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とあるフラグの天使同盟【1】
とあるフラグの天使同盟【2】
――――――――――――――――――――――
人智を超えた戦闘が繰り広げられていた第一九学区とは打って変わって、
ここ第七学区はウソのように静まり返っていた。
第一九学区での騒動で街中の人間が地下シェルターで避難しているため当然といえばそうなのだが、
それにしたってこの静けさはどうだろうと思う。
そこは、第七学区にある病院だった。毎日のように沢山の患者がこの病院に運び込まれ、
病院に勤務しているスタッフが忙しなく走りまわる。それがここの病院の日常だった。
だからこそ、"彼"は患者やスタッフが地下シェルターへ搬送された後の院内の静けさに
どこか新鮮さすら覚える。
「・・・・・・・・・・・・エイワスに、『天使同盟(アライアンス)』、か」
誰に言うでもなく呟くと、彼は手に持っていたコーヒーカップを待合室のデスクに置く。
カップの中のそこそこ味がしっかりした黒の液体がゆらりと波打つ。
彼はこの病院に勤める医者だ。しかもただの医者ではない。
あらゆる病気や怪我を完全に治療し、最後まで自分が担当した患者は見捨てないという信念から、
いつしか『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』と呼ばれるようになったカエル顔の医者。
寿命すら克服してしまう研究にも携わっていた彼は、かつて魔術結社に追われていたアレイスター=クロウリーを
イギリスから匿い、日本に連れて学園都市の創設の手伝いをした人間でもある。
そんな医者は今、偽りの夜空を窓から眺めていた。
いや、彼が見ているのは夜空ではない。
その先の宇宙にある、『星の欠片』。
(流石に天使ともなると僕の手じゃ救えないね? それに、天使は僕の患者ではなく、
あくまで彼らの患者。 彼らが救済することが、天使にとって一番の薬になるだろう)
今から約二時間ほど前。ミーシャ=クロイツェフが学園都市に到着して少し経った頃。
院内の患者の避難を手伝っていたカエル顔の医者の前に、突如として異質の存在が姿を現した。
エイワス。アレイスター=クロウリーに全ての知識を授けた地球外生命体。
カエル顔の医者もその存在は熟知していたが、実際にお目に掛かるのは初めてだった。
エイワスはカエル顔の医者に『天使同盟』の存在と、『天使同盟』のこれまでの経緯を余す所無く全て話した。
カエル顔の医者も最初は半信半疑だったが、こうして異形の存在と対話することは慣れている。
急にエイワスが目の前に現れた時も彼はパニックに陥るような事はなく、エイワスの話を黙って聞いていた。
そしてエイワスの口から出た、『天使の救出に助力しろ』という言葉に、彼は二つ返事で頷いた。
断る理由がなかった。確かに天使はカエル顔の医者の患者でも何でもないが、天使の救出に助力することで
自分が担当している患者も助かる事に繋がると理解したからだ。
エイワスはカエル顔の医者がすべき事の手順を一通り説明すると、最初からそこにいなかったように
姿を消していた。その後にやれやれ、とため息をついたことは覚えている。
(だからと言って、"彼女たち"まで巻き込んで酷使するというのはどうかと思ったけどね。
事情を説明したら了承してくれたんだ。 そうである以上、僕が引き止める権利はないね?)
彼は椅子に腰を降ろし、背もたれに体を預けて小さくため息をつく。
この日、アレイスター=クロウリーが起こした現象の一部始終を彼は知っていた。
『神浄』、そして『ホルスの永劫』。
この様子だとどうやらそれは未然に防がれたようだが、それで良いと彼は思った。
なぜなら、彼はまだアレイスター=クロウリーの治療を終わらせていない。
アレイスターもまた、この医者が担当している患者の一人だ。患者は最後まで絶対に見捨てないというスタンスで構えている以上、
ここで『神浄』やらなんやらが成就されては恐らくアレイスターはもう本当に自分の下に帰って来れなくなる。
だからこれでいい。今回はアレイスターを止めてくれた『天使同盟』に感謝だ。
同時に、『天使同盟』には今後一切、このような大騒動は起こさないで欲しいなと
カエル顔の医者は憂い気な表情を見せながら笑う。
(『私は止まれない』、か)
それはアレイスターがカエル顔の医者と『決別』する前に言い残した言葉。
決心の中に哀愁が混じっているような、切ない言葉。
彼はそれを思い出しながら、窓を覗いて第一九学区のどこかにいるのだろう
アレイスターに向けて言うように口を開いた。
「もしこれで『天使同盟』が天使の救済に成功したら、
さすがの君も一度歩みを止めるしかないだろうね? アレイスター」
カエル顔の医者は窓のサッシを閉め、待合室を後にした。
――――――――――――――――――――――
その場にいる全員が、微動だにしなかった。
さっきまで続いていた息苦しい沈黙を粉々に破壊するこの小さな電子音を
訝しげに思いながら耳を傾けている。
音源は一方通行。彼のポケットから今も頻りに鳴り続けている。
(・・・・・・・・・・・・なンだ?)
このタイミングで、この状況で、自分のような人間に電話をかけてくるような人物など、
一方通行には思いつかなかった。
試しに風斬の顔を見る。『心当たりは無いか?』、と滲ませながら。
だが当然、風斬の返答はNO。黙って首を横に振るだけだ。
一方通行は他の面々の顔も同じように見回すが、どうやら本気で心当たりは無いらしい。
彼は片手に垣根帝督から託された聖槍をしっかりと握ったまま、空いた手でポケットの中身を漁る。
そこから出てきたのは彼が所有している携帯電話だ。
よく無事だったな、と一方通行は携帯電話相手に呆れる。
あれだけ派手な戦闘をした中で、液晶画面や本体の一部がひび割れているだけというのは
驚愕に値する事だった。
二つ折りタイプの携帯電話を恐る恐る開く。液晶画面に表示されていたのは未登録の番号。
もしかしたら打ち止めか番外個体辺りがこちらの状況を確認するためにかけてきたのではと
思っていた一方通行は意表をつかれる。
(エイワスか・・・・・・? だとしたらあの野郎、一体何のつもりで・・・・・・)
悔しいことに、この時点での一方通行にとってエイワスからの電話は少しだけ期待出来る点もあった。
『星の欠片』の居場所。もしかしたらエイワスなら、あの何でもありの怪物なら宇宙に浮かぶ欠片の位置くらい
把握しているかもしれない。もしそれを伝えようと電話をかけてきたのであれば、一方通行にとって
これほど嬉しいことはない。
欠片の位置さえ正確に掴めれば、あとは垣根の作った槍と己のベクトル操作で恐らく天使は救える。
それで終わりだ。『天使同盟』はまたやり直せる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一方通行は未だに電子音を鳴らし続ける携帯電話の液晶画面を眺めながらしばし逡巡した後、
意を決して応答ボタンを押した。
「・・・・・・・・・・・・誰だ」
必要以上に威嚇するような低い声を出してしまったが、相手からの応答はない。
とりあえず周囲にいる風斬達にも状況を知らせるためにスピーカーフォンモードのボタンを押す。
相手から返ってくる沈黙は数秒程度のものだった。
そして、ようやく返ってきた声を聞いた一方通行の思考が止まる。
『お久しぶりですね一方通行、とミサカ一〇〇三二号はちゃんとあなたの携帯電話に
繋がっているかどうかを確認するためあなたの名を呼んでみます』
その場にいる一方通行と風斬氷華を除く全員が首を傾げた。
一方通行の携帯電話から聞こえてきた妙な口調の少女に対して、でもあるが、
それ以上にこの状況でなぜこんな年端もいかぬような声の少女が一方通行に電話をかけるのか、と。
その中で、まず風斬氷華の反応は困惑だった。
彼女は知っている。一方通行に電話をかけてきた少女の事を。
ミサカ。
超能力者(レベル5)第三位の名も『御坂』というが、このミサカは違う。
彼女は『妹達(シスターズ)』と呼ばれる、その第三位の体細胞クローン体だ。
『超能力者の量産は可能かどうか』を命題に立ち上げられた『量産能力者(レディオノイズ)計画』によって
生み出されたクローン体。
二〇〇〇〇体の内一〇〇三一体は一方通行の手によって殺害されたが、残りの九九六九体は
今も世界各国の研究所で『治療』、調整が施されている。
なぜそんな妹達の一人が一方通行に? と、風斬は眉をひそめるしかなかった。
そして一方通行は風斬以上に困惑の渦に巻き込まれていた。
なぜこの状況で妹達の、それも"よりによって検体番号一〇〇三二が自分に電話などかけてくる?"、と。
一〇〇三二号は『絶対能力進化(レベル6シフト)』の生き残りだった。
一方通行によって瀕死の状態まで追い詰められながらも、とある出来事があって奇跡的に生き残ることが出来た個体。
今も第七学区の病院で調整を施されているはずの彼女がなぜ、なぜ一方通行に電話をするのか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・お久しぶりですね一方通行、とミサカ一〇〇三二号はちゃんとあなたの携帯電話に――――』
「繋がってる。 なンで二回も言うンだ」
『だったら返事ぐらいしろよこの野郎、とミサカ一〇〇三二号は思わず悪態をつきそうになるところをグッと堪えます』
「堪えられてねェよ」
ここが壊滅状態の第一九学区でなかったら、一方通行の表情が石像のように固まっていなかったら。
今のやり取りは何とも微笑ましいものになっていただろう。
一方通行側の状況を知ってか知らずか、一〇〇三二号は感情の起伏が感じられない無気力な声で
話を続けた。
『ミサカ達の話は既にあなたの耳に届いているでしょうか、とミサカ一〇〇三二号は確認します』
「何の話だ。 こっちは急にオマエから電話がかかってくるっつゥ素敵なサプライズのせいで
絶賛混乱中なンだよ。 何の用件でかけてきた?」
『あなたをサポートするためです、とミサカ一〇〇三二号は全てを説明しようとすると
長くなってしまう事を危惧し、主目的のみをあなたに伝えます』
ますます意味が分からなかった。
自分をサポートするために電話をかけた、と言われても内容を端折りすぎていて
用件が全く伝わってこない。
そもそも自分の携帯電話の番号をどうやって入手したのか、なぜあの実験の日以来全く接点がなかった
自分を『サポート』するなどという意味不明の電話をかけてきたのか、
聞きたいことは色々あったが一方通行はそれらを全て無視して一つの質問を一〇〇三二号にしてみた。
「・・・・・・オマエ、俺が今どォいう状況下に置かれてンのか把握してンのか?」
一〇〇三二号は数秒の間沈黙を返し、平坦な声で答えた。
『あなたが対象呼称「エトワール」に対する投擲作戦を思案している事。
それによってあなたがあなたにとって大切な存在を守ろうとしている事、
以上の二点を把握しています、とミサカ一〇〇三二号はあなたの問いに応じます』
風斬たちがわずかにざわめいた。
この声の主は『天使同盟』の現在の状況と『星の欠片』への投擲作戦の事を知っている・・・・・・?
一方通行の顔を染めていた困惑の色が徐々に薄まっていく。
同時に、今度は疑問の色が上塗りされていった。
「『エトワール』ってのは・・・・・・、星の事か。 オマエ、どこまで知っている?」
『ですから、宇宙空間に漂流している対象呼称「エトワール」に何かを投擲する
事で接触し、「エトワール」に存在する「コア」を切り離すことで
あなたの大切な存在が守れる、それをあなたが実行しようとしているという事だけです、
とミサカ一〇〇三二号は少々面倒臭がりながらも答えます』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一方通行は目を閉じて考えを巡らせる。
一〇〇三二号が言っている『エトワール』とは、十中八九『星の欠片』の事だ。
宇宙空間にある星など無数に存在するが、『それに何かを投擲することで「コア」を切り離し―――』と
一方通行が『星の欠片』に投擲というアプローチを試みようとしている事まで知っているとなると、
『エトワール』=『星の欠片』であることが推理できる。
そして『エトワール』の『コア』とは、ミーシャ=クロイツェフの存在を左右している
儀式場の事で相違ないだろう。
なぜこの一〇〇三二号がそんな事まで知っているのか、一方通行は急激に胸を圧迫する悪寒を感じ取った。
「・・・・・・・・・・・・その話は誰から聞いた?」
『第七学区の病院に勤める医者からです、とミサカ一〇〇三二号はあっさりと暴露します。
ちなみに"ミサカ達"は現在も尚、避難行動を取らずに第七学区の病院内にて待機しています』
避難行動という言葉の意図が最初は分からなかったが、一方通行はすぐに理解する。
恐らくこの第一九学区の騒ぎが原因で学園都市の住人に避難指示が出されているのだろう。
しかしそんな事より一方通行が気になった点は二つ。
まず『星の欠片』と自分が提案した投擲作戦の情報を妹達に提供した医者。
(・・・・・・あのカエル野郎だろォな)
一方通行自身も何度か世話になっているカエル顔の医者。
彼はどういうわけか、一般では絶対知り得ないような情報をいつの間にか持っていたりする
掴めない人間だった。あの医者なら或いは『天使同盟』の事も知っているかもしれないと
一方通行は漠然と思う。
そしてもう一つ。
「その『サポート』ってのをしてくれるありがてェ妹達はオマエ一人じゃねェのか。
病院内にまだ何人か妹達がいる事を示唆する言葉を吐いてやがったが」
『はい。 とりあえず学園都市からはこのミサカ、一〇〇三二号と一〇〇三九号、
一三五七七号と一九〇九〇号があなたを全力でサポートします』
『ご紹介に預かりましたミサカ一〇〇三九号です、とミサカはまだ出会った事もない一方通行に挨拶をします』
『同じくミサカ一三五七七号です、とミサカは衛星のカメラとリンクしている画面を見つめながら
一方通行に初の挨拶を送ります』
『どーも、同じくミサカ一九〇九〇号です、とミサカは襲い来る睡魔と闘いながら一方通行に挨拶します』
若干の目眩を感じる一方通行。同じ声で、同じ調子で自己紹介をされても
正直区別するのに苦労すると愚痴りそうになってしまう。
そんな一方通行に構わず、一〇〇三二号は続ける。
『学園都市のミサカだけではありません。 世界各国に位置する学園都市協力機関に
身を預ける全てのミサカ達とコンタクトを取れるように手配しますので少々お待ちを、
とミサカ一〇〇三二号はテキパキと手元のキーボードを叩きながらあなたに待機を要求します』
「あァ?」
そりゃどォいう意味だ、と一方通行が尋ねようとしたところで
彼の耳元についさっきと全く同じ声が発せられた。
『アルゼンチンより通信繋がりました、とミサカ一五一一〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『チェンマイより通信繋がりました、とミサカ一二〇八三号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ポルトガルより通信繋がりました、とミサカ一五一一三号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『南極より通信繋がりました、とミサカ一九九〇〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『カナダより通信繋がりました、とミサカ一六八三六号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『コダジャスより通信繋がりました、とミサカ一七四〇三号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ローザンヌより通信繋がりました、とミサカ一八〇二二号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『アメリカより通信繋がりました、とミサカ一八八二〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『グアテマラより通信繋がりました、とミサカ一〇〇五〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『アングレームより通信繋がりました、とミサカ一三〇七二号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『シドニーより通信繋がりました、とミサカ一七〇〇九号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『スタロガルトより通信繋がりました、とミサカ一〇八五五号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ベネズエラより通信繋がりました、とミサカ一一八九九号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『フィンランドより通信繋がりました、とミサカ一九三四八号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『韓国より通信繋がりました、とミサカ一五三二七号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『フィリピンより通信繋がりました、とミサカ一〇〇九〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ドイツより通信繋がりました、とミサカ一〇八四〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ロシアより通信繋がりました、とミサカ一九九九九号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『同じくロシアより通信繋がりました、とミサカ二〇〇〇〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ノルウェーより通信繋がりました、とミサカ一八〇七二号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『北京より通信繋がりました、とミサカ一九〇〇九号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『イタリアより通信繋がりました、とミサカ一七二〇三号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『オーストリアより通信繋がりました、とミサカ一〇五〇一号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『スロベニアより通信繋がりました、とミサカ一二四八一号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『スペインより通信繋がりました、とミサカ一九四八八号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『同じくスペインより通信繋がりました、とミサカ一〇八五四号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『メキシコより通信繋がりました、とミサカ一四三三三号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『インドより通信繋がりました、とミサカ一二〇五三号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
『ドイツより通信繋がりました、とミサカ一六七七〇号は確認を取ります。
一方通行、聞こえてますでしょうか? とミサカは応答を要求します』
「オマエら俺をミサカノイローゼにするつもりか」
それはまさに壮大なオーケストラ、というよりシュプレヒコールだろうか。
ミサカというミサカが次々と一方通行の耳元で電話越しに自己紹介をしてくる。
順番ずつ名乗るのではなく、ほぼ同時に喋ってくるので正直なところどれがどの妹達なのかさっぱり分からなかった。
それでも一方通行は文句ひとつ言わず、最後まで彼女たちの声を聞いた。
総勢九九六九人。『絶対能力進化』から生き延びた全ての妹達が、この瞬間一方通行とコンタクトを取った。
一方通行の電話から聞こえてくる謎のボイスに風斬他魔術師達は皆開口する以外のリアクションが出来なかった。
この白い髪の少年はどこの少年少女合唱団と会話しているのかと頭を悩ませる。
堪らず、キャーリサが風斬に質問した。
「・・・・・・何なのこのミサカはミサカはってのは。 お友達?」
「え、と・・・・・・・・・・・・私にも正直どういう事なのか・・・・・・。
彼女たちが『星の欠片』の位置をどうにかして伝えてくれることは分かったんですけど・・・・・・」
科学サイドの人物である風斬氷華にも理解しきれないのなら、魔術サイドの人間が分かるはずもない。
一同はとりあえず妹達とのやり取りを一方通行に一任する事にした。
一方通行は頭を努めて冷静にし、次々と飛んで来る妹達の声を傍聴、分析する。
『ちょっとややこしいでしょうが我慢してください、とミサカ一〇〇三二号は
ミサカ達の言葉を聞いて欲しいと暗に願います』
「・・・・・・俺からも一つイイか?」
最強の第一位は一瞬だけ憂鬱な表情を浮かべて、妹達に質問する。
「・・・・・・どォして俺に、俺達に助力しよォと思ったンだ?
あの医者から言われた事だろォが何だろォが、その気になりゃ
オマエらは俺への手助けなンざ断る事が出来たはずだ」
一方通行は八月三一日の件以来、打ち止めだけではなくその他全ての妹達を
守るとその腐りかけていた心に誓っている。
だがそれは彼が一方的に決めた信念だ。それに妹達が応じる必要は全くない。
むしろ一方通行は妹達を一〇〇三一体も殺害している、妹達にとっては死神よりも死神らしい存在と言える。
そんな自分になぜ助力するのかと、一方通行は聞かなくてもいい事を敢えて尋ねた。
『あなたが何かを守りたいと願っているからです、とミサカ一四三三三号は
何を今更そんな事を聞いてくるのかと心の中で失笑します』
当たり前のように、ごく自然に、妹達の一人がそう答えた。
一方通行が何かを言い返す前に他の妹達が割って入り彼の言葉を遮る。
『恐らくあなたは例の実験の件を気にしているのでしょうが、
だからどうしたというのでしょう、とミサカ一〇〇三三号は逆に尋ねてみます』
「何?」
『あなたは八月三一日に上位個体との対話によってあの実験の事については
全て語り終えているはずです、とミサカ一〇七六〇号は示唆してみます』
『もちろんミサカ達があなたを許すことは、少なくとも現時点ではあり得ませんが、
ならば一方通行が何か守るのは良くないというのかと言われれば答えはNO、とミサカ一八二六四号は断言します』
一方通行は少しだけ項垂れ、妹達の言葉を黙って聞き続ける。
『あなたが地獄に住む慈悲のない鬼だろうが悪魔だろうが、
だからと言って何も守ってはいけないという事にはならないでしょう、と
ミサカ一四五一〇号はあなたも恐らく理解している事を敢えて口にします』
『あなたが何を守ろうとしているのか、そもそも学園都市で今何が起きているのかすら
ミサカ達は状況を全て傍受しているわけではありませんが・・・・・・。
ミサカ達の協力があればそれを成せるというのなら、ミサカ達は助力を惜しみませんと
ミサカ一八四一四号は全力であなたを支援することをここに誓います』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
妹達の数々の言葉を受けた第一位は、一切の反論をしなかった。
この体細胞クローン達は一方通行よりクローンである自分という存在を重んじている。
蓋を開けてみれば、そこには何とも笑える光景が広がっていた。
一方通行は結局、妹達を守っているのではなく、妹達に支えられているのだと。
少なくともこの時の現状ではそうだと素直に思うことが出来た。
一方通行は結局、妹達を守っているのではなく、妹達に支えられているのだと。
少なくともこの時の現状ではそうだと素直に思うことが出来た。
妹達は知る由もないが、ミーシャ=クロイツェフという天界より舞い降りた天使も、
一方通行同様こんなにも大勢の『人間』に支えられている。
だから、一方通行はもう何も言わない。妹達の援助を素直に受け止める事に決める。
「・・・・・・世話ァかけるな」
『無駄話はここまでにしましょう。 聞くところによるとこの「エトワール」投擲作戦には
タイムリミットがあるとか、とミサカ一九七八五号は引き続き人工衛星の映像リンク作業に集中します』
「人工衛星?」
思わず声を出したのは神裂だった。
彼女は一方通行が片手に持つ携帯電話に向けて妹達に話しかける。
「失礼。 現在、世界各地で打ち上げている人工衛星は全て『はっきんぐ』とやらで
干渉不可能になっていると耳にしていますが」
妹達は知る由もないが、ミーシャ=クロイツェフという天界より舞い降りた天使も、
一方通行同様こんなにも大勢の『人間』に支えられている。
だから、一方通行はもう何も言わない。妹達の援助を素直に受け止める事に決める。
「・・・・・・世話ァかけるな」
『無駄話はここまでにしましょう。 聞くところによるとこの「エトワール」投擲作戦には
タイムリミットがあるとか、とミサカ一九七八五号は引き続き人工衛星の映像リンク作業に集中します』
「人工衛星?」
思わず声を出したのは神裂だった。
彼女は一方通行が片手に持つ携帯電話に向けて妹達に話しかける。
「失礼。 現在、世界各地で打ち上げている人工衛星は全て『はっきんぐ』とやらで
干渉不可能になっていると耳にしていますが」
自分の声が聞こえているのかどうか少々不安に思う神裂だったが、
九九六九体の内の誰かが傍受してくれたのか、質問の答えが返ってくる。
『いきなり二十代後半の女性の声が聞こえたので何事かと、ミサカ一二三四五号は多少驚きます。
疑問の声にお答えすると、「天使同盟」なる謎の勢力による人工衛星のハッキングは
今から数分前に全て解除されています、とミサカ一二三四五号は新鮮な情報をお届けしてみます』
一二三四五号の言葉に一番驚いたのは一方通行と風斬氷華だった。
なぜか神裂がふるふると震えながら七天七刀に手をかけているが、一方通行は無視して風斬と顔を見合わせる。
「じゃ、じゃあエイワスさんは今この時のために人工衛星の掌握を・・・・・・?」
「あのクソ野郎、俺達が『星の欠片』に地上から衝撃を加えることで儀式場を保護することまで
読ンでたってわけか・・・・・・。 チッ、やっぱあいつは気に食わねェ」
妹達の何人かが何の話ですかと問いかけてきたが、何でもねェよと一方通行は流した。
要するにエイワスは妹達に人工衛星の映像をリンクさせてリアルタイムで宇宙空間の様子を
監視させて、『星の欠片』の位置を探らせるために敢えて今まで人工衛星をハッキングしていたということになる。
それを行うとなるとエイワスはこの投擲作戦をロシアに滞在していた時から予想していなければならないのだが・・・・・・、
あの金髪の怪物ならそんなことも出来るかもしれないと一方通行は忌々しく思いながらも静かに驚愕した。
【次回予告】
『(ふざ、けンな・・・・・・!! たかが恒星が意志でも持ち合わせてるってか!? 冗談じゃねェぞ。
・・・・・・だがそれ以外に考えられねェ。 妹達の報告が確かなら『星の欠片』は
強制的に太陽に向かって直進してやがる。 引力じゃねェ、もっと訳のわからねェ力で・・・・・・!!)』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』のリーダー・一方通行(アクセラレータ)
『この意味不明の光の壁を取り除くために学園都市の全警備員が第一九周辺に
配備されてるじゃんよ。 壁を破壊し次第、警備員全勢力が第一九学区に突入する。
つってもこの壁、私の見立てじゃナパームでも核弾頭でも壊れそうにないじゃん。』
―――――――――――第七三活動支部所属の警備員・黄泉川愛穂
『一方通行とお話がしたいという人物達がいるのですが、どうしますか?
とミサカ一七〇〇〇号は・・・・・・って、あの、ゴーグル引っ張るなー』
―――――――――――第三位のクローン体、『妹達』の一人・ミサカ一七〇〇〇号
『それではこれより「エトワール」の索敵を開始します、とミサカ一四四四〇号は
ミサカネットワークを介して人工衛星のデータベースへのアクセスを開始します』
妹達の支援を得て、ついに『星の欠片』防衛作戦は開始された。
九九六九体の妹達は各々で人工衛星へのアクセスを始める。
『携帯電話の電源は切らぬようお願いします、とミサカ一四五一〇号は
一方通行に一応の忠告を送ります』
『早速ですが問題が発生しました、とミサカ一三三三三号は
ミサカネットワークを通して全妹達に報告をします』
『一三三三三号の報告を傍受しました、とミサカ一九〇七二号は確認します。
現時刻と太陽系の軌道に乗っている月の位置に矛盾が発生していることを確認しました』
『この現象に何か心当たりはありませんか、とミサカ一〇〇三二号は
一方通行に尋ねてみます』
妹達は知らない。ミーシャ=クロイツェフの『天体制御(アストロインハンド)』によって
宇宙空間の星の位置が強制的に変換されてしまっている事を。
一方通行は掻い摘んで事情を説明する。
「詳しい理由は省くが、午後二時過ぎ時点で学園都市が夜に覆われた事は把握してンだろ?
そこから逆算すれば現在の月の位置が妙な場所にあるのも納得出来るはずだ。 俺の身内が月を動かしてンだよ」
『月を動かすという驚愕の極みに値する言葉を聞きつつも、ミサカ一九九九九号は
一方通行の報告通り月の位置から「エトワール」の現在地を参照してみます』
一九九九九号と同じような返答が他の妹達からも伝わってくる。
一方通行は一〇〇〇〇体近い妹達の支援を受けながらも、その心にある不安を抱えていた。
例え九九六九体の妹達がいようが宇宙にある人工衛星はそれと比べるとかなり少ない。
恐らく九九六九体の何十パーセントかが人工衛星にアクセスしその機能をフルに活用し、
残りが太陽系の軌道から『星の欠片』があるであろう予測ポイントを索敵しているはずだ。
だがもし仮に、人工衛星のカメラからでは捉えられないような位置に『星の欠片』があったとしたら。
そうなれば妹達には『星の欠片』を発見することが出来ない。
そしてミーシャ=クロイツェフに限界が訪れ『天体制御』は解除。その結果がどうなるかは定かではないが、
概ねろくな結果にはならないだろう。
しかし何度も言うように『星の欠片』の捜索に取り掛かっている妹達は九九六九体。
『人海戦術』とはまさにこの事。
一同が待ち望んでいたであろう言葉が、大した時間もかけずに飛び込んできた。
『太陽系の軌道上から大きく離れた位置より、太陽系の惑星とは異なる物体を確認、
とミサカ一三八七四号は報告します。 これが目標の「エトワール」でしょうか?』
一方通行が握る携帯電話から響いてきた声を聞き、周囲から息を呑む音がした。
遅れて他の妹達からもいくつか太陽系の軌道から外れた異物が浮遊しているという報告が届く。
一方通行の顔から思わず笑みがこぼれた。携帯電話を握るその手にも無意識に力が入る。
『人工衛星のカメラを利用して写真を撮り、そのデータを一方通行の携帯電話に
送信しましょうか? とミサカ一四八八九号は提案してみます』
「頼む」
程なくして一方通行の携帯から小さな電子音が短く鳴った。
人工衛星から撮影した写真を携帯端末で表示するとやはり多少画質が荒かったが、
真っ黒な空間に何か小さな物が浮かんでいるのが窺える。
これだけでは判別できないと一方通行がもう数枚写真を要求しようとした途端、
予測していたかのように妹達から再び添付ファイル付きのメールが届いた。
一方通行は写真を確認すると、魔術サイドの面々に画面を開いて向ける。
「これが『ベツレヘムの星』で間違いねェか?」
「・・・・・・・・・・・・、・・・・・・。 間違いない、ベツレヘムの星の最右部。
儀式場の『門』を司る白と黒の液体が注入された柱・・・・・・。
驚いたのである、まさか本当にまだ残っていたとは・・・・・・」
答えたのはアックアだった。キャーリサや騎士団長、神裂火織もそれに続くように首を縦に振る。
そしてミーシャ=クロイツェフも無言のまま頷いた。
妹達から送れられてきた超光学ズーム撮影の写真には、朽ち果てた城のような
場所に、夥しい数の白黒の柱がずらりと並んでいる様子が写っていた。
見つけた。ついに発見した。
『天使同盟(アライアンス)』が世界を駆け巡って捜し求めていた『ベツレヘムの星』。
ミーシャの存在を持続させている命の柱が残る儀式場、『星の欠片』。
一方通行が風斬の顔を見ると、彼女は深刻な表情を浮かべながらも力強く頷いた。
「これで間違いねェ。 こっちで確認した」
『了解しました。 ではこれより一方通行に「エトワール」の位置座標を
逐一お伝えします。 電極チョーカーのスイッチをオンに切り替え、
投擲物を構えてください、とミサカ一〇〇四七号は指示します』
言われたとおり一方通行はチョーカーのスイッチを切り替える。
彼はこの瞬間、天使に救いの手を差し伸べる一人の救世主へと変身した。
ジッと夜空を見上げながらゆっくりと槍を構える。
垣根帝督が純粋な気持ちを吐露しながら託してくれた、希望の槍を。
(待ってろよ・・・・・・・・・・・・)
そして一方通行の耳に次々と『星の欠片』の位置座標が通達されはじめた。
その数値を参考に第一位はベクトル操作の演算処理を調節し、右手に携える槍に送る。
妹達から伝えられてくる位置座標は常に数値が違っていた。
恐らくリアルタイムで『星の欠片』は移動しており、その影響で目まぐるしく位置座標も変わっているのだろう。
『第一九学区の一方通行から「エトワール」の距離までおよそ一億四九・・・・・・
訂正をお伝えします。 そこから約六一度右へ角度を修正してください、とミサカ一〇〇三一号は指示します』
「おい、これじゃ太陽に向かってそっぽを向いているよォなモンじゃねェか。
まさか『星の欠片』は・・・・・・」
『あなたの思っているとおり、「エトワール」は理由は不明ですが
なぜか月、その他の惑星の引力に一切影響されること無く太陽に向かって直進しています。
このままでは大きく見積もっても残り約二〇分ほどで「エトワール」は太陽のコロナに接触します、
とミサカ一五九九七号は残された時間はあまり無い事実を示唆します』
「待て、その速度なら『星の欠片』は太陽の引力に引かれちまってンだろォが。
惑星の引力の影響を受けてねェはずの欠片がどォして"太陽にだけ引っ張られてる"?」
『原因不明です、とミサカ一八〇七二号は簡素に答えます』
太陽との衝突まで残り約二〇分。夕刻前にはケリをつけておかなければならないと
踏んでいた『天使同盟』の予想とは少し違っていたが、概ね間違いでもなかった。
にしても問題なのはその二〇分という時間。太陽と『星の欠片』の位置は
人工衛星から見たらかなり離れているようにも見えるのだが、
実際『星の欠片』が太陽の表層面から発せられているコロナに接触した場合、消滅しない保証はない。
『彩層』に触れること無く消滅する可能性だって充分に考えられる。
それを考慮した上で妹達は二〇分という結論を導き出したのだろうが、
いくらなんでも早過ぎる。太陽の引力に引かれているとしか思えない。
一方通行はロシアを発つ前にエイワスが言っていた事を思い出す。
『いくら協力な術式を行使していようが、「歳月の船」の航行を止めることなど出来んよ』
『私とて、さすがに「ラー」の意志を歪めたりは出来ないからね』
あの聖守護天使が口にしていた聞き慣れない言葉。
『歳月の船』。『ラー』。
エイワスは太陽の事をそう呼称していた。
もしかすると『星の欠片』を消し飛ばそうとしている太陽の引力、いや、『未知の意志』が
この不可解な現象に関わっているのかもしれない。
それは言わずもがな、魔術。ここに来てオカルトが絡んできた事に一方通行は激しく憤る。
(ふざ、けンな・・・・・・!! たかが恒星が意志でも持ち合わせてるってか!? 冗談じゃねェぞ。
・・・・・・だがそれ以外に考えられねェ。 妹達の報告が確かなら『星の欠片』は
強制的に太陽に向かって直進してやがる。 引力じゃねェ、もっと訳のわからねェ力で・・・・・・!!)
アレイスター=クロウリーという世界最強の大魔術師。
ミーシャ=クロイツェフという神に反旗を翻した暴徒の『悪魔』。
それらの困難を全て乗り越えた『天使同盟』の前に最後に立ちはだかったのは、太陽という名の敵だった。
『地上から「エトワール」に投擲物が接触する時間は算出できていますか? とミサカ一六二〇二号は確認をとってみます』
「およそ八分。 ただし、『光速』でだがな」
『光速で投擲物を射出する演算は可能な状態にありますか? とミサカ一〇九〇二号は
妹達の代理演算でそこまでの演算補助が行えるか懸念します』
「問題ねェよ。 それより光速の余波をどォ演算して緩和させるかが重要だ。
オマエら、リアルタイムで俺の演算処理式を把握出来るンだろ? だったら
俺の演算に狂いが生じねェよォ何人かで"見張ってろ"。 針穴に糸を通すってレベルじゃねェからな」
『了解しました。 尚、太陽との接触まで残り八分の所で投擲物を射出しても
間に合いません。 よって、残り一〇分以上のところで全ての演算を終わらせるよう
お願いします、とミサカ一一二七五号は事実上の残り時間があと一〇分も無い事をお伝えします』
そこから一方通行は携帯を耳に当てたまま閉口した。
『槍の投擲』というベクトル操作に注ぐ演算のために全意識を槍を携える手に集中し始めたからだ。
直後、彼の顔に尋常ではない量の汗が滴り始める。一方通行はこの極度の緊張感を一度味わった事があった。
(あのクソガキの頭ン中にあったウイルスを除去する時も・・・・・・こンな風にベクトル操作の
演算能力を全部一点に集中させたことがあったな。 クソったれ、これじゃ槍は投擲出来ても
その反動で俺の体が粉々になっちまう。 俺にも、周囲にも危害が及ばねェよォ演算をしなきゃ
ならねェって事か。 あのクソガキの時と同レベルの難易度だな)
もしくは打ち止めの『学習装置(テスタメント)』の代理を行った時よりも困難かもしれなかった。
とにかく、この演算は複雑だ。さっきも一方通行本人が言っていたが、この演算処理は針穴に
糸を通すなどという精密作業どころではない。数億数兆のプログラムに一つでもミスがあれば
全てが終わるレベル。
本来、このレベルの演算を行うならば学園都市最高の頭脳の持ち主である
一方通行ですらも三週間じっくり演算して成功するかどうかのレベルだ。
それを残り二〇分、正確には残り一〇分以下で処理しなければならない。
演算処理の難易度もあるが、それ以上に『もしも失敗したら』という最悪の"if"が脳裏をよぎる。
失敗したらまたやり直し、という都合の良い事は出来ない。
槍は垣根帝督が命を削って作った一振り。もう一度作ることが出来ないのは火を見るより明らかだ。
更に、失敗した場合本来の目的である『ミーシャ=クロイツェフの救出』が不可能となってしまう。
『星の欠片』は今も太陽に引き寄せられている状況にある。仮に失敗し、何らかの幸運が発生して
垣根が託してきた槍と同等の投擲物が手に入ってもいちいち演算し直している時間はない。
まさに一発勝負。
気付けば、一方通行の全身は小刻みに震えていた。極度の緊張と、最悪の未来を迎えるかもしれないという恐怖から。
――――――――――――――――――――――
「・・・・・・なんか、急に静まり返ったな。 戦いが終わったのか・・・・・・?」
上条当麻はすっかり異変の無くなった、しかし未だに空を覆う偽りの夜と
再び現出してきた光の壁を仰ぎながら呟いた。
結局、上条は第一九学区で起こっていた戦いに参加することはなかった。
チャンスはあった。第一九学区で降臨した神の手によって
第一九学区への侵入を不可能にしていた光の壁が取り払われたため、その時に
街に入って戦闘に参加することも出来た。
だが、上条当麻はそうしなかった。自分の意志で、自分の判断でそう決めた。
『自分が今この戦場に足を踏み入れたら、取り返しの付かない事になる』。
己の頭に浮かぶ直感を信じての行動だったが、結果としてそれは正しかった。
上条本人にはこの選択が正しかったのかどうかは分からない。
だが彼は後悔していなかった。仲間を信じ、自分を信じた上条は決して後ろを振り返らない。
「・・・・・・・・・・・・」
「インデックス、大丈夫か?」
「・・・・・・うん。 ただ、"あの人"の意識が私の頭に流れてこなくなった。
多分もう今は『魔道書図書館』に触れていないんだと思う」
「そっか」
唯一、上条当麻に心残りがあるとすれば、それは彼の隣にいるインデックスの
頭の中にある魔道書を無理やり行使していた謎の男の末路。
彼が魔術師だろうと無かろうと、原典の毒はたちまちその対象の脳を破壊する。
インデックスの様子からして、あの男はかなりの数の原典に触れてしまっている。
まさかこの不可侵領域の第一九学区で朽ち果ててしまっているのでは、
という最悪の結果が嫌でも思い浮かぶ。
「・・・・・・次に、」
「?」
「次にこのクソ忌々しい壁が無くなったら、すぐにここに入ろう。
さっきはここに居たほうがいいなんて言っちまったけど、もう待つ必要は無いと思う。
だから次だ」
上条は異能の力が宿る右手をジッと見つめながら言った。
「多分もう一回くらいチャンスはある。 次に壁が無くなったらすぐに全速力で―――」
『こらああああああああああああああッッ!!!!!!』
「ひゃいいっ!!?」
突然背後から飛んできた大音声に、上条は思わずマヌケな声を出してしまった。
上条とインデックスが後ろを振り向くと、そこには大勢の警備員(アンチスキル)と
スポーツカーをベースとした高速車両が数台。駆動鎧(パワードスーツ)で構成された部隊と
分厚い緩衝材を完備した円筒型の自立ロボットがわらわらとこっちへ向かってくるところだった。
(や、ヤバい・・・・・・)
ポカンとした表情を浮かべているインデックスの横で顔を青くしながら冷や汗を流す上条。
本来、現状では一般学生等は近くの地下シェルターへ避難していなければならない。
上条達がここにいるということは即ち警備員の避難指示を無視したということになり、
最悪罰を受ける可能性もあった。
高速車両の一台から重装備の警備員が降りてきた。先ほど上条達に怒号を放った警備員だ。
その警備員を、上条は見知っている。
「あ、えっと、黄泉川先生・・・・・・?」
「ん? お前月詠先生んとこの悪ガキか? 地下街での件といい、
騒ぎの中心にはいつもお前がいるじゃんよ」
今回は全く自分は関与していないんですけどねー・・・・・・と上条は言い訳をしようとしたが、
その前に黄泉川が薄ら寒い笑みを浮かべながら自分の頭を掴んできたため言葉を紡げなかった。
「・・・・・・で? 一般学生は避難してなきゃおかしい状況で、
なんでお前が小さな修道女を傍らにこんなところにいるじゃんよ・・・・・・?」
「い、いやあの、そのですね。 これには深いわけがあるというか何というか・・・・・・」
「友達を助けに来たんだよ」
言ったのはインデックスだ。彼女の表情は真剣そのもので、
碧眼の奥に見える少女の固い決意に黄泉川はしばし口を閉じる。
「この壁の向こうで、私の友達が今も苦しんでるんだよ。
だから助けに来たかも。 とうまは私が無理やり引っ張ってきただけだから
お仕置きとかはしないでほしいんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
やれやれ、と心底うんざりしたようなため息をつきつつも
どうやら黄泉川はインデックスの気持ちを汲んでくれたようだ。
他の警備員に上条達はこっちで何とかすると指示して予定の配置へつかせていった。
上条が怪訝な顔をしながら尋ねる。
「あの、これって・・・・・・?」
「この意味不明の光の壁を取り除くために学園都市の全警備員が第一九周辺に
配備されてるじゃんよ。 壁を破壊し次第、警備員全勢力が第一九学区に突入する。
つってもこの壁、私の見立てじゃナパームでも核弾頭でも壊れそうにないじゃん。
早くも一部の部隊がお手上げ宣言をしてる現状だし」
それと、と黄泉川はどこか複雑な表情を見せながら、
「今回のこの一件、どうもウチの家族が一枚噛んでるような気がしてならないじゃんよ」
「?」
黄泉川はある少年の名を呟いたが、上条とインデックスの耳には届かなかった。
――――――――――――――――――――――
「一方通行さん・・・・・・・・・・・・」
心配そうに彼の名を呟く風斬の声も、全神経を研ぎ澄ましている一方通行には届かない。
あとは一方通行が救出してくれるのを信じるだけとなったミーシャ=クロイツェフも
言葉はかけず、ただ黙って『天体制御』の維持に意識を集中させるだけだ。
キャーリサも騎士団長もアックアも、神裂火織もヴェントも、意識を失った垣根帝督を
肩で支えているステイルも、一方通行を黙って見守っている。
そして一方通行は、
「・・・・・・クソ。 ちくしょう・・・・・・」
『演算が著しく乱れています。 気持ちを落ち着かせて
冷静に演算処理を行ってください、とミサカ一二二二一号はお願いします』
「わかってる・・・・・・」
『あなたが向いている方向と「エトワール」の位置がズレています。
それと、やはり演算処理に大きな誤差が生じています、とミサカ一一一一一号は――――』
「わかってる!!!」
思わず怒鳴ってしまう。緊張、恐怖、混乱、苛立ちがぐるぐると鍋の中で掻き回されている状態の頭に、
さらに超精密の演算処理の実行がプラスされ、一方通行は今にも破裂しそうだった。
眼球が揺らぐ。掌に滲む汗で槍がずり落ちそうになる。終いには携帯から鼓膜に伝わってくる
大勢の妹達の声がまるで自分を責め立ててきてるような錯覚にまで陥ってきた。
最悪のコンディションだ。これでは天使を救うどころか、このままでは一方通行自身もダメになってしまう。
これだけの難問が立ち塞がっている手前、仕方がないといえばそれまでなのだが
一方通行がこの状況を打破しなければ他に成せる者などいないのだ。
(情けねェ・・・・・・ここまで来ておいて、妹達にまで支援させておきながらこのザマかよ。
何が第一位だ。 クソ、ビビってンじゃねェぞ一方通行・・・・・・!!!)
気持ちとは裏腹に、彼の白い顔は真っ青になっていた。
胃袋から喉に目掛けて何かが迫上って来る。あまりの重圧から嘔吐しそうになった。
風斬氷華に言われた。『皆と一緒に過ごしたい』と。
垣根帝督に言われた。『居場所を守ってほしい』と。
ミーシャ=クロイツェフに言われた。『ずっと一緒に居たい』と。
一方通行のような華奢な背中で背負うには、その想いはあまりにも重すぎた。
しかし背負うと誓った以上、ここで放棄するなど考えられない。
しかし失敗すれば終わる。しかも成功する可能性などそれこそ神のみぞ知るといったところ。
失敗は許されない。ミスは論外。失敗を恐れている事は自覚している。
その恐怖がどうやっても拭えない。縁起でもない事にさっきから『天使同盟』として過ごした
数々の思い出が頭の中を猛スピードで駆け巡り、リピートしている。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
出来るなら今すぐここで叫んでしまいたい。そしてそんな無駄な考えを巡らせるから
演算が乱れていく。妹達の声すらも届かなくなってきた。視界がどんどん狭まっていっているような気さえする。
だから、ある一人の妹達の声が届かなかったら、一方通行はその場で膝をついてしまうところだった。
『このような状況で本当に恐縮なのですが・・・・・・少しよろしいでしょうか一方通行、
とミサカ一七〇〇〇号は多少うんざりしながらも尋ねてみます』
「あ・・・・・・・・・・・・、ァ・・・・・・?」
こんな時に一方通行の気を紛らわせるような問い掛けなど本当に愚の骨頂でしかないのだが、
一七〇〇〇号はそれでも続けた。
『えー、ミサカはイギリスの学園都市協力機関に身を預けている個体なのですが、
・・・・・・あの、あんまりその辺の機材を弄らないでもらえますか、とミサカ一七〇〇〇号は
気を散らせてくる「客」を鬱陶しく思いながらも口には出しません』
「・・・・・・?」
この個体はさっきから何を言っているんだ、と一方通行は明らかに不愉快そうな顔をしながら
一七〇〇〇号の声に耳を傾ける。
と、そこで別の方向から声がした。そこには眉間に皺を寄せながらステイルが
視線をあちこちに泳がせていた。
「・・・・・・待て、イギリスの学園都市協力機関だって? 一方通行、その・・・・・・ミサカだったか。
そのイギリスにいるミサカの他に誰かがいるような気配は感じられないか?」
ステイルの言っている事が一方通行には理解できなかった。
難易度の高い演算処理を実行しているためとかそんな理由ではなく、ただ単純に
なぜ魔術師が学園都市協力機関の様子を気にしているのかが疑問だった。
『一方通行とお話がしたいという人物達がいるのですが、どうしますか?
とミサカ一七〇〇〇号は・・・・・・って、あの、ゴーグル引っ張るなー』
『ここに向かって話しかければよろしいのでございますか?』
一七〇〇〇号が放つ機械的な喋り方とは違う、人間の声がした。
その声を聞いた一方通行の時が止まった。
一方通行だけじゃない。ステイルも、神裂も、風斬氷華も、そしてミーシャ=クロイツェフも、
そこかで聞いたことのあるその独特のマイペースな声色にピクッと反応していた。
一方通行は搾り出すように声を発する。
「・・・・・・・・・・・・オ、マエ。 まさか」
『あ、聞こえたのでございますよ。 やはり学園都市の科学技術? というのは
素晴らしいものなのでございますね~・・・・・・』
『ただの無線通信です、とミサカ一七〇〇〇号はため息をつきながら呆れてみます』
心臓がドクン、と大きく脈打つ。
一方通行はさらに確認をとるように言葉を紡いだが、それを"あの時と同じように無視して
勝手に話を進めてきた"。
『お久しぶりでございます、一方通行さん。 オルソラ=アクィナスでございますよ~』
『ゲーム』も間もなく幕を閉じようとしていたところへ。
一方通行に最後の光が差し込んできた。
【次回予告】
『あ、あの・・・・・・私達、あなたに・・・・・・皆さんに激励の言葉を送るためにここまで来ました』
―――――――――――元ローマ正教のシスター・アンジェレネ
『"手紙"の内容を見て貴方達の事情は把握しちまってますんで。
大天使を救おうってんでしょう? だから応援しにきてやったんですよ』
―――――――――――元ローマ正教のシスター・アニェーゼ=サンクティス
『む!? 垣根帝督・・・・・・!?』
―――――――――――元ローマ正教のシスター・ルチア
『・・・・・・まぁよくわかんねえけど、頑張れよ。 お前らならきっと何とか出来るはずよ』
―――――――――――イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔術師・シェリー=クロムウェル
『あなたも今、大変な壁にぶつかっているのでしょうが、私たちは信じているのでございますよ。 あなたの成功を』
―――――――――――元ローマ正教のシスター・オルソラ=アクィナス
「オルソラ・・・・・・だと?」
『はい。 ・・・・・・あら、一方通行さん。 声色が少しおかしいのでございます。
もしかして風邪でもひいてしまったのでございましょうか?』
別にオルソラの存在を失念していたわけではない。
むしろあんなマイペースで人の話を聞きやしないのんびりシスターなど
忘れたくても忘れられないだろう。
ただ一方通行が驚いたのはこのタイミングでオルソラ=アクィナスが登場してきたところにあった。
キャーリサ達『王室派』の面々、『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属のステイルや神裂火織、
ロシアで交流したヴェントが学園都市へ来ていたことにも驚いたが、
これでオルソラまで現れたらいよいよ『天使同盟』として関わってきたメンバーが勢揃いとなる。
「なンでオマエまで妹達と一緒に・・・・・・?」
『ええ、ここはガラシールズという場所にある学園都市の・・・・・・何だったでございましょうか?』
『学園都市協力機関です、とミサカ一七〇〇〇号は面倒臭がりながら答えます』
『そうでした、学園都市協力機関に足を運んだのでございますよ』
「そォいう事を聞いてンじゃねェ、なンでオマエがその学園都市協力機関にいやがるンだ」
『電車でのんびりと―――』
「手段の話をしてンじゃねェンだよ!」
どうやらオルソラは今の一方通行の状況をあまりよく把握していないらしい。
天使を救えるかどうかという一つの命を懸けた極限の状況下だというのに、
オルソラは相変わらずの会話方式で一方通行に接してくる。
空気が読めているのか読めていないのか、思わず一方通行がツッコミを入れてしまう程ののんびり屋っぷりを発揮していた。
『ステイルさんに指示されてここまで足を運んできたのでございます』
「ステイルだと?」
一方通行は赤い長髪を靡かせる魔術師の顔を見る。
ステイルもオルソラの放つ陽気さに当てられたのか、若干うんざりとした表情を見せながら応えた。
「君のとこの金髪に言われたんだよ。 『必要悪の教会』の女子寮に住む
シスターを全員イギリスの学園都市協力機関に向かわせておけ、ってね」
『まあ、ステイルさんもそちらにいらしているのでございますか?
無事で何よりなのでございますよ』
「・・・・・・まったく」
ステイルはため息と一緒に煙草の煙を吐き出した。
彼の言っていた金髪とは言うまでもない、エイワスの事だろう。
粋な計らい、と言えば聞こえはいいがなぜエイワスは彼女たちをわざわざ学園都市協力機関に
呼び寄せたのか。
一方通行はその案件についてはひとまず保留し、改めてオルソラに尋ねる。
「・・・・・・あの金髪のクソ野郎に言われたから馬鹿正直にそこへ足を運びましたってンじゃねェンだろ?
一体何しに行ったンだ?」
『それはでございますね――――』
『ちょっとちょっと、シスター・オルソラばっかり話してないで
私にも代わってくださいよ』
今度は少し幼い少女の声が聞こえた。
向こうにあるマイクを強引に動かす音が聞こえ、オルソラに代わってその少女が一方通行に話しかける。
『お久しぶりです一方通行。 アニェーゼですよ。
まさか忘れちまったとか言うんじゃねえでしょうね?』
「・・・・・・忘れてねェよ。 つかマジでオマエら全員そこにいやがンのか」
『あ、一方通行さん・・・・・・・・・・・・、アンジェレネです・・・・・・』
「・・・・・・全員いるみてェだな」
『余裕で定員オーバーです、とミサカ一七〇〇〇号は襟をパタパタしながら涼みます』
確かあの女子寮には二五〇人以上のシスターが住んでいたはずだ。
一七〇〇〇号がいる学園都市協力機関の一室がどれほどのスペースなのかは知る由もないが、
携帯電話から聞こえる大勢の黄色い声から察するに、ほぼ全員が同じ場所に詰め寄せているのだろう。
アンジェレネが照れているような怯えているような弱々しい声で言う。
『あ、あの・・・・・・私達、あなたに・・・・・・皆さんに激励の言葉を送るためにここまで来ました』
「激励だァ?」
『そうです。 "手紙"の内容を見て貴方達の事情は把握しちまってますんで。
大天使を救おうってんでしょう? だから応援しにきてやったんですよ』
女子寮のメンバーもどうやらミーシャ=クロイツェフの事情を知っているようだった。
言われてみれば、一方通行はキャーリサ達にも神裂にもステイルにもそんな事は一切話していないのに、
なぜか彼らは『天使同盟』の事情を知った上でここに駆けつけて来てくれている。
アニェーゼが今言った"手紙"とやらに『天使同盟』の切羽詰った状況が全て書かれていたのだろうか。
そんな事が出来る者など・・・・・・、と一方通行は途中で考えを放棄した。どうせまたあいつのサプライズだろう。
『えっと・・・・・・神裂さんもそちらにいらっしゃると思うんですけど・・・・・・。
私達とは別行動をとっていたので・・・・・・』
「あ、はい。 私もここにいますよ、アンジェレネ」
急に自分の事をフられたため半ば慌てて応答する神裂。
彼女の声を聞いたアニェーゼが『ホントにいやがった! この抜け駆け女ァ~!』などと喚いていたが
神裂は耳を塞いで無視した。
『ほらほら、シスター・ルチアもそんな部屋の隅っこで祈りを捧げてねえで
一方通行に激励の一つでも送ってやったらどうです?』
『あ、いや私は別に・・・・・・。 あ、ちょ、引っ張らないでください!』
電話先から何やら慌ただしい音が鳴り響く。
アニェーゼとしばし言い合いをした後、再びマイクが動く音がした。
『お久しぶりです、ルチアです。 えーと・・・・・・あまりこういうのは
慣れていないので何と言ったらいいのか・・・・・・』
「別に無理しねェでいいぞ」
『あ、そうです。 大天使様はご無事なのですか!? 私、あの手紙を読んでから
大天使様にもしもの事があったらという不安が押し寄せて夜も眠れなくて・・・・・・』
「とりあえず問題ねェよ。 ちょっと今は話せそォにねェが・・・・・・
ほら。 『大丈夫』だって手ェ振って応えてくれてンぞ」
見ると、精神的疲労が堪えているのかだいぶ控えめだったが、ミーシャが一方通行の
携帯電話の先にいるルチア達へ手を振っていた。
『ああ・・・・・・ありがとうございます大天使様。 お姿は見えずとも、
大天使様のお気遣いは私達に十二分に伝わっております・・・・・・』
と、一方通行側の方にも動きがあった。さっきまで一言も言葉を発しなかった
垣根帝督が顔を上げて一方通行の方を見ていた。
光が無くなりかけている目でボーッとしながら、ぶつぶつと何かを呟いている。
「・・・・・・・・・・・・あー・・・・・・、何か。 口うるせえ小姑の声がする」
それを聞いた一方通行は黙って垣根の方に歩み寄った。
その間にもルチアが何かを言っていたが、その声を聞いた垣根の口元が緩む。
「オイ小姑。 垣根の野郎がうるせェだとよ」
『む!? 垣根帝督・・・・・・!?』
「目覚ましには最適だなぁ・・・・・・こいつの声。 てか誰だっけ」
『ルチアです!! 人の名前を忘れるとはなんて失礼・・・・・・』
怒鳴り散らすルチアの言葉が不自然に途切れた。
そして後から続くハッとしたような反応。垣根の妙に衰弱した声を聞いたルチアは電話越しに彼の異変に気付いたらしい。
『・・・・・・ひどい怪我をなさっているようですが』
「・・・・・・ああ、図書館で調べ物してたらよ。 上から一〇万冊くらいの本が
落っこちてきてそれに巻き込まれた。 ひでえ目に遭ったぜ」
そう言ってふざけたように笑う垣根。だがそれがただの強がりであることを
ルチアは瞬時に察知する。
『・・・・・・あの、お願いですからあまり無茶はしないでくださいね
大天使様だけではなく、「天使同盟」の皆が無事で居てくれなければ意味はないのですから』
「はいはい。 お前もあんま眉間に皺寄せんなよ、早い時期に老け顔になっちまう」
携帯電話を爆発させる勢いでルチアが激昂してきたが、
垣根はそれを笑みで返すだけで受け流す。
原典の毒に浸かりきった超能力者の笑顔は、どこか心地良さそうにも見えた。
そしてまたしても喧騒が聞こえてきた。
ルチアの時のように、シスター達が誰かを無理やり引っ張ってきているようだ。
気怠げな、錆びた女の声が一方通行の鼓膜を揺さぶる。
『眠い・・・・・・。 ていうかなんなのよこれ、私は事情も何も知らねえっての』
「あ、シェリーさん・・・・・・?」
反応したのは風斬だった。電話先の相手はシェリー=クロムウェル。
かつて学園都市で風斬氷華を襲撃し、『天使同盟』として現れた風斬と
親睦を深めたゴーレム使いの魔術師だ。
『おう、風斬か。 相変わらずおどおどした声してんなぁお前。
つかこれ何? お前ら一体どこで何してんの?』
「ええと、・・・・・・とにかく色々と大変なことになってまして」
『ふーん』
いかにも興味ありません、な声色で返事をするシェリー。
彼女は他のシスターと違って今『天使同盟』が置かれている状況を全く把握していないようだ。
理解出来ないというわけではなく、どうやら本当にあまり興味が無いらしい。
背後から『何か一言送ってやれよー』的な声を受けてひたすら面倒くさそうに息をつくシェリーは、
『・・・・・・まぁよくわかんねえけど、頑張れよ。 お前らならきっと何とか出来るはずよ』
「あ、ありがとうございます・・・・・・!」
『あの白髪のガキにフラレたら私のとこに来な。 また叩きのめしてやっから』
それを聞いた白髪のガキが疑問符を頭の上に四つ程並べるが、
風斬が慌てて『な、何でもないですよ!!』と捲し立ててきたので真相は聞けなかった。
電話先の相手が再びオルソラに切り替わる。
『それから他にも、シスターの皆さんから応援の言葉を・・・・・・』
「いちいち全部聞いてたら日が暮れちまう。 ・・・・・・気持ちだけで充分だ、
わざわざどォも、とでも伝えておいてくれ」
『それもそうでございますね。 けれどこれだけはお伝え申し上げます。
私達シスターは直接あなた達の戦いを援護出来る力がありませんが・・・・・・、
それでも何かのお役に立てればと思ってこうして学園都市協力機関にお邪魔させて
もらったのでございます。 皆様一丸となって、あなた達の成功をお祈りしているのでございますよ』
「・・・・・・・・・・・・、あァ」
しばしの沈黙。先にそれを破ったのはやはりオルソラだった。
『・・・・・・それから、私個人からも』
「・・・・・・、」
『垣根さんも、ドラコさんも、風斬さんも、大天使様も、そしてあなたも。
皆さんが無事で戦いを終わらせることにこそ意味があるのでございます。
シスター・ルチアも言っていましたが、絶対に無茶だけはしないでほしいのでございます。
あなたも今、大変な壁にぶつかっているのでしょうが、私たちは信じているのでございますよ。
あなたの成功を・・・・・・」
「・・・・・・ハッ。 そォかよ」
『ええ、』
シスター達の暖かい言葉を受けて、一方通行の表情が柔和な笑みに変わっていった。
彼女たちの応援に素直に感謝した一方通行が礼を言おうとして、
『私とあなたで交わした口づけが、信頼の証でございますから』
………………………………………………………………………………。
一方通行は優しい笑顔を貼りつけたままフリーズドライ加工された食品のように固まった。
第一位の周囲から送られてくる視線の質が一気に変わる。
「・・・・・・・・・・・・口づけ?」
「所謂キス、というものであるな」
「お、おおおお、オルソラ・・・・・・!!? それは一体どういう・・・・・・!?」
『これは速攻で上位個体に報告だろ、とミサカ一七〇〇〇号はこの会話内容を
しっかりと記憶回路に焼き付けます』
「この状況でよく惚気けていられるな君たちは・・・・・・」
『シスター・オルソラァァァァァあああああああああ!!!!!!
そ、そそ、それは事実なのですか!? ウソですよね!? ね!?』
「yoged不覚nyesjh」
『一応報告しておきますが、今の会話はミサカネットワークを通すまでもなく
全妹達に届いておりますので、とミサカ一〇九五三号は上位個体の反応を
予想しながらニヤついてみます』
「ウサギのクセにそんな度胸があったとは。 人参でもぶら下げられて釣られたか?」
「オマエらちょっと黙ってください頼むからァァァァァァァ!!!!!!」
危うく手に握っている携帯電話を握り潰すところだった。
今ここで妹達との連絡が途絶えてしまったら終わりだ。一方通行は荒い息を吐きながら
頭を冷やしていく。
「オルソラさンンンンンンン!!!!! オマエ今の状況わかってンのか!?
いや違う、つか待て、これは違うンだよ何適当な事ぬかしてやがンだクソシスター!!」
『あらあら、照れてる一方通行さんも可愛らしいのでございますよー、うふふ』
「オイ、一七〇〇〇号だったか。 そこのバカ今すぐ捨ててこい!!」
『現在リアルタイムで「エトワール」の様子を追っているためあなたの声が聞こえません、
とミサカ一七〇〇〇号は口笛を吹きながら手元のキーボードを叩きます』
「聞こえてンだろォがァァァ!!!!!」
つい先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら。すっかりオルソラのペースに巻き込まれた
一方通行は周囲に人目がなければ涙を流していたかもしれない。
さっきから風斬が『やはりあのノートに書いてあったことは・・・・・・あのノートさえ無ければ・・・・・・』とか
何か不気味な雰囲気を漂わせながら独り言を呟いているがどうしたのだろうか。
その後も電話先から、そして一方通行の周囲から豪雨のような質問攻めが飛んできたが
一方通行は返す刀でそれを全て『反射』して誤魔化しきる。いや、多分誤魔化しきれてない。
『近々、学園都市に皆で足を運ぶかも知れませんので、その際は
よろしくお願いするのでございますよー』
「あァ・・・・・・愉快に素敵に出迎えてやンよクソったれ」
いろんな意味で疲労困憊に陥った一方通行は呼吸を荒げながら答えた。
『次に会うときも・・・・・・全員揃っていることを願っています』
『私をいつまでも小姑扱いする垣根にもよろしく伝えておいてくださいね』
『十字教の終焉なんて冗談じゃねえです。 絶対に阻止しちまってくださいよー。
信じてますからね』
好き勝手言いやがって、と一方通行は毒づくもどこか嬉しそうだった。
交流の輪を作るということは、こういうことなのかと理解した。こうして大勢の人間から
暖かく見守れる経験など、まさか自分の人生においてそんな事になるとは思わなかった。
あのツンツン頭の無能力者も、こんな経験を味わっているからこそ何かを守れる力を得られるのだろうか。
『では、一方通行さん。 ご武運を―――』
「待て、オルソラ」
オルソラがしばしの別れを告げようとしたところに、一方通行が割って入った。
「もォ少しオマエらはそこにいろ。 今から俺が、『天使同盟』が。
オマエらに・・・・・・いや、"世界"にメッセージを送りつけてやる」
『?』
返ってきたのは沈黙だった。それもそうだ、いきなりメッセージを送ってやると言われても
一方通行本人以外には何のことやらさっぱりだ。
だがオルソラは漠然と一方通行が行おうとしていることを理解し、
『では、楽しみにしているのでございますよ』
「あァ。 またな」
そしてシスター達とのやり取りを終えた。
そこから入れ替わって電話先の相手は再び妹達となる。
『一方通行、あまり時間が』
「わかってる。 演算処理の続きを行うぞ」
と、急に頭の奥にまで響くような重低音が辺り一帯に鳴り響いた。
一方通行の足元が沈み、学園都市に地鳴りが発生する。
彼の周囲にいる者達は何事かと若干焦燥したが、一方通行は動じない。
この現象は彼が引き起こしているものだった。一方通行は沈んだ足場に立ったまま
ゆっくりと体勢を変え、大量の翼の装飾が施された白い槍を構える。
『完璧な演算処理です。 「エトワール」接触に必要な距離、速度、予測時間、
全てが奇跡的にバランスをとっています。 そのままの状態を維持してください、
投擲開始時にミサカが合図を送ります、とミサカ一〇〇三二号は報告します』
気付けば、さっきまで一方通行を襲っていた焦燥感や緊張感、恐怖などは全て払拭されていた。
失敗を恐れなくなったわけではない。やはりまだどこかで失敗してしまったら、という不安は残っている。
だが、だからどォした、と一方通行は思う。
失敗を恐れてこのまま何もしなければ間違いなくミーシャは助からないのだ。
恐怖を感じるのは何も悪いことではない。それだけ意識がハッキリしているし、
その恐怖と緊張感が逆に超精密な演算処理をスムーズに行える。
そしてオルソラたちとの状況のそぐわない何ともマヌケな会話のおかげか、
一方通行の精神状態は非常にリラックスしていた。
ベストコンディション、こうなれば学園都市の第一位は本当に無敵だった。
「もォすぐこいつを投擲する。 余波に備えてオマエらは少し離れてろ」
一方通行は遥か先にあるのだろう『星の欠片』を見据えるように空を睨みながら言った。
周囲にいたキャーリサ達や神裂、垣根に肩を貸すステイルは無言で一方通行から距離を取る。
風斬も不安そうな表情を残しながらミーシャを支えて彼から離れていくが、
「aslx貴方pfgxlh」
「・・・・・・・・・・・・心配すンな。 すぐに終わる」
一方通行は少年のような優しい笑顔を見せながら、
「これ終わったら、またすき焼きでも食いに行くか」
ミーシャは紛れもない笑顔を返し、彼を心の底から信じてその場を後にした。
『カウントを開始します。 六六、六五、六四、六三・・・・・・・・・・・・』
『一分後に投擲開始です。 再度確認しますが準備はよろしいですか?
とミサカ一六二一一号は尋ねます』
「問題ねェよ。 ただ一つ確認してェ、俺が投げる槍の軌道上に太陽があったら
目標を突き放した際に太陽にぶつかって結局消滅しちまう。 その点については?」
『問題ありません。 現在の位置関係からしてコロナにすら触れることなく
投擲物は「エトワール」の「コア」に接触するはずです、とミサカ二〇〇〇〇号は説明します』
―――――――残り六〇秒。
『「エトワール」に投擲物を射出した後は恐らく世界中を巡る電波、及び衛星軌道上にも深刻な影響が発生します。
よって、ミサカ達との連絡も投擲開始と同時に終了することになると予想されますが
他に確認したい案件がございましたら今のうちにどうぞ、とミサカ一六二一一号は続けて尋ねます』
「必要ねェ。 必須要素は全て揃ってる」
『天使同盟』の全ての想いが込められた聖槍の投擲まで残り一分を切った。
妹達から今なお送られる『星の欠片』の位置座標を移動速度を考慮した演算処理に乱れはない。
電話先から刻まれる妹達のカウントに同調するように、一方通行の心臓も鼓動する。
地鳴りがどんどん激しくなってくる。一方通行の周囲には不自然に集まってきた風が
彼を取り巻くように吹き荒んでいた。
―――――――残り三〇秒。
『・・・・・・・・・・・・。 一方通行、』
「あァ?」
妹達の一人が何かを言い淀むように声をかけ、沈黙する。
何となくだが一方通行はこの妹達が一〇〇三二号だと判別することが出来た。
―――――――残り二〇秒。
『・・・・・・。 もし機会があれば、一度真剣にミサカ達とお話する場を設けて欲しいです、
とミサカは懇願します』
「・・・・・・、」
この場の雰囲気に飲まれているだけだ、と一方通行は思った。
この『天使同盟』が引き起こした騒動が収まれば妹達の頭も冷え、
一方通行と話をしたいなどという考えは吹き飛んでいくだろうと彼は考えた。
―――――――残り一〇秒。
それでも、
「・・・・・・オマエらがそォ思うンなら、俺はいつでもオマエらに会いに行く」
『ありがとうございます、とミサカ一〇〇三二号は妹達を代表して礼を言います』
何の礼だ、と一方通行は苦笑した。
礼を言いたいのは、頭を下げなきゃならないのは間違いなく自分の方だというのに。
―――――――残り五秒。
四、三、二、
そして一方通行は最後にもう一度だけ、ミーシャ=クロイツェフの顔を見て、
―――――――残り一秒。
『撃てます』
「当ァたれェェェェェェェェェええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
空間が圧縮するような妙な音がした。
地面が不気味に陥没し、一方通行を飲み込んでいく。
ブーストに火がついた瞬間の超音速戦闘機を爆音を至近距離で聞いたような、
鼓膜を容赦なく突き破らんとする音が炸裂する。
第二位が命を懸けて作り出した聖槍を、第一位が星に目掛けて投擲した。
『天使同盟』の、ミーシャ=クロイツェフの想いを全て乗せて。
成功か否かは神のみぞ知る、というのは全くのデタラメだと思った。
もしそうだとしたら、一方通行の背後にいたあの禍々しい神がとっくに結果を暴露しているはずだ。
結果は神が決めるのではない。
一方通行達が、自分たちで成すもの。
『ゲーム』開始から三時間以上が経過。
この日、世界で最後の異常現象が発生した。
――――――――――――――――――――――
「あ・・・・・・」
日本。学園都市。
この日最後の異常現象が最初に確認されたのはそんな場所だった。
上条当麻は第一九学区への侵入を拒む謎の壁の前でインデックスと一緒に佇んでいた。
隣には警備員の黄泉川愛穂、そして周囲には大勢の警備員や駆動鎧が出張っている。
この光のカーテンが無くなった瞬間に第一九学区に突入する算段らしい。
そして上条達もそれは同じだった。
まず、ついさっきまでウソのように静まり返っていた第一九学区から
とてつもない爆裂音が鳴り渡った。
その少し前に発生した地鳴りの事など一瞬で忘却してしまうくらい、その衝撃は凄まじいものだった。
地球が爆発したんじゃないかと上条は本気で思った。
次に、第一九学区から夜空にかけて閃光が伸びていった。
恐らく何かが第一九学区から射出されたのだろうと上条は漠然と思った。
だが彼は疑問に思う。一体何が、どんな速度で射出されたら
その投擲物の残像がいつまでも空に伸びたままで映るというのだろうか、と。
そしてしばらく経った後、
「・・・・・・雪?」
隣にいる白い修道服を着た少女がぽつりと、空を見上げながらそう呟いた。
上条と黄泉川も釣られて空を見る。
確かに、強制的に彩られた夜空からしんしんと、ぼんやりと光る何かが降ってきていた。
雪だと言われればその時点ではそうだと思い込んだかもしれない。
今は一一月下旬、関東地方に位置する学園都市に雪が降ってもおかしくない季節だ。
しかし、それは雪ではなかった。
「これ、って・・・・・・・・・・・・」
上条は徐々に確認できる数が多くなってきたそれを見たとき、ふと思った。
いや、思わざるを得なかった。
「羽根?」
学園都市に降り注いだのは雪ではなく、天使を連想させる無数の羽根だった。
――――――――――――――――――――――
突然第一九学区周辺に配備された警備員から逃げ出すように身を隠していた浜面仕上、滝壺理后、麦野沈利の
『アイテム』三人も、自然災害を彷彿とさせる地鳴りの後に起こったその現象を目の当たりにしていた。
「す、すげえ・・・・・・なんだこれ・・・・・・、天使の羽根か?」
「すごく綺麗だね」
「・・・・・・ちょーっと待って。 これってやっぱり第一九学区で祭りを行ってたヤツらが
『天使同盟(アライアンス)』だって事を示してるんじゃないかにゃーん?」
彼らは例のハッキング事件で『天使同盟』という名の存在を知っている。
だからこそ、まるで天界から降ってきたかのようなこの羽根を見て彼らは真っ先に『天使同盟』を思い浮かべた。
「つかこれ何? どういう素材で出来てんだ。 まさか本当にこの世にゃ天使がいる
だなんて思わせるために一連の騒動を起こしたんじゃないでしょうね『天使同盟』とやらは」
麦野は降ってきた羽根の一枚を掌に乗せながら言った。
その羽根はふんわりとしている、などという表現では追いつかないほどに感触が無かった。
彼女の掌に乗ったのは発光する無機質な白い羽根。だが羽根はこれ一種類ではなかったようだ。
「見て、むぎの。 私のは黒い羽根。 AIM……で出来てる、のかな?」
「宝石みてえなのもあるぞ、こんな硬いもんがどうやってふわふわ降ってんだ。
・・・・・・うわっ! これとか輝きすぎだろ! 近くで見たら目が潰れるぞ・・・・・・」
「なんでこんなバラエティに溢れてんだこの羽根どもは。 ・・・・・・これとか見てよ、
ちょっと紫電が走ってない? どういう原理で生み出されてんだか・・・・・・」
一見すれば、それは身震いするほどに不気味な現象。
だがなぜか、アイテムの三人は尚も空から降ってくる羽根を見て柔らかい笑顔を浮かべていた。
なんだかこの羽根に触れていると、少しだけ幸せな気分がして――――。
――――――――――――――――――――――
そして天使の羽根が降り注ぐという現象は瞬時に拡大し、世界中でも確認することが出来た。
その中でイギリスも例外に漏れることはなく。
「おお、・・・・・・おおおおおおお・・・・・・・・・・・・おおぉ・・・・・・・・・・・・」
学園都市協力機関から出てすぐの道端で、シスター・ルチアは膝をついて
両手を組み、涙を流しながら歓喜に震えていた。
機関に勤める科学者達も窓を開けて顔を覗かせながら目を点にしている。
「す、すごい・・・・・・! これって、一方通行さん達が・・・・・・?」
「おおー・・・・・・絶景ですねえ。 一体どうやってこんな演出を施したんでしょ?
天使が空飛んでブワーって羽根でもばら蒔いちまってんですかね?」
一目散に研究所を飛び出したルチアを追うように出てきたアンジェレネとアニェーゼも
色どり鮮やかなその羽根を見て目を爛々と輝かせている。
窓からその光景を覗く科学者を押しのけて、シェリーも眠たそうな瞳でそれを眺めていた。
そしてオルソラも、
(・・・・・・・・・・・・ちゃんと、ここにも届いたのでございますよ。
あなた達の、『天使同盟』のメッセージが)
ニッコリと笑いながら、何時までもこの幻想的な風景を眺めていた。
――――――――――――――――――――――
ロシア連邦。エリザリーナ独立国同盟。
もうすぐ昼になろうというロシアの空にも、天界から贈られてきたような羽根のカーテンが覆われていた。
「だ、第一の質問ですが・・・・・・わ、わわ、ワシリーサ・・・・・・これって・・・・・・!!」
「うふふ、あの坊や達でしょうね。 つかこんなレア現象を目の当たりにして
はしゃぐサーシャちゃんの可愛さと言ったらんもぉぉおおおおおっほほほほほほほほほ!!!!!!!」
うへへどひゅひゅと意味不明の奇声を上げながら抱きついてくるワシリーサにも構わず、
サーシャは歳相応の少女らしい笑顔を振りまきながら独立国同盟の領地内にある
白い雪原ではしゃぎまわっていた。
そんな二人の様子を見ながら、なぜかうずうずと体を震わせているレッサーがため息をつく。
「はー、やれやれ。 サーシャさんもやっぱり根はお子ちゃまですねえ。
確かにこんな綺麗な羽根が雪みたいに降ってくる事には驚きましたが・・・・・・
そこは黙って微笑を浮かべながら眺めるのが大人の女の嗜みってもんですよねえ?」
レッサーの言葉に、その大人の女を彷彿とさせるエリザリーナが柔和な笑みで
空を見上げながら返答した。
「我慢しないであなたも混ざってきたら?」
「え!? い、いえ、私はあんな風にはしゃぎまわるような端無い女ではありませんので、」
「そう? でもほら、街の子供たちもサーシャと一緒に走りまわってるわよ。
一番多く羽根を取った人が勝ちですって。 面白そうじゃない?」
「い、いやあ・・・・・・」
「もうこんな現象、二度とお目にかかれないと思うけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
直後、きゃっはーーーーーー!!!!! とサーシャに負けず劣らずの少女らしい歓声を放ちながら
羽根が舞っている雪の絨毯に思い切りダイブした。
「うおおおおおおおお!!! 届いてます、『天使同盟』の皆さん!!!
確かにあなた達の想い、このロシアの地にも届きましたよー!!!
ってあれ!? なんですかこの羽根、すぐ消えちゃうじゃないですか!!」
「れ、レッサー! 第一の私見ですが見てくださいこれ! 黒い羽根を集めてみました」
「その羽根はトラウマぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」
ギャーギャーと喚くガキ二人を見て思わず吹き出すエリザリーナ。
(・・・・・・『天使同盟』。 なかなか粋なサプライズを披露してくれたわね)
彼女は手に乗った一枚の羽根にフッと息を吹きかける。
羽根は天に誘われるように舞い上がっていった。
――――――――――――――――――――――
イギリスの一角に聳えるバッキンガム宮殿の前の近くにある公園に、
『王室派』を代表するお姫様三人が護衛の一人も従わせずに居た。
「わあ・・・・・・なんて綺麗・・・・・・」
「これもあの子達の仕業か? まったく、とんでもない事をしてくれたもんだな・・・・・・」
「あらあら。 ウチの自慢の妹も、これに負けず劣らずの馬鹿な行為を働いてるわよ?
まあそれはさておき・・・・・・確かに圧巻ね、これは」
『王室派』、英国女王のエリザードと第一王女のリメエア。
そして第三王女のヴィリアンもまた、この不可思議な現象に直面していた。
「私は手紙を読んでいないのだけれど・・・・・・、キャーリサ達が向かったのは学園都市なんでしょう?
だったらこれの原因も学園都市にあるのでしょうね」
「は、はい・・・・・・そうだと思います」
「ていうか私もその手紙とやらは知らないわけで。 まったく、キャーリサの馬鹿はともかく
騎士団長やウィリアムまで便乗しやがるとは・・・・・・ぐぬぬ。 どんな罰則を与えてやろうか・・・・・・」
(・・・・・・ごめんなさい、姉上、騎士団長、ウィリアム。 母上達に上手く言い訳出来ませんでした・・・・・・)
プンスカと煙を上げながら憤るエリザードを横目にヴィリアンが心の中で馬鹿三人に謝罪した。
リメエアとしてはキャーリサ達がどうなろうと知った事ではないらしく、
むしろどんな罰が降りかかるのか密かに楽しみにしているようにさえ見える。
「それにしても・・・・・・」
「?」
「この羽根、誰が掃除するのかしら?」
「雰囲気ぶち壊しです姉上!!!」
だがそんなリメエアの懸念を解消するように、地面に落ちた無数の羽根は
しばらく経つと虚空に消えていった。
――――――――――――――――――――――
暖色という暖色を一切合切取り除いたような牢獄だった。
何やら周囲が騒がしい。天使がどうだの羽根がどうだの、詳細は確認できないが
イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』にとっても驚愕すべき事態が発生したのだろう。
『彼女』もその事態の一部をその身で体験していた。
この『必要悪の教会』が管理する対一級魔術師用牢獄施設の一室で。
「………………………」
さっきまで彼女の体から魔力がどんどん吸い取られていた。原因はわからない、ただ急に
体から黒い霧……粒子のようなものが発生し、途端に全身の力が抜けたのだ。
今は事態も収まり魔力は戻っているが、それで彼女が喜ぶことはなかった。
彼女の肉体には『聖人』としての力が宿っていた。それを彼女はひどく憎んでいた。
先の現象の理由などは知らないが、いっその事、
「いっその事、この私から『聖人』の力を全て抜き取ってから終わって欲しかったものだ」
彼女には『聖人』としての力が備わっている他にもう一つ、ある力を持ち合わせていた。
それを、北欧神話では『ワルキューレ』と呼んでいる。
――――――――――――――――――――――
某国。とあるアパートメントの一室。
とある近衛侍女(クイーンオブオナー)はとある事情で面倒をみている数人の子どもを寝かしつけたのを
確認すると、ふぅとため息をついて窓から見える景色を眺める。
「時代の変革、か。 この様子だとどうやら失敗に終わったみたいだね」
「そうだな」
金髪の女の言葉に答えたのは、同じ金髪の青年だった。
青い瞳の視線を膝下に落として洗濯物を畳んでいる彼は、何かを悟ったような声色で続ける。
「『抑止力』だよ。 何か大きな事象を起こすとき、世界ってのは
必ずその事象に対抗出来るような抑止力を生み出す。 それは時に人間であり、
天災であり、偶然であり、必然でもあるんだ」
「アレイスターに対抗出来る抑止力が即席で出来上がるとは思えないけどねえ。
それが例え天使でも。 空から降ってきてるこの羽根もそうだけどさ、
どこかの魔術結社が秘密裏に構成させてた組織かなんかが止めたとしか思えない」
「それこそ無理だ。 たかが魔術結社や魔術師が食い止められるような事じゃない。
『ホルスの永劫』っていうのはそういうものだ。 『セレマ』の意志は今も強固に存在している。
魔術側の勢力じゃない。 かといって、科学の力だけでもアレイスターは止められない」
「だったら何?」
金髪の男はその顔だけで男性ファッション誌の表紙を飾れるような
キラキラとした清々しい笑顔を浮かべながら、
「簡単な話だ。 誰かが、拳を握って、自分が正しいと思っている理由を胸に抱いて立ち向かったんだ!
多分今回のこれを引き起こした誰かは純粋で真っ直ぐな少年タイプだな。
泥にまみれて何度も挫折を味わって、それでも地面を這いつくばって前に進んでいるような――――」
と、不意に男の言葉が途切れた。近衛侍女の蹴りが深々と顔面にクリティカルヒットしたからだ。
「ぎゃぶっ・・・・・・!? にゃ、にゃんで・・・・・・」
「私は真面目に聞いてるんだっつーの」
男は椅子に座ったまま真後ろに倒れこんだ。その衝撃でベッドに眠る子供たちが
もぞもぞと寝返りをうつが、目を覚ますことはなかった。
「大体、本来ならそのアレイスターへの抑止力はアンタが果たす役割だったんだ。
それをみすみすどこの馬の骨とも知れないヤツらに譲りやがって・・・・・・。
また前の時みたいに後悔することになるんじゃないだろうなこの大馬鹿野郎!!」
「ひいいぃごめんなさいごめんなさい!! ていうかいいじゃんそんなの誰でも!!
つかむしろ適役じゃん!? 俺なんかよりその方達はよっぽど優秀な人間なんだろうし!!」
「人間なわけねえええだろ!!!? どう考えても天使やら地球外生命体やらが一枚噛んでる!!
人間だとしても普通じゃねえっての!! オシリスにそんな人間がいるかぁぁぁ!!?」
「い、いるでしょそりゃ・・・・・・」
椅子の影に隠れてガタガタ震えながらも、男はハッキリと言い切った。
彼の視線がある方向へと向けられる。金髪の近衛侍女も追うように視線をそこへ投げた。
そこには、一人の男がいた。
その男は体を毛布で包み、見ただけで暖が取れそうな柔らかい湯気が立つマグカップを
口元に運び、ホットコーヒーを一口飲む。
「彼からオシリスの時代の話は大体聞いたんだ。 だからわかるだろ?
この世界には、そんな抑止力がありふれてるんだって。 俺もその一部分に過ぎないよ」
「・・・・・・・・・・・・ったく」
女は頬を膨らませながら再び窓の外を見つめる。
金髪の男はコーヒーを味わう男を見て微笑しながら話しかけた。
「近々、この抑止力とも接触してみたいもんだな」
男は何も言わず、代わりに薄い笑みで返した。
マグカップを机に置き、『無くなってしまった右腕』に目を向けながら。
――――――――――――――――――――――
「間もなく槍が『星の欠片』に接触する時間だな。
さて、問題はその『結果発表』なのだが・・・・・・・・・・・・」
空から降ってくる羽根の数もだいぶ減ってきた頃、唐突にエイワスがそんな事を言った。
「こればっかりはミーシャ=クロイツェフの存否で判断するしかないだろうな。
衛星軌道上の人工衛星もいくつか破損してしまったし・・・・・・。
槍の投擲によるジャミングで妹達とも連絡がとれん状況にある」
独り言ではなかった。エイワスが佇むすぐ傍では、満身創痍になったアレイスターが
仰向けになって倒れている。虚ろな目に映るのはただただ黒い偽りの空。
一方通行によって放たれた槍の軌跡は未だに残像として残っていた。
物理的現象によるものではない。魔術的な要素が絡んでいる現象でもない。
説明不可能の力が働いたその軌跡は、まるで天へと導く柱のようだった。
光速に等しい速度で射出された槍は当然、尋常ではない威力の余波を生み出している。
それでも学園都市が木っ端微塵になっていないところをみると、やはり一方通行の
演算式は完璧だったようだ。
「ここで『天使同盟(アライアンス)』が終わろうと終わるまいと、問題はこれからだな」
エイワスはこれから先の未来を思うと愉快で仕方がないというような顔をしながら、
「ホルスを逃した隙を狙って世界中の魔術結社が君を狙ってくるだろう。
君の存在自体が公になるまでの時間もずいぶん長いだろうが、それでも
いずれは明らかになる。 学園都市の存続に危機が迫れば上条当麻や一方通行は
動くだろうが君自身はどうかな」
「・・・・・・あなたはどうするつもりだ」
「まだしばらくは『天使同盟』で遊ぶか、もしくは『奥』に引っ込んで
また傍観かな。 ただ、これほどにまで価値のある事象はあと数百年は起きないかもしれないな。
私自身が引き金を引くという手もあるが・・・・・・ふふ、さてどうしようか」
「同情するよ」
「何に」
「あなた以外の、全ての存在にだ」
くぐもった笑いで返すエイワス。
それは無数の可能性を選択できる者にのみ生まれる余裕だった。
何時でもどんな時でも、エイワスは自由に『観測』出来る。
気が向いたらどこにでも現れ、興味がなくなれば一言も告げずに去っていく。
必要ならこの世の全ての人間に富と名声を与えるし、必要なら今すぐ全人類を滅ぼす。
願えばなんでも出来るのではない、それではエイワスとしてはつまらない。
エイワスはそれらを引き起こすためのトリガーを握っているだけ。それを引けば、あとはエイワスの思うように
世界は動いていく。
そしてそれすらも、エイワスから言わせれば茶番。この地球外生命体が重視する点はいつだって興味と価値。
そこに運命や偶然というスパイスが加わることで、世界の理は更に旨味を増していく。
だからエイワスは何が起きても動じない。
そのはずだった。
「さて、ッ・・・・・・・・・・・・、・・・・・・」
さっきまで流暢に言葉を紡いでいたエイワスの口が途端に止まった。
というよりは、急に喋ることが出来なくなったような感じだった。
いつも浮かべているそのフラットな表情も、今はハッキリと判別できるくらい曇っていた。
エイワスは先程から一切、アレイスターの方を見ていない。
確かにアレイスターはエイワスに完膚無きまでに叩きのめされた。それは間違いない。
だから今更敗北者に向ける目線など無いといえばそれも正しいだろう。
だが、それがエイワスの最初で最後の『油断』だったと言えばそれも正解かも知れない。
ボロボロな体を地面に仰向けで預けているアレイスター=クロウリー。
彼の口角は、怖気が走るほどに醜い笑みで引き裂かれていた。
――――――――――――――――――――――
人間が倒れる音がした。
それは一方通行がガタガタになった足場に膝をつく音だった。
死んだわけではない。確かに彼の怪我は今すぐ病院へ直行するべき重傷なのだが、
今はそれどころではない。
槍は投げ終えた。だが妹達との連絡が取れなくなってしまったため、成功か否かは
ミーシャ=クロイツェフの様子を確認することで初めて観測できるのだ。
バッテリーが残り一分を切っていたため彼は電極のスイッチをオフにした。
右腕に装着していた杖は戦闘の経過で破壊されてしまっていたため、重心のバランスが取れなくなる。
(あいつは・・・・・・ガブリエルはどォなった!? 『星の欠片』は!?
クソ、槍を投げてしばらく経ったってのになンでこンなに静かなンだ・・・・・・)
彼は適当な鉄のパイプの残骸を杖代わりにすると、肩で息をしながら
陥没した地面を駆け登っていく。
まだ全てが終わったと確信できたわけでもないのに、急に全身から力が抜けていくのが分かった。
心のどこかで安心してしまったからだろう。杖をついていても足元がフラつく。
それでも一方通行は懸命に登った。一目見たい。無事に儀式場が保護され、
無事にこの世界に顕現し続けているあの天使の顔が見たい。その一心で。
やがて何とか陥没した地面の壁を登り終えた一方通行の心臓を止めるような出来事が起きた。
前兆も何もなく、突然に、学園都市の空が夕焼けに変貌したのだ。
一方通行は呼吸をすることも忘れていた。さっきまで学園都市は夜だった。
だがその夜は、ミーシャ=クロイツェフが太陽系の惑星にこれ以上の刺激を与えないようにと
精神をすり減らして『天体制御(アストロインハンド)』を行使し続けていたからだ。
それ故、今の空模様が切り替わってしまうのはマズい。
それはつまり、『天体制御』の効果が切れたということ。
それはつまり、ミーシャ=クロイツェフの身に何らかの事態が発生したということにはならないだろうか?
それとも、ミーシャの独断なのか。
「う、ァ・・・・・・うぐ・・・・・・」
言葉にならない声を漏らしながら一方通行は呻いた。
ここまで来て? ここまで戦って? ここまで成し遂げたというのに?
最悪の可能性が第一位の脳を麻痺させていく。
だがそんな胸を押し潰すような懸念も、とある少女の声で和らいだ。
「一方通行さん!!」
遠くに見える人影に目を凝らす。風斬氷華だった。
さらに後ろには槍の投擲の余波を考慮して安全な場所まで離れていた魔術師達の姿が窺えた。
「一方通行さん、大丈夫ですか・・・・・・!?」
「風斬・・・・・・」
そして風斬の傍らには、
「oycmfk貴方lpuisd」
「・・・・・・・・・・・・ハッ。 この、野郎・・・・・・驚かすンじゃねェよ」
一方通行が今一番見たかった人物の姿。
いや、人物という表現は適当ではない。
天使。
ミーシャ=クロイツェフは衰弱しきった足取りで、しかし見紛うことなくその姿を彼の視界に映してくれていた。
鉄くずの棒切れだけで体を支える一方通行を風斬が慌てて介抱する。
心身ともに限界だった一方通行は風斬にそのまま身を預けた。
「あ、あの、大丈夫ですか・・・・・・? 頭とか・・・・・・」
「オイ、そりゃどォいう意味だコラ」
「え、あ、ああすみません! そういう意味じゃなくてその、演算処理の影響が
脳とかに出てたらと思って・・・・・・」
ど至近距離であたふたする風斬に思わず笑ってしまう一方通行。
緊張の糸がプッツリと切れ、全身に力が入らない。
と、ヴェントがしかめっ面で一方通行達に突っかかる。
「チッ、見せつけてんじゃねえよクソ共」
「あァ?」
「ち、違いますよヴェントさん・・・・・・! これはそういう意味では・・・・・・」
どうやら弱り切った一方通行を介抱する風斬氷華の図がお気に召さなかったらしい。
ヴェントはもう一度舌打ちをするとそのままそっぽを向いてしまった。
微量ではあるが未だに降り続ける羽根を掌の上で弄びながらキャーリサ達が言った。
「感動のフィナーレを飾るのに最適な演出だし。 とりあえず、お勤めご苦労様?」
「うるせェよ。 つかウィリアムよォ、オマエの方で『星の欠片』がどォなったか
調べたり出来ねェか? よくわかンねェけどオマエ、ガブリエルと同じ属性ってのを
持ってンだろ?」
「その力は第三次世界大戦で失っているのである。 ・・・・・・だが現状、こうして
大天使は顕現している。 引き続き様子を見る他あるまい」
「太平洋に浮かべていた『グラストンベリ』はどうなっているのでしょうか?
少し前の魔力枯渇現象に巻き込まれて海に沈んでしまっていては事です」
「放っとけ。 後で適当にイギリスへ引き上げ作業でも要請するの」
キャーリサの無責任な言葉に騎士団長は深いため息をつくしかなかった。
そんな中、神裂火織は難しい顔をしながら首を忙しなく動かしていた。
彼女の様子に気付いたステイルが肩からずり落ちる垣根の位置を直しながら尋ねる。
「どうした? まさかあの仮面の軍団の気配がするとか言い出すんじゃないだろうね。
今更あいつらが攻めて来るとも思えないけど」
「いえ、そうではありませんが・・・・・・。 この街の周辺、光の壁の外側を囲うように
人間の気配を感じます。 ・・・・・・・・・・・・何でしょう?」
聖人の視力を発揮して周囲を注意深く見てみるが、どの方向もビルの残骸や
崖のように盛り上がっている地盤が視界を遮ってくるため確認出来なかった。
各々が今後の行動を思案する中。
「ckby貴方paituc」
「・・・・・・・・・・・・ンだよ、アホ天使」
ミーシャ=クロイツェフが一方通行から少し離れた場所で静かに佇んでいた。
天使は微笑んでいた。凹凸で表現されているだけの顔でもハッキリと確認できるくらい、
彼女は笑顔を見せていた。
「kdpgv貴方lordaf」
「ハッ。 いっちょ前に笑って見せやがって・・・・・・似合わねェってンだよ。
だがまァ・・・・・・今くらいならそれもイイかもな」
「ありがとう」
「あァーはいはい。 どォいたしましてェ」
ミーシャはその場から動かない。だがこうして今もこの世に存在し続けている。
それが、一方通行が、皆が、天使の救済という奇跡を起こせた証拠。
だったら、
「jhnv貴方oyutdc」
「あン?」
「ありがとう」
「ンだよさっきから同じ事ばっかり言いやがって。 リピートなンざしなくても、」
なぜ、
「聞こえてる・・・・・・・・・・・・っつゥの・・・・・・・・・・・・」
「ありがとう」
助かったはずのミーシャ=クロイツェフが、足元から幻のように消えていく?
「え?」
ミーシャの身に起きた目を疑う現象に風斬は思わず声を漏らした。
他の面々も足元からどんどん消失していく天使を見て目を見開く。
「おい」
「・・・・・・・・・・・・あり、がとう」
一方通行は何度も何度も、壊れたカラクリ人形のように同じ言葉を放つミーシャを
呆気に取られた表情で見つめるしかなかった。
いや、これはもう―――――――見届けている、と言った方が正しかった。
「天使さん・・・・・・・・・・・・? 天使さん!!!」
悲鳴に近い声でミーシャをに呼びかけながら風斬が駆け寄る。
彼女はミーシャの手を取ろうとしたが、天使の体はホログラム映像のようになっているのか
風斬の手は虚空を掴むだけだった。
「・・・・・・・・・・・・どォ、した。 どこに行くンだよオマエ」
ミーシャは答えない。ただひたすら一方通行に笑顔を送るだけだ。
彼より先に事情を把握したのか、風斬が滅茶苦茶な言葉で泣き喚いていたがそれも聞こえない。
――――――聞きたくない。
「おい」
「・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・ありがとうじゃねェよ」
そして、一方通行の中の感情が爆発した。
「どこに行くンだって聞いてンだろォがこのクソ野郎がァッ!!!!」
鉄の棒切れを地面に突き立て一直線にミーシャに飛び掛かる。
しかし一方通行の体は何も捉えることなく、何も抱くことなく、そのまま地面に倒れこんでしまった。
「―――――――――――、」
なんで?
一方通行の脳裏に浮かぶ言葉は、それだけだった。
なんで、どうして、ミーシャはどこに行った? ぐらぐらと眼球が忙しなく動く。
鳥肌が立つほどの不気味な震えが彼の細身の体を一気に襲う。
周囲からは声は聞こえない。ミーシャの消失を見ていた魔術師達も言葉がないというような状態だった。
静まり返った第一九学区に唯一音を発しているのは、大事なものを無くしてしまった子供のように
泣きじゃくる風斬氷華の声だけ。
こうなると嫌でも第一位の脳が結論を出してしまう。
失敗した。『星の欠片』は儀式場の『門』を残したまま、太陽というどうしようもない存在に飲み込まれた。
確かに成功の見込みなどなかった。一パーセントどころの話ではない。小数点以下、奇跡、そんな言葉で
表現されるほどの成功率だった事は承知している。
だが一方通行は現実を認めることが出来なかった。ミーシャ=クロイツェフはこの世から消失した。
この現実から全力で目を背けた。
現実逃避をしたところで、大天使が再び降臨するわけもないというのに。
(そンなわけねェ。 失敗したなンて、そンなはずがねェ!!!!
多分・・・・・・そォだ、『天体制御』を酷使しすぎたせいで一時的に肉体の維持が
出来なくなっただけで・・・・・・。 あァ、そォだ。 そォに違いねェ)
一方通行は汚い地面に頬を当てながら、しかし笑っていた。
きっとそうだ、無理してあんな大魔術を使用したから・・・・・・、という希望を抱きながら。
(・・・・・・エイワスに聞いてみりゃわかるかもしれねェ)
あの化物を宛にすることを一方通行はこれまで何度か抵抗感を抱いていたが、
もうそんな事を気にしている場合じゃないと彼は地面から起き上がる。
と、一方通行の耳が音を捉えた。それはまるでガラス容器にひびが入るような音で――――。
一方通行に降りかかる最悪の悲劇は、これで終わりではなかった。
【次回予告】
『………………………………………………………………』
―――――――――――学園都市最強の超能力者(レベル5)・一方通行(アクセラレータ)
『苦渋の決断だった・・・・・・あなたなら既に状況を把握しているはずだ。
本当に、本当にこれは苦渋の決断だった。 『第七学区に置いてある私』だよ』
―――――――――――学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー
最初にその異変に気付いたのは"本人"ではなく、ヴェントだった。
「・・・・・・・・・・・・あ? オイ風斬、なんだよそりゃ」
「・・・・・・?」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を手で拭いながら風斬はヴェントを見る。
見るが、なぜか視界に入ったヴェントの顔が"斜めにズレていた"。
「あ、れ?」
風斬はゆっくりと首を動かす。ステイルも、神裂も、キャーリサも、騎士団長も、アックアも、
ぽかんとこちらを見る皆の顔が不自然にズレていた。
ピシッ、と物質が軋む音がする。すると風斬の視界に映る皆の顔が、否、顔だけじゃない。
体も、腕も、手も、足も、背景も、何もかも。それら全てに違和感を覚える"亀裂"が走っていた。
顔の前に自分の両手を持ってきてみる。
「え? え? あ、れ・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・、え・・・・・・・・・・・・?」
風斬の綺麗な細い腕に、歪なジグソーパズルのような模様が浮かび上がっていた。
そしてそれがパズルの模様などではなく、夥しい亀裂が腕に走っていると気付いた時には、
「か、ざきり・・・・・・?」
「あ、あ、あ、あ、・・・・・・いやだ、いや、いや、いや、あぁ、あ」
思わずたじろいでしまいそうになる程の嫌な音が絶え間なく響く。
風斬の腕に走っている亀裂はあっという間に全身に及び、彼女が人間ではないことを
改めて再確認させられる。
卵の殻が地面に落ちる軽い音と共に、風斬の頭の中が少しだけ顕になる。
その中には彼女の存在を保ち続ける三角柱の『核』がふよふよと浮いていた。
しかし誰の目から見てもそれはもうすぐ自壊することがわかるくらい弱々しい塊で、
「あ、一方通行、さん。 わ・・・・・・私、・・・・・・・・・・・・」
「風斬、」
「いや、だ。 消えたくない、『死にたくない』!! 死にたく――――」
悲痛な叫びは突然停止ボタンを押されたように途切れてしまった。
一方通行の目の前にある地面に光り輝く破片や粒子が砂時計の砂をぶちまけたように散らばる。
そして緩やかな風と一緒に、風斬氷華という少女を構成していたそれが間もなく沈む夕日に向かって運ばれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今度こそ一方通行は理解が追いつかなかった。
ミーシャ=クロイツェフの消失にはまだ認めたくないものの明確な理由がある。
天使の場合は(恐らく)儀式場の『門』を司る柱が消滅してしまったため。
だが風斬はどうだろうか。風斬氷華はAIM拡散力場で構成された集合体だ。
そして同時に虚数学区の住人でもある。
なぜ今、唐突に彼女は消失してしまったのか。
普段の一方通行ならここで冷静に状況を分析し、風斬が消失した原因を突き止めることも出来ただろう。
だがミーシャ=クロイツェフが目の前で消え去るという信じたくない現実を目の当たりにした上に、
さらに今までずっと寄り添ってくれていた風斬までもが消失するという大打撃を受けた一方通行に
そこまで考えを巡らせる余裕などあるはずがなかった。
せいぜい考えられるのは。
虚数学区に何らかの強制的干渉が加わったのではないか、という曖昧な事だけ。
――――――――――――――――――――――
一方通行がいる場所とはまた違う、第一九学区の一角に。
醜く、奇怪な、いつまでも耳にこびりつきそうな笑い声が支配していた。
「く、ふ。 くふふ、ふふ、ふふふふふ・・・・・・・・・・・・ふふふふ・・・・・・!!!!」
アレイスターは仰向けに倒れ、起き上がる様子も見せず、ただ夕空に向かって
くぐもった笑い声を発していた。
「私を無力化させたことは素直に驚嘆するが・・・・・・。 もう一つの、
第七学区に存在する『私』にも気を配るべきだったな、エイワス」
「・・・・・・、」
アレイスターの傍にはエイワスと呼ばれる金髪の怪物がいた。
怪物は何も言わない。アレイスターに話しかけられているが、エイワスは応じない。
応じないというよりは、応じることが出来ないと言ったほうが正しいのか。
「苦渋の決断だった・・・・・・あなたなら既に状況を把握しているはずだ。
本当に、本当にこれは苦渋の決断だった。 『第七学区に置いてある私』だよ。
『私』から虚数学区を奪って全てを掌握したまではよかったが、あなたは私との戦闘後に
一瞬だけ隙を見せた。 『私』への警戒をほんのわずかだけ解いたな」
「・・・・・・・・・・・・」
「骨が折れたよ。 虚数学区は保ったまま、しかしあなたとヒューズ=カザキリだけを
崩壊させ『放棄』する作業は。 そしてあなたが消失している今、虚数学区は再び
『私』の下に戻ってきた。 あなたとヒューズ=カザキリの消失は『プラン』の崩壊に繋がるが、
まだ再構成が可能な範囲内に維持できる。 二度と『プラン』を遂行出来なくなってしまうくらいなら・・・・・・」
アレイスターは視線だけ動かして見ると、
「あなたに消えてもらうしかない」
エイワスもまた、風斬氷華と同じように風に吹かれる砂漠の砂の如くその体が崩壊していた。
夕日に反射して煌くその粒子はまるで宇宙に流れる天の川を想起させる。
それに対してエイワスが何らかの反応を示すことはなかった。ただ視線を下に落とし、
消えていく自分の体を心なしか物珍しげに見つめるだけだった。
アレイスターが選択した決断。エイワスと風斬氷華という『プラン』の核を放棄するというもの。
事実上、これでアレイスターは『プラン』のステップをほぼスタート地点まで
戻すことになってしまう。一方通行と『幻想殺し』という最重要素材は健在しているものの、
それだけでは『プラン』の遂行は果たせない。
「あなたの気紛れには毎度ながら目眩がする・・・・・・まさかこの段階で『プラン』の一時放棄を
決断しなければならないとは・・・・・・。 もし次に会うことがあればあなたが邪魔立て出来ぬよう
『プラン』とは別の計画も立てねばならないだろうな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
エイワスは応じない。アレイスターも、もはやエイワスに言葉を放つ力すらない事を理解していた。
自身に全ての知識を授けた聖守護天使が消え行く様を見るアレイスターの表情は、笑みが見られるも
どこか物哀しげだった。
「・・・・・・やはり、私を選んではくれないのか。 エイワス」
首元まで消失が及んでいるエイワスを横目に、アレイスターは独り言のように呟いた。
「ならばこの先、誰が私を導いてくれるというんだ・・・・・・・・・・・・」
エイワスは応じない。
ただその全てが無に帰する寸前、エイワスは微笑んでいるようにも見えた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・これで、終わりなのか?)
天使は消えた。風斬氷華は消えた。だがエイワスは、と自問自答すればアレイスターははっきりと答えられない。
まだ可能性はある。アレイスターの中の懸念事項は、これでは解消出来ない。
念には念を。
虚数学区をもう一度、調べる必要があった。
――――――――――――――――――――――
ミーシャ=クロイツェフはこの世から消失した。
風斬氷華も同じように、塵一つ残さず虚空に飲み込まれていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
思考が止まる。学園都市最高の頭脳は、今は全く機能していなかった。
一方通行はただ地面に膝をつき、真正面に視線を固定させたまま微動だにしない。
当然、彼の視線の先に何か希望の光のようなものがあるわけでもない。
自分が今何を見ているのかさえも、彼はわかっていない。
魂の抜け殻のようになってしまった一方通行の肩を、ヴェントが乱暴に掴む。
「オイ白いの。 ・・・・・・風斬は、風斬はどこに行ったのよ?」
「・・・・・・」
「テメェが躍起になって救おうとしてた天使もいねえぞ。 オイ、聞いてるのかよ!?
どういう事よこれは!? 風斬は、あの天使二人はどこに行った!?」
ヴェントの叫びも一方通行の耳には届かない。
彼の思考速度は未だに目の当たりにした現実に追いついていなかった。
ミーシャと風斬氷華は消えた。そこからピタリと止まったまま動かない。
そして絶望の闇という沼のようなそれは、まさに底知れぬと思い知らされる事が起きる。
「・・・・・・・・・・・・垣根?」
ステイルの声にようやく一方通行が反応した。彼は緩慢に視線をステイルの方へ向ける。
赤髪の魔術師は肩に担いだ少年に声をかけていた。
垣根帝督。しかし、いくら呼びかけても反応がない。
ステイルの顔にじわりと汗が滲む。彼は垣根の頬を叩いて反応を促すが、やはり垣根は応じない。
垣根の口元に耳を近づける。そこでステイルの顔が一気に青くなった。
「馬鹿な・・・・・・いつから!!?」
垣根の呼吸は既に止まっていた。ステイルの言うとおり、いつからそうだったのかはわからない。
彼の体は魔術の行使による拒絶反応と原典による毒でボロボロだったことは百も承知だ。
いつこうなってしまってもおかしくはなかったはずだった。
イギリスからの電話でルチアの声に反応していた時点ではまだ意識はあったはずだ。
もっとも、それも風前の灯火だと言われればそれまでだが。
「ステイル、彼をすぐに病院へ!!」
「・・・・・・クソッ!!」
なんてくだらない失態だ、とステイルは歯噛みする。
インデックスに涙を流させて、上条当麻の意向を無視してまで垣根の意志に付き合ったというのに、
ここで垣根が死んでしまったら一体何のための戦いだったんだという事になってしまう。
同時に、最後の最後で瀕死の垣根帝督から目を離してしまった己の愚かさに反吐が出そうになった。
垣根が死んだらインデックスの涙の意味も失われる。
速やかに学園都市の病院へ運ぶために聖人である神裂に垣根を預けるステイル。
そして第一九学区からどうやって脱出しようか思考を巡らせていると、
音もなく、溶けるように第一九学区の周囲に展開していた光の壁が姿を消した。
まるでタイミングを見計らったようなカーテンの消失に一同は訝しむが、
どうやらそれについて考えている暇は無いらしい。
「・・・・・・? なんだこの物音は」
キャーリサが聴覚を研ぎ澄ませながら周囲の様子を窺う。
そしてすぐさま一方通行を除くその他全員が異変に気付いた。
「まずい、この街に大量の人間が押し寄せてきてるぞ!!」
「学園都市の警察的組織か・・・・・・」
「ッ」
神裂は一気に大地を踏みしめて垣根を担いだまま数十メートル以上跳躍した。
ステイルも遅れて彼女の後を追って走りだす。
やがてステイルと神裂の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
一方通行は追わない。追えない。もう二度と垣根は目を覚ます事がないかも知れないという現実を受け止めるには
今の一方通行の許容量では足りなさ過ぎた。
動けない。キャーリサ達が何やら慌てた様子で周りをキョロキョロと見ているが、
なぜそんな事をしているのかが分からない。
ヴェントが自分に向かってさっきからずっと何かを捲し立てているが、何を言っているのか分からない。
「キャーリサ様、どのように?」
「やばいなー。 ただでさえ私達は不法入国者だし。
しかもここは学園都市だ、ここの警察に英国王女が捕まったりなんかしてみろ。
その瞬間から世界中のテレビには私しか映らなくなるの」
「逃げますか」
「それしかないけど、どこに逃げればいーの。 グリフォン=スカイは全部吹っ飛んじまったし、
今から応援要請をしたってイギリスからここまで数秒で来れる手段もない。 それに、」
キャーリサは茫然自失になっている一方通行の方をちらりと見る。
「ウサギ、とりあえずここはとんずらだし。 こんな所で呆けてても何も進展しやしない」
「・・・・・・、」
「ヴェント。 貴様もひとまずここから離れるのである。
学園都市のどこかに潜伏でもしてやり過ごす他あるまい」
と、キャーリサの言葉に応じたのか、スローモーションのような動きで
一方通行は立ち上がった。項垂れているため表情は窺えない。
そして彼はそのままフラフラと前に歩き始めた。どこか行く宛でもあるのかと
キャーリサが尋ねようとしたとき、一方通行の進む先に何かが落ちている事に気付く。
それはズタボロになった質素なノート一冊と、同じく傷んだスケッチブックだった。
いつからそこに置いてあったのかは分からない。だが一方通行は迷うことなくそれを拾い上げると
キャーリサ達には目もくれず、亡霊のようにその場から歩いて離れていった。
「お、オイ白いの。 どこに行くのよ」
「とにかく私達もさっさと逃げるの。 喧騒がこっちに近づいてきてるし」
「一方通行はどうするのですか?」
「・・・・・・放っておいてやれ」
一方通行に向かって叫び続けるヴェントをアックアは無理やり担ぎ上げ、
キャーリサと騎士団長と共に脱兎の如く戦場から去っていった。
「・・・・・・・・・・・・まだ、あの野郎が残ってるはずだ」
譫言のようにぶつぶつと口から言葉を漏らす一方通行。
杖はついていない。そのため重心のバランスがとれず、右へ左へと
ジグザグに廃墟となった第一九学区を歩いて行く。
途中、何度も足を躓かせたりビルの瓦礫に体をぶつけたりした。
気づけば顔はアザだらけ、気づけば衣服はボロボロ、気づけば周りには誰もいない。
しかし。
それでも、誰が落としたのかも不明なノートとスケッチブックだけは一度足りとも手放すことはなかった。
やがて一方通行も第一九学区に踏み込んだ警備員の存在に気付く。
今ここで彼らに連行されたりするのは避けたい。そう思った彼は適当に歩を進め
身を隠せそうな手頃な建造物を見つける。
当然ながらその建造物も見るも無残に壊れ果てていたが、何とかしゃがみこめるスペースを見つけて
その場に座り込んだ。
警備員の連中が起こす喧騒が落ち着くまで、一方通行はしばらくそこで固まっていた。
そんな彼の姿はまるで、生きているでも死んでいるでもない不安定な『物』のようだった。
ミーシャ=クロイツェフはもう居ない。
風斬氷華はもう居ない。
垣根帝督も二度と目を覚まさないかもしれない。
エイワスに至っては行方すら分かりはしない。
某日、学園都市第一九学区で起きた前代未聞の大戦争はこうして幕を閉じた。
『ゲーム』終了。『天使同盟(アライアンス)』は一方通行を残し全構成員が再起不能。
アレイスター=クロウリーは失踪。上層部に混乱が訪れるのは時間の問題だった。
『プラン』もほぼ白紙。アレイスターの手元に残ったのは、『天使同盟』という最大の
イレギュラーの排除という戦績だけ。
一方通行の手元に残ったのは一冊のノートとスケッチブックだけ。あとは、
何もなかった。
――――――――――――――――――――――
まさか今更第一九学区に人払いのルーンを貼っても意味はない。
警備員は既に第一九学区へ踏み込んでいるのだから。
ステイル=マグヌスは大勢の警備員の目を盗み、ひたすらこの学区から抜け出すために
走っていた。
崩壊寸前のビルやギリギリのところまで傾いでいる電柱をとんとんと跳ねて高速移動する
神裂火織を追いながら。
神裂は今、垣根帝督を背負っている。背中の少年の呼吸は既に停止していた。
普通の人間ならそこで彼の生命活動は終焉を迎えたと諦めてしまうかも知れない。
だが神裂火織は知っている。この学園都市には凄腕の医者がいることを。
その病院にも何度か足を運んだことがあった。ツンツン頭の少年がその病院に常連で、
その少年の見舞いに向かうために神裂はあの病院に立ち寄ったことがあった。
(しかしここからでは道が・・・・・・、この警察の監視網をくぐり抜けてどこか高い場所へ。
そこから捜せば見つかる可能性もある。 垣根帝督はまだ間に合う・・・・・・!!)
と、ようやく第一九学区と隣接する学区の境界線付近まで辿り着く。
だがそこで神裂はふと足を止めた。後ろから追ってくる疲労しきったステイルを待つためではない。
神裂達とは逆方向に、第一九学区に入って全速力で駆け抜ける少年と少女の姿が見えたからだ。
「か、上条当麻!!!」
「ん? ・・・・・・って、か、神裂か!?」
上条当麻は慌てて自分の足に急ブレーキをかける。
後ろを着いて走っていたインデックスが上条のケツに体当たりするようにぶつかり、二人はマヌケな体勢で転倒した。
「ご、ごめんとうま! 大丈夫・・・・・・?」
「う、ぎゅぎゅ・・・・・・あぁ。 いやそれどころじゃない!
神裂、何でお前までこんなところにいるんだよ!!?」
「説明している暇がありません!! あなたが行きつけている病院へ案内してください、今すぐ!!」
「病院? 俺の行きつけって・・・・・・第七学区の? なんで、」
言いながら上条は神裂が背負っているぼろ布のような少年を見てギョッとした。
インデックスも彼を見て小さく悲鳴を上げる。この少年は、
「いいから早く!!」
「ま、さか・・・・・・。 ・・・・・・ちくしょう!!」
上条は踵を返すとさっきまでの方向とは真逆に駆け出した。
神裂とステイルも彼の背中を追う。
上条は震える唇を噛み締めていた。
神裂が背負っている少年は間違いなく、『自動書記』の遠隔制御霊装を使用していたあの男だ。
予想通りの結末だった。最悪の結果だった。手遅れ。嫌でも浮かぶその言葉を上条は乱暴に頭を振って払拭する。
インデックスは頻りにその少年の容態を神裂達に尋ねていた。
まだ生きているのか、病院に行けば回復するのか、魔術による治療をここで施せないのか。
再びインデックスの目尻に涙が溜まる。ステイルがそれを見てハッキリと舌打ちをした。
第一九学区の境界付近に待機中の警備員とその車両を発見する。
上条はそこで一旦足を止め、キョロキョロと首を動かした。
「黄泉川先生!!」
黄泉川と呼ばれた重装備の女性警備員は無線機に向かって何かを指示しているところだった。
上条やインデックス達の姿を見て仲間との連絡を一度断つ。
「お前らまだこんなところに、・・・・・・・・・・・・。 おい、その背中の子」
「こいつを警備員の車両で第七学区の病院まで輸送してもらえませんか!?」
「既に呼吸が停止しています、一刻を争う容態なんです」
と、急に黄泉川が警備員の高速車両に思い切り拳を叩き込んだ。
突然の行動に一同は目を点にするが黄泉川は気にも留めない。
「クソったれ・・・・・・、当たらなくてもいい予感に限って的中するじゃんよ!!」
「先生、」
「乗れ!! 第七学区の病院でいいんだな。 とは言え、学園都市の住人はほぼ全員が
地下シェルターに避難しているはずじゃん。 病院なんて開いてるのか・・・・・・」
黄泉川は上条達を少し大きめの車両に案内した。一同は滑りこむように大型車両に乗り込む。
車両のてっぺんに付いている赤色灯が点灯し、甲高いサイレンと共に車両が急速発進する。
「ちくしょう・・・・・・、なんでこんな無茶すんだ・・・・・・バカ野郎」
「お願い、息をして欲しいんだよ・・・・・・」
インデックスが零す涙が少年の頬に落ちる。
それによって奇跡的に息を吹き返す、などというドラマチックな展開は発生しなかった。
そして上条もインデックスも、ステイルも神裂も、目まぐるしい速度で進んでいく展開のせいか
"ある事"を完全に失念してしまっていた。
この少年が、垣根帝督という名の少年がこんな事になってしまった原因であるあの霊装の行方を。
――――――――――――――――――――――
キャーリサと騎士団長、アックアとヴェントは
荒野と化した第一九学区で奇妙な出来事に遭遇していた。
「・・・・・・・・・・・・騎士団長、あれどー思う?」
「戦闘時、詳しく言うとゲリラ戦、何者かから逃げ回っているような状況下でしたら
まず『罠』であることを疑うでしょうが・・・・・・。 にしても露骨過ぎると思います」
「私も同意見である」
「ていうかアンタ、いい加減私を降ろしなさいよ!!」
アックアのごっつい腕で担がれているヴェントが鉄壁のような彼の脇腹に何度もグーをぶち込んでいるが
当の本人は気にせず視線を『それ』に固定させていた。
キャーリサも騎士団長も、まるで魔除けだの何だのという胡散臭い効果がある壺を見るような
訝しげな視線を『それ』に送っている。
視線の先には、今の第一九学区には珍しく割と綺麗に形を残している不動産屋が。
そしてその影から、ひょいひょいとこちらを手招きする何者かの手が覗いていた。
「斬り込んでみますか?」
「待て、万が一さっきからこの街をうろついてる警察だったら面倒極まりない。
回り込んで正体を掴んでみるし」
キャーリサの指示で一同は素早く不動産屋の横に回りこもうとしたが、
「さっきからこっちにおいでと手招きをしているというのに、なぜ来ないのかしら?」
と、今度は手でなく顔がひょっこりと影から飛び出してきた。
見た目からして学園都市の警察ではないと判断した四人は、それでも警戒しながら"彼女"に近付いていく。
その女は肩の辺りまでかかった黒い髪に、化粧っ気の無い自堕落系お姉さんな顔立ち。
ファッションのファの字も知りませんと書いてそうな地味な出で立ち。
例えこれが一般人に変装した警察の隊員であってもどうにかなりそうだなと思わせる雰囲気を持っていた。
はるか後方からカチャカチャと金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。恐らく警察、警備員(アンチスキル)だろう。
キャーリサ達はとりあえずその女の下へ駆け寄り一目散にその場を立ち去る。
「貴女は一体?」
「芳川桔梗っていうんだけど・・・・・・英語で話した方がいいかしら?」
「我々を匿うつもりであるか?」
「うーん・・・・・・まあ、何となくだけどこれから先、あなた達とは
他人以上の関係を築くことになりそうなのよね。 それにあなたのような
学校の教材に載ってる顔が学園都市にいるとなると、どうしてもあの子の顔が思い浮かぶもの」
芳川はキャーリサの顔を見ながら言う。
「あの子ってウサギ・・・・・・、一方通行の事か?」
「やっぱりね。 前にステイルと名乗る『マジュツシ』がウチに来てたらしいのよ。
私はその時寝てたから詳しくは知らないんだけど、何だかあなた達とその『マジュツシ』という
単語が結びついてるような気がしてね。 もしかしたら一方通行のお友達じゃないかなって」
「誰が友達よ、あんなヤツ」
アックアの腕の中でだらーんと両腕を垂れながら舌打ちをするヴェント。
芳川は遠慮気味に笑いながら話を続けた。
「警備員に見つかったら面倒なのでしょう? しばらく愛穂の家で潜伏していってはどうかしら?
愛穂には事情を説明すればまぁ多分・・・・・・承諾してくれるでしょうし、私も構わないわ。
帰国の目処が立つまで居ていいから。 ・・・・・・って、一国の姫君に言うセリフじゃないわね」
「・・・・・・・・・・・・いや、ここは一つ。 お言葉に甘えさせてもらうの」
「キャーリサ様!?」
何言い出すんだこの脳天気クイーンは、とでも言うように騎士団長が目を見開く。
「どちらにせよ、今の私達には居場所がないし。 潜伏先が見つかるのは悪い話じゃないはずなの。
どーやら家主さんの器も大きいみたいだし、ひとまずそこに世話になって母上にでも連絡しないと」
「・・・・・・了解しました」
「そう言われたら・・・・・・そうするしかないですね。 はぁ・・・・・・『騎士派』の存続に影響が
出るような事が無ければいいのですが」
「ちょっと待ってよ」
意義を申し出たのはヴェントだった。彼女は芳川の顔を睨みながら言う。
「白いのはどうするの?」
「一方通行の事なら心配はいらないわ。 ここで何があったのかは全く分からないけど、
少なくともあの子はこんな騒ぎで心が折れるような人間じゃない。 必ず戻ってくるわよ」
そう言う芳川の雰囲気は、どこか母性に溢れていた。
本当に一方通行の事情を知らないのかと思わず疑ってしまうくらいに。
「あの子、ああ見えても強いんだから」
【次回予告】
『エイワスをここに呼べ。 風斬を元に戻せ。 垣根を五体満足で俺の下に返せ』
―――――――――――学園都市最強の超能力者(レベル5)・一方通行(アクセラレータ)
『ミーシャを再び顕現させろ、とは言わないのだな、くくく。
あれが自分の落ち度であると自覚しているからか、意外と冷静じゃないか』
―――――――――――失踪した学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー
999 : ◆3dKAx7itpI - 2011/06/11 23:57:14.64 yWZotOlgo 411/411
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蛇足 とあるフラグの天使同盟

