1 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:08:02.91 innFTpRz0 1/20

あえてラノベ臭全開で書いてく
※恒一一人称視点


本日。平日。前日何時間睡眠を取ったとは一切関係なく襲ってくる睡魔になんとか打ち勝ち、始業のチャイムが鳴る寸前に校門をくぐった。

とめどなく溢れてくるあくびを咀嚼し、飲み込みながら下駄箱で上履きに履き替える。

「はぁ。また今日から一週間が始まるのかぁ。」周りを見渡すとそんな表情で僕と同じ作業をしている奴らが見受けられる。僕の顔色も例外ではない。

元スレ
恒一・鳴「いないものほのぼの生活」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1335971282/

3 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:11:12.00 A1Jg6LFI0 2/20

リノリウムの廊下を歩く足取りも非常に重かったのだが、学校に設置されているスピーカーからチャイムの音が聞こえ出すと皆、小走りを始める。

これまた僕も例外ではない。

今日も今日とてギリギリ間にあったようで担任教諭はまだ来ておらず、教室は朝のざわめきに包まれていた。

起床直後の運動により肩で息をしながら自分の席に座ると隣の席でおしゃべりをしていた女子連中から「今日は席替えがある」という情報を得た。


6 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:14:18.37 A1Jg6LFI0 3/20

席替えねぇ。一般に、この単語を聞くと学生はどんな反応をするべきなのだろうか?

楽しみ、不安、どうでもいい、絶対○○くん、○○ちゃんの近くがいい。

まぁ多々意見があると思うが、僕の意見はズバリ、「どうでもいい。」である。

教室内のどこの立地で授業を受けようが中肉中背視力1.2の僕に不自由はない。


8 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:25:21.22 A1Jg6LFI0 4/20

あの子もきっと僕と同様にどうでもいいってスタンスだろうな。

僕は窓際後方の席に視線を向ける。

窓際の列最後尾の席の見崎鳴と目が合い、目と口パクで朝の挨拶を告げる。

存在感の希薄な彼女は頬杖を突きながら、席替えやその他の話題で賑わうクラスメイト達をつまらなそうに眺めていた。

見崎にとって僕以外のクラスメイトはいないに等しい存在なのだ。



10 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:28:45.75 A1Jg6LFI0 5/20

そして、僕もそうだ。

見崎以外のクラスメイトは存在しない。

いや、違う。

クラスメイトにとって僕らは存在しない。




僕と見崎、いないものの学校生活が今日も始まる。

13 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:35:36.89 A1Jg6LFI0 6/20

担任教諭が教室で朝のホームルームを行っている。

噂通り今日は朝一番で席替えをするようだ。

いないものにとっては凄くどうでもいいイベントだが、困る事がある。

それは席替えの方法だ。

一般的な手法としてくじ引きによって新しい場所を決めるという方法があるが、『いないもの』のクジは作られるのだろうか?

「先生―ッ、好きな人同士で席決めようぜー」

クラスメイトの勅使河原からそんな意見が出る。

勅使河原の案にクラスの大半は賛成の声をあげている。

確かに好きな人同士で席を決める方が良いと思う。

15 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:45:33.24 A1Jg6LFI0 7/20

つまらない授業も仲の良い人と近くの席で学べたら少しは楽しいものに変わるし、そりの合わない人と隣同士になって息苦しい数か月を送るなんて誰しも御免だろう。





それに、きっと皆くじ引きによって僕らの近くになるのが嫌なのだろう。

首を捻ればいないもの、人の形をした空気のような存在でありながら、しっかりと人間の重量を持った僕らが目に入るなんて苦痛以外の何物でもない。



17 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:51:09.41 A1Jg6LFI0 8/20

席替えが終わった。




黒板にはクラスの座席に見立てられた四角形の列が書いてあり、すでにその四角形の中にチョークで皆の名前が書かれている。

いないもの以外の全員の名前が。

僕は席を立ち、黒板に向かう。

小さくなった白いチョークで僕と見崎の名前を黒板の隅に書いた。

必然のように開けられていた窓際後方の二つのスペースに。


20 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 00:59:22.61 A1Jg6LFI0 9/20

新しい席に移動し、授業を受ける。

国語の音読。どうせ当てられる事はないのだから文章を目で追う必要はない。

数学の宿題。教師の解説に疑問を覚えても質問はしない。

理科の実験。僕らは準備室でホルマリン漬けにされた番いの生き物を眺めるしかない。

体育のサッカー。教室の窓から紅白戦を観戦するしかない。



23 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 01:10:33.64 A1Jg6LFI0 10/20

「もうすぐお昼ね」

開け放たれた窓から入り込む初夏の風にショートヘアが揺れる。

「うん。今日も屋上で食べようか」

「そうね」

まだ四限の途中だが、僕は鞄から弁当を取りだす。見崎も同様に。

「そろそろ屋上も暑くなってくるかな?」

「そんな季節かも、ね」

重い口調とは反対に彼女の足取りは軽やかで跳ねるようだ。

頭頂部の髪がヒョコヒョコと跳ねる。

見崎は食いしん坊とまではいかないけど、食事が好きな普通の女子という一面もある。

26 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 01:17:52.07 A1Jg6LFI0 11/20

「榊原君の玉子焼きおいしそう」

「玉子サンド食べてるのに玉子欲しがるの?」

素直に頂戴と言えばあげるのに。

僕は紅茶とサンドウィッチで両手がふさがっている彼女の口元へ玉子焼きを届けてあげた。

「おいしい」

「そう?ありがとう」

僕は見崎の頭を撫でる。髪がサラサラで手の平がこそばゆい。

「この場合、私が榊原君の頭を撫でるべきだと思う…」

だが、彼女の両手は使えないためそれは叶わない。

29 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 01:26:45.24 A1Jg6LFI0 12/20

お昼御飯を食べ終えたが、早めに食べ始めたためかなり時間が余ってしまった。

「まだ12時半か。次の授業まで一時間はあるね」

「食休みにしては…長いかも」

「見崎はたくさん食べたからちょうど良いんじゃない?」

「そんな食べてない…はず」

見崎は玉子焼きだけじゃ飽き足らず、僕のおかずの半分近くをたいらげた。

「だって榊原君が…」

「ご飯食べてる見崎が子猫みたいで面白くてね、つい」

あまり見崎をからかうとすねてしまうのでこのへんで終了。

「じゃ食休みに寝ようか見崎?」

32 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 01:39:23.21 A1Jg6LFI0 13/20

「うん。あっ、でも…枕が」

「あ、教室に鞄置いて来ちゃったんだっけ」

僕は掌を後頭部に乗せて寝転ぶのでもかまわないけど見崎は女の子だしな。

「僕の事枕にしても良いよ」

「どういう意味?斬新なプロポーズ?」

首をわずかに傾け不思議そうな顔。僕といる時は表情豊かで見ていて飽きない。

僕はコンクリートの上の寝転ぶ。

逆光の中に彼女のシルエットが浮かぶ。

「どうすればいいの?」

「僕の体を枕にして良いよ」

「なるほど…って、榊原君それは本気で言ってるの?」

「うん。お腹辺りなら平気だよ」

34 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 01:47:16.61 A1Jg6LFI0 14/20

思案顔の見崎。

手を口元に運び、何やら考えてるようだ。

「本当に良いの?」

「良いに決まってるでしょ。それとも見崎の頭はそんなに重いの?」

「そんな事はないけど」

「見崎ッ、早く寝なさい。じゃないと僕の位置からだと、ちょっとした風でスカートの中見えちゃうよ?」

「~ッ!?」

一瞬でゆでダコのように顔を紅潮させ、細い腕でスカートを抑える。

「冗談だよ見崎」

「…最低」

「そんな不細工な顔しないでよ」

35 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 01:56:11.34 A1Jg6LFI0 15/20

見崎は不機嫌なまま僕の腹部に頭部を乗せた。

「どう?僕の枕具合は?」

「榊原君。呼吸しないで。お腹が上下しちゃう」

「無茶言わないでよ」

「今の榊原君のお腹は枕。枕は勝手に動かない」

後で見崎のご機嫌取りしないとな。日曜日に買い物でも付き合ってあげて、見崎のお話しっかり聞いてあげて、頭撫でてあげないと。

「この枕勝手に動く所は駄目だけど、暖かくて…好き」

「そりゃどうも」

機嫌悪くもないのかな?

「あんまりお腹周りでグリグリ動かれるとくすぐったいんだけど」

「うるさい。…私の自由」

40 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 02:08:22.62 A1Jg6LFI0 16/20

10分もしないうちに見崎は眠りに落ちた。

見崎の顔が僕の足の方角に向いているため寝顔が確認出来ないのが残念だ。

授業が始まる少し前になったら起こしてあげよう。




「見崎起きて」

僕は上体を起こし、彼女の頬を摘まむ。

柔らかい。

「授業始まっちゃうよ?」

「嫌ぁ、もうちょっとこうしてるの」

いつもより幼い反抗をしている。

頭を振って睡眠時間の延長を主張しているのがなんだか可笑しい。

46 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 02:35:35.78 A1Jg6LFI0 17/20

見崎を甘やかしてこのまま午後の授業をサボタージュしてしまおうか。

僕らは授業をサボったところで教師から呼び出されて怒られたりはしないのだからサボる事のリスクは小さい。だけどこれじゃ見崎のためにならないよね。

「起きなさい見崎。次の英語行くよ」

「I would like to sleep for 2 more hours」

思い切りカタカナ発音な所が見崎とミスマッチで面白い。

「長いよ!早くしないと授業始まるよ」

「いいの。こうしてるの」

「駄目だよ見崎、ちゃんと授業は受けないと。成績下がっちゃうよ?」



47 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 02:47:19.30 A1Jg6LFI0 18/20

僕らにはささやかな夢がある。

それは二人で同じ高校に行く事。



「そうしたら榊原君に家庭教師してもらうから平気」

「してもらうって」

「さっきスカートの中見ようとしたから榊原君は埋め合わせをする義務がある」

「まさか覚えてるとは…!」

「私の事、馬鹿にしすぎ」

家庭教師するのも嫌じゃないけど、埋め合わせっていうなら何処かに遊びに行きたいな。

「家庭教師でも良いけど、見崎がお勉強頑張ったら来週の土日は何でも言う事聞いてあげるから」

「本当に!?」

かなりレアな見崎の大声。下から僕の顔をのぞき込み何度も何度も僕に確認を取る。興奮しているのかやや息が荒い。

「や、約束だよ。さ・か・き・ば・ら君ッ」

声も普段とは比べ物にならないほど弾んでいる。


50 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 02:59:30.88 A1Jg6LFI0 19/20

ご機嫌になった見崎と共に5、6限の授業を受けた。

「見崎。帰ろうか」

「うん」

僕らには掃除当番等の面倒な役回りは回ってこないため、授業が終われば即座に帰宅する事ができる。

「榊原君。今週末の事」

「さっき約束した事?」

「そう」

「何処へ行きたい?」

いつも短い歩幅で歩く見崎だけど、今日はいつもより歩幅が大きいように感じる。

テンション上がってるのかな?

見崎は意外と感情が表面に出る方なのかもしれない。

51 : 以下、名... - 2012/05/03(木) 03:10:04.25 A1Jg6LFI0 20/20

「遊園地に行きたいな」

「了解。日曜日で良いよね?」

「うん。それでね、榊原君?」

「何?」

見崎は僕の前に回り込み、何かを決意したような、ふっきれたような笑顔で僕に言った。

「榊原君と一緒に観覧車に乗りたい」

傾いた金色の日差しを浴びた彼女の笑顔に僕が告げる言葉は一つだ。

「喜んで」

これより先の愛の言葉は、遊園地までとっておくとしよう。


おしまい。

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