼「ち、違うっ。…人間の読み物なんて。手慰みにすぎないしなっ」

少女「ふーん」

食人鬼「も、もっと読むか?」

少女「いらないわ。…その手に持ってるものはなに?」

食人鬼「夕飯だ」

少女「…」

食人鬼(一瞬、嫌そうな顔をする。…そんなに食事が苦痛なのか?)

少女「リゾット?」

食人鬼「いや。ポトフだ。少し噛んだほうがいい。胃も元通りになる」

少女「…食べる」

食人鬼「その、…無理はするなよ。また吐かれてもこっちが困るんだからな!」

少女「分かってる。ちゃんと飲み込む」カチャ

食人鬼「…」

少女「…」グッ

少女「…っ。はぁ」

食人鬼「…ふ、ふん。…太るのはまだまだ無理そうだな」

82 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:02:27 739 56/290

少女「すぐにでも太るわ」

食人鬼「どうだか。赤ん坊程度の食事しかできてないのに」

少女「女性なんてこんなものなの」

食人鬼「ふうん…そうなのか?」

少女「うん」

食人鬼「…いや、嘘だ。ちゃんと食え。お前はただでだえひょろひょろなんだから」

少女「…はぁ。…うるさい…」

食人鬼「なっ、なんだと!」

少女「食事に集中したいの。静かにしてよ」

食人鬼「っ…。生意気な女だ。僕を、なんだと…」

少女「暫くの我慢ね。私にストレスを与えると余計やせるから」

食人鬼「……」ムス

少女「…っ。ぐ、…」ゴク

食人鬼(…辛いのか。なら、少し味付けを変えるか。さっぱりしたものに…)

少女「…」カチャ

食人鬼「おい、残ってるぞ」

少女「……無理。やっぱり。気分が悪い」

食人鬼「…そ、うか」

少女「下げてくれない?…吐かないようにするのに必死なの。匂いでも、きつい」

食人鬼「ああ…。その、無理はするな」カチャ

83 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:06:37 739 57/290

食人鬼「…残りは僕が処理するけど、いいか」

少女「…」コクン

食人鬼「せめて牛乳だけは飲めよ」モグ

少女「…食べるんだ」

食人鬼「は?」

少女「普通の食べ物」

食人鬼「…ああ。食べる。いや、別に食べれないわけじゃないんだ」

少女「ふーん…」

食人鬼「…な、なんだ」

少女「それで満足はできないの?美味しい普通の料理じゃ」

食人鬼「…」ゴク

少女「できないのね」

食人鬼「…横になってろ。体力が減る」

少女「…」

少女「お風呂」

食人鬼「はあ?」

少女「気持ち悪い。汗でべたべたするの」

食人鬼「ふ、風呂…?いや、無理だ。傷が開く」

84 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:14:12 739 58/290

少女「じゃあ体を拭きたい」

食人鬼「ん、それなら。…別に、いい。待ってろ、用意する」

少女「…」

食人鬼(あれ、お湯って人間は何度くらいが適温なんだ…?)

食人鬼(…沸騰はだめだよな。うん…?)ポリポリ

食人鬼(まあ、いいか。熱かったら冷ませばいいし)

食人鬼「おい、持ってきたぞ」

少女「ん」

食人鬼「…こ、ここに置いておくから。終わったら言え」

少女「え、私が全部するの?」

食人鬼「当たり前だろ!甘えるな馬鹿女!」

少女「無理よ。手もまだ力が入らないのに」

食人鬼「し、知るか!適当にやれ!」

少女「手伝ってよ」

食人鬼「ぼ、僕が!?何でそうなる!?い、いやだね。断る!」

少女「何…そんなに大事じゃないでしょ」プチ

少女「いま上を脱ぐから。背中をお願いして良い?」

食人鬼「や、やめろ!!脱ぐな!!ばかっ!!」バッ

85 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:21:06 739 59/290

少女「…うるさいなぁ」プチ

食人鬼「お、おいこら!聞いてるのか!脱ぐな!!」

少女「もう、女同士なんだから別にいいじゃない!」グイ

食人鬼「へ!?な、に…」

少女「村じゃよくあることだから、気にしないわ。手伝って」

食人鬼「待て!違う!そうじゃない!」

少女「だから、何をそんなに」

食人鬼「お、おと、おとっ!」

少女「はあ?音?なに?」

食人鬼「男だってば!!」

少女「…」

食人鬼「な、なんで…女じゃない!見たら分かるだろ阿呆!」

少女「…え、でも、…髪も長いし、顔も」

食人鬼「髪が長いだけでなんで女になる!?お、男だっ!殺すぞ!」

少女「…」

少女「は、離れてよ!!」バシッ

食人鬼「はぁあああ!?」

少女「何で早く言わないの!?信じられない!」

食人鬼「し、知るか!声とかで分かるだろ!」

少女「声が低めの女の子なんて大勢いるでしょ!?」

食人鬼「知るかぁあ!!」

86 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:26:10 739 60/290

少女「…」バッ

食人鬼「僕は悪くないぞ!大体、女が僕って言うかよ!?」

少女「そういう特殊な人なのかと思ったのよ」

食人鬼「なっ…。失礼すぎるぞ!」

少女「ああ、どうりで…。全然胸がないと思った…」

食人鬼「!ひ、品のないことをっ…」

少女「紛らわしいのよ!何で髪を伸ばすの?」

食人鬼「すぐ伸びてくるんだから、切っても意味ないだろ!」

少女「意味わかんない!…出てってよ!」

食人鬼「は、はあ!?」

少女「自分でやる!触んないで、見ないで!ドア閉めて!」

食人鬼「く、…っ。死ね!!」

バタン

食人鬼「なんて女だ…!最低だ」

「聞こえてるわよ!最低なのは性別詐欺してたそっちでしょう!」

食人鬼「こんの…」ギリギリ

87 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:29:31 739 61/290

少女「…終わったわ」

食人鬼「あっそ」ムス

少女「…足は無理だったけど」

食人鬼「…」

食人鬼「や、やろうか」

少女「…は?」

食人鬼「綺麗にしておかないと、化膿するかもしれないだろ」

食人鬼「別に…僕だって進んでやりたいわけじゃない!」

少女「…」

少女「膝から上は絶対触らないで」

食人鬼「だ、誰が触るか!」

少女「包帯も替えてくれるの?」

食人鬼「ああ。また少し滲んでる。動きすぎだ」

少女「そうかな…」

食人鬼「…ふ、拭くぞ」

少女「…ん」

食人鬼「……」ゴシ

88 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:34:35 739 62/290

少女「…」

食人鬼「包帯、取るぞ」

少女「うん」

食人鬼「その、足。…あげろ。少しでいいから」

少女「…うー」

食人鬼「そのままにしとけよ」シュル

少女「早く…。痛い」

食人鬼「…薬も塗るから。我慢しろ」

少女「……」ギュ

食人鬼「…何で、撃ったんだよ。馬鹿か」

少女「本当は…太ももを撃とうと思ったんだけどね」

食人鬼「…どうしてだ」

少女「太い血管があるから。血も一杯でると思って」

少女「でも、…無理だった。怖くて、足首をかすっただけだった」

食人鬼「それでもたくさん出血はした。お前は馬鹿だ」

少女「…目的があるなら、何でもするわ」

食人鬼「…」シュル

89 : 名無しさ... - 2015/07/25 19:58:22 739 63/290

食人鬼「終わりだ。降ろしていいぞ」

少女「…」ポフ

食人鬼「じゃあ、…もう遅いし寝ろ」

少女「うん」

食人鬼「…電気、消すぞ」

少女「ああ、待って」

食人鬼「ん?」

少女「…ええと、こんなことを言うのが適当かどうかは分からないけど」

少女「…ありがとう。色々、良くしてくれて」

食人鬼「!」

少女「それと、おやすみなさい。また明日」

食人鬼「……」ポカン

少女「なに?」

食人鬼「い、や。…いや…」

少女「…ありがとうって言われたら、どういたしまして」

少女「おやすみって言われたら、おやすみって返せばいいのよ」

食人鬼「…」

食人鬼「どう、いたしまして。…おやすみ」

少女「うん」

食人鬼「……っ」

バタン

少女「…あはは」

少女「変なの」クス

90 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:04:51 739 64/290

ねえ、お父さん

「ん?何だ、少女」

…それ、食べるの?

「ああ、そうだ。そのために撃ったんだ」

…可哀相

「あのな、少女」



「俺たちは、この鳥さんを食べて生きていく。鳥さんは、俺たちの命になる」

うん

「食べたら、それは命を繋ぐ大事な行為だ」

「けど、…食べなければ、それはただの殺しなんだよ」

ころし、

「そうだ。ただこの鳥を、撃って、殺した」

…そんなの、だめだよ

「そうだな。この鳥だって、魚を捕まえる。けど、殺しじゃない。食べるから、殺しではないんだ」

食べたら、鳥さんは可哀相じゃないの?

「…」

「ああ。罪ではない」

「だから、しっかりいただきますって言うんだ。鳥さんの命を、ちゃんと食べてあげるんだ」

うん、分かった。…食べる

「そうか。良い子だな、少女。賢い子だ」

わたし、残さないよ

「お父さんもちゃんと食べるぞ!嫌いな野菜もちゃあんとな」

「さ、帰ろう。今日はシチューにしてやる」

やった!シチュー、シチュー!

92 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:13:48 739 65/290

父は村でも腕利きの猟師だった

銃の扱い、勘、経験、…村では、…ううん。きっと何処を探したって、彼以上の猟師はいないだろう

お父さんは、ただ狩るだけではなかった

獲物にいつだって敬意と感謝の心を持っていた

仕留めた獲物は食べるところは全て食べ、使えるところは使った

無駄にしたら、ただの殺し。

いつも私に言い含めていた。


だから私は、どんな食べ物残さなかった。

全てを咀嚼し、嚥下し、自分の体に取り込んだ。

一欠けらも無駄にしないように、丁寧に皿を綺麗にしていった。


そして食事が終わった後は、お父さんと小さなテーブルにむかいあって

ごちそうさま、と 二人して真面目に祈ったのだ


…命をごちそうさま、と 謝罪と感謝を一生懸命に、幼い祈りにこめたのだ

93 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:21:55 739 66/290

コンコン

少女「…」モゾ

少女「…う。…痛」

コンコン

少女「…ん」

少女(…どこだ、ここ)

「…おーい、起きてるか」

少女「あ」

「入るぞ」

少女「…そ、っか」ボソ

食人鬼「…足の調子は、どうだ」

少女「わかんない。じんじんする」

食人鬼「感覚がないよりはマシだ」

少女「…そうかなぁ…」

食人鬼「…朝飯」

少女「う。…ん、食べる」

食人鬼「持ってくる。布団は脇に退けとけよ」

少女「…あ、そうだ。おはよう」

食人鬼「…」ピタ

食人鬼「あ、ああ。…おはよう」

94 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:26:29 739 67/290

少女「…」モソ

食人鬼「…相変わらずだな。お婆ちゃんみたいな食べ方だ」

少女「はあ…。きつい」

食人鬼「…これ、飲め」

少女「…これ、ホットチョコレート?」

食人鬼「ん」

少女「わ…チョコレートなんて、何時振りだろう。良い匂い」

食人鬼「熱いからな、冷まして飲めよ」

少女「…」ズズ

少女「うー…。すっごく、美味しい。芳醇」

食人鬼「そうか。…好きか、チョコレート」

少女「大好き。でも村じゃなかなか手に入らないわ。高級品だもの」

食人鬼「へー…」

少女「美味しい…。これなら、ずっと飲んでいられるかも」

食人鬼「それじゃ駄目だ。他のものもバランスよく食え」

少女「はいはい」ズズ

食人鬼「ったく…どんな育てかたしたらこんな女になるんだ」

少女「…」

95 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:31:23 739 68/290

少女「…ごちそうさま」

食人鬼「…結局飲み物だけか!」

少女「あんまり動かないしお腹もすかないわ」

食人鬼「…作り甲斐がない」ムス

少女「申し訳ないわ。けど、戻すのも失礼だし」

食人鬼「あー、いい。何も口に入れないより、ましだから」

少女「そう」

食人鬼「いつか食べたくなる日が来るだろ」モグ

少女「その時がきっと私の寿命ね」

食人鬼「ん、ぐ」

少女「あら。何?」

食人鬼「…何でもない」ゴクン

食人鬼「えっと、安静にしとけよ。分かったな」

少女「うん」

96 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:39:53 739 69/290

少女「…」

パン パン 

食人鬼「…何見てるんだ」

少女「いや、魔物が洗濯物してるって思って」

食人鬼「わ、悪いか。僕だって服は着る」

少女「変なの。…本当に人間くさいわ」

食人鬼「ふん。…お前の着ていた服だって洗ってやってるのに」

少女「ああ、昨日は着替えを貸してくれてありがとう」

少女「けど、…あなたのシャツとズボンじゃぶかぶかね。動いたら脱げそう」

食人鬼「はん、お前はえらくチビだからな」

少女「そのようね。好き嫌いはしない子だったんだけど」

食人鬼「どうだか。今みたいに屁理屈こねて残しそうだがな」

少女「…遺伝なのよ。多分」

食人鬼「遺伝、か」

食人鬼「…」

少女「良い天気ね」

食人鬼「おい、お前」

少女「何?」

食人鬼「お前ってやっぱり、変だよなあ。本当に人間なのか?」

少女「足を銃弾がかすっただけで瀕死になる、か弱い人間だわ」

食人鬼「…自虐的な」

97 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:44:52 739 70/290

食人鬼「僕を見ろよ」

少女「うん」

食人鬼「村では忌み嫌われる魔物だぞ。…食人鬼だぞ?」

少女「そうね」

食人鬼「怖くないのか?それか、憎いとか」

少女「…怖くはないわ。全く」

食人鬼「な、なんで」

少女「だって私が少しでも痛がる素振りをみせたらオドオドするし、なんだか小心者なんだもの」

少女「確かに力はあるんでしょうけど。けど、怖くないわ。普通の男の子ってかんじだわ」

食人鬼「…!」

少女「まあ、つまり私はあなたを舐めきってるってことね」

食人鬼「なんだよそれ!」

少女「…」クス

食人鬼「!あ、…。くそ、生意気なガキだ!」

少女「ガキじゃないわ。あなたと同じくらいじゃない」

食人鬼「僕はお前よりずっと長く生きてるんだぞ!馬鹿にするな!」

少女「へえ、そうなんだ。やっと魔物らしくなった」

食人鬼「わ、笑うな!!」

98 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:50:30 739 71/290

食人鬼(…異常だ)

食人鬼(初めて見たときから、ずっと思っていたけど)

食人鬼(どうして?…なんで僕を怖がらない?)

少女「…あ、そうだ」

食人鬼「な、なんだよ」

少女「あなたの名前をまだ聞いてなかったわ。教えて」

食人鬼「…」

少女「何ていうの?」

食人鬼(…危険、なのか?何か、目的があるのか?)

少女「…ねえ?」

食人鬼「…名前なんてない。好きに呼べ。呼ばなくても構わないけど」

少女「そう。…じゃあストレートに食人鬼と呼ぶわ」

食人鬼「…ああ、そうかよ」

少女「私は少女って言うの」

食人鬼「!…そ、そうか。ふうん、変な名前」

少女「好きに呼んでくれてかまわないから」

食人鬼「…め、面倒だ。別に…名前なんて知らなくくていい」フイ

少女「そうね。エサを名前で呼ぶなんてどうかしてるわ」

食人鬼「…」

少女「…ね」

食人鬼「…ん。…ああ」

99 : 名無しさ... - 2015/07/25 20:57:59 739 72/290

少女「…もう。いいわ」カチャ

食人鬼(…やっぱり、全然食べないな)

食人鬼(これじゃ、いつまで経っても回復しない)

食人鬼(なんでもいいから、栄養のあるものを…)

食人鬼「…あ」

少女「ん?」

食人鬼「お前、…チョコレート好きだって言ってたろ」

少女「うん」

食人鬼「…甘いものも?」

少女「大好き」

食人鬼「…」

食人鬼「少し、家を出る。…留守番できるか」

少女「え?」

食人鬼「いいか、逃げようなんて考えるなよ。死ぬだけだからな」

食人鬼「すぐ戻ってくるから、これでも読んで大人しくしておけよ、分かったな!」ドサ

少女「え、ええ。まあ、いいけど」

食人鬼「いいか、絶対に逃げるなよ!」ダッ

少女「…いや、歩けないし」ボソ

106 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:16:41 fOG 73/290

少女「…」ペラ

少女「ふぅ」パタン

少女「…まだかな」

少女(…一体何しに行ったのかな。…っていうか、外でて見つからないの?)

少女「…次の本は、と」

少女「……“コミュニケーション論 排他的集団と上手く付き合うには”?…」

少女「…なんでこんな本が」

少女「少なくとも今の私には必要ないわ」ポフ

少女「…はぁ」

グゥ

少女「…」

少女(…最近、残してばっかりだ)

少女(初めは肉だった。でも、今じゃ…)

少女「…食べなければ、ただの殺しだ」ボソ

108 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:24:47 fOG 74/290

バタン

食人鬼「…ふぅ」

少女「あら、おかえり」

食人鬼「ただい……。…お、お前。少しは寝たんだろうな?」

少女「ずっと本読んでたわ。このコミュニケーション論、面白いわね。的を得てる」

食人鬼「…少しは寝て血を作れよ、馬鹿」

少女「で、どこに行ってたの?」

食人鬼「街だ」

少女「…」ポカン

食人鬼「な、何だよっ」

少女「街?街って、ええと、北の繁華街?」

食人鬼「そうだ」

少女「無理だわ。馬を使っても2日はかかる道のりだし。…こんな早くに」

食人鬼「僕は行けるんだ。普通の奴らとは違う」

少女「はぁ…。魔物らしいところもあるのね」

食人鬼「う、うるさいっ!」

少女「…何、その袋。随分たくさんあるけど」

食人鬼「う…。…あ、開けてみろ」

少女「…私に?」

食人鬼「あ、ああ。そうだ」ズイ

110 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:31:43 fOG 75/290

少女「この箱、見たことある。有名なお菓子屋さんのものじゃ」

食人鬼「…」

少女「…チョコレート?」チラ

食人鬼「…」コクン

少女「それに、ケーキとムースも。…どうして?」

食人鬼「お前が…甘い物が好きって言ったから。食うかと思って」

少女「…」

少女「そうね。確かに、食べやすいかもしれない。…命をあまり意識しないでいいし」

食人鬼「どういうことだ?」

少女「ううん、別に。一つ食べていい?」

食人鬼「あ、ああ。好きにしろ」

少女「…ん。美味しい!食べたことない味がする!」

食人鬼「!…た、たくさん食えそうか?」

少女「食べれるわ。うわぁ、こんなに美味しいのねあのお店」モグ

食人鬼「そうか。…よかった」ボソ

少女「わざわざこれを買いに行ってくれたの?」

食人鬼「は、はあ!?いや、違う!たまたま用があって、そのついでに」

少女「そうなんだ。でも、ありがとう。嬉しいわ」

食人鬼「あ、…いや。僕は、…別に」

111 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:37:40 fOG 76/290

食人鬼「…」

少女「コーヒーみたいな香りがするのね。やっぱり高いのは違うわ」

食人鬼「…ほら、これも」ガサ

少女「…何、これ?」

食人鬼「見たら分かるだろ、着替えだ」

少女「そんなものまで用意してくれたの」パサ

少女(…あはは。なんか、少女趣味な服ね。白いワンピースだ)

食人鬼「…女が着る服なんて、良くわかんないから適当だ」ムス

少女「気に入ったわ」

食人鬼「そ、そうか。なら、いい」

少女「下着も買ってきてくれたらよかったんだけど…」

食人鬼「!お、お前はすぐに増長する!」

少女「だって大事なことだもの」

食人鬼「わ、分かった。何とか用意する。…不衛生だしな」

少女「サイズ教えようか?」

食人鬼「聞きたくない。…適当だ、適当」

少女「えぇ…」

食人鬼「ほ、ほら。これもやる」

少女「はぐらかしたわね。…あ、松葉杖?」

食人鬼「足が良くなったらさっさと歩く練習をしろ。骨がもろくなる」

112 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:42:10 fOG 77/290

少女「リハビリって何時からしたほうがいいのかしら」

食人鬼「まあ、…傷の程度から見て明日からでも大丈夫だ」

少女「そう。案外早いのね」

食人鬼「足は動くんだろ?」

少女「どうかしらね。激痛が走るからなんとも言えないわ」

食人鬼「…痛み止めも用意してあるから、飲め」

少女「分かったわ。至れりつくせりね」

食人鬼「…だ、だからついでだ」

少女「素朴な疑問なんだけど」

食人鬼「何だ」

少女「…お金、どうしたの?」

食人鬼「…」

少女「…」

食人鬼「秘密だ」

少女「うわあ、気になる。すごく気になる」ボフ

食人鬼「も、もう食べないのか!?だったら冷やしておくから箱をよこせよ!」

少女「はぐらかしてばっかりだわ」ムス

食人鬼「お前が言うな!」

113 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:48:12 fOG 78/290

少女「…ごちそうさまでした」

食人鬼「ん。まあ、多くはないが食べれたな」

少女「舌が肥えそうだわ。もう普通のお菓子食べれないかも」

食人鬼「…人間の食うものはよく分からん」

少女「あなたの食べるもののほうが理解不能だわ」

食人鬼「…」

食人鬼「薬を飲めよ」

少女「分かってる。…うえ。…苦そう」

食人鬼(…フルーツや菓子だったら何とかまともな量を食べれるんだな)

食人鬼(少しづつつまませて、食欲が回復してきたときに元の食事に戻そう)

少女「ぷは。…はい、飲んだ」

食人鬼「じゃあ、寝ろ」

少女「はーい」

食人鬼「明かり消すぞ」

少女「あ、待って」

少女「あのね、明日は…新聞が読みたいの。できる?」

食人鬼「新聞?…村のものか?街か?」

少女「村の方。出来る?」

食人鬼「できないことはない。取ってくる」

114 : 名無しさ... - 2015/07/26 00:52:42 fOG 79/290

少女「できれば昨日の夕刊と明日の朝刊が欲しいんだけど」

食人鬼「またワガママな…。わーかった、わかった」

少女「ありがとう。お願いね」

食人鬼「…ん。じゃあ、消すぞ」

少女「…ねえ」

食人鬼「何だ」

少女「…他の、女の子にもこういうことした?」

食人鬼「…」

少女「こうやって優しくしてから、食べたの?」

食人鬼「…人間だって」

少女「…」

食人鬼「家畜や植物に愛情を与えた後、食べるだろ」

少女「私はそれを残酷だと思ったりしないわ。彼らは自然競争をしないで安全に一生を終えられるもの」

少女「食べられるのはその代償じゃないかしらね。…質問に答えて?」

食人鬼「おやすみ」

パチン

少女「…」

バタン

少女「…答えられないわよね。…そうよね」

115 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:00:18 fOG 80/290



夢を見た。

小さい頃の夢だ。

私は買ってもらったばかりの靴を履いて、お父さんの後を付いて行ってる。

お父さんが振り向く。

優しい、切れ長の瞳。 顔を覆うひげ。 柔らかく笑った口元。

「おいで、少女」

私はお父さんの腕に、だきつく。


場面が暗転する。

私は机に向かって勉強している。

扉が開いて、お父さんが入ってくる。

顔面蒼白で、唇が震えている。

「…少女」

なあに、お父さん

「…村のはずれにいる、女の子が殺された」

…え?

鉛筆の落ちる音がどこかで聞こえた。

116 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:04:57 fOG 81/290

場面が暗転する。

私は、縄が張られた森の入り口に立っている。

保安官さんと、村の医者が何かを覗き込んでいる。

「…××!! ××!!」

若い母親が、絶叫している。 彼女はあの子をたった一人で育てていたのだ。

私は、目を見開いている。 涙は、出ない。

保安官さんの体が動いて、その下に投げ出された青白い足が見えた。

すでに生きた人の色をしていない。

片方の足が、無い。

「…少女!」

お父さん、ねえ。どうして

「見ちゃ、だめだ。…だめだ」

どうして…あんな、酷いことが

涙が出ない。

117 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:11:42 fOG 82/290



夢を見た。

小さい頃の夢だ。

僕は母親に手を引かれて、この家に入る。

「ここが今日からあなたの家よ」

僕は目を丸くする。 今まで生活してきた空間とは、全く違う。

温かい色、広い部屋、清潔な空気。 人が人らしく暮らせる家だ。

「気に入った?」

…うん!

僕ははしゃいで家の中を走り回る。 母親は微笑みながら、それを見ている。


場面が暗転する。

僕は丘の上から村の祭りの様子を見つめている。

ねえ、お母さん

「なあに?」

僕も遊びたい。あそこに行きたい。

母親は僕の頭を、困ったように数回撫でた。

「そうね。…いつか、きっと行けるわよ」

いつかって?

「私達が、受け入れられたときよ」

僕はその言葉の意味が、今でも理解できない。

118 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:16:26 fOG 83/290

場面が暗転する。

僕は森で立ち尽くしている。

遠く先には、猟銃を構えた若い男性が二人。

ダン、 ダン

激しい二発の音が、鼓膜をゆさぶった。

鹿の首から、血しぶきがあがった。

「おい、大物だ」

「これでやっと帰れるな」

二人はにこやかに言い合いながら、死んだ鹿に近寄る。


僕は、思わず身を乗り出した。

木の枝を踏む音が響き、男性の一人がすばやく振り向く。


ああ

逃げなきゃ

119 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:22:25 fOG 84/290

食人鬼「ほら、新聞」ポイ

少女「ありがと」

食人鬼「…朝食の最中に読むなんて、行儀が悪いぞ」

少女「効率的じゃない?」パラ

少女「…」

食人鬼「何を見てる」

少女「占いのコーナーじゃないことは確かね」

食人鬼「僕にも見せろ」グイ

少女「ああ、もう。破ける!読みたいんなら横に並んでよ」

食人鬼「なっ…。僕が取ってきたものなのに」

少女「集中できないわ。黙って」

食人鬼「…」ムス

少女「…」ペラ

「猟師の娘、行方不明。 家出か」

少女「…」ペラ

「猟師の娘のものと思われるケープが発見された。現場には血痕があり、これも魔物の仕業だと考えられる」

「犠牲者はこれで15人となった」

「未だに両名の安否は不明」

少女「…なるほど」

120 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:28:08 fOG 85/290

食人鬼「…これ、お前のことか」

少女「そうね」

食人鬼「家出したのか?」

少女「まあ、…そうね」

食人鬼「…父親は、どうした?」

少女「…」

少女「魔物にやられたわ」

食人鬼「…」

少女「皆は生きてるって言うけど、私は思わない。彼はもう死んでる」

食人鬼「……僕は、…」

少女「新聞、もういいわ。大体分かった。ありがと」

食人鬼「待ってくれ。…僕は」

少女「何も言わないで。ご飯ももういいわ」

食人鬼「…どうしてだ」

食人鬼「どうしてそんなに普通なんだ」

少女「…ん?」

食人鬼「お前は僕が村の殺人事件の犯人だって、分かってるんだろ。父親も被害にあったんだろ。なら、どうして」

少女「…」

少女「さあ。どうしてだろう」

食人鬼「…憎いだろう、僕が」

少女「…」

少女「いいえ?」

食人鬼「…!」

少女「着替えたいから、少し出てくれない?」

食人鬼「…わ、わか、った…」

121 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:34:07 fOG 86/290

少女「…よい、しょ」カツ

食人鬼「…」

少女「やっほー」

食人鬼「!」ビクッ

少女「うん、歩けないことはないわ。使いやすい」

食人鬼「な、なにやってんだ!まだ…」

少女「足の痛みも昨日ほどひどくないの。薬のおかげね。大丈夫よ」

食人鬼「けど、まだ危ないんだぞ!体力だって」

少女「まあ、転んだ時には助けてね」ヒョコヒョコ

食人鬼「ああ、…そっちは段差だ!気をつけろ馬鹿!!」

少女「大丈夫大丈夫」

食人鬼「くそっ、大人しく寝ときゃいいのにっ…」タタタ

少女「ねえ、ドア開けて。外の空気が吸いたい」

食人鬼「…逃げないだろうな」

少女「街に半日で行ける体力の持ち主から逃げれるわけないわ」

食人鬼「…いや、あれは。…まあいい。いいか、庭から先に出るなよ」

ガチャ

少女「うわ。…すごい」

食人鬼「…」

少女「森にこんなところがあったのね。見たことない」

食人鬼「人間が立ち入らない場所なんだ」

少女「え、そうなの?…ああ、猟師でさえ入らない場所があったわね。崖の近くか」

122 : 名無しさ... - 2015/07/26 01:39:10 fOG 87/290

少女「でも、変ね」

食人鬼「何が」

少女「あなたを殺そうと捜索隊が入ったはずだけど」

食人鬼「…ああ、来た」

少女「なんでこんな目立つ家が見つからなかったのかしらね」

食人鬼「結界があるんだ」

少女「けっか、い?」

食人鬼「ああ。ずっと張ってる。…外からじゃ絶対見えない」

少女「…なにそれ。ファンタジーなの?」

食人鬼「ほ、本当だぞ!抜け道用の結界だってあるんだ」

少女「信じがたいわね。…なんだか、魔法使いみたい」

食人鬼「魔力を持ってれば、人間だってできる。…いや、相当力が要るけど」

少女「へえ、いいなあ。便利なんだ」

食人鬼「結構大変なんだぞ」

少女「ふーん。…おっと」ズル

食人鬼「おいっ!…前をちゃんと見ろよ!段差があるだろ!」グイ

少女「ごめんごめん」カツ

食人鬼「ったく…車椅子とかにすればよかった…」

少女「飽きた。帰るわ」

食人鬼「…くぅ…」

128 : 名無しさ... - 2015/07/26 11:21:56 fOG 88/290

カツ カツ

食人鬼「…」

カツン

食人鬼「あのなあ」

少女「ん?」コツ

食人鬼「あんまりカツカツ言わせるな!気が散るだろ」

少女「暇なんですもの」コツ

食人鬼「うろちょろするなって言ってるんだ!転んだらどうすんだよっ」

少女「運動神経はいいほうだから」コツ

食人鬼「こらっ、どこ行く!そっちは駄目だ!」

少女「なんで?」

食人鬼「地下室なんだ。危ないだろ」グイ

少女「ちょっと、自分で戻れるから触らないでよ」

食人鬼「もう没収だ。座ってるか寝てるかどっちかにしろっ」

少女「横暴!」

食人鬼「座れ!」

少女「あー…つまんないの…」ポフ

129 : 名無しさ... - 2015/07/26 11:27:59 fOG 89/290

少女「…」

食人鬼「少しは静かにできないのか」

少女「魔物の住処なんて珍しいし。できるだけ見ておきたいじゃない」

食人鬼「…はぁ…」

少女「ねえ、ずっとここに住んでるの?」

食人鬼「そうだ」

少女「一人で?」

食人鬼「…前は、同居人がいた」

少女「へぇ。それって、誰?家族?」

食人鬼「そんなとこだ」

少女「何で今はいないの?」

食人鬼「…死んだから」

少女「そう」

食人鬼「…」

少女「お母さんかしら?」

食人鬼「!」

少女「家の趣味から見て、女性かなあって」

食人鬼「…そうだけど」

少女「じゃあ、あなた孤児なのね。かわいそうに」

食人鬼「ど、同情なんていらない!別に悲しくもないし、辛くもない」

少女「同情なんてしてないわ。けど、気持ちは分かる。私もお母さんいないもの」

食人鬼「…そうなのか」

130 : 名無しさ... - 2015/07/26 11:32:25 fOG 90/290

少女「でも顔すら覚えてないんだ。私が二歳くらいのころ、事故で亡くなったらしいの」

食人鬼「ふうん、じゃあいてもいなくても気にすることはないな」

少女「そうね。私にはお父さんがいるから」

少女「…」

少女「いや、いた…から」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼(…こいつも、一人ぼっちなのか)

少女「あぁ、何だか家が気になってきた」

食人鬼「…」

少女「今きっと無人なのよね。それか保安官さんに荒らされてるのかしら」

食人鬼「…帰りたければ、帰ればいい」

少女「嫌よ。村には戻らないわ」ギシ

少女「私はここで死ぬんでしょう?戻る必要はないわ」

食人鬼「…」

131 : 名無しさ... - 2015/07/26 11:36:11 fOG 91/290

少女「…」ペラ

食人鬼「少し、外に出てくる」

少女「何処行くの?」

食人鬼「庭だ」

少女「私も行く!」

食人鬼「はあ?何でお前が…」

少女「日の光を浴びたいのよ。お願い、杖貸して」

食人鬼「邪魔すんなよ。少しでもうるさくしたら帰すからな」

少女「うん」コツ


少女「…へえ、畑があるの!」

食人鬼「できるだけ野菜はここで育ててる。…いや、僕じゃなくて母さんが、だったけど」

少女「お母さんの畑を受け継いだわけね。偉いじゃない」

食人鬼「…そ、そうか?」

少女「土も良いし、植物がつやつやしてる。大切にしてるんだ」

食人鬼「そ…そうでもない。普通だ」プイ

132 : 名無しさ... - 2015/07/26 11:42:24 fOG 92/290

少女「あ、トマトだ」

食人鬼「少しなら?いで食べてもいい」

少女「ううん、見てるだけでいいわ」

食人鬼「…あっそう」

少女「何か収穫するの?」

食人鬼「いや、水遣りするだけだ。お前は結局食べないだろ」

少女「手伝おうか?」

食人鬼「ふん、お前なんか足を引っ張るだけだ。しなくていい」

少女「む…。できるわよ、水遣りくらい。如雨露貸して」

食人鬼「あ、こらっ」

少女「う、わ。…ひゃ!」グラ

食人鬼「あ、危ないっ!」バッ

ドサ

少女「きゃ…」

食人鬼(…あ)

少女「び、びっくり、した…」

食人鬼(…甘い匂い、する)

少女「ご、ごめんなさい。あんなに重いとは思わなくて」

食人鬼「…」

少女「食人鬼…?」

食人鬼(腕、柔らかい。…おいしそ)

少女「ねえってば」

食人鬼「!!」バッ

134 : 名無しさ... - 2015/07/26 11:46:03 fOG 93/290

食人鬼「お、お前!だから言っただろ!馬鹿!!」

少女「うん、だから謝ってるじゃない。腕、離してくれる?」

食人鬼「…あ。…う、ん…」パッ

少女「頭打つところだった。あー、どきどきした」

食人鬼(…)ギュ

食人鬼(なんだ、今の。…くらくらした。あの時と、一緒だ)

食人鬼(あいつが血を出して倒れた時と、…一緒だ)

少女「ねえ、どうかした?目がなんか怖い」

食人鬼「な、…んでもない!驚いただけだ!」

食人鬼「お、お前は…。もう帰れよ…。危なっかしい」

少女「そうね。本当に邪魔みたいだし」

食人鬼「…」

少女「よいしょ」カツ

食人鬼(早く、行け。…行っちまえ…)

135 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:01:27 fOG 94/290

少女「…ごちそうさま」

食人鬼「ん。…全部食ったな」

少女「少しづつ胃が働いてきたみたいね」ポンポン

食人鬼「ま、この調子で順調に太れ」カチャ

少女「うーん、少し肉はついてきたと思うんだけど」

食人鬼「いきなり変化があるわけないだろ、馬鹿め」

少女「あら、女の子なんてすぐよ。すぐぷにぷにになる」フニ

食人鬼「…知らん。薬飲んどけよ」

少女「あ、ちょい待って」

食人鬼「何だ」

少女「何か日記でも書ける冊子とペンが欲しいんだけど」

食人鬼「…何するんだ、そんなもの?」

少女「食人鬼との交流日記を書くのよ」

食人鬼「却下だ」

少女「嘘よ!暇だから絵とか詩とか書いてみたいの!」

食人鬼「本当か?」ジト

少女「この目を見なさいよ!嘘つくような目に見える?」

食人鬼「…よ、よく分からない。けど、まあいい」プイ

少女「やった」

食人鬼「適当なのを探してくるから、待ってろ」

少女「はーい」

136 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:06:05 fOG 95/290

食人鬼「ほら」ポン

少女「ありがとう。…万年筆?初めて使うわ」

食人鬼「あまり力を入れて書くなよ。つぶれるんだから」

少女「分かった」カリ

食人鬼「強い強い!」

少女「うわ、インクが手についたっ」

食人鬼「不器用なのか!」フキフキ

少女「うーん、普通の鉛筆がいいんだけど」

食人鬼「生憎これしかない。我慢するんだな」

少女「ちぇー…」カキ

食人鬼「…」ジッ

少女「ちょっと、なに見てるの?」

食人鬼「あ、え?そ、そうか。見られたくないか」

少女「別に大したことは書かないけど、いい気分はしないわ」

食人鬼「分かった。その、すまん」ポリ

食人鬼「…ええと、僕はあっちの部屋にいるから。眠たくなったら言え」

少女「分かった」カリ

食人鬼(…松葉杖は持っていくか。歩き回られたら困るし)カチャ

137 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:09:45 fOG 96/290

少女「…」カリ

少女(…ペンのほうが都合が良かったかもしれないわ)

少女(鉛筆だと消されるかもしれないし)

少女「…」カリカリ

少女(伝えたいことだけを最小限に書くって難しいのね)

少女(書き物って苦手だわ。…もう箇条書きのほうがいいかな)

少女(…)チラ

食人鬼「ふんー…ふんふーん…」カチャカチャ

少女(律儀に皿洗いしてるし)カリカリ

少女(…気が引けない、と言えばうそになる)

少女(けど、…これは必要なことなんだと思う)

少女(…誰にとって?)

少女(…よそう、もう。考えるのは)カリカリ

138 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:14:32 fOG 97/290

×月×日

少し落ち着いたので、私の身におこった出来事を整理したい。

私が死んでしまう前に、知りうるかぎりのことを書き留めるつもりだ。


彼は確かに存在する。

髪の色は白で、女性のように長い。

目は赤色。 容姿は細身の少年。背が少し高い。

言葉が通じる。文明感覚があるようだ。会話もした。


私はまだ生きている。 けど、彼がこの後どういう行動に出るかは分からない。

家に帰りたい。 


お父さんに会いたい。

139 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:17:55 fOG 98/290

食人鬼「よし、っと」

食人鬼(…あれ。やけに静かだな)

食人鬼「…おい?」ソロ

少女「…」

食人鬼「どうかしたか?」

少女「…すぅ、…すぅ…」

食人鬼「ね、寝てる?」

少女「…」

食人鬼「はぁ…。布団もかけてないし…」

コロ

食人鬼(…あ。あいつにやった、ノート…)

食人鬼(…何書いたんだ、一体)ヒョイ

少女「…」モゾ

食人鬼「…」

食人鬼(いや、別段…興味もないしな。いいや)

食人鬼「…」パチ

食人鬼「…お」

食人鬼「おやすみ」ボソ

140 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:24:14 fOG 99/290

食人鬼「…」モゾ

あの女を拾ってから、今のソファで眠るようになった。

食人鬼「…」ゴロ

今奴が使っているのは元々僕のベッドなんだけど。足が悪いので仕方ない。

食人鬼(…なんか)

ふと、思う。

食人鬼(…らしくもないな)

ずっと昔に諦めたはずなのに、まだこういう気持ちが残ってるなんて

食人鬼(人間と関わったって、ろくなことないのに)

そうだ。ろくなことがない。

食人鬼(あんな…酷い奴らのことなんか)

しかし、彼らの目からすれば僕こそ悪なんだろう。

食人鬼(…僕は鬼だ)

鬼だ。口に出すのも憚られる悪行を重ねる魔物だ。

食人鬼(なのに何で、あいつの世話をしたりするんだろう)

分からない。 けど、多分それはあの女のせいだ。

あんまりにも僕に対して自然だから。

それが狂気にも似た純粋さだということを、僕は理解している。

食人鬼(あの女はいかれてる)

僕もだ。

141 : 名無しさ... - 2015/07/26 12:30:41 fOG 100/290

食人鬼「…」ムク

食人鬼「…」チラ

あいつを拾ってから増えた日課が一つある。

少女「すぅ…、…」

食人鬼「…」ジッ

夜、寝ている女の部屋を静かに覗く

少女「ん、…」

奴が繰り返す深い呼吸を、少しの間確認する。

食人鬼「…」フー

生きているかどうかを確認する。

食人鬼「…」ボフ

そうすると少しだけ、安心する。

僕は命を奪ったりしていない。

少女「…」

一人では何もできないあの女の命を、懸命に守っている。

食人鬼「…」

そう考えると、一瞬



全ての罪が許されて、自分が人間になれた気がするのだ。

143 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:05:50 fOG 101/290

ザアア…

少女「…雨ね」

食人鬼「雨だな」

少女「今朝からなんかじめじめすると思った。最悪だわ」

食人鬼「お前は外に出ないんだからどの道関係ないだろうが」

少女「まあ、たしかに」

少女「けど、本当に暇だわ。飽きてきた…。早く太りたい」

食人鬼「ま、まだまだ全然だめだな。ひねた豚みたいだし」

少女「ほーう、もしかして私を怒らせようとしてる?やめたほうがいいわよ」

食人鬼「素直な感想を述べたまでだぞ」

少女「前々から思ってたんだけど、あなた言い回しにセンスがないのよ。だいたいねぇ…」

食人鬼「…」ピタ

少女「ん。…どうかした?」

食人鬼「…静かにしろ」

少女「ああ、負けそうになったからってそんな」

食人鬼「違う。足音が聞こえるんだ」

少女「え?…雨の音じゃなくて?」

食人鬼「…」フルフル

食人鬼「明かりを消す。お前はとにかく喋るな」

少女「気のせいだと思うけど…」

食人鬼「しーっ!」

少女「…」

144 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:10:05 fOG 102/290

食人鬼「…」カツカツ

少女「くらーい」

食人鬼「喋るなってば!お前の声は通るんだから」

少女「自分の方が大声出してるくせに」

食人鬼「む。…と、とにかく口を閉じろ。次喋ったら縫い付けてやる」

少女(こわーい)パクパク

食人鬼「…」シャッ

食人鬼(…たくさんの足音だ。…多分全員男。足音が重い)

食人鬼「…おい」

少女「…?」

食人鬼「僕は外に出てくるけど、お前はそこから動くなよ」

少女「…」コクコク

食人鬼「…」カチャ


食人鬼「…!」

「おい、どうだ?」

「いや。こっちには何も」

「崖の方まで行ってみるか?」

食人鬼(…村の男たち、か?)

145 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:13:45 fOG 103/290

食人鬼(…大丈夫だ。結界が破られることは、絶対にない)

食人鬼(けど、…音や強い光までは防げない場合もある)

食人鬼(静かにしてれば、普通の地形にしか見えない)

青年「…」ザッザッ

「…あ、青年」

食人鬼「!」バッ

少女「それに保安官さんも。皆こんな寒い雨の中で」

食人鬼「な、なんで出てくるんだよっ」

少女「だって気になるんだもの」ヒョコ

食人鬼「あああああっ、もう!!」イライラ

少女「…」ジッ

青年「くそっ…もう2日ですよ。いつになったらあいつは…」

保安官「…せめて、体だけでも見つけてあげたいな」

青年「…」ギュ

少女「私を探してる」

食人鬼「…ああ」

146 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:17:50 fOG 104/290

保安官「おい、大丈夫か?顔色が悪い」

青年「平気です。それより早く捜索を」

保安官「いや、お前がへばってもしょうがない。ここらで休もう」

青年「…はい」

保安官「…お前も、ずっと寝てないもんな」

青年「俺なんて…何も、できなかった」

少女「…」

食人鬼「…」

少女「青年、…本当に顔が青い。死にそう」

食人鬼「…し、知り合いなのか?」

少女「恋人よ」

食人鬼「えっ…」

少女「嘘。ただの幼馴染」

食人鬼「し、しょうもない嘘をつくな!びっくりしたろ!」

少女「なんで?」

食人鬼「…」

食人鬼「し、静かにしてろ。感づかれる」

147 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:21:40 fOG 105/290

青年「俺…悔しいです」

保安官「ああ。俺もだ」

青年「一番近くにいたのに…守ってやれなかった」

保安官「自分をせめても何も始まらないんだよ、青年」

青年「…ですよね」ゴシ

青年「だから俺、少女と猟師さんの仇を絶対に取るって決めたんです」ギュ

少女「…あ」

青年「…見つけたら、絶対殺してやる」ジャキ

食人鬼「…!ひ、っ」ビク

少女「あーあー、銃身を雨にぬらしちゃ駄目だよ、青年」

食人鬼「……」

少女「どうしたの?…顔が青いよ?」

食人鬼「あ、…っ。何でも、ない」

少女「銃が怖いの?」

食人鬼「ちっ、…違うっ!!」

少女「しー、しー。落ち着いて」

149 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:25:15 fOG 106/290

保安官「行こうか、青年」

青年「はい」

ザッ ザッ

食人鬼「…っ。はあ…」

少女「なんだ、本当にビビりなのねー」クスクス

食人鬼「う、うるさいっ!女にそんなこと言われたくない!」

少女「あなた、銃で撃たれたら死ぬの?だから怖いの?」

食人鬼「…ぼ、僕は死なない。痛みはあっても、死ぬことはない」

少女「へえ、すごいじゃない」

食人鬼「…でも、…銃は苦手だ。確かに」

少女「…何か嫌なことでもあったの?」

食人鬼「…ない」プイ

少女「ふうん、そう」

食人鬼「…入るぞ」

少女「うん」コツ

150 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:31:21 fOG 107/290

少女「びっくりしちゃった。結界って本当なのね」コツ

食人鬼「なんだ、疑ってたのか?」

少女「だって信じられないじゃない。けど、今ので納得いった」

少女「皆ここ素通りだものねー。全然気づかないの」

食人鬼「強力な結界だからな」

少女「あなたが張ってるの?」

食人鬼「…」

少女「えっ、違うの?」

食人鬼「は、母親が遺していったものだ」

少女「へえー。そうなんだ。てっきりあなたがやってるものだと」

食人鬼「僕は…。僕は、この家を覆うほどの力はない」

少女「何で?」

食人鬼「…何で何でうるさい!お前は二歳児か!」

少女「だって、あなたのこと色々気になるんだもの」

食人鬼「!」

食人鬼「き、…気になる、って。僕が?どうして」

少女「変わってるから」

食人鬼「お前に言われたくないっ!」

少女「私はいたって普通よ」

食人鬼「自分の足を撃ちぬく女が普通な訳あるか!」

151 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:35:08 fOG 108/290

少女「あ、撃ち抜くで思い出した。私の銃どこ?」

食人鬼「…」ズリ

少女「何処って聞いてるだけじゃない。帰してもらえるなんて期待してないわ」

食人鬼「も、勿論隠してある。危険だからな」

少女「あれお父さんの形見なのよ」

食人鬼「物騒な形見だな」

少女「結構思い出あるの。13歳くらいのころ、護身のために基礎射撃は教えられたから」

食人鬼「…女に武器の扱いを教えるなんてどうかしてるな」

少女「だって危ない殺人鬼がいるし」

食人鬼「…僕のことか?」

少女「他に誰がいるのよ」クス

食人鬼「……」

少女「あら、機嫌を悪くした?」

食人鬼「別に。…僕はやることがあるから、もう話しかけるな」ガタ

少女「…怒ってるじゃない」ボソ

152 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:41:25 fOG 109/290

食人鬼「…」

少女「…」ゴロ

少女「…なにやってるの?」

食人鬼「教える義務はない」

少女「冷たいなー…。つまんないしお話しましょう。マンネリだわ」

食人鬼「お、おい。危ないからテーブル揺らすなっ」

少女「よいしょ」ヒョコ

食人鬼「あっ、…くそ。しくじったじゃないか…」

少女「…なにこれ?ビーズ?」

食人鬼「安い審美眼だな!これはれっきとした宝石だ!」

少女「ええ!本物!?…は、初めてみたかも」

食人鬼「村の経済状況ってどんななんだ…」

少女「コットンから作った真珠のまがい物くらいしか見たことないわ。ね、もっと見せて」

食人鬼「…傷つけるなよ」ジャラ

少女「すごーい。あ、でもこれって原石よね?」

食人鬼「まあな」カリ

少女「削って加工してるの?」

食人鬼「そうだ」

少女「へえ…。すごい。綺麗な色」

食人鬼「…これは石榴石って言うんだ。都で流行ってる」

少女「きれーい!あなたの目の色に似てるわね」ピト

食人鬼「な、気安く触るな!」ブン

153 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:46:57 fOG 110/290

少女「ね、こっちの黄色いのは?」

食人鬼「そっちは琥珀。樹脂が固まった物だ」

少女「へえぇ…。こんな美しいものになるのね」

食人鬼「…僕が好きな色なんだ」

少女「そうなの?蜂蜜みたいで、ちょっとおいしそう」

食人鬼「感想が低俗すぎるぞ」カリ

少女「ちまちま何かしてたのって、これだったんだ」

食人鬼「まあな」

少女「…」ジー

食人鬼(…や、やりづらい)

少女「何を作ってるの?もしかして、アクセサリー?」

食人鬼「そうだ。ペンダントトップとか…指輪に加工する」

少女「ああ、それを売ってお金にしてるんだ?」

食人鬼「そんなところだ」

少女「…こんな複雑にカットするのねー」

食人鬼「お前もこういうの、つけたりするのか?」

少女「つけたことないし、興味もなかったわ。でも今ちょっと欲しくなった」

食人鬼「…田舎娘に着けたってなあ」

少女「まあ、そうね」クス

154 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:51:59 fOG 111/290

少女「さしずめ内職ってところかしら」

食人鬼「ただの手慰みだ。僕だって退屈だし」

少女「確かに。ずっとここで一人なんだものね」

食人鬼「…」カリ

少女「ね、私もやりたい」

食人鬼「駄目」

少女「なんでよ!」

食人鬼「案外力が要るし、傷つけたら取り返しがつかないからだ」

少女「ちょっとだけ!くず宝石でいいから!商品になりそうなやつには何もしないわ」

食人鬼「だーめーだ」

少女「けち!自分だけ暇つぶししてずるい!」

食人鬼「だー、もう、うるさいっ!分かった!」ジャラ

食人鬼「この傷がついた奴だけだぞ!どうせ難しくてすぐ投げ出すんだから」

少女「やったー」

食人鬼「ったく…集中できやしないよ…」ブツブツ

少女「なんか、職人さんになった気分」

食人鬼「怪我すんなよ。手当てが面倒くさい」

少女「任せて。手先は器用なの」

155 : 名無しさ... - 2015/07/26 16:56:10 fOG 112/290

食人鬼「ここを、こうやって削るんだ」カリ

少女「ん、こう?」ガリ

少女「あ」ボロ

食人鬼「何してんだ、ヘタクソ」

少女「む、難しい…」ガリ

食人鬼「…」イライラ

少女「あ、おっと」ボロ

食人鬼「だから、こうだって!」ガシ

少女「う、わ」

食人鬼「この縁をなぞるみたいに削るんだ。なんでこんな簡単なこともできない?」

少女「…」

食人鬼「おい?どうした?」

少女「いや、…別に」

食人鬼「なんだよ、熱でもあんのか?」

少女「…手よ」

食人鬼「…」

食人鬼「あ、っ!…こ、これは違っ」バッ

少女「…」

食人鬼「い、いや。お前があんまり不器用だったから!」

156 : 名無しさ... - 2015/07/26 17:04:17 fOG 113/290

少女「だ、だから。コツを掴めば簡単なんだってば…」カリ

食人鬼「おい、その持ち方はやめ…」

少女「痛っ」

食人鬼「あぁ…!」

少女「…っ、つぅ…」

食人鬼「刃を置け!ほら、傷を洗うぞ!」

少女「触らないで、血が…付いちゃうから」

食人鬼「洗えばいいだろ!あーあ、何でこんなざっくり切るんだよ」ガシ

少女「…」

少女(痛い。…切った、…切った)ゾワ

食人鬼「ほら、脇支えてやるから流し台に…」

少女「触らないで」

食人鬼「滴ってるだろ!早く止血…」

少女「さわら、ないで。おねがい」

食人鬼「…おい?」

少女「はぁ、…はぁ」

少女「嫌。…来ないで!私に触るな!!」バッ

食人鬼「う、わ!?」

ビシャ

少女「はあ、…はぁっ…」ブルッ

157 : 名無しさ... - 2015/07/26 17:11:10 fOG 114/290

被害者の女性は首を鋭利なもので

少女「ひ、…っ」

中には首が千切れかけていた遺体まで

食人鬼「おい、…どうしたんだ?なあ?」

少女「来ないで、…嫌。…痛い、の…」フラ

ガタン

食人鬼「お、おいっ!危ない!」

血が大量に流れて

少女「…っ、ぁあああああああああああ!!!」

食人鬼「少女、…!僕は何もしない!落ち着け!」

少女「お父さん!お父さん、助けてっ!」

食人鬼「…少女っ」バッ

少女「嫌だぁあ!…たくない!お父さんっ…!!」

食人鬼「く、そっ。暴れるな…」ギュ

少女「!う、…む…」

食人鬼「大丈夫だ、大丈夫だから…」ギュウ

少女「お願い、お願い…。お父さん、守って。お願い…」

食人鬼「…」

少女「怖いよぉ…。お父さん、お願い…」

食人鬼「…守る、から。大丈夫だ。傷つけたりしない」

少女「…っ」

158 : 名無しさ... - 2015/07/26 17:16:32 fOG 115/290

少女、大丈夫だ。

お父さんが守る。

何があっても、守ってみせる。

だから怯えなくていい。泣かなくていい。

少女「…おとう、さん…」

「…落ち着け。…大丈夫だから」

大丈夫だから、少女。

お前を傷つけたり、しない。 俺はお前の味方だ。

少女「…本当に?こわく、ない?」

「ああ。…大丈夫だ。な?」ポンポン

少女「…うん」


お父さん、ありがとう。 抱きしめてくれて、撫でてくれて、ありがとう。



お父さんって、こんなに細い腕をしていたっけ。



「大丈夫だ」

少女「…うん。ありがとう、お父さん」

お父さん


大好き

159 : 名無しさ... - 2015/07/26 17:21:07 fOG 116/290

食人鬼「…と」キュッ

少女「…」

食人鬼「はぁ…びっくりした…」

食人鬼(いきなり泣き出したと思ったら気絶、だもんなあ)

食人鬼(指切っただけで、そんなに怖かったのか?気が小さい奴)

食人鬼(いや待て、こいつもっとすごい負傷してたのに)

食人鬼(…まあ、いいや。血も止まったし)ギシ

食人鬼「後片付け…しないとなー」

食人鬼「ったく、そこらじゅうに血つけやがって」

ゴシ

食人鬼「…」

食人鬼(…いいにおい、する)

食人鬼「…っ」バシン

食人鬼(何考えてんだ、…馬鹿か。…駄目だ、落ち着け)

食人鬼(…約束は、…守るんだ。何があっても)

ゴシ ゴシ

少女「…」

食人鬼(なにが、あっても)

162 : 名無しさ... - 2015/07/26 18:35:21 fOG 117/290

少女「…ん」

ザアア…

少女「…」ムク

食人鬼「…」ウト ウト

少女(…指、包帯巻いてある)

少女(あれ?…私、何してたんだろう)

食人鬼「ん、…起きたか」

少女「あ。…ごめん、ちょっと。よく覚えてないけど、大変だったみたいね」

食人鬼「覚えてないのか?」

少女「指切ったことまでは…なんとか」

食人鬼「…えーと」

食人鬼「いや、お前パニックになって頭打ったんだよ。気絶したみたいだな」

少女「そ、そうなの?…別に頭に痛みはないけど」

食人鬼「ま、まあいいだろ。ったく、こんなに眠りこけやがって」

食人鬼(…起きないかと思った。よかった)

少女「ああ、もう夜なのね。本当、ごめんなさい」

食人鬼「…別に、いい。眠ってる分静かだったしな」

食人鬼「丁度良かった、晩飯の時間だから、食え」

少女「…」ギシ

食人鬼「どうした?」

少女「いらないわ。なんか、気分悪い」

食人鬼「はあー?」

少女「…見たくない。ごめん」フイ

食人鬼「…じゃあ、水分だけでも」

少女「……」フルフル

165 : 名無しさ... - 2015/07/27 20:49:58 wRw 118/290

少女「…すぅ、…」

食人鬼(…そうだ)ガタ

食人鬼(医学書は…これだな。ええと…)パラパラ

食人鬼(摂食障害、か)ペラ

食人鬼(…拒食症…、摂食の後嘔吐などの症状が見られる)

食人鬼(これか…)

少女「……」

食人鬼(原因は、何なんだ?やっぱり体のどこかが悪いってことなんじゃ)

食人鬼(…ストレス?)ペラ

食人鬼(ああ、そうか。精神苦痛でなる場合があるのか…)

…お父さんはもう、帰ってこない


食人鬼「…」

食人鬼(どうすれば、治る?…治せるのか?)

食人鬼(いや、でも。…僕がやったって)ペラ

食人鬼(…できるだけ前向きな気持ちにさせる。外出、外部とのコミュニケーションも有効…)

食人鬼「…」パタン

少女「ん、…」ゴロ

食人鬼「…苦しい、よな」ボソ

166 : 名無しさ... - 2015/07/27 20:55:32 wRw 119/290

少女「お、なんか調子いいかも」

食人鬼「足、見せてみろ」

少女「はい」シュル

食人鬼「…熱もなくなってる。傷口も塞がってるな」

食人鬼「痛みは?まだあるのか?」

少女「うん、まあ歩きづらいくらい程度には」

食人鬼「そうか…」

少女「あ、それ朝ごはん?…ええと、ジュースだけ飲みたい」

食人鬼「…」ポリ

食人鬼「あの、さ」

少女「ん?」チュー

食人鬼「お前ももう、4日もまともに外に出てないだろ。…逆に健康に悪いと思うんだが」

少女「確かに。お日様あんまり浴びてないかもしれない」

食人鬼「…」

食人鬼「少し、出てみるか?」

少女「え?…いや、いいわ。まだちゃんと歩けるかわかんないし…」

食人鬼「杖があるだろ。それに僕が着いてるから危険はない」

少女「出たい、けど…」

食人鬼「じゃあ決まりだ。準備しろ」スタスタ

少女「え、えっ。でも」

食人鬼「いいから!早くしないともう二度と出さないぞ!」

少女「わ、分かった」

167 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:01:07 wRw 120/290

少女「ん、しょ」カタ

食人鬼「平気か?」

少女「うん。杖がしっかりしてるし、歩けるわ」

食人鬼「そうか」

少女「怪我してても着易いように、スカートにしてくれたのね」

食人鬼「…ぐ、偶然だ。女といったらスカートだろ」

少女「最近の女優なんかはズボンも履いてるわ。ちょっとあこがれる」

食人鬼「…ふーん」

少女「ねえ、それ、何詰めてるの?」

食人鬼「内緒」

少女「えー!けち!」

食人鬼「うるさい!…行くぞ、ほら!」

少女「はーい」カツ

食人鬼「雨、昨日のうちに上がってるしな。地面もぬかるんでない」

少女「本当だ。綺麗な空ね」

食人鬼「ゆっくりでいいからついて来いよ」

少女「…ふと、疑問に思ったのだけれど」カツ

食人鬼「なんだ?」

少女「出たら見つかるんじゃない?大丈夫?」

食人鬼「大丈夫だ。村人の気配はないし、皆村にいる。森に入ってない」

少女「ものすごい五感ね…。猟師がうらやましがるわ」

168 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:08:38 wRw 121/290

少女「…いい天気ねー。涼しいし、気持ちがいいわ」

食人鬼「ん。雲ひとつないな」

少女「で、何処行くの?」

食人鬼「だから内緒だ」

少女「…ヒントくらいくれてもいいじゃないの」カツ

食人鬼「ぶつぶつ言うな。帰すぞ」

少女「はーい」

食人鬼(…変なかんじだ)

食人鬼(少し先に行っては、あいつがちゃんと2歩後ろにいるか確認して)

食人鬼(苦しそうじゃないことを確認してから、また歩く)

食人鬼(…森をこんなにゆっくり歩いたのって、初めてかもしれない)

少女「ねえ、まだなの?」

食人鬼「まだだ」

少女「ちょっと疲れてきたー」

食人鬼「甘えるな。これはリハビリなんだぞ」

169 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:15:44 wRw 122/290

ザク ザク

少女「…ふぅ、ふう」

食人鬼「大丈夫か?もう少しだ」

少女「うん。…大丈夫」カツ

食人鬼「…ほら、この斜面は危ないから手を貸してやる」

少女「あら、ありがと」

食人鬼「よ、っと」ヒョイ

少女「うわ!…び、びっくりした。軽々持ち上げるのね」

食人鬼「お前は軽すぎるんだよ」

少女「そうかしら…?あなたが怪力なだけじゃ」カツ

食人鬼「あ、待て。目を閉じろ、動くな」

少女「え?なんで?」

食人鬼「い、いいから!早くしろっ」

少女「…こう?」

食人鬼「僕が手を引くから、来い」

少女「分かった」カツ

食人鬼「…いいか、まだだぞ」

食人鬼「…よし、いいぞ。開けろ」

少女「…」パチ


少女「わ、…すごい…」

サワ

少女「…こんな綺麗な湖、この森にあったんだ…」

食人鬼「深いほうにはあるんだ。ほら、こっち」

少女「底が見える!すっごく透明!」

食人鬼「はしゃぐな、転ぶぞ!」

170 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:19:18 wRw 123/290

少女「…」パシャ

少女「冷たいっ!あはは!」ケラケラ

食人鬼「綺麗だろ。魚もいるんだ」

少女「あ、本当だ!光って見えた!」

食人鬼「ま、好きに見るなり遊ぶなりしろよ」

少女「いいの?」ウズウズ

食人鬼「傷口はちゃんと覆ってあるし、あんまり濡らさないならいいぞ」

少女「やっほー!」パシャッ

少女「冷たい!きもちいー!」ピョン

食人鬼(…急に元気になったな。やっぱ田舎娘だなー)

少女「食人鬼-!」

食人鬼「ん?何d」

バシャッ

食人鬼「…」

少女「あははは!ひっかかったー!」

食人鬼「…こんの野郎!」バッ

少女「きゃー!」クスクス

171 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:23:31 wRw 124/290

少女「こわーい!」バシャ

食人鬼「ぶは、やめろっ!濡れるだろ!」

少女「どうせ着替え持ってきてるんでしょ!濡れなさいよ!」バシャ

食人鬼「くそ、この…」バシャ

少女「ぎゃー!やめて!」

食人鬼「お前が先に売った喧嘩だろうが!」バシャバシャ

少女「冷たい!ちょっと!やめなさいよ!!」

少女「あ、痛っ」ドサ

食人鬼「…ふふっ。あははっ」

少女「…」ピタ

食人鬼「あはは、必死な顔。おかしいの」クスクス

少女「…笑った」

食人鬼「え?」

少女「なんだ、あなたそんな顔して笑うのね」

食人鬼「…」

食人鬼「…っ」カァ

少女「ずーっとむっつりしてるから、表情筋が死んでるのかと思ってた」

食人鬼「わ、…笑ってなんか、ない」

少女「今思いっきり笑ってたわ。あははーって」

172 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:28:52 wRw 125/290

食人鬼「ち、違う。今のはお前があんまり滑稽だったから」

少女「ふーん」

食人鬼「な、なんだ」

少女「隙あり」バシャッ

食人鬼「うわぁあ!?なな、何するんだお前!」

少女「あーあ、全身ずぶ濡れになっちゃった。バケツって便利ね」

食人鬼「沈めてやろうか!?」


……


少女「はー、面白かった」ノビー

食人鬼「…最悪だ。寒い…」グショ

少女「馬鹿ね、手加減して反撃しないからよ」

食人鬼「し、してない!僕は本気でお前を湖の藻屑にしてやろうと」

少女「…うー」

少女「…お腹空いたかも」グルル

食人鬼「!そ、そうか!」

少女「何か食べたい。…ある?」

食人鬼「ある。じゃあ配膳手伝えよ」

少女「うん!」

食人鬼「テーブルクロスを広げて、この上に座って食べよう」

少女「おー、ピクニックってかんじ」パサ

173 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:33:29 wRw 126/290

食人鬼「サンドイッチ、…固形だし、菓子でもないけど。食べれるか?」

少女「具は何?」

食人鬼「卵と、ベーコンと、ポテトサラダと…あとカスタードで和えたフルーツ」

少女「全部食べたい!」

食人鬼「はいはい」

少女「いただきます!」

食人鬼「い、…いただきます」

少女「…」モグ

食人鬼「…どうだ?」

少女「…ん、ぐ」ゴク

少女「すっごく、美味しい!」ニコ

食人鬼「吐き気は、ないのか?」

少女「ううん、全然!胃にすって落ちてく」

食人鬼「そうか…。まあ、運動したからな」

少女「なんか久しぶりにまともなご飯食べたわ。感動する」モグ

食人鬼「ゆっくり食えよ」

少女「分かってるって」モグモグ

食人鬼(…良かった。やっぱり、外に出すべきだったんだな)

174 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:37:35 wRw 127/290

少女「ごちそうさまでした」ペコ

食人鬼「結構食べたな」

少女「そうね。お腹が重たい」

食人鬼(…それでも全然、子どものような量だけど。進歩ではあるな)

少女「はー…。なんか、生きてるってかんじがする」ボフ

食人鬼「食べた後にすぐ横になるな。…豚になるぞ」

少女「牛じゃない?」

食人鬼「どっちでもいいだろ」

少女「いいじゃない。あなたも寝れば?一緒にお昼寝しよう」

食人鬼「いや、…ぼ、僕はいい。座ってる」

少女「そう。…あー、きもちいい」ノビ

食人鬼「…風邪が心地いいな」

サワ

少女「…」

少女「…懐かしいな」

食人鬼「ん?」

少女「お父さんとも、よくこうやって外でご飯を食べて、一緒にお昼寝したの」

食人鬼「…そうか」

175 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:43:16 wRw 128/290

少女「あなたは?お母さんとピクニックした?」

食人鬼「いや、したことない」

少女「どうして?」

食人鬼「母親は…病気がちだったから。外に出れなかった」

少女「あなたのお母さんって、やっぱりあなたと同じなの?」

食人鬼「…」

少女「あ、答えたくなければいいんだけど…」

食人鬼「母親も、そうだ。…人を食べる種族の生まれだ」

少女「そうなんだ」

食人鬼「…」

少女「魔物にも病気ってあるのね。大変ね」

食人鬼「それでも十分生きてた。…いや、苦しかっただけなのかな」

少女「そんなことないわ。子どもと長く生きれるって、いいことじゃない」

食人鬼「そういうものか」

少女「そういうものよ。親って、無条件に子どもを愛してくれるの」

食人鬼「…」

少女「あなたのお母さんの話、もっと聞きたいわ。明るい話がいい」ゴロ

食人鬼「僕の話なんか、つまんないだろ」

少女「ううん。聞かせて」

食人鬼「…」

少女「お母さん、美人だった?」

食人鬼「人間の観点はよく分からないから、何ともいえない」

少女「あなたから見ると?」

食人鬼「…ま、まあ。整ってたとは思う」

少女「へえー」

177 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:49:25 wRw 129/290

少女「じゃあ、あなたはきっとお母さん譲りの顔なのね」

食人鬼「どういうことだ」

少女「だってあなた、綺麗な顔してるもの」

食人鬼「!?」

少女「はじめてみた時、すっごく美人な女の人だと思ったくらい」

食人鬼「な、な、何を言ってる!せ、世辞のつもりか」

少女「いやいや、本当だってば。あんまり見ない、切れ長の目してるし。色だって白いし」

食人鬼「は、母親の話をしてるんだろ!」

少女「あ、そうそう。そうだった」

食人鬼「…何を話せばいいのか、分からない」

少女「そうねー、ええとじゃあ、楽しかった思い出を聞かせて」

食人鬼「楽しかった?…そうだな」

食人鬼「…」

少女「数え切れない?」

食人鬼「…言葉にするのは、難しい」

少女「そうよね、確かに」

食人鬼「…本を」

少女「お、うんうん」

食人鬼「本を、読んでもらった。…僕は母親の膝の上に乗ってた」

食人鬼「母親の声は…よく、覚えてないけど。それでも、この世界で一番綺麗な音だったって記憶してる」

少女「へえ、いいわね」

食人鬼「…は、恥ずかしいんだけど」

少女「いいじゃない、いいじゃない!羨ましいわ」クス

179 : 名無しさ... - 2015/07/27 21:58:28 wRw 130/290

少女「お母さんなんて顔も知らないから、実感湧かないわ」

少女「あ、そうだ。あなたお父さんは?」

食人鬼「…父親は」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼「父親の話は、したくない」

少女「そう」

食人鬼「ああ」

サワ

少女「ふ、…あ」

食人鬼「眠いのか?」

少女「うん。…ちょっとだけ、眠りたい」

食人鬼「ああ、僕は起きておくから。眠ればいい」

少女「ありがと。…おやすみー」ゴロ

食人鬼「ん。…」

少女「…すぅ、…すぅ」

食人鬼(…寝付くの早いな)

少女「…」

食人鬼「…」ソッ

サラ

食人鬼(…綺麗な、髪)

食人鬼(…母親の髪を、思い出す)

食人鬼「…」

少女「…ふふ」

食人鬼「!!!?」バッ

180 : 名無しさ... - 2015/07/27 22:09:00 wRw 131/290

少女「なに、髪の毛が気になるの?」

食人鬼「ち、違う!その、ごみがついてて」

少女「触りたければ触ればいいじゃない。どうぞ?」サラ

食人鬼「べ、別にそういうわけじゃ…」

少女「私、髪の毛触られるの嫌いじゃないわ。なんだか気分がいいし」

食人鬼「…」

食人鬼「じゃあ、…少しだけ、このまま…触ってもいいか?」

少女「どうぞー」

食人鬼「…」サラ

少女「あなたの髪も綺麗な色してて、いいわよね」

食人鬼「そ、そうかな」

少女「…ますます眠い。撫でられてる猫のきもちが分かる」

食人鬼「…」

少女「これでお礼になるといいけど」

食人鬼「え?お礼?」

少女「うん。わざわざここに連れて来てくれたのは、私にご飯を食べさせるためでしょ?」

食人鬼「!…違う。ただ」

少女「嘘よ。…私のために全部してくれてるんだわ」

食人鬼「だ、だから違うって!たまたまだ!」

少女「優しいのね」

食人鬼「…っ」

少女「私、あなたのこと、…好きだわ。今まで接してきた人の中でも、ひときわ優しいもの」

食人鬼「す、…す!?」

少女「友人として、好きよ。うん」

食人鬼「………」

181 : 名無しさ... - 2015/07/27 22:13:31 wRw 132/290

食人鬼「ゆ、友人って」

少女「あら、もう立派な友達じゃない?私達」

食人鬼「ぼ、僕とお前が?なんで」

少女「普通に話すし、遊ぶし。あなたは私の事、嫌いじゃないんでしょ?」

食人鬼「…け、…嫌悪してるわけじゃ、ない。けど」

少女「なら友達だわ」

食人鬼「…」

食人鬼「こんな、…男でもか?僕は、君の村を」

少女「そうね」

ザワ

少女「それでも何だか、あなたを昔からの友人のように感じるわ」

食人鬼「…」

ザワ

食人鬼「なあ、…聞いてくれ」

少女「…」

食人鬼「…。僕は、…僕は」

少女「ん、…ふ、あ…」

食人鬼「…」

少女「すぅ…」

182 : 名無しさ... - 2015/07/27 22:23:57 wRw 133/290

食人鬼「…」サラ

正直に言うと、人生で一番戸惑っている。

少女「ん…」

化け物であり、敵である自分のことを「友人」と呼ぶ少女と

その体の一部に触れたいと思う自分

食人鬼「……」

僕の頭の中に浮かんだ感情が、何か

知るのが怖い

少女「…」

食人鬼「…少女」

近づくのは、怖い

あってはならない 認めるわけにはいかない

少女「…」

僕はこの小さな、静かに息をする人間のことを

食人鬼「…少女」サラ


ザワ

189 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:18:21 kVE 134/290

「少女」

ごめんなさい、お父さん

「だめだ、少女」

できないの。どうしても

「どうしてだ。一発目は撃てたじゃないか」

でも、…でも

「ほら、見ろ。即死してない。苦しんでるんだ」

…でも

「近づいて、トドメをさしてあげるんだ」



「このままだとこの猪は、苦しい思いをして死ぬ」

分かってる。…分かってるよ

「決めたんだろ、少女。こいつを食べるんだろ」



「楽にしてやりなさい。残酷だ」

…っ


ダン 

「…少女。そうだ。いい子だ」

ご、…ごめん、なさい

「謝ることなんてない。彼も感謝しているし、俺たちが美味しく食べればいい話だろ」

…うん

「さ、小屋へ行って捌こう。辛い思いをさせたけど、これが」

…これが生きること、なのね?

「ああ。…そうだよ少女」

…分かってる

190 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:22:35 kVE 135/290

教えてお父さん

他の物の命を奪ってまで生きる意味が

私にあるのかしら


私、今でも分からないの

生まれてきてから、今まで ずっと


…彼もそうだったのかしら

何度も何度も少女に手をかけて、食いながらも

祈りと謝罪を惜しむことなく死体に捧げて

自分の生を呪ったのかしら


だとしたら、その行為は許されるの?

分からないわ

教えて、お父さん

恨んではいけないの?


それとも一層、恨むべきなの?

191 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:27:10 kVE 136/290

少女「…」

少女「あ、…れ」パチ

食人鬼「ふんふーん。…ふーん」

少女「…家?」

食人鬼「あ、起きたな」

少女「何時の間に帰ってきたの。私、結構寝てたのね」

食人鬼「ああ、そうだよ!夕方になってもぐうすか寝てたから、担いで降りてきてやったんだ」

少女「まあ。…ごめんなさい」

食人鬼「謝るくらいなら自分で起きろよな…。…っ」

食人鬼「くしゅんっ」

少女「ん」

食人鬼「は、くしゅっ」

少女「…どうしたの?」

食人鬼「別に、なんでも…くしゅっ!」

少女「まさか、風邪?」

食人鬼「…ち、違う。少し鼻がむずむずしただけだ」

少女「私、あなたに結構水かけたわよね。そのせいかな」

食人鬼「だから風邪じゃないって……っきしゅっ!」

少女「あらら…」

食人鬼「ずずっ…。た、しかに。少しくらくらする、かも…」ゴホ

192 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:32:54 kVE 137/290

少女「大丈夫?顔が青いわ」

食人鬼「別に、平気だ…くしゅっ」

少女「いや、…全然そうは見えない」カタ

食人鬼「お前こそ、寝てろよな。…すぐ飯にするから」

少女「ちょっと待ってよ。あなたはもう休んだ方がいいわ」

食人鬼「でも」

少女「第一、あなたがご飯作ったら風邪菌入るじゃない。移さないでよ」

食人鬼「なっ…。じゃ、じゃあどうするんだよっ」

少女「今日は私が作るわ。ほら、どいて」

食人鬼「お、お前が?…くしゅん!」

少女「ええ。慣れてるから、平気よ」

食人鬼「…まだ手元が危ないんじゃ」

少女「大丈夫!だからさっさと横になってよ」ドン

食人鬼「うわ!…くそ、乱暴だぞ…。…ごほっ」

少女「あなた具合悪そうだし、お粥にでもするわ」

食人鬼「うう、…何か、落ち着かない」

少女「立場が逆転したかんじね」

食人鬼「…」クタ

少女「薬はあるの?」

食人鬼「ない。…けど、いい。寝たら治る」

少女「そうでもないわよ。風邪を甘く見たらだめよ」

193 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:38:55 kVE 138/290

食人鬼「…いい匂い」ボソ

少女「何か言った?」

食人鬼「あ、う。何でもない…」

少女「はい、お粥とスープね。食べれそうなら、こっちの卵サラダも食べて」テキパキ

食人鬼「あ、ああ」

少女「私も今日からテーブルで食べるわ。足も大分良くなったし」カタ

食人鬼「じゃあ、…いただきます」

少女「いただきまーす」

食人鬼「…」ズズ

食人鬼「!」

少女「どう?」

食人鬼「…お、美味しい」

少女「本当?うれしいわ」

食人鬼「ま、まあ。素人レベルではある、けどな」

少女「一言余計なのよ、もう」

食人鬼「…」ズズ

少女「無理しなくていいからね」

食人鬼「ん」モグ

少女「…ごちそうさまでした。ふう」

食人鬼「僕も、…ごちそうさま」

少女「律儀に完食しなくても良かったのに」

食人鬼「し、食欲はあるんだ。…悪いか」プイ

少女「いいえ。いいことよ。皿洗うから、あなたは寝てて」

194 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:44:14 kVE 139/290

カチャカチャ

少女「ふんふーん…」

食人鬼「…」ジッ

少女「よし、っと」

少女「ねえ、食人鬼」クル

食人鬼「…っ」パッ

少女「他に何かやることはある?私がやるから、言って」カツ

食人鬼「いや、別に。…済ましてある」

少女「そう…」

食人鬼「あ、今日収穫した野菜、どこにある」

少女「玄関に置きっぱなしだったと思うわ」

食人鬼「悪くなるといけないから、あそこの部屋に移動していてくれないか?」

少女「あそこ?いいわよ」カタ

少女「よい、しょっと」

食人鬼「…」

少女「うわ、ここの部屋涼しい」

食人鬼「生ものを保存しておく部屋なんだ」

少女「じゃあここの棚においておくわ。明日の朝使うわね」

食人鬼「ん…」ボフ

食人鬼「…はぁ。…くしゅんっ」

少女(…大分辛そうね)

食人鬼「…ちょっと、寝る。お前もほどほどにして寝ろよ…」

少女「はーい」

食人鬼「…」ゴロ

195 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:48:52 kVE 140/290

少女(…居間の明かりを消そう)フッ

食人鬼「…」

少女「…」

食人鬼「…」

少女(呼吸が深くなった。…寝たわね)

カツ

少女(…)カツン

少女(予定より、少し遅いけど)

少女(やっと時間が作れた…)カツ

少女「…」ビリ

少女(問題はこれをどこに仕舞うか、よね)コツ

少女(…あ、そうだ)

少女(地下室がいい。まだ入った事はないけど、あそこが自然かも)コツ

少女「…」

少女「ん、…あれ?」

少女(…くそ、鍵が。そういえば、やんわりと入るなって言われてたような)

少女「…ああ、もう…」

ギシ

食人鬼「…なに、してる?」

少女「!」バッ

196 : 名無しさ... - 2015/07/30 00:53:50 kVE 141/290

少女「…起きたの?」

食人鬼「水が欲しくて」

少女「私が用意するわ。だから、寝てて…」

食人鬼「…ここで何してたんだ?」

少女「…」

食人鬼「明かりが消えてたから、お前も寝てると思ったのに」

少女「私も、起きたのよ。…お手洗いに行きたくて」

食人鬼「あ、…そ、そう」タジ

少女「水、用意するわね」カツ

食人鬼「ん。…ああ」

少女「…」

食人鬼「…おい」

少女「ん?」

食人鬼「地下室はだめだ。…入るなよ」

少女「…」

食人鬼「分かったか?」

少女「…」

少女「この家に地下室なんてあったの?初めて知ったわ」

食人鬼「…ま、今回はそういうことにしておく」ボフ

少女「…」

少女(…手ごわい、わね)ギュ

202 : 名無しさ... - 2015/07/31 14:49:05 MU8 142/290

少女「…」

食人鬼「ふ、…あくしょっ!!!」

少女「風邪ね」

食人鬼「…」ズビ

少女「あーあ…。何か拍子抜けね。魔物でも病には弱いの?」

食人鬼「うるさい…。僕だって風邪くらい、ひく…」

少女「熱も、ほら」ピト

食人鬼「ひ、…さ、触るなよっ」

少女「あっつ!!良く生きてるわねあなた」

食人鬼「…ふらふらする。…くそ…。お前のせいだ…」

少女「…責任は感じてるわ」

食人鬼「は、きっしゅ!くしゅんっ!」

少女「薬を飲んで寝てれば一日で良くなるわよ。冷えからくる風邪だし」

食人鬼「薬は、…ないんだよ」

少女「えー?」

食人鬼「昨日も言ったろ…くしゅっ。それに、あんまり効かない…」

少女「そんな。自然に治すったって時間かかるわよ」

食人鬼「寝てれば良くなる」ボフ

少女「また…人にはうるさいくらい看病するのに」

203 : 名無しさ... - 2015/07/31 14:52:38 MU8 143/290

少女「何か食べる?」

食人鬼「…いらん。水…」

少女「はい。…どうしよう。おでこでも冷やそうか?」

食人鬼「…いい。寝て汗かけば、治る」ゴロン

少女「風邪を甘く見たら駄目よ!死ぬわよ」

食人鬼「だから、…死なないんだよ」

少女「え?」

食人鬼「…僕はこんなことじゃ死なない。…ごほっ、…苦しいけど、時間がたてば治るんだって」

少女「…でも、お母さんは病気で亡くなったんじゃ?」

食人鬼「…」

食人鬼「寝る」ゴロン

少女「え、…もう。後で冷やす物持ってくるからね!」

食人鬼「…」

少女「ったく…。無用心にもほどがあるわ」

204 : 名無しさ... - 2015/07/31 14:56:53 MU8 144/290

ガサガサ

少女「…えーと、…包帯に傷薬…」

少女「うわ、本当に無い。信じられない」

少女「…どうしよう…」

食人鬼「ごほっ、…ごほ、ごほっ!」

少女「…」

食人鬼「はぁ、…はぁ…」

少女(また熱、上がってる…)

食人鬼「…水、…」

少女「ほとんど重病じゃない…。菌に弱すぎるわ」

食人鬼「…うる、さい…」ケホ

少女「…ねえ、食人鬼」

食人鬼「…なに」

少女「私、薬をとってくるわ」

食人鬼「!?」バッ

少女「ちょ、ちょっと!寝なさい!」グイ

食人鬼「なに、言ってんだよ!…いい、いらない!」

少女「だってあなた、死にそうじゃない!怖いわ!」

食人鬼「だい、じょうぶ…だから!」ゴホ

205 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:00:23 MU8 145/290

少女「興奮しないで。また熱あがるわよ」

食人鬼「…っ」グラ

食人鬼「はぁ、…くそ…」ボフ

少女「ね、私が取ってくるから。あなたは寝てて」

食人鬼「でも、そんな…足で」

少女「ああ、足ならもう大丈夫よ。なんとか歩けるもの」

食人鬼「…取るったって、どこに薬が」

少女「森の中にある植物を煎じて飲めば一発よ。ありふれた草だからすぐ見つかるわ」

食人鬼「…」

食人鬼「だめ」

少女「何でよ!」

食人鬼「駄目だ。…ごほっ、…動物なんかに襲われたら、どうすんだ…」

少女「猟師の娘を舐めないでよ。森のことは詳しいし、心配ないわ」

食人鬼「…でも」

207 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:05:59 MU8 146/290

少女「お願い、行かせて。苦しむあなたを見たくはないし…」

食人鬼「う、…」

少女「ね?夕方には帰ってくるから」

食人鬼「…」

少女「食人鬼?」

食人鬼(…ああ、…そうか。そろそろ体も良くなってたもんな)

食人鬼(村に帰れるくらいの体力も…)

食人鬼「…じゃあ、行け」

少女「お、ようやく納得したわね」

食人鬼「…ん」

少女「あなたもちゃんと横になってるのよ。悪化させないようにね」カツ

食人鬼「…」モゾ

少女「じゃあ、行ってきます」

食人鬼「…ん」

バタン

食人鬼「…」

食人鬼「気をつけて」


食人鬼「…帰れよ」ボソ

208 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:12:25 MU8 147/290

少女「ん、しょっと」カツ

少女「…」トス

少女(杖なしでもなんとか歩けるわね。走るのは…流石にまだ怖いけど)

ザク ザク

少女(えーっと、赤い花の根元だったわよね。泉の周りに生えてたはず)

少女「…」サク

少女(あー…なんか、森を一人で歩くのなんて久々のような気がする)

少女(6歳、くらいだっけ。食人鬼の被害が出始めて)

少女(それで、お父さんが私を自由に遊ばせなくなって)

少女(最初はすごく不満だったなあ。けど、村はずれの歳が近い子が死んだって聞いてから)

少女(大人しくお父さんについていくようになったんだっけな)サク

少女(猟の手伝いとか、いろいろしたなあ)

少女(釣りは楽しかった。…小屋で捌いて、焼いて食べたんだっけ。美味しかった)

少女(お父さん、…いっぱい食べてた)

少女「…お父さん」ボソ

ザワ

少女「…」ビク

少女「…」クル



少女「…あ、はは。もう…いい加減にしないとね」

209 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:15:38 MU8 148/290

少女(お父さんは、もう、いない)

少女(…)

少女(それでも時々思う)

少女「お父さん?」ボソ

少女「…そこで、見てるの?」

ザワ…


食人鬼(風が、出てきたな…)

食人鬼「…」クン

食人鬼(黒い雲が近づいてる。…雨が降るかな)

食人鬼(あいつ、…どこまで行ったかな。あの足だと、まだかかるか)

食人鬼「…」

食人鬼(すごく、静かだ)

食人鬼(…あいつが、いなくなっただけなのに)

食人鬼「…これで」

食人鬼「これでいいん、だよな」

211 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:19:25 MU8 149/290

少女「…ふう、ふう」ザク

少女「おっしゃー…到着ー…」

少女「結構時間、かかったな…はぁ…。もう昼だ…」ゼェゼェ

少女「さて、…さっさと採って帰るか…」

少女「…」

少女「あった。よっと」ザクザク

少女「少女は赤い花の根を手に入れた!なんてね」

少女「もう少し採っておこうかな…。馬鹿の風邪は長引くって言うし」

少女「…」

少女「あれ?言わないか。まあいいや」ザクザク



少女「…ふう、こんなもんか」ゴシ

少女「…」

少女(時間、まだ大丈夫だよね。…よし)スク

少女(あそこ、行こう…)カツ

212 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:24:55 MU8 150/290

ギィィイ…

少女「…」サッ

少女(誰もいない、か)

少女(…)ガチャ

少女(やっぱり、誰かが入った形跡がある。…調べるか、普通)

少女「…」カツ カツ

少女「…」

少女(持ち出された物は、…ないわね。お父さんの失踪と関連付けられてはないみたい)

少女(そうよね。この小屋の鍵持ってるの、私と父さんだけだし)

少女(…良かった。まだ、きっと…。気づかれてない)

少女(…けど、…油断はできない。ゆっくりなんか、してられない)

少女(村の人はきっと私も探してる。…時間の問題だ)

少女「…」

ガラッ

少女「…」キン

少女(お父さん、…借りてくね)

バタン

213 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:31:22 MU8 151/290

少女「…案外重たい」

少女「さて、帰るか」



少女「…」ピク

少女「…っ」サッ

「…だから、あの部屋からは何も出てないと」

「分かっています。けど何か見落としていることがあるかもしれない」

「しかしですねえ…」

少女(…保安官、さん。…それに、誰だ?あの人…)

保安官「こんな所を捜索するより、まずは彼らの身元を捜すべきではありませんか?」

「それは部下にやらせている。心配するな」

保安官「…しかし…」

「君はここの保安官なんだろう。少しは私達に協力してくれ」

保安官「…。申し訳ありません、長官どの」

少女(…長、官?)

少女(…くそ、やっぱり。あの制服…。都の自警団だ。やっぱり来たか)

少女(…あいつだけじゃない。きっと大勢部下を連れてるはず)

214 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:39:07 MU8 152/290

長官「さ、ドアを開けて」

保安官「はい」

ギィイ…

長官「ふむ。…やはり物々しいものだな」

保安官「猟師が獲物を解体する小屋なんですから、まあ…。雰囲気がいいことはありませんね」

長官「さあ、では我々でもう一度捜索しよう。何かヒントが見つかるかもしれない」

保安官「はい」

ギシ ギシ

少女「…」ソロ

少女(…隣の部屋に入った、わね。…じっとしてなきゃ)ズリ

保安官「何度も言いますが、この小屋はすでに村の者で調べまして」

保安官「目新しいものは特には…」

長官「私は都で何万もの事件をあつかってきた。君ら素人とは観点が違うんだよ」

保安官「はあ…」

長官「確かに。綺麗に整頓された部屋だな。掃除跡もある…」

長官「…しかし、何か引っかかる」

少女「…」

長官「床が綺麗すぎやしないか?」

保安官「え?」

長官「普通森からきた泥や草なんかが入っているだろう。しかしここは、それがない」

長官「君達が手を加えたっていうことは…ないだろうね?」

保安官「ええ。現場保存に努めましたし、ここも捜索以外は手をつけていません」

215 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:48:47 MU8 153/290

長官「…掃除したのだな」

保安官「猟師が、でしょうか?」

長官「こういった小屋は、頻繁に掃除するものなのか?」

保安官「…そうですね…。徹底して掃除することは年末くらいでしょう」

保安官「それにどうしても猟師ってのはズボラですからね。頻繁にはしないはずです」

長官「ふむ。なるほど」カツ

保安官「あ、そっちは…」

長官「ん?…なんだ、開かないのか?」

ガチャガチャ

少女「…」

保安官「ええ。そっちは恐らく鍵が必要です」

長官「誰が持っている?」

保安官「残念ながら、把握してる範囲内では、猟師しか…」

長官「なるほど…。しかし入り口は開いていたのだろう?」

保安官「ええ、殺害跡もこの付近の泉で見つかりました。ですから」

長官「ここで休んで、何らかの用があって小屋を出て、泉に向かう…」

長官「鍵は開けっ放しだ。すぐ戻ってくるつもりだったんだろう」

長官「そしてその後、泉で襲われた。…魔物に」

保安官「…ええ」

少女「…」ギュ

長官「ここの部屋がどうしても気になるな」コン

保安官「そこは多分、空き部屋だったと思いますよ」

長官「何故知っている?」

保安官「猟師は一応狩り仲間ですし…。ここも利用したことがあります」

保安官「言っても、私は完全な趣味ですがね」

216 : 名無しさ... - 2015/07/31 15:59:59 MU8 154/290

長官「食人鬼、か。この地方には元々伝わっていた伝説だと聞くが」

保安官「そうです。…私もこんな事件がおきるまで、絵空事だと思っていました」

長官「確か、最初の事件は…」

保安官「11年前です」

長官「…化け物が眠りから覚めたということか」

保安官「卑劣極まりない。…それなのに、相手が人じゃない分やっかいだ」

長官「しかし君達はその化け物を何の疑いも無く信じ込んでいるが。…何故だ?たかだか伝説を」

保安官「いいえ、食人鬼はいます」

長官「ほう」

保安官「…会ったことがあるんです、私も」

少女「…」

長官「…なんだって?」

保安官「伝説のとおりでした。…白髪で、異様な目の色をしていた」

長官「見間違いではないのかね?」

保安官「いいえ。…今回の被害者である猟師も一緒に見ました。狩りの途中だったんです」

保安官「…私が見たのは、目と髪の一部でした。しかし」

長官「…なんだね?」

保安官「奴が抱えていた女性の遺体ははっきり見えた」

保安官「私達と目が会った後、奴は消えた。…恐ろしい速さでした」

長官「そうか。…それは何時ごろの話だ」

保安官「…最初の被害者が発見される、3日前です」

長官「ふむ…」

保安官「しかし、最初の被害者は少女だった。あいつが抱えた女性じゃない」

保安官「村での失踪例にも当てはまらない。…きっと、別の所に住む女性を」

長官「由々しき事態だな。…今まで都が調査に乗り出さなかったのが不思議なくらいだ」

217 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:06:43 MU8 155/290

保安官「…そろそろ、移動しませんか」

長官「そうだな。継続してここの鍵も探してくれ」

保安官「ええ。次は、どこの捜索を?」

長官「被害者宅にしよう。失踪した少女の動機もまだ分かっていないからな」

少女「…」

長官「…ん>おい、待て」

保安官「どうしました?」

長官「テーブルの下になにか、ある」

保安官「え?…本当だ。貼り付けてある」

長官「はがしてみてくれないか。破らないようにな」

保安官「はい。…封筒、ですね」

少女(ああ)

少女(…まだ早いのに。鼻が利くのね)

長官「ここを最後に調べたのはいつだ?何故気づかなかった」

保安官「事件現場が見つかった初日に調べましたが、こんなものは…」

長官「何と書いてある」

保安官「…少女、少女の字だ」

長官「何っ…。被害者の娘か!?」

保安官「…あの夜ここにきて、これを貼ったんだ」

長官「光を!ここでは暗すぎる、外で読もう」

ギィ

バタン

218 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:10:05 MU8 156/290

少女「…」

少女(行った?)

少女(ふう、…息が止まるかと思った)コキ

少女(それにしても、自警団長官まで来てるなんて。都の事件は放ったらかしなのかしら)ギシ

少女(…床のことなんて、気づく?普通…)

少女(…)

少女「急がなきゃ、…早く終わらせなきゃ」ボソ

ギィ

バタン

少女「…」カチャ

少女(…あ)

ポツ

少女(外、…雨か…)

少女(早く帰らなきゃな)

219 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:14:19 MU8 157/290

ザアア…

少女「はあ、はあ」バシャ

少女(あーあ…雨合羽でも着てくればよかった。晴れてたから油断した)

少女「…はあ…」

少女(これじゃ私まで風邪引くわよ…)

少女「…そうだっ」

少女「よ、いしょ…っと」カツ

少女「うわっ!」ゴロン

少女「…あぶな…」

少女(うん。…大丈夫。この川沿いを行けば近道だし)

少女(まだ増水もしてないし、安全なはず)バシャ

少女「ふう、…あーあ、早く帰ってお風呂入りたいな…」


ザアア…

220 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:17:55 MU8 158/290



どう?お母さん!

「ありがとう、……。 とっても美味しい」

本当?

「ええ。これならきっと、いくらでも食べれるわ」

えっ、じゃあもっと食べて!

「うん。おかわり!」

やったあ!お母さん、元気になっ…

「…っ、ごほっ、ごほっ!!」

だ、大丈夫?!

「大、丈夫よ…。心配しないで」

…お母さん、苦しい?

「ううん。……の料理を食べるから、すぐ良くなる。平気よ」

本当に?僕のご飯食べたら、元気になる?

「うん。だから、おかわりもっとくれる?」

…分かった!

「…ありがとう。……」

221 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:23:40 MU8 159/290

ねえお母さん

「なあに?」

どうして僕たちはさー、前いた村に帰れないの?

「…」

僕、また友達と遊びたいなあ。お父さんにも会いたいし、おじいちゃんにも…

「…」

ね、ちょっとだけでいいから帰ろうよ

「…ごめんね」

え?

「もう、…帰れないのよ。…ごめんね」

お母さん…?

「私の、せいで。…ごめんね、……」

泣かないで。…ごめんなさい!

僕、やっぱり帰らなくても平気!だから、泣かないで!

「あなたは何も悪くないんだもの…。私が、いけないの…」

お母さんだって何も悪くないよ!お父さんがあんなに怒るから駄目なんだよね!

「…ごめんね…」

「辛い、わよね。…近くの村にだって遊びに行くことができないんだもの」

ううん、平気!僕、ここから出なくても平気だよ!


だって、お母さんがいるもん!

223 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:27:45 MU8 160/290

おかあ、さん?

「…」

お母さん?朝だよ?

「…」

どうしたの?ねえ、朝ごはん作ったんだ、起きて食べよう?

「…。あ、…」

辛いの?…お薬飲む?

「…、……」

なあに?

「…地下室、に。…いい、地下室に…」

お母さん、…喋らないで

「ごめんね、……。 あなた、…ひとりに…」

お母さん

「…ごめん、…」

お母さん

「…」

…お母さん!

「…」

…嘘だ

「…」

嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…!!!

224 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:33:54 MU8 161/290

…ひっ、…ぐす…

「…」

…っ、ひっ…

ザク ザク

「…」

…ぐすっ、…っ…

ザク

「…」

お母さん。…さようなら

「…」

ここじゃ、…暗くて寂しいよね

「…」

ここに来る途中、…ヒトを見たね

「…」

お母さん、…ヒト、苦手だったものね

「…」

絶対に見つからないように、ここに埋めるね

「…」

ここなら花がいっぱい見えるから

「…」

…ばいばい

「…」

っ、…っぐ、う、ぅ…

「…」

おかあ、さん…!

225 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:37:49 MU8 162/290

食人鬼「…」バッ

食人鬼「…っ。…は、あ…」

食人鬼(あつ、い…。嫌な夢、見た…)ゴシ

食人鬼「…」

ザアア…

食人鬼「…雨」

食人鬼(…あいつ、…帰り着いたのかな)

食人鬼「…」

「……、……」

食人鬼「!」ビクッ

「ご本読んであげる、おいで」

食人鬼「……か、あ…さん?」

「……、お料理上手になったわねえ」

食人鬼「…」

食人鬼(そんな、わけ、ない。…幻覚だ。幻聴だ…)

「泣かないの。男の子は強くなくちゃ」

食人鬼「…おかあ、さん…?」

食人鬼(…ああ)

食人鬼(いやだ)

「……。ごめんね、…ちょっと、具合が悪くて」

食人鬼(嫌だ、…嫌だ)

226 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:42:00 MU8 163/290

食人鬼(失いたくない)

「…あなたは、…ここで一人で生きていける?」

食人鬼(嫌だ)

「私が、…いなくなっても」

食人鬼(お母さん、僕、嫌だよ)

「……。ごめんね。…私が、化け物だから」

食人鬼(…一人は)

「…ごめん、」

食人鬼(……)

「…」

食人鬼「一人は、…嫌、だ…」フラ

無理だ。

お前は一生

一人で生きて

食人鬼「…嫌だ」

一人で死ぬんだ


一人で




食人鬼「…っ、ああああああああああああああああ…!」

227 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:46:36 MU8 164/290

ザアア…

少女「うーん…」

少女「…困ったな」

少女(…まさかこんなことになるとは)

少女「…うかつだった」

少女(なんで滑りやすい川沿いを歩いちゃったかなぁ…)

少女(…やっぱ、コケますよねー…。病み上がりだもんねー…)

少女(怪我した足庇ったばっかりに、逆の方捻っちゃうし…)

少女(…これじゃ両方大して使い物にならない…)

少女「…寒」ブル

少女(雨上がるまでこの洞穴の中で待とうと思ったけど)

少女(一向に上がらないし、暗くなる一方なんですが…)

少女「…うう」モゾ

少女「ああー…!どうしよう…」

ピカッ

少女「うわあああああああああ!?」ビク

少女(か、雷まで…!?)

228 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:50:59 MU8 165/290

少女(ど、どうしよ。マジでやばいかも)

少女(今何時?夜行性動物が歩く時間だったら本当詰んでるわよ)

少女「…」

ザク

少女「…っ」ビク

少女「……え…」

ザク ザク

少女(だ、れ…?なに、この足音)

少女(まさか、…本当に動物が)

「…じょ」

少女「…ん?」

「しょう、…じょ」

ザク

少女(…え、まさか)

少女(嘘。…でも、この声って)

少女「…」ソォ

ザアア…


食人鬼「…少女。……ど、こ」フラ

少女「…し、食人鬼…!?」

229 : 名無しさ... - 2015/07/31 16:55:54 MU8 166/290

食人鬼「…」

食人鬼「…少女?」フラ

少女「な、なにやってんの!?こんな雨の中!」

食人鬼「…あ」

少女「馬鹿なの!?死にたいの!?目が虚ろじゃない!」

食人鬼「…あれ…?本、当に?」

少女「見たら分かるでしょ!あんただから何やってんのよっ!!」

食人鬼「…」ゴシ

少女「まさか、私を探…」

食人鬼「…少女っ!」

タタタ

少女「え、な」

食人鬼「……っ!」

ギュッ

少女「…!!!?」ビクッ

食人鬼「よか、った。…っ…よかったっ…」

少女「ちょ、な、何!どうしちゃったの!?」

食人鬼「僕、…っ。嫌だ、…いなく、ならないで…」

少女「…え」

食人鬼「一緒にいて。…お願い。一人に、しないで…」

少女「…食人鬼?」

食人鬼「っ、ひっ……ぅう…」ギュウ

少女「何で。…泣いてるの?」

230 : 名無しさ... - 2015/07/31 17:01:23 MU8 167/290

食人鬼「ほんっ、とはっ」

少女「う、うん」

食人鬼「君が…っ、村に帰るんじゃ、ないか、って」

少女「…うん」

食人鬼「でも、それでもっ、…いい、って、思ってた…」

少女「うん」ナデ

食人鬼「けどっ、…嫌だ、……嫌だよ…!」ギュ

少女「…帰ってくるって言ったじゃない」

食人鬼「嘘かと、…っ、思っ、た…!!」

少女「信用ないのね。…ほら、私ここにいるわ」

食人鬼「うん…。いる…!」

少女「薬、ちゃんと取ってきたのよ。帰りに足くじいて立ち往生してたの」

食人鬼「……馬鹿…」

少女「うるさいわね。熱あるくせに土砂降りの中歩く男に言われたくないわ」

食人鬼「…少、女」

少女「ん?」

食人鬼「帰、ろう…?」

少女「…」

少女「うん。帰ろう」

少女「ほら、雨、引いてきたし。今なら歩けるよ」ニコ

食人鬼「……あり、がと…」ゴシ

少女「…行こっか」


続き
食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」 少女「そう」【後編】

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