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対戦型格闘ゲームという娯楽をご存知だろうか?
現在、この世界にはありとあらゆる格闘ゲームが嗜まれているが、その中に『サバイバルモード』という
生き残り形式で対戦相手を倒して進んでいくというモードがある。
自身のキャラクターの体力は対戦相手を倒しても微量しか回復せず、それでいて終わりがない。
ゲームの種類によっては終わりがあるパターンもあるが、大抵は無数の対戦相手と戦闘を行わなければならない。
最初の方は順調に勝ち進んでいくも、対戦回数が二〇、三〇、六〇、果ては一〇〇以上にまで登り詰めると、
操作キャラクターでなくプレイヤーの精神が疲弊してくる。
体力も残り少ないまま、万全のコンディションである対戦相手を倒していかなければならない状況になっていき、
僅かなミスが命取りとなると、プレイヤーの精神も徐々に、そして確実に脆くなっていくものだ。
そして、最終的には対戦相手に敗北し、リザルトとなる。
プレイヤーにもよるが大体がそういうパターンで終わるのが格闘ゲームのサバイバルモードなのだ。
学園都市第二位の超能力者、垣根帝督はそのサバイバルモードを現実で体感していた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ぜぇっ・・・・・・、ちくしょうが・・・・・・!!!」
倒しても倒しても、殺しても殺しても、壊しても壊しても、巣から無尽蔵に沸き出る蟻のように、
垣根帝督の対戦相手は出現してくる。
相手は、第三位『超電磁砲(レールガン)』の威力を特化させた高性能駆動鎧ファイブオーバー。
そしてそれを操縦するは第二位『未元物質(ダークマター)』の仮面を装着した兵士。
ファイブオーバー五〇〇機。『未元物質』部隊一〇〇〇人。
『回収部隊(アンチツヴァイ)』と呼称される、垣根帝督専用の特殊部隊だった。
垣根は現在、半ば廃ビルと化した建物の中で息を潜めていた。
既に数十機、そして数十人もの『回収部隊』を殲滅している彼なのだが、さすがに体力が保たなくなってきていた。
そのためこうしてビルの中に隠れて体力を回復させるという安直ながらも効果的な行動をとっているのだが。
『回収部隊』相手にそんな行動は無意味だった。
鼓膜が爆発してしまいそうな爆撃音と共に、七階建てはあろうかという垣根帝督が潜んでいたビルが
一瞬にして粉塵と化してしまった。
垣根は『未元物質』を展開し、速やかに外へ飛翔する。
ビルを"霧散"させてしまった攻撃を放ったのは、ファイブオーバーのガトリングレールガンだった。
上空へと飛び出した垣根はすかさず空中にピタリと停滞していたファイブオーバーに向けて
背から生える六枚の翼から激しい烈風を巻き起こす。
その烈風がファイブオーバーに直撃した時は、既にファイブオーバーは粉々になって地面へ瓦礫の雨を降らせていた。
しかし『回収部隊』の恐ろしいところは、その破壊されたファイブオーバーの中から今度は『未元物質』の兵士が
飛び出して戦闘を続行させる部分にあった。
垣根帝督と"まったく同じ応用性"を秘める、最悪の白金の仮面。
ファイブオーバーの中から『未元物質』が飛び出る。タチの悪いマトリョーシカだ、垣根は忌々しげに呟く。
視線を下界へ向ける。第一九学区の一角は既に凄惨たる状況になっていた。
どこを見ても目に映るのは、空爆でも受けたような街並み、至る所から立ち込める黒煙、炎。
そして垣根帝督が殲滅したファイブオーバーの残骸、無残な姿で転がる『未元物質』部隊の死体。
戦争の縮図だった。垣根帝督の『未元物質』は、街を一瞬で地獄絵図に変えてしまう力が備わっている。
だがそんな能力を秘めている垣根帝督は今、精神的に追い詰められつつあった。
(今何匹ほど殺ったんだ俺は・・・・・・。 殺っても殺ってもゴキブリみてえに沸いてきやがって・・・・・・。
一五〇〇だと・・・・・・ふざけてんじゃねえぞクソったれが・・・・・・!!!)
息つく間などありはしない。気がつけば空中にいる垣根帝督の三六〇度の周囲に、
ファイブオーバーと『未元物質』部隊が大勢で彼を取り囲んでいた。
「ちくしょ、―――――――」
毒づく暇もなかった。即座に全方位からガトリングレールガンと未知なる法則を含んだ烈風が
垣根帝督をバラバラにするために襲いかかってくる。
彼は背中の翼で自身の身を包みながら包囲網を突破していく。『未元物質』の翼は敵のあらゆる攻撃を
防いでくれる鉄壁の盾だ。
しかし、
「ご、が・・・・・・ッ!!!」
無数の攻撃の内の何発かが、垣根帝督の肉体に確かなダメージを与えていた。
口から鮮血を零しながら地面すれすれを滑空して後退していく垣根。
(ファイブオーバーはそれ単体相手なら問題にならねえ・・・・・・。 だがあのクソ仮面野郎の
攻撃はまずい。 俺の『未元物質』の応用性を駆使して"相殺"してきやがる・・・・・・!!)
『未元物質』との戦闘経験が無い垣根には『未元物質』と『未元物質』がぶつかり合った時、
どのような現象が起こるか予想がつかなかった。
結果は、相殺。烈風と烈風なら霧散し、翼と翼が接触すれば双方の翼がもぎ取られる。
『「未元物質」を破壊する法則』を組み込んでも結果は同じ、相手も同じ法則を
組み込んで攻撃してくるのだから意味が無い。
相殺したらその隙を突いて『未元物質』の兵士に追撃出来そうなものだが、
それをさせないのが複数のファイブオーバーだった。
ガトリングレールガンは絶対に阻止しなければならない。そのため垣根帝督は
全身を常に不可視の『対「超電磁砲」用遮断演算パターン』の『未元物質』を展開していた。
これは翼によるものではない。『未元物質』は何もその翼からしか効果を引き出せないわけではない。
ならば垣根はファイブオーバーに対しては完全無敵である、というわけではなかった。
ガトリングレールガンの威力はデタラメだ、わずかでも集中力を緩ませ、演算が狂おうものなら
全身に展開させている対『超電磁砲』の防御が崩れ、垣根は肉片と化してしまう。
ならばしっかりとガトリングレールガンを警戒していれば問題ない、ともいかない。
『未元物質』部隊は垣根の『未元物質』を打ち消してしまう仮面を装備している。
そちらの方にも気を配らなければ今度は『未元物質』による攻撃で垣根は死に至る事になる。
では仮面の攻撃に備えようと思うと、四方八方からガトリングレールガン。
それを防ごうとすると『未元物質』の攻撃。
それなら『未元物質』とガトリングレールガンの両者の攻撃を防ぐ『未元物質』を展開すればいい
と思うだろうが、その内の『「未元物質」の攻撃を防ぐ法則』がどうやっても演算できないのだ。
相手も垣根と同じ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を持ち合わせた仮面を装着している。
その演算パターンを駆使して、仮面の兵士達は垣根の『未元物質』を容易く破壊してしまう。
ガトリングレールガンはともかく、『未元物質』部隊だけがどうしても隘路になる状況だった。
それでも垣根帝督は第二位を誇る超能力者だ。そんな状況に追い込まれても
対処できる戦略はいくらでも考え出す事は出来る。
ただし、それは相手の数が少数の場合だ。上記で挙げた『回収部隊』の攻撃パターンは、
それを圧倒的な数で実行してくるから驚異なのだ。
と、そんな事を考えている間にも滑空する垣根の眼前にある地面から
ドドドドドドッッ!!!、と海中から飛び出す魚のようにファイブオーバーが複数出現してきた。
そしてそのままファイブオーバーは銃口を垣根に向けて、ガトリングレールガンを一斉に発射する。
当然その攻撃は垣根の『未元物質』の前では無意味なのだが、今度は上から
複数の『未元物質』部隊が怪しく輝く殺人光線を射出してきた。
上下からの攻撃なら前方へ回避すればいいと前に視線を向けると、そこには既にファイブオーバーと『未元物質』部隊が
地獄へ誘うように立ちはだかっている。後方も、左右も全く同じだ。完全に包囲されてしまっている。
(コイ、ツらぁ・・・・・・!! 本当に俺を『回収』する気あんのか・・・・・・!?
インターバルの一つもとらねえで全力で俺を粉々にしようとしてやがる・・・・・・!!)
ここで停まったらお終いだ。停まる事は死を意味する。
垣根は驚愕すべき判断速度で全方位の状況を把握した後、右のファイブオーバーばかりがいる方に向かって
突貫した。ファイブオーバーは破壊され、その中から『未元物質』の兵士が飛び出てくるが、
そこから攻撃に転じる際に若干のタイムラグがあることを垣根は理解していた。
垣根はファイブオーバーを破壊した突進の勢いを緩める事なく、ビルというビルを
積み木のように崩しながら突き進んで包囲網を突破する。
そのまま進んでいくと彼の視界に小さな建物が見えてきた。
教員用の事務所かなんかだろうか、二階建ての建物の窓ガラスを突き破って
垣根は滑りこむようにその事務所内へと突入した。
(・・・・・・・・・・・・ッく。 最初のうちは仮面野郎の四肢に攻撃することで
始末出来てはいたが・・・・・・あいつらすぐに対応しやがった。 さっきから
全然数減らせてねえぞ・・・・・・・・・・・・)
もはや自身の『未元物質』だけでは手詰まりであるという現実を受け入れざるを得なかった。
その事が非常に腹ただしく、悔しく、そして情けないと思った。
垣根は上着として羽織っているジャケットの内ポケットに手を入れながら呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、出し惜しみは出来ねえな」
ズギャァァッ!!!!!、という轟音と共に垣根のいた事務所は手品のように消失してしまった。
もちろん、『回収部隊』の仕業である。
しかしこれも当然だが、既に垣根は事務所から脱出していた。
『未元物質』部隊は姿を隠した垣根を捜索するため、白と金の仮面に『反響定位の法則』を組み込む。
垣根帝督がロシアでワシリーサと訓練をした際に行った演算だ。
そしてファイブオーバーのコックピット内にいる仮面の兵士も同じようにエコーロケーションで
垣根の位置を捜索していた。ファイブオーバーに備わっている機能で捜すことも不可能ではないが、
『未元物質』で捜し出した方が遙かに手早く、的確だからだ。
だが、捜索するまでもなく、その対象の声が『回収部隊』の面々に届いた。
「見せてやるよ。 テメェらが知らねえ、俺が得た新たな『法則』をなぁ」
『回収部隊』は聞こえてきた言葉の意味が理解できなかった。
そして理解する必要もない、彼らの目的は『垣根帝督の抹殺、及び回収』、ただそれだけなのだから。
だがそれでも、"警戒くらいはしておくべきだった"。
「ぐ、ぎゃああああああああああああああああああ!!!?」
「!?」
垣根ではない、誰か男の悲鳴が上がってきた。
そちらへ視線を向けると、『未元物質』の仮面を装備した兵士の一人が地面をゴロゴロと転がっている光景が映った。
その仮面の兵士の全身は激しく燃え上がっており、それは顔の部分にある『未元物質』の仮面も例外ではなかった。
『な、馬鹿な・・・・・・!! なぜ「未元物質」に燃焼現象が起きる!!?
あの物質に既存の法則など通じないはずだ!!』
複数のファイブオーバーの内の一機から、そんな言葉が聞こえてきた。
他の『回収部隊』も何が起きたのか全く分からず、ただ呆然と燃えていく自軍の兵士を見つめるしかなかった。
「既存の法則じゃなきゃいいんだよ。 お勉強が足りてねえなテメェら。
ったく、・・・・・・ロシアじゃ散々な目に遭ったが、その甲斐があったってもんだ」
崩れた廃ビルの角から聞こえた声の方に目を向けると、そこには垣根帝督がいた。
既に全身あらゆる所に痛々しい傷が窺え、あと数分攻め続ければ討てるくらいには衰弱しているようにも見える。
だが、この垣根帝督は何かが違っていた。
「さて・・・・・・、準備は整ったか」
垣根は懐から何かを取り出した。それは奇妙な文字が連々と書かれた薄い札。
『回収部隊』はその札を見ても尚、それが何なのかが分からなかった。
当たり前だろう、『回収部隊』の構成員は全員が学園都市に住む暗部の人間だ。
科学による能力の知識はあっても、垣根が手に持つ謎の札の知識はない。
だから、その『ルーン』と呼ばれる札から瞬時に『炎剣』が現出し、
広範囲に渡って大爆発が引き起こされても、『回収部隊』はその正体を掴むことができなかった。
周囲にいたファイブオーバーや『未元物質』部隊が無様に吹き飛び、転がり、炎上していく。
悲痛な叫びを上げながら燃え続ける炎を消そうと、地面をバタバタと転がる何人もの兵士の姿が
垣根帝督の視界に映っていた。
そして彼の頭からドロリと、血糊が零れていく。
魔術。
垣根帝督が『天使同盟(アライアンス)』として旅をし、得た力は、炎の魔術だった。
(本来、設置型のルーンは入念な準備が必要だとエイワスから貰った本に書いてあったが・・・・・・。
実際使ってみるとその通りだな。 逃げ回りながらの設置だったせいか、炎剣の威力も大きさも
とても褒められたもんじゃねえ)
垣根帝督はただ闇雲に『回収部隊』から逃げ回っていたわけではなかった。
ビルとビルの隙間を縫って飛行しているときも、さり気無くビルの壁にルーンをばら撒き設置したり、
わずかでも相手の攻撃が止んでいたら地面やゴミ箱の蓋の裏、被害の少ない建物の天上など、
様々な場所にルーンを設置していたのだ。
事態の重大さを理解した『回収部隊』は即座に陣形を立て直し、
再びを垣根を中心に取り囲むような配置につく。
あの燃焼現象や広範囲に及ぶ大爆発、そして第二位が手に持つ不可思議な炎剣。
どれもこれも法則の掴めないものばかりだったが、要はそんなものに付き合わなければいい。
『未元物質』すら燃やしてしまうような炎なら、それを回避すればいい。
冷静になってみれば、実に簡単な攻略法だった。
『回収部隊』は魔術という、学園都市には存在しない法則を目の当たりにしても平静を取り戻していた。
既に彼らは合図一つで垣根を抹殺出来る体勢を整えていた。
そんな『回収部隊』の考えを一蹴するように、垣根は口を開く。
「灰は灰に―――――」
(Ash To Ash)
目標が何かをブツブツと呟き始めたのを確認すると、
『回収部隊』の一人は訝し気に思いながらもそれを無視し、攻撃再開の合図を送る。
「――――塵は塵に――――」
(Dust To Dust)
ガトリングレールガンと『未元物質』の烈風、怪光線が垣根の生命活動を停止させるために
容赦なく牙を剥く。
その時、ファイブオーバーに乗っていた『未元物質』の兵士の一人は漠然とこんな感想を抱いた。
頭や口、腕や腹から出血を起こしながら呟いている垣根の言葉はまるで、
「――――吸血殺しの紅十字!!」
(SqueamishBloody Rood)
"呪文"、のようだと。
そんな感想を抱いたまま、その仮面の兵士はファイブオーバーと共に塵と化し、この世から消滅した。
垣根帝督が"もう片方の手で振るった"、青白い炎剣によって。
「さて・・・・・・散々攻められまくった鬱憤、晴らさせてもらうぞ。
こっからは俺のターンだ」
『吸血殺しの紅十字』。
垣根帝督の両手には今、二本の炎剣が握られている。
右手には赤き業炎の剣、左手には青き聖火の剣。
垣根帝督が『天使同盟』と合流して得た知識、魔術に興味を持ったところから始まり、
そして"とある魔術師"との出会いが、図らずも彼を魔術サイドの更に奥深くへと導くことになった。
その結果が、この炎の術式。
全身に巡る神経がビキビキと悲鳴を上げ、その痛みで体が震え上がるが垣根は気にも留めない。
背中から『未元物質』の翼を現出させるとそのまま『回収部隊』の群れに突っ込んでいく。
ファイブオーバーや『未元物質』の兵士達は、突如として垣根が行使した謎の『法則』にどう対応すべきか
思考する。構う必要はないと言っても、こうして実際に未知の法則を振るわれるとやはり無視などという
選択肢は取れない、否、垣根帝督が取らせてくれない。
だから対応策を瞬時に練る。だがその"瞬時"という刹那の瞬間が、今この場においては命取りとなるのだった。
垣根が右手の赤い炎剣を横一線に薙ぐ。その行為だけで扇状の爆熱と熱風が発生し、
ファイブオーバーのコックピット内に、『未元物質』の仮面越しに、確かなダメージを与えていく。
第二位の"魔術師"はそこで動きを止めることなく、更に一歩踏み込み、射程範囲内にいた
ファイブオーバーと仮面の兵士に容赦なく青の炎剣で"焼き裂いて"いく。
この時点で既に一〇〇以上の『回収部隊』が未知の法則の前にその命を散らせていった。
『回収部隊』は即座に垣根帝督から距離を取る。あの炎剣が一体どういう原理で出現しているのかは分からないが、
所詮は『剣』。遠距離を保っていればとりあえず触れる事はない。そしてその距離からガトリングレールガンや
『未元物質』による不可思議のベクトルを組み込んだ攻撃でなぶり殺しにすればいい。今までと何ら変わりはない。
『回収部隊』の皆が皆、セオリー通りに事を運ぼうと考えていた時だった。
「おい、ボケッとしてんじゃねえぞ」
ドバァッ!!!!!、という爆発音が鳴ったかと思ったら、ファイブオーバーの一機が激しく煙を立ち上げながら
スクラップになっていた。その中にいたパイロットの仮面の兵士の体も燃え上がっており、
『未元物質』で炎を消そうと試みるが、どう演算しても体を焦がしていく炎に干渉出来なかった。
「なるほど、コックピット内までは貫通出来る事は分かった。 遠距離から攻撃すればいいってのは
当たり前の考えだが、詰めが甘かったなクソども」
炎剣を握る垣根の手の指の隙間には炎剣を生み出すときにも使用していた妙な札が数枚挟んであった。
恐らくあの札には炎剣を生み出す以外にも何かが効果があるのだと『回収部隊』は理解する。
つまり今の攻撃は遠距離からの狙撃。垣根が操る炎は、あの炎剣だけではない。
『回収部隊』は息を呑んだ。学園都市統括理事長から受理した情報に、垣根がこんな力を使うことは
一切記載されていない。
そして垣根が持つ手札も、遠距離攻撃用の火炎弾や炎剣だけではない。
彼にはまだ、いわゆる『切り札』と呼べる力を秘めていた。
現在時刻は午後二時四〇分過ぎ。『ゲーム』開始から約四〇分が経過していた。
【次回予告】
『(「雰囲気が俺にまとわりついてやがる」・・・・・・。
いや、と言うよりは"誰かが俺を監視してる"雰囲気に近い。 ・・・・・・なンなンだこりゃ)』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』のリーダー・一方通行(アクセラレータ)
『「貴方に話したい事がいっぱいある。 聞いて・・・・・・くれる?」』
―――――――――――水を司る大天使・ミーシャ=クロイツェフ
最初にその異変に気がついたのは、エイワスを除けば一方通行が初めてだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
彼はひとまずミーシャ=クロイツェフから離れ、電気が通っている場所を捜し回っていた。
天使との戦闘で能力使用のための電極チョーカーのバッテリーを大幅に消費したためだ。
ミーシャとの戦闘では『反射』もあまり意味を成さないため、彼の体は既にボロボロだった。
これ以上戦えない、という程の重傷でもないが、ここから先、天使との戦闘が長引けば
待っているのは死。
一方通行も人間だ、人間がたった一人で、いや、例え何億何百億という人数で戦ったとしても
天使には絶対に敵わない。
だからこそ、大した意味がない能力でも使わざるを得ない。能力さえあれば、彼は辛うじて
天使相手に立ち回れるのだ。
だから消費したバッテリーを充電するために第一九学区を歩いていたのだが、
(・・・・・・な、ンだ? 空気がおかしい・・・・・・具体的に説明できねェが、『雰囲気が俺にまとわりついてやがる』・・・・・・。
いや、と言うよりは"誰かが俺を監視してる"雰囲気に近い。 ・・・・・・なンなンだこりゃ)
一方通行は周囲を注意深く見渡す。だが自分を監視している者の正体を見つけ出すことは出来なかった。
そもそもさっきから感じる視線のようなもの自体が気のせいだというならそれまでだが、
一方通行は暗部での活動でその辺りの『勘』が非常に鋭くなっている。
だから分かる。明らかに今、誰かが一方通行を"凝視"していると。
(・・・・・・アレイスター、じゃねェな。 あのクソ野郎というよりはこの視線はエイワスのものに近い。
だが、エイワスでもねェはずだ。 "エイワスに限りなく近い領域に立ってやがる誰か"・・・・・・。
・・・・・・ガブリエルか? でもあいつは・・・・・・)
自分を監視する者の正体を推理していると、遠くから建造物を破壊するような音が聞こえた。
その音は徐々にこちらに近付いている。
ミーシャ=クロイツェフだ。
(・・・・・・とりあえず、さっさと充電しとかねェと)
一方通行は適当に視線を巡らせ、視界に入った建造物の中に入っていった。
今は自分を見つめる視線の正体きついて考察している場合ではないと、彼は思考を放棄した。
だが、それでよかったのかもしれない。
一方通行も、アレイスターも、ミーシャも、この世の誰もが気付けぬ事だったが。
一方通行をさっきから見つめている者は、彼がこの学園都市に到着した時から今までずっと"居たのだから"。
――――――――――――――――――――――
第一九学区に立ち並ぶ廃ビルの一棟の中から、ピピッという小さな電子音が鳴った。
その音を確認した学園都市最強の超能力者は即席で組み立てた充電器のコードを
首元にある黒のチョーカーから取り外す。
(・・・・・・これでまた三〇分フルで能力を使用できる。 望み薄で適当に
配線弄ってみたのが正解だったな。 この学区にまだ電気が通ってやがるとは)
一方通行は電極チョーカーに問題が無い事を確認すると、壁に手を当てながら
ゆっくりと腰をあげた。右腕に装着している自作の杖をつこうと思ったが、その杖は
"数分前の戦闘"で粉々に砕かれてしまった事を思い出し、舌打ちする。
彼が今いるビルは元々デパートだったようだ。このフロアは洋服店売り場のようで、
あちこちにこの時間帯で見ると不気味に見えるマネキンがポツンと淋しげに設置されている。
フロアにあるロッカーの中には物々しい銃火器等が収納されていたり、さっきのように
ちょっと配線を弄っただけで電気が通るようになっているところから推測するに、
どうやらこのデパートを隠れ家として誰かが使用しているようだ。
一方通行は商品棚などに手をつきながら歩いて行き、壁一面がガラスで出来た窓から下の様子を俯瞰する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あそこか。 クソったれ・・・・・・」
一方通行の視線の先には、彼がいるフロアに置いてある埃まみれのマネキンに
似ていると言えば似ている、そんな怪物がフラフラと当てもなく道を歩いていた。
大天使、ミーシャ=クロイツェフ。つい先程まで一方通行と死闘を繰り広げていた天使だ。
結果としては、一方通行は命からがらこのデパートまで避難できた、といったところか。
天使の力はやはり暴走寸前であっても健在だった。暴走寸前だからこそ、『天使の力(テレズマ)』を
奪われる前の、万全のコンディションに戻りつつあるのかもしれない。
そう思わせるほど、ミーシャ=クロイツェフは圧倒的な力で最強の超能力者に牙を剥いた。
今こうして一方通行は窓の景色を眺めるという、端から見れば呑気な事をしているが、
許されるなら今すぐにでも意識を断絶して眠りにつきたいくらい、その肉体と精神は疲労していた。
身に纏う白のダウンのあちこちが破れて綿が飛び出しており、口の周りは拭った血の跡がべっとりとこびりついている。
だが対する一方通行もただ天使の前に屈するだけではなかった。というより、一方的に攻撃されていたら
彼はもうこの世にはいないだろう。一方通行は学園都市最高の頭脳を活かし、能力を全力で駆使し、
見事にたった一人で大天使を相手に立ち回っていた。
ミーシャには付け入る隙があった。アレイスターも掻い摘んで説明していたが、
彼女は『天使同盟』として過ごしてきた事によって得た自我と、『星の欠片』にある『門』の柱が
太陽に近付くにつれその力が弱まり存在の維持が困難になってきている現実とがごちゃまぜになり、
暴走寸前、『悪魔』と化す一歩手前まで来ていた。
天使が本来決して手に入れる事の出来ない自我、感情が原因でミーシャにはもう
何も見えていなかった。一番大切な存在である一方通行にも牙を剥くほどに。
だから彼女の攻撃も強烈ながら安定していなかった。見当違いの方向に飛んでいく『天使の力』の塊。
どこに狙いをつけて振るっているのか分からない氷の翼。
一方通行はその隙をついてなんとか天使の攻撃をやり過ごしながら、ひたすらミーシャに声をかけていた。
『俺が分からねェのか』、『自分をしっかり保て』、『これ以上暴れるンじゃねェ』。
そんな言葉を、喉が掠れるまでずっと叫び続けた。
だが彼の言葉が届く前に、無情にもバッテリーの電源が切れる寸前まで消費されてしまった。
一方通行はやむなく充電を行うためにこのデパート内に身を潜めているというわけだ。
ミーシャは現在、一方通行がいるデパートの周辺をゾンビのようにおぼつかない足取りで
うろうろと彷徨っていた。無意識に彼の居場所を掴んでいるのだろうか。
一方通行は意を決したように短く息を吐き、チョーカーの電源をオンにする。
コツン、と指で目の前のガラスを突付くと、それだけで放射状にひび割れが生じ、派手な音と共に割れた。
一方通行は躊躇なく割れたガラスから足を踏み出し外へ飛び出す。
ガラスの割れた音に反応したのか、見下ろした先にいたミーシャの水晶の翼が左右から
薙ぐように現れ、一瞬で一方通行のいた廃ビルを真っ二つにしてしまった。
地響きを鳴らしながらデパートが崩落していく。
そして一方通行は背中に接続した四本の竜巻を一斉にミーシャへ向ける。
避けられるか吹き消されるかと考えていたが、意外にも竜巻は直撃しミーシャは派手に地面を転がっていった。
とにかくミーシャに暴れられてはこの街が持たない。
一方通行はさらに追撃を加えるためにうつ伏せで倒れているミーシャの下へ駆け寄るが、
「bnthi攻撃nvrgio開始vyjmk」
「ッ!?」
天使はうつ伏せのまま背中にある水晶の翼を一方通行目掛けて縦に振った。
脚力のベクトルを操作し、ロケットのように突っ込んでいた一方通行は急停止が間に合わず、
翼の斬撃をもろに受ける形になってしまった。
鮮血が吹き出る。一発で意識が刈り取られそうになる重い一撃。
『反射』を適応させていたにも関わらず、天使の翼は容赦なく彼の体を引き裂いた。
一方通行の体から吹き出た出血が、ミーシャの翼を不気味に染め上げる。
「ご、ご・・・・・・が・・・・・・ッ!?」
一方通行は大量の出血をベクトル操作によって抑えるが、
それでも視界がぼやけて焦点が定まらなかった。わずかでも気を緩めたら
間違いなくそこで昏倒してしまう確信があった。
フラフラと揺れて次のアクションを起こせない一方通行に天使は翼を展開させ、
数百数千の氷の刃を躊躇なく少年に向けて振るう。
斬撃と衝撃波がメチャクチャに混ざり合う。一方通行の華奢な体は一瞬で膾切りになってしまった。
彼女の振るった翼は、この学園都市全体を大きく振動させるほどの威力があった。
そのまま輪切りにされてバラバラにならないのが逆に不思議だった。
彼の能力である『反射』が既の所で働いているのだろうか。
だが、ここまでされても。全身をズタズタに切り裂かれても、一方通行は倒れなかった。
本来なら致死量に達していたであろう出血をベクトル操作で抑えているのもあるが、それ以上に、
「vgkhj貴方kougう、ううううううggggggggggggg」
「バ、カ野郎・・・・・・が・・・・・・!!」
ミーシャ=クロイツェフの顔にある、目を型どる凹みから、雫が零れていたからだ。
涙。一方通行はロシアでサーシャ=クロイツェフから聞いた『天使の涙』の話を思い出した。
だがミーシャが流しているこの涙は、そんな紛い物ではない。
自身の理不尽とまで言える強大な力で大切な人を傷つけてしまっている事実に、彼女は苦痛の涙を流していた。
そんな光景を目にしては、一方通行もこのままミーシャに攻撃する事をどうしても躊躇ってしまう。
今まで彼女と過ごしてきた思い出が映画のフィルムのように断続的に脳裏を過ぎり、
自身の行いに苦悩している隙だらけの天使に攻撃する事が出来ない。
手を伸ばせば届く範囲にいるというのに、一方通行とミーシャはお互い向き合ったまま
立ち尽くしているという奇妙な状況になっていた。
ミーシャは緩慢な動きで、それでも一歩一歩踏み出し、一方通行に近づいていた。
一方通行は後退することもなく、かと言って攻撃することもなく、黙ってミーシャを見つめていた。
やがて天使は至近距離まで彼に近付くと、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
ゆっくりと彼の華奢な体に腕を回し、抱擁した。
「・・・・・・抱き、」
『抱きつくな』、と言いかけて一方通行は口を噤んだ。
思わず一方通行とミーシャの間で日常的に行われているやり取りが、こんな状況で出る所だった。
ミシ・・・・・・と骨が軋む音が聞こえる。一方通行は一瞬、このまま背骨を折られて絞め殺されるのではないかと
危惧したが、精神不安定なミーシャのこの抱擁にはどこか暖かさが感じられた。
そしてミーシャは彼を抱きしめたまま動かなくなってしまった。さっきまでの暴れっぷりは、今や見る影もない。
(終わったのか・・・・・・? こいつは自我を取り戻したのか・・・・・・、)
一方通行はどう対応していいのか分からず困惑する。油断をすればまたさっきのように
翼の斬撃が飛んでくるかもしれない。
もしそうなれば、一方通行はそれをやり過ごす事が出来ないと確信していた。ここまでの時点で彼は
肉体に深刻なダメージを負っている。正直、こうしてミーシャに抱き寄せられていなかったら倒れていたかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「―――――――――――――――」
やがて、どのぐらいそうしていたか分からなくなるほどの時間が経った頃、
『・・・・・・・・・・・・、貴方』
「!!!」
一方通行の脳に直接語りかけているような、優しい、それこそ天使のような声が響いてきた。
「ガブリ、エル・・・・・・か・・・・・・?」
『やっと・・・・・・話せる。 ね』
風斬氷華に起きたような現象が、一方通行にも起きた。
ミーシャ=クロイツェフは彼の頭を優しく撫でながら、諭すような声色で言った。
『貴方に話したい事がいっぱいある。 聞いて・・・・・・くれる?』
そして一方通行は知る。ミーシャ=クロイツェフという存在がずっと胸に抱いていた真の想いを。
そして一方通行は知る。自分という存在が、どれほど愚かで小さな存在だったのかを。
『星の欠片』の予想消滅時間まで、残り一時間を切ったところだった。
――――――――――――――――――――――
九月三〇日にこの学園都市にやってきた魔術師。ヴェントは、本気でアレイスター=クロウリーという
魔術師の首を取ろうと躍起になっていた。
だがその野望はアレイスターが虚数学区を学園都市に展開した事によって魔術師としての力を
著しく削がれ、本来のターゲットでもあった上条当麻という少年に敗れることで一度打ち砕かれる。
しかし、そんな彼女に願ってもいないチャンスが訪れた。
『天使同盟』。天使を引き連れているこの連中が、アレイスター=クロウリーと直接対峙するのだという。
一方通行という少年と出会い己の心境に大きな変化が生じたヴェントだったが、
それでもやはり魔術から科学に走り他の魔術師を見下すアレイスターには憤りを抱いていた。
そんな彼女に、再びアレイスターと接触できるチャンスを、『天使同盟』は与えてくれた。
もちろん本命は風斬氷華の救出と・・・・・・・・・・・・。・・・・・・。
だがその目でアレイスターを確認すると、胸の中にある憎悪の炎が激しく燃え上がってしまう。
『天使同盟』の構成員、風斬氷華という、本物の大天使に勝るとも劣らない力を秘めた人工天使を
味方につけたヴェントは、今度こそアレイスターを討ち取れると思った。
だが、ここまでアレイスターという存在に近付いても、人工天使を味方につけても、
学園都市に君臨する魔術師には指一本触れることは叶わなかった。
「『女王艦隊』の船体そのものを私にぶつけ、物理的ダメージを与える・・・・・・。
ヒューズ=カザキリの攻撃で私の防御術式を破らせ、そこに魔力を凝縮させたハンマーで
私に追撃を仕掛ける。 ・・・・・・対魔術では敵わぬと判断し、物理的攻撃によって
優位に立とうと考えた君の考えも評するに値するが・・・・・・、ふふ。 愚行でしかなかったな」
ゴトン、という重厚な物が地面に落ちる音がした。それはヴェントが手に握っていた
有刺鉄線付きの鉄製ハンマーだった。
そしてそのハンマーの跡を追うように、ヴェントも力無く膝を折る。
血糊が伝う鎖が伸びるその口からは浅い呼吸が繰り返すその彼女の様子は、絶命寸前の虫を思わせた。
「クソ・・・・・・野郎が・・・・・・」
「おや、これは驚いた。 まだ口が聞けるのか」
ヴェントは不敵に笑うアレイスターの顔を睨みながら、ガクガクと震える膝に鞭を入れて立ち上がろうとする。
だがどう見ても立ち上がるだけで精一杯といった様子の彼女は、もうこれ以上戦えるようには見えなかった。
バランスを崩して倒れそうになったヴェントを、ヴェント以上に深刻なダメージを負っている人工天使が
手を添えて支える。
「ヴェントさん・・・・・・、大丈夫ですか・・・・・・?」
「ハッ、・・・・・・アンタ。 これが大丈夫なように見えるの?」
ヴェントは両腕を横に広げ、血塗れになった体躯を見せつけるような仕草を行いながら言った。
「平気よ。 こんなの・・・・・・屁でもないわ」
強がりとしか思えなかった。事実、それは強がりだった。
ヴェントは静かに悟る。目の前にいる魔術師、アレイスター=クロウリーには逆立ちしたって敵わない、と。
圧倒的だった。見せつけられて、魅せつけられた。これが、次の時代に生きる魔術師の実力。
結局、風斬氷華と合流したときにアレイスターが立っていた地点から、二人がかりでも彼を動かすことは出来なかった。
アレイスターは依然として、自身で作ったクレーターの中心に佇んでいる。
ズズゥゥゥゥン・・・・・・、と学園都市が不気味に震動する。この第一九学区では今でも
あらゆる場所で激しい戦闘が行われている。今の震動はその一環だった。
「・・・・・・か、ざきり」
声を出すのも辛そうな様子で、ヴェントは側で自分を支えてくれている風斬に向かって言った。
「アンタは・・・・・・白いのの所に・・・・・・行ってあげて」
「え・・・・・・? で、でもヴェントさんは・・・・・・?」
ヴェントは返事をせず、アレイスターの方に憎悪を込めた視線を向ける事で暗に返答を示す。
それを受けたアレイスターは、ただ微笑を返すだけだった。
【次回予告】
『遅い・・・・・・んですよ。 もう少しで・・・・・・何も守れなくなるところだったじゃないですか・・・・・・』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・風斬氷華
「何を・・・・・・言ってるんですか・・・・・・!? たった一人でアレイスターに立ち向かうなんて、
無謀です・・・・・・!! 私も最後までヴェントさんと――――」
「アンタ・・・・・・自分の目的を忘れてるんじゃないわよ・・・・・・」
ヴェントは自分の体を支えている風斬の手を強く握り締め、
この場から出て行けというようにその手を払う。
アレイスターの攻撃で満身創痍になっている風斬はその行為だけでふらりと倒れそうになる。
「アンタは・・・・・・あいつの、白いのにとって必要な存在でありたいって・・・・・・言ってただろうが。
今の白いのには、・・・・・・アンタが必要だ。白いのは恐らく、ミーシャ=クロイツェフと一緒にいる。
戦ってる。 ・・・・・・人間が、たった一人で天使に勝てるわけ・・・・・・いや、例え何万何億の人間が
束になったって、本物の大天使には敵わない。 ・・・・・・アンタも分かってるんでしょ?」
言いながら、ヴェントは激しく咳き込む。その口から夥しい量の鮮血が飛び散った。
風斬が慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、ヴェントはそれを片手で制した。
ひゅるり、と。そよ風が吹いた気がした。
いつの間にかヴェントの手には例のハンマーが握られていた。
「ヴェントさん、・・・・・・でも、・・・・・・でも私・・・・・・」
「デモもストライキもねえんだよクソボケ。 ・・・・・・アンタがここで白いのを支えてやんなきゃ、
あいつは折れる。 あいつは・・・・・・ここで死んだらダメなのよ。 アンタも困るし、私も困る。
アレイスターは私が・・・・・・このヴェントが引き止めるから。 だから・・・・・・アンタは早く行け」
「・・・・・・ここであなたを見捨てて、一方通行さんの所へは向かえません」
「・・・・・・この私に・・・・・・否定形はない・・・・・・。 例え人工天使だろうが、否定だけは認めねえ・・・・・・。
私がやれっつったことは・・・・・・やれよ泣き虫」
それでも、と風斬が言いかけた時。
ザンッ!!、と木材に刃物をめり込ませるような音がした。
風斬の顔とメガネに真っ赤な血が飛び散り、彼女の視界は赤一色に染まる。
「が、ァァァあああああああああああああああああ!!?」
「余興が過ぎるぞ。 何時まで私の前でお涙頂戴の茶番劇を見せつける気だ」
いつの間に、どうやって攻撃されたのかも分からなかった。
気がつけばヴェントの肩口から横腹にかけて、一直線に大きな裂傷が出来上がっていた。
そこから大量に溢れ出す血飛沫のシャワーが、彼女の側にいた風斬の全身を洗い流していく。
ヴェントが着ている白のジャケットが深紅色に染まっていくのを見て憤慨した風斬が
アレイスターに突貫しようとするが、突如として風斬の足元から黒より暗い闇が噴出する。
「!?」
直後、ズグンッ!!!と風斬の全身に驚異的な『負荷』がかかった。
抗う間もなく、平伏せるように風斬の体が地面に強く叩きつけられてしまう。
恐らくは局地的に重力を変化させるような魔術を行使したのだろうが、AIM拡散力場の集合体である
風斬に重力変化の攻撃など大した意味はないはず。
やはり、アレイスターが操る魔術は、"魔術という物差しでは計りきれない法則が含まれていた"。
「が、・・・・・・ぐっ・・・・・・!!?」
理解不能の魔術攻撃によって全く身動きが取れなくなった風斬と、
目を覆いたくなるような出血をしながら膝をついているヴェントに向かって、
魔術師は言葉を送る。
「魔術師と人工天使の、概念を超越した友情か。 くく、実に感動的だな。
私にそういう感情が残っていれば、涙を流してしまったかもしれない」
「流させてやろう・・・・・・か? 今ならオプションで脳漿がはじけ飛ぶサービスが
付いてくるけどな・・・・・・・・・・・・」
ごぽ・・・・・・と口から血を流しながらヴェントが挑発するが、もはやアレイスターの耳には届いていない。
「だがそういった余興は、ほんの一瞬楽しむだけに留める事でその甘美さを満喫できるというのに、
君たちはその辺りをまだ理解していない。 舞台に上がる覚悟があるなら客を最高に楽しませる
作法を完璧に熟知してから上がるのが役者というものだろう?」
どこかで聞いたことのある物言いだ、と風斬は不可視の魔術攻撃に体を押し潰されながらそう思った。
全身の至る所からガラスがひび割れていくような音がする。自身の身体が悲鳴を上げている音だった。
もう、終わりだ。自分はここで消える。
そう悟った風斬の目から悔しさによる涙が流れていた。
アレイスターはクレーターの中心点から一歩も動くことなく、
手に持っている『衝撃の杖(ブラスティングロッド)』を弄びながら続けた。
「よって、君たちはこの舞台には相応しくない役者だ。 お役御免とさせてもらおうか」
スッ、と『衝撃の杖』の先端を風斬とヴェントに向ける。
咲きかけの花のように螺旋状に重なった金属状の板がゆっくりと花開いていく。
その中央部、つぼみのような部分が発光し始めた。
「殺してやる・・・・・・」
「次の時代でまた君たちと出会える事があれば、そのような罵詈雑言も聞いてやる」
ヴェントはただただ、発光する『衝撃の杖』の先端部を見つめることしか出来なかった。
地面に伏している風斬に至っては、そんな光景すら目にする事が出来ない。
せっかく、ここまで来たというのに。結局はこんなつまらない結末で幕を閉じてしまうのか。
風斬とヴェントの心には、『もう会いたい人と会えない』という不安と絶望と悲観がぐるぐると回っていた。
そして、カッッ!!!、と『衝撃の杖』の発光が一層激しくなり、炸裂する。
三人がいた場所は局所的な大爆発に見舞われ、わずかにビルとしての形を残していた建造物も
今度こそただの瓦礫と化して粉々に破砕されていった。
空気がビリビリと震え、地面はめくれ上がり、あまつさえ天空すら割れんばかりの衝撃が走る。
もはや更地となったと言って遜色ないほどの被害を受けていく第一九学区の一角を、
"全くその被害を受けていない風斬とヴェントはキョトンとした表情で見つめていた"。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
あまりの衝撃で粉塵すら舞い上がっていなかったため、はっきりと見て取れた。
風斬氷華の猛攻を受けても、ヴェントの加勢で二対一の状況になっても、
その場から全く動かなかったアレイスター=クロウリーの肢体が、派手に吹き飛んでいく光景を。
そして二人の目の前には今、一つの『光』が佇んでいた。
比喩ではない、本当に『光』が、先程までアレイスターが居た場所に"空から墜落してきたのだ"。
その光は、黄金色に輝いており、そして不健康そうな青ざめた輝きを放っている。
風斬氷華は知っている。そしてヴェントも、ロシアで初めてその『光』に遭遇した。
ついに、あいつがやって来た。
「相変わらず君はせっかちだな、アレイスター。 先程の判断も実に早計だよ」
頭部から宇宙にある星のように流れる美しい金髪。
その体は、ゆったりとした白の装束に包まれている。
「この舞台にはまだ役者が全員揃っていないじゃないか。 幕を閉じるどころか
まだ開いてすらいないというのに」
その極めてフラットな表情からは、なぜか微笑みが浮かんでいる印象を与えてくる。
「役者が全員揃い、観客が揃って、初めて舞台は成立する。
そこから観賞する価値が生まれるのだよ・・・・・・まったく」
金色に輝く長い頭髪をかき分けるように背中から生えているのは、輝きすぎるほど輝く翼。
日本刀よりも精巧で、西洋剣よりも勇ましく、しかしどこか怪奇さを漂わせる美しい翼。
「まぁ、遅刻してしまった私がこんな事を言える立場ではないのかも知れないがね。
待たせたな風斬氷華、ヴェント。 傷の方は平気かね?」
その頭上にプラチナのような輝きを放っている天使の輪を浮かべながら、"それ"は尋ねてきた。
風斬氷華は"それ"に対して、最初はあまり良い印象を抱いていなかった。
いつも人間という存在を下に見るような発言をし、全ての現象を価値と興味で判断する"それ"に、
わずかだが嫌悪感すら抱いていた。
しかし、この時ばかりは、もうそんな気持ちは霧散していた。
単純に、純粋に、助けてもらったことへの感謝の気持ちで一杯だった。
「遅い・・・・・・んですよ。 もう少しで・・・・・・何も守れなくなるところだったじゃないですか・・・・・・」
「そうか。 では今から、そしてこれから先も守っていけばいいだろう。 君の大切な友人を」
日本時間の午後三時過ぎ。
聖守護天使エイワスが、ついに舞台へと降臨した。
【次回予告】
『「神浄」と「ホルスの永劫」はともかく、「星幽界」の成立はあなたがいなければ達成出来ない「プラン」の最終目標だ。
だから「天使同盟」に頭を抱えているのだと私は言ったはずだが、伝わらなかったか?』
―――――――――――学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー
『そうだな、ただその前にこれだけは言わせてくれ。 ――――「セト」は絶対に、君に振り向く事はない』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・エイワス
――――――――――――――――――――――
エイワス。
学園都市の暗部の、最奥部に位置する最重要機密コード『ドラゴン』を冠する存在。
ホルスの時代に生きる先住民であり、アレイスター=クロウリーに『法の書』を書かせた霊的存在。
そして、今はホール=パール=クラアトという神の手を離れた『天使同盟(アライアンス)』の構成員。
エイワスは数十メートル先まで吹き飛ばしたアレイスターの姿を確認すると
背後にいる風斬とヴェントの方に身を翻し、うっすらと笑う。
「パーティは愉しんでもらえているようだな。 主催者としても嬉しい・・・・・・、
いや、主催者は私ではなくミーシャ=クロイツェフだったか」
「エイワスさん・・・・・・」
「ヴェントを連れてここから離脱したまえ。私は久しぶりに直に出会えた旧友と
談笑を愉しみたい。 ふふ、"ここは少し荒れるぞ?"」
ぞくっ、と。風斬の背筋が凍った。
"あのエイワスの口から"『この場は荒れる』という言葉が出た意味を、
彼女は本能的に察知し、身震いしたのだ。
風斬はヴェントに肩を貸し、背中に生えている雷光の翼を広げる。
「ヴェントさん、大丈夫ですか・・・・・・?」
「・・・・・・、く・・・・・・エイワス。 アレイスターは・・・・・・」
全身を血で染めているヴェントは微かに呼吸をしながらエイワスに声をかける。
「いつまでもアレイスターの影に囚われていては前に進めないぞ、『前方』のヴェント。
アレイスターは私が"処理"する。 君はもう、科学にそんな目を向けられるような
立場ではあるまい? 一方通行の件もあるしな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヴェントの表情が沈む。エイワスの言葉に反論できなかった事で沈んだのか。
それとも、
「風斬氷華は一方通行とミーシャ=クロイツェフの下へ向かえ。 状況が切迫している、
ミーシャはまもなく『悪魔』に変貌し、自我の崩壊という道を辿るだろう。
"今の"一方通行ではミーシャ=クロイツェフには敵わない。 助力してあげたまえ」
"今の"、という含みのある言い方に首を傾げたが、深くは追求しなかった。
風斬氷華は頷くだけで返事をしない。言われるまでもないという意思表示だろう。
「ヴェント、君はもう動けないようなら安全な場所へ避難したまえ。
分かっているとは思うが、今はまだ第一九学区からは出られない」
「・・・・・・動けない? 冗談でしょ」
ヴェントの言葉にエイワスはクスっと笑って、
「ならば君には掃除当番を任せようか。 既に『回収部隊(アンチツヴァイ)』と接触しているようだから
敵の情報は分かっているな? 現在、垣根帝督と"魔術師二人"が『回収部隊』と交戦している。
君もそこに加わり、『回収部隊』の殲滅に当たってくれたまえ」
「わ、私以外にも学園都市に潜入している魔術師がいるのか・・・・・・!?」
「私が招待した。 まだ舞台に上がっていない者もいるがな」
「・・・・・・・・・・・・所詮、私は脇役って訳か」
「それを言うならこの私も脇役だぞ? 脇は脇らしく、慎みやかに事を運ぼうじゃないか」
チッ、と舌打ちをするヴェントだったが、エイワスに対して文句は一切言わなかった。
今の自分ではアレイスターには届かない。だがそんな自分にもやれる事はある。
それをエイワスに指摘されたのが、少し腹ただしかった。
風斬はヴェントを抱えたまま、ふわりと地から足を離す。
「おい・・・・・・天使のアンタが私をお姫様抱っこして宙に浮いたりなんかしたら、
そのまま天国に連れていかれそうなんだけど?」
「あ・・・・・・すみません。 でも今だけは我慢してくださいね」
ボロボロで虫の息になっていたヴェントもそんな軽口が聞ける程度には
無事であると知った風斬は安堵の息を吐く。
そしてそんな二人を見上げているエイワスに向かって風斬は言った。
「・・・・・・エイワスさん」
「?」
「私達・・・・・・ちゃんと元に戻れますよね?」
エイワスは答えず、ただ微笑を浮かべるだけだった。
風斬はヴェントと共に荒野と化した第一九学区の一角から飛翔していった。
「ふ」
呆れが含まれたような失笑が聞こえた。
「『「天使同盟」が元に戻れる』、か」
緑色の手術衣に付いた砂埃を適当に手で払いながら
魔術師はエイワスの方へ歩いて来る。
「なぜ答えてあげなかった? 『天使同盟』という集団の結末が、あなたには見えているからか」
風斬氷華とヴェントが居なくなり、ビルも商店街も吹き飛んだ第一九学区という名の荒野には
エイワスとアレイスターだけが存在している。
空爆を被った跡地のようなこの場所でも、この二人がいるだけで神聖なる地に変貌しているかのような雰囲気が生まれる。
「久しぶりだな、アレイスター。 ・・・・・・ふふ、面白い。
君はあの時と全く変わっていないな」
「人間を外見だけで判断しないでほしいものだが」
「人間という生き物に、私が中身まで熟知して印象を決めるほどの価値があるとでも?」
エイワスとの距離が残り一〇メートル辺りになったところでアレイスターは足を止める。
エイワス。
アレイスター=クロウリー。
この二人の容姿は非常によく似ていた。
頭部から流れる美しい頭髪、フラットながらも時折微妙に変化するその表情。簡素な出で立ち。
だが対照的に、エイワスの長髪は金色だがアレイスターは銀、いや灰色に近いだろうか。
そして微妙に変化する表情にも、エイワスには『怪』、アレイスターには『邪』の雰囲気が含まれている印象を受ける。
アレイスターが『人外の領域ギリギリの所に位置する人間』なら、今のエイワスは『人間の領域ギリギリの所にいる人外』。
容姿こそ似ているものの、アレイスターの言うとおり人間は見た目では判断出来ないものだ。
もっとも、エイワスは人間ではないのだが。
そんな人外が口を開く。
「"愉しそう"だな、アレイスター」
「"楽しい"よ、エイワス。 あなたたちのせいで私の『プラン』に甚大な乱れが生じてしまったが、
今はあなたたちのおかげでその『プラン』の過程を大幅にカット出来る状況にある」
「ほう、『プラン』の修正ルートを新たに構築したのか。 それはそれは・・・・・・。
で、その修正ルートが現状だと」
「察しのとおりだ」
パシッ、という軽い音がした。アレイスターが再び虚空から取り出した『衝撃の杖』を掴んだ音だ。
与えられた台本を忠実に読み上げるかのように、アレイスターは尋ねる。
「ここに来るまでの間、色々と動き回っていたようだが・・・・・・。 何をしていた?」
「返答を得られると思って問うているとは思えん質問内容だな。
だが・・・・・・いずれその答えは私が口にするまでもなく、君自身が思い知ることになるさ」
ちりちり・・・・・・と二人を包む空気が鋭くなっていく。
仮に人間がこの場に居たら一秒も経たないうちにその重厚に押し潰されて発狂しているかもしれない。
それ程までに、この二人が生み出す雰囲気は常軌を逸していた。
「さて、今度はこちらから質問しよう。 先ほど君は『プラン』の過程を大幅に省くことが出来ると
言っていたが・・・・・・。 具体的にはどこまで進められる状況にある?」
「珍しいこともあるのだな、まさかあなたから『プラン』に関する質問をされるような
日がやってくるとは。 『プラン』の中心核に位置するあなたなら答えるまでもないのでは?」
「『神浄』への到達段階まで来ている、と?」
「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』なくして『神浄』への到達は不可能だと思っていたが、
あなたたち『天使同盟』の"おかげ"で『幻想殺し』を利用することなく達成できるかもしれない」
「くく。 それを成せば『最古の神』が君を認め、君は私と同じ位置に立つ事が出来る、か。
ずいぶんと焦ってるじゃないか。 そんなに『天使同盟』が怖いのか?
まあ今回ばかりは、君の焦りも良い傾向にあると思うけどな」
「何?」
それは、この二人にしか理解出来ない会話だった。
アレイスター=クロウリーとエイワス。両者が存在している領域は、もはや現代の人間では
到底理解が追いつかない所にある。
第一九学区のあちこちで戦闘が勃発しているためか、打ち上げ花火が至近距離で大量に炸裂したように学園都市全体の空気がビリビリと
震えているがエイワスは相変わらず気にも留めず会話を続行する。
「いつもいつも焦りすぎで早計気味だった君だが、今回ばかりはそれが正しいと言っているのだよ。
こんなところで私と会話などしてないで、『回収部隊』などという瑣末な戦力を作っていないで、
さっさと『星幽界』を展開させるなり『ホルス』を迎えるなりしていればよかったものを」
その言葉を聞いて、アレイスターの表情が初めて険しいものとなった。
と言っても、それは彼の表情を一切見逃さず延々と観察することでようやく分かる程度の変化だったが。
「星幽界とホルスは連動しているわけだが。 知っているくせに知らないフリをするなよエイワス。
『神浄』と『ホルスの永劫』はともかく、『星幽界』の成立はあなたがいなければ達成出来ない『プラン』の最終目標だ。
だから『天使同盟』に頭を抱えているのだと私は言ったはずだが、伝わらなかったか?」
「私程度の存在に『楔』さえ打てないような君が、新たなる『界』と時代を開拓出来るわけがない。
私が君の束縛から解き放たれた時点で、『プラン』の崩壊は約束されたも同然だ」
「・・・・・・・・・・・・、」
今ここにいるエイワスは、アレイスターがヒューズ=カザキリを製造ラインにしてこの世に現出させた、
いわゆる『レプリカ』のようなものである。
つまりは人形。本来ならエイワスはアレイスターの手中に今も収められていなければならない存在なのだが、
エイワスが『天使同盟』の存在に興味を持った瞬間、アレイスターの『プラン』は致命的な損傷を負うことになった。
エイワスは学園都市に重なる蜃気楼のように存在する虚数学区をアレイスターの手中から奪い、
逆に掌握してしまっている。これでアレイスターは強制的に排除する以外の方法でエイワスと風斬氷華を
どうにかすることが出来ない状態にあった。
だがアレイスターはため息をつくだけで、エイワスの言葉に動じたりすることはなかった。
「分かっているつもりだ。 だから、」
アレイスターは『衝撃の杖』をエイワスの方に向け、
「だからここで今日。 あなたを取り戻す」
「ふふ、照れるじゃないか。 ここまで私に熱烈なアプローチをしてくる人間は、
今まで君だけだったな」
「今は他にもいると?」
「さあ・・・・・・、どうかな」
「妬けるじゃないか」
「くく」
二人の談笑はここまでだった。
会話が途切れた途端、二人がいる場所を中心に、もう何度起きたか数えるのも面倒なほどの震動が
学園都市を襲う。
比喩ではない。実際に揺れている。この二人の『殺気』に地球という惑星が恐怖しているかのように、
地面が、空が、空間が、確かに震動している。
エイワスは微笑を貼りつけたまま言う。
「ならば、私も私自身の身を守るために、君と戦わざるを得ないな。
もっとも、ここで私が君を止めなければ君はミーシャ=クロイツェフの下へ向かい、
『星の欠片』の消滅を待たず彼女を消し去ってしまうだろうがな」
「まさかあなたと刃を交える日を迎えようとは・・・・・・私は何を呪えばいいのかな?
私に必要な知識を全て授けてくださったあなたに牙を剥かなければならない運命にか?
それとも『天使同盟』か。 いずれにせよ、あなたたちはここで終わりだ」
「そうだな、ただその前にこれだけは言わせてくれ」
「?」
星のように輝く翼を大きく広げ、完全な戦闘態勢に入ったエイワスは
嘲笑を前置きにして言った。
「――――『セト』は絶対に、君に振り向く事はない」
それはアレイスターにしか理解出来ない、エイワスから送られた侮辱だった。
アレイスターの表情は誰が見ても分かるほどに『憤怒』一色に染まる。
『衝撃の杖』から一切容赦のない攻撃が放たれる。
世界ではこれまで、様々な戦争が起きた。
トロイア戦争。ローマ内戦。ダキア戦争。スコットランド独立戦争。フランス革命。
日露戦争。第一次世界大戦。第二次世界大戦。太平洋戦争。イラク戦争。第三次世界大戦。
上記以外にも数々の戦争が勃発してきた。挙げていけばキリがない程に。
だがこれから起こるこの両者の戦いは、それら全ての戦争が『茶番』とでも言うような、
人間が引き起こしてきた戦争とは世界が違う、それこそ神の領域の戦い。
アレイスター=クロウリーとエイワスのたった二名による、地球誕生以来最大規模の戦争が幕を開けた。
――――――――――――――――――――――
風斬氷華はヴェントを抱きかかえたまま第一九学区の上空を飛行していた。
ヴェントはアレイスターとの戦闘で重傷を負っている。今は風斬と共に
どこか体を休める事が出来る安全な場所を探しまわっていたのだが、
「な、何なんですかこの人達は・・・・・・!?」
「・・・・・・『回収部隊(アンチツヴァイ)』とかいう、ワケのわかんない連中だったか」
風斬とヴェントは突如として現れた謎の兵器と仮面の軍隊たちから奇襲を受けていた。
何とか逃げ回りながら雷光の翼やAIMの剣を駆使して風斬はそれらをやり過ごしている。
『回収部隊』。垣根帝督のために結成されたファイブオーバーと『未元物質』の仮面の兵士で即席の軍隊。
恐らくは風斬達を垣根の仲間と判断して攻撃を仕掛けてきているのだろう。
風斬は頭上に浮かんでいる虹の輪を拡大させ、それを盾にして素早く自身の周囲へ
移動させていく事で『回収部隊』の攻撃を防いでいる。
「も、もしかしてこの人達、第一九学区全域に配備されているんでしょうか・・・・・・?
だとしたらもうこの学区に安全な場所なんて・・・・・・」
ならば第一九学区から他の学区に移動すればいいのだが、それも出来ない。
現在この第一九学区外周にはエイワスが施した、高さ一〇〇〇メートル以上の強固な魔術防壁が出現している。
筒状に展開されているため、風斬なら上空から外へ出ることも可能だが、それは『回収部隊』も同じことだ。
必ず風斬を追ってくる、そうなると他学区にいる関係の無い一般人まで巻き込まれる事になってしまう。
だが自分たちが第一九学区にいる限りだと『回収部隊』も外へは移動したりしないようだ。
あくまで彼らの目的は垣根帝督。彼が第一九学区にいれば『回収部隊』もそこから出ることはない。
ヴェントは消え入りそうな呼吸を繰り返しながら風斬に言った。
「エイワスの話じゃ・・・・・・この場所には私以外の魔術師がいるらしい・・・・・・。
仮面の連中と戦闘を行ってるなら、上空に行けばすぐに魔術師がいる場所が分かるはず。
・・・・・・その周辺で私を降ろしてくれればそれでいいから」
それを聞いた風斬は背中の翼で周囲の『回収部隊』を辛くも撃退し、
一瞬で高度一〇〇〇メートル付近まで飛翔した。
俯瞰風景をじっと観察していく。上空から見渡す学園都市には、学生たちの姿は確認できなかった。
そして、
「あ、あそこ。 ビルとか沢山崩れてる・・・・・・」
「・・・・・・あそこでいい、私を降ろしてアンタはさっさと白いのの所に・・・・・・」
立ち並んでいる建造物のエリアに、そこだけポッカリと穴が開いたような場所があった。
恐らく『回収部隊』と戦闘をしていた垣根帝督か魔術師の仕業だろう。
一方通行とミーシャ=クロイツェフである可能性も考慮したが、天使が暴れているとなると
被害はあんなものじゃないと風斬は判断する。
そのまま上空で一方通行達の居場所を捜すことも出来たが、まずはヴェントの安全確保が最優先だ。
風斬は目処を付けたそのエリアへ向かうために一気に下降したが、
直後、風斬とヴェントの視界と聴覚が。否、少なくともこの学園都市から
景色と音という概念が一瞬だけ消えてなくなった。
宇宙からでも余裕で観測できそうな激しい閃光と爆発。
そして遅れてやってきた恐るべき爆風に煽られ、あらぬ方向に吹き飛ばされてしまう。
核爆発の数千倍はあるのではと疑う程の爆破が起きた場所は、エイワスとアレイスターがいたエリアだった。
(・・・・・・空中でのバランス制御が・・・・・・出来、な・・・・・・!!!)
エンジンの故障で地面へ墜落していく飛行機のように、風斬は螺旋状に回転しながら
落下していく。上空に飛んだ風斬達を追うために飛翔していた『回収部隊』も爆風に飲み込まれ
一瞬で吹き飛ばされていた。
こんな状況下でも風斬はヴェントを絶対離さないよう強く強く抱きしめていた。
尚も続く爆風に乗って、二人は本来向かうべきエリアから少し離れた地点へ勢い良く墜落していった。
――――――――――――――――――――――
エイワスとアレイスターの衝突によって起きた規格外の大爆発によって、
第一九学区以外の地域も巻き起こる暴風に晒されていた。
しかし『警備員(アンチスキル)』と『風紀委員(ジャッジメント)』による適格で迅速な対応の甲斐あって、
学園都市に住む全ての住人達は地下にあるシェルターに避難していた。
人外の化物二人が起こした爆発は当然地下にも響いているが、学園都市に作られているシェルターは
地上からの衝撃を極限まで拡散させる構造になっている。地下での被害者は出ていないだろう。
だが、中には例外もいる。本当に例外中の例外だが、例えば第一九学区で起きている出来事を
確認したいと、わざわざ危険を承知で第一九学区に近付いている人間がいたとしたらどうだろうか?
例えば『アイテム』。浜面仕上と滝壺理后、麦野沈利の三人は
エイワスが施した光のオーロラ状の壁付近から一気に一〇〇メートル近い距離まで吹き飛んでしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・た、きつぼ。 ・・・・・・むぎの・・・・・・」
どれくらい気を失っていたのかも分からない。浜面はゆっくりと目を開けて呟いた。
生きている事が奇跡だった。奇跡というよりはもはや不自然といってもいい。
浜面が盗んだ軽自動車の中にいたことが生命線をギリギリのところで繋ぐ原因になったのだろうか。
その軽自動車はひどい有様になっていた。ガラスというガラスは全て粉々に割れており、
車体はグシャグシャに歪み、どういう交通事故を起こせばこんなことになるのかと言いたくなるような状態だった。
浜面は未だに聴覚が戻って来ない耳を気にしながら車内をもぞもぞと這う。
車体はタイヤが仰向けになる形で、綺麗にひっくり返っていた。
浜面は隣の助手席に目をやる。呼吸が止まるかと思った。助手席に座っていたはずの滝壺の姿がなかったからだ。
後部座席"だった"場所にも視線を向ける。しかし予想通り、そこに麦野沈利の姿は無かった。
(ち、きしょ・・・・・・。 一体全体何がどうなってやがんだ・・・・・・!!?
また戦争でもおっ始めてるってのかよ・・・・・・!!!)
浜面仕上は諸事情により、第三次世界大戦に巻き込まれている。
あれはまさに地獄を再現したような戦争だった。二度と関わりたくないと素直に思った。
頭から生温い液体が頬を伝ってくる。頭部からの出血だった。
軽傷ではない、このまま目を閉じたら死ねる自身があるくらい浜面はダメージを受けていた。
と、そんな馬鹿な事を考えていると、
「はまづら・・・・・・はまづら・・・・・・!! 大丈夫・・・・・・!?」
その第三次世界大戦で必死になって守り続けてきた浜面の一番大事な人間の声が車外から聞こえてきた。
どうやら滝壺理后は生きているようだ。彼女の声を聞いた浜面の表情が綻ぶ。
ベキベキベキッ!!!、という鉄板をへし折るような音がした。
浜面の目の前にある、助手席側の扉がめくれ上がって外の景色が飛び込んできた。
「浜面、そこから這って外に出れる?」
「麦野か? 良かった・・・・・・お前も無事だったんだな。 ・・・・・・ちょっと待っててくれ。
シートが邪魔だけど何とか出られると思う」
浜面はズリズリと芋虫のように体を這わせ、やっとの思いで外に出る。
腕にガラス片がいくつか突き刺さっていたが生きていただけ御の字だ。
外にいた滝壺と麦野も無傷ではなかった。滝壺は着ているジャージが所々破れているし、
麦野も頭から軽く出血しており、左腕の義腕が不自然な方向に折れている。
「何があったんだ・・・・・・?」
「わかんない。 けど学園都市全域に及ぶ爆破があった事だけは確か。
携帯がぶっ壊れたから絹旗とは連絡つかないけど、あいつは第七学区にいたから
多分無事でしょ。 ただ第一九学区周辺の学区はダメだね。 ほら、」
麦野が顎を少しだけ動かして示す。
彼らがいる第六学区は荒れていた。まるでそこだけ集中的にハリケーンでも起きたかのように
建物のガラスは吹き飛び、遊園地から飛んできたのか、メリーゴーランドの白馬の乗り物が
無造作に転がっている。
「・・・・・・・・・・・・ふざけやがって」
毒づく浜面に歩み寄った滝壺が持っていたハンカチで彼の頭の血を拭う。
浜面は彼女に感謝しながら考えた。この学園都市で今何が起こっているのか。
だが、浜面程度の頭ではいくら思考を巡らせてもそれらしい答えには辿りつけない。
それは滝壺や麦野も同じだった。もう彼らに出来る事はただ一つ、これ以上この騒ぎに首を突っ込まないようにすることだけだった。
とにかく第一九学区から遠く離れて避難したほうが良いと、浜面は二人に声をかけようとしたところに、
「ん?」
遠くの方から足音が聞こえてきた。誰かが走っている。
三人がその方向へ目を向けると、第六学区にある遊園地へ続く道を二人の人影が走っていくのが一瞬だけ見えた。
一人は異国のシスターのようなコスプレをした女の子だった。そしてもう一人は、
「・・・・・・あいつ、確か断崖大学の時の・・・・・・?」
二人はその人影を無視したが、浜面仕上は見覚えがあった。
確かあれは十月初旬、御坂美鈴襲撃のために断崖大学にいた浜面の前に立ち塞がった、無能力者ではなかったか?
――――――――――――――――――――――
「・・・・・・なんだ? あの壁・・・・・・」
「とうま、怪我は大丈夫?」
「ああ、問題ない。 インデックスこそ平気かよ?
さっきは思いっきり吹っ飛ばされたけど・・・・・・」
「大丈夫なんだよ。 とうまが守ってくれたから」
学園都市の無能力者(レベル0)、上条当麻とイギリス清教のシスター、インデックスもまた、
第六学区と第一九学区の境界線付近まで足を運んでいた。
彼らは青髪ピアスと吹寄制理の制止を振り切り、『警備員』の目を盗んで
第七学区から三時間以上もかけて全力疾走でこの場所に向かっていた。
途中、この世のものとは思えないほどの大爆発が発生し、二人は爆風に飲み込まれた。
上条は咄嗟にインデックスを懐に抱え右手を突き出したが無意味だった。
あっさり吹き飛ばされて地面を何度も転がるハメになってしまう。
だが幸い、上条はともかくインデックスは軽い擦り傷で済んだ。
上条も全身傷だらけになってしまったが、命に関わるような怪我は負っていない。
そして現在、二人は第一九学区周囲に展開されている光のカーテンの前までたどり着いていた。
「インデックス、この壁って魔術で出来た物なのか?」
「・・・・・・ごめん、分からないんだよ。 私の中の魔道書にもこんな魔術は記載されていないし、
私自身もこんな物は見たことがないかも」
インデックスの脳に収められている一〇万三〇〇〇冊の原典にも、『完全記憶能力』という
特異体質を秘めるインデックス自身も、この壁については全く知らないという。
だが上条から見てもこれが魔術以外の技術、例えば科学的な人工物だとは思えなかった。
要するに、この壁は『異能の力』で構成されているということだ。
ならば上条当麻がその右手に宿す、全ての異能の力を打ち消す『幻想殺し』なら壁を壊せるはず。
だが上条は自分の右手を見つめながら迷っていた。本当にこの壁を壊してしまってもいいのかと。
もしかしたらさっきの爆風もこの壁があったから威力が弱まって自分たちは助かったのではないか。
もしこの壁を破壊した結果、さっきのような爆発が発生したら学園都市そのものが吹き飛んでしまう程の
被害を被ってしまうのではないか。
(・・・・・・どうする? どうすればいい、この壁を破壊しちまってもいいのか・・・・・・!?
第一九学区で起こってる事はやっぱり只事じゃない。 第三次世界大戦がおままごと
に思えるくらいの事が起きてんじゃないか・・・・・・。 ・・・・・・でももしこの壁を壊して、
そのせいで誰かが傷つくような事があったら・・・・・・・・・・・・)
じわり、ときつく握り締めている右手が汗ばむ。自分としては、今すぐにでも
第一九学区に入ってこの騒ぎを食い止めたい。しかしこの壁を破壊してしまってもいいものなのか、
上条当麻は最後の決断を下せずにいた。
と、壁の前で立ち往生している彼に、すぐ後ろからインデックスが声をかける。
「行ってみよう、とうま」
「インデックス・・・・・・。 で、でも、これって第一九学区にいる魔術師か誰かが
他学区にまで被害が及ばないように設けた壁じゃないのか・・・・・・?
それを壊しちまったら俺・・・・・・」
「多分だけど、壁が破壊されてもその魔術師はまたすぐに壁を出現させられるはず。
目測でしかないけど、その魔術師はこれだけ巨大で強固な壁を一瞬で作り出せるような魔力を秘めていたんだよ。
そんな魔術師、聞いたことないかも。 だからとうまが右手でこれを壊したら、魔術師は必ずそれを察知して
再び一瞬でこの壁を出現させると思う。 ・・・・・・自分勝手な意見だけど、私達が中に入るにはそれしかないかも」
二人はこの光のオーロラが出現する瞬間を目撃している。なにせ高度一〇〇〇メートル以上の巨大な壁だ、
遠く離れた位置からでもそれは確認できる。そしてその壁は、まるで最初からそこにあったかのように
一瞬で出現していた。並の魔術師では、いや、例え世界に名を馳せるような大魔術師でも果たしてそんな事が出来るのか。
上条は目を閉じ、しばし沈黙する。
これは賭けだ。インデックスの言ったとおり、自分勝手な理由でこの壁を破壊して、もしそれで
誰かが酷い目に遭うような事があったら・・・・・・。しかし、自分たちが一旦第一九学区に入れば
必ずこの騒ぎを止められるという自身があった。これまで様々な事件に関わってきた経験もあっての自身だった。
上条はバシッ!と自分の両頬を強く叩いて喝を入れる。これから自分たちが首を突っ込む場所は、
地獄すら生温いと思える戦場だと強く心に念じる。そして必ず、学園都市のために、学園都市に住む人間のために
この騒ぎを終わらせてみせると強く誓った。
『幻想殺し』が宿る右手を握り、インデックスの方を見て上条は言った。
「・・・・・・それじゃあ、行くぞ」
「うん」
上条は右腕を思い切り振りかぶり、叩き割る勢いで右手を壁にぶつける。
パキイィィィィン!!!!!!、という甲高い音が鳴り響いた。
そして上条は絶句する。
「・・・・・・・・・・・・え?」
『幻想殺し』で異能の力を打ち消す時の独特の手応えは確かに感じた。
だが依然として、光の壁は第一九学区への侵入を防ぐように、上条達の目の前に君臨していた。
「な、何で消えねえんだ・・・・・・? これも魔術の一環のはずだろ・・・・・・」
上条はもう一度右手を壁に押し付ける。だが今度はもう、異能の力を打ち消す感触すらしなくなった。
普通の右手で、普通の壁を触っているような感触しか伝わってこなかった。間違いなくこの壁は『異能』で
あるにも関わらず、まるで"『幻想殺し』が破壊する必要がないと判断しているかのような錯覚さえ覚える"。
「と、とうま・・・・・・」
「・・・・・・意味が分かんねえ。 何だよ、どうなってんだちくしょう・・・・・・!!!」
第一九学区から絶えず聞こえてくる銃声や爆撃音を聞きながら、二人は呆然と立ち尽くすしかなかった。
もうここは、"招かれざる客"は絶対に入れない不可侵領域だと認めざるを得なかった。
【次回予告】
『まさかアンタみたいな大物まであいつらと関わってたなんて。
助けてもらったお礼と自己紹介は今しておいた方がいいかしら?』
―――――――――――ローマ正教の暗部『神の右席』の元一員・前方のヴェント
『どちらも後にしましょう。 まだ援軍がこちらに向かってきています』
―――――――――――イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師・神裂火織
『・・・・・・あー・・・・・・、お前・・・・・・ステイル、だっけ』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・垣根帝督
『覚えててくれたのか。 まあ、君みたいな無茶をする馬鹿に覚えられても
ちっとも嬉しくないんだけどね。 ・・・・・・久しぶりだな、垣根帝督』
―――――――――――イギリス清教『必要悪の教会』所属の魔術師・ステイル=マグヌス
――――――――――――――――――――――
瓦礫の山の中で目を覚ました風斬氷華とヴェントは周囲を警戒しながら歩き、
第一九学区の廃ビルの中に入っていった。
「ここでいい、アンタはもう行け」
「・・・・・・ここなら『回収部隊』も追ってきませんかね?」
「どこだろうがあいつらはやってくる。 でも私は傷の回復時間さえ稼げればそれでいい。
ここで傷を癒せばまた戦える」
風斬は抱きかかえているヴェントをそっと降ろす。
ここは恐らくマンションだったビルなのだろう、ほぼ全壊している部屋の一室に、
わずかだが人が生活していたような痕跡が見られる。
屋根や天井はない。『回収部隊』辺りの攻撃が流れてきて破壊されてしまったのだろう。
壁も頼りない程度にしか残っておらず、こんなところにヴェントを置いていくのは躊躇われたが、
さすがにこれ以上うろちょろしてると『回収部隊』に見つかってしまう恐れがあるため
苦渋の決断でヴェントをここに降ろすことにした。
「・・・・・・・・・・・・ヴェントさん」
「いいから行けっつってんだろ。 万が一仮面の野郎共が来たところで、
この私があんな奴らにやられると思ってんの?」
アレイスターと対峙していた頃よりは幾許か傷は回復しているようだが、
それでも風斬から見るヴェントは満身創痍の状態にしか見えなかった。
しかし実を言うと、そんなヴェントよりも風斬のほうがより消耗が激しかった。
出血や傷はAIM拡散力場の集合体である彼女からは見受けられないが、
アレイスターと二連戦するという熾烈な状況に置かれていた彼女も、もはや戦闘不能寸前と言える状態だった。
ここで時間を食って『回収部隊』に攻められでもしたら、一方通行達と合流出来る可能性が無くなってしまう。
風斬は最後まで心配そうな表情でヴェントを見つめ、背中の翼を羽ばたかせて足を地から離す。
「・・・・・・・・・・・・風斬」
「?」
「また機会があったら・・・・・・ご飯食べに行こう」
「・・・・・・そんな不吉なこと言わないでください! 必ず、また一緒に」
「・・・・・・ふん」
そう言って、風斬は静かに飛翔していった。
戦闘の騒音が鳴り響く学園都市で、ヴェントは一人残される。
風斬が飛び立って数分が経過した頃だろうか。
動ける程度まで回復したヴェントが壁に手をつきながらよろよろと立ち上がると、
「・・・・・・もうおでましか。 もう少しくらいゆっくり休ませろよ」
いつの間にか、『回収部隊』の連中がヴェントが身を潜める廃ビルの周囲を取り囲んでいた。
動けるとは言うが、それでもまだ満足に戦闘を行えるような状態ではない。
それでもヴェントは最後まで諦めなかった。風を呼び、その手に有刺鉄線付きのハンマーを携える。
兵士達が身につける『未元物質(ダークマター)』の仮面が怪しく発光する。ファイブオーバーがガトリングレールガンの
銃口をヴェントに向けて正確に構える。
(・・・・・・『また一緒に』、か。 どうせ死ぬなら、あいつに殺してほしかったかな)
仮面の兵士の一人が『未元物質』の翼を斬撃用に変化させ、容赦なくヴェントの首を切断せんと振るってきた。
その瞬間まで、ヴェントは幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そして、
ザンッ!!!、と人間の肉を斬ったにしては、あまりに呆気無い音だった。
ヴェントがいた廃ビルの壁に大量の血糊が飛び散る。
ドシャ・・・・・・と、人間の体が倒れる音がした。
ただし、それはヴェントではない。
倒れた人間の顔には、のっぺりとした白と金の仮面が装着されていた。
『!?』
ファイブオーバーと仮面の兵士が一斉に視線を同じ方向へと向ける。
だがその瞬間、複数のファイブオーバーはコックピットにいた仮面の兵士ごと斬り裂かれ、
仮面の軍隊たちも全身を一瞬で斬られて地面へ落下していく。
ヴェントは『回収部隊』を切り捨てた者の正体を視界に収めた。
その人物が口を開く。
「あなたも『天使同盟』との関わりで学園都市に?」
「・・・・・・まあね。 でも驚いたわ、まさかアンタみたいな大物まであいつらと関わってたなんて。
助けてもらったお礼と自己紹介は今しておいた方がいいかしら?」
「どちらも後にしましょう。 まだ援軍がこちらに向かってきています」
その人物は二メートル以上はあろうかという巨大な日本刀を構えて背後を睨む。
ヴェントがその人物と会うのはこれが初めてだったが、話だけは聞いたことがあった。
確かこの女は、イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属している、"聖人"だったはずだ。
――――――――――――――――――――――
『数』という名の暴力の恐ろしさを、学園都市の第二位は心身で感じることになった。
垣根帝督はエイワスとアレイスターによって引き起こされた極めて強烈な爆風を
『未元物質』で防いだ後も、一心不乱に『回収部隊』と交戦していた。
魔術。垣根帝督という『超能力者』が手に入れた、科学の視点から見れば未知の法則。
彼はルーンという道具をフル活用し、両手に赤と青の炎剣を携えて『回収部隊』を蹴散らしていく。
ファイブオーバーも『未元物質』の仮面部隊も、やはり魔術の法則までは対応出来ないでいた。
そのため垣根が魔術を発動してからしばらくは彼一人による無双状態が展開されていたのだが、
「・・・・・・・・・・・・ったく、何、匹、殺れば、終わるん・・・・・・だっつの・・・・・・」
ボタボタと血が地面に落ちていく。それは垣根帝督の口から、頭から、全身から。
能力者が魔術を行使する際に起こる副作用。拒絶反応とでも言うべきか。
それは彼の体を容赦なく食い散らかしていき、徐々に『死』へと追い込んでいく。
そしてここで、ついに垣根の魔術による猛攻が止んでしまう。
(一〇〇〇は殺ったはずだ・・・・・・。 確か総人数は一五〇〇だったか。
・・・・・・あと三分の一、か・・・・・・)
構えていた両手をだらりと下げる。その隙を突いて周囲に潜む『回収部隊』が一斉に攻撃し始めた。
垣根は再び炎剣を構え、その攻撃を薙ぎ払っていく。
第一九学区は現在、死屍累々の地獄絵図と化していた。どこを見ても必ず黒のコスチュームに身を包んだ
死体がゴロゴロと転がり、中にはファイブオーバーの破片と一緒に溶けて固まっているような死体まである。
それらは全て、垣根が仕留めた『回収部隊』の人間達だった。
多数を相手取って長時間戦い未だ生存している垣根帝督も見事なものだが、
そんな彼もこの死体の山の一部に加わってしまうのは時間の問題だった。
垣根はただひたすら炎剣を振るい続け、時には背中の『未元物質』を使い、
死に物狂いで敵を殲滅していく。
他の『天使同盟』の戦況も気になるところだったが、今それを調べるような余裕は残っていない。
と、魔術の使用による拒絶反応で垣根の目に血が入り込み、一時的に視界を奪われてしまう。
(しまっ・・・・・・)
拭っている暇はない。こうしている間にも『回収部隊』は垣根に向かって攻撃を仕掛けてきている。
垣根は血を拭うことを諦めて応戦しようとするが、視界を気にした一瞬の隙が原因だったのか、
相手の攻撃の方がわずかに早く届く事を垣根は本能で理解した。
死。
思わず垣根の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。しかし、
ゴォォォッ!!!!、という轟音が鳴った次の瞬間には、垣根の目の前に炎の海が出現していた。
垣根に向かって飛翔していた大量の『未元物質』部隊が炭になり、そして灰となって散っていった。
「・・・・・・なん、だ?」
垣根が使用している魔術は炎の魔術だ。『回収部隊』は今の炎の海は垣根の攻撃だと
思っているようだが、それは違っていた。
なにせ垣根自身も、その炎の海を見て目を点にしていたのだから。
「炎剣の使い方が雑すぎる。 他の魔術に比べれば劣るが、炎剣の応用性は実は割と高い。
炎剣の刀身を団扇のような形にして叩きつけたり、今のように刀身を伸ばして
一線に薙ぎ払う事だって可能なんだ。 もっと頭を柔らかくしてはどうかな」
声が聞こえた。その声を垣根帝督は聞いたことがあった。
横に視線を送る。揺らめく炎の海の中から、誰かが悠然と歩いてきていた。
人影を見る限りでは、その人物はかなりの長身。そして衣服を何枚も着重ねているような厚着。
「けど・・・・・・実際、敬意にすら値するよ。 僕が炎の術式の開発と応用に
一体どれほどの年月をかけて、どれほどの犠牲を払ってきたと思っているんだ。
・・・・・・まったく、どこの誰から教わったのか知らないが、君達と別れてからこの短期間でどんな訓練をしてきたんだか」
「・・・・・・あー・・・・・・、お前」
その魔術師は長く炎のように赤い長髪を靡かせていた。
あちこちに派手なアクセサリーを身につけ、神父らしからぬきつい香水の匂いを漂わせている。
右目の下にはバーコードの刺青、その口には煙草が咥えられていた。
「・・・・・・ステイル、だっけ」
「覚えててくれたのか。 まあ、君みたいな無茶をする馬鹿に覚えられても
ちっとも嬉しくないんだけどね。 ・・・・・・久しぶりだな、垣根帝督」
ステイル=マグヌス。イギリス清教『必要悪の教会』に所属する、天才魔術師。
彼もまた、この『茶会』の舞台に半ば強引に招かれた役者だった。
――――――――――――――――――――――
どうにかその場にいた『回収部隊』を殲滅した垣根とステイルは
辛うじて形を残していた商店街に並ぶコンビニの中に身を潜めていた。
店内は当然ながら、営業が再開できるような状態ではなかった。
商品という商品がまるで店内限定で発生した竜巻に見舞われたかのようにあちこちに散乱しており、
キャッシュレジスターはコードが千切れた状態でひっくり返って中の小銭や紙幣が飛び散っている。
垣根は壁に背を預けて座り込み、手に持っているルーンをしげしげと眺めていた。
右手には自分で作ったルーン、左手にはステイルが自作したルーンがある。
難しい顔をしながら垣根はそれらを見比べる。
「・・・・・・・・・・・・なんだこれ? ラミネート加工?」
「学園都市で販売されていた高性能・・・・・・カラープリンタ?
それを使ってルーンの表現力を高めているんだ。 自作では手間がかかるが
カラープリンタなら一発で大量に生産出来るからね」
「ちょっと待てや。 カラープリンタでルーンって強化出来るのかよ!?
科学が混じってどうする! そんなんでいいなら俺が一手間一手間かけて
作り出した俺の苦労は一体どうなる?」
「魔術だけに囚われていては未来は見えてこないということだ。
・・・・・・まぁ正直、僕も機械に頼ってルーン魔術の強化を施すことには
抵抗があったんだけどね。 大切な者を守るためだ、選り好みなどしていられないさ」
がっくりと項垂れる垣根を見て肩をすくめて大袈裟なリアクションをとるステイル。
科学の力で魔術を強化。こうして考えると、科学と魔術は案外背中合わせのように近しい概念なのかもしれない。
「この街の至る所にルーンの札が貼りつけてあったけど・・・・・・あれも君の仕業なんだろう?」
ステイルは吸い終えた煙草を一瞬で灰に還すと、改めて懐から煙草を取り出し口に咥え、
ライターも使わずに火を付けた。
「まあな。 火の玉や炎剣だけじゃねえぞ、俺が会得した魔術は。
・・・・・・もっとも、ワシリーサとの訓練で使ってねえ魔術がまだ一つある。
そればっかりはぶっつけ本番って事になっちまうけどよ」
「応用は? 炎で攻撃するだけがこの魔術の能じゃない。
温度変化を利用した蜃気楼の現出、人払いのルーン、『神隠し』・・・・・・etc。
ルーンを極めたというならその辺の応用にも長けていないとね」
「極めたなんて一言も言ってねえよ。 テメェに言わせりゃ俺なんて
まだまだひよっ子なんだろうが・・・・・・別に俺は本物の大魔術師になろうだなんて
考えちゃいねえ。 ちょっとかじる程度に使えりゃそれでよかったんだ」
「・・・・・・、」
隣で座り込んでいる垣根をジッと見つめるステイル。
その表情は一見無表情ながら、どこか驚愕の色も含まれていた。
(・・・・・・"ちょっとかじる程度"であれだけルーンを使いこなせるわけがない。
特にこの男が使用していた『吸血殺しの紅十字』。 あれは一朝一夕で
習得できるような魔術じゃないぞ・・・・・・? 垣根帝督、一体どんな無茶をすれば
この短期間でこれほどまでに・・・・・・・・・・・・)
ふぅー・・・・・・と口から煙を吐き出し、ステイルは話題を変える。
「・・・・・・敵の数は?」
「奴さん、全部で一五〇〇とかほざいてやがったが実際はどうなのか分からねえ。
少なくとも一〇〇〇は固いが・・・・・・つかお前、何でここにいんの?」
「僕だって来たくて来たわけじゃないさ。 ある意味君たち『天使同盟』のせいとも言える。
君たちが秘密裏にイギリス清教と協定を結んだことによって、イギリス清教は『天使同盟』に
干渉出来る立場になってしまった。 それで『最大主教』が僕に命令を送ったのさ。
『天使の存在が危ぶまれている、学園都市に向かい天使存続のために貢献してこい』・・・・・・ってね。
まったく・・・・・・学園都市に"あの子"がいるから今回は僕の利害とも一致しているとはいえ、
それが無ければこんな時代の命運を懸けたような戦争に誰が好き好んで首を突っ込むものか」
垣根には詳しい事情は分からなかったが、ステイルはイギリスでローラ=スチュアートと共に
エイワスから手紙を受け取っていた。
その手紙の内容は今現在学園都市で起こっているこの戦いの詳細が書かれていた。
アレイスター=クロウリーの出撃、ミーシャ=クロイツェフ消滅の危機、十字教存続の危機・・・・・・。
手紙に書かれていた事はまるで今回のこの戦争が起こると予め分かっていたとしか思えないような物だった。
ランベスにある『必要悪の教会』の女子寮やバッキンガム宮殿に送られた手紙も
ステイルが受け取った物とほぼ同じ内容だ。
「テメェ以外にも魔術師が来てんのかよ?」
「神裂火織。 君たちも彼女に接触しているだろう? 天草式十字凄教の女教皇だよ。
僕は彼女と一緒に手紙を貰ってすぐに学園都市に侵入したのさ」
「げ・・・・・・あの露出狂、ここに来てんのかよ・・・・・・」
「僕と神裂であのワケの分からない仮面と機械の塊はかなりの数を減らせたはずだが・・・・・・
君の方でも何体か討っているんだろう?」
「一〇〇〇強。 詳しくは数えてねえ」
「なら、あと少しで全滅だな」
周囲はさっきまでとは一転、不気味なまでに静まり返っていた。
時折地面が揺れたり爆発音が遠くから聞こえたりはするが、『回収部隊』が攻めてくる様子はない。
ステイルは口の煙草を指で挟んで話しながら現在の戦況を質問していく。
「ミーシャ=クロイツェフとアレイスター=クロウリーの状況は?」
「どっちも知らねえよ。 ただ、アレイスターは恐らくエイワスのクソ野郎と殺りあってる。
さっきのアホみてえな爆発も多分あいつらの仕業だろ」
「・・・・・・僕達はミーシャの下に向かった方がいいのかな?」
「『回収部隊』のゴミ共がそれをさせてくれねえんだけどな。 あいつら、
俺のためだけに編成された特殊部隊なんだとよ。 笑えるだろ?」
「何? どういう意味だ?」
垣根は呆れたように笑いながら指でこめかみをトントンと叩き、
「あいつらの狙いは俺の頭ん中にある脳みそだ。 アレイスターの命令だろうな。
俺をまた学園都市の実験の玩具にしようって企みだろうよ」
ステイルは眉をひそめながら冷や汗を流す。垣根の言っていることの大半は理解できなかったが、
それでもなぜか、学園都市に利用される危機を迎えているという点が、かつての『あの子』と重なった。
「・・・・・・とりあえず、僕らはその『回収部隊』とやらを追い払いながら
ミーシャ=クロイツェフの下へ向かうとしようか」
「・・・・・・」
垣根は賛成も反対もせず、黙って立ち上がる。
彼としてはミーシャよりも先にアレイスターの方をどうにかしたかったのだが、
先の戦闘で垣根はアレイスターに指一本触れることなく敗北している。
つまり今ここでアレイスターの下へ向かっても垣根は何も出来ない。
その事実を受け止めざるを得ない事に彼は歯噛みするのだった。
と、ここで垣根はステイルを見て言った。
「おい、お前」
「なに、大した怪我じゃない。 ・・・・・・ただ、あの機械はともかく
仮面の兵隊。 あの白い仮面は何かおかしい、どう考えてもこの世に既存する
法則で働いているとは思えない力を現出させている」
よく見ればステイルの体は所々が傷ついていた。黒のローブは出血で更に黒ずんでおり、
彼の顔にもじっとりと脂汗が出ているのが窺える。
ステイルは確かに魔術サイドでも一線を張れる天才魔術師だ。
だがそんな彼にとって今回の敵はあまりにも『未知』が過ぎた。『未元物質』、
防護術式で体を固めているステイルの体に傷をつけたのは、その未知なる力と圧倒的な数の暴力だった。
「行こう」
垣根とステイルはコンビニから外へ出る。最大限の警戒を行いながら
周囲の様子を確認するが、やはりまだ『回収部隊』が攻めてくる気配はない。
そのまま警戒の糸を切らさず商店街を歩いていると、
「ステイル!」
「!」
廃ビルの一棟の中から声がした。
声の主はステイル達の姿を窓から確認するとビルの中から出てきた。
「神裂、無事だったか」
「無傷とはいきませんでしたけどね。 ・・・・・・お久しぶりです、垣根帝督」
黒の長髪をポニーテールに括り、無地の白いTシャツに根元までバッサリ切り落としたジーンズ。
腰に巻いたウエスタンベルトには七天七刀を携えている。
神裂火織。イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師にして
天草式十字凄教の女教皇。そして世界に二〇人といない『聖人』の一人だ。
だが垣根帝督が目を見開いたのは神裂火織の登場のせいではない。
その隣、肩口から斜め一直線に切り裂かれ血に染まったジャケットを着ている、
舌先に鎖をぶら下げたショートカットの女の子。
「・・・・・・・・・・・・ヴェント、だっけ。 え? お前何でここにいんだよ?」
「説明するのが面倒くさい。 ・・・・・・そっちの赤い髪は大体の話は聞いてるの?」
「ヴェント・・・・・・? 『神の右席』まで参加しているのか。 ・・・・・・ああ、
状況は把握した。 ひとまず『回収部隊』と片付けながらミーシャに接触する」
「つか聞けお前ら。 あの白い仮面のクソ野郎との立ち回り方を教えてやる。
魔術に関しちゃテメェらの方がお得意だろうが、『未元物質』のスペシャリストは俺しかいねえ」
神裂は無言で頷く。無傷とはいかなかったと言う彼女の体にも
腹に青アザが出来ていたり口元には血を拭ったような跡があった。
こうして、現在この第一九学区にいる魔術師がアレイスターを除いて全員集結した。
彼らの当面の目標は『回収部隊』の殲滅とミーシャ=クロイツェフとの接触。
『ゲーム』開始から一時間一五分が経過。『星の欠片』消滅予測時間まで残り四五分を切った。
しかしこの舞台に招待された役者は、これでもまだ全員揃っていない。
【次回予告】
『ハッ、鈍感どころか・・・・・・クソったれのクズ以下じゃねェか俺は!!!』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』のリーダー・一方通行(アクセラレータ)
『だから、言うね。 私がこんなになってまで、「星の欠片」の事も無視してまで
ktob私がこの世に居続けた理由。 私cmsがこの世界でやり残している事』
―――――――――――水を司る大天使・ミーシャ=クロイツェフ
――――――――――――――――――――――
二人がいるこの空間だけ、時間の流れという概念が無くなっているように思えた。
実際には今も周囲から戦闘による騒音が響いているのだが、一方通行にはもうそんな音すら
耳に入ってこなかった。
聴覚神経を全て"そちら"に集中させていたから。
声。
一方通行の頭に直接響いてくるように、ミーシャ=クロイツェフの声は彼に語りかける。
『・・・・・・ごめんなさい。 怪我は大丈夫?』
「・・・・・・・・掠り傷だ、こンなモン」
優しい、優しい声色だった。
一方通行は今まで何度かミーシャのノイズ無しの純粋な声を聞いたことがあるが、
いずれもここまで透き通った愛に溢れる声ではなかったように思う。
『ずっと・・・・・・今までずっと、こうしたかった。 あなたに寄り添って、
あなたとちゃんとお話がしたかった。 ・・・・・・こんな事になる前に、
この世界から消える前に、話したかった』
ミーシャは自我を失った自分の攻撃でボロボロになった一方通行を
全身で抱きしめていた。長い間自分の子と離れ離れになり、数十年後の再会を喜び
自分の子を抱きしめる母親のような、慈愛に満ちた抱擁だった。
『突然こんな事をしてごめんね。 でも、こうしないと私の精神体と
対象の精神体が接続出来ないから・・・・・・』
「?」
『こうして相手にちゃんとした声を伝えるjosnklときは、長時間相手に直接接触していないと駄目。
だから今まで、私はあなたとお話ochsをすることが出来なかった』
「なンだと・・・・・・? ・・・・・・だったら、なぜ最初からこォしなかった?
抱きつくのもいいが、例えば手を握ってもこンな風に会話が――――」
と、不意に一方通行の言葉が途切れた。
『うん・・・・・・』
待て、と一方通行は思う。
"相手に直接触れなければ言葉を伝達することが出来ない?"。
そしてミーシャはどうしても一方通行に伝えたい事があったという。
ならばなぜ最初からそうしなかったのか?それは今、一方通行が尋ねた事だ。
目の前が真っ白になっていく。自分の鼓動が徐々に早まっていくのを感じる。
違う。そうではない。なぜ最初からそうしなかったのか、ではない。
例えば、そんなことも出来なかったのだとしたら?
一方通行は『ある事』に気づき、ひどく呼吸が乱れていた。
「・・・・・・・・・・・・は、・・・・・・ァ・・・・・・。 ・・・・・・オ、マエ・・・・・・・・・・・・」
『大丈夫だよ。 貴方のせいじゃない。 私。 私に非がある。
だから貴方が気に病む事じゃない。 大丈夫』
「は・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・・!! オマエ・・・・・・まさか、・・・・・・俺・・・・・・!!」
ようやく再開した呼吸はひどく乱れていた。どうすればいつものように酸素を取り込めるのかも
分からなくなるほど、一方通行は混乱、動揺していた。
彼の全身の震えを止めるように、ミーシャは取り乱す一方通行を更に強く抱きしめる。
相手と直接触れる機会が無かったんじゃない。機会ならいくらでもあったのだ。
ならば機会があったにも関わらずミーシャは何の行動も起こさなかったのか。
違う、それも違う。ミーシャは相手と、一方通行とコミュニケーションをとるために
ちゃんと行動を起こしていた。長時間一方通行に触れられるような行動を起こしていた。
だが、その行動を拒否されてしまったらどうだろうか?
そうなってしまったらミーシャも相手とコミュニケーションをとれないのではないか。
「・・・・・・う、・・・・・・うゥ・・・・・・オマエ・・・・・・まさか・・・・・・今までの・・・・・・
今までのは全部・・・・・・そォいう意味で・・・・・・」
『自分を責めないで。 私のやり方が間違っていただけ』
ミーシャ=クロイツェフはロシアの航空機で一方通行と再会し、学園都市へ帰ってからというもの、
事あるごとに一方通行に"抱きつこうとしていた"。彼に隙があればすかさず抱擁を試みていた。
そうすることで、長時間彼に接触することで、会話が出来るのだから。
そんなミーシャを、これまで自分はどう対処していた?
「う、うゥ、ううううううううううううううううううううう・・・・・・!!!!!!!」
ギキキキッッ・・・・・・と血が出るほど唇を噛み締めながら一方通行は獣のように唸った。
ミーシャの肩に手を添え、止まらない震えを止めようとしたが無意味だった。
柔らかな動作で頭を撫でてくるミーシャの行為がより一層自分の惨めさを際立たせた。
つまりは、そういう事だった。
ミーシャは一方通行と会話をするために触れ合おうとした。
一方通行はそんな彼女の行為の意味をよく考えもしないで、適当にあしらっていただけだった。
一方通行はミーシャにすがるようにずるずるとへたれ込み、膝を地につける。
ミーシャは身を低くして再び一方通行を抱きしめた。
「・・・・・・・・・・・・俺が、寝てる時とかじゃダメだったのかよ」
『悪いと思ったけど、試したことはある。 貴方に寄り添って
抱きしめながら寝た日があった。 でも駄dmjvi目だった、私の意志は貴方の中で
「夢」に変換されて、私のcslvk意志が伝わらなかった』
言い訳などいくらでも出来たはずだった。
そんな事に気付けるわけがない。紙にでも書いてそれを見せてくれれば
いくらでもミーシャに触れてあげてたかもしれない。
もしくはエイワス越しの通訳でその事実を伝えてくれれば一方通行も理解していたかもしれない。
だから結局は、
『単なる私の我儘。 どうしても、自分だけの力で貴方vnbに想いを伝えたかった。
だからこんなにxcvm時間xvjissewがかかっちゃった・・・・・・。 全部、私が悪い』
「違うだろ・・・・・・そォじゃねェだろ・・・・・・なンでオマエが悪いンだ・・・・・・。
そォだよ、あンだけくっついてくるンだ・・・・・・何かあるンだと気付かねェ俺がおかしいンだ。
『鈍感通行』・・・・・・。 ハッ、鈍感どころか・・・・・・クソったれのクズ以下じゃねェか俺は!!!」
反論の余地を全て放棄した一方通行は声を上げて涙を流した。
人生で二度目の涙かもしれなかった。最初に流した涙は恐らく自分というクソ野郎が
この世に誕生した瞬間なのだろうが、それ以来涙を流した記憶は一方通行には無かった。
何が『天使同盟』。ミーシャ=クロイツェフの事を全て分かっていたつもりの愚かなリーダーは、
実際は何一つ、天使の気持ちに気付いてあげられていなかった。
そして気づいた時にはこの状況。学園都市は戦場と化し、ミーシャ=クロイツェフは消滅まで
残り一時間も無いという、あまりにも絶望的な状況。
出来るものなら、一方通行は自分で自分を呪い殺したかった。
『mboi泣かないで。 全部私の我儘dkvのせいでこxnhiんな事に
なってるんだから。 貴方は何もvmgk悪くない、dhq貴方は私にこれだけ尽くlfstuしてくれた』
何もしてやれてねェよ!!!、と一方通行は爆発するように叫んだ。
よく聞けばさっきから頭の中に響くミーシャの純粋な言葉にさえ、ノイズが混じり始めている。
本当に一方通行が本気になって尽くしてやれていたならこんな事態も避けられたかもしれないと、
彼はひたすら自分を責め続けた。
ミーシャは青白く長い指でそっと一方通行の目元を拭いながら言う。
『も・・・・・・もうこれ以上・・・・・・wiuy自我cvnを、保っていられない。
だから、伝える。 私がこんなになってまで、「門」の事も無視してまで
ktob私がこの世に居続けた理由。 私cmsがこの世界でやり残している事』
「・・・・・・!」
それは『天使同盟』が追う最大の謎と言っても過言ではなかった。
ミーシャ=クロイツェフがこの世界やり残している事。
一方通行達は『星の欠片』の行方と同時に、その謎についても散々調べ尽くしていたのだ。
『一言。 私の口から、貴方に直接言いたかった事がある。
・・・・・・それだけ、だよ』
ミーシャは凹凸で表現されている口の部分をモゾモゾと動かして、
自分の口で、自分の言葉で、自分の声で、一方通行にずっと伝えたかった言葉を送った。
「ありがとう」
たった、これだけ。
自分の身が元の『位階』へ還るという運命に無理やり抗ってまでやりたかった事は、
たった一言。一方通行に礼を言うだけという、あっさりとしたものだった。
けれど、彼女にとってはそれが一番大切なこと。それだけが全てだった。
『ロシアpqf,sの戦争で貴方とojvavq対峙したとき、貴方は私を恐れないと言ってくれた。
理由はどうあれ、貴方はこの世界では異形lwpfkのaydrxm化物である私と対話をしてくれると
言ってapveiくれた』
ミーシャは一方通行の体を自分の胸に寄せたまま、空を仰ぎながら言った。
『――――――嬉しかった』
あの時の一方通行はとにかく打ち止めという少女を救うことで頭がいっぱいだったため、
そこまで深い意味を込めてミーシャに語りかけたわけではなかった。
しかし、その事実があったからこそ、ミーシャは元の座に戻ることなく、一方通行と共に過ごす事を決意したのだ。
「・・・・・・・・・・・・そォかよ。 ったく、オマエはとンでもねェ勘違い野郎だな・・・・・・」
洟を啜りながら一方通行は失笑する。
そんな些細なきっかけで、『天使同盟』なんて大仰な集まりが生まれたのかと思うと
笑いを漏らさずにはいられなかった。
そんな一方通行とミーシャ=クロイツェフの様子を、風斬氷華は上空から見下ろしていた。
慌てて彼らの下に降りるというような行動は取らなかった。
ただ、二人の間に割って入ろうとする愚者が出てきた場合、それらを撃破することが
自分が今出来る事だと風斬は自覚していた。
そして、
「―――――・・・・・・・・・・・・、jcbpfoghivm jisv pqam fhjgke」
「―――――――、」
トンッ、という人が物を軽く押すような、そんな音が響いた。
その音が鳴った時、既に一方通行は風に舞うビニール袋のように地面を転がっていた。
風斬は急降下して彼の華奢な体を受け止める。
「・・・・・・・・・・・・大丈夫、"ですよね"?」
「・・・・・・当たり前だろクソボケ。 誰に向かって言ってンだよオマエは」
全身がボロ衣のようになっている一方通行の減らず口を聞いて、風斬は柔和な笑みを浮かべる。
一方通行は風斬の肩を借りながら立ち上がると、数メートル先にいる『天使』でもない『悪魔』でもない
曖昧な塊をジッと見据えた。
ミーシャ=クロイツェフ。彼女は体を小刻みに震わせ、フラフラと不気味に揺れている。
自我が残っている間に一方通行に伝えたい事を全て伝えた安心感から来た緩みで、
彼女の中に残っている僅かな『天使』が溶けてなくなっていく。
一方通行は風斬の方を見ずに言った。
「・・・・・・状況は」
状況の説明を求められた風斬はどこから説明しようか悩み、
視線の先にいるミーシャを見て悩んでいる暇すらない事を悟り、彼に短く告げた。
「みんなが、私達を支えてくれてます」
「そォかよ」
その一言で充分だった。
「aelbjo貴、方tyuytbbnz」
「オマエの言いてェ事は伝わった。 ちゃンと聞いて、理解した。
俺や、俺たちからもオマエに言いてェ事が山ほどあるンだが・・・・・・
どォやらそンな時間は残されてねェらしい。 だからひとまず、
俺達は今からオマエを救う。 だがな、・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
気怠げに全身の力を抜いたまま動かなくなったミーシャに構わず、一方通行は続ける。
「『ありがとう』、の続きを俺はまだ聞いてねェ。
ありがとう、と言われて俺達はどォ答えりゃいい? どォいたしましてってか?
そォじゃねェだろ。 "そしてオマエはこれからどォしてェンだ"。 それをまだ
俺達は聞いてねェ。 あいにく、今ここにゃ俺と風斬しかいねェが、垣根と
エイワスの馬鹿共には後で俺からちゃンと伝えておいてやるからよ。
オマエはここからどォしてェのか、今ここで言ってみろ」
「――――・・・・・・、逃げ、―――・・・・・・逃、逃げ、て」
もうお互いは触れ合っていないにも関わらず、ミーシャは渾身の力を振り絞って
彼らに言いたい事を伝えた。だが風斬は答えない。そして一方通行も首をゆっくりと
横に振るだけだった。
「もォ一度しか聞かねェぞ。 オマエの気持ちは分かった。
俺達はこれからオマエを救う。 そンで、その後オマエはどォしてェンだ?」
一方通行が再び問い掛ける。しばしの沈黙が場を包んだ後、石のように固まっていた
ミーシャは顔をゆっくりと上げた。その凹凸で表現された目からは、確かに涙が流れていた。
そして、
「ずっと・・・・・・みんなと一緒に・・・・・・・・・・・・居たい、よ・・・・・・」
その言葉を最後に、ミーシャ=クロイツェフは『天使』ではなくなった。
殺気と狂気がゴチャ混ぜになったような得体のしれない何かが第一九学区を、学園都市を、世界を覆っていく。
地球という惑星が狂気に満ちていくような錯覚さえ覚えた。異常事態、怪奇現象、
どれにも当てはまらない、表現しようのない、どうしようもない現象。
悪魔。その悪魔の名は、ミーシャ=クロイツェフといった。
完全に自我を失ってしまったミーシャは、もう目の前にいる二つの人影が
『障害』にしか見えない。背中から生える大小様々な水晶の翼は、
天使だった頃の美しい透明色ではなく、毒々しい黒紫に染まっていた。
白、というよりは灰色に近かった、体表を覆う布の色も背中の一〇〇メートル近い翼に同調するように
紫に染まり、身体中に巡る金色の葉脈のようなものの色が血のように紅く発光している。
天使という存在と長期間過ごしてきた一方通行達でさえ、この悪魔の姿は異形に見えた。
今後、『地獄という風景とそこに住む悪魔の姿を描け』と言われたら、彼らはまず、この前にいる
怪物の姿を思い浮かべながら筆を振るうだろう。
ミーシャを中心に空気が膨張していくのが分かる。まだ何も起きていないというのに、
大地には深い地割れが発生し、地鳴りの音が耳を劈く。
辛うじて形を残していた建造物のガラスがひとりでにはじけ飛び、立ち並ぶビル群は小さな崩壊音をたてながら"死んでいく"。
ここまでの状況に陥り、しかしそれでも一方通行と風斬は真っ直ぐミーシャを視界に収めていた。
「ずっと一緒に居たい、だとよ。 どォやらこの大天使様は人間界居残りコースを
希望してるみてェだな。 どォする?」
「・・・・・・大歓迎です!」
ゴォッッ、ドバァッッッ!!!!!!!!、と炸裂音が立て続けに発生した。
風斬の背中から生えていた紫電を撒き散らす光の翼が、ミーシャの翼と同じくらいに肥大する。
一方通行の頭上に天使の輪が出現した。そして彼も同様に、背中から噴射するように翼を現出させる。
その翼の色は、白。対象をひたすら殲滅する時に出現する黒ではなく、
否が応でも大切な存在を守る、救うという気持ちで彼の心が満たされた時に発生する聖なる翼。
だが、そんな守護全開の翼を生やしながらも、彼の意向は少し異なった。
「救うったって、相手は本物の"悪魔"だ。 何とかダメージを与えずにとか、そンな生温い
考えだと瞬殺されるぞ。 "殺すつもりで救う"。 そンぐらいの矛盾をこなさねェと、
ガブリエルを救う事なンざ何年経っても出来やしねェ。 いいか?」
「理解してます。 大丈夫です・・・・・・全力でいきます」
「・・・・・・・・・・・・もしこれでガブリエルが悪魔から元に戻らなかったら、
『天使同盟(アライアンス)』改め『悪魔連合(ディ・ユニオン)』に改名するか?」
「・・・・・・あなたがそれで良いなら私も良いですけど。 でもやっぱり天使がいいなぁ」
この状況下で笑いながらそんな他愛も無い話が出来るのも、二人が自分自身を信じているからだった。
ミーシャ=クロイツェフは必ず救える。ミーシャ=クロイツェフはまた天使として君臨してくれる。
悪魔は口を蠢かし、この世のものとは異なる声を出した。
「trhbjs対象dhgaq確認axnveorg排除ihj開始orvn」
「いくぞ!!」
「はい!」
三者が同時に地を蹴り、突撃した。
その衝撃だけで地面が深く陥没し、『渦』が発生する。
渦に巻き込まれた周囲のビルが、まるで蟻地獄の巣に引っかかった蟻のように渦の中心に引きずり込まれていく。
だが、建造物は渦の中心で飲み込まれる前に三者の激突で発生した衝撃波で粉々に吹き飛んでしまった。
一方通行の白い翼がちぎられ、風斬の雷光の翼が霧散し、悪魔の禍々しい黒紫の翼が粉塵と化す。
いよいよ本日のメインイベント、神話に新たな一ページを追加出来そうなほどの『救済』が始まった。
『ゲーム』開始から一時間三〇分が経過。『星の欠片』消滅まで、残り三〇分。
皮肉にもこの熾烈な戦闘は、『天使同盟』結成当初のメンバー三人で行われているものだった。
【次回予告】
『幼稚、は余計だったかもしれないな。 まぁ聞けよ"エドワード"。
そして考え方が変わっていった人間は、当然心境も変わっていく。
微妙に、少しずつ変化していく人間もいれば劇的に変わる人間もいる』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・エイワス
『それは自分の「芯」を貫けない愚かな人間に起こる変化だ。 私は違う。
私以外の人間を見下すつもりなど毛頭ないが、私は「ホルスの永劫」を迎えるために
これまで一切寄り道をすることなく「プラン」を進行させていったつもりだ』
―――――――――――学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー
――――――――――――――――――――――
現在、戦場という名の舞台になっているこの第一九学区は周囲一帯が
エイワスが施したオーロラ状の光のカーテンによって"世界"から隔離されている状態になっていた。
よって、第一九学区は外部からの干渉を一切遮断する。
核ミサイルをぶち込もうが戦闘機で突っ込もうが地球そのものを破壊しようが
この第一九学区という別世界だけは何があっても揺らぐことはない。
だが、その一角は隔離されているはずの第一九学区全体から"更に別世界へと化していた"。
緑色の手術衣を身に纏う魔術師が口を動かして何かを呟く。
「地に平和を。 安らぎを。 楽園を創りたまえ。 カルマの束縛を解き放ち、
サンガに至るべき境地を与えん。 ―――――『Nirv??a(ニルヴァーナ)』」
手術衣の魔術師、アレイスター=クロウリーは目前に佇む『敵』に向かって
フッと、軽く息を吹いた。
それだけの行為でアレイスターの前方にある景色が見えない津波に飲み込まれていくように
『消失』していった。地面も、もはやひび割れることすらなく巨大な研磨に磨かれるように
粒子と化し、原子と化し、一瞬で『無』に帰す。
その一帯にあった空気ですら消え去り、急に引き起こされた不可思議な現象に『自然』がついていけず、
空間が"無くなる"という表現しようのない状態が出来上がっていく。
迫り来るニルヴァーナをアレイスターの『敵』、エイワスは薄い笑みを浮かべたまま
全く動じることなく応戦する。
「『ヴェーダ』より抜粋。 生贄は『AIM拡散力場(擬似エーテル)』。 歌うは『反転』。
我が歌声に呼応し、迫る驚異を払いのける力を貸し与えん」
一瞬、エイワスの体がテレビの砂嵐のようにブレ、光の粒が天に昇っていく。
するとエイワスの喉から信じ難いほどに美しい歌声が世界に響き渡った。
エイワスの眼前まで迫っていたニルヴァーナの波は何が起きたのか、さっきまでの進行方向とは
真逆、つまりアレイスターに向かって反射された。
アレイスターのニルヴァーナで消失した景色がビデオの巻き戻しのように修復されていき、
今度は逆にアレイスターのいた場所が最初からそこに無かったかのように消失していく。
こんなものに巻き込まれればアレイスターはこの世から削除されてしまうだろうが、
跳ね返ってきたニルヴァーナの波に彼が巻き込まれることはなかった。
既にアレイスターは音も立てず、既にエイワスの真後ろに回り込んでいた。
エイワスは振り向かず、表情も崩さぬまま言う。
「『レイライン』を参照にして私の後ろに回りこんだか、ニルヴァーナの反転も読んでいたわけだ」
アレイスターが手に持つ『衝撃の杖(ブラスティングロッド)』が怪しく輝く。
その先端部をエイワスの後頭部に突き出し、躊躇うことなく魔力を放出させる。
だが、
「私の目にも常に『レイライン』が見えていることくらい、君も知っているだろう?」
アレイスターの放出攻撃が虚空を貫き飛んでいく。
辺りを見回すと、エイワスは既にあらぬ場所へと体を移動させていた。
そしてその場からエイワスは背中から生える太陽のように輝く翼を展開し、
光速と同程度の速度でアレイスターに叩きつける。
質量のある翼を光速で振るうと当然その周囲にも尋常ではない影響が及ぶはずなのだが、
どのようにエネルギーをコントロールしているのか、エイワスの攻撃で学園都市が吹き飛ぶという事はなかった。
吹き飛んだのは、攻撃を食らったアレイスター本人だけだ。
「ちっ」
惑星一つを真っ二つに出来るほどの攻撃を食らったにも関わらず、アレイスターの体は
傷一つ負っていなかった。彼は空中で上手くバランスをとり、そのまま宙に留まる。
「『ショート・リチュアル』を使って一時的に『ラプラス』を身に降ろしていただろう?
だから人間である君にさえも『レイライン』が見えていたわけだ。
いけないな、人間程度の肉の器で悪魔を身に降ろすのは。 君はそうやって昔から
無茶ばかりしてきたね。 自分の伴侶だけでなく、ついには自分自身もただの器と定め始めたか」
「だがそのおかげで、かつて私はローズにあなたを降ろす事が出来たのだよ」
言いながら、アレイスターが杖を振ると虚空から蛇のような光が数十本に渡って出現した。
エイワスはそれらを自身の翼で蠅を落とすように撃破していく。
現世という領域から大きく逸脱した二人の戦いに巻き込まれた第一九学区の一角は、
もはや元通りに修復することなど不可能ではないかと思わせるほどに凄惨たる状況になっていた。
二人の周囲にある空間は未だに謎のねじれ現象が多数発生したままになっており、
地面というものは無くなっている。幸い、第一九学区の真下にある地下シェルターには避難民はいないため
不幸な被害者が出てしまうという事はなかった。
火山の噴火口のようにぽっかりと空いた穴からは二人のうちどちらかが何らかの方法で現出させたのか、
豪華な装飾が施された高さ数百メートル以上の巨大な『塔』がいくつも飛び出していた。
その塔の一つを挟んだ位置で、二人は互いの方を向き対峙する。
「ところで、エイワス。 少し前の発言について尋ねたい」
「?」
塔に設置されている窓ガラスの向こうに見えるエイワスを見据えながら
アレイスターはわずかに顔を歪ませて続けた。
「・・・・・・『セト』がこの私に振り向くことはないと、あなたは言ったな。
あれはどういう意味だ? 私では『オシリス』を殺せないとでも?」
「くく、やはり気にしているのか? 可愛いな」
エイワスは小馬鹿にするように笑って、
「少し違うな。 確かに人はいずれ『セト』に接触し『神浄』へと至って『オシリス』を殺すことになるだろう。
『オシリス』の死によって時代は『ホルス』に引き継がれ、これまで人類が築いてきた価値観は崩壊する。
洪水伝説とはまた違うが・・・・・・人類が新たな時代へ向かうための『方舟』も自ずと姿を現すだろうな」
エイワスの言う事が本当なら、例えアレイスター=クロウリーではなくとも
人類はいつか必ず『神浄』に到達し、時代は変わっていくという。
それはつまり、これまでの歴史も全てリセットされるということ。魔術サイドの十字教は崩壊し、
科学サイドは下手をすれば一部を除いて全て無くなってしまうかもしれない。
だが、とエイワスは前置きをして、
「君は彼と学園都市を創設し、進める必要のない時計の針を大きく進めてしまった。
時が速く進めばこの時代に生きている人間たちもそれに比例してどんどん成長していく。
肉体も、心もな。 すると、成長するにつれ人間は考え方が変わっていく。
子供の頃の幼稚な思考をいつまでも引き摺る大人などいないだろう?」
「・・・・・・幼稚な思考? それは私が『アレイスター=クロウリー』を名乗った時の事を言っているのか」
チリッ、と空気が一瞬刺々しくなる。どうもアレイスターはエイワスと会話をしている時と
『セト』、『神浄』に関する話題になると奥に秘める感情というものを表に出してしまう傾向にあるようだ。
「幼稚、は余計だったかもしれないな。 まぁ聞けよ"エドワード"。
そして考え方が変わっていった人間は、当然心境も変わっていく。
微妙に、少しずつ変化していく人間もいれば劇的に変わる人間もいる」
「それは自分の『芯』を貫けない愚かな人間に起こる変化だ。 私は違う。
私以外の人間を見下すつもりなど毛頭ないが、私は『ホルスの永劫』を迎えるために
これまで一切寄り道をすることなく『プラン』を進行させていったつもりだ」
「私はそんな人間ごときの心境の変化にいちいち興味を抱くことはないが・・・・・・、
例外もあるぞ? 例えば私は十月一九日に"とある人間"の心境変化と行動に興味を持ち、
珍しくこの世界にorevm・・・・・・失礼、現出した」
"とある人間"、とは言わずもがな白髪の彼のことだ。
彼の前に姿を現した事が、後々このような事態になっているわけだが。
アレイスターはなかなか本題に入らないエイワスの演説に若干の苛立ちを見せながら続きを促す。
「それで、何が言いたい」
「そういう事だ。 神という存在は基本、ただ人間の想像上で君臨するものだが、
時には人間を観察し、見極めるという愚行を働くことだってあるのだぞ?」
「・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・理解している。 だからこそ私は『セト』を崇拝し、
貢献し、尽くしてきた。 『セト』に受け入れられれば、私は『神浄』に至ることが出来る。
『幻想殺し』があれば成るのだ。 『幻想殺し』の真の意味は、全てそこに集約されている」
「それだよ、アレイスター」
「?」
エイワスの言葉に惑わされることなく、アレイスターは己を貫いてみせた。
『プラン』の完遂。それこそが、アレイスターが寿命を無理やり伸ばしてまで生きてきた理由。
しかしエイワスから返ってきた言葉に、アレイスターは意味を見出せなかった。
「君は自分で作った『プラン』に頼り切って・・・・・・いや、心酔し過ぎている。
視野が狭すぎるのだと言っているんだ。 視野を狭める上に君の早計さが重なれば、
なるほど、"何時まで経っても気がつかないのも頷ける"」
「・・・・・・それは挑発のつもりか? エイワス」
「挑発ではない、"親友"へ送る私のささやかな『忠告』だ。 ・・・・・・仕方がない、
君に最大のヒントをプレゼントしてやろう」
馬鹿にするような発言にアレイスターの苛立ちは積もる一方だった。
だがそれは、無意識にエイワスの言葉の意味を理解しているからこそなのだが、
アレイスターはまだ気がついていない。
そしてエイワスから提示されたヒントを聞き入れたアレイスターは呼吸が止まる。
「一方通行は九月三〇日に君の意向によって半ば無理やりにAIM拡散力場の数値設定を入力された。
その時に発現した彼の『黒翼』と、『セト』の言葉の意味。 そして『セト』が支配する世界。
『黒翼』を構成している物質。 ・・・・・・さて、ここまで言えば幼子でも分かるはずだが」
「・・・・・・・・・・・・あり得ん・・・・・・」
「神は気紛れなのさ。 一方通行も恐らく、"自分を見つめ続ける視線"を感じているはずだ」
「・・・・・・あり得ん・・・・・・ッ!!」
「何を嘆く、これは君にとってのチャンスでもあるんだぞ?」
ビキッ、という音がした。
気がつけばアレイスターは拳をわなわなと震わせながら、握っていた『衝撃の杖』をへし折っていた。
995 : ◆3dKAx7itpI - 2011/05/21 16:46:40.07 F25Xy5fYo 408/408このスレではここまでにしときます。
一応もう一度、次スレURLを。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1305963129/
それでは続きはあちらで。ありがとうございました!
続き:8スレ目
とあるフラグの天使同盟【1】


ガブリエル子育て、風斬子供産む他は要らないルートだろ多分