1 : 暗黒史作者 ◆FPyFXa6O.Q - 2014/12/25 03:53:38.71 DNXgJeXe0 1/336

本作は

「魔法少女まどか☆マギカ」



「とある魔術の禁書目録」

及びその外伝のクロスオーバー作品です。

二次創作的アレンジ、と言う名の
ご都合主義、読解力不足が散見されそうな
予感の下で、

とにもかくにもスタートです。

元スレ
ほむら「幸せに満ち足りた、世界」(まど☆マギ×禁書)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1419447208/


【注意】

当作品は、現時点(2015年6月)で『第一部完』の状態であり、第二部が執筆中の状態です。
当サイトでは『第一部』のみまとめました。『第二部』については、完結次第、まとめる予定です。
ご了承ください。

2 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 03:58:55.17 DNXgJeXe0 3/336

 ×     ×

目を覚ました暁美ほむらは、少しの間きょとんとしていた。
そこは、自宅マンションのベッドの上。
目覚まし時計が示している時間も程よい朝。

病院ではない、その違和感と共に鳩尾辺りを掴んでいたほむらは、
自分は寝ぼけていたのか、と結論付ける。
確かに、それが当たり前だった日々は長かった。
だから、そんな勘違いをする目覚めがあっても不思議ではない。

着替え洗顔から始まる朝の儀式を一通り終えて
慣れた手つきで用意したトーストのコースの朝食を平らげる。
転校まではもう少し間がある。
本来の予定では既に両親と同居している所だが、親の仕事に予想外の展開があったとかで、
転校後も少しの間、一人暮らしは続きそうだ。

 ×     ×

転校初日、見滝原中学校の廊下を行く暁美ほむらは、
何となく様々な視線を感じる。異性の視線も感じる。

こちらに来る前は女子校に通っていたほむらだが、
それでも、ほむら自身が客観的に情報を分析しても、
自分は美少女の部類に入るらしい。

その意味で、未だ異性に慣れない所のあるほむらにとって、
担任が未だ若い女性である事は少し、安心できる要素だった。

3 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:05:03.18 DNXgJeXe0 4/336

 ×     ×

「今日は皆さんに大事なお話があります。
心して聞く様に。
目玉焼きとは固焼きですか、それとも半熟ですか?
はい、中沢君っ!」

「えっ、えっと、ど、どっちでもいいんじゃないかと」

「そのとおぉーりっ、どっちでもよろしいっっっっ!!
女子の皆さんはくれぐれも、君の作るものなら何でも美味しいよmy honey
うんーまっ、んーまっんーまっんーまっ、
なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんてなぁーんて素敵なmy darling!!
こぉーんなっ最っ高にいい男を見つけて捕まぉえて確保して交際する様に。
そして男子の皆さんはぁ、
絶対にそんないい男になって素敵な彼女を見つけてくだっさぁーいっっっ」

自分の担任として安心できるかどうかはとにかく、
個人的に幸せそうで何よりですと、
暁美ほむらは寛大な心で幸あれと祈りながら
担任教諭早乙女和子の怪しい踊りを廊下から眺めていた。

「はい、後それから、
今日はみなさんに転校生を紹介します」
「そっちが後回しかよ」
「じゃあ暁美さん、いらっしゃい」

苦笑が広がる教室に、ほむらは足を踏み入れる。
どうやら、温かな雰囲気の教室らしい。
男女問わず凄い美少女、と言う声がちらほら聞こえるのも
こそばゆいけど悪い気はしない。

「はーい、それじゃあ自己紹介いってみよう」
「暁美ほむらです、只の人間には興味はありません。
この中に魔法少女超能力者魔術師がいたら私の所に来なさい、以上。
ごめんなさいほんのジョークです、よろしくお願いします」

ほむらがぺこりと頭を下げると、一拍遅れて拍手が起こる。
担任の異様なノリにいつの間にか乗せられていたが、
どうやらみんな華麗に流してくれたらしい。

4 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:10:13.91 DNXgJeXe0 5/336

頭を上げたほむらの目が、ふと一人の少女に吸い寄せられた。
率直に言ってどこか鈍くさそうな、そこがいかにも素直な家庭を思わせる、
素直な可愛らしさを見せているちょっと小柄なそんな少女。
鈍くさいとは失礼な、自分も人の事を言えたものではないと、
胸の奥に笑みが浮かんだ頃、その少女に近くの女子生徒がひそひそ話しかけている。

こちらはボーイッシュなショートカットがいかにも活発そうな少女。
恐らくは仲のいい友人なのだろう。
長い期間ではなかったとは言え、
女の園から来たほむらは多少の勘も働く、いいコンビなのだろうなと。
だから、自分も不躾な視線は程々にしないとあらぬ誤解を招く所だ。

 ×     ×

「ねぇねぇ暁美さん、前はどんな学校行ってたの?」
「髪、すごくきれいね」

休み時間、同級生の女子生徒がほむらの周囲に群がりあれこれと質問を重ねる。

「ごめんなさい、緊張しすぎたのかしら、少し気分が。
保健室に行かせてもらえるかしら?」

些かうんざりした所で軽い方便。

「それじゃあ私が」
「係の人は?」
「ああ、それなら」

かくして、呼ばれたのは先ほどの鈍くさそうな(失礼)少女だった。
名前はまどか、と言うらしい。

「大丈夫、暁美さん?」
「ええ、大した事ではないわ」

ほむらの顔を覗き込もうとするまどかの側で、
ほむらは多少の芝居を付けてよろりと立ち上がる。

5 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:15:38.35 DNXgJeXe0 6/336

「え?」

声が聞こえた気がしたが、それは、ほむらも同じだった。
立ち上がったほむらがまどかを見た、と、思った時には、
ほむらはまどかを抱き締めていた。

「暁美、さん?」
「あ、本当にごめんなさい。
少し、立ちくらみがしたみたいで、もう大丈夫」
「う、うん、保健室行こうか」
「ええ」

体勢を立て直し、何時もの冷静な口調でほむらが言った。
だが、その内心では、なぜこんなにドギマギしているのだろうか、と、
ほむら自身が驚いている状態だった。
そもそも、全くの仮病だった筈だ。
それが、今立ち上がった途端、丸で吸い寄せられる様にああなった。

 ×     ×

「暁美さん」
「ほむらでいいわ」

廊下でまどかに声を掛けられた時のこの反応も照れ隠し以外の何物でもなかった。

「鹿目まどか」
「は、はいっ」

小耳に挟んだ名字と共に呼びかける。
これも、名前を許した事への交換メッセージ、に過ぎない筈だった。

「あなた、家族や友達のこと、大切だと思ってる?」

口をついて出た言葉。
それは、本来は、かつて努力に努力を重ねて来た常々の自分への問いかけ。
そして今は、目の前の少女の芯に見えるものに不意に起こった好奇心。

6 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:20:43.40 DNXgJeXe0 7/336

「………もちろん、大切だと思ってるよ?
家族も友達も、みんな大好きだもん!」
「そう」

思った以上に真摯な返答に、ほむらは好感を持つ。
いい娘なのだな、と。
ほむらの視線がついと動き、まどかもそれに合わせる。

先ほどのショートカットの少女と、確か同じクラスにいたふわふわ髪の少女が
何か言い争う様な談笑する様な曖昧さでじゃれ合い、
その背景で一人の男子生徒、こちらも同級生だった筈、彼が苦笑いを浮かべている。

「ふうん」

ほむらの反応に、まどかもくすっと笑みを浮かべる。
余りその方面に縁が無かったほむらにも分かる、
前方の少女二人が交わす眼差しの中の艶の様なものは。

「あれは、確か」
「うん、あっちのショートカットの娘がさやかちゃんでもう一人の娘が仁美ちゃん。
男の子が上条恭介君」
「まどかとは付き合いが古いのかしら?」

「うん、小学校の時からの付き合いで、
私がこっちに転校して来た時に最初に友達になったのがさやかちゃんで、
それで、仁美ちゃんや上条君とも」
「ふうん………いい娘なのね」
「うん」

まどかが応ずる。
やはり、素直な娘だ、何の駆け引きも不要だとそのまま理解できる。

7 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:24:20.96 DNXgJeXe0 8/336

「上条君、ヴァイオリンがすっごく上手で今までいくつも賞取って、
仁美ちゃんもあんなに美人でおしとやかで、上品なお嬢様だからすっごくモテモテなの。
さやかちゃんも可愛いし、
小学校の頃なら男の子にも負けないぐらい元気でスポーツも出来てね。
私なんか、何のとりえもないからなぁ」

「そんな事ないわ」

ほむらは、即座に否定していた。

「そう、かな?」
「ええ」

ほむらは本心からそう思っていた。その素直な、心の綺麗さに好感を抱いていた。
只、それを理論化するのは確かに難しい。
説明を求められる前に本人が一応納得してくれて助かった。

「ここが保健室だから」
「ありがとう、少し休めば大丈夫だと思うから」

養護教諭との話も穏当に片付き、ほむらはベッドに入る。
学校は違えどこの部屋、このベッドを定宿にしていたあの頃を思い出す。

生まれつき、心臓の血管に少なからず問題があった。
小さくない肉体、行動への制約は心も弱くした。
ほむらの治療のために惜しみなく尽力して来た両親の金銭的負担は、
子どもだったほむらが察する程に限界に近づいていた。

それが、宝くじの当選で大きく変わった。
当初は海外での移植も視野に入れて専門家を当たっていたが、 
Dr.HAZA……、Dr.KAZU……、Dr.ASA……他
担当医に恵まれたほむらの心臓は超難易度の手術で部分的に修復され、
ほむらの生活からそれまでの支障を雲散霧消させていた。

8 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:28:19.48 DNXgJeXe0 9/336

 ×     ×

回想する内に意識は途切れ、そして再び取り戻される。
何時限かの授業は、体育も含めてある程度予想通りの賞賛の中で終わった。
心臓の障害が実質的に完治した後、
勉強、スポーツ、ほむらは今まで心身ともに制約されていた事を貪る様に努力した。
客観的な情報分析として、何時の間にか周囲の評判は才色兼備のスーパー美少女と言う事になっていた。

かつて、乱暴な男の子に小動物の様に怯えていたほむらを両親が慮り、
ほむらは両親が探してくれた医大のある女子大の付属校に通っていた。
しかし、今なら大丈夫だろうと、両親の引っ越しを機にそのまま共学の見滝原中学で
より普通の学校生活を取り戻す事に決めて現在に至り、そして、それは今も続く伝説。

ほむら自身が言ってしまうと大げさ以外の何物でもないが、
実際に自分の事が伝説になりつつあると、
主に美樹さやかの声を耳にしながら暁美ほむらは情勢を分析していた。

「ほむらちゃん」
「まどか?」

放課後、HRを終えて立ち上がろうとした辺りで、
ほむらはまどかに声を掛けられていた。

「あの、体、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「ううん。その、一緒に」

その言葉に、ほむらはふらりと吸い込まれそうになったが、
寸手で出踏みとどまり事実を告げる。

「ごめんなさい、今日は急いで帰らないといけないの」
「そうなんだ。じゃあ」
「うん」

残念ながらそれは事実だった。
今日中に父親の所にとんぼ返りする母親と待ち合わせて一つ二つ済ませなければならない事がある。
さしたる付き合いでもないのに、心の底から残念だと思っている、
そんな自分にほむらは気付いている。あの娘と友達になれたらいいなと。
下駄箱に向かった廊下で、ほむらはふと一組の女子生徒に気が付く。

9 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/25 04:33:06.16 DNXgJeXe0 10/336

「それじゃあ、材料を買って集合しましょう」
「オッケーパティシエ」
「楽しみですなー、いやいや頑張って手伝っちゃうよー」

どうやら、中心の女子生徒がケーキか何かを焼くと言う話らしい。
見た所上級生の様だが、実に楽しそうだ。
ふとそちらを見たほむらは、中心にいる先輩を見て心の底で「負けた」と感じる。
しかし、それは嫌な気分ではない、純粋に憧れる。

ぱっと見て目を引く美貌に軽くカールのかかった後ろ髪、
そして、制服の上からでも分かるスタイルの良さはどこか西洋人形を思わせる。
一見していかにも少女っぽく華奢なほむらとしては、年頃の女の子として羨むところだ。

ふと、その先輩と目が合い、先輩はほむらににこりと微笑みを向けた。
ほむらはぺこりと頭を下げて改めて思う、かなわない、と。

長い黒髪も相まって、クール美少女で通っている美貌にも振る舞いにも、ほむらは多少の誇りは持っている。
かつては何事も自信なさげに、実際に自信が無くて縮こまってばかりだったが、
体の回復でメキメキ実力を伸ばしてからは、長い病院生活その他による状況への不慣れも相まって、
同級生からも一部の悪意と敬意を受ける事が勝っていた。

もう少しフレンドリーに、と言う思いもないではなかったが、
今ではそれが自然ならまあいいかと言うぐらいの気持ちだ。
そして、自分にはないものに憧れる。

先輩の微笑みは温かで、お姉さんと言うイメージそのままだった。
暁美ほむらは未だ知らない、
程なく、自分が邪気の無い大爆笑の対象になると言う事を。

16 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:08:51.12 CbbD4oAx0 11/336

 ×     ×

母親との待ち合わせ場所に向かう途中、
見滝原駅周辺に足を運んだ暁美ほむらは群衆に目を止め、足を止める。

群衆の囲いの中から演説が聞こえる。
人込みをかき分け、ほむらがその中心へと足を運ぶと、
林檎箱に乗った中年男性が演説を行っていた。

内容は見滝原の市政に関する演説。
男性はくたびれた所がありつつも品の良さが伺え、
必ずしも能弁ではない所がありつつ、誠実さが伝わって来る。
演説の内容も至極真っ当な、多少頭のいい中学生であるほむらでも共感できるものだ。
しかし、どこかで見た様な、と、ほむらは考える。

「あの人は?」
「ん?美国先生だよ」

ほむらが声をかけた、飲食店の大将っぽい男性が気さくに応じた。

「美国、先生?」
「正確には前議員だけどな」
「最近こっちに引っ越して来たので」
「そう。ここの市議会議員だったんだけど秘書がやらかしてな」
「人気、あるみたいですね」

確かそんなニュースがあった気がする、それを思い出し、
周囲の反応を伺いながらほむらが言う。

「ああ、問題になった時も潔く辞任したし、
地元じゃ結構な名家の出身なのに、
辞任してからはこうやって毎日辻立ちしてしっかりした意見持ってるからな。
議員の時も立派な働き者だって評判だったから、
今度の選挙でもいけるんじゃないかってな」
「そうですか」

話している内に、演説を超えた美国前議員が頭を下げ、聴衆から温かい拍手が起こった。

17 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:13:52.03 CbbD4oAx0 12/336

 ×     ×

何人か握手を求める者がいる中聴衆が三々五々解散し、ほむらも歩き出そうとした時に耳を止めた。

「お父様」
「ああ、織莉子」

ほむらがそちらを見ると、美国前議員が娘らしき織莉子なる少女と笑いあっている所だった。
それを見てほむらは又、心の底で「負けた」と爽やかな敗北を認める。

一言で言ってザ・お嬢様。
歳はほむらの一つ二つ上か、さらさらの長い髪の毛をサイドポニーに束ねているが、
二言目を言うなら圧倒的美人。

すらりとしたスタイルの良さだが、それでいて、
むしろサイズが緩めの制服からでも分かるぐらいにラインは女性らしく柔らかい。
制服のセンスから言っても、お嬢様学校としか思えない。
そんなものを抜きにしても、品のいいお嬢様だと目に見えて分かる。

そこで、ちょっと視線を移すと、その織莉子を二人の少女が微笑ましく眺めている。
どうやら、友人なのだろう、と、

次の瞬間、ほむらは動いた。
それは、戦いと言うものに些かの覚えがあるほむらの勘、の様なものだった。
解散する群衆の中から軍用ナイフを手に飛び出した男、
その男に向けて、ほむらは鞄をフルスイングしていた。

びゅんとナイフが振られ、ほむらは鞄で顔を庇いながら飛び退く。
次の瞬間、暴漢の体は地面に吹っ飛んでいた。

「おい、お前」

暴漢は、仁王立ちの影を見た。

「私のとても、大切な、
(中略)
無限に有限に愛する愛しの織莉子に
な、に、を、し、て、い、る?」

先ほど近くで眺めていた二人の少女の内の一人、
そう言えば美樹さやかに似ているショートカットの少女が、
ドロップキックから着地して頭部を青筋で半ばメロンと化して仁王立ちして拳を鳴らしていた。

18 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:19:37.17 CbbD4oAx0 13/336

「ちい、っ!!」

暴漢が立ち上がろうとした所で先ほどの二人の内のもう一人、
肩までの髪がシャギーがかった少女が暴漢の胸板に思い切り鞄を叩き付ける。
ここまでが体感的な一瞬。

「何やってんだこの野郎っ!!!」

次の瞬間には、暴漢は群衆の団子の中でギブアップしていた。

「おお、大丈夫かい?」

大将がほむらに声をかける。

「ええ。な、何よあれ?」

「ああー、例の事件でも黒幕まで暴かれたり、
辞任してからも一市民として意見書とか監査請求地道に出してるからな。
それがきっかけで市議会の議長が
マスコミと百メートル競走してからロックンロールな記者会見やらかしたり。
正しい事をやってたら嫌がる人間もいるって事さ」

「君っ!」

大将がその場を離れた所で、厳しいぐらいの声がかけられた。

「大丈夫かい?お礼は言わせてもらうけど、
あんな危ない事をしたら駄目だ」

それは、美国前議員だった。

「お父様、彼女は私を助けて、ナイフであのまま顔に」
「よし殺そう」
「大丈夫よキリカ」

駆け寄り、怯えを見せて言った織莉子は、
即答したショートカットの友人をいなしながら平静を取り戻した様だ。

19 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:25:28.39 CbbD4oAx0 14/336

「私は美国久臣の娘で美国織莉子です。
本当に有難うございました」
「い、いえ、ご無事で何よりです」

圧倒的オーラと共に頭を下げられ、ほむらはむしろ恐縮していた。
サイレンの音が聞こえる。別に鉈を持ったピラミッドが襲撃して来る気配はない。

「あーあ、今日のお茶会は延期みたいだねえりか」
「そうだね」

 ×     ×

「この様な事に巻き込んで、大変申し訳ない」

警察署で母親と合流したほむらは、廊下で美国父子から頭を下げられていた。
それに対しては、ほむらの母親も常識的に対応する。
予定が大きく変わったが、実の所は更に大きく変わっていた。

「こっちだ」

ほむらと母親はバス停でバスを降り、手を上げる父親と合流する。
元々、父親の元に日帰りする母親と少々の用事を済ませるだけの予定だったが、
父親の側の予定が変わったために三人で夕食と言う運びになっていた。

「美味しかったの?」
「ああ、こっちで仕事中に見つけた」

ほむらと父親がぽつぽつと言葉を交わす。
入院や一人暮らしもあって、父親とは年頃の娘なりの距離がある。
それでも、わざわざ隣町の風見野に迄移動して
食事に誘ってくれた事に関して多少の言葉を交わす。

20 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:30:36.93 CbbD4oAx0 15/336

「ここ?」
「ああ」

そして行き着いた先は何の変哲もない、
いかにも年季の入った個人営業のラーメン屋だった。

「いらっしゃい!」

威勢のいい挨拶。
程々のスペースの店内が半分ぐらい埋まってる。
暁美一家はカウンター席に座る。

「あ」
「ああ」

ほむらが、カウンターの中を見て小さく頭を下げる。
店主は先ほど美国前議員の辻立ちで出会った大将だった。

「どうも」
「あれ、知り合いだった?」

挨拶をするほむらにおかみさんが声をかける。

「ええ、さっき見滝原で辻立ちを見た時に」

「ああー、この人美国先生のファンだからね。
元々あっちに住んでて娘夫婦もいるんだけどさ、
仕事であっちに行くたんびに聞いてくるんだ」

「そうでしたか」
「らっしゃいっ!」

次の客に大将が威勢よく挨拶する。

21 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:33:59.36 CbbD4oAx0 16/336

「やあ牧師さん」
「どうも」

その客も家族連れだったが、先頭の中年男性が大将に声を掛けられ、
挨拶を返して手を上げる。
確かに、いかにも牧師と言った感じの柔和な男性だ。

その男性と妻子らしい家族。妻と女の子が二人、
ほむらと同年輩のポニーテールの少女と、その妹らしき女の子が一緒にいる。
牧師一家はテーブル席に就いた。

元々、ほむらは家でも余り口数の多い方ではない。
転校に関する事などをぽつぽつ会話しながら頼んだラーメンが来るのを待つ。
結論から先に言うと、確かに美味しかった。

その間、テーブル席の牧師一家の声を聴くのも微笑ましかった。
仲のいい家族、特に、ほんの少し妹が欲しくなったりするぐらい仲がいい。

「ご馳走様でしたー」
「ご馳走様」

それでも転校に関して話す事が色々あったと言う事もあり、
牧師一家の方が先に会計を済ませ店を出る。

「牧師さんって教会の人ですか?」

微笑ましさに気の緩んだほむらがふと尋ねる。

「ああ。近所のな。うちには昔から来てたんだけど、
なんか正式なキリスト教って訳じゃないらしい。
でも、いい人だよ」
「そうですか」

言いかけて、ほむらは大将の視線を追い、本棚に目を止める。

「小説?「イノセント・マリス」?」

ラーメン屋には少々珍しい文庫本にほむらは着目する。
名前ぐらいは知っている小説だった。
むしろ十代、二十代に売れている小説だ。

22 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/26 15:38:23.97 CbbD4oAx0 17/336

「この本に教会が出て来るんだよ。ぼかしてあるけどちょっと有名な話さ。
一時期苦しかったみたいだけど、それがきっかけで盛り返して、
最近は慈善事業も軌道に乗ってるみたいでさ」
「そろそろ行こうか」

文庫本を手に取り、何となく気を引かれていたほむらに父親が声をかける。

「この近くでまだ開いている本屋はありますか?」
「え?」
「それを買って帰ろう。転校の記念だ」

 ×     ×

見滝原市内の今のほむらの自宅に、
本来はもう少し先に転居して来る筈の両親が泊まる事となる。
父親は翌朝ここから仕事に出て、そのまま母と共に今の自宅に戻るらしい。
その、どこぞの用語ではほむホームとでも呼ばれるマンションのフラットの中の一室、
ほむらが自室に使っている部屋で、ほむらは文庫本とパソコンを首っ引きしていた。

確かに、ぼかして書いてはあっても、
小説の中に登場する風見野の教会が実在している事は、
ネット上のファンサイトでも知られている事だった。
どうやら作者があの牧師に感銘を受けたらしく、立派な宗教家の様だ。

教義の違いから元々の宗派を追われる形になったらしいが、
本人の人望を大きな所として、小説を契機に穏やかな新興宗教、
そして最近は慈善団体として小さいながらも地道な活動が行われているらしい。

読書とネットサーフィンをやめたほむらは、両親の熟睡を確認する。
そして、自分の部屋に戻り、中からの施錠を確認して窓の外を見る。
掌に小さな宝石を乗せた。

30 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 03:44:12.72 J6W/eviY0 18/336

 ×     ×

見滝原の夜の街にパトロールに出た暁美ほむらが辿り着いた先は、
ゲームの中の迷宮を思わせる空間だった。
只、だだっ広い空間に高い塀は大量にあるものの、
迷路と言う程複雑な作りではない。

その空間で、暁美ほむらは弓に矢をつがえ、
放たれた矢は赤紫の光を帯びてビームの様に飛び出していく。
矢の当たった魔獣が消滅した。

魔獣と言うと狭い意味でのモンスターを連想させるが、
今この辺にうじゃうじゃいる、暁美ほむらが「魔獣」と呼んでいる怪物は、
造形は人間に近く、長い装束を体に巻き付けた見上げる程に巨大な男性。
基本造形は人間であるが、顔を含めて造形から複雑さが省かれ一部モザイクがかかって見える。
どっちにしろ、まともな生物には見えない代物である事は確かである。

わらわらとほむらに迫る魔獣が、ほむらの矢を受けて次々と消滅していく。
暁美ほむらは、見滝原中学とは違う、学校の制服を思わせる衣装を身に着けていた。
その左腕にはゴツイ鉄に見える楯。

ほむらが、低い姿勢で盾に触れながらざっと振り返ると、
すぐそこまで迫っていた魔獣は静止していた。
魔獣だけではない、ほむら以外の全てが静止している。
ほむらが、手にした拳銃を発砲すると、その弾丸も刻み目が尽きた辺りで空中静止する。
ほむらがもう一度楯に触れると、全ては動き出し、魔獣は9ミリ・パラを叩き込まれて消滅する。

31 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 03:49:15.81 J6W/eviY0 19/336

「今日は瘴気が濃いわね」

ほむらがぽつりと呟き、周囲を見回す。
右前方、左前方の塀の上に魔獣の大群。

時間を止めて右前方に向けて矢を放ち、すぐに時間を止めて矢を放ち、すぐに時間を止めて、
繰り返された後、ほむらの放った矢は、
一本の矢が更に分裂して大量の光の矢と化して落下を開始していた魔獣を一掃する。

時間停止に加え分裂魔法矢、魔力の消耗が大きいので余り使いたくない。
ほむらは間髪入れず左前方に視線を向ける。

「!?」

次の瞬間、大量の銃声と共に、左前方で落下していた魔獣がことごとく消滅した。
射線を追うと、空中に時代物の小銃が大量に浮遊している。
同業者、以外に考えられない。

気が付いたほむらが舌打ちして弓に矢をつがえると、
ほむらが矢を放つよりも早く、
小銃を逃れた魔獣がピンク色に輝く矢に仕留められていた。

「ほむら、ちゃん?」
「まどか」

弓矢を手に現れたまどかとほむらが、ぽつりと言葉を交わす。

「先客がいたみたいね」

それに続いて現れたのは、後ろ髪の先がカールした、
見滝原中学の玄関近くで出会った先輩。

まどかは低年齢向け魔法少女アニメ的にフリフリな、
先輩は中世の銃士を思わせる、
どちらにしても街で着て歩くとコスプレにしか見えない姿。
その点に於いてはほむらも人の事は言えない。
結論として、ここにいる三人が三人、ほむらも含めて同業者、魔法少女である。
ほむらはそう判断する。

32 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 03:55:49.24 J6W/eviY0 20/336

「あなた、確か学校で会ったわね。
鹿目さんと知り合いなの?」

先輩がほむらに声をかける。

「地元の魔法少女、でいいのかしら?」
「ええ」
「最近こちらに引っ越して来た暁美ほむらです。
鹿目さんとは同じクラスになりました」
「そう、私は巴マミ」

マミが右手を差し出し、ほむらの右手がそれを握る。
それではその時左手は何をしていたのかと言えば、遊ばせたままだった。
周囲からは不可思議が失われ、夜の見滝原の街が広がっていた。

 ×     ×

「どうぞ」
「お邪魔します」

まどかが一緒であり、マミ自身も悪い人には見えない、
地元との悶着も避けたい、と言う結果、
魔獣退治を終えてから誘われるままにほむらはまどかと共にマミの自宅を訪れていた。

「座って、楽にしてて」
「はい」

促されるまま、ほむらはまどかと共に、
ダイニングの三角形のガラステーブルの側に座る。

「家族の方は?」

中学生のほむらにも結構いい値と見えるマンションのフラットを見回し、ほむらが尋ねた。

33 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:00:53.89 J6W/eviY0 21/336

「両親は海外で仕事をしているの。
だから遠慮しないで」

茶菓子を運んで来たマミが言う。
しかし、楽に部屋着になると、マミのスタイルの良さは際立つ。
全体にはスリムでスタイルがいいのに、
ほむらが自身少々の足りなさを自覚している膨らみ等は迫力すら感じさせる。

「美味しい」
「でしょう」

焼き菓子と紅茶のティータイムにほむらが呟き、まどかがにこにこと応じる。
手作りのお菓子も美味しいが、紅茶の香りと言うものを初めて知った心地だった。

「あなたも魔法少女なのね?」
「ええ」
「その筈なんだけどね」

口を挟んだのは、猫の様な耳の長い白狐とでも言うべき、
見るからに一般的な生物学の範疇を超えた生き物。
何しろ人間語を喋っているし、何しろ見えない人間にはその姿自体が見えない。

「どういう事キュゥべえ?」

変な言い方をする奇怪な生物通称キュゥべえにマミが尋ねる。

「確かに、契約はしたんですけど、
キュゥべえは記録も記憶もないと言っています」
「そうなの?」
「そうだよ」

ほむらの言葉にマミが尋ね、キュゥべえが肯定した。

34 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:06:44.76 J6W/eviY0 22/336

そもそも魔法少女とは何かと言えば、
この奇妙な生物、キュゥべえと契約を行い魔法と称する能力を入手した存在。
魔法少女は、その契約に際して一つの願いをかなえる事が出来る。

願いに制限はない、又、願いが適うのは魔法少女本人であり、
願った恩恵を願った形で得るのは願った魔法少女本人である。

但し、契約する個々の魔法少女には個性と言うべき素質の大小があるらしく、
素質の小さい魔法少女は大きな願いをかなえる事は出来ない。
魔法少女が得る魔法は、願いに連なるものであるらしい。

願いを適え魔法を得た対価として、魔法少女は戦い続ける。
戦い続ける相手は魔獣。
昔の特撮ドラマから類似して丁度いい概念を借りるならば、
人間が放つ負の感情その他によるマイナスエネルギーの集合体。

瘴気を放ち結界と呼ばれる荒涼とした異空間を発生させ、
その中に人間を取り込み人間のエネルギーを捕食する存在。
要約すると、こういう事になる。

「それじゃあ」

まどかの手でテーブルの上にざらざら乗せられたのは、キューブと呼ばれる結晶。
魔獣が消滅した跡に残すものであるが、
それをソウルジェムに近づけるとソウルジェムの穢れが吸収される。

ソウルジェムとは何かと言えば、魔法少女契約に伴いシンボリックに交付される小さな宝石。
魔法の小道具と言う事で、心身の疲労と共に濁りをため込み、
精神力と繋がる魔力を消費する、
つまり魔法少女への変身を含めて魔法を使った場合の濁りはより強いものになる。

ほむらの経験上、ソウルジェムの穢れが溜まる事は不快であり身体機能が低下する。
実質的には魔法少女を魔獣狩りに縛り付けるシステムでもある。

「きゅっぷい」

そして、ソウルジェムから穢れを吸収し、
穢れの強くなったキューブはこの様に可愛い声を立てたキュゥべえが食べてしまう。
キュゥべえが食する前にキューブが穢れ過ぎるとキューブ自体が魔獣になるのだとか。

35 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:10:35.25 J6W/eviY0 23/336

「あなたの銃って、魔法じゃなくて本物?」

マミに問われ、ほむらはテーブルの上にごとんと拳銃を置いた。

「米軍仕様のM9、魔法の攻撃が弱かった頃からの名残です。
もちろんいけない事ですから今はなるべく控えてはいますけど」
「そ、そう」

流石にマミが少々引き気味になる。
ほむらが時間停止を武器に夜の街で魔法少女を続ける中で、
行き掛かり上裏社会と暗闘になった事がある。
その際、決定力不足に悩んでいたと言う事情もあり、
ほむらは知略と能力の限りを尽くして秘かに敵対したその筋の人間に大量の武器弾薬を用意させ、
その大半を奪取した上で破滅に追い込んでいた。

「それで、魔法の武器は弓なのよね」
「はい」
「私と同じだね」

まどかの言葉に、ほむらが頷く。

「あの楯みたいなのも魔法の道具みたいだけど、
つまり、使う魔法は一つじゃないって事?」
「はい、キュゥべえも珍しいと言っています」
「………確かに、珍しいわよね」

マミがうーんと考え込んで言った

「魔法少女の技量は確かみたいだけど、
私たちと友好的に共存するつもりはあるのかしら?」

真面目な口調で問うマミを前に、まどかは少し心配そうな眼差しを見せる。

「ええ」

紅茶を啜ったほむらが応じる。

「この街の魔獣は少しタチが悪そうですね、ソロだと分が悪そうです」

功利的に言うのはむしろその方が説得力があるから。
本心では、マミの真摯で温かな人柄と確かな技量に惹かれていた。

36 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:14:15.97 J6W/eviY0 24/336

「それに、お茶も美味しいですし」
「腕の振るいがいがあるわね」

果たして不躾な冗談になるかどうか、と思ったが、
マミの反応は思った以上にいい、本当に面倒見のいい人なのだろう。

「よろしくお願いします巴先輩」
「よろしく、暁美さん。
だけど、巴先輩はちょっと、堅苦しいかしら」
「マミさん、でいいかな?」

まどかの言葉に、今度はほむらが考え込む。

「よろしくお願いします巴さん」
「間をとったわね。まあいいわ、もう一杯いかが?」
「いただきます」

クラスメイトのまどかの存在もあり、
多少は話の弾んだ夜更けのお茶会は悪くなかった。
気持ちの温かな内に散会し、
ほむらはトラブルも無いままに自宅の寝室に戻った。

 ×     ×

「お早うほむらちゃん」
「お早うまどか」
「おやおやー、一日で随分フレンドリーだね転校生」

通学路で出会い、がばっと首に抱き付いて来る美樹さやかを前に、
ほむらは笑って流しながらも少々しまったと思う。結構勘のいい相手らしい。

「保健係の彼女に少しお世話になっただけよ。
でも、いい娘じゃない」
「とーぜん、まどかはあたしの嫁になるんだからね」
「あらそう。でもそれじゃあ………」

言い終わる前にオチが到着したらしい。

37 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:17:53.84 J6W/eviY0 25/336

「きょーすけっ」
「上条君」
「何あの王子様?」

ほむらがぽつりと言い、まどかも苦笑するしかない。

上条恭介の登場と共に、美樹さやかはその右腕、志筑仁美は左腕に抱き付き、
その中間点でばばっと視線の火花を散らす。
だが、流石にこのままでは中学の通学路に刺激が強すぎると言う事か、
抱き付きだけは中止して恭介を挟んだ左右の配置で共に歩む。

しかし、ほむらから見て結構大概なのが上条恭介。
腕に抱き付かれた時も苦笑していたぐらいで、
この状況にも想像以上に平静な態度で歩いている。
実際、同じく通学中の他の面々も、我関せずでなければやれやれが精々の反応だ。

「ちょっといいかしら?」

教室に到着したほむらは、
このクラスで一番最初に名字を覚えた男子生徒である中沢に声をかける。

「あれって、どういう関係なの?どっちが本命?」

上条恭介の着席した机の周辺で、
立ったり机に掛けたりしながら談笑している二人の女子生徒に視線を向けてほむらが言う。

「って言うか、どっちが本妻、って段階だな。
まあ、昔っからの腐れ縁ではあるんだけどさ、
その意味じゃ幼稚園以来の美樹の方が一日の長なんだけど志筑の女子力半端ないしな。
まあー、今ん所本人らが仲良くやってるんで」

「リア充爆発しろ、ってだけの事かしらね」
「そういう事、リア充が来たみたいだ」

ほむらが着席し、るんらるんらスキップして錐もみに一回転して
教卓に到着した早乙女和子教諭がHRを開始する。
近々彼女が尿検査を求められても全く不思議とは思わない。

38 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:21:25.49 J6W/eviY0 26/336

 ×     ×

放課後、少し興味を引かれた暁美ほむらは風見野に足を運んでいた。
逢魔が時、教会に向かう途中で、ほむらは二人の女の子とすれ違っていた。
内一人は長くもない髪の毛をシュシュでポニーテールに束ね、
もう一人はプラスチックボールつきのゴムで髪の毛をくくっている。

姉と同様にポニーテールの娘はほむらも見覚えがある、例の牧師の末娘だ。
元気よく走り去った二人の少女或いは幼女を微笑ましく見送ろうとしたほむらだったが、
次の瞬間には踵を返し、険しい表情で駆け出していた。

何かの遊び場のつもりだったのだろう、裏通りの空き地に入った二人をほむらが追跡する。
そして、周囲の景色が見る見る変化する。
砂漠の中の破壊された中世の街を思わせる、建物跡を思わせる壁だけが並ぶ空間。

舌打ちして変身したほむらは、直ちに時間を停止する。
二枚のハンカチで後ろ髪を束ね、鼻から下も縛り付ける。
女の子二人の頭に大きい布袋をかぶせ、M9の全弾を撃ち尽くす。

「いいって言うまでそこで袋を被ってしゃがんでいてっ!」

女の子の周囲に保護用のバリアを展開し、ほむらは前を見る。
装弾数の多いM9に装填した全弾を撃ち尽くし、時間を稼いだつもりだったが、
ほむらは前を見て息を呑む。

(一気に決めるっ!)

敵の数の多さと守るべきものに心の中で舌打ちをしたほむらは、
異次元収納力のある楯からMG42を取り出す。
かつて奪取した一般銃器の中でも弾薬補給の関係で特に使用を控えたい所だが、
今回は仕方がないと、前方の魔獣の掃射を開始した。

流石に、魔獣の結界でなければ大事件となる快調に糞やかましい銃声と共に、
ほむらの前方で魔獣がバタバタとよろめき消滅していく。

39 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:24:52.38 J6W/eviY0 27/336

「撃ち方やめろっあたしが行くっ!!」

背後からの怒声に気づき、ほむらがそれに従うと、
ほむらの背後から大跳躍した魔法少女が魔獣の前に立っていた。
その魔法少女はチャイナ風の赤い装束で、手に槍を持っている。

白兵戦の辣腕らしく、槍や、槍が変化した多節棍で次々と魔獣を料理していくが、
それを眺めていたほむらが目を細める。

その魔法少女は長い髪をポニーテールに結った牧師の姉娘だ。
そして、魔獣の動きがおかしい。魔獣は比較的単純な力押しで行動する。
これは、あの赤い少女が何かやってるな、と、ほむらは見当をつけた。

周囲から魔獣を一掃した赤い魔法少女が、槍の柄で地面を突きふうっと一息つく。
その周囲で、ばん、ばんっと迫っていた魔獣が消滅した。
弓矢を構えたほむらを見て、赤い魔法少女はへっと笑って体勢を立て直した。

 ×     ×

「ちょっと、いいって言うまで目を閉じていてくれるかな?
大丈夫?ケガはない?」

魔獣がおよそ片付いたのを把握し、布袋を取ったほむらは、
ゴムでくくった女の子の髪の毛をかき分け、目を細めた。
そして、もう一度布袋をかぶせる。

「ここの、風見野の魔法少女かしら?」

ほむらが、接近して来た赤い魔法少女に声をかける。

「あなたの縄張りに手を出したのは悪かった、キューブは提供する」
「いや、感謝するよ」

そこまで言って、赤い少女はほむらにささやく。

「あいつ、あたしの妹なんだ。昨日会っただろ?」
「そうね」
「あんた、名前は?」
「暁美ほむら」
「あたしは佐倉杏子」

40 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:28:05.19 J6W/eviY0 28/336

結界が解除され、二人の魔法少女は変身を解除する。

「もういいぞー、びっくりしたかモモー?
ちょっとな、あのお姉ちゃんと一緒に驚かせてやろうって遊びだったんだけど、
ちょーっとタイミングが合わなくてなー脅かしてごめんな」
「ううん」

「きょーこお姉ちゃんこんにちは」
「おお、こんにちはゆま。これから遊びに行くのか?」
「うん」
「じゃあモモ、ゆま、気を付けてな」
「「はーい」」

たたたと駆け出した二人を、二人の魔法少女は微笑ましく見送った。

「気が付いたんだろ?」
「ええ」

「ゆま、モモの友達なんだけど、親から虐待されてたんだ。
父さんとか美国先生が役所に掛け合ってくれて、
今は親権停止されて親の実家に引き取られてる。
まあ、元気になって良かったけどな」

「美国先生って美国前議員?」
「ああ」
「知り合いなの?」

「織莉子さん、先生の娘さんがひょんな事でゆまと知り合ったってな。
お互い色々微妙な立場だけど、表にしない一市民って事で、
うちの教会でやってる慈善活動にも親子で出入りしてるからさ」
「そう」

そして、杏子がキューブを差し出し、
彼女の気性からしてそれがいいと思い、ほむらは遠慮なく受け取る。

41 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2014/12/28 04:31:34.59 J6W/eviY0 29/336

「どっから来たんだ?」
「見滝原よ」
「じゃあ、マミさん知ってるか?」
「ええ、最近見滝原に引っ越したから、彼女と組む事になったわ」

「ふうん、相変わらずの師匠っぷりだ。
それなら又会うかもな」
「そうね。それじゃあ」
「ああ」

手を上げて、笑顔で分かれる。
教会は今度にしよう、もっと興味深いものに出会ったのだから。
少々口は悪いが、根はいい娘としか思えない。

52 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 12:57:17.98 gZQEogo70 30/336

 ×     ×

その方面の経験も知識も決して豊富ではない。
そんな暁美ほむらでも知っている事として、
自分と同年代の男子一般の性としてああして腕に押し付けられると、
それは決して小さくない意味を持っている筈である。

まして、短い期間ではあるがほむらが今まで見て来た限り、
今ほむらの目の前の朝の光景となっている美樹さやかも志筑仁美も、
年齢から言って決して見劣りしない立派なものを持ち合わせている。
それは客観的にも確かな情報な筈であり、決して、全体にスリムで華奢で、
胸元に於いてもその評価が例外ではない事を自覚している
暁美ほむらの個人的な感覚に留まらない筈である。

その辺の事を深く考えるのをやめてほむらが前を見ると、
最早朝の通学路の風物詩として、美樹さやかと志筑仁美が上条恭介を発見し次第
それぞれ上条恭介の右腕と左腕にぎゅっと抱き付いて体を押し付け、
二人の少女がやんわりと視線の火花を散らしている。

流石に、その体制のまま学校まで行くのは無理があると言う事か、
抱き付きこそ解除するものの文字通り両手の花の状態で上条恭介は通学路を進む。
ほむらの側では、転校早々友人となった鹿目まどかが苦笑している。

ほむらも笑うしかない。本来、自分達の年代では漫画かライトノベルでしか見る事の出来ない光景の筈、
等と考えるのは、ほむらが不慣れな女子校出身の故だろうか。
その日も、こうして朝の通学路に私生活の充実し過ぎた級友を眺め、
朝のホームルームの前には上機嫌な早乙女和子教諭がバレリーナ一歩手前の妙技を見せる。

53 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:02:57.67 gZQEogo70 31/336

「これ、自分で作ってるの?」
「ええ」
「へえー、上手じゃない」
「んー、なかなか難しいけど」

昼休み、美樹さやかがほむらの弁当に興味を示し、話の流れでおかずを交換する。
同性の付き合いも大事と言う事か、昼はこんな感じで
ほむら、まどか、さやか、仁美のグループで他愛もない話をしながらお弁当を囲む。
こうして、午後の授業が終わり、放課後を迎える。

 ×     ×

魔法少女に変身した暁美ほむらの放った矢が、
魔獣を貫き消滅させる。

「暁美さんっ」
「ほむらちゃんっ」
「遅くなってすいません」
「いいのよ、急な呼び出しだったから。
さあ、片付けるわよ」

先行したマミ、まどかが発見した結界の中。
そこに暁美ほむらも飛び込み、フォーメーションを展開する。
転校直後と言う事もあって丸ごと団体行動をする事はなかなか難しく、
ほむらは連絡を受けて駆け付け、米軍制式M9拳銃を撃ちまくっていた。

(勘が狂った?)

攻撃中、M9が乾いた音を立て、ほむらが舌打ちをしてそれをポケットに突っ込み弓を構える。
拳銃はあくまで補助、魔獣相手であれば魔法の弓の方が威力が高い。
拳銃で遠ざける程度に考えていたのだが、弾丸の消耗が早すぎた。
ほむらの放った矢が前方の魔獣を消し飛ばす。
次の瞬間、気配を感じて斜め後方を向いたほむらが見たのは、
体に西洋風の剣を叩き込まれ消滅する魔獣だった。

「美樹、さやか?」

それは、最近ほむらが転校した先のクラスメイト、
いわゆる漫画やラノベよろしく幼馴染と最小単位ハーレムを展開している
その片割れ、美樹さやかその人だ。

54 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:08:04.32 gZQEogo70 32/336

「よっ、転校、生っ!」

果たして、青い騎士を思わせる魔法少女姿の美樹さやかは、
ビーム攻撃を開始した魔獣の群れの中を軽やかに舞い踊り、
手にした剣で討ち果たしていく。

「くっ!」

魔法少女としてのさやかの技量は見劣りしないものだが、
魔獣の中での危険に変わりはない。
それに、ほむらにも些かなりともプライドはある。
さやかが稼いだ時間の間に弓に矢をつがえ、群れに飛び込み討ち倒していく。
さやかがへっと笑い、ほむらもふっと笑みを返す。

「?」

二人を取り囲む魔獣の動きがおかしくなる。殺気の方向性が攪乱されている。
そして、周囲には大量のシャボン玉が浮遊している。

「サンキューなぎさ」
「なのです」

さやかが言った方向を見ると、
ほむらよりも随分年下そうな女の子がシャボン玉を吹いていた。
この子も、魔法少女だ。

「一気に畳みかけるよっ、いける?」
「誰に言っているのかしら?」

乱れていた後ろ髪をバッと払い、ほむらはさやかの後を追った。

55 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:14:00.45 gZQEogo70 33/336

 ×     ×

「まどかに聞いてたけど、魔法少女だったんだね転校生」
「あなたこそ、魔法少女だったのね」
「まあね」

マミの部屋のリビングで、ほむらとさやかが言葉を交わす。

「ひどいんだよ、さやかちゃん大笑いしちゃって」
「ごめんごめん、だってさ」
「いいわよ、確かに唐突だったわね」

楽しいティータイム、ほむらの転校初日の話題で談笑していた。

「んー」

そして、さやかはまどかとほむらを見比べる。

「やっぱりあれだ、運命なんじゃないの?前世で結ばれたとか」
「もー、また、さやかちゃん」
「まどかが前世で結ばれた運命の相手?光栄ね」
「おおっ」
「ほむらちゃんまでっ」

わたわたするまどかの横で、
この手の事のさらりとした交わし方は女子校で学んだものだった。

「ごめんマミさん、あたしそろそろ」
「そう、又遊びに来てね」
「はい。いつでも連絡下さい」
「ええ」

かくして、さやかは一足早くマミの元を去る。

「鹿目さんのクラスメイトなら美樹さんともクラスメイトね」

お茶のお代わり運んで来たマミが言った。

56 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:19:37.31 gZQEogo70 34/336

「美樹さん、最近別行動が多かったし暁美さんも来て間もなくだから
紹介するのはその時が来たら、って思ったんだけど」
「巴さん、美樹さんとは親しいんですか?」
「ええ、元々私たちのチームで、今でもチームを離れた訳じゃないわ。
只、プライベートの時間が合わない事が多くなったから」

マミの言葉に、ほむらは意味ありげな笑みを浮かべた。

「美樹さん、とてもいい子よ。
魔法少女としての理想を持ってそれに見合う努力もして、
真っ直ぐで優しい子。
クラスメイトならあなたの目にも留まってると思うけど、
幸せになって欲しいと思う」

「そうですね」
「ちょっと、羨ましいけどね」

優しい姉の様に素直に発言するマミにほむらも素直に賛同し、
そして、ちょっと本音を漏らして笑い合う。
そして、ほむらは目に留めて、
赤紫色の謎生物のぬいぐるみを床からひょいと持ち上げる。

「可愛いですね。これ、手作りですか」
「なぎさちゃんが作ってくれたのよ」
「なざきちゃん、ってさっきの小さい魔法少女?」

「ええ。今日は帰ったけど、
早い時間だと一緒に魔獣退治をしたりここに遊びに来たりしてるの」
「そうですか」

「裁縫を教えたのは鹿目さん。
私も先輩扱いされてるけど、鹿目さんこそお姉ちゃんね」
「ティヒヒヒ」

マミの言葉に、まどかが後ろ頭を掻いて笑う、
文字通り三人揃って微笑ましい。

「ご家族、海外でしたか」
「ええ」

ぬいぐるみを置き、ふと歩き出したほむらが写真立を目にして口に出した。

57 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:23:12.54 gZQEogo70 35/336

「それも、魔法少女になったお陰」
「願い、ですか?」

「ええ。昔ね、家族でのドライブの帰りに大きな事故に巻き込まれてね。
お父さんもお母さんも、そして私も大ケガをして。
そこにキュゥべえが来て、だから願った。

お父さんもお母さんも、私たちみんなを助けて、って。
どこまでが奇跡だったのか分からないけど、
あの規模で奇跡的に死者重傷者ゼロだったって後で知った」

「………それが願いの効力だとすると、
相当に大きな素質だったんですね」
「だって、マミさん凄く強いんだから」
「そうね」
「もうっ」

それは同意だった。巴マミの魔獣退治に同行して、
これ程の実力者はちょっといないのではないかと、
ほむらはそう思った。

「私は猫を助けるため、だったけど」
「猫?」
「うん。エイミーって言うの。
車にひかれて死にそうだったから、それで」
「そう」

ほむらは正直返答に困った。
まどからしい、と微笑ましく思う一方で、
決して甘くはない命懸けの戦いとなる魔法少女の契約として、
それを肯定していいのだろうか、と言う思いもある。

「暁美さんの事、聞かせてもらっていいかしら?」
「大切な人を守るため、です」
「そうね」

マミの問いにほむらが答え、マミが頷く。
本人がそう言うのならそれ以上は、と言うマミからのサインだ。

58 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:26:46.45 gZQEogo70 36/336

「巴さん、佐倉杏子って魔法少女をご存じですか?」
「佐倉さん、知ってるの?」
「ええ、先日風見野に行った時に」

ほむらは、おおよその事を話す。

「縄張りは違うけど、知らない仲じゃないわね」
「うん。魔法少女として時々協力してるし、
一緒にお茶会した事もあるよ」
「それで、暁美さんも一緒に魔獣を退治したのよね」
「ええ」

「がさつで荒っぽく見える所があるかも知れないけど、根はいい子よ」
「私もそう思います。巴さん、魔法少女の交友関係広いんですね」
「マミさん、強くて優しい素敵な人だから」

「もうっ、鹿目さん。でも、有り難い事ね。
鹿目さんや美樹さんが一人前になって、佐倉さんや暁美さんも味方についてくれて、
今はこんなに頼りになる仲間に囲まれてるんですもの。
以前は、見滝原に私一人しか魔法少女しかいなかった頃は、
こんなに幸せで充実したものになるなんて思ってもみなかったわ」

紅茶を傾け、マミはしみじみとそう語る。
それを見て、そんなマミにじゃれつくまどかを見て、
ほむらは改めてその事を実感する。

マミの言っている事が、今の自分の現状として余りにも的を射ていると。
香り高い温かな紅茶と甘くて美味しいケーキ。
一時のティータイムの様に穏やかで幸せな状況。

59 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:30:10.87 gZQEogo70 37/336

 ×     ×

「綺麗ね」

ほむらが素直な感想を漏らす。
その公園は見滝原を見下ろす高台に位置し、
ほむらはお花畑の中にある芝生に立っていた。
夕暮れの魔獣退治だったが、すっかり陽も沈み、眼前には見滝原の夜景が広がっていた。
そして、地面に腰掛ける。

「見滝原にこんな場所があったのね」
「ウェヒヒヒ」

ほむらの言葉に、
ほむらをここに案内してほむらの左隣に座ったまどかが笑顔で応じる。

「巴さん、いい人ね」
「うん、強くて格好良くって優しくて、魔法少女の理想の先輩、って感じ」
「そうね。でも、余りそういう期待をかけすぎるのも良くないわ」

「うん。やっぱりほむらちゃん頭いいんだね。
魔獣退治の時もそう思う。魔獣退治でもお茶会でも、
どうしてもマミさんに甘えちゃいそうになるから気を付けなきゃ、って思うんだけど」

「あの人には、その気持ちで十分だと思う。
甘え過ぎるのは良くないけど、本当に強くて優しい先輩だと思うから」
「うん」

まどかが素直な笑みと共に頷き、ほむらはぐっと背筋を伸ばした。

「やっぱり、魔獣退治なんてファンタジーが絡むと時間の密度が違うわね。
転校して日も浅いのに、
まどかとはずっと一緒だった気がするし、あっと言う間だった気もするし」

心地よい風が吹き抜ける中、ほむらは実感を口にする。
そして、それに合わせる様にまどかも語り出す。

「なんだか不思議。こんな風にね、ほむらちゃんとゆっくりお話がしたいなって、
ずっと思ってた気がするの。
変だよね、何でもないことなのに。また明日になれば学校で会えるんだから」

60 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/02 13:34:08.89 gZQEogo70 38/336

「…そうね。でも、私も一緒。
こうしてまどかと過ごせる時間を、ずっとずっと待ってた気がする」
「ティヒヒヒ」

まどかの笑いを聞きながら、ほむらは自分は何を言ってる?と自分に問い返す。
それでも、それは本心であると、自分の心は答える。
まどかの素直さに当てられる様にするすると言葉が出て来ていた。
素直で、それが可愛らしい、転校先で出会った得難い友人。

素直なのは言葉だけではない、気が付くとほむらの左腕はまどかの背中に回っている。
元女子校生徒暁美ほむら、これは百合に非ずこれは百合に非ずと心の中で繰り返しながら、
戦友でもあるクラスメイトとの友情の証として、まどかの左肩をそっと掴む。

ごろにゃんとでも言いそうな仕草で、
リボンでくくったまどかの後ろ髪がざわざわとほむらの胸元に移動する。
ほむらは天を仰ぎ、先ほどからの確認を心の中で懸命に繰り返しながら、
これが漫画であれば赤い噴水が立ち上っていただろうと思わずにはいられない。

64 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 13:46:01.98 EQKWZG3K0 39/336

 ×     ×

転校先の見滝原中学校での生活にも慣れて来たそんな休日、
暁美ほむらは風見野に足を運んでいた。

「結構本格的ね」

橋の上から下を眺め、ほむらは呟く。
その下では、そこそこの人数が清掃活動を行っていた。

「………」

ローカル情報を見て、なんとなく興味が湧いて一応動き易い格好をして来てみたものの、
耐水装備と言う程ではない。
それでも、声をかけると河原用の清掃用具に余りがあったため、
飛び入り参加が可能だった。

「えーと、分別、確かこっちが」
「こっちがもえるごみ、こっちにペットボトル、これに空き缶を入れてね」
「?モモちゃん?こんにちは」
「こんにちは」

予算の都合だろう、各自分に就いては手作りで目印を入れたビニール袋での
ゴミ分別にほむらが手間取っていると、丁寧に教えてくれたのは佐倉モモだった。

「モモちゃん?お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんはあっち」

モモが指したのは川の中、半身長靴で清掃している方向だった。
これでは、何となく手を出したのが恥ずかしくなる。
モモは側にいた千歳ゆまと共にゴミ拾いに戻った。
それでもなんでも、ほむらも手を出した以上は真面目にゴミ集めを行い、
大人の指示に従い回収場所に持って行く。

65 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 13:51:03.24 EQKWZG3K0 40/336

「あら」

声が聞こえ、ほむらはそちらを向いた。

「その節は、本当に有難うございました」
「ああ、君か。その節は、
私のとても大切な(中略)織莉子が本当に有難う。
君こそ私の愛が死ぬ事を回避してくれた恩人だよ」

ぺこりと頭を下げる美国織莉子、
そして、その隣には織莉子の友人でキリカと呼ばれていた少女。

「ああ、どうも。美国、織莉子さん。それから………」
「呉キリカ、織莉子のパートナーにして矛にして盾にして無限に愛する者」
「そう。私は暁美ほむらです」
「暁美、さん。改めて有難うございました」

ほむらと織莉子は互いに頭を下げるが、
こうして向き合うと、やはりほむらは織莉子の圧倒的な存在感を感じてしまう。
後で知った事であるが子どもの一班と共に陸上の清掃活動を行うためのラフな格好であるが、
それこそが織莉子の品のいい、大人びた美しさをむしろ引き立てている。

「いえ、大した事では。美国さんもこちらに参加していたんですね」
「恩人、恩人だからこそ言うが、
織莉子は名字で呼ばれる事を些か好まない向きがある」

「そうですか、織莉子さん」
「有難う。ええ、時々参加しています」
「ま、私も織莉子がって言うんならね」

優しく微笑み応じる織莉子の側で、キリカも頭の後ろで手を組んで言った。
その織莉子の顔から笑みが消えた。

「失礼します」

織莉子が、作り笑いと共に、キリカを従える様にその場を外れる。
そして、ほむらは嫌な予感を覚えた。
こういう表情には、何となく心当たりがあった。
それでも、その場を離れて動き出したほむらは、ぴたりと足を止める。
ソウルジェムを取り出し、舌打ちした。

66 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 13:56:21.03 EQKWZG3K0 41/336

 ×     ×

「ここね」

ほむらは、堤防上の一角に立つと、魔法少女に変身すると同時に時間を止め、
下水トンネルの前に飛び降りた。
体感できる程になった瘴気を頼りに暗いトンネルの中を進む。
下水道の迷路を進む内に、別の迷路に迷い込む。
明らかに物理的な整合性を無視して下水道よりもスペースのある迷路。

「待ちなさいっ!」

ほむらが声をかけたのは、そこに立ち尽くす子供だった。

「これ以上先に行ったら駄目。
これ以上先に行ったら帰れなくなってお化けに食べられちゃうから、
お姉ちゃんが戻って来るまでここでしゃがんでじっとしてて。
すぐ戻るから一緒に帰りましょう」

ほむらが一片の嘘偽りもない言葉を掛けると、子どもは頷き指された壁の前にしゃがみ込む。
それを見届け、ほむらは先に進んだ。

(始まってる?)

物音と気配を察知し、ほむらがそちらに向かう。
そこでは、広いスペースに一人の魔法少女の背中が見えた。
魔法少女はバケツの様に大きな帽子を被り、白い装束を身に着けている。
白い魔法少女が放ったいくつもの水晶球が前方から迫る魔獣を薙ぎ倒していく。

弓矢を取り出したほむらは、左右の斜め前方に矢を放つ。
赤紫の光を帯びて分裂する魔法矢。
それも、時間停止を使い、
僅かな時間で大量に発射された様に見せるのだから魔力の消耗も激しい。

その結果、左右の斜め前方の壁の上から
白い魔法少女へのビーム攻撃を狙っていた魔獣が一掃される。

67 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:01:45.51 EQKWZG3K0 42/336

「あなたはっ!?」
「美国織莉子?」

白い魔法少女が振り返り、互いの正体を目にして声を上げる。

「すまない織莉子、迷い込んだ子どもが見つからないっ!」

そこに駆け込んで来たのは、黒い魔法少女装束を着用した呉キリカだった。

「子どもは保護したっ!」
「!?本当かい恩人?」
「ええ」

ほむらの言葉を聞くが早いか、
キリカは飛翔し織莉子に迫っていた魔獣を両腕から伸ばした鉤爪で一蹴する。

「織莉子の指示で涙を呑んで別行動をとったが、
私の目の前で織莉子に手を出そうなんて………」
「さっさと片付けましょう」
「ああ、もうっ!」

キリカの両サイドを矢が通り過ぎ、その先で魔獣が消滅しキリカが地団太を踏む。

「行くわよキリカ!」
「了解織莉子っ!」
「オラクルレイッ!!」

改めて確認する。
美国織莉子の武器は魔法で作り出す水晶球、それも、爆発や刃物を仕込んだバリエーションがあるらしい。
呉キリカは手に伸ばした大きな鉤爪で敵を斬り裂く。
そして、スピードに関して何かをやっているらしい。

どちらにせよ、魔法少女としては相当の実力者であり、
コンビネーションも息が合っているとほむらは感心する。
この規模の魔獣なら、この三人で対処すればお釣りがくる。
と、ほむらのその読みは間違っていなかった。

68 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:07:02.17 EQKWZG3K0 43/336

 ×     ×

「ごめんなさいちょっと目を離した隙にっ、ほらっ!」
「ごめんなさい」

下半身びしゃびしゃで子どもを連れて河原に戻って来た少女三人に、
母親が平身低頭して子どもの頭を押し下げる。

オツカレー オツー ハルカハナニガタベタイ? ドーナツガイーナオネーチャン

清掃活動が解散し、ほむらと織莉子、キリカが堤防に腰掛けていた。

「あなたには又、助けてもらったわね。有難う」
「いえ、どういたしまして」
「本来は私のポジションなんだけどね、多くは言うまい恩人」
「よう」

そんな面々の前に仁王立ちする影。

「その面子だと、一暴れしたみたいだな」
「場所代は確保してありますよ」

現れた佐倉杏子の言葉に織莉子が応じてキューブを取り出す。

「いや、あたしが他所にいたって言っても
子どもまで助けられたんならこっちの手落ちだ、
下手すりゃ活動自体ヤバくなってた所だからな」
「分かりました。これはけじめです」
「ああ」

杏子は、織莉子の摘み上げたキューブを掌に乗せて握り込む。

「ちょっと顔貸しな」

杏子の案内で三人はぞろぞろと動き出す。

69 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:10:27.05 EQKWZG3K0 44/336

「又、助けられたな」

織莉子とキリカの後ろで、杏子がほむらに声をかける。

「魔法少女としてあいつらと最初に出会ったのも風見野だった。
向こうはルーキーでたまたまこっちに遊びに来て察知したって、
ま、形の上では縄張り荒らしって事になるけどね。
キリカもちょっとイカレてて威勢はいいけど悪い奴じゃない。
一応、この世界の仁義とか教えたのはあたしだけど、律儀なモンさ」

 ×     ×

ほむらは、湯船に浸かりながら、
先に洗い場に立った織莉子を思わずほーっとなって眺めていた。

今までは多分年上だからそんなものか、と言う考えも無いでもなかったが、
こうして見るとそのまま水着を着せてグラビアに直行できそうなぐらい、
素晴らしいプロポーションをしていた。
着痩せするタイプの様だが、それも女性らしい柔らかさと言うラインに留まっている。

但し、胸の膨らみに関してだけは、
恐らく巴マミにも張り合えるぐらいに美しくそれでいて凶悪なぐらいな迫力を齎している。
そう思えるのは、断じてほむら自身のM9の引き金を引くイメージと共に略

と、余り不躾に眺めていると、今でも番犬にして忠犬にしか見えない呉キリカが
本当に唸り声が聞こえて来そうな視線で
いつ猛犬が狂犬になって同じく洗い場から噛みついて来ても全くおかしくないと言う実情が、
これ以上の詳細な描写のデータ収録を躊躇させる。

とにもかくにも、陸上装備で下水トンネルに突入してしまった三人は、
促されるままに佐倉家でお風呂を借りていた。

流石に今の年頃で他人と、と言う気もないではなかったが、
極端な話貴人らしい大らかさで話に応じた織莉子にほむらは引っ張られ、
キリカは織莉子の微笑み一つで十分な説得力だったらしい。
洗濯して乾燥機を動かしている間、
招待された三人は杏子からジャージ等を借りて佐倉家の食堂に移動する。

70 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:14:10.21 EQKWZG3K0 45/336

「今日は皆さんに助けられた、ありがとう」

佐倉牧師の丁寧なお礼に、三人も頭を下げる。
待っている間、キリカはちょっと憎まれ口を交えながらモモと楽しそうにやり取りをしている。
或いは精神年齢が近いと言う事か、と、ほむらが少々匂わせた所、
織莉子が止めるまでの間拳で語り合う事暫し。
その間に、佐倉夫人を中心に皆で用意したパンケーキパーティー。

「いかがかしら?簡単なものだけれど」
「美味しいです」
「うん、美味しいっ」

謙遜する夫人に口々に言う。
但し、ほむらとしては、胸焼けの関係でキリカの方にはなるべく視線を送らない。
どうやら織莉子は慣れているらしい。
なお、キリカはそれでも抑えていたつもりらしい。

「後で遊んで、ほむらお姉ちゃんもっ」
「ええ。それに、こういう賑やかな食事も楽しい」
「喜んでもらえてよかった。
実は我が家もお客さんを招いても恥ずかしくないような食卓になったのは、
つい最近のことなんだよ」
「本当ですか?」

佐倉牧師の言葉に、ほむらは問い返す。
もっとも、既に多少の知名度のある通称佐倉教会の歴史に関しては、
ほむらはネット情報である程度の事は知っていた。

「ああ。私は教会で牧師をしていてね。
世の中の幸せのためと説いてきた私の教えは長年世間には受け入れられず、
家族には辛い思いをさせてしまっていたんだ。

それでも、有り難い事に少しずつ理解してくれる人も現れて、
ようやく人並みの生活と些かの活動手段を得る事が出来た。
宗派の枠を踏み越えてしまった事を後悔してはいないが、
思えばかつての私自身は、教えを説く者としていささか傲慢に過ぎたかも知れない」

71 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:17:15.45 EQKWZG3K0 46/336

「それでもついて来てくれる人がいてくれて、
そのお陰で、主人も一歩ずつ、角が取れたと思います」

牧師の言葉に夫人も続いた。


「いや、お嬢さん達とのティータイムに少し湿っぽかったかな」
「そう思える時点で成長ですよあなた。
昔だったら、一度それが真理だと思い詰めたら丸で火の玉みたいな」

確かに、柔らかくなったのであろう夫妻のやり取りを、
ほむらは微笑ましく見ていた。じんわりとだが実に熱い。

 ×     ×

「またきてねー」

佐倉家の面々に見送られ、三人は家を後にする。

「少し、いいかしら?」
「ああ」
「じゃあ、私たちはこれで」

教会近くの小さな林の道で、
ほむらは見送りの杏子に声をかけ、織莉子とキリカは先を急いだ。

「巴さんがよろしくって言ってた」
「そう、有難う。あの人、あたしの命の恩人なんだ」
「そう」

72 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:20:22.70 EQKWZG3K0 47/336

「ああ。さっき、父さんが言った通り、
今までの教えだけじゃ世の中は救えないって、
それで父さんが教えを逸脱して破門されて、それからしばらくは大変でさ。

金銭的に何の当てもない、只の怪しい新興宗教。
精神的に追い詰められて現実的に腹が減ってそれでやっぱり精神的に追い詰められて、
まあ、ちょっと言えない事も色々あるぐらい荒んでたよ。
そんな感じで見滝原の路地裏をうろついてたら、
ばっちりマイナスの気配察知されたんだろうね」

「魔獣に襲われた」
「ああ、結界に誘い込まれてさ。
正直これで死ぬならどうでもいいや、って所まで行ったんだけど、
そこで助けてくれたのがマミさんで、キュゥべえからは魔法少女に勧誘された」
「何を願ったの?いえ、言いたくないならいい」

「いいよ、疑われても仕方がないからさ。
でも、半分正解って所かな。

マミさんはあたしの命を助けてくれて、
お姉さんみたいに優しくしてくれて美味しいものを食べさせてくれた。
嬉しくて泣けたよ。
だから、そんなマミさんとも色々相談してさ、一回だけ、話を聞いてもらった」

「一回、だけ?」

「ああ、父さんの教えが正しい、その自信はあった。
だからさ、何とか父さん焚き付けて、
なけなしの最後の勝負で出来るだけ大きな集会を用意した。
そこに、せめて一回、好きにならなくてもいいから
真面目に聞いてくれる聴衆を集めた、それがあたしの願い。

だってさ、ほら、力ずくのコンサートなんて虚しいだけじゃん。
父さんだってそう思うだろ?
それで駄目だったらさ、マミさんが大人と相談して、
あたし、あたしはもう少し頑張っても
モモだけでもまともな生活出来る様に無理にでもそうする、って」

73 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/04 14:24:48.98 EQKWZG3K0 48/336

「その賭け、勝ったのね」

「ああ、流石は父さんだ。
その中に全部じゃないけど賛成してくれて相談に乗ってくれた、
力を貸してくれた学者とかちょっとした有力者とか有名人とかがいて、
それで、何とか今に至ってるって訳」

「………良かった」

「ああ、本当に。今思えば結構ヒヤヒヤもんさ。
あの二人、特に織莉子さんもニュースにもなったぐらい色々あったみたいだけど。
マミさんはあたしの恩人、織莉子さん達も口に出すとあれだけど、仲間みたいなモンだ。

あんたは腕もいいし、いい奴だと思う。
あっちであたしに免じて仲良くしてやってくれ」

「言い方がおかしいけど、いい人達だから私からお願いしたいぐらいね。
巴さんが言ってたわ、又、一緒にお茶しましょう、って」
「それこそ、是非ともお願いしたいって伝えといてくれ。
マミさんのケーキ、食べたのか?」
「ええ」

そこで笑みを交わし、手を振って分かれた。
今度見滝原で出会うのが楽しみだった。

88 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 22:33:47.34 RlNEJUqd0 49/336

 ×     ×

慣れない方面の運動をした上に魔獣退治。
一風呂浴びて美味しいパンケーキを鱈腹食べてリラックス。
それで単調な電車に揺られていたら眠気の一つもさすと言うものだ。

(って、ここどこよっ!?)

そういう訳で、風見野からちょうどいい電車があると思って乗車した所、
気が付いたら謎の地名がアナウンスされていた暁美ほむらであった。
取り敢えず次の駅で電車を降り、
反対方向に向かえば大丈夫だろう、と、思ったのであるが、

「………只今、あすなろ駅周辺で緊急の点検作業………
………方面全面運休………ご迷惑をおかけして大変申し訳………」
「マジ?」

アナウンスを聞き、ほむらがぽかんと呟く。
早速、周辺では携帯電話がやかましい。

「ごめん、遅くなる」
「だから電車が止まってるの本当に」
「ちょっと帰れないから、先に食べてて」
「延長出来ない?駄目?」
「だから何があったんだっての?動物?」
「おいおい、街中だぞ何が侵入?犬?猫?牛ぃ?」

仕方がないのでホームを降り、バスを探してみようとほむらは動き出す。

「だから、ここってどこなのよ?」

一応地名は確認したが、全く以て心当たりはない。
それでも駅前ならバス停の一つもあるだろうと表に出たが、
これがなかなか上手くいかない。

89 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 22:39:12.95 RlNEJUqd0 50/336

(見滝原方面ってどっちの乗り場から………)

そうこうしている内に些か猥雑な薄闇の裏通りを歩いているのだから、
目的はますます遠ざかっていると自覚せずにはおれない。
そして、ほむらは舌打ちして更に裏道へと走り出す。

カエローヨーネーカエローヨー

見ると、一組の夫婦が路地裏で、
娘らしい女の子から服を引っ張られてるのも丸で構わずふらふらと前進を続けている。

魔法少女に変身し、時間を停止したほむらは、
相手に触れる事での停止解除で気づかれる事が少ない様に配慮しながら、
細紐を夫婦の両脚に絡みつかせ結び玉を作り、いわゆる膝カックンをかましていく。

結果、夫婦は最小のダメージで転倒し身動きとれなくなる。
夫婦は魔獣が捕食のために放つ誘引魔法とでも言うべきものの影響を受けていた。

(あれは一時しのぎ)

それを知っているほむらは、誘引先の結界を発見し、飛び込む。
やはり、爆破され時間の経った廃墟の街、とでも言った雰囲気の結界内で、
ほむらは半ば出合い頭に遭遇した魔獣の一団をM9拳銃で片付ける。

「魔獣の本隊は奥ね。魔獣も面倒だけど、
こっちの地元が物わかりが良ければいいんだけど」

呟いた先から、ほむらはささっと塀の陰に身を隠す。
果たして、地元と思しき魔法少女の一団が駆けつけて来た。

(珍しい)

ほむらが心の中で呟く。

結構な大人数のパーティーだが、先頭の魔法少女の装束は燃える紅の和装。
確かに知らない者が見たらコスプレ集団な魔法少女の中でも、
日本人が見たら日本とそれ以外に見えるからかも知れないが
コスプレ的に改造されたデザインとは言え和装と言うのは珍しい印象を受ける。
所が変われば魔法少女も変わるものだろうか。

90 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 22:44:36.68 RlNEJUqd0 51/336

実際、このパーティーも、先頭の和装がリーダーらしく、
それに続いて大剣を抱えて、
どうも露出的な衣装の上にジョンベラつきのコートを羽織ったのが別格に見える。

その後に、これもコスプレ魔法少女的に露出度こそそこそこ高いが、
色彩は戦隊的に鮮やかな単一色の少女達が続いている。
そして、話を戻すと、和装なのも珍しいが、

(幾つなんだろう?)

リーダーらしく見えたのは、先頭切ったその魔法少女が、
そもそも魔法少女と呼んでもいいのか、
と判断に困る年配である事も理由の一つ。

(少女じゃなければ女、それだと………魔女、だと失礼過ぎるわよね)

流石に中年とは言わないが、
ほむらの年代であれば十分に一人の女性と呼べる相手に見える。
そして、格好や歳もそうだが、戦闘を見るに、
本人自身が戦闘も指揮もおっとり、しかしきっちり、と言うぐらいに
随分と穏やかに落ち着いて、それでいて着実にと、頼もしい大人に見える。

(出る幕無し、ね)

踵を返したその瞬間、ほむらははっと振り返った。
そこには、既に大剣を抱えた魔法少女が立っていた。
その魔法少女は、一つまみキューブをほむらに差し出す。

「いや、私は………」

言いかけると、前方で既に魔獣を片付けた紅のリーダーがほむらに微笑みかけた。
丸で木漏れ日の様な優しい笑顔だった。
ほむらはぺこりと頭を下げ、掌を出す。
目の前の少女も、可愛らしくはにかんでキューブをその上に乗せた。
もう一度頭を下げ、ほむらはその場を去った。

91 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 22:49:53.68 RlNEJUqd0 52/336

 ×     ×

「そぉらよおっ!!!」

休日も終わり普段通りの学校生活が始まり、
そんなある夜の魔獣退治。
ほむらの目の前では、佐倉杏子が槍を振り回して大暴れしていた。

「ティロ・フィナーレッ!!」

巴マミの合図で杏子がささっと進路を開き、
一番濃い魔獣の群れにマミが魔法の大砲を撃ち込む。

「いっくよぉーっ!!」
「なのですっ!!!」


更にそこに二刀流の美樹さやかが斬り込み、
百江なぎさのシャボン玉がそれを援護していた。
ほむらとまどかは、遠距離からそんなさやかを狙う魔獣を弓矢で片付けていく。

普段はのんびり屋のまどかだが、魔法少女としての資質は想像以上に強力らしい。
ほむらはここ一番で矢を分裂させた上に時間停止で圧縮して攻撃しているが、
まどかは素でかなりそれに近い攻撃が出来ている。

「とっ、とおっ!」

軽やかに舞い踊り殺陣を披露していたさやかだったが、
その内、魔獣のビーム攻撃の中でド派手なタップダンスを開始していた。

「そうらあっ!!」

ほむらが腰を浮かせた所で、何時間の間にかさやかに接近していた杏子が、
こちらもさやかに迫っていた魔獣を薙ぎ払う。

「調子こいてずっこけてんじゃねーぞっ」
「そっちこそカッコつけてトチんないでよっ!!」

憎まれ口を叩きながらのその立ち回りは、
ほむらが思わず拍手したくなる程見事なコンビネーションだった。

92 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 22:55:38.22 RlNEJUqd0 53/336

「マミっ」
「マミさんもいっちょ!」
「オッケーッ!ティロ・フィナーレッ!!!」

言ってしまったらジンクス的に危ない訳だが、
実際の所、どこからどう見てもやった、としか言い様のない見事なシメだった。

 ×     ×

「ふうっ」

ほむらは山分けしたキューブでソウルジェムの濁りを取り、人心地つく。

「ほらよっ」
「サンキュー」

向こうでは杏子がさやかにキューブを渡している。

「綺麗になったわね」

ソウルジェムを摘み上げ透かす様に眺めていたほむらにマミが声をかける。

「はい………すっきりしましたけど、
このソウルジェムって思い切り濁ったりしたらどうなるんでしょうね」
「死ぬんじゃね?」

ふと呟いたほむらに杏子が言った。

「だって、濁りが強くなって来たら結構きついからな、
そんな事する奴いねーって。
だって、そんなになるなら魔獣狩ってた方がよっぽど楽なんだからさ。
魔獣発生の流れがこっちに移ったって言うから来てみたけど、ま、これなら」
「こらこら、油断は禁物よ」

気楽に言う杏子にマミが口を挟む。

「今回だってちょっとひやっとさせられたわ」
「そういうお説教は御免だね」

杏子がぷいっとそっぽを向き、ほむらの目が一瞬細くなる。

93 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 22:58:50.07 RlNEJUqd0 54/336

「まあ、ケーキと紅茶があったら別だけど?」
「おいこら、いいこと言ってんじゃないわよ!」

ずいっとマミに迫る杏子に、さやかが肘打ちで突っ込みを入れて笑みを交わす。

「もう…仕方ないわね。
みんな、うちに寄ってく?」
「はい!」

何ともお気楽なムードで、一同歩き出す。
本来命懸けですらある魔獣の戦いだが、何とも優しく清々しく、何よりも温かい。
確かに、余計な事をしたら命が危ないのは確かだが、それはそれこそ日常生活でも同じ事。
少なくとも今は、真面目にやればそれなりの労力ではあるが、
ソロであっても生きるか死ぬか、と言う程の事は少々遠ざかっているのも確か。

「魔獣、か」

ほむらがぽつりと口に出す。

コレデ…ヨカッタンダッケ?

ほむらの前方にまどかがいる。
ちょっと振り返ったまどかがふふっとほむらに笑いかけて又前進する。
ちょっと振り返ったまどかがふふっとほむらに笑いかけて又前進する。
ちょっと振り返ったまどかがふふっとほむらに笑いかけて又前進する。
ちょっと振り返ったまどかがふふっとほむらに笑いかけて又前進する。
ちょっと振り返ったまどかがふふっとほむらに笑いかけて又前進する。

それは一度だけの事だった筈だが、ほむらはそれを見てふと足を止めていた。
そして、駆け出していた。

「きゃっ」

後ろから駆け付けたほむらに抱き付かれ、まどかは声を上げる。

「ご、ごめんなさい、つまずいてしまって」
「もーっ、ドジッ娘だなぁ転校生」
「なかなかタグは外してくれないのね」

笑うさやかに、ほむらが言って、ファサァと黒髪を掻き上げて立ち上がった。

94 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 23:02:24.35 RlNEJUqd0 55/336

 ×     ×

「お夜食出来たわよー」
「………なのですーっ!!」

マミ宅のリビングでマミが運んできた料理に、
なぎさが飛び上がって喜んだ。

「やっぱり」

ちょっと苦笑いしたさやかの言葉と共にテーブルに置かれたのは、
焼き立ての手作りピザだった。

「いっただっきまぁーっすっ」

それでも、ゴリゴリ切り分けられると皆皆手を伸ばす。
なぎさと杏子等、笑いながら奪い合う勢いだ。

「っしぃーっ、でも又太るなぁー」
「へっ、大変だねぇ旦那持ちは」

「って言うかさぁー、あんだけ暴飲暴食でどうなってんのよその体型?」
「魔獣退治なんてやってんだから、エネルギー消費が違うだろっての」
「パルミジャーノ・レッジャーノ、
モッツァレラ、カマンベールヒャッハwwwwwwwww」
「………」

確かに美味しい、と言うか手間の掛け方が半端じゃない。
シーフードピザからシンプルなトマトピザ、サラミピザまで、
何種類か作って、それぞれに合わせてチーズから加減まで絶妙に調整しているらしい。
そんな美味しいピザを口にしながら目の前の光景に少々首を傾げたほむらは、
にっこり微笑むマミを見た。

95 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 23:05:42.03 RlNEJUqd0 56/336

 ×     ×

マミに促され、さり気なく食事を抜け出してベッドルームに入ったほむらは、
誘われるままベッドに足を向けた。

「佐倉さんと美樹さん、丸できょうだいでしょ」

ベッドに腰掛けたほむらの隣で、
腰を下ろしたマミがふふっと笑った。

「二人とも、そうね、言って見れば魔法少女候補時代からの同期って所かしら。
二人とも、私が魔獣の結界から助け出して、
それから契約を結ぶか迷ってた頃からうちに出入りして」

「そうでしたか」
「あなたと佐倉さん、ちょっと縁があるって聞いたけど、
佐倉さんの願いって聞いたかしら?」
「一回だけの、って話ですか?」

ほむらの言葉に、マミは微笑み頷いた。

「最初はね、お父さんの話を聞いてもらう、って願おうとしてたの。
それを、ちょうど家に来てた美樹さんが一蹴して、
あの時はもう家が引っくり返るぐらいの大喧嘩しちゃって大変だったんだから。

それでも、多分いい方向に願いが決まって、
美樹さんの時もそうね、私の口からは言わないけど、
一つ間違えたら殴り合いだったかしら?」

「そうでしたか」

ほむらの口からも笑みがこぼれる。
命懸けですらある魔獣退治のコンビネーション、
普段の様子も、そのまま喧嘩する程仲のいい姉妹、が一番ぴったり来る。

96 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 23:08:58.77 RlNEJUqd0 57/336

「なぎさちゃん、こんな夜遅くに。
夕方だけじゃなかったんですか?」

「あの娘のお母さんが病気でね、癌だと聞いたわ。
命は助かるらしいんだけど特殊な技術が必要で、
それを使える遠くの病院に入院してる。
私は機会があってなぎさちゃんの親とも知り合って、
お父さんだけ向こうに行ってる時とか、預かる事もあるの」

「そうですか」

ほむらが静かに応じる。
その辺りの大変さは少しは身に染みているつもりのほむらだ。

「遺伝、なのかしらね?
なぎさちゃんもね、今は大丈夫みたいだけど手術して長く入院した事もあるって聞いた。
治療中は乳製品を一切食べられなかったって」
「禁忌食品ですか」

「薬と合わなかったみたい。
大好物であり、生きてる実感なのかも知れない」
「大変です」

ほむらはぽつりと言った。

「種類は違いますけど、
子どもの時から病気で入院してやりたい事も食べたいものも制限されて、
親にも負担をかけて、子どもにも、子どもだから分かります」
「そう」

優しく微笑んだマミに静かに頭を抱えられ、
嫌な感じではなかった。

97 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/05 23:12:32.73 RlNEJUqd0 58/336

 ×     ×

「ごちそうさまでしたー」

片付けまで終わり、さやかと杏子がマミの部屋を引き上げる中、
まどかはソファーの前にしゃがみ込んでいた。

「よく寝てます」
「そう。あんなにはしゃいで疲れたのね」

ソファーに横たわり、
タオルケットを掛けられて寝息を立てるなぎさの前髪をまどかが撫でて、
マミがその二人を覗き込む。

「残りのお皿、しまっておきました」
「ありがとう」

台所から戻って来たほむらとマミが言葉を交わす。

「さやかちゃんに杏子ちゃん、それにほむらちゃんも加わって、
魔獣も強くなってきたけど、そのぶん魔法少女も増えて、
前より安心して戦えるようになりましたよね」
「微力ながら」

まどかの言葉に、ほむらは少々気取って頭を下げる。

「こういうの、なんだか賑やかで楽しいかも」
「もう。魔獣退治は遊びじゃないのよ鹿目さん」
「えへへ…」

笑い合うまどかとマミの側で、
ほむらがついっと明後日の方向を向いてぽつりと呟いた。

「魔獣、か」

103 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:31:45.61 6B7ze1Fr0 59/336

 ×     ×

とある放課後、下校途中の寄り道中に聞き慣れた声を耳にした暁美ほむらはそちらに足を向けていた。

「名家のお嬢がドブ板の事前運動?敗者復活は大変ね」

塀の陰で様子を伺うほむらが見たのは、
同年輩のロングヘアの少女が、大量のチラシを抱えた美国織莉子に絡んでいる所だった。

「只の、市民運動よ。それにドブ板は大事よ。
だって、街のために働くのですもの。
自分の足場をしっかりと知っておかないと、簡単に足をすくわれるものだから」
「あ、そ。精々頑張んだね」

二人が分かれ、織莉子は忙しそうだと踏んだほむらもその場を離れる。

 ×     ×

逢魔が時、出るべきものはやはり出て来てしまう。
美国織莉子らの側を離れたほむらは、
感知した嫌な淀みを追跡してゴミゴミとした路地裏を進む。

果たして、探していたが余り出会いたいとも思わない結界の入口を察知して、
その中に入って行った。

荒涼とした結界内を先に進むと先客あり。
そこでは、騎士を思わせる装束の魔法少女が、
それに相応しい長斧を振り回して大暴れしている。
その大剣の魔法少女から少し離れた所で、
ビーム攻撃の準備をしていた魔獣達がほむらの弓矢に討ち滅ぼされる。

「構わないかしら?」
「ご助勢かたじけないっ」

ほむらが戦いに飛び込み、相手の魔法少女も乗りのいい調子で応じる。
その相手を見て、ほむらは一瞬目を細める。
その相手は、先ほど織莉子に絡んでいたロングヘアの少女だった。

104 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:36:50.35 6B7ze1Fr0 60/336

「見かけない顔だね」
「暁美ほむら、最近こっちに越してきた」
「そ、私は浅古小巻、っ!!」

挨拶がてら小巻が手近な魔獣を一刀両断し、
ほむらと小巻が背中合わせに敵に向き合う。
戦闘再開、長めの近距離で攻撃する小巻を
ほむらが援護するオーソドックスな戦闘スタイル。

だが、オーソドックスなだけに、
相応の技量を伴う二人の攻撃は着実に効いている。
援護するほむらが見る限り、小巻の技量は結構なもの。
そして、この短くも濃密な時間は、
小巻の本性が誠実なものである事をほむらに報せる。

 ×     ×

「片付いたか」
「みたいね」

周囲から魔獣の姿が消え、油断なく弓矢を構えたほむらも同意する。
小巻がざっと半分のキューブをほむらに手渡し、ほむらは頷く。
二人が魔法少女の変身を解除し、結界が消滅した。

「?」

ありきたりの路地裏の光景に、一人の少女が飛び込んで来た。

「あんた、何やってんのよ」

と、小巻が声をかけた相手は、美国織莉子だった。

「ええ、ちょっと近道を」

織莉子が応じた。

105 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:41:55.34 6B7ze1Fr0 61/336

「って、道に迷ったとか?
こんな所立派な良家のお嬢が来る所じゃないって」
「そうみたいね。表通りに戻った方がいいかしら」
「忙しそうだってのに抜けた話だね。
良家様がいっぺんコケたら大変だ」

それだけ言って、小巻は踵を返してその場を去り、
織莉子も元来た方向に立ち去った。
ほむらの見た所、二人は本心から嫌いあっている様ではなさそうだ。

 ×     ×

「暁美さん」

魔獣の帰路に就いていたほむらの前に美国織莉子が現れた。
本日最初に会った時がそうだったのだが、織莉子は大量のチラシを抱えている。

「ああ、どうも」

挨拶しながら、ほむらは少々不審に思う。
先ほどは声をかける間もなく分かれた訳だが、
それからここに至る迄の経緯が淀みなさすぎる。

「ここに来たら会えると思った、「恩人」に」

それを見透かす様に、織莉子はにこっと魅力的な笑みを浮かべる。

「それは、チラシ?」
「ええ、もう少しポスティングして」
「無駄足踏ませたみたいだし、手伝いましょうか?」

 ×     ×

「終わりましたね」
「本当にありがとう」

ポスティングと言っても、色々と制限も多く簡単ではない。
近い場所で織莉子が逐一教えながらの分担作業が終わり、
それでも手伝ってくれたほむらに織莉子がお礼を言う。

106 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:47:05.67 6B7ze1Fr0 62/336

「地域スポーツ振興の学習会?」

織莉子と共に道を歩き、
自分用に貰ったチラシを読みながらほむらが言った。

「父の書いた論文を見て発言して欲しいと、
この勉強会に関わる学者の方からお誘いが」
「場所は………あすなろ市、ちょっと遠いわね」
「あそこにはスタジアムがあるから、
見滝原を含めたエリア全体に関わる議論になる予定みたい」

「そう、色々とやってるんですね。
お父さん、政治家に復帰するつもりなんですか?」
「ええ、それが許されるなら」

ほむらは不躾かとも思ったが、織莉子はしっかりと答える。

「素人目に見ても、厳しい」
「ええ。実際に今は選挙権も停止されて、父があの事件の責任者である事は免れない。
美国本家やそちらを当て込んだ元の支援者からはむしろ憎まれてる。
だから、父も私も父が辞職した時にはもう懲り懲りだと思ってた」

「それでも」

「美国の家ではなく父の仕事を見てくれていた人が思いの他多かった。
あの事件で敵味方を超えて真剣に関わった人も。
かつての父に志が無かったとは言わない。
それでも、かつて父は美国一族の家業みたいに担ぎ出されて転げ落ちたけど、
この街のために政治家としてやりたい事が少しは分かった、父はそう言ってる。
父も私もそのために力を尽くすそのつもり」

「本気なんですね。
浅古小巻、あなたの知り合いですか?」
「クラスメイトよ」
「白女の?」

107 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:50:14.56 6B7ze1Fr0 63/336

「ええ。世間で言うお嬢様女子校。
イメージ通りに人間関係が色々煩わしい所で、
私も父の事でメインストリームからは脱落した扱いになってる。

小巻さん、現実的に言って、白女の中では家柄に由緒が無い、
そういうカテゴリーに入れられてる。
あの学校には、そういう事を無駄に鼻に掛ける人も少なくない、
そんな相手にも彼女は堂々としたものよ。
私にも妙に絡んで来るけど、自分の力で真っ直ぐにぶつかって来るから嫌いじゃない」

「本当に、色々あったみたいですね。
あの事件の事もその後も、外からでは分からないものね」
「少し、聞いていただけるかしら?」

 ×     ×

織莉子に促され、
ほむらは織莉子と共に夕方の堤防を訪れていた。

「父の事件、どういう決着になったかご存じかしら?」
「新聞で読んだ程度には」

「昔の事だから自分で言うけど、あの頃の私は全てに恵まれていた。
中央政界でも有力者である美国一族に連なる地方政治家の家族として、
それに見合う努力もしながら欠ける事の無い望月を満喫していた。
だけど、私にとっては降って湧いた様な不正資金報道。あれで全てが変わった」

「私が見滝原に来たのは最近だけど、全国的にも取り上げられてた。
後から見た範囲でもこちらでは大ニュースだった」
「ええ。今ならお笑い種だけど、
一族も周囲も何れは県知事と布石を打っていた美国一族のプリンスの一人。
その失脚劇は大いに世間の耳目を集めたわ」

大物大臣も輩出した政治家一族、中央政界に於ける一大勢力すら築いた美国の名前は、
さして関心の無いほむらの耳にも十分届く名前だった。

108 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:53:34.74 6B7ze1Fr0 64/336

「とても嘘とは思えない詳細な報道。
父は一人で全てを抱え込んで憔悴し、周囲の見る目も対応も激変して行った。
丸で騒音だけが響く真っ暗な部屋に閉じ込められたみたいに。

だから、私は契約した。
例えどんな形でも真実を識り、そこから自分で先に進む。
その光を見出す、自ら照らし出すために」

「あなたの能力、見た所千里眼の類ですか」

「いい線行ってる。予知能力、それが私が契約で得た能力。
それでも、使い方次第で色々と知る事は出来た。
中央の情報から見滝原に将来の利権を嗅ぎつけた美国一族の意を受けて、
父の秘書が美味しい所を押さえておくために父の名前を勝手に使った。
それがあの事件のアウトライン。
秘書と言っても、素人だった父が立候補するに当たって美国の本家が派遣した、
実質は父の方が指導される側だった附家老みたいなものね」

「最初から伏魔殿、魑魅魍魎ですね」
「だから、死んだ母は優しいお人好しな父が政界に進出する事に最初から反対していたわ。
結局、支店の課長が支店長の頭越しに本社の特命で動いていた、
それが真相、情けない話だけど」

「確かに、後で分かった事もそういう話だったと思う」

「その過程で、まだ裏工作には素人の父からの情報漏洩を恐れた、
はっきり言って父を主人なんて思わないで
長く務めた美国本家しか見ていなかった秘書と父本人の言動の齟齬から、
秘書が関わっていた資金提供者の中から不審の声が上がって、それがマスコミにキャッチされた。
そこから、秘書が裏で父の名前で行っていた様々な画策が表面化して、
これも情けない事だけど、形式上は責任者の父がその矢面に立たされた」

「いっそ自分がやった事なら、って思いたくなるけど、
今時政治家がそれを言っても一般人にはなかなか通らない、そういう状況ね」

109 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 14:56:50.70 6B7ze1Fr0 65/336

「いっそ、秘書が秘書がと言い抜けるぐらい図太い人なら、ね。私は軽蔑したと思うけど。
父の性格では、後からある程度の事に気づいても身内相手になかなか思い切れない。

だから、私も父を精神的に支えながら、これはと言う相手に秘かに情報提供を試みたりもしたけど、
最も薄汚い大人の世界は魔獣なんかより遥かにタチが悪かった。
手応えなんて丸で掴めない内に、私は父の自殺を止める事になった。
だから、この能力には心の底から感謝してる」

そう言って、ちょっと下を見ていた織莉子の顔に、ほむらは息を呑んだ。
ぞおっとする何かがほむらの感覚を吹き抜ける。

「確かに、父は政治家として父親として、
余りに甘すぎたのかも知れない。
だけど、そんな事はもう関係ない」

「あなた、何をしたの?
いや、言う必要は無いわと言うかはっきり言って………」

織莉子が口の端に浮かべた笑みに、血の凍る感覚を覚えたほむらが口に出す。

「そうね、言わない方がお互いのためね」
「いいえ」

ふっと微笑んだ織莉子に、ほむらは再度否定した。

「どういう訳か私たちは変な縁がある、命懸けで戦う魔法少女としても。
だから、ため込まれるのも困る。
受け止める、と言い切れる自信はないけど、
この際、言いたい事があるなら言っておいて欲しい」
「魔獣の結界に放り込んだ」

ほむらが言った途端に、
ほむらの胸に暗い言葉の直球が突き刺さる。

110 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 15:00:12.13 6B7ze1Fr0 66/336

「美国本家の手配で秘かに入院して、
父を一人矢面に立たせた秘書とその家族。小さな子どももいたわよ。
その人達を攫って魔獣の結界に放り込んだ。
もちろん、私の正体は分からない様にしてね。

警察も権力も役に立たない世界で人質を取られた事を理解して、
あの男は、私の命令通り這う這うの体でオンブズマン活動の弁護士事務所に駆け込んで、
そこで全てを自白して検察に出頭した。
結局逮捕されたけど、保険の為に隠しておいた手帳や日記のありかも全部白状したみたいね」

「私の知る限りでも、あなたが手を汚した価値はあった筈よ」

「正確な影響は分からない。
でも、父もそこまで追い込まれて、ええ、私に本気で泣かれたからでしょうね。
本当の真相を真剣に追跡する人とも出会って、
本来誠実な父はようやく本家以上に大事な事を決心してくれた」

「正式に謝罪、辞職」

「七十五日を指示して実際には見殺しの本家の指示に反して、監督責任を認めて議員を辞職して記者会見。
検察や百条委員会にも引っ張り出されて、
表向きにも、その裏ではもっと、インテリ育ちの父にとって責任者として追及される耐え難い屈辱が続いた筈。

それでも逃げずに、自分の知っている事知らない事を誠実に説明し続けた。
そんな父は秘書の監督責任で選挙権こそ停止されたものの、
秘書の全面自供もあって刑事罰は免れた。

その父を本人も知らない間に使い倒して切り捨てようとした美国の本家は、
本家の秘書や東京の商社からも逮捕者を出して事件の黒幕としてバッシングが直撃して、
もう天下取りは望めない、と言う所まで傾いた。
勝った、勝ったのよ勝った、私は勝った私達は勝ったのようふ、
うふふふふ、あは、あはははは、あはははははははははは」

「情けないわね」

そう言ったほむらを、織莉子は未だ、壊れた笑みと共に見ている。

「私から見ても、あなたの父は政治家として父親として余りに甘い、情けない。
それでも、私があなたの立場なら、
秘書の両手両足撃ち抜いてでも泥を吐かせる。
尤も、その場合証拠として使えないのが難点だけど。
どうしても駄目なら、後の事なんて関係ない、本家を文字通りの意味でふっ飛ばしてる」

111 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 15:03:33.05 6B7ze1Fr0 67/336

「あは、は………」

織莉子が、ふうっと呼吸を整える。
ほむらの言葉は、決して織莉子に合わせただけの言葉ではない。

「有難う」

そう言った織莉子は、直感していた。
恐らくほむら自身、どこかでその感情を実感している。
だから、織莉子も今、自分を取り戻す事が出来た。

「今も言った通り、美国の本家では、
国会議員だった父の兄、私の伯父が黒幕として議員辞職に追い込まれて、
何れは首相と妄想していた後継者を守れなかった父を実質的に絶縁した」

「勝手なものね、秘書への指示が曖昧で違法行為の指示とは断定できないとか、
それで刑事罰を免れたのが御の字だった聞いてるわ」
「ええ。あそこに関わるのはこっちからお断り」

その口調は、普段は落ちぶれても間違いなく本物のお嬢様、
そう思わせる織莉子だからこそ、
何か余程嫌な事があったのだろうと思わせるものだった。

「その後は、私も父も正直政治は懲り懲りだと思ってたけど、
一族ではなく一議員、人間として父を見てくれて、評価してくれた人が思いの他多かった。
あの事件の時もそう。根っこの所を評価するからこそ厳しい事を言ってくれた人もいた。
そういう人達の助けもあって、収入の目途もついた。

その人達の為にも一度は抱いた志のためにも、
父はもう一度やり直すつもり、私もそれを支えていく。
聞いてくれて有難う、そして私の勝手で押し付けてごめんなさい」

頭を下げる織莉子に、ほむらは小さく首を横に振る。

「仲間、って言ったら格好良すぎるけど、自分で決めた事ですから」
「せめて奢らせてもらうわ。そろそろ待ち合わせの時間だから、一緒で良かったら」

112 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 15:06:54.50 6B7ze1Fr0 68/336

 ×     ×

「おや恩人」

織莉子に付き合い、喫茶店のテーブル席でチョコレートパフェにスプーンを入れた所で、
ほむらの頭の後ろから、ちょっと気取った声が聞こえた。

「誰を差し置いて、
織莉子の真ん前で世界一美味しいパフェを食べると言う
織莉子の最高のパートナーにして相棒にして友達である存在に許された
最高に至福な一時を過ごしているのかな?」

「待ち合わせだったわね」
「ええ、確かにそういう予定を持ち合わせている事は確かね」

ほむらの問いに織莉子が苦笑いを浮かべて応じる。
かくして、若干の席の移動の後、
実の所ほむら達と同じ学校である呉キリカの他愛のない学校の愚痴話に始まって、
テーブル席では、改めて穏やかな笑いの中のティータイムが過ごされていた。

「失礼」

おおよそ食事が終わり、織莉子がお花を摘みに立ち上がる。

「恩人」

そこで、キリカがほむらに真面目に声をかける。

「もしかしたら織莉子から何かを聞いたかも知れない」

ほむらは、肯定も否定もしなかった。

「ある時期、織莉子は本当に追い詰められていた。
母を亡くして父一人子一人の家庭で、自分も追い詰められながら追い詰められた父親を精神的に支え、
万能ではない能力と知略を駆使して情報を収集し、
少しでも頼りになりそうな人を慎重に探して秘かに情報を提供して、
そして魔法少女としての活動まで。
そんな織莉子がノート一杯にどす黒いものを書き殴ったからと言って誰が責められる。
そんな者がいたら私が、刻む」

113 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/12 15:10:45.08 6B7ze1Fr0 69/336

「加勢させてもらうわ、蜂の巣でいいかしら?」

「実際には、非現実的な妄想から現実的な一端を摘み出すシミュレーションの意味もあった様だ。
だけど、そんな妄想の中のマシな部類、
もう、こうでもしないと織莉子は壊れてしまう、そんな中での非常手段を私は実行した。
無論こちらの正体が分からない様にね。
ホオズキ市その他、他所の魔法少女にも少々貸し借りがあったからね、
特殊能力を借りてこちらの介入を隠蔽する事も可能だった。

家族を攫った、と言っても、実際には所持品を盗み出してそう思わせただけだ。
織莉子は何も知らなかった。だけど、後でそれを知ってそれは自分の罪だと。
織莉子はそういう人間で、私はそんな織莉子に無限に尽くす矛にして盾であり続ける」

「覚えておく。美国織莉子の事もあなたの事も」

正直、ほむらが恐怖を感じたのは確かだ。
織莉子に関して何か妙な事になればこの呉キリカ、本当に何をするか分からない。
相手の命も自分の命も、戦いが身近である魔法少女だからこそ感じられる。

そして思う。恐らく、そんな呉キリカがいたからこそ、
そうでなければ、あの自分が見た美国織莉子は、
最早社会的にも精神的にも存在し得なかったかも知れないと。

怖い所はあるが、そんな二人を否定は出来ない。
人として、只一つの願いのために戦い続ける身として。

織莉子が戻って来る。
喫茶店の前で、笑顔で分かれる。
じゃれつくキリカと共に織莉子の姿がほむらの視界の中で小さくなる。
ほむらは、ぽつりとつぶやいた。

「あなた、家族や友達のこと、大切に思ってる?」

117 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/13 14:41:35.57 NZR9VF4U0 70/336

 ×     ×

某日、暁美ほむらは、あすなろ市内の多目的ホールを訪れていた。
ほむらが訪れたのは、その中の会議室。
そこで、地域スポーツの推進に関する民間の勉強会が開かれていた。

ほむらが美国織莉子と共にポスティングの一部を行った集会。
途中、美国久臣が報告を行う機会もあったが、
それも含めて、総じて中学生から見てもひどく難しい内容と言うものでもなく、
発言を求められた時には少々困ったが一度ぐらい聞いて損は無いと思えるものだった。

その中で目を引いたのは、主催者側の紹介を受けた、
ほむらと同年輩の二人の少女の発言だった。

一人は牧カオル、いかにも活発そうなショートボブの少女は、
見た目通りと言うべきか前途有望な女子サッカー選手であり、
それも重傷から復帰した経験があると言う事で、
小難しい事を言うでもなく、自分の経験した事感じた事を素直に発言していた。

そしてもう一人、セミロングヘアに眼鏡の、いかにもインテリ然とした雰囲気の御崎海香。
ベストセラー作家でありながら年齢の事もあって表に出る機会の少ない人物だったが、
今回は地域文化人であり、実質的にはカオルの付添として発言を行っていた。

「やあ」
「どうも」

集会が御開となり、三々五々の動きの中、ほむらは会議室で久臣に声を掛けられた。

118 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/13 14:46:48.47 NZR9VF4U0 71/336

「先日はどうも。今回の宣伝でも手伝ってくれたそうで、ありがとう」
「いえ、大した事は」

言葉を交わし、双方頭を下げる。
なるほどほむらが今日こうして見ても、穏健で誠実、
頭は良さそうだが脂ぎった政治家には見えない、
だが意外と芯が強い。そういうタイプだ。

「織莉子さんは?」
「ああ、来たいと言っていたんだが風邪気味でね、
インフルエンザだったら困るから留守番と言う事になった」
「そうでしたか」

「織莉子とも仲良くしてくれていると聞いている、ありがとう」
「いえ、こちらこそ。
素敵なお嬢さんと知り合えた事を感謝しています」

ほむらは素直な感想を述べる。

「ああ。君も知っているかも知れないが、
私も最近色々な事があってね」

ほむらは、暗黙の内に頷く意を示す。
ほむらがネットで調べた範囲でも、
あの事件が発覚した当初の美国久臣の評判は最悪、
特に地元では、市議会議員のレベルから見て巨悪に等しい扱いを受けており、
この人の良さそうな男性や今よりお嬢様だったのであろう娘の心労がしのばれた。

それは、巨額の不正、不明な資金があり、
それも支持者から騙し取った様なケースすら告発されながら、
裏側を言うなら美国本家が派遣した秘書や弁護士に対応を任せてしまったために
彼らの指示で口を閉ざしていた事が大きな要因だった。

122 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/14 03:50:43.68 C/DwP14+0 72/336

「なんとかここまで頑張って来る事が出来たのもあの娘のお陰だよ」

それは本心であろう、ほむらにもそう思われた。
事件発覚当初の最悪の評判が徐々に変わった、
その原因として実行役だった秘書の自首と美国久臣自身の方針転換が大きかった事は、
事件報道を追っても分かる事だ。

説明が遅れた事を率直に詫びた上での議員辞職会見以降、
美国久臣は百条委員会での証人喚問、決して味方ばかりではない幾つもの単独インタビュー、
時にはインターネット生中継で敢えて自分を批判した動画投稿者との対話の実行等、
時に耐え難い扱いを受けながら自分の知っている事、知らない事を率直に誠実に説明を行い続けた。

その中で、まず彼への嵩にかかった追及がネット上でいわゆるマスゴミ嫌いの拒否反応を受け、
実行役の秘書の自供から検察、大手報道も事件の本筋に注目し、
美国久臣は社会的、政治的に首の皮一枚繋がった状態で事件は終結する。

そこまで押し戻すために、遅ればせながら自身が力を尽くす中で、
支えとなった織莉子、そしてそれを支えたキリカの背負ったものはいかばかりであったか、
直接知らなくても、きっとこの父親には伝わっているのだろう。

久臣とほむらが互いに頭を下げて久臣は別の参加者との話に加わり、
ほむらは会議室を後にした。

 ×     ×

多目的ホールを出てあすなろ市の街を歩いていた暁美ほむらは、
視界に入った通行人に目を止める。

(………御崎海香………)

他でもないほむら自身が御崎海香の小説のファンだった。
それは、何か底に通じるものを感じていたからかも知れない。
尾行する、と言う程の意識はなかったが、
気が付くとほむらは、牧カオルと共に目の前を歩いている御崎海香と進行方向を一致させていた。

牧カオルに対しても素直に憧れる。今でこそ万能超人扱いのほむらだが、
やはりスポーツウーマンにはかつての名残で自分に無いものを感じてしまう。
それが、再起不能とすら言われた肉体的ハンディを乗り越えたと言うのであれば尚の事だ。

123 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/14 03:56:00.21 C/DwP14+0 73/336

二人が入ったビストロを見て、ふと空腹を思い出したほむらは、
値段の表示もお手頃と見て取り店に入る。
店内をちょっと見回すと、海香とカオルは同年代の結構な大集団と合流しており、
ほむらとしてもプライベートの有名人に写真やサインをねだる類になりたいとは思わない。
だからどこか自分の席を見つけようとしたが、そこで、やはり海香達の集団に目が留まってしまう。

(………双子?………)

集団の中に、どう見ても一卵性双生児の二人組がいた。
どちらもショートカットで天真爛漫な雰囲気の少女だが、
区別をつけるためか一方がアホ毛を伸ばしていたり微妙に髪型が違ったりしている。

「ほむら?」

その声を聴き、ほむらはそちらを見る。

「………もしかしてあいり?」

ほむらの視線の先には、テーブル席に就いている同年代の二人の少女。
その内の一方、軽く手を振っている少女を見てほむらは呟く。

「知り合い、あいり?」

もう一人の少女が尋ね、あいりと呼ばれた少女は頷いた。

「久しぶりっ、食事なら一緒にどう?」

こうして、ほむらは昔馴染みの杏里あいりに促され、そのテーブルに同席した。

「こちら、私の友達で暁美ほむら、飛鳥ユウリ」
「暁美ほむらです」
「飛鳥ユウリ、よろしく」

あいりの紹介を受け、双方小さく頭を下げる。

124 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/14 04:01:21.60 C/DwP14+0 74/336

「それでさ、これ」

あいりがメニューを差し出した。

「バケツパフェ、って挑戦する予定だったんだけど結構勇気要るんだよね。
すっごく美味しそうなんだけど。
そういう訳で、三人で二つ、って事でいってみない?」
「いいよ」
「私も構わないわ」
「オッケー、マスターバケツパフェ二つ」

待っている間、やはり話はこの集まりの鎹役の事となる。

「じゃあ病院で?」

飛鳥ユウリがほむらに尋ねた。

「ええ、随分前の話だけど。
その様子だと、あいりの病気の事を?」
「うん、まあ、知ってる」

「あれから再発してね、実際生死の境を彷徨ったと言うかほぼ三途の川が見えてたんだけど、
結構間一髪の所で私の症状に合うやり方を見つけたゴッドハンドな先生が見つかってね。
短い余生を楽に過ごす選択もあったんだけど、
こうして賭けに勝って生還いたしました」

あいりがしゅたっと手を上げて言い、ほむらとユウリもそれに合わせてぱちぱち手を叩く。

「それで、その間、私の事を支えてくれたのがユウリだった。
ユウリね、すっごく料理上手なんだよ」
「そうなの」
「んー、まあ、ちょっとは自信ある。
まあ、その自信を私に取り戻してくれたのがあいりなんだけど」
「へえー、それは又………」

いつの間にか旧知の間柄の如く話が弾む中、注文のバケツパフェがテーブルに届けられる。
確かに、名前の通りの迫力だ。
しかし、いざ食べて見ると、思いの他食べ易く、
それでいて十分な旨みとボリュームを感じさせる傑作だった。

125 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/14 04:06:32.83 C/DwP14+0 75/336

「私の知り合いにも、紅茶とケーキの達人の先輩がいるわ」
「へえー、いっぺん会ってみたいと言うか手合せ願いたいわね」
「もう、ユウリったら物騒な事を」

「じゃあ、あいりが探偵で」
「そ、お陰さんで助けてもらったけどね。
マジになったら軽いストーカーいっちゃうかな」
「それは怖いわね」

美味しいスイーツを肴にしながら、
いつの間にか旧知の旧知が旧知の如くとなった三人の少女は楽しく話に花を咲かせる。

「いらっしゃい」

そこに、新たな客が入って来る。

「?」

それと共に、何かが店に飛び込んで来た。

「インコ?」

飛び込んで来たのは、ブルーカラーのセキセイインコだった。

「ペット?」
「最近は野生化してるとも聞くけど」

ユウリの言葉にほむらが言い、インコはバサバサと店内を飛び回る。
そして、店の客の一人の肩に留まった。

「あ」

何人かが口に出す。
インコが止まったのは、先ほどの御崎海香が合流した集団の、
双子の内のアホ毛が無い方だった。

ほむらがインコにつられてそちらを見ると、
同席していた御崎海香がくすくす笑い出していた。

126 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/14 04:12:39.93 C/DwP14+0 76/336

「そうね」

そして、海香は口を開く。

「青い鳥だもの、ぴったりよね」

海香がくすくす笑って言っている間に、集団の中でふわっとした感じの少女が
その掌にふんわりとインコを包み込み、店の外に放鳥した。

 ×     ×

「それじゃ」
「それじゃあ」

これから地元で少々用事があると言うあいりとユウリは、
連絡先を交換してから店の前でほむらと分かれる。
それから、ほむらも見滝原に帰る前に別方向であすなろ市を少々散策していたのだが、
魔法少女が散策していると、見つけてしまうものもあると言う事だ。

「人通りも近い、ちょっと放ってはおけないわね」

瘴気に誘われて入り込んだ路地裏でほむらは呟き、魔法少女に変身する。
そして、米軍仕様M9拳銃を手に、
塀ばかりが残されている砂漠の廃村のごとき結界を奥に進む。
そこで、はっと気づいたほむらはささっと塀の陰に隠れる。
そして、気配をやり過ごし、そそくさと結界から退散する。

地元なのか、ドドドドドドドドと地響きを立てる勢いで
魔法少女の大群が押し寄せて来たのだから、
他所の縄張りでそんなものと遭遇した場合、
相手が物わかりがいいとは限らない以上、最悪命に関わる。

「魔法少女と魔獣、か」

あっと言う間に魔獣を殲滅し始めた魔法少女軍団を思い返し、ほむらは呟く。
今日はもう、地元に帰るのがよさそうだと、ほむらは交通機関を確認した。

127 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/14 04:18:15.06 C/DwP14+0 77/336

 ×     ×

某日、暁美ほむらが学校の図書室を訪れていたのは、
前夜のネットサーフィンの続きだった。

歩き回ってそれらしい本を探し出し、
テーブル席に着席する。
一人静かに本を開き、目次から一節を探してまずは要点を読んでいく。

「ファウスト」

ほむらの背後から、呟く声がした。

134 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/18 15:31:20.73 AH7NzeVG0 78/336

 ×     ×

「巴さん」
「ごめんなさい、目についたもので」

背後から声をかけた巴マミと暁美ほむらが言葉を交わす。

「ダンテの単行本と解説書」
「少し、興味が湧きました」
「そう………もしかして、ワルプルギスの夜、かしら」
「ええ」

「聞いた事はあるのかしら、実物の事を?」
「名前ぐらいは」
「そう」

マミが、ちらと周囲を伺う。
特に関心を抱いている者はいない。

“魔獣の中でも別格の存在と言われてる”

マミの声が、テレパシーでほむらの頭に流れ込んで来る。

“何か、大怪獣みたいにとてつもない存在だと聞いた覚えがあります”
“そう。通常の魔獣とは比較にならない存在だと聞いているわ。
魔術自体が高度みたいで、一般には天変地異の大災害にしか見えない。
魔法少女には見える形で、結界を張らずに表面化しながら
とてつもない損害を発生させて去って行くと”

“歴史上の大災害の中にも、少なからず含まれていると聞きます”
“ええ。どれぐらいのものか想像もつかない。
もしもの時は、私達の総力を挙げて、って事じゃないと対処出来ないと思う。暁美さん”
“もちろん、その時は私も”
“ありがとう”

ほむらの背後で、椅子の背もたれに左腕を向ける体制で
目を閉じて突っ立っていた巴マミが歩き出しその場を離れる。
端から見たらそういう光景だった。

135 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/18 15:36:41.27 AH7NzeVG0 79/336


 ×     ×

「あー、分からないなー」

某日、魔獣退治後に開かれていたマミの部屋での勉強会で、
英語の問題に取り組んでいたまどかがお手上げした。

「ここは、こうだからこうで」
「うん、うん………ティヒヒヒ」

ほむらに教えられながら、
しまいに張り付いた笑顔で乾いた笑い声を上げるまどかの隣で、ほむらは深く嘆息する。

「ごめん、ほむらちゃん」
「でも、これだとちょっと厳しいわね」
「なんだよねティヒヒヒ、はあっ………」

 ×     ×

「お邪魔します」
「いらっしゃい」

土曜日、まどかは自宅を訪れたほむらを出迎える。

「ほむらちゃんか、いらっしゃい」

まどかの背後からまどかの母親、鹿目詢子が挨拶する。
ほむらの第一印象は、まどかの母親にしては若い、と言うものだった。

実際、実年齢が標準的に見てそうだから、なのだが、
所帯じみた印象が薄く、それでいて軽薄ではない。
活動的なショートヘアもばっちり似合っている、
一言で言って、直接にはちょっと見た事が無いぐらいに格好いい女性だった。

「あー、あー」
「弟さん?こんにちは」

靴を脱いで玄関から廊下に上がったほむらは、
そこにちょこちょこと現れたタツヤに視線を合わせる。

136 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/18 15:43:57.46 AH7NzeVG0 80/336


「うん、タツヤって言うの。
タツヤ、ほむらちゃんよ、お姉ちゃんのお友達」
「こんにちはー」
「こんにちは」

一度まどかの方を見て振り返ったタツヤに、ほむらはもう一度挨拶する。

「おー、あー、ほー、ほー?」
「うん、ほむらです、よろしくタツヤ君」
「よーしく」
「じゃあ、ほむらちゃん」
「ええ」

詢子、タツヤと分かれ、
ほむらはまどかに導かれてまどかの部屋に向かう。
当初はマミの部屋で勉強会を開こうかと言う話だったのだが、
色々と予定が合わず、こうして二人で勉強する事になっていた。


 ×     ×

「おうっ、まどか、勉強どうだ?」
「んー、一休みー」

最近こちらに転校して来た友人だと言う暁美ほむらと共に部屋に引っ込んでから、
リビングに出て来たまどかに詢子が声をかける。

「でもほむらちゃん頭いいから助かるー」
「ほむらちゃん、まどかあんまり甘やかさないでくれよー」
「ええ、大丈夫です」

そつのない笑顔でほむらが答えるが、
コメカミに伝う汗を詢子は見逃さない。

「ねー、ねー」
「あらタツヤ君」

まどかと二人でほむらがソファーに掛けた所で、タツヤが接近して来た。

137 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/18 15:47:18.62 AH7NzeVG0 81/336


「むー、むー」

まどかに頭を撫でられていたタツヤが今度はほむらに両手を伸ばし、
ほむらもタツヤの頭を撫でる。

「ま、一服してだな。ほらタッくん危ないぞ」
「ありがとうございます」

詢子が紅茶とクッキーを持って来る。

「………これ、美味しい」

見た感じ、東京圏の見滝原にマイホームを求めた中流少々上、
この辺りと見て取る事が出来る鹿目家。
紅茶もポットと茶葉できちんと入れたものらしい。
少なくとも、ほむらが自分で入れる事を考えるなら遥かに美味しい。

只、敢えて言えば、巴マミと比べるとごく普通に入れたシンプルなものだ。
だが、クッキーは想像以上だった。

「手作りですね。これ、お母様が?」
「いやいや、あたしには無理だよ」

ほむらの質問に、詢子がカラカラ笑って否定する。

「じゃあまどか?」
「ううん、私でも無理。パパの手作り」
「お父様の」
「そう、今日はお休みでママが家にいるけど、普段はパパが専業主夫」

「主夫、って、最近聞く主に夫の方?」
「そ、並の女子力じゃかなわないぞあれは」

はっはっはっと誇らしく笑う詢子を、ほむらも好ましく眺める。まどかもそうらしい。
どうやら、男として情けないとかなんとか、
そういうつまらない次元はとっくに超越している様であり、
実質を尊重出来る人間関係は好ましかった。

138 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/18 15:50:39.09 AH7NzeVG0 82/336


「それで、お父様は?」
「ああ、昔の友達に誘われただかでな、釣りに行ってるよ」
「そうですか」

そんな事を話し、時にタツヤを交えてティータイムを過ごす。
詢子も、礼儀正しく頭も良さそうな娘の友人を好ましく迎える。
何よりも、最近の転校生だと聞いていたが、
見ている限り旧知の仲と言っても丸で違和感がない。
ハンドバッグの中を覗いていた詢子がちょっとした声を上げた。

「ありゃ、今日までだったか。
んー………ほむらちゃん、ちょっと付き合うか?」
「え?」

142 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:06:44.93 FJH1juXz0 83/336

 ×     ×

「ふーっ」

スーパー銭湯の一角で、暁美ほむらが中型サイズの何とかの湯に浸かっていると、
その目の前で鹿目まどかが浴槽の外に屈んでいた。

「ここならいいかな、入るよー」
「きゃっ、きゃっ」

そして、まどかはタツヤを支えながら湯に入る。

「ここ、いいかな?」
「どうぞ」

少々他人行儀にも思えたがほむらは快く返答し、
まどかがほむらの隣で壁に背中を預ける。

「熱くないタツヤ?」
「あー」

まどかが声をかける。タツヤはご満悦らしい。

「むー、むー」
「?」
「おー、おー」

声を上げてもぞもぞ動き出したタツヤが、ほむらに向けて腕を伸ばしていた。
ほむらが、ふっと微笑んでタツヤの髪の毛を撫でる。

143 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:12:24.81 FJH1juXz0 84/336


「ほむらちゃん、抱っこして見る?」
「ええ」

ほむらが、湯の中でまどかからタツヤを受け取る。
流石に、不慣れだと少々重い。
そろそろ普通に立ち歩いている様には見えるが、
世の母親と言うものは大変だと思う。

「おー、タツヤ」

その母親が現れた。

「ほむらお姉ちゃんに抱っこしてもらってるのか」
「どうも」

浴槽の外から声をかけた鹿目詢子に、ほむらがぺこりと頭を下げた。

「じゃあまどか、タツヤ頼むな」
「うん、ママ」

詢子がすたすたと立ち去り、タツヤがきゃっきゃっと満足した辺りで、
ほむらはまどかにタツヤを引き渡し、
もう一度背伸びをして湯をあがった。

 ×     ×

「よう」
「どうも」

ほむらが、広い主浴槽で熱めの湯に浸かっていると、
別の薬湯に浸かっていた詢子がそこを上がってずぶずぶと入浴して来た。
ぺこりと頭を下げたほむらはなんとなく小さくなる。
考えて見れば、行動自体が制限されていた事もあり、自分の母親との入浴すら随分昔の話だ。

期限切れ寸前の割引券を見つけた詢子に誘われて、
彼女の夫、知久と言うらしいが、
気が付くと彼の代わりにこうして友人一家と共にスーパー銭湯を訪れていた次第で、
いつの間にかほむらが乗せられていた鹿目詢子と言う女性、なかなか凄い人物だ。

144 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:17:43.18 FJH1juXz0 85/336


「悪いねー」

綺麗に流れるショートボブの頭にタオルを乗せ、
湯面越しにも素晴らしい脚を伸ばしてリラックスする詢子が口を開いた。

「なーんか乗せちゃったけど、
勢いでお年頃の女の子裸の付き合いに誘っちゃってさ」
「いえ、ありがとうございます。こういうの久しぶりですから」
「そ、まどかと仲いいみたいだったしね。
まどかもねー、あの通りのお子ちゃまだから、
もうちょっと色気づいてもいいかも知れないけどねー」

「いい子ですよ、まどかさんは」
「ああ、いい娘に育ってくれたよ。いい友達にも恵まれて」
「美樹さん達も古い付き合いだそうですね」

「ああー。ちょうどさ、タツヤが生まれてそれでこっちに家を買って引っ越して。
まどかにして見たら、小学も何年生で急に親の愛情は半分以下になるわ
元々大人しい方なのにいきなり知らない教室に放り込まれるわ。
さやかちゃん達がいてくれて随分助かったよ」

「そうですね、美樹さんのあの明るさ、それに志筑さんの大らかな物腰も、色々想像できます」
「だろ。それにほむらちゃんも、順番なんてないけど、最高の友達、って感じだぞ」
「光栄です」

本心からそう言い、にかっと笑う詢子の横でほむらはそっと立ち上がる。

「へえー」
湯を上がり、タオルを巻いていた黒髪を解いたほむらに詢子が近づいていた。

「こうやって見ると、改めて見事なモンだねぇ」
「どうも」

ほむらの斜め後ろでほむらの見事な黒髪を褒める詢子にほむらが言って小さく頭を下げる。

145 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:22:46.97 FJH1juXz0 86/336


「色が白くて切れ長美人顔だから、丸でお人形さんだ日本人形」

詢子の褒め言葉を聞き、ちらりとそちらを見たほむらはつつーっと斜め下を向いた。
ほむらにもう少し経験があるならば、
とてもあんな大きな子の母親には見えない、との感想を持っただろう。

素人目に見てもメリハリのあるナイスバディに見える。
現役バリバリの健康美に人妻の色気と母親の成熟をまんま加算して、
何とも頼りない我が身を自覚しているほむら等一捻りで圧倒される。
にまっと笑みを浮かべた詢子が、ほむらの肩をぽんと叩いてすたすたと先に進んだ。

 ×     ×

「ほらほらタツヤ、お目目閉じててね」

洗い場で、泡だらけのタツヤにシャワーを浴びせているまどかの後ろを、
ほむらがふふっと笑みを浮かべて通り過ぎる。
そして、もう一度体を温める前にシャワーブースに入る。

「あれ?」
「あ?」
「あら」

ほむらざーっとシャワーを浴びて洗い場に出た所で、
三人の少女が声を上げた。

「美樹さんに志筑さん」
「暁美さんでしたか」

シャワーブースを出た所でばったり出会った暁美ほむらと美樹さやか、志筑仁美が
少し先に進んでから浴場の一角で言葉を交わす。

「さやかちゃん、仁美ちゃん?」

そこに、事態に気づいたまどかも近づいて来た。

「ありゃ?まどかにタッくんも?」
「あら、まどかさんにタツヤ君」

まどかが、タツヤの手を引いて近づいて来た。

146 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:25:55.10 FJH1juXz0 87/336


「よっ、タッくん久しぶり」
「タツヤ君こんにちは」
「こんにちはー」

さやかがタツヤの両脇を抱え上げ、
恐らく顔なじみだからだろう、きゃっきゃっとはしゃぐタツヤの頭を
仁美が撫でながら挨拶を交わす。

「どうしたのさやかちゃん、仁美ちゃん」
「んー、ちょっと仁美にテニスに誘われてさ」
「淑女の嗜みですわ」

「だよねー、仁美、
どこかの新たな世界で神にでもなる勢いでギタギタに追い込み掛けてくれたからね」
「素晴らしいゲームでしたわさやかさん」
「まあー、そういう訳なんだけど、
シャワー使おうって思ったらいきなり事故で断水とか言うから、
どうせならエリア離れてここまで来たって訳」

さやかは、タツヤを床に下ろしながら近くの気配を察知する。

「ん?さやかにまどか、ほむらもいるのか?」
「杏子ちゃん?」
「杏子?」

そこに現れた杏子を見て、何人かが声を上げた。

「よっ」
「杏子もお風呂?」
「ああ………ありゃ」

さやかと言葉を交わしていた杏子がタツヤの存在に気づき、杏子がしゃがみこむ。

「こいつって実はまどかの弟か?」
「うん、タツヤって言うの。タツヤ、杏子ちゃん」
「よっ、タツヤ」
「おー」

147 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:29:05.21 FJH1juXz0 88/336


「おねーちゃん」
「きょーこ」
「ああー、こっちだこっち」

杏子とタツヤが挨拶を交わしていた所に、
杏子の元来た方からモモとゆまがこちらに近づいてきていた。

「ほむらは会った事あるわな。妹のモモにその友達のゆま」
「こんにちは」

杏子の紹介に、一同がそれぞれ挨拶を口にする。

「鹿目まどかとタツヤです、よろしく」
「「こんにちは」」

しゃがんでタツヤの頭を押して挨拶するまどかに、モモとゆまが挨拶を返す。

「ちょっとこいつら連れてアスレチックで遊んで来た帰りでさ。
慈善運動関係で割引券も貰ってたし。もうくったくた元気過ぎだっつーの」
「きょーこが一番元気だったよ」
「元気だよーおねーちゃん」
「だよねー」
「こいつらっ」

杏子の連れとさやかが意気投合し、杏子が笑って拳を振り上げる。

「おとーと?」
「あー」

タツヤに関心を向けたゆまに、タツヤがにぱーと笑みを向ける。

「こんにちはタツヤくん」
「こんにちは」
「こんにちはー」
「よくできました」

腰を曲げてタツヤに声をかけるモモとゆまにタツヤが拙い返事を返し、
杏子が褒め言葉を掛ける。

148 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:34:27.11 FJH1juXz0 89/336


「んふふっ、かわいー」
「あー」

普段が一番年下扱いのモモとゆまが珍しい存在に興味を引かれて、
ほっぺぷにぷに頭撫で撫でお互いご満悦を味わっている。

「どこのお子ちゃまなのですか?」
「なぎさ?」

そこにすいっと現れた、
この辺の大半から見たら十分お子ちゃまな人物にさやかが声をかける。

「鹿目さん、みんなも?」
「マミさん?」
「マミさんになぎさ」

百江なぎさに続いて現れた巴マミに、まどかと杏子が声を上げて反応した。

「ええ、今日ここのレストランでお得なバイキングがあるのよ」
「へえー」
「名物の美味しいピザパイチーズフォンデュチーズケーキがいっぱいなのですっフンスッ!」
「そういう訳で、どうせだから先にお風呂をいただきましょうって」
「そういう事もあるんだ………」
「それで、この子どこの子ですか?」
「ああ、まどかの弟のタッくん、タツヤって言うんだ」

思わぬ成行きを感じてか、
指をくわえてなぎさを見上げていたタツヤに気づき、なぎさとさやかが言葉を交わす。

「タッくんですか、よしよし、なぎさお姉ちゃんですよ」
「ないさー」

なぎさに頭を撫でられ、タツヤが嬉しそうに声を上げる。

「あー、いいなー」
「いいなー」
「なぎさの方がお姉ちゃんなのです」
「おー、モテモテだねタッくん、将来楽しみだ」

モモとゆまの抗議になぎさが胸を張り、
さやかが合いの手を入れて周囲がくすくす笑う。

149 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:37:55.55 FJH1juXz0 90/336


「?タッくんどこ行くですか?」

きょろきょろしてからタタタと動き出したタツヤをなぎさが追跡する。

「ぶくぶくーぶくぶくー」
「あら」

タツヤは、行先の「塀」をよじ登ろうとした所でひょいと持ち上げられていた。

「危ないわよ」
「入りたいの?一緒に入るかい?
悪いが、見ず知らずのお子様では昨今は世間が疑り深くてね」

大浴場の一角で、床の上を低い壁でぐるりと囲み中に湯を入れて泡立てているタイプの浴槽。
その近くで、美国織莉子がタツヤをひょいと持ち上げて目と目を合わせ、
織莉子の隣から呉キリカが声をかける。

「タツヤ君。あ、ごめんなさい」
「あら、あなたの弟さんでしたか?」
「あー、あー」

そこに追いついた巴マミと織莉子が言葉を交わす。
はしゃいでいるタツヤの身柄が織莉子とマミが向かい合う形でマミに引き渡され、
タツヤを抱き上げたマミがくるりとタツヤを自分の方に向ける。

「ごめんなさいマミさん」
「こぉらタッくん、お風呂場で走ったら危ないって」

そこに、他の面々も追いついて来た。

 ×     ×

「おいおい、お母様の前で何ヒトの息子とハーレム形成してんだ?」
「ママ」
「あ、どうも」
「ああ、さやかちゃんに………まどか、友達か?」

「うん、巴マミさん。学校の先輩なの」
「そうか」
「巴マミです、すいませんお母さん」
「ああ、タツヤが喜んでんならいいけど、
ほらタツヤ、ママだぞ」

150 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:41:02.28 FJH1juXz0 91/336


「まーまー」
「赤ちゃんしてないでしゃんと立つ」
「たちゅーたつたちゅー」

詢子がマミからタツヤを受け取り、その場に立たせる。

「むー」
「ん?」

詢子が、あらぬ方向を見るタツヤに気づく。

「むー、ほむー、ほむほむー」
「なんだ、もう本命決まってんのか」
「ふふっ、ママとお風呂入っていらっしゃい、又後でねタッくん」
「ほむー」

ニカッと笑った詢子の前でほむらもしゃがみ込み、
笑顔でタツヤの頬を撫でて立ち上がる。

「さあー、タツヤもママとお風呂だぞー」
「おふよー」

三々五々解散しながらも、詢子がタツヤの手を引きながらの会話を
くすくすと微笑ましく眺めていた。

「あなたもここに?」

ふと、織莉子の隣に立ったほむらが声をかける。

「ええ、今度の集会の案内を配り終えた所、キリカも手伝ってくれて助かったわ」
「だから織莉子、何時でも言ってくれて構わないと言っているんだ」

キリカが本気だからこそ現実的に若干困る、と言うのが織莉子の本心だった。
美国陣営としては、公民権の復帰と選挙のタイミングが上手く噛み合わないと
とんでもない長丁場の準備期間になる。

無論、織莉子も含む本人達はそれを覚悟の政界復帰だ。
だから、猫の手も借りたい、だからこそ困る。
このキリカを迂闊に関わらせるとどこまででものめり込む。
本人の為に良くない上に、勢い余って公職選挙法に関わる所まで踏み込みかねない。

151 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:44:43.36 FJH1juXz0 92/336


「いたいたキリカ、に、確かこないだ」

そこに現れた少女はほむらも見覚えがあった。

「あなたが暁美ほむらさん?」
「ええ」
「あたしは間宮えりか、美国先生が襲われた時に一緒だったわよね」
「えりかさんはキリカの幼馴染なの、予定を言ったらここで待ち合わせで構わないと」

「ホント、キリカったらちっちゃい頃からそれこそお風呂まで一緒で姉妹同然のあたしを差し置いて、
ほんの最近の付き合いなのに妬いちゃうわよこの二人」
「えりか勘弁してよ、それはそれ、これはこれ」

ぷーっと膨れたえりかをキリカがわたわた宥め、まだ近くにいた面々がくすくす笑って通り過ぎる。

「美国織莉子」

詢子がぽつりと呟き、近くを歩いていた織莉子がそちらを見る。

「ああ、悪い、昔のあんたの事ちょくちょく見かけたからさ。
あー、まあなんだ、仕事してると、特にああ言う仕事は、
人を使っておいて、自分は知らなかったじゃ許されないって事もままある、
それはあんたの親父さんの悪い所だったと思う。
だけど、失敗したけじめ付けて、色々地道に頑張ってるってのも聞いてるからさ」

織莉子が丁寧に一礼してその場を離れ、詢子も頭を下げる。

「………芯の通ったお嬢様だな」
「はい」

詢子の感想にほむらが応じた。

 ×     ×

「んー」

いつの間にか出来上がり解散した集まりを離れ、
ほむらは湯に浸かり、壁からの噴射を背中に当てて唸っていた。

「ティヒヒ」

その隣にまどかが現れ壁に背を預ける。

152 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:48:07.69 FJH1juXz0 93/336


「タツヤ君は?」
「ママと一緒にお風呂入ってる」
「そう」

二人は言葉を交わし、湯の中でくつろぐ。

「んー、ちょっと痛いけど気持ちいいかも。
なんか賑やかだったね」
「ええ、ああ言う事もあるのね」

「ティヒヒヒ、まほ…あの事で知り合った人も多いけど、
みんないい人ばかり」
「そうね。あれは大変な事もあるけど、充実してる。
あの事も、人間関係も」
「ウェヒヒヒ」

まどかがくつろいでいる間に、ほむらは一足早く気泡風呂を出て、
熱めの主浴槽へと足を向けていた。

 ×     ×

スーパー銭湯のロビーで、上条恭介は呆然と突っ立っていた。

「恭介」
「上条君」

がやがやと女湯から出て来た大群の中から、
恭介を見つけた美樹さやかと志筑仁美が恭介に声をかけた。

「ア、アア、サヤカニシヅキサン」
「アア、キョウスケモキテタンダ」
「キグウデスワネカミジョウクンオホホホホ」
「ウン、ソウダネアハハハハハ」

取り敢えず、暁美ほむらとしては、中指を耳とは反対側に向けて両手を上げたい気分、
ほむらの隣でまどかも苦笑している。

153 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/19 04:51:41.25 FJH1juXz0 94/336


「ほむー」
「はいはい、タツヤ君、牛乳でいいかしらまどか」
「うん」
「おーし、牛乳飲むぞ牛乳」

杏子はモモとゆまを売店に連行し、マミはなぎさを連れてさささっとその場を離れる。
笑顔を貼りつかせたさやかと完璧にエレガントな微笑みを浮かべた仁美も売店へと足を向ける。

「おい」

とん、と、恭介の体を肘がつついた。

「大概にしとけよ、色男」

そうやって、にこやかに恭介に声をかけた彼の割と古い友人の母親は、
そのまま東京都内の一級河川を歌いながら去って行く。
彼女の目は、全く笑っていなかった。

158 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/26 14:58:12.99 MUF8ilm/0 95/336

 ×     ×

「ただいまー」

スーパー銭湯から戻った一同が鹿目家の玄関に移動する。

「お帰り。暁美ほむらちゃんだね、まどかのお友達の」
「暁美ほむらです、お邪魔しています」

玄関で出会った男性に、ほむらがぺこりと頭を下げる。

「こんにちは、ママから電話で聞いてるよ。
まどかの父の鹿目知久です、よろしく」
「どうも」

実に穏やかな印象の優し気な男性。
確かに、専業主夫と言うイメージでもある。
あのバリキャリの休日だと想像できるパワフルな女性とはお似合い過ぎるとほむらは思う。

「パパ、釣り、どうだった?」

まどかの問いに、知久が笑顔で応じる。

「おーっ、すっごいじゃん」

一同がぞろぞろと台所に移動し、
クーラーボックスの中を見て詢子が声を上げた。

「少し多すぎるぐらいだからご近所でも、って思ったんだけど」

知久の言葉に、詢子がほむらを見る。

159 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/26 15:03:15.09 MUF8ilm/0 96/336


「何なら夕食、食べてくか?」
「え、それは」
「食べていきなよほむらちゃん」
「無理を言ったら悪いよ、まどか」

急な申し出に遠慮を伝えるほむらにまどかがじゃれつく様に促し、
知久がそれを窘める。

「いえ、ご迷惑でなければ、私は嬉しいんですけど」
「予定とか、大丈夫か?」
「ええ、両親の事情でまだ一人暮らしですから、
帰っても一人で食事をして寝るだけです」
「そっか、じゃあ、せっかくだから張り切って頼むわ」
「分かったよ詢子さん」

 ×     ×

「………」
「どうぞ、ほむらちゃん」
「ほむー」
「え、ええ、有難う」

詢子に呼ばれて元々の目的である合同勉強に一区切りをつけ、
ほむらはまどかに促されて食卓テーブルの一つ増えた椅子に着席する。

「お鍋、ですね」
「うん、色々釣れたからね。浜鍋風つみれ入り海鮮五目鍋、って所かな」
「おー、煮えて来た煮えて来た。
ほむらちゃんも遠慮しないでどうぞ」
「いただきます」
「カルパッチョもどうぞ」

かくして、和やかにして明るい食卓が囲まれる。
出された料理は、素晴らしく美味しかった。

160 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/26 15:08:53.44 MUF8ilm/0 97/336


昆布を下敷きに様々な魚をぶつ切りにして、更に、これも釣った魚で作ったらしいつみれと
ざく切りの野菜もぶっ込んで味噌や酒で味付けた鍋物は
「男の料理」のイメージがぴったりの大胆な一品。

確かに、野性的な程の魅力に溢れてはいるが、それだけではない。
様々な所で絶妙な「仕事」が為される事で一味も二味も引き立っている。

「カルパッチョ、手作りですよね」
「お口に合うかな?」
「美味しいです」
「ありがとう」

にこやかに会話が交わされるが、
ほむらの言葉には一片の儀礼的義務感も存在していない。
日本洋食に当たる海鮮カルパッチョの仕上がりの綺麗さが只者ではなかった。
そして、釣って来たと言う魚をどこまで狙っていたのか分からないが、
魚と野菜とソース、

「まどか」
「何?ほむらちゃん」
「このソースって」
「うん、パパの手作り」

その返答を聞き、詢子はシシシと笑みを浮かべ、ほむらは半ば呆れる。
率直に言って、鹿目知久、只者ではない。
お刺身も綺麗に盛り付けられた上に、
歯に伝わるの心地よさは、刺身と言う素晴らしい料理が存在している事すら再確認させてくれる。

味噌仕立ての豪快鍋を初めとした悉くと一緒に食べるご飯、
粒の立った炊き立てのご飯がとてもとても美味しくて、
決して大食ではないほむらにして丼飯すら食えそうな錯覚を覚える。
ここで、まさか、味噌まで作っているのではあるまいかと、
別に危険はないが聞くのが怖くなる今日この頃であった。

161 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/26 15:14:08.96 MUF8ilm/0 98/336


「あ、はは」
「んー、どうしたほむらちゃん」
「いえ、なんと言いますか、お婿さんに欲しいと言いますか」
「だーめ、上げない。
そうだろそうだろ、いい男捕まえただろ」

ほむらと詢子の掛け合いに、食卓が笑い声に包まれる。

「ほむー?」
「おー、タツヤ。もうちょっと大きくなったら練習しとけよー、
ほむらお姉ちゃんがお婿さんに貰ってくれるって」
「よろしく、タツヤくん」
「ほむー、きゃっきゃっ」
「ほらほら、お鍋ではしゃぐと危ないよ」

鹿目まどかが育った家庭、家族、
それはとても暖かく、鹿目まどかそのものの様に。
ふと、ほむらは、目の前の幸せに満ち足りた光景を
優しい眼差しで眺めていた。

 ×     ×

「ほらほらタツヤ、ジャーっとするぞジャーって」
「じゃー、じゃー」

可愛い顔をして相も変わらず悪戦苦闘させてくれる。
自宅の風呂場で鹿目詢子は苦笑しながら、
捕獲したタツヤにシャワーを浴びて泡を流す。

タツヤがアヒルの玩具と戯れている間に、
詢子も立ち上がりシャワーを浴びる。

 ×     ×

「こぉら待てっ!」
「あら」

ちょうど台所にいたほむらが、半乾きにもなっていない濡れ加減で
タタタッと駆け出して来たタツヤをひょいと抱き上げる。

162 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/26 15:17:31.87 MUF8ilm/0 99/336


「あー、濡れちゃったな、済まないな」
「いえ、駄目よタツヤ君、
あんまりお母さん困らせたら」
「ほむー」
「じゃねっつのっ」

脱衣所で、詢子がほむらに床にセットアップされたタツヤをバスタオルに包み直す。

「ごめんねーほむらちゃん。
いっつもはもうちょっといい子なんだけど」

台所に戻った所で、まどかがほむらに声をかける。

「元気な男の子ね」
「うーん、はしゃいじゃってるのかなぁ」

「上がったぞー」
「ねーちゃ、ほむあー」
「さっきはごめんなー、どうぞほむらちゃん」
「いただきます」

詢子に促され、ほむらが脱衣所を経て風呂場に入る。
長い黒髪も流れるままに、
まずはシャワーの湯を浴びてざあっと汗を流す。

みんなでスーパー銭湯に行った後ではあったが、
その後がおじやまで鱈腹美味しく平らげた熱々の鍋パーティー。
と、言う訳で、あっさりとお泊りが決まったほむらを含め、
みんなでシャワーだけでも浴びて、と言う流れになっていた。

165 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:32:51.01 R35mFCTt0 100/336

 ×     ×

ガラガーペッ

パジャマ姿で洗面台で横一列、
まどかと、お客さん用セットを借りたほむらが並んで歯を磨く。

「よっ」

二人が洗面台から食堂に顔を出す。
食卓テーブルから大分いい機嫌の詢子が手を上げて声をかけ、ほむらがぺこりと頭を下げる。
詢子はやや年季の入った北海道産のシングルモルトを
ミネラルウォーターで割って楽しんでおり、
その向かいには、缶ビールを手前に知久がにこにこ着席している。

「それでは、お休みなさい」
「ああ、お休みほむらちゃん」
「お休み。ママも、明日お休みだけど飲み過ぎないでね」
「あーあ、わーってるよまどか。お休み」
「お休み」

ふらりと立ち上がった詢子が、ぱん、と、まどかと掌を合わせる。
そして、ぐいっとグラスの中身を立ち飲みする。

「さ、詢子さんも」
「おー、大丈夫大丈夫」

グラスを置いた詢子の体を、するりと行動していた知久が支える。

「じゃあなー、んー、知久ぁーゴロニャアン」

詢子はひらひらと手を振り、
知久が肩を貸しながら上機嫌な詢子を寝室へと誘う。

166 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:38:04.38 R35mFCTt0 101/336


「やっぱり、お母様の方がいける口なのかしら?」

まどかの部屋に入り、ほむらが尋ねる。

「うん、パパはちょっと付き合ってるだけ。
今夜はちょっと飲み過ぎかな。楽しい、いいお酒みたい。
仕事も忙しいのに飲み過ぎちゃうと、朝なんか大変なんだから」
「仲がいいのね、お父様とお母様」
「うん、私達の前でも未だにちょっと新婚気分。ティヒヒヒヒ」

まどかの苦笑に、ほむらも苦笑を返す。

 ×     ×

「そろそろ、休みましょうか」
「うん」

まどかの部屋では既にテーブルが撤去され、
休憩を挟みながらと言うか休憩の合間の勉強と言うか
勉強机の隣に椅子を借りての勉強会が続いていたが、
どうやらまどかの忍耐も限界に近付いているらしい。

と、言ってしまえば卑怯と言える。ほむら自身もしかりだった。
かくして、ほむらは借り物のパジャマで床に敷かれた布団に入り、
まどかと少し話をしてから消灯する。

「?」

そのまま心地よい眠りに落ちていたほむらは、
ふと違和感に気づき目を覚ます。
そして、がばっと跳ね起きた。

「どうしたのほむらちゃん?」

ベッドの上で、まどかが指で目をこすっていた。

167 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:43:23.34 R35mFCTt0 102/336


 ×     ×

「ごめんなーほむらちゃん。ほら、タツヤ」
「ごめんなさい」

明りのついたまどかの部屋で、
詢子がタツヤの後頭部をぐいっと押した。

「ごめんねほむらちゃん」

ほむらに声を掛けながら、
タツヤが見事に海図を描いたお客さん用布団を知久が撤去する。

「それで、大丈夫か?」
「ええ、替えのパジャマだけお借り出来たら」
「そうか、ほらタツヤ、
今度は容赦しないからなーぴっかぴかにしてやるぞー」

「おー、ほむー」
「お休みタツヤ君」
「反省しろ反省っ」

まずは知久が出て行き、詢子もほむらが取り換えたパジャマを預かり
タツヤを連行して部屋を出る。

他の面々が出て行き、改めてまどかとほむらの二人だけになる。

「ごめんね、最近こんな事なかったんだけど、
昼間はしゃぎ過ぎて寝ぼけたのかなー」
「いいわ、気にしてないから」
「うん」
「それより、いいのかしらまどか?」
「うん、大丈夫」

かくして、先ほど決まった事として、
ほむらはまどかが今現在使っているベッドに潜り込む。

168 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:48:38.50 R35mFCTt0 103/336


「昔ね」
「ええ」
「さやかちゃんと、よくこうやってお泊りしたんだ。
一緒のベッドに入って遅くまでお喋りして、
さやかちゃんが五つも六つも喋っている間、私は返事ばかりで、
それでも、楽しかった」

「光景が目に浮かぶ。
昔からの、大事なお友達なのね」
「うん。こっちに転校したばかりの時に友達になってくれて、
さやかちゃんがいなかったら私、駄目になってたかも知れない」
「何と言うか、押しが強そうではあるわね」

「うん。思い込みが激しくて意地っ張りで、結構すぐに人とケンカしちゃったり………
でもね、すごくいい子なの。優しくて勇気があって、
誰かのためと思ったら頑張りすぎちゃって」
「時々あの戦いを共にしているんだから、分かる。
でも、まどかにそこまで褒められるってちょっと妬けるわね」

ほむら自身少々驚いた自分の言葉だったが、
まどかの気配はもっとあわあわしているらしい。

「ほむらちゃんは大切な私の友達だよ。
それに、ほむらちゃん凄く綺麗で格好良くって」
「有難う、まどか」
「本当だよっ」

「ええ、分かってる。
まどかが裏表のない素直な子って事はね」
「………ほむらちゃん?」
「何かしら?」

「なんて言うか、遠回しに馬鹿にされた様な気がしたんだけどな」

「素直に受け取ってくれたらいいわ、
まどかはそれが一番だもの。
私にとってもまどかは大切な友達」
「うん、大切な友達。お休みみほむらちゃん」
「お休みなさい」

名残は尽きないが、ほむらは敢えてまどかと逆側を向き、目を閉じた。

169 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:51:49.22 R35mFCTt0 104/336


 ×     ×

見滝原市内の一等地に建つ志筑邸は、
見滝原屈指の名家にして富豪である志筑家に相応しい、
豪邸と言うべき威容を十分過ぎる程に備えている。

その志筑家のご令嬢である志筑仁美も
その邸内に自分の部屋を持つ事を許されている訳であるが、
その一室の内実は、やはり年齢的標準、
少なくとも中流と呼ばれるレベルをふわりと超越している。

大体、大昔に太閤はんが使っていたと言っても信じられるレベルの、
天蓋付のベッドがガチで鎮座している時点で尋常ではない。
そして今、そのベッドの縁に一人の少年が少々憂い顔で腰かけている。

「えーと、今更だけど、
やっぱりこういう状態になって申し訳ないと言うか………」
「なーに恭介、賢者タイムって奴?」

そんな上条恭介の左隣に美樹さやかがすすっと這い寄り、
恭介の頬をつんと指で突いて笑う。

「そうですわ上条君」

恭介の右隣で、寝具を胸元に掻き上げながら、
この部屋の主、志筑仁美が口を挟む。

「先ほどまではあんなに意地悪に、雄々しくして下さったのに」
「まあ、それも含めてなんだけど………」
「ま、あんなはしたない仁美お嬢様、
ファンの野郎どもが見たら卒倒しちゃうよねー」

「さやかさん、やはり女の友情とは拳で語り合うものですわね。
それを言うなら、さやかさんのあんな女の子な声、
クラスの殿方が耳にしたら萌え死にますわよ」
「だーめっ!」

仁美の言葉に、さやかが恭介の左サイドにぎゅっと抱き付く。

170 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:55:33.87 R35mFCTt0 105/336


「それ知ってる男は世界中で恭介だけなんだから」
「当然、わたくしもですわっ」

仁美が恭介の右サイドに抱き付き、
恭介も今更ながら、両サイドからの素晴らしい感触を前に言葉が出ない。

「どちらを選ぶのも、或いはこのまま選ばないのも上条君の心のままに、
さやかさんとも話し合って決めた事ですもの」
「話し合ってと言うかドツキ合ってね」

「まあ、さやかさん」
「いやいや、
幼馴染の親友の恋敵に昇龍拳かますお嬢様に言われたくないって」
「友情を確かめる最も熱く深い方法は何時でも歓迎ですわよさやかさん」

バチバチと火花が飛び散り、それでいて底流で繋がっている二人の可愛い女の子に
文字通り挟まれぎゅうっと押し付けられ、
恭介はアハハと情けない苦笑いを浮かべる。

根本的にまずいと思う一方で、こうして笑いと若い情熱で流されてしまう。
そして、それでいい様な気がしてしまう。
だから、ちゅっ、ちゅっと唇を吸い、その幸せに満ち足りた顔を見て、
今だけでも恋愛と友情の奇蹟の黄金比を信じて有耶無耶にしてしまう。

「それにさ」

さやかが続けた。

「この後、集中できるんでしょ
このムッツリスケベのヴァイオリン馬鹿は」
「まあさやかさん」
「うん」

爽やかな、ちょっとやんちゃな笑顔で肯定する恭介に、
さやかはやれやれと、仁美は慈母の笑みを浮かべる。

「もうすぐコンサートもあるし。
向こうからお願いされたのは凄いけどクラシックじゃないよね」
「うん。でも、僕は彼女の事好きだよ」

さやかと仁美の二人とも意味が分かっているからいいけど、
この状況でこの字面の一言を言う辺り、正にヴァイオリン馬鹿の面目躍如と呆れるばかり。

171 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 14:58:44.16 R35mFCTt0 106/336


さやかと言葉を交わした恭介が、
少々未練が残る二人の女の子に離れる様に手で促し、
ベッドを離れて立ち上がるとタオルを首筋に当ててヴァイオリンを取り出した。

「ふふっ、楽しみですわね。
プライベート・コンサートと称してお呼びしたんですもの」
「そ。それでお泊りしたからって、
女二人のパジャマ・パーティーに夜這いして二人まとめてご馳走様の肉欲獣、
なーんて思わないよねーこのお坊ちゃんが」

相も変わらず苦笑いしか出ない会話を交わしながらも、
愛しい少年の最も凛々しい構えを前に、
恋する少女達は口を閉じ、改めて目を潤ませる。

かくして、未だ夢見がちな少女達は、
軽やかな調べと共に脳内に描き出される、翼ある白き天馬の飛翔に暫し酔い痴れる。
ぱちぱちと楽し気な拍手に、恭介はぺこりと頭を下げた。

「これ、今度のコンサートでもやるんでしょ?」

再びさやかの隣に腰掛けた恭介にさやかが声をかける。

「うん」
「凄いよねー、メジャーになったの最近だけど、
夢のコラボレーションじゃん。
で、そのまま口説き落としちゃったりしてこの天然ジゴロは」
「そうですわね、上条君魅力的ですもの。
ついに志筑流裏奥義の封印を解く日が来るのですわねウデガナリマスワ」

「いやいや仁美、
こないだあたしの事散々タコ殴りにしてくれたのはなんだったのって」
「さあ、何の事でしょうか?
でも、年上のお姉さまと一緒、と言うのも胸が躍りますわキマシタワー」

172 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 15:01:49.82 R35mFCTt0 107/336


「はいはい。この恭介のヴァイオリンと一緒なら
パーフェクトモード降臨も夢じゃないかも。そしたら超レアだよ」
「当然、ですわ。何が奇蹟かと言って、
上条君の旋律こそが何よりの奇蹟なのですもの」

仁美の言葉を受けながら、恭介は再び立ち上がる。
そして、ヴァイオリンを手にする。
奏でられるのは恋する少女達の心をとろかす輝く明日、未来への祈り。

かつて美樹さやかも奇蹟を願い、今がある。
その事を後悔はしていない。
無論、命懸けの戦いが対価であれば綺麗事だけでは済まない、
時には醜い感情が顔を出す事もある。それは前以て忠告もされた事。

そういう事はあるにしても、それでも自分で決めた事。
愛する男、恋敵の親友の前ではいい女でいてやろう。
そのために出来れば生涯、少なくとも今は口には出すまい。
力ずくのコンサートなんて、虚しいだけなのだから。

 ×     ×

暁美ほむらは、はっと目を覚ました。

「何?」

ほむらは、思わず呟いていた。
周囲を見回す。夜明けはまだ先、見覚えの無い真っ暗な部屋。
それが、今日初めて訪れた鹿目まどかの部屋で、
鹿目まどかのベッドだと言う事を思い出す。
ほむらの隣では、まどかが平和な寝顔で就寝している。
起こさなくて良かったと、ふうっと一息つく。

なんだろう、具体的な記憶は何一つ残っていないが、
丸で闇の底、絶望の底に引きずり込まれそうな感覚の夢の欠片。
かつて、文字通り心臓が止まる時に心身共に怯えていた時か、
それとも、危険と隣り合わせの魔法少女としての戦いの記憶か。

或いはもしかして、最近興味を抱いているワルプルギスの夜。
直接文字で解説した記録は無いものの、魔法少女が多少、
いや、今回はかなり頭を絞って、その気になって資料を読めば分かる。

173 : 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc - 2015/01/30 15:05:58.09 R35mFCTt0 108/336


ワルプルギスの夜。
通常はある程度分散して魔獣の源となる人間のマイナスエネルギーが、
何かの弾みで一極に集中し次なる存在へと変容した存在、とも言われている。
その存在は歴史上も存在、隠蔽されて来た。

実在するのであれば、とてつもない大怪獣、表面的には大災害をもたらす。
愛しく温かな、ささやかな営み等一瞬で吹き飛んでしまう。
その事を思い出し、改めて隣に目を向ける。

大切な友達のまどか、
今日、ほむらが見たもの、感じたもの。
それは、まどかの優しさ、温かさ、愛すべきものを作り上げた温かな愛に満ちた家庭。

「ん、ん……むら、ちゃん」

まどかがもぞもぞと動き、布団から手が出て来る。
ほむらは、その手をきゅっと握る。
そして、ほむらはその美しい睫を伏せ、
ほつれ毛の泳ぐまどかのふっくらとした頬に軽く唇を寄せる。
女子校ではしばしば見られた程度の親愛の証。

「お休み、まどか」
「………ウェヒヒヒ………ZZZZZ………」

ほむらは微笑み、はだけた布団をその身に掛け直す。
壊してはならない温かなものを改めて知った以上、
例え相手がどんな大怪獣だろうが決してそれはさせない。

ジャンヌ・ダルクその他、様々な伝承に隠されたワルプルギスの夜の物語。
それは、紆余曲折があっても、みんな笑ってハッピーエンドで終わっている。
それならば、大切なもののために是が非でもそれを受け継いでみせる。
そのための魔法少女なのだから、
この幸せに満ち足りた世界を必ず守ってみせる。



続き
ほむら「幸せに満ち足りた、世界」(まど☆マギ×禁書)【中編】


記事をツイートする 記事をはてブする