1 : ◆VmgLZocIfs - 2015/04/26 00:17:26.09 xMzTVhm+o 1/832艦これ地の文・長編SS(ラノベ風)です、本編は>>2から。
1巻に当たる今回のメインヒロインは瑞鶴。
*元ネタにしているラノベがあります、興味のある方は推理してください。
ただし物語の骨組みに参考にしているだけですので、おそらく当てられる方はいないと思います。ラノベ玄人でないと多分知らない作品じゃないかなあ。
一応、後書きの最後でネタバラシ紹介はする予定です。
元スレ
【艦これ】キスから始まる提督業!【ラノベSS】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429975036/
【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻下【ラノベSS】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1435842407/
2 : ◆VmgLZocIfs - 2015/07/02 22:07:46.05 QSfqtoA/o 2/832【過去作品リスト】 (※本作品との関連はありません)
① 叢雲「私のバレンタイン・デイ」(処女作・地の文)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1423917520/
→http://ayamevip.com/archives/42807444.html
② 天龍「オレと、提督の恋」(長編地の文・恋シリーズ)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425124375/
→http://ayamevip.com/archives/43222578.html
③ 神通「私と提督の、恋」(長編地の文・恋シリーズ)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427886950/
→http://ayamevip.com/archives/43702999.html
④ 球磨「お姉ちゃんの損な役回り」(球磨師匠、磯風の弟子視点・ハイブリット)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430532671/
→http://ayamevip.com/archives/43918333.html
⑤ 磯風「磯風水雷戦隊」陽炎「陽炎水雷戦隊」 磯風・陽炎「突撃する!」(二人の演習戦・ハイブリット)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430824186/
→http://ayamevip.com/archives/43918386.html
⑥ 青葉「司令官をグデングデンに酔わせてインタビュー!」(台本形式挑戦作)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426429109/
→http://ayamevip.com/archives/43284513.html
⑦ 青葉「司令官を酔わせて取材しちゃいました!!」(台本・鶴姉妹主役のある神作品リスペクト)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1426905375/
→http://ayamevip.com/archives/43392540.html
⑧【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】(祥鳳、川内、時雨、叢雲の四篇)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433165511/
→http://ayamevip.com/archives/44346825.html
⑨【艦これ】叢雲アフター【短編SS】(叢雲後日談)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433665395/
→http://ayamevip.com/archives/44352474.html
⑩【艦これ】梅雨矢矧【短編SS】(初めての秘書艦矢矧)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433763923/
→http://ayamevip.com/archives/44430771.html
【プロローグ】 突然の・・・
唇に温かい感触が広がっていく。
あまりのことに僕は動くこともできずに、その熱を味わっていた。
「んっ・・・・・・」
それは僕を押し倒した少女も同様で、僕と彼女は互いの唇を押し付けたまま、まるで世界が止まったかのように硬直していた。
目の前の少女の気の強そうなつり目は今、驚きのあまり大きく見開かれていて。
整った顔立ちが徐々に紅く染まっていくのを見て、夕焼けみたいだなあなんて。
その時の僕は、そんなのんきな事を考えすらした。
いや、あまりのことに思考がぶっ飛んでしまっただけかもしれないけれど。
世界が再び動き出すのに、いったいどれくらいの時間がかかっただろうか?
「・・・・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・っはぁ」
唇と唇が離れる時に漏れる吐息がもどかしい。
密着した身体はそのままに、お互いの顔だけは認識できるくらいに距離が空いた。
僕も彼女と同じくらい顔を真っ赤にしているんだろうなあなんて思いながら。
口に手を当てて呆然とこちらを見てくる彼女を見てすっごく可愛い女の子だな、とこんな時ですら思ってしまう。
唇に、甘くて柔らかい余韻がまだ残ってる。
でも、まだ僕は信じることができないんだ。
「あの、今・・・・その・・・」
「な、な、な・・・・・・・・・」
目の前の美少女と僕が、キスしてしまっただなんて!
「あ、あの?」
「何すんのよ、バカ~~~~~っ!」
「えええ!?」
でも、そんな幻想的な思いはすぐにどこかへ飛んでいってしまった。
なぜなら・・・・・・。
シャラン。
目の前で不思議な音がしたかと思うと、いつの間にか少女の手には弓が握られていて。
「目標、正面の痴漢・・・やっちゃって!」
あろう事か、番えた矢を僕に向かって放ってしまったのだ!!
「ウソだろっ!」
そして。
飛んでくる矢を避けようと何とか動こうとする僕に、またしても不思議な事が起こる。
少女が放った矢が飛行機――いや、これは爆撃機か――に姿を変えて、こちらに突っ込んできたのだ!
「えっ?」
三度目の驚愕、突然視界が変わる。
爆撃機と少女を見ていたはずの僕の視点は今や。
執務室の廊下・・・その天井から僕らを見下ろしている映像へと切り替わっていた。
これは一体・・・・・・?
まるで世界を俯瞰して覗いているかのように・・・。
矢を放った少女、艦載機・・・そしてそれを間近でぼぅっとしてる僕の間抜け面が見える。
・・・・・・って、ぼぅっとしている場合じゃない!
ブンブンと首を振ると、さっき見たのは夢か幻か・・・元通りの視界が広がっていた。
もう爆撃機が目と鼻の先・・・一刻も早く逃げないと七面鳥の丸焼きだ。
我に帰った僕は咄嗟に向いていた方向――つまりは少女が出てきた執務室の方へと――駆け出す。
「あ、待ちなさい!この痴漢!変態!」
「痴漢でも変態でもないってば!」
狙われている僕が室内へ入るということ。
それがどういう効果をもたらすかなんて考えもしなかった。
「騒がしいわね、まったくこれだから」
「瑞鶴・・・どうしたの?」
「あら・・・あなたは?」
のんびりとこちらを見やる三人の少女に、無我夢中で叫ぶのが精一杯だった。
「みんな、伏せてーーー!」
「「「えっ?」」」
「逃がさないんだから!」
ブウウウウウウン、という音とともに爆撃機が室内へ入ってくるのを見て。
部屋の住人たちは、僕が叫んだ意味に気がついたようだ。
「なっ!?」
「瑞鶴ったら何してるの!?」
「とにかくみんな伏せて!」
僕たちがかろうじて床に這いつくばり、物陰に隠れた瞬間。
爆撃機から放たれた爆弾が、丁度部屋の中央に落ちてきて。
ドカン、と。
「うわあああ!?」
これから僕が使うはずだった執務室をまるごと吹き飛ばした。
ああ、どうしてこうなったんだろう。悲鳴を上げながら僕は思うんだ。
ケチがついたのはそう、ついこの前・・・士官学校を卒業してからだ。
第一章 最悪な出会い
15歳で士官学校を卒業するのは、史上最年少記録だそうだ。
おまけに入学以来ずっと主席・・・これは行ける!出世街道まっしぐらだ!!
「横須賀鎮守府提督に任ず」
そんな僕の夢を打ち壊したのは、士官学校の卒業式で放たれたこの言葉。
居並ぶ同窓生たちと比べ頭二つ三つ低い僕が、代表として壇に上げられたとき。
主席卒業の僕は、どんなエリート鎮守府に配属となるか・・・期待に胸をふくらませていた。
佐世保?舞鶴?呉?それとも・・・・・・?
そんな風に多少舞い上がってしまっても、仕方のないことだと思って欲しい。
何しろ古の名将、大軍師たち・・・僕の憧れる鄧禹や諸葛亮ですらその活躍は20代に入ってから。
それを・・・15歳で!
着任したらどんな作戦を立案しようか?
どんな体制を打ち出していこうか?
期待に胸が膨らむ。
「士官学校主席卒業者・・・・・・君を提督に任ずる」
卒業式の壇上で僕の心は跳ね上がった。
いきなり将校たちのトップ・・・提督だって!?
それはつまりどこかの鎮守府をまるごと一つ任されるということ。
地に臥していた龍が天高く羽ばたこうとするその翼を―――
「そう、君を横須賀鎮守府”特別”提督に任ず」
続く言葉にへし折られた。いきなりの・・・左遷の宣言。
横須賀鎮守府って・・・例の、”期待はずれの兵器たち”の鎮守府じゃないか!
そんな僕をさらに驚かせたのが、周りの仲間――だと思ってた人たちの声。
みんな僕よりもはるかに歳上の・・・正規の年齢で卒業していく同期たち。
「ざまあみやがれ」
「調子に乗ってたからだ」
「頭だけ良くてもな・・・最年少ってことで贔屓されてただけさ」
己を切磋し、国のため、人々を守るために巣立つ若鶏の台詞とは思えなかった。
僕はただただ、一生懸命やってただけなのに、何故こうなってしまったのか・・・。
「僕チャンは女と仲良くやってるのがお似合いなんじゃないの?」
背後からドっと笑い声がする。
数々の嫉妬から生まれた嫌味を背にしながら・・・でもただ、腐っててもしょうがない。
せめて新天地で頑張ろうと、僕は赴任先の鎮守府へと一人旅立ったのだ。
緊張する・・・僕は横須賀鎮守府の中、執務室のドアの前に立って呼吸を整える。
提督に任命されたから、今や僕はここの最高責任者だ・・・形だけは。
これから部下にすることになる女の子たち・・・いや、“艦娘”たち。
僕ら軍人が直接戦う他の鎮守府と違い、ここは彼女たちが日々出撃している。
彼女たちの存在が知られ、共通の敵である深海棲艦と戦うようになってから、日は浅い。
当時は様々な憶測、意見が飛び交った。
これで戦争は買ったも同然だとか言う風潮も、しばらくはあった。
「さて、どんな娘たちがいるんだろう」
その、艦娘とは。
曰く、人類の希望。
曰く、役立たずのスクラップ。
今現在どちらの説が有力かは・・・僕みたいな新米を着任させたことでわかりきっている。
”期待はずれの兵器たち”といった言われようはあまりにも有名だし。
不安で胸がいっぱいになりながら・・・それでも執務室へ入ろうと一歩踏みだすと。
複数の女の子の言い争う声が聞こえてくる。
あれれ、何だか部屋の中が騒がしいな・・・誰かいるみたい?。
「ふん、だ。私、演習に行ってきます!」
むくれた少女の声とともに、ドタドタという乱暴な足音・・・。
その騒がしさに気を取られていると。
ガチャリ。
目の前のドアが勢いよく開いて・・・。
「うわっ!?」
「きゃっ」
僕の目線よりもほんの少し上から女の子が降ってきて。
軍人だというのに、情けなくも僕は女の子を支えきれず押し倒されてしまうのだった。
まったく、なんでこんなことになったのかしら。
ドッドッドッドッド。
痛いくらいに脈打つ心臓を意識して、唇にそっと手を当てて。
少年と出会う前の出来事に、空母の少女は思いを巡らす。
それは瑞鶴が執務室を爆破する、ほんの少し前・・・。
「冗談じゃないわ、何様のつもりよ!」
執務室―提督が着任する前なので、艦娘たちの会議室として使われてる―部屋に、空母瑞鶴の叫び声が響く。
「瑞鶴・・・あまり大きな声を出しちゃいけないわ」
「翔鶴ねえは黙ってて、私たち五航戦がなめられてるのよ!?」
そんな二人を冷ややかに見つめるのは、翔鶴、瑞鶴と呼ばれた二人よりもやや歳上に見える少女。
白い道義に青袴、瑞鶴を睨む目と整った顔立ちが・・・クールと表現するにはいささか鋭すぎる印象を与えている―。
「当たり前です・・・一航戦である私と赤城さんを、あなたたちと一緒に語らないで」
「海域の攻略が難しいって話をしただけじゃない!」
激光した瑞鶴は、姉艦である翔鶴の静止も聞かず再び反論する。
「あなたの実力ではそうね、難しいでしょう」
「何よ、加賀さんだって結局攻略できてないんだから、一緒じゃない!」
今度は加賀と呼ばれた、先ほどの青袴の少女が声を荒げる番だった。
形の良い眉をピクリと吊り上げて、瑞鶴と呼ばれた少女を射抜くように見つめる。
「なんですって?この間無様に大破したのは誰だったかしら」
「まだあの時のこという気!?どれだけ馬鹿にしたら気が済むのよ。そもそもあの時の旗艦は誰だったかしら!?」
「・・・・・・私の指揮のせいだとでも?」
お互い譲りそうもないこの衝突は・・・いったい何度目だろうか?
もはや翔鶴ではこの場を抑えられない。頭を抱えて見守るのみだ。
「まあまあ、二人共落ち着いて・・・ね?」
そんな時、いつも仲裁するのは加賀の隣にいる少女の役目。
凛とした雰囲気なのに、物腰は加賀と違って柔らかい。
穏やかな黒真珠のような瞳と、瞳と同じ色の腰まで流れる髪が見るものを惹きつける。
「赤城さん・・・」
他の三人の声が重なる。
四人の中で誰がリーダー格か自然と分かってしまう一幕、信頼のまなざし。
「加賀、あなたは言い過ぎよ。後輩は叱ればいいってものじゃない」
「赤城さん、でも・・・・・・」
反論は聞かない、赤城は加賀の言い訳を無視して瑞鶴に向き直る。
「瑞鶴、あなたも。先輩に反抗して自分の意見を言うのは実力をつけてからになさい」
反りが合わない加賀よりも、冷静で理論的な指摘・・・それが瑞鶴のプライドを傷つけた。
あなたは加賀よりも下とハッキリ言われた・・・事実そうなのは自分でも分かるけれど。
それを他人から指摘されるのは何よりも耐え難かった。
それを受け止めて歯を食いしばれるほど、心はまだ成熟していなくて。
「私が加賀さんよりも下ですか」
口から出るのは素直な謝罪ではなく・・・言い訳じみた反抗。
「ええ。ついでに言えば私やお姉ちゃんの翔鶴よりも、ね」
「あ、赤城さん」
慌てて赤城の発言をフォローしようとする翔鶴を見て。
翔鶴ねえもそう思ってる・・・そんな事を言外に突きつけられた気がして。
「ふん、だ。私、演習に行ってきます!」
むくれた瑞鶴は部屋を後にして、演習場に向かうことにする。
乱暴にドアを開けて、前も見ずに執務室を飛び出した。
「えっ?」
ドアを開けた目の前に、自分よりもやや背が低い男の子が立っていることに気づきもせず・・・。
ひどい目にあったけれど・・・今、僕は改めて思う。
女の子とキス、しちゃった。
それもこんなに可愛い子と。
爆撃によってボロボロになった執務室で、吹っ飛んだ椅子をどうにかして探し出しながら、頭の中はそれでいっぱいだ。
「でもなあ・・・」
それでも僕は、突然のことに嬉しさなんて感じる暇もない。
何しろ次の瞬間、飛んできたのは爆撃機なんだから!
更に気になるのは、その直後に僕の視界がおかしくなったことだけれど・・・。
一先ず僕が言うべきは、これだろう。
「いきなり爆撃するなんて、何考えてるのさ!」
「それはこっちのセリフよ・・・私にキ、キ・・・キスしといて!」
キスの少女はまだ冷静さを欠いているようで、真っ向からこちらに喰ってかかる。
それにこちらも全力でこたえる。
「押し倒したのはそっちじゃないか、僕は悪くないぞ!」
「あ、あんですって~!?」
改めて正面から向き合って相手を見ると・・・ああ、やっぱり可愛い。
背は僕よりもほんの少し高いだろうか、こちらを睨んでくる少女を改めてみやる。
武道・・・白い道義に胸当てをしているので、弓道を嗜んでいるのだろうか?
それにしては赤の袴・・・というよりスカート・・・が短い気がするけれど。
気の強そうな瞳に頭頂部で二つにまとめた浅葱色の髪は、見るものを惚けさせた。
抱きしめれば折れてしまいそうなほどに華奢な身体が、花開く前のつぼみのような少女の幼さをよく表している。
そしてやはり目が行くのは・・・怒りにきゅっと引き締められた、桜色の唇・・・。
僕は今、こんなに可愛い女の子と、その・・・キスを。
かあ、っとまた顔が赤くなる。
僕の顔を見て何か勘付いたのか、キスの少女はますますヒートアップしてしまった。
「ちょっと。何いやらしい目で見てるのよ、この変態!」
「そこまで言う?」
「だって、だって・・・私の初めてを奪った癖に!」
ぶっ・・・なんか今とんでもないことを言わなかったかな!?
・・・大体それを言うのなら僕だって初めての・・・なんだけど。
身勝手な少女の言い方にカチン、ときた。
「瑞鶴。あなた何をしているの」
「もう、執務室がボロボロじゃない・・・すみません、先輩方」
「とにかく、状況を整理しましょう」
先ほど室内にいた女の子たちが、正気を取り戻して口々に発言し出す。
爆発は上手く避けたものの、みんな服や顔が煤で汚れている。
瑞鶴・・・と呼ばれているのはキスの少女の名前だろう。
彼女は僕よりほんの少し歳上という感じだけれど、他の三人は完璧にお姉さんだ。
士官学校時代も自分が最年少で、まわりは歳上ばかりだったけれど・・・それは男だけの話で。
こうして歳上の女性に囲まれてしまうと、何をどうすれば良いのかなんて分からない。
そんな中口火を切ったのは、赤袴のお姉さんだった。
「爆撃のことは置いておくとして、まずはあなたの事を教えてください。何故鎮守府に?」
流れるような黒髪に理知的な瞳。物腰は柔らかくって、それでいて有無を言わせぬ口調。
この四人の中で誰がリーダーかひと目で分からせられる。
「あのう、あなたは?」
「赤城と申します」
赤城というのがこの人の名前らしい・・・そして、それ以上は喋らない。
喋るのは私ではなくあなたでしょう、という言外なメッセージを僕は感じ取って。
「今日からこの横須賀鎮守府の”特別”提督として配属になりました」
「よろしくお願いします」
僕以外の四人が息を呑む。
ああ・・・予想していたけれどこの反応は。
「ふん、こんなガキんちょが提督なんてやっていけるのかしら?」
ほら。
辛辣な言葉は先ほどから僕を番犬のような形相で睨んでくる瑞鶴・・・さんからだ。
「もう、瑞鶴ったら失礼よ」
「何よ、翔鶴ねえだってそう思ってるでしょ。どう考えてもこんな歳下の提督なんておかしいわ」
「そ、それは・・・」
言いよどんだのは瑞鶴さんとよく似た顔立ちの少女・・・まあそうだよね頼りないよね。
翔鶴さんは瑞鶴さんよりも大人びた感じで、優しそうな人だ。
この四人の中で一番、女の子らしい人かも知れない。
「ちょっとアンタ、翔鶴ねえのこと変な目で見ているんじゃないわよ!」
見とれていたら、番犬に噛まれたし・・・。
「見てないよ!」
慌てて言うけれど嘘です見ていました。お姉さんって感じですごくいいなと思いました。
あれ、でも・・・とある疑問が僕の中に浮かぶ。
「そもそも艦娘に年齢なんてあるの?」
そう、彼女たちは艦娘であって人間じゃない。
年齢という概念があるのだろうかと思った。
その疑問には先ほどの赤城さんが答える。
「人間が言うところの年齢、という考えは私たちにはありません。しかし」
「なんとなく感じるのです、お互いに。例えば私と加賀は人間で言う同年代だとか」
赤城さんの発言を受けて、今度は最後の一人・・・加賀さんが続ける。
「そこの五航戦の娘たちが私よりも歳下だという感覚が、自然にあります」
「まあ、見た目もそうだしね」
瑞鶴さんも屈託なく話すことから、これはお互いの共通見解なのか。
「そして、あなたは瑞鶴よりも歳下だ、という感覚も」
平坦な声で語る加賀さんは・・・少しドライな感じがしてこわい。
でも、納得の意見だ。僕からしても瑞鶴さんを僅かに歳上と感じるし、他の三人も言わずもがなだしね。
「ええ、私もそう思いました」
翔鶴さんも賛同するのを見て、僕が一番歳下というのことで決着がつく。
もはやそういうものとして進めたほうが話が早い。
「ふん、見た目からしてガキだし当然だけれどね!」
カチン。
事故があったとは言えあれは僕のせいじゃない。
僕がそうまで言われる筋合いはないと思う・・・ので、言い返すことにする。
「瑞鶴さんとは似たようなものじゃないか」
「何よ、私がガキだっていう気!?私の唇奪ったくせに!?」
「それは今関係ないだろ!?」
再びその話題が上がって、幾分冷静になった艦娘たちが動揺する。
場がざわめくのと同時に、他の三人から冷たい視線が寄せられるのを感じて。
まずいまずいまずい!何とかしないと!
「あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?」
「ししし、失礼な。私となんてキスしたくなかったってこと!?」
売り言葉に買い言葉。
普段なら僕も冷静になることが出来たはずだけれど・・・言われない中傷を浴びてこの鎮守府に来た後でのこの仕打ちだ。
ちょっと、堪えることができなかった。
「どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!」
「えっ・・・わ、私!?」
瑞鶴さんとのキスは、実はすっごくドキドキしたんだけれども、そんな心には蓋をして。
つい、そう言い放ってしまった。
動揺する翔鶴さんをよそに、瑞鶴さんがますますヒートアップする。
「あ、あんですって~!?上等じゃないこの変態提督!」
「なんだよ、僕は悪くないぞ!」
「おやめなさい、二人共」
赤城さんの仲裁で、僕は我に返る。
「まったく・・・いくら事故があったとはいえ。少し情けなくはありませんか?」
・・・・・・にべもない正論に、僕らは揃って口をつぐむ。
その通りだ。これからこの艦娘たちを指揮していく立場の僕が、こんな幼稚な言い争いをしていちゃ示しが付かない。
「うん、ごめんなさい・・・」
「分かればよろしいのです」
ニッコリ笑ってそう言って、僕の頭を撫でる赤城さん。
・・・これじゃどっちが上司なのか分かりやしないや。
「ほら、瑞鶴も」
「ふん、だ」
反対に瑞鶴はすっかりへそを曲げてしまって、取り付く島もない。
「もう、瑞鶴ったら」
「・・・ゴメンナサイ」
翔鶴さんにたしなめられてようやく、そっぽを向いたままの形ばかりの謝罪。
ああ、やってしまったと僕は今更ながら反省する。
部下にそっぽ向かせてどうするんだ・・・。
「あのう、瑞鶴さん・・・」
「ふんっ」
こりゃ駄目だ。時間を掛けて改善していくしかない。
そして今は瑞鶴さんの問題ばかりにかまってはいられない。
騒動が一段落を見せた今、本来の・・・提督としての問題に取り掛からなきゃと僕は視線を上げて。
「この執務室、どうしよう?」
「あっ」
「うっ・・・」
着任早々、仕事する場所がないなんて・・・僕は一体、これからどうなるんだ?
深い深い溜息をつきながら、僕は執務室だったものを見渡すのだった。
執務室は今、悲惨な有様だった。
窓は全て破れて風は吹きさらしだし、壁も床もえぐれて煤だらけだ。
とても執務が出来そうな場所ではない。
「まったく、あなたも随分と本気で爆撃したものね」
「そうよ、誰かに当たったらどうする気でいたの?」
全くだ、着任早々いきなり艦娘の本領を見てしまった。
これのどこが役立たずなのか疑問に思う。
「そんな・・・私だってここまで威力を出した覚えないのに・・・」
「戦場で出すよりも火力が出ているくらいですよ、これ」
「うぅ・・・」
自分でもやりすぎを感じているのだろう。
みんなに責められて瑞鶴さんがしょげているのを見て。
「まあ、いきなりのことだったし・・・動揺してたんだから仕方ないよ」
「む、むぅ!」
がるるるるるる、という声が聞こえてきそうなほど不機嫌になる瑞鶴さん。
・・・なんでフォロー入れたのに睨まれなきゃいけないんだよぉ。
「しかし、ここでは執務を採ることは難しいでしょう」
「何とか直らないかな?」
「妖精さんに任せるのは良いとして・・・それには資材を使います」
うーん、まだ鎮守府の備蓄を記録した帳簿を見ていないから分からないけれど。
出撃に回す資材を差っ引いたら余裕がないんだろうか。
・・・・・・それってかなりまずい状態なんじゃないのか?
「いいよ、それなら代わりの部屋で仕事するから。修理は余裕が出来た時にしよう」
おお、なんかリーダーっぽいぞ、この調子だ!
「ですが、ここ以外に空いている部屋がありません」
へっ?
「一つも?」
「一つもです」
「残りの部屋はみな、艦娘たちが暮らす部屋や資材置き場などとして使っています」
「提督に資材置き場で暮らして、執務を取れというのも・・・・・・」
赤城さんと加賀さん・・・歳上組が唸り出す。
「ふーんだ、廊下で寝起きすればいいんじゃない?」
「こら、瑞鶴ったら・・・あの、先輩。元々妹が原因ですし、ここは私たちが部屋を出て」
「何でよ、翔鶴型の部屋を明け渡せって言うの!?」
瑞鶴さんが憤慨して声を上げる。
「服とか下着とか色々あるんだよ、この変態に好きなようにされちゃう!」
「何にもしないよ!」
正直言うと、落ち着かないとは思います。
下着は漁らないけどね、いやほんと!
「でも・・・部屋をこんなにしたのは瑞鶴、あなたなんだし。責任は取らなきゃ」
「ぅう・・・それはそうだけれど・・・でも」
ちょっと待って、と僕は翔鶴さんを止める。このままでは本当に部屋を明け渡しそうだ。
「僕だって君たちを追い出してまで部屋は欲しくないよ」
「この際、毎日空いた部屋を転々として執務を執るっていうのは?」
「責任者が決まった場所にいない、というのは問題でしょう」
妥協案は赤城さんに切って捨てられる。
やれやれ、国中で唯一艦娘たちがいる鎮守府に着任した(させられた)と思ったら。
まさか、執務を執る部屋さえなくなるなんて・・・。
でも、そんな些細な問題は次の瞬間吹っ飛ばされることになる。
まるで先ほどの爆撃機がもう一度現れたみたいに。
しかも、今度爆撃を放つのは・・・僕が一番理知的でまともだと思っていたこの人。
「ではこうしましょう!」
ポン、と手を叩いて・・・赤城さんが語りだす。
名案を思いつきました、という感じだ。
「翔鶴、瑞鶴はこれまで通り。いつもの部屋で暮らしてもらいます」
「やりぃ!」
「赤城さん、でも・・・」
そして、と人差し指を立てながら赤城さんは付け加える。
「提督も一緒の部屋で、執務を取って・・・寝起きして頂きます」
あーなるほど。それなら誰も部屋を追い出されずに、しかも僕は執務に集中できる。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「って出来るかああああああああ!?」
「流石赤城さん。これ以上ないくらい名案です」
「どこが!?これ以上ないくらいおかしいよ!」
うんうんと頷く加賀さんにたまらず叫ぶ僕に、首を傾げる加賀さん。
「赤城さんの案に問題があるとでも?」
「問題しかないよ、結婚前の男女が同じ部屋で暮らすなんて」
「私には関係ありません。よって問題ありません」
「ああそういう意味!?なら問題ないや良かった良かった!」
加賀さんにとって僕や瑞鶴さんたちはどうなってもいいらしい。
めんどくさいからと適当に終わらせる気マンマンだ。
常識人に見えて何考えてるかわからない人だなと僕は加賀さんの認識を改める。
「ふざけないでよ、こんな変態と一緒の部屋だなんて!」
変態じゃないけれど、ここは瑞鶴さんの意見に賛成。
部屋がないからとは言え、一緒の部屋で暮らすなんて・・・翔鶴さんだって嫌だろう。
しばらく発言していなかった翔鶴さんが、神妙そうに口を開く。
「仕方ありません、そうしましょう」
ほら、嫌だって。
・・・・・・ん?
・・・・・・あれ、今翔鶴さんはなんて言ったのかな?
シカタアリマセン、ソウシマショウ
えっと・・・それはつまり。
「「えええええええええ!?」」
僕と瑞鶴さんの絶叫が重なる。
「翔鶴ねえ、正気?」
「翔鶴さん、本気ですか?」
今度は意見も。
面白くなさそうに瑞鶴さんがこちらを見てくるけれど、そんな場合じゃない。
でも、と翔鶴さんが可愛く首をかしげて言う。
「じゃあ瑞鶴、あなたは提督に本当に廊下で寝ろと言うの?」
「うぅ・・・それは、違う・・・けど」
おお、意外だ。
先程は勢いで廊下で寝ればなんて言っていたけれど、本心じゃないらしい。
瑞鶴さんって思ったよりも優しい人なのかも・・・。
そう考えるとさっきのは、なんて最悪の出会いなんだろう。
「でも・・・さっきみたいなことが起こったら」
そう、結局行き着くのはやはりそれ。
困り顔で唇に手を当てる瑞鶴さんに、僕はドキリとする。
またしても、僕はこの娘とキスしたんだと余計な意識をしてしまって。
「あ、やっぱり今思い出してるでしょ!?忘れなさいよ!」
「うわあ、ごめんなさい!」
しばらくあの唇の感触は忘れられそうにないんだ、ごめんなさい・・・。
「でも、さっきみたいな事は気をつければそうそうないから!」
慌てて言った僕のこの言葉が言質となった。
ポン、と再び赤城さんが手を鳴らして。
「気をつければ事故は起こらないだろう、と今提督はおっしゃいました」
「ふふ、ならば問題なし。決まりですね」
「あっ・・・しまった」
満足そうな笑み・・・この人、赤城さんは結構したたかそうだ。
「瑞鶴も日頃の行いを反省して・・・この機会に改めることね?」
赤城さん、もしかしてこれが狙いか。無鉄砲な後輩を懲らしめるための、罰。
・・・・・・着任早々手ごわい人が部下になってしまったなあと、僕は深い溜息をついた。
難しい問題は全部、後回しにして。
とにかく僕は翔鶴さん、瑞鶴さんの部屋で寝起きすることになった。
それは良いとして・・・いや、全然良くないんだけれど。
「うんしょ、うんしょ・・・」
日もすっかり落ちて、さあ就寝となったころ・・・翔鶴型の部屋に僕はお邪魔していた。
瑞鶴さんが部屋を二つに割るように、自分の矢を床に並べてラインを作っている。
自分たちのベッドがある側と、今僕が腰かけてるソファがある側だ。
「瑞鶴さん、何やっているの?」
「決まってるじゃない、ここからこっちは私と翔鶴ねえの国よ!」
国って・・・まあ、やりたいことは大体分かった。
「要するにそこから先僕は」
「ええ。入ってきたらまた、艦載機をお見舞いするから」
ニコっと笑って瑞鶴さん。
初めて僕に向けられた瑞鶴さんの笑顔は、殺意がこもったものでした・・・。
「もう、瑞鶴ったら・・・提督にソファで寝ろというの?」
「翔鶴さん、僕はそれで十分だから」
実際、部屋に住まわせてもらうだけでも感謝なのだ。
廊下で寝るよりは百倍いい。
それにこの部屋にあるベッドは二段ベッドで・・・つまりは余分がない。
境界線がなくったって、僕がソファで寝ることは変わりがないのだ。
「大丈夫よ、そのソファ結構大きいし。私もテレビ見ながら寝転んだりするし」
でも、と自分は一つも悪くないのにすまなそうにしてくれる翔鶴さん。
瑞鶴さんには期待出来ない、お姉さんの優しさが見えるといっては失礼かな?
「あ、そうだ」
名案を思いつきましたというように、両手を貝殻にしてピョンピョン跳ねる翔鶴さん。
・・・正直すごく可愛い、こんな歳上反則。
赤城さんと違って何か企んでいないのも理想的だしね。
「瑞鶴が私のベッドで一緒に寝て、空いたベッドに提督が・・・」
「駄目に決まってるじゃない!」
・・・全然名案じゃなかった。
しかも何故瑞鶴さんが反対したか、翔鶴さんは分かっていないらしい。
「どうして、瑞鶴。これでみんなベッドで寝られるのに」
「それって私のベッドでこの人が寝るってことでしょう?」
「もう、この人じゃなくって、提督よ?」
翔鶴さん、今問題はそこじゃないんだ・・・。
かなりの天然系じゃないだろうか、この人。
「とにかくそれは駄目、駄目なんだから!」
「そうかしら・・・名案だと思ったんだけれど・・・」
顔を真っ赤にして瑞鶴さんが叫ぶ・・・これは僕にも異論はない。
しゅん、と残念そうにした翔鶴さんだけれど、次の瞬間。
「なら私が瑞鶴のベッドに行って、私の空いたベッドに提督が・・・」
「それも駄目、絶対駄目!」
「瑞鶴、私は気にしないわよ?」
「翔鶴ねえが気にしなくても、私が気にするのー!」
翔鶴さん恐るべし・・・。
僕だって翔鶴さんが普段寝ているベッドを使えなんて言われたら落ち着かない。というかドキドキして寝られない。
・・・なんてそんなことを考えていたら。
「ちょっと、まさかアンタもその気なんじゃないでしょうね!?」
瑞鶴さんに睨まれる・・・って、遅かったか。
「ソ、ソファで寝させて頂きます!」
まるで士官学校時代の教官に接するようにそう言って。
僕はスゴスゴと自分の寝床(もちろんソファ)へ向かうのであった。
「おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ、翔鶴ねえ」
僕には挨拶しようとしない瑞鶴さんに苦笑しながら、部屋の電気を消す。
女の子と一緒の部屋で寝るなんて、緊張して無理だと思ったけれど。
今日は色々と驚きっぱなしで疲れていて、簡単に寝られそうだ。
瑞鶴さんとの、突然のキス。
直後にどこからともなく現れた弓矢。
そこから放たれた矢が爆撃機に変わったこと。
そして、急に変わった僕の視界・・・これが一番気になる。
後はそうだな、聞きかじりの話でしか知らなかった・・・艦娘たち。
”期待はずれの兵器たち”
分からないことばかりだけれど、難しことは全部明日にまわして。
今はとにかく、休みたい。
ふあぁ、と大きくあくびをした頃には、半分眠りかけていて。
「おやすみなさぃ・・・」
そう呟いたまどろみのなか、部屋の奥の方から穏やかな寝息が聞こえてきて、僕も眠りに落ちていく。
「・・・・・・・・・おやすみ」
部屋のもう半分から、そんな声が聞こえてきた気がするんだけれど。
それが誰の声なのかは分からなかった。
こうして最悪な出会いから始まった僕の提督業一日目は、なんとか過ぎていったのである。
第二章 ”期待”
翌日の昼過ぎ・・・僕の提督業二日目。
僕は一航戦、五航戦の空母たちと共に鎮守府の港に集まっていた。
彼女たちを指揮する身として、艦娘のことを詳しく知らなければならないからだ。
「で、これが艤装ね」
突然シャラン、と音がして瑞鶴さんの手に弓矢が現れる。
「うわ、急に武器が出てきた!?」
「だから艤装だってば・・・」
「本当に私たちのこと、何も知らないのね・・・」
呆れ顔の瑞鶴さんに反発心がわく。
しょうがないだろ、ここに着任するなんて思ってもみなかったんだから。
「艤装とは艦娘だけが扱える、対深海棲艦への武器なんです」
妹の雑な説明を、姉である翔鶴さんが補ってくれる。
「正確には今着ている服なんかも艤装の一つなんですけど・・・」
「え、そうなの?」
さらにその補足が赤城さんから入る。
「私たちが生身で戦いに出れるのは、この艤装を付けられるからですね」
「艤装を使わない、純粋な肉体の能力は人間のものとそう変わらないですから」
はあ、なるほど。
だから戦闘で艤装が壊れてしまうと危険なわけね。
「ちなみに、人間が艤装をつけても何の意味もありません」
今度は加賀さんから。
だからこそ艦娘に期待がよせられたのだ、発見された当時は。
「そういえば、昨日は矢が艦載機に変わったけれど」
「ええ、瑞鶴・・・見せてあげて」
はい、と赤城さんの指示で瑞鶴さんが矢を番える。
そのまま正面の海へ向かってひょうと放った。
放たれた矢はしばらくの間大空を駆け、そして・・・・・・。
「あっ」
ブウウウウウウン
プロペラの音を響かせる艦載機へと姿を変える。
昨日執務室を爆撃したのと同じ爆撃機が、丁度海に浮かんでいる訓練用の的を目掛けて飛んでいくのが見えた。
「上々ね」
赤城さんの言葉に頷くのは、隣にいる加賀さん。
「これが私たち空母の戦い方になります」
「そのままあそこにある的を爆撃しなさい、瑞鶴」
「言われなくっても!」
加賀さんの指示にはやや挑戦的な返事をする瑞鶴さん。
「アンタもよく見ておきなさい、これが空母瑞鶴の力よ!」
自信満々なその顔は、自信に満ちた屈託のない笑顔。
「いっけえええええええええ!」
瑞鶴さんの指示通りに、爆撃機が遥か高みから的へと攻撃を試みる。
高度を保ったまま直下へと爆弾を投下―――昨日の執務室と同じように的が吹っ飛ばされる・・・ことはなく。
ボチャン。
「へ?」
「あ」
「・・・はぁ」
不発・・・?
落下した爆弾は的を大きく外しただけでなく、爆発すらせずに海へと沈んでいった。
「不快です」
バッサリ切る加賀さん。そこには何のフォローもない。
「しょ、しょーがないじゃない。ミスすることだってあるわよ!」
「だからと言って提督へのお披露目でこんな無様・・・まったく五航戦はこれだから」
「ちょっと・・・加賀さんだってミスすることあるでしょ、私知ってるんだから」
「私が?ありえません」
わあ・・・また喧嘩が始まったよ。
オロオロしだす翔鶴さんに、やれやれといった苦笑で見守る赤城さん。
]これがこの四人のいつものスタイルなんだろうなあ。
「あのう、じゃあ加賀さんにお手本を見せて貰うってことでどうかな?」
仕方なく僕が妥協案を提出する。
歳上同士の言い争いなんてどう収めていいか分からないし。
「あら提督・・・そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ?」
ニコニコとした笑顔で僕に言う赤城さん・・・仲裁する気なかったくせに、よく言う。
もしかして僕がどう対応するか試していたのかな?
提案した僕に、加賀さんが無表情な視線を浴びせながら言う。
「それもそうね、五航戦に任せないで最初から私がやれば良かったわ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
「あは、あはは・・・」
悔しがる瑞鶴さんと、困ったように笑う翔鶴さん。
後輩組も大変だなあと思って見ていると。
「なによ、こっち見ないでよね!」
「もう、瑞鶴っ」
・・・・・・僕悪くないじゃん。
「見ておくことね。これが私たち空母の戦い方よ」
いつの間にか加賀さんの手には弓が握られている。
無駄のない洗練された動きで流れるように矢を番え、大空へ。
ひゅん、と・・・先ほど瑞鶴さんが飛ばしたよりも高く、高く登った矢が姿を変えて。
再び姿を現した爆撃機が、今度こそ洋上の的へ真っ直ぐ落ちていく・・・そして。
ゴンッ
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・あれ?
的に当たっただけの爆弾は、低く短い音を響かせてそのまま海へと沈んでいった。
当然、爆発なんてしない。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
誰も、何も話さない。
・・・・・・き、気まずい!気まずすぎる!
「あ、あの・・・加賀さん?」
仕方なく僕が口を開くも、何をしたらいいのか分からない。
対する加賀さんはと言うと、悪びれるわけでもなく先ほどと同じ無表情で。
「まぁ、こんなものね」
えええええ、今シレっと言い放ったよねこの人。
なんで”これが成功例です”みたいな顔してんの!?
でもそれで納得する者がいるはずもない、特に瑞鶴さんは。
「ちょっと、加賀さんだってミスってるじゃないの!」
まあ、そうなるよなあ・・・あれだけ言われた後だもん。
「私は的に直撃させました」
「ぶつかっただけで爆発してないじゃない、私と同じようなモンよ!」
「当たることさえなかったあなたと一緒にしないで」
「あ、あんですって~!?」
ああ、もう・・・これじゃ話が進まないと判断した僕は思い切って間に入ることにした。
「ちょっと、二人共いいかげんに―――」
「アンタはどっちの味方なのよ!?」
「提督は私と瑞鶴の違い、お分かりになるでしょう?」
なんでそうなるの!?
もはや泣きたいのはこっちである。
「ええと、そりゃ・・・的に当たったか外れたかは大きな違いだと思うけれど・・・」
「そうね、当然の判断です」
「はぁ?ふざけんじゃないわよ!」
瑞鶴さんが食ってかかる・・・ってなんで僕に向かって!?
「あ、いやでも・・・二人共爆発しなかったから的を壊していない点では違いはないと言うのも無きにしも非ずでしてねうん」
「ほら見なさい、同じようなモンよ!」
「・・・頭に来ました」
今度は鋭い目つきで僕を睨む加賀さん・・・ってだから何で僕を睨むの!?
「ちょっと、アンタ結局どっちの味方なのよ!」
「一航戦と五航戦の違い、分かるわよね?」
ずい、と僕に迫ってくる二人・・・って、顔が近い近い!
相変わらず敵意を含んだつり目と、根拠のない自信を含んだ冷徹な目が僕を見つめる。
え、ちょ・・・どうしたらいいのこれ!?
「(翔鶴さん・・・翔鶴さん助けて)」
一番まともそうな人に視線を送って助けを求めてみると。
「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)」
あ、駄目だ。この人頼りにならんわ・・・。
こちらを拝んでいるだけでした。
「さあ」
「どっち!?」
どっちって・・・どっちを選べばいいんだあ!?
ズガン!
そんな僕の迷いを打ち消すような地を揺らす衝撃が、唐突に駆け巡る。
「え、何!?」
「こんなものですね」
爆撃によって粉砕された的は今や炎上しながら沈んでいく途中で。
爆風で乱れる髪を弓を持った方の手で抑えながら、それを見つめて赤城さんが呟いた。
僕らのちっぽけな言い争いを力ずくで終わらせてしまう、圧倒的な火力。
これが・・・これが正規空母の力。
「流石・・・鎮守府ナンバーワンの実力者ですね」
さっきまで縮こまっていた翔鶴さんが何事もなく僕の隣に来ている。
「・・・さっき助けてくれなかったくせに」
「ごめんなさいごめんなさいっ」
ちょっと翔鶴さんをいじめて気を落ち着かせてみる僕。
「すごいよ、赤城さん。これが艦娘の力なんだね!」
僕の賞賛を・・・しかし赤城さんは受け取ろうとしない。
「私たち艦娘の力は・・・本当に不安定なものです」
したたかな人だと思っていた。それと同時に茶目っ気のある、憎めないお姉さんだとも。
「私でも、爆撃の成功率は安定しません。数回に一回は不発に終わります」
でも、今は場を収めるための作り笑顔すら見せていない。
それさえあればこの雰囲気も、いくらか重くならずにすむと知っているはずなのに・・・それでも。
「加賀さんでも先ほどの失敗をする日もありますし、五航戦はそれよりもはるかに成功率が低い」
加賀さんにはあれほど食ってかかった瑞鶴も、しゅんとうなだれている。
「知っていますね、提督。人間のあいだで私たち艦娘が何と呼ばれているか」
「あっ・・・・・・・・・」
人類の希望。
そんな浮ついた誤魔化しなど、この場で口にすることすら出来ない。
そして、今分かった。
艤装を付けるだけで深海棲艦と戦う力を持つ彼女たち艦娘が、何故もっと大切に扱われないのか。
――僕チャンは女と仲良くやってるのがお似合いなんじゃないの?
士官学校の卒業式でのあの言葉は、僕に対してだけの侮蔑ではない。
「期待はずれの、兵器たち」
視線は遠く洋上の・・・自分が破壊した的よりも遥か先をじっと見据えて。
赤城さんがはい、と短く返事をする。
みんなみんな、赤城さんの底知れない迫力に押されて、何も話せないでいる。
「提督、ここに着任が決まって・・・嬉しかったですか?」
「そ、それは」
答えられない。
そして、その無言が僕の何よりの答え。
「私、あなたが信頼出来ません。上官に言う言葉ではないのはわかっているのですが」
ガツン、と頭を殴られた気がした。
「赤城さん・・・それは」
加賀さんが不安げな表情を作って止めに入ってくれたけれど。
「いいよ、続けて」
「提督・・・!?」
それを振り切って、僕はあえて傷つく道を選ぶ。だって、そうしないと意味がないから。
「何でか教えてくれないかな、赤城さん」
「私たちの上官をやるのは、あなたにとって左遷ですか」
ああ、見透かされていた。
事実の指摘は、他のどんな言葉よりも深く僕の心に響く。
それは、卒業式の時の言われない中傷よりもずっと僕の心に突き刺さった。
「ちょっと、赤城さん言い過ぎっ・・・」
「瑞鶴さん、いいから」
そういう気持ちは、あった。“特別”提督という称号。
それは横須賀でなく他の鎮守府に行けば何の意味も成さない階級。
ここでだけ通じる・・・いわば狭い楽園の王様でしかない。
それを屈辱だと感じた。左遷だと思った。
そんな思いで部下を率いようとする者に、誰がついてくるだろう。
・・・・・・誰が命を預けるというのだろう?
瑞鶴さんは“言い過ぎ”だと言った。
彼女もまた僕の態度の端々に、”左遷されてここに来た”という思いを感じたのだろう。
ぎゅ、っと拳を握る。
この批判は、真っ向から受け止めねばならない。
・・・そうしないと僕は、彼女たちに向き合う資格を、永遠に失ってしまうから。
赤城さんが静かに口を開く。そこには容赦もなく、一片の妥協もない。
「私たちの実力は・・・人間に言われるように、期待はずれです」
「戦線を劇的に変えるでもなく、今見せた様に戦果も安定しません」
この人は、とても厳しい人だ。自分も、他人にも。
・・・瞳に溜まった涙を流してはならない。それは今の僕に示せる、せめてもの矜持。
僕は歯を食いしばって、赤城さんを睨みつける。
「だから、私は新しく着任するという提督に”期待”していました」
そして、優しい人だ。
僕みたいに覚悟も実力もない甘ちゃんに、気づかせてくれた。
「何かを・・・私たちを活躍させてくれる何かをもたらしてくれるのではないかと」
”期待はずれの兵器たち”
それはいったい何様気分の言い方だろうか。
自分だって、彼女たちの”期待”に何一つ答えていないのに。
”期待”っていう言葉を、これほどまでに重く感じたことは、これまでになかった。
”期待”はずれはどっちだよ、僕。
艦娘たちのこと、何も知らなかった。
軍の機密情報とはいえここに着任する立場になったのだから、もっと事前に知っておけることはあったはず。
そして、部下の言い争いの行方も結局、赤城さんに頼った。
ここに来て二日目。
僕はまだ、彼女たちに信頼される何かをまったく、示しちゃいない。
「提督」
赤城さんは容赦しない。
自分に求めるのと同じだけのものを、並んで立つ者には求める。
「あなたは私たちを、どう導いてくれますか?」
「艤装を持たない人間のあなたでは、私たちを戦場で助けることは出来ません」
「無線を使った戦闘指揮?裏方事務?それとも全く別の何かで、私たちを導いてくれるのでしょうか」
「”期待”させてくださいね?」
そう言い放って最後に、とびきりの笑顔を浮かべる。
辛辣な笑顔ではない。親しげな笑顔ではない。
僕を傷つけるとわかって、それでも言わなければならない事実を突きつけて。
そんなつらさを押し隠すための、悲しげな笑み。
そしてそれを浮かべさせたのは、僕だ。
ぐぐぐ、っと・・・これでもかというくらい拳を握り締めて。
最後の意地を張って、去っていく赤城さんの背中にこう宣言した。
「させるだけじゃなくって・・・応えてみせるさ」
僕なんかに一礼して、加賀さんも港を去る。赤城さんを追いかけて。
でも僕はしばらく動けずに、拳を握り締めたまま・・・ただただその場に立ち尽くしていた。
固く握り締めた手に、そっと誰かの手が寄せられる。
しばらく何も言わずに、ただただ瑞鶴さんは僕の手を握って隣にいてくれた。
初めて瑞鶴さんのことが、ちょっとだけお姉さんに見えた。
「覚悟、決まったよ」
「うん」
手を繋いだままたっぷりの時間をかけて、僕の心は固まった。
出来ることをしよう。今、思いつく限り出来ることを。
「とりあえず、瑞鶴さん、翔鶴さん」
「なによ」
「はい」
「あなたたちの事を、もっと知りたい」
「まあ、喜んで」
屈託なく笑って答える翔鶴さんと。
「な、な、な・・・」
反対に顔を真っ赤にしている瑞鶴さん・・・って何で?
「どうしたの、瑞鶴さん?」
「どうしたの、瑞鶴」
今度は僕と翔鶴さんの声が重なる。
「アンタばっかじゃないの!?」
「ええ、なんでさ!?」
さっきは僕のことを慰めてくれたくせに、今度は不機嫌。
まったく意味がわからない。
「いきなりこっ、こっ、こっ」
ニワトリかな?
何にせよ、誤解されているみたいだから説明を付け加える。
「いや、艦娘のことを教えて欲しいって意味だったんだけど」
へっ、と顔を赤くしたまんま硬直する瑞鶴さん。
「じゃあもっと分かりやすくいいなさいよ!バカじゃないの!」
「えぇ、そのまんまじゃないか。瑞鶴さんはなんだと思ったの?」
「・・・っ。し、知らない!」
いつも通りむくれた瑞鶴さんだけれども。
結局・・・言い争っている間も、つないだ手はそのままにしてくれた。
「いや、艦娘のことを教えて欲しいって意味だったんだけど」
屈託のない少年の言葉に、瑞鶴は呆気にとられる。
だってそんな・・・私の事をもっと知りたいだなんて言われたら。
そんなの、こ、告白されたと思っても・・・しょうがないじゃない。
ほら、また。気づいたら少年に憎まれ口を叩いてる。
「えぇ、そのまんまじゃないか。瑞鶴さんはなんだと思ったの?」
「・・・っ。し、知らない!」
何だと思ったかなんて、そんなの。
絶対に教えるわけにはいかない。
”役立たずの兵器たち”
人間たちに艦娘がそう言われているのは知っていた。
今まではそれで、どうでもいいと思ってた。
誰も沈んでいないし、そのうちもっと練習して強くなって、見返してやればいい。
そう思っていたけれど・・・今日は自分の力不足を恥じた。
誰にって、自分にじゃない。自分はそんなに殊勝な性格じゃない。
恥ずかしさを感じたのは、提督としてこの鎮守府にきた少年に、だ。
要するに自分は、この少年にかっこいいところを見せたかったのだ。
それが出来なくて・・・少年は瑞鶴の実力の無さにがっかりしただろうか?
そう思うと何だか胸が痛い。なんでかは分からないけれど。
空母の少女は内心で思いを巡らす。
初めて、自分は赤城の厳しさを見たと瑞鶴は思った。
自分を叱る時の、先輩としての厳しさじゃない。そんなのいっぱい見てきた。
今日見たのはもっと・・・そう、根源的なもの。
艦娘として自分がどうあるか、というみたいな・・・上手く、言い表せれないけれど。
そして、自分だったら言い訳して逃げてしまいそうな赤城の厳しさを。
少年は真っ向から受け止めた。
後ろから背中を見ているだけでも切なくなった。
15歳の、瑞鶴よりも小さな背中で拳をめいっぱい握り締めて・・・出した助け舟さえも断って。
なんでそんなにバカ正直に生きるの。
そんな少年を見ると、瑞鶴の胸の内はもどかしさでいっぱいになる。
キスしてしまった時もそうだ。本当は彼が悪くないのなんて分かってる。
ただ、あまりにも唐突に奪われた”初めて”に動揺した自分が暴れて、こじれさせただけ。
上官なんだから、「黙れ」の一言で良かったはずなのに。
こんな生意気な奴なんか、無視してしまえば良かったのに。
幼いから、そういう術を知らないだけなのかもしれない。だけど。
だけど、少なくとも彼は自分と同じ立ち位置で向き合ってくれた。
赤城さんのいう”期待”なんてもの、まだ彼はもたらしていない。
でも・・・でも。彼がそれをもたらしてくれると”信じる”くらいはしても良いんじゃないかと。
悔しさを胸にじっと海を見つめる少年の背中の後ろで、空母の少女は思った。
そして。
気づいたら手を握っていた。
第三章 僕にできること
ブウウウウウウン
あれから。
既に夕焼けに染まりつつある空を、艦載機が翼を広げて羽ばたいている。
おお、これはいい調子かも知れない・・・今度こそ!
「よし、爆撃ポイントに入ったよ。そのまま」
「いっけえええええええ!」
瑞鶴さんの指示に従い、爆撃機が洋上の的に向かって爆弾を投下する。
「よし、今度こそ!」
爆撃機から放たれた爆弾は・・・。
カンッ
的のヘリに当たって何とも締まらない音とともに海へと沈んでいった。
「駄目かぁ・・・」
僕と翔鶴さん、瑞鶴さんはそろってため息をつく。
赤城さんに叱咤されたあと、何かを掴みたくて・・・取り敢えず先ほどの爆撃の練習を続けてみたけれど。
成果は結局、艦娘の力が安定しないという話の裏付けだけ。
「何度かちゃんと爆撃できたけれど・・・」
「今度は的に直撃しないんじゃあ、効果半減よねえ」
瑞鶴さんが悔しそうに言う。
赤城さんが一発で的を粉砕したのがどれくらい凄かったのか分かるなあ。
「結局、僕を爆撃した日が一番すごかったよね、火力も命中精度も」
「うっ・・・それを言われると何も言えないわ」
「あの時と今と、状況に何も違いはないはずなのに・・・」
翔鶴さんの言うとおりだ。
僕も瑞鶴さんも揃って首を傾げる。
「あの時はなんで成功したんだろうね、爆撃」
「うーん・・・」
二人に問いかけてみても出てくるのは唸り声だけ。
でも、嘆いてばかりはいられない。
ここで艦娘たちを導くのが提督の役目―――!
「よーし、じゃあ・・・」
もう少しだけ特訓を続けようと言おうとしたけれど。
「そろそろ切り上げましょうか」
「あれっ・・・?」
そんな翔鶴さんの提案にガックリしてしまう。
「なんでさ、もう少し頑張ってから―――」
「そうよ、翔鶴ねえ。私たちまだまだ全然出来てないじゃない!」
「焦っては駄目よ、提督。あなたの仕事はこれだけじゃないでしょう?」
「あっ」
そう言って優しく僕を諭す翔鶴さん。
提督である僕がしなければいけない業務は、艦娘たちの指揮だけじゃない。
資材や任務の管理、鎮守府の方針を打ち出していく机上の仕事もまたあるのだ。
むしろ艦娘のサポートという事を考えればそちらが本職なのかもしれない。
そっちにももう、取り掛からなければならないだろう。ひとつのことばかりではいけないのだ。
さっきは頼りない、だなんて思ったけれど。
やっぱり翔鶴さんも”お姉さん”なんだなあと思った。
「また時間を見つけて、特訓も頑張りましょう。一日二日で赤城さんたちに追いつける訳ないんだもの・・・焦らずゆっくり、ね?」
人差し指を頬に当ててそう微笑む翔鶴さんに思わず見蕩れていると。
「イデデデデデデ、何すんのさ!」
「見すぎよ、でれでれすんな!」
瑞鶴さんに頬をつねられた。なんでさ・・・酷いや。
「もう、瑞鶴ったら・・・素直じゃないんだから」
「な、なによ翔鶴ねえ。どういう意味!?」
どういう意味も何も、いじめっ子以外に意味はないと思うんだけれど。
でも翔鶴さんは訳知り顔で、ほわんとした笑顔でこういうのだった。
「加賀さんへの態度と同じってこと。ふふ」
「ちっ・・・違う、そんなのじゃないわよ!」
「あら、そんなのって何かしら?」
「うわーん、翔鶴ねえが意地悪するー!」
加賀さんと同じ・・・それってソリが合わないってことじゃ?
姉妹のじゃれあいをよそに、僕はちょっとショックを受けていた。
初対面の時より少しは仲良くなれたと思ったんだけれど・・・僕の気のせいだったのかな。
まあ嫌われてはいないんだろうけれど・・・いないよね?
なんて話をしながら歩いていたら、鎮守府の中まではあっという間だった。
「あ~あ、疲れちゃった。汗流して着替えたいな」
「僕はお腹もへっちゃったよ」
瑞鶴さんが背伸びしながら言う。
お風呂にしろ夕食にしろ、とにかく部屋に戻ってからだ。
部屋に戻ってからというもの、僕は落ち着かない時を過ごしていた。
何故かって、それはもちろん同居人(生意気な方)のせいで・・・。
「あぁ~、もうつ~か~れ~たぁ~」
「もう、瑞鶴ったら。艤装のままベッドに寝転ぶなんてだらしないわ」
もっと言ってやって下さい翔鶴さん。
翔鶴型の艤装は道着か巫女服かというような変わった服だけれど、それは上だけなわけで。
下はというと、イマドキの女の子がはくようなミニスカートみたいな形状なのだ。
つまり、その・・・。
翔鶴型の部屋に帰るなり僕に背中を向けたままベッドにダイブした瑞鶴さんは、枕を抱いてそのままうつ伏せに寝ている訳でして。
その、ここからだとすらっとした細い脚や裏ももが見えてしまうわけでして。
いや、それだけじゃなくあと少しでその先も・・・・・・。
「ごろごろ~、ごろごろ~。この瞬間が一番落ち着くわよねえ」
ああ、もう!
その格好のまま転がらないでくれるかな、色々と見えちゃいそうだから!
キスされた事を気にするわりには、まったくもって男の視線に無防備なのだ。瑞鶴さんは。
見ちゃだめなのに、視線はチラチラと瑞鶴さんのスカートの方と吸い寄せられてしまう僕。
あぁ、なんでモゾモゾとお尻を動かすのかなぁ!?
でもあとちょっとで・・・見えそう。
「・・・・・・提督?」
僕の邪な雰囲気を感じ取ったのだろうか。
翔鶴さんが振り返りそうになった途端、慌ててそっぽを向く。
「あっ!」
瑞鶴さんも自分の姿勢に気づいたようだ。慌てて起き上がる音がする。
「み、見たっ!?」
「見てな・・・見たって何を?」
間一髪!
僕はさもさっきまで窓の外を見ていました、という演技をしながら瑞鶴さんに向き直る。
本当はずっと瑞鶴さんの方を向いていたんだけれど。
とういか、見てないなんて言っちゃ駄目だろ僕・・・。
見てないって見てたって言うのと同じ意味だからね?
こういう時は何を、って聞いてすっとぼけるのが正解。
「む、むぅ・・・見てないならいいのよ」
「だから何をって聞いてるのに」
「う、うるさいっ!」
瑞鶴さんもそれで納得したのか、スカートの裾を引っ張って脚を隠しながら姿勢を正す。
結局ミニスカなんだから全然隠せないんだけれど。ほら、まだ生足がってイカンイカン。
なんとか誤魔化すことができたけど・・・しばらく、僕はあのスカートの裾が気になってしまいそうだ。
なんて言っているそばから・・・あぁもう。
なんで今度はあぐらをかくのかな?見たら怒る癖に!
意識して瑞鶴さんから視線を逸らすのは大変な苦行でした。
いや、ホント見てないからね?
「でも、これからどうしましょうか」
「翔鶴さん、なんのこと?」
もう視線は翔鶴さんに固定したまま、僕は話を続ける。
「お風呂の順番とかです」
「ああ」
「そういえば・・・」
そんな時だった。
翔鶴型の部屋に呼んでもいない客人が現れたのは。
「え、何?」
ドタドタドタという足音が部屋のすぐ外からして、僕は驚いて声を上げた。
「なによもう、騒がしいわね」
「何かしら・・・まだ夜戦の時間ではないですし」
ガンガンガンガン、ノックのつもりなのか扉を叩く音がする。
「あー、うるさいわね、どうぞ」
「うわ、いったい何!?」
室内にぞろぞろと連れ立って、艦娘たちが入ってきた。
「新しく来た提督、どんな奴クマ!?」
「おお、ホントに男の子だっ!」
「なんだ、猫じゃないにゃ?」
「猫は多摩さんだけで十分っぽい!」
「み、みんな・・・騒がしくしちゃ駄目だよ」
あまりの迫力に押されて、ろくな反応がとれない。
「ええ、僕!?」
どうやら艦娘たちのお目当ては新しく着任した提督・・・つまり僕なようで。
あっという間に僕は彼女たちに取り囲まれてしまった。
「おお、聞いたとおり若いクマ。もっとオッサンが来ると思ってたクマー」
「歳下とは思わなかったにゃ」
「夕立と同い年っぽい?」
「ちょっとみんな・・・失礼だよ。提督だよ?」
「もう、時雨は真面目なんだから、大丈夫よ、大丈夫」
「クソ真面目は神通だけで十分クマ」
まあ、提督には見えないよねやっぱ。
長い黒髪を三つ編みにした、時雨と呼ばれた女の子だけが礼儀を気にしている。
雰囲気と真面目そうなところがなんだか赤城さんに似ていると僕は思った。
他の娘を見やると・・・もう礼儀もへったくれもない。まるで舎弟か同い年の友人を見るような眼差し。
今度は僕にもピンときた。
時雨、夕立という娘ともう一人。
茜色の髪を瑞鶴さんみたいに二つに分けた少女は僕と同年代だという、そういう感覚。
目鼻立ちが整っていてとても綺麗だ。仕草や表情の一つ一つが見るものの目を放さない。
そんな華のある少女が一歩前に出てきて、自己紹介する。
「陽炎よ、やっと会えたわ。本当は昨日のうちに会いたかったんだけど」
「なんだか大変だったっぽい、執務室もなくなったっぽいし」
背後で瑞鶴さんがうめき声を上げる。
昨日の事件って、どの程度まで伝わっているんだろう?
まさか例のあの・・・あのことまで広まっているわけじゃないよね?
「ごめんなさい提督。こんなに大勢で押しかけて・・・失礼だったよね?」
「いや、別にいいよ。気にしないで」
僕の穏やかな(日和ったとも言う)態度に時雨がホっとして・・・その他大勢はほら見ろ、と言わんばかりに彼女を見る。
「ほら見なさい、偉そうなタイプには見えないでしょ?」
「仲良くしていけそうクマ?」
「可愛がってあげる・・・にゃ」
早速お姉さん風を吹かせてくるのは軽巡組の二人。
「よろしくお願いします、球磨さん、多摩さん」
「クマさんって言うのやめろクマー!」
「マスコットみたいにゃ」
空母組とは色々あったから身構えちゃったけれど、仲良くやっていけそうだ。
まだ会っていない艦娘たちにも積極的に触れ合っていこうと思う。
「やっぱり確かめに来て正解だったクマ」
「噂は本当だったっぽい!」
・・・・・・・・・ん?
どうやらクマさんたち、僕を見に来ただけじゃないらしい。
「噂って何よ?」
ようやくダメージから復活してきた瑞鶴さんが尋ねる。
何故だかそこはあんまり触れないほうがいい気がする・・・と思ったけれどもう遅い。
「何って・・・瑞鶴、あなたが司令と同棲してるって噂よ」
え。
え。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
ええええええええええっ!?
「じょ、冗談じゃないわ。なんでこんなのと!?」
「こんなのって失礼だな!」
「アンタなんかこんなので十分よ、こ・ん・な・の!」
「何だとぉ!?」
「というか、一応私もいるんだけれど・・・」
困り顔の翔鶴さんが名乗りをあげる。
「そうなのよ。なんで瑞鶴とだけ同棲、っていう噂なのかなと思って確かめに来たの」
「赤城さんも加賀さんも教えてくれなかったっぽい」
「そこはボクも、ちょっと気になったかなって」
時雨もすまなそうにこちらを見てくる。
艦娘といえど女の子、こういう話題は気になるらしい。
というか、何故瑞鶴さんとだけ”そういう”噂になったかなんて。
・・・・・・・・・絶対例のアレのせい、だろうなあ。
「あは、あはははは」
「・・・・・・」
苦笑いの翔鶴さんと、仏頂面も瑞鶴さん。
やめてよ、せっかくちょっと仲良く慣れてきたところに・・・。
とにかく、ここは誤魔化すにかぎる。
「さ、さあ。なんでだろうね、見当もつかないや。ねえ瑞鶴さん?」
「へっ。え、ええ・・・そうね」
ほら、合わせて合わせて。
目でサインを送って瑞鶴さんを促す僕。
「僕と瑞鶴さんの間にはもちろん”なにもなかった”わけだし」
「はっ!?・・・ええ、そうね」
よしよし、いいぞいいぞ。
「執務室が直るまではここにいさせてもらうってだけだし」
「・・・・・・そうね」
「いやホント、僕なんかと瑞鶴さんに何かあるわけがないし」
「・・・・・・・・・」
「あの、提督・・・そろそろやめた方が」
なんでさ翔鶴さん。あと少しでごまかせるところなのに。
「翔鶴さんと噂が立つなら僕も嬉しいけど、瑞鶴さんじゃなー」
ふざけていますよ、と言わんばかりの口調でひとこと。
ここで瑞鶴さんがうるさいわね、とでも怒れば笑いが起こって終わりだと思ったんだけれど。
「あの、提督・・・」
「あちゃー」
・・・あれ、みんなどうしてやっちまった、みたいな顔でこっち見てるの?
「踏んだっぽい」
夕立がポツリと呟くのを聞いて、ますます嫌な予感。
「へぇ・・・そうなんだ。そういうふうに思ってたんだ。ふーん」
「あの、瑞鶴さん?」
まずい、明らかに不機嫌だ。
あれ、でもなんで。この場を誤魔化すための方便なのはわかってるよね!?
ドンドンドンと床を鳴らして僕に詰め寄ってくる瑞鶴さん。
「修羅場か、修羅場かクマ!?」
「駆逐のみんな、良い子は見ちゃいけないにゃー」
ええ、ちょ・・・なんでなんで!?
「何もなかったって何よ、私にあんなことしたくせに!」
「ちょっと瑞鶴さん何言ってんの!?」
おお、とどよめくみんな。
ああもう、さっき仲良くなりかけたのにどうしてこうなるんだ!?
「提督・・・今回ばかりは自業自得です・・・」
「翔鶴さんまで!なんでさ!」
「女の子には色々あるんですよ」
翔鶴さんまで敵にまわったらもう僕に勝目なんかない。
「なになに、いったい何があったクマ?」
「とっとと吐いた方が楽にゃ」
「いや、えっと・・・その本当に何もなか」
「アン?」
「ありました、ありましたー!」
艦載機の準備だけは駄目だよ瑞鶴さん。
翔鶴型の部屋もなくなるところだった・・・。
「やっぱり何かあったんだね」
「ぽい」
うっ・・・もう誤魔化すことは出来ないみたい。
「ねえねえ瑞鶴、何があったの。同棲ってことは・・・二人は恋人!?」
「んなわけないでしょ、何言ってるのよ陽炎!」
「隠さないでいいクマ。で、どこまでいったクマ?」
「まあ最低限、キスまではいってるわよね」
そう言いつつもまさか、といった感じで聞いてくる陽炎。
そりゃあ出会ってまだまもなくでキスまでしているなんて思わないだろうけれど。
ぶっ。
揃って息を吹き出す僕と瑞鶴さんに、みんなの反応は。
「ま、まじかクマ!?」
「私冗談で言ったんだけれど・・・これは」
「びっくりしたね」
そりゃそうなるよなあ。
「でもあれは事故で」
「・・・・・・うるさい」
「え?」
「うるさいうるさううるさーい!みんな出て行けー!」
今度こそ、瑞鶴さんがキレた。
「うお、瑞鶴が怒ったクマー」
「やばっ、退散するわよ」
来た時と同じようにドタバタと、球磨さんたちは退却していく。
ふう、これで落ち着いたと思ったら。
「あ、丁度いい。お前も来るクマ」
「へっ?」
「風呂の順番、まずお前が入って、艦娘たちはその後に決まったクマ」
「というわけで瑞鶴、こいつ借りるにゃ」
「いいから出てけーーーーー!」
「うわあああ、ごめんなさいー!」
矢の先っぽを向けられて、僕も球磨さんも部屋をでる。
部屋を出てくるときに取り敢えずシャツとタオルだけ引っつかんで。
「はぁ、ひどい目にあった」
「ふふふん、瑞鶴もからかうと面白い奴クマ。こいつ使うとはかどるクマ」
「にゃ」
そう言ってポンポンと僕の頭を撫でる球磨さんと多摩さん。
どうやら僕はすっかり遊び道具扱いらしい。
ちぇ、なんだよなんて思っていると。
「ま、お前も落ち込んでないで笑ってたほうがいいクマ」
「お風呂入って、ご飯食べるにゃ」
「うん、とっとと行ってこい、場所はわかるクマー?」
まあ、昨日も入ったから分かるけど。ちなみに仕舞い湯でした。
「でも僕、ご飯食べてからお風呂入る派なんだけど」
「あぁもう、落ち込んでるときはとっとと風呂クマ。それで気分変えるクマ」
「あれ?」
落ち込んでるって、なんで知っているんだろう。今初めて会ったのに。
みんな、着任した提督の顔を見たいだけかと思ってたけれど。
それだけじゃなくて、励ましに来てくれた?
「多摩たちじゃないにゃ、赤城が”提督が疲れてるようだから先に入ってもらえ”って」
「あのう、それ言うなって言われてたやつじゃ」
さっきまで嬉々として喋っていた陽炎さんが、気まずそうに言う。
「ふん、言いすぎたのなら自分で謝ればいいクマ。球磨たちを使おうったってそうはいかないクマ」
実はみんな、何があったかなんて知ってたんじゃ。
赤城さんの名前を出したのも、僕を気遣うため。
「ありがとう、みんな」
「別にボクたちは何もしてないよ?」
「にゃ」
今度は向こうがすっとぼける番。
「お風呂の話だよ」
「ああ、お風呂の話ね」
だから僕も、騙されておく事にした。
「じゃ、ありがたく・・・先にお風呂いただくよ」
「お姉ちゃんも途中まで一緒に行くクマ」
もう軽巡組はすっかり僕のことを舎弟気分らしい。
やれ困ったら助けてやるだの、何かあったら言えだの。
士官学校時代ではそんなことなかったからかな。ずっと一人でいたから。
だから・・・家族と一緒にいるような温かい感覚を、無償に感じた。
――私たちの上官をやるのは、あなたにとって左遷ですか
ねえ、赤城さん。
さっきは何も言えなかったけれど。
今、同じ質問をされたら・・・少しは違う答えを返せる気がする。
まだ僕は彼女たち・・・艦娘たちに何ももたらしていない。
”期待はずれの兵器たち”
今はそんな呼び名で彼女たちが呼ばれることが、そう。
無性に悔しい。
だから僕も、彼女たちに何かをしてあげたい。
提督として・・・僕に出来ることを精一杯してあげたい。
ようやく純粋に、そんな気持ちになることが出来たんだ。
「あ、そうだ」
球磨さんたちと連れ立ってお風呂へ行く途中で、僕は思い出す。
「ん、どうしたクマ」
「ちょっと忘れ物、部屋に戻って取ってくる!」
替えの下着、持ってくるの忘れちゃった。
汗をかいているしせっかく風呂に入るんだ。これも取り替えたい。
「あ、ちょっと待つクマ!」
「今戻ったら・・・」
瑞鶴さんはまだ怒っているだろうけど、そんなのもう慣れた。
喧嘩しながら仲良くなっていけばいいんだ、気にすることはない。
・・・なんで不機嫌になるか分からない時もあるけれど。
来た道を戻って、僕は一人廊下を駆ける。
これから先、提督としてどういうことをしようと考えながら。
まずは帳簿を調べて、資材の管理や艦娘たちの出撃スケジュールなんかを見ないと。
みんなが戦場に出て活躍できるような場を作り、認めてもらう。これが当面の目標。
後は・・・十分な戦果を上げること、これが当然ながら最終目標になる。
空母組は艦載機の運用が安定しなかった。他の艦種はどうだろうか?
そして、もちろん・・・どうしたら安定するのか。その突破口を開くことが出来たら・・・。
士官学校主席卒業を舐めないで欲しい。考えるのは得意なんだ。
実は一つ、既に仮説を立てているんだ。
それは、ざっくりいえば気持ちの問題、というもの。
瑞鶴さんの爆撃が一番成功した時・・・つまり執務室を吹っ飛ばしたとき彼女は普通の精神状態じゃなかった。
まあそれは僕のせいでもあるんだけれど。
あの時瑞鶴さんが感じた羞恥、怒り、もしくは衝撃・・・そのどれもが、訓練用の的を狙う時には沸きようがないもの。
そういった感情のどれかが、訓練では見られなかったあの驚異的な爆発を引き起こしたのではないか?
艦娘はまだ人間にとって未知の存在だし、試してみる価値はあると思うのだけれど。
うーん、難しいな。第一この仮設を試すのは相当難しい。
それにはあの時と同じような感情を再び瑞鶴さんに抱かせないといけないけれど、僕はまだ死にたくない。
まあいいや。当分は実務をしっかりやって、こうした問題はおいおい取り組んでいこう。
今はとにかく、赤城さんの好意に甘えてお風呂に入ってサッパリとしたい。
そうこう考えているうちに部屋の前へとたどり着いた。
翔鶴型の部屋の前に立ち、コンコンとノックすると。
「はーい」
「入るよ、翔鶴さん、瑞鶴さん」
ノックしたし大丈夫だろう。
そんな軽い気持ちでドアを開けて。
「え、提督の声!?」
「ちょっと待って―――」
中に入ると。
丁度道着の前をはだけた翔鶴さんと、スカートを脱いでいる瑞鶴さんが目の前にいた。
翔鶴さんの上品な胸と瑞鶴さんの健康的な脚線美が僕の視界に飛び込む。
お互い状況が理解できずに固まっている間も、僕の視線はそのまま釘付けだ。
翔鶴さんの上品な胸の谷間は今、白い鎖骨とともに惜しげもなく晒されていて、彼女の髪の毛だけが頼りなく僕の邪な視線から身を守っている。
全てが見えてしまうよりも、そのほうがいっそう扇情的な美しさを醸し出している様に思えた。
少女と大人の境目の、不安定な美。
そんな翔鶴さんの髪の毛が揺れるたびに僕は落ち着かない気持ちになる。
「あのう・・・てい、とく・・・」
不安げな瞳でこちらを見つめられると、胸の内がかあっと熱くなって心が鷲掴みされてしまう、そんな予感。
そうなる前に目を背けようとすると今度は瑞鶴さんの方が気になってしまう。
彼女も道着の前ははだけていて、今はスカートを下ろした体勢で固まっている。
胸は翔鶴さんと比べて平坦だけれども、華奢な肩と相まって抱きしめたくなるような魅力を感じる。
スカートに手を伸ばしているため前かがみの姿勢で、膨らんだ襟のすき間から白い何かがのぞき込めてしまう。
翔鶴さんと比べてまだ幼く、ほっそりとした彼女でもやはり必要なんだなと思うと、信じられないくらいドキリとしてしまった。
下はというと道着の裾が長くて、スカートが無くても肝心なところは見えないでいるけれど。
でもそこから伸びる健康的な脚までは隠しきれておらず、結果として僕はまたしても釘付けにされる。
こんな娘とキスしたのかと思うと、苦しいほどに胸が締め付けられてしまうんだ。
「って、いつまで見ているのよ!」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて視線を逸らし――もう十分見ちゃったけれど――言い訳を始める。
「なんで戻ってくるのよ、馬鹿!」
「いや下着を――」
「下着を覗きにですって!?」
「違うよ、下着を忘れたから取りに来たの!自分の!」
迂闊だった。訓練で汗をかいたのは僕だけじゃない。
瑞鶴さんたちが風呂に入るまでに部屋着に着替えたくなっても当然じゃないか!
僕が先に部屋を出たので、油断して着替え始めたところだったのだろう。
「ごめん、わざとじゃないんだ!だから――」
「ってこっち向くな!」
ああそうでした、ごめんなさい。
「で、でも艤装って確か一瞬で出し入れできるんじゃ?」
着替えも一瞬でシュン!って感じで終わるかと思っていたけれど。
「弓の方はそうでも、服の方はそうもいかないの!」
へえ、そうなのか。
っと、イカン。一刻も早くここから立ち去るべく、僕はゴソゴソと自分の荷物を漁る。
ああ、こういう時に限って焦ってしまって探し物が見つからないのはどうしてだろう。
キスの時の衝撃がようやく薄れてきたというか、受け入れられるようになってきたのに。
またしてもとんでもないことが起きてしまった。しかも今回は完璧に僕が悪い。
後できちんと謝らないとな・・・とにかく部屋を出た後で。
一人でそんな事を思っていたところへ、瑞鶴さんがこんな一言。
「は、早く出て行って・・・わ、忘れなさいよねっ」
ちょっと弱々しい声。流石に恥ずかしかったのだろう、ホントごめん・・・でも。
「あんな綺麗な姿、簡単に忘れられないよなあ」
まあ、本人たちにはあんまりよく見えなかったって言うしかないと思うけれど。
当分、彼女たちの姿を思い出してモンモンとしそうだ。
「なっ・・・なな、提督」
珍しく翔鶴さんの方が上ずった声を出す。
あれ、もしかして今、僕。
口に出してしまいましたかね・・・?
「へぇ、そうなんだ。じゃあバッチリ見たってことよね」
その証拠に妹の方は、地獄の底から這い出してきたようなドスの聞いた低い声。
これは・・・下手をしたら殺される。上手く持ち直さないと。
「ち、ちがっ・・・そんなにバッチリ見れてないから。すぐ目をそらしたし!」
「10秒はお互い固まってましたけど?」
翔鶴さんが恨みがましく言う声が後ろからする。
ああ、怒った声も可愛いしお姉ちゃんの方は許してくれそうだけど。
「やっぱり見たんじゃない。頭ごと吹っ飛ばそうかしら?」
相変わらず妹は臨戦態勢。これ絶対背後で弓構えているよね。
僕はなんとかして生き残りを図ろうと言い訳を探る。
「いやでもほら、部屋は暗くて本当に何も見えなかったから!これ本当!」
嘘ですバッチリ見えていましたしバッチリ脳裏に焼き付いています。
「嘘つくんじゃないわよ!」
「本当だって!」
嘘だけど。
「本当に?」
「本当!」
嘘だけど。
証拠もないしそこまで言うのなら、と瑞鶴さんも引き始める。勝った。
そう思ったからホっとして、油断してしまったんだと思う。
「まあ今日は私も翔鶴ねえもサラシだし、見られちゃ困るものでもないからいっか」
「あれ、サラシじゃなくって普通のブラだったけれど・・・・・・あっ」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
道着の下に付けても大丈夫なんだと不思議に思ったから覚えていたんだった。
あと瑞鶴さんのサイズでも必要なんだとか思ったり、ね。
・・・ね、じゃないだろ、僕。
後ろで仁王が立っている。
頭上から降りかかるのは、断罪の判決。
「何か、言い残すことは?」
「本当に、似合っていたよ?」
「死ね!」
「ごめんなさああああああい!」
艦載機が放たれるのを感じて、僕は部屋の外へ慌てて駆け出だした。
再びドアをガチャリと開けて、廊下へ出たところで足をもつれさせて転んでしまった。
振り返るとすぐそこに。
さっき訓練で何度もみた、瑞鶴さん愛用の九九式艦爆の足が見える。
ああ、特徴的な形だよなあなんて僕は、惚けたことしか考えられなかった。
「吹っ飛びなさい!馬鹿!変態!」
艦爆から爆弾が投下される。
「ず、瑞鶴・・・やりすぎよっ!」
そんな翔鶴さんのフォローも時既に遅く。
僕の記憶は翔鶴型の部屋とともに吹っ飛ばされ―――
ゴンッ
「がはっ」
「提督!?」
―――ることはなく、爆弾は僕の頭へと直撃。そのまま廊下を転がっていった。
「ふ、ふんっ。自業自得よ」
ああ、確かにそうだなあ。
でも、あんな綺麗な姿・・・やっぱり忘れられそうにないよ、瑞鶴さんなんて。
間抜けな事を思いながら、僕の意識は薄れていった。
ああ、あと一つ。
羞恥や怒りが艦娘の力を底上げするという僕の仮設は、図らずも自らの身体でもって否定されてしまったのだった。
だって今、不発に終わったんだし・・・直撃だけれど。
これで、あの日と違う唯一の要素は無くなったように思える。
じゃあ一体、初日の爆撃の成功はなんなのさ?
「ああもう、訳分かんない!」
戻ってきた球磨たちに支えられて今度こそ風呂へと向かった少年のことを思って、瑞鶴の心はさざめいていた。
球磨が自分をからかった時。
例えフリでも、自分とは”何もなかった”とすっとぼけた少年の態度に苛立ちを覚えたはずなのに。
今度は忘れろ、忘れろと怒る自分の心が、自分でもよく分からない。
だから、先程から・・・いや、少年と出会ってからずっと、瑞鶴はイライラと落ち着かない。
乱暴に椅子を引っ張り出してきて、行儀悪く逆方向に腰掛ける。
こういう時は決まって貧乏ゆすりが出るのが悪い癖。
おしとやかな翔鶴ねえならば絶対にやらないって、あいつも思うかな。
―――あんな綺麗な姿、簡単に忘れられないよなあ
ねえ、それって・・・私と翔鶴ねえ。
「どっちのこと?」
「なあに、瑞鶴」
「な、何でもない。独り言!」
十中八九、おしとやかで女の子らしい翔鶴ねえのことだろうな。
私のことなんて翔鶴ねえのオマケでしか見ていないだろう。だって翔鶴ねえ、可愛いもん。
でも・・・でも。アイツがふと漏らした、綺麗だなと思った気持ちが・・・十分の一でも自分に向けられていたとしたら?
そう思うとまた、胸のうちがキュンと切なくなってつらい。
なんなのよ、私。一体どうしちゃったんだろう。
「瑞鶴、提督を許してあげてね」
そんな瑞鶴を優しく嗜める様に言うのは、決まって翔鶴の役目。
「別に許すとか許さないとかじゃないもん」
「ふふ、そうね。ただ恥ずかしかっただけよね」
アイツは馬鹿で変態だけれども、大っきらいじゃない・・・それだけは言える。
私は着替えを見られて恥ずかしくて、だから怒った・・・ただそれだけなはず。
姉の指摘は正しいはずなのに、どこか的を得ていないようにも思える。
・・・それが何故なのかはさっぱり分からないけれど。
正規空母組では自分は一番歳下扱いで、それが普通だった。
アイツはそんな私よりも年下で、背だってちょっとだけ低い。
でも、そんな少年の小麦色の髪の毛が風に揺られるたびに。
碧い海を映した様な瞳で見つめられるたびに。
瑞鶴はどうしていいか分からず、気がついたら憎まれ口を叩いてしまうのだ。
分からない、分からない。どうしていいのか分からない。
少年がお風呂から上がってきたら、どんな態度でいればいいだろう。
歳上の余裕で許せばいい?それともまだむくれたフリをして懲らしめればいいの?
分からない、分からない。
いつまでたっても答えは出ないまま。
トントン、トントンと、足で落ち着きなく床を鳴らして。
空母の少女は落ち着かない夜を過ごす。
明けて、翌朝。
僕は寝起きしている部屋――翔鶴型の部屋を使って執務を執る事にした。
・・・赤城さん、本気だったんだなあ。ここを執務室にするのって。
瑞鶴さんたちはというと、朝早く出撃任務へと出たためいない。帰りは夕方のようだ。
出撃のスケジュールについて口を出すのはまだ控えて、今日は書類仕事なんだけど。
「ふわぁ・・・・・・」
大きなあくびが出てしまう・・・昨日は結局、瑞鶴さんと気まずくてあまり喋れず。
あの光景を思い出すたびにドキドキして、よく眠れなかったのだ。
おまけに、眠れそうだと思うたびに姉妹のどちらかが寝息を立てるのだから、いっそうおちつかない。
無駄に艶かしい寝息で男子の心を乱すのはやめてもらいたい。
そんな状態で寝られるわけがないじゃないか、まったくカンベンして欲しい。
「ふわぁ・・・眠い」
もう何度目かのあくびをしていると、隣から叱責が届く。
「朝からあくびなんかして、少し気が緩んでいないかしら」
「うぅ・・・ごめんなさい」
抑揚のない静かな口調は、鎮守府準エースである加賀さんのもの。
リーダーゆえに僕と衝突した赤城さんと違い、あまり喋っていない彼女とはまだ距離感が分からない。
だから今日は精一杯頑張って、加賀さんにも認めてもらうんだ!
「えっと、ひとまず加賀さんが”秘書艦”ってことでいいのかな」
「あなたが来るまでは鎮守府の内務をしていましたから」
「そうなんだ。大変だったでしょ?」
「いえ、それほどでは」
「じゃあ仕事、頑張ろうね」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
あ、あれ・・・えっと。これは・・・。
き、気まずい・・・気まずすぎる!
口数が少ない方だとは思っていたけれど、ここまでとは・・・。
ここ数日で瑞鶴さんとの口喧嘩に慣れたためか、静かなのは逆に落ち着かない。
ペラッ・・・。
そうこういっている間に加賀さんは自分の仕事を進めていく。
勝手が分かっている分、僕よりも早く仕事が片付くだろう。
慌てて割り当てられた資料や帳簿を開いてみるけれど。
うーん、どこから見ていけばいいのかわからないや。
チラっと隣を見ても、加賀さんはもう僕なんて見向きもしないで集中している。
・・・全く期待されていないどころか、これはもしかして嫌われているのだろうか?
事故とはいえ年頃の女の子とキスしてしまったし、昨日に至っては着替えまで・・・。
そう考えると僕、艦娘たちに嫌われる行いしかしていない気がする・・・。
「まずは目の前の帳簿からご覧なさい」
「え、あっ・・・はい!」
仕事に取り掛からない僕に業を煮やしたのか、またもや厳しい声が隣から。
自分の書類に目を向けたまま、そう・・・先ほどと同じく平坦な口調で。
うぅ・・・やっぱり嫌われているのだろうか。
でもそれならこれからの頑張りで見返していくしかない!
そう思って僕は加賀さんの指示通り、目の前に置かれた帳簿から取り掛かることにする。
『出撃記録』
お、最初にチェックするには中々、もってこいの帳簿かもしれない。
これは1月分かな、遠征や船団護衛、海域攻略等全ての出撃の記録が纏まっている。
でもこれ、全部を見るなんて膨大すぎて無理だぞ・・・日が暮れてしまう。
「あれ?」
「・・・・・・・・・」
・・・と思ったらこの帳簿、なんだろう。ところどころに付箋が貼ってある!?
「加賀さんこの付箋・・・」
「あと、これと・・・これにも目を通すべきね」
ドサドサっと僕の前に置かれる資料や帳簿の山。
「あ、ああ・・・ありがとう?」
「一つ一つを熟読している暇はないから、大事なところだけ読んで頂戴」
「大事なところって」
「付箋のところ、見れば分かるでしょう」
見れば、今積まれた山も所々付箋が貼ってある。
付箋だってかなりの量だけれど、それでも全部全部を見るのと比べると大分楽だ。
パラパラと読んでみると付箋で示された部分は大事な戦いだったり、資材の状況だったりと重要な点ばかり。
まずはここをチェックすれば、鎮守府の事務方を理解できそうな感じがする。
「あれ、でもこの付箋って」
「無駄口を叩いている暇があって?」
素っ気ない言い方が逆に、僕に疑惑を抱かせる。
努めてこちらを見ないように言い放ってくる加賀さん。
視線を帳簿に下ろしてはいるけれど、よく見ると1ページも進んでいない。
それを見て、なんだかピンとくるものがあった。
さっきと同じ、愛想のない物言いは何も変わっていないのに。
あれれ、何だろう、もしかして・・・。そうだとすると、変な笑いが止まらないや。
「ふふ」
「な、何ですか」
さっきまでちょっと怖かった加賀さんの無表情が、少しだけ違って見える。
だって今、無理して表情を消しているんだってはっきり分かるんだもん。
「この付箋さ、加賀さんが貼ってくれたんでしょう?」
「その通りですけれど、何か」
「ううん、加賀さん優しいなって思って」
ゴン!
「うわあ、加賀さん!?」
「問題ありません」
いや、問題ないって・・・思いっきり頭を机にぶつけたんだけれど!?
絶対大丈夫じゃないよね!?
加賀さんの迫力に押されて付箋のある箇所をもう一度、パラパラと見直す。
やっぱりそうだ、これすごくいい。
出撃、装備、資材、任務・・・すべての項目を浅く、広くチェックできる。
僕の心に温かいなにかが染み渡っていくのを感じる。これは、そう。
単に業務を遂行しやすくなるから嬉しいんじゃない。
初めて鎮守府の運営をする僕が分かりやすいように、という気遣いが言われなくても感じ取れて・・・それが僕は。
たまらなく、嬉しいんだ。
こんなに優しい人を苦手だとか、厳しそうだとか思っていたのはどうかしている。
「加賀さん、ありがとう」
「モタつかれては迷惑ですから」
また辛辣な口調。あれ、だけどこれは・・・もしかして。
だんだん、加賀さんのキャラが分かってきた気がする。
「もしかして加賀さん、実はさ」
「いい加減に無駄口は――」
「照れてたりする?」
ゴゴン!
またもや頭を机にぶつけて。
「うわぁ、ごめん・・・って大丈夫!?」
「問題ありません、照れていませんから」
「嘘つ・・・ああ、血、血が出てるから!ティッシュティッシュ!」
「問題ありません、艦娘ですから」
「いや意味分かんないから、それ!」
一番気を使いそうだと身構えていた艦娘は。
とても優しくて、とても不器用な人のようだと、僕は思った。
「ふむ・・・」
とにかく今は艦娘のことを知ること、それが第一だと思う。
加賀さんに執務を任せて、僕は資料を読みふける。
時間はすでに昼過ぎ。かなりの時間をかけてとにかく、分かったことは・・・。
「うーん、やっぱり戦果が少なすぎる」
「・・・・・・・・・」
ものを書いていた加賀さんの手がピタっと止まる。
「例えばこのひと月で倒した深海棲艦の数、これは人間が運営する鎮守府の半分以下だ」
「ええ、そうね」
鳴り物入りで人の世に現れた艦娘たち。
でも、その後あんな不名誉な言われを受けたのは・・・これが原因か。
鎮守府の艦娘の人数、まだまだ足りない実戦経験や練度・・・それを含めても・・・”期待”しすぎてしまった人間側は落胆するだろう。
”人類の希望”というには少し・・・いや、あまりにも中途半端な成果。
いや、でも・・・僕は決めたんだ。
彼女たち艦娘が活躍できる舞台と整えてあげると。そのために少しでも・・・少しでも今の現状の問題を見つけられないか?
問題をみつけて、解決策を提示・・・これが目下の目標。
赤城さんたちに、艦娘たちに僕が頼れる上官だと認めてもらうために。そう思ってしばらくの間、夢中で資料を読み込んでいると。
「がっかりしましたか」
僕の沈黙を違う意味に捉えたのだろうか、隣から加賀さんの、努めて冷静な声が聞こえる。
ん?
努めて冷静・・・を装っていると、今僕は感じた。さっきまではただ、クールで冷たい印象しかなかったのに・・・その一歩先の感情が覗けた気がする。
・・・これは段々加賀さんのことが分かってきたと、そういうことなのかな?
部屋の一点を見て、本当は僕の答えになんて興味ありません、とでも言うように視線をそらしているけれど。
実際は気にしているのがまる分かりだ・・・ある意味、すごく分かりやすい。
「ふふ」
「なっ・・・何故笑うのですか、頭に来ます」
「ああ、ごめんごめん。加賀さんって面白いなって思って」
「ふざけないで。私をからかっているの?」
内心を見透かされた加賀さんはムキになって声を荒げる。
そんな子供っぽいところがなんだか瑞鶴さんと似ている、なんて言ったらますます機嫌を悪くするので言わない。
だから、真面目に本心を伝えることにした。
「正直な話、あの通り名は聞いていたから・・・この結果も受け入れられるよ」
”役立たずの兵器たち”
さっきまで強気を演じていた加賀さんがうな垂れる。
「そう・・・あなたもそう言うのね」
「でも」
「・・・・・・・・・?」
「昨日の赤城さんの爆撃・・・あれは凄かった」
「あの力が艦娘本来の力だというのなら・・・加賀さんたち艦娘は本当に、人類の救世主かもしれない!」
まだこちらを見ない、見てくれない。
遠くを見つめる彼女からは、一航戦としての誇りと・・・それに噛み合わない現実へのゆらぎが感じとれた。
普段は大人にしか見えない彼女の、ふとした際に見えるこの不安定さ。
歳上だというのに救ってあげたい・・・支えてあげたい。そんな偉そうな気にさせられる。
でも、まずはさ・・・加賀さん。
こっちを向いてよ。
「でも、私たちの力は・・・あの赤城さんですら不安定で」
「なら、僕が引き出してあげる・・・いや、引き出してあげたい、かな」
僕の狙い通り驚いて、こちらを向いた加賀さんと目が合う。
まだ何も成しちゃいないけど、だからこそ。
「だから、僕に出来ることをさせてよ」
真っ直ぐに彼女を見つめて。
今の精一杯の気持ちをぶつけてみた。
少年の碧く澄んだ目と私の視線が重なります。
まるで鎮守府の外に広がる、あの広い広い海へと吸い込まれたようになって、私はしばしの間固まってしまいました。
その真っ直ぐな視線と言葉に結局、私は気の利いた返しをすることが出来ずに・・・。
「そう」
一言呟いただけで、だから会話はそれきりとなりました。
私のあまりに無愛想な返事に、少年は落胆したでしょうか?
艦娘という存在を人間に初めて認めてもらったことに・・・これでも私、喜んでいるのだけれど。
・・・その気持ちはおそらく、伝わってないでしょうね。
感情表現が下手なのは、いつも五航戦のあの娘とぶつかってしまうことで自覚しています。
そんな私が今日、秘書艦の仕事を買って出たのは赤城さんを気遣ってのこと。
あの人にお願いされては、私が断る事などありえません。
でも・・・でも、明日からも、秘書艦をやってもいいかもしれない。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
あれきり二人共一言も話すことなく自分の仕事に戻りましたが・・・。
私は胸の内でそんなことを考えていました。
第四章 初仕事!
夕暮れに染まりゆく鎮守府の一室で、私はあれから落ち着きなく、そして落ち着いて仕事を続けました。
お互い、会話のないままそれぞれの仕事をして、数時間・・・。
そろそろ出撃していた五航戦の娘たちも帰ってくるというころでしょうか。
内務の方に取り立てて緊急の案件もないので、私は仕事を切り上げるべくふと、隣の少年を見ます。
提督とはいえ着任してまだ二日目、しかも幼いといっても差し支えない年齢の少年・・・。
いくら優秀でも少し荷が重いのでは、と・・・少年の実力を侮っていた事を私は痛感します。
「燃料、弾薬・・・備蓄がこれだけなのに出て行くのは・・・。よく今まで持たせていたな」
「出撃回数に遠征回数は・・・含まれてない。遠征に対して艦娘側に支払われる報酬・・・」
「バケツっていうのは・・・?ああ、そういう・・・これだけは潤沢だな、人間が使わないからか」
私が用意した、鎮守府を大まかに理解するための資料をいくつも広げて。
もはや私が貼った付箋の項目だけでなく、自分が欲しい情報を記したところを目で追っているのが分かります。
私がそんな様子を見ていることに気づきもせずに、彼は没頭していました。
ガリガリ、ガリガリと自分が持ち込んだノートに書き込んだり。
そうかと思ったら突然、新しい資料を引っ張り出してまた、思索に没頭していく・・・。
上官とするには頼りない幼い少年だと思っていました。私が教えて、手伝わなければと。
赤城さんも、いくらかはそう思ったからこそ私にお願いをしてきたのでしょう。
どうやら私たちは、その傲慢な優しさを改めなければならないようです。
・・・とはいえ、もうじきここに五航戦の娘たちが帰ってくるはず。
戦いから帰ってきて、自分たちの部屋がまだ執務に使われているのも可哀想です。
ここは少年にもう一度声をかけて、執務の方をお開きにしましょう。
「あの、提督・・・もうこんな時間なのだけれど」
「加賀さん!」
「きゃっ」
ふいに立ち上がった少年に私の腕が掴まれて・・・つい似合わない悲鳴が漏れてしまいました。
「加賀さん、加賀さん教えて!この鎮守・・・」
何かに興奮した少年にぐっと腕を引き寄せられて、私は今までにないくらいに彼と顔を近づけました。
碧い瞳の中に夕暮れのオレンジがキラキラと輝いて、こちらを見上げていて。
開け放った窓から流れ込む風が少年の柔らかい髪を揺らしている様に・・・ああ、言葉が見つかりません。
反射的に掴まれた腕を引こうといてよろけた私に、今度は私が、私の手を掴んだままの少年をぐっと・・・この身に引き寄せた形になってしまいました。
私より頭二つは低い少年の顔が、胸に埋まるのが分かります。
「わわ、ごめん、加賀さん!」
「い、いえ・・・いいのよ、謝らないで頂戴」
偶然とはいえ、少年を抱きしめる格好となってしまいました。
夕暮れに染まったせいで、お互いの顔が赤いのが分かります。
今のは不幸な事故なのですから、少年は何も謝る必要はありません。
ですからこの、胸の内に湧き上がる不安・・・の様な感覚も・・・おそらくは少年のせいではないのです。
「でも」
「え?」
冷静な判断が出来ない私は、後の始末を少年に丸投げすることにしました。
今ばかりは、元々の口数が少なくて良かったと思います。
「うるさいのを宥めるのはあなたがやって頂戴」
「うるさいのって誰って・・・あ」
丁度出撃から帰ったのか、この部屋の本来の主が扉を開けて立っていました。
見方によっては私と提督が抱き合っている様に見えることでしょう。
生意気にもワナワナと震える手で私たちを指差し、目尻を釣り上げて・・・いつもの甲高い声が部屋に響き渡ります。
「あああ、アンタら・・・ひ、人の部屋で何やってるのよ!?」
「あ、あはは・・・」
あの娘がキャンキャとうるさいからつい、苛立ってしまったのかしら?
なんだか面白くなくて・・・それきり私は何も喋りませんでした。
必死になってわざとでは無い事を主張する少年の後ろ姿を見ながら・・・。
私には向けなかったそんな困り顔を、あの娘には向けるのね。
本当に何故だか、そんな馬鹿なことを思って。
私は慌てる少年の弁解を、ただただ無言で見守るのです。
「鎮守府の戦死者の数!?」
僕の質問に、艦娘たちの声が重なって返ってくる。
あれから、夕日に当てられた顔を真っ赤にして怒る瑞鶴さんをどうにかなだめて、僕は本題に入っていた。
瑞鶴さんに遅れて部屋に戻った翔鶴さんと、彼女について来た赤城さんを加えて5人での会議。
「そう、正確には”轟沈者”だったかな?」
艦娘たちの戦死者をそう呼ぶ・・・らしい。
何故らしい、かと言えば・・・加賀さんが渡してくれた資料に轟沈者のリストがなかったから。
単に重要じゃないと判断して渡さなかったのか、それとも・・・。
期待通りの返事が来ることを祈って、僕は再び問いかける。
「で、どうなの。どれくらいの数!?」
「そんなの、ゼロに決まってるじゃない」
あっけらかんとした瑞鶴さんの声と、それに頷く赤城さんたち。
みんなの、なぜそんな事を聞くのか不思議でならないといった様子に、僕は確信する。
「それは・・・この鎮守府が出来てから」
「つまり、艦娘が世に現れた頃から数えてということ?」
「だから、言ってるでしょ・・・ゼロだって」
「はい・・・勿論戦いですから、危なかったことは何度かあります」
「けれど、今までなんとか犠牲者を出さずにここまで来れました」
それがどれだけすごいことか・・・目の前の艦娘たちは分かっていないらしい。
犠牲者を出さないというのが当たり前の考え方。
これは・・・強い弱いといった問題というより・・・意識の問題。
ああ、やっぱり僕は馬鹿だった。
これでも”役立たずの兵器たち”だって?
そんなこと、あるわけない。
だって彼女たちはこんなにも素晴らしい成果を上げているというのだから。
「でも提督・・・それがなんだと言うのですか?」
自分たちの価値が分かっていない赤城さんが不思議そうに聞いてくる。
「君たちが活躍する舞台を整える、その材料の一つにしようかなって」
みんなの頭の上に『?』が浮かぶのが分かる。
「もう少し考えをまとめたいから、お披露目はまた今度ね」
「そう・・・なら、明日も秘書艦をしたほうがいいのかしら」
加賀さんがそんな嬉しいことを言ってくれた。
思いがけない申し出に、僕はすぐ隣にいた彼女の手を取って。
「本当に!?ありがとう、加賀さん!」
「役に立たないかもしれないけれど」
「ううん、そんなことない!今日の資料も・・・付箋の気遣いも嬉しかったし!」
「そ、そう・・・良かったわ。でも・・・」
困ったように加賀さんはそっぽを向いて言う。
「あの、提督・・・顔が近いわ」
「あ、ご・・・ごめん!」
またしても隣にいる加賀さんに詰め寄ってしまった。
興奮のあまりやってしまう、僕の悪い癖。
「まったくもう、今度は加賀さん狙う気!?」
「狙うって何がさ!?」
先ほど説得して落ち着かせたのに、またもや瑞鶴さんがご機嫌ナナメになる。
加賀さんは許してくれてるんだから・・・なんで瑞鶴さんが起こるんだよぅ・・・。
「狙うとか狙わないとか下品な話ね、やめてくれないかしら」
「何よ、せっかく私が心配して上げたのに!」
「あなたに心配されるほどやわじゃないわ」
「なんですって!?」
あれれ、気がついたらいつの間にか加賀さんと瑞鶴さんのケンカになってる・・・。
さっき、加賀さんの優しさに触れるまでは・・・加賀さんの冷たさに気の強い瑞鶴さんが反発しているのかな、と思ったけれど。
不器用だけれども、とても優しいと加賀さんに対して抱いたイメージを信じて・・・ちょっとやってみようか?
どうもこの二人・・・本当に嫌いあっているワケじゃあないと思うんだ。
加賀さんと瑞鶴の衝突・・・これも、提督である僕がなんとかしなきゃいけない問題だろう。
何故って、相変わらず赤城さんが僕の方をさりげなく見ている。
いいさ、期待に応えるといったんだから・・・そこで見てて欲しい。
僕なりの部下の扱い方ってやつを示しておくのも悪くはない。
「もしかして加賀さんってさ」
二人の言い争いの中に割って入るように発言をすべり込ませる。
さあて、どんな反応を見せるのかな?
「瑞鶴さんのこと、好きなの?」
「は?」
「あら」
「え」
「・・・」
四者四様の反応にあえて気づかないフリをして、僕は続ける。
「いや、瑞鶴さんに対してだけ加賀さんの反応が子供っぽいからさ」
「好きな子には意地悪しちゃうって言うし、そうなのかなって」
ちょっと恥ずかしいけれど、天然を装って・・・ちなみにモデルは翔鶴さんだ。
「な・・・あっ・・・な・・・」
みるみるうちに顔を赤くしていく加賀さん。
ちなみにとっくに日は落ちて夜になっているから、これは夕焼けのせいなんかじゃない。
「そんなわけないじゃない・・・加賀さんが私をなんて」
「・・・そ、そうです、その通りです」
「私だってそんなこと、気にしないし・・・」
加賀さんのその言葉に、普段強気な瑞鶴さんがしゅんとする。
・・・・・・・・・ああもう、二人共なんでこんなに素直じゃないんだろう?
「あれ、そうなんだ・・・僕、勘違いしてたみたい」
「じゃあ加賀さんは瑞鶴さんのこと、嫌いなんだね?」
意地悪くニッコリと微笑んで、僕は言う。
「そ、それは」
「だって加賀さん、瑞鶴さんとだけ喧嘩するし・・・」
「ふ、ふん。正直に言えばいいじゃない・・・気に入らないってさ」
瑞鶴さんもふてくされて・・・売り言葉に買い言葉だ。
だけれどもその言葉を買うのは僕。
「そう、上官として仲の悪い人同士は組ませないようにしないといけない」
「で、加賀さんは・・・瑞鶴さんのこと、嫌いなの?」
「べ、別に・・・嫌いとは言っていません」
「・・・・・・え?」
ああ、やっぱり。
そんな弱々しい返答に意外そうな顔をしたのは、もちろん瑞鶴さんだけ。
赤城さんと翔鶴さんはもう、このお話の行く末をただ見守っている。
大丈夫、任せて。加賀さんが優しいけれど不器用な人っていうのは、もう気づいているから。
そして、それに気づかせてあげないといけない人が、ここにいるってことも。
「好きでもないし嫌いでもない・・・なのに喧嘩しちゃうっておかしくない?」
「わ、私はてっきり・・・嫌われているとばかり・・・」
だからこそ瑞鶴さんも反発してしまうわけで。
「じゃあ嫌いか好きかで言えばどっちなの?」
「そ、そんなの・・・」
答えに詰まったまま加賀さんは下を向いてしまう。
「やっぱり瑞鶴さんのこと、嫌い?」
「そんな事はありません」
むぅ、そこはハッキリ答えられるのか。じゃあ。
「じゃあ好き?仲良くしたいと思う?」
「・・・・・・・・・」
そしてそこは答えられない・・・ほんっと、クールに見えて分かりやすい!
むしろこの人の本心に気がつかない瑞鶴さんは、少し鈍感すぎやしないか?
他人を通せばバレバレなんだけれど、瑞鶴さんは本当に気づいてないみたいで。
不安げに加賀さんと僕を交互に見ている。
いや、君もだからね。一々突っかかる責任を取ってもらうことにする。
「じゃあ瑞鶴さんはどうなのさ」
「へっ・・・私!?」
自分に矛先が行くとは思っていなかったのか、瑞鶴さんが間の抜けた声を上げる。
「君だって一々加賀さんに突っかかるだろ、あれは加賀さんが嫌いだから?」
加賀さんに向けたのと同じ質問を、今度は瑞鶴さんへ。
「別にそんなの・・・気がついたらいつも喧嘩しちゃうだけで」
「嫌いなわけじゃない?」
コクリ、と頷く瑞鶴さん。
「じゃあ好き?仲良くしたいと思ってる?」
「・・・・・・・・・」
加賀さんと同じ質問に、加賀さんと同じように黙ってしまう。
もう、ほんっとにこの人たちは。
「似た者同士、だね」
僕のその言葉に、今まで黙っていた赤城さんと翔鶴さんが吹き出す。
「ちょっと、私がこの人と同じっていうの!?」
「提督、あなた少し戯れが過ぎるのではないかしら」
「嫌なの?」
またしても、二人揃って無言、無言、無言。
呆れるほど長い間、誰も喋ることなくじっと時が経って。
「嫌われてるのかと、思ってた」
加賀さんとは反対側を向いたままようやく、瑞鶴さんがぽつりと呟く。
加賀さんとは反対側を向いたままようやく、瑞鶴さんがぽつりと呟く。
「・・・私も、です」
同じく瑞鶴さんから目をそらしたまま、加賀さん。
「あなたにはつい、キツイことばかり言ってしまうから」
「そんなの、お互い様よ。私だってすぐにたてついちゃうから」
「ごめんなさい」
「・・・・・・うん、私こそ」
「やーっと、二人が素直になりましたね。赤城さん」
「ええ、逆にこれまで仲直りできなかったのが不思議なくらいです」
結局、その後も加賀さんと瑞鶴さんに会話はなかったけれど。
二人ともチラチラと相手のことを気にしている所まで似ていて、面白かった。
そんな一幕が最後にあったけれど、聞きたいことは全て聞いてしまったし・・・。
僕は空母のみんなに会議の終わりを告げて、本日はお開きとなった。
一航戦の二人が自室へと引き上げていく。
先に加賀さんが部屋を出て、その後を赤城さんが追っていくその去り際に。
「あなたは今日・・・提督として、私たちの”期待”に一つ、答えてくれました」
「・・・・・・昨日、私がした部下にあるまじき発言をお許し下さい」
たどたどしく、普段には無いぎこちない口調と礼。
もしかしたら赤城さんは昨日の発言を、相当気にしているのかもしれない
「そんな風に謝らないでよ。僕、まだ何もしてないよ?」
「いえ・・・加賀と瑞鶴のすれ違いは、私も苦心していたのですから」
「それを取り持って頂いたのはあなたのおかげです」
どこまでも真面目で、一直線。
何かを成せばきちんと認めてくれる、そんな人なんだなあと僕は思った。
だから。
「謝罪の言葉なんかよりも、赤城さん」
「はい、提督。ありがとうございました」
謝罪の言葉なんかよりも、そっちのほうが何倍も嬉しい。
「まだまだ、応えなきゃいけない期待はいっぱいあるから・・・よろしくね」
「はい、そうです」
「私たちの提督をやるのですもの、これくらいで満足してもらっては困ります」
差し出した手を両手で包まれて、今度こそ構えていない本当の笑みを向けられる。
綺麗と見蕩れればいいのか、可愛いと見蕩れればいいのか、判断に迷う微笑みを。
「赤城さん、もう行きましょう」
「もう、加賀。照れてるからって急がないの」
「べ、別に照れてなどいません」
中々部屋から去ろうとしない赤城さんに焦れたのか、加賀さんが引き返してきてたので。
「明日も秘書艦、よろしくね?」
そうやって声をかけてみたのだけれど・・・。
先ほどの瑞鶴さんとの一幕がよほど恥ずかしかったのか、加賀さんは蚊の鳴くような声で返事をしてそのまま走り去ってしまった。
そんな加賀さんを追っていく赤城さんの、最後に一言は。
「加賀も素直ではありませんから」
一体何を意味していたのだろうか?
疑問混じりにそんな彼女たちの後ろ姿を見送って・・・。
一つ、仕事をやり終えた。
僕がそんな清々しい気分で部屋に戻ると・・・。
顔を真っ赤にしたままの喧嘩の片割れがまだ、さっきまでの場所に突っ立っていた。
あ、あれ!?
そう言えば僕、瑞鶴さんの事も相当からかった気がするぞ!?
加賀さんが怒っていなかった分、瑞鶴さんが相当怒っていたり・・・!?
顔を伏せているから、本当に怒っているのかは分からない。
「瑞鶴さ・・・いっ」
ずんずんずんと、無言のまま瑞鶴さんが僕の方へ歩いてくる・・・こわい。
流石に意地悪しすぎただろうか。
「ごっ、ごめんなさ・・・・・・・・・」
「ありがとっ・・・・・・・・・」
瑞鶴さんの歩みは止まらずに、すれ違いざまそんな事を言って。
シャアアアア。
カーテンを閉めて、自分のベッドに入ってしまった。
「あっ・・・え?」
てっきり怒鳴られるかと思った僕は、肩透かしを食らってしまったかっこうで立ち尽くす。
お礼、言われたし・・・なんなんだろう?
ますます瑞鶴さんの態度が不思議に思えてしまう・・・加賀さんと仲直りしたのがそんなに恥ずかしかったのだろうか?
「あらあら、まあまあ」
この部屋で翔鶴さん一人だけが訳知り顔で笑っている。
「ず、瑞鶴さん。部屋着に着替えなくていいの?あ、勿論僕出て行くから」
「いい!」
「あとご飯も」
「いいって言ってるでしょ!」
取り付く島もない・・・謝ったほうがいいのかな?
「あのう、提督。瑞鶴は大丈夫ですから・・・そっとしておいてあげて?」
「でも、怒っているんじゃ・・・?」
「いえ、多分・・・」
「翔鶴ねえ、うるさい!」
「あらあら、ごめんなさい瑞鶴」
「加賀さんと一緒、ということね」
うふふ、と可愛らしく笑って翔鶴さんはそれ以上、僕に教えてくれなかった。
まあ大方、加賀さんと仲直りしたのが恥ずかしかったんだろう。そういえば加賀さんも顔を真っ赤にして去って行ったっけ。
瑞鶴さんも加賀さんも照れ屋だからなあ。
そう判断した僕はそれ以上瑞鶴さんに触れることはせずに、その日は終わった。
提督として・・・みんなの上官としてやるべきことをやったという自信を、一つ得て。
第五章 転機!
それからは午前中に執務、午後に空母たちの艦載機の特訓というかたちで僕の一日は過ぎていった。
艦載機に関しては進歩がないけれど、任務に関しては。
「輸送路の整備はもう終わった?」
「はい、主要な港との連携も出来るようになりましたから」
これは主に加賀さんと・・・出撃がないときは赤城さんに手伝ってもらってる。
艦娘が行う海上輸送の護衛任務・・・これを整備し直して、輸送の数を増やしつつ深海棲艦に襲われる可能性を減らす。
具体的には艦載機での偵察(これなら失敗はない)や洋上で輸送船に先行しての目視確認・・・。
軽巡や駆逐でのローテーションを組ませれば交代で休みつつ、次々と資源を運ぶことが出来る。
そして回数をこなすことで鎮守府側にもメリット・・・艦娘に対してのイメージであったり、任務の成功報酬が得られるのだから、これはどんどんやるべきだ。
「この1週間で大分任務が増えたけれど・・・みんな疲れてない、大丈夫?」
「ええ。特にそう言った様子は無さそうです」
「でも・・・こんなにも任務の回数が増えるなんて思いませんでした」
これまで軍用船を使って護衛していた分を、僕らの鎮守府が引き受ける。
軍にとっても負担が減るし、何故今までそうしなかったのか?
答えは知らなかったから。
深海棲艦の撃破が安定しない艦娘が”役立たず”だと決めつけていたから。
でも輸送船の護衛なら、無事に船が目的地まで着けばそれで良いわけで。
それなら広い索敵と牽制が出来れば、別に敵を倒せなくてもいい。
”軍に代わって、僕たちの鎮守府が輸送船団を護衛しようか?”
僕の提案に、近隣の軍施設はすぐに飛びついてくれた。
任務とはいえ、輸送船の護衛をしなくて済むというのはとんでもない魅力だったのだろう。
あれで死ぬ人間の数もシャレにならないから。
「さて、任務での出撃が増えて、みんな今までよりも経験を積む機会が増えたね」
それは少なからず練度の上昇も見込めるということ。
練習ではなく本番の中で成長することもあるだろうから・・・。
「でも、轟沈者が出ないようには・・・」
「ええ、もとからそのつもりはありませんから」
そして、最大の利点。
それは、艦娘の運用なら犠牲者が出にくい、ということ。
今まで軍は敵を何隻倒した、というところにしか目が向いていなかった。
それも仕方ないかもしれない。一番評価しやすいのは結局そこだ。
こういった方面で活躍していくことは、この戦争の価値観そのものをも変えるのかもしれない・・・。
でもまあ、敵を倒せなければ勝てない・・・というのも真実な訳で。
お決まりの午後の特訓。
「ああもう、さっきのは惜しかったのに!」
瑞鶴さんの爆撃機が放った爆弾が洋上の的に当たって―――
爆発することなく沈んでいったのを見て、僕の隣から悔しがる声が聞こえる。
もう何日、何回目だろうか・・・この特訓は。
「ううん、安定しないねえ」
「なかなか連続で成功しませんね・・・」
瑞鶴さんと翔鶴さんが口々に嘆く。
もちろん爆撃が完璧に成功することはある。
だけれどもそれを3回、4回と続けてとなると・・・加賀さんでもキツくて、赤城さんくらいしか望みはない。
威力だってそうだ。初日に僕を爆撃した瑞鶴さんのそれが、一番激しいものだった。
・・・使ったのは旧式の九九艦爆で、本人曰く手加減していたとのことだったけれど。
訓練なら、いい。自分を狙う敵がいない中で、次の弓を放てばいいのだから。
でも、これが戦場でとなると・・・正確に、一撃で敵を仕留めることが出来ない空母では正直、大した戦果は上がりそうにない。
「ごめんね、提督」
「そんな、謝らないでよ。ゆっくりいこう、瑞鶴さん」
駆逐艦の娘たちの演習に絡ませたり、的を動かしたりと色々やってみたけれど、劇的な変化はなし。
「こればっかりは地道に続けていくしかないよ」
「うん・・・そうね、もう一回!」
意外にも、そう思った矢先・・・・・・転機は突然に訪れる。
それは地道な訓練を続けてきたからこそのきっかけだけれども、本当に偶然。
「よーし、もう一回って・・・痛いっ!」
バチン、と瑞鶴さんが構えた弓の弦が弾けて、悲鳴が上がる。
うわあ、本当に痛そう・・・。
「瑞鶴さん、大丈夫?」
「うん、ちょっと切っちゃっただけだから・・・」
慌てて弓の弦が跳ねた瑞鶴さんの指先を見ると、勢いよく血が出て真っ赤に染まっている。
「た、大変だっ・・・すぐに止血しないと!」
「へっ・・・? このくらいの血、すぐに止まるから大丈夫よ」
「手、貸して・・・!」
呑気にそんな事を言う瑞鶴さんの手をひったくって、口元へと運ぶ。
そして・・・・・・。
ちゅうううう。
「へ!?」
「まあ!?」
瑞鶴さんの指へ自分の唇を押し付けて、ドクドクと流れる血を勢いよく吸う。
「やっ・・・あ、あの、提督・・・やめてったら!」
「ひょっと、ふごかなひで(ちょっと、動かないで)」
「口を動かすなあ・・・くすぐったいでしょ!」
「て、提督・・・そこらへんで瑞鶴を・・・その、放してあげて?」
こんなにドクドクと血が止まらないのに、何をそんな悠長な・・・。
うわ、まだ流れてくるぞ・・・結構ザックリと行ってるのかもしれない。
そう思った僕は、目の前の女の子たちの言葉を無視してさらに・・・。
ちゅううううう。
「ちょっ・・・さらに強く吸うなぁ・・・!」
「らってまら・・・ひが出るんだもん(だってまだ血が出るんだもん)」
「さらに喋るなああああ!」
「ず、瑞鶴・・・提督も落ち着いて」
そうやって何度か瑞鶴さんの指先を思いっきり吸って、なんとか止血が出来た。
「ふぅ、やっと血が止まった・・・。良かったね、瑞鶴さん」
「・・・・・・・・・良かないわよ、この馬鹿」
ええ、何で!?
良かれと思ってしたことなのに、目の前に顔を赤くした仁王が立っている。
「アンタ・・・今自分がなにしたか分かってんの!?」
「何って・・・・・・・・・あっ」
「鈍感・・・」
翔鶴さんからの一言が余計に痛い。
必死だったから気がつかなかったけれど、僕は今瑞鶴さんの指を・・・。
「ご、ごめん・・・舐めちゃった」
「せめて吸ったとか言いなさいよ!?」
瑞鶴さんも焦っているのか、色々とツッコミがおかしい。
「でも指切っちゃったのは事実だし放っておくと危ないし!?」
「艦娘だからこんな傷すぐ治るわよ、バカっ!」
「あ、そっか」
失点を取り返そうと焦った僕は、焦って何をしゃべっているか分からなくなる。
「ごっ、ごめん、一瞬普通の女の子にしか見えなくて・・・」
「なっ・・・、あっ・・・」
艦娘であるという瑞鶴さんの誇りを傷つけてしまったのだろうか。
「も・・・もう許せない・・・そう言えばこの前、着替え覗かれたときは不発だったわね・・・」
「え・・・いや、アレはもう時効じゃ」
「アンタのせいで・・・アンタのせいで私はいつも、落ち着かない毎日なんだから!」
いや、確かにあの時のは僕も悪いけどさ。
今も余計なこと言っちゃったみたいだけどさ。でも、毎日って・・・?
「着替え見ちゃったのは大分前でしょ、毎日落ち着かないって・・・僕何かした?」
最後の一言が、さらにさらに余計だった・・・んだと、思う。多分。
「も・・・もう許せない・・・そう言えばこの前、着替え覗かれたときは不発だったわね・・・」
「え・・・いや、アレはもう時効じゃ」
「アンタのせいで・・・アンタのせいで私はいつも、落ち着かない毎日なんだから!」
いや、確かにあの時のは僕も悪いけどさ。
今も余計なこと言っちゃったみたいだけどさ。でも、毎日って・・・?
「着替え見ちゃったのは大分前でしょ、毎日落ち着かないって・・・僕何かした?」
最後の一言が、さらにさらに余計だった・・・んだと、思う。多分。
プッツン。
「提督、そういう意味じゃないんです・・・」
何か嫌な音が聞こえるとともに、翔鶴さんが頭を抱えて呟く・・・。
そういう意味ってどういう意味さ!?
「ねえ僕何か悪いことした、ねえ!?」
「問答無用っ翔鶴ねえ、ちょっと借りるね!」
「瑞鶴・・・ダメよ!」
瑞鶴さんが、翔鶴さんが持っていた弓をひったくって構える。
狙いはもちろん・・・目の前で慌てている僕だ。
「そんな、ちょっと待ってよ!?」
一度は僕に向けられた矢はしかし、僕に向かってそのまま放たれることはなかった。
「・・・・・・・・・あれ、何・・・私?」
ポワ・・・と、瑞鶴さんの身体が薄モヤがかかったような輝きをまとう。
それは瑞鶴さんの身体だけじゃなく・・・よく見れば構えた弓矢にまで及んでいて。
「瑞鶴さん・・・どうしたの!?」
「瑞鶴、大丈夫?」
慌てるのは僕と翔鶴さんばかりで、当の本人は真剣な顔をして黙りこくっていた。
「もしかしたら・・・・・・」
そして、短くそう呟いて・・・番えた矢を僕に―――ではなく、洋上の的を狙ってだろう、大空へと解き放った。
バシュウウウウウ
「た、高いっ・・・・・・!」
「瑞鶴・・・今までこんなに高く上がったことなんて・・・どうして!?」
今まで訓練で見たよりも遥かに高く高く・・・赤城さんが放つよりも高く、瑞鶴さんの矢が上がっていって・・・ようやく爆撃機へと姿を変える。
ブウウン、というお決まりの音が上空から聞こえてきて。
「よし・・・行ける、行けるわ。今度こそ成功出来そうな気がするの!」
瑞鶴さんの根拠のない確信は・・・それでも何故か、すごく説得力があるように思えた。
「よし、このままこのまま・・・あれっ!?」
ザザ、と突然僕の頭にノイズの様な音が流れて。
僕は確かに訓練のために港に立っているはずなのに、意識だけがそこにいない感覚。
「提督、どうしたの?」
「ちょっと、しっかりしてよね!?」
二人の声がひどく遠くに聞こえる。
これは・・・初日に瑞鶴さんの爆撃機に襲われたときに味わったのとまったく同じ感覚だ。
それでも二人を安心させようとして前を向いて・・・愕然とした。
二つのテレビ番組を同時に見ているような、そんな感覚。
翔鶴さんと瑞鶴さんがこちらを見ている、つまり本来の僕自身の目が捉える映像と・・・もう一つ。
明らかに別の視点の映像が同時に脳裏へと流れ込んでくる。
これは・・・艦載機の視点?
「瑞鶴さん」
「ねえ、どうしたの・・・大丈夫?」
今はそんな話している場合じゃない。
だって・・・これは。上手く説明がつかないけれど、これは。
「爆撃機、左にズレてる。修正して」
「え、あ、ホントだ・・・って何で分かったの!?」
「いいから、そのまま高度下げて・・・爆撃ポイントに入るよ」
「うん、そのままそのまま・・・」
「僕の言うタイミングで投下して・・・3,2,1、投下」
「う、うん・・・投下!」
瑞鶴さんによって僕の指示通りに投下された爆弾は、真っ直ぐに洋上の的へと向かって行って。
「今だ!」
ドカアアアン。
炸裂した爆弾は、赤城さんの時よりも・・・今まで僕が見た中で最大級の爆発を起こして、跡形もないほどに的を消し飛ばした。
「これが・・・これが」
成し遂げた成功に、みんなが震えている。
「やったあ、これが空母瑞鶴の実力なのよ。提督、思い知った!?」
「うん、すごいよ」
「でもでも、一体どうしたのかしら。翔鶴ねえ、私いきなり上手くなっちゃった!」
「・・・・・・・・・」
まだ先ほどの謎の輝きを身体にまといながら、瑞鶴さんは嬉しそうに翔鶴さんに話しかける。でも・・・。
妹の大成功を喜ぶかと思いきや、翔鶴さんはじっと考え込んでいた。
おそらく、僕と同じことを考えている。
「一体、何が原因なのでしょう?」
それは突然、瑞鶴さんの身体が光に包まれたのと無関係ではないだろう。
でも原因となると・・・一体?
僕はこの前自分で立てた仮説を披露してみた。
「うーん、でも。恥ずかしさとか怒りとかじゃあ無い気がするのよねえ」
「そうだね、この前の着替えの時は不発だったし」
「あの時が一番殺意があったんだけどね、提督くん?」
爆撃がこれ以上ないくらいに上手くいって、上機嫌な瑞鶴さん・・・どうやらさっきの僕の失態もこれで許してくれるらしい。
ニコっと笑って怖いことを言うのはやめて欲しいけれど、これで助かった。
「とにかく、原因を考えるのはまた今度にして・・・赤城さんたちに報告してみる?」
「それは明日にしよう、内務の方でも提案したい事があるんだ」
「今日は瑞鶴さんの艦載機がどの程度安定するようになったか試しておこうよ」
「うん、りょーかい!」
行くわよ、という瑞鶴さんの掛け声とともに再び矢が放たれ爆撃機へ。
僕の指示に従った瑞鶴さんの爆撃機は、次々と爆撃を成功させていく。
今までにない精度と威力・・・あの赤城さんと比べても遜色のないレベルで。
「もしかして・・・?」
子供みたいに無邪気にはしゃぐ瑞鶴さんを遠目に、翔鶴さんが呟く。
初日の爆撃と、今回の爆撃・・・その共通項。
実は、僕もたった一つだけ・・・その可能性に気がついていたんだけれど。
・・・・・・とても口に出す気にはなれなくて、爆撃を成功させ続ける瑞鶴さんを眺めて後回しにするのだった。
「見なさいな、提督!これで5連続よ!」
ピョンピョンと跳ねながらこちらに手を振るさまが、とても可愛らしい。
内心の懸念を押し込んで、その姿に手を振り返す。
と。
ヒュウウウ、という音とともに一際大きな爆風が一拍遅れて海からやって来て。
「きゃあ!」
僕の隣で立っていた翔鶴さんは、ギリギリガードが間に合ってスカートを抑える。
「あっ」
「あっ」
間に合わなかったのは勿論、成功に浮かれて飛び跳ねていたもう一人の少女。
あの日、着替えを覗いてしまった時以来の健康的な脚が、バタバタとめくれたスカートから惜しげもなく曝されてしまう。
もちろん、スカートが捲れたその先も。
へえ・・・、白。
「あだっ」
「ふん、バカっ!」
全力で投げられた弓が僕の頭部を襲い、ぶっ倒れる。
艦載機じゃなかったのは温情だろうか?
それにしても・・・。
意外と、清楚な格好が似合うんだなあなんて。
そんなどうしようもない事を思ってしまう僕は、痛い目を見て当然なのかもしれない。
第六章 政治
翔鶴型の私室を使った今日の執務は、一航戦の驚きから始まった。
「瑞鶴の爆撃が完璧になった、ですって?」
うん、と頷いて僕が後を受ける。
「それも、赤城さんぐらいの精度と威力でね」
「そう・・・ですか、早く見たいものです」
口ではそういうものの、赤城さんの笑顔は複雑。
戦力が増すのは嬉しいけれど、鎮守府エースのプライドだってあるだろう。
それでも悔しさを悟られないように歯を食いしばっている。
「じゃあじゃあ、今からでも演習場行きましょ!」
「もう、瑞鶴・・・まずは執務の方を終わらせる決まりでしょう」
「まったく・・・あなたもいい加減落ち着きを見せなさいな」
調子に乗った瑞鶴さんは、すぐに姉と先輩に窘められる。
「むぅ・・・せっかく私の活躍を見せられると思ったのに!」
「ごめんね瑞鶴さん、こっちは早く終わらせるから」
本題に入ろうか。
「みんな、今どんな艦載機を使ってる?」
今更のそんな質問に、空母のみんなは首をかしげながら答える。
「戦闘機は九六式艦戦ですね、ただ・・・」
「制空が得意な私だけは、その上位装備である零戦21型を使っています」
爆撃、雷撃のエースは赤城さん、制空のエースは加賀さんが担っている。
「そして、艦攻・・・艦上攻撃機はみんな九七式、艦爆は赤城さん以外が九九式で・・・」
「私だけが彗星を使わせてもらっていますが・・・ここぞという時以外は皆さんと同じ九九式です」
瑞鶴に譲らなければならないかしら、と寂しげに赤城さんが言う。
それには瑞鶴さんも素直に喜べないようで、ぎこちない笑みだけを返した。
そのへんのやりとりはあえて反応しない。軽々しく判断は下さない。
僕はただ赤城さんの言葉に頷く・・・これでみんなの兵装に関する情報を確認できた。
前もって調べておいたとおりこれは・・・・・・・・・。
「装備が弱すぎると思わない?」
現状、分かっているだけでも各艦載機には九九式に対する彗星などの・・・上位装備が存在する。
なのにみんなに行き渡っているのは、ほとんどが一番旧式の貧弱な兵装だけ。
「ですが、戦果を出していないのですから・・・それは当然のことです」
「そうね、この状態で大本営に申請を出しても却下されるでしょう」
「赤城さんの・・・自分たちへの厳しさは確かに、正しいよ」
提督としてみんなに信頼されるためにも、僕も結果を出さなきゃならない。
だからまず、自信満々な態度を保つことを意識する。何でも分かっているんだぞ、というよな態度。
そして次に・・・この一言でみんなの興味をひく。
「正しくて、でも間違っているね」
「私が・・・・・・・・・?」
「赤城さんが・・・間違っている?」
加賀さんが信じられない、といった表情を作る。
・・・普段無表情なのに、赤城さんへの信頼だけは揺るぎなく示す人なのだ。
「結果を出さない者が報酬だけ要求する・・・これは確かに間違ってるよ?」
「でも、君たちは違うよ。もう結果を出しているじゃないか」
「私たちが結果を出しているですって!?」
よし、掴みはオーケー。みんなが僕の話の続きを待っているのが分かる。
・・・・・・・・・歳上四人に見つめられて、実はすごく緊張しているんだけれども。
上手く隠せているだろうか。
思えばみんなは『戦果』という言葉に惑わされすぎているんだな。
「戦争ってのは、何も相手を倒すばかりじゃないんだ」
72回緒戦で勝ち続けて、最後に負けて滅びた将だっている。
戦って、勝てば良いってもんじゃないんだ。最後に負けてちゃ、挙げた戦果なんて誇れるものじゃない。
「僕が来てから、少なくとも確実に上げている戦果が一つある・・・瑞鶴さん、分かる?」
「えっ、わ、私!?」
いきなり意見を求められて焦る瑞鶴さん・・・これは学校の授業が苦手なタイプだな?
「えーっと、前と変わったとこ。前と変わったとこ・・・うーん?」
「艦載機の訓練じゃないよ。それは格段に君たちのスケジュールを変えているはずだ」
「あっ、分かった!護衛任務が増えたことね!」
正解。
見た目の派手さはないけれど、僕にとってこれは中々革新的な変化だと思うんだ。
「戦いに強くても、資源がなければ何も出来ないよね?」
艤装への補給、修理。兵装の整備に開発、僕らが食べている食料だってそうだ。
「それらを『慎重に、確実に』目的地まで運んでいる僕らはもう、立派な戦果を挙げているんだ」
「それも、自分たちの鎮守府だけじゃなく・・・他の鎮守府が担う分も含めて」
「そうね・・・他の鎮守府の依頼をこなし始めてから、護衛任務がすごく増えたもん!」
”何も成していない”という意識をまず、変えさせる。
慢心されても困るけれど・・・。
むしろ・・・特に赤城さんは、そうならないように自分を縛り付けすぎている気がする。
自分たちだってもう、活躍しているんだ・・・そういう自信を持ってもらいたい。
そしてその上で、みんなを抱き込んで次のステップへ。
「そう・・・僕たちはついこの前と比べるとよっぽど戦果をあげて活躍しているんだ」
「じゃあ、戦果にはそれに見合った対価があるのが当然のこと・・・なのに」
「君たちの兵装はこの前と全く変わらない、脆弱なまま」
「沢山の護衛任務もしながら、これで敵と渡り合えというのはおかしくないか?」
艦娘を贔屓してるんじゃない、この鎮守府の提督として当然の判断。
「確かに今までも、兵装の火力不足は感じていました」
「護衛任務で消費する資材、装備・・・これを含めると実情はかなり厳しいはずです」
「ただ、実力が足りていないのも事実なので・・・」
「口に出さないようにしていた?」
僕の先読みに、今まで鎮守府の舵取りをしていた一航戦の二人は黙って頷く。
自分を律することが出来る尊さは大事だけれど、世の中それだけじゃあやってけない。
「でも今は違うよね、兵装が弱いなりにきちんと活躍して・・・結果を出した」
「今度はそう、もっと強い武器を開発して訓練して・・・そこから敵をどんどん倒せばいい」
彼女たちが輝く舞台に立つための、その道筋を僕が作っていく。
同時に、何が問題になっているかを明らかにして・・・取り除いてあげるんだ。
「でも、現状は最初に確認したとおり・・・エースの赤城さんですら満足な機体が使えない」
「活躍はしたのに、ジャンジャン開発して新兵装を使ってないのは・・・加賀さん、何で?」
「わ、私・・・ですか?」
「秘書艦なんだから、答えてもらわないと」
物怖じしない瑞鶴さんとは対照的。
僕が来る前は赤城さんの補佐が多かったからだろうか・・・自分がスポットライトに当たるのが嫌みたいだ。
「それは・・・開発するほど資材に余裕がないから・・・・・・」
「そう、流石資材管理をやっていただけあるよね」
みんなが僕の話の先を見通そうと真剣になっている。
そんな中、もう一つ疑問を投げ込んでやる。
「なんで?」
「活躍して、今までよりもみんな出撃回数が増えて行動範囲も広がった・・・」
「兵装なんかは、作っても作っても足りなくなるはずだよね」
「だけど、なんでみんな旧式の艦載機を使いまわすほど困っているんだろう?」
答えはもう、先程から出ているのだけれど・・・あえてみんな明言しない。
だから僕から、もう一度言ってやる。
「活躍に対しての十分な報酬をもらっていないからさ」
「なら、答えは簡単・・・・・・・・・貰っちゃおうか?」
驚いたみんなを代表して、赤城さんが質問してくる。
「それは・・・人間、いえ。軍本部に対して要求をするということですか?」
「もちろん。僕らはこれだけ活躍しました、ご褒美頂戴ってね」
みんな潔癖だ。そんなことをして本当にいいのか、といった表情。
高潔さは時に障害となる。
その高潔さを周囲が理解していない・・・そんな時は、特に。
「まあ、ただ申請しただけじゃ蹴られて終わりだと思うけどね」
「ちょ、どういうことよ!? 私たちが活躍したって言ったのはアンタじゃない!」
「それを・・・大本営の人間たちが認めるとは限らない、ということですね」
「そういうこと」
流石赤城さん、腹黒・・・いや、鋭いだけあるねうん。
「実は、出した戦果に対して一つだけ、十分に供給されているモノがあるんだ」
「翔鶴さん、何だか分かるかな?」
「・・・多分、バケツ・・・じゃないでしょうか?」
流石、その通り。高速修復材、通称バケツ。
艦娘たちの艤装のダメージを一瞬で回復するそれだけは、唯一ちゃんと供給される。
「人間には意味のないものだからね、惜しみなく艦娘たちにあげて感謝させた方がいい」
逆に、自分たちが使う燃料や弾薬なんかは・・・。
艦娘たちの功績を考慮して支払おうなんて気はならさら無い。それが本部ってもんだ。
申請を出したって同じだろう、なんやかんやと理由をつけて渋るに決まっている。
幾度にも渡る根回し、申請・・・そんな気の遠くなる作業をやっているほど僕たちは暇じゃない。
「じゃあ結局、やっても同じなんじゃ・・・」
翔鶴さんが一番弱気な意見を出す。
「認めてくれないのなら」
視線をチラリと赤城さんに寄せて。
「認めさせればいい、ね?」
「!」
さあ、ここからが僕の本題だ。
潔癖な艦娘たちでは出来ない、提督である僕にしか出来ない発想。
それを用いて、まずは鎮守府運営のキモである資材を安定させてやる!
認めさせればいい。
この中で僕が一番認めさせたい人を見ながらそう言い放つと・・・。
当の本人は楽しそうな含み笑いをしながら発言する。
「提督は・・・何かいけないコトを考えていますか?」
「何よ、またエッチなこと!?」
「そんなわけないだろ!」
すっとぼけた瑞鶴さんに思わず反応してしまう僕。
なんだよエッチなことって・・・いや何を言ってるかは分かるよ?
白いアレでしょ、アレ。
「また何かをやらかしたのかしら」
「加賀さん聞いてよ、昨日の提督ったら―――」
仲直りしてからというもの、少しは親しげに話す機会が増えた加賀さんと瑞鶴さん。
・・・でも、一番仲が良さそうに話すのは決まって・・・・・・。
「そう、大概にして欲しいものね」
ジロリと僕を睨んで、加賀さん。
そう、決まって僕に怒るときなのだ、勘弁して欲しい。
「瑞鶴・・・あなたも、少し隙がありすぎるわ」
もっと言ってやって、加賀さん。
僕が日頃、隙だらけの瑞鶴さんにどんなに悩まされているか!
自分がどれだけ美少女か自覚していない分、ホントにタチが悪い!
「鎮守府はこれまでとは違う・・・男の子の目があるという事を意識なさい」
「え、加賀さんは意識してるの?」
「なっ・・・・・・それは、その・・・意識しているとか、そういう事では、なく・・・」
「と、とにかく気をつけなさいな」
瑞鶴さんのあっけらかんとした問いに加賀さんが顔を赤くしてしどろもどろに。
・・・加賀さん、そこでチラっと僕を見るのやめてくれないかな!?
少しは意識されているんだ、なんてことを考えてしまって落ち着かなくなってしまう。
このムズ痒い空気を無理矢理変えるべく、僕は話題を元に戻す。
「もう、大本営が僕たちの言うことを聞いてくれないなら、聞かせればいいって事!」
「でも、どうやって?」
「この数週間、僕たちはよその人間の鎮守府から任務の依頼をこなしてきたね?」
「ええ、ほとんどが先ほど言った船団護衛任務ですが・・・」
それが何か、といった表情で四人が首をかしげる。
「あくまでも”依頼を受ける”という形で・・・まあ、今まではほぼ全てを断らなかった」
「でも、何故他の鎮守府は・・・僕たちに依頼を出したと思う?」
「へっ・・・そりゃ、手間が減るし人間の犠牲も出ないからじゃ?」
「”役立たずの兵器たち”と蔑んできた僕たちを、いきなり信用して?」
あっ、っとみんなが息を呑むのが分かる。
依頼が来るのが嬉しくて、そんなこと思いもよらなかったのだろう。
そう、面倒事を引き受けますよなんて言われても・・・普段なら信頼していない相手に任せる訳がない。
ましてや蔑んでいる相手に対して。
・・・じゃあ、普段じゃないタイミングで打診されたら?
「これ、見てよ」
「海域・・・攻略作戦の・・・通達?」
「近隣の鎮守府が合同して乗り出す、大規模作戦だね」
大本営主導の・・・いわば軍の面子がかかった作戦。
各鎮守府も今その準備に明け暮れていて、そのためには余計な手間を少しでも省きたいと思うだろう。
そう、普段は信頼していない艦娘たちの手すら借りたくなるほどに。
・・・と、ここまでで僕の言いたいことを全て察したらしい艦娘が一人。
「ふふ、提督・・・意外に腹黒いんですね」
「赤城さんに言われたくないなあ」
お互いに悪い笑みを共有するのは・・・なんだかいけない趣きがある。
「いいかい、一度人間側の身になって考えてみよう」
後の残りの三人に向かって、僕は得意げに語りだす。
「大規模作戦の準備で忙しい・・・そんな中艦娘どもに頼めば、面倒な船団護衛をやってくれる」
「作戦に必要な資材はそれで確保出来るし、何よりも犠牲を出さずに準備に専念出来る」
「奴らも少しは役に立つじゃないか、じゃあドンドン任せてしまえ、依頼を出そう」
「そして、そのほぼ全てを僕たちは引き受けてきたんだ」
あっ、っと・・・今度は加賀さんが声を上げる。
思ったよりも大きな声が出て恥ずかしかったのか、それきり何も話さずに縮こまってしまったけれど。
「加賀さん、分かった?」
「・・・ええ。あなたが護衛任務の引受を、初めからこの鎮守府に来るようにしなかった理由が分かったわ」
「加賀さん、それってどういう事よ?」
瑞鶴さんから質問が出る。
分からないことを素直に加賀さんに聞くのは・・・ちょっと前には考えられなかった光景。
「今私たちが引受ている沢山の護衛任務・・・あれらは大本営から私たちに直に来ているわけではないわ」
「一度管轄の各鎮守府に振られて、各鎮守府から私たちに”代行依頼”が来ているの」
「そう、私たちはあくまでも代理として、依頼された分を引き受けただけ」
「えっと・・・大本営からの命令じゃないってことに違いがある・・・?」
「そうよ、大きな違い。よく考えてみて?」
加賀さんが、瑞鶴さんを優しく諭す様な口調を選ぶのもまた同じだ。
「大本営からの命令というかたちなら、私たちに選択の余地はない・・・でも」
「そう・・・あくまで”依頼”だからね」
ああ、と・・・今度は翔鶴さんが天を仰ぐ。
「提督は・・・・・・本当はちょっと意地悪さんですね?」
「あ、それちょっとショック」
「あら、褒めているんですよ? お嫌でしたか?」
「まさか」
今度は加賀さんと翔鶴さんを含めて笑いが起こる中で、取り残された人がむくれる。
「むぅ・・・みんな私をのけ者にして・・・不貞腐れるぞぉ」
頬を膨らませてちょっと涙目・・・。
本当に子供みたいな拗ね方をする彼女に、そろそろ手を差し伸べるとしよう。
「瑞鶴さん・・・今僕たちが各鎮守府の代わりにやっている船団護衛は、あくまでも”依頼”なんだ」
「今までは僕たち艦娘の鎮守府にもそれをこなすメリットがあったから、ほぼ全部引き受けてきた」
こう言い直すこともできる。『引き受けてあげてきた』ってね。
正当に評価されず、支払われる報酬すら支払われないという事実があっても、なお。
練度やイメージの向上、内部の結束・・・それらを狙って極力、やってきた。
「でもね、所詮それらは”依頼”・・・つまり、断りたければ断っていいんだ」
「それこそ、これからも山のように来るであろう船団護衛”依頼”全てをね?」
「えっ・・・でも、それって・・・」
「何かな、瑞鶴さん」
「今まで全部受けて貰えていたのに、急に断られたら困るんじゃ・・・あっ」
「あっ・・・あぁ~!?もしかして!?」
最後まで説明されなくても、自力で答えに行き着いた様だ。偉い偉い。
「僕たちが依頼を受け始めて大分経つ・・・それに今は大規模作戦の準備で大あらわ」
「ふふっ・・・困りますね、受けてもらえる事を織り込んで予定を立てていたら」
「困るのは僕たちだって同じさ」
任務をこなせど、正当な評価は下されず、開発のための十分な資材も供給されず。
これでは鎮守府は立ちいかない。当然運営は厳しくなっていくだろう、そうしたら。
『今まで受けてきた依頼だって続けられなくなるかも知れない、それこそ突然・・・その全てを』
今、最も強いカードを持っているのは僕たちなんだ。
相手が降りられない状況にあるのなら・・・目一杯賭け金を釣り上げる。
それしかないだろう?
「僕はね、とっても心配しているんだ」
「不幸にも僕たちが突然、すべての依頼を受けられなくなったら?」
「今僕らの鎮守府が一手に担っている護衛任務・・・資材の供給はガタガタになる」
「資材が足りなくなって大規模作戦が延期・・・もしくは中止だなんて」
そんなことになったら、大本営の面子は丸つぶれになってしまうだろうから。
「ああ、僕たちの鎮守府にあと少しの資材があったら!正当な報酬が支払われていたなら!」
「あの依頼だってこの依頼だって受けてあげられるはずだったのに!」
僕の投げかけに、赤城さんがまるで街の見世物の様な芝居がかった受け方をする。
「大本営を・・・脅すっていうの?」
「脅すなんてまさか・・・僕らは心配から意見具申するだけさ、瑞鶴さん」
だからそんな、人聞きの悪いことなんて言っちゃダメだよ?
「書類作成はお任せ下さい」
「あくまでも現状の懸念を奏上して、我が鎮守府の資源不足の助けを乞う形にしてね?」
「ええ、大本営が私たちを助けたという事にして・・・華は持たせないとね、加賀?」
「分かりました」
加賀さんがすぐさま仕事をかって出てくれる。
今までの執務にない内容に、心を弾ませているらしい。
「うん、これで内務の方は完璧かな」
艦娘へのサポートをする下地は整った。
これから”確実に”供給されはじめるであろう資材を有効活用すれば・・・。
彼女たち艦娘にもっと良い装備を提供できるはずだ。
さて、お次は・・・。
「いよいよ、この瑞鶴の出番ね!」
座学が終わった途端、元気になる瑞鶴さん。
この後の自分の成功を微塵も疑っていない。昨日と同じ様な爆撃が出来るという自信。
でも・・・・・・でも。
僕の懸念が的中するとしたら・・・。
おそらく、瑞鶴さんの爆撃はこれまでと同じ様なぱっとしない結果になる。
そう、これまでと同じように・・・”何もしなければ”だ。
一抹の不安からあえて目を遠ざけて。
はしゃぐ瑞鶴さんを無言で見つめる翔鶴さんの表情に気づかないフリをして。
僕たちは午後の日課である・・・艦載機の訓練へと向かうのであった。
続き
【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻中【ラノベSS】