関連
男娼「身請けしてくんない?」 少女「そんなお金ないですね」【前編】
少女「…」
キィ
見習い「あの、少女さん…?」
少女「…ん」
見習い「ああ、起きてたんですか。…あの、どうかしたんですか。ご飯も食べないで」
少女「なんでもない…。ちょっと、食欲湧かないの」
見習い「えっ!病気、ですか?」
少女「ううん」
少女(…そうじゃない)
見習い「顔色も悪いですよ。大丈夫ですか?」ペタ
少女「…」
少女「あの、さ」
見習い「はい?」
少女「男娼、って」
見習い「はい」
少女「…」
少女「ううん、なんでもない。…札遊び、する?」
見習い「え、…はい」
少女(…こんなこと言っても、どうにもならないしな。…忘れよう)
男娼「…」ムク
女客「…ん。男娼ぉ」
男娼「…」
キィ
男娼「…あ」
男娼(…電気、ついてる)
カチャ
少女「う、わ」
男娼「…まだ起きてたの、君」
少女「あ、はい。まあ。…お疲れ様です」
男娼「見習いは?」
少女「部屋に返しました。もう遅いので」
男娼「ふうん」ギッ
少女「…」
男娼「よいしょ」
男娼「…昨日の、またやってくれる?」
少女「はい?」
男娼「抱っこ。してくんない?」
少女「…」
男娼「お願い」
少女「はあ、まあ。…いいですけど」ギュ
少女「…」
男娼「あー…疲れた。もう面倒くさいよお…」クタ
少女「なんか」
男娼「うん?」
少女「いつもどおり、ですね」
男娼「どういうこと」
少女「だから、夕方のことです。…怒ってるのかと、思ってました」
男娼「怒る?」
少女「はい。…違いますか」
男娼「君にはそう見えた?」
少女「いいえ」
男娼「うん。怒ってた訳じゃない。そうじゃないんだ」
男娼「…まあ、気にしなくていいよ。…怒鳴ったりして悪かったね」
少女「い、いえ」
男娼「それに、指も…。噛んだつもりはないけど、怪我してない?」
少女「してないです」
男娼「そう。なら、まだ気が休まる」ギュ
少女「…どうして、あんなことを」
男娼「…」
少女「男娼さん?」
男娼「…すぅ、すぅ…」
少女「…」ナデ
男娼「ん…」
少女(…理由を、聞きたかった)
少女(だってあの時、…今まで見たことないくらい、悲しい顔してたもの)
僕、これから何処へ行くの
「ああ?…まあ、着いてからのお楽しみだ」
もうあの家には、戻らないの?
「そうだ」
そう
「…お前、どうして泣かないんだ」
…
「まあいい。変な子どもだ」
ここ、何処なの
「…色町だ。いろまち。分かるか?」
ううん
「そうか。お前まだ、6歳だもんな」
うん
「まあ、…住めば都、ってもんよ」
僕ここに住むの?
「ああ。そうだ。…ほら、見えるか?あの店で、今日から働くんだ…」
…そう、なの
「立派にやれよ、坊主」
…
……
…
少女「はあ、お休み、ですか」
男娼「そ。まあ少し早いけど、今日は暇をあげる」
少女「あ、ありがとうございます」
男娼「まあ実際、僕昼に用事があるからなんだけどねえ」
少女「そうなんですか」
男娼「夕方に帰ってくるのなら、外出してもよし。ただし行き先を僕にちゃんと言ってね」
少女「…」
少女「じゃあ、病院に行ってもいいですか」
男娼「首都の?」
少女「いや、私の足じゃ無理ですよ…。町のほうのです」
男娼「ふうん。まあ、いいけど。変な寄り道しないでよね」
少女「分かってますよ」
男娼「…あ、そうだ」
男娼「少女、手を出して」
少女「はい?」スッ
男娼「どうぞ」チャリ
少女「何ですか、この袋」
男娼「んー、お小遣い?」
少女「えっ、と。いただけません」
男娼「馬鹿。お昼とか足代どうすんのさ。いいから貰っておきなよ」
少女「…でも」
男娼「あー、もうっ。僕君のそういう、遠慮しがちなところが嫌いだよ!好意は黙って受け取ってよね」
少女「は、はい」
男娼「お菓子なり髪留めなり、好きに使ってよ。じゃ、僕準備してくる」
少女「行ってらっしゃい、男娼さん」ペコ
男娼「…」
男娼「う、ん」
男娼「君もね。…気をつけて」
少女(さて)
少女(昨日の怪事件から半日が経った訳なんですが)
少女(薄々予想はしてたものの、やっぱスルーなのね)
少女(…まあ、いいけども。…考えるだけ無駄なのかもね)
店主「お、いってらっしゃーい」
少女「いってきます」
少女(…なんか、ここに違和感なく馴染み始めてる自分が怖いわね。まだ2,3日だってのに)
=町病院
医者「勿論。容態は安定してますし、歩き回る元気もあるようですよ」
少女「そうですか。よかった」
医者「そうそう、彼から手紙も預かっていますので、どうぞ」
少女「手紙…ですか。ありがとうございます」
少女「…」クス
医者「手術も彼なら乗り越えられるでしょう。安心してください」
少女「ありがとうございます、先生」
少女「手紙、だって」
少女「…ふふ。らしくないわね」
少女(何、書いてあるのかなー)
少女「…」ピタ
少女(やめた。楼に帰ってから、ゆっくり。ゆっくり見ようっと)
少女「…ふんふーん」
……
…
青年「あら、おかえんなさぁい」
少女「あ、青年さん。こんにちは」
青年「男娼…とは一緒じゃないのねえ。当たり前か」
少女「彼、用事があるって言ってたので」
青年「用事、ってか仕事よねえーこの場合」
少女「…?」
青年「あの子、今日は昼から固定客のお屋敷に招かれたのよお」
少女「…そう、ですか」
青年「そう。もうかれこれ5年ほどの付き合いのお客なんですって」
少女「ふ、ふーん」
青年「…妬いてるのかしら」
少女「あのですねえ、どうして私が彼のことを」
青年「あははっ、冗談よ冗談っ。…本気で否定するなんて、可愛いわねー」
少女「そ、その可愛いとか言うのやめてくださいっ。むず痒いんですよっ」
青年「でも私、女性に媚びうるのが仕事なんですもの。やめらんないわ」ケタケタ
少女「…。失礼します」ハァ
青年「あら、ちょっとお待ちよ」クイ
少女「わ、と。何ですか」
青年「私もちょっと手持ち無沙汰だったとこなの。ちょっと付き合ってくれない?」
少女「…は、はい…」
青年「んふ、美味しい?」
少女「はい。とっても」モグモグ
青年「そうよねえー。ここのお寿司、今まで食べた中でいっちばん美味しいと思う」
少女「…幸せ、です」ゴクン
青年「良い食べっぷりだこと。面白いわね、少女ちゃんって」
少女(…それ、男娼にも似たこと言われたな。そんなにおかしいかな?)
少女「…」
少女(男娼、か)
青年「あともう一貫いこうかしらー。でも夜キツくなるのもなー…」
少女「あの、青年さん」
青年「なあに?追加?」
少女「…いえ。ちょっと、お聞きしたいことが。というか、その」
少女「相談、があるんですが」
青年「相談?」
少女「…て、おかしいですよね。…すみません、馴れ馴れしく」
青年「ちょっと、やだ。何なのよ」クス
少女「忘れてください…。なんでもないです」
少女(…青年さんに話したところで、何も変わらないし。第一そんな間柄じゃないよね)
青年「ちょっと、気になるじゃないの」
少女「えーっと、何か食べます?給仕呼びましょうか」
青年「おいこら、言いなさいってば」ペシ
少女「う。で、でも」
青年「言いたいことがあるなら言えばいいじゃないのー。こっちは暇なのよ。何でも聞けるわ」
少女「…」
青年「何、遠慮しないで。私達もう友達じゃない」
少女「…あはは」
少女「青年さん、って。いい人ですよね」
青年「…何よ。からかってるの?」
少女「いえ。乗って欲しいです、相談に」
青年「いいわよ。どんと来なさい」ドン
少女「……って、ことが。あったんですけど」
青年「何それ、やらしい」
少女「…やめてください。真剣な話なんです」
青年「大体最初からおかしいと思ってたのよねえー」ズイ
青年「あいつ、やっぱあんたのコト狙ってんのよ。だって目がマジだもの」
少女「ね、狙ってる?」
青年「絶対そうよ!あんたが薬売りとして来ていたときも、様子が変だったし!」
少女「まさか、そんな」
青年「あんた恐ろしいくらい危機感ないわね…。男知らないんでしょう」
少女「い、今それ関係ないです」
青年「…お金で囲ってるあたり、本気度は疑いようもないけど」
青年「…本当、柄じゃないわね…」
少女「で、その…。夕方の件は、一体何なんでしょうか」
青年「汚い、とか汚れる、とか行ってたんでしょう?…まあ、そのまんまよ」
少女「…?」
青年「多分あいつ、私達が思ってる以上にあんたを潔白なものだと思ってるんだわ」トン
少女「潔白?私が?」
青年「そ。実は私、結構あいつとは付き合い長いんだけど」
少女「え、そうなんですか!…友人ってこと、ですか」
青年「…」
少女(え、微妙な顔)
青年「まあ、うーん。同僚よね。…まあ、第三者目線的に、よ」
青年「あの子、結構情緒不安定なのよね。だからカッとなって行動しちゃったんだとは思うけど」
青年「…あんたに非はないわよ。それに、あいつも別に怒っちゃいない」
少女「…本当ですかね」
青年「そうよお。案外朝もケロっとしてたでしょ?そういうやつなの」
少女「成る程…確かに」
青年「あんたがあいつの中で驚くほど重要なものになってるんでしょうよ」
青年「だから自分の汚い…まあ、客から行為と引き換えにもらった貢ぎもの…を、触って欲しくなかった」
少女「…私が、重要。ですか」
青年「だってどう考えてもそうでしょ。いい加減認めなさいよ」
少女「…」
青年「でも、どうなのかしらね。それが性欲からなのか、単純に友愛なのかは分からないわ」
少女「…はあ…」
青年「まあ一ついえることがあるわね」
少女「何でしょうか」
青年「あんた、逃げるのなら早めにしたほうがいいわ」
少女「…」
青年「気づいてる?後をじわじわ無くされて行ってる感覚」
青年「あいつは、欲がない子だった。…それって、一度執着しちゃったら他人の非にならない、ってことでもあるじゃない」
少女「しゅう、ちゃく。ですか」
青年「そう。…きっと近いうちに、あいつはあんたを完全に手に入れようとするでしょうね」
青年「どんな手段を取るのか、想像もつかないわ。…けど、必ず」
少女「…」
青年「だからあんたは、今のうちに逃げ道を作っておいたほうがいい」
少女「どうしたら…」
青年「んー…。妥当な道は、お金を返すことなんだけどねえ」
少女「…う。…気が遠くなりそう」
青年「銭がないって辛いわね」
少女(…逃げ道、か)
少女(そりゃ、…いつもどおりの日常に戻れたら、それに越したことはないけど)
少女(…彼は、どう思うだろう)
青年「…ってことで。はあ、疲れた」
少女「ありがとうございます。参考になりました」
青年「いいのよ。…でもあんた、もうちょっと気をつけなさいよねー」
少女「わ、分かってます」
青年「何かあったら私でも店長でも見習いでも、誰でもいいから声かけなさいね」
青年「あいつも男娼って職業上、あんまりカゲキな手段には出れないだろうけど。用心しなさい」
少女「はい…」
青年「んじゃ、帰るか。そろそろ夕方だものね」
少女「ごちそうさまでした」ペコ
青年「いいってことよ」
……
…
青年「たっだいまー」
少女「ただいま…」
青年「…って、おっと」
男娼「だからさあ、嫌な物は嫌だと言っているじゃない」
店主「はあ?お前何時から仕事を選べる身分になったんだ?」
青年「…戦争勃発中ね。退散しましょ」
少女「え、で、でも」
男娼「冷静に考えてよ。そんなことしたら夜の仕事が回らないじゃない」
店主「だから、夜は入らなくて良いって言ってんだろうが。お前はお得意さんの相手を昼、それか夜やりゃいんだよ」
男娼「…っ」
店主「いいか、相手はでかい名家の令嬢だぞ?実入りはバツグンだ。夜働くより効率がいい」
店主「なによりお前をいたく気に入ってる。何が不満なんだよ?なあ」
少女「…」ジ
男娼「…僕、嫌だよ」
店主「お前最近調子に乗ってないか?嫌だ、じゃねえ。拒否権があんのか?お前に」
男娼「…」
店主「お前は売れっ子だから少しの我儘も許してやってたが…限界があるんだぞ」
男娼「…僕」
男娼「あの女は嫌だ。もう触りたくない」
店主「…お前」ガタ
青年「あ、やば」
少女「…!」
店主「最近仕事にも身が入ってないだろうが!甘ったれた物言いはいい加減よせ!」
男娼「…うるさい。他の男娼をあてがってよ。僕はもう、降り」
店主「男娼ぉっ!」ブン
少女「…っ!」ダッ
青年「あ、ちょ、ちょっとお!?」
少女「や、やめてくださいっ!」ガバッ
男娼「!…少女…。何、何時の間に」
店主「お、…いや少女ちゃん。これはその」
少女「暴力は、駄目です。…話し合いしてください。お願いします」
男娼「もう、邪魔しないでよね。今この悪徳経営者と話をつけようとしてたんだから」
店主「なっ」
男娼「ほら、どっか行った。また後で呼ぶから」
少女「…」
店主「…ははあ」
男娼「何さ」
店主「お前、この子か」
男娼「はあ?」
店主「ふざけるのも大概にしろ。お前、自分の立場を良く考えたのか」
男娼「…何、が」
店主「お前の職業は何だ」
少女「…店主さん」
男娼「男娼、だけど」
店主「何をして金を稼ぐ」
少女「店主さんっ」
男娼「女と寝る」
少女「…っ」
店主「そうだ。お前はこの楼で管理された男娼で、しかも売れっ子だ」
店主「そんなお前が人並みに…」
少女「…」
店主「分かるだろうが。お前のやってることは、自分の首を絞める行為だろ」
男娼「…言ってる意味がよくわかんない」
店主「ああ、そうか。じゃあはっきり言ってやろうか」
男娼「やめろ。…少女の前で言うな」
店主「仕事の障害になるものは、捨てろ」
少女「…!」
男娼「…っ、てめえっ…!」ガッ
少女「や、やめて!」
青年「こらこら!二人ともいい加減にして!」
店主「…っ。待てよ。落ち着けって」
男娼「…」ギリ
店主「俺が言ったのはあくまで障害を捨てろ、ってことだ。少女ちゃんなんて言ってない」
店主「…お前が仕事をまっとうすれば、障害なんてない。そうだろ?」
男娼「…」
少女「…男、娼」
男娼「…」
店主「違うか、男娼」
男娼「…ううん。違わないね」スッ
店主「…だろ」
少女「…」
男娼「はぁ…。悪かったよ。熱くなった」
男娼「仕事はするさ。…だから少女をとりあげないで」
店主「ああ」
男娼「…あの人からの呼び出しも全部通してくれていいから」
男娼「行くよ、少女」グイ
少女「あ、…ちょっと」
青年「…」
店主「…」
店主「はぁ…」
青年「…ったく、どいつもこいつも」
バタン
男娼「…」
少女「あ、あの」
男娼「ね、今日何やったの?ちゃんと遊んだ?」クル
少女「さっきの話」
男娼「君、ちゃんとお小遣いは有効活用できたの?」
少女「男娼さん…」
男娼「君の話が聞きたい。話してよ。ねえ」
少女「…私はあなたの話が聞きたいです」
男娼「…」
男娼「あんな揉め事よくあることだよ。何気にしてんの」
少女「でも、私」
男娼「…」
少女「あなたの、邪魔に」
男娼「違う」グイ
少女「わ、…」
男娼「違うから。それは、絶対」
男娼「…僕、頑張る。だから傍にいて。お願い、いてくれるだけでいいから…」
少女「…どうして、あなたは」
少女(…あんな)
少女(自分の仕事を聞かれたときも)
男娼「君といると楽しいしさあ」
少女(仕事を受け入れた時も)
男娼「第一、借金ある身のくせに。勝手に離れたら承知しないよ」
少女(…傷ついた顔、してたのに)
男娼「分かった?」
少女(それなのに、なんで)
少女(…一瞬で諦めたような顔に、なるの)
少女(どうして、自分のことは諦めるのに、私の事は…)
男娼「…少女?」
少女「…」
少女「私が」
男娼「ん?」
少女「あなたにできることって、…何ですか」キュ
男娼「…」
男娼「一緒にいてくれること」
少女「…」
少女(本当に、それだけなの)
少女(逃げ道)
少女(って、何だろう)
少女(私がこの人を置いて逃げたら)
少女(…彼はどうなってしまうだろう)
男娼「…」ゴロ
少女「…」
男娼「手、握ってよ」
少女「はい」
男娼「…夜に仕事がないって、いいな」
少女「…」
男娼「僕、…こうやってるほうが、ずっと呼吸が楽だ」
少女「そう、ですか」
男娼「…君」
男娼「僕のこと…」
少女「…」
男娼「ううん。…やっぱいい」ギュ
少女(逃げ道が必要なのは)
少女(…この人、なんじゃないだろうか)ギュ
……
…
少女「え、もうですか」
青年「そうよぉ。早朝に召抱えが迎えに来て、行っちゃったのよ」
少女「そう、なんですか」
青年「寂しいの?」
少女「いえ、…そういうわけでは」ポリ
見習い「男娼さん、最近忙しいようですね」
少女「…うん」
青年「あの固定客もなかなか大胆な手に出るようになったわねー」
青年「男娼を楼から呼び出すなんて、一体幾らかかるのかしら」
少女「…」
見習い「あの、少女さん?」
青年「…」
青年「見習い、さっさと接客の稽古するわよ」グイ
見習い「えー…」
少女「…」ペコ
青年「じゃあね少女。お昼になったらまた一緒にご飯食べましょ」
少女「はい」
少女「…むー」
少女(…暇だ)
少女「…」ポリ
少女(時間があると、色々考えちゃって嫌だな)
少女(…青年さんも稽古だし。薬売りのときは毎日忙しくって暇なんかなかったのにな)
少女「…」ブラブラ
ガシャン!
少女「!」ビク
「あああああーー!?」
少女(な、なんだこの音。厨房から?)
少女「…」タタタ
少年男娼「…うあ。やっちゃった…」
少女「…」
少年「…あ」
少女「ど、どうも」ペコ
少年「あぁー!薬売りの女の子だー!」
少女「!」ビクッ
少年「なんで君ずっとここにいるの!?もしかして売られちゃった!?」
少女「ち、違います。まあ色々あって…男娼さんの小間使いをしてます」
少年「お金で囲われたって本当なの?どうしてどうして?」
少女「…」
少年「あ」
少女「えーっと」
少年「ごめんねー!俺うるさかったよねー!聞かれたくないこともあるよね!」
少女(なんだ、この子…)
少年「それよか俺、仕事あるんだった!うだうだしてたら怒られちゃう!」
少女「…その割れた皿、どうしたんですか」
少年「ああ、落としちゃったんだよねー」
少女「あ、駄目。手で拾っちゃ駄目ですよ」タタ
少年「え!いいよ、俺がやるからさあ!」
少女「いえ、手伝いますよ(見てて危なっかしいし)」
少年「ありがとね!君、すっごく片付け上手なんだね」
少女(逆にどうやったら厨房がここまで汚くなるのかな)
少年「俺、少年!君は、少女だったよね?」
少女「はい。…あの、ここで何を?」
少年「ああ、俺飯炊きの仕事任せられてるんだー」
少女「…?あ、まさか朝ごはんもあなたが?」
少年「うん!俺お客もなかなかつかない下っ端だから、雑用任されてんの!」
少女(…大変だなあ)
少年「そろそろお昼を作らないといけないから、急いで準備してたんだー」ガシャガシャ
少女(お、おい…。雑だよ、器具をそんなに引っ掻き回して…)
少年「えーっと、ああー!」ガシャーン
少女「…」ウズウズ
少年「あっ、やべっ!」ビシャ
少女「…あのっ」
少女「いいですか、じゃが芋はちゃんと芽をとって、水にさらしてから使うんです」
少女「それに、この野菜の皮!厚く剥き過ぎです。勿体無いじゃないですか」
少年「う、うんうん」
少女「お肉は最後に切らないと駄目です!まな板をいちいち洗わないようにしなきゃ」
少年「へえ…」
少女「それから、お味噌汁はちゃんと出汁を入れなきゃ味しませんよ!ほら、その昆布とって!」
少年「う、うん」
少女「……」テキパキテキパキ
少年「すげー…」
少女「慣れっこなので」
少年「何かごめんねえー!全部ほとんど君にさせちゃった!」
少女「いいんです。口出しした以上はやり遂げたいので」
少年「でも俺、君の言ったことちゃんと覚えたよ!こうでしょ!」
ガシャーン
少年「ありゃ」
少女「…」
少年「あはは、君みたいに上手くできるには時間かかるみたい」ケラケラ
少女「…あの」
少年「んー?」
少女「私、暇なときは手伝いますよ」
少年「えっ…」
少女「本当、ここでやること何もないんです。だから、一緒に分担して料理しませんか?」
少年「いいのぉ!?でも、君、男娼さんの…」
少女「男娼さんに呼ばれたときは、無理ですけど。それ以外なら全然大丈夫なんで」
少女(それに、すっごくウズウズするし)
少年「いいのぉ!?本当に!?」ガシ
少女「う、うん」
少年「ありがとー!すっごくすっごく助かる!」ブンブン
少女「あ、あはは」
少年「俺嬉しいよ!こんな優しい人初めて見たー!」
少女(えええ…?)
青年「…うお、うまっ!?何これ!?」
少年「ずげーだろ!少女が手伝ってくれたんだぜ!」
青年「手伝ったってか、これほとんどあんた手出ししてないでしょ」
少年「どうしてバレたのー?」ケラケラ
少女「少年さんはまず、包丁の持ち方からはじめないとだめですね」
見習い「あはは、確かにそうかも」
少年「皆ちょっと、ひどくない?」
青年「ひどいのはてめーの料理の味だろが!ほとんどの男娼が、外に食べに行ってんのよ」
少年「ええ!昼に人が少ないと思ったら…」
少女「た、確かにあの味じゃ…」
少年「まあ、これからは少女先生が指導してくれるから大丈夫だよー!」
青年「ほんっと。これでご飯に異物が入ってないか確かめずに済むわ」
少年「先輩ー!あんまりだー!」
少女「…」クス
少女(なんか、楽しいなー)
少年「少女、本当ありがとねー!」ニコニコ
少女「…」
少女「…う、うん」カァ
=屋敷
男娼「…」
召使「…お嬢様がお出でになります」
男娼「ん」
カララ
男娼「…」ペコ
男娼「お嬢…。本日もお招きいただき光栄です」ニコ
令嬢「…ちょっと遅かったわね。待ったわよ」
男娼「申し訳ありません。でも僕、あなたに会いたい一心でできるだけ急いだんですよ」
令嬢「…」クス
令嬢「召使、もういいわ。下がりなさい」
召使「はい」
男娼「…」
令嬢「さ、今日は何処に行く?私、そろそろ新しい着物が欲しいの」
令嬢「男娼も似たような柄のものを買いましょうよ。…ね?」ギュ
男娼「…はい、お嬢」ニコ
令嬢「…似合ってるわよ、男娼。本当、お前は綺麗ね」
男娼「そうですか?お嬢には叶いませんよ」
令嬢「まあ。…ふふ、言うようになったわね」
令嬢「あ、そういえば前に私があげたキセル、使ってくれてる?」
男娼「…ええ、勿論」
令嬢「そう、嬉しいわ。他の女からもらった物で吸っちゃ、嫌よ」
男娼「はい。お嬢のものしか、使っていませんよ」
令嬢「うふふ。…男娼」ギュ
男娼「…」
令嬢「最近ね、お父様が意地悪を言うの。夜に色町に行くな、って」
令嬢「男娼に夜会えないのはたまらなく寂しいわ。…楼の外じゃ、愛し合うこともできないし」
男娼「僕も、寂しいです」
令嬢「…男娼が他の女と寝てる、って思うと。…私」
男娼「…お嬢。でも、それは」
令嬢「分かってるわよ。仕事だものね」
令嬢「でも、お前は私の呼び出しに応えてくれるし」
男娼「お嬢が大切ですから」
令嬢「…嬉しい」ギュ
令嬢「ね、男娼。こっちを向いて」
男娼「…はい」
令嬢「…ん」
男娼「…」
令嬢「お前の唇、好きよ」クス
令嬢「お前は?私の、好き?」
男娼「はい。たまらなく」
令嬢「うふふ。…男娼、好き」
男娼「僕もです、お嬢」
令嬢「…でも、最近嫌な噂を聞いたわ」
男娼「噂、ですか」
令嬢「そう。お前がどこぞの娘を楼に囲ってる、って」
男娼「…」
令嬢「本当なの?」
男娼「事実です」
令嬢「…!どうしてっ」ギュ
男娼「落ち着いてください。別に深い意味はないですよ、小間使いとして雇ってるんです」
令嬢「じゃあ何で女である必要があるのかしら?」
男娼「逆に男である必要もないでしょう」
令嬢「…どういうこと」
男娼「だって、ただの雑用係ですから。男でも女でもどうでもいいです」
令嬢「まあ。冷たいのね」
男娼「…彼女、安かったですし」
令嬢「まあ」クスクス
令嬢「そうだったの。疑ってごめんなさいね。私、てっきりあなたが浮気したのかって」
男娼「そんなこと、絶対にないですよ」
令嬢「そうよね。私の事、一番に好きでいてくれるものね」
男娼「ええ」
令嬢「…男娼。早く一緒になりたいわ。あなたを不名誉な仕事から解放してあげたい」
男娼「…」
令嬢「でも、身請けも色々と面倒なのね」
令嬢「お父様もいまいち反応がよくないし…。値段交渉も行き詰ってるの」
男娼「お嬢、無理はなさらず」
令嬢「無理?そんなの、ないわよ!だってあなたを助けてあげられるんだもの」
男娼「…助ける、ですか」
令嬢「ええ!身請けができたら、すぐにだってあなたと結婚して、家を継がせてあげるわ」
男娼「…」
令嬢「待ち遠しいだろうけど、辛抱してね。愛してるわ、男娼」チュ
男娼「…ええ。僕も」
男娼「愛して、います」
召使「さようなら…。お気をつけて」ペコ
男娼「…んー」
男娼「…はぁ…」ボリボリ
男娼「あ、ごめん待って」
召使「はあ」
男娼「桶に水汲んで持ってきてくれない?あと、手ぬぐいも」
召使「はい」
男娼「…」ボリボリ
男娼(…少女、なにしてるかな)
召使「お待たせしました。どうぞ」
男娼「ありがと」チャプ
男娼「…」ゴシ
男娼「……」
ゴシゴシ
召使「…」ジ
召使「男娼様」
男娼「なに?」ゴシゴシ
召使「どうしてお嬢様に会った後、そうやって体を洗うのですか」
男娼「…」
男娼「いえない。君、告げ口するだろ」ニヤ
召使「…」
男娼「よし、と」フキ
男娼「じゃ、また。ばいばい」
少女「ふんふーん…」
店主「悪いねぇ、店先の掃除なんか、他の奴にやらせるのに」
少女「いえ。皆さんそろそろお仕事の準備しはじめますし」
カラ
男娼「…あれ」
少女「あっ」
男娼「何、お出迎えー?」
少女「…そんなとこです。お帰りなさい、男娼さ」
男娼「…」グイ
少女「ん」
店主「わお」
男娼「ただいまぁ、少女ー…」ギュウ
少女「ち、ちょっと。ここ外ですよ」
男娼「会いたかった。すっごく、会いたかった」
少女「う…」
男娼「君、案外寂しかったろ?」
少女「ま、まあ。手持ち無沙汰ではありました」
男娼「素直じゃないの」
店主「…店先でいちゃいちゃしないでくれる?」
男娼「はいはい」
少女「今日、夜はお休みなんですか」
男娼「うん。昼拷問を受けたから」
少女「ご、拷問?!」
男娼「そうそう」
少女「だ、大丈夫なんですか!痛いところとか、ある…」
男娼「君…あはは。例えだよ、馬鹿だなあ」
少女「…」
男娼「夜は暇だから、何かして遊ぼう。君、札もってたろ?僕強いんだよ」
少女「やりましょう」コク
少年「少女おーー!」ドン
少女「うお!?」
少年「ねえねえ助けて!お魚焦がしちゃったんだけど!」
少女「何で!?行ったとおりにやれば簡単でしょ?」
少年「わかんないよおー!助けてー!」
男娼「…」
少年「あ、男娼さんだ。おかえりなさいっ」
男娼「ちょっと、彼女を放して」グイ
少年「ああ、ごめんなさいー」パッ
少年「早く来て、消し炭になっちゃう!」
少女「信じられない…。すみません、ちょっと行ってきても」
男娼「だめ」
少年「ええ?!」
男娼「早くおいで、少女」グイ
少女「ちょ、」
バタン
少女「…」
男娼「…」
少女「お、怒ってますか」
男娼「何に対して?」
少女「ごめんなさい、勝手に…。あまりに暇だったんで、厨房のお手伝いを」
男娼「ふうん」ギシ
少女「…」
男娼「…いいんじゃない、別に」フイ
男娼「君が僕の不在のときには、何しても良いって言ってるし」
少女(…急に機嫌悪くなってるし)
男娼「なにやってんの、座りなよ」
少女「は、はい」
男娼「…」
少女(帰ってきたときから、なんとなく嫌な雰囲気だったもんな)
少女(何か、あったのかな)
男娼「…何、見てるの」
少女「…」
少女「札遊び、しましょう」ニコ
男娼「…」
少女「男娼さん何が出来ます?私も結構札には自身あるんですよ」
男娼「そう、だね」
少女「遊びましょう!ねっ」
男娼「…」クス
男娼「…君にはかなわないな」
少女「何か、言いましたか?」
男娼「ううん。早く札切って!僕君なんかに負けないから」
少女「望むところです」
少女「店、開いたみたいですね」
男娼「そうみたい。他が働いてるのにのんびりできるって、いい気分だね」
少女「な、なんですかそれ…」
男娼「…はい、あがり」
少女「えっ!?」
男娼「大したことないね、君。これで二勝だ」
少女「そ、そんなはずは…」
男娼「…」ニヤニヤ
少女「こ、今度は別の勝負しましょう!ねっ」
男娼「はいはい」
ガタ
少女「…」ピク
男娼「隣の部屋に客、入ったみたいだね」
少女「えーと、札、切りますね」パラ
男娼「ん」
少女「…」
男娼「はい、あがり」
少女「ううぅう…」
男娼「君、顔に出やすいんだよねー。どこにどの札があるかすぐ分かっちゃう」
少女「…そうですか」
男娼「ちょっと休憩していい」
少女「私も、ちょっと疲れたなって思ってました」
男娼「…そう」
少女「ふう…」ノビ
男娼「…少女」
少女「はい」
男娼「膝の上、来て」
少女「え」
男娼「早く」ポンポン
少女「…」
男娼「はーやーく」
少女「…重いですよ」
男娼「全然平気だから。座って」
少女「…」ギシ
男娼「うわ、本当だ」
少女「降りますっ」
男娼「冗談だってば!寧ろ君、もう少し太ったほうがいいよ。肉感がもう少し欲しい」
少女「…うー」
男娼「恥ずかしい?」
少女「か、なり」
男娼「本当、君何もやったことないんだね」
少女「そりゃ…そうですよ。けど、負い目だと思ったことないです」
男娼「ふうん?その歳だったら皆興味あるんじゃない?」
少女「私は、私ですし。気にしません」
男娼「…」
ギュ
少女「う、わ」
男娼「…君のそういうところ、好きだな」
少女「…どうも」
男娼「僕もそういう風になれたら、いいのに」
少女「なれば、いいと思いますよ」
男娼「…くす。なれるわけないさ。僕は、ずっとこのままだ」
少女「そんなことないですよ」
男娼「…」ギュ
少女「…」
男娼「少女って、良い匂いだ」
少女「そ、そうですか」
男娼「僕、女の人の匂いって苦手だった」
少女「…」
男娼「女って…白粉と、香水と、汗の匂い。どんなに隠してもさ、するんだよ。いやらしい匂いが」
男娼「僕の関わってきた女って、全員そうだった。…君以外」
少女「そ、うですか」
男娼「僕、君のこと好き」
少女「…知ってます」
男娼「おや。珍しく強気なんだね」
少女「なんかもう、なれてきました」
男娼「…君がさ」スル
少女「…」ビク
男娼「初めて僕に薬売ってくれたときのこと、覚えてる?」
少女「…えっと」
男娼「君、真面目な態度だったけど、微かにだるそうでさ」
男娼「僕、最初は色気のない女だなあ、って思ったよ。仕事ばっかで擦れた女だって」
少女「それ、間違ってないですよ」
男娼「そだね。…でもさ、僕に薬を手渡す時」
男娼「一瞬…君、僕の手を見てね」スル
少女「…」
男娼「きっとこう思ったと思うんだ。…汚い手だ、って」
少女「そん、な」
男娼「図星でしょう」
少女「…」
男娼「でも、君はお釣りをしっかり手を握って渡してくれた。それで、目を見てこう言ってくれた」
男娼「お大事に、って」
少女「…」
男娼「その時さ、なんとなく、だけど。…僕のこと、ごたごたした感情抜きに」
男娼「純粋に…可哀相な人だ、って思ってくれたんだって…感じた」
少女「…思いました。あなたが、なんとなく可哀相だった」
少女「でもそう思うのって、あなたにとって侮辱でしかないんじゃないですか?」
男娼「侮辱?…ふふ」
男娼「僕は確かに、可哀相だって言われるの嫌いだよ」
少女「ほら、やっぱり」
男娼「でも君の思った可哀相、は何か違うんだよね」
男娼「目で…分かった。哀れみでも、何でもないんだ。僕をただ単に、不憫に思ってくれてる気がした」
少女「…」
男娼「あと頼んでない腰の痛み止めもこっそり付けてくれたよねえ」
少女「え、バレてたんですか」
男娼「君馬鹿だよねー。自分の生活が苦しいくせに、あんなことするんだもん」
少女「…」
男娼「そんなまっすぐな感情を向けられたこと、なかったんだ」
少女「そうですか」
男娼「だから、君は…」
少女「…」
男娼「…」ナデ
少女「綺麗ですね」
男娼「ん?」
少女「手。…今は、綺麗に見えますよ」
男娼「…」
少女「一生懸命働く手だと思います。あなたに汚い所なんて、一つもないです」
男娼「…嬉しいな」
少女「事実を述べたまでです」
男娼「あはは…。可愛くないなあ、君」ギュ
少女(…少しずつだけど)
少女(この人が、近くなってきた気がする)
男娼「…よし」
少女(距離をとる必要も、もう感じない)
男娼「寝るか」ボフン
少女「は」
男娼「おやすみ少女。売れっ子と添い寝できるなんて、君幸運だね」
少女「ちょ、ちょっと。それはマズイ…」
男娼「何もマズくないよ。僕はね」
男娼「君は何か…、他意があるの?寝るだけなのに」
少女「あるわけないですよね」
男娼「んじゃ、寝よう。おやすみー」
少女「もう…」
少女(寝苦しいんだけど)
男娼「…すぅ」
少女(寝付くの早)
少女「…」ナデ
少女(ああ)
少女(この感じ、そうだ。…この人、弟に似てるんだ。…脆いんだ)
少女「…」ナデ
男娼「ん…」
少女(子どももたいな寝顔)
男娼「…」
少女(…この人って)
少女(前に、なにがあったのかな)
男娼「…」
少女(それを知って、どうにかなるものでもないけど)
少女(段々、知りたいと思い始める私がいる)
男娼「ん。…すぅ」
少女「…」クス
少女「おやすみ、男娼」
……
…
店主「男娼、ちょっと来い」
男娼「やだ」
店主「やだ、じゃねーんだよ!話がある」
男娼「もう君、見て分からないの!?今大事な所なんだよっ」
少女「店主さん、どうぞ連れて行ってください」
男娼「負けそうだからってそういう言い方はよくないなあ」
少女「関係ないですよ。行ってください」
男娼「…札に細工しないでよね!このままだったら後二手で勝てるんだから」
少女「はいはい」
店主「…仲がいいこったな」
男娼「んで、何」
店主「仕事だ。予約が入った」
男娼「そりゃまた、珍しい。高いのに」
店主「ってことでもう早めに準備しておけ。遊びは終了」
男娼「えぇーー」
男娼「予約とか聞いてないよぉー。誰だよぉ」
少女「…」
店主「令嬢さんだ。早くしろ」
少女「…」ピク
男娼「…げ。あのお花畑娘か」
店主「いいか、夕方から朝までの予約だ!失礼のないよう接客しろよ」
男娼「…」チラ
少女「!」バッ
少女(平常心。…平常心)
男娼「はぁ」
男娼「分かったよ…。少女、札はもういい。片付けて」
少女「…」キュ
男娼「少女?」
少女「あっ、は、はいっ」
男娼「…どうかしたの」
少女「いえ、別に。なんでも」
少女「令嬢、って」トン
少年「うんー?」
少女「どんな人、なの」
少年「ははあ、男娼にぞっこんなお嬢様か」
少女「…そうなんだー」
少年「なあに、気になるのぉ?」ニヤニヤ
少女「…青年さん見たいな顔しないでよ。答えてくれないんなら、もういい」ジュッ
少年「ああ、言う!言うからこっちに背向けないでよ!」
少年「令嬢さんは、そりゃもう美人でお金持ちでー。男娼の憧れっていうか、是非抱えたいお客さんだよ!」
少女「ふうん」
少年「前は毎日のように男娼を買いにきてたけど、最近はぱったりだったんだよねー」
少年「何かあったのかなあ。…あ、まさか身請けの話がまとまったとか?」
少女「えっ」グシャ
少年「…少女!卵がー!」
少女「あ、ご、ごめん」
少女(…身請け、される?)
青年「うわ、っと!」ドン
少女「ひゃ、ごめんなさい!」
青年「あら少女…って、ついに掃除まで始めたのね。本当に小間使いみたい」
少女「ひ、暇ですし。何もしないとうずうずしちゃうんです」
青年「ふうん…」
少女「青年さん、準備しなくていいんですか?もう開きますよ」
青年「ああ、私今日は休みなのー」
少女「そうなんですか」
青年「うん。ひさびさに布団広く使えるわー。いい気分」
少女「…」
少女(……布団。二人で使う。…)
青年「どうかした?」
少女「!」
少女「何もっ。なんっにもありません!」
青年「そお?…ならいいけど」
少女「…」ソワソワ
ガチャ
少女「!」
男娼「うわっ、何君っ。びっくりしたっ」
少女「あ、う。その、掃除を」
男娼「もういいよ。十分綺麗だし、もう店が開くからお休みよ」
少女「…」
少女(…仕事する前の男娼さん、初めて見た、かも)
少女(こんな…綺麗、なんだ)
男娼「何?見とれてるの?」
少女「は、はあ?!」
男娼「…そんなに否定しなくてもいいじゃん」
少女「す、すみません。恰好いいです、よ。…お仕事頑張ってください」
男娼「…」
少女「で、では」クル
男娼「…」ニヤ
男娼「少女」グイ
少女「ひゃ…」
男娼「何でそんなにおどおどしてるの?らしくないね」
少女「あ、あの。廊下です、廊下ですよここ」
男娼「何がいけないの?君と手繋いでるだけなのに」
少女「近い、です。あの。もう行かなきゃ」
男娼「…」
少女「…あ、の…」
男娼「少女、僕」ギュウ
少女「…っ」
「少女ー!札もってきてー!遊びましょうよー」
少女「あ、行かなきゃ。…青年さんが」ドン
男娼「えー」
少女「が、頑張ってください」ペコ
男娼「…頑張って欲しいの?」
少女「…」
少女「も、勿論です」
男娼「…そう」
少年「…」
青年「…」
少女「…」
青年「あの、あんたの番だけど」
少女「っ!?」
青年「何ぼーっとしてんのよ…。目が完全におかしいわよ」
少年「おかしいよねー。さっきからチラチラ扉の方見てるし」
少女「ご、ごめんなさい。私の番ですね」バララ
青年「札…落としてるわよ」
少女「ああ…」
少年「ええ、本当にどうしちゃったの少女ー?変なのー」
少女「何でもない、です。ちょっと眠いのかな、あはは」
青年「…」
青年「気になるわよねぇ…」
少年「ねぇ…」
少女「だっから、何がっ!」バン
少女「何なんですか皆してっ」
少年「まあまあ落ち着いて」
青年「悪かったわよ。…あら」
少年「下が騒がしいねー。お客入ったかな」
少女「…」
青年「…少女」
少女「…喉、渇きませんか?私何か持ってきますよ」
青年「オススメしないわよ」
少女「え…」
青年「見てどうなるの?あなたはどうしたいの?」
少女「……」
少年「俺、ウーロン茶がいいー」
青年「黙ってろ殺すわよ」ギッ
少年「え、どうしてぇ…」
少女「…」ギュ
青年「まぁ、強く止めはしないけど」パラ
少年「ウーロン…」
青年「おい、餓鬼」
少年「ひぇ」
少女「…単純に、好奇心ですよ」
青年「あら、そう」
少女「…はい」
青年「じゃあ私、お酒飲みたいわ。何でも良いから持ってきて」
少女「はい」キィ
バタン
青年「…青いわねー」
少年「え、なに?なになにー?そういうことー?」
青年「…あんた、そんなんだから全然客つかないのよ」コツン
少年「ええぇー」
少女「…」トントン
「お客様をお通ししろー!」
少女(…女の人、いっぱいだ)
少女「…」
少女(何、探してるんだろう)
少女(馬鹿らしい)
少女(えっと、お酒と。…緑茶だったっけ?)カチャ
少女(早く、もって行こう…。店先を避けて、階段に…)クル
「男娼っ…」
少女「…」ピタ
「いらっしゃいませ、お嬢」
少女「…」カチャ
少女(何で)
令嬢「会いたかった…!」
男娼「僕もです、あなたをずっと待っていました」
少女(…)
ガシャン
青年「…と。危ない、落とすとこだったじゃない」ヒョイ
少女「…あ」
青年「ほら、何ぼうっとしてるのよ。行きましょう」グイ
少女「…」
令嬢「早く行きましょう。あのね、話したいことがあるのよ」
男娼「ええ」
少女「…」
少女「だん、」
青年「…っ」バッ
少女「ん、ぐ。…っ」
青年「声をかけてどうするのよ。これが、彼なの。…彼の仕事なのよ」
少女「は、…っ」ギュ
青年「…しょうがない子ね」
少女(彼の、仕事)
少女(あの笑顔も、絡めた腕も、言うことも)
少女(あれが、仕事)
青年「少女」
少女「…馬鹿ですね、私。…行きましょう」
少年「あ、お帰りー!ねえねえ、次はさあ、盤の遊びしない?俺飽きちゃったー」
青年「あんたねぇー…」
少女「…はい」
少年「ウーロン茶じゃない…」
少女「…」
少年「少女ぉ、どうしたの?どうして泣きそうなの?」
青年「阿呆」パシン
少年「いだっ、何だよー!」
青年「少女、私達部屋に戻るわね。さようなら」
少女「…」コク
少年「えぇー!ちょっと、オカマさんどうしてー!」
青年「ぶち転がすぞてめぇ!いいから来い!」
バタン
少女「…」ボフ
少女(なーに、がしたいんだろ。…私)
少女「はぁ…あ」
男娼「…は?」
令嬢「だから、身請けよ」
男娼「…あなたが?」
令嬢「そう!お父様を一生懸命説得したのよ。待たせてごめんなさい」
男娼「…」
令嬢「男娼…?」
男娼「…そんな。…僕には、勿体無い、ことです」
令嬢「何を言ってるの。私達、想い合ってるじゃない」
令嬢「決めたの。あなたの面倒は私が一生見るわ。勿体無い事なんかないわ」
男娼「……」
令嬢「もう日取りも決まってるの!店主さんに話を通しておいたから」
男娼「そ、う」
令嬢「あとは待つだけなのよ。良かったわね」
男娼「…」
令嬢「ね、男娼。…嬉しいわよね?」
男娼「は…」
令嬢「男娼…」
男娼「…っ」
グイ
令嬢「…きゃっ!」
男娼「はぁ、はぁっ…!」
男娼「…僕、は」
令嬢「男娼…?なぁに、もうなの?」クス
ここが今日からお前の家だ
男娼「…僕」
食うためには働かなきゃなんねーんだ、分かるよなぁ?
男娼「…」
お前なんか…いなければ
令嬢「あっ、男娼っ…やっ…」
お前なんか
男娼「はぁ、はあっ…!」
モノのくせに
男娼「あ、…ああああっ…!」
コンコン
少女「…」
少女「…誰」ムク
「少女…?」
少女「は、はい」
青年「あ、寝てたの。起こしてごめんなさい」
少女「いえ。…寝てたっていうか、横になってただけなんで」
青年「…あの、入ってもいいかしら?」
少女「どうぞ」
青年「電気、つけるわね」パチ
少女「…」
青年「あんた、夜ご飯は食べたの?」
少女「いえ。…いりません」
青年「そう」
少女「…」
青年「座っても良いかしら?」
少女「どうぞ」
青年「よい、しょ」
青年「…ちょっと、話がしたくて」
少女「…」
少女「話、ですか」
青年「そう。…あなたのこと、心配で」
少女「…何言ってるんですか。私は、なにも」
青年「私にはそうは思えないわ。あなたがどんな感情を持ってるか、手に取るように分かるもの。…言わないけど」
少女「…」
青年「お節介なら、追い払ってくれてもかまわないわ」
少女「…いて。ここにいて」
青年「ええ。いいわよ」
少女「…」
少女「男娼のこと…教えてください」
青年「知って、どうするのかしら」
少女「わかんないです」
青年「…」
少女「けど、彼は。…私、彼の事知りたいです。それだけなんです」
青年「あんたが失望するような内容かもしれないのよ?」
少女「失望、もなにも」
少女「私は、最初から彼に期待なんかしてないです…」
青年「…知りたいの?」
少女「はい」
青年「…じゃあ、私の知ってる範囲で話すわ」
青年「…私がこの楼に入ったの、16歳くらいの頃なんだけどさ」
少女「はい」
青年「同じ頃くらいに、彼も入ってきたわ。歳は…12くらいだったかしらね」
少女「…」
青年「あいつさあ、他の芋臭い新人よりもずば抜けて可愛かったのよねえ」
青年「けど、やっぱ…最初からどこか顔つきに冷たいものがあったわ」
少女「そう…」
青年「私は自分の意思でこの商売を選んだんだけど、彼は確実に何か負ってる、って思ったわ」
青年「…なつかしいな」
青年「これでも仲、結構良かったのよ」
少女「えっ…そうなんですか。話してるところ、見たことない」
青年「私に限ったことじゃないわよお。あいつ、誰とも話さないわ」
少女「へえ…」
青年「ま、時間はあるし、ゆっくり話すわ。…いい?」
少女「はい。お願いします」
青年「…彼は…」
……
…
…6年前
青年「…よろしくお願いします」ペコ
先輩男娼「おう、じゃあ今日は着付けの訓練なー」
青年「はいっ」
青年(…うーん、前の仕事が合わなくてやめて)
青年(一晩でがっぽり稼げる遊郭を選んだけど…)
青年(案外簡単じゃん。俺に合ってるかも)
ガラ
店主「おい、帰ったぞー」
青年「あ、お帰りなさいー」
店主「おお青年、早速稽古受けてんのか。熱心なこった」
青年「…あれ」
店主「ん。ああこれか」
男娼「…」
青年「だれそれ」
店主「新しい人材だよ。引っこ抜いてきた」
青年「え、結構小さいのな…。よお」
男娼「…」ジ
青年(…汚れてるけど、綺麗な顔してんな。こりゃ、才能ありそうだ)
店主「おまえ入って三週間のくせに先輩風吹かすなよ」ペシ
青年「あだぁ。いいじゃん、別に」
青年「なああんた、名前は?」
男娼「…」
男娼「僕。…男娼」
青年「そっか。俺は青年!お前と一緒で、新参だ。よろしくなー」パッ
男娼「…」
男娼「うん」キュ
店主「青年、そいつ洗ってきてくれないか?あと新しい服もやってくれ」
青年「わかったー」
男娼「…」
青年「ここが一応公衆の風呂だ。けど、売れっ子になると部屋貰えるんだ」
青年「部屋にはお風呂とかベッドとか色々ついてんだぜー」
男娼「…青年は、部屋あるの?」
青年「ないよ!俺三週間前に入ったばっかなんだ。ほら、脱いで」
男娼「…」バッ
青年「お、何」
男娼「自分でできるよ」ヌギ
青年「あ、そう」
青年「…ん」
男娼「…」
青年「お前、その肩の傷どうしたんだ?割と新しいけど」
男娼「転んだ」
青年「ふうん…。あ、お湯だすぞー」キュ
青年「…ほら、店主がこれ着ろだって」
男娼「ありがと、青年」
青年「おー。…ところでお前、どっから来たの?」
男娼「…西のほう」
青年「も、もうちょい具体的にいえよな…。まあいいけど」
男娼「…」フキフキ
青年「何でここに入ったんだ?あ、言いたくなかったらいいけどよ」
男娼「んー」
男娼「ここ、安全だから」
青年「…は?」
男娼「青年は?」
青年「(…安全、って。変な奴)俺は、稼ぎたいから自分から志願したんだよ」
男娼「そうなんだ」
青年「…」
青年(…なんか、こいつ。目が、変だな。綺麗なのに、…なんか)
男娼「ね、僕これからどうしたらいい?」
青年「あ、おお。とりあえず店主に聞いてみるか」
青年「…なあ、店主」
店主「んだよ」
青年「あいつさぁ、何か変じゃない?」
店主「あいつってー?」
青年「男娼。…目が据わってるんだけど」
店主「ああ、あいつは…。まあ、慣れるさ。気にすんな」
青年「ふうん」
店主「ま、ここの者の過去なんて詮索するだけ無駄だし、やめとけ」
青年「んー…」
店主「ただ、あいつは良い男娼になるだろうな。稼ぎ頭に」
青年「えっ、まじで」
店主「お前も客取られるような情けないことはすんなよなー」
青年「う、んー…。そだな」
店主「まずはお前は所作の稽古だな。最近は上品な男娼がウケるし」
青年「はいはいはいはい」
青年「…男娼と私が打ち解けるのに、それほど時間はかからなかったわ」
青年「同期だし、歳もまあ、同じ十代だったし」
少女「…」
青年「本当、今とは比べ物にならないくらい、可愛げあったのよ」
少女「想像できないですね」
青年「そうね…。けど、才能はもとからあったわ」
青年「稽古なんかすぐ終わっちゃうくらい。私も追いつくのに必死だった」
少女「…二人は、そのころは」
青年「見習いね、いわば。座敷にあがるのって、大体一年修行をつんだ17,8の子だもん」
少女「へえ」
青年「…うん。それなのに、あいつはやっぱり異常だったわ」
少女「異常?」
青年「ええ」
……
…
…5年前
青年「…え、マジで?」
男娼「うん、…どうしよう」
青年「お前ちょっ、こっち来いっ」グイ
男娼「んー…」
青年「どうしよう、ってあんた。…それ見せて」
男娼「はい」
青年(…間違いない。これ)
男娼「これ、女の人からの…恋文、だよねえ?」
青年(…こいつっ…)
男娼「どうしてかな…」
青年(いつか、こんなことが起こるかもしれないって思ってた…!)
青年(こいつかなり器量がいいし、女客にも人気だったし…!)
男娼「どうしよう、僕」
青年「…この手紙の差出人、これってよ」
男娼「うん。…先輩の固定客だよね」
青年「ああ…」
青年(…まずいことになったな)
青年「お前も知っての通り、まだ楼に上がってない見習いが女と交わることは許されない」
青年「…俺らが一番稼げるのが、初日。上がりたてなんだから」
男娼「うん」
青年「ってことで、これは忘れろ。面倒なことになる」
男娼「え、どうしてさ」
青年「はあ?聞いてたのかよお前っ。これは…」
男娼「でもこの人、僕のこと好きだって」
青年「…」
男娼「僕、そんなこと言われたの初めてで…なんだか嬉しい」ニコ
青年「お前なぁ…」
先輩「おーいお前ら、そろそろ稽古すっぞー」
青年「!」ビクゥ
男娼「あ、先輩」
青年「けけ稽古!今行きます行きます!」ガバッ
男娼「む、ぐ」
青年「いいかお前っ。これ絶対言うな!俺以外に!」
男娼「どうしてー?」
青年「どうしてもクソもない!分かったな!」
男娼「…青年がそう言うなら、いいけど」
青年(…あいつ大丈夫なのか…?)
青年(約束はしたし、言わないとは思うけど…)
青年(ああくそ、文も取り上げりゃ良かった!見つかったらこじれるぞ…)
男娼「ね、青年」
青年「ああ?」
男娼「僕、明日少し外出するね」
青年「なんでだよ」
男娼「あの女の人に会いに行くんだ」
青年「お前、アホか?」
男娼「…」キョトン
青年「その足りない頭でよっく考えろよ、会ってどうすんだ?」
男娼「でも、会いたいって」
青年「ー…っ」ガリガリ
青年「てめーはぁ!処女みてえなこと言ってんじゃねえ!その女、ろくでもねえぞ」
男娼「どうしてそんなこと言うのさ」ム
青年「だってよお、固定の男娼がいるのにその弟子に手を出す浮気女だぞ!?」
青年「しかも楼に上がる前のお前に…」
男娼「…」
青年「分かってんのか?ああ?」
男娼「確かめてみたいんだ」
青年「はあ?」
男娼「僕でも、誰かに愛されることができるのか」
青年「…どういうことだよ」
男娼「僕、愛されてみたい」
青年「何、言って…」
青年(お前…お前は、男娼なんだぞ…?)
男娼「…駄目なのかな」
青年(こんな職業の男が、心から愛されるときなんか)
男娼「僕、この女の人信じたいんだ」
青年「…」
…その目が、あんまりにも純粋で
青年「…男娼」
男娼「お願い、青年。協力して」
私は…
青年「…分かった。でも、一度きりだ」
間違ってしまった
青年「じゃ、行ってきまーす」
男娼「きまーす」
先輩「おう、頼んでた化粧品もよろしくなー」
青年「ほーい」
男娼「…」
青年「上手くいったな。買出しを口実に出れるなんて」
男娼「やったね。やっぱ青年はすごいや」
青年「へへ。…しかしお前よ、ちゃんと昼過ぎには帰ってくるんだぞ?」
男娼「うん。分かってるよ」
青年「待ち合わせ場所はあの橋だからな。一緒に帰らないと怪しまれるから」
男娼「うん。ありがとう、青年」
青年「おう、しっかりやれ」
男娼「ばいばい」タッ
青年「…」
青年「頑張れよ…」
青年「…」
青年(お、っそいんだよあのガキャ…)イライラ
「…青年っ」
青年「ん。男娼っ」
男娼「はぁ、はぁ。ごめん、ちょっと遅れちゃった」
青年「馬鹿、しくじったかと思ったじゃんかよ。…で、どうだった」
男娼「優しい女の人だったよ。すっごく」ニコニコ
青年「ふうん…」ポリ
男娼「言われたとおり、お話だけした。一緒に散歩して、お菓子食べた」
青年「おう健全健全」
男娼「あの人も、僕と会ったことは誰にも言わないって」
青年「そうか」
男娼「じゃ、戻ろう?」
青年「ああ」
男娼「あー…楽しかったぁー」ノビ
青年(…あいつがあんなに笑ってるの、初めて見たな)
…それからというもの
男娼「ふんふーん」
青年「…」
男娼は今まで以上に稽古に身を入れ
青年「…」
今まで以上に美しくなっていった
青年(…あの女客のせい、だろうか)
青年(恋をすると女は綺麗になるっていうが。…あいつもそうか)
男娼「ねえ、青年」
青年「おう」
男娼「青年はそろそろ店に上がってもいい頃だよね」
青年「ああ。早いもんだな」
男娼「僕、…上がりたくないなあ」
青年「は?何で」
男娼「ん。…内緒」
青年「変な奴…」
あの女だ。…頭の中では分かっていた
私は、知っていた。
男娼「…」
ギィ
青年「…」
あいつが夜な夜な抜け出しているのも
男娼「…青年?」
青年「…ぐが…んー…」
男娼「…」ホッ
青年「…」
…誰と会って
男娼「よい、しょ」ボフ
…何をしているのかも
青年「…」
それがどれだけ、大変なことかも
青年「俺は、やっぱ引退するまでは情婦なんて取らないな」
男娼「えー。どうして」
青年「だってそうじゃないかよ。本当に好きな女なんか、できっこないさ」
青年「できたとしても、傷ついて終わるだけさ」
男娼「…僕は、そう思わないよ」
止めなかったのは
青年「…」
男娼「愛される、って素敵なことだと思う」
あいつの目の輝きが、眩しすぎて
男娼「違う?」
満たされているあいつが、眩しすぎて
青年「…」
だから
青年「…あー」
あの綺麗で濁った目をしていた友人に
青年「お前の、言うとおりだな」
男娼「本当?君が賛同してくれるなんて、珍しいなあ」ケラケラ
…心の底から、幸せになってほしいと思ったから
それは、突然だった。
「…っ、おい、誰か来てくれ!!」
青年「…!?」
店主「二階だ!どうかしたか!?」
「早く!男娼が、男娼が死んじまう…!」
青年「男娼、っ…!?」ダッ
青年「どうし…」
先輩「…ふーっ、…ふーっ…」
青年「…あ」
男娼「…」
先輩「てめぇ、ふざっけんなよ…」グイ
男娼「…」
先輩「人の女にっ…汚い手ぇ出してるんじゃねえよ!!」
青年「やめっ…」
バキッ
青年「…!!」
男娼「…」
青年「先輩!やめてください!男娼、血がっ」バッ
先輩「うるせぇ!!」ドガッ
青年「がっ…、…」
男娼「…はぁ、はぁ…」
先輩「あいつは…俺の身請け話まで持ち込んでくれたってのに…」
先輩「お前だ!お前がたぶらかしたんだ!男娼ぉおおおっ!!」
バキッ ドガッ
青年「…やめ、ろ…」
男娼「…ぐっ、…」
店主「おめえら!何やってんだ!!」
青年「て、店主!男娼がっ…!」
店主「…!」
先輩「殺すっ…殺してやるっ…」
店主「やめろ!馬鹿かお前ぇえええっ!!!」
青年「…」
修羅場だった
男娼「…」
男娼は何も言わず、自分より一回りも二回りも大きい男に殴られていた
男娼「…ごほっ…」
その目は、笑ってるように見えた
青年「…ってえ…」
男娼「ごめん、青年。君まで殴られちゃった」
青年「うっせーな、別にあんなの平気だよ」
男娼「…」
青年「…あの女と、会ってたんだな」
男娼「うん」
青年「何やってんだ、お前は…馬鹿かよ」
男娼「でも青年、知っていたよね」
青年「…」
男娼「知ってて黙ってくれてたもんね。ありがとう」
青年「ありがとう、じゃねーよ。…お陰でお前はボコボコだし、罰受けてるじゃねーか、実際」
男娼「酷いよねえ。柱にくくりつけるなんて」
青年「ほんっと、馬鹿…」
男娼「けど僕、何だかすっとしちゃった」
青年「はあ?」
男娼「だってあの人と先輩、離せたんだもの」
青年「…お前」
男娼「先輩、追い出されて別の楼に流されたんだよね?」
青年「あ、ああ。警察に突き出されないほうが不思議なやりかただったがな」
男娼「…じゃあ、もうあの人とは会わないもの」
青年「お前なぁ…」
青年(…女と密通してたのに追い出されなくて済んだし)
青年(やっぱこいつ、店主の気に入りなんだな…。けど、これは)
男娼「う、痛」ギシ
青年「もう懲りたろ。だから迂闊に男娼が女に手をだすとこうなんだよ」
男娼「懲りる?あはは」
男娼「僕、懲りちゃいないさ。だって何も悲しくないんだもの」
青年「…は?」
男娼「僕、あの人が愛してくれるんならそれでいい。僕のものでいてくれるなら、それでいい」
青年「…」
青年「…もう、やめておけよ」
男娼「どうして?」
青年「ろくなことが…ねーからだ」
男娼「だから、こんなのどうでもいいんだよ。悲しくも辛くもない」
男娼「…これからだってそうだよ。僕は」
青年「…」
青年(何で、そこまで)
男娼「明日はあの人が来る日でしょう。そしたら僕、自分で先輩がいなくなったこと教えるんだ」
青年「…そうか」
男娼「先輩が殴ったのが体でよかった。痣できた顔で会いたくないもの」
青年「…ああ」
男娼「青年、そろそろ部屋にお戻りよ。誰かに見られたら君も怒られちゃう」
青年「ん…。じゃあ、な」
男娼「うん。おやすみ」
青年「…」
店主「青年、そろそろ客入れるぞ」
青年「ほーい」
男娼「…」
青年(あんなに着飾っちゃって、まあ)
店主「お客様のおなりだー」
ガララ
男娼「…」キョロキョロ
女性「…あのう」
男娼「…あ」
女性「あの、いつもの男娼をお願いしたいんですけど。…彼、姿が見えないわね」
男娼「…お姉さんっ」タタタ
女性「!…男娼」
男娼「こんばんはっ。…あの人なら、いないよ」
女性「…え」
男娼「他のお店に流されちゃったんだ」ニコ
女性「…」
男娼「お姉さん、言っていたでしょ」
男娼「あの人はそろそろ飽きてたし、いなくなっても構わないって」
青年「…」
男娼「僕ね、あの人の分まで頑張るよ!だからね、姉さん。これからもごひいきにしてね」
女性「…あの人、」
男娼「姉さん?」
女性「その話、本当なの…?」
店主「ええ。…ちょっと問題を起こしたので」
女性「…」
男娼「お姉さん…」ギュ
女性「…どう、して」
男娼「…お姉さん?」
女性「嫌。…あの人じゃなきゃ、嫌…」
青年「…!」
女性「教えて、どこの店なのっ。彼をどこにやったの!?」
店主「う、えっ!?」
女性「教えてください!お願い!!」
青年「…」
あっけないものだった
女性「教えて!!!」
簡単なことだ。彼女は界隈でも有名な好色家で
店主「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
一目気に入ったらすぐ唾をつける
男娼「…」
女性「彼がいいの!私!」
男娼は何人ともいる手慰みの一人であって
女性「あの人が…いいのぉ…!」
先輩の男娼だけが、本命。
男娼「…」
彼女にとって、男娼は、
女性「うっ…ううっ、うううっ…」
男娼「…」
青年「男、娼…」
男娼「…」
彼の顔を、見ることができなかった
男娼「…」
しかし彼の顔は容易に想像できた。
青年「…だいじょう、ぶか」
きっと泣いている。あの、大きな目を水で一杯にして。裏切られた悲しさで溢れて。
青年「…おい」
男娼「…」
覗き込んだ彼の顔は。
青年「……」
青年「……っ…!」
彼は、ただ笑っていた。
あの濁った目で、ただ、頬を片方だけ吊り上げて、美しい顔で
青年「男、娼…。お前…」
女性「うう…ああっ…」
男娼「…」
男娼「教えてあげなよ、店主」
店主「…え」
男娼「可哀相じゃないか。お店の場所、教えてあげなよ
青年「お前、この女は…」
男娼「教えてあげなよ」
店主「…お、お、う…」
女性「本当!?ありがとう、ありがとうっ…!」
男娼「…」
その女は、最愛の男娼の場所を聞き出すとすぐに店を出た。
男娼「…」
一度もこちらを、振り返らなかった。
青年「…なあ、おい」
男娼「…」クル
青年「お、おい」
男娼「…」トントン
青年「何処行くんだよ、男娼っ」
ガチャ
青年「お、おい…」
男娼「…」シュル
青年「…」
男娼「…」キィ
青年(…風呂場?どうして)
男娼「邪魔」
青年「…」
男娼「…」
浴室に吸い込まれていった彼の白く細い背中を、ただ呆然と見つめた
バタン
青年「なあ、お前…」
激しい水音と、体を強く強くこする音
青年「…」
それだけだった
青年「お前、どうしちゃったんだよ…」
ごしごしごしごしごしごし。何度も何度も、強く擦っていた
青年「…」
嗚咽の音は、聞こえなかった。
青年「何でお前、泣かないんだ…?」
答えは、なかった。
青年「どうしてだよ…なんで…」
今となっては、分かる。
彼が全てを、諦めてしまったからだ。
男娼「…」
青年「…」
男娼「僕、店に上がるよ」
青年「…は?」
男娼「そのほうがいい気がしてきた」
青年「でも、お前」
男娼「明日にでも頼んでみる」
青年「…本当に、大丈夫か」
男娼「え?」
青年「だって、あんなの…」
男娼「…」
青年「あんな仕打ち…」
男娼「何が?」
青年「…」
男娼「何の仕打ち?…どういうことさ」
青年(…ああ)
彼の中で、何かが終わったんだ。
青年(…俺、なんてことを)
あの時、止めていれば。
男娼「…どうしたの、青年」
青年「…っ。俺、男娼ぉ…」
男娼「何。泣いているの?どうしたのさ」
青年「俺が、もっと…お前に色々忠告してやればよかったんだ…」
青年「俺が、…馬鹿だったから…。ごめん、ごめんな男娼…」
男娼「…」
青年「…っ、あの時、止めてたら…!」
男娼「…」
頭に、温かい手の感触があった
男娼「君は悪くないさ」
青年「…お前…」
男娼「悪いのは、要領のない僕だ」
青年「…」
男娼「もう、寝な。明日も早いから」
青年「…」
男娼「ばいばい、青年」
バタン
青年「…」
扉の奥から、水音と、皮膚を擦る音が微かに響いていた。
青年「…あいつは変わったわ」
青年「次の日起きて会ってみると、誰にも目をあわさない、話さない」
青年「…私も、最初から全くの他人だったみたいに扱われた」
少女「…」
青年「あいつはその後すぐに店にあがって男娼になった。…13歳よ」
少女「…」
青年「恐ろしいほどの速さで売れっ子になって…。私が半年後に上がるまで、一番だった」
青年「何故か私が客を取り始めた途端、二位に甘んじはじめたけど」
少女「…」
青年「そういうかんじ」
青年「言葉もないでしょ。…彼を壊したのは、きっと私」
少女「それは、違いますよ」
青年「直接じゃなくても原因を作ったのは私だもの。…あのとき止められなかったから」
少女「…」
青年「今でも後悔してる。けど、もうどうにもならない」
少女「…」
青年「ふぅ」
少女「ありがとうございます」
青年「嫌な話だったでしょう」
少女「ごめんなさい。…辛かったですよね」
青年「ううん。私なんて、そんな」
青年「…一番可哀相なのは、あいつだから」
青年「…」
少女「だから、私に忠告してくれたんですね」
青年「まあ、ね。…駄目な未来しか想像できなかったし」
少女「私は…」
少女「…」
青年「どうして良いか分からないなら、あいつから逃げるべきよ。男娼のためにも、あんたのためにも」
青年「それに私、もう彼は駄目だと思ってるの。…戻ってこないと思う」
少女「…」
少女「私は、そうは思いません」
青年「…ふ」
青年「そうね。…あんたは、強いわね」
青年「あんたなら…」
ギシ
少女「!」ビク
青年「あら。…誰かしら」
少女「もう誰も起きてる時間じゃないのに…変ですね」
少女「…」
青年「…」
少女「…えーと」
青年「建物の軋みね。大丈夫だから、そんな死にそうな顔しないの」
少女「です、よねー」
青年「…ふあ」
青年「ねっむ…、自分語りって疲れるわね」
少女「お疲れ様でした」
青年「まあ、今後の展開はあんた次第よ。少女」
少女「はい」
青年「じゃ。私は寝るわ。彼をよろしく」
バタン
少女「…」
少女「…」ボフ
……
…
少女「…え、何で」
店主「昨日結構無理したみたいでさぁ。ちょっとやばいみたい」
少女「…」
少年「令嬢さんとそんなに盛り上がったのね。ふうん」
少女「…!」バッ
少年「って、顔してる」
少女「してないわよ」
少年「ふふ、そうかなー」
少女「馬鹿らしい…。どいてよ」
少年「何処行くのー?」
少女「男娼のところ。私医療かじってるし、診察くらいならする」
少年「いってらっしゃーい」ヒラヒラ
少年「…」
ギィ
少女「…おはようございます」
男娼「…」グタ
少女「うわ。…大丈夫ですか、顔色悪いですよ」
男娼「うん…」
少女「失礼します」
男娼「…めっちゃだるい。…腰痛い、喉痛い。熱あるし、もう死ぬ」
少女「死にませんよ。ちゃんと薬飲んで寝ればね」
男娼「あー…」
少女「うん、風邪。というか疲労熱ですね」
男娼「うー…」
少女「暫くは布団から出ちゃ駄目です。んで、薬も飲んでください」
男娼「君、そういえば薬師だったね…忘れてた」
少女「私も久々に仕事しました」
少女「よい、しょ」チャプ
男娼「汗…きもちわるいよう」
少女「今拭きますから、文句言わないでください」
男娼「うー…」
少女「…」
男娼「きもちいい…」
少女「そんなに仕事頑張ったんですか」
男娼「だって君に頑張れって言われたもの」
少女「…」
男娼「首の下も拭いて」
少女「あのですね、人形じゃないんだから少しは加減を覚えてください」
男娼「うるさいなあー…」
少女「私は、心配してるんです」
男娼「…んふ」
少女「な、何笑ってるんですか」
男娼「嬉しくて」
少女「…」
男娼「ふふ。君、心配なんだ。僕のこと」
少女「ええ」
男娼「…ありがとう」
少女(…綺麗な目に見える)
少女(見えるだけなのかな)
男娼「ん。もう大丈夫。喉渇いたから、お水持ってきてくれる?」
少女「はい」
バタン
青年「あ」
少女「あ」
青年「あいつ…大丈夫?」
少女「全然大丈夫です。2日安静にしとけばすぐ治りますよ」
青年「そう」
少女「…心配なんですねー。やっさしー」
青年「う、うるさいわね!」
少年「えー、なんだあ。移る病気かと思っちゃった」
少女「疲労よ、疲労。もう少し加減すればいいのに」
少年「じゃあ彼はお粥だねー」
少女「私が作るよ。少年は他のやって」
少年「ふーん」ニヤニヤ
少女「これは栄養面の観点から、私が作ったほうがいいと判断してるんだからね」
少年「はいはい」
少女「…」
少年「けどさ、少女」
少女「何」
少年「彼にあまり肩入れしないほうがいいんだよ」
少女「…なんで」
少年「だって彼、もう身請けが決まったらしいし」
少女「…え」
少年「相手は言わなくても分かるよね?」
少女「…」
少女「だから何なの?」
少年「だから、好きになっちゃだめだよー、ってこと」
少女「…私の問題だよ。心配してくれてありがとう。でも、気にしないで」
少女「…」
コンコン
「どうぞお」
少女「男娼さん、お粥です。食べれますか」
男娼「あ、食べたいー…。ありがと」
少女「体起こしてください。ゆっくりでいいですよ」
男娼「…う」
少女「あとで湿布張替えましょう」
男娼「ん。なんだか看護婦さんみたいだね」
少女「似たようなものですね」
男娼「…」アーン
少女「…何やってんですか」
男娼「あーん、してくれないの?」
少女「…匙ももてないんですか」
男娼「持てるけど。動かすのだるい」
少女「あのですねえ」
男娼「あーーん」
少女「…」
男娼「ちょ、ちょ、っと。そのまま突っ込んだら熱いでしょ!?」
少女「うるさいなあー」フゥ
少女「はい」
男娼「ん。…あむ」
少女「どうですか?」
男娼「美味しい。すっごく美味しい」ニコ
少女「そうですか。光栄です」
男娼「あーん」
少女「はいはい」フゥ
男娼「…」
少女「卵のところも美味しいですよ。今…」
男娼「ね、顔上げて」
少女「…ん?」
男娼「…」
少女「ちょ、っと。何してるんですか」
男娼「いや、ちゅーしようかなって思って」
少女「…」
男娼「ん」
少女「嫌、駄目ですよ」パシ
男娼「なんでさあ!いいじゃない、キスくらい」
少女「駄目ですっ」
男娼「僕上手だよ?やってみて損はないよ?」
少女「ふざけてるんならもうお粥あげません」
男娼「うわ、酷い…」
少女「…もう」
男娼「…その気になれば出来るんだからね。引くのは僕が紳士だからなんだよ」
少女「どうも」
男娼「絶対、近いうちにしてやる」
少女「頑張ってください」
少女「…ん」
男娼「…すぅ、…すぅ」
少女(やば、寝てた)
男娼「…ん」
少女(いけないいけない。そろそろ夕ご飯の準備もしなきゃ)
少女「…」
男娼「…」
少女(手、繋いでたっけ)
少女(ま、いいや)スル
男娼「…」
少女「いつもこうやって静かならいいのに」ボソ
キィ
少女(あ、新しい手ぬぐいも用意しなきゃ。氷枕も入れ替えて…)
「ちょっと、どういうことなの?」
少女「…」ピタ
店主「あの、ですから今日男娼は体調が悪くて」
「…ふうん?」
少女「…」チラ
令嬢「今朝は平気そうだったわよ」
店主「あなたが帰った後に、急に具合が悪くなったみたいで」
令嬢「何それ。私が悪いみたいな口ぶりね」
店主「そ、そんなことはありません!断じて!」
令嬢「とにかく会いたいわ。部屋に私が行けばいいんでしょう?」
店主「し、しかし…」
令嬢「いくら欲しいのよ?いいから早く通して」
店主「…う」
少女「…」スゥ
少女「はぁ」
少女「あの」
令嬢「…何、あなた」
少女(…この人か)
令嬢「…ここに女の小間使いなんていたのね」
店主「あ、いや、彼女はー…」
少女(綺麗な着物、綺麗な化粧。…なるほど、お金持ちだ)
令嬢「で、何かしら?私急いでるのだけれど」
少女「…男娼は本当に具合が悪いんです」
令嬢「…は?」
少女「筋肉疲労で立つことも難しい状態ですし、喋るのも辛そうです」
少女「彼に負担をかけてまで会いたいんですか?それほど大事な用があるんですか?」
令嬢「…」
店主「ちょ、ちょっと少女ちゃ…」
少女「お引取りください。彼は2日後にはよくなります。それまで休ませてあげてください」
令嬢「…くす」
少女「…」
令嬢「ああ、あなた。…あなたなのね」
令嬢「男娼の懐に入り込んだ娘…。図々しくも」
少女「そうですね、私ですね」
令嬢「彼も趣味が悪いわ。小間使いとはいえ、もう少し見栄えがいいものを選べばよかったのに」
少女「はい、そうですね」
令嬢「小間使いごときが勝手言わないで。うるさいわよ」
少女「私は事実を述べたまでですが」
令嬢「とにかく」
令嬢「私は彼の身請け人でもあるのよ。何時会おうが勝手でしょう」
少女「…」
令嬢「彼だって明日会いたい、って言ってくれたのよ。それを引き裂くの?」
少女「はい。お引取りください」
令嬢「…」イラ
令嬢「いい加減にしなさいよ、小娘。あんたに何の権限があるの?」
少女「担当薬師として、小間使いとしてです」
店主「少女…」
少女「お引き取りください。お願いします」ペコ
令嬢「何なのよ、店主さん!この子は」
店主「も、もういいから。少女ちゃん、戻って」
令嬢「気分が悪い…。もう、早く通してちょうだい。いくらなの?」
少女「…」
少女「いい加減に」
「あ、お嬢ー」
令嬢「…!」
男娼「こんな早い時間に、どうしたんですか?」ニコ
少女「…男娼」
令嬢「ああ、会いたかったわ男娼!話したいこといっぱいあるのよ」ガバッ
令嬢「あなた、元気そうじゃない。なあんだ…」チラ
少女(嘘だ。歩くのも限界なはず)
令嬢「聞いてよ、この子が邪魔をしてきたのよ。どういうつもりなのかしら」
男娼「…」
少女「…」
男娼「僕、大丈夫ですよ」
少女「!」
男娼「行きましょうか、お嬢」
令嬢「ええ!」
少女「…」
少女「…」
少女(ふざけんな)
少女(何であんたは)
少女(明らかに顔色悪くて、熱くて、震えてる男を自分の都合で振り回せんのよ)
少女(何であんたは)
少女(…大丈夫、って言うのよ。そんな諦めた目で、どうして)
少女(自分が…そんなに大事じゃないの?)
少女「…っ」ギュ
少女(男娼は)
少女「…じゃない」
令嬢「…は?何、退きなさいよそこ」
少女「…」
男娼「少女」
少女「…物じゃないのよ」
少女「男娼は、物じゃないっ…!!!」
少女「生きてるし、自分の意思があるのよ!物じゃない!商品なんかじゃない!」
男娼「…」
少女「彼を苦しめないで!自分を苦しめないでよ!」
少女「何でそんなことも分かんないの!?あんたら、本当、馬っ鹿じゃないの!?」
令嬢「…な」
少女「彼を離して!帰りなさい!」
青年「あ、あらああー!こんな所にいたのねー!探したわよー!!」バッ
少女「ん、ぐ!?」
令嬢「なに、こいつ!!私になんて暴言を…!」
青年「ほ、本当よねー!この子本当に馬鹿なんです、ごめんなさいごめんなさい」
少女「…っ」
令嬢「…ふざけないでよっ…」
少女(…あ、やば)
青年「ほら、あんたも謝って!」グググ
少女「う、…」
少女(でも、謝りたくない。…絶対)
男娼「…」
少女「帰って、くださいっ…」
男娼「…少女」
青年「…!」
令嬢「え、ちょ、っと…」
少女「男、娼…」
男娼「…」
ポタ
少女「泣いてる、の…?」
男娼「…」
青年「う、そ…」
令嬢「……」
男娼「なんでだろ。涙止まんない。…あはは」ポロ
令嬢「どう、して…」
男娼「…はぁ」フラ
少女「あ、男娼さんっ」バッ
男娼「…やっぱ、今日はキツいです。お嬢…。また、今度にしてくれませんか?」
令嬢「…!」
男娼「お願い…します」
少女「青年さん、彼を部屋に。店主さん、氷と桶に水を」
青年「え、ええ」
令嬢「…な」
令嬢「…」
男娼「…」ハァ
令嬢「わか、ったわよ。…今日は帰る」
少女「ありがとうございます。申し訳ありませんでした」ペコ
令嬢「…っ」
バン
少女「…」
男娼「…ふふ、君…。恰好、良かったよ」
少女「…やっちゃった」
店主「ああ、やってくれたな」
青年「くれたわね」
少女「本当…ごめんなさいぃ…」
男娼「彼女を責めないで。…お願い」
青年「…いいから、あんたは部屋で寝ろ!」グイ
男娼「…」
少女「…うう…」
男娼「何泣きそうになってるのさ」
少女「だって、私…あなたの身請け人に暴言を」
男娼「…」
男娼「いいんだ、別に」
少女「全然良くないでしょう…!」
青年「ほら、行くわよ」
男娼「…」
少女「…」
少女「…はぁ」
男娼「72回目」
少女「何が」
男娼「溜息」
少女「そんなにしてましたっけ」
男娼「うん。めっちゃしてる」
少女「うう…」
男娼「僕、本当にすっきりした」
少女「え」
男娼「何か言いたいこと全部君が言ってくれた感じ。すっごく、きもちいい」
少女「…」
男娼「どうなるだろうねえ。彼女、怒ってるかなあ」
少女「かなり」
男娼「でも、まあいいや。どうでも」
少女「…」
男娼「それに、身請け人は君って決めてるし」
少女「また、そんな非現実的な話をー…」
男娼「ますます好きになっちゃったんだもん」
少女「…なんなの…」
少女「あー、私殺されるかな」
男娼「えっ、誰に」
少女「青年さんか店主さん」
男娼「そんなことさせないさ。大丈夫だよー」
少女「…そうでしょうか。はぁ…」
男娼「…何。あの暴言を後悔してるの」
少女「…」
少女「いいえ。だって事実言ったまでですし」
男娼「…」クス
少女「ああでも、怖いのは怖いよ…」ガリガリ
男娼「少女」
少女「は、」
男娼「…」
ギシ
少女「…!」
男娼「…ん。ふ、…はぁ」
少女「あ、…」
男娼「ぷは」
少女「………」ポカン
男娼「しちゃったね」
男娼「キス」
少女「…」
男娼「はとが鉄砲食らった顔してるけど」
少女「…」
男娼「何、気持ちよすぎて魂抜けちゃった?」
少女「マメ」
男娼「うん?」
少女「鳩が豆鉄砲食らった顔、です」
男娼「…案外冷静じゃないか」
少女「…」
男娼「よいしょ」チュ
少女「……っ、何やってんの!!?」ドン
男娼「あはは、やっと目が覚めたー」
少女「うわああぁあああ!?馬鹿、馬鹿じゃないの!?ねえ!?」バッ
男娼「柔らかかった」
少女「…い、…!?」
男娼「ねえ、もうちょっと大人なやつしない?」
少女「死ね!!」
男娼「酷い…さっきまで物じゃないとか言ってくれてたのに」
少女「…っ」カァ
少女「あなたって、本当っ…」
男娼「今のはずるかったかなー…。ちゃんと君の許しがあってからが良かったかな、最初は」
男娼「ん、でもしたかったからしょうがないね。うん」
少女「……」
男娼「怒ってるの?」
少女「う…」
男娼「…ごめんね?」
少女「!」カァ
男娼「…許して。君が可愛くって、つい」
少女「おっ、おやすみ、なさいっ!!」
バタン!
男娼「…あはは。本当、可愛い」
少女「…」カチャカチャ
少年「…あ、おはよ。早いねー」
少女「少年、おはよう…。あ、茶碗出してくれる?」
少年「ん。んー…」
少女「どうかした?」
少年「…あのさ」
少年「店主が、ちょっと来いって」
少女「…げぇ…」
……
…
店主「あいつの容態はどうだ?」
少女「まあ、ぼちぼちです。明日には熱も引くと思いますよ」
店主「そうか…」ボリボリ
少女「…」
店主「えー、で、昨日のことなんだが…」
少女「本当に、申し訳ありませんでしたっ」バッ
店主「うお!?」
少女「わ、私本当にっこの楼のこととか何も知らないくせに偉そうなこと言ってっ」
店主「顔上げて顔上げて!めっちゃ変な目で見られてる!」
少女「うう…悪気は微塵もなかったんです…」
店主「うん。そりゃあ、分かるよ。男娼を心配して言ってくれたんだろうな」
少女「その通りです…。薬師根性がうずいてしまって…」
店主「んー」ボリボリ
店主「俺は勿論、君が間違ったことをしたとは思ってない。…人道的にはな」
少女「…」
店主「たださあ、その、お客側が…」
少女「ですよ、ねぇ…」
店主「ちょっとやばいんだわ…」
少女「ごめん、なさい…」
店主「うわあああ泣かないでお願いいいい」
少女「…ど、どうしたらいいでしょう。私は」
店主「まあこの場合一番心配なのはあいつの身請け話がパアになることなんだが」
店主「それは、ないらしい。ぞっこんだからな」
少女「…」
店主「ただ、令嬢さんは少女ちゃんが小間使いを辞めるべきだと言ってる」
少女「…!」
店主「圧力をかけてくるかもしれないんだ」
少女「…」ギュ
店主「君も、複雑な事情からこの楼に入ったわけだ」
店主「…」
店主「残酷なことを言うようだが、彼の人生に君は関わるべきでない」
少女「…店主、さん」
店主「それがお互いのためなんだ。あいつは身請けされて安定した人生を送る。君は日常に戻る」
店主「それが一番良いんだ」
少女「…」
少女「…」
店主「青年から聞いた。君に男娼の話をしたって」
少女「は、はい」
店主「知っての通り、あいつは愛を知らない空っぽの男だ」
店主「君が受け止め切れないほど、その空白は大きいと思う」
少女「…」
店主「だから、あいつはもう」
店主「その空白にできるだけ目を背けて、身請け先で暮らしていくしかないんだ」
少女「…希望もなにも持たずに?」
店主「そうだ。彼はいつだって裏切られてきたから」
少女「…」
店主「お願いだ。男娼をこれ以上壊さないでくれ。これ以上期待させないでくれ」
店主「俺は…。そこまで残酷にはなれない。このままが、きっと男娼にとって一番良いんだ…」
少女「…」
少女「私、でも」
少女(…助けたい、の?)
少女(助けられるの?私に?弟も、まだ治ってないのに?お金もないのに?彼を満足させられるの?)
少女(…それほどまで、彼を想い続けていられるの?そもそも、私は彼をどう思ってるの?)
少女「…」
店主「君も、迷っているんだろう」
少女「だって…彼は、彼は」
店主「…」
少女「助けたい…けど、私…」
店主「分かった」
少女「…」
店主「君が彼をどうあれ大事に思ってることは分かる」
店主「だからこそ、これは言うべきだと思う」
少女「言う、べき…?」
店主「ああ。あいつが、この楼に来る前の話だ」
少女「…」
店主「俺とあいつしか知らない話だ。物凄く重たい」
少女「…」
店主「聞くに耐えないかもしれない。けど、君は知る権利がある」
店主「これ以上、自分と彼の人生を壊さないためにも」
少女「…彼に、何が」
店主「男娼は…」
男娼「僕がなに?」
店主「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
少女「うわあああああああああああああああああああああああああ」
男娼「ちょ、うるさっ」
店主「だだだ男娼っ。お前、寝てたんじゃないのかよ!?」
男娼「いや、お腹空いちゃったし」
男娼「君はいつの間にかいなくなってるしさぁ」
少女「あ、あ…ごめんなさい…」
男娼「で、二人して何の話してたの。随分真剣な顔だったけど」
店主「!」ビクゥ
少女「お、お叱りを受けてました!昨日の失態について!」
男娼「ふうん」
店主「あ、ああああー!でも、大丈夫大丈夫!もう怒ってないから!」
男娼「…何焦ってるのさ」
少女「焦ってないですよ?!何も!」
男娼「…」
店主「う、うんうん!だからお前は部屋に戻れ!」
男娼「そうする。少女、行こ」
少女「あ、え…。は、はい」
バタン
少女「…」
男娼「顔が白いよ。汗もかいてるみたいだし」
少女「暑い、からですね」
男娼「…」
少女「すみません、ご飯持って来ましょうか」
男娼「いいよ。ここにいて」
少女「は、はい」
男娼「…あのさ」
少女「はい」
男娼「令嬢、怒ってるみたいだった?」
少女「あ、はい…。すごく」
男娼「うー、やっぱりかぁ…。あの娘プライド高いしなあ…」ボフ
少女「すみません…」
男娼「いいんだって別に。けど、俺が治められる程度の怒り方だったらいいんだけれど」
少女「…」
少女「小間使い、やめろって言われました」
男娼「はあ!!?」
少女「お、大きい声出さないでください。熱上がりますよ」
男娼「ど、どういうことさ!何でそんなことしなきゃいけないのっ」
男娼「君、それ受けたわけじゃないだろうね!」
少女「へ、返事はなにもしてないですけど」
男娼「当たり前だろ!君を手放すかどうかは僕が決めるんだからっ」
少女「…で、でも」
男娼「あー、どうしよう…。令嬢の屋敷に言って丸め込もうかな」
少女「駄目です。まだ熱があります」
男娼「瑣末な問題だよ。早くしないとあの頑固女、本当に君を取り上げかねない」
少女「駄目ですってっ」
男娼「着替え持ってきて。あと履物も準備してくれる?」
少女「嫌です。寝ててくださいっ」
男娼「あのねえ」
男娼「じゃあ何、君はこのままほいほい追い出されていいの?」
少女「…」
男娼「ああそうか。僕から離れるきっかけができて嬉しいんだ」
少女「違う!」
男娼「…」
少女「そんなこと、思いませんよっ」
男娼「…そう。なら、行かせて欲しい」
少女「じゃあ、私が行きますからっ」
男娼「火に油だろ。僕だったらできる」
少女「…男娼さんっ」
男娼「…」フラ
少女「ちょっと!」
男娼「店主ー。ちょっと令嬢ん家行ってくるー」
少女「止めて!店主さんっ!」
…
少女「何でいないのよぉ!?」
男娼「ご飯でしょ。もう君うるさい。留守番しててよ、いい子だから」
少女「あなた、倒れますよ!お願い、行かないでっ」
男娼「やだ」スタスタ
少女「…っ」
少女「…」ギュ
少女(…私がいると、駄目なのかもしれない)
少女(この人は、際限なく無理をしてしまうんだ。…きっと…)
少女「…」
少女「もう、やめてください」
男娼「ん、しつこいよ」
少女「私は…こんなことして欲しくない」
男娼「どういう意味」
少女「自分を、もっと大事にしてほしいんです」
男娼「…」
男娼「君、…僕を大事にしてどうするのさ。何言ってるの」ケラケラ
少女(…そう)
少女(あなたは、ずっとそうなんだね)
少女「私がいると、私のことばっかり考えちゃうんですね」
男娼「そうだね。君、分かってきたじゃない」
少女「自分は、どうでもいいんですね…」
男娼「勿論」
少女「…」
男娼「じゃ、行ってきます」
少女「私、もう嫌」
男娼「…は?」
少女「あんたのお守りなんか、もうやりたくない」
男娼「…」
少女「もう散々よ!嫌だ、帰りたいっ!」
男娼「少、女」
青年「…お」
少年「なんだろ、この声」
少女「触らないでっ!」
男娼「少女、どうしちゃったの。ねえ」
少女「もう、こんな所いたくないの!お願い、もう帰して!」
青年「少女…?」
男娼「どうして、君。そんな」
少年「…や、やばいかな?」
青年「…少女…」
少女「お金は返します!だから、もう許してください!」
男娼「…」
少女「ごめんなさい、ごめんなさいっ…」
男娼「少女。…」
少女「もう、帰りたいよぉっ…」
男娼「…」
男娼「分かった」
少女「…」
男娼「…ごめん」
少女「うっ…うう…」
男娼「君の気持ち、汲んであげられなかったね」
少女「…」
男娼「…」
男娼「お金は、もういいよ。十分楽しかったし」
少女「でも…」
男娼「いいって言ってるだろ」
少女「…」
男娼「もう、お帰り」
少女「い、いいんですか…?」
男娼「うん。…準備、しておいでよ」
少女「ありがとう、ございます…」
青年「…」
少年「うわ…」
男娼「…」クル
青年「男娼」
男娼「話しかけないで」
青年「…」
男娼「今凄く、…嫌な気分なんだ」
少年「…」
少年「あの人でもあんな顔、するんだね…」
青年「…ええ」
少女「…」
少女「…準備、ってさ」
少女(…何もないんだけどね。私物なんて)
少女(…服くらいしかないや)
少女「…」
少女(この部屋とも、お別れか)
少女(…もう二度と、この町には来ない)
少女(男娼)
ギイ
少女(ごめんね、さよなら)
バタン
青年「…」
少女「お世話になりました」ペコ
青年「もう少しだったのに」
少女「…」
青年「ありがとう、少女。あなたは十分やってくれた」
少女「私なんて、…そんな」
青年「ハグしてもいい?」
少女「はい」
青年「…っ」ギュウ
青年「ごめんなさい。あなたが一番、辛いよね…」
少女「何も…」
青年「ありがとう、男娼のこと考えてくれて、ありがとう…」
青年「何も出来なくて、ごめんなさい…」
少女「…」ポンポン
少年「…」
少女「ばいばい、少年」
少年「俺…これで良かったか、分かんないよ…」
少女「…そうだね」
少女「そろそろ行かなきゃ。…二人とも、よくしてくれてありがとう。ばいばい」
青年「…」
少年「…」
少女「…」ペコ
バタン
少女「…」
少女(あ)
ポツ
少女(雨)
少女(…)
振り返って見上げた楼の二階には
少女「…男娼」
高い美しい、彼のいる城には
少女「…」
少女「さよなら」
あの日のように笑顔で手を振る彼の姿はなく
少女「…」
ただ雨粒だけが跳ねているのが見えた
……
…
少女「はい、二袋全部飲めたね。偉い偉い」
弟「えへへ」
少女「一週間も放ったらかしにしてごめん。手術も上手くいったみたいで、安心した」
弟「全然痛くなかったよ!体が軽くなったかんじ!」
少女「そっか」
弟「お姉ちゃんがお見舞いに来てくれて嬉しいな」
少女「何言ってんの。退院までもうつきっきりだよ」
弟「…明日だもんねー」
少女「そうね。拍子抜けするくらいだわ」
弟「うん」
少女「…ふー」
弟「ねえ、姉ちゃん」
少女「なに?」
弟「何かあった?」
少女「…」
弟「何だか、すごく悲しそうな顔してる」
少女「そう、かな」
弟「大事な人がいなくなっちゃったみたいな、顔」
少女「…あはは、何でそんな具体的に」
弟「お母さんとお父さんが死んじゃったときみたいな顔、してるから」
少女「…」
弟「あ、ごめん。…変なこと言って」
少女「ううん」
少女「…もういいのよ。終わったことだし。前を向かなきゃ」
弟「…そう?」
少女「そう。今はあんたが一番大事なの」ギュ
弟「あは、くすぐったい」
少女(…)
少女「もう、終わったことか」
少女「…ふー」
弟「お姉ちゃん、そうだ」
少女「なに?」
弟「男娼さんは、お見舞いに来てくれないの?」
少女「…うん、お仕事忙しいんだって」
弟「そっか、…暇だったら行ってやるって言ってたんだけど」
少女「え?でも、入院することなんて知らないんじゃ」
弟「んー、でも男娼さん、そろそろ君は入院できるよって言ってた」
少女「…」
弟「僕がね、そんなの姉ちゃんの負担になるって言ったら」
弟「そんなこと言っちゃ駄目だ、自分を大事にしろって怒ってた」
少女「…」
弟「優しい人なんだね、あの人」
少女「馬鹿みたい。…人のことばっかり」
弟「馬鹿?ええ、男娼さんは頭良いよー」
少女「…そうね」
少女(…)
弟「すぅ、すぅ」
少女(…思えば)
少女(優しかったな)
少女(何かちょっと偽悪みたいな顔して、さらっと親切おしつけるんだもん)
少女「…」
少女(ね、自分のことなんか、考えないくせにね)
弟「…姉ちゃん」
少女「あ、起こしちゃった?」
弟「ううん…」
弟「あのね」
少女「うん」
弟「僕、姉ちゃんがふらふらで働いてる時ね、本当はすっごく怒りたかったんだ」
少女「…」
弟「だから、男娼に自分を大事にしろって言われた時、ああお姉ちゃんにも言ってあげなきゃ、って思った」
少女「…」
弟「姉ちゃんも、自分を大切にしてね。…おやすみ」
少女(…ああ)
少女(お互い様、だったのか)
弟「…姉ちゃん?」
少女「…私さぁ」
弟「うん」
少女「やりたいこと、やっていいのかな」
弟「…?」
少女「私も、自分を大事に…やりたいことやっていいのかな」
弟「うん」
少女「わがまま言って、いいのかな」
弟「当たり前じゃない。姉ちゃんは今までいっぱい頑張ってきたんだもの」
少女「…」
弟「そうでしょ?」
少女「私、助けたい人がいるんだ」
弟「うん」
少女「…助けていい?」
弟「姉ちゃんの好きなように、しなよ」
少女「…」
少女「うん。ありがとう、あんたのお陰で目が覚めた」
=次の日
弟「ふんふーん…」
看護婦「あら、弟くん、一人で準備してるの?」
弟「うん」
看護婦「お姉さんは?今日は退院の手伝いするって…」
弟「僕一人でできるもん」
看護婦「…一緒にいてあげればいいのに」
弟「…」クス
弟「姉ちゃんがね、やっと自分を大事にしてくれたんだ」
看護婦「え?」
弟「僕、すっごく嬉しいんだ」
看護婦「…」
弟「手のかかる姉ちゃんだったけど。…ね」
弟(…頑張れ。姉ちゃん)
少女「はぁ、はぁ」
少女「ふー…」
「あー朝まで頑張りすぎたな」
「仕事行きたくねー」
「あの女郎、もう絶対指名しねーわ」
少女「…」
少女「…」パンッ
少女「よし」タタタ
青年「…はー」
少年「…うー」
青年「私なんだか、もう男娼から足洗いたくなってきた」
少年「俺もー…」
青年「あんたは借金返してからにしなさいよねー…」
「…あのっ」
青年「うおっ!!?」
少女「ごめんなさい、こんな朝早くにっ」
青年「少女おおおー!久しぶりじゃないのー!」
少年「あれ?3,4日しか経ってない気がするけど?」
青年「どうしたのっ、忘れ物でもした?」
少女「男娼さんに…話があるんですっ」
青年「…あ」
少年「…えーと」
少女「彼、二階です?」
青年「ここには、いないわ」
少女「…え?」
少年「令嬢さんの家に…いるんだ」
少女「…!」
青年「昨日の夜からよ。身請け話をまとめに行ったみたい」
少女「…どこですか、それ!」
青年「ま、待って。あなた、行ってどうすんのよ」
少女「わがまま言いまくります!」
少年「えええ!?」
少女「私、もう絶対遠慮しません!弟に怒られるし!」
青年「ど、どういう心境の変化なの?!」
少女「もう彼から逃げません。ちゃんと私がなんとかします。だから」
青年「…」
少年「そっかぁ」
少年「君は、彼が好きなんだね」
少女「うん」
少年「彼を助けてあげられるほど、好きなんだね?」
少女「うん」
青年「…」
少年「橋を渡って、二つ目の角を曲がった所。かなり大きいからすぐ分かるよ」
少女「ありがとう、少年っ」タッ
青年「…行っちゃった」
少年「あーあ」
青年「……」
少年「僕、結構あの子のこと狙ってたのになぁ」
青年「そうだったの…?」
少年「うん。…ってうわ、泣いてるのあんた!すっごい顔だよ!?」
少女「はぁ、はぁ」タタタ
少女(この角、曲がって…)
少女(…うわぁ、本当にでかいわ)
少女「…」スゥ
少女(ん、でも待てよ。どうやって男娼呼び出そう)
少女「…」
少女(いや、やるしかない)
召使「…」
少女「あ、あのお」
召使「はい」
少女「私、男娼の楼の小間使いなんですけど…。彼を、呼んでくれませんか」
召使「今お嬢様と身請けのお話をしています。できません」
少女「…(ですよねぇー)」
少女「でも、すっごく大事な話なんです。えーと」
少女「そ、そう!彼の楼の同僚が、急に苦しみだしちゃって」
少女「その人、女形みたいな男性なんですけどっ、死ぬ前に一目で良いから友人に会いたいって…!」
召使「…」
少女「も、もう息も絶え絶えなんです!お願いですから彼を会わせてやってください!」
召使「…少女」
少女「は、はい!?」
召使「ああ、合点がいきました。あなたが男娼さんにつきまとっていた方ですね」
少女「つ、つきまとってなんか…。今はそうかもしれないけど」
召使「お嬢様にあなただけは入れるな、追い払えといわれておりますので」
少女「わ、私少女なんかじゃないですよ」
召使「さっき自分で肯定ともとれること言ってましたよ」
少女「…」
召使「お引き取りください」
少女「わ、分かりました。私は少女です、けど本当にあのオカマ死にそうで」
召使「接触させるなとも言われております」
少女「な、なんでよ!人の最後の願いを無下にする気?!」
召使「青年さんは朝うかがったときにはお元気そうでしたが」
少女「うっ…」
召使「そろそろ仕事に戻りたいのですが」
少女「…」
召使「もう諦めたらどうです。彼はお嬢様のものになるんですから」
少女「…」
少女「訂正して。物じゃない」
召使「…人を呼びますよ。いい加減にしてください」
少女「…お願いします。少しの間でいいんです、彼に会わせて」ザッ
召使「困ります。顔をあげてください」
少女「お願いします…!」
召使「いけません。私が怒られます」
少女「…」ギュ
少女「…彼、もう」
少女「私が会わなきゃ、駄目になるかもしれないのに?」
召使「…」
召使「私は、お嬢様の幸せを第一に考えないといけないんです」
少女「…」
召使「…」
少女「そう」
召使「ええ」
少女「分かった。…ごめんなさい、困らせちゃって」
召使「…」
少女「…」フラ
少女「…」
召使「さようなら」
男娼「…」
令嬢「さ、ここにあなたの署名をして」
令嬢「これで晴れてあなたは自由の身だわよ」
男娼「ありがとうございます」
令嬢「色々邪魔はあったけど、私達、一つになれるのね。やっと」
男娼「…」
男娼(これで、いいんだろうなあ)
男娼(僕は…いや。あれだけ彼女と過ごせただけで、十分な幸せだったのかもしれない)
「…お願いします!」
男娼「…」ピタ
令嬢「男娼…?」
男娼(…少女…?)
令嬢「どうしたの、窓の外なんか眺めて。早く書いてしまったら?」
男娼「…」
「…分かりました」
男娼(…少女!)
男娼「…あ」
令嬢「どうしたの、ねえ」
男娼「…いか、ないで…」
令嬢「え…」
もっと自分を大事にして
男娼「…嫌」
令嬢「ちょっと、座りなさいよ。ねえ」
男娼「…行かないで。もう、離れないで」
令嬢「ちょっと…!」
男娼「…少女…!」
令嬢「!」
男娼「ごめんなさい、お嬢。…僕、この書類に名前を書けません」
令嬢「ど、どうして!何言ってるのよ!」
男娼「僕、僕。…大事な物を見つけてしまったから」
男娼「もう諦めたくないから…」
令嬢「…駄目よ!許さないっ!あなたは私のものになるの!私のっ!」
男娼「…」クル
令嬢「戻りなさい!男娼ぉっ!」
男娼「…はぁ」
令嬢「店がどうなっても知らないわよ!あなた、路頭に迷いたいの!?」
男娼「…」
令嬢「私といれば幸せになれるのよ!?何でもできるのよ!?」
男娼「…お嬢」
令嬢「あんな、あんな貧相な小娘と一緒になったって、何も…!!」
男娼「あなたはもっと大切なことを知るべきです」
令嬢「…!」
男娼「ごめんなさい。急がないと」
令嬢「…っ、男娼ごときが!卑しい男のくせに!私を拒むな!!」
男娼「…」
男娼「はぁ?」
令嬢「…!」ビク
召使「お嬢様、いかがしましたか」
令嬢「!召使、そいつ捕まえなさい!外に出しちゃ駄目!」
男娼「もー…」ガリガリ
令嬢「男娼、今なら許してあげるから!座って、書きなさい!」
男娼「…う、っさいなぁあああ!!」ダン
令嬢「!」
男娼「もうぎゃんぎゃんうるさいんだよ、小娘っ!親の七光りでよくそんな偉そうにできるもんだよ!!」
男娼「お前といると蕁麻疹が出そうだ!僕、こういう恵まれて我儘な女、だいっきらいなんだよっ!!」
令嬢「…だ」
男娼「何驚いてんの?これが僕だよ?あはは、失望したかなぁ、お嬢様?」
召使「…」
男娼「…あー、もうだるい。お前に身請けされるくらいなら、死んでやる」
男娼「どいて」
召使「…」フルフル
男娼「あんたもさあ、自分のお嬢さんの道徳性、考えた方が良いよ」ドン
召使「…っ」
男娼「じゃあね、もっと上品な男娼ひっかければ」
召使「…」
召使「彼女、西へ…。色町のはずれのほうへ行きました」
男娼「ん」
令嬢「あ、あんたっ…」
召使「…が、」
召使「…頑張ってください…」
令嬢「……!」
男娼「あはは、君、恰好良いなぁ」
男娼「ありがとっ、ばいばい!」タッ
バタン
令嬢「…」ヘナ
召使「申し訳ありません、お嬢様」
令嬢「…彼…」
召使「しかし、彼と一緒になってもお嬢様は幸せにはなれないんですよ」
召使「…気づいていたでしょう?」
令嬢「…」
令嬢「そう、ね…」
男娼「はぁ、はぁ」タタタ
男娼(何処に、行ったんだろ)
男娼(全く、わざわざ会いに来たんなら、逃げ出すなっての)
男娼「…っ」
男娼(…ここら、結構人通りも少ないのに…)
男娼「少女おー」
男娼「何処だよ、なあー」
男娼(…会いたい)
男娼「少女ー!」
男娼(今すぐ、会って、話して。…少女…)
男娼「少…」
ジャリ
「…」
男娼「…あ」
少女「…」
男娼「…あはは、君…。何やってるの。そんなとこに座り込んで」
少女「…男娼さん」
男娼「君…下駄のまま出てきたの。足、血が出てる」
少女「う…」
男娼「ほら、立って」
少女「…」
男娼「よいしょ」グイ
少女「…お腹、空いた」
男娼「馬鹿だな…。もー」
少女「もう歩けない…」
男娼「あはは、…情けないのー」
少女「うう…」
男娼「どこかお店に入ろう。君、ちょっと休んだ方がいい」
少女「ごめんなさい…」
男娼「いいんだ。謝らないで」
男娼「おぶってあげる。はい」
少女「そんな、でも」
男娼「はーやーくー」
少女「…ありがとう」ノシ
男娼「ん。…ちゃんと掴っててよ」
少女「はい」ギュ
男娼「…」
少女「…」
……
…
少女「で」
男娼「うん」
少女「ここは、どこですか」
男娼「君図々しくも背中の上で寝ちゃったろ。そりゃ、分かんないよねえ」
少女「…ご飯食べるんじゃ」
男娼「…」
少女「なんですか、この布団は。どこですか、ここ。本当に」
男娼「うーん」
少女「状況がまじで飲み込めないんですが」
男娼「逢引茶屋、ってとこかなー」
少女「あいびきちゃや?はぁ?」
男娼「うん。男女の組が一晩を過ごす所」
少女「なんちゅうところに連れ込んでくれてるんですか」
男娼「だってさあ、休める所ここしかなかったんだもん」
少女「本当ですか?」
男娼「色町のはずれって、結構閑散としてるし」
少女「…はぁ」
男娼「んじゃ、するか」
少女「馬鹿か!」
男娼「あはは、その感じめちゃくちゃ懐かしい。心地いいなあ」
少女「…」
男娼「はー…」
男娼「なんか異様だね。一組の布団を前にして正座しあう男女」
少女「ですね」
男娼「…で」
少女「はい」
男娼「何で来たの?」
少女「…話あったんで」
男娼「そう」
少女「あなたはどうして、追いかけてきたんですか」
男娼「君に会いたかったから」
少女「…どうも」
男娼「…」
少女「…」
少女「み、身請けは」
男娼「何それ。だから、僕の身請け人は君だよ。最初から」
少女「…」クス
少女「えー、っと」
男娼「…」
少女「あのですね、私あなたと離れてみて」
男娼「うん」
少女「あなたのことを、どう思ってるか実感できたんです」
男娼「…好きなの?」
少女「はい」
男娼「わお」
少女「あなたのこと、放っておけないので。…だから」
男娼「…嬉しい」
少女「…私にできることを、したいです」
男娼「…えへへ」
少女「ん、うわ」
男娼「あーー。…すごい、嬉しい。少女、好き。大好き」ギュウ
少女「う、うん」ポンポン
男娼「…でも、君には言っておきたいことがある」
少女「…はい?」
男娼「僕、君に隠してることがある」
少女「…あ、楼に入ったときの話ですか」
男娼「ああ、青年が言っていた話じゃないよ」
少女「…ん。何で知って」
男娼「勘」
少女「えええ…?」
男娼「だって青年、顔に出やすいもの。それに君もそわそわしてたし」
少女「…」
男娼「ま、楼でも色々はあったさ。けど、これはそれより前のこと」
男娼「僕がずっと子どものころ。…思い出したくは、ないんだけど」
少女「…無理には」
男娼「ううん。でも、君になら言いたい」
少女「はい」
男娼「聞いてくれる?…僕のこと、嫌いになっちゃうかもしれないけど」
少女「今更…」
少女「嫌いになんて、なりませんよ。どうぞ」
男娼「…肝が据わってるね。じゃあ、…」
少女「…」
男娼「僕の両親は、僕が5歳の頃に死んだ。心中だった」
少女「…」
男娼「親戚もなくて、僕は借金取りの人に連れて行かれた」
男娼「…そして、色町に売られた」
少女「…」
男娼「…」
少女「大丈夫ですか」
男娼「うん。…うん」
男娼「…手、握ってくれる」
少女「はい」
男娼「…はぁ…」
少女「震えてますね」
男娼「大丈夫…。僕、ずっと、言いたかった。誰にもいえなくて、気が狂いそうだった」
男娼「…店主なら少しの事情は知ってる。けど、詳しいことなんか話したことない」
男娼「どんな目で…見られるか。怖くて、怖くて」
少女「…ええ」
男娼「でも、君…」ギュ
男娼「僕の話、受け入れてくれる?僕のこと、拒まない?」
少女「…言わなくても分かると思いますけど」
少女「当然です。絶対、受け入れます」ギュ
男娼「…」
男娼「僕」
少女「はい」
男娼「…っ」
男娼「……男色の店で働いてたんだ。…楼に入るまで、ずっと…」
少女「…!」
男娼「6歳から、12歳くらいまで。汚いところだった。…色町でも、日にあたらな暗い場所」
少女「…」
男娼「女と違ってね、男は、ちがう醜さがあるんだ」
男娼「ただ性欲だけを吐き出して、僕を酷く扱った」
少女「……」
男娼「でも僕、諦めてたんだ。これが自分の人生だ、ここで、生きていくしかないって」
男娼「…ある日」
少女「…」
男娼「客が、…僕の首を絞めてきた」
少女「…っ」
男娼「何度も何度も、絞めてきた。そうすると、気持ちが良くなるんだって」
男娼「僕は、…ここで死ぬのかなって思った」
男娼「それでもいい、どうせ辛いならこのまま殺してくれればいい。…そう思った、のに」
男娼「…体は、真逆のこと考えてた」
男娼「客が一瞬力を緩めた時に、僕の腕は勝手に動いてた」
男娼「…目を、潰した。今でも感触が残ってる」
少女「…」ギュ
男娼「当然僕は店の人と客から激しい折檻を受けた。本当に、殺されそうだった」
男娼「すごい形相で追いかけられて、店先で肩に刃物を突きつけられて」
男娼「折角抵抗したのに、ここで死ぬ。…でも、もう体が動かなかった」
男娼「…その時だよ」
男娼「…ある人がね、僕を助けてくれた」
少女「…店主」
男娼「そう。彼は僕を助けて、自分の店で働かせてやるって言ってくれた」
少女「…」
男娼「僕、初めて店の外の空気をすえたんだ。すごく、嬉しい」
男娼「…はずだったのに」
男娼「何も感じない。何も、思わなかった。ただ、自分は汚いっていう思いだけが漠然とあった」
少女「…」
男娼「…僕は楼に入った。初めのうちは、天国に思えた」
男娼「けど、あの件で…。もう僕、本当に考えるのをやめちゃったんだ」
男娼「僕は所詮、こういう人間なんだ。幸せになる権利はないんだ、って」
少女「…」
男娼「そういうかんじ」
少女「…」
男娼「すごい汗。…君も、僕も」
少女「…っ」
男娼「ぞっとしたでしょ。僕、本当に汚らわしいんだよ」
男娼「ずっと騙してた。青年も、客も、君も」
男娼「こんな汚い手で、君に触れたんだよ…」
少女「…何、言ってるんですか…」
男娼「…」
少女「あなたは汚くなんかない。酷いことをされたけど、汚くなんかない!」
少女「そんな…どうして自分を責めるの。全部、周りが悪いのに!」
男娼「…少女」
少女「馬鹿です、あなた…。こんなこと…」ポタ
男娼「泣かないで」
少女「うっ、…っ。ううっ…」ポロポロ
男娼「…」
少女「あ、あなっ、あなたはっ」
少女「綺麗で、優しくてっ、とっても、いい人っ…なんですっ」
男娼「…」
少女「あなたがっ、幸せになっちゃいけないなんて、…そんなこと、ないんですっ」
男娼「…」
少女「自分が汚いって思うならっ、今から存分に綺麗に生きましょう…!」
男娼「綺麗に、生きる?」
少女「はいっ…。わ、私がっ、お手伝いできることなら、何でもしますっ」
少女「だから、だからお願い。もう過去に捕らわれないで…!」
男娼「!」グラ
ドサッ
少女「ぐっ。う、うわぁあああ…っ!」
男娼「ちょ、ちょっと。何。大丈夫なの!?」
少女「うっ、…っ大丈夫じゃないのは、そっちでしょう…!?」
男娼「そ、そうだね。だから泣かないで!落ち着いて!」
少女「無理、ですっ…!泣かせてくださいぃ…!」
男娼(…ああ)
少女「うっ、ひぐっ、うわぁあああ…」
男娼(本当に)
少女「男娼、男娼…っ」
男娼(この子は、僕の希望だ)
少女「辛かったね、悲しかったね…!気づいてあげれなくて、ごめんねぇ…!」
男娼(…涙が、熱くてきもちいい)
少女「男娼、ごめん、ごめんなさいっ…!」
男娼「…ううん」
少女「ひぐっ、ひっ。…うぅっ…」
男娼(…なんだか)
男娼(もう、どうでもいいや)
男娼(僕は、この涙さえあれば)
男娼「…少女。…ありがとう…」ギュッ
男娼(全てのことを、もう、許そうと思う)
男娼「…」
少女「あー」グシュ
男娼「落ち着いた?」
少女「…もう体の水分、ない」
男娼「君、鼻水まで垂らしてたもんね」
少女「…まじですか」
男娼「うん」
少女「ずびばせん」チーン
少女「…っ。はあ…疲れた」コテ
男娼「…それで」
少女「はい?」
男娼「いつになったら、僕の体の上から退いてくれるの?」
少女「…」
男娼「女の人に押し倒されたなんて、どきどきしちゃうな」
少女「す、すみません!すみませんすみませんっ」バッ
男娼「あー、嘘嘘。このままでいい」グイ
少女「ちがっ、私夢中で!離れますから!」
男娼「やだ。逃がさない」ギュ
少女「…うー…」
男娼「顔真っ赤じゃない、ほんっと君面白いねぇ」ケタケタ
少女「もうやだ…。何でこんなことー…」
男娼「…このまま」
少女「はい…」
男娼「ちょっと、眠ろうか」
少女「…」
男娼「僕今、凄く満たされてて眠たいんだ。君が一緒なら、きっと安心して寝れる」
少女「…そうですね」
男娼「…抱きしめたままでいい?」
少女「はい」
男娼「…少女、好きだよ」
少女「…はい。私も、好きです」
男娼「…ふふ」
少女「…は、恥ずかしいですね。なんか」
男娼「…そうかなー」
男娼「ま、いいじゃない。おやすみ。少女」チュ
少女「あ、む。…うう、おやすみ、なさい」
青年「…あー」
少年「…うー」
青年「私、何やってんのかしら…。もう男娼やめたい…。恋したくなってきた…」
少年「それ、今日何回も聞いたー…」
少年「…はぁ、少女。カムバーック…」
青年「それも聞き飽きたー…。しつこいわねー…」
「…呼びましたか?」
少年「!」バッ
青年「しょ、少女?!」
男娼「ただいまー」
少女「た、ただいま」
少年「うわぁあ、お帰りー!何々、何でそんなにぎゅって手繋いでるの!?」
青年「うっ、あんたら…。ううっ…」ウルウル
男娼「店主。…ただいま」
店主「…おう、お帰り」
男娼「…こういうことだから」グイ
少女「う、…」カァ
店主「…」
店主「そういうことか」ポリ
男娼「うん」
店主「…令嬢はどうすんだ」
男娼「ごめんだけど、もう二度と会わないよ。僕、浮気しない主義」
店主「…身請けは」
男娼「しない。この子と一緒になる」
少女「…」
店主「…そうか」
店主「…」フッ
店主「見つけたんだな、お前」
男娼「うん」
店主「…分かった。勝手にしろ」
青年「うわぁああ…ええええーん…」オイオイ
少年「青年…うざいよ」
青年「あんたら、あんたら!やってくれたわね!ううう…」
男娼「…ふふ」
少女「…あはは」
少年「あ」
青年「ん?」
少年「感動的な場面に水差して悪いけどさあー」
男娼「何」
少年「身請けもなにも、お金ないとここからは出られないよ?どうすんの?」
青年「…」
少女「…」
青年「あ、別の涙が」
男娼「何言ってんの?お金なんて有り余ってるけど」
少年「は?」
少女「え?」
男娼「僕、実際借金なら返し終わってるし、逆に貯蓄の方が大きいくらいなんだけど」
青年「は」
少女「えええ!?」
男娼「ね、店主。駄目なの?僕が身請け代払って出て行くの」
店主「俺は金が入れば何でもいいよ」
男娼「じゃ、そういうことで」
少女「ええええ…!!?」
男娼「じゃ、そうと決まったらここ出る」スタスタ
少女「ちょ、ちょっとぉ!?」
男娼「君も手伝って。早く」グイグイ
少女「何だ、何なんだこの展開は」
男娼「いいから、もうっ」
バタン
青年「…あー」
少年「…うー」
店主「…」
青年「店主、泣いてない?」
店主「馬鹿野郎、なんで俺が泣かなきゃいけねーんだよっ」
少年「…こんな色町でさ」
青年「うん」
少年「こんな感動的な話、あるもんだね。なんか映画みたい」
青年「…そうね」
少年「…あ、夕焼け」
青年「…ふふ」
少年「綺麗だねぇ…」
男娼「…」ガサガサ
少女「家具とかはどうするんです?」
男娼「そのままでいいさ」
少女「そうですか」
男娼「…」
少女「それ」
男娼「うん?」
少女「全部、捨てちゃうんですか?」
男娼「…だって、これはもう過去のものだもの。服も、煙管も、飾りも。もう必要ない」
少女「…そうですね」
男娼「…って、考えたら。何も持って出なくていい気がしてきた」
少女「え」
男娼「お金だけでいいや。もう後は店主に片付けさせよう」グイ
少女「え、ええええ!?」
バンッ
男娼「店主ー!今までお世話になりました!後片付けよろしくー!!」
店主「殺すぞお前!せめていらない物捨ててから行け!」
男娼「よし、走ろう。逃げるよ」
少女「ちょ、ちょ…!」
店主「待てごるぁああ!発つ鳥後を濁さずだろがあああ!!」
少女「な、何てお別れのしかたしてんですか!」
男娼「いいじゃない、僕っぽくない?」クスクス
少女「せめて、挨拶を…!」
男娼「…その必要は、ないみたい」
少女「え?」
男娼「ほら、後ろ見てごらん」
少女「…」
少女「…あ…」
夕焼けの朱を背景にした、色町の城
「…男娼ぉーーーーーーっ!!」
「先輩、さようならぁああーーー!!」
その二階に、艶やかな男たちが集っていた
青年「しっかりやりなさいよぉおーーー!!」
少年「少女、僕本当は君のこと狙ってたんだよおーー!!」
見習い「少女さん、男娼さん、元気でねーーっ!!」
男娼「…ふふ」
少女「…っ」
青年「ほら、あんたも何か言いなさいよっ!」
店主「ぐっ、…くそぉ…」
少年「いつまで泣いてるのさ!早くー!」
店主「…っ」
店主「男娼ぉおおおおおっ!!」
店主「少女ちゃんを、幸せにするんだぞぉおおおっ!!」
男娼「…あは」
店主「そんでお前も、誰よりも幸せになれぇええええ!!」
店主「お前は、家の楼の誇りだ!!胸を張って、生きろぉおおおっ!!」
青年「そうよそうよーっ!」
少年「いいぞ、店主ーーっ!!!」
少女「…」ギュ
男娼「…うるさい、男たちだなぁ」
少女「…泣いてるくせに」
男娼「君だって」
少女「…あなた、愛されてるじゃないですか」
男娼「…うん。…気づけて、よかった」ポロ
男娼「…っ」
男娼「さようなら…!今まで、大変お世話になりましたっ…!!」
店主「おう!行けぇええええ!!」
青年「たまには遊びに来てねぇえーー!」
少年「少女ちゃん、俺いつでも準備できてるからあーー!!」
青年「お前は死ねぇええ!!」
少年「ぎゃあああああ!!」
男娼「…はは」
少女「…行きますか」
男娼「うん。行こう」
男娼「…手」
少女「はい」ギュ
男娼「…ふふ」ギュ
男娼「…前にさ」
少女「はい」
男娼「ここの景色、汚いって言ったじゃない」
少女「言ってましたね」
男娼「…あれ、訂正しようかな」
少女「それがいいです」
男娼「…こんなに、夕焼けが綺麗って。気づかなかったな」
少女「そうですね…」
男娼「…」
男娼「…あ、ここ」
少女「ん」
男娼「色町の入り口に、門があるだろ。ほら、この赤い大きいやつ」
少女「ああ、ありますね」
男娼「これ、一緒にくぐろう。同時に」
少女「はあ?」
男娼「ほらほら、行くよ、せーのっ」
少女「うわぁ!?」
ドサ
少女「あ、だっ…」
男娼「何やってんの君、どんくさいなぁ」
少女「い、いきなり跳ぶあなたが悪いんでしょ!?」
男娼「あはは、ごめんごめん」
少女「…うー」
男娼「はい、手。掴って」
少女「…はい」ギュ
男娼「…よい、しょ」
少女(…綺麗だ)
夕焼けの町、赤い門、私を掴む、白く細い手。その全てが、洗われたように美しい。
少女「…男娼さん」
私はこの人と
男娼「うん?」
行く先に向かってまっすぐ伸びた二人の影法師を、踏まないように
少女「…手、離さないでくださいね」
男娼「…勿論。君も、ちゃんと掴っててね」
少女「…はい!」
手を取り合って、歩き始めた。
おしまい
504 : 名無しさ... - 2015/05/31 13:46:51 kbY 322/322おしまいです…
だらだら長くてすみませんでした。