関連
一方通行「そンなフラグはヘシ折ってやる」 ヴェント「・・・・・・あ?」【1】
一方通行「そンなフラグはヘシ折ってやる」 ヴェント「・・・・・・あ?」【2】
――――――――――――――――――――――
エリザリーナ独立国同盟の居住区から少し離れた場所にある銭湯。
そこの男性用脱衣所で一方通行は予め用意されていた着替え用の甚平に着替えていた。
こうしているとここがロシアである事を失念してしまう感覚に陥りそうだ。
結局、女風呂での死闘で一方通行と垣根帝督という学園都市最強のトップ2は完膚なきまでに叩きのめされた。
なにしろ女性陣にはあのエイワスが敵として立ちはだかっているのだ、二人に勝機など万に一つも無かった。
一方通行は速攻で電極チョーカーのバッテリーをどういうワケか強制的にゼロにされ、垣根帝督の『未元物質』も
あっという間に消し飛ばされ、その後は女性陣の皆様に八つ裂きにされた。
垣根帝督は銭湯から鳴り響いた爆音により駆けつけた民間人によって担架で運ばれていった。
電極チョーカーの電源をオフにされ演算能力が無くなった一方通行は気がついたら男湯に一人取り残されて
いたので、今はこうして一人で黙々と着替えているというわけである。
(・・・・・・ちくしょう、体のあちこちが悲鳴をあげてやがる。 とンだとばっちりだ・・・・・・)
向こう側の脱衣所から物音がしない辺り、どうやら女性陣は既に全員居住区に戻っているようだ。
覗き、及び盗撮補助という目も当てられない行為を働いた後にこの静けさだ、
より一層の悲壮感が脱衣所の一方通行から漂ってきている。
(疲れた・・・・・・今日はもォさっさと寝よ)
着替えを終え、杖をつきながらトボトボと歩く一方通行。
そして玄関へ続く扉を開けると、
「あン?」
「あ、・・・・・・」
そこにはポカポカと湯気を体から立たせながら頬をうっすらと赤く染め、
休憩所のソファに座りながら牛乳瓶を片手に団扇を仰いでいる浴衣姿のヴェントがいた。
その彼女の姿はさながら『湯上がり美人』な雰囲気を醸し出しており、
顔の必要以上に濃い化粧も魔術的効果を得るために留めていたピアスも耳に二つ付いているだけ。
珍しく全て曝け出している亜麻色のショートヘアの頭髪はまだ微妙に乾ききってなく、どこか色っぽい。
首にペンダントがぶら下がっていたが、その先に何が付いているのかは懐に隠れていて見えなかった。
一方通行はそんな彼女の姿を見て少し驚いた。
ショッピングの時も思ったが、やはり『神の右席』仕様ではないヴェントはきちんと女の子らしさが窺えた。
「一応聞くが・・・・・・オマエ、ヴェントだよな?」
「うるさいわねこの覗き魔」
つい先程の騒動の事を思い出したのか、ヴェントは湯上がりで薄く染まっていた頬を更に紅潮させ、
プイッと一方通行から目線を離し牛乳をくぴくぴと飲む。その光景はますますロシアのイメージとかけ離れたものだった。
「風呂の後の牛乳か・・・・・・たまには悪くねェなそォいうのも。 自販機どこだ?」
「・・・・・・・・・・・・あっち」
目を合わせないまま指を差すヴェントに従い一方通行も自販機に硬貨を投入しコーヒー牛乳を購入する。
ここは日本通の民間人の発案で建てられた銭湯らしいが、その民間人はよほど日本の銭湯が好きなのだろう。
でなければこんなビン牛乳自販機など設置するわけがない。日本円でも購入できる仕様になっているし。
一方通行はそのまま写真に撮ったら温泉の宣伝ポスターにでも使えそうな艶やかな姿のヴェントを見て言う。
「オイ、日本じゃ温泉で牛乳飲むときはこォ飲むンだ、やってみろ」
「あ?」
壁に背を預けながらそう言うと、一方通行は足を少しだけ左右に広げて左手を腰に当て、
そのままコーヒー牛乳をグイっと豪快に飲んでいった。
日本人なら誰もが知っている格好での飲み方だが、別にこうやって飲まなきゃいけない決まりはない。
「ぷっはー、ってなァ。 ま、これは黄泉川の受け売りだが」
「・・・・・・バカじゃないの?」
「いいからやってみろよ」
ヴェントはしばらくジト目で一方通行を睨んだが、やがて立ち上がり渋々と一方通行の飲み方を真似する。
正直これは浴衣姿でやってもあまりサマにはならないが、ヴェントはそれでもやってくれた。
「ぷ、ぷっはー・・・・・・」
「この牛乳日本製かよ、わざわざ輸入してきてンだなこの銭湯のためだけに・・・・・・」
「・・・・・・この覗き魔が」
「うっせェな。 そンなつもりじゃねェって言ってンだろォが。
ありゃ完全に垣根に非がある。 俺は無実だ」
どうやらヴェントはまだ一方通行達が女湯に忍びこんできたことを根に持っているようだ。
当たり前といえば当たり前なのだが、タオル一枚で暴れまくった彼女たちも彼女たちである。
湯船でおとなしくしていた風斬とエリザリーナは賢い選択だと言えるだろう。
と、ここで一方通行はキョロキョロと首を動かした。
(・・・・・・・・・・・・なンだ?)
ふと、一方通行はこの空間に妙な違和感を感じた。
気のせいだろうと無視できる程度のものだったが、それでも胸を微かに圧迫されるような感覚を覚える。
番台のある休憩所を一通り見回したが、どうやらここには一方通行とヴェントしかいないようだ。
他の女性陣は先に帰っているのだろう。違和感の正体も休憩所を見渡すだけではわからなかった。
だとすると、なぜヴェントだけがここに残っているのか疑問に思うのは当然だ。
「オマエこンなところで何やってンだ? 他のヤツらはもォ帰ったンだろ?
そンな格好で一人寂しく牛乳飲むよォなキャラには見えねェンだがな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一方通行に質問され、ヴェントは押し黙る。
彼の声が聞こえていないのではなくここに一人で残っている理由を言おうか言うまいか悩んでいるようだ。
一方通行もコーヒー牛乳を飲みながら彼女が口を開くのを待っていた。
(・・・・・・暑っちィなここ・・・・・・)
甚平の胸元をパタパタと扇ぎながら一方通行は顔をしかめた。
どうやらこの休憩所は暖房がきいているらしく、天井にあるエアコンから稼動音が鳴り響いていた。
ヴェントが喋らないため沈黙に包まれた休憩所ではその稼動音がやたらと存在を主張している。
多分、外の極寒を考慮して暖房は常時稼働しているのだろう。
しかも番台の側には扇風機が稼働していた。暖房がきいている側で扇風機とは何とも奇妙な状況だ。
恐らくはヴェントが扇風機をつけたのだろうが、団扇まで扇いでいるところを見ると相当暑いらしい。
ならば外に出てしまえば涼を得られるのだが――ここはロシアなので涼どころではないが――、
依然として彼女は休憩所に留まっている。
そんなヴェントがようやく口を開いた。
「・・・・・・アンタを待ってたのよ」
「あァ? なンでだよ」
ヴェントは一方通行が風呂から出てくるのをずっと待っていたらしい。
自分がどのくらい男湯で気絶していたのかは分からないが、彼女の様子からして
そこまで待たせている感じではなかった。
「別に、ただちょっと話がしたかっただけ。 ・・・・・・都合悪いの?」
「・・・・・・いいや」
ヴェントは瓶牛乳の中身を飲み干し、斜め後ろに置いてあるビン専用ゴミ箱へ適当に放り投げた。
そして座っているソファから少しだけ横へずれる。『座れ』と暗に示しているのだろうか。
一方通行は少し躊躇したが、ヴェントが放つ鋭い視線に押し負けて渋々彼女の隣へ腰掛けた。
隣にいる彼女から微かに香る風呂上がり独特の甘い匂いが一方通行の鼻腔を刺激する。
「しっかしオマエが浴衣とはなァ・・・・・・、どォやって着付けたンだよ?」
「レッサーのヤツにやってもらったのよ。 私は別に着たくなかったんだけど」
「ふーン。 まァ、結構似合ってるけどな。 和服ってのもアリだったか・・・・・・
買い物の時に買っときゃ良かったなァ。 また今度行くか」
「え。 う、うん・・・・・・」
そっぽを向いてパタパタと団扇を扇ぐヴェント。やはり相当暑いのだろうか。
風呂上がりの女の子が浴衣姿で、しかも誰もいなくなった銭湯で二人きりで話がしたい
というシチュエーションは、思春期の男ならあらぬ妄想を掻き立てられるというものだが、
どうもこの雰囲気はそんな良いものではないように思える。
どちらかというと甘いイベントよりは、何か大事な話があってヴェントは彼を待っていたと考えられる。
「・・・・・・ンで、話ってなンだよ?」
このままでは何時まで経っても事が進展しないと判断した一方通行は、
コーヒー牛乳の瓶を目の前の机に置き、肘置きに寄りかかりながら話題を切り出した。
ヴェントは俯いてまたしばらく押し黙った。よほど言い出しにくい話題なのだろうか。
しかしこれは彼女から持ちかけてきた事。一方通行が風呂から出てくるのを待つほどだ、
やはりどうしても話したい事なのだろう。
一方通行も待たされる事は嫌いではない。話したい、だが話しにくいという迷いは
彼もよく分かる。なので一方通行は無理に急かしたりせず彼女の言葉を待った。
「・・・・・・アンタさ、私の部屋で言ったよね」
「?」
「私が胸に抱えてる過去の"しがらみ"も何もかも一緒に支えてやるって」
(またその話か・・・・・・)
一方通行はうんざりとした表情を浮かべかけたが、なんとか堪えた。
これはヴェントにとっては大事な案件だ、露骨に嫌な素振りを見せるわけにはいかない。
そしてこの件については、もう一方通行も他人事ではないのだ。彼はヴェントが抱える『闇』を
一緒に抱えていくと誓ったのだから。
その約束は守っているつもりの一方通行だが、ヴェントは何が言いたいのだろうか。
「あァ、言った。 それがどォした?」
「・・・・・・それって、どこまで本気なの?」
「は?」
「どこまで本気で言ったのかって聞いてるのよ」
どこまで本気だったのか、と聞かれても。一方通行は言葉に迷った。
あの時は適当にあんな約束をしたわけではないし、例えば今日のショッピングだって
彼女のトラウマと言っていい機械仕掛けのアトラクションへ一緒に搭乗したくらいだ。
だから正真正銘、嘘偽り無く、本気で誓ったとしか言い様がないのだが、
「・・・・・・私、まだアンタの言葉を信用していない」
そう言われてしまうと一方通行も閉口せざるを得ない。
特に信用してもらうよう努めていたわけではないが、それでも信用してないと言われると
わずかにだが凹んでしまう気持ちになる。
「・・・・・・そォかよ。 そりゃ残念だなァ」
「アンタが適当に、何の気無しにあんなコト言ったんじゃないってのは分かってる。
だからジェットコースターに乗るときもアンタを誘ったわけだし、アンタとなら乗れるかもって思った」
「ちと過大評価が過ぎるけどな。 まァ光栄なこった」
「でもやっぱり、まだどこかで私はアンタを信用してない」
ヴェントはローマ正教の暗部、『神の右席』に入って以来、他人の事など信用せず
自分の力だけで自分のためだけに戦ってきた魔術師だ。
その点を考慮すると、出会って数日の"他人"の事を心の底から信じる事が出来ないのも納得出来る。
だが一方通行は疑問を感じた。なぜそんな自分の気持ちをわざわざ一方通行本人に吐露するのか?
もっと彼を信じてみたいという決意の表れなのだろうか、それともこれ以上彼を信じることは出来ないから
自分に関わるなとでも言いたいのだろうか。
「・・・・・・それを言われて、俺はどォ答えたらいいンだ? ここでオマエへの信頼を勝ち取ればいいのか。
俺の言葉がどこまで本気だったか、行動でオマエに示してやりゃ満足すンのか?」
「・・・・・・例えば、アンタが途中で面倒になって、約束を放棄するとか」
「ねェよ。 買い被られてると思ったらオマエ、そりゃ幾ら何でも俺を見くびり過ぎだ。
そンなつまンねェ事をするほど俺は堕ちてねェつもりだ」
「・・・・・・例えば、私がアンタを科学に対する憤怒と憎悪の捌け口にするとか」
「したきゃそォしろよ。 生憎、罵詈雑言の雨は浴び飽きててなァ、そォいうのにゃ慣れてンだ」
「私にそんな事言われたら、アンタは私に対してどう思う?」
「さっきから質問の内容が支離滅裂じゃねェか? 別に何も思わねェよ、慣れてるっつってンだろ。
俺を対象にストレス発散してェンならいくらでもすりゃいいだろ」
それが、一方通行があの部屋で交わした約束の本意。
彼女が吐き出す『闇』を、憎悪を、怒りを、全て受け入れてやるという彼の決意だ。
今の一方通行なら例えヴェントに理不尽な暴力を振るわれても、それが科学に対する怒りや憎悪から
来ているというのであれば、甘んじて受け入れるだろう。
しかし、
「そう、そこがまだ信じられないのよ」
「・・・・・・?」
いよいよヴェントの言っている事が理解不能になってきた一方通行。
彼女は質問しているというより、一方通行の反応を確かめているといった様子だ。
しかし一体、一方通行にどんな反応を求めているのか、それが分からない。
だが一方通行はこれだけは確信できた。
(コイツ・・・・・・何か『試してやがるな』?)
何を試しているのかまでは分からないが、ヴェントは間違いなく今現在、一方通行に対して
何かを『試している』。それを悟られまいとヴェントは巧妙に隠しているようだが、一方通行は感じ取ることが出来た。
机の上に置いたコーヒー牛乳の瓶に雫が流れていく。
休憩所の暖房と風呂から上がったばかりの二人が隣接しているためか、蒸し暑さを感じる。
申し訳程度の風力で稼動している扇風機の意味が無くなっていた。
とりあえず近くに扇風機を持ってこようかと一方通行が考えていると、
「・・・・・・例えば。 例えばの話だけど、」
「・・・・・・・・・・・・なンだよ」
ヴェントが一方通行を引き止めるように言葉を発した。
ソファから立ち上がりかけた一方通行は改めて座り直す。
そして、彼女は言った。
「例えば、『使用者に悪意や敵意を向けただけで昏倒してしまう魔術』があったとして、
それを私が使ったらアンタはどうするのよ?」
一方通行は開いた口を塞ぐことも忘れ、ただ睨みつけてくるヴェントの顔を凝視していた。
急に魔術の話をされて、一方通行は理解を追いつかせるのに若干のタイムラグが生じてしまう。
そして同時に、さっきからこの空間で感じている『違和感』の正体にも気付いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・オマエ」
「気付いた? まぁ、ここまで言えばアンタなら分かるわよね」
『天罰術式』。
ヴェントは一方通行が風呂から上がってくる間に天罰術式を発動していた。
エイワスから貰った特注の天罰術式専用霊装。それは従来の天罰術式と違い、
舌につける鎖も必要なければ『神の右席』としての属性も無しで使用できるという
とんでもなく強力で凶悪な、いわゆる『誰でも天罰術式が使える霊装』である。
ヴェントはかつて使っていた天罰術式と同じ要領で霊装に魔力を送り、発動した。
もちろんその様子を見られないよう、他の女性陣が全て居住区に帰った後にひっそりと行っている。
「私は天罰術式を武器に、今まで沢山の敵と戦ってきたわ。 この能力を十二分に活かすために
わざと相手に嫌悪感を抱かせるような服装、顔、言動、仕草を使いこなしてきた。
・・・・・・そんな事をしてたら、いつの間にか私の周りから人は離れていったけどね。
私の側にいたヤツなんて、他の『神の右席』の連中とローマ正教の極一部くらいよ」
そう語るヴェントの表情は、どこか哀愁が漂っていた。
「・・・・・・その天罰術式ってのを今ここで使ってンのか」
「そうよ。 今も絶賛発動中。 どう? 怖くなってきたかしら」
相手を挑発するようなこの発言も、『前方』のヴェントとしての名残なのだろうか。
こういう性格の女だとばかり思っていた一方通行は虚を突かれたような感覚に襲われる。
これこそ、ヴェントが一方通行の本当の気持ちを知るための方法。
天罰術式を使用して尚、一方通行は昨日や今日のショッピングの時のように自分と過ごしてくれるのかどうか、
過ごすことが出来るのかどうか、確かめる方法だった。
「私がアンタを科学に対する憎悪の捌け口にするって言ったら、アンタは構わないって言ったわよね?
でも、これならどうかしら? アンタはそれでもこの私と一緒に『闇』を抱えて生きてくれるの?
無理でしょう、嫌でしょう。 そもそも、これを発動すればアンタはそんな生き方は出来なくなる。
常に天罰術式を発動させる必要はないけど・・・・・・そうね、これは私からアンタへの最上級の『意地悪』よ」
それもそうだ。相手から常日頃罵詈雑言を浴びせられ続けたら、どんな善人だってその相手に多少なりとも
嫌悪感を抱いてしまう。そしてそうなればアウト、天罰術式は嫌悪感を抱いた人間を無力化させてしまうのだ。
「結局、そういうコトよ。 私はアンタを信じきるコトが出来ない。 こんな霊装が無ければ或いは
自分をごまかして過ごしていけたかもしれないけど、私は真意を確かめる『手段』を手に入れてしまった。
・・・・・・アンタのとこの金髪の怪物を恨みなさい。 これはそいつがくれたんだから」
そう言ってヴェントは胸元に手を入れ、首にぶら下がっているペンダントの先を取り出した。
そこには如何にもな十字架が取り付けてあり、淡く発光していた。それが天罰術式の霊装なのだろう。
そしてそれをヴェントに渡したのはエイワスだという。本当にあの野郎はいつどこで誰にちょっかいを出しているか分からない。
「やっぱり、そう簡単に生き方を変えるコトは出来ないのよ。 ジェットコースターに乗った時は
弟の分までちゃんと楽しもうと思ったけど、そんな気持ちも短時間で霧散してしまった・・・・・・。
疑心暗鬼に近いのかもね、私は自ら周りの人間を遠ざけていく愚かな女よ」
自身を蔑んでいる現状に呆れたのか、ヴェントは自嘲気味に笑みを浮かべていた。
苛立っているような、しかし今にも泣きそうな、そんな曖昧な彼女の表情を
一方通行は黙って隣で見つめていた。
【次回予告】
『今までのオマエのおべンちゃらも、俺をその天罰術式でおネンネさせちまおうって魂胆だったンか?
甘ェ甘ェ、そンなンで嫌悪感を抱くほど、俺の心はヤワじゃねェンだわ』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』のリーダー・一方通行(アクセラレータ)
『・・・・・・明日、か。 何があるんだろう』
―――――――――――『天使同盟』の構成員・風斬氷華
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・、明日か』
―――――――――――『天使同盟』の構成員・垣根帝督
『・・・・・・さてさて、明日が本当に楽しみだよ。 なあ? アレイスター=クロウリー』
―――――――――――『天使同盟』の構成員・エイワス
『それじゃあ、また"明日"』
―――――――――――『天使同盟』の構成員・ミーシャ=クロイツェフ
『神の右席』を抜けてようやく普通の女の子として生きていけるチャンスを得たというのに、
ヴェントは再び天罰術式という無慈悲で凶悪な魔術を手に入れ、『前方』のヴェントに戻ってしまいかけていた。
もうそんな魔術は使うな。君はもう『神の右席』じゃない。天罰術式なんてものにすがる必要はない。
例えそんな言葉を投げかけても、励ましにもならないだろう。
ヴェントは『神の右席』としての時間が長すぎたのだ。もう普通の女の子として振る舞うのは難しいのかもしれない。
ショッピングの時に見せた女の子らしい一面も、先のように皆で楽しく温泉に入る事も、
彼女にとってはほんの一瞬の『幻想』でしかない。
『幻想』ならばあのツンツン頭の少年の、この世で最も不可解な右手で消せるのだろうか?
否、それは不可能だろう。これはヴェント自身が心の奥深くに抱いている『想い』なのだから。
あまりにも常軌を逸した自己嫌悪っぷりに、ヴェントは自身が天罰術式にかからないのが不思議でたまらなかった。
天罰術式にそんな効果はないが、いっそのこと自己嫌悪で永遠に昏倒していたいとすら思った。
「悪いけど、私のコトはもう放っておいて。 アンタの『偽善』はもうお腹いっぱいなのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これも天罰術式を喰らわせるための発言なのだろうか。
ショッピングや風呂で見せた『本来』の彼女の面影は、どこにも残っていない。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・ハッ。 なンだそりゃ、笑えてくるな」
一方通行は倒れない。天罰術式の効果で昏倒したりすることは無かった。
即ち、それは彼がヴェントに対して悪意や敵意を抱いていないという事実に繋がる。
「今までのオマエのおべンちゃらも、俺をその天罰術式でおネンネさせちまおうって魂胆だったンか?
甘ェ甘ェ、そンなンで嫌悪感を抱くほど、俺の心はヤワじゃねェンだわ」
「・・・・・・・・・・・・話聞いてた? 今はそうでもこのまま私と『闇』を抱えていけば
いずれアンタも天罰術式の包囲網に引っ――――――」
「今もいずれも同じだクソボケ。 俺はずっと、一生『俺』のままなンだよ。
そして今、俺は倒れてねェ。 ならこれからも俺が天罰術式を喰らうって事はねェってこった。
惜しかったな、俺にそンな魔術の知識を吹きこまなきゃ或いは俺を倒せたかもしンねェのによォ」
ゲラゲラと悪ガキのように笑う一方通行は、やがて驚愕で見開かれたヴェントの目を真っ直ぐ見つめる。
そんな彼の視線に耐え切れず、ヴェントは慌てて視線をよそに投げた。
「使いたきゃ使えよ、これからも、その天罰術式ってマヌケな魔術をよォ。
言っておくが俺にはもォ一切通じねェから、その事実だけはその愉快な構造の頭にぶち込ンどけ」
「な、なんでそんなコトが言えるのよ・・・・・・? 天罰術式を甘く見すぎてるんじゃない?
この魔術に有効範囲なんて概念は存在しない。 アンタが地球の裏側にいようが
銀河の果てにいようが、私に対して嫌悪感を抱けばそれでオシマイなのよ!!
ボヤけた写真とか映像でもダメ。 それをどうやって突破するって言うの?」
「マジで言ってンですかァ? てかオマエ自分で言ってて気付かねェの?
こンなンガキ向けのなぞなぞ問題集にも載ってそォな簡単な打開策じゃねェか」
「ど、・・・・・・どういう意味よ」
「その天罰術式ってのは『敵意』や『悪意』、つまるところ嫌悪感に対して
効果が発動するンだろ? ならその逆、『好意』を抱けば通じねェじゃねェか」
ドクン、と一層大きな音を立てて鼓動が脈打つヴェントを無視して一方通行は言ってのけた。
「オマエがこれからも天罰術式を使うってンなら、俺はもォオマエに好意しか向けねェ」
生まれて初めてそんな事を言われた、というような表情を浮かべたままヴェントは固まってしまった。
ただし、その顔だけは食べごろのリンゴのように紅潮してしまっている。
ただただ、ヴェントに対して好意を向ける。好意的に接する。
なるほど、確かにそれなら天罰術式は何の意味も持たなくなってしまうだろう。
この魔術は相手の敵意や悪意にしか効果が働かないのだから。
しかし人間を相手に好意だけを向け続けるというのは容易いことではない。
どんな仲の良い恋人だって、親友だって、兄弟だって、親子だって、相手に対して嫌悪感を抱く瞬間は必ず存在する。
だがなぜか、この隣に座ってからからと笑っている一方通行という男なら、そんな事もやってのけそうな気がした。
なにせあのミーシャ=クロイツェフという天使の面倒をこれまで見続けてきた男なのだ。
人間相手にそのような感情を抱き続ける事くらい、彼にとっては容易なのかもしれない。
もっとも、『大昔』の彼ならそれは不可能だっただろうが。
短く息を吐き、一方通行は固まったままのヴェントの方をジロリと見る。
そしてズイっと彼女の顔に自分を顔を近付けると、そこでようやく彼女はビクンと体の硬直を解いた。
「な、なな、何よ・・・・・・?」
「口だけの野郎じゃねェってとこを見せてやろォか?」
突然そんな事を至近距離で言われ、ヴェントはまともに呼吸をすることが困難になってしまう。
さっきから短い間隔で脈打つ自分の心臓の音がうるさくてしょうがない。
目と鼻の先まで一方通行はヴェントに顔を近づける。彼女は何も言えず、何の行動も起こせない。
ただ自然と、自身の瞳を閉じてしまうだけだった。
そして、
「"俺はそのオマエのクソ忌々しい顔なンざ、正直もォ見たくねェンだわ"」
一方通行はヴェントに向かって、そんな事を言った。
あまりに出し抜けな発言に、ヴェントは思わず目を開いてぱちくりさせてしまう。
「ほォら、な? 倒れねェ」
「え・・・・・・?」
一瞬彼が何を言っているのか分からなかったが、ヴェントは胸元にぶら下がっているペンダントを見て理解する。
天罰術式の特注霊装は変わり無く発光を続けており、魔術が発動中であることを示している。
今の一方通行の発言は明らかに『悪意』が見て取れたが、彼は健在だ。
つまり、本音ではないという事になる。
「楽勝だな、『神の右席』。 まァ九月三〇日の俺に対してこれ使われてたら正直ヤバかったかもしンねェけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今はもォ違う。 俺に天罰術式は通用しねェ。 完全に信用しろとは言わねェが、
それでも少しは信用してくれりゃこれから先もオマエに対して接しやすくなるンだが・・・・・・」
うーン・・・・・・と、一方通行は何かを考え始めた。
これから先、天罰術式を使用し続ける彼女に具体的にどう接しようかと悩んでいるようだ。
休憩所の蒸し暑さも相まってヴェントは全身がしっとりと汗ばんでいた。
その理由に彼の発言と、彼の真意が分かった現状もあるのだが。
チラリ、と真っ赤になった自分の顔を見る一方通行に対して、ヴェントは団扇を扇ぎながら慌てて取り繕った。
「こ、これはあれよ!? 暑いから! ここちょっと蒸し暑いでしょ!?
だからその・・・・・・顔が赤くなるのも無理はないってコトよ、わかる!?」
「いやわかってるけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・わかってないわよ」
しばし沈黙が続いた。一方通行はボケーッと天井を仰いだまま微動だにしないし、
ヴェントもヴェントで俯いたままパタパタと忙しなく団扇を扇ぎ続けるだけだ。
もうこれはごまかせないな、とヴェントは心中で静かに諦めた。
彼に対する、今の自分の想いを。
「・・・・・・・・・・・・アンタの言い分は分かったわ」
「あン?」
「とりあえず、信じてみる。 それでも完全にとは言えないけど、
これから少しずつ、ゆっくりと時間をかけてアンタのコト信じてみる。
・・・・・・・・・・・・それで、いい?」
「あァ、好きにしろ。 俺もたまには努力してやっからよ」
「う、うん。 ・・・・・・じゃあ、その、これから・・・・・・よろしくね」
「はいはい」
もうまともに一方通行の顔を見ることが出来なくなってしまったヴェントは、
ひたすらに団扇を扇ぐことしかしなかった。
しかしその顔には、年相応の少女の無垢な笑みが浮かんでいた。
しばらく沈黙が続いた後、一方通行が不意にこんな事を言ってきた。
「・・・・・・そォいや、その天罰術式の霊装ってのは『女王艦隊』とは違って首にぶら下げるモンなンだな。
俺ァてっきりその十字架も舌先の鎖に付けるモンだと思ってたわ」
これは公式の天罰術式の霊装ではないため、鎖に繋げる必要が無いだけなのだが
ヴェントはあえて説明しなかった。
「それにオマエ今『女王艦隊』の霊装も付けてねェみてェだが、やっぱ風呂や寝るときは外すモンなのか?
魔術にゃ詳しくねェからその辺は俺には分からねェンだけどよ」
「そりゃそうよ。 あんな物、常住坐臥ってわけにはいかないもの」
「そォいやメシ食ってる時も外してたっけか」
「い、いちいち人が食事してる時に口なんか見てんじゃねえよ・・・・・・」
「・・・・・・にしても、やっぱよく考えりゃ厄介な魔術だなァ天罰術式ってのは。
俺がオマエに気ィ遣うって事はしねェが、それでも他のヤツらがオマエに嫌悪感を抱いて昏倒するよォな事が
あったらどォ対処すりゃいいンだ・・・・・・その辺も考慮していかねェとなァ」
手を顎に添えてうんうんと唸り出す一方通行。
その様子からしてどうやら本気で、真剣にヴェントの事を考えてくれているようだった。
本当に、何でも背負い込む男だなとヴェントは隣で再び考え込んでいる一方通行を見て思った。
ここまで自分の事を考えてくれる人間など、自分に好意を向けてくれた男など、
人生でたった一人、自分の弟くらいのものだっただろう。
ヴェントはそれが複雑で、でも素直に嬉しくて、
「・・・・・・もういいわよ。 そんな事考えなくても」
「何?」
ヴェントは淡く発光し続ける天罰術式の霊装をペンダントから取り外すとそれを籐製の床に置き、
どこに持っていたのか銀色のピアスを一つ耳に追加して、
虚空から有刺鉄線付きのハンマーを取り出して霊装を叩き割ってしまった。
床に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、エイワスお手製の霊装は見るも無残に砕け散っている。
そしてどこからか緩い風が吹き、ヴェントの手からハンマーが煙のように消え去った。
「トチ狂ったか?」
「もういらないのよ、私に天罰術式なんて。 ・・・・・・アンタが私の事を想ってくれてるから」
「・・・・・・・・・・・・そォかい」
「・・・・・・これでも、アンタは私に変わらず好意を向けてくれる?」
「悪ィが、"こっから先は"一方通行だ。 ・・・・・・って言いてェとこだがなァ。
ったく、進入禁止だってのにズカズカと土足で入り込ンで来やがって。
俺にここまで考えさせるよォな話を持ち込ンできたのはオマエだ。
もォ好意だけに留まらねェかも知れねェぞ。 俺の領域に入った以上、逃しはしねェ」
そう言って、学園都市最強の超能力者は照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。
そんな人間臭い仕草をする白い化物の様子を見てヴェントはクスっと笑い、
「・・・・・・そういえばさっき、『女王艦隊』の霊装は付けないのかって聞いたわよね」
「あ? あァ、四六時中も付けてられるかっつゥ話だろ?」
「そうね、それもあるけど―――――」
と、ヴェントはダルそうにソファに腰掛けている一方通行の首に腕を回して言った。
「―――――舌に鎖なんて付けてたら・・・・・・、"やりにくい"でしょ?」
「あン? 何が――――」
こうして、一方通行はロシアでの二日目を過ごしていった。
明日に何かが起きるとエイワスから聞かされているが、一方通行はどんな試練が待ち受けようとも
エイワスの気疲れするようなサプライズが開催されようとも、それを乗り越えられる自信があった。
明日。
人生で最も大きな挫折が彼を容赦なく襲い、その心がへし折れてしまう事も知らずに。
――――――――――――――――――――――
風斬氷華は居住区で借りている自分の部屋へ戻っていた。
彼女は鼻歌交じりに学園都市から持ってきていた自分の衣服類を整理していた。
さっきの露天風呂の一件で風斬は大変恥ずかしい思いをしたが、今となってはそれも良い思い出だ。
「いっぱい服買ってもらっちゃったな・・・・・・。 明日、一方通行さんにちゃんとお礼を言わないと」
ショッピングで一方通行に買ってもらった衣服等の到着を楽しみにしながら彼女は言う。
彼と二人きりで、とはいかなかったがそれでも彼女は満足していた。
レッサーやサーシャ、そしてヴェントらと楽しく交流出来た事が風斬にとっては何よりも嬉しかった。
・・・・・・ショッピングの途中、一方通行が様々な女性と関係を持っている事が明らかになったが、
別に風斬は一方通行を束縛し、自分だけの物にしたいという願望は全く無いのでそれは問題ない。
(・・・・・・ちょっと嫉妬しちゃうけど)
時計を見る。間もなく午前〇時を回ろうかというところだった。
そろそろ寝ないと、明日の生活を元気に送れなくなってしまう。
もっとも、AIM拡散力場の集合体である風斬氷華に睡眠は必要ないが、これも人間として振る舞うための習慣だ。
(・・・・・・明日、か。 何があるんだろう)
エイワスは言っていた。明日には全てが明らかになる、と。
あの金髪の言うことはいつもロクな事ではないが、それでも風斬は少しだけワクワクしていた。
なんだかんだでエイワスが用意するサプライズは、最終的には皆が楽しんでいる例が多いからだ。
不安6、期待4の割合で胸を高鳴らせながら、荷物の整理を終えた風斬は可愛らしいデザインの寝間着に"フォームチェンジし、
ベッドの布団に潜り込んだ。
明日は、どんな風に皆と楽しく過ごそうか。そんな事を考えながら、風斬は静かに寝息を立てて眠る。
明日。
最も大切な存在である『彼』と、ずっと一緒にいたいという願いが打ち砕かれてしまうとも知らずに。
――――――――――――――――――――――
垣根帝督もまた、居住区で借りている一室のベッドの上に寝転がっていた。
顔には強烈な平手打ちを喰らったような所謂『椛』の痕がついていたり、体中に青アザが出来ていたりと
散々な状態だったが、彼はそれに対して不満を抱くということは無かった。反省してるのだろうか。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・、明日か)
垣根はその手に自作のルーンの札を持ち、それをしげしげと眺めていた。
最近、こうして過ごす時間が増えてきた気がする。
垣根帝督はエイワスが明日に全てを明らかにする事を知らない。
だが例え知ったとしても、彼はそこまで興味を持ったりはしないだろう。
垣根が待つ明日は、一方通行達とはまた違う明日なのだ。
元『殲滅白書』の最強のシスター、ワシリーサとの最後の魔術訓練。
そこで『ワシリーサに魔術による攻撃を当てる』という目標を達成することが出来なければ、
垣根帝督はエイワスによって学園都市へ『送還』される。
もちろん、五体満足で送還されるわけがない。垣根にとって明日の訓練の失敗は死を意味するのだ。
しかし、垣根帝督は物怖じをしたりはしない。彼はこれまでの人生で何度も命の危機に脅かされており、
実際に一度、学園都市最強の超能力者によって『死』を体験している。
それでも彼はその幾多の死地を乗り越えてきた。途中、余計な死亡フラグを何度も立ててきたが、
現にこうして彼は生きている。垣根帝督に死亡フラグなどという常識は通用しない。
そして何より、垣根はかつて自分を『虐殺』した超能力者にこんな事を言われている。
『"オマエがこそこそと何をしよォとしてンのかは知らねェが"、勝手に死ンだりするンじゃねェぞ。
それと勝手にどっか消えたりしても許さねェ。 これだけは肝に銘じとけアホ』
なんて自分勝手なヤツだ、と垣根は思った。
学園都市で起きた暗部抗争の際、自分をあんな目に遭わせておきながらそんな事言ってきた一方通行に、
しかし垣根は不思議な感情を抱いていた。
「・・・・・・・・・・・・言われなくても死なねえよ。 お節介野郎が」
ふん、と鼻で笑って不貞腐れたように垣根はごろんと寝返りをうち、そのまま眠りについた。
明日、ワシリーサに対してどうやって一撃を喰らわせてやろうかと算段を立てながら。
明日。
垣根帝督がとった行動で、とある銀髪のシスターが悲痛の涙を流してしまうとも知らずに。
――――――――――――――――――――――
エイワスは居住区の――勝手に借りた――一室で、どこから持ってきたのかパソコンを弄っていた。
指先一つで何でもこなしてしまうこの金髪の悪魔が人間が産み出した文明の利器を利用するとどこか違和感を覚えてしまう。
エイワスは他の面々とは対照的に、ただ明日が来るのを純粋に楽しみにしていた。
この聖守護天使にとって明日とは、単純に大きな祭りが行われる日に等しいからだ。
明日の結果がどういう方向に転ぼうと、エイワスにとってはそれは愉しいことでしかない。
人間、そういう立場になれば皆が皆エイワスのようになってしまうのだろうか。
(・・・・・・なるほど、一方通行は結局、ヴェントの『闇』をも背負いこむことにしたというわけだ。
やはりあの"似非霊装"を作り上げた価値はあったか)
似非霊装。
それはエイワスが露天風呂に向かう前、ヴェントに手渡した天罰術式の霊装。
実はヴェントがエイワスから受け取った霊装はただの『照明用低級魔術』の霊装であり、
あの十字架で天罰術式を使用することは不可能だった。
ヴェントが十字架に魔力を送った際に淡く発光したのはそのためだ。
つまり、属性を無視して天罰術式を使用できるというエイワスの言葉は、全くのデタラメ。
なので一方通行が銭湯の休憩所で昏倒する可能性など皆無だったという事だ。
ならばあの時、一方通行の胸中にヴェントに対する嫌悪感がわずかでもあったのかと言うと、
(それにしてもさすがは第一位。 天罰術式の効果を知った上であの対応か・・・・・・。
君はやはりいつでも私を愉しませてくれる。 どこまでも興味が尽きない対象だな)
そう。あの霊装が本物であろうが偽物であろうが、ヴェントに対する一方通行の想いは変わらなかった。
あの時の一方通行の胸中には、ただ純粋にヴェントへ向けられた好意しかなかった。
エイワスがその気になれば本物の霊装を作ることなど恐らく造作も無いだろうが、エイワスはあえて
偽物の霊装を作り、手渡し、結果を観察した。
一方通行とヴェントの心が通じ合うことでエイワスが得られるメリットなど存在しないが、
エイワスがそんな物を求めることはない。
エイワスはただ『観察』し、愉しい見世物を観賞出来ればそれで満足なのだから。
(・・・・・・ミサカネットワークへの干渉はギリギリまで避けたほうが無難か。
アレイスターに勘づかれては面倒だからな)
エイワスはパソコンの電源を落とし、軽く手を振る。それだけでそこにあったパソコンやキーボード、
ケーブル類は全て音もなく闇に消えた。
そして窓から見える夜空の月を、どこか憂いげな表情で見やる。
普段はフラットな表情か怪しい笑みを浮かべているだけのエイワスがこんな表情を見せるのは非常に珍しい。
月。
それはホルスの『右目』に位置する、夜の主役。
(懸念すべきは『右目』ではなく『左目』・・・・・・。 『星の欠片』とて、『歳月の船』の進行を妨げれば葬られるだけだ。
・・・・・・さてさて、明日が本当に楽しみだよ。 なあ? アレイスター・クロウリー)
この日の夜、エイワスはずっと月を眺めて一夜を過ごした。
明日。
自身の目論見が思わぬところで躓き、全ての計画が破綻してしまったとしても、最後に笑うのは自分だと確信して。
――――――――――――――――――――――
――十一月某日。
この日記を記すのも最早何度目だろうか。
最初の方に比べると、だいぶ文字も上手く書けるようになってきた。
ついにここまでやってきた。
まもなく、『位階』へ通じる門はこの世から綺麗さっぱり消失してしまう。
そうなれば自身の存在を支えている力は無くなり私は消滅、否、『還る』事になるだろう。
結局、私がこの世でやり残した事は果たせなかった。
でも、もういい。私は我儘が過ぎた。私は本来、この世に顕現し続けてはならない存在。
窓から空を眺める。数多の星が美しく輝きを放っている。
これだけを見ると明日に起こるであろう事が本当に起きるのか疑問に思ってしまう。
それくらい、今夜の星は綺麗だ。
今日は本当に楽しかった。
『天使同盟』とレッサー、サーシャ、ヴェント、ワシリーサ、エリザリーナの皆で露天風呂という風呂に入った。
ただ、男と女で浴場が別れているのはちょっと気に入らなかった。皆で一緒に入れる方が楽しいに決まっているのに。
『タオル』というものを体に巻きつけて皆は湯浴みをしていた。
誰かが言っていたが、なぜ同性しかしないのに羞恥心を抱くのだろう?体を見られる事自体が恥ずかしいのだろうか。
私はそのまま湯浴みをした。すると、エイワスが『魔法』を用いて皆が使用していたタオルを消失させてしまった。
(厳密には『魔法』という表現は正しくないのだが、この世界には該当する言葉が存在しないため『魔法』と記述する)
その時の大騒ぎぶりときたら、これがまた楽しい。やはりエイワスはそういうところはきちんと心得ている(笑)
(笑)、とは感情を簡略化して表現する方法らしい。なぜだか私には嘲笑の意にも思える。
その後にていとくん(親しみを込めてこう記すことにする、本人はなぜか嫌がっているが)と一方通行がやって来て
皆で大騒ぎした。最高に楽しかった。なぜか皆、二人を追い返そうとしていた。なぜだ。
今日は皆が寝静まった後にエイワスが私のところに来ることはなかった。もう来る必要は無いということなのだろう。
今までは真夜中にこっそりと私のところへ来て色々な事を教えてくれたものだ。
私に必要な言葉や知識を教えてくれたり、彼らが話していた話の内容を詳しく説明してくれたり、
他にも、学園都市の今の現状という私にとってはあまり有益でない情報も教えてくれた。
なんでも学園都市では今新たなる『闇』が暗躍しているのだとか。意味はよくわからないが。
そして彼、一方通行の事も毎日のように教えてくれた。
彼は過去に犯した過失を胸に、日々葛藤しながら生きているらしい。過去の詳細は聞かなかった。
彼。
一方通行とは結局、通じ合うことは出来なかった。いや、交流するという意味では十分に解り合えたのだが、
私の真意は伝えられなかった。伝達の御使い失格だ(-_-;) 記号で表情を表す方法らしい。面白い。
でも、それでもいいと私は考える。前述の通り、私はあまりに我儘が過ぎる。
彼と、『天使同盟』と永遠に生きていきたいなど、立場をわきまえていないにも程がある。
本音を言えば、これからも彼らと、旅で知り合った魔術師やシスターとも一緒に過ごしたい。
還りたくないという気持ちが生まれたのは初めてだ。これも全て、彼と接触してからの『感情』だ。
でもあの魔術師、アレイスター・クロウリーがそうはさせてくれない。
あの魔術師は如何なる方法を用いてでも私を『位階』へ還そうとするだろう。
それに対して怒りを感じたりはしない。アレイスター・クロウリーが行おうとしている事は正しいのだから。
しかしあの魔術師は、あろうことか彼らにまで牙を剥こうとしている。
それは許せない、それだけは止めなければならない。
私の身に宿る力は徐々に取り戻されつつある。もうすぐ消えてしまうという事実を前に焦燥する私の感情と呼応しているのか、
まもなく私は本来持ちうる全ての力を取り戻す。いや、新たに力を生み出しつつあるのか。
もう、やめよう。
これ以上記し続けると、この世界に留まりたくなる気持ちが爆発し、耐え切れなくなってしまう。
ここから位階へ戻る時にはこの日記帳を持っては還れないだろうから、今ここで記しておく。
氷華、ていとくん、エイワス。これからも楽しく人生を謳歌してください。
風邪には気をつけて。
そして旅で出会った数多くの人間達。私のことは記憶の片隅でもいいから覚えておいてくれると嬉しい。
ロシアでの争いの際にはあんなに大勢の人間に迷惑をかけてしまった事をここで詫びる。
それから、
一方通行。
やっぱり、これは自分の口から、自分の言葉で伝えたいのでここには記さないでおく。
いつの日か、誰かが私の日記を読んでくれたりするのかなぁ。
――――――――――――――――――――――
ミーシャ=クロイツェフは静かに日記帳のページを閉じ、腰の布の中に収めた。
そして、誰に言うでもなくポツリと、窓から見える夜空を見上げながら呟いた。
「それじゃあ、また"明日"」
この日以降、ミーシャ=クロイツェフの日記帳が更新される事はなかった。
【次回予告】
『・・・・・・さて、と。 んじゃ、行くとしようか。 面倒事はさっさと片付けるに限る』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・垣根帝督
『は~ろろん♪ 垣根の坊や、待ってたわよん』
―――――――――――元『殲滅白書』のシスター・ワシリーサ
――――――――――――――――――――――
『天使同盟(アライアンス)』がロシアに滞在してから三日目の朝。
垣根帝督は静かに起床した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう朝かよ。 一瞬だなホント」
昨晩は全く夢を見なかった垣根にとっては朝の太陽は張り切り過ぎなんじゃないかと思った。
ベッドに寝転がって少し目を閉じ、ふと気がつけば朝だった。
カーテンを開ける。垣根の寝ぼけた頭の覚醒を促進するように容赦なく太陽の光が差し込んでくる。
垣根はそんな太陽に向かって思いっきりガンを飛ばし、反抗するように乱暴にカーテンを閉めた。
枕元に視線を向けると、そこには自分で作成したルーンの札が乱雑に散らばっていた。
垣根は面倒臭がりながらもそれらをかき集め、一つの束にしていく。
いよいよ、この時がやってきた。
今日は元『殲滅白書』最強のシスター、ワシリーサとの最後の魔術訓練が予定されている。
今まで二度垣根帝督は彼女に挑み、その都度ボッコボコにされてきた。
二度目はかなり惜しいところまで迫ったのだが、結局彼女が発動した新たな魔術の前に敗北してしまった。
そして、今日が三度目。
これでワシリーサが提示してきた目標、『ワシリーサに魔術による攻撃を当てる』が達成出来なかった場合、
垣根帝督は『死』を迎えることになる。
正確には『死』ではなく、アレイスターの実験材料として学園都市へ送還されるだけなのだが、
垣根帝督にとってはそれは死よりも残酷な結末だ。
垣根は普段どおりの調子で顔を洗い、歯を磨き、冷蔵庫にあった食料を適当に胃に詰め込み、
服を着替え、ルーンのデッキホルダーを忍ばせたジャケットを上から羽織る。
「・・・・・・さて、と。 んじゃ、行くとしようか。 面倒事はさっさと片付けるに限る」
『死』を突きつけられても気負う事なく、恐れる事なく、垣根は軽い足取りで外へと出た。
居住区にはあまり人が居なかった。今はまだ午前五時を少し過ぎた辺りだ、当然といえば当然だろう。
訓練場はもちろん、例の地下防空壕跡地。
とくに待ち合わせ場所の指定はしていないが、そこで待っていればワシリーサもやってくるだろう。
そして、あの金髪の怪物も。
くああ・・・・・・と、垣根は大あくびをしながらのんびりと歩を進める。
これからちょっとした『殺し合い』に向かう人間とは思えないほど彼はリラックスしていた。
別に垣根帝督は自信があるわけではない。
そもそも、ヘタをすればこれから行う特訓で彼は死んでしまうかもしれない。
そうでなくとも結局は失敗し、アレイスターの玩具に舞い戻る可能性だって十分にある。
だが彼は失敗を恐れ、この先起こり得る不幸から目を背けているわけでもない。
垣根帝督は、ただありのままの現実を受け止めるだけだ。
しかし、
(・・・・・・ま、やっぱ死ぬわけにはいかねえんだよな。 あのクソ白髪がうるせえし)
昨日、一方通行に言われた『勝手に死ぬな』という言葉。
自分を死に追い込んだ張本人からそう言われるのもおかしいし癇に障るが、その言葉を胸に
垣根は悠然と地下防空壕跡地に向かった。
死ぬなと言われた。じゃあ死なない。
簡単な話だ。
「じゃ、暴れてくるか」
垣根は周りに人の気配が無い事を確認すると、マンホールの蓋のような四角い鉄の板を横にずらし
魔術訓練に使用している地下空間へと降りていった。
果たして、彼がここから五体満足で出てくる事はあるのだろうか。
「は~ろろん♪ 垣根の坊や、待ってたわよん」
開口一番、ワシリーサは相変わらず意味不明の掛け声と共に垣根帝督を迎えた。
しんと静まり返った地下空間で、彼女はいつもの赤い修道服を着こなし、腰に手を当てて堂々と佇んでいる。
「先に来てたのかよ、珍しいな。 いつもの『サーシャちゅわ~~ん』はどうした?」
「ま、サーシャちゃんエネルギーは昨日のお風呂でたっぷり補給したしね☆
それに今回ばかりは私も面倒臭がってらんないかにゃ~んと思って」
垣根が地下空間に到着した時には既にワシリーサがいた。
一体いつから待っていたのか、彼女から漂う雰囲気からしてもう戦闘準備はバッチリといった様子だ。
「確か今日は『未元物質(ダークマター)』の使用制限が解除するって話だったよな。
あれはエイワスが勝手に決めた事だけど。 俺も『未元物質』で試してえ事があんだ。
悪いが遠慮無く使わせてもらうぞ?」
「私にゃその『未元物質』ってのが何なのかサパーリ分かんにゃいけど、
今日はもう縛りプレイ無しでガンガン突いちゃってちょうだいな♪」
今日は垣根帝督が所有する第二位の超能力、『未元物質』が使い放題だ。
これさえあれば恐らくワシリーサ相手にも余裕で善戦出来るだろうが、あくまでも目標は、
「『私に"魔術による攻撃を当てる事"』、忘れないでよねん」
「わかってる、エイワスはまだ来てねえが待つ必要はねえな」
「うん」
それじゃ・・・・・・、と垣根がジャケットの懐に手を入れたところで―――――、
「一本足の家の人喰い婆さん―――――」
「さっそくかよ!! まあ実戦になりゃ相手が待ってくれるわけねえし・・・・・・なぁ!!」
――――――――垣根帝督とワシリーサの最後の魔術訓練がいきなり幕を開けた。
「幸薄く誠実な娘のために力を貸してくださいな♪」
前回と変わらず、ワシリーサは童女のような歌声で『バーバ・ヤーガ』と呼ばれる妖婆を召喚した。
が、
「遅えよ」
バオッッ!!!という轟音と共にどこからともかく暴風が巻き起こり、
ワシリーサの前方に現れた妖婆は紙くずのように宙高く巻き上げられてしまった。
「わぁお!?」
本当に心から驚いたらしいワシリーサはそのまま自分にも向かってくる暴風をサイドステップで避け、
"既に地上から姿を消していた"垣根の姿を忙しなく視線を泳がせながら捜す。
ワシリーサが上空に目を向けると、そこには垣根帝督の姿があった。
しかし、それはワシリーサがいつも見てきた垣根の姿ではなかった。
「あんびりーばぼー・・・・・・垣根の坊やってマジもんの天使ちゃんだったの? 似合ってねえ~」
「心配するな、自覚はある」
垣根は背から無機質な純白の翼を複数枚生やして空を舞っていた。
その翼は眩しくない程度に発光しており、現出した際に無数の羽根を地下空間に撒き散らしていた。
「ていうか空飛ぶのってズルくね?」
「戯言ぬかしてんじゃねえ、いくぞ」
ドチャッ!と、バーバ・ヤーガが地面に不自然な体勢で墜落するのと同時、
垣根帝督は『未元物質』の翼を大きく肥大化させ、ワシリーサを取り囲むような形状に変化させた。
ワシリーサが翼の包囲網から抜け出す猶予も無いくらい、その展開速度は恐ろしいスピードだった。
(や、ば。 逃げ場無いじゃんこれ――――)
バーバ・ヤーガに指示を出す前にそれは放たれた。
四方八方、あらゆる角度から容赦なく襲いかかってくる暴風のオールレンジ攻撃。
ズギャギャギャギャギャ!!!、とワシリーサは何度も地面に叩きつけられ無様に地面を転がっていく。
そこで攻撃の手を休めるほど第二位は甘くない。
地面に転がり込むワシリーサに向けて、垣根は『未元物質』の翼による斬撃を実行する。
これまたほぼ死角なしのオールレンジであり、このまま喰らえばワシリーサの肉体は細切れになってしまうだろう。
が、やはりワシリーサもそこまで甘くはなかった。
(チッ)
垣根が心の中だけで舌打ちをする。
ワシリーサは腕の力だけで地面を思い切り叩き、白い翼の包囲網のわずかな穴に向かって跳ねた。
彼女が叩いた地面が勢い良く陥没する。どれほどの怪力を秘めていればそんな事が起こるのか。
包囲網から抜けだしたワシリーサは素早く体勢を立て直す。
そんな彼女の顔からは既にいつもの余裕の笑みは消えていた。
「おっけーおっけー」
ワシリーサの赤い修道服には所々に破れた箇所がある。そこから見える若々しい素肌からはじわりと鮮血が滲んでいた。
彼女の唇の端からも血が流れている。ワシリーサはそれを妖艶に舌を動かして舐めとり、
「やっと"追いついたわ"。 こっからは私もエンジン全開でいかせてもらうわよん」
瞬間、ワシリーサは地下空間から消え去った。それに呼応するように妖婆も垣根に向かって
信じられない速度で跳躍してくる。
(・・・・・・ワシリーサはカエルになりやがったか? ともかく今は――――)
バーバ・ヤーガの攻撃に備えなければ、と垣根は瞬時に翼を縮小させて自身の体を覆うようにした。
ゴゴガガガッ!!!、と鈍い音が何度も垣根の鼓膜を揺さぶる。妖婆が『未元物質』に連撃を繰り出しているようだ。
(こ、のババア・・・・・・!!! 俺の『未元物質』に衝撃を!?)
この時、垣根は自身の身を守る『未元物質』に『物理的現象による衝撃が伝わらない法則』を組み込んでいた。
にも関わらず、バーバ・ヤーガは容赦なく白い翼を凄まじい攻撃力で揺さぶる。
物理法則だけでは説明できない、不可思議の法則。
バーバ・ヤーガの攻撃には明らかにそれが含まれており、それを未だ把握しきれていない垣根は
徐々に徐々に連撃の波に押されていく。
垣根は複数の内の一枚の翼を斬撃用の形状に変えて妖婆に向かって突く。
だが妖婆はあり得ないほどの反応速度でそれを難なく避け、地面に着地した。
そしてもちろん、垣根はこの時もワシリーサに対する警戒を怠らない。
その証拠に、
「上だろ?」
「む、」
遙か上空には飛び蹴り体勢をとっているワシリーサの姿があった。
それに気付いた垣根は正面を見据えたまま、上空から奇襲をかけようとしていたワシリーサに烈風を放った。
ワシリーサはその風をまともに浴びてしまう。
だが、
「ふっ!!!!」
いつから手にしていたのか、ワシリーサは例の『髑髏のランプ』を風に向かって突き出し、
そのままランプを爆散させた。『未元物質』の暴風がかき消される。
その衝撃と熱で垣根はバランスを崩し、身を覆わせていた翼が乱れて隙間が出来てしまう。
(しまっ―――――)
自らの油断を悔いる前に垣根の頭に鈍痛が走った。
ワシリーサによる上空から落ちる速度と体重の威力を重ねた空中かかと落としがまともに直撃した。
ヒュン、という空気を切る音と共に垣根はそのまま尋常ではない速度で地面に叩きつけられる。
土煙が立ちこもる。垣根の姿が見えなくなったがワシリーサはお構いなしに追撃の飛び蹴りを食らわせようとする。
しかし手応えを感じた瞬間、ゴキィン!!というとてつもなく硬度が高い鉱石に当たったような音が響いた。
飛び蹴りを放ったワシリーサの足がじんじんと痺れる。
ワシリーサの足に当たったのは垣根が展開した『未元物質』だった。
頭上を覆うようにドーム状に展開させている。
(・・・・・・なんなのあの羽根? 今の蹴りは七階建てのビルくらいなら一撃で真っ二つに出来る
威力だったんだけどにゃー)
そんな馬鹿げた威力の蹴りを垣根にぶちかまそうとするワシリーサもいよいよ本気だが、
彼女は初めて見る未知の物質に眉をひそめるだけだった。
ワシリーサはドーム状に展開された翼の頂上を踏み台にし、くるりと軽やかに飛んで綺麗に地面へ着地する。
ここにきてようやく空白の時間が生まれた。土煙が晴れ、垣根帝督が姿を現す。
「・・・・・・痛ッてえな」
「それはこっちのセリフ。 足がへし折れるとこだったじゃない」
展開させていた翼を元に戻す垣根。 頭からは目を覆いたくなるような量の血が吹き出ていた。
ワシリーサのかかと落としを喰らった時に頭が割れてしまったのだろう。中身が出てないのが幸いである。
しかしそんな大怪我を負っても垣根の表情に変化はない。
これよりも酷い怪我を、ワシリーサから、そして一方通行から負わされている経験が活きているのだろう。
垣根帝督は背後の気配を察知する。彼の背後にはバーバ・ヤーガが不気味に佇んでいた。
そして前方にはワシリーサ。彼女の表情は真剣そのもので、おちゃらけた様子はもはや微塵も感じられない。
ワシリーサが軽くバーバ・ヤーガに視線を送る。それだけで妖婆の手には『杵』が握られていた。
初めての魔術訓練の際、垣根の頭を叩き割った木製のボロい杵だ。
後ろに目を向けていない垣根は妖婆が杵を握っている事に気がついていない。
そして激闘は再開された。
垣根は前方にも後方にも向かわず、『未元物質』の力で再び二〇メートル程上空へ舞い上がった。
ワシリーサとバーバ・ヤーガの動きが把握できる位置取り、最適の選択肢だ。
しかし垣根はそこで目を見開く。上空には既に複数の髑髏のランプが彼を歓迎するようにふわふわと漂っていた。
さっき体験してわかったが、この髑髏のランプの爆破攻撃はなぜか『未元物質』では防げない。
ワシリーサによる爆風攻撃の時、垣根はしっかりと衝撃と熱を感じているのでそれは分かっていた。
すかさず垣根は翼を振るって大量に浮いている髑髏のランプを薙ぎ払っていく。
ドドドドドガガガガガガガガッッッ!!!!!と、爆音が連続して地下空間に轟いた。
下の方でバガンッ!!と地面が砕ける音が聞こえた。妖婆が杵を構え、垣根に向かってミサイルのように
飛んでくる音だった。垣根は慌てず翼をバーバ・ヤーガに向けて突き出す。
するとまたしても地面を踏み砕く音が聞こえた。今度はワシリーサが跳躍してきたのだ。
空を飛ぶのはズルいと言っていたが、ここまでジャンプ出来るならそう変わらないだろうと
垣根は口には出さず呆れる。
そして翼の一部の形状を変化させ、バーバ・ヤーガと同じようにワシリーサにも照準を向ける。
そこで垣根はハッとした。辺りを見ると数十、いや数百個程の髑髏のランプが
いつの間にか垣根を取り囲むように空中を漂っているではないか。
「多角的攻撃。 さっきのお返しだべ~♪」
地下空間を埋め尽くさんと髑髏のランプはうじゃうじゃと沸いていた。
空中にいる垣根から遙か遠く、全く関係の無いところにまで髑髏のランプは出現している。
どうあっても垣根を逃がさないつもりらしい。
(恐らくこのランプにゃ触れただけで爆破する性質が備わってるはずだ。
だったらこのランプを出したヤツ、今こっちに飛んできてるワシリーサの野郎の
軌道線にゃランプは存在しねえ!!!)
垣根はワシリーサと妖婆に照準を向けていた翼を素早く元に戻し、
現出させている全ての翼を全身に纏った。
そしてそのまま、白い巨大な弾丸となった垣根は飛んでくるワシリーサに向かって真正面から突撃する。
ロシア突入時、対プライベーティア戦で用いた攻撃方法だ。
それを見たワシリーサがバーバ・ヤーガに指示を送る。
すると空中で飛んでいる妖婆の側にふわり、とやたら胴の長い『臼』と、くたびれた『箒』が出現した。
妖婆が臼に乗り箒を掴んで、騎手が馬に指示を送るようにパシンと臼を叩くと、
それに応じて妖婆を乗せた臼がビュン!!と『Uの字』に方向転換をして地面に降りていった。
宙に浮いている髑髏のランプが妖婆に道を開けるように素早く移動する。
それはまるで、空を変則的な動きで自由自在に飛び回るUFOのようだった。
垣根は妖婆がそんな行動をとっている事に気付かず、そのままワシリーサに突っ込んでいく。
垣根の推測通り、ワシリーサの軌道線には髑髏のランプは一つも無かった。
ランプはワシリーサの邪魔にならないよう、自然に道を作っていた。
このまま激突すればワシリーサはただでは済まない。
音速寸前の移動速度で突撃する『未元物質』の弾丸をまともに喰らってしまえば
彼女の全身の骨が粉々に砕けてしまうだろう。
しかしワシリーサは、
「おいで、垣根の坊や」
こちらに向かって笑顔で走ってくる子供を抱擁して迎え入れようとする母親のように、
柔和な笑みを浮かべながら両腕を大きく広げるポーズをとった。
明らかに、何かを企んでいる。
しかし彼女と激突するまであと数秒もない。無理に軌道を修正すれば周りに浮かぶ
髑髏のランプの餌食となってしまう。
そして、白い弾丸とワシリーサは接触した。
最高速度の戦闘機が人体と衝突すればこんな音がなるかも、というような聞いたこともない衝撃音が鳴り響く。
「ハイ捕まえたァァァァあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「!!!?」
ビキビキビキ!!!と、何かが千切れるような音がした。
それは音速並の速度で激突してきた白い弾丸の垣根帝督を二本の腕で強引に抱き止めたため、
筋肉繊維が千切れていくワシリーサの腕から発せられた音だった。
ゴホッ、と咳き込むワシリーサの口から鮮血が飛び散る。垣根を受け止めた際に
肋骨か内蔵を痛めたのだろう。しかし、
(ウソだろコイツ!!? ・・・・・・ッッ!! 翼が広げられねえ!?)
ギシッ、ギシッ、と『未元物質』を展開させようとする垣根だが、ワシリーサの
人外的な怪力のせいで広げることが出来ない。身動きが取れなくなってしまった。
ワシリーサはその辺に浮いていた髑髏のランプを足場にして着地する。
触れただけで爆発するはずのランプに足を乗せても爆破しないところを見ると、
どうやら先程の垣根帝督の推測は外れていたらしい。
垣根はすぐさま『未元物質』に『人肉が焼け爛れる程の高熱を発する法則』を組み込む。
すると『未元物質』を抱き抱えているワシリーサの腕と胸がジュジュ~、と音を立て容赦なく焼かれていった。
しかしワシリーサはそんな事で動じたりするような修道女ではなかった。
ならば、と垣根は『未元物質』を解除し一旦消失させようとしたのだが、
それを読んでいたワシリーサの方が一歩早かった。
「ワシリーサ投手、最初の第一球を・・・・・・振りかぶって。 ・・・・・・ん投げたァァァあああああ!!!!」
ボギュッッ!!!という轟音を響かせながら、あろうことかワシリーサは
『未元物質』に包まれた垣根帝督を思い切り地面に向かって投擲してしまった。
地面に向かっていく『白球』は軌道線上に浮かぶ髑髏のランプを次々と爆破させながら
空を切って地面に突貫していく。
そのランプの爆破の衝撃と炎が容赦なく中身の垣根を襲った。
「ぐ、く・・・・・・ッ!!」
こうなってしまってはヘタに『未元物質』を解除するわけにもいかない。
この速度で生身で地面に激突してしまえば垣根は勢い良く割れた水風船のようになってしまう。
なんとか地面に接触する前に翼を広げて飛翔しようと試みるが、そこでワシリーサの声が聞こえた。
「さぁ!! バッターのバーバ・ヤーガ選手、打球をよーく見極めてぇ~~~~・・・・・・」
垣根はギョッとした。バッターとは何だ?バーバ・ヤーガはさっきまで自分に向かって飛んでいたはず。
しかしそんな垣根の予想はあっさり裏切られる。バーバ・ヤーガはとっくに地面に降り立っており、
プロ野球選手も感心するような綺麗な打撃フォームをとっていた。その手にはあの杵が握られている。
『未元物質』の性質をどう変えればこの窮地を乗り越えられるか。
第二位の能力の応用性は非常に高い。冷静に演算をすればいくらでも対応出来るはずなのだが、
今の彼にそこまでの余裕は無かった。
激しく焦燥する垣根を無視し、その杵はビュバッ!!!と鼓膜を劈くような音を立て、
「打ったァァァァああああああああああああああ!!!!!」
ワシリーサ投手の渾身のストレート球を見事に捉え、垣根帝督を観客席まで吹き飛ばした。
打撃音など垣根の耳には届かなかった。インパクトの瞬間、既に垣根の意識が断たれていた。
【次回予告】
『―――――――、まさか』
―――――――――――元『殲滅白書』のシスター・ワシリーサ
『以上の二つは『布石』だマヌケ。 いい感じの"ウェルダン"になれよババア』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・垣根帝督
『私にとってはこれも非常に愉快な見世物だからね』
―――――――――――『天使同盟』の構成員・エイワス
『未元物質』ごと垣根帝督は勢い良く防空壕の壁に激突する。壁には芸術的と言ってもいいほどの
綺麗な亀裂があらゆる方向に走っていた。
壁にぶつかった衝撃でパラパラと遥か上の天井から砂埃が落ちてきた。
これほどの衝撃だ、『未元物質』を解除していたら垣根の肉体はぐずぐずのミンチになっていたかもしれない。
『白い弾丸』は地面から七〇メートル程離れた高さの壁にめり込み、そのまま音もなく落下していく。
垣根の意識が断絶されたままならここで勝負アリなのだが――――、
落下途中、『未元物質』の翼が元の飛行状態へと展開されていった。
垣根は既に意識を取り戻していたのだ。
そのまま彼は空中に停滞する。そして地面にいる『バーバ・ヤーガ』の方をジロリと睨みつけた。
そして妖婆もそれに応えるように、歯が大量に抜け落ちている口を三日月型にニマァっと裂き、
骨だけの両足で臼に飛び乗り、片手に杵、片手に箒をしっかりと握って空中の垣根を
窪んだ眼でギロっと見やった。そして、
「一本足の家の人喰い婆さん―――――」
ワシリーサの歌を合図に、垣根と妖婆は空中で激突した。
妖婆の振るう杵が垣根の『未元物質』を容赦なくへし折っていく。
垣根の振るう『未元物質』が妖婆の肢体を容赦なく斬り刻んでいく。
両者の激しい攻防は地下空間を不気味に震えさせ、聴覚器官がイカレてしまうのではないかと
思わせるほどの轟音を奏でる。
やがて、垣根の『未元物質』は全て粉々に砕かれ、彼は空中から叩き落とされてしまった。
約三メートルの高度から落とされたため命に別状は無いが、それでもすぐに体勢を立て直すことは出来ない。
全身をズタボロに斬られ、もはや人の形を成していないバーバ・ヤーガは
それでも構わず残った一本の腕にある杵を構え、臼に乗ったまま地面に倒れ伏す垣根に猛スピードで突進した。
口からボタボタと赤黒い液体を吐き出している垣根は、うつ伏せのまま首だけ動かして
バーバ・ヤーガの姿を確認する。と、同時に背中から『未元物質』の純白の翼を現出させた。
(いい加減飽きたわよん、そのパターンは)
ゴバァッ!!!とその翼がバーバ・ヤーガを包み込むように大きく形状を変えて捕える。
しかしワシリーサは冷静に妖婆に指示を与え、それを受けた妖婆は急激に飛行角度を変更して
『未元物質』の包囲網から抜けだした。
そのまま妖婆はミサイルのように垣根へと照準を定め、再び突貫していく。
この速度では『未元物質』の展開は間に合わないだろう。
位置的な関係で翼から暴風を発生させても妖婆には当たらない。
そんな絶体絶命の状況下で、垣根は笑みを浮かべながら言った。
「あんな高さから叩き落とされたって、口から吐血はしねえっての」
その声を聞いても妖婆が突進を止めたりするような事は無かったが、ワシリーサは眉をひそめた。
「ついさっき翼の包囲網展開は抜けられてんだ。 もう通用しねえのは重々承知だ」
「―――――――、まさか」
ワシリーサは垣根の狙いに気付くが、コンマ数秒遅かった。
既に勢い良く突進している妖婆を止めることは出来なかった。
垣根は口の端を歪ませて笑みを作り、右腕を素早く妖婆に向かって突き出した。
その手には『ルーン』の札がある。
「以上の二つは『布石』だマヌケ。 いい感じの"ウェルダン"になれよババア」
瞬間、
垣根にとどめを一撃を喰らわせようと突進していたバーバ・ヤーガの体が、突然勢い良く燃え始めた。
どこに力を入れればそんな声が出るのかという悍ましい悲鳴をあげて妖婆は地面に落下する。
魔術。
垣根帝督はこの訓練で初めて、ようやく魔術による攻撃を執行した。
その攻撃をまともに喰らった妖婆は激しく燃え上がり、バタバタと地面を跳ね回る。
やがて妖婆は動かなくなり、だらりと全身の力が抜けていき、そのまま灰となって散っていった。
初の訓練で煮え湯を飲まされた妖婆を相手に、垣根帝督はついに逆襲を果たすことに成功した。
彼はバーバ・ヤーガが燃え尽きた事を確認するとゆっくりとした動作で立ち上がる。
その隙にワシリーサに攻撃される恐れがあったが、彼女は何も仕掛けてはこなかった。
代わりに、ワシリーサから言葉を投げかけられる。
「ぶらぼーぶらぼー。 いやマジ完璧に油断してたわ」
「まだ勝負はついてねえだろうが。 気ィ抜いてんじゃねえぞ」
そう、バーバ・ヤーガを撃破したところでこの訓練は終了ではない。
バーバ・ヤーガを呼び出した張本人であるワシリーサに魔術攻撃を当てないとならないのだ。
と、ここで新たな声が地下空間に響く。
「いやいや、それでも素晴らしいよ垣根帝督。 まさか自力でバーバ・ヤーガを仕留めてしまうとは。
この点については素直に賞賛を贈りたい。 やはり君にもある程度の価値が見受けられるようだな」
垣根とワシリーサが同時に声のした方向へ振り向くと、そこには『天使同盟』の疫病神、
エイワスが乾いた拍手をしながら防空壕の壁に背を預けていた。
一体いつから地下空間に来ていたのか、しかしエイワスにそれを聞く事ほど無駄な行いもないだろう。
「テメェに褒められても吐き気がするだけなんだよ。
そんでもってまだ訓練は終わってねえ、邪魔すんじゃねえぞ」
「言われるまでもない。 私にとってこれは非常に愉快な見世物だからね。
さあ、続きを始めたまえ。 熱は冷めぬうちに発散させたほうが派手で見栄えも良い」
エイワスの言葉に思わず唾を吐く垣根。
とりあえず金髪の怪物の事は無視して訓練を再開すべきだろう。
「じゃ、そろそろメインイベントでもやっちゃおっか?」
「来いよ」
再び二人は戦闘モードへ気持ちを切り替える。二人の周辺には清々しいほどの『殺意』が蠢いていた。
ワシリーサがパチン!と指を鳴らす。すると地下空間に浮いていた大量の髑髏のランプが全て一瞬で消え去った。
「さすがにあんだけ呼び出してると体に堪えるのよね~。
それにランプはその"だーくまたー"の前じゃ役に立たないだろうし」
「助かるぜ、『未元物質』で害虫駆除をする手間が省けた」
「さて、それじゃ―――――」
と、
不意に垣根の視界が全て『闇』で塗り潰された。
しかしそれは垣根が急に原因不明の失明に陥ってしまったわけではない。
垣根は即座に理解する。そう、これは、
(あん時の『夜』、黒騎士野郎か・・・・・・!!)
二度目の訓練でワシリーサをいいところまで追い詰めた時、
急に現れたあの黒い騎士と黒い馬。その黒騎士にぶった斬られたところで前回の訓練は終了している。
垣根が聴覚に意識を集中させると、馬が歩いた時に鳴るあの蹄の音が聞こえた。
ぶるり、と身震いが起きる。全身から冷や汗が流れていくのがわかる。
あの黒い騎士は、既にこの地下空間に現出している。
暗闇で垣根に狙いを定めているあの黒騎士がいると認識しただけでこれだ。
この状況で黒騎士にどう立ち向かえばいいのか。
垣根はひとまず『未元物質』の翼を全身を囲うように広げた。
この状況で警戒しなければならない『敵』は三体。
ワシリーサ。『黒』の騎士。そして黒い馬。
『黒騎士』と黒い馬は二体一セットで考えないほうがいいと判断した。
例え『黒騎士』が馬から下馬しても、馬単体で垣根に攻撃する事は恐らく可能だ。
いや、そう考えて戦ったほうが良い。
そしてこれも憶測だが、ワシリーサと『黒騎士』は垣根の姿がこの暗闇の中でも見えているはずだ。
でなければわざわざこの地下空間を『夜』にする意味が分からなくなる。
(・・・・・・俺だけ『鳥目』状態ってのは面白くねえな。 モノは試しだ)
垣根はトン、と地を蹴って空中にゆっくりと浮かび、そして、
『未元物質』の翼を最大出力で発光させた。
元々『未元物質』に備わっている『発光』の性質を最大限に高めたのだ。
相手の眼を潰したり視力を失わせたりという事は出来ないが、これで『夜』を消し飛ばそうと考えた。
しかし、
(嘘だろちくしょう・・・・・・全く闇が晴れてねえじゃねえか!!)
『何もかもが黒い騎士』によって訪れた『夜』は、未知なる元素の光を用いても
晴らす事は敵わなかった。依然として地下空間は黒一色に染まっている。
『闇』は人の心を惑わせ、怯えさせ、恐怖させ、終いには自我を保てなくなるほどに
その心を折ってしまう性質を持つ。
長時間地下で生き埋めになった人間が発狂してしまうという話くらいは聞いたことがあるだろう。
更に今の垣根の場合、いつ、どこから、どれほどの威力の攻撃が闇から飛んでくるか分からない状況だ。
バーバ・ヤーガとの激闘で負った傷の痛みをグッと堪えながら垣根は息を潜ませる。
とにかく自分もワシリーサと『何もかもが黒い騎士』の位置を把握出来なければ戦いようがない。
(・・・・・・不可思議の法則。 未知の法則。 ・・・・・・把握しろ、捉えろ。 俺はもうその法則を見てる。
その法則を知ってる。 知っててそれを『使ってる』。 ・・・・・・試すなら今しかねえんだ、
俺のこの『未元物質』であの法則を捉えられるのか・・・・・・!!)
生唾をゴクリと飲み込んだ垣根はゆっくりと瞼を閉じ、そして全意識を『未元物質』に集中させた。
垣根帝督がこの訓練で試してみたかった事。
それはこの『未元物質(ダークマター)』という超能力に、『魔術』という不可思議の法則を組み込めるのかということ。
本来の自分ならそんな事は考えもつかなかっただろう、なぜなら『天使同盟』として行動するまで
垣根は魔術という科学以外の法則など知りもしなかったのだから。
垣根は目を閉じ、ただひたすらに『未元物質』の翼に意識を集中させた。
彼は今、『未元物質』の翼の一枚を『超音波を発して相手の位置や動きを捉える』という物質に変化させている。
コウモリという哺乳類の動物をご存知だろうか。あの翼手目の動物は『エコーロケーション』という、超音波を発して
そのエコー(反響)で闇の中でも非常に精度の高い狩りを行って生きている。
垣根が行っているのはそれとほぼ同じで、『未元物質』から超音波を発し、返ってきたエコーから
ワシリーサと『黒騎士』の位置や距離を特定しようとしているのだ。
例え人間がエコーロケーションを使用できたとしても暗闇の中で超音波を発して生物の位置を確認するなど
不可能だろうが、垣根の第二位としての頭脳を最大限に活用すれば容易ではないが不可能でもない。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 俺を中心点として北西、約一一〇メートル先にワシリーサがいやがるな。
なぜ仕掛けてこねえ・・・・・・? 傷を回復してんのか? ・・・・・・それで、問題は黒騎士だが・・・・・・)
魔術師とはいえワシリーサも人間だ、エコーロケーションを行えば必ず人間特有の反応が返って来る。
ワシリーサの現在位置は特定出来た。なぜ攻撃してこないのかは分からないが、何か動きがあれば
垣根にもそれはすぐに伝わるので問題はない。
しかし懸念すべきは『何もかもが黒い騎士』の方だ。あれは明らかに人間ではない。
かといって『駆動鎧(パワードスーツ)』のように分かりやすい物体でもなければただの動物、植物でもない。
未知。未知なる元素を用いる垣根ですら、あれは未知の存在だった。
しかし垣根はその未知が『魔術』という名の概念である事を理解している。
問題は『理解』は出来てもそれを『応用』出来るかどうかという点。
ワシリーサによって現出した『何もかもが黒い騎士』は緩慢に、しかし確実に垣根の下へ馬を歩かせていた。
蹄の音や、自らが着込む西洋風の黒い鎧が軋む音を完全に消し去り獲物に近付くことなどこの化物にとっては容易いことだ。
『夜』で視覚を失った相手が聴覚を頼りにこちらの位置を補足してくる点に対しての対抗策。
本来、『何もかもが黒い騎士』の役割はあくまでもワシリーサがいる周辺に限定的な『夜』をもたらす事だ。
こうして自分がワシリーサの指示を受けて獲物を狩るなど滅多にあることではない。
騎士は『夜』を生み出し、敵から視力を奪ってワシリーサが狩る。これがセオリーなのだ。
しかし今回は騎士の単独戦闘。イレギュラー。変則的。相手がよほどの手練だからこそだろう。
『何もかもが黒い騎士』に人間や動物のような感情はない。
ワシリーサから送られる指示に従って動くだけの人形だ。故に垣根に対する慈悲など持ち合わせていない。
しん・・・・・・と地下の防空壕に沈黙が続く。
この静けさが逆に耳障りなほどに地下空間には物音ひとつ生じなかった。
そして、『何もかもが黒い騎士』は垣根帝督をいつでも攻撃できる射程内に辿り着く。
あとはその手に握っている禍々しい黒のオーラを放つ剣を振ればそれで終わりだ。
黒騎士は人形だ。ここで『最期に何か言い残すことはあるか?』などという
気の利いた言葉を投げかけてきてくれたりはしない。
―――――――――ッッ、と。
剣を振る音は無かった。無音。この『夜』の中、風を切る音すら消せるというのは驚異でしかない。
そしてその攻撃には躊躇いというものが無かった。何の慈悲もなく、容赦もなく、
垣根帝督の肉体を真っ二つに叩き割るためにその切れ味の悪そうな傷んだ刃の剣を一直線に振るう。
それでお終い。二度目の訓練のリプレイだ。垣根の体からは鮮血が噴水のように吹き出て、
力無く倒れ、誰が言うでもなく訓練は終了。
少なくとも、現時点でのワシリーサの頭に描かれていたシナリオではそうなるはずだった。
ガキィィィィィィィンッッ!!!と、刃と刃が交錯する甲高い音が地下空間を駆け巡った。
キリキリキリ・・・・・・と鍔迫り合いの音が続いて聞こえてきた。
考えられる事として、最も可能性が高いのは誰かが黒騎士の剣を受け止め、力比べをしているという事だ。
そしてそれが誰なのか、考察するまでもない。
「・・・・・・あぶねーあぶねー、結構ギリギリだったなぁオイ!!」
垣根帝督。
彼は見事に自身が魔術で生み出した武器で黒騎士の剣を受け止め、しっかりと身を守っていた。
腕に渾身の力を込めて押し勝とうと、見えもしない黒騎士の顔を睨みつけながら。
しかし相手は規格外の化物。単純な力比べでは人間である垣根帝督に勝ち目はない。
その証拠に、こうしている今でも黒騎士の剣は垣根の顔に近付きつつある。
しかしそんな優勢な状況であるにも関わらず、遠くからその状況を見る
ワシリーサは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そう。
他に隠し玉も無い黒騎士はともかく、垣根帝督はわざわざこんな化物との力比べに付き合う必要はない。
垣根は恐ろしい速度で超音波用の翼以外の『未元物質』を斬撃用形態に変化させると、
間髪入れず黒騎士とそれが乗っている馬に抵抗の余地なく攻撃を喰らわせていった。
出血は見られなかった。黒騎士から断末魔が漏れる事もなかった。
ただ黒騎士はぐらりと落馬し、そのまま動かなくなるだけだった。
黒い馬は致命傷を免れており、垣根に突進攻撃を仕掛けようとしたがあっさりと回避され、
横から伸びてきた無機質な白い翼によって輪切りにされてしまった。
無残な姿になった黒い馬と『何もかもが黒い騎士』は、そのまま黒い塵となって姿を消していった。
「『反響定位』・・・・・・っつっても分かんねえか? はぁ・・・・・・慣れねえ事はするもんじゃねえな」
肩で息をしながら、武器の現出によるものと、『もう一つの理由』で生じた口からの出血を拭いながら、
垣根はワシリーサの繰り出す『何もかもが黒い騎士』相手にもリベンジを果たすことに成功した。
彼はまず超音波を発しエコーロケーションを利用する事でワシリーサから返ってきた特有の波をキャッチ、把握した。
次に問題の『黒い騎士』だが、垣根の予想通り『黒い騎士』は生物が放つ波はおろか、まず超音波が当たっても『反響』現象が起きなかった。
そこで垣根は『黒い騎士』を生物としてではなく、『魔術の塊』という曖昧な定義で演算し直し、『魔術という法則を練り込んだ』超音波を発信。
その超音波に自身の魔力を加えるという『未元物質』ありきの荒業を実行した。
本来存在する『サーチ術式』を即席で完成させ、使用したということだ。
そして見事、彼は『黒い騎士』の正確な位置、動きを把握するに至ったというわけだ。
魔力を超音波に変換出来るのか。変換は出来てもその超音波が『黒い騎士』に当たり反響はするのか。
そして何より一番の懸案事項は『「未元物質」に魔力を加えることで、「未元物質」の応用性を高めることが出来るのか?』、
これに尽きた。
結果的には成功したが、やはりかなりの精神力を必要とする事が分かった上に、
『未元物質』に不可思議の法則、つまり魔術を加えて使用してもやはり身体に負担が掛かるようだ。
これが出血のもう一つの理由だ。
ともあれ、垣根は見事に『何もかもが黒い騎士』を討伐する事が出来たのだった。
【次回予告】
『・・・・・・あの白い羽根、どう考えてもこの世にある物質で構成されているとは思えない。
『三騎士』に対応出来るような『物質』なんてそもそもこの世には存在しないもの』
―――――――――――元『殲滅白書』のシスター・ワシリーサ
『・・・・・・『白い騎士』を消しやがったな? アレを俺に差し向けても意味がねえと判断したか?』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・垣根帝督
『何もかもが黒い騎士』を撃破した事で地下空間に広がっていた『夜』が徐々に晴れていく。
倒した瞬間にパッと消えてくれたら助かったのだが、これではまだ気を抜くことも出来ない。
と、遠くの方にワシリーサの姿がぼんやりとだが見えてきた。
垣根は魔術によって生み出した武器をサッと構えて警戒する。
いつワシリーサが仕掛けてきてもいいように、垣根は睨みつけるように目を凝らして彼女の姿を視界に収めていた。
「・・・・・・・・・・・・何?」
そして、ようやくハッキリと見えてきたワシリーサの姿に驚愕した。
少し前に垣根の『未元物質』によってドロドロに"焼け溶けて"いたはずの両腕と胸がしっかりと再生されていたのだ。
おまけにその真っ赤な修道服までもが完璧に修復されている。
いや、火傷の痕だけではない。訓練開始時に喰らった暴風の怪我も治っているように見えた。
つまり彼女は今、完全無傷の状態で垣根の前に君臨しているという事になる。
「『命の水』」
と、ワシリーサは聞いてもいないのにどうやって怪我を治したのか説明し始めた。
別にそんな解説をしなくてもこの化物修道女なら、なんか理屈抜きで肉体再生ぐらい出来そうなものだと
思っていた垣根からしたらご親切にどうもとしか言い様がない。
「一本足の家の人喰い婆さんのエピソードに『命の水』と『死の水』ってのを人喰い魔女が管理してるってお話があってねー。
まぁ不老不死なんて大袈裟なモンでもないけど、あの程度の傷なら簡単に再生出来ちゃうんだにゃーこれが♪」
「へえ」
心底興味無さそうに返事をする垣根。
方法や過程など垣根にとってはどうでもよかった。ワシリーサが例え粉々の状態からビデオの巻き戻しのように
復活、再生しようがそれもまたどうでもいい。
とにかく垣根の目的はワシリーサに魔術のよる攻撃を当てることなのだから、
逆に『未元物質』の攻撃によって再起不能になってなくて良かったと安堵してもいいかもしれない。
「で? あの真っ黒クロスケは俺がぶちのめしてやったわけだが・・・・・・今度は何が出てくんだ?
もうネタがねえなら一気に片をつけさせてもらうんだがな」
「そうねぇ。 ・・・・・・正直お姉さん、結構手詰まりだったりするんだけど」
「おいおいマジか? 本当にネタ切れなのかよ」
「だってその白い羽根、意味分かんないもん。 反則よ反則!」
「テメェにだけは反則どうこう言われたくねえな。 ―――――――って、あれ!?」
気がつくとワシリーサは垣根の視界から姿を消していた。
すかさずエコーロケーションで彼女の位置を探索するが、意外にもあっさりと見つかった。
ただし、ワシリーサの姿は二度目の訓練の時に見たあの『カエル』の姿だったが。
『けーろけろけろ。 油断大敵て前にも言ったけろ?』
「あああああああああクッソまたそれかよ面倒くせえなあああああああああああ!!!!!!!」
垣根はこの"カエル"に姿を"変える"ワシリーサの魔術を非常に苦手としていた。
体長わずか三、四センチほどしかないそのあまりにも小さな赤いカエルには魔術による攻撃が当てにくいといったらない。
『未元物質』の烈風で薙ぎ払おうと実行してみたが、やはりまず動きが素早すぎて捉える事すら出来ない。
おまけにその風が原因で大量の砂埃が舞ってしまい、またしてもワシリーサの姿を見失ってしまった。
エコーロケーションで探索したってまた同じ轍を踏むことは容易に想像できる。
(とにかく一発ッッ!! 一発あのクソガエルにぶち当てねえと・・・・・・!!!)
垣根は『未元物質』の力を使って飛翔する。あまり高く飛びすぎると地上にいるであろうカエルを
発見することが難しくなるため、いつでも相手からの奇襲に対応でき、かつカエルの姿を確認出来るような、
そんな絶妙な高度を保ちながら彼は宙を舞う。
と、
「―――――――ねえ、一本足の家の人喰い婆さん?」
どこからともなくワシリーサの声が聞こえてきた。
そして垣根は瞬時に理解する。『ねえ、』から始まるバーバ・ヤーガへの問いかけが意味するもの。
「クソッッ!!!」
キョロキョロと忙しなく視線と首を動かしてワシリーサを捜す。
垣根の首の動きが止まった。ワシリーサを発見したのだ。垣根は背中の無機質な純白の翼を勢い良く羽ばたかせ、
四〇メートル程の距離がある彼女と一気に距離を詰めようとした。
しかし、ワシリーサの一手の方がわずかに早かった。
「貴女が外へ出かけるとやって来る、あの『白い騎士』はなぁに?」
幸薄く、誠実な娘はバーバ・ヤーガに尋ねた。眠りから覚め起床して、
バーバ・ヤーガが外へ出かける時に通る『何もかもが白い騎士』はなんなの?と。
猛スピードで突っ込んでくる垣根を見て、ワシリーサは無垢な少女のような笑顔を浮かべた。
その時、音もなく垣根の視界が全て『白』で塗り潰される。
この地下防空壕内に、『朝』が訪れた瞬間だった。
垣根は視界が『白』になる前に、確かに見た。
ワシリーサの後ろに堂々と現出している、その手に目が潰れるほど燦爛たる白銀の剣を持った『何もかもが白い騎士』と、
童話で出てくる王子が乗っていそうな白い白い、ただ純粋に白い馬を。
垣根はワシリーサとの距離が残り約三メートルになるであろうところで急停止した。
ブワッと大きく翼を動かし、ふわふわと低空で停滞する。
垣根は首を動かしながら辺りを見回す。彼の眼球は頼りなくあちこちに動いており、
すぐ目の前にいるワシリーサを捕らえていなかった。
そんな光景を遠目で見ているエイワスは、地下空間の壁に背を預け、腕を組み微笑していた。
(『何もかもが黒い騎士』が齎す現象が無差別な『夜』なら、『何もかもが白い騎士』が齎す現象は
特定の対象だけを迎える『朝』の日差し。 ・・・・・・ふふ、ただその日差しは少しばかり眼に毒だがね)
エイワスやワシリーサには普通に垣根帝督の姿と地下空間の風景が見えている。
ただ同じ場所にいるはずの垣根帝督だけが、ワシリーサはおろかその風景すら見ること叶わず、
呆然と宙に留まっているだけだった。
『何もかもが白い騎士』が招くは、『朝』。
垣根帝督はこの時、視力を完全に失ってしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
だが視力を失ったという点では先程までの『夜』と大差ない。
この訓練が終わった後の事を少し考えるが、何らかの治療法があるのならそれで視力を回復させればいいし、
無いのならそれはそれだ。視力を失ったって生きている人間は沢山いる。
垣根は物事の優先順位を整理した。結論付けるまでもない。
ワシリーサという修道女に一刻も早く魔術を当てなければ。
とりあえず垣根は『未元物質』から生み出した暴風をワシリーサがさっきまでいた位置に叩きつけてみた。
手応えなし。ワシリーサはとっくにその場から移動していた。
垣根は慌てることなくエコーロケーション用の翼の一枚に意識を向ける。
例え眼を潰されようともこの力があれば相手の位置はすぐに特定できる。あまりにも距離が離れていたら話は別だが。
しかしここで垣根は妙な音を聞いた。
親指と中指を擦り合わせて鳴らすような、あのパチンッという音を。
(・・・・・・『白い騎士』を消しやがったな? アレを俺に差し向けても意味がねえと判断したか?)
垣根は超音波のエコーを感知し、状況を把握する。
今のは恐らくワシリーサが現出させた『白い騎士』を消したのだ。
地下空間全体に超音波を巡らせるも、あの独特の反響が返ってこない。
しかも『白い騎士』の消失によって地下空間から『朝』が消え去り、通常の風景に戻ったが
それで垣根の視力が回復するということはなかった。
(ババアと騎士の二人がかりで来ねえのはなぜだ? 自分ひとりでやった方が早いって判断か。
まぁこっちとしては騎士と二人がかりで攻められる方がキツかったからいいけどよ)
魔力込みの反響定位を行ったため脇腹辺りからじわりと血が滲み、垣根の来ている白のカッターシャツが赤黒く染まる。
その傷口を抑えながら垣根は通常のエコーロケーションを行いワシリーサの位置を特定した。
(それじゃあ・・・・・・こっちから行かせてもらうぞ)
ドンッッ!!!と、垣根は常に超音波を発する翼を一枚保持しつつ、ワシリーサの下へ正確に飛んでいく。
もはや『未元物質』の応用性は学園都市の研究者を以てしても計り知れないほどに『進化』していた。
垣根帝督がこちらの位置をつかみ、突進してくる少し前。
ワシリーサは垣根が生み出す白い羽根について考察していた。
(・・・・・・あの白い羽根、どう考えてもこの世にある物質で構成されているとは思えない。
『三騎士』に対応出来るような『物質』なんてそもそもこの世には存在しないもの)
『黒い騎士』による『夜』の闇でも、彼は黒騎士の振るった剣を受け止めていた。
音はない、聴覚を頼りに黒騎士の攻撃に対応出来るはずがない。
どう考えたって、あの謎の白い羽根が何らかの補助を行っているとしか思えなかった。
(『反響定位』とか言ってたわね。 コウモリや鯨なんかが発する超音波・・・・・・だったかしら。
もしかしたらその超音波を利用して騎士の行動を把握していた?
ならばあの羽根は超音波を生み出す物質? 違う、そんなわけない。 恐らく"それもある"けど、
それだけじゃ私の身体を焼いたあの発熱やさっきから頻繁に撃ってくる風の説明がつかない。 つまり、)
ワシリーサが出した白い羽根に対する結論は、『その状況に応じて様々な現象を起こせる物質』というものだった。
遠距離から攻撃したい時には暴風を吹き出し、接近されたら超高温の熱を発して追い払う。
相手との距離を確実にとるためにその身を浮かせる性質に変化させ、視界を奪われれば超音波で敵を索敵する。
彼女が今までに見た『未元物質』から考察し推理すると、あの白い羽根はいわゆる『便利屋』みたいな
力を有する物質だという結論が出るわけだ。
実際には、厳密にはワシリーサの推理は違っていた。『未元物質』はそこまで便利なものではない。
本当に垣根の望むままの性質に変化させることの出来る物質なら、例えば
『この羽根に触れた対象の生命活動を即座に停止させる物質』という法則を組み込めばそれで戦いは終わる。
例えば『対象の繰り出す魔術の効果を全て無効に出来る』という法則を組み込めば、
ワシリーサは一切の魔術を封じられるわけで、そもそも勝負にならなかっただろう。
しかし『未元物質(ダークマター)』の能力はあくまでも『この世に存在しない素粒子を生み出し、操作する』というもの。
この世の物理法則には従わないとはいえ、その応用性にも限界はある。
何でも出来るスーパーマンのような能力ではなく、その応用性は垣根帝督の頭脳から弾き出される演算によって左右される。
『未元物質』を初めてその目で見て体験したワシリーサに分かるはずもないが、
つまりこの時点ではまだワシリーサは圧倒的に垣根帝督を追い詰めていた。
だが、垣根帝督がその『未元物質』に『魔術の法則』を組み込むことに成功しつつある現状では話は違ってくる。
(『白の騎士』は結局、何の意味もなかったわね。 視力を失っても超音波でこっちの動きを完全にサーチ出来る。
『蛙の王女』で逃げまわっても時間稼ぎにしかならないし、『フィニストの羽根』も白い羽根で防がれるだけ・・・・・・)
ワシリーサは他にもロシア民謡を題材にした魔術を多数有しているが、『未元物質』の未知なる力が把握できない以上、
ヘタに手の内を晒すわけにはいかないと考えた。
ほんの少し前の垣根なら魔術による攻撃も有効だっただろう。だが今の彼は魔術攻撃でも血反吐を吐いて防ぐだろうし、
そもそも『回避』される恐れだってある。
『未知』という概念がこれほど恐ろしいものだということを、ワシリーサは知っている。
しかし知ってはいても実際に対峙するのとしないのとではまるで違う。
ワシリーサは自分で自分を追い詰めている状況にあった。
(やるじゃん、垣根の坊や。 なんかムカつくけど、でもなぜかちょっと嬉しいわ)
垣根帝督がこちらの位置を特定し、翼を羽ばたかせて突進してきた。
彼女は不敵に笑う。まさか学園都市からやってきた『無知』なガキがこれほどの好敵手に成長しようとは。
垣根という少年がこうなってしまったのもワシリーサという化物クラスの魔術師と二度も戦ってきたためというのもあり、
自分で育てた子供が立派に成長し、それを喜ぶ母親の心境が少しだけ理解出来るような気さえした。
だからこそ、
(叩き潰したくなっちゃうんだにゃーん♪ これで『トドメ』よ)
ワシリーサはその喉から童女のような声を出し、ミュージカルの舞台に立つヒロインのように楽しげに謳って、唄って、歌った。
「――――――――――ねえ、一本足の家の人喰い婆さん」
940 : ◆3dKAx7itpI - 2011/04/16 23:55:23.46 Gr7rakXxo 409/431
Q. 『黒い騎士』と『白い騎士』の違いがわかんねえぞ下手くそ
A. 『黒い騎士』→超広範囲に渡って闇が溢れ、視界を遮る。(視力はそのままなので、黒騎士が消えたら景色は見える)
『白い騎士』→凶悪な光が炸裂して、視力を奪う。(ガチで視力がなくなるので白騎士が消えても二度と視力は戻らない)
・・・・・・なんにせよ、ちょっとネタかぶってますよね。ごめんなさい。
てなわけで少し短いですが今回はここまでです。
話全っっ然進んでないですね、申し訳ない・・・・・・もう少しで終わりますのでご勘弁を。
次回はワシリーサがマジで垣根を殺しにかかります。
幾度と無く死亡フラグを乗り越えた垣根は一体・・・・・・的なお話です。
次回更新は三日以内。
それでは、ありがとうございました!
【次回予告】
『私と『人形』がお仕事をしている時にやってくる、あの『赤い騎士』はなぁに?』
―――――――――――元『殲滅白書』のシスター・ワシリーサ
『(死・・・・・・!!? 死!? 死ぬのか!? 俺は・・・・・・ここで、死・・・・・・!!!)』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・垣根帝督
『やはり。 やはり君を『天使同盟(アライアンス)』に勧誘して正解だった』
―――――――――――『天使同盟』の構成員・エイワス
945 : VIPに... - 2011/04/17 00:27:35.94 CcausYu10 411/431乙!
ついに最後の「夕方」の赤い騎士か……ってあれ?
白の騎士って「昼」じゃなかったっけ?
967 : ◆3dKAx7itpI - 2011/04/18 21:24:46.64 dNiEP72yo 412/431>>945
そうでしたっけ・・・・・・?と、とにかくこのSSでは『白い騎士』は朝、『黒い騎士』は夜でお願いします。
すみません
こんばんわ、今日も投下しにきました。
はい、そろそろ次スレですね。このスレでの投下はこれが最後になる・・・・・・かな?
今回も話の流れは特に変わらず。しかし決着の時が見えてきた感じですね。
べらぼーに強いワシリーサ相手に垣根がひたすら頑張ります。
それでは、いきます。
垣根帝督は冷静になれ、と自身の脳に言い聞かせた。
ワシリーサが純粋無垢な笑顔であろう表情で口走っているあの言葉は、間違いなく『騎士』の現出。
彼女に向かって今まさに突撃している垣根にも、その声は聞こえた。
嫌な予感が拭えなかった。
『黒』、『白』と撃破していった垣根の心に、しかし余裕は生まれなかった。
本能が呼びかける。
この騎士召喚魔術だけは"絶対に止めなければならない"、と。
恐らくワシリーサは"これでケリをつけるつもりなのだ"、と。
一瞬の油断。
「ぐっ!!?」
ドゴンッッ!!!という鈍い音が鳴り、咄嗟に前方へ展開した『未元物質』の翼にビリビリと衝撃が走っていく。
後ろへ吹き飛ばされる感覚を覚えた。
視力を失った垣根には見えていないが、ワシリーサは自分と激突する寸前の距離まで接近した垣根に強烈な前蹴りを放ったのだ。
時速一〇〇キロは超えていただろう突進を蹴りだけで押し返すワシリーサの脚力も大概イカレているが、
やはりそこまで大きく後退させられたわけではないようだ。
垣根は一〇メートルくらい後退したところで一度体勢を整える。
しかし彼は激しく焦燥していた。
この隙が、この隙こそが、ワシリーサに騎士を召喚させてしまう最大のミスだということに気付いているからだ。
『黒』、『白』と来れば次は何だ?
『闇』、『光』と来れば次は何だ?
『夜』、『朝』と来れば次は何だ?
その答えは、ワシリーサの歌によって提示された。
「私と『人形』がお仕事をしている時にやってくる、あの『赤い騎士』はなぁに?」
肌にチリッとした痛みを感じた気がした。
視力を失った事で真っ白に染まったはずの視界が、『赤』の染められていくような気がした。
否、どちらも気のせいではなかった。
「か、はっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
人間の喉から、空気が抜けていく風船のような音がした。
両手で顔を押さえ、痛みと苦しみのあまりそのまま爪でガリガリと皮膚を抉りとりながら地面へ落ちた垣根の喉から、
叫びにならない叫びが漏れていく。
「が、かっ、 ひゅ・・・・・・ッッ!! は、はっ・・・・・・!!!!
・・・・・・・・・・・・ッッ!! ひ、ひゅっ・・・・・・は、かはっ・・・・・・!!」
呼吸が出来ない。正しく酸素を取り込むことが出来ない。口の中の水分が一瞬で蒸発してしまっている。
比較的水分の多い眼球も、完全に蒸発し一部が眼窩からどろりと零れ出しているのが分かる。
顔を押さえている両手の皮膚にも驚嘆に値するほどの痛みがある。指先から妙な匂いがした。爪が焦げている匂いだった。
視力のない垣根には何が起きているのか全く理解できなかった。視力があったとしても理解出来るとは思えなかった。
ただもがき苦しみ地面をのた打ち回る垣根が漠然と抱いた感想は、
熱い。暑い。
『熱』だった。一瞬でこの地下空間が灼熱の炎に包まれ蒸し釜状態になっているんじゃないかとさえ思えた。
だが現実は、さらに凄惨たる状況にあった。
死。
垣根帝督は過去に"二度"、本物の『死』を体験したことがある。
一度目は、一方通行。十月九日の学園都市独立記念日に、垣根は彼によって『虐殺』された過去を持つ。
あの時垣根は自分に訪れる死をリアルに体感した。
そして今回の『コレ』が二度目。ワシリーサが行使する『何もかもが赤い騎士』によって
垣根は本気で死を感じた。
(死・・・・・・!!? 死!? 死ぬのか!? 俺は・・・・・・ここで、死・・・・・・!!!)
突如発生した謎の『熱風』に身を焼き、地面を陸に上がった魚のように跳ね回りながら、
垣根は自身の寿命がも間もなく尽きるのだと悟った。
悟った、のだが。
『勝手に死ンだりするンじゃねェぞ』
一方通行が放ったその言葉が、何度も何度も頭の中に響く。
(死んでる場合じゃねえ・・・・・・・・・・・・)
『天使同盟(アライアンス)』という訳の分からない集団に出会ってからの垣根は、何もかもが初めてな事だらけだった。
魔術という、今の自分の存在意義を支えてくれている力。イギリスで出会った、個性豊かなシスターと魔術師共。
ロシアで出会った、自分とは本来全く縁遠い魔術師や民間人達。
AIM拡散力場の集合体というふざけた存在の風斬氷華。それよりもぶっ飛んでいる疫病神のエイワス。
天界から降りてきた本物の天使だというミーシャ=クロイツェフ。
学園都市の『闇』の奥深くまで沈み込んだ自分を受け入れてくれた白髪のクソ野郎。
―――――――そして、そんなヤツらの笑顔。
(死んでる場合じゃねえッッ!!!!)
死の淵に追いやられ半ば諦めかけていた垣根の眼に、再び光が宿る。
『闇』に浸っていた自分に差し込んできた、出会ってきた人間や化物たちの『笑顔』という光。
捨てられない。諦められない。まだ彼らの笑顔を見ていたい。
こんなクソったれの熱風ごときに焼かれて死んでいる場合ではない。
(俺の頭ん中にあるゴミみてえな脳ミソをフル稼働させろ。 この熱さえ『遮断』出来れば俺は戦える!!
あのクソシスターに一発ぶちかますことが出来る!! ありきたりな法則なんざ捨てちまえ、
この世に存在するルールなんざ跳ね除けちまえッ!!! ・・・・・・そうだろ『テメェ』、)
垣根はこの狂ったような温度の熱風で容赦なく身体を干からびさせていく『熱』への対処法を、
第二位が誇る天才的頭脳がオーバーヒートしてしまうんじゃないかというほどにひたすら考えた。
その結果、『無茶』で『無謀』だが『無理』ではない、とある一つの答えを弾き出す。
(俺の『未元物質(ダークマター)』に・・・・・・常識は通用しねえんだろうがあああッッ!!!)
垣根帝督は背中にある六枚の翼を勢い良く振るった。
その標的は、『自身の身体』―――――。
ワシリーサは少し離れた位置から地面を無様に転がり続ける垣根帝督を無表情で眺めていた。
彼女の傍らには、垣根の予想通り例の騎士が君臨している。
色は『赤』。ワシリーサが呼び出したのは『三騎士』の属性の一つである『何もかもが赤い騎士』だった。
その手には狂ったように燃え盛る赤き炎の剣。『赤い騎士』が跨るは、その鬣が炎のようにも見える『赤い馬』。
司る力は『昼』。昼とは、つまり地球という星の頂点に太陽が昇った時の時間帯の事。
現在、この地下防空壕跡地のちょうど頂上には『太陽』がさんさんと輝いていた。
大きさは一般的な熱気球のバルーンの部分とほぼ同じ。本物の太陽と比べるとあまりにも小さいが、
この魔術の場合大きさなどはあまり重要ではない。
『何もかもが赤い騎士』の驚異はその擬似太陽から発せられる『熱』にあった。
もちろんこれも本物の太陽と比べると、表面温度も中心温度もコロナ温度も輝度も微々たるものだが、
人間に対して使用するのであれば十分すぎるほどの殺傷力がある。
今の垣根の惨状を見れば一目瞭然だろう。
(『黒』でも『白』でも相手が倒れなかった時に使うこの『赤』。 ・・・・・・いつ以来かしら。
よく頑張ったわ垣根の坊や。 もうこれで終わりだから、安心しなさい)
設定温度を間違えすぎたサウナの室内みたいになっている地下空間で、しかしあの化物だけは違った。
平然たる様子でただ二人の訓練を静かに見守るエイワスの方を見て、ワシリーサは言う。
「ハイこれまで。 訓練は終了よん。 手加減は絶対にするなという垣根の坊やの意志は汲み取ったけど・・・・・・
さすがにこれ以上やると本気で死んじゃうわ。 早いとこ垣根の坊やを治療してやってちょうだい、出来るっしょ?」
何時になく真剣な表情を浮かべているワシリーサは訓練の終了をエイワスに宣言した。
当然の判断だろう、これはもう訓練という領域を逸脱し過ぎている。
このまま続行すれば、それはもう単なる殺し合い。いや、一方的な虐殺となってしまう。
そう考えていたからこそ、ワシリーサはエイワスの言葉に驚愕するしかなかった。
「んん? 終了とは、何故またそんな事を急に? 君がやめたがっていても、"彼はまだやる気のようだが"?」
何を言っているのか理解できなかった。地下空間の頂上で轟々と燃える擬似太陽の音に遮られて聞こえなかったのではない。
聞こえていたからこそ、ワシリーサは悠然とした佇まいでそんな事を言うエイワスを見つめるしかなかった。
そして、
「・・・・・・・・・・・・っが、は・・・・・・!! ううぅ、うぅ、」
呻き声と、何かが『起き上がる』ような音が聞こえた。
魔術使用者であるため擬似太陽の熱の影響を一切受けないワシリーサの頬に、ツツーっと冷や汗が一筋流れる。
恐る恐る音のした方に向き変えると、そこにはふらふらと立ち上がっている垣根帝督の姿があった。
熱のせいでまるで蜃気楼のように地下空間の風景は揺れているが、それでもソレが垣根だという事は理解できた。
しかしワシリーサが驚いたのは垣根帝督が立ち上がってきた事ではない。
蜃気楼の壁の向こうに見える、その少年のシルエットを見て驚いたのだ。
否、驚いたというより、疑問、困惑を覚えた。
「な、・・・・・・に? あれは・・・・・・?」
そのシルエットはひどく歪な形をしていた。人の形をしているのでそれが人間、垣根だということは分かるが、
それにしてもおかしい。
まずその両腕、垣根の腕はあんなに刺々しい形をしていただろうか?
ワシリーサは目を細め、よく凝らしながらその腕に注目してみる。
ギョッとした。
垣根の腕が、正確には垣根の腕の皮膚が、"無数の白い物質で隙間無く覆われていたのだ"。
皮膚を熱から守るように覆われているそれは、まるで魚の鱗、否、竜の鱗のように均等に並んでおり、
一つ一つの白い物質からは鋭い棘のような物が生えている。
それが垣根の両腕に、手の先から肩まで流れるようにびっしりと張り付いている、"ように見えた"。
よく見るとその白い物質は張り付いているのではなく、垣根の皮膚から突き破るように直接生えていた。
人の皮を被った怪物がその姿を現す瞬間に皮膚から怪物の歪な体表が突き出てくるような、そんなニュアンスだ。
当然、皮膚を突き破って出てきているわけだからその際に負う傷から出血はする。
事実、その白い鱗の鎧の僅かな隙間からどろりとした赤黒い血糊が垂れてきている。
そしてその血はすぐに熱によって蒸発していった。
白い鱗の鎧は両腕の手先から肩まで、そして首元、身体、両足、つまり全身にまで及んでいた。
顔も耳の下から顎の先の部分だけ白い物質に覆われている。顔の白い物質は他とは違い、
鱗ではなく綺麗なフェイスマスクのようにツルツルとした表面だった。
腰には何かボロ布のような物が巻かれている。あれは確か垣根が着ていたルーンを忍ばせているジャケットだったか。
全身を刺々しい白の鱗の鎧で覆い、血液の蒸発によって体から赤い霧を絶えず発生させているその姿は
もはや人間と呼ぶには不自然なほどになっていた。
「・・・・・・・・・・・・は、はは。 ビューティフル♪ スンゴイわねその、『だーくまたー』だっけ? ってヤツは」
あのワシリーサが若干ながらも『引き笑い』をしていた。
どんな状況でもどんな相手でも余裕を崩さなかったワシリーサという元『殲滅白書』最強のシスターが、
表情を引きつらせ、その美しい顔には冷や汗がドッと吹き出ている。
しかしなぜ急にこんな現象が起きたのか?なぜ急にあのような姿に『変貌』したのか?
『未元物質』の性質を知らないワシリーサには。否、例え『未元物質』を専門に研究をしていた
科学者でさえも、今の垣根の現象について説明することは出来ないだろう。
唯一、この現象を説明できる存在がこの地下空間に居た。言わずもがな、それはエイワスだった。
「・・・・・・・・・・・・ふふ、素晴らしいよ垣根帝督。 まさか自身の可能性をここまで開拓させるとはね。
やはり。 やはり君を『天使同盟(アライアンス)』に勧誘して正解だった。
・・・・・・ワシリーサ、彼の背中に目を向けてみたまえ」
「せ、背中?」
垣根の背中といえば今回の訓練中、あの『未元物質』の翼が常に六枚ほど生えているのが当たり前な状態だったが、
今改めて見ていると少し様子がおかしい。
「あれは・・・・・・? 羽根の先端を身体の各部に突き刺している?」
垣根の背中から現出している『未元物質』の白い翼はクルッと中央で折れ曲がり、その先端が
両腕、両足、背中の中央、そして"うなじ"付近に『点滴チューブ』のように突き刺さっていた。
「ああする事で『未元物質』を体内へ侵入させ、そこから『未元物質』の先端部分を複雑に肥大化。
全身に通っている血管をイメージしたまえ、あれと同じように垣根帝督は『未元物質』を
細いチューブ状に変化させ全身に巡らせる、そしてそのチューブをあの鱗のような鎧の形に
変形させて、直接皮膚を『食い破って』体表面を覆わせた、と・・・・・・。 簡潔に説明するならこんなところか」
「・・・・・・それで『赤い騎士』の熱風を遮断しているというの? とてもじゃないけど信じられないわ」
「白い鎧にも恐らく『魔術の法則』を組み込んでいる。 今までずっと魔術に入り浸っていた経験の賜物だな。
魔術の法則を組み込んだことと、全身の体内に走る『未元物質』のチューブによる激痛で普通ならショック死しても
おかしくないのだが・・・・・・。 ほら、よく週刊少年漫画であるじゃないか、『精神が肉体を凌駕する』?
今の垣根は概ね、そのような状態に陥っているのではないかな」
もちろんそんな事をしてしまえば全身の血管や筋肉繊維、各神経、細胞組織がチューブ状の『未元物質』で
ズタズタになってしまうのだが、今の垣根はそんな瑣末事に意識を向けたりはしない。
彼は全身に『未元物質』の鎧が行き渡った事を確認すると、ワシリーサの顔を一点に見つめた。
それを受けてワシリーサは表情を引き締め、その肢体を白く発光させている垣根に問いかけた。
「・・・・・・・・・・・・やるのね?」
返事はなかった。ただゆっくりと、垣根は首を縦に振るだけだった。
灼熱の太陽熱と激痛による絶叫で喉が完全に潰れているのが原因でもう声がほとんど出せないのだろう。
『未元物質』の鎧を全身に巡らせる前に短時間だが擬似太陽の熱を浴びている垣根の皮膚は、
今は見えないが身体中がひどく焼け爛れていた。
『未元物質』で火傷の治療はできない。つまり垣根に残された戦闘時間はもう長くはない。
ワシリーサは地面を強く踏みしめ、戦闘態勢へ移行する。垣根の純粋な想いをしかと受け止めた証拠だ。
それを見て垣根もふわ・・・・・・、と少しだけ地面から浮き、戦闘態勢に入った。
腕を少しだけ曲げる。無機質に白く、お伽話に出てくるドラゴンの鱗のように並ぶその刺々しい鎧の各パーツが
ギシギシと人間から発せられるはずのない音を立てる。
そして、
ボンッ!!という爆音と共に垣根の背中が弾けた。
六枚の翼の間から、さらに六枚、新たに戦闘用の『未元物質』の翼が現出した音だった。
その衝撃でパラパラと空間内に羽根が散らばっていく。
先端がチューブ状になっている翼が六枚、新たな翼が六枚で計一二枚の翼が彼の背中から生えている。
そんな姿を見て、ワシリーサはポツリと呟く。
「・・・・・・・・・・・・おいで、『熾天使』」
「―――――ッ」
掠れきった声で垣根が何かを言う。そして二人は同時にその場から姿を消した。
垣根帝督最後の魔術訓練の終局は、すぐそこまで迫ってきていた。
【次回予告】
『これが「未元物質(ダークマター)」と魔術の応用だ・・・・・・クソ野郎』
―――――――――――『天使同盟(アライアンス)』の構成員・垣根帝督
『さ、サーシャちゃ~~~~~~~ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
―――――――――――元『殲滅白書』のシスター・ワシリーサ
続き:7スレ目
一方通行「いいか、フラグってのはなァ」 ガブリエル「vbhti素敵apfrgt」【1】

